名探偵と料理人 (げんじー)
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プロローグ 1

初執筆初投稿です。暇つぶしの一助になれば幸いです。


「うっぷ、飲みすぎた。でも、今日の居酒屋は料理が旨かったな」

 

そうひとりごちたのは今日誕生日を迎え、めでたく30歳となった青山剛生(あおやまたけお)だ。仕事の同僚に誕生日を祝われて先ほど帰宅したばかりだった。去年両親が相次いで亡くなり、相続した一軒家は深夜ということもありとても静かだった。

 

「もう俺も30か。なんだかなあ」

 

仕事も順調で同僚も気のいい奴らばかり。彼女こそいないが周りから見れば順風満帆な人生に見えるだろう。だが、彼は生まれたときからずっと何かに満たされない感覚を味わってきた。幸い両親がしっかりしていたこともあり、非行に走ることもなく善人に彼は育った。

 

「この歳まで厨二くさい考え方だな。やめやめ。風呂入ってさっさと寝よ。明日は土曜日、やっとコナンの映画を見に行けるし」

 

明日、名前の読み方を変えると同じになる青山剛昌作の「名探偵コナン」の映画「から紅の恋歌」を剛生は見に行く予定だった。原作漫画を全て購入して、劇場版DVDも買い揃えるくらいにはファンであった。部屋にはそれ以外に「トリコ」や「東京魔人學園シリーズ」の漫画が本棚に陳列されていた。

 

「さてじゃあ、寝るかな。おやすみなさい」

 

誰もいない部屋でそうつぶやくと剛生はそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ」

 

剛生は気が付くと真っ白い空間の中にいた。正面にはその白の中でも殊更白い存在がいた。

 

「どこだここ?へんな夢だな」

「夢じゃないさ。ここは輪廻の狭間さ」

「そういう設定の夢?なんか二次創作にある転生の前ふりみたいだな」

「その通り。君ももう分かっているんじゃないのかな?」

「……」

 

そう、剛生は奇妙な納得を覚えていた。突拍子もない夢のような状況なのにこれが現実であることを、自分は死んだであろうことを。

 

「なんなんだよ、意味わかんねえよ…」

「君が30歳の誕生日を迎えたとき、ここに来ることは予め決められていたことさ。魂が現世に行った時からね。足元を見てごらん」

 

白い存在に言われるがまま視線を下に向けると、そこには大きな砂時計のようなものが存在していた。上には色々な色をした液体のようなものが存在し、砂時計の腰を通ると無色となり下に溜まっていた。溜まったものは少しするとどこか消えていった。

 

「上に存在するのは、現世から帰ってきた魂。そして下の無色透明なものはこれから現世で新たに生まれる魂だよ」

 

白い存在は自らを魂を管理する立場につくものだと言った。白い存在による魂とは本来無色透明なものでそれが現世でいろいろな経験を経て色が付く。その経験は輪廻においては不要なもので砂時計の腰の部分にあるフィルターで濾しているんだそうだ。

 

「だけど、ここ最近人が増えてフィルターが濾しきれなくなってきてね。魂につく経験値も昔とは比べ物にならなくなってきてるときたもんだ。地球誕生のころから使ってるし、ここいらでもっと性能のいいものと取り換えることになったんだ」

 

古いフィルターには膨大な経験値がエネルギーとして残ってきて、そのまま破棄するのもなんだということになり、それなら人の経験を経た魂を新たに管理者に進化させようという話になった。だから30年前に10個の魂をフィルターのエネルギーを受け入れられるように底なし沼のような状態に改造して送り出したそうだ。

 

「で、その魂が俺だと」

「その通り。長年の疑問が解けたんじゃないかな?」

「……確かにそういうことなら満たされない思いを感じて生きてきて当然だな。だが、10の魂といったが他の9つはどうなった?別のところで同じ説明を受けているのか?」

「他の9つはその空虚な感覚に負けて、30を迎える前に自殺したり犯罪を犯したりしてここにはこれなかったよ。君だけさ、善性をもち30歳まで生きてここにたどり着いたのは。正直、底なし沼というよりブラックホールと言っていいくらい無茶な魂を作ったから、僕らの中でもここにたどり着けると思ってたのは一人もいないよ」

 

なんだかんだでフィルター自体はあと1000年は持つし次に期待しようってね。そう白い存在(もう白玉でいいか)は愉快そうな口調で言った。

 

「さてと。青山剛生くん。将来の同僚よ。君はすぐに魂の管理者になるわけじゃあない。これから色々な世界を見て、楽しんで、経験を積んできてほしい。目処としては1万年くらい?たまに魂に干渉する事案が発生してそんな時は僕らが鎮圧に出向いたりしたりすることがあるからね。フィルターに溜まったエネルギーを君になじませるという意味もあるよ」

「割と肉体労働もあるんだな!?あとなげえ!!」

「めったにないけどね。さて、最初に君が言った通り、二次創作のような問答の時間だ。君はどうしたい?」

 

白玉に言われたことを咀嚼するのに10分程かかった。そして、漫画やラノベは趣味と言っていいくらいには嗜んでいて二次創作も漁っていた剛生は、せっかくのチャンスだし大いに楽しむことにした。

 

「……決めた。トリコの世界に行きたい」

「おお。1つ目からすごいとこにいくね。トリコの世界なら既に存在しているしそこに転生するのは向こうの管理者と話せばすぐできるよ」

「世界ごとに管理者がいるのか?」

「まあね。そこら辺は君が管理者になってから話すよ。さて、フィルターのエネルギーを転生特典?だっけ、あれに変えられるけどどうする?」

「じゃあ、①5感・第6感がトリコ風味にチートになる才能②料理の才能とセンスを小松未満節乃以上で③容姿を漫画版東京魔人學園外法帖の緋勇龍斗の3つで頼む」

「なんか、なんというか、微妙というか欲がないね」

「まあ、初めてだし異世界を楽しむにしては十分だと思うぞ。最初からぶっとんでたら成長しづらいだろうし何より飽きそうだ」

「そういうものかな。じゃあまた次の転生の時に」

「ああ、また次の転生の時に。いってくる」

 

剛生がそういうと徐々に意識が薄れていき、白い空間には白玉だけが残った

 




誤字、脱字、文章でおかしな点、矛盾、作者の勘違いなどありましたら気軽にご指摘ください。


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プロローグ 2

「やあ、おかえりなさい。いい経験になったかい?」

「ああ、ただいま。最高の経験になったよ」

 

剛生改め、リュートはトリコの世界で1000年を過ごし再びあの白い空間へと戻ってきた。

 

「戦闘面だけに関して言えば、下位の世界の管理者をやってもいい感じだね」

「そうなのか?」

「言ってなかったけど世界にも格があってトリコの世界はその中でもかなり上だよ。僕らの世界はまあ真ん中ちょっと上くらい?魂の質と量で見たらの話だけど」

「なんともまあ、すごい世界に行ってきたもんだ」

「魂の管理が仕事だから戦闘面だけじゃダメなんだけどね。さて、次はどこに行きたい?ファンタジーな世界にでも行ってみる?」

 

リュートはそう言われて次の世界について決めていたことを話した。

 

「いや、次は名探偵コナンの世界に行きたい。本当は一番最初にあの世界に行きたかったんだが、バイオレンスな世界にいくのが怖くて選べなかった。だが今ならあの世界でも生きていける」

「いや、トリコの世界の方が物騒だと思うんだけど。何回も地球割れかけたし」

「人と人での、いう意味でだ。俺の中ではトリコの世界は生きるため、食うためだった分そういう怖さがなかった。野生で殺される方が人に殺されるよりましだ」

「独特な考え方だねえ。じゃあ次は名探偵コナンだね。転生特典は?まだ少し馴染んでないエネルギーあるみたいだけど」

「トリコの世界で大方のエネルギーをなじませることができたってことか。恐るべしだな。……じゃあ、言語習得の才能を。色々な国の料理本を読んでみたい。あとは……いい。学んだ技術や経験は残ってるからそれでなんとかやっていけるさ。それじゃあ行ってくる。次の再会は100年待たせないな」

「そういうのは気にしなくていいよ。じゃあ行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

「おはよう、龍斗(たつと)」

 

気が付くと、目の前に物凄い美人がいた。どうやら今生の母親のようだ。無事に転生することはできたらしい。

 

「あうあうあー(おはよう)」

「あら、しっかりお返事できたのねー。えらいねー、龍斗は」

 

そういって、母親らしき女性はベビーベッドから龍斗を降ろしてキッチンらしき場所へと歩いて行った。どうやら食事の準備をしているらしい。

 

「うー、あー、まー」

(口の動きや視力のぼやけた感じ、はいはいとかができる様子からして今の俺は1歳前後ってところかな)

 

「たっくん、おまたせ。朝ごはんよ」

 

そういってスプーンでだされたものは離乳食だった。薄いオレンジ色のペースト状のものがのっている。

 

(母乳じゃないのはありがたいが、離乳食って不味そうだな。)

 

そう思いながらも意を決して口にする。

 

(ん!?赤ちゃん用に薄味だがただ人参をペーストにしてるだけじゃなくてひと工夫が施されてる?!おいしいぞ!)

 

夢中になって離乳食を食べる龍斗を満足げに見ながら母親はお代わりを差し出しながらこう言った。

 

「今日もいい食べっぷりね、龍斗。これからおめかしして親友の娘たちと遊びに行くわよ。その娘たちにも龍斗と同じ年の子供がいるから仲良くするのよ?」

 

 

 

 

「葵ちゃーん、ひっさしぶりーーー!!」

 

待ち合わせのイタリアンレストランに向かうとぴちっとしたライダースーツを着た女性が俺をだっこした母親を呼ぶ。どうやら今世の母はあおいという名前らしい。というか、この人ライダースーツの前ファスナーに赤ちゃん入れてるぞ…

 

「ゆきちゃん久しぶり!どう?久しぶりの日本は」

「んんー、やっぱりなんか落ち着くって感じね。そういえば英理ちゃんは?」

「ここよ、ゆきちゃん」

「わっ、びっくりした。おどかさないでよーもう」

「勝手に驚いたんでしょう。それにしても三人で会うのはひさしぶりね」

 

ゆきと呼ばれた女性の後ろから赤ん坊を抱いた眼鏡をかけた女性が現れた。どうやらこの2人が母さんの親友らしい。再会を喜んでいる3人だったがふと気づいたように

 

「そういえば、この子たちは初対面なのよね?」

「そうね、紹介するのを忘れてたわ」

「じゃあ、わたしから。この子は緋勇龍斗、今度1歳になる私と龍麻の可愛い可愛い息子です!」

「次は私ね。この娘は毛利蘭。わたしとぬけさくの娘よ。龍斗くん仲良くしてね?」

「最後はこの子!私と優作の愛の結晶!!工藤新一よ。二人ともよろしくね」

 

 

……やっぱりこの2人、工藤由希子と妃英理かよ!!?てか、もしかして主人公と幼馴染!?

 




ちょっと、オリ主の考え方は無理があるかな……?


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人物設定(主人公一家)

とりあえず、書いてある分だけ。


緋勇龍麻(出典:東京魔人學園剣風帖)

主人公緋勇龍斗の父親。京都の旧家出身で徒手空拳の古武術を修めている。「料理の神」と呼ばれており、世界各国で要人やセレブにパーティの料理を作ってほしいとの依頼がひっきりなしに来る。日夜、世界中を飛び回っているが龍斗の事は常に大切に思っている。幼少時から主人公の料理の腕に気付いており色々なパーティに龍斗を連れて行き、こっそり龍斗に料理を作らせたりしていた。この時、龍斗は原作キャラと邂逅していたりしている。服部平蔵、遠山銀四郎とは幼馴染で親友の間柄。妻の葵とは料理の世界大会で出会いお互いに一目ぼれし、そのままゴールイン。龍斗をもうけた。主人公の呼び方は龍斗。

YAIBAの世界に鬼がいるという事なので実はこの世界にも存在し、緋勇家は代々京都を魑魅魍魎から守ってきたという裏設定があったり。

 

緋勇葵(旧姓美里葵)(出典:同)

主人公緋勇龍斗の母親。米花町に生家があり毛利夫妻とは幼馴染で工藤有希子とは帝丹高校時代の同級生にして親友。「お菓子の女神」と呼ばれる。現在は日本を離れ、夫の龍麻とともに世界中でその腕を振るっている。龍斗が料理の腕だけではなくお菓子作りの天才であることを見抜いており、一緒にお菓子作りをするのが龍麻と一緒にいる事の次に好き。主人公の呼び方は龍斗、たっくん。

伝説のミスコン時はパティシエの世界大会に出場していたため不参加。もし三つ巴になっていたら日本だけでなく世界中から人が集まってきた可能性があった…かも。

 

緋勇龍斗(出典:東京魔人學園外法帖)

主人公。トリコの世界に転生して、その後名探偵コナンの世界に転生した。将来魂の管理者になるべく様々な世界を転生することが決まっている。

元々は傍目順風満帆などこにでもいる独身男性だった。魂に細工をされており、常に満たされない前世を送っていた。その原因を修正されてトリコの世界に送り出された。ジダル王国に転生し、紆余曲折あって一龍に拾われる。トリコの世界ではリュートと名乗り、四天王より五歳年上だったこともあり美食屋として兄貴分のような立場になった。グルメ細胞の悪魔はいないが主人公本人が地球のグルメ細胞の悪魔であり、最終局面ではジョアの左腕を奪う健闘を見せた。次郎や節乃、与作に一時期弟子入りし、ノッキングと料理、再生屋としての技術を学んだ。

なんでもない食材を卓越した調理技術で最高の味にして提供することが得意。もちろん豪華な材料を用いてのフルコースも作れるが、生まれが孤児だったためか温かい家庭を夢見てなんでもない家庭料理が得意になった。研鑽のおかげか、たとえ雑草と100均の包丁しかなくても美味いものを作れる技術を身につけた。

1000年を生き、天寿を全うしてコナンの世界に再転生した。実は家が工藤邸の真向かいにあり、阿笠博士とも近所付き合いがある。Fateの衛宮邸のような和風のお屋敷に住む。

孤児出身のためか食事ができない=死の概念が根付いており、裏のチャンネルの応用で俗にいうアイテムボックスのようなものに調理道具や作った料理やお菓子、再生屋の食材などを十分に蓄えている。飢えている人を見るとそれをふるまったりしていた。

トリコ世界への転生時に望んだもの

・五感と第六感がトリコの世界風味にチートになりうる才能。

・料理の才能とセンス。

・容姿を漫画版東京魔人學園外法帖の緋勇龍斗になって生まれる事。

コナン世界転生時に持ち越しとなる力(白玉が勝手に追加したものも)

・言語習得の才能。

・トリコの世界に行き来するの力。

・能力引き継ぎ(四歳から段階的に開放、リミッターもかけられる)

 

 

 

 




トリコで得た技術、身体能力はその時々で出します。
一応、主人公も宇宙に出れるくらいの能力を持つほどに成長したとだけ。


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幼少期~少年期
第一話


よろしくお願いします。


「おはよう、龍斗。よく眠れたかい?」

「うん、ぐっすり。おはよう父さん。母さんは?」

「今はお化粧をしているところさ。今日は龍斗の保育園の入園式があるからね」

 

朝起きてリビングにしている和室に入るとテレビのニュースを聞きながら新聞を読んでいる優しげな風貌をした男性がいた。彼が、今生の父親である緋勇龍麻である。彼は料理人であり、20代でありながら「料理の神」と呼ばれるほどの腕を持ち、自分の店を持たずに依頼を受けて料理を作りに行くという珍しいスタイルをとっていた。普段は世界中を飛び回っているのだが母さんが「寂しすぎて死んじゃう!」とのこともあって、俺が保育園を卒園するまで日本中心で仕事をすることにしたらしい。

 

「そっかー。じゃあ今日の朝ごはんは父さん?」

「そうだぞ。朝から父さんの料理を食べられる龍斗は世界一幸せな子供なんだから。残さず食べるんだぞ?」

「もちろんだよ。それじゃあいただきます!」

「はい、召し上がれ」

 

俺は用意された朝ごはんに手を付ける。シンプルな和食だが子供が食べやすく味付けされており、かつ栄養バランスをしっかり考えられていてトリコ世界で料理人として生きてきた俺の目からも素晴らしい出来のものだ。うん、うまい。

 

「今日から行く保育園だけど、龍斗もすぐにお友達ができるから何も心配しなくてもいいからな」

「??それってどういうこと?」

「それは行ってからのお楽しみさ」

 

そう言うと父さんは新聞を片付け、支度のために和室から出ていこうとしていた。

 

「……おっと」

「きゃ!」

 

ふすまを開けた瞬間、化粧を終えて和室に入ろうとしていた母さんとはちあわせになってしまったらしい。父さんは流れるような身のこなしで母さんをお姫様だっこしていた。……おい、朝から三歳児の前でいちゃつくなよ。いや、仲がいいのはいいんだけどさ。

 

「大丈夫かい、葵?」

「……え、ええ、大丈夫よあなた。今日も素敵ね」

「葵もいつも以上に綺麗だよ。ずっとこうしていたいな」

「私もよ……」

 

あー、なんかピンク色の空間ができてハートが飛びまくってるけど無視だ無視。しっかりご飯を味わおう。

結局、10分くらいいちゃついていたが、俺の「ごちそうさまでした!」で我に返ったらしく、父さんも支度に戻ったみたいだ。

 

「お、おはよう、たっくん。今日もしっかり全部食べて偉いわね」

「おはよー、母さん。母さんこそ、今日も朝から父さんとラブラブだね」

「あらー、やっぱり龍斗の目から見ても私達ラブラブに見える?」

「う、うん。とっても。母さんも早く朝ごはん食べた方がいいよ?出かける時間って8の数字と12の数字に針が来た時なんでしょ?」

「あ、あら確かにあと20分位しかないわね。お父さんの料理だからゆっくり味わいたいけれど急いだ方がよさそうね」

「じゃあ、ぼくも準備するー。」

 

くそう、いつものことだけど皮肉も通じやしない。あと、時間がないのは出会い頭に朝からいちゃついてたからで自業自得だ。

そう思いながら、俺はそのままパジャマを脱ぎテレビの前に用意してあった制服に着替えた(途中母さんが無理やり手伝ってきたけど)。青いシャツに短パン、そして黄色の帽子。どこからどうみても立派な保育園児だ。

そして、8時になり親子3人で家を出た。

 

 

「おはよう、緋勇さん」

「あ、おはようございます阿笠博士」

「おはようございます。ほら、たっくんも」

「うん、おはよーございます。阿笠博士」

「うん、おはよう龍斗君」

 

家の門扉を出ると道路の前で掃き掃除をしている40代前後の男性が挨拶をしてきた。名前からも分かる通り、彼は原作では屈指のお助けキャラである「阿笠博士」だ。なんと、我が家は工藤邸と阿笠邸の真ん前に建っているのだ。しかも周りの家からしてみれば浮いている純和風のお屋敷だ。Fateの衛宮邸を想像してもらえれば分かりやすいと思う。

 

「今日は朝からお出かけですか?」

「ええ、今日から龍斗を保育園に預けることになってまして。その入園式が今日なんです」

「おお、今日から保育園ですか!確かに、小さいころにできた友人というものが一生の友になることもありますからなあ」

「ええ、たっくんにも同じ年頃の友達を作ってほしくて。それに、保育園にたっくんを預ければ私も龍麻と一緒にお仕事ができますから」

「それでは、「お菓子の女神」も復活ですか!それはまた、世間をにぎわすことになりますのう!!」

 

そう、俺の母さんも父さんに負けない二つ名を持っていた。それが「お菓子の女神」。母さんは優勝すれば世界一のパティシエとよばれる世界大会に出場し、そこで史上最年少となる17歳で優勝したのだ。(ちなみにそこでは料理人世界一を決める大会も同時に行われており、そこが父さんとのなれ初めの場だったということを絵本のかわりに耳にタコができる程聞かされた。)

俺を妊娠してから今まで育児に専念していたが、俺が保育園に入ることで多少なりとも時間ができるので仕事復帰となったらしい。……まあ、父さんと片時も離れたくないのが本音なんだろうけど。

 

「それでは、そろそろ保育園に向かいますので。ああ、もしよかったら今日入園式のお祝いを家でするのですが一緒にどうですか?」

「それは……いいですかいのう。わしは嬉しいのじゃが、せっかくの記念日。家族水入らずの方が」

「いえいえ、私たちは料理人夫婦。やっぱり誰かに作ったものを食べてもらいたいですし。なあ、葵?」

「ええ、それに今日はすでに二組お呼びしてますから。おもてなしする人が増えるのは大歓迎ですわ。それに、今日は龍斗のお披露目をしようか……と」

「お披露目?」

「はい。それでどうでしょうか?皆さん気の良い方ばかりですので阿笠博士も気に入ってもらえると思いますわ」

「それではご相伴に預かるとしようかのう。しかし、なんと贅沢なことか。世界中のセレブや要人がこぞって依頼するお二人の料理を食べられるとは」

「あまりほめると照れてしまいます。それでは今日の六時ごろに」

「分かりました。おなかをすかして待っております」

 

お披露目?お祝いは分かるけど。それに二組って誰の事だ?

 

「それじゃあ行くぞ、龍斗、葵」

「はい」

「うん」

 

そんなことを考えていると、父さんが手を引き保育園に出発したので途中で考えるのをやめてとりあえずこれからの入園式と保育園生活をどう乗り切るかに思いをはせた。

 

 

 

 

 

 




料理についての描写は自分があまり料理をしないのでほとんどできません。

なんでそれで料理人設定にしたかと疑問に思われるでしょうが、理由は原作キャラと絡めやすそうだったからです。


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第二話

よろしくお願いします。


『米花保育園』

それが、俺が今日から通う保育園の名前だ。…うん、何となく想像がついてた。米花町にある保育園なんてここぐらいなんじゃないかなって。そして、父さん。父さんも転生者なんじゃなかろうか。だって…

 

「おはようございます、英理さん。史郎さん、朋子さん」

「おはようございます、龍麻さん、葵ちゃん。今日はおめでとう、龍斗君」

「おはようございます、龍麻さん、葵さん。今夜はよろしくお願いしますね。龍斗君、入園おめでとう」

「三人ともおはようございます。今日は腕を振るっちゃいますね。楽しみにしていてください」

「おはよーございます、えりおねーさん、ともこおねーさん。しろうおじさん」

 

そう、両親と挨拶を交わして歓談しているのは二年前に初邂逅してからちょくちょくあっている毛利英理さんと、こちらは一年前にとあるパーティで父さんに連れられて逢った鈴木財閥会長の鈴木夫妻だ。なるほど、今日の夜呼ぶのはこの二組の家族ってことか。

父さんの交友関係が原作キャラばっかりでびっくりだわ。いや、母さんも負けず劣らずなんだけど。

親同士が歓談しているので、足元で暇そうな女の子二人に話しかけることにした。

 

「おはよう、蘭ちゃん、園子ちゃん」

「おはよー、たつとくん」

「はよー」

 

ちょくちょく会う機会があって隠れて作ったお菓子をあげてたら友達になった。……字面だけだと変質者だな。いや、傍目幼児同士だから問題ないな、うん。

 

「二人は、ここにずっと来てるの?」

「うーん、ずっとかなあ」

「たぶんそうだよ、ずっとらんちゃんといっしょだったよ」

 

流石に、まだ2歳児には難しい質問だったかな。春夏秋冬とか月の感覚なんてまだわからないか。話を聞く限り、どうやら去年の夏の終わりの同じころに途中入園したらしく、今日の入園式には一緒に参加するみたいだ。毛利小五郎さんは張り込みが長引いて未だに格闘中らしい。

 

「それじゃあ、今日からよろしくね。ふたりとも」

「うん、またおかしちょーだいね、たつとくん!」

「わたしもほしい!おとーさんとおかーさんにもたべさせてあげたいし!!」

「今度持ってくるから。お菓子上げてたのは秘密だって!ね?」

 

そういうと、二人は人差し指を立ててお互いにしーっ!っとしていた。やっぱり無邪気で子供はいいな。

 

親同士の話もそこそこに終わり、そのまま入園式に参加した。入園式の式場では俺らの両親が目立ちまくっていた。英理さんも朋子さんも美人だし、俺の両親も美男美女だしな。史郎さんもいるんだが彼はすごく周囲に馴染んでいた。……彼も財閥の会長ですごい人なんだけどね。

式が終わり両親に連れられてきたクラスはチューリップ組だった。幼女2人とも同じクラスだった。「ひゆうたつと」と書かれたシールが貼ってある机につくと近くに蘭ちゃんがいた。は行とま行で近くになったようだ。園子ちゃんだけはさ行で少し離れた席だったのでこっちをちらちら見ていた。蘭ちゃんにそちらの方を指さして手を振ると真似して手を振ってくれた。園子ちゃんが笑顔でぶんぶんと振りかえしてきた。うん、よかった。

クラスの担当の先生の進行でクラスの決まりごと、自己紹介、一日の流れなど俺ら向けの説明と保護者向けの説明を行い今日の入園式は無事お開きになった。

 

「それでは、私たちは一度戻って会社の仕事を軽く終わらせてきますわ。それでは6時に」

「じゃあ、葵ちゃん。私も一度アパートに戻るわ。あの人も帰ってきていたら一緒に連れて行くから。」

「はい、お待ちしていますね。英理ちゃん、ごろーちゃんに優しくね。」

 

親に連れられて、蘭ちゃんと園子ちゃんは帰って行った。多分、お昼を食べてお昼寝してからうちに来ることになるんだろう。俺も両親に連れられて、商店街に寄って食材の補充をしてから家に戻った。

 

「「「ただいま」」」

 

三人揃ってそう言い、今度は母さんの昼ご飯を食べた。父さんと母さんは夜の仕込みをするため二人でキッチンに向かったけど、俺はおなか一杯になったこともあって体が睡眠を欲していたのでそのまま睡魔に身をゆだねた。

 

 

「やあ」

「お、おう。何とも短い再会までの時間だったな。……え、俺死んだのか!!!?」

「いや、違うよ。ちょっと言い忘れたことがあってね。」

「言い忘れたこと?」

「うん。転生特典ではないけど、君の力についてね。まず、トリコ世界で得た身体能力、グルメ細胞を用いた技。あれ、年齢を重ねるごとに段階的に開放されるようになってるから。全開放は15歳ね。逆にリミッターも自分でかけられるよ」

「は!?こっちにもグルメ細胞があるのか?!」

「いや、その世界にグルメ細胞はないよ。ただ、『気』の概念があるからそこら辺をちょちょいとね。」

「……まあ、なくてもいいがあって困るものでもないしありがたく貰っておく」

「そうそう貰っておきなさい。それから、トリコ世界に行き来する力……というか渡った世界を行き来する力が君には備わっているよ。時を遡ることはできないけどね」

「それはまた、便利な力だな。もう、貰えるものは全部貰うよ。もうないよな?」

「ああ。これで本当に最後。次は君が死んだ時だ」

「精一杯長生きするさ。じゃあまたな。」

「うん、またね」

 

 

「あら、起きたの?たっくん」

「うん、もうみんな来たの?」

「まだよ、それと丁度よかったわ。これからたっくんにも手伝ってもらおうと思って起こそうと思っていたの」

「手伝ってもらうって何を?」

「それはね……」

「今日の皆さんに振舞う料理やお菓子をだよ」

「父さん。え?どういうこと?」

「龍斗、お前は俺や葵に似てすごく料理に関心があるよね?おもちゃで遊ぶよりも俺たちの後ろで料理を作っているところを見るのが何よりも楽しそうにしているし、気づいていないかもしれないけど動きを真似ている。その動きを見て葵と俺は確信したんだ。この子は俺たちよりずっとすごいところに立てるって。難しいことを言っているのはわかってるし今は分からなくてもいい。ただ、俺たちはそんなお前の料理を食べてみたい。そしてこう言いたいんだよ。これがうちの自慢の息子ですって」

 

三歳児に言うことではないことを自覚しているであろうに、父さんの顔は料理を作っているときと同じかそれ以上に真剣な顔でそういった。後ろの母さんも微笑みながら頷いていた。……ああ。俺はこの二人の子供に産まれてよかった。この個性を、こんなにも早く見抜きそして肯定し自慢としてくれる人なんてほかにいるだろうか!!

 

「父さんと母さんと一緒にお料理作るってこと?」

「ああ、一緒に作るのは嫌かい?」

「ううん、一緒に作りたい!!」

「じゃあ一緒に作りましょう。でもまだ危ないから包丁を使わないでいいものを作りましょうね」

 

そして、父さんと母さんと今生で初めてとなる料理を作った。それはパンとクッキーというとてもシンプルなものだったが今まで作ってきたものの中で最も温かい料理になったと胸を張って言える。

 

「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」

 

六時になり最初に阿笠博士が来た。次に毛利一家、そしてなぜか目暮警部補夫妻が到着した。どうやら小五郎さんが呼んだらしい。勝手に追加したことに英理さんは激怒していたらしいが二人増えたところでなんら問題ない量を作っていたので父さんは快く受け入れていた。

そして、最後に鈴木一家が到着した。こっちもなぜかあの次郎吉氏も来ていた。どうやら、史郎さんがぽろっとこぼしてしまったらしい。こちらも朋子さんが史郎さんに怒っていたが父さんが仲裁して事なきを得ていた。

 

「それでは今日は皆さん、三人の子供たちが入園式を無事迎えられたということでささやかながらお祝いの席を用意させていただきました。存分に味わってください。龍斗、蘭ちゃん、園子ちゃんおめでとう!それでは皆さん、乾杯!そしていただきます!!」

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」「「「「かんぱーい!」」」」

「「「「「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」」」」

 

父さんの音頭により今日のお祝い会が始まった。料理は父さん担当、そしてその後のデザートが母さん担当だ。父さんの本気度はいつものパーティに出すものと遜色ない、むしろ勝っているんではなかろうかと言うくらいの気合の入れようだった。普段は和食の依頼が多いみたいだけど今日は和・洋・中に各国の料理が所狭しと置かれている。そしてそのどれもがうまい。最初は歓談しながら食べようとしていた大人陣も一口二口食べるとそのまま黙々と食べ始めてしまった。

ああ、父さん本気出しすぎたな。父さんのほうを見ると母さんと一緒に苦笑していた。事件終わりの刑事二人が酒も飲まずにご飯食べている姿は中々見れないんじゃないかな。しかもあの小五郎さんがだよ?

必然、子供の面倒は俺が見ることになるわけで。

 

「おいしいーーーー!!うちのシェフのよりずっとおいしいわ」

「うん、うちのおかあさんのよりももっともっとおいしい!」

「ああ、ほら二人とも口の周りについてるよ」

 

美味しい美味しいと言いながら子供用に味付けされた料理をぱくぱく食べている二人の口元についた汚れを拭きながら俺も自分用にとった料理に手をつけた。…うん、これは大人の人が黙ってしまうのも分かるなあ。どれだけ気合いいれたんだよ父さん。

 

「んん!?何だこのパン」

「どうした毛利君」

「いえ、目暮警部補殿、このパンがですね」

 

おや、あれは俺が作ったパンかな。料理を両親と一緒に作れることがうれしくて、培った経験と技術をこれでもかって自重なく注ぎ込んだ塩パンだから美味しいとは思うんだけど。

 

「いや、このパン。めちゃくちゃ美味しいんですよ!シンプルなのになんというか、これがパンの頂点だって言われても可笑しくないってくらいに」

「本当かね、毛利君。どれ……た、たしかに。なんて旨さだ。それに他の料理とあわせても互いの味と喧嘩することなく調和している!!」

 

二人のやり取りを見ていたほかの人もパンに手を伸ばし口々に褒めてくれた。シチューにつけて食べている人もいればカレーつけている人もいる。そのみんなに共通しているのは笑顔であることだ。……これだよな。やっぱり料理人としての最高の報酬ってのは。

 

「ほんとにうまいのう。流石は『料理の神』と呼ばれる龍麻君のパンじゃ!!!」

「いえ、その塩パンを作ったのは龍斗ですよ。材料の割合やらパンのこね方、寝かし方、焼き加減に至ってもそれが美味しくなる最良のものだと分かっているかのように目分量でやっていました。私たちが手伝ったのは、成型とパンをオーブンに出し入れすることくらいですよ」

 

父さんはそう言って誇らしげそうにパンを食べていた。その言葉に周りの大人はびっくりしていたが、我にかえった後俺のことを褒めてくれた。

 

「さあ、皆さんのお腹も良い頃合いでしょうし、次はデザートになります。こちらにもたっくんの作ったものがあるので当ててみてくださいね」

 

そういうと、母さんは色とりどりのケーキやクッキー、父さんと同じく各国の代表的なお菓子を乗せたお皿を持ってきた。女性陣はそれを見て歓声を上げていた。…蘭ちゃんも園子ちゃんも幼くても女の子なんだねえ。

 

「ああ、葵ちゃんのケーキ。小さいときから食べてるけれど、歳を重ねるにつれてどんどん美味しくなっているわね。ここ三年は仕事に出ていなかったのに前より美味しいじゃない」

「たっくんのために作ってたからそのおかげよ」

「うん、本当に美味しいわ。ぜひ今度うちのパーティでも腕を披露してもらいたいわ」

「しばらくは日本中心で仕事の依頼を請けようと思っているのでその時は是非!」

 

女性陣はきゃいきゃい言いながらさっきまでご飯を食べていたとは思えないほどのペースでデザートを食べていき、男性陣もそれには及ばないが普通の男性が食べるペースよりは早いスピードで舌鼓を打っていた。

 

「うむ、わかったぞ。」

「何が分かったんですか、史郎さん?」

「あなたは、確か……」

「わしは、この家の真向かいの家にすんでおる阿笠博士というもんじゃ」

「おお、これはすみませんな。どうにも料理のインパクトに押されて。自己紹介をしてもらったというのに」

「いえいえ。その気持ちもわかるというもんじゃ。それでわかったとは?」

「そうそう、龍斗君が作ったものですよ。ずばりこのクッキーだ!パンを食べたときと同じような衝撃を感じたよ。今まで仕事柄美味しいといわれるものは古今東西食べてきたが緋勇一家の作るものは本当に一線を画している!ねえ、兄さん」

「おお!確かにわしもうまいもんはあらかた食べつくしていたと思っておったんじゃが、まだまだ甘かったようじゃ!!」

 

そういって、次郎吉さんもクッキーをほおばった。それを聞いていたのか母さんが笑顔を浮かべながら

 

「正解です!私もたっくんとこれを作ったとき成型くらいしか手伝っていないんですよ。実は出来上がったものを味見したときこのクッキーは出さないで独り占めしたいなって誘惑に駆られて、それに負けないようにするのが大変だったくらいなんですもの」

 

その言葉を聴いた女性陣は今まで華やかなケーキのほうばかりに気をとられていたようで、シンプルなクッキーゆえに地味に見えて隠れていたそれをすぐさま見つけて口にした。すぐさま笑顔になっていく様子を見て俺も笑顔になった。

 

 

「それでは皆さん。今日はそろそろお開きと言うことで。お土産に龍斗の作ったパンとクッキーを包みますので。何かパーティなどがあればこの緋勇一家にお任せください!」

 

そういうと、みんなから自然と拍手が出てこのお祝い会は終了となった。三人で門扉まで見送りし、みんなが見えなくなってから聞いてみた。

 

「父さん、最後のあれなんだったの?」

「あれ?」

「パーティっていってた」

「ああ、あれな。今度から時間があれば龍斗も俺たちが呼ばれたパーティに積極的に連れて行こうと思ってな」

「パーティって今日みたいにいっぱい人が集まってご飯食べる?」

「そうだ。鈴木会長は作る側にとても配慮をしてくれる良い方でこちらからお願いしたいくらいだし、ああ言えば色々な場所で宣伝してくれると思ってね」

「それにね、今日のたっくんをみてわかったの」

「母さん?」

「たっくんは本当に私たちの子だって。料理で人を笑顔にすることが何より好きなんだって。それなら親として料理を作る機会を与えてあげたいって思ったの。そして世界中の人に自慢したいのよ、これが自慢の愛する息子だって!!」

 

いまはわからなくてもいいのよ、と続けて母さんと父さんは俺と手をつないで玄関のほうへ歩き出した。

 

 

……ここまで言われちゃあ、なんにもしないってのは息子としてダメだろ俺。やってやろうじゃないか。自重?家族愛のためになんの役に立つ?そんなもんどっかに置いていけ!おれは!!父さんと母さんの!!!自慢の息子になる!!!!

 




これから、幼少期に主人公の心の声が不安定な口調になることがあると思いますが、それは現実で子供っぽい演技をしていることに引っぱられるせいです。


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第三話 -サクラ組の思い出-

ストックはここまでです。
これ以降は、最低週1は守りたいと思います。

このお話は原作87巻FILE6~9が元になっています。


あの決意から早一年、俺は四歳になった。あれから日本各地でのパーティに呼ばれる両親についていき、こっそり料理やお菓子を作らせてもらっていた。そこで原作キャラの何人かと出会ったりした。中でも一番驚いたのは、夏休み期間に当たる7-8月に帰省した際にあった父さんの幼馴染たちだった。なんとあの未来の大阪府警本部長服部平蔵と、同じく未来の大阪府警刑事部部長遠山銀司郎だったのだ。ということで、まあ服部平次と遠山和葉に邂逅したというわけで。平ちゃん(呼び捨ては嫌と言ったらこう呼べと言われた)と和葉ちゃんとは夏休み中ずっと一緒にいたのでかなり仲良くなった。八月末に帰るときには二人とも泣きながらまた会おうといってくれた。東京に帰ってきてからしばらくは関西弁が移ってしまっていて笑われてしまった。

 

そうそう、保育園では新しいクラスになった。クラスはサクラ組であの幼女二人組とまたまた同じところだった。一年間彼女たちと過ごしてみたが園子ちゃんはもう原作の高校生のときのようにお転婆娘でよく男の子と喧嘩しては泣かしていた。蘭ちゃんは優しい性格で若干泣き虫。そんな俺は、まあ子供たちの相手は苦ではなくトリコ世界ではよく孤児院に出入りしていた経験から喧嘩の仲裁、おままごと、アクションムービーの真似事(危ないと怒られた)、仲間外れが出ないように立ち回る、なんてことをしていたら通信簿に「たつとくんはみんなのことをよく見ているお兄さんのようです。お兄さんと言うよりもう一人先生がいるようでチューリップ組で一年問題がなかったのは彼のおかげです」なんて書かれていて両親には苦笑された。

「今日から新しいクラスだけど新しいお友達と仲良くするのよ?たっくんのことだから心配はしてないけど」

「うん、でも蘭ちゃんと園子ちゃんも一緒だし大丈夫だよ」

「そうね、あの子たちも一緒だもんね。何か困ったことがあったら守ってあげるのよ?男の子なんだから」

「もちろんだよー」

 

保育園へ行く途中、母さんと手をつなぎながら今日から始まる保育園についての話をした。心配ないと言われるのは嬉しいが、結局どうしても保護者というか父兄目線で接してしまうのはどうしようもないな。ごめん、母さん子供らしくない子供で。

 

「おはようございます!今日からサクラ組の先生になった、江舟論介です。皆さん仲良くしてね!」

「「「「「「「はーい!えふねせんせー!!」」」」」」」

 

無事保育園についた俺は母さんと別れて自分のクラスに行き、朝のあいさつの時間まで前のクラスで一緒になった子たちと遊んで時間をつぶしていた。そして時間になりサクラ組担当となった江舟先生が挨拶をとなった。彼はいつも笑顔で子供たちにも大人気の先生だ。だけど最近思いつめているというか、何かに葛藤している様子が見えるけどどうしたんだろうな。

 

「それじゃあ、みんなレクレーション室に行こうか。他のクラスの子もいるけどみんな仲良く遊ぶんだよ」

 

おっと、いつの間にやら朝のあいさつの時間が終わってレクレーション室に移動になったようだ。っと、その前に

 

「先生」

「どうしたんだい、龍斗君?」

「ちょっとトイレに行ってきていい?」

「ああ、いいよ。僕はみんなをレクレーション室に連れて行かないといけないからついて行ってあげられないけど他の先生を……と思ったけど、龍斗君なら大丈夫かな?」

「ははは……はい、大丈夫です。一人で行けます」

 

どうやら、江舟先生にもしっかり俺の評価は伝わっているようだ。さてと、トイレをさっさと済ませてレクレーション室に行くとしますか。みんな仲良く遊んでるといいんだけど…

 

「ほら、二人とも握手して!はい、これで仲直り!」

 

おいおい、俺がトイレに行って帰ってくるまでそんな時間かかってないのになんで喧嘩してるんだい園子ちゃん?しかも泣いているのは男の子だし。

 

「なにがあったの?」

「あ、たつとくん。あのね、らんちゃんのバッジがちがうっておとこのこたちがとりあげたからそれをとりかえしたの!でも、びりびりになっちゃって」

「うん、でもおかあさんがつくってたところみてたからだいじょうぶだよ!」

 

あー、これは男の子たちが悪いな。でもしっかり怒られてみたいだし俺が更に何か言わなくてもいいか。それにしても蘭ちゃん強がって泣かないようにしているのが丸わかりだな。でも何でもかんでも世話を焼くのも良くないし……ダメそうなら後でフォローするとして様子見かな。

 

「そっか。じゃあピンクの画用紙とペンとはさみ持ってくるね」

「ありがとう、たつとくん。でもいまはいっしょにあそぼ?」

 

そういって、俺をおもちゃのある方へ引っ張っていく蘭ちゃん。まったく、子供なのに気使い過ぎだって。

 

「まってよーらんちゃん、たつとくーん」

 

 

お昼食べ、お昼寝の時間になった。トイレに近い方から蘭ちゃん、園子ちゃん、俺の順に並んで横になった。蘭ちゃんが寝る前にバッジを作る材料をとってきたみたいだから寝る時間を削って作るみたいだな。……まったく優しい子だよホントに。

 

「ぐす、ぐすっ。もう少し、もう少しで……」

 

鼻をすする音に涙が落ちる音。これは起きてフォロー入れるかな。流石に子供が泣いているのは耐えられん。

そう思い、起き上がろうとしたとき、

 

「オレにもつくってくれよ。それ、サクラだろ?」

 

蘭ちゃんの枕元に小生意気そうな見慣れない子供がいた。……いや、確かにこの保育園では見たことがない子だ。なるほど、今日だったのか。

 

「だからわかったんだよ、オメーがサクラのバッジなくしてビービー泣きながらサクラを作ってる泣き虫だってな」

「「「「「「「ワ――ッ!!!!!」」」」」

 

彼がなぜサクラがわかったかを解説し、それを聞いていたまだ眠ってなかった子供たちが歓声を上げた。

 

「あー、新ちゃんこんなとこにいた!」

 

蘭ちゃんや園子ちゃんと話していたその子を新ちゃんと呼ぶ帽子にサングラスの女性が部屋に入ってきた。あの人は……

 

「新ちゃん、ネームプレートどうしたのよ、せっかくサイン会場まで取りに行ったのに」

「どっかになくした」

「うそでしょーー!?もう」

「だからこの子にサクラのバッジを作ってもらおうと思ったんだよ」

「この子?あら。もしかして英理ちゃんとこの蘭ちゃん?同じ保育園だったのね!!」

 

どうやら、サクラのバッジの補充は江舟先生によると来週になるようだ。しかし、なくしたねえ……

 

「サクラがほしいならつくったこれあげるよ。おなまえは?」

「く、くどうしんいち!サクラぐみだ!!」

「はいできたよ。」

「あ、ありがとな。」

「でもこれあげるからやくそくしてよしんいちくん……わたし、なきむしじゃないもん。なきむしじゃないからもうなきむしだなんてよばないで!!!」

 

これが俺が単独での、原作の主人公工藤新一との初邂逅となるのだった。

 

「え、ゆきちゃんが保育園にきたの!!?」

「うん、それに新一って子が保育園に新しくきたよ」

「なるほど、新一君の入園手続きで来てたんだね。葵、なにか包んで挨拶に行こうか。どうせすぐ真ん前だし」

「そうね、。でもゆきちゃんもこっちに帰ってきてたなら教えてくれてもいいのに」

「もしかしたらびっくりさせようとしていたのかもね。ならこっちから行って逆にびっくりさせようか」

 

夕方になり帰宅してから今日あったことを母さんに話すと工藤邸に挨拶に行くことになった。あの後、入園手続きは無事終えられたようで工藤親子は3時前には保育園を後にしていたので出かけたりしてないならあの豪邸にいるはずだ。

結局、昨日作った母さんお手製シフォンケーキと俺作のミックスナッツのパイを包んで挨拶に行くことになった。それで夕飯の予定がないようならうちで食べようと誘うつもりらしい。

鉄門を開き、玄関でチャイムを鳴らすと、中から女性の声が聞こえた。

 

「はーい」

「こんばんは、ゆきちゃん!帰ってきてたなら連絡してよーもう!」

「え!?葵ちゃん!?なんで!!?ビックリさせようと思って誰にも言ってなかったのに!!」

「やっぱりそうだったんですね」

「あ、こんばんは龍麻さん。それに後ろの子は龍斗君!大きくなったわねえ」

「その龍斗のおかげよ。今日ゆきちゃんが帰ってきてるって分かったのは」

「今日、保育園に行きましたよね?実は毛利さんのところの蘭ちゃんだけでなくうちの龍斗も同じ保育園なんですよ」

「え、そうだったんですか。ごめんね、龍斗君、全然気づかなかなくて」

「ううん、だいじょーぶだよ。こんばんは、ゆきおねーちゃん」

「それでなんですがね、もしよろしければ再会を祝して夕飯に招待したいと思いまして。ご予定のほどは大丈夫でしょうか?」

「まあ!!ええ、優作も帰ってきてますし今から夕飯を作ろうかと思ってたところなので」

「母さん、誰だよその人たち」

 

夕飯の誘いをしてると、廊下の奥から歩いてきた男の子がそういった。

 

「あ、新ちゃん。この人たちはママのお友達の人たちでお夕飯のお誘いに来てくれたのよ。二人の料理、とっっっても美味しいんだから!今から行くからパパを呼んできて貰える?」

「ああ、わかったよ」

 

そういうと、新一君はまた奥の方に引っこんでいった。

 

「それじゃあ、優作さんが来たら移動しましょうか」

 

 

その後、合流した優作さんと新一君に自己紹介をして(保育園での口調について上から目線だと友達が出来ないぞと一応注意したら「ホームズの言ってることだから良いんだよ!」とよく分からない返事をもらった。)、そのまま家に移動し、食事となった。

 

「まさか、『料理の神夫婦』の料理を頂けるとは、夢にも思いませんでしたよ」

「本当。この後は葵ちゃんのデザートも待ってるし、うーんたのしみ~。どう?新ちゃん、龍麻さんのお料理は?」

「すっごく、うめえ……」

「もう、うめえじゃなくて美味しい、でしょ。龍斗君は毎日食べれてうらやましいくらいね。お父さんの料理は好き?」

「うん大好き!でも一緒にお料理作るのもすきー。」

「え、もう料理を手伝ってるの!?だってまだ新ちゃんと同じ四歳でしょ!?」

「ええ、この子私たちに似たのか、すっごくセンスがいいのよ。今日はないけれど絶対今度食べてみて。びっくりするわよ」

「そうか、じゃあ未来の料理人さんというわけだ。私がもっと有名になってパーティでも開いたら料理をお願いしてもいいかい?」

「もちろん!!美味しい料理をいっぱい作るね!!」

 

工藤と親交を深めながらまったりと時間は過ぎ、デザートが出た後は大人は大人同士子供は子供同士で分けられた。おかげで新一君とゆっくり話す機会が持てた。

今日のことを話していると、江舟先生が変だ、悪いやつだと言っていたので理由を聞いてみると蘭ちゃんをすっごい怖い顔で見ていたというのだ。俺にも気をつけてくれといっていたが……うーん、一応気をつけておくか。未来の名探偵の言うことだしね。

 

「じゃあな、龍斗。お休み、また明日な!」

「お休み新一君、また明日ね」

 

食事会もお開きとなり、工藤一家を外までお見送りした後俺は風呂に入りそのまま床についた。

 

 

数日後、俺は新一君に連れられて工藤邸の書斎にいた。すげえ、原作では何度も出てきて目にしていたけど実際に入ってみると圧巻だわ。ここほんとに日本か?てか図書館?これ全部推理小説かよ。

なんてことを考えていると、最近の不審な点を列挙し終わり、「あいつには負けない!」宣言をして新一君は出て行った……おいおい俺は放置か、連れてきたのは君だろうに。

 

「まったく。自分で連れてきたお友達置いてっちゃうなんて。あとでお説教ね。ごめんね、龍斗君」

「ううん、気にしてないよ。新一くんに言われて先生をこのところ見てたけど江舟先生確かにちょっと変だったよ。蘭ちゃんばっかりかまうから他の子からやっかみが多くなったりしてるし。前の江舟先生はそんなことしてなかったのに。それに……」

「それに、なんだい?気になっていることでもあるのかい?」

「うん、なんか蘭ちゃんの飲むお昼のお茶、他の子たちのと違って変なにおいがする。あれは美味しくないものだと思う」

「美味しくない?」

「あれは入れちゃいけないものが入っている……と思う。多分。席が離れてるから確かとはいえないけど」

 

そう、生前トリコ世界で鍛えた感覚がほんの少しだけだが戻った。それで注意深く観察するとお昼に江舟先生が渡す蘭ちゃんのお茶にだけ違和感があった。もう少し戻っていたら何が入っていたかまで分かるんだが。今はこれが限界だ。しかし、江舟先生が何かたくらんでいるのは間違いなさそうだ。

 

「すごいな、龍斗君は。小さくても立派な料理人と言うことか。分かった。今日はありがとう。これからも新一と仲良くしてあげてくれ」

「うん。あ、それとぼくが作ったマカロン持って来たんだ。後で食べて」

「あら、葵ちゃんが言ってたのはほんとの事だったのね。全部一人で?」

「うん。じゃあおやすみなさい!お邪魔しました」

 

本当に驚いた様子の優作さんがそういい、俺も教えたいことと渡したかった土産も渡せたので挨拶を済ませて自宅に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有希子、龍斗君は本当にすごいよ。彼の嗅覚は人の範疇を超えている。」

「どういうこと優作?」

「新一の話から、先生が蘭ちゃんに何らかの薬物、おそらくは睡眠薬を飲ませているのはまず間違いない」

「ええ、それって大変なことじゃない!!?」

「ああ、だから明日一日様子を見てくるさ。そして、彼のことだ。彼はお茶に入れられた睡眠薬のにおいに気づいたんだ。子供の味覚は大人の3倍。他の感覚も敏感だからおそらく使われた薬物は無味無臭。しかも子供だから大人に使う量よりもずっと少ない。それなのに気づいた。しかも席が離れていたからといっていたからコップを持ってかいだわけではなさそうだ。彼の嗅覚は警察犬並みだよ」

 

優作はそう言い、龍斗が出て行った扉を見つめ彼が置いていったマカロンに口をつけた。

 

「!!?これは……有希子、これを食べてごらん」

「龍斗君が作ったマカロン?……なにこれ!!?葵ちゃんが作ったお菓子みたいに美味しいじゃない!!?これ、あの子が一人で作ったって言ってたわよね?」

「ああ、あの歳でこれだ。このまま成長したらどんな傑物になるか。新一もすごい友達ができたもんだ」

 

彼にどんな影響を受けてどんな成長をするのか、わが息子ながら将来が楽しみだよと優作はつぶやくと静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工藤邸に行って三日後。いつものように保育園に行った。今日はあいにくの空模様で外で遊べず室内で遊ぶこと中心になりそうだ。今日の江舟先生は……ああ、これはやばいな。あれは確実に何かやらかす顔だ。そう思い、今日は朝から警戒することにした。

「どうしたの、新一君」

「龍斗……新一で良いってのに。まあいいや。お前も一緒に見張ってくれ。あいつぜってー悪いことするから、蘭をまもらねえと」

 

お昼寝の時間になって少ししてからトイレの前に仁王立ちしている新一君に聞いてみるとどうやら優作さんの指示らしい。なるほど、彼が四歳児を危ない目にあわせるとは思えないから裏で解決するつもりっぽいな。ま、付き合ってあげよう。

 

「わかった。何かあったら僕も(二人を)守るよ」

 

 

結局、何かが起こるわけでもなくその日は終わり数日後江舟先生は保育園を去って行った。

……新一君、女の子に泣きたいときは泣いていいなんてセリフ、四歳児がかます言葉じゃないぞ。君の将来が心配です。

 




ここから、原作にあったお話を参考に書いていきたいと思います。

前書きに該当箇所を記載するのでよろしかったら参考にしてください。


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第四話 -工藤新一少年の冒険-

このお話は原作55巻のFILE6~9が元になっています。

あらすじに「捏造・独自設定あり」を追加しました。

早く、コナンになって貰いたいですが、自分が書くのが遅いのではどうにもなりませんね……


江舟先生の件が終わり、その後これといった事件に遭遇することもなく平和な保育園生活を送った。幼女二人組に幼児が加わり俺も含めて四人でつるむことが多くなり、保育園だけでなく三人で近所に探検に出かけたり園子ちゃんの家でかくれんぼをしたりするようになった。呼び方も新一君から由希子さんみたいに新ちゃんと呼んだら反応が面白かったので新ちゃんにした。

冒険した日は、流石は未来の名探偵といえばいいのか、好奇心の塊のような新ちゃんが色んな所を駆けずり回るので夕方に蘭ちゃんを送っていく頃には泥泥になっていた。そのことで二人は英理さんにこっぴどく叱られていた。俺?俺も最初の頃は一緒に怒られていたけど、俺がきれいな服であること(俺自身戻ってきた力に慣れるためにそしてなにより服を汚して母さんに迷惑かけたくない一心で汚れないように立ち回った結果)、二人を風呂に入れたりしていたらいつの間にか保護者のような立場に見られたようだ。一回、本気で危なかった時があってそれを烈火のごとく怒っていたら偶然毛利夫妻にそれを見られたのも大きい。英理さん曰く、あの時の俺は後ろで見ていた自分も冷や汗が止まらないくらいの剣幕だった。小五郎さん曰く、あれは今まで相手をしてきたどんな凶悪な犯罪者も震え上がる形相だった、そうだ。だから蘭ちゃんはその件があってから「新一君と遊ぶときは龍斗君の目の届くところで」と言われているそうで、必然三人で遊ぶことが多くなったというわけだ。

 

盆や年末年始には京都にある父さんの実家に帰りそこで平ちゃん、和葉ちゃんと親交を深めた。一回たこ焼き器を持って遊びに来たので腕を振るった結果、服部一家と遠山一家双方に好評を頂いた。

夏に遊びに行ったときにかき氷を作ってあげたら平ちゃんに「なんで、水道水の氷から作ったかき氷なのにこんなに味が違うんや!!?」と言われ二人して沢山おねだりされたので、頭が痛くなるよーっと言いながら作ったのはいい思い出だ。案の定その後二人して唸っていたのには笑ってしまったが。

 

 

そんなこんなで、割と楽しい保育園生活も昔の事。ついに、小学生となった。もちろん通うのは帝丹小学校。父さんと母さんは当初の予定通り俺が保育園を卒業して、そしてこちらは想定外なことに俺が料理が出来る事もあり活動範囲を国内のみから国外へと広げた。掃除や洗濯は家政婦さんを雇い、食事は俺が自炊するというわけだ。約四年ぶりとなる海外での依頼解禁ということでこれまたひっきりなしにきているそうだ。休みには帰ってこれるようにするらしいけど、やはり離れるのは少し寂しい。

 

小学校に上がっても俺ら三人は変わらずよく一緒に遊んでいる……そう、三人なのだ。小学校に上がって暫くしたら突然新ちゃんがつるまなくなったのだ。学校でも、学校が終わっても。多分、女の子といつもいることをからかわれたりしたんだろう。俺にもよくからんでくるが何を今更とかわしていたら、エスカレートして矛先を蘭ちゃんたちに変えたのでお灸をすえたらそれ以降はしてこなくなった。

こればっかりはなあ。振り返ってみれば子供だったなあと思う事なんだけど、今実際に新ちゃん子供だしな。何かきっかけがあれば……

 

「ねえ、龍斗君。わたし、新一と仲良くしたいよ」

 

小学校が終わり、いつもは三人(園子ちゃんは執事さんが迎えに来ている)だったのが最近は二人だ。新ちゃんはさっさと帰り、おそらくはあの膨大な書籍数を誇る書斎にこもって本でも読んでいるんだろう。

 

「うーん、なにかきっかけがあればいいとおもうけどね。そういえば蘭ちゃん『毛利』って呼ばれてるけどなにがあったの?」

「うん……休み時間に一緒に遊ぼうと思って新一って呼んだら「いつまでもガキじゃないんだから工藤君って呼べよ」って言われて。私の事も毛利さんって呼ぶからって……」

 

あー、あー、あー。まあ予想してた通りかあ。その時のことを思い出したのか蘭ちゃんはさびしそうな顔をしていた。しかし『ガキじゃない』と来ましたか。小学校一年生が何を言いますかね。

 

「今度、無理やりにでも放課後連れ出して遊ぼうか。僕も最近新ちゃんと遊んでないしね。僕の誘いなら断らないと思うし。それに新ちゃんは恥ずかしがってるだけで蘭ちゃんのこと嫌いになったとかじゃないから安心して」

「わかった。ありがとね。龍斗君、相談に乗ってくれて。龍斗君、おにいちゃんみたいだね」

「ははは……」

 

こっちでも『兄貴分』かあ。たわいもない会話をしながら、少しだけ元気の出た蘭ちゃんを自宅まで送り俺も帰路についた。

 

あれから数日、中々タイミングが悪くて遊びに誘えない日々が続いた。蘭ちゃんに用事が入ったり俺がパーティに連れていかれたり。あ、気になって園子ちゃんに俺の事をどう思ってるかと聞いてみると「面倒見のいい親戚のお兄ちゃん」との返事をもらった。というか、あの保育園に通ってた同年代の子たちはみんな俺の事をお兄ちゃんみたいだと思っているそうだ……いや、うん。振り返ってみればそう思われるのも仕方ないのか。うん、この件は忘れよう。

 

「え?お化け!!?」

「うん、満月の夜には図書室にはこわーいお化けが出るんだって」

「そ、そんな……」

「そのお化けは、不気味な鳴き声で変な帽子をかぶってるんだって……」

 

んん?いつもの通り休み時間三人で話していたら二人が何やら盛り上がっていた。

 

「どうしたの?二人とも」

「園子ちゃんが……」

「龍斗君!お化けが出るのよお化けが!!」

 

園子ちゃんが言うには図書室に本を持ってきていたおじさんが図書室にまつわる怪談話を教えてくれたというのだ。

 

「二人とも落ち着いて。お化けが出るのは満月の、しかも夜だから僕たちには何の問題もないよ」

「そ、そっか。お日様が出ているときは安心だよね。ね、園子ちゃん」

「う、うん言われてみればそうね。よかったー」

「それより、このこと新ちゃんに言ってみれば?よく図書室に行ってるし怖がって行かなくなるかもしれないし、お話の話題にもなるし」

「あ。そ、そっか。うん、言ってくる!ありがと龍斗君!!」

 

笑顔で新ちゃんに近寄っていく蘭ちゃん。最初は邪険に扱おうとしていたが話を聞いているうちに興味を持ったらしい。そこから話が弾んだのか前みたいに笑いあう二人がいた……よかったよかった。その様子を笑いながら見ていると園子ちゃんに

 

「大変だねえ、おにいちゃん♪」

 

と言われてしまった。ひ、否定できぬ。

 

 

次の満月の日。俺は蘭ちゃんにあの話を新ちゃんに伝えることを提案したことを後悔していた。なぜなら……

 

「し、新一ぃ、やっぱり行くのやめようよ。こんな時間に学校に行くの」

「だからオメーは帰れっていってるだろ。俺と龍斗だけでもいってくるから」

「だって、二人ともお化けに食べられちゃうかもしれないし」

「バーロー!この世にお化けなんていやしないんだっっつうの!!」

 

俺の阿呆、好奇心の塊の新ちゃんにお化けなんて非科学的なこと教えたら絶対正体を確かめてやるってなるに決まっているかじゃないか。それを心配になった蘭ちゃんまでこんな時間抜け出して。小さいころからの習慣か、俺を呼んだのはグッジョブだと言いたい。何も、この世で怖いのはお化けなんかだけじゃない。こんな時間に容姿がいい子供だけで外に出ていたら何に巻き込まれるかわかったもんじゃないからな。この事はあとで新ちゃんに説教しなきゃ。

それにしてもなーんか違和感あるんだよな。デジャヴュというかなんというか……

 

なんだかんだ言いあっている二人を見守っていると無事小学校につき、新ちゃんが予め開けていた窓から校内に侵入した。その時に不覚にも笑ってしまったのは新ちゃんに「校内に入るんだからしっかり靴脱げよ!」と怒られてしまったことだ。いや、俺が靴を脱がなかったのが悪いんだけど新ちゃんもしっかり小1なんだなあ。

 

警備員の酔いどれオジサンを躱して無事(?)図書室についた。噂の真実はカーテンと隙間風の音だった。種が割れたことで帰ろうとすると……

――本当にそう思うかい?――

 

「え?」

 

本棚の上に座っていた男がそう言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだお前!!?」

 

突然聞こえた声にオレは蘭を後ろにかばいながらそう言った。龍斗の方は……なんだよ、そんなこんな怖い顔初めて見たぞ。前かがみになっていつでも飛びかかれそうな体勢をしてるし。いつも穏やかにしていてそれでいてしっかりと悪いことや危ないことをしたら叱ってくれる、こっぱずしくていえねえけど兄貴みたいに思ってる龍斗が……今はコワイ。

 

「私かい?私は君の兄弟だよ。いや弟というべきかな?」

「弟!?」

「ああ、少々歳は離れているがね……」

 

何言ってんだコイツ!?ともかくオレ達だけじゃだめだ。

 

「おい、警備のおじさんを連れてこい!!早く!!」

 

とにかく、蘭だけでも逃がさないとっ!!ごめん、龍斗!!

 

「あれ、開かないよ!!」

「な、なんだと?!」

「無駄だよ、その扉には私の言いなりだ。私の言う事しか聞かないのさ……」

 

くっそ、どうしようもないのか。それからオレはこの男が言う挑戦を受けることにした。血が好きなんていってナイフを出してくるやつだ。三人で助かるには受けるしかない……

 

「ふっ。それでこそ工藤新一。私の兄だ……」

 

そういうと、男は袋を放り、ナイフを投げてっっっっ!!?

 

「龍斗!?」

「な!!?」

 

今まで一言もしゃべっていなかった龍斗が、袋を貫通したナイフがこっちに飛んできた瞬間俺たちの前に出て、ナイフが龍斗に……!!龍斗!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍斗!?」

「な!!?」

 

男がナイフを投げた瞬間、俺は二人の前に出ていた。ナイフの軌道は俺達三人の隙間を抜け、誰も傷つけない軌道だった……子供がびっくりして体を動かしたりしなければな!!

 

「ねえ、お化けさん。俺みたいに突然割り込むような子供がいるかもしないよ?子供は時に大人の予想できない動きをしたりするからね……」

「君のように……かい?それにしてもまさか私の投げナイフを指二本で受け止めるとはね」

 

そう、お化けさんの投げたナイフは割り込んだ俺の首元で止められていた。柄の部分を俺が人差し指と中指で挟んだ状態で。おそらくは壁に刺さったナイフに注目している間に消えようとしたんだろうが……

 

「その、体に仕込んでいる煙玉を使って消えるんだったら俺は何もしなかったよ。火薬のにおいがプンプンしてるよ?だけどね、そうせずにこいつらに凶器を向けた。それは、ダメだ」

「ッッッ!君は……これはとんだ虎の尾を踏んだかな?」

 

虎の尾?ああ、そうかもな。だが踏んだのは龍の尾だ!!

 

「ハッ!」

「!!」

ボフン!!!

 

袋をナイフから抜き、そのままノーモーションで男に投げ返した。殺す気はなかったし、ナイフは天井に突き刺さっているからおそらくは顔をかすめるくらいはしているだろう。男はナイフを投げたと見るや否や、煙玉を使ってこの場から逃走していた。今は……校庭を横切っているか。心拍数も上がっている。まあ十分脅かしにはなったようで何よりだ……うわ、刺さったナイフ、柄しか見えないって彼が避けてなかったら割とやばかったかも?俺も冷静じゃなかったってことか。反省しなければ。

 

「ふう。二人とも大丈夫?」

「う、うん」

「あ、ああ。大丈夫だけど龍斗の方こそ大丈夫なのか?すっごいコワイ顔してたしナイフが」

「しっかり受け止めたから大丈夫。とりあえず家に帰ろう」

 

さっきの様子に怯えたのかすこしぎくしゃくしていたが、扉が開かなかった仕掛けの種や袋の暗号についてあーだこーだいいあっていったら、新ちゃんを家に送ったころには元に戻っていた。

そのまま、蘭ちゃんを家まで送っていった。そういえばふと思ったが、

 

「ねえ、蘭ちゃん。新ちゃんって名前で呼ぶのはガキっぽいって言ったんだよね」

「うん」

「でもさ、よく思い出して。英理さんや小五郎さんがお互いの事なんてよんでるか」

「……あ!!」

「ね。別に名前で呼ぶことはガキっぽいことじゃないんだよ」

「そっか!!じゃあこのことを新一に言えば」

「あ、ダメだよ。せっかくだし新ちゃんがついうっかり『蘭』って呼んだ時に今の話をして上げな。今まで悲しい思いをしてきたんだしそのお返ししなきゃ。」

「そ、そうだよね。うん。わかった」

 

そして、蘭ちゃんを家に送り届けた。案の定ばれていて、英理さんがお冠だった。一応のフォローを入れておいてそのまま帰宅することになった。これから現場に向かうという小五郎さんが途中まで送って行ってくれるという事なのでありがたく送ってもらい、持っていた自作の飴を渡して別れた。

ああ、これ、原作にあった気がする。そんな風に思いながら俺は睡魔に身をゆだねた。

 

 

次の日、起きてみると書置きと朝ごはんが用意してあった。どうやら、深夜に帰ってきて俺が起きる前にまた出て行ったようだ。GW中とあって国内の依頼で大変だと言っていたっけ。最後の方は時間とったから遊びに行きましょうねと言われたのを思い出した。さて、遅めの朝食も済ませたことだし新ちゃんの様子でも見に行きますかね。

 

んん?なにやら工藤邸の前に三人の大人が。

「こんにちは。優作さん、有希子さん、英理さん」

「おや、こんにちは龍斗君。新一と一緒に行ったんじゃなかったのかい?」

 

どうやら、蘭ちゃんと新ちゃんは阿笠博士に頼んで暗号が示す杯戸港に行ったらしい。おいおい、置いてきぼりか?

 

「それじゃあ、私は初公判の準備があるから。龍斗君、あの二人が悪いことをしたらしっかり叱ってあげてね?」

 

そういって、英理さんは帰っていった。色々と集中したいと言っていたので気分がすっきりするように配合したミントキャンディーを渡した。

 

「そういえば、有希子も今日君が弟子入りした奇術師の人と会う約束があったんじゃなかったかい?」

「あー、そういえば!」

 

ん?マジシャン??弟子入り……満月の夜…図書室………あ

 

「あーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「ど、どうしたのそんな大きな声を急に上げて。というか、龍斗君のそんな大きな声初めて聞いたわよ?」

「う、ううんなんでもないよ」

 

やっぱり、これ原作にあったやつか!先代怪盗キッドと邂逅する話。ってことは由希子さんの会う相手ってのは……

 

「ねえ、有希子さん!!」

「なあに、龍斗君」

「俺も、そのマジシャンって人に会ってみたい。ついて行ってもいい?」

「え?いきなりどうしたの?」

「だめ?」

「ダメじゃないけど……」

「有希子、連れて行ってあげなよ。めったにない、龍斗君のワガママだよ?彼にはいつも美味しいものをごちそうになっているんだし」

「そうね。もしかしたら葵ちゃんも言われたことがないかもしれない龍斗君のワガママだもんね。わかったわ。準備してくるからちょっと待っていてくれる?」

 

そのまま、有希子さんと一緒に待ち合わせをしているというレストランへとやってきた。最初は二人で話がしたいという事だったのでレストランの外で時間を潰すことにした。

本屋などで時間を潰し、もういい頃合いかと思いレストランに向かうと

 

「それはエクスクラメーションマークひとつ……ですね?」

「え、ええ。でもどうして」

「ふっ……流石は私の名付け親だ」

 

うん、どうやら話は一段落していたみたいんだな。

 

「あ、そうそう。実は私も子供を連れてきてたんですよ。私の親友の子供なんですけどあなたのファンでどうしてもと」

「ほう、それは嬉しいですね。その子はどこに?」

「丁度来たみたいですよ。ほら、先生の後ろに」

 

その言葉に後ろから近付いていた俺に向き直った男性は顔一瞬強張らせ、次の瞬間にはすぐに取り繕い笑顔を作った。

 

「こんにちは、黒羽盗一さん。俺、黒羽盗一さんのファンの緋勇龍斗って言います。よろしくお願いします」

「あ、ああこれは礼儀正しい子だ。この快斗にも見習わせたいくらいだ」

「今日は盗一さんにマジックについて聞きたいことがあって有希子さんにどうしてもって頼んだんだ……あれ?どうしたの?顔、怪我しているの?」

「!!っ」

 

そう、彼の顔には左のほほ骨の下からこめかみに向かってテープが貼ってあった。俺が投げたナイフがかすった跡のようだ。

 

「昨日ちょっと失敗してしまってね」

「盗一さんでも失敗することがあるんだね」

「ああ。私は華麗で完璧なマジックを信条としている。が、物事に完璧などない、どんなイレギュラーがあるかわからないという基本的なことをすっかり忘れていたようだ。この傷はそのことを思い出させてくれたよ」

イレギュラーが起きても臨機応変に対応して完遂するのが腕の見せ所だがね。そう続けて盗一さんはカップに口を付けた。ふむ、思った以上に昨夜の件について考えてみてくれていたようだ。

 

その後しばらく歓談した後、有希子さんの取材の時間が終わったということでお開きとなった。

途中、快斗君がマジックを見せてくれたのでお礼に『おいり』を贈った……ら、「うめえうめえ!」と止まらない様子だったので「お母さんの分が無くなったらお母さん怒るよ?」と言うと、ぴたりと手が止まった……どこの家庭も母は強しなんだなあ。

 

 

GWが明け、久しぶりの登校となった。朝学校に向かうために家を出ると新ちゃんが待っていた。

置いてきぼりを食らって以来久々に会った。

 

「おはよう、宝探しに俺を置いて行った新ちゃん?」

「うっ。悪かったって。でもまたお前が俺達のために無茶するんじゃないかって思ってよ」

「……なんてね。冗談だよ。別に怒ってないし。多分だけど今回は俺が一緒に行かなくてよかったと思うしな。それより宝は見つかった?」

「ああ、すっげえきれいな夕陽だったぜ!」

「夕陽?」

「ああ、あの暗号はな……」

 

暗号は、優作さんが優作さんの友人に頼んで新ちゃんを家から出すために一芝居打って渡したものだという推理を披露してもらった。この事実に気付くのはまさか二度目の小学生をするときになるとは夢にも思わないだろうなあ。

 

「なるほどねえ。あ、そういえばちょっと遅くなっちゃったけど誕生日おめでとう。学校終わったら俺が作ったケーキ持っていくね……あ」

「マジか!くう、今から放課後が楽しみだぜ!!ってどうした?」

「いつもと同じ癖で蘭ちゃんとこに来ちゃった」

「ん?ああ、いいじゃねえか。蘭と一緒に行っても」

「お?おお?新ちゃんどーしたのかなー?蘭って呼んでるぞーー?」

「う、うっせーな。いいじゃねえか別に!ってか、蘭に余計なこと吹き込んだの龍斗だろ!?」

「余計なことって何のことかなー?」

「蘭の両親が名前で呼び合ってるから名前で呼ぶのはガキじゃないってやつだよ」

「ああ、あれね」

「あれってあのふたりはふ、ふ、ふうh……」

「おはよー!!新一、龍斗君!!」

 

顔を真っ赤にして何かを言おうとした新ちゃんのセリフを遮るように蘭ちゃんが来た……ふっふっふ。やっぱり新ちゃんは気付いたか。夫婦で名前を呼び合うのは自然なことだって。これはちょっとした俺の悪戯だよ。

 

「あれー、新一顔赤いよ?」

「バーロー、なんでもねーよ!ほ、ほら学校に遅れちまうぞ!!」

「あ、待ってよー」

 

顔を赤くした新ちゃんが走って学校に向かい、それを追いかける蘭ちゃん。よかったね、蘭ちゃん。

 

 

「蘭ちゃん、蘭ちゃん!今度は図書室の天井から変な棒が生えてきたって!なんか先生たちが頑張って抜こうとしてるんだけど天井裏が丁度コンクリートで全然抜けないんだって!」

 

……あ、忘れてた。

結局、あのナイフは天井から抜けずに放置されることとなった。

 




初代怪盗キッドのキャラ付けは独自設定です。
この話から主人公の一人称が僕から俺に変わります。

新一と蘭の話って全然ないんですよね。同じく大阪カップルの子供の話も。
アニメとかで回想で出てくるのを集めようにも膨大ですし。

今分かってるのが少ないので小学生編はあと2、3話で終わります。多分。



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第五話 -さざ波の邂逅、他色々-

今日、6/21は青山剛昌先生の誕生日。先生、おめでとうございます!
そしてお気に入り登録100人越え、有難うございます!これからもがんばります!!

このお話は原作91巻のFILE7、原作92巻のFILE2~4、MAGIC FILE3(OVA) 新一と蘭・麻雀牌と七夕の思い出が元になっています。

活動報告にて、アンケートを実施しております。とあるキャラの生死についてです。ご協力お願いします。


「新一、龍斗君!ほら早く早く!」

 

あれから2カ月経ち、今日は七夕だ。俺達三人は商店街の七夕祭りに来ている。蘭ちゃんは初めて浴衣を着せてもらったらしく大はしゃぎだ。

 

「ったく、そんなはしゃぐなよ。恥ずかしい」

「まあまあ。せっかくのお祭りなんだしいいじゃない」

「そうだよー!ほら新一も楽しもーよ!」

「わーった、わーった!わかったから引っぱるなって!!」

「お。蘭ちゃんこっち向いて笑ってー」

「?はーい!!」

パシャ!

 

せっかくだし家にあった使い捨てカメラで二人の写真を撮ってあげた。こういう小さい時の写真は大きくなったとき思い出を振り返るのにいいからね。

 

「いきなり写真撮るんじゃねえよ、龍斗」

「撮ろうとしたら逃げるじゃん新ちゃん」

「あったりまえだ!写真とかとるのは母さんだけで十分だっつうの!!」

 

そういや、ことあるごとにパシャパシャ撮ってたな由希子さん。成長記録とか何とか言ってたっけ。愛されてるねー……うちの母さんも変わんないか。

 

「思い出だよ思い出。絶対大人になってから感謝するからいっぱいとってやるぞー。はいパシャリと」

「あー、もう!祭り楽しむんだろ?行くぞ!!」

「そうだね、行こう龍斗君!」

 

どういっても俺が撮るのをやめないことを悟ったのかさっさと祭りを楽しむことにしたらしい。

三人で出店を回ったり、短冊にお願い事を書いたり、三人で写真を撮ったりと大いに祭りを楽しんだ。

 

一学期の終業式も間近に迫ったある日、俺と新ちゃんがサッカーをして遊んでいると蘭ちゃんが走って駆け寄ってきた。

 

「新一、龍斗君!古い倉庫に魔法のひもがついているのを見つけたのー!」

「魔法の紐?んなモノあるわけーねーだろ!」

「なんで魔法の紐?」

「だってさー!見た事の無い文字がいーっぱい書いてあったんだもの!」

 

俺達三人はそう言う蘭ちゃんに連れられてその倉庫に来た。確かに変な文字が書いてある紐が扉の取っ手に結び付けられているな。

 

「とにかく、ほどいて先生に見せようぜ!」

 

そういってほどこうとした新ちゃんに

 

「ダメダメ。それはこの倉庫にいる恐ろしい魔物を封じ込めた、魔封じの紐なんだから…」

 

そういって、遮った男性がいた。結局蘭ちゃんが怖がり、またその男性がそう言えばこの中が危ない古い倉庫で遊ぼうとする子供がいなくなるだろう?と続けた言葉に新ちゃんも納得したのか、そのまま校庭に戻った……あの人、何者だ?

 

 

 

 

一学期が終わり、小学生初となる夏休みに入った。毎日の一言日記、算数のドリル、読書感想文などなど定番の宿題を出来るやつをさっさと片付けて俺は父さんと母さんにくっついて色々なパーティに参加した。そこで沢山の知り合いが出来たが、おそらくはあの中に原作で登場した人物も何人かはいたし、実際はもっといたと思う。原作なんて、印象深いもの以外はほとんど覚えちゃいないがメインの人はうろ覚えでも覚えている。現に……

 

『初めまして、坊や』

『こ、こんにちは。タツト・ヒユウです』

『あら、英語がしゃべれるのね』

『少しだけ。料理の本を読むために勉強したから』

『あら、龍斗君英語しゃべれるの。すごいわねえ』

『すごいって。知らないで私に話しかけさせたの?まあいいわ。それで、有希子。この子は誰なのよ。ヒユウってことはもしかして……』

『待った。龍斗君もいることだし日本語でしゃべらない?』

『……いいわよ。それでこの子はまさかあの緋勇夫婦のお子さんなの?」

「ええ、そうなのよ。今日のパーティで料理を作ってくれているのが葵ちゃんたちでね。手が離せないからって私が預かったの」

「そういえば、『お菓子の女神』とあなたは親友だったわね。そして納得が行ったわ。なぜ引退したあなたがこの会場に来ているのか。いつもは招待されても来ないのに」

「そりゃあもちろん、葵ちゃんたちが料理を担当するからよ♪」

 

今日はアメリカで開かれたとあるパーティに来ていた。なんでも世界を代表する俳優・女優が一堂に会する栄誉あるものらしくこれに参加するという事だけで箔がつくらしい。そして目の前で俺の視線に合わせて膝をついている女性。まさかこんな形で出会うとは。しっかりと覚えているよ。

 

「それで、シャロン。どう?この子。新一が来れなかったからもう一人の息子とも思ってる龍斗君を紹介したけど」

「と、いきなり言われても……とても綺麗な目をしているわね。それにとても素直そう。うちの娘と交換したいくらいね」

「そうね!ほんっとうに新ちゃんも龍斗君の1%でも素直だったらいいのに……あ、龍斗君持ってきてくれた?」

「うん。さっき厨房借りて。でも簡単にできるものしかできなかったよ?」

「いいのいいの。ねえシャロン。この子はすごいのよ。だから彼がもっと大きくなったら手を貸してあげてほしいのよ」

「??まあいいわ。これは……マフィン?頂くわ」

「私も貰おうっと。うーん、やっぱり美味しいわね!龍斗君流石よ」

「一応、カロリー控えめになるように工夫したけどどう?」

「そうなの?それにしても、味が薄いとかはないわよ。普通にこのパーティで出してもいいくらいと思うわ。どうシャロン。……シャロン?」

「……え、ええ。ここまでとはね。アオイ・ヒユウの物を食べたときのような衝撃を受けたわ。これは彼一人で?」

「そうなのよ!一度家で一緒にお菓子作りしたことがあるけど全部一人でやってこの味を出してるのよ!それでどう?この子が大きくなったらシャロンの伝手を貸してあげる価値はあると思わない?」

「そうね。ここまでなら私が何かしなくても上がっていけると思うけど何かあったら手を貸してあげましょう。よろしくね。改めまして、シャロン・ヴィンヤードよ」

 

まさかのベルモットさんですよ。流石にこの人は覚えていた。どうしてこうなった。まあ、有希子さんの俺の将来を考えてのプレゼントだとは思うけど。父さんと母さんの伝手を借りたら両親の七光りって言われるだろうし。大女優シャロンから依頼を受けたってなればそれだけでも箔がつく。まあ、単純に親友に俺を紹介したかったってだけかもしれないけど……まあどっちでもいい人だよな有希子さん。ちょっと葵ちゃんの料理とってくるーと言って俺とシャロンさんの二人をおいていってしまった。

 

「ねえ、龍斗君……あ、龍斗君って呼んでも良いかしら?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、龍斗君。君はご両親は『神』って呼ばれてるけど神様って本当にいると思う?」

 

シャロンさんはとても一言で良い表せない瞳をして俺に聞いていきた。

 

「神様?」

「ええ。あなたは現代に現れた神と女神の子供。そのあなたは『神様』ってどう思っているのかしら?」

「んー。僕はいると思うよ」

てか、白玉は一応神だよね?

「あら、それなら良いことをしている人がとても辛い目に合うのはどうしてかしら?私には神様は微笑んでくれなかったわ」

「んー……神様の役割は生きてる人を見守ることじゃないんじゃないかなー。ただそばにいる。そばに見守っている存在がいて支えてくれているという対象であることが神様の役割のひとつだと思う。だからこれからも頑張ろうってなれるんだ」

「なら、神様はいなくてもいいんじゃない?」

「うん。死んだ恋人さんとか家族とかでもいいんだ。でも神様はいるよ!そして神様にしかできない役割があるんだ!!」

「あら……ふふふ。なーにそれは?」

 

あ、ちょっと優しい目になってる。俺の子供らしからぬ神様の考え方には目を見張っていたみたいだけど今は子供の言うことを聞いてあげる大人の目だ。こうして見ると綺麗で優しそうな人なんだけどなあ。

 

「それは……『魂の管理』」

「!!?」

「生命は人も動物も植物も死ねばいっしょくたに混ぜられ、生前の全てを浄化される。そこに善人も悪人も老人も幼子も関係なく等しい扱いを受けるんだ。神様はその浄化作業と再分配にかかりっきりだから今生きている人のことなんか構ってられない。だから……」

「……」

 

俺の雰囲気に飲まれたのかシャロンさんは息を飲んで俺を見つめている。

 

「だから、シャロンさんは僕が笑わせてあげるよ!神様に微笑んでほしいってことはシャロンさんは今笑えていないってことでしょう?これから笑顔じゃいられなくなったら僕が笑わせるって約束!僕の料理で笑顔になって!このことは皆に自慢していいよ!だって、僕は将来『魂の管理者』になる存在だから!これってすごいことなんだよー!さっきはびっくりしてたけど…」

さあ、これ食べて笑顔になってよ!-そういいながら笑顔の俺が差し出したマフィンに、最初は戸惑っていた様子だったけど、やがてなにかしらの結論が出たのかマフィンを受け取り笑顔になってくれた。その瞳に涙を浮かべて。

 

「ありがとう……ありがとう、龍斗君。こんなこと言われたの初めてよ。……有希子」

 

丁度料理を取って帰ってきた有希子さんは泣いているシャロンさんにびっくりしていた。

 

「な、なによシャロン」

「私にこの子を巡り会わせてくれた事に感謝するわ。本当に…本当に……感謝するわ…」

「も、もう。らしくないじゃない!でもシャロンも気ににいってくれたみたいしこれからパーティーを楽しみましょう!」

 

 

 

 

あの邂逅の後、無事に帰国し(新ちゃんが一緒にいたら殺人事件でも起こってたかもしれないが)八月となり、俺はいつもの三人と夏休みを満喫していた。新ちゃんの家で本を読んだり、蘭ちゃんと園子ちゃんとお菓子作りをしたり、公園で新ちゃんとサッカーをしたり…そんなある日、優作さんが執筆と避暑を兼ねて海に行くということでお誘いを受けた。特に予定の無かった俺と蘭ちゃんは承諾し、お世話になることになった。園子ちゃんは鈴木財閥の別荘で過ごすそうだ。

 

 

誘ってもらった海に来ていた俺たちは優作さんが夕飯まで缶詰になるということで有希子さんを保護者に海に来ていた。午前中に砂浜で遊んだり、泳いだりしてお腹をすかせた俺たちは海の家で昼食を取った。

 

「それじゃあ、私はちょっと隣の海の家で買い物してくるから。食べ終わってもここにいるのよ?特に新ちゃん!勝手にどこか行かないこと!龍斗君、二人をお願いね」

「そんなことしねーよ!わーったからさっさといってきなよ!母さん」

「ちゃんと見ておきますね有希子さん」

「はーい!」

「それじゃあいってくるわね」

 

そういって、有希子さんは隣の店に向かっていった……ああ、蘭ちゃん、ほっぺたに青のりついてる。

 

「蘭ちゃん、ほっぺたに青のりついてるよ。海にまた入るけど、女の子がそんなもの顔につけてちゃいけません」

「ありがとー、龍斗君」

 

ティッシュで青のりを取ってあげて、ふと正面を向くとそこに座っていた新ちゃんがいない!?うそだろ、言われて一分も経ってないのに!?

 

「おい、オレは見てたぞ!オメーらがハエ入れているところを!」

「なんだと、小僧!ふかしこいてんじゃねえぞ!!」

「その証拠に、そのハエ。全然ソースついてねーじゃねえか。最初から入っててオメーらがほとんど食い終わる時に初めて気づいたんならハエは一番下にあったってことになる!なのに全然ついてないってことはオメーらが食い終わってから入れたってことだ!!」

「ぐっ!」

 

どうやら、ハエを入れていちゃもんつけようとしていた若者がいたらしくそれにかみついていた。うんうん、食べ物を頂いたならしっかりと感謝の意味も込めて代金を払うのは当たり前のことだ、よく指摘した……じゃねえ、何そんないかにもバカです、を体現しているような奴らに突っ込んでってんだよ!ああ、もう。てーんいーんさーん!!

あの後、すぐに海の家の従業員に説明をし来てもらった。若者たちはこっちを睨みながら店の奥で事情を聴かれるために連れて行かれた。

 

「新ちゃん!悪い奴らをどーにかしようとするのはいい!とってもいいこと!!だけど、考えなしに動いちゃだめだ。俺はいいけど蘭ちゃんがまきこまれたらどーするの!あいつらみたいなのは阿呆なんだから何するかわからないんだからね?!今は夏なんだし!!」

「わ、わかったって。でも我慢できなかったんだよ。あいつら今にも帰りそうだったし」

「……店員さんが引き留めてたろ?他の店員さんにさっきの推理を言って伝えてもらえばよかったんだよ?」

「それじゃあオレが推理披露できないじゃんか」

「こういう相手に披露しても新ちゃんの方が価値を下げるから言わなくていいの!……ま、このくらいにしとくよ。あいつらの悪行を止めたのは確かに新ちゃんの功績だしね」

「ほっ」

「おわったー?」

「ああ、蘭ちゃん終わったよ。二人とも食べ終わったみたいだし有希子さんよんでくるね」

 

説教の間もパクパク食べてた新ちゃんと先に食べ終わってた蘭ちゃんにそう言って俺は隣の海の家に向かった。

 

「すみません、連れがいるので」

「いいじゃない、お姉さん。サングラスで隠しているけど俺には分かっちゃうよーお姉さんすっげえ美人ってこと!そのお友達と一緒に俺達と遊ぼうぜ!」

 

おお、ナンパだ、ナンパされとる。そりゃあされるわなあ。藤峰有希子さんだもんなあ。でもまあ時間の無駄だしさっさと助け舟出すかね。新ちゃんから目を離すのが怖い。

 

「ママ―、お昼食べ終わったよ」

「ま、ママ?」

「うん、僕のママだよ?ねえ、ママ?」

「え、ええ。そうよこの子は私の息子の龍斗よ。コブ付きをナンパするつもり?」

「……っち。なら最初からそう言えよ」

 

そういうと悪態をつきながら男は仲間と一緒に離れていった。はあ、夏だねえ。

 

「ごめんねえ、龍斗君。ナンパを躱すために一芝居打ってもらっちゃって」

「いいよー。それにしても有希子さんモテモテだね」

「そりゃあ、私ですから。でもどうしてここに?」

「食べ終わったから呼びに来たんだ」

「そうなの?じゃあ戻りましょうか」

 

そして、戻った俺達が見たのは誰もいなくなった寂しい席だった……おいおい。

 

「もう、勝手に動くなって言ったのに!!」

「ごめんなさい、俺が離れなければ……」

「あ、ああ。いいのよ龍斗君!悪いのはうちのバカ息子だから」

「うん……じゃあ、分かれてさがそ?多分ナンパならさっきみたいに逆に子供を探しているって言えば諦めるだろうし」

「そうね、30分探して見つからなかったら一度ここに集合しましょう」

「わかった!」

 

そういって、俺は有希子さんと別れ二人を探すことにした。さてと俺も行きますかね。30分探し、有希子さんは蘭ちゃんの方は見つけたみたいで新ちゃんを探すように伝えたそうだ。……ふむ、あんまり人がいる所で力、今回は聴覚のリミッターを外すのは痛いからあんまりしたくないけど。流石に時間かかってるしね……『ねえねえ、一緒に遊ぼうぜ…』『あー、きっもちいい!!』『やっぱ、海と言えば焼きそば!』『今夜は…』『ボ、ボクは…工藤新一!シャーロックホームズの弟子だ!』お。これかな。場所は……蘭ちゃんも近づいるな……!?っち!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小僧!さっきはよくもやってくれたな!!」

「あんたらが焼きそばの容器にハエを入れてただ飯食おうとしてたのがわるいんだろうが!」

 

ほう、このボウヤ。さっきのことといい、本当に面白いな。無鉄砲で真っ直ぐで正義感があって。それに好奇心旺盛で疑問に思ったことは知るまで追及をやめない姿勢……っふ。誰かを見ているようだな。

だがこのような輩にそんな言葉を投げかければ……

 

「お前がチクんなければばれなかったんだよ!」

 

全く、子供相手に無茶をする。ここは止めるかね……ん?後ろから少年が走って……っ!!?絡んでいた男の後ろにいた仲間の頭に飛び乗っただと?!なんて跳躍力!!それに少年が乗ったことにきづかないのはどういうことだ!?いや、それは後回しでまずはこの男からだ。

 

「悪いが、このボウヤは俺の連れでね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、このボウヤは俺の連れでね。手出しは無用に願いたい。それでもというなら、相手になろう……目をえぐられ、そして君の連れはその少年に頭蓋を砕かれる覚悟があるのならね」

「え?」

 

そう、帽子の男性がいうと全員が俺の方に目を向け驚愕していた。そりゃそうだ。小1の男の子が大の男の上に立ってすぐにでも拳を振り下ろせる体勢でいたのだから。

 

「し、失礼しました―――!」

 

男たちはそういうとしっぽを巻いて逃げて行った。俺は逃走を始めた男の頭の上からひらりと飛び降りると蘭ちゃんと新ちゃんの前に飛び降りた。

 

「あいかわっらず猿みたいな身のこなしだな龍斗」

「猿……まあ関係もなくもないかな」

「は?」

「いやなんでもないよ。それにしても新ちゃん。有希子さんから席で待ってるように言われてたでしょうが」

「……あ。い、いやオメーが悪いんだぞ。あの説教のせいで完全に忘れてたじゃねえか!!」

「え、へ、あ。な、なんかごめん?いや、おかしくないかそれ?」

 

どうやら、あの説教のせいでその前に言われた有希子さんの話がすっぽり抜けてしまったらしい。

 

「さてと、頭に乗っていたボウヤ。すごい身のこなしだったね。何か武術でもやっているのかい?」

 

俺が新ちゃんと話していると蘭ちゃんと話していた帽子のお兄さんが話しかけてきた。耳に入ってた会話によると、彼はジークンドーの使い手なのか。

 

「あれは猿武だよ」

「猿武?」

「とあるおサルさんたちばかりの所で盛んな、細胞の一つ一つをすべて同じ意志に統一して力を受け流す技術……だったかな。これで重力?ってのを僕は受け流したからあの男の人の上にのっていてもあの男の人は僕の重さを感じなかったのさ。こんな風に!」

「!!確かに何の重さも感じない……しかし、バカなありえん」

 

俺はそういって帽子のお兄さんの肩に乗った。「猿武」のおかげで俺の重さはほぼ0だから驚いているのだろう。新ちゃんをかばってくれたみたいだしこれくらいはサービスかな?

 

「よっと。それから帽子のお兄さん。新ちゃんを守ってくれてありがとうございました!僕は緋勇龍斗って言います!ほら、新ちゃんもお礼を言いなさい」

「あ、ありがと」

「あ、ああ。構わないよ。流石に大人として見逃せなかったしな……そうだ、ボウヤ達スマンが妹の相手をしてやってくれないか。妹は友達が欲しいらしい……」

「いいけど…」

 

新ちゃんがそういい、八重歯が特徴的な女の子と一緒に遊ぼうとすると遠くから車のブレーキ音と何かがぶつかった金属音が聞こえた。

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

崖の上からガードレールを突き破り、車が落ちてきた!車が海に着水し、そのまま沈んでいく。それを見た帽子のお兄さんが海へと飛び込んでいった。二人以上乗ってたら彼一人じゃ荷が重いか。

 

「二人とも!ライフセーバーか、監視員の人を呼んできて!!」

「おい、龍斗!!」

 

俺は、返事を聞かずに海に飛び込んでいった。海の中では先に飛び込んだお兄さんが救助を行っていた。俺が来たことに驚いていたが運転手の男性の様子を身振り手振りで聞くと首を横に振った……ダメか。車の中を見るとどうやら一人だけだったようだが車の後部座席にブランド物の時計が大量に入った鞄があった。お兄さんの指示に従ってお兄さんが車から男性を引きずり出しているのを横目にするりと後部座席に滑り込み、鞄を肩からかけて浮上することにした。

 

「ぷっは」

「ふう」

「お兄さん、龍斗。戻ってきたな!だいじょーぶか?」

「うん、なんとかね。帽子のお兄さんは?」

「ああ、オレも大丈夫だ。しかし君は大人顔負けの身体能力を持っているんだな……」

 

浮上すると新ちゃんが近づいてきて声をかけてきた。男性の安否を聞いてきたがダメであること、鞄がこの件の重要な手がかりであることをお兄さんが伝えた。その後、その場にいた子供三人(蘭ちゃんはライフセーバーを呼びに行ったらしい)にそれぞれ指示をだし、俺達はそれぞれその指示に従った。

 

 

 

なんやかんやがあり、事件は帽子のお兄さんが無事に解決してくれた。お兄さんたちは警察の事情聴取を俺たちに任せてさっさと姿を消した。

新ちゃんは別れ際に八重歯の子―母親らしき人に真純と呼ばれていた―に何かを言われてたみたいだけど。いやーモテモテだね新ちゃんは♪……真純で八重歯?ま、まさかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

「工藤新一、それに緋勇龍斗か。いつかまた、会いたいものだ」

 




赤井さんの内面の描写とか、口調とか難しすぎます。皆さんの彼のイメージとずれていなければいいですが。

あと、主人公の力の開放は情報過多になるのが分かっているときは使いたがりません。情報処理で頭が痛くなるので。

実は、最初ヒロインは世良真純を想定していました。原作で幼馴染カップルができているとそこから崩れることがないのでなら浮いている、真純は主人公とくっつけてしまえと…あの人が登場するまでは。


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第六話 -小学校卒業までの色々-

誤字報告感謝します。とても助かります!

活動報告にてアンケートを実施しています。とあるキャラの生死についてです。ご協力いただけると幸いです。

これにて小学生編は終わりです。

このお話は原作8巻のFILE2、
     原作77巻のFILE6、
     OVA 消えたダイヤを追え! コナン・平次vsキッド!
     MAGIC FILE3(OVA) 新一と蘭・麻雀牌と七夕の思い出
     劇場版 14番目の標的
     劇場版 迷宮の十字路
     劇場版 から紅の恋歌
     が元になっています。


海から帰ってきて、引き続き俺は夏休みを楽しんでいた。

お盆に入る前にあった、帝丹小学校の校庭解放の日にとある事件が起きたらしい。その日俺は一日中家で料理の本を読んでいたので事件が終わった後に二人に聞いたのだが、どうやら蘭ちゃんがかくれんぼをしていた場所から出られなくなったらしい……確かに蘭ちゃんってビックリするようなとこに隠れるからなあ。普通人がいるとは思わないところに。

まあ、そのせいで閉じ込められたところを新ちゃんに助けられたらしい。流石だね。何が流石って蘭ちゃんのことをよく見てないと分からないことを根拠に見つけ出してるところが。

 

 

お盆は父さんの実家の京都に帰り、同じく京都に来ていた平ちゃんたちと遊んだ。いつもの調子でいたら平ちゃんに「なんや、おかんみたいやな」と言われてしまった。げせぬ。

 

 

そして、夏休みももう間もなく終わるというときに大事件が起きた。

小五郎さんと英理さんが別居したのだ。理由は分からないがそれを聞いたのは学校が始まってからだった。夏休みの終わりに大喧嘩してそのまま出て行ったというのだ。確かに夏休み終わりに蘭ちゃんと会えなくなっていたが宿題が忙しいのだろうと思っていたんだ。

それで、蘭ちゃんは俺に料理を教えてほしいと言ってきた。それから買い物の仕方なども……いや、俺がおかしいだけで普通の小学一年生はそんなこと出来ないしさせないぞ?しばらくは俺が作りにいくよと言ってみたが中々頑固に抵抗されたので結局最初に言われた料理を教えることに、俺が一人でも大丈夫だと判断するまでは一人で料理しないことを条件に承諾した。

それからしばらくは放課後一緒に商店街に買い物に行き、家で料理を教えるという習慣ができたのだった。食べて感想を言ってくれる新ちゃんがいるしね。やっぱり食べてくれる人がいると上達具合が違うわ。

 

それから、11月ごろに新ちゃんが近くであった「『死』の血文字」の変死事件の写真を学校に持ってきて蘭ちゃんに見せた(勿論説教済み)くらいで、無事一年生を終え、俺達は二年生になった。

 

 

 

 

それは、恒例の七夕飾りを作った日に起こった。帝丹小学校では低学年の子が短冊にお願いを書いて笹に飾るというイベントがある。『きれいになりたい』『世界一の料理人になる』『お母さんが早く帰ってきますように』『名探偵になる』……だれがだれとはいわないが、まあ書いて飾ったんだ。

その日の下校時、園子ちゃんも含めた四人で帰っていると後ろから

 

「毛利―!おまえんち、母ちゃん家出して帰ってこないんだって~?」

「なによ、それがどうかしたの!?」

 

あの子は……坂本大介君か、同じクラスの。男の子が女の子をからかうってのはよくある光景だけど人様の家庭の事情ではやし立てるのはダメだな。

 

「こっのおう、がきんちょが~!!」

 

どうやら応酬は続き、坂本君はそのまま走り去っていった。蘭ちゃんが「ホントの事だもん」と言うと園子ちゃんは興奮冷めやらぬなのか、プンプンしながら

 

「なんであんたは何も言ってあげないのよ!蘭ちゃんの事なんだからガツンと言ってあげなさいよ!」

「オレには関係ねーから」

 

1人前に歩いていた新ちゃんにそう言ったが冷めた返事しか返ってこなかった。俺に何も言わないのは…

 

「もう!龍斗君!!明日大介に説教してあげて!!」

 

まあこうなるわけだ。俺が言うと子供の言い合いじゃなくて説教になることを自覚がなくても察してるっぽいな、園子ちゃん。

 

「わかった。明日学校にいたときに言っておくよ。それにしても」

「友達のために本気で怒れる園子ちゃんはいい子だよね。うん、いい恋人ができるよ!」

「お願いね!それから何恥ずかしいこと言ってるのよ!」

「褒めてるんだよ?」

 

っと、そうだ。

 

「ごめん、二人とも。新ちゃんに言わないといけないことがあるからちょっと追いかけるね」

「え?うん」

「じゃあね、ふたりともまた明日ね。蘭ちゃんも元気出して」

「「また明日―」」

 

俺はそう言い、先に帰っている新ちゃんを追いかけた。しばらく走っていると無事彼に追いつくことができた。

 

「新ちゃん、どうする?」

「どうするって何をだよ」

「俺、新ちゃんが何もしないなら明日学校行って坂本君に説教して終わりにするよ?」

「……わーったよ。オレが大介と話をするから龍斗は何もしないでくれ」

「何か、手伝う?」

「いや、俺と大介と二人でやるから何も知らないふりして黙っててくれ」

「わかったよ……」

「……なににやにやしてんだよ」

「いやあ、ツンデレさんだなあってね」

「なんだそれ」

 

やっぱり、あんなこと言われているのに何もしない訳がないと思ったんだよな。今回は俺は何もしないで新ちゃんに任せよう。頑張れ未来の旦那さん。

 

 

「え?昨日英理さんが帰ってきた?」

「うん!七夕の日にね、お母さんが帰ってきたの!!……でも夜にまた喧嘩して出て行っちゃったけど。神様がお願い聞いてくれたんだよ!」

 

7月8日の登校中、蘭ちゃんが嬉しそうに言ってきた。はてさて、新ちゃんは何をしたのやら……お、前方にいるのは。

 

「毛利!」

「な、なによ!」

「こ、この前は悪かったな…お前の母ちゃん、美人だな!」

 

そういうと、顔を赤らめた坂本君はそのまま走り去っていった。

 

「なんなのあいつ?」

「さあ?」

 

素知らぬ顔で明後日の方向を見ている新ちゃん……任せて大正解だったな。

 

 

 

 

三年生になった。本当にコナン世界にいるのかっていうくらい平和に成長しています……いや、原作の新ちゃんの遭遇率が異常なだけでこれが普通なのか。春休みに京都に行ったときに平ちゃんに好きな人ができたんやー!って言われた時は度肝を抜かれたけど記憶の片隅に残った原作知識が勘違いってささやいている気がするのでいずれ何だったのかわかる……はずだ。

 

 

 

 

「誕生日おめでとう、たっくん。今日から年齢が二桁で私たちとお揃いね」

「おめでとう、龍斗」

「ありがとう、母さん、父さん」

 

四年生になる春、俺は誕生日を迎え10歳となった。学校が始まる前なのでこの日はいつも家族で遠出をする。

 

「それで、はい。誕生日プレゼント」

「ありがとう!開けるよ?」

 

大きめの箱に包装紙で包んだプレゼントを渡された。包装紙を開けてみると中に二つの鞄のようなものが入っていた。それを開けてみると

 

「包丁セット?それにこれは、お菓子作りの道具!?」

「そうよ、その包丁は私たちが愛用している日本刀と同じ製法で作られている特注品よ」

「今までは家に据え置きのものを使っていただろう。記念として何を贈ろうかと葵と相談して、料理人の必需品を贈ったらいいんじゃないかってことになってね」

「どう?って聞くまでもないわね。そんなに喜んでもらえてうれしいわ」

 

俺の、この世界での専用の調理器具。嬉しくないはずがない。ああ、早くこれを使って料理をしたい!

 

「ありがとう!父さん、母さん!!」

「それじゃあ、お祝いのお料理と行きましょうか」

「そうだな、やっぱり俺たち家族はそれが一番だ。一緒に作ろう、龍斗」

「うん!」

 

その日はとても充実した一日となった。

 

 

 

 

四年生になって半年が過ぎ、すっかり紅葉がきれいな秋になった。休日と祝日と記念日が重なりプチ連休となったので父さんの勧めで京都に俺はいた。そこには当然のように平ちゃんと和葉ちゃんがいた。なんだろう、父さん同士が示し合わしているのかな?

 

「よー、龍斗!お前もきたんか。ほならいくで?」

「久しぶり、龍斗君!ほらいこ??」

「え、ああ久しぶりって、は?いくってどこに!?」

「そらあ、お前きまっとるやろ!カルタ大会や!!」

 

平ちゃんたちに連れられてきたのは結構大きめの日本家屋だった。ここで、どうやらカルタ大会をやってるようだ。こういうのって予選とかあるんじゃないのかね?と思ってたら飛び入りOKだった。んん?ちょっと待て。これイロハカルタじゃなくて百人一首の大会だと?!俺全然知らねえぞ。

 

「オレかお前かどっちが優勝できるか勝負や!!」

「待て待て待て。俺百人一首とか全然知らないぞ。無茶言うなって」

「大丈夫やて。龍斗君運動神経いいし!平次も運動じゃ龍斗君に勝ったところ見たことないしね!」

「余計なお世話じゃあ和葉!だけど、これは俺の勝ちかもな?最初から言い訳ばっかやもんなー龍斗君は。ま、オレはカルタで負けたことないし楽勝やな。はっはっは」

「む」

 

流石にそこまで言われて引き下がるわけにはいかんかな。ルールは……ふむふむ上の句に合う下の句をとると……いや百人一首暗記してねえと無理じゃねえか!!くっそどうする。あのドヤ顔の平ちゃんはうざい、負けたら一生言われるな。

 

「素人さんが勝てる程、カルタは甘くはありません」

 

俺達が三人で騒いでいると後ろからそんな声が聞こえた。振り向くと青年を後ろに従えた俺達と同い年くらいの上品な服を着た綺麗な顔立ちをした女の子がいた。…んー?彼女、大岡家の?

 

「素人さんがまぐれで勝てる程カルタは甘くはありません。この大会はうちの優勝で決まりやね。いこか、伊織」

「はい、お嬢様」

 

そういうと二人は奥の会場に向かっていった。

 

「なんや、あの娘!平次、龍斗君!あないな子に負けたらアカンで!」

「おうよ、和葉!絶対負けへんで!!なあ龍斗!」

「わかったよ……なんとかする」

 

とはいったもののどうするか。これはちょっと裏ワザで勝たせてもらいますかね。

 

 

 

カルタ大会が始まるまで百人一首を一通り目を通した。何首かは覚えたが流石にカルタやってる人には遠く及ばない。というわけで、

 

「ありがとうございました」

 

自分の場を空にして俺は席を外した。これで準決勝進出だ。平ちゃんと同じブロックだったので次の相手は平ちゃんだ。

 

「なんや、カルタは知らんいうとったけど流石は龍斗や!しっかしなんや出てくるまでに時間のばらつきがあるのう。なんで素人っぽい子とやったら遅くてカルタやってそうな子とやってたら早いんや」

「ホンマやねえ。私も見てたけど平次がいっつもサッサと出てきてるのに龍斗君はてんでばらばらやったな」

「これが今一番勝てる方法からだよ……あー疲れる」

「「??」」

「まあええわ。次は勝負じゃ!龍斗!!今日こそお前に勝ったるからな!」

「あ、もう平次!ごめん、龍斗君。また後でな」

「ああ。また後で。時間に遅れないようにね」

 

勝負前に一緒にいることを嫌ったのか、俺から離れてどこかへ行った平ちゃんとそれを追っていった和葉ちゃんを見送り俺は縁側でぼーっとすることにした。

 

「おや。まだ帰ってへんかったんやね」

「んん?」

 

後ろからの声に振り向いてみると後ろにあの子がいた。

 

「君も準決勝に残ったのかい?」

「君もって……まさか勝ち上がってきたん?そっちのブロックは素人さんばっかりやったってことやね」

「あー……まあ確かに次俺が当たるのはさっきいた色黒の男の子だけど」

「なら、やっぱりこの大会はウチの勝ちです」

「それはどうかな?勝負はやってみないとわからないものさ」

「分かり切った勝負、というのもありますよ?失礼します、素人さん」

 

去っていくあの子を見ながら、あそこまで素人と連呼しなくてもいいのにと思いながら準決勝が始まるのを待った。

 

 

「くっそう!負けた!!今度こそ龍斗に勝てると思ったのにいぃぃい!」

「しかも今までで一番早く出てきたやん!今でも信じられへん。平次めっちゃ強いのに!!」

「だから早かったというか、勝てたというか」

「どういうこっちゃ?」

「実はね……」

 

そう言って、俺は種明かしをした。休み休みに何首かは覚えているが場に出るのはランダムな50首。自前の知識じゃどうしようもないなら知識を持っている人から借りればいいじゃない?の精神で戦略を組んだ。まず、場に自分が覚えた札があるかを確認する。そして対戦が始まったら全力で相手の姿勢、目線、腕の筋肉の動きに注意を払う。読まれるものが知っているものならそのまま取り、知らないものなら観察していた結果相手が取りたいものを先取りする。だから、カルタをやっている人とやると早かったんだよ。すっごく目が疲れるけどね。

その説明をすると二人ともぽかんとした様子だった。

 

「た、龍斗?それ本気で言ってるん?」

「本気も何も、そうやって勝ち上がってきたんだけど?」

「あ、ありえへん」

 

「ほんまにどうなっとんねん、あいつの身体能力は」「一緒に遊んでていっつもすごいなあおもうとったけど」「もう、人間の範疇超えとるで」……

 

何やら二人でぼそぼそ話しているみたいだけど気にせず俺は決勝までまったりしていた。

 

「決勝の相手はあなたのほうですか」

「うん、よろしくね」

「いいえ。短い付き合いになりますよ」

 

決勝戦が始まった。こっちをなめきっている様子なのにカルタが始まった瞬間真剣な顔になった。

へえ、カルタ経験者であれだけ自信持ってたってだけあって今までの人と比べ物にならないな。でもごめんな、俺も勝ちに行かせてもらうよ!

 

 

 

「○○カルタ大会、優勝緋勇龍斗君!おめでとう!!」

 

決勝戦は平ちゃんと同じか次位に早く終わった。カルタに一番素直な子で、とてもカルタの事が好きだっていうことがわかる一戦だった。まあ俺があの子の事をずっと見てたから分かったことだけど。

 

「おめっとさん!龍斗!!くやしいがやっぱすごいのうお前は!」

「おめでとう!龍斗君!!」

「ありがとう、二人とも」

 

二人からの祝福の声をもらった。二人は自分が勝ったように嬉しそうにしていた。あの子は……ああ、

 

「ごめん、平ちゃん和葉ちゃん。先に行ってて待っててくれる?」

「んん?おお、よくわからんけどええで。いくで、和葉」

「え?なに?ちょっとまってよ、平次ぃ~……じゃあ、龍斗君また後でな」

 

さてと、隅っこで泣いてるあの子を慰めに行きますかね……どうすっかね。

 

「もう、泣くなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」

「ひっくひっく、だって素人に負けたんよ。あんだけ言ってたのに。カルタで。ウチ…」

「カルタが大好き……なんでしょ?」

「…どうしてわかったの?」

「わかるさ、だって……」

 

俺は平ちゃんに説明したことを再度説明した。

 

「だから、決勝戦の間ずっと君を見てたんだよ」

「あ、あう……」

「もし、君が手の動きや目線でフェイク、はったりを混ぜてきたら俺はそれにつられてお手付きを連発してたよ。君が真っ直ぐにカルタに向かい合ってたから今日は勝てたけどもっと上手くなったら次は勝てないかもしれないね……って顔赤いよ?」

「べ、別になんでもあらへん。じゃ、じゃあ次!もっとウチが強うなったらもう一回やってくれる?」

「ああ、いいよ。その時には今日みたいなやり方じゃなくて実力で戦うよ。それにしてもうん、涙は止まったみたいだね。やっぱり笑っている方がいいよ。せっかく綺麗な顔をしてるんだし。将来君をお嫁さんに出来る人がうらやましいよ」

「ま、またそんなこと言って……!そんなにいうならウチ、もっともっと強うなる!それでもし、日本一になったら龍斗クンのお嫁さんにして!」

「はい?え、あ、なんで?」

「だって、ウチのこと綺麗だ可愛いだお嫁さんにする人はうらやましいって言ってましたやろ?それとも嘘なんか?」

「いや、別に嘘なんかじゃないけど。じゃあ俺も。俺の夢は料理人になることだ。そこで俺が世界一になって、もし君「紅葉!」…紅葉が大人になっても俺のお嫁さんになりたいって、好きな人がいなくてそう思ってくれたのなら俺を君の旦那さんにして下さい」

「せ、世界一?で、でもホンマにホンマですか?!男が言ったことは簡単に曲げたらあきませんよ!?」

「ああ、約束だ」

 

そういって、俺は小指を紅葉に差し出し指切りをした。まあ子供…っていうにはちょっと遅いけど、こんなちらっとあった男の子との結婚の約束なんて大人になれば忘れてしまうだろ。紅葉なら好きな人と幸せな家庭を作っていける器量は十分にあるだろしな。なんか指切りしたところを伊織って呼ばれた人が写真に撮っていた気がしたけど……まあ気のせいか。

 

「ねえ、龍斗クン。料理人って何を作るん?」

「んー。まあなんでもかな。和洋中は基本としてもいろんな国の料理を今勉強してるよ。あとお菓子作りとかね」

「お菓子も作れるん!?」

「今、手持ちにあるのは金平糖位だけど食べる?」

「食べてみたい!!……美味しい!こんなおいしいお菓子食べたの初めてや!!」

「いやいや、おおげさだって。機会があったらもっと美味しいのを作ってあげるよ」

「ホンマ!?」

 

その後、紅葉とおしゃべりをした。伊織さんが時間だと告げると少々駄々をこねたが、最後には笑って別れた。俺は外で待っている平ちゃんたちの事をすっかり忘れていたのでそのご機嫌取りにこの後苦労した。

紅葉とは次またどこかのパーティで会えるかな?大岡家は名家だしね。まあ、めぐりあわせに任せよう。

 

 

 

 

印象深い出会いがあった秋が暮れ、冬が来て春が到来し俺は五年生になった。しばらくは何事もなく平穏無事に過ごしていたがとある日、大きな変化が起きた。蘭ちゃんが空手の日本チャンピオンの前田聡さんの試合を見て憧れを抱いたらしく空手を習いだした。蘭ちゃんが!空手を習いだした!ここからあの達人になっていくと思うと何やら感慨深い……というか11歳で初めて原作であの強さって毛利家も大概ハイスペックだよな。料理の腕も俺が教えた影響か普通にお店開けるレベルだしね。

 

 

 

そして、特に何もなかった六年生を過ごし…俺たちは帝丹中学へと進学した。

 




はい、というわけでヒロインは大岡紅葉です。ちょっと無理のある登場でしたかね?
このチョイスは作者の趣味です。この子がいなければ世良で結定でした。映画で見て、映画のパンフレット、サンデーのおまけの原画、小説版を買っちゃいました。映画のセル化が楽しみです。
ですが、出したはいいけどおそらく再登場は(連載が続けば)だいぶ後になるかもしれません。常に隣に居させることもできるんですがちょっと悩んでます。

以下今回の捏造
・毛利英理が出て行ったを8月末に。(喧嘩のシーンが半袖だったので)
・コールドケースの時系列を11月に。(野次馬が長袖だったので)
・紅葉の相手を平次→主人公に。
・伊織が指切りの写真を撮った。

関西弁ってあんな感じでいいのだろうか。



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第七話 -世界大会、他色々-

活動報告にて、アンケートを行っています。とあるキャラの生死ととあるキャラの今後についてです。ご協力お願いします。

このお話は原作8巻のFILE8、
     原作18巻のFILE3~5(回想)
     原作29巻のFILE9,10
     劇場版 世紀末の魔術師
     が元になっています。


中学生になったことで俺の両親は今まで以上に家をあける方針にした。入学式前に話し合って、今までは週末には帰ってきていたのをこれからは場合によっては一月ずっとあけたりするようになるということだ。

家族の時間が少なくなることは寂しいがこれまで以上に料理を世界中で振る舞ってほしいという俺の願いを両親が受け止めてくれた結果だ。ただ、一つ条件を提示された。それは両親がどうしてもというときは、テストなどがない限り学校を休んででも来てほしいという事だった。それが海外でも。

別に学校を休むことに抵抗がなかったので俺はそれを承諾し、俺の両親はまた海外に旅立っていった。仲良く手をつないで国際線のゲートに消えて行った二人を見送り、俺は自宅のある米花町に戻ることにした。

 

中学に進学した俺達幼馴染み四人は、これまた同じクラスになった。担任は音楽担当の松本小百合先生だ。

俺達はそれぞれやりたい部活に入った。新ちゃんはサッカー部、蘭ちゃんは空手部、園子ちゃんはテニス部。そして俺は勿論料理部だ。料理部は俺以外は女子の三年の先輩が四人しか所属していなかった。

部として新入生を最低一人でも確保しなければ廃部になっていたらしい。

先輩たちは流石に料理部に所属しているだけあって俺の両親の事を知っていた。それどころか、俺の事も知っていて俺が入部すると挨拶に行ったらどこぞのアイドルを見たような反応をされた。そのまま部室に案内されると両親が活躍したことを掲載した記事をスクラップしたファイルがあったり、母さんの出したレシピ本がずらりと本棚に並んでいてびっくりした。ちなみに俺もジュニアの大会などに出ていたのでその大会の記事もスクラップしてあって少し恥ずかしい思いをした。

 

「それで緋勇君。私が料理部部長の三年の外村美香よ。あなたの入部を私達料理部は歓迎します!」

「よろしくお願いします、外村部長」

「それで、なんだけどね……」

「はい?」

「これから歓迎も兼ねてお料理作ろうと思うんだけど緋勇君、これから時間ある?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「そう!よかった!!正直に言うと私たちが緋勇君のお料理を食べてみたいだけなんだけどね」

「いえ、光栄です。それじゃあ腕を振るっちゃいますよ」

 

中一になって暫く経った。みんな中学校にあがって浮ついた雰囲気があったクラスも落ち着いていきみな部活に勉強にと青春を謳歌し始めていた。結局、料理部に入ったのは俺だけで二年が0人の現状、先輩たちが卒業したら俺一人になってしまう問題ができたけどね。

 

「どう、新ちゃん?帝丹中学のサッカー部は」

「ああ、強豪校だけあって練習も厳しいしやりがいがあるぜ」

「そんな中、MFで一年生レギュラーなんだろ?おめでとう」

「サンキューな。でも試合までにもっと上手くなんねーと。流石に数か月前まで小学生だったオレと中学三年の先輩じゃフィジカルも体力も段違いだからな。技術じゃ負ける気はねーから、もっともっと磨いてやるぜ」

「すごい意気込みだね。それじゃあしばらくは練習漬けかな?」

「ああ。だからしばらくは一緒につるめそうにねーな。わりいな、龍斗」

「いや、好きなことをすればいいさ。俺も料理部の活動が楽しいしな」

「料理部かぁ。オメーも夢に向かって頑張ってるんだな。って今でもすでに結構いいセンいってんじゃねーのか?オメーの料理一番食ってるのオレ達だからよく知ってるけど父さん達とどんな美味いって評判の店に行っても最後に出てくる共通の感想が「でも、緋勇一家のには敵わない」だぜ?」

「それは嬉しいことを言ってくれるねえ!俺の事はお世辞だとしても父さんと母さんの料理は偽りなく世界一だからな!」

「別にオメーのこともお世辞じゃねーよ。なあ園子?」

 

昼休みに中学生生活に話の花を咲かせていた俺と新ちゃんだったが、新ちゃんがそう言って近くの席で友達と話していた園子ちゃんにそう話を振った。

 

「え?なに?」

「だから、龍斗のとこの家族の作る料理は冗談抜きで世界に誇れる味だってことだよ」

「そうね。私もパパとかに連れられて世界中のパーティや三ツ星シェフの高級レストランとか行ってるけどやっぱり緋勇の小父様や小母様が作るものに匹敵するものに巡り合ったことはないわね。パ-ティでこれは!って思ったときは全部緋勇夫婦が担当してたし。ああ、匹敵って言うなら龍斗君の料理位かしらね」

「ええ?緋勇君の料理ってそんなに美味しいの?」

 

園子ちゃんと話していた、帝丹小学校とは別の小学校から進学してきた女の子がそう言ってきた。

 

「そうよ!今はまだ世間的には知られて無いかも知れないけど龍斗君もご両親の才能を受け継いでるすっごい料理人なのよ!」

「へえ!というか、緋勇君って珍しい名字だとは思ってたけどあの『料理の神夫婦』の子供だったのね!!」

「そーなのよ!それでね、小父様は実際に会ってみるとすっごくイケメンで、小母様は若々しくてホント女神みたいな人で…」、

 

うちの両親の話に花を咲かせ始めたので俺は新ちゃんに向きなおった。

「な?……っぷ。顔あけえぞ?」

「……こっぱずかしいわ。幼馴染みのお前らに褒められるのは」

 

にやにやした顔をしてこっちを見ているに新ちゃんにそう言い、それを誤魔化すために俺は昼休み明けの授業の準備に取り掛かった。

 

「照れんな照れんな。そーいや次の授業ってなんだっけ?」

「音楽だよ、音楽。我らが担任である松本先生の」

「っげ。オレ、あの先生苦手なんだよなー。入学してからずーっと目を付けられてる気がするし。なーんも問題起こしてねーよな?」

「んー、たまにため口になってるくらいかね?でもすぐ訂正してるし目くじらを立てる程じゃないか。あれじゃないか、音楽の授業で披露した新ちゃんの歌。ひどい音痴なのを知られて音楽の先生だから目を付けられたんでしょ」

「たく、勘弁してくれよなー。いいじゃねーか別に音痴なのくらい」

「楽器は上手なのにね。バイオリンを趣味で弾ける中一なんてそうそういないよ?ま、頑張りたまえ。俺にはいい先生だよ気さくだし」

「ちぇー。はいはい分かりました。オレを犠牲にして龍斗君は楽にしてってくださいー」

 

そんなくだらない話をしていると昼休みが終わり授業の時間になった。

 

 

それからまたしばらく時が経ち、七月になった。学校に行き、勉強し、バカ話をし、部活に精を出す。そんな日常に一つ変化があった。

 

「今日も作りに来たんですね、麻美先輩。もう毎日、三か月。先輩も頑固ですね」

「あら、こんにちは緋勇君。だって悔しいじゃない。絶対美味しいと言わせるって決めたんですもの」

「新ちゃん、そういう取り繕わない性格は絶対災難の元だよ……」

「あら、取り繕わないってことはホントに彼の口に合ってないってことよね」

「あ、はははは……」

 

そう、料理部の活動場所である家庭科室に元テニス部所属、帝丹中学生徒会長である内田麻美先輩がレモンパイを作りに出入りするようになったのだ……誰かさんのせいで。

事の始まりは五月の半ば過ぎ、新ちゃんが異例のスピードで一年生レギュラーを獲得してからそこまで時間は経っていないころだ。彼女がレモンパイの差し入れをサッカー部に持って行ったらしく、それを食べた新ちゃんが「不味い」と評価したらしいのだ。それにプライドを刺激されたのか毎日作って持っていくようになったのだ。そして学校で作る場所と言えばこの家庭科室しかなく。部活動でここにいた俺ともそれなりに仲良くなったというわけだ。初めて来たときに部長から俺にアドバイスを聞いたらどうかと言われていたが、自分で美味しいの言葉を言わせてやる!とのことで口出しは無用とのことだった。

そんなこんなで夏休みを挟んで計三か月。俺が新ちゃんの幼馴染であることをどこかで聞いたのか。どんな味の嗜好をしているのかなどを聞かれたりしたので話しているうちに仲良くなり内田先輩から麻美先輩呼びになったりある程度仲良くなった。

 

「それじゃあ、今日も作るかな。龍斗君は今日はどうするの?」

「今日は新しいレシピでも考えようかと」

「あら、じゃあ私は邪魔しないように端っこの方を借りるわね」

 

そう言って、麻美先輩は端っこの方に行きレモンパイを作り始めた。いや別に邪魔にはならないんだが。しかしほんとによく続くなあ。夏休みには、二年連続全国制覇を期待されていたテニス部をやめてサッカー部のマネージャーになるくらいだもんな……なんてね、流石にそのころから話す内容が新ちゃんの子供の頃の話だったり趣味だったりに変わって、今のレモンパイを作ってる顔を見れば意固地になってるんじゃないってことくらい分かる。まあ野暮だなこれは。……受験大丈夫なんかね?

 

「先輩、頑張って下さいね……」

 

けど最近の一年坊主が先輩にちょっかいかけてるって噂、何とかしてくださいな。料理部で一緒にいる俺じゃないかって園子ちゃんに言われるし他の男子生徒にやっかみ言われるし。騒がしい中学生活なんて勘弁してください。

 

 

 

 

「パティシエ世界一を決める大会?」

「ええ。お母さんが17歳の時に優勝して龍麻と出会った記念すべき大会よ」

「それで、その大会がなんだって?確か、四年ごとの開催だから……ああ、今年開催されるのね」

「実は、もう一度私にシークレットメンバーとして出てほしいってオファーが来てね。別に私が出ても良かったんだけど聞いてみたら私の推薦ならその人でもいいって言ってたのよ。ほら、春先に約束したじゃない?どうしてもってなら学校を休んでも来るって」

「うん、まあ今回が初めてだけどね。特に学校の重要行事もないし行けるけど。それで俺に出てみろって?」

「世界一の料理人になるんでしょう?まずは世界一のパティシエになりなさい……それに愛する息子に史上最年少記録を塗り替えられて、しかも称号もお揃いっていい響きじゃない♪」

「わかった、わかったから。落ち着いて母さん!!」

 

しっかし、本人じゃなくて推薦でもいいって…いや、推薦した相手が無様をさらしたら推薦した方の評判も落ちる。それを見越しての推薦ありなのか……母さん。

 

「……わかったよ、母さん。俺、世界一の称号とってくる!」

「あらあら、気が早いわね。でも、そんなに気を張らなくていいのよ?」

「いいや、やるよ。俺は母さんの子供だから。それで?大会っていつあるの?」

「3日後よ」

「3日後!!??」

 

それが、今朝あった出来事だ。今日の学校が終わったら直ぐに空港に向かい大会の舞台であるフランスに飛ぶ予定だ。

 

「はあ!?『ヨーロッパの鉄の砦、その礎はヘロインによるものか!?』だと。レイが麻薬、んなわけねえだろ!」

 

ん?なんか新ちゃんが騒いでるな。

 

「どーした、どーした新ちゃんよ。朝っぱらから大声出して」

「大声も出したくなるぜ!レイのスーパープレイは麻薬という魔法の薬のおかげだって言われちまってるんだからな!!」

 

話を要約すると、新ちゃんが大ファンのサッカー選手「レイ・カーティス」に麻薬使用の疑惑が出たそうだ。しかも書いた記者が胡散臭い記事を書くことで有名なエド・マッケイだということが更にヒートアップしている原因らしい。

 

「っくっそう。こんな記事に負けるんじゃねえぜ、レイ!!オレはずっと応援してっからな!!」

「はいはい、落ち着け落ち着け。もうこの話題は置いとこう。でっち上げなら裁判でも起こせばすぐに潔白を証明できるさ」

「あったりまえだ!」

「はあ。……あ、そうだ。全く脈絡もなく話変わるけど俺今日学校終わったら一週間位休むから」

「……は!?一週間?まさか、海外にいるオジサン達に何かあったのか!?」

「ええ!?そうなの龍斗君!?」

「オジ様達大丈夫なの?!」

 

どうやら、俺と新ちゃんの会話が聞こえていたらしく蘭ちゃんと園子ちゃんが大声を上げて聞いてきた。

 

「いや、いや。うちの両親はいたって健康だよ。ただ、ちょっとフランスの方にね」

「おいおい、心配させるんじゃねえよ。しかし学校休んで一週間もフランス旅行とは優雅だなあ、おい」

「まあ、ちょっと挑戦しにね」

「挑戦?」

 

蘭ちゃんにそう聞かれたので、今日の朝に来た母さんの電話の内容について話した。

 

「マジかよ!?世界一を決める大会?!」

「すっごーい、龍斗君!!龍斗君なら絶対世界一になれるよ、ねえ蘭?」

「そうよそうよ!私、龍斗君が優勝したら世界一の料理人の一番弟子だって自慢しちゃうんだから!」

「バーロー、世界はひれーんだぞ?龍斗よりうめえお菓子を作る人がいる……いや、龍斗のお母さんくらいか?一番最近食べたときは龍斗のも同じくらいうまかったし。んで、その大会には出ないってことだから……ひょっとしたらマジでいけるんじゃねえか?」

 

幼馴染み四人で盛り上がっているといつの間にやら始業の時間になっており松本先生が教室に入ってきて注意された。勿論、やり玉に挙がったのは新ちゃんでぶーぶー言っていた。

放課後いつの間にやらクラス全員に情報がいきわたっており、先生も含めたみんなから熱い激励をもらい俺はフランスへと旅立った。

 

 

 

 

三日後、俺は大会の会場にいた。流石に世界一を決める大会だ。パティシエのオリンピックと言い換えてもいい。すごい数の報道陣に参加者だ……っと!

 

「すみません、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう。ごめんなさい。周りに圧倒されてて、よそ見してて……」

 

どうやら、周りに気が行き過ぎていて俺に気付かなかったようだ。ぶつかってきた女性が倒れないように支えていた手を放して……ん?日本語?

 

「あれ?日本の方ですか?」

「え、ええ。あなたも日本人?それにしても君、中学生くらいよね?ここは大会の関係者専用ゾーンで一般観戦者は立ち入り禁止よ?大会の見学なら向こうのエリアにいかないと」

「えっと、ありがとうございます。でもまあ、一応関係者なんで」

「あら、そうなの?」

「それより、お姉さんもこの大会に参加するんですか?」

「ええ。と言っても、出るのは私が勤めているお店のチーフで私はサポートとして参加するだけだけどね。審査員100人もいるから一人で作るのは大変で、一人の選手に10人までのサポートメンバーがつけられるのは知っているでしょ?でも、いつかは私も選手として参加したいわ。それにしてもずいぶん若く見えるけどいくつ?童顔なだけなのかしら?」

「え、あー13歳です。中学一年」

「あら、正真正銘若いのね!!じゃあ応援なのかしらね?」

「はははは……」

「それじゃあ、私は準備があるからこの辺で。さようなら、かっこいい少年君」

 

そういうと灰色の目をした綺麗な女性は去って行った……100人?サポートメンバー?母さん、かんっぜんに言い忘れてたな。いや、もしくは母さんの参加した16年前とルールが変わったのか?

まあいい、それならそれでやってやる!!

 

 

『お待たせしました!それでは、伝統ある四年に一度のパティシエ達の聖戦を開始したいと思います!』

 

盛大な開会式が行われ、大会が始まった。参加者は俺を含めた64人。16人ずつに分かれて一人が勝ち抜き、残った四人でトーナメントを行い優勝を決めるというものだ。調理器具は持ち込みで…母さんがそれは済ましておいてくれたので助かった…お題はランダムで、材料は大会が用意したものを中央から選び自分のエリアに持っていき作るというものだ。審査員はあの女性が言っていたように100人。大会委員長が2票であとは1票ずつの101票を投じ、多かった方の勝ちというシンプルなものだ。

 

開会式で俺がシークレットゲストの母さんの推薦で登場したときは会場がどよめいた。まあそれもすぐに失笑に変わったが。そりゃあそうだ、何せ他の人たちはサポートメンバーを後ろに従えての登場だったのに俺は一人だったわけだしな。他の63人はフルで、しかも不測の事態に備えて補欠の人すら連れてきている中俺一人だったからまあわからんでもない……が、俺の耳がこんな言葉を拾ってしまった―『アオイ・ヒユウはこの大会にあんな子供を一人で出すとは…世界一も何かの間違いだったようですね。あの優勝は躰で票を勝ち取ったのかな?私も味わってみたかったものだな、あの甘そうな体を!』―ほう?俺の事を侮るのはいい。いいが。言うに事欠いて母さんを侮辱したな。それにゲスな感情を向けやがったな!!!

 

大会の一回戦が始まった。準備された食材から、最高の状態のものを選び自分のキッチンに戻りふと相手の方を見た。食材を取るのも一人でやったため、相手はすでに作り始めていた。俺の相手は一回戦の相手が俺であることを知って、サポートメンバーも含めてお気楽モードだった。普通に考えて、彼らの態度は間違ってはいない。そう、相手が俺でなければ。ただ勝つだけじゃだめだ。だから…生まれて初めてのリミッター全開放で。全力で行くぞ!!!!

 

 

俺が力のすべてを出して臨むと決め開放した瞬間、静寂が訪れた。騒ぎ立てていた司会も、観客席にいた応援団も、スイーツを作るべく指示を出していた参加者も。鳥肌が立ち、寒気が止まらくなっていた。その中でかちゃかちゃと作業音が響く。

そこに誰ともなく目を向けると信じられない光景が広がっていた。あの、たった一人で参加していた少年だ。確かに一人だった、はずだ。だが会場にいた全員が目にしたのは数十人に分身した彼の姿だった。おそらくは非常高速で動き回っているためにそう見えるだけなのだろう。だがその信じられない姿を見て、そして着実に出来上がっていくスイーツを見て全員がこう思った。

 

―とんでもないことが起きる―

 

 

 

 

 

「おめでとうございます!緋勇君!!お母さんの最年少記録を抜いての優勝。感想はどうですか?」

 

俺は今、各国のメディアに囲まれていた。完全に切れて自重を捨てた俺は現在戻っている力を全開放して、前世で培った技術も惜しみなく使い大会を勝ち進み優勝した。ただ、

 

「緋勇君は、100人のスイーツを作るのに分身していたようですが忍者なんですか?!」

 

そう、本気で動きすぎて一般人には分身に見えたらしく。三回勝ち上がったあたりから「ジャパニーズニンジャ!!」と言われてしまった。海外であんな動きすればそういわれても仕方ないか。

 

「それにしても、すべての試合で相手の票を一桁に抑えるなど圧倒的でしたね!」

 

これもまた、自重を捨てた結果だ。流石にあのグルメ時代を生きた俺の料理人としての技術と経験を惜しみなく使ったのだから。まあやりすぎた感は否めないが。

勿論八百長だ、なんだという輩がいた。俺の得意技は「平凡なものを技術で至高の味にする」ことだ。だから一見普通に見えるスイーツなのにこんな大差がつくのはおかしいと。対戦相手は皆、言葉にする/しないの違いはあれど、不満はあったようだ。なので余分に作っておいた同じお菓子を相手側全員に食べてもらった。それ以降は、何も言わなかった。その一桁の票もよく聞いてみると、意地でも俺に入れたくない人が入れていたようだし。

 

決勝の相手だけは俺から言うまでもなく食べさせてくれと言ってきて、純粋にほめてくれた。その人は夏美さん(あの女性だ)の上司の人で、夏美さんも俺が参加者であることを黙っていたことにちょっと怒っていたが笑顔で祝福してくれた。

 

『しかし、いくらなんでもあの票はおかしくありませんかねえ』

 

んあ?なんか失礼なことを言われたぞ。一応、お祝いの雰囲気の会見だったから英語で投げかけられたその言葉は不思議とよく通った。

 

『すべての試合で、相手が一桁?君は「あの」緋勇夫婦のお子さんなんだって?』

『……あなたは?』

『おっと、失礼。私はエド・マッケイというしがない記者ですよ』

『ほう、エド・マッケイさん。確かスポーツ専門の記者の方では?拠点は確かアメリカの』

『おや、私の事をご存じで。いえいえ、実はヨーロッパで特ダネの記事をつい先日上げたばかりでね。何か他にないかとこちらにいたら畑違いですが面白そうなネタがあったのでね。それでどうなんです?あの票に納得いっていますか?』

『……エドさんはおr…私の試合を見ましたか?』

『いいえ、決勝で審査員が食べている姿と結果、それと各試合の票数の結果だけをね。何分フランス外にいたものでさっきこの大会の会場に着いたばかりなんですよ。それで君は本当に実力で勝ったのかね?私にはそうだとはとてもとても……』

 

他の記者も言わなくても同じ疑問があったのか俺とエドのやり取りを固唾を飲んで見守っていた。……カメラだけでなくテレビカメラも結構な数来ているな。フランス、イギリス、スペイン、ドイツ、アメリカそれに日本もあるか……よし。

 

『エドさんは良くも調べもせずに記事を書かれるようですね。サッカーの試合でも結果はスコアレスドローの物でも試合内容は面白いものが沢山ある。なのにあなたは最終結果だけを見て書こうとしている』

『なにをいきなり?』

『これをどうぞ。最後に作ったスイーツを構成した一つのワッフルの切れ端です。世界一のパティシエのお菓子、食べてみたいと思いませんか?他のメディアの方もどうぞ』

 

そういって、俺は一口にも満たないワッフルのかけらを入れたバスケットを差し出した。あとでおやつとして食べようと思って持っていたのだ。

 

『ふん、こんな欠片で何を……!!!』

 

文句を言っていたエドが食べた瞬間に黙ったのを見て他のメディアの人も興味を示し次々と口に運び同じように黙ってしまった。中には泣いている人もいる。その様子がテレビカメラで撮られている。

 

『どうですか?あなたは私の記事を人が興味が持つように面白おかしいものにしようとしていたんでしょうが』

『……そんなことは』

『この会見は最初からテレビで撮られていて各国で放送されていますよ?言葉が詰まった時点でそれはもう自白しているようなものです。それではよく思い出してもう一度言ってください。私は実力で勝っていない?』

『……失礼する!!』

『…エドさんに、記事に書かれた方。彼の記事なんてあんなものですよ。事実なんて二の次で人が興味を持つようにでっちあげる、ただのいやしい三文記者だ。同じ土俵に立ってしまえばご覧のとおり無様をさらします!!堂々と、胸を張って闘ってください!』

『え、えっと。これ、君の優勝会見なんだけど……』

 

何か変な雰囲気になってしまったが実食して実力を実感できたのかその後は最初の頃とは違い本当に祝福ムードで会見は進んだ。母さん、俺勝ったよ!

 

 

後日、俺は帰国した。時差のせいか早朝の到着だったにもかかわらず、どこから嗅ぎ付けたのか空港ではメディアに囲まれて大変だった。日本国内だけではなく海外からも来ていて騒ぎになっていた。ある程度インタビューを受けたが、驚いたのは日売テレビのインタビュアーが水無怜奈だったことだ。もうこの時期からアナウンサーやってたのか。すこしぎこちなくなってしまったが無難にやり過ごし帰路についた。ホイホイお菓子を上げてしまって、それがスタジオで大絶賛されてしまうという後日談があるが、まあそれほど問題はない…はず?

 

 

「龍斗、おめでとう!本当にやりやがって!!」

「龍斗君、おめでとう!いやー、幼馴染として鼻が高い!!」

「お疲れ様、そしておめでとう!龍斗君」

 

帰国した日は休日だったのでゆっくりできるかなと思っていたら家に幼馴染み三人組が来た。

 

「なあなあ、聞いてくれよ龍斗。レイがな。あのエドって記者を本格的に訴えることにしたってよ!しかも自分で記者会見を開いて、『あの幼いジャパニーズボーイが奮い立たせてくれた!自分と、そして周りを嘘の言葉で傷つけたあの悪魔と断固として戦い、潔白を示す!』って。奥さんと一緒に出てたんだ!あの疑惑が出てから憔悴していたレイがあんな堂々としてたのは龍斗の言葉が届いてたからだぜ!ありがとうな!!龍斗!」

「流石に、つい最近に親友があんなに怒っていた相手が目の前に出てきたんだ。まだ子供だから感情的に相手を攻めてしまうのも仕方ないだろ?」

「子供って……他にも一斉にあいつに記事を書かれて不遇な目にあったスポーツ選手が裁判を起こしているそうだぜ。近々被害者の会が結成されるって噂だ」

「なんか、大ごとになっちゃったな」

「当然の報いだぜ!因果応報ってやつだな!!」

「よし、じゃあこの世界一のパティシエが美味しい美味しいスイーツを幼馴染みの君たちに振る舞ってあげよう!」

 

そういって、楽しそうにしている三人の声を背に俺はキッチンへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホンマに世界一になったんやな……ウチもがんばらな。おめでとう、龍斗クン」

 




はい、なんかやりすぎた感がありますが主人公は世界一の称号を得ました。唐突な大会参加ですが、この設定を入れたのは原作開始時にパーティで料理の依頼があり作っている→コナンたちが偶然来る→事件遭遇、なんて形で介入しやすいからです。あと、あの子も。
エドさんへの喧嘩の売り方はもっとやりようがあったと思います。ので、思いついたらこっそり修正するかもしれません。あ、これのせいで3K事件は起きません。奥さん自殺しないので。
水無怜奈は4年前は朝生7の火木土が担当だったはずなのでちょろっと出しました。


赤井さんと宮野明美って○○○なんですね。この小説書くためにいろいろ調べていたら出てきてビックリしました。


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第八話 -修学旅行、他色々-

いつの間にやら、お気に入り300件突破、UA1万突破していました!皆様ありがとうございます!これからもこれを励みに頑張りたいと思います!!

活動報告にて宮野明美の生死についてアンケートを実施しています。
ご協力お願いします。

このお話は原作50巻FILE9~11
     原作51巻FILE1
     OVAコナンとキッドとクリスタル・マザー
     OVA工藤新一 謎の壁と黒ラブ事件
     が元になっています。


  


世界一になった後、学校ではそれはもう大混乱が起きた。学校側も寝耳に水な話でマスコミの取材の依頼がひっきり無しにかかってきたそうだ。そりゃそうか、飛び入り参加で実績も表立って特に積み重ねて来なかった俺が、あんなデカイ大会に出て優勝したんだからなあ。休むことを松本先生に伝えた時もまさか優勝してこんな騒ぎになるとは夢にも思ってなかっただろうし。学校前に連日出待ちのマスコミがいて一般生徒にも迷惑をかけてしまった。

 

「あっりゃあ、しばらく消えそうにねえな」

「だよね。せっかくの龍斗君の優勝お祭りムードをぶち壊しにしてくれちゃって迷惑なやつらよね!」

「でも、ほんとに何とかならないのかしら。つい昨日も一年生ってことで違うクラスの女子がマスコミに付きまとわれたって言ってたし」

「え?それマジ?」

「まあそんだけどえれえことをしたってこったな。結構な人からお祝いの言葉をもらったんだろ?」

「まあね。父さん母さんに引っ付いて参加したパーティで顔見知りになった人とか」

 

そうそう、そういえば何の琴線に触れたのかシャロンさんとの邂逅以降、彼女から色々な贈り物を頂くようになった。今年も卒業祝いと入学祝いで高級な調理器具や食材を贈って貰った。俺も彼女の誕生日や記念日には手作りのお菓子を贈ったりとなぜか交流が続いている。…いやほんとなんでだ。入っている手紙はホントに優しい親戚のおばさん化してるし。

世界一になったときは誰よりも早く食器をいただいた。…ウン百万するものを。そのことをはなすと。

 

「シャロン・ヴィンヤード!?アメリカの大女優じゃない。龍斗君そんな人と仲がいいの!?」

「ウチのパーティでも中々会えないわよそんな大物……」

「オレの幼馴染の交遊関係が混沌としてきてんな……」

「シャロンさんは有希子さん経由だけどね。新ちゃんが逃げたパーティで出会ってそこからかれこれ六年くらいの付き合いかなー。結局会ったのはその一回だけで後は手紙のやり取りだけだけどね」

 

それはそうと、まずは学校の問題のほうか。

 

「話を戻すけど学校回りの人間について。学校側もいっぱいいっぱいみたいだしね。ねえ、園子ちゃん」

「??」

 

あまり、使いたくはない手段だが早期解決のためにはこれくらいしか思いつかないしな。せっかく手に入れた称号だ。有効に使わせてもらおう。

 

「鈴木財閥の系列で警備会社はない?もしくは信頼できる警備会社。できれば屈強で有名なところがいいかな。そこに警備を一ヶ月ほど依頼したいんだけど。園子ちゃんにはその渡りをつけてほしい。もちろん依頼料は払うよ」

「え?ええ。そりゃあうちも警備会社持ってるし渡りをつけるのは全然いいけど。幼馴染みの頼みだし、龍斗君が悪いわけでもないんだから依頼料なんていらないわよ?パパもママもこのことを言ったらそういうと思うし」

「いや、それはダメだよ。園子ちゃん。こういうことはきっちりしておくのが友達関係をずっと続ける秘訣だよ……金銭じゃ気が引けるかもしれないから俺が、俺だけが出せる依頼料になるけど」

「それってどういうこと?」

「警備会社への依頼料は俺が鈴木財閥主催のパーティで依頼があれば三回、無料で料理を作ること。よっぽどの事がなければ最優先で受けるよ。んで、園子ちゃんには俺がこれから一ヶ月弁当を作る、オジサン達にはお菓子のお土産を週二回渡す。ってのはどう?」

「お弁当一ヶ月!!!??しかもお菓子までもらえるの!?それにパーティで料理をただで三回も作ってくれるってしかも優先的に!!?貰いすぎよ!」

「そう?三回って少ないと思うけど。鈴木財閥系列なら質も高いだろうし」

「だって、パパもママも次郎吉伯父様も龍斗君のファン歴10年よ!二つ返事でソッコーで手配してくれるわ!!ちょっと電話してくる!」

 

そういうと、携帯片手に教室を飛び出していった。

 

「おーおー、すげえスピードで出て行ったな」

「でも、これで解決しそうね。こういうのは学校側でしてほしいと思うけどね」

「いくら帝丹中学が帝丹大学の系列私立と言っても、学校の処理能力を超える事態だったってことだろ?しっかし龍斗も思い切りのいいことをするな。確かにオメーが原因だが身を切ってまで対処しなくても良かったんじゃねーか?」

「そう?身を切るなんて思ってないけどね。園子ちゃんのご両親は小さい時から知ってるしあそこのパーティでならこっちから料理作らせてほしいってお願いしたいくらいだしね。パーティ用で作る料理も普段とは趣や順序、構成それに量も違うから作り甲斐があるしね」

「もー、新一は推理オタクだけど龍斗君も筋金入りの料理バカよね」

「バカとはなんだ、バカとは」

 

そんな話をしていると、満面の笑みを浮かべた園子ちゃんが帰ってきてその日の放課後にはマスコミたちの姿は消えることとなった。……マジでソッコーで解決したな。

警備員の雇用期間中に文化祭が開催されその時も警備員さんにお世話になった……列整備とかできるんすね。鈴木財閥の社員能力たけえ。

 

 

 

 

そんなこんながありつつ、俺達は無事中学二年生に進学した。幼馴染みは一緒、クラス担任も同じともはやなにかの呪いなんじゃないと思った。10年間以上一緒って。

 

二年が始まって二週間が経ち月曜の朝にちょっとした事件?があった。いやあれは事件じゃなくて……

 

「あれ?今日は龍斗君一人で来たの?あとの二人は?」

「ああ、あとで来ると思うよ」

「あれ?一緒に来てはいたのね。なにかあったの?」

「ああ、実はね……」

 

俺は園子ちゃんに朝登校中にあったことを話した。

 

 

 

「だからオレ、二時間目ふけっから」

 

新ちゃんが、昨日の日曜に遭遇した事件について話してそう言った。どうやら先週の木曜日の午前中に強盗殺人事件があり、その重要参考人である秋本さんという方のアリバイを証明してくれる人を探すと言うのだ。その証言を集められそうなのが事件当時秋本さんがいた時と同じ午前中の

公園であるとのことで授業をさぼるらしい……?なにやってんだ二人とも?

 

「だから、その秋本さんには透視能力があるって言ってるの!それで壁を透視して壁の裏にいるロビンちゃんを見たのよ!!」

「だーかーらー、この世に超能力なんてないって言ってるだろ!秋本さんが見たのは秋本さんが寝てた位置を考えれば壁の表側!!どうせそのおばさんがロビン君の散歩コースをたまたま変えただけだって!!」

「新一は知らないだろうけど、この世には超能力だって幽霊だってぜーったいいるんだよ!龍斗君だってニンジャだって騒がれてたじゃない!分身の術が使えるって!!ねえ、龍斗君!!?」

 

げ。こちらに矛先が。

 

「龍斗のあれはすっげえ身体能力のおかげなだけだろ!もしも、超能力や予知能力があるなら事件なんて未然に防がれておきねえ平和な世の中になってるっつーっの!」

「なによー!あるったらあるの!!」

 

あ、こっちには流れ矢は飛んでこなかったか。それにしてもミュージカルばりによく動くなあ二人とも。まあただの痴話喧嘩か。ほっとこほっとこ。

 

「じゃあ、俺先に行っとくからお二人はご存分に続けてくださいな」

 

 

 

「……ってことがあったんだよ」

「はあ、相変わらず仲のいいことで。しかし蘭も新一君も相変わらずねえ」

「まあね。オカルト系は絶対ないっていう新ちゃんに絶対あるっていう蘭ちゃん。どっちも意地っ張りだからねえ。平行線だわな」

 

すまん、新ちゃん。俺はオカルトではないけどかなり非常識な存在なんだよね。

 

新ちゃんは宣言通り、今日の二時間目の数学の時間にこっそり抜け出していった。その日だけでは調査は完了しなかったらしく火曜日は理科の実験で煙が出るように化学反応を起こして(あんなもんどっから調達したんだ……阿笠博士だな絶対)混乱に乗じて、水曜日は校外ランニングのどさくさに紛れて、木曜日は音楽の時間にこっそりと抜け出していった。流石に音痴が抜ければ松本先生は気付き、お昼にこっぴどく叱られていたが。

 

「それで、成果はどうなんだ?」

「それがぜーんぜん。黒い犬を飼ってる家を回って聞いてみたけど収穫なし」

「はあ、早く解決してくれよ?登校中にぎすぎすした二人の間を取り持つ俺の身にもなってくれ」

「わりーわりー」

 

そう、あの二人。喧嘩してる最中だってのに登下校は一緒なんだよな。これで、付き合ってないんだから何だって話だわ。

 

「……もしくは見方を変えてみるとかな」

「?どーいうこった」

「酔っ払いの感覚なんて新ちゃんが思っている以上に信用ならんもんだよ。特に視覚は」

「んんーー、そういうものなのか?」

 

そう言ってまたうんうん言いながら悩みだした。早く答えを見つけてもらいたいもんだ。

 

次の日、新ちゃんは学校を休んで調査に出かけた。土日を合わせてこの三日で勝負を掛けるつもりかな?

 

次の週の月曜日、今日は新ちゃんの家に行ったがすでに出ていたらしく蘭ちゃんと二人で登校した。こうしてる分にはいつも通りなんだけどねえ。

新ちゃんは朝の始業ぎりぎりに教室に入ってきた。明らかに晴れやかな顔をしているのでアリバイは無事証明できたらしい。お、笑顔で蘭ちゃんに手を振って…そっぽを向かれた。

 

「新ちゃん、俺今日は料理部に顔を出すから一緒に帰れないわ。だから二人で帰ってくれ」

「お、おお。分かった。オメーも二年で部長だって大変だろうけど頑張れよな!」

「そっちも、しっかり仲直りしろよ?」

「善処するよ……」

三年生が抜け、料理部は俺一人になってしまったが今年入った一年生で俺の事を知っている人が大量に入ってくれたので部の廃部の危機は免れていた。まあ、まだ四月だしここから何人か抜けていくだろうとは思うけどね。しっかり料理の楽しさを伝えていきたいと思う。

 

 

 

次の日、そこにはいつもの様子に戻った二人がいた。なんでも河川敷を歩いているととても綺麗な歌声のアメージンググレイスが聞こえてきて、喧嘩している気にならなくなったそうだ。

 

 

 

しばらくして、俺は父さんに呼び出されてイングラム公国にいた。イングラム国王の誕生日を祝う晩餐会の料理を作る手伝いのためだ。流石に国王のパーティなだけあって他国の王子、王女に高級官僚ばかりだった。スイーツだけでなく料理の腕も父さんの計らいで披露することができ、いくつかの国の官僚からスイーツではなく料理を作ってほしいとオファーが来た。

イングラム国王の息子のフィリップ王子には「お菓子のお兄ちゃん」と呼ばれて、懐かれてしまった。俺の仕事は終わっていたのでセリザベス王妃に許可をもらってパーティが晩餐会が終わるまで一緒に遊んであげた。

 

 

 

更に月日が経ち俺達帝丹中学二年は中学校生活最大のイベント、修学旅行で東北に来ていた。そこで、スキー教室を体験していた。俺達四人組は割と運動神経がいい方なので早々に講習を終え(自主脱出)、上級コースに滑り出していた。

俺は、上級の一つ上に「鬼畜!地獄めぐりコース!!」というのがあったので三人を誘ったのだが、流石に斜度50°、全長1500mを滑るのはアホだと言われて断られてしまった。何々、滑る前に名前と連絡先をこの無線で連絡してください?下に監視員が到着し監視の準備が出来たら赤いランプが点灯します。ふむふむ。後は怪我、最悪死亡しても了承する事のサインを下の紙にしてくれ?サインには外国人も結構いるな。んで現在まで、完走者0、怪我人多数、麻痺などの障害3、死亡者0と。ほっほう、面白い。

ということで、俺は一人そのコースに挑戦していた。ジェットコースターなんかと比べ物にならない爽快感だった。下にいた監視員はその一部始終を見て呆然としていて、俺が中二であることを聞いて倒れてしまった。思った以上に楽しかったので、監視員を近くの休憩所に連れて行き、何度も滑っているうちに昼食の時間を過ぎてしまっていた。三回目くらいからギャラリーと動画撮影が入ってしまったが。どうやら、PRに使うらしく許可を求められたので了承した。ついでにカメラを回してない方の監視員さんに携帯を渡して撮ってもらうことにした。

そんなこんなで二時過ぎに戻った時に新ちゃんたちからそのコースを滑っていることを聞いていた松本先生に、大変心配をかけていたことを知って平謝りした。その後特別に俺だけならということで昼食を取らせてもらった。どうやら別の中学とブッキングしているらしく、時間をずらしての昼食時間とのことだった。

 

「人間がやったから犯罪っちゅうんじゃ!それに不可能なモンがあるかちゅうねん!!ボケェ!!!」

 

……この声に関西弁にこの言葉。どーっかで聞いたことありますねえ。

 

声のした方を向いてみると案の定、俺のもう一人の幼馴染みがいた。別の中学って平ちゃんのとこだったのか。なんつう偶然。後ろからカメラ回してるのは静華さんか?有希子さんもさっき見たし探偵ボーイズのお母様はどこも一緒だねえ。

周りの同級生にたしなめられて、平ちゃんは席に戻りカレーを食べ始めた。ずいぶんとまあ不機嫌な顔で。隣には和葉ちゃんがいた。……よし

 

「ずいぶんとキレッキレの啖呵を切ってるね、平ちゃん」

「なんやなんy……龍斗ぉ!!??なんでお前がこないなとこにおんねん!?」

「龍斗君?!?」

 

うむ、こっちが清々しくなるほどの驚きのリアクションだ。流石関西人。

 

「『地獄めぐりコース』を何回も滑ってたら昼食を食べそこねちゃってね。だから今から遅めの昼食だからこの食堂に来たんだ。久しぶり、和葉ちゃん」

「そうやなー、腹減ったら食堂に来るの当たり前…やない!なんや、『地獄めぐりコース』を何回もって!ふざけんなや!!ありゃ世界のプロスキーヤーでも完走できてへんコースやで!!それも何回もやと!!ガキんときは気にしとらんかったがよくよく考えたらお前のそのアホみたいな体の動きはなんなんやねん!そしてそもそも、オレが聞きたかったのはなんでこのスキー場におるんかっちゅうこっちゃ!分かっていうとるやろ!」

「そやそや。久しぶりー龍斗君…って!もう!!」

 

息をゼーゼー切らしながら一気にまくしたてた平ちゃん。いやあ、すごいね。噛まずにあんなセリフ早口で言えるって。

 

「はっはっはー、ああ打てば響くこのリアクション。やっぱり楽しいねえ。単純に俺が修学旅行で泊まっているホテルがココだってだけの話だよ」

「じゃあ、もう一つの学校って龍斗君の学校やったんやね!すっごい偶然や」

「ホンマにな。けどオレはその身体能力について納得はしてへんで?」

「な、なあ服部?なんやねん、このイケメンさんは?」

「かーずーはー?服部いうイケてる幼馴染みに飽き足らずこんなイケメンと知り合いなんてどういうことやねん!!?」

 

何やら、見知らぬ俺に興味をひかれたのか平ちゃんたちの同級生が詰め寄ってきた。気のせいか、女子たちの圧がすごい。それに気圧されたのかさっきの疑問の追及をやめ、

 

「ああ?コイツはオレのもう一人の幼馴染みや!普段は東京に住んどって、長い休みの時しか会えへんけどさっき見たように結構ノリのいい気のいい親友や!」

「平次も言ってるけど私のもう一人の幼馴染みやねん。私たちも今日来てるのはしらんかったんよ?」

 

そう紹介され、平ちゃんの知り合いであることと関西人特有のノリのおかげかすぐに仲良くなり楽しく昼食を取ることができた。

 

「じゃあ、オレは事件の調査にいくさかい、またな龍斗!」

「まってーな、へいじー!またね、龍斗君!」

 

どうやら、このホテルのスキー場で不可解な殺人事件があったらしく平ちゃんはその調査に向かうようだ。あ、しまった和葉ちゃんの足治療してあげようと思ってたのに言う間もなく行ってしまった。……次会ったらやってあげよう。しかし不可解な殺人事件ねえ。もう一人の探偵志望の幼馴染みもこの話は当然耳に入ってるだろうし、蘭ちゃん。頑張ってね。新ちゃんの手綱は任せたよ。

 

 

 

 

「で、どう思いますその殺人事件について。お久しぶりです、優作さん。二人してロスから帰ってきてたんですね」

「唐突に後ろから現れて驚かすのはやめてくれないかね、龍斗君。君はホントに気配を消すのが上手いから心臓に悪い。それによくこの視界の悪い状況で私を見つけてここまで近づけたね、シュプール音も聞こえなかったが」

 

有希子さんがいるってことで優作さんもいるんじゃないかと探してみると山の中腹あたりにいたので後ろから声をかけてみた。今年からあの豪邸を新一に任せロスに拠点を移したはずだけど、わざわざ息子の修学旅行に合わせて帰国するんだから、愛されてるねえ新ちゃんは。

 

「そりゃあ、下から見つけて走って……っ!!」

「……いや、もうなにもいうまいて。しかし上が騒がしくなってきたな」

「蘭ちゃんが死体を見て悲鳴を上げたみたいです。ほら今リフトが止まったでしょ?それは新ちゃんが指示したことみたいですね」

「……なんだって?この吹雪の中あんな上の方で何が起こったのか聞こえたのかい!?悲鳴ならともかく、指示した内容なんて聞こえるはずが」

「ええ。でも優作さんももう気づいてるでしょう?俺が人外の力を持っていることを。優作さんなら信用できるし晒してもいいかなって常々思っていたので。両親は知っていることですし」

「私が気づいていたのは嗅覚についてだけなんだがね、耳もそこまでいいとは。因みにどこまで範囲が及ぶか聞いても?」

「……半径100kmです。音を拾っても情報の処理が追いつかないのでこれが限界です。ある特定の音若しくは発生源を追跡する場合は300km」

「東京をすっぽりカバーできるじゃないか……」

 

流石に常識的にありえないことだが、俺が嘘を言っていないことが分かったんだろう。真剣な顔をして

 

「ありがとう、龍斗君。私の事をそこまで信頼してくれていて。君は頭の良い子だ。自分の秘密を話す事がどんなリスクがあるかを十分に承知の上だったんだろう?」

「ええ。でも。信頼…してますから」

「……ああ、しかし事実は小説より奇なりと言うが、こんなことが現実にあるんだね」

「世の中にはファンタジーなことなんてザラにありますよ。ただ、ファンタジーはファンタジーで解決されているから表に出ないだけですよ」

「そういう、ものなのかね。それでは先ほどの事件も?」

「ええ、硝煙のにおいがする人が一人。優作さんも事件が起こる前からわかってるでしょ?」

「まさか同じ事件を起こすとは思っていなかったがね。しかし、まったく嗅覚もファンタジーだね」

 

苦笑いしながら、俺に話しかける優作さん。ごめんなさい、一応の確認で体臭、電磁波、心音で確認させてもらってました。びっくりはしているけど嫌悪感なく受け入れてくれて。ありがとうございます。

 

「あら、龍斗君。どうしたのちょっと泣いてる?」

「え?あ、ああ雪が目に入ったんですよ。それでどうでしたか?成長記録は撮れましたか?」

「ええ、ばっちり!でも殺人事件が起きちゃって。ちょっと新ちゃんの様子を見てみるかな」

 

そういうと、有希子さんは双眼鏡を取出し下にいる新ちゃんを観察し始めた……優作さんも。いや、普通スキーに双眼鏡は持ってこないよね?

 

「あら、美人マダムと談笑中。全く誰に似たんだか」

「いや、あれは探偵の顔だよ」

「ふーん。で、あなたはこの事件は解けたのかしら?自称世界屈指の推理小説家さん?」

「それは愚問だよ。だが、しばらくは様子を見てみよう。若い奴らに任せてね」

「えー!?」

「龍斗君もそれでいいかい?」

「ええ。因みにあの美人マダムは俺の関西の方にいる幼馴染みのお母さんですよ。どうやら、その幼馴染みが自分と同じ探偵を志しているのを聞いてやる気を出したみたいですね」

「すっごーい、龍斗君!よく見えるね。こんな距離あるのに!それになんで言っていることがわかるの!!?」

「え、あ、いや……」

「彼はすごい視力の持ち主で、私が教えた読唇術で新一との会話を読み取ったのだろう」

「へえ、いつの間に」

 

優作さんの方を見るとお茶目にウィンクを返された。ちょっと気が抜けてたみたいだな。

 

「それじゃあ、俺はホテルの方に戻りますね。流石に集合がかけられると思いますので」

「ええ、じゃあまたいつか会いましょうね」

「はい」

 

そう言って、俺は二人と別れホテルへと戻った。案の定、新ちゃんは抜け出し蘭ちゃんはそれについて行ったらしい。

数時間後、無事事件は解決したらしい。解決したらしいのだが……

 

「なんでそんなムスッとしてるよーな、うれしそーな、微妙な表情してんの?」

「そりゃ、オメー事件の謎を解明できたのはオレ一人の力じゃねーし、一人で解いた中学生の探偵がいて、オレは負けたんだ。そりゃあこんな顔にもなるさ!」

「なるほどねえ、負けたのは悔しいが同じ年のライバルがいて嬉しいってことね」

「バーロ、そんなんじゃねえよ。龍斗も妙に嬉しそーじゃねえか。何かあったか?」

「いや?まあ秘密の共有できる人がいたことが嬉しかっただけさ」

「??」

 

俺にとって大きな変化があった修学旅行の夜はそうして更けていった。

 




唐突な力についての告白。正直自分もどうしてこうなった状態です。

まあ原作前に家族以外に知っている人がいてもいいかなと思ってこの人に明かすことにしました。
両親はすでに承知済みです。その時の話をいつか時間があれば番外編で書く……かもしれません。

ストックきれた…次の話で、現在書きあがっている段階でもうキャラがめちゃくちゃです。反応が滅茶苦茶怖いですがこのままいきます!
お楽しみに!


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青年期~原作開始(~20巻)
第九話 -ファンタジスタの花、紅葉来訪-


賛否あると思いますが、こうなりました。

このお話はOVA ファンタジスタの花 を元にしています。






俺達四人は無事中学生活最後となる三年生へと進学した。料理部は結局10人残り今年もまた新部員も補充できたので、俺の代で廃部になるなんてことは免れた。

高校ではさらに本格的に依頼を受けていこうと思うので、もしかしたらこれが最後の部活動となる……かもしれないと思うと感慨深いものがある。

 

そして、体育系の部活の大会が始まる夏になり俺は新ちゃんの都大会決勝の応援をしに来ていた。現在のスコアは帝丹中学2点に対し、相手の奥穂中学が4点の2点ビハインド。後半で残り時間も少ないため、もう負けは決まったと帝丹中学側はあきらめの雰囲気を漂わせていた。だが、

 

「おお!新一君がカット!!」

「っ!!」

 

相手のパスをカットし、相手のエリアに切り込んでいく新ちゃん。3人に囲まれそうになった瞬間、2年生FWの水嶋にパスし、水嶋はゴールを決めた!

更に、アディショナルタイムに突入し新ちゃんが今度はゴールを決め、勝敗はPKにもつれ込んだ。

そして……

――――カン!!

 

帝丹中学最後のキッカーの新ちゃんがゴールを外し、優勝と全国大会の切符を逃した。

 

それからしばらく経ち、園子ちゃんが新ちゃんが1年の女の子と仲良くしてるのを見たと騒いでいた。丁度、サッカー部の3年VS2年の試合をやると言うので屋上で見学することにした。

「ひどい、水嶋君!女の子にあんな当たり方を!!」

「そうね、ひどいひどい!あ、でもあの子また立った」

 

どうやら、水嶋はあの子に思うところがあるらしく彼女がボールを持つと強い当たりでディフェンスしていた。しっかし、なんで3年のチームに…ああ部長の外岡が仕組んだのか。あいつバカだけど目端が利くし部員の和を作るのが得意だし3年が抜けた後あの子がいやすくするために今回の試合組んだな。

最初はひどいひどいと言っていた女子組は何度倒れてもすぐに起き上がるあの子―サッカー部の声援からして沢村と言うらしい―を見て応援に回っていった。結局、最後に彼女がディフェンスを踏み台にして飛び上がって決めた反則ギリギリのボレーシュートで試合は終わった。

 

「ねえ蘭?新一君に確かめなくてもいいの?」

「確かめるって何を?」

「何をって……はあ、そろそろ色気づいてもいいんじゃないの?」

「色気づくって?」

「だーかーらー。もう、龍斗お兄様、言ってやってくださいよ?」

「お兄様言うなお兄様と。ま、俺からは新ちゃん頑張れってことだな」

「なによー、龍斗君までそんなこと言ってー」

 

新ちゃんの春は遠いな。

 

 

あの試合があって夏休みを挟み、二学期になった。いつものように3人で登校しているとあの後のサッカー部の様子を前を歩きながらリフティングしている新ちゃんが話してくれた。

 

「……それで、オレにたりないことを沢村から教えてもらったよ」

「さっきから、沢村って子の事ばっかり。もしかして新一、その子のことが好きなんじゃない?」

「あ、?バーロ――!?」

 

何とも信じられない言葉が蘭ちゃんから出て新ちゃんはボールをけり損ねた。そのボールは蘭ちゃんに向かっていき

 

「ふっ!!」

 

蘭ちゃんの上段蹴りで見事に新ちゃんの手の中へとおさまった。あーあーあー、スカートであんな蹴りして。そんなことしたら。

 

「しろ……」

「ん!!」

 

あわててスカートを抑える蘭ちゃん。まあ真正面にいた新ちゃんに見られるわな。んで次は、

 

「あ、やべ」

「こらー、新一!!!!」

 

追いかけっこが始まるわけだ。ま、いつもの光景だし平和でいいねえ。

 

 

 

秋も深まったある日、俺は雑誌で気になる記事を見つけた。

『中学三年生の大岡紅葉さん、特別枠で出場した高校生皐月杯でチャンピオンに!』おー。

 

「なになに~『並み居る高校生を退け、優勝を勝ち取った美少女クイーン!』だって。龍斗君もこんなの読むんだね。女の子に興味ないって思ってた。てかこの子大岡家のご令嬢じゃない」

「どーいう意味かな?園子ちゃん。あと、流石に知ってたか」

「まあね、何度かパーティで見たことあるし」

 

後ろから俺が読んでた雑誌を盗み見て、そんな言葉をくれた園子ちゃんに引きつりながら聞いてみた。

 

「だって、上から下までいろんな人に告白されてんのになしの礫だし。何度私に相談が来たことか。それにファンレターなんて世界から来てるんでしょ?」

「いや、別に女の子に興味ないわけじゃないって。ただ、この子とちょっとね」

「龍斗、この子と知り合いなのか?」

「そうなの?龍斗君」

 

いつの間にやら三人に囲まれて聞かれたので京都であった顛末を話した。

 

「……ったく、新一君も気障なセリフを吐くけど龍斗君も素直に褒めるよね小さい時から。綺麗だ可愛いだ、いい子だなんだって」

「そだね。しかも本音で言ってるし」

「気障ってのには引っかかるが、龍斗の事に関してはオレも同意見だ。俺達幼馴染みは言われ慣れてるがあったばかりの子にそんなこといってたらオメーいつか刺されんぞ」

 

なんと!幼馴染にはからい評価だな。まあ確かに普通の子供はそんなストレートに褒めたりしないか。

 

「まあそんなわけで、この子とは縁があってね」

「なるほどなー。しかしオメーはどーなんだよ?」

「俺?」

「その子との約束だよ約束!どう思ってんだよ」

「んー。そーだなあ、初めて…まあその一回だけなんだけど。あった時は対戦のこともあってずっと見てたわけだ」

「ああ、聞いてみると改めてオメーが馬鹿げた身体能力を持ってるって思ったぜ」

「うっせ……それでひたむきにやっている表情を見ていいな、とは思ったよ。負けそうになっても芯の強いあのまなざしは心に残ってる。この雑誌を見るに思った通り綺麗になってたしな」

「おお?おお?龍斗君にしてはホント珍しい反応だね!もしかしたらもしかする!?」

「さてね。でもいきなり結婚ってことには行けないだろ?次会ったとき、俺が本当に世界一になっていたら告白してみるよ。お嫁さんにして!って向こうから言われたから今度はこっちから付き合って下さいってね。まあ向こうが覚えてるとは限らないけどな」

「ええ、絶対覚えてるわよ!いいじゃない、ラブロマンスみたい!」

「……それで?本当の世界一ってなんだよ。もう世界一の称号は二年前にとってんじゃねーか。あと、臆面もなく告るなんてよく言えるな」

「四年ごとにある大会。あれのシェフ部門に出る。次は二年後の高校二年生。父さんが優勝した大会だ」

「……っは!?いや、まあ確かにお菓子作りの腕だけじゃなくて料理もウメーのは知ってる!でも流石に二回も推薦枠で出るのはリスキーじゃないか?それにオレも調べたけどオメーんとこの家族がおかしいだけで普通は30歳以上のベテランばっかでてんだぞ?30でも若い方だ!!」

「そこは、地道な努力が実ったってことで。スイーツ目的で呼ばれたところで料理を作ったりしてな。着々と実績作りは積んでるんだ。あと二年。その伝手で参加権を勝ち取って見せるさ」

「ほへー、確かその大会の最年少優勝記録って緋勇のオジ様よね?確か20代前半。二つして破るつもり?」

「当たり前だよ、なんたって俺は……」

「「「父さんと母さんの子供だから」」」

「耳にタコができるくらい聞いたよ、そのセリフ」

「ははは……」

「じゃあそれで優勝したら……キャー――!OK貰えるといいわね!!」

「しかし、大岡家に龍斗君を盗られるのはなんか釈然としないなあ。うちでシェフする話諦めてないのよ?」

「盗られるって園子ちゃん……まあそんな感じさ」

 

俺がこんな話をするのは初めてだったので最初は面食らってた三人だったが最後には応援してくれた。…意外と、離れて大きくなる想いってのもあるもんだな。

 

 

そして、俺達は中学校を卒業した。

 

 

 

 

卒業してから帝丹高校へと進学する春休みの間、俺は実績作りのためにずっと海外にいる両親について多くの料理を作っていた。学生である以上、そしてあの宣言をした以上、時間がガッツリとれるのは休みの間だけなので俺は入学式ぎりぎりまで海外で腕を振るっていた。帰ってきたのは入学式前日のことだった。

 

 

 

「え?NYに行ってきた?」

「ああ、俺と蘭とで二人でな。散々だったぜ、飛行機でミュージカルで殺人が起きて。しかも連続通り魔にも遭遇するしよ。唯、蘭には事件のことは何も言わないでおいてくれ、忘れちまってるみてーなんだ」

「忘れている?」

「ああ、高熱でぶったおれたんだ」

 

くっそ、これは新ちゃんが初めて解いた事件って覚えていたのに。確か「高校生になったばかり」って誰かが言っていたからGW当たりにでも行くと思ってたんだが。よもや入学式前にいってたなんて。

それにしても、ココから「高校生探偵工藤新一」が動き出すわけか……

 

「新ちゃん」

「……でだな、俺はこういってy…なんだよ、そんな真剣な顔して」

「新ちゃんはこれから本格的に探偵としての夢を追い始めると思う。止めたりはしない。でもね、その道は危険と隣り合わせな道だよ。忘れないでほしいのは必要以上に自分で危険なことに首を突っ込んでいかないこと」

「……わーってるよ。約束するよ」

「絶対だからね」

 

今はこれくらいしか言えることはないか……

 

「そうそう、NYに行ったときシャロン・ヴィンヤードに会ったんだけどさ。オメーありゃなんなんだ」

「なんなんだと言われても?何かあったの?」

「あの人のオメーへの好感度の高さだよ。会話の端々ににじみ出てたぞ」

「えっと、俺もわかんない」

「俺達が散々な目にあったってーのに後日電話した母さんの話だと良いことあったみたいだったしよくわかんねー人だったな」

「ふーん。いつか再会するときが楽しみだなー」

 

 

 

 

高校生になって俺は出席日数に影響しない程度に学校を休み、色々な所に出張していった。新ちゃんも事件に遭遇したり、警察に協力を要請されたりとで少しずつだが知名度を上げていた。

たまに馬鹿やって遊んで、勉強して蘭ちゃんの空手の大会を皆で応援して、そこで蘭ちゃんより強い同校の先輩が存在し、蘭ちゃんが準優勝だったのに驚愕して、なんて日々を過ごした。

 

 

 

 

今日、俺はアメリカのとある墓地にいた。シャロン・ヴィンヤードの葬儀に参加するためだ。

 

『通っていた学校はどこか?』『母娘の不仲説は本当か?』『父親は誰なのか?』『噂の恋人はこの葬儀に来ないのか?』

 

ん?あの人は……おいおい。一応彼女は母親の葬儀に参加しているのに質の悪いジャーナリストだな。対するあの人は『ノーコメント』でやりすごしているみたいだけど。あ、捕まった。そりゃあそうだ。常識ある人なら止めるよな…ん?最後のあがきか?

 

『知られたらまずいことでもあるのか!?』

「……A secret makes a woman woman...」

 

シャロンさんの棺に背を向けてそう言い放った。葬儀に参加している人はその台詞の奇妙さに少し騒然としている。…あ、目があった。

 

「!!?」

 

ちょっと動揺していたけど流石は女優か。すぐに澄まし顔になって……あ、こっちに来た。

 

『あなたは……母のお気に入りの子ね。わざわざ日本からご苦労なことね』

 

おいい!?ここにはあのマスゴミがいるんだぞ!?そんな意味深なことを…ほら皆こっちに注視してるし。

 

『ええ、七歳の頃から私の料理のファンになっていただけたので。この度はお悔やみ申し上げます』

『……ええ。ありがとう』

 

こ、これでフォローになってるよね?一々会話に気を付けないといけないなんて有名人って面倒だな。

 

『これ、こんな場で渡すのはおかしいですがシャロンさんの棺に添えようかと思って作ってきたマフィンです。ですがクリスさんにお渡します』

『あら、母に捧げなくていいのかしら?』

『そうですね。これはある意味始まりのマフィンです。()()()()()懐かしい味のはずですよ。これからも笑顔を忘れたときは何時でもいってください』

『!!え、えっと…?なんのことかしら?』

 

そう、初邂逅から約10年結局マフィンを贈ったのは最初の時だけだ。だから懐かしいはずだよ……()()()()()()……

 

「それではまたいつか。笑顔の約束、俺はずっと忘れてませんよ」

 

そういって、俺は彼女に背を向けて墓地をあとにした。

後日、俺はシャロン・ヴィンヤードのお気に入りだったことが少しだけワイドショーを賑やかにしたが数日たてばそれも次の話題にかきけされていった。

 

 

 

 

そして11月、

 

「龍斗君、また大岡家のご令嬢優勝したみたいよ」

「ああ、知っているよ。雑誌の取材にも答えてたね」

「そうそう、私や新一も読んだけどその内容に……」

「「「大切な約束のためにウチは負けてなんかおられんのです!」」」

「……」

「しっかり覚えてるみてーだぜ?あの約束ってやつを」

 

くっそ顔が熱い。こいつらにからかわれるのが一番恥ずかしいわ。新ちゃんなんてにやにやした顔を隠そうともしないし。

 

「わかってる、わかってるって。俺も実は今日の放課後雑誌の取材を受けるんだよ」

「え?まじで」

「まあ料理の本なんだけど俺のお菓子のレシピが載るってことで大々的に宣伝してるみたいだ」

「あ。私そのCM見たことある!聞こう聞こうと思って忘れてた!!」

「まあそんなわけでそこで俺も返そうと思うよ」

「へえええ!なんて書かれるのか今から楽しみね!」

 

その次の料理本は大ヒットを記録し、料理本としては異例の出版数をたたき出した。俺の取材の内容がネットで拡散されたからだ。

―――今後の目標は?―――

来年の世界大会、そのシェフ部門で優勝してこようかなと。まだ、俺は半分しかとってきていない。大切な約束を果たすためにもう一つの世界一を取りにいきます。

―――約束とは?―――

それは言えません。でもわかってくれる人は分かってくれると思います。

 

この、史上初の二つの世界一を取る宣言のおかげで他のマスコミからの取材依頼がうちにかかってくることになってしまった。(以前の騒ぎの際に学校に電話した者の取材は受けないと言ったせい)まあ受ける気はないんで放置していたが。そしてこの取材のせいでとんでもないことが三学期に起きることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。ウチ、京都泉心高校から転校してきた大岡紅葉と言います。みなさんよろしゅうお願いします」

 

三学期が始まったその日、担任に連れられて俺らの教室に入ってきたのは大岡紅葉だった。

その姿を見た幼馴染みたちは固まり、他のクラスのやつらも紅葉の姿に気を取られ唖然としてた。

 

「ああ、大岡は緋勇の隣だ。大岡、困ったことがあれば緋勇に聞け。あいつは頼りになるぞ」

「ええ、おおきに。でも知ってますよせんせ」

「??」

 

そういうと、俺の方へと向かってきて

 

「あの雑誌みて待ちきれんくなって、きてしまいました龍斗クン。ずっと会いたかった……!!」

 

そういうと、座っていた俺に思いきり抱きついてきた。周りは突然のことに悲鳴を上げ騒然となってしまった。

 

「も、紅葉。俺も会いたかったし、抱きつかれるのもすげー嬉しいんだが。こういうのは始業の時間にするもんじゃないと思うんだ。だからとりあえず離れてくれないか。席も隣だし話をしよう?」

「もう、ほんにいけずなひと。でも、ありがと。嬉しいって言ってくれて。改めてよろしゅーね龍斗クン!」

「ああ、よろしく紅葉……せんせー、お騒がせてすみませんでした!始業の続きをお願いします!!」

「お、おおう。つくづくお前はマイペースというか大物だよ」

 

突然のことに固まってた先生にそういうと再始動した先生にそう言われ始業の連絡事項として二時間目の教師が病欠のため自習になったことを告げられ、そのまま一時間目が始まった。そして、授業が終わったと同時に紅葉に人が群がってきた。まあそうなることを予想してたので、俺は先んじて幼馴染み三人と合わせて紅葉を伴い屋上へと向かった。

ああ、強引なとこもあるんやね…なんて聞こえた気がするが気がするだけだ!!

 

「さて……と。紅葉。幸い二時間目は自習だったことだし時間はある。どういう事か教えてほしい」

「言うたでしょ?我慢できなくなったって。その前にこのこたちはなんなんです?」

「オレ達四人は保育園時代からの幼馴染みなんですよ。オレは工藤新一」

「私は鈴木園子。私のことは知ってるわよね?大岡家のお嬢様?」

「私は毛利蘭。龍斗君の幼馴染みです」

「ええ、鈴木園子さんのことは知っとります。それにしても幼馴染みですか……」

 

そういうと三人の、いや女性陣のほうをじっと見やる紅葉。その視線に気づいたのか

 

「ああ、心配しないで。私たちに龍斗君への恋愛感情はないから!小さい時から面倒を見てくれたお兄ちゃんってとこよ、ねえ蘭?」

「え、ええ。私も龍斗君をそんな目で見たことはないです」

 

二人の様子に嘘はないと分かったのか探るような視線はやめた。

 

「それで?オレ達も約束のことは教えてもらってる。から、わかんねーんだよな、大岡が転校してきたのが。約束の内容からまだ会う時期じゃないんじゃねえか?」

 

「それは……」

 

そうして紅葉が語った。俺が中一でパティシエ世界一をとったことで約束をこんなに早く果たしてくれてうれしかった事。でも料理人になると言っていたのにパティシエ世界一であることに疑問を持ったこと。中三で高校生皐月杯で優勝したことで一応の日本一になったことで会いたい思いが強くなったこと。そして大岡家の力を借りて調査し俺が国内外問わず色々なパーティのデザートだけではなく料理を作っていることによってもしかしたら…と思ったこと。因みにパーティで俺と会うことがなかったのは紅葉が避けていて遠目から俺のことを見たことはあって、そして料理を作る真剣な姿に見惚れていたこと。そして高一で取材を受けたとき俺も取材を受けることをCMで知ってもし自分のことを意識してくれていたら何か反応があると思ってあの言葉を掲載してもらったこと、そして12月発売の俺のコメントをみて……

 

「いてもたってもいられんかったんです。あの約束は、ウチにとっての日本一はクイーンになることです。でも会いたいって思いがどうしても強くなりすぎて。あの約束を。世界一になったらなんて途方もない夢をかなえていく姿を、遠くで見ているなんて耐えられへん!!」

 

紅葉は泣いていた。他の三人はその迫力に圧倒されていて一言もしゃべれない様子だった。

 

「紅葉。そこまで俺のことを想ってくれているなんて想像もしてなかった。俺も、あの対戦で君のその真っ直ぐな瞳を見てから、その瞳で俺のことを見続けていてほしいと成長するにつれ想うようになった。あの時、俺は紅葉の在り方に惹かれていた。俺は紅葉の事が好きだ。だけど俺も紅葉もまだ約束を半分、果たしただけだ。でも俺はここまで想ってくれている君を離したくない。だから俺と付き合ってくれ。そして、お互い約束を果たしたとき結婚してください」

「「「「!!!!」」」」

 

いきなりの俺の告白に衝撃を受けた様子の四人。そりゃあこれ、もうプロポーズだもんな。

沈黙がしばらく続いた後。

 

「ふ、ふつつかものですがよろしくおねがいします……」

 

そう、小さな声で返事を貰った。

 

 

 

フリーズしたままの三人もつれ、俺達五人は教室へと帰ってきた。俺と紅葉が手をつなぎ、紅葉の顔はその名に変わらぬ真っ赤にして。他の三人も茹でダコのように真っ赤になってフリーズして機械的に足を動かし席に着いたのを見て、俺達に突撃したそうにしていたクラスメイト達もただ事じゃないことが起きたことを察して自重してくれた。

 

その後、やっと三人のフリーズが解けたのは昼休みに入ったころだった。それまでの授業は妙な緊張感が支配しており、私語もなくその雰囲気に教師も飲まれたのか粛々と授業は進んだ。

 

「そ、それでなんだがな。緋勇。彼女のことについて聞いていいか?なんだかただならぬ関係なのは分かるんだが。その本人がニコニコしながらお前の腕に抱きついて顔をじっと見てるだけで反応しないから聞くに聞けなくってよ……」

 

お昼が始まったので昼食を取ろうとすると紅葉はすっと寄ってきて腕に組みついた。お昼を食べるように言っても聞かないのでいつも持っているお菓子から金平糖を出して口元に持っていくと嬉しそうについばんだ。

 

「ああ、まあうん。俺もこうなるとは思っていなかった。どういう関係って言えば現在恋人将来の婚約者?って感じだ」

 

婚約の言葉が出たところで紅葉はより一層抱きついてきた。……やばい。

 

「こ、こんやくしゃあああああ!!!!!??」

 

その声に転校生を見に来ていた野次馬もクラスの残ってた連中も大騒ぎになった。

 

 

 

 

放課後になった。あのあとは収拾がつかなくなり大混乱が起きたがそのまま昼休みが終わってしまい昼食を食べ損ねてしまった奴らが更に騒いでいた。

どうせ放課後もうるさくなりそうだったのでさっさと帰ることにした。

 

「紅葉って今どこに住んでるんだ?送っていくよ」

「ウチは今ホテルに住んでってん。中々いい物件があらへんので。龍斗クン、心当たりない?」

「心当たりねえ、じゃあ散策も兼ねて少し近所を回ってみようか。放課後の用事は?」

「ウチはもう帰るだけです」

「あ、今日わたし稽古があるから部活に行くね」

「私もテニス部の部活あるから~後は任せた新一君」

 

そういうと女子二人はさっさと教室を出て行ってしまった。そして残った一人に自然と目が向けられた。

 

「あ、えっと。確かにオレは今日何も用事はねーけど」

「じゃあ一緒に帰るか、紅葉もいい?」

「ええよ」

「それじゃあ校外に出よう。紅葉、新ちゃん」

 

俺は二人を伴って近所の不動産屋を回ったが紅葉の琴線に触れる物はなかった。

 

「中々ないもんだなー」

「そういえば、紅葉は一人でこっちに来たのかい?」

「いいえ。傍仕えの伊織が今ホテルに待機してはります。あ、もちろん部屋は別ですよ!?こっちに来る許可をくれた両親の条件が伊織を伴って、やったんです」

「じゃあ、俺の家に二人で下宿するかい?ほぼ一人暮らしだし元々部屋は余ってるし。両親には好きにしてもいいって言われているから反対はされないと思う。二人っきりの同棲だと問題あるだろうけど大人が一人でもいれば印象がだいぶ違うだろ?」

「……ウチ、こんな幸せなことがあってええんやろか……?同じガッコで同級生やるだけでもいいって思ったのにプロポーズされてそれにこれから一緒に住もうって言われるなんて。まあ二人っきりやないのが不満と言えば不満ですけど」

「俺達は高校生なんだし、お互い世間の目を気にしないといけない立場だしこれは受け入れよう?……それに二人っきりだと俺がまあ、襲っちゃうかもよ?」

「……っ!そんな襲うやなんて、物騒やわあ、龍斗クンは。返り討ちにしてあげるで?」

「あーあーあー。俺、今日一緒に帰った意味あったか?すっげーいたたまれないんだけどそこのバカップル」

「はっはっはー。勿論あるに決まってるじゃないか。いっつも俺が三人で帰っている時に新ちゃんと蘭ちゃんのやり取りを聞いて味わってることを新ちゃんに味あわせるためと、幸せを見せつけるためさ」

「あら、新一君と蘭ちゃんはつきおうていますの?」

「い、いや付き合ってなんかいねーよ!あんなみょーちくりんと!!」

「……因みに蘭ちゃんに聞くと『付き合ってないわよ!あんな推理オタクと!』って返ってくるよ」

「なるほど、幼馴染み同士の素直になれない仲ってやつやねえ、和みますわぁ」

「だからちげえって!」

「ま、それは置いといて。どうしようか。これから」

「置いとくな!ったく、じゃあオレはここで先帰るわ。つきあってらんねーぜ」

「はいはい、付き合ってくれてありがとね。また明日」

「ほな、また明日」

「ああ、二人ともまた明日。いちゃつくのも大概にしとけよ?」

 

そう言って、新ちゃんは帰って行った。その言葉に紅葉は顔を赤らめて。

「い、いちゃつくて。何を言うてはりますのやら。そ、それでこれからどうします?」

「とりあえず伊織さんのいるホテルに行って事情を話そう。早ければ早い方がいい」

「そうしましょか。それじゃあ行きましょ」

 

そう言って、紅葉が宿泊しているというホテルに向かった。そこで会った伊織さんに事情を説明すると「早速準備しましょう」とてきぱきと手続きを始めてしまった。

俺達が結婚を前提にお付き合いするということを報告すると準備の手を止め、一瞬間を開けて殺気を向けてきた。……ああ、これは。こちらもそれに応対するように圧を掛けると顔中に冷や汗を浮かべて殺気をおさめた。

 

「……流石はお嬢様の選んだ相手。まさかこれほどとは」

「なんというか。俺は紅葉を守る「力」についてはこの世界で一番だと思っているよ」

「な、なにを突然いうとりますん?龍斗クン。恥ずかしいわあ。伊織もすごい汗かいとるけど大丈夫?」

「ええ。大丈夫ですよお嬢様」

 

やり取りは一瞬で声を発したわけでもなかったので紅葉には気づかれなかったらしい。

 

「龍斗様、お嬢様の事。よろしくお願いしますね」

「ああ、任せてください」

「??」

 

一応、お眼鏡に適ったのかな。後は人となりとかあるだろうけどそれは一緒に暮らしていくうちにお互い分かっていくだろう。……男としてじゃなくて妹か娘をとられる身内の反応だったのは正直ほっとしたが。

 

伊織さんの手際のおかげでなんと二日後には家に業者が届くらしい。俺達が学校に行っている間に片付けは済ませておくそうだ……大岡家の傍仕えすげえ。

 

 

「これから末永くよろしゅうね、龍斗クン♪」

 




感情の発露とか、告白のセリフとか、いきなりいちゃつくとか、もう半分オリキャラになってる気がする紅葉さんでした。
いちゃいちゃを書く文才が欲しい。
映画とちょこっと出てきただけなのでもううちの紅葉さんはこんな感じにします。主人公にぞっこんでストレートに物言い、でも繊細で。強気な言葉で不安を隠す、みたいな性格です。

それから、大岡紅葉がヒロインで恋人のいる帝丹高校に転入してくるという点でミスター超合金様の「もしも工藤新一と大岡紅葉が好き合っていたら」と似通った設定になりますが、似通った設定を出すことに対してミスター超合金様に許可は頂いております。

割烹にもあるように原作に入るためのお話の構成に悩んでいるため次話は遅れるかもしれません。


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第十話 -龍斗の悩み-

あれ?なんか主人公の葛藤を書きたかったんですが全然違うところに着地してしまいました。一応、次話はジェットコースター殺人事件が起こります。

それと今回は「トリコ」のネタが多めになっております。


それではどうぞ。


紅葉と伊織さんの引っ越しが無事終わり、家における約束事と役割分担を決めた。

普段の食事は俺が基本担当し、手が空いてれば一緒に作る。紅葉も俺とあってから料理に興味を持ってくれて実家ではよく作るようになったのこと。買い出しは朝誰が行くかを決めて、掃除ゴミ捨て洗濯は分担して当番制に。紅葉の物もあるので、普段から通ってもらっている女性の家政婦さんは人数を減らして継続で雇用することにした。伊織さんは自分が担当したがっていたが分担については俺が押し切った。だってこういうの家族みたいじゃないか?と言ったら紅葉が二つ返事で伊織さんを説得してしまった。

部屋は俺が使っている和室の二つ隣に紅葉、伊織さんが玄関に一番近い空き部屋を使うことになった。

紅葉が席を立っている時に伊織さんに「あまり羽目を外しすぎないようにお願いします」と言われてしまった。……なんかすごい気まずいんだが。まあ今から共同生活するんだし初めに言われただけまだましか。それじゃあ、夕飯でも作るかね。

 

「それじゃあ、今日は俺が一人で作るよ。今日だけは歓迎の意味を込めて豪快に作ろうと思ってるから期待してて」

「そんな、いつも通りでもええんよ?龍斗クンのなら問題ないって知ってるし」

「せっかくの同棲開始の記念日だしね。気合も入るってもんさ」

「ど、同棲…」

「私はお嬢様のお付きでパーティにご同行させていただいたことがありますが龍斗様のお料理を口にする機会が巡り合わせが悪く、これまでなかったのでとても楽しみです」

 

改めて、今の状況を言葉にすることで黙ってしまった紅葉と期待の言葉をくれた伊織さんを置いて俺はキッチンに向かった。さーて、ちょっと期待はずれに見えるかもしれないけど、やるかね。…っと、あの包丁ださないと

 

 

「おまたせ」

「……龍斗様、これは。豪華とおっしゃっていましたが私には普通のサラダにコンソメスープ。それにパン。メインはハンバーグ、ですか?にしか見えないのですが」

「ええ、伊織さんがおっしゃったまんまのメニューです。シンプルですが家庭の料理としてはごくありふれたものですよ」

「……!!紅葉お嬢様にお出しするのが普通の料理……ですか!歓迎とおっしゃっていたのは嘘だったのでs「待って伊織」……お嬢様?」

「伊織。このお料理どれもすごくええ香りするよ?今まで嗅いだ事の無い。香りだけで唾液があふれてきました」

「……確かに。ですが先ほど歓迎と…」

「伊織さん。まずは食べましょう」

「……そうですね。香りからして手を抜いたわけではないと思いますし」

「それじゃあ、頂きます。ようこそ、緋勇家へ!!」

「「頂きます!」」

 

紅葉はまずサラダから手を付け、伊織さんはスープから口にするようだ。

 

「な、なんやのこの野菜!めっちゃみずみずしくてしゃきしゃきしとる!!噛めば噛むほど甘みが濃くなって!どこのお野菜なん!?こんなの食べたことあらへん!」

「このスープも野菜の優しい甘みがしっかりとあっていくらでも飲んでいけそうな透明感がありながらも思わず噛んでしまうほどの重厚感も調和している!」

 

二人は食べる度に料理を称えてくれて、それでいて持つ箸は止まらずどんどん皿を空にしていった。そして二人はメインのハンバーグに手を付けた。二人して言葉もなく唯々手を動かし。気づけばすべての料理を綺麗に平らげてくれていた。

 

「「……ごちそうさまでした」」

「はい、お粗末さまでした。どうでしたか?今夜の夕食は」

「ええ、先ほどの失言深くお詫び申し上げます。ですが、「豪華」「歓迎」と言われてキッチンに向かわれたのに出てきたものが何の変哲もない料理だったものですから。お嬢様への歓迎はこの程度なのかと邪推してしまいました。重ねて謝罪申し上げます」

「でも。今まで食べてきた龍斗クンの料理の中で一番おいしかった。普段のパーティの時は手を抜いてるん?」

 

食後の紅茶を飲みながら紅葉はそうたずねてきた。

 

「いや。手を抜いているつもりはないんだけどね。俺の最も得意な料理は「家庭料理」なんだ。だけどそれはパーティで求められるものじゃない。それと……ね。今日は特殊な技術をふんだんに使ったから。因みに今日の食材は俺が目利きしてはいるけど商店街でそろえたものだよ」

「特殊な技術?それに商店街って……」

 

俺はそう言って席を立つとパックに入った二個のトマトを冷蔵庫から持ってきて、キッチンにより包丁をとり二人の元に戻った。

 

「これ、二個で300円のトマト。まあ一般的にはちょっとだけ高めの物だけど高級ってものじゃない」

「伊織?」

「ええ。龍斗様のおっしゃる通りです。一般家庭の方が日常的に食べるものですね」

 

流石に食材の買い物の経験がないのか伊織さんに聞き、この値段が普通のトマトの値段であることを教えてもらっていた。

 

「それで、そのトマトがどうしたんです?」

「まあ見てて。とりあえずは一つ」

 

そういい、俺は一つのトマトを綺麗に六等分した。そしてもう一つのトマトを手に取り、集中して細かに包丁を入れ始めた。その動きは包丁が消える程に早くその様子を見ていた二人は目を丸くしていた。

 

「……さてと。このくらいでいいかな。このトマトも六等分してと。後でしっかり話すからまずは最初に切った方を食べてみて。その後に俺が「調理」したトマトを」

「え、ええ。……うん、普通のトマトやね。ちょこっと皮が固いけど」

「はい、私も同意見です。そしてもうひとつを……!!」

「なんやこれ、全然味が違う!!皮もやわらなってるし甘さも酸味も絶妙になってる!それにあんなに包丁を入れていたのに綺麗に形が残っていることもどういう事なん!?」

「さっき俺がしていたのは「暗技」の「蘇生包丁」の応用だよ」

「あ、暗技?蘇生包丁?」

「俺が持ってる技術の一つでね。あまり表に出したくないんだ」

 

「暗技・蘇生包丁」とはトリコの世界で習得した技術の一つだ。これを使えばどんな食材も最高の味を出すことができる。が、そもそも習得できる人間がこの世界にいるとは思えないし必要な包丁はこの世界では作れない。俺が今日使った包丁は俺がトリコ世界で愛用していたもので俺の「裏のチャンネル」に保管していたものだからできただけであって、父さんからもらった包丁じゃ再現できなかった。そのことをぼかして説明した。

 

「それに、それを使わなくても美味しい料理を作る腕に自信はあるからね。今日は歓迎の意味で使ったんだよ」

「そやったんやね。そんな不思議な技術があるんやねぇ。でも美味しかったよ龍斗クン!」

「ええ。本当に美味しかったです龍斗様」

 

二人は笑顔でそういってくれた。うん、やっぱりこの笑顔が見れるのは料理人冥利に尽きるね。

 

歓迎の夕食が終わった後、片づけをして後は寝るだけという時間になり俺と紅葉は俺の部屋で雑談に興じることになった。

 

「ほんに、龍斗クンのお料理は絶品ですなあ。ウチも今まで有名どころの方々のを頂いてきましたけど今日のは龍斗クンのお父様をも超えていましたえ」

「父さんの料理たべたことあるんだね」

「ええ、行った先のパーティで。龍斗クンがつくる物とはまた別の美味しさがあって。龍斗クンのパーティ料理と互角なんやないかと思ってたんやけど」

「俺と父さんはよく似てるからね。人を笑顔にするために料理を作ることを信条にしている。だけどね、父さんが一番おいしい料理を出すのは俺と母さんに作った時なんだよ。手を抜いているつもりはなくてもどうしてもそうなってしまう。だからあー……まあ。うん。美味しかったんだったらよかったよ」

「龍斗クン?誤魔化さないで言葉にしないと分かりやしまへんよ?言ってください……?」

 

俺が言葉を濁したのにその先を察していたのか、いたずらっ子のような表情をしながら追及していた。うぐ。

 

「だ、から。俺も今日は家族に向けて作るくらいに気合入れて作ったよってことだよ!」

「……ありがとう、龍斗クン♪とっても嬉しいわ」

「まったく。まあ、明日からは「買った時の」食材の味を生かして作るから今日ほどの物じゃないけど。毎日誰かに作れるっていいね」

「龍斗クンはホントに根っからの料理人なんやねえ」

「まあね。そうだ。紅葉ともっと仲良くなったら、俺の秘密の部屋に連れてってあげるよ」

「秘密の部屋?それにも、もっとなかよくって……」

 

ナニを勘違いしたのか、紅葉は俺達が座っているソファから見える俺の畳んでいる布団をちらちら見て顔を赤らめてた。

 

「い、いや。そっちじゃなくてだな!俺ら、五年間も会ってなかったんだし、普段のお互いのことを知りあって今よりもっと親密になろうってこと!!ああいうの抜きでも!秘密の部屋もあっち関係のことじゃないからね!!食材についてだよ!」

「な、なんやそうやったんね。ウチったら恥ずかしい勘違いを。でも龍斗クンが悪いんです。今の状況でもっと仲良くって言ったらそんな勘違いしてしまいます」

 

今の状況?夜、二人きり、ソファで肩を寄せ合って談笑、目に見える所に布団、もっと仲良く発言。あ、全然ダメだなこりゃあ。

 

「よく考えたらその通りだ。わるかったよ。まあそういうわけで誰にも言ったことのない秘密を教えてあげる……いや、紅葉には知ってほしい。だからこれから改めてよろしく」

「うん、よろしゅうね龍斗クン。それじゃあウチ部屋に戻るわ。おやすみな」

「ああおやすみ、紅葉」

 

そういうと紅葉は部屋から出ていき俺も目覚ましをセットしそのまま床に就いた。いつかトリコ世界の食材を使った俺の『フルコース』、たべさせてやりたいな。

 

 

 

 

「あーーーーー、おわったあああ!!」

「園子ちゃん、女の子がはしたない」

「だって、やっと期末テストが終わったのよ!これから勉強から解放されるううう」

「もう、園子ったら。でも気持ちも分かるわね」

「それでみんなは今日これからどうする?私は今日部活ないけど」

「オレも特に用事はねーなー」

「私も今日稽古ないわよ」

「ウチも今日はカルタの練習無いし、龍斗も何もないやんな?」

「ああ、今日はこの後仕事は入れてない」

「じゃあさ、じゃあさ。久しぶりにカラオケでも行かない?紅葉ちゃんの歌声も聞いてみたいし」

「私はいいわよ?」

「俺もいいよ」

「なんや期待されても恥ずかしいけど、ええよ?」

「あー、オレは……」

「いくよね新ちゃん?」

「あー、わーったよ!行きゃあいいんだろ行きゃあ!」

 

紅葉が転校してきてから早一月。俺達は高一最後の期末テストに突入していた。そしてたった今終わりこれからカラオケに繰り出すということになった。

あの屋上でのショックか最初はぎこちなかった幼馴染みとの関係だったが、しばらくしたらそんなこともなくなった。女子二人と仲良くなり、休日は地理を教えるという意味合いも兼ねてよく連れ出されていた。俺も三人と仲良くなって貰えて嬉しく思う。そしていつの間にやら俺への呼び名が「龍斗クン」から「龍斗」へと変わっていた。

 

さて、カラオケ屋につき部屋に入った。

「じゃあ誰から歌う?」

「んー、決めた人から順々に入れればいいんじゃないか?というわけで俺は「0:00A.M」」

「龍斗君、いっつも思うんでけど一発目の声にデスボイスってどうなのよ?じゃあ、私は「道楽女王」」

「んー、じゃあ私は「永遠のペイヴメント」」

「ウチは「YOU」を」

「あー、オレはいいよ。歌うの好きじゃ「ほい、Drive Me High」って、龍斗―!?いっつもいっつも勝手にいれんじゃねえ!ってか割り込みで俺一番最初かよ!!」

「カラオケ来るたびに何回も同じやり取りをしてるからねえ。割り込みじゃなくて自分のを入れる前に新ちゃんのを先に入れる癖が出来ちゃったよ」

「くっそ、おぼえとけよ……」

「新一君、歌嫌いなん?」

「紅葉ちゃん初めてだもんね、驚くと思うよ…」

 

そうして、カラオケによる期末テストの打ち上げが始まった。

 

「……な、なんというか。なんともいえへんね」

「いいのよ、言っちゃって。音痴だ―って」

「そうそう、新一ってバイオリンとか楽器は大丈夫なのに歌は壊滅的なのよね」

「うっせーな!だから来たくなかったんだよ。なのにいっつもいっつも連れてきやがって!」

「いいじゃない、音痴でも歌が下手でも歌う事って楽しいよ?」

「へいへい」

「だいたい新一は……」

 

「あー向こうはほっといて私達だけでも歌いましょうか。それにしても紅葉ちゃん上手いじゃない!びっくりしちゃった」

「おおきに、でもみんな上手やったやん!……彼以外」

「そうなんだよなあ、新ちゃん耳はいいのになんでか外すんだよな。自分の歌声聞いてて音が外れるのに気持ち悪く感じたりしないんかねえ」

「まあまあ、旦那の悪いところは今嫁が「誰が嫁よ!」「誰が旦那だ!」……説教してるからいいじゃない。私はまだまだ勉強で溜まったストレスを開放しきってないわよー!!さあ歌うぞーーーー!」

「ふふ、ほんに。愉快な方やなあ、園子ちゃんて。ウチも入れよ。ほら龍斗も」

「ああ」

 

そうやって、俺達は普通の高校生の生活を楽しんでいた。そう、ずっと何もなければこうやって遊んで勉強してバカやって……

 

「はあ、楽しかった!そういえば蘭。期末が終わったけどすぐにこれから部活が忙しくなるんだっけ?大変だねえ」

「うん。都大会が近いからね。去年は数美先輩に決勝で負けちゃって準優勝だったし。ライバルの陽菜ちゃんも今年は気合入ってるって杯戸高校に友達がいる空手部の部員に聞いたし。でも空手漬けって感じじゃないけどね」

「今年こそは絶対優勝できるよ!私たちも応援に行くし!!ねえ、紅葉ちゃん!?」

「ええ、ウチも頑張って応戦するさかい、優勝してな」

「が、がんばるね!」

「……」

 

そう、二年にあがってすぐある空手の都大会。そしてもうすぐオープンするトロピカルランド。いくら記憶が擦り切れていてほとんど覚えていない原作知識だがこれだけはしっかりと覚えている。

 

 

 

 

―工藤新一が江戸川コナンになった日―

 

 

 

 

それが、刻一刻と近づいてきた。13年間続いてきた日常が崩れる日は近い。俺はどうすればいい。「この」新ちゃんは物語で見ていた「工藤新一」じゃない。このまま「コナン」になるのを何もせずに待ってていいのだろうか――

 

 

「なあ、龍斗。何に悩んでるん?」

「え?」

 

あの後解散し、いつものように帰宅し夕食をとった。その後、部屋で寛いでいたのだが風呂に入った紅葉が俺の部屋を訪ねてきて俺にそう言った。

 

「カラオケが終わった後に蘭ちゃんの大会の話のあとや。思いつめた顔してやんか。一瞬やったしすぐ取り繕ってたけど他の三人も気付いてたと思うよ?けど多分蘭ちゃんの心配してるって勘違いしてたみたいや」

「悩み……悩みの心配をされたのなんて初めてかもな」

「龍斗、あの子たちのお兄ちゃんみたいなことになってたやろ?多分三人は付き合いが長くてずっと頼れるお兄ちゃんやって心に根付いてるんや。うちはこの一月ちょっとやけど龍斗とずっと一緒におった。ずっと見てた。そん中でいいとこがいっぱいあってどんどん好きになった。やけど、なんでもない朝は意外と弱くて目覚ましを三つもかけていること。忘れ物をしたりしても何とか誤魔化そうとしたりする癖があること。料理に没頭して朝になってたことに気付かなかったこと。着替えを持っていかないでお風呂場に行ったりすること。他にも一杯いいとこも悪いとこも知ったんや。やから、あの顔は悩みがあるんやってウチはそう思った……って龍斗!?」

 

俺は、つい紅葉を抱きしめていた。本当に俺のことをよく見ているんだって。俺はこの子のことを好きになって心からよかったとそう思う。

 

「ありがとな、紅葉。心配してくれて、気づいてくれて」

「未来の旦那さんを支えるのはお嫁さんとして当然のことや」

 

俺は紅葉を離し向き合った。そして話す事にした。

 

「なあ、紅葉。俺はこれから新ちゃんにとても大変な苦難が起こることを知っているんだ。下手をすれば命を落とすほどの。それがもう近づいてきているんだ。それを止めることはたやすい。けれどそれは新ちゃんにとって今後の探偵として、長い人生において大きな糧になることも知っている。探偵は時に自他に関わらず命を周りを巻き込む危ないこともあることを実感として本当に気づき、探偵としての在り方にすら影響が起きるんだ。そして困難に立ち向かう気力を得る。今ならまだ止められる。安全か、成長か。おれはどっちの道を勧めたらいいんだろうな」

「……それは。難しく考えすぎや。龍斗」

「難しく?」

「いつもの龍斗なら真っ先に安全を取らせるはずや。だけどそうしなかった時点でもう答えは出とるやろ?」

「……だが」

「さっき、みんながお兄ちゃんやと思ってるって言ったけど龍斗もそうや。みんなのこと妹や弟やと思てる。だから守ってやるって気持ちが強すぎるんや。けどな?夢に歩き始めた人に過剰なおせっかいは逆に邪魔になるんやで?それにウチも今の新一君のままやといずれ危ない目に合うんやないかって思う。もしかしたら周りの人も。現実の人は推理小説みたいにものわかりのええ人ばっかやないってことが分かってないんやと思う。こればっかりは痛い目に合わな分からんやろ?それに……」

「?」

「困ったら、助けてあげるんやろ?困ってない時から助けるなんて傲慢やで?」

「傲慢?傲慢……傲慢か。そうだな。その通りだ。ありがとな。俺なりに答えが見つかったような気がするよ。それから……」

「それから?」

「俺の秘密、教えさせてくれ」

「え、でも……」

「俺が。話したい。これは俺の我儘だ。でもこれを聞いたら紅葉は今までと同じように見れなくなると思う。それでも俺のすべてを知ってほしい」

「……そない、重要なこと?」

「ああ。そしてそのことを知って貰って俺は。紅葉に味わってもらいたいんだ」

「??」

「俺の人生の最高のフルコースを」

 

そして俺は語った。俺が前世の記憶があること。前世の世界の事。その世界はこと食事のことに関してはこの世界と雲泥の差があること。前世で1000年生きたこと。前世で美食屋兼料理人をしていたこと。今もその世界と行き来する事が出来る事。いつかはその食材を使った料理を紅葉に食べてもらいたかったこと……

話さなかったことは「名探偵コナン」のこと、そしていずれは魂の管理者=神のような存在になることだけだ。

全てを語り終わった時、もう深夜を回っていた。

 

「……なんか、突拍子もなくて。どう反応すればええのか全然分からんのやけどとりあえず」

「とりあえず?」

「前世に恋人はおったん?」

「へ?恋人?」

「そや、そや!恋人、好きな人、ラヴァー!なんでもええけど恋人は?!」

「ああ、いや。孤児院の運営とかで俺の子供はいっぱいいたしそこの先生といい雰囲気とかになったことはあったけど。不思議なことにいなかったな。子供を育てる事、食の探求と料理を振る舞う事、食材を取りに行く事、宴会で知り合いとバカ騒ぎすることに人生を費やしてたな」

「そ、そうなん?ならよし!」

「いいのかそんなんで?結構ありえないことだぞ?気持ち悪くないか?」

「ビックリはしたけど、気持ち悪いなんてあらへんよ。過去がどうこう言っても今おるのは龍斗やん。好きな人がちょーっと長生き?ですっごい力もってるだけやろ。それよりそのトリコ世界?にウチも行けるんやろか?」

「あ、え、なんかちょっと逆に俺が混乱してるから待ってくれ」

「……ウチは、龍斗にぞっこんなんや。殊更悪いことをしてるんやないんやからそないなことで嫌いになったりせーへん。幼馴染み三人もきっとそうやで?まあこの世の理から外れてるからリアリストの新一君に話しづらいんやろ?いつか話せるとええね」

「……ああ。そうなるといいな」

 

実はこっそり向こうでノッキングした食材をこっちに持ち帰って一人で食べていたりしたので生物の世界間移動に問題ないのは知っていた。なので俺は紅葉を伴い、トリコ世界へと赴いた。すべての規模がコナン世界と桁違いな場所なので今日は俺が開いたデパートを少しだけ回って戻ってきた。その時に偶然入荷していた「エアアクア」を買い、俺の部屋で飲んでいるのだが

 

「く、空気みたいに澄んどる!?何このお水?!いくらでも飲んでいられそう!!」

「エアアクアは世界で5本の指に入る喉越しの良さだからね。気に入ったのなら今度採ってくるよ」

「最初、2リットルで12万ってふざけとるなって思てたけどこれ飲んで納得やわ。水でさえこんなに美味しいなら……」

「ああ。他の物もとても美味しいぞ。ただ、控えないとすぐに太ってしまうからほどほどにね」

「あう、いじわるやわ。でも龍斗、ありがとな。告白してくれて」

「そうしたいと俺が勝手に思って。思わせた紅葉が礼を言うのも変だけどな。これからもいっぱい楽しい食卓を囲もうな」

「ええ。楽しくて、そして幸せな食卓を…ね?」

 




はい、なんかもういちゃこらしてる方が多かったように思います。
主人公と紅葉が会話する場面を書いているとすぐこうなってしまうのです……

わりと強引だったのですが主人公は言葉でそれとなく注意を促しそれでダメだったらその後フォローしていくということに決めました。
介入しないことを決めていない、どっちつかずの状態だと、遊園地に行かないかをしつこく聞く(危ないことを原作知識で知っているから)→それを海外で知る。という流れでもトリコの世界には裏のチャンネル、もしくは「透影」のように瞬間移動の術があるので飛んで行ってしまえるんですよね。
だから、コナンに「する」動機づけを彼一人でどうしようかと悩んでいたら。紅葉さんに解決してもらいました。紅葉さんマジお嫁さん。
主人公は言葉少なですがかなりガチで惚れ込んでます。

やっと原作に入れます。時系列ではなく原作の巻数順に書いていきたいと思っています。それではこれからもよろしければ楽しんでください!
……トリコ成分も増えるよ?


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第十一話 -エピソード ONE 小さくなった名探偵-

誤字報告いつもありがとうございます!非常に助かります!!

このお話は エピソード ONE 小さくなった名探偵 を元にしています。

エピワンの中の時系列がよく分からなくて考えてたら遅くなりました。

それではどうぞ!


「青、上段蹴り一本!青の勝ち!!」

 

わ―――――――――っ!

 

俺達は今、東京体育館メインアリーナに来ていた。今日は「高等学校総合体育大会 空手道競技会」が開かれていて、蘭ちゃんが出場しているのだ。今日応援に来ているのは俺と紅葉と…

 

「すごい、すごい!蘭すごい、次はいよいよ決勝ね!オジ様!!」

「はっ!楽勝楽勝、なんたって蘭の勝負強さは父親のオレ様譲りだからな!」

「……すぐ調子に乗って足元をすくわれるとこも似てないといいけれど。まあ、私の娘ですからね、心配はないけど」

「こっんのう……!!」

「ははは……」

 

俺達二人の前に座っている、園子ちゃんと園子ちゃんを挟んで座る毛利夫妻だ。……いや、間に娘の幼馴染み挟むなよ。新ちゃんも来ていたんだが準決勝が始まる前に席を立っていた。

 

「紅葉はこういう大会を見るのは初めてか?」

「ええ、ウチあんまり格闘技とかに興味なかったんよ。けど、蘭ちゃんはお強いなあ。今までの相手じゃ、相手が可哀想やった」

「確かに蘭ちゃんは一つ頭が出ているね。このまま優勝まで行けるといいけど……」

「けど?何かありますん?」

「ああ、新ちゃんと賭けをちょっとね」

「賭け?」

 

その言葉に答えようとすると前に座っていて英理さんと口げんかしていた小五郎さんが振り返って

 

「そういや、龍斗君。会うのは久しぶりだなあ!あの探偵坊主とは何だかんだ見かけたりするがいつ振りだろうな!!いつの間にやらこんなに大きくなって!」

「そうね、私も会うのは久しぶりだわ。本当に大きくなったわねえ龍斗君。隣にはそんなに可愛らしい彼女も連れていて、私も歳を取ったものね。葵ちゃんたちは元気?それに彼女ができた事、知ってるの?教えてないならあの子、むくれちゃうわよ?」

「ええ。春休みは時間をとってこっちに帰ってきてましたし、電話やチャットをつないで話したりしてお互いの近況は共有しているので。ただ最近は母さんは、俺とより紅葉とチャットする方が多いみたいですけど」

 

1月に紅葉が転校してきて、緋勇家に下宿したらどうかと提案した際、俺は家長である父さんにすぐに連絡を入れた。日本は夕方で時差的に今いる場所は朝のはずだったがすぐに出てくれた。大岡家の事は流石に知っていてそのご令嬢のことだということで驚いていた様子だったが、父さんが母さんに電話を代わり、件の紅葉が今隣に居る事を聞くとすぐにビデオチャットを繋ぐように指示を出され電話は切れた。

チャットを繋ぎ、両親と紅葉は対面するとお互いがお互いびっくりしていた。そりゃそうか、化粧をしていない母さんはお世辞抜きで20代にしか見えないし、仕事モードに入っていない父さんも同様だ。両親も紅葉の容姿の良さに驚いたようだ。俺との距離も。その後、緋勇家+紅葉の会談は進み俺と父さんが外れて女性陣で幾分か話した後、下宿の許可をもらった。どうやら、気に入られたらしい。

その後も俺と一緒にチャットしているんだがどうやら個別でお互い話しているみたいで話している内容を聞いても「内緒♪」の一言できられてしまっている。

そう思いながら横目で彼女を見ると、

 

「あら、ウチの未来のお義母様になるひとですよ?仲ようなることはわるいことではありません?そう思うやろ?龍斗」

「お、お義母様!?おいおい、龍斗君、君はまだ高校生だろ?!なんでそんな話になってんだ?」

「あら、さっき紹介された時は恋人って聞いたけど?」

「えっと。まあ、結婚を前提としたお付き合いと言いますか……」

「ウチ、緋勇家に嫁入りするんが決まっとりますんで」

 

俺が曖昧に濁すと紅葉がきっぱりと言い切った。そんな恨めしそうな顔で見ないでくれ。小さい時から俺のことを知っている幼馴染みの親に高校生の時点で将来のお嫁さんの紹介なんてこんなとこで突発的にできるわけないだろう!顔を真っ赤にしていると、

 

「あら?龍斗君がこんなに恥ずかしがるなんて珍しいわね。小さい時からいつも余裕をもってなんでもできてた姿からは想像できないくらい。でも、結婚か」

「他の小僧どもが言うなら何をガキの戯言をと思うが、まあ龍斗君だしな。俺達も10年前に大人なのに子供の龍斗君の世話になったしな」

「そうね、別居したとき蘭がすごくお世話になったものね。まあこれは私達がどうこう言う事じゃなくて葵ちゃんに任せましょう?あのぽやぽやしているけど根はしっかりしている私たちの幼馴染みに」

「ああ」

 

俺と紅葉のことを話していると、蘭ちゃんが控室に一度戻るようだった。

 

「あ。らーん!決勝も気合入れてけー!……にしてもこんな時にどこに行ったんだろあやつは」

 

そう、エールを送った園子ちゃんが応援席からいなくなった新ちゃんについてそうつぶやいた……ふむ?『耳』をすませてみると、新ちゃんは会場入り口の柱の裏で電話しているようだった。『では、待っとるぞ。工藤君』『はい、ではすぐにそちらに向かいます。警部……』あ、これは。

 

「それで?新一君はどこでなにしてるかわかりましたん?」

「まあね。こりゃ蘭ちゃんが怒るぞ」

「怒る?……ああ、事件で呼ばれたんですね?これから決勝なんやから見てから行けばええのにね」

 

俺が特殊な力を継承していて「耳」「目」「鼻」が異常にいいことを知っている(鼻がいいことを言ったときに一悶着あった)紅葉は俺が「耳」で新ちゃんの様子を探っているのに気付いて小さな声で聴いてきた。皆まで言わなくてもこの短い付き合いでも分かりやすい新ちゃんの行動原理を理解しているのですぐに察してくれた。

 

「では。これより、組手女子の部、決勝戦を始めます!」

 

相手の子は赤のグローブを付けた杯戸高校2年の和田陽菜選手。これまでの相手と違い蘭ちゃんと実力は拮抗していた。

 

「っは!」

「!やっ!!」

 

蘭ちゃんの右手正拳突きをかがんで躱した和田さんが、身をかがめた体勢のまま隙のできた蘭ちゃんの腹部に左中段蹴りを決めた。

 

「赤。中段蹴り、技あり!続けて始め!!」

 

和田選手は再開から猛然とラッシュをかけ、蘭ちゃんに圧力をかけていく。蘭ちゃんも反撃を行うが冷静に対処されてまた連続突きを掛けられてしまう。――あ!ダメだ!!

 

「やめ!」

 

状況の打開のためにはなった右中段の回転蹴りを間合いを潰されることにより威力を殺され、決まらなかったことによる反動で転倒してしまった。……ちょっと、焦ってるな。焦りがそのまま技の粗さに出てる。

 

「もう、なにやってるのよ…蘭っ!!」

 

え?園子ちゃん?立ち上がって何を。

 

「らーん!気合よ、き・あ・い!!根性!根性!!ど根性!!!」

 

身振り手振りを交えて大声で応援するその姿に、会場の観客は笑いが零れた。微笑ましいというより何やってんだあの子、という類の笑いで気分は良くないが。

だが、蘭ちゃんはいい具合に気が抜けたかな。

 

「……ええ子やね、園子ちゃん」

「ああ、自慢の幼馴染みさ」

 

位置に戻り、試合の再開のために構えをとった蘭ちゃんだが、審判に帯がほどけているのを指摘され、帯をしめなおすことになった。その時、後ろを向いて試合会場入り口の方を見て……あれは新ちゃん?なになに『わりい、蘭。じ、け、ん』……そりゃねえぜ、新ちゃん。

 

「この推理オタクがああああああ!!!!!!」

 

蘭ちゃんは無事優勝した。あの後、黒いオーラを発して和田選手と審判団をドン引きさせた蘭ちゃんは先ほどまでの動きが嘘のような怒涛の攻めを見せた。オーラに気圧された和田選手にはそれをしのぎ切ることはできず結局蘭ちゃんが一本勝ちした。

 

「こ、これも愛の力っていうんやろか?」

「多分、違うと思うぞ」

 

 

 

「トロピカルランド?」

「ああ。明日の土曜日、蘭と一緒にトロピカルランドに行ってくるんだ。優勝したら連れて行くって」

 

大会のあった次の日の金曜日。連れションしたときに俺は新ちゃんにそう言われた。そっか、明日なのか。

 

「なあ新ちゃん」

「んー?なんだ?」

「俺はね、新ちゃんたちのことが本当に大好きだ。だから、大変なことが起きたら俺を頼ってくれ。迷惑なんて思わない。例えどんなありえないことでも」

「な、あんだよ急に」

「探偵ってのは死と隣り合わせなんだろう?最近の新ちゃんは調子に乗ってる感があるからね。余計なことにまで首は突っ込まないこと。もしそんな目に合ったらって思うとお兄ちゃんは心配なんだよ」

「はいはい、ンなことは分かってますよ。ありがたく忠告はちょーだいしとくぜ」

 

――新ちゃん、分かってないよ。忠告は、した。もし忠告を聞いて巻き込まれなければそれでいい。それで巻き込まれるなら俺は、俺の出来る事の範囲で君を助けるよ。

 

 

土曜日の夜快晴だった昼間とはうってかわり、雨が降り始めていた。

 

「たーつーと。浮かない顔しとるね。……今日なん?」

「ああ、そうだよ紅葉。今日が俺が言っていた新ちゃんの困難の始まりの日……になるかもしれない」

「そうなんやね……っ!爆発音!?また阿笠博士の実験の失敗かなんかか?」

「!!」

 

そうか。「耳」を、すませると『おしりのほくろから毛が一本生えてる!』『し、新一の奴ワシの秘密を言いふらしておるんじゃ?』……なーんで、この会話なんだよ。気が抜けてしまう。でも……ちいさくなったのか。

 

「龍斗?どうしたん?」

「なるかもしれじゃない、じゃなくてなるみたいだ」

「「力」を使って知ったんやね。そういえば龍斗。困難とか苦難とかごまかしとるけど新一君に何が起きるん?」

「あー……これは今から会いに行くか?」

「??」

 

そういうと、俺は紅葉を連れだって工藤邸へと向かった。

 

『いいか、君の正体が工藤新一である事は、ワシと君だけの秘密じゃ。もちろん、あの蘭君にも!』

 

どうやら博士と邂逅して方針を決めたらしい。

 

「紅葉、書斎に行くよ?びっくりしない…のは無理だけど現実離れしてるよ」

「いまさらやんか?いこ?」

「それもそうかじゃあ……」

 

「俺に位は教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺に位は教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

突然、そんな声が聞こえた。ま、まずい。こんな姿を誰かに見られたら……って龍斗!!?

 

「た、龍斗君?!それに紅葉君も!!?どうしたんじゃこんな時間に?」

「いや、新ちゃんが大変なことになってる気がしてね。博士、新ちゃんはどこに?」

「おばんです、博士。そこにいる男の子は誰なん?」

「あ、いや。この子は……」

 

まずい、どうする!なんて誤魔化せばっ!!

 

「ぼ、ぼくは……えっと、その……」

「……っぷ。はははは!いいよ、誤魔化さなくても。ずいぶんと懐かしい姿になったね新ちゃん?」

 

な、なんだと?今なんて言った!!?

 

「お、おにいちゃん?な、なにをいってるの?」

「そ、そうじゃよ龍斗君。こんな小さい子が新一の訳ないじゃないか」

「んー?そうかい?見たら分かるよ。それに小さい時の新ちゃんのにおいもするしね」

 

に、においだと?そんなもんで判断したってのか?!い、いやこいつの嗅覚は馬鹿に出来ねえ。この顔、完全に確信している顔だ。……仕方ねえ。

 

「博士、これは誤魔化せねえよ」

「……仕方なさそうじゃな、これは」

 

そして一通りの説明を龍斗と紅葉さんに話した。

 

「……こら。おどろいたなあ。まさか人がちっちゃくなるなんて」

「人の忠告はしっかり聞いて実行しなよ?新ちゃん……」

 

く、昨日言われたことがまさか実際起こるとは夢にも思わねえよ。

 

「新一ー!いるの!?」

 

やばい、蘭が来た!!

 

「龍斗!オメーらにはばれたのはしゃーねえがこの事は蘭には!」

「ああ、俺から蘭ちゃんには黙っておくよ。紅葉もいいな?」

「そやね。これはウチらがどうこういうことやないね」

 

蘭がその後書斎に入ってきて、オレは阿笠博士の親戚の江戸川コナンということになった。

俺の預かり先の話になったが博士の機転で奴らの情報を探るのに有利な探偵事務所をやっている蘭の家に転がり込むことになった。蘭の家に帰る間際に「困ったらいつでも協力するよ」と、蘭に聞こえないように龍斗に言われた。わりいな、龍斗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんなことになるんとは思わへんかったわ」

「そうだね。でもこれから色んなことが起こるさ」

 

新ちゃんもとい、コナン君が蘭ちゃんに連れられて毛利探偵事務所に帰って行った。新ちゃんの居場所に聞かれたが事件の調査があるからと荷物を持って出て行ったと伝えると、怒りが再燃したのかすごい表情になっていた。コナン君が怯えているのを見てすぐに抑えたが。

残っていた博士に挨拶をして、家に戻った。俺達は雨がいつの間にかやんだ空を見上げながら縁側に座ってさっきのことについて語っていた。

 

「そうなん?……たしかにそうなんやろな。でもここからは黙ってみてるわけやないやろ?」

「まあね。小さくなったことで不便なことが多々あるだろうしね……聞かないの?なんで知ってたか」

「龍斗が言わないってことは言う必要のないことってことやろ?なんでもかんでも共有することが美徳ってわけやないんやから無理にきかへんよ」

「……まったく、敵わないな」

 

さて、と。これから大変だろうけど、頑張れよ?新ちゃん。

 




何気に難産でした。
さらっと新一がばらしたのは龍斗の嗅覚のすごさを小さいころから知っていて誤魔化せないことを悟ったからです。


「鼻」のことでのひと悶着ってのはまああれです。女の子ですから。

紅葉に「力」について話したのでこれから龍斗は何かあったら「力」を使うようになります。



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第十二話 -ジェットコースター殺人事件後-

このお話は 原作1巻 が元になっています。

すみません、主人公がいたために起こった変化を書いていたら事件に遭遇しませんでした。次こそは……!


「ったく、てんで使えねえぜ、あのへぼ探偵!」

「はっはは、そんなにダメかね?毛利探偵は!」

「新ちゃん、事実かもしれないけどもうちょい言い方変えよ?無能とか」

「……それはそれでどうなんだ龍斗?」

 

オレが小さくなってから、数日が経った。毛利探偵事務所に転がり込んだその日に黒尽くめの男による誘拐が発生して、その依頼を受けたおっちゃんにくっついていけば奴らの尻尾をつかめるチャンスだと意気込だのにその事件は執事とその家の子の狂言だった。

だが、その狂言から本当の誘拐事件に発展してオレは人質になっていた女の子の言葉から犯人の潜伏先を見つけた。何時もの通り追い詰めようとしたが、小学生の体では大人に対抗することが出来ず、逆にもう殺されるというところまでボコボコにされた。蘭が追いついてくれたおかげでぎりぎり何とかなったがこのままではどうしようもないということで、その日のうちに博士に連絡を取りどうにかできないかと俺は相談した。その進捗についてとあの日から話す機会がなかった龍斗に話を聞こうと言うことで龍斗の家に寄って誘ってみた。今日は紅葉さんが京都の実家のほうで用事があるとのことで一人で家でお菓子を作っていたので了承してくれた。……相変わらず美味そうなものを作るな。

 

「まあ、私立探偵なんてそんなもんじゃないか?小五郎さんはなまじ不労所得が結構あるから本格的に動かないってこともあるだろうし」

「不労所得?」

「ああ。10年前に別居を始めたろ?あのころしばらく俺が蘭ちゃんの家に通って料理とか買い物の仕方とか光熱費がかからない調理の工夫とか家計簿のつけ方とか諸々教えてたんだが」

「お、おう。料理関係は分かるし、買い物は下校ん時にオレも一緒についてってたから知ってるけど家計簿って。んなことも教えてたのかよ?」

「まあね。懐かしいなあ……でだ、家計簿をつけてるのを見て明らかに定期収入が入ってるのに気づいたんだよ。英理さんからの養育費にしては多すぎる金額が入っていることがね」

「ほっほー?それは不思議な話じゃの?」

「でしょう?だから小五郎さんに聞いてみたんだよ。そしたら、さすがに色々世話になっている俺の疑問だったからかすんなり答えてくれたんだがどうやらあのビル、毛利家の持ちビルらしくてな。小五郎さんの親からもらった物で探偵の依頼が0でもテナント料と養育費で何とか親子二人で生きていく分には十分な収入になるんだとよ」

 

おいおいおい!そんな状況じゃあのダメ親父、積極的に探偵業なんてやるはずじゃねえじゃねえか!あの事件以降一件も依頼はこねえし、昼間っから良い歳したおっさんがテレビ見ながらビールなんてと思っていたがこのままじゃマジでやべえ!

 

「くっそ!このままじゃいつもとの姿に戻れるか分かったもんじゃねえ!」

「まあまあ新一君落ち着きなさい。焦ってことを仕損じたら元も子もないじゃろ?奴らも死んだはずの君の死体がなければ動き出すじゃろうし、それまでの辛抱じゃよ」

「ああ、そんなすぐに何とかなるようなものじゃないだろ?相手は新ちゃんが今まで相手にしてきたものとは比べ物にならない闇を抱えてそうだしね。あ、それと高校のほうには俺から「事件の調査でしばらく休みます」って言っといたよ」

「さ、サンキューな龍斗!それと蘭には……」

「ああ、それなんだけどね……」

 

なんでも龍斗に俺の事を聞き、連絡の取りづらい山奥の方に調査に行く(ナイスな設定だ龍斗!)と教えられた蘭は「あっの!推理オタクがーー!」と怒りを露にした後、心配した表情になったと言う。その後紅葉さんに相談があると言うことで龍斗とはそこで別れたそうだ。

 

「なんか、思っていたより心配されてない?」

「俺もそのことが気になって聞いてみたら、俺が学校をちょくちょく休んで世界を飛び回っているのを見てたからそういうこともあるんだ。って言ってたぞ。ただ、いきなり何も言わずに消えたからまだ感情の整理は出来てないって感じだな」

「……蘭。すまねえ龍斗。フォローを頼んでもいいか?」

「言われるまでもない。新ちゃんもだけど蘭ちゃんは俺の大切な幼馴染だからね。それにこの件については俺より適任な人がいたんだよ」

「適任?」

「紅葉だよ」

 

紅葉さん?なんでだ。確かに事情は知ってくれているがそれなら龍斗のほうが付き合いが長いしうまくいきそうなもんだが。

 

「紅葉に蘭ちゃんに何を相談されたことを聞いたんだけどね」

 

―――

 

「それで?蘭ちゃん相談したいことってなんなん?龍斗に外して貰うなんて」

「あのね?新一とトロピカルランドに行って殺人事件に巻き込まれて、それで事件が解決して一緒に帰るときにあいつ、先に帰ってくれって言って別れたの」

「……な、なんや、デートで遊びに行ってそうなるんやときっついなあ」

「で、デートじゃ!…それでね、新一別れるときに嫌な予感がしたの。このまま新一と二度と会えなんじゃないかって予感が」

「……龍斗が新一君に伝言頼まれているんやし、そんなことにはならへんのやないか?」

「だって、あいつ。私に今まで何も言わずにいなくなったことなんてなくて。学校を休んでまでどこかに調査に行くって事もなくて……!」

「……蘭ちゃんは贅沢さんやなあ」

「え?」

「ウチは一回会っただけの龍斗にもっかい会えるまで5年かかった。好きになった相手が覚えているかも、真剣に考えてくれてるかもわからん約束を胸にな。それに比べたら10年以上一緒におった蘭ちゃんは贅沢さんよ?」

「で、でも……」

「ウチは会えない間龍斗への思いを募らせていった、蘭ちゃんも今までずっと一緒にいたからこそ見えてへんかったことに気づくいい機会やと思うで?だって、すでにまだ何日もたっていないのにそんなに心配になるってことがわかったんやから。まあ、ウチはもう龍斗から離れたりせーへんけどね」

「も、もう!……でも離れてからこそ見えるもの……か」

「そうそう、夫の留守を守るのも妻の役目やで?」

「だ、だから私と新一はそんな関係じゃないって!紅葉ちゃんまで園子みたいなこと言うの?そもそもあいつは……」

 

―――

 

「って事があったそうだ」

「……そっか。紅葉さんにも後で礼をいっとかなきゃな」

 

色んな人に迷惑かけてるな、オレ……

 

「龍斗君もいい人を恋人にしたもんじゃ。……お、そうじゃ!話に夢中になって忘れそうになっておったが新一君に頼まれていた役に立つメカを開発したんじゃった!」

「役に立つメカ?」

「おお!その名も蝶ネクタイ型変声機じゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が、あの毛利君を名探偵に仕立て上げるんじゃよ!そうすればばんばん依頼が入って奴らの情報もそのうち来るじゃろう!」

「オレがあのおっちゃんを名探偵にねえ……」

 

博士が開発した変声機を見ながらそうつぶやいた新ちゃんを見ながら、俺は苦笑していた。確かに今の小五郎さんを名探偵に仕立てるのは至難だよなあ。動かねえんだもの。

 

「ま、なんとかやってみっか……それはそうと龍斗」

ん?

「龍斗がオレに気づいたのはまあ納得できねえけど理解はできる。ガキん時からオメーの非常識は見てきたからな。だが、なんであのタイミングで現れたんだ?大変な気がして、なーんていってたけど改めて思い返せばあの時点でオレがあそこにいることを確信して訪問してただろう?」

 

おー、流石に不自然だったか。あんな時間に突然電話もいれずに訪問したことなんてこれまでなかったしな。胡散臭そうな新ちゃんに降参と手を上げながら

 

「分かった分かった。別に隠すことでもないから言うけど。俺の感覚が鋭いってのは知ってるだろ?」

「そりゃあ長い付き合いだしな。フツーガキのときのにおいと同じとか言う判断材料で確信してるってありえねえよ。それが理由になって納得できるのはオメーくれえだよ」

「ははは。まあ、それなんだけどね。鼻だけじゃなくて俺は五感すべてが人類の範疇を超えているのさ。分かりやすいのは聴覚、視覚、嗅覚だね。新ちゃんのハワイ旅行についてったことあったろ?」

「ああ、どっかのお偉いさんに呼ばれていくついでだとか何とか」

「そうそうそれ。そのとき射撃を習ってたろ?あの時な、俺は発射された弾丸の回転すら止まって見えたんだよ」

「……っは!!!?なんだそれ?!流石にありえねえだろ!?」

「まあそのありえないことがありえるんだなこれが。そんなわけで、耳もそれなりによくてな。博士が実験で爆発を起こしたのが気になって聞き耳たててたんだよ。そしたら聞こえたわけだ。薬で小さくなったって」

「……あの雨の中。家の中から……?」

「なんとまあ、ワシも運動神経がいいとはおもっとったが。そんなことが……」

 

俺の告白に呆然とする二人。まあそれもそうか。片や真実を追い求める探偵、片や物事の理を追及する科学者。こんな常識はずれなことがあるわけないと、でも事実として存在するわけだから混乱するよな……実際はもっとおかしい存在だけど。

 

「まあそういうわけさ。普段からそういうわけじゃなくて有事の際に開放するって感じだけどな。ON/OFFが切り替えられなきゃ俺は今頃廃人だよ」

「た、確かに人間の限界を超えとるからのう。パンクしてしまうか」

「ま、まあそういうことなら理解できなくも……ないか?コンクリに拳の跡をつけられる蘭といい、龍斗といいなんでそんな常識はずれな力を持ってるんだよ……」

 

なにかあきらめた表情な新ちゃんがそういって、疲れた様子で阿笠邸を後にした。

 

「じゃあ博士。俺もお暇するね」

「分かった。ワシもこれから新一の力になるメカの開発に移ろうとするかの」

「あんまり、爆発するようなものばっかり造らないようにね?」

「なにをいう!ワシの発明品は安全第一に!じゃ!!」

「なら、開発中も安全第一にね。これ、おやつにでもして」

「おお!久しぶりじゃな!龍斗君のお菓子を食べるのも!これは…フロランタンか!ありがたく頂戴するよ!!」

「あまり一気に食べないようにね。博士ももう若くはないんだから。なんなら俺が健康志向のメニュー考えて作ってあげようか?」

「ははは……それはまた今度にでも頼むことにしようかの。一度頼むと頼りっきりになってしまいそうじゃ」

「じゃあ、またおいおいね。今日は俺も帰るよ」

「それじゃあな、龍斗君」

 

次の日の朝刊を見ると、「人気アイドルの部屋で自殺?!その場にいた毛利探偵が巧妙に仕組まれた事件の謎を解く!」という見出しがトップを飾っていた。……ああ、そういやそんな事件もあるんだっけ?ダメだ、起きた後にしか思いだせないな。

 

「これ、蘭ちゃんのお父さんが解決したん?」

「多分、新ちゃんが誘導したかどうにかしたんだと思うよ」

「そうなん?」

 

俺の横から新聞をのぞき見た紅葉が聞いて来たのでそう答えた。

 

「昨日、変声機を博士に貰っていたからそれを駆使して事件の謎を解いたのかもね」

「なるほどなあ。……っと。龍斗、もうこんな時間や。はよう、がっこいかな」

「ああ、もうこんな時間か。じゃあ行くか」

「うん」

 

紅葉と一緒に教室に入るとちょっと上機嫌に見える蘭ちゃんが園子ちゃんと話していた。

 

「ふたりともおはよう。蘭ちゃん、機嫌よさそうだね」

「おはようさん、ふたりとも」

「おはよう、あのね!……」

 

どうやら、トロピカルランド以来に新ちゃんの声を電話で聞くことが出来たらしいのだ。なるほど、変声機を使ったのか。

そのことで不安が和らいだのか、今日一日はずっと上機嫌な蘭ちゃんだった。よかったね、蘭ちゃん。

 




原作改変事項
・近くによくどっかに行く人がいたので、蘭ちゃんの長期でいなくなるという言い訳の、違和感の軽減。
・相談相手がいることで不安の軽減。

です。前者は龍斗の、後者は紅葉がいることで起きたことですね。

五感の事はマイルドにして伝えられたので、今後それを使った場合の違和感をコナンが持たないようになりました。

視点変更における行間について、大きくあけてみました。


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第十三話 -月いちプレゼント脅迫事件後-

いつのまにやらお気に入りが500すっ飛ばして600になってました!ありがとうございます!!
このお話は 原作3巻 が元にしています。

すみません、この話ってこういう介入の仕方くらいしか思いつきませんでした。

今回、「トリコ」の世界を経由して、という設定で執筆した理由をふんだんに盛り込んでいます。ご注意ください。


「SP透影?」

「ああ、俺が前世で透影という蛇と人に極めて友好的なSPカメレオン、様々な毒を体内で調合するポイズンバードという3種類を掛け合わせて品種改良した護衛用の動物だよ。護衛対象、この場合は紅葉だね。紅葉に危機が迫れば瞬時に紅葉を異空間に退避させる。例え、目の前で核爆弾が爆発したとしても無傷で生還できるし、食べ物に毒物が入っていたらポイズンバードの遺伝子から引き継いだ能力で気づき紅葉がそれを食べるのを防いでくれるよ。それに普段はカメレオンの特性で全く見えないから紅葉も護衛してくれていることを忘れるんじゃないかな?」

「へえ。なんかすごい動物なんやな。こんなにちっさくて可愛いのに。それでなんでウチに?」

 

ひよこほどの大きさのSP透影を撫でながら、紅葉は俺にそう言った。

とある日の放課後、帰宅してすぐ俺はトリコ世界に行きとある生き物由来の製品と俺が品種改良したモンスターを二匹連れて帰り紅葉に渡した。蘭ちゃんと高校で話すと、頻繁に事件に遭遇するようになったと言っていたのでまあ過剰戦力だが護衛として渡すことにした。唯こいつには一つこの世界で渡すには欠点がある。

 

「こいつは普段は透明になって護衛してくれるんだけど、とあることを毎日しないと拗ねて二度と護衛してくれなくなるんだよ。それが一日に最低10分は姿を現して、護衛対象に撫でてもらうこと」

「あら、可愛らしい性格しとるんやね。でも……ああ、だからウチにだけ渡すんやね」

「そう、結構奇怪な動物だからね。トリコ世界のことを知っている人にしか渡せないんだ」

 

俺がこの掛け合わせをした時、人が好きで守っているのにその相手から忘れられるのは可哀想すぎるということで何とかこの習性を植え付けるのに苦心した。

そのことに関しては後悔はないし、産み出した後もそのことに対して文句を貰ったこともなかった……が、こっちで護衛してもらうには障害になるとはね。

 

「こいつは頭もいいから、人目につくところでは出来ないことを教えておけばそこは考慮してくれるよ。撫でてほしい時は頬を突いて教えてくれるから忘れることもないだろうし」

「そやなあ、この子を可愛がるのはいくらでもかまへんけどこの子について聞かれるのはかんべんやね」

 

とりあえず、これで俺がいないところで事件に巻き込まれることもないだろう。料理関係で自重を捨てたんだし、好きな女を守ることに自重なんていらないだろう。

 

「これ、新一君とか蘭ちゃんにこそ必要やと思うんやけど今は無理かなあ」

「まあ、いずれね」

 

―ピンポーン!-

 

「お?」

「あら、来客?誰か来る予定やったん?」

「いや、今日は仕事も入れてないし。そもそも紅葉と夕飯作るっていう約束だったろ?」

「知っとるよ、龍斗がウチとの約束と他の約束を黙ってブッキングしたりせえへんことはね。けどちょこっと話すくらいはできるやろ?」

「まあそうか。今日は伊織さんもいないし出てくるかな」

 

そう言い、俺は玄関に向かった。向かっている最中にもインターホンはなり続いている。はてさて?

 

「はいはい、どちら様?」

「龍斗!わりいが助けてくれ!」

おや?

 

「新ちゃん?どうしたん?こんな日も暮れかかった時間に」

「ちょっとどじっちまってオレが新一じゃないかって蘭に疑われてるんだ!この変声機を使ってオレのふりをして蘭に電話してくれ!」

「おいおい。調子に乗って推理を披露したんでしょ?まったくもう。いいよ?新ちゃんの口調で電話すればいいんだね?時間は?」

「ああ、頼むぜ!時間は一時間後くらいに!!」

 

そういうと、蝶ネクタイを渡してさっさと帰って行った。……あ、しまった。あれ使えばよかった。

 

「誰やったん?」

「新ちゃんだよ。蘭ちゃんにバレそうになったから電話で新ちゃんの演技をしてくれって」

「なにやっとるんや新一君は……それでその蝶ネクタイが?」

「ああ、変声機だよ『どうだ?紅葉』」

「うわっ!新一君の声になった!すっごいなあ、その機械」

「なんだかんだ、阿笠博士ってすごい発明家なんだよ。まあ今回は使わないけど」

「へ?つかわへんの?」

「丁度、SP透影を持ってくる時にいずれ奴らをおちょくってやろうって思って買ってきた変装道具があるからね。そっちを使うよ」

「変装道具?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度、体育の岸田先生結婚するらしいわよ」

「へえ、あのゴリラが結婚ねえ」

―――――ガチャ!!

 

「へ?」

「どうしてあなたが私の高校の先生の事知ってるのよ?」

「へ?あ、いや。蘭ねーちゃんいつも言ってるよ?ゴリラゴリラって」

「嘘おっしゃい!おかしーおかしーと思ってたけど、あなたやっぱり新一ね!!?」

「だ、だからそれは……」

「さあ、白状しなさい!新一!!」

「ちょ、あ……」

 

しまった!やっぱり蘭の奴!!くっそ、龍斗!もう一時間経ってるぞ、なんで電話してこねーんだよ!!このままじゃオレは……

 

――コンコンコンー

 

「ら、蘭ねーちゃん?お客さんだよ?」

「ほっときなさい!お父さんもいないし閉店よ閉店!」

「でも、電気ついて声もするのに出なかったら評判悪くなっちゃうよ?」

「っち」

 

舌打ちをし、探偵事務所の扉に向かう蘭。くそ、少しだけ猶予は伸びたけどやべーのは変わりねえ!龍斗ぉ、早く電話をしてきてくれよ!!

 

「はい!!申し訳ありませんが、今日はもう閉……て…ん…」

 

なんだ?蘭の様子がっ!!?!?!?

 

「別にオレはオメーの父さんに依頼しに来たわけじゃねーぜ?蘭」

「新一!!?」

 

オレ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、新一はあそこに……」

「あそこって……コナンのことか?」

「え、どうして?」

「博士の親戚の子だろ?オレんちで預かれねーかって相談に来てたから知ってんだよ。ほら、あのトロピカルランドの日に。オレは事件の調査ですぐでねーといけなかったら無理だって言って出たけどな。久しぶりだなコナン?」

「あ、え、は?い?」

 

おーおー、混乱してる混乱してる。そりゃあ、そうか自分が目の前にいるんだからな。

俺は、トリコ世界で買ってきた「メタモルアメーバ」を被り「詐欺鷺」の声帯筋を喉にはっつけて新ちゃんに変装したってわけだ。俺の方が新ちゃんより10cmほど身長は高いが美食會の「ボギーウッズ」のように関節と筋肉を外し、身を縮めた。その様子を見ていた紅葉には「二度とウチの前でせんといて!」と珍しく怒られてしまった。まあボキボキ骨鳴らして人が縮むんだから当たり前か。

 

「なんか騒いでたみてーだけどなんかあったか?」

「あ、いやなんでもないわよ?それにしても、いつ帰ってきたのよ!?新一!」

「ついさっきさ。だけど着替えと資料とったらまたもどんねーといけねーんだ」

「ま、また!?」

「おうよ。龍斗から蘭が寂しがってるっていうから会いに来てやったんだぞ?」

「べ、別に寂しがってなんかないわよ!変なこと言わないでよね!!」

 

……こ、こんな感じだよな?電話よりいいと思ってやってみたが誰かを演じるってのは思ったより神経使うな。新ちゃん、よくもまあいつもできるもんだ。

 

「じゃあ、オレもうもどっから!」

「え?もう!!?」

「わりーな蘭。今回のはちと厄介でな、全身全霊をかけなきゃ解けそーにねーんだ。でもぜってー、オメーの元に帰ってくるから待っててくれよな」

「な、なによ!そんなこと言って。ばっかじゃないの!?」

「じゃあ……っと、なんかコナンの奴がオレと話したがってるみたいだな?オレんちに行く道すがら話して、帰りはもうおせーし博士の家にでも泊めさせるぜ」

「え?ちょ、いきなり」

「いいよな?コナン」

「え、あ。……うん!僕新一にーちゃんとお話ししたい!」

「じゃあまたな、蘭」

「もう、勝手にしなさい!」

 

俺に手を引かれて黙っている新ちゃんを連れて工藤邸まで来た。そのまま家の前を通り過ぎ博士の家に着いた。俺がインターホンを鳴らすと

 

「誰じゃこんな時間に?……新一!?元の姿に戻れたのか!!?って、へ?こ、コナン君?し、新一が二人!??」

「……とりあえず、中に入れてくれ博士」

 

「……母さんか?もしかして龍斗にオレの事聞いて?でも母さんたちはロスにいるはずじゃあ?」

 

あちゃあ、そうきたか。そういえば有希子さん他人の顔を作るのは全然だめだけど身内の顔はそっくりに作れるんだっけね。

ずっと黙っていた新ちゃんがそう語ってきたので。

 

「違うよ?有希子さんならブーツで身長を誤魔化さないといけないだろ?俺が履いてたのは普通の靴だったろ?」

「じゃあ、オメーは誰なんだよ!?龍斗は俺より身長がたけえし!」

 

そう言われたので種明かしをすることにした。人がボキボキ骨の音を鳴らしながら身長が一気に10cm伸びるのは気持ち悪かったのか、二人ともドン引きしてた。そしてマスクを外すと

 

「オメーかよ!龍斗!!なんなんだよ一体!」

「龍斗君!!ワシにも説明してほしい!」

 

詰め寄られたので、俺は何とかありえそうな言い訳―まあ有希子さんに習ったってことだけど―をして納得してもらった。声は声帯模写ができると言い張った。

 

「しっかし、なんだよさっきのは。くねくねしてたら身長伸びるってオメーは全国ビックリ人間か」

「150cmまでは縮めるぞー、やってみるか?」

「やらんでいい!!」

「ま、まあ新一君。君が小さくなってから龍斗君の非常識加減が天井知らずになってきてる気がせんでもないが君を助けるためにやってくれたことなんじゃし」

「あ、新ちゃんに化けんのはもうしないよ?俺に演者の才能はないってわかったから。まあしばらくは誤魔化せるだろ?蘭ちゃんが有希子さんの変装術に気づくまでは」

「……あ。蘭も知ってるんだっけか。まあ、確かに変装術に気づいてもう一度オレに疑いを持つってプロセスを経るには相当難易度が高い。後はオレが……」

「新ちゃんがボロを出さなければいい話、だろ?」

「うぐ。わーってるよ。気を付ける」

「ホント気を付けてくれよ?今夜紅葉と料理作る予定だったのにキャンセルしちまったんだから。おかげで暫く共同料理はおあずけだ」

「ははは、相変わらずお熱いこって」

「じゃあ、俺は帰るね。新ちゃんはコナン君として博士の家に一泊することになってるから博士、よろしくお願いします」

「ああ。またいつでもきなさい」

 

そうして、俺は阿笠邸から自宅に戻った。

 

「おかえり、龍斗。お疲れ様でした」

「ただいま、紅葉。俺に俳優は向いてないみたいだ。すごく疲れた」

「ふふ、ウチも見て見たかったなあ、龍斗の演技」

「あー。あれは見せられたもんじゃないよ。恥ずかしいしこれっきりさ」

「機会なんていつ来るかわかったもんじゃあらへんよ?ひょんなことからまた演技、する必要になるかもしれへんし」

「そうならないことを祈るよ」

「それじゃあ、龍斗?お夕食を先に済ます?お風呂の準備もできとるから先に入ってくる?」

「じゃあ、先に食べようかな」

「わかった、じゃあ一緒にいこ」

「ああ。今日はごめんな。一緒に料理作るはずだったのに」

「ええよ。こういう事態やし。でも楽しみにしてたんですよ?だから罰としてしばらくはなし、です。それとウチの食べたいもん、しばらく作ってな?」

「はいはい、おおせのままに我がお姫様」

「なんやそれ?……よきにはからえ?あかん、ウチも演技の才能ないみたいや」

「似た者同士ってことかな?」

 

そう笑顔で言い合い、俺達の夜は更けていった。

 




はい、なんかすみませんでした。
透影以外は全部オリジナルの動物です。これで紅葉の守りはばっちりです。
・因みに「メタモルアメーバ」は生きていて、対象の写真を見せるとその顔に変身してくれます。(という設定です)
・「詐欺鷺」は声真似で人をだます鷺でその声帯はとある手順を行って声を聞かせるとその声を覚え、喉に貼るとその声が出せるようになる(という設定です)
名前から想像できそうなのは想像にお任せしますがいやこれは無理だろってのだけは後書きで触れたいと思います。

トリコの世界を経由させたのは、「毒殺、その他有害事象を無効化できる見えない護衛」という存在を魔法以外で出したかったためです。
ネーミングセンスについては触れないでください。へこむので。


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第十四話 -カラオケボックス殺人事件-

このお話は 原作5巻 が元になっています。

女子高生ってどんな会話を普段してるんですかね……

10億円事件はアニオリの方を採用したいと思います。



「あーあー、どっかに私の王子様いないかなあ」

「どうしたのよ、いきなり」

「だってさー、蘭には新一君って旦那がいるし、私たちの中でいっちばんそういうのと縁がなさそうな龍斗君には紅葉ちゃんってお似合いの婚約者がいるし。決まった相手がいないのって私だけじゃない!最近新一君に逢ったのが良かったのか蘭も機嫌がいいみたいだし!」

「だから、旦那じゃないって言ってるでしょ!」

「あらややわー似合いの婚約者なんて。そない褒めんといてーな、園子ちゃん」

「園子ちゃんいい子なんだからすぐに見つかるよ。でも相手を選ぶときには慎重にね?」

「はいはい、そこナチュラルに褒めないの。私は小さい時から聞いてるから他意はなくて本気で褒めてるだけって知ってるけど他の子が聞いたら勘違いするわよ?てかそれで中学の時大変だったでしょ?龍斗君」

「ほー、その話詳しく聞かせてもらいたいもんやな?龍斗」

 

あくる日の平日の放課後、偶然いつもの面子に部活や用事がなかったので道草を食うことになり静かな雰囲気の喫茶店でお茶をすることになった。話もそこそこに園子ちゃんがいつもの彼氏欲しい発言が出たという所だ。……俺の中学の時の話は藪蛇だったな。紅葉が頬を膨らませながら怒りに笑ってる。俺は膨らんだ頬を指でつついて潰しながら

 

「単純にいろんな人に告白されてたって話だよ?今だってファンレターとか来てるの、一緒に住んでるんだし知ってるだろ?」

「……!もう、頬つつかんといてーな!!告白って…」

「まあ、龍斗君全部断ってたから女の子に興味ないのかなーって蘭と話してたんだけどね」

「だから今年の1月に紅葉ちゃんが来てホントにびっくりしたんだから」

「そ、そやったんやね。なんやごめんな。でもそういうのアカンと思うで?龍斗。ほどほどにせな」

「こっちも無神経だったしね。でも逆に聞くけど紅葉もモテたんじゃないの?中学までのこと俺らは全然知らないけど」

「あ、私も気になる!大岡家のご令嬢ってパーティに出たらその世代の男どもの視線を独占してたし!」

「私も私も!中学の時ってどうだったの?」

「ウ、ウチ?ウチはな……」

 

何やらガールズトークに盛り上がってしまって俺は話を挟める雰囲気でもなくなってしまったので手にした手帳で今後の予定を確認したりスマホでニュースを見たりしてこっちに話が振られるまで黙っておくことにした。……紅葉はこっちにくるまで告白されても一途にオレの事を想っていたと。……あ、蘭ちゃん園子ちゃん騒ぎすぎ!店員がこっち来てる!

 

「お客様、他のお客様のご迷惑になるので」

「あ、ごめんなさい!」

「すみません、気を付けます」

「も、もう。蘭ちゃんも園子ちゃんも騒ぎすぎや」

「だって、こんなにストレートに惚気られるとはねえ。そこんとこどう思いますかね?旦那様?」

「あら、龍斗君赤いわよ?紅葉ちゃんが来てホント珍しい顔が見れるようになったわね」

「うっさいわい」

「あーあ。なんか話してたらもっと彼氏が欲しくなっちゃったじゃない!それでなんだけど、今度の連休姉貴がうちの別荘で大学時代の人たちと集まるのよね。私も行くんだけど一緒にどう?今日はその招待をしたくて」

「んー、私は大丈夫」

「あー、俺と紅葉は……」

「初日は用事が入っとんね。ウチは実家の、龍斗は」

「俺はチャリティイベントのサプライズゲストで」

「やから、二日目からの朝なら大丈夫やけど」

「じゃあ、二人は次の日に合流ってことで!」

 

―ある意味、二人が後で来るのは都合がいいしね―そう園子ちゃんが呟いたのに俺だけは気付いた。

 

 

 

 

あっという間に連休になり、俺と紅葉は園子ちゃんの別荘に向かって山の中を歩いていた。昨日の夜から続いていた雨は上がっていたが、土砂降りの雨の痕跡は地面のぬかるみという形で残っていた。

 

「っもう、このぬかるみ嫌になんねぇ、龍斗」

「そうだな、山荘に着いたら靴の泥洗わせてもらおうな」

「それにしても、鈴木家もこないなとこに別荘たてへんでもええんのに」

「まあ、都会の喧騒を逃れるにしても何かあったら陸の孤島になりそうだよな。地図を見るに、深い渓谷を渡る必要があるみたいだし」

「流石に何かしらの対策はしとるやろ?家族で休暇を過ごすいうても大財閥なんやからいつ外部から緊急の用件が入るかもわからんし」

「電話以外にも無線がある……とか?なんでこんな物騒な話になったんだか」

「龍斗が陸の孤島なんていうからやろ……あ、みえてき……龍斗!」

「ん?」

 

別荘が見えてきたいう紅葉が俺を呼び、先にある別荘を見るように指をさすのでその先を見ると

 

「吊り橋が落ちてる?」

「なんや、さっき話してた緊急事態が起きたんか!?」

「まさかの事態だな……携帯の電波も届かないし。……山荘の中に皆いるみたいだし、もしかしたら橋が落ちたことに気付いてないのかもしれないな。ちょっと呼んでみるか」

「呼ぶ?」

「ああ、紅葉は俺から結構離れて耳を目いっぱい塞いでくれ」

 

俺はそう言い、紅葉に離れてもらった。離れていく紅葉に指示をジェスチャーで出しながら50m位離れてもらい耳を塞いでもらった。よし。

 

『園子ちゃーん!蘭ちゃーん!!山荘に誰かいますかーーーーー!!!』

 

俺は山荘に向けて手加減しながら大声を放った。山にいた鳥は一斉に羽ばたき俺の周りにあった樹は音の衝撃で外側にかしいでしまった。前方にあるターゲットにした山荘にある窓がびりびりと震え、あ、割れた……ま、まあ誰かは気付いてくれるだろ。窓は後で弁償しよう。

 

「え、えらい大きな声やったな、お腹の底からびりびりしたし。離れて耳塞いでウチに向けられたんやないのにそれでもすごかったで?」

 

俺が呼んだ後、近づいてきた紅葉がそういった。んー、加減を間違えたかな?そう思っていると声が俺の物だと気付いた幼馴染み三人組を筆頭に山荘にいた人たちが吊り橋の方に向かってきた。

溪谷を挟んで事情を聴いてみるとどうやら殺人があったらしい。事件自体は解決したにはしたが橋が落ち連絡手段もなくなっていたので、これから下山することになっていたらしい。

 

「なら、俺と紅葉が道を戻って警察に連絡するよ。その方がこの深い山の中を皆だけで下山するより安全だろうし」

『分かったわ、お願いできるー!?』

 

俺は溪谷越しに会話し、警察を呼びに戻ることになった。

 

「と、いうことらしいから悪いけど紅葉」

「そういうことならしょうがないですよ。それじゃあもど……きゃ!いきなりなにするん!?」

 

俺はそういう紅葉を抱き上げて走り出した。

 

「歩いていくよりこっちの方が早いだろ?」

「そらあ、はやいんやろうけど。いきなりはびっくりするんやで?にしても全然揺れへんな」

「気を遣って揺らさないようにしてるからね。……嫌だったか?」

「……ばか」

 

そう呟いた紅葉は赤い顔をして腕を俺の首に回し胸に顔をうずめた。

行きの時は1時間以上かかった道を5分で走破し、俺は警察に連絡した。

 

 

 

 

「それにしてもよかったわね。お姉さん元気になって」

「姉貴、あの事件の後1週間も寝込んでたから。やっと大学院に通えるようになったのよ」

「仕方ないわよ、仲が良かった友達同士の間であんなことになったんだから」

「蘭ちゃんもその包帯男?に襲われたんでしょう?夢に見たりしない?」

「大丈夫!得体のしれない時は怖かったけど犯人が高橋さんって分かったから。高橋さんって言えば園子、名推理だったわよ!事件が解決したのも高橋さんが自首したのも園子のおかげだね!」

「え?」

 

山荘での事件があって1週間、あえて話題に上げないでいたが園子ちゃんのお姉さんの綾子さんが復帰した報告を機にその話になった。事件解決後に山荘に向かった俺と紅葉は新ちゃんを博士の家に呼んで顛末を聞いた。

園子ちゃんを探偵役に解決したらしいのだが、小五郎さんと似た気質を持った園子ちゃんの事だ。

 

「これからはこの女子高生名探偵、鈴木園子の時代よーーーー!!」

 

ハッハッハッと笑いながら胸を張る園子ちゃん―まあこうなるよね。

 

「それにしても改めてごめんね龍斗君、紅葉ちゃん。せっかく誘ったのに。警察を呼んで貰って助かったわ。あの山の中を歩いて下山しないで済んだし」

「そうね、警察のヘリコプターに乗るなんて貴重な経験できるなんてね。ねえコナン君?」

「うん、僕、楽しかった!」

 

俺が警察に連絡し陸路での到着の困難さを説明したので、初動からヘリコプターで警察は山荘へと向かった。警察が到着してすぐに包帯男こと高橋良一は自首し、山荘にいた人たちはヘリコプターで下山し事情聴取をとられることになったそうだ。

 

「そういえば、園子。あの太田さんとはどうなったのよ?ロマンスを求めて山荘に行ったんでしょ?」

「ああ、あんな腰抜けダメダメ!それに私には達也がいるし……」

「達也?」

「ホラ!今売出し中のロックバンド『レックス』の木村達也よ!実は私、今度の日曜にライブの打ち上げをメンバーでするらしいんだけどそれに混ぜてもらえることになったのよ!!生達也様に会えちゃうってわけ!」

 

ただの芸能人か、って顔してるな新ちゃん。俺も仕事柄、芸能人関係はある程度名前くらいは知ってるようにはしているけど新ちゃんはホントそう言うのに興味ないよな。

 

「紅葉は『レックス』って知ってる?俺は名前くらいしか知らないけど」

「ウチは知らんかったんやけど、蘭ちゃんが……」

 

「えーーーっ!達也様に会えるの?!」

 

た、達也『様』?そ、そういえば意外とミーハーなところがあったっけか。俺が驚いた表情で蘭ちゃんを見ているのに気付いた紅葉は苦笑しながら、

 

「まあ、そういうことでウチも勧められたんや。こういうのにあんま興味なかったんやけど聞くだけは聞いてみてん。やから、知っとるよ」

「なるほどねえ」

 

「プライベートの打ち上げらしいけど蘭も行く?それにこの前のお詫びってことで龍斗君と紅葉ちゃんも。こういう機会って滅多にないだろうし」

 

まあ確かにただ会うだけなら俺も紅葉もそう難しいことじゃないだろうけど打ち上げに参加って言うのは中々ないだろうな。

 

「俺は面白そうだし行ってみようかな?」

「ウチも龍斗が行くなら」

「じゃあ、今度の日曜日、駅前のカラオケボックスに7時ね!」

 

 

 

 

「「「「「カンパーイ!」」」」」

 

日曜日になり俺達はカラオケ店の一室にいた。メンバーは俺達を除いてバンドメンバーの芝崎美江子さん、山田克己さん、木村達也さん、そしてマネージャーの寺原麻理さんだ。……寺原さんはちょっと紅葉に似ているな。おいおい、せっかく来たのに蘭ちゃんと園子ちゃんはガチガチだな。新ちゃんの方は……マネージャーに見とれてるな。紅葉はっと、

 

「どしたん?龍斗」

「ああ、いやあのマネージャーさん紅葉に少し似てるなってね」

「んー?ほんまやな、うちよりちょっと大人っぽい感じやな。スタイルはうちが圧勝やけど」

 

横目で紅葉を見ていたことに気づかれたのでとっさにそう言った。普段通りって様子だな。

 

「それじゃあ、パーッと盛りあがろーぜ!」

 

 

「―――愛情こそが衝動!!」

 

打ち上げが始まってしばらく、カラオケ店にいるのに歌わない訳にはいかず各々が思い思いに曲を歌った。流石はロックメンバーというのか、ライブ後だというのにガンガン曲を入れていたので俺も曲調が激しいものをチョイスした。

 

「すげえじゃねえか!音圧もプロに負けないくらいあったぞ!」

「確かに!ねえ、軽音部にでも入ってるの?」

「…ッフ。確かにそうだ、どっかのヘタなバンドよりよっぽどましだぜ……」

「「「!?」」」

 

俺が歌い終わった後、口々に褒めてくれたメンバーを見て木村さんはそういった。だいぶ酒が入ってるな。んー?でも今の声……

 

「ちょっと、達也のみすぎよ!このあとトーク番組の収録があるって……」

「うっせえ!ドブス!!引っ込んでろ!!!」

 

酒量を嗜めようとしたマネージャに対して暴言を吐きながらさらに酒を飲む木村さん。…ドブスって。なんでそんな寂しそうに?

 

「ちょっと、龍斗?ウチに似てるって言ってたマネージャーさんがドブスっていわれてんやけど?」

「そう、そうなんだけど様子がおかしい」

「様子て。そら人を罵倒しとるんやからおかしいのは当たり前やろ?」

 

流石に目が余る言葉を聞いて俺に止めてもらうことを期待したんであろう紅葉の言葉を遮り俺は彼の様子を探った。この感じは……寂寥感?

その後も、彼はメンバーに対して高圧・嫌がらせのような対応を行った。何も言わない俺に対して何か考えがあることを察したのか紅葉はもう何も言わず俺に任せるようだった。……ん?新ちゃんも目に余ったのか彼に近づいて?ああ、気づいたのか。彼の哀しげな様子に。…『おお、ボーズどーした?オメーも歌うか?入れ方教えてやっからよ』『う、うん』…メンバーに対しての雰囲気と打って変わってにこやかな口調に新ちゃんも戸惑っているようだ。あー、これは。

 

「えー、レックスやめちゃうんですか!?」

「ああ、このツアー終わったら俺だけ抜けるんだ。まあ、これで清々するぜ!下手くそなドラムやガキっぽいギター!そしてお高くとまったマネージャーともおさらばってわけよ!!!」

 

その言葉に息を飲む全員。

 

―――――――♪

「おっと、オレの曲じゃねえか!誰がリクエストしたんだ?」

「達也、もう時間よ!トークショーに遅れるわ!!」

「うるせー!俺は歌いたい時に歌うんだよ!!」

「しょうがないわね……スタジオに連絡入れてくるわ」

 

そう言って部屋を出るマネージャーさん。それをうっとうしそうに見ながら木村さんがマイクスタンドに立ち、ジャケットを脱ぎ捨てた!

 

「行くぜ!!『血まみれの女神』!!」

 

 

「へへへ、どうだった?オレの歌?」

「「とってもよかったですーー!!」」

 

1曲を歌い終わり、木村さんは満足げに席に座った。んん?この匂いは――――!!

 

「よお、克己!そのおにぎりオレにもくれよ!」

「……」

「へ、サンキューな!」

 

山田さんが無言で投げたおにぎりを受け取りそのまま木村さんがそのおにぎりを食べる―――前に俺はその手を取りおにぎりを食べるのを阻止した。

 

「お、お?なんだいきなり」

「た、龍斗君?」

「龍斗にいちゃん?」

「木村さん、ちょっといいですか?それから今使ったマイク絶対誰も使わないようにしてくれ。それから今この場にあるものの飲食も止めといてくれ『新ちゃん、彼の右手から青酸カリ特有の匂いがする』」

「!!わかった。ちゃんと見ておく」

 

すれ違うときに新ちゃんにだけ聞こえる声でそう言うと新ちゃんは真剣な顔になりそう返した。

俺の有無を言わさぬ勢いに気圧されたのか次の曲が始まっても誰も歌わず、またおにぎりを持ったまま俺に連れられて黙って部屋を出た木村さん。途中電話をかけているマネージャーさんが木村さんを見て、おにぎりを持っている右手を見て心音を乱していた。……そうか、彼女か。

そのままトイレにつきゴミ箱におにぎりを捨てさせた。

 

「……それで?いきなりナニすんだよ?初対面だけどキレんぞ?」

「その前に触れないように俺が抑えている右手、嗅いで見てくれ。一瞬な」

「なんだよ?……なんか匂うな?」

「この匂いは潮解を起こしたシアン化水素の匂いですよ。あなたの手には青酸カリ、猛毒がついている」

「!!!」

 

俺は匂いを確認させた後、木村さんの手を洗ってもらった。流石に自分が殺されかけたのが聞いたのか顔色を変え、酒も抜けた様子だった。

 

「じゃあ、あのまま食ってたらオレはお陀仏だったってわけか……克己の奴か?」

「いえ、右手についていたならその前にマイクを触っていた芝崎さんにも仕込めますよ」

「そっか……」

「ですが、違いますよ。それを仕込んだのは。木村さんバンドメンバー二人に対しての暴言は叱咤激励だったのでしょう?自分が抜けてもレックスがやっていけるように」

「な、なんでそんなことわかるんだよ!?」

「俺は耳がいいんですよ。人の言葉に乗る感情、それが分かるんです。あなたの言葉には軽視や嘲りなどと言った負の感情を感じ取れなかった。陳腐な言い方ですが応援、心配、寂しさそれに愛情を感じました」

「……」

 

俺の言葉が的を射てはいるが根拠になることが、言葉に乗る感情という曖昧なものだったものに言葉をなくす木村さん。

 

「確かに、オレもシンガーだ。声に感情を乗せるっつうのがあるのは分かる。分かるが、罵倒の言葉にある裏のそんな感情を正確に読み取るなんてありえねーだろ?」

「意外とできるもんですよ?心理学者や詐欺師とかもね」

「だったらオメーはなんなんだよ?」

「ははは、ただの料理人ですよ。まあそれに気づいて素直になれない人なんだなあって思ってたんですけど。流石に目の前で食べ物で毒殺されそうになるのは止めさせてもらいました。そのおにぎりももったいないことをしました……」

「もったいないってオメーな……」

 

俺は男子トイレの扉が少し開いていることを確認して続けた。

 

「ただ、バンドメンバーの事は分かったんですけど。マネージャーさんに対してのことがどうしても分からなくて。『ドブス』って言葉だけは本心であると感じました。結構美人だと思いますけど。……紅葉に似て、紅葉に似て!」

「あ、ああ。紅葉ってオメーの彼女の事か。……確かに今の麻理に似てたな。わりーな、オメーの彼女は美人だと思うぜ?」

「『今の?』」

「ああ、まあオメーには命を助けられたしな。麻理の奴、整形しやがったのさ。俺がプロに引き抜かれるときにマネージャーでもいいからって誘った後にな。人の目なんか気にして!オレは。オレは……」

「なるほど、ね。木村さんあなた」

「へっ、そうだよ!オレは麻理の事が好きだった!だからオレのためと言って顔を変えちまったあいつが許せなくて悲しくて」

……さて、と。もう頃合いかな

「だ、そうですよ?」

 

俺はそう言い、ずっとトイレの前で話を聞いていた彼女を招き入れた。

 

「ま、麻理!!?」

「た、達也。今の話は……」

「ホントの事ですよ。それに、木村さん。あなたに毒を仕込んだのは……」

「……私よ、達也」

「なっ!!!」

「私、私もあなたの事がずっと好きだった!!愛していたわ、バンドを一緒にしていた時からずっと!!だからマネージャーでもいいから一緒に来いよって言われた時はあなたも私の事をって…でも『レックス』を結成してからずっとブスブスって。私の事バカにするために入れたのかって思って!今日もあんな曲……だから、私」

「オレを殺そうとした……か」

「あなたがそんな風に思っているなんて知らなかった!私なんてことを!ごめん達也、ごめん…!!」

「ああ、オレも悪かった。悪かったよ、麻理……」

 

そう言って泣き出し彼にすがった彼女。悲劇をぎりぎりで回避することはできたが、数分後彼女は自首することを木村さんに伝えた。

木村さんは引き留めたが、自分のしたことの責任はとりたいと抗弁した彼女に対して木村さんが折れた形だ。彼の本心が聞けたお蔭か、彼の「待っている」の言葉のためか、警察に連れて行かれた彼女の顔は晴れやかなものだった。

木村さんは突然警察沙汰になったことに驚く、部屋に残った人たちに起きたことそして今までの思いを素直に告白した。

 

 

「なあ」

「はい?」

「ありがとうな、オレを助けてくれて。麻理にオレを殺させないでくれて」

「いえ。これから少しは言動に気を付けてくださいよ?」

「ああ、身に染みて思い知ったからな」

「それじゃあ……式の予定が決まったら俺に是非ご依頼を!」

「そういえば、オメー世界一のパティシエだったな。……ッハ、先の事なんてわかんねーよ!」

 

そう笑いながら言い。事情聴取のために警察署に向かう木村さんを見送った。

 

 

 

 

後日、新ちゃんが俺の家を訪ねてきた。未遂事件後初めて会う形だ。

 

「全く、オメーの鼻のお蔭でオレの前で殺人が起きなくてたすかったぜ」

「俺の前で食べ物に仕込まれた毒殺なんて許すわけにはいかないからね。でも、今回の事件は新ちゃんも気を付けないといけないんじゃない?」

「何のことだよ」

「自分の気持ちには素直にってこと」

「ああ、蘭ちゃんに対してってことやね?」

「紅葉が正解!」

「す、素直ってなんだよ!オレは別に蘭の事なんか……!!」

「そーいうところだよ?今回の事件は行き過ぎにしても言葉による擦れ違いなんて些細なことで起きるんだから」

「せやねえ、けど龍斗程素直すぎるって言うんも考えもんやけどな?」

「おーおー、言うじゃないのー紅葉さん?」

「ああ、そんな頭撫でつけんといて。髪の毛がくずれるやんかーー!」

 

そう言いながらも笑っている紅葉と同じく笑いながらじゃれあってる俺を呆れたまなざしで見ながら新ちゃんはさっき言われたことを考えている様子だった。―あとで電話してみるか―そんな呟きが俺の耳に届いた。

 

 




紅葉と「レックス」のマネージャー(寺原麻理)て似てませんか?

事件を防いでもアフターフォローを考えるのが楽しいですが難しいですね。





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第十五話 -6月の花嫁殺人事件-

すみません、しばらく隔日更新になると思います。

このお話は 原作8巻 が元になっています。


「結婚式?」

「ああ、俺達が中学の時三年間ずっと担任をしてくれていた女性の音楽教師がいてな。その人が今度結婚するんだ」

「へえ。三年間同じって珍しいんやない?」

「まあ珍しいっちゃあ珍しいけど、ないことはないってとこだな。紅葉も招待が来てるんじゃないかな?」

「ウチに?でもウチとそのセンセ、なんの接点もあらへんよ?」

「招待してそうなのは花婿からだよ。『高杉グループ』って知ってるだろ?」

「高杉グループなら、ウチも知っとるよ。……花婿ってあの高杉グループの御曹司?!」

「あの?なんか気になる接頭語がついてるけど問題ある人なの?」

「問題いうか、優柔不断で頼りないって皆いうとるんよ。高杉グループは彼で終わりや言う人もおる」

「そいつはまたひどい言われようだな。けど、結婚相手が松本先生だからなあ」

「どういう先生なん?」

「何と言うか、姉御肌?豪快?まあ人を引っ張っていく素質はある人かな。多分何とかなるんじゃないか?」

「そないな人なんやね。ウチ、招待されてても行く気なんてあらへんかったけど皆が行くんなら行ってみよかな」

「あ、俺は招待と言うか、当日は披露宴まで一緒に行動できないと思うから蘭ちゃんたちと一緒に行動してくれ」

「どういうことなん?」

「ちょっと一緒に挨拶に抜け出すのは行けるだろうけど。今回俺に披露宴パーティの料理の依頼が来ているんだ……というか、俺が卒業式のときに『結婚式でも挙げるときは俺が料理作りますよ』って言ってたのを覚えていたらしくてな」

「そないなこといったんや?」

「まあ三年間お世話になったしね。それで朝から準備に追われるから挨拶をちょっとしたらまた厨房に戻らないといけないことになるね」

「そういうことならウチは蘭ちゃんたちと動くわ」

「頼む」

 

 

 

 

結婚式当日、俺は早朝に結婚式が行われる教会に来ていた。披露宴は教会の近くにある会場で行われる形だ。

 

「おはようございます、松本先生」

「あ、おはよう緋勇君。今日は本当にありがとうね」

「約束したんですから当たり前ですよ。それにしても」

「それにしても?」

「いつもの松本先生ですね」

「?ああ!そりゃあそうよ、こんな早くからウェディングドレスとかお化粧とかしないわよ!」

「それじゃあ、先生が綺麗になったくらいにもう一回挨拶に来ますね。蘭ちゃんたちと一緒に」

「そういえばいつも一緒にいたわね、あなたたち。緋勇君、前にも言ったけど毛利さんたちの世話ばかりじゃなくて自分のこともしっかりやりなさいよ?高校入って彼女とか出来たの?」

「世話なんてしてるつもりはないんですけどね……彼女ですか?ふふ。後で紹介します。びっくりしますよ?」

「紹介?え、彼女?」

「ええ、また後で」

「何よー?気になるわね。まあ良いわ。それじゃあまた後でね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「園子―!紅葉ちゃーん。ごめん、遅くなっちゃって!」

「もういっつも蘭は遅くなるんだから!」

「あー、蘭ちゃんひさしぶっり!」

「あ、香ちゃん!」

「毛利、元気してたか?」

「山田君に佐藤君!なんか同窓会みたいだね!」

「そらあ、龍斗から聞いとったけど三年間同じクラスの担任やったんやろ?そらそうなるよ」

「そうそう、紅葉ちゃんの言うとおり!さっき話をしてたけど披露宴であの綺麗な歌声聴けるかもよ……そういやあやつは来ないの?先生に音外すたびに怒られてた」

「ああ、新一なら『誰がんなもん行くか』って断られちゃった」

「それで、同じ音痴のそやつを連れてきたってわけか」

(音痴は余計だっつーの。オレはあのババアの旦那になる物好きの顔を見に来ただけだ)

 

今日、オレは三年間担任だった松本小百合先生の結婚式に来ていた。もちろん工藤新一には招待状が来ていたが行ける筈もなく、こうしてつれて来てもらったってわけだ。

 

「そういえば龍斗にいちゃんは?紅葉ねーちゃん」

「ん?龍斗なら暫くしたら控え室に行く言うとったからそこで合流になるんやないかな」

「それにしても松本先生も豪華な披露宴になるわよね」

「ホントホント!私、龍斗君のパーティ向けの料理って食べたことないから結構楽しみにしてるのよね!ねえコナン君?」

「うん!」

 

確かに、オレもガキん時から龍斗に色んなものを作ってもらってきたけどパーティに参加してあいつの料理を食べるなんて機会なかったからな。どんなウメーものを作ってるのか今から楽しみだぜ!

 

「ねえ、式の前に先生に挨拶しに行かない?ウェディングドレス姿見に行きましょう?」

「行こう行こう!」

「ウチもええで!」

ウェディングドレスだあ?っへ、笑っちまうぜ……

 

 

 

「あら、毛利さんに鈴木さんに……?そちらの子は初めましてかしら。どう?似合う?」

「「と、とっても綺麗です先生!」」

「とてもお綺麗です」

 

オレ達は先生の控え室に来ていた。中にはウェディングドレスを着た松本先生が窓際に立ちオレ達の方を見ていた。……た、確かにき、綺麗じゃねーか。

 

「っちぇ、なーんだ、工藤君来られないのか。この姿、あの小生意気な小僧にも見せてやりたかったのにな」

「あははは……」

 

なんでい、中身はそのまんまかよ。

 

「そういえば、あなたはどちら様?帝丹中学の子じゃないわよね?」

「ああ、ウチは京都の泉心中学やったんでちゃいますよ。大岡紅葉言います。今年の一月から東京に出てきて、蘭ちゃんたちと同じクラスになったんです。縁あって今回の結婚式に招待されたんです」

「私じゃないってことは」

「花婿側からの招待ですよ。松本先生」

 

先生の言葉に続けて答えたのは扉から入ってきた龍斗だった。結婚式に参加するようなスーツや学生服でなく清潔感のある白い服……あれはコックが良く着る服か?…を着ていた。

 

「あ、龍斗。披露宴の料理の準備はもうええの?」

「いや、あんまり良くないんだがなんとなくこのタイミングなら皆がいるんじゃないかと思ってね、抜け出してきたよ」

「緋勇君……なんというか、似合ってるわね。その姿」

「私、龍斗君のその姿始めて見たかも」

「まあ、普段は厨房かパーティで挨拶するときくらいにしか見る機会はないだろうからね。普段からこんなかっちりしたものは着ないよ」

 

オレも初めて見たがいつもの雰囲気より張り詰めているというか仕事モードに入ってるみたいに見えるな。

 

「そうそう、緋勇君?」

「あ、そういえば言ってませんでしたね。そのウェディング姿とても綺麗でお似合いですよ」

「あ、ありがとう。……じゃなくて!朝言ってた紹介したい人って誰のこと?その大岡さん?」

 

た、龍斗のやつまたナチュラルに人をほめるなあ、先生も赤くなってるし紅葉さんがムッとしてんぞ。

 

「そうです、俺が紹介したかったのはこの……どうしてむくれてんだ?紅葉」

「べっつに!なんでもあらへんよ!!」

「??まあ、この娘が俺の紹介したかった彼女兼婚約者の大岡紅葉です」

「!!?!??!?っこ、婚約者?!え?」

 

おーおーおー、あんな先生初めてみたな。そりゃあそうか。先生視点で三年間龍斗のことみてりゃあ「あの」龍斗に恋人が出来るなんて想像もつかないだろうし。

 

「なんや、照れるなあ。初対面の人に「婚約者」って紹介されるのって」

「……これは、衝撃だわ。多分今日来てる同僚に話しても私と同じになると思うわ」

「そんな大げさな」

「いや、だって私たち教師の間でも緋勇龍斗は女に興味がないってもっぱらのうわさだったのよ?」

「……」

 

流石にひくついてるな。龍斗はそのことについて先生と蘭たちに散々からかわれてからまた厨房に戻っていった。

オレ達は引き続き先生の部屋にいたが、先生に祝福の言葉を言いに入れ替わり立ち代り来客があり途中女子高生三人衆はビデオカメラの電池を買いに行ったりした。そして、花婿が部屋を訪れ式場に移動しようとしたとき

 

―――カンッ!!!

 

…え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………きゃああああああ!

 

!!!紅葉の悲鳴?!

俺は先生の部屋を辞した後、厨房に戻り最後の仕上げを行っていた。そんな時、教会のほうから紅葉や蘭ちゃんたちの悲鳴が聞こえた!

俺は厨房を飛び出し教会のほうへ急いだ。向かっている間にも情報を収集する。 『きゅ、きゅうしゃをお願いします!』『園子ちゃん落ち着いてーな!』『だ、だってせん、先生が!』

『くっそ、ないか、何かないか!』先生になに…これは血の匂いか!

 

「三人とも!」

「た、龍斗!先生が血を……!」

「わかってる!」

 

俺は急いで部屋の中に入ると、新ちゃんが先生の口を洗い流しているところだった。

 

「た、龍斗!?」

「この匂いは……水酸化ナトリウム!?先生の意識は?!」

「ああ!苛性ソーダだ!先生の意識はない!龍斗!!オメー厨房に行って卵か何かとってきてくれ!」

「大丈夫、あるよ!それから意識がないなら任せてくれ!」

 

俺はポケットからとったように見せてとある牛乳とグラスを取り出した。

 

「先生に意識がないなら気管に入らないように俺が体を操作して飲ませる!体を起こして!!」

「!わかった。これでいいか?」

 

俺は新ちゃんに体を起こすように指示を出しながら俺はグラスにシンデレラ牛乳をいれた。

 

「いい新ちゃん?俺が指示を出したらゆっくり飲ませるんだ」

「分かった」

 

俺は先生の喉頭蓋が閉じるように体を刺激し食道入り口部分を広げさせた。

 

「今!」

 

新ちゃんがグラスに入れたシンデレラ牛乳をゆっくり飲ませる。食道に到達したあたりから胃に流れるように筋肉を操作しながらある程度流し込んだ。後は呼吸と飲ませるを繰り返して救急隊員が来るのを待った。自発呼吸が弱くなってきたので新ちゃんは止めたが人工呼吸をした。

 

 

「誰か、一緒に乗られる方は!?」

 

救急車が来たのは俺と新ちゃんが延命措置を始めてから10分程経ってからだった。どうやら事故が途中あったらしい。その頃には牛乳を飲ませ終わり、新ちゃんは周りの人に知らせに行っていた。

 

「誰もこの部屋から出てはならん!娘に毒を飲ませた犯人なのかも知れんからな!」

「で、ですが彼は一緒に病院に!」

 

俺の口の周りは先生に人工呼吸した際についた先生の血がべっとりと付き、着ていた服も血にまみれていた。そして、

 

「龍斗、口の周りがただれとる……」

 

そう、強アルカリを飲んだ先生の口に口をつけたんだ。大勢が見ている中で瞬治するにもいかず俺はそのままにしていた。

 

「俺は良いです、早く先生を病院に!」

「わ、わかりました!」

 

そういわれて救急隊員の人は部屋を飛び出し暫くすると救急車が離れていくのが聞こえた。

 

「君……確か緋勇君だったか。いいのかね?」

「俺も容疑者の一人……そうでしょう?それに先生は出血はひどいですが食道、胃には高蛋白で特別な牛乳を。呼吸のほうも弱いですが人工呼吸を続けたので深刻なダメージにはなっていないはずです。そうでしょう?目暮警部?」

「た、確かに救急隊員はそう言っておったよ。普通これだけ時間が経っていれば病院までもつかどうかと言うところだがこの状態なら何とかなりそうだと」

「そ、そうか。小百合を助けてくれた君を疑うのは心苦しいがわかってくれ」

「ええ。ですが口をすすぎたいのですが。後、座って待ってもいいですか?」

「あ、ああ」

 

俺はそう言い、控え室にある椅子に座り、頼んで持ってきてもらった牛乳とバケツを使って口をすすいだ。

 

「た、龍斗君。大丈夫なの?」

「舌がひりひりするのと顔がただれただけだよ」

「だけって……それを見てウチが何も思わんと思うん?」

「……ごめん、無神経だった」

 

涙目で俺にすがる紅葉をなだめながら俺は犯人を見つめていた。カプセルについた匂いの持ち主はすぐに分かったがココには新ちゃんがいる。俺と同じくらい怒っている新ちゃんが。俺の役目は先生が死なないようにするところまでで後は新ちゃんに任せよう。

 

俺は先生の部屋に挨拶に来たが先生に近づいていないこと、ましてや毒の入っていたレモンティーに触れていないことから早々に容疑者から外れた。

 

 

新ちゃんがビデオの情報、そして乾燥剤入りの小瓶が外の廊下にあることなどから犯人を特定された。新郎である高杉さんが。

犯行の動機は20年前松本先生のお父さんに母親を見殺しにされたこと。家族を失う悲しみを味あわせるために犯行に及んだそうだ。

先生の友人である竹中さんから先生が過去の話を知っていて悩んでいたこと、そして先生の初恋の相手で……そして高杉さん自身の初恋の相手同士であったことが語られた。……それが本当なら……

高杉さんもそのことに思い至ったらしく、それと同時に先生の意識が戻ったことが伝えられ安心した表情で連行されていった。

 

 

 

 

数か月後、先生は無事退院した。後遺症もなく肌の荒れも化粧をすれば気にならないくらいの回復だった。

 

「先生、ほんとによかったです。元気そうで」

「ホンマに。見た目なんもなかったみたいや」

「それに、俊彦さんも罪が軽くなったみたいだし」

「当たり前よ!私が勝手に飲んだんだから!緋勇君もありがとうね。あなたのお蔭で命拾いしたわ」

「……先生」

「なーに?」

「先生が助かって本当によかったです。下手したら二人の命が無くなっていたんですから」

「へ?」

「……俊彦さんですよ。もし先生が死んでその後に竹中さんからあの事実を知らされていたら俊彦さん、きっと自殺していたと思います」

「あ……」

「先生、20年も想い続けるっていうのは並大抵の事じゃないんです、お互いになんて事はなおさら。だから些細な掛け違いで悲劇になるってのは今回の事で分かった筈ですから、これからについては何も言わないですけど。先生が最愛の人を殺したなんてことがありえたことを忘れないでください」

「…そっか、そんなこともありえたのね」

「ええ、ですがそれを知っているならもう大丈夫でしょ?今度こそ、披露宴の料理食べてくださいね!今より腕を磨いて待ってますから!」

「もう、結婚なんて懲り懲りよ!」

 

 

 

しかしその三年後、俺は再び料理の腕を振るうことになる。先生のお相手はもちろん―――

 

 

 

 

 

 




最後の方はちょっと駆け足気味だったので時間を見つけて改稿したいと思います。
苛性ソーダ、水酸化ナトリウムを飲んだ時は水または牛乳、卵を飲みましょう。これが一番良い応急処置らしいです。無理に吐き出させたりしたらいけません。ハイターが手に着いたらぬるぬるしますよね?あれが体の中で皮膚より弱い粘膜で起きるんです。ヤバイです。
この話で龍斗がしたように人工呼吸なんてのは論外です。絶対にしないようにしましょう。
なんかよさげなトリコのもの出そうかなと思ったんですが、治す=激しい細胞分裂とか弱った人にしたらむしろとどめさすんじゃないか?しかも毒物除去してないのに。と思い、応急処置にとどめました。


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第十六話 -資産家令嬢殺人事件-

誤字報告いつも感謝です!!

このお話は 原作9、10巻 が元になっています。

ぶっちゃけ、この話を書くのに大分捏造設定いれました。




『ハッピバースデイディア麗花、ハッピバースディトゥーユー!!』

――フッ!!

――ワァァァァァ!!――

 

「24歳おめでとう麗花!」

「ありがとうお父様!」

「本日は娘のためにわざわざこんな山奥まで足を運んでいただき、感謝の念に絶えません!今後も娘共々、我が四井グループをどうぞよろしく!

そして、皆様、今日の料理はなんと!四年前にパティシエ世界一に輝き、今年の大会にシェフ部門で出場するという若き天才!緋勇龍斗シェフに作っていただきました!」

 

俺は今言われたように、とあるご令嬢の誕生パーティに呼ばれていた。

 

「どうも、皆様。このようなおめでたい場で料理を提供させていただけてとても光栄です。若輩の身ではありますが腕によりをかけて作らせていただきました。どうぞ、ご賞味ください」

 

パーティで紹介された時にいつも言うセリフを言い、俺は引っ込んだ。後は俺も着替えてパーティに参加してもいいことになっている。というのも、

 

「今日はさらに!スペシャルゲストをお呼びしております!今最も紙面を賑わせておる名探偵、毛利小五郎大先生です!!」

 

俺は、廊下に出るときに聞こえた会長さんの声を聞き、笑みを浮かべた。俺は着替えのために移動しながら数日前の高校の教室での会話を思い出していた。

 

 

 

 

「え?龍斗君も四井麗花さんの誕生パーティに参加するの?」

「参加というかパーティのビュッフェ料理を作るんだけどね」

「じゃあ、お料理は期待できるわね!」

 

高校で偶然仕事の話になり、蘭ちゃんが小五郎さんにくっついてこのパーティに参加するという。四井グループのパーティということで、園子ちゃんや紅葉も誘われているのかとも思ったが招待されていないという事だった。

 

「ああ、ウチは招待されて無いんよ。四井グループとはそんなつながりあらへんけど招待されないっていうんはあんまりなかったんやけどね」

「ふっふっふ。その理由はズバリ!私たちが婚活の邪魔になるからよ!!」

「婚活?」

 

園子ちゃん曰く麗花さんがそろそろ身を固めるためにパーティを開くんじゃないかと言うことだ。その為に、若くて、可愛くて、自分のとこより親の権力があって、可愛いご令嬢にはパーティの招待をしてないじゃないかと胸を張って言っていた……なんで可愛いを二回言った。いや二人とも可愛いと思うよ?

 

「なるほどねえ。じゃあ今度のパーティも男漁りの場になるのかね?」

「お、男漁りって……園子が言ってるだけなんだし、大丈夫じゃない?」

「龍斗君も気をつけなよ~?歳の差はあるけど優良物件って意味じゃぶっちぎりよ?」

「そ・の・こ・ちゃーん?ウチというものがおるのに龍斗が年増になびくわけないやろ?」

「も、紅葉ちゃん落ち着いて!園子の冗談だから、冗談!ね、園子?」

「あ、あたりまえよぅ!龍斗君との付き合いは長いしそんなことありえないって知ってるから!ちょーっとしたお茶目な冗談だって!」

「そもそも、俺は紅葉以外を見るなんてことがありえないから何の問題もないぞ?」

「「「……」」」

 

んあ?なんでみんな黙ったんだ。

 

「こういうところ、ホントなおらないよね龍斗君」

「そうね、小さい時は単純に褒められてるーって嬉しかったけど」

「今の、恋人である紅葉ちゃんはたまったものじゃないわよね」

「もし、この本心から褒める事を悪意持って使い始めたらと思うとゾッとするわね」

「性質の悪いプレイボーイになってただろうね。気障な新一君とはまた別ベクトルで女の子にとって厄介な男だわ」

「なんでこう、私たちの幼馴染みの男どもは……」

「おーい全部聞こえてんぞー」

 

まったく、誰が性質の悪いプレイボーイか。人の褒めることを何が悪いことなのか。

 

「なあ紅葉……紅葉?」

「……な、なんや?龍斗」

「いや、顔赤いし反応無いからどうしたのかなって。大丈夫か?」

「う、うん大丈夫やで!」

「そか。まあそういうことだから週末は仕事に行ってくる」

「ええ、気ぃつけてな」

 

―なんか今のやり取り夫婦みたいだな―とも思ったがすでに蘭ちゃんたちに言われてあたふたしている紅葉がそこにはいたので笑みを浮かべながらその様子を見ていた。

 

 

 

 

っと、思い出していたら少し時間が経ってしまっていた。お、あれは?

 

「新ちゃん?」

「あ、龍斗。何してんだ?」

「ああ、仕事服でパーティに参加……してもいいんだが帰りは小五郎さんの車に乗せてってもらえることになってただろ?だから先に着替えてパーティに参加しようかなってね」

「なるほどな。そういや、電気のつくトイレしらねーか?」

「ああ、それならこの先の角がつくはずだよ」

「おお、サンキューな!それと、オメーの事だから誰もいないことを確信して新ちゃんって呼んでんだろーけど蘭の前では気を付けてくれよな!」

「勿論」

 

新ちゃんと別れ、パーティ会場に戻ると小五郎さんは大分出来上がっているようだった。途中、四井グループと付き合いのある人が何人か俺に話しかけてきた。名前に数字が入っている(一枝、二階堂、三船、五条、六田)のが印象に残っている。そういや、ばあやの人も七尾さんで名前に数字が入ってたな。

蘭ちゃんと話していると、どうやら麗花さんは園子ちゃんの予想通り結婚相手を見つくろうため、有能そうな男を数人招待していたそうだ。

そしてしばらくが経ち、誕生パーティがお開きになるという段階でトラブルが起きた。

 

「何!?車がパンクしている!!?」

 

外に出て確認してみるとどうやらホストと招待客の何台かの車がパンクさせられていたようだ。こりゃあ釘か何かで滅多打ちした感じだな。……あっれ?小五郎さんのレンタカーは無事だったらしいがお酒入ってる小五郎さんに運転はさせられないしどうすんだ?そんなことを考えていたら、話は無事だった車にパンクさせられた車で来ていた人たちを分乗して帰るということで固まりそうだった。だが麗花さんが窮屈な思いをするのを嫌がりこの山荘に残ることになったらしい。パンクさせられた人たちも残ることにしたようだ。んー?この人たちが有能そうな旦那候補か?

 

「んあ、みんな帰ったのか?じゃあオレ達もそろそろかえっかー」

「ダメよお父さん!ちゃんと酔いを醒まさないと!!」

 

部屋に戻ると毛利親子がそんな会話をしていた。ああ、この匂いの感じ運転できるくらいまでアルコールが抜けるには夜が明けるまで時間あけなきゃならなさそうだ。

……残った客のうち、三船さんが小五郎さんの車を運転して帰ることを提案したが麗花さん目当てじゃなく会長さんのご機嫌伺いに来たという三船さんの発言が気に障ったのか、残らなければ取引の中止を提言すると言い放った。自分の機嫌を損なえば職を失うことを匂わせながら高笑いをしながら着替えのために部屋を辞した……高飛車だな。ん?二階堂さんが呟いた「死の絆」ってなんだ?それにテープ?なんのこっちゃ。他の人はドン引きしてたのに二階堂さんだけは不敵に笑ってるし。弱みでも握ってるのかねえ。それにしても物騒な。

麗花さんが辞した後、眠気覚ましを兼ねて俺達はトランプに興じていた。くっそ、小さい時からだがホントこういうゲームは蘭ちゃんが強い。ありえないくらい強い。……それはそうと、新ちゃん?ナチュラルに蘭ちゃんの膝の上に座ってるけど何も感じてないのかい?……帰ったらやってみるか

トランプをしながら雑談を続けているとあっという間に時間が経っていた。

 

「お嬢様、いくらなんでも遅すぎないか?」

 

一枝さんのこのセリフでお嬢さんを探すことになった。どうやらこういったいたずらもよくするようで三船さんはぼやきまくっていた。

 

「くそ、家の中にはいないのか?」

「もしかして一人で森に行って帰ってこれないとか?」

 

またも一枝さんの発言から外を探すことになった。俺は毛利一家と一緒に探すことにした。

 

「コナン君、なんかおかしくないか?」

「確かにな……なあ、お前の方じゃなんかわかんねーのかよ?」

「あー、普段は抑え目に…!小五郎さん!噴水の方で誰かが襲われてる!!」

「なんだと?!」

 

新ちゃんに言われて感覚を広げてみると噴水に顔を押し付けられている……この声は二階堂さんか、抑えてるのは一枝さん?がいた。幸い別荘から近かったためすぐに現場に迎えた。

 

「小五郎さん先行きます!」

「おう!」

 

俺が先行し、噴水に到着した。到着したころには抵抗が弱まっていたがまだ生きていたようだ。

 

「一枝さん!やめてください!!」

「!!くっ、離せ!!!!こいつが。こいつらが俺の俺の……!」

「分かってる、分かってます!この人たちが八重子さんを殺したことは!!」

「な!!」

 

そう、状況を確認しながら移動していたので彼の慟哭と二階堂さんの自供は聞こえていた。どうやら二年前に麗花さんと二階堂さんは八重子という人からライフジャケットとボートを奪い生還したらしい。

 

「それでも!人を殺すのは誰かが悲しむことだ!!あなたが八重子さんを失って悲しんだように!!」

「っく!!」

「……ごっほ、ごほごほ!くそ、一枝てめえ……」

「大丈夫か!!……一枝さん、二階堂さん?!」

 

その後、森に捜索に出ていた人たちと合流し、俺は小五郎さんに事情を話した。外で話していると天気が悪くなってきたので全員で別荘の中に入ることになった。俺は二人を皆に任せて風呂場に向かった。

 

「八重子は、お嬢様に……なんてことを」

「おい、麗花さんは今どこにいる!?お前の話が本当ならもしかしてもう殺しているのか!?」

「そ、そんな……」

「いえ、小五郎さん大丈夫ですよ」

「た、龍斗君。それに抱えているのは麗花さんか!もしかしてもう……」

「いえ、眠っているだけですよ」

「ど、どこにいたんだ?」

 

別荘内にある心音を頼りに探しました―なんて言えるわけもないのでもっともらしいことを言うことにした。

 

「溺死した八重子さんの復讐で二階堂さんを噴水の水で溺死させようとしていたので、麗花さんもおそらく同じ殺害方法で殺されると思いまして。水回りのところを重点的に探していたら風呂桶の中にガムテープで固定されている麗花さんを見つけました。風呂桶にはシャワーで少しずつ水が溜まっていましたよ」

「そ、そうか。それで犯行時刻を誤魔化すつもりだったのか」

「一枝さん、さっきも言ったように大切な人を殺された恨みで人を殺すというのは綺麗事の理想論ですがさらに悲しむ人を増やすだけです。この2人の処遇は司法に任せましょう?」

「ふ、ふん。何を言ってるんだ!俺は八重子を殺してなんかいない!!あれは一枝に殺されそうになったから言った口からのでまかせだ!!」

「に、二階堂てめえ!!」

「人殺しをしようとした奴の言葉なんて誰も聞いてくれやしない!!そ、そうでしょう毛利探偵?」

「そ、それは確かに」

「俺も聞いていたんですが?」

「ッハ!高校生の証言と一枝の証言が証拠になるわけがない!!俺は誰も殺してない!!」

 

―この野郎。別にいう気はなかったがこんな真似されちゃあな。「死の絆」「テープ」か。……行けるか?

 

「二階堂さん、「死の絆」ってなんですか」

「な、なんのことかな?」

「そーいえば二階堂さんお嬢様の相手は二年前にもう決まっているって言ってたよね?」

「な、なを言うんだい?ボウヤ」

 

ナイスアシストだ、新ちゃん!!

 

「あなたが「死の絆」、それに「テープ」という言葉を口にして部屋から出る麗花さんを笑みを浮かべながら見ているのを目撃したんですよ。そして今の話。あなた、麗花さんとその話をしている時の会話を録音したテープ、持っているんじゃないですか?」

「な、なにを」

「確かに秘密を共有した仲だが男女の間柄っていうのはそう単純じゃない。万が一麗花さんが別の男に乗り換えたときの保険として、ゆすりのネタとして、あなたは事件の事を話したテープを持っているんじゃないですか?」

「で、でたらめだ!」

「ええ、でたらめです。ですが一度疑いがもたれれば警察も調査するでしょう。あなたの家に、……いや?もしかして今も持ち歩いているんですか?車?いや、あなたの胸ポケットとかに」

「……」

 

心音を確認しながら言葉を並べていくと会話を録音したテープを持っているのは確定だった。場所についても「持ち歩き」「胸ポケット」で大きく反応していた。つまり、

 

「ちょっと失礼しますよ」

「や、やめ!」

 

溺死させられた後遺症か、抵抗しようにも弱弱しく動く二階堂さんからテープを掏り取るのは訳がなかった。

 

「このテープ、一枝さんを警察に引き渡す時に一緒に提出しますね?」

「くそ、くそう!!」

「二階堂……」

「あなたは最低の人間ですね、二階堂さん。助けてくれた八重子さんの死を、感謝することなく自分の糧にしようとするなんて。死人に口なし、なんて言いますが犯した罪は必ずどこかで報いなければならないんですよ」

 

その言葉を聞いて二階堂さんはがっくりうなだれた。しばらくして麗花さんが目をさまし、事の説明を行うと喚き散らしたが七尾さん(八重子さんはお孫さんだったそうだ)に一喝され、おとなしくなった。

 

夜が明け、迎えが来た。一枝さんを俺と三船さんが挟み、二階堂さんを六田さんと小五郎さんが、麗花さんを蘭ちゃんと五条さんで挟むように座り下山した。行き先を最寄の警察署にするように伝えた時は怪訝な顔をされたが殺人未遂があった事を話すと引き受けてくれた。

警察署につき一枝さんは殺人未遂の自首を、小五郎さんが警察署の人に二年前の事件についての証拠を提出し残りの二人も事情を聞かれることとなった。テープが証拠として認められれば二人も罪に問われるだろう……多分、お互いに罪を擦り付け合うんだろうなあ。すっげえ言い合ってたし。

 

「龍斗、お疲れ様」

「ああ、ほんとに疲れたよ。俺に探偵は向いてない」

「はは、にしてもスゲーよ、未然に殺人を二件も防いじまうんだからな!」

「俺の場合は感覚に頼ってのだから行き当たりばったりだよ。理路整然と詰める探偵とはわけが違う。今回も二階堂さんが用意周到にテープなんて持ってなきゃ発端となった二年前の事件の方は解決できなかっただろうし」

「ああ。人を殺したなんて秘密を抱え込んでいたからこそ、安心する材料が欲しかったんだろうぜ。こんな秘密の共有、まっぴらごめんだけどな」

「まったくだよ……」

 

 

 

 

「そういや四井グループのご令嬢、殺人の疑いで逮捕されたんだって?」

 

後日、教室でいつものようにだべっていると園子ちゃんがそう切り出した。

 

「龍斗からきいとったけどウチらが招待されへんかったパーティで事件が起きて龍斗が昔の事件について暴いたって聞いたよ」

「そうそう、龍斗君が二階堂さんを攻め立てる姿、新一に似てて探偵みたいだったよ!」

「あんなの探偵じゃないって……言葉を羅列して反応がおかしいものを引っ張り出しただけだし。証拠を集めて突きつける新ちゃんとはまるで違うよ。そ、れ、に、俺は探偵じゃなくて料理人!」

「分かってる、分かってる。でもウチもそんな姿みて見たかったなあ」

「あはは、それにしても四井グループの会長さんも大変よね。意図していないとはいえご令嬢が証拠となるものを処分しようとしたことを手伝ってしまったみたいだし」

 

そう、あのテープとお互いの証言から二人がライフジャケットとボートを奪い八重子さんを殺したのは確定したのだが罪の発覚を恐れてその時に使っていたクルーザーやライフジャケット、その当時持って行っていたものすべての処分を会長さんが手配してしまっていたのだ。娘の「嫌な記憶が蘇るから」という言葉に対しての純粋な親心だったのは分かるのだが、どこかでマスコミが聞きつけたのかあることないこと書いて囃し立てている。

 

「子供がしたことで親に迷惑がかかる、かあ。俺も四年前のアレ、一歩間違えていたらそうなってたわけだし俺達も気を付けないとね?鈴木財閥のご令嬢に大岡家の姫に、名探偵の娘さん?」

「もう茶化さないでよー。でもそうね。私たちもすぐにお父さんたちに飛び火することもあり得るんだしね」

「ウチはそんなことになったら叩き潰しますけどね。ウチはウチ!親は関係あらへん!!って」

「まあ、紅葉がそんなことにならないように俺が一生見張っているから安心してくれ」

「「「……」」」

 

あれ、またこのパターンか?

 




あれ?パーティでの描写ってこれが初?あっさりしすぎですね(-_-;)
捏造は二階堂が保険でゆすりネタになりそうなテープを持っていることです。
原作読んでて、コイツならそれくらいしてそうだなと思ったので。
今回の話のオチは割といい感じじゃないかとw

原作より、日常会話をオリジナルで書いている時の方が筆が進むのはなぜなんだろう……


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第十七話 -図書館殺人事件-

なにやらお気に入りの数が、前見たときの2倍以上になってました。びっくりして膝に置いていたノーパソ蹴り上げて机にぶつけてココアがぶちまけられてとコメディみたいなことをしてしまいました。
これからも頑張っていきたいと思います!皆様ありがとう!

このお話は 原作10巻 が元となっております。

ごめんなさい、みんな大好き津川館長……あなたの出番は…


「あ」

「なんや、龍斗いきなし声出して」

「いや、そういえば四井会長のとこで事件あった時にやってみようかなって思ってたやつ、すっかり忘れててな」

「なんやそれ?今から出来る事なん?」

「ああ、紅葉が協力してくれればね」

「??」

 

―ピンポーン!!

 

「お?今日って俺も紅葉も何もない休みの日だから二人で家でゆっくりしようって言ってたよな?来客の予定なんてあったっけ?」

「……」

 

インターホンの音が玄関から聞こえた。伊織さんが対応に出て……おや?また珍しいお客さんだ。というか、初めてじゃないか?

伊織さんも彼と俺の関係の事を知っていたのか、俺の友人であるという彼を俺の部屋まで案内している。

 

『ああ、ここまででええよ。龍斗の奴びっくりさせたんねん』

『はあ、ですが龍斗様に通用するとは思いませんが』

『大丈夫大丈夫、まかせとき!あんさんは、飲み物用意でもお願いするわ!』

『ですが……いえ、かしこまりました』

 

どうやら、いきなり部屋に入ってきて驚かせるつもりのようだ。伊織さんは彼に言われた通り飲み物の用意にキッチンの方に戻ったようだった。

 

―ガチャ!!

 

「よぉ龍斗!!!服部平次様が遊びに来てやったでええええええええ!?!?お前、こんなお天道様が上がってるうちからなにしとんねん!!??」

「やあ、平ちゃん。東京の家に来るのは初めてだね。いらっしゃい」

「おう、そやな!きてやったで!!……やない、なにしとんねん!お前ひ、膝の上に」

「あ、うん。この娘ね、平ちゃん覚えてないかなあ?ほら小学校の時京都でかるた大会に飛び入りで参加して俺が優勝、平ちゃんが3位だったやつ。その時の決勝の相手だよ」

「お、おう?あー、なんやそんなこともあったなあ。龍斗が頭おかしいやり方で勝ちよったからよ―覚えとるわ。……じゃなくてなんでそないな娘がお前の膝の上に乗っとるんやっちゅうこっちゃ!その娘、真っ赤になって固まっとるやんけ!」

 

そう、四井麗花さんの誕生日の時に巻き込まれた事件で時間つぶしにしていたトランプで、蘭ちゃんの膝の上にのっていた新ちゃん、もといコナン君の様子を思い出して紅葉にして貰うことにした。流石に蘭ちゃんたちの時のように女の子を下にするのはしたくなかったので紅葉に上になってもらった。……うん、ドキドキするね。流石にこのまま話すのも変なので紅葉を横に下して平ちゃんと話す事にした。

 

「まあ、休日だしね?かるた大会で縁が出来て今は俺の恋人なんだ」

「な、なるほどなあ。しっかし、龍斗に恋人ができるなんておもわへんかったわ」

「んー?それはどういう意味かな?へ・い・ちゃ・ん?」

「ちゃうちゃうちゃう!こない早くできると思ってなかったちゅうこっちゃ!大人になってからできるって!!ガキん時から保護者みたいやったやん。だから同年代でできるとは探偵の俺でも予測できんかったわ」

「ああ、そういう。とりあえず自己紹介して?紅葉」

「ウチは大岡紅葉いいます。元は京都泉心高校に通っとりましたが今年の1月にこっちに来て龍斗のお家にお世話になってます……」

「おう、オレは服部平次!改方学園に通っとる西の高校生探偵や!」

「そういえば、探偵とか言ってたね。そっちも動き始めたんだねえ」

「おうよ、高校に入ってからな!……そっちも?誰か他に探偵やっとる知り合いでもおんねんか?」

「ああ、ほら。俺には関東と関西にそれぞれ幼馴染みがいるって言ってたじゃないか?関西は」

「オレと和葉やな」

「そう。それで関東の幼馴染みの1人が探偵やってるんだよ、高校生探偵」

「へ、へえ。そらおもろいこともあるんやな?そんで、なんちゅうやっちゃそいつは」

「工藤新一」

「HE?」

「だから工藤新一だよ。高校生探偵の」

「な、なんやてえええええええええ!!!!!」

 

俺がその名を言うと、平ちゃんの本日二度目の絶叫が緋勇邸に轟いた。

 

 

「なんや、おもろいことになっとるなあ?龍斗。まさか二人いる男の子の幼馴染みが探偵やなんて」

 

フリーズから戻ってきた紅葉がそう言った。顔の方はまだ少し赤い。平ちゃんはというと、伊織さんが持ってきた飲み物を飲みながらこっちをじとっとした目で見ている。

 

「龍斗も人が悪いなあ。オレがガキんときから探偵になりたいいうことを知ってるはずやのに工藤の事教えてくれへんかったんやろ?」

「まあ、どうせ大きくなったらどっかの事件かなんかで会うだろうしそんときでいいかなって思ってたらすっかり忘れてたよ。それに関西行ったときはほとんど東京の話はしなかったしね」

「まあせやけどなあ。それにしても工藤あいつは噂通り、いや噂以上の男やったで!!」

んん?

「噂以上って?新ちゃんは確か今事件の調査で米花町を離れているはずだけど」

「新ちゃん?ああ、工藤の事か。ほら、新聞にあったやろ?辻村外交官殺人事件」

「そういえば今日の朝刊にそない事件があったって書いとったな」

「そうそう、それや。その事件現場にオレもおってな。オレが犯人の仕掛けた偽の証拠にまんまと引っかかって推理を披露しとったらきよったんや!」

「きよった?」

「そう、あの東の高校生探偵、工藤新一がな!!」

は?

「え、は?それって、別の人なんじゃないか?ほら、別の関東で高校生探偵やってる人とか」

「そないなわけあるかいな。そんときおったのはオレだけやのうて、毛利探偵や工藤の女っちゅう蘭って子もおったんや。その子が新一いうとったから間違いないで」

「た、龍斗?どういうことなん?新一君、元に戻れたってことなんか?」

 

平ちゃんの話を聞いてびっくりした様子の紅葉が声を潜めて俺の方に聞いてきた。いや、俺もびっくりしてるんだが。確かに新ちゃんは何度か工藤新一の姿に戻っているけどソレは確か灰原哀の作った解毒薬の…おかげ…?いや、なんかもう一つあったような?

 

「そ、そっか。蘭ちゃんがそういうのなら間違いないね。でも新聞に新ちゃんの名前はなかったよ?」

「それがなあ、毛利探偵事務所に居候しとるコナンちゅうガキがのう、工藤の奴が事件に関わったことを言わんといてって伝言を頼まれたらしいんや。そのガキは今風邪でそのまま倒れたんで詳細は聞けへんかったんやけどな。まあ、言われた通りに工藤の顔見知りの警察の目暮警部に伝えたから名前はのっとらんちゅうこっちゃ」

「そ、そっか。コナン君風邪なのか。心配だな……」

 

コナンに戻ってるってことは新ちゃんが元に戻っていたのは一時的ってことか。……待てよ?なんか思い出してきたぞ。新ちゃんが初めて幼児化から元に戻ったのは、確か……!

 

「ところで平ちゃんさ、小五郎さんとこに何かお土産持ってった?」

「ん?おお、ようわかったな。中国酒の『白乾児』っちゅうきっつい酒をな。毛利のおっちゃんは大層な酒好きってきいとったからの」

 

ああ。思い出した!これ、平ちゃんと新ちゃんの初邂逅で初めて元に戻る話として原作にあった奴だ。

 

「そういうことね……」

「ん?なにがそういうことやねん」

「こっちの話。……あのね、平ちゃん」

「どないしたん?そないな顔して」

「新ちゃんね、事件の調査って言うのは間違いないんだけどね。関わった事件が厄介な規模を持った裏の組織関連だったせいで命を狙われてるんだ」

「い、命っておだやかやないな」

「そうなんだよ。平ちゃんの言う「工藤の女」である蘭ちゃんには心配させないように連絡を取ってるんだけど今の世間的の行方不明や死亡説は今の新ちゃんにはとても都合がいいんだよ」

「……そこまでせなあかん相手ってことなんやな」

「俺も、一応新ちゃんとコンタクトは取れるけど連絡は基本向こうからなんだ、だから平ちゃん。お願いがあるんだけど……」

「…わかっとる、それを聞いたらオレも協力しない訳にはいかへんな。探したりするのはやめにするし無暗に話したりせーへんようにするわ」

「頼むね」

「んー、なんや。龍斗に頼まれるなんて中々あらへんからな。なんや、妙なかんじがするで」

「そう?そうかもね」

「せや!せっかくやし、工藤がガキん時の話を教えてくれへんか?今度おうたときの話のタネになるかもしれへんし」

「それはええね、ウチもみんなの小さい時の話きいてみたい。勿論龍斗の事も」

「あ、ああ。いいよ?じゃあ何から話そうかな、確かアルバムがどこかに……」

 

俺は、平ちゃんと紅葉が知らないみんなとの幼少時代の話をした。話は小学生の話が終わり中学に入るという所で平ちゃんの新幹線の時間となりお開きとなった。

 

「ふーん、工藤はコナン・ドイルの大ファンなんやな。オレはどちらかというとエラリィ・クイーンの方が好きやけどな」

「あら奇遇やね。ウチも推理小説家ならエラリィ・クイーンが好きやね」

「なんや、気が合うなあ」

「ええ、だって名前に『クイーン』がついとりますでしょ?」

「お、おおう?せ、せやな?」

「紅葉はかるたのクイーンになるのが夢だからね。まあそういうことで新ちゃん、生粋のシャーロキアンだからそれ関連のイベントがあったらお忍びで参加するかもしれないね」

(お忍びというか、コナンの姿でね)

「ほっほー、そらええ情報もろたで。……もうこないな時間か。小学生までの話でキリもええとこやしオレも新幹線の時間があるしな。今日はこれくらいでお暇させてもらうで」

「うん、今度は俺がそっちに行ったときにでも。紅葉も一緒に」

「うん、ウチも和葉って娘におうてみたいしね」

「おう!龍斗のとはまた一味違う、大阪本場のうまいもん食べさせてやるさかいな!!」

「楽しみにしてるよ!」

 

玄関で平ちゃんを見送り紅葉と二人で部屋に戻った。

 

「それにしてもびっくりしたなあ。新一君が元に戻るやなんて」

「そのお酒に何か秘密があるのかもね。さっきは元に戻ったことにオレもびっくりしてて忘れてたけど、小学生にお酒を飲ますなと怒るんだった……」

「せやね。けど今日はよかったわ。小さい時の龍斗も見れたし。もっとはようから会いたかったわ……」

「紅葉。これからずっと一緒なんだ。このアルバム以上に思い出を重ねていこう?」

「そ、そやね?これからずっと一緒なんやもんね?」

「とりあえず、さっきとったこれを現像して収めようか?」

「これ?……あー!さっきの膝にすわっとるやつ!!いつの間に?!たーつーとー!」

 

さっき、紅葉が固まっているうちにスマホで撮った画像を見せると恥ずかしさが蘇ったのか携帯を取ろうとして襲ってきた。

そんなふうにじゃれあいながら休日は過ぎて行った。

 

 

 

後日、風邪を引いたという新ちゃんの様子を見舞いに行こうと毛利探偵事務所に向かっていると前方から新ちゃんが三人の子供たちに囲まれて歩いてくるのが見えた。

 

「やあ、コナン君。女の子に手を引っ張られてるなんてモテモテだね」

「龍斗…にいちゃん。これは違うよ!」

「そうなのかい?それはともかく風邪だって聞いたけど外に出ているってことはもう大丈夫みたいだね。でもぶり返すかもしれないしあんまり無茶はしちゃダメだよ?」

「なーなー、コナン誰だよこのイケメンのにーちゃん」

「そうですね、どっかで見たことあるんですが」

「歩美もどこかで……どこだったかな?」

「初めまして、俺は緋勇龍斗。二人が見たのは何かの雑誌じゃないかな?料理人をやらせて貰っているよ。今有名なのはお菓子作り、パティシエの面だけどね」

「パティシエ、緋勇龍斗……あー!思い出しました!お姉ちゃんの買った雑誌に載ってた世界一のパティシエ緋勇龍斗!!」

「歩美も!お母さんが買ったお料理の本に載ってた!!!あのレシピのお料理すっごく美味しかった!!」

「な、なんだよそのぱーてー?」

「ぱーてーじゃなくてパティシエですよ元太君。お菓子作り専門家ですよ。この人はその世界大会で史上最年少の13歳で優勝したんです!!」

「ほへー!そんなすごい兄ちゃんなのか!」

 

こちらの自己紹介をすませ、彼ら少年探偵団の事を教えてもらった。……新ちゃん、こんな小さな子供を巻き込んで何してんのさ。

 

「それで?今から君たちはどうするんだい?」

「今日はこれから図書館に行ってコナン君の読書感想文の手伝いをするんです!」

「そうだ!龍斗のにーちゃんも一緒にいかねえか?」

「え?」

「せっかく仲良しになれたんだし、いこいこ!龍斗お兄さん!」

「いい考えです!元太君!!」

「おいおい、お前ら」

「いいよ?今日はお見舞いに行くくらいで後は帰るだけだし、たまの読書も気分転換によさそうだ」

 

そうして、俺は子供たちと話しながら目的となった米花図書館へと向かった。子供たちとの会話は話題が絶えることなく、コロコロと笑いながら元気に動く様子はそれだけで元気になれそうだ。

図書館につき、俺は一時的に子供たちと別れて料理本が置いてあるコーナーへ向かった。そこで適当に本を見つくろい、児童書コーナーに向かうとそこから出てくる新ちゃんとばったり出会った。どうやら、下にパトカーが来ていて気になったそうだ。

 

「そのエレベーター待ってー!」

 

新ちゃんがそう言い、俺は位置的にエレベーターに先に乗ると子供たちを待った。

 

――ビィーーーー!!

 

ん?『定員7名、450kg』か。乗ってるのは中老の津川館長、あとは細めの女性3人に俺。

それに小学1年生が四人…だが、なんで鳴ったんだ?

 

「…7,8人。ほんとだ!一人多い!!」

「元太君も合わせて9人ですよ?だからバカはかz…いたっ!」

「しゃーない、階段で降りるぞ!!」

 

馬鹿は風邪をひかないと言いかけた光彦君を元太君が殴り、エレベーターで降りられないことから階段で降りることを選択した新ちゃん。そしてそれについていく子供たち。

エレベーターはそのまま一階まで下り、津川館長はパトカーで来ていた警察の人に事情を聞かれていた。どうやら、職員の玉田さんが行方不明らしい。

途中、新ちゃんが茶々を入れたりしていたが、結局警察が調べた範囲では死体は見つからなかった。……そう死体だ。俺は死体の事を広げた嗅覚で察知した後、さらに嫌なにおいがしたので発生源である児童書コーナーに向かった。……これは、またよく考えたものだ。大人ならともかく、子供じゃ気付かない隠し場所だな。

警官が図書館内を念のため探していたが結局不審な所は見つからず、その報告を受けた目暮警部が

「何も見つからなかったか。やはり外で襲われたか?よーし、引き上げる「目暮警部?」ぞー?」

「どうも、目暮警部」

「ん?おお、龍斗君!!結婚式以来だな。あの時は本当にありがとう!!」

「いえいえ、それでちょっとお話が。警察の方を引き揚げさせるのもちょっと待ってもらいたくて」

「ん?なにかね」

「いえ、調べてもらいたい場所がありまして。さっきエレベーターに乗った時重量オーバーの音が鳴ったんですよ」

「エレベーター?」

「!!」

 

……津川館長の心音がはねたな。なるほどね。

 

「ええ、その時乗っていたのは俺、津川館長、細めの女性3名、それに子供たちが四人で乗ったら鳴ったんですよ。『7名、450kg』が上限のエレベータがね」

「んん?全部で9名だから鳴るのは当然なんじゃないか?」

「なら、重さにして考えてみてください。津川館長、失礼ですが体重は?」

「さ、さあ?多分65kgぐらいじゃないか?」

「俺が85kg、荷物は……15kgってところか。後の乗っていた女性は細めだったから重くても60kgってところかな?子供たちは……」

「オレ、40キロ!」

「僕は20キロです!」

「私は15キロだよ龍斗お兄さん!」

「僕は18kgだよ、龍斗にいちゃん……」

 

新ちゃんは俺の言わんとしてることに気付いてるね。

 

「と、言う事はあの時乗っていた人の体重の合計は65+85+55+55+55+40+20+15+18で393kg。荷物を加えても422kgです。おかしいでしょ?もう一人大人が載っていないと鳴らない計算になるんです」

「じゃ、じゃあまさか……」

「ええ。エレベーターの天井の上を探してもらってみてください。……それから、津川館長?」

「……な、なにかね?!」

「俺がエレベーターの事に触れたらすごい形相になりましたけど?何かあるんですか?」

「い、いや。なんのことかな?」

「……津川館長、どうやらあなたにはもっと詳しい事情を聞かなきゃならんようですな」

 

流石に、長年刑事をやってきた目暮警部の目はごまかせなかったようで追及の手がのびるようだ。警官に指示を出している目暮警部にあのことを伝えておくか。

 

「それから、警部?」

「……ん?おお、龍斗君お蔭で無事事件が解決できそうだ」

「それでなんですがね。さっき子供たちの引率で児童書コーナーにいたんですが。ちょっと妙なことが」

「妙なこと?」

「き、きさまなにを!?」

「ええ。懐かしくなって本棚にある本を見ていたのですが。本と本との間に変な本が挟んであったんですよ」

「と、いうと?」

「背表紙の無い本です。これなら本をとっても向こう側の本だと思って気にも留めないでしょう。子供ならなおさらです」

「!!そっか、だから本棚の本が棚からはみ出てたりしてたんだね。向こう側の本を直したとき押し出されるから!」

「たぶん、そういう事なんだと思うよ」

「それで、……いやそうまでして隠そうとしているものだ中身はおそらく……」

「ええ。一つ、開けてみましたよ。中身は袋に入った白い粉」

「……麻薬か!!」

「ええ、おそらく玉田さんもそれを発見してしまったんでしょう。なのでその奇妙な本を調べれば指紋が出てくるんじゃないですか?ねえ、津川館長?」

「く、ぐっ!!」

 

その言葉を聞き、観念したのかうなだれる津川館長。その後、エレベーターからは玉田さんの遺体が発見され麻薬は押収された。怒涛の勢いで追い詰められたのが効いたのか、黙秘を続ければ玉田さん殺害は誤魔化せたかもしれないのにペラペラ自供したそうだ。

 

図書館から帰る途中、子供たちと別れたこともあって聞きたいことをきくことにした。

 

「なあ、新ちゃん。いきなりあんな元気に「じゃーなー!」はないんじゃないか?あの子たち、不安そうな顔してたぞ」

「ん?ああ、それはわりーことしたな。でもよ、オレ元の姿に戻れるかもしれねーんだぜ?」

「ああ、そういえばなんか聞いたね。元の姿に戻れたんだって?」

「そうなんだよ、服部ってやつが持ってきた酒を飲んだらな!だから、これから事務所に戻ってその酒もって博士の家に行くぞ!!」

「はいはい、お供しますよ」

「んだよ、そのツレネー返事は。まあいいや。しかし龍斗よくあの本棚の事気付いたな。児童書コーナーなんて行ってなかったろ?」

「ん?ああ、エレベーターで疑問に思ってね。よくよく嗅いでみたら乾いた血の匂いが天井の上からするし何かあるなーって警察が家探ししているうちに1階2階3階と色々まわってったらあそこで嫌な匂いがしてね。それを辿ったら見つけたってわけ。そんなこと言えるわけないし、新ちゃんたちを利用しちゃった。ごめんね?」

 

気付いたのは1階感覚を広げた時だったが、まあ歩き回って気付いたのほうがまだ納得してくれるでしょう?

 

「相変わらず犬並みだな、オメーの鼻は……っと、ついたな。じゃあとってくっからちょっと待っててくれ!!」

 

その後、無事白乾児を手に入れた新ちゃんは俺を連れ博士に事のあらましを説明し、実践すると言って瓶の酒をラッパ飲みし始めた。そして数時間後……

 

「あれぇえ、博士ろ龍斗が大きいまんまじゃえ~。どういうことへ?」

「ふむ、多分一度戻ったことでその酒の耐性が細胞に出来てしまったんじゃろ」

「たいせいぃ~?んなもん、もっと飲めばいいだっろ……!!」

「はいはい、小学生にこれ以上は飲ませられません。ついでに作ったこの濃厚しじみ汁を飲みなさい」

「んっく、んくんく!何すんだ龍斗ぉ!!」

「小1の体なんだから無理しないの、急性アルコール中毒起こすかもしれないんだから。それからビタミン剤も飲んで。あとはお水な」

 

しかし、あのアルコール度数で一気飲みしたのにこの程度とは新ちゃんの肝機能は化け物なのかな?末恐ろしいね。

 

「じゃあ、博士。この酒は新ちゃんがもうこれ以上飲まないように俺が持って帰るから後は水分補給と吐くかもしれないからお世話の方よろしくね?それからそのしじみ汁飲んでいいよ。味は濃いめだけど体にいいから」

「あ、ああ。確かにもう11時まわっとるし明日も学校あるんじゃったな。ありがとうなあ、龍斗君。おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 

「たーつーとー?ずいぶん遅いお帰りやね?連絡しようにも携帯忘れてるし連絡せーへんし、どこで何しとったんかなー?」

 

あ、忘れてた。

 

 




遅くなって申し訳ありません!!



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第十八話 -三つ子別荘殺人事件-

また少し遅れてしまいました…

このお話は 原作13巻 が元になっています。

主人公の設定でトリコの事を知らない人用に。(追加内容あり)

彼が生まれたジダル王国とは犯罪王国とも呼ばれる所で、主人公は気付いたらそこで孤児となって路地裏で生活していました。人から慈悲を与えられることなく暴力にさらされ、孤児の仲間達は屍になっていく中、自分だけが一龍に拾われた過去があります。これが「人物設定」の紆余曲折の部分です。


「あらま」

「つうことで、西の高校生探偵の服部平次に正体がばれちまったんだよ」

「ってことは、現状新ちゃんの正体を知ってるのは」

「オメーだろ?紅葉さん、博士、それに俺の両親に服部で全6人だな」

「なんか、このままどんどん増えそうだね……」

「……極力気を付けるがもし本気でヤバくなったら」

「ああ、また変装して誤魔化すよ。つい最近、顔だけじゃなくてもっと大きな変身できるようになったし」

「もっと大きな変身?」

「そう、前は顔だけだったけど今度からは体重200kgの相撲取りにだって変身できるよ?」

「そ、そいつは見て―ような、見てみたくないような……」

「まあ、いずれね。にしても園子ちゃん元気だなー」

 

その言葉に新ちゃんは俺が見ていた方向、つまり仁王立ちしている園子ちゃんのほうに視線を向けた。

 

「夏!!太陽!!!とくれば……やっぱ海よねー!」

ハッハッハー!

「―…にしても、こんなに魅力的な女が三人もいるのにビーチにいるのが予約済みの龍斗君にコナン君の二人だけとは……はーーーっ、情けない……」

(悪かったなー、ガキで)

「仕方ないさ、ココはプライベートビーチ。知らない人がいれば逆に問題だよ」

「せやねえ。ウチも人ごみが多いところを泳ぐよりこういうとこで泳ぐ方が好きやで?」

「そうそう、私もこうやって海を楽しむのも結構好きよ?」

 

今日は幼馴染四人+紅葉のメンバーで園子ちゃんの誘いを受けて、鈴木財閥が所有している別荘に遊びに来ていた。しかし、いい海だねえ。

 

「ああ、そういえばココでがっつり焼いて小麦色の肌でイケてる男をゲットするって計画だった!」

「もう、園子は男・男って……」

「園子ちゃんな、運命の相手なんて会う時は会いますよ?そんながっつかんでもええって」

「も、紅葉ちゃんの言うことには説得力があるわね。……それにしても体育の授業とかで知ってたけど紅葉ちゃんのソレ、やばいわね。龍斗君に見せるために買ったんでしょう?蘭が新一君にそのハイレグ買ったみたいに」

「も、もう、別に新一のためになんか買ったわけじゃないわよ!」

「おーおー、照れてる照れてる♪」

(あ、あれをオレの為に……せ、せっかくだからもっと近くで見よ)

 

今日のみんなは男連中が普通のボクサータイプの水着、園子ちゃんがチューブトップ、蘭ちゃんがハイレグ、そして紅葉が普通のビキニなんだが……

 

「んー。これ龍斗と一緒に買いにいったんよ。なかなかサイズなくて大変やったんで?どう?龍斗?」

 

そういってポーズをとる紅葉、うん。

 

「紅葉がその格好で胸を強調するポーズをとると破壊力がヤバイね。白い肌にそのオレンジのビキニがよく似合ってる。だけどそういうポーズはここでだけにしときなよ?普通の海でやったら……」

「……も、もう。ウチがこないな姿見せるんは龍斗の前でだけですよ?そ、それで普通の海でやっても龍斗がほかの男から守ってくれるんでしょ?」

「そうなんだけどね。そいつらに手加減出来なさそうだから」

「あ、そっちなん…?いや、確かに龍斗がそうなるのはアカンから龍斗の前だけで…ね?」

「はいはい、そこのバカップル、いちゃいちゃしすぎ!これからすぐに戻るわよ!」

「どうしたの?」「どうしたん?」

 

いつの間にやらビーチに男性が増えていた。俺と紅葉が戯れている間に来たらしい。彼は……富沢財閥の御曹司の富沢雄三さんか。俺も紅葉も彼の事は知っていた。向こうも俺達の事を知っていたらしく驚愕していた。なんと、園子ちゃんの姉である綾子さんと婚約したらしい。大財閥同士の結婚で恋愛結婚ってすごいな。

っと、ともかく園子ちゃんは来ているであろう富沢財閥の会長に挨拶をするべく海をあがりたがっていたようだ。ここは、

 

「俺達も挨拶しておいた方がいいかな?紅葉」

「そやね。龍斗も結構有名になっとるし、ウチも大岡家の人間としては挨拶はきちんとせなね」

 

そう言うことで、鈴木家の別荘の隣に立っている富沢家の別荘へ挨拶に行くべく着替えをすることになった。園子ちゃんが駆け足で自分の別荘に戻ると

 

「あ!!」

「あら……」

「え、父さん?!」

「おお、雄三!先にお邪魔しておるぞ!!」

 

なんと、そこには富沢財閥会長、富沢哲治氏がいた。どうやら、夕食はどこかのレストランで食べることになっていたらしいが哲治氏はキャンセルしてこっちの別荘で綾子さんの手料理をふるまってもらうことになったらしい。それなら

 

「綾子さんが夕食を作るなら俺がデザートを作りましょうか?富沢会長」

「……ん?なんだきm……!!な、なんと!!君は緋勇龍斗君じゃないか!!久しぶりじゃないか。それにしてもなんでここに?!」

「ああ、俺と園子ちゃんは保育園時代からの幼馴染みなんですよ。その縁で遊びに誘ってもらったんです。それと……」

「お久しぶりです、富沢会長。大岡紅葉です」

「お、おう。大岡家のご令嬢まで。園子ちゃんの交友関係はすごいのう」

「まあ、園子ちゃんはそんな意識はないですよ。自然とできた友人関係です。それで、簡単なものになりますがデザート、どうでしょう?」

「そうだな!こういうのも滅多にない機会だ!今日は未来の義娘と緋勇君のデザートが食べれるなんてレストランをキャンセルしてよかったよ!!」

「それなんだけどな、父さん。ここで夕食ってまさか……」

「ハハハ……」

 

あっという間に日が暮れ、夕食の時間となった。綾子さんの料理も俺のデザート皆に好評だった。そして、会長さんがレストランをキャンセルした理由はなんと、彼が大ファンという鹿児島ファルコンズのナイター中継を見るためだった。

気分よく中継を見ていた会長さんだが、台風情報のニュースが割り込んできてクールダウンしたようだ。その際に今回の結婚から家族の愚痴になり、雄三さんが別荘から近くにあるという彼のアトリエに帰ってしまった。しっかし、「くだらん絵」ねえ。

 

「会長さん」

「――自分の歩む道が、間違っていたと気付くでしょう……っと、なんだい緋勇君」

「親が子供の幸せを考えるのはとてもいいことです。雄三さんも自分がどれだけ恵まれている環境で育っているかを知らない。底辺に生きていた人間にある飢餓感がない。……いえ、これは関係ないですね。ともかく、親として『壁』になることはいいことです。超えるべきものとして発奮できますから。ですが『障害』と認識されてしまうと、排除されてしまうかもしれませんよ?雄三さんのことなら例えば一度、本当に裸一貫で放り出してみたらどうですか?今までの自由は誰のお蔭だったか、そこが分かるだけでも違うと思いますよ?ただ、加減はしてくださいね?」

 

トリコ世界に転生した当初の泥水をすすっていた頃の『目』に、1000年の間に幾多の子供たちを育てた教育者としての『目』をそれぞれの会話の中で織り交ぜて会長さんに語った。会長さん以外に俺の目は見えていなかっただろうが、会長さんの様子から尋常な様子じゃないことを悟ったのか皆が固唾を飲んで様子をうかがっていた。

 

「ひ、緋勇君。君は何者かね?私は財閥の長として色々な人間を見てきたがそんな目を出来る人間なんて初めてだ。どういう生き方をすれば17でそんな目が出来るんだ……」

「普通の高校生ですよ?」

―波乱万丈の前世を送った……ね

 

その後ナイターが再開したが会長さんはあまり集中できなかったようだ……最初は。延長11回裏の激戦となったその試合のお蔭か、さっきまでの微妙な雰囲気も薄れ今度は会長さんの興奮具合を呆れる様子になっていた。

 

「お、おや、もうこんな時間か。じゃあワシは別荘に戻るとするよ。じゃあ、綾子さん明日は息子三人を連れてきますがよろしいですかな?」

「は、はい……」

 

そういうと会長さんは富沢家の別荘へ戻って行った。九時ごろから降り続いた雨は未だに続きなお激しくなっていた。

 

「ったく、明日もナイター見に来る気かしら?哲治おじさま」

「ねえ、園子。明日来る二人の息子ってどんな人?」

「知らなーい。その人たちパーティで見たことないし」

「せやねえ、ウチもおうたことありませんなあ」

「俺もないかな」

「なら、明日会うのが楽しみにね!私も雄三さんから少ししかお話を聞いたことないから…あらもう11時半。私たちもそろそろ寝ましょ…」

 

寝ましょうか、と綾子さんが言いかけた時、いきなり別荘の電気が消えた。

 

「あらやだ停電?」

「この辺一帯そうみたいよ?哲治おじさまの別荘も電気が消えてるみたいだし。多分どっかに雷が……」

―――ドコッ!!……うごっ!!

 

「な、何今の音!!?」

「それに変な声!?」

 

!!俺は声が聞こえてすぐに別荘の窓を開け、

 

「やめろおおおお!!!」

『!!』

「え、龍斗?」

「龍斗にいちゃん?」

「皆は別荘の中にいて!!」

――――ピカッ!!

「「「「「!?」」」」」

 

俺の声に驚き、殴るのをやめこっちを見ていた男の顔が稲光で鮮明に映った。その顔はニット帽を被っていて両手で石を振り上げており鼻から上しか見えなかったが雄三さんに見えた。

俺はそのまま窓枠を飛び越え彼が殴っていた人の所まで走った。接近に気付いた彼はそのまま逃走した……追いたいが、まずはこっちか。

 

「会長さん!しっかり!!俺の声が聞こえますか!!?」

「なに!!?」

「え!?」

 

俺と一緒に窓枠を超え、逃げた男を追おうとした新ちゃんと蘭ちゃんが俺の声で足を止めてしまった。……音で追跡は出来てるけどこれは証拠にならないし、彼らに追ってもらいたかったんだが、仕方がないか。

 

「龍斗兄ちゃん、会長さんの様子は!?」

「意識なし、呼吸はある!!外傷は左前頭部!これは……早めに病院に連れて行かないと!!」

「そうだね。園子ねーちゃん!救急車を呼んで!!それと綾子さんと紅葉ねーちゃんは玄関に毛布か何かを持ってきて!!バスタオルでもいいから!!」

「「わ、わかったわ」」

「まかせとき」

「蘭ねーちゃんは……」

「蘭ちゃんは俺と一緒に会長さんを玄関に運ぶよ。頭側は俺が揺らさないように持つから蘭ちゃんは足を……で、いいんだよね?」

「ああ!」

 

各人指示通りに動き、玄関に会長さんを移動させた。持ってきてもらった毛布を床に敷き、回復体位を取らせて出血している頭部を圧迫止血を行った。

 

その後、園子ちゃんが呼んだ救急車が到着し会長さんは搬送されていった。俺の誰何が早く、犯人が手を止めたため会長さんは助かったがもしあと二、三度殴られていたら手遅れになっていたそうだ。それでも危険な状態であるのには変わらない、とも。

 

 

 

 

朝になり、警察が来た。会長さんは意識は戻っておらず、未だに予断を許さない状況であるそうだ。俺達の犯人の目撃証言が重要になった。だが、雄三さんが犯人にされそうになったのでなんとか誤魔化そうとしたところ、会長さんが言っていた残り二人の息子がやってきた。……雄三さんを含めて三つ子の兄二人、太一さんに達二さんが。その三人は父親が夜に襲われ、未だに意識不明の重体であることを聞き驚きの声を上げていた。

 

「ちょっとちょっと、紅葉」

「な、なんや。まさか雄三さんが犯人やとおもっとったのにまさか三つ子やなんて」

「ああ、それは俺もびっくりだけど。犯人、分かってるんだがどう説明したらいいと思う?」

「は、え?なんやて?」

 

俺はこそこそ紅葉に耳打ちをしていた。

 

「逃げた犯人は『音』で追跡してたから誰かは分かっているんだ。それにさっきの驚いたとき。一人だけ心音が『生きていることへの恐怖』だった。だけどそれは証拠にならないからね。どうしようかと」

「そ、そやったんね。龍斗の力は便利やけど万能やないんやね」

「まあ、この世界じゃ魔法みたいなもんだしね。魔法じゃ司法で役には立たないさ」

「せやね、……ここは新一君に任せてみたらどうや?ダメそうやったら龍斗が手を出せばええ」

「そう……そうするか。でも一応新ちゃんに伝えておこう」

 

どうやら、三人が三人とも犯行時刻アリバイがあるという。俺が伝えられることはなんだろうな。……あれくらいか?

 

「新ちゃん、新ちゃん」

「なんだ、龍斗。てかこそこそ言ってるからってこんなとこで新ちゃん言うな」

「大丈夫、俺の感覚で十分気を遣ってるから。俺は、ね。まあそれでなんだけど俺犯人は分かってるんだけど証拠にならんのよね」

「は!!?どういうことだよ!?」

「いや、ほらね?俺鼻とか耳がいいでしょう?その感覚から犯人が誰かは分かるんだけどそれじゃあ捕まえられないでしょう?ほら、会長さんが生きてることに恐怖を感じた心音とかなんだそれってなるし」

「ま、まあそんなんじゃ証拠になんかなんねーけどよ。つーか心音ってなんだよ!?」

「まあまあ。だから、新ちゃんの推理に任せようかなって。一つだけ役に立ちそうなのは……あれだ、時計。発言と心音とで割り出したんだけど。犯人は何かしらの理由があって時計を持って行ったみたいだよ。物取りの偽装ってわけじゃないみたいだ。あとは……犯人が誰とか聞く?」

「…ッハ!そんなもん探偵に教えるなんて、邪道もいいところだ!!ナメンじゃねーよ、龍斗!俺がこの事件を解決してやるぜ!!」

「……そっか。じゃあお手並み拝見だ」

「ああ。……オレもオメーみてーに人が死ぬのを阻止出来たらサイコ―なんだけどな」

「それは……でも、事件を解決に導く力は俺にはないよ?謎を解決して司法で裁くことで救われている人がいるのも事実なんだし。向き不向きってものがあるんだよ。俺は特殊すぎるけどね」

「龍斗……すまねえ。らしくねえよな!時計の事ありがとうな!よし、やってやる!!」

 

顔をばちっと叩いて切り替えたらしい新ちゃん。……さあ頑張れ、小さな名探偵。

 

 

 

 

犯人が分かったと言うので、新ちゃんに探偵役を頼まれたが俺は探偵として有名になりたいわけじゃないのでやんわり断った。紅葉も同様だ。そこで、園子ちゃんに白羽の矢が立ったのだが蘭ちゃんにインターセプトされてしまった。……わかった、分かった。

新ちゃんに目で救援を求められたので蘭ちゃんに話しかけ、気をそらしているうちにしっかりと麻酔針を打ち込めたらしい。

そうして始まった推理ショー。すごいなあ、普段の園子ちゃんと全然変わらない口調だ。アリバイのトリックを暴き、犯人の長男、太一さんに真実を突き付けた。なるほどね。

理路整然とした言葉に観念したのか彼は傷害について認めた。動機は哲治氏が出版社に圧力をかけ太一さんの小説が売れなくなったこと、遺産目当てで殺害を実行しようとしたこと、雄三さんに罪をかぶせて遺産の取り分を多くするために顔は晒したそうだ。

 

「『小説家を続けるため』……か。そのために殺す覚悟で来たというのに。時計の盗聴器で聞いていたが、私にとっておやじは『障害』にしかなりえなかった。もしおやじが『壁』として立ちはだかっていたのなら私はこんなことをしていなかったかもな……まあ、緋勇君の言葉の通り私はハングリー精神というものが足りていなかっただけなのかもしれない。だから、『壁』を『障害』に貶めて…全てが未熟だったな……」

 

そう言うと、彼は連行されていった。寂しげな弟たちの視線を背中に浴びながら。

 

 

 

 

事件解決後、伊豆から東京へ帰る道中の車の中。

 

「よ、名推理だったよ新ちゃん」

「ありがとよ、龍斗。でもオメーや紅葉さんが探偵役をしてくれたらメンドーなかったんだぞ?」

「ごめんなあ、でもウチは他人の功績を貰うような真似したくないし、探偵として名を馳せる気もあらへんので。かんにんしてな?」

「紅葉に同じく、だな。……それにしても園子ちゃん?腕を気にしてるけどどうしたの?」

「そうそう、見てよ!この腕!!」

(っげ、麻酔針が刺さったのを気にしてるんじゃ)

「真っ白でしょう!?」

(はい?)

「はい?そら、綺麗な白やな?」

「せっかく小麦色に焼いて男ひっかけるつもりだったのに!!」

(ははは……そっちかよ。ばれたかと思ったじゃねーか)

「そうだ!蘭、紅葉ちゃん!これから日サロで焼きに行かない?」

「えー?今から?」

「だめよ、園子!これから一応警察で事情聴取あるんだから」

「えー。なによそれー」

 

 

「龍斗は白い肌と小麦色の肌どっちかええ?」

「んー、どっちも似合いそうだから見てみたいけど。日サロとかじゃなくて、今度また一緒に海に行ったら自然と焼けるよ。だから……」

「せやな。じゃあまた一緒に海に行こうな、約束やで?龍斗」

(はいはい、ごちそうさま)

 




()はコナンのモノローグです。一応。
正直前書きの過去の部分はいらないかとも思いましたがそんな過去があるからこそ、「生きる」ことを大切にする主人公の事の根幹になるんではないかと考え、載せました。
いつか、トリコ編も触りだけでも書きたいですが、いつになるやら……

あ、頭部外傷の応急処置は一応マニュアル通り書きましたが前の毒の時同様、素人判断で動くのはかえって悪化を招くので専門家の指示を仰ぎましょう。
今回は主人公が絶対に揺らさないという技術を持っていたので雨ざらしから屋内へ移動させましたが、素人がすれば状況によってはそれだけでアウトです。


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第十九話 -名家連続変死事件-

龍斗の体重を70kg→85kgに訂正しました。

このお話は 原作15,16巻 を元にしています。

あらすじの最後に投稿予定日時を記載するようにしました。


「ようこそ、おいでくださいました。緋勇龍斗様。私、長門家に先代から仕えさせていただいております、武蔵ノ介と申します。以後お見知りおきを」

「これはどうもご丁寧に。この度は長門会長のお誕生日おめでとうございます。海外にいる父に代わりお祝い申し上げます」

「これは、ありがとうございます。旦那様にも直接おっしゃって下さい」

「ええ、勿論。それで、ですがささやかな誕生日ケーキということで30×40cmのアニバーサリーケーキを持参しました。父の料理には遠く及ばないとは思いますが、代理として手ぶらで来るわけにもいかないので事前に連絡させていただいた通りにご用意しました」

「いえいえ!それはとんだご謙遜だ。緋勇龍斗様のケーキを大規模なパーティではなく家族だけのささやかなパーティに饗することができるなど、それだけで大きなプレゼントになりますよ!」

 

今日俺は、長門グループの邸宅に父さんの代理で来ていた。なんでも平ちゃんのお父さんの平蔵さんが、剣道部の先輩にあたる長門会長に不審な音について調査してほしいとの依頼を受けたらしい。その会話で、お邪魔する日が長門会長の誕生日であることを知り、部には所属していなかったがよく顔を出していて顔見知りだった父さんに何か祝いの物を作れないかという依頼が急遽来た。勿論父さんは母さんと一緒に海外にいてどうしようもなく、俺に代理で行けないかという打診が来た。

特に仕事もなく、長門グループにはまだ呼ばれたことがなかったこともあり俺はその依頼を受けることにした。とはいっても、訪問まであまり時間がなかったのでケーキを作るという事だけを先方に伝えておいた。……結局、平蔵さんには俺が行くことは伝えられられなかったな。

紅葉は、今日は朝から京都で用事があるらしく朝から実家の方に戻っていたので取りあえず急遽仕事が決まって明日帰ることを電話で伝えると、

 

「浮気とちゃいますよね?」

「俺は二人を愛する気はないし、そんなに器用でもないよ。俺が愛するのは一人だけさ」

「―ばーか」

 

なんてやりとりがあった。まあ、それはともかくケーキを作っていたので来訪の時間に少し遅れが出てしまったが俺は無事長門邸に到着したというわけだ。

ケーキは玄関から邸内に入ってその場にいたメイドに持ってきてもらったカートに乗せ、厨房に運んでもらった。……警備の人が多いな。

 

「それでは、旦那様の部屋にご案内します。今だと緋勇たつ「龍斗だけでいいですよ」……それでは失礼をして。龍斗様以外の来客の方がいらっしゃるのでしばしお待ちして頂くことになると思いますがご了承ください」

「……それは大阪府警本部長の服部平蔵氏ですか?」

「え、ええ。その通りでございますがどうしてそれを?」

「平蔵さんなら小さいころから知っています。親戚のおじさんみたいな人なので問題ないと思いますよ」

「さ、さようでございましたか。それでは旦那様の部屋にご案内します」

 

案内をしてもらい、三階の会長さんの部屋にもうすぐ着くというところで

 

「お、おい何怒っているんだ?」

 

ん?その声に前に視線を向けると顔に包帯を巻いた人……この匂いは女性か?女性が歩いてきた。執事さんに連れられていた俺に気付くと軽く会釈をして横を通りぬけて行った。……つい、園子ちゃんの別荘で起きた事件の包帯男を想起させる姿だったから感覚広げて嗅いじゃったけど女性にすることじゃないな、うん。

 

「いまのは?」

「旦那様のご長男で長門秀臣様でございます」

 

……ご長男?男?どういうことだ?

 

『代わりにそろそろこの私めに、会長の座を譲っていただけるとありがたいのですが……』

『え?』

 

おいおい。開いたままの扉から聞こえた声に俺は眉をひそめ、思考を中断した。扉の前には至っていないので執事さんには中の様子は聞こえていないようだった。さっきの事もあってよく聞こえる耳がとらえたそれは本気の声色で、そして嘘偽りない心音だった。そして、中にいる人は会長さん以外は全員知り合いのようだった。

 

「それでは、案内はここまでで大丈夫ですよ。どうやら中にいる人たちは全員私の知り合いのようですので」

「左様でございますか?ですが、中の様子を見てもいないのに」

「まあ耳がいいんですよ。会長さんも穏やかな方みたいですし平蔵さんに紹介して貰います」

「わかりました。何かあればなんでもお申し付けください」

 

そう言って執事さんは戻って行った。

 

「おっと」

「失礼しました。私、緋勇龍麻の代理人で息子の緋勇龍斗です。どうぞよろしく」

「お、おお!?あの緋勇龍麻のご子息で四年前の世界大会の優勝者の緋勇龍斗君か!俺は長門光明だ。君が来ているってことは今日の夕食は期待してもいいのかな?」

「今晩は、ケーキだけですが。もし許可がいただければ朝食も用意しますよ?」

「それはなおさら楽しみだ!!」

 

部屋に入ろうとした瞬間に出てきたアラフォーの男性とぶつかりそうになった。互いに自己紹介をし彼とは別れた。そして俺は扉から中に入った。

 

「ほな、ぼちぼち私は大阪に……」

「せっかく東京で平蔵さんに会えるって言うレアなチャンスなのに、もう帰ってしまうんですか?」

 

「「「「「龍斗(((君)))(にいちゃん)!!!???」」」」」

 

中にいた毛利御一行と服部親子が同時に声を上げた。

 

「なんか、変な感じですね。いつも会うときは関西のほうでしたから」

「せ、せやな。龍斗君。しっかしひっさしぶりやなあ。まったくちょっと見ない内に貫録が出てきたんとちゃうか?おお、そうだ長門さん。この子はあの『100人殺しの緋勇』の倅ですよ!」

「お、おお!あの緋勇君の!!今日はお父さんの代わりに来てくれたんだったね。彼はかなりの優男だったが君は中々ワイルドな面持ちだね。君も強いんじゃないかい?」

「何を持って強いというのかは何とも言えませんが……そうですね、熊とか猪を相手に無傷で素手で狩って鍋にするくらいなら訳ないですよ?」

「お、おお。そ、そうか。お父さんも徒手空拳の拳法の達人だったが君もそうなのだね。いやはや、幼いときからただもんじゃないとおもっとったけど」

「あ、あのー?本部長?どうやら龍斗君は本部長のお知り合いのようですがどのようなご関係で?それに100人殺しの緋勇?」

「おや、毛利探偵もお知り合いでしたか。何、彼の父親の緋勇龍麻と私はよく言う幼馴染みという関係でしてな。その縁で関西に帰省した際にはよく顔をあわせとったんですわ。そこにいる不肖の息子の面倒をよく見てもらっとったんですわ」

「それで、100人殺しでしたな。ワシが剣道部に指導に行ってた際に平蔵君の見学によくお父さんが来ていたんですよ。彼はとても顔立ちが良くて女子生徒にモテモテで彼目当てで道場に人が集まる始末で。それに腹を……まあもてない男の嫉妬ですね。ワシや平蔵君がいない時を見計らってある男子学生が緋勇君をむりやり試合させようとさせた事件があったんです。その男子生徒は竹刀を持たせたかったらしいですが緋勇君は徒手空拳で相手をのしてしまいまして。普段から彼に不満を持っていた連中がそれにヒートアップしてしまい大乱闘になってしまったんですわ。最終的に木刀や居合で使う真剣まで持ち出した大騒ぎになったんですが緋勇君はすべての武器を叩き折って相手を昏倒させたんです。……無傷で。ワシと平蔵君が道場に戻った時、皆倒れ伏してぴくりともしていなかった様子から『100人殺しの緋勇』とよばれるようになったんです」

「まあ実際はもっといたらしんですがキリがいいということでそないなったんです」

「……初めて聞いたわ、そないな話。あーんな優しい人がなあ」

「ああ、オレもだ。普段の様子からは想像もつかねー……」

 

ほー、そんなことしてたんだ父さん。まあずいぶんとストレスたまる作業だったんだろうなあ。うっかり大怪我とか後遺症とか残すものとか、下手したら死ぬとかを気にしないといけなかっただろうし。

 

「ん?てか服部君。龍斗君の事知ってたの?!」

「ん?おお、そやで。休みのたんびにしか会うことはなかったけど付き合いは結構古くてまあ腐れ縁というか幼馴染みっちゅうやつや!」

「へえ!私も龍斗君とは保育園からの幼馴染みなんだよ!!」

「ほう、そらえらい偶然やなあ!!……んっんー?なにかなあー?コナン君?そないなぶすっとした顔して」

 

どうやら、俺が新ちゃんと平ちゃんの二人の幼馴染みであることを平ちゃんに話していたことに気付いたらしく仏頂面になっていた。……平ちゃんはこの顔が見たかったんだろうな。そんな会話をしている幼馴染みズを横目で見ながら俺は大人組と話をしていた。

 

「それで、今日は改めておおきにな、龍斗君。せっかくの休日にいきなり仕事の依頼をしてもて」

「いえいえ。流石に先約があったらどうにも出来ませんでしたが幸い空いてましたし。小五郎さんもなんだか○○グループのお宅でよく会いますね?」

「ハハハ、まあそういうこともあるってことよ。龍斗君もオレも仕事で会う機会がこれから増えるかもしれないなあ。小さい時からしっかりしていたがまだ高校生なのに立派なものだよ」

「せやなあ。そこは私も同意見です。うちの愚息も随分お世話になっとったし今や世界でも有名になって。小さいころを知っとりますと感慨深いもんがありますな」

「なるほど、毛利探偵も平蔵君も彼の事を息子のように思っているんですな」

「なんとも面はゆい限りです」

 

少し、親交を深めた後元々の予定だったようで平蔵さんは大阪に帰って行った。お土産にとフィナンシェを渡すとあの強面の相好を崩し嬉しそうにしてくれた。

 

 

「やあ、新ちゃん平ちゃん。俺の男の幼馴染みがこうやって集まっているのを見ると何やら感慨深いねえ」

「おい、龍斗!テメーなんで服部と幼馴染である事黙ってたんだ!」

「いやあ、だってねえ。二人とも探偵探偵って小さいころから言ってたし何も言わなくても縁が出来るかなって。平ちゃんが知ってるのは」

「それはオレが辻村外交官殺人事件の後に龍斗の家にお邪魔しに行ったからや。そんときに工藤が龍斗の幼馴染みやーってこと教えてもろてん。いーっぱいきいたで?工藤のガキん時の話。おまえさん、ガキん時からやんちゃしとったみたいやなあ。やからそないなちっこくなってしまうんや」

「うっせーよ!つーか、龍斗!!一杯ってなんだ一杯って!!」

「まあ色々?まあ平ちゃんがそれは言えないと思うけどね?やんちゃだったのは平ちゃんもでしょう?」

「うぐ。それは言わんいうのがお約束やで龍斗君?」

 

平蔵さんが帰った後、長門会長の誕生日パーティが始まった。その際に秀臣さんと秘書の日向さんの縁談が発表された。件の秀臣さんはパーティを開いている長門会長の部屋には来ておらず、光明さんが呼びに行った。

 

「そういや、服部。なんでオレを呼んだんだよ。なんか理由があるんだろ?」

「あ?そんなんオレがお前に会いたかったからにきまtt…分かった分かった言うからその物騒な時計しまえや」

「ったく、それで?なんなんだよ」

「ああ、ホンマはな……」

――トゥルルトゥルル……

 

平ちゃんが何かを言いかけたとき、電話が鳴り執事の武さんが出た。どうやら光明さんかららしく長門会長に秀臣さんがいないという事を伝えてほしいとのことだった。

『うわあああああああぁぁぁ……」

 

電話から離れていた俺達にも聞こえるくらいの大きな声で悲鳴があげられてた。武さんから受話器を奪った小五郎さんが

 

「おい、どうした?今どこにいる!?」

『そ、そ、そこの真下の部屋だ。いきなり部屋の明かりを消されて刃物で後ろから……うわああああ』

「お、おい?」

 

その言葉に小五郎さんや俺に日向さん、平ちゃんや新ちゃんがバルコニーに出て下を覗くと包帯を顔に巻いた男が包丁を口に咥えてにゅっと出てきた。その包帯には血がついていた。俺達を見たその男はそのまま部屋の方に戻って行った。

 

『ひ、秀臣さん!?』

 

……秀臣さん?じゃないな。これは……

 

「そんな、そんな……」

「くそ、とにかく下にいかな……」

「平ちゃん、先に事情聞いてくるよ!」

「ちょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平ちゃん、先に事情聞いてくるよ!」

 

そういうと、龍斗はバルコニーから宙に身を投げた。空中で体を反転した龍斗と目があったがそのまま落ちて姿を消した。

 

「ちょ!?」

 

慌てて下を覗くと手すりの支柱を掴んだ龍斗が反動をつけて飛び上がり手すりに着地していた。……おいおいおい、なんちゅうことを。

 

「平ちゃん、早く降りてきて!」

「お、おう。きいつけや!!」

 

オレがこっちを見ていることに気付いたのか龍斗は声を上げた。バルコニーにへたり込んでいる日向さんを置いてオレ達は階下の部屋に降りてきた。

 

「おい、この扉鍵がかかってるぞ!!」

「では、合鍵を取って参ります」

「なら、オレは警備の人にこの事を伝えて怪我の治療出来る人を呼んでくるわ!龍斗なら心配ないやろけど光明さんが怪我しとるやろ?」

『うっぐ!?』

「み、光明さん?!」

「早く合鍵を!」

「は、はい!」

 

そういい、オレは警備員の詰め所に行き、起きたことを伝えて、治療ができる人に道具を持ってくるように伝えて部屋に戻った。部屋に戻ってみると扉は開いており、みんなは中に入っていた。みんなの視線の先には…なぜか龍斗が包帯を顔にまいた男をベッドに押さえつけていた。包帯がほどけて、中から見える顔は……光明さん?どないなっとるんや?

 

「龍斗?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍斗?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍斗?」

 

皆が入ってきてたが第一声は平ちゃんだった。他の皆は部屋に入ってみたらそこには俺が秀臣さんの格好をした光明さんを俺が取り押さえている状況で何が何だか訳の分からない様子だったので無理もないか。

 

「ああ、平ちゃん。それに皆も」

「ちょ、ちょっとあなた!なんで光明さんを取り押さえているのよ?それにお兄様はどこにいるのよ!?」

 

そう言ったのは、次女で光明さんの奥さんの康江さんだ。

 

「この部屋には秀臣さんなんていませんでしたよ?俺が光明さんを取り押さえているのはバルコニーから入ってきた俺に包丁を振りかざしてきた人を抑えたら光明さんだったからです」

「そ、それは本当かね?龍斗君」

「ええ、『なんで一人芝居なんてしてるんですか光明さん?』っていったら随分と殺気立った様子で」

「ひ、一人芝居?」

「……」

「まあ、とりあえず彼を会長の部屋に連れて行きましょう。そこにおいてあるフック付きのロープも持ってね」

「そ、それは……」

 

その後、全員で会長さんの部屋に戻った。部屋には日向さんと会長さんと途中退席した長女の信子さんがいた。

 

「あら?どうかなさいましたの?そんな大勢で」

「あ、ああ。ちょっとしたことがありまして」

「その事情を聞こうと思ってこの部屋に戻ってきたんですよ。日向さんに聞きたいこともありまして」

「わ、私にですか?」

 

……苛立ちか。俺が光明さんの部屋に飛び降りたのは日向さんにとっては想定外だったってことか。

 

「それで、なにがあったの龍斗にいちゃん」

「ああ……」

 

俺は俺が飛び降りた後の事を語った。部屋に入ると暗がりの中でニット帽と水泳キャップを外している包帯男を発見したこと。そして俺がさっきのセリフを言うと包丁を持って襲ってきたこと。俺がそれをさばきベッドに押し付けた時に揉み合いになったことで顔の包帯が取れて中身が光明さんであることが確定したこと。

 

「ちょ、ちょっと。あ、あなたはあの暗がりの部屋の中にいた包帯の男がなんで光明さんだってわかったのよ!?」

「あー、えっとですね。見ていた方なら分かると思うですが俺は身体能力はそこそこ高い方なんですよ。それで五感の方も鋭くて。部屋に入った時部屋の中にいたのは彼一人でしかもその香水で光明さんって分かったんですよ」

「そ、そんな……」

「……ともかく!!俺が聞きたいのはなぜ秀臣さんに化けてそんなことをしたのか。本物の秀臣さんはどうしたのかを聞きたくてここに連れてきたんですよ。日向さんにもね」

「……え?」

「だって、今日俺に会釈した秀臣さんって日向さんでしょう?俺、最初は顔に怪我をした女性だって勘違いしてましたしね。なのに武さんは秀臣さんって言うし。そこら辺の事情を聞かせてほしいんですよ」

「そ、それは……」

「お、俺はその女に唆されたんだ。実は……」

 

どの道、日向さんから語られると思ったのだろう。光明さんがぺらぺらと喋りだした。

そこで語られたのは秀臣さんがすでに亡くなっていること。死因は自殺。それを発見したのは日向さんで遺書も見せられたこと。そして秀臣さんに罪を着せて長門会長を殺害しようという計画を持ちかけられたこと。今日の騒ぎは二階の部屋で秀臣さんに襲われたという事で人を日向さんが二階に集め、三階にあのフック付きのロープで上がり会長さんを殺害した後二階に戻り助けを待つつもりだったと。

 

「……だから俺はそいつの言うとおりに」

「ひゅ、日向さん?本当なの?秀臣お兄様をあんなに慕っていたのに」

「ふん、私は初めからわかっていたわよ!そいつが秀臣にすり寄る薄汚い女狐ってことはね!!」

「……ひとつだけ。なぜ日向さんは残ったんですか?」

「……そうや。今の話がホントの事やったら二階に降りようとするオレらと一緒にこな会長殺害の容疑者になってしまうやんか」

「そういえば日向さん僕たちが二階に行こうとした時バルコニーで動けなくなってたね。龍斗にいちゃんが飛び降りたのはぼくらが二階に向かおうと扉に向き直った後だったしおかしいね」

「それは……私が殺したかったのはあんただったからよ、長門光明!!」

「「「「「「「な!!」」」」」」」

 

そこで語られたのは光明さんには見せなかった遺書の続きだった。20年前、日向さんが天涯孤独となった火事は光明さんが原因であったこと。顔の火傷を治さなかったのはそのことを止められなかった自分への罰である事。自分のせいで家族を失った日向さんへの愛と懺悔の気持ちがつづられていたこと。

 

「私は……私は!秀臣さんを許せなくなった!!でもどうしようもないくらい愛してしまったのよ!なのに私を一人置いて行って死んでしまった……だからそこでたくさんの人の命を奪っていながらのうのうと生きている光明を殺して私もあの人の元に……でもそれももう無理なら私だけでも!!」

 

そういってバルコニーの方へ走る日向さんを近くにいた小五郎さんと武さんが止めた。

 

「なあ、工藤。事件は起きなかったがこのままじゃあ……」

「ああ。あんな想いをして自殺しようとしている人を止めるのは容易なことじゃねえ」

「あの人のことを言うなら死なせてやった方がええんちゃうか?」

「いや、服部……忘れるなよ。この世に死ななきゃいけねえ人間なんて一人だっていねえことを」

「そっか、…その通りやろな」

 

後ろで二人がそんな話をしているのを聞こえた。彼女を説得出るのは……彼だけだろうな。

 

「日向さん」

「な、なによ私は秀臣さんの所に……!」

「ええ、連れて行ってあげます」

「え?」

―ワープキッチン:タイム0!

 

「お、おい龍斗君!日向さん気を失ったぞ!!」

「大丈夫です、すぐに目を覚ましますよ」

 

俺がしたのはトリコの世界で習得したワープキッチンの応用だ。向こうでは特定の門からしか入れなかった魂の世界だったが、コナンの世界で試してみると強度を上げてワープキッチンを作ればどこでも使えることに気付いた。だが死んでそんなに間が経っていないこと、そして縁が深い人でなければ魂のふれあいは出来ないらしい。実際俺も行ってみたことはあるが魂の形はあってもそれが人なのか動物なのか判別がつかなかった。ちなみに食霊はいなかった。

 

「ん、んん」

「目が覚めましたか?日向さん」

「ええ。あれは?」

「さあ。夢を見ていたんでしょう。でも自殺なんてもう考えないでください。また怒られてしまうんじゃないですか?」

「そうね、私も生きて。先に私を置いて死んだこと秀臣さんに後悔させてあげるわ」

 

さきほどとは打って変わって憑き物が落ちたような彼女の様子に皆は首をかしげていた。

その後、呼ばれた警察に連れられていく二人に会長さんから日向さんへの激励の言葉を、光明さんには康江さんとの離婚と解雇の言葉を送っていた。康江さんも流石に旦那が父親を殺し、さらにそのために兄の死すら利用していたこと、遊び半分で火をつけたことを知って光明さんに不信な目を向けていた。

秀臣さんの遺体は池に沈められていた。どうやら最初は土に埋めて腐敗速度を落とし、死亡推定時刻を誤魔化し、池に沈めたらしい……どっからそんな知識拾ってきたんだ…

 

 

 

 

「んで?最後に幸さんにやったのはなんやったんや龍斗」

「オレもそれは聞きてえな、龍斗。あんなに死にたがってた幸さんは一瞬気を失ったと思ったら起きた瞬間にあれだ。オメーがぜってーなんかしたんだろ?」

「さあ?なんだろうーねー?」

 

後日、大阪に帰る平ちゃんを俺と新ちゃん蘭ちゃんで新横浜駅まで見送りに来ていた。

 

「そういや、オメー確か『連れてってあげます』とか言ってたよな」

―ぎくり

「せやった、せやった。あの文脈からして死んだ秀臣さんとこにってことやろ?もしかして龍斗……」

「……そうだよー。日向さんを一度死者の国に連れてって秀臣さんに逢わせてあげたんだよ。二人も気をつけなよー?二人は色んな殺害現場に行ってるだろうから二人の傍には殺されて未練が残った被害者の魂が……」

「あ、ははは。なにを言ってんだ龍斗。死者の国とか魂なんてあるわけねーじゃねえか」

 

まあ死者の国じゃなくて魂の世界なんだが。死者の国があるかは俺も知らん。魂がこっちにもあるとは思わなかったけどね。

 

「せやせや、工藤の言う通りや。龍斗の言う事は冗談なのか本気なのかわかりにくいったらあらへんわ!」

「あー!また、服部君コナン君の事工藤って言ってる!!まさか工藤って」

「え、あいや……くどいや。く・ど・い!こいつが今まで関わってきた事件について詳しゅう教えろってしつこくてな!せやからくどいでー!って言ってたんや!」

「ふーん…?」

 

よし、いい感じに誤魔化せたかな。

 

「さすがは大阪人…」

「ボケさせたら日本一や!」

 

正体がばれそうになったことでさっきの話はうやむやになり、俺は一息ついたのだった。いずれ、話せるといいなあ。

 




さーて。コナン世界禁断の「死者の魂」との会話を入れてしまいました(会話の描写は入れていないけど)
トリコの事を知らない人用に
・裏の世界というのがありそのいちばん深いところに魂は行きつく。そこは魂の世界といい時間の概念がない。=タイム0
・ワープキッチンという擬似的な裏の世界を作る技があり、トリコ世界の料理人はそれで時間をゆっくりにして調理を行う。
・捏造設定:コナンの世界にも魂の世界があり主人公のワープキッチンの強度を高めるとその扉を開ける。そこは魂しか行けないので傍目は気を失ったように見える。

一応、死んで間もない、縁が深い人としか話せないという設定を入れたのでむやみやたらに連発はしません。(トリコで魂の世界で千代婆が息子と会話したみたいですが小松視点では千代婆だけしか話していないような描写でしたし)原作の会長の説得だけじゃ獄中死しそうだったので。

20年前の放火で、人死にが出ている事件って時効扱いになるんでしょうかね。


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第二十話 -コナンvs怪盗キッド-

このお話は 原作16巻 が元になっています。

キッドの被害って結構甚大ですよね。


「ねえ、龍斗君。今日の放課後空いてる?」

「ん?どうしたの園子ちゃん。……放課後はー、なにもない、かな?」

「せやね、ウチも朝の予定聞いとった限りは何もなかったはずや」

「よかったー。じゃあさ、放課後私の家に来てくれない?パパとママが龍斗君に仕事の依頼をしたいらしくて」

「仕事?まあそういう話だったら別にいいけど―あ、蘭ちゃん、部活頑張って!」

「ありがとー龍斗君。じゃあね皆。また明日ー」

「「「またね」」」

「…っと、じゃあ俺達も行こうか。紅葉はどうする?そっちも予定は特になかったよな?」

「ん、でもお邪魔にならへんやろか?」

「大丈夫、大丈夫!そんなに固い感じじゃないだろうし。家に遊びに来てもなかなかタイミング合わなくて、ちゃんと紹介できなかったし丁度いい機会だわ」

「せやねえ。ならお邪魔させてもらおうかな」

 

というわけで俺は園子ちゃんのご両親に呼ばれたので放課後鈴木邸にやってきた。そういえば史郎さんや朋子さんに会うのも久しぶりな気がするな。最後にあったのは……あれか、中一の時の警備員を頼んだ時の依頼料のパーティ三回。次郎吉さんの誕生日で三回目を使ってそれ以来か。

 

「ただいまー」

「「お邪魔します」」

「おかえりなさいませ、園子お嬢様。そしてようこそいらっしゃいました、龍斗様、紅葉様」

 

高校を出る時に園子ちゃんが電話を入れていたので俺以外に紅葉が来るのは分かっていたようだ。もし初見でも、鈴木財閥の執事をやってるくらいだから大岡家のご令嬢の顔くらいは覚えているかな?

 

「それでは龍斗様、旦那様と奥様がお待ちしております。園子お嬢様と紅葉様は……」

「とりあえず一緒に行ってみるわ」

「承知いたしました。ではご案内いたします」

 

そう言って先導する執事さんの後をついていき応接間に着いた。執事さんがノックし、許可が出たので俺達は中に入った。

 

「ただいまーパパ、ママ」

「こら園子、語尾を伸ばさない。「ただいま」でしょ?もう。……おかえりなさい」

「まあまあ、おかえり園子。そしてよく来てくれたね、龍斗君、そしてこの家で会うのは初めてだね。ようこそ紅葉君」

「ええ、初めまして。よろしくお願いします鈴木会長」

「そんな固い言葉は抜きにして。今は園子の、友人の父親として気楽に接してくださいな」

「そうですわよ。公の場でならともかく今はプライベート。ある程度崩した態度で大丈夫ですわよ」

「はあ……」

「それで。さっそくなんですが仕事の依頼という事ですが?」

「ああ、そうそう。実はね……」

 

史郎さんの話によると今度の4月19日にクイーン・セリザベス号で鈴木財閥創立60周年記念船上パーティが開催されるらしい。時間は夕方に横浜港を出航し3時間の航海を経て東京港に着くという予定だそうだ。料理の監修は別の方に依頼をすでに入れているそうなので今回はデザートについて作ってほしいとの事だった。その話の中で気になることも聞いた。

 

「怪盗キッド?」

「ええ、我が家の家宝、『漆黒の星』を狙ってこのパーティに参上するという予告上を受けましたの。まあ鈴木財閥の総力を挙げて捕まえるから安心……龍斗君?」

 

うーん、いつの間にかキッドも登場していたのか。しっかし、おかしいな。一応新聞はチェックしていたんだが。まったく覚えがないってことは春休みに海外に行っている時に出たのかね?

……新聞でチェックしているといえば。10億円強奪事件。確か事件発生後に毛利探偵事務所に宮野明美さんが偽名の……なんだったか、ともかく眼鏡にお下げの姿で依頼をしに来るんだよな?俺がいまだにはっきり覚えている原作の話でそして死んでしまう人。出来れば殺される前に介入したいんだが如何せんいつ起きるかまったく分からないからな……

 

「…龍斗君、龍斗君!」

「たーつーとー!しっかりしいや!!」

「!!すみません、朋子さん。ちょっと考え事に没頭しまって。それにしても怪盗キッドですか……彼が現れるならパーティが台無しになってしまうのでは?」

「ふふ、ありがとうね。心配してくれて。でも大丈夫よ。警察の方も乗り込むし、私も策を考えていますから」

「その策と言うのは私にも教えてくれんのだよ」

「ある意味サプライズですからね。知っているのは少ないほうが良いわ」

「それで仕事についてなんですが依頼自体はお受けしたいと思います。日にちも問題ありませんし。ただ、仕事内容なんですがその…コースのデザートではなくパーティ参加者への記念品の一つとしてデザートセットを作らせていただけないでしょうか?勿論すでに計画されているものもあるでしょうしよろしければ、ですが」

「それはまあ、追加で渡す分と考えればなんら問題はないが。パーティでは作ってくれないのかね?」

「怪盗キッドを捕まえるにしろ、何かしらの騒ぎが起こると思うんですよね。そうなるとコースのデザートまでたどり着かないような気がして。警察の人が空気を呼んでゆっくり食べさせてくれるとは到底思えませんし。せっかくの料理、現状の計画内ならゆっくり味わってもらえるのはその帰宅後のデザートが一番かなと思ったんです。普段ならこういうことは考えないんですが幼馴染のところのパーティですし、その参加者にはしっかり味わってもらいたいんです」

「そうか。そういう考えなら、朋子?」

「そうですわね。せっかく作ってもらったのに無駄になってしまうのはなんにしても失礼なことですわね…まあ龍斗君の作ったものなら後でスタッフを回してしっかり頂かせてもらう事もできるんですのよ?」

「え、あ……そうですよね。パーティの参加者だけでなくてスタッフの方も相当数いらっしゃりますよね。でもスタッフを回すって……?」

「ええ。こちらも普段はそこまで気を回しませんが。夫も私もあなたの作るものを無駄になんてしたくないもの。でも今回はあなたの案を採用しましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

その後は段取りを決め、夕食は頂くことになった。流石は鈴木家のシェフと言うか、とても美味しいものだった。紅葉も鈴木夫妻と打ち解けることができたようだし来てよかった。

それから俺は時間を見て鈴木財閥のスタッフの方と協議を重ね「子供がいる方向け」「甘いものが好きな方向け」「甘いものが苦手な方向け」の3種類のケーキを用意した。

そしてあっという間にパーティ開催当日となった。

 

「それでは東京港に到着する30分前にはお渡しの準備に入るようにお願いします」

「分かりました」

 

俺は一足先に乗船し、鈴木財閥のスタッフと打ち合わせをしていた。今日の紅葉は実家のご両親がこれないということで挨拶回りをしなくてはならないそうだ。ソレが終わってから合流すると言っていた。俺は近くにいたスタッフを捕まえて、

 

「史郎さ……鈴木会長に先にご挨拶をしておきたいんですが彼の居場所をご存知ありませんか」

「ああ、会長なら自室のほうで準備をしてらっしゃるはずだよ。開会前の挨拶は普通ならご遠慮して貰っているんだけど龍斗君なら大丈夫かな?」

「ありがとうございます。実はスタッフの方にも軽いお菓子セットを用意したので後で配りますね」

「おお、久しぶりに龍斗君のお菓子が食べれるのか!これは気合入れて仕事しなきゃな!!」

 

捕まえたスタッフが鈴木邸から派遣された古株の人だったのですんなり教えてもらえた。俺が自室に向かう途中、船は出港したらしい。揺れる足場を歩きながら史郎さんの自室に到着したので扉をノックした。

 

「失礼します、龍斗です。史郎さんいらっしゃいますか?」

「ん、ああ。龍斗君か。どうぞ入ってくれ」

……んあ?声がいつもと違う?ふむ、なるほど。

 

「お邪魔します。今日はおめでとうございますを言いたかったんですけどね」

「言いたかったって。祝ってくれないのかね」

「ええ。お祝いの言葉は史郎さん本人に言いますよ、怪盗キッドさん?」

「……何を言っているのかね、私は…」

「まず、史郎さんと声が違う。昨日今日初めてあった人ならともかく、10数年の付き合いがある人の声を聞き間違えたりはしない。俺は特別耳が良いんでね。それに匂いだ」

「匂い?」

「史郎さんはもう五十路に入っている。当然加齢臭がするんだよ。ソレがお前からはまったくしない。匂いから判断するに10代、男子高校生って所か」

「……オメーどういう鼻をしてるんだよ。こっからそこまで10mは離れているぞ。しかもオレの本当の年代まで分かるもんなのか…?」

「そんなことはどうでもいい。本物の史郎さんはどうした?返答によっては……」

「おいおい、そんなおっかない顔すんなよ。彼には電話で出航が二時間遅れるって言ったから今はまだ東京の自宅にいるはずさ。オレは変装する相手には無傷でいてもらうことがポリシーなんでね」

「……嘘は言っていない、か。ならいい」

 

そういうと俺は踵を返した。

 

「オレを捕まえないのか?」

「もう船は出港してしまった。お前を捕まえるとこのパーティがめちゃくちゃになってしまう。そんなこと俺には出来ない。加えて朋子さんはキッドが来ることも余興として考えているようだしソレを崩すのも忍びない。それに俺は警察でも探偵でもない。お前を捕まえるのは本職の人に任せることとするよ。しっかり挨拶は任せるよ?鈴木会長。それと……」

 

俺は言葉を切り、一気に扉の前からキッドの前に移動し胸倉をつかんだ。かかった秒数は0.1秒に満たないだろう。キッドにはまさに一瞬で俺が13mの距離をつめたようにしか見えないはずだ。キッドは突然のことに完全に固まっている。

 

「演出かなにかは知らないが。もし、食べ物を粗末に扱うようなことがあれば……タダじゃ置かないからな?」

「わ、分かった。肝に銘じます」

「うむ。わかればよろしい」

 

そう言って、胸倉を離し近づいたときと同様のスピードで扉に戻った。

 

「あ、あんた。そういえば海外でジャパニーズ・ニンジャとかいわれてたな。実際見るとSF並みの動きだなおい。…最後に良いか?どうしてオレが嘘をついていないってわかる?」

「心音は正直だよ?怪盗キッド君」

 

―心音ってなんでこの距離で聞こえんだよ―そんな声を後ろに聞きながら俺は部屋を出た。

 

俺はパーティ会場に向かい、毛利一行と合流した。園子ちゃんもその場にいたんだが……ホストの令嬢として挨拶回りとかありそうだけどココにいて良いのかい?その後暫くしてパーティは偽史郎さんの挨拶により無事開会した。開会の挨拶の後、朋子さんが客全員に「漆黒の星」の模造品を胸につけるように指示を出した。これが策らしい。確かに木を隠すなら森の中。こんだけの数から見つけるのは至難だろう。そんなこんなをしていると園子ちゃんが綾子さんがいないことに不審を持った。電話をしてみると綾子さんは東京の自宅にいるというのだ……史郎さんと一緒に。そのことでさっき挨拶をしてたのがキッドの変装した史郎さんということに気づいた新ちゃんが退席した史郎さんの後を追っていった。

 

「何や、慌しくなってますなあ」

「おや、紅葉。実家のほうは一段落した?」

「ええ、普通に家とお付き合いがある方とは一通り。お父様とお母様がでられへんかったからウチが代表みたいなもんやからちゃんとね。問題はその後や」

「問題?その後?」

「もー。ウチに色目を使ってくる男が多いこと多いこと。露骨に胸に目をやってくるやつもおったしいやらしゅうてかなわんわ」

「……ほう?」

「龍斗がウチの両親にしっかり挨拶して、許可をもろてから公表と言うか公言しましょ言うてたでしょ。だからかわすんが大変やったんよ。まあお付き合いしている人がおりますくらいは言わせてもろたけどね」

「こっちに来たんだしそういう輩は俺に任せてくれ。……まあそのドレス姿を見たら血迷うのも分かるけどな。普段は和装で分かりにくいが洋装のおかげでかなり目立っているし」

「もう、どこを見て言うとります?」

 

紅葉はそう言い、照れてはいるが嫌がっている感じはしなかった。

 

「まあ、ね。すごいはっきり分かるし腰のラインから足のほうまですごく魅力的な曲線だと思うよ。ドレスの淡い青色も清楚な感じと紅葉自身のせくs…」

「わ、わかりました!わかりましたからもういいです」

 

そんな風に会話をしていると小五郎さんに縁のある人が何人か挨拶に来ていた。俺も顔見知りだった人がいたので続けて挨拶をさせてもらった。

そうしていると新ちゃんを探しに行っていた蘭ちゃんが帰ってきた。蘭ちゃんに変装した怪盗キッドが。俺のほうを見たキッドはうっげ、といった顔をしていたが俺が首を横に振ったのを見て安心したのか蘭ちゃんの演技をしていた。

 

 

「紅葉ちゃーん、つれないじゃないかー」

「もう、私にはお付き合いしている方がいると言うてますやろ?ほっといてください」

 

あー、さっき任せてっていったのに。変なのが近づいちゃってるな。20代くらいの……あの感じだと自分で起業したとかじゃなくてどこかの金持ちの子供かな。

 

「紅葉、こっちにおいで」

「あ、龍斗」

「あん?何だ、てめーはいきなり割り込んできて」

「割り込むも何も恋人に粉かけてる男がいたら止めるだろ」

「こ、恋人?!うそでしょ紅葉ちゃん」

「ホンマですよ。この人はウチの愛しい人の緋勇龍斗です。あと紅葉って呼ばないでと何度言うたらわかりますん?いい加減ご実家に抗議しますよ?」

「またまた~紅葉ちゃんは俺の婚約者でしょ?」

「……あー。そういうタイプの奴か」

「そういうタイプの男なんよ」

「んで、君ほんと誰?緋勇なんて聞いたこともない」

「え、まじで?俺はともかく俺の両親も?」

「はあ~?知るわけねーじゃねえか。テメーの親なんか」

 

 

「ちょっと紅葉。俺の父さんと母さんってそんな有名じゃない?」

「そんなわけないやろ!いまや緋勇一家はウチらみたいな人の中じゃ最も有名な料理人や。ウチらみたいに大きなとこじゃなくても最近じゃ弱小企業でも龍斗のお父さんを呼べた所がその後大躍進して今注目の企業に成長したことは業界じゃ有名な話なんよ」

「そんなことしてたのかよ父さん……それでなんであの人は知らないんだ」

「……あの人佐東建設の次男坊なんやけど素行が悪くてな。ウチ以外にも令嬢にちょっかいかけよったから父親と長男の人に謹慎かけられたって噂になってたんだけどなぜか今日は来ててビックリしたんよ。その二人はすごく優秀なんやけど」

「ああ、あの。その二人なら俺も知ってるけど。まさかあの二人の血縁にこんな人が……」

「おい、俺の紅葉ちゃんとくっついてんじゃねえよ!」

「……俺の?」

 

俺と紅葉が近かったことが気にくわなかったのかそんなことを言って割って入ってきた。こういう勘違い男は口でいっても分からんし、まあいい機会だ。

俺はそいつに見せつけるように紅葉を胸に抱き寄せた。そして若干殺気を籠めた目を向け。

 

「紅葉はお前の女じゃねえ、俺の女だ。これ以降、紅葉にちょっかいを出すようなら……物理的に-ツブスゾ?」

「あ、あ、あ……わー!」

 

そいつは俺の本気の目を見たせいかそのまま会場の人波に消えていった。遠巻きに見ていた客たちも俺と紅葉が恋人であることを知って驚いていた。ああ、皆さん俺のこと知ってるのね。

 

「紅葉ー、追い払ったよ。皆さんの目があるからそろそろ離すよ?」

「あ……」

 

胸から離すとそんな声がとっさにでしまったのだろう。顔を真っ赤にして恥ずかしがっている…かわいい。俺は腕をそっと差し出すと嬉しそうに組んできた。

 

「さ、さてと。キッドはどうやって盗むにゃろな!」

噛んだ。かわいい。

「さあて。捕まえるのは新ちゃんと警察の仕事だから口出しはしないけど。キッドはもう近くに潜んでるよ」

「あら、そうなん?」

「ちょっとさっきキッドとあってね。彼の臭いは覚えたからまあ誰に変装してもこれからは分かるよ」

「警察に教えへんの?」

「今回は手出ししないっていっちゃったし、新ちゃんのライバルになりそうだからなあ。まあ臨機応変に?」

「そういう風に決めたんね。なら思うようにするとええね」

 

そういう風にいちゃいちゃしてると、足元に黒い玉が転がり、煙が出て爆発した。よく見たら模造品とは違う型なのだが客に見分けがつくはずもなくパニックになって外し、入り口に殺到してしまった。俺は紅葉をかばいながら様子をうかがっていた。すると朋子さんが胸につけていた「漆黒の星」が盗まれてしまった。ほー、流石に奇術師。手並みが鮮やか。

 

「キャー!キッドよ、キッドに「漆黒の星」を奪われたわ!!」

 

その声に警察の人が集まり誰がキッドなのかを探し始めた。新ちゃんはそっとその場を離れようとした蘭ちゃんの手を捕まえ、人気の無いところへと連れていってしまった。……字面があやしいなこれ。

 

 

 

 

結局、新ちゃんはキッドを取り逃がしてしまったようだ。俺がキッドの正体が誰か気づいてたことを話すとすっごく複雑そうな顔をしていた。

 

「それで?俺は怪盗キッドの存在に気づいたら新ちゃんに教えればいいのかな?」

「んなわけねーだろ。誰かが怪我するようならともかく、あいつは紳士であることにこだわりがあるっぽいしな。つーわけで手を出すなよ」

「はいはい、じゃあ俺は答えを先に知っている視点でニヤニヤしながら二人の対決を見ることにするよ」

「ったく、でも次はぜってー捕まえてやる!」

 

お手並み拝見だ、平成のホームズくん?

 




少しずつ時間が取れるようにはなってきたのですが話の構成を考えるのが難しくて執筆が難航してます。
しばらくは投稿の目処が立ったらあらすじで予告します。


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第二十一話 -初恋の人想い出事件-

このお話は 原作第18巻 が元となっています。

次の投稿はちょっと遅くなるかもしれません。


「まったくもうー。せっかくの夏休みだっていうのに、なんでこの園子様が新一君家の掃除を手伝わなきゃいけないのよ。放っときゃいいのに龍斗君と紅葉ちゃんまで駆り出してさー」

「ゴメンねー。ずいぶんと埃が溜まってそうだったし私1人じゃ大変そうだったから。龍斗君と紅葉ちゃんもありがとうね」

「ええよー。どうせ今日はヒマやったし」

「最近は掃除の手伝いをしてなかったし全然気にしなくていいよー。終わったらなにか涼しいスイーツでも作るからがんばろ?園子ちゃん」

「え、ホント!?……ハッハッハ、ならこの園子様に任せなさい!!ささのさー!」

「わー!じゃあ頑張んなきゃね……あ、園子床の前に本棚の埃をはたいて!」

「え?」

「ほら、掃除は上からって言うでしょ?それと床を掃くときは目に沿ってね」

「ババくさいよー蘭……はあーっ…今どきの女子どもは足出して胸出して男を釣って純愛だの初恋だのにうつつを抜かしているって言うのに。龍斗君のスイーツのご褒美ができたとはいえ、あの推理オタクのために埃まみれになっているとは……あたしゃー、情けなくて涙が出るよ」

(すまないねー、みんな)

 

とある夏休みの1日、蘭ちゃん発案で工藤邸の大掃除を行うことになった。運よくみんながみんな用事がなく全員参加でお掃除となった。

 

「初恋って言えばさぁ。新一の初恋の人ってどんな人なのかなあ」

「え?」(んな?)

「してるよね?新一だって恋の一つや二つ……」

「そ、そらあどないやろなあ?なあ龍斗?」

「んー、どうなんだろうねえ。サッカーに推理小説に探偵業とそればっかりだったような気もするけどねえ。中学からはずっといたわけじゃないからそこら辺はわからないかな」

 

ちょっと意味深なことを言ったせいか、新ちゃんに睨まれてしまった。すまんすまん。

 

「どうだか……あの男、その方面は超ニブでタンパクだったからねー。まあ、せいぜいあの美人の母上か、それつながりのどこぞの女優か。もしくは……」

 

そう言って、園子ちゃんは蘭ちゃんの方へずいっと身を寄せた。

 

「そういえば、あやつって子供のころから蘭とずっと一緒にいたよね?」

「う、うん。まあ龍斗君も一緒にいたけど」

「彼はいいの!どっちかって言うと保護者みたいなもんでしょ!!と・も・か・く!ずっと近くにいて、気は優しく料理は師匠が世界一なだけあってそこらの店の物より美味しい。おまけに力持ち……ずばり、新一君の初恋の相手は蘭とみた!」

(おいおいおい!)

「まっさかー。新一とは幼馴染で一緒に遊んでいただけよ。それに幼馴染みって言ったら園子も同じじゃない!」

「ああ?それもそうか。私は新一君も龍斗君も男としては興味ないからなあ。でも……蘭の例もあるしねえ」

「「え?」」

「蘭の初恋の人って新一君でしょ?」

「な!?」(な!?)

「あー…」「あら?」

「ちょっと、勝手に決めつけないでよ!」

「おんやぁ、その照れようは図星ですな怪人二十面相君?」

「その照れ方は怪しいなあ」

「もう、園子紅葉ちゃん!!」

「そうらしいよ、新ちゃん?」

「ま、マジかよ……」

 

そんな風に男性陣と女性陣で分かれて和気あいあいとしていると

――ピンポーン

 

「あれ、誰だろ?」

「バカねー。愛しの新一君に決まっているでしょ?」

 

突然、インターホンの音が鳴った。

 

「せやけど、自分の家に入るのに呼び鈴なんて鳴らすやろか?」

(そうそう。)

「きっと、博士か伊織さんに今日の事聞いて私たちをびっくりさせようとしているのよ!」

(ちがうって)

「それなら突然の登場の方がインパクトありそうなものだけど。とりあえず玄関に行ってみようか?」

「それもそうね。でも新一帰ってくるなんて言ってなかったのに」

(だから違うって)

「ほら、出迎えに行くわと、初恋の王子様を!!」

「だーかーらー!」

 

そう言いながら、玄関に移動し先に玄関に到着した蘭ちゃんがそのまま扉へと向かった。

 

――かちゃ、キィ―…

 

「「「え?」」」「あれ?」(ん?)

「あら、工藤君のお友達?」

「あ、はい」

(あれ、この人どっかで……)

 

そこにいたのは勿論新ちゃんではなく。年のころは20前後の女性だった。顔立ちは整っていて意志の強そうな眼をしていた。

 

「あ、あのもしかして麻美さんじゃありませんか!?」

「ええ、そうだけど……」

 

流石に、女子テニス部に所属していただけあって彼女の正体に園子ちゃんは真っ先に気付いたようだ。俺も園子ちゃんに続けて、

 

「お久しぶりです、麻美先輩。俺の事覚えていらっしゃいますか?」

「え、……ええー?!まさか緋勇君!?勿論覚えているわよ!でもなんでここに?」

 

そりゃあ、新ちゃんを訪ねてみたら家から出てきたのは料理部所属で少しお世話になった後輩なんだからびっくりするよね。

 

「龍斗君も園子もこの人知っているの?」

「何言ってるのよ、蘭。この人は私たちが中一の時に生徒会長だった内田麻美先輩よ!」

 

俺達は、麻美先輩を招き入れて書斎に移動をした。

 

「それにしても麻美先輩、本当に久しぶりですね。先輩が中学を卒業してからなので大体4年ぶりですか」

「もうそんなに経つのね。あのころは本当にお世話になったわね。もう、本当に懐かしい……」

「それで、麻美先輩はどうして新ちゃんの家に?」

「ああ、それはね。私が所属している東都大学の推理研究会の仲間がね、今度私の誕生日を祝ってくれるのよ。週末に別荘を借りて。それで後輩で高校生探偵の彼をゲストとして招きたかったんだけどずーっと留守電だったから知り合いに住所を聞いて直接会いにきたってわけ。まさか事件を追ってずっと家を空けているとは思わなかったわ……」

「そういうことだったんですね…あ、ごめんなさい。掃除の手伝いなんてさせちゃって」

「いーのいーの。どうせヒマだったし。それにしてもすごい蔵書量。これだけあるなら研究会の活動場所に借りちゃおうかしら…なんてね。ねえ、私電話だけじゃなくて手紙も出したんだけど家を空ける間に彼、何か言ってなかった?」

「え、いえ私は何も聞いていないですけど。みんなは?」

 

その言葉に帝丹高校組は全員首を横に振った。

 

「そっか、彼なら来てくれると思ったんだけど。忘れちゃったのかな、あの告白……」

「こ、告白?」

「まあ、忘れちゃうのも無理ないか……初恋なんていつか色褪せてしまう物だから…」

「「「初恋!?」」」(ゲッ…)

(こ、この人が新一の初恋の人……)

 

麻美先輩、その言い方だと新ちゃん「が」麻美先輩に告白したように聞こえますよ?現に女性陣は完全にそっちだと思っているみたいだし。

 

「……なるほど、読めたわ完全に…」

「え?」

「中一の頃うわさになっていたのよ。一年ボウズが麻美先輩に言い寄ったって」

「あったねえ。その頃は麻美先輩が良く家庭科室に来てて。俺は「料理」のアドバイスしてたらその光景を見た外野が俺が先輩に言い寄っているって言われて。すっごい迷惑かけられたなあ。園子ちゃんにも攻められたよね?」

「あ、あの時はごめんね。ともあれ、その身の程知らずが工藤新一だったと言うわけですね!」

「私も、あの時はごめんね緋勇君。でも言い寄ったなんて嘘よ。あれはちゃんとした告白……それにあれは「あ、あ、あのさぁ!」」

 

おや。麻美先輩が事の真相を話そうとしたら新ちゃんがインターセプトをかけた。

 

「新一兄ちゃんが来れないなら誰か他の人を呼んだら?」

「え、ええ……」

「なら、私たちなんてどうです?これでも私たち実際に起きた殺人事件を推理で解決したことあるんですよ!」

「ちょ、ちょっと園子!」

 

「なあ、龍斗。ウチみたいに殺人事件に遭遇したことがないことがフツーやんな?」

「まあ、傷害事件には巻き込まれたことあったり未遂事件にはあったことはあるけどソレが普通だ」

 

紅葉が「私たちが殺人事件を解決した」の部分に引っかかったのか小声で聞いてきた。「普通」の女子高生は頻繁に事件に巻き込まれたりはしませんぞ?

 

「いいじゃない、生きの良い東都ボーイをゲットできるチャンスかもしれないわよ!」

(ゲットしてーのはオメーだけだよ)

「そうねえ、女子高生が来れば男友達が喜ぶと思うけど。あ、緋勇君が来れば女友達が喜ぶかな?」

「あはは、光栄です……紅葉?別に鼻の下とか伸ばしてないから。むくれないで?」

「むくれてなんかあらへんですー」

「ほっぺが膨らんでるぞー。ほらむにぃーって」

「やめぇーや、龍斗のアホ!」

「……ねえ、あの二人って」

「見て分かる通り、お付き合いしてますよ。たまにこっちが恥ずかしくなるくらいいちゃいちゃし始めるのであれはもうほっといていいです」

「そ、そっかー。なら紅葉ちゃん、だっけ?あの娘は彼氏同伴ってしっかり伝えとくわ。緋勇君を怒らせたくないしね」

「そうですね、お願いします。あ、そうそうそれに私たちを呼べばもれなくあの人もついてきますよ!」

「ちょっと、あの人って」

「そう、言わずと知れた名探偵……」

 

 

 

 

「ナァーハッハッハァーー!いや、光栄ですな、東都の若き頭脳と一緒に酒の席につけるなんて。それに皆さん、秀才にして美男美女揃いと来たもんだ!」

 

週末、俺達は麻美先輩の誘い通り、東都大学の推理研究会が借りた別荘に来ていた。小五郎さんも一緒に来たがすでに出来上がり上機嫌だ。

推研のメンバーは全員が文学部で四年の沢井学部長、早坂智子副部長、三年の森本喜宣さん、二年の野口茂久さん、宮崎千夏さん、そして麻美先輩の六人のようだ。

先輩は今は台所でレモンパイを作っている。蘭ちゃんや園子ちゃん、紅葉はその手伝いで席を立っていた。こっちは先輩の武勇伝(?)で盛り上がっている。ふむふむ?小説が新人賞をとり、文学部の混合ダブルスで優勝、それにミス東都。えらぶったところもなく料理の腕はピカイチと。こうして並べて聞くとどこの完璧超人だって感じだな。

 

「そういえば、料理といえば麻美の後輩にまさかあの緋勇龍斗君がいるとは思わなかったよ。麻美が中三のときに中一の後輩か。確かその頃に世界一になったんだよな?」

「そうそう、史上最年少の世界一パティシエ!麻美に今日君がくるって聞いて私すっごく楽しみにしてたのよ」

 

沢井さんと早坂さんに立て続けにそういわれた。

 

「ありがとうございます。先輩と仲良くなったのはその料理がきっかけで。料理のコツとかレシピとかは伝授しましたよ。ただ、彼女の得意料理のレモンパイだけは俺はノータッチでしたけどね」

「そういわれれば、彼女のレモンパイ今日はないな」

「今、蘭と一緒に作っているみたいですよ?」

「ウチらは先に出来た料理を持っていくように言われたんで持ってきました、どうぞ」

「あれ、麻美君作ってくるって言ってたけどなあ」

 

キッチンから園子ちゃんと紅葉だけが先に戻ってきてそう教えてくれた。森本さんによると作ってくるはずだったらしい。

 

「よいしょっと……どうしたん、龍斗?ちょっと顔をしかめてるけど」

「ああ、隣の小五郎さんや沢井さんの酒とタバコのにおいがね。前のカラオケのときは酒だけだったから良かったんだけどタバコがちょっと鼻に……ね」

「ああ、そういう。ウチが隣かわろか?」

「いや、感度を落としたから大丈夫」

 

そう言っていると、麻美先輩と蘭ちゃんが戻って来てレモンパイを振舞ってくれた。どうやら蘭ちゃんが初めて作ったものらしい。形は崩れていたが味はみんなに好評だった。

その後は、小五郎さんの事件の話で男性陣は盛り上がり、女性陣は女子トークで盛り上がっていた。俺は適当なタイミングで酒の肴やスイーツを提供させてもらった。

 

「ああ、まさかこんなところで世界一のスイーツを味わえるなんて夢見たい!麻美、良くぞ連れてきてくれました!」

 

宮崎さんが満面の笑みを浮かべながら麻美先輩をほめた。

 

「まあ、彼を誘えたのは偶然なんですけどね……うん、四年前も美味しかったけど今日のはそれ以上ね。緋勇君知ってる?君が入部してから料理部の子達体重が5kg以上増えたって」

「え?あ、そ、そうだったんですか!?」

「ええ、いっつも笑顔でいろんな料理を出してきて、キラキラした顔で食べるところをみてくるから断れないし、断るには惜しすぎる味だからって。君が世界一になってからはもう開き直ってたみたいだけどね」

「確かにソレも分かるわ。さっき男連中に出された肴をつまませてもらったけどびっくりしたもの。紅葉ちゃん、あなたいつも彼の料理を食べさせてもらっているのでしょう?大丈夫なの?」

「龍斗がウチのこと考えてくれてますからそこらへんは心配してませんよ。むしろその……最近は余計なところのお肉が消えて胸が……」

(((いや、今でも相当なのに!?……)))

 

紅葉のその言葉を受け、女性陣+新ちゃんは一斉に目線を送った。

 

「……新ちゃんってむっつりだよねー」

「バッ、んなんじゃねーよ!」

 

女性陣は紅葉をいじることにしたらしくはぶられた俺は新ちゃんにそういった。

 

「それにしても新ちゃん、あの頃は結局聞かずじまいだったけど先輩のレモンパイは最終的にどうだったの?」

「……ああ、オメーは事の顛末は知ってるんだったな」

「まあある程度は」

「最後のレモンパイは……うまかったよ」

「そっか……」

 

これ以上は喋りたくなさそうだったので俺はそれ以上追及せず話の輪に戻っていった。

 

 

日が変わる頃、文学部の教授からFAXでのお祝いのメッセージが届いた。当初の予定通りカラオケに繰り出そうとしたところ、主役の麻美先輩が寝てしまったので彼女は寝かしたままカラオケに出発した。カラオケ店に到着し、皆がカラオケで盛り上がっている中、蘭ちゃんは浮かない顔をしていた。多分麻美先輩から色々聞いたりして考えることもあったのだろう。園子ちゃんもソレに気づいたらしく励まし(?)の言葉をかけていた。

時間が三時を回り、そろそろ別荘に帰ろうとなったとき沢井さんが声を上げた。

 

「お、おい。あれ火事じゃないか?」

 

その火事はさっきまで俺たちがいた貸し別荘のあたりから起きているようだった。車で向かおうとしたが鍵を持っている野口さんがおらず、みんなでカラオケ店内を探したがおらず結局いたのは隣のコンビニの前で、ゲーゲー吐いていた。……酒と肴を一番飲み食いしてたもんなあ。鍵を受け取り、車を走らせ別荘に到着したときには火が別荘全体を回りいつ崩れてもおかしくない状態だった。

 

「ちょっと、避難した様子はないわよ!?」

「まさか、まだ中で寝てるんじゃ!?」

「で、電話してみます?リビングで寝てるはずだから!」

「無理だ、もう燃えてしまっているよ…」

「くっそ、こうなれば…」

「お、おい」

「うわっ!」

 

森本さんが別荘の扉を開けると中から火炎が飛び出してきた。廊下の床にも火が移りまさに火の海の様相を呈していた。……心音はまだ聞こえる、ならいくしかない!

 

「蘭ちゃん、コナン君。俺は独りで行く。これは蘭ちゃんじゃ無理だ。外で水をかける用意をしてて!誰も後を続かないようにね!!」

「で、でも!」

「いいから、そのヘルメット貰うよ!」

「お、おい!」

 

俺は返答を聞かずヘルメットを奪い別荘の中に入った。廊下の床は火の海だったが壁は比較的まだ燃え移っていなかったのでそこを走り目的の部屋の扉に向かいとび蹴りをかました。中はひどいものだったが先輩は奇跡的に火が回っていない床に寝ていた。俺は先輩にヘルメットをかぶせ……さあて、どうしましょうかね。窓側は火の海、リビングの壁と…廊下ももうだめか。俺はともかく麻美先輩もいるから火の中を突っ走るという無茶も出来ない……となれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おいおい、確かにオメーじゃなきゃ入ることすらままならない状況だけどよ。これ以上は流石にやベーんじゃねーか!?)

 

龍斗が中に突入した後、蘭や沢井さんが後に続こうとしたが龍斗が床ではなく壁を走っていたのを見てあきらめていた。リビングの扉をとび蹴りの要領でぶち破ったのまでは見届けられたが火の勢いが増し、廊下は壁すらも火の海に飲まれてしまった。

 

「おいおい。龍斗君はどうやって脱出するつもりなんだ!?」

「り、リビングには窓があるからそこから脱出できるかも!」

「いや、この火だ。窓側も廊下と同様火の海だろう。しかし彼は麻美が生きているか、もっと言えば中にいるかも分からないのによく火の中に突っ込んだもんだ」

「沢井君、言いすぎですよ!」

 

沢井さんの不謹慎な言葉を早坂さんが叱責した。いや、龍斗が突入したんだ。麻美先輩は生きてまだ中にいるはずだ。……窓側が火の海?なぜだ?あの窓は結構大きくて燃えるものも壁よりははるかに少ないはずだ。なのになぜ?

いや、今は龍斗のことだ。どうやって出てくるつもりだ!龍斗!?…あれ?

 

「紅葉さん、心配していないの?」

「んー、ウチは龍斗が寿命以外で死ぬなんて想像できへんからなあ。怪我とか火傷とかの心配はしとるよ?でも龍斗なら麻美さんを無事に救出して出てくるって信じとりますから。……ただ、派手に出てこーへんかなって心配もしとるかな?」

 

……はあ、すごいなこの二人。こんな事態なのに思わず感心してしまった。

――ドン!ドンッ!!

 

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

「何だ、今の音は!?」

「爆発音!?でも火の勢いは変わらないわよ!?」

「ほら、出てきた。新一君も聞こえるやろ?かわらを踏む音が……やっぱりとんでもないとこから出よったなあ」

 

その言葉に耳を澄ませると確かに微かに瓦を踏みしめるような音が聞こえた。でも本当にわずかで火事の諸々の音にかき消されて気のせいではないかと思えるくらい小さな音だぞ!?龍斗もそうだが紅葉さんの耳も相当鋭いな!?

 

「小五郎のおじさん、上だ!!」

「上ぇ!?なんのこと……!!」

「な、なんだ!?」「え!?」

 

オレがそういったと同時、二階建ての別荘の屋根から麻美先輩を抱えた龍斗が飛び降りて、皆の前に重力を感じさせない着地を披露した。

 

「ただいま戻りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天井をぶち抜いて、屋根に出た!?」

「いやあ、麻美先輩を確保したまでは良かったんだけどさ。四方を火に囲まれちゃって。強引に突破しようと思えばできたんだけど先輩が大火傷しちゃうしどうかと思ってね。奇跡的に火傷とか負ってなかった状態だったし。なので、火の回りがまだ少なかった天井のある箇所をぶち抜いて二階から出ようとしたら火の海だったんで、もう一回ぶち抜いて屋根からぽーんっと」

「いや、三階相当から飛び降りて無傷ってのも……ああ、龍斗君、普段まともだから忘れてたけどたまにとんでもないことやらかすんだった」

「あはは、そういえば。新一や私がいっつも子供レベルでバカなことしてたけど龍斗君がするのはスケールが違っていたわね……」

「龍斗、今日は仕方ないけど自重せなアカンよ?」

「……はい。あ、でも蘭ちゃんが特攻しようとしたのは忘れてないからね。もう少し火が弱かったらイケたかもだけどあんま無茶しちゃだめだよ?」

 

俺は今麻美先輩が搬送された病院にいた。先輩の付添と流石に無傷とは言えず俺は火傷を負ったため治療を受けるためだ。そして、治療を終え、先輩の病室に来たというわけだ。現場を離れる前にここにいない小五郎さんと新ちゃんには俺がしたことを伝えて、現場検証の時に警察の人が天井に空いた穴について困惑しないように説明を頼んだ。……説明、できるんだろうか?

 

「でも、よかったわよ。麻美先輩は軽い一酸化炭素中毒で命に別状はなくて。それにしてもさっき麻美先輩が言っていた「ごめん、ごめんね工藤君」ってどういう意味だろうね、蘭?」

「うん……」

 

まあ想像はつくけどね。

 

「……ねえ、なんか喉乾かない?下の自販で何か買ってこようか?」

「あ、私も行くよ。龍斗君、紅葉ちゃんは先輩の事お願いね」

 

そういうと、蘭ちゃんと園子ちゃんは病室を出て行った。

 

「……先輩、目が覚めてますよね?」

「え?」

「……あら、気づいていたの?」

「ええ、俺が病室に来たときにはもう起きていたでしょう?先輩、自分の身に何が起きたかわかりますか?」

「目が覚めてから大体の経緯は聞こえていたから大体の事は分かるわ。何かとんでもない助け方をされたみたいね、ありがとう緋勇君」

「いえいえ。一応聞きますけど。自殺、しようとしたわけではないですよね?」

「もちろんよ」

「そうですか。それが聞けて良かったです。……寝たふりしてたってことは先輩、何か行動を起こすつもりですね?」

「緋勇君鋭すぎ。まあね。私を床に寝かせた人が誰なのか、うっすらだけど覚えているわ。多分その人が火を……だから今から抜け出して一言言ってやろうかなって」

「そうですか……じゃあ俺もご一緒します。こんな時間の一人歩きを見逃すわけにはいきませんので。紅葉、悪いけど……」

「ウチはここに残って「麻美さんがちょっと目を離したすきに抜け出した。龍斗は探しに行った」っていえばええんやね。犯人に変な動きをさせへんために」

「ありがとう、じゃあ先輩。行きましょうか」

「緋勇君、紅葉ちゃんありがとう」

 

 

「先輩、それで抜け出してまで言いたいことって聞いても大丈夫ですか?」

「うん、私を床に寝かして部屋を最後に出て行った人物……沢井部長が「これで彼女も……」って呟いたのが聞こえたのよ。それで火事が起きたでしょう?これって形は違うけれど中三の時に私が工藤君にしたことと同じだってすぐに気づいたわ」

 

どうやら、犯人?は沢井さんでこんなことをした理由は振られた麻美先輩を振り向かせるためにピンチを演出→華麗に救出を企てたのではないかと言う事だった。…えー。

 

「沢井さんって本当はすごいバカなんじゃないですか?」

「バカって……なんでも思い通りになった人なんでしょう。だから挫折というか壁にぶつかったら普通は考えられないことをしてしまったんじゃないかな?」

「いや、だからって。あの時俺がいなかったら麻美先輩は死んでいましたよ?火の回りが異常に速くて、俺以外の人がリビングに行こうとしたら例え水を被っていても先輩の所にたどり着く前に力尽きてました」

「……」

「まあ、本当に沢井さんが火をつけたなら多分、着くころには事件は解決してますよ。なんたって、名探偵がいるんですから」

 

 

 

 

「ばっかやろう!ボヤ程度で済ますつもりだった?火の回りが予想以上に早かった?そんなものが言い訳になるか!ふざけるな!!!」

 

別荘に着いたとき、どうやら新ちゃんが沢井さんを犯人と推理し事件を解決していたようだった。小五郎さんの声でそんな怒声が聞こえてきた。犯行の動機は麻美先輩が言っていた通り振り向いてほしかったから。今まで振られたことがなかったから悔しくて…か。

 

「なぜ、麻美さんが焼け死ぬ可能性を考えなかったんだ!車にトラブルが起きるかもしれない、道が渋滞するかもしれないし、現に車のキーを持っている野口君は火事が発覚したときその場にいなかった!!龍斗君がいなければ誰もあの火の海は突破することができなかった!!そうだろう!お前は突入することを諦めたんだからな!そんな時、麻美さんの命は亡くなっていたんだぞ」

 

その言葉に、飄々としていた沢井さんはやっと事の重大さを認識したのか神妙な顔になった。

 

「振られてしまったのならなぜ、振り向いてもらえる人間になろうとしなかった。自分を高めることで振り向かせてやろうと思わないんだ!!」

 

その言葉を聞き、麻美先輩は隠れていた廊下から中に入った。

 

「ホント、バカですよ部長。私なんかのために……」

「麻美、本当に悪いことをした……」

「それじゃあ、とにかく話は警察に行ってから」

「はい」

 

消防員の人にそう言われ、部屋から連れて行かれる沢井さん。麻美先輩は沢井さんがすれ違った時にこういった。

 

「部長、人の心を無理やりこじ開けようとしても、開いてはくれませんよ?」

「…そうかな?君なら世界中のどんな男でも一つ息を吹きかけるだけで魅了してしまいそうなものだが」

 

「そんなことないですよ、部長は私を知らないだけです。私だって昔、昔……」

 

 

 

 

事件が解決し、別荘から全員が帰る時麻美先輩はみんなに事の真相を話した。自分の方が新ちゃんに告白したこと。一年ボウズにコナかけられている噂は自分が流したこと。レモンパイに纏わる云々など。

結局、麻美先輩がばらした新ちゃんが気になっている奴は蘭ちゃんの天然ボケでうやむやになってしまったけど。

 

蘭ちゃんも大概、にぶチンさんだよね?似た者夫婦だなこりゃ。




今回は原作+アニメのセリフ(最後の小五郎のセリフ)となっています。
振り向いてもらえる~の言葉は幼少期に聞いて、未だに覚えている言葉ですね。まずは自分を磨く。全てはそこからという今聞いてもいいセリフです。
今回は龍斗がいたことでピンチになってしまいました。原作だと野口さんはカラオケの部屋に戻ってくるのですが龍斗の料理のお蔭で酒が進んでしまい、グロッキーのまま見つかるまで時間が掛り、誰も突入できないまでにひがまわってしまったという。
そして犯人について全く触れなかったのでどうやって火をつけたかは原作の方を皆さんの目でお確かめ下さい(宣伝)



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第二十二話 -黒の組織10億円強奪事件-

今回のお話は アニメ第128話 が元になっています。

土日は甥姪のシッターで時間がとれませんでした。改稿作業も進まず、やっと投稿できた……ですが子供の無邪気なエネルギーってすごいですね。疲れましたが元気を貰いました。

ともかく。結局こうなりました。結構悩みましたがウチのストーリーではもうこう行きます!


「龍斗、龍斗。これって龍斗が気にしてた事件とちゃう?」

「ん?」

 

とある朝、俺はキッチンに立ち朝食の準備をしていた。すると朝刊を読んでいた紅葉にそう言われた。

 

「どの事件の事?」

「龍斗が気にしてた事件なんて一つしかあらへんやん。『10億円強奪事件』や。新一君がちっさなることと、この事件については「なぜか」起きることを知ってた言うとったけどホントに起きるとは思いませんでした。世の中も物騒になったもんや。しかも起きたんは四菱銀行の米花支店やって。町内でこないなこと起きてたんやな。犯人は三人組で今も逃走中やって」

 

……ついに、か。薄くなった「原作知識」の中でも唯一強烈に印象に残っている事件。宮野志保、灰原哀の姉でジンに殺されてしまう宮野明美さんが妹を組織から抜けさせるために起こしたもの。

確か、10億円を持ち逃げした仲間の捜索を毛利探偵事務所に依頼しにくる……だよな?ならその線で接触できるはず…っと。

 

「はい、今日の朝食できたよ」

「何や。考え事してた割にはちゃんとできとんね」

「ありゃ、ばれたか。まあ考え事してても料理に手は抜かないよ。それじゃ……」

「「いただきます」」

 

 

 

 

「え、丸眼鏡におさげの女の人が依頼に来なかったかって?」

「うん、多分人探しだと思うんだけど」

「えーっと。私もお父さんの仕事を全部知ってるわけじゃないけどそんな人来てなかったと思う。でも龍斗君がお父さんの仕事を話題にするなんて珍しいね。どうしたの?」

「ちょっと気になることがあってね」

 

高校に登校し、蘭ちゃんに宮野さんから依頼が来ていないか聞いてみたがそのようなものは受けていないという事だった。……数日置いての依頼だったのかな?

 

「まあこんなことを聞いてくるってことは重要なことなんでしょう?私も気にしといてあげる。その人の名前は?」

「名前……はちょっと思い出せないかな」

「そっか」

 

偽名までは思い出せない。覚えていれば楽になったんだろうけど。

 

「おやおやおや~?龍斗君がこんなに気にするなんてもしかしてその女の人って…って冗談よ?冗談。だから全部を言い切る前に睨んでこないで紅葉ちゃん。……おっほん、改めて。もしかして龍斗君も探偵に興味を持っちゃった?」

「え?」

「えー、そうなの!?新一に続いて二人目の探偵!?」

「あ、いや」

「ぜーーーったい、やめた方がいいよ!警察に協力とか、その場にいただけでも求められちゃうんだから!昨日もそれで大変だったのよ!!」

ん?昨日?

「昨日って、何かにまた巻き込まれたん?」

「ま、またって……いやその通りなんだけど。昨日の10億円強奪事件の時、私とお父さん、それにコナン君もその銀行にいたのよ」

「え、そうだったの!?」

「う、うん。それで現金輸送車からお金を奪う所をコナン君が見てて。スケボーで追っていったんだけど振り切られちゃったんだって。それで目暮警部が捜査に来たんだけど捜査協力でお父さんはついて行っちゃうし。コナン君もいつの間にかいなくなっちゃってさー。せっかく依頼料が入って久しぶりの外食だと思ったのに私1人で帰る羽目になったんだから!!だから絶対探偵になんかなっちゃだめよ?!龍斗君」

「だからならないって……」

 

蘭ちゃんのすごい剣幕に押されながら俺はそう返した。しかし、話を聞くと何か俺の覚えているものと全然違うな。これって俺が忘れた別の事件か、もしくはアニメオリジナルかなにかだったのか?気にしすぎたのかな……でも。

 

「蘭ちゃん蘭ちゃん。その依頼もだけど10億円の事件の続報とかが入ったら俺の携帯に電話してもらえない?」

「それくらいならいいけど」

 

それ以降は普通に雑談に戻り、下校し自宅に帰った。俺は腑に落ちないというか違和感があったので一応トリコ世界の再生屋の仕事道具で、対人用のものをそろえることにした。

「ドクターアロエ」「各種血虫」「クスリバチ」「ドクターロブスターの殻の多糖類」「ドクター蚕の絹糸」「酸素の葉入り吸入器」「ドクターフィッシュ(グルメ界産)」「ノッキングガン」「体糊」と、トリコたちの活躍でかなり進歩して年月が経ったトリコ世界でも早々お目にかかれないような高級品を集めた。

そして数日経ったある日の事、蘭ちゃんから電話が来た。

 

「え、強奪犯の二人が殺された?」

『うん、何か昨日の夜に。二人とも射殺だって』

 

蘭ちゃんの話によると、殺されたのは現金輸送車の荷台に乗っていたガードマンの岸井さんと元レーサーの貝塚さんという人らしい。二人はそれぞれ路上と自宅で殺されていたのを発見され、それぞれの自宅に強奪計画の証拠が見つかり発覚したそうだ。警察は三人組の残りが一人占めするために二人を殺害したという線で動き出しているらしい。その一人というのが銀行員で強奪が起きたときお昼休憩でいなかった人物。その人の名前は、

 

「広田さん?」

『そうなの。コナン君の話だとすごく優しい人らしくて。私も一回見ただけだけどとてもそんなことをするような人には見えなかったのよ。でも彼女が当日付けていた口紅と、強盗が使っていたマスクについていた口紅、それに貝塚さんの自宅で発見された口紅が一致したみたい』

広田、広田……まさか!?

「蘭ちゃん、広田さんのフルネームって分かる?!」

『え、ええっと。確かコナン君が言っていたのは……広田雅美さん…だったかな?』

 

!?広田雅美!それが宮野明美さんの偽名だ!思い出した!!

 

「蘭ちゃん、コナン君に代わってくれ!!」

『え、あ。コナン君ならこの話が来てからすぐに探偵事務所を出ちゃって。もうだいぶ前に』

しまった、出遅れたか!

「……わかった、ありがとう!」

『た、龍斗く…』

――ピッ!

くそう、まさかこんな形でかかわることになるなんて!新ちゃんが何も言わずに出たってことはもうそんなに猶予がないと考えたってこと。急いで合流しなくちゃ。

俺は自宅を出て「消命」で気配を消し、電柱の上を飛び移りながら最短で毛利探偵事務所に向かった。事務所につき、次は「嗅覚」を開放させ新ちゃんの最新の匂いを辿り始めた。……この感じだと1時間は後追いか?住宅街を抜け、とあるマンションに着いた。新ちゃんはこのマンションの一室に用があったらしい。その後またどこかへ移動をしているようだ。ここまでで30分は追いつけたか。

俺はマンションから不穏な臭いを感じなかったため新ちゃんが更に進んだ方に追跡を開始した。

俺が追跡を続けていながら「聴覚」を開放していると新ちゃんの声を拾った。やっと喋ってくれたか!スケボーの音を以前聞いていればそっちで判別できたんだが生憎とこれまで機会がなく、新ちゃんが言葉を発してくれるのを待っていたんだ!!これで居場所は分かった、一直線で……!!『雅美さんの車に発信器を付けてね…』『そう…だったの。君は一体?』『江戸川……いや、工藤新一、探偵さ』『工藤…新一?そう、あなたが……』女性と話しているようだがこの声の主が宮野明美さんか!声の感じから負傷はしている、血は吐いていない。という事は気管、消化器系にはダメージを負っていない…か?俺は音から分かる情報を頭に置きながら目的地まで急いだ。あと1kmくらいか!?『もう、利用されるのはゴメンだから。頼んだわよ、小さな探偵さん……』『!!……』

 

……着いた!ゴメン新ちゃん!!

――ノッキング!

 

俺は説明の時間を惜しみ、新ちゃんの意識を奪った。宮野さんの心臓は今止まったばかりのようだった。俺はいの一番に、心臓を動かすために「ノッキングガン」を使用した。

 

「ぐ、けほっ…」

 

ここから先は時間との勝負だな。ノッキングで痛覚の遮断。血だまりから判断してとりあえず輸血を毎時1.5Lで開始。「血虫」は血液型が分からないのでRh-のO型を使用。自発呼吸が弱いので「酸素の葉入り吸入器」を装着。傷は、左腹部の銃創か。心臓が動き出したことにより出血が再び始まっていたので破けた血管を「ドクター蚕の絹糸」で結紮。後は直接銃弾が貫通したことで起きた周囲の内臓のダメージを「ドクターロブスターの殻の多糖類」で修復し、「クスリバチ」でコナン世界にない状況に最適な天然薬を打った。ひと段落したのでふとよく観察してみた。すると出血してから時間が経っていたため、多臓器不全を起こしていた。あっぶな。このまま終わっていたら、傷口周り以外の内臓の不全で助からないところだった。

最後に傷口を縫合する前に俺は「ドクターフィッシュ(グルメ界産)」を数百匹体内に放った。こいつらは全身を回り障害を負った内臓の各種役割を傷ついた臓器が回復するまで変わりにしてくれるし、壊死した部分は食べ、その部分に同化してその役割を果たしてくれるようになる。そして何より体内で増えて永久に健康な状態を維持してくれるというまさに夢のような生物だ。一度体内に入れると二度といない状態にすることはできないけど……ね。

俺は傷口を閉じ、「ドクターアロエ」の包帯で傷口を巻いた。彼女は……ねむっているようだ。時間にして10分も経っていないが俺は汗だくになっていた。……与作さん、あなたに弟子入りしといて本当によかったと思いますよ。

さて、と。これからどうするか。使うつもりのなかった「ドクターフィッシュ」まで使ったんだから彼女にはこちらの事情を説明しなくちゃいけないし、一度助けてしまったんだ。なら責任を持って彼女の人生を背負う……まではいかなくても保護はしないとな。このまま放逐すれば彼女は絶対組織に狙われ、殺されるか下手したら解剖ってこともありうるし。

「組織に生きていることがバレたら命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ」だもんね。……じゃあ、彼女には死んでもらうか。

 

「メタモルアメーバ、ちょっと頼むよ?」

 

 

 

 

「……っで?結局どうするん?あの人」

「まあ、立場的には新ちゃんをより危険にしたみたいな人だから。出来る限り力を貸そうとは考えているよ」

 

あの後、俺は宮野さんの着ていたものを全て脱がした。メタモルアメーバには横腹に穴の開いた状態で宮野さんに変身してもらいその衣服を全て着てもらった。心臓は止まった状態で、その血だまりの中に横になってもらった。つまり、宮野さんの「死体」に変身してもらったわけだ。新ちゃんの証言と現場の状況から検視のみで司法解剖はないと考えたからだ。なので、メタモルアメーバには5日ほどしたら誰にもばれないように帰っておいでと命じておいた。

俺は、裸になった彼女にドクターアロエを全身に巻きつけ、裏チャネルを経由して自宅に戻った。服を剥いだためドクターアロエを全身にまいて服代わりにしたが、全身の回復力を高めるという意味で良い手だったと自宅についてから気付いた。ああ、新ちゃんのノッキングは戻る寸前に解除しておいた。

 

「いくつか選択肢は考えてあるんだ。一つはトリコ世界で美食屋の修行をしてもらう事。捕獲レベル1の猛獣を一人で狩れるくらいでもこの世界では十分自衛できるしね。ドクターフィッシュを入れたことにより身体能力も上がってる。後はその力の使い方を短時間でガッツリ学んでもらえるしそれに何より組織から完全に逃げられるってことからかなり有力な候補。二つ目はこの家で家政婦をしてもらうか家政夫をしてもらいながら俺が戦闘の指導をすること」

「二つ目のかせいふって同じ意味やないの?」

「ふの字が「夫」か「婦」で違うんだ。「婦」の場合はメタモルアメーバで顔や体型を変えてもらって生活してもらうことになるね。全身に覆うからまあきついかも知れないかな。「夫」の場合は……」

「場合は?」

「食寶『ペア』を一口飲んでもらって男になってもらう」

「へ?」

食寶ペアとはトリコの世界でとある猿から得られるスープの事で一口飲むと色々な効果があるのだが、その一つに性別の逆転がある。

流石に男と、警察で死亡診断書が書かれた宮野さんを同一人物と思う人はいないだろう。

 

「そ、そないなもんまであるんか!?」

「まあ、まずは体の治療が先なんだけどね」

「せやねぇ。でも銃で撃たれるなんて。新一君は毒を盛られたらしいけど結果的に撃たれるよかましやったんやな」

「それは……そう言えるのかも知れないね。少なくとも、新ちゃんが銃で撃たれていたら彼はもうこの世にいないよ」

 

今更だが何かが食い違えば新ちゃんも死んでいたんだなあ。今回もぎりぎり間に合ったけど原作とは違う流れで宮野さんは亡くなっていたかもしれない訳だし。

 

「とりあえず今日は疲れたよ」

「お疲れ様。今日はウチが夕食の準備代わるから龍斗はお風呂入ってき。気づいとらんかもやけど血がついとるで?それにしても、もう誰かが死ぬってことを予知出来たりは出来んよな?」

「え、あ。ほんとだ。じゃあお言葉に甘えて。もう、明確にこの人が!ってのはない……かな?事件に巻き込まれて分かることがあるかもしれないけどね」

 

そういって俺は風呂に入るため自室に戻った。宮野さんは俺と紅葉の部屋の間に寝かしているがまだ意識は戻らない。彼女はどんな選択をするのだろうか……

 

 

 

 

結局、彼女が目を覚ましたのは2週間ほど経ってからだった。

 

「あれ……私…なんで?」

「やっと目が覚めましたね」

「あなたは……私は死んだはず…じゃ」

「ええ、世間的にはあなたは死んだことになっています。警察の方に収容された遺体はなぜか、消えてしまいましたけど」

 

俺が彼女を回収した次の日、ニュースでは10億円は無事回収され三人組の最後の一人は自殺したと報道された。新聞には彼女の遺体の前で項垂れている新ちゃんとそれを後ろからあすなろ抱きしている蘭ちゃんの写真が載っていた。……仮にも死体の写真を新聞で載せていいのだろうか。

俺と同席している紅葉、そして明美さんはお互いの自己紹介をして俺は彼女に事の顛末を分かるようゆっくり説明した。彼女の疑問に丁寧に答え、時にコナン世界では存在しないような生き物を実際に見せて。

 

「まさか、異世界なんて。でもそうでもしなければ私は助からなかったってことなのね」

「ええ。それにあなたを「生かす」には警察機関を頼る以外だとこれくらいぶっとんでないと難しいですしね」

「そうなのね……ねえ、一つだけ。命を助けてもらってこんなことを頼むのもおこがましいってのは分かるんだけど。妹の様子を調べてもらえないかしら?」

「それは……」

 

俺は、もう彼女の妹にあっている。数日前、俺は新ちゃんに誘われて阿笠博士の家に行った。するとそこには「灰原哀」がいた。彼女は俺の事を知っていたらしく俺の登場に驚いた様子だった。正体を知っているということでの顔合わせのようだったが「……よろしく」の一言で彼女は地下の研究室に戻って行ったが。

俺は、新ちゃんに聞いた彼女の事を明美さんに説明した。

 

「そんな…っ…なんて無茶を!私がへまをしたから……!!」

「あなたの妹にとってあなたはそれほど大きな存在だったってことですよ。それで。あなたはどうしますか?いくつかの選択を示しました。あとはあなたが決めてください」

「私は。……ねえ?私が生きていることをあの子に伝えてはいけないの?」

「それは……難しいですかね。今の彼女は張りつめているが故に隙がない、警戒心が強い状態です。それは自衛という意味ではとてもいいと言えます。今は組織の捜索も激しいでしょう。もし生きていることを何とか理解してもらったらそれは彼女の隙になります。せめて明美さんが自分の身と、欲を言えば妹さんを守れるくらいまで鍛えられればそこからは俺は何も言いません。俺はあなたを俺の我儘で助けた。「死ぬと分かっている人を見殺しにしたくない」っていうね。だけど助けた命には責任を持ちます。だから俺があなたを守り、そして全力で導きます」

「……あなたがもう少し大人か、私がもう少し幼ければあなたに惚れていたわね。すごい殺し文句よ。それ……ふふっ。いいわ。それじゃあ私はあなたの家で厄介になるわ。よろしくお願いしますね、龍斗くn…龍斗先生♪」

 

そういって、顔を少し赤らめながら茶目っ気たっぷりにウィンクされた。

 

「わかりました。それでは今まで来てもらってた家政婦さんには悪いですが暇を与えますか。それで?男になりますか?太ったオバサンになりますか?」

「い、いきなりすごいこと言うわね。じゃあ私は……」

 

結局、彼女は食寶ペアを飲み、住込みの家政「夫」として俺の家に居候することになった。日中は家事や買い物をしてもらい、俺が時間を取れれば家の道場で徒手空拳の指導を行うことになった。最低でも狙撃に気付き回避する事、至近距離での発砲への回避及び反撃。そしてジンを想定した大男を無傷で殴り倒せるくらいの腕になれば免許皆伝かな?最終的に宮野明美として生きていく事を考えて指導の際の性別比は男女1:4くらいでやることにした。男が1なのは万が一普段何かの事件に巻き込まれた場合を想定してのことだ。性別の違いで体術の誤差に慣れさせておこうという意図だ。

それにしても。綺麗な人は男になるとイケメンになるなあ。男にその長髪は……誰かを思い出すという事なのでバッサリ切っていた。普段着のコーディネイトは紅葉がやってくれた。これからよろしくお願いしますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍斗、明美さんは大人の余裕(?)であしらってくれはったけどああいうことを恋人が後ろにおるのにポンポン言わんといてくれはります?」

「反省しております……」




はい、多分オリキャラ風味になりそうな予感です。
一回傷回りを治して傷口を塞いで助けたーってしてたんですが。土曜にお医者さんに話を聞いてみると出血で心臓止まった人の心臓を動かしても、多臓器不全で助からないと言われたのでかなり修正しました。おかげで彼女の魔改造(ドクターフィッシュ)の動機付けができて、思わぬ副産物でしたが。
オリジナル素材は2つでまずは「ドクター蚕の絹糸」です。設定は人との親和性が高く体内で同化するため取り出す必要もなく、また抗菌力もありトリコ世界の手術で広く使われている。って感じです。
次に「ドクターフィッシュ(グルメ界産)」は作中で主人公が言った通りなんですがそれに加えて、グルメ界でも生きていけるような体に少しずつ改造していく効果もあります。……ペアを何度も飲めるってかなりいい環境ですよね?
彼女が家政夫を選んだのは、近くに住んでいる妹の様子を見ることができるからとオバサンはいやという乙女心からです。紅葉にはタンクトップやVネックのピチTを基本(どっからどう見ても男)にコーディネイトしてもらっています。体型を誤魔化すとあらぬ疑いを掛けられそうですし。
宮野明美が生きていることを伝えるのはとあることを彼女がクリアしてからになります。そこにたどり着くまでどれだけかかるか……頑張ります!


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第二十三話 -浪花の連続殺人事件-

このお話は原作 19巻 が元になっています。

PCの不調が深刻で次の投稿はちょっと分からないです。PCの不調は生活にも関わってきますので早めに解決して投稿も再開できる…ようにがんばります。


方針を決めて数週間、明美さんは男性時には「辻本夏」と名乗ることになった。傷も癒え、日常生活を送れるようになった。流石に20数年生きてきた性別と違う体は慣れず、物語であるような(トイレを間違える、女言葉になるなどの)失敗が続いた。そして――

 

「え?買い物帰りに哀ちゃんに会った?」

「そうなのy……なんだよ。横を向いたときの顔を後ろから見られたらしくて。顔立ちは私のままだから『お姉ちゃん!!』って呼ばれちゃって。つい後ろを振り向いたら小さな志保と同じく吃驚しているコナン君と……他にお友達かな?三人の子供と一緒にいたわ……いたんだ」

「今は家ですし言葉は戻してもいいんじゃないですか?」

「いや、男の時は変えないといつまで経っても変な顔されちゃうからね」

 

向き合えば、今日来ているのはタンクトップにジャケットだし男性だというのが分かるだろう。喉仏も出ているし声も低い。だけど明美さんの言う通り顔立ちはそこまで変化してないから短髪にしているとはいえ後ろから見れば勘違い(事実だけど)するか。一応哀ちゃんの事はちらっと見ていたりしていたので動揺しないように気を付けて、当たり障りのない事を話して別れたそうだ。ただ、新ちゃんはどうも納得していない、哀ちゃんはどうにも悲痛な顔をしていたそうだ。

 

「そうですか……もし、近所で会うようなことがあればここに住み込みで働いていることは別に話してもいいですよ。流石に何度も会って親交を深めて隠すのは不自然ですしね。ただ「辻本夏」として…ですよ?もしかしたら死にたがっている彼女もいい方向に行くかもしれませんし。明美さんにはつらいかも知れませんが…」

「いいの?勿論正体を明かせないのはつらいけど近くであの子を見れるのなら…あ、でもたしかに下手なことを言わないようにしないといけないのは大変かな」

「気を付けてくださいね。あの子たちは頭がいい。ちょっとしたことで気づいてしまうかもしれないですからね。まあ、一緒に風呂でも入れば疑念は払拭できるでしょうが」

「えっと……そこまでは。あはは…そ、それより!そろそろ私の体も復調してきたしそろそろ訓練をお願いしても大丈夫かな?志保の様子を聞くに早ければ早い方がいいだろうし」

 

そう、哀ちゃんが生きることに前向きでない傾向があるんじゃないかと新ちゃんが言っていた。そのことを伝えた時の明美さんは自責の念と決意の秘めた複雑な表情していた。今もその時と同じ顔をしている。

 

「あー。実はですね。寝たきりだったリハビリと、傷の回復そしてドクターフィッシュによる肉体改造はあらかた無事に終わっています。なので今日からでも戦闘面について指導していこうと思っていたのですが……」

「ですが?」

「実は明日から家を離れることになってしまいました。なので戦闘訓練は帰ってきてからということで……」

「あら残念。お仕事?」

「いえ、幼馴染みに呼ばれて大阪に」

 

 

 

 

「あれが天王寺動物園!あれが大阪ドーム!ほんでここが通天閣や!どや!?ええとこやろ大阪は!!」

「ほんと、いい眺めだね!」

「つってもなあ、東京タワーと変わんねーじゃねーか」

「アホ!あんな味気ない赤い塔と一緒にすんな!この通天閣はな……」

 

今日、俺は平ちゃんの誘いで毛利一家とともに大阪観光に来ていた。紅葉は不参加。どうやら東京のカルタ大会に出場するらしい。応援に行ってから大阪で途中合流すると言ったのだが、「こないな大会、龍斗の応援がなくても楽勝やから楽しんできー」と送り出されてしまったので単身大阪に来たというわけだ。家の事は明美さんに任せた。

…ん?なんだ新ちゃん俺と平ちゃんを引っ張ったりして。

 

「オイ、服部。そろそろオレや龍斗を大阪に呼んだ理由を話せよ。またなんかあんだろ?本当の理由が……」

「ちゃうちゃう、今度はホンマに仕事抜きや。一度お前らにじっくり大阪を案内したろとおもてな」

「「え?」」

「人間なんか……いつ死んでまうかわからへんのやからのォ…」

「!!」

「な、なんだそれ?」

「けったいな夢を見てもうたんや」

「夢?」

「ああ、今から犯人を捕まえるっちゅうとこで逆に犯人に刺されてしもて、おまえが死んでまう夢をなあ…」

「なるほどねえ」

「おい!龍斗もなんで納得してんだ!」

「そんで、龍斗とは京都の方ではようあっとったけど大阪ではほとんどなかったしな。丁度ええってことで誘ったんや」

「おーい、平次君!スマンなあ、おそうなった!!」

 

俺達が蘭ちゃんや小五郎さんと離れた場所で会話をしていると平ちゃんの後ろから声を掛ける眼鏡をかけたスーツの男がいた。

 

「お。やっときよったか!」

「どちら様?」

「大阪府警東尻署の坂田祐介ゆうもんです!」

「刑事さんがどうして服部君に?」

「ウチのオヤジがな。「毛利ハンや龍斗君が来はるんやったらちゃんと案内せえ!」ゆうて気ィ利かせてくれたんや!」

「流石は大阪府警本部長。平蔵さんもやるねー」

「あれ?そういえばオヤジはどうしたんや?顔を見せる言うとったけど」

「本部長は例の事件の会議でちょっと…」

(例の事件?)

「ほんで?ちゃんとあの車用意できたんか?」

「そらもう!普通の奴とちゃうんで数はまだ少のうて失敬するのに苦労しましたが。東尻署で一番目立つもんを持ってきましたがな!」

「お、おい……その車ってまさか……」

「さ、いこか!」

 

平ちゃんに言われ、俺達は通天閣を後にした。後にしたんだが……

 

「やっぱええのう!パトカーは!!渋滞でも車が避けていきおる!しかも普通のセダンタイプやのうてワゴンタイプやから、注目度もばっちりや!ほな、どこからいこかお客さん?」

 

そう、彼が手配をしていたのはパトカーだった。しかもキレーな新車。小五郎さんも文句を言っていたが平ちゃんは何が気に食わないのか分からない様子だった。

 

「何か、連行されているみたいで恥ずかしいかなって…」

「そんなん、悪いことしてへんのやから堂々としてたらええんや堂々と」

(ハハハ……)

「…っと龍斗?何でおまえさんはフード被っとるんや?マジもんの連行中の犯罪者みたいになっとるで?」

 

そう、俺は来ていたパーカーのフードを被り、横からも前からも顔が見えないようにして周囲を警戒していた。

 

「……いやあのね?平ちゃん。探偵の小五郎さんやその家族、高校生探偵で知られている平ちゃんはともかく俺は警察に血縁のある関係者はいないからね。一応、世界大会もあるしゴシップネタになりそうだから隠れておこうと。撮られたら説明しても泥沼になりそうだし」

「あー。そういや下手したらこん中で一番の有名人やったな。そこまで気がまわらへんかったわ。龍斗には悪いがこのままでええか?」

「囃し立てる連中のほうが悪いからね(平ちゃんのチョイスも悪い気もするけど)。警戒しているから問題はないよ。それよりツアー案内を頼むよ?ガイドさん」

「おっしゃ、まかせとき!」

 

そして俺達は平ちゃんのおすすめのうどん、たこ焼きを食べた。うん、美味しい。うどんの出汁の隠し味をうどん屋のオッチャンに言い当てたらそこからうどん談義が始まったりしてとても楽しかった。ん?蘭ちゃんの様子が…?

次はお好み焼きが良いと言うと、交通網の関係でかなり遠回りになるとのことだった。 そこで案内役の坂田さんが知っている店に急遽行く事になった。

 

「良かったね。近くにいいお店があって」

「そうだね、蘭ねーちゃん」

「ほんならオレ、ちょっとオカンに電話してくるよって。……おっちゃん、メシも忘れんといてな」

「え?」

「メシと一緒に食べんのか?」

「普通やんけ。お好み焼きはオカズやぞ?解説は任せた龍斗!」

 

そういうと平ちゃんは電話をしに行った。それじゃあまあ、解説というほどでもないけど。

 

「関西の方だと「お好み焼き定食」っていうのもあるくらいお好み焼きはオカズであるって考え方が他の地方より浸透しているんですよ。初めて食べる人はえ?ってなるんですけどタレがご飯とマッチしてて美味しいんです。まあお腹のすき具合でご飯ぬきにしたりするので一様には言えないですけどね…っと、おれもちょっとトイレ行ってきます」

 

俺はそう言って席を立った。『面白いね大阪って……』『だね』後ろでは新ちゃんと蘭ちゃんがそんなやり取りをしているのがかすかに聞こえた。

 

『ハハハハ……笑かしよんなこの女!』おや?トイレから出ると平ちゃんの陽気な笑い声が聞こえた。

 

「どうしたの?平ちゃん」

「どないしたもなにもコイツが笑かしてくれたんや!」

「ん??おやま、和葉ちゃんじゃない。久しぶり。和葉ちゃんが笑わせてきたの?」

「た、龍斗君久しぶりやな。な、なんでもあらへんよ!」

 

どうやら俺と平ちゃんが席を外してる時に蘭ちゃんに突っかかったらしい。平ちゃんを東京でたぶらかした「工藤」という女だと勘違いして。……東京で平ちゃんをたぶらかした「工藤」までは合ってるな、うん。でも…

 

「それは……ぷっ…わ、わらっちゃうね…」

「も、もうそない笑わんでもええやんか!」

 

何やら思いつめていた様子から表情もほぐれたようなのでお互いに自己紹介をした。取りあえず関東と関西どちらも知り合いである俺が音頭を取った。なぜか、和葉ちゃんは二人が悪ふざけして平蔵さんの古い手錠で遊んでいてしばらくつながって生活していた通称「鉄のクサリ」について話していたが。……蘭ちゃんへの牽制かな?

 

「なるほどなあ、つまり龍斗君の父親である龍麻さんとそこの二人の父親が幼馴染みで、母親である葵ちゃんはオレや英理と幼馴染で有希ちゃんとは高校からの親友。なんとも奇縁というか」

「こうして幼馴染み同士で縁が出来るのは嬉しいですね。普段は住んでいる場所が関東と関西で全く違うのでこんなことは中々ないとは思いますが。まさに奇縁ですね」

 

俺と小五郎さんは俺の奇妙な交友関係について話していた。いや、まあその大部分はオレ個人だけでなく、両親の縁が多分に入っているんだけど。向こうは向こうで話が盛り上がっていた。

 

「あー、食った食った!」

「おいしかったねー!」

「ああ、色々な種類が美味しく味わえてとてもよかったよ」

「そらよかった…やけど、龍斗は食いすぎや。なんや全種類って。お好み焼き屋のオッチャンビビッとったで?」

「服部君、龍斗君って気に入ったお店の料理全部頼むのよ。高校の帰りの寄り道とかでしてるし」

「…の割には全然お腹出てへんなー。ええなあ龍斗君、女の敵やで?食べても太らんちゅうのは」

「そういえば、今食べたばっかりなのに全然出てないね」

「あははは……」

トリコ世界じゃもっともっと食べるけどね。

 

「刑事さんも一緒にお食べになればよろしかったのに」

「いえいえ、僕は接待役なんで……」

 

小五郎さんが坂田さんに食事の同席を誘っていたが断られていた。俺達も雑談もそこそこにパトカーに乗った。

 

「ほな、次はどこいこか?」

「やっぱり大阪城しかないんちゃう?」

「……なんでおまえがのっとんねん」

「ええやん。私も連れてって―な。珍しく龍斗君と大阪で会えたんやし」

「まあ、ワゴン車だから席に余裕があるしいいんじゃない?」

「んー。まあええやろ。そんなら、大阪城に行こか」

『あ……うわああぁぁ……』

「ん?」「なんだ?」「え、なに?」

―――ヒュオ……ドシャ!

 

外の人たちが上を見上げ、何かを見て一斉にパトカーから離れたと思ったらパトカーの前のルーフ部分に人が落ちてきた。車の中はフロントガラス越しに男性の後頭部が見えている。どうやら車と平行に倒れているようだ。

 

「「きゃあああああああーーーー!!」」

 

し、しまった。死体が落ちてきたから反射的に聴覚を広げていたら二人の悲鳴が……!至近でしかも車という密閉空間だったからダメージが…

 

「お、おいなんなんだこの男は!」

「知らんがな!突然上から落ちてきよった!」

「平ちゃん、上……」

「な、なんや龍斗耳なんか押さえよってからに…上?」

「誰かいるよ!」

 

俺の指摘に屋上に人がいることを確認した新ちゃんと平ちゃんは現場保存と警察を呼ぶことを指示し屋上に向かっていった。

しばらくして屋上から二人は一人の男性を伴って降りてきた。屋上にいたこの人はこのビルで茶店をやっている人で状況的に事件の犯人ではないそうだ。平ちゃんは死体の胸に財布を貫いて刺さっているナイフを見て例の事件の続きで、人通りのあるところのパトカーの上に死体を落としたのは見せしめなんじゃないかと言っていた。野次馬の中に死体を見て青ざめて逃げていく女性がいた。その女性は車で逃げてしまったが新ちゃんが車の番号を覚えていたようでとにかく警察署で話をすることになった。

 

―――大阪府警 東尻署―――

 

「れ、連続殺人?さっき落ちてきた男がその三件目ってことなのか!?」

「そうや!三件ともナイフが財布を突き抜けて胸に刺さっとった。わざわざ絞殺した後でな…」

「財布?」

「その人ら、お金がらみで恨まれとったんとちゃう?」

「それがそうとは言えんのや」

 

そう言って、平ちゃんはこれまでの被害者について語った。一人目はコンビニ店長の長尾英敏、二人目は小さな居酒屋の女将の西口多代、三人目でさっきパトカーに落ちてきた人がタクシー運転手の野安和人。確かに小金持ちくらいにはなりそうだが殺されるほどとは思えない。しかも何一つつながりを見つけられていないそうだ。

 

「平次君、あったで!被害者の共通点!!」

「ホ、ホンマか!?坂田ハン!」

 

そう言った坂田さんが持ってきたDVDには府議会議員の郷司宗太郎が6年前にかけられた汚職疑惑の際の映像だった。そこに映っていたのは一人目と三人目の犠牲者の姿だった。

警察の方は一連の事件は郷司氏が関係していると見て、すでに動いているとのことだった。小五郎さんいわく、彼は警察嫌いで会うだけでも骨との事。

 

「ほんなら坂田ハン、オレらもそこに行ってみよか?あ、龍斗も出来れば来てほしいんやけど」

「おいおい、んなことは警察に任せておけば…」

「アホ!あんたらの大阪観光をメチャクチャにしよった犯人をほっとけるわけないやろ!……龍斗には悪いけどおまえなら郷司ハンも無下にでけへんと思うからのう。なんせ世界一の称号を持つ男や。そんな男の訪問を断ったとなったら……」

「大阪界隈での彼の評判に関わるってことね。下手すれば次の議員選にすら影響するかもしれない…こういう使われ方はされたくないんだけどねえ。今回だけだよ?無茶しないようにお目付け役も兼ねようかな?」

「お、おう。お手柔らかに頼むわ。ほな行ってくるで。おっちゃんたちは和葉にオレんち聞いて先待っててな!」

「あ、平次!龍斗君が一緒やから平気やと思うけどお守りちゃんと持ってる?」

「ああ、持ってるで!心配するな」

 

そう平ちゃんは返し、俺達四人はパトカーに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お守りって何のこと?」

「ウチが平次に上げたお守りのことや。いっつも平次の命を守ってくれとるな」

「命を守るって随分と大げさな……」

「大げさちゃうよ。平次があのお守り忘れて出た剣道の大会で大けがしたんやから!この世に二つしかない大事なお守りや!」

「この世に二つ?」

「せやせや。さっきの「鉄のクサリ」のかけら、ウチのお守りだけやのうて、平次のお守りにもこっそり入れててん。……ってあんたには関係ない話やな」

「そ、そうだね」

 

この娘、なんか私に当たりが強いなあ。服部君と一緒で龍斗君と小さい時からのつきあいなんだから悪い子じゃないと思うし、仲良くしたいんだけどな。話題は……話題、そうだ!

 

「ね、ねえ。龍斗君とは幼馴染みなんでしょう?大阪ではどんな感じだったの?」

「そういえばあんたも龍斗君と幼馴染やっていうとったね。うーん、ウチらが会うんはほとんど京都の方やったけど……ウチも含めて世話かけとったな。ウチ一人っ子やけどお兄ちゃんってあんな感じなんやなって思っとったよ」

「なんだ、そっちでも同じなんだ」

「せやの?ああ、そういえば一度大阪の平次ん家に遊びに来たことがあったんやった。そんときにある事件があってな」

「ある事件?」

「ウチらが7,8歳くらいやったかなぁ。平次が調子にのって平次のおとんの部屋にあった真剣を抜いたんや。そのころ剣道の大会で負け知らずやったから天狗になっとってな。いつもならそんなん止めに入る龍斗君も丁度席を外しとってそれで……」

「そ、それで?抜いただけじゃないの?」

「平次が抜いた刀を天井に突き上げてポーズをとったんよ。ウチは正面からそれを見て「恰好ええでー、平次ィ!」なんて煽ってしもてな。まあその時は無邪気に騒いどったんやけど。子供が鉄の棒を掲げ続けてバランスなんかとれるわけもなくて。バランス崩して真正面にいるウチに丁度唐竹割りになるようにふりおろしてしもうたんや」

「え?」「おいおい、そんなのヘタしたら……」

「そう、死んどった。もうダメや…って思って目をつぶったんやけど一瞬風が横ぎったと思ったらいつまで経っても何も起きへん。恐る恐る目ぇ開けてみたら柄だけもって呆然としとる平次がまず見えたんよ。平次は部屋の奥を見とったんでウチもそっちに目をやってみたら部屋の隅で息を切らしている龍斗君がおったんよ……日本刀の刃を持った」

「は!?」

「まさか龍斗君…」

「せや。大きなって分かったけど、ウチが目をつぶったあの一瞬の時に振り下りてきた日本刀の刃をどうにかしてへし折ったんやって。部屋の入り口からウチらがそん時おった場所までは2,3mはあったからその勢いのまま部屋の隅に移動したんやと思う。その後はまあ……屋敷中に轟く怒声で平次を叱っとったな。声に気付いてきたウチと平次のオトンたちも止めに入るばかりかちょっと後ずさっとったから正面にいた平次は確実にトラウマになっとるで」

「ああ、あの龍斗君か。あれはマジで恐えからな……」

「私たちに危ないことがあるとホントに怖くなるからね龍斗君。私も見たことあるけど新一も絶対トラウマになってるよ……」

「なんや、そっちでも似たような事あったんか?」

「うん、あれは私と新一…服部君が工藤って言っている男の子と龍斗君と遊んでいた時にね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんてことがあったねえ、いやあ懐かしいなー。」

「「……」」

 

ありゃ、パトカーの中で新ちゃん(平ちゃんのお腹の中に隠れてパトカーに乗った)が、俺と平ちゃんの昔話を聞いてきたので丁度大阪にいるわけだし寝屋川市にある平ちゃんの家で遊んだ時の話をして、その流れで日本刀の事件の話になった。最後の方になると二人は真っ青になって黙り込んでしまった。……ナンデカナー。

 

「す、すさまじいですね。平次君の反応からして話を盛っている様子もないようですし」

「まあ、事実ですし」

「そ、それはそうとあの議員の事務所に向かっとるんですが、平次君の言うてた不審な女の身元が分かりましたで!」

「ホ、ホンマか坂田ハン」

「ええ、丁度事務所に行く途中の近辺の西都マンションに住んどる岡崎澄江っちゅうらしいですわ。歳は39歳。先にこっちに行ってみます?」

「せ、せやな。なんか知っとるって様子だったし」

「そんなら電話してみますわ」

 

そう言って坂田さんは携帯で電話をかけ始めた。……どうでもいいけど、刑事が運転中に電話を掛けるってのはどうなんだろうな。お?

 

「あ、岡崎さんのお宅ですか?私、大阪府警東尻署の坂田という者ですが……」

『け、刑事さん!早うここに来て私を守って!!このままやと殺されてまう!!昔のこと皆しゃべるから早う、早う!』

「と、とにかく落ち着いて!家に鍵をかけて誰も入れんようにしてください!」

「ア、アカン!西都マンション、もうすぎてもうたで!」

「ど、どないします?この道は混んどるし、回り道しとったらえらい時間が…」

 

平ちゃんがそう言い、視線の先を見ると確かにこの車は目的地から大分過ぎてしまっている。

 

「走った方が早いわ!」

「あ、おい平次君!!」

 

平ちゃんは丁度赤信号で止まった車から飛び出して走って行ってしまった。新ちゃんも後をついて行ったみたいだ。って、

 

「坂田さん、岡崎さんの部屋番号って分かります!?俺が追いかけて平ちゃんに伝えますから!」

「あ、ああ。えっと……405号室です。すんませんけど頼みます!」

「はい!」

 

俺はそう言い、二人の後を追って車を出た。すでに姿を視認できる範囲に居なかったので匂いを参考にしばらく追っていくと、西都マンションと思われるマンションの前で二人を捕まえることができた。どうやら、ココは郵便受けにも名前がなく管理人も常駐していないようで二人は部屋が分からず言い合っているみたいだ。

 

「二人とも」

「「あ、龍斗」」

「彼女の部屋は405号室だよ」

「スマンなあ、うっかりしとったわ」

「サンキューな龍斗!」

 

三人で405号室に行くと家の鍵は開いていて、家の中には誰もいなかった。平ちゃんは坂田さんに電話をしてみるが彼女からの電話はないという。電話番号も教えていないそうなので当たり前か。

 

「なあ、龍斗……」

「わかった、ちょっと匂いをたどってみようk……」

 

うわああああああああああああ!!

 

「「「!!!」」」

 

俺が新ちゃんに頼まれて匂いでどこに行ったか辿ろうとした時、階下から悲鳴が聞こえた。

平ちゃんが部屋のカーテンを開けて下を確認すると尻もちをつく男性が見えた。

 

「あそこは公衆トイレか!」

「ま、まさか……」

 

俺はすぐに玄関に戻り、靴を履いて戻ってきた。そして窓を開けた。

 

「「へ?」」

「二人とも、先に行ってるから早く来て!」

 

俺はそういって窓から飛び降りた。あの公衆トイレは階段のある方と真逆で回り込む必要があるため出来るなら窓から飛び降りた方が早い。

俺が男性の後ろに着地し(着地音で振り向いた男性は目を丸くしていた)トイレに入った。そこには目を見開いて事切れている様子の女性がいた。……俺は彼女に近づき体に鼻を近づけた。……だめだ、死臭がし始めてる。もう助からない…か。

 

「「龍斗!!」」

「二人とも……」

 

俺は彼女がもう助からないことを伝えた。二人はその言葉に俺を外に連れ出し離れているように言った。俺も手伝うと言ったが。

 

「やめときぃや。なんだかんだで龍斗は慣れてへんやろ?」

「服部の言うとおりだ。いくら龍斗であっても、万能じゃないんだ。落ち込むなよ?ここからは探偵のオレ達に任せときな!」

 

……そういえば。なんだかんだ言って俺は事件に巻き込まれても被害者が死ぬことは無かった。すでに死んでいた野安さんとは違い岡崎さんはついさっき殺された。もしかしたら助けられたかもしれないってのは…つらいな。…俺って「傲慢」だよなあ、なあ紅葉?

その後、坂田さんが到着し現場検証と彼女の家の捜査を軽く行った後、応援の刑事さんに後を任せて俺達は当初の予定通り郷司氏の事務所に向かった。車の中では皆で被害者の四人のつながりについてあーだこーだ意見を言い合っていた。その先に財布の中に免許証があったことから車つながりではないかということでまた寄り道をして調査を行った。その過程で免許合宿でつながりがあるのではないかということで調べを進めていくとなんと被害者は全員20年前のとある合宿で一緒だったそうだ。……郷司宗太郎氏とそして

 

「ぬ、沼淵己一郎やと?!」

「今逃走中の強盗殺人犯のあいつがか!?」

 

そう、その20年前の合宿には凶悪犯の沼淵己一郎も参加していた。そしてさらに何かがないかを調べていくと合宿の卒業日に自動車学校の教官が飲酒運転事故で死亡していた。そこから沼淵がその事故絡みで郷司氏を金を脅しとる目的で事故に関与した人間を次々に殺し要求をのませようとしているか、郷司氏がスキャンダルをもみ消すために事故の真実を知る人間を次々に殺させているのでがないかという仮定を立てた。

どれが真実にしろ、この事を郷司氏に突きつければ話してくれるだろうということで移動しようとしたのだが……

 

「コナン君?やーっと見つけた!なにやってるのよこんなところで!」

(やっべ、連絡入れるの忘れてた)

 

どうやら和葉ちゃんが府警本部の大滝さんに運転手を頼み、坂田さんと連絡を取ってここまでいたようだ。流石にもう平ちゃんの家に行くということだった。新ちゃんが駄々をこね始めたので、平ちゃんがかがんで新ちゃんに言った。俺もそれに続いて

 

「おい、工藤。ここは大阪や。こっからはオレに任せとき!」

「ハハハ……」

「……はあ、抜け出す気満々か。今仕入れたネタを使えば俺抜きでも郷司氏には会えそうだからね。平ちゃん、新ちゃんは俺が見張ってるよ」

「お、おい龍斗!」

「おお、そりゃあいい!実はこのお守りお前に預けて家にもどっててもらおうとおもっとったけど龍斗の方が守護は強そうやしな!」

「お守り?」「守護ってなんだい平ちゃん……」

「まあ。帰ってからいくらでも話してやるさかい、今回はオレに譲れや。な?工藤」

「ほらー、コナン君!龍斗君ももう行くよー!!」

「……心配すんなや。これ以上大阪でふざけたことさせへん!命かけたるで!!」

 

俺達が話していると出発するために蘭ちゃんが新ちゃんの手を引いて車に乗った。セダン車で大人五人子供一人なので新ちゃんは蘭ちゃんの膝の上に収まった。

結局、車は新ちゃんを乗せ平ちゃん家に出発した。新ちゃんは憮然とした顔をしていたが、なんでお守りを渡そうとしたのか首をかしげていた。俺は新ちゃんに平ちゃんがお守りを渡そうとしたのはこの観光の発端になった夢を思い出したからではないかと伝えてみると「確かにお守りよりオメーの方がご利益ありそうだよな」と言われた。

車の中では夕飯の話で盛り上がり、和やかなムードだった。――大滝さんが沼淵の車を発見したという電話を受けるまでは。大滝さんは俺達に現場に行くことを断りを入れ、現場に向かった。

現場に到着してすぐ、真ん中に座っていた蘭ちゃんの膝の上から扉側に座っていた俺の膝の上にいつの間にか移動していた新ちゃんは飛び出していった。

 

「た、大変なことになっちゃったねこなんk…コナン君!?」

「ついてすぐ飛び出して行っちゃったよ……」

「な、なんで止めなかったの!?」

「周りに刑事さんがいっぱいいるし危険はないと思うよ。それにすぐそこにいるけど、後を追う?」

「も、もちろんよ!」

 

結局、全員外に出ることになった。……ん?さっきの事もあるし新ちゃんの様子を聞いていたけどこの付近だけでなく小屋にも誰かいる?……ふむ、新ちゃんの推理だと沼淵が潜伏していると。じゃああの小屋から聞こえる息遣いは沼淵の物か。

刑事さん達は新ちゃんの推理に従い小屋の方に移動し始めているようだった。

 

 

 

「もー、チョロチョロしないでって言ってるでしょう!コナン君!!」

「ご、ごめん蘭ねーちゃん」

 

小屋に俺達がついたとき警察は沼淵がいる屋根裏から彼を引きずり出している所だった。まったく。でもこれで事件は解決かな?

 

――ガシャン!「どけぇえええ!!」

 

連行されていた沼淵がよろけて倒れた。その際に床に散乱していたキッチン用品から包丁を得て、それをこっちに向けながら走ってきた。……その刃先を蘭ちゃんに向けて。

 

――ガシッ!

「あ、あ?」

「た、龍斗君?」

 

俺はその刃が誰かを傷つける前に刃を握り突進を止めた。新ちゃんが飛び出していたから蘭ちゃんにはその刃は届かなかったろう。その代り新ちゃんに刺さっていた。俺の、大切な、幼馴染みに、

 

「オマエ、オレノタイセツナソンザイニナニヲシヨウトシタ?」

 

俺は包丁を握っている両手の手首、膝、肩関節を一瞬で蹴り砕き、掌底で沼淵を吹き飛ばした。奴は5mほど垂直に飛ばされ柱に激突して悶絶していた。両腕はだらりと投げっぱなしになっていてその激痛から気絶もできないようだった。俺は奴が握っていた包丁を静かに床に置きゆっくりと歩いて行く。行こうとした。

 

「龍斗!落ち着け!!」

「龍斗君もう大丈夫だからやりすぎになっちゃう!」

「これ以上はアカンて!」

 

幼馴染み三人の声にふと、俺はやりすぎていることに気付いた。ああ、でも原形をとどめているなら一応手加減はしていたのか。

 

「あーえっと。…ゴメンやりすぎたみたい」

「せやで!いくらなんでもぼこぼこにしすぎや!ウチらが止めなかったら龍斗君あいつ殺してたで!!」

「そうだ!何したかは全然見えなかったけどあれ見りゃ何したかはわかるぞ!龍斗はいっつもいっつも……!」

「コナン君いつもって?」

「あ、いやそれは……」

 

その後、俺は警察の人に過剰すぎる防衛についてお叱りを受けた。まあ向こうも振り切られて蘭ちゃんと新ちゃんを危険な目に合わせた負い目からか注意だけで済ませてくれた。素手VS刃物、だからね一応。

でもこれで事件も一件落着……?え、沼淵は監禁されていた?

 

 

 

 

結局、犯人は刑事の坂田さんだった。被害者四人と沼淵、郷司氏は20年前自動車教官の稲葉徹治さんに無理やり酒を飲ませ、ブレーキオイルを抜いた車に乗せた結果、彼は亡くなった。坂田さんは稲葉さんの息子でそのことを調べるために刑事になり沼淵をあの小屋で追い詰めた時に事実を知った。

そして郷司氏を殺すために彼の家に行ったのだがそれは平ちゃんの活躍で阻止された。阻止できたんだが―

 

「平次!しっかりしてーな!」

「はあはあ……」

「そ、それで服部君の傷の容体は?」

「それは弾を取り出さないには何とも……」

「弾って……坂田ハンに撃たれたんか?」

「撃たれたんとちゃうわ。自殺しようとしてたとこ止めて、たまたまあたってもうたんや」

「な、なんでそこまでして……」

「ど、どっかのアホがいうとったんや。推理で犯人を追いつめて死なせたらアカン…ってな」

(服部……)

「ア、アカン。なんや目がかすんできよった……ちょっと寝かしてくれ…や…」

「だ、だめ、だめや平次!寝たら…平次?」

え?いや心音は…

「平次……平次ぃいいいいいいい!!」

 

「やっかましいいい!寝かせぇ言うトンのがわからんのかドアホ!ってあたたたた…」

「ま、まあこんだけ元気があれば大丈夫でしょう」

「昨日の夜は大阪のええとこ教えたろってことでほとんど寝ずに考えとッたから眠いんや。それに撃たれたのは横っ腹でな。跳弾が胸にあたったんやけど……」

「けど?」

「お守りで止まってくれてな。なんや、そっちでは龍斗が凶刃から守ってくれたみたいやしオレの判断はまちごうてなかったってことやな!ハーッハッハッハ!…いっててて」

 

 

 

俺と新ちゃんは顔を見合わせて溜め息をついた。

 

「「これは当分死にそうにないね(ねーな)」」

 

 




次話は来週木曜までには投稿できるように何とかします。
[今回のお話について]
服部の~死なせたらアカンというのは雑談でコナンから聞いていたことにしてください。

夏さんが蘭ちゃんポジションを取らないようにあまり絡めないようにしていきたいですね。

幼少時の日本刀のシーンはブリーチの一護と白哉の初邂逅で一護の斬魄刀を折ったシーンをイメージして頂ければ。

実は岡崎澄江の殺害は車に乗り続ければ防げたんですが、昔話で時間を取ってしまい部屋番号を聞きそびれてしまい結局犯行は成功してしまいました。流石に龍斗も刑事が連続殺人をしているとは気づかず結局原作通りで事件を防ぐことは叶いませんでした。

龍斗がトイレでもっと強く嗅覚を開放して匂いを覚えていれば坂田さんが来ていないのに彼の匂いがすることで犯人と分かった筈なのですが、場所がトイレであったことと、さっきまで生きていた人が殺されてしまったのが初めてで少なからずの動揺があったからです。




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第二十四話 -競技場無差別脅迫事件-

このお話は原作第19、20巻が元になっています。

毎度の誤字報告有難うございます。とても助かります!

しばらく1週間毎の更新になりそうです。



―――ワァァァァ!

 

「ねえねえ、今決めたの誰、誰?」

「えっとですね……スピリッツのヒデですよ!」

「流石はヒデだぜ!」

 

子供たちは先制シュートを決めたシーンについてあれこれと盛り上がっていた。

 

「すごい熱気やねぇ。サッカー観戦なんて初めてやけどいっつもこんなんなん?」

「俺も新ちゃんに連れられて何度か来た位だから何とも言えないけど。まあ今日は天皇杯の決勝だからね。盛り上がりはいつもの試合よりはすごいはずだよ……お?今度はBIG大阪の選手がボールを持って上がってきてるね。この感じは11番の選手かな?…センタリングを上げて8番がゴール前でヘッドで合わせようとしてるけどあー、キーパーに阻まれたね」

「……ねえ。あなた、本当に目が見えていないの?今日私たちを連れて電車に乗った時も思っていたけど」

 

今日の俺は両目に黒い包帯を巻いて、サングラスに帽子を被っていた。久しぶりに「太陽の実」という食材を調理したんだが、手順を間違えて至近距離で発光した実を見てしまい目を焼いてしまった。一応再生している最中なんだがその間に光を見るとうまく再生できないので光を完全に遮断できる包帯を巻いているというわけだ。なので観戦には耳の感覚を広げている。

俺が子供たちを連れて、BIG大阪VS東京スピリッツの天皇杯決勝戦を見に来ている経緯はこうだ。元々の予定だと子供たちだけで来る予定だったらしいのだが流石に国立競技場に小学一年生だけで行かせるのはいかがなものか(中身10代が二人いるとは言え傍目は小1五人組)ということになり、博士を頼ることにした……いや、他の保護者もたまには動けよ…が、博士は博士で用事があるらしくダメ。そこで巡り巡って俺に打診が来たというわけだ。俺もそして電話を受けた時に近くにいた紅葉も夜からは予定があったが試合の時間帯は空いていたのでデートも兼ねて了承したというわけだ。チケットは向こう持ちで用意してくれた。

 

「眼?全然見えてないよ。新ちゃんに試合前に選手がどんな配置になっているか聞いていたろ?その時に呼吸の癖や心音のリズムを覚えて後は試合の中それを聞き分けてピッチでどんな動きをしているかを頭の中で想像してるってわけさ。だから選手の顔は分からないよ」

「……息遣いがこんな歓声の中から、しかもこんな離れた所から聞こえるわけないでしょう?ましてや心音なんて直接胸に耳を押し付けでもしないと無理。あなた、私をバカにしているの?」

「さて……ね。まあ哀ちゃんのことをバカにしてなんかいないさ」

「……」

 

ありゃ、無視されちゃった。まあ科学者の彼女にこんな非科学的なことを言えばこうなるか。この事を知ってる人が割と受け入れてくれたから麻痺してたけど、普通こんなこと言われたらこうなるわなー。

 

「おい、灰原!オメーも前に来て試合見ろよ!折角来たんだからよ!」

「嫌よ。私は付き添いで来たの。それにもしTVにでも撮られたりしたら幼少時から組織にいた私は奴らに気付かれてしまう……っちょっと!」

 

新ちゃんは哀ちゃんの付けていた眼鏡……多分サングラスか?を外して自分の被っていた帽子を彼女に被せて強引に手すりに引きずり、観戦に戻った。…しかしTVねえ。俺らが座っているのはメインスタンド。向かい側(バックスタンド側)にはピッチ内にある心音と機械音からしてカメラは一台しかないみたいだし彼女が恐れているようなことは無いだろう。俺も一応カメラは気にしないとね。

 

「ありゃまあ、新一君も大胆というか強引というか」

「それが彼のいい所さ。それに目まぐるしくボールが入れ替わるねえ。あ、また盗られた」

「ウチは右に左に追うのが目まぐるしくて疲れてしまいそうや。それにこの歓声も。最近耳が冴えるようになって長時間はつらくなりそうや。それにしても子供たちは……哀ちゃん以外は楽しそうやな。新一君もあない興奮して」

「新ちゃん、サッカー小僧だからね」

 

試合はしばらく膠着状態が続いた。新ちゃんと哀ちゃんはその間になにかを……ああ、小さくなってからの生活について話をしているようだった。それにしても「84歳」って。明美さんが25歳って言ってたしその年齢はあり得んでしょうに。新ちゃんも明美さんに会ってるし、その妹の哀ちゃんがその年齢はあり得ないって気づきなよ……!?

――――パスッ!

 

「「え!?」」

 

新ちゃんと哀ちゃんが同時に声を上げた。どうやら哀ちゃんが被っていた帽子がグラウンドに落ちてしまい下を向いていたため目撃したようだ。……サッカーボールが射撃されたのを。俺は撃った男の捕縛に動きたかったがその前に新ちゃんがグラウンドに降りてしまった。……仕方ない。

 

「ちょっと龍斗!?」

 

俺も新ちゃん同様スタンドから飛び降り新ちゃんと銃弾の発射地点の射線から彼を隠すように体を挟んだ。男の匂いは覚えたしそいつは離れているが新ちゃんの行動に気付いてまた戻ってくるかも分からないので盾になるつもりだ。

 

「た、龍斗!?」

「まったく、第2射があるかもしれないのに無茶な行動しないの。おかげで取り押さえに動こうとしたのに新ちゃんの盾をせざるを得なくなっちゃったじゃないか」

「あ。わ、わりい龍斗」

「まあいいさ。匂いで追跡は出来るから……あ、すみませんスタッフさんこの子は俺が上に上げますので!……ほら、俺の体でスタッフからは影になってるからさっさと銃弾抉り出して!」

「わ、わかった!」

 

その後、男は戻ってくることなく俺はスタッフが拾ってくれた帽子を受け取った。新ちゃんも銃弾の回収を終えたようだったので彼を抱えてスタンドにジャンプした。

 

「龍斗おにいさん、すっごいジャンプ!」「すげえぜ!」「……お猿さんみたいね」

「ありがとうね、みんな…それで、どうするの新ちゃん」

「とりあえず、この国立競技場から出て警察にこの銃弾を持っていくよ」

 

拳銃を発砲した男は今も追跡できるし、その男の居場所を警察に伝えたらこの事件は終わりかな?

 

 

 

 

7人で競技場を出るとすでに警察が到着していた。どうやらTV局の人がすでに通報していたらしい。

新ちゃんは目暮警部とTV局の人の会話に割り込み銃弾を差し出した。警部はそれからこの事件を愉快犯の犯行ではなく、拳銃を持った犯人による危険な事件であることを認識し観客の避難を開始させようとした。だが…

 

「ダ、ダメですよ!電話の男が言っていたんです。試合を止めたり客を逃がしたり妙なそぶりを見せたら無差別に銃を競技場内に乱射するって!」

「な、なんだと?!」

 

つまり、この大観衆を人質に取られたわけだ。……拳銃を発砲した男、俺が気づいたのは拳銃を撃って数瞬あとだがそんなこと言っていたか?電話を切ってから撃ったのかな。

ディレクターの人によると、要求は日売TVに5000万円、ハーフタイムまでに用意する事だった。警部は私服警官を動員し観客の中を監視するように指示を出していた。次の要求が来た際に電話をしている人間をしょっ引くつもりのようだ。

 

「ここは危険だ。君たちはもう帰りなさい。……龍斗君、子供たちをってどうしたんだいその目は!?」

「あ、はは。ちょっと調理中にミスをしてしまって。しばらくは目を開けられないんですよ…(しまった、目が見えないのに犯人が分かるって言ってもどう説明すれば…)」

「あれ?そこの帽子の子は女の子なのかい?」

「失礼ねー。見ればわかるでしょう?」

 

俺が目暮警部にどう説明しようか四苦八苦していると子供たちと脅迫の電話を受けたディレクターの金子さんが話をしていた。

 

「変だなあ、確か電話の男は「5人のガキの一番左端の青い帽子をかぶったボウズ」って言ってたんだけど」

「「「!!!」」」

 

「警部さん、ちょっと待ってください。取り押さえるって言うのはやめといたほうがええですよ!」

「え?」

「紅葉ねーちゃんの言うとおりだよ。ボールは僕たちの真下に転がったんだ。ってことは近くから拳銃を撃ったってことだよね?」

「ああ、拳銃の射程距離なんてたかが知れているからな……はずれても洒落にならんからな……」

「だったらなんで灰原……この子を男の子って言ったの?彼女はスカートで服装を見ればすぐに女の子だって分かるのに」

「そりゃ、スカートが壁で見えなかったから…」

「つまり、僕たちのいたメインスタンドで銃を撃った人と電話をしてきた人は別人でバックスタンドにいたってことだよね?つまり犯人は二人以上いるってことだよ!」

「!!おい、無線で各員に伝えろ!ワシが指示を出すまで何もするなと!」

 

あと、一人か、それ以上。それを特定するまで俺達は動けないってことか。

 

「新ちゃん、新ちゃん」

「なんだよ龍斗こっちは今犯人がどこにいるかを……」

「それなんだけどね。拳銃を撃った男はスタンドを歩き回ってるみたいだよ」

「わ、分かるのか!?」

「ああ、拳銃を撃った後すぐに誰かって目星をつけていたからね。しかし競技場内に入ってる私服警官は全員拳銃所持ってすごいね。相手が拳銃所持しているからかな?」

「音だったり、匂いだったり……普通の人間が…いやどんな存在でも競技場の外からそんなのが分かるわけないでしょう。ばかばかしい。あなたも探偵ならそんな与太話信じてるんじゃないわよ」

「いや、龍斗はな……」

 

なにやら俺と新ちゃんの話を聞いていた哀ちゃんは俺の言っていることに一々否定の言葉を吐いてくる。それに対して俺がいかにおかしいかを説明する新ちゃん…っておい、その説明はいかがなものかと。

 

「紅葉紅葉。何か書くものと紙ない?」

「そないな物、持っとらへんよ。あ、でもTV局の中継車にいったらあると思うし貰ってくるよ」

「ああ、お願いするよ。俺は子供たちを見ているから」

 

この子たちは少年探偵団を結成するような子たちだ。こんな事件が起きれば首を突っ込むに決まっている。今は一度外に出てしまったのでこの事件についてあーだこーだ言うだけで済んでいるが。もし半券を提示すればもう一度中に入れることを知ってしまえば入って「捜査」と言って動き回るだろう。流石にそれは保護者として見逃せん。

 

「龍斗ー。貰ってきたで。白紙の紙とペン」

「ありがと、紅葉。じゃあ、さっさと事件を終わらせますか。保護者としてあの子たちが危険に首を突っ込む前にね」

 

俺は受け取った紙に競技場の見取り図を描き、俺が嗅ぎ取った銃の鉄の匂いの位置、そしてボールを撃った犯人が置いた銃の位置を書き込んだ。……そう、ボールを撃った犯人はなぜか拳銃を手放したのだ。

書き込んでいる最中、犯人から電話が来た。金が用意できたかの確認と受け渡しの指示だった。……なるほど、この人がもう一人の犯人か。だが一応犯人が3人以上いることを考えて警部に確認するか。

俺は、今電話してきた男がいる場所、犯人が捨てたであろう拳銃の場所に丸を付けて警部さんに……って、

 

「君たち、どこに行こうとしている?」

「灰原さんにチケットの半券見せたら中に入れてもらえるって教えてもらったから」

「僕たちも捜査の協力をするんです!なんたって僕たちは…」

「少年探偵団だからな!」

 

俺は哀ちゃんの方を見るとばつが悪そうに視線をそらされた。

 

「それじゃあいこうぜ!少年探「待った!」……なんだよー、いいとこなんだからじゃますんなよ…な…」

「た、龍斗おにいさん…」

「え、笑顔が怖いですよ…」

「恐い?そりゃあもちろん。怒ってるからね。君たちが子供で相手が拳銃も持っている脅迫犯だからってものあるけど。君たちは犯人に姿を見られている。その君たちが試合を見ずにうろちょろ動けば犯人は勘づくかもしれない。「俺達を探している」って。だから競技場内に戻るのは許可できないな」

「で、でも「かもしれない」ですし僕たち子供ですよ?」

「そうだぞ、オレ達なら大丈夫だって!」

「そうよ、歩美たちなら大丈夫!」

 

子供たちは根拠のない自信で満ち溢れていた。自分は大丈夫、犯人を捕まえられる、と。

それを打ち砕くのは簡単だけど。小学一年生にすることじゃないよな。さてと。

 

「そう、大丈夫かもしれないし大丈夫じゃ無いかも知れない。俺は君たちの親から君たちの面倒を見るように頼まれたんだ。だから君たちをみすみす危ない目に合わせるようなことは見過ごせない。それに君たちは犯人とおそらく連絡をし合うのに通信機器を使う警官さん達の見分けがつかないでしょう?競技場内には58人もの私服警官がいるんだよ。だから君たちにはTV局の撮影した映像から怪しい人間がいないか見てほしいんだ。警察の人は競技場内の捜査で手一杯だからね。あ、半券は預からせてもらうよ」

 

その言葉に渋々といった表情で俺に半券を預けTV局の中継車の方に子供たちを歩いて行った。紅葉には3人の子たちのお目付け役を頼んだ。

 

「あら?あの子たちが入るのを止めたのね。……まあ私も考えが足りなかったわ」

「……まあ気付かなかったのなら仕方ないけど。子供はある程度大人が守ってやらなきゃすぐに危ないことをするからね。ねえ新ちゃん?」

「うっせ、オレを引き合いに出すな!」

「ははは、それじゃあ目暮警部の所に行きますか」

「そーいやオメー何書いてたんだ」

「ん?競技場内の拳銃の位置」

「は!?」

 

そんな言い合いをしながら、俺は目暮警部の所に行き、俺はさっき書いた見取り図を目暮警部に差し出した。貰った警部は何のことかわからなかったらしいので説明をした。見取り図には×マークが60。これが拳銃の位置。うち2つは犯人のもので、一つはボールを撃った拳銃でこれは犯人が置いて現在所持していないもの。そしてもう一つが電話してきた人間の声を金子さんの携帯から漏れた物と競技場内から電話しているものとを照らし合わせて判明した、もう一人が持っている拳銃だ。その人はバックスタンド前から撮影しているカメラマンだった。他に共犯がいないかということを知りたかったので私服警官の数を聞いてみると、58人と犯人を抜かした拳銃の数と一致したので犯人は二人組であるとなった。

最初は半信半疑だったが警官の配置、そして実際にごみ箱に捨てられた拳銃を回収できたことから信憑性がましたようで、ハーフタイムになった瞬間に事件は解決した。金をとりに来た犯人と同時に、こっそりとグラウンドに降りた警官にカメラマンは取り押さえられた。

 

 

― 

 

 

犯人がハーフタイムで逮捕出来たので俺達は後半から試合を見ることができた。どさくさに紛れて離れたから後でどうやってあの場所を探り当てたのか警察で聞かれるんだろうなあ。……どーしよ。拳銃の匂いって言っても信じてくれるわけないしなあ。

 

「それにしても……龍斗のお蔭でスピーディに解決できて良かったぜ」

「まあ俺が手を出さなくても新ちゃんがいたし解決できたんだろうけど。今回は保護者としてあの子たちを無事に帰すって責任があったからね」

「……それにしても。目の当たりにしても未だに信じられないわ。匂いで人を判別するなんて…しかもあんな距離で…てことは音についても事実ってこと?……いやそんなことは…」

「あーあー。哀ちゃん常識人やから混乱してしまっとりますよ。どないするん?」

「こういうのは新ちゃんに任せとけばいいんだよ。ね?新ちゃん」

「オ、オレかよ!?…ま、まあ84歳のババアになっても世の中なんて知らないことばかりなんだよ!気にすんな!!」

 

いや、丸投げしたのは俺だけど女性に年齢の話題ってどうなのさ。

 

「……なによ、私の歳は貴方とお似合いの18歳よ!……それから緋勇龍斗!あなたも工藤君共々興味的な素材として認定してあげるから覚悟しなさい!」

「「「はあ?」」」

 

そういって、びしっと指を突き付けてくる哀ちゃん。突然の発言に呆気にとられる俺と紅葉と新ちゃん…あ、これ混乱してて我を失っている感じだ。ま、まあお手柔らかにお願いします?

 




今回のお話について
・小1五人だけでは絶対に行かせませんよね、5万6千ものひとがいる国立競技場に→保護者同伴
・今回は目をわざわざ潰したのは発砲時に感覚を開いている言い訳が欲しかったためです。目が見えていないのに普通に動いていることに灰原が不審の目を向けさせる効果もありますしね。
・コナンがグラウンドに降りたってナイフで地面抉るのは「ナイフもってるぞこの小学生」ってのもありますが第二射で撃たれることを考えなかったのかって事でこうなりました。
・この頃の灰原って子供たちが危険なことに突っ込むのに無関心な気がします。「純黒」であんなに心配してたのに、19巻時点では拳銃を発砲した犯人の捜索の手助けをしてますし。最初はそのことについて説教を書いていたんですが灰原の心情をうまく書けなかったので没になりました。
・今回は「保護者」として来ていたのでコナンに頼ることなくスピード解決しました。だって子供って目を離したらすぐどっかに行って危ないことしますしね。



少年探偵団の親たちは博士に任せすぎじゃないですかね?お金も博士持ちなら無責任すぎるといつも思っていたり。なのでそこら辺は今後も軽くやりとりは書きます。


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原作21巻~
第二十五話 -結婚前夜の密室事件-


このお話は 原作第21、22巻 が元になっています。

お気に入り登録が2000を突破していました!投稿開始時に建てた目標にしていたことなのでとても嬉しいです。少々ペースは落ちていますが週1は続けていきますのでこれからもよろしくお願いします!

※第五話のシャロンとの会話を加筆しました。子供を武器にしました。
それにともない中1で世界一になった(第8話)とき、高1(第9話)でシャロンさんの葬式での描写を追加しました。


「うわあ、えらいひとやなぁ。お祭りでもやってんのん?」

「普通だよ……」

「土日の渋谷はいつもこんなものよ」

「まあ、わからんでもないですなあ。ウチも龍斗とデートに来たときは驚いたもんです」

「……にしてもホント人がぎょーさんおんねぇ…天神祭と変わらへんやん……」

「ホンマや、造幣局の桜の通り抜けと…ええ勝負やで」

「……それで?突然電話で「今日東京きとるから毛利のおっちゃんと一緒に迎えに来てや」って。たまたま暇だったからよかったものの事前に電話くらいして欲しかったよ?」

「悪い悪い。毛利のオッチャンはともかく龍斗には言うとくべきやったな」

「…ったく。なーにが毛利のオッチャンはともかくだ。俺だって忙しいっつうの」

「ええやんか。来れたっちゅうことはヒマしとったって事やろ?丁度こっちに来る予定もあったし、たまにはちゃんと東京をみなアカンと思ってな」

「用事?」

 

週末の土曜日、俺も紅葉もオフということでデートにでも行こうとしてた朝、突然平ちゃんから電話が来た。東京に来たから会おうと。そもそも東京に来たのは平ちゃんのお母さんである静華さんの同級生の息子さんが明日結婚式を挙げるのだが静華さんが怪我をしてしまい、その代理として平ちゃんが来たという事らしい。和葉ちゃんはまあお目付け役……らしい。本人にいわく。でも……

 

「よういうわ。渋谷で服買えるいうて騒いどったくせに」

「じゃー私が知っている店行ってみる?」

「気ぃ遣わんでもええよ。もう行く店決めてあんねん…」

「あ、そう……」

 

「なあ龍斗。あの二人…というか蘭ちゃんに冷たない?あの娘」

「多分、平ちゃんにコナかけてるって勘違いしてるんじゃないかなぁ。違うって言ってるんだけどね。多分ここから別れて行動すると思うからそれとなくフォロー頼むよ」

「任せて。ウチもウチの知らない龍斗のこと知っとるあの子の事気になるし」

「そういえば、紅葉は高校生になって初めてか。和葉ちゃんに会うの」

「あれ?以前に会うてましたっけ?」

「……ああ、うん。まあ和葉ちゃんに聞いてみて。まだちゃんと紅葉の事紹介してないし」

「??ならこっちで自己紹介済ませときますね」

 

結局、男性陣と女性陣に別れて観光する事となった。紅葉はあの時にあってるんだけどな。それに俺と紅葉が会えたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー、可愛い!ねえねえ、これ似合うと思う?」

「似合うんちゃう?あんた可愛いし。気に入ったらはよ買わんと取られてまうよ!」

「そ、そうだね…」

 

これは、龍斗が言ってた通りやな。平次君や龍斗がおった時は彼らが緩衝剤になっとったけど三人になった途端えらいつんけんするようになったなぁ。せっかくいい洋服屋に来とるのに。欲を言えば龍斗に選んでもらいたかったけど。

 

「そうです、遠山さんとウチとは初対面やったよね?」

「ん?ああ、そういえばそやったね。ウチは遠山和葉。平次とは前に会うてたみたいやけど、平次とウチは龍斗君と幼馴染や。よろしゅうな」

 

平次君にあったことがある、という所で視線を厳しくする遠山さん。……ああ、ウチも最初蘭ちゃんや園子ちゃんにあんな目をしとったんやろなあ。

 

「よろしくお願いします。ウチは大岡紅葉いいます。出身は京都やけど今年の1月から京都泉心高校から龍斗たちの帝丹高校に編入して龍斗の家にお世話になってます。龍斗の未来の伴侶です」

「……?…ッ!?え?!?!は、伴侶!?伴侶っていうたら…」

「お嫁さん、です」

「え?≪あの≫龍斗君に!?彼女をすっ飛ばしてお嫁さん!?うっそーーーー!?」

 

……龍斗。幼馴染みの反応がみな同じなんやけど。

その後、混乱する遠山さん…もとい和葉ちゃん(龍斗君の恋人に余所余所しく呼ばれるのは嫌や!と言われた)を落ち着けて無事服を購入することができた。ウチの事に対する刺々しさは消えたけど…

 

今は龍斗達と合流するために毛利ハンの運転する車の中。右から和葉ちゃん、蘭ちゃん、ウチの順で後部座席に座ってる。

 

「はあ、今頃平次何しとるんやろ?買い物はよすませぇ言うとったのは向こうなのに」

「ねえ…」

「ん?なに?」

「何怒っているの?」

「え?」

 

流石に蘭ちゃんも今日の和葉ちゃんの態度はわかっとったか。

和葉ちゃんは怒っている原因を教えてくれた。どうやら以前大阪に遊びに行った時もそして今日も蘭ちゃんと平次君の服装が似たりよったり、つまりペアルック(に見えた)だったそうだ。確かに言われてみれば今日の二人の服装は似とるなあ。そのことを聞いた蘭ちゃんはためらいもなく今日来ていたボーダーの服を脱ぎ、さっき買った服に着替えた。…ええ度胸しとるな…

 

「ホラ!これでおそろいじゃないでしょ?」

「…あんた、ええ子やなあ」

「そーお?」

「それはウチも同意です。和葉ちゃんもようやっと誤解が解けたようで。蘭ちゃんはこの…新一君って彼氏がおるんですよ?」

 

そういって、以前カラオケに行った際に店員さんにとってもらった写真を見せた。

 

「ちょ、ちょっと!彼氏なんかじゃないって!!」

「へー、この子が工藤新一君?ホンマに男やったんやね。…この茶髪の子は?」

「この子は鈴木園子ちゃんって言うて、龍斗の幼馴染みの子です。この子もめっちゃええ子ですよ」

「そうなんや。今度会ってみたいなあ」

「絶対気に入ると思うで?」

 

今日会った時とは打って変わって仲良うなれてよかったわあ。龍斗もウチになんか頼まんでも蘭ちゃんなら自力でなんとかできたで?まだまだ過保護やねえ。

道中の車の中で話はこの3人の共通点である龍斗の話で盛り上がった。なんや、まだまだ色んなことやらかしとったんやな龍斗……その中で和葉ちゃんがウチと龍斗のなれ初めの話を振ってきた。

 

「せやね。あれは6年前の小学4年生の頃、ウチは京都で開かれとったかるたの大会に出とったんよ。そこでな、龍斗と決勝で当たって。それはひどい負け方をしたんや」

「ふむふむ…ん?かるた大会?」

 

なんか、和葉ちゃんの様子が変?まあええか。

 

「そんでな、泣いてたウチを龍斗が慰めてくれてん。そんでウチの事めっちゃ褒めてきてな。キレーや、可愛いって。そんでまあ色々あって…ね?」

「その色々が聞きたいんだけどなー。ねえ和葉ちゃん。…和葉ちゃん?」

「…なあ紅葉ちゃん。それって○○カルタ大会?」

「え?ええ。せやけどなんで知っとるです?」

「それな、ウチが平次のお母さんから大会の事聞いて平次を焚き付けて龍斗君に参加させた大会なんや。平次は龍斗君にいっつも世話になっとってな。一回くらい勝ちたい言うてて。なら平次の得意なカルタなら勝てるんやない?って言ってっ…紅葉ちゃん!?」

「ちょっと紅葉ちゃん!?」

 

ウチは真ん中にいる蘭ちゃんを覆うように体を伸ばし、和葉ちゃんの手を取った。

 

「その話が本当ならウチが龍斗に会えたのは和葉ちゃんのお蔭です!ありがとう、ありがとう!」

「え、えっと。そない感謝せーへんでも」

「いいえ!これはウチにとってとっても重要なことです!!」

「紅葉ちゃんが暴走してる……」

 

ああ、ウチは和葉ちゃんの事が大好きになりました!龍斗!龍斗の幼馴染みはええ子ばっかや!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治神宮で合流した女性陣は買い物で交流を深めたのか、和葉ちゃんのほか2人への隔意も消えとても仲睦ましい……仲良いというか、紅葉が和葉ちゃんにぐいぐい迫って和葉ちゃんが戸惑ってるな。何があったかを聞いてみるとさもありなん。まあ俺にとってもキューピッドになるわけだしね。

お参りをし、各々がお願いをしていると平ちゃんに話しかける中老の男性がいた。どうやら彼は重松明男さんといい、明日の結婚式の新郎の家に仕える執事さんだそうだ。今日は花嫁になる片桐楓さんの東京案内をしているそうだ。楓さんは子宝に恵まれるようにとお願いしていたと言っていたが……

 

「なあ、楓さんの様子、どーみても子宝をーって感じやなかったよな?」

「……」

「んー、確かにちょっと気になるかな」

「全く男どもは!嫁入り前には色々あんねん!」

「そーそー、マリッジブルーっていうし!」

「逆に感極まって真面目な顔になるってこともあるんやない?」

「「「ねー!」」」

「なんや、急に仲良うなって。気色悪ぅー…」

 

重松さんの提案で平ちゃんと和葉ちゃんだけではなく俺達全員が森園家にお邪魔することになった。今更だが静華さんの同級生が嫁いだのって結構大きなとこだな。だけどたしかあそこって2代目の森園…菊人さん?はあまりいいうわさは聞かないんだよな…

重松さんの案内で屋敷に向かって歩いていると突然木から人が飛び降りてきた。彼は桜庭祐司さんといい、使用人をしているそうだ。木から飛び降りてきた彼の胸には猫が抱えられていた。どうやらご当主の命令で捕まえていたそうだ。

 

「わー可愛い!」

「ちょっと見せてーな!」

「はい、どう…ぞ!?あ!おい、コラ!」

 

女性陣に見せようとしたらするりと抜けだし、また桜庭さんはあの猫との追いかけっこを再開してしまった。そんな光景を見せられた俺達は微笑ましい雰囲気になっていた。そんな俺達の後ろから新たな登場人物が現れた。

 

「あら、あなたね!我が弟の姫君は。…大会社の社長令嬢だかなんだか知らないけど。覚悟しときなさいよ!今日から私がこの家のしきたりを骨の髄までみっちりと仕込んであげるから!」

「は、はい!」

「……なーんてね!冗談よ冗談!私は姉の百合江!普段は外国に行っててうるさくしないから安心してね!」

「は、はあ」

「それにしてもやるわね貴女!プレイボーイの弟をここに通い詰めて落としたんですってね!」

「え?」

「い、いえ。お嬢様。一目ぼれしたのはお坊ちゃまの方でして」

「あら、前に貴方そう言ってなかったかしら?まあいいわ。今回の縁談をまとめたのは貴方だったわね。お父様から何か褒美がもらえるかもよ?」

「はあ…」

 

そういうと百合江さんは屋敷の方に向かっていった。

 

「ねえ平ちゃん。やっぱり楓さんなんか変だね」

「せやなあ。なんや重松ハンも噛んでそうな感じやな」

「ああ、彼女の婚約をまとめたって言ってたしなんかあるんだろうな」

 

こそこそと男幼馴染み3人であーだこーだ言い合ったが、まあすべては憶測だ。

 

 

 

 

時が少し経ち、晩餐会となった。ご当主の森園幹雄さんは結構気さくな方で小五郎さんと話は盛り上がっていた。どうやら彼は若いころ探偵にあこがれていたらしい。

 

「最近は犯罪も巧妙化してましてなあ。第一発見者が殺人犯とかなら探偵なんていらないんですがねえ」

「なるほどなるほど。ですが自分がやったということを誤魔化すトリックを犯人が弄し、それを紐解いていく。それが毛利さんたち探偵でしょう?」

「いやはや、全くもってその通りで!」

 

そんな歓談が進む中、楓さんの旦那さん、森園菊人さんが現れた。……現れたんだが、

 

「東京見物は存分に堪能できたかい?マイ・ハニー?」

「は、はいとても…」

 

「は、はにー?」

「さぶー…」

「うーん、なんかぞわっとしますなぁ」

 

どうやら百合江さんの言っていたプレイボーイというのは本当の事らしい。……それにしても、ぷれいぼーいなセリフか。俺はこういうの言えないからなあ。気障なのは平ちゃんとか新ちゃんがさらっと吐くからすごいよな。こんな感じかな?

 

「紅葉紅葉」

「ん?なんや龍斗……そない見つめないで。恥ずかしいです」

「俺は、君のその世界のどんな宝石よりも価値のある瞳に惹かれたんだ。もっと見せておくれ」

「んー……!??んえっ…!?…!?!?」

「ちょ、ちょっと龍斗!おまえなにいうとんねん!?」

「せ、せやせや!突拍子もなくなんてセリフを言うとんねん!」

「も、もう。紅葉ちゃんが真っ赤になって固まったじゃない!」

「龍斗にいちゃん、時と場所を考えて!」

 

あれ?てっきり「もーそんな寒いセリフ言わんといて!」「おーさぶさぶ!まるで真冬の雪山にいるみたいやわー」「龍斗君に新一みたいな気障なセリフは似合わないよ!」「ウチの事からかってます?」なんて反応が返ってくると思えば。幼馴染み組はみんな真っ赤な顔をして俺をたしなめてくる。大人組は話に夢中でこっちの話には気づいていないようだった。

 

「いや、ほら菊人さんのぷれいぼーいなセリフに皆引いてたからさ。俺もたまには言ってみようかなって。本心をちょこっとアレンジして」

「……龍斗にいちゃん、その昔からの突拍子もない思いつきで行動するの止めようよ?いっつも結構な大惨事になってるじゃん」

「せやせや、ガキん時からなーんも変わってへん。たまーにどデカイ爆発起こすんやからな」

「…コナン君、昔からって?」

「え?あ!?そ、それは新一にいちゃんに聞いたんだよ!龍斗にいちゃんは普段はしっかりするぐらいしっかりしているけどたまーに人をからかったり、思いつきで行動するって。それで周りの人がすっごい衝撃を受けるって!」

「ふーん。まあ確かにそうよね。それから龍斗君?龍斗君は新一みたいな気障なセリフは言っちゃだめよ。紅葉ちゃんがダメになっちゃうから」

「はー。紅葉ちゃんはホント龍斗君のこと好きなんやなあ。さっきからピクリともせーへん」

「……」

「なんかすみません……」

 

フリーズした紅葉も数分後には復活し、真っ赤になりながらお説教をされた。いやほんとスマン。

 

 

 

 

そんなこんなで晩餐会は無事終わり、明日の結婚式に参加する大阪組は森園家に宿泊するということで俺達は帰ることになった。

 

「そんならおっちゃん、結婚式終わった帰りに探偵事務所に寄らせてもらうから!」

「オウ!」

「和葉ちゃん、今日は会えてホンマによかった!また明日ね」

「うん!紅葉ちゃん蘭ちゃん、また明日な!」

 

それぞれで別れを告げ、俺達は帰路につくため門へと向かおうとした。後ろから平ちゃんの安堵するため息が聞こえた『ほっとしたわ。あいつといるといっつも事件に巻き込まれるさかいな』……まあ同意するよ平ちゃん。今回は確かに何事もなく……

 

――ガシャアン!!

 

「な、なに!?」

「3階の窓ガラス、誰かが割りよったんや!」

 

平ちゃんの言う通り、3階の窓ガラスが割られていた。誰かが喧嘩でもしているのか?感覚を広げてみると……これは。部屋の中には一人の男性……これは菊人さんか?それに大量の少し乾いた血液の匂い。…最悪だな。

 

「蘭ねーちゃん、あの窓見張っといて!」

「え?」

「和葉!念のためや、重松ハン呼んで来てくれ!」

「ちょっと平次!?」

 

新ちゃんと平ちゃんはそう言って屋敷の方に入って行った。

さてと、じゃあ俺は。

 

「紅葉。ちょっと携帯で動画を撮ってほしいんだけど」

「え?ええけど。…これでええ?」

「ありがと。それで俺の携帯でも動画を撮り始めて胸ポケットに入れてっと。……うんいい感じにレンズが顔出して撮れてるな。…よし!」

「龍斗?どないするん」

「屋敷からは平ちゃんたちに任せて、俺はあの窓から侵入しようかなって」

「ちょ、ちょっと!あそこ3階よ!どうやって…ああ。龍斗君なら…」

「あんなの手をひっかける所があればどーとでもなるよ。紅葉にはそれを撮っていてほしい」

「わかったわ」

「それじゃあ行ってくる」

 

そういって俺は窓枠や雨戸に足と手を引っかけ、するすると三階の窓に到達した。窓には鍵がかかっていたが割れた窓から手を入れて開錠した。

 

「誰かいますか?……重松さん!?」

 

中に入ると部屋は暗く、正面にある部屋は明かりがついておりそこには重松さんの遺体があった。近づいて脈をとってみるが脈もなく若干死臭もすることから死んでから時間が経っていることが伺える。

さて、と。流石に屋敷の壁をよじ登って部屋に入ってくるとは思わなかったんだろうな。俺が入った瞬間菊人さんが隠れているカーテンが揺れたのが見えた。結構大きな声を上げたのに出てこないしこれは……どうなんだ?遺体と一緒にいたのに隠れているって状況的には犯人って言えるだろうけど。証拠になるのかな?とりあえず重松さんの遺体がある部屋の隣の部屋の電気をつけてっと。お?

 

「おい、どないしたんや!?中で何しとんねん?!…くっそ、鍵がかかっとる!」

 

どうやら平ちゃんたちが到着したらしい。…あ、体当たりし始めた。って!

 

「待って待って待って!!今鍵を開けるから!ちょっと待って!」

『なんや!なんで龍斗の声が中から聞こえんねん!』

「とにかく…」

 

俺は鍵を開け、みんなを招き入れた。

 

「そんで龍斗、お前なんで中に…って血痕!?」

「そうなんだけど、それよりこっちを」

「な、なんなんや?」

 

俺はそう言ってカーテンに歩いていき思いっきり開けた。

 

「き、菊人さん!?なんでそないなとこに」

「え、あそれは……」

「きゃああああああああああああああ!!!」

「!?か、和葉どないしたんや?!」

 

男性陣が菊人さんに事情を聞こうとしていた際に和葉ちゃんがそのまま奥に行ってしまい遺体を発見してしまった。

 

「し、重松ハン!?大丈夫か、おい!!…あかん、もう死んどる……」

「おいおい!マジかよ」

 

「何々、一体何なのよ今の悲鳴は」

「なにがあったというのかね」

「なにかあったんですか?」

 

悲鳴に屋敷の人が集まってきてしまった。

 

「おい、菊人さん!これどーいうこっちゃ!?」

「あなた、重松さんが刺されて亡くなっているのになんでなにもしないで…これは貴方が犯人のようですなあ」

 

そこから、彼は俺に罪をかぶせようとしてきたが(窓が割れた時俺は外にいたんだがなあ)用心として撮っていた動画が無実の証明となり菊人さんは連行されていった。

彼の犯行計画だと、桜庭さんに罪をかぶせるために彼にしかできない脱出方法で密室にしたようだった。そこに俺が三階なのに窓から入ってくるという想定外の行動をとったために俺に罪をかぶせようとしてしまったと。

後の警察の調査で凶器は屋敷の外の森の木の上に引っかかっているのが見つかった。菊人さんが言っていた通り、桜庭さんの血まみれのYシャツも一緒に。ただ、警察が調べたところ菊人さんが着ていた衣服から桜庭さんの血まみれのYシャツと同じ繊維片がついていたことから菊人さんがそのYシャツを着ていたことが分かりそれが証拠となった。

動機は今回の結婚について。重松さんが結婚の話を詰めてくれたのにいきなり取りやめないと会社の不正を父にばらすと言われたそうだ。それを聞いた幹雄さんはすべてを察したのか彼と面会をしたそうだ。その内容は俺も教えてはもらえなかった。

 

 

 

 

「じゃあおっちゃん、お世話様!」

「ったく、これで大阪の時の借りはチャラだぞ!」

「今度はもっとゆっくり遊びにおいで。今度は俺の家に泊まりなよ?」

「おう!なんだかんだで遊びに行く機会がなかったからな!楽しみにしとるで!…それにしても和葉の奴おっそいなあ。なにしてんやろ」

「ちょっと蘭ちゃん紅葉ちゃん!恥ずかしいて死にそーや!」

「もぉ!ここまで来て何言ってるの。さあ、ほら!」

「そおです、ウチも大恩人のためなら心を鬼にする所存です!」

 

んー?なにやら姦しい声が聞こえてくるな。それにしても紅葉。心を鬼にするって言う割にはとても楽しそうだぞ?

 

「わわっ!」

「なんや和葉、お前も俺と同じ縦縞か?」

「ちゃ、ちゃうねん。これ蘭ちゃんの服やねんけどなんやしらんけど無理やり着ていけって。紅葉ちゃんと一緒になって剥かれて…ああもう!やっぱトイレで着替えてくる!」

 

ああ、蘭ちゃん睨んでた理由がペアルックだしな。意趣返し…なんていじわるはしないだろうから恋の応援かな?紅葉もそれに乗ったと。

 

「ちょー待ち!オレはそのまんまでもかまへんで。それになんやこうしてると」

「こ、こうしてると?」

「兄妹みたいでおもろいやん?」

 

 

 

ははは…はぁ。なんでこう俺の幼馴染み連中ってこうなんだ。和葉ちゃんもご愁傷様。

 

 

 




ちょっと後書きが長いです。事件が起きても推理が起きない…

21~22巻の事件って証拠がないので犯人を嵌めて自供をとるという警察がしたらバッシングものの事件ですよね。今回は紅葉と和葉の顔合わせのつもりだったのでさらっと解決しました。あれ、廊下で人が陣取っていたらアウトな策ですしね。
それと、証拠はないと言っていますが原作の菊人はシャツをインナーなしで着てましたし、外で見つかったのは①桜庭さんのYシャツ②凶器の包丁③血の付いた手袋の三つでインナーの類はなく、菊人が着たなら確実に彼の汗とかがYシャツに染みてると思うですけどね。もしくは今回みたいに自分のシャツの上からYシャツを着ていたにしろ、普通に来ていたにしろ、繊維片が発見できたと思います。
繊維片云々は痴漢冤罪でも使える…らしいです。触っていたなら手や爪に残っていることもあるそうなので。なので袋で自分の手をかぶせて警察に調べて冤罪を晴らして名誉棄損の慰謝料をふんだくる…みたいな対処法を妄想してみたりw

シャロンさん追記は原作を読んで「神様なんているのかしら?」「天使は微笑んでくれなかった」というセリフがあったので
銀の弾丸→絶対的な正義、「新一」
天使→無償の愛、「蘭」
神様→救済を求めるものに救いの手を、「龍斗」
みたいな感じをイメージしてみました。多分、ベルモットのイメージする神様って言うのは上のように救済を求められたとき施しをしてくれる存在かなあと思いました。彼女の人生は描かれていないので何とも言えませんが、誰も彼女に手を差し伸べてくれなかったのではないかなと。そこに小さいながらも何かを感じさせる主人公にああ言われて彼女の「特別」になった。という感じです。蘭と被らないようにするのが結構難儀しました。作者の頭じゃこんな感じが限界です。


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第二十六話 -二十年目の殺意 シンフォニー号連続殺人事件-

このお話は 原作 23巻 が元になっています。

誤字報告本当にありがとうございます!

さっき書き上がりました。ぎりぎり一週間更新継続できた(-_-;)

それではどうぞ!


「緋勇シェフ、魚介類の下処理が終わりました!次は何をすればよろしいですか?」

「ありがとうございます。次はメインのお肉の下準備をお願いします」

 

今日の俺はとある客船の雇われシェフをしていた。何でも特別な記念日で、どうしても思い出に残る船旅にしたいと言うことらしく俺にコースの構成を作ってくれないかと言う依頼が先日来た。他のスタッフの手配はもうすんでいるということであとはコースの内容を決めるメインのシェフのみだけだということだった。電話口の人は仲介人らしく依頼人については詳しくは教えられていないとの事だった。

多分に怪しい仕事だったが豪華客船は提無津港から出航し目的地は小笠原。小笠原に到着した後は再び提案無津港への船旅の間まで少しは自由時間をもらえるとの事だったので依頼を受けることにした。南洋のこの時期の食材を見れるいい機会だしね(10月8日っていう寒露に小笠原に行く機会なんて今後もなさそうだしね)

当日の昼に俺は件の船に乗船し、スタッフと顔通しをしてそのまま夕食の準備をしているというわけだ。船のスケジュールについて聞いてみると何でも新聞広告にある謎掛けを解けた人を無料で「小笠原イルカツアー」として招待していてその定員が埋まるまで出航しないとの事だ。何か……本当に良く分からない依頼主だな。まあ金持ちなのは確かだが。

 

「緋勇シェフ、そろそろ出航すると船長が。お客様は大人が9人に高校生が1人、子供が1人との事です」

「分かりました。それでは晩餐のコース作りにかかりますか」

 

そう言って俺は今日のコース料理にかかった。秋が旬な野菜と少し珍しい魚を軸に、そしてメインにはフィレとサーロインを選択するステーキだ。シンプルだけどココは腕の見せ所だな。

 

 

 

 

給仕をしたスタッフに話を聞くとコースについては皆さん満足していただけたようだ。綺麗になって帰ってきた皿を見ると嬉しくなるね。さあて、まかないの料理も出したし帰ってきた皿でも洗いますかね。

 

「ひ、緋勇シェフ!皿洗いなんてこっちでしますから!」

「いやいや、皆さんは夕食を食べていてください。冷めても美味しいとは思いますけどやっぱり出来たてが一番ですよ」

「ええ、まかないであんな美味しいものが出るとは思いませんでした。しかもデザートまでつくとは…じゃなくて!」

「いいんですよ、一応メインとして呼ばれていますがこの中では一番年下ですし。皿が綺麗に帰ってきてるので洗うのもそこまで大変じゃないですしね」

 

いまだに納得していないスタッフ(どうやら俺のファンらしく料理中も熱心に俺の姿を見ていた)の背中を押し俺は片づけを終えそのまま明日の朝食の仕込みをしているといつの間にやら12時を回っていた。そして……

 

パァン!

 

「?爆竹の音?何かイベントでもあるんですか?」

「え…っと私は聞いていません。他の皆は?」

 

朝の仕込をしていたスタッフに聞いてみたが特に聞いていないようだった…と!

 

ドォォオオォオオォンーー!!

 

今度は何かが爆発したような音がした。流石にこの音にはスタッフの皆も仰天していて、軽いパニックが起きていた。耳を済ませてみると…これは船尾のデッキのほうでエンジンとかが爆発したわけではなさそうだな。でもなんで船尾?

 

「落ち着いてください!エンジンが爆発したとかではなく船尾のデッキのほうで何かがあったみたいです!ちょっと様子を見てきますので皆さんはスタッフルームに移動してください!あ、火元はちゃんと確認してからですよ!」

「わ、分かりました。お願いします」

 

そういって、俺は船尾のデッキ移動してみると何故か船の上に上げられていた旗が燃えていて、船尾には炎の前に人だかりが…この臭い……人の肉が焼ける臭い…か。

 

「何があったんです…か?って平ちゃん?コナン君!?」

「え?」

「は?」

「それに小五郎さんまで…」

 

どうやら、新聞広告の謎掛けを解いて参加した毛利一行と平ちゃんは探偵の依頼を受けて乗船したらしい。って悠長に話してしまったけど…

 

「それと…もう手遅れだけどその燃えている≪人≫、早く消火したほうが…」

「な、なんやて!?」

「な、なんだと!?」

「た、確かに人が燃えてるぞ!?おい、早く水を!」

 

結局消火が完了したときにはその人物は黒焦げになってしまっていた。どうやら今現場に現れない人物のつけていた腕時計をしているらしくその蟹江さんという方?らしい。

 

「それで?二人の見解は?熱心に死体を見ているようだけど」

「そーやな。とりあえずあそこで脂汗を流しているあのオッサン叩けばようけ埃が出るんとちゃうんかな」

「ああ、さっきの銃声といい事情を知ってそうだからな」

「え?銃声?」

「龍斗も聞いたんじゃないのか?爆発が起こる前にぱーんって」

「お前さんのそのよーわからん性能の耳なら聞き逃すことなんか無いとはおもたけど?」

「ああ、いや。パンって音は聞こえていたけど。あれって爆竹の音でしょ?前にハワイで新ちゃんが撃ってた実銃の銃声と比べて軽いし音小さいし」

「なんだと!?」

「なんやて?!」

「えっと……なにか役に立つ?」

「ああ、かなりな!」

「おおきにや、龍斗!」

 

その後、現場を軽く保存し船尾にいた乗客たちは船尾から食堂に移動し怪しい挙動の鯨井さんの尋問を行うらしい。尋問を行うのは元警視という鮫崎さん。小五郎さんはスタッフのアリバイを聞くということで途中まで一緒に行動した。俺はスタッフルームに戻って事の次第を説明した後、チーフスタッフに許可を貰い食堂で皆に合流した。俺の感覚は役に立つだろうしね。

 

「…それで、彼は何か喋ったの?」

「それが全然やな。ありゃあらちがあかへんな」

「ふーん……」

「ちょ、おい龍斗?」

 

俺は平ちゃんの言葉を無視して鯨井さんに近づいていった。

 

「それでですね警視殿……ん?どうしたんだい龍斗君?」

「どうも、小五郎さん。とんでもないことになってしまいましたね」

「ああ。せっかくの旅行がぱあだ。それにしても今日の夕食は龍斗君が担当していたんだね。とても美味かったよ!」

「そういってもらえると嬉しいです」

「おい、毛利。この兄ちゃんはなんなんだ?」

「ああ、彼はですね…」

 

俺が食堂に合流するちょっと後に戻ってきた小五郎さんが鮫崎さんへの報告を行っているのを遮ってしまったが、彼は気にすることなく俺の事を鮫崎さんに説明した。

 

「なるほど、そういう知り合いか。だが君はこの男に何か用か?」

「そうそう、龍斗君の知り合いかい?」

「いえ、そういうわけでは。……どうも」

「な、なんだい君は。私の周りを一周して」

「いえ。なんでも…」

「「「?」」」

「それで遮ってしまった俺が言うのもなんですが小五郎さん、鮫崎さんに何か報告があったようですが」

「ああ、そうだった!警視殿、スタッフに確認を行ったところ爆発が起こった時にはスタッフ全員が二人以上で行動しておりアリバイはあるそうです」

「あ、俺も爆発が起きたときは朝食の仕込みを食堂スタッフの皆とやってました」

「そういや龍斗君のアリバイは確認してなかったか。まあ君を疑う事なんてないが」

「…それで?つまりアリバイがないのが今もどこかに姿をくらましている叶才三だけってわけか…」

「あら?もう一人いるじゃない?ホラ、気分悪そうにして部屋に戻った亀田って人。あの後ずっと姿を見せないけど」

「そーいえばそうですな」

「だったら早く部屋へ行ってここに連れて来んか!」

「は、はい!」

「ほんならオレもそれにつきあうたるわ!」

「ボクもー!」

 

乗客に一人である磯貝さんが爆発前から姿が見えない亀田さんの事を教えてくれた。そこで毛利一行と俺と平ちゃんの5人で亀田さんの部屋に行くことになった。一応、何かの役にたつかもしれないし感覚を広げておいてっと。

 

「たく、なんだよおまえらぞろぞろと」

「いーじゃない、みんなでいた方が安全だし!」

「せやせや、こっちは空手の達人のねーちゃんに日本刀を素手でへし折る龍斗もおるんや。どんな奴が来ても返り討ちやで」

「ははは……って龍斗にいちゃん、どうしたの部屋の前で立ち止まって」

「いや。この7号室って誰の部屋かなって」

「確か、最後に船に乗ってきた海老名さんだよ。丁度ボクたちが受付をしている時に来たから知ってるんだ。どうかしたの?」

「ん。また後でね」

「おーい、亀田さんの部屋に着いたぞ!」

 

そういって小五郎さんが亀田さんの部屋をノックした。しかし中からは誰の反応もなく部屋のノブをひねるとドアは開いてしまった。中は無人であることを小五郎さんが言った瞬間、高校生探偵の二人は走り出してどこかに行ってしまった。…まったく。

 

「ねえ、お父さん。亀田さんがいないこと早く鮫崎さんに伝えないと。ねえ服部く…服部君?コナン君!?え、どこにいったの?龍斗君!」

「ああ。二人なら中が無人であることを聞いた瞬間に脱兎のごとくぴゅーって走ってどっかいったよ」

「ええええ!?」

「大丈夫、俺が二人を追いかけるから蘭ちゃんは小五郎さんと食堂に戻って」

「わ、わかった」

「あ、そういえばカノウサイゾウってどういう漢字なんですか?」

「ああ、願いが叶うの「叶」に才能の「才」、そして漢数字の「三」だよ」

「ありがとうございます」

 

さて、丁度いい感じに二人と話せそうだ。

 

 

 

 

「ほー、おもろいやんか…久しぶりに推理が食い違たな」

「ああ、最初にあった以来だな…」

 

お、どうやら意見のすり合わせが終わったところに来れたのかな。

 

「お二人さん、推理の進捗の方はどう?あと、俺は気付いてたけどいきなりどっかに行く癖は直した方がいいよ?報連相は大事」

「そらすまんかったのう。推理の方は俺らで意見が違てな。これからは分かれて調査することになったんや」

「なるほどねえ。因みに二人が思う犯人って誰?」

「オレは蟹江さんだ。亀田さんに自分の時計を付けて死んだと錯覚させ今もどこかに隠れているんだ。それで服部が…」

「亀田さんやな。時計はわざわざ外して偽装して工藤みたいなミスリードを誘っとるっちゅうこっちゃ」

 

あれ?二人とも俺が考える犯人じゃないな。俺が鯨井さんの周りを回った時、彼からは硝煙の匂いがした。そんな匂いがしたのは乗客の中では彼だけだった。つまり犯人は彼だ。

さて、伝えるべきなんだろうけど。どちらが先に真相にたどり着くかを競うみたいなことになってるしどうすべきかな。あ、久しぶりに思い出した「叶才三」についてなら教えていいかな。

 

「じゃあ、オレは船内に「ちょっと待って」ってなんや龍斗」

「俺が気づいたことを二つだけ提供したくてね。俺は犯人が分かっててもそれを立証する筋道を立てるのが苦手だしそこは二人に任せるよ」

「なんやと!」

「龍斗は分かってんのか!」

「まあ。俺の感覚からの情報からね。でも今はそれが証拠にならないし」

「な、なるほどな」

「…それで?情報ってのは?」

「まずは海老名さんの荷物。あれ鞄ぎっしりに爆薬が仕込まれてるよ」

「な、なんだと!?」

「どういうこっちゃ、龍斗!?」

「ほら、七号室で立ち止まったでしょ?あの時あの部屋から相当量の爆薬の匂いがしたから」

「そらえらいこっちゃ。なんとかせな!」

「そうだな、スタッフに頼んでその荷物を救命ボートにでものせて放逐するしかないか」

「その作業は俺が。それともう一つ」

「つ、次はなんや」

「この主催者の名前。古川大ってひと。時計回りに90°回転させてみるとどうなる?」

「どうって…!!」

「か、叶才三になるやんか!」

「そう、叶才三になるんだ。多分、乗客の皆がそれに気付いて乗ってきてると思うよ」

 

俺が思い出したのは叶才三の名前の由来、そして主要登場人物が20年前の4億円強奪事件に何らかの関与をしていることだった。

 

「とにかく。情報あんがとさん。オレはスタッフに用事あるから一度船内に戻るで!ほな、この時計直しといて!」

 

そういって俺に黒焦げの時計を投げてきた。

 

「おいおい、いくら龍斗でも黒焦げの時計を修理なんてできないぞ」

「ちゃうちゃう、元の場所に戻しておいてくれっていうこっちゃ」

「了解したよ」

 

そういって平ちゃんは船内に戻って行った。俺は時計を新ちゃんに預け海老名さんの鞄を持ってきた。部屋には鍵が閉まっていたがそこは裏のチャンネルを経由して侵入した。船尾のデッキに戻ってくると新ちゃんはさっきの言葉から情報を収集するつもりかイヤリング型携帯電話で博士に連絡を取っているようだった。丁度博士は4億円強奪事件の特番を見ていたらしく新ちゃんに有益な情報をくれたようだった。…鮫崎さんの娘さんが事件時殺されたのか…あ、時計は戻しておいてくれたのね。

 

「ん?新ちゃん。なんか手すりに」

「なんだ?龍斗。…これは!?」

 

俺は救命ボートに鞄をのせて海に放逐する作業を進めていた。船尾の手すりに紐を括り付けている最中に気になる焦げ跡を見つけた。新ちゃんにそれを伝えると少し考えた後ドヤ顔をしていた。

 

「なるほどな。これならその場にいなくても…ナイスアシストだぜ龍斗」

 

そういって、隠れ場所を探すためか船内に戻って行った。

 

 

 

 

「いい隠れ場所?」

「ホラ。いつもは入っちゃいけないところとか普段は絶対人が立ち入らないところとか…いってええ!」

「まったく!殺人犯がいるっていうのにうろちょうろうろちょろしやがって!って龍斗君もいたのか」

「え、ええ。まあこの子がうろちょろするのは目に見えていたので一応お目付け役としてね」

「そりゃ悪いな。…おい、ちゃんと龍斗君にお礼を言っておくんだぞ!」

「えっと、ありがとうね龍斗にいちゃん」

 

スタッフの人に船内に隠れられる場所を聞いて回っていると小五郎さんに拳骨を食らってた。普通に考えたら小1がこんな状況で動き回るのは邪魔でしかないからなあ。危ないし。

 

「あれ、服部君は?」

「え、会わなかったの?」

「おかしいね、確か平ちゃんスタッフに用事があるって船内に戻ったはずだけど」

 

――――――ザパァン…

 

「「!!」」

「ね、ねえ今水の音がしなかった!?」

「ん?」

「カツオでも跳ねたんじゃないか?」

「ううん!絶対したよ、変な水の音!ねえ龍斗にいちゃん!…龍斗にいちゃん?」

「あ、ああ!小五郎さん。俺も聞こえました。あの水音は魚が跳ねたような小さな音じゃなかったですよ!」

「た、龍斗君も聞こえたのかい?」

「くっ!」

「あ、コナン君!?」

 

新ちゃんは突然走り出して船尾のほうに向かっていった。小五郎さんと蘭ちゃんもその後を追っていった。くっそ、油断した。まさか平ちゃんが襲われるとは!新ちゃんは音だけが聞こえたみたいだけど俺はその発生源が船首の方だというのが分かる。感覚を広げてみると…よかった、海の上で浮かんでるし心音もしっかりしてる。ばしゃばしゃって音がするからしっかり意識もあるね。距離は…約1.5kmか。でもどんどん離されてしまうから急がないと。

俺は走ってブリッジに行き、人が海に落ちたことを伝えた。

 

「なんだと、それは本当かい!?」

「ええ、落ちてからもう3分は経ってます。救命胴衣なんてつけてないんです、急いで戻らないと!」

「わ、分かった!」

 

俺は船長に落水の事を伝えた後、平ちゃんが落ちたであろう船首に向かった。…血の跡、そして舳先に縄梯子か。あの人誰だ?まだ息はあるみたいだけど。

取りあえずこれを伝えるために船尾に行った新ちゃんがいるであろう船尾に行った。

 

「これしか残っていないのよ、父の遺品はね…って、あら?船が旋回している?」

 

船尾に行ってみると鮫崎さん以外の乗客が船尾に集まっていた。

 

「俺が船長に言って船の航路を逆走してもらったんですよ」

「え?」

「蘭ちゃん、ココにいない鮫崎さんを呼んで来てもらえる?」

「う、うん」

 

蘭ちゃんは了承してくれて船内に戻って行った。

 

「それで?確かにこのガキや龍斗君は水音を聞いたって言うけど流石にそれだけじゃあ」

「小五郎さん、ココは俺を信じてください。平ちゃんは…関西の高校生探偵は襲われて海に落ちたんですよ。船首で、おそらくは殴られて…ね?」

「な、なんだと!?」

 

殴られて、の所で俺は鯨井さんを睨んだ。運がいいのか悪いのか、彼のシャツの袖口から血の匂いがする。これはさっき船首で確認した血と同じものだ。赤いシャツだから気づいていないか。おーおー、青くなってるな。でも許さないよ?新ちゃんたちの推理を待っていたけどこうなったらもうとどめさしてやるよ。

 

「おいおい兄ちゃん、蘭ちゃんに呼ばれてきたけど何の騒ぎだこれは」

「あ、鮫崎さん。これで乗客は全員ですかね。じゃあ船首の方に」

 

そして全員で船首の方に移動した。

 

「さて。さっきなんですがね。俺とコナン君は何かが落水する音を聞きました」

「ほう?だが、魚か何かがはねただけじゃねえのかい?」

「聞いたのは船内です。流石に魚が跳ねたような音じゃあ聞こえませんよ。人が落ちた時くらいじゃないとね」

「さっきも言っていたけど襲われたんだって?何を根拠にそんなことを言ってるのよ?」

「これを見てください」

「これって…血痕か!?しかもまだ乾いていない、ついさっきついたみたいだな」

「じゃ、じゃあ。服部君、本当に襲われて海に…!」

「そうなるね、蘭ちゃん。そしてなぜ殴られたのか。小五郎さん、舳先の方を見てください。船の側面です」

「あ、ああ。船の側面って…おいおいおい!ありゃあ、蟹江さんじゃねえか!」

「ええええ!?」

 

なるほどね、彼が蟹江さん。てことは爆発の方は亀田さんだったってことか。

 

「その蟹江さんの意識が戻れば誰が彼を襲ったのかはわかると思いますが。ここに動かぬ証拠を身につけている人いますし先に言っておきましょうか」

「な、何?」

 

蟹江さんをデッキに引き上げた後、俺はそう言って鯨井さんに近づき左手をとった。

 

「な、なんだね」

「鯨井さんのシャツ、暗赤色で気づきにくかったようですが。袖口に血がついてますよ?誰の血なんですかね?」

「!!」

「おい、見せろ!…確かに分かりにくいがこれは血だな。どういうことだこれは!?」

「い、いや。これは」

「デッキの血と照合してもいいんですけどね。…彼に聞いてもいいし、彼から血を提供して貰ってもいいかもしれないですね」

「彼?」

「あ、平次兄ちゃんだ!(よかった、無事だったんだな、服部!)」

 

話をしているうちに平ちゃんが落ちたあたりまで戻ってきていたらしく、無事彼を回収することができた。頭に怪我をしていたが意識はしっかりとしていてしっかりと鯨井さんに殴られたことを証言してくれた。

往生際悪く、爆発したときに皆がいたのに自分じゃ犯行は不可能だと喚いてきたが、そこは新ちゃんが小五郎さんを眠らせ煙草を使ったトリックを暴き引導を渡していた。

そんなこんなしていると船の後方で大爆発が起きた。…今更だが、船とつないでてよかったな。鞄だけで捨ててたら海流に流されて平ちゃんとかちあったり逆走した船とも遭遇してたかもしれない。確実に船の後方100mになるようにボートに乗せて流しておいてよかった。

その爆発を機に、次々と乗客が自分の素性を話し出した。殺された銀行員の父親に恋人、そして叶才三の娘。鯨井さんは20年間気付かなかった「古川大」の意味を聞き、意気消沈してしまった。

 

 

 

 

「ったく。結局オレが海を漂ってる間にぜーんぶかたづけよってからに。また龍斗に持ってかれたか」

「今回は新ちゃんと俺の合わせ技だよ。いや、犯人のしっぽを出させたって意味では三人の…かな?」

「そー言えるっちゃ言えるか?しっかし、いささか力技な気もするけどな」

「ははは、流石に平ちゃんが海に落とされちゃったし。ちょっと…ね」

「そ、その顔はやめてくれ龍斗。な、なあ服部?」

「せ、せやな?そーんな顔しとらんと笑顔や笑顔!」

「んー?まあ平ちゃんが無事だったし笑顔…でいいのかな?」

 

 

「「(おー怖。スイッチ入った龍斗だけは敵にまわしたくねえな)」」




三人の力で事件を解決しました!…しましたよ?

龍斗的に犯人に襲われるのは大阪の沼淵の件もありコナンに注意を払っていました。そのせいで服部が襲われた時に駆けつけられたなかったという事です。
落水事故の際に船が戻ってくれるかどうかは知りませんが人道的に戻ってくれるだろうということで戻りました。
今回の事件は登場人物の因縁と、なんか名前にシャレの利いた仕掛けがあったなあというのを途中で思い出した感じです。



そういえば龍斗のチートはトリコのゼブラに近いですが耳だけで声はチートに入っていないので、エコーロケーションは使用できずその姿形までは認識できない設定があったり。



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第二十七話 -黒の組織との再会-

このお話は原作 第24巻 が元となっています。

映画のお話を書いているのですが、映像から文字を起こすのって大変ですね。

それともう二度と戦闘描写なんて書きません。自分には無理だと分かりました。

実験的に3人称で書いてみました。大丈夫だったですかね?


「はぁはぁはぁ……」

「今日はこのくらいにしておきましょうか」

「は、はい。あ、ありがとうございました龍斗先生……」

 

そういって道場に倒れる夏さんもとい明美さん。全身で息をし汗まみれになっている。

 

「なんや、久しぶりに見させてもろたけど夏さんもかなり常識外の動きが出来るようになってきたなあ。はい、タオル。夏さん、お水いります?」

「ちょ、ちょっと待って。後で頂くわ…」

 

彼女の体が万全になって俺は約束通り訓練を始めた。といっても、俺が経験したことがあるのは一龍のオヤジのしごきに美食家志望の孤児の訓練、それに今生の父さんから受けた徒手空拳の訓練だけだ。そのどれもが割りとおかしいものばかりなので参考にはならなかった(特にオヤジの訓練は頭がオカシイ)。

ということで彼女にあった訓練メニューを考えなければならなくなったのだが、色々検証した結果「身体操作」を極めて、軽い対人戦をこなせば彼女に課した条件(自衛及び妹を護衛できる)をクリアできそうなのが判明した。彼女を生かすために入れたグルメ界のドクターフィッシュによる肉体改造は俺の想像以上だったわけだ。

だが元は荒事に全く縁もなく、しかも本人いわく運動神経はかなり悪かった彼女はその力を十全に扱えるわけがなくて。そこでまずは体の動かし方に慣れてもらっている最中というわけだ。バランス感覚、動体視力、反射神経、感覚強化などなどを使い物にするために俺が考えた訓練をこなしてもらった。

今日やったのは俺が彼女に半径1mのサークルの中に入ってもらいそこから出ずに俺が投げるピンポン球をひたすらよけるという訓練をした。

 

「いたたたた…」

「夏さん?どないしました?」

「いえね、足の親指の皮がむけちゃって」

「ほんまや。龍斗、治療したってーな」

 

うんうん、しっかり訓練の目的はうまくいっているみたいだ。体重移動には親指が肝だからね。

 

「大丈夫よ紅葉ちゃん。私の中にいる子達がすぐに治してくれるから」

「まあ夏さんの言う通りなんですけど彼らも何もないところから生み出すわけではないので…はい、彼らにとって栄養満点の特製軟膏をぺたりとな」

「~~~~~ッ!!ちょ、ちょっとつけるなら先に言ってからにしてよ!しみるのよ!?」

「油断大敵、ですよ?」

 

彼女も常人では考えられない身体にも慣れたみたいでよかった。訓練の始めた頃はちょっとした傷が数分と経たず治るのを見て複雑な顔をしていたからな。

そのあと、三人で道場の掃除をした。因みに紅葉の言っていた常識外の動きというのは映画のマトリックスのような動き(最初、彼女はサークル内で動いてはいけないと勘違いしていた)のことだ。まあ今回の訓練の趣旨と違うのですぐに訂正を入れて、限定範囲で無駄のない体重移動を覚えてもらう訓練を続行したんだけどね。

 

「さて、と。それじゃあ夏さんも一息つけたみたいだし母屋に移りますか。あ、その前にペアを飲んでくださいな」

 

そう、今日の訓練は女性になって行う日だった。紅葉が前回訓練の見学に来たときも女性でその時彼女の体に触ったことでへそを曲げてしまい。そのため、格闘を視野に入れた訓練に入るまでは女性体の場合は俺が触る事の無いような訓練内容にしてくれと言われてしまった。

そういえば、父さんとの訓練の時に父さんビデオ撮影してたよな?参考になるならないはともかく見てみようかな?

 

 

 

 

「はい、はい…わざわざありがとうございました目暮警部。はい、ではいつかの機会があればうちでBBQでも。ええ、ご招待しますよ。警部の部下や勿論みどりさんも呼んで。はい、それでは失礼します」

「龍斗ー、今の電話目暮警部ハンやったんやろ?なにかありましたか?」

 

現在は夜の9時。夕食や片付けが終わり普段なら各自自由時間なんだけど子供の頃の修行風景のビデオを見ると夕食の席で漏らすと夏さんと紅葉が一緒に見たいと言ってきた。伊織さんも誘ったのだが何やら仕事があるらしく断られてしまった。

三人で色々身支度を済ませて見終わったらあとはもう寝れる体勢にしてから、なぜかあるシアタールームに移動した。…いやなぜあるかは知ってるけど、これが家にある原因は俺が生まれたことなんだけど!…まあ二人には言うつもりはない。だって、親馬鹿って言われるに決まっているしね。

 

「ああ、ほら。10月に客船で事件に巻き込まれたろ?その中で20年前の四億円強奪事件の実行犯の二人が捕まったんだけど。二人の経歴を洗ってみたら整形するための渡航だったり、1泊2日の海外旅行をこの20年繰り返していたみたいでさ。時効の期間が伸びに伸びてたらしくて。4億円は返却になったんだってさ。銀行員の殺人や叶才三の殺人の罪も償わせるんだって。殺人の時効はまだまだだったらしいから」

「ああ、あの。新聞とかで時効成立からの大逆転!とかいわれとったなあ」

「さあさあ。犯罪者がしっかり裁かれるんだしお話はその辺で!ビデオ見るんでしょう?」

「そうですね、それじゃあ見ましょうか」

 

 

 

 

ビデオの再生が始まると画面に映ったのは20代の男性と5,6歳の男の子だった。二人はともに黒地に金の龍をあしらったカンフー服を着て対峙していた。顔立ちは良く似ていて二人が親子だということがわかる。男性の方は龍麻、子供の方は龍斗だ。

二人がいるのはどこかの道場のようだった。二人は道場の中央で対峙していていて距離はおおよそ5m。カメラは道場の壁際に設置されているようだった。

二人はやや半身になり左手を前に垂直に突き出していた。その手は中指人差し指だけを立て人差し指の指先が中指の第一関節と第二関節の間につけ、右手は胸の前に構えるという独特の型をしていた。

 

先に仕掛けたのは龍麻だった。彼は構えたまま体勢を崩さずに一瞬きの間に5mと言う間を詰め右拳を打ち下ろす。それに対し、龍斗は顔を傾け拳をすかし、伸びた父親の右肘に自身の左肘を打ち上げた。左肘と右肘が激突し、しかし龍麻はその力を逃すため肩の力を抜いたため右腕が跳ね上げられた。がら空きなった右脇に右手正拳を撃とうとした龍斗が何かに気付き手を止め後ろに距離を取る。その距離は目算3m。先ほどの龍麻の動きを見るに一瞬で付けられる距離だが彼は追撃はしなかった。なぜなら右腕が上方へ跳ね上げられたと同時に左膝を子の顎めがけてはなっていた。もし龍斗が距離を取っていなければ両手の間をすり抜けて子の顎にクリーンヒットしていたであろう。

一度距離を取った龍斗だったが間髪入れずに再び龍麻へと肉薄した。左膝蹴りから前蹴りに切り替えそれを迎撃する龍麻だったが、前蹴りがヒットする直前一瞬進むベクトルを後ろに変えた龍斗は子供の小柄な体をうまく利用し前蹴りを下に潜り込んだ。その体制は地面とほぼ水平で体と地面は数cmしか離れていない。龍斗は両手を前に伸ばし道場の床につくとそのまま指を板にめり込ませ手を軸に半回転し両足を龍麻の軸足になっている右足に両足を叩きつけた。子供が蹴りつけたとは思えない鈍い音を響かせながらも龍麻の足はびくともしていなかった。それどころか左足が龍斗に向かって降りてきた。龍斗は足をぶつけた反動を利用し龍麻の右側へと逃がれた。

 

「……父さん、道場を傷つけるようなのはダメなんじゃないの?右足の指が道場の床に食い込んでるし左足のかかともめり込んでるよ?」

「それを言うなら龍斗、君の両手で抉り取った床はどういう事なのかな?…こら、目をそむけない」

 

そう、軸足に蹴りつけれても微動だにしなかったのは床に足の指が食い込むほど力を込めて迎撃したというシンプルな理由だった。

親子は修行が終わったらちゃんと直そうという会話を行った後さらに修行を続けた。

 

 

 

 

「んー、懐かしい。でもまだまだ未熟だねえ。どうだった二人とも?」

「「……」」

 

結局ビデオは1時間ほどの修行風景を写したものだった。序盤から30分くらいまでは床に足を付けていたんだが、だんだん床と壁を使うことになり終盤はほぼビデオに姿は映らなくなり、天井も使った縦横無尽な動きになっていた。

夏さんはともかく紅葉は所々早すぎて見えなかったらしくスローだったり解説したり(夏さんも終盤は見えなかったらしい)していたらすでに0時を少し回っていた。

 

「な、なんというか龍斗は知っとったけど龍麻さんも大概おかしいんやね。知らんかったわ」

「一応緋勇家は京都の裏の守護役の一族だからあれくらいはね。紅葉のお父さんあたりは多分知ってると思うよ。なんたって京都の代々続く名家の当主だからね」

「な、なんかすごいことを教えてもらっちゃった気がするけど。あれみたいなことするのかい?無理だよ?おれ」

「まあさすがにあれが出来れば向かうところ敵なしなんだろうけどそこまでは求めないですしやりませんよ」

「そ、そっか。よかった。…それにしても龍斗君も怪我とかするんだねえ。ビデオの最後の方で治療してたけど」

「それが一番早いですし、下手な医師より人の体の事は分かっていますからね。新ちゃんがガラスで手のひらをざっくりいった大けがしたんですけど俺が縫ってあげたんですよ?しっかりノッキングして…ふふ、痛みで泣いてた新ちゃんがいきなり痛くなくなってきょとんとして。傷を縫う俺を見て目を丸くしてたなあ。傷跡も残っていないから新ちゃんはもう忘れてるんじゃないかな。あ、それと父さんとの修行の時は異世界での力は使ってませんよ。純粋にこの世界で父さんから受け継いだ俺の力です」

「……私たちの世界って意外と摩訶不思議だったのね…」

「ウチも今度緋勇一族の事聞いてみることにしますね。じゃあそろそろ…」

「そうだね。続きは明日の朝ってことで」

「ええ、それじゃあお休みなさい」

「「おやすみなさい」」

 

 

 

 

「……んあ?」

 

俺は携帯の着信音で目が覚めた。時計を確認してみるとなんと四時。なんだよ四時って。間違い電話か?…新ちゃん?

 

「はい。龍斗だけど。こんな時間にどうしたの?」

『悪いな龍斗。けどちょっと緊急事態でな。今すぐ博士の所に来てくれないか。治療器具を持って』

「わかった。詳細はそっちで」

 

一瞬で目が覚めた。新ちゃんの声から命に係わる感じではないが大けがをしてるってところか。新ちゃんは怪我している感じではなかったから哀ちゃんか博士か。

とにかく治療器具を持って博士の家に急ぐことにした。

博士の家に着くと怪我をしていたのは哀ちゃんだった。なんでもジンに銃弾を浴びせられたという。驚いたのは哀ちゃんも白乾児を飲んで元の姿に戻った状態でジンと対峙したことだ。

幸か不幸か、子供になったことを知っていたピスコなる組織の人間はジンに射殺されて幼児化はばれていないらしい。さらに大人から子供になったため傷が小さくなっていた。そんな話を治療道具をだし、傷の具合を見ながら俺は聞いていた。

 

「傷が小さくなっているけど、太ももは貫通しているね。小さいとはいえ穴は穴。…痛みは?」

「痛いというより熱いわ。マッチの火を近づけられているみたい」

「わりいな、龍斗。かすめたような傷なら博士に任せられたんだけど流石に貫通してるのはな」

「いいよいいよ、重い病気以外は頼ってくれて。…マッチか。普通なら焼きごてとか表現するんだけど高熱もあるようだし結構痛覚がマヒしているみたいだね。でも…(ノッキング)どう?痛みは?」

「…全然感じないわ。何をしたの?私には細い針を刺しただけのようにしか見えないけど」

「いずれ話すよ。それじゃあ治療しますか」

 

彼女の傷は両肩、左二の腕、左ほほに左太ももにあった。いくら傷が小さくなっているとは言えこのままでは跡になってしまうのでそうならないように慎重に治療を行った。

治療を終えた頃には彼女は眠ってしまっていた。所要時間が1時間くらいか。ドクターアロエも巻いたし一週間もしない内に跡もなく完治できるだろう。もうすぐ冬休みだしこのまま休み続けてもいいかな。

 

「…終わったよ。この包帯自体に殺菌と抗生剤を浸透させる効果があるから交換しなくてもいいし、お風呂も入っていいよ」

「すまねえ、助かった」

「ありがとう、龍斗君」

「こういう傷は普通の医者に見せるわけにもいかないしね。時間も時間だし下手したら博士の虐待を疑われて警察に…なんてことに」

「「おいおい…」」

「冗談はさておき。彼女は大丈夫。七日ほど経ったら包帯を取りに一度来るから。もうすぐ冬休みだしこのまま休ませるのが一番だと思うよ」

「確かにそれでもいいな。どう思う博士?」

「ああ、いいと思うのじゃがそこは哀君と相談じゃな」

「そこは任せます。それで治療をしながらことのあらましは全部聞いたけど本当に彼らは米花町を捜索しないのかな?」

「ああ、ほぼないとみて間違いないぜ」

「≪ほぼ≫ない…か。ねえ新ちゃん。『この声どう思う?』」

「い!?」「なんと!?」

「今のって灰原の声か?!前にオレの姿で事務所に来てもらったときはそんなこと出来なかったんじゃねーのかよ!?」

「あの時はね。声って声帯とか喉とか口の大きさや形の違いで変化がつく。だからま、身体操作の応用でちょっと練習したらできた」

「怪盗キッドみたいなことを…ってまさか!?」

「うん、彼女に変装して東京から離れるよ」

「だけどそれじゃあオメーに危険が!」

「大丈夫、絶対追手が追えない方法を考えついてるから…もしかしたらワイドショーを騒がせるかもしれないけど」

「な、なんだよそれ?」

「まあまあ。ちょっと準備もあるし一度家に帰ってから…八時前にもう一回来るよ。悪いけどその時に彼女に聞きたいことがあるから起こしておいてほしい」

「あ、ああ」

「わかったぞい」

「それじゃあ、また後で」

 

そう言って俺は哀ちゃんの両手にメタモルアメーバを押し付ける作業をしてから家に戻った。

 

 

 

 

家に戻った俺はそのままグルメ世界の方に移動した。女性ものの服と靴、それに松葉杖の購入のためだ。こちらで買っておけば特定もされないだろうしね。こっちのデパートは基本24時間営業だから助かった。

 

買い物を終えグルメ世界から戻ると時間は七時過ぎだった。もう少し時間があるか。…これから俺がやることを考えると彼女には言っておいた方がいいか。そう思い、俺は彼女の部屋をノックした。

 

「あら、おはよう龍斗君」

「おはようございます、実はですね…」

 

俺は簡潔にあったこと、そして俺が今からやろうとしていることを説明した。おそらくそのことがテレビに出るので動揺しないでくれとも。そして彼女は無事であることを。

 

「…私が寝ている間にそんなことが…志保…」

「とはいっても、焦ってはダメですよ?」

「そうね、そうだけど…ねえ、志保におかゆ作ってお見舞いに行ってもいいかしら?怪我に風邪も引いているんでしょう?お願い…」

「…ばれないように、ですよ?辻本夏さん」

「わかってる、わかっているよ」

「なら、多分お昼まで寝ていると思うからお昼がいいと思いますよ。それから紅葉に説明をお願いします」

「ああ、もうこんな時間か。じゃあ気を付けて。説明は任せて」

 

そう言って彼女と別れた。服を持って博士邸に着いたとき時刻は八時五分前で約束通りの時間だった。

 

「おはよう。博士、新ちゃん。それに…哀ちゃん」

「おはよう龍斗君」

「おはよう龍斗」

「おはよう、それと昨日は途中で寝ちゃって。治療ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「それで聞きたいことがあるから私を起こしたって聞いたけれど」

「ああ、聞きたかったのは元の姿についてなんだ」

「元の?」

「うん。元の姿の身長と、できれば体重も教えてほしい」

「…身長はともかく体重を聞くなんてレディーの扱いがなっていないんじゃないの?」

「今回は緊急措置ってことで。どう?」

「…はあ。別にいいわよ。まあだいぶ前に測ったものだから誤差はあると思うけど16〇cmの○×kgよ」

「なるほどね、かなりスタイルがいいみたいだね」

「あら、ありがと。それでそれを聞いて何を…ってなんで二人は離れて耳を塞いでこっちを見てないのよ」

「ああ、それは…」

―ゴキッ、バキボキグギゴゴ!!

 

「!?!?!!!??~~!?!?!?」

 

 

「な、なんだったのよ今のは!あなた、身長180cmを優に超える高身長だったわよね!?それがナニ!?その成人女性みたいな身長は!?ってまさか!!??」

「ああ、やっぱり龍斗の奴…」

「ああ、≪あれ≫をやったんじゃろう。しかもあの時よりも10cmは追加があったわけじゃし目の前で見せられた哀君は相当じゃったろうな…」

「次は伸びる所か…」

 

後ろでぼそぼそ話しているみたいだけど。二人は気付いてるのかな?哀ちゃんが二人を見ているのを。

 

「はーかーせー、それにあなたも!こうなることを分かってて離れてたわね!?」

「ああ、いや…」

「そ、それはだな…」

 

そんな声を聞きながら俺は静かに三人の元を離れ買ってきた衣装に身を包み、彼女の顔に変装し左頬にはガーゼを当てた。最後に彼女の指紋を指に張り付ければ完成…と。

 

「どうかしら?あなたの目から見て私に違和感はない?」

「…気持ち悪いくらい私ね。鏡じゃない私がいるなんて悪夢のようだわ」

「なんというか。前にも見とったが龍斗君の変装は見事なもんじゃな」

「怪盗なんてやんなよ?マジで。キッドより手強くなりそうだから」

「見た目に違和感ないのならちょっと行ってくるわね。多分3時過ぎのワイドショーには私が何をしたのかが分かると思うから見ておいてね」

「先に教えてもらえんのかの?」

「言ってもいいのだけれど哀ちゃんがダメって言うから。それじゃあ、またね」

「…そういえばなんで私に変装を…ってまさか!?やめて!!あなたたちもあの人を止めて!危険すぎるわ!!」

 

そんな声が博士邸に響くのを聞きながら俺は彼らの目が届かなくなったところで裏のチャンネルを開いて、渋谷の人気のない路地にとんだ。さてと、帽子にサングラスと松葉づえを装備してっと。しっかり網を張っててくださいよ?組織の皆さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋勇君が出て行ってもうすぐ7時間。彼が言っていた3時になろうとしていた。

緋勇龍斗…工藤君の幼馴染みで彼や私の幼児化を知っている人。料理の神と呼ばれる両親を持ち自身も13という若さで世界一の称号を手に入れた天才料理人。何度か彼のお料理を頂いたことがあるけれど彼の評価が過大評価ではなく…むしろ過小評価なんじゃないかって言うくらい美味しかった。でも普段の彼は…とても世話焼きな人。ただ甘やかすだけでなくしっかりと締める所は締めるって言うのは国立競技場の事件で分かった。私にはお姉ちゃんしかいなかったけど、お父さんとかお兄さんとかはあんな感じなんだと思う。とても温かい人。でもこれだけは認められない。科学をバカにする身体能力。博士の作るゲームにもあんなでたらめな人間はいないわよ。生まれてくる世界を間違えたんじゃないかって非現実的なことを私が考えてしまうくらいに。

 

「どうかな?哀ちゃん。おかゆの味は?龍斗君と比べられると困るけど男料理としては中々なものだと思うけど」

「え、ええ。とても美味しいです。ありがとう」

「いえいえ」

 

そして二時過ぎにおかゆをもって来たこの人。緋勇君に私の事を聞いて来たと言っていた。私が博士の家にお世話になり始めたくらいから緋勇家に雇われた家政夫の辻本夏さん。私はこの人が…嫌い。その顔、しぐさ、所作のすべてがお姉ちゃんに重なる。でもこの人は男性。一度転びそうになったところを助けてもらったときに胸に抱きかかえられたことがあったけど、彼がタンクトップを着ていたこともあって胸元が見えた。あれはまごうことなき男性だった。

このおかゆもそう。男料理なんて言ってるけど味付けの工夫がお姉ちゃんそっくり。今も美味しいの言葉に笑顔を浮かべているけどその顔は…

 

「おい、そろそろ龍斗…にいちゃんが言っていた時間だ」

「そうじゃの。この時間のワイドショーといっとったな。…最初は呑口議員殺害のニュースじゃな」

 

彼の言っていたワイドショーを見ていたけれど内容は現職議員の殺害についてばかりだった。

 

「おいおい、もう20分経っちまったぞ。この番組って確か1時間番組だろ?」

「確かにそうじゃのう。上手くいかんかったってことなのかの?」

「……」

「えっと、どうしたの?夏さん。顔色が悪くなってるわ」

「え?い、いやなんでもないわ…ないよ。…ちょっと用事を思い出したから龍斗君の家に帰らせてもらうね。器はそのままにしておいていいよ。夜に取りに来るから」

「え?あ、ちょっと」

 

彼はそう言ってこちらの返答を待たずに帰って行ってしまった。なんだっていうの?

 

『さて、次は…こちらもとんでもない映像がたった今入ってまいりました。かなり衝撃的な映像になっています』

 

ん?次の話題になったわね。これかしら、彼が言っていたのは…これって!

 

 

 

 

テレビに映ったのはどこかの鉄道の中のようだった。

 

『ご乗車の皆様、今日は冬名山行き○○鉄道のご利用ありがとうございます。当列車は今、河床からの高さが100.4mと日本一の高さにある鉄道橋にさしかかっております。窓の外をご覧ください。山は見事に雪化粧をまとっております。そしてそのまま視線を下を…どうですか!冬名山を源流とする冬名川の上流にあたる下の河は冬になっても白波を立たせるほどの急流となっております。事実、急流釣りをしていた釣り客が川に流されて亡くなるという事故が毎年起きています。…それでは5分間橋の上で停止いたしますのでこの壮大な景色をご堪能ください』

 

テレビの下にテロップが流れる。

―ここは群馬県にある○○鉄道の列車内、動画を撮影したのはこの日デートのために乗った若いカップルの男性だった―

 

「動画内では、添乗員の説明の後思い思いにカメラを回したり会話を楽しむ様子が映っています。そして事件が起きたのは列車停車して3分ほど経ってからでした」

 

アナウンサーがそう告げた。動画の続きはカップルのやり取りを映していた。

 

『ねえ、ねえすごい綺麗な景色ね!それに100m上から見ても分かるくらい川の流れが激しいわよ!!』

『ああ、添乗員さんが言ってたけどありゃあひとたまりもねーぜ』

『あら?本当にそうかしら。試してみましょうか?』

『はあ?』

 

声をかけてきたのは女性だった。カメラをそちらに向けると帽子をかぶった20歳前後の茶髪の女性がいた。

 

―20歳前後の茶髪の女性。その左頬には大きめのガーゼがはられている―

 

『この高さから飛び降りてあの急流で生き残る…そんなこと奇跡でも起きないとね。私は神に生きることを許されているのかしら?』

『あ、あんた。何言ってんだ…?あ!!』

 

そう言うと彼女は開いていた窓から身を投げた。カメラは彼女が落ちて行って川に着水するまでの一部始終と車内のパニックの様子を淡々と撮り続けていた。

 

「○○鉄道はすぐに警察に連絡。現在も彼女の捜索が続いています。日中の、しかもカメラに収められた彼女の凶行。安否が気にかかります。乗客からは彼女の座っていた席から彼女の物と思われる松葉づえを持って行った怪しい人物がいたという証言もあり自殺なのか何らかの事件に巻き込まれたのか捜査が…」

 

 

 

 

「「「……」」」

 

あ、れは。私。間違いなく、今朝私に変装した緋勇君の私だ。

 

「ね、ねえ。ねえったら!」

「……あ、ああ。なんだ灰原」

「なんだじゃなくて!彼に連絡は!?」

「そ、そうだな!…なんだ、んで携帯に出ねえんだよ龍斗!!」

「と、とにかくワシは龍斗君の家に行ってみる!」

「頼んだぜ、博士!」

 

なんて無茶なことを。私なんかのためにあんなことをしでかすなんて!やっぱり今朝もっと強く止めるんだった。

結局、携帯はつながらず緋勇君の家に行った博士も彼には会えなかった。ただ家にいた彼の彼女からは、携帯にでないのは家に忘れているから。すぐに戻ってこないのはなにかやってるんだろうとのことだった。

 

「そっか、紅葉さんはそんなことを…なんか連絡を貰ったのか?」

「いや、行った時の様子から何ともない中彼の無事を確信しているようじゃった。根拠はないとはいっとったが」

「…ねえ、工藤君。なんで彼はこんな私のためにここまで?」

「あん?それは…龍斗だからさ。アイツはテメーの事より他人のために動く。やれることが人よりぶっとんでるからそうは見えないかもしれねえけどな。まあ、誰でも彼でもってわけじゃねーけどよ」

 

私は彼に何かをしただろうか。

 

「ま、龍斗はお父さん気質だからな。危なっかしい娘を守ろうとする父親とでも思っとけ」

「…なによそれ」

 

そして博士からの報告を聞いた彼の様子はさっきとは打って変わって冷静なようだった。

なぜ?無事だと分かったわけでもないのに。

 

「なんで落ち着けたかって?そりゃあ、あれだ。よくよく考えたら龍斗が紅葉さんを悲しませるような、ましてやオレ達に心配をかけるようなことはしねーよなって思い至ったからさ。心配っちゃあ心配だがすぐに会えるさ」

 

…よく、分からない。どうしたらそんなに他人を信頼できるの?……いつか私もそう思えるような人が現れるの?…分からないよ、お姉ちゃん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいー、参った。上手く奴らの網に引っ掛かったのか東京駅あたりから尾行する奴らが現れたから計画通り群馬県に移動して○○鉄道に乗って鉄道橋から飛び降りたまでは良かった。奴らはしっかりと彼女(大人ver)の指紋付き松葉杖も回収したのは匂いで分かった。これで死んだと思ったらいいし、生きていると考えても群馬に調査員を釘付けに出来れるのでどっちに転んでもいい。

そこまではよかったんだが、欲目を見せて奴らのアジトでも抑えとこうと逆尾行を始めたのが間違いだった(もちろん変装を解いて服も変えて)。アイツら何人の人を経由してんだよ。松葉杖だぞ?尾行してて5回ほど人を経由したところで深夜を回っていたので自宅に戻った。あわよくばAPTX4869の現物をお土産にしようと考えてたけどよくよく考えればあるかどうかも分からないしね。

そんなこんなで俺は変装に利用した服はワープキッチンの保管庫にしまい、風呂に入って寝た。

 

「…それで?私たちに連絡も入れずにぐーすか寝てて今何食わぬ顔で来たってこと?」

「はい…」

「私も工藤君も博…士は寝てたけど寝てないのに?」

「はい……」

 

なぜか…いや理由は分かり切ってるけど俺は正座していた。博士と新ちゃんは苦笑いだ。

 

「反省してる?」

「反省してます…」

「ならいいわ。…ありがとぅ」

「え?」

「な、なんでもないわ。罰として今日は一日あなたがウチの食事当番よ。いいわね、博士!?」

「お、おうもちろんじゃよ?」

「あ、じゃあ俺もご相伴に預かろうっと」

 

顔を上げるとうっすら赤い顔でそうのたまった哀ちゃん。…仕方ない、なら今日は心を込めて給仕に徹するとしますかね。

 

 

 

 

 

 

「ああいうのってなんて言うんじゃっけ?」

「ああ、ツンデレだな」

「誰がツンデレよ!!」

「「ひぃ!」」




明美さんは何をするかを知っていました。(あわよくば映像で残すことも)流石に姿が妹の自殺シーンなんて見て動揺しない訳がないので自主的に撤退しました。あ、順調に改造は進んでますw

初の灰原視点。龍斗の事は科学の徒として敵だけど人的には好意的、みたいな感じです。

鉄道橋は「関の沢橋梁」の画像を見ながらイメージを固めました。

あ、この「名探偵と料理人」では博士は黒の組織と全く接点はありません。原作の考察で関係者だったり黒幕だったりとされてますがこのお話では全くの白です。


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第二十八話 -世紀末の魔術師(1/6)-

このお話は 劇場版 世紀末の魔術師 が元になっています。

これからは土、日投稿になると思います。

予約投稿が上手く行っておらず週一投稿を破ってしまった…


「楽しみだねー、大阪!」

「せやねえ、ウチは実家の都合でよう大阪に行ってますけど皆で行くとそれだけでちゃいますなあ」

「まったく……紅葉ちゃんと龍斗君はともかく、なーんでお前らまで。遊びじゃねーんだぞ?」

「えー、いいじゃない!キッドの予告もそうだけど、今度オープンする大阪城公園内にある鈴木近代美術館をこけら落とし前に園子が見学してもいいよって言ってるんだし。キッドの予告だけじゃないのよ?一応」

「ボク達は美術館の方を見学するからオジサンはお仕事がんばってね!」

「ったく。しょーがねえな…」

「まあまあ、小五郎さん。大阪に着いてもいないのにそんなに気を張っていたらインペリアル・イースター・エッグを守るどころじゃないですよ?もっと気楽に気楽に」

「そうはいうがなあ、龍斗君…」

 

俺達五人は東京から大阪に向かう新幹線の中にいた。元々は小五郎さんが史郎さんに怪盗キッドからインペリアル・イースター・エッグの1つ、メモリーズ・エッグを守ってほしいとの依頼を受けた所からだった。その話から蘭ちゃんもついて行きたいと言い、小五郎さんは断ったのだが園子ちゃんがせっかくだし大阪観光と美術館見学においでという事となり俺と紅葉も遊びに来ないかというお誘いを受けた。俺達はそれに乗って今大阪に向かっているというわけだ。

新大阪駅に着いた。話によると園子ちゃんが迎えに来てくれているとのことだったが。

 

「おーい、らーん、みんなーこっちよー!」

「あ、園子!」

 

改札口には園子ちゃんがすでに待っていた。改札を通り、俺達は鈴木家が用意してくれたリムジンに乗り鈴木近代美術館に向かうことになった。

 

「ほお、リムジンか。流石鈴木財閥」

「だって今日は特別なんだもの」

「特別?」

「だって、憧れの怪盗キッド様に会うにはこれくらいじゃないとね」

(憧れのキッド様、だあ?おいおい、このお嬢様大丈夫か?)

「ははは……」

「なによう、蘭は前に会ってるからいいんでしょうけど私は会ったことないんだから!」

「会ったことがあるって…私もすぐに眠らされちゃってキッドの顔なんて見てないわよ。顔を見たって言うならコナン君よ、「漆黒の星」を取り戻したときに見たんじゃないの?」

「ぼ、ぼくも蘭ねーちゃんに変装した姿しか見てないから……」

「園子ちゃんはその怪盗にお熱なんやねえ。ウチからしたらはた迷惑な泥棒だとしか思えへんのやけど。警備するにもタダでありませんし」

「敢えて言うのなら死傷者を出さないって所だけは評価するけどね。史郎さんに変装したとき釘刺しといたしまあ大丈夫でしょ」

「え?なにそれ初耳なんだけど!龍斗君も会ったことあるの!?」

「え、そうなの龍斗にいちゃん!?」

「ん、ああ。鈴木財閥60周年記念式典の時にね。史郎さんに挨拶に行ったときに、いつもの史郎さんと違う体臭だったから問い詰めたら案の定でね」

「な、なんですぐに教えてくれなかったんだ!…たの?」

「まあ、警察の方や探偵もいたし朋子さんがキッドが来ること前提でパーティを組み立てていたみたいだから。ちょっと迷ったけど一料理人が手を出すことじゃないかなって。まあもし史郎さんに危害が加えられているようだったら今頃活動は出来てないだろうけどね…」

「そ、そうなんだ。で、どんな感じだった?顔は?見たの?」

「変装を解いたのは見てないけれど。多分あれはまだ10代の子だね、匂い的に。あのあとちょっと調べたけどおそらく彼は二代目じゃないかな?」

「な、なんだって!?そんなの警察も手に入れてない情報じゃないか?」

「さあ……流石にそこは分かっているんじゃないでしょうか。ああ、でも変装の名人だから顔では判断がつかないですかね?」

「じゃあ、私とキッド様はお似合いなカップルになるわね!ああ、泥棒とその泥棒のターゲットのお屋敷のお嬢様のラブロマンス…素敵だわあ」

「もう、いい加減にしなさいよ園子」

「ま、まあ言うだけならなんら問題はあらへんて、蘭ちゃん」

「…あ、そうそう。紹介し忘れてたけどこの車の運転をしてくれてるの、パパの秘書の西野真人さんよ」

「よろしく」

 

そう言って軽く会釈をする西野さん。

 

「彼ってずっと海外のあちこち旅をしていて英語、フランス語、ドイツ語がペラペラなのよ」

「へえ、すごい!」

「そういえば龍斗も色々喋れるんやったんやなかったっけ?」

「んー?英、仏、独、中、葡、西、露、あとはアラビア語にトルコ語かな。料理の本を読むために勉強した成果だから発音とかはちょっと怪しいかも知れないけどね」

「ええ~そんなに喋れるの!?」

 

白玉に貰った言語チートは伊達じゃなかった。今言った言葉以外もいくつか修得したものはあるし、驚いたのは聞いた事の無い言語でも法則性や会話を2時間程聞けば簡単なものを理解できるようになってしまうのだ。

そんな感じに雑談をしているとリムジンは順調に道程を消化し無事鈴木近代美術館に到着した。入り口には警察の機動隊の人が数名警備にあたっているのが見える。

全員が降車し、あたりを見渡してみると入り口だけでなく敷地内には制服の警察官が所狭しと立って警戒に当たっていた。…おいおい、100人以上いるぞ。

 

「すごい警戒ね」

「まさに蟻の入る隙間もねえって感じだな」

「あったりまえよ、相手はあの怪盗キッド様。なんたって彼は…」

「神出鬼没で変幻自在の怪盗紳士。固い警備もごっつい金庫もその奇術まがいの早業でぶち破り、おまけに顔どころか声や性格まで正確に模写してしまう変装の名人ときとる。は、ほんまに厄介な相手を敵にまわしたのう…」

 

そういって、園子ちゃんのセリフに割り込んだバイクに乗った青年はヘルメットをとる。まあ青年って言うけど…

 

「なあ、工藤?」

(は、服部!?)

 

平ちゃんの事なんだけどね。後ろにはちゃんと和葉ちゃんもいる。

 

「まーた、こいつか」

「もう、なんで服部君いっつもコナン君の事工藤って呼ぶの?」

「ああ、すまんすまん。こいつの目の付け所が工藤にようにとるからな」

「それにしたって病気やで。今日も朝はようから『工藤が来る工藤が来る』いうて。ほんまいっぺん病院で見てもらった方がええんとちゃう?」

「ああん?」

 

そう言うと、平ちゃんと和葉ちゃんは言い合いを始めてしまった。平ちゃんの工藤呼びは言っても直らないからなあ。関西組の二人の言い合いを尻目に関東組も彼らについて話をしていた。

 

「ねえ、あれが西の高校生探偵の服部平次君?結構いい男じゃない?」

「だめだめ、服部君には幼馴染みの和葉ちゃんがいるんだから。今はあんなふうに喧嘩してるけどホントはすっごく仲がいいんだから」

「はいはい、それは私と龍斗君には見たらよーっく分かるってもんよ。ねえ龍斗君?」

「そうだねえ、俺らがいっつも見てた蘭ちゃんと新ちゃんのやり取りそっくりだよ」

「え……」

 

そういって二人を見て徐々に頬を染める蘭ちゃん。自分と新ちゃんを重ね合わせてるのかな?それにしてもよく二人の言い合いは途切れないなあ。

 

「あーあー。私にも幼馴染みの男の子…龍斗君と新一君以外にもう一人いたらなあ」

「まあまあ、園子ちゃんにも絶対良い縁があるって」

「せやで、園子ちゃん。ウチと龍斗を見てみ?普通ならありえへん縁でつながった二人や。まあその縁を繋いでくれたのはあの和葉ちゃんなんやけどね」

「え?それってどういう?」

「彼ら、実は俺が長期休みで関西の方に行っていたときにいつも遊んでた幼馴染みなんだよ。だから今日は俺の幼馴染みが全員…まあ新ちゃんはいないけどほぼ全員顔を合わせたってわけ」

「へええ。なんだかすごいわね。蘭って龍斗君経由で二人にあったわけじゃないでしょ?」

「平ちゃんが新ちゃんに会いに来て…が最初だったかな。そこからポンポンと会う感じだよ。それで縁を繋いだって言うのは」

「ウチと龍斗が出会ったかるた大会に龍斗を誘ってくれたのが和葉ちゃんだったんです。彼女がいなければウチは龍斗と出会う事すらなかったんよ」

「ええええ、じゃあ二人にとって和葉ちゃんはキューピッドなのね!はあ、私にも良い縁連れてきてくれないかな…」

 

そんなこんなを話していると、俺達は西野さんの案内で美術館の会長室に案内された。

 

「ん?おお、毛利さん!よくぞ来てくださいました。蘭さんやコナン君も。それに龍斗君と紅葉さんも今日は存分に見て行ってくださいね。…園子、あとの二人は?」

「服部平次君と遠山和葉さんよ。服部君は西の高校生探偵って呼ばれてて関西じゃ有名なんだってさ」

「おお。それは頼りになりますな」

「おおぅ。任せとき、おっちゃん」

「おまえなあ!鈴木財閥の会長に向かっておっちゃん「平ちゃん?」と…は…」

「な、なにかな?龍斗君?」

「初対面の目上の人に「おっちゃん」はないんじゃ、ないかな…?」

「せ、せやな。すまんかったのう、会長ハン」

「(ねえねえ、もしかして服部君って)」

「(蘭ちゃんの思ってる通りや。小さい時から龍斗君に失礼な行動をするたんびに矯正されとってな。今でもちょっとしたトラウマになってんねん。まあ平次の両親は躾してくれてありがとーって笑っとったけど)」

「いや、いや気にしていないよ。ああ、紹介しましょう。こちらロシア大使館・一等書記官、セルゲイ・オフチンニコフさんです」

「よろしく」

「お隣が早くもエッグの商談でいらした美術商の乾将一さん。そして彼女はロマノフ王朝研究家の浦思青蘭さんです」

「ニーハオ」

「そしてこちらがエッグの取材・撮影を申し込んできたフリーの映像作家の寒川竜さん」

「よろしく~」

「しかし、商談とは。いくらくらいの値を?」

「八億だよ」

「は、八億ぅ!?」

「譲ってくれるならもっと出してもいいぞ」

「会長さん、インペリアル・イースター・エッグは元々ロシアの物。こんな怪しいブローカーに売るくらいなら我々ロシアの美術館に寄贈してください!」

「怪しいだと!?」

「いいよいいよー、こりゃエッグ撮るより人を撮ってる方がいい画が撮れるな。…中国人のあんた、他人事みたいな顔してるけどロマノフ王朝研究家ならエッグは喉から手が出るほど欲しいんじゃないの?」

「ええ。でも私には八億なんてお金はとても…」

「そうだな、俺もかき集めて2億がやっとだ」

「(おいおい、キッドだけじゃなくて皆エッグを狙ってるのかよ)」

 

何とも香ばしい人たちが集まってるなあ。しっかし八億ねえ。

 

「八億か、あるところにはあるんやねえお金。そんだけあればウチのお小遣いももっと増えるのに~」

「和葉ちゃん…この場じゃ出せる人間が過半数もいるっていう珍しい場になってるけどね」

「え?」

 

この場にいるロシアがバックにいるセルゲイさんと乾さんは出せる、青蘭さんと寒川さんは出せない。そして俺達の中でも鈴木財閥、大岡家、新ちゃんも優作さんの資産を考えれば余裕で出せるし、服部家、遠山家も家の規模を考えればいけるだろう。毛利家も小五郎さんと英理さんの人脈は寒川さんの比じゃない。かき集めればたぶん行けるだろう。

そして人脈といえばうちはワールドワイドだからね。そして俺個人としても。

 

「俺も、中東の王族から1年契約で数億って言われたこともあるしね」

「そ、そら豪勢なこって。流石はオイルマネーで潤ってるだけはあるんやなぁ」

 

まあ、家の両親はもっと高額だったみたいだけども。

 

「とにかく、エッグの話はまた後日改めてということで」

「分かりました」

「仕方ない、今日の所は引き上げるとするか」

 

セルゲイさんと乾さんがそう言い、四人は席を立った。彼らが帰る際に西野さんが桐箱を抱えて会長室に入ってきた。彼らが帰ることに気付き、西野さんは立ち止まりお辞儀をしていた。

 

「!?」

 

ん?寒川さん、西野さんを見てぎょっとしてたけど知り合いか?

 

「会長、エッグをお持ちしました」

「ああ、ご苦労さん。テーブルに置いてくれたまえ」

「はい」

 

そう返事をした西野さんはさっきまでセルゲイさんたちが囲んでいた机に桐箱を置いた。

 

「さあ、みなさん。どうぞ」

「わあ、エッグ見せてもらえるんだ!」

「見た目は大したもんじゃないよ」

「そうなんです?」

「ええ、だって私が子供の頃知らないでおもちゃにしてたから。もしかしたら蘭や龍斗君も見覚えあるかもしれないわよ。うちに遊びに来た時に見てるかも」

「んー?どうだろうね」

「とりあえず、見せてもらお?」

 

そう言いあいながら、俺達は机を囲んだ。史郎さんが桐箱を留めていた青い紐をとき、蓋を持ち上げエッグが姿を現した。

 




土日に続きは投稿します。

…劇場版ゲストキャラで夏美さんが一番好きです。
cv篠原恵美さんの癒しボイスが似合いすぎ。


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第二十九話 -世紀末の魔術師(2/6)-

このお話は 劇場版 世紀末の魔術師 が元になっています。




姿を現したエッグは大きさはダチョウの卵くらいで緑をベースに花の銀細工が施されていた。頂点部とその周りはなぜか窪みがある。ロシアの人間が動いている割には…

 

「これがインペリアル・イースター・エッグ…」

「なんや、おもてたよりぱっとせえへんなあ」

「なんか、ダチョウの卵みたいやねぇ」

「歴史がある物、いうのはなんとなくわかりますけども。ウチにある古い美術品と同じ感じがしとります」

「ははは。ああ、西野君皆さんに冷たいものでも」

「分かりました」

 

そう史郎さんに言われた西野さんは、俺達の飲み物を準備するために会長室を退室した。

俺も口には出さなかったが、平ちゃんと同じ感想だ。

 

「これ開くんでしょ?」

「そうなんだよ。コナン君、よく分かったね」

 

そう言って史郎さんはエッグを開いて見せてくれた。中にはニコライ二世の家族の模型が作られていた。それは純金で作られており、個々の表情がしっかりと分かるほどの細工だった。

史郎さんはその後、エッグにある面白い仕掛けを見せてくれた。ねじを巻くと、模型がせり上がりベンチに腰掛け家族に囲まれたニコライ皇帝が持っていた本を開くという物だ。

 

「へえ~!おもろいやん、これ!!」

「ファベルジェの古い資料にこのエッグの中身のデザイン画が残っていてね。正式に『インペリアル・イースター・エッグ』の1つとして認められたんだよ」

「メモリーズエッグっていうのはロシア語を英語にしたものなんですか?」

「ああ、ロシア語ではボスポミナーニエ。直訳すると「思い出」だそうだ」

 

ВОСПОМИНАНИЕ、思い出か。なんで思い出なんだ?そう思ったのはオレだけではなかったらしく。新ちゃんも聞いていた。

 

「ねえ。なんで本を読んでいるのが思い出なの?」

「バーカ、皇帝が子供たちに本を読み聞かせているのが思い出なんだよ!」

「エッグのふたの裏にあるのは宝石ですか?」

「いいや、これはただのガラス玉だよ」

「え?」

「史郎さん、じゃあエッグの外周にある黄色いものも?」

「ああ、これもガラスらしい」

「皇帝から皇后への贈り物なのに?なんか引っかからない?」

「うーん、だがこのエッグが作られたころにはロシアも財政難になっていてね。そのせいじゃないかな」

「引っかかる言うたらキッドの予告状。なんで光る天の楼閣が大阪城なんや?」

「あほぅ、大阪城を作りなさった太閤ハンは大阪の礎を築いて今の大阪をおつくりになった、大阪の光みたいなもんやん」

「その通り!」

「ん?」

 

おやま、会長室に突然入ってきて俺らの会話に割り込んだのはキッドに「漆黒の星」を狙われた時に警備していた中森警部と茶木警視だ。

 

「キッドが現れるのは大阪城の天守閣!それは間違いない。だが…」

「秒針の無い時計が12番目の文字を刻むとき。この犯行時刻がどーしてもわからん…」

「それってあいうえおのことなんちゃう?」

「なに?」

「あいうえおの12番目ってことは「し」?」

「じゃあ、四時ってこと!?」

「いや、キッドの予告にしては単純すぎる…」

「ふっふふ、分かりましたよ中森警部。あいうえおではなくてアルファベット、ずばり「L」!」

「なるほど、さすがは名探偵!おみごとです!!」

「なーに、私にかかればこのくらい!」

「確かにL、つまり午前三時なら黄昏の乙女にも合致する!」

「待ってろよぅ、怪盗キッド!」

 

いや、あいうえおもそうだがロシアの宝物で英語は使わないんじゃないか?キッドって盗むものになぞらえて暗号を作っている節があるって新ちゃん言ってたし。

 

「なあなあ、龍斗。ホントに三時やと思う?ウチにはどーにもしっくりきません」

「俺も。ロシアのもので英語というのは何とも…でも今は他に手がかりはないからな…」

 

小声で俺に聞いてくる紅葉。彼女もどこか引っかかっているようだ。とはいえ、俺もこういうまどろっこしいものを考えるのは得意ではないからなあ。ちらっと見たら新ちゃんも納得していないようだった。

 

 

 

 

俺達未成年組は大阪住みが二人もいるとのこともあり大阪観光をすることになった。最初に訪れたのは難波布袋神社。ここのおみくじは良く当たるとの評判らしい。

 

「わあ!私大吉!!」

「え?どれどれ!」

「えっと。『待ち人:恋人とは秋の祭りで再会します』だって。…秋のお祭り?」

「秋のお祭り言うたら岸和田のだんじり祭りがあるなぁ」

「ウチは東京に移ってから秋は今年が初体験ですからお祭りはよう知りませんなあ。園子ちゃん、なにか思い当たる物あります?」

「うーん、なんだろ。あ。東京よさこいが10月にあったような。そこに新一君が現れるってこと!?」

(んなわけねーって)

「もしそうならよかったやん!東京のお祭りってあんま行ったことないしウチも行こうかな。ウチだけ工藤君に会うたことないし今度こそ会わせて―な!」

 

はて?秋に何かあるのかね。まあ元に戻るなら俺も近くにいるだろうし心の隅にでも置いておくかな。

 

「さて、と。問題は午前三時までどうやって過ごすかやけど、まあとりあえず何か美味いもんでも…うん?」

 

平ちゃんが何かを言いかけて新ちゃんを見て、俺を見て。もう一回新ちゃんを見た。その新ちゃんはというと何やら思案している様子だ。

 

「和葉。お前その3人を案内したれや」

「え、平次は?」

「オレは龍斗とこのちっさいのを案内する」

「どうして?一緒に行こうよ」

「男は男同士がええんや。なあ龍斗。コ、コ、コナ、コ、コナン君?」

「うん!」(早く慣れろよな、おい)

(ほっほー。エラそやないか、ばらしてもええんやで?)

(っ!ど、努力してください!)

(せやせや。人にものを頼むときはな、笑顔を忘れたらあきまへんで?)

(んにゃろう)

 

しゃがみこんで小声でやり取りをする二人。まあ俺に当然聞こえているわけで、苦笑を浮かべながら女性陣にはこういった。

 

「じゃあ集合は…そうだね、とりあえず9時にホテルってことで。予定変更とかトラブった時は携帯に電話して。すぐに≪飛んでいく≫から。じゃあ平ちゃん、コナン君。行くよ?」

「おう」「うん」

 

そういって俺達三人は神社を後にした。

その後ろでは……

 

「なーんか、妙に仲がいいのよね。コナン君と服部君」

「龍斗君と仲がいいのは当たり前として。なんか3人兄弟で龍斗君が長男、あとの二人が歳の離れた双子って感じ?」

「そら平次は子供っぽくてやんちゃやけど。小学生のコナン君と双子って…あかん、そう言われたらそんな気がしてきたわ…」

「まあまあ。そんなら二人の面倒はお兄ちゃんの龍斗にお任せして。ウチらはどないします?」

「んー……そうだ!女は女同士で浪速のイケてる男どもにご飯をおごらせちゃおうよ!」

「そんなら、ひっかけ橋にでも行ってみる?」

「あ、でも紅葉ちゃんは……」

「大丈夫です。龍斗はそないなこと気にしません。他の男にウチがなびくようなことは無いって知っとりますから」

「オーオー、御馳走様」

「ああ、でも龍斗の方はなあ…」

「え!?龍斗君浮気するの!!?」

「うっそー…それって何かの勘違いよ、絶対!だって龍斗君紅葉ちゃんにメロメロだもの!!」

「ああ、いや。浮気とちゃいます…」

 

なんて会話が繰り広げられていたことは二人は知らない(俺は聞いていたけど)

 

 

 

「オマエ、12番目の文字引っかかってるんやろ?」

「ああ、キッドの予告上にしては英語って言うのが唐突に感じるんだ」

「唐突?」

「今回のインペリアル・イースター・エッグはロシア由来のものだ。奴ならそれに即してロシア語を絡めてくるはずだ」

「ロシア語言うたら…」

「К(カー)。英語で言うKのことだね」

「龍斗の言う通り。でもそれだと…」

「時間の文字盤に当てても時刻にはならへんな」

「それに予告状の最後の『世紀末の魔術師』ってのも気にかかる。奴は一度も自分の事をそう呼称したことは無かった。何か意味があるはず…」

「ったく。気障な奴やでほんま」

「もう一つ引っかかるのは、今まで宝石しか狙ってこなかった奴がなぜ今回に限ってそれから外れてエッグを狙ったのかってこと…」

「確か、キッドは宝石は盗んでも警察に郵送とかで送り返しているんだっけ?だから被害金額は盗む過程における器物破損、警備員の人件費及び治療費とかが大半で宝石本体の値段は入っていないとか何とか」

「なんや?えらい詳しいやんけ」

「俺も一度奴に会ったことがあるし気になって調べてみたんだよ。被害総額は約400億円。…何を探しているかは知らないけどお金が降って湧いてくるわけでもないし人に要らぬ被害を与える奴は好きになれないかな。…早く捕まえないと俺が力づくで捕獲しちゃうよ?新ちゃん、平ちゃん」

「勘弁してくれよ、龍斗…」

「ははは……そうや、お前ら引いたおみくじはどないやったん?」

「え?そんなんまだ見てねーよ」

「俺も」

「なんでや?キッドとの対決を占う大事なおみくじやろ?」

「ったく……」

 

そう言ってさっき引いたお神籤を開き目を通していく新ちゃん。そしてその後ろから覗き込む平ちゃん。

 

「なんや、小吉かいな。中途半端なモンひきよってからに。こんなんやったらキッドとの対決、勝てるか負けるかようわからんやんか」

「…ん?」

 

おや?新ちゃんがとある項目で目を止めた。なになに…

 

「『旅行:失言で秘密が明るみに出ます。やめましょう』だと?」

(おいおい、まさか蘭に…まさかな)

「ここのおみくじ、よう当たるからな」

「え!?うそぉ!?」

「ほんま♪」

「んにゃろう…」

「…あ、でも対処法も書いてあるよ」

「え?あ、ほんとだ。なになに…『周りの人に助力を求めれば苦難の回避、又は乗り越えられます。一人で抱え込まず、信頼できる友人を頼りましょう』か。…頼りにしてるぜ、平次君、龍斗♪」

 

そういって覗き込むためにしゃがんでいた俺達二人の肩を笑顔で叩く新ちゃん。

 

「良い笑顔をしよってからに。やけど、なーんでオレには君付けで龍斗はそのまんまなんや?納得いかん」

「まあまあ」

「はっはっは。それで?龍斗の方はどうなんだよ?」

「俺?俺はね―――……」

 

 

 

 

その後、俺らはあーでもないこーでもないと議論をしながら平ちゃんに連れられて大阪観光にしゃれ込み、7時を過ぎたあたりで一度鈴木近代美術館に戻ってきた。

ん?

 

「――と申します。こちらは執事の沢部です。このパンフレットに載っているインペリアル・イースター・エッグについて是非とも会長さんに会ってお話したいことがあるんです」

「生憎と、会長は今出ていまして…」

「エッグの写真が違うんです!曽祖父の残した絵と」

 

美術館のゲートを入って少ししたところで西野さんが誰かと話していた…あれ?あの人は…

 

「お?こらおもろいな。午前3時が「L」なら今は「へ」や」

「へ?」

「今、7時13分やけど20分になったら完璧な「へ」の形になるで」

「!!」(黄昏の獅子から暁の乙女への「へ」は頭から数えて12番目!)

「服部、龍斗!キッドの予告した時刻は午前3時ではなく午後7時20分だ!」

「なんやて!?」

 

そう言うと、新ちゃんはスケボーを持ってゲートの方へ走り出した。

 

「お、おい工藤どこに行くんや!?」

「大阪城だ!二人はエッグを守ってくれ!!」

 

俺達にそう言うと今にもスケボーで走り出そうとする新ちゃん…?雨…か?

 

「ん、雨?確か天気予報やと今日は晴れ…!?ちょ、ちょっと待てぇ工藤!「光る天の楼閣」は大阪城やない。通天閣や!」

「通天閣?」

「通天閣のてっぺんはなぁ、ひかりの天気予報なんや!」

「なに!?」

 

なるほど。警察は「光る」部分を無視して大阪城の天守閣からキッドは現れると考えていたが「光る天の楼閣」、「光る」は「光の天気予報」のこと。楼閣とは高層の建物の事。全てに合致するのは通天閣の方だったか。名前にも「天」が入って…いるし……!?

 

――ドォーン!ドン!ドン!

 

「大阪城の方で花火が上がり始めたね」

「服部、通天閣はどっちだ!?」

「あっちや!……あっちの方は花火が上がってへんぞ?」

「花火はオレ達の目を通天閣からそらせるためのものだ。でも何故だ、なぜ奴は通天閣に…」

「くっそ、今から通天閣に行っても間に合わへんな」

「ここで迎え撃つしかないね…」

 

そう言いあっている合間に新ちゃんは西野さんに近づいて。

 

「西野さん!エッグは今どこに?」

「それが中森警部がどこか別の場所に持って行ったみたいなんだ」

「なんやて!?」

 

おいおい、奇策のつもりか?今回に限っていうなら最悪のタイミングだ。彼らは8時間後が犯行時刻だと思って今は油断しているだろうしな。

 

「くっそ!エッグの場所が分からないとどうしようもねーぞ!……な、電気が!?」

 

……かなり遠いけど爆発音が聞こえた。周りの電気が一斉に消えたってことは変電所か何かを爆破しやがったな……大阪の都市機能がマヒするぞ、くそ…

通天閣はあっちって言ってたな…確かにてっぺんにいるな。白いシルクハットにモノクルを付けた奴が。周りは真っ暗だが≪よく見える≫。…口が動いてる、何か言ってるな?なになに…『ホテル堂島センチュリー』『天満救急医療センター』『ホテルチャンネル10』『難波TMS病院』『…ん?ビィーンゴ!』なるほど、ね。だから停電させたのか。うん?

 

「あれ?新ちゃんは?」

「あいつなら、スケボーに乗って通天閣の方へ行ってしもたわ!オレ達も追うで、龍斗!」

「…あー、俺はいい。新ちゃんのスケボーって確か夜だと30分しか持たないらしいしバイクは2ケツまで。スケボーの温存のためにも新ちゃんを乗せてあげてくれ。それからエッグは通天閣から南西約2kmの雑居ビルの、多分四階だ。≪そこから匂う≫。明かりがついているから分かると思うから新ちゃんと合流してすぐに向かって。ほら早く!」

「お、おう!任せとき!」

 

そう言うとバイクを走らせてゲートを出ていく平ちゃん。…新ちゃん、平ちゃん、キッドの位置から考えて先にエッグにつくのはどうやらキッドになりそうだな。しっかり取り返してくれよ?  

さて、と。俺は突然の停電で戸惑っているであろう女性陣の回収にでも動きますかね。変電所が逝ったせいで携帯もつながらないしな。えっと、紅葉の現在位置は――…

 

 

 

 

結局、エッグは一度キッドに盗まれてしまったが空を飛んできたキッドが何者かに狙撃されその際に落としたエッグは新ちゃんが無事回収した。

 

「すごい豪華客船やなー!ウチも乗ってみたいわ!」

「オレもや!そうそうないで、こないな機会」

「じゃあ二人とも、一緒に東京来る?」

「行く、行くで!」

「アホ!平次足怪我しとるやん!」

「あ…」

 

翌日、つまり今日。エッグに傷がないかを確認するため美術館の展示を取りやめ鈴木家の船で東京に持ち帰ることになった。

平ちゃんは、キッド追跡中にトラックと事故になりそうになり軽い捻挫をしてしまった。今は大阪港に見送りに来てくれたというわけだ。

 

「こっちでキッドを仕留めきれへんかったのは悔しいけど、東京に帰って何か進展があったらちゃんと連絡せーよ?」

「ああ、オレが詰まったら連絡してやるよ」

「何やと!?」

「まあまあ。それじゃあ俺達も乗船するから。平ちゃん、和葉ちゃん。またね」

「おう!」

「またな、龍斗君、蘭ちゃん、園子ちゃん、紅葉ちゃん!」

 

こうして東京組とエッグの交渉に来ていた4人、そして昨日の7時過ぎに西野さんと話をしていた二人を乗せて船は出港した。

 




今週のサンデーで紅葉が出てきましたね。
丁寧な口調であまり関西弁を話していませんでしたが、この作品の紅葉は仲がいい人がようやくできて砕けた感じになっています(原作を見ると結構遠巻きにされてるっぽいし。ハブではなくて近寄りがたい感じ?)

おみくじは学園祭を意識して改変しました。

多分、あと二話くらいで世紀末編は終わると思います。…終わるといいなあ。


…ああ、世良と紅葉の絡みを書きたい!


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第三十話 -世紀末の魔術師(3/6)-

このお話は 劇場版 世紀末の魔術師 が元になっています。

やっと、半分の所まで来ました…

活動報告の「つぶやき1」にてご意見を募集しています。よろしければご意見を頂けると幸いです。


「私は香坂夏美と申します。後ろに立っているのは執事の沢部です。私の曽祖父は喜一といいましてファベルジェの工房で細工職人として働いておりました。現地でロシア人の女性と結婚して、革命の翌年日本へと帰国して曾祖母は女の赤ちゃんを産みました…」

 

俺達は客船の金庫の前の部屋に集まり、夏美さんの話を聞いていた。夏美さんは自身の生い立ちを語った。曽祖父である喜一さんがファベルジェに縁のある方だったらしく、メモリーズエッグの図面を一月前に亡くなった祖母の遺品整理で発見したとのことだ。しかし史郎さんの所にあるエッグとは違い、その図面のエッグには宝石がついていた。その相違から昨日美術館へと直談判に赴いたとのことだった。

 

「確かにこの図面には宝石がある……」

「元々宝石がついていたのが、取れちゃったんじゃないんでしょうか?」

「ねえ、もしかしたら卵は二つあったんじゃない?」

「え?」

 

図面を覗きこんでいた新ちゃんがそう言った。

 

「だって、1つの卵が書いてあったにしては輪郭が微妙に合わないじゃない?多分、元々大きな紙に二つ書いてあって真ん中の絵がごっそりなくなっているんだよ」

「な、なるほど」

 

確かにそう言われて見てみると、大きさが違うのが分かる…って、新ちゃん。エッグを持ち上げて何をしてる……んだ…あー。

 

(…あ、やべ、取れちゃった……)

「ちょっとコナン君、何してるの?」

「エッグの底に鏡がついてたんだけど……取れちゃった…」

「なに…!?」

「コナン君!?」

「ああ、いいのいいの。あれ、簡単に外れるようになってるから。どうやら後からはめ込んだみたいなのよね」

 

新ちゃんはその外れた鏡を気にしているようだった。…ん?光が反射して新ちゃんの手のひらに絵が映ってる?あれは……城、か?

 

「西野さん!明かりを消して!!」

「え?あ、ああ…」

「まーた、おまえはしょうこりもなく…って、あら?」

「どうしたの、コナン君?」

「まあ見てて」

 

西野さんは新ちゃんが言った通り直ぐに電気を消してくれた。そして新ちゃんは腕時計型懐中電灯の光を鏡に反射させて、俺がさっき盗み見た像を壁に映し出した。

 

「お?」

「おお!」

「なんだ?」

「ど、どうして絵が?」

 

セルゲイさんのその言葉に答えたのは乾さんだった。

 

「魔鏡だよ」

「魔鏡?」

「聞いたことがあるわ。鏡を神体化する、日本と中国にあったと言われる…」

「そう。鏡に特殊な細工がしてあってな。日本では隠れキリシタンが壁に映し出された十字架をひそかに祈っていたそうだ」

「沢部さん、このお城って」

「ええ。横須賀のお城に間違いありません」

「え?横須賀のお城ってテレビドラマやCMとかの撮影でよく使われている?」

「はい。元は曽祖父が建てたもので祖母がずっと管理していたんです」

「じゃあ、あれって香坂家のお城だったんだ」

「夏美さん。2つのエッグを作ったのは貴方のひいおじいさんなんじゃないでしょうか?」

「え?」

「あなたのひいおじいさんはロシア革命の後で夫人とともに自分の作った2つのエッグを日本に持ち帰り、2つ目のエッグについていた宝石のいくつかを売り横須賀に城を建てた。そして2個目のエッグをその城のどこかに隠し、そのありかのヒントを子孫に残すため1つ目のエッグに魔鏡をつけた」

「あの…実は図面と一緒にこの古い鍵も出てきたんですが、これも何か?」

 

そういって夏美さんは女性が持つには不釣り合いな大きな古い鍵を取り出した。

 

「それだ!それこそ2つ目のエッグへの鍵ですよ!」

「宝石の付いた幻のエッグ…」

「もし、それが見つかれば10億、いや15億以上の値打ちがあるぜ」

(だからキッドが狙ったのか?いや、奴がそんなことで狙うか…?)

「あの、毛利さん。東京へ戻ったら一緒にお城に行ってもらえませんか?」

「いいですとも!」

 

小五郎さんが夏美さんの問いに快諾するとエッグ関係で集まった人たちも次々と口を開いた。

 

「私も同行させてください!」

「俺も!」

「オレも、ビデオに撮らせてくれ!」

「私も是非!!」

「はい、皆さんで一緒に行きましょう!」

 

おいおい、全員がっつきすぎだろうに…ん?なんだ紅葉?

 

「なあ龍斗。皆さんわかっとるんやろか。もう一つのエッグが見つかってもその所有権は…」

「お城の中の物は香坂家の物。見つかっても夏美さんの物なんだけどねえ。見つけた時に1人なら皆ネコババしそうだね」

「せやねぇ」

 

周りに聞こえないような小声でやり取りをしているといつの間にやら一旦お開きの流れになり各自部屋に戻った。

今回は鈴木家のゲストとしての乗船なので部屋はかなり豪華だった。普段はこういう船に乗る時は大体スタッフとして乗るから新鮮だな。そして…

 

「へえ。内装も綺麗やし、流石は鈴木財閥やねえ。…あ、キッチンもついとる。龍斗―、何か作ってくれたりしません?」

 

悪戯そうな笑みを浮かべながらそう言ってくる紅葉。そう、紅葉も同室なのだ。史郎さんは最初別々の部屋を用意すると言ってくれていたのだが「龍斗とは1つ屋根の下に住んでいますしウチも龍斗と同じ部屋で構いません。お願いします鈴木会長」との、紅葉の直談判によって同室となった。

 

「そうだねえ。じゃあカヌレでも作ろうか。出来上がる頃にはティータイムにちょうどいい時間になるように調整するよ」

「そんなら、皆も呼んでええ?夏美さん、パティシエールらしいし話も合うんやない?」

「あー、うん。それはいいよ。じゃあ多めに作るね」

 

そう言って俺は倉庫と化している裏のチャンネルに常備している食材の中から、必要なものを取出し調理を始めた。ティータイムに合わせるため、時間のかかる工程は裏のチャンネルの時間の流れをいじって早めて、と。

 

―ピンポーン――

 

「ゴメン紅葉、出てもらえる?」

「ええよー……え?」

「可愛い顔だねぇ、ごちそうさま♪」

 

どうやら来客は寒川さんだったようだ。

 

「何の用事だって?すぐにどこかへ行ってしまったみたいだけど」

「なんやよう分かりません。ドアを開けたところを撮られただけや」

「何だったんだろうね?出会いがしらの女性を撮るなんて余り行儀のいいことではないけれど……」

「せやね。まあ気にしても仕方ありません」

 

寒川さんの来訪以降、しばらくは何事もなく紅葉と雑談をしながら調理を続けた。

 

 

 

 

―ピンポーン――

 

「ん?また来客か…次は俺が出るよ。後は焼き上がるのを待つだけでキッチンにいなくてもいいしね」

「分かったー、お願いしますー」

 

そう言って俺はキッチンから扉の方へ向かった。紅葉はいきなりドアを開けていたがさっきのこともあり俺はのぞき穴から相手を確認し、ドアを開けた。

 

「どうしたの園子ちゃんコナン君、それに浦思さん?」

「いやぁー、蘭の部屋でお茶会兼女子界でも開こうかなってね。それで美女にお誘いをかけてたのよ。も・ち・ろ・ん、龍斗君も。どう…って何、すっごくいい匂い!お菓子作ってたの!?」

 

部屋に顔を突っ込んではすはすしている園子ちゃんに若干引きながら俺は答えた。

 

「あ、ああ。せっかくキッチンがあったし、俺達もお茶会でも開こうかなと思ってね。『チン!』…っと、出来上がったみたいだね。じゃあこれもって蘭ちゃんたちの部屋に行こうか。紅葉もそれでいい?」

「ウチは構いません。ほんならいきましょか?」

 

焼き上がったカヌレを手早く盛り付け、俺達は蘭ちゃんの部屋に向かった。

 

「こんにちは。お邪魔するよ」

「遊びに来ましたー」

「いらっしゃい、龍斗君、紅葉ちゃん…って!龍斗君その手に持っているのは?」

「ああ。さっき作ったカヌレ。時間も丁度いいしお茶会でもしようかと作ってたんだ。…園子ちゃんの想定していた面子もそろったみたいだし紅茶でも入れるよ」

「え?でも悪いよ、お菓子を作ってきてくれたのに紅茶もだなんて…」

「いいからいいから。それに俺はお菓子作りだけじゃなくて料理全般が好きなのは知っているでしょう?だから任せて」

 

そう押し切り、俺は蘭ちゃんたちの部屋のキッチンを借りて紅茶を入れることにした。部屋の内装は俺達のものとそう変わらないようなので迷うことなくキッチンには行けたんだけど…なんで窓際に鳩が?聞いてみるとエッグが落ちていた傍に怪我をしていて落ちていたので手当てをしたそうだ。キッドのか?

俺がキッチンで紅茶を入れて皆が囲む机の方に戻ると、皆雑談をしていたがどこか気もそぞろの様子だった。テーブルには各人の前にカヌレ、そして中央にはクッキーが並べられていた。

 

「はい、お待たせ」

「ホントに待ったよー!こんなに美味しそうな匂いをさせているものを前にしてお預けなんだもの!」

「分かった、分かった。ごめんて」

 

だからその滴りそうな涎をおさめなさいな園子ちゃん。はしたないぞ。

 

「ええ。とてもいい香り。私もフランスにいた頃は幾度となくカヌレは頂いたけれど、匂いだけでそれらより美味しいことがわかるわ!」

「そうね、早くいただきたいわ」

「それじゃあ、皆に紅茶を入れてっと。砂糖、シロップは各人が調整して入れてね。じゃあ召し上がれ」

「ありがと。うーん、久しぶりに食べるなあ龍斗君のお菓子!最近は道場に差し入れしてくれないし…うん!やっぱり美味しい!」

「ああ、美味え。やっぱ流石だな龍斗…にいちゃんは!」

「「…………」」

「どないしました?夏美さん、青蘭さん。龍斗のカヌレ、お口に合いませんでした?」

「いえ、紅葉さん。とても、とても美味しいんですけど…」

「なんというか美味しすぎて…」

「ありがとうございます。…そういえば紅葉とは自己紹介は済ませていたみたいですが自分はまだでしたね。では遅らばせながら……緋勇龍斗といいます。特技は料理全般。蘭ちゃんと園子ちゃんとは幼馴染で紅葉とはお付き合いさせていただいている関係です。よろしくお願いしますね、浦思さん夏美さん」

「緋勇龍斗って前回の世界王者!?それなら納得だわ…」

「……やっぱり!ねぇ、私の事覚えてる?4年前の世界大会振りよね!?」

「ええ、勿論。会場の案内や決勝で当たりましたもの。…髪、伸ばしたんですね」

「そう言えばあの頃はショートだったわね。……それにしても身長も私より小さかったのに4年で私が見上げないといけなくなるなんて。お菓子もあの時より確実に美味しくなってるなんてね」

「ちょ、ちょっと待って。え?何、龍斗君夏美さんと知り合いなの?」

「…ウチ、聞いたことありませんよ?」

(うわ、紅葉さん怖っ!)

「さっきも言ったけど、4年前の世界大会の時にね。道に迷ったのを助けてもらって、それで決勝の相手が夏美さんの勤める洋菓子店のチーフパティシエで彼女はその時助手として参加していてね。同じ日本人だし仲良くなったんだよ」

「そんな経緯があったのね……それにしてもすっごい偶然ね。こんなところで再会するなんて」

「ま、ね……金庫での話だと帰国しているみたいですけど夏美さんはまだあのお店に?」

「いいえ。実は独立のお許しを頂いてね。祖母が亡くなっての帰国だったのだけど、このまま日本で洋菓子店を開くかレストランに勤めようかと思っているの」

「そう言えば、夏美さんはずっとパリに住んでたって言ってたけど…」

「ええ、20歳でパリに移ったのよ。だからたまに変な日本語が出たり、会話に詰まったりしちゃうのよね」

「海外に長く住んでいる日本人によくあることやねえ」

「あ、妙な日本語といえば子供のころから耳に残って離れない日本語があるのよね」

「へえ、なんですか?」

「バルシェ ニクカッタ ベカ」

「「「え?」」」

「『バルシェは肉を買ったかしら?』って意味になると思うんだけどそんな人に心当たりないのよね」

「子供の頃ってことは夏美さんのお祖母さんから教わったんやろか?北海道にでも縁がおありなんです?」

「いいえ。でも何故?」

「『べか』って、北海道弁で『~だろうか』って意味なんです。だから北海道に関係することなんやないかと」

「へえ、べかって北海道弁なんだ!」

「知らなかったー。紅葉ちゃん物知りだね」

 

紅葉に言う通り、夏美さんのお祖母さんからの言葉を日本語と間違えて覚えたとするとロシア語か?確か、「века」って「世紀の」だっけか?『世紀のバルシェさんは肉を買った』『世紀のバルシェさんは憎かった』…バルシェニクカッタってなんだ…?うーん…

俺がロシア語であーでもないこーでもないと思考を巡らせていると新ちゃんは夏美さんを見上げて何かに気付いたようだ。

 

「あれ?夏美さんの瞳って…」

「そう、灰色なのよ。母も祖母も同じ色で。多分、曾祖母のを受け継いだんたと思う」

 

確かに夏美さんの瞳は灰色だ。初めて会ったときにその灰色が印象深かったのが覚えている。

 

「そういえば、青蘭さんの瞳も灰色じゃない?」

「「「「え?」」」」

 

蘭ちゃんのその言葉に皆が浦思さんの瞳を見る。確かに言われてみれば…

 

「ほんとだ、中国の人も灰色なのかな?」

「あの。青蘭さんって青い蘭って書くんですよね。私の名前も蘭なんです」

「「せいらん」は日本語読みで本当は「チンラン」といいます」

「チンラン?」

「はい、青はチン、蘭はラン。浦思は「プース」、合わせてプースチンラン、です」

「へえ、蘭は中国語でも「ラン」なんですね!」

「ええ、毛利は「マオリ」」

「じゃあ私はマオリランか、なんか可愛くていいな」

「じゃあじゃあ、私は?」

「鈴木園子さんは「リンムゥユィアンツー」」

「りんむう…?」

「なあ龍斗。ウチは分かる?」

「紅葉は「ダーガンホンイェ」。因みに俺は「フェイヨンロンドウ」、コナン君は「ジィアンフーチュァンコナン」。夏美さんは「シィアンバンシァメイ」かな」

 

そして工藤新一は「ゴントンシンイー」。蘭ちゃんに次いで日本語に似通った感じがある音だね。

 

「…あのう、青蘭さんって私と同い年くらいだと思うんですけど」

「はい、27です」

「やっぱり!何月生まれ?」

「5月です、5月5日…」

「えぇ?私、5月3日!2日違いね!」

 

へえ、二人とも新ちゃんと1日違いなんだ。ここにいたら面白かった…のに。あ。

 

「じゃあ、二人とも僕と1日ち…もがっ!」

 

何かを口走りそうになった新ちゃんに隣からカヌレを口に突っ込む。

 

「僕≪と≫じゃなくて≪の知り合いの兄ちゃんと≫1日違い、でしょ?(何を口走りそうになったかわかってる新ちゃん?)」

「(…やっべ、確かに迂闊だった!すまねえ龍斗!)そ、そうそう。知り合いの新一にいちゃんと1日違いだ!」

「へえ、まさか3日続けて誕生日が続くなんて!珍しいこともあるものね」

「ですね。その新一って言うのも俺の幼馴染みで…」

 

話題をそらしながらそっと蘭ちゃんの方を見て…うん、何かを考えている様子もないし。インターセプトは成功したかな?それにしてもあのおみくじ、ほんとによく当たるわ。

その後、暫く話題を転々とさせながらも和やかに時間は過ぎていった。…カヌレをどうやって作ったかを聞かれた時は困ったけどね。休ませる時間の短縮とか…教えられなくてごめんなさい、夏美さん。

 

 

 

 

夕方になり、俺、新ちゃん、夏美さん、浦思さんの4人は暑さも和らいだだろうということでデッキに来ていた。女子高生3人組はもう少し部屋で話していたいそうだ。周りを見てみると皆さんデッキで思い思いの場所で寛いでいるようだった。

 

「ん?おお、夏美さんに青蘭さん!あなた方も一緒にどうです?」

「よろしいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ!」

 

デッキでビールを飲んでいた小五郎さんがこちらに気付き大人二人をお酒に誘っていた。寒川さんと史郎さんも同じ席についていて席がいっぱいになってしまったので俺と新ちゃんは別のテーブルに座った。

 

「ん?…おぉ~いやあ、色っぽくてええですなあぁ~」

「ったく、しょうがねえなあ。このおやじ…」

「どうかした?コナン君」

「ああ、いや。おっちゃんが青蘭さんが組んだ足を見て鼻の下を伸ばしてたからな」

「ああ……」

 

確かに青蘭さんの方に目を向けると白い足がチャイナ服のスリットから見えていた。うーん、ああいう大人の色気はまだ紅葉にはない、か?いやそうでもないか。

 

「ささ、どうぞどうぞ」

「ありがとうございます…!っ。寒川さん、そのペンダント…」

「おっと、流石はロマノフ王朝研究家。見るかい?」

 

そう言うと、首からかけていたネックレスを浦思さんに手渡した。…あれ?

 

(新ちゃん、寒川さんあんなのつけてたっけ?)

(いや、オレもそう思ってたところだ。龍斗も見おぼえないってことは付けてなかったってことだな)

 

周りに聞こえないようにこそこそ話しているとネックレスの指輪の内側を見ていた浦思さんが顔色を変えた。

 

「マリア…もしかしてこれはニコライ二世の三女、マリアの指輪……っ!」

「あんたがそういうならそーなんだろ?」

「それをどこで!?」

「…へっ!!」

 

そういうとネックレスを再び首にかけ、寒川さんはデッキから船の中へ戻って行った。

 

「本物なんすかねえ」

「さあ…詳しく鑑定してみないと…」

 

確かに、鑑定は必要だろうけど浦思さんはあれが本物であることを確信してるな。それにしてはなんでそんな苦い顔をしてるんだろうか?

 

「ん?西野君、ボールペン落ちそうだぞ?」

「え、あ、ありがとうございます」

 

結局、その後妙な雰囲気になってしまい。今飲んでいるビールを空けたことを契機に部屋で夕食を待つことになった。

3人娘はまだ喋っていたので、俺も毛利家の部屋にいることにして新ちゃんや小五郎さんと近況や世間話で時間を潰した。

 

 

 

 

―ドンドンドン!-

 

時刻は8時前、ドアが激しくノックされた。応対には小五郎さんが出た。

 

「毛利さん!」

「ああ、西野さん。やっと夕飯ですか?」

「た、大変なんです!寒川さんが、寒川さんが部屋で死んでます!!」

「なにいぃ!?」

 

西野さんの声は大きく、部屋にいた全員にそのことは聞こえた。

 

「と、とにかくついてきてください!」

「わ、わかった!お前らは部屋で大人しくしていろ!」

「う、うん…」

 

そう言うと、小五郎さんは西野さんについて行った。…その二人を追う小さな影も一緒に。

 

「それじゃあ、誰かが知らせに来るまで部屋で大人しく…ってコナン君は?」

「あー、いや。えっとね…」

「まーたついて行ったのね!私が…」

「いや、ここは俺が連れてくるよ。蘭ちゃんは紅葉と一緒にこの部屋で待ってて」

「え?私は?」

「園子ちゃんは俺と一緒に史郎さんの所に行こう。非常事態だし、身内は固まっていた方がいいよ」

「う、うん」

「じゃあ、部屋にはチェーンロックと鍵をかけて。誰かが来てもすぐに開けないでのぞき窓で確認すること。いい?」

「わ、わかった」

「龍斗。お気をつけて…」

「分かってる。何事もなく帰ってくるって」

 

そう言って、俺は園子ちゃんを連れて3人の後を追った。

 




あと二話で終わると思います。


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第三十一話 -世紀末の魔術師(4/6)-

このお話は 劇場版 世紀末の魔術師 が元になっています。

多分、お城は一話で終わるはず…

三十話に鳩が毛利家の部屋にいることを加筆しました。



園子ちゃんを引き連れて先に行ってしまった小五郎さんたちを追った。

VIP区画から一般客室の区画に入り、しばらく進むと廊下に西野さん、史郎さんが見えた…ということはあの部屋が寒川さんの部屋か。

 

「鈴木会長、これは殺人事件です!すぐに警察に連絡を!!」

「は、はい今すぐに…そ、園子。それに龍斗君も。どうしてここに?」

「寒川さんが……人が死ぬなんて異常事態が起きたんです。身内同士が近くにいる方がいいと思いまして園子ちゃんを史郎さんに会わせるために連れてきたんです。後、コナン君の回収を」

「な、なるほど。それでは園子、ついてきなさい…西野君、君はほかの乗客の皆さんにも事情を説明してラウンジに集まってもらいなさい、単独行動は出来るだけ避けるように」

「わ、わかりました!」

 

史郎さんと園子ちゃん、西野さんはそれぞれの方向に廊下を歩いて行った。

 

「さて、と。小五郎さん。蘭ちゃんがコナン君を心配していたんできたんですけど」

「ああ、わざわざすまないな。ほらボウズ!龍斗君と一緒に部屋に戻ってろ!」

「でも、それだと小五郎さんが一人になってしまいますよ?」

「む?それもそうなんだが……まいったなこりゃ。現場に一人というのは後々問題になるかもしれんしな…」

 

俺と話していた小五郎さんは寒川さんお部屋を見渡すと、テーブルに置いてあるカギに気付い…あ、俺と小五郎さんが話している間に現場を調べている新ちゃんにも気づいたな。

 

「くぅおら!このガキ、さっき投げられたのじゃあ足りんかったかぁ~!現場をうろちょろするんじゃねえ!」

「うわっ!」

 

おー、新ちゃんは山なりに大きく投げられて廊下、つまり俺の所に飛んできた…って頭が下向きだからこのままだとちょっと危ないか。

 

「……やあコナン君、大丈夫かい?」

「あ、ありがとう龍斗にいちゃん(助けるにしても片足宙づりはいくらなんでもねーだろうよ!?)」

「(いやあ、左足が目の前にあったんでつい)それじゃあ小五郎さん、俺達もラウンジの方に」

「ああ、そうだな」

 

小五郎さんは寒川さんの部屋に鍵をかけ俺達は警察の到着をラウンジで待つことになった。

 

「いや、おろせ……降ろしてよ、龍斗にいちゃん!!」

 

 

 

 

客船を動かくために必要な最小限の人数を残し、乗船していた人たちはすべてラウンジへと集まっていた。制服警官の人たちにはここで待機するように言われた。勿論紅葉と蘭ちゃんもだ。新ちゃんは……警察の人たちが来たと同時にまた現場に舞い戻ってしまった。…こんな頻繁に小学生が消えるとは蘭ちゃんの心労が身に染みるな。

ラウンジに来るまでに道すがら聞いた話によると寒川さんは銃殺されていたらしい。まさか、と思いみんなが集まったところで「嗅覚」を開放した……っ!まさかあの人なのか…?

 

「どうしたん龍斗?」

「い、いやなんでもないよ」

 

この臭い、間違いなく「彼女」は発砲している。でも、前の事件で鯨井さんの発砲後の時と比べて臭いがかなり薄くなってるな。もしかしたら、銃を撃った時の服から着替えた?それに体の方も洗ったか?この感じ、新ちゃんの雑学で聞いた警察の検査の方法じゃ検出できないかな…参った。ここまで周到にしているなら証拠になりそうな痕跡はもう海の底かな…

 

「これは……新ちゃんでも厄介かな?」

「せやね。こんな逃げ場のない客船の中で事を起こしたんや。相当準備もしてるやろし、手ごわいやろなあ」

 

確かにこれは手ごわそうだ……ん?現場で検分をしていた目暮警部が戻ってきた。

 

「このボールペンは西野さん、あなたのものに間違いありませんね?」

「は、はい……」

 

どうやら、寒川さんの部屋で西野さんのボールペンが発見されたようだ。西野さんは遺体発見時、部屋に入っておらずさらに犯行時刻と思われる午後七時半のアリバイも証明できないとのことで小五郎さんに犯人ではないのかと詰問されている。

 

「目暮警部!」

「どうしたのかね、高木君」

「被害者の部屋を調べたところ、録画データが全部なくなっていました!」

「何!?」

「そうか、それで部屋を荒らしたんだな?」

(このままだと西野さんが犯人になってしまう……でも何か腑に落ちねえ。こうなったら…!)

「あ、コラボウズ!勝手に動くんじゃねえ!!」

 

目暮警部とともにラウンジに戻ってきた新ちゃんはまたいずこへと走り出してしまった。

 

「あ、じゃあ私が…」

「いいよ、また俺が行くから(そのかわり、紅葉の傍にいてあげて。結構怖がりな所があるからさ)」

「わ、わかった。お願いね、龍斗君」

 

こっちを不安そうに見る紅葉を安心させるようにうなずき、俺が座っていた場所に蘭ちゃんが座ったのを見届けた後、新ちゃんの後を追った。

しばらく船の中を進むと新ちゃんは電話コーナーの一室でどこかに電話をかけているようだ。行儀が悪いけど盗み聞きさせてもらうかな。『…何!?右目を狙うスナイパーじゃと!?分かった調べてみる。10分後にまた連絡をくれ!』『10分か…』相手は阿笠博士か。新ちゃんは電話を切りそのまま思案に入ってしまったようだ。…ん?

 

「龍斗君、銃を持っている犯人がうろついてるかもしれないんですよ?皆の所に戻って下さい」

「…はあ。ですがコナン君も連れて行かなくてはならないので。それと、≪どちら様で?≫」

「……っ!と、これは初対面でしたね。白鳥任三郎と申します。階級は警部補。それで早く……」

「ああ、別に≪白鳥さん≫とは面識はありますよ?何度かパーティでお会いしたことがありますから。まあ事件現場では初対面であってますけど。大胆だねえ、≪怪盗キッド≫」

 

俺はラウンジから離れてしまったので「彼女」の同行を監視するために感覚を広げたままにしていた。その為、この白鳥さんの顔をした人物が以前史郎さんや蘭ちゃんに変装した人間と同一人物の匂いをしていることに気付けた。普段だったらそこまで面識がないので気付けなかったかもしれないが気を張っている俺の前に出てきたのが不運だったな。

 

「……くっそ、やっぱり話しかけるじゃなかった…」

「まあ、今は非常事態で集中してたからな。でもよく調べてるじゃないか。事件現場では確かに初対面だし」

「まさかパーティで知己を得ているなんてな。そこまで調べきれねえよ」

「撃たれたって聞いたけど、案外大丈夫そうだな。因みに白鳥さん本人は?」

「ああ、彼なら休暇で軽井沢さ。そこで休暇を切り上げて仕事に出てきたって形で潜入したのさ。撃たれた件は、まあ下から上方向への狙撃だったこと、高度がまだそれなりだったこと、モノクルにあたったことから奇跡的に無傷にすんだよ。まあ撃たれた衝撃を逃がすために体勢を崩しちまってエッグを落としちまったけどな…」

「ふーん、なるほ『もしもし博士』ど…」

 

キッドと会話を続けているといつの間にか10分たっていたのか、新ちゃんは博士に折り返しの連絡をしていた……って。

 

「キッド、その耳につけているのは……」

「ん?ああ、これね。盗・聴・器。……それにしても「新一君」ねえ?」

 

…うかつだった。確かに今電話口で博士は新ちゃんの事を、コナンを「新一君」と呼んでいた。

 

「成程。やっぱり江戸川コナンは≪あの≫工藤新一と同一人物だったってわけね」

「…何を言ってるんだ?新ちゃんは高校生でコナン君は小学生だぞ?」

「まあ、普通はありえねーけどな?オレも色々調べたんだよ。そうしたら「江戸川コナン」なんて戸籍は存在しねーし、工藤新一が表舞台から姿を消した同日にあのボウズは現れた。まあ他にも根拠になることはあるがここでは割愛させてもらうぜ?オレの探しているビッグジュエルの「パンドラ」も不老不死っつうありえねえ願いを叶えてくれるってんで人を殺してまで探している組織がいるし…まあ知り合いには魔女がいるし、大人がガキになる何かがこの世にあるかもって考えたわけだ」

「…」

 

これは誤魔化しは利かない…かな?それにしてもキッドの目的知っちゃったよ。俺の集めた資料じゃ不明ってなってたが。成程、その「パンドラ」って宝石の存在は知っているがどれかが分からないからビッグジュエルを盗んでは返すを繰り返しているわけか。

 

「それで?それが事実として君はどうする?」

「そうさなー、ここはあのボウズへの貸1ってことで手を打つさ」

「……へぇ?」

「誰が信じるかはともかくとして、情報を漏らすなんてすりゃあオメーがオレを捕まえに来るだろ?お前も俺の正体に気付いても何もしてこねえってことはオレの逮捕は警察や探偵に、あの工藤新一に任せるってことだ。だがオレが工藤新一に手を出せば…」

「俺がポリシーを破ってお前を捕まえて阻止する…か」

「ああ。オメーは随分と身内に甘いらしいからな。オメーは敵にまわせねえよ」

「それで貸1か…」

「そう言う事。と、そろそろ電話も終わりそうだな。……しっかりコナン君を連れてきてくださいね?龍斗君」

「はいはい……」

 

白鳥さんの声でそう言うと彼は去って行った……しまった。なぜエッグを狙うのか、あと大阪の被害について文句を言いそびれちまった。

 

「あれ?龍斗、どうしてここに?」

「どうしてって…新ちゃんが飛び出して行って心配になった蘭ちゃんの代わりに迎えに来たんだよ。いっつもこんなことしてたら蘭ちゃんが犯人に出くわして危ない目に合うかもしれないんだから自重してくれ」

「わりぃわりぃ。まあでも龍斗なら大丈夫だろ?今から現場行ってくる!!」

 

こ、こいつ悪いなんて塵ほども思ってないな。

 

「はあ、じゃあ俺もついてくよ。一人で戻っても意味ないし」

 

俺は新ちゃんとともに再び寒川さんの殺害現場に向かった。現場に向かっている最中、西野さんを連れた目暮警部たちと遭遇した。

 

「お?龍斗君じゃないか。ダメじゃないか勝手に動き回ったら。ラウンジで待機してないと困るよ」

「すみません、目暮警部。この子を見つけるのに手間取ってしまって……」

 

そう言って新ちゃんを突き出す。恨めしそうな顔をしているが事実だし迷惑かけられてるし甘んじて受けなさい。

 

「たく。この坊主はいつもいつも!」

「すみませんが一緒に行動させていただいても?」

「まあ、ラウンジに二人で帰すわけにもいかないししょうがないか」

「龍斗君はともかく、オメーは大人しくしとけよ!?」

「はーい(なんだよ龍斗はともかくって)」

 

不満そうにしてるけどソレは自業自得だよ新ちゃん…

 

 

 

 

その後西野さんの部屋に移り、軽く捜索をすると高木刑事がベッドの下から寒川さんのネックレスを発見した。これで西野さんが犯人と結論付けられそうになったが新ちゃんが西野さんの枕がもみがらであることから、彼が羽毛アレルギーではないかということに気付き犯人説を否定した。

その時、キッドが新ちゃんを睨めつけそれに気付いた新ちゃんは勢いを落としたが犯行現場の枕が切り裂かれ、羽毛だらけになっていたことから彼に犯行が不可能であると語った。

結局、その場では彼の体質までは分からないので一同はラウンジへと戻ってきた。

そこで史郎さんが証人となり彼の羽毛アレルギーが証明された。

その後、新ちゃんは阿笠博士に教えてもらった右目を狙い撃つ強盗「スコーピオン」の存在を示唆した。調子に乗って推理を披露していたがなぜそんなことを知っているかと小五郎さんに問われ、答えに窮していた。仕方ない、助け舟を…

 

「阿笠博士に聞いた」

「え!?」

「そうでしょう?コナン君…」

「う、うん。(な、なんでそのことを知っているんだ?!)」

 

調子に乗って推理を披露しているからだよ、まったく……キッドの様子をうかがうと…ああ、あれは全力でおちょくってるのを楽しんでるな。一人だったらおなかを抱えて笑うレベルで愉快になってる。

あと、俺をすがるような目で見ないでくれ新ちゃん。流石に何をしてほしいかは分かるが何を言えばいいかが分からないよ。

 

「(やべーな。白鳥刑事に見られたまま推理をするのは出来なくなっちまった……頼りっぱなしで悪いがもう一度頼むぞ、龍斗!)ね、ねえ。西野さんって寒川さんと知り合いなんじゃない?」

「え?」

「いきなり何言ってんだテメーは?」

「だって寒川さん、美術館で西野さんを見てびっくりしてたよ!」

「ホントかい?うーん………!っ。あーー!!」

 

しばらく記憶をあさっている様子だった西野さんだったが何かを思い出したようだ。

彼によると3年前にアジアを旅行している際に内戦で家を焼かれた少女の泣く姿をビデオに撮っていた寒川さんにでくわしたそうだ。注意してもやめない寒川さんを思わず殴ってしまったという。……あまり気分のいい行動じゃないし西野さんが動いてしまったのも分かる気がするな。……ん?新ちゃんがこっちを見てる…?ああ、なるほど。

 

「なるほどね、ということは寒川さんは西野さんに恨みがあったということか」

「わかったー!西野さん、あんたがスコーピオンだったんだ!」

「…毛利君、それは羽毛の件で違うと分かったろう?」

「ああ、そうでした……」

「…つまり、こういうことですか。西野さんの部屋で指輪が見つかり寒川さんの部屋でボールペンが見つかったんは寒川さんが西野さんへの恨みを晴らすための指輪紛失事件を自作自演でやったと……死人に鞭うちたかないですが最低なお人やな、寒川さんは」

 

お、俺が言うまでもなく紅葉がこの事件を解いてくれた。新ちゃんが俺にヘルプを出してたのに気づいたか。

紅葉に目線をやるとウインクされた……愛いやつめ。

 

「な、なるほど。指輪泥棒と寒川さんの事件は全く別の事件だったというわけか。しかしなぜ寒川さんは……」

「それはおそらくこういう事ですよ警部殿」

 

小五郎さんの推理、それは寒川さんの映像データにスコーピオンである証拠が映っておりそれの隠滅のために寒川さんを殺害。そしてあの不用意にスコーピオンのターゲットであるロマノフ王朝ゆかりの指輪を出したことも狙われた一因となった。

部屋が荒らされていたのは指輪を探すために行ったという。すでに西野さんの部屋にあることも知らずに。

なるほど、筋が通ってる。

 

「すごいやおじさん、名推理!」

「ふん、これくらい朝飯前よ!」

「ということは、スコーピオンはまだこの船の中に潜んでいるという事か!」

「そのことなんですが目暮警部。救命艇が一艘無くなっていました」

「「「なに!?」」」

「それじゃあスコーピオンはその救命艇に乗って?」

「すぐに緊急手配を行いましたが発見は難しいかと…」

「逃げられたか…」

(本当にスコーピオンは逃げたのか…?)

 

…本当に周到だな。

 

「とにかく、この船に殺人鬼がいないと分かってほっとしたぜ!なあ?」

「左様ですね!」

「……ですがスコーピオンはもう一つのエッグを狙って香坂家のお城に現れるかもしれません」

「え?」

「いや、すでに向かっているかも……目暮警部!私も明日東京に着き次第、夏美さんたちとともに城に向かいます!」

「わかった、そうしてくれ!」

「おい!聞いた通りだ。その殺人鬼が来るかもしれねーとこだ。今度ばかりは連れていけね「いえ…」え?」

「コナン君も連れて行きましょう。彼のユニークな発想が何か役に立つかもしれません。それに龍斗君。彼の五感も大きな武器になる。来ていただけると大いに助かるのですが?」

「こいつが?それに龍斗君もだと?」

 

…言ってくれる。まあ、俺が彼女を警戒していれば犠牲者は出さないし逮捕をするためのしっぽ…動かぬ、ぐうの音の出ない証拠も掴めるだろう。

 

「分かりました。同行します」

 




来週はもしかしたら更新できないかもしれません。


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第三十二話 -世紀末の魔術師(5/6)-

このお話は 世紀末の魔術師 が元になっています。

ぎゃああああ、17分遅刻してしまいました。申し訳ありません!

それと、完結まで持っていけませんでした。完結は本日中に出します!


翌日、俺達は横須賀にある香坂家の城に向かうことになった。参加者は毛利一家の三人、セルゲイさん、キッド、浦思さん、沢部さん、夏美さん、乾さん、そして俺の10人だ。紅葉は殺人事件に巻き込まれたことをご両親に説明するために京都へと発っていた。一人娘が事件に巻き込まれたとあっては親心としてはひやひやしたものだろうし。俺もそっちについて行こうとしたんだが紅葉本人に止められた。曰く「挨拶に行くのに血なまぐさい事があるやなんて風情がないやろ?挨拶はまたの機会です」とのことだ。

東京から横須賀へ移動を開始した。毛利一家とセルゲイさんはタクシーで。俺は浦思さん、夏美さん、沢部さんと一緒にキッドの運転する…運転する?

 

「(おい、よく考えればオマエ免許もってるのか!?)」

「(だいじょーぶだいじょーぶ、任せなさい♪)」

 

くっそ、高速に乗ってから気付くなんて迂闊だった……事故らないか、助手席から注意しておこう。

 

「青蘭さん。あの寒川さんの指輪、本物だったのかしら。寒川さんは自信満々だったみたいですけど」

「私も、内側に掘られた銘とデザインだけしか見れていませんので確定することはできないのですが。あの時見ただけの判断でいいならおそらく本物じゃないかと思います」

「一応、目暮警部が鑑定に出すと言ってました……私見ですがあの指輪には美術品特有の年月を感じましたね」

 

……へえ、キッドの目にも本物に見えるってことは本当にマリアの指輪だったのかもな。

 

「そういえばマリア、というのはどんな人物だったの?私、軽いロシア史しか知らなくて…」

「そうね……マリアはニコライ二世の四人姉妹の三番目で特に優しい人物だったと言われています。ロシア革命の後で皇帝一家は銃殺されたのですが未だにマリアと皇太子の遺体は確認されていないそうなんです」

「へえ…」

「ですが、最近貧困にあえぐロシアに大量の資金を投じて事態を回復させようとしている女性がいらっしゃるんです。実はその方が皇帝の四女、アナスタシアの末裔じゃないかとまことしやかに言われてまして……」

「ええ!?でもマリアと皇太子の遺体以外は見つかっているんでしょ?」

「はい。ですからその噂がただのデマか、もしくは遺体の方が偽物だったんじゃないかと私達ロマノフ王朝研究家の間でも話題になっているんです」

「そうなんですか。でも巨額の資金を投じてロシアを盛り上げようとしているなんてその行動からも末裔って線は捨てきれないかもしれないですね」

「まあ、龍斗さんの言う通りですね。ああ、それとマリアはとても大きな灰色の瞳をしていたそうですよ」

「大きな灰色の…」

「瞳?それって夏美さんと浦思さんと同じですね。もしかして二人とも血縁者だったりして?」

「…まさか。まあ日本では珍しいかも知れないけれど中国にはそれなりにいますよ」

「私もそんなわけないじゃない。確かに曾祖母はロシア人だけどそんな話は聞いたこともないわ」

 

…なんだ?俺が血縁者じゃないかって聞いたとき浦思さんとキッドの心音がはねた?動揺?キッドの方を横目で見るとうっすら冷や汗をかいてる。……まさか、まさかなのか?

夏美さんは普通だったから本人の言う通り、何も聞いていないようだけど。浦思さんは……

そんな話をしているといつの間にか神奈川に入り目的地の横須賀の城が見えてきた。

 

「ほう…」

「わぁ…」

「すごく、綺麗なお城ですね夏美さん」

「ありがとう、龍斗君」

 

車内では初見のキッド、浦思さん、俺が感嘆の声を上げた。心配していた事故を起こすことなく、キッドが運転する車は無事城にたどり着き停車した。

 

「ホントに綺麗なお城……」

「ドイツのノイシュバンシュタイン城に似ていますね。シンデレラ城のモデルになったと言われる…」

 

流石に博識だな、キッドの奴。俺達は途中によるところがあると言って別れた乾さんの合流を待つため外にいた。俺は皆から離れ正面からみて左側にある階段の方に足を向けていた。

 

「へえ、崖沿いに小さな塔?か」

 

こういうのって城主しか知らない秘密の出入り口とかあるって言うけれど。…ゼブラみたいにエコーロケーションを使えれば全貌が分かるんだけどねえ。…っと、来たみたいだな。

階段半ばまで下りていた俺は、聞こえてきた乾さんの声に塔に行くことを諦め元来た道を戻ることにした。

 

「それじゃあ、中にはいりますか!」

「あ、じゃあ向こうに行った龍斗君を…って丁度来たみたいね」

「声が聞こえたから戻ってきたんだよ、蘭ちゃん」

「あー!龍斗おにいさんだ!!」

「ホントです!」

「ひさしぶりだなー!!」

「久しぶりだねえ、少年探偵団の皆」

 

そう、俺が散策している間に博士の車がやってきたのだが。新ちゃんと博士の内緒話を盗み聞いた限り、彼らはこっそりついてきたようだった。…子供三人があの小さなビートルに乗れば気づくようなもんだと思うんだけど。

 

「君たちは入れないようだけど、外の景色や城の外観…外側を見るだけでも結構綺麗だから博士と哀ちゃんの目が届く範囲で探検するといいよ」

「「「はーーい!」」」

「……あら?龍斗君、いつ聞いたの?毛利さんが子供たちを入れないって」

「ははは、俺地獄耳なんですよ…」

「えー、なにそれ。じゃあ龍斗君の前では内緒話できないってことかしら?」

「ま、まあ。節度はわきまえてますよ?」

「ほんとにー?」

 

そう言って夏美さんの追及をごまかし、俺達は城の中に入った。小五郎さんが沢部さんに正面扉の鍵を閉めるようにいい、沢部さんはしっかりと鍵をかけていた。

一応、外の様子を聞いてみるか。…『ヨッシ!それじゃあオレ達も!』『ん!?何をする気じゃ』『決まってるでしょ?』『僕たちが先に宝を見つけるんですよ!』…はあ。子供たちも困ったものだ。流石に裏口なんかは鍵がかかっているだろうし探検の一環にはなるか。

沢部さんの案内で場内を散策する事となった。一階の「騎士の間」、二階の「貴婦人の間」、「皇帝の間」と立派な城にふさわしい内装と美術品の数々だった。

 

「なぁ、ちょっとトイレに行きたいんだが…」

「トイレでしたら廊下を出て右の奥です」

 

乾さんがトイレに出て行った。…ん?右じゃなくて左に…この距離はさっきの貴婦人の間に入った?

 

「おい、龍斗。ここまででなんか気づいたことあるか?」

「え?あ、ああ。いや、ここまでで特に怪しい感じは感じなかったかな。…あれかな、前に聞いた時計の針を回したら隠し扉が開くとか?喜一さんもからくり好きって言ってたし」

「青の古城のか。そうなるとこの広大な城を一つ一つしらみつぶしとなるとかなり骨が折れるぞ…」

 

新ちゃんの言うとおりだね…『エッグは無さそうだがまあいいか』…乾さんが何かを見つけたな。ったく、これじゃあただの盗人だな。

 

「新ちゃん、ちょっと俺も「うわああああああ!!!」」

「な、なんだ!!?」

 

乾さんの上げた悲鳴を聞いた皆は皇帝の間を出て貴婦人の間に急行した。

そこで目にしたのは天井の一部が開きそこから10本以上の紐がついた刀剣が吊り下げられ、その刀剣の切っ先の下で息を切らしている乾さんの姿だった。彼の右手は壁の穴に手かせがつけられ動かせないようだ。…へえ、中には金銀宝石か。これだけでも1000万は下らないんじゃないか?

 

「こ、こりゃあ一体…」

「81年前、喜一様がお作りになった防犯装置にございます。この城にはこれ以外にもいくつか仕掛けがございますのでご注意ください」

 

そういって、手かせの鍵を外す沢部さん。なるほどね、喜一さんがもっと残酷な人だったなら刀剣類でぐさりってわけか。

 

「つまり、抜け駆けが厳禁ってことですよ。装備は懐中電灯くらいでいいでしょう」

「…っち」

 

キッドは乾さんの鞄から懐中電灯を抜きだし、彼に放り投げた。

 

「それにしても、本当に…」

「本当にからくりが好きだったんだな、喜一さん。となれば一個ずつ候補を潰していくか。…ねえ沢部さん、この城に地下室って?」

「ございませんが」

「じゃあ、曾おじいさんの部屋は?」

「それでしたら、執務室がございます」

 

「どうぞ。ここが喜一様の執務室でございます。壁には喜一様のお写真と当時の日常的な情景を撮影した写真を展示しております」

 

一階にある執務室に通された俺達は思い思いに写真や中の様子を探った。…ん?この床…

 

「ねえ、夏美さん。曾おばあさんの写真は?」

「それがね、一枚もないの。だから私、曾祖母の顔を知らないんだ」

「へえ」

 

新ちゃんと夏美さんの話が聞こえたので床の事を中断して周りの写真を見てみた。…確かに喜一さんの写真はたくさんあるのに一枚もないなんて妙な話だな。

 

「おい、こいつラスプーチンじゃないか?!」

「へ?ええ、彼に間違いありません!写真にも「ГРаспутин」という彼のサインがありますから」

 

今度は、乾さんとセルゲイさんの声に皆が反応した。各々が口を開かず部屋の中を探索しているので誰かがしゃべると狭い執務室の中、周りにも聞こえてしまうのだ。

 

「ねえ、お父さんラスプーチンって?」

「へ!?あ、いやオレも世紀の大悪党だってことくらいしか」

「っ!」

 

浦思さん?この心音は…怒気?

 

「ヤツはな、怪僧ラスプーチンと呼ばれ、ロマノフ王朝滅亡の原因を作った男だ。一時は権勢を欲しいがままにしていたが最期は皇帝の親戚筋にあたるユスポフ公爵に殺害されたんだ。川から発見された奴の遺体は頭蓋骨が陥没し、片方の目が潰れていたそうだ…」

「え!?」

 

片方の目が…ねえ。それにしても浦思さんの心音、乱れすぎだな。これは…そう言う事なのか?

確認のため、俺は以前父さんに聞いた事を話す事にした。

 

「そう言えば、ラスプーチンといえば。以前父に聞いたところ、「ラスプートン」という占い師がラスプーチンの末裔だったという噂があったそうですよ。権力者に取り入り、一大宗教団体を築いていたそうなんですが総本山が何者かに爆破されてそのまま亡くなったらしいですが…」

「その人物の名前は私も聞いたことがありますね。総本山はロシアにあったので。ですがラスプーチンの子供に公式に残っているもので「ラスプートン」という人物はいなかったので、その人物が占いの結果を信じさせるために出まかせを言っていたのでしょう」

「セルゲイさんも龍斗さんも!今はラスプーチンの話よりもエッグです!」

「しかしなあ、こう広い家からどう探せばいいのか…」

 

そう言って、小五郎さんはタバコに火をつけた。…それにしても「ラスプーチン」、「末裔」で反応するか。

 

「夏美さん、何かヒントはないんでしょうか?」

「これといって何も…」

 

あれ?タバコの煙が揺らいでいる?

 

「おじさん、そのタバコ貸して!」

「え!?あ、こら!!」

 

小五郎さんの返事を待たずに手から煙草を奪い周りにかざす新ちゃん。

 

「下から風が来てる。多分、この下に秘密の地下室があるんだよ!!」

「「「「「え!?」」」」」

「と、するとからくり好きな喜一さんの事だからどこかにスイッチがあるはず…」

「とはいうがなあ。持ち主の夏美さんが知らない入り口なんて…」

 

そんな風にたしなめる小五郎さんを尻目に床を調査している新ちゃんは床の一部が外れることに気付き、その下からロシア語のアルファベットを入力できる文字盤を発見した。

セルゲイさんにロシア語で押してもらい「思い出:ВОСПОМИНАНИЕ」「喜一香坂:Киичи Конака」と、思い思いに関係ありそうな言葉を述べたが反応はなかった。

 

「何も起きないな……夏美さん、何か伝え聞いていることは?」

「いいえ、何も…」

「バルシェ ニク カッタベカ」

「え?」

「夏美さんのあの言葉、ロシア語かも知れないよ」

「なるほど。もしかしたら夏美さんは小さい時にお婆ちゃんからこの出入り口の事を聞いていたのかもしれないね。けど、秘密の地下室の事は忘れてしまってパスワードの言葉だけが耳に残ってた、と」

「な、なんだそりゃ?」

「えっと、とにかく心当たりがあるのがその言葉ってことですよ小五郎さん」

「それで、夏美さん。ばる…?」

「バルシェ ニクカッタ ベカ」

「バルシェニクカッタベカ?」

「もしかしたら切る所が違うのかも」

「あ、セルゲイさん。それなら最後はвекаじゃないかな?世紀のって意味の」

「ふーむ、バルシェニ クカッタ。バル シェブ…」

「それって、ヴァルシェーブニックカンツァーベカ、じゃないかしら?」

「な、なるほど!BOJIШEБHИК КOHЦA BEKAだ!」

「それってどういう意味?」

「英語だとザ・ラスト・ウィザード・オブ・ザ・センチュリー。えっと日本語だと…」

「「世紀末の魔術師」」

 

俺と浦思さんの声が被る。

 

「世紀末の魔術師?どっかで聞いたのような??」

「お父さん!キッドの予告状よ!」

「それだ!これはとんだ偶然だな!!」

(偶然、ほんとにそうか?)

「セルゲイさん、入力を」

「わ、わかった」

 

セルゲイさんが入力を終えると歯車が動く轟音がし、床がゆっくりと動き地下室への階段が現れた。

 

「でかしたぞ、ボウズ!」

 

地下へと続く階段はらせん状になっており、らせん階段を降り切ると平坦な道が少し続き、また階段、平坦な道、階段と結構な深さを下っているようだった。

 

「それにしても夏美さん、なぜパスワードが「世紀末の魔術師」だったのでしょう?」

「多分、曽祖父がそうよばれていたんだと思います。曽祖父は16歳の時、1900年のパリ万博でからくり人形を出展し、そのままロシアに渡ったと聞いています」

「なるほど、1900年といえばまさに世紀末ですな…」

 

一行は一本道を進み、少し広めの広場のようなところに出た。

 

「ほー、まだ先があるのか…ずいぶん深いんだな」

 

―カラッ、カラン…――

 

これまで一本道だったのがこの広場では側道があり、そこから小石が転がるような音がした。

 

「ん!?」

「どうしたの、コナン君?」

「今、そこの横道からかすかに物音が」

「スコーピオンか!?」

「ボク、見てくる!」

「あ、コナン君!?」

「私が行きます、毛利さんはここで皆さんを!」

「わかった!!」

 

新ちゃんの方は大丈夫。それにしてもあの子たちはどこから入ったのやら。…それよりも問題は≪この2人≫か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんたは……!!」

 

俺は横道に皆が気をそらしている間に後ろから離脱しようとする人影に気付きその人物の後を追った。もしかしたら、皆が気づかなかった宝への道にそいつが気づいたんじゃないかってな。

だが、そいつは、彼女は宝を見つけたんじゃない。銃に消音機を付けていた。それを見た俺は銃を向けられて、ああ、藪蛇だった…か!?

―パシュ!!

 

「「なっ!?」」

 

撃たれたと思った瞬間、俺は左手を引かれて体勢を崩していた。そのおかげで銃弾に当たらなくても済んだ。俺を引っ張ってくれたのは……

 

「ひ、緋勇龍斗!?」

「どうも、乾さん。あんまり、好奇心ばかりで行動してると命を落としますよ?さっきの防犯装置といい、この浦思さんといい」

「…あら、まさかあなたまで来るなんてね」

 

そう、俺を撃ったのは浦思青蘭だ。まさか、やつがスコーピオンだったとは。

 

「私、あなたは殺したくなかったのよ?目的のために邪魔な人間は躊躇なく殺してきたけど、あのお菓子を作れる人間を殺すのは惜しいって本気で思ってしまったもの」

「なら、見逃してくれるんですか?」

「いいえ、正体を知られてしまったから口惜しいけど殺すわ」

「…そう、ですか。…ねえ、浦思さん。いや、これは偽名でしたね。ならスコーピオンと呼びましょうか」

「…なぜ、偽名だと?」

「人は、自分がそうであるという名前と、変装や偽名を名乗っている時に呼ばれる名前とで反応、特に心音に違いがあるんですよ。これはかの変装の名人、怪盗キッドでも同じです。あなたに浦思さんと呼ぶたび、それは如実に出ていましたよ」

「…心音?ですって?そんなバカな話が」

 

確かに馬鹿げた話だ。心音なんて肌に触れてないと聞こえるわけがない。何かのはったりか?

 

「まあ、それの真偽はともかく。スコーピオン、あなたがロマノフ王朝の財宝を狙い、また、殺害の際に右目を狙うワケ。乾さんの話でやっと分かりましたよ」

 

俺の話?

 

「発見されたラスプーチンの遺体の片目は潰れていた…その話になぞらえて、殺害の際に右目を執拗に狙った。あなたが、ラスプーチンの子孫だから…」

「「!!?」」

 

やつが、ラスプーチンの子孫!?

 

「さっきの心音の話ですけどね、執務室で小五郎さんが「世紀の大悪党」といったときあなたの心音は怒りを、そしてラスプートンの話をした時は動揺を表していた。そして最大に乱れたのは「ラスプーチンの末裔」。まあ、そこから読み取れたのは貴女がそのことに対してかなりの自負を抱いている事です。まあそこから船で聞いた情報とを照らし合わせると「ラスプーチンが受けとるはずだったロマノフ王朝の財宝は子孫である私が受け取るのにふさわしい」って所かな?」

「…へえ?おもしろいじゃないか。まるで探偵のようだよ」

「…あー、いや俺は料理人ですよ?まあ今回は、銃を持っていることが分かっている相手だから出しゃばっただけです…ほら、乾さん。みんなの所に行ってくださいな。流れ弾が当たっても知らないですよ?」

「へ?あ、いやしかし…」

 

緋勇はスコーピオンから目をそらさずに俺にそう言ってきた。

 

「いても邪魔になるだけです。それにこれだけ会話で時間を引き延ばしたんだ。彼女はエッグ探しには合流できませんよ。いなくなっていることに気付いているはずですからね」

「っち。もし今あんたたちを殺して戻っても死体が発見されれば私が手を下したってことになるのね」

「そう言う事です。乾さん、ここにいても死体が増えるだけですし、早く!」

「わ、わかった!」

 

そう言って、俺は階段を転げ落ちるように逃げた。

 

―パシュ!!――

 

銃声をその背に聞きながら……

 

 

 

 

「…それで?なんで、素直に彼を逃がしたんですか?」

「…よく言うよ、私が撃つそぶりを見せればすぐにでも襲い掛かりそうな気配をしてたくせに」

「あら、ばれてましたか」

「これでも修羅場はくぐっているんでね。まあ、それでも問題ないわ」

「なるほど、今いる人数を皆殺しに出来るくらいの弾薬を持ってきているという事ですか」

「……本当に、察しが良すぎて気持ちが悪いわね。まあその通りよ。あなたを殺して、後を追って全員皆殺しにしてエッグを奪ってから城に火をつける。そうすればこの地下室の事を知る人は存在せず、私は逃げられるってこと」

「…なあ、スコーピオン。人を殺してきたあなたにいい機会だから聞いておきたいことがある」

「なにかしら?」

「人を殺す時ってどんな気分なんだ?」

「さあ?なにも。私の障害を排除する。そこに命があるもないも関係ないわ」

「…そっか。じゃあ、俺は一生理解できないことなんだな。俺は命を奪うのは、「食」に関わるから。その命を殺して頂く。食材を奪い合い殺し合う。…ああ、例外は相手を殺さなければ自分の大切なものを守れない時くらいか」

「へえ。そこに「自分が危なくなったら?」を加えておけば?」

「へ?ああ、大丈夫ですよ。俺は≪殺されない≫。だから誰かを殺したりすることは≪この≫一生ではありえませんよ」

「…はあ。なにか、あなたの話は要領が得ないわ。じゃあ、死になさい」

 

そう言って、彼女は俺に銃弾を放った。

 




夏美さんのバルシェニクカッタベカって、お婆ちゃんに隠し部屋の事の話を聞き違えて(聞き逃して)いたんだと思ってます。
あと、ルパンの話も織り込んでおります。


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第三十三話 -世紀末の魔術師(6/6)-

このお話は 世紀末の魔術師 が元になっています。

これにて完結です!

いつの間にかお気に入り数が3000の大台を突破していました!ありがとうございます!!これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!!






「…なるほど、王冠の中に光度計が組み込まれているってわけか」

 

白鳥刑事の声がだいぶ上から聞こえる。オレは光度計の仕掛けにより下がった床に居たので体勢を崩さないようにしゃがんで動作が終わるのを待っている、っと。

 

「な、なんて仕掛けだ…」

「スッゲー!」

 

確かにおっちゃんや元太の言う通り俺の正面、双頭の鷲の壁画があった下にはにはさらに先に進む道、そして振り返るとしっかりと階段が現れて…現れて?

 

「ね、ねえ。龍斗にいちゃんと乾さんと青蘭さんは?」

「え?あ、あら?いない?」

「え、龍斗おにいさんもここにいたの?」

「どういうことだ?いつから居なくなった?」

 

夏美さんや歩美、おっちゃんが困惑の声を上げている。他の人もいつから居ないのか心当たりはないようだ…ん?

 

「歩美、「ここにいたの?」ってどういうことだ?」

「え?だって歩美たちがみんなと一緒になった時には龍斗おにいさんいなかったもん。ねー?」

「歩美ちゃんの言う通りです!」

「オレも見てねーぞ!」

「私もよ」

「ってことは…」

 

オレ達が横道に気を取られている間に離れたってことか。いや、あいつが黙って消えるわけがねえ…じゃあまさか!

 

「おじさん、これちょっとまずいんじゃない!?」

「へ?何がだよ」

「だって、あの龍斗にいちゃんが黙っていなくなるなんておかしいよ!もしかしたら…」

「もしかしたら?」

「…乾さんか青蘭さん、二人のうちどっちかがスコーピオンなのかもしれないよ!」

「「な、なに!?」」

「どういうこと、コナン君!?」

「多分、僕たちがこいつらが来た横道に気を取られている隙にスコーピオンが何かをするために僕たちから離れたんだ。それに気付いたもう一人がその後を追い、さらにその後を龍斗にいちゃんが追ったんだよ!龍斗にいちゃんも離れるのに気づくのが遅れたせいで誰にも伝えられなかったんだ!!」

「じゃ、じゃあ今頃龍斗君は…」

「分からない、分からないけど。あの横道があった広場からここまでこれだけ時間がたってるのに合流しないってのは絶対「おーーーーい!!」!!」

「あれは…乾さん!?」

 

どういうことだ?乾さんがこっちに来たってことは…いや、可能性は二つ。判断する材料が足りねえ…!!

 

「い、乾さん、どこに行ってたんですか!?」

「はあはあはあはあ…」

 

相当走ったらしく、息切れを起こしている乾さんを落ち着かせて話を聞こうとするおっちゃん。

 

「はあはあ、んぐ。や、やつだ。浦思青蘭の奴が、スコーピオンだったんだ!!」

「な、なんだって!?そ、それで彼女は今どこに?」

「お、俺が彼女の不審な動きに気付いて後をついて行ったら振り向きざまにじゅ、銃で撃たれて…そこに緋勇の奴が俺を助けてくれて、それで奴の足止めを…」

「な、なんてことを…」

「龍斗君…」

「お、お嬢様!?」

 

夏美さんが意識が遠のいたのかふらつき、沢部さんが支えていた。…無理もないな。龍斗と結構仲が良さそうにしてたし、知り合いが銃を持った相手と対峙してるなんて聞いて平静を保てるわけがないか。でも、そうなるとどうする?相手は拳銃を持っている。

いや、最悪のケースはそこじゃない。最悪なのは…

 

「ここは…どうするか。エッグ探しどころじゃなくなってしまったな」

「そうだ、毛利さん。この子たちが来た横道から脱出するというのはどうでしょう?乾さんの話によると彼らが対峙していたのは横道より少し戻った場所といいます。その横道に入れば青蘭さんをスルー出来るのでは?」

「し、しかし龍斗君の安否も気になります…そうだ、おい白鳥!てめえ、銃持ってんだろ?オレに貸せ!様子を見てくる!!」

「へ!?あ、いや…わ、私も射撃には自信がありますし私が見てきますよ!」

「んー?オメー、アクアクリスタルの時に目暮警部に聞いたときは射撃はからきしダメじゃなかったか?」

「あ、あれから特訓したんですよ!それに、一般人に拳銃を渡せませんよ」

 

あれ?この白鳥警部って、まさか…いや、それよりも。今はスコーピオンだ。もし、乾さんの言っていることが全部嘘で乾さんこそがスコーピオンだったなら…ここに来ない龍斗と青蘭さんはもう…くっそ!!いや龍斗の事だ、そう簡単にやられるわけがねえ!

 

「とにかく!皆さんで纏まって横道まで戻りましょう!その後は私が元来た道を戻りますから!」

「何で戻るんですか?」

 

へ?

 

「「「「「龍斗君!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、すみません。スコーピオンの無力化に時間がかかっちゃって……」

「む、無力化って何をしたんだい?龍斗君。それに後ろで顔色をなくしている青蘭さんは…」

「あははは…」

 

小五郎さんのその言葉に曖昧に笑うしかなかった。

 

―30分前―

 

『じゃあ、死になさい』

 

放たれた銃弾は俺の後ろを穿った。もちろん、俺の右目を貫通したわけではない。俺が避けたんだ。

 

『な!?』

『別に驚くことですかね?銃口の向きと指の動きを見ていればいつ発射されることは分かりますし、あなたは右目を狙うからなおさらですね』

 

実際は弾丸を見て動いてるんだけど…普通の人には暗い道も俺には真昼のように見えているしね。まあ言っても信じられないだろうしもっともらしいことで煙に巻くかな。それにしても…

 

『拳銃で撃たれたなんていつ振りになるやら…』

『な、なによ。まぐれに決まっているわ!なめないでちょうだい!!』

 

俺のつぶやきは聞こえなかったのか、スコーピオンは右目に限らず俺の体に照準を合わせるや否や拳銃を撃ち続けた。俺はそれを避けながら、遥か1000年以上前に思いをはせていた。

 

 

 

 

 

『はあはあはあ…』

 

マガジンを変える事二回、スコーピオンは息を切らしてもう弾の出ない拳銃の引き金を引いていた。石床には金色の薬莢が20以上転がり、俺の後ろの壁にも同数の穴があいていた。途中、懐中電灯を消して片目に暗視スコープを付けて(多分、キッドを狙撃した時に付けていたものだろう)狙ってきたが、まあ俺には関係ないし。

 

『な、なんでこの暗闇で避けられるのよ…』

 

こっちを見るスコーピオンの目には明らかな怯えが見える。俺はそんな彼女に近づき、懐中電灯の明かりをつけた。

 

『さあて?俺にそれを答える義務はありませんね。それじゃあ…』

 

そう言って彼女の手を取り、彼女の鞄から取り出した(中には手榴弾らしきものもあった)ロープで縛ると先に進んだ皆を追うことにした…っと。

 

『スコーピオン、余り抵抗しないでくださいね?俺だけだったから連射なんてさせましたが俺以外がいる中で何かをしようものなら…』

 

そう言って、俺は落ちていた拳銃を手に持ち彼女の目の前でゆっくりと()()()()()()

 

()()()、しませんよ?」

 

スコーピオンはバラバラになっていく拳銃を見て顔色をなくしていた。

 

 

 

 

「さあさあ。後顧の憂いもないわけですし、エッグを探しに行きましょう!」

「お、おおう?」

「(ったく。やきもきさせたのはテメーだって―のに)」

「た、龍斗君。怪我はない?撃たれて無い?我慢とかしてない?」

「だ、大丈夫。大丈夫ですから!どこも怪我してないから落ち着いてください夏美さん!!」

「(お?これは紅葉さんへのいいネタになりそうだな。パシャリ、と)」

 

涙目になりながら俺の体をぺたぺたと触る夏美さん。ちょ、ちょっとくすぐったい。

 

「大丈夫ですよ!だから泣き止んで、ね?ほら、いい子だから」

「う…うん」

「うぉっほん!緋勇様、無事で何よりです。何よりですが、少々お嬢様と近いようですが?」

「あ、はいそうですね。ほら、ね?夏美さん?」

「あ、えっと。ごめんなさい、ね?」

 

なんとか夏美さんを引き離し、微妙な雰囲気になりながらも皆が留まっていたところから先に進んだ。

先に進んだ場所は袋小路でどうやらここが最終地点らしい。最奥には棺が安置されており、そこには立派な錠前がついていた。それは夏美さんが持っていた古い鍵で無事開錠でき、中には赤いエッグが入っていた。そのエッグの中には緑の鈴木家のエッグの物と違い、中は空っぽであった。

歩美ちゃんの発言から、二つのエッグがマトリョーシカのように二つで一つの物であることが分かった。鈴木家のエッグをキッドが鈴木会長に借りてきた(絶対嘘だな)といって提出し、赤いエッグの中に緑のエッグは収まった。

新ちゃんがエッグの秘密に気づき、そのからくりを見ることができた。これは…素晴らしいな。作り手の愛情を感じる。その技術も80年以上前の物とは思えない。そして…あれが夏美さんの曾おばあさんか。そして皇帝の家族写真……高速でキッドの心音がはねたのはそういうわけか。

 

 

 

「さて。それでは私は青蘭さんを警視庁に連行しますね。龍斗君、君にも一応事情聴取ということで一緒に来てもらえますか?」

「ええ、いいですよ。後ろにスコーピオンを乗せるなら彼女が暴れないように抑える人も必要でしょうしね」

「あ、いや。別にそう言うわけではなくて…」

「分かってますよ、冗談です」

 

エッグの所有権をロシアが放棄したり、鈴木家のエッグを香坂家に(勝手に渡したり)、戻る途中で薬莢の数と無数の穴にまた夏美さんに泣きつかれて、と色々しながら城に上がってきた。

スコーピオンを白鳥刑事に扮するキッドが警視庁に連れていく事になったのだが、俺もその道中に同行することになった。まあ、拳銃で撃たれたわけだしね。

 

「それじゃあ、夏美さん。またいつか。これ、俺の連絡先です。勤め先が決まったら連絡くださいね」

「ええ。まさか君に会えるとは思ってなかったわ。今度、パティシエの技を盗みに行かせてもらうわね♪」

「ははは、お手柔らかに」

 

こうして、俺の夏休みに巻き込まれた事件は終わった。

 

 

 

 

『それで?いつオメーはキッドが白鳥刑事に化けてること気づいたんだよ?』

「ああ、そんなの船で会った時からに決まってるだろ?」

『最初からかよ?だったら、オレにも言っとけよ』

「ごめんごめん。怒涛の三日間で言うタイミングがなくてさ」

『それで?キッドの鳩はいつの間にやら奴の元に戻ったみたいだし、鳩のいた所には「これで貸し借りなしだ」ってあったけどどういう事だよ?』

「ああ、そりゃあ多分。船での博士の電話の事だろうな」

『電話?』

「ああ、奴は船の無線は全部傍受していたそうでな。その際に博士が電話口で新ちゃんの事「新一」っていってたろ?多分そのことさ」

『げ!?じゃあもしかして…』

「…ま、そういうことだろうね。まあ貸しはそれをばらさないことで。借りは言わなくても分かるよね?」

『まーな』

 

もうすぐ夏休みが終わるというある日、俺は自宅で新ちゃんと電話をしていた。俺と新ちゃんとで持っていない情報のすり合わせをしていたというわけだ。他にも色々な話をした。 

 

『それにしても。気づいているかもしれないけど夏美さんが…』

「ああ、彼女がまさかの末裔とはね。あのメモリーズエッグの画像を見るまでは確信を得られなかったよ」

『城がドイツ風なのも納得だな。でもこれは、詳らかにする必要はないことだぜ?龍斗』

「そうだね。知られる必要のないことだね」

 

そう夏美さんがマリアのひ孫である、なんてことはね。

 

「あ、龍斗」

「ん?どうしたの?紅葉」

「今、新一君からLINEに画像の投稿があったんです」

「うん?」

『あ、やっべ。…じゃーな、龍斗!頑張れよ!!』

「へ?あ、なに?…切れちゃった」

「この写真…どういうことです?」

「写真?…っげ!?」

 

紅葉の携帯に写っていたのは少し暗いが涙目で俺にすがりついている夏美さんの写真と、次は…あー怪我がないか色々まさぐってて結構怪しいところを触っている写真が…

 

「こ、これは違いますのよ?紅葉さん」

「たーつーとー?しっかりと説明してもらいますよ!?」

 

 

「新ちゃん、ひでーよ!」

 

 

 

「(スマン、龍斗。でも、喧嘩するほど仲がいいっていうし…ね?)」

 




暗い中でも真昼のように見えるのは「トリコ」のココというキャラの視力が元になっています。
劇場版を書く難しさが分かり、とてもいい経験でした。ですが、暫くは連載ではしないと思いますw
あ、夏美さんはヒロインにはなりませんよ?ハーレム物は別に好き嫌いはないですが自分じゃ管理しきれません。
皇帝へのアルバムが出てくるところは、あの感動の場面を文字で起こしていると軽く1万字は超えそうなので端折りました。詳しくはDVDでどうぞ!
駆け足感がありますが、次からは通常に戻りたいと思います。


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第三十四話 -日常回-

今回は日常回です。

もう一話日常回を挟んで原作のお話になります。

…もうちょっといちゃいちゃを書きたかった…!

10/10,感想での指摘を反映し、役柄の場面に加筆を行いました。



「それでは、我ら2年B組の学園祭の出し物は「劇」に決定しました!」

パチパチパチパチ!

 

いつものように学校に行き授業を受けクラスメイトとくだらない雑談をする。そんな平凡な学校生活の一日だったが、今日は放課後のHRで担任の巽先生から学園祭の出し物を決めるようにお達しが来た。

 

「それじゃあ、劇の脚本と演出はこの鈴木園子様にお任せあれ!ちょー大作のラブロマンスを作ってきてあげるわ!」

おーっほっほっほー!

 

そう言って立ち上がり、高笑いを披露する園子ちゃん。そんな彼女を周りの人は冷たい目で……なんてことはなく、彼女のお調子者気質はこのクラスには知れ渡っており、皆生暖かい目で見ていた。ま、ちゃんと言い出したことは実行してきたしそう言う信頼感があるから何も言わないんだろうね。

 

「じゃあ、鈴木に任せるという事でいいか?…反対意見もないようだしそのように。鈴木は早めに仕上げて練習に入ること。それでいいか?」

「わっかりましたー、巽先生!」

「それじゃあ、HRを終了する。気を付けて帰るように……ああ、緋勇。お前は校長室にこの後行くようにとお達しだ。それじゃあ、解散!」

 

んん?校長室に呼び出しとな?俺なんかやったっけ?

 

「何々?なんかしたの龍斗君?」

「いやあ、それがね、蘭ちゃん。心当たりが全くない」

「んー。最近龍斗は大人しゅうしてると思うんやけどね」

「おいおい、緋勇!お前何しでかしたんだ?大岡といっつもいちゃいちゃしてるからとうとう校長からお叱りか~?」

「いやあ、いっつもうらやま恥ずかしい思いをしてきたオレ達からしてみたらざまーみろ…いやいや、とても心配ですなあ。ねえ中道君?」

「そうですなあ、会沢君?」

「そこ、うっさいぞサッカー馬鹿コンビ!全く、大体ねえ…」

 

サッカー部の会沢と中道が肩を組んで茶化し、そこに突っ込む園子ちゃん。…おお、すげえ。一言ずつしか言ってないのに怒涛の勢いの園子ズマシンガントークにあたふたしとる。

 

「……ま、行ってみれば分かるでしょう。それじゃあ行ってくるね」

「はい、いってらっしゃい」

 

俺は園子ちゃんの餌食になっている二人を尻目に校長室に向かった。

 

 

 

―コンコンコン

「2年B組の緋勇龍斗です。校長先生はご在室でしょうか?」

『ええ。どうぞ』

「失礼します。……担任の巽先生から呼び出しとのことで参りました」

 

ノックをした後入室した部屋の中には、校長先生が一人机についていた。

 

「はい。その通りです。実は今年の学園祭『お断りします』…はやいですね」

「校長先生…去年もこの時期に打診されましたがその時もお断りしたはずですよね?」

「そうなんですけどね……ほら、保護者会からも言われてまして。『なぜ緋勇龍斗に出店をさせないのか』ってね」

「まあ、そう言われるのは光栄なんですが。絶対、ぜぇええったい、混乱が起きて学園祭がダメになってしまいますよ。承服できません」

「そこは、ほら。当日まで秘密にしておくとか、家族だけに伝えるように徹底してもらうとか…」

「当日までならそれでも大丈夫だと思いますけど。ウチのクラスの皆は口が堅くて義理堅い気のいい奴らばっかりですしね。ただその家族の皆さんとは俺と直接の関わり合いがないので本当に黙っていてくれるかわかりません。口止めしていても親友だけなら、その親友もお母さんだけなら…なんてことになりかねませんし。当日開いてもあっという間にSNSで拡散されますよ。それを見て人が集まって、でもその前に材料が無くなればそこからはパニックですよ?あることない事を無責任に書かれる可能性もある。そんなリスクは…この高校生活、とても満足してるんです。それをメチャクチャにはしたくないんですよ」

「……はあ。やっぱり今年もダメでしたか。分かってましたけどね」

「申し訳ありません、校長先生」

「いいんですいいんです。子供たちが健やかな学生生活を送るためのいらぬ障害の防波堤になるのが先生という人種ですから。保護者会には私から説得しておきますね」

「……ありがとうございます。今度、胃に優しいお茶請けでも差し入れしますね」

「ほっほっほ。それは楽しみです。…申し訳なかったね、放課後に呼び出しなんかして」

「いえ。それでは失礼します」

 

そう言って俺は校長室から退室した。…ふう、本当に俺は恵まれてるな。クラスメイトしかり、教員陣しかり。いい高校だ…ん?

 

「おや、緋勇君。どうしたんだい?こんなところに」

「あ、えっと。校長先生に呼び出しを受けまして」

「おや?君が校長先生に呼ばれるとはね。意外と不良少年なのかな?」

「学園祭でで店をしないかという打診ですよ……えっと。聞いてもいいですか?」

「なるほどね。それで?聞きたいことって?」

 

俺はそれを聞き、()()に近づき首元を嗅いだ。

 

「ちょ、ちょっと緋勇君近い「お久しぶりです、()()()()さん」…よ…?何を言ってるんだい?シャロン?誰の事だい?」

 

俺も彼女の葬式に出た。そこでクリス・ヴィンヤードになった彼女を見た。結局シャロンさんとして話すのは一年ぶりになる…のか?応じてくれればだけど。葬式の時はクリスさんだったしね。

 

「俺、結構…いや()()()で一番鼻がいいんです。あなたからは、そして一年前の葬式でクリスさんと話したとき、10年前に会った時と変わらないシャロンさんの香りがします」

「………」

 

心音は緊張、焦燥、逡巡…そして歓喜?

 

「…ふぅ。保健室に行きましょ?龍斗君」

 

声色はシャロンさんだけど…外見が新出先生だと違和感が半端ないな。あと、声だけで聞くととても淫靡な響きが…げふんげふん。

 

「分かりました」

 

 

 

 

「ちょっと、信じられないわね。体臭を嗅ぎ分けられるってこと?そんなことありえるのかしら?…ああ、変装は解かないけど勘弁してね?もう一回やり直すのも面倒だから」

「…ああ、はい。ご自由に。違和感すごいですけど」

 

彼女の先導で保健室に入り、彼女はそのまま鍵をかけた。……あれ?これヤバいんじゃね?鍵のかかった密室の中、男と女(傍目は男)。誰かが来て、こんなん見られたらあらぬ誤解を生みそう。

 

「あら?何を黄昏ているのかしら?」

「ああ、いや。なんでもないです」

「??」

「えっと!それでなんだけど。どうして新出先生の姿で帝丹高校に?」

「……そうね。休暇、かしら」

「休暇?」

「ええ。実は彼ね。とある崖で事故を起こして。私はその現場に居合わせたのだけれどそのまま彼は浮いてこなくて。まあ、余り褒められた事ではないけれどそのまま彼の場所を間借りしているってわけ」

「…役者の休暇なのに誰かにまた化けるって疲れない?」

「有名人というのも疲れるモノなのよ。それにココには貴方を初め、由希子の息子にその幼馴染みと私にとってはとても大切な子たちがいるしね」

「…なんというか。俺はどうしたらいいのやら」

「できればそのまま見過ごしてくれるとありがたいわね」

 

さてはて。俺はどうすべきなんだろうかね。んー、んーー。

 

「じゃあ、こうしましょう。シャロンさんが…シャロンさんでいいの?」

「そうね、あなたにはそう言ってもらって構わないわ」

「シャロンさんが新出先生の事故を通報しなかったのは悪い事…悪い事?だから。その姿を借りている間は悪いことをしないこと。それを守ってくれるなら俺は黙ってるよ」

「…そうね。それで黙ってくれるのなら約束しましょ」

 

嘘は…言ってないかな。

 

「それじゃあ、約束」

「ええ、約束」

 

そう言って俺達二人は指切りをして別れた。…保健室から出た時周りに誰もいなくてほっとしたのは内緒だ。

 

 

 

 

「あなたは、しっかりと私の事を見てくれているのね…」

 

 

 

 

「おっそーい!大丈夫だった!?」

「何だったの?龍斗君」

「おかえりなさい、龍斗」

「はい、ただいま」

「やっぱりいちゃいちゃ禁止令か?」

 

教室に戻ると紅葉、蘭ちゃん、園子ちゃん、中道、会沢の五人がだべっていた。

 

「違う違う、学園祭で出店をしないかって言われてね」

「おお、そりゃいいじゃねえか!オメーの料理なんてほんっとにたまーにしか食べられないしな!」

「肉だ肉!ガッツリ系の物で頼むな!」

「前提からずれてるぞ、サッカー馬鹿コンビ。断ったよ」

「「えーーー!?」」

 

女性陣は流石に察しているのか納得顔をしていた。俺は中道と会沢に向けて校長先生に話したものと同じ内容を語り納得してもらった。

 

「……なるほどなあ、確かに学園祭が無くなるのは勘弁だな」

「だなあ」

「そういうこと。それで?五人は何を話していたの?」

「あ、そうそう。私の考えている脚本なんだけどね。ウチのクラスの奴らが演じるわけだし。クラスメイトを思い浮かべながらキャラづくりをしようと思っているのよ」

「ふむふむ」

「それで、中世っぽい世界観の王族の恋物語を考えているんだけど。…ああ、会沢と中道は姫を狙う悪党AとBね」

「「なんだよそれ!」」

「まあまあ、本決まりじゃないんだし。ほら、裏方をしたいって子もいるだろうし」

「まあね。…それで姫役を紅葉ちゃんか蘭に頼もうと思っただけど」

「わ、私は嫌よ!?がらでもないし」

「ウチは相手役が龍斗なら構いませんけど。ただ、姫って言うのになんや違和感があってな…」

「紅葉はクイーンを目指してるし、女王のほうが自分でしっくりくるんじゃない?」

「それや!ウチ、お姫様ってのもええけどやっぱり女王の方がええ。そしたら龍斗は王様やな!…いや、確か王と女王って同時におることは稀やって最近世界史で教わったんやった。どないしよ?」

「今調べたら『Queen』には王妃って意味があるみたいだよ、紅葉。まあ、『King』には王って意味しかないから、女王にこだわるなら俺は王配ってやつになるのかな」

「(龍斗のお嫁さんならそっちでもええか…王様な龍斗か…)なら、ウチは王妃様がエエな!」

「ええ!?いや、お姫様の両親ってことにすればイケる?でも龍斗君と紅葉ちゃんっていう美男美女を端役で消費するのはもったいないし…ダブルヒロイン?…ダメだわ、劇の時間内に収まるとは思えないし…うん。それでいこうかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!そしたら姫役って私!?」

「あー、そうなるわね。安心しなさい!蘭の相手役は旦那に任せるから!」

「新ちゃんに?」

「……いいわよ。新一、学園祭までに帰ってくるとは思えないし」

「え?」

「ううん、なんでもない!」

「?ま、練習の相手は私がするし帰って来れなかったら私が騎士役をするから」

「お願いね」

 

とりあえず、どうなるかな。園子ちゃんが言うには2,3日中には草案を作ってくるって言ってるけど。

 

「いいねえ、緋勇は。王様だぜ王様」

「オレ達は悪党だってーのに」

「ははは。そこは園子ちゃんと交渉するんだね。中道、会沢」

「へーへー。しかし緋勇の王様か。なんか迫力がないというか」

「あー、確かに。なんつーか、王様ってこう偉そうにしないといけないんだろ?穏やかな性格なオメーにゃきついんじゃねえか?」

「お!ちょっと王様やってみろよ!」

「王様やってみろって。無茶ぶりだな」

「え、なんかおもしろそう!なんかやってみてよ」

「へぇ、王様な龍斗か。どないな感じなんやろ?」

「こう、びしっとやればいいと思うよ。私や新一を怒った時みたいに」

 

あれー?なんか断れない感じになったなあ……王様か。何回かあったことあるけど、王様をセリフで表すって難しいな。んー、穏やかな性格だとダメ。国で一番偉い奴。トップ、集団の中で下の者を引っ張っていく、生かしていく…激しい性格…俺様…

 

「それじゃあ…『この国の全ては俺のものだ!天も、地も、その場に生きとし生けるものすべてがだ!我が国民よ、お前たちの命はお前たちの物ではない!すべては俺のものだ!!俺のものである限り、誰一人として飢える事、勝手に死ぬことは許さねえ。黙って俺についてこい!!』…なんだろう、よく分かんないセリフになっちまったけど。こんな感じ、か…?」

 

何故に皆さん固まっていらっしゃりますかな?

 

「ひ、緋勇。オレな。お前の事優男だなと思ってたんだけど」

「ああ、オレもだ。だけどなんつーか。さっきのお前はヤバかった。なんかすげえ迫力?覇気?があったわ」

「そ、そうね。なんかすごい迫力だったわ」

「龍斗君の国の人は本当に飢える事のない、いい一生を過ごせそう」

「あ、ありがとう?でいいのかな。…紅葉?もーみーじー?」

「……ええなぁ。とってもええ。いつもの優しい龍斗もええけどこう、強引に引っ張って行ってくれそうな龍斗も恰好ええなあ…」

「あーあー…」

「な、中道!オレ達は部活に行こう(ここにいて甘々な二人を見るなんて勘弁だ)」

「そ、そうだな会沢!いざ、俺たちの青春のフィールドへ!(大賛成だ。あーなった大岡は妙に色っぽくて敵わん!)」

「お、おお?じゃあな、二人とも」

 

なにやら、小声で話し合ってそそくさと二人は出て行ってしまった。ってか、放課後始まって結構時間たってるんだが今から行ったら怒られるんじゃないか?

 

「じゃ、じゃあ蘭。私たちは続きはハンバーガーでも食べながらしよ!」

「そ、そうね!あ、龍斗君は紅葉ちゃんを連れて帰った方がいいよ。なんか今の紅葉ちゃん危なっかしいし!」

「そう?…じゃあ、俺達は帰ることにするかな。二人とも、頑張ってね。…ほら、紅葉立って。帰るよ?」

「うん…」

 

 

 

 

「ほら、紅葉。しっかり立って。もう学校出て歩道に出たんだから」

「いーやーやー。ウチ位龍斗なら余裕で運べるやろー?」

「まあ、そりゃそうだけどさ。じゃあ、ほら。腕につかまって?」

「うん♪」

 

そういって差し出した俺の左腕を挟み込むように抱く紅葉。…おおう、力いっぱいに抱くものだから胸が…

 

「そ、それで?今日は何を作ろうか」

「(動揺してる龍斗もかわええなあ)せやねぇ。商店街のほうに行ってみて、今日のええ食材を見ながら決めるんいうのはどう?」

「旬の食材を使ったシェフのお任せディナー、みたいな?…たまにはいいか」

「やった!それじゃあ行きましょ龍斗」

 

まあ、こんな格好で二人歩けば当然目立つわけで。顔なじみの商店街のおじさんおばさんに大層冷やかされましたとさ。

 

 

 

 

「はい、龍斗です。博士?どうしたん……え!?新ちゃんが撃たれた!?」

 




はい、龍斗の発言→紅葉沸騰の流れはクラスメイトにも有名な風物詩になっている感じです。
今回初めて、ほぼ原作のない話を書きましたが、楽しんでいただけたしょうか?

ベルモットの扱いにとても困りました。一応、新出先生でいる間は犯罪を犯さないでと約束をしましたが彼女の扱いをどうすればいいのか龍斗自身も決めきれていない感じです。
既知の人物ですし、初遭遇から今までの付き合いで可愛がってもらっている親戚のおばさん、みたいな印象を持ってしまっていますしね。(作者もどうしようか五里霧中です)


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第三十五話 -学園祭前-

最近は気温の変動が激しいですね。皆さま体調にはお気を付け下さい。

それでは、どうぞ!

10/10に第三十四話で、感想での指摘を反映し役柄の場面に加筆を行いました。

10/15.23:55、輸血のやり取りについて以下の事を加筆しました。
1.輸血しても問題ないように猿武による細胞の操作
2.龍斗の血球成分の検査値の数値が異常すぎて全血輸血は出来なかったこと、その血液の扱い


―米花総合病院―

 

「博士!それに皆も!しん…コナン君が撃たれたってどういう事ですか!?」

「え?撃たれたって…怪我しただけなんじゃ?」

「お、落ち着くのじゃ。龍斗君」

「龍斗のにいちゃん…」「龍斗さん…」

 

博士からの一報を受けた俺は一も二もなく新ちゃんが搬送されたという米花総合病院に直行した。そこには博士、哀ちゃん、元太君、光彦君、小五郎さんが居た。

 

「(博士が電話してから五分。あの家から車を飛ばしても20分はかかるって言うのに…どんな魔法を使ったのかしら?)拳銃で撃たれたのよ。銃創部位は左側腹部。弾は貫通しているけど多量の出血、腎損傷の可能性もあって危険な状態らしいわ」

「な、なんですか?この子」

「あ、ああ。この子はワシが預かっている子で灰原哀というのじゃよ」

「左側腹部…明美さんの銃創の位置と近い?…いや、側腹ならさらに左。正中線から外れている分内臓へのダメージは軽い…か?でも小1の子供だぞ?銃弾が体内を通った時の衝撃波の内臓への負担も相当だったはず。心音、脈拍は危険域ではない…が失血による腎臓以外の内臓の障害が…ここで手に負えないようなら…また俺が…でも……いや…」

「え?(お姉ちゃん?)」

「お、おい龍斗君?」

「だ、大丈夫か…?」

 

何やら周りの皆が俺に話しかけていたようだったが、新ちゃんの容態に気を払っていた俺は気付いていなかった。自身が何をつぶやき、それを誰が聞いてしまったのかを…

がらがらがら、と。車輪の音が廊下に響いた。そちらの方に目をやると新ちゃんを乗せたベッドが近づいてきた。付添には蘭ちゃんと歩美ちゃんか。

 

「コナン君しっかりして!もうちょっとの辛抱だから!」

「っ!!」

 

その時の蘭ちゃんの表情は…「コナン」を見ていなかった。何となくそう直観が感じ取った。

 

「先生、大変です!このボウヤと同じ血液型の保存血パックなんですが前の手術と少し前の急患の手術で大量輸血が重なって在庫がほとんどありません!」

「なんてこった…今から血液センターに発注してもこの子の容態だと間に合うかどうか…」

 

な、なら。

 

「なら俺の「私の!」っ!」

「私の血を使ってください。私もこの子と同じ血液型ですから!」

え。「なっ!?」「…」「なん…?」(蘭……おまえ…)

「お、おい。お前どうして…」

「あ、でも一応調べてください」

「で、では採決室に!」

 

蘭ちゃんは看護師の先導で手術室とは別の部屋に連れて行かれてしまった。…「同じ血液型ですから」か……蘭ちゃん…っと。

 

「あの、看護師さん。もし蘭ちゃん…彼女の血液だけでは足りなかった時のために俺の血も使ってください。俺の血なら、誰にでも使えますから」

「え?ええ。それではあなたも採決室へお願いします」

 

採決室には左腕から血液を提供している蘭ちゃんと彼女の問診している看護師の姿がいた。

 

「龍斗君?」

「蘭ちゃんのだけで足りなかったら……ってことでね」

「そう……ねぇ大丈夫だよね?」

「大丈夫、絶対に助かる。もし向こうに連れて行かれそうになったら俺が引っぱり戻してあげるよ!」

「ふふ。そうなったときは期待してるね?…龍斗君、龍斗君は…ううん、なんでもない…」

 

少し表情が柔らかくなったけど顔色は悪い。それは血を抜いているせいだけではない、よな。それに今言いかけたのは…?

 

「えっと。すみません、そこに横になって左腕を出してもらえますか?」

「はい」

 

そうして俺の採血が始まった。流石に俺の血をそのままというには問題があるので、猿武による細胞の意思統一の応用で検査に引っかかりそうな細胞や成分は普通の人の血液にある成分に擬態して抜いてもらった。

血を抜いている間に感染症の既往歴、ワクチンや予防接種の有無、薬歴などを聞かれた。俺の問診中に蘭ちゃんと新ちゃんのクロスマッチテストの問題はなかったことが伝えられ、彼女の血液は手術室へと運ばれていった。彼女もすぐに出て行った。俺の血も新ちゃんと蘭ちゃんの血液と適合するといいが…

採決が終わり、採決室から出た俺は真っ先に手術室に…は向かわず自動販売機のあるコーナーに向かった。…しまった。着のみ着ままで飛び出してきたから財布も携帯も…お?

 

「ラッキー。ポケットに千円札か。…くっしゃくしゃだけども」

 

なんとか機械に通し、俺はスポーツドリンクを二つ買って手術室へ向かった。

手術室の前には博士と哀ちゃんが立ち、他の人たちは壁側の椅子に座っていた。

 

「はい、蘭ちゃん。これ飲んで。水分補給しないとね」

「あ、ありがとう。龍斗君」

「いえいえ」

 

スポーツドリンクを渡した後は、博士の近くに立ち話しかけた。

 

「博士。手術室に入ってどのくらい経ちましたか?」

「おお、龍斗君。そうじゃな、30分って所かの。それより君の方こそ大丈夫かの?」

「え?ええ、血を抜いたくらいじゃどうってこともないですよ?」

「いや、そのこともじゃがそうじゃないぞい(さっきぶつくさ言っていたのは無意識だったのかの?あそこまで動揺した龍斗君を見るのは初めてじゃったしな…)」

「……」

「な、なに?哀ちゃん」

「…いいえ。なんでもないわ」

「そ、そう?あ、博士(優作さんや有希子さんには?)」

「(いや、まだ連絡しちょらん。どうすべきかのう)」

「(…すべき、だと思いますよ。だって家族ですから。たとえ今どうしようもなくても、あとから聞くより今知らせておくべきかと。俺が電話してきますよ。紅葉にも連絡を入れないといけないので)」

「(わかった)」

「(それじゃあ…)あの、小五郎さん」

「ん?お、龍斗君。どうした?席代わるか?蘭と同じで血を抜いてきたんだろ?」

「あ、それはありがとう…じゃなくて。コナン君の親への連絡はどうするのかなと思いまして」

「あー!そうか、それをしなくちゃいけなかった!…でも弱ったな、連絡先の番号が今は分からないぞ…」

「あの。俺が掛けてきましょうか。一応知り合いで番号も分かりますし」

「…っ!」

 

蘭ちゃんが俺の方を見ているが気づいていないふりをする。…これはちょっと迂闊だったか?

 

「そうか!それじゃあよろしく頼むよ」

「はい」

 

俺は手術室から離れ、電話コーナーへと向かった。

 

 

 

 

『ええ!?新ちゃんがお腹を撃たれた!!?大丈夫なの?無事なの?今どこにいるの!?ちょっと優作!!いつまで寝てるの!?早く起きて!知り合いに凄腕の外科医とかいないの?!ひっつかまえて今から日本に行くわよ!!!』

 

電話コーナーについた俺はまず紅葉に連絡した。携帯を家に置きっぱにしていたので連絡は取れずにやきもきしていたとまずは怒られてしまった。

事情を伝えると、怒っていた様子からすぐに神妙な声になった。夏さん…明美さんの前例があったからだろう。手術も順調に進んでいることを伝え、今日は泊まりになりそうだという事説明し電話を切った。

そして冒頭の有希子さんの応答というか叫びになるのだが…電話コーナーに国際電話をかけられる公衆電話があったことにまずは安堵した俺は、以前に教えてもらった番号を掛けた。時差の問題で向こうは早朝なので寝ていることを考えて根気よくコールした。20コールを超えたあたりで出ないかなと諦めかけたが、その後寝ぼけ声の有希子さんが出てくれた。そして事情を説明し。ああ、どったんばったんしているのが電話口から漏れてる…

 

『あーあー。龍斗くん?ちょっと、気が動転してる有希子から話は聞いた。新一が撃たれたと…君には今()()()()()()()()()

 

ああ。本当に優作さんはすごいな。息子が撃たれて手術をしていると聞いて、動揺していないはずがない。俺と父さんのように拳銃で()()()()()()で死ぬはずがないなんていう信頼関係があるわけでもない。そんな中で一番必要な情報を瞬時に判断できるなんて。

 

「ええ。()()()()()()()()()()()()

『…そうか。それは良かった…ほら、有希子!今から医者を連れて行っても間に合うはずがないんだから少しは落ち着きなさい。新一なら大丈夫だから。…それじゃあね。また日本で。伝えてくれてありがとう龍斗君』

「お礼を言われるような事では…ではまた、日本で」

 

…ふう。手術は無事終わったみたい…だな。電話をしている最中に手術は終わっていた。内容を聞くに臓器損傷はなく、ヤマをこえたとのこと。あとは虚血による臓器への障害がないことを祈るのみだな…よかった。

 

 

 

 

(…ん。ああ、どうやらまだ。生きてるみてーだな。…しぶといね、オレも…イテテ…)

「ん?蘭?」

―ガチャ

「オメー、蘭に感謝するんだな」

「おじさん…?」

「ふわぁっ…蘭のやつ、オメーに血を400ccもやったうえに夜通し看病してたんだからな。偶然オメーと蘭の血が同じ型だったからよかったけどよ、もし特殊な血だったらオメー今頃あの世だぞ。…ああ、龍斗君にも感謝しておけ。彼ももしダメだった時のために血をやったうえにホラ」

「え?」

「おはよう、コナン君。意識が戻って安心したよ」

 

俺は寄りかかっていた壁から離れ、新ちゃんへ近寄り額に手を当てた。

 

「…ん。熱もないし、顔色もいい。…よかったよ、ほんとに」

「…ああ」

「『ああ』…じゃねえ!まったく、蘭がいっぱい血をくれたんだ。早く元気にならねえと承知しねえぞ?!」

「う、うん」

「さて、と。龍斗君。コーヒーでも飲みに行かないか?夜通し様子を見ていたのは君も同じだろ?」

「あ、それではご相伴に預かります。(新ちゃん、ご両親にはしっかり連絡入れたから、ね?)」

「げっ!?」

「それじゃあ行きましょうか」

「ああ」

 

 

俺はコーヒーをごちそうになり、そろそろお暇しようという所で新ちゃんを執刀した医師に声を掛けられた。

 

「君が、あのボウヤに血液を提供してくれた人だね」

「え、ええそうですけど」

「ちょっと話をしても大丈夫かい?」

 

なんでも、俺の血球成分は軒並みアスリートを凌駕する数値をたたき出しており子供に全血輸血するには適していなかったの事。そして使用しなかった血液をどうするかについてだった。

それに対して俺は、緊急事態の事だったので廃棄することを求めた。今度しっかり献血に行くことを伝えた上で。…一応擬態をしたとはいえ、振り返ってみて冷静だったとはとても言えない。なにかポカをしてそれが血液に残っているかもしれないと思うと、誰かに使われるのは怖すぎるからね。

 

 

 

 

新ちゃんが撃たれて数日。高校帰りに紅葉や蘭ちゃん、園子ちゃんとともに頻繁にお見舞いに行っていた。子供だけあって回復力もあり、順調に回復しているようだ。そして今は、学園祭での劇の練習をクラス全員で行っている所だ。

結局、配役はあの放課後の話通りになった。今は蘭ちゃんが馬車に乗り、その道中で悪漢に襲われ黒衣の騎士が舞台上から飛んで登場するシーンを練習してい…た!?

 

「…いったあぁ!」

「だ、大丈夫?園子」

「ちょっと見せて。…ああ、これは捻挫かな?取りあえず保健室に行こう?」

「ええ…痛い…」

 

飛び降りるシーンを再現したかったのか、椅子の上から飛び降りて剣を振り下ろした園子ちゃんはそのまま床を剣で叩いてしまい。手首をひねってしまったみたいだった。

俺は彼女を連れて保健室に向かった。―コンコンコン

 

「先生?いらっしゃいますか?」

「ええ、いますよ。どうぞ」

「失礼します」

「おや、緋勇君と…そちらの子は?」

「ああ、実はですね…」

 

俺は、シャロンさんに事情を説明した。

 

「なるほど。そういうことでしたか」

「それにしても…どーしよぅ、龍斗君。流石にこの腕じゃあ無理ですよね?新出先生」

「そうですね。日常生活ならば無理をしなければという所ですが。剣を振ったりするのは学校医として止めさせてもらいます」

「うーん。もう、皆役を決めちゃってるし。時間もないし…ねえ、龍斗君。代役できない?」

「勿論!…といいたいところだけど、俺って演技に関してはてんでダメなんだよ。最初の頃を知ってるでしょ?」

「う。確かにこんな一面があるんだってビックリするくらい下手だったわね…」

「…あの?お二人に提案があるのですが…」

 

 

 

 

―パチパチパチ!

 

「すっごーい、新出先生!台本を一回見ただけなのにかんっぺきな演技!動きもなんか一人だけ本物の俳優みたいな空気出してたし!」

 

他の見学していたクラスメイトも大絶賛だ。…そりゃそうだ。中身大女優だもの。それにしても妙に嬉しそうだな、シャロンさん。蘭ちゃんと何かあったのかな?

 

「新出先生、もしよろしければ代役お願いできませんか?」

「ええ。私で良ければ」

 

…まあ、いいか。

 

 

 

 

「それじゃあ、後二、三日で退院できるんですね?」

「ええ」

 

今日も今日とて、お見舞いに。新ちゃんが撃たれて10日が経っていた。主治医の先生によると後遺症が残るようなこともなくもうすぐ退院できるそうだ。ただ、今は抵抗力の低下による風邪をひいているそうだ。…ああ、蘭ちゃんの血液には新ちゃんが感染症になりうる因子はなかったそうだ。

子供たちも丁度お見舞いに来ていたがそろそろ日も暮れる頃なので彼らは帰し、俺達は新ちゃんを病室に戻すことにした。

 

「でも二、三日後って学園祭の真っ最中で三日後なら劇の当日よ?どーするのよこの子の迎え。あんた朝から手が離せないわよ?」

「大丈夫!お父さんに頼むから…」

「そーいえば、アイツに連絡した?」

「アイツ?」

「新一君よ!蘭が劇のヒロインをするって言ったらすっとんでくるんじゃない?」

「来ないよ…それに、いいんだ私。コナン君が見に来てくれれば!」

「「「え?」」」

「来てくれるよね?」

「う、うん」

「なーに?もしかしてそのがきんちょに乗り換えるの?」

「何言ってるのよ、園子」

 

「(ちょ、ちょっと。龍斗。蘭ちゃんもしかして…)」

「(うーん。これはちょっとまずいかなあ。紅葉から見てもそう思う?)」

「(そらもう。あの表情を見たらそうとしか考えられへんやろ?ありゃあ、想い人を見てる顔やで?)」

 

俺と紅葉は三人から少し後ろを歩いてひそひそ話をしてさっきの蘭ちゃんの事を話していた。

 

「(まずいなあ。そうだとすると、俺も疑われてるかも)」

「(なんか心当たりがあるん?)」

「(いや、新ちゃんが手術中に新ちゃんの親に電話しに行った…)」

「(た、龍斗にしてはあほなことをしなさったな!?どーするん?完全に知ってて黙ってるてばれとるやんか)」

「(どうしよう…ん?)」

「どないした、龍斗」

「いや、病室が騒がしいなって」

 

新ちゃんの部屋は個室だ。なので今は無人のはずだが。『あんた何考えてんの?ユリなんて買うてきて!』『うっさいやっちゃなあ、花やったらなんでもええやないか!?』ああ。この声は…

前に歩いていた三人もこの声に気付いたのか。学園祭についての話を中断して病室に入った。

 

「アホ!ユリはなぁ。首が落ちるいうて縁起が悪いんや!根付くような植物と同じで病院に入院している人に贈る花とちゃうんやで?!」

「そやったら、初めからそういうとけボケェ!!」

「服部君と和葉ちゃん…どうしたの?」

 

ああ。やっぱり大阪の幼馴染みの二人だよね。

 

「おう!ボウズが大けがしたっちゅうから学校帰りに飛行機のってきたったんや!」

「それで?どうなん?具合…」

「うん。順調に回復しててあと二、三日で退院できるんだって」

「それはええことや!…っと、それはそうと。和葉、とにかくお前の言う縁起のええ花でも買うてこいや!」

「なんや、えっらそうに…」

「和葉が道に迷わんように、姉ちゃんらしっかり案内したってや!」

「はいはい…」

 

そのまま、女子高生4人は新ちゃんの病室から出て行った。確か、この病院には花屋がなかったから外に出る事なるし時間がかかるな。

 

「んで?ホントは何しに来たんだよ?わざわざユリなんか買ってきて人払いしてまで」

「なーんや、ばれとったのか。まあええやんか。腹撃たれた同士、仲ようしようや!…なーんてな。実は昨日の晩に阿笠っちゅうじいさんから電話があってなあ。龍斗がココにいたのは手間が省けたわ」

「「え?」」

 

俺も?

 

「オマエの相談に乗ったってくれちゅうんや!」

「相談?」

「なんや知らんけど、工藤…おまえ…あの姉ちゃんに正体がばれそうなんやってな!」

 

…なんで嬉しそうな顔で言うのさ、平ちゃんよ。

 

「ばれかけてるんじゃねえよ、ばれてんだよ!」

「え?まさか、お前からはなしたんか?」

「んなことするわけねえだろ…」

「そやったら、勘違いかもしれへんやないか。ばれると怖い怖いって思うとるからそうおもうんや」

「あー、いや。多分ばれてると思うよ?」

「なんや、龍斗。お前まで」

「そもそも。蘭ちゃんはそう察しが悪い方じゃないんだ。だってあの英理さんと小五郎さんの娘だよ?前に一度ばれかけた時俺が変装して事なきを得たことがあるけど。しばらくしてから蘭ちゃん自身がキッドに変装されたことがあって。そこから有希子さんが俺達と遊んでた時にお互いの顔を変装して遊んでいたのを思い出したのかもしれないし。ただ、有希子さんがコナンの正体を知っていないとそこは思い当たらないだろうけど…」

「いや。母さんが一回俺の正体を誤魔化したことがあったから…母さんが龍斗を変装させたっていう推理に思い当たっても不思議じゃねえ。まあ実際は龍斗が自分で変装しただけどな…他にも思い当るところはいっぱいあるんだ。今からそれを誤魔化すにはオレが分身でもしねえと無理って感じだぜ」

「なんや、龍斗。そないな特技があったんかい」

「あ、ああ。まあね」

「でも、わからねえ。なんでそこまで分かっててオレにそれを言わねーのか」

「「…」」

 

その言葉に思わず顔を見合わせてしまった俺と平ちゃん。ため息を一つついて平ちゃんが話し始めた。

 

「相変わらず人の心を読めても自分の事となるとさっぱりやのう。あの姉ちゃんが気ぃついたのをだまっとる理由はただ一つ…」

「な、なんだよ」

「待っとるんや。お前の口から直接、話聞かせてもらうんをな!!…こうなったら腹くくって、洗いざらい話してもうた方がええんとちゃうか?」

「バーロ…人の苦労をしょいこんで自分の事のように心配して泣いちまうようなお人よしに。ンなこといえるわけねーだろ…かといって張りつめた蘭をこのまま欺き通す自信はない…ホントは全部話して楽にしてやりてーんだ…」

「…新ちゃん」

「なあ。龍斗、服部。二人ならどっちだ?どっちを選ぶのが正解だと思う?」

 

その言葉に平ちゃんと俺は返事を返すことはできなかった。…いや、俺は返せなかったのではなく返さなかった。こと、このような事に関して俺は非常識な解決策をごり押ししてしまうだろうから。

っと。そういえば。

 

「それで?話変わるけど、俺もいてよかったってなんだったんだい?」

「ん?おおう、そやったそやった。なんや、龍斗。あのちっさい姉ちゃんに何か言うたんか?」

「ちっさい姉ちゃんっていうと…哀ちゃんの事?いや、特に心当たりはないかな?そもそも最近会ったのは新ちゃんの手術の時が最後だし。どうしたの?」

「いんや。実は阿笠のじいさんがな。ちっさい姉ちゃんが龍斗の事を怪しんでるみたいだっていうとったんや。どうすればいいか分からんからこっちも相談に乗ってくれってな」

「??んん??分からん。分からんけど、気に留めておくね」

「おう」

 

そんな話をしていると花を買いに出ていた四人が戻ってきて。少しだけみんなで話して解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして学園祭が始まり、二日目に突入した。

 




今回の主人公は冷静に考えれば蘭の400ccで場を繋いで血液センターからの輸血パックを待てばいいのですが、気が動転して結構ポカをしています。

次回、黒衣の騎士編です。原作通り新一は現れるのか?来週をお楽しみに!


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番外編1 ~昔語り1~

こちらは番外編です。龍斗のトリコ世界での幼少期になります。

注意!このお話には虫食など本編にはないグロテスクな表現がいくつか出てきます。読まなくても本編に影響はありません。苦手な方は飛ばしてもらっても結構です。
トリコの原作知識がないと分かりにくいかもしれません。

本編とは毛色が違い、暗いです。そしてほぼ、龍斗の1人語りで進みます。それでも大丈夫という方は、どうぞ!


「ん?俺の前世の話を聞いてみたい?」

「うん。どんな子供時代やったんかふと気になってなー」

「うーん。どんな子供時代か。…まあいいけど。でも結構重たいよ?」

「お、重たい?なんや気になるやんか」

 

とある日の午後九時。各々がフリーの時間に紅葉が俺の部屋に来た。俺の前世の話が聞きたいそうだ。俺は紅茶を入れ、前世のトリコ世界での幼少期の話を始めた。

 

 

 

 

 

俺の意識がはっきりとして一番最初に見た物、それは何もない荒野だった。その時の俺は2、3歳くらいの姿で周りに親となる大人の姿はなかった。

何が何だかわからなくて唯々荒野を眺めていると、遠くの方からこちらに歩いてくる人影が見えた。徐々に見えてきた彼らは襤褸を纏った痩せ細った子供たちだった。俺が彼らを見ていることに気付いたのか、彼らは笑顔を見せながら俺に近づいてきて俺の頭を撫でてくれた。彼らの手には残飯のようなものや匂いからして明らかに腐乱していると分かる物が抱えられていた。

俺はその時まで荒野の方しか見ていなかったから気づいていなかったが、俺の後ろにはぼろぼろの木材を組み立てて建てた小屋のようなものが10数軒並んでいた。その1つに彼らは俺を伴って入って行った。中は天井の板が穴だらけの事もあって明るく、当時の俺より1つか2つ上に見える子供たちがいた。結局、子供たちは全部で20人ほど。上は12歳くらいで一番下は俺。全員の年齢を足しても200に満たないくらいの幼いグループだった。

全員が集まった後、俺達は年上グループが持ってきた残飯を囲んで食べていた。残飯といっても流石は美食世界というべきか、味はとてもよかった。ただ、20人でそれを分けるのは少なすぎた。…そして腐った食材。それも食べるかとも思っていたんだが実際は違った。他の子供たちはその腐ったものに沸いた虫を取出し頭を潰して食べていたのだ。俺は…その虫を食べる事が出来なかった。お腹がいっぱいだと嘘をついて寝床(という名の地面)を教えてもらい横になった。

しばらくすると、当時のグループのリーダーだったリュージが寝床に来て話しかけてきた。

 

「どこか痛いところでもあるのか?」

「え!?……ううん。…ねぇ!……」

 

 それから俺はリュージに色々なことを教えてもらった。俺は…というか、グループの人間は皆捨て子である事。荒野の奥にはジダル王国の王都と呼ばれる街があること。そこから捨てられた食料を拾ってくること。大人と取り合いになると殺されるから出来るだけ大人が選ばないものを選んでくること。この集落が王都が見えないくらいに離れているのは王都内だと大人に攫われてしまうからである事。なので食事は2日に1回である事。俺みたいな小さな子は主に集落周辺で普段は活動する事。他にもたくさん教えてくれた。そして…

 

「名前?」

「ああ。お前には名前がない。名前って言うのは…まああれだ。お前がお前であることをはっきりさせるもんだ。…これで分かるか?説明が難しいな…」

「名前…ねえ。俺はどうして…」

「…さて、な。王都には子供を捨てる場所、みたいな場所があってな。そこでつい先日お前を拾った。周りにはお前の親でありそうな大人はいなかったからお前も俺達と同じだ。…運が良かったよ。あと一歩遅かったら…」

 

(ああ。今なら分かる。あの時リュージが言わなかったことが。彼に拾われていなかったら俺は…)

 

 当時の俺はなぜ彼が言いよどんだのかは分からなかった。それでも、俺が生きているのはリュージのお蔭であることは分かった。だから…

 

「…名前」

「ん?」

「名前、リュージがつけて」

「うぇ!?俺!?」

「うん。リュージがつけた名前がいい」

「んー。にしたって名前なんて付けたことないからなあ。んんー…んー…」

 

 数分間唸っていたリュージだったが、決まったのかがばっと顔を上げた。

 

「良し!お前は今日からリュートだ!どうだ?俺と似てかっこいい名前だろ!?」

「りゅーと…リュート。うん、格好いい。俺はリュート…」

「そうだ、リュート!お前は将来、このグループを率いる男になるのだ!だからグループのリーダーが心得ておかないといけない事を特別に教える!いいか、「死ぬのは年上から順に!」「年上は年下を何があっても守らなければならない!」「血はつながっていなくても俺達は家族。家族は裏切るな!」だ。他にもあるし、意味が分からんかもしれないけどこれは覚えておくんだ。俺達のリーダーはずっとこれを守ってきた。…だからリュート、お前は生きろよ?」

 

 そうして笑っておやすみ、と言ってリュージは床についた。

 

 

 

そこまで話して俺はもう冷めてしまった紅茶を一口含んだ。目の前の紅葉はのっけからの超展開に理解が追いついていないようだった。俺はその様子を尻目にその夜の事に思いをはせた。リュージと別れた後、俺もすぐに目をつむったが頭の中では俺を転生させてくれた白玉の事を思い浮かべていた。何故こんな過酷なスタートを切らせたのか。一般家庭…じゃなくても貧乏でも親の愛情のあるところでもよかったじゃないかと文句を言いたかった。お気楽転生生活を送れて、原作キャラと絡んで、楽しめるって…でも。さっきのリュージはこんな過酷な世界でも真っ直ぐに、しかも他人を慮れる優しさすら持っていた。あのときすでに30年生きてきたけど…漢として完全に負けたって思った。聞いてみれば15だという。栄養不足による発育不足で12くらいにしか見えなかったやせっぽっちの子供に、だ。だから俺も甘えた考えを捨てて「ココ」で生きていこう―そう思ったんだ。まあ、白玉関連は紅葉には話せないけどな。

 

「紅葉。続き、大丈夫かな?ここで止めとく?」

「え、ええ。大丈夫や。続きをお願いします…(こないな重たい話やったやなんて。でもウチから聞いたんや。最後まで聞かなあかん!)」

「それじゃあ、続きだ――」

 

 

 

そこから俺の生活が始まった。幼年組は雨をためる盥を作ったり、腐った食べ物を荒野に放置(こうすることで虫が湧く)したり、虫の回収をしたり、荒野で生えている草を回収したりと日々の糧になる物を集落から離れない程度に集めることが主だった。荒野に不自然に山になっているのは腐りすぎて土に還った食材らしい。……俺は何となく、いつも根こそぎとっていた雑草の根をその土に植えてみると翌日には青々しく立派な雑草の姿があった。流石は荒野を生きる雑草というか。栄養があると一気に成長するらしい。まあ、その成長力もトリコ世界ならではというか。また、腐った食材はそれ以外にも使われてない集落の小屋の腐った樹の近くにおいているとなぜかキノコが生えてきた。匂いを嗅いで食材として大丈夫そうだったので追加で食卓に上がるようになった。王都での食糧調達は常に2日に一回とはいかず上手く調達できない時は最長1週間帰ってこないこともあり死線をくぐったりもしていたのでこの新たな食材提供はもろ手を挙げて皆に歓迎された。

それから、俺には特別な才能(白玉からの転生特典)があった。それが分かったのはとある食材をリュージ達が持ち帰ったことからだ。その食材は賞味するタイミングが非常に短く、その時間を過ぎると猛毒に変じるという物だった。俺はその「食材」を見た時、食べると死ぬという第6感が働いた。そして匂いを嗅いだとき、明らかに「嫌」な匂いがした。(その当時は何の毒までは分からなくてただ嫌と認識した)とにかく食卓にそれがあがってそのれ認識した瞬間、泣いて喚いて食べさせることを中断させた。まあ、普段の様子からかけ離れている姿に家族の皆は困惑していた。どーにか危険性を認識でさせられないかと思案してその時はすでに常食となっていた虫にその食材を食わせ虫が死んだことで危険性を分からせた。それから俺は、「毒味」ならぬ「毒嗅」役を任された。

 大変な思いをしたことが沢山あった。当たり前だ。こんな境遇だ。でもそれ以上に楽しかった。充実していた。笑顔が絶える事はなかった。―そして10年後、俺はグループのリーダーになっていた。俺より年上の家族は皆いなくなっていた。

 

 

 

 

 唐突だった。何の前触れもなく、リュージが王都から帰ってこなかった。当時サブリーダーについていた女の子が次のリーダーになった。その子も1年と経たず、王都に吞まれた。そうして俺の年齢が二桁になるころ、俺はサブリーダーとなり往路への食糧調達の仕事を行うことになった。初めて見た王都はとてもきらびやかで…そこで俺達は「ゴミ」にすらなれないと思い知った。食糧調達はとにかく息をひそめて、ゴミ捨て場から人がいなくなったタイミングで食材を抱えそして家に戻る。一度、俺達と同じような境遇の子供が勇み足を踏み黒服を着た大人にばれた所に遭遇した。そこで見て聞いたことは一時のトラウマだ。……あいつらはその子のことを「食材」と呼んだ。人か猛獣かに食わせるのかは知らないが、あの子の運命はなにがしかの胃袋の中という事を思い知ってしまった。(原作で美食會の中の奴らには人を指して美味そう、という人種がいることを知ってはいた。だが、実際に何でもない状況で遭遇してしまい俺は言いようのない吐き気に襲われたんだ。そうして…)俺は声もなく泣いた。帰ってこなかった俺の家族は……

 そして、王都の事、王都での生き方を俺は教わった。俺達の荒野は王都の唯一の窓口である鉄道の駅から中央にあるグルメカジノを挟んで真反対にあること。そのおかげで、グルメカジノ目当ての客を目当てにする荒れくれ者どもが荒野とグルメカジノの直線上には存在しなく、いるのは浮浪者のみである事。とある場所に子供を捨てる専用のようになっている場所があること。そこに行ってみたが何もなかった……いや、あの光景を見た後なら分かる。黒服たちが回収してるんだ。…俺も一歩リュージが遅ければそうなっていたのか。……定期的に俺のグループのリーダーたちはここを見回り、2~3歳くらいの子が捨てられていて、大人がいなくて回収できるようだったら回収しているそうだ。なぜ2,3歳かというと乳離れできていない、もしくはしてすぐの子はあの環境に耐えられず。5歳以上で捨てられた子は普通の食事をしていた記憶から俺達の食事に絶えられずグループに、家族に馴染めずに出て行ってしまうのがほとんどだから、だそうだ。色々と説明を受け、最後に言われたのはサブリーダーを逃がせ。だった。俺もそうして生き残らされた、とも。それが俺達の誇りなんだと。……リュージが行っていたことが胸に去来した。

 「ゴミ捨て場」…俺達が便宜上そう呼んでいる場所はグルメカジノでのごみが捨てられている場所だった。そのおかげというか、残飯の割に美味いものだったわけだ。奇跡的に餓死者がでないなと思っていたが結構上等なものも含まれていたのだろう、必然だったというわけだ。まあ、奇跡を言うならあの荒野に捕獲レベル1以上の存在が皆無だったという事が奇跡なんだけどね。いたら俺らの家族は皆仲良くそいつの腹の中だ。

 そこはおいといて。サブリーダーとして食材調達の任に慣れてきた俺はふと気づいた。普段は食えないと回収から省いていた黒く、固い、小粒なもの。そう種みたいな…こいつ、育てられるんじゃね?と。そう思い立った俺は普段のノルマの残飯と腐敗物に加えて腐敗物の量を増やして使われていない屋根のない小屋で育ててみることにした。結果は成功。樹になるトマト…のようなものがなっていた。運が良かったのか(だいぶ後になって俺の食運が導いた結果だと気付いた)成長と実なりが異常に速く、養分をしっかりと与えていれば週一で全員が食べられるほどだった。その成功からいくつかの種を持ち帰り栽培するという文化が俺達のグループに生まれた。

 そして、1年。リーダーは俺の目の前で黒服に撃たれて連れて行かれてしまった。俺は発砲音と崩れ落ちるリーダーを目の前に一歩も動くことができなかった。だけど、お腹を撃たれて激痛が走っているだろうリーダーは黒服の足にしがみつき、目で訴えていた。「逃げろ!」と。…そう、この瞬間から次のリーダーは俺になる。次に弟妹を守るのは俺の役目だという使命感とリーダーの目に後押しされ、俺は黒服から必死に逃げた。子供ならではの逃走経路とそれなりの食糧事情の改善から逃げ足が十分に発揮でき、俺は生き延びることができた。

 それから、さらに1年。俺の次に年長の子に、俺が教わってきた全てを継承した。まあ、死ぬつもりなんかはこれっぽっちもなかったけどな。弟妹のためなら死ぬことなんてなんてことないが、ただ死ぬつもりもない。それに生還率を上げるために下半身を鍛えることにした。相手するのは大人。逃げるにも攻撃するにも(腕より足の方が筋力があるしね)下半身が重要だった。

 俺がリーダーになってから、俺の家族は30人と俺が経験した中でも最大所帯になっていた。その理由として、食料の安定化となにより貯水ナマコを複数偶然得られたことだろう。このおかげで水の心配が無くなり、さらには農業にも水を回せるようになった。まあ、水の確保には王都の下水道を使うのでナマコを3秒くらい浸からせ(10Lくらい)吸わせて、2,3日浄化してもらわなければならないけどね。そんなこんなで弟妹達のために邁進していた。リュージに拾われてから10年たったある日。俺の人生を変える2度目の出会いを迎えた。

 

 

 

 

「ほう?こんな荒野の中にある掘っ立て小屋の集落になぜアーモンドキャベツがあるんじゃ?」

「どうやら、浮浪者の子供たちが育てているようですね。会長」

 

 とある日、小屋の中の植物の様子を見ていた俺は外からそんな声が聞こえた。…っち。大人たちが見向きもしないからといって、そして小屋の中だけでは手狭になったからといってやはり外で育てるべきではなかったか。無理をしても外から見えないようにすべきだった……!!

 そんな後悔を胸に声の方に急いで走った。幸い、すぐにその場にたどり着きへたり込んでいる子の前に出た。

 

「大丈夫か!?」

「う、うん……」

「お前は皆の所に行って集落から皆を離れるように伝えろ!…それからこれからはサブリーダーの言う事をしっかり聞くようにな!」

「え、でも……」

「早くいけ!!」

「う、うん!」

 

 良かれと思ってしたことが裏目に出るのはこれで何度目か。相手は二人。見るからに嫌えられていると分かる肉体。…けと気をひかなければ弟妹に危害が及ぶ。なら、

 

「俺の都合に付き合ってもらうぞお二方!」

「え、あいや。待たんか…」

 

 俺はサングラスのおっさんが何か言う前に駈け出していた。

 

 

 

 

どれくらい時間がたったか。10分?1分?もしかしたら10秒に満たなかったかもしれない。俺はあおむけに倒れ、指先1つ動かなくなっていた。2人は小屋に入って、俺達の農耕の成果に少なからず驚いているようだった。『なんとまあ…』『これを子供たちだけで作っているとはのう』俺に出来たのは小屋の方を睨めつけるくらいだった。

 

「さて、と。お主、ワシに負けたのじゃ「食えよ」が…?ほう?」

「俺の体は食いでがあるぞ?何せ、ここ1年はほとんど排泄行為をしていない。食った物全てが俺の血肉になっているんだ。だからあんた達二人くらいの腹は満たせるはずだ」

「食没…?その歳でか…?」

 

 そう、俺はリーダー交代から「食没」を身に付けていたようだった。リュージが拾ってくれたこと、家族に合わせてくれたこと、俺の事を身を挺して守ってくれたこと、…そして生きている事。…生きている事とは食らう事。我が血肉になってくれている事。すなわち食材への感謝。全てに感謝をささげよう。その「心」に思い至ってから、俺は「食没」が自然とできるようになっていた。そのため、今この場で最も上等な食材だろう。…だから……!

 

「だから、俺の弟妹には手出し無用に頼む!あいつらは必死に生きているだけだ。これ以上大人があいつらから何かを奪わないでくれ……!」

「…ふむ。ならこうしようかの--」

 

 

 

 

そこからはまあ、ご都合主義というか。俺が対峙していたのは後に俺が親父と呼ぶ一龍とマンサムだった。貧しい人への食料配給の途中で荒野なのに食材の香りを漂わせる一角があることに気付き、気になって寄ってみた所での邂逅だった…というわけだ。俺がしっかりと話を聞いて置けばよかったのだが、如何せん大人=信用できぬ仇。というのが先行してしまったのだ。

一龍曰く、「悪魔がいないのにグルメ細胞の悪魔持ちの雰囲気を漂わせている俺」に大変興味が湧いたらしく弟妹ごと俺たちを引き取ってくれた。弟妹たちとは離されてしまったが俺の働きが彼らの待遇向上に繋がるとのことで必死に一龍の元で修行に励んだ。途中、次郎や節のん、与作の所に預けられたり、トリコ達が新たに拾われてきて加わったり、弟妹達が意外に優秀で俺の庇護が要らなくなって寂しくなったり、姿が龍斗を模しているせいか、できる技が東京魔人学園シリーズのものだったりと色々あったが、ある程度成果をあげたことから一龍から修行の一時終了を申し渡された。そして後の四天王より五年早く、美食屋としてグルメ時代に名乗りをあげた。

 

 

 

 

「とまあ、俺が生まれてから美食屋になるまでの20年はこんな感じだったよ。結構はしょったけどまあそこはそこで色々あったのでそこは別の機会ということで」

「龍斗……」

「そんな顔をしないで、紅葉。俺はあの生活のこと、なければよかったなんて思ったことないから。あれがあったから今生きることに全力でぶつかっていけるんだよ」

「…そっか。そやね。ウチが何か言えることやあらへんか。それにしても軽ぅ~い気持ちで聞いたらものすっごい重たい話でびっくりやで?」

「まあ、これでも女子高生に聞かせるには悲惨な所は言ってないんだけどね」

「聞きたいような、聞きたないような……でも待ちぃな。龍斗って食べることにスッゴい苦労してたんやんな?その割には残飯とかあんまり気にせえへんように思えるけどなんでなん?」

「聞かなくても、知らなくてもいいことだよ。あと、その事はね。そりゃあ出たもの全てを感謝して食べるのが俺の信条だよ?食材を無駄にするなんて言語道断。…だけどね。その残飯のお陰で俺は生き永らえることができたんだ。だから厳しい行動がとれなくてね。もしかしたらこれで生きている人がいるかも…ってね」

「ああ、そういう考えがあったんやね…」

「うん。…ああ、もうこんな時間だ。そろそろ寝ないとね」

「え?ほんまや、もうおやすみなさいやね。今日はありがとな」

 

そういって、紅葉は部屋をでていった。その背中に俺は声をかけた。

 

「ああ、おやすみ紅葉。よい夜を」

 

 

 




残飯云々は、パーティで出る大量の生ごみを食べ物への想いが非常に重い龍斗ならどうにでもできるはずなのに、そうしようとしない姿に紅葉が前々から疑問に思っていた。という事情があったからです。
トリコ原作の中のミドラの話とジダル王国の話を考えると裏ではこんなことしてそうだなーっと思いましてこんな設定にしました。


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第三十六話 -学園祭、黒衣の騎士-

ぎりぎり日曜日に更新できました…


このお話は 原作第26巻 が元となっています。

この話では龍斗はほとんど事件には関わりません!


それではどうぞ!


―学園祭1週間前―

 

 

「もしもし、園子ちゃん?」

『どうしたの?龍斗君。珍しいわね。携帯じゃなくて家に電話だなんて』

「ちょっとお仕事を頼みたくてね」

『お仕事?』

「うん。学園祭の間なんだけど、マスコミのシャットアウトを頼みたいんだ。大手、フリー問わずにね。今年は俺も世界大会に出るし、去年はいなかった紅葉もいる。俺や周りの学生に無遠慮にインタビューして回るきちが…失礼。無礼な輩が何もしなければ湧くだろうしね」

『あー。去年も頼んでたやつね。確かに何人かその手の奴らが実際いたって報告あったし。今年はもっとひどくなりそうだわね。了解了解』

「話が早くて助かるよ。報酬は去年と同じ…いや、ひどくなりそうだし4割増しでどう?追加で貢献してくれた人全員に特製弁当+スイーツで」

『わお。それはいいわね!しっかり伝えておくわ。でも当日のガード以外にも裏であの手この手使うから結構な数になりそうだけど大丈夫?』

「大丈夫大丈夫。せっかくの(紅葉との)思い出作りの場なのに無粋なまねされたくないしね。お願いします」

『まっかせなさい!じゃあまたねー!』

 

 

―学園祭2日目―

 

どうやら、園子ちゃんへの依頼は大成功だったらしい。学園祭を狙い澄ましたような家にかかってくるマスコミの電話もあの依頼をした翌日からぴたりと止まり、学園祭の中での写真のお願いも一般人の人からだけだ。…一緒に撮ってくださいは分かるが、なんで俺と紅葉のツーショットを欲しがる人がいるんだ?

まあ、それはともかく俺は学園祭を大いに楽しんでいた。…隣に恋人がいるだけでこんなにも変わるとはね。

 

「ん?どうしたんです、龍斗」

「いや、なんでもない。楽しんでる?紅葉」

「ええ、とっても!」

 

知らず、紅葉の方を見ていたらしく怪訝な顔をされたがとてもいい笑顔で返された。ああ、依頼出しておいてよかった。

 

 

 

 

2年B組の劇の順番が次となり、俺達は体育館の舞台裏で準備及び客席の様子をうかがっていた。のだが、

 

「ちょ、ちょっと!次私たちの劇なのになんでこんなに人が増えてるのよ!?」

「それだけ期待大ってことよ!あのロミ・ジュリを凌ぐ超ラブ・ロマンスだって銘打って宣伝したし♪それに蘭や龍斗君、紅葉ちゃんが出るのも大きいわね」

「えー、何よそれ!聞いてないわよ!?」

「ほんんまに結構な数やねー」

「こりゃあ、蘭ちゃんがあがらないか心配だ…」

「蘭ちゃーん」

 

へ。何やら聞き覚えがある声が後ろから聞こえてきたので振り返ってみると。

 

「「「「和葉ちゃん!」」」」

「やっぱり来てもーた。平次には「邪魔になるからやめとけー」言われたんやけど」

「じゃあ服部君来てないんだ」

「ちぇー。あの色黒イケメン君は来てないのかぁ。いい目の保養になるのに」

「目、目の保養って。あんなん見てもおもろないで?園子ちゃん」

「なーんて、冗談冗談。まあせっかくの劇を見せられないのは残念だけどね」

「もー。あ、そんで?工藤君はどこにおるん?ウチだけ会うたことないんやなんてなんか悔しいやん?せっかく初遭遇できるとおもて楽しみにしとったんやけど。呼んどるんやろ?」

「別に。呼んでないよ…」

「ああ、いや。一応電話で伝えたんだけど。事件がーってね。なあ、紅葉」

「え?ああ、そういえばそんなことも言うとったような…でも、蘭ちゃんから伝えてないやなんて知りませんでした。てっきり…」

「そうなのよー。昔の友達とか近所の人とか呼んでるのに蘭ったら肝心な旦那にはひとっこともないのよ!」

「だから旦那じゃないってい「ボクだけじゃなかったんだね、呼んだの」って…?」

「お父さん?コナン君!?」

「まだ風邪が治ってねえから今日は寝てろって言ってんのに約束したから絶対行くって聞かなくてよぉ」

「風邪大丈夫?お腹痛くない?」

「大丈夫だよ、蘭姉ちゃん」

 

和葉ちゃんに続いて、小五郎さんと新ちゃんもやってきた。退院したてで、風邪もひいてるのに来るなんて健気だねえ。…んー?なんだ…?

 

「蘭さん、ちょっといいですか?ラストのセリフのきっかけなんですが…」

「あ、はい…」

 

シャロンさん扮する新出先生が最後のセリフ合わせに来た。流石は大女優というか、演技には余念がないね。

 

「男前やなあ。あの人が蘭ちゃんの相手役なん?」

「そうそう!結構お似合いに見えない?」

「んー。せやろか。なんや、新一君といるより蘭ちゃんが遠慮しとると言うか畏まってる感じがします。ウチは新一君を推しますけどなあ」

「えーっと。どうなんだろうね?」

「おやー?龍斗君にしては歯切れの悪い感じね?」

「ははは……」

 

だって中身女性なんだもの。

 

「じゃあボク席で見てるから…」

「あ…」

「じゃあな、蘭!あがるんじゃねーぞ!」

 

そう言って、新ちゃんと小五郎さんが客席に行ってしまった。なーんか、変だったな新ちゃん。それに続いて、

 

「じゃあウチも席につくね!楽しみにしとるよー。皆!」

 

と、和葉ちゃんも行ってしまった。

 

「期待されたからには頑張らないといけませんなあ。せやろ?龍斗、蘭ちゃん」

「そうだね。まあ一番頑張るのは主役の蘭ちゃんだけど」

「皆、頑張りましょ!さあ、もう本番15分前よ!ほら、龍斗君も紅葉ちゃんも着替えて着替えて!蘭も!あなたは初っ端から出るんだから急がなきゃ!」

「う、うん…」

 

先ほどの新ちゃんの様子が気になるのかどこか上の空の蘭ちゃんだったが、園子ちゃんと紅葉に連れられ女子更衣室に着替えに行った。

 

 

 

―――ビーーーーィ!――――

『只今より2年B組の「シャッフルロマンス」を上映いたします…ごゆっくりご鑑賞ください…』

 

「ああ…全知全能の神ゼウスよ!!!どうして貴方は私にこんな仕打ちをなさるのです!?それとも、この望みもしないこの呪われた婚姻に身を委ねよと申されるのですか!?」

 

俺達2年B組の劇、「シャッフルロマンス」が始まった。俺と紅葉は客席から見て左側の舞台袖で出番を待っていた。と、いっても俺達の出番は終盤なので今は袖から劇の方を楽しんでいる。

 

「蘭ちゃん、緊張であがったりはしてないみたいやね」

「そうだね。…ちょいちょい、聞いたことがある声が客席から聞こえてくるけど」

「小五郎さんの「蘭ちゃん、空手や空手!そないな連中いてもうたれーぇ!!」…と、和葉ちゃんやね。…演劇の鑑賞中のマナーとしてはアカンのやけど」

「まあ、あの二人らしいっちゃ、らしいよね…おっと、黒衣の騎士の登場…だ?」

「どないしたん?龍斗。この劇の見せ場やん」

「あ、ああ。なんか着地した時の音が…」

「音?」

 

シャロンさんが扮する新出先生だ。体格を誤魔化してはいるが体重については故意に合わせてはおらず、あの装いでも50kg前後のはず。だけど今の着地音は…

 

「あれ?なんや?台本とちゃう…?」

 

――――キャーーーーーーーー!!―――

 

至高の渦にのまれてしまっていた俺を引き戻したのは絹を裂くような悲鳴だった。そしてそれに起因して感覚を広げた俺は、今日感じた違和感の答えを知った。

 

 

 

 

どうやら、劇を鑑賞していた男性が毒殺されたらしい。事件が起きた際に体育館にいた人間は事情を聴くために体育館から出ることを警察に止められて、体育館の出入り口は警官が歩哨に立つようにして外から中の様子が分からないようにされた。

中に残った俺達は事件解決まで捜査の様子を撮影することがないように携帯の電源を落とすように言われた。撮影していた場合、最悪公務執行妨害の罪が科せられる可能性があることを示唆され、皆が素直に従っていた。舞台袖にいた俺や紅葉、他の同級生たちは舞台裏に待機する事となった。例外は悲鳴が上がった時、舞台にいたのは見せ場の場面のために黒衣の騎士と蘭ちゃん…いや、感覚を広げた事で分かった。()()()()()()()()だ。彼らは110番で呼ばれた目暮警部たちの傍に行っていた。新ちゃんが新一に。そして、コナンは変装した哀ちゃん。何故教えてくれなかったのだろう…

 

「あーあー。さいってい!変な事件は起きるし、劇は中止になっちゃうし…おまけに雨が降ってくるし。せっかくのお祭りムードが台無しよ…ねえ?新出先生?」

「こうなっては仕方ありません。諦めましょう…」

 

窓から雨模様の空を見ていた園子ちゃんがシャロンさんにそう言っていた。確かに気落ちしてしまうね…そうだ。

 

「ねえ二人とも。中身が新ちゃんに入れ替わってたけどいつの間に?」

「えぇ!?龍斗君、気づいてたの!?」

「黒衣の騎士の登場シーンの着地音がね。ちょっと…(重かった、とは言えないよなあ。体格的には新出先生の方がいいから重いはずだし。)」

「着地音…?」

「ま、まあ。なんだ。新出先生の体重じゃ出ないような音だったからさ。それで、気になって観察してみればよく見たことある人物だなって。彼の体重の音なら納得だし」

「うへぇー。もしかして龍斗君、歩く音とかで体重が分かったり?」

「あはは…これでも無手の古武術を仕込まれてるから。その気になれば間合い(身体の長さ)とか体重、利き手足、隠し持っている武器なんかは2,3歩歩く姿を見れば分かるよ」

「何それ初耳…まあそうよ。黒衣の騎士スタンバイの時に彼が来たのよ。それで…」

「私が彼に役を譲ったんですよ。蘭さんのKnightは工藤君が良く似合いますからね」

「…というわけで、彼に急遽代わってもらったってわけ」

 

なるほどねえ。しかしシャロンさん、ナイトの発音が妙にネイティブだったな。

 

「じゃあ、あのいきなり抱きしめてからのキスは園子ちゃんの差し金ですか?台本無視でびっくりしたやんか」

「あはは…あっちの方が面白そうだったから!だいじょーぶよ、何だかんだで新一君のアドリブ力はあの工藤有希子譲りで抜群なんだから!なんとかなってたわよ…多分」

「それに付き合う、演技力皆無な俺にも気を配ってほしかったよ…」

「それはごめんね…」

「まったく…」

 

 

 

「…それで?私の体重も知ってるのかしら?」

「あはは…普段は一々調べたりしてませんから(スタイルいいのにそう言うのは気にするんだ…)」

「その言葉、信じるわよ?それと、女性の体は秘密で美しくなるものよ?」

「…俺って考えている事顔に出やすいですか?」

「そうね、正確にわかるわけではないけど私にとっては容易い事よ?ボ・ウ・ヤ♪」

 

 

 

 

クラスメイト達と雑談する事、事件が発生して3時間ちょっと。舞台裏で待つ皆も辟易とした表情を浮かべ始め日も落ちた頃、事態が動いた。

 

「いや…これは自殺ではない。極めて単純かつ初歩的な…殺人だ。そう、蒲田さんは毒殺されたんだ。暗闇に浮かび上がった部隊の前で…しかも犯人はその証拠を今なお所持しているはず…ボクの導き出したこの白刃を踏むかのような大胆な犯行が真実だとしたらね…」

 

舞台裏から様子をうかがっていたが、黒衣の騎士の仮面を脱ぎその表舞台には決してあげてはならない顔をさらしていた…晒してしまった。

突然の登場に体育館内は騒然としたが、新ちゃんは一言で静めてしまった。…あんなセリフよくもまあ素面で言えるなあ。…あ。平ちゃんも来てたんだ。新ちゃんはその後、殺人事件の謎を解き明かした。…そろそろやばそうだな。

 

「…新ちゃん」

「た、龍斗」

「後で言いたいことと聞きたいことがいっぱいあるけど。今は舞台裏に行こう?(結構ヤバイでしょ?)」

「あ、ああ。すま…ねえ!?…っぐ!!??」

「新ちゃん!?」

「工藤!?」

「新一!?」

 

俺に言うようについて行こうと一歩を踏み出した瞬間、新ちゃんは俺に倒れ掛かってしまった。推理の後半に連れて彼の心音が乱れ始めていたことが分かっていたから大事になる前に回収したかったんだが推理が終わるまで待っていたのはやっぱり失敗だったか!?

 

「新一?新一ーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?この独特の臭い…保健室か?ああ、そっか。龍斗が俺を運んでくれたのか。くっそ、アイツには迷惑かけてばっかりだな。だからアイツもオレには…

オレは瞼を少しずつあける…一番初めに目に入ってきたのは蘭だ。青い顔してるな。他には服部、園子、和葉ちゃん、紅葉さん…そして龍斗。ああ、皆顔色が悪いな。そりゃそうか、人が目の前でガキにまで縮んちまったんだから…な!?

 

「おお、工藤!目ぇ覚ましよったか?!」

「え?」

「よかったー、気ぃついて!」

 

慌ててオレは手を見、体を見た。…黒衣の騎士の衣装がぴったり着れてる?ってことはオレの姿は高校生のまんまなのか?

 

「もぉ、心配させないでよね!」

「まったくだ。そういうことするなら事前に教えてもらいたかったな!」

「いやいや、龍斗。倒れることを事前に教えるなんて無茶なこと言ったらあかんよ?」

「…あれ?」

 

どうなってるんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

…龍斗の目が笑ってなくて、それを見て背筋が凍ったのはココだけの話だ。

 




なぜ、龍斗に伝えられず新一になったのか。その当たりは次のお話で。

舞台裏で哀の変装に気づかなかったのは劇に気を取られていたことと、新一がそんな小細工をするなら何かしらの連絡を入れるだろうという考えがあったからです。

実際に事件に巻き込まれたことは無いので実際に警察の人が携帯の使用を禁じるかどうかは知らないので、コナン世界の公務執行妨害に含まれる捏造設定ということでお願いします。

食べ物に仕込まれた毒殺に気付くのにはその人物との距離が近くなければ発揮できません。今回は距離が開いていたため、松本先生の時のように気づくことができませんでした。


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第三十七話 -学園祭、事件の後始末-

皆様、お久しぶりです。すっかり寒くなりましたね…お体にお気を付け下さい。

このお話は 26巻 を元にほぼオリジナルとなっております。
学園祭の後の、何があったのかが明らかになります。ちょっと説教が入ります。

作者の学業生活が忙しくなってきて、週一更新すら危ぶまれる状況になってきました。もし更新ができない場合は目次のあらすじにて報告いたします。申し訳ありません。


さて、体育館で倒れた新ちゃんは無事に目を覚ました。自身の体がまだ高校生である事に戸惑っているようだけど今のところ問題は無さそうだ。…っと。

 

「それじゃあ、俺はお仕事に行ってくるよ」

「え?」

「ああ。そやったな。龍斗、がんばってや。オレらも後から行くさかい」

「久々やし、ウチも楽しみにしとるよ」

「まあ量的に小腹を膨らませる程度になるとは思うけどね。楽しみにしてて?新ちゃんは…後で家に持っていくから起きといてよ?」

「??」

「じゃあ、ウチも手伝います。注いだりするのに人手は必要やろ?」

「ん?ああ、そうだね。じゃあお願いするよ、紅葉」

「任せといて。それじゃあ皆、また後でお会いしましょう?」

 

そういうと俺と紅葉は家庭科室へと向かった。さあて、料理人としての腕を振るいますか。

 

 

――

 

 

学園祭二日目の夜、オレは保健室からそのまま工藤邸…まあオレん家に帰ってきた。蘭達はドレスの着替えや荷物を取りに保健室で別れ、服部たちも龍斗に会いに行った後そのまま大阪に帰るという事で保健室で別れた。

…それにしても、本当に元の姿に戻れるとはな。戻れたはいいがこれはこれで今までのようにはいかなくなったな。普段の生活でも気を配らなきゃいけねえし。最近だと勝手に人の写真撮ってネットに上げる不届きものが多いし…龍斗の苦労がようやく分かったぜ。アイツも有名人だからな。普段出かけるときは軽い変装してて、めんどくさがってる姿を何度も見てたし。…龍斗、か。オレも話したいことがあるがいつ来るのやら。それにしても仕事ってなんだったんだ?

 

「それで?オレが気絶している間に何があったんだよ?龍斗は仕事って言ってけど」

「あんらぁ~?何よ、その口のきき方は。実の母親に向かって」

「…オレが気絶している間に何があったのでしょうか?お母様」

「そうそう、母親は敬う物よ?新ちゃん」

「はいはい…」

「それで、何があったかだったわね?新ちゃんが気絶した後、体育館内は結構騒然となってたわよ?連行される犯人と警察の方に幾分か目線はいってたけど流石にあんなど派手に推理ショーしていた張本人が倒れるだもの。私も肝が冷えたわ。すぐに駆けつけたかったんだけど新ちゃんの近くにいた龍斗君が駆け寄ろうとした私に目線で『大丈夫ですから』って語りかけたから踏みとどまったわ」

「龍斗が?」

「ええ。私も変装してたんだけど、昔から彼にはばれるのよねえ。それに私が教えた変装術も私以上にこなしちゃうし…才能って怖いわねえ」

 

ああ、そういえば母さんが変装してても龍斗はいっつも一目で見破ってたな。

 

「最近だと変声術もマスターしてんぞ、あいつ」

「あっらまあ!ますます置いてきぼりにされちゃうわね。私が変装術を教わったお師匠みたいじゃない…っと。話が脱線しちゃったわね。それで龍斗君なんだけど、このままだと新ちゃんの事がばれちゃうと思ったんでしょうね。マイクを借りてこう言ったのよ。

『皆様、このような不幸なことで折角の学園祭の思い出が残ってしまうのは本意ではありません。しかも我が2年B組の劇の時間にそれが起こったなどと私としても心苦しい。そこでどうでしょう?先の彼が言ったようにこの場の皆様の心のうちに留めて頂けるのなら、今から皆様に私の料理を振る舞いたいと思います。これは世界大会に向けて試作したものですが味は保証します!さらに私が世界大会で優勝した暁には、皆様にはパーティにご招待します!その参加の条件はただ一つ!たった今起きた事件を誰にも話さない、発信しないこと。勿論、校内の人間にもです。つまり犯人も、解決した工藤新一についても一切なかったことにすること。もし、今後ネットに犯人…の名前は出るかもしれないので工藤新一の名前が流れた場合、世界大会後のパーティは開催いたしません!…優勝する保証はない?もし、これから振る舞う料理を食べた後にそう思うのならそして変な噂を立てられたいのならどうぞ?ですが後悔はさせませんよ?』ってね。

彼の言っていた仕事って言うのはその料理を振る舞う事じゃないかしら?多分、今回の事件で工藤新一の名前は世間には出ないと思うわよ?龍斗君の料理を食べて、しかも次の機会が約束されてるのにそれをふいにする人間なんて存在しないわよ。それに元々事件についての事も言われてたしね。新ちゃん、龍斗君と服部君に感謝しておきなさいよ?」

「…ああ」

 

全く。いつも迷惑ばかりかけてんなあ…オレ

 

「あーあー。新ちゃんが帰るってんで私も食べ損ねちゃったのよ?龍斗君のお料理!私、海外に住んでるから新ちゃんほど食べる機会に恵まれてないのに~!!」

「まあまあ。龍斗の奴、母さんが来てたことに気付いてたんだろ?だったらちゃんとなんか持ってきてくれるって」

「…そうよね!?あの子、本当にいい子だからそういう気づかいしてくれるわよね!?はぁ、楽しみだわ~世界大会に向けての龍斗君のお料理~♪」

 

はあ、さっきまで落ち込んでたくせに今は小躍りして…我が母親ながら単純な『ピンポーン』…ことで。来たか。

 

「あら、来たみたいね。私、迎えに行ってくるわね」

「ああ、頼むよ母さん」

 

さて、何を言われるかな。

 

 

 

 

体育館での呼びかけの通り、家庭科室で俺は事件に巻き込まれた人たちに料理を振る舞っていた。料理を作る、注ぐ、連絡先を聞く、列の整備をすると人手が俺と紅葉の二人じゃ足らなくて幼馴染み’sとシャロンさんに手を借りてしまったのは失敗だった。まあ皆笑顔で手伝ってくれたのが幸いだけど。事件が起きてから5時間たった19時。関係ない人間は先生方と警察が帰していたので校内に残っていたのは事件に巻き込まれた人だけだったのが良かった。もし他の人も残っていたら家庭科室に伸びる列に便乗して並ばれて収拾がつかなくなるところだった。

俺が家庭科室について作ったのは雨で大分気温が低くなっていたのでビーフシチュー、パン、そしてお土産にもできるマカロンだ。まあ世界大会用に試作したなんて真っ赤な嘘で裏のチャンネルに入って大急ぎで作ったんだけどね。…牛肉の在庫で一番低ランクが白毛シンデレラ牛の肉だったのでそれを使ったんだが、そこはご愛嬌ということで。それ以外だと捕獲レベルが三桁以上だしね。

結果、振る舞った人たちの反応を見るに新ちゃんの情報が外に漏れる事はないとは思う。ある意味、これは俺の挑戦ともいえるな。人に(事件の話を)話したい功名心VS俺の料理、のね。…今更ながら学園祭での事件、原作にあったような。確か新ちゃんが初めて解毒剤で元の体に戻るだっけ。なーんで教えてくれなかったのかな…

俺は手伝ってくれた幼馴染みたちにちょいと多めのお土産を渡して紅葉を家に送って工藤邸にやってきて呼び鈴を押した。

 

「いらっしゃーい、龍斗君」

「こんばんは、有希子さん。新ちゃんは起きてます?」

「ええもちろん。…それで、その手に持っているのは?」

「え?ああ、お土産です。夕ご飯…もしくは朝にどうぞ」

「あっら、そんな気を遣わなくてもいいのに~それじゃあお夕飯に頂こうかしら」

「あ、それなら俺も便乗してもいいですか?実はまだ食べてなくて。量は四人分ありますし」

「ええ、いいわよー…新ちゃーん、お台所にきなさーい!」

 

そう言って、有希子さんは俺を伴い工藤邸の食卓のある部屋へと進んだ。

呼ばれてきた新ちゃんが席につき、持ってきたシチュー、パン、サラダを三人で食べた。有希子さんに「龍斗君のお料理を食べられることを喜んでたけど、こんな時間にこんなにお腹いっぱいに食べたら太っちゃう…」と言われた以外は大絶賛だった。…そう言えば有希子さんもうちの母さんと同じでもうアラフォーか…

夕ご飯を食べた後、有希子さんはお風呂に行ってしまった。さて。

 

「それで。新ちゃん。いつの間に元の高校生に戻ったの?」

「えーっと、だな…」

「まあ、戻ったのならいいよ?でも、なんであーんな派手に登場するかな?自分が身を隠すことになった理由は新ちゃんが一番わかってるでしょう?」

「い、いやあ真実が分かったらいてもたってもいられなくてな…」

「その目立ちたがりな所、コナンになる前ならともかく。あんな組織に関わった今だと命取りになるよ?新ちゃん、自分の命だって自分で守れないでしょう?」

「なっ!?龍斗、それは言いすぎじゃねーか?」

 

「自分で自分を守れない」という言葉にどうやらカチンときた様子でふてくされたような態度をとる新ちゃん…はあ。なんで毒薬を飲まされるような事態になったのか分かってないのか。

 

「新ちゃん…」

「なんだよ、たつ…と!?」

 

―新ちゃんの首を落とす―そんなイメージを新ちゃんに飛ばした。『アルティメット・ルーティン』。強く思い込むことでイメージを現実にする技術。勿論実際に実現するほどのイメージは送らなかったが新ちゃん本人には充分伝わっただろう。死、について。

 

「はぁはぁはぁ…!なんだよ、今の!?」

「今のが「死」ってやつだよ」

「死、死だと!?」

「新ちゃん、殺人事件に関わってる癖に、毒薬を飲まされた癖に「死ぬ」ってことを軽く考えていない?探偵なんて他の職業より人から恨まれる、命の危険性があるのに自己防衛の手段はおろか自ら危険に突っ込んでいってる。今回のことだってそう。外に漏れれば組織の人間が新ちゃんを殺しにくるよ?それもどうしようもないわけではなく新ちゃんの我慢の足らなさで。いくら周りが手助けしてくれようとも、本人がそれを無にする行動を迂闊にするならすぐに死ぬよ?自覚してる?」

「……それは。それでもオレは…」

 

二の次を告げられない新ちゃん。どうやら思った以上に死ぬ事に衝撃を受けているようだ。…はあ。

 

「別に、探偵をやめろとは言わないよ」

「…へ?」

 

ああ、やっぱり勘違いしてたか。

 

「今は組織からの手が直接命の危険になるから自重しろって言ってるんだよ。今回のことだって平ちゃんもいたし、顔見知りの目暮警部だっていた。新ちゃんが推理を披露しなくてもいい状況だった。いつも言ってるじゃないか。―真実はいつもひとつ―って。だったら真実を語る人物は新ちゃんじゃなくても良かったんじゃない?探偵のあり方って推理をドヤ顔で披露する事なの?」

「オレは…」

 

…ま、これを機にしっかりと考えるといいよ。…大丈夫、新ちゃんならちゃんと見つけられるよ。月影島の事件を経験した後の新ちゃんは前と変われてた。だから俺の言ったことも自分なりに解釈して成長できるってね。

 

「俺が今日のことで言いたいことはこれくら…じゃねえ。すっかり忘れてた。どうして高校生の姿に?」

「え?ああ、それはだな…」

 

そこから新ちゃんはどうして元に戻れたのかを語ってくれた。平ちゃんが見舞いに来たその夜。哀ちゃんが病室に来て蘭ちゃんに正体がばれかけている彼に解毒薬の被験を提示したそうだ。まあその薬が無事効いて、哀ちゃんは有希子さんのメイクでコナンに変装して蘭ちゃんの疑いの目を晴らすことになったという。俺に言わなかったのは…

 

「え?」

「だからな…」

 

 

――三日前――

 

 

「じゃあ解毒薬を飲む、でいいのね?」

「ああ。せっかく元の体に戻れるかもしれねーんだ。試さない訳にはいかねえだろ?」

「そう。でも飲むのは学園祭の二日目、あなたの退院の日よ。そこまでは大人しく入院していなさい」

「ああ、分かった。さーて、元に戻れるってんなら家にいる母さんや龍斗に連絡入れなきゃな。博士は灰原が薬作ってる事知ってるだろうし」

「…あなたのお母さんに伝えるのはいいけど彼はダメよ」

「彼って龍斗か?なんでだよ」

「あなた、私の姉の事彼に話した?」

「え?宮野明美さんの事か?…組織の、ジンにオレに毒薬を飲ませた奴に殺されたオメーの姉だってことくらいは伝えたぞ」

「そう…だったの。(じゃあ私の考えすぎ?でも…)その時、どこを撃たれたとかは?」

「いや、そんな細かいところは話してねえ。ただ銃で撃たれたって」

「…彼ね、貴方が病院に担ぎ込まれた時に動揺したのかぶつぶつ言ってたのよ。その時にお姉ちゃんが撃たれた部位の事を言ってたから。彼に伝えていないことを何故彼が知ってるのかしら?」

「それは…もしかしたらオレが伝えたことを忘れてるかもしれねえし」

「彼、信用できるのかしら…もしかしたら組織の人間ってことは無い?私たちの監視ってことは…」

「!!んなわけえねえだろ!オレはアイツがガキの時からの付き合いだぞ。それにあいつに人殺しができるわけがねえじゃねえか!アイツいつも言ってるんだぜ?『命を奪うのはその身を喰らうとき、食べ物を奪い合うときだ』って。極端な考え方だとは思うがアイツが無意味に命を奪うことはねえってオレは信じてる!」

「で、でも誰かが変装して入れ替わってるってことは…」

「それこそありえねえだろ。誰があの料理の腕を模倣できるってんだ。怪盗キッドだって無理な芸当だぜ」

「…それはそうね。私の考えすぎなのかしら」

「ま、今回の事はアイツに黙ってるってのは賛成だ。危ねえってことが分かったらアイツぜってえ止めるしな」

「ええ…」

 

 

――

 

 

「…てなやり取りがあったんだよ」

「……」

 

やっちまったーーー!?なんだよ、ぶつぶつって全然記憶にないぞ。他に何か言ってないよな?しかしそんな癖が自分にあったなんて知らなかった…

 

「なあ、おい龍斗?」

「え?ああ、そういうことがあったのか。…てか死ぬ危険性があったって?」

「…まあな。だから言わなかったんだよ。でも結局オメーに迷惑かけちまってるし、反省してる」

「はー…分かったよ。新ちゃんがそう決めたのなら俺も口出しするのは最小限にするさ。それと…」

「それと?」

「宮野明美さんの事は…あれだ。俺も自分で調べたんだよ」

「龍斗が?」

「ああ。これでも伝手は沢山あるしね。その過程で…ね。新ちゃんも俺に話してないことあったりするでしょう?俺もそうなんだよ」

「そっか…」

「っと。話してならこんな時間になっちゃったね。そろそろお暇するよ」

「え?マジだ、もうこんな時間なのか」

「じゃあ、また明日学校でね」

「ああ、おやすみ」

「お休み、新ちゃん」

 

別れのあいさつを済ませ、俺は自宅へと戻り明日の準備をしてからそのまま就寝した。

 

 




2週間ぶりに書くとどのように書けばいいか分からなくなってしまいますね…
原作との相違点
・有希子が学園祭にいる。撃たれたことを龍斗が伝えたことにより帰国。そして学園祭での成長記録ビデオを撮るために劇を鑑賞していた。優作は先にアメリカへ。

・SNSへの投稿の功名心を「変な噂」程度で抑えられるかな?と思いオリジナル展開。今なら平気で学校の名前に傷がつこうが投稿しそう。(偏見)これまで積み重ねていたもの、そして学校の行事で食べる事が出来なかった龍斗の料理を食べられることなら抑止力になるかなと。この後、この事件に関してSNS等での暴露はありません。

・灰原に変装を施したのは有希子。青山先生はハーフと純日本人は目の書き方が違うのでそこを誤魔化すために有希子が手助けをしました。コナン→灰原の時は(42巻)有希子の手を借りていたのに逆(灰原→コナン)のこの時にはいないのに違和感があったので。
この違和感解消のため有希子を出すのに35話で電話して伝えたという裏事情があったり…

できるだけ違和感のないようにしていきたいのですが何か違和感があればいつでもおっしゃって下さい。





二話更新が出来なかったことをお詫びします…全く筆が進まないです…


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第三十八話 -学園祭翌日-

このお話は原作 第26巻 が元となっています(?)

ほとんどオリジナルに近いです。学園祭後のお話です。

申し訳ありません、感想返しは来週にまとめて行います。本当に時間が取れなくて(-_-;)





翌朝、俺はいつもより少し早めに起きて朝食の準備をしていた。

 

「あれ?おはようさん、龍斗。今日はいつもより早いんやな」

「ああ、おはよう紅葉。もうすぐできるからゆっくりしてて」

「はいな。そういえば今日は何をするん?学園祭後って事で皆浮き足立ってて授業なんてできんやろ?」

「ああ。終日学園祭の片づけと各クラスでの反省会だな。…でも昨日の殺人事件がどう影響してくるか…」

「せやなあ。でも大丈夫やない?きっちり龍斗がアフターケアしたんやし」

「だといいけどな…」

「それで?学園祭の後片付けをするのは分かったけど今日はなんで早起きなん?」

「ん?ああ、せっかく新ちゃんが元に戻れたんだし蘭ちゃんと二人っきりで登校させてあげようかなって。先に出ておけば顔を合わせて断るより気まずくならないでしょう?」

「そう言えば新一君元に戻ったんやね」

「……でも。多分あれは一時的だと思うよ?昨日の夜会ってきたけど細胞がだいぶ不安定だった。多分今夜にも…」

「そんな!?それ、新一君には伝えたん?」

「いや。今回は博士たちがバックアップしてたから任せようかなって。新ちゃんに言って精神の揺らぎがどんな影響を及ぼすか分かったもんじゃないからね」

「……そっか。でも蘭ちゃんも辛い目に会うことになるんやな。せっかく会えたのに」

「新ちゃんは。蘭ちゃんの事を想って死ぬかもしれない覚悟を持って解毒薬を飲んだんだ。ちゃんとフォローするさ」

「蘭ちゃん…」

 

そう言ったきり紅葉は黙りこくってしまった。でもこと恋愛に関して俺の出来る事はほとんどない。経験豊富ってわけでもないしね。俺も紅葉の事で思い悩むことだってある。これでいいのか?あの時の言葉は言い過ぎてないか?冷たい態度になってたんじゃないか?悩みは尽きない。近くにいる恋人同士でもそうなのだから、まだ両片思いの様相の二人だと離れている時間は気が気じゃないんじゃないかな…もしかしたら、今夜にでも?

 

 

「俺達は俺達でできるフォローをしてあげよう?特に紅葉は蘭ちゃんからの恋愛相談に乗ってあげられるだろうし」

「…分かった。そうする」

「お願いね……さあ、朝食が出来た!これを食べて早めに学校へ行こう」

 

 

――

 

 

学校に行く途中、盗撮されている気配を感じて不自然にしゃがんだりして紅葉に怪訝な顔をされたりしたが無事学校についた。最近多いんだよねえ。紅葉とのデートの待ち合わせとかで街中に立っていると勝手に撮りはじめようとしたり(まあその時は顔をそむけたりしているが)、デート自体に付きまとったり(こっちも顔が映らないようにしている)、本当にもっと別なことに気を回せばいいのにとは思う。街頭にある監視カメラはどうしようもないが人がこっちに意識を持って「撮る!」という「意」を感じ取るのはそう難しい事ではないしまあいいんだけどね……「意」の先取りは父さんの得意技だからなあ。本当にあの人リアルチートだわ。

 

「おお!おはよう、緋勇!!」

「おはよう、大岡さん!」

「おはよう、皆」

「おはようさん」

 

少し早めに来たにも関わらず、クラスにはクラスメイトが半分ほど来て各々お喋りに興じていた。クラスに入ると俺の席の近くでたむろってた中道が話しかけてきた。

 

「昨日は有難うなあ。あんな美味えビーフシチュー食べたのは初めてだった!お土産のマカロンも家族に大好評でな、今度の世界大会は家族みんなで応援するってよ!」

「家もおんなじこと言ってた!それに昨日食べてからなんだか調子がいいのよね。だからこんなに早く来ちゃった!」

「え?日高も?私もなのよ。昨日()()()()()があって絶対今日は学校来れないなーって思ってたのに」

「たーしーろー。それは言っちゃったら、次が無くなるんだぞ!?」

「あ…」

 

恐る恐る俺の方を見てくる田代。俺は苦笑しながら、

 

「明言してないし、ぎりぎりセーフかな?しっかりしてくれよ、もう」

「ごめんごめん。やっぱりちょっと気が昂ぶってるみたい。なんでだろ?」

「そりゃあ、あれだ。うめえもん食った後は体が絶好調になってるだけだ」

「えー。サッカー馬鹿で単純馬鹿の中道はそうかもしれないけど私ら乙女はそんな単純じゃないんですぅ」

「なんだと~!」

 

あー。実は中道が言っていることが正解だったり。

トリコ世界の食材を使った料理は味もだけど、心身に多少なりとも影響を与えることがある。はだがつるっつるになったり、視力が望遠鏡顔負けになったり、一月潜水できるようになったり、ね。まあ今回は体調が良くなっただけみたいだけど。

席に荷物を置き、ふと紅葉の方を見ると彼女は彼女でクラスメイトに囲まれていた。あっちもどうやら昨日の料理が話題になっているようで、毎日食べられるのがうらやましいとか、いつもはどんなものがでてくるのかとか、()()は緋勇君が育てたのかとか…いや、最後のそれはセクハラだろう?いや紅葉も、「確かに龍斗の料理を食べてから()()おおきくなったんやけど…」なんて律儀に答えなくていいから。それ聞いた女子たちが一斉にこっち見たから!男子もこっち見んな!にやにやするなー!!

 

「ひーゆーうーくーん?大岡さんが言っている事は本当なのかなあ?」

「えっと……どうなのかな?」

「はぐらかさないでよ、ほらほら吐く吐く!」

 

吐くと言われましても、美味しいバランスの良い食事と適度な運動は成長期なこの時期には多大な影響を与える…としか言えないんだけど。

そう、分かりやすく伝えているんだけどなんか「豊胸食」なるものがあるんじゃないかという話になってるし。

 

「あー、もう!埒が明かない!!どうなのよ、鈴木。そこら辺の事は!?」

 

え。いつの間にやら俺の隣に来ていた園子ちゃん。あっれ?登校してたんだ。俺らが来たときにはいなかったけど。

 

「んっんー!皆の衆、よく聞きなさい!!龍斗君の料理は確かに美味しいし、紅葉ちゃんを見ておっきくなるのを夢見るのは分かる、分かるけどね…」

 

そう言われてクラスメイトは紅葉の胸を一斉に見る…こらこら。それはセクハラだぞ皆。するっと視線からかばうように動くと紅葉が背中に引っ付いてきた…おーう、朝から刺激が強い…

 

「紅葉ちゃんも言ってたでしょう?また、って。それに思い出して。彼女が転入してきた一月の事を」

 

その言葉にはっとした様子なのは、俺に詰問していた酒井。

 

「そ、そういえば大岡さんって…」

「そう!最初から私達には到底太刀打ちのできないバストを持ってたのよ!!」

 

その言葉に「ガーン!」といった女子たち。そしてなぜか「おおー!」と拍手をしている男子たち。そして真っ赤になって顔を俺の肩にうずめる紅葉。あーもうなにがなんだか。

 

「そんな…持つべきものは最初から持っていて持たざる者には絶望しかないというの…」

 

ああ…そういえば、一番熱心に聞いていた酒井は…まあ、うん。今後の成長に期待?なすれんだーな体型だな…。

 

「あー、もう。分かった分かった。そんなに気になるって言うのなら食生活を変えてみろ。本気でどうにかしたいなら相談に乗るから。それ「本当!!?」…本当だ。だから落ち着いて。それから、皆。朝からセクハラ発言しすぎ。みんな紅葉に言うことは?」

 

そう言って、俺の後ろに隠れていた紅葉を前に出した。上気した頬、若干の涙目、膨れたほっぺた…うん、かわいい。

 

「「「「「「「「ごめんなさい!」」」」」」」」

 

うん、やっぱりいいクラスだよ。2年B組は。

 

 

後日、俺が渡した一月のレシピの食生活と生活習慣を実践した酒井は2カップの成長を成し遂げたらしい。泣いて感謝の言葉を重ねてきた。…そ、そこまでかい。

 

 

――

 

「おー?なんだ、工藤!復帰してすぐ嫁さん同伴ですかーー?」

「うっせーぞ、会沢!そんなんじゃねーよ!!」

「ひゅーひゅー!」

 

騒動が一段落してしばらく。新ちゃんと蘭ちゃんが登校してきた。さっきの騒動の余韻か、早速からかいに入るクラスメイト達。新ちゃんも迷惑そうな顔してるけど内心は嬉しそうだな…ん?『今夜八時、米花センタービル展望レストラン』?なんだなんだ?…あ、まさか朝考えてたことが実際に起こるのか!?

 

「おらーっ!オメーらいい加減にしやがれ、ほら散った散った!!ったくよー」

「いいじゃないか、皆に歓迎されてるのさ」

「は。どうだか」

 

そのセリフは笑顔で言うもんじゃないよ?分かってるくせに。

 

「あ、そうそう龍斗。アイツには一応の説明はしといたぜ」

「アイツ?」

 

どうやら朝、コナンに変装した哀ちゃんも新ちゃんの家に来ていたらしく話す時間があったそうだ。その際、俺が宮野明美さんの事を独自に調べていたからこその発言であったことを説明してくれたと。コネクションの幅という意味では龍斗はオレ以上だ、という言葉に納得していたそうだ…よかった。完全には信用はして貰えていないだろうけど疑われたままだとフォローするにも向こうから拒否されてしまっちゃうからね。

 

「それで?今日は二人っきりでの登校でしたけどどうでしたか」

「あー!テメーやっぱりそう言うつもりだったかのか!!一緒に行こうって誘おうとしたら伊織さんにはだいぶ前に出られました、って言われてどうしたかと思えば!!」

「まあまあ」

「そのにやにやした顔をヤメロ!ったく。まあなんつーか、久しぶりにTHE日常!って感じで…良かったよ、本当に」

 

そう、しみじみと呟いた新ちゃん。そうだよねえ。何気なさ過ぎてみんな忘れがちだけど変わりない日常ってのはかけがえのないものなんだよね。

 

「そうそう、今夜は…頑張ってね♪」

「な!聞こえてた…って龍斗なら聞こえてるかあ。耳打ちだってーのにまったくもう…」

 

本当に、頑張ってな。想いをしっかりと伝えてあげて。

 

「そうだ、工藤!今度来た英語の先生がちょーイケてんだぜ?」

「ナイスバディな外人さん♡」

「え、まじ?」

 

お、中道に会沢。そう言えば新しく来たジョディ先生。あの人って確かFBIの人だったっけか。本当最近は原作の内容を思い出さなくなってきたなあ。いい傾向だとは思うけど、思わぬところで足元をすくわれないといいけどな…

 

 

――

 

 

「おや、緋勇君。どうしましたか?」

「どうも、シャロンさん」

「…もう、タツト?誰かがいるかもしれないのに」

「大丈夫だよ、こちらに聞き耳を立てる人はいないし音を拾うような電波も出てないし」

「電波って、貴方はまったくもう…それで?何をしにきたの?」

「ああ。劇へのお礼、かな?最後までは出来なかったけどみんな納得できる出来になったのは最後のシャロンさんの指導があったからだってみんな言ってますよ」

 

そう、最後だけだけど騎士役の代役をお願いした際にそのまま演技指導もして貰えた。なんでもできるイケメン医師ってことで新出先生のファンがうちのクラスに増加したほどだ。

 

「あら、そうなの?」

「ええ。もしかしたらファンレターなんてものが来るかもしれない、ってくらいには」

「それは大変ね」

 

そう言って、くすくす笑うシャロンさん。うん、手の当て方といい、笑い方と声といい、完全に女性なんだけど新出先生だからなあ。違和感ばりばりだ…っと。

 

「ということで、()()()()()2年B組の生徒一同は先生のご協力に感謝しています。今はまだ予定ともいえない、あるかもわからないんですけどお疲れ様会が開かれるかもしれないのでその時は来ていただけますか?」

 

俺が呼び方を変えたことですぐに察しがついたのだろう。声色を新出先生に戻して、

 

「ええ。その時があれば是非とも参加させていただきますよ」

 

「Oh. Dr.アライデとヒユウ君じゃアリませんか~。どうしたのですかー?こんな廊下で」

「あ、ジョディ先生。実はですね…」

 

そう、俺が呼び方を変えたのはジョディ先生が歩いてこちらに向かってきたのに気づいたからだ。俺の背中側から来たので表情は見えなかったけど一瞬感じた気配は警戒、か。初めからシャロンさんに当たりをつけて帝丹高校に潜入してたのか?…ダメだ思い出せない。

シャロンさんは俺と話していた内容(劇の協力についての感謝を伝えに来たこと)を説明していた。

 

「そういうことダったんですネー。でもヒユウ君?学園祭の片づけはまだまだ残ってますヨー?先生と雑談してサボったりしたらイケませんネ?」

「Sorry.ごめんなさい、ジョディ先生。それじゃあクラスの方に戻りますね。新出先生、本当にありがとうございました」

「いえいえ」

 

俺は二人の先生と別れ、クラスへと戻って行った。後ろから若干訝しがるジョディ先生の視線を受けながら。

 

 

 

 

――

 

 

 

結局、新ちゃんは蘭ちゃんに思いを告げること叶わずに元に戻ってしまったそうだ。というのも、展望レストランでまたしても(?)殺人事件に遭遇してしまい、そわそわしている所を蘭ちゃんに推されて首を突っ込みそのままタイムアップを迎えてしまったそうだ。あ、それと展望レストランを選んだのは優作さんと有希子さんの思い出の場所での験担ぎだったそうだ。ほへー、あそこでプロポーズをねえ。

事件解決には有希子さんが「いいこと、新ちゃん?前に女の子はトイレで口紅を整えるのは食事かキスした後の時って教えたの覚えてる?…だけどね?それには続きがあってキスを求める時もするのよ?蘭ちゃんがトイレに立って口紅をしてきたら『あなたに私の跡をつけたい』ってサインなのよー♡ちゃんと見逃さないようにするのよ!」というのを家を出る前に言われ、その言葉がヒントととなりスピーディーにすんだそうなのだが。そのまま哀ちゃん曰く「15分早く」元に戻ってしまったそうだ。あなたの新陳代謝は優秀なのねって言われて、全然嬉しくねえ!って言い返したそうだが…ゴメン、それ多分俺のせいだわ。

 

「新ちゃん…」

「ん?どうした龍斗」

「俺、新ちゃんに借り作っちゃったよ…」

「???」

 

ぽかんとする新ちゃん。いや、本当ゴメン。埋め合わせは絶対するから。

 

 

 

 

でもね、告白すっ飛ばしてプロポーズは早いと思うよ?

 




日高、田代は原作から、酒井は適当に付けました。

ビーフシチューの新一への効果(身体の調子が良くなる=小さくなるまでの時間短縮)は有希子さんが居ることによる事件解決までの短縮で相殺されて、結局トイレで小さくなってます。


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第三十九話 -バトルゲームの罠-

このお話は原作 第27巻 が元になっています。

やっと、リアルが落ち着いてきました。


「おはよう、紅葉」

「おはようさん、龍斗。もうすぐ朝ごはん出来るさかい、新聞を取ってきて―な」

「オッケー」

 

朝起きて居間に足を運ぶと、紅葉がキッチンに立っていた。今日の朝ご飯とお昼のお弁当は紅葉の担当なので俺は彼女に言われた通り、居間を出て廊下を通り新聞受けを見に行った。

 

「えっと…新聞に、依頼書類に、DMっと。…ん?絵葉書?」

 

普段通り、郵便物の内容を確認しているといつものラインナップとは別のものが紛れ込んでいた。

 

「んー?送り主の住所は雪影村?…お」

 

裏面を見ると絵葉書ではなく写真のようだった。そこに写っていたのは病室で赤子を抱く母親らしき女性と、笑顔の男性だった。

 

 

 

「お帰りー龍斗。もうできますよって…なんや?嬉しそうやんか」

「え?ああまあね。とても気分がいいよ」

「ふーん?なんや気になるやん。っと。その前に朝ごはんの用意できましたから配膳手伝ってもらえます?」

「ああ。勿論」

 

何の変哲もない、いつもの日常の朝の一風景。新しい「家族」の誕生を手紙で知った俺は、その幸せについて改めて噛み締めていた。

 

 

 

 

「ふうん。それで今日の龍斗クン、機嫌がいいんだ?」

「そうなんだよ。いやあ、めでたいよね」

「それにしてもすごい偶然もあったものね。たまたま夜釣りをしに行った村で入水自殺をしようとした人と出会うなんて」

「せやねえ。しかも擦れ違いが生んだ勘違いなんやろ?そのまま自殺してたなんてことがあったらやりきれんわなあ…」

「まあまあ。話したのは俺だけど実際は食い止められたんだしIFの話で暗くなるのはなしにしようぜ?紅葉。それと、今日の弁当も美味しいよ」

「あ、ありがと」

 

所かわって帝丹高校の2年B組の教室。午前の授業が終わり俺はいつもの女子三人とお昼を取っていた。…うん、紅葉も弁当作りが上手くなってる。冷めても美味しい。

 

「そうそう、龍斗クンの言う通り!…そうだ、昨日結構良さげなゲーセン見つけたんだ。みんなで放課後に行ってみない?」

「私は今日は稽古がないからいいわよ。2人は?」

「俺は大丈夫…なんだけど」

「ウチも今日の放課後の予定は空いてますけど…」

「「??」」

「げーせん、ってなんですか?」

「え!?紅葉ちゃん、ゲーセン行ったこと無いの!?」

「え、ええ」

「龍斗君とのデートとかで行ったことは?高校生のデートの定番じゃない?」

「そ、そうなんか?龍斗?」

「んー、あー。いやまあ確かに定番っちゃ定番なんだけど…」

「じゃ、じゃあなんで連れてってくれなかったんです…!?」

「ちょ、ちょっと。紅葉、そんな泣きそうな顔しないでよ?」

 

ちょっと涙目になり始めて寂しそうな紅葉を宥めようとしたら惣菜パンを隣のグループで食べていた中道に言葉尻を聞かれてしまっていた。

 

「おー?珍しいな。おい、みんな!緋勇と大岡さんが夫婦げんかしてるぞ!しかも原因は緋勇がデートに連れてって行ってくれないかららしい!」

「ええ!?」

「うっそー。学校ではこっちが目を背けたくなるくらい甘々なのに?!」

「ひっどーい、緋勇君!」

「おいこら、中道適当なこと言ってんじゃねーよ!あと外野!そんなに囃し立てるなー!」

「これは大変なことですなあ、中道君」

「そうですなあ、会沢君」

「こっの…!!」

「わー、緋勇が怒ったー!」

「こわいこわいー!」

 

思わず立つと二人はすかさず席を立ち、財布を持って教室を出て行ってしまった。…あれは昼飯の量が足りなくて買い足しに行ったな…じゃなくて。

 

「…はあ。まったくもう。…紅葉?俺がゲーセン、ゲームセンターをデートコースに選ばなかったのは理由があるんだ。それに…ゲーセンは「定番」だけど。俺とのデートはつまらなかった?」

「え…そ、そないなことないです…!いっつもドキドキして、楽しくて。いつもすぐに一日が終わってしまうって思ってます…!」

「そっか、それは嬉しいな。だからね。別に高校生の定番だからって、紅葉が悲しむ必要なんてこれっぽちもなんだ。デートってのは当人同士がどれだけ幸せに楽しめるかに価値があるからね」

「龍斗…」

「紅葉…」

 

「…あー。じゃあ二人も参加ってことで。…結局いつもの展開かあ。他の奴らも二人の事を見ないようにお昼再開しちゃったし」

「そだね…こういうのは二人っきりでして欲しいわよね、園子」

「そうね、蘭…」

 

案の定、お昼を買い足しに行って戻ってきたサッカー馬鹿コンビが俺達のいちゃつき具合を見て「なんでこーなった!」と叫び、藪蛇をつついた二人に俺達のやり取りに辟易していたクラスメイトが槍玉にあげたりしていたが。まあ、いつものように賑やかなお昼という事で、平和な時間が過ぎて行った。

 

 

――

 

 

「じゃーん、ここが私の見つけたゲーセン!」

「へえ、ココが「げーせん」ですか…なんや、賑やかそうなとこやね?龍斗」

「ま、まあね」

「…それで?なんでゲーセンに来ることになったの?しかもこんな遠くの」

「あ、それはね。コナン君…」

 

そう、放課後に園子ちゃんが言っていたゲームセンターに向かった俺達は偶然下校途中の新ちゃんと出くわした。探偵事務所には小五郎さんが夜遅くまで居ないらしく、どうせなら一緒に連れて行ってしまえということで同行している。

 

「コナン君もいるから18時までには出ないとね?園子ちゃん」

「あー、そう言えば条例でその時間までには出ないといけないんだっけ?…あれ?でも保護者同伴なら…」

「高校生は保護者には当たらないよ、園子ちゃん…」

「…結構、くわしいのな?龍斗」

「え!?あ、いやまあね。あははは…」

「まあまあ。今日はそこまで長居はしないわよ。早く入りましょ?」

「紅葉。うるさいかもだからすぐ耳を塞げるようにね?」

「え?ええ」

 

俺の言った通り、すぐ耳を抑えられる体勢になった紅葉。そして自動扉が開いた瞬間、漏れていたゲームセンターの音が瀑布のように流れてきた。

 

「っ!!?」

「え?紅葉ちゃん?」

「どうしたの。それに龍斗君。紅葉ちゃんの耳を抑えたりして?」

「入り口付近は格闘ゲームが多いな…園子ちゃん、UFOキャッチャーかプリクラのコーナー、もしくは休憩場所とかある?」

「えっと、プリクラコーナーなら」

 

もしかしたら大丈夫かもと思っていたがやっぱりこうなったか。入って紅葉の体が硬直した瞬間に彼女の耳に両手をあてたから一瞬だったとは思うが…紅葉には悪いことをしたな。まさか、自分で耳も抑えられないくらいの衝撃だったか。

紅葉の耳に俺が後ろから手を当てながらプリクラコーナーに移動したがはた目から見たら奇妙だろうな…中にはいちゃついているように見えたのか睨んでくる男連中もいたがまあそこは無視だ無視。

 

「ここがプリクラコーナーだけど。どういう事なの?」

「そうだよ、龍斗君。いきなり紅葉ちゃんがふらついたと思ったら龍斗君が耳を塞いで…耳?まさか!?」

「お察しの通りだよ。蘭ちゃん」

「え?え?どういう事?」

「ほら、紅葉ちゃんの耳って」

「紅葉ちゃんの耳?ピアスのこと?」

「違うわよ、園子!ほら、ものすごく耳がいいじゃない!」

「あー、そういえば競技かるたをしてるからかすっごくいいのよね?…まさか」

「ま、そういうこと。紅葉は耳がいい。それに俺も五感が常人離れしてるからね。ゲームセンターの音と匂いはどうしても…ね」

「ご、ごめん。そんなことになるんだったら私誘わなかったのに!」

 

プリクラコーナーに移動したのは他と比べればまだ騒音や臭いがきつくないから。ゲーセンに連れてきたのは…

 

「そないなことないよ、園子ちゃん…」

「紅葉ちゃん…っ!」

「ウチ、こういうのすっごい楽しいんやで?放課後にお友達と遊んだりお喋りしたり。だから「誘わなければ良かった」なんて言わんといて…」

「紅葉ちゃん…」

 

そう。紅葉の話によれば彼女は前の学校ではあまり深い関係の友達はいなかったそうなのだ。それとなく遠巻きに見られていた、と。だから俺は何も言わなかった。

 

「さ。この事を予見していた俺が何も準備していなかったと思う?と、言っても応急にしかならないし、ちょっと紅葉には我慢してもらうことになるけど」

 

そう言って俺は彼女の耳から手を離し、さっき買っておいたミネラルウォーターを布片にしみこませて彼女の耳に入れた。

 

「どう?紅葉。紅葉の聴覚ならこれくらいでちょうどいいはずだけど」

「…ええ。耳が気持ち悪いのに目をつむればとても楽になりました…」

「よかった。…ほら園子。そんな辛気臭い顔してないで」

「そうそう。こうなることが分かってた俺が一番悪いし。埋め合わせとかは俺がするから今日は楽しもう?紅葉もそう言ってたでしょう?」

「…うん、うん!分かった!!」

 

この後、持ち前の明るさを取り戻した園子ちゃんを先頭にプリクラを取ったり(ウェディングドレスの格好になった紅葉を横抱きにして写ったり)、落ちゲーやUFOキャッチャーを楽しんだ。

 

 

――

 

 

「…それで?その花嫁姿のプリクラどうするのよ?」

「ど、どうするって何が?」

「さっきは先送りにしてたけど撮るんでしょう?それで京極さんにメールで送るんでしょー?」

「うーん、私もそうする気で一人ずつ撮ろうと思ったんだけどさっきの龍斗クン達を見たらやっぱり一緒に撮りたいかなーって」

「そっかー…あれ?あの後ろ姿…」

「へ?」

 

『HEY!』

 

蘭ちゃんの言葉に園子ちゃんの後ろに皆が視線を送った。そこには。

 

―BANG!BANG!BANG!!

 

シューティングゲームをポーズを付けて楽しんでいるジョディ先生がいた。わーお。今のゲーム、パーフェクトかよ。

 

「ジョ、ジョディ先生?」

「どうしたんですか、こんな所で…」

「OH.毛利さんと鈴木サーン!それに後ろにいるのはMr.緋勇に大岡さんじゃないですかー?」

―え?先生?お、おいあれって帝丹高校の制服じゃ…じゃあ高校教師?嘘だろ?-

 

先生のパフォーマンスは彼女自身が目立つ容姿で様になっていたためギャラリーが出来ていた。彼らは徐々にざわつき…

 

「ノンノン!人違いでーす!」

 

このまま注目を集めたままなのはまずいと感じたのか蘭ちゃんと園子ちゃんの背中を押して人が少ないエリアに押しやって行った。

 

 

 

「えー?放課後毎日このゲーセンに通ってた?!」

 

どうやら彼女はかなりのゲーマーらしく、特に日本のゲームが好きで存分に楽しむために日本で英語教師をすることになったらしい。…あれ?この人FBIだよな?潜入捜査だったような?いや、まあFBIだろうとゲームが好きなこともあるんだろうけども。

因みに彼女の評判は容姿や肌の露出が激しいことから男には上々、女子にはそこプラス授業が固いという事で不評といった感じだったんだが…

彼女の友人が日本で小学生教師をしているらしく、思春期の男子高校生なんてちょっと胸元開けておけば嫌われない、真面目な授業をしていれば首にされることなんかない、とのアドバイスを貰ったそうだ。

 

「…あれ?それじゃあ女子への評判については?先生、ウチら女生徒からの評判への対策聞いてないんですか?」

「Oh~そう言えばナツコからは教えてもらってないでーす」

「ナツコ?」

「私のお友達でーす。ティーチャーしてて、色々アドバイス貰いましたー」

「先生…でもさっきのすごく格好良かったです!それに今の感じ…お茶目な感じ出していけば女生徒の評判もすぐよくなりますよ!」

「そうそう!さっきのガンアクションなんてビリー・ザ・キッドみたいで!」

「アリガト。それじゃあもっとエキサイティングなゲームを紹介しましょうか?」

「「「え?」」」

 

そう言われて俺達が連れてこられたのは「グレートファイタースピリット」という体験型格闘ゲームの筐体の前だった。ふむふむ。ヘッドギアに手足のセットレバーが画面の自機と連動していてダメージを受けると衝撃が来ると。…お?へえ。握り手の所にボタンがあってコンボもできると。

蘭ちゃんがするみたいだな…これ、蘭ちゃんみたいな美少女女子高生の後にするのはいいけどむさいおっさんとか汗っかき、脂ギッシュな奴らが被ったギアを続けて被りたくはないなあ。

へー。ダメージは携帯のバイブと同じくらいか?蘭ちゃんは空手のように大振りにして敵にダメージを与えてるけど初動の数cmで連動が起きてるから細かい動きとボタンのコンボが結構重要になりそうだな。

 

「Oh!毛利さん強いですね!」

「そりゃそうですよ!なんたって蘭は…」

「空手の都大会の優勝者なんですよ、先生」

「ワオ、チャンピオン!」

 

その後、もう一戦という所で乱入者が来て蘭ちゃんはあっさり負けてしまっていた。

まあその男というのが何ともチンピラの三下を絵にかいたような男で…女子三人組にはとても不評なようだった。

 

「ったく!何なのよアイツ!むっかつく!」

「「米花のシーサー」って呼ばれていきがってるただのチンピラだよ」

「え?」

 

園子ちゃんのつぶやきに答えたのはマージャンをしていたニットを被った男性だった…まんまチンピラだったのかい。

どうにも、彼の態度にはここら一体のゲームセンター連中には不評のようで彼が天狗になっている鼻っ面を叩き折るには、まずあのゲームで勝つことだろうと。だが彼…もうチンピラAでいいか…は大会等にはでないがこの界隈では無敵だそうで…

 

「まあ奴を倒せるとしたら…杯戸町で無敵を誇った…」

「杯戸のルータス…オレ位だろ?」

 

ここで新たに会話に割り込んできた男性が現れた。どうやら彼自身もチンピラAと因縁があるらしくその決着をゲームで付けようとしているらしい…!!?

 

「龍斗?」

「……」

 

勝負前に一服をしている「杯戸のルータス」さんに俺は近づいて行った。

 

「?なんだお前?」

「ども。料理人をやってる緋勇といいます……そのタバコの箱から料理人の俺からしてみれば嗅ぎなれたものが漂ってくるんですけど…ね?」

「な!?」

 

俺は彼だけに聞こえるように耳打ちをした。

 

「何があったのかは知りません。知りませんが。気づいたからには止めさせてもらいますよ」

「な……ぁ…」

「オウ、高校生のガキが。何アニキにいちゃもんつけてんだ、あ!?」

 

俺がルータスさんに近づいて耳打ちしたことで勝負をするのに水を差されたと思ったのかチンピラAがすごんできた。うーん、ぜんっぜん怖くねえ。

 

「あのー、ルータスさん?」

「え?あ、ああ。オレは志水ってんだ」

「じゃあ、志水さん。俺にルータスのコンボとか教えてくれません?ワンコインだけでいいんで」

「は?」

「おい、何無視してんだテメエ!?」

「いやね。()()()()()のためにあなたの人生を棒に振る必要なんてないです。止めたからにはある程度責任を持たないとね」

「は、はあ…」

「俺、ゲーセンに来るのってほぼ初めてなんですよね。だからこのゲームも今日知りました。なのでコンボなんてのも知らないんですよ」

「そ、それで?オレにコンボを教えてほしいだって?このゲームはそんな甘いもんじゃあ…」

「推理ゲームとか考えるのなら俺はどうしようもないですが…事、体を動かすことなら俺は世界で一番上手いですから。まあ騙されたと思って。あなたの執着する奴なんて、今日このゲームを知ったど素人にすら勝てないしょうもないやつだってことを…それと知って下さい。視野が狭くなってこうするしかない、と思っても。外に目を向ければ案外どうにでもなることだってあるってことを」

 

俺にタバコの箱に仕込んでいたフグ毒を見破られて動揺していた志水さんだったが俺との会話で落ち着いたのか怪訝な視線で俺を見ていたがそんな精神状態でまともに戦えるわけがないと分かったのだろう。ため息をついてチンピラAに後日の勝負を申し込んだ…チンピラAは俺の言葉にキレてたのか、血管を浮き上がらせて俺を殺さんばかりに睨んでいた。俺の「何の因縁があるかは知りませんが、俺が勝ったら志水さんの要求を飲んでくれます?」

と言ったら、「ああ!?…いいだろうよ、オメーが勝ったらそうしてやる!だがオメーが勝てなかったらそうだな…オメーの連れ、オレにかせや」と言ってきた。…ほう?これはゲームだけでなく物理的に手を出していいと言う事ですね?

 

 

――

 

 

「う…そだろ?」

「マジかよ…」

「米花のシーサーが10連敗?」

 

俺は志水さんにすべてのコンボを教えてもらい、チンピラAと対決した。…勿論、今日初めて知ったゲームで俺が10連勝できるわけもない。半々くらいならできそうだけどね。

というわけで。久しぶりにずるをしました。やったことは単純で紅葉と出会った時のかるた大会。それの強化版だ。ゲーム音で満たされていようがリミッターオフ全開の俺には関係なく後ろに座るチンピラAの筋肉の動く音、それと画面の動きを0.01秒の世界で判断し全て先読みして撃破していった。唯それだけだ。

 

「おいてめえ!こんなことオレは認めねえからな!ちょっと表でろ!」

 

ギアを外したチンピラAは俺の席まで来て胸ぐらをつかみあげた。はあ、やっぱりこうなったか。しゃーない。ほら?物理的に手を出したのはチンピラAが先だし?リミッターオフ全開の俺に近づいて来たのは彼の方だし?

―ノッキング!これからの人生慎ましくVer!!―

 

「な、なんだ?風が?いやそんなことより!てめえ、その顔が気に入らねえ!」

 

普通の人間には今の俺のノッキングは見えないくらい早いので、風が吹いたくらいにしか感じないだろう。

俺が怖気づかないことにキレたのか、ゲーセン内にもかかわらず腕を振りかぶり殴ってこようとした。…その動きに蘭ちゃんが出ようとしたが俺は手で制した。

 

―ぺち!

 

「な?!」

「どうしたんです?そんな赤ちゃんみたいなパンチは?」

「んっだと!…て……め…ぇ…」

 

今度は大きな声を上げようとしたら息がつまり苦しそうにしている。

 

「…これからの人生、真面目に生きてくださいな。そうしないと貴方、サンドバックですよ?」

「なんだと…?」

 

それを伝えた後、心配そうにしている皆(+志水さん)と合流してゲーセンを出た。

 

 

――

 

 

ゲームセンターを出た後、無茶な行動をして心配をかけたことを散々責められた俺は志水さんと後日会う約束をして連絡先を交換してその日は別れた。別れ際の彼はちょっと複雑そうな顔をしていたが、こればっかりは彼の中で折り合いをつけてもらうしかない。

 

 

 

そして俺は全てが終わったある日、新ちゃんと電話していた。

 

『それで?結局なんだったんだよ、あのゲーセンでの行動』

「ああ。あれね。実は志水さん。ああ、俺が話しかけてた黒髪のおじさんの方ね。タバコに毒を隠し持っててさ。多分、あの場でチンピラAを殺そうとしてたんだよ」

『は!?なんだよそれ!』

「フグ毒の匂いがしてさ。それで彼を止めに入ったってわけ。まあ未遂ってことだわな。で、あのチンピラAが原因っぽいしひとまず諦めてもらおうと思ってチンピラAを叩きのめせば落ち着くかなって。チンピラAも態度悪かったし」

『はあ。それでよくもまああんなに完封できたもんだ』

「あれ?新ちゃんに前に話したじゃない。銃弾の回転が見えるって」

『…ああ。つまり、身体能力のごり押しか』

「ごり押し…まあその通りさ。それで志水さんが抱えていたトラブルって言うのが彼の妹がチンピラAと付き合っててさ。絶縁させる条件があのゲームでの勝負だったってわけ。まあその妹さんも奴の借金のために失明寸前まで働いてて、それでも別れたくないって言ってたらしくてな…」

『マジかよ…でもよ?あんな性質悪そうなやつに随分と挑発してたけど大丈夫なのか?』

「ん?まあ大丈夫でしょうよ。…あとは因果が回るってね(ぼそ)」

『え?なんかいったか?』

「いや、なんでもないよ。まあそうことがあったって話さ」

『ふーん…』

 

そう、彼が普通の人間なら今も…若干重い身体に四苦八苦しながら生活しているだろう。

俺があの時、施したノッキングは「通常時に女子小学生並みの身体能力」「人を傷つける・暴力的な行動を取ろうとした瞬間赤ん坊並みの身体能力でその行動を起こす(殴りかかった時赤ん坊並みになったのはコレ)」「大きな声を上げようとすると一気に肺から空気が抜ける」という3つの制約を与えるノッキングだ。普段の生活にはほぼ支障は出ない。出ないが、あらゆる所で敵を作っていそうな男だ。まず、無事ではないだろう…うん、やりすぎたな。やっぱり幼馴染みに手を出すと言われると暴走しちまうなあ、俺。

志水さんの方は。俺と紅葉が妹さんの入院している病院でお見舞いに行き、目に包帯を巻いている妹さんに気付かれないようにちょちょっと蘇生包丁を施して失明からやや目が悪いまでには回復した…まあ栄養失調だったので回復に必要なエネルギーのために胸がワンサイズ減ったのはご愛嬌という事で。その後、紅葉に二人っきりにしてほしいと言われて一時間ほど志水さんと雑談してから戻ると彼女の口から別れるの言葉が出た。これには俺も志水さんもびっくりで紅葉に何を話したのかを聞いたが「内緒♪」ではぐらかされてしまった。

お暇する時に包帯を取って目を開けてみてくださいと言って出た。扉の奥から兄妹の泣く声が聞こえたが…まあそれ以上は俺の出来る事はないかな。

さて、と。

 

「ああ、龍斗~対戦しましょう、対戦!」

「紅葉ー、あんまりやりすぎは…」

 

今いるのは俺の家でも割と天井の高い部屋。ここは洋室だ。そしてなぜかある二機のグレートファイタースピリットの筐体。なんでも自分の動き以上に動くキャラクターに魅せられてやりたくなった、でもゲーセンはこりごり。というわけで筐体を買って家でしよう…という普段物欲の我儘を言わない紅葉の我儘に彼女の両親が答えたというわけだ…そこは止めてほしかった…!

 

「ほら、やりましょう!龍斗」

「ああ。お手柔らかにな」

 

 

ま、いいか。紅葉が笑顔でいてくれるならそれで。

 




うん、久しぶりにめちゃくちゃにした。ちょっとやりすぎたかなあ…あと久しぶりにちょっと長めです。

高校生カップルって映画、ショッピング、ゲーセン、お茶する、位がデートの定番ですよね。後は公園で駄弁るとか。

雪影村の云々は何となく金田一を読んでて入れてしまいました。コナンってゲームで金田一とコラボしてるしいいかなあと。

久しぶりに事件を起こさないという原作改編。栄養不足による視力低下は実際にあります。筆者の姉が大学生時代に栄養不足で失明とまではいきませんが極端に落ちたことがありました。皆さまもお気を付け下さい。ビタミン剤を飲むだけでもだいぶ変わると思いますし、病院で点滴を打ってもらうと言うてもありますから。


最後まで名前が出てこないチンピラAさん…彼はどこかの病院に大怪我で運ばれてこれ以降出てきません。慎ましく生きてほしいですね。


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第四十話 -色んな事件の色んな後日談-

すみません。作者はワードで打ち込み、ハーメルンに貼り付け→投稿という形を取っているのですが、突発的な用事で土~月までPCが手元になく投稿できませんでした。本当に申し訳ありません。

このお話は原作第28、29巻が元になっています。

重ねてすみません。今まで巻数通りの時系列でやってきましたが、人魚のお話より先にこちらを書きました。人魚のお話は次話になります。

 さて、30万時突破&本編40話到達とあいなりました。まさかここまで続けられるとは思いませんでした。読んでいただいている皆様に改めて感謝を。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!

今回は事件に巻き込まれず、エピローグだけのつなぎ合わせという新しい試みを取っています。どの事件か、わかるかな?


「ええ?昔の事件で負った古傷を?」

「ああ、目暮はその古傷を隠すためにシャッポを被っておるんだよ」

 

今日は東京警察病院に来ていた。蘭ちゃん、園子ちゃん、紅葉の三人で冬物の洋服を買いに行ったデパートで殺人事件に巻き込まれた。その殺人犯は通り魔で運転マナーの悪い(運転の際に厚底ブーツをはく)女性を狙っていたそうだがなんと小五郎さんの車に荷物を置いていた園子ちゃんを(運悪く厚底ブーツを履いていた)運転手と勘違いして返す刀で襲い掛かったそうだ。その園子ちゃんを守るためにかばった目暮警部にその犯人はバットを振りおろし、事件解決後入院となったわけだ。

付き添いに来た松本警視に目暮警部の帽子の訳を教えてもらった女子高生組は涙ぐんでいた。

 

「だからあんなに囮捜査を嫌がったんだ…」

「死んじゃったその女の子の二の舞にならないように…」

「ウチらも、気安くきいていいはなしやなかったんやな…」

「おいおい、彼女は顔やお体に大怪我を負ったが別に死んではおらんぞ?」

「「「え?」」」

「だって彼女は奴の…」

「あら…松本警視!松本警視もお見舞いに来て下さったのね。たった今高木さんと佐藤さん、白鳥さんに千葉さんが帰られたところですのよ」

「おお。奴らも来とったのか!」

 

あ、みどりさんだ。…ん?そういやみどりさんも額に傷跡があるな…ってことは。

他の皆もそのことに思い当たったのか微妙な表情をしている。小五郎さんも思い出したようにみどりさんが昔つっぱってたってことを教えてくれた。

 

「もしかして警部が帽子を取らない理由って…」

「奥さんとのなれ初め話を冷やかされたくないからなんじゃ…」

「ウチもそう思う…」

「ハハハ……」

 

ま、まあいいじゃないか!いつまでもアツアツだってことでさ。

 

 

――

 

 

「ども、博士。お見舞いに来たよ。新ちゃんはもう来てる?」

「やー、龍斗君いらっしゃい。新一の奴ならもう来とるぞ……ん?そちらは確か…」

「それじゃあ、お邪魔しますよっと。ああ、彼は前にも紹介しましたが辻本夏さん。家でお手伝いをしてくれてる人で事件に巻き込まれた哀ちゃんのことを心配してきてくれたんですよ。彼女は?」

「あ、ああ。哀君なら地下の実験室におるが」

「ありがとうございます、阿笠博士……それじゃあ龍斗君私は…」

「ええ。博士、彼女に会わせても?」

「も、もちろんええんじゃが」

「それでは」

 

そう言って、夏さんは足早に地下室へと消えて行った。

 

「それにしても博士。ほとほと災難でしたね。まさかスキーへ行くバスの中でバスジャックに遭うとは。あ、これカロリー控えめお菓子の詰め合わせです。手作りです」

「おお!ありがとうのう。後でじっくり味あわせてもらうよ。災難と言えば全くもってその通りじゃよ。結局、スキーには行けずじまいじゃったからのう。拗れるし」

 

そういえばマスクしてるな。こりゃお土産は風邪に効く料理の方が良かったか?

 

「そして、まーた無茶したみたいだね?新ちゃん」

「しゃーねーだろ?アイツがバカな真似しようとしてたんだからよ…」

 

俺の言葉に今週の週刊サンデーを読んで寛いでいた新ちゃんは雑誌を置いてこちらに顔を向けた。

 

「アイツ…哀ちゃんか」

「ああ。あのバスの乗客には灰原のセンサーに引っかかる特大の組織の関係者がいたらしくてな。オレも怪我を新出先生に診てもらってからそれとなく事情聴取を受けている乗客を観察したんだが分からずじまいでな…」

「…んあ?新出先生?」

「あー、そういや事件の乗客の氏名なんて新聞じゃ載らねーから知らなかったのか。そうだよ、帝丹高校の保険医の新出先生とジョディ先生も偶然そのバスに乗ってたんだよ」

「……なんて、偶然、だね?」

 

あー、それはなんともはや。ってことは哀ちゃんはシャロンさんの気配に気づいてたってことになるのか。もう記憶の彼方だけれど彼女は組織の中でかなりの地位にいたはず。そしてそれ相応の血なまぐさい事をしているのは対面していて少し観察すれば、分かる。彼女が近くにいればそりゃあ委縮というか、負の方向で凝り固まってしまうのも仕方ないか

……俺もシャロンさんに対しての態度をしっかりと考えなければな。けどなあ。犯してきた罪の重さを考えればどの国の警察機構も諸手を挙げて歓迎するだろうけど、今まで集めた情報を総合して考えると絶対獄中による暗殺、で終わりだ。しかも周りに大きな被害が起きようとも構わずで。それは知り合い…友人?親戚のおばさんって感じで思ってたけど彼女と俺の関係を最適に表している言葉が思い浮かばんな…まあそれはさておき、俺としては歓迎するわけにはいかない。かといってこのままでいいわけでもなく…本当にどうするかね。彼女(新出先生の格好をしているが)と話すのは嫌いじゃないし、彼女自体に何か含むところもないんだよな……

 

「……と。…つと。龍斗!どした、龍斗?」

「っ!っと、ごめん考え事してた」

「結構、深い考え事だったな?何かあったのか?」

「んー。さっきの二人の先生も結構な頻度で事件に巻き込まれてるなってね」

「あー、そう言えばジョディ先生も新出先生もオレが知ってる限りで三回目かこれで。確かに結構な頻度って言えるな」

「……それで?翻って考えてみよう?工藤新一君の事件遭遇率は?/年で言うと?」

「……は、はは、は…お、オレはいいんだよ!事件を()()()()()()にオレは呼ばれているの!」

「…へえ。事件()俺を呼んでいるんじゃないんだ?」

「まーな。オレはオレじゃないと解決できねえ事件に遭遇する星の元に生まれたんじゃねえかって最近考えるようになったんだよ。それなら探偵を志したオレにとっちゃあ「探偵」が天職だった言えるだろ?こんなうれしいことはねえ。オメーの「天職」が料理人だったようにな。…っと、それに事件なんてそれこそスリ、痴漢、空き巣なんてこの日本じゃ毎日星の数ほど起きてる。事件には重いも軽いもねーが、警察の人の地道な捜査で軽く解決できるものも多い。オレが遭遇するのはオレがその場にいなければどうしようもねえ重い事件ばっかだってこった。トリックを暴き、事件が起きてしまった原因を解きほぐして()()()に繋ぐために。今回のバスジャックだってオレが行動を起こさなきゃ爆弾で乗客の全員がお陀仏だったしな」

 

だからって刑事の人たちを軽んじる気なんてさらさらねーけどな―そう続けた新ちゃんを見て俺は正直びっくりしていた。

昔の新ちゃん…それこそ高校生探偵なんて言われ始めていた高一の頃は、パズルを与えられて解法を導くことに悦を覚える幼稚な子供の印象がぬぐえなかったのだ。難解なパズルを解き、解き終わればそのままほっぽり投げる―そんな幼稚さが今の言葉からは微塵も感じられない。まあ、ちょっとだけまだ危なさがありそうだけれど。

 

「……そっか、そっか」

「……おい、龍斗。今のお前の顔。すっげえ年寄りくせえぞ」

「確かに、ワシより歳食ってるジイサンが孫の成長に感慨を受けてる時の顔じゃな」

「誰がジジイか!」「誰が孫だって!」

 

お互いがお互いに博士への言葉に反応して声を上げた。そうしてどちらともなく顔を見合わせて……同時に笑い出した。こういう休日もいいね。

 

「そういえば次の休み、月に一回の孤児院のボランティア食事会あるけど来ない?」

「あー、中一からやってるやつか。んー、今回はパスかな。調べなきゃいけねえことあるから」

「ええー…たまにはいいじゃんかよ」

「つってもよ…」

「だって…」

「いや…」

 

 

――

 

 

「……それで?何馬鹿笑いをしているのかしら?」

「げ」

「お、哀ちゃんこんにちは。それに夏さんも。お話は楽しめましたか?」

「ええ、とっても。ねえ、哀ちゃん?」

「ま、まあ。楽しかった……です」

 

夏さん……明美さんはニコニコした顔で哀ちゃんを見ている。哀ちゃんの顔は赤いな。新ちゃんの話だと落ち込んでそうだったけれどやっぱり夏さんを連れてきて正解だったか。……お、カウンターに腕時計型麻酔銃発見。

何気なく手に取る。物自体の存在は知っていたけど触るのは初めてだ。ここに置いてあるのは博士に麻酔針の充填でも頼んでいたのかな?……へえ、ボタンでかちゃりと。んでここが発射口と。俺がかちゃかちゃしていると新ちゃんに冷やかされてた哀ちゃんがこちらに水を向けてきた。

 

「……っと。そ、それで?一応はお見舞いなんでしょ?あなたから何か贈り物はないの?」

「へ?ああ、それなら……」

 

―パスッ!―

 

腕時計をいじっていたのに気を哀ちゃんの方に向けたのがいけなかったのか、発射ボタンを押してしまったらしくさらに運の悪い事に発射口をこちらに向けていたことで針は見事に俺の額に刺さった。……へえ、さらさらと消えるように吸収されたな。これって今更ながら拳銃とかとは別系統で本当に危険物だよなあ。

 

「「「………」」」

 

あ、やべ。夏さんは他の三人が唖然としてることにはてなマークを浮かべてるけど、他の三人はそりゃあ驚くよな。曰く「象でも30分は寝てる」だもんな…あれ?これって博士に聞いたんだっけ?

 

「あ、あ、あ、あなた…」

「た、龍斗?」

「龍斗君?」

 

あー、これは面倒な。トリコ世界で得た様々な力の中には毒への耐性があった。これだけは常時開放している。コナン世界にある有害物質は俺にダメージを与える事はまずないと言っていい。勿論、自分が受け入れる体勢にあれば俺も寝ていたのだが。麻酔針が飛んできても「へー、こんな感じなんだな」と呑気をかましたせいで毒耐性をコントロールするのをすっかり怠ってしまった……さーてどうしよう。…ん?これは…そう言えば今週の奴に……

 

「分かった、分かった。説明するから!丁度いい例えもあるし」

 

 

 

 

「ヒュペリオン体質?オメーが?」

「そ。まあ、それの超強化版だと思っていいよ。それにヒュペリオン体質ってのは創作だし実際にこの世界で俺だけだから正式名なんてないしね」

 

俺がしたのは丁度新ちゃんが読んでいた今週号のサンデーのとある漫画に出てきた「ヒュペリオン体質」を例に俺の体質を説明した。事実をある程度知っている夏さんは微妙な顔をしていたが。まあ、鍛練で得たと言っても信じられないしね。

 

「簡単に言うなら、一般人の筋繊維の一本を木綿の糸とするなら俺のは実験段階ではあるが世界最強ともいわれるグラフェンを吹きかけた蜘蛛の蜘蛛糸だ。そしてその強度に見合うだけの内臓機能、骨格、神経を持っている……って感じかな?まあ特異体質だよ」

 

流石に科学者。「グラフェンの蜘蛛糸」の話は知っていたらしく難しい顔をしていた。……いやまあ嘘なんだけど。1000年の鍛錬の賜物です。

 

「…話半分に聞いても、まああなたが特異体質だってことは本当のようね(だからあんな無茶な身代わりを買って出たのね…)」

「まあね。普通の人間ではないかな」

「…はー。なっるほどなあ。なんつーか、オメーの非常識さを説明されたのは初めてだが荒唐無稽だっていえる気がしねえぜ。なあ博士?」

「まあのう。小さい時から見てきとるから科学者の端くれからしてみれば否定すべきなんじゃが、否定できんのう」

「…じゃあ、私の実験に付き合ってもらおうかしら?本当に興味深い存在だわ!」

 

え?いや、元気になるなら俺が出来る事は何でもやるつもりだけどその実験ってどう考えても俺の体質(大嘘)を調べるつもりだよね?やっべ、こりゃあかん。

 

 

結局、夏さんは途中で帰り俺は夜遅くまで哀ちゃんの実験に付き合わされることになった。

 

 

――

 

 

さて、博士の家に行った翌週。俺は毎月の恒例となっている孤児院へのボランティアへと赴いていた。これは元々中一の時に家から一番近い教会兼孤児院を運営している神父様に自分を売り込みに行ったのが始まりだった。まあ、自分の前世が浮浪児であったこともあり、なにかしら孤児への活動を行いたいと言うのがあったのだ。と、言っても料理しかないんだけどね。初めは訝しんだ神父様だったが、実際に料理を出して味わってもらい安上がりにすむレシピの提供を行うことを約束したことで許可をもらった。

まあ中一の小さな子供の、なんてことで最初は衝突なんかもあったんだが回を重ねる毎にそんなこともなく年上にも年下にもいい関係を気づけてイケたと思う。いじめなんてあったらしけどそこはそれ、伊達に長生きしていたわけじゃない。そんな相談事を受けたり、年少組と遊んだりと結構充実していた。神父さまやシスターも好き嫌いを言う子がいなくなり、家事の手伝いをしてくれる子が増えたり年下へ気づかいをする子が増えたと喜んでいた。そしてそんな活動を続けていたがすぐに転機が訪れた。そう、俺が中一の半ばで優勝したあの世界大会だ。

どこからかぎつけたのかますごm…三流きsh…マスコミの皆様が寄ってたかって有ること無い事勝手に書きよるし、食事会にも来て邪魔になる始末。神父さまもいいように言われる俺の記事(偽善者だの自己満足だの)に傷ついていた。後年聞いたことだが、止めることを提案することも考えたが止めたら止めたで絶対何か言われると八方ふさがりで参ってしまっていたそうだ。まあ当時の俺は疲れたその姿を見て、そこそこブチ切れた。俺はその頃には仕事が好調なお蔭で割といい資産を持っていたのでそれを遠慮なく使うことにした。

まず、今まで協力いただいていた孤児院の教会が広大な敷地を持っていることに着目した。そして俺がしたこととは今まで教会の子供たちだけにしかしていなかったお食事会を米花町近辺の児童養護施設に片っ端から誘いをかけた。全ての諸経費は俺の資産から出した。今現在は一回に集まる子供の数は約1000人。東京都の児童養護施設の入所者数の約1/3まで膨れ上がった。バスのチャーターやら食材費やら考えると一回で軽く100万は超える。人件費だけは施設の先生たちが手伝ってくれるからタダだけど。

マスコミはまあ最初は言いたい様に行っていたが俺の行動を見ていたのはマスコミだけでなかったってわけだな。いつからか近隣の方が自主的にボランティアに参加してくれた。そして、明らかに場違いな人間は自然と排除されていった。施設同士の大人のつながりや子供たちも本当の「感謝」という気持ちを知ったと言ってくれた。今ではなくてはならないとまで言ってくれる……やってよかったな。今では子供たち発案で調理器具を綺麗にしたとまで言ってくれてたし。

……っと。昔の事を考えていたらまた盗撮の気配が。シャッターを切るタイミングで調理台の下を調べる。なんか本当に多いな最近。

 

「…ヒユウクン、次は何をすればいいかな?」

「あ、レイさん。そうですねえ、あとは…」

 

俺は話しかけた日系アメリカ人のレイさんに指示を出す。彼は今日初めて参加してくれるボランティアでレイ・ペンバーさん。なんでも仕事の休みで散歩している最中にこの活動を見かけ、飛び入りで参加してくれたのだ。

 

「…はい。これで準備は完了。これから始めますかね、神父様?音頭をお願いします」

「全く、いつも言うようだが君がすればいいじゃないか」

「嫌ですよ、もうあれの名前は諦めましたが自分で言うのは嫌なんです!」

「わかったわかった。…さて。『お集まりの皆さん。今日はいい天気にも恵まれ沢山のボランティアの方にも協力を頂けました!いつも言う事ですがこれだけは忘れてはいけません。これは一人の少年が始めた大いなる善意の輪であることを!それでは龍斗会、開催です!皆さん、手を合わせてください…頂きます!』」

『『『『『『『『『『『頂きます!』』』』』』』』』』』

 

さあここから一時期忙しくなるぞ。一斉に、それでいてきれいに並んだ子供たちに料理をよそっていかなければならない。

最初は横入りとかいろんなところに入り込む子供がいて大変だったが今ではそんな子はいない。いても周りの子が諌めてくれる。

 

 

――

 

 

お昼の配膳が済み子供たちは静かに、たまに歓声を上げぱくぱくと食べている。たまにおかわりに来る子もいるがそれくらいなら俺一人でも大丈夫なので俺だけが配膳担当だ。初めてのレイさんは最後まで残ろうとしていたが前々からお手伝いいただいている彼と同じ外国人のボランティアに引っぱられていった。大人も思い思いのグループを作り食事をとっている。俺はおかわりにきてそのまま立って俺と話をしたがる子供たちと近況を教えてもらったりしていた。一応、この後の交流、おやつ、夕方まで交流という流れを経て各養護施設に帰るという算段だ。俺はその交流に時間で今日来ている子たちとは全員話したことがある。今日朝見た限り、何か深刻な悩みを持っている子はいないことにほっとしている。いたら交流時間の時に相談に乗れるのだが…

 

「え?今日は最後まで居てくれないのー?」

「ああ、ごめんな。実は俺の行動に大きく影響を受けたって人からパーティーのお誘いを受けてね。俺も心当たりがあって、こればっかりは出なきゃいけないんだ…」

「そんなー」

「こらこら、龍斗さんを困らせないの。私たちも龍斗さんと一緒に居たいって思うでしょ?でもその人は中々龍斗さんと会えないんだから可哀そうでしょう?だから今日は譲ってあげましょう?」

 

後ろからおかわりに来た、今年高3になる女の子に俺に詰め寄ってた小4の女の子を宥めてくれた。因みにこの2人は全く別の養護施設である。

 

「…わかったー。私今日は我慢する!」

「ええ、いい子ね。それじゃあ私と一緒に向こうで食べましょう?優ちゃん」

「うん!遥おねーちゃん」

 

俺は離れていく二人を笑顔で見送り、おやつの準備をするのだった。

 

 

――

 

 

『レイ選手!サインください!』

――ハハハハハハ!

 

俺が到着したときにはどうやらもうパーティーは始まっていたようだった。それにしても今のは蘭ちゃんの声?何したんだ?俺は疑問に思いながらも会場に入り、会場内の視線を辿って…いた。注目されているって程じゃないけどさっきの蘭ちゃんの声と言い、何か目立つことをしたんだろう。視線をやっている人がいてすぐに見つけられた。

 

「やっ!皆お揃いで!」

「おー、龍斗やないか!お前さんも呼ばれとったんか!」

「龍斗君おひさーやな!」

「おひさーだよ、和葉ちゃん。それから平ちゃんの質問だけど。三人の共通項を考え「HEY!Mr.ヒユウ!!」れば…」

 

後ろからの声に振り返ってみると、そこには今日の主役であり、そして新ちゃんが大ファンであるレイ・カーティスが奥さんと思われる女性とともにいた。

まあ、あれだ。俺が四年前で世界大会で遭遇した悪徳記者、エド・マッケイの被害者たちだ。マイクさんは五年前に不倫疑惑、レイさんは四年前に麻薬、リカルドさんは同じく四年前に八百長をそれぞれ書かれた。まあ、マイクさんは俺の前だったので自力だったのだがリカルドさんとレイさんは俺の発言から被害者同盟ともいうのか、徒党を組んでエドに真っ向から裁判で争った。しかも俺の発言は思ったより波紋を呼び、世論も味方に付けた上で、だ。結局エドは敗訴、さらには過去の裁判も別件などで争われることとなりエド・マッケイは多額の負債を抱えているそうだ。

 

「Mr.ヒユウ!来てくれたのですね!あなたは私とケイコの大大大恩人でーす!!」

「もう、あなたったら…でも彼の言う通り。あの頃の私はパパラッチに私生活で囲まれてノイローゼになっていたんです。あなたのあの言葉がなかったら私は今この場にいなかったでしょう。本当にありがとう」

 

そう言って、二人して両手で握手を求めてくる。いやあ、なんというか…こそばゆい。

 

「えっと……ちゃんと届いてよかったです。あの時のあの言葉は、貴方の大ファンで俺の幼馴染みの…親友があなたの疲弊した姿に心を痛めていたのを世界大会のつい三日前に見ていまして。丁度、その敵が目の前にのこのこやってきたのでつい…」

 

2人はその言葉に目を丸くした。そりゃそうだ。自分たちが再起した言葉が、自分たちへのエールだったのだから。

 

「それは。その親友の子も私たちの恩人なんですね…ねえ、あなた?」

「ああ。それを聞いたのなら黙っていられないな。その彼に会いたいな…」

「ああ、でも。さっきちゃんと貰ってましたよ?彼にとって最高のプレゼントを。ねえ、蘭ちゃん?」

「へ!?あ!こ、このユニフォーム?」

 

そういって蘭ちゃんが広げたレイさんのユニフォームには「TO・SHINICHI」の文字が…いやあ、新ちゃんにはレイのサインに蘭ちゃんの愛情とこれ以上にない宝物になっただろう。

 

「Oh.まさかシンイチというのが?」

「ええ。俺の親友です」

「なんて偶然……こんなこともあるのね…」

 

カーティス夫妻は今日はもう驚き疲れたと言わんばかりに笑みを浮かべた。

そんなパーティーは終始和やかに進み、途中新ちゃんと同じでレイさんの大ファンのコナン君(新ちゃん)を紹介して(ややこしい…)、彼にサッカーを教えてあげてほしいと水を向けた。レイさんは喜んでOKをくれ、パーティーがすべて終了した後に地下駐車場でパスのやり取り、リフティングの出来を見てくれた。思った以上のサッカーの腕前に興がのったのか、なんと擬似PKの相手までしてくれた。新ちゃんは終始テンションが上がっていて俺に何度も感謝を述べてきた。良かったね、新ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても別れ際の平ちゃんの「またすぐ会うと思うけどそん時はよろしゅうな~」とはなんだったのやら。

 

 

 




書きたいことがいっぱいあるのにそれを文章に起こせない……文章力がないのと構成力がないのが辛いです。どこかに落ちてませんかね?
オリジナルのボランティアの話は誰かがしつこく盗撮している事、FBIの監視対象になっている事を入れるためだけに作りました。3Kの記事の時期は捏造しました。実はリカルドは元チャンピオンではなく、現チャンピオンという原作改編が起きてます。エドさんは今や記事を書ける状況にありません。合掌。

・麻酔針って一本しか装填できないけど新しい針の補充は誰がやっているんでしょうね?
・ピエロでDr.ワトソン(どちらもショタ新一命名)の赤井さんとの再会はまだ先になりそうです。
・ヒュペリオン体質とは漫画「金剛番長」の登場人物、剛力番長の架空の特異体質の事です。まあ実際にはありえない体質なんですが龍斗の異常体質を分かりやすく説明するのに最適(嘘だけど)だったので出しました。同じサンデーの作品ですし。体質の説明が穴だらけなのは、まあ龍斗の体質が本当にヒュペリオン体質ではないのでどうかご勘弁を。
・レイさんの元ネタはDEATHNOTEから。名前だけ借りました。リュークはいません。

次回はもっと紅葉を出す(ように頑張る)ぞー。




前書きで触れた通り、次話は人魚のお話となります……さあ、どう介入しよう?(-_-;)
(誰かを)生かす(展開にするの)か(皆)殺すか、久々に物凄く悩んでます。どうしよう……


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第四十一話 前編 -そして人魚はいなくなった-

このお話は原作第28巻が元になっています。

もう2017年も一月切りましたね。あ、コナン世界も一応2017年です。

今回は前編です。



冬休みのある日、平ちゃんに「2,3日旅行にいかへんか?」と電話が来た。スケジュールを聞いたところ俺も紅葉も空いていた日程だったので了承の返事を返した。なんでも福井の若狭湾沖の美國島に来てほしいと調査の依頼があったらしい。とある事情で毛利探偵事務所の人たちにも誘いをかけたらしい。なんで俺達も?と聞くと、島だけあって漁業が盛んらしく「龍斗も誘ったろと思てな」とのこと…いいね。できれば自分で釣るか素潜りたいが新鮮なものを捌くのもいいもんだ。

 

「それで?探偵事務所に集合って事らしいけど電気ついてませんよ?」

「だねえ。おかしいな、この時間って言われたんだけど」

 

福井まで夜行バスで行くらしく夜の出発との事をつい数時間前に電話で教えてもらった。紅葉は初めての経験らしくとてもはしゃいでいたのだが待ち合わせの毛利探偵事務所の電気はついていなく、人影もない。んー、先に行ったとは考えられないしどうしたのやら…

 

「龍斗が明日の朝ご飯作ってたからおいてかれたんとちゃう?」

「んー。それなら連絡入るだろうし多分違うと思うけど。ってあれ?」

「え?あ、向こうから歩いて来てるの蘭ちゃんたちやな。それに和葉ちゃんたちもおる」

「そうみたいだね…おーい!」

 

向こうも俺達に気付いたのか、少々小走りになってこちらに来た。

 

「龍斗!スマンスマン。実はな……」

 

なんと、静華さんが来ていたのか。平ちゃんのお母さんである服部静華さんが小五郎さんと関わると何かと怪我が多いのでどのような人物かを見極めるために正体を隠して小五郎さんにとある依頼をしたそうだ。その依頼により静岡に行っていて今帰ってきた。その静岡でも殺人事件に巻き込まれたらしいが、まあ早めに解決できたのは、俺達が立ちっぱでそこまで待たされることがなかったという意味でも良かったよ。

 

「ホンマの事を言うと龍斗達にも静岡に来てもろてそのまま行こうと思てたんやけど…」

「オマエなあ!日帰り旅行じゃねーんだから着たきり雀になるわけにいかねーだろうが!」

 

……なるほど。ちゃんと話してなかったな。新ちゃんの方を見るとばつの悪そうの顔をしていたのでこれは新ちゃんには連絡はしていたが本気にしていなくて伝えていなかったパターンかな?それで着替えなどの荷物をまとめるために一度東京に戻ってきたと。

 

「もう、お父さん。帰ってくるまでに散々言ったでしょ。ほら、さっさと荷物まとめるわよ!」

「あ、ああ」

「じゃあ、みんな。ちょっと待っててね。すぐに荷物をまとめてくるから!」

 

そう言うと蘭ちゃんは二人を連れて事務所の三階に行ってしまった。

 

「もー。平ちゃん。こういう事はちゃんと連絡しないと」

「いや、オレはちゃんとしたで?」

「どうせコナン君だけに電話したんでしょ?こういう時は全員に、だよ。それにしても3Kで言ってた、またすぐにってこの事だったのな」

「あ、それはちゃう。依頼が来たのは二日前やからな。単純に元旦に会おうって意味やってん。それと電話やけどくど…あのボウズが後の二人に教えてくれてると思てん」

「なー平次。時間大丈夫なん?」

 

紅葉と話をしていた和葉ちゃんがそう聞いて来た。そう言えば静岡で合流してそのまま来るつもりだったはずなのに事件に巻き込まれたんだし、俺も気になるな。

 

「そりゃ、大丈夫や。オカンにオッチャン達が東京出る時に荷物持ってないことは電話で聞いとったし、時間通りに行かんやろと思て遅めのバス予約しとったからな。いやあ、空いとってよかったわ」

「時間通りに行かんって?」

「アイツはどこでも事件に巻き込まれるからな。まあまさか四朗はんが殺人事件で殺されるとは思わんかったけどな」

「アイツって毛利のオッチャンの事?」

「お、おうそやで?」

 

なんとまあ、手際のいいことで。なら心配ないかな。

 

「ごめん、お待たせ!」

「大丈夫や。ほないこか?」

 

毛利一行も準備を済ませ、俺達に合流し俺達は福井へと出発した。

 

 

――

 

 

バスに揺られ揺られて福井についた俺達はそのまま船に乗り美國島へと向かっていた。

船の上で平ちゃんは小五郎さんに文句を言われてやっと今回の調査の依頼について詳しく教えてくれた。なんでもあの島は三年前に不老不死のお婆さんがいてそれが観光の目玉になっている島らしい。それでその依頼主は「人魚に殺される、助けて」との手紙を送ってきたそうだ。その時に書いてあった電話番号に連絡するも明確な返事は返ってこなかったとのこと。

その話を聞いた女性陣は不気味な内容からか、さっきまで永遠の若さと美貌にあやかるーとはしゃいでいたのが嘘のように静かになっていた…そう言えば三人が三人ともお化けとかホラー系が苦手だったな。新ちゃんはあくびしてるけど。

 

「コラ、マジメに聞かんかい。電話で言うたことちゃんと伝えへんからオッチャンに文句言われてんやぞ」

「にしたっていきなり冬休みに人魚探しに行くでと言われて本気にするわけねーだろ。なあ龍斗?」

「え?俺は日本海の今の時期の魚を堪能できるよってことで旅行のつもりでついて来たんだけど?」

「へ?」

「ああ、龍斗にはそう言って誘ったんや。料理人やしな、オレやお前とちごて」

「あ、そう…」

「まあ、ただの調査やったらオレらだけでとも考えたんやけどな。依頼人の手紙のあて名はウチやったんやけど文章の初めが「工藤新一様へ」になっとったんや」

「え?」

「あらま」

「最初はむかついて破いたろかと思ったけど工藤に関係するのかもしれへんからつれてきたんやで?感謝せえよ?」

「そして依頼人とは連絡がつかない、と」

「せや」

「こりゃ厄介なことになってねえといいけどな」

 

顔を突き合わせて小声で話していたが、島に到着するとのアナウンスが聞こえてきたので入島の準備に入った。厄介ごとね。無いといいなあ……

 

 

――

 

 

「ええ!?門脇沙織さんが行方不明!!?」

 

いきなり厄介ごとかいな……島についた俺達は依頼人の門脇さんの家を訪ねるために町役場を訪ねると彼女が三日前、平ちゃんの所に手紙が着いた頃から働き先に顔を出さなくなったそうだ。島の人は本土の方へ行ったんじゃないかと思っているらしい。

そして今日は年に一度のお祭り「儒艮祭り」があるらしく、町役場の人たちもその準備があるとのことで彼女が働いていたお土産屋を告げられ追い出されてしまった。

そして、お土産屋では人魚をモチーフにしたお土産が所狭しと並べられていた。そこで、お祭りで貰える儒艮の矢について教えてもらった。なんでも不老長寿のお守りでお祭りで毎回三本配られるそうだ。それを去年当てた沙織さんは一週間ほど前にそれをなくして錯乱していたとのことだ。彼女の幼馴染みという奈緒子という女性が店長のおばさんと話している俺達に、やけに確信した様子で不老長寿について語ってくれた。不老不死の命様の念が込められた髪の毛が結わえられた

 

「それで彼女の言っていた命様というのは?」

「この祭りの主役であり島の象徴である島袋の大おばあ様ですよ!」

「そんで?その婆さんのホンマの歳は何ぼなんや?」

「さあ。正確な歳はなんとも。島の人間も良くは知らないのよ。ただ、180とも、200とも言われているわね…なんなら祭りの会場になる島の神社に行ってみたらいかかがです?」

「神社?」

 

なんでも神社には沙織さんの幼馴染みである君恵という女性がくだんの命様と一緒に住んでいるから沙織さんの話も聞けて一石二鳥とのこと。

 

「はあ…」

「なんやオレらたらい回しにされてへんか?」

 

そこは言わないお約束だよ平ちゃん。

 

 

――

 

 

「明治2年6月24日生まれの145歳!うちの大おばーちゃんの戸籍を調べればはっきりわかります!もう、ちょーっと長生きだからって皆大騒ぎしちゃって」

「ちょ、ちょっとって……」

「随分と長生きなお婆ちゃんやと思うけどなあ」

「せやねぇ」

 

神社に来てみると巫女服姿の君恵さんに命様の年齢を教えてもらった。はー、145歳。明治2年ってことは1872年、19世紀か。今が21世紀だから3世紀に渡って生きてるとはトリコ世界の住人でもないのにすごいな。彼女には矢が元々「呪禁の矢」で魔よけの物だったとか失踪前の沙織さんの様子を教えてもらった。四日前に君恵さんが歯医者に行く際に同行したらしいが沙織さんはどうやら相当怯えていたらしい。怯えている理由も矢をなくせば災いが訪れると矢を授けられたときに言われたからじゃないかと。

俺達が話しているとさらに新たな沙織さんの幼馴染みが現れた。その彼女、寿美さんが言うには命様は本物で、人魚も存在するのだと言う……3年前の異様な焼死体、か。あれが人魚の死体だって?

更に詳しく話そうとした彼女の後ろから禄郎と呼ばれた男性が止めた。ふむ、確かに島の事故をむやみやたらに外に話そうとするのはあまりいい事ではないか。彼は去り際に沙織さんの家に行ってみろと言ってきた。

 

「君恵さんも合わせて4人の幼馴染みに会うたけど人が一人消えた言うのに心配せーへんのやな」

「ええ…沙織は良くお父さんと喧嘩して家出してたから」

「じゃあその沙織さんの家に案内してもらうのは……」

「いいですよ、祭り後でなら」

 

なんでも祭りと言っても命様が示す3つの数字を持っている人に儒艮の矢を進呈するだけらしい。

 

「なんなら、貴女たちも加わってみる?」

「「「え?」」」

「実は突然のキャンセル分が三枚余っているのよ。まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦。もしかしたら皆が言うように永遠の若さと美貌が手に入っちゃうかもよ?」

 

そう冗談めかして告げた君恵さんは札を紅葉達に渡すと祭りの準備のために神社へと戻って行った。いや、人魚にあやかれるのは不老不死であって美貌は本人の資質によるんじゃ?まあこの3人ならそこは問題ないだろうけども。

 

 

「なんかラッキーやったね!」

「そうだねー。それにしてもお祭りのある日に来れるってことがまずラッキーだったよ」

「んー……」

「どうしたの紅葉?」

「いや、よく考えたら別に永遠の若さとかあんま良い事でもないんやないかなって」

「え?」

「ど、どういうことや?」

「だって一本だけしかもらえんし、龍斗がお爺ちゃんになってもウチだけ若いままなんやろ?その頃には子供や孫がいてもおかしゅうない。ウチが不老不死ならみんなを看取っていくのは辛いやんか。そんなら一緒に老いていきたいって、同じ時を生きていくのが幸せやってウチは思ったんよ」

「「……」」

 

 

 

(いや、女子高生の発想じゃねえぞそれ…流石は龍斗君の彼女というか)

「だ、そうやで。龍斗?」

「あ、うん。えっと、うん。そだね?」

(あ、珍しく龍斗が照れてるな)

 

離れて男女に別れて祭りの始まるのを待っていたが向こうの話し声は聞こえていた。いや、うん。とても嬉しいよ、嬉しいけどね?不意打ちは勘弁してほしいなあ。

 

「…っと、そろそろ始まるみたいや。さあ、命様って言うのはどんな姿をしとるんかね」

「で、出てきたみたいだね」

「あれが命様か」

 

そして障子が開けられ出てきたのは…なんといか真っ白な化粧をした小さな老婆だった。彼女は長い松明の先端をかがり火に近づけ火をともしその火で障子に当選番号を書いた…ってあれ?あの番号は。

 

「外れちゃったー」

「ウチもや」

「ら、蘭ちゃん紅葉ちゃん。ウ、ウチ。ウチあたってもうた」

 

あ、やっぱり和葉ちゃんの番号だったか。他に当たったっぽいのは…寿美さんか?すっごい喜んでるし。あと一人は分からないな。儒艮の矢は人魚の滝と呼ばれる所で受け渡されるらしく俺達はその滝の前まで移動した。

 

「永遠の若さや!美貌や!アタシのもんやー!」

「おいおい止めとけ。紅葉のねーちゃんもいうとったやろ?しわしわのばーちゃんになって孫に囲まれるのがええってな」

「んー、紅葉ちゃんの言う事ももっともやと思うけど若いままってのもええやんか。それに矢を手放せば災いでその効力もなくなるやろうし!」

「おーさよけ…」

「あ、さっき話してたけど美貌ってのは本人の資質によると思うよ?和葉ちゃん。だって不老不死と美貌って関係ないし」

「え?あーーーー!?」

「気づいとらんかったんやなやっぱり…」

「あははは……」

 

っと。そんな話をしていたら君恵さんに呼ばれた。あ、もう一人ってのは奈緒子さんだったのか。あれ?

 

「おかしいな。あんな喜んでたから」

「ああ、当てたのは寿美さんやと思たけど」

「誰だ?あの酔っぱらいの中年は…」

 

そう、新ちゃんの言う通り3人目に現れたのは酔っ払いの中年男性だった。その3人に君恵さんは矢を一本一本手渡し、譲渡が終わると滝の傍に用意されていた花火が打ち上げられた。え?

 

「おい!」

「あれって!?」

 

滝の方に観客の目線が行き、それに気付いた。滝の流水の合間にその肢体をゆらゆらと揺らせながら吊られている寿美さんの姿に。

 

「お、おい龍斗!?」

 

俺はその姿を見た瞬間に走り出していた。

 

「え?」「なに?」「なんだぁ!?」「た、龍斗君?!」

 

矢の受け渡しの現場にいた君恵さん、奈緒子さん、中年男性、和葉ちゃんの声を無視して滝壺から崖を駆け上がった。前に調べてところ、首つりから10分以内なら蘇生の可能性がある…らしい。心音はもう聞こえないがその一縷の望みをかけて俺は彼女の体を回収し、揺らさないように注意しながら滝口の地面にそっと横たえた…ダメか、首の骨が折れてる。

それから10分たって、崖を登ってきた新ちゃんたち、君恵さん、禄郎さん、奈緒子さんが来た。

 

「龍斗!彼女は!?」

「ああ…平ちゃん。ダメだったよ。俺が地面に上げた時はまだ温かったから蘇生できると思ったんだけど…首の骨が折れててね」

「そうか…」

「龍斗君が上げた時に温かったってことは彼女は花火が揚がる直前に首をつったってことか……」

「そんな……まさか自殺?でも寿美が何で。それとも誰かに…」

「いや、そうとも限らん」

「え?」

 

そう言って寿美さんの首に巻きついていた縄について語る禄郎さん。彼が言うにはその縄は滝への転落防止のために張られていたロープらしい。つまり、川に落ちた寿美さんがロープをつかみそのまま滝に落ちていく過程でロープが首に絡まり首つり状態になったのではないかとのことだった。

 

「でもなんで祭りをやってる最中にこないな暗い森の中にこなあかんねん?」

「人魚の墓でも探してたんじゃない?」

 

その言葉に答えたのは奈緒子さんだった。なんでも寿美さんはその墓を異様に気にしていたらしい。そもそもなんで人魚と言えるかと平ちゃんが聞くと、君恵さんは中年女性の骨だと警察から説明があったらしいが実際に火事を消した禄郎さんはその遺体の腰から下の骨が粉々に砕け、その散らばった骨も人の足の骨があるべき場所に存在していなかったそうだ。それからメディアが囃し立て、人魚の死体が出たことになった。そして…

 

「墓荒らし?」

「そう、火事の後1年たっても身元不明だったのでうちの神社に埋葬したのよ。でも観光客が不老不死を求めてその骨を盗もうとしてね。なんでも骨でも不老不死は達成できるからって。だから大おばーちゃんが信頼できる人に頼んで森のどこかに移動してもらったらしいわ」

「その頼んだ人って?」

「さあ。私も知らないんです」

「まあ事故、自殺、他殺のいずれにしても寿美さんの遺体を下に降ろして警察が来てからだな」

 

小五郎さんのその言葉に禄郎さんは寿美さんを抱えて鼻で笑い、こんな時間にこんな場所に来た寿美さんの不明に冷たい言葉を吐いた…奈緒子さんが言うには寿美さんは禄郎さんの許嫁だったらしいが。それにしたって幼馴染みが死んであの言葉はないだろうに……

 

 

下に降りたところ、人込みの中から矢を得た中年男性とは別の中年男性が彼女に駆け寄り号泣していた。話によると彼女の父親らしい。

 

「おとうーさーん!」

「オウ、蘭か。本土の警察には連絡したか?」

「それが、海が荒れて船が出せるまで当分来られないんだって!」

「おいおい…」

「ええやないか、犯人をこの島から逃がさないですむんやから!」

「犯人?まだこれが殺人事件とは決まったわけじゃあ…」

 

崖を降りる途中にするっと抜け出した新ちゃんと平ちゃんはどうやら誰でも他殺を可能とする証拠を見つけてきたらしい。

 

「龍斗」

「ああ、紅葉」

「はいこれ」

「ん?コーヒー?」

「神社に戻って買っておいたんです。滝の水を被ってたのがうっすら見えたから」

「ありがとう紅葉。…あっち」

 

俺は紅葉の心遣いに感謝しながら冷えた体にコーヒーを流し込んだ。

結局、こんなことが起きた後では沙織さんの家に訪問というわけにもいかなくなり命様に会いたいと言う新ちゃんの言葉に君恵さんが答えたことで俺達一行は島袋家にお邪魔する事となった。

 




若干のスランプ継続中……

「老いていく龍斗(新一、平次)と若いままの紅葉(蘭、和葉)」。現時点で恋人同士である紅葉だからこそ気付けたって感じですかね。
不老不死の魅力ってなんなんでしょう。若返りならまだわかるんですけどね。よく年老いた権力者とかが不老不死を望むっていう設定を見ますがいや、その時点で不老不死になっても爺さんのままじゃんと突っ込んでしまいます。
あ、崖を駆け上ったのは(滝をスポットライトで照らしていたわけでもないので)滝壺に近い人たちくらいにしか見えてません。漫画では見えているような描写になっていますが、暗がりで二つのかがり火しかないのに見えるわけないんじゃないか?ということで騒ぎになってません。
まあ、あとで君恵さんから追究はありますが。
寿美さんは生かせそうだなーと思ったんですが、滝の半ばまで(漫画参照)落ちて首で全体重を支えたら骨折れるだろうなと思って断念しました。


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第四十一話 後編 -そして人魚はいなくなった-

こちらは後編となります。前編を読んでない方は前話、「第四十一話 前編」を先にご覧ください。多分最長?13000字近く有ります。

12月6日にノーカット版「から紅の恋歌」の小説が出ましたね。読了した感想ですが、映画版は結構変わってました。
映画は映像化と時間の縛りもあって、派手にして省略したものがあったのだなあと思いました。一読の価値がありますよ。とても面白かったです。

ノーカット版の話は尽きることがないので活動報告の方に話題を移します。良ければどうぞ。若干(?)、かなり(?)のネタバレがありますが。

四十一話 前編に、歯医者のくだりを加筆しました。これないとヤバいのになんで端折ったんだ、先週の自分…orz


「大おばーちゃんと私は神社の敷地内にある…あの家に住んでいるんです」

「へぇ……」

「それにしても…龍斗君?だっけ。君すごいのね。まさかあの滝を駆け上るなんて。まるで映画の超人みたいだったわ。あんな動きのできる人間って本当に存在してたのね…」

「あははは。まあうちは特殊な家系なんで…あれくらいは父方の親戚なら誰でも…」

(おい、工藤。今の聞いたか?)

(ああ、まさかあんなびっくり人間が龍斗以外にもいるなんてな)

(もしかして緋勇家に頼めば例の組織も壊滅できるんとちゃうか?)

(ははは、まっさかー……まさかな?)

 

おうおう、新ちゃんと平ちゃんも好き勝手言ってくれるじゃないか…いやまあできるだろうけどね。

寿美さんの遺体は駐在の人と診療所の医師、そして有志の方々に任せて俺達は島袋家に向かっていた。君恵さんの説明の通り、彼女らの家は神社の拝殿の生け垣を挟んで隣にあった。移動時間はそうなかったが、雑談の中で君恵さんは命様の名前が「命」ではなく「弥琴」であることを教えてくれた。家に着き、彼女はコタツのある居間に俺達を案内すると弥琴さんを呼んできますと部屋を出ていた。

 

「しっかし古い家だなあ」

「儒艮の矢で儲けてるとは思えへんな」

「なーに言うとんの。あの札一枚5円やで?」

「ご、5円やて?」

「本当なの和葉ちゃん?」

「昔からそうなんやって。島の人が言うとったわ」

「あの札、ウチら三人は番号の書いてあるのを貰えたけど本当は皆が番号札を貰えるわけではないらしいです」

「どういうことなの?紅葉ねーちゃん」

 

新ちゃんの質問に答えたのは紅葉ではなく、新ちゃんの隣に座っていた蘭ちゃんだった。

 

「あの札、全部が全部番号札じゃないらしいの。なんか大きな箱に一杯札が入っていて皆が並んで一斉に一枚ずつ引くんだって。その箱の中には1から108まで番号が書かれた札と何も書かれていない札があって、番号札が全部出たらそこで打ち止め。その108枚の中からあのおばーちゃんが当たり番号を三つ、あのお祭りで教えるってわけ」

「へぇ。じゃああのタイミングでお札を貰えて、しかもあたり札だった和葉ねーちゃんはすっごいラッキーだったんだね!」

「ありがとぉ、コナン君!」

 

なるほど。確かに今日島に来て見て回ったが、108人じゃきかない人数の観光客が来ていた。その全てが儒艮の矢を目当てにしているとは言わないが明らかに札が足りないもんな。145歳のお婆さんを見に来ている人も中にはいるかもしれないが……

 

「それにしても遅えな、あのばーさん…」

「君恵さんは一応声をかけてみるけど今日は疲れてるから会うのは無理かもって言ってたじゃない、お父さん」「コッ」

「ああ、そういえばそんなことも…」「コッコッ」

「ん?なんやこの音?」「コッコッコッ」

 

確かに何か音がするね。これは……杖を突く音かな?ということは……皆が廊下の襖、新ちゃんと蘭ちゃんの後ろに視線をやった数瞬後、襖が開かれた。そこに佇んでいたのはあのお祭りでみた命様と同じ背丈の老婆だった。うーん。145歳か、俺が前世でこの位の時は30代の姿のままだったが普通はこんな風になる、か。

そんな風に呑気に観察していたのは俺だけだったらしく、他の皆は彼女の容姿に息をのんでいるようだった。紅葉に至っては俺の腕にしがみついているし。

 

(た、龍斗……)

(大丈夫、大丈夫。意思疎通が出来ない相手なわけではないし、俺も傍にいるから。ね?)

(うん…)

 

小声でそんなやり取りをしていると、命様が口を開いた。

 

「ワシに用とは汝らの事か?」

「あ、あのさー…」

 

お、一番近くにいる新ちゃんがびびりながらも話しかけた。蘭ちゃんは未だに固まっているのにこういう時は度胸があるよね。

 

「矢が貰えるあの当選番号ってどうやって決めるのかなあって…」

「………適当じゃよ?」

「へ?」

「前の当たり番号は競馬の当たり番号じゃったときもあったのうー!」

(おいおい…)

 

ふひゃふひゃと大きく口を開けて変な声で笑う弥琴さん……んー?

他の皆は彼女の解答と笑うその姿に毒気を抜かれたのか、気の抜けた表情になった。紅葉の手の力も抜けたしいい事、いい事なんだが……俺の目は彼女の口の中がものすごく気になった。

容姿は…言い方は悪いが年老いた、まさに老婆というのに相応しいのに彼女の口の中、歯並びはまだまだ年若い女性のようなものだった。まさか…

 

「ほんなら年に三本なんてケチらんとぎょーさん売らはったらええのに…」

「そりゃ無理じゃ。矢に結わえるワシの髪の毛にも限りがあるしの」

『大おばーちゃーん!お風呂の支度が出来たわよー!』

 

平ちゃんの質問に自身の髪の毛の一束を持ち上げてそう答えた弥琴さん……いや、彼女は…そんな風に思考を巡らせていると遠くの方から発信された君恵さんの声が家の中に響いた。

 

「すまぬが大した用がないならわしは風呂に入って床につく…」

「あ、ちょっとまだ話が…」

「それからそこの髪を結った娘よ…」

「え?アタシ?」

「「呪禁の矢」は元より魔よけの矢。手放せばその身に魔が巣をつくり、男は土に還って心なき餓鬼となりおなごは水に還って口利かぬ人魚となる…決して身から離すでないぞ……」

 

そう言って彼女は廊下の奥へと消えて行った。その様子をコタツから出て俺以外の男衆が見送っていた。

 

「声もしわがれて顔色も悪い今にも死にそーなバアさんやな…」

「とても不老長寿の体を持つ、不思議な老婆には見えね―な…」

「ほんとだね…」

 

その後しばらくして君恵さんがやってきて、弥琴さんは床について自分も休むことを伝えられた。その為、俺達も今日の宿である旅館に帰ることにした。俺はそのやりとりを小五郎さんたちがしている間、彼女の口元をじっと観察していた……

 

 

――

 

 

「ええ!?夕飯の準備ができない!?」

「申し訳ありません。何分小さな島なので厨房担当は自宅の方に戻っておりまして……」

 

元々、お祭りを見たらすぐ戻るはずだったので十分に夕飯には間に合うはずだった。それが寿美さんが亡くなり、島袋家に寄って話を聞いたりと時間を食ってしまって現在22時。普通なら外で食べてきてくださいと言われてもどうしようもない事態だ。旅館を出る際に、「帰ってきてから用意してほしい」と小五郎さんが伝えていたのが裏目に出た結果だ。

 

「そこをなんとかできませんかね?」

「と、おっしゃられましても……おにぎりなどの軽食でしたら私共が作ったものでよろしいのであればご準備できますが…」

「うーん、それならないよりまし…か…あ!」

「へ?」

 

顎に手を当てて、天井に目線をやっていた小五郎さんが納得し、目線を女将さんに戻す…最中に俺と目が合い、声を上げた。

 

「そうだ!女将さん、俺達の料理分の食材は残っているんだよな!?」

「え?ええ、そりゃ勿論。旅館の冷蔵庫の中にございますよ」

「そして足りないのはそれを料理する人間!だがオレ達には世界最高の料理人がいる!!」

「あ、そっか!」

「おっちゃん冴えとるやん!」

「おお、たまにはいいこと言うやんけ!」

「そっか、龍斗にいちゃんが居たね!」

 

おい、無邪気に喜ぶな幼馴染みズ。いやまあ、作れと言われれば作りますけどそんな簡単に厨房を貸してくれるはずが……

 

「え!?あなた、緋勇龍斗なの!?オバサン大ファンなのよ!!え?あなたがうちの食材で作ってくれるの!?きゃー、いいわよ!あ、それからサイン貰えない!?家宝にするから!」

 

貸してくれるはずが……貸してくれるのね。

 

「は、はあ。旅館の女将さんが了承してくれるのなら作りましょう。それじゃあ、女将さん、調理場を教えていただけますか?皆は部屋に戻ってて」

 

俺は単身女将さんに連れられて調理場に案内された。使っていい食材と器を教えてもらい、調理を開始した。

 

 

――

 

 

「っと。こんなものかね」

「す、すごい手際ね。オバサン感心しちゃった」

 

女将さんは結局、最初から最後まで調理場に残っていた。まあ変なことをしないかの監視の意味合いもあったのだろうけど途中からただの観客になってたな。

 

「それじゃあ盛り付けて部屋に持っていかないと」

「じゃあ私もてつ「あのぉ…」…あら?」

 

その声に調理場の入り口を見ると女性陣が覗き込んでいた。

 

「どうしたの?三人とも」

「いや、やっぱり龍斗君だけに任せっきりは悪いなあって」

「ウチらも何かお手伝いできることあるんやないかなって聞きにきたんよ」

「まあウチはそろそろ龍斗なら調理を終えて、盛り付けをやるだけやろうからそのお手伝いにと思いまして」

 

おやま。紅葉はドンぴしゃだな。

 

「それじゃあお言葉に甘えて手伝ってもらおうかな」

 

家でも手伝ってもらう事の多い紅葉に盛り付けを頼み、残りの三人には出来上がったものを部屋に運んでもらうことにした。

 

「……ねえ、龍斗」

「んー?どした紅葉」

「別れ際に君恵さんの唇をじーって見てましたけど、なんでなん?」

 

配膳のため、今の調理場には俺と紅葉しかいない。そのタイミングで紅葉は口を開いた。

俺はその言葉に作業の手を止め、彼女を見るとその表情は眉を顰めていた。

 

「あー、あれはね。実は…」

 

俺は彼女の唇、ではなく歯を見ていたことそしてなぜその観察を行っていたのかを説明した。

 

「じゃ、じゃあ命様っていうのは……」

「うん。島袋家を見るにお金稼ぎの詐欺って感じじゃない……けどね。絶対いつか破綻するよ。……それにしても?紅葉は何を心配してたのかなー?」

「え?だって……君恵さん美人だし、熱心に見つめてるから…」

「もう。俺は紅葉の彼氏だよ?なんでそんなことを言うのかなあ?そんな悪い口は……」

 

 

――

 

 

「いやあ美味かったよ、龍斗君!ビールにも合うし最高だ!!」

「ほんま、美味しかったー!」

「うん、あんな短時間なのにお魚の煮付けも良く味が染みてて美味しかったわ」

「お刺身も良かったよ、龍斗にいちゃん!」

「お魚自体が美味しいものだったからね。まあお粗末さまでした」

 

食事も無事にすんだ。酔っぱらった小五郎さんがお風呂で溺れたりしないようにお世話を平ちゃんと新ちゃんに頼み、俺と女性陣は食器類の片づけをしてから風呂に入った。

 

翌日。俺達は寿美さんの通夜の席に居た。大阪組の二人がわざわざ学生服を持ってきていたのはちょっと引いた。いや、まあ学生の俺らの正装って言えば制服だけども。「備えあれば憂いなしや!」って…まあその後の「島民への聞き込みをするには丁度ええ」ってのには呆れてしまった。不謹慎だって小五郎さんに怒られていたけどね。

会場に入るとそこには酔っ払い…門脇さんと、卓郎さん、そして君恵さんが居た。

 

「あれ?毛利さんたちもいらしたんですか?」

「ええ、まあ…」

 

小五郎さんは先に来ていた門脇さんの動向について君恵さんに聞いていた。

 

――ゴロゴロゴロ…ピカッ!

 

「なんや今の?」

「なんか妙な影が…」

 

稲光が外を照らして障子に影を落とした。その影はヒト型のようで。新ちゃんと平ちゃんが障子をあけると外には…

 

「「「きゃーーーーーーーーー!!!」」」

 

蘭ちゃんと和葉ちゃんと紅葉の悲鳴が響き渡る。そこには網に絡まり息絶えている奈緒子さんの姿があった。

 

 

――

 

 

「誰か駐在さんとお医者さんを呼んで来てくれませんか?自分たちは島の外の人間でどこに行けばいいのかわかりません!それと全員この家から出ないようにお願いします!」

「わ、わかった。ワシがよんでくる!」

 

新ちゃんたち男性陣三人が奈緒子さんの遺体に行ってしまったので騒ぎに集まってきた通夜の参列者に俺がお願いした。

 

「ね、ねえ。奈緒子さんどうなの…?」

「せ、せや。気絶してるだけやろ?」

「た、龍斗?」

 

島の人間が廊下に占めてしまっているので部屋の中に入っていた三人からそう聞かれた。確かに今はもう人垣で見えないし、彼女たちは遠目に力なく、ぐったりとしてる彼女の姿しか見えてなかったな。

 

「いや…もう彼女の心音は途絶えていたよ……」

「そ、そんな…」

「どうして……」

「どうしてかはわからないよ。でも寿美さんの時と違ってこれはれっきとした殺人だ。ここはあの三人に任せよう」

「そ、そや!ここは平次に任せとけば何とかなるんよね?」

「そ、そうね。お父さんもいるし……でも、三人って?」

「え?ああ、コナン君も子供目線で大人じゃ気付けないことに気付くじゃない?だからあの三人ってね」

「な、なるほどね」

 

(ちょっと龍斗。迂闊ですよ?)

(いや、三人で奈緒子さんを調べてるのをさっき見たからうっかり)

(もう。こないなことで感づかれたら目も当てられまへん)

(うん、もっと用心しないとね)

 

そんな風に小声でやり取りをしていると現場検証が終わったのか俺達を呼ぶ声が聞こえた。

現場検証によると現場には魚のうろこが落ちていてそれが海に続いていたそうだ。それを聞いた三人は犯人は人魚!?と怯えていたが…まあそんなわけがなく。現場に小細工をしたのは間違いなく人間だとのことだ。

その後、福井県警がやっと到着したり通夜の参列者に小五郎さんがアリバイを聞いたりとしたが決め手となる証言は出てこなかった…いや、行方不明と思われていた沙織さんの目撃証言が複数出たのは収穫か。

…儒艮の矢の持ち主が次々と不審な死を重ねているせいか、和葉ちゃんの調子が思わしくないな。

 

「…か「和葉…」っ!!」

「オレのそばから離れんなや…」

 

…うん。俺の出る幕ではなかったな。

 

 

――

 

 

福井県警が到着したので彼らも捜査を開始した。どうやら奈緒子さんの矢が紛失していたそうなのでそれを持っていないか身体検査が行われた。持っていたのは和葉ちゃんと弁蔵さんだけだった。

その後、通夜の場で出される食事を俺達も頂くこととなった。

 

「…それで?今の所何かわかったの?二人とも」

「いや全然…ただ今言えるのは殺された寿美さん奈緒子さんそして行方不明になっている沙織さんが三人とも異常に儒艮の矢に執着していたってことだ。そして命様の不老不死の力を盲信してたってことだ…」

「せやな。オレは三人とも儒艮の矢絡みで殺されたり逃げまわっとると踏んでるんやけど…」

 

そう言葉を切り、一度飲み物を飲んで平ちゃんは続けた。

 

「こればっかしは誰が何番の札を持っとったかがわからんとどーしようもない…」

「あら?それならわかるわよ?」

「「「え?」」」

 

俺達が話していると隣に座っていた君恵さんが話に入ってきた。

 

「番号札の数を間違えないように毎年名簿に名前を書いてもらっているのよ。あんなことがあったから今年はまだ当選者をチェックしてないけど…なんなら今から見に来る?」

「勿論や!」

 

君恵さんが早速席を立ったので俺達も今からその名簿を見に行く事を紅葉達に伝えた……あーあー、小五郎さんはすっかり出来上がってしまってるな。

 

「ったく。しゃーないおっさんやのう。龍斗」

「はいはい、任された」

 

足元もおぼつかない様子だったので俺と平ちゃんとで手を貸して小五郎さんを運ぶことにした。玄関まで進み、靴を履いて神社に向かうことにした。

 

「もー、お父さんシッカリしてよぅ…」

 

ま、まあ吐かなければいいんだけどね…ん?君恵さんが禄郎さんに呼び止められている……うわーお。話の内容的に求婚かな?寿美さんが亡くなった現場の時といい、今といい、幼馴染みが亡くなっているのにどういう神経してるんだコイツ。

 

 

――

 

 

「へーー、五人とも大学まで一緒だったんですか?」

「ええ、だから寿美も奈緒子も沙織も禄郎君も、ずっと私と同級生ってわけ!皆映画が大好きで大学の映研に入って「比丘尼物語」なんて作ったこともあるのよ。それがコンクールで金賞を取っちゃったから皆で大騒ぎ!ハリウッドに繰り出すぞーってね!」

「へえ、すごいやん!でも幼馴染み言うたらウチらもおんなじや!」

「そうなの?」

「そうなんですよ!私と、ココにいない二人と龍斗君は保育園からずっと同じクラスの幼馴染みで」

「ウチと平次もちっさいときからずっと一緒の幼馴染みや!龍斗君とは親同士が幼馴染みで長期休みにはいっつも遊んでた仲やねん!」

「それでウチは幼馴染みとちゃいますけど、龍斗のお、おお、押しかけ女房や」

「お、押しかけ女房!?」

 

いや、ちゃんと母さんの許可貰ったし。そもそも提案したのは俺の方だから押しかけ女房じゃないでしょうに。俺は紅葉と出会った経緯、それと平ちゃんたちが俺つながりで蘭ちゃんたちと出会ったわけではないことを説明した。

 

「…はあぁあ。大人になれば奇縁に会うことがあるけれど。高校生でこんなフィクションみたいな縁を結んでいる人がいるなんてびっくりよ」

 

まあ、確かに一人を挟んでできていたコミュニティがその一人と全く関係ないところで交わるんだからそういう感想になるわな。紅葉となんか、ほぼ奇跡のような出会い方だし。そんな風に話していると神社が見えてきた。

 

 

――

 

 

「え?うそ…おかしーなー。確かにここにまとめて仕舞ったはずだけど…」

「ないんか名簿…」

「ええ…今年の分だけ…」

「あのバアさんが持ってったんとちゃうか?」

「そんなわけないわよ…」

「そこに置いてあったのを他に知ってるのは?」

「島の人ならみんな知ってるわよ。よく家に来て名簿の中にある年を取った有名人を見つけて冷やかしてたから…じゃあ私他の部屋を探してみるわね」

「あ、じゃあ私も手伝います!」

「ア、アタシも!」

「ほんならウチも!」

 

そう言って女性陣四人は部屋を出て行って、名簿の保管されていた箪笥のある部屋には男連中だけが残された。

 

「何やぞろぞろ金魚の糞みたいに…」

「さあ?トイレの場所でも聞きてえんじゃねえの?」

 

こ、この2人は。なんというかデリカシーのない。

気を取り直して名簿を見直してみた。平ちゃんが声に出して有名人の名前を列挙しているが、確かに俺が見ている名簿にも著名人の名前がずらりと並んでいた。中には既に他界している人の名前も。

 

―――キャーーーーー!!!

 

そんな風に名簿を見ていた俺達の耳に今日二回目の三人の悲鳴が聞こえた。

 

「どうした!?」

「なんや!どないした!?」

 

彼女達三人は俺達がいる部屋のほんの数mの所で外を見ていた。

 

「い、いたのよその庭に…」

「ちゃ、茶髪で眼鏡をかけてた人が」

「じーっと、ウチらを見ててん!」

 

その言葉に窓の方を見る俺達。え?

 

「それって沙織さんか?ってガラス戸割られとるやんか!」

 

そう、今更ながらに気付いたが名簿を保管している部屋の正面のガラス戸のガラスが割られていたのだ。

 

「わ、わかんないよ。すぐにいなくなっちゃったし」

「ねえ、君恵さんは?一緒じゃないの?」

「それが、立て直した倉の方を見てくるって一人裏口から…」

「危ないからウチらも一緒に行く言うたんですけど…」

「すぐに戻るから大丈夫やって…」

「その倉ってどこや!?」

「確か神社の裏って…」

 

そう言って指差した先は夜にもかかわらず煌々とした明かりで明るくなっていた。

 

 

――

 

 

倉を燃やした炎は一晩中燃え続け、倉を全焼させた。それは倉を立て直す原因となった三年前と同じように。そう、焼死体を一体生み出して。

炎は島の消防団によって消し止められていた。どうやら倉からでた焼死体は青い服を着て眼鏡をつけていたそうだ。

 

「それってまさか…」

「多分行方不明になっていた沙織さんの焼死体だ…」

「じゃ、じゃあ私たちが庭で見たあの人は…」

「ゆ、ゆ、幽霊ってこと!?」

「……っ!!」

 

…どういうことだ?なぜ彼女は倉の中で焼け死んだ?

 

「君恵~…どこじゃ君恵…」

 

ん?どういうことだ?弥琴さんが君恵さんを探すって…

 

「君恵さんまだ帰ってきてへんのか?」

「う、うん」

「おい、服部…のおにいちゃん。確か君恵さん、神社で初めて会ったとき歯医者に行ったって言ってたよな…」

「ア、アホ。なにいうてんねんおまえ…」

「とぼけんな。今お前の頭にもよぎっただろ?オレと同じ嫌な予感が…」

 

そう言って二人は君恵さんの荷物から歯医者の診療カードを見つけ、焼死体の歯型と歯科に残っていた治療痕を照合するようにと、小五郎さん経由で福井県警に打診した。

なるほど、ね。入れ替わりか。だけど…

 

 

―半日後―

 

 

照合の結果、治療痕と焼死体の歯型は一致したそうだ。慟哭を上げる禄郎さんに涙を浮かべる蘭ちゃんと和葉ちゃん。だが…

 

(どういう事なん?龍斗。君恵さんと、焼死体が一致するわけないじゃないですか!)

(ああ、多分入れ替わりの入れ替わり、ってことなんだろう)

(じゃ、じゃあ一連の犯人はあの人って事なんやろか。ならウチらの見たあの人影は変装してたあの人やったんやね…)

 

紅葉は聡い。この焼死体のからくりは俺の言葉で理解したのだろう。だけど…

 

(それは沙織さんの件だけだ。後の二人の方は証拠もないし、連続殺人ではなく単独殺人かも知れないし、仮に三人を殺していたとしても白を切られればどうしようもない)

 

そう、あの焼死体の件だけなら今告発すれば彼女を逮捕できるだろう。だけど、寿美さんと奈緒子さんの件は彼女の連続殺人だった場合、確たる証拠にはならない。最悪沙織さんにその二つは被せられる可能性がある…あとは二人の名探偵に任せるしかない…か。

 

(そ、そうやね。今の情報だけじゃあの二件の殺人の証拠にならへんもんな)

(ああ。この事は俺が機を見て伝えるから。黙っておいてな?)

(う、うん…)

 

まさか、島を盛り上げるためのものだと思っていたんだけどね。あの時点で気づいたことが事件に関わってくるなんて思いもしなかったよ。

 

 

――

 

 

「そうか、君恵が死んだか…」

「スマンなバアさん。オレ達が目を離した隙にやられてもうた…」

「また若い命が消えてゆく…この老いぼれはまだ生き恥をさらしているというのに。比丘尼の気持ちがよう分かる…すまんが少し一人にしてくれないかの?」

「あ、はい…」

「ねえ、おばーさんが誰かに頼んで移したって言う人魚の墓。誰に頼んだの?」

「聞いても無駄じゃよ。そ奴もワシを置いて逝ってしもうたからのう…」

 

弥琴さんに君恵さんの死を伝えた平ちゃんたちは現場検証をしている倉に向かう…途中で俺は二人を引き留めた。蘭ちゃんたちは紅葉が上手く離れるように誘導してくれた。

 

「二人とも…」

「なんや、龍斗?」

「どうした?」

「この三つの事件、同一犯か、個別の三つの殺人事件なのか俺には分からない」

「??そこは、オレ達探偵の仕事やで?」

「そうだぞ?龍斗?つってもまだ推理の途中だけどな」

「だけど、三つ目の事件。これだけは俺は確信を持って犯人が誰かを言える」

「何!?ほんまか、龍斗!?」

「うん。だけど、さっきも言った通り事件の関連性なんてさっぱりだから言うわけにもいかなくてね。だから二人に伝えて「いや…」っと?」

「一つでも答えを知ってちゃ、他の二つもそれに引っぱられちまうだろ?だからオレは聞かねえぜ。…ま、推理出来た後の答え合わせに聞くかもしれねーけどな?」

「オレもや。自分で解かな探偵やないしな」

 

不敵にうなずきあう二人…そうか、そう言う考え方もあるのか。なら言うわけにもいかないじゃないか。

 

「そっか。じゃあヒントだけ。「ノックスの十戒」だよ」

「ノックスの十戒?」

「推理小説の鉄則のやつやな」

 

今回は10番目の「双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない」が三番目の殺人に関わっている。これくらいのヒントなら推理の支障にならないよね?

 

「今は何のことかわからへんけど…」

「全てが解けた時、意味が分かるってことだな」

 

そう言って、焼けた倉の現場に向かっていった。

 

 

――

 

 

現場検証しても推理を決定づけるものは出てこなかった。そんな中、蘭ちゃんが神社で受けた電話で進展があった。なんでも、儒艮の矢を100万で売って貰った人からの電話でありその矢を売った人の容姿が門脇弁蔵さんの物だったのだ。ちなみにその売って貰った人というのが、札をキャンセルした三人のうちの二人にあたる老夫婦とのこと。ともかく、売った矢というのが沙織さんがなくしたものと当たりをつけ、名簿が紛失したこと、奈緒子さんの矢が無くなったことも合わせて弁蔵さんに疑いが出てきた。そこで、平ちゃんは通夜を行っていた網元の家に調査に走って行ってしまったので俺達は弁蔵さんの家に向かうことにした。

 

「な、なあ蘭ちゃん、紅葉ちゃん?」

「どないしました?」

「あ、あんな。アタシ平次のとこ行ってくる!」

「へ?あ、和葉ちゃん!?」

「大丈夫やー!アタシには儒艮の矢もあるしー!ほなまた後でー!」

 

俺達が止める間もなく、和葉ちゃんも走って平ちゃんの後を追って行ってしまった。…ったくもう。

 

「なあ、龍斗。和葉ちゃん大丈夫やろか?」

「大丈夫。平ちゃんと合流するまで()()するから」

 

儒艮の矢が狙いなら和葉ちゃんも危ないだろう。だけど、犯行は全て夜だったし彼女の周り50mには人もいない。そのまま進めば大丈夫だろう。

 

 

――

 

 

弁蔵さんの家に着いたが、弁蔵さんは不在だった。通りかかった禄郎さんが流石幼馴染みというべきかカギの隠し場所を知っていた。それを使い、部屋の中に入って彼女の部屋を物色した。アルバムの中には楽しそうにしている幼馴染みたちの写真がいっぱいあった…なのに、なぜ。禄郎さんが言うには映画の金賞には沙織さんの特撮と君恵さんの特殊メイクで撮ったようなものであると教えてくれた。…ん?

 

(新ちゃん、何探してるの?)

「あれがない」

「あれ?」

「なあ、龍斗。お前が言ってたノックスの十戒って「一人二役」のことか?」

「!!じゃあ、分かったんだね」

「ああ…」

 

 

 

沙織さんの家を出た俺達は再び神社へと戻っていた。そこで小五郎さんたちと別れ、新ちゃんは物陰で平ちゃんに電話した。俺はその後ろで彼の推理を聞いていた…そっか、事の発端は三年前なのか。そして金賞を取るほどの特殊メイクの腕が培われた歴史。

平ちゃんのたどり着いた結論と新ちゃんのたどり着いたものは違っていたが、俺の出した「ノックスの十戒」を活用していたのは新ちゃんの方だった…電話口から激高した平ちゃんの声が聞こえてくるが、

 

「服部…不可能なものを除外していって残ったものが…たとえどんなに信じられなくても…それが真相なんだ!!」

『なんやとぉ!?…弁蔵さんが見つかったらしい!オレも警察の人と捕まえに行くさかい、捕まえ次第そっちに行く!待っとけや!!』

 

その言葉とともに、乱暴に通話は切れた。

 

「俺だって、信じたくねえよ…なあ、龍斗」

「……なんだい?」

「幼馴染みってさ。こんなに脆いものなのかな…?」

 

そう問いかけた新ちゃんの目は、とても寂しい色をしていた。

 

 

――

 

 

神社の拝殿に島の関係者を集めるように手配した。眠りの小五郎の推理を披露するというと島民も殺人事件を早く解決してほしかったのだろう、人が人を呼んでどんどん集まってきた。

 

「オウ!探偵さん。望み通り連れてきてやったぜ?山の中を駆け回っていたこの男をよ…」

 

そういって福井県警の刑事が連れてきたのは弁蔵さんだ。

 

「さあ聞かせてもらおうか?巷で噂の眠りの小五郎の推理ショーをよ!」

 

そうせかす刑事さんに対して、新ちゃんは変声機で声を小五郎さんの声に変えて答えた。

 

「その前に大阪の少年はどうしました?あなたと行動を共にしていたはずですが?」

「ん?彼なら山ではぐれた後見てないが…」

 

え?

 

「え?」

 

俺と紅葉は全体が見渡せ、島民の表情が見えるように向かい合う位置になる部屋の角に座っていた。その為、小五郎さんの後ろにいる新ちゃんの姿も見える(他の人は小五郎さんの体で新ちゃんは見えない)。思わず、彼の方を見たが彼も動揺している。どういうことだ?

その後しばらくしても、平ちゃんは姿を現さない…探しに行くか。

 

(何故だ、なぜこの場に現れない、服部!…龍斗?!)

 

俺が立ったことに気付いた新ちゃんに頷きで返すと(頼んだ!)と小声で返してきた。

 

「紅葉、ちょっと平ちゃんたちを探してくる」

「分かりました。お気をつけて…」

 

早く推理ショーをはじめろ、帰るぞ?という刑事さん達を横目に部屋を出るために拝殿の入り口に向かうと丁度蘭ちゃんに連れられて弥琴さんが到着した。

 

「龍斗君?」

「ちょっと平ちゃんたちを探しにね」

 

すれ違いざまに出ていく理由を蘭ちゃんに告げて、弥琴さんの登場にざわついた拝殿内と推理ショーを始めた声を背にオレは靴を履き平ちゃんたちを探しに出た。

 

 

――

 

 

「あれは母さんの…私と二人きりで頑張ってた母さんのお墓なのに…」

「二人っきりやない…」

 

君恵さんの涙ながらの声を遮ったのはたった今神社についた平ちゃんだ。その姿はぼろぼろだ。

「この命様のカラクリを知っとった奴は他にもおったんとちゃうか?なあ、網元の家で君恵さんが死んだら祭りは今年限りやとぬかしよったそこのジイサンや…」

 

その言葉に、集まっていた年配の島民は次々と告白していった。曰く、島の若いもの以外は全員知っていた。君恵さんが頑張るなら黙って手助けしていこうという事になったのだと。そう告げて口々に謝罪の言葉を掛ける島民の人を前に彼女は言葉もないようだった。

 

「そんな、どうして…どうしてもっと早く……」

「君恵さん、人っちゅうのはな…」

 

そこで一度俺を見た平ちゃん。

 

「人っちゅうもんはな、たった一人じゃ生きていけへんのや。さっき二人で頑張った言うとったがこんだけの人間が見えないところで手を貸しとったんや。勿論、目に見えて手を貸してくれることと比べたら気づきにくいかもしれへん。でもあんたは気付けたはずなんや。そしてもっと早く、目ぇ覚ますべきやった。不老不死なんちゅう悪い夢から…」

「命には限りがあるから大事なんや。限りがあるから頑張れるんやで…」

 

その言葉がこの事件の締めくくりとなった。

 

 

――

 

 

「昨夜の君恵さんの姿を見て分かったわ…電話口で明瞭な返事がなかった時に聞こえていたもの、ありゃあ君恵さんが泣いとったんやな」

「きっと倉の中で沙織さんの遺体を前に泣いてたんだよ…にしてもよくもまあ、無事だったなオマエ?」

「ああ、崖の半分くらいまでは和葉を背負って登ったんやけどな?残りの半分がネズミ返しみたいになっとって崖に張り付いて立ち往生しとっててん。こらもう、根性決めるしかない!って思た時に龍斗が来てな?」

「…ネズミ返しの崖の部分を削り飛ばして顔をのぞかせて手を伸ばしたと」

「あん時はオレもあんな状況なのに目が点になったわ。まあ、龍斗の必死な顔直視したら何とも言えなくなったけどな」

 

いや、だってねえ?彼らの匂いを辿ってみたら絶賛命綱なしロッククライミング中なんだもの。担いで登ろうにもネズミ返し部分は薄くて三人分を支えきれ無さそうだし、それならそこを削り取れば真っ直ぐ手を伸ばせるし。ということでざくっと切って手を伸ばした次第で。

そんな風に回顧しているとどうやら平ちゃんと小五郎さんの知り合いがいたらしく、(なんと新ちゃんが元に戻った時に遭遇した事件の関係者)その人が「工藤新一様へ」というややこしい手紙の原因だったそうだ…なんだそりゃ。

彼ら曰く、あの島は海鮮料理も有名らしい。なるほど、確かに通夜の時に出た海鮮料理は美味しかったな。なら、あの島もこれから大丈夫だろう。

 

「ねえ?傷見せて!」

「へ?」

「和葉ちゃんがつけたラブラブな傷跡よ♡」

「ちょ、ちょっと蘭ちゃん…!」

「ウチも見せてほしいなぁ。和葉ちゃんの想いの傷!」

「紅葉ちゃんまで!」

 

蘭ちゃんはにやにやしながら、紅葉は興味深そうに傷を見たがってきた。

 

「あれか…朝起きたらな。龍斗の治療が良かったのかかさぶたが取れてきれーさっぱり治ってしもてたわ」

「ええ!?」

「…ホンマやね」

「もう龍斗君のせいや。いや、もっと深う付けとけばよかった」

「なんやと、コラ!」

「でも傷治って安心したわ!アレのせいで死ぬトコやったて言われんですむし…」

 

そう和葉ちゃんは言うと三人は船尾に笑いながら向かっていった…見せたのは左手。傷があるのは右手だよ?和葉ちゃん…

勿論気づいている新ちゃんと俺はじと目を平ちゃんに向けていた。

 

「な、なんやねん。2人してその目は」

 

 

 

 

「「この(平ちゃんの)、かっこつけ…」」

 

俺と新ちゃんの揃った声が、静かな水面の海へと消えて行った。

 




なんとか書き上げられました。
いつも体臭で気づいていたので今回は料理人らしく(?)歯並びに着目してみました。
紅葉との初めての○○(料理、デート、きs…)はいつか挿話として書きます。書けるかなあ…ハードル高いっす…

崖のシーンも書いていたのですがバッサリ切りました。

平次の啖呵が最も難しかったです。ただ、原作を読んでいて「このセリフ、拡張できるのではないか?」ということでこの様になりました。

あ、から紅の小説を読んで疑問に思ったのですが腕時計型麻酔銃ってワイヤーのギミックなんてありましたっけ?あと、映画はサッカーボール二回(ビルの窓ぶち破ると滝の進路変更)使ってるけど自分で補充できるのなら球切れの心配なんてしなくて済むような。制作陣のミス?


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第四十二話 -網にかかった謎-

全てのサブタイトルに、どの話を題材にしているか分かるように書いてみました。
このお話は原作第31巻が元になっています。

今週号のサンデーは爆弾を投下されましたね。でも結局何も進展していないと言う…Time is money.(たいむいずまねー)→??が、伏線なのかひっかけなのか。

前話の感想返しはこれからやっていこうと思います。中々忙しくて…

あ、今回は時系列がかなり滅茶苦茶ですが、ご勘弁ください。やっぱり巻数ごとに話を進めるとこうなってしまいます…


「んー、美味いなこのハーブティー。それにすっげえいい香りだ」

「ほんまやなあ。これ、新しいブレンドなん?」

「そうそう。世界大会も近いし、色々試してるんだよ」

「あー、そういやそろそろだっけ。確か帝丹小の冬休み明け前々日だからゆっくり応援できるぜ」

「ウチは当日ガッコ休んで会場で応援です。なんや、ウチも緊張してしまうなあ」

「ははは、今から緊張してたら身が持たないよ?」

「…なーんで、本人が一番リラックスしてるんだ?」

「そりゃ、二度目だしねえ。まあ今回はまた面倒な方式でそっちの方は厄介かなー」

「今回の方式?」

 

美國島の一件があって数日、新ちゃんが家に遊びに来たので俺の部屋に案内して紅葉と一緒にまったりしている最中だ。

 

「今回は、前回とはまた変わって審査員は10人の採点方式。なんだけど、それにプラスして観客の人の評価も点数に入るらしくてね。どれだけの人数の観客が担当するのかはわからないけど実際に食べてみたい料理を投票するんだって。だから、実食する審査員と違って五感に訴える工夫がより必要になってくるらしいよ」

「……ああ。それで最近の龍斗のお料理、盛り付けがコースみたいな見栄えのええものになったり、調理中の香りが強くなったんやね。ご近所さんから苦情入ってましたよ?ご飯時に流れてくる美味しそうな匂いを何とかしてくれって。遠くは丁目違いの所から」

 

そう言って半眼で睨んでくる紅葉。ああ、俺が対応しただけでなく他にも苦情が来てたのか。まあ…

 

「ごめんごめん。先に言っておけばよかったね。でも、丁目が違う所まで香りが届いているのなら会場がそれより大きいってことは無いから会場中に届けられるってことだな」

「……なあ、紅葉さん。確かに近所を通った時に「あ、このお宅は今日カレーだな」ってのはオレにも経験あるけどさ。料理の事はからっきしだからわかんねーんだけどよ、調理中の香りってそんな遠くに届くもんなのか…?」

「ウチも家庭料理くらいをちょこっとかじっただやけど、まあありえへんことやな。しかも聞くに、香りが漂ってくるのはある時間帯だけであとはぴたーって止まるらしいんや」

「……なんだそれ?普通、匂いってものはどんどん薄まっていくもんじゃねーのか?」

「いや、そんな怪しむような目で見ないでも。単純に、そういう風に計算してるってだけさ。実食の時まで漂わせるようなものじゃないし」

 

まあ、言ってることがおかしい事は二人が唖然としてるのを見ないでもわかる。でもね?料理歴1000年以上は伊達じゃないんですよ?それくらい出来なきゃ、トリコ世界の宇宙では生きていけません。

 

「はあ。まあ龍斗だからな」

「せやね、龍斗やからな。それで?その非常識なこと、予選でもやったんですか?」

「いやあ、そこまでおかしい事はしてない…よ?……あ」

 

今回は母さんの枠による推薦参加ではなかったのでちゃんと予選を通った。まあ、そっちのがだるかったな。実食があれば負ける気はしないが一次審査はレシピと写真だものな。

だから、気合を入れて作って…でも何となく不安で、調理過程を動画に撮ったものを同封して送ったんだ。

 

「「あ」ってなんだ「あ」って!」

「いやあ、ほら?髪の毛ほどの細さの千切りとか、細胞の破壊をぎりぎりまで抑えた下処理とか、細胞を活性化する下処理とかまあ美味しく食材を頂けるような工夫をばしただけなんだけどね…」

「んなこと、フツーの料理人に出来るわけねーだろ…」

 

はい、おっしゃる通り。分かりやすく目で見える千切りはその速さも相まって、他の参加者が制限時間内にも関わらず見に来てたし。

 

「まあそんなわけで、無事本大会にこぎ付けたのさ」

「ちょくちょく学校を休んでたのはそれやったんですね」

「そういうこと。本番まで黙っておこうと思ったんだけどね。ほら?前回飛び入りで本戦までの仕組みなんて知らなくてさ。それが恥ずかしくて」

「もう。龍斗は変な所で抜けてるんですから。それで?ウチも大会の詳細を聞いたのは今が初めてやけど勝てそうなん?」

「多分、かな。前回と同じだと勝てるとは言い切れないかも」

「前回?」

「まあ、取り越し苦労になるかもだしその時はその時さ」

「??」

「…それにしても。俺が紅葉と話してたからかもだけど新ちゃんは黙って何見てるの?」

 

俺と紅葉が話している間、新ちゃんはTVのニュースに釘付けだった。なになに?「地獄の傀儡師、またも脱走!」って…なにやら、凶悪犯が脱獄したことを伝えていた。しかも、二度目。…んん?なんだ?デジャヴュが。俺はコイツを知っている?「高遠遙一」か……誰だっけ…

 

「ん?ああ、なんか凶悪な奴が脱獄したらしくてな。もし遭遇するようならとッ捕まえてやるって思ってな」

「もう、新一君物騒ですよ?そういうのは遭遇しないことが一番なんやから」

「いやまあ、紅葉さんはそうなんだろうけどオレは探偵だし」

「探偵でもやっぱりそういうのに会っていると聞くと心配になるもんです。ねえ?龍斗」

「へ?ああ、そうだね」

 

紅葉に話を振られて、俺は思考を中断して彼らとのひと時に興じていきいつの間にか「地獄の傀儡師」という言葉は俺の裡から消えて行った。そう、()と遭遇するその時まで……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「龍斗ぉ~日焼け止め塗って下さいな♪」

「お任せください、お嬢様」

「やー、龍斗にお嬢様って呼ばれるとなんやこそばゆいわあ」

「ねえ、蘭…」

「そうね、園子……ね、ねえ。龍斗君、紅葉ちゃん。私たち海で遊んでくるから!」

「ん?ああ、じゃあ俺達も終わったらそっちに行くよ」

「あ、おかまいなく。それじゃあ…」

「「ごゆっくり~」」

 

2人はビーチボールを持って海に繰り出していった。

今日は五人で伊豆の海水浴場に泊まりで来ている。親的には別に俺達四人でも良かったのだが(むしろ虫除け&護衛として歓迎されたが)、よく考えれば女性3の男性1だと龍斗君の体裁が悪いのでは?との声がぽろっとでたので今回は伊織さんが同行を申し出てくれた。はあ。遊ぶ時くらい、世間の目を気にせず思いっきりできないものかね…いやその伝手はあるんだけど今回は普通の海水浴場だったし仕方ないか。

伊織さんは海に出ず、ホテルでゆっくりしているそうだ……ホテルに戻った時、何人に逆ナンされたか聞いてみよっと。

 

「(蘭ちゃんたち、気を遣ってくれたんやね…)た、龍斗?手がおろそかになってますよ?」

 

「え?あ、ごめんごめん……それにしても、紅葉。こうやって触ってみると分かるけど少し肩こりとか筋肉のこわばりがひどいんじゃないか?」

「…んっ……それは…最近堅苦しいパーティに…参加したり……模試の勉強とか…本家のお稽古が重なったり……また…おおき…く…あ……っ!」

「…そんななまめかしい声上げないでくれ。最近そう言えば忙しそうにしてたものな。そう言う事なら、オイル塗るついでにマッサージしてあげようか?」

「お、お願いします」

 

オイルを背中に塗っていると分かるが、全身の筋肉が疲労してるな。なのに、肌艶はシミひとつなくすべすべで太ももは柔らかく背中越しに見える大きな…っていかんいかん。

 

「じゃあほら、タオルを顔の下に敷いて。我慢できないだろうからタオルで声を押し殺してね。知り合い(グルメ整体師・マリー)直伝のマッサージだから…()()よ?」

「うう……知り合いって()()()の人やろ?…お手柔らかにな?……それと……」

「ん?」

「え、えっちなのはダメやからな?」

 

この後、めちゃくちゃマッサージをした。

 

 

――

 

 

気絶した紅葉を放置するわけにはいかず(ちゃんと塗りむらがないように日焼け止めを全身に塗った)、ビーチパラソルの中でまったりしていると蘭ちゃんが哀ちゃんを抱えて戻ってきた。

 

「蘭ちゃんと哀ちゃん?どうしたの?」

「龍斗君、哀ちゃんの様子が…!」

 

その言葉に俺は座っていたビーチチェアを哀ちゃんに譲り彼女の様子を見た。

 

「んー……こりゃ、熱中症だな。蘭ちゃん、海の家に行って事情を説明して氷を貰ってきて」

「分かった!」

 

タオルに砂を落とすようにペットボトルに入れて持ってきていた水道水をかけながら蘭ちゃんに答えると蘭ちゃんはそのまま海の家に走っていき、その入れ違いに新ちゃんと博士がこっちに向かってやってきた。あー、ってことは博士が保護者で子供たちを海に連れてきて俺らとバッティングした感じか。

 

「おーい、龍斗。蘭が灰原を抱きかかえて走って行ったんだけど何があった?」

「龍斗君、哀君の様子は?」

 

俺は彼女の状態を二人に話した。そして…

 

「……なるほどね。海で蘭ちゃんと新ちゃんが出会って、そのまま一緒に遊んでいたと。それで蘭ちゃんが砂浜に座っている哀ちゃんの様子がおかしいことに気付いて連れてきたと。俺の所に連れてきたのは博士のいる場所が分からなかったからかな?」

「多分な。龍斗はガキん時からオレ等の怪我とか体調とかに気を配ってくれてたから、蘭もオメーに任せとけば大丈夫だと思ったんだろうよ」

「おーい!!」

 

海の家に行って氷を貰ってきた蘭ちゃんが戻ってきた。氷を置いて蘭ちゃんは海に戻って行ってしまったが…哀ちゃんよ博士や新ちゃんに「イルカから逃げている、鮫じゃ敵わない」なんて言っても分からないと思うぞ。

 

「……哀ちゃん、あの二人にはああいう婉曲というか詩的な表現じゃあ言わんとしてることは伝わらないと思うよ?」

「あなたには…わかるのね」

「なんとなくね。間違っても鮫はイルカより強いなんて言わないさ。タオル変えるよ」

「……っ!冷たい。でも気持ちがいいわ。それにしても隣で寝ているあなたの彼女。何があったの?肌が上気してて、ものすごい色気があるんだけど……あなた、まさか…」

「あ、ははは。いかがわしい事はしてないよ?ただ、疲労解消のマッサージで可愛がり(張り切り)すぎて失神というか気絶というか、ね」

「……そう。それでその場から離れられないって事ね」

「まあ、いいさ。潮騒をきいているだけでも休まるし。それに…」

「それに?」

「海に入ると…ね?獲物を探したくなるというか、漁になってしまうと言うか…」

「……ああ、工藤君とは別の方向であなたもバカだったわね」

 

そんなこんなで途中で目を覚ました紅葉と3人で俺達はまったりとした時間を楽しんだ。途中、どこからかボートを持ち出した子供たちが監視員に怒られたりその監視員と海水客が問答を起こしていたりとしていたが…まあ平和な時間だった。

でも、園子ちゃん。この賑わいの海でビニール製のボートの持ち出しは感心しないぞ?あとで、お説教だな。

 

 

――

 

 

夜になり、俺達は予約を入れていた中華レストラン「東風」に訪れていた。そこでは案の定子供たちもいてそこに合流する形で夕飯を食べることになった。

俺達が入店してすぐ、昼間の監視員…まあ漁師の方だったが来店してきて園子ちゃんの失言から事情を教えてもらった。争ってた相手は、元々荒巻って言う人はこの辺りの漁師ではなく余所から流れてきて底引き網で根こそぎ漁をしているそうだ…あれ?

 

「でもそれって確か農林水産大臣の許可がいるんじゃありませんか?と、いうか余所から来たのなら多分足取りをたどれば余罪がボロボロ出てきてそれで潰せそうな…」

「お、おうニイチャン詳しいじゃねえか?それにあんまそんな顔すんじゃねえよ、ガキ連中とかひいてんぞ」

 

え?ああ、確かに子供たちが怖がってる……ふぅー、冷静に冷静に。でもダメだな、再生屋もかじっていたせいでそう言う事をする輩を見聞きすると感情が昂ぶっていかんな。

 

「ごめんね、みんな」

「い、いえ…」

「怒った時のかーちゃんより数倍こええ顔してたぞ…」

「びっくりしたー。龍斗おにいさんっていっつも優しそうにしてるからそんなに怒るなんて……」

「俺だって怒ることはあるよ?俺は料理人だから、食材になる物を、その環境を大切にしない奴らを…しない人たちは許せないのさ」

「ま、まあ。龍斗クンも落ち着いたみたいだし!その許可ってのを盾にすれば取り締まったりできるんじゃないの?」

「それが無理なんだよ…」

 

新しく来た地元の漁師の人によるとここら辺りじゃ法律は有名無実になっていて取り放題になっているそうだ……おいおい、もしかして漁師皆知り合いだからそこら辺の手続きをやってなかったな…ってことは荒巻ってやつは初犯じゃないなこれ。そういう、「法律」を盾にできない小さな漁場を渡り歩いているクズ野郎か。

 

「それなら、今この漁場で起きている事ではなくそのクズ…荒巻って男の足取りを辿って証拠を集めればいいと思いますよ。やり口からして慣れている感じがします。絶対今回が初めてではありませんよ。この辺りの被害だとそちらも両成敗で引っかかると言うのなら奴の過去の罪を片っ端から積み上げればいいです」

「お、おう。なんかにいちゃん熱入ってきたな」

 

その後、なぜか意気投合してしまった園子ちゃんと熱が入った俺は漁師の方々と一緒に卓を囲んだ。2時間ほど経った後、その荒巻という人物は現れず所在が電話から聞こえた音から波打ち際を散策すると言う漁師の人たちと別れ俺達も部屋に戻ることにした…あ。

 

「ごめん、みんな」

「なーに?」

「どうしたん?」

「んー?どうしたの?」

「ちょっと哀ちゃんの様子を見に行きたくてね。それに食欲ないって言っても少しは食べないとと思ってくすねてた料理も持って行きたいし」

「くすねたって…いつの間に」

「あ、ほんならウチも一緒に行きます。なんや、今日はずっと一緒におったし」

「じゃあ、私達は部屋に戻ってるわね」

 

さーて、行きますかね。

 

 

――

 

 

「……哀ちゃん。小学一年生だからって下がパン一の姿で部屋の扉を開けちゃダメでしょう?」

「……仕方ないじゃないの。この背丈じゃのぞき窓に届かないし、吉田さんだと思ったのよ」

「突然来たのはウチらなんやし、しゃーないやんか。龍斗」

「あー、うん。そだな。それにしても…」

 

俺はベッドの上にあるポテチに目をやった。そして哀ちゃんの方をよく見てみた…うん。

 

「紅葉。やっぱりこれもってきてよかったよ」

「??そういえば、貴方たち何しに来たのよ?」

「ああ、夕飯の差し入れ。食欲がないなんて嘘でしょう?」

 

ベッドの上に転がるポテチを指さしながら言うとばつの悪そうな顔をして首肯した。

 

「……うかつだったわ。他の人ならいざ知らず、貴方に知られたとなると…」

「その通り!子供のなりになったんだから三食しっかり取らないとね。ああ、大丈夫。元はここの中華のお料理だけどこの時間に食べやすいようにさっぱりさせたから」

「調理器具でも持ち歩いているのかしら?でも、貴方たちは私が食べるまで出ていきそうにないし頂くわ」

 

そう言って、彼女は俺の持ってきた差し入れを食べ始めた。うん、勢いからやっぱりお腹は空いていたようだ。雑談しながら部屋の中で待っていたが中々子供たちが戻ってこないので耳を使って調べてみて……脱力した。なーんで殺人事件に遭遇しているのかね?その事を話すと哀ちゃんが蝶ネクタイ型変声機が部屋に置かれていることに気付き、持っていきたいと言う。仕方がないので3人一緒に現場に行き、新ちゃんは殺人事件を無事解決した。心境の変化があったのか、哀ちゃんと蘭ちゃんの関係も進展があって事件以外はいい旅行だったな……それにしても。

 

 

 

 

 

 

「新ちゃん」

「な、なんだ龍斗?」

「なーんで、君は小学一年生を平然と殺人現場なんかに連れているのかな?」

「へ!?あ、いや。それはアイツらが勝手に…っ!!」

「問答無用、お仕置きだ」

「え、あ、いや、、、なんでこうなったーーーーー!?」

 

 

 

 




前話(第四十一話)、人魚→冬休み
今話(第四十二話)、網にかかった謎→伊豆の海、夏。
第二十四話→天皇杯、1/1
二元ミステリー(第??話)→小学校の冬休み明け前日=一月上旬?(世界大会は二元ミステリー前日に)
もう、めちゃくちゃです。はい。

まあ、14-15巻のスキーロッジ殺人事件(小学校の先生がかつらで首を絞めた事件12/21,22)からの16巻のキッド初登場(コナンとキッドの屋上での初邂逅が衛星の話から4/1と分かっている)なんてことがあってるので今更ですが、同じ話で季節が飛んだので前書きに書きました。



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第??話 -彼のいないところで-

このお話は原作第42巻が元になっています。
少々未来のお話で、龍斗のいないところでのお話になります。
本当はクリスマスに上げようと思っていたのですが三人称に思いのほか手こずってしまい、元旦に上げようと思っていました…が、今書いている正規時間ルートの方が間に合いそうにないのでこっちを上げます。

このお話は全編三人称視点で進みます。短いですが、どうぞ!



――ごめんね、新ちゃん。あの約束を…――

 

 

 

そこはコンテナが保管されている、どこかの港のようだった。岸壁には二台の車が止まっており、その一つの車のドアには左腹部から出血している眼鏡をかけた女性と気絶した幼い男の子が寄りかかっていた。その車の横、雪が降ってきそうな寒空の下二人の女性が対峙していた。一人は男ものの装いをした、金髪を腰まで伸ばした20代の女性。もう一人は赤みがかった茶髪の、左のレンズに幾何学模様が浮かんだ眼鏡をかけた小学校低学年とみられる女の子。

 

「Good night,baby…And welcome…Sherry!!」

 

金髪の女性は、シェリーと呼んだ女の子に右足に括り付けていた小型の拳銃を突きつけた。少女の目は拳銃を突きつけられているというのにおびえた様子はなく、むしろキッと女性を睨み返していた。

 

「バカな女…このボウヤのカワイイ計画を台無しにするなんて。ここに来れば殺されるなんて分かるようなものでしょう?」

 

その言葉にシェリーはかけていた眼鏡を外し、覚悟を決めた表情をした。

 

「私はただ死にに来たわけじゃないわ。全てを終わらせに来たのよ…例え、この場で貴女が捕まっても私が生きている限り、貴女達の追跡は途絶えそうにないから。でも、貴女以外にただ殺されたのなら私によくしてくれた周りの人たちも巻き込まれてしまう。だから…私は貴女に会いに来た。私はココで大人しく殺されるわ。そのかわり約束してくれる?私以外誰にも手をかけないって…」

 

そう言ったシェリーは不安そうな顔をした。金髪の女性が組織で重要なポストにあることを知っていた。それはつまり、彼女が約束を守れば死ぬのは一人だけ。だが組織で地位が高いという事はそれだけ非道、冷徹な面を持っているという事と同義だ。故に彼女は自分の命をベットした。恩人たちの命を守るために。

 

「…ふーん。いいわ。このFBIの女以外は助けてあげるわ。貴女を保護したあの博士って人もね。じゃあ私も殺す前に一つ。貴女、ピスコがへまをした時にジンに会っているわよね?その後、群馬の鉄道橋から身を投げた。あの場には組織の追手が貴女を尾行していたわ。そのことに貴女は気付いたからこそ飛び降りたのでしょうけど…一体どうやって生き残ったのかしら?追跡員の眼鏡につけていたカメラの映像では確かに貴女はあの川に落ちていたわ。ただの研究員だった貴女が生き残れるはずないわ」

「…そうね。私がココで命を散らさないといけないのは、私のために無駄に危険に突っ込んでしまうお人好しが近くにいるからよ。あの人は…そう太陽のような人。そこにいるだけで周りの人を照らし温かな気持ちにしてくれる。だけど闇に潜む者にはその光は焦がれてもその光は強すぎて目を焼いてしまう。彼はなんてことないように私を助けてくれるわ。だけど彼は表でこそ輝く人。彼は昨日、遠い異国の地で夢を叶えていたわ…ベルモット。貴女の質問の答えはこれ。あの人が私に変装して身代わりになっ「パン!」た…!!」

 

シェリーがすべてを語る前に女性…ベルモットは銃弾を放っていた。その銃弾は空気を切り裂きシェリーの左頬をかすめるようにして進んでいった。左頬を気にする間もなく、シェリーは見た。見入ってしまった。対峙するにも恐ろしい冷え切った眼をしていたベルモットの目に幾つもの感情が浮かんでいるのを。憤怒、殺意、嫌悪、軽蔑、憎悪、そして嫉妬、憧憬。あらゆる感情がないまぜになって、それはとても人間的な表情だった。

 

「…そう!……そう、なのね。確かに貴女の近くには彼がいたわね。そう、彼ならそうするわね……シェリー、私は、貴女を、殺す。恨むのならあの愚かな研究を引き継いだ貴女の両親を……そして彼を惑わす魔女となった自分自身の存在を…!!」

 

彼女の中でシェリーはただの抹殺から、憎悪し存在を許せないモノになった。そうして彼女が引き金を引こうとした瞬間、車のトランクが開き黒髪の女性が飛び出してきた。その女性は高校生くらいでしなやかに身を躍らせ、車の上を走った。

コンテナの上には狙撃銃を構えた男がおり、飛び出してきた女を狙撃した。俊敏な黒髪の女性の動きに照準が合わないのか、銃弾は彼女にあたることなかった。

黒髪の女性はシェリーに飛びつき、彼女を冷たいアスファルトの上に押し倒し、その上から覆いかぶさった。まるで子供を守る母親のように。

 

「待ってって言っているでしょう!?カルバドス!」

 

黒髪の女性の姿を目にしたベルモットは狼狽した。なぜ?どうして彼女がココに?だがこのまま仲間のカルバドスに撃たせ続ければ確実に彼女が殺されることに気付き、コンテナの上に配置していた仲間のカルバドスを自らの拳銃で牽制した。

 

「ふう…」

 

そしてベルモットは一息つき、動揺した精神を落ち着かせようとした。彼女は自分では気付いていなかった。拳銃を持つ右手が震えている事に。

 

「さあ、どきなさい!その茶髪の子から…死にたくなければ早く!」

 

それはどこか懇願するような声。シェリーはその声を聞き、自らを身代りにしようとする女性の下から這い出ようとした。だが、出来なかった。

 

「ダメ、動いちゃ!警察を呼んだから!!もう少しの辛抱だから!お願いだから動かないで!」

 

動かない彼女にベルモットはわざと外した銃弾を浴びせた。周りのアスファルトがそのたびに散り、小さな悲鳴を重ねる。だが決して動こうとしなかった。やがて弾が切れ、新しいマガジンを入れる。だが、長年拳銃を扱ってきた彼女には似つかわしくないもたつきようで二度、三度トライしてやっとハメ込むことができた。

 

銃弾にさらされ、今無防備に曝している背中を撃たれれば彼女は簡単に命を落とすだろう。それは普通の女子高生には耐えられない恐怖だ。現に彼女の体は小刻みに震えていた。だが、シェリーがもがいてもその体はびくともしないほど力強く抑えられていた。シェリーはその姿に今は亡き姉の姿を重ねた。自分の身を挺してまで守ろうとしてくれた唯一の存在を。だが死神の足音は確実に近づいてくる。リロードを終えたベルモットがこちらに歩き始めたのだ。

 

「Move it,Angel!!!」

 

――ドン!――

 

「ぐっ…」

 

撃たれたのは、シェリーではなかった。眼鏡をかけた女性が車からコンテナにいつの間にか移動し、ベルモットを撃ったのだ。その銃弾は彼女の右肩をえぐり、未だ背を向けているベルモットからすれば生殺与奪を完全に握られてしまっていた。

 

「ラ、ライフルの死角はとったわ。そしてあなたが振り向いて私を撃つより私が貴女を打ち殺す方が早い…さあ!銃を捨てなさい!!さもないと…「ジャコ!」…ッ!!?」

 

完全に有利に立った思われた眼鏡の女性は聞いた。自分が背を預けているコンテナの横の道からショットガンのポンプ音が聞こえてきた。そしてこちらへ歩いて来る足音も。

 

「(コンテナを降りたの!?…やばい!)」

「オーケー、カルバドス!挟み撃ちよ。さあ貴方愛用のそのレミントンでFBIの子猫ちゃんを吹っ飛ばして「ほう…」…え?」

「あの男はカルバドスというのか。ライフルにショットガン、拳銃3丁。どこかの武器商人かと思ったぞ…」

 

現れた男はニット帽に鷹のように鋭い目をした男だった。

 

 

――

 

 

「っぐ…!!」

 

現れたニット帽…赤井秀一は拳銃をこちらに向けたベルモットに対し容赦なく自身が持っていたショットガンを発射した。細身の女性であるベルモットがまともに喰らえば胴体は今頃ザクロのようにはじけていただろう。だが……

 

「ダメよ、シュウ!殺しちゃ…」

「安心しろ。アイツの動きから防弾チョッキを重ねて着ているのは瞭然。まあ、この距離でバックショットをまともに受けたんだ。肋骨の2,3本は折れているだろう」

 

そう言いながら、赤井はベルモットの方へ歩いていき眼鏡の女性とベルモットの対角線上に入った。眼鏡の女性をかばいたてられる位置に。

 

「それよりも見ろ。9粒弾の散弾で割けた奴の顔を。出血があるという事はあれが奴の変装なしの素顔ってわけだ…おいおい。最後のあがきか?いくら防弾チョッキを着ていても二度目は耐えられまい…」

 

ベルモットはこの場で逆転の目がないことに気付いていた。自分に残されているのが逃走しかないことも。だが、動揺し、照準が合わないことからシェリーに近づいたことから車から離れてしまったこと、赤井が眼鏡の女性をかばい立つ立ち位置、つまりこちらに近づいたこと、そして車に乗るにはさらに距離を詰めなければいけないこと。それは…散弾を威力があがった状態でもう一度受けないといけない危険性をはらんでいた。そしてさらに不幸が重なり、赤井がベルモットを撃つ際に留意しなければならない点…意識のない子供たちが射線上にいなかった。つまり赤井が発砲をためらう理由がなかった。

 

「(ああ……Angelが()()()についた時点で私は摘んでいたのね……最期にもう一度…)」

 

捕まれば、自分は二度と生きて外は歩けないだろう。それだけの事を積み重ねて来た自覚はある。刹那、彼女の脳裏に浮かんだのは幼い男の子が自分に笑いかけている所だった。自分は確かにあの場所で彼に救われていた。彼の成長を遠くで聞くだけで笑顔になり、そんな自分がいる事に驚いたりしたものだ。保険医に成り代わり、彼やAngelを近くで感じデートまで出来たのはここ数年で一番素晴らしい夢のような時間だった。だがこれでもう終わり。小さなうめき声が聞こえた気がするが、それも自分の物か、それすらも分からない。

 

「タツト…」

 

―ダァアアアァン!!-

 

港にショットガンの無情な発射音が響き渡った……

 

 




六月から投稿を初め、早半年。思った以上の反響を頂きとても嬉しかったです。

12月に入り、毎週更新が滞ってしまってしまいましたが失踪は絶対しません。それでは皆様、よいお年を!


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番外編2 金田一少年の事件簿:天草財宝伝説殺人事件

明けましておめでとうございます!2018年も拙作、「名探偵と料理人」をどうぞよろしくお願いします!!

こちらのお話は番外編第二弾です。
二回連続で本編が進みまなくて申し訳ありません。本編も書いているのですがこちらが先に出来たのでこちらを投稿します。

もう一人の死神との邂逅です。


「おはよう、父さん母さん。そして、改めて明けましておめでとう」

「おはよう、たっくん。明けましておめでとう!」

「おはよう龍斗。明けましておめでとう」

 

新しい年を迎えた。今日ばっかりはいつも飛び回っている両親も帰ってきていた。逆に紅葉達は京都の方へと帰っていていない。年越しそばを食べてから日付が変わるまで起きていたのですでに新年のあいさつをしていたがまあ、こういうのは言っても問題ないだろう。

ちなみに夏さんは一昨日から旅行に出ていた。一緒に新年を迎えましょうと言ったのだが「家族水入らずで過ごしてください」と、気を遣わせてしまったようだ。

 

「それじゃあお節を食べようか」

「その後は初詣に行くわよ~」

 

そう言って父さんが食卓に持ってきたのは立派なお重に入ったお節料理。俺も手伝うと言ったのだが今回は遠慮してと言われたので渋々不参加だ……うん美味しい。

 

「そういえば龍斗。もう大会まで十日を切ったがどうだい?調整の方は」

「ん?そっちの方は全然大丈夫。4年前みたいにいきなり大会に出るってわけでもないし。次郎吉おじさんが張り切って滞在先を確保してくれたしね」

「そういえば将来的にはどうするのよ?紅葉ちゃんの所に婿入りするのか彼女が緋勇家に嫁入りするのかはまだ何も聞いてないけど、今のマネジメントは鈴木財閥にお世話になっているんでしょう?大岡家も結構な家柄よ?不義理は出来ないわ」

 

昆布巻きをつまみながら母さんは言う。

今の俺は個人の依頼を鈴木財閥傘下の会社を通してもらっている。というのも俺が有名になってから依頼の処理が中学生活に支障が出るくらいに追いつかなくなって、困っていた時期があった。何をするにしても中学生という身分が引っかかったのだ。愚痴ったことは無かったがそこは10年来の幼馴染み、困っていることにすぐに気づいたそうだ。そして俺の状況をその中でも一番正確に知っていた園子ちゃんが家族との団欒の際にぽろっとこぼしてしまったそうなのだ。

更に重なってそこにいたのは相談役となっていた次郎吉おじさん。とんとん拍子で依頼の選別、法律関係、依頼料などなど雑事になりうることを全て請け負ってくれる会社を作ってしまったのだ。俺がその話を聞いたのはすでに人員を配備し、会社を立てた後だったので恐縮したが甘えることにした。前世で色々経験しているといえ、その時の自分にはその方面ではうまく解決する力がなかったのだから。

 

「うーん。どうなるかな?でもどういう形になるにしろ、次郎吉おじさんは変わらず口出ししてくると思うけどね」

「あら?そういえば、貴方が今の形に落ち着いた話って詳しくは聞いたこと無かったわね」

「そういえばそうだな。そこら辺はどうなんだ龍斗?」

「あー、うん…」

 

俺はさっき思い出していた中学時代の話に加えて、次郎吉おじさんの真意を伝えた。その真意とはなんら難しい事ではなく、単純に依頼の内容を知っていればそこに行くことで俺の料理が食べられる。という事だった。今は相談役とは言え、長年財閥の屋台骨だった人だ。例え乱入しても依頼主のホストの人でノーと言える人は少ない。というか、ほとんどいないだろう。俺に「次の○○のパーティはワシも行くからのぅ!」と直接言ってきたこともあるし。それを聞いた父さんは苦笑いしながら、

 

「それは……あの人らしいというかなんというか。これは俺や葵にはなかったことだな」

「そうね…これはたっくんの、たっくんだけの縁の力ね。私達が最初の頃は緋勇家の力をお借りしたりしてたものね。若いころは苦労したわ」

「へぇ、そうなんだ。今の二人を見ていると全然想像つかないな」

 

今では引く手あまたの二人にもそう言う時期があったんだな。まあ見た目が20代の二人が若い頃って言っても全然違和感しかわかないけどね。

 

 

――

 

 

「あ、そうそう。龍斗に来ていた年賀状は仕分けしておいたぞ。ほら」

 

あ、そういえば元旦の風物詩と言えばそれがあったな。父さんから手渡されたそれは結構な量だった。お節を食べ終わり、家族でまったり去年あったことや他愛のない話をコタツで駅伝を流しながら語った。話の内容は尽きない。離れている時間の方が多かったし去年は何より紅葉が来たからね…あ、あとは良く殺人事件とかに巻き込まれるようになった、ね。そんな話をしている時にふと思い出したように呟いて渡されたのが年賀状だった。

俺はその年賀状に目を通した…うんうん、幼馴染みズとその両親からに中学の時の知人、ああこれは依頼人の中でも個人的に仲良くなった人だな…お。雪影村の若夫婦(まあ、まだ片方が結婚できる年齢じゃないけど)からも来てるな。うん、家族三人で健やかに過ごしているようだ。しかしまさかこの2人が彼の知り合いとはね…

 

「あら、可愛らしい赤ちゃんね。でも、ちょっと若すぎない?どういう知り合い?」

 

年賀状に目を通していた俺が彼らの年賀状でめくる手を止めたので父さんといちゃついていた母さんが覗いてきた。

 

「えーっと。あれだよ。とある港町に夜釣りに行ったら奥さんの方が、マタニティーブルーで自殺しそうな時に出会って。その悩みを解決してあげたんだ」

「なにそれ!?結構大変なことじゃないの!!」

 

父さんも言葉にしていないが驚いてこっちを見ている。目線で先を話せと言っているので事の顛末を語った…一個だけ。兄妹の判定に「匂い」を使ったこと以外は。

人にはそれぞれ体臭がある。そこから導き出せるものに科学では証明できない確かな遺伝、血のつながりがあるのだ。俺やトリコのようなあの世界でさえ異常と言える嗅覚の鋭さはそれを可能にしていた。多分、八王の1人だったギネスも分かるだろう。と言っても俺の精度は精々、6親等。それ以上は薄くなりすぎて感じる事は出来ない。最盛期のトリコなら10親等は軽く超えられるだろうから何とも言えないな。

まあ、島津夫婦にそんなこと言えるはずもなく、二人が姉妹でないことを確信していたので島津君の親をたたき起こして事の顛末を話して説得してもらったというわけだ。

 

「そっか…じゃあ、たっくんは母子二人の命を救ったことになるのね。それによく見て」

「母さん、頭撫でないでくれ。恥ずかしい…て。おいおいマジか」

 

俺の頭を撫でながら母さんは葉書のとある場所を指した。そこに書いてあったのは…

 

「龍斗(りゅうと)。読み方は違うけどあなたがある意味で名付け親よ」

 

前来た時の葉書は生まれたばかりで男の子が生まれた、とだけあった。そうか、俺の名前を……

 

「……それじゃあ、この子に恥じない生き方をしないといけないな」

「そうね」

「そうだな」

 

 

 

俺は中断していた年賀状の確認を続けた。年賀状から俺が去年どんな体験したかを聞けることが分かった両親も一緒に年賀状を見るようになった。ちょいちょい質問してくる両親に回答しながらまったり見ていくと、ああこの2人か。

 

「これはまた接点の無さそうな人と知り合いだね」

「そうね、年の頃はアラサ―ってところかしら?婚約報告って…でも小さな女の子も一緒よ?」

 

ああ、この2人一緒になったのか。何とも感慨深いな。何しろ彼らと出会ったのは()()()()の名探偵と出会った時なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、ちょっと海風が強いけどいい天気だ。お、結構活きのいい魚もいるな。これは楽しみだ」

 

俺は久しぶりに一人で地方の食材&料理を堪能するために旅を来ていた。今いるのは熊本県天草市の本渡港に向かっているフェリーのデッキだ。おや?何やら団体さんがデッキに…ふむふむ。「伝説の天草財宝発掘同行ルポ?」へえ。面白そうなことやってるなあ。

まあ、謎かけの方はからっきしだし俺が参加すると貴金属の匂いで掘ることになるんだけども……っと。おおー、ありゃあ「いら」か?是非とも味わいたい…いや、今釣るか?いやでも…

 

「あのー…」

「ん?」

 

俺に話しかける声に振り返ると、団体さんからのメンバーの一人の…同世代だな。女の子が話しかけてきた。

 

「どうかしました?」

「あ、いえ。実は…」

 

彼女の話によると、どうやら団体さんのメンバーの自己紹介をしていたところ一人足らないことに主催者が気づいたそうだ。そこでデッキで一人海を見ていた俺に気付き話しかけてきたという事らしい。

 

「残念だけど、俺は参加者じゃないよ。食道楽の一般人だ」

「そ、そうだったんですか。すみませんいきなり話しかけてしまって…」

「いやいや。実は一人旅でね。人と話すのは嫌いじゃないし、もうしばらく話…さないかって誘おうと思ったけど」

「??」

「後ろで君の彼氏がすごい目で見てきているから遠慮しようかな?」

「え?」

 

そう、彼女が俺に話しかけてきたすぐ後から分かりやすくこっちに意識を向ける男子高校生がいたのだ。俺の言葉に後ろを見て、

 

「も、もうはじめちゃんったら!初対面の人に失礼でしょ!え、えっとご、ごめんなさい!」

「大丈夫。彼氏は君の事大好きみたいだからね」

「か、彼氏じゃないです!」

 

俺の言葉に真っ赤になって否定をした彼女は「はじめちゃん」の方に歩いて行った。少し会話を盗み聞いたところ、長髪を適当に束ねた男の子は俺の風貌から怪しい男に絡んだことから警戒していたが俺の「君の彼氏」発言辺りから気をよくしたらしい。怪しい風貌って…そりゃあ、身バレ対策に帽子にマスク姿だけどさあ…

そんなこんなあって若干気落ちしているとフェリーは本渡港についた。本渡港に降り立った俺はなんとはなしに団体さんを目で追っていたが彼らはマイクロバスに乗ってどこかへ行ってしまった。

まあいいや。縁があればまた会えるだろう。さあて、天草名物の地鶏に魚介類に野菜に和牛!楽しみだ!!

 

 

――

 

 

「…ったく、なんなんだあのガサツな奴らは!っと失礼」

「あ、いえ。おかまいなく」

 

天草の名産を堪能した俺は宿泊先の温泉にやってきていた。なんでもそれなりな露天風呂があるらしい。

脱衣所にはフェリーで出会った団体さんの1人がぶちぶち文句を言いながら着替えている所だった。まあ向こうは俺の事なんか知っちゃあいないだろうけどね。

服を手早く脱いだ俺は、内湯で体を洗い露天風呂に向かった。

 

「おやま」

 

露天風呂にはフェリー参加者の方々が先に浸かっていた。へえ、案内人っぽい子も一緒か。

 

「(ちょっといつきさん。なんかすっげえムキムキの人が来たんだけど)」

「(みてえだな。ありゃあ、ちょっと普通の鍛え方じゃ身につかねえぞ。それに、だ)」

「「((でかい…))」」

 

小声で何やら話している参加者Aさんと男子高校生。いやまあ聞こえているんだけどね。

 

「こんばんは。財宝は見つかりました?」

「へ?な、なんで財宝の事知っとんのや?」

「いや、フェリーのデッキで話してたのを聞いていたんですよ」

「え?じゃ、じゃああんたあの時の怪しい男!?」

「怪しいって…ま、まあそう言われればそうなんだけどね」

「ん?ちょ、ちょっと待て。お前さん、よく見たら見たことある顔だぞ!?なあ和田さん!!?」

「え?…あああああ!ひ、緋勇龍斗!?」

 

まあ、風呂の中まで変装はしてないからね。

 

 

――

 

 

取りあえず興奮した大人二人を落ち着かせて、お互いの自己紹介をした。関西弁の小太りの男性が週刊ケンタイで編集をしているという「和田守男」さん。そして俺の正体に最初に気付いた男性がフリーライターの「いつき陽介」さん。そしてフェリーがついた港で彼らを出迎えていた美少年が「天堂四郎」くん。ここまではいい。ここまでは、ね。しかしまさか彼もいるなんて思いもしなかったよ。

 

「な、なんだよ。俺の方をじっと見て…っは!?もしかして()()()の気が!?」

 

そう言って体をくねらせて…隣に居たいつきさんにどつかれて風呂の湯に沈んだゲジ眉の長髪をざんばらに束ねた少年…

 

「金田一一……金田一耕助の孫、そして」

 

「金田一少年の事件簿」の主人公。新ちゃんと並んで「死神」と言われていた少年…って。なんでこいつまでいるんだ!?あれ?俺、確かにコナンの世界って言ったよな?…いや、まてよ?なーんか記憶の片隅に他出版社の垣根を越えてコラボをしていたような……まさか、まさか「名探偵コナン」とコラボしたことある作品も内包している世界ってことなのか…?俺、他に何かとコラボしたのなんかルパンくらいしか知らないぞ…?そーいやニュースで「ルパン三世」って名前出てたな…なんで気づかなかったんだ俺。

俺が悶々と考えていると俺のつぶやきを拾ったのか、金田一少年が話しかけてきた。

 

「へえ、俺の事知ってるんだ?」

「へ!?あ、ああ。まあな」

「へっへー。どうよ、いつきさん!初対面の相手に知られているって俺って結構有名人なんじゃね!?」

「ばっか、金田一!おめえなんかよりこっちの兄ちゃんの方が全然有名だぞ!?というか、なんでお前は知らねえんだよ!?緋勇龍斗だぞ?なあ?四郎君」

「え、ええ。四年前の世界大会の時は自分と同い年の日本人の男の子が優勝したってことで僕もよく覚えています。それに今年も出るってことで話題になっていますし」

「そ・の、四郎君や彼と同い年のお前が何で知らねえんだよ!?」

「痛い、痛いっていつきさん!」

 

あーあー、綺麗にヘッドロックが決まってらっしゃる。はあ、でもどうするかな。天草財宝発掘なんかに金田一君が参加してるなんてこれはもう絶対に起こるよな…湯につかっている人の雰囲気だとまだ何か起きたって感じはしないし。さーってどうすっかね…

 

 

――

 

 

「おー、いてて…いつきさん手加減しねえんだもの。それで?その有名人の緋勇は天草に何しに来たんだ?」

 

いつきさんのアームロックから逃れた金田一君は俺にそう聞いて来た。

 

「俺?俺は天草の農畜産物や海産物を食べにかな。東京だと見ないモノとかいっぱいあるし、今度の世界大会は料理部門で出場するから何か参考に出来るかな、と。そういう金田一君や天堂君はなんで宝探しなんか?和田さんやいつきさんは取材ってことでわかるけど」

「俺の事は一でいいぞ。俺はいつきさんに誘われたからかな。天草四郎が残した暗号を解いてくれってね」

「ボクも四郎でいいですよ。ボクは父の代理ですよ。足を怪我してしまって案内できなくなってしまったんです」

「なるほどね。あ、俺も龍斗でいいよ。それにしても財宝かぁ……」

「お?お?龍斗も財宝に興味があるのか?それなら一緒に探すか?ねえ、いつきさんいいだろ?」

「え?」

「おおー!有名人の緋勇龍斗が同行したルポか!!いつもの購買者以外もターゲットに出来そうだな!どうよ、和田ちゃん!」

「そら盛り上がりまんな!わてはかまへんよ…あ、でも宿泊先とかの問題もあるさかい龍斗はんには一時別行動してもらわなあかん事になるんやけど…」

 

なんか妙な方向に話が流れてしまったな…まあ、いいか。ちょっと気になるし。

 

「そちらがいいなら是非とも。もし決まっていないのなら簡単な料理を振る舞いますよ」

「おお!そりゃあいい!!噂に聞く緋勇龍斗の料理か!!今回のルポはついてるな!」

「ほんまやな、いつきはん!!緋勇はんはむっきむきやし、頼りにしてよさそうや!!」

「そういえば、なんで天草の財宝伝説を題材にしたんです?お金に困ってるとか?」

「!!」

 

ん?和田さんの心音が跳ねた?それに微量な殺気?おいおい、いくら風呂場の狭い距離だからって今は能力開放してないぞ?いやまあ、この「緋勇」の身体のスペックなら素でも出来るけどさ……こりゃきな臭いな…

 

「いや龍斗。そりゃあオメーも高校生なら万年金欠のようなもんだろ?お金欲しいじゃん?」

「あ、いや。俺はもう自分で稼いでるし。管理は信頼できる人に任せているから自分じゃそう簡単に使えないけどね」

「へえ。そういえば料理人なんだってな。いくらぐらい貯金あるんだ?」

「えっと…高2に上がった時で…3億?」

 

出せないもので言えばトリコ世界の「黄金の沼」の砂金から精製した黄金がたんまりあるけどね。コナンで出せば脱税ってなっちゃうんだろうけど。

 

「「「ぶーー!」」」「!?」

 

あ、いつきさんと和田さんと一が吹いた。

 

「な、な、なな、んだとーー!?」

「いや、なんか国内だとそうでもないんだけどな。国外で呼ばれたりすると俺を雇うのにいくらいくら使った、みたいな金持ちの見栄?みたいなのがあったりするらしくて結構な額がもらえるんだよ。王族との専属契約とかを数億で持ちかけられたりしたこともあるしな」

「「「「…………」」」」

 

あ、唖然としてる。でも前世に比べたら本当にコツコツと少しずつ積み重ねて来たものだからなあ。前世じゃ「包丁一振り一億円」と呼ばれる人が居たり、俺も開いていた店の売り上げは「食材調達:俺」「調理:俺」でほぼ丸々利益だったし。途中からは普通に国が買える財力はあったかな…うん?一がものすごい胡散臭い、もとい疑惑の目を向けてきてるな。

俺は露天風呂の外縁に植えてある樹の葉っぱを二枚むしった。一枚には蘇生包丁の技術を応用した仕込みを行い、もう一枚はそのままだ。そういや前世の子供の頃に雑草を食べていた時に無意識にこれやってたなあ。あれも転生特典の「料理の才能とセンス」のおかげだな。今のこれはあの頃の比じゃないけどね。

 

「はい、これ」

「っ?なんだこれ」

「まあまあ食べてみてよ」

 

そう言われて、一は何もしていない葉を食べた。「まっず!?」と声を上げ、俺の方に非難の目を向けたが俺が無言でもう一枚食べるように促した。一は先ほど味わった青臭さが嫌なのか、恐る恐るほんの少しかじり…そして貪るように全てを口に入れた。

 

「お、おい金田一?」

「…うめえ、うめえ!なんだこれ!?こんなの俺生まれて初めて食ったぞ。今まで食ったもんの中で一番だ。なんでだ?ただの葉っぱなのに!?」

「まあそこは、ね。俺の腕の見せ所ってわけさ。そこらにあるものでも今の一が驚いているような調()()を施す技術。これが俺の武器さ。一、俺の事を信じてなったろ?そういう時は口で言うより口に聴かせた方がはやいんだ」

「…いや、参った。これは普通に食材を使った料理は大金払っても食いたくなるわ」

「おいおいおい。ケチな金田一がそんなこと言うなんてよ。なんだよ、そんなにうまかったのかよ?」

「そら、もう!なんというかな、ただの葉っぱがだな…」

 

 

――

 

 

「はは、は。これは明日の料理が楽しみだぜ」

 

興奮した一の言い分に少し疲れたようないつきさん。確かにガンガン来てたし、なんか申し訳ない。

 

「それはそうといつきさん、和田さん。なんで「天草財宝」なんですか?メジャーなのは徳川の埋蔵金とか秀吉の埋蔵金とかですよね?」

 

俺は今回のルポについて疑問に思っていたことを主催者っぽい二人にぶつけた。

 

「そう言えば金田一には言ったが財宝ルポは今回で二回目なんだ。一年前に立山の佐々成政の財宝を、今回参加している高校生組以外の面子で探したんだ。なんでこの二つかってーっと…」

「そらわてが説明しますがな。実はわてが題材にしとる財宝伝説は二つやなくて「三つ」なんや」

「三つ?」

「へえ、それは初耳だな」

「…」

 

四郎君は黙っているけど…知っているのかな?

 

「その三ついうのが「秋名山の由井正雪の軍資金」「佐々成政の立山財宝」そして「天草財宝」なんや!実はこの三つは蔵元一族っちゅうトレジャーハンターの一族が代々探しとる財宝でな。わてもそれにならったっちゅう訳や」

「そう言えば、四郎君のお父様はトレジャーハンターでその蔵元一族の1人、蔵元清正の孫弟子だったって?」

「…ええまあ。だからこのルポに同行を決めたそうです。でも昔の話ですよ」

「はあ、そうだったんだ」

「ただ、その三つのうちの1つ「由井正雪の軍資金」は蔵元清正ハンが見つけて結果時価20億の財を得たって話や。そやからわてらもその財宝の嗅覚にあやかろうとおもて残りの二つを焦点に当てたってわけや。有象無象の埋蔵金伝説より実績ある人が狙ってたものの方が信憑性がありまっしゃろ?」

 

なるほどね。確かに先人の知恵にあやかるのは言い手だ。四郎君は父親から聞いていたから知ってたのか…それにしても。

 

「蔵元…蔵元ってあの?」

「お?そか、緋勇ハンは上流階級に引っぱりだこだからそこに引っかかるんやな。そうや、蔵元清正の20億はその息子蔵元醍醐に全て継がれ、それを元に蔵元コンツェルンを創ったんや」

 

なーる。()()蔵元醍醐氏は蔵元一族の出身だったってわけか。

 

「はー、蔵元社長はそういう一族出身だったってわけだったんですね…でもここだけの話、蔵元一族の方には経営のほうの才能は余りなかったんでしょうね…今後はあそこも大変でしょうね」

 

今は確か脳出血で意識不明の重体で生死の境をさまよっているはずだ…それだけでなく数年前に関わったパーティで聞いた話によれば…

 

「ひ、緋勇ハン?どういうことや、今後も大変ってどういうことや!?」

「え、ちょちょっと…」

「どうしたんだよ和田ちゃん!落ち着けって!!」

 

俺の言葉に何を思ったのか、和田さんが猛然と詰め寄ってきた。お、俺には裸のおっさんのに詰め寄られて喜ぶ趣味はない!!それにしてもこの反応、やっぱり和田さん…

和田さんを何とか落ち着かせて、俺は話をすることにした。

 

「あれは…二年前でしたか、パーティで蔵元社長と邂逅したことがありまして。その時は別に何ともなかったのですがパーティに参加した別の方に聞いた話によると蔵元コンツェルンにはすでにその当時に1100億の負債を抱えていたそうなんですよ。パーティに参加したのもその負債を何とかするために他の資産家の方との渡りをつけるためだったとか。結局上手くいったという話も聞きませんし、二年前より負債が膨れ上がっている可能性が高い…和田さん?」

 

え、え。なんで泣き始める!?

 

「そ、そないな話が…嘘や、そんなん嘘に決まっている!!」

「和田ちゃんよぅ、緋勇君がそんな嘘つく必要ねえじゃねえか。多分、そう言った裏話はオレ達マスコミ筋より金の動きに敏感な資産家の方が信憑性あるだろうし。つうか和田ちゃんには蔵元コンツェルンなんて何の関係もねえじゃねえか」

「そ、そうだよ和田さん!和田さんと蔵元コンツェルンなんて何の関係もないだろ?」

「わては…わてには……そ、そや!緋勇ハンさっき貯金がたんまりある言うとったな!頼んます、頼んます、わてに一億貸してくれ…!!頼んます、頼んます!」

「お、おい!本当にどうしちまったんだよ和田さん!!」

「……和田さん、事情をまず説明してください。そのお金に困っていること…そしてその事に殺意が込められていたことを」

「!?」

「お、おいそりゃどういうこった龍斗。殺意って…」

「俺、感覚が鋭くてね。一瞬だけ漏れた和田さんの殺気…それは俺が「金に困っているのか」という言葉に対してだった…説明してもらえますか?」

「は、はは。こら参った。殺気なんてほんまにあるんかいな…いや、あるんやろうな……」

 

そして和田さんは語った。蔵元醍醐には五人の子供がいたこと。そしてその五人というのがルポに参加している「中田絹代」「赤峰藤子」「赤門秀明」「最上葉月」そして「和田明絵」。二年前に亡くなった和田さんの奥さんだと言う。

 

「そ、そんなバカな!」

「ど、どうしたんだよいつきさん」

「い、いやよ。その最上葉月の親は平凡なサラリーマンだし、葉月本人からだってそんな話一度だって聞いたことねえよ!」

「それはな、いつきはん…蔵元醍醐の出生が原因なんや…おかしいと思わへんか?昔の人間やのに蔵元醍醐が蔵元清正の遺産を一人で全て相続したって話…」

「そ、そりゃあ気にはなるけどよ…」

「醍醐にはな、他にも兄弟がおったんや。けども、清正の遺産に目がくらんだ兄弟はお互いに殺し合って全員が死んだんや。その事が醍醐にとってトラウマやったんやろな。自身の子供たちも同じ目に遭うて欲しくないってことでそれぞれの子供のいない家庭に生涯の援助も合わせて養子に出したっちゅうわけや」

「な、なるほどな」

「せやけど、蔵元一族に生まれたからには一族の悲願である三財宝のうちの残り二つ、「佐々成政の立山財宝」そして「天草財宝」を追い求めてもらわなあかんという事で幼いころから財宝を追い求めるように仕向けてほしいと、それが里親を引き受ける条件やったと明絵ハンの両親がいうとりました…」

「…そう言えば葉月も言ってたっけ。立山財宝や天草財宝は私の小さいころからの夢だ、って」

 

ふーむ、なるほど、今回集まった面子にはそんな裏があったのか。それでも。

 

「なんで金に困ってるんだ?今回の集まった、いや和田さんが集めた人達の共通点は分かったけど今の話じゃあ何の関係もないんじゃないか?」

 

そう、一の言う通り今の話には和田さんがお金に困っているという事に全く関わっていないのだ。

 

「明絵ハンとわての間には一人子供がおりまんねん。朋美っちゅう親のひいき目なしにしても可愛い娘や。その子がな、心臓と肺の病気でもう半年か一年の命やっちゅう話なんや」

「な!」「何だと!?」

「治療法がないわけやないんや。ただ、それができるんのがアメリカの偉い先生で治療費が最低でも8000万はかかるらしいんや。わてもかき集めたんやけど2700万が限界やった…しかも」

 

そうして続けた内容は…わらにもすがりたい彼には残酷な話だった。なんでも醍醐氏は生前に遺言書を(したた)めていて、その内容に「遺産相続人の特権は5人の子供本人に限定する。それ以外の者にはたとえ配偶者・子供であれ何人たりとも相続の権利を持たない」とあったそうだ。今意識不明の醍醐氏が死ねば(まあ俺の話で彼には財産なんて一銭もないだろうことが分かっただろうけど)普通なら孫の朋美ちゃんにも遺産相続権が発生しそれで治療できるかもだったが、遺言書のせいでその可能性が消えた。そも、意識が戻れば直談判して治療費を出してもらえたかもしれない。全ての可能性が朋美ちゃんの「死」を決定し向けている中、和田さんの中で目覚めてはいけないものが目覚めてしまった。―他の実子を亡き者にすれば、遺言書がどうであれ朋美ちゃんに全ての遺産は相続される―と。

 

「じゃ、じゃあ和田ちゃんもしかして…!て、てめえ。葉月を殺そうとしてたのかよ!!」

「わー、いつきさん!落ち着いて落ち着いてくれ!」

「いつきさん、冷静になって下さい!」

 

いつきさんにとって葉月さんは特別な存在なのかな?激高して和田さんに詰め寄るいつきさんを俺と一はなんとかなだめた。

 

「…はあ。和田ちゃんよぉ、俺も血のつながりはねえが自分の娘のように可愛いがっている子を養ってる。その子も病気にかかって命に係わる手術をしたこともあった。ましてやあんた自分の娘だもんな…でもよう。その選択肢はとっちゃならねえよ…」

「…ま、今回は龍斗のファインプレーってことだ。いつきさん、そんなになるくらいなのに葉月さんとは今日仲が悪かった見たいだけど?」

「あ、あれは、だな。ちょっとしたことがあってな…いや、もしかしたら緋勇君が居なきゃ和田ちゃんが凶行に走ってたんだ。Ifの話だが、ゾッとする話だった。…俺も素直になるか」

 

最後のセリフは消え入るような声だったので聞こえたのは俺だけだろう。

 

「…頼りにしてた醍醐の遺産はのうなってしもた…緋勇ハン。頼みます…元々なかった遺産の事を教えてくれたのは緋勇ハンや。それに蓄えも十分にある…お願いや、一生かかっても返します。せやからわてに金を…朋美を助けてください……!!」

 

そう言って露天風呂にもかかわらず土下座をする和田さん…肺と心臓か。俺が治す、という事もできるが…

 

「…龍斗?」

「緋勇ハン?」

「緋勇君?」

 

無言で立ちあがった俺を訝しる皆…俺はあえてそれを無視し、能力を開放した……鉄に混じって…これは金…か。

 

「和田さん…さっきも言ったように俺に自由に使える金はそう多くはありません「で、でも!」ですが!ここには皆さん何をしに来たんです?」

 

その言葉に皆は顔を見合わせた。

 

「「天草財宝」の探索、だろ?でもよう、あるかどうかわからないものにすがるってのは和田さんには酷なんじゃないか、龍斗?」

「そ、そうだぞ緋勇君。流石にそりゃあ…」

「いいや、あります。それにココに名探偵金田一耕助の孫がいるんです。もし、彼が財宝を見つけられなければその時は貸しましょう。でも、」

「できる、だろう?一?」

「!!ああ、やってやろうじゃないか!名探偵と言われたじっちゃんの名に懸けて!」

「…ということです。それから他のメンバーにも事情を説明しましょう。自分たちの姪を助けるためと言えば、そして蔵元一族の骨肉の争いの呪いに抗うために助け合うと伝えれば協力してくれる人もいるはずですよ。彼らの親に連絡を取ればすぐにわかる事実ですしね」

「わ、わかった。緋勇ハンがそう言うなら…」

 

さーて、謎解きだと俺は門外漢だがどうにかしてあの場所につながるようなヒントを出さねえとな…

 

 

――

 

 

「今回の事はアリガトな、龍斗。お前に会っていなければ和田さんは罪を犯していたよ。

そう言えば「緋勇龍斗」って名前。俺もどっかで聞いた名前だなと思ってたんだが今思い出したよ…春菜の事、助けてくれてありがとう」

 

彼によるとどうやら雪影村で出会ったあの若夫婦とは中一の一時期、彼が雪影村に住んでいた際の友人同士だったらしい。その頃に埋めたタイムカプセルを五年ぶりに掘るという事でつい先日雪影村に出向き、俺の事を聞いたそうだ…そっか、じゃああそこで止めなかったらもしかしたら…

そうそう、財宝に関しては一部を発見することができた。事情を説明した所、最上さんは見つける事に情熱を燃やしていたのでそれを朋美ちゃんのために使う事に快諾してくれた。いつきさんが嬉しそうに話しかけて葉月さんが頬を赤らめ笑みを浮かべていた。あの様子だと葉月さんもいつきさんの事を…

他にもトレジャーハンターの中田さんは難色を示していたが俺達が先に見つけられたのなら、という条件の元了承してくれた。赤門さんは完全拒否。結局、途中から別行動をしていたので後は知らん。赤峰さんはカメラマンという事で発見の瞬間を撮り、余ったお宝のいくばくかを貰えるのならということで了承を得た。もう一人、蔵元と全く関係ない美術商の矢木沢さんはそのお宝を捌くルートを担う事による利益と、競売の一割を貰うことを条件に譲ってもらえることに。お宝を出品するという事だけでも美術商界隈でお金で買えない価値があるそうだ…よく分からないが。

高校生組はまあそんな大金を得ても…という感じだった。俺?俺は……

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「…ってことがあったんだ。その時の参加者だったいつきさん…樹村信介さんと和田さんのターゲットだった最上葉月さんは元々付き合ってて、でも一年前に些細な喧嘩で分かれたんだって。でも今回の天草ルポでよりを戻して…この様子だと上手くいったみたいだ」

 

因みに見つかった財宝の中で最も大物だったのは「天正菱大判」。これのおかげで朋美ちゃんの治療費は無事確保でき、さらにあった諸々の小判も中々の価値があって大人組はほくほく顔だった。

 

「……なんだろうな、龍斗」

「ん、なに?」

「うん、たっくん。なんか去年は妙に血なまぐさいことに巻き込まれ過ぎじゃない?この後お祓いに行こう?」

「……まあ「緋勇」の男子が人間にやられるなんてことは無いだろうけど…気を付けろよ?」

「あ、はは。父さんの言う通り俺は大丈夫だからそんな泣きそうな顔をしないで?母さん」

 

 

 

そんなこんなで騒がしい緋勇家の居間の様子を、壁に飾ってある慶長小判が見守っていた。

 

 




はい、まさかの裸で事件解決というね。和田さんは殺人計画のために蔵元一族については良く知っている、ということが結果いい方向に行ったという感じですね。
金田一少年の事件簿は基本連続殺人ばっかりなので誰かが亡くなってから動くとかなり文字数が増えてしまいそうです…まあ今回は起きませんでしたが。
個人的なことですが、起きなくても良かった殺人事件は極力原作ブレイクしていきたいというのが作者の姿勢です。その為の「原作改変」「独自設定」のタグです……金田一で介入したい事件がこれでいくつか分かってしまいますね(笑)




今回のお話、タイトルの「()()()と料理人」から外れていないことに今更ながら気づきました。


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第四十三話 ‐オリジナル回‐

今回は日常回?になります。祝・更新50回目到達!

どうしてこうなった……

番外編、オリジナルと二回続けて原作から離れていますが次回は原作のとある事件が舞台となります。


「…で、この連立方程式を解くと…うん、合ってる!」

「1337年、百年戦争が開戦…」

「ケッペンの気候区分はA、B、C、D、Eの5区分あり…」

「ファンデルワールスの状態方程式とは…」

 

時折聞こえる各々の独り言以外ではただただ筆記具を動かす音が聞こえてくる…そろそろ前の休憩から一時間か。

 

「…あーー!なんで花のJKたる園子様が休日なのにかりかりかりかり勉強しなきゃならないのよー!!」

「園子ちゃん、それ一時間前にも言うとりましたよ?」

「仕方ないじゃない。11月には全国模試あるんだから。時間がある時に勉強しとかなきゃ」

「そうそう。皆でやれば苦手な所を教え合えるしね」

 

今日は蘭ちゃんの家で高校生四人で勉強会を開いていた。蘭ちゃんが言った通り、全国模試があるのでその対策のためだ。蘭ちゃんは流石毛利夫妻の血を継いでいるというか文系科目が得意で、紅葉も暗記系は得意。園子ちゃんは次期鈴木財閥を引っ張っていく立場なので英才教育は施されていて、語学系、文系は得意で理系が苦手。俺は、昔取った杵柄というか物理化学生物は高校レベルなら余裕。語学系も転生特典で苦にしない。数学がもう一度やり直しているので人並みと言った所だ。理系なので選択科目は地理。まあこれはこれまで色々な国に連れて行ってもらったので料理史につながる風土記を漁ったり現地に赴いたおかげで試験用の知識を加えるだけで事足りた。

 

「ただいまー」

「お」

「あ、コナン君が帰ってきたみたい」

 

新ちゃんは少年探偵団の面子と公園でサッカーをしていたらしく、朝来たときにはすでにいなかった。お昼を取った時にも帰ってこなかったので結構な時間を遊んでいたようだ。うん、小学生を楽しんでるね。

 

「あれ?龍斗……にいちゃんたち来てたんだ」

「お邪魔しているよ」

「おばんどすー、コナン君」

「よーがきんちょ。いいわねえ、ガキは気楽にこんな時間まで遊べて」

「いいじゃないか、園子ちゃん。子供は遊んでなんぼだよ。ねえ、コナン君?」

「え!?あ、ああ、うん!(んにゃろめ、分かっててガキ扱いしやがって!龍斗の奴ぅ~!)」

「せやねえ、子供はのびのびしてるんが一番や」

「うぐ…」

 

さて、俺のはからかってるだけだけど紅葉のは本心だから新ちゃんも何も言えないみたいだ。って、今更だけど。

 

「やだ、コナン君が帰ってきたってことはもうお夕飯の準備しないと!」

「あ、私もそろそろ帰らなきゃ!」

「じゃあ俺達もそろそろお暇させてもらおうか」

「そやね、今日は夏さんがお夕飯作って待ってますって言うとったしね」

「食べて行ってって誘おうかと思ったんだけど、もう作ってるなら仕方ないか」

「それはまたの機会やねー」

「ごめんねー、今日はパパの知り合いの人との会食に出ないと行けなくて。次は絶対頂くから!」

「なら次の機会には腕によりをかけてお夕飯作らなきゃね!じゃあ三人とも気を付けてね」

「大丈夫や、ウチには最強のボディーガードがついてますから」

「私も近くに迎えが来てるみたいだから大丈夫よ」

「また学校でね、蘭ちゃん。それじゃあコナン君お邪魔しました」

「うん、みんなまたねー!」

 

俺と紅葉、園子ちゃんはビルの階段を下り、ポアロの前でそれぞれの帰路についた。

 

 

――

 

 

――――――♪♪♪~

 

「ん?」

 

あくる休日。仕事のない、家人が他にいない、珍しく完全に何もない日。俺は自室で今まで集めた各国の風習の資料を眺めていた。今回の世界大会のテーマはかみ砕いていうのなら「持ち味」だ。例えば、フランス料理を長年作っていた人でも店を構えていたシェフならコース料理。パーティ専門ならアラカルト料理。日本料理を作り続けていたなら和食。俺の父さんなら各国で料理を作ってきた経験を生かした、その国の特色を生かした「パーティ向けの料理」という感じになる。世間一般の評判で言うのなら俺も父さんの後追いになっているわけで…

だが、俺の料理の根底は「たとえどんなものでも食えるものにする」、そして目指したものは「家庭料理」だからな。もう遙か彼方の昔だがあのジダルでの経験は忘れられるようなものではない。それが「持ち味」なんだけど、現状あんまり外に出せてないからなあ。

まあそれをこの機に何とかしようかと思って審査員の出身国の情報を集めてたんだが……なんだ?携帯に電話がかかってきたが知らない番号だ。

 

「…もしもし」

『ハァイ、龍斗。今日お暇?』

「あれ?シャロンさん?ええ、世界大会前の情報集めもどきをしてましたけど別に急ぎではないので。どうしたんです?」

『あら、そうなの。ならよかった』

よかった?

『それじゃあ私とデートしましょ?待ち合わせは――の××ですぐ来てね?』

「え?あの、ちょっと?シャロンさん?」

『あ、彼女の事気にしてる?大丈夫、そっちもちゃんと手は打ってるから』

「え……切れた。一体どうしたんだ?」

 

なんだなんだ。今までこんなこと一切なかったのに。とにかく行ってみて事情を聞くしかないか……

 

 

――

 

 

俺は「顔見知りが見れば既視感を感じ、会ったこと無い人には分からない」程度の装いをしてシャロンさんに指定された場所に向かった…え?

 

「母さん…?」

 

待ち合わせ場所には母さんがいた…いや、よく見ればあれは母さんじゃないな。自然に立っているように見えるけど所々不自然な所作をしている…手を打ってるってあれかいな……しかも二人組にナンパされているし。

 

「なあ、いいじゃんいいじゃん?オレ達もヒマでおねーさんもヒマしてるんでしょう?なら決まり!オレら行きつけの楽しい店があるんだよ!」

「そうそう!他の女の子もいっぱいいるしぜってー楽しいぜ!あっという間に夜になっちまうくらい、時間を忘れてハイになれるんだ。な、な?はい、おひとり様ごあんなーいってね!」

「…だから。待ち合わせをしてるので」

「おー!待ち合わせの相手って女の子!?じゃあオレ達も一緒に待つよ。な?」

「もちもち!」

 

あー、なんだろう。どれだけ絡まれていたのか段々イラついてきてるな。変装用の生地のお蔭でまだ目立ってないが口角がひくついている…はあ、あの中に行きたくねえ。が。

 

「ごめんごめん。ちょっと待たせちゃったみたい?」

「ああ?」

「だれ、あんた?」

 

わー、なんでこうナンパ男ってワンパターンな反応なんだ…しかもこいつらの匂い…常習的に()やってるやつかぁ…

 

「なになに?お兄さんが待ち合わせの相手?ダメだよー、こんな美人を待たせてちゃ。ここは早い者勝ちってことで今日は諦めてくれね?」

 

なんで待ち合わせ相手より初対面の奴が優先されるんだ?

 

「そうそう。またの機会ってことで…もうあんたの所には戻ってこないかもしれないけどねー?」

 

おうおう、中々危ないこと言ってくれるね。薬の匂いといいこの物言いと言いめんどくさい奴らに関わっちゃったな。うーん……うん?シャロンさん?

 

「もーう、たっくん!お母さんを置いてどこ行ってたの!?」

「え」

「「お、お母さん!?」」

 

あー、これは乗った方がいいのかな?

 

「全く…ちょっと目を離すとこうなるんだから。お兄さん方も流石に家族団欒の邪魔は勘弁してくれないですかね…?会うのは半年ぶりなんですよ…」

 

もうしわけ無さそうな顔をして、俺は鎮静作用のある香りを体から発した。若い女性をナンパしていると思えばこんな大きな子供を持った母親だったという事を知った驚愕による意識の空白に滑り込むように起きた精神の鎮火。大柄な人間が申し訳なさそうにしている表情と声。夜ならばもうちょい仕込まないと上手くいかなかっただろうけど今は昼前。これが合わされば……

 

「お、おう」

「しゃーないな。お袋さんを楽しませてやんな」

 

2人はそう言ってまた別の獲物を探し始めた。子供がいようがあの手の輩は追いすがってくるだろうが穏便に終わってよかったな。()()が…さて。

 

「どーいうことか教「さあ!いきましょ!」えって、ちょっと!!」

 

俺の腕はいつの間にかシャロンさんにつかまれ引っぱられていた。そして元々決めてあったのか、しばらく歩いた後こじゃれた雰囲気のイタリア国旗を掲げたお店に入った。

 

「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」

「ええ。案内をお願い」

「それではあちらの席をどうぞ」

 

俺達は案内された席に座り、メニューを開く。へえ、結構おいしそう…じゃない!

 

「それで?事情を説明してください」

「ふふ、そんな怖い顔しないで。お母さん困っちゃうわ…」

「……とりあえずなぜ母さんに?」

「まあなんでこんなことをしたのと言われれば…色々事情はあるんだけど龍斗と一緒に遊んでみたかったってのが一番かしら。最近ストレスがたまってるのよね。でもほら。私たちって有名人じゃない?それにせっかくのデートなのにドクター新出の姿は使いたくないし。本当は貴方の彼女の大岡紅葉の姿を借りようかと思ったのだけど…」

 

そう言って自身の胸に手を当てるシャロンさん。

 

「初めてよ?胸にだけ詰め物をしなくちゃいけない変装相手なんて…まああの娘より貴方の母親の方が問題が少ないってことに気付いてこちらにしたのよ」

 

ふむ。とりあえずシャロンさんは嘘はついてないな。嘘をついたときの特有の生体反応はないし、ストレスを感じているって言う事も。そして母さんの姿ならもし誰かに見られても親子の買い物で誤魔化せる…か。後で父さんと母さんに説明しとかないとな。仲のいい親子なら買い物を「デート」っていったりするものなのかもしれないし。

うーむ、今までに結構なプレゼントも貰ってきたし今世で関わってきたシャロンさんにはなんら含む感情は抱いてないからな…こういう時は残っている原作知識を疎ましく感じてしまう。まあ二律背反、言っても詮無いことか。よし。

 

「…はあ。分かりました、分かりましたよ。今日は完全オフですし、しっかりエスコートさせていただきます」

「あら、嬉しいわ♪」

 

とはいっても急だからな。プランもへったくれもないし、紅葉とのデートや、蘭ちゃんたちに連れて行かれた経験を参考にしつつシャロンさんの意見を聞きながら組み立てますかね。

 

――

 

 

うん。あのお店の料理は中々いい感じだった。今度紅葉と来よう。

 

「さて、と。シャ…母さん。どこか行きたいところとかある?」

「うーん、そうね。取りあえず時間が時間だったからお昼をここで摂ること以外は決めてないわ。そもそも、余り私はここら辺の地理に詳しくないわ」

 

まあそうだよなあ。中身はアメリカを拠点とした大女優だし。なら、俺が知っている所を中心に回ってみるかな。

 

「それじゃあ俺がルート決めていいですか?」

「そうね…龍斗、私の事楽しませてくれるかしら?」

 

ちょっと挑発的な笑みを浮かべるシャロンさん。ほっほう?それは俺への宣戦布告と受け取った。

 

「精一杯頑張ります。それじゃあ行きましょうか?」

「ええ」

 

イタリアンのお店を出て、俺はこの場所から一番近い雑貨屋に向かった。

 

「へえ。色々おいてあるのね。雰囲気も木目のものを中心にシックな物が多いわ」

「母さんもそろそろ生活に慣れてきている頃だろうし、生活必需品だけでなくて生活を彩る小物を買ってもいいんじゃないかなってね。どう?趣味に合いそう?」

「そうね、私も部屋に置くのなら明るい色ばかりの物よりはこういう物の方が好みだわ」

「よかった。こういうのはどう?」

「あら、木製のお皿?これは…」

 

彼女が気に入りそうなものが目に入ればそれを手に取り意見を聞き、またとあるインテリアの最適な配置場所はどこかなどを話しながら店の中を回った。途中別行動を取った先に彼女に気付かれないように俺はとあるものを購入した。

次に向かったのは様々な服飾を扱った店が入っている大きなビルだ。和服洋服はては民族衣装まで取り扱っている店が入っている。価格帯も、子供の小遣いを貯めれば買える物からカードで支払わなければいけないほど高額なものと幅が広い。ここに来たときは俺と紅葉はここでお互いの服を選び合ったり、彼女のネイルに施す柄へと参考にするためにウィンドウショッピングをしたりしている。意外と民族衣装でいい刺繍が施されたりしているんだよな…んでもって。彼女がその中でも行きたいと言ったのはランジェリーショップ。まあ照れはするがこういうのは()()()()()()()()ええ、意趣返しも込めて純白のセットを勧めさせてもらいましたよ。子供っぽいのも捨てがたがったけどね…母さんの顔した相手に何してんだ俺。

 

「…なんで私のサイズが分かるのかしら?」

 

俺が手渡したものはシャロンさん本来のサイズぴったりの物だった。いや、母さんのサイズとか知らんし知りたくもないし。まあ、分かったのは…長年の経験で相手の肉体の情報を正確に見抜く術を持っているからかな。

 

 

――

 

 

夕食は俺のチョイスのお店で済ませ、俺達はヒトの少なくなったビル街のほうへ進んでいた。

 

「ねえ、龍斗?ここに何があるの?」

「まあまあ…っと。ついた」

「??」

 

俺が着いたと言ったのは何の変哲もない道の真ん中。さて。

 

「シャロンさん、目をつむって貰えます?」

「??ええ。」

 

目をつむったシャロンさんに近づき、彼女にノッキングを施した。これで彼女に空白の時間が出来た。さあ、後は俺達の事を熱心に見ていた()()()の気が…それた!

 

その一瞬で俺はシャロンさんを抱きしめて地を蹴った。

 

 

「シャロンさん、目を開けてください」

「え?ええ……っ!!!」

 

目的の場所についた俺は彼女をビルの縁に立たせてノッキングを解いた。彼女的にはほんの数秒目を閉じていただけだが実際は5分ほど経っている。

 

「こ、れはすごいわね。綺麗…」

「でしょう?俺のお気に入りなんですよ、ココ」

 

ここはとあるビルの屋上だ。この辺りで唯一200mを超えていてあたりの風景を一望できる。ネオンや車のライトの川、街灯の光が素晴らしい風景を作り出している。

 

「…いいところに連れてきてくれてありがとう、龍斗。どうやってあの一瞬でここに連れてきたのかは気になるところだけど…」

「あはは。それは企業秘密という事で。帰りもです」

 

ココは立ち入り禁止場所だからね。そもそもこのビル自体に何ら関係を持たない俺は入ることもできないし。俺が立ち止った場所は街の至る所に設置されている監視カメラの死角になっている場所なのだ。って、なんで変装を?

 

「…シャロンさん?」

「…ふう。そういえばこの顔で貴女と話すのは初めての事ねタツト。ねえ、せっかくだから一緒に写真を撮らない?貴方も無粋な変装を取って」

 

…うーん。まあ、いいか。

 

「いいですよ…はい。カメラは…」

「私が持ってきているわ。はい」

 

そう言って手渡されたのは見たこともないデジカメだった。俺はそれを片手に持ち、彼女に寄り添った。

 

「それじゃあ撮りますよ?3,2,1…」

 

――chu!カシャ!

 

…chu?

 

「ちょ、ちょっとシャロンさん?」

「あらいいじゃない?頬へのキスなんて親愛の証よ?」

 

ああ、もう!びっくりした!!って、写真にばっちり残ってるし!

 

「もう、これを消して撮り直しま…って!!」

「あら、いいじゃない!私この写真気に行ったわ。A・RI・GA・TO、龍斗♪」

 

ああ、これはもう取り返せないか…

 

「あーもう分かりました分かりました。あまり人目に触れないようにしてくださいよ?」

「分かっているわ」

「ああ、そうだ…はいどうぞ」

「??これは?」

「最初のお店で買った手のひらサイズの植木鉢に時間が来たら自動的に水を差してくれる自動水やり機、それとスルポゼーフルールの種です。ストレスがたまっているって言ってたのでこの花の香りは癒しの効果があるので寝る前に嗅いでください。それと、水やりは一日一回100mlを欠かさずに。まあ一日開けてしまう事もあるかもしれないので無人でも水をやれる器具をセットにしました」

「…まあ、こんなものを貰えるなんてね。今日は無理やりにでもあなたを誘ってよかったわ」

「そう言ってもらえて俺も嬉しいですよ」

「ねえ龍斗。もし私が困ったことになったらまた相談や待ち合わせの場所であったいざこざみたいなことがあったら私の事守ってくれる?」

「そう、ですね。自分から危険に顔を突っ込まないのなら。もし、()()()()()()をしてなら…一回だけ、守ってあげますよ」

「…ふふふ。嬉しいわ」

 

そう言って夜景の方に体を向けたシャロンさん。表情を見る事は出来ないが、俺の答えは彼女にとってどういう意味があったのか今の俺には分からなかった。

 

 

――

 

 

夜景を満足するまで見て、また目をつむって貰って(ノッキングをして)今度は別のビルへ裏のチャンネルを通って出て、そこから路地裏に降りた。

 

「ねえ?ここはどこ?」

「さあどこでしょうね?」

「…なんだか、最後の最後でとても不思議な体験ができたわ」

 

そんな、いつもとは違う一日は過ぎて行った―――

 




はい、まさかのヒロインより先に別キャラとのデート回でした。主人公的にはただのお出かけなんですけどね。
ベルモットのストレスの原因は組織の指令を無視することによるせっつかれやFBIの監視のせいですね。
蘭と園子って結構女の子女の子してますよね。なのでそれに付き合っていた龍斗(新一はたまに)にはソコソコのお店の知識がありました。

オリジナルのトリコ素材
・スルポゼーフルール(フランス語で休息する花)
癒しの香りを発する花。日々の疲れをいやしてくれる。疲れている人が近くにいるとその人の疲れの種類を感じ取り、その解消に最適な香りを作り出す。寝る前にその香りを嗅ぐと次の日にはすっかり疲れがとれている。




撮った写真、巻いたファン。これが小さな火種に…なったりならなかったり?


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第四十四話 -大阪のダブルミステリー-

このお話は原作第31,32巻が元になっています。


2週間ぶりの投稿です。お待たせして申し訳ありません。
一応、一段落となりましたが人生を左右する試験の結果が出るまで不安な日々が続きそうです……


「私、剣道の試合って見るの初めてかも」

「ウチもですなあ…前の高校に居た時はクラスメイトに剣道小僧がおってクラスの皆は応援にいってはったらしいですけど」

「へえ、そうなんだ。だったら今日の大会にもその人出てるんじゃない?紅葉ねーちゃん」

「多分出てはるでしょうなあ。前の時は優勝しはったらしいですし」

「え?じゃあ服部君ってその人に負けたの!?」

「あー…去年ね。前に平ちゃんから聞いたことあるよ。確か剣道で言う有効打は貰わなかったけど突きを躱したときに首切って血が止まらなくなってそのままドクターストップだってさ」

「え?剣道でそんなこと起きるの?龍斗君」

「まあごく珍しい事らしいけどあるらしいよ。よくは知らないけどね」

「へえ…」

「(prrr…)あ、僕トイレ!」

「えー、またなの?コナン君」

「ごめんなさーい、すぐ戻るから!!」

 

新ちゃんは窓側の席を立ちトイレに行った。まあ、多分ポケットに入れた携帯が鳴ったから立ったんだとは思うけど。

今日は毛利一行と俺、紅葉の五人は平ちゃんが出場している近畿剣道大会を見るために東京から大阪へ向かっていた。今はその道中で新幹線の中というわけだ。空手の大会だったり、サッカーやテニスの試合とかは生で見たことあるけれど剣道の試合は俺も初めてだから結構楽しみだったりする。まあ、毛利一行は大阪に行くといっつも事件に巻き込まれて食べそこなっている静華さんのテッチリ目当てで試合観戦はあくまでおまけらしいけどね。って、新ちゃんが帰ってきたな。

 

「…ふぅ(ったく、服部の奴何度もかけてくるんじゃねえよ。というか、俺達のほかに龍斗と紅葉さんが一緒にいるんだから迷うわけねえじゃねえか)」

「おかえり、コナン君。災難だったね?」

「あはは、まあねー…」

「そういや龍斗君。実際の所どうなんだ?」

「どう、とは?」

 

新聞を読んでいた小五郎さんが新聞から目を上げ俺に聞いて来た。

 

「あの探偵ボウズの母親の作るテッチリだよ。わざわざ食べに来るように誘うくらいだから余程のもんなのかい?」

「私も気になるなー。ほら、美國島に行く前に服部君のお母さんが来た時に料理が上手なのは何となく分かったんだけど」

「ウチはそのお人にお会いしたことはありますけど、流石に料理の腕までは分かりませんなあ…」

「え?会ったことあるの?」

「まあ、大阪府警本部長の奥方ですから。大岡家の後継として何度かお会いしたことがあるんよ。まあその時は余所行きの対応をしとりましたから人となりまでは…」

「へえ…やっぱり紅葉ちゃんもお嬢様なんだねえ…」

「嫌やわ、蘭ちゃん。ウチの家系なんてちょっと長く続いているだけですよ」

 

いやあ、あれをちょっと古いだけというには語弊があるんじゃないかなあ。本家なんてちょっとした大学の敷地面積位はあるし。

 

「静華さんのテッチリかー。まあ今日の夜になればわかりますが…平ちゃんのお父さん、服部平蔵は俺の父緋勇龍麻と幼馴染みなんです。その関係で静華さんとは面識があって。その関係で料理も教えていたみたいですよ。それから、俺もそのテッチリを楽しみにしてます…これで小五郎さんの質問の答えになりません?」

「ほっほー!龍斗君がそこまで言うのならかなりの物なのか!こら俄然楽しみになってきた!!」

「私も楽しみになってきた!」

「ウチもそれを聞いて楽しみになってきました。緋勇の料理を教わりたいって人は世界中におりますけど、お店を持っていない彼らから継続的に教わるのは不可能やって有名なんです」

「へえ、なんか初耳かも」

「唯一の機会が彼らが雇われた晩餐会なんかのスタッフとして一緒に仕事をした時に助言を貰うことらしいんや。やから、ウチや小さい時から龍斗に教えてもらってきた蘭ちゃんは他の料理人を目指す人には垂涎の立場やって事なんやよ。もしバレたら探偵事務所に人が押し寄せるかもしれへんな?」

「もー!紅葉ちゃん恐いこと言わないでよー」

「あ、そう言えばな。今日大阪に行くいうたら…」

「えー、そうなの?それは…」

 

紅葉と蘭ちゃんはまた別の話題に移ったようだ。小五郎さんも新聞読みを再開したようだし俺も新ちゃんと雑談に興じるかな。

 

 

――

 

 

「ついたー!」

「久しぶりに来たなー」

「で?その剣道大会まではどうやって行きゃあいいんだ?」

「あ、それならはっと…平次兄ちゃんが教えてくれたよ。東尻行きのバスに乗って七つ目のバス停だって」

「ああん?次のバスは…って、30分も後じゃねえか!!待ってられるかよ、タクシーだタクシー!」

「ああ、毛利さん待ってもらえます?…ほら」

 

新幹線内で事件に遭遇することもなく、無事新大阪駅につき剣道大会が開催されている浪花中央体育館に向かうことになった。平ちゃんが教えてくれたバスは時刻表によればそれなりに待つという事でせっかちな小五郎さんはタクシーを選択しようとした…が。

 

「お待たせしました、お嬢様」

「いいえ、伊織。いいタイミングです…というわけで、目的地まではこのリムジンで移動しましょう」

「お、おおう。ありがとう」

「わあ!やっぱりお嬢様~」

「もう!蘭ちゃんたらまたそないなこと言う…!」

「まあまあ。とりあえずお願いします伊織さん」

「はい。浪花中央体育館ですね?お任せください」

 

と、いうことで俺達はリムジンで移動する事となった…大阪市内の移動は普通の車両を使った覚えがないな。

 

 

 

 

リムジンに乗って十数分。新ちゃんが携帯を取り出してどこかにかけ始めた。まあどこかというか、平ちゃんだろうけどね。

 

「もしもし…いや、紅葉さんがリムジンを手配してくれてな。今はそれに乗って移動中だよ……いや、流石に途中でおろしてくれって言えるわけねーだろ?もうオレ達は伊織さんの運転に任せて後は勝手に着くのを待つだけだよ。それよりもオメー本当に決勝に残ったんだろ―な?おい服部?どーなんだ?はっとりー?…あれ切れてやんの」

「どうだった?コナン君」

「うん、なんか勝手に切れちゃった」

「どうしたんだろ?試合時間が近くて切ったのかもね」

「うーん…」

 

なにやら電話を切られたことに違和感があるのか悩みだした新ちゃん。まさか、剣道大会をほっぽって殺人事件を調査しているなんて…あるわけないしね?

 

 

――

 

 

「「和葉ちゃーん!」」

「蘭ちゃん、紅葉ちゃん!!」

 

無事、浪花中央体育館につき敷地内に入ると走り回っている和葉ちゃんを丁度見つけた。

 

「お久しぶりや、和葉ちゃん」

「どう?服部君の剣道部は勝ち残ってる?」

「お久しぶりや、紅葉ちゃん。それに蘭ちゃん。一応次は決勝なんやけど平次がどっか行ってもうてん」

「え?」

「きっとさっき起こった殺人事件の事嗅ぎまわってんのやと思うけど…」

「「「「殺人事件!?」」」」

 

まーじーかー。なんでこう…こうなるんでしょうかね?

 

「ここのプールの横の更衣室で人が殺されたんやって…」

「だったら、そこにいるんじゃねーのか?」

「とにかく、そこに行ってみようよ!」

「じゃあ、ついてきて。こっちや」

 

そう言って先導を始める和葉ちゃん…いや、平ちゃんがいるのはそっちじゃないな。屋内にいる。しゃあない。俺は横にいる紅葉に小声で話しかけた。

 

「…紅葉、紅葉」

「ん?なんや、龍斗」

「平ちゃんがいるとこ分かったんだけど誘導できないし俺だけ行って呼んでくるよ。事件現場に行けば新ちゃんが何かしら事件の糸口に気付くかもしれないし一緒について行って?」

「ん。分かった。上手く伝えとくわ」

「ありがと。じゃあ行ってくる」

 

俺は静かに集団から離れ、先ほど平ちゃんの匂いはした建物へ向かった…ここは別館?何でこんなところに。平ちゃんがいるのは…体育倉庫?

 

『…あんたが犯人やっちゅう何よりの証拠やで!』

 

…ああ、犯人と対決してたのか。でもなんで体育倉庫なんだ?

俺は平ちゃんと犯人の会話を彼らに見えないように隠れて聞いてみた…ふむふむ、殺された垂見という人物がしごきで剣道部員をなぶり殺しにしたと。同じ剣道部員としてその場にいながら止められなかった犯人たちも同罪という事でしごきがバレたら道連れにすると就職が決まったこの時期に言われ、そうなる前に殺したらしい。…あん?

 

「居合の刀は…一振りやなかったっちゅうこっちゃ!!」

「くっ!」

 

犯人は剣道袋から刀を抜いて平ちゃんに切りかかった。…おい。

 

「はあぁああぁ…あ?」

「あん?」

 

上段から振りかぶった刀を思い切り振りきろうとした犯人とそれを受け止めるべく携帯を盾にしようとした平ちゃんが変な声を上げた。それにしても剣道の上段って刀の先が頭より後ろに来るんだね。お蔭で()()()()()()

 

「んな!?」

「た、龍斗!?何で来ないなとこに?」

「それはこちらのセリフだけどねえ、平ちゃん?剣道の試合はどうしたのさ」

「なにをごちゃごちゃ言うとんねん!?…なんでや、なんで動かんのや!?」

 

犯人は刀を両手で握り、思い切り振りかぶろうとしているが俺が刀を人差し指と中指で掴んでいるせいでピクリともしない。その様子を真正面から見ている平ちゃんも真剣での命の危険からくる緊張も解け、今ではあきれ顔になっている。

 

「…はあ。まあええわ。最後は締まらんかったけど。龍斗。こいつ殺人犯や。捕まえるで」

「な、何言ってやがる!?俺は刀を持ってるんやぞ?!」

「その刀を両手で全力で振りかぶってんのに二本の指で抑えられてんのはどこのどいつや?しかもその相手に完全に後ろとられてんやで?観念しいや」

「…平次ぃっぃいいいいぃぃ…い?」

「へ、平ちゃん?」

「おーう、大滝ハンに和葉!」

 

そうして、刀を振りかぶったままの犯人は体育倉庫に来た大滝さんに手錠をかけられ連行されていった。

 

「ほんならなー!あとはたのんまっせ、大滝ハン!」

「…さって?やっと見つけたで、平次!さあ試合や試合!!」

 

え?試合時間過ぎてるのにこんなことしてたのかい…ん?本館の方から気絶した剣道部員に肩を貸している団体が出て来たな。平ちゃんがそれを見て…

 

「ん?アカン、もう終わってしもうたみたいや…でも、ま」

 

そう言って和葉ちゃんと一緒に来ていた新ちゃんに目線を向けて。

 

「しゃーないわ!試合に負けて、勝負に勝ったっちゅうこっちゃ!(最後はアシストされてもうたけどな)」

 

なんのこっちゃ。

 

 

――

 

 

「おーいーしー!!」

「ほんまやねえ。こないな美味しいテッチリ、京都の料亭でも中々お目にかかれへんよ?」

「こりゃ最高だ!龍斗君が言っていた通り!!」

「当たり前や、オカンのテッチリは天下一品やからな!って、なんや和葉?箸もつけんと寝てしもうてからに」

 

大会終了後、俺達は何事もなく服部邸にお邪魔になり毛利一行にとってはやっとのテッチリを頂いていた…うん、父さんのをベースに服部家に合う味になるように工夫を凝らした静華さんの料理、とても美味しいです。それにしても自然に平ちゃんの肩に寄りかかっているねえ、和葉ちゃん。

 

「平次のせいやで?和葉ちゃん、あんたを探して走り回ってたんやから」

「しゃーないやろ?殺人事件解かなあかんかったし」

「いやー、それにしても流石は本部長の息子さん!電光石火の解決劇でしたなー!」

「いやいや、毛利さん。こいつの推理は勘働きに頼ったママゴトみたいなもんです…まだまだ毛利さんの足元にも及びませんわ…」

 

平ちゃんの頭に手を当てながら言う平蔵さん。あ、ぶすっとした表情になって新ちゃんを見てる。あれだな?小五郎さんより下=新ちゃんより下、って思ったな?

 

「けど平蔵…話を聞くにお前のガキん頃にそっくりやで?こら後が怖いなぁ…」

「おいおい、酒はあかんぞ?銀四郎」

 

確かに。和葉ちゃんを迎えにきたお父さん、銀四郎さんがお酒を飲んでしまったら車に乗れなくなってしまう。職業柄(いや、職業関係ないけど)飲酒運転なんてするはずもなし、どうするんだろ?

 

「心配するな。帰りはお前に送ってもらうつもりやから」

「……」

 

んー?なんだ、この2人の間にながれるこの微妙な空気は。って、平蔵さん酒飲めないじゃないか、それだと。

 

「…ねえ、龍斗ちゃん?どう、このテッチリ」

「え?ああ、とても美味しいですよ。夏の時期に失いがちな成分も考えて去年の冬に頂いたテッチリとは微妙に変えてますよね?底なしに食べられそうです」

「あら、ほんま?龍斗ちゃんにそこまで言われるなんておばちゃん嬉しいわあ」

「え?そうなんか?龍斗」

「うん。それに今日は平ちゃんが大会に出た後だってことも考えて工夫を施されているよ?やっぱりいいねえ、家庭料理って」

「…なんや、懐かしいやないか?のう、平蔵」

「ああ、ガキん時を思い出すな」

「え?」

「なんや、おとん。ガキん時て」

「ああ、オレと銀四郎それに龍斗君のお父さんの龍麻は幼馴染みやって事は話したやろ?ほんで龍麻も季節に合わせて、オレ達の体調に合わせていつもメシを振る舞ってくれたんや」

「おかげでオレも平蔵も年中体調を崩したこともなく、面白おかしい青春時代を送ったってわけや…あいつの飯を食わなくなった大人になって初めて風邪とか引いた時はビックリしたよなあ、平蔵?」

「ふん。いまじゃあ笑い話じゃ…それにしても」

 

うん?細い目を片方あけ俺の横の方を見る平蔵さん。上品にテッチリを味わっていた紅葉もそれに気付き箸と椀を置いた。

 

「公の場でしか面識がありませんでしたが。大岡紅葉と申します。龍斗とお付き合いさせて貰っております」

「まさか、龍斗君に彼女ができるとはのぅ。しかもそれが大岡家のお嬢様とは」

「それは確かにな。いっちゃあ悪いが龍斗君はウチのワルガキどもの面倒を見てもらっていた時から大人っぽかったというか。どうしても同性代の子たちと付き合うなんて思わんかったわ」

「それは、龍斗の近くにウチがいなかったからです。まあ、今はウチがいますけど?」

 

そう言って俺の腕に抱きついて半ば睨めつける紅葉。なんで喧嘩腰になってるんだ?

 

「はっはっは。小さいころを知ってると彼の恋人になる人物なんて想像がつかなかったですよ。まあ、相性はいいみたいですよ?彼女は龍斗君にぞっこんですよ」

「ほう?そう言えば毛利さんの娘さんは龍斗君と東京での幼馴染みだとか。私たちの知らないことを知っていそうですな?」

「いやあ、平蔵もそんな年頃の娘をねめつける様なことしなさんな。すまんのう、紅葉さん。オレも平蔵も小さいころからかわいがっとる龍斗君が彼女を作ったとなればその相手も気になるってもんでね」

「平蔵?女の子においたはあかんで?…それで毛利さん?東京での龍斗ちゃんはどないな感じなんです?」

「ああそれはですね…」

「せやねえ…」

「えっとね…」

 

そんなこんなで話が途切れることなく、楽しい夕餉は過ぎて行った。

 

 

――

 

 

「あの丸いんが大阪ホール!その向こうにぎょーさん並んでるビルんとこが大阪ビジネスパーク!ほんでここが大阪のシンボル、大阪城!どーー!ええとこやろ、大阪は!」

「そのセリフ、前にオレが案内したときと一緒やんけ…」

「え?」

「それに、高いトコからの大阪の景色はオレが前に通天閣から見せてんのや!はあ、お前に頼んだのが間違いやったか…」

「せやかて、天神祭も祇園祭も岸和田のだんじりもなくて、大阪城しかなかってんもん…」

「んじゃー、オメーなら今度はどこに連れてってくれたんだ?」

「そーやーなー、オレやったら。ほら、あっこに見える大阪府警本部を隅から隅まで案内したったるけどなぁ…」

「アホ!そんなん面白がるのはあんただけやで…」

「(みてえ…)」

「まあまあ。ウチは楽しいですよ?前回は参加してなかったですし、和葉ちゃんが頑張ってくれて嬉しいわぁ」

「ううう、紅葉ちゃーん!!」

「おっと…よーしよしええこやねー」

 

感極まって紅葉に抱きつく和葉ちゃん。うんうん、仲がいい事はいいことだ。

 

「それにしても、大阪城って写真やTVで見るよりずっときれいだね!」

 

俺達は服部邸で一夜を過ごし、大阪案内をしてくれるという和葉ちゃんの先導で大阪城に来ていた。大阪の改修の年数を曖昧に発言した和葉ちゃんに、正確な年数を教えてくれた少し風変りのおじさんが参加しているツアー団体とかちあったりしたが和葉ちゃんの大阪観光ツアーにしゃれ込んだ。

 

 

――

 

 

「こんの、ドアホ!大阪城に逆戻りさせよって…だいたいなぁ、鞄に入れてた財布普通落とすか?」

「平次が「はよせえはよせえ」言うから、どっかに忘れてしもてんもん!」

「そんで?なんぼ入ってたんや?」

「五千円…」

「いややあ!大事なお守り入ってんのに…」

 

彼女がたてたツアー通り、俺達は楽しく観光していたがとあるタイミングで彼女の財布がなくなっていることが分かり財布がありそうな大阪城へと俺達は戻ってきていた。お昼は天気が良かったのに今はもうすぐにでも降ってきそうだな…あ。

 

「おい、みつからんやからって泣くなや!」

「え?ウチ泣いてへんよ…これ、雨や。目のふちに落ちたんやね」

 

降り出してきたな。これは結構長引きそうな雲模様だ。

 

「こりゃー、しばらくやみそうにねーぞ?」

「あ、わたし傘なら持ってるよ?」

 

そう言って蘭ちゃんが出してくれたのは女性用の小型の折り畳み傘だった。まあ、俺と小五郎さんみたいな大柄な男性が入れるわけもないので俺は入るのを遠慮させてもらったが。

 

「あかん。どないしよ」

「ねえ、もしかしたら財布忘れたのあのお店かもよ?」

 

新ちゃんがそう言いながら指差したのは俺達がいる場所からすぐ近くにあるお土産屋さんだった。

 

「ほら、和葉姉ちゃんあそこで使い捨てカメラ買ってたよね?」

「そうゆうたらそうやわ…」

「そやったら、ウチらが見てきますさかい…ほら龍斗も傘に入って!ほんなら行ってきます」

 

そう言って三人娘は走って土産屋さんに走って行った。さあて、俺たち男性陣はどうしますかねえ。ってお?

 

「ん?さっきのやつらや」

 

平ちゃんも気づいたように、俺達が大阪城観光していた時に遭遇した「八日間太閤秀吉巡り」ツアーのメンバーが集まっていた。俺達が近づいてどうしたのかを聞いてみるとどうやら俺達が会っていない唯一のメンバーが俺達と別れた後も合流していないとのことだ…って!?

 

――――――ボン!!!!

 

「ん?」「なんや?」「なに?」

「上だ!大阪城の屋根の上!!」

「ひ、人や!人が燃えてんぞ!…って龍斗!?」

 

俺は屋根を転がり落ちてくる人物が落ちてくるであろう場所に走りだし、天守台をやや駆け上がり受け止めた…ってあっつ!

受け止めた人物へ衝撃を与えないように着地して俺は火消しを行う…これは喉が焼けて声は出ないか…

 

「龍斗!無事か?…おっさん救急車や!」

「良し分かった!」

 

火は消えたが、彼の様子を見るにこのままだと呼吸できないで窒息してしまうな…って。

 

「なんや、何があった!?…って傘?」

 

言葉を伝えられない彼は渾身の力を振るって平ちゃんが持っていた傘を掴みそのまま…とはいかんよ?

 

「平ちゃん傘借りるよ?ここからは探偵に出来る事はない」

「な、なんやと龍…斗!?」

 

俺は蘭ちゃんの折り畳み傘を借りるとシャフトを10cmほどに切断した。彼の状態は気道熱傷の中でも上気道閉塞が起きている。マウストゥマウスじゃ、呼吸の確保は無理だ。粗っぽいけど、俺は中空となっているシャフトを彼の無事と思われる気道に突き刺した。

 

「お、おい!?」

 

おっと、熱傷による痛みのためにショックが起きないように軽いノッキングもかける。後は、心臓が止まらないように注意しながら人工呼吸を行う。肺胞の動きも新ちゃんたちに気付かれないように操作してね。

 

「た、龍斗…」

「オレ達に手伝えることはねえのか?」

 

残った()の部分で俺の作業点に雨が当たらないようにしてくれている二人が言う。

 

「ごめ(ふー)ん、繊細(ふー)、なさぎょ(ふー)うだから。(ふー)救急(ふー)隊員に(ふー)上気道(ふー)閉塞(ふー)の説明(ふー)お願い。(ふー)手がはな(ふー)せない」

 

「わ、わかった」

 

それから10分後、救急隊員が到着して彼を搬送する事となった。運が良かったのは経鼻エアウェイの気道確保を得意とする救急救命士が居たこと、すぐに医師の許可が取れたことで俺の応急処置は終わった…が。

 

「ちょ、ちょっと!君も腕に首に…顔まで火傷してるじゃないか!救急車に乗ってもらうよ!」

「え」

「ホラさっさと乗る!」

 

そう言えば受け止めた時に火傷してたな…これは迂闊だった。紅葉になんて言おう…

 

 

――

 

 

あの後、俺は病院に連れていかれ火傷の治療を受けた。思ったより深刻な火傷と言われ跡が残ってしまうと言われたが…まあそこは、ね。それと緊急措置として喉元に金属片を突き刺したのはやっぱり怒られた。一歩間違えれば君が彼の命を奪っていたのだと。

…うーん、人の構造なんかよりもっと複雑な食材を解体してきたものとして、それは1ミクロンも起きえないことなんだけどまあ結果、彼が生きている状態で救急隊員が間に合ったのは俺のお蔭という事で褒められもした。うん、いいお医者さんみたいだ。若いのに跡が残ってしまう事にすごく申し訳なさそうにしてたし。

 

「龍斗。大丈夫ですか?」

「…うん。跡が残るっていわれたけど…ね?」

「ああ、そうですね。そう言われてしまうと困ってしまうなあ」

 

苦笑いを浮かべる紅葉は俺が一段落してすぐに連絡を入れて呼んだ。大丈夫だと分かっていても心配をするという事は痛いほど訴えられたので、連絡を入れられるようになったら直ぐに入れるという事を実践した結果だ。

 

「それで?向こうの方はどんな感じ?」

「途中で抜けてきたから何とも言えへんけど…実はツアーの中でも紅一点だった人がおったやろ?その人も殺されたらしいんや」

「連続殺人?いや、まあ彼はまだ生きているけれど」

「そういえば龍斗が助けたっていう彼の様子は?」

「多分大丈夫だろうけど、火傷は油断できないからね。1,2週間後に急変、ってこともありうる怖いものだからあとは病院の腕の見せ所だよ」

「そうなんやね…命を奪う事の簡単さに比べたらなんて難しい事なんやろうね、命を助けるってことは」

 

その言葉とともに顔に陰を浮かべる紅葉。全く、その通りだよ。

 

「…うん。料理人として命を頂くことをしっかり胸に抱いて行かないとね。だから言うんだよ、『いただきます』ってね」

 

その言葉を聞いた紅葉はただ静かに俺の肩に頭を預けた。

 

 

――

 

 

「あんのくっそオヤジ。今度こないな目に遭わせよったら耳の穴に指突っ込んで奥歯カタカタ言わせたんぞ!」

 

ははは、捜査のために平ちゃんの気質を利用して囮にするなんて…どうやら平蔵さんの方が一枚も二枚も上手だったみたいだね。まあ絶対の安全は確保してただろうけどね。

 

「…それにしても堪忍なあ、龍斗。その火傷残ってまうんやろ?」

「なんで平ちゃんが謝るのさ。悪いのは犯人だし、その原因を作った被害者でもある彼だよ。それに俺だよ?常識がやけどの跡が残ると言って残ると思う?」

 

その言葉を俺の強がりか、励ましかと受け取ったのか平ちゃんはそれ以上はもう何も言わなかった。

 

「…それより!次こそは()()に大阪に来たいな?」

「…!おうよ、今度こそ任せとけ!!」

 

 

 

 

あれ?でも前回は平ちゃん、今回は俺。ってことは次は新ちゃんが怪我するのか…?ま、まさかね…?

 




はい、二つの事件とも龍斗はほとんど触れませんでした。一応、秀吉さんは生き残りましたが結局彼も警察行きが決まっているという…あ、新一君は前回大阪に来た時に刺されることが回避されているので怪我フラグ自体そもそもないですね。



それにしても継続して書かないとこんなにも書けなくなるものなんですね…読んでいて文章に違和感があるようでしたらどんどんご指摘いただきたく思います。


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番外編3 金田一少年の事件簿:黒死蝶殺人事件

金田一少年の方です。

調子に乗って書いてしまいました。まさか、こんなに短い番外編の更新間隔になるとは…

日曜日に本編も更新します。


『次は終点、金沢~金沢~』

「ん…着いたか……」

 

今日はお仕事で金沢に来ています。なんでも石川県の中でも1、2を争うほどの旧家で富豪ある斑目家のご当主から自分の人生の集大成ともいえる、とあるお披露目パーティを自宅でするためその場での料理の依頼が来た。次郎吉さんが珍しくあまり行ってほしくなさそうにしていた(なんでもそのご当主が嫌いらしい)が、パーティ当日とその前日の二日間の拘束で中々の依頼料だったので受けた。うん、まあ日本海の海の幸が楽しみってのが本命だけどね。前日に入って貰いたいのは彼の家族の昼、夜を作り俺の腕を確認したいから、って言うのはちょっといらっとしたけどね。次郎吉さんが嫌いなのはそういう所なのかな?度肝を抜いてやる。

金沢駅で降りた俺はタクシーで斑目家のある少々繁華街から離れた、率直に言えば田舎の雰囲気のある彼の居宅に向かった。

 

―――ピンポーン―…

 

『ハイ、どちら様で?』

「ご依頼を受けてまいりました、緋勇龍斗と申します」

『緋勇様ですね…ではその左手の扉からお入りください』

 

――ガチャ…

 

斑目邸の住所まで来た俺はタクシーを降り、壁に設置されているインターホンを押した。インターホン越しに用件を伝えると、扉が自動的に開いた。へえ、自動扉なのか。珍しいな。

扉を通るともう一つ扉があった…二重扉?その扉を開けると、目の前には、園子ちゃんの別荘くらいの大きさのお屋敷と様々な花が植えられている庭園、そして無数の蝶が待っていた。

 

「すっごいな、この蝶の数は…」

「ご主人様の全てでございますので…」

「ん?」

「いらっしゃいませ、緋勇様…使用人の刈谷と申します。それでは主人様のところへご案内します…」

 

蝶を見ていると、お屋敷の方から刈谷と名乗る使用人の方が現れた。その人の案内についていくと。

 

「おお、わざわざ遠くからよくぞいらしてくださいました。私が斑目家当主、斑目紫紋です」

「この度はご依頼、ありがとうございます。緋勇龍斗です。さっそくですがご依頼ではご一家の今日の昼夜、明日の朝昼、そして夕方からのパーティでのお料理を任せていただくということで間違いないですね?」

「ええ、その通りですよ」

「分かりました…それではお昼をお作りさせていただきたいのですが…ご当主は蝶に何やら造詣が深いそうで」

「ええ、私の全てと言っても過言でもありません。見てください、この庭園もいやこの屋敷自体も蝶のための作りをしているんですよ」

「ええ、とても素晴らしいですね。それでなんですが、飾り細工のモチーフとして蝶を使うのは大丈夫でしょうか?」

「??それはどういう?」

「いえね、自分の好きなものでもその形をしたものを食すのに忌避感を感じる方もいらっしゃるので」

 

子供が可愛いうさぎさんの形をしたデザートを可愛いから食べられないと同じ理屈だな。

 

「事前にお聞きしているんです」

「なるほど、そういうのは私にはないですね」

「そうですか、それは良かった。何かリクエストはありますか?」

「そうですね…」

 

少し逡巡したあと彼は壁にかけてあった蝶を指さしてリクエストしてきた。自分のは、リアルにしてほしいとも。

 

「…それでは、そういうことで。厨房には…緑!」

「…はい」

「家内の緑です。彼女に案内させますので。それでは私はこれで」

「ええ。楽しみにしていてください」

 

ご当主はそのまま屋敷の中へと戻って行った。さて、と。俺の依頼だと、作らないといけないのは斑目家一家の分。鈴木家サポーターの皆さんが調べてくれた家族構成だと、当主紫紋、その妻緑。子供は三姉妹で上から舘羽、揚羽、るり。そして舘羽さんの婚約者である小野寺さん。るりさん…年齢は12歳だからるりちゃんかな?この子も美味しく食べれるように注意しないとね。

…それにしても、ご当主は定年を迎えていそうな不健康なご老人という感じなのに奥さんはなんというかすごい色気のある方だね。

 

「それではご案内しますわ…」

「ありがとうございます」

 

うん、にこりともしないね。なんとも陰鬱した雰囲気があると言うか…退廃的な…あれ?

 

「緑さん…でよろしいんですよね?」

「ええ。あなたは緋勇さん?」

「はい、今日明日よろしくお願いしますね。なんでも旦那さんの人生の集大成だそうで。とてもめでたいこ…とですね?」

「…っ!!え、ええ!全くその通りでございますわ」

 

…おいおい、なんだい今のは。仮にも自分の旦那に向けるような気配じゃないぞ?すげえ()()だこと…お金持ちによくある、どろどろしたものでもあるのかねえ。俺の周りじゃ無縁だからこういう時本当に面食らうわ。

 

「…お母様!」

「あら、るり…ああ、緋勇さんこの子は私の娘の末っ子であるるりと申しますわ」

 

()()()ねえ……俺はこちらに走ってきた瑠璃ちゃんに目線を合わせるように膝をついた…この目は……こういう時は()()、だな。

 

「こんにちは、るりちゃん。俺は緋勇龍斗っていうんだるりちゃんの今日のご飯を作るために来たんだ。よろしくね?」

「…私のご飯?」

「うん。るりちゃんは好きな物とか嫌いな物とかはあるかな?何でもわがまま言っていいよ?何でも聞いてあげる」

「…なんでも?」

「ああ、もちろん!」

「じゃ、じゃあね。私、お魚が苦手なの…それと…」

 

それからいくつか好きなもの、嫌いなものを教えてもらった…嫌いなものにご当主が入っていたのは困ったけど。しかもあの男って…

 

「…じゃあね、おにいちゃん!楽しみにしてる!!」

「ああ、腕によりをかけて作るよ!」

 

そう言ってるりちゃんは走って去って行った。

 

「…驚きました。るりがあんなふうに表情を崩してあなたにこんな短時間で懐くなんて。あ、ひ、緋勇さん。さっきるりが言ったこと…」

 

さっき言ったこととはおそらく嫌いなものにご当主を言ったことだろう。

 

「大丈夫ですよ、誰にも言いません。彼女の言葉には嫌悪の中に彼女自身は気付いていない恐れがありました。あまり家庭の事情に突っ込みたくはありませんが…ひどく苦しんでいるようでした」

 

るりちゃんは普段、表情の動きのない子供なのだろう。それはある種の自己防衛だ。そう言う子は前世の孤児院で何人も目にしてきた。自分への体罰か、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か。多分後者だろうな。

彼女が俺に心を開いたのは簡単だ。人の鼻では関知できないある種の鎮静効果、リラックスできる香りをグルメ細胞で精製して彼女に向けて発しただけだ。これも前世で心を開いてくれない孤児院の子供たちへよくやっていたのですぐにできたわけだ。

 

「そう言う苦しんでいる子供を料理で笑顔にする…料理人冥利に尽きるじゃないですか。これは燃えてきましたよ…あ、それと周りに俺達の会話を聞いていた人はいません。だから安心してくださいね?」

 

そう言って、緑さんにもるりちゃんに発したものと同じ香りをだした。一般人には分からない、微妙にぎこちない動き…るりちゃんが苦しんでいるのは…

 

「え?ええ、わかりましたわ…緋勇さんは不思議な方ですね。傍にいるととても安心しますわ」

「ははは、よく言われます」

 

…はぁ、これは中々複雑な所に来てしまったようだ。

 

 

――

 

 

「おにいちゃん、お昼すっごく美味しかったよ!お礼にるりが屋敷を案内してあげる!」

 

斑目家の食堂で、会っていなかった長女舘羽とその婚約者小野寺、次女揚羽と自己紹介をし合い、昼食会は始まった。高齢のご当主の事を考えて、見た目ではわからないような食べやすい工夫を施したが、意外や意外。健啖家だったらしく一族の中で一番に食べ終わっていた。内容も大満足だったらしく、夜も期待しているとの言葉を残し彼は自室へと戻って行った。

彼が部屋を辞した瞬間、感嘆の声しか上がっていなかった食堂は話し声で騒々しくなった。やはり、ご当主は皆から恐れられているようだ。皆さんに料理は合っていたらしく、お褒め頂いている中であのるりちゃんの宣言だ。お姉さんである2人は目を丸くして驚いていた。

 

「え、えっと?るり?るりだけじゃ不安だから私もついて行っていいかしら?」

「えー?私だけじゃあ不安ってなんで?」

 

そう言いだして舘羽さんと頷き合い、緑さんへと視線をやったのは次女の揚羽さん。いや、多分るりちゃんだけじゃ不安って言うのはるりちゃんの案内が不安()()()()、俺と二人っきりにするのが不安なんだろうね。そりゃあそうか。自分たちの知らないところでおそらくは取っ付きづらいはずの妹が数時間で人に懐くなんて怪しすぎるわな。

その視線を受けた緑さんは流石は母親というべきか、彼女たちの不安を正確に読み取ったらしい。

 

「緋勇さんなら大丈夫だと思うわ。でも、せっかくだから揚羽もついて行ってあげて。よろしくお願いしますね、緋勇さん」

「え?ええ、わかりましたわ」

 

案内をするのになぜ俺にお願いというのが分からないのだろう。皆が一様に首をかしげていた。揚羽さんも何かしら苦しいことがあって、それを軽くしてくれって事かな?

 

 

――

 

 

「それでね、ここはるりのお気に入りの場所なの!ここにいると不思議と蝶が寄ってこないから」

 

俺はるりちゃんと揚羽さんに連れられて軽く屋敷の中を案内してもらった後、庭園と出ていた。相変わらず庭園では蝶が舞い、季節に合った花が咲きその蜜を吸っていた。そうして色々な所を回って、とある一角へと案内された。そこには花もなくただ草っ葉が生い茂るだけだったが…ふむ?確かに蝶の嫌がる匂いがココにはするな…ああ、なるほど。感覚を開放してみると分かるな。屋敷に放し飼いになっている蝶が逃げないように、屋敷を囲う壁の上からは蝶が嫌がるフェロモンが出てる。ここはそのフェロモンを通す通り道で、どこからかその匂いが漏れて樹に付着して結界のようになっているってわけか。

 

「確かに不思議な場所だねえ。でもここならひらひら舞う蝶に気にせずにゆっくりできるかもね」

「そうそう!私が遊んでてもしょっちゅう飛んでくるし、払いのけようとしたら使用人の人に怒られるから嫌いよ!」

「そうなんですか?揚羽さん」

「え、ええ。あの蝶たちは全て父のコレクションですから。使用人の人たちはコレクションが傷つかないように気を張って作業していますわ」

「蝶のコレクションって…結構な量がお屋敷の壁一面にありましたよ?」

「あいつは強欲だからっ!どれだけ集めても満足できないのよ!!」

「ちょ、ちょっとるりちゃん。言葉遣い言葉遣い。女の子がそんな言葉を使ってたらダメだよ。癖になっちゃうし」

「…でも、るりの言う通りですわ。今の物だけでは満足できないで際限なく集める。まさに強欲の権化…」

 

…いや、うん。さっきと同じようにリラックス効果の香りを発してはいるけど、揚羽さんも日頃の鬱憤がたまっているのかな。毒舌が止まらない…

 

「お姉様もせっかく結婚なさるのに小野寺さんとこのお屋敷に残ることを選択された。私達だけを残していけないと…私もるりもお母様やお姉様だってあの男の「蝶」。この虫かごから逃げ出せるせっかくの機会だって言うのに…あっ!!」

 

はっとした表情で俺の方を見て…唖然とする揚羽さん。そんな俺の姿は地面に横たわり、るりちゃんを「膝飛行機」していたのだから…うん、なんでこうなったのかな?普通にじゃれついてきたるりちゃんと遊んでいるうちにこうなった。普通は幼児に対して父親がするものなのだろうけど、ご当主はそんなことをしないだろうし。そもそも子供たちの嫌悪が根強そうなのでふれ愛なんてなかったのではなかろうか。来年から中学生という子に対してすべき事ではないかもしれないけどるりちゃんは周りが思っている以上に幼いのかもしれないな…

 

「…っぷ、あははは。なにやってるのるり!」

「揚羽姉様、おにいちゃんすごいんだよ!全然ぶれないの!」

 

まあ、たかが小学生を乗せたくらいで揺らぐ様な柔な鍛え方はしていませんから。

…それにしても、「コレクション」か。という事は、ご当主はこの子へは親の愛情がなく所有物に対する愛着しかないのか…救えないねえ。何とかしてあげたいが都合よく現状が丸く収まる、なんてありえない。今だけでも彼女を笑顔にすることを頑張るしかないか。

 

「おにいちゃん、次は肩車して!」

「お安い御用さ、お嬢様」

「わーい!!」

 

先ほどの険のあった表情から一転して穏やかな表情で俺とるりちゃんを見る揚羽さん。束の間の安らぎでも、彼女たちに心休まる場を提供したいもんだね…

 

 

――

 

 

はしゃぎ疲れたのか、眠ってしまったるりちゃんを抱えて揚羽さんは彼女を部屋に連れて行った。俺は夕食を作り始めるまであと一時間あったのでテラスのようなところで一人ぼーっとしていた…おや?

 

「こんにちは、緋勇さん」

「ああ、舘羽さん…それに小野寺さん」

 

ティーセットを持って現れたのは長女の舘羽さんとその婚約者である小野寺さんだった。

 

「プロの料理人の方に出すのは恥ずかしいつたないものですが」

「いえいえ、丁度のどが渇いていたところでして」

 

俺はあいている席を二人に勧めた。

 

「それにしてもすごいのね。揚羽より年下の子が世界でも引っ張りだこの超有名シェフだなんて!」

「あはは、ありがとうございます。まあ、他の人よりは機会に恵まれてましたから」

「と、いうと?…ああ!ご両親も有名ね!やっぱり違うの?」

「そうですね。父や母について行って顔つなぎをする機会は子供のころから多かったですね。それに料理を教えてもらう機会も恵まれていました。とても楽しい、俺の宝物の思い出です」

「…っふん!つまりは親の七光りか」

「…ええ。俺が今あるのは恵まれた両親のもとに生まれたからですよ。もっとも…」

 

紅茶とともに持ってこられた角砂糖を一つ手に取り上に放り投げた。そして落ちてくるまでに蝶の形に細工をして手のひらに落とした。分かりやすく、目に留まらぬ残像をだして…まあ料理にはあまり関係ないパフォーマンスだけど。

 

「それなりに腕には自信はありますけどね?」

「っぐ!」

「わあ、すごい…!でも蝶、かあ」

 

あ、やっぱりかい。緑さん、るりちゃん、揚羽さんときたからあまり衝撃はなかったけどご当主、まさか全員に嫌われているとはね。

 

「…不愉快なガキだな!舘羽さん、もう行きましょう!!」

「もう、もうちょっといいでしょう?…あら、すごい手相!!私、手相を見るのが趣味なんだけど生命線が太く途切れないで…霊感のある線が3つも!!それに最も強く表れているのは奉仕十字線ね!この線がある人は家族思いだったり他人への思いやりが強い人なんだけど…貴方のこれはまさに菩薩のような人ね…だからるりも…」

「舘羽さん!」

 

はあ。菩薩のような人ですか。結構人の好き嫌いはあるんだけどねえ。

 

「…っもう!わかったわよ!……なんだかごめんね、緋勇君。でもるりが君に心を開いたのが分かった気がするわ。後一日だけだけどあの子に優しくしてあげてね?」

 

最初に来たときは悪戯っぽそうな表情をしていた彼女だったがその言葉を紡いだときの顔はしっかりとしたお姉さんの顔だった。

それにしても、ご当主は本当に嫌われてるな。これって目を通してなかったがもしかして三姉妹は緑さんの連れ子なのか?いやまさか…

 

 

――

 

 

「うむ、うむ。夕餉も申し分ない!これならば明日のお披露目も大成功というものよ!明日も頼んだぞ、緋勇君!はっはっはっは!」

「あ、ありがとうこざいます、明日も全力を注がせてもらいたいと思います」

 

うん。まあ、昼と夜とで食堂の様子はそう変わらなかった。変わったのは、食べる毎にるりちゃんが俺に感想を言ってきたことと、お姉さま方が俺へ向ける視線が柔らかくなったくらいかね。

しかし…これは……どういうことなんでしょうかね。一度部屋に戻り、資料を確認した俺が見たのは斑目紫紋と斑目緑、彼らが結婚したのは25年前。つまりは連れ子という説は消えた。それでもここまで嫌われるものなのかと思い、感覚を広げたんだのだが…まさかのクロ。いや、それよりもっと重要なことがあるぞ……これは流石に見過ごせんか。

 

「あの、舘羽さん、緑さん、それから小野寺さん。この後、お時間頂けますか――…」

 

 

――

 

 

「あっれー!?龍斗じゃねえか!」

「んー?…え!?」

「あ、ほんとだ!」

「おおおー!緋勇君じゃないか!!久しぶりだな!」

 

パーティ当日、俺は意外な顔ぶれと再会した。天草で出会った金田一一に七瀬美雪、そしていつき陽介さんだ。

 

「なんで一がココに?ちなみに俺は今お前が頬張っている料理を作りに、だよ」

「ああ!これお前が作ったのか!どうりで美味いわけだ!」

「そりゃどうも。それで?」

「ああ、俺達はこの屋敷にな…」

 

いつきさんの説明によると、とある雑誌に載った写真に一といつきさんが初めて出会った時の連続殺人事件の犯人が写っていたというのだ。正確にはその犯人は湖面でボートで自爆し、行方不明となっておりその人物と同一人物かどうかを確認しに来た、と。

 

「なるほどねえ。その人の行方不明前の持ち物があれば俺も協力できるんだけど…」

「あん?ひょうりょふって?」

「…一。口にものを入れて喋らない。いや、ほらさ。俺、警察犬より優秀だし?」

「…ああ」

 

得心が言ったような一。天草のあれを思い出しているようだ。それに…

 

「せっかく一たちと再会できて俺も嬉しいんだけどね。実は俺、このまま夜が深まる前に東京に戻るんだ」

「えええ!せっかく会えたってのに、なんでだよ!」

「これまた仕事が連続で入っててね。今日の夜帰らないと間に合わないんだ。まあ、石川だったり長崎だったり俺達が住んでいる所から離れた場所で会えるんだ。東京なら確実だろ?今度遊ぼうぜ」

 

パーティの片づけまで見届けられないのは残念だが俺の契約はパーティ料理を作る「まで」、ご当主的には若造に居座られたくないためにそんな契約にしたんだろうけど。今となっては後悔しているみたいだな。このまま辞することを挨拶に行ったら引き留められたし。うむ、見返しは出来たな。

 

「…おにいちゃん、もう帰っちゃうの?」

「……るりちゃん」

「お、お?さっきの美人三姉妹の末っ子ちゃんじゃ…いたたたた!」

「もうはじめちゃん、空気読んで!」

 

茶々を入れようとした一は七瀬さんに耳を掴まれて引っぱられていってしまった。

 

「ごめんね、るりちゃん。俺、もう帰らないといけないんだ」

「ね、ねえ!一緒に居よ?るりと一緒にいてよ!ここにいたら好きなだけ料理できるし、それに、それに…!」

 

そう言って涙ぐみ俺の服を掴むるりちゃん。

 

「…るりちゃん。短い間だったけど、俺はとても楽しかったよ。るりちゃんがつらい思いをしてるのもわかった。だけどね、俺がいなくなっても、これまで以上にるりちゃんを守ってくれる人がいるんだ」

「…るりを?」

「ああ。だから、俺がくる前よりずっと楽になるはずだよ。それでも辛くなったら…」

 

俺は俺の携帯番号とメールアドレスのメモを渡した。

 

「これなに?」

「これは俺のプライベート用の携帯の連絡先。中学生になったらるりちゃんも携帯電話を持たせてもらえると思うから。それまではお姉ちゃんたちに頼むといいよ」

「!!うん、毎日するね!!」

「あー…毎日はどうかな…俺も日本にいないときとかあるし。でも絶対返すから」

「わかった!じゃあまた会いに来てくれる?」

「ああ、それは約束しよう。またいつか、ね?」

「うん!」

 

指切りをして、るりちゃんと別れた俺は荷物を取りに自室に戻り荷物を担いだ。部屋を出た俺は玄関へ向かう途中に小野寺さんと出会った。

 

「…お前が昨日と今日、ここに来てくれたことを感謝する。本当に…感謝する」

「…今まで、そしてこれからも大変だと思いますけど、()さんたちみんな美人じゃないですか。頑張って守ってあげてくださいね?」

「…ああ!ありがとう」

 

手を差し出してきたので俺は握手に応じ、斑目邸を辞した。

なぜ、俺は彼と別れる時に能力を開放していなかったのか。その事に数日後苦い思いをするとはこの時思ってもいなかった…

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ね、ねえ龍斗。この殺人が起きた所って龍斗がつい最近いったお屋敷やない?」

「え?」

 

金沢の仕事を終えて数日、朝食の用意をしていた俺にTVのニュースを見ていた紅葉がそう教えてくれた。俺は準備の手を止めて、慌ててTVに目を向けた。

殺されたのは、斑目家当主斑目紫紋。彼の死体は蝶塚と呼ばれる場所で発見され。その死体が置かれたであろう時間帯を割り出しアリバイを調べた所、使用人の刈谷が容疑者に当初あがったそうだ。しかしその場にいた警察の協力者に、トリックを暴かれ逮捕されたのは…小野寺将之。犯行の動機は…

 

「父親の功績を奪った斑目紫紋への復讐…か」

 

別れ際に感じたのは「覚悟」だった。俺はそれを家族唯一の男子として守っていこうと言う気概を決めたものだと思っていた。いや、彼を殺すことがある意味そうなると言うのも分かる、分かるが。その手段を選んでほしくなかったな……

 

「な、なあ龍斗。どないしたん?」

「ん。いや、ちょっと思うことがあってね」

 

これはちょっと、あの人に会いに行ってみるか。

 

 

――

 

 

「こんにちはいつきさん。今日は会ってくれてありがとうございます」

「いやいや!緋勇君にはいろいろお世話になったしこれくらいどうってことないさ」

「龍斗、でいいですよ?なんだか長い付き合いになりそうですし」

「お、そうかい?それじゃあ遠慮なく。それで俺に聴きたいことがあるって?」

「ええ。あの金沢の事件についてです」

「ああ、龍斗君が帰った後に起きた…」

「はい、俺が知りたいのは小野寺さんの詳しい動機です。おそらくどのマスコミよりも詳しく知っていると思いまして」

「ん、まあ俺も当事者だからな。でもペラペラ話すにはかなり重い話だ。正直話せないことも…」

「…それは彼の左目が関わってきますか?」

「!?何故それを!!?」

 

でも、どう語ったんだ―?

俺は、パーティ前日のやり取りを思い出していた。

 

 

 

――

 

 

 

「どうしたんです?緋勇さん。私たちに話って」

「そうね。いきなりどうしたのよ?」

「全くだ。食後の穏やかな時間を邪魔しやがって…」

 

三人は俺が泊まる部屋に集まり、各々座っている。裏のチャンネルを開いての、周りからの隔離も展開済みだ。

 

「あの、ですね。とても言いづらい事なんですが…」

「なんだ?」

 

さて、どうしよう。「結婚はやめてください」なんて言われてはいそうですか。なんていくわけもないし…うーん、これは全部を知っているであろう緑さんから崩していくかな。

 

「あの、緑さん」

「?はいなんでしょう」

「俺は、ですね。その人の血液型を当てられるという特技がありまして」

「?ええ。それが??」

「おい、それがなんだっていうんだ!くだらないことを言うのなら帰るぞ!」

「小野寺さん。お願いです。最後まで部屋を出て行かずに聞いてください。これは貴方の人生を左右することになるかもしれないんです。いや、斑目一家全員の」

「なによそれ?どういうことよ?」

「…とにかく、聞いてください。…つづけますね?緑さんはO型、舘羽さんもO型。そしてご当主はB型…ここまではあってますね?」

「え、ええ」

「ふん。そんなもの、調べればどうとでもわかることだ!」

「…はい、小野寺さんの言う通りです」

 

そう言って彼に出したのは、斑目家の資料。そこには簡易的なプロフィールと血液型が載っていた。それに目を通した彼はそれ見たことかという顔をして。

 

「っは!しっかり調べているじゃないか!特技ってのはあれか?いかさまの事か?」

「…その資料によると揚羽さんはB型。そしてるりちゃんもB型。そうですね?」

「あ?…確かにそう書いてあるな。それがどうしたんだ?」

「…!!」

「ちょ、ちょっとお母様?顔色が悪いわよ?」

「そう、ですか。やっぱり知っていたんですね」

 

もしかしたら、知らなかった可能性もあった。その時は説明するのに時間がかかるかなと思っていたのだが彼女は知っていて誤魔化していたんだな。

 

「るりちゃんと揚羽さんの血液型はA型ですね?緑さん。そして、舘羽さんのO型もご当主由来のものではない…」

「え?」

「は?」

「……」

 

俺の言葉に一様に言葉をなくす三人。彼らが黙っていることをいいことに俺はある程度誤魔化して俺の能力を語った。幼いころからの訓練のお蔭で嗅覚が異常に発達している事。いつしかそれは体臭から軽い遺伝的素養まで見抜ける、ある種の超能力までに昇華したこと。そのことから血液型や血の繋がった兄妹、それも片親だけなのか両親ともに同じなのかもなんとなくだがわかるようになったということ。

普段は二人兄妹とかで外すことも半々であるのだが今回は()()もいたからほぼ確実で…

 

「私と、小野寺さんが父も母も同じ兄妹?」

「…嘘だ!!!!でたらめだ!!」

「…なら、その左目のコンタクトレンズ。外してみてくださいな、小野寺さん」

「!!」

「コン、タクト…?」

 

感覚を開放して分かったことだが、小野寺さんの左目には黒目に見せるカラーコンタクトが着けられていた。その下には…

 

「そのコンタクトの下には緑さんやるりちゃんと同じ緑色の瞳がありますよね?」

「…っ!」

「…もしかして、貴方、徹?徹なの?」

「…ああ!俺は須賀徹。正真正銘、あんたの息子だよ!あんたに裏切られて自殺した、須賀実を父に持つな!」

 

そこから語られたのは斑目紫紋と須賀実の確執。緑さんへの復讐心。自分の妹たちへの憎悪だった。須賀さんが発見したものを紫紋が横取りした。その発見を実さんは緑さんにしかしゃべっておらず、彼女に裏切られたと思い自殺。そしてすぐに紫紋と結婚し紫紋との間に三人の娘を作った彼女もその娘たちも殺したいほどに憎んでいた、と…あれ?

 

「おかしいな。俺は小野寺さんと舘羽さんたちの父親は同じだと思うんだが…」

「っは!そんなわけないだろう!!俺達のことを兄妹と見抜いたのは脱帽だが俺の父親である須賀実はもういない!まあ、そこの女が最初から紫紋とつながっていたなら話は別だ「違う!!」が、な…!!」

 

小野寺さんの言葉を半ば悲鳴じみた声で途切れさせたのは緑さんだった。うん、俺も違うと思う。小野寺さんもA型だ。つまり、紫紋の子種はありえないのだ。まあ第三者がいたのならどーしようもない穴だらけの推理なんだけどね。

そこから緑さんが語ったのは、まぎれもなく四兄妹は須賀実と血の繋がった子供である事。そのカラクリは、生前須賀実に提供して貰っていた精子。つまり彼女らは体外受精によって須賀実の死後に生まれた須賀実の子供だったという。

 

「…あんな男の子供なんて生みたくなかった。私が欲しかったのは実さんとの子供だけ。それに、紫紋にはあいつが死ぬ間際にこうささやくつもりだったのよ。「お前の血を引く子供なんて存在しない。あの子たちは皆あんたが殺した須賀実の子よ」ってね。それを言うためだけにあの悪魔のような男に抱かれて、この虫籠の地獄で生きてきた…ふふ。それだけだと子供たちを復讐の道具にしたと聞こえるかもしれないけれど。その子供達だけが私のこの生き地獄での光だったのよ…」

「お母様…」

 

そう言って、泣いている緑さんへと泣きながら寄り添う舘羽さん。

 

「な、んだよ。それ。なんなんだよ…」

「…緑さんの地獄って言うのは精神的なことだけじゃなくて肉体的なことも含めて、なんですよ小野寺さん」

「そ、それってどういう…」

「緑さん。失礼しますね…」

「え、きゃっ!」

「!!」

「お、お母様…」

「案内をしてもらったときに、所作に不自然さを感じまして。おそらくは長時間はりつけのような体勢を日常的にとらされているのではないですか?」

「…ええ、その通りよ」

 

まくった着物の袖の下から出てきた手首は、元は綺麗な白かっただろう肌がどす黒く変色していた。恐らく、治る暇もなく青あざを重ねて作ってきたのだろう。

 

「…着物を脱いでうつぶせになって下さい。骨格にひどいゆがみが出ています。矯正しないと歩行不全になりかねません」

 

彼女は俺の言葉に黙って従い、ベッドにうつぶせになった…これは、ひどいな。

処置の度になる骨の生々しい音や、苦悶の声を聞くたびに唯々涙を流す舘羽さんと何かに絶える様な小野寺さんを背に俺は黙々と整体を行った。45歳、か。見てくれは確かに綺麗な裸体だが、中は無理がたたって相当蝕まれている。よくもまあ、ここまでできるもんだ。

 

「…とりあえず、の処置はしておきました。これですぐどうこうとことは無いと思います」

「あ、ありがとう…ございます」

「ただ、できればもう無理な体勢を取らないように。ああ、手首はサービスです」

「え?うそ!!?」

「えなんで?お母様!!」

「な、なにが…」

 

三人が整体に気が行っている間に手早く治療をした成果だ。まああれくらいは四肢を生やすことに比べたらどうってことないしね。

 

「…まあ、俺としては実の兄妹が結婚するのは止めたいなーっと思った次第でこの場を作ったんですが」

「…だから、小野寺さん。いやもう、お兄様か。お兄様は私にキスすらしてくれなかったのね。にっくき妹だから。まあ私も、プラトニックな恋愛を望んでいたから気にもしてなかったけど」

「それは…!そうだな、その通りだ」

 

ああ。これはある意味良かった…のか?ご令嬢としての教育のお蔭で身持ちが固かったことがいい方向に効いた?感じか。

 

「えーっと。それでですね。俺のこの能力については余り他言しないで頂けると幸いです。自分もこの事は誰にも話しませんから」

「そう、ですわね。私も恩人さんを苦しめたくありませんし」

「私は微妙かなー。感謝してるんだけど。せっかくの結婚が白紙になっちゃったし」

「…舘羽?」

「嘘嘘冗談だって!私が小野寺さんにどんなにわがまま言ってもいいかなって思ってたのは本能で兄だって分かってたってことだと思うし。肉体関係を積極的に結ぼうと思わなかった理由も分かったしね。感謝してるわ」

「俺も。いや。この中で一番感謝しているのは俺だ…ありがとう」

 

結局、この事は俺達四人だけの秘密となった。ただ、須賀実さんの発見を紫紋にリークした人物は謎のままだったが…

 

 

 

――

 

 

 

いつきさんによると小野寺さんの犯行の理由はニュースに合った通り、「父の功績の横取りへの復讐」。大元はそれだったらしいのだが…

 

「にっくき男のいる居城に潜入してみれば、父と自分を捨てた母親とその男との間に生まれた子供が三人もいた。勿論彼女たちも復讐対象だったが、あの屋敷で生活していくにつれて彼女たちにとってもあそこは地獄であったことに気付き彼女らを開放してあげたいと言う、半分の家族の血の情が勝った、だから紫紋だけを殺した。だそうだよ…」

「…その事に緑さんや舘羽さんは何か言ってなかったですか?」

「?いいや、ただただ泣き崩れていただけだ」

 

…真実を知っている彼女らがそのような反応をしたという事は、おそらく犯行前後どちらかに彼女たちに須賀実の子供であることを言うのを口止めしたのだろう。しかし、三姉妹も復讐対象だったということはもしかしたら彼はあのお披露目パーティで三姉妹も含めた連続殺人を考えていたのかもしれないな…

しかし、斑目紫紋が殺された、か。須賀実の実子であることを公開されていない彼女たちは書類上では紫紋の子供だ。莫大な遺産は彼女たちの手に渡るのだろう。恐らく、小野寺さんの考えはこれまで苦しんだ彼女たちへの罪滅ぼしとこれからの開放された人生へのはなむけの意味があると思う。だが、それを手に入れたとして彼女たちは幸せ…緑さんと舘羽さんは…になれるのだろうか。

 

「…はぁ。今度、るりちゃんに会いに行こう」

「ああ。それがいいさ。あの子も元気が出るだろう」

 

 

 

 

何が正解で、何が間違いなのか…ただ、それは「誰にとって」という言葉で容易く覆る、ひどく際どいものなのだなということを俺はこの事件で学んだ……

 




はい、ご都合主義万歳(諸悪の根源だけ殺害)ということで。
主人公との邂逅は露天風呂に続いて超短時間という…今度(多分数か月後)書くときはもっとしっかり会話を描きたいですね…

今回のお話で、紫紋や斑目家の関係者にとっては殺されるのは「間違い」で、須賀実の真実を知っている人にとってこれが「正解」。中々改変するにも難しいところです。まあ今回は、三姉妹は本当に何も悪くないので分かりやすいくらいですけどね。
あと龍斗が能力を誤魔化して喋ってますが、血縁関係の暴露のインパクトが強すぎて追及がなかっただけで普通の状態だと当然疑問を持たれます。


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第四十五話 -アイドル達の秘密-

このお話は原作第32巻が元になっています。

龍斗がプチアイドルオタクっぽいなのは小五郎さんの影響です。

今回初めてルビを振ってみました。


「そう、そこ!そこで右に…あーーー!」

「……また死んだ。くっそー」

「コナン君、ほんとーーにゲームへったくそだねえ」

「そうねー。サッカーとか見てると運動神経が悪いわけじゃないとは思うんだけど」

「(それが分かればオレだって苦労しねえよ。元太達にも馬鹿にされるし)どうしてもダメだから、練習してるんだよー」

 

うーん、運動神経…というか動体視力は悪くないし、記憶力はいわずもがな。この二つがそろっていればゲームが下手と言われるようなことは無いとは思うんだけど…なのになんでここまで絶望的までに相性が悪いのか。

 

「さーて、コナン君とのゲームで気晴らしが出来たし勉強再開しよっか」

「あー、ごめん龍斗君。お父さんがお昼も食べないで下の事務所でヨーコちゃんのDVD見てるからちょっと文句言ってくる。後ついでに事務所の片づけも」

「あらま。じゃあ俺も手伝うよ」

「え?悪いよそんなの」

「いいのいいの。今更そんな遠慮しないでも、料理教えに来てた小さい時から手伝ってたじゃないか」

「あはは。じゃあお願いしよっかな」

「僕も手伝うよ」

「ありがと、コナン君。じゃあ行こうか」

 

紅葉と園子ちゃんは家の用事で外出していたとある休日。俺は蘭ちゃんの家に遊び…勉強に来ていた。まあそんながっつりしているわけではなくて仕事で行った様々な県の特産品や出会った人との出来事とかを話したり、蘭ちゃんの今の流行の話とかの雑談をしながらだったけどね。

今は蘭ちゃんの言った通り、自宅のある3階から探偵事務所のある2階へと降りている最中だ。それにしても久しぶりかもなあ。新ちゃんと一緒に遊びに来てた子供時代はしょっちゅう小五郎さんの事務所の掃除を手伝っていたものだ。その頃からアイドルの応援をしていたから、横目で見ていたせいか子供ながらアイドルには詳しくなったんだっけ。

 

『L,O,V,E!I LOVE ヨーコー!』

 

扉越しにも聞こえる小五郎さんの声。ライブ映像なのにこんな声を上げて応援できるのはすげえわ。勿論その声は蘭ちゃんにも聞こえていて、呆れたような表情となって扉のノブに手をかけた。

 

「ったく。昼間っから同じものを何度も見て…飽きないの?」

「いーじゃねーか、どーせ暇なんだし…おや?龍斗君来てたのかい?」

「どうも」

 

勝手知ったる我が家…ではないが俺はモップと箒がしまってあるロッカーへと向かう。蘭ちゃんはたまった郵便物の内容を確認を始めたようだ。えーっと…バケツは…あった。あとは水を入れて、と。

 

「じゃあ先に掃き掃除をしてからモップ掛けしよ…どうしたの?小五郎さんが固まってるけど」

「えーっと、ね?実は…」

 

ふむふむ、今小五郎さんイチオシのアイドル、沖野ヨーコから手紙が来ていたと。で、その内容がお友達の家で婚約パーティをするから来ないか?との誘いで…えー、「友人の」婚約パーティなんだが、聞こえていなかったのね…それで自失していると。

…あれ?これってもしかしなくてもすごいスクープなのでは?

 

 

――

 

 

「いやー、光栄ですよ!ヨーコさん!!私なんかをわざわざ()()()の婚約パーティに招待して下さるなんて!」

「いえいえ。こちらこそ急に無理なお願いしちゃってすみません。驚かれたでしょ?」

「いえいえぜーんぜん!」

「(よくいうぜ、勘違いしてしばらくへこんでたくせに…)」

「でも私はビックリしましたよ!」

「へ?」

「毛利さんや蘭さん、コナン君は顔見知りだけど。まさか彼と()お知り合いだったなんて!びっくりです!!」

「彼?ああ、龍斗君か。彼は蘭と幼馴染みなんですよ」

「ええ、そうだったんですか!?て、ことは蘭さん()彼からお料理を習ったりしたんですか?」

「はい。私が小学生のころから教えてもらってますよ」

「親のひいき目なしにしても蘭の料理は絶品ですよ!」

「へえええ!今度食べてみたいな!」

「そんな…ヨーコさんに出せる程じゃ…そ、それにしても誰なんですか?婚約したヨーコさんの親友って…」

「会えばすぐわかるわ!皆が良く知っている人だから」

「知ってる人っすか?」

 

うーん、誰だろう?ヨーコさんの親友って言うくらいだから同世代の人で…確か彼女がデビューしたのが4年前の17のときだろ?てことは、今20前後の人か?

 

「ぉぃ、おい…」

「ん?どったん新ちゃん」

 

ヨーコさんの親友についてみんなの後ろであれこれ考えていると声を潜めた新ちゃんに話しかけられた。

 

「なあ龍斗。オメーヨーコさんと親交あんのか?」

「…なんで?」

「いや、さっきのヨーコさんとオッチャンとの会話でどうにもオメーとは顔見知りっぽかったしな。蘭の料理を教えていた事を聞いたときに蘭さん「も」って言ってたしな。あれって蘭以外もオメーが料理を教えている人を知ってるって事だろ?」

「んー、まあ正解、かな?ヨーコさんがレギュラーで持ってる「ヨーコの4分クッキング」って知ってる?」

「あー、オッチャンが録画してるから知ってるよ。それが?」

「それの監修とか、レシピの提供をしてるから。料理指南みたいなことで何回か会ったから、それの事だと思うよ」

「へえー。オメーがそんな仕事してたとはねえ…」

「本当は、小五郎さんが彼女のファンだからサインでも貰おうかなって思ったんだけどね。仕事受けてすぐのあたりで「眠りの小五郎」が登場して。ヨーコさんの自宅で事件もあったでしょ?それで曖昧になってそのまま忘れて今に至ると言う…」

「…なんつーか、妙な所でボケてんな、オメーも」

「うっさいわい」

 

ん?彼女らと離れて新ちゃんと話していたらなにやら長髪の男と合流してるな…あれは剣崎修?「どちらのスイーツでSHOW」の司会役の人か。彼も呼ばれた友人かな?にしても、なんでマンションの住人がみんなを見てるんだ?身バレしたか?

 

「ヨーコさん。なんか注目されてるみたいですけど…」

「ああ、緋勇さん!ごめんなさい、ちょっと騒がしくしちゃって…」

「え!?スイーツ世界チャンプの緋勇龍斗!?おいおいヨーコちゃん、なんつう大物引っぱってきたんだよ」

「あ、どうも。緋勇龍斗です。いつも見てますよ、「どちらのスイーツでSHOW」。いつかは是非チャレンジャーとして参加してみたいものですね」

「は、はは(君が出たら番組が終わるまでチャンピオンになりそうだから企画段階ではねられてるんだよな…口が裂けても言えないけど)」

 

流石にスイーツ系の番組をしているからか、俺の事は知っているようだった。若い男性で俺の事を知っているのは珍しいんだけどな。TVとかに出ているわけじゃないし。

 

「おい、龍斗君が合流してからさらに衆目集まってきてるぞ。ヨーコちゃん、出来れば移動しよう」

「そ、そうですね毛利さん。いきましょう!」

 

 

――

 

 

――ピンポーン!

 

「あれ?返事がねえな」

「もうみんなが集まってるはずなんだけど…」

(ガチャ…)「お、鍵あいてるじゃ…」

「この…」

「ん?」

「ストーカー野郎―――!!!」

――バキャっ!!

 

わーお。目当ての部屋の前につき、呼び鈴を鳴らしても反応がなかったので扉の前に立っていた小五郎さんがドアを開けた瞬間、中でテニスラケットを振りかぶった女性が小五郎さんへとそのラケットを振り下ろした。

綺麗に小五郎さんの頭に命中して、ネットを突き破る…って、どんだけの力で振り下ろしたんだ…

 

 

 

「「「「アハハハハっ!」」」」

「ごめんなさいね、毛利さん!わざわざ来ていただいたのにこんな目に遭わせてしまって…」

「いやいや、人気女優の貴女に殴られたなんていい思い出になりますよ!」

「私、最近ストーカーに悩まされててドアの覗き穴から見えた顔が知らない男性だったのでつい…」

まあ、ヨーコさんは俺達が来ることを事前連絡入れてなかったらしいからしょうがない、のか?

 

「じゃあ、剣崎さんと婚約したヨーコさんの親友って?」

「ええ、そうよ!ちゃんとした結婚式は来年の春!」

「まだマスコミにはオフレコだけどな…」

 

そう言って剣崎さんの腕に抱きついたのは女優の草野薫さんだ。なるほどね、剣崎さんは婚約祝いの友人ではなくて当事者だったわけか。

 

「そういえば薫さんって「探偵左文字」で剣崎さんと共演されてますよね?いつも父とコナン君と一緒にオンエア見てます!」

「その通り。今夜あるそのドラマのオンエアを見て、冷やかしながら二人を祝おうってわけ!このミレニアムなゴールデンカップルをね!」

「わっ、岳野ユキだ…!!」

「こりゃまた派手な爪だな、ユキ?」

「カワイイでしょ?このネイル?」

「いやあ、それにしても実に惜しいですな!沖野ヨーコ、草野薫、岳野ユキときてあと一人がいれば四人揃うのに…」

「あら、呼んだ?」

「え?」

「輝美!」

「あら、輝姉も来たのね?」

「ええ。ヨーコがどうしてもって言うから。邪魔だったら帰るけど?」

ん?

「まあまあ、せっかく久しぶりにアース・レディースがそろったんだから!」

 

俺達より先に到着していたのであろう、リビングから現れたのはマルチタレントの岳野ユキさん。そして小五郎さんの声に呼応するように玄関扉に現れたのは女優の星野輝美さんだ。それにしても、草野さんと星野さんの二人って…?

 

「…四人合わせて「地球的淑女隊(アース・レディース)」ってわけだ!」

 

そう、小五郎さんがヨーコさんに嵌るきっかけとなったアイドルグループの元メンバーなのだ、この四人は。でも確か、この四人って不仲で解散したって話だったはずだよな?星野さんと草野さんの。

 

「それにしても驚いたわ!四人の中で一番年下の薫が一番最初に結婚するんだなんて!」

「そうね、私もびっくりよ。一番最初に身を固めるのは輝姉だと思ってたから…」

「そういえば輝美、前に好きな人がいるって言ってなかった?」

「そうそう!その彼とはどうなったのよ?告白した?」

「別に、どうもなってないわよ?それに結婚なんかして人生の墓場に入るより、片想いのまま眺めている方が気楽で夢も壊れないしね…」

「ちょ、ちょっと!それどーいう意味よ!?結婚する私に対してのあてつけ!?」

「ちょっと輝美!」

 

わーお、中々辛辣なことをおっしゃること。うーん、それにしてもフォーマルな格好をしていない普段着の女性芸能人の姿って結構新鮮かも。俺が見る機会がある彼女たちの姿は大体着飾ってるからな。

 

「それより誰?その子連れのおじさん…あれ?」

「まさか剣崎君のお兄さん?…え?」

「あ…毛利さんに気を取られてたけど貴方、緋勇龍斗じゃない!」

「あ、やっぱり…どこかで見たことがあると思ったら。何、ヨーコが呼んだの?」

「すっご。本物初めて見たかも…」

 

なーんで、芸能人から珍獣みたいな扱いされなきゃいけんのだ。俺はここにいる経緯を説明した…ん?

 

「あのぉ、探偵左文字始まってますけどいいんですか?観なくても?」

 

エプロンをつけた男性がリビングから現れた。そういや、探偵左文字を見ながら冷やかすとか言ってたっけ。そのことを告げられた草野さんは少々声を荒げながらお風呂に行ってしまった。岳野さん曰く、草野さんは自分の出る番組は恥ずかしがって皆と見たがらないそうだ。その間に俺達はリビングに移動して、女性芸能人はなにやらサプライズの準備にかかるようだ。俺?俺はキッチンをお借りして手軽にできる軽食類を作っていた。

そうそう、エプロン姿の男性は間熊篤さんと言って草野さんのマネージャーだそうだ。それにしてもヨーコさんたちのサプライズってアース・レディースの衣装を着て驚かせる計画なのか…画面越しだとそうでもないけど実際に目の当たりにすると結構扇情的な格好だったんだな。小五郎さんの鼻の下伸びっぱなしだし。

 

 

――

 

 

「緋勇君!はい、君からも何かメッセージお願いね!」

「あ、寄せ書きですか?…俺が最後みたいですね。それにしても皆さん個性的なことで…」

「あはは…輝美もユキもお茶目だから」

 

ヨーコさんに手渡されたのは草野さんへの寄せ書きの色紙だった。タバコの跡にキスマークに、これは…涙のあと?間熊さんか。やっぱりマネージャーとして傍にいたタレントの門出には感極まっちゃったのかな?

 

「あれ?間熊さん、薫を呼びに行ったんじゃ?」

「そ、それが何度呼びかけても返事がなくて…」

「もしかしてお風呂でのぼせちゃってるんじゃ…」

「だったら剣崎さん!早く迎えに行ってあげた方がいいんじゃ?」

 

小五郎さんに言われて剣崎さんは席を立ち、お風呂へと様子を見に行った…なぜか新ちゃんもついて行ったが。

 

『か、薫!!!?』

 

剣崎さんの大きな声にリビングにいた全員が風呂場へと向かった…ん?血の匂い?

 

「ちょっと何よ大きな声だして…」

「「「「か、薫!?」」」」

 

首からの出血か。俺は事情を把握したと同時にリビングへと戻った。俺が動き出したと同時に間熊さんが草野さんへと動き出したのは気になるが今はとにかく救急箱だな。感覚を広げて…あそこか。リビングにある棚の引き出しを開けると救急箱はなかったが、未開封の包帯やガーゼがあった。よし、タオルで止血するよりかは衛生的だろう。

ガーゼと包帯を持ってリビングを出ると蘭ちゃんが携帯で電話をしていた。救急車を呼んでいるようだった。俺は小走りでその横を通り抜け、風呂場へと戻った。

 

「間熊さん、落ち着いて!」

 

どうやら、風呂桶の中で草野さんを抱いて泣いている間熊さんを小五郎さんが落ち着かせているようだった。あまり湯船に浸からせたままなのはよくないんだがな。しゃーない。

 

「え!?薫?!」

「ひ、緋勇君?!」

 

俺はその声に答えず、するりと間熊さんの抱擁から彼女を奪い床に座らせて持ってきた包帯とガーゼで止血を行う。その際に患部を観察したが…思ったより深くは切られていないな…これなら十分持つかな。切られて傷ついた血管を合わせるように抑えて…うん、出血が目に見えて弱まったな。

 

「な、なにを「間熊さん!!」っ!!」

「ただただ泣き叫んで、抱きしめているだけでは彼女の(血液)は流れ落ちてしまうだけです!彼女を救うために今やれることをやりましょう。間熊さんはマンションの一階に下りて外に出て救急隊員の誘導を!剣崎さんは管理人にマンションの玄関のオートロック式の扉をあけっぱなしにしてもらえるようにして下さい!もし居なかったらあなた自身が扉をあけっぱなしになるように壁になって下さい!小五郎さんは一階でエレベーターの扉をあけっぱなしにして救急隊員が円滑にこの28階まで来れるようにしておいて下さい!さあ、早く!」

「お、おう!」

「わ、わかった!」

「……っ!」

 

男性陣は俺の言った通りの行動をとるために風呂場から出て行った。間熊さんを玄関外に配置したのは…彼が一番錯乱して精神状態が危なかったからだ。だから、救急隊員が一番最初に目に入る位置に配置した。あとはまあ…男性陣に裸を見られないようにという草野さんのアフターケアというか…まあ俺は土下座して謝るさ。

 

「ひ、緋勇君。私達にも何かできること無いかな?」

「そうですね…ヨーコさんと岳野さんはバスタオルを出して彼女の体に巻いてあげてください。流石に全裸というのは…ね?」

 

まあ、それだけではないけどね。普通大量出血が起きた場合は四肢の血管が収縮して主要臓器へ血液が行くようにするものだがお風呂に入った状態だと体全体が温まって全身の血管が弛緩したままになってしまう。その為に俺はまず外に出したわけだが。だからと言って全裸でただ体温を下げればいいわけもなく。出来る限り彼女の裸体が目に入らないようにしているが流石に止血の手を止めてまで服を着せられないしね。

 

「わかったわ!ユキ。そこにあるバスタオルを…!」

「え、ええ。任せて!」

 

脱衣所にあった衣装ケースからバスタオルを複数枚持った二人が中に入ってきた。

 

「出来れば体の水をふいてあげてください」

「え、ええ…か、薫こんなに血がいっぱい出て」

「………」

 

涙ぐみながら真っ青になって体を拭いて行くヨーコさんと黙々と体をふく岳野さん。しまった、ちょっと酷なことだったか…?

 

「…私は何もしなくてもいいのかしら?」

 

そう聞いて来たのは、一人脱衣所にいる星野さん。いや、俺が彼女に何も言わなかったのは彼女が一番動揺が少なかったからだ。ヨーコさんも、そしてぱっとみそこまででなさそうな岳野さんもかなり動揺していた。本当は新ちゃんでもいいのだが、この役割は彼女に割り振る方が今後の事を考えて適任だろう。

 

「星野さんには何かメモ帳のようなもので俺の言うことを書きとめてほしいんです。救急隊員に渡すために。彼女たちでは、動揺で手が上手く動きそうにありませんから」

「…わかったわ」

 

星野さんはそれだけ言うとリビングへと小走りに戻りすぐにメモ帳を持って戻ってきた。

 

「準備良いわよ」

「それじゃあ。まず、止血開始時間は○×時。切傷部位は頸部××の…」

 

星野さんは俺のいう事をよどみなくメモを取った。俺が必要な情報を言い終わり、彼女がメモを取り終わったと同時に草野さんの身体にバスタオルが巻き終わった。

 

「それじゃあ、彼女を廊下まで運びましょう。ここでは救急隊員が来るには狭すぎる」

「で、でもあんまり動かさない方がいいんじゃ?」

「ヨーコさんの言う通り、一般人の方がするのは危険なんですが…詳しくは言えませんが俺には心得があります。ほんの数mでも今やれることをしておくと言うのは重要なことですよ」

「で、でも…」

「ヨーコ!」

「輝美…」

「その子、この面子の中で二番目に最年少なのにものすごく冷静に、迅速に対応していたでしょう?大の大人の私達が動揺して立ちすくんでいる中てきぱきと指示を出して、止血までして。だから彼の言うとおりにしましょ」

 

その言葉に納得したのか、はたまたこのまましていてもいいことがないことに気付いたのかヨーコさんは俺の行く手を阻もうとはしなかった。

俺は彼女の体を慎重に抱え、部屋の玄関まで運んで…お、エレベーターが動いたな。救急隊員が到着したか。これで後は病院で処置してもらうだけだな。

 

 

――

 

 

間熊さんは草野さんの付添として病院について行き、俺は残った。ふぅ、助かると分かっているけれどちゃんと結果を聞くまでは緊張は解けないな…ベランダに出て黄昏ていると新ちゃんが話しかけてきた。

 

「なあ、龍斗。彼女、大丈夫なのか?」

「新ちゃん。ああ、結構派手に出血していたみたいだけど。担当医師が切傷部位を拡張でもしない限り助かると思うよ」

「そっか。オメーの目から見てどうだった?彼女の傷は」

「んー、確かにあの血管を傷つけたってことはかなり深く切られているんだけど…」

「んだよ?なんか歯切れが悪いな」

「なんというか、ためらい傷?のように感じた、かな。最後の最後で無意識に、心が歯止めをかけたって感じだ」

「…それだとストーカーって線は」

「多分、ないだろうね。そうそう、星野さんと草野さんってそんなに仲が悪いわけではないと思うよ」

「え?」

 

一応さっき感覚開放したときに気付いたんだけど岳野さんの親指から微かに草野さんの血液の香りがした…()()()()()()()にもかかわらず、だ。だけど、彼女自身もかなり参っているようだし、これは俺がどうこう言うより新ちゃんに任せた方がいいのかもしれないな。人間関係のうち、草野さんと星野さんの中が悪くないという事が新ちゃんの推理に役に立つといいけど。

 

「ねえ…」

「ん?ああ、星野さん」

「その、ありがとうね。薫の事」

「いえ。出来うる限りの事をするのは当然ですから」

「そう。でも一つ聞きたいことがあるのよ」

「ええ。どうぞ」

「…貴方、あの三人の中で一番動揺してないと言った。私ってそんなに冷徹に見える?」

 

新ちゃんと入れ替わるように俺に話しかけてきたのは星野さんだ…というか、そのアースレディースの衣装のまんまなのね。

 

「貴女の事、冷徹だなんて思っていませんよ。ただ、三人の中で一番動揺が少なかったってだけで。まあそれも、90と100の違い程度ですけど。ただ他の人と違ってそれが表に出ない…というより、出ないように努められるのが貴女だったってだけです。だって今、ほら…」

 

そう指差したのは、ベランダに出たことでタバコに火をつけようとしたライターを持つ右手。その右手はかすかに震えていた。

 

「…ふう。それなら、ヨーコはともかくユキはどうなのよ?それとなんでそんなにわかるのかって聞いてもいいかしら?」

「まあ職業柄ってことで。岳野さんは、彼女が実は一番動揺していましたよ。ヨーコさん以上に…俺も聞いていいですか?俺、小五郎さんの影響で皆さんの事を知っていたんですが…」

 

俺がリビングでヨーコさんを慰めている小五郎さんを見る。星野さんもつられてリビングに目をやった。

 

「確か、解散の理由は不仲…おそらく草野さんと星野さんだと思います。でも、今日星野さんが来た時のやり取りから不仲特有の嫌悪感のようなものを感じませんでした。なんというか、じゃれ合ってるというのがしっくりくる表現ですね」

「…ほんと、初対面の子にそこまで見抜かれちゃうなんて。女優廃業しようかしら?」

「あはは、これでもそう言う機微を見抜く訓練は星野さんの芸能活動歴より長くしてますから」

 

そこから教えてもらったのはアース・レディースの解散秘話。四人での活動に限界を感じて草野さんと二人で一芝居をうったそうだ。岳野さんとヨーコさんは続けたがっていたそうで、あの二人には内緒にしておいてと言われた。うーん、この事はあまり事件には関係なさそうかな?

 

 

――

 

 

…なーんで、一日に二回も応急手当てしないといけないのかね。いや、これは俺の見通しの甘さか。新ちゃんに丸投げしてしまっていたから安心していたが、躊躇ってしまうということは今回の場合草野さんへ深い情を持っていたという事。そんな彼女を傷つけた岳野さんが自殺すると言う可能性は十分にあった。俺は警察(目暮警部だった)が来てもベランダにいたが、草野さんの手術が無事に住んだという連絡があった後岳野さんがキッチンに入りその後を新ちゃんが追った。耳をすまして二人の様子をうかがっていると岳野さんが倒れたようで俺は慌ててキッチンに入った。

そして俺の目に飛び込んできたのはスティックシュガーを開けている新ちゃんの姿だった。

 

「コナン君、彼女は!?」

「血糖降下薬を飲んだみたいだ!」

 

おいおい、てことは低血糖性意識障害かいな。それならさっき調理したときに見つけた…あった!

 

「それならこっちの方がいいでしょ!」

「ブドウ糖か!!サンキュー!!」

 

草野さんがなぜか買っていたブドウ糖を新ちゃんに渡すと、スティックシュガーを放り投げブドウ糖を手に取り彼女の口内に擦り付けはじめた。

 

「おい、どうした!?」

「オジサン、ユキさんが()()()()糖尿病の薬飲んじゃったみたいなんだ!」

 

「んだと!?」

 

……間違って?新ちゃんの方を見ると俺に対して黙っていろと目線で訴えていた。なるほどね、そういう風にする方がいいと判断したのか。なら、今は従うよ。あとでちゃんと説明してもらうけどね?

おっと、運ばれていく岳野さんに近づきこれ以上インスリンが分泌されないように膵臓に弱めのノッキングを行い。そうして、アイドルの家で遭遇した事件は幕を閉じた。

 

 

――

 

 

結局、岳野さんも無事目を覚まし逮捕もされることもなく草野さんと和解したそうだ。と、いうか死に掛けたのに自分が悪いと言える草野さんと、岳野さんの関係って俺が思っていた以上に深い関係だったんだなあ。俺は事件の詳しい話を聞くために博士の家に遊びに来ていた新ちゃんを見ながら…

 

「…ん?なんだよ、龍斗」

「もし、新ちゃんを俺が殺そうとしたらどうする?」

「はあ!?なんだそりゃ」

「例えだよ、たとえ」

「んなこと、ありえねえけど…まあ、まずは考えるな」

「考える?」

「ああ。龍斗がそうしなくちゃならなくなった理由をな。オメーがその手段に出るってことはかなり八方ふさがりの状況に追い込まれてるってこった。ならそれを読み取って」

「読み取って?」

「その原因をぶっ潰す。命をただ奪う事を最も嫌悪している龍斗をそこまで追い込むなんて俺は許せねえからな!」

 

そう言って笑った新ちゃんの笑顔は俺にとても尊いものに写った。

 




頸部切傷の応急処置の正確な情報が見つからなかったので適当になってます。信用しないでください。四肢の場合は患部を心臓より上にして、心臓に近い部分で止血帯で縛るなどありますが…頸部は座らせるといいと言うのがどこかで見ました。正しいかはわかりません。

糖尿病治療薬の低血糖症状の応急手当は、飲んだ薬にもよりますが一番はブドウ糖の摂取を促す事ですね(次点で砂糖。ただ薬の種類によっては砂糖だと意味ない場合があります)。意識がない場合は歯ぐきと唇の間に塗りつけます。

風呂場での有無を言わせない役割分担は友人のピンチをただ見届けるより、何かしらの役割を強制的にも与えた方が心理的負担が減るだろうという龍斗の配慮でした。あ、寄せ書きに書いたのは「披露宴には是非ご依頼を!」でした。


多分、高木刑事との初邂逅でしたがまさかの会話なし。ここで顔見知りになっている事は後の事件でもその体で接してきます。


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第四十六話 -瞳の中の暗殺者-

このお話は劇場版名探偵コナン 瞳の中の暗殺者 が元になっています。

話という話になっていません。短いですし。ただ、もし龍斗が絡むのならこういう感じになったかな、と。

次は2/14に更新します。


―某日、米花サンプラザホテル―

 

「いやあ、それにしてもなんだな。白鳥の妹も間が悪いと言うか…何もこんな時期に結婚披露パーティをしなくても…」

「仕方ないじゃない、事件が起きたのは彼女のせいじゃないし。そもそも一か月前には決まってたみたいだし」

「それと、今回の集まりは披露パーティではなくて彼女のお友達が企画した「結婚を祝う会」らしいですから…彼女の…というか、お兄さんの白鳥刑事の都合で取りやめにするというのも心苦しかったんだと思いますよ」

「刑事さんが二人も殺されて大変なのは分かってるからこそ、おめでたいことで空気を変えたいのかもしれないわよ、オジ様?」

「うむ…ん」

 

俺、毛利一行と園子ちゃんは白鳥任三郎…白鳥刑事の妹の白鳥沙羅さんが婚約し、それを祝うパーティに呼ばれていた。小五郎さんは事件現場の縁で、蘭ちゃんと新ちゃんは一緒に招待。園子ちゃんと俺は恐らく白鳥家とのつながりでかな。沙羅姉さんには子供の頃、パーティに連れて行ってもらったときに出会って、子守みたいなことをしてもらった縁で仲は良かった。そのお兄さんの白鳥刑事もその縁で知り合いになった。まあ、彼とは()()()事件現場ではまだあったことは無いけど。エッグの時は怪盗キッドが変装していたわけだし。

エレベーターが丁度降りてきたのでお目当てである15Fのボタンを押した。

 

「ねえねえ、新郎の晴月さんってどんな人?」

「画家だって言ってたけど」

「頭に「売れない」がつく、な」

「売れない画家かぁ…こりゃその友人関係の男はあんまり期待できないかなー」

「あはは…」

「(は。相変わらずだぜ、園子の奴)」

「もう、薗子ちゃん。あんまり目移りしてたらダメだよ?」

「いいじゃないー、ちょっとくらい」

 

15Fにはすぐ着き、エレベーターの扉が開いた。えっと、確か「鳳凰の間」だったかな…ああ、あそこか。記帳台もあるし。白鳥家のほうにまず俺が名前を書き、次に小五郎さんが書いていると…

 

「相変わらずぶっきらぼうな字ねぇ…」

「んな?」

「お母さん!」

「あ、英理さん」

「お前も呼ばれてたのか?」

「ええ。沙羅さんは弁護士の卵だからその関係でね」

 

そう言うと英理さんは小五郎さんと俺が書いた記帳ノートとは別のノートに「妃英理」と記帳していた。その名前を後ろから覗いた園子ちゃんは達筆だと感心していたが。

 

「いや、夫婦で別々に記帳するなよな…」

「いやほんとにね…」

「もう10年も経つんだし、少しずつ歩み寄ってもいいと思うんだけどなあ…」

「いやあ…蘭も色々やってるけど二人とも頑固だし難しいんじゃねえか?」

「だよねえ。今日のパーティで二人が新婚だったころとかを思い出したりしてくれたらいいんだけど」

「いや、オッチャンに限ってそれはない…」

「ないかぁ。致命的に別れたんならこんなふうには思わないんだけどね」

 

毛利一家と園子ちゃんが話しているその少し離れた所で俺と新ちゃんはそんな話をしていた。なんだかんだでお似合いの二人だと思うんだけどね。

記帳が終わり、クロークへ荷物を預けた俺達は鳳凰の間に向かった。その途中で新ちゃんが立ち止って傘立てにあるビニール傘を見ていたが…何の変哲もない傘だぞ?

 

「わあ、すっごく人が来てる!」

 

園子ちゃんが言う通り、鳳凰の間には50人以上の人がすでに来ていた。ふーん、スーツ姿に強面、華やかな衣装の女性にラフに着崩した格好の面々。うん、誰が誰の関係者なのか一目で分かるな。

 

「おお、警部殿も来ているぞ」

「警察関係者はすぐに見分けがつくわね。目つきが悪くて、皆重苦しい空気を漂わせて…」

「無理もねえ。例の事件でパーティどころじゃねえんだろ」

「でも佐藤刑事はいつも明るいわ」

 

蘭ちゃんの視線を辿ってみると高木刑事に自分のドレス姿を見せつけている女性がいた。彼女が蘭ちゃんの言う、佐藤刑事なのだろう…佐藤刑事?あれ?…んー?

小五郎さんは警察時代の知り合いに挨拶に行ったり、その人物の説明を英理さんに聴いたりしているとパーティが始まった。さて、と。たまには純粋にパーティ参加者としての立場を楽しみますか。

 

 

――

 

 

料理とって食べたり、園子ちゃんの男見極めに突っ込んだり、新ちゃんに言われて刑事の人たちの話していることで今起きている刑事殺しの話題があったら盗み聞きして情報収集をしたり、料理を食べたり、久しぶりに会った英理さんと話したりなどしていると。

 

「毛利さん」

「ん?おお、白鳥!今日はおめでとう!」

「ありがとうございます」

 

小五郎さんの後方から、白鳥刑事が一人の男性を伴って現れた。

 

「あの、ご紹介します。私の主治医で米花薬師野病院で心療科医をしている風戸先生です」

「風戸です、よろしく」

「毛利です。妻の英理に娘の蘭、そして居候のコナンです。それから、彼は娘の幼馴染みで…」

「緋勇龍斗です。初めまして」

「緋勇?緋勇ってあの?」

「ええ、龍斗君は()()緋勇夫妻の一人息子で彼自身もすでに世界で名を轟かせる料理人ですよ。よく来てくれたね」

「いえいえ。沙羅姉さ…沙羅さんとは何度かお会いして面倒を見てもらいましたし。おめでとうございます、白鳥さん」

「それで?白鳥さん、心療科って?」

「あ、いや。管理職って言うのは色々と悩みが多いもので…毛利さんも一度、見てもらった方がいいかと思いまして」

「そうだなあ、オレも時々記憶が抜け落ちて…ってこら!」

「「「あははは!」」」

――ゴチン!

「オメエは笑い過ぎだ!」

「いってえ!」

 

新ちゃんに拳骨を振り下ろした小五郎さんは後ろを通りかかった目暮警部に気付き話しかけたが、目暮警部は取りつく島もなく去ってしまった。そこで、一緒に歩いていた高木刑事を見て悪い顔をした新ちゃんは、彼が佐藤刑事に好意を抱いていることを小五郎さんに告げ口して、そこから情報を開示しようとしていた。

観念した高木さんが吐いたのは二人目の犠牲者となった芝刑事が警察手帳を握っていたという、マスコミにも流されていない情報だった。さらなる追求をしようとしたところ、白鳥さんに一言言われた。それを聞いた小五郎さんは呆然としていたが…

 

「ねえ、新ちゃん。Need not to know,(知る必要のない事)ってどういうことだい?」

「ああ、刑事たちの間で使われている隠語で。この場面で使われたってことは恐らくこの事件は警察関係者ってことになるな」

 

…それは。小五郎さんにも情報が下せない訳だ。中がごたついているのに外に漏らせるわけもないか。

 

 

――

 

 

「新ちゃん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

「ん?ああ。わかった」

 

パーティの主役だった沙羅姉さんに挨拶もでき、ついでに小五郎さんのプロポーズの言葉もゲットできてしばらくして俺はパーティの料理を食べすぎたのか用を足すためにトイレへと立った…あれ?蘭ちゃんもいなくなってるわ。

トイレの中には誰もいず、すぐに用を足すことができた。手を洗い、身だしなみを整えていると、突然ホテルの電灯が消えた…停電か?俺は取りあえず通常モードから感覚を開放してトイレの出口へと向かった…っと。

 

「おっと」

「!!」

「どうしたんですか?()()()()()こんな暗闇の中走ってトイレに駆け込んでくるなんて」

 

そう、駆け込んできたのはさっき白鳥刑事に紹介された風戸先生だった。真っ暗闇の中(俺にはよく見えているけれど)クロークの方向から走ってトイレに入ってきた…ん?左手にゴム手袋…!!?この臭い!!

 

「どういうことか…皆さんに説明してくださいね?()()()()()()()()()人たちでいっぱいですから」

 

はてさて、なんで彼は左手にゴム手袋を。そしてそのゴム手袋から()()の匂いがするんですかねえ…

 

 

――

 

 

停電がやんだ後、隣の女子トイレから蘭ちゃんの悲鳴が上がった。俺もその場に行きたかったんだが風戸先生を取り押さえている現状そうも言っていられなかった。幸い、悲鳴を聞きつけて人が集まってきたので彼の左手のゴム手袋から硝煙の匂いがすることを伝えて刑事さんに拘束してもらった。

問題なのは女子トイレで血まみれになっていた佐藤刑事だった。撃たれた箇所も悪く、出血も多い。出来うる限りの応急処置を行い、ちょっとだけ末梢組織の血管を収縮させ主要臓器に血が行くようにしてあとは病院に任せた…なんかそんなこと(応急処置)ばっかりやっている気がする…

 

 

――

 

 

結局、あの事件は俺達にも爪痕を残した。蘭ちゃんが記憶を失ってしまっていたのだ…参ったな、トリコの世界に連れて行けばすぐに解決するんだがそうするわけにもいかず日々の生活で取り戻すことになった。アルバムを見せたり、子供の頃にしたみたいに料理を教えながら一緒に作ったり、久しぶりに英理さんが小五郎さんの家に帰ってきたり。

でも結局、彼女の記憶を取り戻す事になったきっかけは俺が新ちゃんの変装をして、新ちゃんにインカムで指示をして貰いトロピカルランドでのデートの再現をすることだった。

いやあ、辛かった。何が悲しゅうて幼馴染みのデートを男目線で追体験しなくちゃならんのだ。しかも変装の事は誰にも言っていないから(つまり本物の工藤新一として認識されていたわけで)、記憶を取り戻した蘭ちゃんにすっごく追いかけられたし。まあ必殺の「わりぃ、事件だ」と気配を立つ技、消命(しょうめい)で乗り切ったけど。

 

 

 

 

次は、自分の身体で来れるといいね?新ちゃん。

 




天国へのカウントダウンで哀ちゃんがカウンターで秒数カウントしてましたけど、携帯の向こうの人にカウントしてもらうてもあったんじゃないかなあと映画館で子供心に思いました。
あ、ベイカーも恐らくさらっと流します。

風戸先生の行動は、オリジナルですが
佐藤刑事を撃つ→傘を傘立てに戻す→トイレに入る→(入ったあたりで電気がつく?)→手袋を切ってソーイングセットなどの小さなはさみで切り、鋏も共にトイレに流す→トイレから出る。としています。多分こうしないと刑事さんに見つかっていたでしょうし。
トイレに入ったところで龍斗につかまったわけですね。


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第四十七話 -血のバレンタイン-

このお話は原作第33巻が元になっています。




「んー?」

「なんや、龍斗?気になる記事でもありました?」

「ああ…ほら、いつぞやに一緒にパーティに出たじゃないか。シンドラー社の」

「ああ。ウチの家が出資して、龍斗はパーティのアラカルトを担当した関係で招待されたヤツな。それがどうしたん?」

「ほら。あの時の発表された「コクーン」。とうとう、全国で配置されたらしいよ。稼働も間もなくだって。個人で所有もできるらしいけどかなり高額だから一部の人しか手に入らないらしい」

「へぇ…シンドラー社も、社長が未遂とは言え殺人事件を犯そうとしとったのによう立ち直ったんやな?」

「殺人未遂になったのはオフレコ、だよ?紅葉」

「ああ、そういえばそやったね。龍斗もようけ事件に巻き込まれますこと」

「はは…俺としては勘弁願いたいことだけどね」

 

朝の登校前のちょっとした時間。俺はすっかり日課になった新聞のチェックをしているととあるゲームの記事を見た。世界初の没入型のVR(ヴァーチャル・リアリティー)ゲームという事で日本だけでなく世界でも注目されているものだ。その発表会に俺と紅葉は招待された。園子ちゃんも鈴木財閥の令嬢として、毛利一家と少年探偵団も園子ちゃんの招待という事でそのパーティにいた。俺はパーティが始まるまで厨房にいたので知らなかったがどうやら彼らとお金持ちのご子息との間にいさかいがあったそうだ…パーティ会場でサッカーを始めるとか、聞いたときには阿呆かと思ったわ。そのパーティはさっきも言った通り世界中の注目、つまり賓客の中には海外のセレブもいた。そんな中、その様な行動をとる子供に育てた親、というレッテルは不利益極まりないもののはずなのだ。彼らが偉そうにできるのは自分たちの力にへこへこするものだけ。あの場には同格以上の人間はごまんといて、しかもただの子供だ。これを機に、関係悪化もありうるだろうに…俺と彼らみたいにね。

彼らが蹴ったボールが机を跳ね、そこにあった俺の料理を台無しにしやがった。(裏のチャンネル内で)あく抜きに10日間、寝ずに下ごしらえした一品だったのにな。まあ、その場にいた樫村というゲーム開発者がたしなめてくれたそうなのでその場はおさまったそうだが、何を考えたのか園子ちゃんと紅葉を連れて行こうとしたのだ。曰く「僕たちと一緒にいた方が貴女達のためですよ」だそうだ。そこで、紅葉がプッツンしてしまったそうだ…うん、詳細は教えてもらえなかったが新ちゃんが、「あのワルガキどもが気の毒に思えた」と言っていたから相当だろう。

 

「…?なんや?そないじっとこっちを見て」

「ああ、いや。料理を台無しにしたワルガキどもの事を叱ってくれたって聞いたけど、詳しくは聞いてなかったなあって」

「ああ、あれですか?」

 

あの時の事を思い出したのか、紅葉は形のいい眉をややひそめた。

 

「別に。あの子坊主達が言うてたことの矛盾とその行動がどのような影響を実家に、ひいては日本という国に与えるか。そして。そ・し・て!誰が作った料理を足蹴にしたのかを訥々と語っただけやで?」

 

()()語っただけじゃないだろうなあ。まあその後俺もその話を聞いて大元、彼らの保護者に対して「緋勇家」の料理を足蹴にするほど食べたくないのならこれ以降、貴方方の名前があるパーティでの依頼は断ることを伝えた。和解の条件は「下手人の「心」からの謝罪」だ。この話は周りの人間にも聞いている人がいたから色々な界隈でかなり話題になっている。この事は申し訳ないが父さんと母さんも巻き込んだ。食べ物を粗末にしてそれを悪いとも思わない子供も、それを育てた親も俺は何もなく許すつもりはない。

何を若造が、という気持ちが見え透いていたが俺が「緋勇家」と言ったことに気付いて血が引いていたな。俺も、両親も今や取引の場やステータスの上で重要な存在となった。そんな一家から敵対とも思える行動をとられる一族に近づこうとは思わないだろう。

今現在、彼らからの謝罪はない。まあ電話だったり手紙だったりはあるんだけれど、こっちの都合も考えない「謝ってやる(やらせる)から会いに来い」じゃあ行く気もおきん。ただ、後ろから聞こえた子供たちの声にはどんな心境の変化か、謝ろうと言う気持ちが籠っていたようなので後は親次第かな?

 

「…そっか。俺もその場にいたらよかったな」

「龍斗がその場にいたらもっと拗れたかもしれへんやん?まあ今でも十分拗れてるんやろうけど」

「ま、ね。でも自分で言い出したことだ。ちゃんと自分で収束させるさ。それにしても…」

 

俺はそう言って記事に目を戻す。コクーンの初期販売ソフトをみるにMMOが多いな。これはゲーセンでやるのと実家でやるのでは大きな開きが出るんだろうなぁ。

そういや俺、園子ちゃん、紅葉はコクーンの世界初体験者の権利を貰っていたが少年探偵団に権利は渡した。あとの二つは子供たちが自分で調達したって言うから何ともたくましい。バッチを渡したその後だったな。俺があの場面に出くわしたのは。その場面というのは、俺が樫村さんに礼を言いに行くために彼を訪れたことだ。俺より先を歩くシンドラー社長を見つけ、その様子が鬼気迫る姿だったので気配を消して扉の前まで尾行。聞き耳を立てて(行儀は悪いと思ったが)待機していると、刃物と布のこすれる特有の音が聞こえたため、扉を開け中に突入。すんでの所で止められたという事があった。刺されそうになった樫村さん、刺そうとしたシンドラー社長、止めた俺。三人が三人とも次の行動をとれたのは1分が経とうとした後だった。

まあ、その後は樫村さんの旧友である優作さんを呼び樫村さんが持つ情報、優作さんの調査資料、シンドラー社長から得られたわずかな情報を精査した優作さんが真実を手繰り寄せた…うん、新ちゃんは優作さん譲りの推理力だなと思っていたけど、優作さんは別格だな。そしてその場でシンドラー社長と樫村さんは話し合った結果、()()の事を徒に公開はしない。この殺人未遂についても公にしない。ただ、二年前に自殺した樫村さんの息子を自殺に追い込むようにしたことは公表することを決めた。

10歳の子供を自殺に追い込む――センセーショナルな事件にかなり世間は賑わった。そのため、コクーンも発売は危ぶまれたが…まあこの新聞の記事の通り、無事発売までにはこぎつけたようだ。

ゲームの中で新ちゃんは不思議な体験をしたらしいのだが…まあ深く聞いてないし今度聞いてみよう。

 

「あのパーティでは色々あったってことだね。さて、と。そろそろ学校に行こうか」

「ええ、行きましょか」

 

 

――

 

 

「で?どうしたのさ。蘭ちゃんがいない時に俺達に話って」

「あのさ、龍斗クンは吹渡山荘って知ってる?」

「吹渡山荘?いや、知らないな。紅葉は?」

「ウチも知りませんなあ。その山荘がどないしました?」

「実はそこ、恋が成就するチョコが作れるって有名なロッジなのよ!」

「はあ…」

「恋が成就する言われましても…」

 

そういってちらりと俺の方を見る紅葉。

 

「…ああ、紅葉ちゃんには今更だけどね。ほら、私や蘭には必要なのよ!前に出来なかったセーターあげてラブラブ大作戦は出来なかったから…」

 

ああ。セーターを作ってるとか前に言ってたな。あれ失敗したのか。

 

「それで?紅葉は分かったけれど、なぜ俺も?」

「そりゃあ、龍斗クンチョコレート作るの上手じゃない。せっかくだから教えてもらって美味しく作って、しかも恋の成就のご利益まであれば鬼に金棒じゃない!」

 

…え?カカオから作るの?いや違うよね?湯煎して作るやつか。

 

「あー、うん。まあね。手助けできると思うよ」

「じゃあ!」

「紅葉は?」

「ウチもええよ~」

「よっしゃあ!…あ、蘭には動物を見に行くって誘うから当日まで内緒ね!」

「分かった分かった」

「…ただいまー。何の話?」

 

お花を摘みに行っていた蘭ちゃんが帰ってきた。園子ちゃんはさっき俺達と話していた内容を蘭ちゃん用に変えて誘っていた。俺と紅葉はそれを聞きながら自分のお昼ご飯の弁当を消化することにした。

 

 

――

 

 

はてさて、つきました。吹渡山荘。出迎えたのは還暦の頃を迎えたであろう一人の女性だった。彼女はロッジのオーナーで湯浅千代子だと名乗った。

 

「ほー…ばあさん、あんたか!若い女たちをだましてこんな山奥で菓子作らせて金儲けしてるっていうロッジのオーナーは!」

「ちょ、ちょっとお父さん!」

「フン!騙すも何も、10年ぐらい前にたまたまうちで作った洋菓子がきっかけでくっついたカップルが雑誌やらTVやらで散々騒いだ結果じゃ。まあ、前のオーナーだった儂の夫も四年前に死に、今は物の怪騒ぎでとんと客足は減ってしもうてるがのう」

「も、物の怪?」

「まあ、あんたらも吹雪いて来よったら一人で外に出んようにするんじゃな!この山に住む物の怪に妙な贈り物をされたくなければのう」

「妙な贈り物ってなんです?」

「ああ、それはな…」

「チョコレートだよ」

 

湯浅さんが続けようとした言葉を遮って俺達に話しかけてきたのはロッジから出てきた一人の男性だった。

 

「この山は入り組んでてよく遭難者が出るんだけどな。この世間がチョコレートでわくこの時期になるとよくチョコレートが置いてあるんだよ。その死体のそばにな。地元の人たちはこのロッジに来るまでに迷って死んだ女の霊とか、雪女の仕業だとか騒いでんだよ」

「「「ゆ、雪女!?」」」

「まあ、心配する子たあねえよ。警察はそのチョコは食い物に困った動物が、その遭難者の荷物を漁って散乱した結果だっていっているそうだしな。…じゃあ、俺は仕事に行ってくるか!」

 

そう言ってロッジの方を振り返るとそこには二人の女性が立っていた。

 

「いってらっしゃい!」

「二垣君?熱心に追い続けるのもいいけど…熱中し過ぎて雪女に魅入られて…森で迷わないでよ?」

「大丈夫だよ!雪女がチョコをくれそうになったらこういってやるから…」

 

男性…二垣さんはロッジから出てきた女性のうち、黒髪の女性に近づくと。

 

「亜子っていう女がいるってな…」

 

頬に口づけをし、森の方へ歩いて行った。彼を見送る亜子さんに近づき、今度は新ちゃんが質問した。彼は何をしに行くかを。

彼の仕事はルポライターで、どうやらずっと追っている獲物がいるらしくこのロッジに通い詰めているそうだ。JK三人組は雪女を!?と騒いでしまったが、それに答えたのは猟銃を持った二人の男性だった。なんでもここには生き残ったニホンオオカミがいるんじゃないかと当たりをつけているそうだ。猟銃を持った二人もそれを狙っているらしく、彼らもまた森へと消えて行った。

どうやら、このロッジを利用するのは二垣さん達3人と猟銃組3人、そして俺達六人の計12人のようだ。

 

「それじゃあ、儂も夫の墓参りに森に行ってくるからあの連中の連れが来たら適当に空いた部屋に放り込んどいとくれ」

「一人で大丈夫なんか?お婆さん。なんなら、ウチらもついてったるよ?」

「そうね、一人じゃ心配だし」

「大丈夫じゃよ、この山は儂の庭のようなもの。それに三郎もついておるしな!」

「三郎?」

 

湯浅さんはぴゅいと口笛を吹くと一匹の犬が森から現れた。なーる、犬と一緒なら何かあっても俺らに知らせることもできるし大丈夫ってわけね。

 

「なあ、あのルポライター。放し飼いになっている三郎ってあの犬を山の中で見て見間違えたんじゃねえの?」

「それはないわ!」

 

小五郎さんの疑う声を否定したのはキスされた人とは違うもう一方の女性だった。

 

「彼が狼を見たのは夜10時ごろ!」

「暗くなると三郎はオリに入れられちゃいますから…」

「えっと、すみません。ちょっとここいらで自己紹介でもしませんか?そちらの女性が亜子さんと呼ばれていて、先ほどの男性が二垣さんというのは分かっているのですが…」

「え?ああ、そうね!私は粉川実果。カメラマンの仕事をしているわ」

「私は甘利亜子。編集関係のお仕事をしているわ。皆さんの自己紹介はチョコを作りながらしましょっか!」

「え?あのお婆さんが教えてくれるんじゃなかったの?」

 

そう、園子ちゃんに誘われた時はただロッジで作ると勘違いしていたのだがよくよく調べてみるとロッジのオーナーである湯浅さんが洋菓子を作るのが得意でそれを売りにもしていたようだ。

 

「前はそうだったんだけど…」

「今は私達がお客さんに教えてあげているのよ!毎年この時期にお世話になっている御礼も兼ねて…」

「ふーん…」

「まあ今でも仕上げはお婆さんがやってくれるけどね!」

「フン…そんなんじゃ愛の何たらっていうご利益も望み薄だなこりゃ!」

「うっさいわよ、おじ様!こういうのはパワァースポット的な…その場所自体にご利益があるのよ!それに今年は強―い味方がいるから、亜子さんたちもパワーアップ出来ちゃうわよ!」

「「??」」

 

園子ちゃんのその言葉にはてなマークを浮かべる甘利さんと粉川さん。そして俺を見つめてくる園子ちゃん。まあじゃないと俺が来た意味ないしね。さあ張り切って作りましょうか!

 

 

――

 

 

もはや恒例になってしまった自己紹介での驚愕も落ち着き、チョコづくりが始まった。折角だからと甘利さんたちも教える側から教えられる側にシフトチェンジしたが、流石に教えてきたと言うだけあって彼女たちの手際には迷いがない。後はちょっとした刻むときのコツやら、湯煎のやり方や隠し味くらいしか教えることは無かった。作りながら、雑談をしていたんだがどうやら甘利さんのお兄さんもオーナーの旦那さんと同じ雪崩に巻き込まれてお亡くなりなったそうだ。そのお兄さんはまだ発見に至ってなく、こうして毎年雪崩の起きたこの時期に来ているそうだ。なんだかんだで大きな失敗もなく(まあこういう時の失敗はアレンジし過ぎや手順を面倒臭がってなることが多いからな)無事に完成した。

 

「ちょっと吹雪いて来たね…」

「大丈夫かなあ二垣君」

 

確かに甘利さんの言う通り、風邪も出てきて山向こうには怪しげな雲も出てきた…うん、これは後2時間で吹雪くな、()()()

 

「甘利さん、粉川さん」

「なにかしら?」

「もし探すのなら1時間半を目処に一度ロッジに戻ってきてください。恐らく二時間後には吹雪が来ます」

「え?」

「こういう、天気を読むのは(前世の経験から)得意なんです。なので、見つからない場合はあまりひどくないうちに戻って体勢を整えた方がいいです」

「わ、わかったわ。それじゃあすぐに戻るから!」

「貴女達はロッジで待っててね!」

「「「は、はい!」」」

 

 

――

 

 

結局、二垣さんはちゃんと森の中で見つかった。冷たい死体となって。その死体のそばには甘利さんの作ったチョコレートが置いてあった。これが噂の現場か。しかしこれで分かったことがあるな。それは警察が言ったように動物が荒らして偶然チョコが置かれたわけではないという事。わざわざロッジから誰かが持ってきたってことだ。

吹雪がひどくなってきたこと、そして合流した猟銃を携えたロッジ宿泊客によるとふもとに通じる唯一の道が雪崩でふさがってしまったらしい。とにもかくにも、この森の中にいては凍えてしまうという事で一同はロッジに戻った。っと、そうそう。猟銃を持った三人組は俺達が来た時にロッジから出てきたのは酒見さんに緒方さん、後から合流したもう一人が板倉さんというらしい。

ロッジに戻り、チョコを作っていた面々は本当に甘利さんのチョコなのかを確認しに行った。

 

「ないね、亜子さんのチョコレート…」

「うん…」

「ないな…」

「ひっくひく…」

「亜子…」

 

確かに机に置いてあったチョコレートのうち、甘利さんのだけ無くなっていた。しかし…

 

「龍斗君?お父さんの所にいこ?」

「ん?ああ、俺はもうちょっと残って何か残ってないか調べてみるよ」

「じゃあ、ウチも残るわ」

「分かったわ。お父さんにはそう伝えとくね」

 

蘭ちゃんたちは泣いている甘利さんを連れて廊下へと出て行った。さて…んん?

 

「何か気になることでもあるん?」

「誰がチョコを持って行ったくらいは分かるかな、と」

「ああ。龍斗の鼻なら分かるんやな。それで?誰か分かったんか?」

「えっと、分かったっちゃあわかったんだけどな。()()()じゃなくて()()()だなこりゃ」

「??どういうこと?」

「甘利さんのチョコを持って行ったのは犬だ」

「犬って三郎の事?」

「いや、これは三郎の匂いじゃない。もう一頭別の犬がいるみたいだ」

「で、でもオーナーさんそないなこと言うとらんかったよ?」

「オーナーが隠してたとか、もしくは知らなかったとか…こりゃ考えるヒントが足りないかな。新ちゃんにも伝えておこう」

 

廊下に出てみると小五郎さんが各々が集まりどのような行動をとっていたかを洗い出した。完璧に犯行が行えないのはロッジに来てから一度も外に出ていない俺達6人だけ。あとはそれぞれに怪しい時間帯があるようだ。それに猟銃組はなにやら後ろ暗いことがありそうだな。二垣さんの荷物のビデオを検閲しようとすると怯え、恐れ、焦燥…そんな心音になった。

 

「新ちゃん、新ちゃん…」

「ん?なんだ龍斗」「実はさ…」

 

俺はさっき得た情報を新ちゃんへと伝えた。

 

「…ってことなんだ。どう思う?」

「それは、今のオーナーのお婆さんが知らないってことも含めてありうる可能性は…」

 

暫く黙りこくって考えた新ちゃん。結論が出たのか俺を見上げて、

 

「龍斗。オメー森にいるもう一匹を連れて来られるか?」

「え?うん、追跡は可能だけど」

「多分、チョコレートが遺体の近くにあったのは今回の殺人犯とは全くの無関係だ。だが、その一匹はこの事件の重要な証拠を握っている可能性がある…」

「証拠?」

「ああ、龍斗は聞いていなかったから知らねえと思うが三郎は山岳救助犬として優秀な能力を持った犬らしい。それがつまりチョコが遭難者の近くにあったカラクリだ。遭難者を見つけたら栄養価の高いチョコを持っていくように訓練されていたってな。そして今さっきチェックした中に二垣さんが森へ入って行った時のビデオが存在しないことにも引っかかってんだ、オレは。彼は写真よりビデオが好きだっていうじゃねえか。それが遺体の傍になかった。もしかしたから犯人が森の中に捨てちまってしまったとして、その犬が遭難者の荷物を回収するように訓練されていたのなら…」

「今も持っていてそこに証拠があるかもしれない、と。了解。連れてくるよ」

「ああ…だが気をつけろよ?黒いニット帽を被った怪しい奴を見かけたってあの猟銃を持った奴らが言ってから」

「あはは。大丈夫だって。クマだって素手で捌ける俺に何を言ってますやら。それからそのビデオテープ、犬が持ってなかったら一緒に探してくるよ」

「それでも、だよ。こええのは人間だぜ?」

「…ああ。そうだね、気を付けて行ってくるよ」

「おう!」

 

俺は紅葉に外へあの犬を探しに行くことを伝え、ロッジを出た。

 

 

――

 

 

件の犬はあっさりと見つかった。いや、地面を歩いていたらもう少しかかっただろうけど枝と枝を飛び跳ねて移動したら本当にすぐに到着できた。その子はお墓の近くにちょこんと座っていた。こんな猛吹雪の中、たった一匹で。なるほどね、これで俺も合点がいった。三郎は墓守なんだな。周りの卒塔婆は荒らされ放題なのに、この墓石だけがきれいだ。恐らく、オーナーの旦那さんが二匹の犬に交代制で墓守を一日中させていたのだろう。ってことはニホンオオカミも…って。考察している場合じゃないか。この子はビデオテープを持っていないという事は俺が、その証拠がある可能性があるビデオテープを探さねえとな。流石にこの大雪の中ちっぽけなテープを見つけるのは俺以外じゃ無理だし。

 

「さて、と」

「?」

「一緒に来てくれないか?」

「…わふ!」

 

俺は三郎?の前に跪いて彼にお願いした。ロッジで見た三郎の様子を見るにとても人なれしている様子だったしすんなりついてきてくれることになって助かった。

 

「さて、と」

 

俺は三郎?をつれてビデオテープの匂いがする方へと歩いて行った。

 

 

――

 

 

俺はロッジの勝手口から中へと入った。樹から飛び降りる時に、黒いニット帽の男が物陰に隠れたのが見えたが…今はこっちが先だな。

 

「あれ?新ちゃん?それに三郎?」

「ああ、どっちかは次郎って言うんだけどな。事件の全貌は読めたぜ?あとは」

「これ、かな?一応、中身を改めさせてもらったけど今日の日付の物とそれに一番古いもので4年前のものがあったよ」

「へえ。じゃあとりあえず今日のを見てみるか」

 

そう言って取り出したのはハンディカム。なるほどね。新ちゃんがビデオを設定している合間に犬の方を見ているとこっちがほっこりするくらいじゃれ合っている仲のいい二匹がいた。

 

「…龍斗、これを見ろよ」

「え?これって甘利さんか?」

「ああ、これは証拠になる。俺の推理通りだ」

「おい、なにをごそごそと…あれ?なんでそいつはにひ…き…はひん」

 

うっわ。容赦ないな。キッチンに入ってきた小五郎さんを新ちゃんは焦りもせずに麻酔銃で眠らせやがった。

 

「…なんか新ちゃん、手慣れて来たね。熟練の職人のような躊躇の無さだったよ」

「うっせ」

 

 

――

 

 

はてさて、これはどうしたものか。

 

「おらぁ!そこの探偵の横に一列に並べ!」

 

猟銃三人組の正体現れたり…ってね。どうやら彼らは四年前のオーナーの夫と甘利さんのお兄さんを()()していたらしく、その様子を取ったビデオをネタに二垣さんに強請られていたそうなのだ。結局、甘利さんに殺されるか、彼らに殺されるかの未来しかなかったのかい、二垣さん…

 

「よーし、茶髪にバンダナのお前!そこのガタイのいい兄ちゃんをそこの包丁でぶっさせ!!」

「ええ!!?」

 

おやま、板倉の指名は俺ですか。そうですか。園子ちゃんに俺を刺せ、と。ほっほっほー、それはとても()()()()()()()()()おじさんだね?あ?

 

「園子ちゃん園子ちゃん」

「龍斗クン…」

 

もう、真っ青になっちゃって可哀そうに。

 

――コンコン

 

「ん?なんだ、誰だ?お、おい緒方見てこい」

「あ、ああ」

 

そう言って緒方は出て行った。恐らくはあの黒ニット帽かな。敵なのか味方なのか…

 

「おい、さっさと刺せ「ドゴンっ!!」や…」

 

扉の向こうに消えた緒方が今度は扉とともに戻ってきた。扉に近かった酒見が扉の方へ注視し、俺達人質への意識はそれたが板垣は依然こっちを警戒したままだ。

 

「く、来るな。撃つぞ!?」

「ダ、ダメ。近づいちゃ…」

 

ニット帽に注意を促す、園子ちゃん。それに対して、銃口の向きと指の動きを見れば避けられるという男。いや、出来るけど、衝撃波とか散弾のばらけ具合だと紙一重にこの距離で避けるのは危ない…

 

――ドンっ!!…パリン!!

 

「ほらね?」

 

紙一重で男は猟銃を避けた。弾は男が着けいていたゴーグルをかすめるように通り過ぎて行った…って今!

 

「え?ぐっぎゃ!ああああ!!!…ごへ!」

 

酒見が射撃したことで板倉の意識が一瞬そっちに逸れた内に俺は動いた。滑るように板垣に接近し、猟銃の引き金をねじり切った。左手一本で銃身をはじき、猟銃を360°回転させたあとすぐさま180°戻し、銃身と腕をからませるようにねじり上げた。その後右手一本で板倉を持ち上げてともに飛び、床へたたきつけた。軽い脳震盪になるように胸ぐらをつかんだ余りの親指と人差し指で顎を掴んで調整したり、尺骨で板倉の胸骨を粉々にしないように、でもひびが入る程度には調整して衝撃を与えたりと…()()()()を相手にするのは疲れるね…まあ園子ちゃんを苦しめた罰だと思って甘んじて受けろ。

もう一人の酒見は…あーあー、蘭ちゃんとニット帽のツープラトンキックでノックアウトだ。

 

 

――

 

 

ニット帽の男は京極真。園子ちゃんの彼氏で園子ちゃんのラブラブ大作戦の術中にど嵌りしている、今時珍しい古風な男だった。そして…

 

「失礼、先ほどの動き。貴方もなにか武道を?それと園子さんとの関係は?」

「ああ、そう言えばこうしてお会いするのは初めてですね。俺は緋勇龍斗。園子ちゃんとは保育園時代からの幼馴染みってやつです。それから武術ですか。一応、表に出ない徒手空拳の業を…」

「!!そうですか、それでは是非手合わせを!先ほどの暴漢を一蹴した手際、見事でした!!」

「あはは。ありがとうございます。ですが、出来ません」

「な、なぜ!?」

 

「んー、俺の力は競い合う物じゃないから、ですかね。緋勇の家は守護役。そして俺は力を手段だと思っています」

「…手段?」

「俺は美食y…じゃなくて料理人です。肉の調達に自らおもむき、殺し、糧とすることがあります。それは生きるため。つまり生きるための手段として力を振るいます。先ほども、皆さんを危険な目に遭わせないために力を振るいました。これも手段です。ですが貴方の願いは己が力と俺の腕、どちらが強いかの力比べ。つまりは最強を目指す目的を主軸に置いているのだと感じました」

「…その通りです」

「俺は幸か不幸か、強さを「目的」に置いた人間には出会ったことがありません。ありませんが、今のままではいずれ限界が来てしまいますよ?」

「!!それはどういうことですかっ!!?」

「さあ…そもそも立ち位置が違う俺に詳細は述べられません。ですが、今一度、自分の求める「強さ」を見つめなおすことが他流試合を仕掛けるよりよっぽど有意義だと思いますよ?」

 

…なーんて、これは大体が父さんの受け売りだけどね。園子ちゃんの彼氏だからお節介焼いちゃったけど、園子ちゃんに心配ばっかりかけている罰だ。大いに悩め悩め、若人よ。

 

 

――

 

 

「たーつーとー♡」

「な、なにごと!?紅葉」

「はーい、チョコレート!」

「うん、ロッジで一緒に作ったしね…ってそれは何!?」

「うん、男連中が見てた雑誌にあった「胸の谷間にハートのチョコレート」?やって。男の子はこういうのがええんやろ?」

 

誰だ!?んなもん雑誌学校で開いてたのは!!?紅葉も意外と世間ずれしてるから真に受けちゃってるじゃねえか!!……グッジョブだ!

 

「…いただきます!」

「召し上がれ♡…」

 




オリジナル設定
亜子さんの仕事(編集関係)
猟銃組が二人から三人に。(緒方さん)


京極さんは何を持って最強というのですかね?いずれ、範馬勇次郎みたいに頂きで退屈になってしまうのでしょうか?

皆さん、チョコは貰いましたか?この時期大学も休みで義理すらもらえないので数がががが…


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第四十八話 -隠して急いで省略、西の名探偵vs.英語教師-

このお話は第33,34巻が元になっています。




「このthatは、関係代名詞として使われていまース。そのため、この文章は…」

 

今日も今日とて高校生活。今はジョディ先生の英語の授業中だ。こと、言語に関してはある意味反則の才能のお蔭で苦労せずに済んでいるために苦にしていない。苦にしていないが、最近ジョディ先生の俺を見る目にたまに疑念と殺気が籠っているように感じるのは気のせいだろうか?俺なんかしたかね。授業中に気を抜いているのがばれたのかな。

 

「Hey!毛利サーン!」

「え?」

「ちゃんと私の授業聞いてましたかー?」

「え?あ、はい!」

 

おや、珍しい。蘭ちゃんが部活が忙しいわけでもないのに授業中に注意を受けるなんて。部活が忙しくて疲れている時でも授業をしている先生に気取られないように休んでいるのにな。

 

「じゃあ、黒板のあのマーク、何の事か分かりますカー?」

×(バツ)印…いや(エックス)…かな?」

 

その言葉にクラスの中で笑いが起こる。まあ雑談だったから意味なんて書いてないしね。思春期の高校生には興味を引く内容だったし、答えられない=聞いてないだからクラスメイトも大うけだ。

 

「蘭、あれはね…」

 

キーンコーン――

 

「Ah~Time is up!(もう時間ですね)毛利サンには次の私の授業までに考えておいて貰いましょーう!ちゃんと答え、見つけなきゃダメね!レディーなら知ってて損しなーいキュートなマークでーすから!…OK?」

「は、はい…」

「ソレから、クラスの皆に教えてもらうのはなしデースよ?」

「え?」

「毛利サーンのキュートな答え、期待してますからネー?」

 

園子ちゃんが助け舟を出そうとしていたみたいだが運がいいのか悪いのかチャイムに遮られて蘭ちゃんだけに特別な宿題が与えられた。自分で考えろとは…蘭ちゃんが自力で思いつくとは思えないけどなあ…

それから出ていくときにさりげなく、一般人には分からないレベルで俺を一瞥して出ていくジョディ先生。だから俺は何をしたんでせう…?

 

 

――

 

 

(エックス)?それに何か特別な意味があるの?」

「うん!ジョディ先生が授業の余談で話したみたいなのよ。キュートなマークだって」

「無理無理!そんなガキンチョにわかるわけないわよ」

「でもコナン君、時々変な事知ってるし」

(エックス、X、x…)

 

ああ、新ちゃんが思案に入っちゃったな。知っていたらすぐに思い当たると思うけど、これは変な方向に思考が行ってるな…それにしてもいつも思うが高校生の下校時間と小学生の下校時間って被るもんだっけか?俺が帝丹小学校に行っていたときはもっと早く終わっていたと思うんだが。

 

「それにしても蘭ちゃん、授業中に上の空って珍しいね」

「え、あ、うん。ちょっと黒いニット帽の男の人の事を考えてて…」

「あら?それって京極さん事ですか?ウチはチョコレートを作りに行った時が初めましてやったけど」

「ええええええ!?そうなの、蘭!?まさか新一君から乗り換える気!?」

「ち、違う違う!京極さんとは別の人よ!別の人なんだけど…容姿だけが浮かんできてどこであったのか、誰なのかも思い出せないのよ」

「それって街で一瞬すれちがった人の事を思い出しているんじゃないの?」

「ううん。何かあった筈なんだけど、それ丸ごと忘れている感じで…思い出さない方がいいって心がブレーキをかけているような…でも思い出さないといけない気がして…」

 

黒いニット帽…黒かどうかは忘れてしまったけど赤井さんが今の時期のトレードマークにしているのもニット帽だったよな?でも蘭ちゃんはどこであったんだ?てか、そもそも赤井さんかどうかも分からないか。

 

「…あ、コナン君!ジョディ先生はそのマークは女なら知っていて得するって言ってたわよ!」

(女…?そう言えば母さんが手紙の終わりに良く書いてたな…xxx(ペケペケペケ)って。でも母さんも教えてくれなかったな、意味)

「でも、最近のジョディ先生の授業変わったと思わない?」

「そやねー。赴任して最初の頃は型通りに当てはめた授業やったなー」

「私らからしてみれば退屈な真面目一辺倒の授業だったけど今は教科書とかには載ってない本場の砕けた英語を教えてくれたりいい感じよねー!」

「そういえば、女子からも人気出始めているんだってね?」

「そうそう!真面目で堅物なのに色気ムンムンっていうのに女子連中は反感買ってたんだけど、授業以外でも砕けた感じで接してくれるようになって他の先生にないカンジが大人の魅力!とかでさ!」

「Hi!おだててもテストの点数は甘くしませんよー!」

「わ!」

「せ、先生!」

 

話していた俺達の後ろから割り込んできたのは話題に上がっていたジョディ先生だった。気づいてなかった園子ちゃんと蘭ちゃんは素で吃驚してる。

 

「…ジョディ先生、いきなり声かけないで上げてください。2人が吃驚してますよ」

「Oh,それはごめんなさいですねー…でもMr緋勇はそんなに驚いていないんですねー?」

 

そう言って目を細めるジョディ先生。

 

「まあ、これでも古武術を修めていますので。後ろの気配を読むのは意識しなくても自然とやっちゃうんです。それに紅葉も気づいてましたよ?」

「わお。ほんとーですかー?」

「え、ええ。ウチも最近どんどん感覚が鋭くなってますし…ただ誰が来るかまではわからへんですけど」

「んんー。ずいぶんとFantasticなカップルですねー!…そう言えば毛利サン!xの意味わかりましたかー?」

「いえ、全然…」

「じゃあ、新一君にメールして聞いてみようよ。内容は、そうね…「答えが分かったら私の大切なxをあげる!」って言うのはどう?」

「おいおい、園子ちゃん…」

「Oh!それはグッドアイディアねー!」

「ウチも新一君の反応見てみたいなー。ぐっどあいでぃあやで、園子ちゃん!」

 

ありゃ。女性陣がノリノリになっちゃったな。これは俺がどうこう言ってもメールに「xxx」がつくな…あれ?新ちゃんへのメールなら別にいいんじゃないか?

 

「そ、それよりジョディ先生のマンションってこっちと逆方向なんじゃ?」

「ちょっと三人に聴きたいことがあるんでーす!付き合ってくれますかー?」

 

 

――

 

 

そう言われて連れて行かれたのはとあるデパートに入っている喫茶店だった。ジョディ先生が聞きたいこととは最近帝丹高校の学生がバスや電車で痴漢の被害が広がっているという事で、三人もそう言う被害にあっていないかという事だった。

紅葉は俺と歩いて帰るし、二人も遭ったことはないという。まあ蘭ちゃんは空手で、紅葉は護衛のペットが被害を受ける前に痴漢を排除するだろうから問題はないだろう。園子ちゃんは、園子ちゃんは…黙って痴漢されるタマじゃないし…ね?

 

「でも気を付けてくださーい。もしかしたらその相手は家の近くまでしつこく付きまとって、息をひそめて隙をうかがう恐ーい悪魔のようなストーカーかもしれませんか―らーねー?」

帝丹高校(ウチ)の近くでそんな男がうろついていたら警備員につまみ出されますよ」

「せやせや。帝丹高校は私立ですし、ウチら(紅葉と園子)が通ういうことでセキュリティも強化されてますよ?…そもそもウチには龍斗がいますし」

「私の家の周りでもそんな人見かけませんし…ねえコナン君?」

「あ、うん…」

「じゃあ、近くで怪しい人を見かけたらすぐに私に電話くださいねー」

「え?ジョディ先生にですか?…先生も女性ですし危ないんじゃないですか?(まあFBIの捜査官だし危ないことは無いんだろうけど)」

「Mr緋勇は紳士ですねー。でもだいじょーぶでーす!先生がアメリカ流のお仕置きをその性犯罪者にお見舞いしてあげマース!」

 

……女子高生組はのほほんとしているが、新ちゃんは気付いているよね?一生徒にそんな話をしているのはおかしいって。

 

 

――

 

 

その後は変な男性の変な会話が聞こえてきて、突然デパートが停電し電気が復旧したと同時に悲鳴がデパートに響き渡った。どうやら喫茶店の前にあるエスカレーターの階下で刺殺体が発見されたそうだ。

……なんだろう、幼馴染みたちがぐいぐいと警察に話しかけていくのを見ると何かこう…

 

「どないしたん、龍斗?」

「ああ、いや…蘭ちゃんや園子ちゃんが、相手が目暮警部…知り合いの警部さんとは言え事件現場でぐいぐい話しかけているのを見ると…」

「ああ。なんか遠くに言った感じがしますか?」

「まあね…あと随分図太くなったなって」

 

昔はあんなに自分から警察に歩み寄ったりはしていなかっただろうに。慣れって怖い。

殺された男性が、ジョディ先生曰く「ダイイングメッセジ」を「○×△」として残していたのでそれを解く謎解きが始まった。刺殺体の携帯のリダイヤルをしてみると喫茶店で声を張り上げていた男性の携帯へとかかった。そこから犯人の可能性になるリストがあがった。途中、千葉刑事が犯人の来ていた服を回収してきたので一応匂いは覚えておいた…が、新ちゃんもいるし活用する事はないだろう…びっくりしたのは高木刑事がxの意味を知っていたことかな。

 

 

――

 

 

犯人の目星がつき、目暮警部たちは○×△さん…国吉文太さんがいる会社へと向かった…新ちゃんも一緒に。

 

「Ah!もうこんな時間でーす!それにしても電話に行った毛利さーんおーそいでーすね?」

「もしかしたら電話で新一君にxの意味聞いているのかもよ!」

「じゃ、じゃあ。「私のxをあげる!」も言うたんかな!?」

「そうよそうよ!」

「いや、それはないんじゃ…」

「龍斗君の言う通り…なーにが私の大切なエックスを上げる、よ!」

「「「え?」」」

「高木刑事に聞いて来たわよ!xの意味!」

「あ、そう…?」

「大体ねえ、新一だってたとえ知ってても「xをあげる」なんて言われたら答えられないじゃない!」

「まあ、知るわけないよ。その手の情報にあの男は疎いし…」

「もう…あれ?コナン君は?」

 

俺は蘭ちゃんのその言葉に黙って上を指さした。目暮警部たちが犯人の確保に向かったこのビルの階上を。

その後、戻ってきた新ちゃんに事件が解決したことを聞いて俺達は帰路に立つことになった…新ちゃんもxの意味を知りたがっていたが、蘭ちゃんにxは「ダメ」という間違った意味を教えられていた…面白そうだから教えないでいようっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし…ええ。彼が母親の葬儀で娘と話していたという情報が入ってから私も注意して観察してみたけれど。あの子、只者じゃないわね。古武術を修めていると言っていたけれど、それにしては少々血生臭い感じがするわ……ええ、要注意人物として警戒は続けるわ」

 

 

 

=================================

 

 

 

 

「何!?毛利探偵が関わった事件の調査書が警視庁から盗まれた!?本当に高木刑事がそう言ってたのか!?」

「シーシー、大声出すなよ!…龍斗、どうだ?」

「…あー」

 

新ちゃんが俺に聴きたいのは哀ちゃんが聞いていないかどうか。彼女は今の所、地下のラボにいるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「大丈夫、彼女は地下にいるよ」

「そ、それで?もしかして盗んだのは…」

「ああ、奴らの仕業かもしれねーな。例の薬で殺したはずのオレが生きている噂を聞いて毛利小五郎の活躍に不審を持ったのならあり得ねえ話でもねえ…工藤新一が毛利小五郎に入れ知恵してるってな!」

 

んんー、実際どうなんだろうな。確かに小五郎さんの活躍と新ちゃんのコナンになった時期は重なっているけれど、世界中で暗躍している組織がわざわざ調書を盗むほどのことかな?彼らが警戒するのは警察機関で私立探偵まで回りくどいことをするんだろうか。それなら小五郎さんを殺して終わりな気がする。絶対阻止するけど。原作だと下手人は誰だったっけ?思い出せない…

 

「まあ、オレが遊園地で薬を飲まされた日と「眠りの小五郎」が出始めてたのが同時期だからな…」

「おいおい…」

「でも、さ。結局工藤新一は本当に姿()を消しているし…たまーに俺が変装したりしてるからそれが噂の元になっているかもしれないから完全に否定しきれないけど…なんかごめん」

「いや、龍斗がいたずらに変装したことはねーし、そもそもお願いしてんのはオレだからな。龍斗が気に病む必要なねーよ。工藤新一が薬でガキになったなんてファンタジーな話、奴らが可能性としても気づくわけねえし、そもそも調書が奴らの仲間が盗んだかなんて決まったわけじゃねえしな」

「しかしのぉ…」

「でもまあ、おっちゃんを誰かが調べているのは確かだし…念のためってことで博士に頼みたいことがあんだけど…」

「……フン!都合のいい時だけヒトに頼りよって!頼むんならもっと頼りになるそこにいる龍斗君にでも頼んだらどうじゃ?」

 

ありゃ。なんだか博士が拗ねてる…お。哀ちゃんがあがってきたな。

 

「あ、もしかして調書が盗まれたことを内緒にしていたことを怒ってんのか?」

「フーンじゃ!」

「(フーンじゃって…)いや、博士?俺も調書盗まれたなんて初耳なんだけど?」

「え?そうなの?」

「怒るなよ博士。しゃーねーだろ?博士に話そうとした時、アイツが傍にいたんだから」

「アイツって哀君の事か?」

「ああ、この近辺で誰かが嗅ぎまわっているなんて聞いたらまたアイツ引きこもっちまうだろ?それにオレ、アイツと約束しちまったんだ。「ヤバくなったらオレがなんとかしてやっから心配すんな」って。だから無用な心配をかけるわけにはいかなくてよ」

 

あらら。よりにもよってここを盗み聞きされちゃうとはね。まあ、哀ちゃんも出会った当時から変わってきているようだし、ここは静観しましょうかね。聞いて損があるわけでもないし、何より気を配ってくれる他人の存在がいることを知るのは彼女にとってもいいことだと思うし。

 

「つーわけで、この事は灰原の耳には入れんじゃねーぞ!龍斗もだ。アイツ、見かけよりタフじゃねえからよ」

『(…バカ…)』

 

地下へと降りる階段の壁に寄り掛かった哀ちゃんが小声でバカと呟いたのが聞こえた。こりゃあ完全に聞かれてたね。タイヘンダナー新ちゃんは。あ、降りてきた。

 

「でも、ひっかかるんだよなァ」

「何が?」

「その泥棒、盗んだ調書をわざわざ送り返してきやがったんだ。わざわざ警視庁までな」

「それは…また色んな意図が考えられるね」

「なにがじゃ?調べ終わったから返しただけじゃろ?」

「バーロ、用が済んだんなら捨てちまえばいいだろ?燃やしてしまってもいい。なんでわざわざ不審がらせて警戒させなきゃいけねえんだ?」

「たしかにそうじゃの」

「俺が真っ先に思い浮かんだのは警察への挑発かなあ。「お借りしたものはお返しします、無能な警察さん」みたいな」

「む、無能って。龍斗も結構辛辣なところあるよな…あとは、これでこっちの手の内を丸裸にしたぞって言う意味の不敵なサインか…もしくは」

「誰かをおびき出そっちゅう罠か…まあこの場合おびき出す相手は工藤…お前やっちゅうこっちゃ」

「ああ、たぶんな…」

「わからんのはホンマにそれが罠やったらなんでそないなややこしくてまどろっこしい手段を取ったのか…」

「そうだな、おびき寄せる方法は他にもいっぱい…ってなんでオメーがいるんだ、服部!」

 

おおお、新ちゃんと平ちゃんが漫才みたいなやりとりしてる。因みに平ちゃんは博士が思い悩んでいる新ちゃんのために呼んだそうだ。俺相手だと背伸びして素直に相談しないだろうからと。何だかんだで10数年。博士は俺と新ちゃんの事をよく分かってらっしゃるわ。

 

「…龍斗。テメェ服部がいることを黙ってたな?」

()()()()()のはその通りだけど、俺が博士の家に来たのは新ちゃんのあとだよ?その後すぐに調書の話をし始めたんだから俺は博士に聞いたわけじゃないよ。来たときすでに二階で息をひそめているのには気づいたけど。そこはもっと注意深く周りを見ないといけないぞー、探偵君?」

「バーロー、オメーの超感覚と探偵の技量を一緒にすんなっつうの」

「なんや、ばれとったんかいな。龍斗も来るいうことで驚かそ思っとったのに。いやあ、龍斗にドッキリ仕掛けんのは至難やで」

「ははは。しかし、さっきの調書の事じゃが盗んだ相手がどこの誰かも分からん今は手の打ちようがないのう」

「甘いでジィさん。そんな大事な話をだまっとった工藤が今話したっちゅうことは何かしらの手がかりを掴んだからや。そやろ?お、その顔は図星やな??言うてもええんやで??」

 

新ちゃんの額を突っつく平ちゃん。新ちゃんは図星をつかれた顔…もしてるけどどっちかというと呆れている割合が多い気がするぞ平ちゃん。

新ちゃんが気にしているのは俺が哀ちゃんの大人バージョンで自殺を偽装した件の発端となった、杯戸シティホテルで行われた映画監督をしのぶ会の会場で起こった殺人事件だ。新ちゃんはその事件が起きてからもしかしたらあの事件現場には新ちゃんの知らない組織の人員がいたんじゃないかと考えていたそうだ。そして、事件が起きて以降、表舞台に出なくなった有名人がいるそうだ。ああ…そう言う事か……

 

「クリス・ヴィンヤード…アメリカのムービースターだ!」

『!!』

「ク、クリスってあの有名な二世女優の…!?」

「チチのでっかい綺麗で賢いねーちゃんか!?」

「ああ…大女優、シャロン・ヴィンヤードの一人娘さ…龍斗、大丈夫か?その…」

「んん?なんで龍斗にそないな事聞くんや?」

 

ああ、シャロンさん。新ちゃんが貴女までたどり着いてしまったよ。今はまだ確証のない段階だけれどいずれ貴女に食らいつきます…ただ、()()あなたとの約束を守ります。

 

「シャロンさんとは個人的な交友関係があってさ。それを心配してくれてんのさ、新ちゃんは」

「え?龍斗、シャロン・ヴィンヤードと交流があったんかい!?」

「まあね。結構可愛がってもらってたんだ。ただ()()()()()とはシャロンさんの葬式で一度会っただけだから…大丈夫だよ」

「そ、そっか…まあ、龍斗の事もあるし()()も無関係とは言い切れねえし考えたくなかったんだけどな。色々調べて彼女が一番疑わしいんだ」

「………(工藤?)」

「そこでさっきの博士の頼みごとにつながるだが…」

 

そう言って新ちゃんが差し出したのはどこかのアドレスが書かれた一枚の紙片だった。

 

「インターネットのアドレスか?」

「ああ。彼女の復帰を熱望するファンのサイトだよ。上手くそこに潜り込んで情報を集めてくれねえか?彼女の癖から、趣味、経歴…コアなファンだからこそ得られる生の情報を。これ以上インターネットカフェで海外のサイトを小学生が覗くのは不自然すぎるからな」

「まあええが、そんな|情報()()集めて一体どうするんじゃ?」

「いつか何かの役に立つかもしれねえだろ?」

「いてるんやろ?」

「え?」

「お前の周りに怪しい外国人の女が…」

「ば、ばーろ。そんなん居るわけねえだろ?なあ龍斗?」

 

あ、その相槌を求める相手は俺じゃないのが正解の選択肢だぞ新ちゃん。

 

「それってまさか、ジョディ先生の事じゃないじゃろうな?」「ゲッ」

 

ほら、博士が言っちゃうもの。そしてそんなことを聞いたら平ちゃんなら。

 

「何者や?そいつ」

「龍斗君達が通う、帝丹高校の新任の英語教師じゃよ」

「バーロ!こいつにんな事吹き込んだら…」

「?」

「よっしゃ!!試しに今からそのセンセのとこ行ってみよか?」

 

こういうに決まっている。流石に付き合いの浅い博士は分からなかったか。新ちゃんは分かっていたからこそ誤魔化そうとしたんだろうな。

 

「ここには龍斗もおるし、住所も簡単にわかるやろ?それに龍斗も一緒に行けば問題なしや!!」

「あー。いや、俺はパスで」

「え?なんでや??」

「なんか最近、ジョディ先生の態度が俺だけに冷たくてね」

 

○×△事件から数日たってから、彼女の視線から疑念が取れて敵意と殺意…そして悲観が混じるようになった。何かを彼女は確信しているようなのだが、俺にはさっぱりなんのことなのやらだ。

 

「俺が一緒に行っても上手くいかないと思うから」

「そうなんか?」

「……(龍斗?)」

「ほな、俺と工藤とで行ってくるわ。上手くいけばなんとかっちゅう薬も手に入るかもしれへんしな」

「オメーゆるすぎ。奴らはそんなにあめえ相手じゃねえぞ?」

「ほう?ほな、コナン君はおとなしゅうおうちでお留守番でもしときまっか?」

「…ったく。しゃあねえな…わりいが、龍斗」

「はいはい、住所ね。今調べるよ……2人とも気を付けてね」

「「ああ!」」

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

服部平次…面白いボウヤ。大阪府警本部長服部平蔵の息子で工藤新一と同じ…探偵(Private eye)。そしてあの緋勇龍斗(私達の敵)の幼馴染み。貴方は一体どれだけの人を欺いているのかしら?

 

 

 




やっぱりオリ主は勘違いされてこそですよね!
住所は方々の手を使って手に入れたことにしてください。今はそう言う情報の扱いが高校でどうなっているのか知らないですので。



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第四十九話 -悪意と聖者の行進、他-

このお話は第34~36巻が元になっています。

34,35巻の該当エピソードは事件後の話題のみです。


「蘭ちゃん、体調の方は大丈夫なの?神奈川で巻き込まれた事件現場で倒れたっていうから心配してたんだよ?」

「もう大丈夫だよ、龍斗君。倒れたのは過労による熱だっていうし、その熱ももう引いたしね。でも倒れたせいで日本史のテスト受けられなかったのは痛かったけどねー」

「もう!テストより蘭の体調でしょ!!部活のやりすぎも原因の1つって聞いたわよ?」

「そうやねえ。それでなくても蘭ちゃんは普段から一家の家事を一人で担っとるわけやし。無理はアカンよ?」

「しばらく俺が晩御飯作りに行こうか?」

「もう、みんな心配し過ぎ!もう大丈夫だから!!…それに悪い事だけじゃなかったのよ?」

「「「???」」」

 

蘭ちゃんの言葉に俺達三人は首を傾げる。その答えを待っていると、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響き続きはお昼へと持ち越しになった。しかし、熱出して倒れて良かった事ってなんだろうな?

 

 

――

 

 

「…それで?」

「??それでって?」

「さっき蘭が言いかけた、悪い事だけじゃないって話よ。もったいぶらずに教えなさいよ!」

「べっつにもったいぶってるわけじゃあ…」

「そらあんな言い方して授業を挟んだんやから、なんやもやもやしてしまう園子ちゃんの気持ちも分かるで?」

「わかった、分かった!話すから…ただ思い出したってだけよ」

「思い出したって何を?」

「ほら、私一年の時に新一とアメリカに遊びに行ったじゃない?」

「あ、ああ。LAに住んでる有希子さんに会いに行ったんだっけ?」

「うん。その、LAに着いた後すぐに新一のお母さんに連れられてNYに飛んだのよ」

「あー、なんかきいたことあるわね。その話」

「ウチは初めて聞いた話やわ」

「あ…行ったのは高校に上がる直前だったから紅葉は始めての話だね」

「あ、そっか。その時はね、NY観光を楽しんだって話したんだけど…実は色々、事件に巻き込まれてたのよ。すっかり忘れてたけど」

「じ、事件?」

「…蘭ちゃん、二年に上がってからよくよく事件に巻き込まれるようになったけど高校あがる前からやったんやねえ…」

「ち、違うわよ!一年の頃は数えるだけよ!…それで、NYの時も事件に巻き込まれた後に熱出して倒れちゃって…その事件の事をすっかり忘れてたってわけ」

「なるほどねえ。つまり、一昨日出した熱と同じシチュエーションやったから思い出したって感じなんかな?」

「多分紅葉ちゃんの言う通りだと思う」

「……」

 

俺はその話を弁当をつつきながら聞いていた。この話って確か一年前に新ちゃんに口止めされていた話だな。それに…確か、事件現場にいたのは。

 

「そーれーでー?なんで事件に巻き込まれたことがいい事だったのよ?」

「勿論事件に巻き込まれたのはいい事じゃないわよ?でも、その事件と一緒に大切なことも忘れてたから…それを思い出せたことがいい事!」

「なーによそれー」

「えへへ、ひーみつ♪」

「えー、教えて―な。蘭ちゃん!」

 

なんだっけ。確か、新ちゃんに秘密にしておいてと学校で言われた後に事件内容を聞いた時は…ミュージカルでの殺人犯を犯行前に蘭ちゃんが助けて、お蔭で殺せたみたいなことを言われたとか言ってたよな。そんで、その後に通り魔にあって…何がいい事だったんだ?ちょっぴり顔が赤い蘭ちゃんの顔を見ながら俺はあーでもないこーでもないと思考を巡らせた。

 

 

 

 

=================================

 

 

 

 

「ははははは!何それ!わざわざ沖縄まで行って大食い対決してきたって!?名探偵大食い対決?探偵関係ねえ!!はははっははははは…はあはあ、お腹いってえ!

…にしてもさあ。日程合わなかったから行けなかったけど、旅行先でまた事件に巻き込まれてるんだね」

「龍斗、笑いすぎだ…ま、俺もそう思うけどよ?しゃあねえじゃねえか。企画してた島で事件が起きて、それが企画の根本を解決する内容だったんだからな。後事件に関してはオレはもうなにも言えねえよ」

「だ、だからって大食いって…ふうふう。ふー、落ち着いた。それで?俺に聞きたいことがあるんだろ?」

「ああ。服部が海で言ってたんだけどよ。ほら、ちょっと前にジョディ先生に会いに行ったじゃねえか?そん時に俺が離れている時に服部がサシで話したらしいんだけどよ…」

「ああ、俺が遠慮したヤツな」

「そん時ふとしたことで服部が龍斗の話題出したらしいんだけどよ…一瞬すげえおっかない顔をしたって言ってたぜ?親の仇を見る様な顔だったってよ」

「……なんでさ」

 

いやホントになんでだよ?

 

「心当たりないのか?」

「あったら相談してるよ。最近はきっつい視線くれるし、でも話しかけてもいつも通りだし。全くもってお手上げ状態さ」

「ふうん…あ、そうだ。オメー、クリスについては本当に何も知らねえのか?」

「へ?」

 

な、なんだ?俺新ちゃんに何か言ったっけか?

 

「ほら、博士に海外のサイト巡り頼んだだろ?そん時に博士が見つけたんだけどよ。シャロンの葬儀に参列したときにクリスと話したみてえじゃねえか。クリスが「母のお気に入りの子」っていうぐれーだし、シャロンからクリスの事本当に何も聞いてねえのか?」

「とはいってもねえ。俺も実際に会ったことは前も言ったと思うけど一回だけだしやり取りは手紙だったからね。その時の内容も近況とか、最近の俺の成長のこととかばっかりだったし」

「手紙って…メールとか、チャットとか色々あんだろうに珍しいな?」

「まあ、俺が子供だったからってのもあったけどクラッカーとかを警戒してたみたいだよ。前俺も同じことを聞いたら絶対に俺とのやりとりは見られたくないって返事があった」

「へえ…(本当に随分と龍斗に入れ込んでいたんだな)」

「あ」

「ん?なんか気になることでも思い出したか?」

 

んー。これは…どうなんだろうな。まあ言っても大丈夫か。普通に家族の話題になったから俺も聞いただけだし。

 

「前に一度だけシャロンさんにクリスさんの事を聞いたことあったんだけど。帰ってきた返事には「クリスは私の分身。私の光や闇をろ過していき、残った透明なavatar」ってさ」

「アバター…化身、または分身って意味か…」

 

シャロンさんは苦労の連続の女優人生だと言っていた。その反面、クリスさんはシャロンさんの娘として、女優としてのキャリアを積んでいる。自分が生きたかった人生をクリス・ヴィンヤードとして体験しているんじゃないかな?まあ、そう思うにしても判断材料が少なすぎるけどね。

 

「ちょっとー!コナン君、龍斗おにいさんとお喋りしているのはいいけどパレード見逃しちゃうよ!」

「あ、わりわり」

 

っと。確かに新ちゃんとのおしゃべりに興じているのもいいけれど、今日は東京スピリッツの優勝パレードを見に来ているんだった。子供たちがへそ曲げる前に話を切り上げて俺と新ちゃんもパレードを見ることにした。

 

「それにしてもスマンのう、龍斗君。そろそろ全国模試なんじゃろ?なのに付き合わせてしまって」

「いえいえ。東京スピリッツ優勝となるとかなりの混雑になると思ったので博士だけじゃ大変でしょう。それにコツコツやってますし今日一日くらい彼らの面倒を見ても、何の問題ありませんよ」

 

 

…と言っても、結構後ろの方についてしまったし、高身長な俺は余裕で見えているけれど子供たちは大人の陰に隠れて見えないか。折角来たのにこれじゃあ楽しめないだろうな。歩美ちゃんも見えないって言ってるし。ここは…

 

「歩美ちゃん、俺の肩に乗るかい?」

「え、いいの?」

「ああ。俺は余裕で見えているし、肩に乗れば歩美ちゃんでも見えるよ。哀ちゃんもどうだい?」

「わ、私はいいわよ」

「ええー!折角だし、お願いしようよ。ね?灰原さん!!」

「え、ええ…」

 

おお、哀ちゃんが押されて了承してしまった。

 

「それじゃあ、ついでにコナン君と光彦君も持ち上げてあげよう。元太君は博士にお願いするといいよ?」

「え、ワシ?」

「ボ、ボクもですか?」

「オレもかよ。けどどーやって乗せるの?肩じゃあいくら子供だからって2人分の幅は…」

「ふっふっふ。誰が肩と言ったかね?」

「へ?」

 

俺はしゃがみこみ、まず女の子二人を肩に乗せた。その状態で両の手をまっすぐにのばして男の子たちを手のひらに載せて立ち上がると同時に腕を90°曲げた。腕、肩、頭のラインで漢字の「山」になるような格好だ。

 

「わあ!すごいすごい!!たかーい!!」

「確かにこれならよく見えます!」

「…よくもまあこんな力が。それに全然揺れないし」

「確かにこれならよく見えるけどよ。オレと光彦は完全に他の人たちより抜けて見えるからパレードの車に乗った選手がオレ達に気付いてぎょっとしてるぞ…」

「いいないいな、四人だけずりいぞ!博士、俺も持ち上げてくれ!!」

「はいはい…」

 

その後しばらく子供たちを持ち上げていたが、博士の腰が限界を迎え元太君を下してしまった。その彼が、四人だけ見えている状態に満足するわけもなく台になりそうなものを探してパレードの人込みから離れてしまった。

 

「おい、元太!…しゃーねー。龍斗…にいちゃん。降ろしてくれる?」

「いいのかい?」

「うん。皆もいいよな?」

「ええ」

「ボク達だけ見ているのは不公平ですもんね」

「うん!」

 

俺は子供たちを下した。子供たちは離れた場所の…あれはゴミ箱か?に乗っている元太君の傍に走って行った。やれやれ。注意しなよ、博士。あ、倒れた。

言いそびれちゃったけど、新ちゃんと元太君が入れ替わって俺が持ち上げても良かったんだけどね。そうすればパレードから遠のくこともなかったし。彼の体重は恐らく40kg…だけどそれくらい俺にとってどうとでもない重さだ。

…あっれ?肩まわしたりしてたらいつの間にやら郵便ポストの上に光彦君と元太君の姿が。あれは流石にダメだろ…さっきのプランで行くかな。五人全員で、なら新ちゃんには博士の肩車で我慢してもらおう。

ポストにいる子供たちを降ろすためにポストに近づくと俺より先に注意する茶髪の女性がいた。

 

「ちょっとくらいいじゃんかよ、オバサン!」

 

元太君は言葉遣いをもうちょっと教えないとだめだな。いつか絶対トラブルになる。

 

「ちょっとー、オバサンはないでしょ?オバサンは!!いう事聞かないと…逮捕しちゃうわよ♡」

「さ、佐藤刑事…」

 

おやま。かつらを取ったその下からは黒髪のショートが出てきた。子供たちが言った通り、佐藤刑事の変装だったらしい。

 

「久しぶりですね、佐藤刑事」

「え?えっと君は…?」

「あれ?龍斗にいちゃんと初対面だっけ?…あ、そっか。米花サンプラザホテルの時は佐藤刑事意識がなかったから。龍斗にいちゃんは佐藤刑事を撃った犯人を拘束して、佐藤刑事の応急処置をしてくれたんだよ!」

「その、龍斗にいちゃんこと緋勇龍斗です…動きを見る限り、傷による身体可動性障害もないようですしよかったです」

「ああーー!君が私の事を治療してくれたの!?あとから聞いた話だと、君の応急処置のお蔭で失血性の臓器不全を起こさなくて済んだって。今度何か御礼したいわ!」

「あはは。あのときはあれがベストだと思って行動しただけなので。それより、子供たちが何か聞きたそうにしてますよ?」

「え?」

 

佐藤刑事が向けた視線の先には俺の言った通り何かを言いたそうな子供たちの姿が。まあ、彼らの聞きたいこととはなぜここにいるか?だったんだけど…一人がしゃべればもう一人がしゃべり、それに反応した別のもう一人がしゃべる…というどこかおばちゃんの会話のように話が流れて行って、佐藤刑事が仕事中に抜け出してパレードを見に来ていることになってしまった。

その後、彼女は否定したがさらに追い打ちをかけるようにミニパトに乗った婦警がデートだと言い、子供たちがそれに乗ってしまった…佐藤刑事、不憫な。

その話を終わらせたのは博士の後ろから来たもう一人の刑事さんだった。

 

「仕事ですよ、仕事!デートじゃありません…」

「白鳥警部!?」

「ども、ご無沙汰です」

「やあ、龍斗君。しかし君がこの少年探偵団と知り合いだったとはね」

「まあ、博士とはご近所ですから。コナン君つながりもあって…ね?」

「なるほど」

「それにしてもどうしてあんたまで変装を…」

 

そしてなぜこんなに警察の人がいるのかを教えてくれた。なんでも警視庁宛に犯行予告とも取れる謎のFAXが送られてきて、それの文面が未解決事件の物とよく似ているために刑事が導入されているそうだ。

 

「なーんだ、デートじゃないんだ」

「ああ。()()()仕事なんだよ。問題のデートは来週のはずですしね」

 

…ヲイ。白鳥任三郎さんよ。何故に同僚のデートの日なんかを把握しておるのじゃ。

ミニパトの婦警さんも把握しているし、白鳥警部の話だと割と大人数で監視体制が築かれているみたいだし…さっきのパレードでデートよりやばいんじゃないか?いや、休暇届出してるみたいだし、いいのか?

 

 

――

 

 

ええ、ええ。分かっていましたとも。新ちゃんと出かける時は何か起きるかもという心構えで動かないといけないという事を。でもさ、まさかせっかくのおめでたいパレードに水を差すような輩が、しかも爆弾を使用する奴が出るとか思わんよ……

とりあえず、爆破地点にあった残り香から爆弾を仕掛けた奴らの動きは分かったから新ちゃんに言って俺だけ別行動して彼らを尾行しアジトを突き止めた。

その後、新ちゃんに連絡を入れると向こうでも動きがあったらしく通報は少し遅らせてからしてほしいとのことだったので、指定された時間に匿名の電話という事で奴らの住所を電話して俺のこの事件との関わりは終わった。しかし、新ちゃんもまあよく郵便局強盗なんてものに気付いたもんだよ。俺がすぐに匿名電話をしていたら強盗役が逃げていたかもしれないし、新ちゃんに電話したのはファインプレーだったな。そして…

 

「「「ごっはん、ごっはん。美味しいご飯!!!」」」

 

匿名で電話する以上、俺は途中で(博士と小さくなった組には話したとはいえ)抜け出してしまったわけで。一日面倒を見ると言う約束を破ってしまったので彼らに博士の家で夕飯を作ることにした…っと。

 

「よし、これで全部出来た。さあみんな手を洗ったかな?」

「「「はーい!」」」

「ええ」

「「もちろん(じゃよ)」」

 

それじゃあ……

 

「「「「「「「いっただきまーす!!!!!!!」」」」」」」

 




次回はあの事件…なんですがあっさり終わってしまいますね。だって龍斗、高校生ですもの。


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第五十話 -揺れる警視庁 1200万人の人質-

このお話は原作第36,37巻が元になっています。

遅れて申し訳ありません。遅れた理由は活動報告に載せております。
幸い、最悪なことは回避できました。

それではどうぞ!


「はい紅葉、お弁当」

「ありがとぉ、龍斗。それにしてもいよいよやねぇ」

「…普通、模試の前なんて緊張するか憂鬱になるかのどちらかだと思うんだけど……随分と楽しそうだね?」

「そやろか?」

「うん。すごく笑顔になってるよ。気づいてない?」

 

俺にそう言われて初めて自分が笑っていることに気付いたのだろう。自身の顔に手を当て、はにかむような笑顔を浮かべた。

 

「ほんまや……ふふっ」

「お嬢様、それに龍斗様。ご歓談中恐縮ですがそろそろ学校に行くお時間です」

「ああ、伊織」

「伊織さん。もうそんな時間ですか」

 

時計を見ると、丁度7時になるところだった。

 

「ええ。今日は全国模試があるとのことで早めの登校のご予定だったはずですので」

「そうやったな。じゃあ伊織、それに夏さん。ウチらはそろそろ出ますね」

 

紅葉は皿洗いをしていた夏さんにも声をかけた。

 

「ええ、いってらっしゃい紅葉ちゃん龍斗君。普段勉強している二人にはいらないお世話かもだけど、つまらないケアレスミスなんてしないように時間いっぱいまでしっかり見直しするのy…するんだよ?」

 

あ、ちょっと女言葉になりそうになった。伊織さんもいるし慌てて言い直していたけど。

 

「分かりました」

「ウチも大丈夫や」

「では、いってらっしゃいませ」

「気を付けてね」

「「行ってきます」」

 

俺達は二人に見送られ、帝丹高校へと歩き出した。今日は11月8日の日曜日。なぜ、休日にも関わらず、俺も紅葉も制服に着替えて朝早くから学校に向かっているかというと伊織さんが言っていた通り、全国模試が開催されるからだ。幼馴染みズと一緒に、空いた時間を見て勉強してきたからそれなりの結果は出せるだろう。おっと、パトカーか。

俺はパトカーが通り過ぎるのを待って紅葉に話しかけた。

 

「それで?さっきは聞きそびれちゃったけど、なんで紅葉は笑っていたの?」

「ウチ?ウチはね……教えてあげてもええけど、龍斗のことを先に教えて欲しいな」

「俺?」

「龍斗さっき言うとったやん。「緊張するか憂鬱になるか」って。龍斗はそのどっちでもあらへんやん。いつも通りや」

「俺は……まあ、ほら。語学系は(転生特典もあって)確実な得点源だし、生物化学は()()人生のお蔭で大丈夫だしね。確実に取れる科目があるから心に余裕がある、だからいつも通りなのさ」

 

さらに言うなら1000年以上生きてきて今更ペーパーテスト?だから、何?って感じがあるのと、学力の良し悪し関係なしに自活できる経済基盤が出来ているから、かな。まあ父さんたちに見せて恥ずかしくない点数を取るために準備は怠ってないけどね。

 

「そういうことですか……今更ですが龍斗は長生きしとりますもんなぁ。またいつか昔話を聞かせてくださいな」

「そうだね。オヤジとの修行の話や弟分が出来た話、戦争、冒険、宇宙に飛び出した話……どれだけ語っても語りつくせないかもね?」

「せ、戦争って。それに宇宙!?うう、気になりますやんか。これから模試やって言うのに集中できひんかったらどうしてくれるんです!?」

「あはは、ごめんごめん」

「もぅ…ウチが楽しそうにしとったのはこの模試に至るまでのことを考えていたからです」

「模試まで?」

「ええ。東京(こっち)に越してくるまでは家庭教師や自習ばっかやったから…お友達と一緒にワイワイ勉学に励めるなんて思わへんかった。そのことを思い出してたんです」

「…そっか」

「だからウチは模試のために頑張った日々が重要やったから、笑顔やったんよ」

「うん。紅葉にとっていい時間を過ごせたのならよかったけど…模試も頑張りなよ?」

「勿論や。大岡家の娘として、恥ずかしくない結果を出す所存です!」

「はは。じゃあ、俺と勝負でもする?」

「ええやんか!科目ごと?それとも総合点にします?」

「そうだなあ…」

 

全国模試を受ける直前の高校二年生とは思えない、緊張感のない会話をしながら俺達は高校への道を進んだ。あ、またパトカー。

 

 

――

 

 

「おはよー」

「「おはよう、園子ちゃん」」「おはよう、園子」

「皆どうよ?今日の模試の自信は?」

 

俺達が登校して10分ほど経った後に登校してきた蘭ちゃんを加えて三人で各科目の要点をまとめたノートを見ていると園子ちゃんが教室に入ってきた。

 

「ウチはまあぼちぼちやなあ。苦手分野は皆と教え合って強化できたと思うし。でも龍斗には負けへんよ!」

「私は理系科目がちょっと自信ないかな?でも、部活で忙しい分は皆に教えてもらっているし準備は出来ていると思うから。あとは難しいのが出ないことを祈るだけよ」

「俺も苦手な所を補完してきたし、ソコソコはとれると思うよ。紅葉には負けられないし」

「おーおー。流石成績上位陣は余裕ですな…それにしても龍斗クンも紅葉ちゃんもなんでそんなに張り合ってるの?」

「今日来る途中の話で、各科目ごとと総合点での勝敗で勝負することになってね。英語数学国語理科社会は各勝ち点1、総合点数で勝ち点2の計7点のうち4点以上を取った方が勝ちって言う勝負をすることになってね」

「へぇ。それで?勝ったらどうなるの?」

「俺が勝ったら紅葉の小さい時のアルバムを取り寄せてもらって見させてもらうんだ。俺のは見たのに紅葉は見せてくれなくてね」

「ウチが勝ったら、時価数百億のお料理を作っていただくことになってます」

「「時価数百億!!??」」

 

その金額を聞いて蘭ちゃんや園子ちゃんだけではなく周りで雑談していたクラスメイトもざわついた。

 

「は、はは。龍斗君それはいくらなんでも…」

「そ、そうだよ。龍斗クンの料理は確かに美味しいけどそんな金額はいくらなんでも…」

「まあ、それだけ美味しいものってことだよ」

 

久しぶりにトリコ世界の素材をふんだんに使うことになっているから、こっちで出そうものなら実際は億じゃ足らないことになるだろうけどね。

 

「な、なーんだ。龍斗君はぼったくりなんてしないわよね」

「そうだよね。そんなうん百億もする料理なんてありえないわよね。本当ならうち(鈴木財閥)でだってそうそう手が出せないわよ」

「まあまあ。お疲れ様ってことで力を入れた料理は作るけど、俺が勝てばいいだけの話だし。負けないよ、紅葉?」

「あら。いくら龍斗でも勝負事で負けたくありません。本気で勝ちに行かせてもらいます」

 

紅葉って結構負けず嫌いな所があるしね。俺もアルバムを見たいし、ここは少々大人げない態度で行きましょう。

 

「…なんだろう。珍しく反目してるのかなーって思ったけど」

「うん…結局じゃれ合っているようにしか見えないわね」

 

さあ、勝ちに行こう!

 

 

――

 

 

「うー、疲れた…」

「どうだった?今の数学」

「ウチはヤマが当たったこともあって上々や」

「俺は可もなく不可もなく」

「私は全然イケてねぇーって感じ…はあ。蘭は?」

「私?私は思ったよりできたかな?閃きがあったっていうか」

「えー…じゃあ自信ないの私だけ?…あーあー。私も蘭みたいに強力な助っ人がいればもっと解けたのに」

「強力な助っ人?」

「どういうことや?」

「私に?」

「とぼけても無駄無駄!数学のテストの時間にちらちら後ろの…新一君の席を見てたじゃない。「助けて―新一。私、どうしてもこの問題が解けないのー」ってな困り顔でね!」

「ほー」

「あらまあ」

「ち、違うわよ!新一の席を見ていたのは……」

「「「見ていたのは?」」」

「あ、いや。だからその…」

 

―ボン!

 

「あら真っ赤。試験中に赤なんて不吉なこと♡」

「も、もう。止めてよ!……ね、ねえ。それにしても赤って言えば朝からパトカーのサイレンの音よく聞くね」

「そうねえ」

「ウチらが登校中にも三度もすれ違いましたし……」

「何があったのやら…」

 

 

――

 

 

数学の次は英語だった。俺はすでに解答を終えて、見直しも終わりカンニングを疑われない程度に周りを伺っていた……うん?さっきから巽先生は何を聞いているんだ?

2B担任教諭で試験監督をしている巽先生はさっきの数学の試験中には身に付けていなかったイヤホンを左耳につけて英語の試験監督を行っていた。確か、英語の試験が始まってすぐはそんなもの付けてなかったよな?ってことは試験中に別の教諭が廊下に呼び出していた時につけたのか。聞いてみるか。『…東都タワーに爆弾が仕掛けられていると警視庁が発表してから、すでに一時間以上が経過しております。爆弾はエレベーターに仕掛けられており、中には警察官と少年が取り残されており…』おいおいおい。なんかすごいことが起きてるな。もしかして朝の大量のパトカーは爆弾テロの警戒のためか?にしても…少年、か。ま、まさかね?

俺は東都タワーの方向へ聴覚を集中させた……うん。まさかだったわ。何やってんだ新ちゃん。会話を聞くに取り残されているのは高木刑事で爆弾解体しているっぽいな…っ!!

 

「コラ!テスト中は静かに!」

 

丁度高校の上を通ったTV局のヘリコプターに反応した蘭ちゃんと園子ちゃんが注意を受けた。だが、俺はそんなことよりも新ちゃんが高木刑事にかけた言葉の方に気を取られてしまった。

どうやら、爆弾はもう一つあるらしくその在り処を示すヒントが新ちゃんの目の前にある爆弾の液晶パネルに表示されるらしい。表示されるのは爆発の3秒前から…どうする?場所は分かっているし、最悪俺が爆弾を裏のチャンネル(ワープロード)を通して回収するか…?目の前で爆弾が消え失せるなんてオカルトが起こるけど勘弁な、新ちゃん。

俺は机に突っ伏して聴覚・嗅覚を鋭敏化させて正確な新ちゃんの位置を把握し、裏のチャンネルを机の上に展開させた。勿論体でかぶせるようにして周りに見えないように配慮して。

そこはどうやらエレベーターの天井部分のようだった。俺の視点はエレベーターを俯瞰する位置にあるようだ。さて、あと1分……

 

 

――

 

 

「…っふう」

「なんや龍斗?お疲れやな」

「え?ああ、まあね…」

「さっきのは龍斗の得意な英語やろ?そんなに苦戦したん?」

「えっと、まあ別件かな?」

「そうなんか……龍斗」

「うん?」

 

紅葉は俺の耳に口を近づけ、声を潜めて言った。

 

「(この子(SP透影)が正午過ぎから警告しとるんやけどなんや知らんか?)」

「(!…な、るほどね)」

 

紅葉の報告から俺は帝丹高校を精査してみた。すると、体育館近くの倉庫に普通の学校にはない匂いを感じ取った。

 

「しっかり役目は果たしているね。ちょっと面倒事が起きそうなんだ)」

「(そうなん?)」

「(ああ。ちょっと対応してくるから紅葉は普段通りにしておいて。なんか盗聴器まであるみたいだし)」

「(……わかった)」

 

ひそひそ話を終えて、俺達は昼食の準備を始めた。東都タワーの爆弾解体では結局、新ちゃんはコードを途中で切った。後一秒で爆発するってところまで粘るもんだから俺の手はすでに爆弾の横から生えていた。まあ新ちゃんはパネルに集中していたから気づいていないだろうけどね…っと。新ちゃんもしっかり謎を解いていたみたいだけど、どこにあるかまでは分からないはずだ。さっき見つけたことを報告しておかなきゃな。

 

「ごめん、先に食べていて」

「どうしたの龍斗君?」

「ちょっと電話をね」

「??じゃあ先に頂いてるわよー」

「ああ」

 

俺は紅葉の肩を一撫でして屋上に上がった……うん、屋上には特に何か仕掛けられてないな。新ちゃんと高木刑事の会話から爆弾には盗聴器が仕掛けられていたらしく、もしやと思って帝丹高校を調べてみると…まさかの2Bの窓の裏に仕掛けられていた。まあこれは盗聴器というよりトランシーバーに近いかな。この周波数の電波は他にないからね。

確認を終えた俺は新ちゃんに電話を掛けた。

 

『もしもし?龍斗か?』

「ああ。お疲れ様。爆弾を解体してたんだってね」

『…なんで知ってんだよ。オメー、全国模試の真っただ中だろ?』

「あ、やっぱり新ちゃんだったんだ。巽先生がラジオで東都タワー爆破の報道を聞いていてね。まあテスト中だったからイヤホンだったけど。盗み聞きしてたら取り残された少年が爆弾解体してるって言うからまあ新ちゃんだろうってね」

『相変わらずの地獄耳だな。まあ正解だよ…それで?わざわざかけて来たってことは何かあるんだろ?』

「まあね。実はさ。帝丹高校の倉庫奥に用途不明のドラム缶が5つも設置されているんだよね」

『!!それっていつからだ!?』

「最近、だと思うよ。それにさっき偶然見つけたんだけど窓の人目につかないような場所にトランシーバーみたいのが仕掛けてあったよ。()()()()()()()()()()()()()()新ちゃんは当事者みたいだし、ここには新ちゃんの知り合いが大勢いるからね。報告しておこうかなって」

 

正直、俺が普通の人間だったとして得られる情報は「新ちゃんが爆弾騒ぎに巻き込まれている(イヤホンの音を聞けるのが普通かと言われると微妙だが)」「偶然盗聴器のようなものが仕掛けられているものを見つけた」「不審なドラム缶がある」くらいだ。俺は中身が爆薬だという事は分かっているが…まあ、大丈夫だろう。動きがなければ今度こそ俺がどうにかすればいい。

 

『…ありがとよ、龍斗。これでスムーズに事件が解決できそうだ』

「そう?それはよかった」

『じゃあな。試験頑張れよ』

 

そう言うと、新ちゃんは電話を切った。それにしても、なんでここ(帝丹高校)に爆弾なんか仕掛けたんだ?誰かが恨みでも買ったのかな……

 

 

――

 

 

「つーかーれーたー!」

「終わったねー」

「流石に一日で全教科の試験を受けるのはしんどいですなぁ」

「みんな、お疲れ様」

「「「お疲れ様!!!」」」

 

あのあと、爆弾が爆発した!…なんてことは無く、粛々と解体されていった。帝丹高校からも見える歩道橋の上に犯人が陣取っていたらしく15時過ぎに捕り物をやっていた。その歩道橋のやり取りを聞き届けた俺は感覚を元に戻して普通に試験を受けた。全く、爆弾解体中も解体班の何かしらのミスで爆発しないかと気を張りながらテストを受けていたから余計に疲れた。俺なら至近距離で爆発しようがなんともないが他の皆はそうはいかない。倉庫奥とは言え、あの量が爆発していれば校舎の半分は吹き飛んでいただろうからね。

 

「どう、龍斗?ウチは結構いい自信あります。勝負はウチが勝ったも同然や!」

「俺は…どうかなあ。午後一発目がちょっとね…」

 

丁度試験と爆弾解体を同時進行してたからね……

 

「??ともかく、もう帰りましょうか?おなかペコペコです」

「あ、じゃあ帰りに何か甘いもの食べに行こうよ!」

「いいわね!頭もいっぱい使ったし」

「ウチはかまいまへんよ」

「俺も。でも夕飯もあるだろうから、皆ほどほどにね?」

「わかってるって!じゃあ話題のケーキ屋さんに、レッツゴー!」

 

それにしても、新ちゃんがいないのに事件に巻き込まれたのって(もう一人の名探偵)の時を除いたら初じゃないか…?日常でも気が抜けないって事……?

 

「流石に勘弁してくれ……」

 

 

――

 

「やあ新ちゃん」

『おう、龍斗か。情報サンキューな。探す手間が省けて、余裕を持って爆弾を解体出来たってよ』

「いいよいいよ。不審物が()()で、東都タワーにも爆弾が仕掛けられていたって話を聞けば関連付けるのも無理ないでしょう?」

『……てことは、あの電話の時には爆弾だってことが分かってたってことか?』

ぎくり。

「は、はは。まさか。でもなんとなく新ちゃんに教えた方がいいって思ってね」

『ふーん……?』

 

新ちゃんが言うには爆弾は正午になると水銀レバーという仕掛けと時限装置のカウントダウンが作動するようになっていたという。これは振動を察知すると爆発すると言う仕掛けだそうだ。爆破予告日時は日曜日の15時で、それ以前に爆発しないように当日の正午にその仕掛けが動くようにしたんだろうとのこと。まあ確かにあの倉庫は生徒が頻繁に使っているし、現に園子ちゃんがテニスのネットを出す時に邪魔だったと言っていた。ドラム缶にぶつかった生徒も数多くいたことだろう。

まあそれらの装置がONになったことでSP透影の警戒網に引っかかったんだけどね。紅葉に被害が及ぶ可能性が生まれたことで気づいたと。正直、まさか帝丹高校に仕掛けられているとは俺も思っていなかったししっかり役目を果たしてくれた。この電話が終わったら美味いものをご馳走してあげよう。

 

「まあ、今度にでも事件の顛末はしっかり聞かせてもらうよ」

『ああ。事件は土曜日から始まってたし、電話口で話すにはちっと長くなりそうだからな』

「へえ。じゃあまた今度博士の家か、たまには俺の家に遊びにきなよ」

『そりゃあ楽しみだ。じゃあまたな、龍斗』

「それじゃあね」

 

さあ、ご褒美の料理を作りますか!

 




とうとう五十話に到達しました。こんなに長く書けるとは思っていませんでしたが、これからもよろしくお願いします。
今回の話では事件現場に居なくても事件に巻き込まれると言う初の事象になりました。これからは普通に生活していても油断できなくなってしまいますねw


捏造設定
・全国模試の実施科目の時間割。
・正午に水銀レバーと、時限装置の作動。



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第五十一話 -黒の組織との接触…の解決後-

このお話は原作第37,38巻収録のお話の解決後のお話となります。

少し短いですが、どうぞ!


 

――ピンポーン

 

「ん?」

「誰やろか?こない朝早く」

「あ、私が出てきますね」

「お願いします、夏さん」

 

夏さんは居間を出ていき、玄関の方へと向かっていった。紅葉の言う通り、俺達が朝食をとり終わってからそう経っていないので宅配業者だとしてもまだ動き出すには早い時間だった。

 

「今日は誰か来る予定やったろうか?伊織?」

「いえ、私が把握している限り今日緋勇邸に来訪するご予定のお客様はおりません」

「と、いうことは知り合いかご近所さんかな?」

「あのー……」

「ああ、夏さん。それでどちらさまでしたか?」

「それがですね…」

 

そう言って夏さんが体を横にずらすと所在なさげに哀ちゃんが立っていた。

 

 

――

 

 

来訪者は哀ちゃんだった。どうやら彼女は俺に用があったらしく、詳しく話を聞いてみようとするとちょっと賢橋駅まで一緒に行ってほしいとの事。道中歩きながら、事情は説明すると夏さんの方をちらちら見ながら俺に言った。予定もあるけど、賢橋駅と自宅を往復しても十分間に合う時間だったので了承した。

そして、俺と哀ちゃんは賢橋駅に向かって出発した。約束通り、哀ちゃんはなぜ俺についてきてほしいかとの事情を教えてくれた。

 

「……なるほどねえ。夜遅くに新ちゃんが来て博士と新ちゃんはそのまま外出して朝になっても戻ってこないと」

「ええ。博士の新しい発明を受け取りに来たって言ってたのだけれどね。私が地下から上がってベットに横になってから博士のビートルが家を出る音が聞こえたのよ。それから私は眠ってしまったのだけど夜中に群馬県警の人の電話が来て。それで分かったのよ、彼らが群馬に行ってたってね。どうせ、工藤君に唆されて何かの事件に首を突っ込んでるんでしょうけど」

「それで朝になっても二人は帰ってこないし連絡もない。予備の追跡眼鏡があったから様子を見に行くというわけか」

「この眼鏡に映るのは探偵団バッジの在り処と工藤君のもつ発信機。これを見る限り、吉田さんたちは家にいて、動かない点は二つ。位置を地図に当てはめてみたら警察署と賢橋駅付近だったのよ」

「…事件に首突っ込んで巻き込まれて、警察署で事情聴取を受けているってわけね……はぁ~、何やってんだか」

「警察署の方はともかく、賢橋駅の方が気になったのよ。それに……」

「それに?」

 

哀ちゃんは少々口ごもり、確信を得ていないけどと前置きをして。

 

「実は、私がお風呂から上がって地下の実験室に行くと二人が熱心な様子でパソコン画面を見ていたのよ。洋物のファンタジー小説だって誤魔化されちゃったけどあれって組織の手掛かりだったんじゃないかって……」

 

…組織。新ちゃんが黒ずくめの組織と呼ぶ、「名探偵コナン」における最大最強の敵役。今まで、新ちゃんと共にいていくつかの事件に遭遇した。原作知識なんておぼろげで、その事件が漫画にあったのかどうかも今は判別がつかない。まあ、覚えているものもいくつかはあるしそれらに遭遇したのなら……最低限、人死にが出ないように立ち回ろう。

っと、考えが逸れた。ともかくいろんな事件に遭遇してたけど黒の組織関連は哀ちゃんに変装して偽装工作したことを除いて今まで一度も遭遇していないんだよね。

 

「……もしかしたら、新ちゃんか博士が巻き込まれているかもしれないって?」

「確証はないのよ…もしかしたら賢橋駅にバッジを落として、二人とも警察署にいるのかもしれないし…まあそれはそれで意味わからないんだけど」

 

確かに。群馬に行って、東京に戻ってきて、賢橋駅に行って、警察署にいる?なんの事件だそれは。

 

「それで、もし万が一奴らが関わっていたとしたら私1人では太刀打ちできない。それで……」

「俺を護衛に選んだと」

「貴方を巻き込んでしまう事は私も工藤君も出来れば避けたいわ。今も連れてきてよかったのか迷ってる。でも貴方は私達が何も言わずとも自分から頭を突っ込んでいくでしょう?罠があろうとそのど真ん中をね」

 

見た目と普段の様子と違って脳筋よね貴方、と続ける哀ちゃん。失礼な。そりゃあ新ちゃんのように人間模様を深く考察する事には長けていないけども。皆が無事ならいいじゃないか。

そんなことを彼女に言うと、

 

「……ねえ。例えばの話なんだけど、密室に閉じ込められて毒ガスがあと1時間で噴出される。扉には謎解きがあってそれが解ければ扉はあく。貴方ならどうする?」

「え?扉を壊すか、壁をぶち抜く」

 

謎解きをする時間がもったいないし、解けるかどうかも分からない。本当にそれで扉が開くかもわからないし。最善手は壁かな。扉に爆弾でも仕掛けられていたら目も当てられない。新ちゃんなら密室に監禁された意図や正解を導けるだろうけど俺は俺ができる最短の解決策を実行するかな。

 

「……その発想が脳筋なのよ。ってかなによ、壁に穴を開けるって。出来るわけないでしょう!?」

「あはは、たとえ話さたとえ話。それにしても…」

「なによ?」

「ほら、哀ちゃんと二人で話すのは珍しいなって。会話自体はそうでもないけどね」

 

大抵は子供たちが居たり博士の家で新ちゃんたちがいる。2人っきりってのは中々レアだな。

 

「言われてみればそうね…でも、男子高校生と小学一年生の女の子が二人っきりって言うのも兄妹以外ではなかなかいかがわしいと思わない?」

 

そういってこちらにニヒルな笑みを見せる哀ちゃん。おっしゃる通りで。

 

「嫌なことを言うねぇ。まあ子供好きって言葉が言葉通りに取られないご時世だし仕方ないっちゃあ仕方ないけどね。それはともかく……」

 

目線を歩いていた方向から、哀ちゃんへ落とす。俺の視線に気付いた哀ちゃんは不機嫌そうに俺を見上げながら言った。

 

「なによ?」

「前の哀ちゃんなら一人でさっさと見に行っただろうなあってね。少しは頼りにされてると思っていいのかな?」

「……さっきも言ったけど貴方は何も言わなくても勝手に行動するし、工藤君は工藤君で影でこそこそ私に黙って何か企むし。だったら私の目の届くところで動いてもらった方がいいってだけよ」

 

……哀ちゃんは気付いているのかな?それは、形がどうあれ他人へ助けを求められるようになっている事の証左になっていることを。以前の彼女なら俺が行動する事なんて考えもせず、自分で抱え込もうとしていたはずだ。彼女にとっての幼児化は悪い事だけではなかったんだな…

 

「あらら。ま、信用されてるって捉えるよ」

「いい意味じゃないわよね?それ」

 

そんな雑談を続けていると目的の東都地下鉄、賢橋駅に到着した。工事中の標識と工事の作業員が地下へと消えていくのが見える……うん、新ちゃんの匂いがするね。しかも残り香じゃなくてまだいるっぽい。

 

「……うん。確かにここにいるみたい。いるのは新ちゃんで、今もいるよ」

「犯人追跡眼鏡もここを示してるわね。全く、なにしているのかしら」

「さあ?それは本人に聞いてみよう?」

 

俺は作業員の人に、子供がかくれんぼで駅の中に入って行ってしまったので連れ出したいので入りたいと言う旨を伝えると快く許可を頂けた。

 

「にいちゃん。子供はしっかり目の届くところに置いとけよ?にしても、子供を見たって話は聞かないがなあ」

「多分、子供ならではの隠れ場所だと思います…例えば」

 

俺は新ちゃんの匂いが留まっている箇所を指さした。

 

「ああいう、ロッカーの中とかね」

「ああ!大人じゃ入れねえけど子供なら入れるな」

「じゃあ行こう、哀ちゃん」

「ええ」

 

俺達はロッカー室の中に入り、一番奥まで行きとある列の一番下の棚を哀ちゃんに指差した。

哀ちゃんは頷き、ロッカーの扉を開けた。

 

「は、灰原?」

「何してんのよこんな所で」

いやホントに。

「お、おまえこそどうしてここへ?」

「夜中にビートルで出て朝になっても帰ってこないから予備の追跡眼鏡で追ってきたのよ。彼と一緒に」

「彼?……って龍斗!?え、あいや、朝だって!?」

 

哀ちゃんに言われて俺に初めて気づいたのかびっくりした様子の新ちゃん。呼吸が荒いところから見るに酸欠による意識消失でもしたか?いつから気を失っていたのやら。朝になっていたことに驚いた新ちゃんは一目散に駅の出口へと駆けて行った。

作業員の人に上に上がるように促されたので俺と哀ちゃんは礼を言ってこの場を後にした。

俺と哀ちゃんも新ちゃんの後を追うように地上に上がるときょろきょろと誰かを探す新ちゃんを見つけた。

 

「まったく、こんな朝まであんなところで何やってたのさ」

「え?あ、ああ。寝てなかったからあの中でちょっと仮眠を…」

「そんな言い訳で…」

「俺達が納得するとでも?」

「まあまあ、いいじゃねえか!ってかなんで龍斗もいるんだよ」

「俺は哀ちゃんに呼ばれてね」

 

全く。俺も哀ちゃんも誤魔化されたつもりはないのにどんどん帰路に進む新ちゃん…お?

 

「どうしたんだい?哀ちゃん。そんな勢いよく振り返って」

「…いや。なんでもないわ」

 

んー?後ろか。一応……!!拳銃特有の鉄と火薬の匂い!?拳銃所持者がこんな近くに!?

 

「……あー、新ちゃん。哀ちゃんにここまで付き合ってきたけどこれから予定有るからさ。ここでお別れだよ。ちゃんと警察署にいるであろう博士を回収するんだよ?」

「え?お、おう。分かった」

「……ごめんなさいね。朝早くから付き合わせちゃって」

「いいよいいよ。子供はわがままを言う物さ。じゃあまたね」

 

俺は彼らとは逆方向へと歩きだした。

 

 

――

 

 

明らかに警察関係者には見えない、黒いニット帽を被った男性が俺の気づいた拳銃所持者だ。彼は左の耳にイヤホンをつけ、街を気ままに散策しているように見える……っと、観察を続けていたがイヤホンから聞こえてきた彼の名前を聞いて俺は脱力してしまった。「赤井さん」と。

いつの間に日本に来ていたのか、とか。彼が賢橋駅に居たってことはやっぱり黒の組織関係だったのか、とか。俺だけ気づいているけど10年ぶりですねピエロのDr.ワトソンさん、とか。色々考えが浮かんだが、今ここで話しかけなくてもいずれ出会う事があるだろう。

俺は彼の追跡をやめて、元々の予定のために家へと急いで戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

え?気づかれなかったのかって?直線距離で1km以上も離れていて、道なりに言えば2km近く離れて追跡していたから流石の赤井さんも気づけないでしょう?

 




赤井さんとの再会は次へと持ち越しとなりました。龍斗の行動をかんがみて、割と脳筋な行動ばっかしていると思ったので灰原に代弁して貰いました。もう少し二人の会話を書きたかったんですけど、うまく纏まらなかったので断念しました……

1km、2km離れたくらいではトリコ世界感覚では目と鼻の先で追跡しているようなものですがコナン世界の住民の赤井さんじゃ気づくことは流石に無理ですね。
距離もですし、実際はビルだったり建物だったりで視界にすら入っていないですしね。


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第五十二話 -日常回-

結局日をまたぐと言う……遅れて申し訳ありません。
今回はオリジナルの日常回です。本当はとある話を書く導入として書いていたのですが、かなり長くなってしまったので分けて投稿となりました(書き終わらなかったともいう…)。

今回はかなり無理やりな構成になっています。なぜこうなったのかは活動報告の「つぶやき2」「つぶやき3」の方に書いてあります。

あ、最後に……このお話は金田一少年の事件簿と名探偵コナンの原作のお話のいくつかが元になっています。

それではどうぞ!


「ふあ……」

「あ、おはよう龍斗君」

「おはようございます、夏さん」

「そういえば今日は一日走りながら都内を回るんだったね?それにしたってちょっと早いんじゃないかい?」

 

窓の外はまだ真っ暗だった。耳を澄ませてみれば、新聞配達の原付が走る音が聞こえる。

 

「最近はめっきり走る機会が減っちゃってましたからね。高校一年生までは定期的に走ってたんですけど」

「やっぱり体力をつけるため?……って、龍斗君には必要無さそうだけど」

「あはは。最初から体力があったわけじゃないですよ。体力をつけるためもありますが、大きなやりがいは走って景色を楽しむのが好きだからですかね?朝とか夕方、夜と気の赴くままに色んな時間に色んなルートを通ると人の営みや時間帯によって変わる風景を見るのが面白いんです。たまにその場その場にいる人と会話したりしますね」

 

まあ、楽しみすぎて母さんたちがいた時は門限ぎりぎりになってビルの間をぴょんぴょん飛んで帰ってたこともあったけどね。最近は時間が空いて気が向いた時にしか走っていなかった。今日は1日オフだったし、1日ジョギングを唐突に思い至ったわけだ。

 

「そっか。龍斗君にも料理以外の趣味があったんだね」

「ええ。走る時はいつもこの格好で……中学あがってからはマスクをつけたりしてますね」

「…上下黒のフードつきのジャージで、フード被ってマスク付けて走ってたらまるっきり不審者だね?」

「あはは……」

 

フードは普段は被らないんだけど、()()()に巻き込まれそうになって被ったことが何回かあるんだよな。俺は夏さんと台所に並んで昼食、夕食用のおにぎりを握りながら走っていて遭遇した出来事を思い出していた。

 

「確かに中学終わるころにはこの体格でしたし、職質も何回か……ああそういえば、音楽を聞きながら走ってていたらテンションあがってきていつの間にかペースが上がっててパトカーに追い掛け回されてたってことがありましたよ」

 

どうやら巡回していた警官が話しかけたことに気付かず。警官は走って追いかけたが追いつけず、自転車にのった警官が応援に来て追いつけず、最終的にパトカーの出番になったそうだ。

パトカーでも最初は追いつけず、信号待ちしていた俺に話しかけてその騒動は幕を閉じた。

まあ俺としてはやましいことは無いし、大音量で音楽を聞くのはやめなさいと注意されただけだったが。

 

「それって、どんだけ早く走ってたんだい?目立っただろうに」

「人気のない所だったので。それで余計無視された警官もやっきになっちゃったんですよ。怪しいことをして逃げているんじゃないかってね……そう言えば警官と言えば」

「警官と言えば?」

「今年の2月に車にひかれかけたおじさんを助けたことがありましてね。今思えばひかれかけたおじさんの横にいたのは高木刑事だったような……」

 

信号待ちで待っていた反対側に居た二人組のうち、片方が一歩車道に出た瞬間に車がそこに突っ込んできたので思わずその人を引っ掴んで退避させたんだった。そらもう、明らかにありえない速度(一般人目線)で。

すぐにフードとマスクをつけてその場を後に(というか、逃げた)したからその後はどうなったかは知らないが、その片割れが最近遭遇した原作キャラの高木刑事だった気がする。

 

「高木刑事?」

「ええ。最近、新ちゃんにくっついて行って遭遇した事件現場の捜査に来て知り合った刑事さんですよ」

「へえ。あの子、活躍しているんだね」

「表向きには小五郎さんの手柄になってますけどね…走っているだけでも意外と事件に遭遇するんですよね」

 

それもあって、意外とフードとマスクは活躍してたりするんだよね。警察の事情聴取から逃げる事はあんまりよろしくなんだろうけど、()()()()()()()()()()()そこにそれ以上の事情はないし。拘束される時間が勿体ない。

 

「おや、そういうものなのかい?」

「ええ。最近だと昼過ぎだったかな、どっかの駐車場で後方不注意の車がバックでベビーカーを跳ねちゃいまして。投げ出された赤ちゃんをダイビングキャッチしたりしました」

 

その後は例のごとくとんずらしたけどね。その時は用事があって急いでたし。

 

「その赤ちゃんは大丈夫だったの?」

「ええ、幸い首は座っていたし衝撃が逝かないように優しく抱きとめましたから。他にも色々と…」

 

チャリで走ってた高校生とトラックの衝突を回避させて俺がトラックに吹っ飛ばされたり、子供を助けようとして轢かれそうになった声を出さない女性を押し出して俺が代わりに轢かれたり、高木刑事っぽい人の相方を助けた約1週間後のバレンタイン前の日には美人さんが車道に飛び出してきたのを目撃したから彼女と一緒に車にはねられたり……確か、その時は車も電信柱に衝突したから運転手を助けて応急処置したんだっけか。救急車が来る前に終わらせてさっさと立ち去っちゃったけど。

女の人も軽傷で済んでたけど、数日後の新聞でちらっと彼女のバックを持ち逃げした人が殺人未遂容疑と強盗で捕まったって記事があったな。彼女がそいつから逃げていて車道に飛び出したって証言したらしいし……こう振り返ってみると1年も経たずに3回も車にひかれてるんだな俺。

 

「まあ人助けができたのならいいじゃないか」

「まあそうなんですけどね…っと。これで準備はオッケーっと。それじゃあ夏さん。俺はそろそろ出ますので何かあったら携帯に連絡ください」

「分かりました…今日はどんな音楽を聞くんだい?」

 

さっき俺が音楽を聞いていて警察に追っかけまわされたのを想ってなのか、含み笑いをしながら俺にそう聞いて来た。

 

「流石に懲りて最近はネックスピーカーにしてますよ。これなら周囲の音も聞こえますしね」

「あら残念。それじゃあ気を付けてね」

何が残念なのか。

 

「はい、行ってきます」

 

玄関を抜け、門をくぐり俺は走り出した…しようとしたところで、新聞屋が来たので朝刊を受け取った。何々……?

 

「『ヤマトシモンチウス』から『Japonica Papilio Minoraus』に変更?蝶の学術名が変わったのか」

 

蝶と言えば、斑目家の事を思い出すな。るりちゃん元気かな…

 

 

――

 

 

「おや、龍斗ちゃんじゃないか!随分と早いけど…って、その恰好は」

「ええ。今日のジョギングのコースがココ(商店街)を通るコースだったんですよ。それにしてもおばちゃん、1年前に腰を痛めて入院してたのに野菜の荷出しなんてしていて大丈夫なの?手伝おうか?」

「いやあ、龍斗ちゃんは本当にいい子ねえ。すっかり有名になっちゃったって言うのに小さい時からちっとも変わらなくて。蘭ちゃんもいい子に育っているし、おばさんなんだか感慨深いわあ。あ、そうそう腰ね!入院してた病院を変えてから、すっかり良くなったのよ!ほら私が入院していた病院、なんだか院長の息子だか何だかが学生の癖に医者の真似事してたじゃない?って、龍斗ちゃんが私のお見舞いに来てくれた時に龍斗ちゃんが見つけたから発覚したんだったわよね?いきなり飛び出してきた白衣姿の人たちにびっくりした龍斗ちゃんが部屋を覗いたら女の子が苦しんでたって」

 

…あー、なんかそんなこともあったな。ありゃ夏頃だったっけ?患者が苦しんでるのに逃げ出したのもオカシイと思ってたけど学生だったんかい。

ナースコールをしたけどそのまま死にそうだったし、俺が対処できる範囲だったからこっそり処置したんだっけ。

騒ぎを聞きつけて集まってきた患者の中にジャーナリストがいて俺がボソッと医者が逃げ出したところを見たと言ったら、人相を聞いて来たので教えたんだよな…そこから辿ってすっぱ抜いたのか。

 

「そうそう。確かすぐにナースコールしたんだった」

「なんか、その時の騒ぎを詳しく調べた文屋の人がいたらしくてそこの病院長が定期的にその学生に患者を提供していたことが分かってから芋づる式に悪事が露呈したらしいのよ。その学生の普段の態度とか、オリジナルの薬…警察が調べたら人に投与したら死に至らしめる様な毒物を患者に投与したりとかしていたらしいわね。でも変なのよね。龍斗ちゃんが助けた女の子は不治の病であと半年の命だって言われてたらしいのに半月後に目が覚めたらすっかり綺麗に健康体になってたそうよ。実験台にした奴はあと半年しか生きられないんだし俺のために役立つんだからいいだろって供述していたその学生が、それを聞いて正当化を声高に叫んだそうだけど、同じ薬をどう調べても毒でしかなくて警察は不思議がってたんだって。

まあそれはともかく、そんなこんなで諸々を隠ぺいしていた事実が明るみになってその学生が通ってた大學もかなり叩かれていたそうよ。病院は閉じて、学生たちは余罪がぽろぽろと出て殺人罪で捕まったってね。私は龍斗ちゃんから逃げ出した話を聞いて龍斗ちゃんが信用できる病院を紹介してくれたからよかったものの。そう言えば病院って言ったら魚屋さんの旦那さん。骨折で帝王大学の附属病院に入院していた時になぜか、がん専門の科に転床させられてお薬の治療が始まってからみるみるやつれて…そう言えばそっちでも龍斗ちゃん、ちっちゃな女の子が死にそうな時に病室に飛び込んでそれを阻止してたわね!結局魚屋さんは健康そのものなのに人体実験の材料にされてたって。魚屋さんも女の子も何事もなく退院できたらしいんだけどそこは大学病院だったからもう大変よ!関わってたお医者様は全員逮捕、殺された患者数は分かってるだけで100人を超えているらしくて歴代で関わってた人も調査が始まってるって。あそこはもう慰謝料とかで大学自体が潰れるんじゃないかしら…そうそう、立て続けに嫌な病院にあたってばかりだから何か病院にかかるようなことがあったら龍斗ちゃんのおすすめの病院に行きなさいってこの商店街では言われているのよ。あの子ならいいところを教えてくれるって。思い出したわ、病院と言えばね……」

 

…ああ。そういえば八百屋のおばちゃんは話し出したら止まらないんだっけ。荷出しも放り出して話し続けているし。俺が口を挟む暇もねえ。それにしても不治の病ねえ。悪い所を何とかしたら、病気も一緒だったって事か。あんときは正常化することを念頭に置いてたからなあ。

あれ?おばちゃんの話がいつの間にか病院から冬に行った雪山の話になってる…確か、商店街の集まりで雪山のコテージを借りて遊んできたんだっけ?吹雪がひどくなって予定通りに帰れなくなって、大変だったって去年の冬帰ってきてからすぐに教えてもらったな。八百屋、魚屋、肉屋、お米屋のおばちゃんから。買い物に行くたんびに話し口は違うけど同じ内容でその時は辟易したのを覚えてる。

 

「…でもよかったよ。おばちゃんたちが外に出たりしてないで。遭難は大変だよ?」

「私達も歳だからね。雪景色を楽しんだり美味しいものを食べたりするのはいいけどスキーとか体を動かすのも程々がいいのよ。龍斗ちゃんは元気いっぱいだからそっちの方が心配よ」

「あはは…」

 

俺の場合は、遭難する事より()()()を見つける方が回数多いんだけどね。2年前なんか遊びに行った北アルプス氷壁岳と雪鬼ヶ岳山麓で女性の遭難者を担いで降りたし。片方は確か、逮捕者も出たんだっけか?

…いやいや、それより話を続けるのはいいんだけどこれだと商店街のほかのおばちゃんたちも集まってきてジョギングどころじゃなくなっちゃうな。

 

「おばちゃん」

「それで私はその時こう言ってやったのよ!「腕の良し悪しを素材で言い訳するんじゃないわよ!」ってね!!…なぁに、龍斗ちゃん?」

「おばちゃんと話しているのは楽しいんだけどそろそろジョギングを再開しようと思うんだ。話はまた買い出しの時とかにね?」

「あっら、やだあ。すっかり引きとめちゃったわね!私も荷出しをほっぽりだしてたわ。じゃあこれ持ってきなさい!美味しいトマトよ」

「お、ありがとう。喉乾いた時にでも頂くね」

「じゃあ行ってらっしゃい!」

 

 

…あれ?こう振り返ってみると、新ちゃんがコナンになる前から俺って結構事件に巻き込まれている?しかも彼がいないところで?あっれー?

 

 

――

 

 

おばちゃんから離れて俺は米花市を出て、3つ隣の市に来ていた。目線を下に向けると色黒青年が公園に併設されているバスケットコートで一人でボールと戯れていた。なんというか、動きがしなやかでネコみたいだねえ。

俺はバスケットコートの周りを囲む高さ6m位のフェンスの上に座って彼のパフォーマンスを見ながら昼ごはんのおにぎりと、トマトを食べていた。何故フェンスの上にいるかというと……ここから見える景色がお気に入りの1つだったから。

 

「ふう、ご馳走様」

 

色黒青年は俺に気付くことなく黙々とバスケを続けている。俺はおにぎりを包んでいたラップをしまい、引き続き彼のプレイを見ながら俺はつい最近存在を確認した彼の事に思いをはせた。

赤井秀一。元黒の組織の構成員でFBI所属の切れ者。「名探偵コナン」における重要な意味を持つ味方の人物だ。彼の事は10年前に出会って、先日一方的に再会した。つまり、また黒の組織、シャロンさんとの対決があることを示している。それもおいおい考えていくとして、起きていない事件より重要なこと。それは明美さんの事だ。彼と明美さんの関係はとても余人が口を挟めない複雑なものだ。俺も明美さんを生かした責任として、どうにかしたいと思ってはいる。だがどうするのがいいかまーったく思い浮かばん。こういう時は本人と相談して……いや待てよ?確か赤井さんはかなりの格闘術の使い手だったはず。生かした責任として俺が彼女に課したのは「自衛、哀ちゃんを守ることができるだけの力を持つ」だ。それなら…最終試験は()()にして、後は勢いで押しつけ…押し切ろう!余人が口を挟めないなら本人同士が一番だな、うん。

 

「さて、そろそろジョギングを再開するかな」

 

 

 

 

 

その後、色々な土地を回り。珍しい料理を出している出店を見つけては買い食いし。普通に走っていたら某有名女優さんが投身自殺してきたので慌てて飛び上がって受け止めて、騒ぎになったので(人が5m以上飛び上がればそうもなる)彼女を拉致って話を聞いて解決策を考えて。夕焼け染まる空をビルの屋上から見て。ネオン街を人にぶつからないように駆け抜ける…途中で変なことがあったけどまあそれはそれとして大いに充実した1日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは皆さん!半年に一度の慰労パーティーの始まりです!!思う存分飲んで食べてください!!!乾杯!!!!!」

「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 

俺の音頭を皮切りにパーティーが始まった。これは俺のマネージメントを任せている会社の職員の人を集めて半年に一度開いている慰労パーティーだ。俺専属の部署の人員と、その家族、恋人を呼んでいるのでそれなりの人数になっている。

 

「いやあ、龍斗君!毎回毎回豪勢じゃのう!」

「あ、次郎吉さん。いつもお世話になっています」

「よいよい。こっちもいい思いをさせてもらっておるからのう。しかも、これのおかげで他の鈴木財閥の系列会社と比べて圧倒的な業績を収めておるのじゃからワシとしては万々歳よ!不正も起こるわけないし、最も安心してみていられる部署じゃよ!!」

 

ココのパーティー会場は次郎吉さんに提供して貰った。壁際には高そうな彫刻や絵画が飾られている。なんでも、「美味いものを食べるには相応の場所で食べるモノじゃ!」だそうだ。

 

「そうなんですか?こんな若造の補助をするよう部署ですよ?優秀な方々がサポートしてくれるのはこの数年で実感していますが不正が起こらないとも限らないんじゃ?」

「……それは本気で行っとるのかのう?お主、初めての顔合わせの時に言うとったじゃないか。「不正しても構いません。ですがそれが発覚すれば2度と私と関わらないような待遇にして貰うと鈴木相談役にお願いしています。ああ、不正についてはそのまま懐にしまってもらっても構いません。部署が移るだけです。ただし」……」

「ただし、当たり前の仕事を完遂して頂けたのなら半年に一度慰労パーティーを開きます。ご両親やご家族、恋人も呼んで構いません。友人はダメですが。今から、皆さんに食べてもらうのはこれからよろしくお願いしますという思いを込めて私が作った料理です。これが食べられなくなるだけですよ、でしたね」

「ありゃあ、一度でも食べてしまえば無理じゃよ。不正を犯すメリットとデメリットが釣り合わなさすぎる。しかもいい働きには美味しいものを別途贈っておるじゃろう?正直、社員どもが羨ましく思う事もあるくらいじゃ。龍斗君がその気になれば君の言う事をなんでも聞く軍団を作れるんじゃなかろうかの?」

「俺の料理は麻薬か何かですか……」

 

()()()()()()()けどね。する意味もないし、意義も感じない。

 

「それだけ魅力的だって事じゃよ……それで?ワシの大好物はどこかの?」

「ああ、それなら向こうの方ですよ」

「わかった!じゃあ龍斗君、楽しんで行ってくれい!」

「…いや、一応このパーティーのホストは俺なんだけど…」

 

俺が指差した方向にさっさと向かってしまった次郎吉さんには俺のつぶやきは届いていなかっただろう。まあいいや。俺も普段お世話になっている人との交流を深めるかね。

 

 

――

 

 

「ん?」

 

話もそこそこ楽しみ、箸休めも兼ねて飾られている美術品に目を向けていた。その中で俺は一つの絵画に目を止めていた。タイトルは……

 

「思い出、か」

 

人の思い出は人それぞれ。この絵に映る光景もこの画家さんの思い出なのだろうが、なんというかこれを見ていると俺自身の思い出の風景がこの絵を通して想起してくる。

美術品に関してはこれっぽちも理解はないがこの絵はいい絵だなと思う。

 

「おや、その絵が気に入ったのかい?龍斗君」

「次郎吉さん。ええ、なんというかこの絵を通して自分の思い出が頭に浮かび上がってきました。芸術の事なんかさっぱりですがこれはいいものだと思います」

「うむうむ。確かにこの絵はいい絵じゃのう!…そう言えば、確かウチの贔屓にしとる画商がこの画家の新作を買い付けにその画家の家を今度尋ねると言っておった」

「へえ。他にもこんな絵があるのなら見てみたいですね……」

「…ふむ、龍斗君がそんなことを言うのも珍しいの。よし、分かった!」

「分かった?」

「何も言わんでもええぞ。全てはワシに任せとけ!!」

「え?ちょっと、何……?」

 

がはははと高笑いをしながら、次郎吉さんは俺の質問に答えず去って行ってしまった。匂いや赤ら顔を察するにかなり酔っていたみたいだがなんだったんだろう?

 

 

――

 

 

「次郎吉さん…ありがたいけど、びっくりするよ」

 

俺は青森に来ていた。次郎吉さんは画商に俺の同行を取り付け、俺も件の画家の家を訪れることになったのだ。

なったのだが……その肝心の画商が交通事故で入院してしまいオレ一人で参加することになってしまったのだ。そのため、出発の際に買い付け役に任命されてしまったのだ。

 

「俺が気にいったらワシ名義で買ってきていいぞ、って確か一億位するんでしょう?太っ腹すぎですよ……」

 

さあて、買う買わないはともかく(買うにしたって自腹を切るつもりだが)その画家の家はさらに山奥にあるらしいから移動しますかね。

俺は駅近くに止まっているタクシーに乗り込み、目的地へと出発した。

 




黒死蝶の学術名はアニヲタWiki(仮)の黒死蝶殺人事件の項目を参考にさせていただきました。
Japonica(日本の)Papilio(アゲハチョウ科)Minoraus(須賀実の「みのる」の形容詞化?属格化?)です。独自設定です。
商店街の人たちにとって龍斗と蘭は小さい時から見ているので自分の子供のような印象を持っています。おばちゃんの長いセリフは、作者のイメージ的におばちゃんというのは話し出したら止まらない(内容も色々な所に飛ぶ)ので色々言ってもらいました。
色黒少年は作者が最近その作品のAMVを見てばっかりだったので書きました。まあこれ以降でません。出すなら短編とか別作品ですかね。時期的には初戦敗退した後です。


コナン:6、金田一:4という、拙作最高数の原作改変がこの一話で起こりました。無茶苦茶ですね……まあ、書きたくなったので書きました。後悔は(現時点では)してない!

全部の事件が分かった人は立派なコナン&金田一マニアだ!(笑)


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番外編4(前編) 金田一少年の事件簿:怪盗紳士の殺人

こちらのお話は番外編第4弾です。金田一少年の事件簿の事件です。

前話、「 第五十二話 -日常回-」にて触れた原作エピソードについて何がどれに該当するかの質問がありましたので活動報告「第五十二話で触れたエピソード一覧」にて解説しています。

あと、このお話は前篇になります。意外と書きづらく、投稿が遅くなりそう(初めは火曜日に出すつもり)だったので小分けで投稿します。出来次第、上げていきます。

それでどうぞ!


「ありがとうございました」

 

最寄りの駅からタクシーで二時間半。俺はやっと目的地である蒲生剛三氏の屋敷に到着した……帰りはもう、走ったほうがいいな。タクシーだと三万もかかるし、時間もこんなにかかるとは思わなかった。

 

「にしても、なんか……立派な家なんだが」

 

違和感があるな。仕事柄、あと知り合いに屈指の富豪のお嬢様が二人もいるからか豪勢なお屋敷は見慣れている。それらに比べるとこのお屋敷はなんとなく変な感じがするな。なんだろう。庭は丁寧に刈り込んであるし、所々にある彫像も今まで見た物と比べておかしいところはない。気のせいかな?

 

「緋勇龍斗様でいらっしゃいますね?お待ちしておりました」

「あ、はい。初めまして。この度は急な要望にもかかわらず、訪問をお許しいただきありがとうございます」

「いえいえそんな。私はこの家で執事をやっている小宮山と申します」

「本来訪問するはずだった画商の方が来られなくなったにも関わらず、私の単独での訪問を許可いただけたのですから感謝してます」

「ははは。緋勇様はお若いのに礼儀正しい。その言葉は我がご主人様へと直接お伝えください。ご主人様も楽しみにしていらしてましたよ。それでは屋敷にご案内します」

「よろしくお願いします」

 

小宮山さんに案内されて屋敷の方へ進みだした。歩きながら俺は小宮山さんに問いかけた。

 

「綺麗な前庭ですね。ここの前庭のデザインや所々あるオブジェは館の主人…蒲生剛三氏が?」

「はい。全てご主人様の指示にございます。絵のモチーフにしているものもいくつか御座いますよ」

「へえ……そう言えば私が同行するはずだった画商さんは新作の買い付けの交渉だったそうなのですが、今日はそのおまけの私1人で来てしまったので何か私が出来る事を余興に行いたいと思ってます。何かありませんか?」

「それはありがたい!世界に名だたる料理界の若き新星にそう言ってもらえるとはご主人様もお喜びになるでしょう!!最近は気の滅入ることばかりあったので緋勇様には料理を振る舞っていただけませんか?良い気分転換になりましょう」

「気が滅入る?何かあったんですか?」

「…あちらをご覧ください」

「あの木は……」

 

小宮山さんの指を刺した方向には葉が一枚もない黒ずんだ大木は佇んでいた。俺はその気に近づき、幹の様子を伺った。

 

「燃やされてますね……この臭いは松脂、テレピン油を引火剤に使われたのかな?このかすれ具合からして先週あたりにこうなったって所ですか」

「…!!なぜそれを。確かに燃やされたものは先週で使われたのはアトリエにあったテレピン油です。ですがそれが分かったのは樹の近くに空の溶剤瓶があったからなのに……」

「あ……いえね、実は人より五感が過敏でして。これくらい特徴的な匂いなら分かるんですよ」

「はあ、左様で……?」

 

俺と同じように樹に近づき、鼻を寄せてくんくんと嗅ぐ小宮山さん。

 

「うーん。私にはさっぱりです。やっぱり一角の人は五感をとっても凡人と比べて違う物なのですね」

「鍛えれば、誰でもいけますって。それで、この樹が燃やされたことに何か付随して気が滅入るような事でも?脅されているとか」

「ご慧眼恐れ入ります。実は先週、ご主人様がこの樹をモチーフにした絵画が一枚、とある泥棒に盗まれまして」

泥棒……

「その泥棒というのは捕まったんですか?」

「いいえ。そいつは「怪盗紳士」という泥棒でございまして、盗みを働く前に予告状を出しさらにはその絵になったモチーフも奪うと言うふざけた犯罪者なのです…」

「じゃあ、その樹が燃やされたのはそういう経緯があったというわけですか…」

 

怪盗キッドもまあふざけた奴だがただの破壊活動はしないからな。手段として変電所壊したりしてるけど。かなり乱暴な奴みたいだな、怪盗紳士って。確か絵画専門の泥棒なんだっけか。

 

「実はさらに立て続けに予告状が届いているのです。そのため警察の方も詰めていると言う次第でして」

「それは……ご心労お察しします。今日はよろしければ私が何か心休まるような一品お作りしましょうか?蒲生氏のご家族や好みを教えて頂ければそれに合わせて何か考えますが…」

「おお!それは有り難い!ですが今日はささやかながらパーティがありますので、そこはご主人様とご相談して頂ければ」

「…パーティ?」

「ええ。その新作「我が愛する娘の肖像」のお披露目パーティです。参加者はご主人様の知人やご友人などのごく少人数で行う物なのですが」

「へえ」

 

それはある意味職業柄得意分野だな。

 

「わかりました。それでは行きましょうか」

「ええ、こちらです」

 

 

――

 

 

小宮山さんに案内されて館の主である蒲生剛三氏と歓談した。その際に紹介されたのが女医である海津里美さん。彼の健康面のサポートを行っているそうだ。明言はされなかったがわざわざこんな山奥に通って、この場で紹介されるような間柄なのだから恐らくは恋人同士なのだろう。

挨拶もそこそこに、俺はその新作とやらを見せてもらう事となった。案内された部屋には誰もいなかった。そしてお目当ての絵は壁の高い所にかかっていた。

 

「へえ……とてもきれいな女性ですね。今にも絵から抜け出しそうな存在感があって、それでいて今すぐにでも消えてしまいそうな儚さが同居しているような…すみません、芸術には疎くてこれを言い表せる語彙が見つかりません」

「はっはっは。いやいや!かの世界で活躍する君にそこまで言ってもらえるなんて光栄だ!これは私の生涯の最高傑作といっても過言ではない作品なのさ!!」

 

俺の言葉に気をよくしたのかがはがはと大きく口をあけて笑う蒲生氏。だが、なんだ?芸術家ってそんな軽々しく最高傑作なんて自分で言う物か?まだ五十代。枯れるには早すぎる気がするんだが。ちょっと違和感を感じるな。それに俺を見る目。褒めているようで褒めてないぞこの人。

作品の話を一通り聞いた後、何かを作ってもよいかと聞いてみた所、今日の新作のお披露目のパーティに俺も一品作ることになった。

来客は俺を抜いてあと6人来るそうなので俺と蒲生氏と海津さん、そして今美容室に行っている娘さんを入れて10人になるそうだ。東京の警視庁の人も来るらしいけどその人は青森県警の警官と一緒に怪盗紳士を警戒するのでいらないとのこと……警視庁で怪盗?中森警部かな?

 

「娘というと……あの絵の?」

「ああ!君も会えば驚くと思うぞ。今回のパーティは彼女の紹介の方が強いのだがね!!」

 

あと、俺が来ることは他の客にも知らせていないのでパーティの中盤で俺の事を紹介したいと言う。それまでは厨房で待機してくれないかと。

 

「はあ……別にかまいませんが」

「いやいや!()()勇名轟く緋勇龍斗の料理が出ていれば紹介する必要もなく皆に君の存在は知れ渡ってしまうだろうけどな!まあ君の実力が本物であればサプライズにならんだろうが頑張ってくれたまえよ!」

 

厨房の場所は小宮山に聞け、そう言い残して部屋を後にした蒲生氏。

にしても、あのおっさん。さっきの言葉で確信したけど俺の事かなり胡散臭く思っているな。と、いうか嫉妬?嫌悪?まあ押しかけたのは俺だし?邪険にするのは分かるが馬鹿にされて黙っているほど俺は大人しくないぞ?よーし……

 

「小宮山さーん。ちょっとお願いがあるんですけど……」

 

 

 

 

 

「……何故だ!?同じものを使っているのになぜこんなにも違いが?!」

 

そんな声が、蒲生邸の厨房で鳴り響いだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「しっかし、おでれえたな!()()和泉さくらがこんな(美人)になっちゃうなんてな!」

「でもあたしぜーんぜん知らなかったわ!さくらさんがあの有名な蒲生画伯の娘さんなんて」

「私の方こそびっくりよ!一月前に転校して出て行った東京の同級生と青森のこんな山奥で再会するなんてね!」

 

オレと美雪は蒲生剛三氏の新作「我が愛する娘の肖像」のお披露目パーティに参加している。一緒に来ていた剣持のおっさんは警備に参加するってことでここにはいない。しかしもったいないよなー、こんな豪勢な料理が食べられないなんて。お、ローストビーフ♪

 

「もぉ、一ちゃん!お肉ばっかり食べていないでちゃんと野菜も食べなきゃ!!」

「うっせえなー、美雪。うちじゃあスーパーの安売り肉くれえしか食えねえんだしこういう時位味あわせろってえの」

「バランスよく食べなきゃ帰って体に悪いのよ?」

「ふふふ、なんだか七瀬さんお母さんみたいね?」

「いっつもこうなんだぜ?さくら。やれ片付けしろー、早く起きろー、運動しろーってな」

「それは一ちゃんがだらしないからよ!…ってあら?これすごいわね!ねえねえ、一ちゃんさくらさん見てみて!」

「なんだよ、美雪…っておお!こりゃすげえな」

「これって、お庭にある彫刻やお父様が書いた絵のモチーフ?ただの野菜スティックにすごいわね……!」

 

テーブルの上に透明のグラスに無造作に入れられている色とりどりの野菜スティック。何故か飾りが施されているものと普通の二つがあるのが気になるが…

 

「な、なあ。これって……」

「え、ええ。これ私だわ」

「す、すごいわね。こんな小さなものなのにさくらさんの表情がはっきり分かる」

 

他のテーブルを見渡しても同じようなセットが五つほどあった。触ってみると瑞々しい感触が帰ってきた。これってどんだけの人数で用意したんだよ…!?

 

「と、とりあえず触っちまったし食べるか」

「わ、私は普通のでいいわ。なんかさくらさんを食べるのは」

「わ、私も」

 

なんでい、結局飾りの方を食うのはオレだけかよ。そんじゃまあ頂きマース…!?……!!………!?!?

 

「うっうっうう…」

「ど、どうしたの、一ちゃん!?」

「き、金田一君!?」

 

体を丸め、震えるオレに声をかけてくる2人。うめくオレに周りで歓談していた大人たちも異変に気付いて近づいてきた。

 

「お、おいどうした?」

「い、いやわからないです!この野菜スティックを食べてから…」

「うますぎるううううぅぅぅぅううううううう!!!!!!!」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

「なんだこれなんだこれ!たった一本の野菜なのにこの充実感!天草で食った()()よりうめえ!!」

「ちょ、ちょっと一ちゃん?泣いてるの?」

 

俺は知らず知らず泣いていたらしい。

 

「ったく。騒がしいガキだ。ただの野菜だろう?」

「あ、あんたも食ってみりゃあ分かるさ」

「ふん…なんだ、普通の野菜スティックじゃないか。ばかばかしい」

 

そう言ってオレを見下してくる…こいつは確か和久田とか言ったか?

 

「違う、()()()じゃねえよ」

 

オレはもう一つのカップに入った飾りのついた方を指さした。そのまま二本目を頂く。

 

「…!へ、へえ。ずいぶんと洒落たものじゃないか。でもこれがなんだって……」

「…春彦?」

 

さくらのお父さんである剛三さんが和久田さんに何があったか聞いているが彼は答えず、一本目を食べるとそのまま黙って二本目へと手を伸ばした。

その様子に他の参加者も野菜スティックへと手を伸ばし……テーブルの上にあった50本近くの飾りが施された野菜スティックは瞬く間に消えてしまった。

 

「…しっかし、なんであんなに味に差があったんだ?何もついてない方は普通のだったよな?」

「ええ。あたしが最初に食べたのは普通だったわ」

「私もよ。お父様が用意したシェフを呼んで聞いていたみたいだけど……」

 

狂ったように皆で競うように食べた後、我に返ったオレ達は元のグループに分かれて歓談に興じていた。だが、微かに聞こえてくる話の内容はさくらのお父さんの絵の話とさっきの野菜スティックの話と半々みたいだな。

にしても…

 

「すっげえ顔してたな、さくらのお父さん」

「いつもお世話になっているシェフさんなんだけど…」

「何を耳打ちされたのかしらね……」

 

お?さくらのお父さんが何か言うみたいだな。

 

「み、皆さん。パーティを楽しんでいただけてますかな?私もこのめでたい場を皆に祝って貰えてとても嬉しい。そこで私も皆にサプライズを用意していた。先ほどの料理、料理か?…料理がそれだ」

 

??何でそんなに苦虫をかみつぶしたような顔で言うんだ?

 

「用意したものは普通の物だ。ウチのお抱えのシェフ曰く「技量の差」だそうだが。まあ、あれを作った人を皆に紹介したいと思う」

 

ん?さっきのシェフさんが戻ってきたな。後ろについてきてい…るの……は。

 

「「あーーーーーーーー!?」」

 

パーティ会場にオレと美雪の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「「あーーーーーーーー!」」

 

うわお。なんでここにいるんだ、一に七瀬さん…

俺は来てもいいとこの館の料理長に連れられてパーティ会場に来ていた。料理長の手にはなぜか人参二本と彼の包丁。俺も持ってくるように言われたが。声を上げた二人を無視して剛三氏は話を続けた。

 

「ご紹介しよう!彼が四年前、13歳という若さで全世界のパティシエの頂点に立った緋勇龍斗君だ!今日は来れなかったもう一人の画商の付添で来てもらったのだが、皆も味わった通り、唯の野菜であれだけのものを作ってくれたのだ!!そこで…」

そこで?

「もう一度、その腕を見せてくれないか?」

 

そう言った剛三氏の顔を俺は直観した。ああ、この人は俺の事を嫌いなんだな、と。全く、あんなすばらしい作品を書いた人間と同一人物だとは到底思えん。

まあ、小宮山さんに()()()()()と言ったので丁度いいか。

 

「おっとその前に…」

 

料理長が俺に渡そうとした人参をインターセプトした剛三氏。何をするかと思えば……そのまま人参をかじった。その人参自体の味は普通のと変わらないことを確認したかったのかね。そこまでするかぁ……

 

「さあ、どうぞ!」

 

いや、どうぞって。はあ。

俺はそれを受け取り、かじり取られた欠損部分を上手くいかせる…ふむ、東都タワーでも作るかね。

俺はトリコ世界の包丁を手に持ち、渡された人参に刃を入れる。人参の持つポテンシャル以上の美味しさを引き出し、無駄なく、それでいてスピーディに。

俺が東都タワーを完成させたのは刃を初めて入れてから10秒足らずだった。

 

「…どうぞ?剛三氏。料理長も()()包丁で切ってみてくださいな」

「!!」

 

もうこうなったら徹底的に反論を潰してやるよ。誰に何かを誤魔化す事は出来るだろうけど、自分は誤魔化せないだろう?

 

 

――

 

 

結局、剛三氏は受け取った俺と料理長の人参を食べて、そのまま部屋に戻ってしまった。

 

「よお、龍斗!やっぱオメエすげえんだな。切っただけなのにあんなに違いが出るもんだな」

「ありがと、一。にしてもまーたお互い住処とは離れた所で出会ったな」

「あー、確かに。妙な所で会うもんだなー」

「え、えっと。金田一君。緋勇さんとお知り合いなの?」

「え?ああ、コイツとは妙に旅行先というか出かけ先で会うんだよ。2人とも東京に住んでいるのにな!」

「だねえ。この場にいるってことは君が剛三氏のご息女かな?」

「あ、はい。和泉さくら……蒲生さくらと言います」

「さくらさんは一か月前まであたしたちと同じ不動高校に通ってたのよ。しかもあたしたちの同級生!」

「おー。ってことは一たちともここで再会した感じかい?あと、同い年なんだし砕けた感じでいいよ」

「分かったわ。それと再会については実はそうなのよ。私が呼んだわけじゃないのにお披露目の時に入った部屋に見知った顔があって吃驚したわ。でも、二人はすぐには気付いてくれなかったみたいだけど?」

 

そう言って二人に意味深な目線をやるさくらさん。

 

「いやあ、だってなあ?美雪」

「そ、そうよね。一ちゃん」

「?なになに、どうしたのさ2人とも」

 

なんと、東京にいた頃のさくらさんは眼鏡におさげと今の姿からかけ離れた姿だったと言うのだ。だが、彼女はあの絵があったからこそさくらさんが娘であることがわかったと言う…なんで、今の姿と違うときなのに分かったんだろうか?

一との旧交を温めていると、招待客がさくらさんに絡み始めた。画家仲間の吉良勘治郎さん。剛三氏の甥の和久田晴彦さん。吉良さんはかなりの酒を召しているようでかなりの赤ら顔だった。彼はさくらさんと剛三氏の関係は剛三氏が言っているだけだと否定的だ。まあそれなら遺伝子鑑定にでも出せって話なんだが。和久田さんはさくらさんを財産狙いの女とねめつけてきた。てか、自分の半分の子にいやらしい目線をやるおっさんて。

小宮山さんが偶然を装って和久田さんのスーツにカクテルをかけて彼を追い出したことでイヤミは中断された。やるね執事さん。

このやりとりをみていた海津さんが剛三氏の娘という立場がみんな羨ましいのだから気にしないでとさくらさんを慰めていた。

 

「敵ばっかりってわけじゃなさそうね、一ちゃん」

「そうだな」

俺もそう思う。

「そうだ!三人とももう庭は見た?ここのお庭とても素敵なの!案内するわ」

「俺は来て挨拶してからずーっと厨房にいたから見てないな」

「あたしたちも見ていないわ」

 

さくらさんに案内された庭は小さな滝に大理石のアーチ、川と日本にいることを忘れてしまいそうな見事な庭園だった。

 

「すごーい!まるで庭の中が一つの世界みたい!」

「全部完成するまでに二年かかったってお父様が言っていたわ!とにかく広いのよココのお庭!」

 

庭を眺めていると、遠くからこちらに駆け寄ってくる小さな生き物…あれは子犬か。が寄ってきた。さくらさんはその子犬を抱き上げて俺達に紹介してくれた。

 

「かわいい~これ、さくらさんの?」

「ええ、裏山で迷子になっていたのを私が拾ってきたの。名前はポアロ!」

 

女の子たちは子犬と戯れながら笑顔になっていた。

 

「さくらのやつさ。学校じゃ暗かったんだ。いつも一人で本を読んでたりさ」

「そうなのかい?今は笑顔…だよ?」

「ああ、でも…」

「何か気になることでも?」

「いや、なんでもねえ」

 

なんだろうな?一とさくらさん、学校で何かあったのかな?

 

「あら、さくらさん。川の向こうにあるのは?」

「ああ、あれはラベンダー荘。お父様のアトリエよ!」

「アトリエ?」

「見てみたい?お父様のアトリエ!」

「え?」

「わあ、あたし見てみたい!」

 

七瀬さんの勢いのまま、俺達はラベンダー荘に向かう事になった。どうやら、ラベンダー荘には道が遠回りに作られているらしく徒歩だと10分ほどかかるそうで特注のリムジンを小宮山さんに運転して貰って向かう事になった。

 

「どっしぇー。テレビに電話に冷蔵庫!ワインクーラーまで完備なんて。よくもまあここまで。座席もフカフカだ」

「ほんと。このシート毛皮じゃない?」

「んー。確かにこれは合成革じゃないね」

「え?」

「ご主人様は大の乗り物嫌いでして、乗ったことがあるのが車と電車が数えるほどだそうです。しかも長距離はこの贅を凝らした特大特注リムジン以外は無理という次第でして。それにしても緋勇様は良くお分かりになられましたね。確かに天然ものの毛皮を使用していますが」

「まあ、上から数えた方が早い大富豪の知り合いがいますからね…うん?」

ラベンダーの香り?

「そうなのですか。やはり緋勇様は仕事柄そう言った方々とご交流があるんですね」

「うへー。龍斗ってやっぱふつーじゃねえのな」

「あ!そう言えば勢いできちゃったけど勝手にアトリエに行っても大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。今から行くアトリエですが以前は勝手に入られることを固く禁止されていましたが新しい絵を描かなくなってからギャラリーとして画商を招いていらっしゃいます」

 

んん?新しい絵を描かない?吉良さんみたいになんか事情があるのか?でもあの自己顕示欲が高そうな男がそんなことになるものか?

 

「ウゥゥゥ…」

「どうしたの、ポアロ?」

「ラベンダーの匂いが嫌いなんじゃないか?」

「へ?」

 

小宮山さんが車を止め、さくらさんがドアを開けるとポアロは一目散に館の方へと戻って行った。

 

「ラベンダー荘に来るといつもああなのよ。もしかしたら緋勇君の言う通り、ラベンダーの香りが嫌いなのかしら…って、私ラベンダーのこと言ってないわよね?」

「さっき車が外気を取り込んだ時にかおってきたからね。そのあとすぐにポアロが唸りだしたからそうかなって」

「え?」

「ちょ、ちょっと緋勇君。それってポアロより先にラベンダーの匂いに気付いたってこと?!」

 

驚愕の目を向けてくる一を抜いた三人。

 

「あー。そういえばそうだった。こいつはとんでもびっくり人間だった」

「失敬な。人って言うのは鍛えれば鍛えた分だけ鋭くなっていくものさ」

「さ、左様でございますか。そ、それではどうぞ、こちらにございます」

 

流石は歴戦の執事。気を取り直して案内を続けてくれた。ラベンダー荘に近づくにつれ、ラベンダー畑が見えてきた。どうやら剛三氏が好きで植えているらしい。これは、小さな富良野のようだな。

 

「ほら、一ちゃん。こうやってラベンダーの花を潰すと良い匂いがするのよ」

「…!!ほんとだ」

「この香りにはリラックス効果があるのよ。ポプリや香水なんかに使ったりするのよ」

「…そうね。私もここにはよく来るのよ……」

 

ちょっと物憂げにそう呟いたさくらさん。一たちには聞こえなかったようだ。小宮山さんがラベンダー畑の間にある小道を進み、ラベンダー荘の玄関に歩哨に立っている警察に人に挨拶していた。

 

「ご苦労様です」

 

その言葉に敬礼で返す警官。どうやら、怪盗紳士の侵入を警戒しているようだ。そう言えば館の周りにもいつの間にか警察が配備されてたな。スーツ着ていたのが警視庁から来た人かな。

 

「な!」

「「きゃあああ!」」

「これは…」

「ななにが起こったんですか!?」

 

ラベンダー荘に足を踏み入れた俺達が目にしたのは、土の足跡残る床と開きっぱなしの窓。そして……

 

「お、お父様の自画像が無くなっているわ!!」

 

 

何かが掛けてあったのが分かる、空白の壁面だった。

 




ちょいちょい事件が起きる場所で登場する、金田一一と同学年の男のキャラクター。原作で言うと千家だったり井坂だったり……あっれ?これ「金田一少年の事件簿」の原作に当てはめるとだと龍斗が犯人になるエピソードがあるじゃ……

蒲生剛三の性格は、自分にない才能を持っている人物に対してとことん陰湿になると設定しています。龍斗は若く、自分より大きな名声を持っているので僻みの対象としています。


蘇生包丁の技術は、トリコ世界の包丁(自己再生機能を持つ生物やそれを促す鉱物が材料が元)のみでしかできません。一に風呂で振る舞ったときは自身の指のみグルメ細胞化して行っていたという語られない設定がありました。


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番外編4(中編) 金田一少年の事件簿:怪盗紳士の殺人

こちらのお話は番外編第4弾の続きで金田一少年の事件簿の事件です。

物凄く難航していています。金田一は登場人物が多くて書き分けが難しいですね。恐らく次で完結できる…といいなあ。この番外編に関しては書き終わり次第上げます。


コナンと金田一の世界観がクロスしているので捏造設定が多めになっています。


「怪盗紳士の仕業か!?小宮山さん電話は!?」

「そこのテーブルの上にあります!」

 

小宮山さんが指差したテーブルの上には電話の子機があり、それを一は手に取った。

 

「あ!剣持警部を出してください!大変なんだ!」

 

どうやら本館の使用人の人が出たらしく、一は剣持警部なる……剣持警部?けんもち……おお!もしや()()剣持警部か!彼も来ていたのか。

 

「あ、おっさん?!大変なことが起きたんだ!」

『なんだ、金田一そんなに慌てて』

「実はラベンダー荘にある蒲生画伯の絵が無くなっているんだ!」

『な、なんだと!?おい、ラベンダー荘ってのはどこにある!?』

 

電話の向こう側では剣持警部が使用人にここの居場所を聞いているみたいだった。

 

『よし、皆でそっちにすぐ向かう!お前はそこで大人しくしておけよ!』

「あ、え、ちょっと……切れちまった」

 

どうやら一方的にまくしたてたられて電話は切られてしまったらしい。まあこんな状況だし仕方ないわな。

さて、と。俺は足跡を踏まないように開けっ放しになっている窓へと近づいた。玄関から真反対側にある窓から見える風景は()()のラベンダー畑だった。玄関には歩哨の警官が一人立っていたが、裏にあたるこの場所には警官の姿はない……いや、ここって小宮山さんがギャラリーとして使っているって言っていたし、そこの担当が正面一人だけって杜撰すぎるだろ。怪盗がお利口に玄関から来るわけもあるまいて…おや?

 

「一、一」

「おい龍斗。あんまり現場を荒らすようなことすんなよ?オレがおっさんにどやされるからな」

「あー、まあ。幸か不幸か、こういう犯行現場に出会うのは初めてじゃないんだなこれが」

「は?」

「俺の幼馴染みの女の子のお父さんは毛利小五郎なんだ。さらに加えて、俺の幼馴染みには工藤新一っていう探偵もいるんだ。だから事件に巻き込まれることも何回か…ね」

「え!?二人ともすっごい有名な探偵じゃない!「東の高校生探偵」に、「眠りの小五郎」!新聞でも良く見る二人と知り合いなんて」

「と言ってももう15年くらいの付き合いだからそんなすごい人って感じじゃないんだけどね」

「……オレも「東」の高校生探偵なんだけど」

「はははは…新ちゃん、工藤新一は高1に上がってから結構首突っ込んでたからね。彼のお父さん……優作さんが捜査協力していた警部がその場にいて、新ちゃんが事件に首を突っ込むことに協力してくれたのも後押しになったんだけど」

「オレにとってのおっさんみたいな感じか?」

「そう……なるのかな?新ちゃんは目暮警部に事件解決の要請とかで呼ばれていったりしてるけど」

「ああ…それ、今回のオレと同じじゃねえか。オレも剣持のおっさんに言われて今日ここに来たんだ。怪盗紳士逮捕のためにな。後で紹介するよ」

「それは楽しみだな。一も東京で俺に言ってくれれば新ちゃんは今は出張で厄介な事件に関わっているから軽々しくは言えないけど。小五郎さんには会えるかも……じゃない、一。ほら見てみなよ」

「ん?……あれは」

 

俺が指を指した先にはラベンダーが倒れて道のようになっている部分だ。ラベンダーの花が潰れたいい匂いと共に茎が折れて青臭さが俺の鼻につく。これは折れてそう時間は経っていないな。

 

「犯人はココから来た見てえだな」

「偽装工作でなければ、ね。床についている土の匂いも畑の土と同じものだし、ラベンダーの香りと一緒に茎や葉を踏み荒らしたせいで真新しい青臭い匂いが漂ってるしな」

「……龍斗サン龍斗サン?オレにはラベンダーのいい香りしかわからないんですが?そもそも土の匂いなんて()()()()()のお前が何でわかるのでしょう?」

「今更じゃないかな?()()で色々やったジャン?と、まあ警察の人も来るし山狩りでもして怪盗紳士を捕まえるでしょ。靴跡に畑の土にラベンダー。まともな人が現場を見れば解決するさ」

「そうだな。剣持のおっさんもいるし」

 

 

――

 

 

「お前が怪盗紳士だっていうのは分かっているんだ!山歩きなんて適当なことふかしやがって!そのかばんの中には盗んだ絵が入っているんだろ?出せ!」

 

えぇ……確かに怪しいけどさ。さっきのはフラグか?いきなり両腕を警官に掴まれて、カバンの中身を出せはないんじゃねえかいな。

一が本館に電話をした後剣持警部や剛三氏、招待客がラベンダー荘に集まった。その時に、外の警官の所属、青森県警の警部である大河内善助という警部が一を助っ人として呼んだ剣持警部を「高校生の探偵気取り」に手助けを求めるなんてとんと人手不足なんですね、と揶揄していたが(まあ外様の警視庁の警部を快く思わないのは分からなくもないが)犯罪が起こってそれをだしに使うのはなんかなあ。

その怪盗紳士にされそうな人は岸一成と名乗り、山歩きをしていて迷い込んだそうだ。彼の服からはラベンダーの香りもしないし、もっと()()()嗅ぎ取ってもラベンダー畑を突っ切ったような痕跡は感じられない。

 

「怪盗紳士!?ボクがぁ?」

「さあ、絵はどこにやった?どーしても吐かないと言うなら――」

 

吐かないならどうするのかな?っと、岸さんの鞄がもぞもぞしてる?

 

「な、何を隠している!?」

「わんわん!」

「ポ、ポアロ!」

「あ、君の犬だったの?そこの道をうろついていたんで連れてきたんだ」

 

そのポアロは岸さんの鞄から出されて岸さんに抱かれていた…が、すぐに()を見て唸りを上げた。一はそれを見て誰が盗んだか察しがついたようだ。

 

「とにかく!署に来てもらおうか!たっぷり絞り上げてやる。さあくるんだ!」

「待ってください、大河内警部!」

「ん?」

「その人は絵を盗んだ犯人じゃなさそうですよ?」

「何だと!?こいつが犯人じゃないとしたらいったい誰が」

「犯人はオレ達招待客の中にいる。この中の誰かが蒲生氏の自画像を盗んだんだ!!」

「ほ、本当なのかい君?誰が私の自画像を?」

「信じられないわ…」

「それは…こいつが知っているよ!」

 

一は岸さんに抱かれていたポアロを預かり、皆に見せた。

 

「その犬が犯人を知っているだと!?ばかばかしい!やっぱりあてにならんな、警視庁の助っ人というのは!」

まだいうかい。

「まあ見てなって!…さあポアロ!お前の「推理」でラベンダー荘から絵を盗んだ犯人を見つけておくれ!」

 

一に地面に降ろされたポアロは一目散に和久田さんへ走り寄り吠えた。

 

「うわ!?な、なんだこの犬は!?」

「なーるほど。絵を盗んだのはあんただったんですか、和久田さん!」

「バカな!?犬にほえられたぐらいで、どうして僕が犯人呼ばわりされなきゃいけないんだ!?」

「根拠はあんたの体に染みついたラベンダーの香りさ!」

「ラベンダー?」

「さくらによるとポアロはラベンダー畑の近くに来るといつも激しく吠え立てるらしい。今日の車に乗ってきている時もそうだった。寝そべっていて窓の外を見ていなかったのにもかかわらずな。それはなぜか?それはそこにいる龍斗が教えてくれた。エアコンからラベンダーの香りが入ってきて暫くしてポアロは吠えだしたってな。つまり、ポアロがラベンダーの匂いを嫌いなんだ」

 

一はそこで一度きり、皆に現場をもう一度確認させるように手を回した。

 

「このアトリエは玄関まで一本道だ。だがそこには警官が立っていた。侵入経路とみられる窓から入るにはぐるっと迂回してラベンダー畑を突っ切っていくしかない。窓の外を見てもらえば分かるけど案の定ラベンダー畑の中には誰かが踏み荒らした跡がある。ラベンダーの花はすりつぶすことで香りが発生するから犯人の身体にはラベンダーの香りが染みついているはずなんだ。

ポアロは岸さんには吠えず他の誰かを睨んで唸っていた。誰に唸っていたかはもう分かるよな?つまり本当の犯人、あんたに向かってだ!」

「ついでに補足するなら、貴方は夜のパーティでカクテルをスーツにこぼされて着替えているのにその新しいスーツに匂いがついている。さらに調べればラベンダーの香りだけでなく踏み荒らしたときに茎や葉の青臭い匂い、とどめに部屋中に残った足跡と合致し、畑の土が着いた靴を持っていること、なんてのも決め手になると思いますよ?」

「む!?確かに金田一の言っている事だけじゃなくそれだけの証拠が残っているのなら言い逃れできねえな」

「じゃあ、あんたが怪盗紳士!?」

「ち、違う!僕は怪盗紳士なんかじゃない!…確かにアトリエの絵を盗んだのは僕だ!でも僕はその女に伯父さんの絵を全部持っていかれるのが悔しくて…!」

 

さくらさんを指さしてわめく和久田さん。いや、親とかならともかく伯父さんて。図々しくないか?

 

「僕だって一枚くらい貰う権利があると思ってそれで…信じてくれよ皆!」

「ま、たしかに本物の怪盗紳士ならこんだけ杜撰な証拠は残さねえだろうさ」

「全くお前というやつは…!私の顔に泥を塗りおって!そんなにお望みなら言う通りお前にはただの一枚も絵はやらんわ!」

「ひいいいいい!」

 

頭を抱えた和久田さんをその手に持っていた杖で殴打する剛三氏。いや、警察は止めろよ……

そう思って二人の警部の方を見ると論破された大河内警部の肩に剣持警部が手を置いていた。

 

「良かったですね、大河内警部!盗難事件が一つ解決して!」

「……」

「それも皆そこにいる、「高校生の探偵気取り」のお蔭ですよね?」

「くっ!」

 

おお、ぐぬぬしてる。中々見ないな、あんな立派な「ぐぬぬ」。

大河内警部は剣持警部から離れ、和久田さんに絵の居場所を聞きにいったようだ。

 

「よう、金田一!助かったぜ。大河内警部(あのおっさん)全然協力してくれなくてな。やっと鼻をあかせたよ」

 

高校生組に話しかけてきたのは剣持警部だ。

 

「いやあ。それほどでも…って言いたいけど、あれ位しっかり現場検証していれば誰でも真実には辿りつけてたさ。現にそこの龍斗も気づいてたろ?」

「む?そう言えば君は見ない顔だな」

「初めまして、緋勇龍斗と言います」

 

俺は自分の事と、今日ここに来た経緯を話した。

 

「そうか、それは災難だったな。にしても、君が緋勇龍斗君か。私の家内も君が寄稿した雑誌のレシピを元に料理を作ってくれたことがあったが一家皆好評だったぞ!もうしないのかい?あれっきり妻が新しいレシピが出ないと嘆いていたが」

「あー、まあ。次の、一月にある世界大会に出てからですかね。あんまり雑誌の取材とかテレビとか興味なくて」

「そうかそうか、それは楽しみだ…っと。自己紹介が遅れたね。私は警視庁捜査一課の警部、剣持勇だ」

はい、知っています…あれ?捜査一課?

「あのー。つかぬ事をお聞きしますが、怪盗の事件って捜査二課なんじゃないですか?」

「なに?どうしてそう思うんだ?」

「いえ、以前幼馴染みの家が宝石専門の泥棒、「怪盗キッド」に狙われたことがありまして。自分もその場に居合わせたことがあってその時に来ていたのが捜査二課の中森警部だったので、そういう物なのかなって」

「なるほど、中森の奴を知っているのか。元々捜査二課は金銭犯罪-詐欺とか脱税な―や知能犯を扱う所でな。捜査一課は殺人や放火、強盗に傷害などの凶悪犯罪を担当しているんだ。怪盗キッドの奴は長年色々な暗号付きの予告状を送ってきたり様々なギミックを駆使して犯行を重ねているので二課担当になったんだ。今回は蒲生画伯の敷地内で放火もあったことから捜査一課の私が来たというわけだ」

「なるほど……因みに、目暮警部や松本警視って知ってます?」

「おお!目暮に松本警視を知っているのか」

「ええ。ほら、つい最近松本警視の娘さんが結婚式を挙げたじゃないですか。その時に応急処置した縁で。目暮警部は幼馴染みのお父さんの上司だったので、食事会を開いた時に知己を得たんです。もう15年くらい前になるかな」

「はあ~!オレもその結婚式には出ていたよ!そうか、君が彼女を助けてくれたんだな!あの時は高校生の少年の応急処置のお蔭で危機を脱したとしか聞いていなかったからな。それと目暮とはまた奇妙な縁だな…奴は森村警部補が殉職した後に少しの間教育係を代行していたよ」

森村警部補?殉職なら二階級特進で森村警視か。

「っと。大河内警部が和久田から隠し場所を聞きだして案内させるみたいだな」

「おっさん、オレもついて行っていいか?」

「ん!?んー。まあいいか。よしついてこい」

 

さくらさんと七瀬さんは本館に戻るそうだ。他の人もそうらしく、絵の隠し場所に向かうのは俺と一、そして…

 

「ねえねえ、ちょっと!」

「ん?」

「あなたすごいじゃなーい!私ミステリードラマを見ているみたいで感動しちゃった!!君も名探偵を補佐する優秀な助手みたいでかっこよかったよ!」

 

後ろから俺達を追いかけてきて、一の手を握ってそう言う招待客の女性がいた。彼女も隠し場所を見に来た一人だ。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね!私は醍醐真紀。芸能ジャーナルの記者なんだけど…名探偵VS怪盗の対決が見られそうなんて私はラッキーね!それにほとんど取材を受けない()()緋勇龍斗もいるなんて私、今日はツキまくってるかも!」

「「は、はあ…」」

 

げ、ちょっとめんどそうな人だな。あんまりお近づきしたくない。

俺達が彼女の対応にあたふたしていると、土をザクザクと掘る音と大河内警部の声が聞こえてきた。

 

「本当にここに埋めたのか!?絵なんてどこを掘っても出てこないぞ!」

「そ、そんな…僕は確かにここに埋めたはず」

 

どうやら掘っても掘っても絵が出てこないようだ。

 

「どういうこった?」

「場所を勘違いしているとか?」

『大河内警部――――!!』

「ん?」

「なんだなんだ?」

 

そんな時後ろから大声で近づいてくる人影。あれは青森県警の制服警官?

 

「大河内警部大変です!盗まれた絵が元の場所に!!」

「な、なんだって!?」

 

……盗んでまた返す?おいおい、怪盗キッドみたいなやつなのか、怪盗紳士って。

 

 

――

 

 

ラベンダー荘に戻ってみると確かに絵が元の位置に戻っていた。「とんだ茶番劇だった。次回は本物が、絵をいただきに参上する。ゆめゆめご油断なさらぬよう… 怪盗紳士」のカードと共に。

 

「怪盗紳士の挑戦状だ…!本物の怪盗野郎がついに動き出しやがったか…!」

 

しかし、いつこんなものを。というか、盗まれた時も戻された時も現場に警察官が一人もいなかったって結構穴だらけだな、おい。

 

「怪盗紳士!お前の挑戦受けてやる!ここにある絵は1枚だって盗ませやしない!金田一耕助(ジッチャン)の名にかけて!」

 

……

………おおお!?これって()()セリフか!いやあ、思い出すのにちょっとかかっちゃったけど、これを現実で聞くことになろうとは。ちょっと感慨深い。

 

 

――

 

 

『今の所、特に異常はありません大河内警部!』『よし、そのまま警戒を怠るな!…たく、東京者が偉そうに仕切りよって!怪盗紳士は青森県警が絶対とっつかまえてやる!』……

はあ。まあそんなこったろうとは思ったけどあんな様子じゃ無理だろうな。俺はそう思いながら開放していた感覚を閉じた。外で警戒している大河内警部がどんな指示をしているのか思いと聞いてみたが外に敵(怪盗紳士)がいるのに味方(警視庁)を敵視しててどうするんだよ。

俺達は本館に移動してさくらさんの肖像画が置いてある部屋でティーブレイクをしていた。今この場にいるのは高校生4人に醍醐さん、小宮山さん、岸さんの7人だ。

「へえ、あの怪盗紳士が狙っているんスか?ここがそんなすごい絵描きさんの家だったなんてなあ」

「あら、あなたここが蒲生剛三氏の家だって知らずに迷い込んだの?」

「ハハハハ、ボクは山歩きが唯一の趣味でして。芸能関係はからっきし…」

「呑気な人ねえ。金田一君たちが居なければ今頃あの頑固な類人猿にこってり絞られていたわよ?」

「そうそう、金田一君に緋勇君だっけ?さっきはありがとう」

「いやあ、俺は何にも。お礼なら俺にヒントをくれた龍斗とそこの小さな探偵君に言ってあげてくださいよ!」

「ああ!確かにそうだな。ありがとなー、チビスケさん」

「お手柄ね、ポアロ」

 

そう言ってポアロをもみくちゃにする岸さん。撫で方が優しいのかふにゃふにゃになっていくポアロ。うん、和むね。

 

「でも、あの大河内って警部は()()()()()出しといて、任意同行でもなく現行犯で捕まえそうな勢いだったけどホントにあの年まで警察やっていたとは思えないね」

「?それってどういうことだ、龍斗」

 

本館に戻る時に剣持警部にちらっと聞いたらあの人員配置は大河内警部が指揮を執っていたそうで、剣持警部は口出しを出来なかったそうだ……ギャラリーとして開放されていて、多数の作品が飾ってあるラベンダー荘に玄関一人しか警官を配置していなかった時点でありえんだろうに。死角有りまくりで、実際に素人の和久田さんにまんまと盗まれたわけだしね。

そのことを皆に話した。

 

「え、うっそー!あんなお宝の山があります!!って所、私だって守り固めるのに!!」

「それは…私、芸能関係だから門外漢だけどこの杜撰さは記事に出来るわね」

「うわあ、そんな警部さんに捕まってたらボクどうなっていたか…」

「でも、金田一君はちゃんとそれを食い止めた。流石ね、金田一君。名探偵と言われたおじいちゃんの血が金田一君の中にしっかり流れているのね!」

「え?名探偵のお爺ちゃんって?」

「そうよ!はじめちゃんは正真正銘あの金田一耕助の孫なんです!」

「へえ!?それであんな見事な推理を?!」

「すごーい、だからあんなに論理立てて推理を披露できたのね!」

 

確かに、俺はこの五感で犯人を導き出すことができるがそれを他の人も納得できる論述に落とし込むが出来ない。それが出来れば俺も名探偵!…なんてな。

 

「じゃあその名探偵さんに聞きたいんだけど次に怪盗紳士が狙ってくるのはどの絵だと思う?」

「え?うーん、まだそこまでは」

「あれ?一。怪盗紳士って獲物を指定していないのか?」

「え?ああ、龍斗は知らないのか。怪盗紳士の予告状には蒲生画伯の作品をコレクションに加えたいってあってな。どの作品かは言ってきてねえんだよ」

「ふっ。そりゃあ()()()に決まっているさ」

「「「「え?」」」」

 

おや、あの人は確か来客の一人で……

 

「羽沢さん!」

 

七瀬さんが耳打ちで彼が画商の羽沢星次さんだと教えてくれた。彼は部屋の入り口で佇み、さくらさんの肖像画を見上げている。

 

「「我が愛する娘の肖像」…南十字星輝く満天の星空の背景に微笑み、髪をなびかせてこちらに微笑む少女の絵は見る者を遠き日に見上げた夜空の元に誘う――この絵には単なる「美」、「芸術」を超越した何かがある。私ならこの絵に2億…いや5億出しても惜しくない!私が怪盗紳士なら真っ先にこの絵を狙うだろう!」

「…まあ確かにねえ。さっきギャラリーにある他の絵も見たけどやっぱりこれが別格よね」

「いえ…!」

ん?

「この絵を怪盗紳士が盗むなんてことはありえませんよ。なにしろ怪盗紳士はこの絵を一度盗んで返してきたんだから」

 

ああ、そういえば結構話題になったな。

 

「1度盗まれた?」

 

……一。少しは新聞とかテレビ、ネットニュースを観ようよ。

事情を知らない一に醍醐さんが説明してあげていた。半年前にこの絵が海外のとある絵画コンクールにこの絵を送り返してきたこと。そのことにより蒲生画伯の未発表の作品であることが世に知られることとなったという。しかもそのコンクールが世界的権威をもつものでグランプリをとったというからこの絵の価値はかなり上がっている。

さらにこの絵にまつわる顛末として、蒲生画伯がこの絵のモデルとしているのは生き別れた娘が成長した姿の想像図という事をマスコミに発表したのだ。

 

「私が生まれた頃お父さんはまだ売れない画家でしかもお母さんとは内縁の妻だったそうなの。でも私が5歳の時お母さんは私を連れてお父さんの前から姿を消したって…」

「「「「……」」」」

「大変だったのね、さくらさん」

「去年亡くなった母から、5年前に失踪した父は本当の父親じゃないって聞かされてて。それでグランプリを取ったあの絵を雑誌で見た時ひょっとしてと思って名乗り出たのよ」

「そりゃーたしかにびっくりしただろうなあ。自分そっくりの絵が海外のすっごいコンクールでグランプリを取ったって雑誌に載っていたらさ!」

「んん?でも待てよ?さくらお前、オレ達の学校に通ってた時は眼鏡におさげにで、今とは全然別人だったような?」

「それはね……」

 

さくらさんは胸元のぼたんを2つほどあけ、みんなに左の鎖骨が見えるようにした……一、ブラジャーに注目しないの。

 

「絵と同じ形のこのアザが決め手となって娘だと分かったのよ。お父様はこのあざを見るなり私を娘だと認めてくれたの」

 

左鎖骨の上に確かに蝶のような独特のあざが浮き出ていた。確かにあれがあれば断定できるか。

その後、再会したあとに剛三氏に痩せて、眼鏡からコンタクトに変えるように言われてその指示通りにすると今の姿になったというわけらしい。

 

「でも、流石は蒲生画伯ね!想像でさくらさんそっくりの絵を書けるなんてね」

「まあ、ですからこの絵を再び怪盗紳士が奪いに来るとは到底思えないのですよ」

「…確かにこの絵をめぐる怪盗紳士の行動は不可解な点が多いと思います。ですが先週木が燃やされたことで私はこう考えたのですよ。絵を返してきたのはこの絵のモチーフとなった人物、さくらさんを探し出すためだったのではないか?ってね」

「わ、私を!?」

「な、何を言い出すんだよ羽沢さん!」

 

放火で気づいた?モチーフを盗む……まさか!?

 

「っ!羽沢さん、あんたなんてことを考えるんだ」

「おや、そこの探偵君ではなく緋勇君が気づいたか。つまりこういう事さ。怪盗紳士は絵のモチーフを盗む。だがこの「愛する我が娘の肖像」のモチーフである娘が見当たらない。だからわざと有名にして、娘が蒲生氏の元に帰ってくるように仕向けた、ってね」

「い、一体何のために?」

「そりゃあやることは一つ。「絵のモチーフ」をこの世から消し去る。さくらさんを殺すためさ!」

「「「「な!?」」」」

「さくらさんを殺すためですって!?」

「ま、大変なことにならなきゃいいですけどねえ…?」

 

そう言って部屋を後にする羽沢さん。誰かに命を狙われているかもしれないと指摘されたさくらさんは真っ青になってしまっている。

 

「何よあの人!感じ悪!!」

「確かに、人を不安にさせるだけさせといてフォローも入れないなんてね…小宮山さん、あの人はどういう?」

「あの方は緋勇様と来られる予定だった方と同じく画商をしております羽沢星次様。銀座の有名は画廊の2代目でして先代はとてもいい方でしたが息子の星次様は少々強引なやり口という噂が。目利きは確かなのですが……」

「どうしよう、あの絵が盗まれたら私…」

「だ、大丈夫よ!そんなこと絶対にないって!!…それにいざとなったら()()()名探偵が守ってくれるわよ!」

 

醍醐さんのその言葉に青かった顔色がみるみる赤くなっていった…おや?さくらさんって一の事を……?

その後、羽沢さんによって冷めてしまった空気も元に戻り雑談を続けて、夜もいい時間となったところでお開きとなった。岸さんは予定外の迷い人という事で外で野宿すると言い張ったが、まあさくらさんがそんなことさせるわけもなく空き部屋に通されていた。俺も案内された自分の部屋に入り、諸々の事を済ませてからベッドに入った。

 

 

――

 

 

「んー……」

 

 

部屋に戻ってから2時間。ベッドに入ったはいいが寝つけずにいた。別れる前にみたさくらさんの顔色がちょっと悪かったのが気になったのだ。まあ、それだけではなく一に再会してまた事件らしきものが起きたことに思いをはせていたことも原因の1つなんだが……

 

「……何か悶々と考えているよりいいか」

 

折角ラベンダー畑があるんだし朝一番にリラックス効果のあるラベンダーティーでもご馳走してあげようと思い立った俺は部屋を出て、外で警邏をしていた剣持警部に事情を話しラベンダー畑までついてきてもらった。俺はそこで何株か採取し、本館に戻って今度こそ就寝した。

 

 




捏造設定
・剣持警部は50前。
・キッドが捜査二課で扱われる理由。
・捜査一課での剣持警部と他の刑事との関わり。
・ラベンダーが5~7月が開花時期とのことなので「怪盗紳士の殺人」は7月、「6月の花嫁殺人事件」後の話とした。
・「怪盗紳士の殺人」を読めば分かりますが、この青森県警はかなり無能です。




普段なら~があったとなどでモノローグでバッサリカットする部分を、原作通りに会話を再構成しているのでかなり長くなってます。普段もその通りにしていると週一は不可能だなと戦慄しました。原作の大幅コピーにならないようにしないと…


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番外編4(後編) 金田一少年の事件簿:怪盗紳士の殺人

終わらないし、日もまたいでしまうし…申し訳ありません。

あと5000字ほどで終わると思うので完結編までお待ちください。


「ん……朝か…にしてもなんか騒がしいな」

 

目が覚めて飛び込んできたのは見慣れた実家の木目の綺麗な天井ではなく、洋風の文様の入った天井だった。時計を見ると6時過ぎ…って、ラベンダー採ってきて剣持さんと別れたのが五時過ぎでベッドに入ったのが五時半過ぎだったから一時間も経ってないな……

俺は二度寝するにもなにやら騒がしいので、寝間着に使っていたトレーナーから普段着へと着替え、昨夜のうちに採取して加工していたラベンダーと貯蔵庫(裏のチャンネル)から出したいくつかのハーブをブレンドして茶筒に保管して部屋を出て食堂へと向かった。

 

「ん?」

 

どうやら小宮山さんが大きな声を上げているのでそっちの方向に行ってみると、あの肖像画が展示されている部屋に皆が集まっていた。俺は後ろにいた七瀬さんに事情を聴いた。

 

「七瀬さん、どうしたんですか?」

「あ、緋勇君!大変なの!さくらさんの絵が!」

 

彼女は空っぽになった額縁を指さす。昨日の夜までは確かにあった「我が愛する娘の肖像」が無くなっていた…ってことは。

 

「いけない!!」

「どうした、金田一!」

「絵とともにモチーフを奪うのが奴の手口なら絵に描かれたさくらが危ない!」

「あっ!!」

 

俺が気づいたことに一も思い至ったのか、皆でさくらさんの部屋を目指した。

先頭を走っていた一が扉を乱暴に開くとそこには窓ガラスは割れ、部屋中が荒らされた光景があった。さくらさんは…いない。

 

「くっそう、遅かったか!!」

「そんな。はじめちゃん、じゃあさくらさんは…!」

「…………!!」

 

っち。油断していたか…?まさか誘拐されるとは。

俺は感覚を広げる。すると、屋敷の裏の森の中に彼女がいることが分かった。心音もしている…よかった、生きている。とりあえず、心音の乱れもないし、呼吸も安定しているから命には別条はない。それに周りに人らしき気配もないし、放置されていると考えてよさそうだ。近くにはポアロがいて吠えているけど身じろぎ一つしないし気絶しているみたいだな。

 

「いや!さくらはまだ連れ去られてからそんなに時間は経っていない!近くを探すんだ!!」

「なんでそんなことがわかる?金田一」

 

それから一が語ったことは以前解決した事件で得た知識だった。なんでも、朝顔の開花時間はある程度計算できるそうで、さくらさんの部屋の踏み荒らされた朝顔の花はその計算式によると五時を少し超えたあたりで踏まれていると考えられるそうだ。

ということは俺が剣持さんと別れる前に荒らされたって事か。俺が館についたころに荒らされていたのなら流石に気づいていただろうし。

 

「なるほど!それじゃあ彼女が攫われてからまだ一時間しか経っていないってわけか!」

「ああ!」

 

さて。どうやって彼女のいる所まで誘導するかね。剣持さんはともかく、あの大河内って警部はあまり露骨に誘導すると俺が犯人とか言い出しかねんし……

俺がどう誘導するかを考えていると、制服警官が大河内警部に犯人の侵入経路が判明したことを報告しに来た。俺達は警官に連れられてその現場へと移動した。侵入経路とは使われていない部屋の窓で、格子によって縦5横3の正方形に区切られたうち、真ん中のガラス部分が割られていた。

 

「部屋に残った窓の破片の様子によると、犯人は外からこのガラスを割って手を入れて鍵を開けて侵入したものと思われます」

「くそ!!あれだけ庭に警官を配備したのにどうやってかいくぐったんだ!?ともかく、大至急非常線を張るんだ!人一人にでかい絵を抱えてちゃあ、そう遠くへといけるわけがない!!それと車なんかの機械の音を聞いてないか、全員に確認しろ!」

 

怪盗紳士がどう逃げたにしろ、まずはさくらさんの回収が先だな…ん?ああ、あの仔を使うか。

 

「待ってくれ、オッサン」

「ん?」

待つ?

「どうやら怪盗紳士は外から入ってきたってわけじゃあなさそうだぜ!このガラスの割れ方がすべてを物語っている!」

「そ、それはどういう?」

「まって、剣持警部。とりあえず、一の話は後にしてさくらさんを探しませんか?」

「龍斗の言うとおり。オレの話は後にしてまずはさくらを探そう!こんな厳重な警備でさくらを抱えて脱出するのは難しい。それにこんだけデカイ屋敷だ。死角なんて腐るほどあるだろうし、探せば見つかるかもしれない!」

「…それなんだが、一。一つ心当たりが」

「!!なんだ、どこだそれは!!」

「正確には場所じゃなくてな。こんだけ騒ぎが起きているのに顔を見せない仔がいるだろう?」

「??招待客は全員現場に出てきていたはずだが…?いないのはさくらさんくらいで」

「…っ!そうか!!オッサン、ポアロだ!!ポアロを探すんだ!」

「ポアロだと?」

「ああ!こんだけ騒いでるのにアイツがココに来ないってのはおかしい。考えられる可能性は二つ。一つはさくらがいる所にいる。もう一つは…考えたくはないが犯人に殺されているってパターンだ。一つ目ならアイツが吠えている所を聞いて探せばさくらも見つかる。後者でもポアロの痕跡から犯人の足取りが割れる!」

「な、なるほど!」

「はじめちゃん……」

「オレだってポアロには無事であってほしい。だが今はさくらだ!」

「う、うん…」

 

俺達は屋敷内を警官に任せて外へ出た……それにしても、()()()から嗅ぎなれた匂いがするのはなんでだろうな?もしかして……

 

「とにかく、耳と目を鋭くして探すんだ!」

「うん!」

「ああ!」

「…龍斗。頼りにしてるぜ?」

「任せて」

 

タイミングよく一が俺に振ってくれてたので俺は大義名分を得たとばかりに屋敷周りを一周して探している()の行動をとった。ある程度探したふりをして一と合流した。

 

「どうだ、龍斗?」

「あっちのほうからポアロの吠える声が聞こえた!」

「なんだと!?オッサン!!」

 

俺の言葉に一は剣持警部を呼び、その声を聞きつけた皆も集まって俺が指した方向へと走った。

 

「!!はじめちゃん、あそこでポアロが吠えてるわ!」

「じゃあ、あそこに……さくら!!」

「あ、はじめちゃん!」

 

ポアロが吠えている小屋に一目散に走っていく一。俺は開放していた感覚を閉じた。

中にはヒトの首など容易く切り取れるであろう大きなはさみが突き刺さり、その傍らにさくらさんが眠っていた。まあ、眠っているのが分かるのは俺だけだけど。一はさくらさんを抱き起し、揺り動かす。

 

「さくら、さくら!しっかりしろ、さくら!」

「………」

「お嬢様…!」

「……ん…金田一君?」

「さくら!!良かった…」

「無事でしたか、お嬢様!」

「よかったさくらさん…!?さくらさんその髪!?」

「え…?あ!あたしの髪が!!」

 

七瀬さんに言われて気付いたが、肩にかかるほどあった彼女の髪の毛が20cmほどバッサリと切られていたのだった。

さくらさんのそばには「絵の中の長い髪の少女はもういない――絵のモチーフは確かに頂いた 怪盗紳士」と書かれたカードとさくらさんを眠らせた時に使われたと思われる薬品が染みたハンカチが落ちていた。

 

「くっそ、怪盗紳士め!ふざけたことを」

「ねえねえ、金田一君!」

「醍醐さん」

「どーするのよ。絵、盗まれちゃったじゃない。羽沢さんの言う通り怪盗紳士の狙いはあの絵だったみたいだし」

「………」

「うーん。今のとこ怪盗紳士が一歩リードってところだけど」

「だけど?」

「オレの推理が正しければまだ奴もあの絵を、完全に盗み出したわけじゃないはずなんだ…!」

 

 

――

 

 

さくらさんを回収し、俺達は本館へと戻ってきて各々が各々の取りたい行動をとるために別れた。俺は剣持警部と一、七瀬さんと窓が割られた部屋へと向かっていた。

 

「にしても、こんだけ警官が警備に動員されているって言うのになんで肝心要の絵が飾ってある部屋には誰一人警備がついていなかったんだろうな」

「それは、だな。大河内警部が「館内に侵入などさせん!館内の警備など無駄だ!」っていってな……」

「ああ……確かにしっかりとした指揮官がいたのならそれでいいんだろうけども」

 

あの大河内警部じゃなあ……

 

「しかしミスったな。一の言う五時過ぎが犯行時刻なら丁度俺と剣持警部が館を離れていた頃で、しかも帰ってきているぎりぎりの時間だ。もし窓が割られた時に館に居ればすぐに気づけたんだけどな…」

「仕方ないさ、緋勇君。私だって現場を離れていたし、他にも大勢警官がいたんだ。その誰一人も気付かなかったのだしね」

「ん?どっか行ってたのか?龍斗」

「ああ。夜に皆と別れた後に寝れなくてな。別れ際のさくらさんの調子が悪そうに見えたから朝一番にラベンダーのバーブティーでもご馳走しようかなって思い立ってあのラベンダー畑に花を摘みに行ってたんだよ。その時に怪しまれるのも嫌だから剣持警部に付き添ってもらったんだ」

「ああ!おれも自分の腕時計で別れ際に確認したが五時過ぎだったな。彼の言う通り、おれ達が帰ってくる直前に犯行は行われたんだろう…それで?本当に怪盗紳士はまだ()()()絵を盗み出してないってのは?」

「ああ!たぶんね!」

「でも怪盗紳士は警察の厳戒態勢を破っていつの間にか中に侵入していたのよ?だったら逆にもうどこかへ逃げてるんじゃ…」

「いや!怪盗紳士は外から侵入したんじゃないよ!怪盗紳士の侵入経路だって言うあの窓がその証拠さ!!」

 

窓の中央が割られている事。それは怪盗紳士が中から身を乗り出し、外から窓を割った()()()()()()ためにしたことだったという。躰を中から出している分、鍵に最も近い部分はもう一枚の窓に重なってしまっているため割れなかった。

そして外から侵入したように見せたのは怪盗紳士は屋敷内に留まっているため、そしてその怪盗紳士は最初から屋敷内にいたのだと言うのが一の推理だ。

 

「そう言う事だったのね!」

「うーん、なんて奴だ!ガラスの割れ方ひとつでそこまでわかっちまうとは…!!」

「寿司代2万3500円分の甲斐があったぜ」

「寿司代?」

「ああ。オッサンに協力する報酬として寿司をごちそうになったんだよ…って、半分以上はオッサンがたいらげたんじゃねえか」

「でも、はじめちゃん。それなら怪盗紳士はこの屋敷のどこに?この建物のどこかに潜んでいるって言うの?」

 

俺は七瀬さんの言葉に、感覚を広げてこの屋敷を精査してみた…うん。この館には警官の人と住人、それに招待客()()いないな。

 

「そんなバカな!この屋敷はしらみつぶしに調べたが猫の子一匹だって出なかったぞ!」

「隠れているとは限らないぜ!奴はすでに堂々と姿を現しているかもしれない!」

「!!」

「まさか!!」

「ああ、パーティの出席者の中に怪盗紳士が紛れ込んでいる可能性もあるって事さ!」

「それに、警官も怪しいんじゃないかな?」

「!!緋勇君、まさか奴が警察になんて」

「俺の馴染み…って言っていいのか、知っている怪盗キッドってやつは良く機動隊とかに変装しますから。油断できないですよ。言ってはなんですが、大河内警部の警備体制はざる過ぎる。紛れ込みやすいと思います」

「…かあ。なんてこった」

「確かに龍斗の言う通りだ。だが、警官は除外してもいいと思う」

「なぜ?」

「警官ならわざわざ体を屋敷に残して窓を割る必要なんてないってこった。奴が屋敷から窓を割ったのは窓の外の地面に足跡をつけたくなかったから。もしくは靴に土をつけたくなかったから。警官ならついていても捜査のためとか、警備の途中で寄ったなんていくらでも誤魔化しがきくんだ」

「なるほど」

 

ぱっとそこまで考察できるのは、やっぱり一もすごいな。

 

「それじゃあ、盗まれた絵は今もどこかこの屋敷にあるってことか?」

「ああ。流石にあんなでけえ物を外に運んでいたら誰かが気づくと思うしな。恐らくは屋敷の中。奴の手口からして土とか水に沈める様な絵を痛める方法は選ばないはずだ。きっと人を食ったような大胆な場所に隠しているはずだ!」

 

怪盗って、確かに奇天烈な手を使ってくるわな確かに。

 

「まずはこの屋敷内にいる全員をチェックしてくれ、オッサン!」

「ああ、任せろ!」

「それじゃあ、手分けして怪しそうなところを探すぞ!」

 

一の音頭に、皆行動を開始した。俺は剣持警部にあることを頼むために彼を追った。

 

「剣持警部!」

「ん?なんだい、緋勇君」

「実はひとつ、特に調べてほしいことがあるんですが」

「??なんだい、それは?」

「それは―――ってことです」

「?まあそれくらいならすぐに調べられると思うが」

「よろしくお願いします」

 

俺はなぜそんなことを調べてほしいのかと疑問顔になっている剣持警部と別れて、もう一度窓の割られた部屋まで戻ってきて俺達の話を盗み聞きしていた人へと話しかけた。

 

「別に、隠れてないで一緒に話をすればよかったんじゃないですか?()()()()

「!!え!?…気づいてたの?」

 

ばれるとは思わなかったのか、かなり慌てた様子の醍醐さん。

 

「記者として客観的な立場に立たないといけないのは分かりますが、今は当事者なんですしね。後、俺は()()()()()武道も修めているので気配には敏感なんですよ」

「…あら。それじゃあ、名探偵君より先に怪盗紳士も見つけられるのかしら?()()()()気配ってので」

「うーん。できなくは、ない。と思います。ただ俺の場合は理詰めではなく直観的な感覚で見つけ出すので犯罪の立証は現行犯じゃないと無理なんですよね」

「へえ。すごい自信ね。犯罪者を抑え込めるの?」

「ええ」

 

そのきっぱりとした言い様にきょとんとした様子の醍醐さん。

 

「ただ、俺は料理人を自負としています。直接的に関わってこないのならば探偵や警察にお任せする。それが俺のスタンスです。この場には名探偵の孫で抜群の推理力を持つ一がいるので俺は手出ししません。()()()()()()()()

「っ!…あ、安心って?」

「記事の心配ですよ。しっかりと起承転結があった方が読者に受けはいいでしょう?」

「え?ええ、そうね!それじゃあ私もネタ探しに行くわ!!」

 

そう言って早足で去っていく醍醐さん…ふう。心音も聞いていたけど、これはほぼ確定かな?あとは剣持警部に頼んだことがわかれば……それにしてもあの絵の匂いを覚えておくべきだったな……

 

 

――

 

 

俺はその後、屋敷を散策した後さくらさんの様子が落ち着いたという事で事情を聴く場に同席していた。

 

「部屋で寝ていたら物音がして、なんだろうって目が覚めると真っ暗の中におっきな男の人が立っていて「声を出すな!」って…そのあとすぐに何かかがされて意識が…」

「でも本当にようございました!お嬢様が無事で……」

「フン!なにが「ようございました!」だ。絵は盗まれるわ、家の中は荒らされるは、こんなに警察がいるのに怪盗紳士にやられ放題じゃないか!」

「はっはっは、天文学者崩れのこそどろがよく言うぜ!」

「な、なにをぅ!」

「やめなさい、春彦!私は娘が帰ってきてくれただけで十分だ!絵なんてまた描けばいい!」

「……フン!本当にお前に絵が書けるのならな!」

「なんだと!?」

「あんなに素晴らしい絵が本当にお前にかけるのか?剛三!他人のモチーフを盗むような奴に…!!」

「「「モチーフを盗む?」」」

 

招待客の高校生組の声が被った。

 

「それは吉良さんの思い込みでしょう?」

「海津さん…」

「違う画家がたまたま似たようなモチーフを扱う事なんてよくあることですわ!」

「…ッケ!」

 

海津さんの言葉に何も言い返さず、吉良さんはまた酒を飲み始めた。

そんな中、きまずそうに話だしたのはハイカーの岸さんだ。

 

「あのう、刑事さん。ボクはこの後どうしたらいいんでしょうか?」

「あー。まだ色々と全員に聞きたいことがあるのでしばらくここにいてくれませんか?」

「えー、参ったなあ。明日バイトあるのに~」

「いや、そんなに待たせんよ」

「え?」

「大河内警部?」

「さっきの彼女の証言で犯人ははっきりした!…緋勇龍斗!お前が怪盗紳士だ!!」

「な!?」

「え!?」

 

おいおい……いや、確かにこん中で大男っていったら俺か剣持警部が当てはまるけどさ。

 

「……それってさくらさんのおっきな男っていうのが根拠ですか?」

「そうだ!昨日から妙に警察に非協力的な態度だったし、お前が怪盗紳士だ!」

 

いや、非協力的じゃなくて貴方…あんたの采配に呆れていただけなんだがな。

 

「……本気で言っていますか?」

「ああ!おい、さっさと手錠をかけろ!取調室でキリきり吐いてもらうからな!」

「おい、あんた!いくらなんでも乱暴すぎるぞ!」

「うるさいな、外野から来た刑事は黙っていてもらおうか!」

 

がちゃん、と。俺の手に手錠がかけられた。

……はぁ。このままだと連行されるか。平蔵さん、目暮警部、もしもの時のために英理さんにでも電話するか?あれ?ていうか、逮捕って現行犯だよな?これって現行犯になるのか?英理さんに電話して聞いてみるか。

 

「大河内警部!いくらなんでもやりすぎだ!そもそも龍斗にはアリバイがある!」

「アリバイだと?」

 

一は俺が犯行時刻と思われる時間に剣持警部と一緒にラベンダー荘から戻ってきている事、そしてその様子を複数の警官が見ていたことを証言したこと、さらには巡回していた警官が五時半過ぎに俺の部屋の明かりが消えたことを証言。警備の穴を縫って小屋の往復を行うのは物理的に不可能であることが分かった。

 

「うぐぐぐ…」

「……はあ。()()いらないですよね?」

――バキっ!

「「「え?」」」

「へえ。手錠なんて初めてかけられましたけど、案外脆いんですね」

 

俺は手にかかっていた手錠の()()()()()を大河内警部に渡し、

 

「岸さんの時もそうですが次からはもっとしっかり調べてから行動に移した方がいいですよ?()()()()()()()()

 

さーて。平蔵さんに次郎吉さん。英理さんに相談しよっと♪

 

「龍斗…すげえいい笑顔してるな……」

 

 

――

 

 

俺と岸さん、一に七瀬さんは談話室に移動していた。

 

「にしても、龍斗も岸さんも災難だったな」

「ほんとうだよう。ボクは腕を掴まれただけだけど、君は手錠までかけられたんだもんね」

「まあ、その手錠をぶっ壊したのには唖然としたけどな…」

「最悪、弁護士に警視監に懇意にしている財界の大物に相談しようかなと思ったけどね。ちょっとあの無能っぷりには辟易するよ…青森県警にはまともな人材はいないのかな?」

「いや、オレの知り合いに俵田って警部がいるんだがその人はかなりまともだぞ。筋が通っていたら高校生の話だってしっかり聞いてくれるし、頭ごなしに犯人と決め付けたりなんかしないしな」

「…なんでその人じゃないのさ……ああ。いや、わかった」

「わかったってどういうことだい?」

「昨日の夜に大河内警部が「たく、東京者が偉そうに仕切りよって!怪盗紳士は青森県警が絶対とっつかまえてやる!」って呟いてたんだけど、そこら辺の心情を察するに怪盗紳士なんて大物を捕まえたって言う実績が欲しくてその俵田って警部が担当する前に自分から立候補したんじゃない?……ってどうしたの?3人とも?小宮山さんも紅茶を持ったまま固まっちゃって」

「……いやあ。君の声があの警部さんそっくりでさ」

「びっくりしちゃった」

「私も危うく紅茶をこぼすところでした」

「あー、声帯模写の事?知り合いに自在に声を変えられる人がいたからやってみたら出来た」

「出来たって…ンなあほな」

「『ンなあほななんて失礼な』」

「わ!はじめちゃんの声!そっくり!」

「まあ、あんまり人前じゃしないようにしてるんだよね。特に今回はあの警部がいるし。みんな黙っててくれない?」

「そうだねえ。そんなことができるって知ったらまたあの警部さんが騒ぎ出すだろうしね」

「龍斗が怪盗紳士だったらゾッとするな。自在に変えられる声、手錠を紙屑みたいに出来る力。人間離れした五感…本当に違うよな?」

「あのねえ…」

 

まあ一の表情から本気で言ってないことが分かる。

 

「仲がいいねえ。君たちは一緒にここに来たのかい?ボクは紛れ込んでしまってここでは何もすることがないし、肩身が狭い思いだよ」

「そんなことおっしゃらずにごゆっくりしてください、岸様」

「ありがとうございます、小宮山さん」

「オレ達は知り合いだけど今回はたまたまかちあったんですよ」

「へええ。皆芸術に興味があるの?もう少し絵に詳しかったらここは宝の山なんだろうけどね」

「あはは。オレも芸術なんてからっきしで。これが数億!なんて言われても…お♡」

 

一が目を付けたのは滝をバックに横たわる裸婦の絵だった。んー?この女の人…

 

「こーゆーのはちっとわかるかも!」

「もうはじめちゃんたら!」

「…一。顔をよく見てみなよ」

「ん?顔?…あれ?これって海津さん?」

「ええ、その通りでございます。この辺りに飾られているのはみな海津様をモデルにかかれております」

「プロのモデルは使わないんですか?」

「ええ。ご主人様が大の外出嫌いのため、モデルを使うとなると長期間この屋敷に拘束することになりますので。身近なものをモチーフにしたり、庭に作ったりして絵をお書きになっているのです。ここ五年の作品はすべてこの屋敷内で作られたものなんですよ」

「へえ…だから絵の中の風景がどこかで見たことあるって思ったのね!」

「…案外、あの海津って医師とできてんじゃねえの?」

「はははは…そんなまさか……」

「あー!小宮山さんのその反応!図星ですね!」

「いやあ、参ったな」

 

俺達はそんなんこんなで和やかに会話を続け、何事もなかったので自室に戻った。

 

 

――

 

 

「大変だー!皆起きろ!」

 

剣持警部の大声に、俺達はたたき起こされた。

 

「一!七瀬さんも」

「おう、龍斗か!」

「剣持警部の声、俺達が集まって話していた談話室からだよ」

「そっか!行ってみよう!」

 

談話室に入るとなぜか水にぬれた床、そして…

 

「オッサン!なんなんだよ、こんな夜中に…」

「あれを見ろ!金田一!!」

「……な!」

 

そこにあったのは空っぽになった額縁。確かあったのは…!

 

「海津さんの裸婦の絵が無くなってる!」

 




捏造設定
・さくらは薬品を嗅ぎ、意識を失った。
・俵田警部が出なかった理由。


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番外編4(完結編) 金田一少年の事件簿:怪盗紳士の殺人

これにて、「怪盗紳士の殺人」は終わりです。
次回からはコナンに戻り、暫くは他作品の話はない予定です。そしてまさかの初の二万字を超え……

活動報告に「つぶやき4」を投稿しました。今後の予定や龍斗のイメージ画像の分かるHPのリンクを載せています。よかったらどうぞ。



4/7に「第??話 -彼のいないところで-」の一番最後に、入れ忘れていた一文を加筆しました。


「一!確かこの絵って…」

「ああ!庭の滝も描かれていたはずだ!行ってみよう!!」

 

俺達四人は庭に作られた滝に急いだ。そこにはあの絵のように全裸で滝壺に浮かぶ、心臓の鼓動を止めた海津さんの遺体があった。

 

「海津さん……」

「なんてこった…!盗まれた絵そっくりに殺されていやがる!」

 

……死臭と水に浸かっていることを加味して死後30分って所か。

 

「金田一君!……そんな…海津さん、どうして……」

「さくら…」

 

さくらさんが来て、屋敷の人が続々と現場に現れた。さくらさんは海津さんが亡くなっていることにショックを受けたようで、七瀬さんに慰められている。

海津さんの遺体は大河内警部たち青森県警の手で引き揚げられた。

 

「……怪盗紳士め!とうとう殺しまでやりおったか!」

「どうなってんのよ、これ…!!」

「「「………」」」

 

皆言葉もなく、沈黙が場を支配していたが……だが何故だ?さくらさんは髪を切られるだけですんで海津さんは殺された。樹を燃やしたりしているのだから、滝を爆破でもすれば「モチーフ」を盗むという事になるんじゃないか…?

一は剣持警部に渡された、怪盗紳士が海津さんの傍に浮かべたカードを読んでいた。そのカードには「滝の水は落ち続けようともそのしぶきに身を任す裸婦はもういない 絵とともにモチーフも確かに頂いた 怪盗紳士」と書かれていた。

 

「金田一?どうした、そのカードを見つめて」

「なあ、オッサン。どうして怪盗紳士は海津さんを殺したのだろう?」

「何?」

「さくらの時は髪を切るだけで命まではとらなかった怪盗紳士だぜ?他にもどうとでもできたはずだ」

「そ、それはもみ合ううちについ。とか?」

「海津さんをターゲットにするんじゃなくて滝を爆破するとかでも良かったんじゃないですか?剣持警部」

「龍斗の言う通り。絵のモチーフは海津さんだけでなくて滝も一緒だった。人を殺すなんかよりよっぽどリスクは少ないはずだ。それにまだほかにも不審な点はある。海津さんの絵が無くなったことに気付いた時、床が濡れていた」

「??床が濡れていたことがなんだってんだ?」

「わかんねえのか?オッサン。床が濡れてたってことは怪盗紳士は滝に海津さんを沈めた()に絵を盗んだって事さ。濡れた体のまま絵を盗んだからああなったって事だろ?」

「多分そうだろうな。だがそれがどうしたってんだ」

「ああ、そういうことか」

「何がそういう事なんだい?緋勇君」

「警官がいる中、どっちの目的を優先するかって事ですよ。怪盗紳士は絵画泥棒。優先すべきは絵の方のはずだ。例えばモチーフも盗むって言うのはあくまでおまけ。それに後日でもいいはずだ。それなのに……」

「今回は順序が逆だった。それが意味する事は海津さんを殺すことが目的で絵を盗んだと考えられないか?」

「なんだって!?そりゃどういうことだ!?」

「それはまだわからない。だが現時点で考えられる可能性は2つ。怪盗紳士が海津さんを殺す理由があった。もう一つはさくらも殺すつもりだったがポリシーに反してさくらは()()()()理由があったかだ」

「ポリシーに反しても殺したくない理由、か」

「とにかく、一度屋敷に戻るか?ここにいても進展は無さそうだし」

「そうだな」

 

青森県警の現場検証が行われているのを尻目に俺達は一度屋敷に戻ることにした。っと。

 

「あ、小宮山さん」

「どうしましたか、緋勇様」

「これ、さくらさんが狙われてるって言われた時の表情が気になって夜中に俺が作ったラベンダー荘のラベンダーを使ったハーブティーです。入れ方は――で、――してください。海津さんが亡くなってさくらさんもショックを受けていると思うので入れてあげてください」

「これは…わざわざありがとうございます。お嬢様もきっとお喜びになるでしょう」

「そうだといいのですが。小宮山さんも飲んで感想下さいね」

「是非」

 

 

――

 

 

「おーい、金田一!七瀬君に緋勇君も一緒か。色々分かったぞ!」

「お疲れ様です、剣持警部」

 

俺と一、七瀬さんが待機していた部屋に現場検証に残っていた剣持警部が戻ってきた。

 

「海津里美の死因は頸部圧迫による窒息死。つまり、首を絞められて殺されたって事らしい。詳しい事は検死待ちだが殺されてから滝に放り投げられた可能性が高いな。そうそう、それから金田一に頼まれていたこの屋敷に集まった連中の事を調べてみたんだが色々と面白いことが分かったぞ」

「面白い事?」

 

剣持警部曰く、蒲生剛三氏の甥の和久田春彦は東京都内の大学で天文学の研究をしているが女癖が悪く、手を付けた女子大生から手切れ金を要求されて困っているそうだ。だからあんなにさくらさんを敵視してたのか。自分だって伯父の財産目当ての癖に。

画家の吉良善次郎さんは昔は売れていたが最近は酒浸りで絵も久しく描いておらず、借金がかさんでいるらしい。

画商の羽沢星次は銀座に店を構える「仙画堂」の二代目だが実は養子で、養父母は病死しているのだが彼が関与しているのではないかという噂があるらしい。絵画の買い付けもかなり強引な手を使うそうだ。なるほど、昨日小宮山さんが言っていたことは事実ってわけね。

新聞記者の醍醐真紀さん。彼女の経歴には特に不審な点は見られなかったそうだが、高校生の時に両親と死別して以来一人で暮らしてきたそうなので生活は楽ではないだろうとの事。

そして最後に岸さん。彼は芸術には疎いなんて言っていたが、美大出身のフリーデザイナーらしい。ただここ数年の足取りは不明らしく五年前にふらっと行方不明になって最近ひょっこり帰ってきたらしい。彼の両親も事故で亡くなっており、他の家族とはなされて親戚の家に厄介になっていたそうだ。

 

「これだけ全員の事情がはっきりしているのならこの中に怪盗紳士がいるっていうのはちょっと考えにくいんじゃないかしら?」

「いや、そんなことないぜ。今のおっさんのくれた情報からオレはますます確信を持ったよ。怪盗紳士がこの屋敷にいる誰かだってことがな」

「なんだと!?本当か金田一」

「ああ。それと、オッサン?その分厚い資料は?」

「ああ、これは緋勇君の分なんだが……」

「あー、俺がいると言いづらいですか?」

「いや、君がいいならいいんだが」

 

剣持警部が語ったのは俺が今までどういう生き方をしていたのかの略歴だった。両親が健在、現在は一人暮らしで家には他に三人同居している。後は俺は仕事に回った国に、とった賞に、交友関係に近所の評判…って。

 

「なんだか俺のだけ随分と詳しいですね?」

「いや、な。警視庁に頼んだら夜勤で出てきた目暮の耳に入ったらしくてな。君の潔白を証明するために動いてくれたらしい。そうそう、どうやら君の家にも電話したらしく伝言を頼まれたぞ」

「伝言?」

「ええっと…「どこへ行ってもそないな目に遭う星の元に生まれたんはあのお人やと思てましたけど龍斗も負けず劣らずやんな?心配してへんけどあんまり無茶な目に()()()()らあかんよ?それから、はよう帰ってきてください」だそうだ」

 

無茶な目にあわせるなってことは犯人にって事かな?確かにこれ以上続くなら予定の滞在期間を超えちゃうし動き出した方がいいのかな。

 

「早く帰ってきて、か……」

「なんだか、よく分からない伝言ね。普通知り合いが犯罪に巻き込まれたかもしれないってなったら心配になりそうだけど」

「紅葉には信頼されているってことですよ。俺は殺されても死なないってね。むしろ犯人に過剰防衛しないように釘を刺されちゃいました」

「か、過剰防衛って…なんでそうなるんだよ?」

「んん?ああ、資料にあったな。確か大阪で巻き込まれた事件で連続殺人犯が包丁でその現場にいた君の幼馴染みに襲い掛かり、それを……うわ!?なんじゃこりゃ!!?」

「どーした?オッサン…って、両手の手首、肘、肩の関節部分の骨が粉砕に肋骨も粉々じゃねえか!?しかもその時の警官の証言じゃ「風が吹いたと思ったら沼淵が吹き飛ばされていた」って……」

「あの時は物凄く怒られたよ。相手が包丁を持っていて君が素手だからと言って過剰防衛になりかねないって。まあ、俺に手を出すならこんなことにはならないよ。あの時は幼馴染みが刺されそうになって、そしてその切っ先はその娘をかばおうとした小学生の男の子の心臓に向かっていたから。でも……」

「でも?」

「彼が生きているという事は最低限のブレーキは踏んでいたってことだよ。俺は素手で容易く人を殺められる。()()()()()()俺は人を殺したりしない。俺が命を奪うのは生きていくためだ。その命を頂いて自らの糧とする。これは俺の料理人としての矜持だ。だから今回の殺人は俺じゃないですよ?」

「「「………」」」

 

おや?なんだか変な空気になっちゃったな。でもこれは主張しておかないと付き合いの長い人がこの場にいるならともかく、ここにはまだ短い間しか交流した人しかいない。こういう主張は、俺の考え方ははっきり口にしておけば彼らの推理もしやすくなるだろう。

 

「さて、と。変なこと言っちゃったけど。剣持警部。俺だけそんなに詳しいのはもしや…?」

「あ、ああ。うぉっほん!……その、君の家に目暮が事情を伝えたらしばらくして伊織という男性が警視庁に来てな。その人の持ってきた資料が今手元にあるってわけだ。それに……」

「それに?」

「鈴木財閥のお偉いさんがな、まあ警視庁に怒鳴り込んできたらしくてな。顔見知りの目暮が応対に出て大人しくなってくれたそうだが、その時に「彼に後ろ暗いことが何一つない事は三歳の頃から見てきたワシがよーく知っておる!その証拠はこれじゃ!」と言って渡された資料もここに…」

 

……ああ。だからここにある俺の資料だけ分厚い事になってるのか。保育園の入園式でのおめでとう会で面識を持ってから、何かとつながりがあった目暮警部だったからこそ落ち着いたんだろうが目暮警部が居なかったらどうなったことやら。

それと、伊織さんが持っていたのは多分紅葉に俺はふさわしいかを調べた時の物だろうな。ってか以前に調べますって面と向かって言われたし。次郎吉さんに連絡が行ったのは紅葉が連絡を入れたのかな?確かにあそこ(鈴木財閥)には俺がどこの国に行ったことがあるか管理してあるだろうし……ん?

 

「あ」

「ど、どうした龍斗?」

「やばい……」

「やばいってどうしたの?緋勇君」

 

剣持警部が警視庁に身辺調査を頼んだ後にとった大河内警部の行動はヤバい!

 

「次郎吉さんと紅葉に俺が事件に巻き込まれたことがリアルタイムに知られたのは……まあぎりセーフだとして。その後に起きたことがまずいです…」

「その後に起きたこと?」

「大河内警部が俺の手に手錠をかけたことです……」

「…確かに彼の先走りがひどかったが……あ、緋勇君!あの時は手錠が壊れるなんて異常事態で流してしまったが君のしたことは器物損壊罪にあたるぞ!」

「……ええ。今冷静に考えてみたら確かにそうですね。ちょっと大河内警部の数々の行動でいらっとしていたのも事実なので軽率でした。なのでちょっと告げ口になりそうな行為も今は自重しておこうと思い直しましたし。もし器物損壊罪に問われたのなら、弁護士を立ててしっかり応対します…が」

「が?」

「そこより問題なのは誤認逮捕になりかけた点です…俺のお世話になっている人は罪には罰を。俺に非があれば法律に則って清算することをすすめます。が、今回の大河内警部の行動はあまりに軽率が過ぎます。特に俺は、逃走する姿勢もなかったのに手錠をかけられた。警視庁に乗り込んでいった次郎吉さんがこの事を知れば大河内警部は……」

「ああ……まずい、な」

「まずいですね…」

「な、なあオッサン?龍斗?その次郎吉って人の事は良く知らねえがそんなにやべえやつなのか?」

 

次郎吉さんの事を知らない一が俺と剣持警部に聞く。

 

「ああ、まあなんというか。悪い人じゃないんだ。破天荒ではあるけど」

「そうだな。鈴木財閥って言えば世界的にも有名な大財閥だ。鈴木次郎吉っていやあ元会長の現相談役で現役の時に築いた人脈は世界規模で警察関係者の上の方にも相当顔が利く。まあ本人はさっきの緋勇君が言った通り、ああいった大企業のトップにいた割には曲がったことが大嫌いで、犯罪に触れる裏取引を持ちかけた会社の社長の首根っこを掴んでそのまま警察署まで行ったって逸話もある」

「それでいて業績を右肩上がりにし続けたんだから。清濁併せ持つって言う人もいるけど、彼は「清」だけで走った人なんだ」

「ほへえ。なんか想像つかねえな」

「もう、はじめちゃんも少しは社会の事に関心を持って!日本に住んでたら鈴木財閥に関わらないで生きる事は出来ないってくらいすごいのよ?えんぴつから美術館に至るまで色んな事業を手掛けているんだから!」

「それと、紅葉……彼女は大岡家のご令嬢です。こと日本での影響力で言えば何百年も続いている彼女の家の方が鈴木財閥より上です」

「なあ、その紅葉ってのは誰なんだ?」

「彼女はまあ…俺の恋人兼婚約者、かな?」

「「「こ、婚約者ぁ――――!?」」」

「まあまだ色々クリアしないといけない課題はあるんだけどね。ともかく、彼女らにあんなこと(誤認逮捕)があったことが知られると現状捜査が続いているのに大河内警部が外される可能性が高い」

「へ?いやいや、まさかそんな…」

「それくらいはできちゃうんだよ。どういう力が働くのはさっぱりなんだけどね……ともかく、最初から陣頭指揮を執ってきた大河内警部(無能)と後から来た人と比べれば…まだぎり大河内警部の方に軍配が上がるさ。だから俺は紅葉と次郎吉さんに電話して行動を遅らせてもらうように頼んでみるよ。あ、そういえば一」

「ん?」

「怪盗紳士が誰かの中に俺は入っているのかい?」

「っは!あの晩餐会の料理を怪盗紳士が真似できるってなら候補に入るかもしれねえけどな。まあ身辺調査からも、お前がここに来たイレギュラーさも考えたらねえな!」

「そっか。それなら安心だ。友人に疑われるのが心苦しいからね。それと剣持警部」

「ん?」

「俺の調べてほしいと言ったこと。どうでしたか?」

「ああ。()()()か。いや、該当する人物は一人もいなかったよ」

「そうですか…」

 

もしかしたら、やむを得ず使っているのかとも思ったけど剣持警部の調査で出てこなかったのなら()()で確定か。

 

「それじゃあ俺は電話してきますね」

「ああ」

 

俺は電話をかけるために部屋を出た。

 

 

――

 

 

ふー。とりあえず、事件解決までは行動とらない様にしてくれるように交渉した。やっぱりというかなんというか、俺に手錠がかけられたこともどこからか聞きつけていてそこから行動を取ろうとしていたみたいだ。いやあ、焦った。

そういえば、ハーブティーは呑んでくれたかな?お水も貰いたいし、小宮山さんはまだ起きているかな?

俺はあてがわられた自分の部屋を出て、小宮山さんを探しに出た。と、言っても解放されている部屋を回って見当たらなければ部屋に戻って寝るつもりだけどね。いらぬ疑いをかけられたくはない…ってあれ?

 

「一に小宮山さんさくらさん、それに吉良さん?」

「龍斗…?」「緋勇君?」「緋勇様?」

 

絵画が多く飾られている一室を通りかかった時、部屋の扉があいていたので中をちらりと見ると四人がいる事に気づいた。しかし、吉良さんの様子がおかしいな?

 

「…話の腰が折れちまったな。とにかくあの蒲生剛三は人のモチーフを盗んで華々しくデビューしたはいいが、元々大した才能もない。だから、すぐに行き詰った。だがな、五年前から作風をガラッと変えて出す作品出す作品高い評価を得て今じゃあ大先生だ!」

 

そこで一度きり、憎しみを込めた表情になった吉良さん。

 

「だがな!俺は信じねえ!!あの性根の腐ったクズ野郎にあんな素晴らしい絵が描けるなんてな!絶対あの絵は他の「誰か」の…!!」

 

そこで言葉を切った吉良さん。一度息をつき落ち着いたのか扉…俺の方へと歩いてきた。

 

「やめだやめ。どうやら変な酔い方をしていたらしいな。すっかり酔いがさちまった……あんた」

「俺ですか?」

「あんたの料理は()()()()()。美味かったぜ…」

 

そう俺に言った彼は自分の部屋に戻って行った。

 

「どういうこと?一」

「あー。まあつまりお前は実力も運もあったって事だろうよ」

 

どうやら俺が来るまでに吉良さんは絵画の業界の話を一たちにしていたらしい。どうにもコネがあるかないかで売れるかどうかは決まっており、才能はそこそこあればまかり通るものらしい。あとは人付き合いのうまさ。

それと、吉良さんは蒲生氏にモチーフを盗まれ、その作品で蒲生氏は日の目を見たそうだ。そのことを恨んでいたようだと一は語った。あとはさくらさんの養父(蒲生氏が実の父なら育ての父のこと)についていくつか教えてもらっていたそうだ…お?ティーセット?

 

「そう言う龍斗は何しに動いてんだ?」

「あ?俺は小宮山さんに水を貰おうかなって。それとハーブティーの感想をね」

「ハーブティ?」

「ああ。先ほどお嬢様と一緒に頂きました。大変おいしゅうございましたよ」

「ありがとうね、緋勇君。とても気分が落ち着いたわ。晩餐会のお料理といい、本当に多彩なのね」

「お褒めに頂き恐悦至極、なんてね」

「ふふふっ」

「それでは緋勇様」

「ああ、小宮山さん。それじゃあ二人ともおやすみなさい」

「おう」

「おやすみなさい、緋勇君」

 

俺は小宮山さんに厨房を開けてもらい、水を貰って部屋に戻って寝た。

 

 

――

 

 

「緋勇さん、緋勇龍斗さん!いらっしゃいますか!!」

 

朝、俺は扉のノックの音で叩き起こされた。時間は5時10分…昨日に続きまたあんまり寝れてないな。

 

「はいはい、どうしました?」

 

扉を開けると制服警官の男性が立っていた。

 

「いえ。館内の人間を確認するようにお達しがあったので」

「…何かあった、ってことですか。すみません、すぐ着替えますので中にどうぞ」

 

俺はやけに時計を見ている警官を部屋に招き入れて手早く着替えた。それと同時に感覚を広げて…なんてこった。一たちの言葉を聞くに蒲生画伯が亡くなったようだ。

 

「お待たせしました…それでどうすればいいんでしょうか」

「そうですね、確認を取れとしか言われていないので部屋で待機して貰えれば」

「分かりました。それではその椅子をどうぞ」

「いえ、本官は外で…」

「中で結構ですよ。見られて困るものもありませんし。ああ、扉は開けておいてください。何かあったら聞こえるように」

「はあ…」

 

 

――

 

 

さて、部屋で待機してしばらく。朝食も持ってきてもらい、料理本を読んで時間を潰していると何やら騒ぎが起きたようだ。俺は警官に許可を貰い、部屋を出てそちらに歩いて行った。

 

「いいだろう、お前の言う通りにしよう」

 

ん?羽沢さんと一と七瀬さん?

 

「何があったんだ?」

「あれ?龍斗。どうしたんだ?」

「どうしたもなにも。剛三氏が殺されてから部屋でずっとおとなしくしてたんだよ。警察に疑われてまた何かやらかすわけにもいかないからね。それでそっちは?ずいぶん騒がしかったけど」

「実はな……」

 

どうやら懲りもせず和久田さんがまたやらかしよったらしい。複製画と本物を入れ替えて盗み出そうとした。そして和久田さんに複製画を渡したのは羽沢さん。強引な手口って犯罪行為かよ。

それと剛三氏が殺害された件で、アリバイのなかった人物は0だったそうだ。全員が剛三氏が殺された時間帯には警官か3人以上と一緒にいたという…ああ、だから俺の部屋に来た警官は時計を見ていたのか。本館と剛三氏が殺されたラベンダー荘との間には深い谷、崖があるので道を歩くより早く行き来する事は出来ない。つまりは不可能犯罪という行き詰まりに陥っていると一は言っていた…あんな崖、往復は1分もかからずできるけど、余計なことは言わないでおこう……

 

「それで?羽沢さんと話していたのは?」

「ああ。まずはあんな小悪党より怪盗紳士を捕まえることが先さ。怪盗紳士をおびき寄せるために罠を仕掛けるんだ」

「罠?」

「ああ。まあ、龍斗には言っておこうかな…」

 

その罠とは、夕食中に羽沢さんがさくらさんに蒲生邸にある複製画―売ってしまった絵の複製画を蒲生氏は屋敷に飾っているらしい―を譲ってほしいと持ちかける。その複製画とは怪盗紳士が「我が愛する娘の肖像」を隠した複製画で、その様な行動を取れば怪盗紳士は回収に動くはずだと。そこを抑えるつもりらしい。

 

「なるほどね。ということはまだ正体は分かってないんだね」

「まあ、な。怪盗紳士の思惑は読めてはいるんだが特定はまだできてねえ。だから罠にかけるんだ。それと万が一の仕込みも今からしてくるよ」

「…そっか。じゃあ俺はその仕込が怪盗紳士にばれないように奴の気を引いておくよ」

「!?怪盗紳士が誰か分かってるのか?!」

「まあね。でも俺のは証拠もないから、なんとでも言い逃れできてしまうから一の案が一番いいと思うよ」

「あ、ああ。後で、どういう根拠なのか教えてもらうからな!」

「ああ、いいよ。それじゃあ俺は時間稼ぎしてくるからそっちもしくじらないようにな」

「任せろ」

 

さて、と。じゃあ俺は一がスムーズに動けるように時間を稼ぎますかね。彼女の居場所は、と…あそこか。おれはその場所へと歩いて行った。

 

 

――

 

 

「おい、金田一。本当に怪盗紳士はココに現れるのか」

「ああ。奴は必ず来る!」

「しかしだな…」

「しっ!」

 

夕食後、俺と金田一、七瀬さんと剣持警部は「我が愛する娘の肖像」が飾ってあった部屋の物陰に隠れていた。一の作戦通りならそろそろ怪盗紳士がやってくる…来たか。

 

「来た!」

「!!」

 

部屋の扉が開き、人が入ってきた。剣持警部には暗がりでその姿までは見えていないようだが、()()は羽沢さんが欲しがった複製画「たそがれ」の方へむかっていった。

怪盗紳士がその複製画を()()と、中から「我が愛する娘の肖像」が出てきた。なるほどね。たそがれは横向き、我が愛する娘の肖像は縦向きだ。気づきにくい、盲点を突いたいい隠し場所だ。

 

「すばらしい、まさに天に与えたもうた芸術のきらめきだ!早く明るい私のギャラリーでゆっくりと眺めたいものだ!」

「!?」

 

一が驚いている?ああ、そっか。怪盗「紳士」だもんな…って、動揺して物音出してどうするんだ……

 

「そこまでだ、名探偵のボーヤ!残念だったね、もう少しで私を逮捕出来たというのに」

 

俺達が隠れていることに気づいた怪盗紳士がこちらに振り向き、拳銃を突きつけた。一は剣持警部が懐から拳銃を出そうとしたところを手で制していた。

 

「金田一!?」

「その様子じゃあオレ達がここでお前を待ち構えていたことを勘付いてたみてえだな?…あんたが怪盗紳士か!!」

「ククク、そうとも。絵の隠し場所を見抜いたことといい、羽沢を使って私をここにおびき寄せる手腕といい、流石は名探偵の孫だな!」

「成程!上からココの客を明日開放しろというお達しが来たから、羽沢が買い取りを今日言い出したのも違和感ないし、あくどい画商である羽沢なら黄昏の複製画に「我が愛する娘の肖像」が隠されていることに気づいてもおかしくない。しかもそれをネコババすることも想像できる。だから…」

「だから、明日羽沢にかっさらわれる前に回収に来るだろうと踏んだのさ。今夜中にな」

 

…ははは。その上からの解放命令は次郎吉さんたちが圧力をかけた結果、なんだよなあ。まあ俺は早く帰れるからいいんだけど。

 

「でもはじめちゃん。お昼にも聞いたけどよく分かったわね。隠し場所」

「分かったのは複製画がこの館に沢山あることを聞いたからさ。絵をこよなく愛する怪盗紳士が水や土に絵を沈めるとは考えずらい。なら、どこに隠すか?って考えたらすぐに思いついたよ。縦向きの絵が横向きの絵に化けるなんて誰も思わねえしな。全く、人の心理を突いた実に大胆不敵な隠し場所だったよ、怪盗紳士。いや――」

 

真っ暗だった部屋に月明かりが差し込む。

 

「醍醐真紀!!」

「醍醐さんが!?」

「怪盗紳士だとぉ!?」

「もっとも、本当の「醍醐真紀」はただの新聞記者。私はその顔と名前を借りた別人だけどね」

「じゃあ本物の醍醐さんは?まさか…!?」

「失礼な娘ね。本物は今頃地球の裏側でバカンスよ。ちゃんと生きているわ」

「しかし、実在の人物に成りすまして侵入しているとはいくら裏をとっても分からんはずだ」

「オッサンの資料だと、龍斗以外は皆天涯孤独だったり養子だったりしたろ?そんな境遇な人なら警察が調査しても足がつく確率はぐっと下がるだろ?」

「あっきれた!まさかそこまで私の思惑を呼んでいたとはねえ。今回の仕事に君と緋勇君がいたのは私にとっての最大の不幸ね」

「…ん?金田一と緋勇君?」

「ええ。付き合いの長いくせに私の事をちっとも捕まえられないどっかの警部さんと違ってそこの2人は私の事に気づいていたわよ」

「なにぃ!?本当なのか?」

「ええ、まあ」

「どこで気づいたんだ!?」

「それはオレも聞きたい」

「私も今後の参考に聞いておきたいわ」

「まあ、参考になるかどうかは知らないけど。醍醐さんの顔から傷とかを隠すために使う医療用の人工皮膚と似た特殊な素材の匂いがしたんだよ」

「じ、人工皮膚の匂い?」

「正確には人工皮膚のようなものだけど。怪盗キッドも変装に使うときによくそれを使っていてね。まあそれだけだと、単純に顔を怪我してその傷跡を隠しているのかもしれないから剣持警部に裏を取って貰ったってわけ」

「ああ、「顔に大きなけがをしたことがあるか?」なんて調べてほしいと言われた時は何のことかと思ったぞ。そう言う事だったのか」

「まあ、その調査を依頼した後に醍醐さんに()()かけた時に心音が…」

「心音?」

「ま、まあ動揺していたからその時点で貴女が怪盗紳士だってのは分かってたよ」

「はー、そんな匂いがするのか。鋭敏な五感を持つ龍斗ならではだな」

「……ずっとつけているけど私にはそんな匂い感じないんだけど」

「ま、まあそこはそこで…さて、怪盗紳士!この人殺しの絵画フェチめ、観念するといい!!」

「まあ、ひっどーい!とんだ濡れ衣よ!!私殺しなんて無粋な真似、絶対しないわ!」

「何だと、そんな言い訳が通るはずが!」

「オッサンオッサン!」

「何だ金田一」

「怪盗紳士の言ったことは本当かも知れないぜ」

「何?」

「さくらが言ってた怪盗紳士の特徴をよーく思い出してみろよ」

「えーっと、確か大柄なおと、こ。そうだ、男って言っていた!」

「この人は確かに女性にしてみれば背の高い方だけど大柄な男と見間違うほどじゃねえ!体格も声も完全に女性だ!」

「…おい、お前本当に女なんだろうな?」

「しっつれいねえ!顔は変えているけど体はナチュラルに私の物よ!」

「じゃあさくらさんを襲った怪盗紳士って…」

「ああ。怪盗紳士の名をかたった「もう一人の怪盗紳士」なんだ!」

 

そうなると、また別の犯人捜しをしなくてはならなくなるな…こうなると、明日に開放されると言うのは、逆にタイムリミットになってしまって一気に不利になってしまうな……

 

「しかしだな…!」

「彼の言う通りよ…!私がココでしたことといえば、窓を割って侵入した形跡を残したこと、「我が愛する娘の肖像」を隠したこと、和久田が埋めた絵を元に戻したことくらいよ。他は何もやっていていないわ。それに「我が愛する娘の肖像」が日の目を見た、あのコンクールにだってこの絵を送ってなんかいない!」

「え!?」

「私がココに来たのは私の偽物が蒲生邸に予告状を出したことを数週間前に知ったことがきっかけよ。その偽物が何をしでかすかを見届けるためにね…まあ、この絵を盗むこともおまけであったけど。やっぱりこの絵は素晴らしいしね……でも、そのしでかしたことが殺人でしかも私のポリシーを()()に使うとはね!とんだ似非紳士様だ事!」

「しかし、いきなりそんなことを言われても信じられるわけが…」

「じゃあ、「怪盗紳士」が出したカードをよーく見比べてみてごらんなさい。あれにはちょっとしたひと手間がかかっていてね。ただプリントアウトしただけの偽物と私の出す本物には微妙な差異があるのよ。いずれ私の偽物が出た時に分かるようにね。今回の本物のカードは和久田さんの絵を返したときとこの絵を盗んだ時に出した二枚だけ。後は偽物よ」

「!!本当かそれは!」

「ええ、よく見てもらえれば分かるはずよ」

 

…ん?今醍醐さん、後ろ手に隠した何かを押したな……うーん?外の池から何か出てきた?派手な水音と慌てる警官の声が聞こえる。

 

「さてと。私の話はこれで終わり。後は貴方に任せるわ。頑張って私の無実を証明してね、名探偵さん!」

「!?逃げようとしたって無駄だぞ。この屋敷の周りには警官が!」

「あー、剣持警部?」

「フフフ!」

 

――ボフッ!

 

醍醐さんは煙幕を巻いた。ふむふむ、催涙系の成分もなし、唯の目くらましだな。俺は()()()()()()()()窓に近づき、窓を開けた。

 

「うわ!?」

「く、煙幕か。にがさん、警官隊突入!!」

 

その言葉に部屋の周りに待機していた警官が部屋に突入してきたが煙幕が晴れた頃には醍醐さんの姿はなくなっていた。

 

「くっそ、奴はどこに!?」

「剣持警部、空空」

「空?な、黒いアドバルーン!?くっそー、いつの間にあんなものを用意しやがったんだ!?」

「ひとまず今回は私の勝ちね!金田一君。この絵は私の大切なコレクションとして大事にするわ!…でも、貴方とはまたどこかで会うことになりそうね……?」

「……」

「もっともその時の私は違う名前で顔も全然別人になっているはずだけどね!」

「くそ、直ちに怪盗紳士追跡を行う!全員俺に続けー!」

 

そう言って、大河内警部は部屋から出て行った…いや、どうやって空を浮いているアドバルーンを道のない山の中から追っていくんだろうな。バルーンが黒いのも夜の闇に紛れ込みやすくするためだろうし。あ、剣持警部が崩れ落ちた。

 

「オッサン!」

「こ、ここまで追い詰めたのに絵をまんまと盗まれてしまったとは…」

「おっさん、おっさん!」

「今度こそ、もう俺はおしまいだ!」

 

おー、これが一の万が一の仕込みか…ってこれがあるってことは羽沢さんもまあかなりの悪党だねえ。

 

「剣持警部、目を開けてください」

「ん?なんだい、緋勇君…?金田一、その手にあるのは!?」

「どーよ?怪盗紳士が盗んだのは羽沢さんが持ってきた複製画で本物はこっちさ!実は昼の間に取り換えておいたのさ」

「金田一―!おまえってやつはあ!!」

「だああ!オッサン抱きつくな、暑苦しい!」

「でも、はじめちゃん。怪盗紳士の言っていたこと。あれって本当なのかしら」

「…おそらく本当だ。そう考えればすべての筋が通る」

「じゃあ、殺人犯探しは振りだしに戻ってしまったってことだね…」

「ああ、その殺人鬼はこの屋敷にいる誰かだ。必ずオレが犯人を突き止めてやる!ジッチャンの名にかけて!」

 

 

――

 

 

結局、怪盗紳士扮する醍醐さんは捕まらず絵画窃盗未遂及び蒲生氏海津氏両名の殺人容疑で指名手配された。そして、怪盗紳士逃亡という新たな事件が起きたため俺達の拘束はもう1日伸びた。

俺は今日は一たちとは行動をともにせず、絵画の飾ってあるギャラリーを巡ったり庭園を見たり、軽い仮眠を取ったり、厨房を借りて料理を作ったりしていた。夜になり、俺は今日1日会っていなかった一の部屋に遊びに行った。

 

「どう、一。謎は解けそう?」

「おお、龍斗……全然だ。アリバイもトリックも犯人もさーっぱりだ。オッサンも捜査会議で言ってくれてるらしいがあの大河内警部が怪盗紳士を殺人犯として断定してるからなあ。早く謎を解かねえと真犯人に逃げられてしまうぜ…」

「ありゃまあ……一が剛三氏の電話を受け取った時に俺が近くにいればなあ」

「ははは!いくら龍斗がすごい感覚の持ち主だからってここ(本館)からラベンダー荘の事なんかわかるわけないだろ?」

「あ、はは。まあそうだよね!…それにしても明日には一気に人がいなくなるけどさくらさんはこんな広い屋敷で心細いだろうね…」

「ああ、そうだな…よし、ちょっくら様子見に行くか!」

「え?様子見に行くって俺も?」

「ああ?何言ってんだ?当たり前だろ?」

「…いや、一だけで行ってきなよ」

「へ?」

「俺は別に鈍感でもないし、馬に蹴られたくもないしね」

「馬?ここには馬なんていねえぞ?」

「…一。もう少し勉強は真面目にしておいて損はないぞ?ともかく行って来い!」

「え、あ、ああ」

 

俺の言葉に一は首を傾げながら一は部屋を出て行った…うん?一の作業していた机の上には怪盗紳士のカードと一のメモがあった…なるほどね、本物の怪盗紳士のカードの「怪」の立心偏の縦棒がはねているのか。偽物は普通の「怪」になっている。

他にもトリック案が色々書いてあるが…空を飛んだ、って。これは七瀬さんの案か。あの時は結構明るかったし無理と断定したんだな。ん?剛三氏は目を潰されていた?ふむふむ、ラベンダーの香りで自分がラベンダー荘にいることを知ったと一は推理したのか。へえ。剛三氏が殺された時の個々の居た場所や時間、行動も詳しく書いてあるな。

部屋にいて彼らの捜査考察を見ているとさくらさんの様子を見に行った一が飛んで帰ってきてどこかに電話していた…おいおい、朝一に波照間島って。結構な無茶を言うなあ。しかも相手は了承してくれたみたいだし…って、相手はいつきさんかい。

 

「一?電話の相手はいつきさんみたいだけどいきなり波照間島ってこの事件と関係あるのかい?」

「あ、ああ。龍斗。俺の推理通りならあの絵(我が愛する娘の肖像)に描かれた不可解な謎の答えがそこにあるんだ」

「なるほど……あと、この捜査考察。分かりやすかったよ」

「ん?ああ、それは美雪がオレの言ったこととかをメモしてくれたんだよ」

「へえ」

 

それにしても波照間島か。行ったこと無いな。行ったことがあれば俺がこっそり裏のチャンネル(ワープ)を使っていけるんだがな。俺が一度行った所でしか出口を開けないからなあ、あれ。

 

「全ては明日か…」

 

 

――

 

 

次の日。つまり俺達が警察から解放されて帰路に立つ日。俺達は持ってきていた荷物をまとめ、玄関へと集まっていた。

 

「一…いつきさんは?」

「ああ、電話を貰ったよ。それに岸さんが謎を解くキーを教えてくれた」

「!じゃあ」

「二人を殺した犯人は分かった。動機もな。だが、蒲生画伯殺しのアリバイ。これだけがどうしても解けねえ…くそ!」

 

犯人は分かってもそのトリックが解けない…ものすごく歯がゆい思いをしているだろうな……

 

「金田一君…」

「さくら…」

 

おっと、二人の邪魔は出来ないな。

 

「小宮山さん。これをお願いします」

「はい、緋勇様」

 

俺は小宮山さんに俺の持ってきた鞄を渡した。小宮山さんはそのかばんを受け取り、リムジンのトランクに入れた…!!この匂いは?

トランクから香ってきた花の香りに違和感を感じた俺は感覚を広げた…これは……この()の匂いに血の匂いは…!!

 

「それでは皆様、車にお乗りください」

 

小宮山さんの言葉に招待客の皆が車に乗る。その最後にいた一の手を掴む。

 

「一!」

「な、なんだよ。龍斗」

「リムジンの中から――」

「へ?……そっか、そう言う事だったのか!!」

 

男の匂いについては一には伝えなかった。詳しく調べれば俺の嗅いだ血液は発見されることだろう。しかし、この事から導き出されるのは…ラベンダー荘に一たちが行ったとき、一人車に残った()()()

 

「一、この事が示すのは……」

「ああ…龍斗はあの捜査資料見てたんだったな。だけど、何も言わないでくれ……謎はすべて解けた………」

「一……」

 

その時の一の顔は形容しがたい苦々しさを帯びていた。

 

 

――

 

 

あの後、リムジンに乗っていた招待客の全員に真犯人が分かったことを告げもう一度蒲生邸に戻っていた。

そして関係者を集めた一は彼の推理を語った。偽物の怪盗紳士の目的は蒲生剛三と海津里美の殺害。本物の怪盗紳士が行ったことと偽物の行ったこと。偽物の行ったコンクールへ絵を送ったことすらすべてが二人の殺害のための布石だったこと。さくらさんの絵が本物に盗まれると言うイレギュラーが起きたが()()()()()()()それを切り抜けたこと。

そして、「我が愛する娘の肖像」の謎。それは背景にある南十字星。これは日本では波照間島でしか見る事が出来ず、絵のモチーフにするために庭を作ってしまう蒲生画伯なら写真から模写したとは考えられない。つまり、これは乗り物嫌いの蒲生画伯が…ここ数年は青森の山奥のこの屋敷でしか絵をかいていないはずの蒲生画伯が波照間島に行って書いたことになる。だが、そんなことよりしっくりくる説がある。それは波照間島にいる、蒲生画伯以外の人間がこの「我が愛する娘の肖像」を書いたという事。

いつきさんが波照間島で得た情報によると、1年前に岸和田病院という所に正体不明のある男が入院したそうだ。その男は廃人同然で言葉の1つもしゃべれない状態だったそうだがその年の5月に1枚の絵をかきあげた。それがあの「我が愛する娘の肖像」で病院の職員に絵を見せて確認を取ったそうだ。つまり、その男がここ5年間の蒲生画伯の代作家(ゴースト)だったというわけだ。そしてその男は無名の画家だったが、素晴らしい作品を書きあげるので岸和田病院に入院するまでこの屋敷で監禁されていたであろうこと、そして1年前に蒲生氏とトラブルになり廃人にされたというのだ。そして病院の手続きを取ったのが海津さん。つまり、二人は共犯で一人の男性を利用して金と名声を得て、邪魔になったので廃人にして放逐したというわけらしい…ひどいな。

その男が犯人かという話になったが彼は去年の5月に絵をかきあげて以降意識不明の重体で、今もなお病院のベッドの上らしい。なら誰が?という皆に対し、一が見せたのは岸さんが5年前にこの屋敷から盗んだというスケッチブック。そこにはさくらさんの12歳の頃の絵が載っていて、その絵には鎖骨のあざがなかった。つまり、さくらさんの絵は12歳以降成長して突然現れたものである事、そしてそれが肖像画に描かれていることからその男は成長したさくらさんを()()、あの絵を描いたことになる。つまり―

 

「蒲生―いや、和泉さくら!お前がこの事件の真犯人、「もう一人の怪盗紳士」だよ!!」

 

 

――

 

 

一は、その後蒲生画伯の殺害トリックを暴いた。彼はラベンダー荘で殺害されたのではなく、ラベンダーもポプリ一杯のリムジンのトランクで殺されたということを。目を潰された蒲生画伯は匂いでラベンダー荘だと判断し、電話で一たちに自分の居場所を伝えた。それを電話口で行ったことを確認した彼女が彼を殺害。ラベンダー荘に同行して気分が悪くなった風を装って車に残り、遺体を崖下へと落とした。

さらに、いつきさんの調べで彼女が波照間島にいたという足跡も分かっているそうだ。一は推理の最後には、証拠を突きつけるのではなく自ら罪を明かしてくれるように懇願するような口調になっていた。

 

 

「ま、待ってくれ。待ってください。金田一様。私には信じられません。お嬢様が人殺しなどと!」

「いいの!いいの、小宮山さん」

「お嬢様…」

「全ては金田一君の言う通り。海津里美と蒲生剛三。あの二人のおぞましい金の亡者を殺したのは私。私がこの手で葬ってやったのよ!!」

「どうして…?どうしてお嬢様がご自分のお父様を殺さなければならないんですか?」

「蒲生は私の父さんなんかじゃないわ…!」

「何…?」

「私のお父さんの名前は和泉宣彦!蒲生達に利用されて未来を奪われた無名の画家こそがあたしの本当の父さんよ!」

「何だって!?」

「さくらさんのお父さんが蒲生画伯の代作家(ゴースト)!?」

「そうよ、ココにある絵は全て私のお父さんが描いた作品なのよ!!」

 

そして、さくらさんは語った。親子3人で楽しく、仲良く北海道で暮らしていたこと。父親の絵での収入はほとんどなかったが、夏になると父親は好きだったラベンダー畑でいつもスケッチをしていてそれを見ている、そんな日常が幸せだったと。そんな中5年半前程から父親は出かけるようになって、暫くして行方をくらましたそうだ。それから4年経ち、母親が亡くなったため東京の親戚の家に引き取られてからも父親の連絡を待っていたある日、父によく似た人を見たという知り合いからの情報からその島に向かってみるとそこで廃人となった父親と再会したそうだ。言葉も話せず、こちらの言葉も理解できない。それでも絵を描き続けている父親と。その書いていた絵とは家族3人でよく行っていたラベンダー畑だそうだ。

それから、父親の記憶を取り戻そうと島に通い詰めて服装やおさげから幼いころの髪型に戻したりと色々と努力したそうだ。だが、一向に戻らず先行き不安になったある日に外に連れ出していた父親をそのままにベンチでうたた寝をしてしまい、起きた時に父は必死にカンバスに絵を描いていたそうだ。それが「我が愛する娘の肖像」。それが描き終わると父親―和泉さんはさくらさんの名前を読んで涙を流し微笑み、そのまま意識を失ったそうだ。

そうして、岸和田病院に運ばれた和泉さんは未だに意識が戻っていない。病院の施設では現状維持が精いっぱいで、もっと設備の整った本土の病院でも意識が戻ることも、廃人状態が回復することももうないだろうと言われたそうだ。

その後、島から東京に戻って抜け殻のようになっていたさくらさんは偶然蒲生氏の絵の展覧会をやっていたギャラリーの前を通り、その作品が和泉さんの書いたものだという事に気づいたそうだ。そして、蒲生氏も知らない、和泉さんの新作「我が愛する娘の肖像」の存在を知らしめ、蒲生氏の元に潜り込んで真相を調べたそうだ。そしてそんなある日、彼女は二人が和泉さんを利用していた事。そして廃人にしたことを話しているのを聞いてしまったそうだ。さらには…

 

「あの二人は!1年前から意識不明で生命維持装置でかろうじて生きているお父さんを殺そうとしていたのよ!」

「な、なんだって!?」

 

どうやら廃人同然でも絵を描いていた状態の時ならともかく、2度と目を覚まさないような回復の見込みのない()()のために高い金を払って病院に入れておく必要もないだろうと話していたそうだ。その殺害方法は海津さんがもう一度病院を訪れ、遅行性の毒を仕込むというもので実行日は新作の発表後。つまりは後数日後には和泉さんは殺されていたという事だ。

 

「私はその話を聞いた時誓ったのよ!私達の家族をバラバラにして、お父さんの全てを奪い今度は命までも奪おうとしているあの悪魔どもからお父さんの命を守って、そして制裁を加えてやるって!!」

「「「「………」」」」

 

綺麗な顔に憎しみと悲しみを湛えた彼女の表情に皆飲まれて二の次を継げなくなっている……ん?あの表情って…まさか。

 

「…この胸のあざ。金田一君の言う通り、1年前突然出てきたものなの。こんな小さなこと気にも留めていなかったのに…」

「「「!!?」」」

 

背に右手を回していたさくらさんの右手にあったもの。それは小柄な彼女にはに使わない大柄なナイフ。やっぱり…!

 

「よせ、何を!?」

「さよなら、金田一君…」

「さくらーーーー!!」

 

彼女はそのナイフの切っ先を自身に向け、思い切り突き立てた。

 

 

――

 

 

「……え?」

「…ふぅ。思い切りが良すぎだ。この勢いで刺していたら致命傷だったよ、さくらさん」

「…どうして?」

 

ナイフの切っ先は何かを貫くことなくその場にあった。さくらさんはさらに力を入れてナイフを刺そうとしているみたいだが俺がおさえているのでびくともしない。

 

「さくら!」

 

一が近づいてきたので俺は彼女の手からナイフをするりと抜いた。

 

「な、なんで?緋勇君」

「さくらさん。貴女はまた()()()()()()()()()()()

「え?で、でも今私は自分の命を…」

 

俺は蹲ってしまったさくらさんに目線を合わせた。

 

「さくらさん。命に自分も他人もないんだ。それはただ一つの尊いもので決して奪ってはいけない大事なものなんだ…ほら、見てみなよ。一の顔。ひっでえ顔してるだろ?」

「ひっでえ顔ってなんだよ、龍斗。でも、サンキューな」

「金田一君…でも私、私の両手はアイツらの血で汚れているのよ……」

「さくら…」

 

彼女は言う。ずっと親子3人で幸せに過ごした、あのラベンダー畑に帰りたかったと。父親が失踪して母親は無理がたたって少しずつ体を壊して行っても、ずっと彼女に言い続けていたそうだ。お父さんが帰ってきたらまた3人であのラベンダー畑に行こう、と。母親は亡くなったがそれでも父親が帰ってきたらまたあの頃に戻れると信じていた。でも父親はあの二人には廃人にされ、そして。

 

「私、あの二人を殺したとき心臓がはじけそうなほどドキドキしたのに心はどこか氷のように冷え切っていていたの。その時にわかったのよ。私はもう2度とあのラベンダー畑に戻れないって……私は、もう一人っきりで、お父さんに会えないんだって」

「さくら…お前は確かに罪を犯した。今お前が言った通り、()()の幸せだったラベンダー畑に戻ることはもうできねえのかもしれねえ。だがな、死んじまったら()()すら閉ざされちまうんだぜ?龍斗が止めてなければそうなっていたんだ。生きていれば罪は償う事は出来るんだ。お父さんだって意識が戻るかもしれねえ。思い出だってきっと新しく作り直せるはずなんだ。さくら、人間が本気で望めばいくらだってやり直しができるんだよ」

「さくらさん。一人きりって言ったけどそれは違うよ。さっきの一の顔、見たろ?君が死のうとした時のあの必死な表情、そしてナイフが刺さっていないことに安堵したあの顔を。君は一人じゃない」

「金田一君、緋勇君……」

「さくら、罪を償おう。そんでさオレや美雪、龍斗を連れて行ってくれよ、その思い出のラベンダー畑にさ!」

「……うん」

 

和泉さくらは、蒲生剛三氏と海津里美氏殺害の容疑で青森県警によって逮捕された。

 

 

――

 

 

俺達は「我が愛する娘の肖像」の前にいた。

 

「なんだかボクには信じられないな。この絵の少女が殺人を犯すなんて」

「あたしもまだなにがなんだか…」

「そうだな。それにしても、よく龍斗は止められたな!助かったけど」

「ああ、さくらさんの表情が以前遭遇した自殺しようとした人と同じ顔をしてたんだよ」

 

まさか、日向幸さんの自殺未遂の現場にいたことが役に立つとはね。

 

「な、中々な場面に遭遇したんだな」

「まあ、ね。あ、そうだ。一に一言言っておこうかな」

「お?なんだなんだ」

「俺の幼馴染みの探偵の言葉さ「推理で犯人を追いつめて、みすみす自殺させる奴は殺人者と変わらない」だそうだ」

「!!」

「まあ、言い過ぎの気もするだけど計画殺人なんてする人は憎悪と切羽詰った人間ばっかりで、探偵が推理を披露するってことはそう言う人を相手にするんだ。やけになった人間が何をするかはわからないんだから身構えておくのは大事だと思うぜ?犯人が逆上して一を殺しに来ることだってありうるしな」

「……ああ、その言葉肝に銘じさせてもらうぜ」

 

今回のさくらさんは自殺しようとしていたが、さっきも言った通り一に向かってくるかもしれなかったし爆弾の起爆装置をかかげるかもしれない。いざというときに動けるようにしておくことは心構えとして間違っていないはずだ…一の運動神経がどうなのかは、まあ置いておいて。

 

「こら!何をしてんだあんたは!?また警察に説教されたいのか!?」

「なんだなんだ」

「あれは和久田さんか?」

「これは僕の物だ!伯父さんが死んだ今、ココにあるものは全てたった一人の血縁者である僕の物になるはずだろう!?」

「バカを言うな!これは蒲生が和泉宣彦から奪ったものだ。相続のへったくれもない!重要な証拠品として警察が押収するに決まっているだろう!」

「そ、そんなあ…」

 

まだ諦めていなかったのか、彼は。

 

「あっきれた、まだあんなこと言っているわ。あの人」

「和泉宣彦か…ボクも会ってみたかったなあその人に」

「岸さん?」

「今、ボクは絵描きとして独り立ちするのを目指して頑張っているけど5年前はどん底でね。もう絵なんてやめてしまおうなんて考えてた。でもそんな時に和泉氏の絵に出会って暗闇の中に一条の光を見た思いがしたんだ。そこから考え直して今のボクがある。彼の絵には人に生きる力を与える「何か」があるんだ」

「……」

「ねえはじめちゃん。もしさくらさんのお父さんが蒲生に利用されずにいたらどうなっていたのかしら?」

「さあなあ。吉良さんが言っていたがこの世界(絵画)じゃ人脈やコネがないと成功しないって言うし…」

「全く、お前は何もわかっちゃあいないな!」

「吉良さん!?」

 

俺達の会話に入ってきたのは初めて会った時からずっと赤ら顔だった吉良さんだった。今は酒を飲んでいないようでしっかりとした足取りだった。

 

「誰が何と言おうと、いいものはいい!確かにこの業界は汚い事や実力の伴わない矛盾したことばかり起きているがな。時代に名を残す『名画』って言うのはそんな小賢しいもんを吹っ飛ばす、人を圧倒するパワーってもんがある。この和泉宣彦の絵にはその『パワー』が宿っている!」

 

人を圧倒するパワーか。吉良さんは最初から絵だけは評価していた。あんなに憎悪を抱いていた蒲生氏の作品にもかかわらず、だ。絵に関して、この人はずっと真摯だった。だからこの言葉にも嘘はないだろう。

 

「人を圧倒する「パワー」か……」

 

じゃあそのパワーとやらの力、しっかりと利用させてもらいますかね。

 

 

――

 

 

あの事件から数か月後。俺は一と七瀬さんを連れてさくらさんの面会に来ていた。

 

「なんだよ、龍斗。いつかはオレから誘おうと思ってたのに。それになんだぁ?そのでっかい荷物は」

「まあまあ」

「それにしてもまさかキンダニの友人にこんな有名人がいたとはなー」

 

俺達の案内をしてくれているのは一が言っていた俵田警部だ。

 

「そう言えば、緋勇君にはうちの大河内がだいぶ迷惑をかけたみたいだね。上からも大目玉喰らって、彼は今針のむしろだよ。手錠をぶっ壊した件と大河内警部のやらかしたことを相殺にしたらしいから処分はなかったらしいけど、うわさが広がるのは一瞬でな」

「俵田のおっさん、それって裏取引じゃねーの?」

「あー、あれだ。それ俺が言ったんだよ。大事にしないでくれって。そしたらどう解釈したのかそう言う事に……俺の器物損壊罪と誤認逮捕はなかったことになったって事らしい。ああ、でも新しい手錠の代金は払ったよ」

「手錠をかけられたのはあの警部の大ポカで、それがなければなかったことなのにな…」

「まあ青森県警も有名人をかなり強引な手で誤認逮捕をしたことがおおっぴらになってほしくないし、そもそも手錠が簡単に壊れるなんて事表に出せるわけもなくてな。つーかなんで壊れたんだよ……素手で壊しましたなんて公表したらそれこそ「警察は捏造している!」なんて騒がれかねないってことになってね…っと、ここだ。入りな」

 

俵田警部と雑談しながら歩いていると、目的の部屋についた。

 

「さくら」

「こんにちは、さくらさん」

「ども、さくらさん」

「みんな、久しぶり。今日はどうしたの?」

 

数か月ぶりに会った彼女は前の時より幾分か痩せていた。まあ当たり前か。

 

「いやー、今日は龍斗の招集でね」

「緋勇君の?」

「ああ、まあ…俺のポリシーというかなんというか。自殺を止めて生かした人へのアフタフォローというか、()()()()責任を持つって言うのが信条というか…」

「「「???」」」

 

俺の言葉に?を浮かべる3人。まあそうだろうね、上手く伝えられてないし。明美さんしかり、日向幸さんしかり、助けた命にはしっかり生きてもらいたい。

 

「これさ」

「「「!!!!!」」」

 

俺が持っていた包みをほどくと中から現れたのは一面のラベンダー畑に佇む二人の男女が描かれた油絵だった。

 

「こ、これって…!お、お父さんの!?」

「そうだよ、和泉宣彦さんに頼んで書いてもらったんだ。北海道の思い出のラベンダー畑にいる父娘の絵をね」

「そ、そんなどうして……だってお父さんは…」

「まー、そこは表の人には治療不可でも裏の人だとちょちょちょーいってね。まあ出来たのは彼の意識を取り戻すまでで、リハビリには相当時間がかかるって。それから、伝言」

「!!な、なんて…?」

 

父親が殺人者になってしまった娘へ伝言があると聞いておびえた表情になったさくらさん。ああ、怯えさせるつもりはなかったのに……

 

「『さくら、悪かった……お父さんも体をしっかり治して、今度はお父さんがさくらをあのラベンダー畑で待っている。ずっと待っている』だってさ」

「お父さんの声…!!お父さん!!」

「「………」」

 

面会時間が終わるまで、さくらさんはずっと泣き続けていた。時間が終わったことが告げられ、去り際に見た彼女の顔はしっかりと前を向いていた。

 

 

――

 

 

「どういう事だ、龍斗!!」

「そうよ、緋勇君説明して!!」

 

面会が終わり、東京へ帰る道中に俺は二人に詰め寄られていた。まあ俺がしたのは単純で、現代医学で回復できなくても()ならどうにかできたと言うだけの話だ。まあ、グルメ食材を使用していないので体の衰弱と少し残った薬物の解毒でまだ時間はかかるが廃人状態は脱した。言葉も話せるし、記憶もしっかりある。最後の記憶は蒲生氏に詰め寄ったら頭を殴られて…そして気づいたら俺が目の前にいた、という事だった。

俺は事のあらましを伝え、体の状態が思わしくなかったので連れてくることは出来ないので「ラベンダー畑にいる父娘」を想像で描いてもらったというわけだ。それが完成したので今日持って来たというわけだ。

 

「ま、こういう時に使うもんなのさ人脈って言うのは」

「はへー、こうして実際に起こってみるとすげえんだな人脈って」

「ほんとねえ」

「まあ、しっかり絵が描けるようになったら今度は鈴木財閥がパトロンになってくれるように交渉したから」

「そんなことまでしてたのか!?」

「まあね。でも意外とすんなりいったんだよ。次郎吉さんに話したらとんとん拍子でね。彼も気にいっていたらしいから」

 

 

 

 

まあ、親子が一緒に暮らすことになるのは何年も後になるだろうが一の言った通り、未来への一助になったならいいな。

 




捏造設定
・さくらの父が絵を描き終わった後に死亡→昏睡状態で目覚めていない状態に。
・さくらの殺人動機が父親を廃人にして殺した→父親が殺されるのを防ぐために変更。
・さくら生存ルート。
・次郎吉のオリジナルエピソード
・小宮山さんの懺悔がカット
・裏のチャンネルの瞬間移動の設定(一度訪れなければその場にワープできない)
最後の設定は「二元ミステリー」で使います。

手錠破壊に関しては、諸々の思惑が合わさってなかったことになりました。それってどうなのよ?と思われると思いますが、それが罪に問われるとかなり複雑かつ面倒なことになるのでそこまですることか?と警察内で協議した結果訴えることはしないことになりました。壊された側が親告しなければなかったことになりますしね。


実は投稿直前にさくらの動機を変更しました。詳しくは活動報告の「つぶやく4」にて。


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第五十三話 -服部平次絶体絶命!-

このお話は原作第38巻が元になっています。
今週は原作再開、映画公開とコナンウィークでしたね!自分も早く見に行きたいです。

本筋のお話を書くのが久しぶり過ぎて書き方が分かんなくなってます。そのためかなり短いですが来週までには勘を取り戻したいと思います。

それではどうぞ!


「え?来週の四連休?」

『せや!和葉と二人で東京に行こかと思てな。毛利探偵事務所にはさっき連絡して泊めてもらえる手筈になったんや。宿の確保は出来たから龍斗と紅葉のねーちゃんもどうかと思てな。鈴木財閥のねーちゃんには和葉から連絡が行ってるはずやさかい』

「なるほどね。泊まるんだったら家でもよかったのに……って言いたいけど俺の仕事の予定が不定だから難しいか」

『そういうこっちゃ。で?どうなんや?』

「あー、ちょっと待って」

 

俺は折り返し電話する事を伝えて電話を切り自分の部屋を出て、紅葉の部屋へと赴いた。

 

「紅葉ー、入ってもいい?」

「龍斗?ええですよ」

「お邪魔するよ。勉強してたのか、ごめんな」

「ええよー、そんなに根詰めてやっとることやないし。さっき電話しとったみたいやけど、その事?聞かんようにしとったけど」

 

良く聞こえてるなあ。俺と紅葉の部屋は一つ部屋を挟んでいるのに、最近は特に耳が良くなっているみたいだ。聴覚は元々良かったので顕著に伸びているが他の視覚、嗅覚、味覚に反射神経も常人離れし始めているみたいだし。

これはトリコ世界の食材を食べる機会が多いからなのかと思っていたのだが、普通の食事しか出していない伊織さんの身体能力も本人が自覚できる程向上しているそうなのでどうやら人の能力を自然と引き出す効果が俺の食事にはあるらしい。まあ、一食二食でそうする場合は俺が意識して腕を振るわなければそうはならないから、仕事で振る舞っている時には「体調がいいな」くらいで済んでいる。食べ続けることが肝要のようだ。

 

「龍斗?どないしたん?」

「あ、ごめんごめん。紅葉がどんどん人として進化していってるなあって思いふけてたよ。しっかりコントロールできてるみたいだしね」

「せやね。これ(コントロール)が利かないとちょっと生活がきついですし。まあ集中している時に勝手に鋭くなってしまうからまだまだやけどな」

 

だからさっき勉強に集中していた時に俺の電話の声が聞こえたのか。

 

「そこは要訓練ってことで。それで用件なんだけど」

 

来週の四連休に大阪組がこっち(東京)に来ることを伝えて、遊びに誘われているのだがどうかという事を聞いた。

 

「うん。うちはその連休には特に用事はないです」

「なら紅葉はオッケーってことで。詳しい予定は聞いておくね」

「お願いしますー。それに……」

「ん?」

「龍斗もええ気分転換になるんとちゃいます?青森のこと、まだもやもやしとるんやろ?」

「…まあね」

 

事件が終わって冷静になってみると同い年の女の子が二人の人間を殺したってことに、しかもその現場にいて止める事が出来なかった事が俺の心にしこりとして残っていた。

流石に何でもできると思いあがったりはしないが、「もし、あの時、ああしていれば」をふとした時考えてしまう。特に俺は「ああしていれば」の出来る事の範囲がこの地球上の誰よりもデカイ。まあ、こればっかりは俺の心の持ちようの問題か。

 

「……じゃあ、俺は部屋に戻るね。明日の朝は紅葉の担当だし程々にして切り上げなよ?お休みなさい」

「おやすみなー、龍斗」

 

俺は再び自室に戻り、平ちゃんへと電話をかけた。

 

「…もしもし、平ちゃん?」

『おう、龍斗。それでどうやった?』

「紅葉は連休中予定はないからオッケーだって。ただ俺は初日だけは参加できないかな?」

『おお、そりゃあ賑やかになるな!…龍斗は二日目からってことか?』

「そうなるね」

『紅葉のねーちゃんがオッケーでお前がダメやってことはデートでもないやろうし、仕事か?』

「違うよ。ちょっと沖縄と山梨に見舞い巡りをね」

『沖縄!?山梨!?見舞い巡り!?どういうことやねん!』

「沖縄はまあちょっと認可されている医療行為じゃどうしようもない人の快復のために、山梨は数年前に樹海で拾った記憶喪失の男性の様子を見にね」

『……ええわ。今度そっちに行った時に詳しい話聞かせてもらうで?』

「ああ。だから初日は紅葉だけで。二日目からは俺も合流するよ」

『じゃあ来週やな。それで予定なんやけど――』

「…――だね。わかった。それじゃあ来週ね。お休み、平ちゃん」

『ああ、お休みや龍斗』

 

 

――

 

 

「そっか、園子ちゃんは四連休は海外を周遊か」

「そうなのよー。伯父様についてヨーロッパを転々しなくちゃいけなくてさ」

「残念やね。四人で「じょしとーく」いうのをしてみたかったんやけど」

「女子トークって……いつもやってるじゃない、紅葉ちゃん」

「和葉ちゃんともやってみたいんや」

 

次の日学校で件の話を園子ちゃんに聞いてみると、彼女は次の四連休は生憎用事が入っていたようで不参加の旨をすでに和葉ちゃんに伝えたそうだ。

 

「そうや、うちは龍斗経由やから詳しい話はきいとらんのですけど来週はどういう流れなんです?」

「そうなんだ。えっとね、初日は一時に探偵事務所に二人が来るからそこからお昼を食べに行って夜は私の家で。二日目は買い物に行って、三日目はトロピカルランド、四日目に飛行機で大阪に帰るんだって」

「えーー、いいなあ!楽しそう。私も行きたい!!」

「で、でもほら園子は用事があるんだし……」

「うぅ…伯父様との周遊は前から決まってたし……でもぉ…」

「園子ちゃん、今回は諦めよ?絶対またの機会があるからさ(平ちゃんが東京に事件の捜査で来たりするだろうし)」

 

この後、なおぐずる園子ちゃんを俺達三人で宥めてその日常は平和に過ぎて行った。

 

 

――

 

 

「それじゃあ夜に迎えに行くよ」

「今日は探偵事務所でお夕飯を頂く予定ですけど、龍斗はどないするんです?」

「んー……どうしようか。帰る時間が丁度いい塩梅なら俺もご相伴に預かろうかな」

「分かった。それならうちが探偵事務所に連絡して早めに行って蘭ちゃんとお買いものしてきます。龍斗が遅うなったらそのまま毛利さん家で消費して貰えばええしね」

「そうだね。それじゃあ行ってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 

四連休初日。俺は当初の予定通り、波照間島の岸和田病院へと出発した。まあ出発といっても流石は有人島最南端。交通機関を使えば往復で半日の時間を取られてしまうので今回はワープ(裏のチャンネル)を使った。

和泉さくらさんが起こした殺人事件が解決し、青森から帰ってきてからすぐに波照間島へと向かった。俺の目的の人、和泉宣彦さんの容態は俺の手で回復できるものだった。だが、彼の身体は相応にぼろぼろで、ゆっくりと時間をかけて回復させなければ回復行為自体が毒になる危険性があった。

そのため、俺は複数回に治療を分けて行う事にして、今日はその一環というわけだ。まあ、人がいきなり現れるのもおかしいので最寄りの島にワープしてからフェリーで波照間島へと向かった。

岸和田病院について行った治療はすぐに終わった。この感じだとあと1、2回で目を覚ますかな。

俺は漁港で波照間島近海で採れる魚介類をしこたま買って、今度は山梨へと向かった。

 

 

「こんにちは」

「ああ…龍斗君。よく来たね」

「ええ、おかわりのないようで…すみません、この言葉はふさわしくないですね」

「ははは。君は相変わらず律儀だね。君が樹海でボクを拾ってくれていなかったらそのまま土に還っていただろうし、感謝しかしていないよ。そんなことで一々目くじらを立てたりしないさ」

「そう、ですか」

「それに。君には《この顔》の借りもあるしね」

 

そう言って顔を撫でた男性。目の下に指2本分ほどのケロイド…火傷の跡があった。

 

「この火傷の跡。どういう経緯で負ったのかは《皆目思い出せないけど》、口元以外は皮膚が引きつり人目につけないモノだったものだった。だけど君のくれた軟膏を何年も塗り続けたら今はこの左目の下のわずかな部分を残して綺麗な肌に戻った。このおかげで特に顔を隠さなくても済んでとても感謝している」

 

そう。彼には記憶がない。自分が誰で、どうして《富士の樹海》の奥深くで行き倒れていたのかも分からない。俺が彼と遭遇したのは数年前。自殺の名所といわれる富士の樹海の中でだ。何故そんな所に俺がいたかというと…まあ、あれだ。食材探し。人の手が入っていなく、東京からもそこそこ近い樹海なら何かあるんじゃないかとふらっと潜ってみたのだ。

あまたの白骨に遭遇して奥に進んで、倒れていたのが彼。わずかに息があって、だが自殺者だと厄介と思いつつ声をかけてみると「死にたくない」と微かに呟かれたので背負って病院に担ぎ込んだというわけだ。

身体はがりがり、顔は火傷跡。おまけに起きたら記憶喪失。病院側は顔の傷で生きているのがつらくなって自殺したんじゃないかと考えたようだがどうにも「死にたくない」が気にかかって、彼の身元を探ろうとした。

だが、そこに彼自身が待ったをかけた。支離滅裂だったが、どうやら自分が生きている事に《不都合が生じる》人達がいると記憶が無くなっても感じているらしく余り大っぴらに捜索をしてほしくないとのこと。事件の香りがプンプンしたが当時の俺は中学生。どうしようもなく彼の言う通りにするしかなかった。

そうなると困るのは俺と病院。病院は治療費を誰に請求すればいいのかということ。俺は彼の命を助けた以上ある程度自活できるまでは責任があるがどうすればいいかが分からない。結局、俺は記憶が戻ってから彼に返してもらうという事を条件に治療費を肩代わり。行政と司法に申請して仮の戸籍を得て彼は山梨の片田舎で生活を始めた。そこでさらに問題になったのは顔の火傷。俺は俺謹製の皮膚復活軟膏を彼にあげた(顔の火傷が元で本当に自殺されても目覚めが悪い)。

 

「貴方が生きていくサポートをする責任がありますから。でも全部消せるのにわずかに残しているのはどうしてなんです?」

「…なんでだろうな?この火傷を見ていると憎悪が湧いてくるんだ。だけどいつも最後にはなぜか温かい気持ちが、切ない気持ちが浮かぶ。それはボクの記憶のとても大事なことを司っているようでね。どうにもすべてを消す気にはなれなかった」

「…それじゃあ、記憶が戻ったら。前に進めたらいつか消せるかもしれませんね」

「……そうかもしれないね」

 

俺は沖縄で買ってきた魚をいくつか彼に渡して、写真を撮って東京へと帰ることにした。力づくで思い出させる手はないこと無いけど、防衛機構が働いて自発的に記憶を失ったのならどうせすぐ元に戻る。結局、自発的に戻るのを期待するしかないな……

 

 

――

 

 

「……それで?なんで東京に遊びに来ただけで事件に巻き込まれてるのかなぁ?ねえ、平ちゃん」

「しゃ、しゃーないやないか!こないなこと起こるやなんてわかりゃあせんわ!」

「せやせや。人のよさそうなおばちゃんやったし」

 

東京に戻ってきた俺は毛利探偵事務所の三階で紅葉とともに夕飯をごちそうになっていた。そして話を聞いてみると平ちゃんは脱税指南を行っていた汚職弁護士に拉致されたらしく、結構危なかったそうだ。

 

「全く。油断してたんじゃないかい?銃で武装した敵が複数人居ても素手で制圧できるように鍛えてあげようか?」

「あははは……遠慮しとくわ(てか、口ぶりからして龍斗は出来るんかい!)」

「あはは…(オレの幼馴染みはどこへ向かっているんだか…)そ、それで?龍斗にいちゃんは何しに行ってたの?紅葉ねーちゃんに聞いたら沖縄だって言ってたけど」

「せや!オレの事聞いたんやからお前の今日の行動も話さんかい!」

「いいけど…」

 

俺は皆に今日俺が訪れた場所、訪れた理由を話した…この話は紅葉以外は初耳なのでみんなびっくりしていた…そうだ。

 

「実はさ、山梨にいる男性なんだけど彼の身元どうにか分からないかな?当時は警察の世話になりたくないって話でそれを了承しちゃったけど今ここには探偵さんがいるし。どうかな?」

「うーん。龍斗君。その人の顔写真とかないかい?」

「えっと…」

 

俺はスマホを操作して二枚の画像を出す。一枚は俺が彼を助けてすぐの物。もう一枚は今日俺と一緒に撮ったものだ。

 

「俺が助けた当時と、今日の写真です」

「ふむ、確かに今龍斗君が着ている物と一緒だな…うお!こりゃあ…」

「はー。こりゃ派手な火傷跡やな。てかそっからここまで綺麗になるもんなんか?」

「ああ…皮膚移植をしたってここまで綺麗になるもんじゃねえ…元の写真を見るにかなり下の組織までやられているように見えるが…って、この前見たテレビで似たような事やってたよ!」

 

小五郎さんに渡した携帯を覗きこんでいた平ちゃんと新ちゃんが意見を述べていた。まあ新ちゃんはいつもの誤魔化し術を披露する羽目になったが。

 

「ふむ。まあこういう調べ物は探偵の仕事だな。ヒマな時にでも調べてみるよ」

「オレも」

「ありがとう、ふたりとも。そういえばさっきは話の腰を折っちゃったけど火傷といえば平ちゃんの方も燃やされそうになったんだって?」

「そうなんよ!危うく焼き殺される所やったんやから!」

「ええーー!?」

 

食事中にしては物騒な話をしつつ、明日の行動方針を話しながら久しぶりの蘭ちゃんの手料理に舌鼓を打った。

 




この話は「怪盗紳士の殺人」後まもなくの時間軸を想定しています。
伊藤邸訪問時に龍斗が同行するとすぐに解決してしまうので、前話も絡めて退場してもらいました。

結局、霧生鋭治も出してしまいましたが彼がどうなるかは一と再会してからですかね。これを書いたのは本編に書いていないところで龍斗は人助けを色々な所でしたんですよー、の一例を出しておきたかったからです…これを書いておけばプロット時点で見逃していた原作過去改変をこれからも書きやすいかな、と思いまして。

今回の事件(龍斗ノータッチ)が()()という事は、次話は()()です。ですが、ほぼオリジナルでJK三人組の買い物に付き合う龍斗を予定しています。最近コナンサイドで事件とガッツリ絡む話を書けてない…


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第五十四話 -炎の中に赤い馬-

祝!お気に入り4000人突破!・感想数200突破!・UA60万突破!(ちょっと前に)・文字数50万(次の話で)突破!
いつもありがとうございます!誰かが読んでくれると言うのが何よりの力になっています。これからも頑張っていきますので応援のほど、よろしくお願いします!!

このお話は原作第39巻が元になっています。

活動報告に「ゼロの執行人」を見てきた感想?のようなものを書きました。映画未見の方でも大丈夫ですので是非。ネタバレ有の物は今日の夜にでも書きます。




「しっかし、よかったな」

「よかったって何がや?おっちゃん」

「あの悪徳弁護士が捕まって、家に火がつけられなかったことがだよ。下手したらこの辺で騒ぎになってる連続放火魔のせいにされて、あの弁護士も捕まらずオメーらは無駄に命を散らしてたかもしれなかったってな」

「放火魔?」

「今年の初めから都内で起きている連続放火事件の事よ。まだ犯人は捕まっていないって」

「最近は町内会で交代で見回りしましょう言う回覧板が回ってくるくらい皆警戒しとるんや。つい数日前には龍斗も伊織と一緒に回ったんやんな?」

「そうそう。()()()から外れたからって警戒しておくに越したことはないからね」

「連続っちゅうことは手口が同じなんか?偶然放火が続いただけとちゃうん?」

「いや、手口に統一性はないんだが現場にいつも同じ遺留物が見つかってな」

「おんなじ遺留物?」

「ああ。ドス黒い血のような色で全身を染め上げた、赤い馬の人形がな」

「あ、赤い馬?」

「なるほど…放火犯を意味する警察の隠語「アカウマ」を指してるっちゅうことか」

「え?平次、なんでアカウマが放火魔なん?」

「炎の燃える様子の形や色が赤い馬に見えるからそう言われるんや。他にもアカイヌやらアカネコやらいう事もあるらしいで。多分その放火犯はわざわざ火事場にその人形を置いて警察の事を挑発しとるんやろ?「俺は放火魔や!捕まえられるもんなら捕まえてみぃ!」ってな」

「まあ幸い、今起きている三件の火事では死人は出ていないそうだ。被害者によるとそんな馬の人形は買った覚えも貰った覚えもないってことで犯人の遺留物だってことは確定しているんだが…しっかし、オレが刑事をやっていた10年前ですらアカウマなんて隠語使ってなかったんだがなあ」

「それやったら、年配の刑事に昔の恨みがあってその人が刑事をやめる言うから最近になって挑発しとるんかもしれへんなあ。ほんで?その三つの放火の被害者にはなんか共通点があるんか?誰か特定の人物に恨みを買っとるとか」

「それがなあ。なーんにも繋がりがねえらしいんだよ。被害者同士も知り合いじゃねえし、職種もバラバラ。共通してんのは都内に住んでるってことくれえだな。住所もバラバラで確か一件目が梨善町一丁目、二件目が鳥矢町二丁目、三件目が奥穂町三丁目……」

「ほんなら次は、どっかの四丁目やな?」

「ああ、放火犯が面白がって規則的に住所をなぞってんじゃねえかって言われてる。無差別にどっかの四丁目に次は火をつけるんじゃねえかってことで警察は都内の四丁目を警戒してるって話だ」

「でも四丁目って言ってもいっぱいあるよねえ…」

「…ああ!さっき龍斗が言ってた規則性ってそういうことなんやな」

「まあね。俺の家は二丁目ですでに放火があった後なんだけど、犯人が捕まるまで警戒しておくことに越したことは無いしね」

「なるほどなぁ。でも四丁目か。そんなら狙われそうな怪しい家知っとるで」

「え?」

 

ん?関西住みで放火の事も知らなかった平ちゃんに心当たり?

 

「今日の事件でオレらと一緒に監禁されてボコボコにされた探偵の楠川さんに頼まれたんや、「夜中に家の周りで何かやっとる怪しい人影を見た人が杯戸町の四丁目にいてその調査を依頼されているんだが、俺の代わりに引き受けてくれないか」ってな。まあせっかく事件に遭遇したんやし、オレとおっさんと……」

 

新ちゃんの頭に手を置く平ちゃん。

 

「このガキ連れて明日その人の家に行ったるわ!」

 

おいおい、明日は買い物に行くんじゃなかったっけ?明後日は遊園地。まさか「わりぃ、事件だ」は新ちゃんだけでなくて平ちゃんもなのか。和葉ちゃんも苦労してそうだなあ…

 

「お父さんはいいけど、コナン君はダメよ」

「え?何でや?」

「だって、明日遠足だもの」

「……は?」

「だから、明日は帝丹小学校で遠足があるの」

「え、え、え、遠足やとぉおおぉお!?連続放火魔の手掛かりがつかめるかもしれへんっちゅうのに、呑気にお手手つないで遠足にいきさらすんか、このガキ!?」

「ガキって。平次…」

「コナン君はまだ子供ですよ?平次君」

「……お、おぅ。そう言えばそうやったな(こっわ~、龍斗に似てきたんとちゃうか?この姉ちゃん…)」

 

エキサイトしていた平ちゃんに一言で釘を刺した紅葉。心なしか平ちゃんがビビッているように見えるけど、そんなに怖いかね?可愛いじゃないか。

 

「でも天気は大丈夫か?さっきもパラパラ降ってきたが」

「大丈夫!これをかけておくから」

 

そう言って蘭ちゃんが出したのはちょっと古びたてるてる坊主。おおー、年季入ってるな。

 

「このてるてる坊主、新一の大事なサッカーの試合をいっつも晴れにしてくれたの。だから明日も大丈夫よ?コナン君」

「う、うん」

「もう、蘭ちゃん妬けるわー♡」

「ほんとほんと、もう夜になったのにあっついわぁ」

「もうやめてよ、二人とも!」

 

きゃいきゃいじゃれはじめたJK組。蘭ちゃんが手にした、てるてる坊主を憎々しげに見ている平ちゃん。はてさて、明日はどうなるかな……

 

あ、俺は勿論買い物に荷物持ちとして付き合いますよ?探偵のお仕事は探偵に。

 

 

――

 

 

「雨、降っとりますなあ……」

「そうだねえ。まあ、布団を持っていくから元々伊織さんに車を出してもらう事になっていたわけだし問題はないよ。明日雨だとまた話は違ってくるけど」

「明日はトロピカルランドやもんね」

 

お夕飯を頂いた後、明日(つまりは今日)の夜は毛利宅にお泊りしないかと和葉ちゃんから誘いを受けた。紅葉も乗り気で、蘭ちゃんもそうだったのだが俺達の分の布団がないことをすまなそうに言ってきた。それならば、と俺の家から布団を運ぶことになり車を出してもらうことになっていたのだ。まあ予報じゃ雨だったけどさ。

 

「じゃあ、平次君のお望み通り……」

「新ちゃんも駆り出されるだろうなあ」

「と、いうか平次君があのてるてる坊主になにかしたんとちゃいますか?なーんか、そないな気がします」

「俺もだよ……」

 

蘭ちゃん、オカルト系は弱いのにおまじないとかそういう物の効果がめっちゃ出る人だからなあ……

 

 

――

 

 

「ああ、やっぱり平ちゃんがてるてる坊主に何かしたんだ?」

「ああ。蘭がベランダに吊った時は外を向いてたのに朝には部屋側を向いてた。そのまま吊ったまんまにして出てきたけど……」

 

俺と新ちゃんは空を見る。蘭ちゃんの家に着いた朝は普通に降っていた雨だが、繁華街に出発、しばらく買い物をしていると…

 

「お天道様が顔を出しましたねぇ」

「ほんまや。綺麗に晴れてきたやん!蘭ちゃんのてるてる坊主、今頃効いて来たんとちゃう?」

「ほ、ほー?そら惜しかったなぁ。なあ?こ、こな、コナン君?」

「(いつか罰あたるな、こいつ)」

 

確かに今日の予報は一日中雨だったはずだからあのてるてる坊主が仕事したんだな。

 

「じゃあわたし達はもう少し買いものしてから帰るから、平次とオッチャンは探偵の仕事がんばってな!」

「オウ!」

 

ここでJK3人組と俺、探偵三人組に分かれる……一気に向こうの華が無くなったな…それにしても初めから調査に行くと思ってたけどちゃんと買い物に付き合ってから行くとは思わなかった。平ちゃん、なんかごめん。

 

「って、ちょっと待ちい!おい、龍斗!お前さんはこっちやろが!」

 

別れていこうとすると平ちゃんにストップをかけられた。なんだなんだ。

 

「へ?なんで?」

「なんで?ってそらあお前、こういうのは男は男、女は女やろうが(あと、お前の力があれば調査がしやすうなるからな!)」

「いやいや、ココは「探偵組」と「休日を謳歌する組」でしょうよ。俺は探偵って仕事には理解があるし、否が応にも巻き込まれるなら協力するけど今回みたいに「仕事!」ってことには気が向かないとついてかないよ。今回は気が向かないから俺はパス」

「い、いやそうやったとしてもや…そ、そや!くど、コナン君も説得してくれへんか?」

「いや、服部…にいちゃん。こういう時の龍斗にいちゃんは絶対意見を曲げないってお前も分かってるだろ?」

 

小五郎さんが居るからコナンモードで俺の性格の事を言う新ちゃん。でも甘いぞ?

 

「あん?なんでオメーが龍斗君の事をそんなに知ってんだ?」

「へ?あ、ああいやそれは…し、新一にいちゃんだよ!新一にいちゃんに聞いたんだ!」

「ほー?まあそういうこった。いくら幼馴染みだからといって無理やり龍斗君を付き合わせるもんじゃねえぞ!ほら、さっさと行くぞ探偵坊主!」

「はぁ~まあしゃあないか。今回は諦めたるわ」

「そうしてくれ。またいつかは捜査協力するからさ」

「約束やで?ほんなら、そっちは頼むわ」

「ああ。変な虫がつかないようにしっかりガードするよ」

「はは、最強のボディーガード付きの買い物だな。安心したか?服部」

「あん?」

「龍斗がこっちに来ないことに気づいたのは和葉ちゃんが心配でちら見したからだろ?ちなみに探偵事務所があるのは五丁目で、四丁目じゃねえからな?」

「な、、なな、べ、別に心配なんてしとらんわ!」

「じゃあ、俺は向こうに。夜は俺も手伝って美味しい物作って待ってるから。頑張って」

 

俺のより、美少女JK三人の手料理の方が価値ある気がするけどね。美味しいならなおさら。

俺はやいのやいの言い合っている二人を置いて待たせていたJK組に合流した。

 

「あ、お話は終わったんです?龍斗」

「ああ。そっちは何の話で盛り上がってるんだ?」

「ああ、ウチらな……」

「服部君とコナン君と龍斗君が仲良くて、和葉ちゃんが二人に嫉妬してるーって話♡」

「もう、蘭ちゃん!そうやないって言うてるやろ?」

「なるほど」

「なるほど、やない!龍斗君、ほんまにちゃうからね?」

「わかってるわかってる」

「ホンマにわかってる?あやしいなあ…」

「さあさ!お喋りは目的地に進みながらもできます!私らも出発しましょ」

「紅葉ちゃんの言う通りだね。えーっと、まずはどこに行くんだっけ?」

「えっと、服はあらかた買ったから…」

「確か、髪留め系のものを集めたショップじゃなかったっけ?和葉ちゃんのシュシュ、蘭ちゃんの稽古の時に使うゴム、それに紅葉はそこにあるピアスを見に行くって言ってたよね?」

「ああ!そやったそやった!!」

「龍斗君、よく聞こえてたね。コナン君たちと話してたのに」

 

まあ複数の情報を同時に聞いて理解するのはコツがいるけど難しい事ではないからね。

 

「何となく、楽しそうに話してたから耳に残ってただけだよ。さあ行こう。荷物持ちは任せてくれ」

「わあ、頼りになる♪」

「じゃあ、いっぱい買っちゃおうかな?」

「ウチも。これはめい一杯甘えてもええかな?」

 

どうぞ、どうぞ。それくらいは受け止めてやりますとも。今後の日常生活にダメージが入らない程度に買い物するといいよ。

目的のショップに行く途中に目に入ったブティックに寄り道をして和葉ちゃんは平ちゃんに似合いそうなTシャツを、蘭ちゃんはコナン君が気に入りそうなサッカーボールがデザインに入ったズボンを、俺は紅葉にもみじの葉がデザインに入ったシャツを買った。

 

「いいもん買えたなぁ!」

「ほんと!コナン君、気にいってくれるといいな……」

「せやね。龍斗、着てくれます?」

「着るのはやぶさかではないけど、今履いている下と合わないんじゃなかな」

「言われてみれば確かにそうやな。それじゃあまた今度やね」

「よし、じゃあ本来の目的地に行こう。ほら、ココからすぐ見えるよ…うん?」

 

俺達が本来目的地にしていた場所はこの店から出て50mほどの所にあった。

だが、俺は途中にある()()()店とその張り紙に目が行っていた……ふむ。

 

「どないしました?」

「…いいや。なんでもないよ。さあ三人とも。行こう?」

「せやね!」

「いこいこ!」

「……?」

 

訝しる紅葉の背を押して、俺…俺達は目的のアクセサリーショップに向かった。

 

 

――

 

 

「いらっしゃいま、せー……」

 

そこは女性向けのアクセサリーを集めた専門ショップだった。店内には装飾された髪を留めるピン、花柄を始めとした多種多様な模様の入ったシュシュ、バレッタ、カチューシャなどが中央に所狭しと並べられていた。壁を見てみると、そこにはまた様々な種類のピアスやイヤリング飾られ、店の奥には指輪やネックレスもあった。休日のお昼過ぎとのこともあって、店内には中高生の女の子やカップルの姿がそれなりの数見受けられる。

そこに勤める女性店員は新たに入ってきた客を迎えるために常日頃から言い続けてもはや条件反射的に声を上げ、そちらに顔を向けた。そして、いつもならとちらない繰り返した言葉を途中で詰まらせてしまった。

入ってきたのは、190に届こうかという位の長身の男性。少々キツイと思われてしまう目元だが、後から入ってくる女性に笑みを向けている姿は十人が十人整っているというだろう。

その連れの高校生くらいの女性三人も中々に整った容姿で、店員の声が一瞬途切れたことで出入り口に目を向けた店にいた客も驚いた様子だった。

 

「えっと、どないしたんやろ?」

「みんなこっち見てるね…」

「なにかやりましたやろか?」

「普通に、ベルが鳴ったからこっちを見たとかじゃないかな?さてとりあえず髪留め用のアクセがまとめられている所にいこっか」

「そうだね」

 

自分たちの容姿が注目されていることに気づいていない四人。彼らはとある一角に向かい、お互いに似合うアクセサリーを合わせあった。

そんな様子に、注目していた他の客も自分たちの買い物に戻り、店員も我に返って自分の職務に戻っていた。男の方は、しばらく女性三人に付き合っていたが何かを伝えて、手に持っていた荷物を彼女らに預けて店の外に出て行ってしまった。

彼女たちは出ていく男の姿を見送った後、再びショッピングへと戻った。

 

「私はこれにしよっと」

 

長い黒髪を下した女の子は飾りっけのないシンプルなヘアゴムを手にしていた。

 

「うーん…」

「どうしたの?和葉ちゃん」

「いやな?これ欲しいんやけど」

「へえ。誕生石の色をモチーフにしたシュシュ?この色が和葉ちゃんの誕生月のなの?」

「ち、違うんよ」

「え?違うの?」

 

自身の誕生日とは違う色の選んだ和葉。その顔は少々赤らんでいた。

 

「あ」

「え?分かったの、紅葉ちゃん」

「分かったというか、勘なんですけど。その色って平次君の誕生月の色なんとちゃいます?」

「!!」

「ああ!なるほど、服部君の!…へ、ヘアゴムにもそう言うのはないかな…確か、新一は五月だからエメラルド……」

「あ、ちょっと蘭ちゃん!…いってもうた……」

「そういえば和葉ちゃん何かなやんどったみたいやけどどないしたん?」

「え?あ、それはな…多分蘭ちゃんも同じ問題にぶつかるからそん時いうわ」

「??」

 

ヘアゴムのコーナーに蘭が向かって10分ほど。お目当ての物を見つけたらしく、二人の元へと戻ってきた。

 

「蘭ちゃん、みつけられました?」

「うん。見つけたのはいいんだけど…」

「けど?」

「高いんやろ?」

「え?」

「そうなの。ヘアゴムに出すにはちょっと…」

「ウチも、結構買い物しとったし手を出すには尻込みする値段なんよね……」

「ああ、そういうことですか」

 

2人が持つヘアアクセサリーは通常の物よりやや値段が張っていた。彼女たちの手にある荷物を見るにここに来るまでにも買い物を重ねていたのだろう。

 

「でも欲しい…(さっき、龍斗君に紅葉柄の物を贈っているのを見て「これや!」と思ったんやけどなあ。平次に贈るのもええけど平次を感じられるものを身に着けとくいうのもありやと思て選んだんやけど…ちょっと厳しい)」

「そだね……でも今日は諦めるしかないかなあ」

「そやなー…」

「何を諦めるって?」

「「「龍斗((君))!?」」」

 

しょんぼりしている二人の後ろから声を買えたのは20分ほど前に店から出て行った男性だった……なぜかその体に香ばしい香りをたずさえて。

 

 

――

 

「龍斗!どこ行って…なにやら美味しそうな香りを身にまとってますな?」

 

ああ、やっぱり匂いが移っているか。荷物を三人に預けて正解だった。

 

「ほら、さっきのブティックからココに来るまでに中華のお店があっただろ?そこでさ、「100人前餃子!30分で完食出来たら10万円」ってやってる張り紙が見えたから。それに挑戦してきた」

 

俺はそう言いながら、賞金と書かれた封筒を三人に見せる。一時間100個とかなら見たことあったけど100()()って無茶だろと気になったので入ってみると案の定一皿一人前六個。つまりは600個を30分で食わないといけない訳だ。失敗は何皿食べても一皿300円の100人前の3万円。成功者は今まで0。()()()()

 

「ええ!?すごいやん龍斗君!そないな大食いの特技なんてあったんや!」

「私も初めて聞いたかも…あれ、そういえば小学校の頃の給食でうちのクラスが一年間残飯0で表彰されるって言うのが六年間続いてたけど、あれってもしかして……」

「ああ、あれ。俺が全部食べてたよ」

 

トリコ世界出身の俺にしてみれば、餃子600個の大食いなんて大食いには入らないしね。15分で平らげて見せたら店長も店にいた客も唖然としてたからな。呆然としている隙にさっさと賞金を貰って退散してきたわけだ。

 

「(全然お腹でとらん…どないなってんねん)そ、それで?なんでそないなことしてきたん?龍斗君、お金にこまっとらんやろ?」

「うーん。まあ俺はね。でも二人は違うんじゃない?」

「「え?」」

 

実はさっきのブティックに寄った時二人の財布の中が見えてしまい、アクセサリーショップでもしかしたら足りないんじゃないかと思ったわけだ。紅葉の方は()()俺の財布から出そうと思っていたので問題はないが、二人にプレゼントすると言っても絶対に固辞するだろう。だから、わざわざあぶく銭を稼いできて()()()()()()ようにしたのだ。

そのことを二人に説明すると、渋々ながら欲しがっていたものを俺に渡してきた。どうしてそれが欲しくなったかの事情を聴いた俺はここで買うつもりだった紅葉のピアスを今の俺の根幹を支えている「龍」をアレンジしたものを作って贈ることにした。

 

 

――

 

 

「あんがとなあ、龍斗君」

「いやいや。ああいうお金はぱっと使うのが一番なのさ」

「それにしたってこんなに食材を買わなくても…」

 

俺だけではなく、女の子たちの手にもそれなりの荷物があった。いくらどんな重さもてると言っても、つぶしてはいけないモノや天井で突っかかってしまうので限界はある。特に今載っているようなバスのような場所では。

 

「きゃ…!」

「っと、大丈夫?」

「うん、ありがとう。龍斗君」

「ちょっと込み合ってきたし、しっかりバランスを取らないとね」

「あのぉ…」

「うん?」

 

俺達がバスの揺れについて話していると、座席に座っていた優しそうなおじさんが俺達に声をかけてきた。

 

「に、荷物が重そうだから席を譲るよ。そっちのお兄さんは立ったままになっちゃうけど…」

「え、でも…」

「いいからいいから」

 

断ろうとする声を遮り、さっさと立ってしまったおじさん。これは、躊躇している方が迷惑になるな。

 

「折角だ。譲ってもらおうよ」

「おおきにな、おっちゃん」

「ありがとうございます」

「ありがとうぉ」

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ…あ、でもそこ二人席だから二人しか座れないね…どうしよう」

「あ、大丈夫やで。ウチら三人とも細いから詰めれば三人で座れると思う!」

 

そう言って奥に和葉ちゃん、真ん中に紅葉、通路側に蘭ちゃんが座った。

 

「(うわ…服越しに見て知っとったけど)」

「(密着してるから余計に分かる…)」

「「(紅葉ちゃん、大きい…)」」

 

…うわあ。密着してるからお互いの()()がぶつかり合って形を変えてる……っていかんいかん。なに見てるんだ、しっかりしろ俺。

 

「ほ、ほら。座れたやろ?」

「ほ、ほんとだね…ねえ、君たちはどこに住んでいるんだい?」

 

んー?言葉だけ聞いたらナンパみたいだけどおじさんの様子からはそんな気配は微塵も感じられないし、どういうことだ?

 

「えー、オッチャンうちらをナンパしとるん?ダメやでー、そんなことしとったら横のお兄さんが鬼になってまうから」

「ち、違うよ!実は杯戸町のほうで骨董品店をやってるから…」

「あ、杯戸町なら近いです!私の家、米花町五丁目だから」

「!!そ、そっか。五丁目…じゃあ、このカタログとキーホルダーをあげるからぜひ来てね?約束だよ」

 

彼は座ってる彼女たちにその二つを渡すと、次のバス停で降りて行った。俺はその後目的のバス停に着くまで彼女たちを上から眼福だが、幼馴染みのお兄さん的立場の威厳を保つための試練となった光景を見続ける事となる…

 

 

――

 

 

時刻は八時。JK三人組と俺の力作が机に所狭しと並べてあるが、探偵三人は帰ってこない。

 

「コラ!平次!?なにしてんの!せっかくの夜ごはんが冷めてしもうてるやん。今どこにいてんの?うん…はあ?用事は済んだから帰る言うとったやないか。なんでとんぼ返りしとるん!?……え?ちょっと!……切れてしもた」

 

どうやら、平ちゃんたちが張っていた家が放火の被害にあったらしくその現場に立ち会うために帰りが遅くなると言う。

しょうがないので、三人の分は残して俺達は四人で夕飯を食べることにした……うん、みんな上手だな。いいお嫁さんになれるよ。

夕飯が終わり、まったりとTVをみながら雑談した後、俺は食器洗いが終わり次第シャワーを先に借りることにした。彼女たちは今日の戦利品を改めて見せ合うそうだ。

手早く、食器を洗いシャワーを借りた俺は三人に風呂が空いたことを伝え風呂上がりのフルーツシャーベットの準備を進めた。

三人があがり、シャーベットを食べてもらったり明日の予定を確認し合ったりしているとあっという間に11時を回ってしまった。

 

「アカン、もう11時回ってしもた!!」

「帰ってきませんねえ…」

「これはもう本当に先に寝ることになりそうだな」

「明日は皆でトロピカルランドやっちゅうのに帰ってこないつもりなんやろか」

「お父さんも一緒だからってコナン君連れて何やってるんだか」

 

歯磨きをしながら帰ってこない三人に思いをはせる俺達。と、いうか体は小学生なのに新ちゃんは良く夜更かしできるなあ。

 

「もうあんな連中ほっといて寝よ寝よ!おやすみぃ、龍斗君」

「あ、龍斗君はお父さんの部屋を使ってね」

「わかった」

「じゃあおやすみなあ、龍斗」

 

俺は小五郎さんの部屋へ、他の三人は蘭ちゃんの部屋に移動して寝ることになった……俺は寝ずの番になるのかな?()()()()()()()()()()なんで、あのおじさんが外にいるのやら……

 

 

――

 

 

俺達が寝る、と決めてから一時間。毛利家の電話が鳴った。電話は小五郎さんからで皆起きて応対した。まだ帰ってこないことにぷりぷりと怒っていた蘭ちゃんだったが小五郎さんに今日貰ったキーホルダーの話をしたところ、彼らは泡食った様子ですぐに戻ると言って電話が切れた。

 

「そんで?おっちゃんなんやって?」

「うん…なんかすぐ戻るから家で大人しく待ってろって」

 

……おいおい、なんで扉の外にいるんだ。紅葉も気づいているのか、不安そうな顔をしている。

 

「龍斗……」

「大丈夫。かなり緊張しているけど、危害を加える前兆の気配は感じられないよ」

 

和葉ちゃんも気づいているようだが…え?

 

「え?呼び鈴?」

「こんな時間に?誰やろ…」

「龍斗…」

「ああ…蘭ちゃん、和葉ちゃんも。下がって。俺が出る」

「「う、うん」」

 

玄関を開けると、バスの席を譲ってくれたおじさんがいた。彼は俺達を見るなり、バスでくれたキーホルダーを返してくれと言ってきた。理由を聞くと泣き出して、連続放火をほのめかす発言を繰り返すので仕方なく110番通報をした。

警察がつき、彼が連行される段階になって平ちゃんたちは戻ってきた。事情を話している俺達を尻目に、見知らぬ刑事が彼…玄田さんが自供したことが信じられないような叫びをあげていた。

 

「はあ!?晩飯ないのか!?」

「うん…え?食べてないの?」

「だって7人分だろ!?」

「せやかて頭に来たんだもん!まあ、龍斗君なんて夕方に餃子600個食べた後やのにパクパク美味しそうに食べてくれるから…」

「ついついよそっちゃって…」

 

ああ。だから俺の取り皿にはいつも何かしらのおかずがのってたのか。

 

「は、え?600?…はあ!?」

 

あ、そこに引っかかるのか。何やらびっくりした顔でこちらを見られるが、そんなもの今証明できないし曖昧な笑みを浮かべるしかない。結局、小五郎さんは喫茶ポアロの店長に何かを作ってもらう事にしていた。

……うん?探偵幼馴染みズは何かひらめいた顔をしているみたいだけどどうしたんだ?

 

 

――

 

 

翌日玄田のおっちゃんが犯人というのはおかしいと言う結論の元、もう一度現場を見直したいと平ちゃんが言い出した。どうやら玄田さんと被害者(昨日の四件目で死者が出た)周りには彼が自分を犯人だと思い込まさせられる職業の人ばっかりらしい。そら怪しむわな。

結局トロピカルランド行きは諦め、現場を訪れることになった。そこで昨日叫んでいた火災犯係の刑事、弓長警部と合流した。

玄田さんは黙秘を続けているらしい。と、いうか自分が犯人だと思ってはいるもののどうやって犯行を行ったか「分からない」の一点張りだそうだ。これは本当にマインドコントロールされてる可能性が高そうだ。

弓長警部は被害者周りの人物を詳しく探偵組に教えていた……ふむ、灯油の臭いがするからそこが発火場所かな。

俺はこっそりと灯油の臭いがする部屋に忍び込んだ。うーん、ココから感じられる臭いは2つ。どちらも玄田さんの物じゃないな…他の関係者と合わないと犯人は特定できないなあ…うん?

 

「平ちゃん、新ちゃん?どこから入ってきてんの」

「「た、龍斗!?」」

 

隣の家の塀から飛び込んできた2人。どうやらここが発火場所で間違いないらしい。そして、この部屋の痕跡からアリバイがあろうがなかろうが火をつけられる装置がここに仕掛けられていたことを突き止めていた。

そのことを弓長警部に話したところ、その話に納得して積極的に協力してくれるようになった。新ちゃんたちは犯人の証拠をつかむために玄田さんの家に向かいたいと提案しその通りになった。

玄田さんの家に着き、JK三人組は車に残して俺達は家の中に入ることとなった。

 

「今度は一緒に来てもらうで?龍斗」

「はいはい……」

「…なあ。そこの坊主はまあ分かるがそこの兄ちゃんも連れて行く意味あるのか?」

「おうよ!龍斗は発火場所知らないのに一直線にそこに向かうほど感覚が鋭いんや!オレらが気づかないことに気づいてくれるはずや」

「ほぉ…」

 

半信半疑の弓長警部だったが、それ以上は何も言わずに家の中に入った。

そこまで言われると俺もその気になるわけで…感覚を開いて家の中に入ると。

 

「ちょっと待って」

「??なんや龍斗」

「そこの壷の中、盗聴器があるよ」

「「「はあ!?」」」

「ほ、ほんとだ。あるよ!」

「ま、まじかよ…」

 

いやーな電波を発してるからすぐに分かるんだよね、盗聴器。

 

「こりゃ、前言撤回だわ。すげえなあんた」

「どうも。とりあえず回ろう」

「オウ!」

 

その後電話機、水晶の下に敷いてあった座布団から盗聴器を二つ見つけ、さらには証拠に繋がるものを被害者が握っていたことから真犯人も分かった。だが、立件するには犯人とされる玄田さんがいることが障害になっていた。

 

「それやったら…」

「犯人を罠にかける、良い手があるよ?」

 

 

――

 

 

犯人は四件目の被害者の旦那さん。動機は反対されていた家を潰して病院を建てる事を家を燃やして達成したかった、と……ひでえな。

そうそう、弓長警部が玄田さんを放火魔じゃないと信じていたのは彼が火事の原因になるタバコを雨が降ってくるまで探している姿を見たから、だったそうだ。新犯人が捕まったことで玄田さんは解放され、約束通り彼の骨董品店に来ているのだが…

 

「おっちゃん!もうちょっと負けてぇな!せっかくあんたを元気づけたろうと思て買いにきとるんやで?」

「でも、その時計は有名な細工師のもので…」

「なんぼ有名かて今時手でネジ回さんと動かへん時計なんて売れへんやろ?なあ、おっちゃん頼むで?」

「ちょっと平次、はよせな帰りの飛行機に間にあわへんよ…おっちゃん。その時計はもうそのままでまけんでもええわ」

「「え?」」

「そんかわり、これも買うからおまけにこれつけたってーな!」

「……えええぇええぇえ!?」

 

そう言って和葉ちゃんが指差したのは200万の指輪。それを見た俺と紅葉は顔を見合わせてため息をついた。蘭ちゃんや新ちゃんも同様だ。

 

 

「和葉ちゃん…」

「いくらなんでもそれはあこぎすぎます…」

「(まったくだぜ…オメーら本当にそれで元気付けてるつもりかよ……)」




平次と和葉の誕生月が別なのはオリ設定です。公式でも言及されていない…はず。盗聴器のくだりは変更しました。流石に工藤と言っているのはどうなのかと思いまして。
そして謎の三人称。女性陣の誰かの視点でもよかったんですけどね。いつぶりでしょうか。宮野志保(龍斗の変装)の飛び降り以来?世紀末以来?
龍斗の餃子大食いは余裕でギネス記録な気がしますが逃げるように出て行ったのでちょっとした騒ぎにはなりますが龍斗が達成したとは世間に伝わりません。時間が経つと都市伝説に……(都市伝説ネタの布石)








バスの二人席に紅葉を真ん中に三人で座る。これを書きたいがためにこの原作を採用しました(オイ


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第五十五話 -お金で買えない友情後日談、本庁の刑事恋物語5-

このお話は原作第39,40巻が元になっています。

活動報告にて、普段からお世話になっている誤字報告について触れています。いつも皆様ありがとうございます。
それから、活動報告でコメントを頂いた方へのコメント返事もさせていただきました。


さて、お話が進むにつれて龍斗が参加(介入)すると、「移動手段どうしよう?」という事)が多くなってきました。
平次や世良と被るのでやりたくなかったのですが、龍斗も二輪免許を持っていることにします。一応、取ったいきさつも今回語りますが唐突に設定を追加してしまい申し訳ありませんでした。

一応、経緯のようなものを活動報告「つぶやき5」に載せました。


「やっほー、博士。遊びに……あれ?」

「あ、龍斗のにいちゃん!」

「龍斗さん!」

「龍斗おにいさん!」

「やあ久しぶりだね、皆。相変わらず元気があってよろしい」

「へっへ!だってよ、「子供は火の子!」っていうしな!」

「元太君、それをいうなら「子供は風の子」ですよ…」

「あり?そうだっけ?」

「もう、元太くんったら~」

「つうか、それって子供が外で駆け回る時に言うんだけどな……」

「あら?子供たちが家の中を走り回っていたから案外間違っていないんじゃない?」

「お。コナン君に哀ちゃん。おはよう」

「「おはよう」」

 

はしゃいで室内を走り回っていた三人の後ろから現れた新ちゃんと哀ちゃんに朝の挨拶をした俺が博士の家に何をしたかというと……特に何も予定のなかった休日だったのでふと思い立って博士の家に来ていた。つまり普通に遊びに来ただけだったんだが、なぜか新ちゃん含め少年探偵団がいた。まあ新ちゃんがいたのは都合がいい。事件の話でも聞こうかな。

俺がいないところでも新ちゃんはガンガン眠りの小五郎として活躍しているので定期的に博士の家か俺の家、もしくは電話で遭遇した事件の話を聞いていたりする。原作……俺が存在している時点で「原作」なんてこだわる必要なんかないのだけど、微かに残っている原作知識で人が助かるのなら。助けられる未来があったのに助けないのは()()()()()()()()()ので、そうならないように新ちゃんから事件の話を聞いて知っている事件が近くないかを警戒したりしている。まあ、新ちゃんの関係ない所で結構人の死にそうな場面に遭遇しているから「もしかして新ちゃんの事件遭遇能力って感染する?」と最近は疑っていたりもするんだよなー。

 

「龍斗にいちゃん、今日はどうしたの?」

「ん、ああ。今日はオフだったから博士の所に遊びにね……時間があれば新ちゃんに近況を聞こうかなって思っていたんだけど」

 

後半は新ちゃんの身長に合わせるためにかがんで、小声で話した。

 

「あー……なるほどな。話してえのは山々なんだがなあ」

「彼らがいるってことはどっかに出かけるの?」

「まあな。実は……」

 

どうやら、白鳥警部から普段から事件解決に多大な協力をしている御礼としてトロピカルマリンランドのグループチケットを贈ってきてくれたらしい…これ、白鳥警部の自腹か?いや、自腹なんだろうけど、結構奮発したな。

 

「今から博士のビートルで連れて行ってもらうんです!」

「海の生き物がいっぱいいるんだってよ!」

「夜には花火がいーっぱい見れるんだって!…そうだ!龍斗おにいさんも一緒に行こうよ!」

「え?」

「そりゃいいな!」

「ですね!」

「それはいい案かものう」

「博士まで…って博士?いつの間に」

「ホッホッホ。ビートルの整備をしてて外におったからの。龍斗君が気づかないのも無理ないのう」

「その整備が終わって、さっき裏口から入ってきたところよ」

「哀君の言う通り。幸い、白鳥警部の送ってきたチケットはグループチケット。ワシら人数分じゃったらともかく、まだ人数に余裕があるからの」

 

博士がそう言って俺に見せてきたチケットには、確かにこれ一枚で10人まで入場できると書いてある…へえ、このチケットで入った人が園内で遊んだアトラクションや飲食店の利用料金が後日チケットの購入者…この場合は白鳥警部に請求が行くのか。しかも品目を精査して最も安くなるプランの料金で計算する、と。はー、よく考えてあるな。アトラクション100回とか乗ったならフリーパス、アトラクションには一回しか乗らず飲食ばっかしていたら食べ放題+アトラクション一回分、と。

 

「なあなあ、行こうぜ!博士ん家に来たとき「遊びに」って言ってたから暇なんだろ!?」

「良く聞いてるなぁ。まあ確かにヒマだけど」

「じゃあ、決まり。ね、ね?」

「歩美ちゃん…博士の車は五人乗りだろ?君たちと博士であの車はいっぱいなんだ」

「えええー!」

「いいじゃんか、一人くらい!」

「元太君……流石に法律違反はダメですよ…でも、残念だなぁ。折角龍斗さんと一緒に遊べると思ったのに」

「そんなあ…」

 

いやあ、こればっかはなあ。

しょんぼりする子供たちを見かねたのか、哀ちゃんが俺を見上げてきた。

 

「…ねえ、あなた。江戸川君に聞いたけどバイク持ってるんだって?」

「バイク?持ってるけど……まさか」

 

高校に上がってすぐに俺は二輪の免許を取っていた。目的は勿論色々な土地特有の食材や料理を買ったり味わったりするためだ。時間があればそれに乗って関東近郊から、たまに足を延ばして新潟まで食材漁りの旅に出たりしている。高2に上がっては紅葉を後ろに乗せてデートに行ったりしてるけどね。

 

「そのまさかよ。()()()()子供たちを悲しませるよなことはしないわよね?」

 

そのセリフとともに俺を見上げてくる3対の瞳。はあ。

 

「わかったわかった。俺の負け。準備してくるからそっちも出る準備しといて」

「「「やったーーー!!!」」」

 

俺は子供たちの歓声を背に一度家に戻ることにした。

 

 

――

 

 

一度家に帰ってバイクに乗るために着替えをしたのち、夏さんに遊園地に子供たちと行くと伝えると夏さんは「龍斗君はいいお兄ちゃんなんだね。私の小さい頃にもよく怪我してくる色黒のお兄ちゃんがいたけど今はどうしているのかなぁ」と、何やら気になることを言っていた。正直、その人の話が気になったが時間が差し迫っていたので追求せずバイクを納屋から出して、夏さんの行ってらっしゃいの声を背中に浴びながら博士の家まで押して行った。

 

「わあ!かっけえバイク!」

「ホントだ!これが龍斗さんのバイクなんですね」

「歩美、後ろに乗ってみたい!」

「あ、ずりいぞ!俺も乗りたい」

「ボクもです」

「あー、ゴメンな皆。子供用のヘルメットがないから乗せてあげる事は出来ないんだ」

「えー、まじかよ」

「マジなんだよ。大人用のメットじゃ大きすぎるしね」

「そっかー、残念…」

「今度までに買っておいてあげるから、ね?」

「約束ですよ?」

「おーい、みんな。そろそろ出発するぞい」

「さ、博士の車に乗って。俺もすぐ後ろをついて行くからさ」

 

バイクに乗りたがる子供たちを宥めて、俺達はトロピカルマリンランドへと出発した。

 

 

――

 

 

「やっぱり休日だから人がいっぱいだね…あ、元太君まだみんな入ってないのに勝手にどっかいかない!」

「へ?あ、わりーわりー。なんか楽しそうでよぉ」

「待ってくださいよ、元太君!」

「あー、二人とも待ってよ…っきゃ!」

「ほら、歩美ちゃん。そんなに急がなくても大丈夫。転んで怪我したら大変だよ?」

「あ、ありがとう。龍斗おにいさん」

 

マリンランドに到着した俺達はさっそく白鳥警部のチケットを使って入場した。興奮して走り出そうとした元太君を諌め、それに釣られて走って転びそうになった歩美ちゃんを受け止めた俺はそのまま歩美ちゃんを肩車した。

 

「わあ♪高い高い!」

「あーー!」

「ずりいぞ、歩美!」

「ボクもやってほしいです!」

「えー、私が今やって貰ってるんだよー。順番順番」

「…あー!でも前のパレードの時オレだけやって貰ってねえぞ!」

 

そう言えば確かに元太君だけやってなかったな。

 

「なあなあ!オレに代わってくれよ!」

「えー、でも……」

「じゃあこうしようか?」

 

俺は一度歩美ちゃんを降ろし、元太君を肩車した。そして光彦君、歩美ちゃんは二の腕に座らせ立ちあがった。

 

「わあ!」

「すっげえ!たっけえ!」

「いっぱい人がいるのに向こうまで見える!」

 

子供たちの視線だと優に2m以上の高さだからね。そりゃあ向こうまで見えるわ。

 

「相変わらずふざけた怪力ね…」

「本当にな。つうかめっちゃ目立ってるぞ、オメー」

「いいさいいさ。この三人が心配だからね。こうしておけばどこかに勝手に行ったりしないだろ?」

「そりゃそうだがのう」

「まあまあ。疲れたら降ろすし…さあみんな、どこから行こうか?」

「えーっとね…」

「ボク、あれ乗りたいです!」

「はい、じゃあ一番早かった光彦君の所から行こうか!」

「わぁい!」

「じゃあ次はオレ!」

「次は歩美の行きたいところ!」

「それじゃあアトラクションを乗った後でまた決めよう」

 

そして俺達は子供たちにどこに行きたいかを聞きながらあっちへこっちへ色々なアトラクションに乗った。歩いている間に俺が回った国の事や美味しい食事の事を話したりすると子供たちはとても喜んでくれていた。途中、お昼も食べて再び三人を乗せて遊園地の中を回っていると…

 

『そこ行くお兄さん方』

「ん?」

「わあ!マリンランドのマスコットのマリリンです!」

「おお!…でも下向いてて顔見えねえぞ?」

「ほんとだ、お顔見えない…」

「そりゃあ、君たちは今この遊園地の中で一番目線…背が高いからね。マリリン。ちょっとだけ上を見てあげてくれないか?」

『あ、ああ。勿論いいとも!』

 

そう言ってマリリンの着ぐるみを着た人は顔を上に上げてくれた……子供たちは大はしゃぎしているが俺の目線の高さからは上を向いたことで首に隙間が出来て白いタオルを巻いた人の首が見えている。ふと下を見ると新ちゃんと哀ちゃんにも見えているようで苦笑いだ。

 

「なあ龍斗にいちゃん!マリリンの後について行ってくれよ!」

「え?」

「マリリンがこっちについてきてくれたら記念写真を撮ってくれるそうなんです」

「ね?お願い、ついて行って!」

「わかった、いいよ」

 

記念写真を撮ってあげるからついてこい?何かいいロケーションの所まで案内してくれるのかな?

マリリンの先導について行くとどうやらちょっとした休憩ができるスペースに誘導したいようだ…んー、机のあるところで子供たちをこのままにしておくのは他の客に迷惑になるか。

 

「みんな。屋根の下に入るからちょっと降りてもらうよ」

「「「はーい!」」」

 

子供たちは素直に応じてくれたので俺は彼らを降ろした。

 

「いやあ、楽ちんだな!」

「そうですね!龍斗さんのお蔭でいつもよりアトラクションが楽しいです!」

「うんうん、ずーーーっとドキドキしてる!」

 

そりゃあ、俺に乗っているのもアトラクションみたいなもんだしな。歩き回る疲れがない分、アトラクションに全力を出せているのだろう。

 

「…あ!」

「ん?…あー!」

「「「高木刑事と佐藤刑事だーーー!」」」

「ゲ…」

 

おやま。子供たちが見つけたのは警視庁捜査一課の佐藤刑事と高木刑事だった。これはデートのお邪魔をしちゃったかな?

 

「ど、どうしてみんながココへ?」

「白鳥警部がワシの所にここのグループチケットを贈ってくれたんじゃ。いつも事件解決に協力してくれている礼と言ってな」

「へえ。白鳥君がねえ……」

「で、でも偶然だなぁ。こんな所で出会うなんて」

「このマリンランドのマスコットのマリリンに連れてきてもらったんですよ!」

「そうそう、ここに来たら記念写真を撮ってもらえる…て?」

「あれ?マリリンは?どっか行っちゃった」

 

あれ。俺が子供たちを降ろしている時にどっか行っちゃったのか…っと。

 

「博士。携帯が」

「おお…もしもし?…ああ!白鳥警部か。…ああ、贈ってもらったチケットで皆とマリンランドに来ておるよ。みんな楽しませて貰っておるよ!…何?この前の事件で確認してほしい資料がある?」

 

ん?この前の事件?

どうやら白鳥警部はこの近くに車で来ているらしく合流したいそうだったが、高木刑事がものすごい勢いで「ダメ!」のジェスチャーをしていた。そう言えば新ちゃんに聞いたけど佐藤刑事のファンの刑事が二人の交際を妨害しようと躍起になっているって言ってたな。ああやだやだ。そんなことする前に自分を磨けばいいのに。

 

「え?今から家にFAXを送るから三時までに折り返しの電話をくれ?いや三時って今から帰らないと間に合わない…はい?」

「…博士?何で俺に携帯を?」

「いや、白鳥君が君に渡せって」

「はあ?……はい。緋勇です。お電話かわりました」

『やあ、緋勇君。実は君にも確認してほしいものがあってね。博士のFAXと一緒に送るから君も確認して三時まで電話をしてほしい…それじゃ』

「え?ちょっと。任三郎さん!?…切れちゃった。三時って。今から帰らなきゃギリギリだな…」

「龍斗君もそう言われたのか。困ったのう。子供たちは夜の花火を楽しみにしていたというのに」

「ええ。流石にこの人混みに子供達だけ置いて行くわけにもいきませんし…」

「じゃあ私達が子供たちの面倒を見てあげようか?どうにもうちの同僚が原因みたいだし」

「そ、そうか。すまんが頼まれてくれんかのう?」

「えええ!龍斗おにいさん帰っちゃうの!?」

「もっと一緒に遊びましょうよ!」

「そうだぜ!龍斗のにいちゃんの話すっげえおもしれえからもっと聞きたいのに」

「ごめんね。でも佐藤刑事たちと一緒に遊ぶなんてもうできないかもしれないし、ね?」

「それはそうですけど…」

「いい子にしていれば、また絶対一緒に遊ぶから。な?」

「約束ですよ?」

「ああ。俺は出来ないことを約束したりしないんだ。じゃあ約束」

「「「約束!!!」」」

 

子供たち一人一人と指切りをした後、俺は二人の刑事に向き直って。

 

「それでは申し訳ありませんが子供たちをお願いします…あ、これ俺の電話番号です。帰る30分前には電話ください。博士が迎えに来ますので」

「ええ。分かったわ」

「もう、仕方ないなあ…任されたよ」

 

俺はその言葉に頷きで返して博士とともに阿笠邸へと帰路についた。

 

 

――

 

 

「……」

「佐藤さん?」

「ねえ、高木君。なんでもないように電話番号貰っちゃったけどこれすごいわよね?だって世界中のセレブにファンがいるって言われるあの緋勇龍斗の連絡先よ?」

「い、言われてみれば確かに」

「そういえば龍斗にいちゃん、あんまり連絡先を交換しないんだって。龍斗にいちゃんの連絡先知っているのはホントに親しい人だけだって」

「へ、へえ…これもしかしてヤバい?」

「そうね。彼のファンが知ったらSNSが大炎上するくらいにはヤバいでしょうね。彼の料理を食べたこと無くても容姿でファンって子、結構多いみたいだし」

「私はSNSやってないからいいけど…そっかあ。由美には絶対言えないわね……」

「それにしても、いつみても高校生には見えないね。あの子。体格といい、物腰といい…」

「そうね。私の命の恩人だけどどうにも大人な対応されてこっちが戸惑っちゃうと言うか…」

「なあなあ!それよりさっさとアトラクションに行こうぜ!」

「高木刑事!龍斗おにいさんみたいにしてー!」

「龍斗おにいさんみたいにって?」

「龍斗さん、今日一日中元太君を肩車して二の腕にボクと歩美ちゃんを乗せて移動していたんです!」

「10時からここに来て、アトラクションとかお昼ご飯の時間を抜いたら…三時間くらいずっとかな?たぶんそのまま夜までやるつもりだったと思うよ」

「ええええええ!」

「……いや、ほんとに。色んな意味ですごいわね…」

 

 

――

 

 

「っくしゅん!」

『なんじゃ龍斗君。風邪か?』

「いえ。多分違うと思います。誰かが噂でもしているんじゃないですかね?」

 

俺と博士は帰路についている途中、ハンズフリーにして話をしながら運転をしていた。

 

『そういや龍斗君は風邪ひいたことなさそうじゃのう。ほら、昔君たちの学校でインフルエンザが流行って学級閉鎖があったじゃろう?新一や蘭君、園子君もそろって』

「ああ…そういえばそんなこともあったなあ。よく覚えているね、博士?」

『はっはっは。新一のお見舞いに行ったら君が世話してたからの。まあそれでワシもインフルエンザを貰ってしもうたのんじゃがな…』

「ああ、だから覚えてたのね…そう言えば博士。事件って何?最近新ちゃんまた何かに巻き込まれたの?」

『新一というか、ワシらも巻き込まれたんじゃよ。先日キャンプに行った時にな…』

 

そうして、キャンプで巻き込まれた偽りの友情で繋がっていたサークルの殺人事件の話をしてくれた。

 

『そこでな、哀君が言ってやったんじゃよ!「お金なんかじゃ人の心は買えやしない」ってのう!わしゃあもうその言葉を聞いて胸がすっとして…』

「わかった、わかった!分かったからしっかり運転してくれ博士!もうすぐ家に着くって言うのにそんなふらふらしてたら心配になっちゃうって!」

『おっと、すまんすまん…着いたな』

 

もう。あんまり道が広いわけじゃないのにふらふらされたら危ないって。

俺と博士は博士の家に着き、取りあえず三時に差し迫っていたので俺は家に戻らず、博士の家の庭にバイクを置いて家にお邪魔した。

 

「それにしてもなんなんじゃろうなあ。キャンプの時の事件なら事情聴取はちゃんと受けたし、犯人もしっかり捕まっておるのに」

「俺もなんなんだろ。最近事件に巻き込まれたなんてことは…火事の現場に入った位?だし。そうなるとまた別の課の話だろうし。任三郎さんに確認して貰わないといけない資料を貰わないといけないことなんて心当たりが…うん?」

 

いや待てよ?そもそもなんで俺が博士と一緒にいるって知っているんだ?俺が今日博士と合ったのは気紛れだし、マリンランドに誘われたのも偶然。という事は俺が博士と一緒にいることを事前に知ることは出来なかったはずだ。なら、彼はどこかで俺が一緒にいることを見て、電話してきた。何のため…?今の状態は俺と博士がココにいて、子供たちは…ああ……まさか。

 

「うーん、三時を超えてもちっともこないのう……」

「ねえ、博士。任三郎さん…白鳥警部って佐藤刑事のこと好きなんだよね?」

「え?ああ。確かそうじゃよ?」

「それで、今日が期日のグループチケットを白鳥警部に貰って、佐藤刑事にあったんだよね?」

「そうなるの」

「そして、佐藤刑事は高木刑事と()()()()()でデートをしていたけど白鳥警部の電話で保護者の俺達は帰らなくならなければならなくなった。それで、子供たちは?」

「佐藤刑事たちが面倒見てくれてる…の?まさか……」

「多分、そのまさかだと思う。だって、イレギュラーな俺までここに来るように言われてるし。白鳥警部の目的は…」

「「デートの妨害」」

 

いやあ、自分の知り合いがそこまでしていると思うと何とも言えない気分になるなあ。でも……

 

「はあ……ま、いっか」

「え?いいのかのう!?」

「どういう思惑があったにせよ、子供たちが楽しそうだったしね。俺も博士も急いで帰ってきたってだけで特に不利益はこうむってないし」

「じゃ、じゃが高木刑事は不憫な思いをしとるし…」

「ははは。そこはほら、将来子供が出来た時の予行演習だと思って頑張って貰えばいいのさ。結構大変だって今頃実感しているはずだよ。子供って目を離したらすぐどっかに行っちゃうからね」

「そういうもんかのう…」

「そういうもんさ。じゃあ俺達はのんびり佐藤刑事が帰るって連絡が来るまで待とう。2人に今日子供たちに付き合ってくれたお礼も何か作りたいし。博士、キッチン借りるよ。ついでにコーヒーも入れてあげる」

「ほう!そりゃいい。いただこうかの」

 

 

 

そうして、俺と博士はまったりと連絡が来るのを待った。

…まさか、遊園地で麻薬取引の現場に遭遇したなんてびっくり情報が来るなんて思いもせずに……

 




少年探偵団の子供たちは割と龍斗に懐いています。まあ美味しい料理を作ってくれるし、丁寧な物腰で接してきますしね。

多分、次の次位から「二元ミステリー」にいきます。いくつか伏線(のつもり)で書いたものを全て回収できるのか…今から胃が痛いです……


今更ですが、どれが誰のセリフの書き分けって難しいですね。金田一のを書いている時に特にそう思います。


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原作41巻~
第五十六話 -イチョウ色の初恋、四台のポルシェ-


このお話は原作第40,41巻が元になっています。

5/6(日)に投稿したものに「4台のポルシェ」を追加したものを5/7(月)に再投稿しました。今後このようなことがないように注意していきたいと思います。申し訳ありませんでした。

さて、話は変わりますが原作「名探偵コナン」の最終更新日時が新しい順で拙作「名探偵と料理人」が2Pにあるのを久しぶりに見ました。
映画効果で新作が投稿されるのは嬉しいですね。自分も去年の映画に感化されて書き始めた口なので去年もそんな感じだったのかな。
もっと増えろー。

・最近週一で活動報告の方にもなにかしら投稿しているので、お気に入りユーザー登録をして頂けるとその通知がいきますので、興味のある方はどうぞ。


「じゃあ、俺と園子ちゃんでハンバーガー買ってくるから」

「うん。よろしくね」

「そっちも列の方お願い」

「任せてください」

「いくわよー、龍斗クン」

「ああ」

 

俺は並んでいた列を離れ、ハンバーガーショップへと向かった。

お店について中に入ってみると人がソコソコ並んでおり、俺と園子ちゃんは雑談に興じることにした。話題は…群馬方面で巻き込まれた殺人事件について。

 

「それでさー、せっかくテニスをしに行ったのに雨でできないし!おじさまのレンタカーは川に流されるし!殺人事件に巻き込まれるしで散々だったのよ」

「それはまた、ご愁傷様というか……」

「でも、今度のはちょっと犯人に同情しちゃうのよねー」

「と、いうと?」

「その殺されたおじいさんが嫌な人でさー。明らかに人を傷つける目的であれこれ指図して、それで犯人の奥さん亡くなっちゃったんだけど笑ってたっていうしもう最悪」

「それは……性根がひん曲がっているね」

「そうなのよ!だからなんか可哀そうだなーって」

「でも人殺しはなあ…とは思ってしまうな。代替案としてこうすればよかったのに、っていうのが言えないからその件に関しては偉そうなこと言えないわな…」

 

彼がそうしてしまった経緯は分かった。すでにコトが起きた後だという事も。人をむやみやたらに殺すのは悪だとは思う。だがその結論に至る過程を知ってしまって、なお否定するなら別の道を示す責務があると俺は思う。

まあ……ただ無軌道に殺しを行う輩もいるし、どうとも思っていない人もいるからすべてはそうとは言えないけど。

 

「あら?龍斗クンにしては煮え切らない答えね?」

「いつだってしっかりした意見を言えるわけじゃないさ。少なからず犯人に同情しちゃってるってのが本音だし、でも俺が常日頃言っている人殺しはいけないって言うのに相反しているからね。だからふわっとしたことしか言えないよ」

「ふーん…あ、私達の番が来たわよ」

 

トリコ世界の時代に、意思疎通が出来た者を殺したことはある。俺の場合はそのものが食材、もしくは食べることに通じる障害として。これも俺のエゴだが、自分が生きるためという大前提が根底にあったんだ。トリコ世界は大体が食に通じていた。それ(殺人)をしなければ文字通りの「死」があった。まあ俺の出身地は例外だが。

だが、コナンの世界に来てからは気持ちを納得させるためだったり単純に障害だなと「思ってしまって」犯す殺人を目の当たりにしている。その人がいても自分が死ぬわけではない。なのに……ああ、やめやめ。折角の休みだって言うのに気が滅入ってしまう。

 

「……龍斗クン?ものすごい量頼んでたけど、それ立ったまま食べるの?」

「へ?」

「え?って無意識だったの?ずっと大丈夫かって尋ねてもなんか上の空だし。「どこの団体さん向けなのよ」って量になっているわよ?…蘭に聞いて龍斗クンが大食いだって聞いたけど本当にイケるの?」

 

どうやら色々考えているうちに注文を済ましていたらしい…わお、バーガー系全部を2つずつ?全部で100近いな。しかも今日の買い物に使うつもりだったお金が無くなってる。

 

「はあ…流石に飲み物は一つか。お店も準備して半分くらい終わってるからキャンセルも出来ないし。まあぼーっとしていた俺が悪いか」

「ね、ねえ。本当に大丈夫なの?なんならウチに持って帰って使用人に配るわよ?」

「ありがと。食べきれなかったらそうしようかな?」

 

そこから待つこと15分。お店が用意してくれた大量のハンバーガーを手に俺達は二人が待っている列に戻った。

 

「たっだいまー、蘭!紅葉ちゃん!聞いてよ、龍斗クンったら…って、電話?誰から」

「ああ、お帰り園子龍斗君。コナン君から電話があって。園子に用事があったみたいだけどいないって言ったら切れちゃった。なんだったんだろうね?」

「気にしなくていいんじゃない?だってあの子といるといっつも事件に巻き込まれるんだもん」

「あはは…それにしても、さっきより列伸びてない?もう少しで限定モデルの販売開始だけどまだまだ伸びそうだな……なんてブランドだっけ」

「フサエブランド、よ。イチョウのデザインが特徴の。品質が良くて、可愛らしいものもあればシックなのもある色んな年齢層に人気のあるブランドなんやで?値段も高校生でも買えるものがあるからこないな列になっとるんやろな」

「そうそう、ここ数年で一気に名前が広がったのよね。それにしても蘭がブランド物の買い物に私達を誘うなんて珍しいわよね。いつもはどこのブランドで、とかじゃなくて気に言った物を買うって感じなのに」

「それはね。10年前にある人と約束したんだ」

「約束?」

「うん。ほら、小学校のイチョウ並木があるでしょ?12月の初めか、11月の終わりくらいに突然雨が降ってきてイチョウの木の下で雨宿りしてたの。そしたら帽子をかぶった女の人が傘を貸してくれたの」

「へえ…あれ?10年前で一年生の時だよね?あの頃は俺と新ちゃんと蘭ちゃんとでいっつも一緒に帰ってたけど記憶にないぞ?」

「多分、龍斗君は一年の時は生き物係だったからその当番か何かだったんだと思うよ。それで、傘を貸してくれた時に将来彼女がデザインしたバッグかアクセサリーを買ってねって指切りしたの。その目印が…」

「銀杏ってわけやね。銀杏をモチーフにしたブランドなんて他にありませんし、すっごい人と会うたんですね」

「うん。その時は彼女も言ってたけどまだ有名じゃなくて頑張るから!って言ってたから」

「本当に頑張ったんだね!でもいいなあ。私もその時その場所にいたら、フサエさんとお近づきになれたのに!」

「園子ちゃんは用事でもあって先に帰ったのかもね?にしても、11月下旬から12月上旬に出会ったってことは今日は11月24日だし、今日も当てはまるし10年前の今日であったのかもしれないね」

「龍斗の言う通りやけど、流石にそないな偶然……」

「あ!私小学校の日記にそのこと書いた気がするから家に帰ってから調べてみるね」

「今日だったらなんだか運命感じちゃうわね!」

「だね!」

「……それで?さっきから言いそびれてしまいましたけど、なんなん?その大量のハンバーガーは」

「あはは…注文の時にミスっちゃってさ。大丈夫、あと30分はあるし100個くらいよゆーよゆー。二個ずつあるし、皆も一口ずつ食べてみる?中々ないよ?全種類食べられるなんて」

 

その後、開店10分前には食べ終わり(JK組は一口ずつでも10種類ほどでギブアップし残りは全て俺が食べた)、蘭ちゃんのお目当ての物は無事ゲットする事が出来た。

俺も残ったお金で買える、小銭入れを購入し蘭ちゃんと園子ちゃんを家に送り届けて帰路についた。近所に二人で着いた時はとっぷりと夜になっていた…おや。

 

「あれ?博士」

「ん?おお、紅葉君に龍斗君。今帰りかい?」

「はい。蘭ちゃんたちと買い物に行ってましてその帰りです」

「こんばんは、哀ちゃん」

「こんばんは」

「二人も今帰り?なんか3時過ぎに新ちゃんから蘭ちゃんに電話してたみたいだけど今日はどこかに遊びに行ってたの?」

「ははは……まあ、色々とじゃよ」

「……まあ、いい一日だったわ。でもここで話すには長いからまた今度ね」

「そっか……あ」

「どうかしたかい、龍斗君」

「二人が今帰ってきたってことは今日の夕ご飯は?」

「そうね、今から準備しなきゃいけないわ」

「そやったら、ウチらと一緒に食べへん?龍斗は…」

 

そう言って俺に目くばせする紅葉。俺としてはまだまだ全然入るけど、ね。

 

「さっきハンバーガー100個食べてお腹いっぱいだから、俺の分がまるまる空きますね。紅葉もさっき少し食べたばかりだから大人と子供分くらいならありますよ」

「いや、しかし。悪くないかのう?」

「今日は夏さんが料理の担当ですし、残るより食べてもらう方が彼も嬉しいって」

「!!」

 

夏さんの料理に反応する哀ちゃん。前に聞いた話だと、明美さんとして手料理を何回か振る舞ったことがあると言っていたから夏さんの料理は彼女にとって煩悶させるのだろう。でも食べたくないわけがないから、ね。もう少し、もう少したてば……

 

「それに、食べながらなら時間を気にせずに今日あった話を聞けるでしょ?」

「まあその通りなんじゃが…どうする?哀君」

「いくわ。かのじ…彼の料理は好きだから」

 

こうして、今日は阿笠邸の面々が加わった夕食となった。そこで語られたのは40年越しの初恋のお話―――

 

 

――

 

 

「ねえねえ!見て見て、コナン君!今日の戦利品!じゃーーん!」

 

蘭が夕食の時に見せてきたのは朝から並んで買ったという、フサエブランドの限定モデル。イチョウがデザインされたおしゃれなバッグだ。

 

「へえ。それが今日一日、並んで買ったバッグなんだ」

「そうなのよー。朝から行ったのにすっごい人でね。疲れたー。でもよかったわ。約束はちゃんと守らないとね」

「約束?」

「うん。10年前にした約束。しかもね、さっき私が小学校一年生の時の日記を見たらその約束をしたのって今日だったのよ!」

 

ほら、と言って見せてきたのはひらがなだらけの蘭の10年前の今日の日記。確かに傘を借りたおばさんにお礼の約束として彼女が作ったものを買うって書いてあるな。しっかし、あ()()さりって多分一年の時の蘭には分からなかったんだな…ってことは、彼女は。

 

「ね、ねえ?蘭ねーちゃん」

「なあに?」

「このフサエブランドって誰がデザインしてるの?」

「え?フサエ・キャンベル・()()()よ」

 

!!そっか、やっぱり10年前に居たのは彼女だったのか。どこの誰か分かって…

 

「良かったな、博士……」

「ん?何か言った?」

「ううん、なーんでも。さ、ご飯食べよ!」

 

 

 

=================================

 

 

 

「あー、ヒマだ。やっぱり俺も紅葉達と一緒に卵粥食べに行けばよかったかなあ。でもジョディ先生も一緒だって言うし」

 

最近さらに目線が厳しくなってきたジョディ先生と、JK三人組が東都デパートに卵粥で有名な店にお昼を食べに行っているので今俺の家にいるのは俺だけだ。にしてもなんで、あんな厳しい感じなのか。まさか、俺がシャロンさんと仲がいいから「黒の組織」の一員と勘違いしている…なわけないか。

家にいない伊織さんと夏さんについては伊織さんは京都に戻っている。なんでも紅葉の着る新作の着物の受け取りだそうだ。夏さんは父さんの実家の方へ武者修行に行ってもらっている。昨日貰った電話だと割と厳しく扱かれているみたいでへとへとになっていた。でも、「緋勇家って人外魔境なのね…」はひどいな。皆いい人たちなのに。()()()()()()()()()以外は。

 

――Prrrrrrrrrrrr

 

「ん?誰だろ……はい、緋勇です」

『おお、龍斗君。家にいたのか、よかった!』

「はい?」

『いやのう、実は哀君が熱を出してしまっての。病院の診察待ちの間にどんどん悪化してしもうて……』

「それは大変じゃないか。俺の知り合いの先生に頼みましょうか?いい先生を紹介しますよ?」

『あ、ああ。それはもういいんじゃ』

「??」

『ともかく、お医者さんについてはもう来てもらっておるからの。龍斗君には何か性のつくものを作ってほしいんじゃよ。ほら、前にワシが病気になったときも作ってくれたじゃろ?』

「あー、それは構わないよ。それにしてもよく俺が家にいるって分かったね?」

『実は……』

 

博士が俺の携帯ではなく家の方にかけてきたのは、彼女を診察に連れて行ったのが東都デパート内にある診療所で待ち時間を利用してお昼を食べようとした…卵粥を。そう、そこで紅葉達に会って俺が紅葉が出かける時には家にいたことを聞いたそうだ。もし、紅葉が出た後に俺も外出していて哀ちゃんのことを出先で聞いたらオレが用事を切り上げてくるんじゃないかという気回しが働いて家にかけてきたと言う。流石長年の付き合い。よく性格を把握してらっしゃる。

 

「わかった。材料はこっちで持っていく?」

『いや、家にあるもので頼むよ。出来れば今後のためにレシピも教えて欲しいのじゃが…』

「いいよいいよ。別に大事にしていない訳ではないけど金庫に入れる、って程の(レシピ)じゃないからさ」

『すまんのう。よろしく頼んだよ』

「任された。じゃあ今からそっちに行くね」

『外は雪がふっとるから体を冷やさんようにな』

 

そう言って博士の電話は切れた。さて、と。行きますか。夏さんが居なくてよかったよ。もし聞いていたらすっ飛んで行っただろうしね。

 

「おー、ほんとだ。しんしんと降ってるな」

 

外に出てみると確かに雪が降っていた。これなら大人(と、言っても成人前だったらしいけど)と同じ感覚で生活していたら子供の身体じゃあ耐えられなかったのかもな。俺は傘をさし門扉から出て……うん?

 

「黒のシボレー?またごっついのに乗っている人がこんな住宅街に何の用だ?」

 

博士の家の近くに外国車が止まっていた。どうやら運転手も乗っているみたいだ…な!?

 

「(赤井さん!?)」

 

シボレーに乗っていたのは赤井さんだった。賢橋駅で新ちゃんか哀ちゃんを尾行していたことといい、この時期にすでに哀ちゃんについてなにか勘付いているのか…ダメだ。思い出せない。

俺は彼に気づいたことを気づかれないようにしつつ、博士の家に入った。俺が博士の家に入った時に彼の警戒が強くなったようなので、完全に阿笠邸をマークしているようだ。

 

「博士ー、来た…よ!?」

「Oh…緋勇クン」

「あれ?緋勇君?」

 

これは…どういうことだ?新出先生に扮するシャロンさんが居るのはまあ博士が呼んだから分かる。けどジョディ先生は紅葉達と東都デパートにいるはずだけど……というか、まっずいなー。もうシチュエーションが最悪だ。

 

「あの博士は?」

「あ、ああ。さっきコナン君から電話があったみたいで…ほら」

 

新出先生の指さす方に目を向けると確かに携帯を閉じている博士がいた。今終わったばかり見たいだな。というか、博士の家に入った瞬間にいつもはいない、組み合わせてはいけない二人が目に飛び込んできたから気づかなかったわ。

 

「おお、龍斗君よく来てくれたのう!」

「ああ、うん。それは全然かまわないんだけど。状況を教えてくれない?」

「状況?」

「今日何があったか、だよ」

「うーん。状況といわれてものう…」

 

博士が教えてくれたことを簡単にまとめると。

・哀ちゃんが朝から体調が悪く、休日の今日にあいている東都デパートの診療所に行くことにした。

・そこで待ち時間が発生し、卵粥を食べることにした。

・紅葉達と出会ったが、新ちゃんが食べずに車に戻ると言いだし、戻ってみると殺人事件があった。

 

「待って。ちょっと待って。殺人事件?」

「あ、ああ。車の中で人が絞殺されておったんじゃ」

「なんでこう……まあ、うん。それで?」

「何か諦めてないかい?緋勇君」

 

・殺人事件が起きた駐車場に車を止めていたために動けない。

・哀ちゃんの体調がどんどん悪くなる。新ちゃんは動くなと言われていた。

・朝新ちゃんが電話したときには出なかった新出先生にダメ元で電話したら出た。

・新出先生が警察関係者と知り合いで、病気の子を抱えている博士が出たいと言えば出れると提案した。

・その通り、出る事が出来て博士の家に帰るためにタクシーを拾おうとしたらジョディ先生が拾ってくれた。

・さっき、

 

「なるほどね。取りあえず、彼女の様子は?」

「ただの風邪ですね。栄養をしっかり取って安静にしていたら直に良くなりますよ」

「そうですか、良かった」

「緋勇クンはどうしてココに来たんですカー?」

「俺は博士に呼ばれて病人食を作りに来たんですよ…そのカットフルーツ」

「え?これですかー?」

 

ジョディ先生の持っているお盆にはカットされた色とりどりのフルーツが載っていた。どうやら哀ちゃんに食べさせてあげるために切ったのだが哀ちゃんは寝てしまっているらしい。

……にしても、なんか嫌な感じがするから感覚を開放して()()みたら。哀ちゃんの枕元、ベッドの下、あと数か所に盗聴器。そしてジョディ先生はどこかに発信している通信機があるな。電波が飛んでる。

 

「それ、貰ってもいいですか?」

「what?」

「せっかくあるので病人向けのフルーツジュースを作ろうかなって思いまして。博士ー、オレンジジュースあるー?」

「あー、確か切らしておったのう」

「そっか、じゃあ彼女が起きる前に買ってそのフルーツと合わせて…ジョディ先生?」

「え?」

「どうしました?顔色悪いですよ?」

 

ジョディ先生の顔は真っ青になっていた。

 

「ダイジョーブでーす…ちょっと嫌なことを思い出しただけなんでーす」

「は、はあ……あ、博士。ジュースと一緒におかゆのレシピも残していくから明日の朝はそれを食べさせてあげてね」

「すまんのう、龍斗君」

「いいっていいって。お安い御用さ」

 

俺はジョディ先生からフルーツを貰い、ジュースを使った。因みにオレンジジュースは俺の家の物を使った。俺がキッチンを借りて料理をしていると、対面のカウンターに新出先生が座った。

 

「緋勇君は家がこの近くなのかい?ずいぶん早く着いたみたいだけど」

「(知ってるくせに。)ええ。目と鼻の先ですよ。博士が彼女を引き取ってからちょくちょく顔を合わせてますしね」

「へえ…それでも、せっかくの休日なのに家で休んでいなくてよかったのかい?最近忙しいんだろう?」

「ま、()()ですからね。それに彼女がココに来て間もない時に「子供は大人が守ってあげないといけない」って。だから俺の手の届く範囲で彼女の世話する(を守る)と決めたんですよ」

「………」

 

ん?シャロンさん?

 

「そう……()()()()()…すみません、博士。そう言えば急用があったので僕はそろそろお暇する事にしますよ」

「お世話になったの、新出先生。気を付けて帰ってくださいのう」

「OH,それなら私も一緒に帰りまーす!それじゃあ緋勇クン、また学校で……」

 

2人はそれぞれ別れの言葉を言って博士の家を後にした。

それにしても、最後のシャロンさん。なんか覚悟を決めた様子だったけど、()()覚悟を決めたんだ?余りいい予感はしない。何事もないといいが無理、かな?俺も覚悟を決めよう。

 

 

 

俺が博士邸を出た時の俺の心は、雪を降らす淀んだ暗い空のように沈んでいた。

 

 




フサエと蘭が話している会話を新一が聴いているのはおかしいなと思ったので、蘭の日記からイチョウ並木にいた彼女=フサエという事が分かったことにしました。
小学校一年生の宿題って日記位ですよね?学年が上がれば漢字帳と宅習帳の三点セットになりましたが。先生が面白いコメントを書いてくれたのを覚えています。


意図せず、ベルモットを煽ってしまった龍斗。そしてジョディのトラウマをほじくる龍斗。今回は割と無自覚に人を傷つけてますね。


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第五十七話 -世界大会、二元ミステリー(1/4)-

このお話は原作第42巻が元になっていますがほとんオリジナルです。
恐らく三部構成になると思います。



「へえ、七川がねえ。あの娘、真面目だったしそれが仇になるとは思わなかっただろうね」

『そうなのよー。ほんと、私達が居たからよかったものの…』

「せやね。蘭ちゃんたちがそのコンビニに寄っとらんかったらその娘、濡れ衣を着せられたまんまにお仕事を辞めさせられてたかもしれへんねえ」

『うん。まあ結局店長さんが謝ってその事は終わったんだけどね…にしても、紅葉ちゃん。その着物似合ってる!とっても綺麗!ね?コナン君』

『うん!すっごく似合ってるよ!龍斗にいちゃんのスーツ姿もカッコイイよ」

「ありがとぉ、蘭ちゃん。新調した甲斐がありますわぁ」

「まあ今日は仕事着じゃなくてもいいからね」

『たしか、今日は開会式だけじゃったの?こっち(日本)でも放送するから皆で応援するからの!』

『…ま、頑張ってね』

「ありがとう。博士、哀ちゃん」

 

今日は1月4日。明日から3日間に渡って開催予定の世界大会の開会式があるため、俺はフランスに来ていた。紅葉も現地で応援してくれるという事で一緒に来ていた。

今、博士の家に蘭ちゃんが来ていてチャットで応援メッセージをくれた所だ。

 

「今からある開会式はフランスの昼間で時差的に問題ないだろうけど、本戦はそっち(日本)だと夜中になっちゃうものもあるからあまり夜更かししないでね。哀ちゃん、まだ良くなっていないんだろう?」

『そこはボクがしっかり見ておくから心配しないで!』

「はは。よろしく頼むよ」

「龍斗。そろそろ……」

「分かった。それじゃあ今度は優勝してからだね」

『(ははは…すっげえ自信)じゃあ、今度は8日だね。絶対優勝してね!』

 

新ちゃんがそう締めてチャットは終わった……そうだ、伝え忘れていたことを新ちゃんにメールで送っておこう。電話じゃまずいしな。『新ちゃん、博士の家に盗聴器あり。除去まかせる』、と。

 

「さあ、行こうか」

「はい」

 

 

――

 

 

『全世界の紳士淑女の皆様。4年ぶりの料理人たちの祭典がとうとう始まります。それでは、本戦へと歩を進めた方々の入場です。盛大な拍手でお迎えください!』

 

出場者の一人一人の国籍、展開している店舗、これまでの経歴を紹介された。今回の大会の本戦に出場者数は8人。1日目に準々決勝の四戦、2日目に準決勝の二戦、そして3日目には決勝戦の一戦がある。俺が前回出場した「パティシエ」の世界大会と人数も1日にある試合数が圧倒的に少ないのは料理を審査すると言う性質上、あまり審査員が食べられないことが考慮されている…らしい。

 

『さあ、7人目は今大会最年少。そしてこの長い歴史のある大会史上でも最年少出場者。前回の「パティシエ」部門で優勝し、活躍の場を世界に広げパーティ主体で確かな腕を示して今大会に出場しました!もし優勝すれば父である緋勇龍麻氏の最年少優勝記録を塗り替え、史上初の2部門優勝者となる!そして持ち味として挙げたのは「家庭料理」!いったいどんな料理を作るのか。緋勇龍斗シェフの登場です!』

 

俺の紹介のアナウンスが終わったことを聞き届け、俺は会場へと入場した。前回とは違い、俺の応援団なるものもいて気恥ずかしい。紅葉もその席の近くにいた。

 

『そして8人目は、この人!本人たっての希望で本戦まで一切の情報をシャットダウンしてきました。』

 

お。そういえば、俺以外の6人とは顔を合わせられたけど最後の一人はいなかった…な!?

 

『この会場のいる人でこの方を知らない人はいないでしょう。大会優勝から20年。料理界で「神」という2つ名を持ち、その名に恥じない活躍をしてきた生きた伝説。今大会で優勝すれば大会史上初の2度の優勝となり、また親子対決も見れるかもしれない。勿論持ち味は「パーティアラカルト!」緋勇龍麻氏の登場です!』

 

と、父さん!?

 

 

――

 

 

「それで?どういう事なのさ。父さん、それに母さん」

「あはは。びっくりしたかい?」

「そりゃあびっくりするさ。3日前に新年を祝ったときに言ってくれたらよかったじゃないか」

「私が黙っておこうって言ったのよ。たっちゃんの驚いた顔、可愛かったわ~♪」

「母さん…」

「確かに。龍斗のあんなに驚いた顔をみたのはいつぶりだろうね。いいものが見れたよ」

「そうよね、そうよね。しっかり録画してるから後で見直さなきゃ…それで」

「!!」

「画面越しにはしょっちゅうお話していたけどこうやって顔を直に合わせるのは初めて、よね?龍斗の母の葵です」

「は、はい!大岡紅葉といいます!いつも、その、龍斗にはお世話になっています!」

 

おお。紅葉がテンパってる。母さんや父さんとはネットを通じて週に何度も話しているけど、やっぱり直に話すのは緊張するんだな。母さんの言葉遣いから、虐めるような雰囲気は感じられないから女は女同士、男は男同士で話すかな。

 

「それで父さん。なんで今更この大会にエントリーしたのさ」

「そうだな。正直な話、龍斗がこの大会に出ると決めた時から世界中の名のあるシェフの人と交流を持ったがお前の相手になるような腕を持った人物はいなかった」

「なんか…父さんに似合わない直球な言葉だね」

「事実だからね。それに親子の会話で取り繕うような必要もないだろう?」

「まあね。でもそれがなんで父さんの出場に繋がるの?」

「そりゃあ、俺は父親だからね。他の誰かがお前の壁にならないなら、超えるべき壁になってやるのが親ってもんだろう?」

「!!」

 

……やばい、泣きそう。俺は本当に父さんの子供で良かった。「世界一になる」って思いが少し揺らいじゃったじゃないか。

 

「さっきの抽選の結果、俺と龍斗が戦うのは決勝の場。お前がどんな持ち味を魅せてくれるのか、楽しみにしているよ…葵!」

「あら、もう行くの?私もたっちゃんとお話ししたかったのに」

「決勝が終わったらゆっくり話せるさ。俺はあくまで()になるだけ。()になるわけじゃないんだから。決勝の前だろうと後だろうと、龍斗が俺の自慢の息子で俺達が家族なのは変わらない」

「そう?…そうよね。じゃあ、またね。たっちゃん」

 

父さんは母さんを伴って、俺の居室を出て行った。

 

「紅葉。母さんと話し始めた時はかなり緊張していたみたいだけど今は大丈夫みたいだね?」

「もう。分かっていたなら助けてくれてもよかったんえ?」

「まあ母さんだし。大丈夫かなって」

「……龍斗?泣いてるん?」

「ああ…なあ、紅葉。聞いてくれるか?」

「はいな」

「俺が紅葉に初めて会ったとき。「世界一の料理人になる!」って言ったよな」

「うん」

「あれは俺がまだ保育園に入ったばっかりの頃、父さんと母さんと今なら本当に……本当に簡単な料理を一緒に作ったんだ。その時母さんが俺の料理をする姿を見て、「本当に私達の子。この子はこんなにすごいのよ、私達の自慢の息子なのよ!って世界中の皆に言いたい」って。

その時の俺は転生したてで、ほとんど力もなくて。両親に補助されながら、料理をしたんだ。俺が生きてきた中で初めてだったんだ。()と一緒に作る料理って言うのが。こんなにも温かな気持ちで料理ができるんだって初めて教えてもらった。だから、俺も二人の自慢になる息子になるって決めて世界一を目指したんだ」

「そうだったんか。でもさっきおとうさんが「自慢の息子」いうとりましたよ…?」

「まあね。ちょっと揺らいじゃったよ。勝ち負けに関係なく、すでに俺が目標の根幹になったことが達成できちゃっているんだから。でもね」

「??」

「俺は世界一になるよ。緋勇龍麻の息子、緋勇龍斗()()()()()()()()緋勇龍斗という一人の()としての信念にかけて」

「え?」

「だって、七年前に約束しただろう?「俺が世界一の料理人になって、紅葉が俺のお嫁さんになってもいいと思ってくれていたら俺を紅葉の旦那さんにしてください」って」

「!!!」

「改めて、言わせてくれ。「俺が世界一の料理人になれたら、俺のお嫁さんになって下さい」」

「っっっ!もう、ずるいわぁ龍斗。去年もあの屋上で同じように言われたのに、うち。嬉しすぎて何も言われへん…!」

「紅葉」

 

静かに涙を流す紅葉を黙って抱きしめて、彼女が落ち着くのを待った。

10分か、20分ほどそうしていると次第に落ち着いた彼女は俺に向かいなおって。

 

「ウチの答えは前から変わっていません。「末永くよろしゅうお願いします」…でも、ウチがクイーンになるのを待たせちゃうことになってしまいますなあ」

「ははは。そんなの、すぐさ。でも?俺が父さんに負けちゃうって思わないのかい?」

 

ちょっと意地悪な顔でそう言うと紅葉はむっとした顔をした。

 

「なんや、龍斗?負けるなんて思うとるんか?」

「いいや。ただ……」

「ただ?」

「今回は「持ち味」をテーマにしている。俺の持ち味は「家庭料理」。俺はこれの()()()()を決勝にぶつけようと思っているからね。その為には最終の詰めを決勝以外の()()でしようと思っているから」

「真の意味?それに6戦?」

「ああ。それは―――……」

 

 

――

 

 

『さあ、大会最終日!恐らく、映像を通して全世界で見ている視聴者の方も初日から期待していただろう対決が実現しました!どっちが勝っても史上初の快挙となる緋勇龍麻氏と緋勇龍斗氏の親子対決だ!』

 

司会の紹介に大会中最高に盛り上がる会場。控えている俺にまでその歓声は聞こえてきた。

 

『まずは、全試合で支持率95%を超えるという圧倒的な勝利で勝ち上がってきた緋勇龍麻氏!』

 

司会の紹介とともにまずは父さんが入場する。父さんのファンは国の境はなく色んな言語で応援の言葉が飛び交っている。サプライズで出場したにもかかわらず、すぐに応援団が出来るのは俺にはない、長年の仕事の成果だよな。

 

『続いて入場するのは、龍麻氏とは打って変わって全ての試合を僅差で勝ち上がってきた緋勇龍斗氏。だが、四年前の「ジャパニーズニンジャ」がこのままで終わるはずがない!さあ、入場だ!』

 

俺はスタッフのGOサインを受けて会場に入場する……お、初日にはいなかったパーティ関連で知り合った人たちも新しく来ているな。

 

「……龍斗。まさか、ここまで()に徹底するとは思っていなかったよ。でも、決勝では見せてくれるんだろう?お前の集大成を」

「勿論さ。この大会のために下調べしてくれた、次郎吉さん鈴木財閥の人たち。俺の事をわざわざ会場に応援しに来てくれた人たち。それに…」

 

そう言って俺は紅葉を見る。隣には母さんもいるが、今見るのは紅葉唯ひとり。

 

「俺は、()()()()()勝つ」

「ふむ?なら見せてもらうか」

 

そうして、世界一のシェフを決める戦いが始まった。

 

 

――

 

『これは、どういうことなのでしょう…?』

 

30代の司会者は困惑するように言った。

困惑する原因になっているのは決勝の試合結果だ。

審査員・8対2。

会場の支持・3対2。

どちらも片方の方が得票率が高く、優勝はいうまでもなくそ一方だ。だが、困惑しているのはその事ではない。

 

『えー、私個人としましては緋勇龍麻氏の勝ちだと思いましたが。今大会を制したのは緋勇龍斗氏です!』

 

俺に票を入れたであろう人達は黙して、()()()()()ただ拍手をしていた。困惑しているのは父さんに票を入れた審査員二人に会場にいる観客だ。

 

『えー、それでは審査員の方に話を聞いてみましょう。まず、緋勇龍麻氏に入れた二人に…』

『龍麻氏の料理は味、匂い、見た目すべてが完璧でした。パーティで自身が好きなものを取る、つまりどのような組み合わせで皿の上に料理が乗るかは龍麻氏には予測不可能。だがどの料理をさらにどのように配置してもそれがおあつらえ向きに、そうあるのが自然であるような形になるのは緋勇龍麻氏の料理以外に存在しえません』

『対して、龍斗氏は確かに各審査員の故郷の料理を見事に再現している。あの短時間で10人すべてに違う料理を用意する手腕は見事というしかない…ブンシンも見れたことだし…ゴホン。ただ、私への料理はノスタルジーを感じさせるものだったが龍麻氏ほどの完成度は感じられなかった』

『私も同意見ですね。懐かしさを感じられたが、評価としては龍麻氏に軍配が上がりますね』

『なるほど…それでは審査委員長。貴女は龍斗氏に入れていますが』

『…そうですね。私が、というより緋勇龍斗氏に入れたか入れなかったかはたった一つの違いだけだと思います』

『はあ。それは?』

『司会の貴方。それに龍麻氏に入れたお二人。そして会場にいる方々』

『私が何か?』

『龍麻氏に入れた方々はご両親が存命、もしくは亡くなって間もない方。龍斗氏に入れたのは親が亡くなって久しい人、そうでしょう?』

 

その言葉に審査委員長以外の7人、そして会場で同じく今にも涙を流しそうにしているご年配の人たちは頷いていた。

 

『…私は、龍斗氏にこの料理についてお話が聞きたいわ』

『えー、それでは龍斗氏。お答えいただけますか?』

「はい」

 

俺は司会からマイクを受け取り、壇上に立った。

 

「皆様。そしてテレビを通してみている全世界の方々。何故私が優勝したのか、疑問に思っている方も多いでしょう」

「私の持ち味とした「家庭料理」とは、単なる田舎の料理や、故郷の料理を作ることではありません――」

 

 

――

 

 

『ああ。それはね、決勝までの6戦で審査員の味・視覚的情報・臭気の好みやこれまでの()()を紐解こうと思っているんだ』

『食歴?』

『ああ、俺の言う「家庭料理」とは日本で言う肉じゃがとか、カレーとかではなくて。その人が幼いころから食べさせてもらってきた親の料理の事を言うんだ』

『え?でも、いくら龍斗でもそないなもの…』

『味覚は成長とともに変化するとは言ってもね。やっぱり大元にあるのはお母さん、お父さんに作ってもらった料理が一番美味しいのさ。トリコの世界の俺では決して作れなかった、ただ憧れた…』

 

―親の料理なんか知らなかったから―

 

『でも、今の俺は父さんと母さんが作ってくれた料理を知っている。子供向けに味付けのきつくない心配り。敏感な子供の味覚でも美味しく食べられるような親心。()()俺ならある程度の資料と実際その人が色んな料理を食べる時の様子を見れば、再現できる、はずだ』

『はずって!?確証はないですか?』

『こればっかりは食べてもらわないとね。それにこれは親が存命の方にはただ平凡な味付けと片付けられる可能性が高い。でも死別して長ければ長いほど、俺の料理はキくと思う。これが真の意味』

 

 

――

 

 

「…という事です。まさか、観客の方々にまで伝染するとは思いもしませんでした」

 

俺の説明を聞いて、俺に入れなかった二人も「ああ、これお袋の味だ」「久しぶりに食べたな」と納得がいったようだった。

 

「俺は、緋勇龍麻と緋勇葵という心から料理を愛する両親の元に生まれました。その二人は俺に合わせた、世界中で俺だけしか食べた事の無い美味しい料理で俺を育ててくれました。俺はそんな2人を心から尊敬しているし、そうなりたいと思って今二人と同じ道を歩いています。そこで美味しいと思う料理に幾つか出会いましたが、それでも最後には父さんと母さんの料理と比べてしまうんです。そこで思ったんです、「ああ、一番美味しい料理って結局親が子のために愛情を込めて作った料理なんだ」って。ただ、子である以上、親が先に逝ってしまうのが自然の摂理です。だから俺は、それ(家庭料理)を再現できる料理を作ってあげられることを持ち味としてこの大会に臨みました」

『なるほど、これは食べたものそして失った者にしかわからない特別な味だったという事ですね…皆さん!栄えある、今大会の優勝者は、緋勇龍斗!盛大な拍手で祝福してください!』

 

――わあああああああああああああ!!!

 

 

――

 

 

「ふいい。疲れた」

「お疲れ、龍斗。言うてもこの後インタビューだったりお偉いさんとの会食だったり忙しいんよ?」

「分かってるってー。でも少しくらいだらけてもいいだろう?3日間集中しっぱなしだったんだから疲れが抜けないんだよ」

 

流石に親がどんな料理を食べさせてきたのかの再現をする、なんて離れ業のための情報収集をするとトリコ世界で鍛えた能力でも疲労感がたまる。俺はスーツを椅子に掛けてワイシャツ姿になり、ネクタイを緩めた。

あの決勝から一夜明けて、先ほど優勝者に渡される杯を受け取ったばかりだ。この後14時から紅葉が言ったように忙しいことが続く。その合間の休憩時間で控室に戻って休んでいるというわけだ…お、来客。

 

「やあ、龍斗」

「たっちゃああん!」

「わぷっ!母さん、父さん」

「優勝おめでよう龍斗」

「おめでとう龍斗~もう、お母さんあんなこと言われて涙が止まらなくなっちゃったわ。紅葉ちゃんも有難うね、昨日は隣で慰めてくれて」

「い、いえ」

「いやあ、龍斗の料理観念にあそこまで影響を及ぼしていたなんて親冥利に尽きるね、って昨日は葵と一晩中語りつくしていたよ…って、もう。葵、君が勢いよく龍斗に抱きつくから龍斗が椅子にぶつかってスーツが下に落ちているじゃないか」

「あら、やだ!ごめんね、たっちゃん。今拾うわ!」

「あ、いいですいいです。ウチが拾いますから…あら?龍斗、メールが来とりますよ?はい」

 

椅子に掛けていたスーツからこぼれた携帯のランプがメール着信を知らせていた。

 

「あれ?有希子さんからだ。珍しいな…え?」

 

季節外れのハロウィンパーティ有希子さんが工藤邸に帰宅している哀ちゃんが風邪ジョディ先生とシャロンさんが博士邸に盗聴器が新ちゃんが哀ちゃんの変装―――!!!

 

 

 

二元ミステリー!!??

 




原作からの変更点
・季節外れのハロウィンパーティを1月8日に。

次話は日本にいる人たちの視点になります。恐らく初の全編主人公以外の視点になると思います。


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第五十八話 -二元ミステリー(2/4)-

このお話は原作第42巻が元になっています。

大変遅れてしまって、申し訳ありません。活動報告やあらすじに載せたように少々立て込んでおりまして、次の投稿は6月に入ってからになります。
まあ、遅くなったのは龍斗視点以外を書いたことも理由の1つなんですが…

それではどうぞ!


「(ははは…すっげえ自信)じゃあ、今度は8日だね。絶対優勝してね!」

「切れちゃったね。龍斗君はああ言ってたけど大丈夫かなあ?」

 

蘭が切れたパソコン画面を見ながら呟いた。前回のパティシエの時は急遽、決まって参加していたが、今回は結構前から鈴木財閥の力を借りて少しずつ準備していたから大丈夫だろ。前回から四年。どんどん美味くなってるしな。

 

「じゃあそろそろお父さんのお夕飯を作らなきゃいけないから帰るね」

「うん。もう外は暗いから気を付けてね!」

「分かってるって。私は家で応援するけど、哀ちゃんはまだ病み上がりだから遅くまで起きてちゃだめよ?それじゃあ博士、哀ちゃん。またね」

「…またね」

「気を付けて帰るのじゃよ」

 

蘭はそう言うと地下室へと降りて行った……ん?

 

「メール?龍斗から?……!!」

「どうしたの?工藤君?」

 

『新ちゃん、博士の家に盗聴器あり。除去まかせる』だと!?()()()()そうだったのか!?だがいつだ?龍斗はいつ気づいたんだ?

 

「おい、灰原!龍斗は直近でいつここに来た!?博士も!!」

「ちょ、ちょっと急に何よ?」

「落ち着け、新一。そんな剣幕で哀君に迫ったらいかん。まだ風邪が完全に治っておらんのだから」

「わ、わりぃ…」

「それでいつ龍斗君が来たか、じゃったな?確か…ほら、ポルシェで人が絞殺された事件があったじゃろ?その時にワシが頼んで哀君にフルーツジュースを作って貰ったんじゃよ。その前はその一週間前じゃったかの?」

 

ってことは、おそらくその日のうちに仕掛けられたってことだよな。もしそれ以前に仕掛けられていたのならその一週間前に何かしらのアクションを取ってるはずだし。

確かその日はジョディ先生と新出先生が来てたんだったな…くっそ。どっちなんだ?

龍斗に聞くか…?いやココに盗聴器が仕掛けられていてることを教えてくれただけでもありがいたい。アイツはこれから夢を叶えようとしているんだ。それにこれは本来俺や灰原の問題だ。これ以上アイツに助けられてばかりはいられねえ。

 

「……いや、なんでもねえ。ありがとよ、博士」

「お、おう?」

「……(工藤君)?」

 

微妙な空気になっちまったが、開会式で龍斗のお父さんが登場したことでさらに微妙な空気になっちまった……龍斗、優勝できるのか…?

 

 

――

 

 

「……勝っちまった、な」

「ええ。優勝したわね……」

「ど、どうしんたんじゃ?二人とも。世界一じゃよ?しかも二部門最年少制覇の偉業を達成したんじゃ!もっと喜ぶとかあるじゃろうが!」

 

そう興奮した様子で言う博士。

いや、喜んでいるさ。龍斗がずっと言っていた「夢」を最高の形で達成できたんだから幼馴染みとして祝福する気持ちでいっぱいだ。でもなんていうか。

 

「実際、テレビ越しでアイツの活躍を見るとな。なんか遠くに行っちまったみてえに感じてよ。それに驚きで言葉が出ないって言うか…」

 

世界大会三日目。アイツは親子対決の決勝に望んでいた。そこでアイツが「料理」にどんな思いを持ってきたのかが語られた。やってることは相変わらずぶっ飛んでいたがアイツがどれだけそれ(家庭料理)に情熱をかけていたのかがあの短いスピーチでも十分伝わってきた…オレはそんなアイツを初めて見た。

ああ、探偵らしくねえ。論理的思考が全然まとまねえ。でも、ま。

 

「おめでとう、龍斗」

「そうそう。そうやって素直にお祝いするのがええぞい。そう言えば新一。昼間に持って帰ってきた郵便は何じゃったのかの?」

「ああ、それは……」

 

 

―Prrrr……

 

「おっと、すまん。電話じゃ…もしもし?蘭君?」

 

ん?蘭?

 

 

――

 

 

「じゃあ、しっかり伝えるからの……ふう」

 

どうやら博士に電話してきた蘭はオレにも来た「季節外れのハロウィンパーティー」についての事だったらしいな。しかしこれは…母さんの返答待ちだが、乗るしかねえよな。

 

「それで、貴方も乗る気?その幽霊船に」

「ああ。さっきの博士の質問の答えは蘭の電話の内容で分かるだろうから省くとして。これを送ってきた差出人が気になるからな」

「心当たりがあるのか?蘭君はヴァームースとか言うとったが」

「それがあるのは灰原じゃねえか?ヴァームースもジンやウォッカと同じ酒の名前だからな」

「さあ?私、お酒にそんなに詳しくないし。組織にいた時もそんな人の名前聞いたこと無いわ」

「イタリアで産まれた酒さ。ヴァームースって言うのは英語読み。日本じゃあこう呼ばれてる。ヴェルムト。もしくは…」

「『Vermouth(ベルモット)……』」

「!!!」

「その反応を見るに聞き覚えのある名前。やつら(黒の組織)の仲間のコードネームってわけか」

「じゃ、じゃあその招待状は!?」

「ああ。奴らの仲間のベルモットさんのご招待券ってわけだ。用意万全を備えたか、しびれを切らしたのか…」

 

いや、奴らの組織力なら用意なんて容易く出来るだろう。博士は発明家としてここらへんじゃ有名だ。爆弾でも仕掛けて木端微塵にすれば発明中の事故で済ませられる。ってことはやっぱり…だがこの考えをここでいうわけにはいかねえ。龍斗のお蔭で盗聴器があることが分かっている事はこっちのアドバンテージだ。撤去しなかったことこんなに早くいかせるとはな。

これを聞いているクリス…()()()()()蘭が教えてくれた高校での龍斗への態度から十中八九分かっちゃあいるが……

 

「雲をつかむような相手がわざわざ手を差し出してきたんだ。お誘いに乗らねえ手はねえな」

「ダメよ!行っちゃダメ!止めなさい!!こんなの罠に決まってる!行ったら殺さ…」

 

興奮して喋ったせいか、ごほごほと苦しそうに咳をする灰原。

 

「ああ。かもしれねえな」

「だったら、だったらどうして…う……」

「お、おい!新一!!いくらなんでも麻酔銃はやりすぎなんじゃ」

「わりいな。灰原。このままじゃ、一歩も前に進めねえんだ」

「おいおい。いくら寝かせたからって哀君をここに残していくのは反対じゃ!」

「大丈夫だ、そこら辺は考えてある…だがな、これを見て見ろ。オレの家に来た招待状を」

 

そう言って博士に手紙を見せる。これを見たせいで龍斗の優勝を何も考えずに祝福できなかったのかもしれねえな。

 

「封筒と招待状は工藤新一だが、一緒に入っていた手紙の出だしは…」

「し、親愛なる…え、江戸川コナン様!?」

「バレちまってんだよ。俺の正体が。APTX4869で幼児化しちまった工藤新一だってことがな…そして灰原の正体が同じく幼児化したシェリー。宮野志保だってこともな」

「し、しかしおかしいじゃないか!そこまで分かっているならなんで奴らはココに殺しに来ないんじゃ!それに奴らの目は群馬の一件であっちに行ってるんじゃなかったのかの!?」

「さあな。その理由ってのは分からねえけど」

 

いや、このタイミングで仕掛けてきたこと。それは奴が龍斗の話の通りのやつなら想像はつく。龍斗が日本を出たからだ。あいつが近くにいればぜってえ首を突っ込んでくる。そう言う性格だってことはベルモットも知っているはずだからな。まあその事は言えねえが。

 

「その原因の1つならなんとなくわかったような気がするぜ」

 

そして、オレも…ごっほごほ。

 

「おいおい、まさか哀君の風邪がうつったんじゃないじゃろうな?」

 

それならば好都合だけどな。()()()()()()()()()()()()()()()()……お?

 

「なんじゃ?電話か?」

「シッ」

「(…メール?)」

 

博士のその言葉に言葉を返さず口に人差し指を当てたポーズを見せてから携帯の画面を見る。そこにはハートマークで作られた「OK!」の文字。よーっし、後は昼間に見たメーターがどうなっているかの確認と服部への電話だな。それは家に行ってからするか。

 

 

――

 

 

「…ったく。なんだよその水鉄砲はよ?」

「何だーって何よ?久しぶりに会ったお母様に言う言葉がそれなの?」

「久しぶりってほどでもねえだろうが。おっちゃんの借金解消の時にもあったしよ」

「あらそうだったっけ?」

 

メーターが増えていた原因は母さんだった。ちょくちょくオレに隠れて様子を見に来ていたそうだ。まあ別に自分ん家だから自由にしていいんだけどよ。それにロスから飛んで来てもらう予定で変装にかける時間を考えると結構微妙だからこれはまあ嬉しい誤算だな。

 

「じゃあ服部に電話しねえとな…」

「…ねえ、新ちゃん。ホントにするの?」

「あったりまえだ。恐らくこれ以上のチャンスはねえ。彼女を捕らえられれば奴らの情報が沢山得られるだろうし」

「そう…それで?そんな危ない橋渡ること、龍斗君に伝えたの?あの子に話さないでそんなことしたらきっと新ちゃん地獄を見るわよ?怒るとすっごく恐いんだから」

「……はっ。話す気はねえよ」

「な、なんで?」

「アイツはガキん時からの夢がついさっき叶ったばっかなんだ。それにあいつはこれからどんどん光の当たる舞台で活躍する。それなのに裏の世界に関わるようなことをアイツをずっと近くで見てきたオレがこれ以上するわけにはいかねーよ」

 

…それにいつまでもアイツに頼ってばっかじゃいられねえ。しっかりオレがカタをつける。オレの真剣な表情を見た母さんはそれ以上何か言うことは無かった。

オレは服部に電話を掛けるために携帯を取り出した。

 

 

 

……その時、俺は携帯を見ていて気付かなかった。母さんが何かを考えながらオレの事を見ていたという事を―

 

 

――

 

 

次の日。服部が大阪から合流し、母さんに特殊メイクをして貰っていた。

 

「しっかし、けったいなことになっとるのう。どう考えても罠やんか」

「まあ、罠っつってもオメーには危険はねえから安心してくれよ。あの手紙は十中八九オレと灰原を引き離すためのものだからな」

「あのちっこい姉さんといえば、昨日の夜から寝かせっぱなしなんやろ?大丈夫なんかそれ?」

「一応、博士が言うにはぎりぎり許容できるらしいぜ。まあもう麻酔は出来ねえから閉じ込めるしかないんだけど」

「あの地下室か。工藤が危惧しとった予備の眼鏡は見つからんかったけど、あの部屋にあるもんつこたら出てこれるんとちゃうか?鍵こじ開けて」

「大丈夫。それに使えそうな道具はちゃんと部屋の外に出しからな」

「(ほんまにそれだけで大丈夫なんかいな…?)しっかし、その(灰原)でいつもんのお前の声だと違和感ありまくりやな」

「バーロ。半分オレの顔のお前が関西弁喋っている方がオレには違和感バリバリだぜ」

 

オレは一足先に母さんに変装をして貰い、服部に「工藤新一」の変装して貰っている。オレが工藤新一に戻れることは学園祭で目撃されているからな。今回のオレ達の行動はこうだ。

①博士とオレが博士の家、盗聴器が仕掛けられているベッドの近くで工藤新一に戻れる薬を博士に作って貰って船に乗るという一芝居をうつ。博士に送って貰って港に待機してもらう、ということも会話に織り交ぜる。そして、灰原が眠らされていてテープで俺達の会話を聞かせて博士の家にいると誤認させる計画であることも聞かせる。博士にはオレのスマホのGPS機能を使ってもらって尾行(オレや龍斗を引き離そうとしている所を考えると別の場所に連れて行って始末する可能性が高い)と、この心電図をモニターしてもらう。

②船の乗船名簿に工藤新一に扮した服部と補佐で仮装した母さんが船に乗り込む。

③灰原が一人でいることを確信したベルモットが博士邸にきてオレが変装する灰原を連れ出したところで勝負に出る。

恐らくベルモットは単独の独断でこれらの行動をしていると考えられる。つまり、監視に組織の人員は使えていないはずだから目視によるチェックはない。今夜のベルモットの視点での行動は、

①オレが工藤新一の姿で罠である船に乗り込み、博士もその港で待機であることを知る。そして実際に乗っているかを電話して乗客者リストに工藤新一はあるかで確認する。

②灰原は博士邸に一人で寝ている。他には誰もいない。

これらを踏まえて奴は灰原を誘拐するはずだ。

 

「ねえ、新ちゃん。なんでそのベルモットはそんな回りくどい方法を取るの?あの娘が一人になるような工作を」

「え?ああ。考えられるのはベルモットが女優のクリス・ヴィンヤードでしかもシャロンと同一人物だった場合だな。服部には話したと思うけど、ベルモットはクリスだ。そしてシャロンは母さんの話じゃ怪盗キッドも顔負けの変装術と変声術を持っているんだろ?ならシャロンがクリスに変装しているなら、クリスのプライベートの情報が博士に調べてもらっても全然出てこないのも納得できる」

「けど、なんでシャロンが……」

「それはとッ捕まえてシャロンに聞かねえとわかんねえよ。母さん、シャロンとプライベートで遊んだことあるんだろ?そん時にオレの写真とか見せたことねえか?」

「ええ、あるわよ。アルバムとか。それにほら、シャロンに龍斗君を紹介してからかな。龍斗君、自分の写真をシャロンに送ってたみたいで大体それには新ちゃんが写ってたし。嬉しそうに見せてたなぁ…」

 

ここで龍斗が関わってくるか。まあ母さんが見せてたし、あんまり関係ないけど。にしても、だ。龍斗の奴、シャロンが帝丹高校に潜入していたの気づいてたんじゃねえか?いや、ぜってえ気づいてたな。キッドの変装を見破れるんだ。知り合いの変装を見破れない訳がねえ。アイツが帰ってきたら聞いてみねえとな。

 

「じゃあ、その写真を見てオレと工藤新一が同一人物に気づいたんだろうよ。それに母さんの知り合いだからオレを巻き込みたくないって言うのも分かるし。龍斗に関して言えば惚れ込んでるレベルだったんだろ?」

「そうね、いつも幸せそうに語ってたし…」

「ったく、そんな心配そうな顔すんなよ!絶対生きて帰ってくるから」

 

幹部クラスが下っ端構成員を使わずに単独で動いてオレ達がアドバンテージを握っているなんて奇跡的な状況、これ以降二度とねえだろうし気合入れていくぞ!

 

 

――

 

今、オレは車に乗っている。

作戦通り、俺は灰原に変装して博士邸で待っていた。すると、訪問してきたのはジョディ先生だった。新出先生から電話が来て灰原(オレ)を迎えにくるとあったから、ベルモットは新出先生だと踏んでいたんだが…新出先生がココに来ることを知っていてオレを連れ出したことからもしかして2人(新出先生とジョディ先生)とも黒の組織の奴らだったのか……?迂闊だった。単独行動だと決めつけてこの可能性の場合のことを考えていなかった!

 

「Huh……」

 

ん?バックミラーを見た?

サイドミラーで後方を確認すると、新出先生がオレ達をオレ達を追ってきていた。ってことは、ジョディ先生は別の組織…?蘭の話だとFBIが日本に来ているらしいし、そっちか?くっそ、こればっかは賭けだな。BETはオレの命…笑えねえぜ。だが、まだ街の、人通りがあるこの通りがチャンスだ。()()()()ここなら生きて逃げ出すことくらいは出来る。

 

「ねえ…」

「なんでーすかー?」

「新井先生って、クリス・ヴィンヤード?」

「!!へぇ…?」

 

さあ、どっちだ!?

 

 

――

 

 

 

 

「ごめんね、新ちゃん。あの約束を破ることになっちゃうわ。龍斗君のアドレスは……」

 




次回は、ベルモットとジョディとの対話からになります。それが終われば再び龍斗視点になります。恐らく?二元ミステリー完結編になります。
原作の二元ミステリーも結構綱渡り感がありますよね。一応そこら辺の所感を入れてみました。

それと龍斗が盗聴器をそのままにしていたのは世界大会間近で外す機会がなかったと言うが理由の一つです。シャロンは自分が近くにいる間は何もしないだろうと言う長年の信頼があったのですが、世界大会で日本を離れている間に何かあると困るということでコナンに盗聴器を外す依頼をしました。


多分、出した伏線は回収できているかな?「第??話 -彼のいないところで-」の冒頭のセリフもちゃんと書けましたし(誰のセリフかここで明かす事が出来ました)。


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第五十九話 -二元ミステリー(3/4)-

このお話は原作第42巻が元になっています。

一応、大まかなことはこのお話で一区切りになっています。
次話は二元ミステリーの後日談…というか、龍斗の隠してきたことを話す説明会になるかと思います。

作者も気を付けて書いたつもりですが、「伏線っぽいことが○○にあったけどかいしゅうしてなくね?」など気づいたことがあれば教えて頂けると幸いです。

それではどうぞ!


―杯戸港。夜のとばりが下り、日中は作業員で騒がしいこの場も今は二人の女性がいるだけで他に人気はなかった。二人は英語でいくばくか会話を交わしていたが金髪の薄い女性がこう切り出した。

 

「ここは日本、郷には郷に従って日本語で話しましょう?FBIの」

 

――ジョディ・スターリング捜査官?

 

 

 

「成程?流石は千の顔を持つ魔女ベルモット。貴女のその変装技術と女優としての演技力をもってすればどこにでも侵入し放題ってわけね?私の事も筒抜けだったってわけ…」

「貴女こそ。よく私がDr.新出に変装しているって気づいたわね?…まあ、見ただけで私の変装を見破れる()みたいな例外もいるけれど」

「(…彼?)わかるわよ。病気でもないのにお忍びの体で女優クリスのまま新出医院に通う貴女を監視していたら…彼を殺して成り済ますつもりだってことくらいはね」

「へえ?じゃあ彼の車が、私が尾行している時に目の前で崖から落ちたあの事故。あれは彼方達の仕込みだったのかしら?」

「ええ。殺される前に事故で死んだように見せかけたのよ。車も海に沈ませたままにしてね。そうすれば彼が死んだのを知っているのは貴女だけ。潜入しやすくなってうまく立ち回れるでしょう?勿論その車に乗っていたのはうち(FBI)の捜査官。あの事故で死んだ人は誰もいないわ。本物のDr.新出は遠い場所で平和に暮らしているわ」

「そこは感謝しているわ。お蔭で私は自分の手を汚さないで彼に成りすます事が出来たから。あの子の事、近くで感じてみてよく分かった。あの子に嘘は通用しない。今までの生き方(血腥い裏の世界)のことは否定できないけど、あの子の近くにいる時くらいは綺麗でいたかったから…ふふ」

「?なにがおかしいのかしら」

「いえね。天下のFBI様が汗水たらして大量の人員を使って網を張って私の変装を察知したのに、あの子は会った瞬間に私の事を見抜いたから。それがおかしくってね」

「(さっきから頻繁に口にする「あの子」…彼についても聞かないとね……)そのことについてはまた後で聞くわ。貴女の()()()である緋勇龍斗についてはね。私達は変装までして日本に潜り込んだあなたの目的を探ることにしたわ。といっても新出医院の貴女の矢に忍び込んだら一目瞭然だったけれど。ダーツの矢で串刺しにされてバツ印が付けられた赤みがかった茶髪の二十歳前後と思われる女性。彼女を殺すため、そうでしょう?」

「…………」

「さて、ここからは尋問の時間よ。貴女の連れ出したこの娘。確かにあの写真の女性と瓜二つだけど本当にあの女性なの?この子にも私と同じ証人保護プログラムを適応させる準備は勿論しているから二度と貴女とは会うことは無いだろうけどどう見ても七歳の女の子よ?それにまだあるわ。あの写真の下に張ってあった三枚の写真。そのうちの二枚は個人の写真で江戸川コナン(Cool guy)毛利蘭(Angel)。その二つのニックネームの意味。確かにあの眼鏡の子は頭が切れるけど車の中にいること同じ七歳。(Guy)じゃなくて子供(Kid)よね?」

「それに、あの男の子をバスジャックの時に体を張って守ろうとした理由。彼がその子(灰原哀)から離れるまで手を出さなかった理由。貴女のこれまでの行動は非効率かつ非論理的。一体なぜなの?……!」

 

―ドン、ドォン!!

 

「動かないで!」

「あらあら?ずいぶんと物騒な物(拳銃)を持っているのね?ここは日本よ?個人は自由に拳銃なんて持てないのに…ちゃんと日本警察の許可はとったのかしら?」

「こっちの警察との合同捜査は貴女の身柄を確保して追手がつかない場所に移送してから要請するわ!勿論、処分は受けるつもり……でも、その前に個人的に聞いておきたいことがあるわ」

「あら、何かしら?」

「貴女、どうして…」

 

―どうして年を取らないの――?

 

「私が貴女に目を付けたのは一年前の母親の棺桶の前で言ったセリフ。記憶に残っているそのセリフを聞いて、父を殺した女の手掛かりが一切なかった私は胸を高鳴らせて調べたら見事に一致したわ。私の父の眼鏡に残った指紋とね!でもそこで新しい疑問が生まれたわ。20年も前の事件の(父を自殺に見せかけて殺した)被疑者にしては貴女は若すぎる……もしかしてと思ってある人物と照合したら見事に一致した。私達はその事実が分かった時背筋が凍ったわ。貴女が母親のシャロン・ヴィンヤードと同一人物だってことがね!!」

「……」

「そしてやっと見つけたってわけ。貴女の逮捕を妨げていた年齢という壁を、その謎を説明してくれそうな証人を!You guys!Come out and hold this woman!(さあみんな!皆出てきてこの女を拘束して!)…日本警察と取引したら洗いざらい吐いてもらうわよ?まあ貴女が黙秘続けていてもいずれこの子が…」

 

――ダァァアアァン!

 

「う、っぐ……!?」

「Thank you,Calvados……まだ殺さないでね?この女には聞きたいことと言いたいことがあるから…」

「ど、どうして?」

「貴女は私をおびき出して罠にはめたつもりだったんでしょうけど。私、二時間前に一度ここに来たのよ。貴女に変装してね。そして貴女の声でこういったわ。This is it tonight! Come back tomorrow!(今夜は撤収!明日出直してきて!)ってね。気づかなかったようね?毛利探偵が関わった調書を全て盗んだのはどの事件を調べているかを悟らせないためだったのだけど送り返したのはもう一つの狙いがあったのよ。それは貴女達(FBI)に私の狙いが毛利探偵に関わることだってことを匂わせて、監視に動くであろうFBIの人員を炙り出すためよ。お蔭で導入されている捜査官の顔、人数、偽名、宿泊場所、連絡の方法の全てが私に筒抜けだったわよ…その手をタツトにのばしていることを知った時は殺してやろうかと思ったけどね…」

「タツト…そう、緋勇龍斗。貴女のボードにあった写真の最後の一枚。貴女が素顔で彼のほほにキスをする写真があった…あの写真は貴女が彼の母親の緋勇葵に変装したときの服装だった。素顔をさらして、キスまでする間柄なんだから貴女の組織の一員なんでしょう…?」

「ふふ…はっはっはっはっは!」

「な、なによ……?何がオカシイの?」

「車の中のシェリーも聞きたがっているみたいだから話してあげるわ。冥土の土産にね。彼は私達(黒の組織)とは一切関わりがないわ。私の個人的(プライベート)な付き合いよ」

「う、うそ…だって素顔で……」

「帝丹高校でタツトと再会したのは出会った回数にして三回目。一度目は有希子に紹介して貰って。その時に……」

「その時に、何よ?」

「…いえ。とにかく私は彼のファンになった。二度目はシャロン・ヴィンヤードの葬式の時。私はクリスとして参列していたけれど、彼は私がシャロンだって分かっていた風だった。そして三回目。Dr.新出に変装して高校で彼と再会して初めて話しかけた時よ」

「そんな、わけ…」

「そうよね。でも彼、私の()()がシャロンの物だって言ったのよ?組織の科学班が作った体臭を消す薬と男性の体臭に見せかける薬を振りかけていた私に対して。その後、彼にはバカンスのために()()目の前で亡くなった新出の身分を借りていると言って納得してもらったのよ。勿論彼は嘘だって気づいていたでしょうけど、貴方たちのお蔭で彼を手にかけていなかったのは事実だからそこは感謝しているわ」

「そんな…じゃあ、貴方たちがデートしていた時の尾行を巻いたのは…」

「ああ、あれ?実は私もよく分からないのよね。ほんの数秒目をつぶっていたらあの写真を撮った高層ビルの屋上だったから」

「そんなの信じられないわ!尾行していた捜査官が貴女達を見失ったのはほんの10秒足らず!写真から割り出したあの屋上になんて行けるわけないわ!」

「それはあの子が『緋勇』だからよ。その一言に尽きるわ…でもよかったわあ。あのデート。彼に一回だけなら守ってあげるなんて言われたし。そんなこと言われて生娘のように舞い上がってしまったわ」

「ひゆ、う?」

「そこに食いつくのね…私も色々調べたわ。でも出るのは緋勇という家が京都にある旧家である事、それと緋勇の名を持つものが異常に戦闘能力を持っているという事。それでね、ちょっとした雑談のつもりでボスに緋勇の話を出したら…」

「出したら…?」

「奴らに手を出すな、ですって。彼らは表でも裏でもなく鏡の向こう側から1000年以上人類を守ってきた守護者の一族。彼らはこちらが手を出さない限り、牙をむくことは無いが敵対すれば…ってね。まあ私は知らなかったし、彼らは彼らでルールがあるらしいけど。ボスの話じゃあ、日本に落とされた原爆。彼らなら被害を0に抑えられる…正確には打ち消すことができるそうよ。《個人でね》」

「なによそれ…」

「さあ?でもアメリカにもそういう人たちがいるらしいから後は自分で調べたら?…ああ!貴女には無理ね。だってここで死んじゃうんだから!」

「っく!まさか全くの無関係者だったなんてね。それにまさか先手を取ったと思ったらここまで後手後手に回っていたなんて…もしかして忍び込んだことも知ってて放置していたの?」

「ああ、それ?勿論よ。あの写真を見せればあの女の居場所を貴女達が見つけてくれると思って。まさにビンゴだったってわけだけど。それにしても貴女には二度驚かされたわ。一つは貴女が20年前の少女だったってこと。もう一つは貴女がDr.新出の事件の真相を知っていたという事…どうやって聞き出したのよそんな裏話」

「き、聞いたんじゃないわ。頼まれたのよ。そう問い詰めて、貴方と敵対している姿と貴女が私を敵として認識している姿を見せれば私の事を信用するって。この車に乗っている女の子に」

「へえ、そう。この子が…じゃあ最後にもう一つだけ貴女がさっき語ったことの訂正をしてからお別れにしましょうか」

「訂正?」

「ええ。その娘が男の子から離れるのを待って動いたって言うけど、正確にはもう一人…タツトが世界大会で日本を離れたからよ。そしてFBIは彼に抱くのは疑念でなく感謝であるべきだった」

「感謝……?」

「あの子、私がDr.新出に変装していていることを初日で見破った後にこう言ったのよ。「シャロンさんが新出先生の事故を通報しなかったのは悪い事…悪い事?だから。その姿を借りている間は悪いことをしないこと。それを守ってくれるなら俺は黙ってるよ」って。だから私は()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…まあ、これでもうタツトの前には出れなくなってしまうけれど、ね」

「…なによ、なによ!なんであんたがそんな顔を…!!ぐ!!!」

「あら、お腹に風穴開けてそんな大声を出すから…そろそろ、20年振りの再会もここまで…お別れの時間よ。さっきタツトが授賞式に出ているのを生放送で見たから、次のインタビューまでの空き時間でコトは済ませておきたいのよ。私がどんな顔をしていたのかは気になるけど、それを抱えて天国のパパに再会しなさい…Bye♪」

 

 

――ボォン!

 

「…っなっ!サッカーボール!?ま、まさか貴方…!?」

「ああ…」

 

 

――江戸川コナン、探偵だ!!!

 

 

 

 

――

 

 

 

 

どうする?有希子さんのメールだと確実に原作の「二元ミステリー」が起きている。しかも有希子さんの話だとすでに季節外れの船上ハロウィンパーティの時間…つまりもう、シャロンさんと新ちゃんが対峙していてもおかしくない…!

 

「龍斗?どないしたん?そないな怖い顔して」

「え?ああ、そんな顔してたか?」

「どうしたんだい、龍斗?龍斗がそんな顔をするのも珍しいが、ちょっと落ち着きがなくなっているぞ?少し冷静になってみなさい」

「父さん…」

 

確かに父さんの言う通り、俺が覚えている原作エピソードの中でも関わっている人物が俺が親しくしている人ばかりの事件だったから頭が沸騰してたけど…よくもまあ1,2分の表情の変化が分かるもんだ。流石は父さん。

うーん、冷静に考えてみれば確かに危惧するほどでもない…のか?今から日本に戻るのは造作もない事(裏のチャンネルのワープ)だけどこれからインタビューに何やらあるし……でもなんだ?頭が沸騰した理由は、焦燥感が湧いた理由は親しい人が関わっているから、だけなのか?なにか気になることがあるんじゃないか?

新ちゃん、蘭ちゃん、哀ちゃん、ジョディ先生、そしてシャロンさん…シャロンさん!?

 

「まさか……父さん!」

「考えは纏まったかい?でも、随分と時間がかかったようだ」

「あはは…でもちょっとまずそうなんだ。俺は今すぐ日本に戻って事の次第を見届けないと行けなさそうなんだ」

「…今からかい?」

 

そう言った父さんは料理を作る時の真剣な表情でもなく、いつもの優しげな顔でもなく、()()()()()の顔になっていた。

 

「分かっているとは思うが、龍斗。我々の力が公になってはいけないんだよ?」

「分かってる。下手を起こしたら自分でしっかり()()するから」

 

トリコの世界の技術には特定の記憶を消す、なんてものも発展しているし大丈夫だ。

 

「そうか…それじゃあ行ってきなさい」

「いいの?」

「当主である、父さんがその場にいたことはラッキーだと思うんだよ?普通はこんなすんなりいかないのだから」

「ありがとう。インタビューまでに間に合わなかったら、「授賞式でトロフィーを授与されてからあの技術に費やした熱量(エネルギー)の反動で一気に疲れが出てしまったのか家族だけになった途端スイッチが切れたように気を失った」って言っといて」

「わかったわかった」

「じゃあ、行ってくる!紅葉もまた後でね!」

「帰ってきたらしっかり事情を話してもらうんやからな?行ってらっしゃい」

 

俺は裏のチャンネルを開き、日本の自室に飛んだ。

 

 

――

 

 

日本に戻った俺はすぐさま感覚を開放し、皆の現在位置を探った。皆がいるのは港か…あっちは行ったことがないから足で行かないとな。

俺はビルの上を飛び跳ねながら、さっき行き着いた思考が正しいのかもう一度考えた。それは数日前にシャロンさんが何かの覚悟を決めた表情をしたことだ。あの時はただ「覚悟」としてさらっと流してしまったが、あれはただの覚悟じゃない。「()()の覚悟」だ。何が彼女にそれをさせたのかは分からないが、俺との会話の前後を鑑みるに恐らく哀ちゃんを殺す覚悟だろう。あの覚悟を決めた顔の生き物は大抵の障害があっても突き進む。

原作では蘭ちゃんの身体を張って庇ったことで未遂になったがあの覚悟を決めたシャロンさんはもしかしたら撃ちやすい位置に移動して殺してしまいそうだ、と思い至った。

思い至ってしまったので、結末をフランスで聴くの体勢から見届けるにシフトし俺は現場に急いで向かっている…着いた…!!

高めに跳躍した俺が見たのはシャロンさんが撃たれそうになっている姿。射線は立位なら腹の位置だけど前傾になって頭が下がっている今のシャロンさんには致命傷になりかねない…!

 

「うぐっ!」

 

俺はコンテナに着地し、ついでに寝そべりながら拳銃を取り出してた男の首を踏みつけて気絶させてシャロンさんと射線の間に飛び出した。

 

「タツト…」

「呼んだ?シャロンさん」

「タツト…タツト!!?」

 

俺はショットガンを撃ったニット帽の男性、赤井さんを一瞥しシャロンさんに向き合った。

 

「ええ、龍斗です。約束を守りに来ました」

「や、約束って…それに貴方、つい一時間前のフランスでの授賞式に…!それにショットガンで……!!」

「約束…貴女を一度だけ守る、ですよ。ですが…」

 

何故ここにいるかの質問には答えず、俺は約束を口にした。

シャロンさんが覚悟を決めたように俺も決めたよ。

 

「シャロンさん。もし貴方が()()から抜けて罪を償いたい、というのなら俺はそれ(償い)のために障害となるもの(組織の追手)から貴女を守るよ。もし、ここで別れたら…俺は」

「タ、タツト…」

 

俺は眠らされている新ちゃんの方を見た。彼女も俺と同じ視線を向けて…

 

「そう、ね。私もこれ以上貴方に()()()()()()()()女として、貴方と向き合うのにダメになってしまいそう…だから!」

 

そう言って彼女は俺を突き飛ばし、新ちゃんを抱き上げて車に乗って行ってしまった。

 

「シュウ!なぜ撃たなかった…の!?」

「……」

 

俺とシャロンさんが会話している間、赤井さんは動かなかった。それをとがめているジョディ先生。だが、彼女が見たのは顔にびっしりと汗を浮かべた赤井さんの姿だった。

さっき一瞥したときに少々()()を飛ばし過ぎたらしい……しっかし、これからどうしようかな。

まずは……

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね。Dr.ワトソンでピエロのお兄さん?」

 




次話は緋勇家について語ったり、撃たれたあとの港での話だったりを書こうと思っています。

少しネタバレですが、実は「七つの子」はしっかり行っています。理由として、赤井のショットガンでスマホが壊れて無事だった予備のガラケーでメールをしたと言う感じです。


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第六十話 -二元ミステリー(4/4)-

このお話は原作第42巻が元になっています。

とはいえ、ほとんどオリジナルの会話メインになっています。
抜けや、前言っていたこととは違くない?という事がないように気を付けていますが結構書いている間に設定していたこととは違う事を書いてしまう事も多々あって作者自身が忘れていることもあるのでもし疑問点がありましたらお気軽にぶつけてください!

コナンに話すのまで入れようと思っていたのですが、急遽次回以降にまとめることにしました。申し訳ないです。

それではどうぞ!


「…はあ!……はぁはぁ…」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと気が立っていたので殺気が強すぎましたか」

「お前は…緋勇、龍斗か。ジョディが腐ったリンゴ(Ratten apple)の協力者だと睨んでいた……だが、珍しい名前だったからもしやとは思っていたがその言葉。やはり10年前の」

「ええ。あの海であった時よりだいぶ大きくなったでしょう?…貴方は目つきも目の隈も、その荒れた空気も……そして数多の()()も…随分と変わってしまったようだ…っと」

「な!?」

「え?消えた!?」

 

コンテナの下で二人が騒ぐ声がしたが、俺がしたことは単純に速く動いただけ。鍛え上げた今の明美さんならしっかり目線で追って俺の不意打ちに準備できるくらいのスピードだ(防げるかどうかはその時次第だが)。

俺はさっきついでで気絶したコンテナの上にいた男を担いで、未だにショットガンを構えていた赤井さんの腕に飛び降りた。

 

「――っ!!!」

「『猿武』……やはり君は本物か。しかし前は君だけだったのにその担いでいる男の重量すら感じさせぬとはな」

「まあ修行しましたからね。それにこの男、拳銃に爆薬と中々危なそうなものを持っていたので気絶させておきました。後の処理はそちらにお願いしますね」

 

俺はそう言うと赤井さんの腕から飛び降り、ジョディ先生の傍らにその男を降ろした。一応、シャロンさんのお仲間らしいけど、彼を守る約束もしていないしする義理もない。

 

「ちょ、ちょっと!貴方、さっきシュウにショットガンで撃たれていたでしょう!?それにどうしてここにいるのよ、貴方はフランスにいたはずじゃあ…!」

 

あ、そう言えばまだ式典の続きがあったんだっけ。

 

「そうですね…俺もまだ済ませないといけない用事がありますし、現状はある意味()()()()しているわけですから正式に帰国したときにまたお話しましょう。それとショットガンの事なら…」

 

俺は背中が穴だらけになったワイシャツとインナーを破り捨てて背中を丸めた。

二人が息を飲む音がする。それはそうか、ショットガンの弾が皮膚に張り付いているだけでその下の皮膚には一切傷がついていないのだから。背中を丸めたことで押し出されたショットガンの弾がぽろぽろと落ちる。スーツを着ていたら誤魔化しがきいたんだろうけど、生憎と脱いで休憩していた時にすっ飛んで来たからね。それに能力を開放していて身体の作りがトリコ世界の物になっていた俺には拳銃なんてポップコーンみたいなものだし……父さんを始めとした一族でも氣で強化していたら同じことができるってんだからこの世界はつくづく人外魔境になっているよな……

 

「この通り、無傷です。俺もまだ自己の判断で好き勝手言いふらせる立場にはないので当主の意見を聞いて開帳できる情報を提供しますよ。ただ、そうですね…ジョディ先生はFBIでいいんですよね?」

「え?ええ」

「それじゃあ、上司の人に「コード0」って聞いてみてください。知っている人ならその人も同席してほしいですし、知らないならさらに上に掛け合ってみてくださいな」

「は?それってどういう?!」

「…君は、緋勇というのは、それほど認知された存在なのかい?」

 

おっと。こっちを探るような視線で質問を投げかけてくる赤井さん。うーん、開示できるのはここまでなんだよねえ。

 

「さあて?そこも含めてまた後日という事で。ただ、許可が下りれば()()()()()()()()()()()()()()()の疑問は解消できると思いますよ……ああ。情報は残さず、口頭のみで伝えてくださいね。残せばそれだけで敵対とみなします。それでは!」

 

俺はさっきと同じ要領で彼らの前から姿を消した。さあて、フランスに飛んで服着替えて…忙しくなるな。

 

 

 

「っく。また消えたか…」

「一体何なのかしら、あの子…」

「さあな。だが出来る説明はすると言っていたんだ。今はそれを待つとしよう」

「…そうね。あら?サイレンの音…?」

「日本の警察か。緋勇が男をオトしてくれたお蔭でベルモットという大物は逃がしたが奴らの組織のコードネーム持ちを生かして捕えて事が出来た。こいつは俺が回収する。お前は上手く日本の警察に説明して保護して貰え」

「ねえ、シュウ?あの子(緋勇龍斗)は本当に奴らの仲間じゃないと思う?その男(カルバドス)を生きて捕えられたのは彼のお蔭だけどベルモットを逃がしてしまったのも彼のせいなのよ?」

「さあな。今のままだと何とも判断がつかん。だが、あの戦闘能力に拳銃すらものともしない耐久力。奴らの仲間なら俺とお前には肉片になっていただろうな」

「う…」

「はあ…いくら親の仇が目の前にいたからと言って、二人が組織とは関係なく交友を深めていると言う可能性を排除してしまったのはお前のミスだなジョディ。邪険に扱っていたのだろう?」

「ウ、うるさいわね!仕方ないじゃないの、彼の行動は逐一怪しかったんだから!…いたたたた」

「ま、確かに調査報告書を見る限りはそうだが。彼と高校で接触していたのだろう?普段の様子はどうだったんだ?そこに嘘はあったのか?」

「………」

「まあ、いい。この男は俺が拘束する。その後の事は彼が帰国してからだ」

「…そうね」

 

 

――

 

 

「あれ、紅葉だけ?」

「おかえりなさい、龍斗…お義父さんは会場に行って説明してくれとるはずです。それで?

何があったか教えてくれます?」

「ああ」

 

紅葉に護衛としてつけているSP透影が事前に俺が現れることを教えてくれたのだろう、突然現れた俺にビックリもせずに説明を求める紅葉。俺は日本に戻ってあったことを説明した。

 

「……なんや、けったいなことが起こってますなあ。それにしても新出先生がほんまは女優のクリスやったとは驚きや」

「彼女とは個人的な付き合いがあったからね。結構親交を深められたよ…ああ、別に他意があって紅葉に黙っていたわけじゃないんだよ?個人的に親戚みたいな付き合いをしていたからさ…」

「……まあ、そう言う事にしといてあげます。それにしてもよかったん?ジョディ先生の前に現れて。結構無茶苦茶やで?フランス―日本間を一時間で移動するって。実際は一瞬やけどテレビで確認が取れなくなった時間がそれくらいやからあっちはそう考えているはずや」

「まあ、あんまりよくはないんだけどね…いつまでも()()()()()()()って言うのも気持ちが悪いし、向こうのお偉いさんと交渉してみるさ」

「…うちもお父様から緋勇の事を聞かなければ知らんかったし、龍斗に教えてもらえんかったら与太話やと思うからなあ…それで?新一君には話すん?」

「んー、そこも父さん…現当主に判断を仰ぐよ。結局、「緋勇」のトップは父さんだから。もし許可が下りないのなら……」

 

トリコ世界には脳科学もかなり発展している。特定の記憶を消すなんてお手の物だ。

こうなった責任として、俺が処理しないとね……

 

 

――

 

 

「さて、事情は分かった」

 

フランスに戻り、新しい服装に着替えた俺は体調が少し回復したという事で式典に参加した。式典も無事終わり、今は父さんに俺が日本でしたことを話し俺の今後の行動を決めようとしている所だ。

 

「まあ、FBIのお偉いさんも我々の事を知っている人はいる。それはアメリカだけでなく全世界だがな」

 

緋勇…それは東京魔人學園シリーズに出てくる主人公の名前だ。俺の「緋勇龍斗」という名前も東京魔人學園外法帖というゲームの主人公と同じだ。因みに父さんの「緋勇龍麻」は東京魔人學園剣風帖のデフォルトの主人公の名前だ。

この世界での緋勇の歴史は古く、遡って平安時代から存在していたそうだ。そしてコナン世界には似つかわしくないモノ…鬼や妖魔、そして外法の業に魅入られた人間たちを狩ってきた。

鬼や妖魔は普段は現界しておらず、彼らの世界にいる。なら、そこから出てくるなという彼らの大好物が「人の負の念」というのが厄介な所だ。それを直に味わうため、力をつけるためにそこから出てきた奴らを専門で狩ってきたというわけだ。

俺は彼らの事、そして退魔の事を「鏡の向こう側」と言っている。現実世界と似てはいるが決して交わる事の無いもの、という意味で。まあ、俺達の技術として彼ら(妖魔)の世界に渡る技術があるのも関係しているが。

狩人の存在は世界各地に存在していて、今の世だとその国の警察機関でも幹部に近いものは皆極秘にこの情報は伝えられている。というのも「鏡」と称した通り、人が増えた現代は負のエネルギーに事欠かない。その分彼らも活発化していてお蔭で割とお仕事として成立しているのだ。

勿論、初めてその話を聞いた現代のお偉いさんは「そんなバカな」と一蹴するのだが、そこはそれ。ひとたびあっち(妖魔界)に連れて行けば協力的になってくれると言うわけだ。彼らも妖魔が跋扈する世界等ゴメンという事だろう。父さんに聞いた話だと、現代武器を持ち込んで倒してみると言う実験をしてみたそうだが銃弾や毒は一切効かず、氣を用いなければ倒せないことが分かっただけだった。

 

「まあ、FBIの捜査官というのならそうそう世間にさらすという事はしないだろう。私達の世界の事が表に出て一番困るのは、それらが犯罪に用いられた場合に対処する警察機関なのだから」

「なら、俺の判断で話すという事でいいの?」

「まあ、あっちの世界に連れていく事は容認できないが軽い気功術なら実演していいよ。だけど……」

「技術提供は断る…でしょう?分かってるよ」

「そうか……それにしても新一君も面倒なことに巻き込まれていたんだね。身体を小さくする薬ができる程科学は進歩していたという事か」

「…まあ、うん。ソウダネ?」

 

新ちゃんの事情も父さんには話した。新ちゃんと共にいるとそれに巻き込まれる危険があったからだ。そうなった場合は鍛えた身体能力のみで切り抜けろとお達しが来た。新ちゃんや阿笠博士にも話すという事は了承を貰えた。本当に信頼できる人になら話してもいい、だがそこから情報が漏えいするリスクはお前()自身がすべて背負えと。彼らがその情報を欲して狙われたらその対処もするという意味で。

 

「さて、方針は決まったかな。ここからは二人のワンツーフィニッシュのお祝いとして母さんが料理を作って待っているそうだ」

「おお。久しぶりに母さんの手料理か!それは楽しみだ。早く行こう父さん」

「全く。父さんの料理を食べる時よりうれしそうじゃないか?ちょっと傷つくぞ?」

「何言ってのさ。俺にとっての最初の料理って、記憶にあるかどうかは置いといて母さんの離乳食が原点だよ?特別に決まっているじゃないか」

「それでもなんか悔しんだよ、料理人として」

「だいじょーぶ、二人の料理に俺は優劣があるなんて思ってないからさ。さあ、行こう?」

 

俺と父さんは部屋を出て、母さんと紅葉たちが待っている部屋と向かった。

 

 

――

 

 

「やっと来たわね…」

「おかげんいかがですか?ジョディ先生」

「順調に回復しているわ」

 

数日後。()()に帰国した俺は4年前の比じゃない量のフラッシュを浴びながら凱旋した。沢山の人がインタビューをしたがっていたが、俺は4年前と同じ人物のインタビューを受けた後はさっさと空港を後にした。

高校が始まってからもしばらく祝福の嵐に騒動が続き、やっと落ち着いて来た時に蘭ちゃんたちにジョディ先生のお見舞いに行かないかと誘われた。その日に丁度俺も面会の予定があったので俺は用事があるという事でJK3人で行くように伝え、3人に会わない様に今来たと言うわけだ。

 

「ああ、彼は私の上司で…」

「初めまして、ジェイムズ・ブラックだ。日本での奴らの捜査の統括をしている」

「初めまして、緋勇龍斗です。統括という事はそれなりに人員が導入されているんですね。ということはレイ・ペンバーもFBI捜査官だったんですか?」

 

俺はずっと気になっていた、孤児院であった()()()()()()()()()()()()男性の事を聞いた。

レイの名前を聞いたジェームズは気配を少々剣呑にして。

 

「はて?誰の事かい?」

「もし違うなら、次に会ったときは不審者としての心構えで対応するだけですので。あの染みついた硝煙の香りは日常的に拳銃を発砲している証拠。さらに人の血の匂いもしてました。そんな人は警察か犯罪者かのどちらかですから……」

「…ふむ。これは誤魔化しようがないかな。確かに彼はFBIのメンバーだ。シャロン・ヴィンヤードと親交があった君に張り付けていた捜査官だよ」

「ああ、やっぱり」

「当局に問い合わせしたら一時帰国の命令が出てね。私も日本に戻ってきたのはついさっきなんだ。よもや、あのような世界があるとはね…」

「ジェイムズ、それは…?」

 

ジェームズさんは彼の上司に呼ばれて事情…俺達の世界の事を説明されたそうだ。まあおおむね、父さんが俺に話してくれたことのアメリカ版って所だな。

 

「まさかそんなオカルトな世界が実際にあるなんて…」

「ちなみに情報が隠匿されているのは一般人が安易に手を出さないようとするためという事以外にも、貴方たち警察官がその情報に惑わされて適正な捜査が出来なくなることを防ぐためでもあります。何か不可思議なことがあれば、「妖魔の仕業だ!」と思考停止されないためにね。それに俺達が動くような案件は不思議と俺達の元へ情報が届くようになっています。これはここ100年の実績があるので目に見えない因果(Fate)でもあるんでしょう」

「……それで、君はどうするのかね?私の上司の話では緋勇というのは世界各地に点在するそう言う事を生業にしているものの中でも最も力を持っているそうじゃないか。さらにその現役の当主は2()0()()()()出来事から彼単体でアメリカを落とせると評価されている…」

「そうですね…特に何も」

「何も?」

「ええ、何も。捜査協力、情報提供を求められれば生業に関わらないことなら話しますし、犯罪に巻き込まれたらその解決の協力も超常的な能力は抜きにして手伝いもします。ですが、組織を潰すために武力を貸せと言われたら拒否します。第二次世界大戦時、俺の祖父の弦麻や曽祖父の弦哉は戦争には一切加担しませんでした。妖魔との戦いは行っていたそうですが。実際、日本が核を落とされ敗北が濃厚になった時点で戦争に参加しようとした一族もいたそうですが彼らは粛正されました。その位、俺達は緋勇の名を重く持っています。超常的な力をあてにはしないでくださいね?俺達(鏡の向こう側)のことは俺達が対処します。だからこちら側(表や裏の現実世界)のことくらい自分たちで解決してください」

「ふ、む。つまり、君が今後犯罪組織に加担することは無いということだな?」

「そんなことをすれば俺は父さんに殺されてしまいます。ああ、俺とシャロンさんの関係は…」

 

俺はFBIの方々が疑問に思っているであろう、二人の間柄に関して話した。出会い、やり取り、こっちで再会してからの数か月の事。

 

「……さっき」

「はい?」

「さっきレイ・ペンバーの時や、俺と再会したときにも言っていた血の匂い……それは(ベルモット)からも感じ取れたんじゃないか?」

 

ずっと壁に背を付けて黙って聞いていた赤井さんが聞いて来た。

ふむ、血の匂いに気付かなかった、か。流石に鋭い質問をしてくるな。

 

「勿論、気づいていましたよ。かなりの数の死臭ともいえる血の匂いをね」

「ちょ、ちょっと!それに気付いていたのに何もしなかったって言うの!?」

 

俺の答えにジョディ先生が気炎を上げる。まあ普通はそうだよね。

 

「そこは、彼女の過去後ろ暗い事をしていたという事には気づいていました。だけど、俺にとってはそこはどうでもよかった」

「な!?」

「勿論、釘は刺していましたよ?実際、俺と出会ってから彼女から血の匂いが新たに増える事はありませんでした。俺は博愛主義者ではないです。それは人の負の念が渦巻くせいで手間が増えていることに起因しているのかもしれないですが、俺の周りの人に迷惑がかからなければ俺がどうこう動いたりはしません。制限もありますしね」

「で、でも彼女を警察に突き出すことだってできたでしょう!?」

「…それを言うのなら、赤井さんの血臭。ただの捜査官じゃあそこまでつくことは無いでしょう?いくらFBI…アメリカの捜査官だと言っても」

 

――かなりの人間を、殺してきたのでしょう――?

 

「………」

 

俺の言葉にただただ沈黙を貫く赤井さん。その沈黙が答えだ。

 

「ともかく、犯罪に巻き込まれてしまえば出来うる捜査協力はします。シャロンさんも次会うときに何か良からぬことをしていたら俺が捕まえましょう。俺の周りに危害が及ぶのならそれを防ぐために力を注ぎましょう。ですが、戦力としてはあてにしないでください」

「……わかった。君については「武術に長けた一般人」として接していく事としよう」

「ボスっ!?」

「そう言う認識で構いませんよ。別にここで付き合いが切れると言うわけでもなさそうですし…」

「今回巻き込まれた子供たちは二人とも君の知り合いだったからね。また会う事もあるだろう」

「ですね」

「ね、ねえ」

「はい?」

「緋勇やそのオカルトチックな世界が実際に存在してある程度上の人間には認知されていることも分かったわ。でも、ベルモットは貴方の家の事を知っていたわ」

「何だって?」

 

どういうことだ?俺はシャロンさんに実家の事は話していないぞ?

 

「彼女はボスから聞いたって言っていたわ。何か心当たりになることは無い?」

「……緋勇が、表の警察機関や政府と密約を結んだのは公儀隠密…幕末にかけての当主だった「緋勇龍斗」が尽力したと聞いています」

「緋勇龍斗?」

「ええ。緋勇の中でも初めて「龍」の名を冠した人物です。とにかく、そこからは徹底して情報統制をすることとなり、一般人の口伝でも残らない様に書物は禁止にしたり、時には気功による処理を行ってきました。知っているとしたら旧家…緋勇の協力者の昔からある一族ですが…

太平洋戦争前後に生まれた鈴木財閥の人すら、緋勇家については表向きの事しか知らないとなると、貴方たちが追っている組織は割と昔からある存在の可能性が高いですね。幕末前後は割と一般人も被害に遭っていましたから、そこからずっと秘密裏に伝え聞いていたのかも……歴史があるという事はそれだけで面倒なことですよ?」

 

横のつながりも幅広いことになっているだろうしね。これ位は、今言われた情報の返答として問題ないだろう。しかし、ボスって結局今どんな姿をしているんだろうな。

 

「それじゃあ、俺はこれで。早く良くなることを祈っています」

「ありがとう、そしてごめんなさいね。貴方の事を疑っていたから邪険な態度を学校でとってしまって……」

「事情を聴いてしまった今、怒るに怒れないですよ。シャロンさんが貴女の両親の仇であることには変わりないですからね…」

 

俺はそう言って病室を後にした。

 

 

――

 

 

新ちゃんに話そうとしたが、なかなか時間が合わず話せずじまいだった。

小五郎さんが京都に仕事タイミングと俺が紅葉の家に呼ばれた日にちがぴったり一致したことから、ついでに平ちゃんにも話しておこうという事で俺も行動を共にすることになった。

 




ぶっちゃけ、本編で(オカルト方面で)コナンと戦う事はありませんからかなり蛇足な感じです。ですが、「各国警察機関にも知られている」「日本の上層部は知っている」はこれからどこかで使えそうな要素なので入れました。

妖怪退治(妖怪が事件の肝)の話は本編で出さずにこれまでと変わらず原作ベースでやっていきますのでご安心下さい。日常会話でぽろっと出すかもしれませんが。


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第六十一話 -迷宮の十字路(前編)-

このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。

※8/13(月)に編集しました。2018年06月18日~08月08日に渡って執筆した全九話のうち、2018年06月18日・24日・07月02日に投稿した三話(1/9~3/9)を統合したものです。


「お久しぶりです」

「そうだな。夏季休暇で寄ってくれてそれからだから……まあ、取りあえず世界大会での優勝おめでとう。龍麻氏の活躍にも我々からしてみれば驚きだったと言うのに、君はまたその上を行くとはね。今度の会合は楽しみにしていると皆が言っているよ」

「ははは。存分に腕を振るわせていただきますよ」

 

ココは京都。大岡家の本家だ。中東の大富豪もかくやという敷地面積の中にある当主の執務室。つまり、俺が今対峙しているのは紅葉のお父さん…俺にとって未来の義父というわけだ。

 

「さて。今日君を呼びたしたのは他でもない。その世界大会での優勝でのことだ」

 

今この場に紅葉はいない。つまり、父親としての彼か。もしくは大岡家の当主としての彼の立場でこの場に望んでいるわけで……今回は後者だったと言うわけだ。

 

「君が表舞台で前人未到の偉業を達成したのは紅葉の父親としてとても誇らしい。緋勇家の跡取りとしてではなく、娘の彼氏として接した君は婿にするのには申し分ない。申し分ないが……」

()()であることが問題だと?」

「…君は本当に察しがいいね」

 

そう言って苦笑いを浮かべるお義父さん。これはまあ、戦闘経験で培った観察眼や料理を味わう人の感情を読み取るために訓練したものの賜物だろう。

それはおいといて、京都に根を張り長い歴史を持つ旧家である大岡家。勿論京都を起点に活動していた緋勇についても代々口伝で受け継がれてきている。その事から、初めて会ったときに一悶着があったんだが…それはまた別の話だな。

ともかく、緋勇が表の権力のある家と血縁関係を持つことは長い歴史上ないわけではない。だが大抵は周りからの圧力や一族同士のいざこざが起きたと言うのは枚挙にいとまがなかった。

 

「しかも君は宗家の跡取り息子。火種になるのは間違いない……それに君の料理の技術力。君のお父さんの後追いとは言え今回の事でさらに権力者にとって魅力があがった。まあ表からの干渉は私の力もあるし何とかなるだろう。だが、君たちの世界のいざこざに巻き込まれるとたちまち無力になってしまう」

「そこを任せると言うほど自分は恥知らずなつもりはありませんよ。父さんが母さんと結婚したとき、いやそれ以前から私達のような一族は時の権力者に追われたり血を狙われたり、はたまた人体実験の材料として狙われてきました」

「それは聞き及んでいるよ。そのことごとくを撃破していき、今では新参の道理を知らぬ阿呆だけしか狙わないと」

「実行犯の私達にはさらに詳しく情報が残っているんですが……身内にも厳しいのが鉄則の私達ですが身内を害されればその苛烈さは表や裏の人間の比ではありません。それに、緋勇としてではなく()()()の伝手で紅葉には24時間ガードを付けています」

「……それは、あっち(妖怪)関係なのかい?」

「いえ。()()()()()()()()()ですよ。ただ、あの子が本気を出せばどこの首都だろうと一日で陥落させることができるでしょうし、よしんば核爆弾でも落とされても殺しきれない存在です」

「……」

 

俺のその言葉に二の次も告げない様子だった。まあ、SP透影の名のごとくむやみやたらに人を襲うことは無いしまず第一優先として紅葉の安全を確保するだろうから戦闘行為は最小限だけどね。

 

「紅葉との関係も良好で連れてきた俺より今では彼女に懐いていますよ」

「……それはなんと、まあ。娘も器が大きいと言うかなんというか」

「生き物を慈しむ心はその人の優しさの表れですよ。動物に好かれると言うのはそう言う事です。まあともかく、俺が紅葉と一緒になった時ある程度混乱は起こると思いますが全力で彼女を守りますよ。俺には彼女がいない人生なんて考えられませんから」

「たかが17の子供が!…と言いたいところだが、君はそこらの大人よりしっかり社会を見ているからね…」

 

それはもう。人の綺麗な所も汚い所も一通りは、ね。

「じゃあ問題はあと一つだな」

「もう一つですか?」

「ああ。君が婿入りするか、紅葉を嫁に出すか。だ」

 

お互い一人っ子。それも背負う家名がある二人同士。そこも重要な論点だった。

俺とお義父さんはこの後しばらく話したが結局結論は出ず、紅葉がお茶に呼びに来たことでこの話は流れた。

娘の手作りのお菓子が東京から戻ってくるごとに美味しくなってくることに嬉しいような、さびしいような表情を浮かべているのが印象的だった。

 

 

――

 

 

「おーい」

「おー、龍斗君!」

「龍斗クン、紅葉ちゃん!」

「ようこそおいでやす、京都へ」

「そうだよね、紅葉ちゃんは京都が実家だもんね」

「まあ、俺も父さんの実家は京都だからなじみ深いんだけど…いらっしゃい、コナン君」

「あ、うん……」

 

紅葉の実家にお邪魔した翌日。俺と紅葉は京都駅で毛利御一行を待っていた。

久しぶりに顔を合わせたが……ジョディ先生から俺があの現場に登場したことを聞いて疑問に思っているのだろう。俺がいたこともそうだがそもそも()()()()()()()()()()俺の姿は世界の生放送で放映されている。確かに変装するのなら替え玉も可能だろうが料理の腕まで模倣できるのは世界でただ一人。父さん位だ。でもその父さんも同じ画面にいた。ということは、フランスの放送から俺の姿が消えてからあの現場まで二時間程度。約10000kmの距離を移動したことになる。戦闘機にでも乗れば間に合うだろうけど、この世界の戦闘機って大気圏内でマッハ5以上を数時間維持できるのかね?

まあそんなことがあれば噂になるだろうし、その可能性も潰しているだろう。

俺は、紅葉が他の皆の相手をしている隙に新ちゃんを連れて少しだけみんなと離れた。

 

「や。浮かない顔しているね?」

「オメー……分かって言ってるだろ?」

「ははは。まあね。詳しくは平ちゃんも一緒にいる時に俺のじいちゃん…緋勇家本家に連れて行って伝えるけど取りあえずはこれだけは先に伝えておこうかなって」

「??」

「俺は自分の言葉に絶対の責任を持つ。守ると言ったら守るし、手伝うと言ったら手伝う。俺は新ちゃんに隠していることも、その隠し事を誤魔化すための方便を使ったりしたことはあったけど()()()()()()()()()お天道様に顔向けできないことはしないよ……ちょっと、おいたがすぎる人にはお灸をすえたことはあったけどね」

 

絶対に、とは言えなかったのは俺の家の宿命かな。これから先、無力化に徹していても向こうが命を捨てる術式でかかってくる敵が現れるかもしてない。そんな敵に対して俺も殺さないという選択肢を取れないかもしれないし。それがある意味慈悲となるからね……

最後の言葉は冗談めかして言ったけど、その言葉に新ちゃんは毒気が抜けたのか。

 

「はっ。なんだそりゃ…」

「どうやってあそこまで行ったのか、とかは俺の一存では言えないんだ」

 

ジョディ先生たちは警察という立場があったから、その情報に触れる権利があったからぎりぎり開示出来た。紅葉は大岡家という古くからの協力者でかつ俺の伴侶となる予定だったから問題はなかった。だけど、新ちゃんや平ちゃんはいくら高校生探偵とは言え俺の家にとっては()()()高校生。二人に話すのはじいちゃんも一緒という条件が出された。

父さんも平ちゃんや和葉ちゃんのお父さんたちに話せたのは両家の当主が許可を出したからだ。服部家も遠山家も割かし古い家だからね。でも、それを待たずに話すのは俺もただの次期当主でしかないからその結論は出すことが出来なかった。

 

「……あんまり、オメーの実家の話とか聞いたこと無かったけどそーいう()()()()がある家なんだな?」

「まあ、ね。これもすべては世のため、ひとのため、って分かっているから言えない。でも、俺はこの秘密を語れるなら新ちゃんに語りたい……そう思うよ」

 

彼なら、俺の一族の力を知っても無暗に広めたり頼ったりしないだろう。むしろ、手を出すなと言いそうだ。

 

「?なんだよ、笑いやがって」

「いいや、なんでもないよ」

 

どうやら俺は笑みを浮かべていたらしい。

 

「さあ、みんな向こうで待っているから行こうか」

「あ、待て!龍斗」

「ん?」

 

皆の方に行こうとしていた俺を引き留めた新ちゃん。なんだ?

 

「世界大会の優勝、おめでとう。夢がかなったな!!」

「……!!ああ、ありがとう!」

 

その言葉を発した新ちゃんは、新幹線を降りた時より晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 

 

――

 

 

「さて、と―」

 

毛利一行を京都駅で迎えた俺は平ちゃんを回収するために単身五条大橋に向かっていた。皆には京都の友人と会う約束があると言って。紅葉は蘭ちゃんたちと一緒に小五郎さんの依頼された寺、「山能寺」に行った後京都観光するそうだ。和葉ちゃんも明日には合流する予定らしい。明日は俺もそっちに合流する予定だ。

 

「おーい、龍斗!」

「平ちゃん。久しぶり」

「悪い、待たせてしもたか?」

「いいや、俺が先に来ていただけで時間通りだよ」

「そうか、そらよかった。でもなんや?唐突に京都で会えへんかー?って電話来たときは珍しいこともあるもんやなと思とったけど」

「あー。まあ、ちょっといい機会だなと思ってさ」

「??龍斗が聞けぇいうから親父にもこの事聞いたけど、かなり深刻そうな顔しとったで?」

「……平蔵さん、何か言ってた?」

「ああ言うとったで。腹の立つことをな!確か、「ウチのぼんくらが龍斗君のお眼鏡にかかったのは服部の者として嬉しゅうことやがちょっと時期尚早やないか?」ってな!ホンマ一言余計なんじゃっちゅうんや!」

 

平蔵さんに言われた時の様子を思い出したのか額に血管を浮かび上がらせている。深刻そうにしていたってことは本当に心配していたんだと思うよ、平ちゃん。それを素直に言う人じゃないから、平ちゃんもこうなっちゃうけどさ。

 

「それで?用件はなんやったん?お前んとこの家業を教える言うとったけど。確かお前のオトンはオマエと同じシェフやし、何回か遊びに行った本家におる爺様は家で護身術を教えてたよな?」

「そうそう。()()()()()()それだけじゃあないんだよ」

「……龍斗。なんかお天道様に顔向けできないことをしてきたんとちゃうやろな?」

「うーん。お天道様に見せられないような事はしてきた、かな。でも俺達の一族は胸張って生きてはいるよ」

「なんやそれ……どうやらオレが思てたことより大分ヤバイことっぽいな……」

 

うん、やっぱり探偵なんかやっていると頭の回転も速いな。おちゃらけた雰囲気ではないことを察して真剣な顔になった。

 

「説明は本家……爺ちゃん家で爺ちゃんがいる所で話す事になってるよ。もう一人もつれてね」

「もう一人?」

「ほら」

 

俺が指差した方向には何やら手に紙切れを持った新ちゃんが俺達に向かって小走りで近寄ってきていた。

 

「く、工藤!?」

「おう、服部。やっと来たか」

「大丈夫?呼んでおいてなんだけどよく抜け出せたね」

「ああ。近所で仲良くなった子とちょっと遊んで、夜もごちそうになるって言って出て来たよ。明日もそれで回避したけどな」

 

蘭ちゃん……なんでそんな言い訳を信じたんだ…いや、素直な性格だって褒めるべきなのかな?

 

「じゃあ帰りは俺が送っていくよ。偶然会ったとでも言ってね」

「頼むよ」

「……って!何で工藤がココにおるんか説明しぃ!!!」

 

 

――

 

 

「なるほどなあ。オレが手伝うたあのハロウィンの事件の後にそんなことがあったんかいな」

「ああ。よくよく考えてみれば龍斗の性格から悪事の片棒を担ぐような真似はしねえと今は思ってるが流石に事件直後にそれを聞いた時はオレも冷静じゃ無くてな。そもそもどうやってフランスから二時間足らずで日本に戻ってきたのかも謎だし」

「んなもの実現するためには軍の超高速戦闘機にでも乗らな無理やしな」

「しかもジョディ先生の話では彼女たちの目の前から消えたから一時間も経たないうちにまたフランスで現れたってんだからもうわけわかんなくてよ」

「そりゃあ……今の科学技術じゃあ無理な話やな」

 

新ちゃんがコナンになったのも今の公の科学技術じゃあ説明つかないことだし案外どっかの国では秘密裏にそう言う技術は出来ているかもよ?まあフランス日本間を飛ばして耐えられるような機体かどうかは知らないけどね。

 

「さあついたよ」

「…すげえ、でけえな」

「そうか?まあ確かに後ろの山もそうやしかなり広いんやけど家自体はそう大きないで?」

 

新ちゃん家も大概だと思うけどね。まあ京都の中心地からちょっと離れた場所に居を構える緋勇家の本家はそれなりに土地が広い。敷地内の自給自足で十人がまるまる生活できると言えばその広さが分かるだろう。

 

「それは、家の中で迷子になった平ちゃんが言うセリフかな?…まあそれは置いておいて爺ちゃんに会いに行こう」

「お、おい龍斗!それは子供の時の話で…おいこら待ちぃ!」

「…って、オレここに来たの初めてだって!置いてくなよ!!」

 

俺は二人に先導して爺ちゃんの待つ道場へと向かった。

 

「はー。龍斗の家にも道場はあるけどやっぱりこっちのもあるんだな」

「なっつかしいのう。よくここで龍斗の爺様に稽古つけてもらたわ」

「あれ?龍斗って剣使ったっけ?蘭の空手みたいに素手の拳法使いだったような」

「爺ちゃんの趣味だね。本業は……というか、緋勇の一族は徒手空拳の古武術を習得するけど別にそれをおろそかにしなければ制限はないし」

「片手間の技術にしてはオレは結局一本も取れへんかったけどな。今なら分かるで。ありゃあ相当手加減しとった」

「それは外の子供に怪我させるわけにはいかないからねえ」

「「わっっっ!?」」

「爺ちゃん」

「良く来たのう。龍斗」

「うん」

「……服部。オレにはどう見ても小五郎のオッチャンと同じくらいの歳の男性がいるようにしか見えねえんだが」

「おう。間違うてへんで。オレのガキの時分からまーったく形が変わってへんけど、あの人が龍斗の爺ちゃんの緋勇弦麻さんや」

「爺ちゃん。この2人が俺の選んだ秘密を打ち明けてもいいと思った友人だよ」

「ふむ…服部の嫡男はともかくその小学生は…うん?」

 

流石はじいちゃん。こっちの修羅場で言えば俺が足元にも及ばない数をこなしてきているから新ちゃんの違和感に気づいたか。

 

「なるほどなるほど。見てくれは小学生のようだが成長年月…生きてきた年数は龍斗と同じくらいか?術式の気配や氣に長けた雰囲気もなし……科学も若返りの技術を開発しとったんじゃな。ワシが知らんかった所を考えるに秘密裏に進められていると見える」

「!!?!?た、龍斗!?」

「いや、喋ってないよ?俺も爺ちゃんも人とは違う世界がちょっとだけ見えるから、ね」

「……ま、そこら辺の話も今からするからの。でもその前に。龍斗。お前はちょっと()()()に行って間引いてこい」

「へ?壮麻おじさんとか当麻おじさんとか志麻おばさんが今はいるでしょう?」

「その三人は別件で動いとる。花見の時期で心が緩んでおるのか中々活発になっておるからの。他に九州方面もよろしく頼む。お前さんならすぐじゃろ?二人の説明はワシがしておくから」

「……分かりました。じゃあ二人とも。また後で」

 

俺はそう言うと二人の目の前から消えた。

 

 

――

 

 

「き、消えよったで!?」

 

服部が驚く声が聞こえる。声は出していないが俺も同じだ。

 

「……全く。ワシらはしっかりと準備をしないとあっち(妖魔界)行けないと言うのに気楽にポンポンときえよる」

 

そう言って苦笑いを浮かべる龍斗のお爺さんは今消えた様子には全く驚いていなかった。そしてスマートフォンを少しいじった後にオレ達に向き直った。

 

「……さて。服部君の事は知っているが君の事は知らないな。自己紹介してくれるかい?」

 

オレはその言葉に、オレが龍斗の幼馴染みである工藤新一であることを伝えるのに躊躇した…躊躇したが龍斗がこのことをオレ達に話すことはかなりのリスクがあること、そもそも話すと言う選択肢自体がかなり重要なことらしいことは今までの事でよく分かった。だからオレも嘘偽りなく話した…そもそも嘘が通用しなさそうだしな。

 

「……なるほど。中々波乱万丈な経験をしているようだね。それでは我々の話をしようか」

 

――そこから語られたのはオレ達の常識を壊すのに十分な内容だった。そしてオレは龍斗が言っていた言葉の意味も理解した。アイツ、それであんな濁した言い方をしていたんだな。実際にお爺さんに見せられた技でこの道場内は気温が上がっていて少し汗が出て来たぜ……この汗は暑いからだけじゃねえな。

 

「それじゃあ、龍斗がフランスから日本に瞬間移動したのも…」

「あれは龍斗だけの力だね。彼は彼独自の力でも移動できるが地球の力の流れ…龍脈(レイライン)に飛び込んで移動することもできる。そうすればフランスなら1時間もかからず行けるだろうね」

 

龍脈?レイライン?なんだ?また新しい言葉が出て来たぞ?

 

「それは爺様も出来るんですか?」

「いや、龍麻ならましかもしれないがワシら普通の一族なら数秒…県移動くらいしかできないよ。しかもどこに出るかは我々では決められない。言うならばマグマの中でマグマの動きに身を任せる我々と水の中を自由に動きまわるイルカ位に違いがある。まあそれはそれとして……」

「??なんですか?」

「龍斗は独自の力で時間をすすめる力を持っている。それを使えば君は17歳まで成長する事が出来る……まあ龍斗は良くそれで熟成肉や年代物の食材を作ってくれていたなぁ」

「!!?」

 

そ、そういえば昔寝かす作業がいるはずなのに、そこまで時間が経っていないのに料理が完成したりメモリーズエッグの時に夏美さんにカヌレについて突っ込まれたりしていたな。つまり、そういうことだったのか!

 

「どうする?」

「オレは…オレは……」

 

いや、悩むまでもねえことだな。

 

「これはオレが向う見ずに行った行動の結果です。誰でもない、オレの迂闊さが招いたことだ。龍斗が…緋勇って家はオレ達の生活を誰に気づかれるでもなくずっと守ってきたって言うのは分かりました。龍斗もそれに従事しているってことも。これ以上龍斗に助けてもらったらオレは龍斗の幼馴染みを名乗れなくなっちまう。この件はオレ自身のヤマです。自力で元に戻ります!……ま、まあ龍斗と一緒にいる時に事件に巻き込まれた時に龍斗がくれるヒントは有り難く教えてもらっていますけどね?」

「……そうか、そっちの服部君は?」

「オレもおおむね同じやな。探偵として龍斗のあの感覚の鋭さはうらやましいと思とったけどそう言う事情があったんやったらむやみやたらに力を借りるんはなんか違うんやと思うしなあ。そもそも、向こうが善意で貸してくれる力をはじめっから当てにするのはなんか利用しているみたいで気分悪いやんか。二進も三進もいかなくなったら相談位するかもしれへんけど」

「そうか……壮麻、当麻、志麻。どう思う?」

「いいんじゃない?その言葉に嘘はないみたいだし」

「そうだな。龍斗はいい友達を持ったと思うぞ」

「探偵って言う職業に思わないところがないわけではないけどいいんじゃないかな?」

「な!?」

 

いつの間に!?というかその名前、さっき龍斗が上げていた親戚の人か!!

 

「ど、どういうことですか?」

「ふむ。先ほど龍斗をあっちに送った後、そこの三人はメールで呼び出してな。君たちの本心を試させてもらったよ。特に工藤君。君は問題を抱えているようだしね」

「…もし、お眼鏡に適っていなかったら?」

「厳しい事を言うが、記憶を処理して龍斗にはダメだったと報告する手はずだった」

 

き、記憶を?そこまでできるのか……!?

おじいさんの話によると偶然巻き込まれた被害者が出ないこともないので世の中にその話が出ないのはその記憶処理のお蔭だとか……秘密を守るためにそこまでしていたとはな。

そうそう、海外では魔術師とかいう一族もいてその中には幼女の姿をした100歳超えのお婆さんがいるらしい。その人にだまされてからおじいさんは人を見た目で判断せずに彼ら独自の目線で人を見るようになったそうだ。

 

「ただいまー…あれ?おじさん達来てたんだ?」

 

その後、帰ってきた龍斗に事情を聴いたことを説明しまあ…()()()()()()()()()()を持っていることを知った位で今までどおりに行こうぜと声をかけた時……龍斗はオレ達がそういうことを知っていたような、でも安心したような不思議な表情をしていた。

さて、龍斗があの場に現れた謎も解けたし後は仏像探しの謎を解くだけだな。明日は服部も協力してくれる約束も取り付けたし、後は大人しく寺に戻るとするか。

 

 

あ、夕飯食べるの忘れてた……我ながら、締まらないなあ。

 

 

――

 

 

「それで?どないやったん?」

「爺ちゃんや他の一族の人のお眼鏡に適ったみたいだよ。特に記憶の処理されることなく、俺の事を教えられた……正直ほっとしているよ」

「まあ、龍斗の様子からして大丈夫やったのは分かってたけどな。昨日別れてから何の連絡もなかったからダメやって落ち込んでるんかと思いました」

「ごめんごめん。昨日は親戚が集まっちゃってその給仕に追われていてさ」

「もぅ……」

「おーい、二人とも!和葉ちゃんが来たよー!!」

「はーい!……この埋め合わせは絶対するからさ。今日は蘭ちゃんと園子ちゃんに京都を楽しんでもらおうよ。ね?」

「……忘れたらあきまへんよ?」

 

新ちゃんたちと話した次の日。俺と東京住みのJK三人衆は京都観光に繰り出していた。蘭ちゃんが和葉ちゃんにアポを取っていて、まずは彼女と合流してから京の町に繰り出すと言うわけだ。和葉ちゃんは京都に親戚の人も多く、幼いころからよく遊びに来ているからよく知っているし、それは俺も同様だ。そもそも紅葉は16年間京都に住んでいるのだから、東京生まれ東京育ちの蘭ちゃんと園子ちゃんを案内するには最高の布陣だ。高校生だけで利用するのに憚れるようないい店の中には一見さんお断りのお店もあるしね……そんな店、今日は行かないか。

蘭ちゃんは新ちゃんも誘ったようだが昨日言っていた通り、近所の子たちと遊びに行くそうだ。実際は小五郎さんの依頼を独自に捜査するために単独京都の町に繰り出しているんだろうけど。平ちゃんも平ちゃんで東京と京都で起こった連続殺人の捜査で京都には来るけど観光は共にしないそうだ。

 

「さて、と。久しぶりに京都散策を楽しみますか」

 

 

――

 

 

「きれーいー」

「ああ。こんなきれいな景色、しん「真さんと」え?」

「真さんと一緒に見られたら、超ハッピーかもかも♪」

「も、っもう!蘭ったら!」

「へへー、いつものお返し」

 

俺達は蘭ちゃんたちが行ってみたいと言うスポットを軸に、ガイドブックには載っていないが良い観光に向いたお店や名所を回り今は清水寺の舞台で景色を堪能していた。

 

「そう言えば、紅葉も聞いていたんだろ?小五郎さんの依頼。どんな内容だった?」

「お寺の仏像が盗まれて、その在り処を示す暗号を解いてほしいんやって。でもあれは東京人にはすぐには分からんやろうな」

「じゃあ新ちゃんも苦戦しそう…って紅葉には分かったんだ?」

「ええ。依頼のお寺に行ったときは檀家の方たちもいらっしゃってたんやけど逆になんでずっと京都に住んでますのに分からないのか不思議で仕方ありません」

 

本気で首を傾げている紅葉。最近は五感だけではなくて元から聡明だった頭脳にもさらに拍車がかかってきているようだった。

 

「これです。原本はお寺にありますけど、人数分からコピーしてくれはって」

 

紅葉がそう言って俺に渡してきたのは階段の上に色のついた絵が描いてある暗号だった。

 

「ふーん……?う、ん?どっかで見たことあるような…?」

「せやろ?普通は言葉やけど、絵に惑わされんで書かれているものをちゃんと名称を書いたら気づくようなもんやのになぁ」

 

いや。確かに何かひっかかるけど、それは()()としてじゃない。前々世の記憶、原作知識の方だ。なんだ?どこで見た?

 

「うちからみんなに言うことは無いけど、龍斗にならええやろ?蘭ちゃんたちにいうたら毛利さんに伝わってしまいそうやし……」

 

そして、紅葉はこの暗号の意味を教えてくれた。絵柄は通りの名。それを同じ色同士で繋げると「玉」になると。そして、盗まれたものが仏像である事から考えられる可能性は玉の名を冠するお寺の玉龍寺に隠されているのではないかという事だった。昨日実家に戻った時、玉龍寺について検索をかけてみると現存する鞍馬山(紅葉はこっちの存在を知っていたそうだ)に移動する前には仏光寺の近く、つまりは暗号を地図に照らし合わせした際に玉の点に当たる位置にあったそうだ。

玉龍寺、仏光寺、盗まれた仏像、そして京都…?

俺があれこれ考えていると、景色を見ていた二人が和葉ちゃんに声をかけていた。

 

「ねえ、和葉ちゃん。服部君と喧嘩でもしたの?さっきから暗いよ?」

「実は平次、ある事件の調査のために京都に通っててん……それに京都には平次の初恋の人がいてんのや」

「「ええええ…!?」」

「おや、まあ」

 

その言葉に和葉ちゃんを心配して声をかけた蘭ちゃんたちは驚きの声を上げて、俺の隣で聴いていた紅葉も目を丸くしていた…んん?平ちゃんの初恋……?

 

「と、とにかく詳しくその話を教えてくれる?ねえ、龍斗クンに紅葉ちゃん。この近くに落ち着いて話のできる場所…お茶とか飲める場所に案内してくる?」

 

園子ちゃんがそう提案してきたので俺と紅葉は顔を見合わせて。

 

「それじゃあ、今度は俺のおすすめの場所に案内するよ。美味しい菓子を出すお茶屋にね」

「それじゃあ、龍斗に任せます」

 

俺の先導で、場所を移すことになった。

 

 

――

 

 

「それで?服部クンの初恋の人がいるってどういうことなの?」

「平ちゃんが自分の口で言うわけなさそうだけど…」

「そう言えば龍斗君、服部君からそう言う話は聞いたこと無いの?」

「んー。小学生の頃になんか報告を受けたような。確か三年生の時だったかな?」

「それほんま!?」

「うわっっ!?和葉ちゃん落ち着いて」

 

隣に座っていた和葉ちゃんがいきなり迫ってきたので驚いてしまった。

 

「とにかく話してみてみません?龍斗もその話を聞いて思い出したことがあれば付け加えて言うてくれると思いますし」

「思い出せるだけ、だけどね」

「……うん。さっき園子ちゃんがいうとった通り、これは平次から直接聞いたわけやないんや。ウチが知ったのは平次が雑誌のインタビューにそう答えとった記事を読んだからなんや」

「雑誌のインタビュー記事?」

「せや」

 

和葉ちゃんは鞄から一冊の雑誌のページの切り抜きを出して机に置いた。雑誌の名前を聞いた俺は確かに思い当たることがあった。確かに従姉妹の子が買って読んでたのを親戚の集まりの時に見たことがある。

 

「これ、関西でめっちゃ人気のある情報誌でな。この本で平次、初恋の人の事について聞かれてて「小学校三年生の時に会うた、ちょっと年上の女の子」って答えてんの。しかもその女の子にもろたのか、その子との大切な品っていうてこんな写真までのせてもらってんの!」

 

語気を強めに指を指す和葉ちゃん。その先には笑顔でガラス玉を摘みあげて写真に写っている平ちゃんがいた。

 

「これ、なに?」

「ただの水晶玉。その女にもろたんやろ」

「じゃあ和葉ちゃんはその女の子の事…」

「知ってるわけないやん!平次も会うたのはその時だけで、京都に来るたんびに探しているみたいなんよ」

「ああ!だから水晶玉と一緒に写真を撮ったんだ!その記事を見た女の子が連絡してくると思って!!」

「なあ!やらしいやろ!?しかもご丁寧にその頃の写真までのせてもらってるんやで!?」

 

和葉ちゃんがページをめくると確かに昔の平ちゃんの写真が載っていた。

 

「へえ。ウチが初めて会うた時とそっくりやな。あん時よりちょっと幼いけど…」

「確かあの時は四年生で、この一年後だったっけ。それにしても幼いねえ。懐かしい」

「どれどれ?……へえ!」

「わあ、可愛い!」

「そやろ!?この頃の平次、むっちゃ可愛いんやって!……あ。……う、うううん!蘭ちゃん?そう言う事やちゃうんやって」

 

平ちゃんがほめられたことが嬉しかったのか、さっきまでの不機嫌さが吹き飛んで上機嫌になった和葉ちゃん…だったが、自身が興奮したことが恥ずかしくなったのか赤い顔で仕切り直そうとしていた。

 

「でも、そんなに気にすること無いんじゃない?服部君に初恋の相手がいたとしてもそれは過去の話。今は和葉ちゃんといい感じに見えるけど?」

 

……それを、麻美先輩と新ちゃんの関係でやきもきしていた君が言います?

 

「でもねえ、男にとってふぁあすとラヴは特別だから!」

 

……それも、君が言いますかねえ?園子ちゃん?ほら、後ろで新聞を読んでいた会社員っぽい男性がぎょっとしているじゃないか。

 

「もう、園子ったら!」

「てへ?」

「…ふふ。辛気臭い話はやーめた!せっかく龍斗君のおすすめの店に来たんやから美味しもの食べよ!龍斗君、おすすめある?」

「え?ああ、それじゃあ……」

 

まだ心にわだかまりがあるだろうに、空気が暗くなることを嫌って明るく振る舞う和葉ちゃんにそれに気付いて心配そうにしている蘭ちゃん…大丈夫、()()()()()()()()()()()全部丸く収まるはずだから……

 

 

 




※統合した話の前書き・後書きを載せています。

(1/9前書き)
投稿が一日遅れて申し訳ありません。このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。現在進行形で執筆しているので何話になるかはわかりませんが、お楽しみいただけると幸いです。とはいう物の今回はまだ序章(ほぼオリジナル)といった感じで映画本編にはまだ入れていませんです。かなり短いですが、それではどうぞ!
(1/9後書き)
世界大会(高2の1月)→十字路の季節(春・桜の季節)で、作者的には四月かなーと思うんですが時系列に関しては突っ込まない方向でお願いします。まあ、原作の方でも時計仕掛けの摩天楼とゼロの執行人の二つを同時期に解決したことになってしまっていますし大丈夫、大丈夫……緋勇という設定を出してからそれに引っぱられている感がありますが、服部に話して決意表明(次話のネタバレ)をしたら自然とフェードアウトする感じになります。今話のオリ設定として紅葉の父親はオリキャラですが…出来るだけフラットな感じ(モブ的)をイメージしました。ほとんど絡みもないでしょうしね。まあ娘の父親、というコンセプトが根底にはありますが。そして服部家、遠山家もそれなりに歴史のある家にしました。
(2/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。映画のDVDを見返してみて。
蘭「和葉ちゃんに連絡してあって…()()京都を案内してもらう事になってるんだ」
…あ、そういえばコナンと服部が合流したのは偶然だった。しかも時系列的に京都に来た次の日……結構修正することになりましたorz
今回までオリジナルで次回から十字路の内容に絡めていきます。
(2/9後書き)
元々、緋勇家の設定を出さない時のプロットではハロウィン後、博士の家で自力で解決すると決意表明する→ある程度超能力を話すみたいな流れでした。それを話してもコナンが元に戻るのに龍斗の力を借りないと分かった上で話すというものから、今すぐ戻れるよ?どうする?からの決意表明と順序が逆になりました。これくらいの覚悟があれば龍斗の身内も納得いくかな、と。
(3/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。活動報告にも乗せた通り、書きたいことを表現しきれず暫くは一話当たり3000~4000字ほどになってしまいます。ご了承ください。それと、頂いたコメントで気づいたのですが確かに夏バテしているんじゃないかと気付きました。少しずつ体によさそうなことをして体調を戻して、今までどおりの文字数に戻したいと思います。皆さまも体調にはお気を付け下さい。それと、九州に方は台風にご注意を!
(3/9後書き)
京都にはとんと詳しくないので紅葉の地元民ならではの案内は丸々カットとなりました……紅葉は地図を見ずに頭の中で思い浮かべて推理を行い文字が浮かび上がったので、点の位置にある寺に惑わされずに一発で玉龍寺に辿り着きました。


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第六十二話 -迷宮の十字路(中編)-

このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。

※8/13(月)に編集しました。2018年06月18日~08月08日に渡って執筆した全九話のうち、2018年07月09日・16日・23日に投稿した三話(4/9~6/9)を統合したものです。


「もうすっかり暗くなってしもたなあ」

「せやねえ。いろんなとこ回ったから…」

「でもでも、和葉ちゃんと紅葉ちゃんのお蔭ですっごく楽しかったわよ?」

「そうそう。地元の人しか知らない穴場とかに連れて行ってくれたし、観光客向けじゃない良い物もいっぱい知ることができたわ!龍斗君は美味しいトコを教えてくれたし」

「いえいえ。それでここにコナン君は来るんだね?」

「ええ、そのはずよ」

 

最後のお寺を回った時、すでにあたりは暗くなっていた。蘭ちゃん曰く、今日は京都で友達になった子供たちと一緒に遊んでいる新ちゃんとココで合流することになったようだ。もう遅いので夕飯はどうするのかと聞いたところ。

 

「さっき、お寺の住職さんに電話したらお父さん達、芸者さんのいる所にのみに行っているんだそうよ……調査をほっぽり出して!女の人のいるお店に!!」

「…どうどう、蘭ちゃん。京都の人に芸者ってそういういかがわしいお店みたいな言い方をしたら怒られるよ。そう言うのは花魁とかかな。身上として「芸は売っても体は売らぬ」をかがげているからさ。それとそれをいうなら芸妓さんのほうが京都では通りがいいかな?もしくは舞妓。そもそも舞妓さんなら年齢的に蘭ちゃんと同じくらいなんだし流石に小五郎さんもでれでれしない…あれ?ヨーコちゃんに嵌った時のヨーコちゃんの年齢は…「んん!?」……いえ、なんでもないです。とにかく、そこに合流する感じなんだね?」

 

一見さんお断りの所も多いから、依頼主さんが連れて行ったのかな?店の名前を聞いてみると俺も聞いたことがあるソコソコ歴史のあるお店だった。ということは、結構な接待だな。

 

「そうよ。ちゃんと目を光らせてないと何するかわかんないんだから!」

「あははは……」

 

小五郎さん、もう少し娘の前では「男」としてのだらしなさは控えた方がいいんじゃないかなあ……お?

 

「来たみたいだよ」

「え?」

 

俺の言葉に皆はお寺の出口の方に目を向けた。

 

「あれ?平次!なんでここに?」

 

お寺の門の前に止まっていたバイクを運転していたのは平ちゃんだった。後ろには新ちゃん。多分、昨日俺のいないところで今日は一緒に調査を行う約束をしていたか……

 

「いやあ、街で偶然くど…この坊主と出会ってな。一緒に絵の暗号の謎を解こうと思って一緒に来たっちゅうわけや」

「(あはは…)」

「それでー?絵ぇの謎は解けたの?西の高校生探偵さん?」

「まだや!結構難しいな、これ」

「ところで、オジサンは解けたの?」

 

あ。

園子ちゃんに突っ込まれる平ちゃんの助け舟のつもりで新ちゃんは話を振ったんだろうけど……今の蘭ちゃんには…

 

「それが、ねぇええぇ…!!」

「へ?」

 

ま、道中説明しましょう。

 

 

――

 

 

『もう、小五郎ちゃん。天にも昇りそう!』

 

ああ。小五郎さん、ダメな方に吹っ切っちゃったか。

 

「そのまま昇ってったら!?」

「ぶっふぅう!?お、お前ら。なんでここに!?」

 

あーあー。折角のお酒がもったいない。

先にお座敷に入った園子ちゃんがココに俺達が来た経緯を説明してくれた。どうやら、それなりの人数の人が中にいるようだ。俺は紅葉とともに平ちゃんに続いて最後にお座敷に入った。

 

「おや?そこのお兄さんたちは初顔だね?…あれ?緋勇君じゃないか」

「あれ?水尾さん」

「「!!?」」

 

お座敷にいたのは坊主の人、恰幅のいいご年配、眼鏡をかけた男性、芸妓さんに舞妓さんに女将。そして俺に話しかけてきた能役者の水尾春太郎さんだ……というか、なんだ?水尾さんは京都に帰省した時に爺ちゃんの付添でお邪魔して顔見知りになったけど、おじさんと眼鏡の男性の方は面識ないぞ?なんでそんなに驚かれたんだ?というか、眼鏡の人は一瞬殺気立ったぞ……?え、俺が忘れているだけか?

 

 

――

 

 

初顔合わせが二人もいたという事で改めて自己紹介という流れになった。俺を見て驚いていた二人は古美術商の桜正造さんに古書店店主の西条大河さんだった。坊主の人は小五郎さんに依頼を出した山能寺の僧、竜円さん。そしてこのお座敷の担当でなぜか平ちゃんと顔見知りっぽい千賀鈴さん……まーた、和葉ちゃんがやきもきする案件が……

しかし、まーったく覚えがないな。初対面のはずだ。

 

「もう、それにしても目を離すとすぐこれなんだから!」

「蘭さん、お父さんをそう叱らないで上げてください。依頼のお礼に、私の方からお誘いしたんですから」

「そうや。名探偵の毛利小五郎さんに源氏蛍の事件を推理して貰おうと思てな」

「源氏蛍いうたらつい半年くらい前から話をようけ聞かなくなりましたねえ。なのにいきなりこんな大事になって…」

「そうやったなあ。ボクも能の跡取りの修行で忙しくて数年前の事件にはとんと疎くてなぁ。源氏蛍の活動時期をうちも独自に調べた所女将さんが言ったみたいに数年前も一回長期間活動を休止しとったみたいなんや。たしか……8年前。夏ごろから冬ごろまでの半年くらいやったかな……」

「「!!」」

 

だからなんで、二人はそんなに過剰に俺の方に反応するかね?まあ気付いているのは俺だけみたいで、新ちゃんや平ちゃんも水尾さんの新情報に釘付けみたいだ。

 

「そ、それで?どうして休止しとったとかそう言う情報はないんか?」

「え?ああ、どっかの家に忍び込んだ時に返り討ちにあったとか、仲間内でトラぶったとか誰かが大けがしてその人が重要な役割を担っていたから盗賊団の活動が滞ってしまったとかいろいろ憶測はあったみたいなんやけど正確な所はなんとも。返り討ちにあったいう話なんか、実際そんなことなってたら八年前にお縄についとるやろうしな」

「返り討ちって……お寺のお坊さんってそんなに強いの?」

 

園子ちゃんが竜円さんを見ながら言う。

 

「まさか!剣道をやってますから、竹刀をもてばそりゃあ素人には負けませんけど相手は八人もいる盗賊団でその中の一人は剣と弓の達人。とても太刀打ちできませんよ……それに源氏蛍はお寺だけやのうて、古いお屋敷とかにも盗みに入っていたみたいですよ」

「それほんまか!?でも、そんな話捜査資料にはのっとらんかったで?」

 

……捜査資料って。まさか、平ちゃん。平蔵さんの資料を勝手に見たか、大滝さんを使ったな?

 

「ええ。由緒ある、古い家柄のお家から何件か茶器やら壷やらが盗まれたそうで。盗まれたことを恥として、被害は届けず独自に調査していると修行仲間が檀家の方に聞いたと言うとりました」

「ねえねえ。紅葉ちゃんもおっきなお屋敷に住んでいるんでしょう?もしかして被害に遭ったことあるんじゃ?」

「ええと……うちはお父様が私が生まれてから住込みのガードやら近辺を巡回するガードを増やして、24時間監視カメラに複数の自家発電にシェルターまで拵えてまして……多分、その盗賊団がウチを狙っても調査段階ではじかれてたと思います」

「へ、へえ(そういや、鈴木財閥より古い家のお嬢様だったな、紅葉さん…)」

「それいうなら、龍斗の家も相当広いやん。立派な倉もあったし。どうなんや?(あの家に盗みにはいッとったらちりも残らんと、やられてしもてるだろうけどな)」

「んー?そう言う話は聞いたこと無いかなあ。ていうか、八年前って言ったら俺は小3。9歳だよ?二桁も行かない子供に負ける大人の盗賊団なんているわけないじゃないか」

「(あほぬかせ!その頃にはすでに大人顔負けの戦闘力もっとったやろ…)なんで龍斗が撃退したことになっとんねん。あのおっかないじっさまとかおじ様おば様連中にきまってるやろ?」

「ああ。確かにね。今度聞いてみるけど、うち(緋勇家)に盗みに入るなんて間抜けそうそういるかなあ……」

 

――ぎり!!

 

…うん?ものすごい歯ぎしりの音が聞こえたからそちらの方を見ると西条さんが一瞬般若のような形相になっていた。桜さんも苦虫を噛みつぶしたような顔になって……あれ?なーんか、この2人。違和感が…

 

「そうや。確か源氏蛍言いましたら、警察がニュースでいうとりましたけどメンバーが同じ義経記を持っとると聞きました」

 

源氏蛍の活動遍歴の話題が途切れた絶妙のタイミングで女将さんが話題を振ってくれた。そこから、同じ義経記を持っているという桜さん、水尾さん、西条さんがその内容を知らない俺達に語ってくれた。

十分ほど特に印象深いエピソードである安宅関について教えてもらっていると、桜さんがそのエピソードを説明し終わったタイミングで仮眠をとると言いだしたためソコで一旦源氏蛍考察はお開きとなった。

 

 

――

 

 

「…ん?わあ、川が見える!」

「鴨川どす」

「桜がキレー!」

「ホンマやね!」

「ねえ、蘭も紅葉ちゃんも来てみなよ」

「鴨川の河原からカップルで見るのもよろしおすけど、この建物の下に流れてる禊川を挟んで見る桜もまた格別どす」

「ホント綺麗ねえ」

「ええ雰囲気やなぁ」

 

源氏蛍考察に飽きていた園子ちゃんがお座敷の障子を開けて、鴨川とその川沿いの桜並木に感嘆の声を上げたことを皮切りに、未成年者組は窓際に移り外の様子を観覧することになった。芸妓さんの説明を聞いて、東京組は「ほんとだ、川岸にカップルが一杯」と呟いていた。

 

「いやあ、ホントに綺麗っす!」

「……んん”!?」

「まるで白魚のような指!食べちゃいたい!あーっ……あ?怪我しちゃったのかな?」

 

……あーあー。いやあ、娘の前でまだ未成年の女性の指を食べちゃいたい発言はマジでダメだと思うよ。というか、ココにいる半数以上が未成年者なのにああいうエロオヤジ的な行動は……

 

「…ええ、ちょっと」

「小五郎ちゃんが治してあげるぅ~」

「いい加減にしなさい!ここはいかがわしいお店じゃなくて、舞妓さんの芸を見に来る場所なのよ!お父さんの行動はその舞妓さん達のプライドを汚しているんだから!っもう!!」

「ひい!」

「あらぁ、詳しいどすなあ。どこかで勉強しなはったの?」

 

蘭ちゃんの剣幕に怯える小五郎さんに、その親子のやりとりに手を取られていた舞妓さんは目を丸くしていたが蘭ちゃんの放った言葉が気になったようだ。

 

「え?ええ。私も良くは知らなかったんですけど、そこにいる幼馴染みの龍斗君が軽く教えてくれたんです。変な誤解をしないでね、って。彼のお父さんのご実家が京都なんです」

「そうやったんですか。確かに京都で緋勇いうたら、古くから続くとこだと有名どすからなあ。最近は私ら舞妓や芸妓さんのことを勘違いしていらっしゃる方も多くて。先ほどのお父さん位ならまだまだ可愛い方で…」

 

その後は言葉を濁していたが、まあ()()()の誘いも多いのだろう。さっきの桜さんとの話を聞いた限り、布団を引いて休ませてもらう事も出来るみたいだし。

 

(ははは、こりねえオヤジ……)

「おい」

「ん?どうした?」

「あれ見てみ」

「んあ?…綾小路警部?」

 

川辺を見ていた平ちゃんが何かに気づき、それを新ちゃんに伝えていた。俺は新ちゃんたちが見ている方向に目をやるとそこには新ちゃんの言った通り、綾小路警部がいた。

 

「なにしてんのや?あんなところで」

「あれ?二人は綾小路さんをしっているの?」

「二人はって…龍斗もあの人知ってんのか?」

「まあ京都の公家出身の人だから。京都を拠点としている歴史のある家の人は大体は知っているよ。確か白鳥警部と同じ年で何かとライバル扱いされていた、はず」

「あー……確かに、言われてみれば似た雰囲気があるかもな」

「俺らが知ってるんは、源氏蛍のことを調査している所を釘を刺されたからや。ここは大阪やないから、首突っ込まんといてくださいってな」

「それは綾小路さんの言うことが正しいかもね。平ちゃんだって大阪で起きた事件の事を東京の人が我が物顔で捜査していたら嫌だろ?」

「そらっ!……そうかもしれへんけど。けどこの事件は大阪東京京都でまたがって起きた事件なんやで?オレが捜査してもええやろ?知り合いが殺されたんやし」

「え?……ああ、そういえば」

「そうや。龍斗もいったことあるあのたこ焼き屋や」

「なるほどね……」

 

俺と平ちゃんが殺されたたこ焼き屋のおじさんの事に思いをはせていると、水尾さんが話しかけてきた。

 

「なあ君ら。下のベランダに行って夜桜見物していったらええ。今晩はこれから雲も晴れてお月さんが顔を出すそうやで。上から覗いているのもええけど、下から桜を平行に眺めるのも乙なもんや」

「ねえ、いこっか!」

「うん」

「ええね」

「ええですね」

「僕はココにいるよ」

「オレもや」

「なんで?……あの舞妓さんが気になるんとちゃうん?」

「あほ。しょーもないこというな」

「へん!……龍斗君は私らと一緒に来るよな?」

「え?あー……」

 

俺は話しかけてきた和葉ちゃん、そして平ちゃんを見て。平ちゃんが目で「フォロー頼むわ」と訴えていたので一緒に桜見物を楽しむことになった。

 

 

――

 

 

「でっさー、その時の龍斗君なんて言ったか覚えてる!?」

「い、いやあなんだったか…」

「なんですなんです?」

「なんやろうか?園子ちゃん続き教えて―な!」

「あ、私覚えてるよ」

「なら、蘭に発表して貰いましょう!」

「確かね…――」

 

結局下に降りた面子は俺、蘭ちゃん、園子ちゃん、和葉ちゃん、紅葉の五人だけだった。端から見たら美少女四人に囲まれたハーレム野郎なんだろうけれども、その人それぞれに想い人がいるからねえ。それに今は俺の過去の話で盛り上がっているから肩身が狭い。

この面子で共通の話題と言ったらこの場にいる俺。俺もわざわざ和葉ちゃんたちと遊ぶときに東京での生活について話したことなんかないから和葉ちゃんは興味津々で紅葉は言わずもがな。そんなこんなでこの中で一番付き合いの長い蘭ちゃんと園子ちゃんが幼い時の話を語りだしたんだが……人の口から聞くと、結構頭のおかしい事をしているなと改めて思いました。

 

「ん?」

「どうしたの?蘭ちゃん」

「?ううん、なんでもない」

 

話をしていた最中に突然階上を見上げた蘭ちゃん。俺もつられて視線を上げると平ちゃんが手を振って…ああ、新ちゃんが見ていたのかな?勘がいいよなあ、相変わらず。

 

「ったく、平次の奴。ホンマ腹立つ~」

「でも和葉ちゃんが羨ましい」

「え?」

「だって、会いたい時に会えるんだもの」

「蘭ちゃん……」

「そうだよねえ、私も真さんとなかなか会えないし。乙女の悩みは尽きないわ。まあ龍斗クンと紅葉ちゃんみたいに四六時中いちゃいちゃしてるのを見てると私もずっと一緒にいたらああなるのかなあって思ってブレーキかかっちゃうんだけど」

「ちょっと園子ちゃん、それどういう意味です?」

「あはは、他人のふり見てわがふり見て直せ?みたいな?毎度胸やけを起こしそうな私達の気持ちになってみてみなさーい!…にしても」

 

そこで言葉を切ると園子ちゃんは上を見上げる。そこからは小五郎さんたちの笑い声が響いていた。

 

「まったく。それに比べて呑気なおやじ殿だ事!」

 

 

――

 

 

それからしばらく話に花が開き、月も見ごろになったころ。

 

『あ、ああぁああぁぁあ!―――だ、誰かぁ!!』

 

「な、なに!?今の悲鳴!?」

「女将さん?」

 

俺達のいる所からさらに下、厠があるところから悲鳴が聞こえた。

 

「皆は固まって、一人で行動しないで!平ちゃんたちに指示を仰いで!!」

「龍斗!?」

 

俺は屋内に入り、階段を飛び下りて女将さんの先へと急いだ……血の匂い、か。

 

「女将さん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。龍斗ハン。桜さんが桜さんが……」

「ああ、わかっています。落ち着いてください。ゆっくり、深く呼吸をして…」

「おい、なにがあった!?」

 

小五郎さんたちが上から降りてきて俺にそう聞いた。

 

「納戸の中を…」

「え?なあ!?桜さん!?」

 

っち。気を抜き過ぎていたか。いくら楽しい時間を過ごしていたからと言ってこんな近くで人が殺されたことを気がつけなかったとは。

血の匂いで感覚を鋭くしていた俺の鼻は、焦げ臭く血の匂いを纏った臭気を感じ取った。

 

 

――

 

 

あの後警察が到着し、いつの間にか抜け出していた新ちゃんと平ちゃん以外は身体検査を受けた。現場に俺がいたことにひどく驚いた綾小路さんだったが、俺がいたことで事件がいたずらに騒ぎ立てられることを嫌って未成年組の名前は出さないように厳命を下していた。俺以外にも鈴木家、大岡家のご令嬢がいたわけだしね。

俺達は一通りの捜索が済んだ後、山能寺へと移動した。そこには途中で抜け出してどこかへと言っていた新ちゃんと平ちゃんが先について待っていた。

 

「なにい!?桜さんが伊勢三郎だと!?」

「ああ。あの人は源氏蛍のメンバーやったんや。これで残っているメンバーは弁慶と義経の二人だけや」

「待てよ…?駿河次郎、伊勢三郎、備前平四郎、亀井六郎、鷲尾七郎、片岡八郎と来て、次は抜けている「五」のオレ(毛利小五郎)なんじゃ!?」

「はあ?」

「(それは前にあっただろ……)ねえ、桜さんの家にあったのが暗号の絵のコピーだったってことは本物は桜さんが持ち歩いてて、それを犯人が持ち去ったってことだよね?」

「せやな。犯人もまさか、桜さんがコピーをしとって家に置いておったとは思わへんかったんやろ」

「それで?犯人は一体誰なん?」

「オレはあのお茶屋にいたオレ達以外のメンバーの誰かやとにらんどる」

「「「ええー!?」」」

「まあ、せやろなあ。通り魔的な犯行で桜さんがやられる言うのは無理がある話ですし、誰かが潜んでいたのなら龍斗が気づいたやろからなあ」

「あ、ははは。紅葉ちゃん……でも、誰も凶器なんて持ってなかったよ?」

「あんたたちが抜けだした後で身体検査があったんだから」

「そら殺人した後に現場に留まらなあかん犯人が凶器を身に着けておくなんてありえへんからな。どっかに隠したか捨てたんやろ?」

「でも。お店の中も周辺からも見つからなかったって言ってたわよ」

「禊川は?地下の廊下奥の、ガラス窓があったでしょ?そこから捨てれば禊川がすぐ近くにあるし」

「でっしょう!?」

「え?」

 

そこで机をバンと叩き、大声を上げる園子ちゃん。

 

「園子がね、何かが落ちる水音を聞いたって言うのよ」

「でも警察が川を捜索しても何にも出てこなかったのよ。不思議よねえ」

「……」

「そやったら、共犯者や。川の外に待たせておった共犯者に凶器を「それはないと思うよ」…なんでや!くど…んん!コナン君?」

「今日は満月で明るかったでしょ?それにあのベランダの床には隙間があって下が見えるようになってたんだ。川に人が下りて何かしていたら蘭姉ちゃんや龍斗にいちゃんが気づかないはずないもん」

「せ、せやな」

「つまりは真相がこうだ。犯人は外部犯で蘭達がベランダに出る前にガラス窓から中に侵入し、納戸の傍に会った浴室にでも隠れていたんだろう。そして桜さんが納戸を物色中に出てきて彼を殺害し、入ってきた逆の要領で逃走した。凶器を持ったままな」

「でも、私達は見なかったし堤防にも目撃者がいないみたいよ?」

「偶然だ偶然!犯人はついていてんだよ!」

「ふーん?なんか釈然とせえへんなあ」

「…『一寸法師』」

「へ?」

 

今まで黙っていた紅葉がポツリとつぶやいた。へえ、俺も一応凶器の行方を()()()()()けどその事は紅葉には話していない。彼女が自力で犯人がどういう手段を取ったのか導き出したということだ。やっぱり、頭もいい。

 

「まさに。犯人は小人のように人に見られないで消えたのだ!」

 

 

…小五郎さん、多分紅葉が言った意味はそう言う事じゃないと思うよ……

 

 

――

 

 

「紅葉は気付いてたんだ?外部犯ではないことと、凶器をどうやって発見されないようにしたのか」

「園子ちゃんが聴いた水音はうちも気づいてましたし、うちらの足元で人がうろちょろしとったら流石に龍斗が気づいたやろうしね。誰が犯人なのかはまだわかりまへんけど。龍斗は誰が犯人か確信しとったみたいやし、けどあの子たち(新一君と平次君)にヒントを出しあぐねてたみたいやからうちが代わりに出したんよ」

 

山能寺での話し合いが終わった後、俺は紅葉を紅葉の実家まで送っていた。その道中、先ほどのやり取りで紅葉が犯人の凶器消失のトリックの真相に辿り着いている事に気づいたのでその事について聞いてみた。さらに彼女は、俺が出すよりうち(紅葉)がヒントを出す方があの子たちも刺激になるやろ?と続けた。それに…

 

「それに、緋勇家の事を聞いた今の彼らは龍斗からやと彼らは無意識のうちで頼ってしもたと思ってしまうやろ?私からならそないなことないやろうし。しばらくすればそないな思いもすることなく素直に助言を受け取れるんやろうけど今は時期が悪いと思います」

「間が悪いとは言えばその通り、か。ありがとう、紅葉」

「いえいえ、どういたしまして」

 

俺はその後、犯人が誰なのかという事を告げその人物から煙……おそらくは発煙筒の煙を被ったのだろうという事を伝えた。

 

「はあー。発煙筒の件はよう分かりませんけど、あの人がねえ。確かに竜円さんと同じ剣道場に通っとったと聞きましたし、腕もたちそうに見えたけど今の時代に人斬りをねえ」

「人斬りなんて裏の社会じゃあそこらにいるって伯父さん達から聞いているけどね。こんなに大ぴらに事件になっている時点で素人……というより一般人の殺人者だね。変な日本語だけど。とにかく、これ以上犠牲者が出るようなら止めに入るさ」

「後は弁慶と義経だけやもんね。あの中にもう一人いるんやろか?」

「どうかな……?明日も一緒に動いた方が良さそうだね」

「明日はうちは実家の用事に参加せなあきまへんから一緒に行動できませんけど……うちがいないからって暴走したらあきまへんよ?」

 

それは犯人次第だよ、紅葉。

 

 

――

 

 

翌日、俺達は梅小路病院の一室にいた。山能寺で解散して大阪への帰路へとついた平ちゃんと和葉ちゃんのバイクに犯人が強襲してきたのだ。和葉ちゃんは無傷だったが、平ちゃんが肩と額を怪我してしまい病院に担ぎ込まれたという事だ……っち。

 

「ねえねえ」

「ん?」

 

俺が寝ている平ちゃんの様子を伺っていると、新ちゃんが俺の服を引いていた。どうやらしゃがんで欲しいらしい。要求通りしゃがむと新ちゃんはひそひそ声で話し出した。

 

「おい龍斗。気持ちは分かるが()()動かねえでくれよ?」

「……まだ?というか動かないでくれって…」

「その顔見てたら分かるぜ。一体何年の付き合いだと思ってんだ。付き合いの長さだけで言うなら紅葉さんだってオレには勝てねえんだぜ?…ともかく、犯人に対して思う所があるのは重々承知しているけどそこは服部が起きてからにしようぜ?一番犯人をどうにかしてえのは服部なんだからな」

 

む。確かに、知り合いが殺されてしかも自分自身も殺されかけたとなれば平ちゃんの事だ。自分で何とかしようとするのは自明の理か……仕方ない。

 

「妥協として、俺も一緒に行動するよ。ただお昼は一度爺ちゃん…緋勇本家に向かうから用事が終わったら連絡を入れるよ」

 

「……ん」

「平次!気が付いた?」

「和葉……」

「よかったぁ」

「心配したで、平ちゃん」

「本当に、心配したよ」

「龍斗、大滝はん…それに………誰やったっけ?」

 

病室にいるのは俺、新ちゃん、蘭ちゃん、和葉ちゃん、大阪府警の大滝さん、そして。

 

「警視庁の白鳥です。家宅捜索の結果、殺害された桜さんが源氏蛍のメンバーだったことが分かって東京から駆け付けたんです」

 

そう、東京大阪京都の3都府での広域連続殺人事件ということで東京の刑事も京都へと派遣されることになったそうだ。その人物が白鳥警部だったのは彼がそこそこ京都でも活動していたことが決め手になったと言っていた。

その後しばらくして綾小路警部が来た。平ちゃんへと事情聴取と現在の捜査の軽い進捗を語ってくれた後、平ちゃんにこれ以上捜査をしない様にとくぎを刺して刑事組は捜査のために病室を後にした。

 

「私、お父さんに電話してくるね」

「うん、きいつけてな」

 

蘭ちゃんが小五郎さんに電話をしていくと部屋を出て言った後、和葉ちゃんもお手洗いに行くと言って病室を後にした。

 

「……それで?どうするの?」

「どうするのって決まってるやないか」

「はああ。新ちゃんの言った通りか。でも……」

 

俺は平ちゃんの様子を見た。肩の怪我は大きく動かさなければ大事はないだろうけど、頭部の一撃はちょっと微妙…か?

 

「途中から俺も合流するけど、それまでは人通りの多い所を通るように。間違っても人がいないようなところには近づかないこと。それから一時間に一回は休憩を入れる事。ふらつきがひどくなるよ」

「分かった分かった。それじゃあいくで?」

 

俺はもう一度大きなため息をつくと、下で「ホラ言った通りだろ?」と言わんばかりのドヤ顔新ちゃんと目が合った……くっそ、なんか腹立つ。

 

 

――

 

 

「さて。さっき電話したら今日はいるらしいけど……畑のほうか」

 

水尾邸に行くと言う新ちゃんたちと途中まで共にして俺はここ数日の二人の行動を改めて聞いた……バイクでチェイスって。でもそれで発煙筒の煙の臭いがした理由が分かった。まあダメ押しの1つって感じか。

 

「じいちゃーん!」

「おう、龍斗か。ようきたのう」

「電話で聞いても良かったんだけどね」

「ほっほっほ、寂しい事を言うんじゃない。ワシは孫に会えて嬉しいぞ?」

「そう?それで聞きたいことがあるんだけど、農作業手伝おうか?」

「ほ。じゃあ話しながら手伝ってもらうかの。お昼は龍斗の目利きで食べごろの野菜を収穫して作って貰おうかの?」

「え?まあいいけど」

 

俺は敷地内にある何も植えられていない畑を耕す作業に従事することになった……因みにうちの家系は人間重機がいっぱいいるのですべて手作業で農作業を行っているのに物凄く早く作業が終わる。作業中、俺は聞きたかった源氏蛍の事を聞いてみた所……

 

「……なんとまあ」

「なんとまあ?」

「龍斗、お前さんホントに覚えてないのかの?」

「え?」

「あれはたしか、八年前――」

 

 

――

 

 

お昼を作ったり、爺ちゃんにさらにこき使われたりしていたらもう夕方の初めになっていた。俺は平ちゃんに電話を掛けた。

 

「もしもし?平ちゃん?」

『おう、龍斗か。えっらい時間がかかったのう』

「まあ色々やってたらね。それで?襲われたりしてない?」

『そうそう襲われてたまるかっちゅうんじゃ。ああ、それでな。あの絵の謎解けたから今からそこへ向かおうかと思ててん』

 

へえ、じゃあ二人も謎が解けたんだ。

 

『とりあえず、「仏光寺」で落ち合おうや』

「え_」

『じゃあまた後でな』

「え?ちょっと平ちゃん!?……切れた。それにしても仏光寺?」

 

紅葉の教えてくれた解答は「玉龍寺」。だが彼らが辿り着いたのは仏光寺だと言う。

 

「とりあえず、行ってみるか」

 

 

――

 

 

「おーい、龍斗!こっちや!!」

 

仏光寺につくと二人は先に来ていた。俺は二人に合流し、謎解き、そして今回の事件の顛末の推理を聞かせてもらった。

 

「なるほどね。結局、悪党が悪党を食い合ってただけの話だったってわけか。身内だけならまだしも平ちゃんに手を出したのは後悔して貰わないと、だけど」

「おお、こわ。でも、オレと工藤で軽く見て見たけどなーんもないんや」

「ああ、それなら紅葉が言ってた「あ!?」…って新ちゃん?」

「おい、工藤!?どこへ行くんや」

「とりあえずついて行ってみよう?」

「お、おう」

 

突然お寺から出て、道の角にあった碑石に向かった新ちゃん。俺と平ちゃんも後を追うと。

 

「これは…!」

「玉龍寺跡。絵に描いてあった「玉」点はこっちか」

「なるほど、やっぱり紅葉の推理通りだったわけか」

「!?紅葉さんも謎が解けてたのか?」

「彼女は京都出身で地理や仏閣の名前に詳しかったからね。浮き上がってきた玉の字を見て「玉龍寺」だって教えてくれたよ。ただ、仏光寺の位置に玉龍寺があったとは知らなかったみたいだね」

「……確かに、これは実際にここに来たことがねえと分からねえな。源氏蛍の首領が、元々「玉龍寺」を示すための「玉」として描いたのか。もしくは仏光寺に来させて「玉」の意味を知らせたかったのか…結局答えが一緒だから意味はねえけどよ」

 

そう言う新ちゃんは、先に謎を解かれていたのが悔しいのか微妙な顔をしている。

 

「じゃあ今からそこに行ってみよか?龍斗、玉龍寺ってどこに『Prrrrr…』スマン、電話や…和葉?もしもし?…!!?」

 

ん?様子が…っ!?和葉ちゃん?!

 

「和葉、和葉!?っくそ、切れよった……」

「お、おい服部?」

「和葉が攫われてもうた…」

「なに!?」

「一時間後に鞍馬山の玉龍寺に一人で来い。警察に知らせれば娘の命はないというとる…それに」

 

俺を見る平ちゃん。ああ、聞こえていたよ。

 

「緋勇龍斗に絶対にこの事を知らせるな。知らせた場合も殺す、と」

「な、なんだと!?」

「なんか、俺も源氏蛍と縁があったみたいでね……」

 

爺ちゃんに教えてもらうまで完全完璧に忘れていた…というか認識してなかった。

 

「だが、玉龍寺か。丁度いい、これから三人でここに乗り込んで…!?おい服部!?龍斗!!」

「大丈夫、気を失っただけだよ」

 

平ちゃんが気を失い、倒れ込んできたので俺が受け止めた。だけど、これじゃあ彼を連れて行くわけにはいかないな。

 

 

――

 

 

「さて、と。新ちゃん。あまり時間がないから俺は行くね」

「行くってどこへ?」

「決まってるでしょう?」

 

平ちゃんと新ちゃんを担いで病院へと舞い戻り、病室で俺は新ちゃんへと向き合った。

 

「だ、だけど服部が寝ているままだし」

「流石に平ちゃんを無理に起こして連れていけないさ。平ちゃんにとって和葉ちゃんが幼馴染みで、でもそれは俺も同じなんだ。平ちゃんには負けるだろうけどそれでも俺だって彼女が大事なのは変わりない。それにあまり考えたくはないけれど和葉ちゃんはひいき目なしに可愛らしい女の子だ。血迷った男どもが不埒な真似を考えないとも限らない。もし、そんなことになっていたら玉龍寺には人が残らないよ…?」

「た、龍斗?じょ、冗談だよな?」

 

一応、彼女の様子は解放した五感で伺っているのでそんなことになっていないことは知っている。丁重に扱われているようだ。

 

「…まあ、ね。ただ、生きていることが救いにならないことになるかもしれないけどね」

「落ち着けって!じゃあこういうのはどうだ?……――」

「……分かった。それなら俺も安心して動ける。じゃあ、新ちゃんまた後で」

「…ああ。龍斗も気を付けて」

 

俺は新ちゃんに別れを告げて病室の窓から飛び出……す前に平ちゃんを見た。

願わくば、彼女にとってのヒーローは平ちゃんであってほしいと思う。けれど、無茶してほしくはないと思う自分もいて。とにかく今出来る事をしようと思い直し、日が暮れはじめた京の空を俺は跳んだ。

 

 

 

――

 

 

 

『遅いな』

「罠と分かっててそう簡単に来るわけないやん!」

 

煌々とかがり火がたかれた寺の境内。本殿の前には翁の面をかぶった男と後ろ手に縛られたポニーテールの女の子が口論をしていた。

 

『それはどうかな?臆病風に吹かれたのやもしれんぞ?…ん?』

「あ!平次!!」

 

寺の入り口から延びる階段。片手に木刀を持ち、キャップを目深にかぶる男性が静かに上がって、境内へと足を踏み入れた。

その男性は翁と女性まであと10mほどという所で足を止め、木刀を地面へと突き立てた。

 

 

「てめえ、和葉に手ぇだしてないやろな!?」

 

そこには、浪速の高校生探偵服部平次の姿があった。

 

 

 




※統合した話の前書き・後書きを載せています。

(4/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。この話を書くに当たり、十字路を何度も見返しているのですが久しぶりに見た時「水尾」「西条」「桜」という名前を忘れていました。ぶっちゃけ、龍斗の原作知識もその程度まで摩耗していると考えるといいことに書いていて気付きました。多分7月中に完結出来そうです…?
(4/9後書き)
結構オリジナル設定を入れてみました。
・紅葉の父親親馬鹿
・源氏蛍が一般家庭でも盗賊行為
・一時期活動休止 などなど。
お座敷で龍斗を敵視していたのはちゃんと理由(オリ設定)があります。それが明かされるのはクライマックスでですが……芸者などの言葉で間違い、おかしい所がありましたら、活動報告でのメッセなり・感想なり・メッセなり頂けると修正しやすいので助かります。よろしくお願いします…普通の感想も大歓迎です。答えられる範囲でネタバレ(設定開示)もしますしね。
(5/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。さあそろそろ終わりの見えてきた迷宮の十字路編。少しずつ調子も上がってきました。それではどうぞ!
(5/9後書き)
紅葉がヒントを言うときは出来るだけ日本古来のもので例えるように工夫していきたいと思います。彼女が呟いた真意は次話にて。龍斗が殺人に気が付かなかったのは詰問質問にあたふたしていたから、という事にしておいてください。ちょっと無理やりですけどね。
(6/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。猛暑厳しい日々が続きますが皆様は体調にはお気を付けください。それと急に二時間ほど雷が頻発することもありますので電子機器はしっかり対策を。昨日はえらい目に遭いました。それではどうぞ!
(6/9後書き)
さあ、大変な戦闘シーンは来週の自分に任せます。予定では次話でクロスロード編完結です。もしかしたら火曜日になるかもしれないですが、ぎり七月以内の完結という事でお許しください。


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第六十三話 -迷宮の十字路(後編[完結編])-

このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路が元になっています。


※8/13(月)に編集しました。2018年06月18日~08月08日に渡って執筆した全九話のうち、2018年07月31日・08月07日・08日に投稿した三話(7/9~9/9)を統合したものです。

すみません、お知らせの投稿が文字数稼ぎの規約に引っかかってしまい非公開となってしまいました。
該当箇所は削除し、再び公開となりました。このたびはご心配をおかけして申し訳ありませんでした。今後このようなことがないよう、お知らせは全て活動報告で行いたいともいます。最新話現在も執筆中です(8/13、23:30時点)なのでもうしばらくお待ちください。


「……新ちゃんの提案に乗って先に来てみたけどこれはちょっと予想外。いや、なんとなく既視感があるからこれも原作通りの流れなのかな?しかし、この目で見るとまたなんだか感慨深いものがあるね。そんなに長い別離でもないのに」

 

俺は今、玉龍寺の本堂の屋根の上で気配を溶け込ませながら平ちゃんの姿をした新ちゃんの推理を聞いていた……ふむふむ、西条さん改め源氏蛍の弁慶は以前は普通に剣道場に通うどこにでもいる義経大好きな一般人だったがとあるときに京都に義経流なる流派があることを知り、独学で学んで後継者を自ら名乗った、と。盗賊団の中の名前で「弁慶」なのは盗賊団の頭、廃寺になった玉龍寺の管理をしていた元住職が盗賊団のリーダーで義経を取ったから、戦闘力もありNO2だった彼が「弁慶」になったという。そして今回の連続殺人事件は金のために、盗賊団が盗んだ山能寺の仏像を一人占めしたいがために行ったことだそうだ。盗品を捌く役目を負った桜さんも殺したのはインターネットで販売相手を見つける事が出来たからだそうだ……技術の進歩の功罪のひとつだねえ。お茶屋から凶器を消したのも、手軽にできる携帯のGPS機能のおかげだし。

しっかし、本人は私欲じゃなくて洛中に「義経流」の道場を立てる費用のために、とか言っているけどそれだけで五人も殺すとはね。しかも元住職のリーダーも仏像を盗んだりとかなり罰当たりなことをしているし。この分だと他のメンバーもろくでもないことを裏ではしてそうだなあ。桜さんはお茶屋で物色して、家宅捜索では盗品がいっぱい出てきたって言うし。今回の事件って結局悪党が食いあったってだけの話かい……まあ和葉ちゃんに、平ちゃんに手を出さなければ勝手にどうぞと言いたいところだけれど落とし前はきっちりつけさせてもらうよ?

 

「それと、もう一つ!お前は龍斗には絶対に知らせるなと言ったな?あれはなんでがな?」

「!!」

 

……あー。新ちゃん。それ聞いちゃったか。弁慶は本堂に背を向けているからその顔は見えないけれど雰囲気が変わったのが見て取れる。

 

「……そおいえば、お前は|アイツ()()()()の幼馴染みなんやってなあ……!」

「っ!それがどないしたってわけや!?」

「まあええで。最後に聞かせちゃる。アイツは八年前、俺ら源氏蛍が盗みに入った家にたまたま遊びに来てよってなあ。その家は京都に古くからある家で山に畑に、どデカイ屋敷にごっつい土蔵があるっちゅうことが分かってて俺らも意気揚々と盗みに入った……」

 

ああ。確かにその時は俺は父さんの帰省に合わせて爺ちゃんの家に遊びに行っていた。

その頃はまだリミッターも十分に解かれておらず、だけど緋勇の血はしっかりと俺に引き継がれていた。爺ちゃんは遊びに来るたんびに俺に遊びと称して色々なことをしてくれた。今思えば、かなり戦闘訓練の色が濃い事が分かるが普段は出せない全力で体を動かすことが出来ていたので俺は深く考えもせずそれを楽しんでいた。

で。今日爺ちゃんに聞いて来たのだが、源氏蛍が盗みを働くために家に侵入した所に俺はかちあったらしい。勿論、爺ちゃんもその当時にいた大人の親戚の皆も盗人が入ってきていたことは気付いていて俺がその場を離れたら捕縛するつもりだったらしい(そこで「孫の身の心配は?」と聞いたところ「お前に必要か?志麻の所の志織ならまだしも」とありがたいお言葉を頂いた)。

ともあれ、様子を伺っていた爺ちゃんたちの予想に反して俺は彼らに襲い掛かった……らしい。これには爺ちゃんたちもびっくりしたそうだ。源氏蛍の連中も当時八歳の子供が襲い掛かってくるとは思っておらずびっくりしたそうだが。

まあ結果は、あれだ。ぼっこぼこにしたらしい。特に、弁慶は自身の剣術があしらわれて相当ショックだったという。そして今その思いは激しい憎悪になっているそうな。

……いや、それ俺悪くないよな?爺ちゃんたちが遊びと称してしていた戦闘訓練の延長の、「家に侵入者が入ってきたときの対処」だと思って襲ったと当時の俺は言い訳したらしいし、そもそも盗みに入った奴が悪い。まあそれでなんでそいつら(源氏蛍)が野放しになっているかというと俺に説教をしてそのまま放置してしまったからだという。その時の緋勇家の態度がまるで路傍の石、いやそもそもいないような振る舞いも弁慶には癪に障ったそうで。いつか復讐をと研鑽を重ねたらしい。いやあ、うちの一族はアウトローには厳しいからなあ。

 

「さあ、お喋りは終わりや!その水晶玉を渡してもらおうか!」

「そのかわりにか、和葉を離せ!」

ちょっとどもったな。

「ええで!仏像の隠し場所を教えてくれたらなあ!!」

「何!?」

「さあいえ!」

「…この寺の中だ!」

「なに!?」

「っふ。灯台下暗し、ってとこかな?」

「嘘言うな!この寺は頭が死んですぐに探した!どこにも「嘘じゃない!」っ!……いけ」

 

弁慶はその言葉に傍らに捕えていた和葉ちゃんの背中を乱暴に押して新ちゃんの方へと歩くようにしゃくる。和葉ちゃんはそれに従い、新ちゃんの方へと歩き弁慶と新ちゃんの丁度中間ほどになった瞬間。

 

「和葉!走れ!」

「え?」

「いやえぇあぁあああ!」

 

突如走り出した弁慶は腰に差した太刀を抜き、和葉ちゃんへと切りかかった。それを見た新ちゃんは同じく木刀を手に駆け出し。

 

「はあああ!」

「てあ!」

 

上段に構えた刀を勢いよく振り下ろす弁慶。

 

――キンっ!

 

「くっ!!」

 

その刀を木刀で何とか受け止めた新ちゃんは切り払い。弁慶の体勢を崩す…いや、あれは誘いだな。平ちゃんを昨夜襲ったときに剣の心得があることに気づいたのだろう。あれはわざと作った隙だ。まあ、外見平ちゃんの中身新ちゃんだからその隙に気づくことなく両者の距離が開くだけとなった。それは新ちゃんたちにとっては好機で、新ちゃんは和葉ちゃんの手を取って山門の方へと走り出した。

あと数メートルで到達できるという所で山門の方から駆け上がる足音が複数聞こえた。その音に気づいた新ちゃんと和葉ちゃんが足を止めると、山に方から般若の面を被り帯刀した男たちが8名、寺の敷地内へと入ってきた。そして、山門の前に立ちはだかるように並びそれぞれが抜刀した。

新ちゃんたちが山門から本堂…弁慶の方へと向き直ると弁慶の後方にも12人の抜刀した般若面がいた。

 

「ふっふっふ。俺の可愛い弟子たちや。ほんま、便利な世の中になったやんなあ。元々いた弟子たちにインターネットの闇サイトっちゅうところでくすぶっとった、人をぶった切る勇気のある連中もこの数カ月で弟子入りしてもろた。仏像を売って道場建てたら、緋勇の家を襲いに行くっちゅうわけや……お前らは手ぇ出すな!こいつのせいで八年も宝を肥やしにする羽目になった鬱憤、晴らさせてもらうで!てえええやあ!」

 

呵成を上げながら胴打ちを繰り出す弁慶。手に持っているのは刀なので当たればもちろんただでは済まない。新ちゃんは手に持った木刀で受けようとするが、とっさに身を引いた。その時、中段で構えていた木刀がその場に残り横なぎの餌食となった。

柄のみとなった木刀はすでに武器として用をなしておらず、新ちゃんは振り寄せてくる刀を危なげながら紙一重で避けていく…が。

 

「やめて!その人、平次とちゃう!!」

「はあああ!」

 

―――っスパン!

 

回避に専念し、後退した新ちゃんに押しのけられて体勢を崩した和葉ちゃんが新ちゃんの顔をしたから仰ぎ見てそう叫んだ。その叫びと同時に、振り上げられた刀が帽子を切り飛ばした。

 

「!!?だ、だれや?誰なんや、お前は!!」

 

帽子がとれ、顔を正面から見た弁慶もお茶屋で見た平ちゃんと顔立ちが違う事に気づいたのだろう。誰何の声を上げる。

その言葉に、顔全体を二の腕で拭っていた新ちゃんは顔を晒しながらこう言った。

 

「工藤新一……探偵だ!」

 

 

――

 

「く、工藤君?」

「さあ、立って」

 

呆気にとられる和葉ちゃんを立たせた新ちゃんは周りを伺う。だが、左右にもゆるく包囲陣が敷かれていて逃げ道がない……というか、そろそろ限界なんだけど。

 

「くそ、だましよったな!」

 

駆けてくる弁慶から逃げるように反対方向へと動いた二人だったけど、すぐに般若面が立ちふさがった。新ちゃんは振り返りざまに弁慶へと手に持った木刀の残骸を投げつけた。

弁慶はそれを刀ではじいたが、その隙に二人は弁慶の脇を走り抜け、鐘楼の傍に位置を動かした。

新ちゃんが和葉ちゃんを慮るように見て、だが次の瞬間表情を歪ませて心臓の当たりを掻き抱く。

その、動きが止まった新ちゃんに対して好機と見たか般若面を被った一人の男が包囲陣から抜けだし刀を振り上げて新ちゃんに迫る。

 

「しまっ……!?」

「っっ!!!」

 

思い切り振り下ろされた刀はしかし、新ちゃんの目の前でぴたりと止まる。

 

「!?」

「探偵をやらしたら天下一品やけど、侍としてはいまいちやな」

「は、服部!?」

「平次!?」

 

 

 

――

 

 

 

 

『じゃあこういうのはどうだ?折衷案だ。龍斗はこれから玉龍寺に単身で乗り込む。勿論、その時に彼女が傷つけられている、又は傷つけられそうになっていたら服部には悪いがオレはもう何も言わねえ。だけど、無事だったら。服部が目を覚ますのを待っててはくれねえか?せめて約束の時間。奴らがしびれを切らせて妙な行動をし出す前までは』

『なるほど。俺が潜入して監視していればひとまず和葉ちゃんの身の安全は保障できるから、だね?』

『そういうこと。少なくとも、こっちの奴らの欲しがっている(白毫)がある以上、彼女が龍斗の言ったような目に合っている可能性は低い。だが、オメーや服部の心配は0じゃねえと解消されねえだろ?だから、先行して龍斗の目で確かめてくれ。そして、出来る事なら服部を待っててやってくれ。こいつなら這ってでも行くだろうからよ』

『本当なら、そんな時は止めないといけないんだろうけど、ね。紅葉(大切な人)ができた今の俺ならその気持ちが分かるよ。でも、だからこそ。俺は平ちゃんが起きる様な小細工はしないよ?気付けの技術は確かにあるけど、そこは平ちゃんの根性を見せてもらう』

『お、おう。分かった。でもくれぐれも先走るんじゃねえぞ?そして動くことになれば全力で大暴れだ』

『……分かった。それなら俺も安心して動ける。じゃあ、新ちゃんまた後で』

『…ああ。龍斗も気を付けて」

 

 

 

平ちゃんの病室でのやり取りの後、俺は玉龍寺へと侵入し和葉ちゃんの無事をこの目で確認して新ちゃんとの約束の通り監視に移った。

そして約束の時間が過ぎ、和葉ちゃんが監禁部屋から移動を始めた頃に寺に侵入する影を見つけた。俺はその人物が一人でいた般若面を気絶させて衣服を奪っている所を後ろから口を押えて話しかけた。

 

「平ちゃん」

「(~~~~!??!?た、龍斗か!?)」

「声を小さくね?」

「……っぷっは!?ビックリするやないか!?というか龍斗?!」

 

忍び込んでいたのは平ちゃんだった。事情を聴くと、どうにかこうにか目は覚めたが自分の衣服はないし新ちゃんの姿はないし約束の時間は移動時間を含めると過ぎてしまうしとかなり逼迫した状態であるということにはすぐ気付いたそうだ。しかも、部屋の外には自分を監視するような声も聞こえると言うので彼は部屋のカーテンを伝って階下に降りてきたらしい。

本当は正面堂々と登場したかったそうだが、時間も過ぎていたので奴らの仲間に変装して侵入することを選んだそうだ。俺も、自分がなぜここにいるかを説明した。

 

「そらあえらい世話かけてしもたな」

「そういいっこなしだよ。和葉ちゃんは俺にとっても大事な妹みたいなものだしね。じゃあ…んん?」

「どないした?」

 

じゃあ一緒に和葉ちゃんを助けてお暇しようかと言って脱出しようかと考え、俺は和葉ちゃんの監視のために範囲を玉龍寺のみにしていた感覚を鞍馬山全体へと(逃走ルートの把握のため)伸ばすと、参道を登る一人の男性に気づいた。

 

「あーあー……」

「だからどないしたって聞いとんのやけど?」

「いやね……」

 

俺は気付いたことを正直に話した。

 

「それはまたけったいなことに…いや、確かあの科学者のねーちゃんも京都に来とったから協力を仰いだんやろな」

「哀ちゃん、きてるの?」

「そや、知らんかったんか?まあそれはともかくなんや混沌としてきたな……龍斗。工藤が元の身体に戻るっちゅうのはそない簡単なことなんか?」

「いや、聞いた話じゃあかなり体の負担になるって話だ。しかも頻回すると元に戻れなくなる可能性もあるらしい」

「…そない深刻な可能性もあるっちゅうんか。オレが時間通りに意識を取り戻せなかったから……なら、その漢気を無駄にするわけにはいかんやんな?龍斗」

「……なんとなーく、平ちゃんの言いたいことが想像ついたけど。もしもの時は構わずぶち壊すからね?」

「上等ォ!」

 

平ちゃんの提案は、新ちゃんと和葉ちゃんが合流脱出するまで手を出さない。命の危険がある場合は介入(本堂の屋根にいる位置関係上、礫で攻撃)する。もしくは平ちゃんが姿を晒し、俺の名前を呼んだ場合も同様。

 

「…俺は平ちゃんや新ちゃんの意向があるなら出来うる限りは尊重したいよ?前者は分かるけど後者はなんなんだい?」

「そらあ、オレがこの肩の怪我の借りを返すために邪魔な取り巻きを龍斗に相手取って貰うつもりやからに決まってるやろ?」

 

こ、この色黒男……

 

「まあ冗談やけど。あの男は和葉に手ぇ出しよった。きっちり落とし前つけさせな男が廃る!」

「…そっか。まあ、それならいいや……平ちゃん」

「??なんや龍…斗ぉ!?」

 

俺はさっきのセリフを言ったせいでちょっと照れてあさっての方向を見ていた平ちゃんを呼んだ。

その言葉に振り返った平ちゃんに有無を言わさず、とある()()を行う。

 

「いったぁ!?いきなりなにすんね、ん?あれ?痛ない?」

「流石に病み上がりじゃあ不安だから。これから二時間の絶好調をプレゼント。代償は三日間の筋肉痛。まあ、若いしだいじょーぶだいじょーぶ」

「……ホンマに絶好調みたいやな。ちゅうか整体って時間をかけてするもんでしかもこないな劇的な効果なんてあるわけないやろ!?」

「まあそこはほら。驚異の技術力?ですよ。勿論代償は効果が高い分、相応にきついから覚悟してね?」

「は、はは……それじゃあ」

「うん。行こうか」

 

 

 

 

――

 

 

 

「待たせたなぁ、和葉」

「…!……って、何が待たせなあ、や!何しとったん?!このドアホ!!」

「ああ、それは「ってい!」っは!……それはええ!おいコラ工藤!「はああ!」っと!せい!よくもオレの服をパクリよったな!お蔭で病院着で歩き回る羽目に「隙あり!」…隙なんてないわボケ!……それに」

 

新ちゃんに話しかけながらも襲い掛かる般若面を捌いて行く平ちゃん。攻撃の波が一旦落着いたところで二人の傍に戻り、新ちゃんの顔を人差し指でなぞった……そろそろ、俺も参加していいのかね?タイミング逃した気がする…あ、まずいなこれは。

 

「何塗ったんか知らんけどなあ、オレはここまで色黒ないぞ?」

「そうか?」

「まあええ……っち。しもた」

「え?」

「平次!!」

「囲まれたか」

 

第一波を退けたまではいいが、そのまま包囲されてしまった。背中に鐘楼、三方向は刀を持った般若面。

 

「やっと本物が来よったか。さっきまでは俺自らたたっきってやろうかと思てたけど気が変わったわ…弓隊!構え!!」

「何!?」

「平次、あれ!!ヤバイで!?」

 

和葉ちゃんが指差した方には本殿から横筋の階段に10人ほど弓を構えた般若面が弦を引き絞っていた。

 

「インターネットで集めた弟子は刀だけやないで?動く人を狩りたいいう、狩人(射手)もおったんや。刀隊21名、弓隊10名。戦闘だけで言えば俺は御頭(義経)の率いた源氏蛍を超えたんや!さあ、緋勇への復讐の前哨戦や!その三人は矢達磨にしてしまえ!!」

 

その言葉により一層弦を引き絞る般若たち。それを阻止すべく動こうとした、鋭敏化させていた俺の聴覚は。

 

「大丈夫や、和葉。オレ達には頼りになる兄貴分がついとる……なあ?龍斗」

 

そんな平ちゃんの呟きを聞いた。

 

 

 

その直後、10本の矢が三人へと殺到した。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ぐあっ!」「いてえ!?」「うわあ!?」「あぶねっ?!」

 

「お、お前ら!?なんだ、何が起きたんや?!」

 

平ちゃんたちに矢が放たれた瞬間、俺は手に持っていた礫を都合10発弾き飛ばした。弾いた礫は狙いにたがわず新ちゃんたちに殺到していた矢に命中し、弾かれた七本は囲い込みを行っていた般若の足元に刺さった。そして残りの三本は新ちゃんたちが寺の門へと進むために邪魔となる般若の腕に刺さっていた。

 

「な、なんだ?突然矢が砕けた?」

「な、何が起きたん?平次?」

「………(ナイスや。龍斗!)道は開けたで、工藤。お前ははよいけ!ちっさなるまでどっかで隠れとけよ?元に戻ったら帰ってこい……ま、オレと()()で終わらせてるかも知れへんけどな!」

「(龍斗…?成程、そう言う事か)わりぃ、服部!」

 

そう言って山門の方へと駆けていく新ちゃん。首元からは白い煙が見え始めている。そろそろ限界だね。

 

「!?まて、何が起こったのかはまた後や!そいつを!「おっとお!」っこの、ガキ!」

「お前らの相手はオレじゃあ!ってえああ!」

 

新ちゃんを追うように指示を出す弁慶、その指示が出る前に動き出した般若たち。だが、その行動は山門を背に仁王立ちする平ちゃんによって気勢をそがれた。

上段から振りかぶられた刀を刀の鎬で巧みに払い、相手の勢いに平ちゃん自身の勢いを合わせて体勢を崩す。一人目の般若が体勢を崩し始めたと同時に動き出した、平ちゃんから見れば死角にいた二人目の横払いに平ちゃんは瞬時に反応し刀を合わせて切り上げる。握りが甘かったのか、刀は本堂の方へと飛んで行った……いい集中力だ。俺がさっき平ちゃんに施したのは痛みを忘れさせるのと、彼の潜在能力を引き出す業だ。といっても、そこまで劇的なものではなく真面目に鍛練を積んでいれば二十歳には到達できるくらいの平ちゃん自身の未来の力。だが、目に見えて動きに差が出る程なのだから平ちゃんの潜在能力(ポテンシャル)が高い事の証左だね。まあ殺陣をやっている事、和葉ちゃんを守らないといけないことが限界以上の力を出させている要因にもなってるだろうな…って呑気に考察している場合じゃないね。

 

「和葉!工藤に会うたこと誰にも言うなよ?あの姉ちゃん(蘭ちゃん)にもな!」

「え?蘭ちゃんにも!?なんで!?」

「なんでもや!……どうせ会われへんのや。言わん方がええ」

 

…そう、だね。

 

「っはああ!」

「…っふ!」

 

平ちゃんと和葉ちゃんが会話している間にも般若たちは構わず襲い掛かっていた。だが、平ちゃんは時に受け流し時には避け蹴りをかましていた。

 

「っはー……雑魚は雑魚やけど、こう数が多いと敵わんなあ」

「……なんやと?」

「あ、怒りはりました?まあ大将のあんたがその体たらくやからわからんでもないけどなあ」

「お、お、お、お前!?こ、殺したる!!」

「だってそうやろう?あんたの仇が一時間以上この寺にいるいうのにぜんっぜん気づかへんかったもんなあ?」

「……なんだと?」

「なあ、龍斗!」

 

顎をしゃくって俺の位置を示唆しながら俺の名前を呼んだ平ちゃん。多分、意図するところは平ちゃんと俺にヘイトを向けて新ちゃんと和葉ちゃんに凶刃が行かないようにすることなんだろうね。刀はともかく、弓で一斉に射かけられたら平ちゃんも身を挺さなくちゃいけなくなるし。

 

「ひ、ひ緋勇うぅぅうううううう!!!」

 

わ。そりゃあ平ちゃんのあおりと俺への憎しみ?ですごい顔になってるな。

 

「貴様、そんな所にいないで降りて俺と戦え!積年の恨み、今ここで晴らしてくれる!!」

「いや、唯の逆恨みでしょうに……しかも犯罪者がそんなこと言うなんて片腹痛い」

「~~~!?~~!!?弓隊!何してるんや!?今すぐあいつを落とせ!!」

「は、はい!」

 

あーあー。リーダーがあんなに感情を表に出して。冷静さを失ったらだめだろうに。

俺は飛んでくる矢を礫で、手で払いながら下の様子を伺っていた。

 

「おい!龍斗ばかりに気が行っとるなんてオレをなめすぎとちゃうか?」

「どいつもこいつもオレを、バカにしやがって!はああ!」

「っし!」

 

俺が矢を打ち払い、和葉ちゃんの方へと行こうとする般若の足元に礫を投げていると弁慶と平ちゃんが打ち合いを始めていた。

先ほどまであしらっていた般若たちを相手にするとは違って、正眼に両手で構えた平ちゃんに唐竹、胴薙ぎ、さらには剣法にはないような無軌道な軌線で刀を払う弁慶。その、怒りに任せた猛攻も冷静に払い、流し、受けていた平ちゃんだったが切り上げを流そうとした時刀が半ばから折れてしまった。

 

「焼きが甘すぎんで、この刀!」

「すきあっりい!」

「平次!……てぇええい!」

 

刀が折れたことを好機と見たか、囲んでいた雑魚般若が囲みから抜けて平ちゃんへと切りかかった…そう言うとき自己判断で勝手に動くから追い詰めきれないのに。やっぱり寄せ集めだからかな?

俺が冷静にそんなことを考えられたのは、平ちゃんの後ろで守られていた和葉ちゃんがすでに動いていたのが見えていたからだ。

彼女の合気で見事に飛ばされた般若は丁度牽制する形で弁慶たちの前に倒れ、その隙を見て平ちゃんは和葉ちゃんの手を取ってお寺の建物へと走って行った。

 

「まてや!…弓隊はそのまま緋勇を射かけえ!アイツが飛ばす礫も限度があるやろ!?それから刀隊も五人、落ちてきた緋勇を殺さない程度にめったざしにしとけ!残りは逃げた奴を追うで、ついてこい!」

 

あ、流石に13人(21人の刀隊の内、3人は矢が肩に刺さり戦闘不能。5人はココに残る。数人は明かりを持たないといけないから13よりは少ないけど)今の平ちゃんでも無手だとヤバいか。俺はそう思い、走っていく般若のうち、刀を持っていた最後列の4人の頭に礫を投げた。

充分に手加減したそれは狙い通りに当たり、四人の般若は声もなく倒れた。

 

「さて、と」

 

俺も本堂の上で話を聞いていて少しだけ思い出したことがある。この後の展開だ。確か刀をどこかで手に入れて本堂の屋根の上で一騎打ちをするのが原作の流れだ。俺がいる以上その通りにする必要もないが弁慶の力量、平ちゃんの今の能力なら俺が雑魚払いに専念してもいいと判断した。やっぱり、ここは平ちゃんの信念を優先しよう。

 

「おい!さっさと降りてこんかい!師範がいうとった通りそこ(屋根の上)におったら弾切れになるやろ!観念せい!!」

「………」

 

俺はその言葉に()()()()()()投げていたものの原寸大の物体をその男の足元に投げた。

 

――パリーン!

 

「ひ!?……って、これ瓦か!?」

 

そう、俺がさっきから投げていたのは本堂正面の反対側の屋根から引っぺがした瓦を砕いたものだ。手元にはまだ裏から取ってきた瓦が残っているし、足りなくなれば俺の足元から引っぺがしてまた投げればいい。ある意味弾数無限だ。

下にいる般若たちもそのことが分かったのだろう。般若面の下で苦虫を噛み潰したような表情になっているだろうな。けどね?

 

「んあ!?」

「別に上からちまちま狙撃してしても良かったんだけどね?」

 

本堂の屋根の上にいた俺が飛び降りたことにきょどる指示を出していて般若。

 

―俺も、和葉ちゃんを攫われてキレテイルンダヨ?

 

 

 

――

 

 

 

ん?どたどたと足音が。まあ二人の同行はしっかり()()()()()()()誰かは分かっているんだけどね。

 

「龍斗!」

「龍斗君!」

「二人とも無事で何よりだよ」

「……まあ、わかっとったけどな」

「って!なんでそんな気の抜けた声出してんねん!?そいつら弓引き絞って!引き絞って…?」

 

そこでどうやら違和感に気が付いたようだ。弓を引き絞った体勢で固まり、時折プルプルと震えた様子の弓隊に、刀を水平にもった状態で固まる刀隊。その全員が俺が背を向けているのに一向に動かないことに。正直に言うのも納得いかないだろうし、今は説明している暇もないので小さい時にやったことを引き合いに出した。

 

「ほら、昔和葉ちゃんに「ものすごく力が出るツボ」って押してあげたことがあったじゃない?あれの応用でしばらく動けなくなるツボってのがあるんだよ」

「そ、そうなん?」

「そうなんそうなん……平ちゃん、武器手に入れたんだね」

「おうよ。それで龍斗。そっちにも因縁があるみたいやけど」

「分かってる。今回は『邪魔な取り巻きを俺が(龍斗に)相手取って』やるよ」

「うわ!今の平次の声?」

「……そう言えば工藤が前いうとったな。声帯模写もできるって。龍斗、お前さん大道芸人でも食っていけるんとちゃうか?」

 

 

 

――

 

 

 

「どうやら、オレの出番はなさそうだな」

「コナン君!どうしてここに?」

「え?あ、ぼ、ボクも和葉姉ちゃんが心配で!」

 

あの後、追ってきた弁慶を挑発し平ちゃんは弁慶と一騎打ちへと持ち込んだ。その一騎打ちの場所は俺がさっきまでいた本堂の屋根。下にいた俺達にも残りの弟子たちを嗾けてきたがそこは平ちゃんとの約束通り俺が対処した。そして下から二人の決闘を見守っている所にコナンに戻った新ちゃんがやってきたと言うわけだ。

 

「そうだコナン君。この場に銃刀法違反者が大量にいることを知らせないといけないんだけど」

「あー、ココ圏外だもんね…そうだ!」

 

そう言って新ちゃんはかがり火が倒れて散らばっていた火のついた材木の1つを手に取ると塀の傍にまとめてあった枯れ木へと投げ入れた。乾燥していたようで、見る見るうちに火は大きくなった。

 

「あの火に誰か気づいてくれれば…!」

「い、いやコナン君?結構な勢いで燃えてるんやけど?」

「んー、派手に燃えているけど生木を燃やすほどじゃないよ?空気も湿ってるし、ある程度燃えたら勝手に鎮火すると思う。でもまあ、もしもの時のために俺が火の近くにいるよ。それより…」

 

俺が目線を上にやると、それに合わせて二人も平ちゃんたちを見た。

 

 

 

 

「そろそろ決着をつけようやないか?オレにはお前だけやのうて(龍斗)の相手がおるさかいなあ!」

「お前に次はないで?はああ!」

 

正眼の構えを解き、両手を下げた弁慶に猛然と走り切りかかる平ちゃん。隙だらけの顔面に渾身の振り下ろしが決まる―寸前に今まで下げていた左手を刀の前へと差し出す弁慶。平ちゃんはその腕に刀を振り下ろさず寸前で止めて2歩分後ろへと飛びのいた。

 

「はん!小手の巻いた腕で受け止めて、体勢を崩すその手!2度目は通用せんで?」

「そんなら……これならどうや!」

 

…小手なんか差し出したらそのまま小手ごとバッサリ逝くような人って結構いるのにな。

そんな風に思っていると弁慶は腰に差していた脇差…「小太刀か…」小太刀を抜いた。

 

「大小合わせての二刀流…義経流やのうて宮本武蔵流に改名しとったらどうや?」

「ふん、軽口叩くのもそこまでやな!これはただの小太刀やない!即効性の猛毒がぬってあるんや。ちいとでもかすればお陀仏やでぇ?」

「……」

 

その言葉に唯々目を細める平ちゃん。今日一番の集中だ。

 

「てゃ、はっ、ったあ!」

「ふ、っち、おおおお!」

 

弁慶が太刀と小太刀を縦横無尽に滑らせる。しかし平ちゃんは小太刀に警戒しつつ、隙があれば反撃を返していた。むしろ、太刀を一本で打ち合っていた時の方が…いや?

 

「毒を使うなんて卑怯な奴!って思ったけど…」

「うん。平次兄ちゃんが最初より押してる?」

「いや、あれは…」

「あれは?」

「平ちゃんの調子がどんどん上がって行っているんだよ。明確に「死」に直結する刃を前に、持てる全てを出してさらにその高みを駆け上がってる…って言えばいいのかな?とにかく…」

 

―弁慶に勝ち目は、ない。

 

そう続けようとしたのだが、平ちゃんがバックステップしたときに何かに引っかかり体勢を崩してしまった。弁慶はその隙を見逃さず、さりとて小太刀を持っている左手は平ちゃんのいる所と逆方向に流れていた体勢だったため、蹴りを放った。

それを喰らった平ちゃんは屋根から落ちそうになるが刀を屋根に刺し、なんとか踏みとどまった。

 

「はあはあはあはあ……は、ははは!これで、オレの勝ちや!」

「っく!」

 

「あかん、平次が危ない!た、龍斗く「龍斗!」…!!」

 

新ちゃんの声に目線をやるとキック力増強シューズのダイヤルをまわし、俺の方へと駆け寄ってくる新ちゃんの姿があった。俺はその意図を理解し、両の掌を組み中腰になって構えた。

駆けてきた新ちゃんはその勢いのまま俺の方へとジャンプ、手のひらに足を掛けられたと同時に俺は新ちゃんを空中へとかちあげた。新ちゃんは空中を舞い、ボール射出ベルトからサッカーボールを出して小太刀を振り上げている弁慶へと蹴りだした!

 

「くらええええええええ!」

「!!?っぐあ!?」

 

ボールは平ちゃんの方ばかりに気をやっていた弁慶の腕に寸分の狂いなく命中し小太刀を弾き飛ばす。

 

「って。うわ!」

 

若干本堂側に投げてしまったので、新ちゃんの落下位置は和葉ちゃんの隣になっていたので俺は落下ポイントに駆け寄り落ちてきた新ちゃんを受け止めた。

 

「いっけええ!服部!!」

「平次!!」

「これで決着だ!!」

 

その声援に笑みを浮かべ、刀を構えた。二人は裂ぱくの声を上げながら刀を振る。煌めく白刃が二人の間で交錯するが…

 

――キィイィイイィン!

 

甲高い音とともに今度は弁慶の刀が折れる。そして…

 

「てええりゃ!」

 

平ちゃんの胴打ちがきれいに決まり、弁慶は本堂の屋根を勢いよく滑り落ちそのまま屋根の縁から落下する…間際に平ちゃんが足首をむんずと掴み彼を救った。弁慶はまだかろうじて意識はあるようだが動けなくなっている。

 

「義経になりたかった弁慶か。あんたが義経やったら史実に残るような偉業も仲間もでけへんかったやろな。そもそもあんたが貰とった字の「弁慶」でもしも義経とともに安宅関におったら義経一行は皆殺しにされとったやろな」

 

まあ平ちゃんの言う通り自己顕示欲の塊で私欲にまみれた西条(弁慶)ならそうなっていただろうね。実力も…だし。

 

「…ああ、いや。「もしも」やないな。実際、あんたは古巣(源氏蛍)の仲間を皆殺しにしよった。そないな奴が歴史に名の残る大人物になれるわけないやろが。剣術だけ極めてまっとうに生きていれば、誰か(義経)()()()()やのうて誰かの()()()()()()()と志して竜円さんたちとつるんどったままやったら、また違うた未来があったかも知れへん。けど、横道の邪道にそれまくったからにこの結果があんたの限界や……ジャリ(小学生)の龍斗に負けて。そっから鍛えてきて今、ガキ(高校生)のオレに真剣勝負で負けた。昨夜はオレが木刀でやりおうて負けてんやから、あんた…」

 

―剣術の才能、なかったんとちゃうか?

 

 

その言葉に打ちのめされたのか、西条は気を失った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「これで源氏蛍の1件は全部片付いたな」

「そうなる、のかな?伏兵もいないみたいだし…はー、なんかもう疲れたよ」

「龍斗が疲れるなんて言うなんて珍しいな?」

「そりゃ、屋根の上でずっと気を張ってやきもきしていたからね。平ちゃんに化けた新ちゃんが来て殺陣を演じてた時は、いつ平ちゃんとの約束なんてぶっちして飛び出そうかと身構えていたからさ」

「もう!コナン君、また龍斗君の事「龍斗」って呼び捨てにしてる!さっき平次の事も「服部」って呼び捨てにしてたやろ?ダメやで、年上の人を呼び捨てにしちゃ。龍斗君も注意せなアカンよ!」

「ご、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」

「ごめんごめん。まあ子供だし、気が昂ぶってたんだろうなって気にしていなかったよ」

「ちゃんと周りの大人がダメなことはダメやって教えてあげんと子供のためにならへんよ?…あ、平次!」

「おう」

 

西条が気を失ってすぐ、玉龍寺には警察や蘭ちゃん親子そして何故か博士と哀ちゃんがやってきた。警察は気絶していたり、なぜか構えた体勢で硬直している般若たちを次々と逮捕していった。そして、屋根から降りた平ちゃんに駆け寄る和葉ちゃん。

 

「この寺……」

「何か気づいたの?」

「ああ。さっき言った源氏蛍の1件、って言うのはメンバーを捕まえたことだけじゃねえ。あの謎も解けたって事さ」

 

どうやら、新ちゃんたちが京都に呼び出される要因となった仏像の在り処にもめどがついたようだ。

 

「どうやら、薬の効果は一過性の物だったようじゃの」

「博士。それに哀ちゃんも。平ちゃんに哀ちゃんが来てるって聞いていたけどどうしてこっち(京都)に?」

「ははは、子供たちのどうしてもせがまれてのう」

 

それでこっちに連れてくるんだから人がいいと言うかなんというか……それと、玉龍寺に警察を連れてきたのは博士たちかな?

 

「あの……」

「哀ちゃん?」

「いえ、なんでもないわ。貴方のお蔭で、また薬の貴重なデータが取れたわ」

「はははは……」

 

京都に来たことで、俺は新ちゃんと話は出来たけど哀ちゃんとはまだ黒の組織との邂逅以来しっかりと話せていないからなあ。折を見て。話さないとね。

 

 

 

「大丈夫なん?平次」

「まあ、なんとかな。この後が怖いけど」

「この後?」

「何でもあらへん。それにしても、仏像はどこにあるんやろか?西条はこの寺探し回ったいうとったけど、暗号の答えは玉龍寺(ココ)やし…」

「うぉっほん!」

「ん?」

 

わざとらしい咳払いをして意味深に平ちゃんへと首肯を見せた新ちゃん。

 

「??」

「ねえ、服部君!しんいっ!……」

「お?なんや?」

「……ううん、なんでもない」

 

……さては新ちゃん。山道かどこかで蘭ちゃんと出くわしているな?

新ちゃんを見ると神妙な面持ちで蘭ちゃんを見ていた。

 

 

――

 

 

「いったたたったった!なんなんや、これ!?」

「だから言ったでしょう?筋肉痛になるって」

「言われたけどこないな痛みになるとは聞いてへんで!?」

「そりゃああんだけ派手に動けばプラスアルファで負債がたまるに決まっているでしょう?まだ今は文句言えるくらいだろうけど、その様子だと俺達が今日帰ってから夜は声も出せないくらいになりそうだね」

「!?!?オマエ、他人事やからって気楽にいいよってからに!今でも動くの辛いんやぞ?!」

「……いいじゃねえか、そんくらいにしとけよ服部。オメーが服着替えている時に龍斗に聞いたけどこれから3日間まともに動けねえことなんか目じゃないくらいメリット有るって聞いたぜ?」

 

俺達はあの後日付が変わっても続けられている実況見分の舞台である玉龍寺にいた。ここはその鐘楼の中。

平ちゃんは俺の施した整体の効果が切れてその反動が体を襲っている真っ最中で動きに先ほどまでのキレはない。

 

「まあ、西条と一昨日やりおうた時に貰た怪我の違和感もなく今まで以上に力が出せたんやけど…」

「龍斗曰く、あれは「二十歳前後のお前」の実力だそうだ。しかも龍斗の見立てだとそれを今経験したことでしっかり鍛錬すれば3年後は今日以上の実力を得られるらしいぞ?」

「なんやそれ!?ホンマか?!道理で相手が何してくるかよう見えると思ったわ」

「先行経験、とでもいうのかな?しばらくは理想(未来)現実()のギャップに戸惑うかもしれないけどいずれ出来うる動きを経験したことは平ちゃんにとって大きな道標となるはずだよ。倒したいライバルがいるんでしょう?」

「ああ!なら、この経験を無駄にせんためにも練習に励んで今度こそ完膚なきまでに沖田を倒したる!……っていたたたたー!だあ!とにかく、あけるで!?……おお!あったで、工藤!」

 

新ちゃんは俺に放り投げられた空中でこの寺の建物が「玉」の字の形になっていることに気づき、点の位置に鐘楼があることからそこの中に仏像があると推理した。

 

「「玉」の漢字にウ冠をつけると「宝」になるだろう?そのウ冠っていうのは屋根を現しているんだ。つまり、仏像は鐘楼の屋根裏にあるって事さ」

「なるほどなあ」

 

筋肉痛にあえぐ平ちゃんに仏像を降ろさせるのは心配だったので俺が代わりに降ろした。床に下ろした仏像に平ちゃんは宝物の白毫を額につけた。

 

「これでほんまのほんまに大団円やな」

「だね」

「ああ」

 

その後、俺がこっそり仏像を担いで山能寺へ仏像を運び平ちゃんの帽子をかぶせて(平ちゃんにそうしろと指示された)、俺は事の顛末を紅葉に報告がてら、散歩へ誘った。

 

「そないな結末になったんやねえ。そう言えば東京組は今日帰るんやろ?なんとも忙しないことです」

「そうだね。俺達はお互いの都合で明日だけど、今日も家でじっとしているわけでもないし何とも言えないさ」

「それにしても、初恋の相手って誰やったんやろね?」

 

ああ、そういえば。俺もあの後何ともなしに聞いたけど、「秘密や!」って言われた。けど……

 

「なんだか、誰か分かったみたいだったよ?」

「え、ほんまですか?」

「本人は教えてくれなかったけどね。まあ多分、おめかしした和葉ちゃんをそうとは知らずに一目ぼれした、って所じゃないかな?」

「ああ、なんや想像つきます」

 

くすくすとお互い笑いながら、たわいもない会話を続けて俺と紅葉は桜並木の咲き誇る道を並んで歩いていった。

 

 




※統合した話の前書き・後書きを載せています。

(7/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路 が元になっています。終わりませんでした……まさか八月にまたぐとは思いませんでした。火曜日に伸ばしてしまったのに、申し訳ありません。
(7/9後書き)
一応、原作からの相違点とその訳。
・弟子の数が十数人→30人ほど。
インターネットによる、人を刺してみたい射ってみたいという犯罪者予備軍を傘下にして緋勇家へ襲撃を掛けるという計画が進行していた。
・龍斗がすぐに和葉救出に出なかった訳、コナンが新一になった理由、服部が出てくるまで龍斗が動かなかった訳。
一応、本編に出てきたのがすべてです。ちょっとむりくりかなと思いますが、行動の裏付けには違和感ないように氣をつけたつもりです。
・源氏蛍との因縁(本編じゃ語られなかったこと)
八年前の子供の龍斗は弦麻(祖父)から色々な戦闘訓練(龍斗からしてみれば遊び感覚)を受けていたので源氏蛍との遭遇もその一環だと勘違い。龍斗がその事と源氏蛍を繋げられなかったのは返り討ちにした盗人連中が源氏蛍という輩だったという事を親戚の人たちが龍斗に伝えなかったからというオチ。警察に突き出さなければという事に気づいたのは全員が母屋に戻って暫くしてからだった(割と穏やかな性格だった龍斗が意外と容赦なく攻撃していたことに親戚一同驚いていた)。その時にはすでにある程度回復していた源氏蛍一行は脱兎ごとく逃げ出していた。
弦麻がその盗人が「源氏蛍」だと知っていたのは、取り逃がしてしまったことに多少の後悔があったため。なぜ、弦麻が改めて源氏蛍を捕まえなかったのか(そうすればこの事件自体無かったのではないか?)とかいうさらなる設定もありますが本当に蛇足なのでこの辺で。
(8/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路 が元になっています。
どうにも、戦闘描写が龍斗の実況みたいになってしまいました。原作からの小さな変更点が多めです。あと、クライマックスシーンがあっさり風味になってしまいました。折を見て、加筆したいと思います。
(8/9後書き)
龍斗がノッキングで刀隊、弓隊を固定したのは部下が見た目健在であることで西条の行動を誘導させやすくする狙いがありました(一騎打ちの布石)
龍斗が弓隊を全滅させてしまっていたので、龍斗がコナンを空中に放り投げるという演出に変わりました。実はこれがクロスロードを題材に描く上で一番やりたかったシーンだったり…服部は割と感情でズばって言ってしまいそうなので(蜘蛛屋敷の時とか)和葉が誘拐された恨みつらみを西条が一番ダメージを受ける言葉で返しました。まあ、まだ彼も高校生ですしね。短いですがエピローグは明日にあげます。
(9/9前書き)
このお話は劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路 が元になっています。
これにて十字路編完結です。しばらくしたら、十字路編は結合させて三篇くらいにまとめると思います。次回からは再び原作に戻ります。予定としては43巻の事件になります(現時点でまだ二択で迷っています)。
(9/9後書き)
なし。


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第六十四話 -忘れられた携帯電話(前編)-

このお話は原作第43巻が元になっています。

8/13に最新話を「お知らせ」として投稿した行為が運営の規約違反に引っかかり、一定時間完全非公開の措置を取られてしまいました。該当箇所を削除し、今は公開状態になっています。
二度目の規約違反を行うと作品のロックが行われるとのことなので今後はより一層気を付けていきたいと思います。それでも何かあれば、すぐに対応しますのでメッセージで教えて頂けると助かります。
心配のお声をかけて頂き、また混乱させてしまい申し訳ありませんでした。
今後とも、よろしくお願いいたします。


「いらっしゃいませー…ってあら、龍斗君!こんなに朝早くから来るなんて初めてじゃない?まだ八時よ?しかも今日は日曜日、せっかくの休みでしょう?」

「おはようございます梓さん。いやあ、梓さんが働き出す前は何度か来たことありますよ?最近はいつも学校帰りとかに寄らせてもらってるからかなり久しぶりになりますけどね。今日来たのは小さい時からちょくちょく来ているのにモーニングは食べたこと無いなあと思いまして。朝ゆっくりできるのは休みだけですしお邪魔させてもらったんです。丁度今日は家人が俺一人でしたし」

「あ、おはよう……そういうことなのね。じゃあ後ろのコナン君は?」

「おはよう、梓姉ちゃん。実は昨日から蘭姉ちゃんが空手の合宿でお泊りなんだ。だから朝ご飯は下で食べようって昨日の夜小五郎のおじさんと話してたんだ。おじさんは支度でもうちょっと時間がかかりそうだったからボクだけ先に来たんだよ。龍斗にいちゃんとは偶然そこで会ったんだ」

「そうだったの。じゃあ二人とも一緒の席でいい?」

「ええお願いします」

「うん」

 

梓さんに案内されたテーブル席に着き、俺は新ちゃんと後で来るであろう小五郎さんの分のモーニングセットを頼んだ。

 

「それにしても」

「ああ。まさかポアロの前で会うとは思わなかったぜ」

 

そう、梓さんに説明した内容は嘘の方便でも何でもなく完全なる事実。新ちゃんとは示し合わせたのではなくばったりかちあったのだ。

 

「新ちゃん、京都で何かあったのかい?新ちゃんロスでへこんでいた蘭ちゃんが元気になっていたけれど?」

「え?あ、ああ。実はな……」

 

どうやら、俺が援護し平ちゃんに逃がしてもらった新ちゃんはあの山道で蘭ちゃんと遭遇したそうだ。その後、タイムリミットが迫っていた新ちゃんは一言二言彼女と言葉を交わした後麻酔銃で眠らせて彼女は新ちゃんとの遭遇は夢だったのだと結論付けた。だけど、新ちゃんは余りに沈む蘭ちゃんを見ていられなくなり京都駅で新幹線のホームでわざと新ちゃんと実際に会ったと言う痕跡に気づかせたそうだ。

 

「へえ~~?」

「い、いやだからな。別にアイツが可哀そうだからとかじゃねえし。アイツが暗い顔しているのがなんか居心地わりいっつうか、収まりが悪いっつうか、居候として!辛気臭い顔している住人がいるのは我慢ならないと言うか……」

「そうかそうか」

「っておい。なんか楽しんでないか?」

「イヤイヤソンナコトナイヨー?」

「をい!」

「ははは、ごめんごめん。まあでも()()に関しては俺とか他の人たちじゃあ根本的なことはどうしようもないからね。早く何とかしなよ?」

「わーってるよ。今回の事で灰原も有用なデータが取れたって言ってたしよ。そう言えば灰原と言えば、アイツ。FBIに打診されていた証人保護プログラムを蹴ったらしいぜ」

「へえ?あの後俺、哀ちゃんとしっかり話し合えてなかったけどそう言う動きがあったんだ」

 

シャロンさんとの対決の後、京都に行ったりして哀ちゃんとはしっかりと会話を交わす事が出来ていなかった。新ちゃんとは京都で話せたけどね。

 

「心境の変化、というより自分(灰原)も逃げているだけじゃないって考えたらしくてな。あと、(龍斗)が、周りに迷惑をかけるのは(灰原)が組織に対して逃げの一手を取っているから。それじゃあ証人保護プログラムで逃げても何も変わらない、むしろダメになる。だってよ」

「そんなことを…」

「あと、龍斗には話したいことと聞きたいことがあるから時間を作ってほしいとも言ってたぜ」

「ああ。じゃあ、機を見て話してみるよ」

 

――ガランガラン

 

新ちゃんと話が一段落した丁度その時ドアベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませー!」

「おう、おはよう梓ちゃん。うちの居候が先に……ってあれ?なんで龍斗君がココにいるんだ?」

 

 

――

 

 

小五郎さんと朝のあいさつを交わし、紫煙をくゆらせながら新聞を読み始めてしばらくして梓さんがモーニングコーヒーを持ってきてくれた。

……なんか、ダンディズムを演じながら?コーヒーを手に取り。

 

「あっちゃあっちゃあ!」

「((何なんだこのおっさん(何してんだろ小五郎さん)……))」

「さっきコナン君から聞きましたけど蘭ちゃんが合宿なんですって?でもこの時間に来たってことは依頼人さんとこの後待ち合わせがあるとか?」

 

今の時間は八時過ぎ。蘭ちゃんのお蔭で休日でも規則正しい(というか、探偵業をしているので日曜日が休みというわけではない)生活をしているので大体7時くらいに朝食が出ているはず。梓さんは恐らくその当たりの事を知っているんだろう。

 

「いやいや。今日は日曜日。普段は休日なんてないひっきりなしの依頼を片付けて、世間様に合わせて日々の荒んだ日常(探偵業)から癒しを求めてココ(ポアロ)に来たってわけさ……」

『都民の皆様おはようございます!倍賞周平でございます!!皆様の一票でこの倍賞周平と静かな街づくりを目指しましょう!!』

「……ははは。まったく。マニフェストと違う行動をまず改めて「prrrrrr」…おお?はい!こちら毛利探偵…!!?――ねぼけてんのはあんたの方だ!ちゃんと番号確かめろ!!」

 

どうやら間違え電話だったみたいだな。しかも、その前は格好つけたセリフに反する選挙カーが通っていらいらしてる。今も乱暴に通話ボタンを切っているし。

 

「くそ、くそ、くそ!」

「あのお、もしかして。暇なんじゃありません?」

「え″?」

「(そうなの?)」

「(ああ、実際この一週間は依頼ゼロだからな)」

「でもなあ、こんなこと名探偵の毛利さんに頼むのもなんだか……」

ん?

「あれ?梓ちゃん、何か困ってるの?もしやストーカー?それとも空き巣?ひょっとして彼氏の素行調査とか!?」

「ち、違いますよ!私の私生活には何ら問題はないです!ただ三日前にお客さんの忘れ物があって。それがちょっと変で落とし主を探してほしいなあって」

「あー…そういうのって扱いに困りますね。店で落としたものだから店で管理して落とし主が来るのを待つのか、はたまた交番に届ければいいのか」

「そうなのよ。名探偵の毛利さんならぱぱっと解決してくれるんじゃないかなって」

「それで、その変な落とし物ってなんなの?梓姉ちゃん」

「あ、うん。これなんだけど」

 

そう言って彼女が差し出したのは迷彩柄のガラパゴス携帯電話。今時ガラケー…いや、蘭ちゃんもそうだし電話とメールだけしか使わない人はスマホの多機能性はいらないって言うしそう言う人の物かな?柄的にお年寄りが持っているようには思えないし。

なんて考察していたら、梓さんが「変な落とし物」といった理由を教えてくれた。なんでも、その携帯電話に三度電話がかかってきたそうだがその全てがおかしな内容だったそうだ。一度目は間違いといい、二度目は誰かに電話の向こう側で話しかけた風で音が鳴ったかの確認、三度目は…

 

「『おいコラ!テメエ奴の女だな!奴と代われ!さっさとしねえとぶっ殺すぞ!!』って言われたんです」

「「「ぶ、ぶっ殺す?」」」

「それで?梓姉ちゃんなんて言ったの?まさかポアロの店の名前とか言っちゃった?」

「バーカ。事情を説明したときに言ったに決まってるだろ?なあ梓ちゃん?」

「それが…怖くなって電源切っちゃったから。一度目も二度目もこっちが何か言う前に切っちゃったからこのお店の名前言いそびれちゃって」

「それは…不幸中の幸いだったかもですよ」

「え?どういう事?私、ちゃんとポアロに忘れ物があることを言えなかったってマスターに怒られちゃったのに」

「電話越しとは言え女性にぶっ殺すなんて言葉を吐く男…男ですよね?」

「ええ、男性の声だったわ」

「男が奴……落とし主の女と勘違いしている梓さんに対して危害を加えないとも限りませんし。お店の店員だってことも方便として捉えられるかも」

「えー!!じゃあどうしたらいいの?!あ、でもマスターに怒られた次の日にずーっと電源を入れっぱなしにしていたけど丸一日かかってこなかったし。手掛かり無くて私本当に困っちゃって」

「ウーム…」

「やっぱりちゃんと事情を説明していたら…そもそも電源切らなければよかったのかなあ」

 

困り顔で肩を落とす梓さん。

 

「いや。これ、梓姉ちゃんのせいで電話がかかってこなかった訳じゃないと思うよ」

「え、どうして?コナン君」

「だってこの電話、通じてないもん!」

「ええ?」

 

梓さんに電話を渡されて耳に当てたりしていた新ちゃんは電話が話し中になっていて通じないことに気づいたみたいだ。

小五郎さんは携帯の料金を支払えず、解約になったせいだと当たりをつけさらに電話してきたのは借金取りだと推理した。

確かに筋が通ってるなあ。でも最近の借金取りってがなり立てたりするのだろうか?ネットが発達したお蔭で自分で自分の身を守る・守った武勇伝のような体験談が跋扈している世の中だ。言質を取られてしまうようなミスをするのか?

梓さんは、新ちゃんに携帯電話の落とし主の特徴を聞いていた。彼女が言う落とし主の容姿は確かに特徴的でその落し物(携帯電話)を気にかけてしまうのも仕方がないな。

 

「ねえ。携帯電話の中身見て見たの?電話帳にある番号にかけて持ち主に連絡を取って貰えばいいんじゃない?」

「私もそう思って、悪いとは思ったんだけど見ちゃったのよ。電話帳。幸いロックとかかかってなかったからすぐに帰せると思ったんだけど」

「思ったんだけど?」

「毛利さん、その携帯の電話帳を見てもらえます?」

「ん?ああ……なんじゃこりゃ。電話番号になってねえぞ、唯の数字(10ケタ)の羅列だ。しかも苗字はともかく名前がカタカナっていうのも妙な感じだな……」

「はい。なんか、偽名みたいだし」

 

小五郎さんの横から覗き見ると確かになんか変だな。名前の横に「・」があったりなかったりするし。

 

「まさかこの番号、何かの暗号か?」

「そういえば聴いてなかった。この携帯電話ってどこにあったの?」

「それは、丁度今小五郎さんと龍斗君が座っているソファの下よ。場所は小五郎さんの足元かしら。一度目の電話が鳴ったからすぐに気が付けたけど多分それがなくても閉店後には気づいてたと思うわ」

「どういうこと?」

「だって、携帯のアンテナがニョキってソファからちょっとはみ出てたもの」

「!?梓姉ちゃん、携帯を見つけた時ってその携帯開いたまんまだった?折りたたまれてた?」

「え?二つ折りに畳まれていたわよ?てっきり、携帯をポケットに入れ損ねて落として、それに気付かないでソファの下に蹴り入れちゃったんだと思うけど」

「んん?二つ折りでアンテナだけでてた?」

「どうしたの?龍斗君」

「ボクも龍斗にいちゃんと同じとこがおかしいと思う!だってポッケに入れようとするなら折りたたんだ後にアンテナも仕舞うでしょう?」

「あー、確かにな。それをしなかったって言うなら余程ずぼらな奴だったか…」

「電話のベルで誰かに発見されることを見越してわざとここに隠したか…とか何とかだったりしてね!おじさん!!」

「あ、ああ。しかしいったい何の目的で?」

「やっぱりお金じゃないですか?持ち主は携帯を解約されるくらいお金に困っているみたいですし」

「その携帯電話がどうしてココにあったのかは気になるんですけど、やっぱり持ち主は分かりませんか?」

 

あ、そう言えば梓さんの言う通りこの相談を持ってきた梓さんはこの携帯を持ち主に返したいんだったな。

 

「あ、それなら見当はつくぞ!」

「え?」

「ど、どうやって?連絡取れそうな手段なんてないのに」

「梓ちゃん、携帯電話。しかもこのガラパゴス携帯って言うのはね、裏のカバーを外してバッテリー電池を抜けば貼ってあるんだよ……製造番号が表記されたシールがね!後はその番号を製造メーカーに問い合わせて販売した店を特定、そこに行って事情を話せばこの落とし主が分かるって寸法だ」

 

おお。「探偵」っぽい…いや、こっちが普通なのか。殺人事件に遭遇しまくるのがおかしいだけで。

 

「「「「え?」」」」

 

バッテリーを抜く小五郎さんの手に注目していた俺達四人は同時に声を上げた。なぜなら。

 

「な、ない!ないぞ、製造番号が書かれたシールが!!な、なんでだ?」

「梓姉ちゃん、このお客さんの事もう少し詳しく教えてくれない?覚えていることを些細なことでもいいからさ!」

「え?えーっとね……あ、そう言えばそのお客さん焼きそばとカルボナーラとフルーツパフェとトマトジュースとシーザーサラダを頼まれて、しかもそのお会計が丁度3000円!このお店のメニューでぴったり3000円になる組み合わせってそれしかなくてお会計したときにちょっと感動しちゃ……って」

 

俺達が困惑している様子に気づいてちょっと赤面しつつ梓さんは続けた。

 

「こ、コナン君が些細なことで持っていうから……」

「にしても、結構食ってるな。しかも3000円って結構豪勢だぞ?」

「借金取りに追われているとは思えないね。龍斗にいちゃんの言ったことが正解なのかな?ほら、お金が入るから浮かれてたとか」

「確かに、この携帯がどういう価値があるのか知らんがこれ(携帯)のお蔭で金が入ってくるって言うならつじつまはあうな」

 

あれ?ここ喫茶店だよな?焼きそばとかシーザーサラダとかおいてるんだ。

 

「あ、お会計と言えばその人領収書貰って行ってたなあ」

「「領収書?!」」

「それで、あて名は!?」

「もちろん、「上様」で…」

「っだよなあ。わざわざ携帯の製造番号を示すシールをはがすくれえだもんな。しっかし一人で食事して領収書をもらっていったってことはそいつの肩書はいくつか絞られてくるな。出張中のサラリーマン、個人事業主…」

「もしくは普段からそういう(領収書を取る)癖がついている人かも」

「と、なるとルポライターか、探偵か。警察とかもか」

 

へえ。そう言う業種の人は個人で動いている時に領収書を取るんだ…いや、当たり前か?

 

「交番のお巡りさんとかもご飯食べたら領収書を取ってくるんですねぇ」

「あ、いや交番の警官は…」

「それは刑事!」

 

小五郎さんの言葉を遮ったのはポアロの入り口に立っていた制服を着た婦警さんだった。

 

「張り込みとか聞き込みとか尾行とか、刑事なら操作に必要な交通費や飲食代の領収書はとるけど私たち制服警官は捜査費用を使う事はまずないわ」

「あ、あんたたしか高木とよくつるんでる…」

「由美さん!どうしてここに?」

 

んー?どこかで見たことあるな……あー、爆弾事件の時か?

 

「もっちろん!駐車違反の反則金を中々納めてくれない名探偵さんに催促に…」

「あ、いや、本日払込みに行こうかと…」

「なーんてね、冗談よ冗談。実はある男の足跡をたどっててね。この領収書が唯一の手がかりだから聞き込みに来たってわけ」

 

彼女が見せつけたポアロの領収書には。

 

「「「「3000円!!」」」」

「え?」

 

おお、これで事件解決か。結局携帯が何の価値があるのかはわからずじまいだが持ち主に戻るならいいだろう。

 

「なあ、そのある男ってのは眼鏡の小太りの(梓さんの証言した)男じゃねえか?」

「え、ええ?そ、そうよ?」

「小五郎さん、そんな詰め寄らなくても。でもよかったね?」

「そうだね龍斗にいちゃん。ねえ由美さん、その人の居場所知ってるの?」

「知っていると言えば知ってるけど……」

 

そこで言葉を濁す婦警さん……なんだ?

 

「良かったー。やっと携帯を返す事が出来ます」

「返す?何を?」

「その男の人、ココに携帯電話を忘れちゃってて変な電話が何度もかかってきて大変だったんです!でも持ち主がどこの誰か分からなくてとうしようもなくて…」

「そうだったの…でも返すのは無理よ。だって」

 

 

 

――その人、一昨日の夜亡くなったから……

 




短い話なのに二編に渡ってしまいました。ちょっと原作エピの書き方を忘れてしまっています。文字数的には6000字超えと夏バテ前並みにかけてはいるんですけどね……徐々に勘を取り戻していけるようにしたいです。


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第六十五話 -忘れられた携帯電話(後編)-

このお話は原作第43巻が元になっています。

今日って火曜日なんですね…完全に曜日を勘違いしていました。遅くなって申し訳ありません。

それではどうぞ!


「え?」

「そ、そんな…」

「まさかそいつ、殺されたんじゃねえだろうな!?」

「違うわよ!三丁目の交差点でトラックにはねられたのよ」

「(交通事故)」

「ああ……確かに一昨日の昼過ぎ。高校の午後の授業が始まってからだったので二時くらいでしたか?パトカーに救急車がうるさかったですね」

「そう言われてみれば、その交通事故。ニュースでちらっとやってたな。確か身元不明の男性だとか」

「ええ。そっちのイケメン君が言っての通り、事故があったのは一昨日の午後二時前。通行人がすぐに救急車を呼んでくれて病院に運ばれたけど打ち所が悪くてその日の夜には…ね。それでなくなったのがどこの誰なのかを調べていたってわけ」

「ちょ、ちょっと待て。その交通事故、ひょっとしてひき逃げってなんてことはねえよな?」

「いいえ。その人を轢いたのはトラックなんだけどその運転手は逃げてなんかいないし、それなりに人通りの多い所で事故の目撃者も多かったの。その話だとトラックの運転手の人に同情の声が多いのよ」

「と、いうと?」

「なんでもその名無しの権兵衛さん、路駐していた車の陰から突然飛び出したそうなのよ。通行人も「危ないぞ!」ってわざわざ声をかけた今時珍しい優しい人もいたみたいで。まあ、その人も目の前で人がひかれてショックを受けて病院のお世話になりそうなのよ」

「それはまた気の毒に。ん?突然飛び出したって言うと自殺の線もあるんじゃねえか?」

「そっちの可能性も皆無だと思うわよ。その人轢かれる前に事故現場近くのコンビニで道を聞いていたの。「ポアロって店、どこにあるか知っていますか?」って、すごく慌てた様子でね。今から死ぬ人間がそのコンビニから2キロ離れたこの喫茶店の事を聞くなんて思う?」

「まあ確かにな。でも、その証言のお蔭で何故事故が起こったのかが分かるな。つまりその男はこの店に忘れた携帯電話を取りに戻ろうとしたところでトラックに轢かれたってわけか」

 

いや、小五郎さんの推理には一個忘れていることがある。あの携帯電話が故意に忘れられていたものじゃないかという事だ。だけど…俺は何気なくポアロのウィンドウから外を見て、新ちゃんへと目線をやる。

 

「なあなあ、新ちゃん。本当に忘れ物なんだろうか?それにしては」

「ああ、不自然すぎる。そこにあると分かっていれば見つけられるが、そうでなければ梓さんみたいに下を覗きこまなければ発見できない場所にアンテナを出して置いておくなんてな。しかもその中身は謎の数字の羅列に製造番号シールを剥がしている。ぜってえなにかある……」

 

だよなあ。でも、暗号ってそのものだけでもロジックを推理して分かるやつと暗号にキーを設定していてそれがないと解けないものがあるって前に新ちゃん言っていたし。前者ならまだしも後者ならお手上げだぞ?

 

「それにしても、事故があって2日。天下の警視庁がココに辿り着くまで随分と時間がかかりましたなあ?」

「仕方ないでしょう?その人が身元の分かるものを一切所持していなくて、そのかわりに持っていたものが……」

 

――ドサっ!

 

「この山のような領収書だけなんだから」

「ほっほー、杯戸に利善に賢橋……都内の至る所を回ってやがるな」

「そうなのよ。しかもその束、ほんの一部よ?だから地域ごとに分けてしらみつぶしで回っているってわけ。まあ私達の担当分だけでも昨日一日でここ以外を回るのが精いっぱいでやっと今日ここに来たってわけ」

「うっへえ、まだあんのかよ」

「そうよ。昨日までの収穫は、その人物が来たことを覚えている人が何人かいたってことくらい。どこの誰かを知っている人はいなかったわ」

「うーむ、そうなるとその男がサラ金から逃げ回っていたって線も考えられなくはないな」

「サラ金?」

「ああ、その名無しの権兵衛の携帯にかかってきたらしいんだ。「奴を出さねえとぶっ殺すぞ!」ってガラの悪い男からな」

「それホント?」

「え、ええ。そのお客さんが帰ってから一時間後くらいに三回。そのあとは怖くなって電源を切ってしまったのでかかってきませんでしたけど……さっきつけてみたらコナン君が携帯が解約されたみたいになってましたし」

「それじゃあ、手掛かりはなし…ってちょっと待って。その名無しの権兵衛の携帯なら彼の知り合いの番号とか入ってるんじゃないの?」

「それが……」

 

梓さんは先ほどまで話していた内容を婦警さんに説明した。あ、また入るの止めた。

 

「それはまた、謎が深まったわね…」

「だから、サラ金をあたってみる事をお勧めするよ。金を借りたのなら住所や名前もそこに書き残しているはずだからな」

 

もしかしたら、本当にサラ金でお金を借りていてその男に辿り着けるかもしてないけれど恐らくは遠回りだ。この携帯の事をもっとよく調べればすぐにたどり着けそうだけど…うん?

 

「アハハハ、バカだね!おじさん!!」

「あん?」

「そんなことしなくてもすぐに分かると思うよ!だってその携帯電話に電話をかけてきた恐い男の人ってその番号を知ってるって事でしょ?だったらその番号を携帯の会社に問い合わせてどこの誰かを調べてもらうよ!だから携帯の会社に聞いてみれば怖い男の人が来たかわかるんじゃない?それにもしかしたら怖い男の人が調べてほしいって電話番号も教えてくれるかも…」

 

「ブァーーカ!警察じゃあるまいし、電話会社が一般人に電話番号で住所や名前を教えてくるわけねえだろうが!だからそのこわーいおじさんは電話会社に電話なんて掛けるわけが…」

「あ、でも私ならやっちゃうかも……」

「やっちゃうって…携帯会社に連絡をですか?梓さん」

「うん。私もそそっかしい所があって。新しく引っ越した友達の家に遊びに行こうとして向かってたら正確な住所を聞いていないことに気づいたのよ。それで電話して聞こうとしても電源入っていないって言われてつい電話会社に電話してきいちゃったことありますもん。勿論その時は教えてもらえなくて結局交番で断片的な情報から割り出してもらいました」

「んー。普通なら確かにしないかもだけど、名無しの権兵衛さんは焦って車にひかれているし、その怖い男性も同じくらい焦っていたのなら万が一の可能性にかけて電話しているかもですね……」

「(龍斗なら援護射撃してくれると思ってたけど梓さんナイス!そして龍斗もサンキュ!)」

「まあ、これ以上は私たち警察の持ってる現在の情報じゃ進展しなさそうだし電話会社に電話してみますか」

「いいねえ。警察はそう言うことを何でも聞けて…オレ(探偵)の調査の時も力を貸してほしいぐれえだ」

「これぞ国家権力ってね♪でも、権力が大きい分使いどころはしっかりわきまえないといけないわよ?それにすぐ聞けるってわけでもないし、手続きに少しかかるかも。でもこれで電話番号が分かれば住所もどこの誰かも分かったも同然よ」

「…………」

「コナン君?……っちょっとこっちに来て」

 

新ちゃんが電話を掛ける婦警さんの様子をがんみしていた。その様子にちょっと違和感があったので彼を小五郎さんたちから引き離して話を聞いてみることにした。

 

「婦警さんをがん見して……そう言う趣味があったの?新ちゃん」

「へ?な!?ち、ちげえよ!ただ、な。あと一歩って所だったのに、てことを思い出してよ」

「あと一歩?」

「ああ。ベルモットと対峙した時の話しさ。オレがベルモットに麻酔銃を利用されて眠らされたあの後、連れ去られたのはとある山中でな。オレは途中から目を覚ましていたんだが奴がある程度安全圏まで逃げたらどこかに連絡すると踏んでわなを仕掛けてたんだ。奴のスマホは壊れていたらしくて(ショットガンの衝撃で)予備のガラケーでメアドを打っていた。奴の独り言からそれがボスのメアドってのは分かってんだが……耳にかけていたカメラで奴の手元がばっちり写っていたはずだからそこからボスに辿り着けるはずだったんだ…」

「でも、あと一歩ってことは失敗だったってことだよね?」

「ああ。奴にしてやられたよ。記録していたデバイスは破壊されちまったし、奴には逃げられた。簡単に言えばそんな感じだ。まあ詳しい話はココじゃなんだから博士の家でするさ……因みに、だけどよ」

「うん?」

「龍斗の所にベルモットからなんか届いたりしてねえのか?」

「…あー、うん。まあどうなんだろうね。これからどうなるかはわからないよ。しれっと普通にお歳暮とか送ってきそうじゃない?開き直って」

「……否定しねえよ。むしろ何考えてるかわかんねえからそっちの方がしっくりくるわ」

「だよねえ。まあ心配しないで。彼女(ベルモット)と最後に会話したときに決別のような決意表明を表したから。普通に会う分には俺は何もしない。犯罪行為をしようとするなら止める。まあ今までと同じさ」

「…なんつうか、京都に行く前のオレだったら食って掛かるんだろうけど。中々面倒な育ち方してたんだな?オメー」

「ははは。そういう話はココでするもんじゃなかったね。それで?取りあえず今の話に戻すけど名無しの権兵衛の正体はわかったの?」

「いや。やっぱりあの携帯に入っていた情報の謎を解く方が先みてえだ。あと、由美さんの情報もな」

「なら少し時間がかかりそうだね。じゃあ俺は迷惑料を払ってくるよ。お腹もすいたしね」

「は?迷惑料??」

 

俺は新ちゃんの疑問の声には答えず、カウンターの中で暇そうにしているポアロのマスターに話しかけた。

 

「こんにちは、マスター。一段落ですね?」

「やあ龍斗君。いつもはもう少し忙しいんだけどね…」

「じゃあ今から忙しくしてあげますよ」

「え?」

 

 

――

 

 

「なら、行ってみましょうじゃない?もう一つの名探偵のお店に!」

「ああ!」

「うん!」

「あの、私も言ってもいいですか?」

「え?でも梓ちゃん、仕事は?抜け出しても大丈夫?」

「気になって仕事に身が入らなくなっちゃいそうだし。今日はいつもよりお客さんが少ないし、夕方までに戻れば大丈夫だと思いますから。マスター!…マスター?」

「そういえば途中から龍斗君はカウンターに座って何、を……」

「んぐ?……失礼しました。()()()()()でしたけど話は聞いてました。レストラン「コロンボ」に向かうんですよね?俺の方も丁度()()した所でしたので。行くんだったら梓さん、お会計をお願いできます?」

「「「「…………」」」」

 

なんか、唖然とした様子でこっちを見られている。婦警さんもドアノブを押している体勢で振り返ってそのまま固まっているし。

 

「あ、はは…梓ちゃん。夕方までに戻ってくるなら行っておいで。ボクはこの食器を片づけたりしてまったりしているからさ……」

「って、何してんの!?龍斗にいちゃん!!」

「何って……お店への貢献?俺も美味しいもの食べられたし、win-winだけどね」

 

新ちゃんに大きな声で尋ねられたが俺がしたことは単純明快。マスターにメニューの上から順に料理を出してもらっていたのだ。

婦警さんと小五郎さんたちが店のど真ん中で、しかも婦警さんは険しい顔をして立ったまま何かをしている様子を道路に面したウィンドウから覗き見たポアロに来た客が見て入るのをやめていたのに俺は途中から気付いていた。まあポアロのマスターも推理好きだから笑ってみていたし俺も別に小五郎さんたちに言うまでもないかなとも思っていた。思っていたんだが、、お客がほぼ来ずマスターがヒマしていたこと、名無しの権兵衛が結構な量を食べていたことを知り、そして俺が(コナン世界で)いつかやってみたかったことを思い出したことから実行したのだ。

 

「め、メニューの上から全部持ってこい?」

「そんな高圧的な態度じゃないですけどね。それに一品ごとにまだ行けるかどうかをマスターに申告して、無駄のないようにしていましたし」

「そ、それを繰り返して今最後のデザートを食べてたの?」

「そういうこと。婦警さん達がいていつもの客が入りずらそうにしていたから売り上げに貢献、それとマスターの手が完全にあいているなんて早々ないから前からやってみたかったことを実行したってわけ」

「…あ!も、申し訳ありません!長い間居座ってしまって。営業妨害になっていましたか!?」

「いやいや。ボクも店の名前に「ポアロ」ってつけるくらい推理物が好きだから目の前で警察の捜査が進むのを見れてありがとうと言いたいくらいだよ。龍斗君もちょっと意地悪みたいに言っているけど彼が一杯食べてくれたし、その合間の世間話でいいメニューのヒントも掴めたしむしろ収支で言ったらプラスだよ。だから気にしないでください」

「ありがとうございます!…龍斗?……!?……っ!?あ!…くぅーー!!」

「??」

「…いえ、なんでもありません。それでは本官たちはこれで」

「あ、龍斗君はどうする?」

「俺は…」

 

ちらりとカウンターの中の食器を見る。

 

「…いや、ポアロでまったりしていますよ。元々今日はその予定でしたし」

「そうかい?じゃあ行くか」

 

小五郎さんの音頭に皆ポアロを出て行った。

俺は食器の片づけの手伝いをしたり、お会計を支払ったり、ポアロのマスターのおごりでコーヒーをごちそうになりながら料理の話で盛り上がったりと優雅な午後を過ごした。

夕方ごろに梓さんが帰ってきて、事の顛末を聞き。客が増え始めた頃を見計らってポアロを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。コナン君?」

「なーに、由美さん?」

「あそこにいたイケメン、出る時に気づいたけど緋勇龍斗よね?サインとか連絡先貰ってきてよ!知り合いでしょ!?あ!スイーツでもいいわよ?!」

「…なんで気づいた時に言わなかったのさ」

「だって、あの時は職務中だったし。捜査中にお願いなんかしたら問題になるじゃない?だから今コナン君に頼んでるのよ!」

「(捜査で知り合ったことには変わりないじゃないか…真面目なんだか不真面目なんだか……判断に困る)」

「ねえ~おねがーい!」

 




最後の方はバッサリ切ってしまいました。元々、ベルモットとのやりとりを入れたかったためにこのお話を入れたようなものだったのでそこが済んだので…という感じです。
由美さんは職業意識高めを設定してみました。なので龍斗を龍斗として認識しての会話は次回以降になります。


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第六十六話 -どっちの推理ショー(?)-

このお話は原作第43巻の一部をお借りしてほぼオリジナルの内容になっています。

長らく更新が滞っていて申し訳ありません。
リアルの方が忙しいことになり、中々執筆できていません。しばらく不定期になりそうですが温かい目で見て頂けるとありがたいです。

それではどうぞ!


「よう、久しぶりやなあ!」

こっち(東京)で会うのは……赤馬の事件以来だっけ?」

「紅葉ちゃんもお久しゅう!今日は和装なんやね。きれー」

「ありがと、和葉ちゃん。さっき贔屓にしている呉服屋さんから受け取ったばかりなんよ」

「ホントいい生地。柄は金魚?これから夏に突入するし涼しげでいいね!」

 

とある日の放課後。帰宅している最中に蘭ちゃんから平ちゃんと和葉ちゃんが大阪から遊びに来ることを突然告げられた。事前にそんな話を聞いていなかった俺と紅葉はビックリしたが蘭ちゃんが平ちゃんから(俺と紅葉に)伝えておいてほしいことをすっかり忘れていたからこのタイミングになったそうだ。

俺と紅葉は紅葉の用事が終われば放課後空いていたので、一旦帰宅してから着替えを済まして今探偵事務所に合流したところだ。

 

「おっし、これで後はくど…あのボウズを待つだけやな」

「そうなるね……でも」

「ん?なんや龍斗、おかしなことでもあったか?」

「小学生の帰宅を待つ平日の高校生って中々レアだなあと思ってね」

「そう言われてみれば……」

 

俺の言った一言に俺と話していた平ちゃんだけではなく、三人で話していた蘭ちゃんたちもこちらを向いた。

 

「フツーなら小学生の方がはよう帰るもんやもんな」

「子供は風の子、ようけ遊ぶのが仕事のようなものですもんな」

「でも今回は特別だよね?」

「せやな、オレんとこ(大阪組)そっち(東京組)も期末が終わって丁度半チャンでおわっとったさかいにこないな時間になっただけやしな」

「そういう偶然も合わせてレアだなってね」

「せやな。そういえば……」

 

そんなくだらない、なんでもない雑談を重ねているといつの間にやら探偵事務所内にも子供たちの賑やかな笑い声が聞こえてきた。

 

「久しぶりに会うと話の話題が尽きないやんなあ。いつの間にかこないな時間になってもうてん」

「そうですねぇ。お外の方でも賑やかな声が聞こえてきましたしそろそろ帰ってくるんとちゃいます?」

「そうだね、いつもならそろそろ……あ!」

「あ?どうした、蘭?」

「コナン君にも今日服部君たちが来ること伝えてなかったからもしかしたら今日探偵団の子たちとサッカーとか博士の家に遊びに行ってるかも!」

「なんやて?!」

「そらかなんなあ、蘭ちゃん…」

「ごめんなさい…今日、コナン君携帯置いて行ったみたいで連絡取りようもないし」

「……龍斗?」

「分かった。ちょっと待って」

 

俺は感覚を広げて新ちゃんが今どこにいるかを探ろう…としたがする必要もなかった。彼はなぜかうきうきした感情をうかばせながら真っ直ぐ探偵事務所まで走っていたからだ。

 

「とりあえず、いつもの時間が過ぎるまで待ってみようよ。帰ってくるかもしれないし」

「(なるほど、新一君はまっすぐ帰ってきてるんやね)龍斗の言う通りやね。いつもより遅う時間になったら博士や探偵団の子たちに電話してみればええんや。ウチらもそない時間に追われとるわけやないんやし」

「確かに、そない急がんでもええ事やったね。ウチもせかすような事言うてゴメンな。蘭ちゃんも気にせんと、ドーンッとまっとき!」

「せやせや!それに()()ボウズが今日外で遊ぶなんてありえへんしな!」

「え?それってどういう…」

「あ!帰ってきたんとちゃう?」

 

俺の言葉は探偵事務所の階段を駆け上がる音に気づいた和葉ちゃんの言葉にかき消された。

皆が探偵事務所の扉の方へ注視していると間もなくして。

 

―がちゃ!

 

「ただい……ま…」

「「「「「お帰りー!」」」」」

「え?」

「おっしゃ!ボウズも帰ってきたし、どっか美味いもんでも食いにいこか!」

「そうだな、まだ時間も早いしちょっと足を延ばしても問題なさそうだ!」

「でもよかったー、コナン君が帰ってきて!」

「良かったね、蘭ちゃん!」

「美味しそうなお店なら俺にお任せあれ。どんなものが食べたいか教えてくれたらいい所考えるよ」

「それええな!蘭ちゃん、紅葉ちゃん、何か食べたいのある?」

「うーん…」

「せやねえ。今日の朝は龍斗の和食、お昼は担担麺やったし…」

「た、担担麺?」

「そうなのよ……世界大会で優勝してから龍斗君はっちゃけちゃって。週一とかで先生の許可とって家庭室借りてお昼を作るようになってねー。器と材料費だけで高くても400円くらいで食べられるって言うから学級の皆だけじゃなくて先生方も協力しちゃって。それが担担麺だったの」

 

本当は友達内だけで振る舞おうと思ってやっていただけなんだけどね。いつの間にやら噂になって結構大事になってるんだけど……まあそれはいいか。帝丹高校が私立でそこそこ自由がきいたこととやっぱり美味しいものは偉大だったという事で。

 

「そんで?何が食べたいんや?言うてみ?お姉ちゃんたちに遠慮せんと、和食でも中華でもなんでも龍斗おにいちゃんがええ店教えてくれるで?」

「(こいつ……完全にガキ扱いしていやがる…)パス…」

 

冷めた目で子供に言い聞かせる様子の平ちゃんを見ていた新ちゃんはぼそりと呟いた。

 

「パス…パスタ?イタメシか?」

「え?」

「あー、それなら確か杯戸町に新しいお店が出来てたな。値段の割にいい仕事してそうな当たりのお店っぽいからそこかな?」

「それって前に龍斗君が言ってたところだよね。結構おしゃれで美味しかったって他の子たちも言ってたし!」

「そんならそこにしよ!」

「そうだな、杯戸町なら歩いてでもいけるし…」

「よっしゃ、決まりやな!」

「………」

「…まあ、道中説明するよ」

 

とんとん拍子で話が決まっていく様を呆然とした様子で見ていた新ちゃんの肩を俺はそっと叩いた。

 

 

――

 

 

「ふぅ、っごっつぉーさん!」

「いやあ、龍斗君のおススメに外れはないな!たまには本格的なすぱげっちーっていうのもいいもんだな!」

「ホント、ここにして正解だったね!」

「そうだねー!…で?」

「ん?」

「龍斗にいちゃんと紅葉ねーちゃんははいいとして。何しに来たの?和葉姉ちゃんとこの」

 

「色黒男?」

「い、色黒?」

「コラ!…ははは、ちょーっとこの坊主と龍斗とで話があるからな?」

 

そう言って俺と新ちゃんを連れて席を離れる平ちゃん。

 

「何やその態度!?季節外れのハロウィンの時オレが変装して助けたんを忘れたんとちゃうやろな?」

「ああ、ありがたく思っているけど…それは京都の源氏蛍の事件でチャラになっただろ?」

「は?オマエそないなこと考えてたんか?」

「確かに新ちゃんが平ちゃんに化けて時間かせいでたね」

「でも工藤の場合はチャラにならへんやろ?むしろもう一個オレに借りが出来たんとちゃうか?」

「借り?なんのだよ」

あの事件(源氏蛍の件)があったお蔭であの姉ちゃん(蘭ちゃん)と元の姿で逢引き出来たやろ?あれはオレに対して立派な借りやろうが!」

「あ、逢引きなんてしてねえよ!」

 

はー、なるほど。新ちゃんの意志で事件に突っ込んだわけだけどその解決策で元の新ちゃんの姿になったことも大元をただせば平ちゃんのお蔭……って屁理屈すぎないか?

 

「っはあ。オメー、オレが違うって言ってもその意見は変えねえつもりだな?」

「そら、もちろん♪」

「分かった分かった!オレの借り1でいいよ。でもそれとこれとは話が別だぜ?いきなりアポなしできやがって。こっちにはこっちの予定があったって言うのによ。龍斗達まで巻き込みやがって」

「(アポなしになったのはあの姉ちゃんのポカなんやけど…まあ言わんがええか)そやそや予定や。お前らの予定聴いてちゃんとスケジュール相談したろと思てわざわざ来たんやで?」

「スケジュール?」

「ホラ、もうすぐ夏休みやん。夏には夏の大阪のええところがあるし招待したいなあって!」

「大阪のいい所って?」

「そっら勿論!」

「大阪名物!」

「宝塚!!」「甲子園!!」

「「え?」」

「た、宝塚ぁ~?」

「甲子園~?」

(ねえねえ新ちゃん。あの二つのやる場所って)

(ああ、どっちも兵庫県だ)

「アタシ、甲子園に行くなんて一言も聞いてへんで?」

「オレも宝塚なんて寝耳に水や!」

「アタシ言うとったやん。近所のおばちゃんからチケット貰うんやって」

「そう言えばそないなことを横でごちゃごちゃいうとったような…」

「それなら両方行けばいいんじゃねえか?オレの仕事(探偵業)はいくらでも都合がつくし」

「そうやな!オレがみんなと見たいんは高校野球の決勝戦だけやし」

「え?……アカン。両方行くんは無理や…」

「え?どうして?(どうしてです?)」

「おい和葉。もしかしてチケット貰うんいうおばはんてあの五人組の事か!?」

「どーいうこと?平次兄ちゃん」

「近所にな、宝塚好きで有名なおばはん連中がおんねん。龍斗もオレん家に遊びに来た時に会うたことあるやろ?あの戦隊モノの五色の服をそれぞれきとった……」

「あー、そういえば。平ちゃんと外で遊んでいる時に飴とかジュースとか貰ったことあるね」

 

服というか、シャツだったり帽子だったり鞄だったりで別々だったけど。平ちゃんに言われて確かに戦隊もののイメージカラーにだなあと思ったから覚えてる。あとすっごいTHE・大阪のおばちゃん、てことも。

 

「ほんで一年間ためた金つぎ込んで八月のある期間中ぶっ続けで宝塚見てるらしいんやけど一日だけ折角買うたチケットを使われん日があるんや」

「おい、それってまさか」

「甲子園の決勝戦!?」

「うん…なんか五人が勤めてる会社の会長さんが高校野球好きで、甲子園やっている間は会社を休みにしてくれはるらしいんやけど、決勝戦だけは毎年社員全員で見る事になってて決勝戦の日のチケットを譲ってもらう約束しててん」

「(なるほど。甲子園の決勝戦だけ買わないようにしたくても、雨天や延長戦とかがあれば事前発表の日程通りに決勝戦が行われねえから決勝戦当日のチケットも買うしかねえって事か)」

「まあしゃあないわな。ここは和葉がひいとけや。宝塚なら何べんでも同じものやってるけど夏の甲子園の決勝は一年で一回きりの真剣勝負なんやから…」

「なにいうとるの?高校野球なんてあとでテレビでなんぼでも見れるやん。宝塚のあんなええ席、普通の人やったら絶対手に入らへんで!」

 

……多分、手に入れようと思えばできそうなのが和葉ちゃんの知り合いに最低三人(俺・紅葉・園子ちゃん)いるけどね。それに和葉ちゃんは皆を招待したい!って気持ちに水を差しちゃうから言わないけど。

 

「アホ!野球は生で球場で見るのが一番にきまっとるやろ!ニュースで結果だけ見てどないすんねん!」

「宝塚かて、生が一番にきまってるやんか!なあ、蘭ちゃん、紅葉ちゃん!二人も炎天下の中あせだらっだらかきながら見る野球より宝塚の方がええよなー?」

「ええっと…」

「そ、そうですね…」

「おいコラボウズ、それに龍斗……男は血沸き肉躍る意地と意地のぶつかり合い、野球にきまっとるやろな…?」

「そ、そだね…」

「まあ、そっちのが好みだけど…」

「ほんならオッチャンは?」

「そうだなあ、ココは熱血系の甲子園…いや華やかな情熱、宝塚も悪くないような…」

 

「「どっちや!?」」

 

「じゃ、じゃあこうしよう…推理ショーで勝った方のおススメの場所へ行くってことで…」

 

はい?

 

 

――

 

 

小五郎さんが提案したのは未解決事件の事件現場が近くにあるのでその事件を解決した方のおススメに行くのはどうかという事だった。元々彼は食事が終われば一人でそこに向かうつもりだったらしい。

まあそんなこんなで《彼らは》事件現場に行って見事事件を解決したそうだ。

 

『たく、あそこでバックれるなんて普通ないやろうに』

「まあまあ。事件現場に遭遇するならともかくわざわざ起きた現場に向かう人たちから離脱するってのは俺の今まで言ってきたことに反していないと思うけど?」

 

俺はともかく、最近の紅葉は自分の成長におっかなびっくりな所があるからね。そんな状態の彼女を殺人現場に連れて行くわけにはいかない。

 

『そらそうなんやけどなあ……まあええわ。取りあえず甲子園になったからそのつもりでおってな』

「……なんか、せっかく行けるのに嬉しそうではなさそうだね?」

『ま、こっちも色々あったんや。察しろ』

 

うーん?行きたいって言っていたところに行けるのに気落ちしてるならそれ以上の事でへこむことがあったってこと…俺達と別れて短時間でそうなるのは……和葉ちゃん絡みかな?

 

「ねえ、平ちゃん」

『?なんや龍斗』

「二つ、お願いを聞いてくれたらもしかしたら何とかなるかもよ?」

『??なんやそれ?抽象的すぎてわけわからん。順序立てて話してみぃ』

「うん、つまりね……」

 

 

 

 

 

とりあえず、甲子園の決勝か。野球見に行くのは初めてだから楽しみだ。

 




龍斗と平次が電話していると同時期に↓

「もしもし和葉ちゃん?」
『あ、紅葉ちゃん?ごめんなあ、負けてもうた…』
「そうなんですか……でも、それにしてはあんまり声が沈んでいませんね?」
『え?!え!?そ、そないなことないよ!!?』
「……はっはーん、さては事件解決したのは服部君やな?」
『えええええー!?なんでわかったん!?』
「ああ、やっぱり。だって宝塚に招待したい!って息巻いてた和葉ちゃんがいけなくなったのに落ち込んでないのは服部君のカッコええとこ見てきゅんとしてたからやろ?」
『そ、そないなわけないやん!大体平次はな……』

みたいな会話が裏であったり。


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第六十七話前篇

このお話は原作第43,44巻とアニメ383話が元になっています。漫画にないセリフはアニメorオリジナルです。

お久しぶりです!一応、8割がた書き上がってはいるのですが残りがある+分けた方が伏線っぽいなという事で前後編になります。

三人称、一人称が交互に出ているかもしれません。読みにくければ修正します。
また、野球用語等おかしなことがあればご指摘いただけると幸いです。



――甲子園。全国から集った選ばれし高校球児たちが自らの技と力を競い頂点を目指す最高峰。そこは覇者たちには女神がほほ笑む聖地であり、勝負を決する決闘場でもある――

 

 

 

 

 

『もしもし……はい、お久しぶりです…ありがとうございます。それでなんですが、ぶしつけで申し訳ないんですけど……そうですよね。なので……はい、取りあえず決勝の当日に……気に入って貰えれば、でいいです。好みとか、リクエストを聞いてもらえればそれに沿いますので……ありがとうございます。あ、今度の冬に平ちゃんの家に泊まりで遊びに行くのでまたその時に…はい、それでは失礼します』

 

 

……ふぅ、後は俺の腕次第か。ま、ダメで元々だ、気楽にいきますかね。

 

 

 

――

 

 

 

「何や珍しいなあ。龍斗がこない遅いTVを見とるやなんて」

「ああ。明日の仕込みも済んでいるし、明日は折角生の甲子園…高校野球を見に行くんだから前情報に知っておきたいと思ってね」

「あら、うちは前情報なんてない方が楽しめると思いますけど?」

「そこらへんは個人の好き好きじゃないかな?」

 

紅葉の言う通り、夏休みとはいっても普段と同じで就寝の早い俺が23時過ぎてテレビを見ていると言うのは珍しい事だ。ましてや明日は朝早く大阪に向かうのに、だ。

俺が見ているのは今日あった試合を選手のインタビューや練習風景を交えて紹介する番組だ。つまり、明日の対戦の組み合わせが分かるんだけど…中々面白いなこれ。

 

「あれ?この選手……」

「ん?帝都実業の鳥光裕?へぇ、顧問はお父さんなんやね。なんや?龍斗の知り合いなんか」

「いや、俺の知り合いではないんだけど……どーっかで見た気が」

 

なになに。春の選抜では一回戦で大金のエースと延長18回を投げ合い惜敗して、今日は港南高校と対戦して惜しくも主砲に一発を貰ってそれが決勝点になったと。

首を傾げながら考えていると彼の野球人生についてのインタビューが始まった…あー!

 

「へえ、この人。春の試合の後に悔しゅうて悔しゅうて練習に明け暮れすぎてフラフラになってしもて練習の帰りにトラックの前に乗ってた自転車ごと倒れ込んで轢かれそうになってしもたんやって。でも気づいたら自分は歩道にいて、黒づくめの男の子が代わりにトラックと……それ見とった人の話やと反対側におった筈のその子がものすごいスピードで跳んできて彼を歩道に投げたんやって」

 

俺が考え込んでテレビを見ていないと思ったのか、彼のエピソードを紅葉が語ってくれた。そっか、春に巻き込まれにいった交通事故の被害者だったのか。

 

『自転車はぐちゃぐちゃで、オレの代わりにひかれてしまった彼は数十メートルは飛ばされていました。でもその人、なんでもないようにすくっと立ちあがってオレの方に向かってきて』

「『練習のし過ぎは怪我の元だぞ』」

『そう言って、ジャージ姿だったんで多分ランニング中だったんでしょうね。そのまま走って行っちゃいました。嘘みたいですよね?怪我ってレベルじゃないですよ』

 

苦笑した彼が差し出した写真に焦点が合わさる。テレビの画面には事故があった時に彼が乗っていた自転車がぐちゃぐちゃになっている写真が映し出されていた。それを見たインタビュアの女性は絶句していた。

 

『今でも人に話したら法螺だって言われてこの写真を見せたら絶句します。もしオレがあのまま事故に遭っていたらこの場にはいないでしょう。彼に言われた通り、春のセンバツで大金高校に負けて根を詰めていたのはあったしそのせいで死に掛けて。でもあの事故以降、なんだかすっと力みが抜けたと言うか。お礼を言いたいんですけど、あの時の彼はフードをかぶっていて顔が見れませんでした。優勝したらテレビを通してどこかにいる彼に感謝の気持ちを伝えたいです』

 

結局、彼は負けてしまったみたいだが試合後の彼は悔しさもありながらどこは晴れ晴れした様子だった。

 

「…助けた彼って龍斗の事なんやね?」

「そ。だから見覚えがあったんだ。明らかにオーバーワークの跡があったからね。余計なお世話かもしれなかったけど一言残して後はとんずらしたんだった」

 

ともかく、そんな彼が春に負けた大金高校と今日負けた港南高校が明日俺達の見る決勝のカードみたいだな。

 

 

――

 

「おっほー!これが甲子園かぁ。きっとあっちにも、こっちにも…ぐふふ~ヨーコちゃあん~」

「あはは…」

「はあ?ヨーコちゃん?」

「ああ、港南高校ってアイドルの沖野ヨーコの出身校なのよ」

「へえ。それって小五郎さんの好きなアイドルでしたっけ?」

「ええ年したおっちゃんがだらしない顔してからに…」

 

夏の高校野球の決勝戦当日は雲一つない晴天に恵まれていた。平次たち大阪組と毛利一行と龍斗達東京組は朝合流して今所用で別行動を取っている龍斗を除いてチケットに示された外野席へと向かうべく長蛇の人込みを進んでいた。

 

「おーいー、まだかよ……」

「おい、大丈夫か?工藤…っへへ!」

 

サッカーをしている時とはうってかわり、普通の小学生が外出で疲れたような様子を見せるコナンを見ていたずらそうな笑みを浮かべながら心配の声をかける平次。

 

「はぁー。だめー……」

 

そんな彼らも入場ゲートをくぐり、甲子園へと足を踏み入れた。

 

「ところで、なんで甲子園って名前なんだ?兵庫球場とか関西球場とかにすりゃあいいのによ」

「甲子園の完成した年が十干と十二支がそれぞれ最初の甲(きのえ)と子(ねずみ)が60年ぶりに出会うめでたい年だったからだよ」

「コナン君、詳しいのね!」

「えへへへ~」

「野球の事なんかなーんも知らんのにそんな知識ばっかりはほんま詳しいのう」

「…悪かったな」

「甲子園はそれだけやないで。名物のツタの株の総数は430本。葉の面積は畳8000畳分になるんや。古い球場やっちゅうのに53000人も収容できる大リーグ級の大型スタジアムや。どや?すごいやろ?」

「(オメエも人のこと言えねえだろ…)」

「わあ。こないになってるんですね!うち球場来るの初めてです」

「私も私も!」

「ウチも!…あ、選手が入ってきよったで!」

 

あいている席に着き、甲子園の雑学を二人が語っていると和葉がグラウンドに出てきた選手に気づいて声を上げた。晴天続きのグラウンドに軽く湿らす程度に水を撒くスタッフを尻目に1塁側では港南高校が、3塁側では大金高校が円陣を組んでいた。

各応援席でもある1・3塁側も試合が始まっていないも関わらず声援に熱が入る。

 

「ちなみに、や」

「あん?」

「今日の対戦カードの二校には化けもんが二人おんねん」

「ば、化け物?」

「一人は港南高校の長島茂雄!高校生は金属バットを普通は使うんやけど去年の夏の予選から木製に変えよった変わり種や。やけど、その予選一回戦でポール直撃のサヨナラホームランを皮切りに頭角を現しよった史上類を見いひん名スラッガーや。しかも…そのポール、打球を受けた後ぽっきりと折れてしもたんや!」

「はあ!?だってポールって金属製だろ?!」

「ああ、勿論や。結局、ポールがさびててその弱った部分に当たったから折れてもうたって話になったんやけど、長島が打つとベースにあたれば粉みじんになるわ、フェンスや看板に当たれば穴が開くわ、グラブが破れるわ、時計は壊すわ旗のポールを落とすわで…俗な言い方やけどクラッシャーって呼ばれたりもしとるみたいや」

 

二の句も告げられない様子のコナン。

 

「そんで、もう一人が我らが大阪の誇る大金高校の稲尾一久や。奴は去年の大会で何と決勝の8回裏に長島に打たれるまでヒットを許さんかったっちゅうピッチャーの怪物や。そんときには長島の木製バットをへしおっとる。アイツの投げる球は剛速球っちゅう言葉が陳腐に聞こえるくらいのもんでな。時にはキャッチャーとアンパイヤを後ろの壁まで吹き飛ばし、そして正確無比なコントロールと変化球まで持っとるっちゅうんやから手が付けられへん。去年の夏は惜しくも港南高校に負けたが春のセンバツでは大金が勝っとる。つまりこの試合が二人の因縁の対決っちゅうこっちゃ!」

 

「それはまた……聴くだけで物騒な組み合わせだね?」

 

 

――

 

 

「おー、龍斗。ええタイミングやったな。そろそろ試合が始まるで?用事は済んだんか?」

「まーね。結果はこの試合が終わった後にかな」

「結果?まあええわ。取りあえず座り」

「ああ」

 

蘭ちゃん和葉ちゃん紅葉平ちゃん新ちゃん小五郎さんと並んでいるうち、空白になっていた紅葉と平ちゃんの間に座った……小五郎さんはすでに双眼鏡を出して覗いているけど両校整列しているホームベースではなく3塁側の…ああ、なるほどね……

 

『―一回の表、大金高校の攻撃は一番ショート井上君―』

【プレイボール!】

 

主審の声を皮切りに特徴的なサイレンが鳴り響き、夏の甲子園の決勝戦が幕を開けた。

軽快なピッチで投球する港南高校の背番号一番桜庭。彼は先頭打者である大金高校の井上4球にて三振に取った。その後二番も打ちとって3,4番に連打を浴びたものの5番をゴロに抑えて港南高校の攻撃に移る。

 

「それで、彼がさっき言ってた稲尾一久ね。確かにすごい球投げるねえ。これはさっきの桜庭って人と比べると明らかに格が違う」

「せやろ?桜庭も悪いわけやないんや。ただ稲尾と比べるとな…」

 

その稲尾はきっちり三人を三振で抑えた。

 

 

――

 

 

『二回の裏、港南高校の攻撃は四番サード…』

 

―ウオオオオオォオオォオオ!

 

「すっごい歓声ですね…」

「そらそうや。この超満員の甲子園の観客はこの2人の対決を見に来たって言うても過言やないんや」

「大金高校の稲尾VS港南高校の長島、か。にしても…」

「ん?」

「彼のバット、握り手の部分が血がしみ込んでどす黒くなってるね。すごい練習量だって分かるよ」

「…まあ、ワンセグの方も見んとそれが分かる龍斗の視力は置いといて…そらそうや。なんたってヤツは4番!チームを引っ張る大黒柱なんやからな」

 

俺達のチケットは外野席だったため、実際の試合を見ながら携帯電話についているワンセグ機能を並行して使いながら観戦していた。まあ、この距離で生の試合を十二分に楽しむなら双眼鏡か、俺と紅葉みたいに視力が良くないといけないからね。

 

「そう言えばオッチャン、試合始まってからどこみとんの?体がぜーんぜんあさっての方向むいとるやん」

「試合はあっちだよ!」

「どーせアルプススタンドのチアガールのパンチラでものぞいてんやろ…」

 

……小五郎さん、相手は高校生ですよ?

 

「やらしー」

「折角来たんだからちゃんと野球観ようよ!」

「ンなこと言ってもよ。ライトスタンドのこんな席じゃ遠すぎて試合なんてろくに見れねえじゃねえか。招待してくれるんだからもっといい席だと思ってたのによー」

「すんまへんなあ。こっちにすんどる知り合いに頼んで並んで取っといてもらうはずやったんですけど寝坊しやったみたいで」

「大滝警部?」

「それに大金高校と港南高校のOK対決は超人気で朝早くならんでないと内野席は取れなかったみたいだってさっきネット記事で見たよ」

「(だったらまえうりかっときゃあいいのに)」

「ホレ、かち割りや!こないな暑い所じゃ冷たいもんが一番や。皆の分買ってきたで」

「わあ!」

「ありがとうございます!」

「…龍斗これどうやって食べるんです」

「これはね…」

 

俺が紅葉にかち割りの食べ方を教えていると大滝警部が小五郎さんの隣に座った。

 

「でもいいんですか大滝警部?仕事は…」

「かまへんて、どーせ休暇取って来てるんやから。せやろ?」

「ああ、準決勝から今日で三連ちゃんや」

「へー、甲子園お好きなんですね!」

「そらそーや!大滝ハン、元高校球児やってんから!」

「っほー。じゃあ甲子園の土を踏んだことが?」

「いやいや、地区予選ベスト8がいっぱいいっぱいでしたわ。でもここに来て彼らのプレーを見てると思い出しますねん。汗と泥で黒なったたった一個の球を必死になって追い掛け回していたあの頃を…ほんで改めて思うんですわ。あの頃の頑張りは無駄やない。諦めたらアカンって。ホンマ、ええ所です甲子園は」

 

その言葉には大滝警部の人生の実感がこもっていた…っと、お?

 

―ッゴッ!

 

そんな鈍い音が俺の耳に聞こえた。

 

「三塁線を破りやった!」

「ありゃ長打コースだな」

「うった人早いよ、もう一塁に!」

「あれ?三塁のベース?あの白いの破れてません?」

「破れてるね…」

「レフトもたついてやがるな」

「三塁まで行けるんとちゃう!?」

「いっけえ!」

 

レフトがボールに追いつき、三塁へと送球がなされた。バッターの長島は滑り込むようにグラブの下をくぐり三塁に到達した。

 

「ノーアウト3塁か…こりゃ一点はしゃあないな」

「いや、まだ分からんで!大滝はんはさっき来たから知らんと思うけど一回裏の稲尾は根性はいっとったしこのまま終わるとは思えへん!」

 

平ちゃんの言う通り、稲尾投手はその剛速球で五番を三振に取り、その後も立て続けに三振を積み重ねて無失点で切り抜けた。

 

「はー。これは平ちゃんの言う生が一番って言うのも分かるね!」

「こない離れていても迫力が伝わってきます」

「うーん、悔しいけどウチも同意見や」

 

はてさて、ピッチャーがピンチを抑えた次の三回表。港南高校は波に乗った相手の攻撃を抑えられるのかな?

 

 

――

 

 

「すごいね!」

「ダイビングキャッチしてからのノーバウンドで一塁へ!バッティングだけやのうて守備も肩もええもんもっとるやん!」

「言い方が完全に野球ファンのそれやないか、和葉の奴」

「まあまあ、それだけ楽しんでるってことだよ」

「そうですねぇ。野球なんてちーっとも興味のないうちでも楽しいんです。平次君とずっと一緒におった和葉ちゃんは小さい頃はテレビで甲子園を見とったんでしょう?なら、その素養は十分あったって事だと思いますよ?」

「あー、そう言えば夏遊びに行った時に三人で麦茶の見ながら一緒に見たような……」

 

三回表の先頭打者は先ほどの長島張りの…まあベースは破らなかったけど…三塁線をあわや破るような打球を放ったが飛びついた長島が膝をついたまま上半身のみで一塁へと矢のような送球を行いアウトになった。

しかし続く打者に打たれ、1アウト1、2塁となり大金高校のバッターはピッチャーの稲尾。

 

「ねえ。三番ってことは稲尾って投手、結構打てるの?」

「ああ、長島ほどでもないが決勝戦に勝ち上がってくるチームのクリーンアップをまかされるんやから実績もあるで」

「これから3,4,5のクリーンアップを抑えないといけないって言うのにありゃあやべえかもな…」

「あ…」

 

ワンセグを見て、そして振り返って実際のスコアボードを見ていた蘭ちゃんが声を上げていた。

 

「確かに、ノースリー…これでフォアボールなら満塁で四番に回っていまいます。さて……」

「大滝警部はどう見ます?」

「そうですね…」

 

小五郎さんと大滝警部がグラウンドから目を離さずに話していると第四球が投げられた…あ、甘い!

 

「ああ!!」

「わ、こっち来るよ!」

「入るんとちゃう?!」

「え、これ今更ですけど危ないんとちゃいます?」

「そーいえば、打球について応急処置はしますが責任は負いませんって書いてあった気が」

「お、お、お!入るか?入るか!?」

 

小五郎さんもアルプススタンドを見向きもせずに歓声を上げている…が。

 

「意外と上は風が吹いているんだね…」

「え?」

 

―わああああああ!

 

俺達のいるライトスタンドに入ると思われた打球はフェンスぎりぎりまで後退していた港南高校のライトの選手のグラブの中に納まった。ワンセグから聞こえてくる実況に耳を傾けるとどうやら浜風という甲子園名物の風があってそれに勢いを殺されたようだった。

 

「っかあ!惜しいなぁ!もしかしたらホームランボールが手に入ったかもしれねえのによ!」

「上がりすぎると上空の風で押し戻されちゃうんだね」

 

その後の四番が打ち取られ、大金高校の三回表の攻撃は終わった。

 

 

――

 

 

「さて、三回裏は稲尾が三者連続三球三振であっさり決めて。四回表はヒットは出たものの無得点。かー、やっぱ試合が動くとしたら」

「この両チームの大黒柱の対決しかありませんな!」

「それしても八人連続三球三振って…野球そんなに詳しくないけどあり得るの?」

「どうなん?平次」

「いや…普通はボール球とかで駆け引きがあったりするや。それでなくてもねろうた所に全部行くわけでもないし、すっぽ抜けることだってある。これはアイツが傑物やっちゅうこっちゃ」

「そしてバッターも。はてさて、二回目の対決だけど」

「長島もこの試合で一本でも本塁打を打てば春夏大会の通算本塁打記録を塗り替えるし、一大会の本塁打数でも新記録がかかっとる」

「平ちゃんの言う通りなんやけど本人はそないな記録より勝ち負けの方が大事やっていうとりましたわ。周りが勝手に騒いでいるだけやって」

「そう言うもんなんだね。それより、今度は抑えるのかな?また打つのかな?」

 

サッカー少年の新ちゃんもこの戦いはスポーツをやっている者として燃える物があるのか、前のめりになって観戦する体勢に入った。

 

「ほーむらん、ですか。でも観客のいる所にあないな打球が来るなんて怖いなあ」

「中央のバックスクリーン側には観客もいないし、大丈夫やって紅葉ちゃん!」

「そうそう!もし来ても私は殴り飛ばしてあげるから!」

「…(コンクリに穴開ける蘭の拳なら…)危ないことしちゃダメだよ、蘭ねーちゃん」

「皆、そろそろ…」

 

俺がみんなに注意を促して数瞬後、稲尾投手が振りかぶり白球をキャッチャーのミットにめがけて放り投げる。空気を切り裂く白球は彼の狙い通りの場所に収まるかと思われたが、長島選手が振るうバットがその道筋を断ち切りボールは矢のように低い放物線…いやこれは……

 

 

『打った、打った!長島の打った打球は音を置き去りにするような速度でセカンドの頭上を抜けライナーでライトスタンドの前段へと一直線だー!!…あ!』

 

 

「え?」

 

 

ガッッッ!

 

そんな、金属製のポールを圧し折る打球と皮膚が打つ鈍い音がライトスタンドに響き渡った。

 




長らく更新が出来ず申し訳ありませんでした。4/1の入社式から新社会人としてまた忙しくなりそうですが、活動報告に載せた通り更新できなかった9月~2月の国家試験の勉強をしていたストレスほどの物はない思うので(時間も取れると思います)これからも拙作をよろしくお願いします。



あ、事件は起きませんよ?(第五十二話 -日常回- 参照)




以降愚痴です。





実は3/25に発表あるまで(自己採点が良くても今年から薬剤師国家試験はドボン問題があって3個選ぶと問答無用でアウト)本当に受かったって言えないので結構びくびくしてました。
そこから免許申請の書類を薬務課に出して、勤め先に書類送り、健康診断を受け…結構バタバタでした。


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第六十八話 後編

このお話は原作第43,44巻とアニメ383話、四番サードが元になっています。

書きたかったことと着地点が違ってしまうのを久しぶりに感じました。

それではどうぞ!


「…痛い」

「「た、龍斗!?」」

「「龍斗君大丈夫!?」」

「めちゃくちゃな音したけど大丈夫なん!?」

「…っ!!」

 

毛利親子はとっさに出る言葉が一緒なのはなんか和むな。野球経験者の大滝警部は二の句も告げないほど驚いているし。

 

長島選手の打球はほぼ真直線でライトスタンドの観客席……紅葉の顔面に直撃するコースを取っていた…

まあ、最近の紅葉の身体能力……動体視力だけなら蘭ちゃんを凌駕しているほど成長しているから自分の顔に来ると余裕を持って分かっていたみたいだった。セカンドを超えたあたりから避ける体勢を取っていたのだけれど避けたら避けたで後ろの席の子供にあたっていた。流石に柔肌で受け止められるほどまでは丈夫にも、その肌で捕球しうる身体操作も取得していないしね。

 

「龍斗…うちは大丈夫ですから……」

「ん…、耳は大丈夫?」

「ええ…」

 

俺の方へと体を寄せ始めていた紅葉を引き寄せて胸元と右手で耳を塞ぎ、左半身を前に出した俺は左手を打球のコースに差し出した。いきなり引っ張られた紅葉は困惑した声を出していたが、衝撃を完全に吸収して受け止めるのはTVもあるこの場じゃまずいしある程度の衝撃音が出てしまうように受け止めないといけない。耳が目以上に成長している紅葉がこの至近距離でその音を聞くのは体に悪いのでまあ抱きしめてしまうような体勢になってしまった。

 

「速いだけじゃなくて結構重たい。長島選手、自分の体重をしっかり打球に乗せられているみたいだねぇ」

「そないな悠長なこと言うとる場合か!?龍斗!て、手ぇ大丈夫なんか?!利き腕じゃないにしてもオマエ、直で捕るとかアホちゃうか!?足とかあったやろ!?」

「いやまあ足でも受け止めようと思えば出来たけども」

 

そこまで頭が回らなかったと言うか。

 

「せ、せや!龍斗ハン、手ぇみしてみ!」

「私も見る!」

「ウチも!」

 

野球経験者、女子高生武道従事者達の三人に俺は左手を恐る恐るとられた……あ、このボールって貰えるのかな?

 

「うっわ、コゲくさ!って、血が出てるやないか!」

「ホントだ!どうしよう、絆創膏くらいしかないよ!?」

「こりゃ、骨に異常があるかも知れへんな……龍斗ハン、救護室行きましょ!」

「まあ見た目は派手に見えますけど、流水で洗って適切な処置したらすぐ治りますよ」

 

 

左手は回転のかかったボールを抑えた時に手のひらが裂け、さらにその回転軽いやけどを負ったような傍目から見たら重傷と言える様相だった。

 

 

「打球を受け止めた方!大丈夫ですか!?すぐに救護室へとお連れします。ついてきてください!」

「あー、いやまあ……ん?んー…分かりました」

「龍斗?」

 

俺は立ち上がり、一塁側……長島選手に向けて左手で手を振った。振りながら、ピースサインをしたり受け止めた打球でお手玉をしたりグッパーをしたりスイングをする仕草をして彼に向けて親指を立ててガッツポーズをして…いきなりそんな行動をとった俺を怪訝な目で見ていた係員だったがある程度すると自分の役目を思い出したのかせかすような声を上げた。

 

「あのう、良いですか?」

「ええ、行きましょう…ちょっと、消毒して貰ってくるから皆はココで見てて」

「…大丈夫なの?龍斗にいちゃん」

「ん。結構派手に怪我しているように見えるけど()()()()()()()()()()()だけだから。心配しないで」

「…分かった」

「うちは、ついて行きますよ?」

「うん、ありがとう」

 

そう言った紅葉は俺の後ろにつき、俺達は係員の指示に従って甲子園の救護室へと向かった。スタンドを降りる途中に、俺の事を見ていた観客に心配の声を貰ったり彼女をよく守ったと褒めてもらったり、俺の事に気づいた人たちが一際心配してきたりとすぐに救護室には付けずにまたもや係員さんをやきもきさせてしまった。

 

 

――

 

 

「……信じられんな」

「えーっと。まあ、鍛えていますから」

「鍛えておっても、長島のライナーの打球を素手で受け止めるなんてありえへんで?しかも見た目は派手やけど、骨に異常は無さそうやし出血ももう止まっとる。火傷と裂傷同じとこで起きとるのが問題と言えば問題やけど……」

「この程度なら、実家で扱かれた時の方がまだひどかったですよ」

「……あんた、緋勇龍斗ハンやろ?確か父親は緋勇龍麻。あんな優しそうな顔して子供には厳しかったんか?」

「実家が古い道場をしてましてね。まあ稽古の一環ですよ。辛かった思い出じゃないです。それよりも帽子かぶっているんですけど、分かります?」

「そら、さっきあんなにTVでドアップにうつっとったらな…なあ?」

 

救護室の担当医が声をかけたのは彼の補助をしていた看護師の女性だった。多分20代後半くらいか?

 

「ええ。ウチらは試合を生で見れないんやけどTVで流しとりましたから。長島の打球をしっかりカメラクルーが追いかけてて、しかも別カメラが彼女さんをかばう体勢になってボールを受け止める所も映してたから公共放送の解説者にしては珍しいくらい声を上げてましたよ。しかも実況の人があんさんの正体に気づいてからはもう…!」

「しまったなあ。もっとしっかり顔を隠すんだった」

 

普通に暑いから帽子かぶってただけで変装でもないし仕方ないか。デートとかと違って気を抜いてたな。

 

「そういえば、長島選手の様子は?青い顔をしていたから『無事だから気にするな。思いっきりやれ!!』ってジェスチャーで送ったつもりだったんですが」

「ああ、さっきのあれは彼に向けてだったんですね」

 

あの様子だと試合に影響出るくらいにメンタルやられそうに見えたからね。

 

「それもちゃんと見てましたよ。どういう指示があったのか知りませんがあんさんのことカメラがずっと追っててまして。切り替えで長島も映っとりましたがほっとした様子でした」

「それは良かった…そう言えばこのボールってどうなるんです?なんかもらえるんですかね?」

 

俺はさっき受け止めたボールを医師に見せた。

 

「あー。これって二つの大会新記録のボールやからなあ。お客さんが黙って持って帰ってしもたり行方知れずにならん限りは係員が説明してホームランボールと試合球と交換してもらうはずや。そんで、そのボールは長島に渡される…はずなんやけど」

「係員さん、いないですね…」

「まあ係員の彼女もまさかにいちゃんみたいな大物が怪我したってなればしゃーないかの」

「それじゃあ……このメモと一緒にすぐ渡したりできます?」

 

俺は手帳から紙片をちぎり一言書いてボールとともに医師へと渡した。

 

「ん?…はっはっは!豪気なことじゃな!!普通は通らんやろうけど、この試合に限っては全力の二人を見たいと思う奴らも多いと思うし行けると思うで!ワシに任せとき!」

「それじゃあ、任せます。俺達はスタンドに戻っても?」

「せやな。骨になんかあれば病院やったけど問題ないし、にいちゃんも自分の身体の事をよう知っとる。消毒も最低限はやった。後はにいちゃんの采配でなんとかなるやろ」

「ありがとうございました。それじゃあ紅葉…紅葉?」

「あ、はい。終わりましたか?」

 

看護師さんと何やら話していた紅葉をつれ、俺達はスタンドに戻った。

 

 

――

 

「そう言えば、あの看護師さんと何を話してたの?」

「『全国のTVで緋勇龍斗に抱きしめられたなんて映像流れて貴女これから大丈夫なん?」って言われました。その後どないな関係なんかを根掘り葉掘り…」

「おっと……んー、まあ何とかなるさ」

 

多分。

 

「多分結構、騒ぎになると思うで?龍斗の人気がどの位か、龍斗は甘く見すぎや。何のためにデートの時に変装してたん?」

「そりゃあ、人に気づかれないため?有名人ってサインとか写真とか、頼まれるからそれの回避のためだよ」

「……龍斗。もしかしてだけど『有名』になるのと『人気』になるのはちゃいますよ?分かってます?」

「えっと…一緒じゃないの?」

 

その俺の言葉に大きなため息をついた紅葉は今度、じっくりお話しましょとだけ続けてこの話を切った。有名と人気?何が違うんだ?

 

――

 

「いやあ、良かった!まさかあんなに白熱した試合になるとはな!」

「延長に次ぐ延長!もうずーっと続くんじゃないかって思っちゃったもん」

「ウチも!あんなにおもろいなんて思わへんかった!」

「せやろせやろ?やっぱ甲子園は生やないとな!」

 

結局、俺と紅葉は戻ったのは九回裏2アウトの場面だった。一点ビハインドの港南高校バッターは長島選手。バッターボックスに入った彼は俺が客席に戻ったのを確かに見た。俺も彼の様子を伺ったが特に気負いなく、稲尾投手との勝負に全力を出せていたようだ。因みにその打席で彼はバックスクリーンへとホームランを打っていた。ホームを踏んだ後に一瞬こっちを見ていたからあのメモは彼に届いたみたいだね。

 

「そう言えば龍斗、あのメモって何を書いたんです?」

「んー?メモって何の話?紅葉ちゃん」

「あのね…」

 

紅葉が俺の救護室での行動をみなに説明してくれた。俺はその説明に付け加えるような形でメモの内容を語った。

 

「『次は俺を打ち抜くくらいの打球をこっちに飛ばして来い! P.Sプロになって結婚式を挙げる際には是非この緋勇龍斗にご用命を』ってね。激励にもなるし、ジェスチャーだけじゃあこっちの意図が伝わらないと思ったからね」

 

試合後のインタビューで、試合中はメモを直接受け取ったのではなく伝言で前半部分だけ伝えられたそうだ。多分それがぎりぎりだったのだろう…おっ。

 

「ゴメン、着信が」

「おう、いってこいいってこい!オカンの料理はまだまだあるさかいに、はよもどってき!!」

「はーい」

 

俺は今日お世話になる服部家の居間からでて電話に出た。相手は……

 

「……もしもし………そうですか!ありがとうございます!!はい、はい!ええ、このお礼はまた必ず!それでは!」

 

よし、これでこれからの予定が埋まったぞ。

 

「平ちゃん!オッケーだって」

「え?…ホンマか?!よっしゃ!やったで和葉!」

「え?なにが?」

「実はな…」

 

 

――

 

 

俺が平ちゃんに頼んだのは2つ。一つ目は宝塚ファンのおばちゃんたちの連絡先を教えてもらう事。オレが交渉して、甲子園当日におばちゃんグループの人に弁当つまみを持っていく事。それを気にいってもらえれば宝塚のチケットを譲ってもらえること。二つ目はもらえるにしても貰えないにしても結果が出るまでは俺と二人の秘密にしておくこと。

結果、宝塚に行けてそっちはそっちで皆満足した旅程だった。

 

 

 

「龍斗、ありがとな!」

「大阪に来るときはいっつもお世話になっているしこれ位はね。まあでも」

「ああ。借り1や!きっちりいつか返すで」

「うん……あ、さっそくなんだけど」

「お、なんや?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『有名』と『人気』って一緒じゃないの?」

「……はぁ?」

 




補足:前篇の「え?」は紅葉が避ける体勢に入っているのに無理やり龍斗に引っぱられたので出た声でした。


世間では10連休だったとか。自分は間間でお仕事に力仕事のお手伝いとあんまり連休という感じはしなかったですね。
まだ映画にも行けていないので、日々の時間をうまく使えるようになりたいですね。


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第六十九話

このお話は 原作44巻が元になっています。


「はぁ~……」

「どうしたの?この泥棒映画観に行こうって誘ったの園子でしょ?」

「そうですね、席に着いた後も前作がものすごく面白かったって語ってたのに」

「だってぇ、最初はイケてたからすっごく期待してたのにあれじゃあ前の二番煎じじゃない!」

「そぉ?わたしはそれなりには楽しめたけど」

「私もそれなりには楽しめましたよ?パーティでお会いした方がスクリーンで別の性格の人物の演技をしているって言うのも新鮮で」

「(ああ、紅葉さんは確かにハリウッド俳優と会う機会もあるんだろうけど……なんかずれた楽しみ方だな)」

「蘭、それなりじゃあダメなのよ!それと紅葉ちゃんの楽しみ方は独特すぎ!前のを踏襲してさらにスケールアップしたものが見たかったの!」

「まあ、そこは監督の腕次第だし……他の続編物と同じで二本目は無難な所に収まったってだけだよ」

「あーどっかで起こってくれないかなぁ。心臓の鼓動で周りの音が消えて市編むような華麗で大胆なとびっきりの大事件が!」

「いやいや、園子ちゃん。平和が一番だよ?」

「ホンマに。静かんのが一番やで?」

 

日も落ち、周りは街灯とネオンと月明かりが光源となった繁華街を俺達は歩いていた。さっきまで観ていた「オッサンズ11 PART2」に落胆した園子ちゃんが物騒なことを言っているが、平和が一番だよ?

 

「そう言えば最近は見てねえな、あの野郎」

「あの野郎?」

「ホラ、あの気障な怪盗だよ」

「あー、彼ね。学業が忙しいんじゃない?」

「そーいえば蘭もそろそろテストの勉強しなきゃって言ってた…って!?アイツ学生なのか!?」

「あれ?知らなかった?」

「知らなかったっていうか、龍斗オメーアイツの正体知ってるのか!?」

「あー。まー……」

 

彼の事は何度か対峙しているし、居場所も都内だから追跡しようと思えばできるんだけどそう言う話ってしてなかったっけ?…って。

 

「きゃっ!!……え?」

「おっと。こんな人通りのあるところで大胆な」

「くっそ、いてえじゃねえか!離せよ!!」

「いや、あんたひったくりでしょうが。紅葉、警察に…って」

「もうしとります。それにしても龍斗がいる所でひったくりなんて馬鹿なお人です」

「(は、はええ。オレと話すために三人とはちょっと離れていたのに園子がひったくられてから瞬きの間にはもう犯人をひねってやがった)」

「アッアッアッ!ワシが捕まえようとおもっとったが余りの早業に見とれてしもたわい!流石じゃのう、龍斗君!!」

「え?」

 

ひったくり犯に組み付いていると、後ろから聞いたことのある声が聞こえた。

 

「あれ?次郎吉おじさま!?」

「おお、誰かと思えば史郎んとこの娘っこに大岡家のご令嬢じゃないか!…二人がそろっている所を襲い掛かるとはある意味この悪党は見る目が合ったという所かのう?」

「もう、おじさまったら!…そうだ、蘭。この人は私のおじさまで鈴木財閥相談役の鈴木次郎吉おじ様よ!」

「は、初めまして!」

「まあ相談役と言っても経営の方は全て史郎に任せてワシは遊びほうけているがのう!ワシが主にかかわっとるのは一つだけかの」

「一つ?」

「そうよ、眼鏡のガキンチョ。それもひっじょーに身近な所!龍斗君のマネジメントをしているのよ。龍斗君のパトロンって言った方が分かりやすいかしら?」

「そういうこと。いっつもお世話になっています」

 

いや、本当に。この歳で自由に動けるようになったのは鈴木財閥のお蔭だ。

 

「アッアッアッ!なーに、ワシも美味しい思いをしとるしの!……しかし、それももうすぐ終わりかもしれんがな。のう?大岡家のお嬢ちゃん?」

「ええ。いつまでも龍斗を一人占めされては叶いませんし?」

 

そう言って意味ありげな目線を上げる紅葉と次郎吉さん。そう、俺が大岡家に婿入りするか紅葉が嫁入りするかの決着は未だ着いていないがどちらにせよ今のマネジメント体勢に変化が起きるのは確実なのだ。紅葉も独自に動いているみたいだし。

 

「で、でもおじ様?いつ日本に?最近はあんまり日本にいないってパパが言ってたけど」

「おう、帰ってきたのはつい先週じゃ。世界中探し回ってようやっと探していたものを見つけ出したから舞い戻ってきたのよ!」

「探していたもの?」

「最高の餌を、な」

 

「「「「餌?」」」」

 

それは新ちゃんにメチャクチャ絡んでいるルパン君のご飯の事かな?

 

 

――

 

 

「うわー!メダルやトロフィーでいっぱい!」

「ホンマや、うちも実家の方に帰ればそこそこある方やとおもっとったけど。この数は…」

 

次郎吉さんがせっかくだからと鈴木邸に俺達を招待してくれた。そして招かれたのは次郎吉さんがこれまで取ってきた賞のトロフィーを飾っている一室だった。

俺達はタクシーを拾ったが、何か気にいったのか新ちゃんはルパン君と相乗りで次郎吉さんのバイクでここに来た。

 

「新ちゃん、次郎吉さんのバイク乗り心地はどうだった?」

「ま、まあまあだったぜ?だけどあの爺さん、バイクの風切り音にも負けねえくれな大声でバイク自慢してくるから参っちまったぜ…」

 

ちょっとだけ疲れた様子の新ちゃん。まあ、いきなりバイクだものね。そんな雑談をしているとトロフィーを見ていた蘭ちゃんが声を上げた。

 

「ゴルフのヨーロッパOPに、ヨットのUSAカップに世界ハンバーガー早食い選手権なんてものもある!それも優勝ばっかり!!」

「でもこれ、同じ物はないんやない?」

「ほう、そこに気づくとはするどいのう?一度頂点を極めてしまうと冷めてしまっての」

「(スゲーけど、金持ちの道楽だなこりゃ。真似できん)」

「あれ?料理も出来るんですか?」

「ん?ああ、それはワシが若い時に取ったもんじゃな。その頃は龍斗君に龍麻葵の緋勇夫婦も生まれとらんかったからの。いまじゃあその分野に関しては頂点なんておこがましい事はおもっとらん!むしろこんな逸材が生まれてきた時代に生を受けられて感謝しとるほどじゃ!!」

「あ、ははは」

「次郎吉おじ様、緋勇家の大ファンなのよ……あれ?あんな像、前からあったっけ?」

 

園子ちゃんが気づいたのは裸婦の黄金の彫像が大きな宝石をかかげている像だった。

次郎吉さんが言うには元々この像は大航海時代に不沈艦と言われたシーゴッデス号の船首に付けられていたものでその手にあるのは人魚の涙が宝石になり海難を防ぐ力があるという伝説があるアクアマリンで…

 

「その名もブルーワンダー(大海の奇跡)!元はこの黄金像を取り囲むように他の人魚像があったらしいんじゃが長い年月を経て朽ちてしもうたらしく今はこのビッグジュエルを持った黄金像しか残らんかったそうじゃ」

「「「へー」」」

 

「ねえ、新ちゃんビッグジュエルって言えば…」

「ああ、さっき話していた奴の大好物だ……ったく、さっきの園子のひったくりと言いアイツと言い…噂をすれば影ってやつか?」

 

まさか、餌ってルパン君じゃなくて。

 

「これを手に入れるのには苦労してのう。美術的価値も高くてやっと先週ワシの所に」

「え?じゃあさっき言ってた餌って」

「その通り、これが餌じゃ。彼奴を釣るためのな!」

「キャツって?」

「この世に生を受けて72年。この次郎吉狙った獲物は逃したことは無かった。そう、臨んだ賞は全て手に入れて願った夢は全て叶えてきた。龍斗君たちという素晴らしい才能の人材にも触れられた。じゃがあったんじゃよ、この世で唯一掌握できない者が。そのものはいかなる厳重な警備からも堅牢な金庫も魔法のように突破し、悠然と夜空に翼を広げて消え失せる白き罪びと」

「ちょ、ちょっとそれってまさか…」

「そう、彼奴の名は…」

 

 

――

 

 

「怪盗キッドってあれですよね?大きな宝石ばかり狙うって言う」

「そう、ある宝石を探しているんだけどその宝石の手掛かりが「ビッグジュエル」って事だけしかわかっていないからいろんな宝石に手を出している俺らと同世代の男の子だよ」

「……龍斗?なんでそないなこと知ってるん?」

「前に話したことがあってね。年齢云々は俺が自力でだけど目的は彼から聞いた。さて、今回はどうするんだろうね?お、卵が安い」

「ああ、朝刊の挑戦状ですね?それなら園子ちゃんからメールが来て怪盗キッドはOKの返事を次郎吉さんに出したって。あ、このキャベツ他のより美味しそうや」

「……当たり前のようにキッドが次郎吉さんのアドレスを知ってたのはともかく、そりゃあ目立ちたがりの彼が受けない訳ないか」

 

俺と紅葉は学校の帰りに食材の買い出しに来ていた。話題になっているのは怪盗キッド。何故次郎吉さんが彼を敵視しているかは分からないが、キッドがブルーワンダーを狙うの

が決まった。

 

「これ、さっき園子ちゃんに送って貰ったメール。なんや、来週の日曜が本番で前の土曜に下見に来るらしいで。園子ちゃんに土曜に一緒に現地に観に行こうってさそわれてるんやけど龍斗はどうする?」

「俺、俺はなあ……」

 

さてどうするかな。観に行くか、観に行かないか。

 



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