哿と婚約者 (ホーラ)
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第1章・金銀の双極(シルバーフィアンセ)
プロローグ:紅華と銀華


キンちゃん様に婚約者がいる話が読みたいと思って探したのに無かったので書きました。誰か代わりに書いて(切実)
スタートは原作4年前からです






紅に光る髪を靡かせながら私がいるのは、風の声が聞こえるような崖の上。

下には今回の作戦目標、ゲリラの大部隊のキャンプが煌々と光を照らしていた。

そのキャンプは四方を断崖絶壁に囲まれ天然の要塞と化している。

 

「さてと、やりますか」

 

そう一言呟くと、私は地面と30m以上ある崖の上から飛び降りる。普通の人間ならただの投身自殺だけど、こんなことで私が死ぬわけがないんだよね。

私は着地予想地点付近から大樹と見紛うような太く大きな蔓を超能力(ステルス)で作り出し、滑り台の要領で地面に傷を負うことなく着地した。

 

「敵襲!敵襲!」

 

いきなりの私の登場にゲリラはフランス訛りが少し入ったスペイン語で敵襲を伝えるが、もう遅いよ。

わらわらと出てくる敵を、さっきと同じように超能力(ステルス)で地面から作り出した荊を操り、正確にゲリラの心臓を突き絶命させて行く。ゲリラは負けじと自動小銃で反撃してくるけど、そんなもので私が作る茨の壁を貫くことはできないんだよね〜。私を銃で倒したいなら、私が気付く前に不意打ちしないと。

 

しばらくすると彼我の戦力差を理解したのかゲリラは撤退し始めたんだけど、私に対して敗走するなんてボーナスタイムに入ってくれって言ってるようなものだよ。"攻められにくい"要塞は性質上、同時に"逃げにくい"というデメリットも併せ持つの知らないのかな?

 

この自然要塞唯一の出入り口に荊の壁を作り出して塞ぎ、出口を失って右往左往するゲリラを新たに作り出した荊の中に閉じ込める。

次の瞬間ゲリラから次々と叫び声が上がり始める。なぜなら私が荊の中に閉じ込めた彼らから、体内の血を含む水分を抜き取っているから。だんだんとその叫び声が止んで行き、最後には夜空にふさわしい物音一つない静寂となった。

私の周りには地面から生えた多数の荊と飛び散った血とその死体。自分でやっといてなんだけど、その辺のホラーゲームよりひどいよ、これ。

 

歩いてさっきゲリラが出ようとしていた出入り口に向かうと、水分を抜かれ干からびたゲリラの死体と共に、この光景に似つかわしくない紅色の菊が咲き誇っていた。

一面に咲き誇った紅菊はお金取れそうなぐらい綺麗だね、死体がない事が前提だけど。

 

唯一のこの自然要塞の出入り口のトンネルをくぐり、外に隠してあったジェットパックで私はこの場所から飛び立った。このジェットパックは燃料がせいぜい長くて30分しか持たないもので使い勝手が悪いのが不満点。作戦目標が海の近くなら、魚雷を改造した乗り物『オルクス』の方が中が少し狭いという点に目を瞑ればいいんだけど、今回の目標は少し海から離れていたのでジェットパックを使うしかなかったのだよね。あとジェットパックは飛んでる間、風をモロに受けるから目が乾く。もうちょっと使いやすい移動用装置が欲しいなあ。

 

 

ジェットパックを背負い時速200kmを超えて10分ぐらい飛行すると海岸に到達し、その後3分ぐらいすると海に浮かぶ巨大な塊が見えて来た。あれが私が暮らす家、原子力潜水艦・ボストーク号、通称伊U(イ・ウー)

 

伊Uは数多くの超人的人材を擁する戦闘集団。第二次世界大戦中、枢軸国、つまりドイツと日本の共同計画として創設された超人兵士の育成機関がそのルーツらしい。そしてイ・ウーメンバーの活動目的はバラバラで自主性に委ねられている。だから平気で非合法の活動を皆行うのだけど、取り締まろうにもどこの国も核武装しているイ・ウーを取り締まることができないってわけ。

 

そんな原子力潜水艦を空から見ると、一箇所ハッチが開いていて、そこから艦内に進入する。そこには私が背負っているのと同じジェットパックがたくさん格納されていた。

 

当然といえば当然なのだが格納庫は無人。仲がいいヒルダやパトラ辺りが私の到着を待ってくれているかと思ったけどね、そんなことはなかった。現実は非情である。

 

任務達成を報告するために、艦内を進むと目の前の通路を横切る人物を発見した。私を見て何も言わないということはありえないから、多分気づかれていないね。

後ろから足音を消して、目標の人物に近づく。別に相手は急いでいるわけではないので、すぐに手が届く距離となった。

 

「だーれだ?」

 

変声術を使い男の声を出しながら、目を隠した相手に問いかける。

 

「声は違うが、こんなことするやつなんて1人しかいねーし、匂いでバレバレだ。紅華(くれは)お前だろ?」

「さすがカツェ、よくわかってるね」

 

私が目隠ししたのはトレードマークの魔女帽子を被り、片方の目に逆卍、つまりハーケンクロイツをあしらった眼帯をつけているカツェ・グラッセ。彼女は私と同い年で水を操る魔法に長け、その超能力から厄水の魔女と言われているんだよね。

その優れた能力から、ナチスの魔女を集めたテロリスト集団『魔女連隊』を代表してイ・ウーに来ている。そのカツェは眼帯をつけていない方の目をジト目に変え私を一瞬見たけど、すぐに襟を正してー

 

「ーー万歳(ハイル)!」

万歳(ハイル)!」

 

ビシッとナチス式敬礼で挨拶してきたので私もノリで同じように返す。

 

「相変わらずカツェはいつの時代の人…?今ヨーロッパでこんなことしたら逮捕されない?」

「細かいことは気にすんな。それだけナチス・ドイツがヨーロッパにとって恐怖の対象ってこった。100年後も怖がられるなんて、魔女にとっちゃ名誉なことなんだぜ。それに紅華(くれは)も1/4ドイツ人の血が入っているんだから別に問題ないだろ」

 

いや、逮捕されるのは結構大きな問題だと思うんだけど…まあ捕まえにきた警官を処理すればいいだけか。

 

「そうだ、さっき匂いでバレバレってカツェ言ったけど私そんなに匂う?自分の匂いは自分で分からないんだけど」

「普段はそんなに匂わねーんだけどな。お前が能力で人を紅菊に変えた後のしばらくは菊の香りかするんだ。相変わらずエグい能力だぜ」

「カツェにエグいって言われるなんてね」

 

顔や声には出さなかったが、水を操って相手を溺死させる厄水の魔女にエグいなど言われるのはちょっとショック…

 

「あ、そうだ紅華(くれは)。あと一二年で、あたし、イ・ウー退学する」

「小説とかでよくあるバイトやめるみたいなノリで言うもんじゃないでしょ…まあどうせ、もう決定したことだろうけど、一応理由聞きたいかな」

「魔女連隊に帰隊するんだ。紅華(くれは)の親戚でもあるイヴィリタ長官に早く戻ってこいって言われていたからな」

 

カツェの言うイヴィリタとは血は繋がっているが近いとも遠いとも言えない親戚のこと。あったことはないんだけどね。

 

「そう…少しさみしくなるね」

「しけた顔するな。紅華、お前とはゆ、友じ…仲間だからな。日独同盟もあるし、助けがいるなら呼べよ」

 

友人という言葉すら言うことができないカツェ、確かフランスの学校に通っていたはずなのだがそこに友人はいるのだろうか?いやいない(反語)

それに日独同盟っていうけど私、日本人の血も1/4しか入っていないんだけどね。毛や瞳の色以外、見た目日本人まんまだけど。

 

「ありがとう、カツェ。私も友人としてカツェを助けてあげたいから、私のことも呼んでね」

 

私の友人発言にカツェは少し顔を赤くする。友人で顔を赤くするなんてカツェの今後が少し心配。

 

「わかった、じゃあな紅華」

「またねカツェ」

 

私たちはお互いに肩をポンと叩いて、私は今日の結果を報告するために父さんの部屋に急いだ。

カツェと別れて急ぎ足で歩くこと数分、ある大きな扉を持つ部屋の前で立ち止まった。ノックをしようとすると自動で扉が開いた。まるで何か監視カメラで見られているかのようだが、いつものことなので気にせず中に入る。

 

「ただいま、父さん」

 

私は奥の椅子でパイプを咥えている男性に話しかける。

 

「おかえり、紅華。そろそろ帰ってくる頃だと推理でわかっていたよ。カツェ君と会って少し私のところに来るのが遅くなることまでね」

 

その男性は英国紳士のような容姿に爽やかな顔。20代の見えるが貫禄は20代のものではない。

それもそのはず、この人は卓越した推理力を持ち、格闘技・西洋剣術・拳銃の達人でもあり、日本に設立された武偵と呼ばれる組織の理想で、起源となった人物。

その人こそ私の父、シャーロックホームズである。ちなみに実年齢は100歳超えている

 

「ゲリラ部隊潰し終わったよ。まあこれも推理されてるんだろうけど」

「紅華君。仮に推理でわかったとしても、本人からそれが事実だと確認するのも探偵としては重要なのだよ」

 

言っちゃ悪いけど父さんの喋り方はいつも回りくどいなあ。まあ、これも推理されてるんだろうけど。

二、三個状況などを報告し任務完了。

報告も終わったし、お風呂に入って寝ようと思って部屋から退出しようとした時。

 

「待ちたまえ紅華君。まだ二つ、君と話しておきたいことがある」

「何?」

 

私と話さなくても推理すればいいのにと思うんだけど、娘とのスキンシップというやつかな。

 

「今回の任務のために、どんな想像をしたのか気になってね」

 

ああ、なるほど。これは推理できないだろうね。父さんは推理できなかったものの答え合わせをしたいのだろう。

 

「今回の任務のための想像は『自分は新しいおもちゃを買って貰えないのに、友達は沢山買って貰えているという5歳児』だよ、父さん」

「相変わらず、君のそれだけは私も推理できないよ」

 

この想像は私のある体質を発動させるためであり、その体質は私にとって有益なものなんだけど、私にはもう一つ体質があって、そっちはもう本当に私を縛る呪いなんだよねぇ。私としては遺伝子から抹消したいレベル。

祖母や母が生きていた頃にその体質の使い道や裏技を聞きに行ったんだけど、成果無し。大人になったらわかるかもの一点張りで何も分からなかった覚えがある。

 

「それで、あともう一つって?」

「ものごとに最短にたどり着くためには少し遠回りするのが重要な時もあるのだよ」

 

そう急かすなという風に父さんは言葉を一旦区切った。

 

「君に婚約者をつけたいと思う」

「婚約者、婚約者ね…婚約者っ!?」

 

最初何言っているか分からず、婚約者の三段活用になってしまうぐらい急な話なんだけど!

まず、婚約者って何?いつの時代の話!?今日日婚約者なんて小説ぐらいでしか聞かないんだけど!?

 

「まあ、落ち着きたまえ。紅華君」

 

父さんはいつも通りにこやかな笑みを浮かべているが、今日はその笑みに腹が立つ。

 

「言いたいことはわかるが、これは僕じゃなくて蘭華君やお義母様が決めたことなんだ」

「母さんとお婆様が?」

 

蘭華とは私の死んだ母の名前である。ちなみにお義母様とは、私の祖母で名前は雪華。

 

「12歳、つまり中学生になるときに公表しろと言われていたからね。理由は言われてないけど、その理由も推理できているよ」

「……拒否権は?」

「あると思うかい」

 

わかっていたことだが、その言葉を聞いてがっくりと項垂れる。父さんは母さんの遺言だけはキチンと従うからね…それほど愛していたっていうことかもしれないけど。

まあ私の知っている母さんの他の唯一の遺言は、生きている間は世界に戦乱を巻き起こさないっていう当たり前でしょ!と思えるものだけど。私が今日行ったゲリラの掃討もその一環。先週も行った掃討も私…あれ?私ばっかり働かせられてる?

 

「項垂れることないさ、紅華君。君も彼を気にいると思うよ」

「どうせ父さんの推理だから、本当にいい人なんだろうけど。で、どんな人?」

 

私がそう言うとテーブルの上に置いてあった封筒が風で私の方に飛んできた。無d…贅沢な超能力の使い方だなあ…

開けてみると私の婚約者のプロフィールなどが書かれていた。名前は遠山金次。家系図を見てみるとどうやら祖母の代で姉妹、つまり彼とは再従兄弟にあたるようだ。

ざーと上からプロフィールを読んで、何も面白いこと書いてないと思った瞬間、最後の行で私の目が止まった。

 

「なんで彼が君の婚約者に選ばれたのかわかったようだね」

 

最後の行には彼の体質が書かれていた。それは私に刻まれた呪いの体質と同じ、ヒステリア・サヴァン・シンドロームであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あの後少しこれからの注意を父さんから受けた後、私は今自分の部屋のベッドに寝転がっていた。

今の私の髪の色は青みがかった銀、目の色は瑠璃色。髪の毛や瞳が紅であったさっきまでの姿と比べるとまるで2pキャラなのだが身長や顔すら違うので完全に別人である。これには理由があって、私は戦闘タイプごとに髪や瞳の色、姿までもが変わる。紅色の時は超能力、ゲームでいうところの純魔法タイプであり、銀色の時は近接戦闘タイプなのだ。これは2代目のイ・ウー艦長の祖父から受け継いだ能力であり、この能力を今知っているのは父さんだけである。

それにしてもこの姿(母さん命名通称:銀華(しろは))でこれから遠山金次と婚約者として"普通"の中学生活を過ごせだなんて。婚約者がいること自体が普通じゃないと思うんだけど…?普通の定義壊れる…

 

けど、過ごしているうちにもしかしたら私の呪われた体質、ヒステリア・サヴァン・シンドロームについても何かわかるかもしれない。

 

 

ヒステリア・サヴァン・シンドローム、略称:HSS。

性的興奮を感じると思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上する、特定の人間が持つ遺伝による特異体質。

だけどこれは男性の場合のみ。HSSは戦闘能力上昇能力ではなくあくまで 「魅力的な異性を演じて子孫を残す」ことに由来しているから、男性が使うと「女性を高い知力と身体能力で守り女心を鷲掴みにするカッコいい男性」 となり強くなるが、女性の私が使うと「男性が守りたくなるようなか弱くいじらしい男心をくすぐるような可愛らしい女性」となるため弱くなるという、クソほど使えない能力になる。

 

父さんに聞いたところ、私の一族は遠山家と縁を結ぶことが昔から多々あり、実際祖母の姉も金次の祖父に嫁いでいる。たぶんそういうことから私たちの一族の血にもHSSが紛れ込んだのかもね。

 

私はイ・ウーに男性が少ないということもあって男性と喋った経験が数えるほどしかない。普通の学園生活送ろうとすると同性としか喋らないのは厳しいよねたぶん。いや、普通の同性とすら喋る話題怪しい気がする。だって私が最近同性と喋った話題って

 

「大ドイツ帝国の復活(カッツェ)」

「エジプトを起点とした世界征服(パトラ)」

吸血鬼(ドラキュラ)竜悴公姫(ドラキュリア)を中心とした国の設立(ヒルダ)」

 

ぐらいしかない…普通の中学生が世界征服みたいな話をするわけがないし、何を喋ればいいんだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ主能力まとめ

紅華(くれは)
紅の髪と目を持つ、身長は135cm、超能力を使うモード。イ・ウーでは基本この姿

銀華(しろは)
すこし青みがかった銀髪、瞳は瑠璃色。身長は160cm。近接戦闘タイプ。イ・ウーでこの状態を知っているのはシャーロックだけ

HSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)
原作主人公が持つ特異体質。主人公の呼び方はヒステリアモード。性的興奮をトリガーに強くなるのだが女性の場合は弱くなる

???
紅華の家系が代々持つ体質。男版HSSのように超能力や身体能力を一時的に向上させることが可能。



第1章はプロローグだから早めに原作入りたいですね



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第1話:金と銀

注意:キンジの年相応な言動

オリ主の容姿は
紅華時はシャナ
銀華時はジャンヌ、メヌエット、カナを足して3で割ったみたいな容姿だと思っててください。




「意味わかんねえ…」

 

頭を抱えながらもう何度かわからない呟きを俺、遠山キンジはもらしていた。別に俺の物事の理解能力がないわけではない。たぶん誰が俺と同じ状況になっても、俺と同じく意味不明を連呼するだろう。

小学校をこの前卒業した春休みの朝ご飯の時、爺ちゃんに今日はお前の婚約者と昼食を取るという青天の霹靂の宣告をされた後、婆ちゃんに無駄におめかしさせられ、今都内にある高級料亭に爺ちゃん、婆ちゃん、金一兄さん、俺で向かっている。こんな意味不明なことを予測できる人間はたぶん存在しない。

 

まず婚約者ってなんだ!?今まで婚約者の『こ』の字もなかったじゃないか…兄さんに婚約者がいるなら予想ができないこともないが、兄さんにはいないのになんで俺には婚約者がいるんだという真っ当な意見は無視され、爺ちゃんの鉄拳制裁の餌食となった。

俺以外の3人はどうやらすでに俺の婚約者(?)の写真を見ているようで、俺に鉄拳を見舞った爺ちゃんは「こんな別嬪さん、キンジが気にいらないならワシがもらおうかの」と言って婆ちゃんに家の外まで吹っ飛ばされていた。

兄さんは「何事も経験だぞ、キンジ」と言っていたが、笑いを堪えながら言われてもなんの説得力もない。明らかに俺が慌てるこの状況を楽しんでいるな。

 

 

料亭に向かうタクシーの中で3人に聞いてわかったことといえば同い年、美人、婆ちゃんの妹の孫、つまり再従兄弟ということの3つぐらいか。

というか女性、特に美人は困る。異性というだけで話す話題に困るのだが、さらに美人が加わると何喋っていいかわからなくなる。それにHSS、ヒステリアモードのこともあるし、高級料亭に行くというのにストレスで何も食べられなさそうだ。

それに明日、神奈川武偵中学の試験なんだけど…試験前にストレスと悩み事を増やさないでくれ…

 

巣鴨からタクシーに揺られること20分、外観だけで高級とわかる一件の店の前で止まった。タクシーから降り、改めて店を見てみると一見さん御断りの雰囲気がぷんぷんしている。

もし店が違ったら恥だぞ…と思う俺を他所に、一張羅を着ているがこの店の雰囲気には少し劣る服を着た3人はどうどうと中に入って行くので、慌てて俺も3人に続く。

 

「遠山です」

「遠山様ですね、お待ちしておりました。奥へどうぞ」

 

どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。靴を脱ぎ、女中さんに案内され、迷路かと思ってもおかしくない廊下を進んでいき、ある部屋の前まで案内された。

 

「お連れの方がお見えです」

「どうぞ」

 

女中さんが部屋の中に声を掛けると部屋の中から声が返ってきた。生前の父さんに初めて武偵庁まで拳銃を届けに行った時の同じかそれ以上の緊張感で開けられた襖から中に入る。

 

そこにいたのは少し青みがかった銀髪、絹のような白い肌、華奢ながらも肉付きはよく、モデルが裸足で逃げ出すほどの力強さと凛々しさ、そして儚さを感じさせる容姿をしており、その美しさはどんな巧みな変装でも作り出せないと思わせるような神々しさを放っている女の子であった。服装は大人びた黒を基調にしたものであり、俺と同じ12歳には全く思えない。

そして俺は似たような人物を他に知っている。それは金一兄さんが女装した姿、カナである。彼女はカナと同じぐらいの美しさで、カナと同じような超然としたオーラを醸し出している。

 

「キンジ、入り口で止まるな」

 

兄さんの言葉で自分が彼女に見惚れていたことに気づく。兄さんにすまんと謝り、中に入って脇にどいた。俺たち4人全員が部屋に入ると彼女は深々と頭を下げた。

 

「遠いところわざわざお越し頂きありがとうございます。どうぞお席へ」

 

と言って俺たちに席を勧める。

 

「写真で見るより別嬪さんじゃのう」

「本当に雪華によう似とるねぇ」

 

スケベな目つきでそう言った爺ちゃんを婆ちゃんが肘打ちいれながら言葉を重ねる遠山家の日常を見て、彼女はドン引きするかと思いきや、彼女はニコニコと笑っている。常日頃からこういう光景を見てるということか?少し悪寒を感じるな。

 

立っているのも変なので彼女に勧められるままに俺たちは席に着いた。上座から爺ちゃん、婆ちゃん、俺。対面には兄さん、彼女という席である。

 

「初めまして、北条銀華(ほうじょう しろは)です」

 

席に着いたのを見計らって彼女、北条は自己紹介をしてきた。

当然ちゃ当然なんだけど、俺の目の前に北条がいるのが目の置き場がなくて困る。明後日の方向を見る訳にもいかないし、彼女の横の席の兄さんと変わりたい。

その兄さんは俺にお前も自己紹介しろという目を送ってくる。

 

「と、遠山キンジです。よろしく」

「遠山キンジ……いい名前ですね」

 

我ながら不甲斐ないと思うぐらいしどろもどろであったが、彼女はニコニコとそれを聞いてくれた。

もしかしてこの場で緊張しているの俺だけ?

 

「キンジの兄の金一だ。キンジをこれからよろしく頼む」

 

さっきの予想を裏付けるかのように兄さんはハキハキと自己紹介をする。まあ兄さんは自分の女装姿で美少女慣れしているからな…これを言っても恥ずかしがった兄さんにボコられるだけなので、お口にチャック。続けて爺ちゃんと婆ちゃんが自己紹介したところで食事が始まった。

 

食事は予想を裏切らず美味しかった。まあ、ストレスで胃が痛くなければ、もっと美味しかったとは思うがな。

食事中の会話は爺ちゃんや兄さんが北条に質問して、彼女が答え、彼女が同じ質問を俺に投げかけてくるというものであった。というか北条、コミュ力高えな。緊張している俺がハブられないように上手く話を回してくれている。学校でもぼっち気味の俺とは大違いだぜ。ただ一つ不満点があるとすれば、

 

「〜〜〜。どう思うキンジさん?」

「そのキンジさんっていうのやめてくれないか?一応俺たちは婚約者なんだろ?対等な関係で居たいんだ」

「わかったよ、キンジ」

 

やっぱり思った通りだ。なんか普段と違う言葉遣いをするのに無理している感があったからな。こっちの方がずっと自然だ。

 

「銀華はキンジと同じ歳なんだろ?中学はどこに通うつもりなんだ?」

「神奈川武偵中学に通おうと思っています」

 

神奈川武偵中学ね。

……って俺と同じじゃねえか!

人は見た目によらないというし、俺がいうのもなんだが、北条お前あの変人の巣窟に入ろうと思っているのか…

兄さんから聞いた話では日常的に銃で撃ったり撃たれたりする場所だぞ。そのことわかってるんか。

 

だが俺以外の3人はさも当然という感じだ。なんだなんだなんだ。俺がわからないことを何かわかっているというのか。

 

「ん?どうかしたキンジ?」

「あ、ああ、いやなんでもない」

 

クソッ、何か考えているのか見破られちまった。実力が爺ちゃんや兄さんに劣るのは仕方がないが、同年代の女子には負けたくない。とりあえず明日の入学試験では北条に絶対勝つぐらいの気持ちでやろう。

 

北条の家族について気になっていたが、その話はタブーと事前に言われていたのでそれについて話すことはなく食事会が終わった。

 

最後の最後で驚いたのはお金をここでは払わないってところだな。この食事は俺らの分も含めて向こうが払うことになっているらしいが会計などはなく、北条はただ紙にサインをしていただけだ。どうやら金持ちは食事の時に無闇に財布を出すことはしないらしい。こんな高級料亭、それに5人分の食事の料金なんて考えるだけでも恐ろしいのに、どんだけ金持ちなんだ北条は。

 

店を出ると北条が待たせておいたと思われるタクシーが止まっていた。

 

「今日はありがとうございました」

 

俺たちがタクシーに乗り込む前に北条がお礼と共にお辞儀をしてくる。いや、お礼を言うのはこちらだと思うのだが。

 

「今日はありがとう、銀華。これからもキンジをよろしく頼む」

「ありがとう。美味しい食事だったよ、北条」

 

爺ちゃん婆ちゃんがお礼を言った後に、兄さんもお礼を言ったので俺も続けて礼を言うと、北条は俺の言葉を聞いて不満そうな顔をした。

俺なんか怒らせるようなこと言ったか?

 

「銀華」

 

いきなり北条は自分の名前をつぶやいた。

不満そうな顔を含めてよく意味がわからないのだが。

 

「銀華って呼んでほしい」

 

それは今日最初で最後の年相応の頼みと口調であった。どうやら俺が北条と呼ぶのが気にいらないらしい。

 

「わかったよ、銀華」

 

俺がこう言うと銀華は今日1番の笑みを浮かべ、俺たちを見送る。

 

これが俺と銀華の初めての出会いであった。

 

☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

次の日、私は中学の入学試験を受ける会場に向かうため、電車に揺られていた。

 

暇な車内で思い出すのは昨日のこと。

昨日の食事会は必死で敬語や作法、会話などを勉強したおかげでボロが出ずに済んだよ。北条は私の祖母のもともとの苗字らしい。

そしてあの食事会は先祖代々、婚約すると似たようなことが行われているらしいね。

代金は此方持ちということまで決まっていて、何か意味があるぽい?

 

キンジは緊張していたぽいけど、HSSにならないためかな?私にとってはHSSにならないことはいいことなんだけど、男版のHSSもどんなものか一度見ておきたいんだけどな〜。

キンジはHSSになりたくないってことは私もHSSにならなくて済むってことだし、一緒に学園生活を過ごしていく分にはそっちの方が好ましいと思うけどね。

 

あと遠山家のキンジ以外の3人は『できる』って感じだったな〜。特にキンジの爺ちゃんの(まがね)、あれはやばい。たぶん能力使わなかったら十中八九負けるし、能力使っても向こうにHSS使われたら無理ゲー。同じ自分の能力を高める「乗算能力者(マルチレイズ)」だけど私の乗算はどんな想像をしてもせいぜい10倍。ヒステリアモードは30倍。自力ですら負けてるのに勝てるわけないよね。流石アメリカからダイ・ハード(殺し難し)と言われているだけあるね。

一方、キンジはダメダメだったかな…成績でいうと0点に近い。その辺にいる有象無象の一般人よりも少しできる程度。私がどれぐらい力を持っているのかぐらいは見極めて欲しかったな。

だけど仕方ない気もするけどね。だってキンジはまだ宝石で言う原石。何にも磨かれていないんだから。秘められた潜在能力は金一よりありそうだとは思ったし、武偵中学でその才能が発現するといいね。

 

武偵中学で思い出したけど、私も一応武偵になるんだなあ…

 

 

--武偵

凶悪化する犯罪に対抗するために新設された国家資格。語源は「武装探偵」の略。

武偵免許を持つ者は武装を許可され、逮捕権を有するなど警察に準ずる活動が可能になるが、あくまで武偵は金で動き、金さえ貰えれば武偵法の許す限りどんな仕事でも請け負うため「何でも屋」の側面がある。

 

これが武偵の一般的解釈であるらしい(参考文献:広辞苑)。

これ読んで思ったんだけど凶悪化する犯罪ってどう考えても私も含むイ・ウーのメンツのほとんどに当てはまるよね…

イ・ウーでひたすら技を磨き合うだけの研鑽派(ダイオ)はまだマシだけど、私を含む主戦派なんてテロリストと変わんないでしょ。

だけど研鑽派はこそこそしてる感あって、あんまり好きじゃないんだよね。父さんの教えは研鑽派寄りだけど。

 

 

そんなことを考えていると試験会場の最寄り駅に着いた。一つ伸びをして電車から降りると、私と同じように試験を受けに来たと思われる同年代の男女が多く下車しているね。多少できると思われる生徒もちらほらとはいるけど、ほとんどは一般人と変わらないみたい。まあこの時点では何も訓練を受けていないんだから一般人と変わらないのが普通か。

階段を降り、改札を通過するとそれほど遠くない位置に昨日知り合った人物を見つけた。

 

「キンジー」

 

私が手を振りながら呼びかけると、キンジは恐る恐る振り返り、私を見つけると胃が痛いというような顔をした。

その反応ちょっと酷くない?

私だって、好きでキンジの婚約者になったわけじゃないんだからさ。

 

「おはよう、銀華」

「おはよう、キンジ。朝から自分の余命が宣告されたみたいな顔をしてるけど大丈夫?」

「酷い言い草だな…」

 

キンジとは婚約者だけど、よくある小説のように婚約者同士ベタベタすると私のHSSが発症する可能性もあるから、イ・ウーにいた時の友達のように接することにしている。キンジも昨日のうちに婚約者について調べたのだろうね、私がベタベタして来ないのを見て、少し驚いている。

 

「銀華、お前も強襲科(アサルト)の入試を受けるんだな」

「女子だから違う学科受けると思ってた?」

「そういうわけではないが…」

 

武偵中学の生徒は全員一般的教養を学ぶための教養学部に所属するが、そのほかにも武偵の活動に関わる専門科目を履修でき、それに応じた学科にも所属する。これは掛け持ちできるので、例えば狙撃といった遠隔支援射撃を学ぶ狙撃科(スナイプ)と武偵活動における車輌・船舶・航空機の運転操縦、整備を習得する車輌科(ロジ)などといった掛け持ちも可能。

その掛け持ちも入学した後に可能なだけで、まず中等部の入学試験では自分に合っていると思われる学科の入試を受験する。これは武偵ランク試験も兼ねており、これの結果によって1年次の武偵ランクが決定する。

 

ということが武偵中のパンフレットに書かれていたはず。ちなみに私が受ける強襲科(アサルト)は拳銃・刀剣その他の武器を用いた近接戦による強襲逮捕を習得する学科で、この状態、つまり銀華にはぴったりなんだよね。探偵科(インケスタ)と迷った覚えがあるけど、推理力や直感は父さんの半分ぐらいしかないし、もう伸びる気がしないから強襲科にしたんだっけ。

調べたところによると、強襲科は犯罪組織のアジトへの突入依頼がくるなど他学科に比べ、危険度は高いらしいんだよね。どうやら入学から高校卒業まで生きていられるのは97.1%程度らしい。こういったことから強襲科は「明日無き学科」という不名誉なあだ名が付いているようだね。

というか今更だけど、私はイ・ウーで毎週のようにゲリラとか反乱軍潰してたんだからイ・ウーも実質強襲科みたいなもんでしょ。

やっぱり私は強襲科でよかった。

 

「キンジも強襲科なんだね、探偵科かと思ってたよ」

「兄さんも強襲科だし、別におかしいことではないと思うぞ」

 

やっぱりキンジはお兄さんに憧れているんだね〜。私は兄弟がいないからわからないけど、姉や兄を弟は尊敬するものなのかな?

 

そんな話をしていると20階ぐらいあろうかと思われるビルの前に辿り着いた。ここは神奈川武偵中や神奈川武偵高の強襲科の実習で使われる施設の一つであり、今日私たちが受ける試験の会場でもある。

 

「うぉ…」

 

中に入ってすぐにキンジは驚くような声を出した。まあ気持ちはわからないこともない。入ってすぐ、弾痕びっしりの壁がお出迎えしたら私でも少し驚く、というか驚いた。これもしかしてイ・ウーより酷いんじゃない…?

 

案内する気ないでしょと思うぐらい超適当な試験会場案内図に従って歩くこと数分、目的地に辿り着いた。

そこは比較的弾痕が少ない大教室で、受験生それぞれに与えられた受験番号ごとに与えられた席に座るというシステムを取っている。

私はキンジと入口で別れ、自分の受験番号を探す。ちなみに私の受験番号10208。

10208…10208…あった。

席の場所は一番入口から遠い右後ろの席。受験番号一番最後なのは、もしかして入試申し込みが一番最後だったからかな?父さんが無理やりねじ込んだ説も捨てきれないけど。まあどっちでもいいけどね。

 

席に座って後ろから人間観察をするけど、やっぱりほとんど一般人だね。もしかしたら私をのぞいたらキンジが一番強いぐらい。

そう肘をつきながら観察していると、試験監督と思われる人が入ってきた。

 

「お前ら、さっさと席につけや」

 

試験官と思われる人は柄の悪い男性でその威圧にビビったのか、受験生はそそくさと席に着いた。その強面の試験官の男性は前の教壇に立つと自己紹介を始めた。

 

「俺は試験官で強襲科の教師も担当している藤堂や」

 

この人が教師!?背中に自分の体長ぐらいある、ゲームで出てきそうな大剣を背負ったこの人が!?

いや、イ・ウーにも怪力といえばブラドとかいるけどさ。あいつ吸血鬼で人じゃないし藤堂先生もこれ絶対人間じゃないでしょ…

 

「これからお前らには実技試験を行ってもらう」

 

しかも手でブンブン振り回してる拳銃、遠目だから違うかもしれないけど、もしかしてS&W M29じゃないのあれ?

デザートイーグルやS&W M500の登場で陰に隠れがちだけど.44マグナム弾を扱える拳銃で、拳銃としては常識外れの威力を持っていたはず。

なんて武装してるんだ、あの先生は…イ・ウーは超能力(ステルス)持ちが多かったからかもしれないけど、あんな一目でやばいっていう武装してる人いなかったよ…ロボットならいたけど。

 

「その実技試験は徒手格闘殺し合い(バトルロイヤル)や」

 

ん?今なんて言った?イ・ウーからでて日本で"普通"に暮らすために私が調べた日本の一般常識にはバトルロイヤルをやるシーンなんてなかったんですけど…ここは本当に日本ですか?もしかして神奈川県は日本じゃない説。

 

「本当はCQCでやりたかったけど今回は暗器獲物なしや。お前ら防刃防弾制服持っていないからな」

 

CQCは近接戦闘で徒手格闘やナイフなどの暗器を使って戦うスタイルのことでだけど、今回は純粋に徒手格闘、つまり武器無しで戦えってことかな?

 

「ルールは簡単、相手を見つけて倒せ。背中がついたら失格で、一番最後まで残ったやつが優勝や。わかったらスタート位置に移動しろ」

 

私はイ・ウーで経験あるから問題ないけど、いきなりこんなこと言われて他の人は困惑するんじゃないかと思い、周りを見渡すとあれ?もしかしてそんなに困惑してない?

なんで困惑しないんだろう。君たち一般人じゃないの?かえって私が困惑するんだけど…

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「その実技試験は徒手格闘殺し合い(バトルロイヤル)や」

 

入学試験にバトルロイヤルだと…聞いてはいたが本当に狂ってるなこの学校。まあこの学校に入る俺も狂ってるのかもしれないが。

 

「ルールは簡単、相手を見つけて倒せ。背中がついたら失格で、一番最後まで残ったやつが優勝や。わかったらスタート位置に移動しろ」

 

それを聞き、移動のために席を立つ周りのやつらを見るとやる気を漲らせているが分かる。それも当然だろう。強襲科に来るやつなんて血気盛んで好戦的なやつか、知らずに受験している馬鹿のどちらかに決まっている。現に俺の周りはバトルロイヤルと聞いて喜ぶような奴らがほとんどだったしな。

たぶん周りのやつは小学校で喧嘩で負け無しだったやつとかだろう。こういうやつは俺の学校にもいた。女子もこの場にいるが男勝りなやつがほとんどだしな。

まあ喧嘩負け無しといっても多少喧嘩ができる程度だろうな。俺は小さい頃から兄さんとかにいろいろ教えてもらってるからな。ヒステリアモードなしでも俺は強いってところを爺ちゃんや兄さんに見せつけてやるぜ。

 

そう意気込む俺は、出入り口がすいたのを見計らって移動しようと席を立ち、後ろを振り返ると、銀髪の婚約者が困惑した顔で右後ろの席付近で立っていた。もしかしてあいつ…強襲科について知らない馬鹿だったんじゃないか?俺が入口に歩いていくと銀華も入口に歩いてきて合流した。

 

「おい、銀華。入学試験でバトルロイヤルみたいなことやるって知らなかったのか?」

「そうだよ。悪い?」

 

マジで馬鹿がいた。しかも身近に。しっかりしてると思いきや、意外とマヌケなやつだったということか。

 

「馬鹿だなあ、お前」

「……」

 

銀華は何も言い返さない。

 

「そんなことも知らないでこの学校に来てるなんてな」

「……」

 

2人で並んで大教室の横に設置されている番号ごとにスタート位置が書かれたパネルの前まで移動する。

俺のスタート位置は…っと

1階か。一階層全員倒して上がっていけば20階に達した時、俺は優勝者ってことだな。

 

「銀華、お前のスタート位置は」

「20階」

 

銀華が20階スタートということはまず戦うことはないだろうな。ボーナスステージが一つ減ったってことだが、まあ婚約者を殴るのもあれだしな。外聞が悪いっていうやつか。

おっと、そろそろ移動しないとな。

 

「じゃあ、頑張れよ」

「ねえキンジ、私が優勝したら馬鹿って言ったことを謝ってくれない?」

「…何?」

 

俺が移動しようと別れの言葉を告げた後、銀華がそう告げた。よほど馬鹿って言われたことが悔しかったのか?

 

「キンジは本気モードじゃないから、私も本気は出さない。もしキンジが優勝したら、そうだね。何か好きな物買ってあげるよ」

「…わかった」

 

俺は今、武偵中に入学してから使いたいと思っている、とある拳銃が欲しいんだが、あいにく金欠だったから買えないものがある。少し悩んだふりをしたが、すぐ飛びつきたかった渡りに船の話だぞ。そして、俺にはデメリットがない。だってバトルロイヤルのようなことが行われるようなことも知らなかった銀華なんかに俺が万が一にも負けるはずがないからな。

 

「じゃあキンジ、私と戦う前に負けないでね」

「それはこっちのセリフだ、銀華」

 

俺は銀華にそう返し別れた。

 

その時の俺は銀華が婆ちゃんと親戚で、婆ちゃんはいつも爺ちゃんを吹っ飛ばしているということを完全に失念していた。

 

 

 

 

 

 

実技試験が始まって約30分、俺はようやく4階までの受験者を全員倒し終わったところだ。

 

スタート位置の1階の受験者はそんなに手強く無かったが、2階と4階で戦った相手は結構手強かった。それもそうか。2階で戦った敵は俺と同じように2階の受験者を全員倒しているわけだしな。逆に弱かったらそれはそれでおかしい。

4階の敵はさらに3階の敵を倒しているわけだし、弱いわけがないか。

 

俺は中央、手前、奥とビルの中に三つある階段のうち手前の階段を使ってビルを登っている。

中央階段は登ったらすぐに、横の通路を2人に塞がれ、挟み撃ちになる可能性がある。階段にまた戻ればいいのだが、逃げたと思われるのは癪だ。残りは手前と奥の2つだが奥の階段は構造的に手前の階段より待ち伏せがされやすい造りになっていて、現に2階の敵はそこでガン待ちしていたからな。もし奥の階段から登っていたら俺は2階の生徒に負けていただろう。

 

慎重に4階から5階に進み、階段で登ったあと不意打ちを食らいそうな場所を階段ホールからチェックする。

よし、今回はいないようだ。このビルはデパートのような造りになっているからデパートなどの人質立て篭もり事件を想定した演習などで使うのかもしれないから待ち伏せしやすい造りになっているのだろう。

そんなことを考えていると--

 

「ぎゃああああああ」

 

悲鳴が同じ階で響き渡った。悲鳴の方向はどうやら奥の階段のようだ。

この階の階段前で他の受験者を待ち伏せしていた奴が不意打ちで倒したに違いない。

それなら今がチャンスだ。不意打ちした奴は成功したことに味を占めて元の場所に隠れたがるって生前の父さんが言っていたからな。それを逆手に取ればいい。不意打ちは場所がわかってれば怖くないし、逆に不意打ちできる可能性も高い。

それにしても迂闊な奴だな。奥の階段を使うなんて。そんな不用意なやつとは入学しても組みたくないから顔を覚えておこう。

 

俺は柱の影まで足音を殺して移動し、そっと奥の階段の方を見る。

あれ…?おかしい。

打ち倒されて、地面で伸びているのは同級生。それは別におかしくない。

しかし、そいつを打ち倒している相手。そいつがどう見てもおかしい。

無精髭を生やして顔には大きな傷。身長は….たぶん190を超えていてガタイもいい。

俺らと同年代にはどうやっても見えない。どう若く見積もっても20代後半だ。

 

 

そういえば兄さんから聞いたことある。

武偵中や武偵高の入学試験は武偵ランク試験も兼ねているから、受験者の他にも抜き打ちで試験官が隠れている場合があるらしい。

状況的に見て、そのケースに当てはまる。

 

ちっ…同学年だけだったら余裕だったものを…

あの大男は試験官に選ばれるぐらいに力のある人物だ。正面戦闘になったら、ヒステリアモード時ならともかく、今の俺ではまず勝てない。さっさと逃げるか、このまま隠れておくか、不意打ちか…

 

そんなことを考えていると、大男は俺に気づいたわけではないだろうが、こちらの方向に歩いてきた。もう今から逃げたら、バレてしまう。不意打ち、やり過ごす、どちらをするにしてもとりあえず隠れるしかない。

 

隠れていた柱から、音を立てずに通路にいる大男にとって死角となる場所を移動し、物陰に身をひそめる。

顔を出したらバレるかもしれないので、音で相手の居場所を探るしかない。

神経を耳に集中させると、かすかに足音が聞こえる。あんだけ身長とガタイがあれば体重も当然ある。体重があれば足音を意識して消さない限り、足音は消せない。

 

逆に裏を返せば、意識すれば足音は消せるのだ。普通こういったバトルロイヤルでは、不意打ちなども考え足音を消すのがセオリーだろう。つまりあの大男は、俺たち12歳にやられることはないと油断しているか、そんなに有能ではないかのどちらかだ。

それならどちらにしろ、チャンスだ。相手が俺に気づいていないぽいし、最初の一撃なら確実に決まる。

 

大男が通り過ぎた瞬間作戦決行だ。通り過ぎたら、背後から忍び寄り勢いをつけて背負い投げの要領で投げる。それで倒してしまえば、俺の優勝は決まったも当然だろう。

 

刻々と大男の足音が近づいてきて、ついに俺の隠れている物陰の横を通過する。

3…2…1…

今だ!

 

物陰から飛び出し、数歩で近づき男の腕と襟をとり背負い投げの要領で投げようとした。

 

「なっ!?」

 

その不意打ちは失敗に終わる。

なぜなら男は体を回転させながら俺の手をかわし、その勢いのまま回し蹴りを放ってきたからだ。

その後、俺と男の間から鈍い音がはしり、腕で防いだにも関わらず数メートル吹っ飛ばされた。

い、痛え…子供相手になんつー威力だよ。

 

「お、よくガードできたな」

 

大男が少し感心するような声で言うが、ガードできなかったらどうするつもりだったんだ。

とっさにガードしてそれが間に合ったから良かったものの、間に合ってなかったらたぶん救急車だぞ。

 

「お前、俺が油断してると思っていただろ」

 

大男は俺が態勢を整えているにそう言ってくる。どうやらランクを見極める試験官だけあって、相手が不利な態勢の時は攻撃しないらしい。フェアプレイの精神かもしれないが、年齢や体格などはフェアじゃないぞおい。

 

「俺は敢えて油断しているように見せたんだ。お前みたいな俺が試験官と知っているやつが突っ込んできてくれるからな」

 

つまり俺たちはテストされていたということか。

油断しているようにみせ、俺たちの判断力を試したということだろう。

悔しいが俺は奴の罠にまんまとハマったわけだ。

 

「さてと、俺も早く帰りたいから終わらせてもらうぜ。ちょっと痛いかもしれないがな」

 

そう言うと奴は右拳を握りしめ駆け寄っくる…俺の方へ!

俺は再びガードしたが、大男の拳に再び吹っ飛ばされる。弾かれた俺は背中がつかないようにバク転のように手をついて受け身をとり、

 

「--ッ!」

 

優れた瞬発力で追撃してきた、大男の蹴りをかわした。さっきは追撃してこなかったのに大人気なくねえか。

 

「!」

 

違う、今のはフェイント-

大男は反対の膝を蹴り上げ、俺の防御のために突き出した左腕を弾く。

それだけで全身を回転させられた俺は、さっきのお返しとばかりにその勢いを利用して斜め軌道の突き返し蹴り(ブラジリアンキック)を放つ。

だが、奴の顔を狙った俺の蹴り足は奴の両手でがっちりとキャッチされ、俺は奴に逆さ吊りにされた状況になった。

 

「放せ…!」

 

暴れて手を振りほどこうとするが男の握力は強い。

もう流石にこの状況はひっくり返せない。奴は俺の背中を床に叩きつけるだけで俺は退場だからな。そう俺は諦めた時、

 

銀色の彗星が煌めいた。

 

「うお!?」

 

大男が痛みと驚きが入り混じったような声をあげ--俺を頭から床に落とした。とっさに手をついて転倒を防ぐ。

あ、危ねえ…頭から落とされるとは思ってなかったぜ。

俺を助けてくれた人物-それは

 

「キンジ、試験前あんなに威勢を張っていたのにこんなもんなの?」

 

銀華であった。あれ?あいつ確か20階スタートじゃなかったか?もしかして…

 

「10階ぐらいでお互いに全員倒して会えると思ってたのに、キンジが遅いから15階分全員倒す羽目になったんだけど」

 

各一階ごとに配置された10人と計算するとこの短時間で150人近くの屍を超えてきたってことか!?実際に戦った人数はせいぜい多くて50人程度であろうがそれにしても早すぎる…

 

「宮坂はどうした…?」

「貴方と同じぐらいの年のおじさん?私のこと女だからって舐めてかかってきたから瞬殺しちゃった☆」

 

可愛い子ぶって銀華はそう言うが、その笑顔逆に恐怖しか覚えねえぞおい。

 

「じゃあ手加減はいらないってことだな!」

 

大男は銀華に突っ込み、拳や蹴りを放つが、銀華はそれをいなす。ガードしないのは体格差による力の差を考慮しているからだろう。

言うなれば大男は剛、銀華は柔の戦い方だ。

割って入る隙すら見つからない、2人の高速の戦いがしばらく続くていたが、

 

「そろそろやりますか」

 

そう銀華が呟くと、大男が銀華に対して繰り出した蹴り足、その右膝に銀華は迎撃(カウンター)の左肘を繰り出したのを皮切りに、今までの攻守が入れ替わった。今度は銀華が攻め始めた。

というか相手の蹴り足にカウンター入れるなんて、なんという反応速度してるんだ銀華は。俺が三輪車、大男が原チャリだとしたら、あいつの反応速度F1カーレベルだぞ。

 

攻守が入れ替わり、早い足技で銀華が攻め立てるが、決定打は与えられていないようだ。いくら反応速度が速いと言っても12歳の女子。相手のガードを崩すほどの力はないだろう。

それを銀華は理解したのか。それまでの細かい攻撃とは違う大振りの蹴りを放ち、相手にガードさせ、その蹴りの反動で少し距離を取る。

距離を取った銀華は近くの壁に向かって走り、壁に向かってジャンプする。そのまま三角飛びの要領で壁を蹴り、月面宙返り蹴り(ムーサルトキック)を放とうとしている。銀華は決定力が足りないのを高さで補うことにしたのだろう。

 

だがそれは諸刃の剣だ。もしガードされてしまったら、決定的な隙が生まれてしまう。それを見逃すやつではないだろう。実際に奴は完全にガードの構えを取っている。

これは厳しいかと思ったその時、銀華は宙返りのちょうど頂点で脚を曲げ、その曲げた足で"天井を踏み台"として自分の蹴りの威力を増大させた。

 

「う…」

 

天井を蹴ることでさらに威力をました銀華の蹴りは男のガードを崩した。それを見逃さず、銀華は着地してすぐ飛び蹴りを相手の顎めがけて放ち、それが見てて気持ちいいぐらい綺麗に入り、大男は回転しながら吹っ飛んだ。

 

この勝負銀華の勝ちだ。

というか銀華、お前天井を踏み台として蹴るって何メートル飛んでるんだよ…武偵になるのなんかやめて高跳びの選手にでもなったらどうだ?

 

そんなことを考える俺の近くにすすっと銀華は近寄ってきて

 

「ツギハキンジノバンダヨ」

 

そんな死神のような宣告と共に俺は宙を舞い、試験終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

----

 

北条 銀華

今年度の強襲科の主席生徒。近接戦闘において高い能力を持つ。実力はSランクに認定。だが12歳でSランクの前例が過去にないためAランクとする。

 

 

 

遠山キンジ

強襲科Eランクに認定。ただしDに近いEランク。戦闘の中に才能が見え隠れしており、どうやら試験前にも何か訓練を受けていた模様。磨けば光るだろう逸材。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小6キンジのクソガキぽさが伝わってたらいいなあ…


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第2話:入学

1人称視点難しいですね…ちょっと変かもしれませんが許してください


4月8日

大体の小中学校の入学式がある頃だろう。兄さんも今日、高校の入学式らしいしもしかしたら高校もこのころかもしれない。

それは、いろいろ異端なこの神奈川武偵付属中学でも珍しく例外ではなかった。

 

俺は今日新しい制服に袖を通し、柄にもなくワクワクしている。

これでようやく父さんや兄さんと同じ武偵の仲間入り出来ると思ったら気分が高揚するってもんだ。

まあ、武偵ランクはA〜Eの5段階評価の一番下Eランクなのは仕方がないだろう。

なにせ俺はまだ武偵の卵、何も教わってないんだからな。これから頑張ってランクを上げていけばいいんだ。

実際、今年の一年で武偵ランクがEランクじゃなかった奴は2人しかいなかったらしい。

1人は諜報科(レザド)でDランク。

それでも十分すごいのだが、もう1人は俺と同じ強襲科(アサルト)でAランク。

しかもそいつが知り合いよりも深い関係なのがな…

 

「おっはよ!キンジ」

 

ーーシュ!

そんな声がかけられた同時に拳が耳元を通る。危ねえ!

こんなことやる奴なんて1人しか知らないし、そもそもこの学校には知り合いが1人しかいない。

 

「もうちょっと普通に挨拶しろよ、銀華…」

 

後ろを振り返ると神奈川武偵中学の制服を着ている、一応俺の婚約者の銀華(しろは)が立っていた。

 

「普通ってことは遠山流だったら鉄拳でしょ?北条流は蹴りで、武偵流は発砲かな?どれがいいキンジ?」

「どれも物騒だなおい!」

 

そんな物騒な挨拶があってたまるかと思うが実際うちは、爺ちゃんの鉄拳制裁がよく起きるからな。その爺ちゃんも婆ちゃんに吹っ飛ばされてるし否定はできん…というか北条流って蹴りが主体なんだな。婆ちゃんはあんまり蹴りを使うシーン見たことないんだけど。

 

ちなみにこいつが今年の強襲科、武偵ランクAランクで入学した北条銀華だ。神奈川武偵中の歴史の中でAランク入学は史上初らしい。何せAランクっていったらその道のプロって呼んでも差し支えがない実力を持つんだからな。この学校にも1〜3年全員含めても、こいつ含めて2.3人しかいないことからも異端さが伺える。

 

「で、なんでキンジはこんな校門の前で立ち尽くしているの?」

「ああ、ちょっと考え事をしていただけさ」

「わかった!この前の遠山家であった体罰フルコース思い出してたんでしょ!」

「嫌なことを思い出させないでくれ…」

 

体罰フルコースとは入学試験の日、銀華を怒らせたことを始めとするその後の出来事のことだ。

まず入試の終わった後すぐ、銀華に土下座させられることから始まり、家に帰り入試結果を聞かれ、銀華に負けたことを言うと「何、女子に負けとるんじゃ!」といつも婆ちゃんに吹っ飛ばされてる爺ちゃんに理不尽な鉄拳制裁を受け、夕飯直後には兄さんに特訓と称してボコボコに痛めつけられた。

ちなみにこの出来事を全て、その日俺と一緒に遠山家に帰った銀華は見ていたのだが、銀華は俺が痛めつけられる様子を見てご満足げだった。婚約者が痛めつけられてるのを見て喜ぶなんてドSすぎる。

 

銀華は春休み中2日に一回ぐらい遠山家に遊びに来ていた。俺的にはヒステリアモードがあるので女と喋るのは嫌なのだが婚約者だし、そう言うわけにもいかなかったのだが、銀華は小学校の時の男友達と同じく、婚約者というよりは友達って感じで喋ることができ、気が楽だ。

銀華は会話が上手いというか聞き上手というか、喋ってるともっと自分のこと話したくなるし、ぶっちゃけ小学校の時の男友達と話すより楽しかった。兄さんともいろいろ話していたようだしな。

 

そんなわけで銀華とは話しても俺の胃が痛くならないぐらいは仲良くなったわけである。

 

「僕の灰色の脳細胞が、キンジはもう一回あのフルコースを受けたいと思っていると推理しているようだよ。ワトソン君」

「受けたくねえよ!」

 

それっぽい声出すのうめえな。声優にでもなった方がいいんじゃないか?ていうかよく考えたら灰色の脳細胞はポアロだし、ワトソンはホームズだしいろいろ混ざってるなおい。

 

「まあいいや。早く行こキンジ」

「そうだな、行くか」

「せやな」

「なんで関西弁なんだ…あとせやなの意味は同意する意味はあるが、この場合使わないと思うぞ」

「ウソ!?」

 

銀華は時々、それ知らないの?というようなこと知らないんだよな。アクセントとかは全くおかしくないけど、時々変な日本語使うし。一体どこで暮らしていたんだ。

そんなことを思いながら、入学式が行われる体育館を目指す。

 

 

 

 

俺と同じように今年入学した新入生と前年度からいる上級生がひしめき合う体育館に着いたわけだが…ここも試験会場と同じように弾痕やそれを修復した跡が多数見受けられる。壁はもちろんのことバスケットゴールや校歌が書いてあるところにも弾痕確認できるぞ…

 

それもやばいんだが、一番やばいのは壁際にいる先生たち。あの大剣使いの藤堂も大概だが、ゴリラみたいな体格の先生、いかにも薬キメてそうな先生。見た目だけでもやべえってことが感じ取れる。

 

「藤堂も大概だと思ったが、他の先生もやばいな…」

「そう?藤堂先生以外は普通じゃない?」

 

俺の思わず出た呟きに反応する銀華。「あれ見て普通って目付いてんのか。明らかにおかしいだろ」と言いたいが我慢。あいつを怒らせると怖いのはこの前の一件で身に染みたからな。触らぬ神に祟りなしだ。

 

というか俺たち注目されてるな。正確には俺たちではない。銀華がだ。

銀華は数少ないAランクだし、何より美少女である。注目される要因しかない。

このままでは一緒にいる俺まで注目されそうだな。

 

そんなことを考えていると入学式が始まった。小学校の時のように来賓はいなかったので来賓の挨拶はなかったが、それでも校長挨拶などでそれなりに長い時間喋られるとさすがに眠くなるな。

暇に任せて、ふと横を見ると銀華は物珍しそうに式を眺めていた。まるで初めて式に参加するような目だ。そんなに珍しいか?

どう考えても先生たちの方が人間として珍しいと思うんだが。

 

 

 

 

 

入学式と始業式を終え、体育館を出て自分のクラスを確認しにいく。

えーっと、俺のクラスは…

あった、1-B。

なんと偶然にも1-Bの名簿には銀華の名前もあった。

なので銀華と一緒に教室に向かっているわけなのだが…

 

「クラス分けって初めて見たよ。くじ引き感あって面白いね。それに入学式も面白かったし、この学校に来てよかったよ!」

 

どうしてこいつはこんなにテンションが高いんだ?これ田舎者が都会に出てきた時のテンションの変わり具合だぞ。

 

「銀華、お前こういうの初めてなのか?」

 

婆ちゃんに銀華の過去のことを聞くなとは言われているが気になるものは気になるし、これぐらいなら問題ないだろう。

 

「えーとね…外国の学校には通ってたんだけど、人数は少なかったしこういう式もなかったんだよ。だから私にとって入学式やクラス分けは面白いんだよね」

 

なるほど。確かに人数が少なかったら、毎回同じクラスになるからクラス分けは行われないだろうし、外国だったら日本と文化が違うから入学式が行われなくてもおかしくない。

というか、銀華お前外国で暮らしてたんだな。髪の毛の色とか明らかに外人だけどさ。

 

「あとめっちゃ注目されてるな、銀華」

「別にAランクってそんなにすごくないよね?だってその上にSランクがあるんだし」

 

少し銀華は不満そうだが俺からしたら十分すげーよ。上があるって言ってもSランクってあれだろ?特殊部隊1隊相手に1人で戦えるだろう化け物レベルの実力者。Aランクが束になってかかっても勝てないほどSとAの差はあるらしい。

 

「Sランクの最年少って確か15歳だったはずだし、12歳のお前がAランクでも何も問題はないだろ?というかAランクのお前が胸を張らなかったら、Eランクの俺はどうなるんだ」

「残念な人」

「相変わらずひどい言い草だな….」

 

俺は銀華を褒めているはずなのになんで貶されなくちゃならないんだ…

というか銀華が注目されてるせいで横にいる俺も注目されてるのどうにかならないんですかね。特に強襲科の連中は俺に倒されたやつもいるから俺に注目してるやつもいるぽいしな。

 

入学前は実力を示して目立つことはいいことかと思っていたが、そんなことは全然ないな。注目されても鬱陶しいだけだ。今回はヒステリアモードを出してないし、あれを出すのは別の意味で躊躇われる。

そういえば銀華も試験の時、本気は出さないみたいなこと言っていたが、あれで本気じゃないっていうのはやべえな。

もしかしてあいつも俺と同じヒステリアモードみたいな体質を持っているのか?

 

1-Bに辿り着き、俺の番号が書かれた席に着くと、銀華から離れたからかこちらをうかがい見る鬱陶しい視線は無くなったな。

銀華は視線は集めているが、まだ喋り掛けられたりはしてない。それもそのはず、まだ他のクラスのメンバーはあいつのことをAランクってことしか知らないし、何か地雷を踏んでボコられるのは御免被りたいだろう。

 

肘をつきながらそう観察していると、入学式にいた薬をやってそうな死んだ目をしている担任と思われる先生が入ってきた。

 

「おーい、座れー」

 

気だるげな声が教室に響くが、おい先生…目見えてんのか?入学初日なのもあるが、全員しっかり座ってるぞ…本当に薬でもやってんじゃないか…?

 

「皆さん、座りましたね。ええっと、自分がこのクラスの担任のええっと……そう、駒場です。一年間よろしくお願いします」

 

本当に大丈夫かこの人。自分の名前すら忘れてるぞ。本当に担任なんて務まるのか?あと俺はこんな奇妙な学校に馴染めるのか?

 

 

そんな不安の中、俺の武偵中生活はスタートした。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★

 

俺のその不安は的中してしまった

 

武偵中に入学してから早くも1ヶ月。

学校生活は退屈ではないが、入学前想像していたほど楽しくはない。

俺は生来のコミュ力の低さ、非社交的な性格により、入学式直後にできた男子のグループのどこにも入ることができず、女子はおろか男子とすら話すことが稀な日々だ。誰かと話すといえば下校時と休み時間、時々銀華が話しかけてくれるぐらいか。

 

その銀華は--俺とは対極の、クラスの中心人物であり人気者だ。あいつはAランクなので、最初クラスメイトとしては近寄りがたかったようだが、あいつは俺とは真逆の社交的性格からクラスメイトの心を掴んでいる。

 

それに銀華は戦闘だけではなく、座学の成績も優秀だということがわかった。俺が授業でわからなかったところを聞けば、先生よりわかりやすく解説してくれる。あいつはどんだけオーバースペックなんだマジで…

 

現にこの昼休み、銀華は俺の列の一番後ろの席でクラスメイトに蟻の入る隙間もないぐらいに囲まれていた。たぶん、午前中の授業の質問か相談とかを受けているのだろう。俺も午前中の授業で分からないことあったから、それを聞きたかったんだけどな。あの様子じゃ無理だ。

そんなことを考えながら昼飯を食べていると、同じクラスメイトの1人の女子が俺に近づいてきた。ん?なんだ。

 

「遠山君だよね?北条さんから遠山君にこれ渡すよう頼まれたんだけど…」

「あ、ああ。ありがとう」

 

1ヶ月もたって名前をうろ覚えなのは武偵の卵としてはどうなのかとは思うが、口に出さず素直にお礼を言って受け取る。女子が手渡してきたのは1枚のルーズリーフ。彼女が銀華の元に戻るのを確認してから、閉じてあったルーズリーフを開く。

 

(こ、これは…)

 

中に書いてあったのは今日、俺が授業で分からなかったところを網羅した俺用の解説プリントだった。

なんで俺が分からない場所がわかったんだ?

そんなわかりやすい仕草はしてないはずなんだが…

 

『ところでキンジはなぜ、自分が分からなかった場所がわかったんじゃないかと思ったんじゃない?』

 

ルーズリーフの最後の方にそう書いてあったのだが、おいおい銀華お前、エスパーかよ…

 

『私のことエスパーかなにかと思ってるかもしれないけど、簡単な推理だよ。今までのキンジがわからなかった場所と授業中のキンジの仕草を重ね合わせただけ。重ね合せるとキンジは何か分からなかったりすると頭をガリガリ掻く癖があるということがわかったからね。授業中に先に作っておいたんだよ。これを教えたお礼はプリン1個で」

 

銀華、俺のことよく見てるな。この癖は早めにちゃんと直さないと。

というか報酬プリン1個って安いなおい。武偵同士のやりとりだから報酬が発生するのは当然なんだが、癖を教えてくれるのは重要なことだしもっと要求してもいいと思うんだが。まあ、あいつと違って懐が寂しい俺にとってはありがたい話なんだがな。

 

 

 

 

 

午後の授業は射撃訓練場での射撃訓練だ。

訓練内容は簡単、人型の的に向かって銃を撃つ。ただし俺たちは武偵となる身。ひとつ考慮しなくてはいけない点がある。

それは武偵法9条に、武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならないというものがあるという点だ。

つまり、俺たち武偵は人を殺してはならないのだ。

つまり、よくあるドラマのように人間の急所である心臓、頭、喉などを狙うのではなく、それ以外の手や足や肩などを狙うことを要求される。

これが意外に難しい。

 

ちなみに俺の使っている銃はベレッタM92F。武偵中で入学直後に行われた米軍横流しセールといった狂ったセールで銃本体やパーツ、弾が安く販売されていたから、金欠気味の俺はそれに飛びついたわけだ。

ベレッタは9mmパラペラム弾を使用する拳銃で米軍制式採用拳銃に指定されているほど信頼度が高い。

本当はアメリカ軍のトライアルでベレッタより精度などが高かったp226の方が良かったのだが、値段が高かったので断念した。だが、ベレッタも自分の命を預ける拳銃としては信頼を置けるだろう。

 

父さんの遺品で最強の自動拳銃があるのだが、まだひよっこの俺が扱えるものではないからな。あの拳銃は本当にやばいって時に使うために丁寧に保管してある。

 

「2班、前に出て」

 

この学校に似つかわしくないインテリジェンスな雰囲気を醸し出している強襲科の教師、須郷がそう告げた。全員は一気に射撃訓練はできないので、クラスを3つの班に分けているのだが、俺の番が回って来たみたいだな。

前に出て、ベレッタの装弾数であるところの15発を打ち切る。

 

(まあ、こんなもんか…)

 

人形に当たったのは15発中11発。一応11発とも狙い通り急所を外していたので良かったのだが4発も外してしまった。

実戦ではコンマ1秒が生死を分けることがあるので外すなんて論外だし、もっと精進しないとな。

俺らが終わると次は3班、銀華の番だ。

 

 

銀華は落ち着いて狙いをつけ、一度引き金を引くと3つの銃声が鳴り響いた。

 

銀華が使っている銃は俺と同じベレッタなのだがモデルが違う。銀華が使っているのはベレッタ93R。

俺の持っているM92Fとの大きな違いは93Rは三点バーストできるという点だろう。93RはフルオートできるM1951Rの後継であり、反動が大きく非常に使いこなすのが難しいフルオートの代わりに、フルオートよりは制御しやすい三点バーストを採用したものと銀華から聞いている。

銀華は小気味いい銃声を響かせながら装弾されている全弾21発を撃ちきった。

 

「うおおおおお」

「すごい…!」

「これがAランク…」

「北条、やるじゃないか」

 

銀華の射撃に射撃場が湧いた。須郷も少し驚くように褒めている。

それもそのはず、結果は21発全弾命中。しかし弾痕は7つしかない。なぜなら…

 

(3点バーストで全弾同じ場所に命中ってどんな射撃精度してるんだよ…)

 

一度銀華に93Rを触らせてもらったが、三点バーストはフルバーストよりは制御しやすいとはいっても、セミオートよりは反動が大きく制御しにくい。

それに全く同じ場所を命中させるのは針の穴を通すような繊細な技術が必要だ。それを反動が大きい三点バーストでやるなんてヒステリアモードでも難しいぞ。

 

 

一通り1人での射撃訓練が終わったあと、ペアでお互いにアドバイスをし合うという内容になったのだが、クラスでぼっちの俺にとってこの内容は鬼畜だ。

ペアどうするかな…

銀華は大人気だろうしと考えていたのだが

 

「キンジ、私とペア組んでくれないかな?」

 

声をかけられ振り向くと笑顔で銀華が立っていた。クラスでぼっちな俺にとってはありがたい申し出だ。

 

「ああ、頼む」

「私が組んであげないとキンジずっと1人だからね」

 

実際、入学してすぐの授業時に最初のペアの実技が行われ、銀華が他の人と組み、俺は1人取り残されてしまい、1人で実技訓練をした身としては否定できない。

ペアが作れたことはいいことなんだが、銀華とペアを組もうと思ってていた人が恨みがましい目線を向けてくるのはどうにかならないんですかね…本当に。

あと普段の俺より数段先にいる銀華には、俺からするアドバイスなんてない。

 

「俺としてはお前にアドバイスすることないんだが…」

「キンジが私に教える時間分、私がキンジに教える時間が増えるからいいんじゃない?他の時は私がキンジに教えてもらってること多いんだし。それでキンジのさっきの射撃見てたんだけど…」

 

なんか妙に銀華は教え合うってことに慣れてるんだよな。自分のできないことを他人に聞くのは普通に思っているというか。それも外国では普通なのか?

それにあいつの戦闘能力の高さ、何かどっかの戦闘部族生まれでも驚かないっていう程度には高いぞ…あれでSランクじゃないんだから驚きだな。

 

「って、おーい。キンジ聞いてる?」

 

しくじったな…せっかく教えてくれていたのに聞いてなかった。

 

「ええっと…そのだな…」

 

首を傾けながらニコニコ笑顔で聞いてくるのだが、俺は銀華のこの笑顔を知っている、ちょっと怒っているやつだ。誤魔化すのはマズイ…

 

「すまん…聞いてなかった…」

「まあ聞くまでも、推理するまでもなくわかってたけどね。どうせ考え事でもしてたんでしょ?」

 

銀華は瞳の奥に潜んでいた剣呑な光を消し、呆れたような顔をしながら腰に手を当てる。

 

「キンジはちゃんと人の話聞かないとだめだよ?そんなんだからぼっちになるんだからね」

 

はい…その通りです…コミュ力が高い銀華がいうと説得力も増すな。

 

「なんで銀華は人の思考が読み取れるんだ?」

 

人の思考を読み取れる人は実際にいるがそれは超能力だしな。銀華がそれとは思えない。

 

「別に難しいことはしてないよ。相手の視点移動、呼吸回数、唾を飲む数その他諸々から驚き、動揺などの感情を読み取ってるだけ。キンジは如実にわかりやすいからポーカーフェイスする訓練もした方がいいね」

 

まだ入学して1ヶ月だしそこまで習っていないな。というかそれ探偵科や尋問科の方が専門じゃないのか?

 

「どうしてそんなこと知っているんだ?」

 

銀華の過去を詮索するのは婆ちゃんに止められているが、文武両道で全てにおいて出来すぎている銀華のことが気になる。

 

「ええっとね…」

 

一瞬、銀華の目が泳ぐ。確かに銀華のいうとおり微かに動揺してるのが見てとれる。

 

「答えられないなら別にいいぞ。ちょっと気になっただけだしな」

 

ちょっと踏み込みすぎたか。

 

「細かいことは言えないけど、自分の居場所を確保するためかな。肩身がせまい思いをしないでどうどうと生きていくのに必要だと思ったから。そんな感じでどう?」

「…そうか」

 

ここではないどこか遠いところを見つめるように銀華はいうのだが、なんか悪いこと聞いちまったな…

 

「まあ、私のことは傍に置いといてまずはキンジの射撃の腕が今は一番大事なことだよね」

 

相変わらず、空気読めるなおい。暗い空気になったのを見てすぐ話題を変更するなんて、会話偏差値30ないだろう俺には無理な芸当だな。

俺は銀華の爪の垢を煎じて飲むべきかもしれない。実際に実行したら婚約破棄されそうだけどな。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

学校が終わり、今日はキンジの家に寄らないから、1人で帰宅し部屋の電気をつけた。

制服のままベッドに横になっていているから、シワになりそうだけどまあいいや…

 

考えるのは私の婚約者、キンジのこと。

この1ヶ月間一緒に学園生活を暮らして、わかったことといえばキンジは通常時はそこまで強くないってことぐらいだね。

 

どうして母さんは私とキンジをくっつけたがったのかなあ…これがわからない…

やっぱりキンジのHSS、ヒステリアモードを見てみないと何も進まないか。

男版HSS。一騎当千、天下無双と言われている能力。

仕方ない。私も一肌脱ぎますか。

 

手を伸ばしてベットのそばにある秘密回線処理がされている電話である人に電話をかける。

 

「あ、私私。紅華だけど。うん。ちょっと頼みがあるんだけど」

 

私の学園生活は始まったばっかりだよ、キンジ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いまさらですが婚約者がいるキンジが書きたかっただけなんでキンジ視点多めになります。


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第3話:2人のHSS

注意:キンジ強化、臭いセリフ




俺がこの学校に入学してから約2ヶ月。

先週関東もとうとう梅雨入りして、ジメジメした天気が続いていたが、今日は久しぶりに晴れている。

空が晴れていると気分もいいな。

 

「ねえ、キンジ」

「ん?どうした?」

 

放課後銀華が話しかけてきたが、珍しく周りにクラスメイトがいない。

 

「今日、買い物に行きたいんだけど付き合ってくれないかな?」

 

ああ、なるほど。銀華は荷物持ちが欲しいのだろう。

 

「わかった。いつも勉強やらなんやら教えてもらってるしな」

「ありがとう!キンジ!」

 

急に銀華が俺に抱きついてきた。

近い!近い!近い!顔近いって!

女性特有の甘い匂いも俺の鼻腔にせまってくる…!

銀華のこの匂い…菊みたいな匂いだな。どこか落ち着くようなリラックスするような匂いだ…………ってそんな批評してる場合じゃない!ヒス的な血流が高まるのを感じるぞ…!

こんなところでヒスってみろ…

相手は婚約者とはいえ人気者の銀華だ。

もしクラスメイトに見つかったら最後、村八分ならぬクラス八分に合うに決まっている。耐えるんだ、キンジ!

 

「し、銀華!嬉しいのはもうわかったから早く離れてくれ!」

「ごめんごめん、キンジ。クラスの人に見られたら恥ずかしいもんね」

 

危機一髪のところで離れてくれた。あぶねえ…

それにしても銀華、今日はやけに積極的だな。

 

「…で、どこに行くんだ?」

「クラスメイトに聞いたところにいこうと思ってるんだけどいい?」

「任せる」

 

俺はそういったんだが、後の俺はこの時何も確認しなかった自分をぶん殴りたくなったね。

 

クラスメイトにオススメされたらしい、武偵中から駅3つ分離れたショッピングモールについたんだが、ショッピングモールに来たのが初めてらしい銀華は買うわ買うわ。

金に任せてここからここまでっていう買い方するやつ初めて見たぞおい。

女子って買い物が好きなんだなって現実逃避を始める頃には俺の腕には大量の箱が積み上がり、カバンが大量にぶら下がっていた。

もう俺が持てないぐらい買った銀華は満足したのか、帰宅することとなった。銀華の家はここから徒歩圏内らしく、俺たちは歩いて銀華の家に向かう。

というか家近いなら1人で先に来とけよな…

 

「銀華、買いすぎたんじゃないのか?」

「確かに買いすぎたかも…」

 

日が落ち暗くなった夜道を2人で荷物を両手にたくさん抱え歩く。銀華も買いすぎたって自覚してるようだし、問い詰めるのはやめてあげよう。

 

「あとどれぐらいだ?」

「半分ぐらいは過ぎたと思うよ」

 

そんな会話をした時---

ダン!

バババッ!バババッ!

後ろから発砲音がすると同時に、銀華は手に持っていた荷物を放り投げながら拳銃をクイックドローして狙いもそこそこに発砲した。

 

「な、なんだ!?」

 

急な発砲音に俺は驚くことしかできない。

暗闇の中に見えたのは二桁に及ぶだろう人影。

 

「敵は約20人無力化1人。正面後ろの道ふさいでる。アサルトPDWなし、たぶん全員拳銃かそれ以下の武装。塀の向こうは一般人の民家だから巻き込むの考えて、塀越えるのはNG。どうするキンジ?」

 

銀華はもうそんな分析をしていたが小声でそう言われた俺は混乱しかしない。

というかなんで俺たち狙われているんだ?

それにこいつらはナニモンなんだ?

 

「おとなしくすれば手荒な真似はしない。女をこっちに渡せ」

 

そんな混乱の中、人影の中のリーダー格と思われる体格のいい男がそう言う。

奴らの要求から少し状況が掴めてきたぞ。

女は当然銀華のことだろう。

つまり奴らの目的は銀華ということか。

先制攻撃しといてその言い草はないだろう。

答えは最初から決まっている。

 

「先制攻撃しといてその言い草か」

「私がそう簡単に捕まると思ってるの?」

 

銀華はそう言いながら、最近授業で習った瞬き信号で逃げる(R A)と送ってきた。

流石にこの人数相手にするのはAランクの銀華でも分が悪いのだろう。

 

「手荒な真似はしたくなかったんだがな」

 

男がそういうと前から5人、後ろから5人突っ込んできた。拳銃を撃たないのは味方を誤射すること(フレンドリーファイアー)を避けるためであろう。

 

「キンジ、突っ込むよ!」

 

それをいうと同時に銀華は前方に一気に突っ込んだ。

銀華は同じく突っ込んできた敵にドロップキックをかましぶっ飛ばす。そしてその敵を足場に再び飛び上がり、空中で一回転しながらかかと落としを片足1人ずつ、合わせて2人の脳天にぶち込んだ。

こんな状況で言うことではないと思うけど、スカートでそんなアクロバティックな動きしたら中身見えますよ、銀華さん。

けど銀華のアクロバティックな動きによって相手が一瞬ひるんだ。今がチャンスだ。

 

「うおおおおおお」

 

俺はベレッタで威嚇射撃をしながら銀華と共に突っ込み……よし、相手の囲みを抜けた。

 

「何をボーとしている、撃て!」

 

リーダー格の男がそういうと…また撃ってきたぞ!?

いくつかの弾丸が身体の側を通過していく。

素人ではなさそうだがそこまでの腕はないようだ。

俺には弾は当たらなかったのだが…

 

「んぁっ…」

 

横の銀華から小さく悲鳴が声が上がり、走るスピードが低下する。まずいぞ…見た所、血は出ていないがたぶん防弾制服足を撃たれた…防弾制服を着ていると言っても、制服の上から食らう銃弾のダメージは飛び蹴りを食らう威力と言われている。足に当たったなら相当なダメージに違いない。

こっちの戦力のかなりの力を占めている銀華のとんでもない機動力を削がれたぞ…

 

「鬱陶しいなもう!」

 

そう1つ呟いた銀華は振り返りながら、93Rの二丁目をだし、二丁拳銃スタイルの三点バースト×2の圧倒的火力で相手の追撃を防ぐ。

銃声に紛れバチバチッ!と銃弾がぶつかる音が聞こえるほどの激しい撃ち合いが起こる。

 

「弾切れ」

 

流石に二桁の相手を1人で相手するには弾の数が足りない。銀華は弾が切れてホールドオープンした拳銃をしまい、俺の手を引いて再び逃げ出した。だがその走り方はやはり負傷したような走り方だ。

銃弾の射線から逃れるために裏路地に入り、右左と不規則に曲がり、鍵がかかってなかった古い倉庫の中に逃げ込んだ。

いくつか銃弾が扉に当たる音がするがすぐに発砲音は止んだ。

流石に無駄撃ちはしないか…

 

「ピンチだね」

 

少ししかめっ面をしながら銀華はそう言う。

外の奴らも銀華の強さを理解しているようで倉庫内での不意打ちを警戒して入ってくる様子はなさそうだな。人数差は歴然だからそう無理もすることも向こうとしてはないからな。

 

「というかあいつら何者なんだ?」

 

敵がわからないと対処のしようもないからな。聞いている場合じゃないかもしれないが敵を知るのは重要だ。

 

「たぶん、ヒトラーを未だ崇高してるナチの残党じゃないかな?上層部に私のこと気に入っている人がいるぽいんだよね。いつもお断りしてるのにしつこいんだよ」

「な…」

 

俺はその言葉に絶句してしまう。

ヒトラーはやったことはあれだが、類稀なるカリスマを持つ人物だ。

ナチス・ドイツはとっくの昔に解散しているが、未だ心酔してるものは少なくないと言われている。そんな奴らが日本にもいたとはな…

 

「お前よく今まで逃げてこれたな…」

「キンジがいなかったら全員叩き潰せたんだけどね。私が片方攻撃してる間にキンジがやられちゃう可能性あったからこうするしかなかったんだよ」

 

つまり俺を守るために銀華は気を使ったということか。自分の力の無さに悲しくなると同時に銀華に申し訳ないな…

 

「どうにかなるか?」

「うーん、今の私が全員倒すのは厳しいかも」

 

銀華は自分の足を指差しながらそう言う。やっぱり負傷していたか。

 

「この状況抜け出す策は2つある。1つは私が向こうの要求通り捕まる。 捕まっても抜け出すことはできると思うけどこれは最終手段にしたいね」

「もう一つは?」

「HSS」

「――っ!?」

 

俺は銀華が発したその言葉に驚くことしかできない。どうしてお前が知っているんだ…

 

「別に知っててもおかしくないでしょ。キンジと私は婚約者なんだし。それに、持ってるんだ私も。キンジと同じ体質、HSSを」

 

な、なんだと…銀華も俺と同じHSS、ヒステリアモードを持っているだと…

女版のヒステリアモードなんて聞いたことないぞ。けど銀華が言うことが本当だとするとこいつもあの状態になるとー

 

「キンジの想像通り、HSSが起こると別の人格みたいになるね。あの感覚はこの体質持ってる人しかわからない悩みだと思うし、キンジがHSSになりたくないのもわかるよ」

 

実体験のように言う銀華は……嘘など一ミリも感じさせない本気の目をしている。本当にヒステリアモードを銀華も持っているらしい。

 

「けど、現状打破にはこれしかないんだよね…HSSを使ってキンジが敵を打ち破る。でもこの作戦は全てキンジにかかっている賭け」

「賭け?どういうことだ」

 

2人でHSSになったら最強超人タッグが生まれるんじゃないのか?

 

「キンジのHSS状態は強くなるんだよね?」

「あ、ああ」

「でも私の、女版HSSは弱くなるんだよ。それもその辺のチンピラどころか、五歳児のちびっこにも勝てないぐらい『最弱』にね。だからこれはHSSで『最強』になるキンジにかかってるの」

「……っ!」

 

確かにヒステリアモードはそもそも『子孫』を残すためにといったもの備わっているものだ。その前提から考えても、男が女を守るために強くなり、女は守られるために弱くなるのは理にかなっている。

 

「無理にとは言わないよ。キンジに全ての責任を負わせたいわけじゃないし」

「銀華…」

「それにこれは私の問題だしね。キンジに付き合わせるのは筋違いなのもわかってる、でも…」

 

銀華は一回言葉を区切る。

 

「助けてほしい」

 

上目遣いをしながら銀華は懇願するようにそう言う。

そんなこと言われたらな…

 

「遠山家は先祖代々正義の味方なんだ。助けてほしいって言われちゃ断れないな。それに婚約者の悩みは俺の悩みでもあるからな。俺に任せとけ!」

 

男としてこう言うしかないよな!ヒスってもいないのにこんな臭いセリフがスラスラと言える自分がちょっと嫌だが。

 

「ありがとう、キンジ!」

 

そういって俺に飛びついてきた銀華が-

 

「---!?」

 

その時、自分の身に何が起きたのか、理解できできるまでに数秒かかった。

俺の唇に銀華の唇が押し付けられていたのだ。

銀華の張りのある唇から、俺の口に熱が伝わってくる。少し青みがかった銀華の長い銀髪の髪から、ふわ。

俺の鼻腔に、教室で匂ったのと同じ菊のような香りが忍び込んでくる。

銀華の全てが、今、世界の誰よりも近くにある。

 

 

ドクンッ、ドクンッと俺の心臓が止めなく暴れ、唇を離すと---なっちまったな。この血の巡り。体の中心・中央に太陽が生じたような熱い滾り。ヒステリアモードだ。

しかし、今まで経験してきたよりも強い。今の俺は、通常のヒステリアモードの30倍よりも強力な状態にあるのがわかる。

 

一方銀華は---

 

「今まで襲われて怖かったの、痛かったの…もう嫌なの…。助けて…キンジ…」

 

今までよりずっと愛らしく、愛おしさを感じさせる仕草で潤んだ瞳から涙をこぼした。

俺の腕を掴む力が…か弱い。

足はブルブル震え、内股にとざされ、怯えて…いる。

これは演技じゃない。演技でここまでできない。やっぱりこれはヒステリアモードだ。銀華は本当にヒステリアモードを持っていたのだ。

 

「銀華のお願いだったらなんでも聞いてあげるよ。だってそうだろう?銀華は俺のお姫様なんだから」

 

1つウインクしながらそう言うと、銀華は少し顔を赤くしたが、まだ両手の甲で目を拭いながら…ひっくひっくと泣き続けていた。

震え、怯え、男の征服欲を掻き立てるような異常な可愛さで。

もう普通の人間だったら、銀華のことしか考えられないだろう。

 

俺はそんな銀華をお姫様抱っこし倉庫の端まで移動させる。

 

「そこでいい子にしてるんだよ、銀華。そんな姿を他の人に見せて、俺以外の人が銀華に心を奪われたら俺は嫉妬で狂いそうだよ。だからその姿は俺だけのものにしてくれ」

「が、頑張って…キンジ…」

 

計算かわからないけど、俺から見て一番可愛い上目遣いの角度でそんなこと言ってくるの反則だね。ますます惚れちゃいそうだよ。

 

俺は倉庫の扉から飛び出すと、男達からの銃弾の雨のプレゼントだ。女性からのプレゼントはなんでも嬉しいものだけど、男からのプレゼントを貰っても何にも嬉しくないね。

普段の俺なら何にもお返しできないところだけど、今の俺はヒステリアモードだ。

そっくりそのまま返してあげよう。

 

拳銃の弾は当然、銃口が向いている方に線で飛ぶ。銃弾がいかに早かろうとその線上にいなければ銃弾には当たらない。そしてヒステリアモードの俺ならば、20本程度の線を避けるなど簡単にできる。

 

俺はその線を銀華のアクロバティックを真似るようにかわしながらベレッタのセミオートで相手の拳銃を狙い撃つ。通常時の俺ならともかく、今の俺ならこれも簡単にできることだ。銀華と同じような俺のアクロバティックな銃技で銃を弾かれた男達は

 

「な、なんでいきなり強くなったんだっ!?注意すべきはターゲットだけでお前は強くないはずじゃっ!?」

 

そんな声を上げる。

 

「俺のお姫様を泣かしたからさ。男は女の涙に弱いが場合によっては強くもなるのだよ」

 

そう言葉を返すとリーダーがキレたのか、1発銃弾を放ってきた。兄さん達が忘年会でやっていたように銃弾を銃弾で弾く『銃弾撃ち(ビリヤード)』をやってもいいのだが、あいにくベレッタはさっきの撃ち合いで弾切れ。

音速で飛ぶ銃弾すらスローモーションに見える世界でどうするかと考えていると1つの技を思いつく。普段の俺やいつものヒステリアモードでは無理だろうが、今の俺ならたぶんできる。

 

飛んできた銃弾に対して人差し指を向ける。そして人差し指の爪の先に着弾した瞬間、腕を弾と等速で引いて爪の先で受ける。それを受けながらその場でクルリッ、と後ろ回れ右をしながら、体重で弾の突進力を体重で相殺していく。360度の後ろ回れ右を終えると、

 

「銀華の力を得た俺に銃弾が効くとでも?」

 

俺の爪の先でリーダーが撃った銃弾がスピン運動をしながら静止直立していた。その銃弾はジャイロ独楽(ゴマ)のごとく回っているように見えるから、この技は言うなれば『銃弾止め(ジャイロ)』。

爪は人体の表面にあるものの中で歯についで二番目に硬いってことを知っといてよかったよ。銃弾をつかんでもよかったけど絶対熱いから火傷して水膨れになるだろうし、銀華には完全な状態の俺を見て欲しいからね。

 

「な、なんなんだよお前!?」

「ただの中学生さ、偏差値がちょっと低くて荒っぽい学校のな」

 

驚愕するリーダーの質問にそう答えると俺は相手に突っ込んだ。俺が初めに突っ込んだ男はナイフを取り出したが、蹴りでナイフを吹っ飛ばしその勢いを利用して、地面に手をつき体をコマのように回転させながら周りの敵を蹴り飛ばす。

 

「ぐわぁ…!」

 

一気に群がってきた5人を無力化した俺は次々に男達を無力化していき、残りはリーダーだけとなった。

 

「ゆ、許してくれ…」

 

リーダーは頭を地面に擦り付けるながら懇願する。

 

「お前らはなんで銀華を追う」

「し、知らない。今回ら上からの命令で何も知らされていないんだ!本当だっ!」

「そうか」

 

聞きたいことは聞けたのでリーダーを蹴り飛ばして気絶させる。ヒステリアモードは男には優しくないし、そもそも銀華を泣かせた奴らは許せないからな。

俺が無力化したやつをせっせと拘束していると、ようやく警察が辿り着いた。

 

 

 

 

 

後処理は警察に任せ、倉庫の中へと戻る。

そこには心配そうな顔をしていた銀華がいたが、俺のことを見つけると花が咲くような笑顔になった。

 

「ありがとう…キンジ」

 

ちょっと照れながら笑顔をで言ったお礼はさっきの泣き顔とのギャップもありすごい破壊力だ。これはまた銀華のことを守りたくなるだろうな。

 

「お礼は別にいらないよ。だってそうだろう?騎士が姫を守るのは当たり前のことだからね」

 

さっきの笑顔で再びヒステリアモードが強化された俺がそう答えると、銀華は俺の胸に飛び込んできた。

華奢だがしっかりと女らしい柔らかさを持った銀華の体を抱きしめているとすぅすぅと銀華が寝息を立て始めた。

男の胸の中で寝るなんて本当に男の庇護欲を掻き立てるね、銀華は。罪なもんだよ女のHSSも。

 

 

 

寝ている銀華をおんぶし、襲われさっき買った荷物が散らばっているところまで戻ったところで

 

(何してくれちゃってるの…ヒス俺!)

 

ヒステリアモードが切れた。

ヒステリアモード時に言ったこと、行ったこと思い出すと1つ1つが黒歴史だ。お姫様とか騎士とかキザすぎるにもほどがあるだろ…

あとなんで銃弾素手で止めてんだよ…兄さんに追いつきたいには追いつきたいけど、人間やめ人間になってさらば人類をするのはもう少し先でいたい。

 

(これから、どうすっかな…)

 

とりあえず目下の目標は散らばった荷物の回収だな。ヒステリアモードのことは…うん。忘れよう。

それはそうと、銀華、お前ほんと軽いな。おんぶしながらでも普通に動けるぐらいの重さだぞ。

だが俺としては軽いとはいっても再びヒステリアモードの爆弾となった銀華を下ろしたいんだがな。連続してヒステリアモードにはなりにくいといってもこんな爆弾を背負ってたらいつ爆発するかわからん。

 

「おーい、銀華おきろー」

「うにゅ……」

 

そんな声を出すと同時に銀華の体が震えた。

 

「え、あ…キンジ。ごめんごめん。すぐ降りるね」

 

そんな声が聞こえると同時に背中の重さが消滅する。振り向くと銀華が少し恥ずかしそうにしていた。

 

「ヒステリアモードは?」

「私のは切れたよ、キンジのも切れたみたいだね」

 

俺と銀華のヒステリアモードの終了時間はだいたい一緒ってことか。

始まりも倉庫での銀華とのキスからだから持続する長さも同じ…

…ま、まずいぞ

さっきの銀華との光景が一気に蘇りそうだ。

思い出すな俺!

また黒歴史製造機になりたいのか!?

 

「顔赤いけど大丈夫?男版HSSの副作用?」

 

首を傾けながら銀華が聞いてくる。俺は銀華の唇に注目しそうになり…

 

「な、なんでもない」

 

顔を大げさに逸らしてしまう。それを銀華は見逃すはずもなく

 

「なんでもないなら、どうしてそんなに顔を私からそむけるのかな?」

「そ、それはだな」

 

おかしい点を的確に突いてくる。

くそ、なんでおんぶしていた時は思い出さなかったのに今になって思い出したんだ。

銀華が起きたからか?

 

「ゴメンゴメン。理由は推理するまでもなく分かるけどね」

 

手を合わせて笑いながら謝るようにそう言った。こいつ…わかってて聞いたな。

 

「あ、そういえばこっちの私で言ってなかったね。助けてくれてありがとう、キンジ」

 

ちょっと真剣な顔に戻して銀華はそう呟く。

 

「お礼は別にいらないぞ。女を守って男が戦うのは義務みたいなもんだしな」

 

今日日こんな男女の関係は流行らないが、俺と銀華に限れば成り立つかもな。と俺が気にするなという風に答えると銀華はクスッと小さく笑った。何がおかしいんだ。今、そんな面白いこと言ってないぞ。

 

「普通のキンジもそんなこと言うんだね」

 

俺はその言葉に苦笑いを浮かべることしかできない。

ヒステリアモードが終わるとヒステリアモード時の記憶が残らない人もいるらしいが、どうやら銀華はちゃんと残るような人のようだな。

だが俺の黒歴史を覚えているということであり、俺的には記憶を完全消去してもらいたいんだがな…

 

「私の家寄ってく?」

「寄るには寄るけど荷物を届けたらすぐ帰るよ。少し眠いんだ」

「あ、それ分かる。あれなんなんだろうね?」

「脳を無理して動かすからじゃないか?」

「私は弱くなったんだけど…」

「泣き疲れたとかじゃないか?」

「乳児じゃあるまいしと思ったけどあの状態だったら乳児と変わんないかも…」

「あの状態だったらお前Eランクより下だよな」

「言うなればKランクとかじゃない?ドイツ語の子供って意味のkindからとったんだけど」

「英語でもkidっていうしな」

「キンジいつもより賢いね、もしかしてまだHSS残ってるの?」

「相変わらず酷えな…」

 

俺と銀華は腕にいっぱいの荷物を載せ、そんな話をしながら銀華の家に向かった。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

「ありがとうキンジ」

「おう、また明日な」

 

玄関で手を振ってキンジと別れる。そしてゆっくりと扉が閉まり、鍵を掛けた瞬間

 

(何をやってるんだ…HSSの私は…)

 

玄関にへたり込んでしまう。泣きじゃくって、抱きついて、寝てって、やりたい放題すぎる。HSSの本能で全部やったんだろうけどあんなので男性喜ぶのかなあ?

けどキンジは現に興奮してたようだし、まあいいっか。

 

それにしてもHSSキンジはすごかったね。普通のHSSは思考力・判断力・反射神経などが30倍になるはずだけどキンジの今回のHSSは45倍ぐらい出てなかったかな?

こっそり見てたけど、銃弾を素手で止めたのは流石に笑いそうになったね。あれは私でもできないなあ…

 

それに玄関でへたり込んでる場合じゃないんだ。次の行動を起こさないと。

気合を入れて、立ち上がり電話の元へと向かう。掛ける相手はこの前と同じ相手。長いコールの後ようやくかかった

 

「もしもし、カッツェ?」

「おう、紅華か。風邪か?ちょっと声変だぞ」

 

あ、しまった声変えるの忘れてた。風邪のふりしてこのまま隠し通そう。

 

「そうなの。今忙しかった?」

「少し取り込み中でな。少しなら大丈夫だ。それでこの前の件は首尾よくいったか?」

「失敗しちゃった。ごめんね。あと拘束された実行メンバーはどうする?」

「お前が失敗するって珍しいな。悪いがアタシ達の情報が漏れないように処分しといてくれないか?」

「了解、またイ・ウーで会おうね」

「ああ、じゃあな」

 

カッツェが忙しそうなのを感じ取り、短めに電話を切る。

今回の襲撃はもちろん自作自演だ。ナチスメンバーに私の拘束を指示し、不意打ちを受けやすいように荷物で私やキンジの手を塞ぎ、わざと私が負傷してキンジが戦わなければいけない状況にするというのが私のプランだった。

カッツェには失敗したといったが、私的にはキンジの実力が見るという目標が達成できて大成功だね。

HSSがどれぐらい嘘を見破る力があるかわからなかったから嘘はついてないし、それも上手くいった。実際カッツェからナチス残党へのラブコール受けているのは事実だし。

 

あとは後処理か。

私は服を脱ぎ、銀華から紅華へと変わる。服を脱ぐのを忘れると身長が変わるからサイズが合わなくなるからね〜。

銀華から紅華へはぶかぶかになるぐらいだから問題ないんだけど、紅華から銀華へは服がパツンパツンになっちゃうからどっちに変化するにしても服を脱ぐのを忘れないようにしているんだよね。

 

髪や目が紅色の紅華になった私は服を着て

 

「さあ、やりますか」

 

再び夜の世界に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『銃弾撃ち』
原作3巻初出、敵が撃ってきた弾に自分の弾を当てて逸らす技であり、ヒステリアモードの基本技。こんなことを忘年会でやる遠山家は異常。

『銃弾止め』
伊藤マキリの技、原作25巻初出。銃弾に体重かけるって物理法則どうなってんだってツッコミはNG。銃弾を素手で無効化するすごい技なはずなのに、キンジが似たようなの技を大量に持っているのと他のメンツの披露した技がインパクトありすぎて影に隠れがちで地味な技。
銃弾無効化系では一番かっこいいと思うんだけどなあ…


あと戦闘シーンの模写難しいですね…


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第4話:3人の美女

日常回


俺たちが男たちに襲われて約1ヶ月経った6月末。俺たちは再び襲われることなく、平和……とは言えないが普通の日々を過ごしている。

目下の課題と言えば勉強が少し遅れ気味なのと、友達がいないってことか。

特に昼休み。これが意外とキツイ。

まずクラスに居場所がない。俺と銀華がツーマンセルで歩いているのを見たクラスメイトの、特に男子が俺へ嫉妬の目線を送ってくるからな。鬱陶しくて仕方ない。銀華とツーマンセル組みたいなら銀華にそういえよな。あいつだったら、頼めば組んでくれると思うぞ。

 

なのでここ最近の昼休み、俺はほとんど人が来ることがない屋上の給水タンクが作った日陰に腰を下ろしている。夏前だからちょっと暑いが我慢だ我慢。ジロジロ嫉妬の目で見られるより少し暑い方が無限倍マシだからな。

昼食を食べ終え、少しうとうとしていると…

俺の聖域(サンクチュアリ)・屋上にも誰かが来てしまった。ここからだと見えないが足音と声で何人かの女子とわかるな。

 

「遠山ってさ…」

 

あれ、俺の話をしているぞ

どこかに退散した方がいいか?でもここから動くと見つかっちまう。

フェンスを乗り越えてワイヤーで降下(リベリング)してもいいが乗り越えてる間に音とかでバレるかもしれん。

向こうからも見えてないみたいだし、大人しくしとくか。寝たふりでもして。

 

「銀華と付き合ってるのかな?」

 

付き合ってる?この前の買い物には付き合ったし、時々家での体術の稽古にも付き合ってもらってるな。一回も勝ったことないけど。

 

「2人で帰ってるの見たって人たくさんいるし、やっぱり付き合ってるんじゃない?」

「でも、銀華と遠山の距離見ると付き合っているというより銀華がアタックしてる感あるよね」

 

アタック?確かにあいつは脅しでよく身体スレスレのパンチとかを撃ってくるがな。それのことだろうな。

 

「いっそ聞いてみたら?」

「無理無理。もし聞いて、銀華が怒ったりしたら何やられるかわからないじゃん。触らぬ神に祟りなし」

 

お、すごいな。あいつ怒らすととんでもなく怖いからな。入学前の俺より危機管理能力あるぞ。

ていうか女子って陰口よく話すんだな。銀華でもあんなこと言われるなら俺とかその数千倍ぐらい悪口言われてそうだ…

 

「銀華で思い出したけど、期末テストの勉強どうする?初めてのテストだけど」

 

すごい思い出し方したなおい。銀華=勉強って繋がるってるのか。俺は銀華=女だけどな。まともに喋れる女子はあいつしかいない。というかもう直ぐ期末試験か…

 

「ノー勉でいいでしょ。小学生の時のテストみたいなもんだろうし」

「私は少し勉強しようかなって思ってる」

 

兄さんが言うには小学生の時のみんな100点の道徳的なテストと違って、順位を出すためのテストらしいから勉強しないとやばいらしい。実際の順位も張り出されるらしいし、勉強しないとな…

 

 

 

 

 

 

 

「火山の溶岩には3つの種類があって、1つは雲仙普賢岳のような粘り気が大きい火山。この火山は粘り気が大きいからあんまり地面を流れないで、ドーム型になるんだよね。粘り気が大きいから一気に溜まって爆発して、噴火の様子は激しいんだよ。2つ目は富士山のような…」

 

ということで俺は銀華に教えを請い、放課後遠山家で2人のプチ勉強会が開かれている。兄さんはまだ学校で、爺ちゃんは競馬、婆ちゃんは生花教室とかで家には2人っきりだ。家で2人っきりになるのは初めてだな。

そして、やっぱり銀華は教えるのが上手い。様々な例を交えながら教えてくれる。それも一般科目、専門科目の両方だ。

近接戦闘も強いしマジでお前弱点無いな。

弱点しかない俺とは両極端な婚約者だぞ。

そのまま2時間ほど勉強し、日が沈んで外が暗くなった頃、プチ勉強会はお開きとなった。まあ俺がずっと教えてもらうだけだったがな。

 

「キンジは後期、強襲科以外の専門科目とるつもりないの?」

 

勉強用具を片付けながら銀華がそんなことを聞いてくる

 

「ないな。強襲科で手が一杯だ。それにお前みたいに賢くないから全部中途半端になってしまう」

 

武偵として一番ダメなのは何も特化していない器用貧乏なことだ。そういう武偵はどんな場面でも活躍しにくいし、どの役割もこなしにくい。なので武偵中や武偵高では何か戦闘や通信、運転などの1つを特化させることを目標に教育をしている。

まあ目の前に例外がいるんだが…

成績優秀者であるところの銀華は強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)衛生科(メディカ)の専門科目を取っている。

ちょっとそのスペック分けてくれませんかね…

 

「キンジはHSS使えば賢くなるんじゃない?元々が0でなければ30倍になれば十分でしょ」

「ヒステリアモードの時限定だが、物を覚える技があることにはあるが、あれは使用を禁止されているんだよな…」

 

あの技は兄さんとキャッチボールをしている時に偶然見つけた技だが、使用を禁止されているんだよな。使えたら便利だろうに。

とそんなこというと銀華が頬を膨らませた。そんな顔をするの珍しいな。というかこの顔を見るのは2回目だ。1回目は初めてあった時の別れの時。

 

「どうしたんだ?」

「やっぱり男のHSSずるくない?私のHSSと取り替えて欲しい」

 

どうやら銀華は自分のHSSが弱くなるってことが気に入らないらしい。

まあ……そうだろうな。俺の場合強くなるからまだ許容できるが、銀華の場合HSSになることになんのメリットもない。

だけど通常時は俺のヒステリアモードかよってぐらい銀華は強いから問題ないとは思うんだがな。

 

「まあ、危なくなったらまた守ってやるからそれで勘弁してくれ…」

 

そんなことを言うと銀華はピキッと固まった。そして顔を少し赤くして下に向いた。なんだその反応は。

 

「キンジ、素面でもそう言うこと言うんだね?」

「どういうことだ?」

 

俺がそう返し、銀華がそれに返答しようとした時、

--ピンポーン

家のチャイムがなった。爺ちゃんは競馬の後は帰り遅いし、婆ちゃんも食べてくるから夜ご飯は作れないからどうにかしてっていう書き置きがあったからな、時間的に見て兄さんか宅配業者だろう。

 

「私出てくるから、キンジは片付けしといて」

「あ、ああ。わかった」

 

俺が立とうとするのを先んじて銀華が抑える。

トタトタトタと早足で銀華が玄関まで行く。

銀華がガチャリッと鍵を開け、ガラガラっとドアを開ける音がした後、

 

「どちら様でしょうか…?」

 

そんな銀華の困惑した声が聞こえた。あれ?兄さんじゃないのか?

いや、違う。

もしかして、まさか!?

(やっぱりか…)

帰ってきたのは兄さんで間違いはなかった。

 

「あら、そういえば初めましてね。私は遠山カナ。キンジの姉よ」

 

しかしいつもの男の姿ではなく、兄さんが女装した姿、カナと呼ばれる姿だったのだ。

銀華はたぶん兄さんから何も聞いていないだろうし、俺が説明しないとな。

 

「ああなるほど、キンジのお姉さんですか。これは失礼しました」

 

って納得するのかよ!

ていうか銀華は、俺の家族構成、知ってるはずだろ。

そんななぜか納得した銀華をカナはどういう構造か知らないし知りたくもない大きな胸で抱きしめた。

 

「私、ずっと妹が欲しかったのよー!可愛い妹ができて嬉しいわー」

「私も一人っ子なんでお姉さんがいるのに憧れあったんですよ。これから宜しくお願いします、お義姉さん」

「そんな堅苦しくなくていいわよ。私のことはお姉ちゃんでもカナとでも呼んでくれればいいわ」

「じゃあお姉ちゃんで」

 

銀華にお姉ちゃんと言われたカナは嬉しそうにしている。カナともう仲良くしてるのみるとやっぱり銀華、コミュ力や社交性カンストしてるだろ。

 

立ち話もなんだしということで居間に移動する。その時後ろから2人を見たんだが、マジでカナと銀華の雰囲気そっくりだぞ。本当の姉妹に見えるぞ。実際のところは姉妹ではないし、いうとしても兄妹だけどな。

居間に入るとカナと銀華が女子ぽいトークを始めてしまい、自分の家なのに居場所がねえ。などと思いつつ、しばらく黙っていると銀華が立ち上がったので

 

「どこに行くんだ?」

と俺が聞くと

「お手洗いに」

「あー…うちは和式だぞ。使えるか?」

「何回も来てるんだし知ってるよ」

 

一応アラートしてやったところ、頷きながらそういった。

そして、銀華の足音が遠ざかると、

 

「ダメよ、キンジ。自分の婚約者に気を使わせちゃ」

 

ふぅとため息をついたカナはめっ、という感じで俺の額をつついてきた。

 

「どういうことだ?」

「気づいていなかったのね、キンジ。銀華はキンジが会話に入れなくて居場所がないのを見て、キンジが私と話しやすいように席を外したのよ」

 

ま、まじかよ。居場所がねえとは思っていたけど顔には出してねえぞ。

 

「どうせキンジは顔には出してないと今思ってるでしょ。キンジは自分が思ってるより顔に出やすいのよ。ポーカーフェイスも練習した方がいいと思うわ」

 

銀華にも似たようなこと言われたな。1人ならともかく2人に言われたってことはその通りなのだろうし、直さないとな。

 

「キンジ、銀華のこと傷つけてない?お姉ちゃん心配なんだけど」

「だ、大丈夫だと思うぞ。たぶん」

 

傷つけてることはしてないと思うが、男子ならともかく女子が何言われて傷つくのかぶっちゃけわからん。

 

「銀華でHSSには?」

「……」

 

そう言われると向かいに座るカナに返す言葉はない。実際ヒステリアモードになったしな。

 

「思っていたより、ませてたのね。キンジも。でも、まだ銀華とそういうことしちゃダメよ?一応婚約者とはいえ、まだ中学生なんだから」

 

そういうことがなにを指すのか分からないが、このまま聞いてもまた問い詰められるだけなのでお口にチャック。

 

「そ、そうだ。この前銀華でヒステリアモードになった時、いつもより力が増す気がしたんだがどういうことなんだ?」

 

ヒステリアモードを医学的に一番研究してるのは兄さん、つまりカナである。兄さんの時に聞くのは弄られるのが嫌だったから聞けなかったのだが、カナモードの時に聞こうと思っていたの忘れてたぞ。

 

「ていうことはもしかして銀華もHSSを持っているのかしら?」

「あ、ああ…」

 

あまりに確定した事実のように言われ、誤魔化すことができなかった。

 

「聞いた私が言うのもなんだけど、武偵として、仲間のプロフィールを明かすことはしてはいけないことよ」

 

カナがちょっと怒ったように言う。確かにこれは軽率だった俺が悪いからな。肝に銘じよう。

 

「…それで銀華がHSSを持っているならキンジがなったHSSはノルマーレの上位派生版、ヒステリア・リゾナね」

「ヒステリア・リゾナ?」

 

ヒステリアモードには上位派生版があることは知っている。兄さんのこのカナモードも上位派生したヒステリアモードだしな。

だけどリゾナって名前は初めて聞いたぞ。

 

「ヒステリア・リゾナ。HSSを持つ男女同士がお互いにお互いでHSSになると発動するモード。HSSを持つもの同士が共鳴(リゾナンス)するように男のHSSはより強く、女のHSSはより弱くなるのよ。だいたい倍率はノルマーレの30倍の1.2から1.5倍。互いの相性やHSSの才能でこの倍率は変化するわ」

 

この前の時の倍率は45倍ぐらいな気がしたし、相性が良かったのかもな。

 

「HSSは血が近すぎると発動しにくいし、かかりが悪い特性があるから、兄妹とかではこのモードは発動しない。だからこのモードは夫婦のHSSと言われているわね」

 

確かにこのリゾナがあるのならヒステリアモードを持つもの同士が夫婦になるのは普通の考えであろう。男性は当然にしろ、女性も強い男性に守ってもらえるんだからな。

 

「リゾナの副作用とかはあるのか?」

「ないわね、ノルマーレの強化版と思ってくれればいいわ、あと…」

 

カナが言うか言うべきか迷うような仕草をしている。カナがそんな仕草見せるの珍しいな。

 

「あんまり銀華を怒らせない方がいいわよ。特に女性関連で」

 

確かに銀華は怒らすと怖いからな。だが女性関連というのはどういうことだ?カナはこれで終わりという顔をしているし、聞くこともできん。

そんな空気が少し続いたがその静寂を破ったのは

 

「お茶いれたいんだけどお茶っ葉どこにあるの、キンジ?」

 

お手洗いから帰ってきた銀華であった。お茶っ葉は台所の棚にあるのだがいささかわかりにくい位置にあるからな。たぶん知らないとわからん。

 

「ちょっと待ってろ」

「お姉ちゃん、キンジ借りるね」

 

俺が立ち上がるのを見てそういう。

カナがその言葉に手を振り返す姿を後ろ手に、俺たちは居間から台所に向かう。

2人っきりになった今、兄さんの説明するチャンスだな。

 

「銀華、そのだな。カナはな…」

「お兄さんの女装した姿でしょ?」

「………流石だな…」

「流石って褒められることはしてないよキンジ君。これは初歩的な推理だしね。見た目は別人だけど身長や体重はお兄さんと一緒で変わってなかったから見分けるのは簡単だったよ」

 

言葉と違い、鼻高々という風に銀華がそう言う。だけどいまの話に気になる点がある。

 

「身長はわかるにしろ体重はどうやってわかったんだ。武偵は身体的な情報を公開しないものだし、それ以前に初めてみるカナの体重なんて知り得ないだろ?」

 

いかに銀華が優秀であろうとみるだけで人の体重をわかるスーパーコンピューター並みの頭を持っているとは思えない。

 

「別に難しいことはしてないよ。この程度の初歩的な推理できて当たり前なんだから」

 

初歩的な推理とまた来たか。これは武偵のイメージとなるほど有名な名探偵、シャーロック・ホームズの口癖だぞ。銀華はホームズの口癖をよく使うし、もしかしたらファンなのかもしれんな。

 

「どうしてお兄さんとカナが同一人物だとわかったか、順に説明してあげるよ。キンジは私がお兄さんの体重の情報を持っていない筈と言ったけど、それは間違い。人は常にたくさんの情報を発信しながら動いている」

 

探偵のような口調で、銀華が俺に読み聞かせるように語る

 

「まずは足音」

 

足音…?

 

「鍵を開けて家に入る時の足音の響き方からお兄さんと同じぐらいの体重とおおよそわかる。身長は見たまんまだよね。だけどまだこれだけじゃ女の人かもしれないし、最初私もそう思ってた。次の情報は手」

 

手…?

 

「手の大きさなどは変えれないものだし、男性と女性では大きな差があるんだよ。女性は人差し指が薬指より長いけど、男性は薬指の方が人差し指より長いことが多い」

 

ほらっという風に銀華は手を見せてくるが、本当だ、人差し指の方が長い。一方俺の手は薬指の方が長い。こんな簡単な男女の差があったとはな。

 

「これだけじゃまだ8割ぐらいで、確定まではしなかったけど、お兄さんと同じような足をあんまり上げなくていつでも回避できるような歩き方で9割、抱きつかれた時に昔の銃特有の火薬の匂いで9割9分。キンジのお姉さんと言われてもキンジが別に困惑をしてないのをみて確信したって感じかな。姉がいないってことは知ってたしね」

 

やっぱり頭いいな、銀華は。ちょっと回りくどい感あるが。

それから2人で3人分のお茶を入れ、居間に戻って座った時、

 

「そういえばキンジは女装しないの?」

 

と銀華が悪魔のような質問をしてきた。

ないないないない!俺にそんな女装癖なんてものはないぞ。絶対に女装なんかしないからな!

 

「考えつかなかったわ…そうすれば妹が2人に…フヒヒッ」

「キンジも女装すると絶対美人さんだと思うんだよ〜」

 

ってカナもその気だし、これはまずい。このままではこの変態姉妹からへんなことを仕込みかねない。それこそ女の喜びみたいなものを。そうなる前に逃げるしかない!

(あれ?)

いつの間にか足が机の下で銀華の足によってロックされている。

 

「逃げられると思った?」

「女の子の気持ちがわからないなら一度女の子になればいいのよ、キンジ」

 

妙に笑顔で俺をロックしている銀華と、何処からか取り出したのかすでにロン毛のズラを手にしているカナの変態姉妹。

 

「やめてくれえええええ」

 

そんな悲鳴が部屋に響き渡るがそんなことで2人は止まるわけもなく……

 

 

 

 

 

10分後

 

「うわぁ、マジでキンジ美人さんね。才能あるよ。たぶん女装の神に選ばれし人だよ」

 

なんなのその神。

 

「妹が一気に2人に…人生で一番嬉しいわ」

 

兄さんのこれまでの人生、もっと嬉しいことなかったんか。

 

「………」

 

気分を害した俺がうなだれるが横で盛り上がる2人。カナに着替えさせられてなんと昔カナが着ていたスカートまではかされてる。

ウィッグ取ろうとしたら2人とも銃で脅してくるし、どうすることもできん。

手鏡で自分の顔を見せてくるが、見えますよ。少し目つきの悪い黒メーテルが。

 

「お姉ちゃんみたいな名前どうするのキンジ?」

「いらん。こんな黒メーテルみたいなのに会う名前なんか思いつかんしそもそもいらん」

「じゃあクロメーテルでいいんじゃないかしら」

 

カナも雑だなおい。まあ金の読み方を変えてカナって名前にした時から名前つけるのは雑ってわかってたことだけどさ。

 

「はい、じゃあクロメーテル。女の子同士稽古しましょう」

 

2人に銃を突きつけられ、姿見の前まで連行されたキンジ改めクロメーテルさんはー

うっわ、目をウルウルさせてて超かわいい。死にてぇ。

 

「はい、笑顔」

 

……こうかな?うわ、クッソ可愛い。

 

「はい、恥らう仕草」

 

…こ、こう?なにこの美人さん。自分でドキッとしちゃったよ。

というかこれ極めれれば女性との接触なしにもヒステリアモードになれるんじゃないのか?なれたらカナさんと銀華さんとで姉妹婚約者でキャッハウフフだね。おっと衝動的に舌を力いっぱい噛みそうになった。

 

 

 

その後2人にいろいろやらされた後、ようやく解放された…疲れた…

 

「キンジ本当に美人さんだったね。驚いたよ」

「本当にお前のせいで酷い目にあったんだからな」

 

ゴメンゴメンと銀華は笑っているが俺的には笑い事じゃないぞ。婚約者を女装させて喜ぶって業が深すぎるだろ。一般的な婚約者がどんなんかわからないけどさ。

 

「キンジは女装ではHSSにならないんだね。まあなったらなったで自信無くしちゃうけどね」

「どういうことだ?」

「だって普段こうやって接してるのに、キンジがHSSになったのはあの時の1回でしょ?キンジがもし女装するだけでHSSになれるなら私に魅力がないってことじゃない?」

 

確かにお前の前でヒスったのは1回だが、あの後お前で何回か思い出してヒスったんだがな。だがそんなこと言うことはできん。

 

「お前でヒスらないうちはクロメーテルではヒスることはないと思うぞ」

 

たぶん。

 

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃんキンジ」

「まあ一応婚約者だしな」

 

 

そんなことを銀華と話しながらカナが作る夜ご飯を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな大好きクロちゃん

クロメーテル
原作16巻初出、キンジの女装した姿。各国にファンサイトがあるほど人気であり、武偵高に一時期在籍していた。そのためクロメーテルがいなくなった後、武偵高ではクロロス(クロメーテル・ロスト)という言葉が流行語となった。


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第5話:魔女の夏休み

カナ+デート回



期末テストも終わって夏休みーー学校に行ったことが今までなかった私にとっては初めてな経験の訳だけど。

日本でやりたいこともあったけど、私はイ・ウーに帰省している。もちろん紅華の姿で。

今日は任務もないし部屋でのんびりすることにした。

学校の宿題とかもあるけどほんの少しだし、私にとっては簡単すぎるものだからね。

ちなみに私の部屋はイ・ウーの最深部。これは私の銀華モードがばれないようにとのことで父さんが用意してくれたものなんだよ。

私の部屋にあるのは勉強するための様々な専門書と銀華紅華の二種類の服が入ったクローゼットのみ。クローゼットには鍵がかかっており、私の指紋認証でしか開かないようになっている。

というかイ・ウーにいてもやることなくて暇だね。学校がある時は授業があるし暇じゃなかったし、休みはキンジがいたから遠山家に遊びに行ってたんだけど、それがないとなると暇だよ。イ・ウーから離れるまではこんな気持ちなかったんだけどなあ。

 

(キンジ元気かなあ…)

暇でやることがないと考えるのキンジのこと。ここ4ヶ月は一緒にいることの方が多かったしなあ。

……ってこれじゃあ私がキンジにゾッコンみたいじゃない!婚約者だけどそんなにまだゾッコンってレベルじゃないよ、たぶん。

そういう風に私がベッドで悶えていると部屋がノックされる。

 

「お休みのところすみません、紅華様。今お時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫だけどどうしたの、リサ?」

 

ベッドからでて服を正し、部屋のドアを開ける。ドアを開けると……いたのは予想通り、長い金髪を持ちメイド服で身を包んだリサだね。リサは見た目の通りイ・ウーのメイドであり、それに加えて会計士を担当している。

 

「パトラ様とカツェ様が上でお待ちです」

 

つまりリサは伝言係として使われたのだろう。まったく自分で来るのがめんどくさいからって、リサを使わせるなんて酷いもんだよ。

 

「わかった、すぐ行く」

 

ありがとうと一言リサに言って、私はカツェとパトラに会うために上に向かう。

こういう時は最下層に部屋があるのはめんどくさいね。数分歩いてようやく目的地の部屋に辿り着いた。ドアを開けるとリサの言ってた通りの2人がお出迎えだ。

 

「やあ、2人とも久しぶりね」

「しばらくだったな、紅華」

 

部屋の中にいたのはいつもの魔女帽を被り眼帯をしたカツェと

 

「妾も紅華がいないから退屈しとったぞ」

 

ツンと高い鼻と切れ長の目の、おかっぱ頭の美人のパトラだね。相変わらずへそ丸出しっていう寒そうな格好をしてるけど風邪引かないのかな?

 

「まあ、私もいろいろあったんだよ。それで早速だけど本題は何?」

戦争(クリーク)だ」

 

またか…まあこのメンバーが集まったならそれしかないと思ったけどさ。

 

「相手は?」

「バチカンじゃ」

 

いつもの。実はバチカンと戦争する(やる)のはこれ含めて3回目。

私たち主戦派の魔女とバチカンはすこぶる仲が悪いんだよ…

メンバーはカツェ+私が1回目からの皆勤賞。まったく嬉しくない皆勤賞だけどね。

 

「私あいつとやるのもう嫌なんだけど。あいつのバフ能力だるすぎ」

 

私が指すあいつとはメーヤ・ロマーノ。彼女の2つ名は祝光の魔女であり、能力名は幸運強化。

どういう能力かというと戦闘に関わる運を限りなく上げるものであり、奇跡と思われる偶然を必然にする能力といえばいいのかな?

それに加えて、仲間にもメーヤ本人ほどではないけど幸運強化のバフはかかるから、こっちの銃がいきなり弾づまり(ジャム)ったり、弾が偶然外れたりとこっちにとっては悪運が続くんだよね。まじであの能力だるすぎる。

 

「そういうと思って今回は特別ゲストを用意したんだぞ」

「妾がじゃの」

 

自信満々に言うカツェとそれをジト目で見るパトラ。私はそんな2人に連れられて別の部屋に移動する。その部屋にいたのは

 

「あれ、セーラじゃん。会うの一年ぶりとかじゃない?」

「先生、久しぶり」

 

射撃練習をやめこちらを見る目はコバルト色のジト目。長いストレートの銀髪。孔雀の羽をあしらった鍔広の洒落た帽子。特徴的なのは左手に携えた、本人よりも大きい長洋弓(ロングボウ)。孔雀の羽のように矢を広げて収めた矢筒も携えている。彼女はセーラ・フッド。ロビン・フッドの血を引いたスコットランドの魔女で2つ名は『颱風(かぜ)のセーラ』。2つ名の通り風を操る魔女なんだよね。

ちなみにセーラが私のことを先生と呼ぶ理由は、セーラの大好きなブロッコリーの品種改良や育成の仕方を教えて上げたら先生と呼ばれるようになったわけ。

 

「紅華が来ないと金積んでもセーラは来ないって言うしな、お前を誘ったわけだ」

「その金を出したのは妾じゃがの」

「あはは…」

 

セーラを雇うのはかなりの額必要なんだよね。8桁は確実に下らない。雇ったらとても信用できるけど、雇わなくて共闘する時は気分屋だから、あんまり言うこと聞いてくれないし私を呼ぶのもわかるね。私とはよく組んでくれるし、セーラと一番イ・ウーで仲がいいのは私だから。

 

「それでこの4人でローマのバチカンに攻め込むってわけ?」

「そうだ。このメンバーならあの憎っくき巨乳女もやれるぞ」

「カツェ、嫉妬心丸出し」

「それは言っちゃダメたよ、セーラ」

 

私の言葉にかしこまりという風なポーズを無言でセーラは取る。こういうところあるのが、セーラ可愛いポイント。

 

「そ、そんなことねえし!別に嫉妬なんかしてねえよ!」

「妾は早く作戦を決めたいのじゃが…」

「そ、そうだパトラの言う通りだ。アタシが考えた作戦はな…」

 

誤魔化す風にカツェは喋り始めた。

今回の作戦は成功するといいなあ…

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

私、遠山カナは夏休みを利用してイタリアに来ている。観光だけを目的として来ているわけではない。私はいつかどこか日本以外の武偵高に留学して見解を広げたいと思っている。これはその一貫でイタリア、ローマ武偵高を見学しに来たというところなんだけど。

まあ、今日はローマ市内を観光してるわけだけど……おかしい。

ローマ市内を台風のような暴風が吹き荒れている。これが自然なものではないことはもし仮にHSSになっていなくてもわかったはず。

その風に乗って、何かが飛ぶのをヒステリアモードの目が捉えた。

(矢……だがそれだけじゃないわね。先端に何かついているわ)

その矢が目の前の教会に着弾すると同時に

ドンッ!

爆風を起こし教会を揺らした。

あのサイズでこの威力を出せるってことはウルチタン爆薬(CL-20)。TNTの1.9倍の威力を誇る最新の高性能爆薬。

 

敵襲(インカシオネ)!」

 

教会の中からそんな声が聞こえる。

何か訓練とかではなさそうね。

もう一度空を見ると、次々に烈風に乗って爆薬を搭載したミサイルのような矢が誘導弾のようにカーブしながら教会に飛来しているところだった。

(正義の味方の遠山家のものとしては見過ごせるわけないわ)

私は銃弾撃ち(ビリヤード)ならぬ矢撃ちで矢を迎撃しようとしたが…

(何!?)

それを先読みしたように吹いた旋風が矢を煽り、矢が弾を避けて上昇して私の銃弾を躱した。

私の迎撃を躱し教会に命中した矢は再び爆発石の壁を崩し始めた。

そしてその爆発が終わると…

(変わったものがいるわね)

教会をイヌ頭(アヌビス)トリ頭(ホルス)ワニ頭(セベク)といったエジプトの神々を模した異形が取り囲んでいる。その異形は多い。五十体じゃ効かない数だ。その異形はナチスの野戦服を着て斧や拳銃を持って教会に攻め入ろうとしている。

 

(私を無視するとはいい度胸じゃない)

 

私はコルト・シングル・アクション・アーミー(ピースメーカー)不可視の銃弾(インヴィジビレ)を放ち、その異形を撃ち抜いていく。

その異形は撃ち抜かれると砂のようになった。これが砂人形(ゴーレム)というやつか。初めて見たわ。

入り口を塞いでいるゴーレム兵を拳銃で蹴散らしつつ、教会内に入ると…シスターと思われる女の子たちがゴーレム兵を先ほどの矢で空いた穴から入ってくるのを防ごうとしているところだった。私はシスターたちを助けるためにさっきと同じようにゴーレムを処理する。

そんな光景を見て他のシスターより金糸の刺繍も多い白衣を来た金髪の女性が教会の奥から走って来た。

 

「ここは危険です!早くお逃げになってください!」

 

そんなことを日本語で言ってくる。私が日本人に見えたからそうしたのかも。

 

「こんな危機的状況見逃せるわけないでしょ。私にもこの状況を撃ち破るの協力させて貰えないかしら?」

 

そんなことがいうとそのシスターは目をパチクリして驚いた後

「神よ…」

という風に呟き

 

「私はメーヤ・ロマーノと申します。貴女は?」

「私は遠山カナ。好きで正義の味方をやってるからよろしくね」

「カナ。貴女と会えたことを感謝します。貴女に幸運あれ」

 

そんな風にメーヤは小さく祈りながらいうのであった。

 

 

 

 

「それで相手は誰なの?」

砂礫(されき)の魔女『パトラ』と颱風の『セーラ』と思われます」

「目的は?」

「私への私怨じゃないでしょうか?………………」

 

私が拳銃で入り口から見て左のゴーレムを、メーヤが大剣で右のゴーレムを対処しながら情報交換をする。最後の言葉の後にあのゴキブリどもめとHSSの耳が捉えたんだけどシスターがそんなこと言うわけないから多分幻聴だろうな。幻聴と思いたい。幻聴だといいなあ。

そんなことを話しながらあらかたゴーレムは片付けた。別にそんな強いわけではなかったわね。

 

「救援ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ。このぐらいお安い御用…よ?」

 

何かしら?地面が揺れているような感じがする。その揺れが大きくなっている気がする。目の前のメーヤの魔術ではないようね…

 

「地震?…」

「爆発?…」

 

日本人とヨーロッパ人では微震に対して思うことが違うらしい。そんなことをハモった私はとメーヤだが--どうやらどちらも違うようだ。外の様子がおかしい。

なんだ、あれは?地面から何か生えて来ている。

それはこの教会を取り囲むように大きくなっていき……荊の壁を作り出した。これじゃあこの壁から抜け出すこともできない。

 

「……荊棘(いばら)の魔女……『荊棘の紅姫(ソーン・プリンセス)』…っ!」

 

青ざめたメーヤがごすんっ!

大剣を落とした。私たちをここに荊の壁で閉じ込めたということは…

 

「きたわね」

 

不自然に濃い霧が漂っている入り口から、3つの人影が現れた。

 

「よお、メーヤ。アタシたちのプレゼントはどうだった」

 

まず最初に霧から出てきたのは全身を覆うようなナチスの黒制服を来た少女。

 

「妾の使者が思ったより早くやられたのう。横のお主がやったのか?」

 

次に出て来たのは肌も露わな古代エジプトの衣装を着て立つ美女。

 

「あれ?…なんでいるの?」

 

最後に出て来たのは小学生のような姿に年相応な可愛い服で身を包んだ紅色の髪を持つ少女。

 

この3人が現れた途端、俺たちの回りのシスターが怖気づいている。そんな中、ごすんっ!

喝を入れるように重厚な金属音が鳴り響いた。

 

「うろたえてはなりません。乙女たち。魔女を前にして下がったものには、私が神罰を与えますッ!物理的に!」

 

イタリア語でそう叫んだメーヤはぶうん!

私の横で空気を切る音を上げて大剣を振り回している。どちらかというと3人よりも部下を威嚇するようなムードで。

それにビビりまくったシスターたちは…

額に汗を流しつつ、しゃんしゃん!

鈴の音のような音を立ててぞろっとした法衣の内側から両刃の細身剣を抜剣した。

それを一斉に3人の方に向けている。

それはよく訓練され、統率も取れている動作だ。ゴーレムと戦ってることからも分かっていたが、ただのシスターじゃない。彼女らは日本で言えば僧兵のような、いうなればシスター兵みたいなものなのね。

 

「あれは『砂礫(されき)』『厄水』『荊棘(いばら)』の魔女。名のある魔女を狩れば殲魔科(カノッサ)の単位が20単位は貰え、半年は遊んで暮らせますよ!アドナイ・メイク・ナーメン!」

 

目を座らせてバチカンのお経のようなものを読む興奮したメーヤは--正直魔女なら誰でもいいから狩りたいといったような感じだ。

 

「妾を討つ?バチカンはできぬことをよく嘯くのう。ほほほっ」

 

そういった瞬間、俺とメーヤはお互いに左右90度向き、

-ーバッ!バババ!

私は横から放たれた銃弾を銃弾撃ち(ビリヤード)で逸らす。

一方私と背中あわせになったメーヤは、私の背中側から放たれ、シスターたちに向かう散弾銃のような金色の小さい弾丸は完全に無視しつつ、本命であろうメーヤの頭部に飛んで来た野球ボールほどの金属球をーー

 

「神罰代行ォォ!!」

 

がきィィィィィィィィィンっ!

けたたましい音を上げて、メーヤが肩に担いだ大剣をバットのようにふるってうちかえした。メジャリーグの強打者のようなフォームで。

その打球はそれがもともと飛んで来た方、教会の壁にぶち当たって粉々に破壊する。

すごい馬鹿力。まるで人間大砲みたい。

 

「チッ…外しましたか」

 

倒れたシスターたちには目もくれず舌打ち1発。どうやらメーヤも気づいていたようね。

HSSの洞察力で気づいたが前方にいるのは紅色の髪の女の子以外偽物。

本物のナチスの女子とエジプトの女性は教会の壊れた壁から奇襲しようとしていたことがHSSの直感でわかった。

しかしまだ攻撃は終わっていない。目の前の紅の女の子が何もしていないから。

そう私は思ったのだが、

 

「カツェ、パトラひくよ。この状況は私たちにとって不利」

「了解。メーヤの横にいる女がすこぶる強いのはアタシにもわかるぜ。ったく、悪運の強い女だな」

「ほほほっ、妾は引きとうないが、紅華の命令なら仕方ないの。じゃあまた会おうぞ」

 

リーダーらしい紅の女子がそういうとナチスとエジプトの女の偽物はくずれ、紅華と呼ばれたリーダーが撤退するために身を隠す霧と黄砂になった。

 

「また、会おうね。お二人さん」

 

そういって姿を消した。

直感でわかるけど、あの少女は強い。

私としてはもう会いたくないなあ。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

「まーた失敗か、マジで悪運強いなあの女は」

 

カツェは魚のムニエルにフォークをぐっさりさしてやけ食いするように食べている。

 

「そういう女じゃからなあの女は。その分、他の運に恵まれていないがの」

 

パトラも、山盛りに積まれたソラマメのコロッケをモリモリ食べる。

 

「メーヤは戦闘運に恵まれてるから恋愛運などは恵まれてないんだっけ?まあ、それなら男がいないのも納得だね」

 

私は大量に積まれたプリンを食べて、

 

「……男なんてバカバカしい」

 

羽根つき帽子を被ったままのセーラは、茹でたブロッコリーばっかり大量に食べている

私たちはオルクスでイ・ウーまで撤退し、今大食堂で反省会兼食事をしているところ。

 

「それでアイツは誰なんだ?メーヤの横にいたやつ。あんな強え奴が一般人なわけないよな」

「あの女を紅華は知っているような口ぶりじゃったの」

「……先生の知り合い?」

 

うわっ、どうやってごまかそう。私の義姉です☆とかやったら隠している銀華=紅華ということがわかっちゃうし、真実を述べて私の義兄です☆とかいったらさらに混乱するよね。

 

「この前のカツェの部下借りてやった任務で邪魔してきた人だね。あの人のせいで失敗したんだよ」

 

全くの嘘っぱちだね。

 

「お前にしては珍しいとは思ったが、あの女が邪魔しにきたならお前が失敗するのもわかるな」

「……任務って?」

「それは秘密」

「なんじゃ、つまらんのう」

 

そんな話をしていると、

 

「みんなお集まりのようだね。少し紅華君を借りていいかい?」

 

父さんが現れた。げ、また小言言われるよ。イ・ウーは別に私闘を禁じてないけど、イ・ウー艦長の父さんからしたら娘が内部分裂を起こすような行為を見過ごせないんだろうね…

哀れみの目で3人は私を見送った後、私は罪人のように父さんの部屋に連行された。

 

「紅華君、君がなぜここに連れてこられたか初歩的な推理だけどわかっているね?」

 

これ、なんて言うのが正解なんだろう。

 

「これにどうやって答えるか、答えがわかっているのに考えているね。そういうところが紅華君のダメなところだ。そもそも…」

 

あー始まっちゃったよ。父さんの小言の嵐。

最初は推理はなぜ必要かというところから始まり、次は推理の仕方、最後に推理と直感の関係性とかいうもう関係ないじゃんというところまで派生したよ。聞かないとバレるしでダルい…

30分ぐらい小言というか演説というかといったものを聞いた後、

 

「まあいい、今日は小言を言いにきたわけではないからね」

 

は?30分ぐらい聞いたんですけど…

 

「これを君に渡したいと思ってね」

 

超能力の風の力で箱を棚から運んでくる。

結構大きいね。なんだろう。

 

「開けたまえ」

 

というのでじゃあといった感じで開ける。そこにあったのは1着の衣装。

キンジのお婆ちゃんが着ている着物っぽいけどなんかちょっと違うね。なんていうんだろうこれ。

 

「日本では浴衣というらしい。着物と浴衣の違いはそんなにないから着物でも間違えではないよ」

 

へー浴衣っていうのか。まだまだ知らない日本の文化多いね。

 

「これは昔、君のお母さんも着ていたものだ。婚約した時の初めての夏に君に渡して欲しいと言われていたんだよ」

 

なるほど、急な話だと思ったらそういうことね。

 

「これってどういう時に着るものなの?」

「日本では夏祭りと呼ばれるフェスティバルがあるんだよ。それの時、よく着られるものだね」

 

夏祭りって言葉はクラスメイトがそんな話をしていた記憶があるね。フェスティバルっていうからには何か踊ったりするのかな?

 

「これをどうするかは君の自由だ。けど最近の君を見るとイ・ウーから日本に戻って、キンジ君と一緒に夏祭りに行くことをオススメするよ」

「わかったよ、父さん」

 

父さんのいうとおり行くとしたらキンジかなあ。他の人の連絡先知らないしね。

よいしょと箱ごと自分の部屋に持って帰る。紅華から銀華の姿になったし、一回着てみようかな。着付けの仕方は…おっ説明書あるじゃん。だけど読めない…なにこの日本語。古文ってやつかな?

とりあえず説明の横に書いてある図の通り着て、付属の髪飾り付けて下駄を履いて…うん大丈夫ぽい。

この服を初めて着た感想は…動きにくいっていうことかな。飛び蹴りとかしたら下駄吹っ飛ばしそうだよ。

姿見の前でいろいろポーズをとりながらいろいろな角度から自分の姿を見てみる。まあ…こういうのもいいかもね。

じゃあ早速キンジに連絡だー

えっと…『一緒に夏祭り行かない?』

こんなんでいいかな?送信っと。

浴衣を片付けてると、メールが携帯に入る。この着信音はキンジだ。おっ早いね。内容は…

『いいぞ、1週間後の日曜日の夏祭りでいいか』

1週間後なら日本に戻れるね。

『わかった』っと返信。

 

初めての夏祭り、楽しみだね。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

俺が指定した夏休みの日曜日。

上野にある緋川神社で夏祭りが開催されている。緋川神社は武偵がよく利用する神社として有名と兄さんが言っていたな。なんでかは知らんが。

銀華からメールが来た時は驚くと同時に納得もした。あいつは海外出身だから夏祭りというものを体験してみたいのだろう。

俺が部屋で準備していると

ーーピンポーン!

玄関のインターホンが鳴る。トテトテと爺ちゃんが玄関まで歩き、ガラガラとドアが開ける音がした後

 

「ご無沙汰しています」

「お、銀華か。いつもの洋服姿もいいが浴衣姿もいいのう」

 

やっぱり銀華か、集合時刻よりちょっと早めに来るのはやっぱりあいつらしいな。って爺ちゃん今『浴衣姿』って言わなかったか?

俺は準備を終え、お茶を入れた婆ちゃんと共に居間に入る。

そこにいたのはいやらしそうな目で銀華を見る爺ちゃんと

 

「久しぶりね、キンジ」

 

浴衣姿の銀華がいた。

銀髪に紫の浴衣は映えるな。

いつもの洋服や制服でも銀華は美人さんだが、浴衣姿は見たことがないだけあって目新しく見えるのかいつもより可愛く見えるぞ…

その銀華をいやらしい目で見ていた爺ちゃんはいつも通り婆ちゃんに折檻を食らっているがそれはいつものことなのでスルー。

 

「久しぶりだな、じゃあ行くか」

 

そう言って2人で立つと爺ちゃんに折檻を食らわせていた婆ちゃんは立ち上がり

 

「この季節は虫が多いからねえ。ちゃんと虫除けスプレーしてからいくんだよ。それとキンジ、変な悪い虫が銀華に付かないように注意するんだよ」

 

そんな忠告をしてくる。それに俺はありがとうと答え、武偵手帳と武偵徽章、財布をポケットに、ベレッタをホルスターに入れておく。武偵は手帳や徽章、拳銃を外に出る時は持ち歩くことを義務付けられている。教師曰く、常時戦場と思えとか言っていたな。そんな無茶な。

玄関で虫除けスプレーを2人でして、準備完了だな。

 

「行ってくる」

「行ってきます」

「2人とも気をつけて」

 

婆ちゃんに見送られて俺たちは玄関を出た。

 

 

 

 

 

銀華の浴衣姿に何度もヒスりそうになったが、なんとかヒスらずに緋川神社に到着した。

 

「人が多いね〜」

「日曜日だしな、はぐれないようにしないと」

 

そんな会話をしながら俺の横を歩く銀華はカタンコトンと下駄の音を立てている。

紫の下地に紫陽花の模様は銀髪と合わせるとさらに映えるな。

俺からしたら今の銀華はヒステリアモードの爆弾だぞこれ。

 

「そんなに見つめてどうしたの?」

 

ニヤニヤと銀華はしているがお前わかってて聞いてるだろおい。

 

「ちょっと女として自信取り戻せたかな、うん。それに安心していいよ。べったりはくっつかないし」

「それはありがたいが…」

 

銀華はこの前のクロメーテルにちょっと対抗心があったらしい。そしてその当人銀華は見てるだけでも充分危険だ。

 

「ねえ、キンジ。私何か食べてみたいんだけどオススメとかあるの?」

「うーん、そうだな。定番といえば焼きそばやたこ焼きだが……そうだ、りんご飴はどうだ?」

 

りんご飴は屋台でしか見ないし海外出身の銀華にとって目新しいものだろうと提案するが、

 

「りんご飴は実は発祥は海外だから、私は知ってるんだよね。私、たこ焼き食べたことないから食べたいかな」

 

へぇーそうなんだな。りんご飴は日本のものだと思ってたぞ。

 

「わかった。だけど人が多い中歩くことになるけど大丈夫か?俺が買ってきてもいいが」

 

銀華は慣れない下駄で歩きにくそうにしてるのがここまでくる道中でわかったしな。

 

「じゃあお願いしようかな」

「そこのベンチで待っててくれ」

「うん、わかった」

 

そんな会話をした直後

 

「きゃあああああ、スリよ!!!」

 

そんな女性の叫び声が響き渡った。

俺は咄嗟に財布や手帳、拳銃の位置を確認する。よかった、俺は取られていないようだ。

って確認してる場合じゃないスリの犯人捕まえないと…

 

「あ、ごめんなさい。私の勘違いでした。大きな声出してすみませんでした」

 

勘違いかよ。まあどうせ荷物の陰に隠れて財布が見つからなかったのが原因だろ。

その駅の方、つまり俺たちの方によほど恥ずかしかったのか慌てて人にぶつかりながら向かってきて、

 

「おっと、すみません」

「あ、ごめんなさい」

 

俺とも体がぶつかってしまう。

そしてそのまま走り去ろうとした女性だったが、

 

「ちょっといい?」

 

銀華が女性の手を握り、それを止める。

 

「何かようなの?お嬢ちゃん?」

「バッグの中身見せてもらえる?」

 

銀華がそう言うと女性の顔から血が引いていくのがわかった。展開の早さについていけないぞ。

 

「キンジ、初歩的な推理だよ。このおばさんは自分自身スリにあっていない。なんたってこのおばさんがスリの犯人なんだから」

「へ?」

 

俺はそんな声を出してしまう。このおばさんが犯人?どういうことだ?

 

「キンジの財布、今ある?」

 

言われて確認するが……ない。ほんの数十秒前にはあったのに。

銀華は女性を掴んでいるもう片方の手で、女性のバッグを探り、俺の方へ何かを投げてくる。これは俺の財布………!?

 

「簡単なことだよ。このおばさんはスリがいると言って周囲の人の財布の位置を把握したんだ。自分がスられていないか確認する動作でね。それで慌てる振りして駅の方向に逃げながら人にぶつかって、先ほど把握した財布の位置から財布を抜き出せばいいってわけ。いざ、スられたことに気づいても祭りの中でスられたと思うだろうし、もしおばさんが犯人ということに気づいてももう電車だからね。取り返す手段なんてないんだよ。」

 

周囲にも聞かせるように銀華が言うと次々と周りからスられた人が見つかり、その財布が女性のカバンの中から見つかったことから、その女性は警察に捕まることとなった。

流石銀華。探偵科(インケスタ)も兼ねてるだけあるな。

 

「気を取り直して…行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 

そんなやりとりをした後、俺は目的の屋台に向かった。さっきの事件で無駄に時間を取られたからな。急いで買いに行かないと。

急ぎ足で人を掻き分けてて進みなんとか目的の屋台にたどり着く。

値段は1パック300円か。

1パックか2パックか…

さっきのスリから財布を取り返してくれたお礼も兼ねて、2パック買うか。

 

「あの…すみません。たこ焼き2パックで」

「はい、ありがとうございます!」

 

屋台の女性と喋るのにも一苦労するがなんとか買えたな。品物を袋に入れてもらってから受け取り、代金を支払う。

急いで銀華がいるベンチに戻ると

…なんだ?

銀華の周りに知らない奴がいるな。

銀華の知り合いかと思ったが、あの動きは武偵ではない。

それよりもこのパターンは映画で見たことがあるぞ。

ナンパってやつか?

武偵をナンパしようとするなんて頭がいかれてるとしか思えないが銀華なら納得だ。

って納得してる場合じゃないな。

 

「キンジ」

 

俺が帰ってきたことに気づいたらしい銀華は俺に向かって笑顔で手を振る。呑気なやつだなおい。

それと同時に男達も俺の方に向いた。

目つき悪いなあ…人のこと言えないけど。

だがちっとも怖くないね。俺があの集団の中で一番怖いのは銀華って知っているからな。

 

「お喋りはもうおしまいでいいかな。私もお腹空いたんだよ」

 

そう言って銀華はベンチから立ち上がる。というかもしかしたらあいつナンパされてるってわかってないんじゃないか…?

 

「飯ぐらいだったら俺たちが奢るぜ。退屈させないしさ〜」

「うーん」

「あっちのガキよりは俺らの方がいいって」

 

進行方向を塞ぎながら男達は銀華を取り囲む。しかし面倒だなこの状況。

俺が武偵と言っても簡単に銃を抜けない。

出したらパニックになる可能性が高いからな。

相手は3人。それも高校生以上だろう。

だが素人と武偵には年齢や人数以上に大きな差がある。徒手格闘でも十分に制圧できるだろう。

銀華はAランクだが浴衣で下駄だ。いつもの動きは期待できないだろう。

ということは俺が対処しなくちゃいけないのか。さっきのスリといい、面倒なことが続くぜ…

 

「あー悪いがその女の子から離れてくれないか?」

「なんだよ…テメエ」

 

不機嫌そうに金髪で鎖をチャラチャラさせた男がそう答えた。ベレッタは流石にまずいが武偵手帳を出しても問題ないだろう。

 

「武偵だ。ナンパなら他所でやった方がいいぞ」

 

銀華にナンパするなんて今はいいが後でお前らの命の保証できねえぞ。俺は結構本気で忠告したつもりなんだが…

 

「厨房のガキが、なんだって笑わせるなよ」

 

効果なしか。知らんぞまじで。1人がナイフを取り出した瞬間、

 

「そういうものは出しちゃダメだよ」

 

男の後ろの銀華がそう呟くと同時に動いた。

2人の男の頭を鷲掴みにし、勢いよく2つをぶつける。少しスタンが入った2人に顎の下からアッパーを入れ完全に気絶させる。残りのナイフを持った1人は振り返るが

 

「えぃ!」

 

そんな掛け声で放たれた男の死角外からの一撃、銀華の足から放たれた下駄が男の顎にこれまた綺麗に入り、3人仲良く大の字ポーズで気絶した。

あいつら、きっと銀華のことを可愛い女の子としか見てなかったんだろうな。俺が武偵ってことは銀華も武偵の可能性も考慮しとけよな…

銀華は飛ばした下駄をケンケンで取りに行き、よいしょと言いながら下駄を履き直す。

いつも大人びている銀華だが今の動きは年相応で可愛いな。

 

「ごめんね、迷惑かけちゃって」

「い、いや…迷惑なんかじゃないさ」

 

生返事になってしまったが見とれてしまっていたわけではないぞ….たぶん。

 

「悪意を受けたわけじゃないからどうも断りにくくてね。ああいうのなんて言うの?勧誘?」

「ああいうのはナンパって言うんだ」

 

やっぱり、銀華は知らなかったんだな。

あと悪意はないが下心はあったと思うぞ。

 

「じゃあ、キンジが私を誘うとナンパなの?」

「たぶんそれは違うな。面識のないものを誘うのがナンパだ」

「あー、なるほどね」

「あと、ええっとだな。あいつらどうするんだ」

 

銀華に日本語講座をした後、控えめに聞く。

 

「面倒くさいから放置でいいよね。ナイフだけは危ないから処理するけど」

 

ハイ、ソウデスカ。そう言って銀華はナイフを蹴り飛ばし側溝の中に沈める。

その後銀華は3人に一瞥もくれず、俺の手を引いて歩いていく。

別の場所に移動した俺たちはベンチに座り、俺が買って来たたこ焼きを互いに頬張る。

 

「あ、タコが入ってる」

「そりゃそうだろ。タコが入ってなきゃたこ焼きじゃないだろ」

「Names and natures often agree.名は体を表すってやつかな?」

「たぶん合ってる」

 

お前英語の発音いいなあ。もしかしたらアメリカかイギリスに住んでいたのかも。

そんな銀華はいつの間にか食べ終わっており、たこ焼きの容器をゴミ箱に入れる

 

「キンジ早く行くよ!」

「わかったからちょっと待て」

 

テンションが上がってるのかぴょんぴょんと跳ねる銀華の後に続くと

 

「えい」

「うおっ」

 

銀華が俺の手に自分の手を繋いできたぞ。それも握手ではなく、カナが前言っていた恋人繋ぎというやつで。

 

「まあ、いいでしょ。今日ぐらい」

「…確かにな」

 

まあ一応婚約者な訳だし、手を繋ぐぐらいおかしくないだろ。

その後手を繋いだまま、出店を何店舗か周る。

手を繋ぐとーーーなんか気持ちまで繋がる気がするな。一緒に周ってるだけなのに、銀華の楽しんでる気持ちが伝わってきて俺まで楽しくなってきたぞ。

随分と店を回った後、一休みのためにたこ焼きを食べたベンチに戻ってくる。ベンチに座っても恋人繋ぎは続けている。そのことを思うと少し恥ずかしいな。

 

「もうそろそろ終わりだね」

「確かにな…」

 

神社には来た時ほどの人はいない。

最初は人が多くて鬱陶しかったが、少なくなったらなったで寂しいもんだな…

 

「キンジはこういうお祭りあんまり来そうにないよね、ネクラだし」

「酷えな…」

「でも当たってるよね?」

「…まあな」

 

人が多いのはあまりたくさん好きではないし、女子も多いわけだからな。

 

「まあ、私もこういうの初めてだけどね」

「そうなのか?」

 

クラスで明るく頼られる人気者の銀華はどこでもこういう催しに参加してるとばかり思っていたぞ。

 

「縁がなかったからね…毎日訓練や練習ばっかりで」

「……」

 

やっぱり銀華の強さは小さい時からの積み重ねによるものか。そんな遠い過去を思い出しているような目をしている銀華に返す言葉がない。そして、繋いでる手からは悲しみが伝わってくる気がする。そんな銀華は俺の方を向き直し、

 

「でも、今日は楽しかった。ありがとうキンジ」

 

とびっきりの笑顔でそんなことを言う銀華の手からは今度は本当の感謝の念が伝わってくる気がする。

 

「これぐらいだったらおやすい御用だ。これからも今までの人生でしてこなかった分、いろいろなことを経験させてやるからな」

 

その笑顔を恥ずかしくて直視することはできずに、そんなことを言うと、繋いだ手が熱くなるのがわかった。照れているのか?

 

「………ずるいなぁ………」

「…なんだ?」

「……なんでもない!帰るよキンジ!」

銀華はベンチから立ち上がり、俺の手を引っ張りあげる。

 

「ねえ見てキンジ、満月だよ」

「本当だ」

 

その時2人で見た満月はいつもより明るい気がした。

 

 

 

 




話の内容は決まってるんですが次の投稿は1ヶ月後ぐらいになりそうです(テストのため)


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第6話:転校生クロメーテル

なんとか試験勉強の合間に書けました

注意:三部構成の前編、クロメーテル


『おーいキンジ聞こえてる?』

 

耳に付けたインカムから銀華の声が聞こえる。聞こえてるには聞こえているのだが、今この時は俺にこの状況を現実逃避させてくれ…

 

(どうしてこうなった…)

 

俺は排気口の狭い通路の中、クロメーテルに女装した姿でぐったり項垂れた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

発端は1ヶ月前。

 

「キンジまた貰ってきたよ!」

 

銀華は手に持った書類を振り回しながら俺の家へやってきた。それは二学期も終わり、もう年の瀬も迫っている時であり、銀華の銀髪と映えるような雪が降っていた時だった気がする。

 

「お、またか。今回はどんな内容だ?」

 

銀華が貰ってきたのは学校から直接下された任務(クエスト)が書かれた書類。

武偵中の生徒が受ける任務には二種類あり、学校から直接下された任務(クエスト)と自分で受注する任務(クエスト)がある。

大きな違いは学校から下された任務は断れないというところがあるだろうか。これは成績優秀者にだけ下される任務であり、断れない代わりに自分で受注する任務よりも多い単位と報酬などが貰える任務となっている。

成績優秀者ではない俺には縁のないものであるはずなのだが…ところがどっこいこの任務には相棒(パートナー)制度がある。

一般的に任務を手伝っても報酬は分割、単位は受注者の総取りで旨味が少ない

そして、成績優秀者が受ける任務は難しいものが多いので、他の武偵に手伝って貰える事が少なくなってしまう。それを解決するのが相棒(パートナー)制度だ。

これはあらかじめ任務が始まる前に相棒として1人登録しておき、その生徒も任務に同行し

任務成功(クエストクリア)の暁には成績優秀者だけではなく登録した生徒も単位が貰えるといったものだ。

中学で単位を取ることにはあまり意味がないのが武偵ランク試験で考慮されるのと、武偵高に進む場合、少しそのまま生かしとなるので有利に働くからな。単位をとっておくことに越したことはない。

 

俺は2学期、成績優秀者の銀華とこの制度を使い単位をボロ稼ぎしていたんだよな。最初にこの方法を気づいたのは銀華だし、相変わらず銀華は頭がいいぜ。

 

「うーんと…今回の任務は学校への潜入だね」

 

どうやら潜入対象の学校の理事長には麻薬の密輸入の容疑がかかっているらしい。だが家を探索しても麻薬は出てこず、手詰り。怪しいのは経営する学校内部となったが外部からの侵入は警備が固くて無理とのことで学校内部から潜入調査を行って欲しいとのことだった。外部から無理なら内部から。理にかなった考え方だな。

 

「キンジ、やる?」

「銀華はどうして欲しいんだ?」

「キンジが一緒に来てくれると心細くなくて嬉しいな」

「じゃあ、やるよ」

「ありがとうキンジ」

 

このやり取りももうおきまりのもんだな。

銀華がわざと可愛らしく俺を誘惑して、任務に誘う。いつもこのやり取りをするからヒス耐性も少し高くなった。

実際1人でやる任務は寂しいからな。銀華の気持ちも分からんこともない。

 

「じゃあ出してくるね」

「よろしく頼む」

 

この時の俺は重要なことを確認し忘れていた。そのことに気づいたのは年が明けてからだ。

 

『私立横浜女子中学』

 

それが3学期から俺が潜入することになった学校だ。

 

 

 

 

 

 

 

(詰んだ…)

 

その手紙を見た瞬間に項垂れてしまった。新年早々これ以上ない悪夢が押し寄せて来たぜ…

相棒制度の不便な点として一度登録してしまうと受注者と同じようにキャンセルする事ができない。つまり俺は横浜女子中学に潜入しなくてはいけないのだ。男なのに。

そうだ、銀華に連絡しようと思ったその時、

ーーピンポーン!

家のチャイムがなり、ガラガラっと誰かが入ってくる。あの足音は銀華だ!ナイスタイミング。

銀華が俺の部屋に入ってくると同時に

 

「銀華、潜入の学校が横浜女子中学って知っていたか?」

 

そんな質問を投げかけると

 

「知ってたよ」

 

驚愕の真実が発覚する。こいつわかってて俺をハメたな…しかし武偵でハメるハメられたはよくあること。もし武偵中の教師に言ったら、ハメられる方が悪いと言われるだろう。しかしこれだけは言わせて欲しい。

 

「俺は男だぞ、女子校に潜入なんて無理だぞ!」

「無理じゃないよ、キンジ。この世界には無理なことなんてない。不可能なことなんて何もないんだ」

 

いや、確かに無理じゃない…無理じゃないのだが…

 

「だってキンジにはクロメーテルがあるじゃない」

 

やっぱりそう来たか…銀華にもう一回クロメーテル見せて欲しいって言われて何回も拒否してたからな。

こんなことならさっさと銀華に見せとけばよかったぜ…

自分でも驚くぐらい美人だったが、もしバレてみろ。俺の人生が終了する。

 

「それだけは嫌だ」

「嫌だという気持ちはわかるよ?でもキンジは3学期から女子校に通わなくちゃいけない。キンジは男。それならどうするべきか推理するまでもなくわかると思うんだけど?」

 

くそ……頭いいな銀華は……

 

 

 

銀華の口車に乗せられた感はあるが、もうどうすることもできないし、他に名案も思い浮かばないしでクロメーテルに化けることにした。

俺は魔の3学期を乗り切るため、銀華に「バレないよう訓練しよう」と言われるまま、やむなく兄さんの押入れからヅラを取り出して来た。

泥水に顔を突っ込むより嫌なそれを、姿見の前で嫌々つけると……もうこの時点でクロメーテルさんに見えるよ…

 

「すごいね。やっぱりキンジは女装の神に愛されてるよ」

 

だからなんなのその神。

 

「……」

 

前と同じく気分を害した俺は誰かに見られないようにと部屋のカーテンを閉めに行くと…銀華がうーんという風に首を傾げている。

 

「どうした?」

「歩き方がまだ男性的だね」

「いいだろ別に」

「それだとすぐバレると思うよ。日本は他の国に比べて男女の仕草の違いが大きいからね」

「そうなのか…」

「立ち振る舞いや表情の作り方も徹底しなければ完璧な女装者にはなれないよ。今日は私が女性の先輩としてのコーチをしてあげるね」

 

完璧な女装者になんかなりたくねえよ!っとバッタリと四つん這いして落ち込んだ隣に、女性らしく膝を閉じてしゃがんだ銀華は…

 

「キンジ。婚約者がどんな姿になっても私の婚約者はキンジだよ。キンジなら必ずこの天が与えた試練も乗り越えられるよ。大丈夫。きっと変われる。性差なんて小さな問題だから」

 

まず根本的な問題で、天じゃなくてお前が半分ぐらい与えた試練だろうが!まあ確認しなかった俺が悪いって言われたらぐうの音も出ないんだけどさ…ちゃんと確認しとくべきだったわ…

後悔でよよよっと女泣きしたクロメーテルさんは…

ハッと気づいて小声で銀華に相談する。

 

「そうだ。こ、声。どうしよう」

 

兄さんに変声術を少し習ったがそこまで兄さんのカナモードのように完璧に声を変えれるほど上手くない。どっちかというと下手くそだ。今みたいな小声ならそれっぽく聞こえるが、普通に喋ったらバレるぞ…

 

「普通に上手いし、大丈夫だよそれで」

「小声しかできないんだ」

「できないん"です"」

「小声しかできないんです」

「逆転の発想だよキンジ。小声しか出さなくていいんだよ。日本では声の小さい女の子は可憐って言われる場合もあるし」

 

可憐ってそんな要素いらないんだけど、

 

「よし、クロメーテルちゃん。女の子同士お稽古するよ〜」

 

銀華に姿見の前まで移動させられ約半年前と同じように立つが、半年前と同じ感想しか出てこねえ。

やべえ…めっちゃカワイイ…死にてえ…

 

「はい、泣き顔」

 

…こうかな?クッソ可愛い。

 

「はい、楽しそうな顔」

 

…こ、こう?うわ、なにこの美人さん。

マジで神様はなんでこんな無駄な能力を俺に付けたんですかね…

 

 

とうとう3学期授業の初日がやって来た。俺史上最低最悪の朝だ。これより下が来ないことを祈るばかりだぜ…

支給された『横浜女子中学』、略して『横女』の制服に着替える。当然下はスカートだ。胸は…あんぱんでも入れとくか。

 

「じゃあ行ってくる」

「キンジ似合ってるぞ。気をつけてな」

 

自身も女装する兄さんが見送ってくれる。

遠山兄弟どっちも女装が趣味になったら家系図で見た時やばい一代になっちまうな…女装の金一金次とか書かれても、あの世からだったらその不名誉な肩書きを消すことはできん。

 

(こんなにも緊張する外出は初めてだぜ…ッ!)

 

駅まで行く道にも普段挨拶するようなおじさんおばさんがいる。

いつ誰に「こいつ男だぜ」などと言われて人生が終了するんじゃないかと怖くてビクビクだ。

怯えるクロメーテルさんは学校に向かう電車に乗るときも…目立たないよう、車両の端っこにいる。もし痴漢とかにあったら一巻の終わりだからな…

最寄駅の改札をくぐっても誰も俺が男子と気づいていないようだ。女の子としか思われていない。

最寄駅で銀華と合流し、他の同じ制服を来た女子生徒と共に学校に向かう。

初登校した横浜女子中学はいかにもお嬢様学校といった風情があるな。秘密基地みたいな武偵中とは大違いだぜ。

いつ女の直感とやらでバレるかもわからない恐怖に俺はビクビクと怯えながら上履きに履き替え、銀華と共に職員室に向かう。

1組に配属された俺は2組になった銀華としばしの別れ。

周りの人間に顔を見せないように下を見ながら引率してくれる俺の担任の先生についていき、先生がドアを開けるような音がした。どうやら俺のクラスに着いたようだ。

 

「みなさん、HRを始めるんで席についてくださーい」

 

そんな武偵中なら誰も座らないような軽い注意をすると…さっと、クラスにいた生徒は席についたようだ。武偵中との格差をこのほんの一コマでわからせられた気がするな。

 

「みなさんに転校生を紹介しまーす。じゃあクロメーテルさん、自己紹介して」

 

自己紹介のために顔を上げ前を見ると…

女子、女子、女子。

当然、一面女子しかいない…

一刻も早く逃げ出したい気分だが、退路はない。行け、頑張るんだ、クロメーテル!

 

「…オランダ出身の、クロメーテル・ベルモンドです…日系人です。よ、よろしく願いします」

 

カナと銀華が考えてくれた名前と設定を使い、小声で自己紹介すると……

キャーと、クラスの女子たちが謎の歓声。

な、なんだ。バレた?と額に汗を流している俺を

「キレイ」

「かわいい」

「美人」

「守ってあげたい!」

 

クラス中が褒め称えている。皮肉ではなくマジで。

 

「じゃあ、何か質問ある人ー?」

 

武偵中の入学当初から不特定多数の前で自分のことを語るべからずと叩き込まれたので、偽のプロフィールしか言わなかったが、ここではそれは通用しないようだ。速攻挙手が始まっている。

 

「前どこに住んでたの?」

 

い、いきなり困る質問がきたな…

 

「う、生まれはオランダですけど、育ったのは日本です。前は九州にいました」

 

設定決めてなかったが、それっぽい設定にしといた。オランダ語喋って、とか言われたら困るしな。

 

「特技は?」

「…と、特に何も」

「趣味は?」

「…映画鑑賞とかだと思います…」

 

定番ぽい質問に、面白みのない答えしか返すことができない。こういう時なんて答えるのがいいのかな。銀華に聞いとけばよかったぜ。

 

HRが終わってから、授業が始まるまでの短い休み時間に入ると、携帯が震える。メールだ。

お嬢様学校だからか知らないがこの学校では携帯の持ち込みが許可されている。

送信主は…やっぱり銀華か。

 

『キンジ大丈夫?』

 

大丈夫じゃねえよ!お前のせいで絶賛鬱病進行中だよ!と返したいが後が怖いので書くこともできん。

『大丈夫ではないが大丈夫だ』と自分でもよくわからない文を返しておく。まあ、今のところバレてないみたいだしな。俺の心の傷以外は大丈夫だろう。

 

「クロメーテルちゃん、放課後どこか行かない?」

 

唐突にクラスの女子から声をかけられビクッ!となった俺はばたん!と携帯を閉じる。

 

「あっ、ごめんね。大丈夫だよ。メール見てないから」

 

後ろに立っているのはクラスメイトの女子。クラスには女子しかいないけど

 

「ひょっとして彼氏さんからですか?かなり慌てていましたけど?」

 

ば、爆弾を投げ込んできたな…他のクラスの女子も真剣にというか興味津々の目でこっちを見てるぞ…

 

「ち、違います…い、いないです…彼氏はいません……というか一生いらない」

 

テンパったクロメーテルさんは余計なことまで喋ると

 

「ええ、そうなの!?」

「美人なのに勿体無い!」

「一生彼氏がいらないという話を詳しく」

 

クラス中が大盛り上がりだ。な、な、なんなんだ。武偵中では俺の声より蚊の羽音の方が目立っていたのに、なんでこんなにクロメーテルちゃんが話すと盛り上がるんだ!?

クラスメイトの喋り声を聞いてみると、どうやらこのクラスには彼氏持ちはいないらしい。お嬢様学校だし親が厳しいとか、もしかしたら女子校だし男と接点がないのかもな。目の前にいるクロメーテルちゃんは男だけど。

 

 

 

お誘いは上手く断り、授業が始まる。

一般校の授業は…難しかった。

武偵中のレベルはやっぱり低いんだな…少しでも目立たないように頑張らないと。

心にそう言い聞かせつつ

 

「水溶液中に溶けている物質を溶質といい…」

 

理科の先生の授業を聞いているが、少し眠くなってきたぞ。銀華先生の授業に慣れちまったせいだな。

 

(銀華なら眠くならないように教えれるんだろうな…)

 

あいつは勉強が苦手な俺にもわかりやすく眠くならないように教えてくれるからな。銀華のありがたみを感じるぜ。

…あいつは上手くやれているのかな……

まあ心配するほどでもないか。

あいつの社交性は俺と違ってピカイチだからな…って普段の俺が女子のことを気にかけるようになるなんて思ってもみなかったぜ…

 

はあ…とよくわからない気分で溜息をついた俺が、授業も終わったので教科書を片付けていると、周りの女子が立ち上がり、い、いきなり服を脱ぎ始めたぞっ!?

 

「あ、クロメーテルさん。今、更衣室が改装中で教室で着替えることになっているんだよ」

 

急なことに驚いている俺に対して、横の席の女子が事情を説明してくれる。そうか女子しかいないから教室で着替えても問題ないのか。

……って冷静に聞いている場合じゃない!

俺は体操服を取り出すふりをしながらクラスの女子から視線を外す。最後尾で助かった…

その俺の背後では

 

「体育久しぶりだね。いつ以来だっけ?」

「前あったの11月だった気がする」

「私たちが怪我とかして、責任取らなくていいようにかな?確か、授業の数は決まってたはず…あっ、明日香ちゃんのパンツかわいいー!」

 

女子たちがお、お、着替えを始めているぞっ……!

……こ、これ…大ピンチじゃないですか?!

振り返るな。絶対に振り返るな。振り返っちゃいけないぞクロメーテル。

こんなシュチュエーション下で、しかもクロメーテル状態でヒスったら、何がどうなるのか女装の神にすらわからん!

 

(どこかに逃げないと…!)

 

窓からワイヤー使って降下するのは目立ちすぎて論外。

トイレに逃げるか。いや、女子トイレには入れないし、男子トイレに逃げ込もうにも、そもそも男子トイレこの学校にあるのか?

もし仮にあったとしても男子トイレに堂々と駆け込んだら痴女呼ばわりされてお嫁に行けなくなっちゃうよ。そもそも行けないけど。

 

「どうしたの、クロメーテルさん?」

「顔真っ赤だよ?もしかして…女子同士なのに恥ずかしいとか?」

「もしかして体調悪い?お腹痛いの?」

 

女子たちが集まり始めた…!それも何人かは下着姿で…!

だが死中に活あり。さっきの発言で仮病という案を思いついた俺は、腹を抱えてしゃがみこむ。

 

「…」

 

仮病は小さい頃から得意な俺に、一般人の女子たちが引っかかってくれたのか、何やら納得したムードで俺を気遣うような、何か話をしているぞ?

そしてクラスの保健委員の女子が、

 

「体育の先生には私が連絡しておくね。大丈夫。こういう時は見学でいいって不文律があるから。毎月大変だよね」

 

と謎の発言。なんだ?一般人のお前たちには毎月何か問題が起きるのか?ちゃんと体のメンテナンスはしないとダメだと思うぞ。

とはいえ、謎の不文律のおかげで着替えずに済みそうだな。事なきを得たぜ…

そう思うと、心拍数も落ち着いてきて、俺は教室の隅っこで教科書で視線を隠しながら拷問タイムが過ぎるのを待つ。

早く終わってくれと考える俺の耳に…

 

「クロメーテルさんって美人だし、お淑やかだし、モテそうだよね」

「わかる。理想の女性像って感じ」

「いいなー、あたしもクロメーテルさんを目標にする」

 

俺が男だった武偵中では褒め言葉なんて一切聞かなかったのに、クロメーテルさんはとんでもない高評価を得ている。もしかして俺、クロメーテルの姿で生きていくべきなのか…?

 

 

 

目の焦点を壁に合わせ、心を無にしながらキャピキャピとバスケをする女子たちの姿から目と意識を逸らし、体育というか壁の観察を終えた。

その後、次の授業ギリギリに戻り英語の授業。そしてやっと昼休みだ。

銀華が弁当を作ってきてくれたらしいので、フラフラとゾンビのように教室を出る。

向かうは校舎に挟まれた中庭の一角にあるベンチ。俺はヨロヨロと中庭まで歩いていくと、銀華がベンチに座り、寒いからか手に息を吹きかけながら足をパタパタさせながら待っていた。中庭に入ると銀華は気づいたようで

 

「あ、クロちゃん。こっちこっちー」

 

ちょっとご機嫌な様子で俺を呼び止めた。てか、なんだその愛称…クロちゃんって。

というか冬で寒いからか中庭には俺たち以外誰もいないな。俺にとっては嬉しいことだが。

 

「待たせたな」

「待たせた"ちゃったね"」

「…別にいいだろ。2人っきりの時ぐらい」

「ダメ。『これは任務なんだから』」

 

後半は瞬き信号で送ってきた。確かにそうか。一応これは任務だったな。俺は任務以前にバレないように精一杯なんだが…

そう言った銀華は気を取り直したようにバッグの中をゴソゴソしだし

 

「はい、これクロちゃんの分ね」

 

と可愛らしい弁当の容器を渡してくる。普段の俺なら恥ずかしくて受け取れないが、今の俺はクロちゃん。ありがたく受け取るわ。

弁当を開けてみると中には玉子焼きや煮物、鮭の塩焼きのような和食がぎっしり詰まったお弁当であった。すげえな…これ普通に金取れるレベルだぞ。

 

「さ、さ。食べて食べて」

 

銀華が促すように言ってくるので手を合わせ頂きますと言い、玉子焼きを口に運ぶ。

玉子焼きは……普通に美味い。どこか婆ちゃんの味と似てるな。ちょっとアレンジ加えてあるみたいだが。

そんなことを考えながら無言で箸を進めていると

 

「ど、どうかな?」

 

いつになく、緊張した面持ちで銀華が聞いてきたので、

 

「ん、おいしいよ」

 

と答えると銀華は手を合わせて喜んでいる。幸せ一杯といった笑顔で。

や、やばいって。俺は銀華の自然な笑顔や動作にヒス的に弱いことがこの約一年の経験上わかっている。

だが、ここでヒステリアモードになるわけにはいかない。頑張れ…抑えるんだ…キンジ!

 

「だ、大丈夫?やっぱり味付けがよくなかった?」

「大丈夫…」

 

なんとか堪えながら銀華の問いに答える。

というか、いつもの余裕はどこいったのか結構銀華も慌てているな。いつもならニヤニヤ顔でわかってますといった顔をするところなのに。

 

「それならいいけど。私あんまり料理得意じゃないから…」

「本当?すごく美味しいんだが…美味しいんだけど」

「和食は上手く作れるんだけど、その他になると壊滅的なのよね…」

 

和食しか作れないことを結構ガチ目な悩みとして抱えてるらしい。銀華はそれぐらい料理に自信ないんだな。だからいつもの余裕がなかったのか。

 

「それでもいいと思うけど。おれ…私は銀華の和食好きだし。それにそんなに料理に自信がないなら私がお前の料理の練習台になってあげる」

 

そんなことを言うと銀華は目をぱちくりさせ、少し照れるように顔を赤くした。

 

「じゃあ今度協力して貰おうかな」

「任せとけ」

 

銀華の飯が美味くなることは俺にとってもいいことだからな。まあ、この和食の美味さだったら洋食も壊滅的とはいうものの食べれないってことはないだろ。

 

 

 

 

2人で並んで銀華が作った弁当を食べ終わり、校舎に戻ってきたらーー

一階の小教室から、弁当を食いながら談笑している声が聞こえる。外は誰もいなかったがこういうところを使えばよかったな。外はやっぱり寒かったし。

と、会話を聞くとはなしに聞きつつ歩いていると…

 

「1-1と1-2にすごい美人が入ってきたらしいよ?1年の間ですごい話題になってた」

「クロメーテルさんと銀華さんだっけ?日系オランダ人とクォーターの。掲示板で学校ランキング1.2位をもう占めているらしいよ」

「あの白黒コンビ最高だよね。クロちゃんは恥ずかしがり屋さんで伏し目がちなクセ、シロちゃんはめっちゃ話しやすいらしいし、甲乙つけがたいね。あとあの2人昼食も一緒に食べてたらしいよ、掲示板にタレコミがあった」

 

白黒コンビって…変な愛称つけんな。というか昼食一緒に食べてたことがもう知れ渡ってるのか….武偵中より情報回るの早いんじゃないか…?

 

「もしかしてあの2人、できてるのかも?」

 

ええーーーー!と小教室の女子たちは盛り上がっているができてるってなんだ。何か女子の間でしか伝わらない暗号なのか?

それを聞いた横の銀華は呆れたような照れるような顔をしている。クロちゃんはわからないんだけど…

 

「だけどクロメーテルさん、彼氏一生いらないって言ってたらしいから十分その線あるよ」

「美人同士だしお似合いだよね、だけどワンチャンぐらい私たちにも欲しかったなあ」

「シロちゃんならいけるかもしれないけど、クロちゃんは無理無理。難攻不落らしいよ」

「それを攻め落とすのがいいんじゃん」

 

そんな俺たちの話をしているのを聞いていると銀華がグイグイと小教室から引き離すように手を引っ張った。ど、どうしたんだ?

そのまま銀華と俺はたまたま空いてた小教室に入り、ドアを閉めた。

というか本当に銀華どうしたんだ?今の銀華はなんかいつもと違うぞ。いうなれば俺がヒステリアモードになった感じか。

 

「クロちゃん。女の子に迫られてもホイホイ付いてっちゃダメだよ」

「は、はい」

 

圧倒的威圧感に思わず怯えて敬語になってしまう。銀華がなんでこうなったかわからんし、女はよくわからんことばっかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀華の半分の血はイギリス。つまり洋食の腕は…

というかキンジがヒステリアモードになる回数より女装した数の方が多いって流石にやばいな…次回は後編です


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第7話:作戦会議

二部構成でいけるかと思ったけど、区切りがいいんで三部構成にしました。

注意、三部構成の中編、伏線回、砂糖成分ほぼなし


女子校に潜入して2週間経ったが…学校では何も変わらない。登校して、女子に話しかけられてもバレないように怯え、授業を普通に受ける日々だ。

任務が終われば3学期終了を待たず武偵中に戻れるのだが、俺の専門は強襲科(アサルト)。麻薬を探すような諜報は向いていない。

ここは探偵科(インケスタ)の銀華に任せるしかない。

 

今日の授業も終了し、放課後になった直後。この時も俺にとってキツイひとときだ。

銀華のところに会いにいこうにも、銀華は放課後にこの学校について調べているらしく会うことはできない。かといって1人で教室にいると、ひっきり無しに女子に声をかけられる。どうすればいいのかクロちゃんわからないんだけど……

 

(仕方ない、先に下校するか)

 

そう思い、校門の方へ歩いていくと…珍しいな。駐車場にトラックが止まっているぞ。送り迎えのためのベンツなどの高級車はこの2週間で嫌というほどみたが、トラックを見るのは…2回目か。先週もそういや停まっていたな。

まあ、年始だし何か新しい物品を運び込んでるんだろうな。

そんなことを考えながら校門を出て、駅に向かう道を歩いていると

 

(………?)

 

何か言い争うような声が聞こえたな。

大通りから一本入った裏路地の方だ。

喧嘩腰の男の声が2つと…女子の声もする。

 

「……」

 

習慣でそっちに意識を向けてしまうが、俺は下校を急ぐことにする。ここで大事なのは目立たないこと。問題を起こさないことだ。

ケンカに巻き込まれてもし男とバレたら人生が終了するし、大立ち回りをして武偵ということがバレたりしたら警戒が厳しくなり、同じく潜入して調査をしている銀華にも迷惑がかかる。

 

「私たち…お金持ってないんです…」

「そんなわけねえだろ。そこのお嬢様学校に通ってるんだしよ!」

「それにぶつかっといて礼もなしとか舐めてるのか?ああん!?」

 

チッ、今の女の声は同じクラスの女子だ。

俺は武偵中に入ってある程度までわかるようになったのだが、同じクラスで戦闘能力ある女子は0だ。

男たちは興奮している声を出しているし、もし暴力振るわれたらなされるがままだろう。

 

(クソッ、何やってるんだよ…)

 

様子を見るだけにしようと心に決めつつも自転車置き場の方へ行ってしまう。

そこには蹴られた青いプラスチックのゴミ箱があり、

 

「本当に持ってないんです…」

 

涙目の同じクラス女子2人がいた。

 

「よーし、嘘をいったのと俺にぶつかった罰金10万な。出せなきゃ、やっちゃうか」

 

ビビらせるようにナイフをだした痩せ型の男は---金髪でいくつものピアスをしている……典型的ヤンキーだな。もう1人は変な模様のソリを入れた丸刈り頭で……さっきの男とは対照的に太っている。

 

(見るからに不良だが、100%の一般人(アマチュア)だな……でも、あれだけはマズイ)

 

痩せ男の持ってる光り物(ナイフ)、俺はただ一点に注目する。俺たち武偵にとってはなんともないが、もし痩せ男がミスるとクラスメイトの女子や痩せ男自分自身を刺してしまう可能性がある。

『やっちゃう』の意味がよくわからないが出したからには使うつもりだろう。

オモチャぽいものだし、握り方も素人だが…

逆に素人は結構やらかすんだ。出したのは威嚇のために出したのに、手元が狂って刺したといった傷害事件を学校で習った。銀華もこの前のナンパの時も、ナイフをだした瞬間に動いたしな。

2人が怯え流ように震え、痩せた男が舌でナイフを舐めたあたりで---仕方ないな。チクショウ。

 

「……あの……」

 

俺は奴らに見えるような位置に姿を現す。

さてと…どうやって穏便に収めよう。

 

「く、クロメーテルさん……?」

 

あーあ。いきなり涙目でこっち見てクロちゃんの名前バラすし。まあいいけど

 

「あ?なんだお前?」

 

太ってる方がおらに向かってガンを垂れてくる。どうして不良はとりあえず睨むんだろな?

「ヒャッハー!!女が増えたぜ!」

 

デブと対照的に叫び出す痩せ男。というかどこの世紀末だよ。

絶対それ言いたいだけだろお前。あと俺は男だ。そんなことは言えないけど

 

「その……光ってるものしまった方がいいと思いますよ?……」

 

クロメーテルさんの史上最高の穏やかな声で話しかけたつもりなんだが

 

「女が俺に意見してんじゃねーよ!俺に意見にするなんて1億光年早いんだよ!」

 

し、瞬時にキレた。なんでかしら?

てか、男尊女卑なんていつの時代の話してるんだ。そして光年は距離の単位だぞ。

頭悪いなあ。俺も人のこと言えないが。

 

「だから、それを仕舞った方が…」

 

痩せ男が俺をさせるようないい感じの間合いに入った。

 

「あ?」

 

刺してきたら腕をとって投げるつもりだったが、人をさす度胸はないのか、スッと刃物を上に向けてしまった。素人は本当に予想外な動きをするな。

俺は石につまずいたふりをしつつ…

 

「あ…ごめんなさい…」

 

頰にパンチをいれた。気絶する程度に。

 

「青木に何してんだ、テメエ」

 

っと言いながら突っ込んできたデブ男には"たまたま"突き出したように見える肘が鳩尾に入る。まあギリ気絶するかしないかといったところか。と思ったら痛みで気絶している。制圧完了だな。

 

「…早く逃げた方が良いと思います…」

「あ、ありがとう。クロメーテルさん」

「お礼はまた今度!」

 

俺の言葉を聞いて2人はこの場から離脱していく。よ、よかったあ…バレなかった。この気絶している不良たちもこの件で懲りたかもしれない。

情けは人のためならず。いつか俺にもいいことあるだろう。

 

 

 

 

って次の日、目覚ましが急に壊れたせいで少し遅刻するってどんだけ運がないんだ!神様、クロちゃんいいことやったんだからもっと俺にも運をくださいよ…もしかして神様も俺とクロメーテルを見分けられていないのかなあ…

そんなことを考えながら、少し遅刻してしまった俺はHRが始まっている教室に目立たないように恐る恐る、

 

「遅れました…すみません…」

 

と教室の後ろのドアを控え目な手つきで開けてこっそり中に…

一歩踏み込んだところで、みんなが振り返ってきた。そして一斉にわぁーーーっと!

喝采を送ってきたな、な、なんだ?

 

「??????」

 

何が何だかわからない顔をしていると

 

「クロメーテルさん、昨日はありがとうございました。これはお礼です」

 

昨日助けた女子が丁寧に腰を折り、何か渡してくる。菓子折りかなこれ?

 

「クロメーテルさん、聞いたよ!高校生の不良2人撃退したんでしょ!」

「それも相手はナイフ持っていたらしいし」

「何かお稽古で武術でもやってたの?」

 

その後次々と周りの女子が俺の席に集まってくる。ホームルームはどうしたんだよ…

 

「クロメーテルさんは美しいながらも戦える女戦士ね。欧米出身だしジャンヌ・ダルクの末裔とか?」

 

って先生まで周りにいるじゃねえか!冗談で言ってると思うんだけど先生、ジャンヌダルクは火炙りで殺されたんですよ…俺が子孫な訳ないじゃないですか…

というかこんなに囲まれるなんて銀華になった気分だな…あいつも大変だったんだなあ。

 

 

その後、休み時間ごとに話しかけられまくられ、それに面白みのない答えを返したはずなのに、クロちゃんの人気は上昇の一途を辿る。

昼休みに入っても人気は衰えず、隣のクラスからも女子が遠征してくる始末。そろそろ銀華とご飯食べたいんだが、クラスから抜け出すこともできん。

そんな中携帯が震える…相手は銀華だ。

 

『助けてあげようか?』

 

ドアの方を見ると銀華がこちらを見ていた。俺と目が合った銀華は俺に向かってウインク1つする。

ここは銀華の力を借りるか…「頼む」と短い返信を送る。

その返信を受け取った銀華は…

 

「クロちゃん、お待たせ!」

 

と言いながら俺のクラスに入ってきて、女子の壁をスルスルっと掻き分けながら入ってくる。

 

「さあ、いくよクロちゃん。今日はいつもより愛情をお弁当に詰めたんだからね!」

 

俺を無理やり立たせ、腕を組んでくる。どこか周りの女子に見せつけるように。そのまま強引に俺を外に連れ出す。強行突破すぎるだろおい。

てか腕を組んだせいで、当たってる。当たってるって銀華さん!俺の肘がお前の胸に!

そのまま銀華は俺を中庭まで連れて行き…そこで俺の腕を解放した。

 

「さすがに強引すぎないか…?」

「一番早かったのはクロちゃんがお花を摘みにっと言って逃げることだったんだけどね。クロちゃんにはちょっとレベル高かったから二番目の案を採用したんだよ」

 

…お花を摘みにってなんだ?女子は俺にとってよくわからない言葉を使いすぎだろ…だが、聞いても笑われるのが関の山だから聞くこともできん。

 

「あと私との関係を見せつけることによってクロちゃんに寄ってくる女子を牽制した意味もあるね」

 

牽制って…まあいいか。

 

「まあ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

はい、といっていつも通り弁当を渡してくるのだがそれと同時に

 

『潜入作戦立てる、今日私の家に来て』

 

と瞬き信号で送って来た。

 

 

 

 

放課後になり、久しぶりに銀華と一緒に下校する。帰るのは巣鴨の家ではなく、銀華の家なんだが…

銀華に連れられて、銀華が住んでいるマンションのオートロックの扉の前に着く。銀華が暗証番号を入れて扉を開け、エレベーターに乗って14階を押した。

そして14階…綺麗にタイル舗装された廊下を歩く。

 

「知っていると思うけどここね」

 

銀華が鞄から鍵を取り出し、部屋を開けようとするので、

 

「いいのか、ホントに」

「散らかってないし大丈夫だよ?」

「いや、そうじゃなくて…ここまで来ていうのもなんだが、女の一人暮らしの部屋に男が入るのはな…その、えっとだな…」

「ここまで来て何いってるの…ケ・セラ・セラ(なるようになれ)だよ、キンジ」

 

がちゃ。銀華は扉を開けてしまった。

最後が日本語じゃないからよくわからなかったが、こういうのは少し気がひける。

いつもの家は爺ちゃん婆ちゃんなどの目があるが、今は2人っきりで1つ屋根の下というシチュエーションだ。

だが銀華も病気(ヒス)持ちだし、婚約者だ。映画でよく見る展開にはならないだろう。

 

「お邪魔するよ」

 

というわけで銀華に続いて入った銀華の部屋は…

き、来た。女子特有のいい匂いが。なんなのこの、爽やかな菊のような…女っぽい匂いは。

ぱちん、と銀華が電気を付けて入っていくのは赤の壁紙にナチュラル系茶色の壁面家具を合わせたリビング。床にはカーペットが敷いてある。

そこに俺も入っていくが少しスッキリした印象を得るな。家具とソファー、クッション、壁の色の間に絶妙なバランスが取れているんだろう。センスいいな銀華。

 

「いい部屋だな」

「ありがとう、適当に座って」

 

荷物を置くために入っていくベッドルームは、女子力が高いというか、少女ぽい。思ったより意外だったな。

 

「着替えるからちょっと待ってて」

「わかった」

 

銀華がベッドルームで着替えてる間、座り心地のいいソファーに座って待つ。銀華は読者家なのか本棚には日本語、英語、その他の何語かわからない本が、かなりの数置いてある。

他にもガラス扉の棚があり、そこには水晶やロザリオ…それと変わったデザインの指輪があるな。

 

「またせたね」

「そんなに待ってないから問題ない」

 

大人っぽいシックな服装をしてベッドルームから銀華が出てきた。手にはノートパソコンを持っている。

銀華は俺が座っているソファーの横に座り、俺に見せるようにディスプレイを開ける。

 

「これが、あの学校の見取り図。私がここ2週間で調べたんだけどね」

 

見せられたのは横女の見取り図だが、おいおい…色々細かく書いてあるぞ。監視カメラの位置、それの死角、通気口の出入り口や中の通路、おまけにある部屋からある部屋への移動時間すら書いてあるぞ。

 

「それであるとしたら麻薬があるとしたら何処なんだ」

 

早くクロメーテルから解放されたい俺がクロメーテルの格好で尋ねると、銀華はパソコンを操作して1つの場所をピックアップした。

 

「あるとしたらこの部屋だね。これらの部屋は一見、何もない壁にある隠し扉から入るんだけど警備システムが他の部屋とかと比較にならないぐらい厳しくてね〜。侵入して調べようとしたけど、入るのに指紋認証、声帯検査、中は赤外線センサーだけじゃなくて感圧板まであって無理だった」

 

赤外線センサーはまだしも感圧板まであるなんてさすがに用心深すぎるぞ…あるとしたら流石にその部屋にあると思っていいな。

 

「じゃあどうやってその部屋から麻薬があるかどうかを探し出すんだ?」

 

銀華が侵入できなかったものに俺が侵入できるわけない。

 

「武偵なら少しは自分で考えたほうがいいよキンジ。これは初歩的な推理だし」

 

確かに銀華の言う通りだな。答えを聞いてるだけじゃ何も成長しないとカナも言っていた。

そして約1分間考えると、ハッとアイデアが浮かぶ。

 

「警備システムの電源を落としたらどうだ?そうしたら働かないだろ?」

「正解だよキンジ。それが私のアイデアなんだよね」

 

銀華の作戦は予備電源も含め、ハッキングによって数分間止めるからその間に探し出して欲しいといった作戦だ。

 

「侵入経路はどうするんだ?電源を落としたらドアが開かないんじゃないか?」

「それは大丈夫。部屋には通気口から侵入するから」

 

銀華がそういうと作戦経路と思われる侵入手段、逃走手段の経路が見取り図に浮かび上がった。準備いいなおい。

 

「いつからこれ準備してたんだ?」

「先週くらいかな。これを作り終わったのは昨日」

 

なんともない風に言っているけど、かなり凄いぞこれ。

 

「凄いなこれ」

「ありがとう、まあ友達にやり方教わったんだけどね」

 

お前もハイスペックだが、その友達も相当ハイスペックだな。どんな超人小学校に通ってたんだよお前は。

 

「作戦決行はいつにする?」

Strike while iron is hot(善は急げ).明日でいいかな?このインカムで私が指示するし、キンジは私の指示通りに動いてくれればいいから」

「わかった」

 

クロメーテルで外に出る時間が1秒でも短くなるのは俺にとって大変喜ばしいことなので文句はない。

 

「作戦会議はこれでお開きにしてっと……夜ご飯どうする?私キンジの分も作るよ?」

 

ソファーから立ち上がり、可愛らしいフリフリエプロンを着けながら銀華はそんなことを聞いてくる。

 

「じゃあお願いするかな。外で食べて帰る予定だったし」

 

作戦会議がこんなに早く終わると思っていなかったから、婆ちゃんに外で食ってくると連絡してある。渡りに船の話だな。

 

「オッケー。じゃあキンジ何食べたい?」

「うーん…そうだな。この前言っていたお前の洋食も食べてみたいな」

「うん….…洋食ね……頑張ってみる」

 

そう気合いをいれて作った銀華のオムライスの味は、作戦決行が1日伸びたと言えばわかるだろう。

 

 

 

 




原作で書きたいシーン沢山あるので早く原作に入りたいですね…あと何話ぐらい書けば原作入れるんだろう?


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第8話:背中合わせ

三部構成の後編です。


作戦会議から2日後。

ついにその日が来た。なんの日かはいうまでもない。ハイハイ作戦(銀華命名:通気口をハイハイして侵入するかららしい)の決行日だ。

フォーメーションとしてはこの前のうちあわせどおり、俺が潜入で、銀華がハッキングやインカムで指示を送る後方支援。

そして、銀華と行う任務では初めて、俺が前線に立つ仕事になる。そう考えると女子の銀華に前線立たせてしまっている俺の実力に不甲斐なさを感じるな…

そして、侵入するのは俺1人。

正直に言って…かなり不安だ。

もし部屋に侵入しても、手間取ってしまって抜け出せなくなったらどうしようなどの悪い想像ばかりが頭によぎる。

後方に回ろうにも俺にはハッキングの技術なんかない。というか、銀華は簡単なハッキングなら友達に教えてもらったのでできると言っていたが、普通ハッキングの仕方なんて知らないぞ…

 

そんなことを考えながらいつも通りの授業を過ごし、放課後を迎える。教室でクラスメイトに話しかけられながら銀華の指示を待っていると…

 

『キンジ、移動』

 

目立たないように耳につけた小さいインカムから銀華の指示が流れてくる。

作戦開始だ。

 

 

 

クラスメイトに別れを告げ、銀華の指示に従って監視カメラの死角から通気口に侵入する。女装姿で通気口の中をハイハイで進むという行為に対して、どうしてこうなったとしか感想が出ないな…本当に。

そして待つこと約4時間。生徒や先生がみんな帰宅し、警備員が定期巡回を終えた21時過ぎ。

 

『キンジそろそろいくよ』

 

暗く狭い通気口の中は、すること何もないからな…流石に待ちくたびれたぜ。

 

『3.2.1…ハッキング成功』

 

学校外からあらかじめこの時のためにハッキングの準備をしていたらしい銀華の合図と共に…

ガシャン!

俺もあらかじめ外していた通気口の金網を外し、室内に侵入した。窓もなく、電源を落としている室内は光がなく、当然真っ暗だ。俺は準備してあった懐中電灯を点けると、その室内は…

 

(まるで書庫みたいだな…)

 

広くはない。書庫というよりはちょっと大きい書斎っていうところだろうか。別にこれが普通の部屋ならおかしくない。だが、こんな部屋に鍵だけならまだしも感圧板などのセキュリティが施されてるなんて明らかにおかしいぞ。

 

『キンジ、本棚の本片っ端から調べてくれない?』

「了解」

 

って…銀華、部屋が書庫ぽいって知ってたのかよ……先に教えてくれよな。

インカムから聞こえる銀華の声によると、ハッキングで警備システムを無効化できるのはせいぜい10分。

それまでに麻薬を見つけだせなければ別の方法でまた探さないといけないし、俺がクロメーテルで登校する期間が伸びる。クロちゃんもう男に戻りたいよぉ…

 

(どこにあるんだ、本当に!?)

 

本を本棚から取り出し、本の裏に隠してないかチェックする。それを続けること5分、一冊の分厚い本の裏をチェックしようとして持ったのだが、なんだ?

この本やけに軽いぞ。

普通の本の1/2ぐらいの重さしかない。

気になって本を開けてみると、

 

(ビンゴ…!)

 

その本のページの内部はくり抜かれており、そのくり抜かれた部分には透明なビニール袋に袋詰めされた乾燥した緑の葉っぱの塊――――乾燥大麻が代わりに入れてあった。

 

「目標発見」

『わかった。証拠写真を撮って証拠品と共に引き上げて』

 

俺は支給されたシャッター音が鳴らない使い捨てカメラでこの部屋と証拠品の写真を撮る。

そして本ごと大麻を持つと、ワイヤーを使って再び通気口内に戻り、金網を戻して侵入した痕跡を消す。

 

「部屋から撤収完了」

『そのまま、計画通りの脱出ルートで逃走して……………と指示するつもりだったけどちょっとその部屋の通気口内で待機』

 

銀華の声が少し楽しそうなものに変わったぞ?な、なんでだ。

 

「どうしたんだ銀華?」

『今、黒服の男たちが3人、裏門から学校に入っていくのが見えた。私の推理によると、5分後その部屋に入ってくるから、そいつらの行動を撮影して、ボイスレコーダーで記録しておいて』

 

銀華にそう言われ、再び待つこときっかり5分。部屋の正規の出入り口から3人の男たちが入ってきたのが金網の隙間から見えた。

お揃いの黒いスーツをビシッと決めている。

そこいらにいる素人(チンピラ)ではなく、たぶん本職(ヤクザ)だろう。

素人相手ならともかく、本職を相手取るのは今の俺では難しい。銀華がここで俺を強襲させず待機させたのは、それを見抜いていたからだろうな。

 

「兄貴、いつも思うんですけど、なんでうちらがこんな薬の輸送なんてやらなくちゃいけないんですかね?チンピラ共にやらせればよくないですか?」

「親父が言っていたのを聞いていなかったのか馬鹿!チンピラ共にやらせてもし口を滑らしたら、チンピラ共はともかく、親父や俺たちにこれを売ってくれているここの理事長まで逮捕(パク)られるんだぞ。本家の組長がここの理事長と仲良いおかげで俺たちは一気に金回りが良くなってるんだ。これぐらいは我慢しろ」

なるほど。ここまで薬を輸送して、みつかりにくいだろうここに保管。もしかしたら一昨日見たトラックが運んできたのかもしれない。そして、それをヤクザに回収させるから足がつきにくかったのか。それもたぶん二次団体のヤクザにやらせ上前をはねて、もし捕まりそうなら自分達は知らぬ存ぜぬでやり過ごすんだろうな。ヤクザたちも考えるものだぜ。

 

「でもここの理事長はどうやって密輸してるんでしょうね」

「それも親父が確か言っていたな。中国マフィアのら……ら………。そう、ランタンみたいな名前の組織と理事長が繋がりがあって、そこから仕入れてるらしい」

 

ランタン…?

なんかマフィアにしては可愛い名前だなおい。

ヤクザはその後それぞれに本棚を探し、麻薬本を探し出す。その手つきは手慣れたもんで、もう何度も同じことをやっているように見える。

 

「あれ、1ついつもの場所に置かれてないぞ」

「数え間違いじゃないのか?」

 

ヤクザたちは、今俺の手元にある麻薬本の元あった位置を探している。数え間違いも考え、何度も数えているが…まあ数合わないよな。俺が1つ持ってるんだし。

そんな風に観察していると、兄貴と呼ばれたリーダー格的な男は携帯を取り出しどこかに電話をかけ始める。短い会話を終え、しばらく経つと再びリーダーの元へ電話がかかってきた。

 

「はい、はい。わかりました親父。本家に今から向います」

 

そう言って青ざめた顔をしながらリーダーは携帯を切った。

 

「兄貴、親父はなんて?」

「本家の組長がいま理事長と食事中らしいからそこに来いだとよ…」

「うげえ、まじかよ…本家緊張するなあ…」

 

……これ本家の連中まで一網打尽にするチャンスじゃないか?二次団体の尻尾切りのメンバーだけじゃなくて、一次団体の組長まで逮捕できる稀に見る好機だぞ。

 

『キンジもわかってると思うけど、これは稀に見る好機だね。今から計画通り離脱してあいつら追いかけるよ』

 

って、銀華もインカム越しにあいつらの声拾ってたのか。

だけど向こうは車で、俺たちは徒歩。銀華は一体どうするつもりなんだ?

 

 

埃まみれになったクロメーテルさんがこっそり校舎から出ると、ちょうどヤクザたちが裏門から車で立ち去るところだった。

ナンバーもギリギリ見えなかったし、ついてないぜ…

俺は歩道からヤクザたちが立ち去った方を見ていると…

 

『キンジ右、右』

 

……右?右って言っても車が走ってるだけだぞ。そう思って右を見てみると…

 

「乗ってキンジ」

 

道を渡った先に車の窓から顔を出している銀華がいた。準備いいなおい。

横断歩道を渡り、銀華が乗っている車へ走って近づくと…ドアが自動で開いた。

 

「お手柄だねキンジ」

「まあな…?」

 

乗り込みながら答える俺の返答が疑問形になってしまったのは、車内が俺の想像と違ったからだ。一般乗用車に見える外部から一転、内部は通信機器のようなもので細々している。まるで中継車みたいだぞ。そして外車特有の左ハンドルで運転席には…

 

「お、おい。この車誰が運転するんだよ!」

 

運転手がいねえじゃねえか!

 

「運転手ならいるわよ。お願いアイ」

誰かここにいない人に話しかけるように声を発した銀華に

「承りました。銀華様」

 

正面に取り付けられたインパネで蛍光グリーン光のレベルメーターが上下し、女声の電子音声が応えた。そして……う、運転手不在のまま動き出したぞ!?

 

「この車喋るのか?」

「はい、キンジ様。キンジ様のことは銀華様にお伺いしておりました。お乗りいただけて光栄です」

 

ナイトライダーの人工知能みたいな機能に驚く俺と…隣で可愛くドヤ顔をキメる銀華を乗せる車は行き先がわかっているかのように道をスイスイ進んでいく。

 

「聞くのも怖いんだが、この車いくらするんだ?」

 

AI付きの自動運転車なんて聞いたこともない俺が恐る恐る聞くと…

 

「貰ったのよ」

「盗んだの間違いでは?」

「うるさいよそこ」

「失礼しました」

 

銀華とAIがなんか言い争いを始めた。なんかヤバそうな単語が聞こえたから、うん、何も聞かなかったことにしよう。遠山キンジは何も聞いていません。

というかこの車、去年のゼネラルモーターショーで発表されたマイバッハ62Sじゃねえか。内装が改造されすぎてて気づかなかった。

車体剛性が高く、それによる安定性や騒音・振動・ハーシュネスの性能がいい62モデルの排気量を増やした最新海外高級車だぞ。

中学生のくせになんてもん乗ってるんだお前。

 

「アイが人工衛星のカメラ使ってさっきの車追ってるから、後でこれに着替えといて」

 

武偵中の制服を着ている銀華から紙袋を受け取ると、そこには俺の武偵中の制服。やったー。クロちゃんから解放だよー。

というかまじで準備が良すぎる。未来でも見えてるんじゃないか?

 

「そういえば、このAIの名前アイっていうのか?」

今更な質問を銀華にすると、

「いいえ、銀華様がアイと呼んでるだけです。一般的には開発名のAssi(アシ)と呼ばれています。簡易版の名前はSiri(シリ)となる予定でした」

 

という答えがアイ…いやアシかやら返ってきた。

 

「どうして銀華はアシのことアイって呼ぶんだ?」

「AIだからローマ字読みでAI(アイ)。アシよりアイの方が響きが可愛いじゃない」

 

ほっぺを膨らませながらそう説明する銀華は…可愛い…。俺は銀華の年相応な行動に弱いんだ。いつも大人びて見えるからそれとギャップもあるんだろうな。その動作だけで軽くヒスってしまった俺に、

 

「そ、そうだ…今回HSSどうする?」

 

と、顔を赤くしながら銀華が聞いてくる。銀華は今回万全な状態だし、俺も軽くヒステリアモードにかった状態、(メザ)ヒスである。俺がリゾナになるが、銀華は戦えなくなるということは今回の場合避けた方がいいだろう。

 

「今回は大丈夫。銀華と一緒に戦いたいんだ」

「わかった。じゃあ一緒に頑張ろうー!」

 

俺がそう答えると銀華は顔が赤いまま、えいえいおー!のように右手を突き上げるのであった。

 

 

 

 

目的地の近くまで来たとのことで、俺は武偵中の制服に着替え、先に車から降りてた銀華と共に目的地に向かう。

目的地のやつら、ヤクザの本家、和風の巨大で豪勢な門を角から窺う。

門の前には夜にも関わらず、さっきのヤクザと同じようにスーツをきっちり着たヤクザが門番として2人。中にもたくさんいるだろうし、正面突破はやめた方がいいな。

 

「どうする銀華…って何遊んでるんだ」

 

俺が振り向くと、後ろで銀華がラジコンのようなものを動かして遊んでいる。なんだあれ。

 

「遊んでないよ。これはドローンていうんだけど、まずはこれを敵の位置を割り出すために使うんだ」

 

銀華が持っているそのドローンのコントローラーにはモニターが付いており、ドローンに付けられたカメラの映像が観ることができる仕組みになっている。

 

「このドローンに名前つけてよキンジ」

「名前なんて1号とかでいいだろ」

「じゃあドローン、お前の名前はキンジ1号だ!」

「どうしてそうなる!?」

 

俺の真っ当な抗議は聞き入れられず、銀華はワイヤーやジャンプ機能が付いているドローン改めキンジ1号を上手く操作し……

 

「……いた。さっきの3人と学校の理事長。それにこの人は組長さんかな?部屋に麻薬もあるし言い逃れできないね」

 

目標(ターゲット)を発見した。やるじゃんキンジ1号。あと遊んでいるとかいってすみませんでした。

俺たちはワイヤーを使って塀を乗り越え、あらかじめキンジ1号で索敵しておいたところを音を立てないように注意しながら小走りで抜け、目標がいる母屋の一階部分まで辿り着いた。

目標は3階にいるのでワイヤーを使いリペリングし、銀華と俺それぞれ違う窓から

ーーパリンッ!

 

「動くな、武偵だ!」

 

部屋に突入した。俺たちの突然の強襲に1人を除いて驚いている。

 

「おやおや、武偵さんですか。これまた何用で?」

 

やっぱり組長と言うだけあって、器が違うな。銃を突きつけられているっていうのに余裕があるぜ。

 

「大麻取締法違反の容疑で逮捕する。手を頭の上で組め。変な動きはするなよ」

 

俺が銃で脅しながらそう言うと、組長を含めおとなしく手を上げていく。手を頭の上で組む段階の中盤、組長が手を俺たちの方へ突き出した時…

ジャキジャキ!

(スリーブガン!?)

長袖の中にレールと共に隠されていた銃、コルトディフェンダーがとびだしてくる。そして間髪入れずに銃弾を放ってきたが、

 

「危ないっ!」

 

銀華が俺を突き飛ばし事なきを得る。その勢いで2人揃って机を倒し、遮蔽物にして隠れた俺たちとは対照的に

 

「おいお前ら、早く来い」

 

組長がそう叫ぶと、ゾロゾロッ……

時代劇の終盤みたいなノリで出るわ出るわ。揃って強面の皆さんが。

手に拳銃だけではなく短機関銃(マシンガン)やアサルトライフル、ショットガンやらを携えて50人は登場したぞ…!

 

「…………!」

 

その時だった。予想外の事が起きた。

応戦しようと銃を撃つために無意識に前のめりになった銀華が…その胸を、俺の顔に思いっきり押し付けてきたのだ。

バババッ!バババッ!

遮蔽物となった机から少し顔を出しヤクザと応戦している銀華は、自分の胸が俺の顔に密着していることに気づいていない。

ああ。

ああ…

これはアウトだ。

未成熟ながらもしっかりある女子の胸。

今俺の顔面には、夢のように柔らかいものが押し付けられている。

体の芯が熱くなり、ドクンッ、ドクンッと俺の心臓が止めなく暴れ……なっちまったな。

ヒステリアモードに。

 

 

ズガガガッ!ガキンッ!

弾切れの音を盛大に上げた銀華が、リロードのために身をかがめベレッタ93Rに弾倉を差し替える。

 

「……やったか?」

「数は減らしたけどまだショットガンやアサルトライフルみたいな危険度の高い銃しか壊せてないわ。一旦引かせただけ」

「やっぱり銀華は強い子だ。それだけでも上出来だ」

「…あれ?HSSになってる?……あ、もしかしてさっきの撃ち合いの時になったのか。この方法だったらキンジだけHSSになれていいかも…」

 

俺の雰囲気の変貌からヒステリアモードになった事……つまり銀華でなった事を悟り、何やら嬉しくなくもないような、嬉し恥ずかし反応を見せながら考察を始めている。

銀華の反応を思い返すと、女子は自分に性的魅力があると思わされることは必ずしもイヤなことではないんだね。勉強になった。

などとヒステリア学を自習している場合ではない。

ドガガガガガガッ!

再びヤクザたちが俺たちが隠れた机に銃弾を浴びせてきた。

だが机はヤクザが使用するだけあって防弾加工がしてある。撃つだけ弾の無駄だ。

 

「俺の女神様はもう銃を握らなくていいよ。その美しい手はそんなものを握るためにあるんじゃないんだ」

 

リロードした銃でもう一回応戦しようとした銀華を止める。

 

「側から見るとこうなるんだね…」

 

銀華は俺の言う通り銃を下ろす。ちょっと落胆しているようだけど銀華のHSSも俺は素晴らしいものだと思うよ。

俺はベレッタ・M92Fを抜いて机の外へ身を晒した。そして囲むように並んでいたヤクザたちが、一斉に銃を撃ってくる。

その弾は……

全て当たらない。

当たるわけがない。

見えるからだ。

今の俺の目には銃弾がまるでスローモーションのように見える。

俺はその銃弾をかわしながら、セミでベレッタの最大装填数15発全てを発砲した。

その弾の行方は見なくてもわかる。

撃った銃弾全てがヤクザたちの拳銃に飛び込んでいくのもわかる----!

ズガガガガガッ!

ヤクザたちの拳銃は銀華の最初の銃撃と合わせて全て吹っ飛ばされた。

次はどうなるかっといったら……

 

「死ねやー!」

 

近接格闘戦(CQC)になるに決まっている。ナイフを持って俺に突っ込んできた男を、

 

「私のことを忘れないでね」

 

銀華が飛び蹴りでその男を隣の部屋までブッ飛ばした。

 

「ほら拳銃は手に持ってないからこれはセーフよね?」

 

笑いながら手を振ってそう言い訳してくる銀華は可愛い。こんな婚約者を持てて俺は幸せだよ。

 

「一緒に戦ってくれるのかい?」

「うん。背中ぐらいは守ってあげるよ」

 

そんなこと言って銀華は、ぽむ。

俺の背中に背を食っつけてきた。

--背中合わせ(バック・ツー・バック)

包囲された際お互いの死角を守り合うフォーメーションだ。

そんなフォーメーションになった俺らは突っ込んできたヤクザを手刀や投げ、金的などで無力化する。ヤクザといっても戦闘訓練を受けていない人間が大半だ。そんな奴らがヒステリアモードの俺と強襲科Aランクの銀華の前に長い時間持つわけがなく、その数分後には…

 

「ひゅう、やるねキンジ」

 

組長や理事長、3人組も含め全員無力化した。倒したヤクザの数は俺が30人、銀華が20人といったところか。

 

「いいや、銀華が一緒に戦ってくれたおかげだよ。銀華は俺にはもったいないぐらいの婚約者だよ」

 

なでなで。

戦闘でちょっと乱れたロングの銀髪を梳くように、いい子いい子してあげた。

 

「うん、うん……たまにはこういうのもいいよね…」

 

銀華はうっとりした目をしながら嬉しそうな声でそんなことを呟いた。

して欲しいならそう言えばいいのに。これぐらいなら毎日やってあげるよ。

そんなことをしながら俺たちはさっき呼んだ警察の到着を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「み、短い間ではありましたけど、クロメーテルさんが転校することになりました」

 

数日後、下校前のLHR(ロングホームルーム)で担任が1年1組のみんなにそう言う。

俺は任務も終わったし、3学期終わる前にこの学校から去ることにしたのだ。女装姿ももうこりごりだしな…

ヤクザ本家の強襲から土日も入れて3日ほど欠席していたんだが……クラスのざわつき方からして、俺が転校するっていう噂はその間に行き渡っていたらしい。

まあ事前に担任には連絡していたからな。その担任は今泣いているけど…

 

「あの、えーっと…短い間でしたが、ありがとうございました」

 

最後まで面白みのない、ほぼ担任のパクリのような挨拶でそう締め括ると

「クロメーテルさん!」「クロメーテルちゃん!」「クロちゃーん!」などとみんながショックを受けたように俺の名を連呼してきた。人気アイドルが引退する時のファンみたいな顔で。

泣いている子もいるしちょっと心が痛む。

 

そうして、LHRも終わり…放課後、日が落ちかけ始めた頃。

俺は職員室でまだ泣いている担任の先生から転校関連の書類を受け取った。また何かあったら転校してきてねと言われたが、先生、俺実は男なんですよ…

一礼して職員室を出ると、それに続けて俺と共に横女を退学した銀華も職員室から出てくるところだった。

 

「銀華は残らないの?」

 

もう人生で残り少ない数しか喋らないだろう女喋りで俺が銀華に尋ねると

 

「残ってもよかったけどね〜クロちゃんが辞めるっていうし私もやめようかなーって」

 

そう答えが返ってきた。実際武偵中で授業を受けなくちゃならないんだけどな。まあこの学校の方が一般授業はレベルが高いんだが。

そんなことを2人で並びながら思いながら、下校するために昇降口に向かうと…なんだ?校門まで左右一列に女子たちが並んでいるぞ?

 

「シロちゃんサインを!」

「クロちゃんこっち向いて!」

「シロクロは尊い…」

 

これ出待ちってやつか…本当にアイドルのファンみたいだな。ってことは俺たちはアイドル……?

 

「最後に難関がきたな…」

「これもクロちゃんフィーバーのせいだね!」

 

そんなことを言いながらニヤニヤ笑った銀華は携帯の画面を見せてくる。そこに書いてあったのは、校内美人ランキング、1位クロメーテル・ベルモンドと書かれたWEBサイトであった。

(えっ……)

最後の最後に少女漫画っぽくショックを受けるクロメーテルさん。なんで女子より女装男子の方が美人ランキング上なんですかね…銀華の方が美人だと思うんだけど…

というか銀華は数票差の2位、お前もほとんど変わんねえじゃねえか。

 

「まあ一位は一位だよ。少し悔しいけど認められて嬉しいよ」

「………」

 

後半の文に主語はなかったが、俺にもその主語は推理できる。『自分の婚約者』だろうな。

というか婚約者が女装で認められて嬉しいって銀華も稀有な女だなおい。

 

「尻込みしてても仕方ない。行くよクロちゃん!」

 

腕を組んで俺を引っ張る銀華と共に夕焼けで茜色に染まった女子たちが待つ昇降口の外へ一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クロメーテル編完

中学生編なので敵を強くできないのが困りどころ。ヒスキンと銀華が揃って戦っちゃったりしたら今回みたいに瞬殺になっちゃいますね…
中学生編はあと4話ぐらいで終わる予定です。


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第9話:二世と四世

注意:キンジの出番なし、大幅な時間飛び


私が武偵中に入学してからもう一年と九ヶ月が経った。一般的な学校の制度では一年経つと1年生から2年生という風に繰り上がるらしい。

つまり私は二年生になった"らしい"。

"らしい"としか言えないのは私は二年生になって学校に行けてないからなんだよね…

政府のお偉いさんが一年の時の私の働きぶりを気に入ったらしくて、娘の留学時のボディーガードとして海外まで付き添っているから一年弱は武偵中に行けてないな〜

そのせいで私の武偵ランク試験は延期となってまだAのまま。ちなみに試験をサボるようなことがあるとEランクになるらしいけど、まあそんなことする人いないでしょ。

武偵中はイ・ウーとはまた違って面白いんだけどね。

というわけで私はイギリスで要人警護のお仕事中。要人警護といっても日中のボディーガードが中には入れない学校の中だけで、放課後や休日は自由なんだけどね〜。そして今は冬休み。だからこうやって観察できる。

 

Stop right there(そこで止まりなさい)!」

 

静かなロンドンの夕暮れ時に甲高いアニメ声が響き渡る。

声の正体、それは私の視線の先にいるピンクブロンドのツインテールを靡かせ、防弾装備に身を包んだ少女。

あれが私と血が繋がっている、父さんのひ孫の神崎・H・アリアか。

見る限り戦闘のセンスは……確かにあるけど強引というか無理やりというか…

猪のように真正面から突っ込んで両手に持ったM1911(ガバメント)の火力制圧してる感じだね。作戦とか立てずにごり押しするタイプっぽいね。

実力は今の私、銀華と同じかそれ以下。紅華なら一瞬で制圧できるだろうし、主戦派はもちろんのこと、下手したら研鑽派の人たちよりも劣るね。

あれが初の14歳でのSランクか…私より上なのがちょっと気にくわないけど…ま、いいか。

武偵なんて偽の顔だし、本職はイ・ウーのならず者だしね。

そんなことを考えながら、銃声に集まってきた野次馬に紛れ神崎を観察していたわけだけど、私の視線に気づいたのか知らないけど、事情聴取を終えた神崎がこちらに歩いてきた。

そんな彼女を他の人と同じように見ていたんだけど…

 

「ねえ、そこにいる銀髪の貴女。名前なんていうの?」

 

突然私の名前を聞いてきた。というか、いきなり人の名前聞き出そうとするなんて横暴だね。こういうの唯我独尊っていうのかな?よくわからないけど。

 

「北条 銀華」

 

私は名前だけを答える。名前以外を教える必要はないし、まず聞かれていない。

 

「日本人?」

「1/4だけね」

「本当?私もそうなの!」

 

なんか神崎は1人で盛り上がってる。ていうか、なんで私が話しかけられたのかよくわからないんだけど。

 

「で、わたしに何か用?」

「いや、私と似たようなものを感じたから話しかけたのよ」

「それは推理?」

「勘よ」

 

神崎は父さん並みの直感を持ってるのかも…私と神崎の血が繋がっているってことを直感で感じ取ったのだろう。それだったら警戒レベル上げないとね。

 

「そう…じゃあ私帰るから」

 

私は野次馬の奥へと消える。

今、神崎と深く接触するのは得策ではないからね。

私の推理と直感では神崎と深く関わるようになるのは2年後から3年後。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

神崎は野次馬を押し分けてこっちに来ようとしてるが、もう遅いよ。神崎が野次馬を抜けるだろう頃には私は裏路地に姿を消していた。

 

これがホームズ二世とホームズ四世の初めての出会いである。

 

 

 

 

イギリスではクリスマスホリデー、日本でいう冬休みなので、イ・ウーに帰省している私は週に1度の楽しみであるキンジとの電話を終え、部屋でゴロゴロしていた。

最近のキンジは声から元気がないことがうかがえるんだよね。どうしたんだろう?人には聞かれたくない事情ってものがあるし、安易に聞くことはできないからねー。

理由は推理できないことはないと思うけど、私の直感が推理しない方がいいと言っているので推理はしない。私の直感はそんなにすごくはないけど働く時は働くからね。

もうキンジとの電話も終わったし寝ようかな…っと…メールだ。相手は理子か。

うーんと、なになに?

『会いたいから部屋に行ってもいい?』

私の部屋は何度も言うがイ・ウー最深部。こんなところまで来させるのは忍びないよ。

『私が理子の部屋に行くから、ちょっと待ってて』

そう返信し、私は姿見の前で服を正して部屋の外に出た。

教会のような大広間を抜け、通路をいくつか抜けて理子の部屋に向かうと…

 

「こんばんは、紅華だったかな?」

「金一……だったよね」

 

通路で金一義兄さんと対面する。金一は今年の中盤ぐらいにメーヤの紹介でイ・ウー入りしたんだけど……目的もまあ推理できるよね。私が推理できるぐらいだから父さんも推理できてるだろうし、父さんはどうするつもりなんだろう。ちなみにまだカナ=金一を認識している人間はほとんどいない。

 

「どこかお出かけだったのかい?」

「ちょっとロンドンにね」

 

金一の話しかけ方を見るに、私を小学生と勘違いしている節がある。いや、まあ体型みたら、そこいらの小学生より小さいんですけど…銀華の時とギャップがある理由は簡単な推理でもわかることだけど小学生扱いは解せぬ……

 

「噂の四世を見に行ってたというところかな?」

「そうよ、一応親戚だしね」

 

そう言って私はそのまますれ違って去ろうとする。

 

「ちょっと待ってくれ、聞きたいことがあるんだ」

 

そして私は止まる。

今日はよく呼び止められる日だね。

私は振り返ると金一が真剣な目をしている。

そういう目、キンジそっくり。

 

「何?」

「…俺がHSSという体質を持っているということは君も知っていると思うが、この体質は特異体質で世間では知られていない。だが、教授(プロフェシオン)はこの体質を知っているかのような喋り方だった。もしかしてここにもHSSを持つ者がいるのか?」

 

これは罠だね。金一は私が動揺するのを誘っている。たぶんHSSの直感で私がHSS持っていることを見抜いているんだ、銀華の前例もあるし。だが確証はない。だからこうやって揺さぶって疑念を確信に変えたいんだろうね。そして紅華=銀華がバレるのはかなりマズイ。キンジにはまだこっちの世界、裏の世界に踏み込んでほしくないし。

 

「普通の人間ならまだしも、父さんだよ?知ってても別におかしくないよね」

「確かに教授だったら知っててもおかしくないな。すまん、おかしな事を聞いた」

 

上手く誤魔化せたかな。それに金一も上手く誤魔化してきたね。

それじゃあという風に手を振り理子の部屋に向けて再び歩き出す。

 

「あともう1つ、君の行動は人を助ける時と襲う時の両極端だ。その違いはなんなんだい?」

 

そう金一に言われると同時に、私は殺気を金一に向かって放つ。でも、流石に金一はこれぐらいじゃビビらないか…

 

「気まぐれ、それ以外にない」

 

振り返らずにそう言って私は今度こそ本当にそこから立ち去った。

 

 

 

 

しばらく歩いて理子の部屋にやっと到着。

ノックをするとドアが開いた。

 

「久しぶり〜紅華!」

 

ドアが開くと同時に理子が抱きついてくる。

確かに会うのは久しぶりだね。半年ぶりとかかな?

私がイ・ウーにいることは減ったし、理子も忙しいみたいだからね。理子だけじゃなく他のメンバーとも会う機会は減っている。

仕方のないことだけどね。

 

「確かに久しぶりだね〜。寝るまでは暇だしゆっくりお話でもしようか」

「うん」

 

そういう理子はあまり元気がない。元気がないというか聞きたいことがあるってところかな?その理由を推理すると…

 

「ホームズ四世のことが気になるの?」

「うん……少しね」

 

やっぱりビンゴ。私が四世を見に行ったことを理子はリサからでも聞いたのかな?

そして、理子は少しねと言っているけどたぶんかなり気になってる。理子の本名は峰理子・リュパン四世。ホームズとリュパンだから因縁でも感じているのかな?私もホームズだけど。

 

「うーんと、そうだね〜。遊び甲斐はありそうだけど私とは馬が合わないね。もし緋弾の計画がなかったら興味は湧いてないと思うよ」

 

あの様子じゃ脳筋って感じだから、たぶん推理力は全く遺伝してないよね。同じホームズ家だからといって合う合わないはあると思う。

 

「紅華的に見て実力は?」

「実力?Sランク武偵らしいけどそれほどでもないといったところ。理子でも十分勝てると思うよ?」

 

そういうとなんか理子は安心してるけどなんでだろう。やっぱり理子にとってホームズは因縁の相手だし戦いたいのかな?私もホームズだけど理子に戦いを挑まれたことはないんだけど。同じ四世だからかもしれないね。

 

「そっか、そっか〜」

 

理子はそう言って擦り寄ってくるけど、やっぱり理子は甘え癖があるね。理子の境遇を考えれば仕方ないけど。

 

「ねえ理子、もっと面白い話しよう?理子の話、私聴きたいなあ」

「うん!紅華にりこりんが話したいと思った話題はね…」

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

あたしは峰・理子・リュパン四世。

イ・ウーの一員で、目の前であたしの話を楽しそうに聞いてくれているのは紅華。

紅華はホームズの姓を持っていて、リュパンの姓を持つあたしが対抗心を抱くかとみんな思ってるかもしれないけど、そんなこと思えないよね。思うのもおこがましい。

紅華はあたしがルーマニアのブラドの屋敷から抜け出した時、逃げる過程でボロボロになったあたしを拾ってくれた命の恩人。

最初裏路地で紅華に見つけられた時は、もうダメだと思ったね。明らかにやばい雰囲気醸し出してたし、横にはナチスのハーケンクロイツの眼帯つけたカッツェがいたし。でもそんなことはなかった。

紅華は傷ついたあたしを、カッツェが止めるのも聞かず超能力(ステルス)で治療してくれて、そのまま何も理由を聞かずイ・ウーで匿ってくれた。その後ブラドがあたしを見つけにイ・ウーまで来たけど、交渉して私の自由を保証してくれたのも紅華。

こんなによくしてくれる人にどうして対抗心を持つことなんてできると思う?

 

それに私によくしてくれるだけじゃなくて、戦闘能力面でも紅華は十分すごい。

ブラドと交渉したり、イ・ウー主戦派の魔女の中でのリーダーだったりどんなチートって感じ。

ブラドはイ・ウーのナンバー2で、主戦派魔女のパトラはナンバー3。

ナンバー2と対等に渡り合えて、ナンバー3を従える紅華ってなんなのって話でしょ。紅華はそういうランクに興味はないからランキングに入ってないけど、入ってたら確実にナンバー2かナンバー3取れるよね。

今のあたしがそんな紅華に勝つなんて野生の2レベルのポ〇ポで育成された100レベルのミュ〇ツーに挑むぐらい無理ゲー。それぐらい実力差がある。

ただ…紅華の誰もが認める強さと人を惹きつける魅力にあたしが憧れているのは、確かなんだけどね。

 

「理子どうしたの?」

「ううん…なんでもない」

 

深く考えすぎたのか、紅華が年齢と乖離している童顔で私の顔を見て首を傾げている。

 

「そう。悩み事があったら言ってね」

 

紅華はどこまでも優しい……だが怒らせると手がつけられない。イ・ウーで怒らせると一番やばいのは紅華って言われているぐらいやばい。一度紅華を怒らせた奴が紅華に消されて、そう言われるようになった。そんなパンドラの箱を開けようとしているバチカンは意味がわからないよ…

 

「うん。じゃあ逆に紅華の方は悩み事ないの?」

 

ないっていう答えを想像した質問だったんだけど…紅華はぽっと顔を赤くした。なに、その。紅華には珍しい普通の乙女みたいな反応。

 

「……あのね、最近ある人に全然会えなくて寂しくて、その人のことばっかり考えちゃうんだけどこれってなんなのかな?」

「…………」

 

もじもじしながら言うそんな姿は……

完全に恋だね…

紅華が恋に落ちるなんて考えてもみなかったよ。

それにしても初心だね〜

背が小さい以外に欠点のない紅華が惚れる相手が少し気になる。

 

「あれ、理子?」

「……ごめんごめん。もしかしてその人とメールをしたり電話したりしてる?」

「よくわかったね理子。リュパンの名を返上して、ホームズになったら?」

「それは汚名だよ!?」

 

紅華が冗談でそんなこと言ってるのはわかってるけど…ちょっと焦るよね。何せ大怪盗と名探偵では天と地ぐらいの差があるし。

紅華はあたしの反応みてクスクス笑っているけど、その顔も女の私からみても可愛い。

 

「それで紅華がそうなってしまった原因は、名探偵理子の推理によると恋です!」

「………やっぱり」

 

紅華も自覚はしてたみたいだね〜

ただそれを認めたくないっていうのかな?

あと魔女が恋に悩むってのもいいね。実力は違うけど同じ人間なんだと実感できる。

 

「それでその紅華の心を奪った大怪盗がどんな人か、りこりん同業者として気になるなー」

「詳しくは言えないけど…強いて言うならば女装が上手で、普段は頼りないけど、いざとなったら頼りになって、一緒にいると楽しくて、優秀な能力を持つ女装が上手い人だよ」

 

顔を赤くしながら、手を頰に当ててそう答える紅華は…完全に脳内トリップしてるね。これは完全におちてるよ。ギャルゲーでいう完全に攻略されてるって感じ。

…って女装が上手いって何?

女装が趣味の変態なの!?

そんな人を紅華は好きになっちゃったって。

………………。

なんだろう。このこみ上げるような殺意は。

あれかな。怪盗でもないのにヒトの心を盗んだことを、怪盗としての私のプライドが許せないのかな?

 

「くふふふふ…」

「不気味な笑い声あげてるけどどうしたの?」

「ううん、なんでもない」

 

ここに紅華の心を奪った本人はいないのに喚き散らしてももしょうがない。

手を振ってなんでもないアピールをしながら返事を返す。

 

「そう、それならいいけど…….あっごめん理子。電話」

 

そう断りをいれてから紅華は携帯の電話を取る。

 

「……。うん、私……うん……うん……了解。すぐ行く」

 

そう言って携帯を閉じた。

見た感じ、あたしにとっていい内容じゃなさそうだね……

 

「ごめん理子。ちょっとカッツェたちに呼ばれて、出かけないと行けなくなっちゃった」

「仕方ないよ、いってらっしゃい紅華」

 

そう言ってあたしは紅華を見送る。

ふう……

紅華が出て行った後、気持ちを落ち着けるために一つ息を吐く。

 

あたしにとって紅華は自分を救ってくれた特別な人だけど、紅華にとってのあたしは単なる1人の仲間にすぎない。

紅華にとっての特別な人はたぶんその紅華が恋した相手しかいない。

それがたまらなく悔しい。

 

(あたしも、いつか紅華の心を盗んで大切な人になってあげるんだから!)

 

そう決意を胸に、あたしはベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




理子はガールズラブというよりは紅華に依存している状態です。
死にかけのところを助けてもらってるので理子→紅華の関係は、例えるならリサ→キンジや、かなめ→金三のような関係ですね



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第10話:報復

単位を生贄にこの話を仕上げましたが微妙にスランプ気味

注意:駄文気味


今日から新学年、新学期だ。

……だが、俺の気分は窓の外の春の陽気の様に冴え渡るどころか、梅雨の時期の曇天の様に重く沈んでいる。

理由は簡単。1年生の間は楽しかった学校が、2年生になってストレスが溜まるものに変化したからだ。

1年の時銀華と一緒に仕事をしたという実績から、2年に進級した時に女子男子構わず目を付けられていたのだが、とある事件により女子にヒステリアモードがバレた。

そこからの生活は地獄だった。

女子は俺を『報復』の道具として、あの手この手でヒステリアモードにし、便利な『正義の味方君』として利用した。

もう昨年度のようなことは嫌だが、授業がある以上登校しなくてはいけない。出席率だけが俺の取り柄だからな…

俺が突っ伏しながらそんなことを思い出していると、担任の駒場が入ってきた。

 

「おーい、座れー」

 

入学時と同じような気だるげな声をかけられ、俺が顔を上げると立っていた連中全員がサッと座った。

実は武偵中ではこんな光景は珍しい。

大抵たらたらと移動するのが数人いて、それを担任がナイフや銃などで脅すのが鉄板だ。

なぜ、この薬でもやってそうなだるそうな声で武偵中の連中がいうこと聞くかというと、駒場の担当するのは尋問科(ダギュラ)

尋問科では犯罪容疑者から情報を引き出す術を学ぶ学科であるが、話術、心理学、人体学を学び、拷問方法すら学ぶというやばい噂もある。

去年、素行が悪くて実際にそこに連れていかれたやつがいたが、もうそこでのことは話したくないらしい。

それでこんな薬中みたいな先生が怖がられるようになったわけだ。

火ないところに煙立たぬというしな。

 

「えー、あのー。今日ここに転校生が来ることになりましたー」

 

駒場がそういうと教室がざわめく。

そりゃそうだろう。

こんな奇天烈な武偵中という学校に転校してくるやつなんて珍しい。しかも三年…こんな時期に転校してくるなんて珍しいにもほどがあるぞ。

 

「じゃあ、入ってきてください」

 

駒場が声を呼びかけた方にクラス全員の視線が集まる。

俺としては、女じゃないことを祈る。

俺を利用するやつが増えると困るからな。

入ってきたのは青みがかった長い銀髪を持つ女子生徒…って

 

「えーと、北条銀華です。よろしく……っていうよりはただいまかな?」

『うおおおおおおおおお』

 

銀華じゃねえか!クラスのほとんどの男子生徒は騒いでいるし、女子も興奮しているが、今回は俺も驚いたぞ。

事前に帰ってくるなら帰ってくるで教えてくれよな。

 

「えー、北条さんは任務で一旦武偵中から籍が消えておりまして、転校手続きをしてまた戻ってきました」

 

ああ、なるほど。あいつは海外の学校で要人警護(ボディーガード)の仕事をしていたらしい。それはメールや電話で聞いている。

銀華が帰ってきたことに驚いた俺は

『帰ってくるなら、先に言っといてくれよな』

とメールを銀華に送信。

チラリと銀華の方を見ると、メールを打つため少し目を離した隙に、何人かの女子に囲まれているが…今はHR中だぞ?騒いで大丈夫なのか?…と思ったが駒場は女子には優しいんだったな。

まったく、男女差別甚だしいぜ…

 

「北条さんは廊下側の一番後ろの席です」

 

一応まだHRということで、そんな女子の輪の中にいる銀華にそう駒場が声をかけると、

 

「わかりました。みんな、その話はまた後でね」

そう周りの女子に声を掛け、駒場に言われた席についた。俺には瞬き信号で『放課後 非常階段の踊り場』と送りながらな。

 

 

 

 

一年ぶりに武偵中に帰ってきた銀華はクラスメイトにひっきりなしに話しかけられており、俺どころか蟻の入る隙間もない。そして銀華を囲んでるのは女子が大半。そんなヒステリアモードの地雷原に裸足で突っ込むほど馬鹿じゃないぞ俺も。

そして昼休み、俺は俺の中で定番となった隠れ家の1つ、屋上の貯水タンクの裏、影になっている場所で購買で購入したパンを食べていた。

同じクラスにも俺を利用する女子がいるからな。なるべくそういう奴らからは距離を置かないとまた利用されてしまう。なので屋上に逃げてきたわけだが………

 

「北条さんが帰ってきたのは予想外だったね」

「やばいって、このままだとあの便利な遠山取られちゃうよ」

「どうしよう」

 

その避難先の屋上で俺を利用している奴らの集会が行われているぞ……気づかれたらやばいが、ここは向こうから死角。大人しくしとけばバレないだろう、たぶん。

 

「アタシ一年の時も北条と違うクラスだから知らないんだけど、どんなやつなんだい?」

 

そう言ったのは鏡高(かがたか)菊代(きくよ)。指定暴力団・鏡高組の姫君だ。ここからだと見えないが、少し茶に染まった長い髪を花飾りで結い上げた姿が想像できるぞ。

ちなみにヒステリアモードの俺が利用されるようになった原因はこの菊代を助けた事件なのだが……まあ、あの事件は思い出したくないな。

 

「北条さんはまず菊代でも知っているところでいくと、強襲科のAランク。頭脳明晰、品行方正、容姿端麗で男女ともに学校トップの人気を誇るね」

 

そう言われて自分でも考えるみると銀華と俺が婚約者って釣り合ってない気がするよな…

そしてその銀華に優っていたクロメーテルは一体何者なんだよ…

 

「確かにあんな美人、賢い、品があるの三拍子揃ってれば、男子共はほっとかないだろうさ。それでアタシの知らないところっていうのはなんだい?」

「一部で遠山と北条さんは付き合っているっていう噂が立っているんだよ」

「……そう」

 

菊代がちょっとイラっとしたような声でそう答えた。

いつも思うんだが付き合うって、なんか俺の知らない意味で付き合うっていう意味があるのか?

買い物に付き合うとか訓練に付き合うっていう意味の付き合うじゃないんだよな、文脈的に。この前から思っていたが女子の世界の言葉は俺にとって難しい。

 

「じゃあ、アタシがとりあえず放課後に警告しておくよ。今まで通り従えっていうことと私たちとの関係を北条にバラすな。バラしたらみんなにその体質のこと流すよって」

「菊代脅しうまいね〜」

「さすが諜報科(レザド)Cランク」

 

武偵の中では有名な話だが、強襲科は諜報科に弱いのだ。これは歴史でいえば侍と忍者の関係に似ている。

侍は最強の存在だった。良い刀を持ち、高度な技や剣術を身につけている。良いものを食べて鍛錬しているから、体も強い。見張りがいたり、櫓などがある堅牢な城や屋敷に住んでいるから防御も万全だ。

そんなやつ、何らかの理由で殺そうとしても殺せない。

それは正面から行った場合。裏からなら殺せる。

それをやるのが忍者だ。

忍者は侍みたいに正々堂々戦ったりしない。密かに忍び寄り、寝込みを襲うわ、毒を使うわ、飛び道具をつかうわ、挙げ句の果てには偽の情報を流し切腹に追い込んだりする。汚いといってしまえばそれまでだが、それを恥とは思わない連中だ。勝てば良いという、逆の意味でタフな精神を持っている。

菊代が学んでいる諜報科の精神はそれに似ている。

彼らは脅しもするんだ。割と普通に。

そして俺のヒステリアモードが他の人にバラされるのは俺にとって今、一番やってほしくない手だ。

 

「じゃあ、アタシが遠山に連絡しとくよ。放課後に来るようにってね」

 

菊代がそう言うと共にポケットの中に押し込んであった携帯が震えた。

 

 

 

 

 

さて………放課後。予定がダブルブッキングしたわけだが……どちらを優先するか、授業中にも行なったが、最後の比較検討する。

 

まず

――――先に銀華の方に行く。

この話はどちらかの方を先に済ませるというものだから、どちらかを待たせる覚悟が必要になる。遅れると言えばいいかもしれないが、理由を聞かれる可能性も高い。なので慎重に選ばなくてはいけないだろう。

銀華は『基本』優しいやつなので、待たせても、たぶん怒られない。少し不機嫌になるぐらいだろう。

 

もう1つ

――――先に菊代の方に行く。

こっちのほうが優先度は高い。なにせもし行けなかったらヒステリアモードのことをバラされるんだからな。銀華の方に比べてまったく行く気は起きないんだが、確実にいかなきゃならん。

 

しかし銀華を待たせた場合の懸念材料もある。それは、あいつが時間に厳しい人間だった場合だ。兄さんがそうなのだが、待ち合わせ場所に遅れるとすげえ叱られる。事件は武偵を待ってくれないとかなんとか言って。銀華は『基本』優しいのだが、もし兄さんと同じタイプだった場合。少しの遅れなら笑って許してくれることは今までの経験からわかっているが、長時間待たせた銀華を想像するのは………考えただけでも恐ろしい……

 

だが、そうなったらなっただ。それよりはヒステリアモードをバラされる方が何倍もまずい。俺は菊代との待ち合わせ場所、物好きしか来ないような人気のない校舎裏に向かう。

 

「やっと来た…遠山」

 

そこには予想通り、俺を呼び出した、少し茶に染まった髪を菊のような髪留めで結い上げたツリ目の少女ーー鏡高菊代が校舎の壁に寄りかかりながらこっちを見ていた。

菊代はいい笑顔でこちらを見ている。

斜に構えたところがミステリアスな、学校で二番目の美少女と言われる笑顔で。

可愛らしい笑顔ともいえるが、利用されている側としたら嫌な笑顔だぜ。

 

「それでこんな場所に呼び出しといて、今日は何の用なんだ」

 

屋上で聞いていましたともいえるわけがないので知らないふりを通す。

 

「邪推しないでよ。アタシは遠山とお話がしたいだけ」

「こないとバラすと書いて脅しときながらお話がしたいだけときたか」

 

とりあえず少しキレてるふりをしながら、菊代が話を進めるのを待つ。

 

「そう書かないと遠山来ないでしょ…それでね、まず、アタシから質問なんだけど…」

「質問?」

 

イカン…屋上でそんな話していなくて急なことだったから少し驚いちまったぞ…

 

「と、遠山と北条は………つ、付き合ってるの?」

 

だから付き合ってるってなんだ。俺にはそれの定義が分からん。どうなったら付き合ってるのかまずそれを教えて欲しい。

そんな頭の上に疑問符が浮かんでいる俺を見かねたのか

 

「だから北条は遠山の…か、彼女かって聞いてんの!」

 

彼女って…あれか!よく映画で見るカップルの女の方のことか。

それならば銀華は彼女なのか。

これも意外と難しい。

まず婚約者は彼女なのか。

いや結婚はまだしてないし彼女ではないと思ったが、結婚したら妻になるのか。定義がわからん。

よく分からんが、嘘をついても諜報科の菊代にバレる可能性もあるし、こっち系の話題でややこしくなっても困る。なので、

 

「よくわからん」

 

と俺が正直に言うと、菊代は俺が嘘をついてないとわかったのだろう。

 

「ま、まあ、いいわ。本題はまた違うから」

 

そういって菊代は寄りかかっていた校舎の壁から体を離し、少し慌てていた顔を真面目な顔に戻した。

 

「遠山、最近知らない子に迫られたことあった?」

「………?」

 

いきなりどういうことだ?

その質問の意図が汲み取れず、頭の上に再び疑問符を頭に浮かべる。

 

「もしキンジのその体質が多くの人に知れ渡ったら、今まで以上に!多くの女子に迫られるでしょ?そうしたらアタシが遠山を利用する機会が減ることになる。だからあまり広めないようにしているの」

 

なるほど…つまり便利なヒーローを独占したい訳か。それにしても、ヒーローを独占するなんて強欲だな、菊代も。

 

「それで何が言いたいんだ?」

「わかってないなー遠山。アタシはアンタを脅迫してるんだよ。これ以上広められたくなかったら、これからも私たちの頼みを聞くしかないってことだよ」

 

そういって俺の前に菊代は立つ。

やっぱり…ワルだな。菊代は。

確かに菊代の言う通りだ。

これ以上体質を知られるとこの状況は今よりさらに悪化するだろう。

そしてこの状況を打開できるカードは……俺にはない。というかまず秘密を知られた時点でこっちから切れるカードがない。

 

「じゃあ、私からのお願いなんだけど…」

 

菊代がお願いをするために体を寄せて来て…

 

「キンジ。やっと見つけた!ここにいたんだねー」

 

その途中で、その声を聞き菊代は俺から距離を取った。この声は…銀華だが…

 

「なかなか来ないから、校内をパルクールで回っていたら、いやーこんなところで見つかるなんてね」

 

そんな声が上、校舎4階の屋上からしたと思うと…

校舎の側面に右足を蹴りたて、すぐに左足を蹴りたて、それを繰り返して……おい、まじかよ。壁を走りながら降りて来たぞ!?普通のヒステリアモードの俺でもできんぞそれ。リゾナならできるかもしれんが。

そんなカンフー映画じみた動きで壁を走って降りて来た銀華は、勢いがついてすぐには止まれないのだろう。その勢いのまま俺と菊代の間に割って入って止まった。その人間やめたの登場に俺も菊代も面食らった。

 

「あれ、この人キンジのお友達?キンジも友達作れるようになったんだね。私感動だよ」

 

銀華が泣き真似をしながら制服の袖で涙を拭う動作をした後、やるじゃんといった風に背中をバシバシ叩いてくるが…

痛い痛い痛い痛い!!

銀華、お前絶対俺が来なかったこと怒ってるだろ!ちらっと銀華の顔見たけどニコニコ顔なのに目だけ笑ってなかったし。

 

「……あんた誰?」

「自己紹介まだだったね。北条銀華。キンジのクラスメイトだよ。よろしくね鏡高さん」

 

その目だけが笑ってないニコニコ顔で菊代と挨拶を交わす。

 

「…ふ、ふーん。アンタがあの北条なの」

 

それなりに恐怖に耐性のあるであろうヤクザの姫君、菊代も銀華の笑顔でビビってるよ。いやー俺も怖い。今すぐこの場から逃げたい。だけど…

 

「お取り込み中、悪いけどキンジ借りてくね。じゃあ、またね鏡高さん!」

「え…?」

「痛い痛い痛い!すまん、すまんかった」

 

逃がしてくれるわけないよな…

銀華、俺の腕を思いっきり引っ張りながら、そしてつねるな。

肩がっ!!肩が脱臼するって!それにつねりもかなり痛えって!

痛みで叫ぶ俺を銀華が引っ張り、それを菊代がいきなりのことで唖然としながら見送り、俺は銀華との集合場所であった非常階段の踊り場まで引っ張られ、ようやく解放された。

 

「婚約者との約束をすっぽかして、浮気相手と会うってどういうつもりなのかな?遠山君?」

 

銀華は笑ってそういうが、銀華の笑い顔が過去最高に怖えよ…しかも遠山君呼び。もしかしてあの二択の選択肢、どちらも地獄に続いてたんじゃないか?

そんなことを今言っても仕方がない。

銀華の機嫌を直すことに集中しよう。

浮気相手とはたぶん菊代のことを言っている。だったらそこの誤解を解くのが先だ!

 

「い、いや誤解だ!菊代と俺の関係はな…」

「…関係は?」

 

これもしかして…何言ってもアウトじゃないですか?

嘘をついたら一瞬で銀華は見破りそうだし、事実を言ったら利用されてたとはいえ俺が性的に興奮していた事実は変わらない。世間一般の浮気の定義がよくわからないが、浮気に入る可能性も十分ある。

詰んだ…

 

「……」

「まあいいけどね」

 

え?許してくれるの?

 

「人には聞かれたくない秘密がある。それは私にも当然あるから私だけ聞くのはアンフェア。私の秘密を全部キンジが知った時に話してもらおうかな」

 

銀華はキレモード(怖い)から通常モード(優しい)に戻ってくれたようでいつもの笑顔に戻った。助かった…

 

「そういや言ってなかったな。おかえり銀華」

「うん。ただいま、キンジ」

 

銀華がいる俺の日常が一年ぶりに帰ってきた。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

私はキンジと一緒に下校し、マンションの自室に戻った。

いや今日の『あれ』はまずかったね。

『あれ』はキンジが関わるとすぐに発動しちゃうし、自制も効きにくく、掛かりもイ・ウーにいた時よりも強い。今まではヒステリアモードと別物だと思っていたけど…キンジが関わるようになってから変わったから、もしかしたらヒステリアモードの一種なのかもしれない。

そんなことより、今日推理したことの整理をしないと。

キンジがここ一年元気がなかった理由。それはたぶんHSS関連だね。

 

昼休みの終わり、教室に帰ってきたキンジはなんか思いつめた顔をしていた。午前に比べ午後は時計を見る回数も増えていたし。つまりは、昼休みの間に、時間を気にしなければならない理由ができたってこと。時計を見る、たぶんタイムリミットまでに何かを決めなくてはいけない、その必要ができたということと推理できるよね。

そして用事といえば私との放課後の待ち合わせ。

そう考えるとそれはキンジが私との約束に対し何も言わずにすっぽかした理由と繋がる。私には言えない理由があったんだと考えられるよね。そして私に言えない理由、それは女性関連だろう。

で、それが確定したのが鏡高菊代との密談。あの場所は密談にもってこいだと前々から思ってたからすぐにキンジは見つかった。そして、あんな人気のないところにいるのは明らかに人には見られたくない聞かれたくない行為をするためだよね。

 

それらをまとめて推理すると、キンジはあの鏡高菊代にHSSを見られて、それを脅しの種に正義の味方君として利用されてるってところかな。体質の性質上、女にはキンジ逆らえないし、気が滅入る理由としても当てはまるね。

浮気の線は………無くはないけど、流石にあの反応だと違うと思いたいよね。うん。

 

 

 

 

その一週間後、調べて見ると色々わかった。

まずキンジは浮気をしてなかった。違うとは思ってたけど一安心だね。

それと私の推理通り、キンジはHSSを利用されていた。それも鏡高だけでは無く合わせて5人に。

怒りでそいつら殺そうかと思ったけど、私銀華は今武偵だし、紅華で人を殺すのは父さんの命令の時だけにしてるので断念。

殺さずにキンジのこの状況を助ける方法………。

……いい案が思いついたよ。

 

 

紅華となった姿で私がいるのは、千石に位置した場所にあり、けばけばしい看板を持つレストラン。通称紅寶玉(ルビー)の前に位置するビルの屋上。私の目の前のビルはレストランのある地下一階から怪しげな雰囲気が漂う地上階までみんな鏡高組のもの。関係者しか足を踏み入れない、いわゆるヤクザビル。

私の『条理予知(コグニス)』によればもうすぐ……きた。地下の紅寶玉から何人かの男が出てきた。その男たちの先頭を歩く貫禄のある男、あれが鏡高菊代の父で鏡高組の組長。彼がビルの前に待たせておいた車に乗り込むと同時に

パシュッ!

そんな発射音が左右から1つずつ聞こえる。そのあと何か飛翔音が近づいてきたと思った次の瞬間、

ドオオオオオオオオオオン!

目の前の車が大爆発した。

たぶん車の前後、私の左右から放たれたのは携帯対戦車擲弾発射器(RPG-7)

車内に生存者は…うん、いないね。

鏡高組の幹部は大慌て。そりゃそうだろうね。目の前で組長が爆殺されたら普通の人は慌てる。

そして、その間に犯人と思われる二台の車両は離脱して行く。

こいつらは鏡高組と敵対する暴力団(ヤクザ)。私が条理予知で予測した鏡高組の組長が現れる場所、時間を鏡高組の内部の人間を装って、あらかじめその暴力団事務所に送っておいた。

これで鏡高組はスパイがいるという不信感によって、今の幹部では無く直系の菊代を組長にせざるを得ないだろうね。

つまり菊代は武偵中を去ることになるだろう。

さて、目標はあと4つ。

さあ、私の『報復』はまだまだこれからだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀華視点の語尾や口調が書きにくくて苦戦。




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第11話:燃ゆる間宮の里

お気に入り登録してくれた人、感想を書いてくれた人、高評価を入れてくれた人、ありがとうございます。モチベがかなり上がったんで、そのモチベが続く限り2.3日に一回は頑張って投稿したいと思います。


注意:キンジの出番なし


午前3時、一連の報復がひと段落して帰宅し、ダイニングで麦茶を飲みながら喉を潤している時、秘密回線処理がされている自宅の電話がなった。

 

『グッドモーニング、銀華君』

「父さん、おはよう…っていうにはまだ早いけどね」

 

外はまだ暗い。どちらかというとおはようよりはこんばんはの方が正しいのかな?ていうか私まだ寝てない。

 

『こんな時間に電話したのは銀華君…いや紅華君に任務を依頼したいからなんだ』

「日本で任務?珍しいね」

『確かに紅華君に頼むのは初めてかも知れないね。日本にイバラキと言う地名があるの知っているかい?』

「イバラキ…イバラキ…イバラキ…あ!茨城県のことね」

『その通りだよ。そこには間宮の里がある。今夜、襲撃することになったから君も向かってくれたまえ。アシ君に場所は入れておいたから、場所は問題ないはずさ』

「つまり以前やっていた交渉は決裂したってことね」

『正解だ。さらにいうとこの先に必要だからという意味もあるね』

「ふーん。あ、私今日学校あるから少し遅れるかもしれないけど大丈夫?」

『大丈夫だよ。紅華君が少し遅れても十分な戦力が揃っている』

「誰が来るの?」

『ブラド、パトラ君にカナ君、桃子君にツァオツァオだ』

 

これはまたまた…豪華なメンツだね。

 

「殺しは?」

『今回は許可していない。だからあれは使わなくてもいいよ。最近は使いこなせていないようだしね』

「了解、了解」

『じゃあ頼んだよ。紅華君』

 

ほいほいと答えながら電話を切る。さてと着替えの準備しますか。

 

 

 

 

 

 

私はクラスメイトを含め、女子が5人欠席している武偵中の授業を終えると、一目散に武偵中の駐車場に着けたアイが運転するマイバッハ62Sに飛び乗る。

神奈川から茨城は同じ関東なのに思ったより遠く、武偵中から間宮の里までは数時間かかってしまう。

そして私がついた頃には、予想した通り襲撃が始まっていた。

家とかほとんど燃えているし、私いらなかったんじゃない?

 

ウオォォォォォン

 

ブラドが従えるコーカサスハクギンオオカミが遠吠えをあげている。

人々の悲鳴はもうすでにあまり聞こえず、狼の遠吠えと燃えた家屋を撃つバリバリという音だけが聞こえるので、まずは音がする方へ歩いていく。

 

「ココ、久しぶりね」

「オウ、紅華カ。久しぶりネ」

 

私が声をかけた相手は重そうなM134ミニガンを構えた少女。中国の民族衣装を身に纏い、髪をツインテールをしている少女の名前はココ。イ・ウーではココよりツァオツァオって呼ばれることの方が多いけどね。

 

「それでどのココ?」

 

ココは四姉妹であり、全員同じような姿形性格喋り方をしているので見分けがつかない。

 

「キヒヒ〜どのココか当ててみるネ」

 

…じゃあ推理してみますか。まずメガネをかけていないから機嬢(ジーニャン)ではない。そして前線に出てるから狙撃が得意な狙姉(ジュジュ)でもないよねたぶん。最もありそうなのは銃技が得意な炮娘(パオニャン)だけど、それだったら、こんなM134ミニガン(ゲテモノ)使わずに、いつもの武器のUZI(ウージー)を使えばいいわけだし、消去法的に…

 

猛妹(メイメイ)でしょ」

「正解ネ…」

 

私が正解をいうと、猛妹はつまらないような顔をして、そういった。間違えて欲しかったのかな?

 

「他のみんなは?」

「向こうにいるネ。ココはここの敵を掃討してからまた合流するヨ」

「うん、わかった。じゃあお仕事頑張って」

「紅華に言われるまでもないヨ」

 

ココは下ろしていたミニガンを再び構えるとモーターの駆動音が鳴る。

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!

くぐもった音を出しながら、再び燃えている家屋を蜂の巣にする。そのココが撃っているミニガンの反動は……ないように見えるね。

あれは機嬢が開発した無反動多銃身機関銃だろう。あの様子だと逃げ残りの炙り出しってところかな。

さて、私もやりますかね。……だけど、人の気配はもうほとんどしない。

戦闘技術を秘匿するために戦わずして逃げたのかな?だけど、逃げ遅れた人がいてもおかしくないと思うんだけどなあ。

 

「あ…りっ!…のかっ!」

 

と誰かを探しているような声が遠くから聞こえる。

お、やっぱりまだいたんだね。声からして大人の女性だけど、はぐれてしまった自分の子供を探しているってところかな?

声の発生源である村の外れにある池付近に向かってみると、予想通り大人の女性がいた。話しかける前に準備してっと…

 

「こんにちは」

「……っ!」

 

私が後ろから挨拶すると、彼女は振り返ると同時に、私から距離を取るようにバックジャンプした。そしてこちらを睨みつけるような、実力を見極めるような視線で私をみてくる。おどかすつもりはなかったんだけどなあ。

 

「おばさん間宮の人?」

「……あなたはこの村を襲った人たちの仲間ね」

「まあ、そういうことになるのかな?」

「間宮の技を奪ってどうするつもりなの?」

 

襲われた理由は…そりゃわかってるか。父さんは間宮の技の伝授してくれないかという旨の交渉をしていたんだしね。

でもそれをどうするかまではわかってないみたいだね。

 

「初歩的な推理だよ。イ・ウーは技術や能力を人に教え、人から教わる組織。それをみんなで共有する。おばさん達は技術を教えなかったから罰を受けたに過ぎないんだよ」

「でも、それだけで里をこんなにするなんて酷い…」

 

私もその言葉に同意。確かに私もやりすぎだと思うからね〜

キンジを利用した5人に裏から手を回して、5人とも転校や退学させるように仕向けてた私がいうことではないと思うけど。

 

「自業自得だよね。あと、さっき叫んでたあかりとののかは、たぶんおばさんの子供じゃない?」

「………」

Silence gives consent.(沈黙は肯定)その様子だと逃げ遅れてるみたいだね。あいつらに見つかるとやっかいだから私も探すの協力してあげようか?」

「あいつらの仲間を信用できるわけないでしょ!」

 

私が親切心でそう言ったのに、なんかキレられた。ブラドとかに見つかったら血を抜かれたりして厄介だ。このおばさんの子供なら同年代だろうし、それから救ってあげようかと思ったのに。

 

「じゃあいいよ。こっちで勝手にするから。おばさんは血を抜かれた状態の娘達が見たいの?」

 

早くしないとブラドに見つかっちゃうよという忠告したんだけど

 

「そんなことさせない!」

 

な、なんか知らないけど私に襲いかかってきたんだけど………

あっ……もしかして私が血を抜くのかと勘違いしてるのか。

本当は技術を隠すためにそのまま逃げるつもりだったけど、娘達が残っていると知った私を処理することにしたんだろうね。

正面からいくつものクナイが私に向かって飛来するけど、私はそれを荊の壁でガードする。

これで仕留められるとは相手も思っていないだろう。確実にクナイは囮、本命は…

バッ!

荊の壁の左側から彼女は姿を現わす。銀華は近距離格闘戦は強いけど、紅華の私の格闘戦はすこぶる弱い。私は距離を取るためにバックジャンプしながら相手の足を狙うように荊を操作するけど、彼女はそれをも前転で躱した。

なかなかやるね〜

私の攻撃を躱した後、彼女がクナイではない何かを地面に投げつけると、ボンッ!という音とともに白い煙が舞い上がる。

発煙手榴弾(スモーク)か。たぶん視界を奪って、攻撃を荊の壁でガードされないようにするためだろうね。

まあ、相手の位置を生命反応で把握している今の私にとっては無意味。

 

煙幕を張り今度は右から奇襲してくる彼女は私が見えているようで、私に向かって一目散に距離を詰めてくる。私は再び荊の壁を張るけど……

バチバチバチバチ!!

荊の壁を突き破って彼女が回転しながら飛来して来た。銃弾や斬撃すら通さない荊の壁を突き破るってどんな威力しているんだ…

その勢いのまま突っ込んで来た彼女は荊の壁を吹き飛ばしたのと同じ威力で……

――――私の姿をした厄水形を吹き飛ばした。

その様子を『地面の中』から捉えていた私は、

 

「――――竜巻地獄(ヘルウルウインド)

 

そう呟き、風速50mを超えるような爆風で煙幕を吹き飛ばした。煙幕が晴れ、そこにいたのは何が起こったのかわからないという顔で倒れないように必死に踏ん張っている彼女。

 

彼女が吹き飛ばした水で作られた分身。これはカツェに教えてもらった厄水形というもの。自分の姿を転写して喋らしたり動かしたりすることができるんだよね。カツェみたいに空気中の水蒸気からは作ることできないから近くに水場―――今回だと池がないと使えないんだけど、実用性は十分ある。最初から彼女と喋っているのは厄水形だったし、上手く行けば相手の顔を捕まえて溺れさせることだってできる。

彼女は底が見えない感じがしたし、話しかける前に準備しといてよかったね。本当に襲ってくるとは思わなかったけど。

あと煙幕を吹き飛ばしたのはセーラの能力。

私たちイ・ウーの超能力者はお互いの能力を教えあってるから、私もある程度は他の人の超能力を使えるし、他の人も私のダウンサイズ型の超能力使えるんだよね。

そして私は彼女の足元から

バチバチバチバチッッッ!

60〜90万ボルトの高圧電流を流しスタンガンのようなダメージを与える。

そんな攻撃を受けた彼女は

 

「あっ…」

 

といった声を上げ倒れる。この攻撃……初見で回避は無理だよね。私もヒルダの能力を使えるようになるのにだいぶ苦戦したし。

 

「さっきの技、たぶん人体のパルスを回転によって増幅収束させたものだよね。その集めた振動を指先に集めて相手を破壊する技。違う?」

 

私はそう問いかけながら隠れていた地面からぞぞ……ぞぞぞぞ……と姿を現した。

感電したせいで満足に動けない彼女が驚愕の目を私に向けてくるよ。

 

「……貴女は……いったい……?」

「私はクレハ・H・イステル。イ・ウー、リーダーの娘ね」

「貴女が…あの人の……娘なのね」

 

私の本名を答えてあげると少し納得したようだね。

 

「………ののかより………年下に見える10歳ぐらいの子にやられるなんてね……」

 

そんな失礼なことをいって来た。いやだから私14歳なんだけど…

 

「あと5分ぐらいで痺れは取れると思うから、痺れ取れたらここからさっさと逃げた方がいいよ。それに貴女の娘も逃がしてあげるから心配しないでいいし」

「え…?本当に何も…しないの?」

 

背が小さいのは事実だし、まあいいやと思ってそう言い残し立ち去ろうとしたら、彼女は驚いたような声を上げているね。確かに、私は結構イ・ウーでも異端だからなあ…

 

「弱者や負傷者に追い打ちをかけるのは、今の私はしない。おばさんと戦ったのは自己防衛。私のイ・ウーでの立場は『医者』だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女と別れ村に戻ってから数分、彼女の娘2人を見つけることができた。ほとんどの人間が逃げてしまい、物陰に隠れることもせず堂々と道の真ん中を歩いてたらそりゃ目立つよね…。お姉ちゃんと思われる茶髪の少女は武器のつもりなんだろう、右手に包丁を持ち、左手で黒髪の少女を引いている。

その2人はコーカサスハクギンオオカミに追われていて……ココが言っていたみんながいる場所に行っちゃいそうだね。

その追いかけっこについて行くけど、後ろの狼を気にしすぎで前方に見えるパトラたちに気付いてない。

前を見てないし慌ててるし、あれは転ぶね。

 

「お姉ちゃ…キャッ!!」

「ののか!」

 

やっぱり。ののかと呼ばれた妹と思われる少女が、地面に散乱している家屋の瓦礫に足を取られ転倒する。しかも、みんなが集まっているちょうど目の前で。

 

「ほほっ、逃げ遅れがいたようぢゃの」

「殺しちゃダメよ、教授に言われたでしょ」

「ぷっぷー!ルールが何ネ!その時のルールはその時のルール。今は今、ココが決めた新ルールでやるの事ネ!」

 

パトラ、カナ、ココが続けてそう言う。

ていうかココはいつものルール全否定。まあそれはそれでココらしいけど、ココたちの上司の諸葛にはどうにかしてもらいたいものだよ。そして、ココはミニガンの銃口を2人に向け…

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!

ミニガンを乱射した。そのミニガンから発射された弾は…

 

ブスブスブスッ!

 

私の展開した荊の壁によって防がれる。

……私が防がなかったら死んでるでしょこれ。

 

「みんな久しぶり、ココはさっきぶりかな」

 

私は恐怖で震える2人の横を通り、挨拶をする。私はルールを破ったココに対して

 

「あとココ、殺すなという命令だったはずだけど、さっきのあれはどういうことかな?」

「チ、チガウネ。あ、あれは紅華が防ぐと思ったヨ」

 

殺気をぶつけるとココは震えて大人しくなる。最初からそうしとけばいいのに。

紅華怖いネと聞こえた気がするがたぶん気のせい。

そんなことをしていると、静観を貫いていた夾竹桃がゆっくりと姉の方に近づいていく。

そして目を細め、両手を伸ばす。いつもつけている手袋を外し露わになっているのは、陶器のような白い肌に反して様々な色の爪。あの爪には、色別に種類の違う毒が仕込まれていたはず。そして右手で姉、左手で妹を掴む。

 

間宮(お前たち)イ・ウー(私たち)に賛同しなかった。だから奪われたのよ」

「っ!」

「…でもまだ何か隠しているわね」

「………。」

 

夾竹桃が言葉を投げかけても、言葉が返ってこないから会話にならない。恐怖でそれどころじゃないんだろうね。

 

「左手で毒された子はお気の毒」

 

左手で握っている黒髪の少女の肌に、夾竹桃は爪で傷をつける。

 

「毒してあげるわ」

 

たぶん使った毒は符丁毒だろうね。夾竹桃は間宮一族から聞き出したいことがあって、妹を毒し、たぶんその解毒剤との取引で姉からそれを聞き出す算段なんだろう。

そして符丁毒は即効性のある毒じゃないから、この場で殺すことにはならない。

よく考えるものだよ夾竹桃も。伊達に日本で一番賢い大学、東京大学に通ってるだけあるね。

 

「ののか!ののか!」

 

毒された妹の方は力が入らない様子で地面に倒れた。そんな妹を抱きかかえる姉に

 

「私の名は夾竹桃、いずれまた来るわ――――咲いた花を摘みに」

 

夾竹桃がそう告げると、それが合図だったのか、カナ達は撤退し始めた。残ったのは獣のような姿をしたブラドと私。

 

「間宮の血はまだ手に入ってねえからな」

 

そういって間宮の毒されていない方、つまり姉から血を吸おうとするが……

 

「なんだ…紅華」

「その子達はほっといてあげて」

 

私はそれを止める。この子達の親とも約束したしね、無事に逃すって。約束は守らなくてはいけない。

 

「お前は四世の時といい、今回といい、虫けらを救うのが好きなのか?」

「そんなことはないよ」

 

ブラドも相性が悪い私と戦うのは嫌なようで、諦めてくれたようだね。狼を連れて撤退していく。

じゃあそろそろ私も帰ろっかな。明日も学校だし。

 

「どうして私たちを助けてくれたの?」

 

私に対して、茶色の髪の姉が話しかけて来る。口調からしてたぶん自分より年下と勘違いしてそうだね…まあいいけど…

 

「絶望の淵にある淑女に助けを求められたら、紳士たるもの、危険を顧みるべきではない…ていうのは冗談。私達に与えられた命令の中に不殺があったからね。それを守っただけ」

 

私はそう言い残し、間宮の里から撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

 




強さ基準として銀華+紅華=1/2シャーロックです。
シャーロックがチートすぎる…


あと1話か2話で中学生編は終わると思います


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第12話:告白

遅れてすみません


三年になって、二週間目の朝HR

 

「おかしい…」

 

俺はそう呟かずにはいられなかった。

そう呟かずにいられなかった理由、それは

 

「えー、このクラスの町田さんが残念ながら武偵中を家の事情で転校することになりました。」

 

神奈川武偵中でここ1週間の間に起こっている謎の連続した転校退学だ。

いや、それだけでは別におかしくない要素は少ない。武偵中と合わなくて抜ける生徒は少なくない数いるし、新学期に入って早々は珍しい程度。クラスで不思議がってるやつはほとんどいないしな。だが、俺にとっては明らかにおかしいことにしか見えない。なぜなら……

 

(俺を利用してた女子、5人全員って明らかにおかしいだろ…!)

 

転校退学となった生徒は全員俺を利用してた女子、それも全員だ。明らかに人為的なものにしか思えないだろこんなの……

だがそれを起こした犯人になんのメリットもない。唯一メリットを得るのは利用されていた俺のみ。俺を助けることになるだけだ。犯人の意図がよくわからん。

俺がメリットを得ることでその犯人もメリットを得る……そんな人物誰も思いつかん。

もしかしたら人為的なものだと思い込むのも…ダメかもしれんな。ホームズ好きの銀華の言葉を借りるなら、『事件の見た目が奇怪に見えれば見えるほど、その本質は単純』ってところだ。

『偶々』が重なりに重なった。神様が俺を助けてくれたと考えよう、うん。

 

クラスに帰って来た銀華は相変わらず人気者だ。俺とは大違いだな。まあ、俺も退学した女子達に人気だったがな!

 

(まあ、俺を利用するやつがいなくなったのはいいことだよな…)

 

それを起こしてくれた神様か誰かに向けて、俺は転校していった菊代たちには悪いが感謝を込めて手を合わせた。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

いや、思ったよりマズイね。たぶんキンジこの転校が人為的なものだと勘付いてるよ。

明らかにおかしいと思うけど、でも証拠はないし、動機も見えないから偶然だと思い込みたい。そんなところかな?

いやー流石にやりすぎたかな。『偶々』親が死んだり、『偶々』工事現場の鉄骨が倒れて来て武偵生命を絶たれる大怪我をしただけなんだけどなあ。

やっぱりこの学校から追い出すのが5人だけなのがマズかったかも。でも、他の人を巻き込むのは趣味じゃないし、うーん。どうすればよかったんだろうね。

まあ、いいっか。私が起こしたとは絶対にバレないし。私は手を下してない。ただ私はきっかけを起こしただけ。それが最初のドミノとして倒れ、最終的には目的のことを成し遂げる。それが賢いやり方ってものだよね。

 

それにしても、午前に行われる一般教養は……退屈。私は夾竹桃に高校までの範囲の勉強を全て習っているからね。

まったく問題はない。

質問されても夾竹桃が教えてくれた通りに教えてあげれば大体の人は理解してくれる。夾竹桃様様。

 

そして午後、場所は教室から強襲科の訓練場に移る。

今日は徒手格闘の組み手で、強襲科の教師陣は見学しながら指導する感じだね。誰とやるかは自由なんだけど…

 

「……銀華頼んでいいか?」

「うん、いいよ」

 

まあ社交性がないキンジが私を頼るのは推理せずにもわかることだからね〜。

キンジに頼られるのは嬉しい反面、私に頼ってばっかりじゃ成長しないとも思う。キンジはお兄さんの金一を超える才能があるんだし、そこをどう成長させるかが今後のキンジの課題かな?

 

「いつでもいいよ」

 

訓練場の広間に移動した私はキンジにそう声をかける。よーいスタートのような掛け声から戦闘が始まるわけじゃない。というかそんなことはほぼない。基本は不意打ちするかされるか、あとは遭遇戦だろうね。

不意打ちでもなんでもするがいいよキンジ。

まあ徒手格闘だから武器は使えないし、不意をつけるのは体のフェイクだけ。

ついでにキンジがこの一年でどれぐらい動けるようになったかチェックしておこう。

 

真剣な目に変えたかと思うと、キンジは5m以上開いた距離を一歩で詰めて来た。

そんなことはあり得ないし、ちゃんとしたトリックがある。

キンジが使ったのは沖縄武術の『縮地法』。

古流武術では『滑り足』の一種。

出ている足の膝の力を抜き、そうすることで体が前に倒れていく。この前に倒れる力を使い、前足を滑らせるように前進。後ろ足はそれに引き付けるように移動させるテクニック。このやり方は大きな筋肉運動が発生しないから動き出しがわからないし、頭もほぼ上下しないというメリットがあるんだよ。

まあ、キンジにこの技術を教えたのは私なんだけど、一年間の間にちゃんとものにしたようだね。HSSじゃなくても使えてるし。

そうして、近づいてくると同時にキンジから放たれる拳。

一年前とは見違えるほどの速さだね……

でも、まだ甘い。

バシッ!

私はキンジのパンチを両手で受け止める。

片手では体格差的にも無理だけど両手なら受け止めることができる。そのパンチの勢いを使って

クルッ

宙返り蹴り(ムーンサルトキック)を放つ。

何の貯めもなしに宙返りは普通は無理だけど、相手の勢いを利用すると回転扉と同じ要領で上手く一回転することができるんだよね。

この技はキンジに見せたことがなかったから決まると思ったんだけど、突き出していない方の左腕でガードされる。そしてガードした勢いで私とキンジの間が空く。

 

絶牢(ぜつろう)……」

 

ぜつろう…?なんだろう。もしかしたら似たような技が遠山家に伝わる武術にあるのかも。でもそんな呟きや驚きが私にとっては隙なんだよね。

私はさっきのキンジと同じように縮地法で距離を詰め、顎に向かってカンフーのようなココ直伝の掌底打ちを放つ。当然キンジにガードされるけど、これはブラフ。ガードして死角となった足にローキックを放つ。

 

「グホッ…!」

 

足をすくわれキンジは背中から倒れる。受身は取れたようだけど完全に足元すくわれたからダメージ0とはいかなかったようだね。

私の本分は足技。バリツも足技系統が得意だしね。それを忘れてもらっちゃ困るよ。

キンジもまだまだやる気なようでばね仕掛けのように立ち上がる。

キンジがまた距離を詰めてきたかと思うと今度は連続攻撃。

正拳突き、足払い、投げ技など織り交ぜて私のガードを崩そうとしてくる。戦い方が一年前と比べて格段に進化しているよ。

成長したね〜キンジ。もしキンジがHSSだったら今の私は勝てないだろうし、『あれ』を使っても倍率はキンジの倍率には及ばないから、あの状態の私ともいい勝負するんじゃないかな?

ま、それはHSSだった場合。

通常キンジにはまだ負けないね。

 

「よっ」

「………え?」

 

そんな声と共にキンジは宙を舞った。そしてバンッ!という音と共に背中から落ちる。

キンジは何が起こったかわからない顔をしているね。

私はただキンジが突っ込んできた勢いを利用して、そのまま投げただけだよ。

そのキンジはまだやる気なようで再び攻めてくるけど、私はとっては投げる関節をきめるなどカウンター気味に戦い、授業後にはキンジは死体のように床に倒れていた。

 

「はい、お疲れ様」

「あ、すまん。ありがとう」

 

今日の授業もこれで終わり。私は近くの自販機で買ってきたスポーツドリンクを渡し、キンジが倒れてる横に座る。

キンジもかっこ悪いところ見せたくないのか気合いを入れて体を起こしたね。

 

「キンジ動き良くなったよ。一年前よりすごく成長してる」

「まあ、一年間何もしてないわけではなかったしな」

 

私に褒められたキンジは顔を背ける。

照れてるのかな?

 

「縮地法もよかったし、私のカウンターの蹴りもガードされるとは思わなかったよ」

「いや、ガードできたのは偶々というか…」

 

たぶん遠山家に似たような技があるんだろうけど、キンジが誤魔化したってことは秘術なんだろうね。

遠山家ってたくさん技あるからそういうのありそうだし。このまま問い詰めるのはかわいそうだし、この話は打ち切ってあげようかな。

 

「ふーん、やっぱりキンジはカウンター型の方がいいかもね」

「…どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。キンジは自分から攻めるより受け気味で立ち回ってカウンターの技1発で仕留める。受け気味に回ってもあの状態なら躱せるんだし」

「そうか…」

 

あの状態のとはHSSのこと。私がそういうと、キンジはどこか自分でもそう思っていたような顔をした。どこか思い当たる節でもあったのかな?

私は立ち上がりキンジに対して手を出す。

キンジも私の手を取り立ち上がる。

 

「ねえ、キンジこの後暇?」

「別に予定はないが…どうかしたか?」

「久しぶりに私の家に来ない?久しぶりに落ち着いて2人で話もしたいし」

「…ああ、いいぞ」

 

さて、報復の最終段階に入ろうか。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「さっ、さ。上がって上がって」

 

俺は銀華に連れられて入った銀華の部屋は…

き、来たぞ。女子特有のいい匂いが。かなりの間留守にしていたはずなんだが、それでもこのフェロモンというかスメルというかは保たれるもんなんだな。完全に油断していた。

そしてその匂いは銀華特有の、清涼感のある菊のような匂い。

今日の組み手で疲れていたが1発で目が覚めたよ。いい匂いすぎて、ヒス的な恐怖で。

約一年前に来た時と変わらない位置にあるクッション性の高い高級そうなソファーで銀華が着替えてくるのを待つ。少し待つと…

 

「お待たせ」

 

銀華は清潔感のある真っ白なワンピースに着替えて来た。それをファッションショーのモデルかと思うぐらい完璧に来こなしてるのを見て、俺は思わず視線を銀華に固定してしまう。

 

「ん?どうした?」

「……なんでもない」

 

決して見惚れてたわかじゃないぞ……決して。

 

「キンジ何か飲む?」

「せっかくだし貰おうかな、何があるんだ?」

「コーヒーと紅茶があるね」

「じゃあコーヒーで」

「了解」

 

何が楽しいのか知らないがフフフ〜〜♪という風に鼻歌まじりにお湯を沸かし、俺の分のコーヒーと自分の分と思われる紅茶のカップをお盆に乗せ、テーブルに持って来た。そのお盆の上には市販のプリンが何個も乗せられている。

 

「それはなんだ?」

「プリンだよ」

「それは知ってる」

「え?」

 

いかん…会話が噛み合わん。

 

「それはなんだっていうのはな。物の名前を聞いてる意味だけじゃなくて何をするつもりなんだっていう意味もあるんだ」

「へぇー、そういう聞き方も日本ではあるんだね」

 

そう言って銀華はパクパクとプリンを食べ始める。銀華の日本語はすごい綺麗なんだけど、時々こういう日本語の微妙な意味を勘違いするんだよな。

 

「プリン好きなのか?」

「うん。だって美味しいじゃん」

 

美味しいじゃんって…まあ美味しいけど。

そんな市販のプリンを次から次に冷蔵庫から持ってくる。お前んちの冷蔵庫プリンどんだけ入ってるんだよ。

 

「そんなに食うと太るぞ」

 

武偵は体重管理もしっかりしなくてはいけない。プリンはカロリー高いのでそのことについて注意すると……

 

「私は太らないから大丈夫」

 

銀華は全世界の体重増に困っている人を敵に回すような発言をする。まあ、それならいっかと思ったのだが…

 

「あとキンジ、女性に体重の話をしちゃダメだよ。体重は女子にとってデリケートな話題なんだから」

 

プンプンと怒ったように俺にそう注意する。

まあ、本気で怒ってるわけではなさそうだが。

……というか女子に体重聞いちゃダメなんだな。女子に対する暗黙のルール多すぎるだろ。

 

「プリンで思い出したんだけど、イギリスのプリンはね…」

 

銀華は怒りのポーズをやめ、楽しそうにイギリスでここ一年のことを話しだした。

その銀華の話に俺は………没頭してしまう。

話し方が上手いのもあるが銀華にはどこか不思議な魅力がある。

ただそこにいるだけで注目してしまう。何か喋ると聞いてしまう。そういう不思議な力がある。敵味方関係なく惹きつけられる、言葉にできない何かを持っている人物だ。この一種のカリスマ性のようなもので、俺を含めみんなを惹きつけているんだろうな。

 

「キンジのここ一年の話も聞きたいな」

「……そ、そうだな」

 

いきなり話を振られてことばにつまってしまう。でも、昨年度の話なんてヒステリアモードを利用されたことぐらいしか覚えてないぞ…普段の話は週1の電話で話したしな。

 

「ねえキンジ…私に隠してることあるよね?」

「………」

 

銀華は人差し指を立ててそう言う。

 

「初歩的な推理だよキンジ。去年のキンジの声からなんか私に隠し事してるっていう疑念はあった。で、今の私の問いかけて動揺した後、一瞬何かおもいあたるような顔をしたよね。でもそれを私に話さなかった。それで確信したんだよ。ねえ、何を隠してるのかな?」

 

首を傾げながら言う銀華の目は……怖ええ……笑顔なのに見るだけで人を殺せそうな目をしてるやつ初めて見たぞ…

でも話していいのか?利用されてたことは事実なんだが、それを銀華に浮気と捉えられたら、確実にあのキレモードが出てくるぞ。現に半分ぐらい出てるし。

 

「ここまで言って言わないってことは女性関連だね確実に」

 

って、もうバレてるじゃねえか!喋っても地獄、喋らなくても地獄。救いはないんですか銀華さん…

 

「…わかった、話すよ」

 

俺は銀華がキレないことに一縷の望みをかけて去年HSSを利用されていたことを話す。その話を目を瞑って静かに聞いていた銀華の審判を、俺は裁判にかけられている被告人のような気持ちで待つ。そしてしばらくして開けた銀華の目は……

 

「まあ、そんなことだろうと思ったけどね」

 

やったーーーー!怒ってないぞ。何とか一命は取り留めたな。

 

「今回の件はキンジ悪くないしね。責めるのは可哀想だよ。でもそれなら相談して欲しかったなあ」

「いや婚約者のお前には流石に話しにくいだろ…」

「確かにそうだけど、次に何かあったら私に相談してね。それでキンジを利用してた連中は全員やめたり転校したりって本当?」

「ああ。なあ銀華、これが人為的なものかと思うか?」

 

強襲科だけでなく探偵科も兼科している銀華に聞いてみる。

 

「可能性はあるよ。いないことを証明するのが難しいのと同じで人為的なものではないと言い切るのはむずかしいからね。私が調べとくよ」

「ああ、すまん。手間をかける」

 

銀華に借りができちまったな…

 

「ねえ、再発防止のいい方法思いついたんだけど試してもいい?」

「それはいいが、どんな案なんだ?」

「それは明日まで秘密だよ」

 

そういう銀華の笑顔はとても可愛いものだったのだが、なんでだろう、俺はなぜか嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

「みんなに発表があります」

 

次の日のHRの前、駒場が教室に入ってくる前に銀華が教壇に立つ。突然のことに俺を含めてみんな銀華に注目するよなそりゃ。

そしてその銀華は、ビシッと俺に向かって指を指す。それにつられてみんなが俺の方を見る。嫌な予感がするぞ…

 

「そこのキンジ、遠山キンジは……私の婚約者です」

 

俺はクラスメイトの驚きの叫び声をBGMに教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀華がどんどん悪女になっていく…


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第13話:前奏曲の終わりと始まり

実家で甥と遊んでたら遅くなりました…

注意:いつも通りの大幅な時間飛び


早いもので三年になってから約8ヶ月、もう年の瀬だ。

三年になってからの学校生活は、銀華の婚約者発言により、またまた豹変した。

 

まず変わってよかったこと。女子に利用されることがなくなったということだろう。

俺を利用していた連中が転校や退学するなどしていなくなり(銀華調べによると、これは本当にたまたま起きたことらしい)、俺以外でヒステリアモードを知っているこの学校の人間は、同じようにヒステリアモードを持つ銀華だけになったからな。銀華はばらすことは当然しないし、銀華が俺のことを婚約者と言ったおかげで女子が近づいてくることも減った。まあ、そもそも最初から少なかったがな。

 

次に変わって悪かったこと。

それは俺が男子から恨みがましい目線で見られるようになったことだ。銀華は美人で人気者、一方俺はクラスでも「遠山って誰そいつ?同じクラスメイト?」といった存在だった。そんな奴が銀華の婚約者と発表されたら、そりゃ反感も買うわな…

あとは銀華の婚約者という俺に興味を持つ生徒が多かったというところだろうか。女子は近づいてくることは減ったが、逆に遠くから興味を持った視線で俺を観察することが多くなり、大変やめてほしい。銀華の発表によって、俺の評価は銀華の評価にも関わるようになったということだから下手なこともできん…

 

それを引き起こした当人の銀華は、女子たちの質問もうまく捌ききったらしく、銀華は一年と同じように暮らしていたんだが、ずるいだろそれ。

 

まあそんなこんながあった今年の学校生活を終え、今日は冬休みの初日だ。

その初日、俺はのんびり家で過ごす………のではなく、一度銀華と訪れたショッピングモールに来ている。

前まではここに来るとヒステリアモード化した自分の黒歴史を思い出しそうで嫌だったのだが、時間がそれを解決してくれた。

インドア派の俺が、人が多いショッピングモールへ冬休みの初日に来ている理由。それは3日後の銀華の誕生日プレゼントを買うためだ。

 

一年目はどっちも互いの誕生日を知らず、二年目は会えなかったのでお祝いを言うだけでプレゼントを贈り合うことはしなかった。

そして三年目の今回。銀華は俺の誕生日の7月に高そうな時計をくれた。ちなみに値段は怖くて聞いてない。

それのお返しも兼ねて、買いに来ているわけである。予算は任務(クエスト)で稼いだので少し余裕はあるが、問題は何を買えばいいのかだ。女子は何を贈られて喜ぶのか全くわからん。

そこで、自身が女に変身するため女の気持ちがわかり、偶々留学先のイタリアから帰って来ていた兄さんに聞いたところ、女の子にとっては何を贈ってもらうかより、誰に贈ってもらうかの方が大事というなんの役にも立たないアドバイスを貰った。その時うっかりカナの名を出してしまい顔を真っ赤にした兄さんに殴られたのに、これ殴られ損だろ。だから自分でプレゼントを考えないかん。

定番ぽいプレゼントにアクセサリーが思いついたが、アクセサリーなどを身につけることは戦闘の邪魔になる可能性があり武偵では推奨されていない。優秀な武偵でもある銀華に送るプレゼントにアクセサリーは不適切だろう。

服も悪くはないだろうが、趣味じゃなかったりサイズが合わなかったりしたりするかもしれん。

そんなことを考えながらショッピングモール店舗を回っていたわけだが…ある店先に置かれていたものに目が止まる。

 

(花とかいいかもしれんな…)

 

俺が足を止めたおしゃれな店先に置かれていたのは生花のように見える造花のようなもの。

いろんな種類があって綺麗だな。銀華の名前に『(はな)』もつくし、銀華の誕生日プレゼントに花はぴったりかもしれん。

男の俺には少し入りづらいが何も思いつかんし我慢だ。

女子力が高いおしゃれな店内に入っていき、店の中にいた少し可愛い元気そうな若い女性の店員に勇気を持って話しかける。

 

「す、すみません…あの店先にあった花って…」

 

俺がそう話しかけると、その俺の声で振りかえったお姉さんは、

 

「いらっしゃいませ!あれはですね、プリザーブドフラワーと言って生花を乾燥させたものなんですよ」

 

うわ、明るい。美人というよりカワイイタイプだし。身近な感じがして苦手なタイプだ。

まあ…プレゼントのためだ。それは我慢しよう。あとプリザーブドフラワーとかいうのも初めて聞いたな。

「…ドライフラワーとどう違うんですか?」

「一回脱色させて染め直し、その後乾燥させるのがプリザーブドフラワーですね。ドライフラワーよりも綺麗な色合いでみずみずしいのが特徴です」

 

確かにドライフラワーはカサカサしているが、店頭にあったのは生花と見間違うほどであった。

 

「女性への贈り物としては…?」

「とてもいいと思います!水を与える必要もなく、ドライフラワーに比べ長期間持ちますし。どんな物が欲しいなどといったご要望とかはございますか?」

 

銀華に似合いそうな花……あいつは性格的にけばけばしいのはあんまり好きじゃなさそうだよな…

身につけるものや部屋も上品な感じだし。

 

「あんまり派手すぎず、だけど地味すぎず上品な感じで。あ、でもそんな値段が高すぎないようなもので…」

「じゃあこちらの商品はどうでしょうか?」

 

俺の欲張りな要望にお姉さんは思いつくものがあったらしくショーケースから1つの商品を取り出した。

 

「こちらは紅白の輪菊を使ったプリザーブドフラワーです。グリーンは紅葉(もみじ)のプリザーブドリーフとなっています」

 

店員が取り出した商品は、鉄製のフレームに紙製の紐を可愛く巻いた丸い花器の上に、紅白の7cmはあろうかという大輪の輪菊が二輪載っている。

派手すぎず地味すぎず上品な感じで俺の要望通りだ。

銀華の部屋に置くところを想像したが……うん、いい感じだな。

 

「じゃあ、それにします」

「ありがとうございます。ラッピングは無料ですがいかがされますか?」

 

ラッピングは無料とはラッキーだぞ。クリスマスが近いだけあって贈り物としてこういったものが選ばれるからかもしれないな。

 

「じゃあ、お願いします」

「承りました」

 

お代を払い、店員がラッピングしてる間、手持ち無沙汰だったので、ふと買った商品の名前を確認すると『紅白輪菊の満月』だった。

もし白菊は銀華(しろは)だったら、紅菊の方は紅華(べには)紅華(べにばな)だな。

そんなことをふと思った。

 

 

☆★☆★

 

そして銀華の誕生日前日、12月24日。クリスマスイブの日。

銀華の誕生日前日なので、銀華にどこか行きたいところあるかと聞いたところ、イルミネーションが見たいと言っていた。ネットで検索したところ、丸の内でイルミネーションがやっていることがわかったので、そこにいくことになった。

 

「キンジ、出かけるのか?」

 

玄関で防寒対策のためのコートを来ていると爺ちゃんが尋ねてくる。

 

「ああ…」

 

少し振り返りながら、はぐらかしたような返事をする。銀華と出かけると言ったら、爺ちゃんのことだし絶対何か言ってくるからな。

 

「もしや…銀華とか?」

 

流石爺ちゃん、一瞬で見抜いて来たぞ…

だがまだだ。ここで動揺すれば一瞬でバレる。銀華から学んだ経験を生かし、なんでもないように振る舞うんだ。

 

「…違う」

「嘘つかんでもいい、キンジよ。昨日、キンジの帰りが少し遅くなるかもしれんと銀華から先に連絡あったからな」

 

…って先に銀華から爺ちゃんに連絡入ってたんかい…

 

「キンジよ。クリスマスとやらに若者は仲を深める…ごふっ!」

 

そんな爺ちゃんのうめき声が聞こえ、爺ちゃんはそのまま前のめりに倒れる。

そして爺ちゃんの後ろには婆ちゃんがいた。

婆ちゃんは倒れた爺ちゃんを気にする様子もなく俺のそばに来る。

 

「銀華も楽しみにしてるようだったし、楽しんで来るんだよ。でも楽しみすぎて遅くなるといっても、朝帰りは2人にはまだ早いからやめておきなさい」

「わかったよ、婆ちゃん」

 

防寒のためにコートを着て、財布と武偵徽章、武偵手帳、ベレッタとナイフに加え、銀華に渡すプリザーブドフラワーが入った鞄を持っていく。これは来るべきタイミングで渡すつもりだ。

 

「それじゃあ行ってくる」

「気をつけて行きなさいね」

 

婆ちゃんと床に突っ伏している爺ちゃんに見送られながら、玄関を出る。

すると、年末なのでイタリアのローマ武偵高から帰って来ている兄さんが『男』の姿で縁側から顔を出した。

 

「キンジ。銀華とどこかに出かけるらしいな?」

 

兄さんまで知ってるのか…

 

「まあな…明日銀華誕生日だしそのお祝いも兼ねようと思ってる」

「そうか………」

 

なんか思案に明け暮れてそうな顔をしているなと思っていると、すぐに笑顔に変わった。

 

「楽しんでこいよ。粗相をして銀華を怒らせないようにな」

「わかってるよ」

 

そう兄さんに答え、俺は集合場所になっている巣鴨の駅へと向かった。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

駅に向かって遠ざかっていくキンジを見て俺は1つため息を吐く。

 

北条銀華

 

キンジの婚約者であり、俺たちと同じHSSを持っている。この体質は普通の一般女性には理解しがたいものだから、それを自分自身のこととして理解できる女性、つまり銀華は俺たちHSSを持つものにとって稀有な存在だ。

聞いた感じ、キンジの足りないところも補ってくれるているし、キンジも彼女のことを信用している。

去年キンジと会えなかった一年間も電話をしていたところや最近のキンジの様子を見るにいい関係を築けているのは確かだ。

組手などの日々の訓練でキンジの秘められた優れた才能を彼女が引き出してくれているのもわかる。

これ以上ないと言っていいぐらい、キンジにとっていい婚約者だと思う。

 

だが、銀華には気になることがある。それは彼女が何か隠しているということだ。彼女の中学以前のことは秘密となっている。武偵庁で調べて見たが、銀華の中学以前の記録はどの公的の記録にも載っていなかった。

それにクレハ・ホームズ・イステルの存在。彼女もHSSの勘でだがHSSを持っており、調べて見ると上位派生モードと思われるものも使いこなしていることがわかている。HSS自体が稀有な体質であるのに女性となるとさらに少ない。

その点から俺は8割方、クレハが銀華だと睨んでいる。

だが確証はない。ただの俺の予測なだけだ。

確定していない内はなにも動くことはできない。もし違った場合、違った時の被害は計り知れないからな。

 

そして、俺としては銀華がクレハだとしても、別に問題ない。イ・ウーはもうすぐ崩壊する、リーダーの死によって。イ・ウーが崩壊すればクレハが銀華だとしても一般人に戻る。それまで銀華がイ・ウーメンバーということをキンジに知られることなく、イ・ウーの出来事に巻き込まれなければいい。銀華はそう考え、イ・ウー崩壊を待つために黙っているのかもしれない。

俺としてもキンジをイ・ウーと戦わせなければそれでいい。

イ・ウーという強大な敵からキンジを守ることができるのは俺だけなんだから。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

最寄駅である巣鴨の駅に到着した俺は銀華の姿を探していた。

銀華からのメールによれば、もうついてるらしいんだが、どこにいるかさっぱりわからん。

クリスマスイブだからかなんだか知らないが、いつもに比べ人が多い。

こういう人混みで目的の人を探すのは疲れるんだよな。人は少ないに越したことないぜ。

そんなことを考えていると携帯が震える。

見てみるとメールの着信で相手は…銀華だ。

 

『見つけた』

 

それだけがメールに書いてあった。

銀華が見つけたということは俺からも見えるはずなのだが、周りを見渡しても銀華の姿を発見することができない。

再び携帯が震えたかと思うと

 

『10時の方向』

 

再び一言だけ書いてあった。10時の方向、つまり左前を見てみると

 

「3日ぶりかな、キンジ」

「ああ、そうだな」

 

そう挨拶をしながら銀華が歩いてくる。白のセーターと少し短めのチェックのフレアスカート、黒のストッキングを履いて現れた銀華は……可愛い。少し化粧もしているようだ。どこがどうとは言えないがな。

ただでさえもともと美人なのに今日は一段と美人に見える。女の化粧っていうのは手品みたいなもんで男にはどこをどうしてるのか見破れないものだ。なんか気合いを入れてきましたって感じがするな。

なんで女子は化粧や服で自分の可愛さを界王拳のように底上げできるんだろうな。永遠の謎だぜ…

そして、その銀華はこっちを見てモジモジしている。

 

「どうかしたか?」

「…ねえ、キンジ。この格好どうかな?」

「ん?似合ってるしかわいいと思うぞ」

 

思っていたことを述べると銀華は照れ気味に嬉しそうに笑った。やっぱり気合いを入れてきたんだな。いつも会ってる俺と会うのになんでそんな気合いを入れるかはわからんが。

 

「じゃあ行こうか」

「うん」

 

俺たちは駅構内に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

巣鴨から丸の内の最寄駅である東京駅に移動した。相変わらず東京駅は人が多い。これで乗降数は日本で8位ていうんだから驚きだ。

 

「人多いねえ〜」

「そうだな」

 

そう言いながら俺の横を歩く銀華がそう言う。ちなみに俺の右手は銀華の左手と指を絡める、世に言う恋人繋ぎで繋がれており、銀華は腕を組むように体を寄せてきている。最近、銀華と2人で出かけるといつものことなので恥ずかしさやヒス耐性もついていると思ったが、流石に人が多いところだとたくさんの人に見られて恥ずかしいな。

 

「夜ご飯どうする?」

 

銀華がそんなことを聞いてきたので、銀華の方を見ると……

 

「うお…」

 

近距離で銀華の上目遣いを見てしまい、驚きでそんな声をあげてしまう。女子、それも美人であるところの銀華の上目遣いは反則だぜ…

俺がここ最近成長期で身長がグンッと伸びたので、銀華との身長差ができ、それによって意図せず銀華がこちらを見上げるような上目遣いになってしまったわけだろうな。

 

「うお?魚ってこと?」

「……そ、そうだ」

 

銀華は自分のことを美人とは思っていないようだから、俺が銀華の可愛さに急に驚いたりヒスリかけても気づくことはあまり多くないことが分かっている。俺と一緒であいつもヒステリアモード持っているから、俺の女心が分からないのと一緒で男心わからないのかもな。

 

「じゃあ、魚料理ならこの駅に行ってみたい店があったからそこに行きたいんだけどいい?」

「いいぞ、高すぎなければ」

 

任務で今は財布に余裕があるとはいえ、あんまり高すぎると困る。

少しビクビクしながら、銀華に連れられ向かった先は……

 

「ここか…?」

「そうだよ。何か変だった?」

 

最近開店したと思われる回転寿司だった。まだ夕飯時には早いにもかかわらず少し混んでおり、俺たちは最後尾にならぶ。

一回、任務の打ち上げをするとかなんとか言って銀華のおごりで回らない寿司に行ったことある。そこは目玉が飛び出るような値段だったのだが、ここは見る限り駅構内にあるから少し高いと言ってもそこよりはだいぶ安い。金持ちの銀華がこんなところに行きたいというなんて夢にも思ってなかったぞ。

 

「どうせキンジは私が回転寿司に行きたいというなんて思わなかったんでしょ〜」

「………」

 

バレてるし…相変わらず自分自身のこと以外はズバズバ言い当ててくるやつだぜ…

 

「じゃあここでキンジ君にクイズです、ちゃらん!なんで私は回転寿司に行きたいと思っていたのでしょーか?制限時間は30秒です」

 

隣で右手人差し指指を左右に揺らしながらチッチッとカウントダウンの真似事をしているが、自由すぎるだろ銀華…

 

「ちなみに正解できたらここは私がキンジの分まで払うよ」

「まじか!」

「ちなみに正解できなかったらキンジが私の分まで払うんだよ」

「ちょっと…おい」

「残り20秒でーす」

 

どうしてこうなった…いや正解すればいいんだ。今までの銀華の行動や性格を考えれば…

 

「行ったことなかったから、知識を経験に変えたいっていうところか?」

「ピンポーン!正解!なかなかキンジも私のことわかるようになってきたじゃん」

 

簡単で助かった…こういうクイズを出すような子供ぽいところもあるんだよな銀華は。大人ぽいのか子供ぽいのかよくわからんやつだぜ。

少し待つと俺たちの番が来たのか店内に案内される。2人なのでカウンター席に案内されるかと思いきやテーブル席に案内された。テーブル席の方が気楽だしラッキーだったな。

 

この回転寿司はレーンの真ん中に何人かの板前が立っており、その人たちが握ったものをレーンに流すって仕組みぽいな。

でも周りを見てみると真ん中の板前に欲しいネタを注文してもいいようだ。流れてるものより握ってもらえる注文の方が新鮮だしいいんじゃないか?

そんなことを俺は考えていたのだが…

 

「……あー……!」

 

目をキラキラさせて銀華は寿司が流れるレーンを見ていた。こんな目をキラキラさせてる銀華はみたことないぞ…

 

「彼女さんは回転寿司は初めてなんですか?」

 

そんな光景をみて板前のお兄さんが話しかけて来た。もちろん彼女とは銀華のことだろう。

 

「はい、そうなんです。一度来てみたかったんですけどなかなか機会がなくて」

「彼氏さんがこういうところあんまり好きじゃないとか?」

「いえ。最初回転寿司行くならここがいいなあって。北海道から東京進出の第1店舗ですよねここ」

「よくご存知で」

 

銀華はお兄さんと仲良くなっており、俺だけ置いておきぼりだ。なんか疎外感感じる。

 

「ん?キンジどうした?」

「お前、相変わらずモテるな」

 

皮肉気味にそう言ったんだが…

 

「どうしてそう思うの?もしかしてキンジも私に惚れちゃった?」

「…………」

 

何も言い返すことができない。その返しズルくないか。

 

「でも嬉しいな。キンジにも独占欲あったなんて」

「?」

 

俺は銀華の言ってる意味がわからんかったがお兄さんはこっちを見てニヤニヤしている……なんなんだよいったい……

 

「じゃあお兄さん、しめ鯖お願いします」

「はい、しめ鯖一丁!」

 

そんな元気な声が店内に響き渡る。

そんな声をスタートの合図に銀華はレーンの皿を取り始めたわけだが、皿を取るわとるわ。成人男性が食べる量を大きく凌駕していてお兄さんも驚いているよ。そしてとても美味しそうに食べるもんだから、それを見た周りの客も同じもんを注文しているぞ。何かのCMにでも出たらどうだ。出たら出たでその婚約者として注目されるのも嫌だけどな…

 

 

満足した俺たちは、銀華のおごりで支払いを済ませ、夕方から夜になり暗くなった通りに出て、目的地に向かう。

俺と、腕と腕、手と手が縄みたいに絡み合ったようなスタイルで歩く銀華の足取りは、スキップまではいかないが軽い。楽しい気持ちを我慢できていないって感じだ。俺なんかと一緒に歩いて何が楽しいかわからんが、銀華の楽しい気持ちが俺まで伝わって来て俺まで楽しい気持ちになる。そういえばこんなこと前にもあったな。

今日はクリスマスイブなのでイルミネーションに向かうまでの道も結構混んでおり、色々な人とすれ違うんだがーー

銀華を連れてると、男も女もすれ違いざまに皆チラチラ振り返ってるのがわかる。

 

(なんというか、見る人みんなを虜にするっていうのかな……そういうのが銀華にはあるよな)

 

銀華が美少女だってことぐらいは俺でもわかる。銀華は男女区別なく、ただそこにいるだけで注目してしまう、そんなカリスマ性みたいな魅力を持っている。2年までクラスでも遠山って誰?みたいな扱いだった俺とは大違いだよな、まじで。

そんなルンルンな銀華と共に歩いて行き、小道から大通りに合流すると

 

「…っ…」

 

綺麗にライトアップされた木々が車道を挟んで二列にずらっと並んでいた。その道は思っていたより長くイルミネーションが続いており綺麗だ。

 

「……うわぁ……綺麗……」

 

横の銀華もそんな声を上げている、イルミネーションに負けないようなキラキラとした目で。

イルミネーションの光が銀華の銀髪に反射し、いつも見慣れているはずなのに、その姿に声を失ってしまう。

 

「ん?どうしたキンジ?」

「…なんでもない。この道歩くか」

「うん!」

 

そんなやりとりをしてイルミネーションが施された道を歩いているわけだが、妙にカップルが多いな。クリスマスイブはそういうものなのか?

 

「連れて来てくれてありがとう、キンジ」

「前…夏祭りの時に言ったしな。体験したことのないことやらせてやるって」

「よく覚えてたねキンジ」

 

嬉しそうにニコッと笑う銀華に

ドキッ!

不覚にもヒス性の血流を感じてしまう。

い、いかんぞ。そんな自然な笑顔。私服、化粧に加え、笑顔まで銀華に加わったらヒス性の役満、フルコンボだ。何か話しを逸らさないと…

 

「し、銀華。そういやお前、明日が誕生日だよな」

 

銀華と組んでいる方の逆の肩にかけたカバンを確認しつつ、話を変える。

俺と腕を組んでいた銀華は--

 

「…え。う、うん」

 

さっきまでのキラキラした態度から一転、ギクシャクした態度になって、こっちを見上げてきた。

ちょっと固まってほっぺも赤くしてるし。

なんだよ、そのテンションの急な方向転換。

まあ銀華がそんな様子になってくれたので、ヒス性の血流はだいぶ収まったのはありがたいな。

 

「キンジ覚えててくれたんだ…」

「まあな。お前の誕生日覚えやすいしな。クリスマスだし」

「あ、う、うん。ありがと…じゃ、じゃあ何かお祝いしてくれるのかな?」

 

銀華どうしたんだよ。目が泳いでるし、明らかに挙動不審だ。

 

「ああ、1日早いがハッピーバースデー銀華。これはプレゼントだ」

 

と俺はカバンの中からラッピングされたプリザーブドフラワーを、くっつくのをやめて腕から手を離していた銀華に差し出す。

それを両手で受け取った銀華は

 

「あ、開けてもいい?」

 

どっきん、どっきん。

という心音が聞こえてきそうな面持ちになった。

そんなに緊張しなくてもいいと思うんだがな。そんなに緊張されると気に入ってもらえないんじゃないかという思いから俺まで緊張するぞ。

 

「ああ」

 

俺がそう言うと銀華は邪魔にならないよう道の端っこに移動した後丁寧に包みを剥がした。中身を見た銀華は

 

「……綺麗。これプリザーブドフラワーっていうんだよね確か。これキンジが選んだの?」

 

赤面しながら笑顔を浮かべこちらを向いていた。照れ2割喜び8割といった感じだな。

 

「そうだ。あと悪いな、そんな高いものじゃないんだ」

「ううん。とっても嬉しいよ。プレゼントなんてそんなに貰ったことないから。誕生日プレゼントは初めてだし」

 

へえ、そうなのか。てっきりお前の求心力なら山のように貰っていると思ってたぞ。それに銀華の親はプレゼントをくれない人なのか?

 

「そうか。正直、何を送ればいいかわからなかったんだが気に入って貰えたか?」

「うん!それにキンジすごいね。直感だけでここまで来れるなんて。名探偵の素質があることを保証するよ」

「??」

 

銀華の言ってることの後半がよくわからなかったが、よくある話だ。それに名探偵はお前だと思うぞ。何回もお前の推理にこれまで助けられてるし。

 

「あ、そういえばキンジ」

「…なんだ?」

「キンジは神奈川武偵高じゃなくて東京武偵高に行くんだよね?」

「そのつもりだ。兄さんやお前に追いつく為にも腕を磨く必要があるし、寮もあるからな」

「私にも来て欲しい?」

「あ、ああ」

 

急に問われ、思わず答えてしまう。ていうか、よく知ってたな俺の進学先。銀華には話していなかったはずなのに。

 

「東京武偵高に行くということがわかるのは初歩的な推理だけどね」

 

俺の心を読んだようにそんなことを言ってくる。

 

「まあ推理の披露は置いといて……これからもよろしくねキンジ」

 

こちらに右手を差し伸べる銀華の背後ではイルミネーションが輝き、俺が送ったプレゼントの二輪の菊が銀華をさらに飾っている。

その姿は幻想的だった。

 

「ああ、よろしく」

 

俺はその手を取り握手した。

俺にとって最高の相棒(パートナー)で婚約者だよ、お前は。

 

 

 

 

 

でも、この時の俺は知らなかった。

銀華の本当の姿や力を--

 

 

GO For The NEXT!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第1章完
オリキャラをなるべく出さないようにしてたら銀華とキンジのデートシーンばっかりななって困りましたね(ネタ切れ的な意味で)

中学時代は5話ぐらいでぱぱっとやって終わりと思っていたら案外話数かかってビックリしました。
次回からはやっと原作メインキャラの登場です。


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第2章・運命の転調(キャスティング・ターン)
第14話:再会と開放


入学試験編前編
ヒスキンの口調と臭いセリフが難しすぎる…


3月の初め、冬の寒さが終わり暖かい陽気になる頃。今日は武偵高の入学試験日。

三年間(実際には二年間だけど)、袖を通した神奈川武偵中学の制服を着るのは今日とあとは年度末にある卒業式だけだね。

ちなみに武偵中の終業式・卒業式は、通常の中等学校より遅い3月末にある。春休みが短いように思えるけど3学期の後半からは『欠席消化』といって、出席日数がお上の目に止まった生徒しか出席しない。今のシーズンは仕事で授業に出られないことの多い武偵中生徒に与えられた、補習期間みたいなものらしい。

だから私もキンジも登校していないので制服を着るのは実に半月ぶりだったりする。

 

「よしっ」

 

部屋の姿見で服装が乱れていないことをチェックした私は拳銃2丁を太もものホルスターにナイフ、武偵徽章、武偵手帳をポケットに入れて、鞄を持って外に出る。

今日の登校は電車ではなく、

 

「銀華様、おはようございます」

「おはよう、アイ」

 

アイの運転する車で行う。私はアイが開けてくれたドアからマイバッハ62Sに乗り込み、アイの運転で東京武偵高の入試会場へ向かう。

私は朝早かったこともあり車の振動に眠気を誘われうつらうつらしていると

 

「ただいまレインボーブリッジを通過中です。もうすぐ学園島に入ります」

 

そんな忠告とも取れるアイのセリフが車内に流れる。どうやら結構長い間うつらうつらしてたらしい。

一つ伸びをして窓の外を見ると、そこから見えるのはレインボーブリッジの南側に浮かぶ大きな島。

あれが噂に聞く学園島だね。

確か南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島(メガフロート)。その上に東京武偵高はある。

そんな学園島に私が乗る車が入っていき、コンビニやビデオ屋の脇を通り、台場に続くモノレールの駅をくぐって、秘密基地のような校舎の前に停車した。

ここが武偵高か〜。神奈川武偵中とそっくりだね。

そんなことを思いながら私が車から降りると、遠くにいる私と同じ他の受験生がこちらをみてくる。確かに、車で来るのは目立つかも。外車だし。

まだ余裕はあるけど、少し危ない感じだから早歩きで試験会場の目の前の校舎に入っていく。正面玄関の受付で受験票を提示した後に決められた教室に向かう。

私が受験するのは強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)衛生科(メディカ)とすごく迷ったけど、兼科するにしても主な学科はキンジと同じがよかったからね。強襲科にした。そんなわけでキンジと同じ教室なはずなんだけど

 

「おいおい、もしかしてあいつって…」

「間違いない。銀髪であの制服、神奈川武偵中学のやつらがいっていた『金銀の双極(パーフェクト・デュオ)』の片方だ」

「銀髪ってことは……シルバーか!?シルバーの方が女子だったのか…てっきり俺はゴールドが女子で金髪縦ロールロリだと想像していたぜ」

 

教室に向かう廊下でそんな声が聞こえて来る。

出たよそのコンビ名。まさかここまで広がっていたとは…噂してる人たちが言ってる通り、私と同じ神奈川武偵付属中学の人たちが広めたんだろうね。

武偵の人たちは大体、情報を入手するのが早い。武偵は武装探偵の略、探偵である父さんをモデルに作ったもの。探偵と言うからには情報通でなくてはならない。

知っていても別におかしくないんだけど、あのコンビ名が広がっているってことをキンジが知ったら嫌がるだろうなあ。

 

金銀の双極(パーフェクト・デュオ)

 

それは私とキンジのことをさす。

『金』は遠山金次の金、『銀』は北条銀華の銀を合わせて金銀。私はフレンドリーなタイプだけど、キンジはネクラで極端な2人っていうことから双極ってことらしい。

で、個別にはキンジのことは金だからゴールド、私のことは銀だからシルバーって呼んでいるみたい。

なんでこれでパーフェクト・デュオって読むかは私も知らない。

任務(クエスト)成功率が100%(パーフェクト)だからとか、完璧(パーフェクト)な2人だからっていう説があるぽいね。デュオを略してパーフェクトっていうこともあるみたいだし。

キンジが初めてこのコンビ名聞いた時、厨二くせえ…と言ってこの名前を嫌っていたが、実は私はこの名前を気に入っている。

だって、かっこよくない?かっこよくないか…

と自分に問いかけ、自分で突っ込むことをしていると--

 

「だ、誰か!助けてください!」

 

そんな声が奥から聞こえてきて来る。

耳を澄ませば足音の数は5人。

どこやら女子生徒が何かに追われているらしいね。犯罪者がここにいるとは到底思えないし、もしかしてナンパってやつかな?

私もよくされるし、あれは困るよね〜。だからキンジと歩くときはなるべくくっつくようにしている。

べ、別にキンジとなるべくくっ付きたいからとかじゃないよ、うんうん。

同じ女子のよしみで助けてあげようと心に決め、声が聞こえてきた方向、つまり奥に向かい、角を曲がろうとすると

ドスン!

そんな音が曲がり角の先から聞こえてきた。

どうやら逃げてきた女子生徒と誰かがぶつかったみたいだね。

角を曲がって見ると、私の予想通りぶつかったのだろう、2人の男女が男の方が女を組み敷く形で倒れていた。

男子生徒の組み敷かれた女子生徒のスカートはめくり上がっていて、ギリギリ下着は見えていないものの、健康的で白い太ももが完全に露出してしまっている。

目つきはおっとり優しげで、まつ毛はけぶるように長い、大和撫子の典型のような端正な顔。日本人らしい長い艶々の黒髪が倒れた地面に広がっている。

そして一番目につくのは、そのプロポーション。胸は大きく、腰は引き締まっており、お尻も安産型で大きい。

いかにも気が弱そうだし、ナンパされるのもわかるね。

そして、その彼女を組み敷いている男子。

私はその人が誰かを知っていた。

私がそのことを確認した瞬間、体の芯が熱くなり、頭に血がのぼるのを感じる。

ああ…

これはどうあがいても………

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

アウトだ。

俺と曲がり角でぶつかったのは昔、青森にいた時に近くの神社に住んでいた幼馴染の白雪。

危なっかしいのは昔から変わってないよ。

まさかこんなところで出会うなんてね。

 

「おいおい、これがラッキースケベってやつか?」

 

ヘラヘラした声で、白雪を追いかけていたと思われる男たちの中の1人がいい、残りのメンバー3人がゲラゲラ笑う。

というかチンピラみたいな奴らだな。武偵高の受験をするからには少しはデキるようだが、試験を受けに来ているのにナンパするなんて底が知れている。

 

「お前もう十分楽しんだだろ。今からそいつは合格祈願として俺たちと遊ぶ予定なんだよ」

 

普段の俺なら4人相手には苦戦していたかも知れないが、あいにく今の俺は不幸な事故によりヒステリアモード。4人相手にも不覚を取らないし、怖がって涙目になっている白雪という女性を守るのは俺の役目だからね。

 

「じゃあまずは俺と遊んでもらおうかな」

 

その一言を合図に俺はヒステリアモードの優れた瞬発力で4人のうちの1人に距離を詰め

--ガスッ!

俺のアッパーがナンパ野郎の顎にクリーンヒット。漫画みたいに吹っ飛んだよ。

手は抜いたつもりだったんだが、もしかしてヒス俺の攻撃力、強すぎ……?

……やっベー……やっちゃったかな……

 

「な、なんだ!?お前!?」

 

残りの3人も青くなって震えているよ。

だが、武偵高を受験するとだけあって素手では勝てないと判断、得物を取り出すのは流石だね。防弾防刃制服を着てるけど、刺されたら先が尖ってるから痛いし、刺されたくはないね。まあ、今の俺にとってはそんなものオモチャみたいなものだけど。

 

「死ねやあああ」

 

ナイフを振りかざし突っ込んできた1人の攻撃をかわしながら、ナイフを取り上げる。

 

「???」

 

ナイフを取り上げられた男はなにが起こったかわかっていないようだ。まあ、分かりにくい技だけどさ。

俺が使ったのはヰ筒取(いつつど)り。

相手の携帯してる武器を両手ですり取る技だ。

俺はそれで奪い取ったナイフを捨てるところもなかったのでポケットに入れる。

もう一度今度は素手で突っ込んできた男の振り上げている右手を掴み、後ろに捻りあげる。そして首筋に掌底。2人目も床に沈んだな。

そして残り2人はその光景を見て、逃げようとしている。まあ明らかに戦力差があるけどさ。一人一人じゃなくて同時に突っ込んだらまだ分からなかったのに。俺としては白雪を助けたから逃がしてあげてもいいんだけど、俺の後ろから迫っている『銀色の流星』が許してくれなさそうなんだよね。

 

ビュンッ!

 

俺の耳元で何かが俺を追い抜き風をきる音がした後、その流星が同時に2人を蹴り飛ばし無力化した。

相変わらずの戦闘力だね、銀華は。惚れ惚れするよ。

 

「あれはシルバーじゃないか!?」

「ってことはあの神奈川武偵中学の制服を着た男子生徒はゴールド!?」

「やべえ、パーフェクトの揃い踏みだ」

 

俺たちの様子を遠巻きに見ていた俺たちと同じ受験生があの恥ずかしいあだ名を言っている。やめてほしいなそれ。銀華は気に入っているようだったけど。

そして俺と同じく噂されている銀華は、いつもの銀華に比べ様子がおかしい。

いつもはそんなことないんだが、今の銀華は超然的なオーラと殺気を振りまいている。

触れば切れる。そんな研ぎ澄まされた日本刀のような感じだ。

 

「銀華助かったよ。銀華の助けでそいつらを逃さずに済んだよ」

 

いつもならそんな銀華から逃げの一手なのだが、今の俺はヒステリアモード。女性に助けて貰ってお礼を言わないなんて、ありえないからね。

俺の声を聞き、こちらに向けた銀華の目を見て、

 

(……っ!………)

 

俺の足が--1歩後ずさった。全く無意識のうちに。敵対してないにもかかわらず圧倒されているってのか。このヒステリアモードの俺が。

そんな俺の様子を見た銀華は俺の足元で震えている白雪を一瞥した後、長い銀髪を翻し強襲科の受験生が集まる教室に入っていく。

俺の脳裏にはいつもの瑠璃色の瞳ではなく、紅色に染まった銀華の目がこびりついていた。

 

 

何度も「ありがとうキンちゃん…」としつこくお礼を言ってくる白雪を、ヒステリアモードの口のうまさでなだめ、俺のいうことを聞かせ自分の試験会場に向かわせた後、俺は強襲科の試験会場の教室に入る。

自分の受験番号の席に座り、前を向いたままぐるりとヒステリアモードの優れた感覚で周りの状況を取り入れるが、いるぞ。俺の左後ろに、目を瞑っていると思われる銀華が。

先ほどのように殺気を出してはいないが、来たるべき時のために鋭利な刃物を研いでいる。そんな感じがする。

 

(あれはヒステリアモード……か…?)

 

ヒステリアモードの直感が銀華のあれは同じヒステリアモードと言っているが、女性のヒステリアモードは弱くなるはず。だが、今の銀華は男性、つまり俺たちと同じように強くなっている。もしあれがヒステリアモードとしても、弱くなるノルマーレやリゾナではないだろう。また別の上位の派生系ヒステリアモードなはずだ。

今までにそんな兆候は……

……あった。

あまり思い出したくないことだから故意に忘れていたが、横浜女子校で俺が他の女子についていかないように忠告する時、またヒステリアモードが利用されていたということを問い詰める時、俺はどこか銀華にヒステリアモードと似たようなものを感じた覚えがある。

この二つに共通するのは俺が銀華以外の女性と接触するということだ。

そんな点と点が線で結ばれると--

 

『あんまり銀華を怒らせない方がいいわよ。特に女性関連で』

 

そんなカナの忠告が思い出される。

今までの二つはどちらも何かが欠けていた。

女子校の時は銀華は隣にいたが実際に会ってはいない未遂であるし、利用されていた時は実際にそういう行為をしていたとはいえ銀華は実際には見ていない。

しかし、今回の白雪との接触を銀華が見ているとすれば、「銀華のいる場所」で「銀華以外の女とそういう行為をする」という今までに揃ったことがなかった二つが揃う。

 

(開けかけたことはあっても一度も完全に開いていないパンドラの箱を、今度は完全に開けてしまったってことだな)

 

つまり今までの銀華が怒った時の怒りは俺でいう甘ヒス、今は完全なヒステリアモードというところだろう。

点と点が結ばれ、その線をヒステリアモードの頭で理解したと同時に、

 

「おらガキども!静かにせえや!これから試験を始める」

 

教室に試験監督と思われる先生がやってきて、第一声に怒鳴り散らした。その声は隣で本当の刃物を研いでいたやつやブツブツと念仏のように教科書で唱えてたやつの行動を止め、受験生一同は静まる。

さすが武偵高の先生、女の先生なのに威厳があるよ。背もすごく大きいし。

 

「試験内容はいちいちペーパーテストやるのもめんどくさいし、『バトルロイヤル』で合否を判断や。ルールは簡単、自分以外の受験生を全員捕縛か戦闘不能にすればいいだけ。ペーパーテストみたいなチンタラしたものより、わかりやすくてええやろ」

 

教育者としてはその発言はどうかと思うけど……いかにも武偵高ぽいよ。そして入学試験のバトルロイヤルなんて、武偵中学の入学試験を思い出される。

 

「今配ったプリントに書いてあるのが試験場所や。この建物は東京武偵高(うち)が管理しとる14階建ての廃屋。廃屋といってもちょっとのそっとじゃ壊れんはずや」

 

前から回ってきたプリントを見るけど壊れる可能性あるんだね…まあ武偵の活動は場所を選ばないから、そういう意味も兼ねてるのだろう。しかしこの廃屋すごいな。どこで戦っても同じようなパーフォマンスが出せるような設計になってるぞ。

 

「時間制限はなし。弾薬は支給される非殺傷弾(ゴムスタン)を使用すること。何か質問はあるか!」

「はい、はーい。りこりん質問がありまーす」

 

怒鳴るようにして質問があるか聞いた教師に向かって質問したのは、フリルがたくさんついた服を着ており、長い金髪をツーサイドアップに結った、童顔の美少女。

小柄な体型だが女性として出るどころは出ており、全体的に柔らかそうな印象を受ける。

 

「罠とかも使ってもいいの〜?」

「殺傷武器でなければ何使ってもよし!あと協力したり逃げ回ったりするのは無しや。そんな奴がおったら後ろから撃ち抜くから覚悟しとき!他に質問は?なかったら早よ移動せい!」

 

そんな大声にほとんどの受験生は怯み、気圧されるようにしてそそくさと移動を始めているが

 

「ラジャー!!くふ、楽しみだね」

「………」

 

先ほどの理子と自分のことを言っていた女子生徒と銀華は全く気圧されていないようだ。

理子という生徒はスキップするように、銀華は何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。

 

「銀華」

 

俺がそう後ろから呼び止めると、紅の瞳を携えた顔でこちらに振り返った。表情は無表情だが瞳は怒りに燃えているのがわかる。

 

「その、すまなかった。こんな美しい婚約者をほっておいて」

 

シュッ!

俺が言い終わる前に俺の頭部を狙った銀華の回し蹴りが飛んでくるが、ヒステリアモードの反射神経でそれをかわす。

俺がかわすとわかっていたと思われる銀華は戦闘態勢を解く。

 

「御託はいい。この試験で私に勝ったら許してあげるから。でも、負けた時は」

 

銀華はもう一度教室の出口の方へ髪を翻し振り返りながら、

 

「あの女も潰すから」

 

そう言って、教室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は戦闘回になります。
理子、試験官、銀華との三連戦。さて無事キンジは生還できるのか。


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第15話:降りやまぬ雨

入学試験編後編

注意:キンジ無双(色々と)、ラブコメ、長い、微アンチヘイト



(さてと。これからどうするか)

 

俺たち受験生は武偵高が指定したビルにいくつも外付けされた階段からばらばらにビル内に入っていき、俺は未だ初期位置に陣取っていた。

ちなみにここは1階。奇しくも3年前とスタート位置が同じだ。

そして試験開始ブザーが鳴ってそんなに時間がたっていないわけだが、俺の足元には……

 

「うう…」

「なんなんだお前…」

 

他の受験生がうめき声をあげて倒れたり、縛られたりしている。

試験が開始されて取ることができる行動は、二つ。罠を張ってガン待ちするか、打って出るかのどちらかだ。

1階は血気盛んな奴が多かったようで、同じ階の俺以外の全員が打って出るを選択したようだな。実際、強襲科を受験するやつで待ちを選択するやつの方が少ないだろう。というかたぶんほとんどいない。

話を戻すが、俺がこれからするべき行動はこの二択なのだが、罠を張るにしても俺の手持ちはベレッタ一丁とカナに貰った緋色のバタフライナイフのみだ。これだけではヒステリアモードの俺でも、その辺に落ちてるものを利用しようと罠を仕掛けることはできない。

閃光手榴弾(スタングレネード)でも持ってこれば良かったな。

1階にはもう敵は残っていないようだし、上に向かおうかね。銀華と戦うまでの敵は全部前菜。この試験の主菜(メイン)であるところの銀華との戦闘までヒステリアモードを持続させなければならないからね。あの銀華にはこの俺じゃないと勝ち目がない。だからヒステリアモードが切れる前にこの試験を終わらせなければならない。

そして銀華もそう思っているに違いない。

 

音をなるべく立てずに素早く階段を上り、2階の様子を窺うが、銃声や剣戟などの戦闘音は聞こえない。聞こえるのは

 

「はぁはぁ……….」

「あの女、チビのくせにバケモンかよ………」

 

拘束されたり倒れたりして聞こえるそんな声だけだ。どうやらこの階も誰かが制圧したみたいだな。

俺はその倒した誰かを探すために2階をクリアリングしていると---

バッ!

上空、つまり天井から誰かが強襲(ダイブ)してきた。ヒステリアモードの知覚能力でそれを理解した俺は、撃退せず身を翻してかわすと

ガキィィィン!

地面とナイフがぶつかる大きな音がする。その襲撃者は不意打ちが失敗したのを見ると大きくバク転を交えたバックジャンプで距離をとった。

 

「理子の不意打ちをかわすなんてなかなかやりますなあ〜」

 

こんな荒廃したところでは場違いな甘い明るく幼い声が俺の耳に届く。この声の主は知っている。というか、自分で自己紹介している。

 

「とても愛らしく可愛い君との戦闘(ダンス)をすぐ終わらしてしまったら、勿体ないからね」

 

俺の眼に映ったのはは太陽光しかないこの廃ビルの中でさえ、それ自体が光を放っているかのような金髪。それをツーサイドアップテールに結い上げ、147cm程度と思われる身長とそれと反比例するような成熟した体つきの少女。

 

「あははは、君面白いこと言うね。理子、君のこと気に入っちゃった。名前なんていうの?」

「遠山キンジだ。君は理子だよね?」

「そうだよー。フルネームは峰理子だけど、理子って呼んでね。苗字で呼んだら怒っちゃうよ。がおー」

 

先ほど先生に質問していた少女--理子であった。その理子は指でツノを作っているが、見た目通りちょっと幼く明るい子だね。

 

「わかった。でも嬉しいよ。こんな可愛らしい子の可愛い名前を呼ばせてもらえるなんて」

 

俺がそう返すと、

 

「……キーくん、もしかしてふざけてる?」

 

ちょっと赤くなりながらそんなことを聞いてくる。キーくんとはたぶん俺のあだ名だろう。

 

「いいや、俺はいつも大真面目に振る舞うようにしているよ。特に可愛らしい女性の前ではね」

「……この口調、遠山……ああ、なるほどね(Je vois)

 

目つきが鋭くなり、ヒステリアモードの聴覚でほんのかすかに聞き取れる声でそう呟く理子は何か納得しているよ。

 

「戦う前に言うのはなんだけど降参してくれないかな理子。俺は理子のような可愛い子を傷つけるのは嫌なんだ。理子も痛い思いをするのは嫌だろう?それに俺には戦わなくちゃいけない人もいるしね」

「ブッブー!!これは強制イベントだからスキップ不可!!()()()じゃ理子は弱いし、()のキーくんは強そうに見えるけど、それでも負けたりはしないのです!!」

 

理子は手でバッテンを作りながらそう言うが……まあそうだろうな。理子を短い間しか観察できていないが、彼女はなかなかの実力者だとはわかる。『あそこ』がどこかはわからないが、今の俺が強いとわかってる時点で彼我の戦闘力はわかるぐらいの実力はある。

ヒステリアモードで相手が女子とはいえ、油断したらやられるぞ。

そんなことを思った瞬間に

(……っ!?…)

地面を滑るようにして、間合いを詰めてくる。突然、()()で俺に近づいてきた理子は俺の顎めがけて掌底を放つが、その滑るように近づく技を記憶から思い出した俺のガードが間に合う。

返しにその腕をとって投げようと思ったがバックジャンプで躱されて、腕を取ることはできなかった。

 

「すごいよキーくん。これを初見でガードできちゃうんだ」

 

彼女が使ったのは俺自身も使うことができる縮地法。いや、たぶん縮地法と同じ原理だが、沖縄武術とは違う武術だろう。掌底を放つクンフーのような攻撃の仕方から見て中国武術の活歩だな。

銀華に縮地法を教わる時、これは沖縄武術で、中国武術にも活歩という同じ技があると言っていた。たぶんそれだろう。

つまり彼女は中国武術の使い手なのだが…俺は対中国武術の経験がほとんどない。

 

「知り合いに似たような技を使う奴がいるからな」

 

なので、中国武術との対戦経験があるという風にブラフをうつが……

 

「くふっ、どうせ似たような技って縮地法でしょ。中国武術を知っているにしては掌底への反応が鈍かったもんね〜」

 

看破されてしまう。理子は幼い風に振舞っているけど、もしかしたら本当は賢い子なのかもしれない。

そして、再び距離を詰めてきた理子は先程と同じ掌底も含めた、肘打ち、足技の連撃。

中国武術使い(クンフーマスター)との対戦経験がない俺はヒステリアモードにもかかわらずガードでてんてこ舞いだ。反撃のタイミングが掴めない。

一旦少し距離をとった理子は飛びかかるように1アクションで飛びかかって来る。そして着地と同時に放たれた、ゴッ!と天を突くような上段前蹴り(アッパー・フロント)--クンフーで端脚(ダンジヨ)

(--きたッ!)

掌で受ける。掌で理子の踵からの力を受け、その衝撃を使い--その瞬間、攻防が入れ替わる。

--相手の攻撃の勢いを使った、カウンターの後方宙返り蹴り(サマーソルト)

 

「ぐっ……!」

 

相手のガードした腕に()()()当てる。理子は胸部と腹部の中間辺りに俺の蹴り上げを半分は食らったが、前腕に当たったことで衝撃は分散されたのだ。腕にダメージはあっただろうが限定的になった。

この攻防一体の技は3年の始め、銀華と組手をした時銀華が使った技だ。銀華がつかう技は再現が難しいものが多いのだが、似たような遠山家の技『絶牢』があり、俺はすんなりと使いこなせるようになったわけだ。

絶牢は相手の攻撃の勢いをそのまま跳ね返すので、先ほど使った銀華の技より防御力攻撃力共に高いのだが--「人に見せるな。見せたら殺せ」と伝わっているぐらい秘中の秘技。理子だけではなく、どこからか教師陣に見られていると思われる入学試験で使うわけにはいかない。

 

「--っ……」

 

自分の攻撃を利用されカウンターをくらい、廃ビルの壁まで後退させられた理子はちょっと驚いた顔だ。

カウンターを食らったこともだろうが、そのカウンターを俺がワザと腕に当てたことを不思議に思っているんだろう。

 

「女性を蹴り飛ばすことなんて俺にはできないからね。特に可愛らしい君のような子は」

 

だから俺は、その疑問に答えてあげる。ヒステリアモードの特性上、俺は女性を戦闘不能まで追い込むことはできない。なので俺はダメージを与え続けるか投げるかして相手を拘束しなくてはいけないのだ。

 

「ふーん……じゃあ、キーくんこれはどうするのかな?」

 

さっきの攻防で一撃で戦闘不能になるほどではないが軽くはないダメージを負った理子は艶かしい太ももを俺に見せつけつつレッグホルスターから拳銃--ワルサーP99を取り出す。そしてあまり狙いもつけずに俺の真上を含む天井に弾をばら撒き始めた。

ピシピシピシピシ!

天井に弾が当たる音が響き渡り……

 

(これが狙いか!)

 

ガラガラガラガラッッッ!!

その音と比較にならないぐらいの音を伴って、天井からコンクリートブロックが俺をめがけて落ちて来る。

俺たちのいるビルが廃ビルといっても、武偵高が管理してる建物だ。たかだか俺の持つベレッタと同じ9×19mmパラベラム弾、それもゴム弾で壊れるわけがない。だが理子は壊れるのを確信しているような行動だった。それはつまり…

 

(これが理子の罠ってことか!)

 

自分が壁際まで追い詰められるほどの相手に使う罠としてはこの罠は最適だね。壁際はあえて崩していないようだし。最初天井から不意打ちしてきたのは、天井に細工を施していたからかもしれない。

そんなことを考えていると瓦礫が俺の上から落ちて来る。前後左右逃げ場はない。

普段の俺なら実際詰みだ。

だが今の俺はヒステリアモード。

 

(天下無双のヒステリアモードをなめるなよ!)

 

俺は前後左右を封じられたので、残りの()に向かってジャンプする。正確には斜め前にだ。

瓦礫はほとんど一斉に落ちてきているが、完全に一斉ではない。一斉に落ちてるように見えて拳銃の弾が当たって脆くなった順に落ちているのだ。なので空中にいる間はZ軸の関係により隙間が生まれている。その間を縫うように--八艘飛び--瓦礫を船に見たて、それを足場にして次々と飛び瓦礫を避ける。

そして瓦礫を全て避けた頃には……

 

「やあ」

 

理子の目の前、それも上空にいるって寸法さ。理子は驚いて目を見開き口を開けているよ。そして俺はその勢いのまま、理子組み伏せる、頭は撃たないようにうまく力加減をしながら。俺に拘束された理子は悔しいようなやっと見つけたというような目をしている。

何を見つけたかのかはわからないが。

ゲーム好きぽい理子に

 

「これでゲームクリアかな?」

 

ウインクを一つ決めながらそう言う。

さて次の階へ進もうか。

 

☆★☆★

 

キンジが2階で理子を退けた頃、12階では3人、1vs2で戦闘を行なっていた。すでに13階と14階は生徒が1人残らずやられており、その状況を作った銀髪の生徒が1人、対面するのは武偵高の教官2人であり、教官側が人数的に圧倒的有利な状況にあった。だが押しているのは銀髪の生徒。

 

「何が起こっているんだ!?」

 

そんな声が、試験会場の映像を映し出しているモニター室で教師の間でも飛び交っている。

教師は元ヤクザ、元傭兵、元自衛隊など戦闘のスペシャリストと言われる存在だ。それは強襲科以外の教師も同じで、強襲科の教師の大女、蘭豹には劣るとしてもまだ中学生、それも少女に武偵高の教官二人掛かりで挑んで押されるなんてありえないだろうと、そんな風に考えていた。だが、現実にはモニター内で押しているのは銀髪の少女。そんな叫び声が聞こえてもおかしくはないだろう。

教官も手を抜いているわけではない。拳銃で何度も少女を狙っているのだが、彼女を狙って撃ったはずの弾は当たっていない。画質がそんなに良くないモニターからではわからないが、彼女が発砲に合わせて発砲しているということから、おおよそ拳銃弾で拳銃弾を撃って防いでいるというのがモニター室での結論になった。

その彼女は何もない空中でビュン!と蹴りの素振りをする。それは無駄な行動に思えるのだが、……何か大きなものに突き飛ばされたかのように銀髪の少女から離れているはずの片方の教官が吹っ飛ぶ。

もう一振りするともう片方の教官も吹っ飛ばされ、完全にその場を制圧した。

 

「これはSランク確定ですね…」

「またすごい逸材がきたな」

 

戦闘不能になった教官たちには一瞥もくれることなく、モニターに映る銀髪の少女は下の階へ足を向けた。紅の瞳に嫉妬の怒りを滾らせながら。

 

☆★☆★

 

さっきの瓦礫を避ける技だけど名前をどうしようかな。遠山家の技に『潜林(せんりん)』という秘技がある。大勢の騎馬や雑兵に守られた大将の首を取りに行くために開発された、敵の足と足の間をヘビのようにはって通過する技だ。それを応用してさっきの技を考えたんだが「()に浮かぶ()(瓦礫)をかわすようにとぶ」技だから『宙船(リープ)』でいいか。

 

そんなことを考えながら、3階の理子に比べそれほど強くなかった受験生を全員無力化し、気づけば4階まで到達していた。とはいっても、景色的にはあまり代わり映えがしない。

相変わらず太陽光しか光源がない薄暗い室内。構造は戦闘訓練用として各階微妙に違うが、だいたいの造りは同じなようだ。

とりあえず人の気配はしないが…もうそろそろいいか。

 

「そこの柱に隠れている奴出てこいよ」

 

俺はそんな風に後ろに振り返りながら声をかける。俺が睨みつけている柱に人の気配はなかったが…

 

「よく気づいたな」

 

ぬるりと柱の陰から男が姿を現した。

その男はガタイが良く、顔には傷があり無精髭を生やしている。明らかに同学年の受験生ではない。

 

「あんたが今回の監視役か?」

「そうだ。その口ぶりからしていると感づいていたようだな」

「まあな。流石にモニタリングだけじゃ全員の様子を見ることはできないからな。監視役はいて当然さ。生徒の実力を測るのにもうってつけだしな」

「ほう…」

 

男は感心したように呟きながら、徒手格闘の構えを取る。日本拳法のような構えは自衛隊徒手格闘の構えだな。自衛隊徒手格闘は、日本拳法をベースに、柔道と相撲の投げ技、合気道の関節技を採り入れた内容で構成されている。憲法9条により殺しを禁じられているため、自衛隊徒手格闘は相手を戦闘不能にしたり拘束したりする能力が高く、武偵中時代にも少し基礎を学んだ。

つまり彼は自衛隊を除隊した後、徒手格闘を教えるために武偵高の教師として採用されたのだろう。

じゃあ俺も徒手格闘でお出迎えするよ。

俺は武偵中で習った格闘術、遠山家の格闘術、銀華の格闘術が混ざった防御的なカウンター気味の構えを取ると

 

「じゃあ、授業開始といこうか」

 

腰からクイックドローしたP226の装填数16発全発をこちらに放ってきた。

徒手格闘で襲うと見せかけて、拳銃で先制攻撃。卑怯といえば卑怯だが、武偵での戦闘では当然ありえることだ。

だがヒステリアモードの俺には飛んでくる銃弾の射線が見える。その射線を横にスライドするように躱す。その射線を避けた俺には当然銃弾は当たらない。銃弾は銃口の方向にしか飛ばないので、拳銃の弾は意外と簡単にかわせるのだ。

そしてヒステリアモードの優れた瞬発力で近づいた俺はリロードする間も与えず、近接戦闘に持ち込む。男も最初から仕留めれるとは思っていなかったようで拳銃から手を離し、俺の攻撃に応じる。

俺は拳や蹴りを繰り出すが相手のガードに阻まれ、有効打を与えるには至らない。ヒステリアモードは筋力を増強させるものではないので、体格差は覆せない。ボクシングなどで体重ごとに階級が分かれているのは体格差がそのまま結果として現れるからだ。

そして、俺は170cm63kg。相手は体格的に見て185cm80kgぐらいか。つまりただ殴ってるだけじゃ相手のガードは崩せない。なので俺は

バンッ!

隙を見てホルスターから取り出したベレッタで男を撃った。

 

「ぐっ…」

 

俺が発砲した弾を受けた男は呻くような声をあげる。だがまだ戦えるようで構え直す。

常に防弾服を着用している武偵同士の近接戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器にはなりえない。打撃武器なのだ。

なので拳銃弾は何発も撃ち込まないと戦闘不能にできない。さっきの理子でヒステリアモード成分を補給したものの、制限時間を持つのであまり時間をかけたくない俺は、相手が怯んでいる間に--

近くの柱に向かってジャンプする。

そして三角飛びの要領で壁を蹴り。宙返りしながら天井を蹴り、落下スピードを加速させる。

これは中学入試の時に銀華が試験官のガードを崩した技だ。体重が二倍ぐらいあると思われる相手のガードすら崩せたのだ。たかだか15キロ程度の差なら何も問題もない。

バシッ!!

俺の蹴りが男のガードを崩し、よろめいたところに

バンバンッ!

相手の膝めがけてベレッタで銃弾2発を放つ。防弾服を着てるとはいえ、銃弾の威力を殺しきれるわけではない。金属バットで殴られたり飛び蹴りをもらった時などと同様に大きなダメージを負う。そんなものを膝に受けてしまったのだ。男は膝をつくようにして倒れる。そして露わになった人体の急所の一つ、後頭部に手刀を撃ち込み…

 

「うぅ…」

 

完全に気絶させる。案外武偵高の教師も簡単に無力化できたな。まあ…ヒステリアモードがなかったら厳しかっただろうが…

 

 

 

5階にもいた試験官を同じように倒し、他に誰もいないことを確認し6階に上がると、

「………」

誰も生き残りの受験生はいない。

試験が始まって結構時間が経つのだが、逆に不気味なムードがあるな。

そのまま6階を駆け抜け、7階に出る。俺の記憶によると7階には他の階にはない大きな部屋があったはずだ。俺はその部屋に向かい、その中に入ると

 

「遅い」

 

部屋の中央部にある柱に寄りかかった銀華が目を瞑ったままそう声をかけてきた。腰まで届こうかという長い銀髪はこの薄暗い空間を照らすかのような光を放っており、その美しさで周囲を圧倒する。まるでRPGのラスボスみたいだね。

 

「すまない、女性を待たせるなんて男として失格だね。でも嬉しいよ。銀華が俺のことを待っててくれたと思うと」

「……」

 

俺の言葉を静かに聞いていた銀華は、柱から体を離し目を開ける。その目は依然として紅に染まっており、ただ目を開けただけで銀華から伝わってくる、もともと強かった殺気--それがさらに強まった気がする。

 

「人生というのは、人間が頭の中で考えるどんなことよりも、はるかに不思議なものだね」

 

銀華がそんなことを腕を組みながら言う。

確かこの言葉はシャーロック・ホームズが言った言葉だったはず。あんな殺気を発していても銀華は銀華だな。いかにもホームズオタクらしい言葉選びだ。

 

「確かに。俺と銀華が婚約者になるのは天が与えてくれた宝物のようなものだし」

「………。中学入試でも似たような状況だった。私とキンジが最後に残る。あの時はどっちも本気じゃなかった」

 

あの時でも十分強かったけど、今の姿を見たら本気じゃなかったとわかるね。あの時は俺も普段の俺だったし。

 

「そして今。私たちはここにいる。どちらも本気の姿で」

 

銀華はスカートの中にあるホルスターからベレッタM93Rを取り出す。それに合わせて俺もベレッタM92Fを抜く。

 

「さっきまで1人で考えてて気づいた。私のHSS(これ)はキンジのHSS(それ)を倒すためのモード。そしてキンジは私を傷つけられない」

 

銀華の言う通り、確かに俺のヒステリアモードは女性を傷つけることはできない。だが…

 

「知ってるかい銀華。傷つけられなくてもこのルールでは戦闘不能の他に捕縛すれば俺の勝ちなんだよ」

「…ふーん。今の私を傷つけずに捕まえられるといいたいんだね」

「そうさ。俺のヒステリアモード(これ)は女性を捕まえるのが上手いからね」

「じゃあやってみなよ!」

 

そう言って銀華の93Rが、三連バースト特有のマズルフラッシュを連ね--

3×6発の9mmパラベラム弾が一斉に襲いかかってくる。

流石銀華だ。どうやって避けても避けきれないように撃ってきている。どうやっても数発当たってしまう。なので俺は俺の体に当たるだろう6発の銃弾を…

(--銃弾撃ち(ビリヤード)--ッ!)

バチバチバチバチバチバチッ!

92FSでそれを迎え撃った。

弾丸同士が衝突する音が俺と銀華の中間で連なった。

全ての弾が四方八方に飛び散り、2人の銃口から出た煙は部屋の上部へ立ちのぼっていき

 

「……」

 

銀華は無言ではあるが、驚いたのか少し眉を上げた。

 

「……」

 

そして同じように無言で立つ俺も無傷だ。

避けられない銃弾をかわす方法。

そんなのは簡単だ。

当たる銃弾を当たらないようにすればいい。

以前、遠山家の忘年会で兄さんと爺ちゃんが銃弾を銃弾で弾く一発芸をしていたが、今回はそれを使わせてもらった。俺に当たる弾6発をビリヤードで弾を弾くように銃弾を銃弾で撃った。

普段の俺ならまず無理だが流石ヒステリアモードだな。

リゾナであればビリヤードでいう『キャノン・ショット』と同じで、弾いた弾がさらに連続して当たるように撃つことができるだろうが無い物ねだりだな。なんたって俺に撃ってきた張本人がトリガーなんだから。

 

「もう終わりかい?」

 

そう言われた銀華は――――

バッ!

 

「!?」

 

俺の目の前に、風が巻き起こった。

気がついた時には、銀華が8mほどあった間合いを一呼吸で移動していた。縮地法や活歩のように目の錯覚ではなく、本当に一瞬で。

(……間に合わない……!)

そこから銀華は蹴りを繰り出してくるのが見えるが、避けるのは間に合わない。多少のダメージ覚悟で腕を使い、ガードするが…

ゴスッッッッ!

 

「ぐほっ!」

俺は声にならない声を上げ、部屋の中央付近から壁際まで吹っ飛ばされる。寸前のところで壁にうちつけられずに済んだが、俺はそんなことより驚きの感情でいっぱいだ。

 

(あれは…しゅ『秋水』……!)

 

は、初めてみたぞ。遠山家の奥義の一つを、意外すぎるシチュエーションで。

衝撃の力ーー撃力とは激突するものの重さと速度によって決まる。なので、ボクシングなどでは『拳にできるだけ体重を乗せる』ようにするものなのだが、秋水は『余すことなく全体重を乗せる』。

そうすると、どうなるか。仮に動きがほとんどない打撃、例えばベリーショートパンチなようなものでも甚大な撃力が生じるのだ。

これは中国拳法でも寸勁(すんけい)という名前で類似する技があり、秋水はそれの極端版。要するに打撃に見えて、実は最も技術化された体当たりなのだ。

昔兄さんが分かりやすく説明してくれたところによると、8グラムしかない9mmパラベラム弾がなぜ大きな衝撃を生むかというと、速度がひたすら速いから。()()()()()。秋水はその逆。()()()()()

とまあ、理屈は知っていたのだが…

かなり難しい技であり、未だに成功したことはない。

だが銀華は自分の得意な蹴りに置き直し、速度も普通の()()()()()()()()()()()()()()として実践で使ってみせた。ばあちゃんも秋水は使える節があるし、多分家の誰かから聞いたんだろうな。

そんなことを考えながら、急いで立ち上がっていたのだが、その隙に

バッ!

再び瞬間移動のように一瞬で距離を詰めてきた銀華は俺の頭めがけて二連撃の飛び蹴りを放ってくる。それを身をかがめ、かわした後着地後の隙を見て投げからの拘束に持ち込もうとするが、

ダン!

銀華の着地と同時に地面にクレーターが生じた。いきなりのことで体勢が崩れた俺は投げをキャンセルせざるを得ない。その隙に銀華はバックジャンプで距離を取る。

いつもの銀華もそうだが人間離れした動きだな。まるで格ゲーのキャラだ。

 

「まだまだ…」

The()END(エンド)だよ」

 

また間合いを詰めてくるかと思い身構えるが、今度は距離を詰めずにビュン!とその場で蹴りの素振りをした。その直後…

ドゴッ!

俺の腹部に何か大きなハンマーで殴られたような衝撃があり、俺は大きく吹っ飛ばされ、今度は壁に打ち付けられる。

 

(痛え…)

 

どういうことだ。

発砲した様子はなかった。ガードができなかったとはいえ、さっきの秋水の半分ぐらい吹っ飛ばされたということはかなりの威力だ。

 

incessant shelling(降りやまぬ雨)、キンジの負けだよ」

 

紅の瞳を滾らせ、悠然と歩いて近づいてくる銀華がそう言う。それがさっきの技の名前か。

 

「キンジのHSS(それ)は私に勝てない。私のHSS(これ)と同じく、弱点がある」

 

それと似たようなことを前誰かと……

 

『キンジ』

 

そうだ、殉職した父さんとの会話だ。

そんな父さんとの幼い頃の会話を、脳内でリピートする。

走馬灯のようにゆっくりと。

『HSSは最強じゃない。最弱なんだ。世界の半分の人間はたやすく俺たちHSSを殺せる』

世界の半分の人間?

『それは女だ。女のためなら俺たちHSSは命を擲ってしまう』

どうしたらいいの……?

『自分を殺しにきた女を、惚れさせるのさ』

どうやって?

『愛してあげなさい』

愛して…

『それができれば、HSSは最弱から最強になれる』

 

そうか。わかったぞ。銀華に勝つ方法が。それも銀華にしか試せない方法で。

そして銀華のHSSはそれを望んでいるんだ。

 

「おやすみ、キンジ」

 

そう言って再びさっきの中距離の蹴りを放ってきたが

バンッ!バチっ、パリン!

俺の発砲音と、静かに何かとなにかがぶつかった音、何かが壊れる音がし、俺にはさっきの見えない攻撃が届くことは………ない。

やっぱりな。たぶん銀華が使ったのは空気弾。足に一瞬だけ秋水のように全体重を寄せ、足の目の前にある空気を打ち出したのだろう。

遠山家には似たような技で『矢指(しし)』って技があるから気づくことができた。

まああれは目くらましみたいなものだけどね。

 

「えっ……?」

 

俺が防ぐと推理していなかったようで、銀華は一瞬固まる。その隙に俺は

 

「うおおおお!」

 

壁に打ち付けられてしゃがんでいたのを利用して、100メートル走のスタートのように一気に銀華との距離を詰める。

固まっていた銀華だが、さすがはヒステリアモードの反射神経。それを見て反撃するために秋水を乗せた後方宙返り蹴り(サマーソルト)を放ってきた。その蹴りを俺は

ドンッ!

見よう見まねの左手で放った秋水で迎撃する。俺に後方宙返り蹴りをキャンセルされ空中に浮いている銀華を、俺は右手を銀華の背中に、左手を膝の裏に回し抱きかかえる。世に言うお姫様抱っこのように。

 

正直『愛』なんて……

よくわからないんだよ、未だに俺は。

だが銀華には他の誰とも違う気持ちを抱えているのは事実だ。

銀華といると楽しい。銀華と一緒にいたい。

そんな気持ちはあるが、それが一般的な愛かはわからない。だが俺にとっての愛はそれだ。

そんな愛する銀華に、俺が知る愛することの最上級の行為、銀華の口に俺の口を重ね合わせた。

驚きで銀華は体をビクンビクンと震わせ、目を見開いている。その目は真っ赤に燃えるような紅からいつもの瑠璃色に戻っていき、纏っていた殺気も霧散した。

やはりな。銀華の今回のヒステリアモードの根幹をなしていたのは『嫉妬』。嫉妬とは愛の保証の要求と兄さんが言っていた。

銀華の嫉妬のヒステリアモードは愛される要求、今回でいうキスで要求を満たし、解除されたのだ。

存分に銀華の唇を堪能した俺は、銀華から口を離し

 

「銀華、愛してるよ」

 

銀華が一番言って欲しかっただろう言葉を言ってあげる。一度も今まで言ったことなかったものを。それを聞いた銀華は一瞬涙を浮かべたが、その後すぐ大輪の花が咲いたような今までで一番可愛く愛らしい顔に変え、

 

「私も愛してるよ、キンジ」

 

チュッ

少し体を起こして、俺の頰にキスをした。まるでさっきのお返しかのように。

そうだよ、銀華。

止まない雨なんてないんだ。

雨はいつかやみ、そこには虹がかかるんだよ。

今の君みたいにね。

 

 

☆★☆★

 

試験が終わり、電車で来ていた俺は銀華の車で帰ることになったんだが…

 

(き、気まずい…)

 

さっきまでの行動を思い出すと、何してくれてんのヒス俺!と言いたくなり自己嫌悪に悩まされるので思い出さないことにしたのだが、問題は横の銀華だ。

モジモジしながらこちらをチラチラと見て、目があったら慌てて目をそらし、顔を真っ赤にする。どうやらあいつもキスされた後軽くヒスっていたらしく、恥ずかしいみたいだ。気持ちはすごくわかる。だがこの状況どうすればいいんだ……

社交性カンスト銀華がこれだったら、社交性マイナスの俺にどうにかできるわけあろうか、いやできない。

しばらくこんな状況が続いたが、この状況を破ったのは銀華であった

 

「あ、そういや。キンジ大丈夫なの?」

「…ん?なにがだ?」

 

頭とか言われたら、うーんと首をかしげるのだがそれ以外に思い当たるものがなく聞き返す。

 

「いや、さっきのキンジの行為、側から見たら強姦に間違われてもおかしくないなって…」

「な……」

 

た、確かに側から見たらそう見える。武偵が裁判にかけられる場合、武偵3倍刑と言われ罪が3倍になる。もし強姦に間違われた場合100%有罪だろうな。だが、ヒス俺は抜かりない。

 

「お前の降りやまない雨?を銃弾撃ち(ビリヤード)で跳ね返した時に跳ね返った弾で、あの部屋のカメラを破壊しといた。ほら、お前を拘束した後、試合終了のブザーがなるまで少し時間がかかったし、たぶん見られていないはずだ。たぶん」

「それならいいけど。じゃあ、さっきのは2人の秘密だね」

「3人ですよ」

 

うわ、突然3人目が現れてびびったぞ。そういやこの車喋るんだったな。

 

「アイは秘密が何か知らないよね?」

「知っていますよ。というか教えて貰いました。銀華様と遠山様がキスをされたんですよね?」

 

げっ!なんで知ってんだこいつ。

というか教えてもらったって誰だ。

 

「父さんめ…娘を推理するのは人が悪いよ」

 

お前もバケモンだがお前の父さんもバケモノだな。さっきの行動を推理していたってことかよ。ほぼ未来視じゃねえか。

 

「あと、先ほどの銀華様の照れていらっしゃる姿の写真も転送済みです」

「はあ!?何してんのよアイ!ていうかこの車写真撮影機能あったの知らなかったんだけど!?」

「わざとお教えしませんでした。そう命令されたので」

「父さんめ…絶対に許さないぞ…」

 

そんな銀華と車が言い合う様子を見て、高校は楽しく暮らせそうな未来が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 




書いてる方が恥ずかしくて悶えるんですけどこれ…
キスされたら許しちゃうって銀華チョロインですね。怖いけど

理子のコンクリート落とし、武偵法9条引っかかるやろと思いながら全巻見直してたんですけど10巻でかなめにアリア、歩道橋と信号機で生き埋めにされてるんですよね。それで骨折すらない軽傷。もっとヤバいのがグレネードを受けたりジーサードに殴られて軽傷の理子。どうなってるんだこの世界。


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第16話:東京武偵高

平和な日常回


神奈川武偵中の卒業式が終了し、短い春休みに入った。今回の休みは特にイ・ウー側で用事もないし、東京武偵高の女子寮に引っ越しを行わなければならないなどいろいろ忙しかったので戻らなかったんだけど……

 

「ジリリリリ」

 

朝からイ・ウーと繋がっている秘密回線の電話が鳴る。

はいはい。聞こえてます。

こんな朝から誰かな。まったく時差を考えてほしいよ。まあ、私がどこにいるかは秘密なんだけど。

 

『グッドモーニング、銀華君』

って、父さんかーい。私がどこにいるか知っているんだから朝っぱらから電話は勘弁してほしいよ。

 

『早起きは三文の徳と日本でも言うんじゃなかったかな?』

 

思考を推理してきたね。まったくめんど…

 

『めんどくさいとはまた酷いね。これは推理の初歩の初歩なのに』

 

もう何も考えないことにする。

 

「それで何か用?父さん」

『いや、君の体質についてそろそろ話す時が来たんじゃないかと思ってね』

 

なるほどね。やっと私の体質について本当のことが聞かされるのか。

 

「私もある程度までは推理できたよ。今までHSSじゃないと思っていたけど違う。あれはHSSの一種だよね?」

『その通りだよ。君がそう推理した理由を聞かせてくれないか?』

「まず今まで私はHSSが1種類、ノルマーレしかないと思っていたんだよね。でも、金一義兄(にい)さんから聞くと色々な上位派生型があることがわかった。知らないことは推理できない、そうでしょ父さん」

『ああ、そうだよ。』

「そして、自分自身の感覚的なものもあるけど、キンジが関わると倍率が大きくなったり、父さんが私のこれを推理できないのを見るとHSSじゃないかと思ったんだよ。父さんは女性の心を推理することは得意じゃないからね」

 

電話の向こうで苦笑してる様子が伺えるね。まあ女性に対してデリカシーのなさイギリス代表になれそうだし。

 

『君が言うように、この話題は僕にとってあまり得意な話題じゃないから君のお母さんから聞いた情報をそのまま話すことになるが、君のその体質はHSSの上位派生系、ベルセと呼ばれるものだ』

「ベルセ……?」

『女性の場合だと自分の男性が他の女性に取られた、または取られそうと感じた時に現れるものだ。男性だと逆のようだがね』

 

この前のあれ、つまりベルセは今までにないぐらい高い倍率だったのは、キンジが関わってたのと実際にその行為を見てしまったからかな?

 

『女性の場合、男性と同じように中枢神経系が向上し、嫉妬という感情がトリガーとなっていて君はその部分はわかっていたわけだ』

「そういうことだったのね…」

 

今まで私は嫉妬する行為を思い浮かべ自発的にベルセを発動させていたんだけど、そういう仕組みになっていたんだね…

 

『女性のベルセは嫉妬の深さによって倍率が変わるのだが、一つ問題があってね。軽くベルセになるくらいなら多少攻撃的になる程度で何も問題がないんだが、この前君がなったように完全にベルセになってしまうと愛が満たされるか、嫉妬の対象を滅ぼすまで継続するみたいだね。君のお母さんにも手を焼いたよ。でも完全にベルセになってしまっても制御は一応できるみたいだからいろんな方法でためしてみたまえ』

 

まあ父さんは女心わかんないからね…私も男心わかんないけど…

ていうか私たちはやばい一族な気がするよ。

自分の男取られたらブチギレて、かまってちゃんになって取られた男を取り戻すか、奪った女を滅ぼすって完全に地雷女でしょ。

キンジに嫌われないように気を付けないと…

あとあそこまでいっても制御できるんだね。

どうやって制御するかいろいろ試してみなくちゃいけないなあ。

 

「教えてくれてありがとう父さん、あとどうしてこのタイミングなの?」

『銀華君が軽く暴走したのと、他にも言うことがあったからね』

「まあ否定はできないけど…他にもって?」

『大英帝国の至宝を郵便で送っておいた。次回イ・ウーに帰ってくるときに再びもって帰ってきてくれたまえ』

「なんで急に…」

 

大英帝国の至宝ってことはたぶんあの剣だよね。

 

『これは初歩的な推理だよ銀華君。この前出会った同級生のことを君は知っているだろう?』

 

星伽さんのことかな……彼女はキンジのことが好きそうだったんだよね…ということは衝突は免れないし、彼女の武器は色金殺女(いろかねあやめ)……

ああ、なるほどね。

 

「わかったよ。ありがとう父さん」

『うむ。頑張ってくれたまえ。僕はキンジ君との仲を応援しているよ』

 

そんな言葉を最後にイ・ウーとの通話が切れた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

4月7日

4月に入っての初めての月曜日。

だいたいの学校はそろそろ入学式や始業式が始まる頃だ。

それは、奇抜な学校である東京武偵高でも例外ではなかった。

今、俺はワイシャツを羽織り制服のズボンをはき、東京武偵高の学ランを着ている。

そして現在地は、新しい学び舎、東京武偵高の前。

今、俺がここにいることやここの制服を着ていることから、合格したのは確かだ。

だが俺の気分は晴れない。なぜなら--

 

(Sランクっておかしいだろ!?)

 

合格してたことが嬉しかったのは事実だし、俺にしては珍しくガッツポーズまでしてしまった。だが、合格したということを銀華に電話した時に

 

「キンジ、ランク何だった?私はSランクで次席合格だったんだけど」

 

ということを聞かれ、俺は固まってしまった。

そう言われ、急いで合格通知書が入っていた封筒を確認すると合否の紙以外にももう一枚書類が入っており、それを読むと……

 

『強襲科 遠山キンジ 主席合格 ランクS』

 

とそれには書かれていた。

いやこれは世界に数百人しかいないSランクに選ばれたということで名誉なことなんだが…

しかし、これはヒステリアモードの俺であって素の俺の実力ではない。銀華を倒したのだって正攻法じゃないしな。あいつの体質を利用しただけだ。

そして入学早々Sランクなんて目立つに決まっている。俺はヒステリアモードのことを知る奴がいないところに行きたいのもあったが、あの大層なあだ名が嫌で目立ちたくないからこの学校に来たのに…

だが今更ランクを下げることはできないし、この結果は変えられない。

 

(結局、あの大層なあだ名はここでも広まってるし、東京武偵高(ここ)にきた意味は半分失われたな…)

 

と小さくため息をついていると--俺の後ろに黒い車が停まった。これ……マイバッハ62Sじゃねえか。ということは--

 

「おはよう、キンジ」

 

やっぱりな。後部座席から予想通りの人物、銀華が降りてくる。

 

「…おはよう銀華。もっと目立たないように登校できないかよ…」

「ごめんごめん。キンジの姿が見えたから、ついね」

 

これ以上注目されるのはゴメンだという風に銀華を注意すると、銀華も手をあわせて謝る。

まったく…自動運転する車なんてまだ発売すらされてねえんだぞ。現に近くの車輌科(ロジ)と思われる生徒なんて、それ見て目を丸くしている。自動運転に気づいていないと思われる生徒も、見るからに高級車らしい車から降りてきた銀華を凝視しているしな。

 

「それでこの格好どうかな?」

 

手を広げ、その場で一回転しながらそんなことを聞いてくる。この格好とは臙脂(えんじ)色のセーラ服、東京武偵高の制服のことだろう。この質問は褒めないと銀華が不機嫌になるのはここ3年間でわかっているので……

 

「似合ってると思うぞ」

 

褒めると、

 

「ありがとう♪」

 

と言って上機嫌になった。

大講堂までの道中、『〜〜♪』と鼻歌まで歌い始める始末。よ、良かった。

どうやら俺は、ノベルゲームで言うところの正しい選択肢を選んだみたいだな。

だんだん女子……というか銀華の扱いにも慣れてきた気がするぞ。

だいぶ散り始めた桜のアーチをくぐって--

俺と銀華は大講堂へと向かい、この学校初めての登校を果たす。さあ、入学式だ。

 

 

弾痕を縫ってごまかした跡のある緞帳を左右に開き、この学校の校長である緑松(みどりまつ)武尊(たける)校長が壇上に立っている。

 

「--武偵の武とは、(ほこ)を止めると書きます…」

 

この人が緑松校長か。

奇抜で変人揃いと言われている武偵高の校長であるというのに、何も感想が抱けない。あまりにも特徴がなさ過ぎて。

それが武偵業界で有名な緑松校長の怖さだ。

--通称、『見える透明人間』

よくあるSF映画みたいに光学的に消えるのではない。まったく別の、心理学的な技術による……人の記憶に残らない能力を持っているのだ。彼は。

見えるのに、見えない。記憶できない。意識できない。見過ごしてしまう。あまりにも特徴がなくて。

どうやってるのかわからないが一説には顔、動作、声、身体的なもの全てが日本人の平均を取っているから、この人のことは何度見ても記憶できないと言われている。だから「どんな人?」と聞かれても誰もが「えっと、男で…」となるらしい。

つまり、この人に狙われたが最後。

どこであっても、気づかない。気にならない。狙われてるから気をつけろと言われても気をつけようがないのだ。

そして、自分が緑松にあったことをしるのは撃たれた後ということになる。

そんな危険人物が校長なんかやってるなんていかにも武偵高らしいよな。

 

「皆さんは犯罪の戈を止める武偵として、日本の、そして世界の未来を守る……」

 

そしてこの式ゾッとさせられるのは校長だけじゃない。入学式の後には始業式が行われるので、大講堂の後方には上級生が陣取っているのだ。

2.3年にもなれば、武偵高生は大抵プロとして仕事をこなしていると聞いている。なので始業式は自由登校。事実半分ぐらいしか集まっていないのだが、ヤバいだろ、圧倒的存在感というか殺気。

3年生はプロの風格、2年生はそれの途中って感じだが、どの人もヒステリアモードじゃないと勝てそうにないぞ。

一般中から来てると思われる奴らはその雰囲気に感じ取れていないが、それに気づいてしまう武偵中学から来たやつは額に緊張の汗を浮かべている。何この戦場みたいな入学式。

(イヤだねー…俺たちもああなるのかよ、2年後には……)

社会にあふれる犯罪の戈を止める--武偵として、ああならなくてはいけないということだろうな。入学早々、早速勉強させられたぜ…

 

 

入学式と始業式が終わって大講堂から出る際、自分のクラスを確認して教室に向かう。

クラスは1-C。

同じクラスメイトには運がいいのか悪いのか、銀華と白雪もいた。

そして大講堂から銀華と一緒に教室に向かってるわけだが……

 

「注目されてるね、私たち」

「それが嫌でこの学校にしたんだけどな…」

 

その道中、俺たちを見て、ヒソヒソと話す奴が多い。ヒソヒソ声にはあの恥ずかしいあだ名、ゴールドやパーフェクトなども混じっているぞ。マジでやめてほしい。

 

(もと)はと言えば、お前が婚約者ってバラすからこんなことになったんじゃないか?」

「もしかして私が悪いって言うのキンジ?公にしなかったせいで、HSS(あれ)を利用されていたのはどこの誰だっけ?」

「…………」

 

図星を突かれ何も言い返すことができない。

なぜかわからないが、プンプンと擬音が聞こえてきそうな様子で銀華は怒ってしまう。俺を置いてくようにズンズンと進んでしまうので早歩きで追いかけると、1ーCの教室に辿り着いた。

先に1ーCに辿り着いていた銀華がそのままガラガラガラガラと教室のドアを開けると、

ワァァァァ!

と歓声が上がった。

そして瞬く間に銀華は囲まれる。

 

「私、ずっと銀華様のファンで」

「俺も神奈川武偵中の時から…」

「あのシルバーに会えて感動…」

 

やんややんやと男女構わず褒め立てられているぞ。というか、泣き出す子までいる始末。お前どこか宗教の教祖かよ。

俺なら困り果ててしまうのだが、そこは社交性カンストの銀華。泣いてる子の頭をぽんぽんしてあげたり、銀華のファンと思われる子に握手してあげたり、サインを求められたのでサインをプレゼントしてあげたりしているよ。この人気ぷりなら銀華のサインは高く売れそうだし、今度俺も貰っとくかとか。

そんな(こす)いことを考えながら、バレないように教室に入ると、

 

「キンちゃん!」

 

そう言って白雪がお世辞にも運動神経がいいとは言えない走り方で俺の前まで詰め寄ってくる。そういや白雪も同じクラスだったな。今さっきのことなのに忘れてたぜ。

 

「あの、その、お久しぶりです」

 

ぶん!と勢いよく頭を下げる。

 

「久しぶりって言ったら…久しぶりだな。あとその呼び方やめてくれって昔言ったろ」

「あっ……ごめんね。でも私、キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって……ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」

 

白雪は顔を上げ見る間もなく蒼白になり、あわあわと口で手を押さえる。

その様子を見て俺は頭を抑えた。

…文句を言う気も失せるな。というかこの慌てっぷり、こいつ大丈夫なのか?

あ、そういや、大丈夫って言われ今思い出したが、白雪に聞きたいことあったんだよな。

 

「白雪、お前星伽から出て大丈夫だったのか?」

「う、うん。星伽から許可は貰ってるよ。でも私これが星伽から出るの初めてで不安で」

 

やっぱりちゃんと許可は貰っているのか。

そして箱入り娘だった白雪が青森から東京に上京してきたら、こうなってしまうのも仕方ない。

しょうがないが…しばらくの間フォローしてやるか。

 

「やあ、お取り込みのところすまないね」

 

そんな声が横からかけられる。そちらに目を向けると目の覚めるようなイケメン面の男が話しかけてきていた。優男スマイルがよく似合う奴だな。

 

「まずは自己紹介からかな。僕は不知火亮。君や北条さんと同じ強襲科だよ。遠山君」

「なんで俺の名を知っているんだ?」

「君たちのことはポピュラーな噂だからね。1年でSランクなんて片手で数えれるぐらいしかいないんだよ。それに君と北条さんのコンビ名はここでも有名だからね」

 

そうかよ…

 

「何何?私の話してるのキンジ」

 

ファンサービスを終えた銀華は、自分の話題が出てるのを聞いていたようで、俺たちの会話にの首を突っ込んでくる。というかさっきまでの怒りはどこにいったんだよ。まああのままずっと怒ってても困るんだけどさ。

 

「君があの有名な北条さんだね」

「うんそうだけど貴方は?」

「ああ、すまない。僕は不知火亮だよ」

「不知火君ね。よろしく」

 

不知火は女性が誰でもクラッと来そうなイケメンスマイルを浮かべているが、対する銀華は………ん?長年付き合って来た俺しかわからないとは思うが、少し不知火を警戒しているな。なんでこんなイケメンでいい人そうな奴を会ってすぐ警戒するかよくわからないが。

 

「話を戻すけど強襲科では君たちの話題はポピュラーだよ。2人あわせて抜き打ちの試験官5人も倒したってことで話題になってる」

「キンジも2人倒したんだね〜知らなかったよ、流石主席合格」

「主席合格は今関係ねえだろ…っていうか合計5人ならお前は3人倒したってことじゃねえか!」

 

そんな言い合いをしてる俺たちを見て不知火は「あはは」と笑う。そんな様子に言い合うのもアホらしくなった俺たち…というか銀華は人見知りでモジモジしている白雪に声を掛ける。

 

「初めまして、星伽白雪さんだよね?」

「は、初めまして。ど、どうして私の名前を?」

 

人見知りなのでおどおどしながらもしっかり挨拶するところが8人姉妹の長女、真面目な白雪らしいな。

 

「俺が教えたんだよ。入学試験の帰りに」

「キンちゃんが?」

 

そういえば、白雪は知らなかったんだな。

 

「俺と中学1年から一緒の学校からの相棒の北条銀華だ」

「よろしくね、星伽さん」

「あ、あいぼう……?」

 

なぜだ。

なぜただ銀華を紹介しただけなのに白雪の雰囲気が怖いものに変わってる気がするぞ。横の銀華は余裕の笑みを浮かべているしなんなんだこれ。俺を挟んで俺のわからない戦いをやるのやめてくれよ…

 

「あの、キンちゃん…北条さんとはどうい…」

 

白雪が俺に何かを聞こうとしたようだが最後まで言い切る前に、

 

「りこりん、ただいま参上!」

 

突然扉を勢いよく開けはなち、なんか変なポーズを取っている理子が現れた。理子が現れたことによるワー!という歓声にビビり白雪の声はキャンセルされたわけだ。

現れた理子の制服はなんだそれ…やたらヒラヒラなフリルだらけの服じゃねえか。たしか、スィート・ロリータとかいうファッションだっけかそれ。

そんな姿を俺は馬鹿だなあという風に見ていたのだが、横の銀華はなんだ…?

信じられないものを見たという顔をしているぞ。

 

「銀華どうかしたか?」

「ううん、なんでもない。これは推理しとくべきことだったね」

「?」

 

なんか銀華は後悔してるようだったがよくわからん。多分聞いても教えてくれないだろうし、ほっておくか。

 

「あ、キーくん発見。おっはよう!」

「キーくんって…だからなんだよそのあだ名…」

「遠山君と知り合い?随分と賑やかな人が来たね。一応自己紹介しとこうかな。僕は不知火亮だよ」

「知り合いってほどでもないんだが…」

「不知火ってことは…ぬいぬいだ、ぬいぬい!」

 

なんだこのテンションの高さは。白雪だけじゃなく不知火まで若干飲まれ気味だぞ。そんな理子に対して

 

()()

 

と銀華が一声掛けると、その声で理子の動きが止まる。

そして恐る恐る銀華の方に振り返っている。

なんだ?今の銀華は怒っていないはずだが…

だが、そちらをみて安心したのかすぐに再び元に戻った。

 

「…ふーむ、君がウワサの北条銀華だね!」

「そうだよ、よろしくね理子」

「うーん、銀華(しろは)だからしろろんだ」

「ちょっと可愛らし過ぎない?」

「えー、いいじゃん。しろろん可愛いんだし」

「ありがと」

 

可愛いと言われて照れたのか上目遣いで理子にお礼を言う銀華だが、その様子はとても愛らしい。

 

「くはー、その上目遣いのお礼ずるいよしろろん。もしりこりんが男だったら今ので落ちてたね。キーくんもそういうところに惚れたんでしょ」

「あ、ああ」

 

……って、何本当のこと言ってんだ俺!

いきなりのことだったから、つい言っちまったぞ!完全に自爆じゃねえか。

 

「やっぱりねー!ひっかかった!ひっかかった!キーくんとしろろんが婚約者同士って話の確証はなかったけど、裏付けが取れました。やっぱりキーくんとしろろんはラブラブチュッチュッの関係なんだ」

 

ラブラブチュッチュってなんだよ…と俺は思うのだが、馬鹿が集まることで有名な武偵高。それを聞いて大盛り上がりだ。

「パーフェクトが婚約者同士だったなんて」「あの噂は本当だったのか!」「あのシルバーと婚約者同士なんてうらやま…許せねえ!」

…というか盛り上がりすぎだろ…

その当人の銀華は照れているのか顔を赤くして完全に沈黙。ヒステリアモードの俺以外に銀華をこうさせた奴初めて見たぞ。もしかしたらこの前の入学試験を思い出してるのかもしれないな……

…っていかんいかん!銀華の唇の感覚を思い出してヒスっちまう。

そんな俺の思考がーー

しゃきーん!

中断させられた。近くで刀を抜く音で。

 

「キンちゃん様と、ラブラブチュッチュなんてうらやまけしからんううううううェッ!」

 

ぐわっと近くから謎の熱風が吹いてくるような錯覚が俺を襲う。油が切れたロボットのように声の方を向くと、声の主は思った通り

 

「…し、白雪ッ……!」

 

全身から立ち上るどす黒いオーラを纏いながら青光りする日本刀を構えている。

一体どこにスイッチがあるのかしらんが、白雪は昔からときどきなぜか鬼神のようなバーサーカーになることがある。こういう時はなぜか大抵俺の周りにいる女子が攻撃を受けるのだ。

 

「ま、待て!落ち着け白雪!」

「キンちゃんは悪くない!キンちゃんは騙されたに決まってる」

 

そう言って白雪は大上段に日本刀を構える。

その光景に武偵高のクラスメイトでもドン引きで、逃げることすら忘れている。ただ1人を除いて。

 

「キンジは騙されてないよ。ねーキンジー」

 

そんな白雪にビビらなかった銀華は白雪を挑発するように、俺と腕を組んだが、これ微妙に俺のこと盾にしてませんかね。

 

「う、うらやまけしからああああたん!この泥棒ネコ!き、き、キンちゃんをたぶらかして汚した罪、死んで償え!!」

 

俺は汚れてなんかいないしなんだその罪は!?

(ーー!?)

そこでさらに俺は--

自分の側から立ち上り始めた--

第二のドス黒オーラにハッと気づく。

 

「言ってくれるじゃない」

 

この前ほどじゃないにしても、怒った様子で白雪を睨みつける銀華は

……わさ……ぁ……

と、長い銀髪を広げていく。

そして瑠璃色の目の片方、左目が、この前と同じ紅色に変わっていく。ガチギレするとこの変化が両目になるんだな覚えておこう。

そんな怒った王蟲みたいな現象にビビりまくる俺だが……

 

()()私を殺す?やれるものならやってみなよ」

「キンちゃんどいて!どいてくれないと、そいつを!そいつを殺せない!」

 

白雪はものともしていない。まあ銀華も白雪にビビっていないからどっこいどっこいなんだが…

 

「ねえちょっとキンジ耳かして」

 

と囁くポーズを取るから

 

「なんだよ」

 

耳というか頭を銀華の顔に寄せたら--ちゅっ。頰にキスされた。

 

「……っ……」

「うおおお、本当にラブラブチュッチュの関係だ。理子見ちゃったよ見ちゃった!」

 

その様子を見たクラスメイトは大盛り上がりだ。俺を呪うような呪詛の声まで聞こえるが、今はそれどころじゃない。

 

「し……C……シィェェェェェェェェェェェッ!」

 

謎の絶叫とともに日本刀をブルブルブルルル!と震わせた白雪が……カッ!

己の中の何かが覚醒するように両目をカッ開いた。怖え!

桜色の唇が、痙攣して震えるようにぴくぴくと動いて…ああ、読唇するんじゃなかった。コ・ロ・スと言ってますよ。もう怒りのあまり声出てませんけどね。恐ろしさのあまりヒス性の血流も引いたよ。

 

「人の世にはしていい事と悪いことがありますッ!そんなうらやまハレンチな行為するなんてうらやま許せません!」

 

教室で日本刀ふりまわすのはしてもいいことなのかよ白雪!

 

「けっ…決闘ですッ!決闘なら事故死もありえるッ!抑抑(そもそも)遠山家の安寧を確保し、もって日の本の平和に寄与するためこの決闘、(まこと)に已むを得ざるものあり!」

 

ギュッ!と日本刀のつかを握り直し、炎を吐くように叫んだ白雪は

 

「し、ししししししッ、銀華!あなたに決闘を申し込みます!キンちゃんの()()()として、決闘を申し込みますぅぅぅぅぅッ!」

 

銀華にそういった申し込みをする。そんな挑戦状を叩きつけられた銀華は

 

「いいよ、受けるよその決闘。キンジの()()()としてね」

 

売り言葉に買い言葉。いつの間にか瑠璃色に戻った目でそう答える。婚約者という部分に大きく反応した白雪は

 

「天誅うううううううううッ!」

 

大声でそんなことを叫びながら、日本刀を振り上げ銀華、つまり俺のいる方へ迫ってきた。

そして銀華の脳天めがけて刀を振り下ろした!あ、ありえん!

これ本気で()る気だぞ!

 

「よっと」

 

俺の腕を逃すように突き飛ばしながら離した銀華は、

ばちいいいいいいいいいっ!

白雪の日本刀を、左右の手で挟んで止めた。

(し、真剣白刃取り!)

できるとは聞いていたが使用されるのを初めて見た。

流石銀華だな。

って感心している場合じゃないだろうよ。

 

「ほいっ」

 

刀をホールドしたまま銀華は、ばっ!ドン!飛び蹴りで白雪を吹き飛ばした。机や他の人がいないところに吹き飛ばすのが、優しい銀華らしいがそんなことよりも………

 

どうしてこうなった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うん、平和だな!


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第17話:白銀の雪華

感想たくさんもらえたのが嬉しくて、頑張って急いで書いちゃいました(銀華よりちょろい)


入学式から2日後の夕方。俺は学園島のフチにあり、東京湾を見渡せる広い広場に来ていた。学園島は構造上、人工浮島のフチまで行くとそこは絶壁となっており、下は東京湾だ。場所が場所だけにこんなところに来る人はほとんどいない。

なぜ俺がこんなところに来てるかって?俺の苦肉の策だ。

というのも、先日の事……

 

「けっ…決闘ですッ!決闘なら事故死もありえるッ!抑抑(そもそも)遠山家の安寧を確保し、もって日の本の平和に寄与するためこの決闘、(まこと)に已むを得ざるものあり!」

 

入学早々、銀華に、開戦の(みことのり)を叫んだ白雪はその後--

銀華に鬼の形相で切りかかった。

というかなんで白雪がキレたかわからん。

起こったことをまとめてみると

 

・銀華を紹介する

・白雪が銀華は俺の婚約者だということを知る

・キレた

以上。

……だめだ。わからん。白雪がこうなった理由が全くわからんっ!

まあ白雪がキレた原因は(わき)に置いとくが、銀華は白雪の怒りの斬撃を真剣白刃取りやステップなどなるべく最小限の動きでかわしていた。そのおかげで負傷者0、備品も壊れずに済んだ。バケモノかよ銀華。

もっとバケモノなのは俺たち、1-Cの担任だった強襲科の担当教師、蘭豹。あのキレた白雪を『外でやれや』と片手で制しやがった。あんなのヒステリアモードでも勝てる気しねえぞ。銀華もそれには驚いていたしな。

蘭豹に抑え込まれた白雪はその後、

『これは挨拶。後で正式な決闘を申し込むから事前には突っかけない。しばらく、残りの人生をエンジョイすればいいさ』のような捨てゼリフを吐いて、席についた。

そのセリフを銀華はあいつにとっては珍しくガン無視。そのせいで白雪が銀華を授業中睨み続ける事となったのだが、この件に対する俺の感想は、この一言に尽きる。

(怖すぎる……)

2人ともどちらかというと大人しめなタイプなので、この変化は心臓に悪い。

白雪と銀華はまさに一触即発の状態。この前の銀華は防御気味に戦っていたおかげで被害は少なかったが、もし放っておいてあのキレ銀華がでてきたら大戦争になるだろう。そしたらその被害はもう予測できん。

なのでそんな様子を見かねた俺が国連(UN)のように間に入り…平和的に解決するため、交渉のテーブルを昨日用意したのだが、交渉は決裂。結局、決闘で決めることとなってしまった。

 

武偵高では--『生徒同士の決闘は何れかのルールに基づき、あまりしない事』

という非公式の通達が入学時点で教務科(マスターズ)からなされる。

つまり、してもいいのだ。決闘を。

そもそも決闘なんて血なまぐさい行為はここ日本では違法なはずなのだが、血なまぐささに慣れておかねばならないって事で武偵中や武偵高では黙認されているのだ。

決闘で何があろうと、もちろん訴訟沙汰にならない。『決闘でやられました』と泣きついたら、みんなの笑い者になるとわかっているからな。

そして今回の決闘のスタイルは1vs1(デュエル)。タイマンで決着をつける最もオーソドックスな決闘スタイルだ。この場合、試合結果を見届けるのと過剰攻撃(オーバーアタック)による死亡事故を防ぐために証人が立てられる。この証人は公平性が求められるため決闘する2人の合意が必要、つまり今回は俺になったわけだ。

そして早く済ませたいという銀華の願いの下、早速闘技場やグラウンドなどを借りようとしたんだが、全部借りられており、人があまり来ない浮島の端の広場、つまり今俺がいるところで戦うこととなったのだ。

 

そんなわけで俺は証人としてこの広場に来ているのだが、3つも兼科しているので入学早々忙しい銀華がまだ来ていないにもかかわらず、早くも逃げ出したい気分だ。

俺の目の前で目を閉じ集中しているかのような白雪は巫女装束に、額金、たすき掛け。手には朱鞘に収められたイロカネアヤメと呼ばれる日本刀。

これは星伽巫女伝統の戦装束である。

今更だが、星伽の巫女は武装巫女だ。

どこの神社でも神主や巫女は多かれ少なかれご神体をお守りするものなのだが、白雪の実家こと星伽神社は、どうボタンを掛け間違えたか知らないがそれを武装して守っている。

その伝統衣装で来たということは、戦闘準備が整っているということだとわかる。

 

(銀華、これ大丈夫なのか…?この前の感じ、なんとかなりそうだったが、あいつ授業終わってすぐ来るんだから疲れてるんじゃないか?)

 

などと考えていると--

ざす、ざす。

広場の砂をふみ鳴らし、銀華がやって来た。

うわぁ…これは……

心配なんていらなかったな。

銀華は防弾制服姿、2丁拳銃をガンチラさせながら腰に白雪の日本刀対策か、剣を腰にさげているよ。そして一番やばいのが目。

瑠璃色と紅色のオッドアイだ。やる気十分ですねシロハサン。

 

「遅いから逃げたかと思ったよ」

「初歩的な推理だよ。勝つとわかっている試合から逃げる人はいない」

 

白雪の挑発を銀華は挑発で返す。

そんな銀華の挑発を

シャリーンッ!

腰のイロカネアヤメを抜くことで答える。

ま、まじで目が()る気だぞ。

 

「やっぱりその刀、いい刀よね。いや、私にとっては良くないか」

「銀華もその腰の剣を抜きなよ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

そう言った銀華は、美しい装飾が施された鞘から、白雪と同じように剣を抜いた。

銀華が抜いた剣は水晶のように輝く、磨き抜かれた剣。

見とれるほど美しいその洋剣は、日本刀で言えば正宗のように一目で名刀とわかるものだ。刃渡りは70cmほどだが、やけに古い様式だな。

 

「いい剣だね。でもイロカネアヤメに斬れぬものはない」

「へー、大した自信だね。この剣の名前を実際に聞いたらビビらないものはいないと思うけど」

 

売り言葉に買い言葉。早速決闘始めようとしてるぞ…!?

 

「ち、ちょっと待ったお前たち。ルールの復習ぐらいさせろ」

 

焦る俺の言葉を聞き、2人とも構えかけていた剣をおろす。よかった…一応どちらも戦闘態勢だったとはいえ、俺の話は聞いてくれるようだな。

 

「えー、ルールの復習だ。決闘者の片方が敗北を認めるか、動けなくなったら終了。それまでは腕が飛ぼうが足が飛ぼうがTKOは無い。引き分けもない。逃亡したら敗北とみなす。勝負が決まっているのに過剰攻撃になりそうな時は俺が止める。それでいいか?」

「私の認識と同じ。私はそれでいい」

 

銀華はそう返答し、白雪は頷くことで了承の意を示している。中学時代を思い出すぜ--

いかにもうちらしいよ、こういうのは。悪い意味で。

 

「じゃあ始めてくれ」

 

白雪と、銀華は--見つめ合っている。

だが双方、すぐには仕掛けない。

決闘の開始は決闘者2人が決める。俺が決めるんじゃない。これは誰にも侵されない、2人だけの権利だ。始まるのは呼吸があった時だ。侍の立会いに近い。

今はただこの夕方に静かな時が流れているだけだ。

……すっ………

音もなく白雪が刀を構えた。

刀身を直立させ、柄を右頬まで上げたそれは八相の構え。

現代剣道では使われない古風な構えなのだが、実戦的な構えだ。柄を握る力があまりかからないので長期戦に向いているのだ。

それに対して銀華は抜身の刀を腰だめに、水平に携えている。こちらは明らかに居合の構えだ。

居合は相手に攻撃をすると悟られるのだが、悟ってしまったせいで相手はそれを考慮して動かなくてはいけなくなるので戦術の幅が狭まる。そして相手の動きの幅が狭まったら、それを推理できない銀華ではない。これが優れた推理能力を持つ銀華特有の個性(オリジナリティ)なのだろう。

 

「……」

 

刀を垂直に構える白雪、水平に構える銀華。

対照的な2人から息苦しいほどの緊張感が流れる。

近くの道を通る車が遠ざかっていき、場に静寂が訪れた瞬間、

--バッ!--

スッと体勢を低くした銀華が、気がついた時には、白雪までの8mほどあった距離を一呼吸で移動していた。まるで瞬間移動するかのように。

(……速い……!)

驚く俺の視線の先で--シュバッ!

銀華が白雪に対し居合斬りで斬りつける。

この前、入学試験で銀華が使った一瞬で距離を詰める技だな。たぶんあれはこの居合斬りの技から派生したものだろう。

そのヒステリアモードでもガードするのが精一杯だった神速の攻撃を

ギイイイイイイイン!!

白雪は上から振り下ろした刀で迎撃する。

す、すげえな、白雪。普段の俺ならあれでアウトだったぞ。ヒステリアモードですら怪しかったのに。

先制攻撃をガードされた銀華は鍔迫り合いするかと思いきや、急に力を抜き相手の力を使い……クルッと回る。あれは銀華が使う絶牢もどき…!

銀華が狙うのは、急に力を抜かれたことにより前につんのめった白雪の後頭部。得意の蹴り技で一気に決着をつける気だ。それを白雪は

バンッ!

刀の柄から左手を離し、銀華の蹴りをガードする。どうやら銀華も頭を蹴り飛ばすってことで秋水を使っていなかったらしい。キレていても意外と冷静だなあいつ。

そんな銀華を、

ゴスッ!

刀の柄で殴る。柄で殴られるとは思っていなかったようでそれをまともに腹に受けた銀華は、ごろごろと地面を転がった。

銀華が近接戦闘でダメージ負うなんて初めて見たかもしれん。いや、ナチスに襲われた時怪我してましたね。忘れたい記憶その1だから忘れてたけど。

 

転がった銀華はすぐに立ち上がったが、白雪は松明を掲げるような右片手大上段の構から銀華に斬りかかる。それをこの前のようにステップでかわすが…

ガキイイイイン!

再び剣が撃ち合う大きな音が響き渡る。

今度は銀華の剣が上、白雪の刀が下だ。

肉眼では追いきれなかったが、この状況から推測すると白雪の刀は打ち下ろしから切り上げのV字を描いている。

巌流でいう『燕返し』。その片手版ってところか。だが、その神速の攻撃も、優れた反射神経にさらにヒステリアモードで上乗せした銀華のチート反射神経でガードされた。なんだこの神速の戦いは!?

 

鍔迫り合いを嫌ったようで銀華はいなし、距離をとるが……

カツッ!再び銀華の元に白雪が駆けた。

ギンッ!ギギンッ!2人の刀剣は何度もぶつかり合い激しい音を上げる。白雪の刀、銀華の剣が触れたもの全てが嘘のように切断されていく。電灯。木。ベンチなどが。

だが唯一斬れていないものがある。

白雪の刀・イロカネアヤメと銀華のいかにも銘剣と思われる剣。

それはお互いに傷一つすら付いていない。

そんな互角に思える決闘だったが…

 

(白雪が押しているぞ…!)

 

白雪が完全に押していた。銀華は防御するのに精一杯といった感じだ。白雪は刀を使うことを小さい頃から学んでいるが、銀華は前聞いたところ刀はあまり得意ではないらしい。

いつも持っている夜用に塗装された瑠璃色のナイフならまた別だろうが、白雪用に持ってきたと思われる不慣れの剣では十全に力を発揮できないのだろうな。ヒステリアモードの反射神経でなんとかガードしているといった感じだ。

だが白雪も攻め疲れで勢いが鈍り出した。しかし、そんなのお構いなく攻める白雪の力を込めた上段からの一撃で

ガシャン!

銀華は剣を落としてしまう。

幾多に渡るガードで手に痺れが溜まり、握力が鈍ったのだろう。それを見た白雪は勝ちを確信した顔で刀を水平に振るう。

垂直に下ろしたら真剣白刃どりされると経験からその攻撃を選択したのだろうが…

 

「あは」

 

なぜか()()が勝利を確信したかのように笑う。

いや銀華あいつ、剣を落とされたんじゃない!わざと落としたんだ!

剣では勝てないと今までの戦闘から推理して、自分の得意な徒手格闘で挑むために!

銀華は水平に靡かれた刀を下から蹴り飛ばす。万全の状態ならまた違っただろうが、攻め疲れで疲労状態、下からの不意打ち、そして勝利を確信しての油断、その三つが重なったため……

バシッ!

先ほどの銀華と同じく白雪は剣を離してしまう。今度は下ではなく勢いよく上に。

そしてさっきの蹴りで逆立ちになった銀華はクロスするように両手をついてからの--

その腕のねじれを解放するようなスピニングキック。

その銀華の蹴りが剣を離してしまったことに驚いている白雪の腹に直撃し、白雪は自分と刀と同じく勢いよく吹っ飛んだ。

 

脚は(Kick)剣より(beats)強し(swords)……!」

 

そんな風に呟く銀華の視線の先では白雪がのびている。銀華もこれ以上攻撃しようというそぶりは見せていない。この決闘は銀華の勝ちだな。何も起こらず決着がついたことに、人知れずホッと一安心する俺だったが……

 

「やば!」

 

そういって銀華がいきなり勢いよく海側に駆け出した。銀華の視線を追うと

 

「……っ…!」

 

銀華に蹴り飛ばされた白雪の刀が、今まさに崖から落ちようというところだった。

あの崖の先は東京湾。もし刀が落ちてしまったら、捜索は困難だぞ!

(間に合え…!)

そう願う俺であったが、神速の銀華でも一歩届かず、手すりの隙間から落ちていった。寸前のところで間に合わなかった銀華はそこで止まるかと思いきや…お、おい…手すりを乗り越え、海に飛び込んだぞ!?

--ざぶっ!

 

「銀華ッ!?」

 

慌てて手すりに駆け寄るが銀華の姿はない。

あいつ泳げるのか?と心配する俺だったが……

ざばぁん!

銀華が水面から出てきた。その銀華の目はいつもの瑠璃色に戻っており、手には白雪の刀が握られている。そしてその刀をおーいという風に笑顔で振っているのだが、さっきまで超人バトル繰り広げてたのにのんきだなお前。

 

 

 

「ありがと」

 

俺が下ろしたワイヤー捕まって引き上げられた銀華はそうお礼を言う。海に飛び込んだ銀華は当然濡れており、なんというか…扇情的だ。白い肌がいつもより輝いて見えるし、せ、制服もところどころ透けているぞ!?

ヒス性の危険性を感じ、そんな銀華をなるべく見ないようにする俺だったが、そんな銀華は俺の視線に気づくことなく、とことこと白雪の元まで歩いていく。

 

「はい、大事なものなんでしょ」

「ど、どうして?」

「どうしてって?大事なものや人を失う痛みや恐怖は私はよくわかっているから」

 

ちらっと恐怖あたりで俺を見たが、視線を戻した銀華は遠い目をしている。

俺と会う前、そんな大事な人がいたのかも知れないな。

…………………。

……いかん!気になる!

銀華にそれって誰だって聞こうと思ったのだが…

そんなことを言われた白雪は手で顔を覆い、

ひっく、ひっく……ひんっ……と泣きだした。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

そして…いきなり何かに対して謝りだしたぞ!?何に謝ってるかさっぱりわからんし、女子が泣いてる時にどうすればいいかなんてさらにわからん。ここはコミュニケーション能力カンストの銀華に任せよう。

 

「本当はわかってたの。キンちゃんは昔と本当に変わったって。それも銀華さんのおかげっていうことも、ここ何日かで分かったよ。銀華さんとキンちゃんが深く結ばれているってことも」

 

なんか俺と関係ある話らしい。銀華が俺を変えた?そんなことはないと言いたいが、否定はできん気がする。銀華のおかげで色々な技を身につけれてるのは事実だし。

 

「キンちゃんが幸せになれるなら……銀華さんのこと好きなら……銀華さんと一緒でもよかった。でも、東京に来て、知り合いもいなくて1人で寂しくて、そしたらキンちゃんがいて、本当に嬉しくて、でもそのキンちゃんが取られるてしまうと思ったら耐えられなかった…」

 

そういって白雪は再び泣き出してしまった。

 

「わかるよ、星伽さんその気持ち」

 

そんな泣いている白雪の頭を抱きしめ、ぽんぽんとする銀華の目は……優しい。なんであいつはキレてる時と普段の時であんなに違うんだマジで。

 

「でも、一つ訂正させてもらおうかな。星伽さんは1人じゃないよ」

「え……?」

「キンジ、それに私もいるよ」

「そ、それは?」

「星伽さんは1人じゃない、()()が近くにいるよってことだよ。それも2人もね」

「ゆ、友人?」

「星伽さんは私のことどう思っているか知らないけど、私は星伽さんのこと友人だと思ってるよ」

「決闘までしたのに…?」

「この国には喧嘩するほど仲が良いって言うことわざがあるらしいんだけど、ちがうのかな?」

 

銀華にウインクしながらそう言われた白雪は、おっとりした目に涙を溜め再びポロポロと泣き出した。

今度の涙は俺にもわかる。

白雪は人見知りする性格上、学校でも友達がいなかったらしい。仲が良いのは家同士の知り合いだった俺ぐらい。今までそうだったのに、知り合いのいない東京で銀華に友人と言われ……嬉しかったんだろう。

 

喧嘩したあと友達になるとか、理にかなっていないのだが……もしかしたら、これが武偵高(うち)なりの人間関係の作り方なのかもしれないな。古くさくて、不器用な。

 

 

 

「星伽白雪です。改めましてよろしくお願いします。銀華さん、キンちゃん」

 

そういってペッコリと白雪はお辞儀をする。泣き止み今度は友人ができた嬉しさによる笑顔で。

 

「じゃあ、改めまして私も。北条銀華です。よろしくね星伽さん」

 

銀華がそう挨拶すると

 

「よろしくお願いします。銀華さんの苗字は北条……北条……キンちゃんと婚約者………あっ……!」

 

さーっと白雪の顔から血の気が引いていくのがわかる。顔が白を通り越して真っ青だ。そして巫女服の裾を広げつつ、着地と同時に土下座した。

 

「北条様とは露知らず、無礼な振る舞い…!誠に申し訳ございませんっ!」

 

取引役に無礼を働いてしまったみたいに焦りまくる白雪に……俺と銀華は目を見合わせる。銀華もこの状況がわかっていないらしい。頼んだと言う風な目線を銀華に送ると、瞬き信号で『了解(OK)』と返して来た。

 

「星伽さん顔を上げて、私もう怒ってないから。それに同級生なんだから様なんて大袈裟だよ」

「誠に申し訳ございませんっ!死んでお詫びを…」

 

とか言い出すので銀華と2人で白雪から刀を取り上げる始末、まったく…

 

「もう許したから顔あげてよ、星伽さん。私は様付けされるほどのこと何もしてないから」

「北条様の祖先には…」

「様禁止」

「…銀華さんの御祖先には星伽滅亡の危機を救ってもらったことがあるの」

 

そんな風に白雪は言うが、銀華は首をフリフリ。どうやら知らないようだ。

 

「約800年前、星伽神社は当時、源頼朝から逃げる源義経が大陸に渡るのをお手伝いしたの。ナイショで、津軽から船を出させて」

 

…お、おいおい……

白雪は胸の前で左右の人差し指をつんつんさせながらイタズラがバレた子供みたいな仕草で話すことじゃねえぞそれ……

まあ白雪らしいといえば白雪らしいんだが…

 

「それが当時の将軍、源頼朝にバレちゃってね。星伽は当時の幕府に攻め滅ぼされそうになったの。星伽は武装していてある程度戦えるとはいっても多勢に無勢で…それを救ってくれたのが銀華さんの祖先様なの」

「ていうことは…」

「そう、星伽を救ってくれたのは銀華さんの祖先で源頼朝の正室。()()()()だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやー誰にもバレなくてよかったよかった。


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第18話:木こりの決闘(ランバージャック)

北条+原作イベント消化回

注意:歴史改変


「……嘘……だろ…?」

 

キンジがそういうけど、私もそう言いたい気分。まあ、キンジ自身は遠山の金さんの子孫なんだけどね。

 

「星伽さん。源頼朝、つまり北条政子の血筋は途絶えてるはずなんだけど、私が北条政子の子孫ってことは本当なの?」

 

北条政子の2人の娘は病死、頼家、実朝は暗殺されているはず。普通なら私が北条政子の子孫なんてありえないよね。

でも、相手は2000年の歴史を誇る星伽神社の緋巫女。ということはつまり………

 

「文献上はそうなってるんだけど違うの」

 

本当だよね。他の人が言うなら眉唾ものだけど、星伽さんが言うなら信憑性があるよ。私の勘も正しいと言っているし。

 

「キンちゃんのご先祖様に加藤景員(かげかず)っているでしょ?」

「あ、ああ…」

「景員の息子には加藤景簾(かげかど)がいるの。遠山氏祖の遠山景朝(かげとも)の父親なんだけど…」

 

キンジの先祖のことは自身の口から中学の時に一度聞いている。

キンジ曰く、加藤景員は平安末期から鎌倉初期にいた遠山家の先祖。景員が源氏に味方して戦っていたらしい。それは遠山氏祖の遠山景朝の二代前。星伽さんはその間の景簾のことをどうやら言いたいみたい。

 

「景簾はね、源実朝を警備する任務についていたの。そしてキンちゃんや銀華さんも知っての通り源実朝は鶴ヶ丘八幡宮で襲われちゃうんだけど…。文献には死んだと書かれているんだけど、それは星伽がそうするように頼んだの。星伽が……お医者さんとかに死んだとするようお願いして…」

「星伽が?」

「うん。星伽は源実朝の母親、北条政子に恩があったから…」

「それで、本当の実朝は…?」

「実際の実朝は重症を負ったけど一命は取り留めたの。護衛の景簾が実朝に重症を負わせた『公暁』を返り討ちにした後、必死に治療してね」

 

本当は実朝が生きていたという事実を聞くと、私が北条政子の子孫っていう説もまだ信じられるね。シャーロック・ホームズと北条政子の子孫なんて異文化統合甚だしいけど。

 

「助けてもらった実朝はどうなったの?」

「もう一度命を狙われるのを嫌った実朝はあえて死んだことにして、表舞台から姿を消したの。それを知ってたのは実朝を保護した加藤一族と実朝を死んだことにした星伽、それと数人のお医者さんだけ」

「………」

「そして実朝は新しく姓を母方の北条に変えて、わざと文献から消された景簾の娘と新しく結婚したの。その子孫は遠山家と親戚同士だから仲が良かったんだよ」

 

血が繋がってるからそうだろうね。あの時代は血より地の繋がりを大事にしていたけど、そう簡単に同じ血族と戦えるものじゃないからね。どうしても情が湧いたり好意的になってしまったりする。

 

「そこからキンちゃんの遠山家と銀華さんの北条家は婚約結婚を繰り返して、二つの家には時に星伽を助けてもらってるの。これが私が知ってる北条さんの先祖の全てです」

「だから白雪さんは私の苗字が北条で北条政子の子孫っていうことがわかったんだね」

「うん」

 

そう考えると納得がいくことが多いね。キンジと初めてあった時、女側の私が招待する仕組みだったのって、匿ってもらってる実朝が宴会を開けるわけがないというところからとったのだろう。他にも12歳婚約者発表とかは武士の世界では12歳での婚約は多々あったから。

 

 

「そ、それでね銀華さん。き、キンちゃんを宜しく御願いしますッ!」

「うん、わかったよ。キンジも私に愛想尽かされないように頑張ってね」

「お、おい…!」

 

星伽さんと私の第一次キンジ戦争は和平で幕を閉じたね。武偵中も面白かったけど、なかなか武偵高も面白いよ。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

キンちゃんと銀華さんの2人が決闘した広場から帰った後、私は決闘に巻き込まれていない、壊れずに残ったベンチに座り込んでいた。

東京湾から吹き付ける潮風が動いた後の私にとっては心地がいい。

 

(やっぱり……キンちゃんには銀華さんだなあ……)

 

さっき言った、キンちゃんが昔と変わって明るくなったのは見ての通り。それが銀華さんのおかげということもわかる。代々キンちゃんの家と婚約していることを抜いても、恥ずかしがり屋でおどおどしている私が、海に飛び込んでまで色金殺女(イロカネアヤメ)を取ってきてくれた優しく明るい美人な銀華さんに勝っているところなんて一つもない。銀華さんはキンちゃんのことを信頼しているようだったし、その逆も然り。

私は恐れていた。いや、現実を受け止めたくなかっただけだ。遠山家と北条家が結ばれるのはだいたい半分の確率。キンちゃんのお父さんは北条家からお嫁さんを取っていないから、キンちゃんの代では北条家からお嫁さんを取ることはわかってた。心のどこかでわかってた。それから目を背けていただけだ。

でも……でも、キンちゃんに対しての恋愛感情は捨てきれなかった。

しかし、それは今日まで。

キンちゃんは銀華さんと結ばれなければ()()()()

遠山家の男は北条家の女を娶る時、最高の力を発揮すると星伽では言われている。

キンちゃんに頼るつもりはないけれど、もしかしたら頼ることになるかもしれない。

私の『占』によれば、近いうちに緋緋色金の適合者がこの東京に現れる。それも高い確率で2()()も。緋緋神を止めるのは星伽巫女である私の役目だけど……それを止められる自信は……ない。

もし私が1人で止めれなかったった時、キンちゃんや銀華さんの力が必要になる。

 

星伽巫女

遠山侍

北条姫

 

私、キンちゃん、銀華さんが同学年なのは奇跡に近い。それは何か仕組まれていたとしてもおかしくないレベル。

昔からこの3家で緋緋神に対抗してきた。それは今も昔も変わらない。

星伽は緋緋色金を守っていると同時に、『遠山と北条』という二つの家の関係も守っている。簡単にいうと遠山と北条の仲を保つ役割。今の所心配はないけれど…

 

(銀華さん以外の、キンちゃんに近づく悪い女は斬らないと…)

 

私はそんなことを考えながら、すっかり暗くなった空を見上げた。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

銀華と白雪の決闘があった次の日。

俺には珍しく早めに登校したんだが……

 

「おはよう、キンジ」

「銀華おはよう」

 

銀華がもうすでに自分自身の席に座っていた。まだ誰も来ていない教室で目を閉じて、何か考えごとをしていたようだ。

 

「何を考えていたんだ?」

「何を考えていたと思う?キンジも武偵なんだから推理してみてよ」

 

にっこり笑いながら人差し指を口の前に立てて聞いてくるが……お前じゃないんだから何考えてるかわかるわけないだろ…

 

「昨日のことか…?」

「正解。なかなか私のことわかるようになってきたね」

「まあな」

 

笑顔で銀華はそう言ってくるが、完全にまぐれだしそのことは黙っておこう。

 

「そりゃ、いきなり北条政子の子孫とか言われたら驚くよな」

 

教室には誰もまだきていないのでそんな風に銀華に声をかける。

 

「そうだね。驚いたと同時に納得いく部分も多かったけどね。私とキンジの関係とか」

「まさか俺の幼馴染の白雪のご先祖様を銀華のご先祖様が助けていたとはな。狭い世界だぜ」

 

そして銀華のご先祖様を助けたのは俺のご先祖様。

世界は広いようで狭い。

 

「ねえ…キンジ。私が北条政子の子孫ってことでどう思った?」

 

返答に困るような質問を訊いてくる。ので、

 

「驚いたが何にも思わなかったぞ、銀華は銀華だろ」

 

俺はお得意の生返事。

銀華はその生返事を聞き、不服そうな顔を一瞬したのだが---俺の後ろ、教室の入り口の方を見て顔を綻ばせた。

なんだ?と思い後ろを振り返ると……

 

「お、おはようございます、キンちゃん。銀華さん」

 

そこにはぺこりと俺たちにお辞儀する白雪。

昨日までの銀華とのガンの飛ばし合いからは考えられない現象だ。

 

「おはよう」

「星伽さん、おはよう」

 

銀華も笑顔を浮かべながら俺の前で挨拶している。

銀華と白雪が仲良くなることはいいことだ。2人は同じクラスにいるだけのクラスメイトにすら心的外傷後ストレス障害(PTSD)が残るレベルの殺気を放っていたから、当然それに巻き込まれた俺も胃が痛かった。

それがあとぐされなく一番いい形で解決したのは、流石銀華の対応力といったところ。あの人見知りの白雪と友達になるっていうのは、昨日のにらみ合いからは考えられなかったぞ。

そんなことを考えながら2人を見ていると、こちらを向いていた白雪が気づいた。

 

「キンちゃん……あの……どうしたの?」

「いや、なんでもない。というかその呼び方やめてくれ」

 

入学して二度目のやりとりだ。

なし崩し的に昨日までは呼ばせていたが、あの殺気を放ってる状態では指摘できるわけがなかったからな。

 

「ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」

 

あわあわと慌てふためく白雪。

もうすでにいつものおきまりのパターンと化してきたぞ…

 

「別に、キンちゃんでもなんでもいいじゃない。私なんて理子にしろろんって呼ばれてるんだよ」

ブルータスお前もか…銀華が白雪を援護し始めた。

 

「あいつは別だろ」

「じゃあ私もキーくんて呼ぼうかな。ね、キーくん」

 

じゃあってなんだよじゃあって………そして妙に可愛いいのがなんかムカつくぞ。

キンちゃんでも気恥ずかしく、そう呼ばれる歳ではないと思ってるのに、キーくんなんて尚更だ。

 

「じゃあ、俺はお前のことを『しろろん』って呼ぶけどいいのか?」

「別にキンジが私のことをなんて呼ぼうと気にしないけど」

 

いいのかよ……

 

「だから星伽さんがキンちゃんって呼ぶのも許して上げなよ」

「お、お願いします!」

 

銀華がそういうとその横で白雪が涙目になりながら俺に頭を下げる。

これはまるで俺が白雪を虐めているように見えなくもないぞ…

そんなことを思っていると

ガシャッ!

と廊下で何か荷物が落ちるような音がした。

その荷物を落とした張本人、大柄なツンツン頭の男が1-Cの教室に入ってきて…

 

「遠山キンジ!!俺と決闘だ!!」

 

そう叫んだ。

一難去ってまた一難。

神様、俺への慈悲はないんですか……

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

なんかいきなり大変なことになったね。

今度はキンジが決闘することになるなんて…

キンジに決闘を宣言した男性--武藤剛気とキンジの主張は平行線を辿っている。

 

「だから、なんで俺が決闘しなくちゃならないんだ」

「何回も言ってるだろ!星伽さんをお前が泣かせたからだ!」

「それは俺と白雪との問題で、なんでそれでお前と決闘しなくちゃいけないんだよ。意味わかんねえ!」

 

さっきから2人はずっと同じようなことしか言ってない。

武藤君は確か車輌科(ロジ)のAランクで重度の乗り物オタクって情報しか知らないね。

 

ちなみにキンジと同じく、なんでキンジと武藤君が決闘しなくちゃいけないのかわからない。少し整理してみよう

 

・星伽さんが涙目でキンジにお願いするところを武藤君が見る

・その後武藤君が教室に入ってきた

・そしてキンジに決闘の宣言をした

以上。

…………ダメね。

分からない。

なんで武藤君が星伽さんのことでキンジに決闘を仕掛ける理由が全く分からない。

現に星伽さんも2人の近くでオロオロしてるし。

私がウンウンと理由を考えていると不知火君が教室に入ってきた。

 

「おはよう、北条さん。星伽さんとの決闘は終わったのかな?」

「不知火君、おはよう。よくわかったね」

「昨日までと雰囲気がまるで違うからね」

 

いやー昨日までそんなに殺気出してたのかね?そんなつもりはなかったんだけど。

 

「ねえ、不知火君。武藤君が白雪さんを泣かしたからって決闘をキンジに申し込んでるんだけど理由わかる?」

「……え?」

 

不知火君はイケメンな顔に驚愕の表情を浮かべる。心底驚いたという顔をしてるけど、そんなに驚くことかなあ。

 

「と、遠山君も相当だったけど、北条さんも相当鈍感だね。いや……もしかしたら似た二人だからこそ上手くいってるのかも」

「…………」

 

鈍感って…ひどい言われようだけど否定ができない。父さんが女心わからないように、私も男心ほとんどわからないんだよね。

 

「あれ止めた方がいいのかな?」

「もう少ししたら蘭豹先生が来るしね。北条さん頼める?」

 

ニコニコ笑顔で不知火君は言うけど、まったく食えない人だね。

確かにクラスメイトは続々と登校してきてクラスの注目を集めている。

星伽さんには止めに入れそうにないし、他のクラスメイトは全員無関係だし…仕方ないなあ。

 

「はい、ストップストップ」

 

二人に歩み寄りながら、私がそう声をかけ注目を集める。

 

「もうすぐ蘭豹先生が来ちゃうから、話をまとめないと」

「こいつが意味不明な因縁をふっかけてくるからどうしようもないんだが…」

「意味不明ってなんだ!何度も説明してるだろ!」

「だからその説明内容が意味不明なんだよ!」

 

私の目の前で再びエキサイトしだす2人。

それを見た私は

ドンッ!

床を踏みならしながら2人に対して殺気を飛ばす。

 

「静かに聞いてね?」

「「……………」」

 

やればできるじゃん。

 

「ここは武偵高なんだから、やりようはいくらでもあるじゃん。気に入らないなら実力で決着をつける。私たちみたいにね」

 

星伽さんを見ながら私はそう言う。

 

「だけどな銀華。俺にはやる意味がないぞ」

「長い時間言い争うのとパパッと決闘で済ませるのだったら、決闘の方がいいでしょ」

 

私も星伽さんとあとぐされ無くしたいから決闘を選択したわけだし。

まあ大体の戦闘内容は推理できていたから、昨日の決闘は戦闘というよりはお芝居だったけど。

 

「……わかった。決闘を受ける」

 

キンジが承諾したのを見て、言い争っているうちに登校してきた生徒は「うおおおお!」といった感じに盛り上がる。

 

「りこりん、決闘だったら面白いルール知ってるよ、知ってるよ!」

 

理子が湧いてきた。理子と東京武偵高(こんなところ)で会うとは思わなかったよね。最初すごくびっくりしたよ

 

「おはよう理子。それでどんなルール?」

「ランバージャック!!」

「面白そうだしそれでいいか」

 

キンジは嫌そうな顔をしているね。

ランバージャック--元はアメリカの木こり(Lumber)たちがやっていた決闘方式をアレンジしたものである。

そのシステムは単純といえば単純。まず防弾制服の武偵たちが点々と円を描くように立つ。これをリングと呼ぶ。

このリングで決闘者たちを取り囲み、逃げ場を与えず戦わせる。

そうして片方が敗北を認めるか、動けなくなったら終了。基本はこれだけ。

まあこのルールには附則があるんだけど…

 

「ランバージャックか。いいぜ。降りるなんて言わねえよな遠山」

「俺も男だ。勝負を受けた以上降りるとは言わない」

 

キンジかっこいいじゃん。見直したよ。

そんなHSSになってないのに不意にかっこいいシーンを見せられたせいで……

きゅん

体の中心、中央、真芯……お腹の奥が、きゅんってしだして……

やばい、今のでHSSが発動し始めた。

昔だったら完全に発動しちゃただろうけど、ここ三年で成長した私。これぐらいだったら血流操作で抑えられるッ!

目を閉じて素数を数え血流が鎮まるのを待つ。だんだんHSSの血流は収まっていき….

危なかった、なんとかHSSの発動を抑えられた。

まったく……唐突にかっこいいシーン見せるのやめてほしいよ………

 

 

 

そして、放課後--

理子はいい場所を知っているね。あまり目立たない一般校舎の裏。私と星伽さんの決闘もここでやればよかったと一瞬思ったけど、私のエクスカリバーと星伽さんの色金殺女で校舎を切り捨てて破壊しそうだから公園でよかったかも。

 

「今回のルールは徒手格闘!時間無制限で道具使用も一切なしだよ!」

 

理子がリング役並びに進行役としてルール説明を始める。

 

「キーくんの幇助者(カメラート)は当然ラブラブのしろろんでしょ?」

「ああ」

 

幇助者とは『1手だけ手助けしていい助太刀』の事。通常は決闘の膠着を防ぐために横槍を入れたり、もう勝敗が明らかな状態で過剰攻撃が行われていたら割って入って負けを認める係のこと。

 

「ヘッ!パーフェクトの2人が相手なんて上等だ。俺の幇助者(カメラート)は、一石頼んだぜ」

「相手の幇助者がSランクだったら、こちら側も同じにするべきだからね」

 

武藤君の幇助者は一石雅斗。私たちと同じ1-Cで私やキンジと同じSランク。強襲科・狙撃科・車輌科を掛け持ちしていて、勉強もこの三日間見た限りできる。

洒落っ気はない人で体格も大きく、先ほどの発言の通り、真面目だ。

武藤君も同じ車輌科だけあってなかなかいい人を幇助者に選んだね。

 

「あ、そういえばキンジ。リゾナ使う?」

 

手で口を隠しながら耳元でキンジに声をかける。手で口を隠しているのは読唇術で読まれないようにするため。

 

「こんな大衆の面前であんなことできるわけないだろ………」

「聞いただけだよ。頑張ってねキンジ」

 

応援してるよという意味も込めて人差し指でキンジの頭をコツンと突き、キンジから少し離れる。

なんかリングの生徒の殺気が増した気がするけど、多分気のせいだよね。

さて、どうなるだろう。キンジ結構私の技も使えるようになってるから、HSS抜きにしてもBかAランクはあると思うんだよね。

強襲科と車輌科で同じAランクだとしても戦闘能力は強襲科の方が格段に上。案外すぐ終わっちゃうかも。

そんなことを考えている間に2人はリング中央で向かい合っている。

 

お互いの闘気が周りに満ちて、物音一つしなくなった瞬間--

バッ!

キンジが武藤君に対して縮地法で一気に距離を詰めた。

 

「なっ…!?」

 

一気に距離を詰められたことに驚く武藤君に対し、キンジは右ストレートのパンチ。驚いた武藤君はかろうじてガードが間に合うけど、このコンボそれガードしちゃダメなんですよ。

キンジは右ストレートを跳ね返された衝撃を使って左足を軸にクルッと回って放つ回し蹴り。

 

「ぐぉッ!」

 

そんな呻き声とともに武藤君は後退する。

今キンジが使ったコンボは私が中学一年の時キンジに対して散々使ったコンボ。右ストレートをガードするんじゃなくて、いなすか避けるかすると回し蹴りまで持っていかれないんだけど、それを防ぐための縮地法。最近の私はあんまり使わない初手だけど、やっぱり相手の隙に刺さるね。このコンボ。

 

追撃するように駆け出したキンジは右ストレートを放つフェイクをかけながら左ストレート。今度は読んでいたのか、それを手のひらでガードした武藤君はそのまま腕を取り……

 

「うおりゃああああああああ!」

「なっ…!?」

 

キンジを一本背負いで投げ飛ばす。なるほどあの大柄な体格上、組手は得意なわけだね。つまりキンジは掴まれないようにヒットアンドアウェイで戦う必要があるんだけど気づいているかな?まあまずは腕の拘束を解かないとそれすらできないんだけど。

 

「ぐ…!」

 

もう一度そこから一本背負いで投げとばそうとしていたが、それを読んだキンジの跳ね上がるようにして頭を狙った蹴りが直撃。キンジの拘束を解かれた。

そっからの試合は泥仕合、キンジの打撃が武藤君に入るが、それを掴んで投げ技に持っていく武藤君。中でも武藤君のエクスプロイダーはすごい威力ありそうだねあれ。

 

こうなってしまうと幇助者にできることは何もない。手を出すと2人の戦いに水を差すことになるし、まずそもそも2人の距離が近すぎて下手に撃つと味方に当たる。向こうの一石君も同じように思っているようで、『どうする』とマバタキ信号で送ってきたので『どうしようもない』と返しとく。

まあいざとなったら打てる手は一つなんだけどね……

 

 

 

 

2人は何度もリング役の理子や不知火君などに押し戻されながらも戦った。

そのせいでお互いに疲弊しまくっているね。

そのせいで戦闘は膠着。

 

「ハァ……ハァ。タフなやつだな武藤」

「おめえもなかなかタフじゃねえか、遠山」

 

お互いに肩で息をしている。この様子じゃ当分終わりそうにないね。だから………

 

「ぐほっ!」

「ぐはっ!」

 

二つの叫び声が同時に聞こえ、2人とも宙を舞う。私の蹴りによって。

リングの生徒は呆然としている。

幇助者で膠着状態を打破するのはわかるのだろうが、味方まで蹴り飛ばすのかと思っているのだろう。

私と一石君は私に吹っ飛ばされて倒れた2人がいるリングの端へと歩いていく。

 

「な……何すんだよ銀華……」

「こんな状況で出てくるのは卑怯だぜ……」

 

2人は悪態をついてくる。

 

「卑怯ではないよ、武藤君。彼女は僕に介入の許可を取ってから介入したんだ」

「一石…」

「彼女は自分の婚約者を蹴り飛ばしてまでこの試合を終わらせたかったんだ。もう十分殴り合っただろ?それに死ぬまでやるのはどちらかが武偵法9条を破ることになるから、武偵としてそれは見過ごせない」

 

真面目だなあ一石君。私は面倒くさくなったからマバタキ信号で許可を取って蹴り飛ばしただけなのに。

 

「ま、どちらももう動けなさそうだし、決闘は終了。結果は引き分け」

 

私はこの泥仕合の決闘の終了を宣言した。

 




甘いお話が書きたいよ…(次回も戦闘回)


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第19話:カルテット



注意、アンチヘイト気味、戦闘短め


朝のHR

担任の蘭豹は普段は、教室に入るなり連絡なしやと言ってすぐ出ていくのだが、今日は違った。

 

「このクラスは『4vs4戦(カルテット)』のチーム申請が遅れとるから早く決めろや。早よ決めんとこれで撃つで」

 

そう忠告しながらM500を発砲した。

撃ってるじゃねえか!と突っ込みを入れたかったが、そんなことを言ったら今度は俺があれで撃たれる。

なので俺らはお口にチャックして、昼休み、カルテットの班決めをするために何個かのグループで集まっている。

 

「銀華、カルテットの班どうする?」

 

ちなみにカルテットとは、4人対4人で戦う実戦テスト。対戦は各班一戦ずつのみで、その結果は教務科(マスターズ)からの『評価』の対象となる。この評価は俺たち生徒にとって非常に重要で、単位と武偵ランクの両方に影響する。なのでこのカルテットはイベントとは言え手は抜けないのだ。

よって、友達が少ない俺は、実力もあり一番組んでくれそうな銀華に声を掛けたのだが……

 

「ごめん、キンジ。今回、私他の人と組むことになっちゃってるから」

 

手を顔の前に合わせてごめんという風に断ってくる。

ま…まじかよ。銀華と組めなかったら誰と組めばいいんだ…

 

「遠山君。北条さんはSランクの優良物件なんだからちゃんと早めに声を掛けとくべきだったよ」

 

俺と組んでくれるらしい不知火がそう声を掛けてくれるが、不知火の言う通りだ……

銀華なら俺と組んでくれると勝手に勘違いしていたぜ…

 

「銀華がダメならあと2人どうするかだな…」

 

1人、長い黒髪の女子が脳裏に浮かぶが…

 

「星伽さんは私と同じチームだから」

 

それもダメになる。うーん誰かいないものか。

 

「いよー!キンジ!」

 

バシッ!

という風に背中を叩かれる。思いの外痛え!

 

「武藤…」

「どうしたキンジ?そんなしけたツラして」

 

武藤の誤解は白雪本人の口から解いてもらって向こうの気も収まったんだが、最初からこうすればよかったんじゃないか?と思わずにはいられなかったぞ。

そんなわけで武藤とは先日の決闘からつるむようになった。俺と武藤の関係は白雪と銀華みたいな関係みたいなもんだな。

雨降って地固まると言うが、やっぱり決闘(ケンカ)が武偵高なりの人間関係の作り方なのかもしれない。古くさくて、不器用な。

 

「カルテットのメンバーが2人決まらないんだ…」

「武藤君はチーム決まったのかい?」

「いいや、決まってないぜ。キンジのチームが空いてたら入れてもらおうと思って、ここに来たんだ」

「じゃあ、頼む」

「おう!」

 

俺、武藤、不知火であと1人か……

 

「あ、キーくん!」

 

俺らが話しているところに理子(バカ)がやってきた。

 

「確か理子ってチーム決めてなかったよね?」

「さっすが、しろろん!りこりんはチームを探しているのです」

「理子、俺たちのチームに入ってくれないか?」

「くふふ、いいよ。キーくんのチームに入ってあげる」

 

理子はバカだが戦闘能力は高い。入学試験の時のように罠を仕掛けるみたいな諜報科(レザド)的な側面も持っている。

強襲科2車輌科1のこの構成にはもってこいの人材だな。

 

「むっきゅんとぬいぬいもよろしくであります!」

「ああ!」

「よろしくね」

「Sランク1人Aランク3人……キンジのチームには当たりたくないねー」

「銀華のチームはどうなんだ?」

「ヒ・ミ・ツ」

 

星が飛び散りそうな可憐なウインクしながらそう言ってくるけど、そういう可愛い行為やめろよな。こっちは病気(ヒス)持ちなんだ。お前も病気(ヒス)持ちだけどさ。

 

 

 

数日後、教務科の掲示板に4対4戦(カルテット)の対戦表とルールが貼り出された。

自由人な理子を除いたチームメンバー3人で見に来ているため、銀華は不在だ。多分、銀華もチームメンバーと見に来ているはずだがな。

掲示板を一目見ようと混み合った掲示板の前を掻き分けて進み、なぜかチームリーダーにさせられた俺の名前を探しだすと………

 

「第09戦 遠山班 vs 一石班 毒の一撃(プワゾン)

 

対戦相手の名は一石……一石………お、おい一石ってもしかして……

 

「遠山君。君の班と対戦することになるなんてね」

 

やっぱりそうかよ…一石は銀華や俺と同じくSランク。同じ1-Cで銀華と同じく3つ兼科してる超人だ。入学して少ししか経っていないが、真面目一徹の仕事人間のタイプで、こういうイベントもしっかり取り組む人間だということがわかっている。正直一番当たりたくなかったぜ…

 

「まさかお前の班と対戦することになるとはな………?」

 

一石に対する返答が疑問形になった理由は後ろから思いがけない人が現れたから。

 

「いやーキンジたちとは当たりたくなかったんだけどね。嫌なことは実現するって本当だよ」

 

大きな一石の背からヒョコっという感じに銀華が現れた。おいおいおいおい………一石だけでも十分キツイっていうのにもしかして……

 

「すまない、遠山君。君の婚約者を取るような真似をして」

「これは驚いたね。まさか一石君と北条さんがチームを組むなんて」

 

一石と銀華。2人の超人がチーム組むってチートじゃねえかおい。一石のチームがガチするんだが。そして銀華がいるということは

 

「星伽さん!?」

「よ、よろしくお願いします。キンちゃん」

 

先日、銀華と超人バトルを繰り広げた白雪も当然チームメンバーに入ってるよな。銀華が自分の口から言ってたし。

一石(超人)銀華(超人)白雪(超人)

超人のオンパレードだ。もう何が来ても驚かんぞ。

 

「レ、レキさんもいるのかい。これは……」

 

滅多なことじゃ驚かない不知火が、声を少し震えさせて言ったのは…………おいおいおい。狙撃科のレキじゃねえか。置物のように微動だにしないから気づくの遅れたぞ。

入学してから一度、銀華、俺、レキの3人で仕事をしたことがあったんだが、こいつも狙撃科のSランク。天才少女だ。

身体は細く、身長は銀華より小さい。腕は確かだし外見もショートカットの美少女なのだが、その無感情でロボットぽい性格のため目立たない女子である。現に不知火がそう言うまで気づかなかったし。

だが、社交性カンストの銀華。この前の一件でレキは銀華に少し懐いた。

このロボットレキを懐かせる方法がまさかのカロリーメイトの限定味を渡すなんて考えもつかねえぞまじで。そして、銀華はこういうタイプの手懐け方知ってたようだったな。知り合いに誰か似たような無口なタイプでもいたのかな。

レキは銀華に「貴方は私と似ている」と言っていたけど、全然似てねえよ。無口と社交性カンストで対極じゃねえか。以前そのことを声に出して言ったら俺のことは無視するし。なんなのもう。

 

あと1人がレキっていうの驚いたぞ。何が来ても驚かないと思っていたけど訂正だ。

Sランク3人Aランク1人のチームが対戦相手と聞いて驚かない方が無理。

 

「遠山君。これが僕のチームだ。卑怯なことはなしに正々堂々勝負しよう」

 

そう言って銀華を含むチームメンバーの女子3人を引き連れて作戦会議でもするのか、この場から立ち去ったが……一石、一つ言わせてくれ。

Sランク3人のチームは卑怯じゃないんですか!?

そんな気持ちの他に、何かわからないが黒い気持ちが俺の中に渦巻いていた。

 

 

 

 

数日後の放課後。

俺たちは作戦会議を開くこととなった。

ルール確認は基本中の基本だし、対戦相手の情報を知るというのも大事だ。俺は銀華や白雪のことを知っているが、他のメンバーは知らない。それを共有するのが目的である。

作戦会議する場所は一般科の空き教室。盗聴されそうな場所だが、その心配はないらしい。なぜなら

 

「一石が盗聴なんて卑怯なことするわけないから」

 

らしい。一石信用されてるなあ。銀華や白雪もそういうタイプではないし(たぶん)、レキは言わずもがな。こう考えると一石が誘ったメンバー卑怯なことしないな。戦闘力以外に、人選にも気を遣ってるってことか。

俺が目標の空き教室に少し遅れて着くと、俺以外の3人は揃っていた。

 

「キンジ遅えぞ」

「キーくん、おそーい」

「やっときたね、遠山君」

 

それぞれの反応を示しきたのですまんという風に手を上げ、不知火に印刷物を貰いながら、輪形に並んだ椅子に座る。

 

「さて、遠山君が来たことだし、ルール説明させて貰うよ。僕たちがやる競技は『毒の一撃(プワゾン)』という競技。細かい説明はプリントに書いてあるけど、簡単に言うと互いに持っている目が書かれた相手の『防衛フラッグ』を、ハチ・クモが描かれた『攻撃フラッグ』でタッチした方が勝ちだよ。フラッグの隠匿や班員間での受け渡し、敵からの奪取、破壊、全てが許されているね。折られたり破かれたりしたフラッグは無効となるから注意しなくちゃいけないよ」

「ねえ、ぬいぬい。もしこっち側の旗が全部破壊されても相手から攻撃フラッグを奪い取って突いてもおkなの?」

 

頭の上で○、つまりOKのOを作りながら理子はそう聞く。

 

「うん。だから最後まで諦めちゃダメだよ。武偵憲章にもあるようにね」

 

武偵憲章10条「諦めるな、武偵は決して諦めるな」のことを言っているんだろうな。

不知火に他にも質問あるかいと聞かれ、手を上げる人がいなかったのでルール説明は終わりとなる。

 

「次は対戦相手のことだな。理子」

「うー!らじゃー!」

 

理子はいきなり立ち上がってキヲツケの姿勢になり、両手でびびしっと敬礼ポーズを取る。

 

「一流のスナイパーは大抵自分のことを隠すもので、レキュは一流のスナイパーだから、自分のことは隠してるんだよ。だから限られた情報しかなかったんだけどね」

 

まあそうだろうな。

一度組んだ時もあいつのこと何も分からなかったし。

というか微妙すぎる渾名だな、レキュって。

 

「狙撃科のランクはS。武偵高に入ってからの任務達成率は100%、まあ母数が少ないんだけど」

 

それは仕方ないだろう。入学してからそんなにまだ時間が経っていないからな。

 

「うーんと……これは未確認情報だけど、武偵高に入る前--14歳頃から、日本だけではなく中国やロシアにもいたらしいよ」

「何してたんだ?そんな外国で」

「その記録がないんだよ。何もしてなかったか、記録に残らない仕事をしていたかのどちらかだねー」

「記録に残らない仕事?」

「聞きたいのキーくん?」

「ああ」

「じゃあ、教えませーん!」

 

ムカッ、じゃあ聞くなや。

 

「これでレキュの情報は終わりー、次はマサトンかな?」

「ああ、それは俺が説明するぜ」

 

今度は武藤が理子の代わりに立ち上がる。

 

「一石マサト。車輌科で入学したが強襲科と狙撃科も兼ねているSランクだ。同じクラスのお前らなら知ってると思うが、武偵高生と思えないぐらい勉強ができるぜ。法令を遵守し、仲間--特に年少者を必ず守り、頑健な心身を持ち、リーダーシップもある。卑怯なことやずるいことは決してしない。これは武偵としては俺はどうかと思うがなァ」

 

俺もそう思う。あいつはどちらかというと武偵よりは警官タイプだな。あいつは武偵としてはかたすぎるぜ。

 

「あと俺は一石が攻撃手なんじゃないかと睨んでる」

「守備じゃなくてか?」

 

責任感のある一石だったら最後の砦として、守備役になると俺は思ったのだが

 

「よく考えなよ、遠山君。一石君は車輌科のSランクだよ。守備役だったらその利点を生かせないじゃないか。だから守備役として、戦闘力のある北条さんをチームに入れたんじゃないかな?」

 

確かに一理あるな。

 

「一石については俺からは以上だ。何かあるか?」

 

3人とも首を振るので話は次に進む。

 

「じゃあ白雪については俺からだな。学科は超能力捜査研究科 (SSR)でランクはA。鬼道術とかいうものを使う超偵らしい」

「超偵とはまた厄介だね…」

 

白雪の強さの源は、説明されても分からないし、実際見ても分かりにくいのだが、どうやらあれ……鬼道術とかいう『超能力』の一種らしいんだよな。

…………

……………超能力。

こんな話、胡散臭くて俺も信じたくないよ。

でもどうやら超能力者というやつは実在して、各国の特殊機関で密かに研究・育成されているらしい。それが白雪の所属する超能力捜査研究科 (SSR)だ。

ちなみに超能力を有する武偵は『超偵』と呼ばれ、胡散臭がらながらも日に日に武偵業界で存在感を増しているのだ。

 

「あとは刀は達人の域だ。銀華よりも刀の扱いは上だった」

 

この前の決闘、刀の扱いでは銀華を完全に上回っていたしな。勝ったのは銀華だが。

 

「キーくん、ユキちゃんの情報他にもないのー?幼馴染なんでしょ?」

「…と言われてもな……小さい頃近くに住んでいただけで、武偵高で会ったのが久しぶりだからな」

 

それを聞いてぶーっと膨れる理子であったが、謎なのは武藤。なぜか安心した様子だった。何それ。さっきの内容聞いて安心するなんて意味がわからんぞ。

 

「質問ないなら、じゃあ最後、銀華いくぞ」

「キーくんとラブラブな婚約者だね!」

「今はそれ関係ないだろ…北条銀華。強襲科Sランクで探偵科(インケスタ)衛生科(メディカ)を兼科している。銀華は攻めるより守る方が得意だ。中2の間まるまる要人警護をしていたぐらいにな。あと、得意技は足を使った技だ。食らったことがある武藤はわかると思うが、蹴り技をまともに食らったら一撃でダウンすると思ってくれ」

 

ガードが間に合わなかった秋水が乗ったキックの威力を考えただけでも恐ろしい。

 

「しろろんの3サイズは?」

「知るか!」

「ええー!!」

 

3サイズで思うが、あいつスタイルいいよな…

そこの理子や白雪ほどではないが普通に胸もあるし………って何考えてんだ俺!

自らヒスりそうなこと考えてどうする!

というか知ってたとしてもお前にいうわけないだろ。

 

「北条さんに弱点はないのかい?」

「弱点か……」

 

あいつの弱点って何だろう。蛇やおばけとかも怖がってなかったし、近接戦闘の弱点は俺が教えて欲しいぐらいだ。強いて言うなら…………

 

「キーくんのキスで弱くなったりしないの?」

「ぶうううううう」

 

考えていたことを理子に先に言われて思わず吹き出しちまった。

 

「その反応、キーくん怪しいですな〜」

「き、キスで弱くなる奴なんているわけないだろ」

「まあ、そうだろうね。もしそれが本当だとしても、先生方も見てるんだし、そんなことやってたらお仕置きだろうし」

 

不知火が言ったお仕置きとは体罰フルコースのことをさす。

武偵高教師陣によって昼夜問わず行われる体罰は想像を絶する地獄らしい。

それ覚悟の上で銀華にキスして銀華をヒスらせて弱らせるってもうこれやべえな……

でも入学試験の時やったわ…

 

「じゃあ作戦をどうするかだな。俺が誰かを乗せて敵本陣に奇襲するか?」

「やめといたほうがいいね。スナイパー、それもSランクがいるんだ。奇襲は通じないと思うし、僕達が移動している乗り物を事故らせて戦闘不能にしてくる可能性もある。それになるべくフラッグも見せない方がいいね。撃ち抜かれる可能性が高い」

「じゃあ不知火どうすんだよ」

「敵の陣形を推理してこっちも陣形を組むんだよ」

 

不知火、お前強襲科なのに賢いな。いや強襲科でも賢いやつは銀華や一石など他にもいるんだが、どうしても強襲科の他の奴らは死ね死ねとしか言わないから、どうしてもアホだと思っちまうぜ…

不知火は空き教室にあったホワイトボードにすらすらと可能性のある敵陣形を列挙していく。

 

「可能性が一番高いのは後方支援レキさん、守備役北条さん、攻撃役一石君。そして白雪さんが攻撃か遊撃だね」

「白雪は基本大人しいから守備だと思うんだが…」

「そうするとフラッグにタッチできる人が一石君しかいなくなっちゃうからね。保険をかけとくのも必要さ」

 

確かに。不知火の言う通りだな。

 

「僕の考えた作戦はこうだ。僕と武藤君が防衛、峰さんが遊撃。遠山君が攻撃。峰さんが相手の攻撃役を引きつけて時間稼ぎしてる間に、遠山君が銀華さんを撃破してフラッグをタッチして勝ち。一石君の性格を考慮するなら隠したりなんて卑怯なことはせず、堂々と置いてあると思うからね」

「ぬいぬいの案に理子は賛成〜!」

「俺も賛成だ。車輌科の強みを生かせないのがアレだがな」

 

とは言っても武藤は十分強いし問題はないだろう。それはこの前のランバージャックでわかっている。

 

「じゃあ不知火の作戦でいこう。あのエリート軍団に一泡吹かせるぞ」

「「「おーーー!!!」」」

 

そんな掛け声の後、俺たちは作戦の細かいところを詰めていった。

 

 

☆★☆★

 

作戦会議からさらに数日が経った。

今日は、ついに俺たちが4対4戦(カルテット)を行う日だ。

11区の中央にある車道交差点の脇に、俺たち遠山班と銀華がいる一石班の計8名が集まっていた。近くにある横断歩道では通行人や車が行き交っている。

 

「それではカルテット、『毒の一撃(プワゾン)』を開始します」

 

教官として今回の戦いを監督するのは小夜鳴先生。小夜鳴先生は武偵高にしては珍しいスーツでキッチリ身なりを整えた美形の男性講師だ。向かい合うようにして並んでいる銀華も驚きで目を白黒させていたしな。まあびっくりしすぎだとは思うが…

 

「遠山班は『ハチ』、一石班は『クモ』のフラッグを相手の目のフラッグに接触させれば勝利です。フラッグは仲間同士で受け渡し、隠匿も可能です。エリア内の物は何を使っても構いません。なお、火器の使用弾薬は非殺傷弾(ゴムスタン)のみ」

 

非殺傷弾とはいっても頭とかに当たると死ぬこともある代物だ。相変わらず狂ってる学校だなここは。

 

「説明は以上です。それでは遠山班は南端、一石班は北端に移動してください」

 

小夜鳴のルール説明が終わった後…一石は近づいてきて

 

「遠山君、互いに頑張ろう」

 

こちらのチームのリーダーの俺に右手を差し出してきた。握手を拒む理由はない俺は

 

「ああ」

といって握り返す。

一石と俺の握手が終わった後、銀華も握手したいよワクワク見たいな顔をして俺に近づこうとしたのだが、

 

「さあ、北条さん行くよ」

「あっ…」

 

銀華の身体を手でくるんと回し、銀華たちのスタート位置の北端に()()()()()()()()

そんな一石と銀華の様子を見た俺は、銀華が遠くに行ってしまうと錯覚してしまう。

銀華が奪い取られたと錯覚してしまう。

一石。

 

---俺の銀華に触るな---

 

(銀華!)

その時、俺の体に。

--ドクンッ--

これは…

なんだッ……?

--ドクンッ--

灼けつくような鼓動が走った。それも二度三度。

どういうことだ。

この、頭に血が上り---何も考えられなくなるような感覚。

ヒステリアモードにも似ているが、違う。

もっとドス黒い獰猛な感情に、自分が塗りつぶされていくのがわかる。

--奪い返せ…!

そんな声が自分の中心・中央、その奥底から聞こえてくる。

たぶんヒステリアモードの派生系か何かだろう。

 

「………っ………!」

 

俺は近くの柱に寄りかかり、胸をかきむしるように押さえた。

もう止めらないな。この血の流れは。

--だが、それがなんだ。

もうそんなこと、どうでもいいだろ。

どうでもいい、何もかも。この試合の勝敗さえも。

逆に今までの自分の不甲斐なさを呪いたくなる。

なんで俺は銀華に声をかけなかったんだ。

告知が出た当時は銀華もフリーだったはずだ。その時に声をかけとけば、こんなことにならなかった。

というか銀華も銀華だ。他の男にホイホイと付いて行きやがって。何考えてんだあいつは。

いいよ。お前がその気なら今回はお前に対する気遣いは無しだ。

奪うぞ。お前を。力づくでも。

 

 

 

11区の南端にある公園、その高台にある小さな林に俺たちは陣取った。

俺たち4人は離れていても通話ができるように片耳ヘッドセットを付け感度を確かめているが、俺は今すぐにでも飛び出したい気分だ。

 

「打ち合わせ通り………」

 

不知火が何か最後の打ち合わせをしているがそんなこと知ったこっちゃない。攻撃役である俺が銀華を奪い返す。それで問題はないはずだ。

そしてたぶんヒステリアモードだろう優れた感覚でちょうど10分経った。

合図はないが、試合は始まったのだ。

だったら銀華を奪い返しにいっても問題はないはずだ。

 

「すぐ終わらせてくる」

「頑張ってね、キーくん」

 

そんな理子の声をBGMに俺は公園を飛び出した。一気に歩道を走り、道路を渡り、裏路地へ進む。その裏路地を抜ければ、もうそこは北側。

つまり、一石班が守る区域だ。だが銀華がいるだろう広場に向かうには、まずここで見通しのいい大通りを通らなければならない。

つまり相手はここに防衛戦を引いてる可能性が高い。

だがそれがなんだ。

待ち伏せでもなんでもしろ。今の俺は、敵に襲いかかり、銀華を奪うこと以外にあまり物が考えられないんだ。

深く何も考えず、道を渡るが……何も起こらない。

そっちが仕掛けてこないならこっちから仕掛けてやるぜ。

 

 

理子が一石と接敵したという報告がインカムを通じて聞こえたのとちょうど同じ頃。俺は銀華たちが拠点にしているだろう空き地に肉薄した。どうやらここは半年後から工事が開始されるらしいが、今はそんなことはどうでもいい。

その空き地に入ると、目のフラッグが堂々と置かれていた。

本当に卑怯なことはしねえんだな一石。だが、それがお前の敗北の原因だ。

あれを攻撃フラッグで突けば俺らの勝ちだ。

だが、そう簡単にことが運ぶわけないよな。

 

「やっぱりきたね、キンジ」

 

旗の前には銀華が仁王立ちしていた。

俺がきたのを見た銀華は目の旗をブラウスの胸の中にしまう。

普段の俺なら絶対攻略できないところに隠したな。

だが今の俺はいつもと違う。お前を奪うついでに奪ってやるよ。その胸の中にある旗もな。

 

「私の推理より来るのかなり早いんだけど、どうかした?」

「お前を奪いにきた」

「私を奪いにきた…?」

「その疑問は自分自身に聞くんだな!」

 

理子たちが一石相手にどれぐらい持つかわからないため、俺は会話もそこそこに一気に突っ込んだ。そして右ストレートからの回し蹴りのコンボを繰り出そうとする。普通の人ならこれをガードして回し蹴りが綺麗に入るのだが、これを俺に教えたのは銀華だ。

右ストレートは当然ガードせずにかわされた。だが本命は……

 

「きゃっ…」

 

ズゴオッッッ!

銀華の叫び声とそんな音が混ざり銀華が吹っ飛んでいく。右ストレートはフェイクで左に交わしたところを左手のベリーショートパンチで秋水を繰り出し、銀華を吹っ飛ばしたのだ。

 

「やったわね…」

 

受け身を取りつつ立ち上がった銀華は、ベレッタM93Rの2丁で18×2発の弾幕。

いいぜ、それがお前の拒否する気持ちだったら、それをも無に帰してやるよ。

俺に対して飛びかかって来る36発の9mm弾を

バチバチバチバチバチッ!

俺のベレッタM92Fで迎撃する。36発を15発で。

この俺ならやれると思ったぜ。

36発を15発で防ぐなんて簡単だ。ビリヤードでいう『キャノン・ショット』のように俺の弾が敵の弾2発以上に当たるような角度で撃てばいいだけだ。もちろん敵の1弾目に当たれば俺の弾の軌道も変わるから、それも計算した上で。

つまり銃弾撃ち(ビリヤード)の2連鎖、3連鎖。

銀華、俺にはそんな拒否通用しないぜ。

 

銃弾36発を防がれた銀華は目を見開いて驚いている。だがすぐに何か納得したようで

 

「ああ、この感じ男版ベルセね。なるほど…」

 

小さく何か呟いている。

そして今度は銀華から一気に近づいてきた。勢いをつけた飛び蹴り、それを避けて投げに持ち込もうとした俺だったが、着地した勢いのまま体勢を低くして、その場を一回転するローキック。それを飛び上がってかわしたら、今度は俺の飛び蹴り。それを手のひらでブロックした銀華はお得意の絶牢もどきの宙返り蹴り(ムーンサルト)

銀華のシューズのつま先が、上体を反ら(スウェー)して躱した俺の鼻先をかすめる。

いつも通り、一回転するかと思いきや銀華は逆立ちでそれも片手で着地し、その手を軸に回転する芸当を見せながら、その回転を活かして俺の頭部に向かって二連蹴りを叩き込んで来る。

それをガードで受けるが、銀華から後退してしまう。

 

「キンジが私のことを知っていると同じく、私もキンジのことを知っているんだよ」

 

蹴りの勢いで地に足をつけた銀華がそう言って来るが……こいつ目がオッドアイや紅の状態じゃなくても十分強えな。この状態の俺を押してやがる。

そうだな。お前も俺のこと知ってるんだったな。だが俺もお前のこと知ってるんだよ。

 

銀華との間を中距離まで駆けた俺はその場で空振りの蹴り。それを見た銀華は俺が空振りしたにも関わらず、ガードする。

なぜならこの技は銀華の蹴りで空気弾を飛ばす技『降りやまぬ雨』とモーションが同じだからだ。銀華の使った技はHSS状態の俺なら大抵使える。そう推理してガードしたんだろう。事実そうだ。

だが、この蹴りはブラフ。

そう推理させて銀華にガードさせるのが目的だ。

銀華のガードするために体を縮ませた体勢を見逃さず、俺は

--ガバッ!

銀華を抱きしめる。まるで誰かから奪い返すかのように。

 

「キ、キンジ…?」

 

女性らしく柔らかい体を抱きしめていると銀華が身長差から見上げるように上目づかいで俺を見てくる。相変わらず長い睫毛やぷるんとした唇などが俺の劣情を煽ってくるけど、まだ俺にはやることがあってね。

 

「きゃっ!」

 

俺の左手が銀華の胸元を弄る。やっぱり意外とある銀華の柔らかい胸の中から目のフラッグを取り出す。

この柔らかさを誰にも渡したくないね。俺だけのものにしたい。

顔を赤くした銀華から目のフラッグにハチのフラッグを突き刺すために一旦距離を取る。

 

「ねえキンジ、さっき言ったよね」

 

顔を赤くした銀華がそんなことを言ってくる。それを聴きながら俺はハチのフラッグを取り出す。これでつけば俺たちの勝ち。

 

「私はキンジのことを知ってるって」

 

パァン!シュン!

発砲音と飛翔音が聞こえたと思うと

べき!

ハチの旗を折られてしまった。

誰だ邪魔したやつはと発砲音がした方を見ると

 

「レキ…」

 

俺の勝ちを横から奪い取ったのはドラグノフを構えたレキであった。頭に血が上りレキに発砲しようとするが、拳銃の射程圏外。いつもの俺なら引くところだが、だが今の俺には関係なし。何発か発砲するが

ギン!

レキに当たることはない。

しかもドラグノフの銃弾で俺の拳銃弾を防いできた。お前も銃弾撃ち出来るんだな。さすが狙撃科の麒麟児だぜ。何もすごいことやってない感に少し腹がたつけどな!

だが俺には攻撃役ということでもう一本フラッグが渡されているそれで突けば……突けば……突けば……………………

ない。もう一本あったはずのハチのフラッグがない。

 

「キンジが探しているのはこれかな?」

 

そういう銀華の手には俺が探していたはずのハチのフラッグ。

それをバキ!---膝で折ってしまう。

 

 

「何回も言ったけどさっき言ったよね。私もキンジのことを知ってるって」

 

俺にはもう攻撃フラッグはない。

 

「私は知っていれば推理できないことはほとんどない」

 

銀華が攻撃フラッグを持っていないことは抱きしめた時にわかっている。ということは一旦俺は自分の陣地に攻撃フラッグを取りに戻らなくてはいけない。だがそんな時間は…ない。

 

「つまり、この状況は私が作り出した状況なんだよ」

 

銀華の声に寒気がした。今のこの俺が。

 

「キンジのそれは推理できなかったけど、他の推理は完璧だった」

 

今まで銀華に恐怖したことはあった。

 

「つまりこの勝負は私の掌の上の勝負なんだよ」

 

それは今まで、銀華の怒りなどに恐怖したものだった。

 

「私たちの勝ちだよ」

 

今の恐怖は圧倒的強者に怯える弱者の恐怖だ。

銀華を奪い返すことに夢中で意図的に意識から消してたインカムからは白雪や一石の声が聞こえる。そして近くのビルの上からはドラグノフの発砲音。この状況が銀華が推理で作り出したものだというのか。

 

「勝負は勝負する前に決まる」

 

追い詰めていたと思ったら追い詰められていた。そんな格の違いに俺は呆然としてしまう。

インカムからは白雪の喜ぶ声が聞こえる。どうやら俺たちは負けたようだ。

銀華もインカムをつけていたのだろう。勝った報告を聞きそんな呆然としている俺に向かって銀華は歩いてきて、

 

「でもね」

 

俺を胸に抱きしめる。まるで慰めるように

 

「勝負しないとわからないこともあるんだよ」

 

俺を抱きしめる銀華は優しくて

 

「奪いにきたってことは私はキンジのものなんだよね」

 

人を安心させ柔らかく包み込む、そんな不思議な力があって。

 

「私はそれを聞いてとっても嬉しかったよ」

 

俺の中にあった奪うというドス黒い気持ちは引いていって。

 

「人の気持ちを私は推理できないから、キンジの気持ちは勝負しなかったらわからなかったよ」

 

ヒステリア性のものとは違う、落ち着いた気持ちになれて。

 

「だからキンジは今のキンジのままでいいんだよ。私は私。キンジはキンジなんだから」

 

銀華に感じた恐怖も霧散した。

 

そんな最後で俺と銀華の四重奏(カルテット)ならぬ二重奏(デュエット)は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




キンジ「どうしてカルテットでは俺と組んでくれなかったんだ?」
銀華「入学試験の雪辱を晴らすためだよ」
キンジ「お前案外負けず嫌いなんだな」
銀華「そうだよ(得意げ)」
キンジ「じゃあなんで一石のチームに入ったんだ」
銀華「堅物でハニートラップにひっかからなさそうだったから」
キンジ「ひでえな」



キンジと銀華が戦うから、どうやって銀華側が勝ったのか書けなかったけど…ちょっと甘くできたからいいや



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第20話:すれちがい

銀華大暴走回


6月。梅雨に入り雨が多くなる季節だ。

雨の確率が一番高く平均20日雨が降る。そしてそのうちの半分、10日ほどはしっかり降る。そして今日はそのしっかり降る内の中でも一番しっかり降る日だったようで、それが……

 

「……ぷー」

 

銀華の機嫌の悪い原因だった。

窓の外では昨夜から大雨が降り続いている。

今日は久しぶりに2人とも任務がない日だったので、銀華がどこか行きたいと言っていたのにこうなってしまった。さすがにこの雨の中を外出する気にはなれないらしく、銀華のご機嫌は斜めだ。

いや、俺この雨の中、銀華の家まで来たんですけどね。まあ銀華の自動運転する車にむかえに来てもらったんだけどさ。

 

ちなみに俺は女子寮にある銀華の部屋の、結構な常連になっている。どれぐらい常連かというと、俺の着替えや歯ブラシが置いてあるぐらい。銀華は1人部屋だしな。別に問題はないだろう。

でも寮官に見つかったらやばいのはわかってるけどな。

 

話を戻すがこの部屋の家主の銀華は、リビングのソファーで体育座りをしながら、わざとらしく頰を膨らませている。目が紅に染まっていないところや「ぷー」とか言うぐらいなので、本当に怒っているようではないんだが、露骨に『私、不機嫌です』アピールをしてるってところか?

銀華と結構付き合って来てわかってきたことだが、案外銀華は子供っぽい。外ではそんなことはないんだが、俺と一緒の時はこういう仕草を見せるんだよな。それが案外嬉しいぞ。

 

「なあ、銀華。機嫌直せって。こればっかりはどうしようもないだろ」

 

銀華の機嫌を直すというやや重い任務を遂行するために銀華の横に座ると、コテンと俺の肩に頭を乗っけるみたいに寄りかかってきてるから、物理的にもやや重い。

そしてこの銀髪が殺人的に馨しい。銀華にはそんな気がないから何にも言えないけどさ。この匂いだけでヒスれる自信あるよ。なんの自慢にもならんが。

 

「だってさ…」

「いや、別に2人でよく外出してるだろ?」

「あれは任務だもん。任務とプライベートは別だよ!」

 

……そ、そうなのか?銀華のことはわかってきたつもりだったが、まだまだ分からんことが多いな。

余談だが、カルテットで俺がなったヒステリアモードはどうやらベルセという派生系らしい。銀華が他の男に取られたと思うと発動するらしく、銀華が他の男子と任務を行うためにパーティーを組むだけで発生するので、銀華は俺以外の男子と組めなくなってしまった。そして銀華もあの目が紅になるのは俺と同じでベルセらしく、俺も銀華以外の女子と組めなくなってしまった。めんどくさいな俺たち。

だから、今までほとんどの任務を銀華と俺2人のペアでこなしてきたのだが、銀華にとってそれは2人で出かけるとは違うらしい。何が違うのか俺にはよくわからんが。

 

俺の失言で機嫌をさらに損ねてしまった俺は対銀華最終兵器、頭を撫でるを繰り出すと機嫌がみるみるうちに良くなった。ベルセになると無理なんだが、これぐらいの機嫌だったらこれで直せることがわかったからな。俺も銀華の扱いに慣れたもんだ。

 

「さて…目下の課題としては今日これからどうするかだな」

 

本来は早起きしてどこかへ遊びに行く予定だったので、まだ9時だ。マジで今から何やるんだ?

 

「うーん、私の家でできるといえば、理子が置いていったゲームぐらいだけど…」

 

銀華が言い淀む。

ちなみに銀華はゲームがすこぶる弱い。のくせに負けず嫌いなもんだから延々とやらされる。思考系ゲームは死ぬほど強いんだがな。将棋とかチェスとか。この前ネット上で一番強い棋士倒したらしいし。銀華、お前武偵やめて棋士になったらどうだ?

というわけで、どのゲームやっても俺とものすごい差が出来てしまうので、銀華はあまり俺とゲームをやりたがらない。まあこっそり練習しているのはコントローラーの位置が動いているのでわかるんだけどな。マジで負けず嫌いだな銀華。

 

「あ、そうだ。最近私ネトゲ始めたの」

「ネ、ネトゲ?」

 

銀華とネトゲって恐竜と洗濯機みたいなもんだぞ。なんでその異分子同士が繋がったかわからん。俺の例もよくわからんけど。

というかもしかしたら、銀華女性プレイヤーだから言い寄られてるんじゃないか?なんかそうだったら……ムカつくな。

 

「ちょっとやってみろよ」

「うん、いいけど…1人用だよ?」

「知ってる」

「わかったけど……なんでキンジ不機嫌になってるの?」

「なってない」

「なってるよ」

「なってない」

 

なってるでしょとぶつぶつ文句を言いながら、銀華はデスクトップ型のパソコンを立ち上げる。

「……」

黙って後ろから見てみると『シロン』とかいうHNのゲーム内の銀華は、本人とは似ても似つかぬ、赤色の髪のロング。これじゃ『シロン』じゃなくて『アカン』じゃねえか。何がアカンのか意味不明になるけど。

そんな心底どうでもいいことを考えていたが、銀華がやってるやつは中途半端にファンタジーが入った学園モノっぽい世界観のゲームらしいな。いかにも女子しかやらなさそうだし、これは銀華がやっても問題ないだろ。

 

「これはやってもいいぞ」

「はいはい、なんでキンジに許可もらわなくちゃいけないんだか」

 

そう悪態つきながら銀華はやってるが……なんか知らんがすごい人気者だぞ銀華。お前、ゲームですら人気者なのかよ。

 

「お前のキャラ人気者だな」

「よくわかんないけどね。いつの間にかこうなってた」

 

俺も人生で一度ぐらい言ってみたいセリフだな。まあいう前に寿命が尽きると思うけど。

そして銀華は『シロン』を操作して、その世界でバスケットボールやクリケットやらの対戦をしてるが………お世辞にも上手いと言えない。現実世界の方がはるかに上手いぞお前。この前体育のバスケでバックダンク決めたらしいじゃないか。現実世界だとチートすぎるだろ銀華。

銀華の下手くそなプレイに飽きてきた俺だったのだが……

 

「うーん、この子気になるんだよね」

 

そんな一言で我にかえる。

銀華が気になると言ってカーソルで示したキャラは水色髪でショートカットの元気っ娘キャラ。HNは『ムニュエ』だ。

 

「何が気になるんだ?」

「多分、プレイヤーがキンジっぽい」

「というと?」

「ネクラ」

「オイ」

 

ひでえ言い様だな。

 

「あと他人じゃない感じがするんだよね。なんとなくだけど」

「お前のなんとなくは当たるからな…」

 

銀華の直感は精度が高い。一度間違えて女子と組んでしまった時、秘密にしていたのに直感だけで見破られてしまったのは恐ろしい思い出だ。

 

「せっかくキンジいるんだし、2人でできることをやりたいね」

 

そういってパソコンの電源を落とす。

まあ俺も飽きてたし、それはいいんだが…外は大雨。車で移動するといってもこんな天気の中、わざわざ外出する人間はいないだろう。

すると必然的に部屋の中で出来ることに限られるのだが…。

 

「銀華、何かやりたい事あるか?」

「うーん……それじゃあ映画でも見る?」

「映画か」

 

俺は映画好きなのだが、朱に交われば赤くなるといったように、俺と過ごすうちに銀華も映画に興味を持ち始めたんだよな。

しかし、銀華の家に来た時の定番すぎて、銀華の家のDVDはもう見終わってるので、新鮮味がない。犯人がわかってる推理物見ても何も面白くないしな。銀華は初見でも答え横で言っちゃうけど。

 

「こんなこともあろうかと」

「あろうかと?」

 

部屋の端までトテトテトテと走って行き、部屋の隅にあった自分の鞄の中を漁る銀華。取り出したのは、なんとレンタルショップの袋。

 

「あらかじめDVDを借りといたの」

「随分と用意周到だな」

「友達の天気予報士に東京は雨って聞いていたからね」

 

聞いていたなら拗ねるなよ。

 

「それで、どんな映画借りてきたんだ?」

「えっとね……」

 

ゴソゴソと袋の中を漁りDVDを取り出す銀華の手元を見る。

 

「まずは推理物だね」

「推理物は1人で見る」

 

銀華が犯人言っちまうからな。

 

「次は恋愛物」

「却下だな」

 

恋愛物見ても面白さはあんまりわからんし、それを見て銀華にヒスられても困る。

 

「あとはイタリアマフィア映画とアクション映画だね」

「うーん、そのアクション物は俺見たことあるから、イタリアマフィア映画を見るか」

「わかった」

 

どっちもヒス性のものはなさそうだしな。俺、それに銀華的にも安全だろう。

というわけでキッチンから軽くつまめる物と飲み物を持ってくると、部屋のカーテンを閉め電気を消し、雰囲気作り。外は大雨なせいで電気を消した室内は瞬時に暗くなり、室内を照らすのは僅かなテレビの明かりだけになった。

俺がソファーに腰を下ろすと、銀華も俺の横に腰を下ろし、すすすっと俺の方に身を寄せてきた。銀華の腕が俺の肌とぴったり触れるほどくっついてきたが、これはいつも映画を見る時の定番の体勢。

それはいいんだが、問題は銀華の髪だ。

さっきも言ったが銀華の髪は殺人的に馨しい。爽やかな菊のような香りが俺の鼻腔に飛び込んでくる。今まで色々な匂いを嗅いだことがあるが銀華のこの香りが一番好きだ。

多分香水にしたら、大ヒットするんじゃないか。でも、他の男にこの匂い嗅いでほしくないや。

 

「じゃあ再生するよ〜」

「頼む」

「わー」

 

パチパチと銀華の拍手と共に、ミニ上映会は始まった。

 

 

 

 

……………ドウシテコウナッタ

 

「……キンジ………」

「……し、銀華?」

 

俺は今現在、銀華に押し倒されている。

 

(よ、よし。まずは落ち着こう)

 

ソファーに仰向けに寝転がる俺に覆い被さるようにして眼前まで迫ってきた銀華の顔から目を話すことができず「銀華まつげやっぱり長いな〜」などと現実逃避している場合ではない。

何が問題かって『映画を見ている最中に銀華が俺をソファーの上に押し倒したってことだ』

いや、理由はわかっているんだ。

 

映画を見始めて20分後、マフィア映画特有のマフィアが女性と遊ぶシーンがあったのだが、そこで一大事。いきなり画面内でキスしやがった。

そういうのに慣れてた俺は冷静にリモコンで早送りしようとするが、リモコンが見つからない。そして銀華がその光景をバッチリ見ちまった。顔を真っ赤にして、手で目を隠しながら、その隙間から見るように。

銀華、お前俺より初心だな。

 

問題なのがこの後。

その後、どこかホテルのようなところに入り、

 

「…………ッ………ッ!」

 

み、見ちまったッ、一瞬だけど!

なんでマフィア映画で、そ、そんな、は、肌も露わな男女が組んず解れつするような映像があるんだよッ!

 

「キ、キンジ………」

 

手で顔を隠している銀華は、根はエッチな子なのかその隙間からバッチリ画面を見ている。どんどん興奮しているようで顔を赤くしている。触れ合う肌から体温が急激に上がっているのもわかる。

やっとの事でリモコンを見つけテレビを消すが時既に遅し。

銀華は上気した顔で、俺をソファーの上に押し倒した。

菊のような爽やかな香りのする息遣いも、女っぽく、切なげで--

 

「………キンジ………」

「……し、銀華?」

 

今に至るというわけだ。

というか、い、今みたいな映像って、女が見ても興奮するものだったのか!?

と、とりあえず落ち着け俺。

 

まずこの状況を整理しよう。

・俺の上には銀華が覆いかぶさっている

・銀華はたぶんヒスりかけてる

・そしてヒステリアモードは子孫を残すためのもの

・一つ屋根の下2人

 

……これ詰んでね?

 

「……キンジ………しよ……?」

 

何をするかは言ってないが、さすがに俺でもわかるぞ!?

というかま、まずいって。銀華が上に被さってるせいで銀華の長い銀髪が俺の顔に直撃してるし!

たぶん銀華、この辺は感覚的にやってそうだな。

今の銀華は俺でいう(メザ)ヒス。

ヒステリアモードの異性を喜ばす能力と普段の推理力が合わさってる状態。俺を誘っても来ないと推理したヒステリアモードの銀華は、俺に本能で襲いかかったのだろう。

一番厄介じゃねえか甘ヒス。

……こんなことがわかるってことは俺もヒスりかけてるってことで…

そんな俺に最後の追い討ちを掛けるかのように顔を寄せ………

 

「……………ッ!」

 

キスしてきた。それで水際で耐えていたヒス性の血流のダムが崩壊。完全にヒスってしまう。しかもこのいつもより強い血流はリゾナだ。ということは銀華も完全にヒスったということで……

--ドシン

腕で体重を支えることができなくなったのか、俺の体の上に銀華が倒れてきてしまった。俺が抱きしめるその体は震えている。

そして今までよりずっと愛らしい、愛おしさを感じさせる仕草で、潤んだ瞳から涙をこぼした。

小動物のように儚く、俺が何かをすればなされるがまま、そんな力しか感じない。

銀華も変化したのだ。ヒステリアモード・リゾナに。

やっぱりこの銀華は他の人に見せたくないね。今の銀華は震え、怯え、男の征服欲を掻き立てるような異様な可愛さだ。いつもの銀華も愛らしいが、こっちの銀華の方がずっと狂うしいほど魅力的に見える。男なら、もう銀華のことしか考えられないだろう。現に俺も銀華のことしか考えられていない。

銀華のおかげでリゾナのことが少しわかったよ。

 

「銀華、今から俺はさっきのお前の問いに答える」

 

さっきの問いとは『しよ?』と言ったものだ。その俺の言葉を聞き、期待感からか銀華の震えが一瞬止まる。

 

「すまない、銀華の言葉に今の俺は応えることはできない」

 

そんなことを聞き、銀華は再び銀華は身体を震わせ、ぽた、ぽた、と--ソファーの上に熱い水滴が落ちる音がしている。

聞くまでもない。銀華の涙だ。

俺に拒絶されて、それがわかって泣いているんだろうな。

 

「銀華泣かないで。この言葉には続きがあるんだ?」

「……つ、続き……?」

 

銀華が俺の方に愛くるしく、愛おしい顔を向けてくる。

 

「今、そういうことできないのは銀華、君のことを考えているからだよ」

「…わ、私のことを…?」

「今、君が俺の子を身籠ってしまったら君は学校をたぶん辞めなくちゃならない。それは俺にとっても悲しいことなんだよ」

 

銀華の髪の毛を撫でながら俺は言葉を続ける。

 

「銀華がこの学校を卒業したら、君の望みをいくらでも叶えてあげよう。だから、今はこれで我慢してくれないか?」

 

と言って横の銀華の唇に口づけをする。

 

「…………んん……」

 

そのキスはまるで互いを求め合うかのようにお互いの舌が絡み合い、今までしたどんなキスよりも激しくて…なんとなくだが銀華のことをより深く知れた気がする。

永遠にも思える時間が過ぎて、口を話すとお互いの唾液が交換されたのか、糸が引いていたよ。ちょっと恥ずかしいね。

銀華をお姫様抱っこで持ち上げ、ソファーにそっと置く。

もうすぐ12時。お昼ご飯の時間だから何か買ってこようかな。今の銀華は料理できないだろうし。

と思って玄関に向かおうとするが

--クイッ

服の袖を弱々しく掴まれる。

まるで行かないでと言っているように。

 

「銀華?」

「お……お願いがあるの……」

 

見上げるように弱々しく俺にそう声を掛けてくる。お願いとは一体何だろう?

 

「なんだい?言ってごらん」

「…わ、私に乱暴して欲しいの…」

 

あの、銀華さん。さっきの話聞いてましたか?

 

「さっき言っただろう?高校卒業するまでは……」

「……そういうことはしないでいいから……私を使ってしたいことをして……?」

 

つまり乱暴の内容は俺に任せると言っているんだろうな。実際恥ずかしくて、いつもならできないものが何個かあるんだが…例えば銀華の髪の毛に顔をうずめたり、ほっぺたをつんつんしたりみたいな。

 

「本当にいいのかい?」

「……カルテットの時……乱暴にされたの少し、嬉しかった……わ、私が…キンジのものだと……証明して?」

 

 

 

 

このあとめちゃめちゃ乱暴した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何やってんだよ、ヒス俺えええええええええええええええええ!!)

 

横のソファーで銀華が寝ているので叫ぶわけにもいかず、心の中で大絶叫だ。

いや、途中まではよくやったと褒めたいんだよ。あそこまでいった銀華をよく抑えた。まあ、キスをしたのも許そう。あれは不可抗力だし、キスなら何度もしているな。

問題はそのあとだよ、そのあと。

なんでお前は欲望のままに、髪の毛に顔埋めたり、真っ白な太ももをナデナデしたり、ほっぺをツンツンなんてしてるんだよおおおおお!!!!

いや、乱暴って殴る蹴るするのは流石に問題だけどさ。もっとやりようがあっただろうよ……

 

(あれはリゾナの弊害だよな…)

 

二度目のリゾナでわかったことだが、リゾナとノルマーレはほんの少し違う。

ノルマーレは女性のことを最優先で考えるようになるが、リゾナは銀華のことを最優先で考えるようになる。

互いに互いのことを思いやる気持ちが芽生えるので、ヒステリアモードの本質である『そういうこと』を今回みたいに避けることすらできるのだが……相手を思いやるばっかりに、自分のことよりも相手のことばっかりを考えてしまうのが弊害だな。たぶん、銀華がああ言い出したのなんてヒステリアモードの直感で、俺の潜在意識の中にああいった欲望があると見抜いたからだろうし。

 

(あいつが起きたら土下座確定だな…)

 

もしかしたら『キンジがそんな変態さんだと思わなかった。実家に帰らせていただきます』とか言い出すかも知れない。マジでそうなったらどうしようもない。俺、あいつの実家知らんし。銀華に捨てられたら俺どうすればいいんだ。

夢であって欲しいがこれは現実。銀華が起きたら誠意を込めて土下座するしかない。

そう思いながら、女神のような美しい寝顔をしている銀華が起きるのを待った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

(ふああ……)

 

そんなあくびをして、目を開けると、広がっていたのは私の家の天井。どうやらソファーで寝てしまっていたらしい。

 

(ん?キンジの匂い…?)

 

私の体からキンジの匂いがする。キンジの匂いは私は好き。なんか嗅いでると気持ちが落ち着くっていうか、そんな感じがする……

ちょっと待って……なんで私の体からキンジの匂いがするんだろう……?

顔を固定しながら眼球だけで周りを見回すと1人掛けソファーにキンジが難しい顔をしながら座っているのが見える。

ちょっと待って……ちょっと待って….ちょっと待って…ちょっと待って…思考がフリーズしてるよ。その思考のフリーズが完全に溶けると

 

(何やってんのよ、ヒス私いいいいいいいい!!)

 

そう心の中で叫ばずにはいられない。

何が『キンジ、しよ?』だよ。何考えてるのヒス私は。キンジも困惑してたからなんとか理由をつけて誤魔化してくれたしさ。さすがキンジ。さすキン。

あとキスしたのはまだいいよ。ディープキス?って言うんだっけ。あれを一度してみたかったから。

問題はそのあとだよ、そのあと。

なんで私の性癖を暴露してるの…ヒス私は…

カルテットでベルセのキンジに乱暴にされて、ときめいたのは事実だけどさ…その後キンジがかっこよかったせいでちょっと私もテンション上がって変なこと口走っちゃったし。だけど『乱暴して?』はないよ、ヒス私……典型的なマゾヒストでキンジもたぶんドン引きだよね…

けどキンジ、優しかったね。

髪の毛の匂い嗅ぐとか、太ももスリスリするとか、ほっぺツンツンとか、それぐらいなら、いつでもやらしてあげるのに。別に減るもんじゃないんだし。

あ、もしかしてたぶん私を軽蔑してそれぐらいしかやらなかったのかも。私にドン引きして。そうだ、そうに違いない。

 

(キンジに嫌われただろうなあ…)

 

たぶんあの難しい顔はどうやって私に別れ話を切り出すか考えてるんだろう。で、あの優しくてかっこいいキンジは他の人と付き合っちゃって、私は捨てられる。うー……キンジに捨てられたら、私どうすればいいんだろう。もう死ぬしかない。

嫌な推理ばっかりが成り立っちゃって、ハッピーエンドの推理が成り立たない。

キンジが私を嫌いになる要素しかないんだもん。あーもうダメ。死ぬしかない。

 

(このまま、死ねばキンジの婚約者のまま死ねるじゃん…問題はどうやって死ぬかだね…)

 

自殺前提で色々な方法を検討していたら、

 

「銀華、起きたか」

 

キンジに起きてるのがバレた。思考がまとまる前に起きてるのがバレたからどうやって死ぬか思いついてないんだけど…

なので思考がフリーズしてしまい、何も動くことができない。

そんな私の前で

ドン!

キンジがいきなり床に正座をする。これ…もしかして土下座っていうやつかな?

確か重要なことを頼むときにする日本の文化だったはず。

 

土下座=重要なこと

重要なこと=婚約破棄

婚約破棄=キンジに捨てられる

 

つまり、土下座=キンジに捨てられる

 

もう泣きそうだよ。そうだ耳を塞ごう。耳を塞げば、何も聞こえない。聞いてない間は私はまだキンジの婚約者なんだから。

 

「聞いてくれ銀華」

「聞きたくないです」

「お願いだ、頼む」

「嫌だ、絶対に聞かない」

 

キンジは必死にお願いしてくるけど、私は意地でも聞かない。だって…

 

「それを聞いたら私とキンジの関係は終わっちゃうんでしょ?」

 

私が涙目でそういうとキンジはキョトンという顔をした。いや、そんな顔をしても騙されないぞ私は。

 

「……キンジは私を捨てるんでしょ?」

「は?銀華何言ってんだ?」

「初歩的な推理だよ。キンジはさっき土下座をしたよね。つまりその後に何か重要なことを話すということ。この場面で重要なことと言ったら婚約破棄以外にない。つまり、わ、私はキンジにす、捨てられ…嫌だよ…キンジ…私を捨てないで………」

 

もう最後の手段、泣き落としに出る。トテトテとキンジのもとまで走っていき、胸に飛び込む。最後になるだろうキンジの胸の中と匂いを覚えておくために。

すぐに突き飛ばされると身構えていたのだがそんなことはなく、逆に抱きしめられた。

 

「…キンジ?」

「銀華、お前初歩的な推理すら間違えるんだな」

「ううん、私が推理を間違えるなんて…」

「銀華、推理の前に推理の大前提を教えてやるよ。俺がお前を捨てることはない」

 

俺はお前を捨てることはない…?

 

「さっきの土下座は謝ろうとしてたんだ」

「え…?何に?」

「あ…いや…その…あのだな。銀華に悪いことしたなって」

「悪いことって?」

 

どう考えても今回の件、私にしか非がないんですが…

 

「……言わなきゃダメか?」

「うん」

「髪の匂い嗅いだり…ほっぺツンツンしたりとか…」

 

ということはつまり…

 

「もしかして、キンジも私に捨てられると思って焦ってたってこと…?」

「そうだよ…悪いか?」

 

キンジも私も同じ気持ちだったんだね。

 

「初歩的な推理だよ、キンジ。私がキンジを捨てることはない」

「さっき、その初歩的な推理間違えてたじゃねえか」

「う、うるさい。そんなうるさい口にはこうだ」

 

抱きしめられていた私はちょっと背伸びして、キンジの口にキスをする。

 

「な、何すんだよ」

 

キスしたことにより血流が一瞬高まるがHSSになることはない。連続ではなりにくいからね。HSSは。

 

「いいじゃん。こっちのキンジとこっちの私の初めてのキスなんだから」

「…まあ、そうだけどさ」

「あ、見てみてキンジ、雨止んだよ」

「本当だ、天気予報も意外とあてにならないもんだな」

「私の技名も『降りやまぬ雨』から『降りやむ雨』に改名しようかな」

「『降りやむ雨』はだせえな…」

「確かにね…」

「雨は止んだが…どっか出かけるか?」

「台場に行きたいかも」

「じゃあ行くか」

「その前にご飯だね」

 

カーテンの隙間から外を見ながら、私たちはそう話すのだった。一生そんな時が続くといいなと、お互いに思いながら。

 




甘くしようと思ったらいつの間にかギャグ回になっていた…なぜだ


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第21話:真相

不知火の性格が微改変
今回の文体は緋弾のアリアぽくないです。
甘さは控えめ


俺と銀華は喧嘩をしたことがほとんどない。

 

女性関連のことで銀華に問い詰められたことはあるが、あれは喧嘩というか尋問という感じで喧嘩のようには思えなかったし、喧嘩の原因となるわがままも、ほとんど言ったことはないし、言われたこともない。

強いていうなら、俺と銀華が婚約して2日目の入学試験の時は喧嘩と言えるだろうが、あの時はどちらも互いのことを知らなかったから喧嘩らしいものといえば、これが初めてだと言えるだろう。

 

そう、これは俺と銀華が初めて喧嘩した話なんだろうな……

 

 

 

 

7月に入り、夏休みをもうすぐに控えた、そんなある日の--昼休み。

 

「遠山君。ここ、いいかな?」

 

ガヤガヤとうるさい学食の中、俺がハンバーグ定食を1人で食ってたら、目の覚めるようなイケメン面の男が話しかけてきた。ニコッと笑うのは同じクラスの不知火だ。

 

「聞いたぜキンジ。ちょっと事情聴取させろ。逃げたら轢いてやる」

 

反対側から俺のトレイを押しのけるようにしてトレイを置いたのは武藤。決闘からよく絡むようになって、銀華がいない時は不知火、武藤、俺の3人でつるんでることが多い。

 

「なんだよ事情聴取って」

「キンジお前、北条さんとケンカしたんだって?」

 

…流石武偵高。

情報というか噂が広がるのが早い。

 

「北条さんの怒り方が『プンプン』と擬音がでる感じだったから、深刻そうじゃないけど…遠山君たちのカップルは校内でポピュラーな話題だからね。北条さんのファンクラブがそんな珍しい姿を盗撮し(撮り)に行ってたよ」

 

確かに銀華がああいう風に俺以外の前で怒るのは珍しいが……

というかなんだ!?銀華のファンクラブって!?

 

「なんだ、キンジ知らなかったのか?武偵高の中でも割と有名なファンクラブだぜ。北条さんの日常フォトを高値で取引しているところで、ほら俺も持ってるぜ」

 

武藤が俺に見せてきたのは、風に髪を靡かせてそれを押えてる銀華。明らかに盗撮だが、構図上手すぎだろ。たぶんとったのは諜報科(レザド)の生徒だな。ったく…こんなことに無駄な技術使いやがって………

俺もそれ欲しくなったんだが……

 

「……それどこで売ってるんだ?」

「遠山君も欲しくなったのかい?でも、遠山君には売ってくれないと思うなあ」

「…?……なんでだ?」

「北条さんのファンクラブの別名は、キンジ死ね死ね団だからな」

「なんだその別名は…」

 

相変わらず武偵高らしい別名だなおい。そして俺が死んでも銀華がそいつらのものになるとは思えないが…

 

「そんなことはどうでもいいんだよ。なんで北条さんとケンカしたんだ」

「北条さんに聞いても『私は譲らない』というだけで、何にも分からなかったからね」

「やっぱりか……」

 

はあ…といったため息が思わず出てしまう。銀華は結構頑固だからな…譲らないことは譲らないだろう。

 

「…で、何があったんだよ」

「相談くらいならのるよ?」

 

武藤は興味津々、不知火は優しい顔で俺にそう声を掛けてくる。相談に乗ってくれるなんて中学ではそんな友達いなかったし、少し嬉しい。

 

「…………」

 

だが俺の口は重い。この喧嘩の内容をこいつらに話すの恥ずかしいんだが…しょうもなさすぎて…

 

「まさか、浮気したとか?」

「星伽さんとか!?」

 

どうして武藤、お前がそんなに慌てる。あと何でそこで白雪が出てくる。

 

「銀華が浮気を知ってあんな穏やかだと思うか?」

「それはないな…」

「別の線だね…」

 

2人とも入学当初の銀華のプレッシャーを忘れてはいないようだ。

 

「もしかしてプライベートなことかい?」

「プライベートといっちゃ…プライベートなんだけどな。お前らには話しづらいというか…」

 

話したら絶対笑われる。

 

「もしかして…夜の行為の話とかか?」

「は?」

 

武藤の質問に不知火は笑うのを堪え切れないという風に笑っているけど、夜の行為ってなんだ?

 

「夜の行為ってなんだよ」

「は?」

 

逆に聞き返された。いや、マジで分からないんだが。

 

「武藤君、たぶん遠山君と北条さんの2人だったらその線はないよ。どっちも鈍感なんだから」

「確かに。あんな美人な婚約者がいるのに勿体ねえなキンジ」

「何が勿体ないのかよく分からん」

「それでこそ遠山君だ」

 

なんか2人はウンウンと納得しているが……何に納得しているのかよく分からんぞ。銀華に今度、夜の行為の意味聞いてみるか。あいつも分からなさそうだけど。あいつ日本の文化に詳しいわけではないし。

 

「それで何を恥ずかしがってるんだキンジ。高校生だろお前」

「逆に高校生だから恥ずかしいんだが…」

 

俺がそう言い俯くと

 

「吐いちゃえよキンジ。言ったら楽になるぞ」

「そうだよ。遠山君。ここでの話題は秘密にするよ」

 

そう言って2人揃って肩を組んでくる。鬱陶し!

 

「わかった、わかったよ。話せばいいんだろ!」

 

なんでこうなるんだか。

 

「話すけど笑うなよ?」

「笑われるような話なのか?」

「わかったよ、遠山君」

 

と言ったものの絶対笑われるよな……

 

「この話は昨日の夜のことなんだが……」

 

 

 

 

 

今回の回想は昨日の夜に遡る。

 

放課後、銀華の家に寄り、銀華と共に、銀華の作った夜ご飯を食べている時だったのだが---

 

 

 

「「ちょっとまった」」

「なんだよ」

 

俺がせっかく話し出したのに話の腰を折ってきた2人を睨みつける。その2人、武藤は別だが珍しく不知火も苦虫を噛み潰したような顔をして頭を振っていた。

 

「おい、キンジ……聞きたいことあるんだが?」

「北条さんと遠山君は同棲しているの?」

「んなわけねえだろ、時々銀華の手料理食わしてもらってるだけだ」

 

銀華の手料理が食えるのは銀華の任務がない時か、俺とペアで任務をしている時だけ。

個々の任務で顔を合わせない日すらある。

そういう時は電話しているのだが。

 

「ちょっと興味本位で聞きたいんたいんだけど、週いくつのペースで北条さんの手料理食べてるんだい?」

「そうだな…週5ぐらいか?」

「「それほぼ毎日じゃねえか(だよ)」」

 

なんか2人に怒鳴られた。

 

「いいだろ、銀華の飯旨いんだから」

 

和食は。

 

「あはは。これ胃袋掴まれてるっていうのかな?」

「嫁さんが美人で頭良くて強くて家事もできるって、キンジお前前世でどんな徳を積んだんだよ…」

 

ご先祖様が将軍の命を救ったら美人な婚約者ができていました。

 

「それで、話を続けてもいいか?」

「好奇心は猫をも殺すというが、こうなっちゃやけだ。男には命を張らなくちゃいけない時がある」

 

それは今じゃないと思うぞ。

 

「そうだね。僕もこのバカップル(2人)のことをもっと知りたくなったよ。それがどんな毒でもね」

「毒?」

「嫁さん持ちのお前には分からないと思うが、独り身にとってそういう惚気話は毒なんだからな」

「砂糖のように甘い話は劇毒にもなるんだよ、遠山君。ちょっと武藤君の分もコーヒー買ってくる」

「ああ頼む」

 

惚気話ってなんだ。俺は事実しか答えてないんだが…それにお前らが聞いてきたんじゃねえか。

不知火が近くの自動販売機でブラックコーヒーを買ってきて武藤に渡し席に着いたので、俺は再び話し始める。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 

今日のメニューはご飯、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、煮物、しじみの味噌汁だった。銀華の和食は相変わらず旨い。洋食はあれだが………

 

「片付けるよ」

「いつもありがと」

「これぐらいはやらないとな」

 

俺が洗い物をやってる間に銀華は紅茶を淹れる。そして俺が洗い物を終える頃には菓子も用意されており、お茶会の準備が整っていた。

銀華の家でご飯をご馳走になる時はこれがいつものパターンだ。

 

「今日のご飯どうだった?」

「美味かったぞ。いつも美味いけど」

「ありがと、キンジ」

 

銀華が笑顔を向けてくるが、最近気づいた。この笑顔は俺にしか向けてこない笑顔だ。

俺がこの笑顔を独り占めしてると思うと少し嬉しい。

 

「ねぇ、キンジ。お願いがあるの」

「お願い?」

 

ヒスってもないのに銀華がお願いしてくるのは珍しいな。

 

「あ、あのね…」

 

モジモジ恥ずかしそうにしながら、手を合わせ人差し指でツンツンとしている。

 

「明日から、朝ごはん届けに行ってもいい?キンジの家に」

 

それは嬉しいことなんだが…

 

「いや、いい」

「……え?」

 

俺からてっきり承諾の言葉が聞けると思っていた、銀華の顔が曇る。

そんな顔をさせてしまったことに罪悪感が湧くが、ここは俺も譲れない。

 

「そこまでする必要は…」

「……いや」

 

プイっと、そっぽを向く銀華。

 

「なあ銀華」

「いい返事をくれるまで私も返事してあげない」

「だから銀華って」

「お返事しません」

「銀華」

「いまの銀華は応答しません」

 

 

 

「で、その後、口を聞いてくれなくなったんだ」

 

これからどうするんだという風にため息一つついた俺だったが、横の2人が同時にすっと立ち上がった。

 

「なあ、不知火。お前もキンジに言いたいことあるよな」

「奇遇だね武藤君。僕も遠山君に言いたいことがあるよ」

「ん?」

「「1発殴らせろ(て)!!」」

 

そう大声をあげ、拳を2人同時に俺へ向かって突き出してきた。危な!

だが、銀華との特訓で鍛えた反射神経を持つ俺はそれをギリギリかわす。

 

「な、何すんだよ!?」

「遠山君と北条さんの関係を心配して来たのに、最初から最後まで惚気話なんて、流石の僕でもイラっとしたよ」

「なあ、キンジ。お前一回轢いていいか?」

 

なんでこいつら怒ってるんだ?正直に話したのに意味がわからん!

2人ともその後、首を振って再び席に着いた。いったい何なんだよ…まったく。

 

「それで、なんで遠山君は断ったんだい?」

「忙しい銀華にこれ以上無理をさせたくなかったから」

「なんでそれを言わなかったんだよ、キンジ」

 

だって

 

「銀華は無理をするなって言ったら意地を張って無理をするタイプだから」

「「………」」

 

銀華は三つも兼科しており、毎日遅くまで学校に残って授業を受けたり、日々のトレーニングをこなしたりしている。それに加え、たくさんの任務をこなすことも怠らない。

銀華は超人だが……人間だ。日々の生活で疲れが溜まっているのがわかっていた。自分のぶんを作ることの延長線上にある俺の夜ご飯を作ることはともかく、朝食を作らせて届けさせることは延長線上になく流石に銀華の負担になる。

そして、あいつは基本なんでもできるがゆえに無理をするなと言うと逆に無理をしてしまう。プライドが高いって言うのかなこういうの。

なので銀華に言うことはできなかったのだ。

朝ごはんがいるいらないで高校生にもなって喧嘩するなんて、正直笑われると思ったが…

 

「それで遠山君はいつ謝りに行くんだい?」

「俺が謝ること前提かよ」

「男の度量の見せ所だぜキンジ」

 

そうは言ってもな…

 

「俺が尋問されるならともかく、喧嘩をしたのはほぼ初めてだから勝手がわからん。午前中も目を合わせてくれなかったし」

 

目を合わせようとしたら、目を逸らされたのは結構心にきた…

 

「ま、その辺は俺らに任せとけ」

「そうだね。それにしてもあの遠山君からあんな言葉が聞けるなんてね」

 

2人が胸を叩きながら任せとけと言ってくるが、俺にとってお前らに任せるのが一番不安だぞ。

そう思いながら、2人の姿をみて嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

午後の専門科の授業を終えた放課後。

俺は2人に、人気のない一般科の校舎裏に呼び出されていた。今後の作戦を決めるためらしい。

お前らに頼りたくねえよと言うのが正直な感想だが、俺1人だったら解決できそうにもないのでこいつらと緊急会議を開くことになったのだ。

 

(おせえな…あいつら)

 

呼び出した本人たちが遅いので何してんだと思っていると……

ーーザスッザスッ

後方から誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえる。どうやらようやく来たようだな。

 

「……ッ!」

 

振り返った瞬間、びっくりして息が詰まっちまった。なぜなら来たのは武藤や不知火ではなく……

 

「………」

 

銀華だった。しかしその顔はいつもの優しい笑みを浮かべた顔ではなく、拗ねたようなツンとした表情のまま。時間が解決して少しでも機嫌が回復していることを望んでいたが、流石にそれは虫が良すぎたな………

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

武藤君と不知火君に呼び出されて、一般科の校舎裏に来たわけだけど……

 

(なんでキンジがいるの……!?)

 

そんな気持ちで一杯。父さんもだけど私たちって推理できないことに対しての反応がすこぶる悪いんだよね…

そして、私はキンジが関わると初歩的な推理すら間違えるので、考えれば考えるだけ無駄。肝心な時に頼りにならないなあもう。

推理できないということなので、答えを知るためにはキンジに話しかけなくてはならないということだけど………でも、話しかけたら負けたことになっちゃうし……うーん…どうしよう。

とりあえず、まだ怒ってますよっていうフリをしとけばいいかな?

そう思って私がまだ怒ってますよアピールをしながらキンジに近づくと、キンジは驚いたって感じで振り返った。

キンジも話を聞かされてなかったみたいだね。

お互いに何も話さない気まずい雰囲気が流れるが、先に口を開いたのはキンジだった。

 

「…なあ、銀華ちょっと話を聞いてくれるか?」

「…何?」

 

ベルセ気味の声を出すとキンジは一瞬ひるんだけど、言葉を続ける。

 

「俺が昨日お前の提案を断った理由」

 

それは昨日聞けなかったもの。

昨日から今日にかけてずっと推理してたけど、当てはまるものがなかった。

 

「『そんなことはない』ってお前は思うかもしれないが、これは俺の気持ちだ」

 

そういうとキンジは一つ息を吸った。

 

 

 

 

「---銀華、俺のために無理をしないでくれ---」

 

 

 

「…え?」

 

予想外のことを言われて、私の怒ってる演技が崩れる。

 

「自分ではそんなことないって思っているだろうから、俺が言ってやる。お前は疲れてるんだ」

「そ、そんなこと…」

「いいや、そんなことある。お前、最近あまり寝れてないだろ?」

 

キンジの言う通り、ここ最近授業や任務などで忙しくてあまり寝れてないけど……表には出してないつもりだったんだけどなあ…

 

「そんな疲れているお前に、これ以上無理させるわけにはいかないってことで断ったんだ」

 

キンジが私のことをそこまで考えてくれてたなんて…

 

「銀華に無理をさせないって言うのは俺のわがままだし、お前は無理するなって言われたら逆に無理するタイプだけど……今回は俺のわがままを聞いてほしい!」

 

そんなキンジのわがままを聞いて、私の目から……

ポツン、ポツン

と何か熱いものが流れ出るのがわかる。

それは涙。

 

「お、おい」

 

黙って聞いていた私がいきなり泣き出したのでキンジが狼狽える。

 

「ご、ごめんね、キンジ。キンジがそんな私のことを思ってるとは知らずにわがままなこと言って」

「いや、謝るのはこっちだ。銀華の善意を断っちまったんだからな」

 

キンジが自分のハンカチで私の涙を拭ってくれる。その手つきは優しく、私のことを本当に思ってくれてるとわかり、私は…

--ギュッ

思わず抱きついてしまう。

大好きなキンジの胸に。

 

「私が無理していたらまた止めてくれる…?」

「ああ、お前を守るのは俺の役目だからな」

 

人目のない校舎の裏で抱き合った。

 

 

 

 

 

 

これが私とキンジの初めての喧嘩。

たった1日だけど…キンジが私のことを思ってくれてると確認できた。そんな出来事。

 

 

 

 

 

 

「どうしていきなり朝ご飯を作るとか言い出したんだ?」

「……言わなきゃダメ…?」

「ダメ」

「…私のご飯を美味しそうに食べるキンジの顔が好きだから」

「………」

「照れてる照れてる。照れてるキンジは可愛いね」

「…お前の方が可愛いぞ…」

「………」

「お、照れてる銀華も可愛いな」

「……もう…!」

 

 

 

 

 

 




爆発しろ


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第22話:似た者同士

注意:キンジ出番なし、セーラの口調が迷子、甘さ0ブラックコーヒー


7月25日

私は北条銀華としてやらなければいけないことを終え、イ・ウーに戻っていた。

寂しいけどキンジとは暫しの別れ。

この前--7月16日のキンジの誕生日には2人で誕生日会もしたしね。

今回のプレゼントは写真立て。キンジが()()()()を欲しがっていると不知火君と武藤君が言っていたので、()()()()()()()()、その写真を写真たての中に入れたのに、なんか違うみたいな顔を微妙にされたのは残念だけど、基本的に喜んでもらえたのは良かった。

そんな約1週間前のことを思い出してニヤニヤしながら、目的地の教会に辿り着いた。

イ・ウーの内部には大きな聖堂がある。大理石の床には見渡す限りラテン語の文字がびっしりと彫り込まれており、椅子はない。

これはカトリック・ネオゴシック様式の聖堂。神を信じてない私ですら、一瞬我を失いそうになるほど美しい空間。

私はイ・ウーに戻るなりすぐここに呼び出されていた。

奥の後陣には、この空間で唯一の光源--複雑なステンドグラスが高く聳えており、その下には私を呼び出した人物がこちらに背を向けて立っていた。

 

「やあ、余命ちょうど1年の父さん」

 

私はその人物に対して挑発するようにそう声をかける。この後何が起こるか推理できていますよと言うように。

 

「ははっ。もうそろそろ来る頃だと思っていたよ。そして君がそう言うのもわかっていたさ。推理の初歩だけどね」

 

父さん--シャーロック・ホームズが満足気な笑みを私に返しながら振り向く。

 

「それでこんなところに呼び出して何の用?」

「君は推理できているようだがあえて言おう。イ・ウーの次の長になる心の準備はできたかい?」

 

ああ…そっちから話すのね。

 

「その話は父さんが死ぬまでに決めるって言ったでしょ。一応()()はかけてあるんだし」

「そうだったね。まあ僕にはどうなるかは推理できているのだけど」

 

一応、今の所イ・ウーの次期艦長は私ってことになってるんだけど……私は主戦派(イグナテイス)だから研鑽派(ダイオ)が反対気味なんだよね。だから保険をかけてある。研鑽派も納得するだろう保険をね。

 

「じゃあ、もう一つ聞こう。婚約者、遠山キンジ君とは仲良くしているかい?」

 

やっぱり来たねその質問。私の推理通りだよ。

 

「仲良くしてるよ。今の私の一番は父さんからキンジに変わったぐらい」

 

それを聞いた父さんは満足気な笑みを再び浮かべ、

 

「いいんだよ、紅華君。君は父親--僕という存在を心の中で乗り越えた。それは君の心の中で、僕よりもキンジ君の方が大きな存在になったという意味なのだ。まだ愛の量は僅差のようだがね」

「父さんが愛を語るなんて、ホームズファンが聞いたら驚き呆れるね。女心がわからないことで有名なのに」

「紅華君もわからないだろ?男に対して『……キンジ………しよ?』や『…わ、私に乱暴して欲しいの…』というぐらいだし」

「そ、そ、そ、それを言うなああああああああああああああ!」

 

理子の変声術を使ってヒス私の声を出すのほんとにやめて!それ私の消し去りたい記憶第1位だから!これを言われることは推理できてたけど実際目の前で言われるとキツイから!本当にやめて!

 

「紅華君は推理できていたのだろう。それなら恥ずかしがることじゃないじゃないか」

「そんな問題じゃない!父さんはそうやって私を虐めて楽しいの!?」

「先に紅華君が挑発して来たんじゃないか。僕がこれを言うからね。そしてそれは、君が挑発して来るからだった。おや、それでは最初に挑発して来たのはどっちかな?わからないね。優れた推理者と優れた推理者は、時にタマゴ・ニワトリ(チキン・アンド・エッグ)の状態を呈する。僕はこの興味深い現象を『双推理の円環』と個人的に呼んでいるが君とこれを起こす日が来るとはね。そしてさっきの質問に答えよう。答えはイエスだ」

 

なるほどね。そうかい、そうかい。そんなに馬鹿にされちゃ、私も黙っていられない。口に水を含み、金の指輪を手の全指にはめ、薔薇の種を袋から取り出しポケットにジャラジャラと入れる。そして手には香水の容器(アトマイザー)

 

「………相変わらずプライドが高いね。紅華君は。馬鹿にされるとすぐにこうなる。僕としては娘とのスキンシップなのだが。でも、優れた推理者となった君にはわかるはずだろう?潜水艦内、それも深海では君、紅華君の力を十分に発揮することはできない。陸の上、特に森ならまだわからないが、ここでやる勝負なんて結果は見えている。これは君にとっては初歩的な推理なはずだよ」

「父さんは経験無いよね。推理を仕損じるって言う経験は…」

 

私はこの前の恥ずかしい事件のことを思い出しながら父さんに言う。

 

「無いよ。僕の推理はいつも完璧さ」

「でも私は初歩的な推理すら間違えたことある。成功し続けるものは失敗を知らない。失敗を知ったものは、その失敗を糧にさらに強くなる。見せてあげるよ。進化した私の姿を」

「いつも通り、僕は親ではなく強者として君に警告したが、君はそれを受け入れなかった。理解できているね?」

 

父さんはコートを抜きながら、手にしていた太めの金属製ステッキを持ち上げた。

 

「理解できてるよ。父さんと()り合うのはこれで99回目だね」

「そうだ。そして私が98勝0敗。おいで、遠慮はいらないよ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

私は香水の容器で

シュッ!

という霧吹きみたいな音をだし--ゴマ粒みたいなサイズの、小さなシャボン玉を私の前に生成する。

そのシャボン玉を

 

「--竜巻地獄(ヘルウルウインド)--」

 

その瞬間、ぶわああぁぁあああっ!と私を中心に巻き起こった烈風に乗せ、高速で父さんの前まで運んだ。ちょうど目の前で弾けるように。

 

--バチィッッッッッッ!

 

父さんの眼前で弾けたシャボン玉から激しい衝撃と閃光が上がる。

私が使ったのは爆泡。藍幇のココが作った気体爆弾だ。シャボン玉が弾けて中身が空気中の酸素と混ざると爆発する画期的な代物。

ココに試供品として貰っといた物だけど中々の威力だね…でも中々にすぎない。

 

「超能力と武器の融合技なんてね。紅華君も考えた物だよ。だが紅華君。少し推理不足だったね」

 

父さんはほぼ無傷だ。竜巻地獄で加速してぶつけたけど、父さんがあんなものに当たるわけが無い。逆に利用されただけだったね。傷つけることはできないことは推理できていたけど、利用されるとまでは推理できなかった。

バキイィィィィンッ!

強風でガタガタ揺れているステンドグラスを背に、父さんは先ほどの爆発で半分ほど割れたステッキを床に叩きつけた。

ステッキは粉々になり--中から仕込まれていた一振りの刀が現れる。

あの直刀に近い感じはスクラマ・サクス。日本刀で言えば古刀が打たれていた時代に、ヨーロッパで作られた強靭な片手剣。そしてあの眩い輝き方は

 

「ラグナロクね」

「正解だよ。エクスカリバーをこの前使った君の相手としては少し劣るかもしれないが、これで我慢してくれないか」

「別に剣の名前なんて本当はなんでもいいけど…」

「ははっ。君の婚約者もそう言いそうだ」

「確かにね!」

 

父さんはバッと私に駆けて向かってきて、私はそれに対して左手をあげる。

その瞬間、私のあげた左手から一斉に指輪が変形した金色の弾丸が、一気に放たれる。

その弾丸は父さんに向かうが……

ギンギンギンギンギン!

全て剣に弾かれてしまう。

まあ当然ガードするよね。だがそれらは目くらまし。本命は……

バッ!

右手をポケットに突っ込んで、入れていた薔薇の種を一気に巻く。そして念じること数瞬。

一瞬で成長した薔薇の荊が父さんの足に絡みつく。その一瞬の隙に

--バシュッッッ!

私の口で圧縮した水の矢を放つ。

だが…

 

「パトラ君、君、カツェ君のハイブリット技だね。でも少し推理不足だったようだ」

 

拘束して放ったコンボ技も、シュッと、かわされてしまう。足元には蔓を切られ散らばる無残な薔薇の残骸。

薔薇の拘束を鎌鼬で切って解いてしまったのだろう。

 

「もう少しだったね」

 

言葉が終わった次の瞬間、映像のカットが切り替わったのように

おそらく鬼との交流で津羽鬼(つばき)からコピーしたのであろう、人知を超えた超スピードで。

 

「----!」

 

私の懐に潜り込んできた。キンジが誰かに取られる妄想をすることで、軽くベルセを発動させている私でもギリギリ認識できるという刹那の出来事だった。普通だったらこの時点で負け。

だけどそう来ることを推理していた私は父さんの攻撃をポンッ。

見えない盾で弾くようにして、簡単に躱した。さらに連続で私に向かって来る斬撃を、さらにポンッ、ポンッ、と柱や壁をアスレチックみたいにジャンプして躱していく。

まるで磁石のs極とs極のように父さんの攻撃をかわす私だけど、仕組みはセーラの能力。風を操って空気のクッションを私と父さんの間に張って躱している。

汎用性が高いセーラの技を使って剣を持った父さんから距離をとった私だけど…

すっ、と父さんはスーツの懐から銃を取り出した。

あれはアダムズ1872・マークⅢ。父さんが父さんの相棒、ワトソンから譲り受けた名銃だよ。撃鉄(ハンマー)を起こす動作で見えたけど全弾装填済み。そして風の勢いで壁に着地している私に向かってパァン!と全弾6発放ってきた。その飛来する6発を…

 

(連鎖撃ち(キャノン)!)

 

バチバチバチバチバチバチッ!!

右手にはめていた金の指輪を弾丸に変え全弾発射。4つ銃弾撃ち(ビリヤード)、一つ2連鎖の連鎖撃ちをすることによって5発で6発を防ぐことに成功する。

お互いの弾丸が四方八方に散らばった後、無傷の私がすたっと地面に着地すると今度はいつの間にか周りが、濃霧で囲まれていた。

 

(…やば!)

 

今度は父さんがさっき私も使ったカツェの技、ウォーターガンで私のことを撃ってきた。だが……

パリン!

そのウォーターガンを貫いたのは氷の幻影。私がジャンヌの技を教えてもらったお礼に、ジャンヌの技を応用して生み出した技。

技の名前は『銀氷の幻影(ダイヤモンドダスト・イリュージョン)

光を屈折させて、本来の位置と見えている位置を微妙にずらす。これだけじゃ盲目の父さんに通じないから、微妙にアレンジを加えてるんだけどね。

 

霧で視界が悪いが生体反応で相手の位置を把握しているこの状態の私には関係なし。生体反応がする方向に

バチイイイイイ!

地面に電気を流し、麻痺させることを試みるが、霧の向こうでジャンプで躱したようだ。

そんなこっちに向かってジャンプして来る父さんを雷球で迎撃しようとするが…

 

(あれ…?)

 

そうだった…ここでは私は魔力を補給できないんだった。ペース配分を…

 

「ペース配分を見誤ったね」

 

私の思ってることを推理したのかそう言いながら飛びかかってきて、この魔力がきれた紅華()では何も対処することができず…

 

「これで僕の99連勝だね」

 

父さんは私を押し倒しながらニコォー!と笑っていた。150年以上生きてるのに、私よりももっと歳下の少年みたいな感じで。

 

☆★☆★

 

父さんとの模擬戦を終え、自室に戻るためにイ・ウーの廊下を歩いているのだが…その足取りは重い。

クソー、生まれてこの方父さんに対して99連敗。四年ぶりの対戦だから勝てるかと思ったけど、まだ甘かったか…

深海や天空は私の能力を存分に使えないんだけど……

とはいっても、負けた言い訳にはならない。今までの99戦。父さんに対して一撃も入れれたことないからなあ…

 

(もし魔力がきれた状態でも戦えたら……)

 

とは思う。父さんはバリツと超能力のハイブリッドに対して、私は紅華の場合超能力、銀華の場合徒手格闘と完全に別れてしまってる。どちらを選択してもハイブリット型には有利状況を取られるのは確実。はあ…自分の体質が憎らしいよ…

ドナドナが聞こえてきそうなぐらい、がっくり肩を落としながら私の部屋にたどり着くと、そこでそわそわしてる人間がいた。

 

「セーラ、久しぶり。こんなところで何してるの?」

 

私の部屋はイ・ウー最下層部。用事がなければこんなところに来るわけがない。つまりセーラは私に用事があるはず。

そう思って話しかけると

 

「うわあぁあぁ!」

 

涙ぐみながら詰め寄ってきた。

 

「先生、助けて助けて」

 

私に抱きつきながら何かをお願いするセーラ。まるでこの前泣き落としをしようとしていた誰かさんに似てるね……

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

私はプロ。雇い主の人種や思想は問わない。1ポンドでも高く報酬を出す方につくし、仕事ならたとえ貴族でも牧師でも射る。なので私の視線の先にいるのは、これから射抜くターゲットの人物であることが多い。だが今この時は、それに当てはまる時ではなかった。

 

「せーの」

 

「「「お姉ちゃんたちありがとー」」」

 

この施設で一番広いと思われる教室で私は、たくさんの子供と向かい合っていた。

今日のターゲットはこの小さい子達ではない。横に笑顔で『どういたしまして』と返している紅華曰く、今日は仕事ではなく、ボランティア。

 

今、私たちがいるのはスコットランドの孤児院。紅華が建て、私が度々寄付をしている施設。

稼いだ金を貧しい人にあげるのがフッド家の生業。貧者がいなくなるまで私の戦いに終わりはない。そして紅華も似たような主義を持っているから、私と似たようなことをしている。そして紅華は裏切ることはないので、信頼を置ける。

この二つの点から私が唯一、金以外で動くことを考させる人物。現に1ポンドも金にならないのにここに来ているし。

 

「久しぶりだけど、みんな元気だった?」

「うん」「紅華お姉ちゃんも元気そう!」「背はちっちゃいままだけど!」

 

紅華に話しかけられると、子供達は嬉しそうに紅華に言葉を返す。

 

私が今回紅華に出した救援依頼は、孤児院への同行。ここに度々寄付をしている私に対して、お礼を言いたいと言う招待状が来ていたのだが、その日は毎回仕事と被っていたので断っていた。しかし、今回は再就職するまでのオフの時間の招待が来たので、どうするべきなのか迷ってしまったのだ。

私のオフはブロッコリーの育成かブロッコリーを食べることか弓の練習ぐらいしかしていない。ましてや、少数ならまだしもたくさんの小さい子の前で喋ることなんて当然したことはない。脳のキャパが教授や紅華に比べて小さい私はどうするべきかわからなくなってしまい、オーバーヒートした私は、紅華に助けを求めたっていうのが2人でここに来た経緯となっている。

 

ここでの慕われ具合からわかるけど、ここでの紅華はヒーロー。イ・ウーにも研鑽派の峰理子のように紅華を慕っている人物がいるからわかるけど、紅華は人を惹きつける何かがあるから、それが子供達をも惹きつけているのだろう。

 

「ねえ、新しいお姉ちゃんは紅華お姉ちゃんの仲間?」

 

と1人の女の子が私を指さすと

 

「そうだよ。このお姉ちゃんの名前はセーラ。忙しい中、貴方達のために来てくれたんだよ!」

 

紅華は子供達に、大げさなジェスチャーで私を紹介する。

すると、

 

「やっぱり紅華お姉ちゃんの仲間なんだ!」

「すっごい!」

「ねえ、お姉ちゃんはどこで戦ってるの?」

 

子供達がキラキラした目で私の方を向いてくる。ううっ…そ、そんな目で見られると恥ずかしい。

 

「私はプロ。依頼されればどこにでも行く。でも、最近はヨーロッパ。その前は北米だった。貧者がいなくなるまで、私の戦いに終わりはない」

 

そう私が答えると、ワーオ!と子供達は私を紅華と同様にヒーロー認定。ううっ、どうしてこうなった…

 

「セーラお姉ちゃんと紅華お姉ちゃんどっちが強いの?」

 

今度は私を取り囲んで来た子供達から、そんな質問が飛び出る。どう考えても紅華…

 

「戦ったことはないけれど…セーラの技はすごいよ。2km先から同じところに矢を命中させれるんだ。嵐を巻き起こしたり矢で銃弾を迎撃したりできるし、たぶん私負けちゃうんじゃないかな?この風を操る『颱風(かぜ)のセーラ』には」

 

そんな(うそぶ)いた紅華の発言を聞いて、颱風のセーラすげえええええええええ!と目を見開いて唱和。周りに集まってワイワイと騒ぎ立てられる。ううっ、助けて……

それから私は今までの仕事のことについて聞かれたり、急に始まった広い庭での子供達のフットサル大会で紅華と共にチームに入れられたりと忙しい時間を過ごした。

私もそんな上手いわけではないけれど、相変わらず紅華の運動能力は超能力抜きにすると極端に下がり、止まっているボールに対して空振りするなど子供達より下手。

……けど、子供達も紅華も楽しそうだった。

 

フットサルがひと段落つき、紅華と並んでペットボトルの飲料水を飲みながら一休みしてると、隣の紅華に声をかけられた。

 

「子供達、可愛いでしょ?」

「うん。でもまだちょっと苦手」

 

私が事実を述べると、あははという風に紅華は可愛く笑った。

 

「先生は、どうしてこんなに子供達に手を掛けるの?」

 

紅華が建てたり、訪問してるのはこの施設だけではない。でも、子供達の様子を見るとかなりの回数、ここの施設には来てるようだった。

 

「ねえ…セーラ。貧しいってなんだと思う?」

「………金銭的に貧しいってことじゃないの?」

 

私たちの家ではそう言われてきた。仕事で金を稼ぎ、それを配ることで貧者をなくすのが私たちの家の使命だと。

私がそう答えると、ううんという風に首を振った。

 

「セーラの言う通り、お金の面で貧しいってこともあるけど…私はそれだけじゃないと思うんだよね」

「それだけじゃない…?」

「そう。私が思うのは心の貧しさ。あの子達は両親がいないじゃない?表には出さないけど、多かれ少なかれ寂しい思いをしているはずだよ」

 

まるで自分のことのように話す紅華を見て、はっと思い出した。紅華も幼い頃に母親を病気で亡くしている。紅華の話は推測ではなく、実体験からきているのだろう。

 

「貧しさは『生命力』の低下に繋がる。そして生命力の低下は私にとって見過ごせない。」

 

紅華が提唱した生命力という力。紅華の超能力は荊を操作する物ではなく、この生命力を操作するものと知らされている。この能力があるおかげで紅華はイ・ウーで医者という地位を確立している。

 

「だから、少しでも心の貧しさを減らせるように、なるべく子供達と触れ合うようにしてるの」

「先生はすごいね」

 

そこまでは考えたことがなかった。貧しい者を救うには金を与えて金銭的な貧しさから脱出させることしか考えていなかった自分が恥ずかしい。

 

「でも、セーラの貧しい人を救う方法も間違ってないよ。金銭的な貧しさは心の貧しさに直結しているからね。金銭的な貧しさを解決するのが心の貧しさを解決する一番の近道な場合もある。だからセーラはセーラの生き方をするべきだよ」

 

紅華がそう締めくくると、すっと立ち上がりこちらに走ってくる金髪の女性に向かって、ぺこりと頭を下げる。金髪の女性はこの孤児院の院長だ。

 

「ご無沙汰しています」

「紅華さん、セーラさん。私からは月並みの言葉しか言えませんが……いつも、ありがとうございます」

「これが私の生業(なりわい)。感謝されるようなことはしてない」

「もうっ、セーラ!変なこと言っちゃって、すみません」

「いいんですよ。生業でもなんでも。あんな額を何回も寄付してくださる方が悪い方なはずありませんから」

 

悪い人じゃないと言われ、恥ずかしくて顔に血が上っていくのがわかる。横で、可愛いなあ、みたいな目で見てくるのが紅華じゃなかったら射抜いてた。死人にくちなし。

 

「そう言えば、紅華さん。見ないうちに女ぽく綺麗になりましたね。愛する男性でもできました?」

 

確かに、女ぽく綺麗になったとは思う。背は変わってないけど。でも紅華が恋愛なんてありえない。男なんて下らない生き物だし…

 

「…わかっちゃいますか?」

「ええ、昔から恋する乙女は綺麗になると言いますしね」

 

--スルッ

ショックで手からペットボトルが滑り落ちてしまう。

紅華に男?だれ?私の紅華を奪った男は誰。

 

「紅華さんが好きになるなんて、よっぽど素敵な方なんですね」

「はい。私の自慢の彼です」

 

書物で読んだことがある。これは完全に心を射抜かれているってやつだ。仕方ない…

紅華の()を射抜いたその射手()()()を、今度は私が射抜き紅華を取り戻す。私の誇りに賭けて。

 

そう決意しながら、昼過ぎの晴れた空を見上げた。

 

 

 




銀華(紅華)がギャグキャラ化していないだと…いやいいことなんだけどさ…



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第23話:かぜ

昨日緋弾のアリア26巻発売でしたね。面白かったんでみなさん買いましょう(ダイマ)


2学期が始まって少し経ち、朝夕が涼しくなる頃--

 

「ゴホッ……」

 

銀華は風邪をひいてしまった。

ここ数日、任務で雨の中犯人を追っていたらしいので、濡れた体に涼しい秋風で体が冷えたのが原因だろう。

 

「38度か……」

 

銀華の熱は38度前後を行ったり来たりしている。そんなに辛くない時もありそうだが、今はきつそうだ。白銀の雪のように真っ白な肌は発熱による赤みが目立ち、呼吸も荒い。

 

「……ごめんね……キンジ」

「別に謝ることねえだろ。困った時はお互い様だ」

 

今日は土曜日。任務も授業もない俺は同じく任務もない銀華と2人でどこかに出かけようとして、銀華の家に来たら看病することになったのだが、これは仕方がないことだろう。銀華がこんな辛そうにしてるのに、はいそうですかと言って帰るほど薄情ではない。

 

「何か食べたいものはあるか?」

「……うどん……」

「わかった」

 

うどんか…

銀華や白雪みたいにたくさんの作業を要する難しい料理は作れないが、うどんなら作れなくもなさそうだ。

 

(…そういや、冷蔵庫の中になにもなかったな……)

 

銀華は夏休みは帰省、二学期に入ってからは任務で家を空けていたことが多かったため、銀華の家の冷蔵庫には食料はおろかスポーツドリンクなども入っていなかったことは確認済みだ。さっき銀華に飲ますためのお茶を取りに行った時にも思ったが、風邪の時はスポーツドリンクの方がいいだろう。

 

「じゃあ、ちょっと出かけてくる。他にも欲しい物あるか?」

 

そう言って、銀華が寝ているベッドの側の椅子から立ち上がると……

 

「………だめ………」

 

寝ている銀華が俺の服の裾を掴んで来た。風邪のせいで俺の裾を掴む力は弱々しいが、そんな銀華の行動に俺の動きは止まってしまう。

 

「行かないで……」

「…と言ってもな。うどんは買いに行かなくちゃ作れないんだ」

「……それならうどんはもういいから………行かないで……」

 

熱のせいか銀華の甘えが普段より著しい。熱の時は弱っているせいで寂しくなると聞いたことはあるが……ここまでとはな。

買い出しは誰かに頼むか。

だが、あいにく喜んで看護しに来てくれそうな白雪は超能力捜査研究科(SSR)の合宿中。武藤や不知火に頼むと俺がここにいることがばれ、またこの前みたいに襲いかかってくるかもしれん。理子なんて以ての外だ。

さて…誰に頼むか…

と考えているとふと1人思いつく。俺とはそんなに仲良くはないが、銀華とは()()()()()仲がいい。来てくれるかは微妙だが試す価値はある。

俺がどこか行かないことをわかって、駄々をこねるのをやめ、少し大人しくなった銀華のそばで、携帯を取り出してある人物に電話をかける。忙しいだろうから出てくれるかは微妙だったが、意外なことにコールするなり出た。

 

「レキか?」

「はい」

 

俺が電話をかけた相手はレキ。こいつは珍しく銀華の言うことは聞くから、買い出し頼んだらもしかしたら言うこと聞いてくれるかもしれん。

 

「今お前どこだ?」

「女子寮の自室です」

「銀華が熱を出したんだが、ちょっと今俺は銀華の側から離れることはできん。買い出しを頼めるか?スポドリとうどんと何か食べるものでも」

「わかりました。19分後、銀華さんの部屋に向かいます」

「頼んだ」

 

そう言って通話を終了した。

俺、銀華、レキで仕事をすることが何度かあったから、銀華に『電話番号でも交換しといたら?』って言われていてよかったな。もしかしたら、これすらも推理していたのかもしれないけど。

 

買い物に行く必要がなくなり、再びベッドの側の椅子に腰を下ろす。

そんな俺の様子をみて、銀華は安心したようだ。

 

「何か他にして欲しいことあるか?」

 

そう俺が声をかけると銀華はちょっと恥ずかしそうに、布団を持ち上げ顔の下部を隠しながら

 

「………手を…繋いで欲しいな……」

 

そうお願いしてきた。そう言った後、可愛らしく布団から手を差し出してくるし。

ああ、もう!

そんな可愛い姿されたら断れるわけねえだろ。

 

「ああ」

 

そう言って銀華の手を握ってやる。銀華の手は高熱によって熱く、その熱が俺の手に伝わってくる。

 

「……ありがと、キンジ………」

 

俺に手を握られ安心したのと風邪で辛いのもあったのだろう。銀華はそのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

銀華は寝てしまったとはいえ、先ほどの銀華のお願いを無視するわけにはいかない。俺は高熱で辛そうに眠る銀華と手を繋いだまま、反対の手で映画サイトをケータイで見ていると………

 

「ピンポーン」

 

とインターホンが鳴った。せっかく寝たのに起きてしまうかと焦る俺だったが……銀華の眠りは深いようで

 

「すぅ……すぅ……」

 

寝息を立てていた。よし、しばらく起きなさそうだな。俺はそっと銀華の手を離し、玄関に向かった。インターホンは鳴ったのに玄関のドアの前に人の気配はしなかったので、覗き穴から見るとやはりレキだ。俺はレキにぶつけないようにそっとドアを開ける。

 

「ありがとう、レキ。金を払うからちょっと上がってくれないか?まあ…俺の部屋じゃないんだが…」

 

目の前に立ってるからかろうじてわかるけど、本当に気配ないなあお前。狙撃科だったらいいことなんだろうけどさ。

俺が言いながら買ってきたものを受け取るとレキは……

 

「…………」

 

そのまま黙って部屋に上がった。案外レキも銀華のこと心配してくれてるのかもな。銀華が心配されてるとわかるのは少し俺も嬉しいぞ。

2人でソファーに座り、レキが買ってきたくれたものをチェックする。

俺が頼んだスポーツドリンク、うどん。それに食うもんとしてカロリーメイトを買ってきてくれたぞ。カロリーメイトは糖質、たんぱく質、炭水化物、ビタミンの全てを一気に摂取できる食べ物。レキのやつ、何か食べるものと言ってわからなかったから、自分がよく食うカロリーメイト買ってきたんだろうが、風邪の時の食料にはうってつけだぞ。よくやったレキ。

 

「銀華が寝ている間に銀華の飯を作ろうと思ったんだが、お前もうどん食うか?」

 

と聞くとコクン、首を縦に振った。へーお前カロリーメイト以外にも食うんだな。一つ発見だ。

さてと、いつもの銀華の代わりに俺が料理をするわけだが…

銀華の家には、料理器具や調味料などは揃っている。というか、うどんなんて麺を茹でて、麺つゆを薄めればいいだけだからな。

結構使っていると思われる鍋を拝借し、麺を茹でていると……

 

「銀華さん」

「え?」

 

レキのそんな声にキッチンから顔を出すと、よろよろと危なっかしい足取りで寝室から出てきた銀華の姿があった。

 

「おい、銀華!?寝とけって!」

 

フラフラしてバランスの取れてない足取りから、調子がよくないのは明らか。急いで駆け寄ると銀華は体を俺に倒れるように寄せてきた。

 

「……でって言ったのに……」

「銀華?なんて?」

「いかないでって言ったのに……」

 

近くで俺を見上げながら、プクーと膨れる銀華は少し怒ってるみたいだ。

…だがその顔は………可愛い。本気で怒ってるわけじゃなくて、起きたら俺が近くにいなくて拗ねている感じだ。そんな子供っぽく可愛い銀華を見て、まず視覚でワンストライク。

そして腕にぃ……!し、銀華の、意外とある、柔らかい、2つの夢の惑星がッ!

足元がおぼつかない銀華は、俺の腕に倒れかかってるような体勢になっている。腕を組んで当たるってことは多々あったが、押し付けられるようにされるのは今までの事例でも数少ない。

そんな慣れない感覚、触覚でツーストライク。バッター遠山、追い込まれました。

もうヒステリアモードギリギリの線だぞ。銀華を看病してるはずなのに、このままだと俺まで看病されちまうことになるぞ。風邪が感染って。

と思いつつ銀華をベッドに戻すために大きく息を吸い込むと……高熱で上気した銀華の匂いが鼻腔に飛び込んできた。そりゃ近くに顔がありますからね。この失敗何回やるんだ俺は。

そんな匂い、嗅覚で俺はこれにて--バッターアウト。

 

「……キャッ……!」

 

俺に倒れかかってきていた銀華をお姫様抱っこしてあげる。突然お姫様抱っこをされた銀華は高熱でもともと赤かった顔を…ボンッ!と擬音語が聞こえるぐらい、さらに赤くした。

あんまりやりたくない技だが、風邪なのに言うことを聞かない悪い子にはヒステリアモードの技を使わせてもらおう。かつて兄さん、というかカナに教わった術だが--同じHSS持ちにできるだろうか。

 

「銀華」

 

声質はこんな感じで良かったはず。

落ち着けキンジ。落ち着けばできるはずだ。

 

「銀華。聞こえているかい。銀華」

 

俺は少し低い声で、銀華の心に潜り込むように語りかける。

 

「…うん?」

「銀華。俺はお前のことを大事にしている。この前もそう話したはずだろう?それでも、俺がどこに行ってしまうと思ったのかい?だとしたら心外だよ」

「ご、ごめん……」

「銀華は俺のことを理解してくれてると思ったけど--違ったのかな?銀華」

 

ヒステリアモードの甘い艶を交えた声で銀華、銀華と名前を呼ぶ。

 

「……う、ううん、そんな」

 

俺にお姫様抱っこされてる銀華の態度が従順なものに変わっていく。よし、うまく術にかかっている。

これは遠山家に伝わる『呼蕩(ことう)』。

最近は声優学校などで科学的に証明されてることだが、人は独特な声色や息遣いを交えた異性の声に弱い。

ヒステリアモードを持つ遠山家は、それを術技立てて代々伝えてるのだ。

そのノウハウによれば、女子はこういう声で自分の名前を繰り返し、耳元で優しく囁かれると…だんだん朦朧としてきてあらゆる判断を男に委ねるようになるらしい。

同じくヒステリアモードを持つ銀華に聞くかは不安だったが、どうやら銀華にも効くようだ。風邪で弱ってるのもあるけど。

 

「銀華。ベッドで寝ててくれるね?俺は元気な銀華が見たいんだ」

 

お姫様抱っこをしながら、そう耳元で囁く。

 

「…うん、わかったよ」

 

そう言った銀華をベッドの上に寝かす。やっと寝てくれるようだね。

大人しくなった銀華に背を向けて、うどんを作りを再開しようと思っていると

 

「…キンジ」

 

少し低い銀華の声がベッドから聞こえる。

 

「なんだい?」

「……その催眠術、私には効かないから」

 

俺はそれを聞いて苦笑いを浮かべることしかできない。後日、怒られるだろうなあといった確信がヒステリアモードの頭に浮かんでいた。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

私はキンジに言われて、大人しくベッドで寝ている…

まったく…私に寄りかかられたぐらいでHSSが発症するなんて…まあ、それはうれしくもあるんだけどさ…

あと、私が心配だからといっても、催眠術かけようとするのズルいよね。催眠術系統はヒルダの催眠術で慣れてる私だったけど、風邪で弱ってるから一瞬効きかけたよ…

まあそれにしても…ウルスの璃巫女が買いだしてきてくれるとはね。星伽、遠山、理子、私、それに来年転校してくるはずの4世。色金関係者が東京に大集合しているよ。まあ……偶然じゃないだろう。何か大きな力がかかってる。そんな気がする。

高熱のせいで朦朧とした頭の中でそんなことを考えていると

 

「銀華、できたよ」

 

といってお盆を持ったキンジが再び寝室に入ってきたよ。まだHSSは残っているみたいだね。

 

「…お願いがあるんだけど…」

「なんだい、言ってごらん」

 

自分で言い出したのにすごく言うのが恥ずかしい……でも、いつもは恥ずかしくてできないから、今日みたいな風邪の時しかできないような甘える行為を一杯するって決めたんだ。頑張れ私!

 

「あ、あのね。食べさせて欲しいなあ…」

 

自分で言っといてなんだけど…うう、恥ずかしい……

風邪の熱に加えて、恥ずかしさで熱が上がっていく感じがするよ…

 

「今の君はお姫様(プリンセス)だからね。騎士(ナイト)である俺は銀華の命令に背くことはできないさ」

 

キンジは予想通り了承してくれたけど…やっぱり恥ずかしい…

 

「はい、アーンして」

 

ふうふうと少し冷ましてから、レンゲに一口サイズのうどんの束を乗せて、私の口に差し出してくる。それを私は

--パクッ

疾風のごとき速さでうどんをたべた。

味は……わからない!恥ずかしすぎて、脳がテンパって思考が働いていないよ…

朝からこんなことばっかりしてるから、熱が下がらないのかも。

 

「もう一度、アーン」

 

そっから同じことを繰り返すことになったけど、恥ずかしすぎて味はわからなかった。

ううっ…やっぱり恥ずかしい……

キンジが風邪になった時は、今度は私が食べさせてあげるんだから!

 

「美味しかったかい?」

「うん、まあまあ…」

 

まったくわからなかったけど…

 

「じゃあ、よかった。口に合わないんじゃないかと思って心配していたんだ」

「…………」

 

まあいいか。せっかく作ってくれたんだし、まずいとか言ったら悪いしね。

 

「じゃあ寝ようか、銀華」

「………わかったよ………」

 

 

私は大人しく寝床についた。結構熱も辛いしね……

恥ずかしくて思考がショートしていたのもあるだろうが、布団を被った私の意識はすぐに夢の世界へ飛び立った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

銀華が寝たのを見届けた俺は起こさないようにと、再びリビングに戻った。

ヒステリアモードは銀華が寝たのを見届けたらきれた。リゾナは銀華を思うヒステリアモード。リゾナ気味だった今回のヒステリアモードは銀華が寝たのを見て安心してきれたのだろう。

 

「……」

 

戻ってきたダイニングには無言のレキ。気配がなさすぎて忘れてたぞおい。

俺の声は聞こえるようだが、いつもヘッドホンしてるし、不思議なやつだ。無感情なところから、あだ名でロボット・レキと言われているのも納得だぜ。

 

「お前、いつもなんの音楽聴いているんだ?」

 

ダイニング席の向かい側に座りちょっと気になったことを聞くと、レキはヘッドホンをとった。銀華で美人は見慣れているが、こいつはこいつでCGみたいに整った顔をしているな。

 

「音楽ではありません」

「じゃあなんだよ?」

「『風』です」

「風…?なんだそれ。誰かのコードネームか何かか?」

「人ではありません。風は風です」

 

風って……

ピューっと吹く、あの風のことか?

アレは大気の流れ。自然現象だ。そんなもの聞いてるのかお前。

 

「私は命じらました。銀華さんを見守れと」

「それは誰にだよ」

 

だから今日助けてくれたのか。

 

「風です」

 

また風か…そんなものが人に命令するわけないだろ。

 

「なんだよ風って」

「風は風です」

 

……うーん

これは繰り返しても無駄なパターンだな。「なんだそれ」「風です」の無限ループになるだろこれ。

別の切り口で聞いてみるか。

 

「お前、前に銀華と私は似ていると言っていたよな。じゃあ銀華も風の声が聞こえているのか?」

 

女というところと髪がちょっと青っぽいところしか似てないのに、妙に此の前、自信持ってたんだよな。よくわからんけど。

 

「いえ、聞こえていません」

 

なんだよ。

 

「ですが、銀華さんは他の二つに近い」

「他ってなんだよ」

「話せません」

「おい……」

「風が教えるなと言っている」

 

本当に風ってなんなんだよまったく……

 

「お前、風の言うことならなんでも聞くのか?」

 

呆れてそう聞くとレキは

 

「--私は1発の銃弾。銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない」

 

以前聞いた、狙撃する時に呟く、まじないのような言葉を返してきた。

--何も考えない。

つまりその風さんが言うことには絶対従うって事か。引き金を引けば必ず飛ぶ、銃弾のように。

 

(はあ…)

 

何もわからんかったな結局。似ているところや風さんとやらも。

コミュニケーションが難しい子との会話で疲れてしまった俺が一つため息をつくと………

 

「時間です」

 

そう言ってレキは立ち上がった。

 

「帰るのか?」

「はい。この後、任務がありますので」

「ありがとうなレキ」

 

俺がそう言うと、こくんと縦に振った。

 

「銀華さんは高熱により汗をかいています。汗などで肉体が汚れるとさらに体調不良に陥ります。女性1人では届かないところもあるのでキンジさんが拭いてあげるのがよいかと」

 

お、おい。体を拭くって肌を丸出しにするって事だろ。それに触るなんてヒステリアモードになりにいってるじゃねえか。連続ではなりにくいといっても限界があるぞおい。

そんな悶々とする俺を尻目にレキは銀華の部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

や、やっぱりこうなるのか…

起きた銀華を見にいったら、パジャマを変えたいと言われ、それじゃあと出て行こうとしたら……

 

「……ふ、拭いてくれない?」

「………は?」

 

こうなった。

 

「…お、お願い」

「あ、いや、その」

 

つまり……タオルで拭くって事ですよね?俺が。銀華の肌を。

 

「ま、前はわ、私が拭くから。……背中だけお願い……」

「お、おい銀華。いきなり何言い出すんだ。俺たちにはヒステリアモードがあるんだぞ…」

「……わかってるよ。でもさっきキンジHSSになったから今はなりにくいし…私はHSSにならない自信が結構ある…」

「いや、でもな…」

「……キンジ」

 

銀華は俺の胸元をキュッと掴むと上目遣いで聞いた。

 

「…婚約者にここまで言わせて拒むのキンジ?」

「………………」

 

それずるくねえか……

 

「…わかったよ」

「……ありがと」

 

銀華はそう言うと

しゅるっ。

俺に背中を向けて上半身の服を脱いだ。銀白の雪景色のような銀華の背中に、俺はまだ拭いてすらいないのにテンパりまくる。

と、とりあえず素数を数えるんだ俺!

(1.2.3.5.7……って1は素数じゃねえ!)

い、いかん。お互いにヒスるとやばいからって海やプールには行ったことないから、水着すら見たことなかったんだが、今上半身はそれすらつけていない状態だ。いかんでしょ。

 

「じ、じゃあ…よろしく…」

「は、はい」

 

焦りすぎて敬語になっちまったよ。銀華も顔真っ赤だし、余計に熱上がるんじゃねえかこれ。

 

(頑張れ、俺。なんとかヒスらないようにやり遂げろ…)

 

タオルを持ちながら、己の心を落ち着ける作戦を考える事しばし--思いついたぞ。

ヒス性の血流は怖さで萎えることがある。それを利用して恐怖心を敢えて高めてやり過ごす方法だ。

俺にとって一番怖いのは何か?もちろん銀華である。

普段優しい分、ベルセでキレた時の恐怖は半端ない。

前の銀華をベルセ銀華だと思おう。うん。

 

「じゃあ、その……拭くぞ」

「う、うん。よろしくね…」

 

うつ伏せになっている銀華は両頬を赤らめて目を閉じ、俺が拭くのを心待ちにしてるようなドキドキ顔だ。か、可愛い顔をするな。

そして俺の左手が脇腹に触れると

 

「あんっ」

 

びっくりしたのかそんな声を上げる。

ええい、女の声を上げるな銀華。

タオルで擦るたびに「んっ」と色っぽい声が漏れる。急いで背中を吹き終え…

 

「……お、終わったぞ銀華」

 

そんな声をかけると、今度は銀華が…

 

「もっと……して……」

 

ぎゃー!こいつヒスってやがる。さっきまでの自信はどこ行ったんだよ!

服は着ていないしもうこれ、そういう行為する前じゃねえか!

 

「うおおお!」

 

俺も甘くヒスっていた血流を活かし、カーテンの向こうへダッシュ。

そして後先考える暇もなく窓を開け、ベランダから飛び降りる。そのまま東京湾へgo!

ベランダの手すりからぶら下がったら、下の生徒に不審者に間違えられるからな。いや実際そうだが。

東京湾に浮かぶ俺だったが…

 

(今度は俺が風邪引くんじゃないか?…)

 

 

 

 

数日後、予想通り今度は俺が風邪をひいたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




20万文字超えてまだ原作が見えない…


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第24話:アンハッピーバースデー

遅くなりました…


注意:微原作改変、キンジ視点


幸せは長く続かないと言う。

高校生活を不知火や武藤、そして銀華のお陰で平和……とは言えないが、比較的幸せに過ごしていた俺へ降りかかってきた突然の不幸。

それは兄さんの死だった。

 

 

 

――金一が事故にあった。

12月24日、明日の銀華の誕生日の為に家でいろいろ準備をしている時、実家から電話がかかってきて、暗い声をした爺ちゃんからそう聞かされた。

浦賀沖を航行していたクルージング船・アンベリール号が海難事故を起こした。事故の原因は爺ちゃんだけではなく、まだ警察も詳しいことはわかっていないらしい。

幸い、乗客は救命ボートで脱出できたことにより皆無事。

だが、兄さんは乗客を逃していたせいで、自身は逃げ遅れ、未だ行方不明らしい。

兄さんの安否を心配するあまり一睡することもできず夜を明かした朝、少しでも情報を集めようとテレビをつけて飛び込んできたのは……

 

『彼は特命武偵だったのです。その立場にありながら事故を防げなかったのは、彼の実力が足りなかったからと言わざるえません』

『武装を許可されている武偵の身でありながら、事故を防げなかったなんて…嘆かわしいことです』

『彼の実力が足りてれば、乗客は危険な目に合うこともなかったでしょうし、クルージング・イベント会社もクルージング船を失うという多額の被害を受けずに済んだでしょう。事実、同乗していた武偵が有能な人なら良かったという声が救助された乗客から声も上がっています』

 

まだ行方不明の兄さんに向かって投げかけられる罵詈雑言の数々であった。

さらにニュースによると、夜間の懸命の捜索が行われたが事故が起きたのは潮の流れが早い所だったらしく、兄さんは見つからず、捜索は早くも打ち切られたらしい。つまり兄さんは見捨てられ死亡扱いにされたということだ。

そんな現実感のない情報は頭に入らず、テレビにでている奴に対して怒りが湧いてくる。

 

(クソッ!)

 

なんで兄さんが非難されなくちゃいけないんだ。何のために命を賭して乗客を助けたんだ。人的被害は出ていないじゃないか!

 

(誰のおかげで乗客が助かったと思ってるんだ、こいつらは!!)

 

TVに映るコメンテーターへのはらわたが煮えたぎるような感情で俺はTVを消す。

本当は銃でTVを撃ち抜いてやりたい。だが壊れるのは俺の部屋のテレビだけで放送が止まるわけではない。

その後俺はふと思い出し、緋色のバタフライナイフを取り出す。これをくれたのはカナ―――つまり兄さんだ。

そして、その兄さんは…………

 

死んだ

 

もういない。

あの憧れていたヒーローはもういない。

俺の憧れで尊敬していて、いつも力弱き人々のためにほとんど無償で戦い、どんな悪人にも負けなかった兄さんはもういない。

母さんが死んで寂しがっていた俺を女装して慰めてくれた優しい兄さんはもういない。

 

「うっ、う…兄さん」

 

その現実を受け止めるためた途端、口から嗚咽が漏れ、目からは涙が溢れでる。

母さん、父さん、そして兄さんまでも…

 

「うぁああああぁぁあああああ……!」

 

俺はここ最近あげたことのなかった泣き声をあげた。

 

 

 

 

 

一頻り泣いた。

同部屋のやつが任務で不在でよかった。こんな恥ずかしいところを見られたらたまったもんじゃない。話しかけられる気分でもないし、誰かにこのことを話す気分でもない。どうせそいつも兄さんを批判するだけだ。

(……今日は学校いいか………)

武偵高は年末まで授業があるのだが、今日は行く気分ではない。

 

--兄さんはなぜ人を助け、自分は死んだのか?

--なぜ死してなお、死体に石を投げつけられるのか?

--なぜスケープゴートにさせられたんだ?

--なぜ?

--なぜだ?

--ヒステリアモードのせいなのか?

--武偵をやっていたからなのか?

 

そんな疑問が頭の中を延々と駆け巡る。だが、その答えは出ることはなく、徹夜をしていたこともあって、意識が落ちてしまう。

 

――――――――

 

(ここは……どこだ…?)

 

俺が立っているのはどこかの広い草原。たった一人でその広い場所にポツーンと立っている。ここがどこか、なぜここにいるのかもわからない。

 

『キンジ』

 

そんな俺の名前を呼ぶ声がして振り返ると、そこにいたのは……

 

「父さん…母さん…!」

 

死んだはずの父さんと母さん。母さんは俺が小さい頃に死んでしまって、俺には母さんの記憶がほとんどない。だが、そこにいるのは母さんと直感的にわかった。本能というやつかもしれない。

俺はその二人の方に走りだした。一目散に。だが…

 

「…ッ………!」

 

地平線から恐ろしい速さで闇が迫ってくる。俺が二人に辿り着く前に二人を飲み込むぐらいの速さだ。

 

「……待って…!」

 

そんな声は闇に通用するわけがなく……俺が二人に辿り着くあと一歩のところで二人を包み込んでしまった。二人を包み込んだ後も闇が止まることはなく、

 

(しまった…)

 

俺までその闇の領域の中に突入してしまう。

母さん父さんはおろか、自分の腕や体すら見えない。こんな暗闇は体感したことがない。まるで星のない宇宙空間だ。

 

「父さん!母さん!」

 

そんな中を俺は必死に叫びながら手探りで二人を探すが、さっき二人が立っていた辺りにも姿はない。音の反響で探そうかと思ったが、こういうひらけた場所では音が反響しないので、何がどこにあるのかわからない。

俺は、本能的な恐怖を掻き立てられる闇の中、必死に二人を探し回る。

 

『キンジ』

 

また、不意に俺へ声がかけられる。今度の声は……

 

「兄さん!」

 

兄さん。暗闇が薄くなっているのか、兄さんの姿は見える。暗闇と同じ漆黒のコートを羽織り、上から下まで―――薄革の手袋まで全て黒ずくめの服を着ている。この場で異なる色は―――首周りをタテガミのように覆う白い毛皮と顔ぐらいだ。

だが当の兄さんは俺を呼び止めたにもかかわらず……

 

「…待って!兄さん!」

 

兄さんは闇の中へ歩き去ってしまう。漆黒のコートは暗闇と同化し、もうすでに見えない。その気配すらもうしない。

俺はこの暗闇の中で取り残されたのだ。ただ一人で、誰も残っていない暗闇に。

俺はもう何も見も聞きもしないことにする。なぜなら、目の前で失うのは嫌だから。そう思い膝を抱え塞ぎ込む。

 

『キンジ』

 

最近、一番よく聞いているからか耳に残るそんな女性の声がしたが、俺はそちらを見ることはなかった。

 

--------------

 

 

 

目を覚ましてベランダの方を見ると、もうすでに日も傾き始めた夕方。どうやら徹夜と泣き疲れで少し長い時間寝てしまったようだ。何か悪い夢を見た気がするが、今の現実より悪い夢はないだろうな。

 

(……………?)

 

台所の奥から何か物音が聞こえる。誰かいるようだが、同居人はしばらく帰ってこないと言っていたし、武偵の寮に盗みに入る馬鹿はいないだろう。誰だろう。心当たりがない。

一応誰か確認しとくかと思って、台所の方を見ると、そこにいたのは

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

料理を作っている最中の銀華であった。

武偵校の制服にエプロンつけた姿でおたまを持っている。銀華はこの部屋の合鍵を持っているし何度か訪れたことがあるので、居てもおかしくはなく、その表情はいつもと変わらないのだが……今の俺には眩しすぎる。

 

「その顔だとどうせ朝から何も食べてないんでしょ?とりあえず、何か作るからできるの待ってて」

「……ああ……」

 

とりあえずグイグイと台所から追い出されたので、部屋に逃げることにした。今は誰とも喋りたくない。それは銀華も例外ではない。

俺は自室に逃げ込み、ドアの鍵を閉める。

しばらく自室で一人でいる時に思い浮かぶのは……なぜ兄さんがこんなに批判されなければならないのかということだ。正義の味方をしていたのに……なんで、なんでなんだよ、兄さん……

 

「キンジできたよ」

 

コンコンッ

ドアをノックしながらそんなことを言ってくる。朝から何も食っていないし、腹は減っている。だが…………

 

「いや、いい」

 

このドアを開けると一人ではなくなってしまう。今は一人で居たいんだ。

 

「ダメだよ、お腹すいてるでしょ?」

「すいてない」

「すいているよ」

「すいてないって言ってんだろ!」

 

思わず大きな声を出してしまう。

ドア越しにいるはずの銀華がそんな俺の声を聞いて、

--ビクッ

と身を竦めたのがなんとなく気配でわかった。

 

「……金一義兄(にい)さんのこと大変なのはわかるけど、それじゃあキンジまで倒れちゃうよ?」

 

倒れる?別にいいさ。俺は人生の目標である兄さんを失ったんだ。目標を失った俺は、言わば抜け殻。抜け殻にはお似合いだろ。

俺は銀華の言葉に返答せずにしばらく黙っていると……

 

「でもマスコミも言いたい放題だね…」

 

ポツンと銀華が喋り始めた。

 

「金一義兄(にい)さんは乗客を救ったのに悪者扱いされて」

 

やめろ

 

「正義の味方が、これじゃあ悪者だよ」

 

ヤメロ

 

「逃げ遅れなければ……スケープゴートにされることはなく、結果もまた変わってただろうにね」

「黙れ!」

 

俺は我慢できず、ドアの鍵を開け勢いよく開き、エプロン姿の銀華と向かい合う。

 

「お前に何がわかるんだよ!家族を失った悲しみ、人生の目標を失った悲しみ、尊敬する兄さんがバカにされる悲しみ。どれもお前にはわからないだろ!」

 

俺の心を理解してないようなことを言ってくる銀華に対して、思わずそんなことを怒鳴りつける。

 

「……うん、そうだね……私にはその気持ちは推理できない…だって私はキンジじゃないから」

「………ッ……!」

「でもね、キンジ」

 

銀華が俺に近づいてくる。

 

 

 

 

『一人で抱え込まないでよ』

 

 

 

 

 

俺の耳にはそんな声が届き、銀華は俺の頭を胸に抱いた。俺が銀華に抱きつかれるのは度々あるが銀華の胸に抱かれたことはあまりない。普段の俺なら、いきなりのことに慌てて突き放しまうかもしれないが……今の俺はそうしないでいる。

銀華という女性には、人を安心させ、柔らかく包み込む……そんな不思議な力がある。そんな気がする。ヒステリア性のものとは違う、落ち着いた気持ちになれる。

 

「一人で抱え込んでても何もいいことはないよ」

 

それを裏付けるかのように俺を抱く銀華の声は………優しい。俺はあんだけ銀華に対して怒鳴ったのに。

 

「キンジは私に嬉しさや楽しさなどの幸せだけじゃなくて、悲しみも共有していいんだよ、私たちは家族なんだから」

「家族…?」

「ちょっと気は早い気はするけどね…いずれ私たちは家族になって家庭を持つんだから問題ないでしょ?」

 

胸から見上げると銀華はちょっと顔を赤くし照れ気味。確かにちょっと気が早い。

 

「悲しみや困ったことがあって一人じゃどうすることもできない。そんな時に一人で抱え込むんじゃなくて、私に話してよ。一人じゃ無理でも二人だったらどうにかなるかもしれないし」

「銀華…俺は…」

 

何かを俺の口は言おうとするが、まだ言葉が紡ぎ出せない。

 

「私はキンジの婚約者。一番身近にいるからこそ私はキンジと気持ちを共有したい。楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、悲しいこと全部。だから私に話して。今思ってること全部」

「う…うぐ、銀華……」

 

俺はそう言われ、再び涙腺が崩壊した。

俺は泣いた。

俺を優しく抱いてくる銀華の胸の中で泣いた。

一人の時より泣いた。

人前でこんなに泣いたのは父さんが死んだ時以来かもしれない。人前でこんな姿を見せるのは恥ずかしい。

……だが、銀華になら見せていいと思った。自分を飾ることなく、ありのままの姿を。

もしかしたら……これが………この感情が……

 

『恋』

 

ってことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

俺は泣きながら銀華に話した。

―――兄さんが死んでしまい、家族で俺だけが取り残されたこと。

―――尊敬する兄さんが命を落としてまで救ったのに世間に非難されるのが悔しいということ。

―――なぜ兄さんは、死んでなお石を投げつけられるのかということ。

―――それは武偵のせいかもしれないということ。

 

銀華は聞き上手なところがあるので、自分で驚くほどスラスラと言葉が出てきた。

その聞いていた当人、銀華は俺が小さい子のように泣きながらいうのを俺の背中を撫でながら目をつぶって静かに聞いていたのだが、俺が泣き止むと……

 

「ねえ、キンジ」

「…ん?」

 

そんな声が頭の上から掛かる。

 

「一つ聞きたいんだけど」

「……なんだ?」

 

今の銀華の声はさっきまでの優しい声とは違い、人を従わせるような抗い難い声だ。そういった銀華は俺を胸から解放し、俺と向かい合う。抱きついていた時は分からなかったが向かい合ってわかった。

銀華は怒っている。

 

「なんでキンジは金一義兄さんは死んだと思ってるの?」

 

その言葉は、雷に打たれたような感覚を引き起こした。

そうだ…俺は兄さんを…勝手に死んだことにしてしまった……だが、

 

「捜索はされたが行方不明なんだぞ、そしてその捜索も打ち切られた。死んだと考えるのが自然だろ?」

「死体はあがったの?」

「……いや……そんな連絡はまだない」

「じゃあまだ生きてるって信じてあげなよ!マスコミや世間がなんて言おうと金一義兄さんはキンジのヒーローなんでしょ!尊敬する人なんでしょ!まだ行方不明なだけで死んだってわかんないのになんでキンジが諦めてるの!一番近い親族である弟のキンジが諦めたら、金一義兄さんは本当に死んじゃうんだよ!」

 

そんな大声が廊下に響き渡る。

--パリンッ!

俺の心の中で何かが割れた。

そんな銀華の一言で色を失った暗黒の世界が色を取り戻した……そんな気がする。

 

「最初はね、怒る気なかったんだよ。私も金一義兄さんのこと悪く言われて本当に腹が立ったし、行方不明で心配だったし。でも、キンジが金一義兄さんのことを死んだことにしてるのは許せなかった。人の生死はその瞬間を見るまで諦めたらダメだよキンジ」

 

涙を目に一杯ためた表情でそういってくる。銀華も怖かったのかもしれない。俺に怒って嫌われることが。でも言わずにはいられなかった。そんなところだろう。

 

「ああ……そうだな……」

 

気持ちを共有し、なおかつダメなところは指摘してくれる。そんないい婚約者(パートナー)が俺にはいるのだとわかると、

 

「うん、うん、その表情だよ。悲しそうにしてるキンジは私も見てて辛いからね」

 

銀華はうんうんと頷く。

 

「それに金一義兄さんは生きてると思うよ」

「それは推理か?」

 

期待を込めて聞くが……

 

「勘だけど」

「勘かよ……」

「だけど私の勘だよ?」

「そうだな…」

 

銀華の勘は鋭い。以前二人で組んで解決した事件なんて、銀華の直感がなかったら迷宮入りしていたかもしれないものまであった。

俺を元気にしようとするための励ましかもしれないが、ちょっとそれを聞いて元気が出た。

 

「銀華……ありがとな」

「ううん、これぐらいは普通だよキンジ」

 

笑顔でパタパタと手を振りながら銀華は俺のお礼に応えるが、振り終わると銀華は真面目な顔に変えた。

 

「それでキンジはどうするの?」

「どうする…?」

「武偵を続けるのか辞めるのか」

 

銀華にさっき聞いてもらった話の中に、武偵という職業に対する不信感があった。それに対する答えは決まっている。

 

「俺は武偵をやめる」

 

武偵は人々を助けるために、戦って、戦って、傷ついて、そして死体にまで石を投げられる。ろくでもない、そんな役回りじゃないか…

 

「そっか…」

 

そういう銀華は何か考え始めた。

俺の心情的には銀華にも武偵を辞めて欲しい。身近な奴がまた一般人に非難されるのは金輪際ごめんだ。優しい銀華ならたぶん武偵を辞めてくれるだろう。

だが、それを俺から言いだすことはできない。なんたって銀華は優秀な武偵。他の奴らからも頼りにされてる。そして、何より銀華の将来の選択肢をつぶしたくはない。

 

「そんな顔してたら、流石に私でもわかるよ……キンジは私に武偵を辞めて欲しいんでしょ」

「あ、ああ…」

 

そんなに顔に出ていたのか…

 

「………わかったよ。私も武偵を辞めて一般人になる」

「ほ、本当か!」

「うん」

 

とりあえず一安心だ。辞めることを反対されたり、銀華が武偵に残るかもと思っていたが、すんなりいって助かった……

 

衛生科(メディカ)の経験もあるし、私は看護師にでもなろうかな。キンジは何になるつもり?」

「うーん、そうだな……」

「主夫?私が頑張って養ってあげるよ」

「それは嫌だな…」

 

一生懸命外で働いている銀華と対照的に、家で家事をやっている俺を想像するが……俺は家事全然できんし、これはダメだ。銀華におんぶに抱っこになってしまう。

 

「それじゃあ新しく企業でも立ち上げたら?遠山何何株式会社みたいに」

「俺が作った会社なんて潰れるのがオチだぞ…」

「ううん、キンジは商才あるよ。私が保証する」

「勘か?」

「勘」

「やっぱり…」

「でも、私の勘だよ?ホームズが、“凡庸な人間は自分の水準以上のものには理解をもたないけど、才能ある人物はひと目で天才を見抜いてしまう”と言ったように、才能ある人は才能ある人が見抜けるんだよ。少し自画自賛になるけどね」

 

てへっという風に可愛く舌を出す銀華を見て、普段の調子が戻ってきた俺はふとあることを思い出す。

 

「銀華お前。今日誕生日だったな」

 

勿体つけるのもあれだから、思い出してすぐそんなことを言うと銀華がいきなり固まった。

その後……こくん。という風に頷きながら、

 

「そ、そうだよ」

 

緊張してるのか声が震えている。去年も一緒にデートしたのになんでそんな緊張してるんだ?銀華もだが、女ってやつはわからないよな、本当に。

 

「手。出せ。プレゼントやるから」

 

というと銀華は両手を出しながら

どっきん、どっきん。

という心音が聞こえてきそうな、緊張の面持ちになった。

 

「あ、いや。片手でいい」

 

と右手で銀華の左手を掴む。

さっき確認したが、俺はポケットの中に--

プラチナの指輪がある。

銀華が銃を撃っても邪魔にならないよう、宝石のない、 指輪をな。

これは今年任務でせっせと稼いだ金をコツコツ貯めて買ったものだ。かなり高かったが銀華に安物つけさすのは気が引けたので、高いものを買った。そのせいで財布は軽い。

だが……銀華の左手を胸の前に引き寄せた俺は、ふと気づく。

今更だが、この指輪。銀華の指をこっそり盗み見て大体で買ったのだが、どの指に合うサイズなのかまでは考えていなかったぞ。迂闊だった。

 

「そ、そ、それで……キンジは……私に何をくれるのかな……?」

 

銀華の声は震えているし動きはギクシャクしている。

 

「すぐわかるから。ちょっと指みせろ」

「ゆ、指!?な、ななな、なんで?」

 

目をまん丸にしている銀華の、白くて長い五本の指を近くから観察するが……親指、人差し指、中指……はダメだな。入らない。小指だとずり落ちる。

じゃあ薬指だな。

 

「ほら」

 

俺が昨日爺ちゃんから電話が来る前にポケットに入れといた指輪ケースを取り出し、パカっと開けると

 

「わー!わー!」

 

尋常じゃないテンパり方で銀華が叫び始めた。

そりゃ輪だよ。指輪なんだから。

 

「誕生日おめでとう、銀華」

 

と指輪を渡そうとするが、銀華はビビって震えているので、自分ではつけられなさそうだ。

仕方なしに俺が銀華の左薬指を取り、スッと指輪を填めてやると----

おっピッタリだ。良かった。

 

「う、嬉しい…」

「そんなに喜んでもらえて良かった。これからもよろしくな」

「--はいっ」

 

敬語になるぐらい喜んでもらえてよかったぞ。

兄さんが失踪したり今年は色々あったが…

ハッピーバースデー銀華。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はこの時はまだ知らなかった。

俺と銀華が一般人を目指したことで、世界中で超人共が戦う、あの戦争を引き起こしてしまうことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後編は銀華視点です


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第25話:それぞれの思惑

第2章ラスト

注意:理子の口調迷子


幸せは長く続かないという。

キンジに降りかかった不幸は兄さんの死というニュース。だが不幸はキンジだけじゃなく、私にも降りかかった。私を天国から地獄に突き落とすようなものが。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

キンジを励まし、一緒にご飯を食べた後、私は自室に戻った。左の薬指にはまったプラチナの指輪を見る度に天にも昇る気分になるが、天に昇るにはまだ早い。私は確認しなくてはいけないことがある。

私は秘密回線処理のされた電話に手を掛け、数瞬悩んだが電話をかけた。数コールの後電話を取ったのは………目的の人物の父さん。

 

『銀華くん、久しぶりだね。それにナイスタイミングだ』

 

久しぶりに聞く声。その声は聞くだけでこれから嫌なことを言われると直感的にわかる。娘である私ですら全細胞が硬直してしまいそうな声であった。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

『その質問の前に一つ言わせてもらおう。ハッピーバースデー銀華君』

「ありがとう父さん」

 

実は今日、私の誕生日なことはキンジが心配のあまり忘れていた。自分の誕生日よりも婚約者(キンジ)の方が大事なのは当たり前だよ。

 

『さて、銀華君。僕から君に伝えたいこともあるが君の質問から答えよう。君が聞きたいことはなんだい?』

 

いつもの癖で少し回りくどい言い方をして父さんがそう言ってきた。それじゃあ遠慮なく。

 

「金一義兄さんは生きてるでしょ?」

『ああ、当然だよ』

 

その答えを聞いて一安心。勘は金一義兄さんが生きていると告げているし、推理もイ・ウーの一員になるために死んだことにしたという結論に至ったんだけど…証拠がなかった。キンジの家に行くまでに聞けば良かったと思われるかもしれないが、イ・ウーが攫ったという事実を知ってから、キンジに会って励ますことはしたくなかった。事実を知っているのに秘密にして励ますことは、キンジを裏切る行為だと思ったからね……最低限でも事実は知らない状態でいたかった。

 

「これは武偵殺しの一連の事件と酷似している。やったのは理子だね」

『ああ、そうだよ。そして金一君は進んで理子君に協力したようだ』

「ふーん……」

 

イ・ウーに本格的に入るために一芝居うったってところか。でも『義』を貫く金一義兄さんが悪の組織ぽいイ・ウーに本格的に入るとは思わなかったよ。今までイ・ウーにいたのは潜入捜査するためだと思ってた。もしかしたら他の狙いがあるのかも……

もう少しで狙いがわかるというところまで思考が進んだが…

 

『銀華君、僕は君に言いたいことがあるんだよ』

 

父さんの一言によって妨げられてしまう。

言いたいこととは何だろう…

娘の私にはわかるが、どこか不機嫌な声だ。

先ほどの勘と合わせて考えるとこれから言われることはいいことではないのは確かだ。

 

「何…?」

 

勘が告げている。

聞くな。聞いてはダメだと。

だが聞かないわけにはいかない。

好奇心がなかったとは完全に言いきれない……

が、それは主な理由ではない。

 

『イ・ウーの艦長として銀華君に命令する』

 

私はイ・ウーの一員。イ・ウーの一員である以上、リーダーである父さんの言葉は聞かなくてはいけない。

そう覚悟を決めた私に投げかけられた言葉は

 

 

 

 

 

 

『銀華君。キンジ君とは別れてもらう』

 

 

 

 

 

一番言われたくない言葉だった。

 

「ど…ういうこと…?」

『そのままの意味だよ。キンジ君との婚約を

破棄し、イ・ウーに戻ってくるんだ。ホームズ一族の中で最も優れた才能を持った、天与の少女―――君を極東の島国で生涯を終えさせたくはないからね。君を一般人なんかにはさせない。君は僕の後継者になるんだ』

 

少し怒ってるような口ぶりでいう父さんの言葉は理解できない。頭が動かない。

さっき二人で決めた一般人になるという決意が推理されていることに疑問を持ったり怒ったりはしない。そんな余裕はない。

ハハハ

私とキンジが別れる?

何か悪い冗談でしょ?

足元の地面が崩れ落ちる感覚。

深く寒く暗い穴に落ちて行く。

そんな感じがする。

 

「じょ、冗談でしょ…?」

『僕が冗談を言う人ではないことを君は知っているはずだよ?』

「なんでっ!」

 

私とキンジが過ごしたこの4年間はなんだったんだ。

 

「それじゃあ、なんで!」

 

最初は、なんでこの人何だろうと思ってた。

婚約者といってもただの観察対象みたいに思ってたし、もちろん恋心なんて持ってなかった。

……でも

一緒に過ごしていくうちに……

キンジに惹かれるようになった。

一緒にいて楽しいと思った。

横にいてほしい存在になった。

生まれて初めて『恋』をした。

 

「キンジと私を婚約者にしたの?!」

 

初めから婚約者にしなければ良かったのに。

父さんは初めから、私とキンジが一般人を目指すと推理できていたはずなのに。

そうすれば私はこんな悲しまずに済んだのに。

母さんが決めたことを最初から無視すれば良かったのに。

どうして…どうしてなの?

 

『推理の初歩だよ。君とキンジ君の婚約は緋色の研究―――緋弾のために必要だったからさ』

「緋色の研究で…?」

 

緋色の研究とは以前私も手伝っていた、緋弾―――緋緋色金(ヒヒイロカネ)の研究である。

 

『君も知っているとは思うが、緋弾の継承には難しい条件があるんだよ。1つは緋弾を覚醒させられる人格に限りがあること。情熱的でプライドが高く、僕は自分自身そう思わないが……どこか子供ぽい性格をしなくてはいけない。2つ目は能力を覚醒させるまで三年の間緋弾と共にあり続ける必要があった。これは僕と銀華君…いや紅華君の二人で実験したからわかったことだ』

 

私が手伝った緋色の研究。それは緋弾の継承の()()()となること。

緋弾を少し削り、私の体に埋め込むという実験を9歳の頃にしており、今もまだ体に埋まっている。そのせいで私、『紅華』は身長が伸びず、もともと紅華の時も銀色だった髪の毛なども紅色になってしまった。

だがおかしなことに紅華から銀華に変わると髪は銀に戻る。父さん曰く、簡単にいうと、色金は紅華と超能力の力を渡す『法結び』を結んでいるから銀華には色金の影響はないらしい。色金に詳しくない私はよくわからないけど。

銀華と紅華の見た目は昔は同じだったのに、今は別人のように変わる理由である。

 

『そしてこの条件は最近わかったことだが、緋弾を覚醒させるには、緋弾を持つものは心理的に成長する必要があったんだよ。僕は緋弾の継承者―――アリア君を女性として成長させる存在をずっと探していたんだ。そして、覚醒させることができる人物を見つけることができた。それがキンジ君だ』

「……つまり私はキンジが緋弾を覚醒させれるかを見極めるための実験体として使われたんだね」

『言い方は悪いが、そう捉えられて貰えてもらって構わないよ』

 

ハハハ

馬鹿みたいだね。

わかってるいるつもりで何にもわかってなかった。

私は父さんの掌で踊ってただけだ。

婚約した後、一般人を目指すということもわかってて、それを理由にキンジとの婚約を破棄。

私と別れたキンジを四世にくっ付けるつもりだったんだろう。

そのことが分かり、ペタンと座り込んでしまう。

父さんの思惑通り、キンジと会って、仲良くして、恋して…

……キンジ……

会いたいよ……

会って謝りたい。

ずっと一緒にいるって言っていたのにいれなくてごめんって。

涙が目からこぼれ落ちる。

涙は顔を濡らし、顔からこぼれ落ち手を濡らす。そしてその落ちた涙は……

--キラリッ

と左手の薬指にはまった指輪輝かせた。

 

(キンジ…)

 

キンジがくれた指輪。キンジのことだから薬指にはめるという意味は理解していないだろうけど……気持ちは伝わった。キンジが私を愛してくれているって。それは私も同じ。

 

……その気持ちは父さんに作られたもの?

 

違う。

きっかけは父さんかもしれないけど、私たちの気持ちは私たちが一緒にいて、芽生えたもの。他の人に作られたものではない。

 

そうだよ。何諦めてんだよ私。キンジだって金一義兄さんが生きていると信じて、また立ち上がったんだよ。私がへこたれてどうするんだ。

 

「父さん」

『なんだい?』

「私はキンジと別れない」

『ほう…』

 

今から言う言葉は覚悟がいる選択だ。キンジが目標としていた武偵を辞めると言ったように、私は……

 

「私はイ・ウーを退学する」

 

生まれ故郷であるイ・ウーから出ることを決めた。

 

「イ・ウーを退学した私に対して、父さんは私に命令権を持たない。だから私はキンジと別れない。私は私の世界からキンジがいなくなるなんて耐えられない。生まれ故郷のイ・ウーを辞めること以上にね」

 

半ば意地になって言うと―――

父さんは黙った。電話口だが、どこか目を閉じているような気もする。

そして……

 

『銀華君。イ・ウーを辞めるということはこの後どうなることが起きるのかわかってるのかい?』

「初歩的な推理だよ。私の力を狙う奴らが現れる。イ・ウーという後ろ盾を失うからね」

『そうだよ。君の力は唯一無二だからね。君を欲している陣営なんて星の数ほどあるんだ。その中には強引に入れようとする集団もあるだろう。イ・ウーという組織から出て、フリーとなった君を世界が放っておくわけないんだよ』

「私は世界なんて知らない。キンジと共に平穏に暮らして死ぬ」

 

私がそうきっぱり言い切ると

 

『それが、世界の選択か…』

 

父さんはそう呟いた。

 

『それなら平穏に生きるといい…と言いたいところだが、僕は君の保護者だ。僕が生きている間は君の安全を見守る義務がある。銀華君。イ・ウー艦長とその生徒ではなく、父親と娘として取引をしないかい?』

「取引?」

『そうだ。僕が生きている間はイ・ウーの力で君を今まで通り守ってあげよう。だが、その間アリア君がキンジ君に接触するのも許してあげてほしい』

「緋色の研究のため?」

『そうだ』

 

悪くはない条件だが良くもない。だが、この条件で飲めばキンジと別れろとはもう言ってこないだろう。私としてはキンジと別れなければ問題はない。四世がキンジに接触するせいで、キンジとイチャイチャできる時間は少し減るかもしれないけど……父さんが死ぬまであと半年。それぐらいは私でも我慢できるよ。そしてこれが父さんの最後の頼みだろう。まあ聞いてあげてもいいか…

 

「わかったよ。あと、推理できてると思うけど、私はイ・ウーの次期リーダーにはならない。よろしくね、父さん」

 

そう言って答えを聞かず電話を切った。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

一方的に切られた電話を片手に僕は苦笑い。

相変わらず銀華君はキンジ君が関わると推理力が全く働かなくなるね。

僕はイ・ウーの"リーダー"である以前に銀華君の"父親"なんだ。いくら女心がわからないと言われている僕とはいえ、娘の幸せを奪う行為をするわけがないだろ?

キンジ君と別れろという命令に対して反抗を起こすのは今までの行動からすぐにわかる。

僕の本当の目的は取引で出した『アリア君がキンジ君に近づくことを許す』ことを銀華君に飲ませること。

この取引を最初から出しても、銀華君は確実に拒否するであろう。なので最初に怒ってるフリをして明らかに無理な条件を出し、譲歩するように見せ、飲ませたい条件を飲ませた。

キンジ君は2()()の色金を覚醒させる鍵となる人物。

銀華君はキンジ君と今まで通り仲良く出来なくなり、不満が溜まるだろう。だがそれを乗り越えることで紅華君の色金は覚醒する。

また、アリア君はキンジ君を欲するだろうが、銀華君という強力なライバルがいるせいで自分のものにできない。アリア君の場合はそれを乗り越えることで緋弾が覚醒する。

 

『緋色の研究』最終章。その序曲の始まりはもうすぐだよ。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

金一を教授の命令通り、武偵殺しとして攫った2日後の12月26日。

武偵高に戻って来ていた私は銀華の家に招待された。

 

北条銀華。

 

ここ1年間私は銀華とは仲良くしてるけど……わかったこと言えばキンジに本当に惚れているぐらい。実力の底は見えないし、過去の情報も洗うことができなかった。雰囲気がどこか知っている誰かに似てると思うんだけど……あと一歩のところで出てこないんだよね…喉元まで出かかってるのに出ないこのもどかしさ。

 

そしてこのタイミングで私を家に招待するなんて、何か裏があるとしか思えない。だけど、あの事故を起こしたのが私に繋がると思われる物は何も残していない。それに事故から2日しか経っていないんだ。この短時間であの事故を起こした犯人とこの私と結びつけることができるのは、教授とその娘の紅華ぐらいだよね。

…あと、それと銀華の婚約者―――遠山キンジ。

金一の弟で、銀華の技も何個か使えて、実力は申し分なし。オルメスのパートナーにもうってつけだろう。

だが…問題は銀華とキンジ、二人が愛し合っているってところなんだよね。銀華なんてキンジといる時は周りにハートが浮かんでるし、キンジも銀華とそれ以外の人といる時じゃ表情が違う。

あの二人を引き剥がすなんて、できるのか?

教授は大丈夫と言っていたけど、不安しかない……

とりあえずは今は銀華と会う。

それでキンジを銀華から引き離し、オルメスと引きあわせるきっかけを掴もう。

そういうつもりで銀華の誘いを受けたんだし。

女子寮に着き、何度か訪れている銀華の家のインターホンを鳴らし

 

「しろろん来たよ〜」

 

と言う。数秒待つとバタバタと慌ただしくスリッパを鳴らす音が部屋の内部から聞こえ……

 

「はーい」

 

と言ってエプロン姿の銀華がドアを開けた。

 

「いらっしゃい、理子」

「何度見てもエプロン姿可愛いよしろろん!新婚のお嫁さんみたい!」

「えへへ…そうかな?」

 

相手自身の情報を上手く引き出すためにはいい気分にさせることが必要だ。そのために少し煽てておく必要がある。そして、銀華は乙女思考だから、お嫁さんや彼女という言葉を使うと簡単に喜んでくれる。チョロい。

 

「おじゃましまーす!」

 

元気よくそう言い、銀華は私の前を歩きダイニング兼リビングまで連れて言ったのだが、ふとある部分に目が止まった。

 

「しろろん…それって?」

 

私が注目したのは左手の薬指にはまった指輪。確か学校では着けてなかったよね。宝石とかは付いていないけど、輝きからして安物じゃない。

 

「これね、昨日誕生日プレゼントにキンジから貰ったんだ」

「へー、やるじゃんキーくん」

 

嬉しそうに笑う銀華は幸せ一杯といった感じだ。

あれ…昨日は金一が死んだと思って、キンジはショックで学校休んだらしいけど……恋人の誕生日祝う余裕があるなんて、そんなにショックじゃなかったのかな?意外とお兄さんに対して薄情だねキンジ。

 

「さてと……ご飯にしようか」

「わーい」

 

何度かご馳走になっているが銀華のご飯は美味しい。イ・ウーのリサが作る和食も美味しかったけど、銀華の方が美味しい。曰く花嫁修行の成果だそうだ。本当に一途だね銀華は。

今日のメニューは鰤の塩焼き、根菜の煮付け、しじみの味噌汁とご飯だ。

 

「いっただきまーす!」

「はい、召し上がれ」

 

食事中も会話に困ることはなかった。

私が一方的に話しても上手く答えてくれる。やっぱり銀華は聞き上手。

 

「しろろん、こんな美味しいご飯作れるんだったら私のお嫁さんにならない?」

 

とそんな冗談を飛ばしても

 

「嬉しいけど、私はキンジのお嫁さんになるつもりだから、ごめんね」

 

余裕の笑みで返してくる。

ぐぬぬ…冗談だとわかってる反応だけど軽くあしらわれると私のプライドが…

そのまま和やかな雰囲気で食事が進んでいき、食事が終わると--

ガタッ

銀華が椅子から立ち上がった。

そしてそのまま寝室の方に向かう。

 

「しろろん、どうしたの?」

「ちょっと着替えようかなって。お茶でも飲んで待ってて」

 

銀華は制服から私服に着替えたいのだろう、そのまま寝室に入って行く。

くふふ…銀華甘いよ。怪盗から目を離しちゃうなんて。警戒心が甘いよ。Sランクと言ってもそこまでだね。

私は監視カメラが仕掛けられている可能性も考え、不自然ではない感じに部屋を見渡す。

少しでも正体がわかるものがないか。キンジと引き離すのに使えそうな、少しでも弱みを握れる物はないか探す。

でも視界に入るのは、家具や電子機器、ハート型のクッション、写真立て。

写真立てにはキンジとのラブラブ写真が入ってる。銀華とキンジ、本当お互いに完落ちしてるね。

まったく…こんなラブラブカップルなのに、引き離してオルメスとキンジを引き合わせるにはいったいどうすればいいんだ。

そんなラブラブな写真を見て苦笑いしていると……

ブルルルル

ポケットの中の携帯が震えた。相手は……銀華だ。

…なんで近くにいるのに電話かけてきたんだろう?

 

「どうしたの、しろろん?」

「ちょっとお喋りしたくなったんだよ、理子」

 

ちょっと待って…少し怖いんだけど…

さっきまでの優しい声はどこ行ったの?

 

「いいけど…どうしたの?」

「ねえ理子、一昨日起きた浦賀沖海難事故のことは知ってるよね?」

「……知ってるよ、キンジのお兄さんが巻き込まれた事故だよね」

 

私が起こした事件なんだから。

 

「私はあの事故は誰かが引き起こしたものだと思うんだよ」

「………」

「理子、『武偵殺し』って聞いたことある?」

「…あるよ」

 

私のことだよ。

武偵殺しというよりは本当は武偵攫いなんだけど。

 

「『武偵殺し』の犯行はエスカレートしている。バイクジャックから始まり、次はカージャック。今回のがもし『武偵殺し』の犯行だったらシージャックだね」

「……本当に武偵殺しがやったとは限らないんじゃない?」

「確かにそうだね。でも私はこの事件、武偵殺しの犯行としか考えられないんだ。現代技術がふんだんに詰め込まれた豪華客船で沈むような海難事故が起きるとは考えづらい。外部からの干渉があったと見るべきだよ。そして、死亡したのは優秀な武偵である金一兄さん一人。この用意周到な手口・犯行計画などから挙げられるものからして、『武偵殺し』が起こした犯行にしか見えないんだよ」

 

銀華の言葉に私は額に汗をかく。

 

「そして私は、武偵殺しの犯人までわかった」

「……」

「そうだよね。理子・峰・リュパン四世。いや『武偵殺し』さん」

 

まずい。銀華を甘く見ていた。

オルメスと戦う前に私が武偵殺しだとバレるのはまずい。ブラドとの約束を果たせなくなって、本当の自由を奪い取る機会を失ってしまう。それを防ぐには…

 

「何を言ってるの、しろろん?私が『武偵殺し』なわけないでしょ?」

「一昨日理子学校休んだよね。一体どこにいたのかな?」

「……」

 

とぼけてみたが効かなかった。

なら……

 

「私の口を封じるつもりかもしれないけど無理だよ。理子には」

 

思考を読まれている。

だが思考を読まれているからといって負けたわけではない。

ただの武偵には負けない。

負けられない。

私は『双剣双銃(カドラ)の理子』。

ただの武偵には負けない

負けられない。

絶対に負けられない。

ホームズ四世に勝つまでは絶対に負けられないんだ!

 

「うおおおおおお!」

 

雄叫びをあげて私は寝室に突っ込んだ。

両手に銃、ツーサイドアップのツインテールの両方に双剣を握らせて本気の姿で。

 

イ・ウーでは私は弱い。

でもただの武偵ではこの私には勝てない。

この時はそう思っていた。

だが相手はただの武偵ではなかった。

突っ込んだ寝室にいたのは……

紅の髪に、紅の瞳をもつ小柄な少女。

 

「だから無理って言ったでしょ」

 

その言葉に私の全細胞が硬直する。

なんで……なんでここにいるんだ。()()が。

 

「驚いているようだね。まずは武器を降ろしなよ」

 

そう言った後、紅華が小さく力むのが見え--バチイイイイイイイイッ!

 

「きゃああああっ!」

 

私はその場に転倒した。

こ、これは…!

この60〜90万ボルトの強力なスタンガンを食らったような衝撃…

ヒルダの超能力…!

 

「寝室で使うことになるとはね」

 

ヒルダの超能力を使えるのはヒルダと教授……そして紅華だ。

立とう……立とうとするがダメ。

意識は保てている。だが、全身の運動神経を痛めつけられ、筋肉に力が入らない。

 

「どうして……く、紅華……がここに?」

 

震える口からそんな疑問がつむぎ出される。

 

「ん?私の家だからだよ?」

「……え?」

 

ここは銀華の家なはず……ま、まさか!

 

「そうだよ。理子の予想通り私は二つの姿を持っているんだ。紅華・ホームズ・イステルと北条銀華。これが私の持つ二つの姿」

 

銀華の雰囲気がどこか誰かに似てるなと思ってたが紅華だったのか……!

 

「私は怒ってるんだよ。キンジを泣かせた理子にね。実行した理子だけじゃない。いなくなった金一にも命令を出した父さんにも」

 

紅華を怒らせてはいけないというのは、イ・ウーでは暗黙のルールとなっている。怒らせたらやばいということが知られているからだ。

 

「ねえ、理子。取引しよ?」

 

体を動かすことができない私を仰向けにしてマウント状態になる紅華。

 

「……取引?」

「四世との勝負、私も協力してあげる。キンジをアリアに少しぐらいなら貸してあげてもいい」

 

いい条件だ。というか良すぎる条件。紅華……いや銀華が自らアリアとキンジの接触を許すとは思わなかった。

 

「その代わり……」

 

紅華は一区切りつけ

 

「キンジを殺すな」

 

その時の紅華の顔は初めてみる顔だった。

紅華の顔に浮かんでいたのは怒りではなく…

キンジを失うことへの危惧や恐怖の感情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀華を泣かせたの許さねえからなシャーロック。
いつかぶちのめしてやる(キンジが)



次話から原作突入です


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第3章:二人の探偵(ホームズ)
第26話:神崎・H・アリア


ようやく原作ですね…原作はオリジナルと違い構成を練る時間が少ないですが、面白くするのがなかなか難しい…


武偵高二年の始業式の日。

とうとうこの時がきてしまった。

父さんが主導、私が手伝う形で行ってきた「緋色の研究」。

その研究結果がわかるのが今年。私の条理予知(コグニス)はともかく、父さんの条理予知ですら推理できないことが今から始まる。

私達親子は推理できないことに好奇心を持つ。実は緋色の研究の結果は私も少し楽しみにしている。

でも緋弾を覚醒させるにはどうやらキンジが必要らしい。

私としてはキンジを巻き込ませたくないけど……キンジと一緒に一般人になるためだから仕方ない。

そして神崎・H(ホームズ)・アリア。

1年次末であるところの今年の冬から転校してきている私の親戚であり、緋色の研究の集大成の人物。

私とは合わない人間だし、キンジとの時間をかなり取られるだろうけど……父さんとの約束がある。

 

まず始めの事件はキンジとも因縁がある『武偵殺し』。理子との取引もあるし、私は2人に怪しまれない程度に傍観に回る。理子がアリアに負けるとは思えないけど、キンジと組んだアリアは…まあきついだろうね。HSSキンジは今の私をはるかに凌駕するレベルになったし。

 

その状況を覆し、たとえ理子が神崎を殺してしまってもそれまでのこと。死んだら死んだで所詮そこまでの器だったということだし、研鑽派(ダイオ)の人たちも弱者の下につくつもりはないだろうからね。

まあ仮に神崎が父さんの後を継いだとしても、命令を聞く気は無いし、というか父さんが死んだ時点で私は生まれ故郷であるイ・ウーから抜ける。

一般人になりたいキンジにも迷惑かかるだろう。キンジの重しにはなりたく無い。私としてはイ・ウーが崩壊してイ・ウーのしがらみがなくなるのが一番いい。

イ・ウー生まれイ・ウー育ちの私が何を言っているんだろうね…まるで正義の味方の家系に生まれ、武偵をやめるって言っているキンジみたい。

まあいいや。

私の条理予知によるともうすぐ始まる……いやもう始まってるね。

 

「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります」

 

チャリで爆走するキンジとネットで人気のボーカロイドの声だすUZIを搭載したセグウェイが裏路地に止めている私の車の前を通り過ぎる。助けてあげたいが、その気持ちをグッと堪える。

 

「アイ出して」

「承りました」

 

私がそう言うと車内モニターに、今ハッキングしている監視カメラに映っている映像が表示される。

場所は女子寮の屋上。そこにいたのは丈夫な縫い目を持つパラグライダーを背負っている神崎アリア。

彼女は監視カメラの方を見られているのを感じたのかこちら一瞬一瞥した。相変わらず直感は父さん並みだね…私よりいいもの持ってるよ全く。

 

彼女はそのまま下を通っているだろうキンジを真っ直ぐ見つめて--女子寮の屋上から飛び降りた。

 

これがキンジとアリアの初めての出会い。

 

さーて、序曲(プレリュード)のスタートだよ。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

(やっちまった…)

世にも奇妙なチャリジャックという事件の報告を教務課に済ませ、俺は新しいクラスにトボトボと向かう。

あのちびっこピンク髪の少女にヒステリアモードを見られてしまった。

これのまずい点は2つある。

1つはヒステリアモードが女子に再び利用されるとまずい点。銀華のおかげでトラウマはだいぶ克服できたが、まだ心の傷跡は少し残っている。もう二度とあんなことはごめんだからな。

そして2つ目の方がやばいんだが……

また銀華が入学試験の時のように暴走しないかだな。俺が銀華以外の女でヒステリアモードになったことを知ったら、たぶん9割以上の確率でベルセになるだろう。そのキレた銀華は、すでにヒステリアモードがきれた俺にはどうすることもできん。死んだな俺。

 

二年生になって1日目から絶賛鬱病進行中だったが……まあ中学一年の冬、女装して女子校に潜入したときよりマシか。

そんなことを考えながら、新教室にたどり着き、自分の机を探し出して座り、嫌悪感で机に突っ伏す。

 

「おはよう、遠山君。朝から元気ないね」

 

そんな俺にまた同じクラスだった不知火が話しかけてくる。

 

「新学期早々爆弾事件(ボムケース)に巻き込まれるなんて不運だったね。」

「なんでお前がもう知っているんだ」

「さっき教務科から出てた周知メールだよ。二年生の男子で始業式に出てなくて不幸体質なのは遠山君ぐらいしかいないからね」

「不幸体質って……言ってくれるな不知火」

 

1発ぶん殴ってやろうかと思ったが、そんな元気はない。再び突っ伏す体勢になった俺は

 

「いよー、キンジ!」

 

今度は後ろから武藤が話しかけてくる。ほっといてくれと言おうと思い、振り向くと……

 

「おはよう、キンジ」

 

武藤ではなく銀華が立っていた。

 

「おはよう銀華…あれ武藤は?」

「私が今武藤君の声出したんだけど。どうだった?似てた?」

「ああ…似てたぞ…」

 

探偵科の優等生でもある銀華は変声術も俺と違ってうまい。

 

「元気ないね、大丈夫?」

「……ああ、問題ない」

「それならいいけど」

 

不安そうな顔で心配してくれている。

やっぱりいいやつだな銀華は。

 

「相変わらず北条さんは遠山君といい関係だね」

「こんな美人な嫁さんがいるなんて轢いてやろうか」

 

不知火と今度は本物の武藤が俺にそんなことるを言ってくる。

 

「美人なんて嬉しいこと言ってくれるね武藤君。キンジはあまり私にそういうこと言ってくれないんだよ」

 

ヨヨヨと嘘泣きする銀華。確かに、気恥ずかしくてヒステリアモードの時以外言ったことはないが…そしてそんな話をしていると周りの嫉妬するような目が集まってるのを感じる…

 

「はいはい、皆さん席に着いてくださーい」

 

ほんわかな雰囲気で教室に入ってきたのは、俺が三学期に転科した探偵科の主任をしている高天原(たかまがはら)ゆとり先生だ。

常に笑顔で穏やかな性格で気が弱いのだが、彼女が教卓に立つと生徒は早足に自分の席に戻る。

武偵高の教師は大なり小なり殺気を発してるものなのだが、彼女は異質。

荒くれ者集団の武偵高の連中がそんな人に従うとは普通は思えないのだが、彼女を困らせると彼女とルームシェアをしている武偵高二大やべえ教師であるところの蘭豹(らんびょう)(つづり)が飛んでくるからな。生徒みんな従うってわけだ。

まあ…あの2人とルームシェアをしていて傷1つおってないのを見ると、やっぱりこの人も只者じゃないんだろうけど。

 

「このクラスの担任となりました高天原ゆとりです。一年間よろしくお願いしますね」

 

先生がそう自己紹介すると拍手が巻き起こる。蘭豹とかが担任だと地獄だからな。拍手が巻き起こるのもわかる。

 

「うふふ。じゃあまずは去年の3学期に転入してきたカーワイイ女の子から自己紹介してもらっちゃいますよー」

「うおおお」「マジで!?」「やったぜ」

 

先生のそんな言葉にクラスメイトは喜んでいるが俺にとっては嫌なニュースだ。

可愛い女の子と言う言葉だけでも嫌なのに、さらになんか…嫌な予感がするぞ。そして俺の嫌な予感は大体当たるってことが経験上わかっている。

 

「神崎・H・アリアちゃんでーす!」

 

ずりっ、と椅子から転げ落ちそうになる。嫌な予感大当たりだ。いい加減外れて欲しいぞ。

俺の死角にあった席から立ち教壇に立ったのは不幸なことに同じA組だったピンクのチビツインテールの女子。神崎・H・アリアだった。アイツはクラスを見回すと俺を見つけたようで…

 

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 

俺を指差してそう言うもんだから

ずりっ、今度は椅子から転げ落ちてしまう。

突然のことに、教室もざわめいている。

 

(やめてくれよ…)

 

意味がわからなさすぎて絶句。ただただ絶句するしかない。

いや銃撃されるならばわからないこともない。俺に最後まで武器を突きつけて怒っていたからな。でも『隣に座りたい』ときた。

あれか。よく、怒った銀華が俺によくやる、近くに座って(なぶ)り殺しにする気か。

 

「よ…良かったなキンジ。早速可愛い子から指名があるなんて。先生!俺、転入生さんと席変わりますよ」

「あらあら。遠山君は北条さんといい神崎さんといいモテるのねー。じゃあ武藤君席を代わってあげて」

 

やんややんやとノリのいいクラスメイトは騒いでいるが……おい、武藤(バカ)。その言い方明らかに銀華を挑発してるだろ…

先生に抗議するか銀華に弁明しようとしたその時、アリアが

 

「キンジ。さっきのベルトを返すわ」

 

といきなり俺の名前を呼び捨てにしつつ、さっきの事件で俺が貸したベルトを放り投げてきた。

 

「あれれ〜おかしいぞ〜」

 

俺の左隣から某国民的推理アニメのちびっ子のような口調でそう言ったのはこのクラスで武藤に続くバカ、峰理子だ。

 

「キーくん、ベルトしてない!そしてそのベルトをそのツインテールさんが持ってるのはおかしいよね?これ謎でしょ謎でしょ!?でも理子には推理できちゃった!できちゃった!」

 

自分の席でぴょんぴょん跳ねながらそういう理子はそんなことを言う。というかアリアと理子背の高さ同じぐらいだな。ちょっと理子の方がデカイけど。

 

「キーくんはしろろんだけでは飽き足らずツインテールさんにも手を出したんだよ!つまり神崎さんと熱い熱い浮気の真っ最中なんだよ!」

「北条さんだけじゃなくこんな可愛い子まで!?」「北条さん以外に興味なさそうだったのに裏ではもしかして肉食系?」「フケツ!」

ツーサイドアップにゆった金髪を揺らしながら理子はお馬鹿推理をぶちまけると、それに便乗してクラスメイトがそんなことを言ってきた。というか新学期なのに息があいすぎだろお前ら。

だがそのお馬鹿推理やこういう盛り上がりも銀華を怒らせる要素となりうる。冷静な状態なら突拍子もないことってすぐわかるだろうが、アイツはキレてベルセになると途端に推理力が下がるからな。怖すぎて理子のもう1つ左にいる銀華の方を見ることできん…

 

「しろろん判決を」

無罪(イノセンス)

「「「えーーー」」」

 

助かった…そしてなんでクラス全員で、えーなんだ。どんだけ俺が銀華に処刑されるのが見たいんだお前ら。

 

「しろろん、そんなこと言ってたらキーくん取られちゃうよ!なんたってあの2人は熱い熱い恋人関係になってるんだよ!」

 

銀華裁判長の判決が気に入らないのか理子はそんなことを言ってる。対する銀華は怒ってはないものの、ほんの少しだけ不機嫌そうだ。多分他のクラスメイトはわかっていないだろうがな。そんな時--

 

すぎゅんぎゅん!

 

鳴り響いた2つの銃声がクラスを一気に凍りつかせた。

その音は今まで黙っていたアリアから発せらている。手を広げるように伸ばしたその両腕の先には、壁に1発ずつ穴が空いており、銃口からは白い硝煙がでている。

チンチンチチーン…

落ちた2つの空薬莢の音が静けさをさらにきわだたせている。

それを起こした張本人、顔を真っ赤にしたアリアは

 

「こ、恋人なんて……くっだらない!覚えておきなさい。今度そんな馬鹿なこと言った奴には…」

 

1つ言葉を区切って、

 

「--風穴開けるわよ!」

 

そう言い放った。

それを聞いたクラスメイトの様子は畏怖するもの、痛いものを見るものなど様々だったが、銀華はアリアを観察しているようだった。それも動物実験の様子を見るような目で。

 

 

 

昼休みになると質問責めにされるのがわかっていた俺は、追ってくるクラスメイトをなんとかまき、理科棟の屋上に避難した。

というかアリアのことを聞かれても困る。俺は何にもあいつのことをしらないのだ。朝チャリジャックを助けられてそっから追いかけられたそれだけの関係。

なんでこんなことに…とため息まじりにしょんぼりしていると…何人かの女子が喋りながらやってきた。声に聞き覚えあるぞ。たぶん同じクラスの、それも強襲科の女子どもだ。見つかるとやばいと感じた俺は物陰にこそっと隠れる。

 

「今日のキンジってば不幸。チャリ爆破されてしかもあのアリアに絡まれてるんでしょ?お気の毒」

 

屋上に入ってきた3人の女子はどうやら俺のことを話しているようだ。

 

「さっきのキンジ。ちょっとかわいそうだったよねー」

「確かに。アリア、朝からキンジのこと探ってたし」

「あ、私もアリアにいきなり聞かれた。キンジがどんな武偵だったとか実績とか。『強襲科で銀華と組んでた時はすごかったんだけどねー』って適当に答えといたけど」

「アリア、さっきは教務科の前にいたよ。あの『金銀の双極(パーフェクト・デュオ)』の2人の間に入り込む隙間なんてないのにね」

「ねー。アリアがガチでラブでもあの2人のラブラブ度に勝てるわけないのに」

 

渦中の当人としてはつい話を盗み聞きしてしまう。というかラブラブ度ってなんだ…

 

「銀華もキンジもカワイソー。あの2人のことは結構有名なのに空気が読めないアリアに亀裂を入れられそうになるなんてねー」

「でも、アリアって男子の中では人気ぽいよ」

「あーそうそう。転校してきてすぐにファンクラブできたらしいね。写真部が盗撮した写真とか銀華の写真並に高値で取引されてるみたい」

「それ知ってる。フィギュアスケートとかチアリーディングとかのポラ写真なんて万単位の値段らしいよ。でも過去最高は銀華の水泳の時の写真だってさ。あれだけは桁が違うんだって」

「銀華のファンクラブは熱狂的だからねー。まあ銀華ファンクラブってよりはキンジ死ね死ねクラブだけど」

 

いつも思うがなんだそのクラブ名。強襲科の別名、死ね死ね団みたいな名前に俺の名前を入れるのやめてくれよ。

 

「いつかキンジ刺されそうだよね」

「わかるー」

 

そんな風に俺やアリア、銀華の話題でわいわいと盛り上がる女子たちはしばらくするといなくなった。俺が隠れていた物陰から出ると…

 

「だーれだ」

 

後ろから手袋をした手で目を塞がれ、低く野太い声で聞かれる。声は違うが爽やかな菊っぽい匂いでわかるし、こんなことやるやつ1人しか知らない。

 

「銀華しかいないだろ…」

「ピンポーン。声も違うし手袋したのにどうしてわかったの?」

「……勘かな」

「キンジもなかなか勘が鋭くなったね」

 

相変わらず銀華は俺の嘘には引っかかる。

いつもは嘘発見器かよってぐらい正確に嘘を見分けれるんだけどな。

なのでこの会話を続けるのはまずい。話題を変えるか。

 

「よくここってわかったな」

「キンジの行動パターンはお見通しだよ」

 

確かに。銀華は今年のランク試験探偵科Sランクだし十分あり得るな。というか去年強襲科Sで今年探偵科もSってチートだろ。衛生科(メディカ)だったらAが精一杯らしいが。

 

「ねえ、キンジ。神崎さんとはどんな関係なのかな?」

「……そ、それはだな」

 

うまくヒステリアモードになったことを隠しながら説明したいがうまい説明が思いつかん

 

「 どうせ、朝のチャリジャックの時に助けてもらって、そのあと事故か何かでキンジはHSSになった。そんなところでしょ?」

 

違う?という風に聞かれる。

 

「その通りだ…ごめんな」

 

婚約者ではないアリアでヒスったことを一応謝っておく。銀華がノルマーレやリゾナで弱くなったことは俺が知る限り、俺との接触しか無いからな。ら

 

「ま、まあ仕方がないよ。生理現象なんだし」

 

ちょっと顔を赤くして銀華は許してくれる。

 

「でもむやみやたらに他の女の子と接触するのはNGだからね!!…………もしHSS…なりたいな…私を….….もいいよ……」

「後半の部分声が小さくて聞き取れなかったんだがなんて言ったんだ?」

「なんでもない!!!!もうすぐ午後の授業始まるし行くよキンジ!」

「うおっ」

 

俺は顔を真っ赤にした銀華に腕を引っ張られ、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

夕方、授業を終えて自室のソファーに体を沈めている。ここは本来4人部屋なんだが、転科したことと相部屋になる探偵科の男子がいなかったのでルームメイトはいない。銀華も転科はしていないが、強襲科から衛生科の方に力を入れるとのことで、俺が住んでいる男子寮の近くの衛生科の女子寮に1人で住んでいるらしい。

何が言いたいかと言うと、銀華の家で開かれていたお茶会や食事は俺の家でも行われるようになったってことだ。

 

「何かわかるか?」

 

銀華が入れてくれた紅茶を飲みながらゆっくりしている俺の横で真面目にチャリジャック事件のレポートを読んでいる銀華にそう聞く。

 

「武偵殺しの模倣犯ってことぐらいしかまだわからないかな。情報が少なすぎる」

 

まあそうだろうな。鑑識科(レピア)にまわしたセグウェイの残骸の回析はまだ終わっていない。まだこの事件の解決には遠い気がする。

 

ピンポーン。

 

俺が狙われたのか無差別なものなのかもまだわかっていない。

 

ピンポンピンポーン。

 

爆弾魔は無差別なことが多い。ターゲットを選ばず爆発で人々の注目を集めてから、自分の要求をぶつけるのが一般的だ。

 

ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピンポーン!ピポピポピンポーン!

 

 

うるせえな!マジで、誰だよ!

 

「…私隠れとくからキンジ出て」

 

銀華がいるから、居留守を使おうとしたがダメらしい。男子寮に女子がいることやその逆も外聞が悪いからな。まあそんなこと御構い無しに去年は銀華の家に行っていたわけだが…そんなことを思いながら、銀華がベッドルームに隠れたのを見て

 

「誰だよ……?」

 

と渋々ドア開けると

 

「遅い!あたしがチャイムを鳴らしたら5秒以内に出なさい!」

「か、神崎っ!?」

 

なんでこいつが俺の家の前にいるんだ!?

 

「アリアでいいわよ」

 

そう言い終わる前に部屋の中に侵入してくる。なんなんだこいつ!

 

「お、おい!勝手に入るなっ!」

「トランクを中に運んどきなさい!ねえ、トイレはどこ?」

 

アリアは俺の言葉に耳を貸さず、トイレを発見すると、とてとて、と小走りに入ってしまった。なんなんだあいつは…

 

「このトランクすごく重いんだけど何が入ってるんだろう?」

 

玄関前に置いてあったアリアの小洒落たストライプ柄のトランクをうんしょうんしょと、律儀に運んでいる銀華の代わりに持ってやると、なんだこれ。見た目に反して異様に重いぞ。

俺たちがトランクを運び終えると同時にアリアもトイレから出てきた。そして出てきたアリアは

 

「アンタは同じ教室にいたというか、ニ、三年前に会ったわよね。キンジのこと調べててさっき思い出したわ」

 

そんなことを言う。まあ銀華も優秀な武偵だしどこかで会ってもおかしくないのかもな。

 

「私は忘れてたけどね」

「まああたしも忘れてたしおあいこね。ところでアンタもここに住んでんの?」

「ううん、近くの女子寮に住んでる。この部屋はキンジが1人で住んでいるよ」

 

銀華が俺の代わりにアリアに説明する。

 

「まあいいわ、それにちょうどよかった」

 

何がいいのか。

何がちょうどよかったのか。

嫌な予感しかしないぜ…

アリアは窓際まで移動し、くるりとふりかえり、

 

「あんたたち2人、あたしのドレイになりなさい!」

 

そんな声が俺の部屋に響き渡った。

 

 

 




タグ付けし忘れていましたが、AAの話も次回から入ります。


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第27話:不満

緋弾のアリアはたくさんの女の子でてきますがみなさんの好きなキャラは誰ですか?




「あんたたち2人、あたしのドレイになりなさい!」

 

入ってきていきなりの奴隷宣言。

いやーこの人大丈夫かな?

キンジの後ろ姿が物語ってるけど私も同じ感想。「ありえない」としか言いようがないよね。現にキンジは驚きすぎて絶句しているし。

いきなり押しかけてきてドレイになれなんてイ・ウーですら言わな…前言撤回、言いそうだよ。特にカツェやパトラ辺りが。

この一件ではっきりしたね。彼女はコミュニケーション能力が低い。彼女がキンジと私のことを調べているのはわかったから、当然私も彼女のことを調べたんだけど、彼女は過去に何度も他の武偵と言い争いをしてパーティーを解散したことがあるらしい。

まあ当然だよね。こんなこと言われたら仲間の人達も怒って当然。

自分が実力トップだとでも思っているのかな?そういう人は私も嫌いだし、成長もしない。

こういう人には一回痛い目に合わせないとわからないだろうね。明日でも久しぶりに強襲科に顔出そうかな。そして組手で完膚なきまでに叩き潰してあげよう、甘ベルセをつかって。

 

そんな黒いことを考えるいると、神崎はぽふ!スカートをひらめかせながらさっき私たちが座ってたソファーに腰を下ろす。

 

「ほら!客がきてるんだから飲み物ぐらい出しなさいよ!無礼な奴ね!」

 

お前の方が無礼だろ、ぶち殺すぞと思いながら、私が家から持ってきた紅茶を淹れる。せっかく週に何度かの楽しみのキンジとのお茶だったのに邪魔されて最悪…緋色の研究がなかったらキレてぶち殺してたよ。本当に…

 

「コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!1分以内に用意!」

 

へー。神崎の好みは父さんと好み一緒だね。私はルンゴ・ドッピオよりはコーヒーの味が濃厚なリスレット・ドッピオだけど。だけどこの部屋では淹れることはできない。なぜなら

 

「無理、キンジの部屋にはエスプレッソマシンないんだよ」

「エスプレッソマシンも置いてないの!?」

 

私の家にはあるけどね。絶対もってこいとか言われるし、そのことは喋らないけど。

 

「私が持ってきた紅茶ならあるけど」

「それでいいわよ!」

 

神崎は投げやりに答える。

紅茶を私たちが飲んでいたの見えてるなら、せめて紅茶を頼むのが普通でしょ、まったくもう。

キンジはキンジで、頭を抱えながら紅茶を淹れているキッチンの方へフラフラと来る。

 

「銀華、あの魔法の呪文みたいなコーヒーわかるのか?」

「魔法の呪文?ああ、さっき神崎が言ったエスプレッソの話?」

 

キンジは少し何かに驚いてる。もしかしたら私が神崎のことを呼び捨てにしてるからかもしれない。銀華の姿で呼び捨てにすることはかなり稀なことだし。私は仏、聖人ではない。ムカつく時はムカつくんだからね。

 

「あ、ああ」

「エスプレッソには色々な種類があるんだよ。ソロ、ドッピオ、ルンゴ、リスレットがあるんだけど、さっに神崎が言ったのはこの中のドッピオとルンゴを合わせたもので…」

「すまん、もう大丈夫だ」

 

右手を頭に当て、左手を突き出して私の言葉を止めるような仕草しながらそう言ってくる。

 

「それならいいけど…ちなみに私はリスレット・ドッピオが好きだよ」

「もしかしてお前が知ってるようなコーヒーを注文してくるなんて、あいつ金持ちなのか?」

「たぶんね。あの上から物を言う言い方から推測すると、もしかしたら貴族かなんかじゃないのかな?」

「マジかよ…」

 

確か貴族の娘だったよね。

まあキンジには違いがわからないと思うけど。

 

「それで神崎どうするつもり?あの子なかなか出て行きそうにないよ」

「どうするって、簡単にはご退出願えそうにないからな。頼む、協力してくれ」

「私にも無理なことはあるからね……それにあの子はキンジにご執心みたいだし」

 

私個人としては……キンジと神崎は離れて欲しいし、協力してあげたいけど、研究のためには離れてもらったら困る。だから思ってもないことを言う。

 

「マジか…とりあえず話だけでも聞いてみるか。絶対このままだったらあいつ帰らないしな」

 

キンジの言葉を最後に私はお盆にティーポットとティーカップ3つ載せて、キッチンからリビングに戻った。そして紅茶をティーポットからティーカップに移し、キンジにまず渡す。そのあと私の分を入れ、最後に神崎の分も注ぐ。

 

「どうぞ」

 

仕方なしに神崎に渡すと、神崎は、

 

「いい匂いね。この茶葉はどこの店のもの?」

 

匂いを嗅ぎながらそんなことを聞いてきた。

 

「ロンドンで一番有名な紅茶店って言ったらわかるかな?」

「へえー、あんた見る目あるじゃない」

 

神崎は私を褒めるが、何にも嬉しくないよ。キンジに褒められるのはどんな小さなことでもすごく嬉しいんだけどね…

 

「それよりだ。今朝俺を助けてくれたことは感謝している。それにその…失礼なことを言ってしまったことも謝る。でも、何で俺が住んでいる男子寮の部屋まで押しかけてくる」

「わかんないの?」

「当然だ。いきなり押し入ってきて、銀華と2人揃って奴隷になれって逆にわかるわけないだろ」

「おかしいわね…あんたならとっくにわかってると思ったのに」

 

キンジもだんだんイライラが溜まってきた。まあ、穏健な私でもイライラしてるんだし、キンジがイライラするのも無理はない。

 

「銀華だっけ…あんたはわからないの?」

 

ここで私に振るか…

 

「初歩的な推理だよ」

 

『私』ではなく、『北条銀華』として知っていることだけで推理する。私が知っているのは事件の概要、それとキンジの体質。それだけで推理する。

 

「まず、キンジは神崎に朝の爆弾事件(ボムケース)で助けられた。もしそれだけなら神崎はキンジにこんなにつきまとう必要はない。でも神崎はキンジにつきまとっている。考えられるその理由はキンジの実力に惚れて、まだ捕まっていないキンジの自転車に爆弾を仕掛けた犯人であるところの『武偵殺し』を一緒に捕まえたいと考えたから。キンジと有名なペアである私も誘ってね。違う?」

「そうよ、ほらわかるじゃない」

「銀華は探偵科のSランク、他の奴らとは別格だからな。俺には無理だ」

 

キンジはさすがだと言う顔を向けてくるけど、HSS時のキンジだったらこれぐらい普通にわかるだろう。

 

「あたしにはキライな言葉が3つある。『無理』『疲れた』『面倒くさい』。この3つは無限の可能性を自ら狭める悪しき言葉。あたしの前では二度と言わないこと。銀華もよ」

 

確かにさっき私も無理って言ったねそういや。意外と神崎、記憶力あるんだ。百舌レベルだと思ってたよ。

 

「パーティーのポジションは……そうね。キンジはあたしと同じフロント、銀華はバックがいいわ」

 

フロントとは武偵がパーティーを組んで布陣するときの前衛のポジションのこと。負傷率ダントツの危険なポジションだねここは。

そしてバックとは後方支援タイプ。通信科(コネクト)衛生科(メディカ)狙撃科(スナイプ)などがここに当てはまることが多い。

 

「よくない。そもそもどうして俺たちなんだ?」

「太陽はなんで登る?月はなぜ輝く?キンジは質問ばっかりの子供みたい。仮にも武偵なら情報を集めて自分で推理しなさいよ」

 

まあ、それは同感。キンジは自分で考えず、私に頼ることが多いから、私がいない場合にも慣れて欲しくて、カルテットは違うチームで出たという理由もある。まあ大部分は入学試験のリベンジだけど。

 

「とにかく帰ってくれ」

 

会話のキャッチボールが成り立たないのを見てキンジも自分の要求を突きつけ始めた。これじゃあまるでドッジボールだよ。

 

「まあそのうちね」

「じゃあ、私は帰ろうかな」

「え?」

 

捨てられた子犬のような目をしているけどそんな目をしないでよキンジ。 まあ、帰れとは神崎に言った言葉のはずなのに私が帰ってしまったら、1人で神崎の相手をしなくちゃいけないもんね。

私も疲れたというより神崎の相手をするのはめんどくさい。あの子は頑固そうだし、キンジが首を縦に振らない限り部屋から追い出すのは無理だろうし。

 

「じゃあキンジ。神崎が泊まるとしてもくれぐれも間違いを起こさないように。もし発覚したら…わかってるよね?」

「お、おい。俺を1人にするな!?」

「1人じゃないでしょ、あたしがいるんだし」

「お前は数に入ら」

 

ばたん

私は玄関のドアを閉める。キンジ頑張ってよ。私は神崎のお()りはしたくない。

でも神崎がキンジの家にいると考えるだけで……うん。嫌な気分になるけど、仕方ない……7月末までの我慢だよ、私。

自分の家の女子寮に帰ろうとして、男子寮の階段を下っていると

 

「あれ、銀華さん?キンちゃんの家からの帰り?」

 

緋袴に白小袖--巫女装束の星伽さんとあった。

たぶん巫女装束なのは超能力捜査研究科(SSR)の授業が終わった後の格好そのままで来たからじゃないかな?

 

「うん、そうだけど」

「銀華さんも一緒に食べると思って多めに作ってきたんだけど、今日はこのまま帰ちゃうの?」

「そのつもりだったよ」

 

手に持ってる包みの中に星伽さん特製の料理が入っているんだろうね。つまり星伽さんはキンジの部屋に向かうということ。キンジ大丈夫なのかなこれ。

 

「私、明日から恐山に合宿で、キンちゃんや銀華さんのご飯、しばらく作ってあげれないから、一緒に食べたかったんだけど……」

「ごめんね星伽さん。キンジは家にいると思うからキンジに届けてあげなよ」

「わかった、またね銀華さん」

「ばいばい、星伽さん」

 

私は星伽さんと神崎が引き起こすだろう大火の飛び火から逃げるために早足で男子寮から立ち去った。

 

 

 

 

 

次の日、朝からキンジが机に突っ伏してたところを見るに神崎はキンジの家に泊まったらしい。そして星伽さんと神崎の鉢合わせは起きなかったぽいね。それは良かった。

そして午前の一般科目が終わり、午後の専門科目の時間。今日は衛生科の授業はない。強襲科と探偵科の卒業できるだけの単位はすでに揃っている。つまり自由なのだけど、今日は久しぶりに強襲科に行こうかな。思い上がりの神崎をボコるために。

 

 

私は強襲科が所有している専門施設、銃声や剣戟の音が止むことのない戦闘訓練場の中へと入る。この黒い外壁はどうにかならないのかなあ。

強襲科の生存率は「97.1%」。つまり100人のうち3人ぐらいは卒業時にいない。

イ・ウーも年に2、3人死ぬからそんな高い確率だとは思えないけど、まあ一般的には高いよね。

引戸を開けるガラガラという音が体育館内に響く。そして訓練していた生徒のほとんどがその手を止めて私の方を見てくる。

 

「北条じゃねえか!」

「ほんとだ!」

「帰って来てくれたんだ!でもキンジは?」

 

そんな風に強襲科の同級生や先輩に囲まれる。これが男子だったら死ね死ね言われるんだけど、女子は言われることが少ない。まあ私も死ね死ね言わないしね。

囲まれて一々挨拶を返していると、私とキンジにとって顔馴染みが話しかけてくる。

 

「北条さん、強襲科では久しぶりだね」

「久しぶり…といっても同じクラスだけどね」

 

相変わらずの女子の間で人気なイケメン顔に笑顔を浮かばせながら不知火君が私にそう挨拶してくる。

 

「北条さんとは強襲科であわないと会った気しないからね」

「なにそれ、まあ一般科目で私たちを『観察』してても面白くないだろうけど」

「いいや、遠山君と北条さんを見るのはとても面白いよ」

 

不知火くんはガード固いねー。私かキンジ、それか両方を観察してるのはわかってるんだけど、なにが目的かは未だにわからない。まあたぶん公安0課のような組織のスカウトとかなんだろうけど。

 

「おう、お前ら。遊んでないで訓練に戻れや!」

「蘭豹が来たぞ!」

 

誰かがそういうと蜘蛛の子を散らすように訓練に戻った。そりゃそうだよ。訓練に戻らないと拳銃でうたれるからね。それもM500(象殺し)で。

 

「久しぶりやな、北条」

 

私の目の前に立つのは大女で強襲科主任の蘭豹。いつも思うけど本物の鬼である閻と同じかそれ以上の力ありそうだよ。たぶんこの人人間じゃない。

 

「はいお久しぶりです」

「遠山はどうした」

「私と違ってキンジは転科しましたからね」

「なら首輪でもつけて引っ張って来いや!」

 

ムカついたように蘭豹はそういう。

いや、首輪つけて引っ張って来たとしても転科してるから意味ないと思うんだけど…

 

「探偵科に行って腑抜けになりおって…」

「確かにそう思います」

 

確かにキンジは探偵科に行って腑抜けたように見えなくもない。それは普通の一般人を目指すためのことらしいけど…キンジは気づいてないのかな?キンジは社交性がないから一般人は向いてないって。まあ私も父さんによると向いてないらしいんだけど…

 

「まあええわ。北条、お前がしばらく見ない間に腑抜けになってないか試したる。ちょっと(ツラ)貸せや」

 

付いて来いという風に私に背を向けるけど、私はアリアと戦いに来たんですけど!?

これある意味とばっちりだよ。

私は施設内の闘技場の1つに連れて行かれる。そこでは訓練している人がいたのだが…

 

「邪魔や」

 

蘭豹のそんな一声で闘技場のリングは私と彼女だけになる。なにをやるか…もうわかった。そのために準備しておこう。

 

「北条、今日の実習はウチとの組手や。特別授業やからありがたく思うんやな」

 

やっぱり。蘭豹の特別授業は強襲科では扱き(しごき)と呼ばれている。まあ普通の状態の私を片手で制すことができる鬼のような強さを持った蘭豹との組手なんて扱きと変わんないよね。

 

「終了条件は」

「ウチがいいっていうまでや」

 

いつもの私なら蘭豹に屈するしかない私だけど……

今の私はいつもの私じゃないんだけどね!

最近、キンジとイチャイチャできないことによる不満を利用し、甘ベルセ、約3倍HSSになった私は低い体勢から

--バッ!

風を巻き起こしながら、8mほどの距離を一呼吸で移動した。

これは『飛燕返し』という居合斬りの技で、どこかの武装検事が使っていた技のパクリだ。これの利点は目の錯覚を使う縮地法と違い、本当に早く動くことができるという点がある。

一瞬で距離を詰めた私は秋水の拳を放つ。蘭豹は私の拳を手のひらで受け止めようとしたが、秋水の撃力がそれを許さない。私の拳が蘭豹の手のひらで受け止めた瞬間、蘭豹の体が後退した。それのおかげで私と彼女の間に距離ができる。

 

「ほう…よう体重が乗ったパンチや」

「ありがとうございます」

 

そう言いながら今度は縮地法で距離を詰めた私は秋水の拳や蹴りを放つが、

パシッ!

蘭豹はガードするのではなく、いなしてくる。流石強襲科の主任だよ。ガードしても距離が開いてしまい反撃できないのがさっきの一幕でわかったんだろう。私が攻めているはずなのに主導権を握れない。

甘ベルセのはずなのに勝ちきれないことを焦る私に

ビュンッ!

私の顔面を狙ったカウンターパンチが飛んで来た。私はHSSの反射神経でそれを躱すけど、攻めていたこともあり体勢が大きく崩れてしまう。それを見逃す蘭豹ではなく…

ビシィ!!

蘭豹の回し蹴りとそれをガードした私の腕の間でそんな音が上がり、ガードしたにも関わらず闘技場の壁まで吹っ飛ばされる。普通の蹴りで私をここまで飛ばすって一体蘭豹はどんな力してるの…?

 

「まだまだ……」

「ガハハハハ、流石や北条。お前は鈍ってないようやな。生徒相手に思わず本気だすとは思わんかったわ。お前はまだ実力を隠しているのがむかつくけどな」

「そんなことないですよ」

 

蘭豹は組手は終わりという風に私に近づいてくるが、流石去年一年間私を見ていただけあるね。今回の私のベルセの倍率が低いということを気づいてる。

 

「…まあええわ。お前この後時間あるか?」

「はい。今日は神崎と戦うつもりで来たんですけどいないみたいですし」

「神崎とか?神崎なら今日は誰かの実力を見るとか言っとったな。アイツと()りたいならまた来いや。その時は遠山も連れて帰って来い」

「わかりました」

 

たぶん神崎が追ってるのはキンジだね。この様子じゃ私が連れてこなくても、神崎がキンジを強襲科に連れてきそう。

 

「それで何か用件があるのでは?」

「そうやった。お前戦徒(アミカ)おらんかったやろ」

「そうですね」

 

戦徒(アミカ)--武偵高で行われている先輩の生徒が後輩の生徒とコンビを組み、1年間指導する二人一組(ツーマンセル)特訓制度。イ・ウーと似てるシステムだから戦徒がいるように思えるかもしれないが、いたことはない。教えてもらうものがない戦姉に付くのも時間の無駄だし、実力を伸ばす才能がない戦妹を取る気は無い。現に今まで申し込んできた10人以上の一年生は不合格にしている。

ここで蘭豹がその話を出してきたってことは……

 

「お前、ウチの紹介する後輩と仮の戦姉妹(アミカ)になれや」

合姉妹(ランデ・ビュー)ってことですか?」

「そうや」

 

こういうことだよね。

合姉妹(ランデ・ビュー)--教務科(マスターズ)が選んだ先輩・後輩を1週間仮の戦姉妹にさせる制度。そして教務科のカップリングは精度が高く、90%がそのまま戦姉妹になるらしい。教務科としてもSランク、それも二年生の私に戦妹がいないのはもったいないと思ったのかも。

 

「合姉妹だとしても、実力が無かったら戦妹にはしませんよ」

「それは好きにしい。今から紹介するから付いて来いや」

 

そう言って闘技場の出入り口に向かう蘭豹の背を私は小走りで追いかけた。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

強襲科の通称『黒い体育館』こと格闘訓練場のある広間で

 

「てやあああああっ!」

 

そう雄叫びをあげながらアタシは男子に豪快な払い腰を決める。

続けて挑んできた男子はアタシを倒そうと、足技の小内刈りを仕掛けてくるが、

 

「よっと!」

 

アタシはそれをすかし、逆に一本背負いに繋げる得意技を放つ。

アタシに投げられた男子は

どたんっ!

広間の木の床板に叩き落される。

 

男女(おとこおんな)め!」

「フン…悔しかったら勝ってみろってんだ!」

 

投げられた男子が吐き捨てるようにそう言ってきたので、その言葉に少しイライラしてしまったアタシは挑発するようにそう言い返してやる。実際負けてるからやつは何も言い返すことができない。

男子をちぎってはなげ、ちぎってはなげしてさっきまでは気分爽快だったのに、むかつくやつだぜ男子は。

 

「さっすがライカだね!」

「チョロいやつばっかりだったからな」

「ライカが強いんだよ」

 

同じ強襲科でクラスメイトの友達、間宮あかりが褒めるように言ってきたので、そう返す。あかりは友達、つまりアタシが活躍したのを見て鼻高々といった感じだな。

そのあかりからタオルを受け取って汗を拭いていると…ん?なんだ。出入り口の方が騒がしいな。

 

「パーフェクトが帰ってきたらしいぞ!」「それ本当?」「ああ、でもシルバーだけらしい」

 

二年の先輩たちがそんな話をしているのを聞き、

ドキッ!

緊張と驚きなどが混ざり合った感情で心臓が跳ね上がってしまう。

あのパーフェクト、それもシルバーがここに帰ってきただって…

 

「……パーフェクト?シルバー?」

 

そうか、あかりは去年の二学期に転校して来たから先輩に詳しくないんだ。詳しいのはアリア先輩だけだし。

 

「パーフェクトは去年解散しちゃった二年の先輩のコンビの通称。『金銀の双極(パーフェクト・デュオ)』、デュオを省いてパーフェクトっていうこともあるんだ。そう呼ばれるようになったのは中学時代から2人でやる任務の達成率が100%(パーフェクト)だからとか互いに互いのことを完璧(パーフェクト)な相棒と思ってるからとか色々な説があるけど。任務で2人ともいつもいなかったし、去年、片方は探偵科(インケスタ)に転科しちゃったし、もう片方も強襲科の卒業までの単位が揃ってるからってほとんど強襲科に来なくなっちゃったけど……前はどちらも強襲科でSランクの武偵だった」

「い、一年の時にSランク!?そんな人たちいるんだ…!ってそのコンビ!?」

 

あかりは驚いてるけど、最初その事聞いた時はアタシも信じられなかったから、よく気持ちはわかる。

 

「2人は入試で教官を倒したらしい。伝説の2人だよ。その後の2人の直接対決の一部始終を見た生徒はあの2人は人間じゃないって言ったらしい」

「人間じゃない…それでどっちが勝ったの?」

「ゴールド、遠山キンジ先輩が勝ったらしい」

「ゴールド…なんかかっこいい…!それでもう片方がシルバー?」

「そう、北条銀華先輩。さっきも言ったけど高校一年生でSランクで中学時代はAランクだった。強襲科だけじゃなく、探偵科、衛生科(メディカ)も兼科していて頭脳明晰、品行方正、容姿端麗の非の打ち所がない超人だよ。うちの去年第1四半期の最優秀学生武偵(MVDA)にも選ばれているし、上半期最優秀武偵ペア(MVDAP)にも『金銀の双極(パーフェクト・デュオ)』で選ばれてる。武偵法違反0、負傷回数0、中学時代にもヤクザを壊滅させたり、政府の要人の警護をしていたとかまで言われているアリア先輩と同じスーパー武偵だな」

 

顔には出していないと思うが……アタシは北条先輩に憧れている。強いのに、優しくて可愛らしく女らしいそんな北条先輩に。

友人の誰にも言えないが秘密裏に売られている北条先輩の盗撮写真集も裏ルートを使ってゲットしている。もう1つ秘密の趣味、人形遊びで使う人形と同じぐらい宝物だ。

そんな尊敬する北条先輩を説明する声にも熱が篭ってしまい、

 

「そ、そうなんだ」

 

アリア先輩に心酔しているあかりも引き気味だな…少し熱を入れすぎたな…少し後悔するアタシに

 

「ちょっといいかな?」

 

と後ろから聞き覚えのない、強襲科では珍しい、愛らしくも凛々しい声が掛けられる。誰だこの声と思いながら振り返ると、そこにいたのは青みがかった銀髪を持つ…

 

「あなたが火野ライカさん?」

 

憧れの北条先輩であった。

写真集で穴が開くほど見た大人っぽくも可愛らしい顔、綺麗な長い銀髪、女性らしい曲線美を描いた身体。突然のことすぎてアタシはフリーズしてしまう。

 

「そうですけど…」

 

どうしてここに?それよりなんでアタシの名前を?そんな簡単なことを聞くこともできない。

 

「その様子じゃ蘭豹先生から聞いてないようだね」

 

北条先輩はアタシがフリーズしたのを見て、何も聞かされていないことを推理したようだ。

北条先輩の口ぶり的に、北条先輩が話しかけてくれたことには蘭豹が関わっているようだな。

ありがとうございます、蘭豹先生。

 

「火野さん。貴女これから1週間私の戦妹になったから。よろしくね」

「わかりました。北条先輩の戦妹になるんですね…戦妹…戦妹って…ええええええええええ!」

 

思わず出てしまったアタシの絶叫が広場内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 




茶番注意








1位:クロメーテル
2位:ヒスキン
3位:ノマキン


「これが作者の好きなキャラランキングらしいよ」
「……って全部俺じゃねえか!」
「もうこの作者はキンジのこと全然わかってないよ!私が好きなキンジランキングはね」


1位:いつものキンジ
2位:HSSキンジ
3位:女装キンジ



「これだよ!」
「好きなキンジランキングとかいう意味不明なランキング名は置いとくとして……ヒステリアモードの俺より普段の俺の方がいいのか?」
「うん。だってずっとかっこいいより、不意にかっこいい姿見せられる方がいいじゃない?」
「……」
「照れてる照れてる」
「…好きな銀華ランキングも発表するぞ……」
「それは恥ずかしいからやめてえええええ」










茶番はイチャイチャ成分が少なかったので。
ちなみに4位はリサ、5位はメヌエットです。(ホモじゃないよ)


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第28話:戦姉妹

11月1日11時11分投稿を目指したのに間に合いませんでした

注意:三人称視点+ライカ視点


「えええええええええ!!」

 

ライカの叫び声が広場に響き渡る。そんな驚くライカの横にいたあかりは

 

「あの…1つ質問いいですか?」

 

銀華に対しておずおずと話しかけた。

 

「貴女は?」

「ライカの友人の間宮あかりです」

「…間宮さん。よろしくね。質問は何かな?」

 

首を傾けながらそう聞く銀華を見て、優しそうな人だなあとあかりは思う。あかりの戦姉のアリアも優しいところはあるがどちらかというと厳しい人だ。同じ強襲科Sランクと言っても色々な人がいるのだろう。

 

「1週間だけ戦姉妹(アミカ)ってどういうことなんですか?」

 

特別なことがない限り戦姉妹の契約は1年間続く。そのことを知っているあかりはそこに疑問を覚えたのだ。

 

「この学校には合姉妹(ランデ・ビュー)っていう仕組みがあってね。教務科が選んだ先輩・後輩を1週間仮の戦姉妹(アミカ)にさせる制度があるんだよ。だから正確には戦姉妹じゃなくて仮の戦姉妹だね」

 

人差し指を立てて説明する銀華の説明を聞いてあかりはなるほどと納得する。その様子を見てあかりからライカに向き直した銀華は

 

「ところで…火野さん大丈夫?」

 

そんな風に話しかける。叫び声の後、完全にフリーズしていたライカであったが、そう話しかけられると

 

「は、はい!大丈夫ですッ!」

 

慌ててそう答える。

武偵高は封建的であるので、上級生の質問を無視することはありえない。

まして、尊敬する先輩の問いだ。ライカが慌てるのも無理はない。

そんな様子を見て、銀華はクスッと笑い、

 

「間宮さん、ごめんね。ちょっと火野さん借りるよ」

「わかりました」

 

あかりに許可をとる。

そんな様子を見てあかりは疑問を覚えた。

(本当にこんな優しそうな人が、アリア先輩と同じSランク…?)

武偵高の教官をやっつけるからには、蘭豹みたいな屈強な大女。武器もただの銃じゃなくてバーズカ砲とかと思っていたのだが、想像とほとんど真逆。偽物かと思ったけどライカがあんなに緊張してるのを見ると本人だと認めざるをえない。

 

(どこかあの人に似ているな…)

 

あかりはアリアと同じぐらい尊敬する人物がいる。私の命を助けてくれたあの人と姿は全然違うが、どこか雰囲気が似ていると、武偵手帳の中に()()()を思い出しながら、あかりは感じていた。

 

 

 

 

あかりと別れたライカが連れてこられた場所は、先ほど銀華が蘭豹と戦った闘技場。

 

「よかった、まだ空いてたよ」

 

闘技場の中央へ向かってトテトテと走る銀華の後をライカも追う。

先ほどからライカは銀華に目を奪われっぱなしだ。憧れの先輩が私を見てくれてる。名前を呼んでくれる。

(人間は……自分にないものに、憧れるんだよなぁ)

そう。

銀華は身長が高く男っぽいライカにはどうしても手に入らないものを持っている。

ライカが欲しくてたまらない、『かわいらしさ』を。可憐さを。愛くるしさを。

―――どうせ自分の身にそれが備わらないのなら、せめて……

手元に寄せ、愛でたり憧れるような、行為をしたくなってしまうものなのだ。人は。

 

「…火野さん、さっきからぼーっとしてるけど本当に大丈夫?」

 

振り返った銀華が再び心配するような声でライカに声をかける。

ただ喋るだけでも迫力があり、存在感があり、一気に呑んでしまうほどのアリアの声と違い、銀華の声は優しい。武偵という事実を知らなければ、女優やアイドルか何かにしか見えないだろう。

 

「は、はい!ぼーっとしてしまいすみません!」

 

だが、銀華はSランクの武偵だ。繰り返すことになるが武偵高は封建的であり、質問に答えないと、下級生は上級生にボコボコにされることすらあるのだ。

ライカが再び慌てて勢いよく答えたのを見て

 

「あ、そうだ」

 

銀華は右手のグーの形の手をパーの形の手にぽんっとうちつけ、何かを思い出したように言った。

 

「火野さん」

「は、はい」

「仮の戦姉妹(アミカ)になったとしても、本当に戦姉妹になるとは限らないから。それは覚えといて」

 

合姉妹(ランデ・ビュー)が終わってそのまま本当の戦姉妹になる確率は、実に90%もあるのだが、裏を返せば10%はならないということだ。期待させといて、結局戦姉妹にならないという可能性も十分にある。さきほどの言葉はそれを念押しする銀華の言葉だった。

 

「わかっています」

 

ライカはまだ銀華と戦姉妹になるということを実感できていない。ので今度はしっかりと返事を言うことができた。まあ普段に比べて口調が硬いのは仕方がないことだろう。それを見た銀華は

 

「まあ、そんな硬くならずに。いきなりのことで驚いたかもしれないし、私のこと怖い人かとおもってるかもしれないけど取って食ったりはしないから、ね?」

 

緊張をほぐすようにライカにそう言う。

それで少し緊張がほぐれたライカはちょっと顔を赤くした。どこか照れるように。

 

「じゃあ…あの一つお願いしてもいいですか?」

「ん?何かな?」

「苗字じゃなくて、ライカって読んで欲しいです」

「うん、わかったよ。()()()

 

初めて名前を呼んでもらったことにライカは感動する。憧れの人が、武偵高のスターが、手の届かない存在だと思っていた人が、自分の名前を呼んでくれているんだから。

 

「じゃあ、まずは戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)しようか。仮の戦姉妹から本当の戦姉妹になれるかのね。もし、合格したらそのまま戦姉妹契約してあげるよ」

「は、はい」

 

だが、その感動はこの言葉によって一瞬のものとなり、ライカは顔を引き締める。

 

「試験内容は………そうだね。ライカは強襲科だからエンブレムでいいか」

 

一人で銀華は納得しているが、エンブレムとは強襲科推奨の戦姉妹試験勝負。30分以内に戦姉となる上級生から武偵高の校章の描かれた星型の「エンブレム」を奪うことができれば、戦姉妹契約が可能となる。

そのエンブレムを銀華はなんと右腕に貼った。このことにライカは驚きを隠せない。

 

「…本当にそこでいいんですか?」

 

右腕のエンブレムは一番取りやすい場所だ。柔道のように組み合えば、組み合う手は相手のちょうど肘や腕付近を掴むことになり、その掴む位置を変えるだけで、簡単に取ることができるだろう。現にあかりと戦姉妹試験勝負をしたアリアは、懐に潜り込まなくてはいけないため取りにくいわき腹に貼った。

 

「うん。だって一番ここが取りやすいでしょ?」

 

銀華は腕を組んでニコリと不敵に笑っている。つまり組み合うまでもないということだ。

闘争心の強い武偵高生としては2年と1年、相手は憧れの先輩という立場ではあるが―――少しカチンと来る。

当然それは銀華がライカが心置き無くかかってこれるよう敢えて挑発したのだろうが―――

 

「甘く見てくれるぜ」

 

普段の口調に戻ったライカが、制服の中からナイフを抜く。

 

「じゃあやろうか」

 

銀華が青色の携帯を操作しつつ開いて見せる。

画面にはタイマーが表示されており、カウントダウンを始めたところだった。

残り29分59秒。

 

「―――いくぜ!」

 

口火を切ったのは当然ライカ。腕を組んでいる銀華にナイフを使う振りをしながら掴みかかった。そしてエンブレムが貼られた右腕に左手を伸ばすが―――

 

「!?」

 

右手のナイフが消えた。ほんとうに消えたわけでは無い。下からの素早い蹴りの衝撃により上空へ舞い上がったのだ。そしてエンブレムを狙った左手は―――

バシッ

蹴りの勢いを使い、最小限の動きで躱す銀華に手首を掴まれる。

掴まれた瞬間、もう極められて(ロックされて)いた。

そして1秒後、ライカの身体は一回転して―――

バタンッ!

と地面に倒れる。

銀華の力では無い。ライカ自身の力で。

 

(つええ…!)

 

関節を曲がらない方に捻られれば、人は勝手に自分の力で倒れこむ。合気道にも同じような技があるが、バリツの技にもある。銀華は蹴り技しかないように思われてるが実は違う。投げ技や関節系のバリツも極めた上で蹴り技も習得しているのだ。

ライカは受身はとったが、手首はまだ痛みが残っている。右手は蹴られた痛み、左手は関節技を極められた痛みで。

 

「武器は、何をされても離しちゃだめだよ」

 

飛んで行ったナイフを蹴って遠くに滑らせつつ、銀華がそう教えて来る。その隙をチャンスと見たライカは地を這うようなローキック。それが銀華の足にクリーヒット。

Sランク相手にも攻撃を当てることができると喜んだのも束の間、銀華のすくい上げられた体は宙返り。かかと落としが、とっさにあげたライカのガードする腕を吹き飛ばす。

 

(やべえ…!)

 

ライカは追撃が来るかと思い身構えたが……

追撃が飛んでくることはなかった。

銀華は手を口に当ててクスクス笑っている。

 

「無防備な後輩を蹴り飛ばすなんてことはしないよ」

 

その銀華の笑みは人を魅了する笑みで、昔のライカもそれに魅入られたのだが…

今のライカは違った。

 

「銀華先輩」

 

対面する銀華に向かって呼びかける。

 

「ん?何かな?」

 

そう答える銀華に対して

 

「私を舐めないでくださいよ」

 

挑発した言葉を振る。

ライカは銀華と立ち会うことを以前から密かに望んでいた。

憧れの先輩と戦いたい。

私を認めて欲しい。

私を少しでも知って欲しい。

「………」

 

銀華は黙ったまま目を瞑っている。

ライカも銀華と自分じゃ途方も無い実力差があるのはわかってる。

先輩が後輩に本気の実力を見せないのもわかっている。

 

だが手加減だけはして欲しくなかった。

そんなので、待ち望んだ初めての対戦を終わりたくなかった。

 

「そうだね」

 

再び声を発した銀華の雰囲気は、もう先ほどまでの優しいものじゃなかった。

ただ一言喋るだけでも迫力がある。

先ほどの優しい声とほとんど変わらない。

だが、存在感がある。ライカが一度見たアリアと同じように。

―――これが一流の人間たち。

 

「キンジにも昔、演習も手加減せず本気で戦うべきだって言われたことあるの、最近忘れてたよ」

 

再び目を開けた銀華の左目はいつもの瑠璃色ではなく、紅色。

ライカはこの銀華を知っている。というか東京武偵高では有名な話だ。

銀華が本気を出すと片方の目が紅色の虹彩異色(オッドアイ)になるということは、強襲科の生徒なら誰でも知っている。

 

「もう手加減とかしないけど……死なないでよ?」

 

圧倒的なオーラを放ちながら、そう忠告してくる。

そんな銀華を見てライカは怯えより歓喜が上回った。

ちゃんと一人の対戦相手として本気になってくれたことに。

 

「いくぜ!」

 

そんな掛け声とともにライカは再び銀華に掴みかかろうと地面を蹴った。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

銀華先輩はアタシを連れて、先輩自身の自室がある女子寮に向かった。

アタシが今から向かうのは、先輩ファンクラブの中では聖域とされていて、アタシは見たことがないが超高額で何枚かの写真が出回っているだけの情報しかない秘密の花園、先輩の部屋だ。

 

「ライカ、大丈夫?なんか震えてるけど」

「だ、大丈夫っス」

 

緊張と興奮で体が震えるのを抑えきれない。さっきの戦姉妹試験勝負ではエンブレムを取るどころか体に触ることすらできずにボッコボコにされて、体が痛いのもあるけど……

だって、あの銀華先輩の部屋だぞ。

銀華先輩のファンクラブにとって一度は訪れたい場所ランキングで一位を獲得するぐらい、先輩のファンの中では訪れたい場所。

そして、先輩の部屋ってことはそこで暮らしているんだ。もしかしたら誰も知らない情報をえることができるかもしれない。

そんなことを考えながら私は女子寮のエレベーターに乗り、先輩の後をついて行く。

 

「ここだよ」

 

女子寮の607号室の前で先輩が立ち止まり、カードキーを使ってドアを開ける。

確か607号室って…家賃が30万とかする707号室のVIPルームには劣るものの、かなり高い部類に入る部屋じゃなかったか…?

 

「はい」

 

先輩はアタシに部屋を開けたカードキーを手渡してくれたので慌てて手を出す。

 

「戦姉妹は、まず部屋の鍵の共有から始めるらしいんだよ。一応今は、私とライカは戦姉妹ってことだから。もし本当の戦姉妹にならなかったら返してもらうけどね」

 

つまり、このキーを、本当の戦姉妹になるかを決めるまでの1週間という制約があるが、貸してくれるということだ。

 

「は、はいっス!」

 

私はカードキーを両手で体の前に持ち、勢いよく返事をする。

そして二人で入っていった部屋は…広い。

一人暮らしでは使いきれないほどの部屋があった。3LDKかそれ以上だろう。アタシのワンルームとは大違いだな。

 

「広いなぁ…」

 

思わず口をついてでた私の感嘆に

 

「確かに無駄に広いんだよねえ、ここ。今年の初めに引っ越したからここしか空いてなかったんだよ」

 

そんな裏情報を付け加えてくれる。

 

「じゃあ、私部屋着に着替えるから座ってて」

 

先輩は私にハート型のクッションが置いてあるソファーを指差してそう言うけど……

え?もしかして先輩の私服姿見られるのか?

武偵高では平常時もすぐに動くことできるように防弾制服を着ることを推奨されてるんだが、それを嫌う人もいる。先輩もその一人かもしれない。

3分ぐらい期待して待つと、でてきた先輩は

 

「か、可愛い…」

 

つい、声がでてしまった。

トップスは肩まわりまであるたっぷりフリルのついたものだが、ボトムスは膝丈スカートで大人しめな雰囲気になっている。

ありがとうとお礼を言う先輩は少し照れててさらに可愛い。この可愛さずるいでしょ。

アタシが見惚れているとさらにキッチンにかかっていたフリフリのエプロンを着た。

 

「何するんっスか?」

「ん?料理だけど。何が食べたい?和食しか作れないけど」

「もしかして先輩の手料理っスか…?」

「そうだよ。嫌だったかな?」

「全然そんなことないですッ!」

「うーん。時間がかかるものは作れないから……焼き魚とかでいいかな?」

「大丈夫です!なんでも食べます!」

 

先輩と仮戦姉妹にしてくれた蘭豹先生。本当にありがとうございます。もしかしたら夢かもしれないと思って、頰をつねるが痛い。本当に現実のようだ。

料理を作る先輩を見つめるのもどうかと思うので、視線を外して部屋を見渡す。

部屋には高そうな棚や机とかあるし、やっぱり先輩ってお金持ちなんだなあ…

そして棚の上には写真立てがある。

ふと気になり、近づいて見るとその写真には…

 

「っ!?」

 

今までどんな写真でも見たことのない笑顔をした先輩が写っていた。今までアタシが見てきた笑顔が10だとしたら、写真に写った銀華先輩は100の笑顔だ。

そして、横にいるのは……遠山先輩。

 

「その写真はね。2月にラクーン台場に行ってきた時の写真だよ」

 

キッチンから顔を出した先輩にそんな声を掛けられる。

ラクーン台場とは、台場に楽天資本で造られたホテルつきのアミューズメント施設だったよな。こそこそ買い集めた少女漫画でよく見た遊園地デートというやつだろうな。遠山先輩と先輩が婚約者ってことは有名な話だし。

 

「遠山先輩とはよくこういうところに行くんですか?」

「うーん…あんまりいけないんだよね。私もキンジも忙しいから」

「あー、確かにそうっスよね」

 

まあこの二人は任務をよく二人っきりでこなしてるらしいし、デートみたいなものなのかも。

というか先輩…遠山先輩のこと大好きだな…

遠山先輩と写ってる写真超笑顔だし…

 

「先輩」

「ん?」

「遠山先輩のどこが好きなんっスか?」

 

興味本位でそんな質問をすると……

先輩は、全身の力が微妙に抜けたようにふにゃふにゃしつつ、

 

「あのね、あのね。いっぱいあるんだけど。まず見た目。私のお気に入りの写真で待ち受けにしてるんだけど…これ!かっこいいでしょ!普段はあんまりやる気なさそうにしてるけど、いざとなったらやる気になってその姿もかっこいいんだよ。あと優しいところも好き。あとはね。あとはね……」

 

先輩はその後も延々と『キンジのどこが好きか』を語り続けた。聞いているうちに関係ないアタシまでむず痒くなるほど、賞賛、礼賛、絶賛の嵐だ。

先輩の世界から想いが溢れて止まらないらしい。

 

銀華先輩の普段は優しくて、戦う時はかっこよくて、惚気モードになるとこうなるところも…………

 

 

 

 

可愛くていいなあ……

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

(一体なんなんだよあいつは!?)

 

今日1日、俺の猫探しの任務についてきやがって。邪魔なだけだっちゅうの!

それに、命令通りせっかくマック買ってやったのに殴られるし。銀華と同じ女子とは思えん。銀華と飯食ったほうが5億倍楽しいぞ。そしてそのピンク髪の居候は戦妹を見に行くと言って、留守にしている。抜け出すなら今だ。

 

(銀華に慰めてもらうか…)

 

あいつは今日任務はなく、家にいたはず。腹もへったし、ご飯を食わせてくれといった旨のメールを送るとわかったといったメールが返ってきた。

アリアという拳銃モンスターから逃げるために、銀華のところに避難すべきだろう。

 

 

 

銀華の部屋は徒歩5分のところにあるが、それまでにピンクのモンスターが出るかもしれないので、銀華が持つ自動運転の車を迎えに呼んで、女子寮まで移動した。

銀華の部屋に着くと、俺も持ってる合鍵でカチッと鍵を開ける。ドアを開けたら、玄関には―――見慣れない靴があるな。女物らしいが、銀華は履かないであろうブルーのスニーカーが銀華の靴と共に並んでいる。いったい誰だろう。

イヤだなー銀華以外の女子いるの。銀華以外の女子はそこまで得意じゃないのに、またあの凶暴ツインテールのせいでトラウマを植え付けられそうだよ。

とはいえここで帰っても戦妹の元から返ってきたピンキー(ピンクのモンスター)に撃たれるだけだし、飯も食えん。自宅に帰ってもいいことがないので、俺は声が聞こえるダイニングに入る。

 

「銀華、きたぞ」

 

見ればダイニングのテーブルにはご飯が並んでおり、リビングのソファーには銀華がハート型のクッションを抱いて座っていた。

 

「キンジ、いらっしゃい」

 

嬉しそうな顔をして席を立った銀華は防弾制服ではなく、私服を着ていたが、これはいつものことだ。

キッチンから水が流れる音がしていたので覗き込んでみると、銀華と喋っていたのは

 

「………」

 

後輩の火野ライカか。女子にしては背の高い火野は、金髪碧眼の日米ハーフだ。本人は公言していないが、こいつの父親はヒノ・バットというアメリカじゃ有名な武偵で―――こいつも強襲科1年の中で有望株とされていて、蘭豹のお気に入りなんだよな。あとこいつは男嫌いらしい。女が苦手な俺とは真逆だな。でも、男の俺と目があっても、こいつ別に嫌な顔しなかったぞ。もしかしたら男嫌いっていう噂は間違ってるのかもしれんな。

 

「これ食っていいのか?」

「うん、電話が来たから作ったの。キンジが来ることは推理できていたから3人分作っていたしね」

 

でた、お得意の未来推理。便利だなあそれ。

 

「じゃあ、アタシ帰ります…」

 

火野ライカは洗い物を銀華の代わりにしていたようだが、それが終わったようで退散モード。やっぱり男嫌いなのかもな。

 

「じゃあまた明日ね〜」

 

飯を食おうと席に座った俺の対面に座って手を振る銀華は―――

口調とかはいつもの銀華なんだが、声色が若干尊大というか、後輩の前では少し偉ぶってるムードがあるな。俺しかわからんと思うが。

 

「突然来て言うのもなんだが、何で火野が銀華の部屋に居たんだ?」

 

いただきますをした後、対面に座って俺を見る銀華にそんな質問を投げかける。

 

「ライカは私の戦妹になったんだよ。1週間だけかもしれないけどね」

「あー合姉妹(ランデ・ビュー)か。お前も大変だな」

「風魔ちゃんを戦妹にしてるキンジに対抗して、男の子を戦弟にしても良かったけどね」

 

非難するような目で俺を見てくるのではぁとため息を吐く。

 

「その話はもう何度もしただろ…」

 

神奈川武偵中の後輩の女子である風魔を戦妹にしたこと、まだ言うのか…。

 

「私も優しいからね。それぐらいは許してあげるよ。うんうん」

 

笑っているけど目は笑ってませんよ、銀華さん。

その後、お腹が空いていたのもあり、黙々と銀華の作った飯を食う俺だが―――

銀華は自分が作った料理を食べる人を見つめる特徴がある。女子に見つめられて食べるのは恥ずかしいものだ。

なので食べ終えたところで、俺はさっきの反撃の意味も込め、

 

「―――ごちそうさま。こんな料理、俺以外の男に作るなよ?」

 

とケチをつけておいた。武偵はやられたらやり返すものだからな。

すると銀華は目の前でティーカップで上品に飲んでいた紅茶をちょっとのどに引っかけ、

 

「えほっえほっ。ぴょえーっ」

 

口に手をあて、目を丸くしている。どうした?

 

「……驚いた。キンジにも独占欲ってあったんだね。私嬉しいんだけど」

「???」

 

え……何の話?妙に感激したようなお顔をされてますけど。

 

「もちろんだよ。キンジにじゃなきゃ、こんなことしないよ」

 

銀華は―――モジモジしながら、紅茶の残りを一気飲み。何が嬉しいのかテーブルの下で足をパタパタさせてるぞ。

うーん。ディスコミュニケーションしてるなぁ。銀華とは時々起こることなんだが…まあいいや。銀華の機嫌が良くなるのはいいことだし。

ご飯を食べ終わり、ソファーに移動した俺らは横並びにくっついて座っている。

 

「それにしてもキンジ、よく今日来られたね。神崎が見張ってるはずなのに」

「ああ…戦妹がどうとか言って出て行ったから抜け出して来た」

 

自宅から抜け出すって家出するみたいだな。一人暮らしで家出って意味不明だけど。

 

「あー、神崎の戦妹ってあの子かな」

「知ってるのか?」

「今日会ったからね」

 

強襲科に行ったのか銀華。最近あんまり行ってなかったようだし、何かあったんだろうか?

そんなことを考えていると…

 

「ど、どうした!?銀華」

 

横にいた銀華が俺の胸に飛び込んで来た。

 

「キンジ…他の人のところに行かないでね…」

「いきなりどうしたんだ?」

「だってこの2日、ずっと神崎と一緒にいるんじゃ、不安にもなるよ…」

 

ああ、そんなことで不安になってたのか。

 

「俺はあいつに付き纏われてるだけだ。俺が銀華の元からいなくなるわけないだろ」

「ありがとう、キンジ」

 

そんなことを言ったら--ちゅっ。頰にキスされた。

 

「………っ………」

「寝るよ、キンジ」

 

そう言って銀華は立ち上がる。

銀華のキスはいつもと変わらなかったのだが…どこか寂しいと言ってる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ライカの口調AAと本編じゃ全然違うのすごい困る。


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第29話:強襲科

今回視点変更多め+原作部分多め


銀華の家に泊まった次の日。

 

「理子」

 

メールで呼び出した通り、理子は女子寮の前の温室にいた。温室は人気がないビニールハウスで、秘密の打ち合わせには便利な場所なのだ。

 

「キーくーん!」

 

温室の中にあるバラ園の奥にいる理子がクルッと振り返る。

こいつはアリアと同じぐらいチビだが美少女だ。

 

「相変わらずの改造制服だなおい」

「これは武偵高の女子制服・白ロリアレンジだよ!しろろんもこの制服持ってるのに知らないのキーくん」

「知らねえよ。着てるとこ見たことないし」

 

銀華は他の武偵娘(バカども)とは違い、普通より少し長いロングスカート等を好む。ロングスカートは防御力が高く、俺のヒス系の血流に対する防御も上がる。銀華も蹴り技が多いのでそういうヒステリア的な意味も込めてロングスカート気味のスカートにしているらしい。だが、バカでアホでマヌケな当校の他の武偵娘(ブッキー)はただでさえミニな制服のスカートをミニミニに改造する。そうやって防弾面積を減らして自分の戦闘力を誇示する愚かしい、誠に嘆かわしい慣習があるのだ。銀華を中心に、その悪しき流行が廃れることを切望しているのだが、廃れる様子はない。

 

「……って今は制服のことなんてどうでもいいんだ。ここでの事はアリアには秘密だぞ」

「うー!ラジャー!」

 

理子は気をつけのポーズになり、ビシッと両手で敬礼を取る。苦い顔でカバンから取り出した紙袋を差し出すと、理子はビリビリとそれを破いた。

 

「ううううわあああ!『しろくろ!』『シロツメグサ物語』『(マイ)ゴス』だよお!」

 

理子はぴょんぴょん跳ねながらR-15ゲーム、いわゆるギャルゲーを振り回している。

理子の趣味はなんとギャルゲー。中でも特に自分と同じようなひらひらフワフワの服を着たヒロインが出てくるものに強い関心を持つ。

理子も15歳以上でこれらのものを買う事はできるのだが、身長を見て中学生と判断され売ってもらえなかったらしい。その代わりに俺が買ってきてやったというわけだ。

こんなものを買うのは死ぬほど恥ずかしいし、銀華に誤解されたら死にそうだが、これもアリア対策のためだ。

--アリアはなぜ、俺を奴隷にしたがるのか?

あいつを家から追い出すために最初に解き明かすべきはその謎だ。銀華がその辺の話をしていたが、協力ではなく奴隷ってことが納得がいかない。俺を奴隷扱いするのは1万歩譲って許すが、銀華を奴隷扱いするのは許せないからな。

情報を集め、それを使ってアリアを家から叩き出す。武偵同士の戦いはまず情報戦と相場が決まっているのだ。

 

「よし、早く教えろ。俺はトイレに行くふりして小窓からベルトのワイヤーを使って脱出してきたんだ。アリアにバレて捕獲されるのは時間の問題なんだぞ」

 

理子はバカだ。だが長所がある。ネット中毒者が故に、覗き、盗聴盗撮、ハッキングなどの情報収集が並外れて上手いのだ。こいつも今年の始め、俺と同じように強襲科から探偵科に移ってきたのだが、諜報科(レザド)情報(インフォルマ)に移ったほうがよかっただろ明らかに。

 

「ねーねー、キーくんはしろろんとラブラブなのに、アリアと浮気してるの?」

「してねえよ」

「ねえねえ、どこまでしたの?」

「どこまでって」

「えっちいこと」

「バカ!あいつとするわけねえだろ!」

「ヘェ〜、その言い方だとしろろんとはヤってるような言い方だねぇー」

 

クソ……嵌められた。理子は満面の笑みで、このこの〜というように俺の脇腹を肘でついてきた。ムカつくなおい。

 

「そんな事はどうでもいい。それより本題だ。アリアの情報…そうだな。まずは強襲科の評価を教えろ」

「キーくん。話題そらしたけど後で取り調べするであります。それで、アリアの情報だけど、んーと…まずはランクはSだったね。2年でSって片手で数えられるぐらいしかいないんだよ」

 

別に驚きはしないな。ヒステリアモードの俺とまあまあ互角に戦える身のこなしは常人ではない。

 

「それに徒手格闘も上手くてね。ボクシングから関節技までなんでもありで、しろろんも使う流派……えっと…」

「バーリ・トゥードのことか?」

「そうそれ。それを使えるの。イギリスでは省略してバリツって呼ぶんだって」

 

体育倉庫で俺はアリアにぶん投げられたんだが…あれは凄かった。ヒステリアモードでも受け身を取るのが精一杯だったからな。

 

「拳銃とナイフ、この二つの扱いは天才の領域。両利きでどっちも二刀流らしいよ」

「それは知ってる」

「じゃあ(ふた)つ名は?」

 

二つ名--優れた実績を持つ有能な武偵には自然と二つ名がつく。

俺と銀華のペアの二つ名『金銀の双極(パーフェクト)』のようにちょっと厨ニちっくなのがアレだけどな。

それをあいつも持っているのか。

知らないといった顔を俺がすると、理子がニヤリと笑った。

 

双剣双銃(カドラ)のアリア』

 

--双剣双銃。

武偵用語では二丁拳銃や二刀流の事はダブラと呼ぶ。

これは英語のダブルから来てるんだよ、と自身も二丁拳銃を使いダブラになる銀華が言っていたのだが、そこから考えるに4つ(カトロ)の武器を持つという意味から取った二つ名なのだろう。

 

「笑っちゃうよね。双剣双銃なんてさ」

「いや、笑いどころが俺にはわからないのだが…まあいい。他には…あいつの武偵の活動について知りたい」

「その件に関してはスゴイ情報があるよ。アリアは14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパ各地で活動していてね…その間、一回も犯罪者を逃した事はないらしいんだよ」

「逃した事がない?」

「そう。狙った相手を一度の強襲で全部捕まえてるんだよ。99回連続パーフェクト。ま、キーくん達は100回以上事件を解決してるけどね」

 

まあそれは銀華のおかげなんだが…

というか一人で一発逮捕を99回連続ってバケモノかよ。そんなやつ普通いない……銀華はできそうだな。

銀華レベルの奴に追われているのかよ俺は。

気が滅入りそうだし話題を変えるか。

 

「他には。そうだな、例えば体質とか」

「アリアってお父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」

「てことはクォーターか」

 

銀華もクォーターだし、周りのやつクォーターだらけだな。

 

「そう。で、イギリスの方の家がすっごく高名な一族で、ミドルネームの『H』家なんだよ。おばあちゃんはデイムの称号を持ってるんだって」

 

Dame(デイム)とはイギリス王家が女性に授与する称号。つまり…

 

「やっぱりあいつ、貴族か」

「そうだよ。リアル貴族。でも家の人たちとはうまくいってないみたい。だから家の名前は言いたくないみたい。まあ理子は知ってるけど」

「教えろ。ゲームやっただろ」

「まあ、イギリスのサイトでググればいいじゃん。それかしろろんに聞くか」

「銀華には聞けないし、俺は英語無理なんだよ」

 

銀華に他の女子のことを調べさせるのは流石にどうかと思って理子に調査依頼したのに、聞いたら意味なくなるじゃねえか。

 

「がんばれ!」

 

と俺の背中を叩こうとしたらしい理子のちっこい手が思いっきり空振り……

バシッ

と俺の手首をぶっ叩く。

 

「うお!?」

 

ガチャ。

その勢いで俺の腕時計が外れて足元に落ちた。

拾い上げると金属バンドの3つ折れ部分が外れてしまっている。

 

「う!ごっごめーん!」

「別に安物だしいいぞ。もう一つ銀華に誕生日でもらった腕時計があるし」

 

以前、誕生日プレゼントとして銀華にもらった腕時計は高そうなやつだったから大事な場面用に取ってあるが…安物が壊れたなら仕方ない。それを使えばいいだろう。

 

「え、それ?本当…?」

「ああ…ってどうしてそんな顔が青いんだ?」

「ううん、なんでもないよ。他にはなんかある?」

「もうそのぐらいでいい」

 

そう言って俺は温室から立ち去った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

私が家で食後のお茶を飲んでいる時、携帯が鳴った。相手は理子だ。

 

「こんばんは、どうしたの理子?」

『しろろん?今一人?』

「ん?そうだけど何かな?」

『聞きたいことがあるんだけど』

 

声のトーンが下がり、いつもの理子ではなく、イ・ウーにいるときのような声になった。

……なるほど推理できたよ。

 

「キンジは二つ腕時計持ってるよ」

『紅華はキンジに…って流石の推理力だね』

「理子はバスジャックするつもりで、わざとキンジの腕時計を壊した。キンジをバスに乗り遅れさせるつもりで。本当は修理を口実に時計を持ち帰り、細工を仕込むつもりだったけど、腕時計が二つあるならそれは無意味。どうしたもんかという具合で私に電話してきた。違う?」

『その通りだよ…』

 

呆れたように理子がそう言った。

 

「とりあえずキンジをバスに乗らせなければいいんだよね?」

『そう。それで四世と組ませる』

「まあ、それぐらいだったら協力してあげるよ」

『本当?』

「うん、約束だからね」

『詳しい日時はまた連絡する』

「りょーかい、じゃあまた」

 

そう言って電話を切った。

ふう…

ここ最近ずっと、気持ちがモヤモヤする。

私にとってキンジと神崎を組ませるのは楽しい話じゃないからね…

父さんや理子との約束だし仕方ないんだけど。頭でわかってても気持ちは別だよ…

キンジが私に依存してるかと思ってたけど逆。

私の方がキンジに依存してたんだ……

 

 

 

翌日の昼休み、

 

「銀華」

 

ガヤガヤと賑やかな学食の中、一人寂しくハンバーグ定食を食べていたら、キンジが話しかけてきた。自身もハンバーグ定食のトレイを持って、私が座っていた2人席の空いてる席に座る。

 

「キンジ。珍しいね、キンジの横に誰もいないなんて」

 

昼休みはお互いの友人と食べることが多い。

キンジはよくつるんでいる武藤くんと不知火くんと。私は学科の子と。

そんな深い意味で言ったわけではなかったんだけど…

 

「あー……アリアなら俺の家から出て行ったぞ」

 

頭をぽりぽりかきながら、キンジはそう言った。

アリアとの関係を当て付ける意味にとったみたい。

まあ、あれは仕方のないことだから…そんなに怒ってはないんだけどね…

神崎が勝手に押しかけただけだし。

 

「どうやってアリアを追い出したの?」

「…約束したんだ。強襲科に戻って一回だけ組んでやるって。そのことを銀華に許しを請いにきたんだが…」

 

私たちはHSSのせいで勝手に相手が異性と組んじゃうとベルセになっちゃうからね。最近はお互いマシになってきたとは思うんだけど、一応許可をとりにきたってところかな?

 

「…まあ、仕方ないよ…キンジの家にいつまでも神崎が居座るのは嫌だろうし」

「ごめんな。最近放っておいてしまって」

「ううん。私もそれぐらい我慢できるよ。キンジが悪いわけじゃないんだし」

 

本当はあまり我慢できていないけど…

 

「今日、強襲科に戻るんだが一緒に行かないか?」

「うん。行く行く」

 

まあ、あと4ヶ月弱の辛抱だよ…

だけど、この後、私の機嫌はキンジの一言で、劇的に改善した。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

強襲科でのトレーニングは、最低限のノルマをこなせば何をやっても自由だ。自分が何の訓練をすれば将来生き延びられるか、自ら考え、自分で実践するという習慣をつけさせるためだ。

なので放課後にも射撃や近接戦(CQC)などの技を磨くのだが…基礎体力も大事という銀華先輩の指示のもと、アタシは強襲科棟の二階にあるトレーニングジムで筋トレをしていた。

横にはあかりも一緒だ。

横にいるあかりはエクササイズバイク、アタシはプッシュアップ・トレーナーで腕立て伏せをしている。あかりはアリア先輩が来ないか気になるようで、ガラス窓ばかりチラチラ見てる。まあアタシも銀華先輩が来ないか気になるんだけど。

 

「なあ、あかり?アリア先輩ってどんな人なんだ?」

 

腕立て伏せをしながら、アリア先輩の戦妹のあかりにそんな話を振る。

 

「厳しくて不器用だけど意外と優しい人だよ。ずっと先にいる存在だけど、いつか横に並び立てるようになるまで頑張ろう、と思わせてくれる人かなあ」

「へー、この前見た感じ厳しそうな人だと思ったけど、意外と優しいんだな」

「銀華先輩はどうなの?」

「先輩は優しいけど厳しいところもあるな」

「もしかしたら、戦姉はみんなそうなのかも。で、ライカは本当の戦妹になれそう?」

「わかんねえ。でも、やるだけのことはやるだけさ」

 

ライカらしいねとあかりは笑うけど、結構難しい問題なんだぞ…何せ戦姉妹契約の条件が銀華先輩に気に入られればいいっていう条件になったんだけど、あの人結構変わってるからな…

気に入られ方なんて分からない。

唯一気に入られてるとわかっているのは先輩の婚約者の…

 

「キンジが強襲科に帰ってくるって!?」

「マジかよ!キンジってあの『金銀の双極(パーフェクト)』のゴールドだろ?」

「パーフェクトの復活か!?」

 

2年の先輩たちがそんなことを話す声が耳に飛び込んでくる。

そんな声を聞いて緊張で唾を飲む。

 

「……ライカ?」

 

いきなり黙ったアタシにあかりは声をかけてきた。

 

「この前言った伝説の男、遠山キンジが帰ってきたらしい」

「あのバケモノ…」

 

あかりの中ではどうやら遠山先輩はバケモノ扱いになってるらしい。まあ見たことなくて噂だけ聞いてたらそう思っても仕方ないか。

 

「前、銀華先輩の家でお世話になった時に、少しだけ顔合わせしたんだが…あっあれだ」

 

二階の内窓から人だかりが見える。その人だかりの中心では、少し目つきの悪い、暗そうな一人の男子--遠山先輩が髪をくしゃくしゃにされたり、服を引っ張られたりと揉みくちゃにされていた。

その様子を見てあかりは…

 

「……なんか…想像してたのと違う……」

 

まあ分からなくもない。バケモノみたいな大男を想像していたら、実際の遠山先輩は普通の男子高校生だからな。

 

「そう見えるんだよなあ。銀華先輩の婚約者だから、まあまあイケメンとはいえちょっと暗めだし。上勝ちすると大手柄だから、狙ってる奴もいるけど、アタシはやめといたほうがいいと思うんだよなぁー」

「まあ、いつものキンジが頼りなく見えるのも無理はないよね」

 

あかりではない声が聞こえて後ろを振り返ると……

 

「「銀華先輩!?」」

「やあライカと間宮さん」

 

ニコニコ顔の銀華先輩が立っていた。

……というか、銀華先輩が大好きな遠山先輩を微妙にdisってたこの状況、まずくないか?

人生で銀華先輩に話しかけられて不味いと思う時が来ると思わなかった。

 

「どこから聞いてたんですか?」

「ん?ライカの『銀華先輩の婚約者』ってところからかな」

 

やべ…ちょっと暗めっていうところ聞かれてたか。でも機嫌がいいのかそんなに悪い意味に取られなかったみたいだ。そこは良かった。

 

「あの、銀華先輩は…遠山先輩の婚約者なんですよね?」

「うん、そうだよ。……間宮さんって私のことあんまり知らなさそうだし、もしかして一般中学出身?」

「あかりは去年の二学期に一般中(パンチュー)から転入してきたんです」

「まあ、それなら私たちのこと知らなくても仕方ないか」

 

アタシが補足説明すると先輩は頷いた。

 

「それでどうしたの?」

「その…なんていうか…」

「想像と違うって言いたいのかな?」

「なんでわかるんですか!?」

 

なんでわかるって?そんなの決まってるだろ?

 

「初歩的な推理だよ間宮さん。キンジの噂なんてSランク、入学試験トップで強襲科の首席候補、金銀の双極(パーフェクト)のゴールドとかだろうからね。もっと怖い人を想像したんだろうけど、実際はあそこで揉みくちゃにされてるような普通の高校生。そのギャップを考えれば言いたいことは自然にわかるよ」

「はい…そうです。すごいですね、銀華先輩は」

 

そりゃ銀華先輩は探偵科のSランクだからな。こんな推理、造作も無いだろう。

 

「ありがとう。ま、さっきも言ったけど普段のキンジはそこまで頼りになるタイプじゃないんだよ」

「そうなんですか?」

 

前、先輩から聞いた話だと、絶賛の嵐だったんだけど…

 

「でもね。時々本当にかっこいいんだよ。そのギャップがキンジのいいところでもあるんだよね」

 

やっぱり銀華先輩は遠山先輩のことが大好きなんだな。横のあかりなんてそれを聞いて顔真っ赤にしてるし…

 

「あ、そういや。先輩。どうしてここにきたんですか?アタシとの稽古まで少し時間ありますよね」

「ありがとう、ライカ。本来の目的忘れてたよ。でも、ここには居ないようだね。じゃあ、また。間宮さん、ライカ」

 

と言って立ち去る先輩だけど…

 

「自由な人だなあ…」

 

あかりの意見にアタシは横で首を縦に振った。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

私は強襲科に戻ったキンジの様子を人だかりの外から見ていたけど……ふーん。人気者なんだね。ちょっとビックリした。

キンジは人付き合い悪いし、ネクラ?って感じもするんだけど…強襲科(ここ)のみんなはキンジには……なんていうのかな、一目置いてる感じがするんだよね。

あたしになんか、誰も近寄ってこないのに…実力差がありすぎて誰も合わせられないのよ。まあ、あたしは『独唱曲(アリア)』なんだからどうでもいいんだけど…

そんなあたしに近づいてくる人がいた。

 

「あ、いたいた」

 

長い銀髪を携えた銀華だ。

 

「あんた、強襲科にはあんまり来てないみたいだけど、珍しいわね」

 

キンジのことを調べるついでに、この銀華についても調べた。どこかあたしに似てる気がするんだよね。上手く言えないけど。

 

「まあ、この前来たんだけど。サボっていた神崎はいなかったから、知らなくても無理はないね」

 

銀華は挑発するような口調でそう言ってくるので、あたしは思わずカチンときてしまう。

 

「あんた、言うわね」

「別に事実を言ってるだけだよ」

「…………そうだ。あんたも事件解決に協力しなさい。キンジは一件やると言ったわよ」

「私にメリットがない」

「は?」

「は?私にメリットがない依頼を受けるわけないでしょ」

「報酬は出すわよ」

「金はいくらあっても足りない……でもそれだけで動くぐらい私は安くない」

「どうしてもやらないって言うの?」

「お前がメリットを提示するまでは」

 

腕を組んで馬鹿にするような言い方で私を見る銀華を見て、頭に血がのぼる。

 

「じゃあ!勝負よ!私が勝ったら言うことを聞きなさい!」

「じゃあ私が勝ったら、私はアリアと一生組まない」

「ふん、いいわよ。どうせあたしが勝つから」

「大した自信だね。まあそんな子の鼻を折るのが大好きなんだよ私は」

「か・ざ・あ・な!」

 

あたしと銀華は睨み合いながら闘技場に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




忙しくて7〜10日に一回投稿になりそうです…


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番外編1:ポッキーゲーム

番外編なので本編とほぼ関係ないです

注意:高1の時のお話、今日は11月11日、いいね?


銀華の家で夕食を食べた後に行われる、いつものお茶の時間。俺たちがいるのはダイニングの4人掛けのテーブルで、いつもは俺の正面に座る銀華だが、今日は珍しく俺の横に座った。

 

「今日のお茶菓子はこれです!」

 

ジャジャーンという風に銀華が取り出したのはポッキー。

 

「日本では11月11日はポッキーの日と言うらしいからね」

「まあ正確にはポッキーとプリッツの日らしいがな」

 

ポッキーとプリッツは、スティック状菓子の代表的な存在。その形が数字の"1"に似ていることから平成11年11月11日の"1"が6個並ぶ珍しい日にポッキーの日がスタートしたという裏話もある。

そのポッキーの袋の開け口を俺の方に向けてきたので、俺はそこから一本取って口にいれる。それを見て銀華も一本取り、リスのように、もそもそと食べ始めた。

 

「これ、おいしいね」

 

ニコニコ笑顔で銀華がそう言ってくる。

 

「まあな」

 

そりゃ、一大メーカーの看板商品だ。美味しくないわけがない。

そんな返事をすると、横の銀華はいきなり恥ずかしそうにモジモジしだして、新しいポッキーのチョコがついてない持ち手の方を咥え、チョコがついている方をこちらに向けてきた。

 

「いきなりどうした銀華?」

 

そんな質問を投げかけると、銀華は顔を真っ赤にして、咥えたポッキーを超高速でそのまま食べ……

ぽかぽかぽか。

両手で俺の二の腕を弱く連続で叩いてきた。

これはたぶん怒りの表現だろう。本気の怒りの1億分の1ぐらいで全く痛くないけど。

 

「だから、なんだよ」

「見てわからなかったのキンジ」

「さっぱり」

 

そんなことを言うと銀華が驚いたような不思議がるような顔になった。

 

「ポッキーゲームって知らないの?」

「……」

 

ポッキーゲーム。

これは日本の宴会などでよくやられる悪い風習のゲームだ。ポッキーゲームに明確なルールは存在しない。

 

「理子が恋人同士がやる一般的なゲームって言っていたんだけどなあ…」

 

それもそうだろう。

2人でやる場合、2人が向かい合って1本のポッキーの端を互いに食べ進んでいき、先に口を離したほうが負けとなる。

もしお互いが口を離さずに食べ切った場合どうなるかは考えるまでもない。

その2人はキスをすることになるのだ。

それまでもいかなくても、お互いの顔を間近でおがむことになるので気恥ずかしさは免れない。

純粋な銀華は理子(バカ)に余計な知識を吹き込まれたのだろう。

 

「キンジ…本当に知らないの?」

 

俺とポッキーゲームをやることを楽しみにしていたらしい銀華は涙を瞳に溜め、ウルウルとさせている。そんな顔されると嘘つけなくなるだろ…

 

「…知ってるよ」

 

そう答えると、銀華の暗い顔は、太陽のような明るい笑顔に置き換わった。

 

「じゃあ、じゃあ!やろう!」

 

まあ…気恥ずかしくなったら先に離して負ければ……

 

「ねえ、負けた方に罰ゲームをつけない?」

「…罰ゲーム?」

「うん。負けた方が相手の言うことを聞くって言う罰ゲーム」

 

負けられなくなった。

 

「…罰ゲームはやめないか?」

「ええー、それじゃあ面白くないよ〜」

 

そんな声と共に、銀華は俺に全身をすり寄せてきた。

銀華、意外と天然だからこの辺はたぶん意識してやってないんだろうけど、体の凹凸の柔らかい部分を当ててきてやがる。あの殺人的に馨しい髪も近いし、ヒステリアモードの火薬庫かよ、銀華は。

 

「わかった。わかったから!罰ゲームでもなんでもするって」

 

そんな約束をして銀華を引き離すが…要するに勝てばいいんだ。勝てばこっちから命令できるんだ。今度の夕食のメニューとか指定できたり、ちょっと豪華にしてもらうことすらできる。

なぜそんな勝てると思うかって、銀華は照れ屋だからな。ポッキーゲームで俺が負けるわけないぞ。

勝負だ銀華。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

ふっ。

かかったね。キンジ。

罰ゲームは認めてもらえないかもしれないから、予め理子にどうしたらいいか聞いておいて正解だったよ。

どうせキンジは私が照れ屋さんだと思ってるだろうけど、心頭滅却すれば、なんとかなる。たぶん。

 

キンジの知ってるポッキーゲームのルールと私が理子に教えてもらったルールは同じだったので、そのルールを使うことになった。

 

「じゃあ、やろうか」

 

そういった後に、私はポッキーのチョコのついてない方の端を咥え、キンジにチョコの方の先端を向けると、キンジも咥えた。

キンジの顔が目の前にあるのが、もうすでにすごく恥ずかしいけど…

さてゲームのスタートだよ。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

銀華の手の合図でポッキーゲームを開始し、少しずつ、銀華の顔と俺の顔が近づいていくのだが……

 

(これまずくねえか…)

 

俺はまずい点に気づいた。

それは銀華の匂いだ。

俺は生まれつき鼻がいいのだが……俺のヒステリアモードのダムは銀華の匂いに弱い。

いつもはやばくなったら口呼吸に変えてるんだが、ポッキーを咥えてるせいで口呼吸することができん。目の前で鼻をつまむのは、銀華も傷つくだろうし、どうすればいいんだ。

そんなことを考えてる間にも残りポッキーは少なくなっていく。

そんな時銀華が、俺の顔の目の前で……

 

「…〜〜!!」

 

ウインクしやがった。そんな銀華の可憐なウインクを眼前で拝んでしまい、動揺した俺は、

 

「ゲッホ…銀華お前なー!」

 

むせてポッキーを離してしまう。

 

「わーい。私の勝ちだー!」

 

銀華はバンザーイしながら喜んでいるので…

 

「ウインクは卑怯だろ」

 

と抗議するが、

 

「武偵にとって卑怯は褒め言葉だよ」

 

トンチンカン武偵高理論で流されてしまう。

まあ実際卑怯やズルは褒め言葉で、嵌められた方が悪いというのが武偵高(うち)の方針なんだけどな。

 

「それでね、それでね。罰ゲームの私のお願いなんだけど…」

 

顔を赤くしているが、その瑠璃色の瞳の奥で、抑えきれない欲望が渦巻いているのがわかる。

お人形さんみたいな綺麗な容姿で、学校では模範的な生徒なのに…

今はまるで発情期のケモノみたいなムードだ。

ちょっとこれまずくないですか…?

 

「キンジ。そ、それ以上のことは、もう、今日は頼まないから……」

 

はっ、はっ……と菊のような爽やかな香りのする息を断続的についている。

 

「お願い、キスして--それだけでいいから--」

 

な、なんでそんなお願いなんだッ。

いつもはそんなお願いしてこないのに。

 

「し、正気か?」

「うん。正気だよ」

 

そういった後、銀華は口を少し開けたまま、眠るように……目を瞑った。

流石にこの行為は俺でもわかる。

銀華は待っているのだ。俺から銀華にすることを…

 

(ど、どうすりゃいいんだ…)

 

俺たちは婚約者であるが、そういう行為をすることはほぼない。お互いにヒステリアモードになることを避けているからだ。

俺はあの姿を見せたくないから。銀華は弱くなるから。

でも銀華はあの俺の姿を知っている。銀華でなるリゾナだったら、()()()()()行為をしないということもわかっている。

それだったら、別に大丈夫なんじゃないか?

 

そんな言い訳をつけて、俺は右手で銀華の顔を引き寄せ--

 

「--ッ--」

 

してやった。

罰ゲームの要求通りに。

可憐な銀華の唇は柔らかくて、あったかくて、その唇が種火になって、こっちの全身へと、火炎を広げていくのがわかる。

--ドクン。

体の中心がむくむくと強張り、ズキズキと疼くような、この感覚。

いつものヒステリアモード・リゾナだ。

ということは…

 

「キンジ……」

 

俺から唇を離された銀華も、弱くなるリゾナになっている。

膝は哀れなほどに震え、内股に閉ざされている。ちょっと椅子に座ってるのも危ないかな。

 

「ちょっとごめんよ」

 

弱々しい銀華をお姫様抱っこして、ソファーに運んであげる。リゾナの銀華は相変わらず、涙を両手の甲で拭いながら、震え、怯え、男の征服欲を掻き立てるような、狂おしいほどに愛おしい姿だ。

 

「銀華、もう一度ポッキーゲームをしないかい?」

「…う、うん」

 

震える銀華ともう一度ポッキーゲームをするが、当然震えているので銀華はポッキーを折ってしまう。

 

「あっ…」

「じゃあ、俺もしたい要求をさせてもらおうかな」

 

再び俺の顔は銀華の顔に近づき、唇を重ねる。チョコの甘さと粘膜が交わる快感から俺と銀華は本能的に舌を絡ませていく。

そして、俺の口内のチョコがなくなると、さらなる甘みを求め、弱々しい銀華の舌を押し返して、逆に彼女の口内へ侵入していった。

 

「…んむっ……」

 

銀華のより奥へ舌を伸ばそうと考え、ソファーで仰向けになっている銀華へ、覆いかぶさっている俺はグッと体を寄せると、銀華はピクリと震えた。

その長いキスを終え、唇を離すと…銀華が

 

「……もっとして……」

 

もしかしたら、その時は銀華だけじゃなく、俺もケモノになっていたのかもしれない。

()()()()行為はしなかったが、俺は狂おしいほどに魅力的な銀華の柔らかさを堪能し、後で互いに恥ずかしさのあまり後悔することとなった。

 

 

 

 




昨日思いついて書きはじめてたのに間に合わなかったのはスプラのフェスが悪い。


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第30話:Sランク

ポケモンがひと段落したので

注意:視点変更少し多め



強襲科の授業を自由履修という制度を使って取るには、申請が必要だ。そのために俺は強襲科の事務にある申請所に今まで行っていたのだが…

 

「遠山君!」

 

不知火が俺へ向かって走ってくる。

その表情はいつもの余裕の笑みを浮かべたイケメンスマイルではなく、ちょっと慌てている。

 

「どうした不知火」

 

そう聞く俺に、不知火はとんでもないことを、耳打ちしてきた。

 

「闘技場に急いで、遠山君!()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

俺は不知火と共に強襲科の第1体育館の内部にある闘技場(コロッセオ)とあだ名されるスケートリンクみたいな楕円形のフィールドに向かった。そこには見物をする生徒達が大勢集まっている。

防弾ガラスの向こう、闘技場の中心から……銃声が聞こえてくる。

戦っている--誰かと、誰かが!

 

「ど、どいてくれ!」

 

俺は人だかりを掻き分けながら、銃声の方へ走る。

 

「シルバーのあの目。ありゃ、マジだぜ」

「神崎の無敗伝説、終わるかもしれないぜ」

「2人の姿が速すぎて何が起こってるか見えない…」

 

俺が掻き分けた強襲科の奴らが、そんな興奮したような声を連ねている。

 

「やれや!どっちか死ぬまでやれや!」

 

という大声に顔を上げると、2メートルはある長刀を何本も背負った強襲科の教師の大女--蘭豹が防弾ガラスの衝立(ついたて)の上にいた。

ジーンズを履いた足でガンガンと衝立を蹴っている蘭豹は、19歳。

俺たちと同年代で、香港では無敵の武偵と恐れられていたらしい。その後、教師になったが…あまりの凶暴さ故に各地の武偵高を次々にクビとなり、転々としているようなやつだ。

 

「--銀華!」

 

叫びながら防弾ガラスの張られた衝立に飛びつくと、その向こう、砂がまかれた闘技場には--

 

--銀華が、いた!

 

銀華は長い銀髪を靡かせながら、アリアと向かい合っていた。片方の目は(あか)く、もう片方の目もいつもの深い瑠璃色に赤色が混ざっている。

 

「神崎、もう終わり?」

 

--パアン!

 

銃声--!

だが、俺の目が捉えたのは銀華の手元で弾けた閃光のみ。だが発砲音と同時に…

バシィッ!

とアリアが鞭で叩かれたような音が響き渡る。アリアはかわせないのだ。銀華の弾を。

 

今のは--銃撃。

だが、銃は全く見えなかった。

あれは兄さんの技の一つ、『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』だろう。たぶん。

俺も兄さんの同僚から昔聞いたことがあるだけで、仕組みまでは知らないが、『不可視の銃弾』とは、その名の通り銃がみえない銃撃のことである。

いつ銃を抜かれたのか、いつ狙われたのか分からない--反撃はおろか、人間には反応することすらできない攻撃だ。

銀華も同僚のその話を横で聞いていたのだが…持ち前の推理力で原理を解明し、それを物にしたらしい。ヒントは兄さんの銃らしい。兄さんも俺の銀華の話を聞いて、銀華の技何個か使えたぽいし、もしかしたら教えあってたのかもしれんないけどな。

 

「うっ」

 

どしゃっ!

アリアは短い呻き声をあげ、前のめりに倒れた。血しぶきは上がらなかったようだから、防弾制服のどこかに当たったみたいだ。

防弾制服に使われているTNK繊維は、銃弾を貫通させることはないが、その衝撃がなくなるわけではない。制服に被弾すると金属バットで殴られたような衝撃を受ける。

当たり方が悪ければ内臓破裂で死ぬという事例もある。もちろん頭部に当たれば……

 

「おい、蘭豹、やめさせろ!こんなのどう見ても違法だろ!こんなことばっかりしてたら、死人が出るぞ!」

 

こういった実弾を使った模擬戦は、強襲科のカリキュラムの一つにある。だがその場合、体中を完全に守る、c装備の着用が義務付けられている。

制服での模擬戦は、現実には私闘や暴力教師(蘭豹)の命令で時たま行われるが、明らかな武偵法違反行為だ。

 

「死ね死ね!教育のため死ね!」

 

(ダメだ酔ってやがる…)

 

蘭豹の周りには瓢箪が転がっており、明らかに酒が入っているのがわかる。今は銀華が優勢なのだが、相手もSランクのアリア。もしものことがあり得る。

もし銀華まで失ってしまったら、耐えきれない。

防弾ガラスの扉をICで開け放とうとしたが、どうやら内側からロックが掛かっているらしく、開かない。

たぶんアリアか銀華がかけたのだろう。

つまり、どちらかが勝つまでこれは続くということだ。

 

「銀華!」

「…キンジ?」

 

俺の呼びかけがかすかに聞こえたようで、銀華が一瞬こっちを見た隙に--銀華に撃たれ、倒れていたアリアは--

バッ!ドキュンキュン!

逆立ちするように跳ね起きながら、両手の大型拳銃(ガバメント)で銀華を撃った。

双剣双銃(カドラ)のアリア』

お前は銃技の天才らしいな。確かにチャリジャックの時のお前の射撃は、眼を見張るものがあった。

だがな…

 

 

 

俺と銀華(おれたち)HSS(ヒステリアモード)は天下無双、舐めてもらっちゃ困るな。

 

 

 

 

--バチバチッ!

弾丸同士が衝突する火花が、銀華とアリアの中間で連なる。銀華が撃った弾と(はじ)いた弾が四方に飛び散り防弾ガラスにぶつかる。

当たると確信していたらしいアリアは眼を丸くしている。

 

銃弾撃ち(ビリヤード)なんて始めた見たわ…」

 

そう。アリアが言う通り銀華が使ったのは銃弾撃ち。普段の俺たちなら使うことはできないが、HSS(ベルセ)の銀華なら問題なく使うことができる。……というか、あそこまでキレてる銀華のベルセ久しぶりに見たぞ。

なんかアリアのことだし怒らせること言ったのかもしれんな。俺関係で。

 

「まあ、このぐらいはできて当然だよね。双剣双銃のアリアさん?」

「こっからが本気の本気!本気なんだから!」

 

挑発するように銀華が言うと、アリアはムキーと擬音が出るぐらい顔を真っ赤にして、地団駄を踏んでいる。

そんな隙だらけのアリアに銀華は一気に近づいた。

 

(--近接拳銃戦(アル=カタ)--!)

 

挑発して隙を作り、一気に攻め込む。案外銀華も卑怯な手を使うな。などと感心する暇もなく、銀華とアリアは--

バッ!ババッ!

一気に詰まった距離から銃弾を放ちあった。

近接拳銃戦は、銃を使った格闘技。防弾服の着用を前提に、手足による打撃技(ストライキング)に零距離射撃を併用する格闘戦だ。

アリアは体を捻るようにして躱したが、銀華はロングスカートに銃弾を受ける。躱せなかったのではない。わざと当たったのだ。

相手の銃弾の威力で絶牢もどきを使い、走りながら空中で一回転。

まだ距離があるものの銀華はその回転の勢いを使い

ブンッ!

と足を振るう。

空振りをしたわけではない。あれは銀華の中距離攻撃技、『incessant shelling(降りやまぬ雨)』。蹴りで空気弾を飛ばす技だ。

初見では、ヒステリアモードでも躱せなかったそれを、何か感じ取ったのかアリアは体を跳ねるようにして避ける。

その回避の隙に、銀華はお互いの腕が交錯し合うような間合いまで一気に詰めた。銀華の腕をアリアが肘で弾き、アリアの手を銀華の掌底が弾き、互いに銃口を逸らしている。逸らされながらも光るマズルフラッシュが、光の短剣のように(せめ)ぎ合う。

 

(ま、マジか…)

 

今度は銀華が押され始めた。あの目は本気のベルセ、なのに。

発砲しながら、その場で片脚バク宙を切ったアリアは銀華の顎を蹴りにかかるが、銀華は上体をスウェーして鼻先で躱す。

拳銃を持ったままその場で着地したアリアはその手を中心に回転する、二連撃の回転蹴り(スピニングキック)

Sランクと聞いていたが--アリアに対して初めて恐怖が湧く。

こんなの…まるで銀華の戦い方じゃないか!

銃弾の飛ぶ線が銀華の身体を捉えようとせめる。それをギリギリ銀華は躱しているが…防戦一方のようだ。

だが、俺はそんな状況に違和感を覚えた。

銀華が押されているのは事実だが--何かおかしいと。

それを裏付けるように銀華は--

 

「ふーん」

 

--笑っていた。

アイツ。

強襲科に何人かいたが、あのアドレナリンに酔った表情のような典型的な戦闘狂とも何か違う。

 

「神崎の本気ってそんなもんなんだ」

 

銀華の笑み。それは嘲笑。

銀華はアリアの本気を見るためにわざと手を抜いていたのか。俺のベルセは攻め一辺倒になるのだが、もしかしたら女のベルセは仕組みがちょっと違うのかもしれんな。

 

銀華はその言葉の後、動きのキレが格段に上がった。ギアを上げたと言うべきだろうか。銀華の高速の攻めがアリアを襲い、アリアは防戦一方だ。銀華はもうすでに拳銃を使っていない。それもそうだろう。

銀華は近接拳銃戦や刀での戦いも得意にしているが、一番得意なのは徒手格闘。

アリアが『双剣双銃』なら、銀華は『双拳双脚』なのだ。銀華の攻撃はまるで()()4()()あるかのようなスピード。銀華のことをSランクのアリアすら追い詰めてるスピードのある攻撃を見て、流星と呼ぶ人もいるらしいからな。

それをガードするだけで精一杯で防戦一方だったアリアを…

ゴスッッッ!

秋水の蹴りで吹き飛ばした。吹っ飛ばされたアリアは身体が小さく軽いのもあるだろうが、まるでダンプカーに跳ねられたかのように、俺が観戦している前の防弾ガラスまで吹っ飛び……

バンッ!!

防弾ガラスに打ちつけられた。

ズルズルと壁を伝い、地面にずり落ちたアリアのダメージは…重そうだ。すぐには立ち上がることができなさそうだ。

そんな俺の目の前にいるアリアに対して、銀華はゆっくりと近づいてくる。まるで目を離したら食われてしまうと思わせるような、捕食者のムード。

これ、アリアの命が流石にやばいぞ…!

銀華の持ち銃であるベレッタ93Rをアリアに向けたのを見て

 

「お、おい。銀華待て!撃つな!」

 

と慌てて言うと…銀華は銃を下ろし、銀髪を翻しながら、近くにあった闘技場の出口の方へ向かった。まるで敗者には興味がないと言う風に。

ひとまず武偵法9条、人殺しを防ぐことができて一安心だ。

 

「な、なんで…」

 

そんな声が防弾ガラスを挟んだ目の前のアリアから聞こえる。

 

「なんで、そんなに強いあんたにはパートナーがいて、あたしにはいないの!?」

 

アリアは仲間を探していた。一緒に戦え、合わせることができる仲間を。だから、俺を実力が合う仲間として勧誘してたのだが…

 

「神崎、自惚れるなよ」

 

振り返ることはなく、低い声で銀華はそう言う。

 

「お前が『独奏曲(アリア)』なのは、他の人がお前に合わせられないわけじゃない。お前が合わそうとしないからだ。そこを履き違えるな。それを履き違えてる限り、私はお前と組む気はない」

 

そう言って内ロックを解除し、闘技場から出る。

 

「ライカ」

「は、はいっス!!」

 

銀華は仮の戦妹である火野を引き連れて、この場から去っていく。

 

「…それじゃあ…間に合わないのよ…あたしが合わせるんじゃなくて……あたしに合わせられる人を探さなくちゃ……いけないのよ。そうじゃなきゃ……ママを……助け……られ……ない」

 

う、う……

とアリアはついに泣き始めてしまう。泣くアリアを慰める人はおらず、

 

「ガハハハ、流石北条やな。ええもん見れたわ」

 

と笑う蘭豹と黙りこくる野次馬の生徒しか残されていなかった。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

すごいものを見てしまった。

銀華先輩とアリア先輩が戦っているという話が耳に入って、急いで駆けつけたのだが、目に飛び込んで来たのはそれはアタシからしたら異次元の戦闘。横にいたあかりも同じ感想で目を奪われていたしな。

……まあ、そんなことはどうでもいいんだ…

何がやばいかって、さっき会った時とまるで違う、アタシの前を歩く銀華先輩のオーラだよ。

この前、戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)で戦った時も、やばかったけどこれほどじゃなかった。

先輩が前を歩くだけで人垣が割れるし、まるでモーゼみたいだ。

 

「し、銀華先輩」

「ん?何かなライカ」

 

前を歩く先輩に話しかけると、顔だけ振り返りながら、答えが返ってきた。

さっきまで紅色だった左目は、だいぶ瑠璃色に戻っているし、たぶん聞いても大丈夫かも。

 

「先輩と遠山先輩ってどっちが強いんですか?」

 

アタシが一番気になっている情報を尋ねる。

あの見えない発砲や超人的な近接拳銃戦をできる先輩があの普通そうに見える遠山先輩に負けるわけがない。

だが、今度は体ごと振り返った先輩が、なぜかちょっと照れる様子で返された答えは……

アタシの予想と違った。

 

「組手や演習の対戦なら私が9割9分勝つけど、なんでもありの実戦なら私はキンジに勝つことはできないと思うよ」

 

演習や組手などのいつもは、遠山先輩は本気を出していないのだろう。

本気を出すと銀華先輩より……強いのか。遠山先輩は。

性別で強さが測れないことは知ってるけど、あの戦闘を見た後だと信じられないな……

もしかしたら遠山先輩は漫画みたいに死んでも生き返ったり、素手で銃弾をキャッチしたりするのかも。

いや、流石にそんなわけないか…

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

しばらくの後、あたしは放課後の校内を一人で歩いていた。

アリア先輩の戦妹として、さっき銀華先輩に負けたアリア先輩の怪我の処置に行ったんだけど、今はほっといてと言われ、ライカも銀華先輩とのトレーニングに連れていかれたから、一人寂しくスポーツドリンク片手に歩いているわけだけど………

志乃ちゃんは今日明日と恐山に行っていないし、ライカも銀華先輩の家に行くだろうし、家に帰ろうと思い、ちょうど校門をでたその時。

 

(--あっ、アリア先輩!)

 

門の近くにいたアリア先輩を見つけて嬉しくなってしまう。

『今は話しかけないで』ということは、ちょっと時間が経った今なら話しかけていい。

そう思った、その直後。

あたしは、ピキーン!と固まってしまう。

 

「どうして止めたのよ!」

 

応急手当てを済ませたアリア先輩が。

歩いていたさっきの遠山キンジに近づき、声を掛けた。

 

「止めるも何も、もう勝負はついてただろ」

「違う!」

 

アリア先輩はあの綺麗な声…だけど、ヒステリック気味な声で叫んだ。

 

「あんたが邪魔しなければ、あそこからいくらでも勝つ手はあったもん!」

「自分を誤魔化すな。お前より銀華の方が強かった。それはあの場のみんなが分かっていたはずだぞ」

「--相手が強くても!勝たなきゃいけなかったのよ!」

 

アリア先輩は俯いてはいないが、身長差的に遠山キンジの胸に向かって叫ぶ。

そんな叫び声を聞いて、他の校門を行き来する生徒はそんな二人を見ていた。

 

「銀華と初めて会った時はあたしがイギリスにいた時。一目見た時、ピーんときたの。あたしは、このあたしとどこか似てる人と組めればママを助けられるって…でも、あたしが負けたら組んではくれないって……」

「アリア。銀華と組みたいなら、俺を解放して銀華の意味を考えろ」

「ダメよ!ダメなの!あたしには時間がないの!」

 

う、う…

アリア先輩は再び泣き出してしまうと、アリア先輩を泣かした遠山キンジは少し困ったようにオロオロし始めたが…

 

「早く走るやつは転ぶ。一旦止まって、銀華の言った意味を考えろ」

 

そう言って、アリア先輩を置いて、離れて行く遠山キンジだけど……

なに!?なに!?なに!?なに!?

アリア先輩にそんな上から目線なんて何者?

アリア先輩は女神にも等しい完璧な人物なんだから、いたって普通の人間がアドバイスしていい存在ではない。

遠山キンジは無礼なやつだ。

……それとも何か、そんなことを言える間柄!?それはダメ。アリア先輩を取られる。

絶対、絶対に、突き止めねば。あの男が何者なのか!

 

 

 

 

 

 

あたしは帰宅予定を変え、遠山キンジを追跡することにしたのだが…

その遠山キンジは、ため息交じりに、武偵高にある人工浮島--学園島の路地を歩いていた。

ありがたいことに今日は風がかなり強いので、足音が紛れ、尾行には適している日だ。

遠山キンジ。どんな人なのか、根こそぎ調べてやる……!

そんな怒りと共に、十字路を遠山キンジが消えた方向へ曲がろうとしたとき、不意に頭上から…

 

「--間宮殿。そこまでにされよ」

 

そんな時代がかった声で呼び止められる。

気配がなくて、全く気づかなかった。

 

「……!?」

 

びっくりして、見上げると高さ4mのそこには、街灯の支柱に足先を掛け、逆さ吊りで腕組みをした武偵高の制服を着た女子生徒がそこにいた。

手には時代がかった手甲。

マスクのような布と長いマフラーをして口元を隠しながら、鋭い眼をこちらに向けている。

 

「お初にお目にかかる、間宮殿。(それがし)は師匠の戦妹、1年C組の風魔(ふうま)陽奈(ひな)

 

その名を聞いて、無意識に身構えながら距離を取るように一歩下がった。

『風魔』

家の事情もあって、その名は聞いたことがあった。

 

「風魔一族は、相模の忍だったよね」

 

昔のことだけど、風魔は間宮家と敵対関係にあった忍者の姓。今は凋落したらしいが、かつては神奈川県の山林部を根城としていて、強大な力を持つ一族だったらしい。

ご先祖様も、随分と手を焼かされたとか。

そんな話を聞いていたので、あたしは警戒していたのだが…

 

「………」

「………」

 

何も言わない。

静かな中、しばらく風魔と睨み合っていたのだが、その沈黙を破ったのは、あたしではなく風魔の方だった。

 

「遠山師匠は女子がお苦手でござる。それ以上追わないよう。今より、某が護衛いたす。御免!」

 

胸元から取り出した、以前間宮の里でも見た煙玉のようなものを地面に投擲した。

ぼふん!

そこから白煙が巻き上がる……でも……

今日は風が強い。なので、すぐにその風で払われていく。

見上げると風魔はいなくなっていたが……

 

(せ、背中丸見せ…)

 

撤退中の姿はすぐに見つけることができた。

遠山キンジの姿はもう見えない。

風魔は遠山キンジを護衛するといっていた。

ということは風魔を追えば、遠山キンジのところに行けるだろう。

あたしはそう考え、風魔を追ったが…

 

(いない…!)

 

T字に入った瞬間、風魔の姿まで見失ってしまった。

なるほど。あの子はわざとあたしに追いかけさせて時間稼ぎをしていたんだ。遠山キンジの方に行くと見せかけ、あたしを引きつけるために、違う方へ逃げたんだ。

ということは遠山キンジは別の方向に…!

逃さない。絶対に見つけてやる。遠山キンジ…たぶんこの辺だ!

騙されたことによる怒りから出る執念で道を北から南、東から西へしらみつぶしに探し回っていると公園に着いた。

その中も探そうとそこへ踏み込むと…

 

「風魔のやつ、撒けてねーじゃねえか…でお前誰だよ」

 

後ろにあった木の陰から遠山キンジが出てくる。やっと見つけた…!

 

「遠山キンジ!……先輩っ……」

 

アリア先輩のことがあってムカついて呼び捨てにしかかってたけど、一応先輩を付けた。

 

「何が狙いで俺を()ける?」

 

と、めんどくさそうな顔で遠山キンジが質問してくる。そう問われて思い出すのはアリア先輩の泣き顔。

 

「アリア先輩を泣かせて、一体どういうつもりなんですか!」

 

感情のままに、この男に向かって叫ぶ。

 

「アリア先輩は完璧超人なのに、アドバイスするようなこと言って……二人はどういう関係なんですか!」

「話が見えんが……お前アリアのファンか?」

 

興奮して説明不足になってしまっていたけど、ちゃんと伝わっていたらしい。だけどこの男は

 

「俺はな、アリアが追いかけてきて迷惑なんだよ」

 

そんな許しがたい発言をした。

アリア先輩のことが迷惑!?この無礼者!

 

「どうだ。聞いて満足したか?そしたら、もう俺のことを尾けるな。あとお前の発言を訂正するが、弱点がない完璧超人な人間はいない。弱点が見えてないとしたら、それはお前がその点を見つけられてない、つまりその人のことをよく知らないということだな」

 

あたしの火に油を注ぐようなことを言ってくる。

 

「銀華先輩にも弱点あるんですか!?」

 

この人の婚約者の名前を反論の材料にするけど、

 

「あるぞ。意外と抜けてるところとか、勝手に推理して推理をミスってバグるところとか…………まあそこも可愛いんだが…………」

 

最後はよく聞こえなかったけど、この男はあたしの反論に対して反論してくる。

 

「……もうお前が俺を追う理由はないだろ。じゃあな。今の俺はEランクだが、1年の尾行ぐらいわかる。次は女とはいえシメるからな」

 

え?元Sランクなのに……今はEランク!?

最高ランクから最低ランクに落ちたとなるとただ事じゃない。完全に武偵としてのモチベーションを失った人にしか起き得ない事だ。

おかしい。そんな人がアリア先輩が追いかけたり、アリア先輩にどうこういうなんてもっとおかしい。

 

「遠山先輩。何か隠してますね?」

 

そう指摘すると…この男の逆鱗に触れるとまではいかないが掠めたらしく、

 

「度胸と無鉄砲は違うぞ。1年」

 

強風に木が揺れる中、振り返ってきた。

その目はさっき見たアリア先輩との組手で見せた、銀華先輩の『殺気』と同じものが混ざっている。

感じる殺気は、目の前にいる男からだけじゃない。

見上げると、木の枝にはさっきの風魔。手にクナイと呼ばれる短い刃物を持って屈んでいる。クナイは投擲武器としても使える忍者の武器。

あたしは急いで風魔から距離を取り、自らの持ち銃であるマイクロUZIを抜く。

 

「…はあ…………」

 

その動作の起こりを見逃さず、勘弁してくれよという表情で遠山キンジは腰の拳銃を抜いた。

生徒同士の銃撃戦は武偵高ではよくあること。教務課(マスターズ)は『射撃場以外での発砲は必要以上にしないこと』としているのでいい顔はしないが、止めはしない。

今にも銃撃戦が起こるかと言ったその時

 

「まったく……何やってるのキンジ」

 

三人とまったく別の方向から声が掛けられる。その声の先にいたのは…

 

「銀華」

 

呆れたような顔をした銀華先輩。

 

「どうしてここがわかった?」

「風魔さんにキンジが間宮さんにつけられているという情報を貰ったからね。初歩的な推理だったよ」

「流石だな……っていうかなんで風魔俺の情報銀華に流してんだ!」

「師匠の奥様には学費を援助して貰ってる身ゆえ」

「最近、よく銀華が俺のことを知ってると思ったらそれか!?」

「風魔さん。ちゃんとご飯食べれてないでしょ。はい、今回の情報料」

「かたじけない」

 

といって、あたしをほったらかしにして3人でコントを始めている。もう戦う気はなさそうだ。

 

「間宮さん、キンジがいくら気になったからって、尾けたらだめだよ。私のキンジは誰にも渡さないし、私が嫉妬しちゃうからね」

「は、はい」

 

銀華先輩の言葉に返答を返したけど……

 

「いつ俺はお前のものになったんだよ…」

「じゃあ私がキンジのものかな?」

「まあ、どちらかというとそうじゃないか?」

「じゃあ、私を所有してるキンジ。日曜日のデートどこ行くか決めてよ」

「そうだな…銀華が決めることを決めた」

「キンジらしいね。うーんとじゃあねぇ………」

 

 

なんか途中からあたしはまったく関係ない様子で二人が惚気始めた。そんな様子をどういうすればいいのか?という雰囲気で見てると…

 

「あのお二人はああなると長く、此方まで甘さでやられる。撤退するのが懸命で御座る」

 

風魔がそんなアドバイスをしてきたので、あかりはアドバイスを聞いて、遠山キンジの尾行は諦め、帰ることにした。

確かに悔しいけど、銀華先輩は完璧超人とライカは言っていたけど、あの人のいう通り、完璧超人じゃない。

銀華先輩はあの男が関わるとポンコツになる。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作の中で、アリアが一人で勝った戦闘0回説


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第31話:変装逢引(マスケ・デート)

日曜日

度重なるピンクのモンスター(ピンキー)による襲撃から、あいつは朝襲撃する頻度は低いという統計から、朝早く家から出た。

むかうのは銀華の家。

今日の出来事にアリアを付き合わせるわけはいかない…というか、あいつが付いてくるとこれからする行為が無駄になるし、あれを銀華以外に知られたくない。

 

今日は銀華とデートする約束だ。

だが、俺の足取りは鉛のように重い。

それはなぜか。

その理由は金曜日まで巻き戻る--

 

 

 

 

--昼休み

 

「キンジ、お前そういや日曜日に銀華さんとデート行くらしいな」

「ゲホッ!ゲホ!ど、どこでそれを」

 

ガヤガヤとうるさい学食で、不知火と武藤と俺の3人で飯を食ってる時、唐突にそんなことを言ってきたから、飲んでた水が変なところに行ったぞ。

俺はこの二人には話してないし銀華が話すわけないし、どうして知ってるんだ?

 

「その反応ってことは本当なんだな」

「ポピュラーな話題だよ、遠山君。北条さんはここ昨日今日とずっと機嫌が良かったからね。北条さんが機嫌がいいのは遠山君関連だし、いつも機嫌がいいのはだいたい遠山君とのデートの前だからね。そして土曜日はこの前のチャリジャックの調査の任務が北条さんには入ってる。行くとしたら日曜日しかないって寸法らしい」

 

……さすがは武偵高。

推理はお手の物ってことか。

そのことをこんなことな使うのがいかにも武偵高(ウチ)らしいがな。

だが、不知火の言葉に少し引っかかるところがあった。

 

「……らしい?」

 

不知火が推理したのではなく伝聞情報として、不知火は伝えてきた。一体情報の出所はどこなのか。それを突き止める必要がある。

 

「キンジは知らないと思うが、俺も不知火も武偵高の情報科(インフォルマ)が作った銀華さんのファンのSNS、『しろろんを愛で隊』で見たんだぜ」

「まあ、遠山君的には『キンジ死ね死ね団』の方が正しいかもしれないけどね」

 

でたよ。

武偵高の一大勢力となっているらしい銀華のファンクラブ。俺は襲われたことはまだないが、もし襲われたら銀華に言いつけて、お前ら潰してやるからな。襲われて、女の銀華に頼るのも情けない気がするがな……

 

「ここで遠山君にはアンラッキーなニュース」

「アンラッキー……?」

 

不知火がイケメンな顔を、俺の顔に近づけて--

 

「遠山君と北条さんのデートを邪魔する計画があるらしい」

 

そんなとんでもないことを言った。

 

「は?あいつら銀華のファンクラブだろ。銀華の楽しみ邪魔してどうするんだ」

「キンジ。人はそう賢くないんだぜ」

 

武藤(バカ)がいうと説得力あるな。

 

「遠山君を認めてる会員もいるけど、認めていない過激派の人たちもいるからね。まあそのせいで『キンジ死ね死ね団』と呼ばれてるんだけど。解決策としてはデートの日付を変えるか、二人とも変装してデートするかのどちらかだね。僕と武藤君は二人を応援してるよ。頑張ってね」

「俺はファンクラブには入ってるがキンジとの関係容認派だからな。過激派の連中も銀華さんのこと好きなだけだし、まあ幸せ税と思って頑張れ!」

 

そんな丁寧なアドバイスをくれる不知火と雑な対応の武藤の二人だったが……

マジでどうすればいいんだこれ。

 

 

 

デートの日にちを変えるのは銀華の機嫌を損ねかねん。銀華の機嫌を取ろうとしてこの出かける提案をしたのにそれだと意味がなくなっちまう。

となると…変装しかないんだが…

俺は探偵科(インケスタ)の実習で変装術にE判定を受けてる。変装とは技術も要されるがセンスがあるかがどうかが大きく関わり、俺にはそのセンスがない。

電話で銀華の在宅を確認した後、相談のために銀華の家に行き、俺は洗面所で鏡とにらめっこ。

 

(バレない変装……メガネとか付け髭とかか……?)

 

しかし、我ながらセンスのないことしか思いつかん。銀華の家の部屋の一つ、俺用としている部屋に荷物を置いた俺は、銀華が料理してる音をBGMに……

機嫌良くハミングしながら料理をする銀華を見る。

腰まで届く少し青みがかった銀色の髪は常に濡れているかごとく艶やかであり、雪景色のように白い肌は、まるで赤子のように柔らかそうだ。瑠璃色の目は大きく、それ自体がサファイアかのように輝いている。

顔だけじゃなく、プロポーションもいい。銀華自身強調することはないが、意外とある体の凹凸。女性では少し高めの身長で、足も長くまるでモデルみたいだ。

そりゃ、もし俺が病気(ヒス)持ちじゃなくて、銀華と知り合いじゃなかったらファンクラブに入るかもしれん。武偵高の一大勢力だし、気持ちはわからんくもない。俺を襲うのはやめて欲しいがな。

こんな美人の銀華より、人気なやつなんていな……いな……いた………

黒髪で可憐なハーフみたいな美人さんが。

……いや、いやいや。いかんぞキンジ。

確かにあれは見破られることなく()()()にも通えた奇跡の変装だが、もし俺を襲おうとしてる連中にバレてみろ。人生が終了する。

 

(だが、何も思いつかん…)

 

頭を抱えてダイニングテーブルでウンウンと唸っていると、銀華が食事を運んできてくれた。

肉じゃがとひじき煮、高野豆腐とご飯と味噌汁だ。

私服に着替えた銀華と2人、和食は美味い銀華の食事を食べながら…

 

「おい銀華」

「ん?何?」

「デートの日付をずら………さなくてもいいよな?」

「うん!日曜日楽しみだよ」

 

ずらそうと提案しようとしたが、泣き出しそうになっていたので、頑張ってごまかした。ずるいだろ。女の涙って。

 

「それでだな…銀華……」

「キンジが私のファンクラブに襲われるかもしれない話?」

 

肉じゃがを食べながら、冷静に俺が隠そうとしたことを言ってくる。

 

「な、なんでお前が知ってるんだ…!?」

「不知火君達から聞いた」

 

不知火。俺だけじゃなく、銀華にも喋ったのか。

………というか、お前冷静だな。

いつも通りの顔でご飯食う姿は、さっきまで頭を抱えていた俺とは対照的だ。

 

「銀華お前も、デート邪魔されるの嫌だろ?何か知恵を出せ」

 

と尋ねると……

 

「クロメーテルさん一択じゃない?」

「それだけはイヤだ」

「え…私とデート行くの嫌なの……?」

 

ウルウルと涙を目に貯めてそんなこと言うし、それずるいっちゅうの。

わかったよ。やりますよ。やればいいんでしょ。

 

 

 

 

 

 

--と言うわけで、俺の銀華の家に行く足取りは重い。二度とクロメーテルになることはないと思っていたのに…

銀華の部屋に着くと、一応チャイムを鳴らした後、合い鍵でドアを開ける。

銀華の朝は早いが、今は日の出よりちょっと後。まだ寝ているだろうなと思っていたが……

 

「おはよう、キンジ」

「おはよう、銀華」

 

トテトテと玄関に銀華が小走りでやってくる。パジャマじゃなく、すでに部屋着に着替えているようでもう起きてから時間が少し経っていたみたいだ。

今日をすごく楽しみにしてたみたいだし、夜も眠れなかったっていうところか?

遠足の前に寝れない小学生かよ。

銀華に朝の挨拶を済ませた俺は、銀華から変装用具(クロちゃんセット)を受け取る。

タクティカル・ヘルメットを装着するより嫌なそれ(ヅラ)を、俺の部屋に設置されている姿見の前で着けるが……服装は男性的なのに、もうすでに男装したクロメーテルさんのように見えるよ。なんで!?

その後、女の子らしい黒のワンピースを着て、その上にもう一枚羽織ってみると……

うわぁー美人さんだぁー。

本当になんで俺にはこんなにもいらない女装の才能があるんだ…

俺は兄さんと同じ系統の変な属性が覚醒する前に--姿見の前を離れ、リビングに座って待つ。

キンジが変装するなら、私もと、今日は銀華も変装するらしいが変装内容は聞いていない。

まあ、あいつは変装術A判定を貰っているし、問題ないだろう。黒髪のヅラ被って、カラコン入れるだけでも誰かわからなくなりそうだし。

そんなことを考えながら、リビングのソファーで銀華の着替えを待っていると…

--パタン!

そんな扉が開く音がしたので振り返ったその時、

 

「クロメーテルおねーちゃん!」

 

な、なんだ。そんな声と共に金髪碧眼の中学1〜2年生ぐらいと思われる()()が、俺のあんパンを詰めた胸に飛び込んで来たぞ!?

 

「だ、誰だお前!?」

「僕のこと忘れちゃったのおねーちゃん…?」

 

ウルウルと大きい瞳で俺のこと見てくるんだが…この匂いもしかして……

 

「もしかして銀華か…?」

「ピンポーン。大当たりだよ!!」

 

俺に抱きつくのを解除して、ぴょんぴょん跳ねながら言うけど…まじでお前そこらへんにいそうな男子に見えるな。

……いや、金髪碧眼の中性的なやつなんてそういないんだけどさ。

 

 

 

 

まだ早朝なのでどこに行くにしても早く、俺もなるべくこの姿を公に出したくないので、ひとまずボロを出さないために練習をしようということになったのだが……

 

「おねーちゃん。また、歩き方が男装的になってるよ」

「……」

「表情がまだ固いよ」

「……」

「はい、笑顔」

「……」

 

完全に俺の女装の練習になっていた。銀華の変装のなりきりは完璧で、男の俺から見ても、中学生ぐらいの外国のガキンチョにしか見えない。変装術の実習でもAは確実だろう。というか、男装まで完璧って、なんでそんなところまでハイスペックなんだよ銀華は。

そんなわけで、この時間は俺の女としての練習となっているわけだが、中学1年の時の女子校への侵入するための練習が体に残っていたらしく、銀華に指摘されるとすぐに直った。

ここまで俺の女化が水面下で進んでいたとは……もう泣きたいよ…!

よよよ、と女泣きしてしまったクロメーテルさんに銀華は近づいてきて

 

「泣かないでおねーちゃん。泣く姿も美人だけど、笑ってる姿の方が僕は好きだよ」

 

(のたま)うが、笑いながら言ってもなんの慰めにもなってないからな!

 

 

 

 

しばらく二人で変装の練習をした俺たちは、二人並んで家を出た。銀華が横にいるとはいえ、まるで兵士として出征する気分だ。

それもそのはず。今外はバレたら人生が終わりの戦場だからな……

銀華の車に乗るのは変装した意味がない。なので俺らは、モノレールで簡単に行くことができる武偵高の近くにあるラクーン台場に行くことになったのだが、モノレールに乗っても誰も俺のことを男子と思ってる人はいない。

前も思ったが、これはこれで傷つくな。

 

「お……ねえ、ウィン」

「何?おねえーちゃん」

 

通称『ウィン』、正式名称ウィンギスは銀華のこの姿の仮名だ。名前の由来はシャーロックホームズシリーズに出てくるベイカー街遊撃隊の隊長の名前らしい。相変わらずシャーロックホームズが好きだなあ銀華は。

 

「そんなくっつくのやめて欲しいな…って」

 

銀華のいい匂いを直で受けて、ヒスのダム抑えるのに苦労してるのもあるが……

それ以上に…

 

「うわぁ、あの外人二人美人美少年すぎる」

「姉弟かな?」

「年の差カップルかも」

 

注目されまくってる。

銀華は変装せずとも目立つし、俺もなんの自慢にもならんが、クロメーテル状態だとなぜか目立つ。

そんな二人がべったりくっついていたら、際立って目立つだろう。それを証明するかのように…

きゃっ!また私たちの写真を撮ってらっしゃる!おやめになって!恥ずかしくて死んじゃう!

 

「まあ撮りたい人は撮ればいいんじゃない?減るもんじゃないんだし」

 

減ってますから。俺の尊厳とか威厳とか男らしさが特に…

そんな俺(女)とは対照的に、俺にべったりくっついている銀華(男)はすごく楽しそうだ。機嫌がいいのが一目でわかる。

ぱっと見、姉のことが大好きな弟で一緒に出かけれてて嬉しいと言った様子だ。どっちも性別違うのがアレだがな。

 

 

 

そんなトンチンカンな格好をした俺たち二人は、結局ぴったりくっついたまま、ラクーン台場の最寄駅に着いた。学園島は交通の便が悪いので、目と鼻の先ぐらい近くにあるのに意外と時間がかかるんだよなあここ。前に来た時も思ったけど。

 

 

「しろ……ウィン。本当にここでよかったの?」

「うん。おねーちゃんと一緒にいれれば、どこでも楽しいからね」

 

じゃあ出かける必要ないじゃねえかというツッコミが口からでかかったが、銀華の機嫌を損ねる可能性がある。

口は(わざわい)の元

銀華の怒りは禍レベルだしな。

 

「なんか失礼なこと考えられてる気がする」

「そんなことはない。」

 

げ、相変わらず勘は鋭いな…

ベイカー遊撃隊じゃなくて、まるでシャーロック・ホームズみたいだ。実際は北条政子の子孫だけど。

 

「じゃあ行こうか」

「うん」

 

こう思うと、金髪碧眼の男子の変装をしてる北条政子の子孫ってやばいよな。まあ隣に並んでるのは兄弟揃って、世間に女装を披露してる遠山の金さんの子孫なんだが。

今日は俺が誘ったということで、俺がチケットを二人分買い、入場したんだが……

 

「ありがとう」

 

お礼を言う銀華(男)の笑顔に不覚にもドキッとさせられちまった。俺にそっちのケがあるわけではない。銀華の男装は中性的だから女性ぽさが残ってるんだよな。男の笑顔でそんな可愛いの反則だろ。現に…

 

「キャー!あの男の子可愛い!」

「金髪だし外人さんかな?」

「写メ!写メ!」

 

周りの女子は大興奮だ。

可愛いって言ってますけど、そいつ女の子ですからね。元が可愛い女子だから可愛いのは当たり前なんだよなあ…

 

「ちょ、ちょっと……ウィン!?」

 

そして、銀華は結構ファンサービス精神があるので、あろうことかこちらを見てる周りの女子に手を振り始めた。周りの女子は銀華(男)の虜になってる。お前、なかなか酷いことするな。

そんなことをしてると横にいる俺まで目立つわけで…

 

「うわぁ、あの子連れてる女性も美人すぎる」

「あっちはハーフかな?」

「超キレー!」

 

などという声と共に、写真を撮られまくる。何これ。お忍びで来るために変装したのに総理大臣や不祥事を起こした芸能人並みに写真撮られるし、意味がないじゃない……

 

 

銀華にファンサービスをやめさせ、園内を回りはじめたのだが、まるで芸能人かのように写真を撮られまくる。

クロちゃんが俺だとバレる日も近いぞこんなんだと…

そんな風に怯えながら、変装が崩れるアトラクションは避け、大人しめのアトラクションや館内施設を回っていると…

 

「ゲーセン…」

「ここは前来なかったね」

「確かに」

 

こんなところまで来てゲーセンはどうかと思ったからな。

店内に入った銀華は物珍しそうに周囲のクレーンゲームやコインゲームの台を見ている。

ははーん。俺でもわかったぞ。

 

「やりたい?」

「うん!」

 

そんなキラキラした目と表情を見れば、一目瞭然。

 

「じゃあやってみるか」

「これどうやってやるの?」

 

瞬き信号で俺が男言葉になってると注意しながらも、店の入り口にあった小さなぬいぐるみが入っているクレーンゲームに興味津々の銀華に、縦ボタンと横ボタンを順番に押せと教えてやると、銀華は財布から100円玉を取り出した。

そして筐体の前で、まるで狙撃訓練をしてるかのような真剣な顔でクレーンを操作し始める。

うぃーん……

ぽと。

だが、狙いが悪い。クレーンはライオンかヒョウだか、よくわからないネコ科の小さなぬいぐるみの体の下に潜り込んだが、持ち上げたところでクレーンの上から落ちてしまった。

 

「ふーん、なるほどなるほど」

 

銀華は何か数瞬考え、もう一度100円玉を入れると、今度は落とす穴に近いやつを狙った。そいつの胴を狙うかのようにクレーンを動かし…

ぎゅ。

クレーンは見事、一頭の胴をがっしりつかむことに成功する。

 

「お?」

 

見れば、ぬいぐるみのしっぽにはその下にいたもう一頭のタグが絡まっている。

ぬぬぬ…

クレーンに持ち上げられた1匹のしっぽにつられて、もう1匹。

 

「どうかな?」

「あー、入る、入る、行って!」

 

銀華ほどじゃないが、なぜか関係ない俺もこれにはドキドキする。1匹は確定だが、もう1匹は…どうだ?

クレーンが開く……!

ぽと。

っぽと。

1匹目が穴に落ち、そのしっぽに引っ張られ、もう1匹も穴に落ちた。

 

「「やった!」」

 

無意識に

ばちぃ♪

と二人とも満面の笑みでハイタッチした。

長いこと一緒にいるだけあって、無意識でも息がぴったりだ。

 

「お姉ちゃん。はい、あげる」

 

銀華は2匹釣れたうちの1匹を差し出してくる。

 

「今日付き合ってくれたお礼」

 

まあお礼は銀華の笑顔で十分採算が取れていたんだが、貰っておくか。タグを見ると名前が書いてあり、名前はレオポン。なんじゃそりゃ。

 

「しろ……ウィン。もしかして2匹取りは狙った?」

「うん。ちょっとズルしちゃったけどね」

 

ズルとはずば抜けた推理力を使った推理のことだろう。

銀華のいたずらっ子のようにぺろっと舌を出す動作は本当に似合っており、俺よりずっと年下に見えた。

 

 

ゲーセンでその後エアホッケーなどをして(ボコボコにされた)、時間を過ごした俺たちは、再びアトラクションの方に戻り、遊園地の定番ともいえる観覧車に乗ることにした。

銀華の先に乗り、銀華の手を引いてエスコートして、ゴンドラのドアがしまった数瞬後、

 

「「ん?」」

 

俺のマナーモードにしていた携帯が震え、銀華の携帯からも洋楽のメロディーが鳴る。

俺と銀華、同時にメールが送られて来るとなると、武偵高からの緊急周知エリアメールだろう。不審に思った俺たちはメールを見ると……

 

「…!」

 

俺は冷や水をかけられたような気持ちになり、銀華の笑顔も急に引き締まった顔になった。

 

『Area:江東区2丁目6 case code.F3B-O2-EAW 特殊(C)捜査(V)研究科(R) インターン「中3」の島麒麟より発信あり(13:55)』

 

一部暗号化されているが、これは事件発生を意味するメールだ。

 

「場所はここ。ラクーン台場だね」

「ケースF3Bは誘拐・監禁。CVRの女子だったらあり得ない話でもない」

「うん。O2、『原則的に2年以上が動け』って言われてるし、犯人は防弾装備(EAW)。たぶんプロだね」

 

銀華や俺のような武偵が言う『プロ』とは、昨日今日銃を初めて手にしたような人ではない犯罪者を指す。ヤクザやマフィアといった、危険な相手だ。CVRのインターンの女子なら、誘拐されてもおかしくない。

 

「銀華、校内(イントラ)ネットではなんて?」

 

武偵高の校内ネットには緊急連絡BBSがある。そこを銀華は見にいったようだが……

 

「早い生徒でも現場到着は20分だって…この場の2()()以上は私たち以外にはいないみたい」

「学園島はそことは言え、交通の便がわるいし、これに乗ったばっかりで俺らもあと15分ぐらいかかりそうだしな…」

 

今思い出したが、よく考えたら俺クロちゃんじゃん!武装はしてるけど俺こんな姿じゃ救助できないよ…

 

「まあ、この件に関してはなんとかなると思うよ」

「なんでだ?」

「2年以上は私たち以外この現場にいないけど、1年なら動けそうな人たちがいるからね」

「……原則として2年以上が動けという話だが?」

「原則は原則だよ。例外は何事もあるんだからこの場合は別。私の推理ではその子たちが解決してくれると思うよ」

「お前がそう言うなら…」

 

銀華は未来推理や直感でやばいと感じた時、自分が動くからな。それが外れたのは見たことがないし、銀華がそう言うなら、まあ大丈夫だろう。この格好でさらに目立ちたくないし。

 

 

銀華の予想通り、この事件は銀華の仮戦妹の火野を含む後輩3人が解決した。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

月曜日

強襲科の通称『黒い体育館』こと格闘訓練場でアタシは

 

「てやぁぁああああっ!」

 

男子に豪快な払い腰を決める。

続けて挑戦してきた男子は、小内刈りを仕掛けてくるけど、

 

「おりゃあ!」

 

アタシはそれをすかし、逆にそこから一本背負いへと繋げる得意技を披露すると……

どたんっ!

とその男子も板の床に叩きつけられた。

武偵高の訓練は当然、男女の差や体重差も考慮しない。犯罪者と戦うんだからそんな差を考慮するわけにはいかない。

まあ、そこらへんの男子よりアタシの方が強いんだけど。

 

「お見事ッ」

 

授業を担当する強襲科教師の蘭豹に褒められるけど……こんなもんじゃダメだ。銀華先輩に認められるためにはもっと頑張らないと。

なんたってもうすぐ仮戦姉妹の期間は終わるんだから。銀華先輩との幸せな生活がこんな早く終わるのは嫌だ。そんなことを考えながらも真剣に徒手格闘訓練をしていると……

 

「失礼します」

 

訓練所入り口から最近聴き慣れて来た凛とした声が聞こえた。

この声は……

 

「北条か。どうしたんや」

 

やっぱり、銀華先輩だった。まだあたしたち授業中なんだけど、どうしたんだろう。確か、今日はこれから任務で忙しかったはず。

 

合姉妹(ランデ・ビュー)の件でお話が」

「ああ。あれか。それで結局どうするんや」

 

アタシの視線に銀華先輩は気づいたようでこちらに手を振ってくれた。銀華先輩はファンサービスいいことで有名だけど、アタシ個人に振ってくれるのは嬉しいけど、そんなこと思ってる場合じゃない。私の戦妹の話じゃないか。

 

「私はライカを戦妹に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第32話:嵐の前の静けさ

最近寒すぎて裸足にクロックスだとしもやけができますね。


今日の訓練も終わり、キンジと食事の後の会話を楽しんでいる時…

プルルルル

私の携帯が鳴る。

知らない人や父さんだったら無視しようと思ってたけど、知り合い。それも中々私に近い位置にいる人。

 

「キンジ、ちょっとゴメン」

「おう」

 

キンジに一言入れて電話に出る。

 

「もしもし」

『銀華先輩。今、時間大丈夫ですか?』

「うん。いいよライカ」

 

電話相手は少し前まで仮戦妹だったライカ。

 

『先輩って、4対4戦(カルテット)経験者でしたよね?』

「うん。そうだよ」

『もし、時間があれば稽古をしていただけませんか?』

 

緊張気味にライカが言ってくる。

そんなに緊張しなくてもいいのに。まあ気持ちは分からなくもないけど…ライカから私は、今まであんまりお願いされることはなかったからね。ライカは勇気を振り絞って電話を掛けてきたのだろう。最近私も忙しいし、迷惑かと思ったのかもしれない。

気にしなくてもいいのに。なんたって今、私とライカは…

 

「うん、いいよ。なんたってライカは私の()()だからね」

『本当ですかっ!ありがとうございます!えへへ…戦妹か//』

 

画面の向こうでにやけている姿が想像できるよ。

 

『場所は佐々木志乃の家で明日なんですけど』

「明日ね…うん。大丈夫」

『じゃあよろしくお願いします』

「はいはい。じゃあまたね〜」

 

そんな会話をして、電話を切るとなんかキンジに懐かしむような目で見られた。

何か変わったことしたかな?

 

「キンジ、どうかした?」

「いや、頼りにされてるお前を見るの中学ぶりというか、なんか懐かしく思ってな」

「むー、馬鹿にしてるでしょ」

「いやいや!馬鹿にしてないぞ。俺からしたら、普段のお前子供っぽいが、中学時代は色々頼りにされていたしな…ってイタイイタイ」

「子供っぽくないもん」

 

キンジのほっぺを引っ張り、不服という意味を込め、私は頰を膨らます。

 

「イテテ…まったく、そういうところだぞ」

「ふん」

そこまでじゃないけど、腕を組んで、『私、不機嫌ですよアピール』をするけど……

 

「さっきの電話火野からだろ?そういや、なんで火野を戦妹にしたんだ?」

 

そのアピールは格好だけと見破られたようで、普通に話しかけてくる。

うーん、キンジも私のことだんだんわかってきたみたいだね。見破られるのは悔しくもあるけど、嬉しくもあるよ。

 

「まあ、最初蘭豹先生に頼まれた時は、引き受けるつもりはなかったんだけどね。あの言葉を聞いて、戦妹にすることにしたんだよ」

「あの言葉?」

「本気で戦ってくださいっていう言葉だね。手加減して下さいなら、言われたことあるけど本気で戦ってくださいって言ってきたのはキンジとライカだけだから」

 

カッツェやパトラですら、本気の私と戦うのは勘弁してほしいみたいだったからね。ぶっちゃけ、気に入ったら合格というのは建前。

もうすでに戦姉妹(アミカ)試験(チャンス)勝負(マッチ)の時点で私は気に入ってたんだよ。そうじゃなきゃ家に入れないし。

まあ、一応実践の実力は日曜日に、()()()()貰ったわけだけど。

 

「そうか……男子がアミカにならなくてよかったな……」

「ん?何か言った?」

「いやいや、なんでもない!」

 

キンジの最後の方の言葉が小さくて聴き取れなかったけど…ちょっとなんて言ったか気になるね。

 

「で、さっきのライカからの電話はカルテットでの指導が欲しいんだって」

「あー…お前に指導してもらえるのちょっとずるくないか?銀華の推理力だったら、どういう展開になるかわかるだろ」

「…わかるけど、敵の細かい配置とかは言わないつもりだよ。言っちゃったら、成長しないからね」

「確かに…お前もちゃんと戦姉してるじゃないか」

 

ニヤニヤ顔でキンジが言ってくる。

 

「なんか、ムカつく〜」

 

ニヤニヤしてるキンジの顔に軽くデコピンするけど、戦姉になったからには、私も頑張るよ。うん。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

私は今日、4対4戦(カルテット)のための合宿でライカお姉様のご友人の佐々木様のご自宅を訪れていますわ。

 

……おっと、自己紹介がまだでしたの。

私は島麒麟。

中学3年の特殊(C)捜査(V)研究科(R)所属ですの。

ライカお姉様の戦妹にもあたりますわね。

ライカお姉様はラクーン台場で誘拐された私奴をかっこよく助けてくれた王子様みたいな人で、私は頑張ってライカお姉様にアピールして、今の位置を勝ち取りましたの。

……まあ、私の紹介はほどほどにして…

なんで佐々木邸を訪れているかと言いますと、実は先日、カルテットの対戦相手の高千穂班と一悶着ありまして…特訓をしようとなったのですが、それを見越して武偵高の合宿施設が高千穂の名前で借りられており、裁判所で高千穂一族と犬猿の仲らしい佐々木様がご自宅を合宿施設として提供してくださったのですの。

白金台にある佐々木様のご自宅はまるでお城みたいで私はおろか、ライカお姉様や間宮様も目をキラキラさせていたようですの。

 

夕食後、佐々木様が司会進行で、メイド様に手伝ってもらい、カルテットのルールをおさらいも兼ねて説明してくださったのですけど…

ルールは『毒の一撃(プワゾン)

麒麟達は蜂、対戦相手の高千穂班は蜘蛛のフラッグで相手の目のフラッグを突いたら勝ち。でも…

うひぃ…。蜂はキライですの!

そしてエリア内にあるものはなんでも使って良いっていうルール。これはちょっと厄介ですわね。

 

「シンプルだね」

「だなぁ」

 

シンプルなルールでわかりやすいように、間宮様やライカお姉様は思っていらっしゃるけど…

 

「確かにこの競技は一見シンプル…ですが、隠匿、強襲、逃げ足、チームワーク--いろいろな能力が試されますわ」

 

目の旗を守る。持って逃げる。隠す。

それを攻める。追いかける。探す。

争奪戦には攻め側も守り側もチームワークが要求されますわ。そして、もちろん旗を持って逃げる時に接近されたり、接近した場合は戦闘になりますの。なのでチームの戦闘力も問われますわ。私が間宮様とライカお姉様にそう進言しますと、

 

「その通り!やるじゃんりんりん、流石あたしの教え子だぁ!」

「ライカ…もうちょっと状況を推理する癖をつけたほうがいいよ…」

 

私達がいるオーディオルームに弾むような声とちょっと沈んだような声の二つが飛び込んできましたわ。この声の片方は私が呼んでおいた方ですわね。

その方向に私達が振り返るとそこにいたのは、やっぱり…

 

「理子お姉様!」

 

私の去年の戦姉だった理子お姉様がいらっしゃって、懐かしさについ、思わず飛びついてしまいましたわ。再会を懐かしみたいですけど、間宮様達に先輩を紹介する方が先ですわ。

 

「ご紹介しますわ!私の元戦姉。探偵科の二年生、峰理子お姉様ですの!」

 

私の紹介に間宮様達は目を奪われるのも無理はないですの。理子お姉様は美人で、一目で誰にでも気に入られそうな愛嬌があり、身体の凹凸(おうとつ)はハッキリしていてセクシー。そんな理子お姉様ばっかりに目を奪われていたのですけど、後ろにもう一人の声がいたことを忘れていましたの。

 

「へぇー、この子がライカの今の戦妹で、理子の前の戦妹か」

「そうです。銀華先輩」

 

こちらを見る銀髪の美人な方がライカお姉様の戦姉で、噂に聞く……

 

「一応、知り合いが半分ぐらいいるけど自己紹介しとこうかな。私は北条銀華。よろしくね」

 

これがあのシルバー。銀華お姉様なのですね…

人と人の情動を利用して工作を行うCVRには異性間の人間関係を扱うⅠ種と同性間の人間関係を扱うⅡ種があり、私はⅡ種に在籍していますわ。なので私は女性の身体的特徴やスリーサイズなどを正確に見分けることができますの。それができないと、思わない所の地雷を踏み抜いたり、相手を落とすことなんてできませんから。

私の目には銀華お姉様のスリーサイズが上から、86-57-83。いいものをお持ちですの。長い銀髪は眉毛などを見ると地毛で肌も白く、美をこの世に表したようなお方ですの…

CVR(うち)の先生方がⅠ種として才能があると見抜き、勧誘したのもわかりますわ。

 

「ライカ、今度の訓練は組手とかじゃなく、推理ドリルでもやろうか」

「う、うっす…」

 

声は元気がない様子ですけど、麒麟にはわかりますの。ライカお姉様は銀華お姉様に会えて嬉しいと言った様子ですわ。

むー。ライカお姉様が銀華お姉様に憧れてるとは言っても、頑張って私が落としたライカお姉様を勝手に独り占めしないでほしいですわ…というか推理ドリルとはどんなものなんでしょう…?

 

毒の一撃(プワゾン)かぁ。懐かしいね」

 

場の空気を一切合切スルーしながら、スクリーンへ理子お姉様は近づく。

 

「確かに。懐かしいよ」

 

銀華お姉様も理子お姉様の問いかけに答えるように言いましたけど…

 

「先輩方は毒の一撃の経験者なんですか?」

「うん、そうだよ」

 

4対4戦(カルテット)にも色々な種類がありましたが、これはラッキーですの。

 

「りこりんとしろろんは毒の一撃で戦いあった敵なんだよ。まありこりん達がぼろ負けしちゃったけどね」

「それは本当なんですの、理子お姉様!?」

 

理子お姉様は戦闘能力も高く、作戦立案能力も高いですの。相手が銀華お姉様でもぼろ負けするとは思えませんわ!

 

「いやー、りこりん達も頑張ったんだけど、しろろんのチームはチートだったんだよね。Sランク3人いたし、まじ無理ゲーだったよ」

「「「「Sランクが3人!?」」」」

「そう、こんなのRPGとかの強制戦闘にあったら負けイベだと思っちゃうでしょー?」

 

Sランク3人はチートですの…そんなの当たりたくないですの…

 

「いやいやいや、理子たちのチームはSランク1人いたし、他もAランク3人でしょ?十分強いよ」

「Sランク3人Aランク1人は強いじゃなくて、ズルだよ、しろろん」

 

理子お姉様と同じような目線を他のメンバーにもされ、少し居心地が悪くなったのか……

ゴッホン

銀華お姉様は一つ咳払いして

 

「うーん。敵はたぶんこの工事現場に陣取るだろうね」

 

人差し指を唇にあてながら、地図を眺めながら、顔を逸らしながら呟きました。話を逸らそうとしてますわね。

 

「勿体ぶらずにしろろんの推理で、どういう展開になるか教えてあげればいいのにぃ」

「それをしたら、面白くないでしょ。あと私の推理料はちょっと高いよ?」

「戦妹特権で値引きしてあげればいいじゃん、アゼルバイジャン」

「私は格安にはしない」

「ケチー、鬼、悪魔、銀華ー!………ってイタイイタイイタイ!ギブギブ!」

 

銀華お姉様と理子お姉様がじゃれ合いをし始めましたの……

 

「あのー……」

 

遠慮しながら佐々木様が声をかけると、理子お姉様の首を締めていた銀華お姉様は、ハッとした様子で腕を離し、

 

「推理は教えてあげないけど、鍛えてはあげるよ!」

 

こっちにクルッと振り返りつつ、男女ともに虜にしてしまいそうな、完璧なウインクを見せますけど、そうやってCVR()のお株を奪うのやめてほしいですの!

 

 

 

 

 

 

庭に移動した私たちは--武偵憲章5条、行動に()くあれ。ということで私達は早速訓練を始めました。

佐々木様は、高千穂班にいるおかっぱの双子対策として、メイド二人の攻撃を防ぐ特訓。

間宮様はなぜかわからないですけど、乗馬マシンによる騎乗訓練。そして私とライカお姉様は…

 

「目隠ししたライカお姉様を私が攻撃し続けろと……?」

「うん。ライカはこの4人の中で一番強いからね。不利な状況になっても仲間を信じて、時間を稼ぐんだよ」

 

私が攻撃、ライカお姉様が防御で私がひたすら攻撃し続ける組手。しかもライカお姉様は目隠しされ、反撃も禁じられガードしかできない状況。これはあまりに酷ですの…

 

「流石にこの訓練はライカお姉様に…」

「よせ、麒麟」

「お姉様…」

「この人はアタシの戦姉だ。先輩の言うことは必ず意味がある。この特訓も絶対無駄にはならない」

「…はい、わかりましたわ」

 

そうお姉様が言うなら麒麟は頑張るしかありませんのよ!

 

「じゃあ、お姉様行きますわ」

「ああ、来い!」

 

特訓は始まったばっかりですの!

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

「まさか、しろろんまでいるとは思わなかったなあ」

「島さんの今の戦姉で、今の私の戦妹のライカに呼ばれてね」

「正式に呼ばれたなら、チャイム鳴らせばよかったじゃん」

「いや、大きな家すぎてインターホンとか見当たらなかったからね…」

 

元戦妹の島麒麟に、カルテットの相談で佐々木志乃の自宅に呼ばれてみたら、家の前でウロウロしてる紅華を見つけるとは思わなかった。紅華は潜水艦生まれ潜水艦育ちだから、理解できないないこともないけど…

特訓の指導の後に銭湯かと思うレベルのお風呂に入った後、今アタシと紅華は紅華の車で帰宅途中だ。

 

「あ、そういえばりんりんとライちゃん嫉妬してたね。しろろんも大変だ!」

 

島麒麟は紅華とライカの仲良くする姿に。

ライカは島麒麟とアタシが仲良くする姿に。

 

「え?なんで私が大変なの?」

「そうだったね…」

 

そうだった。紅華はギャルゲーに出てくるような鈍感系主人公タイプ。なんで嫉妬してるとかわかるわけなかった。キンジも鈍感系主人公だけど、この二人よくあそこまでラブラブするようになったなマジで。

 

「それで、しろろんなら4対4戦(この勝負)どうなるか当然推理できてるよね?」

「当たり前でしょ。理子がちょっとした小細工をするのも推理できるよ」

「流石。まあ、あの子にあんなことさせたらわかちゃうかー」

「助けてあげるのはほどほどにね?」

「はーい」

 

銀華モードの紅華は基本的にお姉さんぽく振る舞うのは発見だな。アタシの中では紅華の姿の方が付き合い長いから、違和感バリバリなんだけど。アタシは研鑽派だから、その姿はあまり知らないけど、イ・ウー|主戦派の元リーダーは伊達じゃない。

 

「あとその満足そうな顔をしてるのを見ると、四世のこともわかったぽいね」

「うん、ばっちし!」

 

人の精神は、その人の育てし者に宿る。アリアの戦妹のあかりのことをみたら、アリアの様子がばっちしわかった。『ありがとう(メルシー)』と伝えたい気持ち。

 

「あ、それでね。バスジャックの件だけど日付決まったよ、()()

「そうか、キンジの件は協力してあげるけど、私との約束覚えてるよね?」

「キンジは殺さないというやつだね。わかってるよ」

 

キンジを殺したら、確実に私も()られる。この前の取引の時の紅華の目は、キンジを失うことを不安に思っているような目だったが、その他に破ったら許さないという炎を灯した目でもあった。

わかってる。わかってるよ。

紅華にとって一番大事なのは、一緒にイ・ウーで戦っていた仲間でも、自身の能力で助けた私でもなく……

 

『キンジ』

 

だということはね。

……まあいいや、次の作戦はもうすぐだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、やっとバスジャック編


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第33話:バスジャック

10万UA、たくさんのお気に入り、感想ありがとうございます。これもキンちゃんの人気のおかげですね。


「キンジ、今日は泊まっていかない?」

 

きっかけは食事後の銀華のそんな言葉だった。

 

「あー…明日は金曜日でまだ学校あるし、女の部屋に男を泊めるのはな良くないぞ」

「えー!どうせキンジは置き勉してるんだし、着替えは私の家にあるし、キンジのチャリ壊れてるから私の車で行けば楽だし、キンジは婚約者だから別に問題ないよね」

「あ、はい」

 

俺の微かな抵抗も虚しく、銀華の家に泊まることになった。以前はアリアに俺の家が脅かされて、銀華の家に泊まったことがあったが…よく考えたら、い、いかんでしょ。婚約者とはいえ、男女二人っきりで一つ屋根の下、夜を過ごすって。銀華も病気(ヒス)持ちだが意外にあいつはポンコツだから何をしでかすかわからん。ヒスリゾナ俺がなんとか前は我慢したとはいえ、注意しないと結婚前に早々別のところの契りを交わすことになるぞ…

そして、寝るにしても明日は学校。体は清潔にしときたい。

なので俺は、銀華のバスルームを借りたのだが、これがミスチョイス。

銀華の家に泊まることはほぼ今までなかったので、初めてバスルームに入るので油断していたのだが、ここは従来、女子しか入ったことのないバスルーム。つまりある種の女子風呂だ。銀華の後に入ったら、本人がいなくても匂いだけで、ヒスって大変なことになると思った俺は先に入ったのだが、すでに充満していた女ぽい匂いを吸ってしまいむせる。

なので俺は息を止め、得意技の高速洗体術。

烏の行水で上がった。なんで風呂でこんな疲れにゃならんのだ。

となると次は、銀華が入るワケで--

考えるだけでヒスりかねんその状況を想像しないようにと、現実逃避気味にダイニングの棚に置いてあった、銀華が調べたと思われる武偵殺しのレポートを銀華の家の自室で読む。

ふむふむ、何々…

 

『武偵殺しは以前、バイクジャックとカージャックを起こしており、今回のチャリジャックもそれに当たる三件目とされている。しかし、事故となっているが実際は武偵殺しが行ったと思われる可能性事件が数件見つかった。それを考慮すると、犯人が本物の武偵殺しか模倣犯のどちらにせよ、このチャリジャックは始まりにすぎない。もっと大きな事件を起こす可能性があるため注意が必要である』

 

「まだ終わってないか…」

 

俺のチャリに爆弾を付けた意味もわからないし、まずなぜ俺なんだ?優秀な武偵ならアリアや銀華を狙うべきだし、事件を確実に成功させたいなら、自分で言うのもなんだが、もっと下のやつを狙うべきだろう。また、アリアが武偵殺しを追っていることは多分わかっているだろう。そして助けるだろうことも。

じゃあなぜアリアがいる時に実行した?

なぜアリアがいない日を狙わなかった?

考えれば考えるだけわからなくなる。

まあ頭脳系分野はこの俺じゃちょっと荷が重い。あっちの俺や銀華に任せた方が良さそうだな。

……コンコン。キィ……

 

「キンジ。まだおきてる?」

 

そんな声でドアを見ると、ちょうど飲んでいた水を噴出しそうになり--堪えてぐっと飲み込んだ。が、変なところに入ってしまい、結局むせる。

というのも、銀華が風呂上がりの体に--

ネグリジェなる夜着を着用していたからだ!

 

「……っ!」

 

いつも銀華は長袖のパジャマを着ていたはず。それが故に油断があった。

超ミニスカートのワンピースみたいな銀華のネグリジェは超能力者でなくても内部が透視できちゃうような化繊製。

意外とある胸を隠す下着や肌が薄っすら見えちゃいそうなレース地のショーツが--見えてるような見えていないような…だ!

俺がテンパって硬直していると、銀華は恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

「ど、どうかな?」

 

どうかなじゃないですよ銀華さん!

銀華と俺は病気(ヒス)持ちなんだぞ!そのネグリジェの透け感や下着の形状は確実に男の目を意識した製品なんですよっ…!

俺に見せるためか、クルッとその場でマイ枕を持って一回転スピンした銀華に

 

「かわいいが…」

「ほんと!?」

「あ、ああ!」

 

かわいいが…いつもの服の方が俺は気楽だと言おうとしたのに、笑顔の銀華には勝てなかったよ…

 

「キンジもうすぐ寝る?」

「そのつもりだが」

「……うん、あのね…それでね…キンジにお願いがあるんだけど…」

「…なんだ?」

 

銀華からされるお願いは少ないが、基本的に厄介なことが、遠山研究所では提唱されている。嫌な予感しかしない。

 

「い、一緒に寝てもいいかな?」

 

……そうきたか。

実際銀華の私物らしい俺が使ってるベッドは一人用にしては大きい。二人寝れないこともないだろう。だが、だがな…

(婚約者とはいえ同衾するのは流石にやばいだろ…!)

銀華と一緒に寝てヒステリアモードを抑えることはたぶん無理。

だが、銀華のお願いを断って、もし怒ったら怖い。もし追い払っても寝てる間に潜り込んでくるリスクがある。それなら最初から入れといた方がマシだろう。野放しにするよりは目の届く範囲で監視する。これは危険物管理の原則である。もしヒスったら……リゾナ俺に任せよう。

 

「まあ…いいが…」

「ありがとうキンジ、大好き!」

「………」

 

もうちょい刺激の少ない服に着替えて来いと言おうと思ったが、銀華の笑顔には勝てなかったよ…

というか俺、銀華の笑顔に弱すぎないか…?

仕方ない。銀華が俺のベッドに上がってきたし、少し手をうっておくか。

 

「上がるのはいいけど、ベッドの上は俺の支配領土だから、俺の言うことを聞けよ?」

 

我ながら意味不明な理論で銀華にそんなことを言う。それを聞いて銀華は…

 

「う、うん。わかったよ…」

 

顔を赤らめて了承の返答をしたが、さらに用心深い俺は、あぐらをかいた俺の正面で女の子座りをしている銀華が俺の命令を聞くかどうかのテストに入る。

 

「お手」

「はい」

 

俺が手のひらを上に向けて突き出すと、銀華は手を乗っけてくる。

 

「伏せっ」

「はい」

 

ふぁさっ、とサラサラの銀髪を広げ伏せのポーズも取った。

……よし。大丈夫だろう。

小声で『もしかしてこれが理子の言ってた…』とか呟いている銀華は、基本的に俺の言うことを聞くからな。ヒスると本能のままに動くが、そういう行為をしなきゃいいだけだ。

 

「じゃあ寝るぞ」

「ねえキンジ…」

「なんだ?」

「これってもしかして雌犬プレイってやつなのかな………?」

 

雌犬プレイ?

もしかして、ちゃんと言うことを聞くか確かめるために銀華を犬扱いしたことを言ってるのか?

 

「ああそうだ」

 

俺がそう答えると…

キュィィィィン

と音が聞こえるがごとく顔を真っ赤にした。

その後、少し雰囲気が変わり、

ぽんっどさっ。

銀華は俺を一瞬押し、俺が抵抗し戻そうとした力を利用して、自分の上に俺を覆い被させた。まるで俺が銀華を押し倒したみたいな体勢になっている。

 

「お、おい銀華」

「……キンジ。……私を可愛がって…?」

 

ギャー!銀華がヒスってやがる。でも完全じゃない。甘くかかった状態、(メザ)ヒスって感じだ。なんで銀華がヒスったのかわからん!でも、甘ヒスならまだ引き返せる。とりあえず銀華の上から退くんだ。

 

「ちょっと、待て銀………」

 

最後まで言うことができなかったのは、俺の唇が銀華の唇で塞がれたからだ。

ドックン、ドックンと俺の心臓が止めどなく暴れ--

--なっちまったな。ヒステリアモードに。

 

「…キンジ…」

 

銀華もさっきのキスで完全にヒステリアモードになったのがわかる。いつもの凜とした雰囲気ではなく、小動物のような可愛らしい雰囲気を発している。今更だけど俺的には甘ヒスが一番厄介なの忘れていたよ。

 

「銀華、最初からこのつもりで俺を泊めたのかな?」

「……うん。嫌……だった………?」

「いいや。こんなにも可愛い銀華の姿が見れて俺も嬉しい」

 

思い返せば、いつもの銀華にしては服装やお願いなど、かなり積極的だった。最近、こういうことをしてなかったので銀華は不満だったのかもしれない。

銀華の上げた手が俺の頰に当たる。

俺はその手を伝っていき、再び唇と唇が触れる。

最初は唇だけだったが、それだけでは満足できずお互いの舌がお互いを求め合う。

そうしてどれほどの時間が経っただろうか。

 

「銀華…」

「キンジ…」

 

お互いの唇をようやく離すと銀華の目はトロンというように酔っているようだった。

 

「……キンジ私のこと……好き?」

「この世のどんなものよりも愛してる。当然だろ?」

「……じゃあ……それを証明して……」

 

その日俺たちの夜は長かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………ブルルルル、ブルルルル。

俺はマナーモードの携帯の震える音で目を覚ました。多分電話だろう。

だが、まだ眠いんだ俺は。こんなに早くに起こさないでくれ。

 

…ブルルルル、ブルルルル

まだ眠いんだ…

 

ブルルルル、ブルルルル!

ったく!しつけえな出ればいいんだろ、出れば!

 

「もしもし」

『キンジ。今どこ?』

 

アリアだ。

 

「銀華ん家だが、こんな早くになんだ?」

「はあ!?もう普段なら授業始まってるわよ!」

 

時刻を見ると8時20分。もう授業が始まってる時間。やべえ!完全に寝坊だ!

 

『まあいいわ。銀華の衛生科(メディック)の女子寮なら近くてちょうどいいし。銀華と一緒に女子寮の屋上に来なさい。すぐ』

「そんな場合じゃねえって!今からすぐ学校行かなきゃ!」

『授業は中止されたわ、事件よ!あたしがすぐと言ったらすぐ来なさいっ!』

 

そんな怒鳴り声と共に電話が切られた。

あいつ今事件って言ったよな……?あいつと約束した事件を一件だけ一緒にやるというやつかもしれない。

--事件。

何だ。

何が起きたんだ?

願わくば小さな事件であってほしい。

だがそんなことも、愛らしい銀華の寝顔によって救われるような気がする。

ちょっとだけ頰に髪をかけ、横向きで寝ている銀華は、初めて会った時よりも--いや、去年より美人になった。

昨日会った時よりも美人になっている気がする。

……っ、て……!

下着姿じゃんこいつ!わ、忘れてた!

 

「……キンジ」

 

俺が登場する夢を見てるのか俺の名前を寝言で言っている。

こ、この銀華と…昨日色々やったんだよな…

()()()()()()まではリゾナのおかげでしなかったが、それに近い行為までしたんだ…思い出すだけでヒスリそうになるが、それはそれ。その行為のせいで俺たちは寝不足。リゾナは普通のヒステリアモードよりも効果時間が続くらしく、そのせいで大脳皮質に負担がかかり、通常のヒステリアモードの後よりも長時間の睡眠を必要とするのだ。始業時間になってもまだ起きてない銀華を見てもらえればわかると思うが。

さて…アリアに銀華も連れて来いと言われていたがどうするかだな……

銀華はアリアと組む気はなさそうだったし、あんまり危険なことに俺としても関わらせたくない。俺の身勝手だが、銀華はこのまま寝させておくか。

 

「行ってくるよ」

 

寝てて聞こえてはないと思うが、髪を一撫でしながらそう言い残し、俺はアリアが待つ女子寮に向かった。

 

 

俺は自分の姿を苦々しく見る。

TNK(ツイストナノケブラー)製の防弾ベスト。強化プラスチックでできた面あて付きヘルメット。武偵校章の模様があるインカムに、指ぬきグローブ。ベルトには拳銃のホルスターと予備のマガジンが4本。

SATやSWATにも似たこの装備はC装備と呼ばれるものだ。これは武偵がいわゆる『出入り』の際に着込むもので、女子寮に到着するや否やこれに着替えさせられた。

何度かこの装備を着たことはあるが、基本危ない任務だ。銀華を連れてこなくてよかったな。そんなことを考えながら屋上に出ると、そこには、俺と同じくC装備を着用したアリアが鬼気迫る表情で、何か無線機にがなり立てている。

 

「……!?」

 

ふと気がつくと俺の横にはレキが体育座りしていた。気配がないからびっくりしたぜ。狙撃科の麒麟児を呼ぶとは、転入生のくせにいい駒がわかってるじゃねえかアリア。

 

「お前もアリアに呼ばれたのか?」

「はい」

「また風さんの音を聞いてるのか?」

「はい」

 

抑揚のない声でレキはそう言うと、かちゃっ、と狙撃銃--ドラグノフという、スリムなセミオート銃--を、自然に肩にかけ直した。

 

「時間切れね」

 

通信を終えたアリアが俺たちに振り返った。

 

「もう一人Sランク欲しかったのだけど」

「しゃあねえだろ。体調不良だったんだから」

 

とりあえず銀華は体調不良ということにしといた。本当は俺の身勝手な願望なんだが。

 

「仕方ないわね。3人パーティー(スリーマンセル)で追跡するわよ」

「追跡って…目的語を言え。状況説明ぐらいしろ」

「バスジャックよ」

「--バス?」

「武偵高の通学バスよ。あんたが乗ったこともあると思う。あんたのマンションの前にも7:58に停留するやつ」

 

何!?

乗ったことがあるじゃねえ、ここ最近毎日乗ってるやつだ。あのバスが乗っ取られたのか?

今日は雨。チャリ通のやつがバスを使うから、バスの中はすし詰め状態だろう。

 

「犯人は車内か?」

「たぶんいないわね。バスには爆弾が仕掛けられている」

 

それを聞いて銀華のレポートの内容が頭をよぎる。それを感じ取ったのか、アリアがこちらを見た。

 

「キンジ。これは『武偵殺し』。あんたのケースと同一犯の仕業よ」

「武偵殺しは逮捕されたんじゃないのか?」

「それは真犯人じゃないわ。武偵殺しは遠隔で爆弾をコントロールするんだけど、その操作に使う電波にはパターンがあって、今回もあんたの時もその前も同じなのよ」

「なんだって?」

 

そう言ったアリアはパンと一つ柏手を打つように鳴らし、

 

「もう背景の説明する時間はないわ」

「お、おい」

「あんたには知る必要がない。このパーティーのリーダーはあたしよ」

「待て…待てよアリア!」

「事件はすでに発生してるわ!事件は待ってくれない。ミッションは車内全員の救助!以上!」

「リーダーでもなんでもいい!だがリーダーならそれらしくメンバーにきちんと説明しろ!」

「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』。武偵高の仲間を助ける、それ以上の説明は必要ないわ!」

 

俺たちの頭上から、雨の音に交ざって激しい音が聞こえてきた。

ヘリだ。

アリアがどうやら呼んだらしい。

こうなったら、確かに説明聞いてる暇なんてないな、チクショウ。

 

「キンジ。これが約束の最初の事件になるのね」

 

アリアがヘリに乗り込みながらそんなことを言ってくる。

 

「ああ。大事件だな」

「約束は守りなさい?あんたが実力を見せてくれるのを楽しみにしてるんだから」

「言っておくが俺はEランクだからな」

「万一ピンチになったら、あたしが守ってあげるわ」

 

 

 

ヘリの中で話した情報によるとアリアは通報より早く、武偵殺しの電波をつかみ、準備を始めたらしく、警視庁や武偵局よりも早くに動けたので、俺らが一番乗りらしい。

視力が左右6.0のレキにバスを見つけてもらい、ヘリで近づくとバスはかなりのスピードで他の車を追い越しながら、暴走してるのが見えた。

 

『空中から、バスの屋根に移るわよ。あたしはバスの外側、キンジは内側で状況確認した後、連絡。レキはそのまま追いながら待機』

 

強襲用パラシュートを天井からはずしながら、テキパキとそう告げる。

 

「内側って、中に犯人いたら刺激して危ないだろ」

『「武偵殺し」なら、車内に入らないわよ』

「違ったらどうすんだよ」

『違ったら違ったでなんとかしなさい。あんたならできるわ』

 

コイツ。

ほぼ全てのセオリーを無視して、現場に一番に乗り込み、圧倒的戦闘力で一気にかたをつけてしまおうというわけだな。

そんなんだから『独奏曲(アリア)』になるんだと言いたかったが、強襲前に仲間割れはしたくなかったのでぐっと我慢した。

 

 

バスの屋根に空挺した俺とアリアはさっき決めたようにアリアは背面に、俺は内側に移動した。

 

「キンジ!」

 

大混乱の生徒たちの声の中から、聞き慣れた声がしたので振り向くとそこには武藤がいた。

 

「キンジ、あれだ。あの子」

 

武藤が指をさしたのは、運転席の近くに立つメガネの中等部の後輩。

 

「ととと、遠山先輩たすけてっ」

「どうした、何があった」

「わわわわ私の携帯がいつの間にかすり替わってたんですっ。そ、それが喋り出して」

「速度を落とすと 爆発しやがります」

 

なるほど。これはアリアの言う通り俺の時の犯人と同じ人物だろう。

 

「アリア」

『何!中の様子は!?』

「お前の言った通りバスは遠隔操作されてる。そっちははどうなんだ」

『車体下にカジンスキーβ型のプラスチック爆弾(Composition4)があるわ!武偵殺しの十八番ね。見えてるだけでも3500立方センチはあるわ!』

 

どんだけ過剰火力なんだ、武偵殺しは。爆発したらバスどころか電車も吹っ飛ぶぞ。

 

『解体を試み--きゃ!』

 

アリアの叫びと同時に、ドン!という振動がバスを襲う。慌てて後ろの窓を見ると、このバスに追突したと思われる1台のオープンカー、ルノー・スポール・スパイダーが距離を取っているところだった。

 

「おい、アリア!アリア!」

 

応答がない。今の追突でやられたらしい。

まず撃退しないとアリアが助けられないので、側面の窓から上半身を出すと、後ろにいたはずのルノーが横に回り込んできた。

その無人の座席からUZI(ウージー)がこちらを見ており……!

 

「みんな伏せろっ!」

 

俺が車内にそう叫び、乗客が頭を低くした直後--

バリバリバリバリッッ!!

頭の上を無数の銃弾がバスの窓を割りながら通過していった。俺の忠告で乗客に怪我はなさそうだが…

ぐらっ

変な揺れ方をしたので運転席を見ると、運転手が肩に被弾しており、ハンドルにもたれかかるようにして倒れていた。運転のため、伏せることはできなかったのだろう。

 

「有明コロシアム の 角を 右折しやがれです」

 

後輩の女子が落とした携帯から声が再び聞こえてきた。

さらにまずいことにバスは速度を落とし始めている!

 

「武藤!運転を代われ!減速させるな!」

 

俺の防弾ヘルメットを武藤に渡しながら叫ぶ。

 

「い、いいけどよ!お前はどうすんだよ!」

「俺はルノーを撃退する」

 

再び俺はバスから上半身を出す。バスの後ろの拳銃交戦距離外にいるルノーに狙いをつけた。

拳銃交戦距離外、揺れるバス、不安定な姿勢。前までの普通の俺なら万に一つも当たることはなかっただろう。だが俺は銀華と出会って、銀華に見合うパートナーになりたくて必死に努力してきた。拳銃も体術も最初は銀華に到底かなわなかったが、今では銀華に褒められるレベルまでにはなった。

 

(ここで当てなきゃ今までの努力がなくよな!)

 

周りに通行人や車がないのを見て

バババババ!

ベレッタ92Fをルノーのタイヤに向かって発砲する。

 

「やった…!」

 

俺が撃った銃弾の一つがタイヤに当たったらしく急激にスピンを始め、ガードレールにぶつかり--ドオンッ!

バスの後ろで、爆発、炎上した。

 

「おいアリア、大丈夫か!」

 

ルノーを処理したのでアリアを救出しようと、屋上に登った俺に

 

「キンジ!」

 

ワイヤーを伝って上がってきたアリアが顔を上げた。

 

「あんた意外とやるわね……ってヘルメットどうしたの!」

「運転手が負傷して…今、武藤にメット貸して運転させてるんだ!」

「危ないわ!一台倒しても一台だけとは限らないでしょ!すぐ車内に隠れ--後ろっ!伏せなさい!何やってるの!」

 

アリアがいきなり俺に向かって突進してきた。

油断が無かったと言えば、嘘になる。

ルノーを一台撃退していい気分になってなかったとは言えない。俺の横にはいつも優秀な銀華(ブレイン)がいて、そんな時でも気を引き締めてくれていた。だが、今はいない。

背後を振り返ると、どっかで待ち伏せしていたと思われる、新しいルノー・スパイダーがUZIをぶっ放すのが見えた。

俺めがけて。

飛んでくる。

銃弾が。

死んだ。

本当にそう思った。

俺はアリアに吹き飛ばされ、

 

バチッバチッ!!

 

被弾音が2つ。

視界に鮮血が飛び散った。

が俺に痛みはない。

 

「アリアッ!」

 

アリアはゴロゴロ、と屋根の上を転がり側面に落ちていった。

 

「アリア--アリアああああああ!」

 

ありたっけの力を持ってアリアを支えてるワイヤーを引っ張る。

ルノーは速度を落とし、側面に回ってきた。

今撃たれたらアウトだ。そんな、覚悟を決めた時、

バババッ!バババッ!

特徴的な三点バーストの音が聞こえ、2台目のルノーもスピンし、爆発炎上した。

この特徴的な発砲音は、もしかして……

 

「ごめん、遅れた」

 

銀華が並走させた自動運転のマイバッハから、ワイヤーでバスに乗り移ってきた。

銀華の乗り移ったバスは台場を抜け、レインボーブリッジに突入していく。

 

「助かった。アリア見てくれるか」

「うーんと、見た感じ重症ではないけど脳震盪を起こしてるね。ひとまずここでは治療できないから、キンジ()ててあげて」

 

そう言って銀華はバス後方に向かう。

そちらに目を向けると…

 

「……っ!」

 

さらに3台のルノーが迫ってくるのが見えた。

銀華はC装備でなく、普通の防弾制服。ヘルメットは当然していない。

 

「おい、銀華!危ないって!」

「キンジ、伏せてて」

 

3台のUZIが銀華に向かって火を吹いた。

すでに93Rの2丁目を抜いていた銀華は、アリアのお株を奪う2丁拳銃(ダブラ)

バリバリバリバリッ!

空中に全弾ばら撒いた。

--ギギギギギギギギギギギギギギンッ!

--ボボボボボボボボボボボボボボボッ!

 

数百の弾子がアスファルトに食い込む音が聞こえる。そしてドオンッ!という3つの爆発音。被弾は0だ。

 

連鎖撃ち(キャノン)借りたよキンジ」

 

こちらを向いた銀華の目は片方が(あか)くなっている。ベルセだから俺の技使えるってことか。さすがだな。

 

『私は一発の銃弾』

 

インカムからレキの声が聞こえてきたので横を見ると、バスの横に武偵高のヘリが並走している。そのハッチは大きく開かれ、レキが膝立ちでバスを狙っている。

建物が多いところでは無理だった狙撃のチャンスが今、このレインボーブリッジの上できたのだ。

 

『銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない』

 

詩のようなことを呟いている。

 

『ただ目的に向かって飛ぶだけ』

 

何度か聞いたことがあるレキのまじないのようなクセだ。それを言い終わった瞬間、レキの銃口が3回閃き、ギンッ!キギンッ!と着弾の衝撃がバスを揺らす。何かの部品がバスの下から落ちて道路を転がる。それはバスから分離された、爆弾。

ギンッ!

再び部品から火花が上がり、爆弾は下の海に落ちていく。

 

 

ドウウウウッ!!

 

遠隔操作で起爆させられたのか--海中から水柱が盛大に上がる。

 

「キンジ、なんで私を起こさなかったの!」

 

次第に減速し停まったバスの上で、アリアの応急措置をしながら銀華がそう言ってくる。

 

「銀華を巻き込みたくなかったから…」

「何言ってるのキンジ!私たちは二人で一人なんだよ!まったく…神崎に迷惑かけて…あとで謝っときなさい!」

「はい…」

 

怒る銀華、うなだれる俺、ぐったり動かないアリアだけが、豪雨に打たれ続けていた。

 




最初読んだ時、アリアが怪我して結構衝撃受けたんですが、今読むとなんでアリアは銃弾撃ち(ビリヤード)銃弾逸らし(スラッシュ)もできないねんと思ってしまう…


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第34話:過去から未来へ

○注意:アンチヘイト気味、おまけあり

おまけは雰囲気を感じてください。


バスジャックから二日後、今日は日曜日。

夕方から雨は降るらしいけど、今は晴れてる。

昼過ぎ、形だけ調査した武偵殺しのレポートを教務科(マスターズ)に提出した。この後はフリーなので今日は一人でちょっと出かけようとして、モノレール駅に向かうと…

 

(あ、キンジだ)

 

モノレール駅でこそこそするキンジを見つけた。誰か()けているのかな?今日キンジはフリーなはずだけど、急に入ったお仕事の可能性もあるなら、うーん。私もキンジを尾けようかな。

キンジはモノレールで新橋にでて、そこからJRで神田を経由し……新宿で降りた。キンジは西口から高層ビルの方へ、歩いていく。尾行してる人はオフィスの人かな?

そんなことを考えながら尾行を続けていると、目標が目的地に着いたのかキンジは足を止めた。この先にあるのは…新宿警察署。

ああ、なるほど。

 

「…下手な尾行。尻尾がにょろにょろ見えてるわよ」

 

キンジは神崎を尾行してたんだ。

そりゃ神崎があんだけおめかししてたら気になるよね。

ズキンッ!

胸が痛い。神崎は見た目だけなら可愛いもんね…私よりずっと。むう…

頑張ってキンジの気を引こうと、いろいろ調べてちょっとエッチな服着てもあんまり喜んでくれないし…どうやったらキンジ喜んでくれるんだろう…

こ、この前以上にエッチな格好は恥ずかしくて無理だし。うーん。

アリアとキンジを程よくいい関係にしようとしたら、私のこと忘れられた気がして頑張って誘惑しているの本末転倒な気がするよ……

 

まあいいや。

そんなことより神崎は自分のお母さんに会いに来たんだね。それにはキンジも同伴させたほうがいいだろう。

 

『864年』

 

私たちイ・ウーが神崎の母親、神崎かなえさんに擦りつけた、懲役の年数。神崎はこの冤罪を晴らしたくて必死に行動しているのだろう。彼女が独断で行動してしまうのは性格もあるけど、これが主な原因。

まったく、神崎は慌てすぎなんだよ。私や父さんがレールをこれから敷くっていうのに、無理してレールのない道を強引に進もうとしてる。

まあ…この前のバスジャックで、キンジの危ない場面を助けてくれて感謝してるから、ちゃんと武偵殺しの事件解決には協力してあげるよ。私なりの方法でね。

 

さてと…また見られていることだし、家に帰りますか。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

東京が強風に見舞われた週明け。一般科目の授業に出た俺の右横は空席だった。アリアは学校を休んだらしい。

あの日、俺は偶々見つけたアリアを尾けて、武偵殺しの被害者の一人として、その母親なところについていき……色々なことを知ってしまった…

アリアの母親は武偵殺しの容疑者として囚えられている。アリアが『真犯人がいる』という理由はこれだろう。確かにアリアの母、かなえさんが犯人には見えなかった。

だが有罪判決を受けてしまっている。それも二審まで。

それをアリアは冤罪と断じ、最高裁までに覆そうとしているのだ。864年という懲役年数と面会室の会話から考えて、武偵殺し以外の容疑もかかっているのだろう。それを覆すためには、真犯人を全て見つけるしかない。

そして--「パートナー」

アリアの実家の『H』家は貴族。で、その一族はみんな優秀な相棒と組むことで、能力を飛躍的に伸ばし、功績を積み上げてきたらしい。

なので、アリアにも相棒を作ることが求められているのだが…

アリアはそれを見つけられていない。

そりゃそうだ。

あいつは天才だ。それに合わせられるやつなんてそうそういない。

パートナーをドレイと言い換えていたのも、相手に求める能力のランクを言葉の上だけでも下げ、心理的な負担を軽くしようとしてのことかもしれない。

そんなことをぼんやり考えながら、全然集中できずに探偵科の授業を受けていると

ふわーん。

先生が黒板をの方を向いてる隙に、横から紙飛行機が飛んで来た。

横を見ると、隣の席で授業を受けていた銀華がウインクをしてきた。

畳んであるものを見てみると…

 

『授業終わったら、すぐ私の家に来て』

 

どうせ行くつもりだったし、まあいいんだが…どうしてこんなことをする?

すぐ来いとはどういうことだろう?

 

 

探偵科の授業も終わり、時刻は夕方5時半。

やけに鮮明な夕焼け空は血のようで雲が異様な速度で流れていた。

これは東京に迫る台風の影響だな。風が強い。

銀華のいる女子寮に向かい、一応チャイムを鳴らしてから、鍵を開け銀華の家に入る。

 

「キンジ」

「銀華。お前が早く来てとか言うのは珍しいな」

「ちょっとね…」

 

チャイムを聞いて、玄関にトテトテと走って来た銀華とそんな言葉を交わす。

 

「まあ、入ってよ」

「じゃあ、お邪魔します」

 

俺は銀華に背中を押されるようにして中に入った。俺をソファーに座らせた銀華は自分も横に座り、スススとスライドして来た。

 

「そういえば、神崎は今夜7時の羽田からのチャーター便でイギリスに帰るらしいよ。たぶん帰還命令が出たんじゃないかな」

「へえー。だからあいつ今日休みだったんだな」

「残念?」

「少しな。最後のお別れも言えてないし、最後喧嘩したままで終わっちまったからな。あんなやつでも、俺の命を助けてくれた恩人だ。残念がってもなんの問題もないだろ?」

「うん。神崎がキンジのことを助けてくれたのは本当に感謝してるよ」

 

あんだけ、アリアと銀華は険悪だったのに、バスジャックの後、すぐに武偵殺しのレポートを作ったり、お見舞いの花を送ってたのをみると銀華が感謝してるのは本当みたいだ。

 

「時間がないから、もう本題に入るよ」

 

資料を持ってる銀華がこちらを見ているのだが…おかしい。

なぜか慌てている。お互いこの後予定ないはずなのに。なんの時間がないんだ?

 

「あのね。警視庁の資料にあったんだけどね…過去、武偵殺しにやられた人は二人だけじゃない可能性があるって」

「それは前の銀華のレポートで読んだ。可能性事件だろ?」

「そう。事故ってことになってるけど実際は武偵殺しの仕業で、隠蔽工作で分からなくなってるだけかもしれないやつ」

「カージャックとバイクジャック以外に何かあるってことか?」

「うん。見つけちゃったんだよ…たぶん、そうじゃないかなあって名前」

 

銀華はゆっくり、そしてなるべく見せたくなかったかのように俺に資料を見せつけてくる。

 

「--!」

 

血が凍ったかと錯覚した。

 

 

『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一武偵(19)』

 

義兄(おにい)さんの事件も、これたぶん()()()()()()だったんだよ』

 

近くにいるはずの銀華の声がやけに遠くに聞こえる。

--『武偵殺し』

なんなんだ、お前は。

誰なんだ、お前は。

なぜなんだ、お前は。

ナゼ兄サンヲ、ソシテオレヲ、ネラッタ--!

 

「キンジ」

 

心配するような銀華の声に、ハッと気を取り戻す。俺と目が合った銀華の目は声と同じく俺のことを心配そうにしている目だった。

 

「キンジは本当のことを知りたい?」

 

知りたい。

武偵殺しが兄さんや俺を狙ったのも理由もきになるし、銀華のレポートに書いてあった、まだ始まりに過ぎない、というのも気になる。

だが、これは1つの点と点でしかなく、今の俺では、これを結びつけて考えることができない。

それがわかるだろう人は銀華と………あっちの俺。

 

「もし…知りたいなら…私を使ってもいいよ?」

 

銀華が既にくっ付いていた上半身をさらに寄せながら、そんなことを宣ってきた

 

「銀華、今……なんて?」

「……//……だ!か!ら!HSSになりたいなら私を使って……いいよ……って」

 

聞き間違えじゃなかったみたいだ。

 

「え、銀華、いや……ッ、使えって--」

「……そういうHなことしてもいいよってことだよもう!は、恥ずかしいんだから何度も言わせないでよ!」

 

銀華は当然だが、ヒステリアモードの仕組みのことを知っている。知った上で身体を提供してくれようとしているんだ。

で、でも。わざと、ヒステリアモードになるなんて。

やっていいことなのか。

非倫理的なことじゃないのか?自分の身勝手な理由で女の子を利用するなんて。

だって銀華にとって、この行為は銀華を利用するという行為、つまり中学の時に俺がやられていたことと何も変わらないじゃないか--

 

「中学の時のことを思い出してるの?キンジ」

 

珍しく俺の考えてることをぴしゃりと当ててきた。

 

「いいんだよ、私に気を使わなくても…私はキンジの役に立ちたいだけだから…」

 

なぜ、俺はヒステリアモードになりたくなかったのか。

兄さんのこともあるが、一番はまた女子に利用されるのは恐れていたという事が挙げられる。

女子は未だに苦手だ。

過去のトラウマも消えてはいない。

だが、相手は銀華だ。

自身もヒステリアモードを持ち、俺のヒステリアモードも過去もわかってくれている人物。

俺のことを最もわかってくれている人物。

そして、俺が最も『愛している』人。

その人物が俺を信用して身体を差し出してくれているんだ。

俺がそれを信用しないわけにはいかないよな…

 

「ごめんな銀華」

「ううん。これは私のわがままでもあるんだから」

「わがまま?」

「私はキンジとこういうことするの好きだから…Hな私でゴメンね」

 

ピンッ!

今まで必死に抑え続けていた理性の蓋が開く音が聞こえた気がした。

 

「--ッ!」

 

銀華の唇を必死に奪う。

血流が熱く滾る気がするがもうそんなものは関係ない。

俺はヒステリアモードという体質のせいで必死に女性との接触を絶ってきた。一応、俺も高校生だ。性欲は他の男子に比べて多いとは言えないが、少なからずある。それを必死に抑え込んできた。だが今の銀華の言葉で完全に抑え込んできたものが破裂した。

本能が叫んでいる。

銀華の全てが欲しい。

銀華の全てを知りたい。

銀華を……俺の女にしたい。

 

「は、激しいよ…キンジ」

「銀華がそうさせるんだろ?」

 

銀華はドMだ。乱暴にされると喜んでヒステリアモードが強化され、さらに弱くなるのは今まででわかってるんだよ。

ソファーの上に押し倒した銀華の口を、もう一度俺の口で塞ぎながら、制服の上からその美しい双丘を持つ。

銀華の大きいお餅は、むんにゅりといやらしく、しかも容易く形を変える。完璧な柔らかさだね。しばらくにぎにぎしていると、口を塞いでるからか苦しそうだったので、離してあげる。

 

「あっ、あっ…ダメ」

 

男の征服欲を掻き立てるいやらしい喘ぎ声を上げる。ヒステリアモードと普段の銀華のギャップが素晴らしいよ本当に。

もっと銀華を堪能しようと制服の中に手を入れようとしたその時、

 

「……キンジ……目的……」

 

その言葉で我に返る。何やってんだ俺は。

俺がこんなことをするために銀華は身体を差し出したわけじゃない。

その瞬間、俺の頭の中に閃くものがあった。

銀華のさっきの話と過去の事件が、一本の線で繋がっていく。

その線は……

ある恐ろしいバッドエンドにつながっている。

ヤバい。

ヤバいぞ。

銀華が時間がないと言っていたのはこのためか!

 

「銀華ありがとう。続きはまた今度だな」

「……頑張って…私の…未来の…旦那さん」

 

最後に俺は銀華に短くキスした後、部屋を飛び出した。アリアを助けに行くために

それにしても…銀華はヒステリアモードじゃなくても男性を誘惑するのが上手いね。全く、他の男に言い寄られそうで心配だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○おまけ『しろろんダイスキー!にて』

(31話前)

 

【遠山キンジ】しろろんが今週末デートらしい【殺す】

 

1:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

許せねえ…

 

2:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

ソースはよ

 

3:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

ソース貼ってからスレ立てるべきだろJK

 

4:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

ほらよ

 

528:名無しの武偵

そう言えば、北条さんの機嫌はここ最近悪かったんだけど、今日は随分と良かったね。もしかしたら日曜日にデート行くのかも。今週は土曜日まで全部任務で潰れてるけど、日曜日は空いてるからね。

 

 

5:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

憶測じゃねえかwww

 

6:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

総合板見てきた。二人の会話聞いた奴がいるらしいし、マジやぞ

 

7:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

マジかすまん

 

8:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>6

どんな内容?

 

9:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>6

詳細求む

 

10:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>8 >>9

最近の埋め合わせとして、どこか二人で行かないか?みたいな感じだったらしい。

 

11:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

は?遠山コロス

 

12:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

しろろんとデートなんて羨ましすぎて壁に穴が空いた

 

13:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>4

というか、なんでこいつしろろんの予定知ってるんだよ。同じしろろんファンでも怖いわ

 

14:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

まず、遠山をどうやって殺すかだな

 

15:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

武偵法9条あるし、事故死だろ

 

16:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

SSRの力を借りて、呪い殺すってのはどうだ?

 

17:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

キンジの飯に毒を盛る

 

18:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

過激派の奴らは全く何もわかってないな…しろろんはキンジといる時に、一番楽しそうにしてるんだぜ。その幸せな時間を奪ってどうするんだ

 

19:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

18の言う通りだよ。北条さんが輝いてるのは遠山君と一緒にいる時だと思うな。

 

20:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>18 >>19

穏健派は生温いんだよ。もし、遠山がいなかったら、しろろんは俺の彼女になってたんだぞ

 

21:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>20

は?俺の彼女だし

 

22:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>20

何言ってるんだ、俺のだ。

 

23:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>20

お前は片思いで、俺が恋人だという事実は揺るがない。

 

24:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

いつものパターンじゃねえか…

 

 

25:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

もし、キンジがいなかったらという、いつもの妄想。よくやるな

 

26:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

それに遠山君に手を出して、北条さん怒らせたら怖いよ〜

 

27:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

血の一週間か…

 

28:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

血の一週間の再来は嫌だ……

 

29:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

あれはもう忘れよう

 

30:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

あれほど悲惨な事件はないからな

 

31:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

最近ファンクラブに入った新参で悪いんだが、すまん。血の一週間について教えてくれ。

 

32:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

血の一週間の話はヤメロォ!(建前)ヤメロォ!(本音)

 

33:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

とうとう血の一週間を知らない奴らが出てくる頃か…

 

34:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>31

去年の入学式からの一週間のこと。今の生徒会長の星伽さんとしろろんがキンジの取り合いして、そのプレッシャーに負けてたくさんの心的外傷後ストレス障害や胃潰瘍になった人たちが生まれたから血の一週間。

詳しくは情報科(インフォルマ)の事件ファイル見てくれ。

 

35:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

最終戦争(ラグナロク)とか言う人もいるな

 

36:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

血の一週間の時、たまたま二人の近くにいたことがあったんだが、プレッシャーの余波なのに死ぬかと思ったぜ…

 

37:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

あれ以来、キンジは触れてはいけない者とされ、今ものうのうと生きているわけである

 

38:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

この話やめようぜ。定期、しろろんに言われたい言葉!

 

39:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>38

あなたのことをずっと愛しています

 

40:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>38

大好き

 

41:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>38

蹴られて興奮するなんて、変態さんですね

 

42:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>38

私を雌犬扱いして…

 

43:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>38

私が養ってあげるから、結婚して欲しいな

 

44:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

見事なまでに正統派とクズで別れたなww

 

45:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

しろろんSとMどっちなんだろう?

 

46:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

最後のやつしろろんの紐になる気しかねえ…

 

47:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>45

Sだと思う。亭主関白って感じしないし。

 

48:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

>>45

Mであって欲しいと思う自分がいる

 

49:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

真実を知るのは遠山のみと…

 

50:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

やっぱりキンジ許せねえ!

 

51:以下、名無しにかわりまして468がお送りします

デート邪魔するしかねえな!人の不幸は蜜の味

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…」

 

パソコンを開いていた不知火はそう呟きながら1つ伸びをする。懸命に火消しを頑張っても上手くいかなかった。

だが不知火は悲観しない。

まあこれはこれでいいか。こうなったからには本人たちに言うのが得策だと考えた。そうすることで自分への信頼度が上がるだろうと。

 

「本当に誰だろうね。この情報を流したのは…」

 

北条さんが日曜日にデートに行くといった情報を掲示板に流した人物。これが不知火は少し気になる。

他の人の任務の受注状況は調べられない。

知るにはその人自身に教えてもらうしかない。

それなのになんでこの人は北条さんの任務の予定などを知っていたのだろうか?と不知火は考えたのだ。熱心なストーカーかもしれないが、キンジはともかく、探偵科Sランクの銀華が気付くだろう。銀華はキンジには教えてるが、それを他の人は知らないはず。

あの情報を流せるのはキンジと……

 

「まさかね……」

 

銀華。だが、銀華にはキンジはともかく見ず知らずの他人に教えるメリットは何もない。論理的に考えておかしいとその思考を意識外に締め出し、不知火はパソコンの電源をきった。

 

 

 




これR-18にはかかってないですよね……?もう三段階ぐらい進んだの書いちゃってR-18になってたのを削ったのですが、そっちもいつか投稿したいな(自分で楽しむだけになるかもしれない)

次回はハイジャック、内容は決まってるんですがキンジ視点かリコ視点のどちらで書くか迷いますね。


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第35話:4世vs4世

スランプ気味なのに長くなって大変なことになりました。

注意:キンジ+理子視点


「--武偵だ!離陸を中止してくれないかな」

 

ハッチを閉じようとしたその時、一人の男性が飛び込んできた。その男性は武偵徽章をアタシに突きつけてくる。ギリギリセーフだよ、キンジ。

 

「お客様!?一体、ど、どういう--」

「すまない。説明してる時間はないんだ。今すぐ離陸を止めるように機長に進言してくれないかな?」

 

息絶え絶え…でもまだHSSが残っているキンジにそう言われ、コックピットのある二階に向かう。

 

「き、機長!お客様…たぶん武偵の方に飛行機を止めろと言われたのですが…」

「何!?今更言われてももう遅い。規則でこのフェーズでは管制官からの命令でしか、離陸を止めることはできん」

「そ、そうなんですか…」

「ともかく止めることはできんと伝えてくれ。だいたい止めろだなんて、どこからも連絡を貰ってないぞ!と言った言葉も添えてな」

「は、はいぃぃ!」

 

機長にそう言われ、私はキンジの元へ引き返した。1階に戻ろうと階段を降りようとした時、

ぐらり。

機体が揺れた。これでアリアは袋の鼠だ。

 

「あ、あの……ダメでした…き、規則でこのフェーズでは管制官の命令でしか離陸を止めることは出来ないって…だいたいどこからも止めろだなんて、どこからも連絡もらってないぞ!って言われちゃいましたよぉ」

「そうか…すまないね。じゃあ、ここに神崎・H・アリアという人物が乗ってるはずなんだけど、そこまで案内してくれないかな?」

「わ、わかりました。べ、ベルト着用サインが消え次第ご案内しますぅ」

 

もうすでにキンジは頭を切り替えているらしい。HSSのキンジは本当にいいよ。ぞくっときちゃう。紅華にキンジをHSSにして連れてくることを頼んでよかった。

 

 

上空に出て、ベルト着用サインが消えたので、あたしはキンジを案内した後、コックピットに向かった。

もう既に空の上。外は台風のせいで乱気流が起こっていて、すぐに援軍はたどり着けないし、空港を飛び立ってからしばらく経った。

もういいよね。

あたしはコックピットの扉を解除(バンプ)キーで鍵を解除して中に入る。

 

「おい、お前。一体なんの用……」

 

パン!パァン!

あたしに声をかけてきた機長と横にいた副操縦士をワルサーP99に装填していた麻酔弾で眠らせる。夾竹桃の睡眠薬を使っているので、瞬く間に二人は眠った。

二人をずるずると機長と副操縦士をコックピットから引きずり出す。

するとすぐに、銃声を聞きつけたキンジがやってきた。

 

「動くな!」

 

あたしに銃を向けてきたキンジに対して、にぃと笑う。でも、あたしは知ってるんだよ。その引き金を引くことは出来ないってね。

じゃあもう少し時間を貰おうか。

 

Attention Please(気をつけてください)でやがります」

 

あたしは胸元から取り出した缶をキンジの方に放り投げる。だが、流石HSS。

 

「みんな部屋に戻れ!ドアを閉めろ!」

 

ガスの煙が出る前にそう指示し、キンジ自身も引き返す。まあガス缶ではなく、ただの煙を出すだけの煙幕(スモーク)缶なんだけど。

あたしは逆にコックピットに引き返し、機内の照明を消す。乗客達が恐怖に悲鳴を連ねる声を聞くのは気持ちいいよ。

ツァオツァオに習ったものの応用で、自動操縦機能を壊しながら、リモコンで機体を操作できるようにする。

最後はオルメスを仕留めた後の逃走手段を確保して……終わり。

さて、勝負だよ。オルメス、キンジ。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

ガス缶だと思って避難したが、あれはどうやら煙幕缶だったらしい。こっちはヒステリアモードだというのにやってくれるな武偵殺し。

アリアにどうして俺がここに駆けつけたのか、武偵殺しの目的の説明をちょうどし終わった後、

ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン……

ベルト着用サインが注意音と共に訳のわからない点滅をし始めた。

 

「「和文モールス」」

 

俺とアリアは二人同時に呟き、二人で揺れる機内でその点滅を解読しようと試みる。

 

オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク

オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ

 

「誘ってるな」

「上等よ。風穴あけてやるわ」

「一緒に行ってやる。今の俺は役にたつぞ」

「見ればわかるわよ。来たいなら来れば。私の指示に従ってもらうけど」

「わかったよ…」

 

今の俺はヒステリアモード。

だが、女の言うことを全て聞くかといったらそうじゃない。

今の俺はリゾナだ。銀華の言うことは全て聞くが、その他の人のことはあまり聞く気は起きない。

なぜ、アリアの言うことを聞くかというと、銀華がアリアを助けることを望んでいたからだ。口に出していないが、別に助けたくなければ、俺をリゾナにする必要がない。リゾナは目的を達成するまで長く続くが、銀華の言うことしか聞く気が起きないと言うのは問題点かもしれないな。

 

俺とアリアは点々と床に灯る誘導灯に従って慎重に一階へ降りていく。

1階は豪華な造りのバーになっている。

そのバーのシャンデリアの下。

カウンターに足を組んで、青いカクテルを飲んでいる、さっきのアテンダントがいた。

 

「!?」

 

拳銃を向けながら、アリアは眉を寄せる。

彼女が武偵高の制服を着ていた。

それもヒラヒラな、フリルだらけの改造服。

 

「アリアは綺麗に引っかかってくれやがったのに、キーくんは無理だったか」

 

そう言いながら薄いマスクみたいな特殊メイクを自ら剥いだ。その中から出て来たのは

 

「やっぱりお前か。理子」

Bon soir(こんばんわ)。さっすが、キーくんだね」

「そりゃ武偵殺しの真犯人は見つからないはずだよな。武偵殺しの追跡は探偵科の銀華と理子がリーダーとして行なっていた。そりゃ片方が犯人なら見つかる可能性は低い」

「キンジ、あんた気づいてたの!?」

「さっき、ここに来るまでにな」

 

銀華がなぜ真実がわかったのに、自分でこの事件を解決しなかったのか?

なぜ、俺をリゾナにしたのか?

それもここに来るまでに考えていた。

銀華には大きな弱点が1つある。

それは優しすぎるということだ。

知り合った人物とは基本的に仲良くなれるし、気遣いも完璧。わがままやお願いもほとんど言わない。

だが、それが仇となるシーンも今まで何度かあった。組み手でわざと手を抜いたり、自分で色々抱え込んだり。

その点から、銀華は犯人に気づいたが、身近な人物なので心を鬼にすることができず、一番信用してる俺を頼ったのだと考えたのだ。

銀華の俺を除いて一番身近な人物。それは理子か白雪。犯人はこの二人のどちらかだと思いながらここに乗り込んだわけだが、それはあってたようだ。疑ってごめんな白雪。

 

「ふーん、やっぱりキーくんやるねー。流石、しろろんのお婿さんになる人だ。それに比べて、オルメスは」

「--!!」

 

理子に言われた単語に、アリアはまるで雷に打たれたように硬直した。

オルメス?

それがお前の『H』家の名前なのか?

 

「あんた……一体……何者……!?」

 

眉を寄せたアリアに、ニヤリと理子が笑った。

その顔を窓から入って来た、稲妻の光が照らす。

 

「理子・峰・リュパン4世--それが理子の本当の名前だよ」

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「リュパン…?」

「そう。理子はその直系の娘」

 

キンジもアリアも驚いてる。

自分たちは一人はホームズの子孫で、片方はホームズの子孫の婚約者なのに。

 

「でも、家の人間は理子のことを『理子』とは呼んでくれなかった。どの使用人も、このお母様がつけてくれた、可愛い名前を。あたしのことをリュパンの直系としてしか見てないんだよ」

「……」

「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつもそう私を呼ぶ生活だったよ」

「よ、4世の何が悪いってのよ」

「何が悪いって?悪いに決まってんだろ!!4世って、製造番号かあたしは!?あたしはただの番号かよ!?あたしは理子だ!数字じゃねえ!」

 

本当にどいつもこいつも数字としてばっかり見やがって。

 

「あたしはイ・ウーに入って力を得た。実力があればイ・ウーでは認められる。リュパンの曾孫から脱却できる。そう思ってた。だけどあたしを認めてくれる人は全然いなかった。お前にも覚えがあるだろ、オルメス」

「だからお前は、『武偵殺し』としてこんなことをしたのか?」

「違うよ、キンジ。何もわかってない。武偵殺しなんて、プロローグを兼ねたお遊び。オルメス4世--お前だ」

 

私がじろっとオルメスを見ると、一瞬たじろいだ。

 

「イ・ウーにおいて、オルメスの名は大きな意味を持つ。私が同じ4世のオルメスを倒せれば、あたしは実力があると証明できる。あたしは理子だと認めさせられる」

 

オルメスに勝つのは本当はブラドから解放されるための条件なんだけど、教えてやる義理もない。理子を理子と認めてくれる人はすでにいるから。

 

「ところで理子、お前が言ってるオルメスって何だい?」

「まだ調べてないのキンジ。銀華に聞けばよかったのに」

「まあ、興味を持っただけだからね。銀華に他の女性のことを聞くのは、よくないことだから」

 

でたよ、いつもの惚気。こんな時まで惚気るなんてキンジもキンジだ。HSSでも惚気るなんて、もう手に負えない。

 

「いやー、キンジとオルメスをくっつけるのは大変だったよ」

 

あたしは二人に目を向ける。

 

「オルメスの一族はパートナーが必要なんだ。初代ホームズには優秀なパートナーがいた。そして、あたしの実力を見せつけるには初代リュパンを超えるのが一番わかりやすい。だから、条件を合わせるためにキンジ、お前をくっつけてやったんだよ」

「俺とアリアをお前が……?」

「そっ、キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやっすぃ電波を出してあげたの」

「…あたしが武偵殺しの電波を追ってることに気づいていたのね…!」

「当たり前ジャーン。あんなに堂々と通信科(コネクト)に出入りしてたら、バカでも気づくよ。でもキンジはあんまり乗り気じゃなかったから……バスジャックで協力させてあげたんだぁ」

 

あたしの言葉を聞くと、ここにきて初めてキンジが理解できないような顔をした。

 

「あのバスに乗ってなかったのは、俺が偶々銀華の家に泊まって、偶々寝坊しただけなはずだが?」

「偶々じゃないよ。あの日のしろろんがやけに積極的だったのは、あたしが色々吹き込んだから。しろろんは初心で一途だからね〜。絶対泊まらせて、Hなことすると思った。前から、そういうことやってたみたいだしぃ〜」

 

寝坊するまでは予想外だったけど、紅華が協力してくれる理由はあらかじめ二人で作っておいた。

あたしから、SMプレイや雌犬プレイなど色々過激なものを聞いた紅華は顔を真っ赤にしてたけど、二人はあの夜どんなプレイしたんだろうね…?

 

「銀華を利用したってことか…?」

「そうだよ。まあ計画通りにはいかなかった。チャリジャック、バスジャックを終えてもお前たちくっつききらないのは予想外だったの。まあキンジは銀華にぞっこんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど」

 

マジでキンジにぞっこんの紅華がキンジをオルメスに貸し出すような真似をしたのかわからない。

キンジを殺さないでっていう考えがあるかもしれないけど、やすやすとやられるようなキンジじゃないのは分かってるし、そもそも殺す気はない。

 

「ねえアリア」

「何よ」

「同じ4世でも欠陥品なお前とイ・ウーで鍛え上げた私。どちらが強いか明らかだよね。くふ」

「言ってくれるじゃない…!」

「だって、お前は自分が強いと思い込んでるだけ。銀華にもあたしにも敵わない」

 

おっと。私に対して銃弾が二発飛んでくる。

やっすい挑発に釣られるのは操りやすくていいね。

銃撃の後、2丁拳銃を握りしめ、私に飛び込んでくるオルメス。

近接拳銃戦(アル=カタ)か。受けて立つよ。当然、ハンデなしの同じ武偵のラウンドでね。

だけど、いつもどおり思考が浅い。あたしの武器が装弾数16発のP99一丁、自分は8発のガバメントが2丁。武偵同士の近接戦では装弾数が重要になるから互角だと思ってる。いや、大型拳銃(ガバメント)の方が威力高いから、自分の方が有利と思ってるのかも。そんなんだから『欠陥品』なんだよ。

 

「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 

もう一丁、私はスカートの中からワルサーP99をスカートから取り出す。

 

「っ…!」

 

びっくりしたオルメスだけど、もう止まることはできない。

バリバリバリッ!

アリアが私のことを至近距離から撃ち始めた。

 

「くっ…このっ!」

「あはっ、あははははは!」

 

あたしたちは至近距離から、拳銃でお互いを撃とうとせめぎ合う。

武偵同士の戦いは武偵法9条があるので頭部は狙えない。なので武偵同士の近接拳銃戦は、相手の射撃戦を避け、かわし、または相手の腕を自らの腕で弾いての戦い。

バババッ!

拳銃から放たれた弾はお互いを捉えることなく、床や壁に撃ち込まれていく。

 

「はっ!」

 

弾切れを起こすと、オルメスはその両脇であたしの両腕を抱え込もうとしてきた。

それを読んでいたあたしはバックジャンプして躱す。続けざまに拳銃弾を放ったが…

ギンギンッ!

 

「キンジィ…!」

 

あたしの背後を取ろうと移動していたキンジが銃撃を銃撃で撃つことで防御してきた。

あたしがそっちを見た一瞬で

 

「そこまでよ理子!」

 

その間にリロードを済ませたオルメスがあたしの拳銃の先に拳銃を突きつけてきた。どちらかが撃ったらどちらの拳銃も壊れる千日手状態。でも、オルメスにはキンジがいる。それを狙ったのだろう。

普通ならこれで詰み、あたしが普通なら。

 

「双剣双銃《カドラ》のアリア。奇遇だね」

 

あたしの言葉を聞いて直感的にキンジは足を止める。さすがHSS。勝ち確に見える場面でもしっかり見てる。

 

「理子とアリアはいろんなところが似てる。家系、容姿、そして二つ名まで一緒なんてね」

「あんた…この状況でよくそんなことが言えるわね」

 

状況を理解してないのはお前だよオルメス。

お前は何も分かってない。

 

「あたしも同じ名前を持ってるの。『双剣双銃の理子』。でもねお前は何も知らない。お前の双剣双銃は本物じゃない。この力のことを--!」

 

自分の力、冤罪を着せた人物、お前がパートナーにしようとして失敗した銀華のこと。何も分かってない。

あたしは髪を操作して、背後に隠していたナイフを握り、オルメスに襲いかかる。

 

「くっ!」

 

一撃目は驚きながらも避けたオルメスだが…

反対のテールに握らせたもう一本のナイフが

ザシュッ!

オルメスの側頭部を切り裂いた。

 

「うあっ!」

 

オルメスが真後ろに仰け反る。

オルメスは血で(あか)く、紅く、染まっていく。

 

「アリア…アリア!」

 

負傷したアリアを心配するキンジ。

HSSの女を気遣うっていうのは本当に不利だな。

 

「あはは…こうも子孫に差を作っちゃうなんて、108の歳月も罪なもんだね。勝負にならない。パートナーどころか、自分の力すら使えてない!くふ…あははは…あははははははははははは!」

 

あたしはオルメスに髪の毛パンチをぶちかまし、キンジの方へ吹っ飛ばす。

足元にボロ雑巾のように転がったオルメスを抱きかかえたキンジは、私から逃げるように走り出す。

 

「あははは」

 

紅華はキンジに気をつけた方がいいよと言っていたけど、贔屓目だったね。銀華の物となったキンジも弱点が多い。HSSは能力は上がるが明らかに使い勝手が悪い。女の私に対して相性が悪い。

こんなんじゃ、話になんないよ。勝負にすらならない。

あたしは、ゆっくりと……でも確実に一歩ずつキンジたちを追い、オルメスの部屋に向かった。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

さっきのアリアの部屋に逃げ込んだ俺はアリアをベッドに横たわらせた。血まみれの顔を、部屋の備え付けのタオルで拭う。

うっ…と呻くアリアのこめかみの上髪の中には、深い切り傷がついていた。

まずい、側頭動脈をやられている。

すぐに血を止めなければ!

 

「今、血を止めてやるからな!」

 

ヒステリアモードの記憶力で、バスジャックの時、バスの上で銀華が行なっていた応急処置を思い出し、アリアの傷をとにかく塞ぐ。だが衛生科の銀華と違い、用具がないので、止血テープとワセリンで強引に血を止めるだけのその場しのぎにしかならないものしかできない。

 

「アリア!」

 

そして力なく笑っているアリアに向けて、キレ気味に武偵手帳のペンホルダーに挟まった『Razzo(ラッツオ)』と書かれた小型の注射器を取り出す。

 

「ラッツオいくぞ!アレルギーはないよな!?」

「……な……い…」

 

いつもの覇気がないアリアの声が帰ってくる。

ラッツオとはアドレナリンとモルヒネを組み合わせ凝縮した、復活薬だ。

 

「ラッツオは心臓に直接打つ薬だ。これは仕方のないことだからな」

 

アリア、そして俺自身に言い訳し、アリアの胸元のジッパーを下げ、ブラウスを左右に引きあけた。

 

「う……」

 

アリアが小さく震えて、トランプ柄の下着が露わになる。

白磁のような肌。最後の最後まで薄布一枚で守られている、女の子の胸。

こんな姿を間近で見たら、いつもの俺なら間違いなくヒステリアモードになっていただろう。

だが……

まったく興奮しない。こんな可愛い子の姿を見てるにも関わらず。

ああ、なるほど……

リゾナは互いに互いのことを縛る鎖でもあるのか。

 

リゾナは同じヒステリアモードを持つものが共鳴(リゾナンス)して起こる現象だ。共鳴することによって、俺は普段より高い能力を得ている。

だが、そこにヒステリアモードを持たないものを入れたらどうなるだろうか?

結果は見ての通り。ある種の賢者モードでまったく興奮しない。振動数が違う音叉をおいても共鳴しないように、共鳴した俺たちに他の人たちが入ってくることはできないのだ。

この状態では俺は銀華で興奮しかしなくなり、銀華も多分俺でしか興奮しなくなる。お互いに異性を興奮させることに長けているので、その対策だろう。

そして、多分リゾナが解除されるのが銀華のお願いを聞いた後。 それは今までの経験から、わかっている。

 

そんなことを考えながら、アリアの下着姿に興奮することなく、ヒステリアモードの研ぎ澄まされた五感でアリアの心臓の位置を見つける。

 

「キ、キンジ」

「動くな」

「こ…こわい」

 

そんな消えそうなアリアの声を聞きながら、注射器のキャップを口で外す。

 

「アリア打つぞ!」

 

グサッ!

 

殴るように注射器を突き立てた。

迷うと失敗する。だから思いっきり、薬剤をアリアの心臓にぶち込む。

 

「--!」

 

びくんとアリアが痙攣した。

薬の激しい効果に歪む顔。

こんな状況ではあるが少し笑ってしまった。

生きてる。生き返った、その証拠でもあり…少し前、銀華が同じような状況になったからだ。まあ、銀華のあれは女の悦びを知る顔…

 

「っはあ……!」

 

そんなことを思い出し、地味にリゾナを強化してると…

がばっ!

ゾンビ映画みたいに、上半身を起こしてきた。少しビビったのは秘密だ。

 

「って……え!?なになになになに?む、胸!?」

 

薬のせいかわからないが、アリアは記憶が混乱しており、いくらかは飛んでしまったようだ。

 

「キ、キンジ!またあんたの仕業ね!こ、こんな胸なんで見たがるのよ!ば、バカにしてるのね!自分の彼女の銀華の胸と比べて馬鹿にしてるのでしょ!いいわよね!持ってるものを持ってる人は!どうせ!身長だって!万年142センチよ!」

 

混乱しているアリアは全身を、蒸気が上がるが如く真っ赤にして、ブラウスの前を閉じようとした時、自分の胸に注射器が刺さっていることに気づく。

 

「ギャー!!!」

 

花の女子高校生がそんな声出していいのかと思うほどの悲鳴をあげ、胸から注射器を引っこ抜くアリア。

 

「お前は理子にやられて、俺がラッツオで……」

「理子……リコオオオッ!」

 

目がいきなりカッと開いて、咆哮しやがった。なんだこいつ!

…まあ理由はわかってるんだが…

ラッツォは復活薬でもあるが、興奮剤でもある。薬が効きやすい体質なのだろう、アリアは正気を失ってるようだ。

 

「おい、待てアリア。お前じゃあいつには勝てない」

 

俺はドアの前に立ちふさがり、アリアの拳銃をどちらも手で鷲掴みにする。

 

「そんなのわからないでしょ!やって見なくちゃわからない!人は空を飛んだり、宇宙に行ったり不可能を可能にしてきた。なら、あたしも勝てるはずよ!」

 

もはやそれは憶測ですらない。願望だ。

 

「あたしは独奏曲(アリア)!理子ぐらい一人で片付けられる!あんたなんていらない!」

「じゃあ、さっき理子に重傷を負わされ負けたのは誰だったんだ?」

「うるさい!こんなのかすり傷だし!たまたま油断してただけ!次は負けない!」

 

完全に興奮しきってしまっている。落ち着かせることはできなさそうだ。

しかし、別に落ち着かせる必要はない。

アリアを守ることができれば銀華のお願いは達成できる。

さて、それならどうするか。

説得は諦め、俺が理子を倒すのが一番いいんじゃないか?そしたらアリアも興奮する要素がなくなる。二つの問題を同時に解決できる一石二鳥の解決方法だ。その案を通す方法を考えよう。

だが、実際問題、理子の髪は厄介だ。手がまるで4本あるみたいに動いていた。

まあ攻略できないことはないだろうが、それを見せるということに疑問を覚える。負けないという自信があるのか、それともまだ隠し球があるのか。後者の場合、アリアの助けが必要になる。ならば、アリアを落ち着かせないといけない。めんどくさいな本当に。

仕方ない…あんまり使いたくない手だが使わせてもらおう。アリアは単純だし効くだろう。ヒステリアモードの技『呼蕩』がね。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「くふふ。バッドエンドのお時間ですよー」

 

あたしは管理室からパクってきた鍵でオルメスの部屋の鍵を開け、中に入る。

ナイフを持つ髪で扉を押さえつつ、両手に拳銃のスタイルでキンジに笑いかける。

 

「もしかして、仲間割れして自滅するかなあと思ってたけど、そうならなかったみたいなんで、理子の登場でぇーす。……やっぱりキンジ最高!その目、ほんと素敵。勢い余って殺しちゃうかも」

「そのつもりで来るといい」

 

キンジのHSSはまだ続いているみたい。低い声と殺気に酔っちゃいそうだよ。

 

「それで、アリアは?まさか死んじゃった?」

 

そういいながら、髪のナイフで膨らんでいるベッドを指す。

死んだならHSSである以上、もっと取り乱すだろうから、死んでないことは確定なんだけどね。

 

「さあ、どっちだろうな?」

 

そう言ってキンジはシャワールームをチラリと見た。

ワザとか…

普通のキンジならまだしも、HSSのキンジがあんなにわかりやすい反応をするわけがない。

つまりどっちかがブラフ。

どっちだ…?

 

「そうだよ!オルメスのパートナーはこうでなくっちゃ!」

 

あたしはキンジに向かって引き金を引こうとした…

だが、引けない。なぜならキンジがベッドの脇に隠していた非常用の酸素ボンベを楯にするように掲げたからだ。

撃てばオルメスやキンジ、そしてあたしまで全員お陀仏。

当然あたしは怯んだ。

その隙をついてキンジはあたしにボンベを投げつけながら、手にナイフを持ち飛びかかってきた。体格差を利用しようということだろう。

でも甘い!

ぐらっ!

 

「ウッ!?」

 

あたしは飛行機を髪の中にあるリモコンで操作し傾かせる。

さすがにこれはHSSでも予期できていなかったのかキンジは体勢を崩す。

あたしはその瞬間、キンジに向かって銃弾を放つ。次の瞬間--

 

(やっちまった!)

 

そう思った。

咄嗟のことで、癖で額を狙っちまった。

このままじゃ避けられずキンジは死ぬ。そしたら紅華にあたしは殺される。情けをかけてくれて、殺されないかもしれないけど、ブラドから本当の意味で自由になって、やりたいと思ってることが達成できる可能性は0になってしまう。そんな風に恐怖した。

だが、そんな心配は一瞬で吹き飛んだ。

 

 

ギイイイイイインッ!

 

 

キンジはナイフで銃弾を斬った。

お父様のお仲間の石川五右衛門かよ。

少し感動も含めた驚きの感情を出してしまうと、キンジはベレッタ92Fをあたしに向けてきた。

 

「動くな!」

「アリアが死ぬよ!」

 

あたしはキンジに銃を向けるのは間に合わないと判断し、シャワールームにワルサーを向ける。

だがキンジはひるむ様子は無い。

ということは…ベッドが本物のオルメスか!?

…いや、待てあたし。紅華がいつも言ってたじゃないか。

 

『明白な事実ほど、誤られやすいものはないんだよ』

 

それは紅華の父、初代ホームズの言葉。あたしは勝手にどちらかにアリアが潜んでいると思っていた。ダブルブラフの可能性は考慮してなかった。そしてキンジなら…あり得る!

そう思った瞬間--

バァン!

アリアが天井の荷物入れから転がり出てきた!やっぱりか!

あたしが左のワルサーで迎撃しようとしたけどこれは間に合わない!避けるしかない!

ダブルブラフを想像してたのでギリギリ回避が間に合い、あたしの側を銃弾が通過する。だが…

 

「ヤァッ!!」

「うっ!」

 

その隙に抜刀したアリアがあたしの片方の髪を切断し、ナイフが1つ床に落ちる。

もう一本でアリアを迎撃しようとしたけど、アリアは追撃をするのではなく距離を取った。

 

「キンジ、これでよかったのよね?」

「ああ、流石急造とは言え、俺のパートナーだ」

 

キンジとアリアはそんなことを喋っている。なめやがって。

 

「まだ終わってないんだけど…髪一本切ったぐらいで調子に乗るなよお前ら!」

「いや、もう終わりさ」

 

キンジがこちらを見る。

な、なんだこれ…もう、その目はさっきのキンジじゃない。

 

「俺は許さない」

 

そういうキンジの殺気はイ・ウーのメンバーやカナに負けない…いやそれ以上で

 

「銀華を利用した。銀華の気持ちを弄んだ。俺はそんなお前を許さない」

 

まるで紅華が怒っている時のようであった。

キンジは自分の婚約者を利用したあたしが許せないのだろう。

 

「ああ、そう!何も知らないくせに!」

 

あたしも少し苛立ってくる。

今回の武偵殺しの事件は裏で紅華も手を引いている。でも、キンジは知らない。キンジの目の前の紅華はイ・ウーの紅華ではなく、武偵の銀華なのだから。それを知らずに一方的に言ってくるキンジに腹がたってくる。

何も知らず、あたしの欲しいポジションにいるキンジにはらわたが煮えたぎる。

 

「舐めんじゃねえ!」

 

あたしはナイフ1本とワルサー2丁持ちながらキンジに突っ込んだ。同時に髪の中で飛行機を操作しキンジのバランスを崩そうとする。

 

「遅いんだよ」

 

そういうキンジはすでに飛び上がっていた。

しまった…いくら飛行機を操作して体勢を崩そうとしようとも空中なら意味がない。先ほどアリアとのコンビプレイはそれを確認するためかっ……!

あたしは空中のキンジに発砲しようとするけど……

 

「ぐっ…!」

 

何か見えないものに廊下まで吹き飛ばされる。こ、これは銀華の技の空気弾っ……!

 

「銀華の力を得た俺が銀華の技を使えないわけないだろ?」

 

キンジのこれは普通のHSSじゃないッ!

カナが使うHSSの上位派生系だ!

マズイマズイマズイマズイマズイッ!

このキンジには流石にあたしじゃ実力では勝てないッ!

 

「今のキンジは確かに強いよ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「でも勝てないわけじゃないんだよ」

 

あたしはスカートから煙幕手榴弾(スモークグレネード)を取り出し地面に叩きつける。

 

「逃げるが勝ちってね」

 

廊下まで吹っ飛ばされたのを逆に利用して、あたしはあらかじめ用意していた脱出口へ脱兎の如く向かった。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

この飛行機、ANA600便は恐ろしい勢いで降下を始めた。

やはりあいつは髪の中にリモコンか何かを隠し、遠隔操作をしていたのだ。

乗客の悲鳴を聞きながら、俺は理子を追いかけ階段を降りると、理子はバーの片隅で窓に背中をつけるようにして立っていた。

 

「逃がさないぞ。理子」

 

俺は強めに言いながら、理子にベレッタを向ける。

 

「くふふ。キンジ。それ以上は近づかないほうがいいよ」

 

理子は笑いながらそう返してくる。

壁際には理子を取り囲むようにして、丸く輪のように爆薬が貼り付けられていた。

 

「ご存知の通り、『武偵殺し(ワタクシ)』は爆弾使いですから」

 

俺が歩みを止めたのを見て、理子はスカートをつまんで少しだけ持ち上げ、慇懃無礼にお辞儀をしてくる。

 

「ねえキンジ、少しお喋りしない?」

「嫌だと言ったら?」

「この飛行機を落として、海にドッボーン」

 

冗談では…ないだろう。爆薬は現に理子の後ろにあるし、他にも仕掛けられててもおかしくない。聞くしかなさそうだ。

俺が無言で了承し、目線で理子に喋りを促すと理子は昔々…と昔話や、童謡を話すが如く喋り始めた。

 

 

--

 

昔、昔。あるところにとっても可愛い女の子が産まれました。その子は両親の寵愛を受け、少し不満はあるものの幸せに暮らしていました。

だが、その幸せは長くは続きませんでした。

両親が続けて他界してしまったのです。両親の財産は悪い大人達に持っていかれ、女の子は一人ぼっちになりました。

そんな時、女の子の親戚という人が女の子を引き取ります。行く宛のなかった女の子はその人に付いていきました。

だがその親戚の人は悪い悪い鬼でした。その女の子を監禁し、ご飯もろくに与えなかったのです。

何年もそんな辛い生活をした後、女の子は頑張ってそこから逃げ出しました。だが、その女の子の身体は監禁生活によりボロボロ、お腹も空いている。ろくに逃げることができず、街の裏通りで倒れてしまいます。

あたし、こんなところで死ぬのかな…そんなことを思ったその時です。

 

「大丈夫?」

 

心配そうに女の子の顔を覗き込むお姫様が現れます。そのお姫様はとても可愛い容姿をしていました。悪い人たちの追っ手ではなく、単純にここを通りかかって手を差し伸べてくれたのでしょう。

でも女の子は自分以外は信じられない。

長い監禁生活により人間不信になっていました。

そうなってしまうのは当然でしょう。

そんな人間不信になっていた女の子をお姫様は救ってくれました。優しく看護した後、自分の城に連れて行き、仲間にしてくれたのです。

いい話すぎて女の子は最初警戒していましたが、そこは実際天国のような場所でした。

監禁されることもなく自分を鍛えることができる。自分を認めてくれる仲間がいる。長いこと味わうことのなかった幸せを女の子は得ることとなりました。

 

当然、その女の子はお姫様に感謝します。

その人に必要とされる人になりたいと思います。

しかし、そのお姫様の周りには同じようにその人の特別になりたいと思う人が多数いたのです。よく考えれば、お姫様は誰にでも優しく、お城のみんなに頼りにされていたのでそれは当然でしょう。

お姫様の周りの人たちは、お姫様を振り向かせるために必死に努力しました。だけどお姫様が振り向くことはありませんでした。

 

そしてあろうことか、お姫様は他の国の王子様に取られてしまいました。

 

--

 

 

「本当になんでだろうね…」

 

理子は言葉を区切る。

 

「あんなに努力してたのに、NTR(寝とら)れたときの気持ちは…へへ、なかったよ」

「おい理子、さっきの話は…?」

「単なる昔話だよ。理子が知ってるね」

 

ドウウウッッ!

 

いきなり背後に仕掛けていた炸薬を爆発させた。壁に穴が空き、理子はパラシュートもなしでその穴から飛び出ていった。

かすかに香るバニラの香りを残しながら。

 




久しぶりに1万文字超えた…それも2000以上も


では良いお年をお過ごし下さい。


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第36話:変わる人と変える人

あけましておめでとうございます。
今年もキンジと銀華をよろしくお願いします。


注意:いろいろスキップ、アリアの性格かなり改変


静かな俺の部屋のベランダから、東京の夜景が見える。

『空き地島』の風力発電機は1本折れるようにひん曲がっており、その下では解体前のB737-350が打ち捨てられている。

あれは俺とアリアが緊急着陸させた飛行機なんだが…自分の好きな景色を、自ら壊しちまったな。

 

「ママの公判が延期されたわ」

 

今日は事情聴取などでいろいろあって大変だったのだが、なぜかアリアが俺の部屋にまでついてきてしまっている。

 

「今回の件で『武偵殺し』が冤罪ということを証明できたから…聞いたところによると、最高裁、年単位で延期になるらしいわ」

「そうか」

 

よかったなという雰囲気でもなかったので、俺は一言それだけ返答する。

アリアは翼の折れたB737を見てから、クイッという風に俺の方を向いた。

 

「ねえ。なんで、あんたあたしを助けにきたの?」

 

なんで、って…。

 

「言っただろ。銀華がそう望んでいたって」

「違うわ。うまく言えないけど、そうじゃないってなんか分かるの」

 

なんて無茶苦茶な…

と思うが……まあ、確かに俺もそう思う。

銀華が望んでいることはたぶん本当だ。だが、あれは『キンジが望むなら助けてあげて』といった種類のものだった。それなのに、なんで助けに行ったんだろうな。

 

「馬鹿のお前じゃ、『武偵殺し』には勝てないと思ったからだ」

「あ、あたし1人でもなんとかできたわ。バカはそっちよ」

「そうだな。気の迷いでお前みたいなバカを助けた俺が一番バカなのかもしれないなぁ」

 

俺はベランダの柵に肘をつきながら、深ーくため息をつく。

するとアリアは大きな瞳をパチクリさせ、少し言い淀んでから…

 

「ゴメン、ウソ」

「どれが?」

「1人でもなんとかできたって言ったこと」

 

そう言って、アリアにしては珍しくモジモジとした喋り方になった。

 

「あのさ。空で…あたしわかったんだ。なんであたしに『パートナー』が必要だったのか。自分一人じゃ解決できないこともあるんだって…」

「……」

「それに、銀華の言った意味。キンジは最終的に自分が制圧するとしても、負傷したあたしでも役に立てる作戦を立ててくれた」

「まあ…あれは…」

「人には役割がある。ひいお爺様のパートナーもそうだった。あたしは今度からあたしに合わせられる人じゃなくて、あたしを最大限に活かせるような人を探そうと思うわ」

「アリア…」

「--だから今日はね。お別れを言いに来たの」

「お別れ?」

「さっき言ったようなパートナーを探しに行くのよ。ホントは…あんただったら良かったんだけど……あんたは銀華のパートナーだからね。それに約束したし」

「約束?」

「1回だけって約束だったでしょ?」

「あ、ああ」

 

武偵殺しの件が片付くまで。そんなことを飛行機で言った気がする。

 

「武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対に守れ。だからもうあたしはあんたを追わない」

 

アリアはもじり…もじりと。

言おうか言うまいか何度か迷った後、今度はしっかり俺を見つめてきた。

 

「キンジ。あんたは立派な武偵よ。だから、あたしは今は、あんた達の意思を尊重するし、もう奴隷なんて呼ばない。だから、もし、もし、気が変わったら…その、今度は二人で会いにきて。その時は今度こそ、二人はあたしのパートナーに…」

 

まだ諦めきれていないらしいアリアの申し出に俺は

 

「…悪い」

 

と目をそむけながら言っていた。

俺は武偵になる気は無い。銀華にも武偵を辞めさせる。

それに正直、今回みたいな危険な現場に飛び込むのはもうこりごりだ。

 

「い、いいのよ。あんたにその気がないなら。あたしはまだ、独奏曲(アリア)だから。今言ったこと、忘れて」

 

そう言うとアリアは俺に背を向け、少し冷えたのか室内に戻る。

 

「あーあ。東京の四カ月間、本当に最悪だったわ。パートナーは結局できなかったし、頭は怪我するし、近くでイチャイチャするのを見せつけられるし」

「イチャイチャって…」

「してたでしょ銀華と!いっぱい!」

 

ぷんと擬音語が鳴るかのように、アリアが両手を腰に当て見上げてきた時、

ピンポーン!

玄関のインターホンが鳴り、誰かが入ってきた。鍵を勝手に開けリビングに入ってきたのは…

 

「むぅ。私お邪魔だった?」

 

ふくれ顔の銀華だ。仲良く話してたのがお気に召さないらしい

 

「そんなことはないさ。なあアリア」

「ええ。あたしは貴女にもお礼を言わなくちゃいけないわ」

 

それを聞いて銀華はふくれ顔を驚きの顔に変える。そんな表情をしている銀華にアリアは真剣な表情で向き合う。

 

「あたしを助けてくれて、その…ありがとう」

 

アリアが頭を下げる。これには銀華も、そして俺も目を丸くするぐらい驚いた。

こいつはいつも上から目線で頭を下げるところなんて見たことなかったのに。

リアル貴族様が銀華に対して頭を下げるのは以前のアリアなら考えられない行為だろう。

現に銀華も推理できていないようで、俺でも見たこともない驚愕を浮かべた顔をしている。

 

「あたしを助けるためにキンジを助けに送ってくれたことにも感謝しているけど、今のあたしにはわかる。前のあたしは他の人のことを何も考えずステージに立つ独奏曲(アリア)だった。けど、そのステージの影にはあたしを支えてくれる人がいた。あたしはそれを当たり前だと思っていたけど……あたしについてこれる人じゃなくて、その人達をどう活かすか、あたし自身を活かせるようなその人達をどう探すかが重要だったのね…だから前のあたしはずっと独りよがりの独奏曲(アリア)だった。それを気づかせてくれたのはキンジと銀華よ」

 

アリアはずっと自分自身についてこれる人をパートナーとして探していた。だが、銀華の言葉とこの前のハイジャックから、自分のことだけじゃなく相手のことも考えられるようになったみたいだ。初めて会った時とえらい違いで…その変化を俺は嬉しく思う。

 

「だから…その、本当にありがとう」

「そう…私が言った意味がわかってくれたなら良かったよ。()()()

 

俺が聞く限り初めて、銀華がアリア呼びした。

それを聞いたアリアも、そう名前を呼んだ銀華もどっちも笑顔で、まるで姉妹のようで……その笑顔に釣られ、何がおかしいのか分からないが、俺も笑ってしまい、そのまま、あははは、ははは、と一緒に笑うのだった。

玄関まで銀華と二人でアリアを送り、脱ぎ散らかしていた靴をアリアが履くのを見守る。

 

「あ、もうこんな時間?急がなきゃ」

「何か約束があるの?」

「うん。お迎えが来るのよ。あんなこともあったし……ロンドン武偵局が東京にあるヘリで送ってくれるの」

 

そこは以前アリアが活躍していた場所。

 

「銀華と初めて会った時ぐらいから、あたし、あそこで派手に働いちゃってるの。あいつら帰ってこいってうるさいのよ」

「あはは…大変だね」

「帰るって…ロンドンにか?」

「うん。ヘリでイギリスが保有する空母まで行って、そっからジェット機でひとっ飛びよ」

 

ロイヤルネイビーの空母かよ。スケールでけえよ。流石は貴族だ。

 

「見つかるといいな。お前のパートナー」

「きっと見つかるわ。あんた達のお陰であたしは変わることができた。今度からは違う視点で探してみる」

「そっか…じゃあな。頑張れよ」

「頑張って。月並みの表現だけど応援してるよ」

「うん。バイバイ」

 

アリアはドアを開き、外に出て…俺はそれを止めることなく…扉は再びしまった。

これにて一件落着…か。

 

「……?」

 

アリアの足音がしない。

出ていったならエレベーターなり階段なりで下に降りると思うんだが。

 

「キンジ…」

 

心配そうな顔で銀華が俺を見る。

少し気になって、覗き穴からドアの外を見ると…

 

「…えぐっ…ひっく……ひっく……うぅ…」

 

アリアが扉を出た先で泣いていた。

 

「イヤだよ…あんた達みたいなコンビは、絶対……いない……あたしを変えてくれたあんた達みたいな人なんて…もう見つかりっこない…よ……」

 

アリア…どうして泣くんだ。

前向きにパートナーを探すって笑ってたじゃないか…

どうして泣くんだよ。アリア。

 

 

 

結局、俺はあの扉を開くことはできず部屋に戻り、ソファーに身を沈め、額を抑える。

見なかったことにするんだ。あれは。

そうすれば何もかもが終わる。

そうだよキンジ。あいつが居なかったら銀華との時間もたくさん確保してやれるじゃないか。

 

「ねえ、キンジ」

 

俺の横に座った銀華が呼びかけてくる。

 

「…どうした?」

「このままでいいの?」

「…何がだ?」

「自分でも分ってると思うんだけど…」

「………」

 

銀華が諭すように言ってくるので一旦黙る。

 

「アリアは、キンジと似てるよ。他人には理解できないものを背負い、武偵という道を全力で……だけど正反対の方向に走ってる」

「それがなんだっていうんだ…」

 

ちょっと怒り混じりの声が思わず俺の口から出るが、銀華は怯むことはない。

 

「だから、お兄さんがいなくなった時のキンジが今のアリアなんだって!自分で言うのもなんだけど、あの時私が居なかったら、ネガテイブの方に思考が沈んでいったと思うよ?」

「……」

「それで、今度はキンジがあの時の私の役をやる時なんだよ!アリアは孤独。手を差し伸べることができるのはキンジだけなんだから」

「お前でもいいだろ…」

「私はアリアを変えるきっかけを作っただけ。ほぼ部外者だよ。アリアを変えたのはキンジなんだから」

「お前はそれでいいのかよ!」

 

俺がそう怒鳴るように言うと銀華はビクッとした。

今一番言われたくないことを言われたというように。

 

「俺がアリアを手を差し伸べたとして、お前は平気なのかよ!?」

 

俺もアリアを助けたいとは思う。

だけど、それを妨げるのは説得している銀華自身だ。

アリアがいる間は銀華にあまり構ってやることができず、寂しい思いをさせた。自分の元から去るんじゃないかと不安に思ったことは一度や二度じゃないだろう。

その銀華の気持ちを思うと俺はアリアに手を差し伸べることができない。

 

「こっから言うことは事実だけど、聞いたら忘れて。本当にあさましいことで、私のこと嫌いになるかもしれないから…」

「……わかった」

 

そう答えると銀華は大きく息を吸い込み

 

「さっきああは言ったけど…私の心の底ではね、キンジにアリアを向かえに行って欲しくないんだよ」

「……っ!?」

「アリアが来てから、キンジが私と過ごしてくれる時間が減って本当に寂しかった……キンジに私だけを見て欲しかった。私だけを愛して欲しかった。何度もアリアに嫉妬して、(みにく)い独占欲が心を占めることは2度3度じゃなかったよ…」

「銀華…」

「本当に何やってるんだろうと何度も思ったよ……寂しくてキンジに構ってもらうために、色々考えたり、ちょっとえ、エッチなことも勉強した」

「じゃあなんで…」

「そんなキンジを好きになっちゃったからじゃないかなあ」

「………は?」

 

思わず聞き返してしまった。そんなってどんなだ。

 

「キンジって基本的にウジウジしてて、勝手に一人で悩んで、おせっかいなんだけど」

「………」

「でも、優しくて、お人好しで、時々すごくカッコよくて」

「………」

 

最初とは別の意味で黙ってしまう。照れるだろ、目の前でこんなこと言われたら。

 

「こんな人が私の旦那さんになると思うと、心があったかくなって」

「……銀華…」

「そんな優しくてかっこいいキンジを見たいっていう私のわがままで……ごめんね、こんな醜い女で…」

 

まったく銀華は。もう本当にまったく、まったく、まったく。

 

「バーカ。何言ってるんだ銀華。お前が醜い女な訳ないだろ」

「キンジ…」

「お前も勝手に一人で抱え込んで、ウジウジして、おせっかいだけど」

「………」

「それ以上にお前は優しくて、気遣いができて…美人で」

 

言葉がスラスラと口から出てくる。

 

「俺には勿体無いほどの俺のお嫁さんだよ」

「…キンジ!」

 

横に座って居た銀華がそんな言葉を聞いて抱きついてきた。柔らかい銀華の身体が俺のいろいろなところに当たるけど、ヒス性の血流は感じない。このハグは謂わばお互いの愛をお互いに確認する行為だからかもしれない。

 

「かっこいいところ見せてくるよ」

「うん、私の旦那さんは正義の味方だっていうことを証明して」

「そんな大層なものじゃないけどな…」

 

俺たちは耳元で言葉を交わす。

遠山家は正義の味方。だが俺は半人前だ。

正義の味方になんかなれない。

でも、でも。

 

--アリアの味方ぐらいになら、なれるかもしれない。

 

俺が一番落ち込んでくれた時に助けてくれた銀華のように、俺もアリアを助けたい。

そんな俺を銀華は好きなんだから。

 

「愛してるよ、キンジ」

「俺もこの世で一番銀華のことを愛してる」

 

ヒスってもいないのにそんな言葉がスラスラと出てくるのは、惚れた弱みというやつかもしれないな。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

キンジは私が止める間も無く慌てて、部屋から出て行った。

この時間にはバスもないし、自転車はチャリジャックの時に壊れている。キンジが武偵高のヘリポートがある女子寮に駆けつけると思って、あらかじめ車を用意しておいたのに、それを聞く前に家を出て行った。

まったくもう…キンジは。

まったく、まったく、まったくだよ。

そう言いながらも頰が緩むのを感じる。

愛してる、この一言を聞いただけで、全てのことが許せそうになってしまうのは惚れた弱みというやつなのだろうね。

 

「でもなあ…はあ…」

 

さっきキンジに言った言葉に嘘偽りはない。キンジに嘘を言うわけにはいかない。

でも真実を全て言ったわけではない。

キンジとアリアを()()()()くっつける必要があること。これはさすがに言えないよ。

騙してるわけではないけど、キンジを騙してる感じがして本当に、うん、罪悪感がすごい。

 

まあ、気にしてもしょうがないから別のことに意識を持っていくんだけど…アリアすごく変わったね。棘がなくなったというか…肩肘張らなくなったというか…

それを変えたのがキンジだというのは誇らしいけど、少し嫉妬しそう。

そしてキンジも、アリアがホームズの子孫ということももうすぐ知るだろうし、それによってちょっと関係がギクシャクするかもしれない。

アリア。負けないよ。キンジのお嫁さんになるのはこの私なんだから!

 

 

 

 

To Be Continued!!!

 




一巻の話がようやく終わりました…ここまでくるのに31万文字…長かった…


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第4章:銀氷の呪縛(プリンセス・クライシス)
第37話:武装巫女


2巻スタート


シャーロック・ホームズ。

約100年前に活躍した、イギリスの名探偵。拳銃の名手で格闘技(バリツ)の達人。武偵の素となった人物。

その子孫は……ももまんがだいすきで…拳銃を乱射して…刀をぶん回して……

--こんな、ホームズありえんだろ!

という事実を突きつけられた俺が、理想と現実のギャップに悲しくなってる中、アリアはなんと俺の部屋に戻ってきてしまった。なんでやねん!しかも、名目は俺のモード切り替えの鍵を探るというものらしい。やめてくれよ…

婚約者の銀華がいるんだから同居は勘弁してくれと抗議しても、「武偵殺し」の一件は理子を捕まえてないからまだ解決してない、銀華も一緒に住めばいいと言われてしまった。そういうの屁理屈っていうんだぞ。

とはいえ…理子はどうせ生きているというアリアの意見には同意するしかない。

聞きそびれたが、武偵殺しとして起こした兄さんのこと。イ・ウーとやらのこと、そして一番気になるのは理子の昔話。

この事件はまだ解決してない。

そんなことを考えながら…

 

「ももまんの方が絶対美味しいわ!」

「いや、ウナギまんだ。お前は何も分かっていない」

「はいはい。そんなどうでもいいことで喧嘩しないの」

「「どうでもいいことじゃない!!」」

 

ももまんとウナギまんはどっちがうまいかでアリアと口喧嘩していた夜。俺達に呆れた銀華が誰かと廊下で電話をしていたかと思ったら…

 

「き、き、キンジ。に、に、逃げるよ!」

 

顔を青ざめブルブル震えた銀華が廊下から戻ってきた。

 

「お、おい。どうした。何があった!?」

「ぶ、ぶ、『武装巫女』がく、来る!ていうか…もう来た…!」

 

どどどどどどどど…!!

何かが突進してるような足音がマンションの廊下に響き渡っている。

近づいている!

しゃらんッ!!

金属音と共に俺の部屋の玄関の扉が斬りあけられた。

そこに仁王立ちするのは…巫女装束に額金、たすき掛けという、以前銀華を討ち取りに来た時と同じ戦装束に身を固めた

 

「星伽さん!」

「白雪!」

 

だった。ここまですごい勢いで来たことがわかる白雪は肩で息をしているが、それでもぱっつん前髪の下の眉毛をギリギリギリッとつり上げている。

 

「本当にいた!!銀華さんの声が嘘をついてる時の声だったから来てみれば……!!キンちゃんどういうこと……?」

 

銀華は白雪に甘いから、嘘つくの下手なんだよな。時々Sランクとは思えないポンコツさを誇る銀華。いつもは可愛い部分だが今はそこが憎い。

 

「お、落ち着いて星伽さん」

「銀華さんは黙ってて!」

「は、はい」

 

銀華への特効薬といえば白雪というぐらいに銀華と白雪は仲がいい。お互いに家庭的なところがあるので波長が合うのか、決闘の後はずっと仲良くしていた。白雪にとっては同年代の初めての女子の友達かもしれない。それを銀華は俺から聞いて知っているので、白雪に優しくしてしまい言うことを聞いてしまうのだが、それが今は恨めしいぜ……

 

「キンちゃん…ねえ…どうして、銀華さん以外の女の子と一緒に暮らしてるの?」

「いや、それはそのだな……」

 

こうなったバーサーカー白雪には何を言っても通用しない。だがなにも言わないわけにはいかない。

 

「あ、ごめんね……キンちゃんは悪くないよ……」

 

あれ。なにも言う前に許してくれた。

と思ったのもつかの間、

 

「この泥棒猫!き、キンちゃんを誑かして銀華さんとの間を切り裂く大悪党。私はもう諦めて、考えないようにしてるのにうらやまけしからん行為をしといて!言い訳は聞きません!今ここで死になさい!」

 

アリアに矛先が向かっただけだった

 

「ちょっ、ちょっと、いきなりなんなのよあんた!意味わかんないわよ!」

「キンちゃんはわかるよね?……キンちゃんは騙されてるだけだもんね?」

「お、おう」

 

ちなみになんで白雪が怒ってるかなんてビタ一文もわからん。けどここで否定したら殺されるかもしれない雰囲気だったから頷いてしまった。そしてこの肯定が…

 

「やっぱり、キンちゃんは騙されてるだけ!言質をとりました!銀華さんは優しいから何も言えないんだったら、私が悪を滅します。悪!即!斬!」

 

さらに油を注ぐ結果となった。これはまずい!

 

「お、おい白雪ってうおっ!?」

 

がすっ!

セリフの途中でアリアが俺のことを思いっきり蹴り飛ばして来た。

俺は廊下の壁にぶつかり、転倒する。

 

「キンジ、なんとかしなさいよ!」

「知らねえよ!白雪の狙いはお前だ。お前の役割を果たせ」

「なんですって!パートナーなら助けなさい!銀華も黙ってないで!」

「だ、だから、あのね。星伽さん…?」

「キンちゃんと銀華さんは悪くない。悪いのはアリア!アリアが悪い!アリアなんか死んじゃえ!」

 

ダメだ。銀華の言うことを聞かないとなると完全に我を失ってる。もう手がつけられん。

銀華もベルセってないし、実力で抑えるのは無理そうだ。

 

「天誅うううううう!!」

 

そんな叫びを伴いながら、アリアの脳天めがけて刀を振り下ろした。

ま、マジかよ!

ほ、本気でやる気だぞこいつ!?

 

「みゃっ!?」

 

猫のような声をあげたアリアは

ばちいいいいいい!!

白雪の日本刀を両手で挟んでとめた。

(真剣白刃取りだとっ…!?)

あれを銀華以外に使えるやつがいたとはな。

流石強襲科のSランクだ。

 

「うおっ!?」

「キンジ、逃げるよ!」

 

いきなり手を引っ張られベランダに向かう。な、なるほど。流石銀華賢い!

二人が争う戦場のようなリビングを通り抜け、銀華と共にベランダにある防弾製の物置に入る。

 

「キンジ!」

「キンちゃーん」

 

二人の声が聞こえるけど無視だ無視。俺は命が惜しい。

ガシャン

物置の扉を閉めて、第一次俺の部屋大戦を見なかったことにする。部屋は犠牲になるけれど…まあそれはコラテラルダメージだ。

 

「キンジ、何かこれ秘密基地みたいだね」

 

違う意味での危険人物の侵入を許した…

物置は狭い。ベランダにおけるぐらいだからな。当然荷物も入っている。そんな中で、銀華と二人っきり……

 

(まずいまずいまずいまずいっ!)

 

鼻腔に銀華の菊っぽい香りが飛び込んで来る。この匂い反則だろ。クスクス笑ってる銀華にそんな気持ちがないのもさらにマズイ。リゾナならそういうことは抑えれるが、銀華がヒスらずリゾナにならなかったら、そういうことをやりかねん。

すーはー、すーはーと鼻呼吸を止め、口で呼吸している俺を見て心配したのか

 

「だ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ、すまん」

 

暗闇の中でも心配してくれる銀華の顔は可愛い。可愛さの化身かよお前は。

…………気を散らすために何か喋るか。

 

 

二人で狭い物置の中、おしゃべりをしばらくしていると、戦争のような音がようやく止んだので……二人でそーっと防弾物置から出た。

 

「「…っ!?」」

 

なんだこれ…

部屋の光景に気が遠くなる。

壁のいたるところに弾痕やら斬撃の跡ができており、お気に入りだったあれやこれやの家具は破片となり床に散らばっている。大切なものは寝室に置いてあるから良かったが、もしここに置いてあったら泣き崩れてたかもしれない。

で、その災害が起きたような光景を作った災害娘の二人だが、格好は乱れに乱れ、美少女が台無しになっていた。

 

「はあ…なんて、しつこい泥棒、ネコ、なの…」

 

東の美少女、白雪は日本刀を杖のようにしてなんとか立ち上がり、ぜーぜーと肩で息をしている。

 

「あ、あんた、こそ、はやく、くたばり、なさい……はぁ……はあ…」

 

西の美少女、アリアは床に尻をつき息絶え絶えと言った状態だ。

 

「で、どっちが勝ったの?見た感じ引き分けに見えるんだけど」

 

東と西のハーフの美少女(実際はクォーター)、銀華が第三者に入り和平調停をしようと、交渉を促す。

 

「キンちゃん様っ!北条様!」

 

俺たちが出て来たことにやっと気づいたらしい白雪は、立ち上がるのを止め、正座し直した。

そして、びたっ!と音が聞こえるが如く床と平行に頭を下げた。

 

「し、死んでお詫びしますっ!北条様とキンちゃん様の、恋路を邪魔する泥棒猫を、殺しきれずに大変、申し訳、ありませんっ!こ、こうなったなら、わ、わたしはここでアリアと討ちたがえますっ!」

 

なんだかよくわからないこと言い出した。

銀華のこと北条様って言い出してるし、なんだキンちゃん様って。接尾辞が二つ付いてるぞ。

 

「あのなあ…相打ちするって何言ってるんだ?」

「だって、だって。ハムスターはカゴの中にオスとメスを入れておくと勝手に増えちゃうんだよぉ!銀華さんとならいいけどアリアはだめぇー!」

「何言ってるか意味わからんし飛躍しすぎだバカ」

「あ、アリアはキンちゃんのこと絶対遊びだよ!」

「ぐえ、ぐえ…!襟首を掴んで揺らすな!というか銀華助けて…」

「……キンジとの子供……//」

 

く、くっそ。こいつ脳内トリップしてやがる。

 

「わたしが悪いの…二人のことをちゃんと見張ってなかったから…二人の間に悪の化身が…」

「誰が悪の化身よ」

 

横から憎まれ口を叩いたアリアに対して…

 

「キンちゃんとちょっといい関係になったからっていい気になるな、この毒婦!」

「毒婦ですって!?」

「そこは否定できないと思うぞ」

「風穴祭りにするわよ」

 

物騒なお祭りだな。

 

「キンジはあたしのドレイ!ドレイにすぎないわ」

「どっ、ドッ、ドレイ…!?」

 

それを聞いた白雪は顔面蒼白にした後、何を想像したのかアリアのような急速赤面術で顔を真っ赤にした。こいつも忙しいやつだな。

 

 

「そ、そんなイケない遊びをキンちゃんにさせてるの!?」

「な、な、なななな、何バカなこと言ってんの!違うわよ!ていうか銀華助けなさいよ!あんたの役割でしょこういうの!」

「キンジのドレイ…いいかも…」

 

あ、こいつもうダメだ。

 

「違わない!キンちゃん、銀華さんとならいくらでもしていいけどアリアとはダメ!」

「ちがう!ちがうちがうちがう!ちがーう!キンジ、ナントカしなさい!」

 

仕方ないなもう。

 

「…えっと白雪…」

「はいっ」

 

俺に呼ばれた白雪は俺の方を向いて正座し直した。

 

「よく聞け。アリアとは武偵同士一時的にパーティーを組んでるにすぎないんだ」

「……そうなの?でも銀華さん、キンちゃんが女の子と組むの嫌がってたはずだけど」

「これについては銀華の了承を得ているし、銀華もまだ事件がないからわからんが、パーティー入りするはずだぞ」

「そうなんだ」

「そうだぞ。白雪、俺のあだ名知ってるだろ?」

「……女嫌い」

「だろ?」

「あと、銀華依存症」

「それ、初めてきいたんだがっ!?」

 

誰だよ、そんなあだ名作ったやつ。

 

「それでアリアはキンちゃんとそういうことはしてないのね?」

 

と安心したのか、少しだけ落ち着いた声で問いただしてくる。

 

「そういうことってなんだよ」

「口説かれたり、き、キスとか…」

 

口説き。

ですか。

口説きですか。

 

「……」

「……」

 

正直に言うと俺はヒステリアモードでアリアを口説いた。この件はすでに銀華に言ってあるんだが、仕方がなかったんだ。だってあの興奮したアリアを落ち着かせるには、一種の催眠術をかける『呼蕩』ぐらいしか思いつかなかったし、それじゃなかったらアリアの恋愛耐性の低さを利用したキスぐらいしか思いつかん。

銀華だって口を膨らまして不機嫌ですアピールをしながらも、「むうー仕方ないね」と言って許してくれたし、あれを弾劾されると困

 

「……し……た……の……ね……」

 

白雪の瞳孔がすーっと、開いていく。

その顔はみるみるうちに表情を失い、のどの奥からはうふふふ、ふふ、ふふふふという

笑い声が聞こえてきた。

お、おい白雪。

今のお前R指定に引っかかるぞ!

 

「ま、まてっ!白雪!キスはしてない!」

「じゃあ…アリアは…口説かれたのね…」

「そ、そういうことはされたけど!」

 

なぜかアリアが立ち上がった。

そして、ぐい。

ありもしない胸を思いっきり張る。

 

「で、でも、だ、大丈夫だったのよ!」

 

大丈夫?

 

「昨日ちゃんと検査したんだけど!こ、こ」

 

こ?

 

()()()()()()()()()()()()()!!」

 

なんだよ……子供って……

アリアは仁王立ちしながらどうよって顔をしている。

ひゅう

白雪の体から、何かが抜けていった。

 

「白雪!?」

 

どさっ。

白雪は座った体勢のまま、後ろに倒れてしまう。

 

「お、おい。アリア!お前なんで子供なんだよ!」

「だ、だってあんた手を繋ぎながら口説いてきたじゃない!手を繋いだら子供ができるってお父様が…小さい時に--」

 

この--

ホームズ家!

娘の性教育ぐらいしっかりしてくれよ!

 

「あんなことで子供ができるわけねえだろ!」

「何よ!じゃあどうすればできるのよ!教えなさいよ!」

「バカッ!教えられるわけないだろ!」

「ははぁん…知らないのね」

「知ってる!」

「じゃあ、教えなさいよ」

「教えられるか!」

 

と顔が真っ赤同士の俺たちが互いに詰め寄り、睨み合ってる間に白雪は煙のように消えていた。この時俺も逃げるべきだったのかもしれない。俺は弁明に必死で、この場にいるもう一人のことを完全に忘れていた。

 

「ねえ……キンジ」

 

呼びかけられただけなのに全身が身震いした。興奮した俺とアリアの真っ赤の顔は一気に血の気が引いていき、真っ青になる。

 

「お話聞いてもいいかな」

 

両目を紅色に染めた魔王がそこには降臨していた。一歩ずつ進むのに秋水を使ってるのか、床が凹む。ガラスが風も吹いていないのにビリビリと震え、辺り一面物音一つしなくなった。これ耐性ない人が気絶してるからじゃないの?

 

「子供ができなかったってどういうこと?」

「い、いや。そういう行為をしたわけじゃない!?そうだよな!?な、なんとか言えアリア!」

「こ、子供ができなかったのはじ、事実よ」

 

そうじゃねえだろおおおおおおおおおお!

 

「黙れ()()。私はキンジに聞いているの」

「っ………」

 

Sランクの虎の子アリアでもベルセ銀華はどうしようもないみたいだ。アリアですら恐怖でぶるぶる震えているし、どうすればいいんだこれ……と、とりあえず事実を言うしかない!

 

「い、いや、呼蕩の時、効果を上げるために手を握っただけだから!ち、誓ってそ、そんなことやってません」

「じゃあ、神崎。今日は帰れ」

「…な、なんでよ!」

「もう一度忠告する。今日は帰れ。3度目はない」

「…わかったわよ……明日また来る」

 

唯我独尊なアリアもこの銀華には逆らえないのかさっさと逃げるようにして俺の部屋から出ていった。

もしかして、この銀華を一人で相手しなくちゃいけないのか…?

 

「あの銀華、そのだな…俺とアリアはそういうことはし…………っ!?」

 

俺の口が何かに塞がれる。

すうっと交換される銀華の息は菊のような爽やかな匂いで。

……ああ。

わかる。

俺は銀華にキスされたんだ。

そして--

ドクン、ドクン…という。

俺の高鳴る鼓動も。

いつもより情熱的で積極的な銀華に興奮し、中心・中央を熱くたぎらせていく。

 

「まったく…そんなに俺が欲しかったのかい?」

 

男版ベルセは女を奪うヒステリアモード。

じゃあ女版ベルセはどうなのか。

当然男を奪うヒステリアモード。

 

「そうだけど……なるほど、ベルセからはノルマーレには移行しないんだね…」

 

男、俺を奪ったことで満足したのか銀華は通常モードに戻っている。

 

「まったく悪い子だね。銀華は」

「キンジが悪いんだよ。浮気したんだから」

 

むうーと言った風に不機嫌そうな銀華。

ヒステリアモードじゃない銀華も男を興奮させる術を天然でやるからずるいね。

 

「俺の世界には銀華しかいない。銀華以外いらない。いつもそう言ってるだろ?浮気なんてするわけないさ」

「じゃあ、私だけを見て?」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

そのあとリゾナになり、浮気してないことを証明するために長い時間愛し合うのだが、それはまた別のお話。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「ふああ」

 

一つ背伸びをして、自分の携帯を見て時間を確認すると朝の結構いい時間。そろそろ起きないと。

 

「あれ?」

 

もう4月末なのに妙に肌寒い。なんでだろう?って……

 

(下着姿だからじゃない!)

 

そうだった。私がベルセになってキンジを求めたんだった…

子作りまではしてないけど…うん。それに近い行為までして…お、思い出すだけでも恥ずかしい…

最近ライバルが多くなってきて、頑張って色々苦手なそっち方面の勉強とかしてるんだけど、キンジは喜んでくれてるのかなぁ。

HSSになるってことは興奮はしてるってことだけど….うーん。

 

どうすればキンジにもっと気に入ってもらえるのかわからない。男心はよくわからないよ…




銀華さん、ライバルが出てきて焦り中
次回辺りは久しぶりに銀華視点だけで砂糖少なめで書きたいですね(砂糖過多で気持ち悪くなってきた)


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if リサ編

単発読み切り回、もしもキンジが原作の世界で原作ヒロインと結ばれたならというお話。なので銀華はこの世界に存在しないのでご注意を…

第一弾はリサ

注意:ロマンチストキンジ


夕暮れ時の商店街。

学校帰りの学生や夕食の準備をするための主婦が行き交うこの時間の商店街に現れる、とある有名人がいた。

 

「へい、いらっしゃい!リサちゃん!今日も美人だね」

「うふ。ありがとうございます。今日は…ジャガイモとニンジンを頂けないでしょうか?」

 

八百屋の親父の褒め言葉に対して、にっこりと笑いかける女性。

 

彼女の名はリサ・アヴェ・デュ・アンク。

長い金髪を携え、モデルのようなスラっとした体型であるにも関わらず、女性として出るところは出ている。この地域では知らぬ者のいない有名人である。

金髪の美人だけではここ日本では珍しいとはいえ、ここまで有名人になることはなかっただろう。

 

彼女がここまで有名になった理由。

それは彼女がきている服装にある。

彼女がいつも着ているのは、白とえんじ色を基調とし膝まであるワンピース、フリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに、同じく白いフリルの付いたカチューシャを組み合わせた服。

そう、彼女が着用している服はメイド服なのだ。

日本には女中、家政婦という文化はあるがメイドという文化はあまり普及していない。

()()()()()()では、メイド服を着ている女性を見ることができるが、コスプレ感が拭えず、似合ってない、メイド服に着られているといった感想を持つことが多い。

 

だが、彼女は違う。

彼女は海外出身なのもありコスプレ感は一切なく、まるでメイド服が身体の一部かのように着こなしている。

それもそのはず。アヴェ・デュ・アンク家は代々、武人に仕える家系。リサの母親も祖母もメイドだった。彼女も以前メイド学校に通っており、ある場所でもメイドをしていた。そして、そこにいた時に今の主人に拾われた。

 

「はい、これいつも通りね。オマケつけといたから」

「リサちゃん。厳しいねえ…これ以上はまけられないよ」

「まいど、また来てね」

 

夜ご飯のための買い物を終えたリサは上機嫌で帰宅の途につく。

今日は忙しいリサの主人が帰ってくる日。主人がいない時の家を守るのはメイドの務めといえども一人は少し寂しい。なので、その好きな人、主人が帰ってくるとなると機嫌が良くなるラインまで、幸福度数が跳ね上がってもおかしくないだろう。

 

スキップのような軽い足取りで、自分と自分の主人が一緒に暮らす家に帰り、これまたヒラヒラのフリルがついたエプロンを着け料理を始める。

リサはメイド学校に通っていたのもあり、料理が得意だ。いや、得意どころではなくプロ級だ。炊事だけではない。洗濯、掃除にも精通しており、いわゆる完璧なメイドとしてリサはこの家の全てを任されている。

そして、主人に家を任されることはリサにとっては至高の喜びであり、さらにメイド業に精を出すことになるのだが主人はそのことを知らない。

主人が連絡した帰宅予定時刻に合わせ料理を始め、リサの丹精を込めた料理が出来上がって来た頃…

 

ピンポーン

 

家のチャイムが鳴り、ガチャっと鍵が開く音がする。リサの主人が帰って来たのだ。

リサは料理をする手を止め、濡れた手をタオルで拭き、玄関に小走りで向かう。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ああ、ただいま。リサ」

 

リサの迎えの挨拶に応えたのはリサの主人、遠山キンジであった。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「お、おい。リサ。何で泣いてるんだ?」

「え、あ…!も、申し訳ありません」

 

ご主人様に会えたのが嬉しくて、思わず涙を流してしまったみたいです。メイドとして、こんなことで取り乱してはいけません。涙を拭い、ご主人様にお見せできる最も綺麗な顔で向かい合います。

 

「謝る必要は別にないんだが…」

 

そういう風に頭をぽりぽり掻くご主人様のお鞄を受け取ります。これもメイドの務めです。

 

「腹が減ったんだが、飯できてるか?」

「はい。すぐにご用意できます。ですが先にお風呂に入られた方がよろしいかと。見たところ、お疲れのようですし」

「いや、飯を先にしてくれ。任務中まずい飯しか食えなくて、リサの飯が恋しかったんだよ」

「そ、そんな。お褒めの言葉を……!」

「別に事実を言ってるだけなんだが…」

 

ご主人様は天然でジゴロなので急に褒めてきたりして油断できません。それがリサにだけならいいのですが…他の女性にもしてしまうので、他の方にご主人様が取られないかいつも心配してしまいます。

 

 

リサにはご主人様の好きな顔があります。それはリサの料理を美味しそうに食べてくれる顔です。それだけでリサは満足なのですが、美味しいと言ってもらえると天にも昇る心地になります。ますますご主人様が好きになってしまいそうです。

今日も美味しい美味しいとご主人様は食べてくださいました。リサはそれだけで生きる意味を感じます。

さて、楽しいお食事も終わり食器の後片付けをしていると…

 

「風呂入ってくる」

「はい。お着替えのご用意をしておきますね」

 

ご入浴されるようですね。

パジャマの準備をしないといけません。

本当は一緒に入りたいのですけど……約6年前、理子様に教えられてお背中を流そうとしたことがあったのですが、拒否されてしまったのでそこからは一緒に入ろうとしたことはありません。ご主人様の嫌うことはできませんから。

 

ご主人様が出た後、リサも入ります。

先にご主人様が入ったと思うとちょっと興奮しちゃう……げふん、げふん。なんでもありません。ごめんなさいご主人様。リサはちょっとHな子です。

お風呂は日本に来たばかりの時は慣れませんでしたけど、約6年間も日本で暮らしていれば慣れましたね。今ではリサは湯船に浸からないと満足できない身体にされてしまいました。ご主人様がバスタブにお湯を溜めていらっしゃった理由も今ならわかります。日本の文化は大変素晴らしいです。

お風呂から出て着替えるのはパジャマではなく、ネグリジェ。ご主人様が好きなキャットガターも付けます。香水を抑え気味に振りかければ、はい。完成です。

これでご主人様がそういうお気持ちになってくださればいいのですが…お情けをそろそろリサは頂戴したいです。

 

脱衣所から出ると、ご主人様はテレビで洋画を見ていらっしゃいました。

だけど、ちょっとなぜか緊張していらっしゃるようですね。なぜでしょう。

 

「ご主人様?」

「あ、ああリサ。ちょっと座ってくれ」

「…?はい、ご命令とあらば」

 

ソファーでご主人様の横に座りますけど心臓の鼓動がリサにまで聞こえるぐらい緊張していらっしゃいますね。この格好が効いたのでしょうか?いや、でもそれならHSSになられるはずなので……うーん、わかりません。

 

「リサ…」

「はい、なんでしょう」

 

重要なことを喋り出しそうな雰囲気だったのに、テレビを消してリサに向かって話すことは「獅堂さんが競馬でまた負けた」とか「灘さんの実家の和菓子屋が全国展開始めた」とかお仕事仲間のお話ばっかりです。これが大事じゃないこととは言いませんが、ご主人様がこれを話すのに緊張するとは思えません。うーん……気になります。

 

「獅堂さんがそういや0課の一式になったぞ。初めて会った6年前は三式だったのにえらい出世だよな」

「まあ!獅堂様が。これは今度お祝いの席を用意しないといけませんわね」

「まああの人はカレーでも食わしとけばいいだろ…………リサ」

「はい、なんでしょう?」

 

いきなり真剣な顔で呼びかけられました。何か、おいたでもしたことを話すのでしょうか?

 

「お前とも会ってから6年か」

「はい……そうですね」

「あの時のこと覚えてるか?」

「当然です。リサはあの時をずっと待っていたのですから」

 

ご主人様と初めて会ったのは6年前。最初は敵同士、それも会った場所が下水道というロマンスのかけらもありません。でもご主人様はリサを助けてくださいました。リサに優しくしてくださいました。リサのご主人様になってくださいました。リサのあの姿を見てもご主人様のままでいてくださいました。

 

「あの時からずっとリサは俺に仕えてくれている。月並みの言葉しか言えないが本当にありがとう」

「いえ、当然のことをしているまでです。何て言ったってリサのご主人様なんですから」

 

そう言うとご主人様は顔をさらに曇らせました。

何か気に障ることでも言ったでしょうか?

 

「ご主人様?」

「…なあ、リサ」

「はい…?」

「俺はお前に本当に感謝している。家を空けて仕事に出れること、今俺が生きていること、Nに勝ててみんなハッピーエンドで終われたこと、全部お前のおかげだ」

「い、いえ。かいかぶりです!それはご主人様の力で…」

「俺本来の力を出せるのはお前が支えてくれてるおかげだ」

「……ありがとうございます」

「だからこそ、俺は言わなくちゃいけない。リサに甘えてばっかりじゃいけない……リサにとってきついことだろうけど聞いてくれ」

「……はい」

「6年前の約束を覚えてるか?」

「それは、どれでしょう?」

「ブータンジェでお前とした…」

「ご主人様がご主人様になってくれる約束でしょうか?」

 

忘れるわけがない。だってずっと探していたリサの勇者様が見つかったのだから…

 

「そう、それだ。その約束をだな……」

「…はい…?」

「俺は破る」

 

ということはつまり……

 

「…それは……どういうこと……でしょう」

 

頭ではわかっているけど理解ができません。理解を拒んでいます。だって、つまり、それは…

 

「お前のご主人様を辞めようと思う」

 

「り、リサのどこがダメだったのでしょうか!すぐに直します。ご主人様好みになります。髪型だって体型だって服装だってご主人様の好きな通りにします。好きな時に好きなことをしてくださって構いません!だから…どうか……どうか……リサを捨てないで…」

「お、落ち着け!リサ!や、やっぱりこうなるよな。いいから最後まで聞いてくれ。その後に全部聞いてやるから」

「ぐ、ぐすん。ご主人様がそうおっしゃるなら…」

 

これ以上嫌われたくない…ここで無理に問い詰めたらさらに嫌われてしまいます……何がダメだったのでしょう…リサはご主人様に捨てられてしまうのでしょうか……?

 

「お、俺が言うのもなんだが…お前は俺のこと好きだろ?」

「は、はい!世界全員がご主人様の敵になろうともリサはご主人様と心中するつもりです」

「心中って……まあいい。そう、それだよ」

「??」

 

どれでしょう?

 

「お前は俺のことを一番愛してくれているのに、お前は二番目でいいのか?ってことだ」

「どういうことでしょうか?」

「お前、前に言ってただろ。アヴェ・デュ・アンク家の女は愛のおこぼれで子孫を繋いできたって。それでいいのかってことだ」

 

ドキンッ!

 

「自分で言うのもなんだが、お前の中では世界で一番大切な人は俺だ。俺もそれに応えたい。でも今のままじゃ応えることができない。なぜなら、お前は一番を望んでいないからだ」

「……っ!」

「お前はメイドという立場上二番目でも…いやそれ以下でもいいと思っている。それで本当にいいのかリサ?主人と従者の関係のままでいいのか?お前の気持ちは本当にそうなのか?」

 

リサは便利な女になるように小さい頃鍛えられました。そうすれば勇者様から愛のおこぼれを頂けるって。リサの一族はそうやって子孫を残してきたって…でも、でも…

 

「…….……や…….……す」

「ん?」

「いやです!」

 

リサはご主人様の一番になりたい。

ご主人様と常に寄り添う存在になりたい。

 

「愛のおこぼれじゃ嫌です!ご主人様に愛して欲しい!リサの勇者様に一番愛して欲しい!ご主人様を独占したい!二番じゃダメなんです!わがままってわかってますけど、一番愛して欲しいです!」

 

ご主人様が誰かと仲良くしているのを見たくない。ご主人様が誰かと結婚するのも見たくない。ご主人様にリサより近い女がいるのも我慢できない。

 

「それがリサの本当の気持ちだろ?」

「はい…」

「じゃあ、一番にしてあげるよリサ」

 

リサの左手を取るご主人様。そして薬指にスーっと何かがハマる。

 

「こ、これは?」

「一生、俺の一番はリサだ。もしリサの一番が一生俺でいてくれるなら……結婚しよう」

 

それは一番望んでたことで。

叶わないと思っていた願いで。

 

「ぐずっ…ぐすっ…リサはこんな幸せでいいんでしょうか?」

「ああ、これからもっと幸せにしてみせる」

「……プロポーズお受けいたしました」

「リサっ!」

 

リサは抱きしめられました。リサを抱きしめる力は少し強いですけど、そのぶん幸せを感じることができて……その時間は永遠に感じて……

 

「リサは……世界で一番幸せです…」

「そうか……本当に良かった……」

「これからまた、よろしくお願いします…リサの」

 

リサの勇者様はリサを助けてくれて。

リサのご主人様はリサの気持ちに気づかせてくれて。

そして最後にはその方はリサの……

 

()()()

 




自分の好きなキャラとキンジをイチャイチャさせることができるのは作者の醍醐味ですね。気が向いたら別キャラも書きます。



「旦那様」
「どうしたリサ」
「旦那様はずるいですね」
「…どういうことだ?」
「指輪をはめられた後に、プロポーズをされたらお断りすることなんてできませんよ。まるで脅迫みたいです」
「た、確かにそうだ。すまん!」
「…でもリサは嬉しいです。旦那様は私が受け取ってくれると信用してくれていたのですから」
「リサ……」
「旦那様に信じていただけて、リサはとっても幸せです」


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第38話:調教

注意:脳内お花畑銀華


その後、星伽さんとアリアがどうなったかというと、ハッキリと明暗が分かれた。

独奏曲(アリア)のアリアは正しい性知識を図書館で自学自習したらしく、自らの保健体育の知識が間違っていたということを認めた。

その後、キンジを見るとアリアは顔を赤くして逃走するようになった。うん、うん。アリアの気持ちはものすごくわかるよ。

最初、父さんに手を繋いだら子供ができると教えられていたのに、医学の勉強をした時、そのそういうことをしないとできないと知って、しばらく男の人の顔見れなかったし。まったく嘘は良くないよ…

一方、星伽さんはあからさまにキンジとアリア、そして私までを避けるようになった。星伽さんとは仲良くしてたつもりだったんだけどなあ…

そんなある日の昼休み。

 

「北条さん、遠山君。ここ、いいかな?」

 

ガヤガヤとした食堂で、アリアとキンジと一緒に昼食を食べていると不知火君が喋りかけてきた。やっぱり女子に絶大な人気を誇るだけあって、不知火君かっこいいね。もし私にキンジがいなくて、その腹黒さがなかったら好きになってたかもしれないよ。私も一応普通の女の子だもん。

 

「聞いたぜ。キンジ、ちょっと事情聴取だ。逃げたら轢いてやる」

 

不知火君の反対側、アリアと不知火君の間に武藤君が近くのテーブルから、椅子を持ってきて座る。武藤君は……うん。悪い人じゃないんだけど……ガサツさを無くせばいい人見つかると思うんだけどね…

 

「どうした。いきなり事情聴取って」

「キンジ、星伽さんとケンカしたんだって?」

「北条さんも…だよね?」

 

流石武偵高。噂が広まるのが異常な早さだよ。というか、なんで武藤君がむっつりしてるんだろう?

 

「星伽さん元気なかったみたいだぞ?どうせお前が何かしたんだろう」

「何もしてないが……ていうか。お前、白雪を見かけたのか?」

「今朝、不知火が占札を使った占いをしてるのを見たっていうからよ」

「なんだよ占札って」

「ポピュラーじゃないか」

 

不知火君が整った眉毛を和ませながら言う。

 

「知らねーよ。銀華知ってるか?」

「うん。星伽さんだったら巫女占札(みこせんふだ)かな。恋占いとか、金運占いとか、近い将来を見る占いとかあるんだけどね。ほら、テレビとかでみる占い師とかが使ってるカードみたいなやつだよ」

 

星伽巫女の巫女占札は私たち魔女にとっては不知火君じゃないけど、ポピュラーだから当然知ってる。パトラの星占いよりちょっと精度は良かったかな?

 

「へぇー、そんなのあるのね。知らなかったわ」

「銀華。お前そういうオカルト系統にも詳しいんだな」

「ま、まあ、そうだね。推理に使うときもあるし」

 

よく考えたら今の私は魔女じゃなくて北条銀華だよ…

あの姿はキンジには知られたくない。だってあっちの私はキンジが愛してくれる私じゃないから。

 

「僕にみられているのに気付いたのと一限の予鈴が鳴ったから、占い自体は中断してたけど。なんか元気なかったよ?……それで、二人と何かあったの?いつものラブラブの愛し合う様子見せてもそんな風にはならないよね?」

 

そこまで学校ではイチャイチャしてないと思うんですけど…

それに愛とか言うから、アリアがももまんを詰まらせちゃったじゃない。

 

「あのなぁ…別に学校ではそんなことしてないだろ」

 

馬鹿!何言ってるの…!?

 

「ははーん。遠山君、僕たちの前でも散々あんな甘々のことやっといて、家ではもっとイチャイチャしてるんだ。君もそんな顔しながら、意外とやることはやってるわけだ」

「キンジ、一回殴ってもいいか…?」

 

墓穴を掘って…まったく!

 

「も、もしかしてアンタたち!そ、そういうことやってるんじゃないでしょうね!?」

「そういうことってなんだよ?」

「い、言えるわけないでしょ!あたしがこの前調べたことなんて!」

 

アリアが最近調べたこと…っていうことは…

 

「な……や、やってない!絶対やってない!」

「う、うん!うん!まだ、やってない!やってないよ!」

 

白昼堂々なんてこと言い出すのアリアっ!

ま、まだそんなことはしてないよ!それに近いことはしたけど!

 

()()ヤってないみたいだな。けど、北条さんの反応を見るとそれに近い行為はしたと」

「なっ…!?」

 

私の考えを見透かすようなことを武藤君がいう。

なぜアリアの調べたことが子作りのことってわかったの!?武藤君、もしかして名探偵?

 

「あはは…北条さん、本当にわかりやすいね。いつもはポーカーフェイス保ててるのに遠山君のことになるとすぐ顔に出る。慌てると自爆するところも遠山君とそっくりだ。恋する乙女は辛いね」

「し、不知火君!風穴!」

「あたしの真似するんじゃないわよ!」

 

バンっ!

ドシン!

私が真似をしたことによって、興奮して掴みかかってくるアリアを秋水を使って取り敢えず座らせる。

 

「話を戻すけど…僕の推理では星伽さんと仲良くしてた遠山君と北条さんのカップルとの仲を神崎さんが横から奪い去って、嫉妬した星伽さんと決闘した…ってセン。だって最近の神崎さん、強襲科でも楽しそうに二人との話するもんね」

 

バタン!

神崎・H・アリア嬢が秋水の一瞬のスタンから復活し、椅子から立ち上がると

 

「こ、このっ--ヘンタイ!」

「ぐはっ!?」

 

どういうわけかキンジの顔にパンチを入れた。なんでやねん。

 

「ハッキリ言っておくけど、あたしは白雪から二人を奪い取ってないわ!そ、そのキンジはパートナーで、そのパートナーの銀華が付いてきただけよ!」

「へぇ、そうなんだ。だけど北条さん、遠山君のパートナー取られてもいいの?」

 

言外に入学直後のようなことを起こさないか聞いているのだろう。まったく心外だなあ。

 

「プライベートのキンジは私のパートナーだけど、仕事のパートナーは私じゃなくてもいいからね」

「神崎さんと遠山君がビジネス的なパートナーになっても問題ないと?」

「うん。まあ、もし、もしもだけど、神崎がプライベートまで入ってきたら。ね?みんなわかってるよね?」

 

私が少し脅すとみんな身震いした。キンジとアリアはわかるけど不知火君と武藤君はそこまで怯えなくてもいいのに。

 

「あと不知火君。一つ聞きたいんだけど、いい?」

「何かな?」

「今朝の予鈴の時、白雪さんのこと見たって言ってたけど、それ本当に白雪さんだった?私とキンジはその時間、一般区の廊下で出くわしてそのまま女子トイレに逃げ込まれたんだけど」

「うーん。占札を使ってたし、星伽さんで間違えないと思うんだけど」

 

確かに。占いをしていたしてたなら超能力捜査研究科(SSR)の人。イ・ウーでは掃いて捨てるほどいる超能力者(ステルス)の人間は一般世界では少ないらしく、当然母数が少ない超能力捜査研究科の人数は少ない。その少ない人数の中で星伽さんと誰かを見間違えることは不知火君だったら多分ない。

となると、私たちの白雪さんが違う人物だということ。私を騙せる変装をできる人なんて、この学校には今いない。ということは外部の人ってことで、そんな類稀な変装スキルを持ってる人は限られてるわけで…

 

I see.(ああ、なるほど)

 

あいつが来てるってことか。

これは色々注意しないと……武偵の北条銀華としても、イ・ウーのクレハ・ホームズ・イステルとしてもね。

 

「……そういえば不知火。お前、アドシアードどうする?代表とかに選ばれてるんじゃないか?」

 

キンジはどうやら、話題を変えることにしたらしい。

アドシアードは年に一度開催される武偵高の国際競技会で、オリンピックみたいなもの。

平和の祭典のオリンピックと硝煙臭いアドシアードを並べるのはどうかと思うけど。

 

「競技には出ないよ。補欠だからね」

「じゃあ何か手伝いやらなきゃいけないらしいし、イベントのヘルプか。何にするんだ?」

「それがまだ決めてないんだよ。どうしようか」

 

アンニュイなため息をつく不知火君。

 

「アリアはどうするんだ?アドシアード」

「あたしも競技には出ないわよ。拳銃射撃競技(ガンシューティング)の代表に選ばれたけど辞退したわ。銀華も徒手格闘競技(マーシャルアーツ)の代表に選ばれてたけど出ないそうね」

「うん。私も出ないよ」

「二人とも、代表を辞退するなんてもったいない。ポピュラーな話だけど、アドシアードのメダルを持ってると進路が良くなるんだ。武偵大にも推薦で行けるし、武偵局にはキャリア入局できるし、武偵関係の仕事も一流どころが選り取り見取りらしいよ?」

「そんな将来のことはどうでもいいわ。あたしには、今やらなきゃいけないことがある。競技なんかやってる場合じゃないわ」

 

なるほど。アリアは母親の神崎かなえさんを助けるためにアドシアードを辞退したんだね。でも、それはアドシアードを辞退したぐらいでどうにかなるものではない。

アリアがやろうとしてること。自身はまだ知らないけど、それは国を相手にしてるってことなんだから。

 

「私はそんな大した理由じゃなくて、キンジに出ないでって言われたからだけどね」

「「「え?」」」

「おい、馬鹿。言うなって」

「事実なんだから、言ってもいいじゃない」

 

私の言ってることは本当のことで、武偵を辞めて一般人になることを私たちは目標としているので、キンジに、もし代表に選ばれたとしても出ないよう頼まれたのだ。

 

「キンジ、お前なあ…」

「まったく…この二人、あたしの手に負えないわ…」

「ははは…遠山君って意外と独占欲強いんだね?」

 

なぜか3人に呆れられた。なんでだろう?

キンジもそう思ったようで…

 

「は?どういうことだよ」

「どうせ北条さんを大勢の観客に見せたくないからだろ」

「北条さんの将来を潰しちゃダメだよ遠山君」

「別に、私はキャリア入局する気はないよ。キンジのお嫁さんになって、専業主婦になるのが私の夢だから」

「「「…………」」」

 

3人が私の言葉を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「ああっもう!勝手にしなさい!」

「キンジ一回殴らせろ」

「遠山君。一回君のこと撃ってもいいかな…?」

「な、なんでそうなるんだ!?」

 

うーん。なんで怒ってるのか推理できない。

怒るならせめて私にじゃないのかな?

 

「それでアリアは何やるの?」

「ええっと、あたしは閉会式のチアね」

「いてて…チアって…アル=カタのことか」

 

アル=カタとはイタリア語の武器(アルマ)と日本語の型を合わせた武偵用語で、ナイフと拳銃による演舞をチア風のダンスと合わせてパレード化したもの。私たち女子がチアって言うのに、キンジは納得できないらしい。

 

「へえ…チアねぇ…」

「キンジも銀華もやりなさいよ、パートナーでしょ」

 

どっちかと言うとパートナーというよりチームだけどね。ちなみにチアで踊るのは女子だけで、キンジが参加するにしてもバックでバンドを演奏するだけな地味な役。まあクロメーテルさんなら問題ないけど。

 

「俺はいいが…」

 

そう言ってチラッと私を見るキンジ。

もしかして出て欲しいってことかな?

裾が短いチアのスカートは少し恥ずかしい…

でも

 

「うん、わかった!私も出るよ」

 

キンジのためなら頑張るよ!アリアなんかに負けないんだから!

 

「お、おい!なんでそうなる!って……ウオ!」

「キンジばっかりいい思いしてんじゃねえよ」

「北条さんのファンへのガス抜きも必要だよ、遠山君。あ、僕も武藤君も遠山君と一緒に参加するから心配しないでいいよ」

「何やってるのよあんた達…」

「アハハハ…」

 

暴れるキンジを取り押さえる二人を見ながら首を振るアリアの前で、私は笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

そんな日の翌日の朝7時。

 

「ふああ」

「眠いの?」

「こんな時間だしな。あと朝ごはんサンキューな」

「別にお礼はいいよ。私がやりたかっただけだから」

 

私はキンジとレインボーブリッジに向かって立てかけてある巨大な看板裏の空き地にいた。ここは体育館と看板に挟まれていて人通りが少ない場所。

私達がどうしてこんなところにいるかというとアリアに「あんた達、朝練するわよ」と言われ、強制的に連行されたわけである。アリアも変わったけど、こういう強引なところはあんまり変わってないね…

そこにアリアはまだ来てないわけで…朝早かったのもあり、壁にもたれ掛けてうつらうつらしてると…

 

「あんた、意外に朝弱いのね」

 

今来たのだろう。チアリーダー姿のアリアに話しかけられる。

ちなみに私は制服。制服でも十分動きやすいからね。

 

「弱くはないけど少し眠かったから目を瞑ってただけ」

「あんた…弱点ないわよね…」

「まあアリアとは付き合いが短いんだし、そういうところがまだ見つかってないだけだよ」

「あんたの大好きなキンジは弱点ばっかりだけど」

「アリアはわかってないなあ。弱点ばっかりに見えるけど、それなのに時々見せるかっこいい時があるのがいいんじゃん」

「……一つ聞くけど、あんたはどこまで知ってるのよ」

「どこまでって?」

「…もういいわ。これからあたしの()()を聞かせてあげるから。キンジ、こっちに来なさーい」

 

少し離れたところで携帯を弄っていたキンジを呼ぶ。起こさないように気を使ってくれたっぽい。

 

「なんだよ、その格好」

「見てわかんないの?チアよ」

「んなもん見たら分かるわ。今のは、なんでその格好なんだっていう質問だ」

「それならそう言いなさいよ。これはあんたを調教する間にチアの練習をする準備なの」

「調教!?」

 

驚いて大きな声をあげてしまう。

調教とはサーカスの猛獣や競走馬に対して芸を仕込んだり、鞭を打つことで早く走るようにすることである。

これを人間に使うときは…

 

「そう。同時にやれば時間を無駄にしなくて済むでしょ」

 

SMプレイとかなんとかいうやつで、理子に教えてもらったところによると、そういう、え、Hなことをするときも使うらしいんだよね…理子にそんなキーくんに依存してると雌犬とか雌奴隷とかにされそうとか言ってたけど。

 

「って…聞いてるの銀華!」

 

うん…キンジのならどっちでもいいかもしれない…ってアリアがキンジを調教するってことは雄犬?雄奴隷?にするってこと?そ、そんなのは嫌だよ!

 

「わ、私を調教して!」

「「…は?」」

 

二人に呆れた顔をされたが、キンジは私が軽くHSSになり始めたのに気づいたようで…

 

「アリアちょっと待ってろ。銀華ちょっと来い」

「う、うん」

「まったく…この二人は…話がなかなか進まないわ」

 

キンジが私と肩を組んで、アリアの元から連れて出す。も、もしかしてこんなところで…

 

「ち、調教してくれるの…?」

 

家じゃなくて屋外。それもクラスメイトの前ではできない調教とかあるのだろうか?人通りが少ないとはいえ0ではない。た、たくさんの人に見られるのは、恥ずかしい…でももしかして調教の一環だったり…

 

「って…アイタ」

「頭おかしくなった銀華にお仕置き」

 

脳天チョップをされた。私にチョップをしたキンジは呆れたような顔をしてる。

 

「ったく…こんなところでヒスるんじゃねえよ…」

「ご、ごめん」

「とりあえず落ち着いて血流を戻せ。お前のヒステリアモードはお前の最大の弱点なんだから」

「うん」

 

何度か深呼吸して雑念を取り除き、血流を安定させる。

 

「あと昨日の武藤やお前の反応見る限り、そういう行為ぽいが俺は調教のそういう意味は知らん。あの俺よりそういうこと知らないアリアがそういう行為のこと知ってるわけないだろ」

「…確かに」

 

キンジのことになると推理力が働かなくなるのも、私の弱点な気がする。というか、HSSのトリガーもキンジだし、私の弱点キンジじゃん…

血流が安定したのでアリアのところに再び戻る。

 

「おまたせ」

「本当に待ったわよ。あんた達二人揃うと2人の世界に入っちゃって中々話が進まないわ」

 

私の想像(?)でご迷惑をお掛けしました…

 

「で、お前は俺に何をさせたい」

「おっほん!あたしの中ではあんたはSランク武偵だわ。強襲科のSランクっていうのは『1人で特殊部隊1個中隊と同等の戦闘力を持つ』っていう評価なのよ」

「んなムチャな」

「あんたはそれだけの才能がある。あんたと銀華が『金銀の双極(パーフェクト)』って呼ばれてる理由はあたしもわかった。 やればできる子なのよ。だけど、銀華に比べ、その力を自由には使えない。だから必要なのは、鍵なのよ」

 

アリア教授は一生懸命語るけど、推理力の遺伝してない4世は、まさかわたし達自身が鍵だとは夢にも思うまい。

 

「で、調べたのよあたし。銀華に負けてから少しずつ。二重人格ってものをね」

 

二重人格ね…ハズレ。

HSSは心因性の後天的なものではなく、神経性の先天的なもの。

それをキンジもわかっているはずなんだけど…

 

「そうなのか。よくわかったな」

 

まるで正解だという風にそう言った。

なるほど。勘違いしたアリアにそう思い続けてもらうってことか。ここは合わせてあげたほうがいいね。

 

「バレちゃったね」

「ああ、そうだな」

 

アイコンタクトでありがとうと言ってるのが伝わってくる。瞬き信号すら使わずに目を合わせるだけで大体わかるようになったのは本当に便利だよ。

 

「ふふーん。本とかネットとかで勉強したのよ。銀華はうまくコントロールできるけどキンジはできていない。キンジは多分幼少期のトラウマによる別人格があって、戦闘時のストレスによってそっちに切り替わるのよ」

「なるほど」

「自転車ジャックもハイジャックの時もそうだったから、これは間違いないわ」

 

バスジャックはどうなるんですか?

 

「だからあんたを戦闘のストレスに晒しまくるのが、まず最初の特訓ね」

 

というとアリアは

ゾロリ。

いきなり背中に隠してあった刀を抜いた。

 

「ま、待て。お前に斬りかかられたら死ぬぞ俺!」

「これは今のあんたにストレスを与えて覚醒させて、反撃するって流れの訓練なの」

「ああ、なるほど」

「一ミリもわからないんだが…」

「まったく…1.今のあんたがいる。2.戦闘時に覚醒。3.その場で反撃。これがあたしが考えた、理想の流れよ」

 

お父さんの子孫なのにアホほどシンプルだね。いいところまでは勘だけでいってる。なにせ、2を私とイチャイチャするに変えれば一応正解だからね。私は戦闘不能になるけど。根本的なところが違うから意味ないんだけど。

 

「だからあんたが覚えるべきなのは、防御や反撃(カウンター)技よ」

「それはなんだよ」

「まずは真剣白刃取り(エッジ・キャッチング)

 

そういうとアリアは刀を振り上げキンジが待てと言う前に振り下ろした。

ヒュッと空気を切る音がして、アリアがキンジの肩に刀を打ち下ろし……かけたところで寸止めした。防刃制服といってももしそのまま打ち下ろしてたら、結構ダメージ負ってたかもね。

 

「はい。今のタイミングで500回イメージしなさい」

「イメージ?」

「そう。まずは今のを動きから刀を挟み取るイメージを作るのよ。銀華は以前したことあるらしいし、それをイメージすればいいわ」

 

私の真剣白刃取りは入学式の時の星伽さんとの戦いで見せたけど、キンジ覚えてるのかなあ。

あと私の推理ではこの後、キンジはアリアに刀でポコポコ叩かれてタンコブできると言ってるんだけど、アリアのことを嫌いにならないようにフォローしてあげないといけないね……

 




次回は訳あって少し遅くなりそうです(25日に発売される27巻の設定も入れたいため)


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第39話:潜入

ストーリー回なので甘さは少なめ(イチャイチャが多いと話進まんねん…)


「いってえ……」

 

俺は放課後まだズキズキ痛むタンコブをさすりながら、探偵科(インケスタ)の校舎を出た。

くそ。アリアめ。峰打ちとはいえポコポコ殴りやがって。

朝練はイメトレだけでは当然終わらず、峰打ちで白刃どりの練習させられたんだが、それは痛いのなんの。峰打ちは、要するに金属棒でブン殴られるってことなんだからな。

悪魔アリアにポコポコ叩かれた俺は、特訓が終わった後、天使銀華に『いたいのいたいの〜…とんでけ〜!』と幼稚な(かわいい)魔法を掛けてもらったのだが、その効果は一時的なものだったらしい。

 

「キーンジ」

 

……降臨するのは天使にして下さいよ。悪魔(アリア)がこちらに向かって、とてとて、と走ってくる。探偵科棟の前で待ち伏せしていたらしい。ちなみに天使(銀華)は、今日は衛生科(メディック)の授業に出ていて、その後戦妹の火野と訓練だとか。どこかの悪魔と違って、天使さんはお忙しいですね。

 

「言っておくが、放課後は訓練なんかしないぞ」

「まだ何も言ってないわ」

「あと強襲科(アサルト)にも戻らない。死ね死ね団(あんなとこ)に戻れってんなら、銀華も含めてパートナー解消だ。俺は2人で来年転校するまで、探偵科で平和に暮らす」

「まだ何も言ってなーい」

 

イラッ

アリアは俺の棘のある声など気にする様子もなく、バス停に向かって歩いて行く。

そして、太陽のように輝く笑顔で振り返った。

 

「でも、朝練は毎日するわよ」

 

…まあ、それぐらいは付きやってやる。

パートナーなのもあるが……思いがけないいいもの見れたしな。

いいもの。

それは銀華のチアのダンスだ。

俺がイメトレしている最中、アリアと銀華はiPodで動画を再生していた。その動画は、チアことアル=カタの模範演技ムービーだ。バンドで演奏する俺にも送られてきた。それを見た2人は…

ぴっ。

ぴっぴっ。

サマになっているダンスを始めた。

運動神経がずば抜けていいアリアは当然のこと、踊っているのなんて見たことない銀華の動きも、素人目に見ても立派なチアリーダーだった。

動きはチアっぽいのから始まり--バッババ。

武道の型の動作を入れた、勇ましいものに変わった。

ちっこいアリアがやると、チア服も合わさってキュートなんだが…銀華は違った。

 

--才能。

基礎的な型や軸がブレないのはもちろんのこと、指先の動きや表情、果ては魅せ方まで全部を完璧にこなしていた。初めて踊ったとは思えない。流れるように型を取り入れたチアのダンスをする銀華は、まるで昔からこのダンスを踊っていたかのようだった。

 

銀華がなんでもできるとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

俺はその新しい銀華の一部分を知れて……嬉しいと思った。

婚約者でいつも一緒にいるとはいえ、まだあいつのことは全然知ることができていない。でも、そんなまだ知らない部分を知ることは、とても喜ばしいことで……

 

「イタイタタ…何すんだよ」

「また、銀華のこと考えてたでしょ」

 

横のアリアに耳を引っ張られた。

こいつ推理はからっきしの癖に、勘だけは銀華と同等かそれ以上にいいんだよな。推理はからっきしだけど。

 

「……そんなことねえよ」

「いや。考えてたわ。朝、銀華をだらしない顔で眺めていた時の顔とそっくりだったもの」

「…ああ!考えてましたけど!」

 

俺お得意の逆ギレ。

 

「別に銀華のことなら問題ないだろ」

 

銀華なら、たじたじになるけど(というか俺に逆ギレさせることはほぼない)、アリアはそんなこと御構い無しだ。

 

「問題あるわよ」

「何が?」

「あんたはあたしのパートナーなんだから、あたしのことも一緒にいる時ぐらい、考えなさいよ」

「考えてるぞ。少しは」

「……少しって、どれぐらいよ!?」

 

そうだな……

 

「銀華とアリア比べたら99:1ぐらいで考えてるぞ」

「全体の1%しかないじゃない!」

「そう考えると1%って多いな。999:1ぐらいか?」

「もうそれ無いに等しいじゃ無い!!」

「そうだな」

「ムキー!半分とは言わないけど、もうちょっと私のことを考えなさい!9:1ぐらいで」

「へいへい」

 

まあからかってみただけで、実際はそれぐらい考えてると思うぞたぶん。ちょっと前までは、アリアのことの方が考えてたまであるし。頭を悩まされるという意味で。

 

「あ、そうだ。キンジ」

「今度はなんだよ」

「銀華って弱点あるの?」

 

山の天気や秋の空みたいに話がコロコロ変わるやつだな。

 

「なんだよいきなり」

「ううんと…朝にちょっとね。それであるの?」

「…俺に聞くってことは銀華から聞かされてないってことだな。じゃあ、俺の口からは話せん」

 

まあ、あいつの弱点と言ったら、ヒステリアモードと身内に激甘なところか?険悪だったアリアとの仲も、アリアが俺を助けたことで改善されたし、入学式の時に戦った白雪にも今は甘い。この前の理子のハイジャックの時だって、犯人がわかってるのに自分で解決せず、俺に行かせたぐらいだ。

 

「ま、一つ言えるのは完璧な人間はいないってことだな」

「あたしに弱点なんかないわ!」

「嘘つけ。お前、雷苦手だろ」

「そ、そ、そ、そんなことないっ!絶対!そんなことない!」

 

そんな慌てて否定したら、肯定したのと同義だろ。まあハイジャックの時、雷に超びびりまくってたから、誰でもわかると思うがな。

そんなこんなしながら2人で歩いていると急に。

アリアが教務科(マスターズ)の前で立ち止まった。

 

「これ見て」

「……なんだ?」

 

ビシッとアリアが指す掲示板を覗き込むと……

 

 

『生徒呼出 2年A組 探偵科・強襲科・衛生科 北条銀華』

 

銀華が呼び出しを受けていた。

偏差値75の優等生な銀華が呼び出しを受けるとは…

……まあいつものやつだろうな。

 

「教務科の呼び出しって、どうせいつもの依頼だろうな。あいつと同じぐらいオールラウンダーなのX組の一石ぐらいだし」

 

難事件と言われる事件の依頼は、名探偵と名高い銀華の元にやってくる。それも断ることができない教務科経由の依頼で。断ることができないぶん、単位や報酬は多くもらえるんだがな。3つも兼科してる銀華は中々捕まらないので、見つけるより呼び出したほうが早いと教務科は判断したのだろう。俺も何回か銀華と呼び出し食らったことあるし。

今回、俺も一緒に呼ばれてないってことは、たぶん俺が役に立たないそっち、推理系の依頼なんだろうな。俺も探偵科なのに呼ばれないのはどうかと思うが、今の俺はEランクなのでそれは仕方ない。俺はそう思ったのだが、アリアは俺と違うものを見ていたらしく

 

「違うわ。その横よ」

「横…?」

 

その横に並んでいた名前を見ると…

 

『生徒呼出 2年B組 超能力捜査研究科 星伽白雪』

 

白雪も、教務科に呼び出しを食らっていた。

…これは珍しい。

銀華と同じく偏差値75の優等生で生徒会長で園芸部長で手芸部長で女子バレー部長で、生活態度もほぼ満点な(減点はアリア襲撃事件のみ)完璧模範生の白雪が…呼び出しをくらうとは。

 

「アリア。この前のことチクったのか?」

「…あたしは貴族よ」

 

きろっ、とアリアが銀華がキレた時と同じような(あか)い瞳で睨んできた。

 

「普段のことを教師に報告するような、卑怯な真似はしないわ。バカにしないで」

 

ヘェ〜

意外にいい心がけを持っているじゃないか。

と俺が少し感心していると、アリアは口元に小さい指を当てて少し考え…

 

「キンジ、これはあの凶暴な女を遠ざける大チャンスだわ」

 

自分の凶暴性を棚どころか、天空まであげて、俺を下から見上げてきた。

 

「この件を調査して、あいつの弱みを握るわ!」

 

さっき卑怯な真似はしないと聞いて感心した俺の気持ちを返せ。

 

「弱みって…なんでだよ。白雪はあれから関わりないだろ」

「あるわよ!」

「え?」

「最近、あたしが1人だといろんな場所でドアの前に気配がしたり、物陰から見張られてる気がしたり、まるで電話が盗聴されてるみたいに断線したり」

 

……いや、まだ感覚的な問題だから……

 

「一般校区でも水かけられたり、吹き矢が飛んで来たり、落とし穴に落とされたり」

 

……いやいや、まだ偶然の可能性がある……

 

「『泥棒猫!』って書かれた手紙が送りつけられたり。ねこのイラスト付きで」

 

……偶然じゃないっぽいな……

 

「とにかく!あたしはあの女に嫌がらせ行為を受けているのよ!それに気づいてないなんてどこまで鈍感なの!」

「そうだったのか…」

「それだけだったらまだいいわ」

 

いいのかよ。

 

「このあいだなんか、女子更衣室のロッカー開けたらピアノ線が仕掛けてあったのよ!あたしが…その、とある理由によってロッカーの奥に潜り込まないと服を取れないのがわかってて、首の位置に仕掛けてあったんだから!」

 

笑えないトラップだな。

チビなアリアがロッカーに潜り込んだら、スパッか。

そんな凶悪なトラップ強襲科の3年か、諜報科(レザド)じゃないと習わないぞ。

でも、白雪は超能力捜査研究科だ。白雪が仕掛けたにしては少し妙だな。

 

「キンジ、みて。白雪と銀華が呼び出されてる時間同じよ。これは匂うわね」

 

確かに。優等生2人が同じ時間に呼び出されてるのは何かある。仮に任務かもしれないが、銀華と白雪が実践で組んだのは4対4戦(カルテット)の時だけだ。その2人を指定する任務はまずないだろう。

 

「キンジ」

 

俺を呼んだアリアは、眉をひそめていた俺に

 

「教務科に、潜入するわよ!」

 

出会ってから今までで、一番恐ろしい命令を下すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

東京武偵高はわかると思うが隅から隅まで危ない。だがその中にも、『三大危険地域』と呼ばれる場所がある、

強襲科。

地下倉庫(ジャンクション)

そして、教務科(マスターズ)

 

教師の詰所、他の普通の学校で言うならば職員室にすぎない教務科が、なぜ危険なのか?

それは簡単だ。

武偵高の教師がやばい……危険人物ばっかりだからである。

というか、この学校の先生になるって、普通じゃない大人に決まっている。

というか俺が知ってるだけでも、特殊部隊、傭兵、マフィア、噂では殺し屋だった前歴を持つ、やばい大人が大集合してる。

少数のまともな大人も探偵科や通信科にはいるが、少数派だ。

俺たちは今その教務科のダクトの中で、ある部屋を覗いている。

ここに来るまでの、ダクトの中は狭く匍匐前進で進むしかなかったのだが、アリアは邪魔になる胸がないので、ものすごく速かったとだけは言っておこうと思う。(そのことについて言ったら蹴られた)

 

話を戻すが、俺たちの覗いている部屋には白雪と銀華がいた。俺たちは呼び出された時間通りに着いたのだが、もう会話がだいぶ始まっていた様子をみるに、優等生のお二人方は早め早めの行動をしていたのだろう。いつも遅れて来る武藤とは違うな。

 

「それで星伽ぃ〜…お前最近、成績急激に落ちてるよな…なんか、あったか?」

 

女にしては低めの、白雪を呼ぶ声。この声の主は2年B組担任で尋問科の教諭、綴が、イスの上で編み上げブーツの足を組んでいる。

ぷはっと、タバコの煙を輪っか型に吹いている綴は、教師の中でもヤバイやつの筆頭である。

まず目がヤバイ。いつも据わっている。年中ラリってるみたいだ。それにあのタバコ、明らかにヤバイ草っぽい匂いするんだが、大丈夫なのかそれ。

そんなラリってる綴と向かい合ってる白雪は、少しうつむいていて、その横にいる銀華は心配そうな目を白雪に向けている。勉強に関してはあいつらいいライバルだからな。

 

「まあ、勉強はどーでもいぃーんだけどさ」

 

こら。どうでもよくないぞ。

そんなんだから武偵高の偏差値が50超えないんだぞ。

 

「それでー、単刀直入に聞くけどさぁ。星伽、もしかしてアイツにコンタクトされた?」

魔剣(デュランダル)ですか…?」

 

白雪がそう言うと横のアリアが、ピクっ、と眉を動かした。

魔剣(デュランダル)

武偵高が発信した周知メールで見ただけだが、俺もその名前は知っている。

確か、超能力を使う武偵『超偵』ばかりを狙う誘拐犯だ。

だが魔剣は、存在自体がデマだと言われている。

というのも、魔剣を見た人は誰1人としていないのだ。誘拐されたやつも、別件での失踪だったんじゃないかと言われている。忙しい銀華は超偵関係までは手が回らないらしく、デマのような魔剣関係の事件には取り組んでいないのもあるが、今じゃ真に受けるやつもいない、都市伝説のようなやつなのだ。魔剣は。

 

「それはないです。そもそも…私程度の力じゃ…」

「もっと自分に自信を持ちなよ。星伽さん」

「北条ぅももっと言ってやれよォ。星伽ぃ、アンタはウチの秘蔵っ子なんだぞー」

「そ、そんな」

 

2人に褒められて、ぱっつん前髪の黒髪の下で恥ずかしそうに視線を落としている。

 

「星伽ぃ、何度も言ったけど、いいかげんボディーガード付けろって。諜報科はアンタが魔剣に狙われている可能性が高いってレポートを出した。超能力捜査研究科だって、同じような予言が出てる」

「で、でも…」

「北条ぅ。お前の推理でもそうだろぉ?」

「公式の場では不確定な推理は言えないので、ノーコメントとさせてもらいます」

「ちっ。つれないねえ」

 

銀華の公式の場での推理は外れたことがない。プライベートで俺のことに関しては、トンチンカンな推理ばっかりしてるのだが。

 

「じゃぁ、北条ぅ。星伽を説得しなよー」

「星伽さん。友人として忠告するよ。過保護かもしれないけど、ボディーガード付けといた方がいいと思う。もうすぐアドシアードも始まるから、部外者も入ってくるし。何かあってからでは遅いからね」

「銀華さんがそんなに言うなら…」

 

なるほど。白雪と同じく銀華が呼ばれた原因はこれか。

超偵の白雪は、『魔剣』に狙われているかもとの忠告を受け、教務科はボディーガードをつけろと命じていた。

だが白雪はそれを拒否。

そこで困った教務科は白雪と共に銀華を呼びだした。

白雪と仲がいいのは銀華。そして、その銀華は身内にものすごく甘い。過保護とも言えるかもしれない。その銀華の不安を煽り白雪を説得させ、ボディーガードを付けさせるって戦法だろう。白雪も銀華に弱いしな。意外と頭回るじゃねえか教務科。

白雪がボディーガードを断っていた理由もわかる。

武偵高ではこういった警告はよく出されるが、実際にその通り襲われたことはほとんどない。超能力捜査研究科の予言なんてオカルトみたいなもんだし、諜報科はガセが多いことで有名。銀華も明言を控えてるし、しかも敵は存在すら怪しまれてる魔剣(デュランダル)

つまりこれは、銀華も言ってた通り、教務科の過保護だ。優等生で教務科の期待の星の白雪に万が一でも何かあってはいけない。なので、不確かな情報に過剰に反応して、ボディーガードを付けろと命令しているのだろう。

白雪、大人の事情に振り回されて少し可哀想だな。と思ったその時

 

がしゃん!

 

とアリアが。俺たちが部屋を覗いていた通気口。そのカバーをパンチでぶち開けた。

 

「お、おまっ!何やってるんだ!」

 

俺の制止を振り切ったアリアは

--ひゅっ!

ダクトから部屋に飛び降りて行った。

目を丸くする、白雪と綴。と俺。銀華は気づいていたっぽい。

 

「そのボディーガード、私がやるわ!」

 

着地と同時に叫ばれたそのセリフに、俺は驚きのあまりつい身を乗り出してしまい

ズルッ!

 

「う…うおっ!?」

 

ダクトから落っこちてしまった。ダクトの真下にいるアリアに向かって落ちるかと思い、目をつぶったのだが--ひょいっ。

 

「う、うわ」

「大丈夫、キンジ?」

 

俺は、俊足で移動した銀華に受け止め、抱え上げられてしまった。いわゆるお姫様だっこスタイルで。銀華に何度かしたことはあったけど、やられたのは初めてだよ。なんという被支配感。これは惚れるわ。顔めっちゃ近いし…

重いだろうから、銀華におろしてもらうと、綴は俺とアリアの顔を見て

 

「なんだぁ。ボッチとバカップルの片割れじゃん」

 

ボッチは『独奏曲(アリア)』のアリアのことだろうけど……バカップルの片割れって俺のことかよ!

 

「これは神崎・H(ホームズ)・アリア。ガバメントの二丁拳銃に小太刀の二刀流。二つ名は『双剣双銃のアリア』。欧州で活躍したSランク武偵。だけど、協調性がないせいで、ロンドン武偵局にいいところを持ってかれたマヌケ」

 

アリアのツインテールをガシガシ掴んで顔を確かめながら、アリアのプロフィールを話し始めた。

 

「い、イタイわ!それにあたしはマヌケじゃないわよっ!貴族は自分の手柄を自慢しないの。たとえそれが横取りされてもね!」

「へー。それは損なご身分だ。あたしは平民でよかったー。それでこちらは、遠山キンジくん」

 

俺の腕にちゃっかり抱きついている銀華をチラッと見ながら、俺のことはじろっと見た。

なんですか、その差別。

 

「性格は非社交的。他人から距離を置く傾向にあり」

 

思い出しつつ語る綴の頭の中には、全生徒のデータが入ってるぽい。

 

「しかし、婚約者の北条にはべた惚れで2人のペア名は非公式だが『金銀の双極(パーフェクト・デュオ)』。2人で解決事件(コンプリート)の数は3桁で、成功率は100%(パーフェクト)。強襲科の生徒には遠山に一目置いてるものも多く、潜在的には、ある種のカリスマ性を備えてるものと思われる。1人での解決事件(コンプリート)は…青海の猫探し、ANA600便のハイジャック…ねえ。なんであんた、Sランクのくせに猫探してんのさ」

「今の俺はEランクですけど…ってうわちっ!」

 

近づいてきた綴が俺のタバコに押しつけやがった。あ、ありえん!一瞬だけだったからなんともなかったが、先生が生徒に根性焼きって。たぶん俺が武偵ランク試験受けなかったこと怒ってるなコイツ。

 

「でぇー?どういう意味?『ボディーガードをやる』っていうのは」

「言った通りよ。白雪のボディーガードを24時間あたしが引き受ける!」

「お、おい」

 

なんでお前、白雪のボディーガードを引き受けるんだよ。むしろお前が敵だろ。

 

「星伽、なんか知らんが、Sランクの武偵が無料(ロハ)でボディーガードを引き受けてくれるらしいぞ」

「い…いやです!アリアがいつも一緒なんて、けがらわしい!」

 

そりゃそうだ。アリアと白雪仲悪いし。

 

「引き受けないとこいつを撃つわよ」

 

アリアはいきなりスカートから、白銀のガバメントを取り出し、俺のこめかみにごりっと銃口を当ててきた。

お、おい!武偵法9条!9条!日本の武偵は人を殺しちゃダメなんだぞ!

 

「き…キンちゃん!」

 

はわわわ!と言った感じに慌てる白雪と

 

「うわっ」

「キンジを撃っちゃダメ!」

 

と自身の胸元に俺の顔を引き寄せる銀華。

ていうか、弾じゃないけど俺にとっては同じぐらい危ない物が当たってる、当たってますよ!銀華、普通の男子高校生にとっちゃ天使だけど、俺にとっちゃ悪魔じゃねえか!

そして、計画通りといった感じに邪悪な笑みを浮かべるアリア。やはりこいつも悪魔だ。

 

「ふぅーん。これがバカップルと言われる由来ねぇ。で?どうすんの星伽は?」

 

この状況をニヤニヤして見てる綴。

そうじゃないだろ。

止めろよ、色々と。

 

「キンちゃんも私の護衛にして!24時間体制で!私も!キンちゃんと銀華さんと一緒に暮らすぅー!」

 

…………………は?




最近の趣味は続きが読みたい作品に感想(脅迫)を送ることです。
人間は馬鹿で単純なので、感想が来ると嬉しくなってモチベが上がる生き物なんですよ(自分もそう)。なので気に入った小説にはどんどん感想を送ってあげましょう。


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第40話:銀氷vs荊棘

遅くなってしまい申し訳ありません(モンハンにハマりすぎた)

注意:ジャンヌ視点 口調が迷子


私--ジャンヌ・ダルクは女子寮の空き部屋から、星伽が移動した遠山の部屋を観察していた。どうやら星伽は神崎と遠山にボディーガードの依頼を出し、遠山の部屋で警戒線を引き、籠城を行うつもりのようだ。

こういった籠城は、古来より敵がいつ来るかわからないので、ずっと気を張っていなければならないので、こちら側が何もしなくても精神的なダメージを与えられる。

今私がするべきことは無理に攻めることではなく、情報収集だ。

そう思っていたのだが…

 

「キンジ。はい、あーん」

「お、おい。他の人が見てるんだからやめろって」

「むー、いいじゃん別に」

 

どうして、こんな甘々な奴らを観察しなくてはいけないのだ…

部屋を出た遠山を情報が得られるかもしれんと思い追いかけ、ファミレスに入り、奴を観察していたら、北条が遠山に合流し甘々な光景を見せつけられることとなった。

不自然に見せないためコーヒーを注文していたのがまさか役に立つとはな…世の中何が役に立つかは分からない。

 

「はい、あーん」

「だからしないって」

「ふーん…じゃあアリアにキンジがここでボディーガードをサボっているって言いつけちゃおっかな」

「お、おいっ!」

「じゃあ、あーん」

「……」

 

遠山はようやく対面に座った北条がフォークで差し出した一口サイズのケーキを口で受けとった。受け取るならさっさと受け取れ。私が隠れて読んでいる少女漫画のようなシーンを見せつけるな。

 

「……」

「どうした。いきなり口開けて」

「アリア」

「…ったく。一回だけだぞ」

「うん」

 

そういうと遠山は自分も注文していたケーキを一口サイズ、フォークで取り北条の顔に近づけた。そのフォークの先を少女漫画の主人公のような顔をしながら口で受け取る北条。

甘ったるくてこっちが胸焼けするぞ。

幸せそうにそんなことをする空間を作っていたのだが…

 

「こらぁー!」

「いてっ!」

 

そんな叫び声と共に神崎が遠山に向かって拳を振り下ろした。

……まさか今回の任務の障害となるだろう人物の3人にこんなところで会うとはな。

 

「何サボってんのよ、キンジっ!」

「いろいろ事情があったんだよ」

「サボってただけでしょ!というか銀華!キンジを探しに行くと言って、なんであんたもサボってんのよ」

 

Tel est pris qui croyait prendre.(ミイラ取りがミイラになる)

北条は出かけた遠山を探しにきてたのか。でそのまま遠山とイチャイチャしてたと。

 

「私は星伽さんにボディーガード依頼されなかったし、サボってない。あとアリア、私のキンジに乱暴しないで」

「これは乱暴じゃない……そう、サボってた罰よ」

「ふーん、じゃあ私もアリアがサボってたらゲンコツするからね」

「や、やってみなさい!私は忙しいんだから、サボってる暇なんてないわ!」

「じゃあ、なんでお前こそ出てきたんだよ」

「あたしは買い物ついでに脱走兵を狩りにきたのよ」

 

……こいつら大丈夫なのか?

神崎と北条のやり合いを見るに私が何かするまでもなく勝手に自滅しそうだぞ。

さらに、さっきの会話で一ついい情報が聞けた。

星伽のボディーガードは遠山と神崎だけらしい。探偵科のSランクの北条は受けてないのはラッキーだな。

そして神崎が正当な理由があるという感じでスカートから取り出したのは対超能力者用の手錠。

なるほど、こっちの動きが少し勘付かれてしまっているのか。今まで以上に注意して動かなくてはいけない。

 

「脱走兵って。というかボディーガードはどうした」

「見張りはレキに任せたわ」

「レキさん?」

「そう、私が頼んだの。遠隔から監視させてるわ」

 

遠山の向かいに座っていた北条は遠山の横にいつの間にか移動しており、その向かいの席に神崎はすとんと腰を落とした。

ふむ…神崎がいない隙は狙撃科のレキが見張ってると。ただしスナイパーは護衛者の周りで起こった危機に対して、すぐに動くことができないので、ボディーガード向けじゃない。それは神崎もわかっているようで

 

「でも、レキに頼ってばっかりじゃダメよ。あたしとキンジが頑張らないと」

「わかった、わかった。ていうか、なんで白雪のボディーガードをやるって言い出したんだよ」

 

そんな疑問を遠山が神崎にぶつけると……神崎は周りを警戒しながら3人でヒソヒソ話を始めた。

私が盗聴しているのを警戒するのはあのホームズの子孫として当然だろうが、それならもっと早く警戒するべきだったな。

小声でよく聞こえんが、神崎の回答はわかる。私が彼女の母親に冤罪を着せてる敵の1人だからだろう。推理をするまでもない。

3人で話していると遠山の携帯が鳴り、彼は電話に出た。

電話先の相手と北条と遠山が話してる間はまだ大丈夫だったが、神崎が会話に参加した途端不穏な空気が流れ始める。

 

「わかった、帰るよ帰る!」

 

そう言うと遠山はパン!と閉じ、そのまま3人、いや北条は用事があるそうで神崎と2人で遠山の自宅に帰って行った。

弱みを握るほどの情報は得られなかったが、向こうが私に気づいている、遠山はそれほどやる気がないことがわかるなど、それなりに付いてきた意味はあった。

 

(ふう…)

 

神崎たちが帰り私は一息つく。

盗聴していた時は気づかなかったが私は緊張していたようだ。Sランク相手には気が抜けないのもあるだろう。私は今星伽を狙う狩人であるが、こちらが隙を見せた瞬間、狩る方狩られる方が逆転する。私1人では少しばかり不安だが……理子も一緒にイ・ウーから来た夾竹桃も負けてしまった。この任務は私1人で遂行しなくてはいけない。

そんなことを考えながら、せっかくこういうところに来たということで時間も時間なのもあり、そのままファミレスで夕食を取っていると……私の近くに人影が現れる。

 

「ハロー、相席いいかな?」

「っ!?」

 

私が水を飲んでいたので驚きで思わずむせる。

私は今、理子から教わった変装術を使い一般的な武偵高生に変装している。理子から習った変装で気づかれたことはほぼない。

しかし、この変装した私には友人がいない。相席を求める人なんて明らかにおかしい。そう思いその声に対して見上げると……

 

「お、お前はっ……!?」

「久しぶりだね。Joan of arc」

 

Joan of arc。フランス語のJeanne d'Arc(ジャンヌダルク)を英語読みに直したものである。私の目の前でその言葉を発したのは紅の髪と紅の瞳を持った小学生のような少女。

ただし、こいつはそこらにいる普通の少女じゃない。

なにせこいつはイ・ウー船長の愛娘で元主戦派のリーダー、イステル・ホームズ・クレハだ。

 

「な、なぜ…」

 

私のなぜお前がここにいるという質問は最後まで発せられることはなく、

 

「ジャンヌの言いたいことはもう推理できている。初歩的な推理だったし、その質問に答えてあげる。偶々近くにいたから挨拶をしようかと思ってね」

 

この独特の言い回し、オーラ、推理力。どうやら本物のようだ。

だが、おかしい。数年前からイ・ウー産まれイ・ウー育ちのクレハが時々しかイ・ウーに帰ってこないとは知っている。主戦派のメンツやこいつの能力を狙う輩は、未だこいつがどこにいるかわかっていないと聞いているので、普段どこかに隠れて暮らしてのだろう。それも理由があって。

だが、私の前に現れた。私達・研鑽派と元主戦派のクレハは仲が良い訳ではない。一部メンバーを除くと悪いとも言えるだろう。()()近くにいて挨拶をしに来る間柄でもない。なぜこいつが、私の前に……

 

「GGG《トリプルジー》作戦、他の2人は失敗しちゃったね。しかも、夾竹桃は拘束されている」

 

店員を呼びパフェを頼んだ後、テーブルに片肘をつきこちらを見ながらそんなことを言ってくる。

『GGG』

私が星伽、理子が神崎、夾竹桃が間宮をイ・ウーへ誘拐するという作戦。作戦名は研鑽派であるがクレハ信者の理子から聞いたのだろう。

 

「そうだ。だがこのまま逃げるわけにはいかん。私だけでも成功させないといけない」

 

私が成功させれば作戦は一部成功になるが、私が失敗すれば完全失敗になってしまう。

それだけは避けなくてはいけない。来るべき戦役に備え、1人でも研鑽派のメンバーを増やさなくてはならないのだ。

 

「へえー立派、立派」

 

ニヤリと嘲笑するような顔をしながら適当な返事をするクレハ。

こいつは自分の配下にはすこぶる優しいのだが、敵には容赦ない。イ・ウーの同朋でお互い技を享受しあった仲だが、研鑽派の私には敵の方にウエイトが置かれてるようだ。まあ、私も似たようなものだがな。

 

「でも、1人じゃ厳しいんじゃないかな?Aランクを誘拐するのにSランク数人を相手にしなくちゃいけないよね」

「ああ。だがやるしかない」

「だったら、手伝ってあげるよ」

「は?」

 

今こいつなんて…

 

「その耳は飾りなの?私が手伝ってあげるって言ってんの」

「……」

 

私の聞き間違いじゃないようだ。

クレハが私の任務を手伝う。

イ・ウーの同朋だが、これはおかしい。

繰り返すがイ・ウーの同朋でも仲間なわけじゃない。それどころか研鑽派と主戦派はいわば冷戦状態にある。そんな状態であるのに主戦派(クレハ)研鑽派()を助けるということは裏があるとしか思えない。

 

「目的はなんだ?」

「ん、目的?気まぐれだけど、そんなに私のことが信じられないの?」

 

イ・ウーでは有名な話だがクレハは約束を必ず守る。これだけは悔しいが信頼に値する。

しかし、この話は怪しい。美味しい話には裏がある。こいつの罠に嵌められないよう注意しなくてはいけない。

 

「だったら、お前のことだ。どうせ交換条件があるのだろう?」

「さっすが、よくわかったね」

 

頬杖をついてる逆の手で私を指差しながらそう奴は言ってくるが、褒めてるというより馬鹿にしてるといった感じだ。

私でもそれぐらいはわかる。こいつは手伝うという名目という名の脅しをし、私を自由に操りたいのだろう。

 

「条件はなんだ」

「私が作戦を立てるから、お前は私の言う通りに動くこと」

「そんな条件認めん。そんなのお前の操り人形になるだけではないか」

「うーん、残念。私が立てた作戦なら絶対成功するんだけどなあ」

「お前などいなくても私1人で成功させてみせる」

「いや無理だね」

 

そうクレハはきっぱり言う。

 

「それはお前の条理予知か?」

「さあ、それはどうでしょう」

 

条理予知。本当に優れた推理力を持つ人間にしか使えない未来を見通す力。もし、条理予知で私が失敗する未来が見えてるなら、確実に失敗する。

 

「それじゃあ少しヒントをあげるよ」

 

人差し指を立てながら奴は説明するような口調で話し始めた。

 

「星伽の周りには何人ものSランクがボディガードの任務を受け、うようよしている。じゃあどうすればいいのか?」

「分断するしかあるまい」

 

1vs3で勝てないなら、分断し1vs1で戦うのがセオリーだ。

 

「そう。それじゃあ、1番最初に誰から分断するべきか?」

「司令塔、つまり北条からか」

「正解。遠山は北条に()()依存しているし、四世も頭が硬い。柔軟な思考ができる北条から狙うべきだね」

「しかし、あいつはボディーガード役ではないぞ。自分で言っといて何だが分断させるべきは遠山か四世のどちらかの方がいいかもしれんぞ」

「逆だよ。一番厄介な相手が他の人たちから浮き気味なんだからそれを利用しない手はない」

 

私たちは周りに人はいないが小声でそんなことを話す。こいつは教授と同じで知識を広げて自慢したいのか、自分の考えてることをペラペラ喋る弱点がある。取引の前に前にこいつの考えを聞けてラッキーだな。

 

「北条は星伽に甘い。それは自分でも自覚してるようだが、それを上手く使えば油断を引き出せるはずだよ」

「そうか……というか、なぜ奴らと無関係のお前がそれ知っている」

「それは教えられないなあ」

 

ニヤニヤ顔でこちらを見てくるクレハ。

教授といい、こいつといいどこでそんな情報を集めてきてるのやら。

 

「まあいい。私はお前の助けなどいらん」

「そう、残念。でも私が伝えた情報代ぐらいは貰おうかな」

「何!?」

「まあ、そんな高くはないけどね。一つ約束をして貰おうかな」

「約束?」

「今回の作戦、四世以外は殺さないという約束」

 

戦闘になった時殺せないのは少し面倒だが、それは向こうも同じ。私の方だけが殺せるのはフェアではない。同じフィールドで戦ってみろってことか。馬鹿にするな。

 

「……まあいいだろう。私でも殺さずに戦うことぐらいできる。………代わりに」

「代わりに?」

「お前の約束を受ける代わりに一つ質問をさせろ」

「はい、何でしょう」

 

よし、言質を取った。

私が……イ・ウーの乗組員全員が、気になっていることをお返しに聞いてやる。

 

「お前のパートナーは見つかったのか?」

 

ホームズ家の人間はパートナーがいることで本当の力を発揮する。元主戦派のクレハはイ・ウー崩壊後行われるだろう宣戦会議(バンディーレ)研鑽派(私たち)の敵と宣言する可能性が高い。

私としては見つかっていて欲しくなかったが、答えは最悪のものだった。

 

「見つかったよ。飛びっきり最高のね」

 




次回は早くあげれそうです、たぶんmaybe


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第41話:巫女が見る未来

一度投稿し始めるとペースが早くなってしまう現象


白雪に電話越しで脅されて帰ると中華料理の皿がずらりと並んでいた。豪華絢爛な食事はもう満漢全席だなこれ。銀華は和食以外作れないから(作れないことはないが壊滅的な味)、白雪にボソッと愚痴を漏らしたことがあるがそれを覚えていたのか。

 

「おかえり、キンちゃん。あれ銀華さんは?」

「銀華はなんか用事を思い出したから、飯は外で食べてくるらしい」

「そ、そう…せっかく作ったんだし銀華さんと一緒にご飯食べたかったなあ」

 

少し伏せ目がちになる白雪。やっぱりこいつら仲いいんだな。最初はあんなだったのに。

 

「ま、大丈夫だろ1日ぐらい。一緒に暮らすんだし」

「そ、そうだよね。キンちゃん食べて食べて」

 

俺が席に着いたのを見て、席に着いた白雪は俺が箸をつけるまで食事に手をつけないみたいなので、お先に酢豚をもらうと……

うまい。肉って感じの肉だな。

そしてこの芳醇な甘酢の味。

銀華の料理も美味いが白雪の料理も美味いな。目玉焼きすら作れなかったアリアとは天と地、いや宇宙とマントルぐらいの差がある。

 

「お、おいしい?」

「ああ、うまいよ」

 

銀華も料理を褒めると喜ぶのもあって素直に感想を口にすると、同じように白雪も幸せ一杯って感じになった。

やっぱり自分の作った料理を褒められると嬉しいんだな。銀華にももっと言ってあげよう。

というか……見られまくってて美味いのに食った気がしない。

 

「白雪も食べろって。なんでいつも俺と銀華の世話ばっかり焼くんだ?」

「それは銀華さんとキンちゃんだからです」

「答えになってないぞ」

「そ、そうだね」

 

あはは、と空笑いをしながら席に着いた白雪。その横では、アリアがピンク髪をプルプル震わせていた

 

「で?あたしの席にはなんで食器がないのかしら?」

「これはアリア」

 

どん。

冷たい声で白雪はアリアの前にどんぶりを置く。

そのどんぶりには盛った白飯に割り箸が突き刺してある。それも割ってない。

 

「なんでよ!銀華がいないんだから、そのぶんあるはずでしょ!」

「銀華さんの分は取っておきます。文句があるならボディーガードを解約します」

 

ぷいっという風に顔を背けた白雪にアリアはギリギリと歯軋りし、がしゅがしゅとご飯をかきこむのであった。

 

 

 

 

日曜洋画劇場を見たい俺と、動物奇想天外スペシャルを見たいアリアがチャンネル争いをしていると玄関の方でドアが開く音がした。

 

「ただいま……って、何してるの…」

 

互いの顔面を掴み合いながらリモコンを奪い合ってる様子を見て、私服の銀華はジト目でこちらを見てきた。制服から私服に着替えてきたのか。

 

「なんの用事だったんだ?」

「昔馴染みとちょっとね」

「仕事か?」

「ううん。ちょっとね…」

「そうか」

 

銀華は自分の家族や夏休みの帰省のことなど時々言い淀むことがある。気にならないと言ったらのは嘘になるが、婚約者とはいえまだ俺たちは他人だ。プライベートなことにズカズカと土足で立ち入っていいものじゃない。

いつか銀華から話してもいいと思った時に話してもらおう。

 

「……で、2人は何してるの?」

「動物奇想天外の方が見たいわよね銀華!」

「いや銀華なら映画だ」

 

お互い人数有利を取ろうと銀華に必死に詰め寄る俺ら。ちょっとその勢いに引きながら

 

「キンジ譲ってあげなよ。映画は見返したいときあるし、録画の方がいいと思う」

「なん……だと……」

「さっすが銀華」

 

ま、まさか銀華がアリア側につくとは。

ふふーんと勝ち誇った感じで民主主義の原則の多数決を振りかざし、動物奇想天外にチャンネルを変えるアリア。おい待て。一万歩譲って動物奇想天外でいいから録画させろ。

またリモコン争いをする俺とアリアを見て、額に手を当てる銀華。そして息を吸い込み

 

「いい加減にしなさい!」

 

ごちんと俺とアリアの頭にげんこつを落とした。いてえ…

 

「そんなどうでもいいことで争わないの!」

「「はい…」」

 

俺はもとより百獣の王のアリアでさえ、この家の生態系トップに君臨する銀華に抗うことはできないらしく、大人しくなる。

その様子はお母さんに怒られる子供のようだな。見た目も子供ぽいし。

 

「あんた。今、失礼なこと考えてたでしょ」

「……そんなことない。いきなりなんだよ」

「そんな気がしたのよ」

 

チッ。

こいつ勘だけは銀華より上だな。

推理力はからっきしなのに、アンバランスなやつだぜ。

そんなこんなをしていたらリビングに白雪がカードゲームみたいなものを持ってきた。

 

「銀華さん、キンちゃん、あのね、これ……巫女占札っていうんだけど……」

「……ああ、この前不知火が言ってた占いか?」

「うん。せっかくだし2人を占ってあげるよ」

「ふーん。どうする銀華」

「せっかくだし、占ってもらおうよ」

「そうだな。頼む、白雪」

 

銀華は女なので占いとかそういうものに興味があるぽい。まあ実際コイツの占いはよく当たるから、聞いておいて損はない。

生物学上には女にあたるアリアもそういうものに興味があるらしく、録画セットしながらテーブルについた。というか、お前も録画でいいのかよ。

 

「まず銀華さんとキンちゃん、どっちから先に占う?」

「じゃあ、実験台としてキンジで」

「おい…まあいいが」

「キンちゃんは、何がいい?恋占いとか、恋愛占いとか、恋愛運を見るとか、あるんだけど」

「じゃあ……数年後、俺の進路がどうなってのか占ってくれ」

 

と注文すると白雪は「はい」と天使のような笑顔で答えた後、カードを星形に伏せて並べ、何枚か表に返し始める。

俺は武偵をやめて、ちゃんと真人間になれるのか。銀華と一緒に一般の高校に転校し、平凡な会社に就職できるのか。

その辺は、占いでもいいから知っておきたいところだ。

 

「どうなの?」

 

横から銀華が尋ねると、白雪は少しだけ険しい表情をしている。

 

「どうかしたか?」

「え、あ……ううん。総運、幸運です。よかったねキンちゃん」

「おい、具体的なことは何かわからないのかよ」

「え、えっと。銀髪の女の子と結婚します。なんちゃって」

 

ニッコリ笑った白雪の表情はかなり作り笑いっぽい。本当の占いの結果はなんだったんだ。気になるな。

 

「じゃあ次は私かな」

 

俺と銀華が占いのために場所を入れ替わると、白雪はさらに真剣な顔になった。

 

「ほうじ……銀華さんは何占いがいい?」

「うーん…キンジと同じく将来のことを占ってもらおうかな」

「あんた、これとの恋占いじゃなくていいの?」

 

俺のことはこれ扱いですかそうですか。

まあ、俺もてっきり銀華は恋占いするかと思ってたけどな。

 

「幸せなことは知らない方がより幸せになれるでしょ。知っていたら幸せでも半減だよ」

 

こ、こいつ…

それを聞いてアリアは呆れたように口をあんぐり開け、白雪は顔を赤くした。多分俺も白雪と同じく顔を赤くしているに違いない。そんな俺らを見て銀華は「?」といった感じだ。

銀華はつまり俺との関係が崩れることは一切考えておらず、俺を信用しきってるってことだ。恋占いとは誰々と結ばれるみたいなものや運命の人とはいつ出会うとかそういうのばかりなはずなのに、銀華は俺とどう幸せになるかの占いと勘違いしているのだから。

 

「じゃ、じゃあ、占うね。銀華さんの将来」

「うん、よろしくね」

 

俺のときと同じようにカードを星形に伏せて並べ、何枚かを表に返し始めた。

だが、表に返していくたびに顔を曇らせていく。その表情は、悪い結果であるが占う前から分かってたような顔だ。それが象徴的だったのは最後の札をめくった時。白雪は顔を俺のときより険しい顔であったが、その顔はどこか、やっぱりと納得しているような顔でもあったのだ。

 

「もしかして、よくない結果だった?」

「う、うん。ごめんなさい!」

「謝ることはないよ。占いは当たる時も当たらない時もあるからね。絶対そうなるとは限らないから、言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ」

「まあ、悪いことがあっても助けてあげるから心配するな銀華」

「お、珍しくかっこいいこと言えるじゃんキンジ」

「うん。キンちゃん、銀華さんを助けてあげて。私も頑張るけど、助けてあげて」

 

そう、半泣きで俺たちに言う白雪を見てよしよしと頭をなで慰める銀華。

……よほど悪い結果になったんだな。俺の占いより銀華の占いの方が気になる…

 

「はい、じゃああたしの番!」

 

空気を読めない選手権、イギリス代表のアリアはどうやら占いを早くしてもらいたくてウズウズしていたらしく、流れ的に銀華の占いは終了してしまった。

 

「ところで生年月日とか教えなくていいの?あたし乙女座なんだけど」

「へー似合わないね」

「確かに」

「獅子座っぽい」

「あんたたちねえ……」

 

散々な言われようだが、銀華には勝てない、白雪は護衛対象、俺は銀華が側についているのでアリアの拳銃が出ることはなく、とりあえず正座して結果を待っていた。奇跡だ。

白雪はすごーく嫌そうな顔で札を並べ、ぺらっ、と1枚めくり

 

「総運、ろくでもないの一言につきます」

 

くっそ適当なカンジに言って、片付け作業に入った。占ってないな確実に。

 

「ちゃんと占いなさいよ!あんたそれでも超能力捜査研究科(S S R)でしょ!」

「私の占いにケチをつける気?許さないよ」

「もしかして()るつもり?」

 

ぎろろろろろろ。

と2人が視察戦を開始した。

い、いかん。はやく逃げるか何か手をうたないと。

そう思ってソファーから立ち上がろうとした俺の太ももに、ぽすっと何かが乗った。

視線を落とすと横にいたはずの銀華の頭が俺の太ももに乗っていた。この状態は世に言う膝枕だ。これじゃあ逃げられん。

 

「お、おい」

「銀華さんは今日疲れたのです。今キンジのお膝の上で元気を補給してるのです」

 

なんかよくわからないことを言ってきた。

別にこれぐらいならいくらでもやってやるんだが、状況が状況だ。銀華の頭が俺の太ももに乗ってる限り、俺は逃げることはできん。

そしてどかした瞬間、銀華の機嫌が急降下。俺の目の前で切り札を隠してたとかどうとか言い合いしてるアリアや白雪より怖い、銀華さんの不機嫌モードが出てくるに違いない。

ここで取るべき俺の選択は逃げることではなく、銀華のご機嫌を取ることだと思った俺は、銀華の銀髪を撫でてやる。

 

「髪、綺麗だな」

 

目の前で取っ組み合ってる光景から目をそらすべく、現実逃避気味にそんな思ったことを言うと……

ビクッ。

といった感じで銀華が硬直した。そして俺の顔を見ないようにするためか、ゴロンと俺の太ももに顔を押し付けた。

 

「あ、ありがとう…」

「いや、ただ思ったことを言っただけなんだが…」

「そ、そういうところがもう!」

 

顔を太ももに埋めたままポコポコと両手で叩き始めた。これは怒っているというより、恥ずかしがってる時の銀華の反応だな。横から見える顔は真っ赤だし。

変えるスイッチはよくわからんが、銀華の感情はよく分かるようになった。銀華検定1級ぐらいあるだろたぶん。

照れてるとイジっても照れてないと意地を張るだけなので、よしよしと頭を撫でてやると大人しくなった。目の前の奴らも。

 

「キンちゃん…銀華さん……」

「あー!もうっ!この2人がいるとやりにくいわね!」

 

俺たちの様子を見て白雪とアリアは戦うのをやめていた。まるで大量の砂糖をぶつけられたような顔をしているがどうしたんだ。

 

「ふーんだ!あたしのいないところでやりなさい!このバカップル!」

 

そう言い残すとアリアは俺と白雪にアッカンベー。

ベロを出すと、ふてくされて自室に閉じこもった。そして不審な電波がこの部屋の周囲に飛んでないか調べるため、この前通信科(コネクト)から借りてきた無線機みたいなのを稼働させる。

残された白雪は、ぷすーんとむくれている。

 

「悪口はよくないと思うんだけど、アリア可愛いけどうるさいよね。それにキンちゃんのこと何もわかってないし…男子はみんなアリアのこと可愛いと言ってるけど、私は嫌いっ」

 

と札を片付けながら一息に言った。

白雪はちらっと俺と銀華を上目遣いに見てくる。つまり……俺と銀華にもアリアについて一言言えとそういうことらしい。

実は、俺は、アリアと白雪について一つ発見したことがある

 

「なあ、本当にアリアのことキライか?」

「えっ?」

「いやなんていうか。お前アリアに対してはっきりものを言うじゃんか。俺や銀華に対してはキョドるのに。的外れかもしれんが俺や銀華に対して、どこか白雪は遠慮してるんだよな。でもアリアに対しての白雪は遠慮がない。いや、喧嘩して欲しいわけじゃないけど、実はあれはあれで噛み合ってるのかもしれないんじゃないか?」

 

白雪は基本いい子だ。人の言うことをよく聞く。それはいいこととされており、白雪の評価は高い。銀華と同じく男子にも女子にも、区別なく頼られている。

だが、問題がないとは言えない。

その従順な性格の中には白雪の意思はないのだから。

だけどアリアに対しては自分の意思でぶつかっている気がする。

 

「うん。そうだね。星伽さんは私に遠慮しすぎだよ。御先祖様であった出来事なんて忘れればいいのに」

 

ちゃんと姿勢を直した銀華が白雪に向かってそんなことを言う。

そういや、星伽は銀華の祖先に助けられてたんだな。それもあるので銀華に遠慮気味なのかもしれない。ボディーガードも銀華には頼まなかったし。

白雪はしばしの沈黙の後、ぱっつん前髪の下で長い睫毛の目を伏せながら、

 

「キンちゃんは……本当に私のことよくわかってくれてるね」

「……そりゃまあ、小さい時から一緒にいたからな。間がずっぽり空いてるけど」

「きっと私以上に、私のことが分かってる」

 

さっきより少し柔らかくなった声。

そっと、さりげなく俺たちに近づいてきた

 

「私が見守ることしかできなかった銀華さんとキンちゃんの世界に、アリアはまっすぐ踏み込んでいった。まるで銃弾みたいに」

 

なんだその世界と思ったが、話の腰を折らないためにツッコまないでおく。

 

「最初は跳ね返されたけど、諦めなかった。私は諦めたのに。全体的にキライなんだけど、その一面は凄い子だ…そう思ってるよ」

 

ふむ…やっぱり単純に嫌いというわけではないみたいだな。

 

「だから、私嫉妬しちゃってるのかも。私にはできないことをできたアリアに」

 

嫉妬。

俺や銀華が力を得るために使ってる感情だ。

しかし、あの感情は制御が難しい。銀華でも完全にベルセになると暴走するぐらいだ。

白雪もそれをコントロールできてないということか…

ちょっとここはリップサービスになるかもしれないが励ましといたほうがいいかもしれんな。

 

「あのな、前も言ったが、俺たちとアリアは一時的に組んでるだけだ。俺の幼馴染で銀華の友人のお前が嫉妬する理由なんてないぞ」

「キンジの言う通り、もっと自信を持って星伽さん」

「うん、そうだよね!」

 

俺たちにそう言われぱ、と顔を明るくした白雪。機嫌が良くなったのもあるだろう、俺の昔話を始め、銀華がそれを掘り起こすせいで俺が恥ずかしい思いをすることになった。

そして、その恥ずかしい昔話の最中思い出した。

神社から出ることのできない星伽の巫女を兄さんが『かごのとり』と、哀れむように呼んでいたことを。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

寝床についた私は、今日あったことが思い出される。キンちゃんの家に引っ越してきたこと、キンちゃんに美味しい料理を食べさせてあげれたこと、キンちゃんの昔話を銀華さんとできたこと。その中でも今日の占いは忘れることができないと思う。

アリアの占いはどうでもいいけど、他の2人の占いの結果が良くなかった。

まずキンちゃん。占いが示したのは

 

『キンちゃんがいなくなる』

 

それも近い未来に。どういうことだろう。キンちゃんは武偵高を辞める辞める言ってるけど本当に辞めちゃうということなのか?

そんなことを思いながら、銀華さんの占いをしたけど結果は、ああ……やっぱり。そういうことか…

避けられない運命なのかもしれない。銀華さんが()()の血を引いているからには。この占いが示すことは。

今、目の前の占札が示した未来は

 

『銀華さんが------』

 




白雪が見た未来が書けるのはいつになるのか…
明日の投稿は多分無理です


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第42話:絶望と希望

注意:ブラック銀華さん、三人称視点、オリ展開強め、キンちゃん出番なし


「おはよう!ライカ、志乃ちゃん!」

 

あかりがいつも通り、教室に入り2人に挨拶する。おはよう、と2人とも返してくるが少しいつもと様子が違った。特にライカが。

分かってもらえなくて不満といった感じだ。

 

「聞いてくれよ、あかり」

「ライカ、どうしたの」

 

ライカの隣の席に座り、荷物を降ろしながら相打ちをうつあかり。

 

「昨日、アリア先輩に似てる人をロキシーで見てさ」

「それ、アリア先輩本人じゃなくて?」

「どうやらライカさん曰く違うようで…」

「あれはアリア先輩じゃない!絶対!」

 

ロキシーとは、学園島唯一のファミレスの名前である。そこでライカはアリアに似た人を見たらしい。

 

「な、なんで?」

「うーんと、アリア先輩のトレンドマークのツインテールじゃなかったし、髪の色がピンクブロンドというより赤?、っぽかったし、座ってたから確証はないけど、多分あの子はアリア先輩よりちっちゃかった!」

 

そう断言するライカ。

 

「一緒にいた強襲科(アサルト)の連中もその子見たはずなのに、何も覚えてないっていうし……なんだったんだろうな、あの子」

「それはまた不思議ですね…アリア先輩より小さいとなると、あかりさんか小学生ぐらいしか思い浮かびませんが……」

 

 

若干失礼なことを志乃が呟いたのだが、そんな言葉を気にしてる余裕はあかりにはなかった。

 

「髪が赤っぽくて…アリア先輩より小さくて……もしかしてッ!」

 

考え込んでいる様子だったあかりが、急に椅子の上で飛び上がった。そして武偵手帳から慌ててある物を取り出し、ライカの目の前に突きつけた。

 

「ライカっ!」

「き、急にどうした」

 

あかりの勢いに押されるライカ。

ライカがあかりのペースに飲み込まれるのは実は珍しい。ライカの方が普段は余裕があるのだが、その余裕を吹っ飛ばすほどのあかりの勢いだった。それほどの勢いであかりが突きつけたのは……

 

「その人の髪って、この花と同じ色だった!?」

 

大きく真っ()に咲いた綺麗な紅菊の押し花だった。

 

「そうそう、この色この色。赤っていうより紅だな」

「その人の目もこの色じゃなかった!?」

「あ、そういえば目も紅色だったような……って、なんであかりの方がアタシより詳しいんだよ。あかりもその人見たのか?」

「うん…ちょっと2人とも付いて来てくれる?」

 

珍しく神妙な面持ちをして教室を出て行くあかりを見て、2人は顔を見合わせた後、その背中を追った。

 

 

 

あかりが向かったのは校舎の屋上。朝のこの時間には人気のない場所だ。この場所に連れてきたということは他の人に聞かれたくない話をするということに違いない。

 

「あかりさん…一体どうしたのですか?」

「そうだぞ、お前らしくない」

 

志乃とライカが屋上に着いても背を向けたままあかりに呼びかける。

 

「ごめん…ちょっと興奮しちゃって。ちゃんと話すから」

 

そう言いながら振り向いた。振り向いたあかりの目はどこか遠くを見ており、何か昔のことを思い出しているような顔だ。

 

「……あたしはね、本当はもうこの世にいない存在なんだよ」

「「っ!?」

 

あかりの発した言葉に2人は息を飲む。

こんなところまで連れてきたんだから、人に聞かせたくない話だとは覚悟していたのだが、その驚きの限界値を超えたのだ。

 

「生かされたの方が正しいかもね」

「どういうことだ……?」

「志乃とライカには話したよね。私の故郷が襲われた話」

「……ええ」

 

以前、あかり達は夾竹桃という犯罪者と闘ったのだが、闘う少し前にあかりは志乃達に自分の昔のことを話したのだ。

その中にはあかりの故郷、間宮の里が夾竹桃とその仲間によって襲われたということも含まれていた。

 

「その時にあたしは撃たれたんだよ。防弾服なしでこの前志乃ちゃんが撃たれた機関銃と同じもので。」

「そ、そんな……」

「な、なんでお前生きてんだよ」

 

志乃は夾竹桃戦であかりの盾となるため夾竹桃の機関銃の掃射を受けた。それでも今生きているのは運が良かったのもあるが、防弾制服を着ていたところが大きい。

だが、あかりは生き残ったというのだ。防弾服なしで、それも今よりもずっと小さい時に。

 

「えへへ…ある人が守ってくれたんだよ」

「もしかして、それって…」

「そう、ライカが言ってたあの人」

「…っていうことは、そのライカさんが見たって方はあかりさんのご親族なのですね」

「なるほど。だから、あかりが知ってたってことか?なんだよあかり、早く言えよな」

「違う!!」

 

突然のあかりの大声に2人は面食らう。

 

「ご、ごめん。いきなり大きな声出して」

「謝ることはありませんけど…それじゃあその人は」

「あたしの故郷を襲った1人、夾竹桃の仲間だよ」

「マジかよ…まだガキだったぞあいつ。てかなんでお前を助けたんだよ」

「任務に不殺とあったかららしいけど真意は知らない」

「ま、ガキだから非情になりきれなかったとかそんなん感じじゃないか?でも、アタシが見たやつも小学生ぐらいのガキだったんだよな…それから何年も経ってるはずなのに」

「もしかして、あかりさんと会った時から成長してないんでしょうか…?それとも、妹?」

「それは、わからない…でも、だけど見たらわかると思う」

「というより、そいつが本人にしろ妹にしろいるのやばくないか?夾竹桃の仲間なんだろ?」

「うん。だから、そのことを伝えようと思って」

「まさかもう一度あかりさんを狙いに…!?」

 

あかりは夾竹桃に狙われていた。夾竹桃が失敗した今、夾竹桃の仲間の紅の髪の少女が出てくるのは自然だと志乃は考えたのだ。

だが、ライカは違った。

 

「いや、それはねえな。奴はあかり本人というより、あかりの鷹捲(たかまくり)を毒と勘違いして狙ってたんだろ?鷹捲が毒ではないとわかった今、あかりをその仲間が狙う意味がない。あかり本人が優等生ならまだしも、Eランクのへっぽこだもんな」

「Eランクの……へっぽこって……」

 

そう言われたあかりも事実なので反論できないのだが。

 

「アタシ達に報復に来たなら、そんなウロウロする必要はないし、奇襲をかけるだけでいい。夾竹桃の時、向こうは交渉する気があって、その隙にアタシ達は戦力を整えて、ギリギリ勝てたんだ。もし奇襲されてたら、各個撃破されて終わりだっただろうな」

「それじゃあ……」

「たぶん、あかりではない他の人を狙いに来たんだろう。それも奇襲で片付けることが出来ないので、機を伺う程のあたし達よりずっと強い人を」

 

ライカの呟きに、あかりはアリアを、志乃は白雪を、ライカ自身は銀華という自分の戦姉のことを思い浮かべた。

 

「あ、そういえば……」

「志乃ちゃん、どうしたの?」

「私の戦姉の星伽先輩がボディーガードを教務科(マスターズ)に言われてつけられたのを思い出しました。少し前まで嫌がっていらっしゃてましたのに」

教務科(マスターズ)がそこまでするってことは、狙いは星伽先輩の可能性が高いかもな」

「どうして星伽先輩を…」

「もしかしたら超偵だからかも……アリア先輩が昨日超偵がどうとか電話で話してたし」

 

超偵とは超能力を使う武偵のことである。

胡散臭がられながらも日に日にその存在感を武偵業界で増している。

武偵高はその超偵を超能力捜査研究科で育成しており、白雪はそこの生徒であることをこの3人は知っていた。

 

「もしかして……魔剣…?」

「魔剣…?なにそれ?」

「超偵ばかり狙って攫うと言われてる犯罪者だ。都市伝説みたいなもんだけどな」

「確かに、ライカさんが見たっていう少女が魔剣なら筋が通りますね」

「銀華先輩に一応このこと伝えとくよ。あの人星伽先輩と仲良いからたぶんなんとかしてくれるだろうし、星伽先輩の不安をさらに煽るのも良くないしなって……あかり?」

「…うん!あたしも銀華先輩に伝えとくのいいと思うよ!」

 

歯切れの悪い回答をするあかりを見て、少し不思議がった2人だが、これからの対応について話は戻っていった。その横であかりは

 

(あの人が本当に魔剣……?本当にそうなのかなあ……)

 

武偵手帳に挟んである紅菊の押し花をこっそり見ながらそう思っていたのだが、その思いが口を出ることはなかった。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

最近にしては珍しく自分の部屋に帰って来た私はライカを招いて、夕食をとっていた時のこと。

ライカは私が作ったご飯をいつも通り、美味しい美味しいと言いながら食べてくれた後、後片付けでライカが皿洗いをしてくれている時のことだった。

 

「銀華先輩」

「どうしたの?ライカ」

 

キッチンからダイニングにいる私に呼びかけて来る。その声は話しかける機会を伺っていたという感じだった。何か相談事かな?

 

「魔剣と呼ばれる犯罪者がいるってことは知っていますよね」

「うん。都市伝説とも言われてる超偵を狙う犯罪者のことでしょ?」

「はい。それでですね……アタシ、たぶんその魔剣と思われる人を見たんですよ」

「ほう……それはどんな人だったの?」

 

ジャンヌの変装を見破ったのか、なかなかやるじゃない、ライカも。だが次の言葉を私を動揺させるには十分な言葉だった

 

「えっとですね……髪が紅色で、背は小さくて、目も紅色でその人が魔剣じゃないかって……」

 

もしかして、この前ロキシーに出てった時に見られていたってこと?緑松校長の認知されにくい体質を不完全だけど超能力で再現していたのに?いや、不完全だからか。あれは私に近い人は見えちゃうらしいから、戦妹のライカには見えちゃったんだ…

それはまずい。

マズイ。

マズイマズイマズイマズイマズイマズイ。

 

「アタシの友達が以前助けてもらったらしいんですけど、だけどそいつは以前アタシが捕まえた犯罪者の仲間で…」

「………その魔剣の話は誰としたの?」

「えっと……アタシと志乃とあかりの3人でしました。他は知らないです」

 

そうか、まだその3人でしかも全員女性だけか。それだけなら……

 

「まだなんとかなるね」

 

バンッ!

私がライカの襟首を掴み壁に叩きつけた音が響き渡る。

 

「しろは…せん…ぱい……?」

 

私にいきなり叩きつけられたライカは驚きで目を丸くしている。それはそうかもしれない。自分ではそうは思わないけど、キンジに優しいと何度も言われたし、他の人にも言われる。そんな私にいきなり叩きつけられたら、驚くに決まっている。

 

「ごめん、私には今余裕がないんだよ」

 

だが、自分では自分でしたことに何も驚かない。それはなぜか。なぜなら、私は武偵・北条銀華であると同時に

 

「だって、それ私だもん」

「……は…い……?」

 

イ・ウーの紅華・ホームズ・イステルなんだから。

 

「その紅のちびっこは私のもう一つの姿。それを言いふらされたら私が困るの」

「……じょう……だん…です…よね?」

 

壁に叩きつけられたままのライカは息が苦しいらしく言葉を長く続けることができない。

 

「私は冗談を言う人だったっけ?」

「じゃあ…ほんと…に?」

「そう。ライカたちが倒した夾竹桃の仲間だよ私は」

 

そう言い私はライカの額をコツンと指でつくと、ライカの体から力が抜けた。気を失ったのだ。

 

「ごめんね…ライカ…」

 

聞こえてないだろうけど、ライカにそう謝りながらソファーに寝かせる。

私が使ったのは北条家の技、『絶経(ぜっこう)』。

相手が直前に思っていたことを丸々忘れさせる技だ。忘れさせるというよりは思い出させなくするといったほうが正しいかもしれない。

記憶喪失には人間の防衛本能から起こるものがある。それは強いショックや恐怖、絶望を受けた時だ。人は心が壊れるのを防ぐためにそのことを忘れる。これを絶経は利用するのだ。

強いショックや恐怖、絶望を声、目線、圧迫感などを駆使し相手に与えて、心を守ろうという機能を強引に働かせる。その結果、相手は恐怖や絶望に加え、直前に思ってたことについて思い出せなくなるのだ。

相手の記憶の引き出しに対する鍵をそれらによって壊すとでも言えばいいのかもしれないね。

記憶の鍵を作る遠山家の禁術、『猾経(かっこう)』とは、真逆の技。

私の推理では私のご先祖様が浮気されて、浮気相手やご主人の記憶を消すために作られたんだと思うんだけど、どうなんだろう?

お母さんに教わったお父さんにこれを教わった時、使う場面がないことを祈るよとか言ってたし。私も初めて使った。

それほど私は焦っていた。

キンジがイ・ウーと敵対していて、なおかつ私がまだイ・ウーから抜けきれてない今、私が紅華だとバレるのはマズイ。キンジと敵対することになってしまう。そのための不安要素は消さなくてはならない。

 

(あとはあの2人か……)

 

ライカがしばらく寝てることを確認した私は、着替えて夜の街に抜け出した。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

あかりは日課となっているアリアの家の掃除をすませて、妹のののかが待つ家へ急いで帰宅していた。

アリアの家は広い。1フロア丸々くり抜いたものが2層重なっている。銀華が住んでる部屋も広いがアリアの住んでる部屋とは比べ物にならない。

放課後、アリアに命じられた自主トレをこなしたあかりは、そこからアリアの部屋の清掃をしたので、帰るのが遅くなっても仕方がないだろう。これが武偵高1年が奴隷の1年と言われる理由である。

 

(また、今日も遅くなっちゃった。早く帰らないと…)

 

今日、あかりがアリアに命じられたトレーニングは一段ときつかった。アリアの機嫌が悪かったからである。なぜアリアの機嫌が悪かったかはお察しの通りだ。

トレーニングも兼ねて小走りで帰宅していると曲がり角で不意に誰かとぶつかった。

 

「あいたた……ごめん、だいじょ、うぶ……?」

 

あかりの最後の方の言葉が濁ったのだがその理由は二つある。

一つはあかりはよろけたが、その子はあかりより小さいのにも関わらずまるで地面と足が張り付いているかのように一歩も動いていなかったからだ。体格差があるならわかる。だがその子はあかりより小さいのだ。ニュートンの第3法則より考えるとあかりより相手の方が吹っ飛びやすいはずである。

そしてもう一つは、その子の風貌だ。

 

「久しぶり、私のこと覚えてる?」

 

忘れるわけがない。1日足りとも忘れた日はない。紅の髪と瞳、愛らしい顔、そして一般人とは明らかに違うオーラ。

声が出ない。

いると聞いていたのに驚きで声が出ない。

状況は少し違うがアリアと初めて会った時と同じ状態にあかりは陥っていた。

 

「その様子だと覚えてるみたいだね」

 

ニコリと笑う紅の少女。だが、その笑みはすぐに消えた。

 

「まあ、もうすぐ忘れるんだけど」

「え……?」

 

あかりの口から声が漏れた。驚きすぎて一周して元に戻ったのかもしれない。

 

「今日、あなたの友人から私のこと聞いたでしょ?」

「……それが?」

「困るんだよ。私がここにいるってことを知られたら。だから消して回ってるの。私のことを知ってる人のをね」

「消すって?」

「そのままの意味だよ。文字どおり消してる」

「ライカと志乃ちゃんも…?」

「そう。あなたが最後だよ間宮あかり」

 

相手を追い詰め、恐怖させるようなことをいう紅の少女。

……だが、あかりは一歩も引かなかった。

 

「そう、じゃ消していいよ」

「え?」

「あたしの命はあなたに貰ったものだから。でも一つだけ、これだけは言わせて。あなたにあったらずっと言おうと思ってた」

「……何?」

「ありがとう」

「………はい?」

 

いきなり感謝された紅の少女は困惑気味だ。

 

「あたしとののかを助けてくれてありがとう。ずっとお礼が言えていないことが気掛かりだったんだよ」

「私はあなた達を襲った敵よ。憎まれることはあっても感謝されることはない」

「あなたが敵であることには変わりはない。だけど、あたしとののかを助けてくれた事実も変わらない」

 

あかりは確信していた。この少女は消したと言いながら誰も殺してない。ライカも志乃も。だってこの人は見ず知らずのあたしを助けてくれたヒーローなんだから。

 

「あなたのおかげであたしたちは今生きている。あなたが銃弾を止めてくれなければあたし達は死んでいた」

「あれは命令の中にって…」

「そうだったね、でもあの時助けてくれたのはあなただけだった」

「……」

「武偵高のみんなを裏切ることはできないけど…あなたのことなら」

「もういい!」

 

紅の少女は叫ぶように声を出した。そしてあかりとすれ違うように歩きだす。

 

「気が変わった。消すのは止めだ。間宮あかり、私と約束しろ」

「うん。何を?」

「私がここ、学園島にいること。私と今日あったこと。私のことを誰にも話すな」

「わかった」

 

そう言いながら後ろを振り返ったのだが、もうそこには人影はなかった。

紅華は諦めたのだ、『絶望』させることを。それはなぜか。推理できてしまったからだ。

 

あかりの中で紅華の存在が生きる『希望』となっていることに。




甘い話はどこ…?ここ?(砂糖不足で死にかけてる筆者)
そして原作の話が一ミリも進んでいない(絶望)
甘い話を書ける日はいつ来るのか…


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第43話:血の呪印

注意:銀華出番少なめ


『アドシアード準備委員会』の末席で俺は1人ぼんやりとアリアのことを考えていた。

最近あいつは魔剣(デュランダル)の情報収集をするためあちこちを駆け回っている。夜中、ちょっとでも音がしたら飛び起き拳銃を構える警戒っぷりだ。だがその敵の影は依然見えないのと、睡眠不足もたたっているのだろう。最近は明らかにご機嫌斜めだ。

 

「星伽さんもぜひ、閉会式のアル=カタにはでていきたいわ」

「枠も一つ開けてありますし」

 

武偵高はこんなんだが一応、高校という区分なので生徒会がある。

しかし、生徒会のメンバーは校則により女子ばかりだ。

この理由はかつて男子が生徒会役員だった頃、部費の取り合いだかで撃ち合いに発展したからである。この学校は世紀末かよ本当に。

で、このアドシアード準備委員会は生徒会メンバー、つまり女子だけで構成されている。

なんでこんな退屈かつ銀華に誤解されて危険そうな委員会にお邪魔してるかというと白雪のボディーガードのため、というよりアリアの命令のせいである。

白雪を推す生徒会メンバーに対し、あくまで裏方で貢献したいという意見を伝える白雪。主な議題はみんな終わったので早く終わってくれという俺の願いが通じたのか

 

「--もう時間ですし、これで会議は終了したいと思います」

 

よく通る綺麗な声で、白雪は一同にそう宣言した。

アニメ声のアリアが声優、踊れる銀華がアイドルなら、白雪は女子アナだな。

そんなことを考えながら席を立つと……女子どもがキャッキャと騒ぎ始めた。

どうやら、台場に行くとかどうとか。

きゃっはは、うけるー!

だとよ。

みんな明るい笑顔なんかしやがって…

いやだなー。こういうの。

モテるモテないの話してるが、お前らがモテないのは腰に拳銃ぶら下げてるからだぞ。

 

「星伽先輩も一緒にどうですか?」

 

白雪の後輩の1年が話しかけると、白雪はえっ、という表情になった。

 

「あ、私は家でアドシアードのしおり作成しなくちゃいけないから…」

 

と顔を下げた白雪に女子たちは

 

「勉強熱心…さすがです」

「本当に超人ですね」

 

などと、嫌味ではなく本気で尊敬するような声で言った。そして--同時になんとなくだが一歩引いてる感じだな。

 

 

夕日が照らす道を白雪と並んで帰る。

先ほどまで委員会をやっていた場所と男子寮は近いから徒歩だ。

女子と2人で歩いてるのを銀華に見られたら、ご機嫌が急降下だろうが、ボディーガードだから仕方ない。

もし1人で帰ったら、今度はアリアに風穴祭りにされる。

行くも地獄、帰るも地獄。神様は俺に試練しか与えない。

 

「き、今日の私…どうだった?」

 

体の前に提げた学生かばんを両手で持つ白雪は、まるで一生起こらないと思ってたことが起こって嬉しいという顔をしている。

 

「信頼されてるって感じだったな。いいと思うぞ」

 

と感じたことを率直に言ってやると、白雪はかあああああ。

顔を真っ赤に、緋袴のように染めて、俯いた。

 

「……き、キンちゃんにほめ……褒められちゃった……」

 

などと脳内トリップ。

おーい、前向かないと危ないぞ。

 

「あっ」

「前向いて歩けって、電柱にぶつかるぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

脳内トリップの達人である銀華も、俺といるとよく電柱にぶつかりそうになるからな。昔はそんなことなかったのに、なんであんなにポンコツになったんだ……

 

「そういやお前、チア出ないのか?みんな出て欲しそうだったじゃんか」

「だ、だめだよ。チアは……銀華さんみたいなもっと、明るくて可愛い子の方がいいよ。私みたいな地味な子がでたら、武偵高の評判下がっちゃう」

「お前なー、自分のこと下に見るの良くないぞ。チアやってる時だけ明るい演技すればいいし、もしかしたら演技してるうちに本当に明るくなるかもしれないぞ。それに武偵高の評判なんて地の底なんだから、これ以上下がりようがない」

「でも…」

「もしかして魔剣(デュランダル)にビビってるのか?そんなもん、いない。狙撃されたりしねえって」

「うん……でもダメなの」

「なんでだ?」

「星伽に怒られちゃうから」

 

星伽。

白雪の名字だが、こう白雪が呼ぶときは、星伽神社。

つまり実家を意味している。

 

「なんでだよ。そんなこと怒る事じゃねえじゃないか」

 

何度か今まで白雪がこのような発言をしていたから、なんとなく知ってはいるのだが…

白雪の実家、つまり星伽神社は神社から出て東京に来た白雪にあれこれ制約をつけているのだ。格式を重視しているのか、あれこれダメとうるさい。

 

「ダメなの。私はあまり大勢の前に出たらダメなの」

 

ダメなのと、二回白雪は繰り返したが…

よほどダメなのだろうな。

 

「さっきの台場に行く誘いを断ったのだって、ひょっとして星伽か?」

「うん」

「お、おい」

「私は神社と学校からは、許可なく出ちゃいけないの」

 

おいおいおいおい。

それは流石に酷くないか?人権侵害だろ。

あのなぁーと俺が抗議しようとしたタイミングで

 

「星伽巫女は守護り巫女。生まれてから逝くまで、身も心も星伽を離るるべからず」

 

俺に言うというよりは独り言と言う風に呟いた。

 

「私たちは代々、星伽神社に一生いるべき人間なの。他の神社との交流もあるから、もちろん行くこともあるし、現代は義務教育とかもあるけど、それはあくまで最低限にしなくちゃならないの。私が武偵高に来たのだってすっごく反対されたよ」

「でもお前はそこから出て来たんだろ。じゃあ、もう今更あれだろ」

「……」

「素直になっていいから、今はあいつらのとこ行ってこい…護衛は、そうだな。銀華に頼むよ」

 

あいつは白雪のボディーガードを頼まれていないが(というよりも白雪が拒否した)、ボディーガードではなく、友人として白雪に付き添えばいいだろ。あいつの性格上、白雪か俺が頼めば断らないし。

 

「今日は飯作らなくていいから、思いっきり遊んでこいよ」

「ううん。いいの。銀華さんに迷惑だよ。それに外は…なんだかこわいよ」

「怖いって、台場がか?あそこただの商業施設だぞ」

 

怖いというか危ないというか武偵高にいるのにどうなんだそれは。

 

「でも私、今まで女巫校(めかんなぎ)を出たことがないの…」

 

女巫校。

神学校の一種で、裕福な神社の娘が通う全寮制の女子校だ。

白雪はそこに小学校、中学校と通っていた。

 

「ああやって、外に出てお買い物とか、してみたいけど……私、自信がないの」

「自信?」

「うん。私はみんなが知ってること何も知らないの。話せることと言ったら学校のことぐらいだし、流行も何もわからない。みんなと理解しあえないの…」

 

こんなことあったなそういえば。

 

「自信とか言っているが銀華も最初そうだったんだぞ」

「え?」

「あいつ海外出身だからさ。全然日本のこと知らなくて。最初は大変だったんだぞ」

 

あいつに付き合ったせいで初リゾナも体験したしな。それも、4年前か……懐かしい。

白雪はそれを聞いてなぜかちょっと納得したようだ。何に納得したかはわからんが。

 

「だから、お前もチャレンジしてみろって。意外とお前も銀華みたいな感じなるんじゃないか?お前ら仲いいし」

「私と銀華さんは違うよ。なんたって銀華さんは北条なんだから…」

「銀華も言ってたが、ご先祖様のことなんてお前が気にする必要ないだろ」

「ううん、そういうことじゃないよ。キンちゃんは知らないかもだけど、北条の血はすごいの」

「……どうすごいんだ?」

「人を惹きつける力。その力が代々北条の家系には流れてるの」

 

……そんなことがあるのか?

実際に銀華は人に好かれやすい。

クラスでは俺と違い中心にいるし、ファンクラブがあるぐらいだ。

それが遺伝体質だとでというのか…?

 

「昔からなのか…?」

「うん。有名どころで言えば承久の乱かな。キンちゃんも知ってるでしょ。北条政子の演説」

「ああ…」

 

承久の乱。

鎌倉時代に後鳥羽上皇が起こした戦いだ。

朝廷の敵になることで浮ついた鎌倉武士を一つに団結させたのが、銀華の祖先、北条政子の演説と言われている。

そう考えると少し納得できるかもしれん。

 

「遠山家と北条家の付き合いは長いからキンちゃんにも流れてるはずだよ。銀華さんと同じ血が」

「途端に信用できなくなったんだが」

 

綴に非社交的と言われる俺だぞ。その後潜在的カリスマがどうとか言っていたが、それは買いかぶりだ。銀華と俺に同じ血が流れているのは事実だが、人を惹きつける力はたぶん北条の血は関係ないだろそれ。反例がここにいるんだしな。

 

「そ、そんなことないよ。キンちゃんは私を助けてくれたし…」

「それとこれとは関係ないだろ」

「…だけどキンちゃんはそれでも私を助けてくれた。それは私にとって嬉しいことで…そういうことを無意識にするから、銀華さんの一族は北条姫と言われているんだよ」

「…北条姫?」

「そう、お姫様。みんなに優しく、みんなに慕われるお姫様。だから銀華さんの婚約者のキンちゃんは王子様だね」

「お、王子様って…恥ずかしいから、やめてくれ」

 

お姫様……王子様……どこかで最近こんな話を聞いた気がするんだが、なんかの童話だっけな?

 

「私はね、いいの。2人がいれば。キンちゃんは私のことを理解してくれる。お姫様の銀華さんは私の相手をしてくれる。だからいいの。他には何もいらないの」

 

白雪、お前。

それじゃあ銀華が増えただけで、根本的にはあの頃とまるで同じじゃないか。

こんなに星伽神社から離れているのに--お前まだ、かごのとりなのかよ。

 

「だからね…キンちゃん」

 

少し立ち止まってこちらを見る。

 

「銀華さんを守ってあげてね」

 

占いの時と同じことを言う白雪。

白雪、お前…

いったい占いで何が見えたんだ…

 

 

 

 

夜シャワーから出た俺は体を拭き、ズボンを履いて、浴室の電気を消す。

そしてそのまま…時計を見るともう10時だ。

銀華は今日、久しぶりに戦妹のライカを招いて食事を取ってるので、この家に来ないとメールが来ていた。その時に一緒のタイミングで来てたアリアのメールには諜報科(レザド)に行くとかどうとか。またどうせ魔剣の情報を探しているのだろう。

そんなことを考えながら、顔をバスタオルで拭いていると

パタパタパタ。

何やら慌てて廊下を走ってくるスリッパの音が聞こえた。

 

「??」

 

どうした、と脱衣所のカーテンの方を向くと

 

「--キンちゃん!?どうしたの?」

 

しゃー!

 

脱衣所のカーテンが全開されてしまった。

開けたのは、巫女装束を身にまとった白雪。

 

「は、はっ!?」

 

俺はいきなりのことに後ずさってしまう。

っていうかこれっ。

普通なら--いや、普通が何かはわからないが--男と女が逆じゃないか!?

などと意味不明な分析をし始めるぐらいテンパってしまった。

 

「な、なんだ!いきなり急にっ!?」

「え、えっ、だ、だってキンちゃんがで、電話」

「電話って?」

「す、すぐに来いって言っただけで、急に切っちゃったから」

「確かにあれはキンちゃんだよ!非通知だったけど『バスルームにいる』って」

 

なんだそれ。

幻聴だろ。

 

「シャワー浴びながら電話が掛けれるわけねえだろ!な、なんでそんな変なことが起きる!」

「で、でも、でもでも、でんでんでんぇん!」

 

俺が上半身裸なことを今更把握したらしく、顔から腰へ視線を下げつつ、白かった顔を下から上へ、何かメーターが上がるかのように、赤く染めていった。

そして大きく息を吸い込み

 

「ごめんなさいっ!!!」

 

どういう跳躍法なのか理解できない奇妙な飛び方で斜め後ろに跳ねる。

そして、空中で正座の姿勢になったかと思うと、服を広げつつ、着地をしながらベタァああああ

土下座した。

 

「ごごごごご、ごめんなさいごめんなさい!」

 

体を小さくし、頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にしている。

 

「銀華さんが今日いないから!キンちゃんのことばっかり考えてたのは事実です!裸なのを想像してたのも事実ですっ!」

「そ、そんなこと聞いてねえよ!」

「でも、想像したら、それがそれがそれが!お、お許しください!白雪は悪い子です!いけない子です!くぁwせdrftgyふじこlp」

 

やばい。

 

「お、おい」

 

ぶっ壊れやがった。一番身近な銀華も時々バグるしなんで女どもはこうなるんだ。このままほっといたら、アリアに敵に攻撃されて白雪がおかしくなったと思われかねん。

俺はとりあえず白雪の前で片膝をつく。

 

「ほ、ほら。多分間違い電話だろ。そんな謝らなくていい」

 

と出来る限り穏やかにいってやるが、

これがミスだったぽい。

白雪は自分の目を手で隠しながら

 

「おあいこ!」

 

とまた意味のわからないことを絶叫し始めた。

そしてかぁーと発熱したかのように体まで赤くした。というかちょっと暑くなってきたぞ。お前は暖房器具かよ。

 

「おあいこって何がだよ」

 

と聞くと、ぶっ壊れた白雪はぶっ壊れた演算結果を発表した。

 

「キンちゃんが私の上裸を見れば公平だよ!」

「はっ!?」

 

と言った白雪はいち早く自分も脱がなくちゃいけないと言った風に急いで脱ぎ始めた。

 

「な、なんでそうなるんだよ!」

「これで、おあいこ!脱ぐ脱ぐ脱ぐぅ!キンちゃん様なら見られて平気なの!むしろ見て欲しいの!」

 

と暴走する白雪を俺は全力で止める。これは命に関わる問題だ。もしヒスって間違いをおかしてみろ。俺がベルセ化した死神(銀華)に殺される。な、なんとかして阻止しなくては!

 

「キンちゃん放して!」

 

と白雪。

「大人しくしろ!」

 

と俺

 

「ただいまー」

 

とアリア。

…………アリア?

………最低最悪のタイミングで帰ってきやがったなこのやろう!

少し盤面を整理してみよう。

--白雪の黒い瞳は潤んでおり、着衣は乱れている。

--そして俺は上半身裸。

--おまけに先ほどの会話『放して』『大人しくしろ』

 

詰んだわ。

 

「……こん…こんのおおおおお……」

 

がるるるると、獅子が唸るようなアリアの声。

さっ。

スカートの側面に突っ込まれる手。

 

「バカキンジイイイイイイイ!!」

 

バスバスッ!

漆黒と白銀のガバメントで、.45ACP弾をぶっ放してきやがった!

 

「ま、まて!」

 

バリバリ!

足元に命中した弾に俺は後ろに飛び上がる。

ちょ、ちょっとまて!俺今裸なんだぞ!

 

「あんたは!銀華がいるくせに!バカ!ケダモノ!強猥魔!」

 

バスッ!バスッ!

拳銃を撃ちつつ前進してくる。

俺はとうとうベランダまでの追い詰められた。

もう後がない。下は東京湾だ!

 

「あたしに強猥した挙句、今度は白雪!?ヘンタイ!」

 

とうとうアリアは2丁拳銃を俺に向けてきた…

ど、どうする俺…!?

武器はなし。

物置に入ってもそのままぶん投げられる。

この状況で生き残るための活路を考えろ俺!

 

「ち、違うのアリア!負け惜しみはもうやめて!」

 

壊れた白雪によくわからないことを叫ばれ、アリアはピンクの眉を、寄せて振り返る。

 

「な、なんであたしが負け惜しみなのよ」

 

犬歯をあらわにしたアリアに白雪は、

 

「あれは無理やりじゃないの!合意の上だったんだよ!」

「合意?」

「そう。あれは自分から脱ごうとしてたの!だからキンちゃんは悪くない!」

「ぬ、脱ぐって、あんたら一体何しようとしてたのよ!」

 

と慌てるアリアの手から、白雪が「えいっ!」と拳銃を奪い取る。

言ってることはよくわからないが、頑張れ白雪!

 

「た、たたたとえ合意の上だとしても!」

 

一気に赤くなったアリアは白雪の袖を掴むと

ずだんっ!

綺麗な一本背負いで白雪を床にひっくり返した

 

「きゃっ!」

「あんたには銀華がいる上に、そそ、それはボディーガードの禁止事項(タブー)よ!」

 

そう叫んだアリアが白雪を踏み越えてくる。

お、おい。白雪はお前の護衛対象だぞ!

 

「仲良しぐらいならまだ許すけど!く、依頼人(クライアント)とそ、そういう関係になるのは、武偵失格!失格!大失格!」

 

アリアは高ヘルツの窓を破壊しかねんキンキンする声を上げ

 

「風穴まつり!」

 

バリバリバリ!

情け無用という感じで俺をうってきた。

それはもう読んでいた俺は男子寮のベランダから飛び降りベルトのワイヤーに捕まる。

か、間一髪だった…

と思った矢先

 

「頭を冷やしなさい!」

 

バキュン!チュインッ!

叫び声と共にベランダから放たれたアリアの銃弾にワイヤーが切断され、俺は落下防止柵にバウンドし、ザブン。

気がついたら東京湾に浮かんでいた。

 

 

ボディーガードは依頼人と深い関係になってはならない。

これは基本中の基本で、強襲科の教科書にも載ってる。

依頼人とそういう関係になってしまうと警戒が緩んだり、イザという時に冷静な判断ができなくなる可能性があるからだ。

だが、今回の任務は過保護から始まった、言うなれば、ごっこ遊びだ。

魔剣(デュランダル)という都市伝説に目の色を変えたアリアだけが本気になってるわけで、俺はいい迷惑だよ。

でだ。

元々少し疲労がたまってたところに、シャワーの後東京湾に落とされた俺は

カゼをひいてしまった。

朝、クラクラしながら体温計を咥える俺を見てアリアは、「まったく…だらしない!」とおかんむりだったが……それ以上いつものように手を出してきたりはしなかった。

白雪は俺を看病したがり、キンちゃんが休むなら私も学校を休みますとまで言ってきたが、さすがにそれは悪いのでなんとか登校させた。

で、その後俺はベッドの上で手持ち無沙汰な時間を過ごした。

熱は38度ぐらいを行ったり来たり。

辛くない時もあるが今はちょっと辛い。

そんな高熱に意識が朦朧としていると、昼休みぐらいの時間だろうか?

誰かが家に入ってきた。

声を出すのもだるい俺はそのまま気にせず寝に入る。

 

「まったく…もう…」

 

ため息ぐらいの大きさで発せられた凛々しい声。

ガンガンと痛む額に、熱を測るかのように優しく手が置かれる。その手は冷たく……気持ちよかった。

 

 

 

何時間ぐらい経過しただろうか…眼が覚めて、ベッドの横にある時計を見ると午後2時だった。体温計を取ろうと右手を動かそうとするとがっちりと何かに繋がれている。

 

「あれ、起きた?」

 

ベッドの側には銀華が居た。銀華は右手で何かの本を読みながら、俺の看病をしてくれていたぽい。そしては左手は俺の右手に繋がれている。

 

「銀華……」

「もしかして喉渇いた?水は一応薬と一緒にそこにあるけど」

 

銀華が指を指す方向を見てみると、薬の効かない体質の俺に唯一目覚ましい効果のある風邪薬『特濃葛根湯』とコップに入った水がある。銀華が買ってきてくれたのか。

 

「ありがとう」

「ううん。私は何もしてないよ。買ってきたのは私じゃないから。そのお礼はちゃんとその人に言うんだよ」

 

銀華じゃないってことは--白雪か。

さすがだ。気がきくな。

 

「なんか食べる?お粥でも作るよ」

「いや、いい…それよりも」

「ん?」

「ここに居てくれ…」

 

熱が出ると寂しくなる、と言われている。

身体が弱ってるから他の人の助けを求めてるのかもしれない。熱に侵された俺は銀華を求めたのかもしれない。

 

「うん。わかったよ。ここに居てあげる」

 

再び手を繋ぎなおし、聖母のような優しく慈愛に満ちた頬笑みを浮かべる銀華を見て、俺はその笑顔に無意識に惹きつけられながら、安心した気持ちで眠りに落ちた。

 

 




銀華さんの血の力が予想外の威力で読者にも効いてて、驚いてる筆者。


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第44話:かごのとり

次回への貯め回。ストーリーを進めるため銀華さん出番少なめ。


さすが特濃葛根湯。

それを飲んだおかげで、次に目を覚ました時には、平熱に戻っていた。

俺の看病をしてくれていた、本当はお忙しい銀華さんは俺の熱が下がったのを見ると、戦妹の火野との稽古があるらしく家から出て行った。お忙しいところスミマセンね。

時刻はもう夕方で、朝から何も食ってないし何か食べるかと居間に出ると、ちょうど帰ってきたらしい白雪と出くわす。

 

「あっ、キンちゃん。もう大丈夫?」

「ああ。もうすっかり治ったよ」

「よかったあぁ……よかったよ……ぐすっ」

「だから泣くなって」

「うん」

 

白雪は手で涙を拭うと、喜びの表情を見せる。

 

「お前がくれた『特濃葛根湯』のおかげだ。あれ飲んだら1発で治った」

「え?私、キンちゃんお薬嫌いだから、薬膳作ろうと思ってたんだけど」

「ん?銀華に薬渡したのお前だろ?悪かったな。あの薬、買うのちょっと大変だったろ。ありがとな」

「え、あ…」

 

と白雪は綺麗な手を口にあて、

何か考えるような動作をしながら

 

「う、うん」

 

と。

俺から目を逸らしつつ言った。

 

 

 

 

 

黒い体育館のような強襲科の施設で、今は俺には似合わないエレキギターを提げている。

今日はアドシアード閉会式の下稽古ということで、アリアに強制入隊させられた、アル=カタ音楽団員こと俺も練習をしてるのだった。

 

「〜〜〜♪」

 

ボーカルは俺ではないが、小声というか鼻歌というか歌いながら担当のイントロパートを繰り返す。

ギターは神奈川武偵高付属中(かぶちゅー)にいた時に変装(マスケ)の練習と称して音楽の時間少し習ったし、そこまで長くない曲だし、もう1人のギターの不知火が上手いから、練習はそこまで大変じゃないんだが…

違和感しかない。強襲科の施設が平和利用されてることに。

なんか知らんがノリノリでドラムを叩く武藤の向こうでは、銀華とアリアたち、つまりポンポンを持った女子たちがチアダンスの練習をしている。

ピッピッピ。

軽快な踊りに揺れる短いスカート。

武藤が一年に一度の眼福と言っていたけど、俺にとっちゃホラー映像だよ。

そんな女子が大量にいる中でも銀華は目立っていた。俺たちがいる所を見下ろせるガラス張りのトレーニングルームには人だかりができる始末。多分銀華のファンだろあれ。

なぜか分からないが、そんな光景に心をモヤモヤさせていると

 

「はい、じゃあ今日はここまで。お疲れ様でした」

 

先生のような言い方で白雪が一同に言うと、女子たちははーいなどと言いながら散らばっていった。

ひとまず一安心だが、なんだか女臭いこの空間と自分のモヤモヤした気持ちがなんか嫌で……ギターを片付け、階段を上がり、屋上に出てこの気持ちを晴らすことにする。

天気は見事なまでの五月晴れ。

暖かい日差し。

これは絶好のお昼寝日和だ。

そう思った俺は、屋上にゴロンと横になる。

すーっと爽やかな春風を吸い込むと、胸のモヤモヤが取れる気がする。

などと屋上でのひと時を満喫していたら--ふわ。

風になんだか、甘酸っぱいクチナシの花のようないい香りが混ざってきた。

 

「?」

 

不思議に思って目を開けると

ぐしゃっ!

俺の顔面にスニーカーが落ちてきた。

 

「やめっ!」

 

がしっ!だん!

今度は連続して蹴ってくるスニーカーから頭をなんとかかわす

 

「何サボってんのよ!白雪のボディーガードしっかりやりなさいよ!ポンコツ!」

 

俺の顔の脇に蹴りを叩き込んだのはチアガール姿のアリアだった。

先ほどまで持っていたポンポンをそのまま持っており、その手を腰に当て、プリプリという風に怒っている。

 

「アリアっ?」

 

こんなところまで来やがって。

抗議する目線を送りながら、起き上がると

 

「ん」

 

ぶうんっ。

アリアは明らかにチアとは異なる動きで右脚を高く、自分の頭の近くまで持ち上げた。

--ハッ。

コイツ俺に白刃どりさせようとしてる。蹴り足を!

それに気づくと振り下ろされたかかと落としをキャッチしてやろうとするが

パシッ

俺の両手は空を叩く。そして

ごすっ

21センチの小人のあんよが俺の脳天を直撃する。

も、もう。勘弁してくれよ。

蹴られたり、殴られたりは強襲科や銀華で慣れっこだが、こうも何度もやられると流石に辛いんだぞ。

 

「もう。いっぺんぐらい成功させないよ!」

「あのなあ…」

 

俺は怒ってるアリアの横で、頭を片手で抑えながら立ち上がる。

 

「お前、ちょっとは俺のこと考えてくれよ…どっかの誰かさんのせいで風邪を引く羽目になったんだからな」

「そ、それは悪かったわよ!あたしもちょっとやりすぎたと思ったから」

 

俺が嫌味を言うと、アリアは銀華が切れた時と同じ(あか)い目を逸らしつつ、ソッポを向いた。

 

「まあ風邪のことはまあいい。銀華が看病してくれたし、白雪が『特濃葛根湯』をくれたからな」

「え?」

 

俺の言葉を聞いてアリアは急にこっちに向き直る。

見れば目を大きく開けて驚いている。

どうした。

 

「あ、あれは、あたし…」

 

全てにおいてハキハキ喋るアリアにしては珍しくゴニョゴニョ言ったので、視線で続きを促すが、何か言おうとして言わないでいる

 

「どうした?」

「銀華がそう言ってたの?」

 

となぜか聞いてくる。

 

「ん?銀華から誰かから貰ったと聞いて白雪に聞いたらそうと言っていたぞ」

「……」

 

だからどうした。

なんでそこで黙る。

 

「…まあ治ったならいいわ。あたしは貴族だし我慢する」

「?」

 

どこに我慢する点がある?

まったく以て意味わからん。

 

「貴族は自分の手柄を自慢しない。それは醜いことだから。たとえ他の人に横取りされてもね」

「何が言いたいんだよ。はっきり言わないなんてお前らしくないぞ」

「なによ!言いたくないことは言わないわ!」

 

べーっとアリアは小さいベロを出してきた。

 

「よかったわね、銀華に看病してもらって!薬を持ってきてくれたのは白雪!あんたにいいことをしてくれるのは白雪!」

 

ガウガウと牙を剥き、いつもより大声で俺に詰め寄って来る。

 

「お、おい!何キレてるんだよ!」

「キレてなんかいない!うるさい!」

「どう見てもキレてるだろ!」

「あんたこそ!」

 

ぐぬぬぬ。

顔がくっつきそうなぐらいに接近した俺とアリアはにらみ合った。

理不尽なキレ方をしたアリアに俺も頭に血が上って来る。

思い返せばこいつと関わっていいことがない。

家は要塞化されるわ、白雪連れて来るわ、今のこれも含めてな!

 

「この際せっかくだから言わせてもらうけどな、真剣白刃取りの訓練なんてやめだ!あんなもん一部の人間しかできない達人技だろ!」

「だめよ!ウワサでは魔剣(デュランダル)は鋼鉄をも切り裂く剣を持ってると言われている。だったら盾やナイフでは防御できない!だから……」

「防御って、ここ数日間白雪に張り付いていたけど危ないことなんてなかったじゃねえか!もういっぺん言ってやるよ。魔剣なんていねえんだよ!」

 

俺の言葉にアリアは(あか)い目を見開く。

 

「お前が一刻も早く母親を助けたい気持ちもわかる。でもな、お前はそれのせいで平常心を失ってるんだよ!『いるかもしれない』がお前の中では『いる』に変わっちまったんだ!『いてほしい』という願望でな!」

「ちがうっ!」

 

右手のポンポンをビシィと俺に向けてアリアが犬歯をむく。

 

「魔剣はいるわ!あたしのカンではもう近くまで迫っているわ!」

「そういうのを妄想って言うんだぞ!白雪は絶対大丈夫だから、俺がガードする。お前はどっかいけ!」

「あったまきた、なによそれ!」

 

真っ赤になりながらアリアが怒鳴った。

 

「そうよ!そうよね!あたしはあんたにとって邪魔な妄想女ですもんね!都合のいい女の銀華と白雪とばっかりイチャイチャしときなさい!」

「そのことだってお前の勘違いだろ!お前はもうちょい他の人の意見も聞けよ!独断で進めるな!貴族だからっていい気になるな!お前は天才かもしれないけど、世の中は大人数の俺たち凡人が動かしてるんだ!()()()()()()()()()()!」

 

俺の言葉にアリアは、グサッと予想以上にダメージを負ったような顔をした。

反論してこない。

それどころか、1歩、2歩3歩。

弱々しくアリアらしくない様子で離れていく。

 

「あんたもそうなんだ…そういうこと言うんだ」

 

小さくなったアニメ声は、その静かさからは逆に、アリアがいつも以上に、心底、怒っているのが伝わって来る。

 

「みんなあたしのことわかってくれないんだ。みんなあたしのことを欠陥品、独り決めの弾丸娘って呼ぶ。あんたもそう!」

 

アリアはそう叫んだ。

俺にではない。まるで世の中の人間全員に向けて叫ぶかのように。

 

「あたしにはわかる!白雪に敵が迫ってきてることが!わかるのよ!でもひいお爺様や銀華のように分かりやすく説明できない。あたしは独奏曲(アリア)で……でも、直感でわかるのよ!こんなにも言ってるのに、どうして!どうして信じてくれないのよ!」

「ああ、わかんねえよ!いもしない敵が迫ってるなんてそう簡単に信じることはできねえ!それなら証拠を出せ!それが武偵だ!敵なんかいねえ!」

 

優しい言葉の1つでもかければよかったのかもしれないが、興奮しきっていた俺は素直になれなかった。なのでアリアに追い打ちをかけるようなことを言ってしまう。

 

「このバカ!バカバカバカバカバカ!」

 

アリアは自分の思い通りにいかないことにブチ切れ、真っ赤になって2丁拳銃を抜く。

 

「待て!」

 

と言ったが待ってくれるわけがなく、言葉を発した瞬間にアリアが

 

ばきゅばきゅばきゅばきゅ!

 

拳銃を俺に向かって撃つが………

 

ギンギンギンギン!

 

アリアの2丁拳銃の弾は俺に当たることがなく、近くで空中で火花を散らす。

 

「大丈夫?キンジ?」

「銀華…ありがとうな」

「うん」

 

屋上の出入り口から銀華がこちらに歩いて来る。

銀華がアリアの放った弾を銃弾撃ち(ビリヤード)してくれたみたいだ。ちょっとアリアと俺が一緒にいるのを見て、甘くベルセになってるけど、これぐらいなら優しい銀華のままだ。

 

「銀華!あんたならわかるでしょ!魔剣が近づいていることは!」

「アリアが言ってることも分からなくはない」

「ほら…それなら……」

「でも私はキンジの味方だから」

「…っ!?」

「キンジとやるって言うなら私も覚悟を決めるよ」

 

俺を守るように俺の前に立つ。

アリアはその銀華を見て、何か言いたそうにしていたが、屋上から逃げるように出て行った。

これで一安心だ。

 

「ありがとう、しろ……アイタっ!」

 

助けてくれたことを感謝する俺の頭にチョップしてきた。そこまで強いわけではないが白刃取りの練習というわけでもあるまい。

 

「冷静になりなさいキンジ」

「……いきなりなんだよ……」

 

珍しく命令口調で俺の事に口出ししてきた。

 

「冷静な思考ができてないのはアリアだけじゃない。キンジもだよ」

「俺の味方じゃないのかよ」

「それとこれは話が別だよ」

「…それじゃあ、お前は魔剣がいると思ってるのかよ」

「まったく…どうしてそうなるの?」

 

片手を腰に当てて、片手を上げ、呆れながらも何かを説明するようなポーズになる銀華。

 

「いい、魔剣がいるっていう証明は簡単だね?魔剣を見つけ連れてこればいい」

「いればの話だけどな…」

「じゃあ、魔剣がいないっていう証明はどうやってやるのキンジ?」

「っ…!?」

「新しい素数がもうないと言い切れないように、魔剣がいないっていう事は難しい。いない事を証明する事は難しいんだよ」

「じゃあお前は魔剣はいると思ってるのかよ?」

「『いる』、じゃなくて『いるかもしれない』。武偵憲章7条、悲観論で備え、楽観論で行動せよ、だよキンジ」

 

そうニッコリ笑顔で銀華は短い講義を締めくくるのだった。

 

 

 

 

冷静になった俺はアリアに謝ろうと自宅で待っていたが、夜になってもアリアは帰ってこなかった。銀華も最近忙しいらしく、この家に来る事は少なくなって今は俺と白雪の2人だ。

一応その辺の説明を白雪にしておくと、

 

「じゃあこれからはキンちゃんが1人でボディーガードしてくれるの?」

 

白雪はアリアがいない事に喜んだ。銀華がいないのは残念そうだったが。

 

「まあそうなるな。アドシアード終了まで俺がお前をボディーガードするよ。教務科とアリアから始まったものだけど、乗りかかった船だしな」

「ありがとうございます、キンちゃん」

 

白雪は綺麗にペコリとお辞儀した。

 

「お前不安じゃないのか?俺みたいなEランク武偵がボディーガードで。もしかしたら()()()()()()()()魔剣が襲ってきたりしたら」

「ううん。不安なんてはじめから感じてないよ」

「……」

「私にはキンちゃんがついてるから。キンちゃんは強い人だもん。私、信じてるから。銀華さんからキンちゃんを借りる形になっちゃうけど改めて、私を守ってください」

「ああ、これからも守ってやるから心配するな」

 

俺がそう言うと白雪は一瞬熱っぽい視線を俺に向けてきた気がしたが、それは直ぐに霧消した。

 

「キ、キンちゃん様」

 

話しながらしていた俺のベレッタの整備が一区切りついたところで白雪が、例の妙な呼び方をしつつ、こちらに向き直る。

 

「どうした?」

「銀華さんのゴールデンウィークの予定わかる?」

「どうだったけな……ちょっと待ってろ」

 

俺の携帯にある銀華のスケジュールを見る。銀華は俺にメールで仕事の日を送ってくるのだが……Sランクなのもあり休日も忙しい。現に5月5日以外は仕事が入っていた。マジで忙しいなあいつ。

 

「5月5日は空いてるぞ。他は仕事だ。それがどうした?」

「う、ううん。なんでもない!」

 

慌てて両手でパタパタする白雪。

 

「聞いたからには何かあるんだろ。銀華と遊びたいとかか?」

「う、ううん。ただ会いたいだけ。少し会えれば十分だよ」

「いや、思いっきり遊べばいいだろ。世間一般には花の女子高校生っていうんだし」

「で、でも……」

 

しゅんとなる白雪。

俺はその光景を見てピンとくる。

 

「星伽か?」

「……」

 

否定はしない。沈黙は肯定だ。

神社や学校から出る事を許されていない…

『かごのとり』

兄さんや銀華も心配していた白雪の……いや星伽の悪い部分だ。

そうだ…5月5日なら

ある考えが浮かんだ俺はPCの前に陣取る。

俺に背を向けられた白雪は、慌てた様子になった。

 

「ご、ごめんねキンちゃん。でもでも私た…」

 

なぜ俺にいきなりそっぽを向かれたのか分からず、条件反射的に謝ってくる。

俺は何も答えず一枚の紙をプリンターで印刷し、白雪に差し出す。

 

「なにこれ、キンちゃん?急にどうしたの?」

「…5月5日、東京ウォルトランド・花火大会。一足お先に浴衣でこれに銀華も含めた3人で行くぞ」

「えっ!」

「そんな驚く事じゃないだろ」

「だ、だめだよ。こんなに人がたくさんいるところ…」

「心配するな。ウォルトランドには入らなくていい。少し遠くなるが、葛西臨海公園から見ればいいだろ。1日ぐらい、外出のトレーニングだと思って。な?」

 

外出にトレーニングがいるというのはおかしな話だが、おかしな子なんだから仕方がない。

 

「大丈夫。銀華にも連絡をつけておくし、俺がボディーガードとしてついてやるよ」

「キンちゃんと銀華さんと一緒に?」

「ああ。一応それアドシアード前だしな」

 

急に目をキラキラさせた白雪にダメ押しでそう言うと、白雪はコクリと頷くのであった。

 

 

 

だが5月5日当日、銀華から今日は行けないという旨の謝罪のメールが届き、白雪と2人で回ることとなった。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

5月5日、キンちゃんとデー……夜の散歩は楽しかった。花火は私の足が遅いせいで見れなかったと思ったけど見ることができたし、キンちゃんが買ってきた手持ち花火でも十分満足することができた。

それにキンちゃんに占いの本当の結果、『いなくなる』ということも伝えることができた。お別れが伝えられないのは残念だけど、もう思い残すことはなにもない。

キンちゃんが手持ち花火を買ってきてくれる間に私の携帯にメールが一件届いた。

そのメールを見た時、後悔した。伝えとくべきだったと思った。自己満足するためにキンちゃんのボディーガードを受けるんじゃなくて、銀華さんを守ってと言ってあげるべきだった。私にはこれが見えていたんだから。

これは私への罰。神様が身の程を超える幸せを受けた私に罰を与えたに違いない。ならば私はそれを受けなくてはいけない。

そのメールには明日、地下倉庫(ジャンクション)に1人で来いという旨とともに画像が添付してあったから。

 

銀華さんが凍り漬けにされ、囚われている画像が。




そういえば忘れてた第四章のタイトルの読み仮名追加しときました(すっとぼけ)


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第45話:策士vs策士

切る場所が微妙になってしまった…


戦場には音が絶えることがない。

銃声、爆音、怒声、剣戟。

あらゆる絶叫がそこかしこから発生し、あらゆる破壊音がそれを塗り替える。

その様はまさに地上に顕現した地獄。

一瞬気を抜いただけで死神に命を刈り取られる修羅の巷である。

 

だが武偵高がある学園島は戦場ではない。

昼間は銃声、爆音、怒声、剣戟音が響き渡るが、夜は基本的に寝静まる。

絶叫や破壊音が生まれるがそれも昼のみ。

地獄のような教師の体罰も命を刈り取られるような訓練も日が出てるうちのことだ。

だが、そんな中。

似たような姿で同じ銀髪を持つ少女2人が夜に似つかわしくない音を、学園島の地下で鳴らしていた。

 

「はあ…はあ…」

 

静寂の中、苦しげな声をあげているのは()()()の瞳の少女。

青みがかった銀髪は乱れ、片手片膝を地面につけている。

 

「言っただろ、只の人間では勝てない、と」

 

その少女を見下すのは雪原のような銀髪を持ったサファイア色の少女。彼女の周りにはダイヤモンドダストが煌めき、手には見るからに業物と思われる剣。

力の差は歴然だ。片手を地面につけている少女もわかっているようで、悔しさで歯を食いしばる。

 

「お前は、勇猛だった。だがそれと同じく愚かだったのだ。ただの人間ごときが超能力者(ステルス)に抗うぐらいな」

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

時刻は少し巻き戻る。

武偵高の生徒や教師が寝静まった夜。

武偵高の地下にある倉庫。

通称地下倉庫(ジャンクション)で蠢く影があった。

 

「ふう……これでいいか…」

 

その影の主は武偵高の一般生徒に変装したジャンヌダルク30世。

彼女は明後日に控えた、白雪誘拐の手筈を整えていたのだ。

通信を妨害するための屋内基地局への工作は明日の夜にやるとして、地下のエレベーターへの工作、電気系統への工作は今日中に済ませたい。明日の昼までには別のことをやりたいからな。

そう考えて、準備を急ぐ彼女の背に

 

「こんなところで、何やってるの?」

 

そんな凛々しい声が投げかけられる。

一つ付け加えるとここは立ち入り禁止エリアだ。

ここに人がいるということはただ通りかかったということはあるまい。何か用があるはずだ。誘拐の手筈を整えているジャンヌのように。

ジャンヌが警戒して、少し声と距離を取りながら振り向くとそこにいたのは、自分の本当の姿を思い出させるような似たような少女がただずんていた。

 

「何をって…」

 

警戒する声を出すジャンヌ。

頬を伝った汗が唇に触れ塩の味がする。

『北条銀華』

ジャンヌが実行しようとしている計画で一番障害になりうる人物。

 

「まあ」

 

警戒するジャンヌを見てか、銀華がにっこり微笑む。

 

「星伽さんを誘拐するための準備をしてるなんて言えるわけないよね?魔剣(デュランダル)さん?」

「小娘めっ…」

 

銀華の少し馬鹿にしたように言う言葉がジャンヌの神経を逆なでする。

だが、ジャンヌはそれを抑える

この感覚は最近あったからだ。

『クレハ・ホームズ・イステル』

彼女と対面した時とそっくりだ。

しかしなぜ……

 

「なぜ私がここにいるかと思ってるね?なあに簡単なことだよ」

 

その言葉にジャンヌの胸の突っかかりはとれる。この言い草や態度はクレハにそっくりだが、推理を少し読み違えている。

ジャンヌが考えているのは銀華が言う通り『なぜここにいる』というのもあるが、主なのは『なぜ銀華とクレハが同人物のような違和感を感じるのか』だったのだが、ジャンヌはこの銀華の一言から気のせいだと結論付けた。なぜなら、ジャンヌの知る限りクレハが推理を外したことはなかったからだ。

口調が似てるのは彼女、銀華が教授のファンだからで偶然。

そう結論付けたのだが、この時の銀華はジャンヌより一歩先にいた。

 

「魔剣が私たちを見張っていたことはこれまででわかる。星伽さんの携帯が丁度いいタイミングで鳴ったりね。そして、ボディーガードの神崎とキンジ2人の喧嘩。これで星伽さんのガードは甘くなった。魔剣からしたら、またとない好機」

 

銀華はジャンヌの気持ちを推理できていたにもかかわらず、別の推理、なぜ自分がここにいるかという推理を披露した。

間違った推理をした自分を見たジャンヌが銀華≠紅華と結論付けてくれるように。

 

「でも、警戒されているキンジの部屋に突っ込むのは愚行。レキさんが見てるかもしれないしね。だったら、狙うべきタイミングはレキさんが競技に出ているアドシアード中。じゃあもう時間がないから準備しなくてはいけない」

「…なぜここだと思った」

「武偵高3大危険地帯で唯一人気のないところだからね地下倉庫(ここ)は。他にも人気のない場所はあるけど、ここは海も近いし逃走も簡単。誘拐犯に取っては最高のポジションでしょ?」

「あはははは」

 

銀華の推理を聞いて、ジャンヌは芝居がかかった調子で笑い、拍手する。

 

「大したものだ。それだけでここに辿り着くとは。だが、お前は一個推理をし損ねている」

「?」

「お前自身のことだよ。北条銀華」

 

ジャンヌは銀華が自分の元に辿り着くことは考慮していた。こんな展開になることも。

実は銀華が教務科の命令で魔剣、つまり自分自身を追ってることを知っていた。

それなのになぜ放置していたのか?

その理由はジャンヌ自身の口から発せられる。

 

「お前は自分のことを過小評価しているが、お前のことを慕っている人は多くいる。遠山、神崎……そして星伽。お前にはそれだけの価値がある。()()としてのな」

「……」

「星伽をここまで連れてくる方法に少し悩んだがお前を拘束し、星伽を脅迫すれば……ほら簡単だ」

「……ワザと貴女は私を泳がせてたってこと…」

「ああ、そうだ」

 

ジャンヌの言葉に銀華は下を向いて肩を震わせる。

その様子を見て、手の上で踊っていたことが悔しくて震えているのだとジャンヌは判断した。

 

「推理に自信を持つものはその推理の答え合わせをしたがる。私の知り合いもその傾向がある。必ずお前は私の前に現れると思った」

 

ジャンヌが銀華が突然後ろから現れても驚かなかった理由もここにある。

 

「……相当な自信をお持ちのようだけど、私に勝てると思ってるの?」

「勝てるさ確実に。強敵と戦う時は仲間が傷つくのを恐れ、1人で戦う。お前の美徳でもあり、弱点でもある。現に仲間を連れてきていないようだしな」

「……ぶっ潰す」

 

銀華が地面を蹴り、得意の蹴り技をジャンヌに叩き込んだ。ジャンヌはその蹴りをガードすることはなく、その身に受け……

 

「!?」

 

砕け散った。

 

「只の人間ごときが、超能力者(ステルス)に抗おうとはな。愚かしいものよ」

 

後ろの物陰から本物のジャンヌが現れる。

先ほどまで銀華と話していたジャンヌは氷の幻影だったのだ。

 

「……分身とはまたベタな能力ね」

「そのベタな能力がお前の命を奪う。お前はすでに私の術中にある」

「勝手に言っときなさい!」

 

そう言い放ちもう一度、銀華が地を蹴ろうとするが足が動かない。まるで地面に足が凍りついているように。

 

「だから言っただろう?お前はもう私の術中にあると」

「…っ!?」

「さっきの分身は、ルーアンの幻影。幻影を処刑したお前は、その身に呪いを取り入れたのだ」

 

銀華は苦しそうに片膝をつく。

まるで精気が吸い取られてるかのように動けなくなる。

 

「言っただろ、只の人間では勝てない、と」

 

銀氷を空気中に散らしているジャンヌを銀華は()()()の瞳で悔しそうに見る。

 

「お前は、勇猛だった。だがそれと同じく愚かだったのだ。ただの人間ごときが超能力者(ステルス)に抗うぐらいな」

 

このジャンヌの言葉を最後に銀華の意識は落ちた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「おいキンジ!」

 

ガバッと武藤に肩を掴まれて目を覚ます。

 

「!?」

 

いかん完全に寝てたらしい。

アドシアード当日、誰もこない受付のゲートに1人残され、連休ボケと睡眠不足にやられて、うたた寝をしてしまった。

さっき時計を見たときから1時間進んでいる。

武藤はここまで走ってきたのか、息を切らしている。

居眠りに対して怒ってるという感じではない。

 

「どうした?」

 

俺が眉を寄せると、武藤は俺の携帯を指でさしてきた。

 

「ケースD7…ケースD7が起きた」

 

冷水をかけられたように一気に目がさめる。

ケースDとはアドシアード期間中、武偵高内での事件発生を意味する暗号だ。だがD7になると、『ただし事件であるかは不明確。連絡は一部のもののみに行き、保護対象者の安全のため騒ぎ立ててはならない。アドシアードも予定通り進行する。極秘裏に解決せよ』という状況を表す。

携帯を取り出すと、寝ている間に武偵高からメール、武藤から電話が来ていた。

しくじった。

マナーモードにしていたから気づかなかった。

何が起きた。

と俺がメールを読むより先に武藤が声を潜め、伝えてくる。

 

「北条さんと星伽さんが失踪した。北条さんは朝から、星伽さんは昼から連絡が取れないみたいだ」

「…は?」

 

武藤の言葉が理解ができずに思わず聞き返すが、そんなことをやってる場合じゃないと気づき、メールを確認しようとする。銀華は今日の朝、()()で声を聞いたし、白雪も朝いつも通りだった。そんなことを思いながらメールを確認しようとすると、白雪から一通新着メールが届いていた。

その内容に血が凍りつく

 

『キンちゃんごめんね。私が銀華さんを助けるよ。さようなら』

 

白雪は銀華のことで嘘をつくやつじゃない。つまり、これは銀華と白雪の身に良くないことが起きた。

 

--ドックンッ--

 

その時俺の体に。

灼けつくような鼓動が走った。それが2度3度続く。

どういうことだ。

この頭に血が上り、何も考えられなくなるような感覚。

ヒステリアモードに似てるが違う。

もっとどう猛な感情に自分が塗りつぶされていくのがわかる。

奪い返せ…!

という声が、自分の中心・中央から聞こえてくる。

 

(これは…)

 

……思い出した。初めてこれになった時は、4対4戦(カルテット)

ヒステリア・ベルセ。

銀華がよく使う、ヒステリアモードの派生系の一つだ。

女性を守る通常のヒステリアモードとは違う奪うための力。

 

「……ッ……」

 

もう止められなさそうだ。この血の流れは。

ベルセは危険なモードだ。戦闘力は通常のヒステリアモードの1.7倍になるが、その代わり思考が攻撃一辺倒になる諸刃の剣。

だが、そんなことを言ってる場合じゃない。俺は迂闊すぎた。

白雪も俺も危険をこれっぽっちも感じていなかったし、アリアだって任務を放棄した。

だからって油断しすぎた。

今思えば銀華の仕事は魔剣の調査だったのかもしれない。だから俺に『いるかもしれない』という言葉を残したのかもしれない。

アリアに言った言葉を思い出す。

 

『『いるかもしれない』がお前の中では『いる』に変わっちまったんだ!『いてほしい』という願望でな!』

 

あれは逆だったんだ。

俺のいない方がいいがいつの間にかいないに変わってしまったんだ。

武偵高の路地に出た俺はベルセにも関わらずどうすることもできない。

銀華や白雪の電話は当然不通なので、アリアにもかけるがコールは鳴っているはずなのになぜか繋がらない。

ちっ、何やってんだあいつは。

苛立ちで力強く携帯を閉じる。

どこを探せばいい。

どこに2人はいるんだ。

俺のことを信頼してくれた女の子と自分の婚約者を守ることができないのか?

いや、大丈夫だ。今の俺はベルセ。

2人とも絶対奪い返してやる。

2人がいるような場所を探している時、電話が入った。

 

『キンジさん。レキです。今あなたが見える』

「D7が出たの知っているか?」

『はい。狙撃競技(スナイピング)のインターバルに確認しました』

「レキお前今どこにいるんだ!?」

『狙撃科の7階です』

 

狙撃科には地下にある細長い狙撃レーンと学園島の北側に飛び出た地上塔がある。そこからここが見えるのかよ。ほぼ2kmあるんだぞ。さすが狙撃科の麒麟児だな。

 

()のキンジさんには情報を伝えられれば十分だと考えられるので情報だけ伝えます。白雪さん(クライアント)と銀華さんは見つかりませんが、海水の流れに違和感を感じます。第9排水溝のあたり』

 

人工浮島である学園島の外周には28の排水溝がある。雨などで島内に不規則に入り込んだ水をポンプで排出するためだ。

 

「ナイスアシストだ、レキ。あとでキスしてやるよ」

『急いでください』

はは。

素で注意されちまった。

実際、キスでもしたら銀華に殺されちまうけどな。

 

 

 




演☆技☆王・銀華。


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第46話:偽り

遅くなりました……ジャンヌ戦前半


排水溝から出る水の流れには何も不審なところは見られなかったが、フタは一度外されムリに繋ぎ直されたような跡があった。

こんなわずかなことで生じる海面の異変をあの距離から見抜いたレキの超人的視力に驚いている場合ではない。

俺はこの排水溝がどこに繋がっているのか、武偵手帳で調べる。

 

地下倉庫(ジャンクション)…」

 

ベルセの俺でも冷や汗が出る。

地下倉庫とは柔らかい言い方にすぎない。

武偵高三代危険地域に数えられてるそこは、

火薬庫。

マズイ。

何か悪い予感がするぞ。

 

武偵高の地下は多層構造になっていて、地下2階から水面下になる。

俺はそこまで階段を駆け下り、立ち入り禁止区画につながるエレベーターに乗り込むが、

おかしい。

エレベーターが動かない。

ベルセじゃなくてもわかる。これは何かがおかしい。普段通りじゃない。罠が仕掛けてあるかもしれない。

だが知ったことか。今の俺には敵に襲いかかり、銀華と白雪を奪い返すこと以外にあまりものが考えられないんだ。

エレベーターが動かないならハシゴを使うしかない。

そして錆びて痛いハシゴを降りること地下7階。

地下倉庫(ジャンクション)

ここは武偵高最深部だ。

地下倉庫の片隅、今はそんな使われていないらしい資料室に着いて、ふと机の上を見ると

 

「!?」

 

ベレッタ93Rと懐中電灯が目立たないように置いてあった。普段の俺だったら見逃していたかもしれない。

ベレッタ93Rという銃はあまり出回っていない。俺の使ってるベレッタ92Fと違い3点バーストができるという利点があるが、流通量が少なく、そのせいでパーツも高い。実践信頼度も長く使われている92Fの方が高い。

何が言いたいかというと、ベレッタ93Rを使っている人は武偵高でも少ないということだ。現に俺はこの銃を使ってる人を、1人しか知らない。

 

「銀華……」

 

そう93Rは銀華のもち銃である。

つまりこの銃の持ち主、銀華はここにいるというサインで…

俺はその銃と懐中電灯を手に取る。

音を立てないようにそっと資料室のドアを開けると、そこは真っ暗だった。

電気が落とされている。

ついているのは赤い非常灯だけだ。

これを銀華は予期していたのか。

できるだけ足音を殺しながら、されど全速力で通路を走り、銀華と白雪の姿を探す。

武偵手帳によれば、近くに大広間みたいな空間がある。

地下倉庫の中でも最も危険な弾薬が集積されている、大倉庫と呼ばれる場所だ。

そこから……人の気配がする。

 

「……それともう一つ」

 

女の声が聞こえる。

 

「今回のことに一つだけ誤算があった。お前の性格を読み違えてたようだ。約束は守るやつだと思っていたのだがな」

「……なんのこと?」

 

白雪の声も聞こえた。つまりもう1人の声はやっぱり…

 

「『何も抵抗せず、自分を差し出す。その代わり北条を解放し、遠山にも手を出さないこと』--お前は確かにそう約束した。だが、その裏で、お前はヤツを呼んでいる」

 

魔剣(デュランダル)か……お前が俺の銀華を攫ったのか……!

こっちにむかってヤツがそう言った瞬間に

 

魔剣(デュランダル)ッ!」

 

叫ぶと同時に、白雪の方へかけていた。

相手は魔剣。

何人もの超偵を誘拐してるだけあって、装備はしっかりしているだろう。

だが、こちらは装備を整える時間はなかった。

それに近くの弾薬の誘爆も考えて銃を使うこともできない。

だが、そういう戦力分析を放棄する。

どんなに不利でもぶっ潰す。それだけだ。

 

「キンちゃん!?」

 

驚いた白雪の声が、大倉庫に響く

 

「来ないでっ!逃げて!武偵は超偵に勝てない!」

 

悲鳴のようなその叫びに続いて、俺の足元にガツっ!

目にも止まらぬ速さで飛来した物を飛び上がって躱す。

ベルセの反射神経で見えたが、先ほどの飛来物はヤタガン。強襲科の教科書によればフランスの銃剣で、細長い古式銃の先端につけるサーベルのような小剣だ。

 

「身近にいる人は似るという。お前も北条と同じだな」

 

なんだ?

女の声に従って俺を中心に白いものが広がる。それを無視して飛びかかろうとするが、動けない。

足が床に貼り付けられている。

冷たい。

まさか氷っ…!?

 

「『ラ・ピュセルの枷(l'anse de la pucelle)』--の進化、『ラ・ピュセルの陣(Équipe de la pucelle)』はどうだ、遠山。綺麗だろう?」

 

見渡すと白いものは何かの形を持って広がっており、その各頂点にはヤタガンが刺さっている。その光景を見て、俺はあるものを思い出す。

--氷晶--

その六角形にそっくりに広がっているのだ。

俺は氷に縫い付けられたってことか…!?

 

「お前がこんなにも早く来ることは誤算だったが、来ることは分かっていた。だからあらかじめ用意させてもらったぞ遠山」

 

この陣は言うなれば

--魔法陣--

ゲームでよく見るそれに酷似している。

それがさっきのヤタガンで完成したってことか。

と理解した時にフッ--

室内の非常灯が消えた。

周りは俺が先ほど落とした懐中電灯の光以外完全に闇に包まれる。

 

「いやっ!何するの!やめて!」

 

という声が白雪の方から聞こえる。

敵--魔剣が動いている。

 

「白雪!」

 

俺の叫びに、白雪は答えない!

何をしやがった魔剣。

だが、ベルセの俺でも氷に縫い付けられた今となっては動くことができない。

馬鹿みたいに真正面から突っ込んだからだ。

 

「さよならだ、遠山」

 

シャっという次の銃剣が空を切る音。

俺には見える。

あれは俺を仕留める(やいば)

 

「……ッ!」

 

脳裏に閃くのは、銀華とアリアの戦闘で銀華が見せた技。

 

(--!)

 

今俺が動かせるのは上半身だけだ。膝まで氷漬けにされている。だがあれならきっとできる。ヒステリアモードじゃなきゃ間違いなくできないが--

ヒステリア・ベルセの俺よ。お前が馬鹿みたいに突っ込むせいで、こうなったんだ。

1.7倍の能力を発揮できるってんなら--自分の汚名返上ぐらい

 

(これぐらいできろ!)

 

飛んで来た銃剣を俺は

 

「--!」

 

右手の人差し指と中指に挟む。

ちょっと亜種だが、真剣白刃取りの片手版だ。ヒステリアモード、それにアリアの特訓のおかげでできた。

だがそれだけじゃ終わらない。それで掴んだ銃剣の勢いを使い、銀華の絶牢もどきで大きく仰け反る。だが、足は氷漬けにされているので後方宙返りとはならず、ブリッジのような形になる。そしてキンッ!と金属と金属が鳴る音がした次の瞬間、

『秋水』

全体重を拳に乗せ、地面を叩くと…

ピキピキピキピキ

パリンっ!

床の氷含め俺を拘束していた氷も割れた。

 

俺がやったことは簡単だ。銃剣を白刃取りし、それを投げ地面に刺さった他の銃剣に当てる。それが抜けたと同時に自分を拘束していた氷を破壊しただけだ。

1本でも欠けると、この魔法陣が発動しないのはわかる。俺は魔法陣を破壊し拘束を解くプロセスを高速でこなしただけだ。遅いともう一度縫い付けられる可能性があり、早いと秋水の手まで縫いつけれる可能性があったが流石はベルセ。タイミングばっちりだ。

 

「やればできるじゃない」

 

後ろから暗闇を切り裂くようなアニメ声。

ちか、っと部屋の片隅の天井で電気が灯った。その光が

パッパパッ、パパパッ。

体育館並みに広い大倉庫の闇を、純白の光に塗り替えていく。

 

「そこにいるわね『魔剣(デュランダル)』。未成年者略取未遂の容疑で逮捕よ!」

 

俺の横に並んだのは、武偵高セーラー服の

 

「アリア」

 

だった。

 

「ホームズか」

 

そしてまたどこからともなく、姿なき女の声。そして、白雪も消えている。火薬棚の裏に引きずり込まれたらしい。

その火薬棚の微妙な隙間から

シャシャッ、と俺とアリアめがけて一本ずつ銃剣が飛来した。

俺とアリアはぎぎん!

それぞれの刀剣で二本とも撥ねのける。

 

「何本でも投げて来なさい。こんなのバッティングセンターみたいなものだわ」

 

アリアが刀をバットのように構えると、どこかの扉が閉まる音がした。

……しばらくの静寂の後

 

「逃げたわね」

 

アリアがこっちに振り返った後、とてとてと白雪の様子を見に行こうとし

--きゅきゅっ。

とスニーカーを鳴らして急停止。

 

「どうした?」

 

俺がそう問いかけると見えない何かを切った。

 

「ピアノ線。正確にはTNK(ツイストナノケプラー)ワイヤー。あたしの首の高さにあった。まっすぐ走れば、あたしの頸動脈を切れるよう上手く、斜線に張ってある。あらかじめ準備していたようね」

「卑怯な奴め」

 

そう吐きつけるように言いながらアリアと共に、白雪が連れて行かれた方に向かう。

倉庫の壁際には、立ったまま鎖で縛られた白雪と……

 

「銀華ッ!」

 

両手両足を氷漬けにされて十字架のように壁に磔にされ、頭を垂らしている銀華がいた。

 

「おい、銀華!目を開けろ銀華!」

 

ベルセの反射神経で一気に駆け寄り肩を揺する。

外傷はないように見える、脈もある。

……だが、気絶しているのか目を開けない。

まずは氷をなんとかしようとバタフライナイフで、銀華を傷つけないように氷を剥がしていく。氷のせいなのか、白い肌がさらに白く見える。

 

「キンちゃん!銀華さんは生気を抜かれてるの。生気を奪ったり与えたりできるのは、修道女(シスター)か魔女か--巫女だけ」

 

白雪の口を縛っていた布をアリアが外すと、自分のことはさておき、銀華の置かれた状況を説明してくる。

 

「私なら目を覚ましてあげることができる…でもこれじゃあ……」

 

白雪は鎖に繋がれているのだが、その一つ一つの環がハンバーガーのように大きく、鋼鉄のパイプにつながれている。錠前もこれまた大きくドラム錠と呼ばれるもので、3箇所もロックされている。

俺は壁から切り離した銀華をそっと床に置き、アリアと共に一旦武偵手帳から解除キーを取り出し白雪の鎖を解除しにかかる。複雑にできているのかアリアは苦戦しているが……

 

「どけ!アリア」

 

ベルセの俺には何も問題がない。ほんの数秒で鎖を解除していく。

 

「あんたやっぱり、なったのね」

「キンちゃん様……」

 

そのスピードにアリアと白雪の2人が驚く。

そりゃそうだろう。普段の俺ならこんな鍵、何時間掛かっても解除することができないからな。

鎖を乱暴に白雪の体から外した俺は白雪の後頭部を自分の胸に抱き寄せると…

 

「うっ……!?」

 

白雪は俺に抱かれ、身悶えしているが、縛られていたせいでまだ痺れているのか、なされるがままだな。

気をつけろよ白雪。今の俺みたいな男に、こういう乱暴されないように。

 

「白雪」

「キ、キンちゃんっ!?」

 

俺は左手の指で、真っ黒な髪の間から雪のように白い片耳をそっと探り出す。

その耳元で

 

「白雪は銀華を助けることができるのか?」

 

そう小さく呟く。

 

「う、うん。す、直ぐに完全には治せないけど、目を覚まさせるぐらいは…」

「そうか、頼むぞ」

「は、はい!」

 

俺に頼られたのがそれほど嬉しいのか、俺から解放された白雪はにへらといった感じのにやけ顔を晒したが、その後真面目な顔をして銀華に向き合う。

銀華の体の中心、心臓の位置に手を当て、小さく、何か、呪文のようなものを呟いた。

精神を集中させているのだろう。

目には見えない力が、白雪の手から銀華に伝わっていくのがわかる。

そしてそれを続けること10秒。

 

「銀華っ!」

「………キ……ン…ジ?」

 

銀華が目を覚ました。俺はその銀華の体を思わず抱きとめるが、だがその声には覇気が無く、体も冷えきっており、白雪の言うとおり完全には回復していないようだ。

 

「ほ、本当に良かった…銀華…」

 

人前じゃなかったら銀華が目を覚ました安堵で泣いていただろう。それぐらい俺は銀華の氷漬けの姿にショックを受けていた。

 

「………ご、ごめん。私の……せいで、こんな危険なことに……付き合わせて…しまって…」

「謝ることじゃないさ。教務科から調査を依頼されていたんだろ?銀華は自分の仕事を頑張った。それだけさ」

 

言い当てられた銀華と、知らなかったアリアと白雪の3人が目を丸くするが、ヒステリアモードの俺にはわかっていた。銀華が最近忙しかったのは魔剣(デュランダル)の調査をしていたから。俺とアリアがボディーガードの依頼を引き受けてから、銀華は忙しかったしな。(ベルセ)の推理によれば、銀華は今日の誘拐まで推理できていて、自分の推理があってるのか確かめるために1人で魔剣の元へ向かったのだろう。単独行動をした銀華には後で元気になったらお仕置きが必要だな。なんたって銀華は俺のものなんだから。

 

「………もしかして……キンジ、今ベルセ?」

「ああ」

 

俺に抱きしめられた銀華が耳元で小さくそう言ってくるので、そう返す。まあ実際はノルマーレ5割ベルセ5割ってところか。銀華を取り戻した安心感と銀華の()()()()柔らかい部分に触り、ノルマーレも多く出始めている。

なぜ銀華はそんなことを聞いたのか?その答えは顔を少し赤くした銀華の行動で示されることとなった。

 

「……じゃあ」

「っ!?」

「みゃっ!?」

「ひゃっ!?」

 

とある理由により声がでない俺と、驚きの声を出すアリアと白雪。

それもそのはず。銀華が俺にキスしてきてるのだから。銀華のいつもより冷たい唇が俺の唇に触れ、息が交換され、目を閉じると俺の中の血が再び湧き上がる。

銀華の菊のような匂いが俺の鼻腔から肺に入ってきて、再び目を開けた時には俺は…

 

「ありがとう、銀華」

 

ベルセは消え、リゾナになっていた。

 

「……キンジ……頑張って……」

「ああ、お前の気持ちを無駄にはしない」

 

銀華は自分が無力化され戦えないことを理解したから、戦える俺を強化するために俺をリゾナにした。ベルセはリゾナより倍率は高いが攻撃一辺倒になるので諸刃の剣。数的有利が作れているこの状況でその強みを生かせないだろうベルセよりは冷静な判断ができるリゾナの方が優れていると判断したのだろう。

だが、これは……

 

「……え?」

「……銀華さん…?」

 

銀華の()()を俺以外の人に見せる行為だ。現に銀華のHSSを見たアリアと白雪は困惑している。

武偵は同級生やクラスメイトであっても弱点を隠す。なぜなら何でも屋の武偵は、今仲間でも未来は仲間であるとは限らないからだ。俺たちは弱点や自分の武器を隠しながら武偵高に通っているのだ。

だが、銀華は自分の弱点を見せた。

それの意味することは……

 

「2人ともわかってると思うが()()銀華は内緒だ。本当はこの銀華は俺だけのものだけど、お前たちに見せてくれたのはお前たちを信用してのことだ。少し嫉妬するぞ」

「目の前であんな光景見せつけといて嫉妬ってよく言うわね。わかってるわよ。貴族の誇りにかけて言わないわ」

「う、うん。キンちゃんの頼みなら神に誓って言いません!」

 

ヒス俺は女の子2人にそう約束させる。

 

「……3人とも……頑張って……」

 

儚く弱々しく言う銀華のそんな声を聞いて2人は何か言いたげだったが、口からその言葉は発せられることはなかった。

 

 

 

銀華をものを使って隠した後、こっちのカードが全てオープンとなり、相手のカードも幾らかオープンになったところで作戦を決める。

「魔剣は超能力者(ステルス)。これは確定ね」

「うん。国際分類で言えばⅢ種超能力(クラスⅢステルス)、たぶん魔法使い(マッギ)だと思う」

「超能力者は初めてだな」

 

理子は超能力のようなもので髪を動かしていたが、あれは超能力に入るのだろうか?

 

「恐れることはないわ。あたしの経験上、手品師や大道芸人みたいなもんよ。今のあんたなら問題ないわ」

 

直感的に俺がヒステリアモードになっていることを見抜いているアリアはそう言ってくる。

 

「相手の目標(ターゲット)の白雪はどうする?あたしと今のキンジなら魔剣にも勝てるわ」

「相手は魔法使い(マッギ)だよ。私も戦う!」

「勇敢な子だ。だが俺たちは白雪を守らなくてはならない。じゃあどうしようもなくなったら手を貸してくれ。俺とアリアが前衛(フロント)。白雪は後衛(バック)だ」

「うん。でも気をつけて…予想外の攻撃をしてくるかもしれないから…」

 

 

 

 

 

 

 



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第47話:緋焔と銀氷

GW中に魔剣編を終わらそうという意思で投稿
記念すべき50話目

注意、vsジャンヌ後半、一万字超え


地下6階のフロアに上がり周囲を見渡すと、壁のように巨大なコンピューターが無数に立ち並ぶHPCサーバー―――俗にいうスーパーコンピューター室だった。

ちかちかとアクセスランプが点滅しているが、『DANGER』や『危険』などの看板はない。俺とアリアは銃を抜く。情報科や通信科に悪いが拳銃解禁だ。

 

大型コンピューターが立ち並ぶこの部屋は迷路のようだ。火薬棚とちがい、隙間から狙われる心配はないが、どこに誰がいるのかわからない。その迷路を俺たちは、足音を殺し駆ける。屋内戦の授業で習った通り、銃を構えたまま特殊部隊のように移動する。

2つ、3つ――警戒しながら曲がった、電脳壁の脇で。

 

「「っ――」」

 

ヒステリアモードの俺とアリアが急停止。

 

「ど、どうしたの」

「いるわね」

「ああ」

 

白雪は気づかなかったようだが、野生動物並みに鋭敏な感覚をもっているらしいアリアは気づいたようだ。この先に人の気配がする。この先は、HPCサーバー室の奥にある唯一広い空間―――エレベーターホール。そっと陰から覗くと、武偵高の制服を着た大人しそうな女子生徒がオロオロしていた。おそらく銀華が見た魔剣だろう。

 

「どうする?」

「ただの迷い込んだ生徒で魔剣じゃない可能性もあるし、一応話してみるしかないわね。―――でも気は抜かないで」

 

そう言ったアリアが先頭で周囲を警戒しつつ、その女子生徒に近づく。

俺たちが物陰から出てきたのを見た女子生徒は一瞬驚いたようだが、武偵高の生徒会長である巫女装束の白雪を見ると、安心したようだ。

 

「貴女、こんなところで何をしてるの?所属は?」

情報科(インフォルマ)で使ってるパソコンが調子が悪くなっちゃって…あ、私は情報科です」

 

通信を妨害するためか、屋内基地局(IMCS)が破壊されたようだからな。それと関係してるのかもしれない。

だが、おかしい。ヒステリアモードの俺には女性の衣服を形・色・材質、飾りの隅々まで分析できるのだが……その子は情報科《インフォルマ》であるのに、制服の下に、薄い甲冑のようなものを身につけているように見える。

 

情報科(インフォルマ)なら聞いてるわよね。あたしが頼んだ資料」

「はい。魔剣に関してのものですよね?」

「もう一つあるじゃない?」

「ええっと……」

「やっぱり!」

 

アリアはその女子生徒に向けて、発砲した。

女子生徒もそれは予想済みだったらしく、

バッ!

横に滑るようにスライドし、躱す。

 

「アリア!?」

 

驚く白雪の側面に、女子生徒が目にも止まらぬ速さで回り込む。

バリバリバリバリ!

バババッ!

装備科で改造したベレッタをフルオートに切り替えアリアと共に撃つが、銃弾が捉えたのはスカートだけだ。

むしろそのスカートに当たったのを活かして、ぐんっ、這うような動きでアリアの背後に回り込む。

そしてガシャと、コンピューターラックの下に隠してあった刀を取る。 朱鞘から抜かれたのは白雪がいつも持っている日本刀だ。

だがアリアも今の俺も日本刀を抜くというそんな隙を見逃すわけが無い。

アリアは『双剣双銃(カドラ)』の名が表すようにリロードする手間を惜しんで今度は刀を持ちかえ突っ込んだ。

言わなくてもわかる。合わせろということだ。

その瞬間、ゾワッ!

何故か嫌な予感がした。

こんな隙を見せるやつが本当に魔剣なのか。

銀華に姿を見られていたのになぜ同じ姿なのか。

銀華がそんな奴に負けるだろうか。

もしかしてこれは……罠!

 

「止まれアリア!」

 

そう俺は叫ぶが動き出したアリアは止まらない。アリアは日本刀を振り下ろし、それは魔剣の防御を躱し、防弾制服を捉え……

パリンッ!

 

「えっ!?」

 

魔剣が砕けちる。

それは、まるで薄い氷が割れたように見えた。

その飛び散った氷がキラキラと煌めき、

 

「うあっ」

 

びびんっ!とアリアが焼きごてでも当てられたかのように仰け反る。

そして自慢の日本刀から手を離し、落としてしまった。

パキ、パキッ。

そんな音を伴って、アリアの手に氷が張り付いた。まるで霜が降りたように。

超自然的な光景に、本能的な恐怖が背筋を走る。

今のはなんなんだ、一体!?

 

「只の人間ごときが」

 

さっきの女子生徒とは違う声。

 

超能力者(ステルス)に抗おうとはな。愚かしい奴らだ」

 

そう言って俺たちから見て死角になっていた場所から出てきたのは、先ほど砕け散った女子生徒。

なるほど……分身みたいなものか。大道芸人もビックリだなこれは。

 

「……魔剣……!」

 

ようやく嵌められたことに気づいたアリアが、膝をつき手の痛みに震えながら呻く。

 

「私をその名で呼ぶな。人につけられた名前は好きじゃない」

 

そう言いながら近づき、後ろから白雪の日本刀をアリアの頚動脈に突きつける魔剣。

 

「あんた…あたしの名に覚えがあるでしょ!神崎・ホームズ・アリア!ママに着せた冤罪のうち107年はあんたの罪よ!」

「この状況で言うことか?」

 

フンッと『魔剣(デュランダル)』が囚われのアリアをあざ笑う。

 

「それにお前は四世。初代ホームズや二世とは違う」

 

そして変装しているだろう顔のまま可笑しそうに目を細め、アリアの耳元に唇を寄せた。

 

「だが、アリア。お前は偉大なる我が祖先―――ジャンヌ・ダルクとよく似ている。その姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢」

「ジャンヌ・ダルクですって!?」

 

アリアが呻くようにその名を復唱する。

 

(ジャンヌ・ダルクだと………)

 

こんな学校に通っている俺でもその名前は知っている。15世紀、イギリスとフランスによる100年戦争を勝利に導いた、フランスの聖女。

今のセリフは自分がその子孫だということだ。

だが、まて。

オルレアンの聖女と呼ばれた彼女の最期は―――

 

「ウソよ!ジャンヌ・ダルクは火刑で死んだ!子孫なんていないわ!」

「あれは影武者だ。我が一族の表の顔は聖女、だが裏の顔は魔女。私たちはその正体を歴史の闇に隠しながら―――誇りと名と、知略を子孫に伝えてきたのだ。私はその30代目」

 

30代目ジャンヌ・ダルク…それが魔剣っていうことかよ…!

 

「お前が言った通り、我が先祖は危うく火に処せられるところであり、大事な影武者も死んでしまった。だから、私たちはこの力を代々研究してきたのだ」

 

ジャンヌの手がアリアの太ももに伸びると

 

「きゃうっ!」

 

アリアが激痛に身を捻らせた。見ればその小さな膝に氷が張り付いている。銀華の捕えられた光景といい、今の光景といい、もう疑いようがない。

こいつは想像もつかない能力を持っているのだ!

 

私に続け(フォロー・ミー)、星伽、アリア。リュパン四世がさらい損ねたアリアも貰っていく。星伽、抵抗するな。抵抗したら遠山を殺す」

「……アリア……!」

「キンちゃん……」

「遠山、今のお前は普段のお前じゃないのだろう?私はその能力で痛い目に遭い続けててな。遠山、銃を下ろせ」

 

こいつ…俺のこともよく調べてやがるな。確かにアリアの頚動脈に剣が突きつけられているこの状況では従うしかない。腰のホルスターにベレッタを戻す。

どうする……

 

「遠山。動けば、アリアのその場所が凍る。アリアも動くな。星伽もこちらに来い。変な動きを見せたら即刻殺す」

「……キンちゃん……」

 

そう言って俺の方に振り返りこっちを見る白雪。

瞬き信号で俺に伝えてきた言葉は……

 

(信じてるか……)

 

銀華は他の人を()()して俺に力をくれた。

アリアは今の俺を()()して確保しに走った。

白雪は俺をボディガードとして()()していた。

俺はそれにまだ応えられていない。

その信頼に今応えなくていつ応える。

 

(ここでやらなきゃ、男じゃないよな……!)

 

だが、どうする。

俺が動いた瞬間、やつはアリアを殺すことができる。

どうにか気づかせないように動くしかあるまい。しかし、この状況で動く隙を与えるような相手ではないだろう。

…………ん。

あの技ならいけるんじゃないか?

あれは人間には反応すら一切できない攻撃。

だが、俺はまだその技を使ったことがない。

原理もまだわからない。

……だけどわからないなら考えるだけだ。

銀華は自分の推理力でその技を習得した。ならいけるはずだ。なんたって今の俺は銀華の力を得ているんだからな。

ヒステリアモードの、頭の中で、

今までの記憶が、超高速でリプレイされる。アリアvs銀華の戦い。銀華との会話。

―――!

いける。

いけるぞ。

これならアリアを助けることができる……!

 

「星伽、早くこっちに」

 

白雪に意識が少し向いた今がチャンスだ!俺は無形(むぎょう)の構えを取り、逆転の一手を放つ。

 

不可視の銃弾(インヴィジビレ)

 

これは兄さんの技の一つだ。不可視の銃弾とは、その名の通り、銃が見えない銃撃である。いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのかわからない、反撃はおろか、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

銀華は以前兄さんの銃を、銃声からコルト・ピースメーカーだねとか言っていた。それは名銃であることは確かだが、19世紀の前半に開発された、悪く言えば時代遅れの銃だ。

だが兄さんはそれを敢えて使っていた。

それはなぜかと以前考えたことがあった。

その時は思いつかなかったが、リゾナになった今の俺は思い至ったのだ。

コルト・ピースメーカーは拳銃史上1、2を争う、早撃ちに適した銃だ。

装弾数、連射能力、命中率。ほとんどの面に関しては近代的な自動式拳銃の方が有利だが…早撃ちという曲芸に限って言えば、構造上、回転弾倉(リボルバー)式の拳銃の方が有利なのだ。

その銃を使い、人間のレベルを遥かに凌駕したヒステリアモードの能力で、文字通り見ることができない速度で発砲する。

それが『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』のカラクリだ。

 

―――パァン!

―――キィン!

 

銃声とほぼ同時に何かがぶつかる音がする。

俺が撃った弾は魔剣―――刀を持つジャンヌの右手を掠め、ジャンヌが持っていた剣は地面を転がる。

 

「くっ」

 

右手を押さえ、ジャンヌは少しよろめいた。

普通のヒステリアモードなら、女性かもしれない魔剣や、頭で計算して99%ないと分かっていても弾き飛ばした刀でアリアが傷つく可能性を考慮して撃てなかっただろうが、流石はリゾナだ。()()()()()()()()()()()()()、こういう場合でも女に左右されず自由に動くことができるのはリゾナの特権というところだろう。

 

「白雪!」

 

アリアが地面を転がっていた刀をまだ無事だった片脚で白雪の方に滑らす。それを拾った白雪はそれを拾い上げ―――

ざきんっ!

アリアとジャンヌの間に割り込むようにしながら刀を振り下ろす。

だがジャンヌはそれにも対応した。

防弾制服を使い、刃を袖で受け止め掴み取ろうとする。

その動作を捕まっていたアリアが妨害した。

アリアの無事な方の足でジャンヌの膝へカンガルーキック。

ジャンヌはそれによりバランスを崩され、退かざるをえない。

だんっ!

ゴロゴロ、と転がったアリアは俺の足元で膝立ちの体勢になり、そのアリアを守るように、白雪が立つ。

刀をお得意の八相に構えなおした白雪に、ジャンヌは

 

「白雪……貴様がアリアを助けるとはな」

 

と制服の裾から何か筒のようなものを落とした。

シュウウウウウウウ。

筒から出た白い煙が俺たちの周りを包んでいく。発煙筒か!

ばっ、ばっ。

煙を感知したスプリンクラーが次々に水を撒きはじめる。白雪はジャンヌが身を潜めている白煙から、下がって距離を取った。

 

「やられたわ。まさか…分身とはね」

 

屈んだままのアリアはぐっぱっ。と手を結んでは開いたりしているが、握力は大きく落ちていた。戦闘はもう無理だろう。おそらくジャンヌが考えた通りに。

 

「うん。すごい高レベルの複写人工霊体(タルパ)で私も気づかなかった。ご、ごめんなさい!」

「謝ることはないさ。白雪はアリアの危機を救ってくれただろう?だから、何も問題はない。次は分身を見破れるかい?」

「は、はい。見破ってみせます!キンちゃんと銀華さんのためにも!」

 

実際、次は俺も見破れると思う。銀華もおそらく、初見のあれにやられたのだろう。あいつなら分身を勘や推理で見破りそうだが、勘だけは銀華より鋭いアリアも見破れなかったのを見ると厳しいかったかもな。

その白雪の言葉を聞いたアリアは、少し強気になったのか、犬歯を向いて叫んだ。

 

魔剣(デュランダル)!あんたが今世のジャンヌ・ダルクですって?あんたみたいな卑怯者が子孫でご先祖様も泣いてるわよ」

 

挑発するようなアリアの声に白煙のだいぶ向こう側から

 

「それはお前もだろう。ホームズ四世。ホームズ家に伝わる推理力を全く持っていないのを見たら、初代ホームズはどう思うだろうな」

 

アリアに向ける挑発の声が返ってきた。

俺たちはそちらを向きつつ、気づく。

心なしではない。この部屋の室温が急激に下がっている。まるで子供の頃体験した、青森の冬のような寒さだ。

スプリンクラーから撒かれる水が空中で凍り、雪のように舞っている。

ダイヤモンドダストと呼ばれるものだ。

宝石が煌めき、舞うような、超常的な美しさ。それが人間の恐怖を逆に募らせる。

あいつ、ジャンヌは―――銀氷(ダイヤモンドダスト)の、魔女だ。

 

「キンちゃん、アリアを守ってあげて」

 

刀を保持したまま退がってきた白雪は、アリアのそばで片膝をつき、アリアの手をそっと自分の手で包む。

 

「魔女の氷は毒のようなもの。それをきれいにできるのは修道女か巫女だけ。でもこの氷はG10からG12ぐらいのすごく強い氷。私が治しても元に戻るまで8分ぐらいかかると思う。だからその間、キンちゃんがアリアを守ってあげて。敵は私1人で倒すよ」

「何を言うんだ白雪。銀華をあんなにしたやつを許せるわけないだろ。俺も戦う」

「キンちゃん、銀華さんがああなって悔しかったり悲しくなったのはキンちゃんだけじゃないんだよ」

 

そういう白雪の目は―――見たこともないぐらい真剣で、まるで目の中で炎が燃え盛ってるように見えた。

しみるけど我慢して、とアリアに伝えた白雪が何か呪文のようなものを呟くと、何か見えない力がアリアの手に伝わっていく。

白雪の治療は銀華の時と違って痛みが伴うらしく、アリアは敵に見つからないように声を出した。治療がひと段落すると白雪は、なにやら漢字と記号が書かれた長方形の和紙札を周りに貼り付けていく。

その札のおかげか周りはあったかくなるが、これは白雪の力なのだろう。

明瞭になった視界の中で白雪がすっくと立ち上がる。

 

「白雪……」

 

それを見た俺は決めた。

俺も戦いたい。

だが、アリアも放っておくこともできない。

この戦い、まずは白雪に任せよう。

俺がアリアのそばにいるために少し退がったのを見て、

 

「ジャンヌ」

 

白雪はいれかわりに敵の方に一歩でる。

 

「これが最後の警告。傷付きたくないなら今すぐ投降して。私はなるべく人を傷つけたくないの」

「笑わせるな。未だ原石のお前が、イ・ウーで研磨された私を倒せるとでも?」

「私はG17の超能力者(ステルス)なんだよ」

 

という白雪の声に、今度はハハハハハという笑いが返ってくる。白雪の口調から威嚇のように思えたのにそんなおかしいところだったのだろうか?

 

「G17、世界に数人しかいない超能力者。()()()に会う以前なら私は少し驚いてお前のことを少し恐れたかもしれない。だが今の私からしたら、たかがG()1()7()だ。奴を倒すことを考えていた私からしたら、赤子と何も変わらない」

 

『あいつ』が誰かはわからないが、さっきの白雪の言葉はやはり超能力者に対しては相当な威嚇だったんだな。それを笑い飛ばせるジャンヌ。

 

「仮にそれが真実であったとしてもだ。お前は星伽を裏切れない。お前がお前である限りな」

「ジャンヌ―――私を甘く見たね」

 

白雪の声が強まる。

 

「それは今までの普段の私。でも、今の私は星伽の制約をなんだって破ってみせる」

 

白雪の不思議なセリフにジャンヌが黙った。

策士は予想外のことに弱い。敵の計画には、今誤算が生まれているようだ。

 

「『北条は最弱が故に最強』。星伽にも伝わるこの言葉がやっとわかったよ。キンちゃんが強い理由もね」

「やはり、お前らの中心は北条か…っ!だが、私の策を邪魔しようとした北条はもう戦えない。直接対決も想定済みだ。G(グレード)が高い超偵は普通、その分消耗が激しい。耐えきれば私の勝ちだ」

 

晴れていく煙の向こうでジャンヌの姿が明らかになる。防弾制服を脱ぎ捨てた下には、部分的に身体を覆う、西洋の甲冑。

 

「理子による動きにくい変装ももう終わりだ」

 

ベリベリベリと被っていたマスクを剥いだ顔は、サファイアの瞳、氷のような銀髪。

西洋映画で出てきそうな、美しい白人だった。美人で銀髪なのもあるが、少し銀華に似てるな。

 

「キンちゃん……できれば、ここからの私のことは忘れて」

 

俺に背を向けて、白雪が微かに震える声で言う。

 

「 白雪…?」

「これから私は、星伽に禁じられている技を使う。でも、それをキンちゃんが見たら私のことをキライになる。銀華さんに伝えたら怖がられる。だから……わがままになるけど忘れてほしい」

 

そう言いながら、白雪はいつも頭につけてる白いリボンに手をかける。その指は少し、震えている。まったく…白雪は…

 

「いいや、忘れないよ。俺や俺の銀華(恋人)のために戦ってくれる白雪をキライになる?怖がる?感謝こそしてもそんなことはありえない」

 

しゅるり。

その言葉を聞いた白雪は前に向けたまま、髪を留めていた白いリボンを(ほど)いた。

 

「すぐ終わらせるね」

 

かつんと赤い鼻緒の下駄を鳴らして、いつもと違う刀の構えを取る。柄頭のギリギリを右手だけで持ち、刀の腹を見せるように横倒しにして、頭上に構える、剣道ではどの流派にも存在しないだろう、奇怪な構えだ。

 

「ジャンヌ、あなたはもう逃げられない」

「?」

「星伽の、禁制鬼道を見るからだよ。私たちもあなた達と同じように始祖の力をずっとついできた。アリアは150年。あなたは600年。銀華さんは800年。そして、私たちは、およそ2000年もの、永い時を」

 

白雪が、くっとその手に力を込めると

刀の先端に緋色の光が灯る。それがみるみるうちにパッと刀身全体に広がった。

室内を照らしあげるそれは炎―――!

なるほど、あれが白雪の切り札なのか!

 

「白雪は真の名前を隠す伏せ字。私の諱、本当の名前は『緋巫女』」

 

言い終えると同時にカッ!とジャンヌに迫る。白雪がぶんと刀を振るい、()()()()を吹き飛ばす。

 

「もう私にその分身は効かない、さっさと出てきたらどう?ジャンヌ」

 

そう白雪が言った瞬間、

バッ

()()のジャンヌが華麗な洋剣を持って炎の中から突っ込んできた。

じゃりんっ!

と通常なら火花のところを、宝石のように輝くダイヤモンドを散らしながら、そしてその煌めきを瞬時に蒸発させながら、二本の剣がしのぎを削り―――いなされた白雪の刀が近くにあったコンピューターを切断する。

 

「分身を飛ばしたのは星伽候天流の初弾、緋炫毘(ひのかがび)。次は緋火虞鎚(ひのかぐつち)、その本物の剣を斬ります」

 

白雪は再び、緋色に燃える刀を頭上に掲げる。あの構えは白雪が自分自身を傷つけないようにするためのものだったのか。

 

「それでおしまい。このイロカネアヤメに切れなかったものは今まで一つしかないよ」

「その程度の刀か。聖剣デュランダルに斬れぬものはない」

 

対峙するジャンヌが掲げた剣は、古めかしい、しかし、手入れの行き届いた壮麗な洋風の大剣。

白雪が唯一斬れなかった、銀華の如何にも業物という剣と遜色ないほどのオーラがあるぞ。

カッ!再び駆けた白雪は、どこか勝負を焦っているようだった。一方ジャンヌの方は余裕な顔だ。

ギンッ!ギギンッ!2人の刀剣は何度もぶつかり、大きな音をあげる。

2人の刀剣が掠めたものは全てが冗談のように破壊される。コンピューターが、防弾製のエレベーターの扉が、床も、壁も。

だが唯一斬れていないものもある。お互いの刀剣だ。斬れないものがないと謳った刀剣だけはお互い傷一つつかずにいる。

まるで銀華と白雪が戦った時と同じように…

 

「これが一流の超偵同士の戦いなのね…!」

 

俺の足元からようやく顔を上げてきたアリアが言う。

 

「大丈夫か?アリア」

「動けるには動けるけど、今のあんたや白雪の足手まといにしかならないわね。銃も分身を破壊した時に氷が入り込んだみたいでダメそう。あたしの銃は寒冷地仕様じゃないの。完全分解しないと、たぶん生き返らないわ」

「じゃあ知恵を貸してくれ」

 

俺がそう言うと素直にアリアは頷いた。

ヒステリアモードの俺のことは、キチンとパートナーとして扱ってくれるらしい。

 

「アリアはああいう超能力者と戦ってきたんだよな。白雪に加勢したいんだが、どのタイミングで入ればいいかわからん。何かキッカケみたいなのはないか?」

「ここまで高度な超能力者は、逮捕したことないわ。でもあの戦いは長くは続かないはね」

「どういうことだ?」

「超能力者は一般的に使う力が大きいほど、精神力をたくさん消耗するの。武偵と戦う時は勘所で最小限の力で戦うらしいんだけど、相手が同類だと全力を出し続ける。だからすぐガス欠を起こすのよ」

「なるほど、その瞬間がチャンスか。その瞬間がわかるか?」

「経験則で、たぶん。半分は勘に頼るけど信じてくれる?」

 

この前、俺が『信じられるか』って言っちまったのが不安になってるみたいだな。武偵には信頼関係が必要だ。これはケアしなくてはならない。

 

「信じるさ。銀華がアリアのことを信じたんだ。恋人である俺がアリアのことを信じないわけにはいかないだろ?」

「はあ……………こんな時にも惚気なのね……」

 

呆れたようにため息をついた後、にっこり笑い

 

「ま、そんなあんた達も見てて面白いし、とってつけた理由よりよほど信頼できるけどね」

 

面白がられてるのは甚だ遺憾だが、当初の目的どおり信用を取り戻せたようだ。

 

「俺はアリアを信用している。だから自信を持って攻撃のタイミングを教えて欲しい。3人、いや4人の力で魔剣を逮捕するぞ」

 

 

 

俺とアリアがそんなことを話している間に、初め、白雪有利に見えた戦いは互角のような雰囲気になっていた。

 

「―――ッ!」

 

白雪は歯を食いしばりながら刀を振るう。

グロッキーなのは白雪の方に見える。ジャンヌはまだ余裕そうだ。

白雪が焦って薙いだ、ほとんど炎の切れた刀は―――

がすっ。

壁を斬ることができずにとまる。

白雪からは先程までの力が失われている。アリアの言った通りガス欠だ。

超偵は強い。普通の武偵を凌駕する力がある。でもそれを長くは維持できない。ゲームの魔法使いのキャラもそうだ。強力な魔法を使いすぎると、

 

「はあ….はあ」

 

柄を右手で掴んだままその場に膝をついた。まるでフルマラソンを完走したような疲労困憊ぶりだ。刀を壁から抜いた白雪はそばに落ちていた朱鞘を左手で探り当て、ず、ずずと、なぜか刀身をそれに収めてしまった。

 

「甘いな。お前は甘すぎる。私の肉体を狙わず剣ばかり狙うとはな。実力差があるときはそれでもいいかもしれんが、互角の時にそれをやるとはお前は私を甘く見過ぎだ」

 

ジャンヌはデュランダルの切っ先を白雪に向ける。まだか、アリア。

俺が加勢するのはまだなのか。

 

「くっ」

 

鞘に収めた刀を後ろに隠すような体勢をとる白雪。

衝動的に駆け寄りそうになるが、アリアが俺のことを押さえる。

 

「まだよ、キンジ。白雪はあと一撃撃てる力を残してる。でもそれはチャージが必要みたいに見えるわ……!」

 

小声で言うアリアも今すぐ助け出したいようだった。再び剣を構えたジャンヌの周囲に再びダイヤモンドダストが舞い始める。

 

「見せてやる、『オルレアンの氷花(fleur de la glace d'Orléans)』、凍りついて、散れ!」

 

ダイヤモンドダストの向こうに見えるデュランダルが青白い光を放ち始める。その時―――

 

「キンジ、今よ!」

 

叫んだアリアの声を合図に、俺は銃弾のように飛び出した。

白雪の戦いに集中してたジャンヌがハッと振り返る。

 

「ただの武偵ごときが!」

 

俺に対して怒りに身をまかせるように剣を横薙ぎに払う。その攻撃を推理できていた俺はずさああああああああ!とスライディングの要領で身を低くする。

 

カッッッ!

 

俺の頭の上を青い光の奔流が捲き起こる。ゲームのような光景だ。光る氷の結晶の渦が天井にまで届いたようで、天井はまるで巨大な氷の花が開いたように凍結していく。

 

ガガガン!

 

スライディングしながら3点バーストに切り替えたベレッタでジャンヌを撃つが、ジャンヌは既に引き戻していたデュランダルで迎撃する。

それは推理できている。アイツは白雪と同等の剣の達人。白雪が出来ることがあいつにできてもおかしくはない。

 

「ただの武偵の分際で!」

 

ジャンヌは跳躍して逆に突っ込んできた。俺はそのジャンヌを銀華の技『降り止まぬ雨』の空気弾で叩き落とそうとする。だが、ジャンヌはその技を知っていたようで剣で空気弾を迎撃。迎撃するだけじゃなく、その勢いを使い大きく回転し大剣を俺に振り下ろしてくる。この展開を()()()()()()俺は、拳銃を持っていない左手で

 

「ッ!?」

 

魔剣(デュランダル)を受け止めた。真剣白刃取りの片手版で。銃剣でできたのだから、大剣でもできるはずだと思ったが案外簡単だったな。

 

「チェックメイトだ、ジャンヌ」

 

右手の拳銃をジャンヌに突きつけそう言う俺に、

 

「武偵法9条」

 

ジャンヌがそう返す。

 

「お前は私を撃つことができない。私を殺せない」

「そうだね」

 

ジャンヌは大剣に力を込めてくる。わかってないなあジャンヌは。チェックメイトは王手と違う。完全に詰みのことを指してるんだから。

 

「キンちゃんに!!手は出させない!!!!」

 

白雪が俺とジャンヌの間にあったデュランダルめがけて走ってきた。

 

「緋緋星伽神―――!」

 

白雪が放った居合斬りはデュランダルを通過して、そのまま触れていない天井にまで炎を舞い上がらせた。

 

「だから言っただろう?チェックメイトだって」

 

そんな俺の声は氷ごと破壊された天井の崩れる音にかき消された。

 

 




全員に見せ場があるように書くのが難しい…大丈夫かな?
魔剣編ラストはコーヒーを片手に読みたくなるような話になる予定です。


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第48話:裏側の物語

パソコンの調子が悪くて遅くなりました…せめて5月中に出したかった…

注意:アンチヘイト、キンジ強化


アドシアードの閉会式は魔剣が裏で暗躍していたことを感じさせないような華やかさで終わった。特に変わったことと言えば、まだ弱って激しい運動ができない銀華の代わりに、白雪がチアガールとして出たということぐらいか。いきなりの出場で演技は大丈夫かと思ったが、流石優等生白雪。舞台の上では完璧なチアを披露していた。

星伽の制約を破ってしまった白雪は、3度も4度も同じ!というアリアの押し文句に押されて、もうやぶれかぶれになってチアへの参加を了承したのだ。

もうお前は『カゴノトリ』なんかじゃない。

自分の羽で大きく青い空を羽ばたく鳥になったんだ白雪。

 

 

 

 

 

 

打ち上げがファミレスってのはどういうことだ。俺たちバンド男共の一次会もここだったんだぞ。という俺の抗議はいつも通り無意味で、俺、アリア、白雪、銀華の4人による二次会は、学園島唯一のファミレス、ロキシーのボックス席で行われている。ちなみに俺の横は銀華、対面はアリア、その横が白雪という具合だ。

魔剣を逮捕できたので、アリアの母親--神崎かなえさんの刑期を一気に短縮できる流れになったらしく、アリアが上機嫌で『ここはあたしがもつわ』と宣言したが、お前貴族ならもっといい店に招待しろよ。

という言葉は出せるわけがなく、この店で一番高いステーキセットを頼み、不満ですという気持ちをさりげなく表しておく。

各人の注文が終わり(ももまん丼ってなんだよ)、おしぼりで手を拭いていると、

 

「「?」」

 

アリアと白雪の様子がちょっとおかしい。 お互い見つめあった後、何か言い出そうとしてやめている。

なんだこれはと思って、横の銀華を見るが

--フリフリ。

首を横に振る。

銀華にもわかっていないようだ。

 

「「あの」」

 

白雪とアリアがハモった。

 

「ア、アリアが先でいいよ」

「あんたが先に言いなさい」

「外そうか?」

 

銀華が対面の白雪に言うと、白雪は首をふるふると横に振り否定した。

 

「え、えっと。あのね…キンちゃんと銀華さんにも聞いて欲しいの。私どうしても、アリアにいっておかなきゃいけないことがあるから」

 

その言葉に俺と銀華は頭の上で疑問符を浮かべる。銀華がそう言った仕草をするのは珍しいな。

 

「あの…この間、キンちゃんが風邪を引いた時、私嘘をついていました」

「嘘?」

「うん……あの時、お薬買ってきたの私じゃないの」

「え」

 

銀華がお礼言っとくようにと言っていた相手は白雪じゃなかったのか。

……もしかして銀華に薬を渡したのは

 

「アリア、だったのか」

「……」

「まったくもう……キンジは」

 

無言のアリアを見る白雪は、本当に済まなそうにしていて、銀華もやれやれと言った感じで首を横に振っている。

俺のことをチラ見したアリアは

 

「な、なーんだ!そんなこと」

 

アリアはわざとらしく両手を頭の後ろで組み、大きく体を後ろに傾けた。

ちょっと赤くなってこっちを見てる。

 

「銀華もちゃんと伝えなさいよ!あたしが買ってきたって」

「私は言ったよ。ちゃんとお礼を言っておくように。キンジが勝手に勘違いしただけ」

 

あ。

強襲科の屋上で、アリアが言ってたセリフはこういうことだったのか

 

「話があるっていうから、もっと大変なことかと思ったわ」

 

やはりあの薬を持ってきたのはアリアだったらしい。

 

「イヤな女だよね私。でも…イヤな女なままでいたくなかったから…ごめんなさいっ!」

 

ぺこりと頭を下げる白雪。

顔を下げられたアリアは白雪の顎に手をやり、白雪の姿勢を戻させる。

 

「別に気にしてないわ。はいこの話は終わり!この後にも話があるんだからさっさと済ませちゃうわよ。白雪、銀華に言いたいことがあるんでしょ?」

「う、うん」

 

そう言った白雪は今度は銀華と向かい合う。

 

「あ、あのね。銀華さん。もし良かったらだけど……銀華さんが認めてくれるならだけど……」

「ああ、もう!じれったい!さっさと言っちゃいなさいよ!」

 

なかなか言い出せない白雪の背中をアリアが押し出し、その言葉に勢いづいた白雪はその勢いのまま

 

()()って呼んでください!!」

 

銀華に向かって頭を下げた。

ああ、なるほど。

銀華は上級生、同級生、下級生など関係なく基本苗字にさん付けで人のことを呼ぶ。

だが、何人かの身近な人間は名前を呼び捨てにしている。それは銀華が心を開きかけてる証拠であり、その人達には銀華は甘い。

だが、銀華はなぜか白雪のことを『星伽さん』と呼んでいた。白雪は名前で呼んで欲しかったんだろう。それを聞いた銀華は人差し指を顎に当て、可愛く少し悩んだ後…

 

「……これでいい?()()

「はい!」

 

そう銀華が言うと、白雪は向日葵が一気に開いたかとこちらが錯覚するほど笑顔になった。

銀華に名前呼び捨てにされたのがよほど嬉しいらしい。

えへへといった風に笑う白雪は美人なのもあり可愛いが、すこしキモいな。

 

「今度はあたしの番ね」

「う、うん」

 

強引に銀華と白雪の話を終わらせるアリア。そのアリアは姿勢を正し、

 

「白雪。あんたもあたしのドレイになりなさい!」

 

ピシッと放たれたそのセリフに、白雪。俺。銀華。そして近くにいた男子数人が固まる。

 

「ありがとう、白雪」

 

おい、アリア。

頭大丈夫か?前後の文脈が完全におかしいぞ。

 

「魔剣を逮捕できたのは、3割あんたのおかげよ。4割はあたし。2割レキ」

「私とキンジは1割しかないの?」

「あんたは勝手に突っ込んで人質になってるし、キンジは最後にちょっと働いただけじゃない!」

 

こ、こいつめ…ナチュラルに俺たちのことをディスりやがって。

 

「あたしわかったの、あのジャンヌダルクの戦いはあたしたち1人ずつなら負けてた。3…いえ4人がかりでやっと倒せた。それは認めるわ」

 

その4人は誰なんだよと思いチラッと銀華を見ると、銀華はなぜか悪い笑みを浮かべていたが、俺の視線に気づき、すぐいつもの表情に戻った。なんだったんだ今のは。

 

「あたしたちの勝因は信じあい、力を合わせたことよ。ジャンヌのように超能力者だった場合、あたしたちだけじゃ正直キツかったわ。でも、あたしにない力を持ってるあんたが居たから勝てた。つまり、あたしのパーティーに特技を持った仲間が加わるのはいいことなの」

 

あの独奏曲(アリア)さんが仲間とはね…

少しはマシになったじゃないか。

 

「というわけで契約満了したけど、あんたはこれからもキンジや銀華と一緒に行動すること!はいこれキンジの部屋の鍵!」

「ありがとうアリア!ありがとうございます!キンちゃん!」

 

神速でカードキーをしまう白雪、ボックス席から転げ落ちる俺、文句があるの?と二丁拳銃を出すアリア、まあいいじゃないと認める銀華。三者三様ならぬ四者四様の反応を見せていると注文が届き、二次会が始まるのだった。

 

 

 

 

二次会を終えた俺たちがファミレスロキシーを出ると、左腕の袖を…

クイクイッ。

と小さく引かれた。

 

「?」

 

疑問に思い振り返ると、銀華の右手が俺の袖を掴んでいた。その顔は小さく俯いており、少しだけ顔を赤くしている。

 

「…キンジ」

「ん?どうした?」

「……このあと少し付き合ってくれない?」

 

少し遅い時間だが三次会をやりたいってとか?

 

「コーヒーや軽いものなら…」

「うん!」

「じゃあ…アリアと白雪も」

 

前を歩いていたアリアと白雪も誘おうとするが

 

「あたしはいいわ。今日は疲れたし」

「う、うん。私も今日は帰ります。ごめんねキンちゃん」

 

2人に断られてしまう。何か空気を読んだって感じだったな。何の空気を読んだのかわからんが。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

むぅ。

キンジの朴念仁。

久しぶりに2()()の時間が欲しかったから誘ったのにアリアと白雪も誘うなんて。

優しいキンジなら誘うと推理できてたけど、そこは私のことを推理して欲しかったよ…

でも2人は空気読んでくれたっぽくて助かったね。あの協調性がなくて空気が読めない世界代表だったアリアも空気が少し読めるようになって、成長してる。

 

「えい」

「いてっ」

 

私、不満ですという気持ちを表すためにキンジの額に軽くデコピンする。

 

「いきなり何すんだよ」

「朴念仁のキンジにお仕置き」

「??」

 

キンジの頭にはハテナマークが浮かんでいるけど、教えてあげないもん。

 

「じゃあ、行こっか」

 

せっかく久しぶりのキンジとの2人の時間なのに、怒ってばかりいるのは良くない。キンジの手を取って、私は目的地まで歩いていたが……ふとあることが気になった。

キンジと繋いでいる手がいつもより強く握られている。私の気のせいかもしれないけど、ちょっと痛いし、たぶん気のせいじゃないよね…?

 

「キンジ……ちょっと痛い」

「す、すまん」

 

そういうと私と繋がれている手の力が弱くなる。

どうやらキンジも無意識だったぽい。

うーん、どうしたのかな?

キンジに関しては推理が働かないから、推理もできない。これが惚れた弱みってやつなのかな?

思い返せば、私はキンジに一目惚れだったわけじゃない。キンジの婚約者という立場に置かれ、キンジと会うに連れて心が惹かれていった。

心理学の一説には、異性との距離は、会う回数が増えるごとに縮まっていく。人には何度も会う異性を『自分と同じ生活圏で行動している=2人の間に出来た子供を一緒に育てられる=遺伝子を安全に残せる相手』と見做す本能があるから。

男性経験がなかった私もこの本能に基づき、最初は好きじゃなかったけど理子風に言うと、チョロインのようにキンジに恋したというわけである。

(でも……それだけが理由じゃない気がするなあ…)

なんとなくそんなことを考えながら、2人で並んで歩いていると目的地に着いた。

私たちが向かっていたのは、学園島の縁にあり、東京湾を見渡せる広場。私が星伽さん…白雪と決闘した場所。

 

「ここか?」

「うん、ちょっと待ってて」

 

キンジをベンチに座らせて、近くの自販機で缶コーヒーを買う。

キンジも私も微糖派だから、同じものを買って座っているキンジに一本渡す。

 

「サンキュー」

「ううん。助けてくれたお礼だから、気にしないで」

「……助けるのは当然だろ?す……大切な人なんだから」

 

後半は私が聞き取れないぐらいの声量でキンジそう言うのを聞きながら、私はキンジの右隣に座る。私が右手で缶コーヒーを飲んで、ふぅと一息ついているとキンジは右手を私の左手の上に乗せてきた。

ああ…やっとわかったよ

ジャンヌ戦からキンジは私のことをすごい気を使ってくれるし、たぶん氷漬けにされた私が相当ショックだったんだろう。

私のことをそんなに思ってくれてるなんて嬉しいけど………

 

…………うん。

罪悪感がすごいね。

父さんを除けば誰も気づいていないだろうけど今回、私が捕まったのはもちろんワザと。

銀華状態でもジャンヌごときに負けるわけがない。何せあの分身技は紅華の私とジャンヌの共同研究によって作り出した技なんだから。

私がワザと捕まったのはキンジが私のことを本当に思ってくれてるのか確かめるため。

今までだったら、私のことを思ってくれてるのは確信を持てたんだけど、アリアが出てきてどうしても不安になってしまった。

結果としてキンジの気持ちはわかったけど、心配させちゃったみたいですごい申し訳ない……

 

「銀華。お前バスジャックの時、言ったよな。私たちは2人で1人って。なのにどうしてお前は1人で突っ込んだんだ?」

「……」

 

キンジ怒ってるよ……

捕まっても殺されないように、『殺すな』という約束で予め保険はうっておいたし、私的にはノーリスクの作戦だったけど、キンジ的には相当心にきたらしい。

 

「お前は推理があってるかどうか確かめるために、1人で突っ走る傾向にある。あと危険なところだとわかると、仲間を思うがあまり1人で突入する癖もな。その行動のすべてが悪いとは言わんが……少しは俺たちを信用しろ。お前は人に信用されるが、人を心の底から信用してはいないからな。その点に関してはお前はお前のことを信用してる()()()()()()()

 

キンジの言葉に私は何も言い返すことができない。

私は身近な人をどうも甘やかしてしまう節があるらしいが、それは人を信用できていないから。

ありがたいことに私の元には人が集まってきてくれる。

だが、その人たちと仲良くなっても私の元を去ってしまうのではないのかという不安が拭えない。

……先に私と父さんを置いて天国に行ってしまった母のように。

自分に近ければ近いほど、別れは辛い。

だから、母が死んでから私は全ての人に心を開くことはない。

心を少し開くのは私が名前で呼ぶ本当に身近な人のみ。その人たちでさえ、私は完全に信用できていないのだ。

そう……婚約者のキンジでさえ。

 

「お前のことを一番わかっている俺だから言える。お前は社交的で人と仲良くなるのは上手いが、実際は最近成長したアリアより『独奏曲(アリア)』だ。俺たちはお前のことを信用してるんだから、お前も俺らのことを信用してくれよな」

「……うん」

 

最後は優しい口調に戻り私の頭を、なで……なで………と撫でてくれる。

やっぱりキンジは優しい。こんなことされたらもっと好きになってしまう。キンジのことを信用できなくて試すようなことをした醜い私のことをこんなに信用してくれてるなんて。私には出来すぎた婚約者。

 

「月が綺麗ね」

 

私が急にそんなことを言い出したので、キンジは空を見上げた。今日の月はそこまで大きくなく綺麗というほどでもない。この点からキンジでも推理できたようで、少し顔を赤くしながら、

 

「………死んでもいいぞ」

 

そう返してきた。私の気持ちはちゃんと伝わったみたい。

 

「まあ、実際は死なせないけどね。キンジは私が守るよ」

「何言ってるんだ、お前。敵に捕まった囚われのお姫様はどこの誰かな?」

「……じゃあ、もう一回捕まったら助けてくれる?」

「いつもの俺は姫を守る精鋭騎士……ほどの戦力はないが、三等兵ぐらいの活躍はしてみせるさ」

「ううん。キンジは三等兵なんかじゃない。私の王子様だよ」

「姫様と王子様ってなんかメルヘンチックだな…」

「いいじゃない。最初は親の判断で婚約者にされたけど……2人はだんだんお互いに惹かれていくっていうストーリー。おとぎ話にありそうな設定でしょ?」

「そうだな。だから……」

 

そう言ったキンジは横に座ってる私の方に向いて--

--キス、してきた。

口と口を塞ぎ合う形になった2人の声が消え、波の音と木の葉の音だけが公園を包む。

 

「だから、俺のことを信用してくれるかい?銀華」

 

甘くHSSになったキンジが微笑みながらそう言ってくる。その笑顔に同じく甘くHSSになっていた私は

 

「……うん……私はキンジのことを信じるよ……だから守ってね……王子様」

 

本能的にそう言ってしまうが、キンジに隠し事をしている私の心はズキズキと痛んでいた。

 




キンジ強化(恋愛方面)

次はブラド編。銀より紅の出番が多いかも…


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第5章:塔の上の吸血鬼(ザ・クリムゾン・プリンセス)
第49話:双剣双銃の帰還


第5章スタート。今回プロローグなのもあり、短め+原作多め


武偵少年法というものが日本にはある。

犯罪を犯した未成年の武偵の情報は公開を禁止するというものだ。

そのプロフィールをやり取りするのは武偵同士でもタブーなこととされ、知ることができるのは一部の司法関係者と被害者のみ。

マスコミにも公開されないため、報道で『A少年』とかされるあれだ。

これが理由でアリアも俺も銀華も、他の人にハイジャックの犯人が理子だと言っていない。

つまり、あれだ。

何が言いたいかというと……

 

「たっだいまぁー!」

 

理子が帰ってきやがった。

いきなり例のヒラヒラ制服で教室に現れた理子に、わあと喜ぶ生徒と驚きの顔をする俺とアリアの2人。

まさか堂々と帰って来るなんて……

 

「今度こそ捕まえてやるわ……」

「やめなさい」

 

スカートから二丁拳銃(ガバメント)を取り出したアリアに対して、1人納得した銀華が珍しくきつい声で制止をかける。

 

「今度はアリアが犯罪者になるよ」

「犯罪者って…なんでよっ!」

 

理子が帰ってきて、盛り上がるクラスの後ろでガゥガゥと銀華に吼えたてるアリア。

 

「簡単な推理だよ。あの事件の犯人の理子があの事件の真相を知っている私たちの下に戻ってきた。理子はああ見えて賢い子だから、予め保険をかけているだろうね」

「何よその保険って!」

「司法取引よ」

 

司法取引。

アメリカでおなじみのこの制度は、犯罪者が犯罪捜査に協力したり、共犯者を告発することで、罪を軽減したり、なかったりすることにできる制度だ。

 

「そんなのウソよ!」

「もしかしたら私の推理が天文学的確率で間違っているかもしれない。でも私たちはここでそれを確かめることはできない」

 

推理に自信を持つ銀華がそういうなら、やめるしかない。もし、理子が本当に司法取引を済ませていた場合、理子を逮捕しようとすると、俺たちには暴行罪・不当強襲・不当逮捕いくつ罪が重なるかわかったもんじゃない。

それはアリアもわかっていたらしく……

ぐぬぬぬぬぬ。

地響きかと思うほどの唸り声をあげつつも、なんとか耐えた。

その理子は

 

「みんな〜、ひさっしぶり!りこりんが帰ってきたよ!」

 

教壇でクラスのアホどもに囲まれていた。周りを囲んでいない奴らも『りこりん!りこりん!』などと大合唱。もうやだ、この学校。

とはいえ…

理子が武偵殺しだと知らないなら、わからんこともない。

理子は外見だけなら美少女だし、あの改造制服も一部の男子からしたら泣いて喜ぶ格好らしい。

理子は、クラスでマスコット的存在。銀華と同じく人気者なのだ。銀華のように優しさやカリスマで人気なのではなく、性格の明るさやおバカキャラで警戒心なく受け入れられている。

俺が理子に気をつけろとクラスメイトに言ったところで、「昼行灯」や「ネクラ」など女子に呼ばれている俺の言うことより、あのお馬鹿な仮面に騙されて理子の方につくだろう。

かくなる手は

 

「銀華、みんなに理子に対して気をつけるよう……」

「嫌」

 

言ってくれと最後まで言う前に拒否される。

 

「む…なんでだよ」

「私、理子のこと好きだもん」

 

そう言って俺たちから目を離し、机に肘を置き、手を顎に当てて理子の方を見る銀華。

よく見ると確かに心なしか銀華の顔は嬉しそうだ。

まったく……どこまでも甘いやつだ

クラスに発言力を持つ銀華が中立ということはつまり、クラスは理子の味方だ。俺とアリアは外堀を着々と埋められているな。

そんなことを考えながらせめてもの抵抗でそっぽを向いていると…

ピロリン

とメールが届く音がした。

携帯を開くと送り主は理子。理子がウインクをしてきたのを見るにクラスメイトに囲まれながら俺に送ってきたらしい。変なところで器用だな本当に。

中身は絵文字に顔文字にギャル文字で暗号文的なメールだったんだが、『放課後、屋上においでよ』的な文章だと一応解読できた。

それだけなら当然罠を警戒していくわけがないが、追伸として『お兄さんのこと、聞きたい?』と書かれていた。

武偵殺しとあだ名された、峰・理子・リュパン4世は、かつて何人もの優秀な武偵を消している。その犠牲者の1人となった兄さんはシージャックで理子に襲われている。

そのことを話すというのか…!理子!

 

 

 

結局、俺は放課後屋上で理子を待っていた。

俺は兄さんのことになると正常な判断ができない。それを全てわかってのメールだったのだろう。やはり油断の出来ないやつだ。

 

「キーくん!来てくれたんだ!」

 

屋上に唯一繋がる階段から来ると思っていたが、ワイヤーを使って俺の後ろから現れた。

 

「早く兄さんのことを教えろ」

「そんなに焦らない焦らない!早い男は嫌われちゃうぞ!ガォー!」

 

何が早いと嫌われるのかよくわからんが、ライオンのような鳴き声をあげる理子。

 

「早速ですがここでキーくんに選択肢でぇーす!」

 

理子は俺と向かい合いながらピースの構えを取る。

 

「キーくんはりこりんの言うことを聞いて、()()()()に参加しますか?『はい』か『いいえ』で選択してね。もし『はい』を選ぶなら契約の後、お兄さんの話をしちゃう。いっぱいしちゃう」

「兄さんを殺ったことについてか…!?」

「--まだ、殺したと思ってる?」

 

くふ、と笑う理子はその場で一回転した。

 

「…どういう意味だ?」

「そのままのイミ。しろろんは推理してるんじゃないの?お兄さんは死んでないって」

 

銀華は推理というよりは、勘だったはずだがそれを律儀に理子に教える必要はない。

 

「推理は推理だ。証拠がない」

「--H、S、S」

 

--ッ!?

俺の背筋に稲妻のような衝撃が走る。

 

「理子は誰も殺してないもーん。だから『武偵殺し』っていうのは間違ってるんだよぉ。正確には『武偵攫い』かなあ?」

 

武偵殺しとあだ名された、峰・理子・リュパン4世は--

過去に何度も優秀な武偵を消している。

その犠牲者の1人、兄さんはシージャックで理子に襲われた。

だが、その場で兄さんが今の言葉『HSS』を口にする可能性は極めて低い。

兄さんは俺と同じようにその言葉を他人には厳重に隠していたのに……

理子は知っていた。

銀華もヒステリアモードをHSSというし、もしかしたら銀華がぽろっと漏らしたかもしれないし、それは兄さんが生きている事とイコールではない。

だが、可能性としては十分な証拠だ。

 

「ねえ…キーくん。いいでしょ?()()()()もいいよね?」

「うーーん。理子の頼みでもなあ……」

 

理子は、実は最初から屋上の死角に居た銀華に話しかける。屁理屈になるが理子のメールには1人で来いという条件はなかったからな。アリアを連れてきたら絶対戦闘になってあれだが、銀華は理子擁護派だったから、連れてきても問題ない人物だ。

 

「キーくんはお兄さんの話を聞きたい。それは理子のお願いを聞いてくれたら叶うんだよ?キーくんの幸せをしろろんは邪魔するの?」

「……」

 

どうする。

理子のお願いとやらを聞けば……

 

(兄さんの話を聞ける……!)

 

ああ、兄さん。

俺の目標であり、恩人であり、しかしあまりに突然姿を消し、俺の人生を180°変えた人。

銀華がいなかったら、兄さんがいなくなったことで俺は今よりももっと塞ぎ込んでしまっていただろう。

ああ--ダメだ。

俺は兄さんのことになると正常な判断ができなくなる。

俺の理解者である銀華もそのことをわかっているが、心配そうに俺を見つめるだけで今回は何も言ってこない。さっきの理子の言葉の影響だろう。

理子。

お前はさすが、怪盗リュパンの血を引く女だよ。

お前は、俺の兄さんへの崇拝にも近い思いと銀華の俺への思いをわかった上で--この選択肢を突きつけたのだろう。

 

(クソ……!)

 

理子のお願いとやらを聞くしかないのか--と思ったその時。

ドドドド。

 

「あたしのドレイを盗むな!!」

 

地響きをあげて階段を登ってきたアリアが屋上に乱入してきた。

 

「あぁんも。アリアが出てくるまで、もうちょっと時間かかると推理してたんだけどなあ」

「泥棒の一族!あたしのモノは盗めないわよ!」

「キンジは私のものなんだけど」

 

おい、銀華。バカ2人に交ざるな。

 

「っていうかぁ…キーくんとしろろんはガチラブなんだから、アリアはぼっちなんだよ!ぼっち!」

「こ、このぉ!!」

 

アリアはじゃきっ。

白銀のガバメントを取り出し理子に向ける。

頭に血が上って何も考えられないみたいだ。完全にさっき話した司法取引がどうとか忘れている。

ちなみにアリアを抑えることができる銀華は理子のガチラブという言葉で照れてそれどころじゃないらしい。

俺の彼女チョロすぎないですかね……

 

「ママに武偵殺しの濡れ衣を着せた件、忘れたとは言わせないわよ!理子!その罪は最高裁で証言しなさい!」「いーよ」

「イヤと言うなら、風穴……って……え?」

 

アリアのセリフの途中で割り込んだ理子の声に紅い瞳をまん丸にした。

 

「証言してあげる」

「ほ…ほんと?」

 

先ほどまでブチギレていたのはなんだったと思えるほど、理子の言葉にアリアは疑うフリをしながらも嬉しさを隠しきれていない。

基本的に人の話を信じやすいやつなんだよな、こいつは。

 

「でもね?条件があるのです!」

「その条件ってなんなのよ」

「理子、理子……アリアとキーくんのせいで、イ・ウーを退学になっちゃったの。しかも負けたからって、ブラドに--理子の宝物を取られちゃったんだよぉ」

 

ぴりっ……

と、周囲の空気が張り詰める。

振り向くと、アリアが--理子の言葉を聞いて目にさっきをみなぎらせていた。

 

「……ブラド。『無限罪のブラド』……!?イ・ウーのナンバー2じゃない…!」

「そーだよ。理子はブラドから宝物を取り返したいの。だから()()()()()()()。理子を助けて」

 

理子の言葉を聞いていたのもあるが、俺とアリアは気づかなかった。

 

「理子のお願いはね。キーくん、アリア。一緒に--」

 

俺たちの後ろで銀華が--

 

「ドロボーやろうよ!」

 

銀華がニヤリと微笑んだことに。

 

 



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第50話:本当の姿

注意:視点変更多めです


俺とアリア、今2人がいるここは秋葉原。

別名、『武偵封じの街』

秋葉原は常に人が闊歩しており、銃が使いにくく、路地が入り組んでいるため犯人の追跡もしづらい。理子のお願いとやらの『大泥棒大作戦』の会議を、なんでか知らんがこの秋葉原でやろうと提案してきたのである。

--ここに来たということはつまり、俺とアリアは理子のお願いを受けた。

俺もアリアも理子が出した条件は無視できなかった。泥棒は法に触れないかという俺の真っ当な疑問はアリア曰く、相手はイ・ウーのナンバー2、無法者だから問題ないらしい。

そんなこんなで俺たちは約束の店に着いたのだが……こんな店初めてでかなり迷った。

 

「いくぞ…」

 

俺は強襲科の頃、ヤクザのアジトに突入した時と同じ気分で、扉の取っ手を掴む。

室内の様子を背伸びしながら覗っていたアリアも、脇にどき緊張の面持ちで頷いた。

がちゃりと扉を開けると……

 

「「ご主人様、お嬢様、おかえりなさいませ!」」

 

ここはいわゆるメイド喫茶。

理子はあろうことかここを待ち合わせ場所に指定してきたのである。

メイド喫茶。

テレビやネットで見たことがあるから知ってはいたが、本当にあるんだな……

というか…突入するより、銀華さんのご機嫌取る方が大変だった……

 

「メイド喫茶行くの?ふーん…?キンジの好みはメイドさん?」

 

という風にヘソを曲げられてしまったからだ。

俺も行きたくないが理子が指定した店だからということを懸命に説得し、事なきをえたが、なんて落ち着かない店なんだ…

室内はピンクと白を基調とした少女趣味バリバリの内装。ウェイトレスさんはやたら胸を強調したメイド服。か、帰りてえ…

横のアリアも落ち着かないようで、髪を触り枝毛を触っている。

そんな落ち着かない俺たち2人の元に--

 

「ごぉっめーん!チコクしちゃた!許してちょんまげ!」

 

いつものゴスロリ制服に身を包んだ理子が走ってやってくる。飛行機のマネなのか羽のように広げた両腕には、ゲームやらフィギュアやらが入った紙袋。

もしかしてそれを買ってたせいで遅れたのか?時間には厳しい銀華が見たら蹴られるぞまったく…

 

「んーと、理子はいつもの!キーくんにはオススメの紅茶、そこのピンクにはももまんでも投げつけといて!」

 

と勝手に注文を済ませてしまう理子。まるで水を得た魚だ。

ああ、なるほど。

秋葉原という、自分のホーム、俺たちにとってアウェイの場所に連れてきて話し合いのイニシアチブを取るって寸法か。

狡猾なやつだよ。理子は全く。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

あたしは秋葉原で行われた『大泥棒大作戦』の会議を終え、家に帰ってきた。

買った荷物を放り投げ、ソファーに身を沈める。会議は上手くいった。あたしのホームの秋葉原にしたこともあったが、常にイニシアチブを取ることもでき、アリアとキンジにメイドと執事になることを認めさせることもできた。

まず第1条件はクリア。

そのことについて安心すると、沸々とブラドへの怒りが湧いて来る。あたしの命の次ぐらいに大切な十字架を奪いやがって……それもあたしが大切にしてるのを分かってて。

そして嫌がらせのように警戒厳重なところに隠すのもタチが悪い。おかげでキンジとアリアの力を借りることになった。まあ条件は出したけど、2人を使って十字架を取り戻した後で、そのまま2人を倒す。条件はあってないようなものだよね。

今回キンジをパーティーに入れたのは、それ以外にも意味がある。それは紅華の存在。

紅華はあたしによくしてくれた。ボロボロになったあたしを路地裏で救ってくれたのも、イ・ウーでの居場所を作ってくれたのも紅華だ。紅華のおかげで今のあたしがあると言ってもいい。

だが……紅華があたしだけに対して特別な境遇与えてくれた訳ではない。紅華は研鑽派のメンツを除き、全てのイ・ウーメンバーと平等に優しく接していた。それはブラドも変わらない。ヤツは基本的に人間のことを遺伝子としか思っていない。そんなブラドにさえ、紅華の対応は変わらない。ヤツが他の人間と違い紅華のことを一目置くようになったのはこの点もあるだろう。

紅華は人によって対応を変えない。

……だが、唯一紅華が対応を変える人がいる。

--それがキンジだ。あたしが今回キンジをパーティーに入れた理由はここにある。

完全無欠といってもいい紅華の弱点。それはキンジにぞっこんなところだ。

キンジがパーティーにいる限り、余程あたしがヘマをしない限り、紅華が相手方、ブラド側につくことはない。あって中立だろう。つまりキンジは人質だ。

卑怯な方法だが、紅華の一番になれなかったあたしはこれぐらいしか紅華が敵につかない方法が思いつかなかった。

 

(ふぅ…)

 

一つ息を吐き呼吸を整える。

思ったより、あたしは緊張しているようだ。

この作戦は失敗できない。

もし仮に失敗したら、お母様からもらった十字架はさらに厳重な場所に移されるだろう。

そしたらあたしは、ホームズより上ということを証明できずに…また、檻の中へ…………

……いや、ネガテイブなことは考えないでおこう。失敗した時のことを考えても無駄だ。

成功させることだけを考えればいい。

 

「成功させるには……っと」

 

この作戦を成功させるには、キンジをHSSにすることが必要だよね。だが、キンジのHSSのトリガーであろう紅華こと銀華の手は、借りることができない。じゃあどうするか?

他の人でHSSになってもらうしかあるまい。

 

(うーん…でも)

 

キンジをHSS化させるには当然、性的興奮が必要。だけどそれを最近依存系ヤンデレヒロインと化してる紅華が許すかどうか。

あたしの見立てでは9割5分の確率で許さないよ。

 

「偶然を装うしかないよね…」

 

あたしはキンジが()()HSSになるように特訓メニューその1を書いたメールをキンジに送った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

俺とアリアは理子の『大泥棒大作戦』で、横浜の古い洋館・紅鳴館に、執事とメイドとして潜入捜査(スリップ)をすることになった。

潜入捜査とは、暴力団、企業、ナイトクラブなど捜査対象となる組織に武偵を潜入させて情報を集めて、場合によっては逮捕する捜査手法である。

まあ今回に限っては潜入捜査ではないか。なにせやることが捜査ではなくドロボーなんだからな。

紅鳴館の関係者は主人のブラド・謎の管理人・雇われのハウスキーパー2人。でこのハウスキーパーが休暇を取るらしく……管理人が帰って来るのに加え、臨時の雑用係を2人募集していたそうだ。そこに理子は派遣業者に化け接触、紅鳴館から採用通知を貰っていた。手を回すのが早すぎて、俺もアリアも驚いたぐらいだ。

まあやろうとしていることは何度も言うがドロボーなんだけどな。

で、その前だけど、なんで俺はこんなところに潜入してるんだろうか……

 

「だよねー」「あれはクサい」「でも、なんで再検査なんだろう?」「知らなーい。めんどくさいよね」

 

女子たちの声が、スリット越しに聞こえてくる。

ここは救護科棟1階、第7保健室。

理子は作戦(ドロボー)のために特訓メニューを作ったらしく、その特訓1と称して、放課後ここに来いとメールで指示をしてきたのだ。

で、なんだと来てみたら保健室は誰もいなくて、途方に暮れていたら、廊下から女子たちが何人か喋りつつ入ってきたので、授業で習った抜き足(スニーキング)で奥の物陰に隠れたのだ。

そしたら、いきなり女子たちが制服を脱ぎ始めたのだ。

ヤバイ。

と気付いた時はもう時すでに遅し。

俺の退路はこのでかいロッカーしかなかった、そういうことだ。

 

「…で、なんでお前もいるんだ武藤」

「そいつぁ、聞くだけ無駄な質問だぜキンジ」

 

なぜかロッカーにいた先客は武藤。

入学以来の腐れ縁の男だが、今この時点ではロッカーの中の空間を大きく取る邪魔者以外の何者でもない。

 

「キンジも女子の再検査、覗きに来たんだろ?」

「この状況で言っても信じてもらえないだろうが、一応言っておく。違う」

「ていうか、お前こんなところにいて大丈夫なのかよ?北条さんに見られたら殺されねえか?」

「…………………」

 

もし銀華にバレたら、ベルセが出て来て………

うん…考えないでおこう。

 

「まあ、もし見つかったら2ケツで逃げんべ。外の覗き防止用の茂みに大型バイクを隠してある。まあ北条さんからは結局逃げれんとは思うが…」

 

もし見つかったとしても、再検査に銀華がいなかった場合、銀華の耳に入らなければ問題はない。もし見つかったら、耳に入らないように出来る限りの努力をするしかない。

 

「さーて、本日は……大漁大漁。平賀に峰に…あ、レキもアリアもいるぞ。あっ……北条さん」

 

はい。見つかった瞬間、俺の死が確定しましたね。何としても隠れ続けなければいけない。そんな決意をした瞬間、ぶるるっ。

マナーモードにしていた携帯が震えた。

嫌な予感がしたので見ると、理子からのメールだ。

 

『キーくん。()()女子たちが再検査のところに呼んでごめぇん!でも、キーくん!これはチャンスだよ!しろろん以外にもヒスれそうな女の子がいたら、しろろんに秘密でその子のアイテム、なんでも盗んであげる。もちろん理子でも、おっけー!』

 

デコメ絵文字だらけのメールを解読するとこんな文らしい。

あ、あいつめ……

偶々な訳ねえだろ!ハメやがって……

なんの特訓だよこれは、と変身する前に2通目が来た

 

『あとキーくんがちゃんと見てるか。確認!「10秒以内に理子の下着の色を返信せよ」違った場合、ロッカー大解放の罰ゲームでーす』

 

ま、まずいだろそれは。

ロッカー大解放。これは死刑と変わらない。

なんたってこの部屋には双剣双銃のアリア様と--怒るとそれよりもっと怖い閻魔の銀華様がいるんだからな。

 

「ど、どけ武藤!」

 

俺はよだれを垂らしている武藤(アホ)を押しのけつつ、扉のスリットから外を見る。

見えて来たのは、当然下着の女子、女子、女子。

だが、なめるな。俺はヒステリアモードを天然で誘ってくる銀華の誘惑に何度も耐えてきているんだ。その辺の女子じゃヒスらん。

俺はそう思い込み、理子を必死に探す。

有象無象の女子の中から理子を探すのは大変かと思いきや、意外とわかりやすい位置にいた。わざと体重計に肘をつき、こっちにアピールしている理子の下着の色は--

ハニーゴールド

と、俺は返信画面で待機させておいた携帯に打ち込んで送信する。高そうなランジェリーなんかつけるなよな。チビのくせに。

理子が手に持っていた携帯が光り、メールを見た理子(バカ)がこっちに『OK』って感じでウインクして来たので、安堵のため息をつきつつ、血流をチェックする。

意外といけるもんだな。なってないぞ。乗り切った。この勝負、俺の勝ちだ。

そんなことを考えているとスリットから銀華がチラッと見えた。あいつは下着姿にならずまだ制服のままなので、ヒス的には問題ないのだが…ジト目でこのロッカーを見ていた。

銀華検定5段の俺にはわかる。

あの目は何してんの?と少しイラついている目だ。

ば、バレてる。

こ、これは理子の策略にはまっただけで俺が進んでやったわけじゃなくて、下着姿の女子も理子のせいで見ただけで……

そんな言い訳を考えていると

--がら。

という扉が開く音がした。

 

「誰か来たのか?」

「ああ、講師の小夜鳴だぜ」

 

飽きずにスリットから室内を見ていた武藤が少しイラついた声を返してくる

 

「あいつ、あんな顔して女子に手を出すとか、そういう噂があんだ。あいつの研究室から、フラフラになって出てきた女子生徒がいたとかなんとか」

 

へえー、そんなことするやつなのか。

ということはもしかして、この部屋にいる銀華もその対象に入っているわけで……

すまんが少し観察してもらおう。覗きというわけではなく、銀華を護るためだからな。

 

「ぬ、脱がなくていいんですよ!再検査は採血だけです!メールにもそう書いてあったじゃないですか。はい、服着て」

 

と奥の丸椅子に座りながら苦笑い。

そして窓の外に向かって……

 

(??)

 

何か呟いた。遠くて正確には聞こえなかったが、たぶん日本語じゃなかった。

一方女子たちは右往左往しながら制服を取りにいっていた。常識がぶっ飛んでいる武偵娘でも流石に恥ずかしかったらしい。

……が、動かない女子が2人いる。

もともと服を着ていた銀華と飾りっ気のない下着姿のレキだ。

2人は窓の外へ目を向けている。

武藤のバイクがバレたのか?

そんなことを考えていると、銀華が

ピク。

動いたかと思うと、すごい速度で床を蹴って走ってくる。

こっちに向かって。

 

「お、おおおお!?」

 

武藤が焦った声をあげたかと思うと、銀華はばんっ!

いきなり俺と武藤が詰まっていたロッカーを大解放!

 

「!?」

 

そして伸ばした左右の手で俺と武藤のネクタイを掴み、ロッカーから引っ張り出す。

 

「ま、まて!銀華、謝る!あや!」

 

俺の謝罪(言い訳とも言う)や女子の悲鳴が最後まで言い終わることなく、遮られた。

窓ガラスが割れる音で。

 

「っ!?」

 

ドォンっと爆発のような衝撃がロッカーを襲う。金属が紙細工のようにひしゃげたロッカーが、冗談みたいに吹っ飛ぶ。

銀華が引っ張りだしてくれたおかげで俺たちは助かった。

大柄な武藤はそこまでだったが、勢いよく引っ張っられたせいのもありクルクルと転がる俺と銀華。その回転が止まり、状況確認しようとするが、それができない。

というのも俺の顔は、口を含め下半分が、セーラー服に包まれた大きな胸に押し付けられているからだ。呼吸をするために鼻で息をする俺だが、そのせいで銀華の菊のような銀華の香りを強制的に吸気させられてしまう。

さらにこの、銀華の胸の柔らかさ。制服越しとはいえ、マシュマロのように柔らかいそこに口づけさせられている状態はまるで、前武藤がいっていた『年齢差を考慮せずママ役と赤ちゃん役を演じて行われられるらしい』高尚な大人の遊戯。

だが、銀華の表情は少し赤くなっているものの、警戒心を露わにしている。

 

「……」

 

なるほど。ロッカーを吹っ飛ばした何者かに対抗するために俺をヒステリアモードに変えたんだね。ありがとう。なれたよ。一瞬で。

俺は幸せの谷間から脱出し、ロッカーにのしかかっている何者かに銃を向ける。

 

「嘘だろ…」

 

横で同じく銃を構えていた武藤がそう呟く。目を奪われている。それは俺も同じだった。

なにせ侵入者は、銀色の体毛を持つ、巨大な狼だったのだ。

オオカミ。

犬じゃない。狼だ。動物にはそこまでの知識はないが、強襲科で猛獣について習ったから知っている。

圧倒的殺気。どこか美しさを感じさせる体格。

間違いない。こいつは絶滅危惧種のコーカサスハクギンオオカミだろう。

しかし、なぜこんなところに!?

 

(銀華…)

 

ロッカーから俺たちを救い出してくれなければ俺たちは潰されていた。狼が襲ってくるのを発見し、目標はこのロッカーと推理したのだろう。流石Sランク武偵だ。

 

「お前ら、早く逃げろ!」

 

女子たちにそう叫んだ武藤はドォン!!

天井に向けて、.357マグナム弾を使用できる大砲みたいな拳銃、パイソンで威嚇射撃を行なった。通常、動物は大きな音に弱いが、この狼は全く怯まない。人間が飛び道具を持ったパターンの戦闘は経験慣れしているのだろう。

 

「武藤、跳弾の可能性があるから銃を使うな!」

 

丸腰の女子たちに跳躍した狼に銀華直伝の蹴りをぶちかましながらそう忠告する。

壁際まで吹っ飛んだ狼は今度は俺に跳躍しようとするがなぜか--キュッと方向転換。

壁際で立ちすくんでいた小夜鳴先生を

 

「あっ!」

 

体当たりで吹っ飛ばした。先生は身長計や棚を倒しながら転倒し、狼は自らぶち破った窓から逃げていく。

しくじった。俺は優先順位を誤った。

小夜鳴先生は武偵高の先生だが、非常勤講師。戦闘訓練を受けたことのない一般人だった。同じ丸腰なら女子生徒よりも彼の方が非力だった。

なのにヒステリアモードの俺は、何よりも女子の安全を取ってしまった。

 

「追ってキンジ!先生は私が手当てするから」

 

衛生科も兼ねている銀華にそう言われ、俺は頷き窓の外に向かう。

先生だけじゃない。学園島には学生向けの施設で働く民間人も大勢にいる。あんな猛獣を野放しにしておくわけには行かない。絶対に止めなくては!

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

予定通り、怪我をすることができた私は()()通り、北条銀華に手当てされるために私が間借りしている研究室に2人で入ります。

ガチャンと扉が閉められたこの部屋は密室。

防音はもちろん盗聴対策もばっちり。ここでの会話はどこにも洩れず、私たちだけの秘密だ。肩を北条銀華に貸されてここまできた私ですが、部屋に入ると同時に

 

「やっと貴女と2人で喋ることができますね。私がこの時をいくら待ち望んだか」

「あら。私もよ。お揃いね」

 

ニヤリとお互い笑い、恋人のような会話をするが私と彼女はもちろん恋人ではありません。

 

「お久しぶりです。()()()()()

「あなたの口からプリンセスとか出てくると気持ち悪いんだけど……ねえ、()()()

 

小夜鳴、北条ではなくお互いにイ・ウーでの通り名を口にする。ちなみに私の主人のブラドは紅華かお前呼びなので、一部の自身の信者からの呼び名『プリンセス』は気持ち悪いようですね。

 

「やはり気づかれてましたか」

「うまく人間界に擬態してるようだけど、私から見たらバレバレよ」

「貴女もそこまで上手いとは思いませんけどね」

「さっきの貴方の下手な演技よりはマシ」

 

私的にはそこまで下手な演技ではありませんでしたが、彼女からは合格点は貰えなかったようです。

 

「ちゃんと()()しとかないから、上手くいかないのよ」

「不審な監視者がいれば襲うよう狼たちに教え込んであったのがアダとなりました」

 

今日の採血で一気に優良そうな遺伝子を集める予定でしたのに、失敗したのは少し残念。まあそのお陰でやっと彼女と喋るチャンスができたのですが。

 

「それにしてもビックリしましたよ。プリンセスの貴女がこんなところにいるなんて。採血検査で拝借した血の匂いを嗅いで驚きですよ」

「血の匂いで私と分かられるの少し嫌ね」

 

嫌がるようにちょっとしかめた顔をする彼女。

 

「人間は遺伝子で決まる。私が今まで見た中で一番優秀なのは貴女ですよ。プリンセス」

「はぁ…なんども遺伝子だけでは決まらないって言っているのに…ここは貴方と合わないところね」

「私としてはビックリですよ。優秀な貴方が無能な弱い者を助けるなんて。無能な遺伝子は淘汰されるのが自然の摂理です」

「先天的な遺伝は、確かに人間の能力をある程度決めるけど、でも人間はそれ以上に努力や鍛錬で自分を後天的に高めることができるの」

「努力できるかできないかも遺伝子が決めています。それに優秀な遺伝子を持つ貴女が無能な存在を語るのは御門違いではありませんか?」

「この話は平行線だしやめましょう。こんなことを話すためにあった訳じゃないでしょ?」

 

そうでした。遺伝子の講義をしにきたのではありません。

 

「そうでした。では本題に…貴方も知っているとは思いますが、リュパンと神崎さんと遠山君が十字架を奪い取りにくるそうで。その時に盗みの手際が悪ければ、再び檻に戻そうかと思うんですが」

「貴方と私の契約は別にそのことを禁じたりしてないでしょ」

「貴方とは主人もなるべく戦いたくないようでね。貴方の意思確認が必要なのですよ」

「というか、貴方と私の契約は」

「ええ、『自分の血を差し出す代わりに、しばらくイ・ウーでリュパン4世を自由にさせろ』でしたよね」

「ああ、そうよ。でもこれは理子が知っている部分。これには続きがあって」

「『有能だと証明できたら自由に。無能だとわかったら、再び檻に』。意外に貴女も冷酷ですよね」

「何が?」

「貴女は手を差し伸べて助けることはするが、その後に干渉はしない。助けたものは貴女のこと恩人として熱い眼差しで見るのに、貴女は助けた者に興味がないかのように目もくれない」

「私は医者。助けることはするけどアフターケアまでは対象外だから」

「そういうところですよ…まあ遠山君にはプリンセスもそうはいかないといったところですか?」

「は?」

「おお、怖い怖い。そんな睨まないで。そんな顔をしてたら遠山君に嫌われちゃいますよ?」

「キンジはそんなことで私のこと嫌いになったりしない……たぶん」

 

プイッと横を向く彼女。

 

「ブラドがキンジを殺したら許さないから」

「貴女のお気に入りである遠山君を殺したりはしませんよ。貴女と遠山君の子供の遺伝子を見てみたいですしね。ですが条件があります」

 

そう言うと彼女は顔を再びしかめた。これから私が言うことが推理できているのでしょう。プライドが高い彼女にはきつい任務。

 

「そう、貴女には遠山君や神崎さんと共にメイドとして働いてもらいます。それも紅華の姿で」




まさかの小夜鳴視点と何を考えてるかわからない銀華


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第51話:紅の序章

さて、狼を撃退した俺だが(覗きに関しては銀華にこってりとお説教された)、潜入作戦をやるからにはアリアだけではなく、俺も執事の仕事について学習しておく必要がある。銀華に何気なく聞いて見ると、メイドや執事の仕事に何故か詳しいらしいが、依頼者(理子)の頼みで今回銀華に関わせたくないらしく聞くこともできず、独学で勉強することとなったのだが……

雨だ。

5時ごろ帰宅の途につき、探偵科棟の外に出ると、朝は晴れていたのに雨が降っていた。

…傘持ってねえ……

銀華がいるなら、呼べば車で迎えに来てくれるのだが、あいにく銀華は新しく入ったらしい任務の準備でいない。

大雨ってほどじゃなかったので、バス停まで強行突破しかけたが、運の悪さに定評のある俺。選択教科棟のそばでバケツをひっくり返したかのように大雨になってきたから、ひさしの下で雨宿りすることになった。

 

(どうしよう……)

 

どうしようか考えながら、ボケーと突っ立っていると、背後の音楽室からピアノの音が聞こえてくる。

弾いてるやつやたら上手いな。ピアニストか何かかよ。

あと、この曲なんだっけ。

確か、音楽の授業で……そう!劇的オラトリオ。それをピアノ曲にアレンジしたものだなこれ。

曲名は確か…………『火刑台上のジャンヌダルク』

………うん。

………ものすごく。

………嫌な予感がする。

 

見たくないけど好奇心が勝って、そーっと振り返るとそこには

 

「うっ…!」

 

見てしまったことに後悔する。

俺の声に気づいて演奏するのをやめ顔を上げた、武偵高の臙脂色のセーラー服姿のそいつは

 

(じ、ジャンヌ!?)

 

この前、銀華と白雪を誘拐し、俺たちと戦った『魔剣(デュランダル)』こと、ジャンヌ・ダルク30世だったのである。

俺と目があったジャンヌはすっ、とドアに流し目した。

来い(フォロー・ミー)、ってことだろうな、たぶん。

 

 

拳銃(ベレッタ)の安全装置を外して入った音楽室には、本当にジャンヌがいた。

片手を腰にあて、相変わらずのクールな表情。銀華と似た綺麗な銀髪を頭の上でまとめ、さらに長い後ろ髪も背中に垂らしている。

 

「チッ……司法取引か」

「そういうことだ」

 

口紅を差しただろうローズピンクの唇が、俺を馬鹿にするような笑みを形作る。

 

「とはいえ、捕えられたも同然。取引条件の一つに、ここの学校の生徒になるよう強制されているのだからな。だから、お前が安全装置を外していようと、私に戦う意思はない。今の私は、パリ武偵高から来た留学生。情報科(インフォルマ)2年のジャンヌだ」

 

そういう設定か。

というか同い年かよ。

似たような姿の銀華より大人っぽいから年上かと思ってたんだけど。

 

「それで似合わないセーラー服も着ていると」

「私とて恥ずかしいのだぞ?」

 

本当はよく似合っていたが皮肉も込めてそう言ってやると、ジャンヌは窓ガラスを見て、そこに映る自分の姿に眉を寄せた。

 

「だいたいなんだ、この服は。いくら女性が腿に拳銃を隠すのが時代からの伝統とはいえ--未婚の女性がこんなにみだりに脚を出すものじゃない」

 

と言う割にはしっかり着てるじゃねえか。それに、そう言うならロングスカート穿けばいいだろ。銀華だってそうしてるし。

 

「イ・ウーに制服はないのか?」

 

探るように聞くと、窓を見ていたジャンヌはすっと流し目をするようこっちを見た。

 

「イ・ウーの事を知りたいのか?」

「アリアも理子も教えてくれないんでな」

「ふむ……イ・ウーは国家機密なので知ってるだけで身に危険が及ぶ。私としては、こんな目にあわせたお前に教えて、奈落の外に叩き落としてやりたい。だが、そう全て話すことはできんのだ」

「イ・ウーの誰かに話す事を禁じられているのか?」

「そうではない。イ・ウーは何も禁止されていない。……それはつまり私闘も禁じていないという事だ。話す内容では、私が狙われる」

「狙われても大丈夫だろ。お前強いし」

 

ちょっと皮肉交じりに言うと

 

「無理だ」

 

俺たちを苦しめたジャンヌダルクの末裔ははっきりと横に首を振り、できれば聞きたくなかったセリフの続きを言った。

 

「私はイ・ウーでは最も弱いのでな」

 

は……?

この魔剣・ジャンヌが。

銀華を誘拐しあそこまで追い詰め、俺とアリアと白雪が3人がかりで、勝つことができたジャンヌが…

イ・ウーの中では最弱なのかよ。

なんてことだ。アリアはそんな組織を敵に回してるのか。

ていうか、俺と銀華もそうってことだぞ。それ。

 

「さっきの質問に答えるが、イ・ウーに制服はない。この学校と同じで、教えるものは制服を着ない」

 

そこからかい。

その話はどうでもいいんだが、生真面目なやつだ。

 

「お前、それじゃあ先生だったのか?」

 

理子がこの前、退学になったと言っていた。だから学校のような組織だとは思うのだが…

 

「イ・ウーは全員が教師で、全員が生徒なのだ。才能を神より授かったものたちが集まり、技術を伝え合い、どこまでも強くなる。いずれは、()の領域まで。それがイ・ウーだ」

「何が目的なんだ、お前たちは」

「組織としての目的はない。目的は個人が自由に持つものだ」

 

なるほど。断片的に見えてきたぞ。イ・ウーの正体が。

天才同士がお互いの能力をコピーし合い、超人になる。

そのコンセプトはいい。

だが問題は、理子やジャンヌをみるに、そいつらが法を守る気が一切ない、無法者集団ってことだよな。

 

「お前が理子に作戦術を教え、理子が変声術を教えたのもそれの一環か?」

「そうだ」

「なるほど。無法者同士、仲良くってわけか」

「仲はいいぞ。理子は努力家だからな。私は理子が好きだ」

「努力家?」

「イ・ウーで最も貪欲に力を求め、勤勉に学んでいた一人が、峰・理子・リュパン4世だ。理子は、他の()()()の周りの人間と同じく、必死に努力していた。悲痛なまでにな」

 

 

 

 

 

部活で音楽室を使うそうで、俺とジャンヌは話を中断し、音楽室から出て、ジャンヌと近くのファミレス『ロキシー』に駆け込む。

ジャンヌは性格はともかく、見た目は抜群に美人だ。連れていると目立つ。

似たような銀髪美人の銀華は今準備でいないと言っても、誰かが俺とジャンヌが一緒に歩いてるところを見て、銀華の耳に仮に入ったら……考えるだけでも恐ろしい。

まだジャンヌには銀華は甘くないからな。白雪と銀華が起こした入学式後の大災害みたいな事を引き起こしかねん。

なので、俺はとにかく目立たないように素早くドリンクバーを注文し、ジャンヌにドリンクバーの使い方を教え(使ったことがないらしく、教えるのにも苦戦した)、人気のない席に着いた。

 

「話は戻るが、理子はイ・ウーで何のために強くなろうとしていたんだ?」

 

俺が声を潜めて聞くと、ジャンヌは美しい目を閉じる。

 

「選ばれるためだ」

 

それはどこか、諦めているような声だった。

 

「選ばれる?誰にだ?」

「理子を監禁から解放し、自由を与えた人物にだ」

「監禁だと…?」

「ああ。理子は少女の頃、監禁されて育ったのだ」

 

な……なんだと?

 

「理子が未だに小柄なのは、その頃ロクな食事をすることができなかったからで……衣服に強いこだわりを持つのは、ボロ布しか身に纏うものがなかったからだ」

「冗談だろ?リュパン家は怪盗だが、高名な一族のはずだぞ?」

「お前は知らないだろうが、リュパン家は没落したのだ。理子の両親の死後にな。使用人たちはバラバラになり、財宝は盗まれた」

「リュパン家が没落して…どうなったんだ理子は?」

「その頃幼かった理子は、親戚を名乗る者に養子に取ると騙され、フランスからルーマニアに渡った。そこで監禁されたのだ」

 

まさか。にわかには信じがたい話だ……

そして、似たような話を俺はどこかで聞いたことが……

 

「……マジか。誰に監禁されてたんだ?」

「イ・ウーのナンバー2『無限罪のブラド』」

「……」

「知らない名前ではないだろう。お前たちが潜入しようとしている紅鳴館は、やつの別荘の一つだ」

 

潜入作戦を知ってやがる。理子から聞いたのかもしれん。

 

「とはいえ…理子が監禁された話は、ブラドからわずかに聞いただけで私もよく知らん。しかし、万が一の時のために、ブラド本人については、教えておこう。あいつは危なすぎるからな」

「危ないか…それなら教えておくの俺よりアリアの方がいいんじゃないか?」

「いや、お前の方がいい。アリアに教えたら真正面からブラドを襲い返り討ちに遭って、私にまで反撃の手がおよびかねないからな」

 

アリアに教えると大戦になるだろうが、そこまで力のない俺に教えても問題ないってことか…

信頼されてるなー俺。逆の意味で。

 

「まず、先日ここに現れたコーカサスハクギンオオカミのことだ。まだ調査中だが、私の見解では、ブラドのしもべと見て、間違いない」

「しもべ?」

「飼い犬、ペットのようなものだ」

「つまり、俺たちの動きがブラドにバレてる……?」

「そこまでの確証はない。オオカミは狙撃科の少女に襲われ、ブラドのところに帰れなかったようだし、手下は世界各地にいて、それぞれ、かなり直感頼みの遊撃をするらしいからな」

 

な、なんだそれ。世界中に手下って。

映画に出てきそうな悪役みたいなやつじゃねえか。

 

「詳しいな。ブラドのこと」

「我が一族とブラドは仇敵なのだ。ブラドは私の先祖とも戦い、引き分けている」

「ブラドの先祖とか?」

「いや、ブラド本人だ」

「ちょっ、ちょっと待て。それいつの話だよ」

「1888年。まだエッフェル塔が半分しかできていなかった時だ」

「お、おい。120年生きてる人間ってありえんだろ!」

「奴は人間ではない」

 

きた。

きましたよ。

もう驚かないぞ。

 

「……そっち系の話かよ。で今度はなんだよ。メイジか?ソーサラーか?属性術師(アルケミスト)か?」

 

こいつらと付き合いだしたのが運の尽きだ。

心構えはできていた俺は、ゲームで出てくる用語を適当に羅列する。

 

「うむ、私も日本語でなんと言えばいいのかわからないのだが、強いて言うならば…………オニだ」

 

鬼かよ。

実は心当たりがあるのだ。

少し前に白雪に俺は忠告されていた。

『キンちゃんは狼・鬼・幽霊に会う』と。

その時はありえんと笑っていたが、実際に狼には会った。もしかするともしかするかもしれんな。

 

「ブラドは理子を拘束することに異常に執着していてな。檻から自力で逃亡した理子を追って、イ・ウーに現れたのだ。そしてイ・ウーで連れ返そうとしたブラドから理子を守ったのが--」

「理子を助けた人物というわけか。そして、理子はそのお姫様に感謝して…必要とされる人物になりたかったと……」

「むぅ。その通りだが、なんで理子を助けた人物が女だとお前が知っている?」

「理子から昔話と称して直接聞いたんだよ。思い出したのは今だが」

 

昔話と言っていたが、あれは理子の実体験だったんだな…

 

「そうか、理子にな」

「で、その理子を助けたお姫様は誰だよ」

 

俺がそう聞くと、ジャンヌは話すか話すまいか迷うような顔を見せる。

 

「本当に知りたいのか?」

「ああ」

「これを聞いたら後戻りできなくなるぞ」

「お前倒してしまった時点で後戻りできねーよ」

 

そう言うと、ジャンヌの顔は不機嫌そうな顔になる。俺たちに倒されたことを思い出してるのかもしれないな。そして、そっと一つ息を吐き

 

「…まあ、いいだろう。あいつは裏世界では有名人だしな。理子を助けたのはクレハ・イステル。おそらく世界中で最も強い魔女だ」

 

俺たち3人(+銀華)で倒すのに苦戦した最弱(ジャンヌ)が言う、最強か…

 

「最強だが、ブラドほど危険ではない。もし何かあって仮に戦うことになっても命は見逃してくれるだろう」

「ブラドより弱いと言うことか?」

「違う。ヤツはブラドより強い」

 

ナンバー2より強いって……イ・ウー最強じゃねえか。

 

「相性がいいのもあるらしいがな。ヤツはイ・ウーのドクター、医者なのだ。襲うより助ける方が専門で、イ・ウー内の序列に興味はない。もし、序列に興味があるならブラドはナンバー3だっただろうな」

 

無法者の医者。闇医者ってところか。しかも世界最強の魔女。そんなのが医者やってるイ・ウーはどんだけ力あるんだよまじで。

 

「クレハは敵対しなければ、何もしてこない。仮に敵対しても命までは奪わない。ヤツが命を奪うのは本気で怒った時と悪人を滅ぼす時だけだな」

「悪人って…お前らも無法者の悪者だろ」

「無法者と悪人は違う。クレハが命を奪うのは一般市民を襲うゲリラや海賊、人身売買組織などの武装勢力。その組織を潰すことで得た報酬金はヨーロッパにある孤児院に寄付してるらしい。イギリスやフランスでは彼女のことを密かに英雄と慕ってる人もいるぐらいだ」

「……物騒な英雄もいたもんだぜ」

 

と俺は腕組みする。

イ・ウーの無法者なのに、ベタな言い方すりゃ正義の味方やってんのか。

 

「ああ。イタリアでは彼女はお尋ね者だし、そう思うのも無理はない」

「……じゃあそのクレハ?が出てきた時はどうすればいいんだよ」

「逃げろ。ヤツは危険だ」

「…さっきと言ってることちげえじゃねえか。そんなに危険じゃないんだろ?」

「危険の種類が違うのだ。ブラドは命の危険だが、クレハは違う」

「じゃあなんだよ」

「心の危険だ」

「は?どういうことだよ」

 

心の危険ってなんだよ…映画みたいにメンタルを攻撃され、廃人にされるとかそんなのか?

 

「彼女と関わると心が奪われるのだ」

「精神操作されて操り人形にされるってことか?」

 

医者っていうことは精神にも詳しいと思った俺がそう言うが…

 

「操り人形の部分は否定しないがお前の言う精神操作の部分は違う」

 

どうやら違うらしい。

 

「上手く言えないが心が奪われ、彼女の下につきたくなるのだ。現にイ・ウーには彼女のシンパが多数いる。日本語で言えばカリスマってところか」

「……」

 

身近にもいますよ、周りを虜にする女子が。

俺の婚約者、北条銀華と言うんですけど。

 

「理子もそのシンパの1人だ。逃げろというのはもし万に一つもないと思うが、お前たちがクレハを逮捕してしまうと、信者がなにをしでかすかわからないという怖さもある。お前にクレハのこと教えた私まで危険が及びかねん。だから逃げろ」

「宗教じゃねえか…」

「そうだ。彼女を一言で表すなら…教祖…いや、神なのかもしれない」

 

 

 

 

 

6月13日。いよいよ、潜入作戦開始の日がきた。これから2週間、俺とアリアは横浜の紅鳴館に潜入する。学校を休むことになるのだが、ここは武偵校。『民間の委託業務を通じたチームワーク訓練』などとした書類を教務課に提出したらなんなく通った。さすが武偵校だ。

で、潜入のフォーメーションは予定通り俺とアリア。ミッションは理子の十字架の奪取だ。

朝早くに待ち合わせしたモノレール駅で、アリアと駄弁っていると

 

「キーくん、アリア、ちょりーっす!」

 

理子の声がした。

それに顔を上げた俺は、

 

(--か、カナ!?)

 

時がとまったかのように、立ちすくんだ。

カナ。

いや違う。あれは理子が変装したカナだ。そもそも声が理子だし、身長も違う。

 

「り、理子!なんでその姿なんだよ!」

 

ニセモノで良かったと思う。

あり得ないことだが、本物のカナなら俺はこの金縛りから解き放たれることはなかったからな。

アリアや白雪、理子やレキ、ジャンヌもまたそれぞれに美しいが、カナの美しさは銀華と同ランクだったのだ。

もはや神々しい、崇高な存在だったのだカナは。

 

「理子はブラドに顔が割れてるしさー。防犯カメラか何かに映ってブラドが帰ってきたらまずいでしょ。だから変装したの」

「なんで、よりによってカナなんだよ!」

「カナちゃんが理子の知ってる中で()()()に美人さんだから。それにカナちゃんはしろろんと同じでキーくんの大事な人だもんね。キーくんの好きな人の顔で応援しようと思ったんだけど…怒った?」

「いちいち、ガキのイタズラに目くじらたてるほど子供じゃない。行くぞ」

「ほんとは喜んでるくせに」

 

そう返された俺は何も言えず、誰なのよと聞いてくるアリアを無視して自動改札へ向かった。

横浜に向かう京浜東北線の車内でいろいろ話しかけてくる理子の顔を見るだけで懐かしく、悔しいが幸せな気持ちになってしまった。やっぱり、俺は兄さんのことを忘れられないのだろう。

そんなこんなをしていると、横浜駅に着き、そこからタクシーで紅鳴館に向かう。

紅鳴館は昼なのに薄暗い、鬱蒼とした森の奥にあり……

 

「呪いの館…みたいね……」

 

と呟くアリアの表現が当てはまりすぎる、ホラーゲームに出てきそうな怪しい洋館だった。見取り図からはこのオーラは判断できなかったな。本日だけであることを祈るが、館本体は薄気味悪い霧で包まれている。

 

「初めまして。正午からで面会のご予定をいただいております者です。本日よりこちらで家事のお手伝いをさせていただく、ハウスキーパーを2人連れてまいりました」

 

そう言う理子がちょっと引きつった顔で最初の挨拶をしている。それもそのはず、俺も紅鳴館の管理人を見て思いっきり不安になった。

というのも門の前で出迎えたこの家の『管理人』は

 

「い、いやー。意外なことになりましたね…ははは…」

 

と苦笑いする小夜鳴だったのだ。

びっくりしたという話をしながら案内されたホールのソファーに座った俺はある一つの疑問を覚えた。

 

「小夜鳴先生、この館には管理人の小夜鳴先生しかいないと聞いていましたが、誰か他の人がいるのですか?」

 

屋敷に入った瞬間、気配がしたのだ。こちらを見る人の気配が。だが、この館には理子の事前情報によると管理人の小夜鳴しかいないはずなので、そう質問すると、

 

「そういえば1人のハウスキーパーが帰ってきていたのですよ。ああ、ご心配なさらずに。お二人も雇いますよ。その子と武偵の貴方達じゃ役割が違いますからね」

 

そう小夜鳴が言うと

コンコンと部屋がノックされた。

アリア、幽霊じゃないとわかったんだからそんなビビるな。

 

「お茶をお持ちしました」

「ありがとう、入ってきて」

 

扉の反対側の幼い声に小夜鳴が答え、扉が開く。

 

「なっ…!?」

 

その声を聞き、なぜか理子はその声に心底驚いたようで震えている。いきなりどうした?

と思ったのは一瞬。

俺はこの部屋に入ってきたその子を見た瞬間、動けなくなった。

時が止まるほどの美しさ。カナと同じオーラが扉の()の少女から放たれたからだ。

長い紅の髪を三つ編みにし、こちらを見る真紅の目は視線そのものに引力を持ち、男も女も無関係に人の心を虜にするかのようであった。

その少女は俺たちのように時間が止まることなく、俺達の目の前に紅茶を置いていき、それが終わると…スッと一礼した。

 

「初めまして。リサ・アヴェ・デュ・アンクです。以後お見知り置きを」

 

そう自己紹介する紅の少女から俺たちは目を話すことができなかった。

 

 

 

 

 

 




次は遅くなりそうです…


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第52話:紅との接触

次回への溜め回なのでストーリー進めること重視。
注意:リサ=紅華


「なっ……!?」

 

あたしは驚きのあまり声が出なかった。開いた口が塞がらないを初めて実体験した感じだ。

小夜鳴がこの家の管理人なのも十分驚いたけど、そんなのもう比較にならない。なぜなら……

 

「初めまして。リサ・アヴェ・デュ・アンクです。以後お見知り置きを」

 

なんでここに紅華がいるんだよ……

 

「おや、どうかしましたか?」

「い、いえ。可愛い娘だなあと思いまして」

 

紅華を褒める言葉を咄嗟に出す。

動揺してることを小夜鳴に悟られてはいけない。実際に横のキンジとアリアは紅華に見惚れているし、嘘だとはわからないだろう。

 

「同意見ですね。実はこの前私も初めてお会いしまして。あ、さっきの言葉には語弊がありました。帰ってきたというわけではなくメイドの休暇を聞きつけた主人が別の屋敷からこの屋敷に応援を寄越してくれたんですよ」

「なるほど、そうなんですね」

 

嘘つけ。

銀華はこの前まで学校に通ってたし、設定が微妙に最初からずれていることから、小夜鳴も紅華がブラドのメイドじゃないことは分かっているという感じがする。

ブラドと小夜鳴は親密に繋がっているのか?

 

「そのご主人様はいい方ですね。ご主人様はいつ頃お戻りになるのでしょうかね?」

 

いや、この質問はまずかったか?動揺して、直接的な表現すぎる気がする。

ああ、もう!なんで紅華がメイドとしているの!

 

「彼は今遠くにおりまして。しばらく、帰ってこないみたいです」

 

ブラドが作戦中帰ってくる確率は低いってところか。そこは良かった点か。

 

「ご主人はお忙しい方なのですか?」

「それが実は、お恥ずかしながら、そこまで詳しくは…。私と彼はとても親密なのですが、直接話したことがないものでして」

 

親密だが話したことがない?一体どういうことだ?だがこれ以上質問するのは危険だ。小夜鳴が不審感を覚えてしまうかもしれない。ここはさっさと立ち去るのが無難だな。

 

「それでは2人をよろしくお願いします」

「お見送りを。リサ」

「はい」

 

あたしと紅華は2人で応接間を退室した。カナに変装している理子(あたし)を見送るリサのふりをする紅華。凄い状況だなあこれ。

小夜鳴は一般人だからわからないだろうが、確実に紅華はあたしの変装を見抜いている。

ここは偶々2人になれた状況を使って、聞いてみるか?いや逆に何を聞く?

何か下手なことを喋ってブラドの耳にはいったらまずい。ブラド側のメイドとして出てきたからにはブラド側、つまり敵の可能性も十分あり得る。

だが、こちらには人質(キンジ)がいるんだ。キンジにゾッコンの紅華(銀華)なら、キンジのことを邪魔することはないだろう。

うーん……どうするか……

 

「どうかいたしましたか?」

「い、いえ…なんでも」

 

紅華はこちらを見上げてきたが、その目はしどろもどろに慌てるあたしを笑っているような目だった。その目は研鑽派に向ける目と同じで……

あたしはそんな目で紅華に見られるのが嫌で早足で屋敷の玄関に向かった。

 

「お見送りありがとうございました」

「いえ、これぐらいは。では、()()()()()()()()()()()

 

紅華の最後の言葉が紅鳴館から逃げるように出て行くあたしの耳にとてもよく残った。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

別働隊の理子が館を去り、俺とアリアは2階に自分たちの部屋をあてがわれた。先ほどリサと名乗ったアリアよりチビな女の子も俺たちと同じく2階に部屋があてがわれているらしい。

 

「すみませんねえ。この館の古くからのルールで、ハウスキーパーさんは男女共に制服を着ることになっているんです。先ほどリサさんが着ていた服がそうですね。それぞれの居室に色々なサイズの制服が揃えてありますから、合う物を着てください。仕事に関しては、リサさんに聞いてくださいね」

 

あはは、と男性タレントのような笑顔を見せる小夜鳴。

 

「で、申し訳ないのですが、私は研究で多忙でして、いつも地下で引きこもっているんです。ですから、あまりお二人と遊ぶ時間は取れないんですよ。すみませんね…」

 

いや、別に謝る必要はないと思うぞ。

 

「それじゃあ、早速ですが失礼します。他にわからないことあればリサさんに聞いてください。あと、夕食の時間になったら教えてくださいねー」

 

そう言い残した小夜鳴は、螺旋階段を降りていき…

ばたん。

扉を閉ざし、地下の研究室に閉じこもる態勢だ。

だだっ広いホールに残された俺とアリアがお互いの顔を見合わせていると…

 

「「うわっ!?」」

「部屋まで案内します」

 

いきなり後ろからリサと名乗った少女が現れた。いきなり出てきて、かなり驚いたぞ。

 

「た、頼む」

 

というか…俺たち武偵の後ろをとるなんて只者じゃないな。メイドはメイドでもブラドのメイドだから只者じゃないってことか。こいつも要警戒だな。

 

「こちらが遠山さんのお部屋となっております。神崎さんのお部屋はこの奥です」

「どうも」

「ありがとう」

 

それぞれ紅の少女、リサにお礼を言い部屋に荷物を運び込む。

まずは普通に働いてこの2人を信用させるという計画通り、小夜鳴の指示に従い制服に着替えることにした。

クローゼットから俺のサイズにぴったりの古めかしい燕尾服を取り出す。

こうやって着て…と。

できた。執事のいっちょあがりだ。

自分で言うのもなんだが…違和感ないなー俺。

元から人を使う立場ではなく、人に使われる立場の方がしっくりくるしな。

姿見の前で自分の姿を整えて部屋を出ると、外でリサが待機していた。

 

「よくお似合いです」

 

リサは社交辞令とは言えないぐらい感情が篭った声でそう俺のことを褒めてくる。褒められるのはあまり慣れていないので不覚にも照れてしまう。

 

「アリ…神崎は?」

「まだ出てきていません」

 

……ったく、何やってるんだ。

『管理人に怪しまれないように行動はテキパキと』って言ったのはアリアだろうが。

 

「おい、アリア。早くしろ」

 

そう俺がノックするが返事がない。どうやら聞こえていないらしい。

 

「遠山さんはここでお待ちを。私が中の様子を見てきます」

 

そう言ってリサはアリアの部屋に入っていった。部屋の前で待っていると……

ギャー!

アリアの悲鳴があがった。

 

「おい、アリア。どうした!?」

 

俺が慌てて部屋に入るとドアの反対の壁まで全力後退してるアリアと鏡の前で立ち尽くすリサがいた。

 

「あ、あんたいきなり何すんのよ!」

「肩を叩いただけですが?」

「なんでいきなり肩を叩くのよ!そ、その……幽霊かと思ったじゃない!そんなものいるわけないけど!」

 

アリアはどうやら部屋に入ってきたリサに肩を叩かれたらしい。まあこの屋敷はブラインドやカーテンが厚手なせいで全体的に薄暗いからビビるのもわからないことはない。

 

「いえ、お楽しみのようだったので声をかけて邪魔するのは悪いかと」

 

少しニヤリと笑って言うリサ。あ、この笑み悪い笑みだ。銀華でよく見るからお兄さん知ってるよ。ってか…立ち位置的にアリアは鏡の前で何か楽しんでたのか?

 

「い、いや!楽しんでないし!メイド服を見て意外といいとか思ってないし!」

「そうですね『まあ、たまにはいいわね。こういう平民の服も……』。そんなこと言ってませんよね?」

「はぁっ!?あんた聞いてたの!?」

「はい、全部」

 

キャンキャン吠えるアリアと冷静にアリアをいじるリサ。見た目は小5(アリア)と小1〜2(リサ)ぐらいであまり変わらないが、精神年齢が大きく違う。残念ながら低いのはうちのアリアの方でして…すみませんね、いきなり迷惑かけて。

というか、アリアとリサどっちもメイド服似合ってるなあ。どちらもすごく可愛い。鬼武偵のアリアさんも自分で見惚れてしまうのも理解できないこともないぞ。

この2人、どちらも小さくて赤っぽい髪色してるせいで姉妹に見えないこともない。なんかよくにてるし。うん。直感的にというかオーラというものがな…いや、カナにもなんとなく似てるし、銀華にもよく似てるんだよなぁ…変わっているなあこの()

 

 

 

それから数日間の生活でわかったことだが、どうやら俺には執事の才能があったらしい。というのも、銀華がいないときは自分で飯作るぐらいはする一人暮らしだし、手先も器用な方だ。学校でも自分で言うのもなんだが、陰でネクラと言われているとおり、陽と言うよりは陰の者だしな。立場的にもしっくりくる。何より気配り精神が鍛えられていたこと。まあ気配りのプロとも言える銀華と、気を配らせるプロとも言えるアリアが近くにいたら鍛えられますわな。

というわけで俺は日々、執事の仕事を()()()()()こなしながら着々と―――任務を紅鳴館の状況を調べていった。

理子が事前に調査してくれていた防犯カメラを避けつつ、館内の防犯設備や小夜鳴、リサの行動パターンをつぶさに観察していく。

あと観察してわかったことだが、リサの家事スキルはほぼ完璧だ。それなりにしか執事の仕事をしてないのはリサが八面六臂の活躍をしているからだ。1人で掃除洗濯や小夜鳴の世話をこなしてしまうし、俺がやることといえば門番と料理ぐらいだ。

どうもリサは料理だけが苦手らしい。俺も料理はそこまで得意じゃないが、小夜鳴は串焼肉しか注文してこなかった。だが、リサはそれすらも炭にしてしまう始末。

まあ他は完璧だし、いつも2人のメイドがいるということはもう片方のメイドがやっていたんだろうな。

あとリサはそこまで運動が得意じゃないことがわかった。バランス感覚が悪いのか結構よく転ぶし、反射神経もあまりよくない。最初俺たちの背後を取ったことから、メイドのふりをしたブラドの戦闘員かと思って警戒していたが、やはりただのメイドのようだ。

 

そして今は深夜2時。理子との定期連絡の時がきた。こんな時間になったのは、同じ階に寝泊まりしているリサに気づかれないようにだ。リサは見た目通り、あまり遅くまで起きてはいないことは、隣の部屋の俺が確認済み。そして壁が薄いせいで話し声が隣の部屋まで聞こえる、ということはない。だが、やることがやることなので、念には念を入れ、こんな時間に定期連絡をすることにしている。

理子とのやりとりに何を使うかというと、ただの携帯。日本の携帯は極めて複雑な信号変換をしているので、通信科(コネクト)に頼らなくても盗聴の心配はない。というわけで俺たちは、三者間通話というサービスを使い、秘密の通話を開始した。

 

「ああ、聞こえるか?」

『聞こえるわ。理子、あたしのはどう?」

『うう、2人ともオッケー!それじゃあ報告よろ!』

「やっぱり十字架は地下の金庫にあるようだな。一度小夜鳴が金庫に入るのを見たが…青くてピアスみたいに小さい十字架だよな?棚の上にあったぞ」

『そう!それだよキーくん!』

『だけど、地下には小夜鳴先生。地上にはリサ。侵入しづらいわ。どうするの?』

『だからこその2人チームだよ!キーくん、ク……リサは毎日買い物に出かけるんだよね?』

「ああ」

『それなら超古典的な方法だけど「誘き出し(ルアー・アウト)を使おう。リサが出かけてる間に、先生と仲良くなれた方が地下から連れ出して、もう片方が十字架をゲット。具体的には…』

 

潜入した俺たちの情報をもとに、理子がドロボーの作戦を修正していく。

だが、理子の口ぶりはなんとなく成功するとは思っていないような口ぶりだった。

 

定期連絡が終わったのは3時。明日も執事の仕事あるから早く寝なくてはいけない。だが、俺には日課がある。それは……

 

「んーと…今日も1日頑張った。キンジ褒めて、か」

 

そう、銀華とのメールのやり取りだ。

銀華も何か泊まり込みで仕事をしているらしく、大変らしい。俺も泊まり込みで働いているし会うことは難しいので、こうやってメールでやりとりしている。電話もしたいと俺から言ったのだが、あまり声を発せる環境じゃないらしく、おかげで俺は銀華成分が足りない日々だ。というか、どちらかというと普段は銀華が我慢できなくなるはずなんだが…俺が銀華に依存しすぎなんだろうか?

 

「よく頑張ったな、俺も頑張るからお前も頑張れ」

 

そう返信した後、俺は眠りについた。




あと3〜4話で終わらせたいなあと思っています


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第53話:紅の謀略

3日連続で投稿してブラド編終わらせます。
まず1日目
注意:リサ=紅華


俺とアリアが紅鳴館で働く最終日が来た。

作戦決行は俺たちが館を去る1時間前--午後5時。なぜならこの時間からちょうど1時間、決まってリサが買い物に出かけるからだ。

打ち合わせとしては、リサが出て行ったのを見とどけた後、小夜鳴に気に入られたアリアが「今日は最終日だから、庭で品種改良のバラ『アリア』の話を聞きたい」と小夜鳴をおびき出す。そしてアリアが小夜鳴を引きつけてる間に、帰る準備をしているフリをしていた俺が動くというものだ。

ちなみに品種改良のアリアと名付けられたバラは、アリアが喋れる公用語―――ルーマニア語含めて17カ国―――と同じ数の長所を持っているらしい。というか、なんでお前ルーマニア語喋れるんだよ。当然のように小夜鳴もリサもルーマニア語で喋り始めるし、話の輪には入れなかった俺は外国に来た気分だったぞ。

まあ、そんなことはおいておいて、泥棒開始だ。スタート地点はここ、ビリヤード台だ。

 

「理子聞こえるか?これからモグラが畑に入る」

『よく聞こえてますよー?キーくんの声、電話で聞くととってもセクシー!しろろんが惚れるのもわかるねぇ』

 

という理子を無視して俺はビリヤード台の下の床板を音もなく開けた。その俺はオープンフィンガーグローブ、赤外線ゴーグル、ケプラー繊維のポーチ付きベストといった強襲科時代によく着た特殊部隊のような装備だ。

まあやることはドロボーなんだが。

そう思いながら俺は--

今までの潜入期間でリサと小夜鳴にバレないようコツコツ掘っておいたトンネルに滑り込むのであった。

 

 

「こちらキンジ。モグラはコウモリに変化」

 

小声でインカムを通じ理子に連絡する。

今回はとにかく短時間で目的のものを奪取しないといけないので、理子は地下金庫の扉を開けることはやらず、もっと短時間でお宝を盗み出せる大胆な方法を命令してきた。

それがこの作戦『モグラ・コウモリ』

まずは、地上から金庫までモグラのように侵入、コウモリのように逆さ吊りになった俺がお宝を頂戴する作戦だ。

で、この作戦。頭に血がのぼる体勢はともかく、実は理にかなった作戦だ。

この部屋には床に感圧板が仕掛けられており、床に降りることはできないので上から攻めるしかない。

 

(さて、頑張りますか)

 

俺はマスクの下で、タテ・ヨコ・ナナメに複雑に入り組んだ赤外線の警戒網を見ながらそう小さく呟いた。

 

 

 

 

危なかったがまあ、なんとか十字架を手に入れることができた。小夜鳴が地下室に戻ったのは俺が金庫から出たほとんど直後だったらしい。理子は『キーくんがヒスらなくてもいけると思わなかったよぉ』褒めてるのか貶してるのかよくわからん発言。まあ喜んでたし良しとするか。

俺はそんなことを考えながら、執事の給仕服から武偵高の制服に着替え、紅鳴館を後にする。小夜鳴は特に雑談もせずに挨拶だけ済ませ地下室に戻ってしまったが、買い物から帰って来ていたリサは玄関まで見送ってくれた。

 

「短い間でしたがご苦労様でした。遠山さん、神崎さん」

「いえ、こちらこそいろいろ教えていただきありがとうございました」

「あんたムカつくけどなかなか優秀だったわ。うちのメイドも見習ってほしいぐらい」

 

俺とアリアはお互いリサに何か引っかかるものを覚えていたが、それが何かわからず結局別れることとなってしまった。うーん、なんだったんだろうな本当に。

 

「お気をつけて。()()()()()

 

タクシーに乗り込んだ俺たちにそう最後の挨拶をするリサの言葉が耳になぜか残った。

 

で、俺たちが向かったのは横浜駅に近い、ランドマークタワー。このオフィスビルに理子はアジトを置いている。バスジャックの時もそうだったが、理子は近代的なホテルやビルの一角に陣取りたがるくせがあるな。

十字架を渡すために今いる場所を聞いてみると、屋上にいるらしい。渡すものが渡すもの(盗品)だから、人目につかない場所がいいってところか。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

無事に十字架が回収できたことにあたしは安堵のため息をつく。

紅華が何も干渉して来ないで、こんな上手くいくなんて。やっぱりキンジ誘ってよかったよ。

……いや、おかしい。

いくらキンジが弱点の紅華といえども、このまま上手く行ったら何のためにあそこにいたんだろう?

ブラドに頼まれたとしても、紅華にメリットがないと紅華は受けないし、当然武偵の任務ではない。

--武偵の任務?

そういや、銀華はどういう申請で学校を休んでいるのだろうか?泥棒をやってるあたしたちが言うのも何だけど、武偵の任務で非合法組織のトップの娘として活動することはおかしい。紅華が敵でも味方でも通じる作戦をたてるのに精一杯で今までそんな時間なかったが、今はキンジたちが来るまで時間がある。一応調べてみるか?

ジャンヌに教えてもらったハッキング技術を使い、武偵高のサーバーに侵入。銀華の欠席の理由を調べる。

えー…っと、教務課からの依頼?

依頼を出した人物は……小夜鳴。

これは驚いた。紅華だけでなく、銀華の状態の時点でもう小夜鳴の手がかかっているなんて。つまり、小夜鳴は少なくとも銀華がブラドと関係する人物と知っているわけか。紅華=銀華とまでは知っているかどうかわからないけども。

プライド高い紅華がブラドのメイドとして働いていたのも、ブラドが紅華=銀華ということに気づいて、脅していたのかもしれない。

そう思い、違和感を胸の中にしまい込んだ。

 

 

 

キンジ達にはもう受け渡し場所は送ってある。ランドマークタワーの屋上、そこは湿った海風が強く吹いていた。さっきまで雨が降っていたからだろう。

そして、まるであたしの心を映し出したかのような黒雲が空を覆っている。だが、この黒雲をあたしは晴らす。キンジも言ってたじゃないか、『止まない雨なんてないんだ。雨はいつか止み、そこには虹がかかるんだよ』って。

あたしは自分の力で雨を晴らし、自分で虹をかける。そう、あの人の横に立つために!

あたしがいる屋上のヘリポートに誰かが登ってくる。

 

「キーくぅーん!」

 

待ちに待った2人がようやく来た。

タッタッタッと軽い足取りでキンジのそばまで近づく。必要以上の接触、例えば抱きついたとかを、もし銀華に知られたら怒られるだろうからね。

 

「やっぱり、キーくんとアリアのコンビも名コンビだね!」

「少し危なかったけどな」

 

近くから上目遣いで見上げるあたしの目をキンジはそらすことなく見る。

 

「キンジ、早く渡すもの渡して。そいつが上機嫌だとムカつく」

「おーアリアんや。せっかくしろろんにキーくん貸して貰ったのに、取られてジェラシー感じちゃう?」

「ち、違うわよ!ギィッ!」

 

と壊れたバイオリンのような声を上げるオルメス。やっぱり単細胞(オルメス)は扱いやすい。

オルメスの機嫌が急速に悪くなるのを見て、キンジは胸ポケットから急いで……

 

「ほら、お望みのものだ。やるから少し離れろ」

 

お母様の形見--青い十字架(ロザリオ)が取り出された。

本当に……本当に取り返せた!

 

「乙!乙!」

 

あたしは2人の前で歓喜で飛び跳ねる。

これで、あたしは!

あの人と並ぶ権利が得られた!

守られるだけじゃなくて、横に立つ権利!

……でも、この権利はまだ有効じゃない。

最後にやるべきことがある。

 

「理子。喜ぶのはいいけど、約束はちゃんと守りなさいよ」

 

言われなくても約束は守るよ。

()()()()()()()()()()()()()

 

「アリアはほんっっと、理子のことわかってなーい。ねえ、キーくん」

 

あたしはキンジに手招きをすると、訝しがりながらも私に近づいてくる。そして近づいたのを見たあたしは、髪を留める大きなリボンを向ける。

 

「まず、キンジからお礼。はい、プレゼントのリボンを解いてください」

 

少しうんざりしているキンジがテキトーって感じにあたしの頭の大きな赤いリボンに手を掛け、解いた瞬間、

ちゅ。

頬っぺたにキスをする。

いつもチュッチュッしてるくせに案外初心なんだな。驚きで目を見開いてるよ。

 

「な、ななな、ななにやってんのよ理子ぉっ!?」

 

そういやこいつの方が初心だったな。

まあそれはそれとして…

素早く側転して、階下へ続く扉を背に立ち、退路を防ぐ。

 

「そうくるか。理子」

「ごめんねぇー、キーくん。もう理子的には欲しいカードは揃っちゃったんだよ」

「悪い子だ、理子。だけどそんなところも君の魅力の一つなんだから、俺は約束が嘘でもそれを許すよ。女性は嘘を着飾って美しくなるものだからね」

 

普通の女だったらキュンとくるだろう臭いセリフを私に吐く。

銀華なら大喜びだろうけど、あたしには効かないよ。

 

「とはいえ--彼女が理子を許すかどうかは彼女次第だけどね。アリア」

 

パチンと指を鳴らしながらオルメスの名を呼ぶと石化から元に戻る。

 

「ま、こうなるって感じはなんとなくしてたのよね」

「くふふ。それでいいのアリア。理子のシナリオは完璧なの。アリアとキーくんを使い、十字架を取り戻し、そのまま倒す。しろろんはあたしのシナリオに気づいちゃうだろうから今回は省く」

 

まあ、結局気づかれてたみたいだけど、本当の理由は違うので問題ない……ことはないがまあそこまで問題じゃないたぶん。

 

「ここは学園島じゃない。だから先に抜いてあげる、オルメス。その方がお前達にとってはやりやすいだろ?」

「これで正当防衛ね。随分と気がきくじゃない」

 

あたしがワルサーP99をスカートの中から取り出すと、オルメスも鏡のように漆黒と白銀のガバメントを抜く。

 

「一個だけ教えなさいよ、理子。そんなものを欲しがったの、ママの形見って理由だけじゃないわよね?」

 

そんなもの?

そんなという言葉で表されるほどあたしの十字架は軽くない。

 

「オルメス。『繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)』って呼ばれたことある?」

「……?」

「腐った肉と泥水しか与えられない狭い檻でお前は暮らしたことあるか?」

「何よ、なんの話?」

 

思い出すのも嫌な記憶。

あたしをあたしとして認めてくれない生活。

お前はホームズ家に居場所がないとか言っていたが、そんなものの比じゃない。

 

「ふざけんな!あたしはただの遺伝子じゃねえ!数字の4でもねえ!あたしは『理子』だ!峰・理子・リュパン4世だ!5世を産む機械じゃねえ!」

 

あたしは紅華に助けて貰った。

紅華はあたしを理子としてみてくれた。

でも、それはあたしが認められたわけではなく、紅華はそういうやつだっただけだ。ただあたしが勘違いしてただけ。何もあたしは紅華の特別でもなんでもなかった。

だから、認めさせなければならない。ブラドに、世界に、峰・理子・リュパン4世のことを。

 

「なんでそんなものってアリア聞いたよね。この十字架は--いやこの金属は理子に力を与えてくれる。檻の中にいた頃もあたしはこれだけは取られまいとずっと口の中に隠し続けていた。その時、この力に気づいたんだよ……!」

 

あたしは左右のテールを操り、背に隠していた大ぶりのナイフを抜く。

どうだ、オルメス。

これが本物の双剣双銃だ。

 

「オルメス、キンジ。あたしの踏み台になれ!そしてあたしは世界に、あの人に、あたしのことを認めさせる!」

 

と一歩前に足を踏み出した瞬間。

 

バチイイイイイイイッ!

 

「うっ--!」

 

呻きとともにあたしは体に力が入らなくなった。

これは…電流?

まさか…ヒルダ!?

倒れる前に後ろを振り向いて見えた人物の姿は

 

「な…んで、お前が」

 

あの小夜鳴だった。

一体どういうことだ…?

一般人の小夜鳴がどうしてここへ?

と思いながら、あたしはうつ伏せの体勢で倒れる。

 

「小夜鳴先生!?」

 

オルメスが名前を叫ぶと、小夜鳴は手にしていた猛獣用スタンガンを捨てる。

あたしを猛獣扱いするなんて。

クソ、体が動かない。

そして、あたしの頭に銃が突きつけられる音がする。

 

「遠山くん、神崎さん、ちょっとの間動かないでくださいね」

 

目だけを動かしチラリと後ろを見るに、小夜鳴が持っている銃はクジール・モデル74。

昔のルーマニアで生産されていたはずのオートマチック拳銃。

ぐるる……と唸り声をあげて登場するのは二頭の銀狼。ブラドの下僕だ。

そしてやはりこのクソメガネもブラドの仲間ってことか。

 

「前に出ないでくださいね。お二人が今より前に出たら、狼達がこの子を襲っちゃかもしれません」

「よく飼いならしてるな、あの保健室での騒動も狼を使った三文芝居ってわけか」

「紅鳴館でのあなた達のおままごとよりはマシだったと思いますけどね」

 

あたし達は泳がされていたってことか。クッソ。

そして、あたしの武器は銀狼によって屋上から捨てられてしまう。

 

「2人ともそのまま動かないでくださいね。この銃のトリガーは甘いんですよ。間違ってリュパン4世を殺してしまったら勿体無いですから」

 

あたしの名前を小夜鳴が出した。リュパン4世とあたしのことを武偵高で知っているのは、キンジとアリア、そして紅華(しろは)の3人だ。

どうせブラドから教わったんだろう。紅華はそういうことをいうタイプじゃないし。

十字架が取られてからの反応が早かったのも、最初からバレていたからだろう。じゃあ紅華の

 

()()()()()()()()()()()

 

というのは十字架を取った後の今のことか?

いいや、紅華が今ここにいる様子はない。

考えろ。これがどういうことか推理するんだ。今あたしの体は動かない。考えることで活路を見出すんだ…!

 

「遠山くん、ここで遺伝子の話をしましょう」

 

オルメスとブラドが話す言葉を耳に入れながら逆転策を考えていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえたので思考を中断する。

 

「遺伝子は気まぐれなものです。最高の遺伝子と遺伝子を掛け合わせても最高なものが産まれるとは限りません。長所が遺伝すればいいですが、短所が遺伝すれば残念な結果になる場合もあります。そして…この4世には残念な結果と言わざるをえません」

 

小夜鳴がそう言った途端、あたしの頭がゴミ袋のように蹴られる。

クッソ……体が動けばこんなクソメガネのいいようにはさせないのに…!

 

「2人ともおわかりのようですね。彼女は……」

「ま…て…い、う、な!」

「優秀な能力が全く遺伝してなかった、つまり残念なサンプルケースと言わざるをえません」

 

言われた…

今まで隠し通し、それから目をそらして、考えないようにしてきたことを。

それを一番聞かれたくないやつ(オルメス)の前で…

このクソ野郎が!

 

「自分が一番よくご存知でしょう4世さん?最高傑作である2()()の横に立とうと努力したそうですが、全くの無駄だったじゃないですか。無能とは悲しいものですね」

 

あたしはその言葉に反論できない。

実際に紅華の横に立とうと努力したが、結局は実ることはなかった。そもそも同じように紅華の横に立ちたい奴らから、あたしはライバル視すらされてなかった気がする。無能、失敗作、その言葉があたしの心を抉り、瞳から涙が溢れる。

悔しい…

こんなことを一番聞かれたくなかったやつに聞かれるのが悔しい。

悔しい…

こんなことをあの人の隣に立つ人物に聞かれるのが悔しい。

悔しい

こんなこと言われて言い返せない自分が悔しい!

 

「人間は遺伝子で決まる。優秀な遺伝子を持たない人間はいくら努力してもすぐに限界を迎えます。今のあなたのように」

 

彼が手元から取り出したのは--ニセモノの十字架。

そしてまだ動きの取れないあたしの口に向かって

 

「ウップ…!?」

 

その十字架を押し込んでくる。

そして代わりにといったように--ぷちっ。

青い十字架を奪い取った。

やめろ……返せ……それはあたしのだ……

 

「あなたにはガラクタがお似合いでしょう。ガラクタ同士仲良くしなさい。昔そうしていた時のように」

 

あたしの頭がガシガシと踏まれるが、その痛みより心の痛みの方が鋭い。

 

「あ、そうだ。あなたに伝え忘れていたことがありましたね。せっかくだし神崎さん達にも教えておきましょう」

 

先生面するクソメガネがあたしの頭を踏みつけながらオルメス達に話しかける。

 

「ブラドが4世を今まで野放しにしていたのはある取引があったからです」

「クレハ・イステルとだろ?俺も知っているさ」

 

な、なんでキンジ、お前が知っている!?

あたしはお前に昔話はしたがそこまで話してないだろ…!

 

「意外と優等生じゃないですか、遠山くん。じゃあ取引の内容はご存知ですか?」

「いや、女性の過去や秘密をほじくり回すのは趣味じゃないんでね」

「そうですか。取引の内容は『クレハ・イステル自身の血を差し出す代わりに、イ・ウーでリュパン4世を自由にさせろ』という内容でした」

 

そうだ。取引の内容はクソメガネの言葉通り。あたしがイ・ウーで強くなれた理由。

 

「4世が知っているのはこれだけですが、これには続きがあるんです」

「……え……?」

「『有能だと証明できたら自由に。無能だとわかったら、再び檻に』。彼女も酷いですよね。助けたのは気まぐれで、貴女のことは何も考えていないんですから」

「嘘だ……」

「嘘ではありません。本当のことですよ。貴女を再び檻に戻すことは彼女も了解していることです。なぜ彼女があそこにいたのかわかったんじゃないですかね?」

 

嘘だ…嘘だ…

あの優しい紅華が、あたしを救ってくれたお姫様(ヒーロー)がそんなことを言うはずがない。そんなはずがない…そんなはずがない……そんなはずがない………そんなはずがない……………

 

「いい加減にしなさい!理子を虐めて何になるの?」

 

耳の中でオルメスの声が響くが脳に入ってくることはない。

 

「絶望が必要なんです。彼は絶望の詩を聞いてやってくる。ああ、いい顔ですよ。4世。おかげで掛かることができました」

 

小夜鳴がどんどん変わっていく。

なんとなくだが、金一やキンジとよく似ている。キンジもそれに気づいているようで

 

「嘘だろ……」

「遠山くん。そうです。ヒステリア・サヴァン・シンドローム」

 

小夜鳴は答えを言った。

……なんでこいつがキンジ達と同じものを持っているんだ?

 

「ヒステリア・サヴァン…?」

 

キンジの横でアリアが眉を寄せている。

ただ一人この場でそのことについて知らない。だが、キンジも何も言わない。

 

「二人とも。しばしのお別れです。これで彼を呼べる。ですがその前に一つ教えておきましょう。イ・ウーは能力を教えあう場所。これは聞いているでしょう。しかし、それは実力がないもの達によるおままごと。しかし、私とブラドで革命を起こしました。今のイ・ウーには、能力を写し取れる技があるのです」

「聞いたことがあるわ。イ・ウーの連中は何か新しい方法で能力をコピーしてる」

 

そう、オルメスの言葉通り、能力はコピーできる。

 

「その方法はブラドが六百年も前から行っていた--『吸血』。その能力を人工化し、誰からでも写し取れるように開発したのが私です。そしてそれからは優秀な遺伝子を集めるのも私の仕事になりました。先日の採血も優秀な遺伝子を集めるためです。まあ遠山くんが覗いていたせいで失敗してしまいましたけどね」

「ブラド、吸血。そういうことね。キンジ、イ・ウーのナンバー2はドラキュラ伯爵よ」

「……ドラキュラって想像上のモンスターなはずじゃ?」

「いや違うわ。ドラキュラ・ブラドは、本当に実在した人物よ。15世紀ワラキア―――昔のルーマニアの領主で、今もまだ生きているっていう怪談話を聞いたことがあるわ」

 

アリアの言葉に小夜鳴は頷く。

 

「正解です。よくご存知で。この世には昔、吸血鬼が存在しました。ですが、無計画に吸血していたほとんどの吸血鬼は滅びました。しかし、人間の血を偏食していたブラドは人間の知性を得て、計画的に多様な生物の吸血を行い、屈強な個体となりました」

 

何か興奮しているように小夜鳴は喋る。

 

「しかしブラドは知性を保つために、人間の吸血を継続する必要がありました。遺伝子が上書きされていき、その結果、とうとうブラドは私という人間の中に隠されることになりました。4世は同じような人を見たことがあるでしょう」

 

人間の中。ブラドと小夜鳴は会ったことはない。銀華と紅華のような関係。

そういうことかっ…!?

 

「隠されたブラドは、私が激しく興奮した時に現れるようになりました。最初は適当なことでも彼が現れましたが、永い時を経て、あらゆる刺激に慣れてしまった…要はマンネリ化ですね。そこで、このヒステリア・サヴァン・シンドロームです」

「っ!?」

「ブラドを呼ぶのは興奮、つまり神経伝達物質が大量に出された時。私はヒステリア・サヴァン・シンドロームを媒介とし、十分な量を確保したのです」

 

ピカッと遠雷が海に落ちたと同時に

 

「さあ かれ が きたぞ」

 

神の降臨。そんな恍惚とした小夜鳴の声。

 

「最後に、私がなぜ4世をいじめることができるのかという疑問に答えましょう。私はそもそも人間(ホモ・サピエンス)ではなく吸血鬼(オーガ・バンピエス)。種族が違うのですよ。人間の雌は私にとって守るべき存在じゃありません。ですが偶然にも私は動物虐待でも興奮できる加虐嗜好の持ち主でして」

 

やつの雰囲気が変わっていく。

HSSどころじゃない。魂そのものが変わっていくような雰囲気で……

 

「へ、変身!?」

 

オルメスの呟く声。それは正しいだろう。あたし達の前で変身している。

スーツが紙のように破け、その下から出てきた肌は赤褐色。肩や腕の筋肉は牡牛のように盛り上がり、露出した足は獣のように毛深い。

金色の目でこちらを見る姿は、忘れるはずがない。

 

「ブラド……!」

「久しぶりだな、4世。そしてお前らははじめまして、だな」

 

あたしを見下しながら不気味な声で喋り始める。

ブラドが人間に擬態できるなんて聞いていない。予想できない、そんなこと。

 

「ブ、ブラドぉ!だ、騙したな!オルメスの末裔を倒したら、あたしを解放するって。い、イ・ウーで約束したくせに……!」

 

帰りたくない。もうあんな辛いところに帰りたくない。もうあんな地獄は嫌だ。

 

「お前は犬とした約束を守るのか?俺と取引できるのは俺と同じぐらい力を持った奴だけだ」

 

あたしの頭が片手で吊り上げられる。

その時にできたわずかな隙を見逃さずに放たれた三つの銃弾。

1発は拳銃、1発は前腕、1発は上腕内部に命中したが……無駄だ。

銃創は赤い煙を放ちながらふさがっていき、腕に残った銃弾は銃創が治ると同時に排出される。

 

「俺に銃は効かねえ。お前は俺の(これ)を無力化しようとしたんだろうが、俺にはもうこんなもん必要ねえんだよ」

 

そう言って拳銃を片手で握りつぶす。

このバカ…ヂカラめ。

 

「檻に戻れ、繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)。お前は外に出て、結局無能を証明しただけだった。ホームズには勝てない。盗みの手際も悪い。あのお人好しのクレハにも見捨てられる。救いようがねえ」

 

こんな状況だがブラドの言葉に違和感を覚える。

紅華が見捨てる?

そんなことあるだろうか。紅華に敵対しない限り、紅華は簡単に人を見捨てる人じゃない。

 

「だがお前が優良種であることに違いはない」

 

この状況になったのは推理ができているはず。じゃあ、この状況に意味があるはずだ。

ちょっと待て…

『有能だと証明できたら自由に。無能だとわかったら、再び檻に』

紅華ならあたしが()()だと推理できていたはず。じゃあどうして()()な時の条件もつけたのか。

 

「交配次第では品種改良された5世からいい血が取れるだろうよ」

 

この状況でポジティブに考え過ぎかもしれないがこれはあたしにチャンスを作ってくれたのじゃないのか?あたしがブラドに勝って有能ということを証明できるように

 

「いいか、4世。お前は一生、俺から逃げられねえ!」

 

そうだ。あたしはこのままだったらブラドから一生逃げられない。

 

「イ・ウーだろうがどこだろうが関係ねえ。世界のどこに逃げても、お前の居場所はあの檻の中だ」

 

あたしは紅華に守られていただけ。居場所を作ってもらっただけ。あたし自身で作った居場所はない。

……でも無能(あたし)一人じゃ、こいつをどうすることもできない。

 

「ほれ、これが最後の外の光景だ。よーく目に焼き付けておけ」

 

頭を持ち振り回されるあたしの目にキンジとアリアの顔が映る。

どうして独占欲が強い銀華(紅華)が、キンジをこんな危ない目にあう場所に貸してくれたのか?

あたし一人じゃ到底ブラドから逃げられない。もし仮に、紅華がブラドを倒してもブラドから逃げられるかもしれないが、あたしの有能さの証明にはならない。でも、キンジとオルメスとなら……普通の人間3人だけでイ・ウーナンバー2のブラドを倒したなら……

あたしは()()だと証明できる。

 

「キンジ……アリア………」

 

これから言う言葉はライバル、そして宿敵に言うには辛いものがある。だけど、なんだ。こんなちっぽけなプライドを持ってても意味がない。そんなもの捨ててしまえ。

あたしの口からプライドを捨てて放った言葉が紡がれる。

 

「た……す……け……て……」

 

その瞬間、なぜかどこかで誰かがニヤリと笑ったような気がした。

 




理子は頭掴まれてるのに冷静だなあ……


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第54話:紅の華

連続投稿2日目


「助けて……」

 

理子のか細い声に--

 

「言うのが遅い!!」

 

アリアが甲高い声を張り上げた。

ブラドの後ろにいる2匹の銀狼がその声に、びくんと少し怯む。

 

「まずは理子の救出(セーブ)。側面は任せたわ!」

 

そう叫んだアリアは--

バッ!

まるでブースターで加速したかのような勢いで突っ走る。その小さな背中にはなんの迷いもない。

ぐおおんっ!

銀狼達が、主人ブラドに近づいた襲撃者(アリア)めがけ、左右から襲いかかる。

だが、アリアは完全にその2匹を無視。

側面……つまり狼は俺の仕事ってことか。

なるほど。お前は俺を()()してくれているんだな。

それならそれに応えてやるよ。

俺は地面を蹴り、後方宙返り(サマーソルト)。両足で銀華の技『降りやまぬ雨』を繰り出す。

そして俺が着地すると同時に、狼達は…

ズサァっ。その場に伏せるようにして、倒れこむ。その間をアリアが駆け抜けていった。

俺も同じように駆け抜けながら、ゴメンよ心の中で狼達に謝る。

2匹ともまだ生きている。

空気の砲弾を掠めて脊椎を圧迫し、麻酔をかけただけだ。起きるまではもう少し時間がかかるだろう。まあこれレキのマネなんですけどね。

 

「ブラド!あんたに理子は渡さない!あたしのエモノよ!」

 

ガガガガッ!

アリアはブラドの右側面に回り込み、うまく理子を避けつつ.45ACP弾を浴びさせた。

 

「さっきも言っただろ。そんなもん効くわけねえ。ガキが」

 

撃たれたブラドは無視。

空いた風穴は赤い煙を上げてすぐ回復していく。ジャンヌが言っていた通り、弱点を攻撃しないと意味ないということか。

まあいい。倒すことはできなくても理子を救い出すことはできる。

 

「ブラド、一つ教えてやるよ」

 

アリアに気をとられている隙に近づいていた俺は、バタフライナイフでブラドの手首を切りつける。そこに人間なら通っているはずの、尺側手根伸筋、短掌筋、長掌筋をな。

 

「正しい女性のだき方はこうだ」

 

と俺は理子を少し強引に抱き、お姫様抱っこをする。銀華とアリア以外にするのは初めてかな?

 

「おっ!?」

 

意外な声をあげたブラドの手は、握力をなくて理子を放した。吸血鬼とはいえ、体の構造は人間と大差がないようだ。だが、傷は、もう塞がりつつある。

 

(回復能力がだるいな)

 

理子を抱いたままブラドから遠ざかった俺と、バックステップで後退したアリアが合流する。

 

「さっき、あんたが言ってた話はよくわかんなかったけどね!」

 

わかんなかったんかーい。と心の中で突っ込む俺が抱っこする理子に犬歯を向くアリア。

 

「あたしを騙したり、使うなら泥棒なんかじゃなくて、こういう戦闘で使いなさい!」

 

よくわからないところに突っ込むなよアリア。

 

「それにブラド。あんた、あたしの事ガキって言ったわね。あたしは女子高生、JKよ!さっきの言葉は侮辱とみるわ」

 

JKといった理子要素を混ぜながらブラドに向き直ったアリア。

 

「人間はせいぜい100年しか生きられねえ。600年生きてる俺からしたら、人間なんざみんなガキだ」

「もう許さない!貴族を侮辱したらどうなるか、わからないとは言わせないわよ!?」

「どうするってんだ?このオレを、どうしようってんだ」

「決まってるでしょ。逮捕するのよ!ママの冤罪の99年分はあんたの罪なんだから!」

 

と言うアリアの声に、ブラドは爆笑した。

 

「ガハハハ、俺を逮捕ときたか!ホームズ4世」

 

こちらを見据える金色の双眸に、双剣双銃のアリア様は一歩も退かない。

 

「ブラド、あんたは相当マヌケ。どれぐらいかというとキンジ、武藤と同じレベル」

 

おい。

武藤(アホ)と一緒にするな。

 

「『無限罪のブラド』、あんたはあたしのターゲットの中で一番見つけにくそうな相手だったわ。それがのこのこと、あたしの前に正体を現した。覚悟しなさい!」

「蛇がカエルを警戒するか?」

「無駄に歳食ってるだけなのね。世の中には毒を持ったカエルもたくさんいるのよ」

 

この間テレビ番組で言っていた知識を自慢げに語りながら、腰に当てた手の指を使い、俺たちに武偵が使う暗号の一種。指信号を送ってくる。

「リコ ヲ カクセ」か

はいはい、仰せのままに。

俺は理子を抱いたまま、ヘリポートの陰の段差の下に隠れることにした。

挑発にのったブラドは意識をアリアに集中させている。

 

「理子動けるか?」

 

抱っこしていた理子を床にそっと下ろしてやると、理子は頷いた。

そして俺の袖を掴みながら詰め寄ってくる。

 

「キンジ、今すぐアリアを退かせて。ブラドには1人じゃ勝てない。強すぎるんだよ。理子もイ・ウーで決闘したことがあるけど、歯が立たなかった。イ・ウーですらタイマンで勝てる人は2人なんだよ」

「俺たちもそこに加われば?」

「……それならいける……かもしれない。わからないけどやるしかない」

「武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。俺は理子を助けるよ」

「けどキンジ、当然危険が付きまとうよ。いいの?」

「新しく契約したじゃないか、『たすけて』あげる契約を」

 

そう言った俺は、理子に優しく触れながら……青い十字架をかけてあげる。

 

「ブラドのポケットに入っていた本物さ。さっき理子を助ける時、すり替えておいたんだよ」

 

理子は二重の目をまん丸に開いている。

そして俺を見て、十字架を見て、俺を見て。

かぁ…と頰を赤らめた。

まるで銀華みたいに。

 

「理子は望まないなら戦わなくてもいい。俺も本当は帰りたいけど、俺はドレイだからね。小さなご主人様が許してくれないんだ」

 

俺はヘリポートに登りながら、理子に背中でそう伝え、アリアと対峙する化け物--ブラドを睨みつけた。

ブラド。

イ・ウーのナンバー2。見つかったら逃げろとまで言われてる強さ。

こんなやつ今まで戦ったことがない。

逃げろ。と全身の細胞が叫んでいる。

だが、助けてと言ってくれた女子がいて。

勇敢に戦うつもりの女子がいて。

逃げる?

 

 

--そんなことしたら銀華に嫌われちゃうだろ?

 

 

だから、しょうがない。

やるしかないっていうのが俺の結論。

理子、お前を助けてやるよ。ブラドの手から。

アリア、付き合ってやるよ。この戦い。

 

俺も男だからな。

 

「くっ……」

 

アリアはブラドの周りを跳ねまわりつつ二丁拳銃を撃っているがダメージになっていない。

だが、ブラドの身体に浮かぶ白い目玉模様の部分は、傷が治っていたものの、他の部分に比べ跡が残っていた。

俺がアリアと合流したのを見たブラドは…

こっちに背を向け、屋上にある携帯電話用の基地局のアンテナに向かった。

何か企んでるのだろうが、しかしそれを止めない。この時間で俺たちも企てさせてもらうからな。

 

「…あいつ、爪で突き刺すチャンスが何回もあったのに生け捕りにして来ようとしてきたわ」

「ヤツは名家の血のコレクターだからな」

 

犬猫じゃあるまいしと、ギリッ!と犬歯を剥くアリア。

と犬歯を向くアリア。

 

「アリア、ブラドには弱点が4つある」

 

俺は非常事態用だとジャンヌから教えて貰った情報をアリアに耳打ちする。

 

「弱点…?」

「ああ、その4箇所を全て同時に攻撃すれば、ブラドはきっと倒せる。イ・ウーのリーダーはそうやってあいつを従えたらしい」

「で、その弱点はどこ?」

「あれだ、あの目玉模様」

 

以前ジャンヌから聞いた弱点の部位とあの目玉模様の3つは一致するが…ジャンヌも知らない4つ目が見当たらない。

 

「本当に4つ?3つしか見えかないわよ」

「ああ、4つだ。4箇所目はどこかわからない。戦いながら探すしか方法はない。同時攻撃するときは--アリアがあの両肩を。俺は脇腹と4つ目を撃つ」

「OK。でもあたし、もうほぼ弾切れなの。残り2発。だから同時攻撃の時は『撃て』って言って」

 

そう言いながらアリアは日本刀を二本抜いた。弾が切れたフリをするということか。

ばきん!

と鳴り響く音が俺を振り向かせると、そこには…おいおい…

5メートルはあろうかという携帯基地局アンテナを、ブラドが屋上からむしり取ったところだった。

どしんと落とした地響き的に数トンはあるぞあれ。それを片手で持つなんてどんだけ怪力なんだよ。

 

「人間を串刺しにするのは久しぶりだな。ガキども作戦は大丈夫か?銀でもニンニクでもなんでももってこい。だが、俺は遺伝子の上書きで、弱点は全部克服済みだがな」

 

余裕そうにガハハと笑うブラド。

 

「ホームズ4世。お前もリュパン4世と同じで欠陥品みたいだな。初代ホームズの推理力も、()()()()2()()のような能力も遺伝してねえ。俺が今まで見たホームズ家の中で一番の欠陥品だ」

「遺伝、遺伝ってうるさいわね。あんたは遺伝子の書き換えと才能だけで強くなったみたいだけど、遺伝子だけじゃ決まらないのが人間なのよ!先天的な遺伝も能力を決めるのは確かにそうだわ。でも人間は努力や鍛錬で自分を後天的に高めることができるのよ!」

「お前らホームズは似たようなことを言うな」

 

どうも以前にブラドは同じようなことを言われたことがあるらしいな。それも同じホームズ家の人物に。

 

「リュパン4世を助けたり、擁護したりよくわからない一族だな」

「……お前ら?あんたメヌに会ったことあるの?」

「おっと、喋りすぎちったな……」

 

そう言って首を振ったブラドは

 

「まあ、お前は欠陥品であろうと、今のお前にはホームズのパートナーの遠山という駒が横にいる。まずはご退場願おうか、遠山キンジ」

 

金色の双眸が俺を見据えたと思うと……

 

「ワラキアの魔笛に酔いな」

 

ブラドは大きく、大きく、体を逸らし--ぶうおおおおおおと、巨大なエンジンのような音をたてて、空気を吸い込み始めた。

な、何をするつもりだ?

落ち着け。考えろ。

あれは何かの攻撃準備なはず。ブラドの胸はバルーンのように膨らんでいるのがその証拠だ。

ブラドの体の構造は吸血鬼とはいえ人間と基本同じ。人間が大きく息を吸い込む時なんて………

 

 

「アリア、耳を塞げ!!」

 

ビャアアアアアアアアアアアアアアアイイイイイ!!

 

俺の声の直後に、やはり--

咆哮--!

その振動の波は半端じゃない。

雨雲の一部を砕き、服も内臓も全てが揺れる。

大声をあげるのはわかったが、こんな大きな音なんて聞いてねえぞ。

暴力的なまでの振動の嵐に耐えた一瞬がすぎる。

 

「ど、ドラキュラが吠えるなんて初耳よッ!」

 

俺が直前に注意したのもあり意識は失わなかったアリアが立ち上がった時--

--ッ!

俺は気づいた。

俺のヒステリアモードが完全ではないにしろ、ほぼ解除されてしまっている。

 

「ちっ…完全とまではいかなかったか」

 

少し残念がるブラドだが、これはやばい…

ヒステリアモード破り。

やられた。ヒステリアモードを持ってから、その解除方法も発見していたのか。ブラドが何をやるのかわかってなかったら、完全に解除されてだろうな。

 

「まあ、いい」

 

ズシン、ズシン、とブラドは金棒を担いだまま前進してくる。

どうする。ヒステリアモードもまだかろうじて残っているがほぼ切れかけだ。

ヒステリアモードが残っているうちにやるか?いや4つ目の弱点の位置が分かっていないからまだその時じゃない。

どうする…

 

「馬鹿何やってるのよ!」

 

いつの間にか俺はブラドの殺傷圏内(キリングレンジ)に入っていた。

 

「しゃがめ、キンジ!!」

 

そんな声に咄嗟に反応し、俺はしゃがみ頭を引っ込めると、頭スレスレを通り抜ける。

その後俺はバックジャンプをし、助けてくれた声の主、理子の横に並ぶ。

 

「ありがとう、理子。助かったよ」

「あたしが4つ目をやる。キンジは一瞬ブラドの動きを止めろ」

 

どうやらヘリポートの下で俺とアリアの話を聞いていたようだな。どうやら理子は4つ目のブラドの弱点を知っているらしい。最後の1個は理子に任せるしかないだろう。

何せ、アリアはほぼ弾切れ。俺もヒステリアモードが切れかけなのに大事な任務を理子に命令されたから、四つ目を探す余裕はない。女性の命令は絶対。成功させてみせるよ、必ず。

アリアと理子に目線で合図だけを送った俺は--

バッ!

残りのヒステリアモードの力をふりしぼって飛び出した。

まっすぐに近づいてくる俺に向かってブラドは金棒を振り下ろす。

その空気を切る爆音をあげながら襲いかかってきた金棒を、スライディングしながらギリギリでかわす。

これは攻防一体の行動。ブラドの脚の間を抜けながら--

ザクッ!

ヒステリアモード最後の力を振り絞って、バタフライナイフでブラドのアキレス腱を斬りはらう。

すぐ再生してしまうとはいえ、この一瞬は動くことが出来ない。

 

「今だ、撃て!」

 

俺の声を聞いたアリアは二丁拳銃を構え、俺の後ろから同じように近づいてきていた理子は飛び上がり、ブラドの顔に飛びつきながら右手で落とされないよう顔にナイフを刺した瞬間……

バンッ!バンッ!バンッ!

まずは俺、アリアの二丁拳銃の3つの銃声が響き、脇腹と両肩の三つの目玉模様を撃ち抜く。

そして、右手でナイフを持ったまま、左で胸からデリンジャーを取り出した。

そしてそのまま、ブラドの口へ銃口を押し込む。さっき偽の十字架を押し込められたお返しのように。

 

「--死ね!!」

 

理子の声が聞こえたと同時に銃声。

ブラドはガツンと手にしていた金棒を地面に落とした。

だが、その落とし方がまずく、数トンはあるだろう金棒が膝立ちのブラドにのしかかるように倒れかかった。

 

「う、ぐぅ」

 

ブラドは押し返そうとしたが、その手には力がこもっていない。それでも必死に抵抗するブラドの口の中―――舌には、4つ目の目玉模様。

理子はあれを撃ち抜いたのか。

目玉模様を4つ全て撃ち抜かれたブラドは弱々しく抵抗していたものの結局は押し切られ、金棒の下敷きになった。

そのブラドの傷から何百年もかけて集めてきた血が流れ出ていく。

もうさっきまでのように傷が回復する様子はないな。

 

「これどうする、アリア?」

「こんな重いの私たちじゃどかすことはできないわ」

「確かにそうだ」

 

すでにヒステリアモードが切れた俺には何の解決策も思いつかない。

あとはすぐそこまできている神奈川県警のヘリに任せようとベレッタをホルスターに収める。かなりドンパチやったから、通報されたのだろう。

 

「キンジ、アリア」

 

俺たち2人の方へ呼びかける声が聞こえる。

 

「ブラドを倒してくれたこと--感謝はしない。今回は偶々利害が一致しただけだ」

 

理子の態度はあまり友好的なものではなかった。

 

「お前があたしの宿敵であることに変わりはない」

「そうね。あたしもあんたなんかと馴れ合うつもりはないわ」

 

そう言いながらアリアも目を鋭くする。

そう言われた理子は強気に返してくるかと思いきや、なぜかモジモジし始める。トイレか?

 

「……でも、ブラドから助けてくれたことには感謝している。ありがとう」

 

ああ……

理子はお礼を言いたかったのか。その相手が宿敵アリアだから言いにくかったというところだろう。

 

「ま、今回は偶々よ、たまたま……ん?」

 

最後のアリアの声が疑問形になったのは、他でもない。地面が揺れだしたからだ。

ようやく動けるようになってブラドに付き添っていた銀狼達も不安そうに体を縮めている。あの怯え方的にブラドが起こしているわけではないらしい。

 

「地震か?」

 

俺がそう呟いた瞬間、地震ではないことは理解させられる。

ヘリポートの隅から何か出てきている。

それは俺たちを大きく囲むように成長していき、ドーム型の檻を作り出した。

ドームの材料は荊。それもただの荊じゃないぞ。綿密に敷き詰められた荊の壁。試しに銃で撃ってみるがすぐに穴が塞がってしまう。

まるでブラドの無限回復のようだ。

 

「なによこれ……」

 

神奈川県警のヘリは見えなくなり、入ってくる光は荊の隙間から溢れる街明かりのみ。

 

「もしかして…また全てが終わった後でって…!?」

 

理子が何かに気づいたようで俺たちが詳細を尋ねようとそちらに振り返ると

 

「よく自分でその結論にたどり着けたね。理子は名探偵だ」

 

理子と俺たちの間にある紅の小さい影から声がする。

……おかしい。

お前は今までいなかっただろ…?

近づく気配もしなかった…

どうしてお前がそこにいるんだ…?

 

「何であんた……リサがここにいるのよ!」

 

腰まである紅の長髪をなびかせ、その幼い体に合った可愛らしい服装。

俺たちの間にいたのは、紅鳴館の先輩ハウスキーパーのリサだった。

 

「リサ……ああ、私のことか」

 

アリアに名前を呼ばれたが、なぜかキョトンとしていたリサ。

 

「遠山、神崎。ゴメンね。私嘘ついてました」

 

クルリと可愛らしく一回転するリサ。

 

「リサは本当の名前じゃなくて、偽名なの」

 

なんだと……

リサが偽名だと?偽名を使うということは本名を知られたくないか、その名が有名であるということ。

彼女は理子語でゴスロリと呼ばれであろう格好のスカートの端をつまんで少し持ち上げ……

 

「初めまして…ではないけど、私の名はクレハ・イステル。よろしくね」

 

彼女は本当の名を名乗った。

クレハ・イステル。

魔剣・ジャンヌダルクが言う世界最強の魔女。それが俺らの前に現れやがった…!

 

だが、おかしい。

このドームを作ったのは彼女なのだろう。

……なのに、なんだこのオーラの無さは。

まるで戦闘力がない子供やメイドのような感覚しかしない。

彼女は医者とはいえ、イ・ウーの戦闘員なはず。普通多少なりとも、犯罪者は殺気や雰囲気を発する。だが彼女からはそれを一切感じることができない。

武偵高には、奴隷の一年、鬼の二年、閻魔の三年という言葉があるように、力がつくにつれて自分のオーラを隠せるようにはなる。だが、こいつほど上手く隠し通すことができるやつは初めて見たぞ……

 

「あんたが……イギリスでは一部熱狂的信者を持つあの『荊棘の紅姫(ソーン・プリンセス)』ね」

「そうだよ。でもプリンセス…ってのはあんまり好きじゃないんだけどなあ」

 

こうしてアリアと話す彼女はただのメイド…いや小学生にしか見えない。

それがやつのヤバさを際立たせている。

 

「……何しに来たの紅華?」

 

ここで同じイ・ウーである理子が発言。

いきなりのことで空気に飲まれてたけど…

そうだ!こいつはイ・ウーの医者だ。

このタイミングで来たということはブラドを助けに来たと考えるのが普通だ。

もし、もう一度ブラドと戦うことになったら…まあ負けるだろう。

弾が切れたアリアとヒステリアモードが切れた俺じゃ戦いにすらならない。

そう、怯える俺だったが…

 

「ちょっと忠告しにね…とその前に」

 

そう言ってパチンと指を鳴らすと…

な、なんだ…っ!?

パッ、パッ

とヘリポートに紅色の百合の花が咲き始めた。

何かの攻撃かと焦る俺とアリアだが…

 

「落ち着け、オルメス、キンジ。これはヒール、回復だ。紅華は()()()()()悪いようにはしない」

 

理子がそう俺たちを抑える。

確かに何か優しい感じがして、俺たちが戦闘で受けた傷を癒していく。

百合の花が萎む頃には俺たちの傷は完全に治っていた。

 

「これでよしっと」

 

年相応に両手で可愛らしくガッツポーズしたクレハは、トコトコとブラドに近づく。

ブラドを守るように立っていた銀狼は、抵抗するかと思いきや、ゴロンっと寝っ転がりお腹を見せる服従のポーズ。

あの屈強な狼があんな小さい子に服従しているんだ。獣の本能で命の危険を感じて。

 

「ブラド、推理通り貴方負けたのね。まあ人間舐めすぎた罰でしょ」

「てめえ……」

「貴方を助ける気は無いわ。貴方はあたしとの約束を破ろうとした。それは許されるものじゃないから」

 

ゾワッ

と一瞬、鳥肌が立つ。

彼女が言葉の最後に一瞬見せた殺気。

皮膚がきれるかと思うぐらいの、あそこまで鋭いものは初めて感じた。

だが、その殺気は一瞬でなくなり、もとの何もない感じない状態に戻る。

 

「あと…理子。わかってると思うけどあとでお仕置きだから。理由……わかるよね?」

 

振り向いてニコニコ笑顔で言う紅華だが、さっきの殺気を感じてしまった後にその笑顔は怖い。現に理子も理由がわかったようで顔を青くしている。

どうやら心当たりがあるらしい。

 

「そして、忠告だよ。神崎、遠山」

「な、何よ!」

 

今まで雰囲気に飲まれ、言葉をほとんど発していなかったアリアが反応する。

 

「イ・ウーにこれ以上関わらない方がいい。イ・ウーは強い。貴方たちじゃ到底勝てない。わかってるはずだよ」

「はぁ!?イ・ウーのナンバー2のブラドも倒したし勝てない訳じゃないでしょ!それにママを助けるために冤罪を着せたあんたのお仲間達も捕まえてやるんだから!あんたも邪魔するなら逮捕するわよ!」

 

紅華の言葉に過剰反応するアリア。

お、おい。刺激するな。

さっきのこいつの殺気見ただろ。

さっきは傷を治してくれたが、機嫌を損ねたら襲いかかってくるかもしれねえんだから!

 

「ブラドに勝てたぐらいでいい気にならないことね。これは最後通牒。メイド仲間のよしみで今回は助けてあげたけど、次会ったときは容赦しないよ、4世」

「ふん、脅しのつもり?あんた達全員捕まえてやるわよ!あんたも含めてね!」

「お、おい。馬鹿!挑発するな」

 

流石にヤバイと思った俺はアリアを止める。

 

「あたしは絶対にママを助けなくちゃいけないの。だからみんな捕まえないと。逃げるなんてありえない!」

「仮にそうだとしても今言い返すのは愚策だろ!俺もお前が言うスーパーモードではないし、お前も弾切れ。理子も俺たちか向こう、どっちにつくか不明。向こうは友好的なのに敵意むき出しでどうする」

「相手は犯罪者集団の一員なのよ。友好的とかそんなの関係ないわ!」

 

アリアの言うことは、正しい…が、ここでは正しくない。この状況で正しいことを言うことは間違いなのだ。

 

「神崎()()()が私を逮捕する?客観的に見ても()()()()()()()。……ああ、やってみないと、わからないと君は言うだろうね。でも結果は見えているんだよ」

 

少しずつ殺気を解放していくクレハ。ば、バカ。どうやら彼女もアリアと同じようにそこまで沸点が高くないらしい。

 

「だから私はあえて止める。もうイ・ウーに関わるなと。私にとって血が流れるのはそんな好ましいことじゃないからね」

 

やっぱりクレハは助ける方が好きなのか。

クレハは俺たちを助けるためにアドバイスをしてくれていている。

クレハってそんなに悪いやつじゃないのかもしれん。

 

「何、相手のこといいやつとか思ってるのバカキンジ。相手はイ・ウーよ。甘い言葉に騙されるんじゃないわ」

 

あ、危なかった。ジャンヌが言ってたじゃないか。

『クレハには気をつけろ。奴は心を奪う』と。

危うく心を奪われるところだったぜ。

 

「もしかして、今ここでやる気?得策じゃないと思うけどなあ……まあ、もう目的の忠告はしたからあとは面倒だし帰るけど」

「貴族をバカにした罪は重いわよ……あんたも逮捕してやるわ!」

 

アリアがクレハに踏み出そうとした瞬間、

ビターーン!!

何かに引っかかったようで顔面からすっ転ぶ。

 

「だから私には見えてるの。神崎がどのタイミングにどう行動するかまで。そして神崎は私に勝てない」

 

アリアの足には蔓が巻きついていた。アリアはそれに足を取られ転倒したのだ。

それも彼女--クレハの想定通りに。

 

「じゃあ、さようなら。今度は()()をつけないよ」

 

そう言って彼女は枯れて崩れゆく荊のドームの中を歩いていった。

まるで花畑を歩いているかのような軽い足取りで。



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第55話:金色の閃き

連続投稿最終日


行なった窃盗行為を教務課に連絡したのだが、俺の報告は黙殺された。

保護観察どころかアリアが言ってた通り罪に問われないらしい。

だがその返事の代わりに来たのが『司法取引』だった。

各所の偉い所から来た書類をヒステリアモードの解けた平凡な頭を使いまとめると…ランドマークタワーでの一件--特にクレハの事は永久に他言無用、その代わりこの1ヶ月の違法行為はお咎めなしという事らしい。

俺がそれに同意し送り返せば終わりらしい。

すげえなこの制度。そして戦闘行為は一切報道されなかった。どういうわけか落雷事故ということになったらしい。

何か過剰に俺達に気を使ってるような気もするがこういう制度なのだろう。イ・ウーの事はいかほどのタブーかということを思い知らされたよ、まったく。

 

ちなみに理子も、そしてどこかで同じように仕事をしていた銀華も武偵高に帰ってきた。

いつもどおり生活が戻った--という事はなく、銀華は笑ってるくせにすげえ怖いし、アリアは理子を捕まえようとしないし、理子はいつものうざいぐらいの元気は影を潜めており、徹底的に搾り取られたようで机に突っ伏している。

銀華が怒っている理由は不明だが、アリアと理子、2人の理由はわかった。

まずアリアだが家へ帰るとやたらご機嫌で、理由を尋ねてみたら、理子がアリアの母親の冤罪を晴らすために証言をするらしい。もう弁護士にあっているそうだ。

理子が証言するという事は、証拠に問題があるので、最高裁から高等裁判所に裁判を差戻す--差戻審が確実になるらしい。

アリアの母親・かなえさんが無罪判決を勝ち取るチャンスが増えることになる。

珍しく俺にありがとうとお礼を言ったアリア。聞き間違いかと思って耳を疑ったぞ。

 

そして理子は--

どうやらクレハの地獄のお仕置きを受けたらしい。あれほど俺たちから逃げ回り、アリアに攻撃を受けてもああはならなかった理子が、まるで正気を抜かれた状態。

お前何やったんだよと聞いたが

『キーくんのせいだよもう…プンプンガオガオだ…』

と力の抜けた声で言われた。

一体なんだって俺のせいなんだ?俺は真面目に紅鳴館で仕事してたし、なんならあいつの好感度高かったぞたぶん。

 

さて、わからないのは銀華だ。いつもは怒りを直接ぶつけてくる(物理)のに、なんか静かに怒っている。顔は笑っているとはいえ機嫌の悪い銀華さんからベルセがいつ飛んでくるかわからん。しかも銀華の怒りは単細胞のアリアと違って長い。ご機嫌を取らなければ、ずっとあのままだろう。アリアの時みたいに、逃げ回って解決するもんじゃない。

ということで、あまり気がすすまないが銀華さんをうちに呼び出してご機嫌を取ることにしたんだが……

ピンポーンと鳴り響くチャイム。おそらく銀華だろう。

うっ…胃が痛いぜ。

俺が恐る恐るドアを開けると

ヒッ…!

ニコニコ顔だけど目が確実に怒ってる銀華さんがやっぱりいた。ま、俺が呼んだんですけどね。

 

「で、どうしたの?キンジ」

 

勝手知ったる俺の家、自分のスリッパを取り出しながら銀華が聞いてきた。

 

「…まあちょっとな…」

「キンジが私に隠し事をしている話?」

 

ギクッ…!

その可愛い顔を俺に近づけながら、そう詰め寄ってきた。

ちなみにランドマークタワーでの一件は守秘義務があるので話すことができない。銀華も武偵だからそういうことはわかってくれると思い……

 

「こ、これは言えないんだ!すまん!それに、そんなやましいことじゃなくて…」

「やましいことじゃない…?」

「は、はい」

 

と思わず敬語になってしまいながら銀華に答えると、銀華は顔を離しリビングの方へ先行する。許してくれたのかな?と思い銀華の後ろをついて行くと銀華はリビングの中央で止まった。

 

「ねえ、キンジ?」

 

銀華が背中で語ってくる。

 

「ん?」

「私はね、キンジが思っている以上にキンジのこと知っているんだよ」

 

そう振り返った銀華の目は

(ヒィ…!)

片目が深い紅色に染まっており、その目は俺を震え上がらせる。

な、なんで(メザ)ベルセになってんの銀華。

普段は優しい銀華がこうなると、ギャップによりあの拳銃ゴリラのアリアより怖く感じるぞ。

 

「ところでキンジ」

 

リビングから俺のいる廊下の方へ

パタ、パタ、とフローリングをスリッパで歩いてくる音がする。

その顔はにいッと引き攣るように微笑む。

これもいつもの可愛らしい笑い方とは異なる背筋の凍るような笑みだ。

 

「ど、どうしたッ」

「本当にやましいことはないの?」

「や、やましいこと?」

「今正直に謝れば、もしかしたら許してあげる。でも嘘ついたら……そうね。痛い目にあうかもしれない。さあ、正直に言ってみてよ」

 

パタ、パタと歩いてくる銀華に対して、俺は玄関の方へジリジリ後退する。

この怒り方、ベルセを抑えているのか。ベルセに完全になりきってはいないが、過去最大級の怒り方だぞ。な、何が銀華の逆鱗に触ったんだ?ま、まったくわからん…!

とにかく宥めるようなこと言わないと--

 

「や、やましいことはない」

 

ジリジリと下がりながら説得を試みるが…

 

「今、嘘ついたね」

 

逆効果。

どんどんもう片方の目も紅色に染まっていくぞ…

 

「キンジは忘れんぼうさん。だから教育が必要だね。すぐ終わるから…」

 

銀華ファンが見たら発狂してしまいそうなぐらいのやばい顔をしながら俺を狙っている。

 

「よ、よせ……ッ!」

「私もこんなことしたくなかった。正直に言ってくれれば、ゆるした。今回はキンジはあんまり悪くないって。でもキンジが嘘つきだから。キンジがいけないの」

 

だ、だめだ。ベルセは対話でなんとかなるもんじゃない。それを俺は感覚的に知っている。そして、普段の俺はベルセはおろか通常モードの銀華にすら勝てないので、武力でも歯が立たない。

だが、ベルセはチャンスでもある。

ベルセは異性を奪われたことで発動するヒステリアモード。銀華は誰かに俺を奪われたと思って発動したのだろう。少し恥ずかしいが、原因を知り、それに代わる行動をすれば、銀華もきっと分かってくれるはずだ。たぶん。

 

「し、銀華。お前は何が気にくわないんだ?」

「キンジが嘘つきなところだよ」

 

蛇に睨まれたカエルのように動けない俺の頰に銀華の綺麗な手が触れる。普段ならドキドキするかもしれないが、今は別の意味でドキドキしてる。命の危機という意味で。

 

「キンジは理子にこの頰にキスされた。それでHSSになった。忘れたとは言わせないよ」

「--ッ!?」

 

遠山家のお株を奪う名ゼリフを放つ銀華。

うん……完全に忘れてたわ。いや言い訳させてほしい。だってブラドと戦って、倒したと思ったらもっとやばいクレハが出てきて、それが終わったら司法取引。普段なら印象に残る出来事も完全に記憶から抜け落ちていた。

ってかなんで銀華が知ってる。

 

「理子が私に謝ってきたからね」

 

はい…そうですか。

 

「理子が不意打ちでやったことだし、今回は許してあげようと思ったんだけど、キンジが悪いんだよ。やましいことは何もないって嘘つくんだから。それにHSSになるってことは理子をそういう目で見てるってことでしょ?」

「…それは、その…」

 

やばい…HSSのトリガーを知ってる銀華に言い訳はできない。そして、もう今更謝っても遅いだろう。

……ならばやることは一つしかあるまい。というかこの状態の銀華を止める方法はこれしか知らない。でも…この俺が自分からやるのは初めてだ。しかしやるしかない。ここでやらないと銀華の教育とやらを受けてしまい、遠山桜が親族に散らされてしまいかねん。

覚悟を決めろ俺。

 

「銀華」

「やっと認めるの、キン……!?」

 

銀華の言葉は最後まで言い終わることはなかった。なぜなら銀華の口は俺の口により塞がれたからだ。推理できておらず驚いたのか最初は少し抵抗していた銀華も抵抗をやめ、俺の口付けを受け入れる。

最初に彼女の肩を掴んでいた手を今度は、左手は彼女の背中に、右手は彼女の頭を撫でるように置いて彼女の身体を包み込んだ。

少し違うがさっきと逆の関係になっている。

 くしゃくしゃと頭を撫でると、ベルセはとけはじめたのか、すんなりと口内に侵入を許した。

 

「んあっ、はむっ、んちゅ、んんっ、れろっ、んん……」

 

 久しぶりに入る銀華の身体の中の感覚に興奮して、たまらならくなり何度も何度も口内のあらゆる場所を舐め回す。俺は銀華だけを愛しているということを伝えるために。

 それであっという間に銀華もヒスのスイッチが入ったのか、瑠璃色に戻った薄目を開けて身も心も委ねたようにこちらに体重を預けてくる。

 

「…………ん………!?」

 

銀華の舌に吸い付いて吸い上げてやると、途端に跳ねるような可愛い声を上げ、ヒスってしまい力が入らなくなったのか、膝を生まれたての小鹿のように膝をがくがくと震わせた。腕に力を入れて身体の密着度を更に高め、体が崩れ落ちないようにすると、今度は彼女の舌の底面を徹底的に舐め回す。

 

「えぁぁぁぁ……いぅ、ひぅぅぅぅ……」

 

涙を目に溜め、男の征服欲を掻き立てるような甘い声を上げて、俺を抱きしめてくる銀華。いつもの凛々しい君も可愛いけど、こんな君も可愛いよ。もっといろんな君を見せてくれと思うと同時に、俺のヒステリアモードの頭に電撃が走る。

いや、そんなことがありえるのか?本当にそうなのか?だが、俺の推論を裏付けるものがたくさんある。

俺は()()()()()()()()()()、銀華をそのまましばらく抱いた。

 

 

 

なるほどこれは幽霊だな。

理子が約束として送ってくれたメールに書いてあった場所と時刻に向かうと俺はそんなことを考えていた。指定された場所は、レインボーブリッジを挟んで、武偵高のある学園島の向かいにある人工浮島。

忘れかけていたが俺は白雪に『狼と鬼と幽霊に会う』と占いの結果を言われていた。

俺は一笑に付していたが、当たったな全部。

まず狼はブラドの手下として出てきた。

鬼は吸血()

そしてきたよ、幽霊が。

俺がぶっ壊したせいで動かなくなった風力発電機。

そのプロペラの1枚の上にいたのは--

カナだった。

もしかしたら、この間みたいに理子が変装したカナかも知れない。

最初はそう思ったが1メートル、また1メートルと近づくにつれてその思いは消えていった。

この、カナのオーラ。

美しさで時が止まると感じるほど。

それほどオーラを持つ人物など、俺はカナを含め3人……いや2人しか知らない。

ロングスカートのワンピースを着たカナが海風で長い後ろ髪を揺らす姿は、緋色に燃える日没後の美しい空に浮かぶ天使のようだ。

長い睫毛の下の瞳は地球よりも強い引力で、俺の心を宙に浮き上がらせる。

 

(これは…本物のカナだ)

 

カナ…兄さんはやっぱり生きていたのだ。

 

「キンジ、心配させてごめんね」

 

薔薇色にはっきりと染まった美しい唇でカナが言った。

 

「イ・ウーは遠かったわ」

 

驚きはほとんどない。

遠山家史上最強と言われていた兄さんが、俺に倒された理子に負けるわけないからな。

そして生きていることに安心してか、カナへの怒りがふつふつと湧いてきた。

 

「教えてくれカナ。どういうことなんだ」

 

俺の質問にカナは答えない。

その代わり質問に対し質問で返してきた。

 

「キンジはちゃんと銀華と仲良くしてる?」

 

な、何の話だ?

と俺は眉を寄せる。

 

「これは愚問だったわね。もう一つ質問。神崎・H・アリアと仲良くしてる?」

 

あの拳銃暴力ゴリラと?

仲良くしてるというのかあれは。

 

「って、そんなこと…今関係ないだろ!」

 

怒鳴りかえすと、カナはおっとりした目を返す。

 

「肯定したら私一人でやろうと思ったけど、そうじゃなかったね」

 

そして薔薇色の唇で言った。

 

「キンジ--これから一緒にアリアを殺しましょう」




今日はアリア29巻の発売日です。29巻の内容的にちょっと設定がまた大変になりそうだけど私は元気です。(乙葉ちゃん好き)


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第1部最終章:紅の終止線(two chrysanthemum)
第56話:姉と弟と妹


やっと書きたかった章にきました


「これから一緒に--アリアを殺しましょう」

 

俺の耳が聞き間違いを起こしたわけではない。カナは確かにそう言った。

()()()()()()

 

「一体…何を言ってるんだ、兄さん…!?」

 

額に冷や汗がにじむ。

俺たち以外誰もいない『空き地島』に吹く海風の中、兄さんは、

 

「?」

 

と座ったまま小さく首をかしげた。

そういえばそうだった。

カナになりきった時の兄さんは『兄さん』と呼ばれてもそれが自分のことだとわからなくなるのだ。

 

「カナ、待ってくれ」

 

と呼び方を変え、武偵殺しの時不時着したボーイング737の翼を登っていく。

アリアを殺す?

何かの間違いだろ?

そう自分に言い聞かせつつ、カナに近づいていく。

カナは誰よりも正しい人だった。

弱き人を第一に考え、貧しい人からは報酬もロクに取らないで戦うヒーロー。

どんな強大な敵も危険を顧みず立ち向かっていった。

なぜ……なぜ、その兄さんからそんな言葉が?

 

「半年ぶりに姿を見せたと思ったら……タチの悪い冗談はやめてくれよ、カナ」

 

俺は飛行機の先端ギリギリまでカナに歩み寄った。

この翼端から風力発電機のプロペラまでは--およそ2メートル。

飛び移れない距離ではないが…高さがかなりある。転落したら命はないだろう。

 

「冗談なんかじゃないわ。私はアリアを、今夜殺す。神崎・H・アリア。あの少女は巨凶の元。巨悪を討つのは、義を貫く遠山家(私たち)の使命」

 

カナのセリフに…俺は背筋が凍る。

義。正義。

その言葉を口にした時、カナが目的を成し遂げなかったことは今まで一度もない。

マズイぞ。失踪から帰ってきたカナは本気でアリアを殺すつもりらしい。

理由は本当にわからない。俺の頭は真っ白だ。

だが今止めなければ、アリアが殺されてしまう!

 

「カナ!」

 

俺は半ば勢いで、バッ

翼端から風力発電のプロペラへ乗り移った。

着地したプロペラはかなりの幅があり、飛び移ること自体は難しくないが--ぐらり。

俺とカナ、2人ぶんの重量に少し揺らいだ。

 

「出エジプト記32章27--汝ら各々劔を帯びて門より門と営の中を彼処此処に行き巡り、その兄弟を殺し、愛しき者を殺し、隣人を殺すべし……キンジ、付いてきなさい」

 

揺れに眉一つ動かさずにいたカナは、聖書の一節を諳んじつつ、煌びやかに光る東京のイルミネーションを背景にしながら立ち上がった。

 

「アリアはまだ弱い。パートナーさえいなければ、きっと簡単に仕留めれるわ」

「待てよ、カナ!」

 

驚きと怒りに任せ、俺は声を荒げる。

 

「半年も失踪しといていきなりなんだよ!あんたが消えた時、どんな気持ちをしたかわかるか!?それに急にアリアを殺すなんて!?なんだよそれは!」

「……そう。貴方も修羅場をいくつか超えたのね」

 

怒鳴る俺に対し、カナの穏やかな声。

 

「なんだよそれ……」

「見ればわかるわ。やっぱり()()…イ・ウーは外でも人を育てるのね」

 

カナの口から出たイ・ウーという単語に額に汗が流れる。

イ・ウーは理子やジャンヌ、ブラド……そしてクレハ。そのような超人たちを世に送り出した学校のような秘密結社で、アリアの母親に懲役864年の冤罪を着せた無法者の集まり。

 

「もしかして……カナもイ・ウーにいたのか?」

 

俺の問いにカナは綺麗な薔薇色の唇を噤む。沈黙が俺たちの間を流れる。言えないということだろう。

 

「なんで…なんでカナがあんな組織に!」

「イ・ウーの話はできないわ。特にあなたには。キンジ。今は何も言わず、私に力を貸して欲しいの」

 

そう返してきた。

それを聞いた俺の胸には

 

「おいでキンジ。私の言うことを聞かなかったことは……なかったよね?」

 

真っ黒な感情が湧いてくる。

ああ…

優しくて懐かしい、カナの声。

だけどその声が俺の黒い感情を増幅させる。

 

「私はキンジを信じてる。きっと力を貸してくれるって」

 

カナの声に俺は顔を伏せ、現実から目をそらす。

なんで俺が。アリアを殺さなくちゃいけないんだよ…!

今まで共に戦い、共に過ごしてきたアリアの姿が思いだされる。

理子、ジャンヌ、ブラド、クレハと戦ったアリア。

俺の家に押しかけ、銀華に叱られてたアリア。

 

「おいで、キンジ。仕事は一晩で終わるから」

 

銀華に名前で呼ばれ、喜んでたアリア。

それを思い出した時、

バッ--!

なぜかわからない。

俺はカナの声を聞き、腰のベレッタを抜いていた。

照準はカナ。

武偵校を背に、まるでそこを守るように正中線を向けている。

 

「…」

 

言葉はない。だが…

『どういうこと?』

そう問いかけるような目線を送ってくる。

俺にもわからない。

なぜ俺はカナに銃を向けている?

誰よりも尊敬していた人に対して。

なんで……

 

「軽々しく武器を見せるのは御法度よ、キンジ。見せたらその銃の全てを見抜かれてしまう。覚えておきなさい」

 

 

パァン!

 

銃声が響くが、俺の目で捉えることができたのはカナの手元で弾けた閃光のみ。

発砲音と同時に、ビュンっという音が右耳を襲った。これは耳のすぐそばを銃弾が飛んだ音だ。俺は本能的に体を傾けさせてしまいバランスを崩すが、なんとか持ち直す

銀華も使えるカナの技の一つ『不可視の銃弾』だろう。たぶん。

銃が全く見えない、反撃はおろか人間には反応すら一切できない攻撃だ。

数多の凶悪犯罪者たちを倒してきた技を、カナは弟の俺に使ったのだ、今。

カナはプロペラの淵に立つと……パァン!

とまた閃光を弾けさせ、銃弾を放った。

当然銃は見えない。

だが今度は

 

「うっ…」

 

防弾制服に守られた右腕に当てられる。

銃弾は防弾制服が守ってくれるが、衝撃はそのまま受ける。体勢を崩してしまった俺は、プロペラから足を踏み外して滑り落ち、間一髪でベルトに内蔵してあるワイヤーをプロペラに引っ掛けた。なんとか落とさずに済んだ拳銃をホルスターにしまい、俺はカナを睨む。

 

「考えもしなかった。キンジが私に銃を向けるなんて」

 

プロペラの上ではカナが、物憂げな表情をしてきる。

 

「私と()()()1()()の差は子供と大人。ううん、それ以上」

 

ああ、そんなこと分かってるよ。

俺がヒステリアモード、縦えリゾナでも、あんたには勝てないだろう

 

「…なのにどうして1人で私に立ち向かったの?」

 

「…キンジには銀華がいるのに?」

 

「…キンジはアリアと仲良しなの?」

 

「…銀華よりアリアの方が好きなの?」

 

そう言われて、かぁっ、と頭に血がのぼるのがわかる。

 

「なんで、そうなるんだよ!」

 

ワイヤーにぶら下がった俺がそう吠えると、カナは少し驚いたような--そして、何か心に迷いが生じた眼をする。

 

「昔からキンジは打たれ強かったけど、こんな状況でまだそんな眼をするなんて。私にはわからない。キンジのどこにそんな力が隠されているの……?」

 

自分に問いかけるようなカナに何も答えず、俺がワイヤーを上ろうとしたその時。

パァン!

乾いた銃声が響き、俺とプロペラを結んでいたワイヤーは切れ。

俺は暗闇に呑まれていった。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

銃弾でワイヤーを切り、落ちかけたキンジを私のワイヤーで吊り上げるとキンジは気絶していた。ほんと、昔っから手間がかかる子。

それにキンジのワイヤーを切っちゃったことで隠れる気が無くなっちゃったみたいね。

 

「そこにいるのでしょう」

「こんばんは。お義姉さん」

 

怒りを隠しもしてない声が私の下、飛行機の残骸から聞こえた。そこから姿を現した銀色の少女。

 

「はい、こんばんは。銀華、やっぱり来てたのね」

 

前まではお姉ちゃんと呼んでくれていたのに、今日はよほど怒ってるのかお義姉さんと他人行儀ね。

 

「キンジが危ない目にあうと()()()()()()から」

「そう?危なくはなかったわよ。気絶しちゃったのは笑っちゃったけど」

 

キンジの下に隠れていたのも、もし私が救助しなかったら助けるつもりでいたんだろう。ほんと、仲が良いこと。

 

「下で聴いていたらアリアを殺すって言ってたけど、どういうこと?」

「あなたなら分かっているでしょ?それが分からないあなたじゃないわ」

 

彼女なら私が言いたいことが分かっているだろう。それに今私が言外に言った『正体は分かっている』ということも。

 

「アリアを殺せば、計画は完遂される。この状況は貴方が作り出したってことね」

「そうね」

 

私がイ・ウーを崩壊させる戦術の『第一の可能性』。

 

「まずあなたがやろうとしていることは前提条件として、()()()()()()()()()()()()()()()。私を殺すことは難しいし、仮に殺せても私がいなくなったことでキンジが悲しんでしまう。あなたはそれができなかった」

 

正体がバレていると分かった彼女は私が今まで考えて行動したことを1から一つ一つ述べていく。武偵の銀華ではなく、イ・ウーの紅華として。

 

「だからあなたは理子を使い、身を隠した。そうすることでイ・ウーにさらに潜入しやすくなると同時に、キンジに武偵への不信感を募らせる。不信感が募ったキンジは武偵をやめる方向に動くと思ったんでしょ。そしてキンジは()()にも武偵をやめ一般人になってほしいと言うに決まっている。あなたはそれを利用した」

「それで?」

「銀華がキンジの頼みに弱いと見抜いていた貴方は、自分が身を隠すことで、私にリーダーを辞退させた。あの時、もう少し考えればこの狙いが分かったのに」

「すごいわ。流石教授の娘ね」

 

教授の娘、つまり紅華ということ口に出すと、彼女は雰囲気が変わる。

 

「私たちの関係を利用するなんてやってくれるじゃない……!」

「義を貫くためには仕方がないことなのよ。それに私は貴方よりキンジのことを知っているのよ?キンジがこれぐらいでへこたれるような子じゃないって」

 

彼女の目がさらに紅くなる。どうやら完全にベルセになったようね?私が彼女より昔からキンジのことを知っているってところに嫉妬したのかしら。

 

「貴方より私の方がキンジのことを知っている。貴方の方が長い時間過ごしたかもしれないけど、私の方が濃密な時間を過ごした。その違いを見せてあげる」

「キンジと過ごしたのは銀華で貴方の今の心は紅華。だけど姿は銀華。良いわ、相手になってあげる」

 

私がキンジとともにプロペラから降り、気絶したキンジを地面に置いた途端……

 

「カナあああああああ!」

 

そう叫びながら彼女は距離を詰めて来た。

ベルセで彼女は長所である推理力などを失ってるようね。そんな相手なら……

 

 

 

 

「………」

 

5分後、私の下に組み敷かれてる銀華がいた。ベルセの銀華なら私にとって何も問題はない。ベルセで身体能力が上がっていると言っても、女性版ベルセ。男性のHSSほど能力が上がるわけではない。さらに攻撃一辺倒になってしまうおまけ付き。

HSSの弱点が分かっている私にとってこれほど戦いやすい相手はいない。

 

「なんで……」

 

組み敷かれた彼女から……

 

「なんで、キンジに酷い事ができるの!」

 

泣き叫ぶような声が響いた。

 

「あなたがいなくなった時、キンジは本当に辛そうだった。私がいなかったら、今よりもっと無気力状態になったかもしれない。あなたはそれが分かってた。なのに、なんで、あなたはそんな酷い事ができるの!?」

「遠山家は『義』を貫く。そうある一族なのよ」

「自分の家族を苦しめることが正義なのっ!?」

「私も悩んだわよ。100万回考えて100万回悩んで。でもイ・ウーを崩壊させるにはこれしかなかったのよ。貴女がいるせいで!」

「何にも分かってない!」

 

ああ…彼女も

 

「キンジがイ・ウーと戦ってるだけで、私は苦しい!知っているのに言えない!私の本当のことは言えない!ずっと偽物の私でキンジに接するしかない!本当は私の全部を知ってほしい!でも……私は銀華であると同時に…イ・ウーの紅華。キンジ達から見たら敵なの」

 

私と同じく苦しんでいるのね。

本当のことを知ったらキンジが自分の元を離れてしまうんじゃないかと恐れて。

彼女にとっては故郷のイ・ウーの立場が足枷となっているんだろう。

 

「イ・ウーを潰すのは私も賛成。だけど、キンジを関わらせないでよ……()()()()()……」

 

私は正体が分かってからは彼女をイ・ウーの魔女、イステル・ホームズ・紅華としてしか見ていなかった。

だけど、違ったのね。

彼女は結局、普通の感情を持ち、普通に恋して、普通に暮らす……

年相応の普通の女の子なのね。



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第57話:夢幻

はっ--

と窓から差し込む朝日で目が覚めた。

……

状況を理解するのに数秒かかるが……おいおい

 

夢オチってやつか?本当に

 

 

俺はPCの前で寝てしまっていたのだ。ディスプレイにはリコが作ったFlashの『Replay?』という文字が表示されている。

俺は理子に兄さんのことを教えて貰えるという時間まで仮眠でもしようかと考えた?

そのことを考えすぎて、夢の中でカナに会ったってことか?

夢の中でカナに不可視の銃弾で切断されたワイヤーを引き出すと、切れていない。が、ワイヤーが交換されたのかもしれない。

(でも、アリアを殺すって…!)

俺は立ち上がるとアリアがいる寝室に急いで向かう。

そこでは…すぴー。

2段ベッドの上の段でアリアはムカつくぐらい気持ち良さそうな顔で寝ていた。

 

「キンジ、そんなに慌ててどうしたの?」

 

寝室の扉から少し驚いたような声がする。

 

「い、いや。なんでもない」

 

俺は不思議そうに首をかしげる銀華にそう答えた。その銀華の膝や肘などに擦り傷のような戦闘の傷があった。

 

「銀華、それよりその怪我どうしたんだ?」

「あ、こ、これね。階段で転んじゃって。大したことじゃないよ」

 

俺でもわかる明らかな嘘を吐いてきた。

お前、この前階段で転びそうになっても、そのまま床思いっきり蹴って前方宙返りしてただろうが。

 

「そうか…ならいいが…」

 

俺はそう言い残し、びっしょりと気持ち悪いほど掻いていた寝汗を流すためにシャワーに向かった。

…そうだあれは夢だったんだ。

武偵法9条。

『武偵はいかなる状況において、その武偵活動中に人を殺害してはならない』

武偵のカナが誰かを殺すなど言うわけがない。

カナは誰よりも優しい人だった。

1人の死者も出さずに解決しようとする人だった。

そしてそれができるだけの実力を持つ人だった。

カナと共に戦って、殉死した武偵はいない。

そんな兄さんが、アリアを殺すなんて言うわけがないんだ。

それにカナは『これから一緒にアリアを殺す』と言ってきた。

これからということは、昨夜のことだろう。つまり、もうその時間を過ぎている。

カナは自分が宣言したタイムリミットを超過したことはない。そしてアリアはまだ生きている。

だからあれは、悪い夢だったんだな、たぶん。

 

銀華が作った飯を、制服(今日から夏服)に着替えたアリアと共に食いながら、さりげなく昨日のことを聞いてみる。

 

「昨日の夜?あんた、あたしが帰ってきた時にはパソコンの前で寝てたわよ」

 

などと毎日の習慣、大量の牛乳に大量の砂糖を入れたものを飲みつつ答えてきた。

 

「私が帰った時もそうだったよ」

 

銀華がそう付け足すし、あれは本当に夢だったんだろうな。

 

「おい、銀華、アリア」

「ん?」

「なに?」

「学校一緒に行くぞ」

 

俺は弾が入ってるのを確認したベレッタをホルスターに収めながら、初めてアリアを登校に誘った。

 

「…なによ。あんた達のイチャイチャ空間にあたしが入っていいの?」

「私はまあいいけど…」

 

何か意味があると汲み取ってくれた銀華は少し不服そうだが許可してくれた。銀華の許可を得たアリアは少しかろやかな動きで自分の通学鞄を持つ。

 

「2人ともちゃんと帯銃したか?」

 

俺がそう尋ねると2人とも目を丸くして、2人ともスカートからガバメントとベレッタを取り出しクルッと回して見てた。

 

「当たり前だよ、キンジ」

「キンジにしてはいい心がけよ。武装確認はいい習慣よ」

 

うるさく鳴くセミの声が降る中、俺はチャリを漕いでいる。後ろにはこの自転車の持ち主で、横向きに座る銀華。並走するのは、マウンテンバイクを買ったと自慢していたアリアだ。

バスに間に合う時間だが、今朝はいつもアリアが普段登校してるルートはなんとなく避けたかった。心の中でまだあの夢が引っかかっていて。

 

「たまにはこういうのもいいね」

「……あたしは甘々な雰囲気にもういいわってなってるけど」

 

後ろで俺の腰に腕を回してる銀華とやれやれというふうに首を振ってるアリア。

 

「まあ、いいじゃない。武偵高では忘れがちだけど、武偵は敵の攻撃に備えるために、いつも同じ道を歩かないようにするのがセオリーでしょ?」

「そういうことじゃないわ。あんた達どうせバスでも自転車でもイチャイチャするでしょ!」

 

そう、キャンキャン叫ぶアリア。

と言われるが、久しぶりに銀華と学校に行く気がするな。まあ、こいつは普段アリア達と違い、大人しく自分の家で暮らしてるからな。通学路が微妙に違う。普段は銀華は車登校だしな。

 

「でも、キンジにしては珍しいわね。武偵らしいというかなんというか…やっとあたしに合わせる気になったわけ?何かきっかけでもあった?」

 

カンのいいアリアが後ろから尋ねてくる。後ろの銀華も少し気になっていたようで、聞き耳を立てているのがわかる。

どう答えるか…

アリアが殺される夢を見たからっていうのは…あれだよな。

 

「それは…その。俺と銀華はお前のパートナーというよりパーティーだろ?当たり前のことをしてるだけだ」

 

そうアリアの方を向いて適当に答えておくと、そのツリ目気味のおめめを瞬かせ、

 

「そうね…そうね」

 

とテンションが上がったらしくビュンと先に漕いでいってしまう。おい、そんな早く行くな。こっちは2人乗りなんだからそんなスピード出ないんだぞ。

俺がパートナーらしく振る舞うのがどんだけ嬉しいんだよ。

 

俺とアリアはチャリを一般校区の自転車置場に停め、3人で歩いていると、教務科からの連絡掲示板の前に人だかりができているのが見えた。

その中に--見覚えのある後ろ姿があったので、俺は足を止め、銀華は眉を顰める。

白銀の銀髪を持つジャンヌ―――ジャンヌ・ダルク30世だ。

見れば、なぜか松葉杖をついている。どうしたんだ一体?

 

「ジャンヌ」

 

俺の視線を追って発見したらしいアリアが、その名を呼ぶ。

ジャンヌはその銀髪をなびかせて振り返り、俺を見て『こっちにこい(フォロー・ミー)』と手招きした。

アリアが先にズカズカと近づいていったため、俺もついて行く。

 

「あんたが武偵高へ()()してたのは知ってたけど、案外似合うじゃない、制服」

 

身長と合わないでかい態度でジャンヌにイヤミを垂れるアリア。

そのアリアに対してジャンヌは「プイっ」とそっぽを向いた。

 

「私は遠山に用がある。お前には用はない」

「こっちにはあるの。ちゃんとママの裁判出るのよ?」

「……ああ、分かっている。それも司法取引(とりひき)の中にある条件の一つだからな」

 

アリアの母親、神崎かなえさんはジャンヌが所属しているイ・ウーに冤罪を被せられ、今東京拘置所で最高裁の裁判を待っている状態。

彼女は事実上終身刑を言い渡されているが、その無実を一つずつ証明できれば、無罪になる可能性も高くなる。

その可能性が上がる証言の約束を取れたアリアはニンマリと笑い、

 

「いまは、怪我してるみたいだし、いじめるのは今度にしてあげるわ」

 

と勝ち誇って平たい胸を張ってみせた。

 

「私は今すぐにでも構わないぞ?」

「じゃあ、私と()らない?」

 

イラっとしたらしくちょっと喧嘩腰になったジャンヌを挑発する声。

 

「お、おい。銀華」

「キンジは黙ってて」

 

普段は温厚(?)だから忘れていたが、こいつ敵には容赦がないんだった。銀華は氷漬けにされた恨みを忘れていないのだろう。

……というか、銀華にしてはちょっと好戦的な気がする。気のせいかもだけど。

 

「足一本ぐらい、ちょうどいいハンデだ。お前には使うまでもなかったが、この杖には聖剣デュランダルが仕組んである。お前を今度は真っ二つにしてやろうか?」

「何言ってんの?今度は私が両足を折って動けなくする番でしょ?」

 

と銀髪の2人がばちばちと赤い火花を散らし始めた。こいつらがこんなところでこんなことしてたら、銀華とジャンヌの殺気で、白雪と銀華が引き起こした血の一週間よろしく心的外傷後ストレス障害(PTSD)を撒き散らしかねん。

 

「こ、こら。朝っぱらから喧嘩するな。というか、ジャンヌ…お前足どうしたんだよ」

 

話題を逸らしつつ、ジャンヌに話しかける。それと同時に銀華の頭を撫でることにより、銀華のヒートアップした頭を冷やす。

頭を撫でられた銀華は殺気を放つのを止め、ジャンヌは砂糖を食べたような顔になった。

2人とも殺気が消えて、助かった…

 

「虫がな…」

「ん?」

「道を歩いてたら、コガネムシのような虫が膝に張り付いたのだ」

「コガネムシ?」

「私は驚いてな。道を踏み外し側溝に足がはまった」

「……」

「そこをちょうど通りかかったバスに轢かれたのだ」

「…おい…」

「全治2週間だ」

 

い、いかん。あの。イ・ウーの。銀氷の魔女が…虫に驚き、側溝にはまり、バスに轢かれて全治2週間なんて。さすがに……

 

「…そりゃ気の毒にな…プッ」

「それは残念ね…アハ」

「お気の毒…フヒ」

「お前達、氷漬けにしてやろうか…」

 

笑いを堪えるなんて無理だろ。

あのジャンヌが。俺たちを苦しめたジャンヌが。虫に驚き、側溝にはまり、バスに轢かれて全治2週間なんて。

 

「あのジャンヌが…虫に驚…」

「もう私のことはいい!今度はお前のことを笑う番だ、遠山。掲示板にお前の名前があったぞ」

 

とジャンヌがさした掲示板に目を向けた。

そこには『1学期・単位不足者一覧表』と書かれた張り紙がサバイバルナイフで留めてあり、その中に…

 

『2年A組 遠山金次 専門科目(探偵科(インケスタ)) 1.9単位不足』

 

と書かれていた。まあ単位が足りないこともあるよな…でもまだ時間があるしって……

不足単位1.9!?

武偵高もこんなんだが、一応日本の高校であるので、文科省の学習指導要領に則り、単位を取った生徒でないと進級できない。

で、二年生は二学期の始業日までに2単位を取らないと留年なのだ。

だが、俺は猫探しの0.1単位分しかまだ探偵科の単位を取っていない。主にアリアに付き合っていたせいで。

やばい。

また俺は、平凡な人生から一歩かけ離れてしまったのだ。

というか、武偵高さん。ハイジャックとか魔剣とか吸血鬼とかいろいろ解決してるんだから大目に見て欲しいよ…

 

「何やってんの、キンジ……」

「キンジ留年するの?バカなの?」

 

俺のことを優等生(Sランク)の2人が笑うのを通り越して、呆れて物が言えないという目で見てくる。

 

「どうやらお前は劣等生のようだな。だが安心しろ」

 

とジャンヌは隣の掲示板を指差すと……そこには『緊急任務(クエスト・ブースト)』と書かれた張り紙があった。

そうだ、この手があった。

夏季休業期・緊急任務。

武偵高では残念なことに生徒の単位不足がよく起こる。なので、学校側が休み中に解決するべき任務を割引価格で沢山受けてきてくれるんだ。

報酬金はまずいが、単位は美味い。背に腹は替えられないぞ。

 

「銀華はいつも通り、実家だよな?」

「うん、ごめんね。手伝えなくて」

 

銀華に手伝って貰えば、推理系の事件は一瞬で解決するのだが…銀華は毎年夏季休業期は、()()に帰る。これは俺の問題だし、俺だけでやるしかあるまい。

 

『港区 大規模砂金盗難事件の調査(探偵科、鑑識科(レピア))』

『港区 工業用砂鉄盗難事件の調査(探偵科、鑑識科)』

『港区 砂礫盗難事件の調査(探偵科、鑑識科)』

 

どれも銀華がいれば一瞬で終わりそうだが、そもそも銀華はいないし1.9単位に届かない。

というか砂系の物盗まれすぎだろ、港区。

 

『港区 カジノ「ピラミディオン台場」私服警備(強襲科(アサルト)、探偵科、他学科も応相談)』

 

……1.9単位。

 

「これだ!」

 

俺と…横から顔を寄せてきた銀華は、詳細を確認する。

要帯銃もしくは帯剣。必要生徒は4名。女子を推奨。被服の支給あり。

1.9単位とれる仕事はこれしかない。だが…この仕事に銀華は難色を示した。

 

「この仕事はなるべくやめといたほうがいいと思うな」

「カジノだからか?」

 

カジノは日本で近年合法化された合法ギャンブルの一つで、武偵がよく雇われる。だが、ほぼトラブルは起こらないので武偵業界じゃ『腕が鈍る仕事』とバカにされる。銀華はそれを心配したのだろう。だが、普通の人間になりたい俺にとってはちょうどいいんだ。

 

「ううん……そういうわけじゃないけど……」

「いつもの勘か?」

「そういうわけでもないけど………」

 

と歯切れが悪い。

 

「俺は1.9単位取らなくちゃいけないんだ。この任務で前半ちゃんと単位を取りきれば、後半お前に構ってあげれる時間も増えるだろ?」

 

夏休み後半は帰ってくる銀華にそういうと、まだ、『ううん…』と悩んでる様子だったが、諦めたのか

 

「じゃあ、頑張ってね…そして気をつけて…」

 

そう、忠告だけするのだった。

 

 

5時間目の専門科目の時間、真面目に授業を聞いている俺の耳元に聞こえてきた

「みぃ……」

という子猫のような声。その声に振り向けば、俺の隣で峰理子が爆睡している。

今のは寝言らしい。

ちなみに銀華は今日は強襲科の授業を受けている。まああいつは探偵科の単位は卒業まで取り終わっており、授業免除されてる超優等生だからな。

銀華もいないし、理子のことでも考えてアリアや兄さんのことから現実逃避するか…

この前のブラド戦を終え、理子は普通の女子として接してくるようになった。

ハイジャックでは俺に拳銃を向けた理子。戦う時は獣のような目をする理子。そして--ただのおバカなクラスメイトの今の理子。

どれが一体本当の理子なのか。

いや違うな。

どれも本物で幾つもの顔を持ってる理子が本当の理子なのだろう。

まあそう思うことで、敵だった理子とも普通に会話ができるようになってる。

ここじゃ聞けないが兄さんのことも改めて聞かないとな。と思っていたら、いきなり、にょい、と席を立った。

 

「どこ行くんだ?」

「…ちっち」

 

起きたと思ったらすぐにトイレかよ。赤ちゃんかお前は。

でかいクマさんのストラップがついた携帯を手に『眠れる森の美女』のテーマをハミングしながら堂々と教室を出て行った理子を、なんで武偵高の教師になれたかわからないぐらい気の弱い高天原ゆとり教諭が涙目で見てることに気づき、不憫に思い、教科書に視線を戻す。

俺はちゃんと勉強してるんで、これ以上は単位を落とさないでくださいね。

今日の授業のテーマは、シャーロック・ホームズ。アリアの曾祖父だ。

彼は19世紀末にイギリスで活躍した人で、世界を股にかけ解決した事件は数知れない。文句なしで史上最高の名探偵だ。

さらに彼は史上最高だけじゃなく、史上最強の名探偵とも言われている。

彼はバリツと呼ばれる武術を使い、俺たち武偵の原型となった、偉大な存在であるのだ。

まさに、先の時代に生きた掛け値無しの天才。

(まあ子孫はあれ(アリア)だけどな)

とアリアのことを考えた俺の隣に……音もなく。

 

「キンジ」

 

理子が戻ってきていた。

その表情はさっきと違い、獣のような顔。

これはハイジャックの時に見せた『武偵殺し』、裏の理子の方の目だ。

ホワイトボードに先生が図を描いてるのを見た理子は、ガッ。

俺のネクタイを掴み、喉を指で押さえ、声を出せなくしてきた。

 

「---ッ!?」

 

さらに俺のベルトを掴み、すでに開けてあった窓から、俺を投げ捨てた。

 

「!」

 

ビィーと俺のベルトのワイヤーが落下速度を和らげ地上に着地した俺。

なんだ?何が起きているんだ!?

スタンッ!

とワイヤーも使わず、スカートを翻しながら降りてきた理子が、とんでもないことを耳打ちしてきた。

 

「強襲科にすぐ迎えキンジ!武偵高の掲示板に書き込みがあった。アリアと銀華がカナと闘っている!」

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「あなたが神崎アリアね」

 

強襲科で訓練してたあたしはいきなり話しかけられた。あたしに強襲科(ここ)で話しかける人なんて、戦妹のあかりか、キンジと銀華ぐらいしかいないのに。

不思議に思ったあたしは振り返るとそこには…

 

「どうも、はじめましてかな。あたしはカナよ」

 

カナがいた。理子がこの間、紅鳴館に行く時化けてたキンジの知り合いで……あの時キンジが一目見ただけで動揺した女。

 

「あんたがいきなりあたしに何の用よ」

 

カナは札幌武偵高(サッコウ)の服を着ていた。もしかしたらそこの生徒?でも、なんで札幌武偵高のカナとキンジに繋がりが?

 

「貴女と闘いたくてね?」

「ほぅ…あたしとね」

 

強襲科(ここ)で対等にあたしと戦える人は銀華しかいない。そんなあたしに喧嘩を売りに来るなんて…なかなかやるじゃない。

 

「本当にいいの?泣いても知らないわよ」

「逆に子供みたいに泣いちゃわないでね。私に負けて」

 

この女……あたしを子供扱いするなんて…!

いっぺん風穴空けないと気が済まないわ。

そう、意気込んでいた私とカナの後ろから凛々しい声が放たれた。

 

「アリア、カナ。私も交ぜてくれないかな?」

「銀華…なんであんたが入るのよ!」

「私もちょっとカナと()る理由があってね」

 

銀華の目はカナを睨みつけていた。銀華があんな睨みつけるなんて…もしかして、カナはキンジの元カノ!?だから銀華が憎んでいる。そう考えれば一応筋は通るじゃない!

ったくあの女ったらしは…銀華だけじゃなく、こんな綺麗な元カノがいるなんて……許せないわね。

 

「あたしはいいわ。あんたは?」

「大丈夫よ」

「じゃあ私とアリア対カナの2vs1で」

「はあああああ!?」

 

2vs1!?ここは1vs1vs1のバトルロイヤルでしょ?こんなのカナが許すわけ……

 

「いいわよ、それでやりましょう」

「……あんた、バカなの?」

 

あたしも銀華もSランク。もともと知り合いのような銀華は勿論のこと、あたしのこと知ってたカナが知らないはずがない。直感的にカナが強いのはわかるけど…銀華があたしと組むほどなの?

 

「私は先に闘技場向かってるね」

 

そう言ってカナはスタスタと、強襲科の施設の構造を完全に理解してるような足取りで先に向かってしまう。

 

「アリア、気をつけなさい」

「何をよ……?」

「カナは強い。2vs1だからって油断しないこと」

 

そう言う銀華の目は片目があたしと同じ紅色に染まっており、本気だということがわかる。

 

「…あたしが油断するわけないでしょ!」

「じゃあよろしく頼むよ、()()()

「任せなさい、()()

 

あたしと銀華。実は初めてのツーマンセルのペアがここに誕生した。




次回はカナvs銀華+アリア


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第58話:敗北の先

遅くなってすみません…

注意:最初三人称視点


闘技場(コロッセオ)の外側に群がる群衆が見つめる一点、そこにはアリアと銀華、そして向かい合うようにカナが立っていた。

その様子に群衆達は驚愕する。なぜなら銀華+アリアvsカナの2vs1だからだ。

多人数vs1の模擬戦というのは、チームの連携の練習、または1vs1じゃ実力が離れすぎてるという時に行われる。だが観客は肌も斬り裂くオーラを出してる銀華とアリアを見て、後者だと理解したのだ。

銀華とアリア。

強襲科の1,2位の生徒。

3位に銀華達と同じくSランクでX組の一石がいるが少し戦闘力が落ちる。それほど銀華とアリアは他との実力が離れているのだ。

だが、その2人が束にならないと勝てない相手。

 

「さあ、いつでも来なさい」

 

余裕のある声がアリアと銀華の目の前にいるカナから放たれる。

 

(隙がない……!)

 

ただ立っているだけにも関わらず、アリアはカナの隙を見つけることができなかった。

しかし、アリアは不安には思わない。なぜなら……

 

(あたし達は何たって2人!銀華もいるんだから!)

 

 

 

あらかじめ、銀華とアリアは情報を共有し、作戦を決めていた。

 

『カナに死角はない。だから、この勝負に勝つには、決定的な隙を作るしかない。私がどうにかして隙を作るからアリア、あなたが決めなさい』

 

死角がなくとも、隙というものは意外とできる。

銃のリロードの間、刀剣による大きなノックバック、などなど。

ダメージを与えることができなくても隙を作ることぐらいはできる。

だが、そう簡単にいくものではなかった。

 

パパパパパパッ!

長い三つ編みを翻し、カナの周囲に6つの光がほとんど同時に閃く。

不可視の銃弾(インヴィジビレ)。その攻撃の6連射(ファンショット)だ。

その6連射を銀華は--

ギギギギギギィン!

前方5メートルほどの距離で同じ6連撃の『銃弾撃ち(ビリヤード)』で全て防御する。

その隙を見計らい、銀華と反対、挟み込むように展開していたアリアは刀を携え一気に近づく。そのアリアに対して……

 

パァン!

 

カナは長い三つ編みを踊らせながら、振り向きざまに不可視の銃弾。銀華はその勘と推理力、技の特性を知っているのもあって防御や回避することができるが、不可視の銃弾は普通回避することはできない。

バシィッ!

アリアから鞭で叩かれたような音があがる。

 

「うっ」

 

アリアは短い悲鳴を上げ、見えない足払いをかけられたように前のめりに倒れる。

カナのコルト・ピースメーカーの弾の数は6発。なぜ6発以上撃てるかというと、その理由は簡単。もう一丁コルト・ピースメーカーを隠し持っていたからだ。

それを見た銀華は同じように二丁持ったベレッタ93Rの9+15の24連射。

 

「--!」

 

ギギギギギィン!

今度はお返しとばかりにカナが銃弾撃ちをみせる。それも銃弾撃ちより高度で、4連鎖、5連鎖を組み込んだ『連鎖撃ち(キャノンショット)』。

星々のような弾丸が弾ける中で、流星を二筋走らせるように、いつの間にか既に先ほどの攻撃から体勢を整えていたカナの背中に二刀流で切りかかった。

 

「やっ!」

 

カナの背後を襲う、挟撃。

強襲科1位,2位の連携技に、おおっ!と生徒たちが声を上げる。

しかし、カナはそう甘くない。

ギギンッッ!

くるくるくる……

かしゃん、かしゃん。

とアリアの小太刀は……闘技場の左右まで飛ばされる。

誰もそれを見ることはできなかった。

カナがしたのは、先ほどと同じように三つ編みの髪を揺らして振り返っただけ。

サソリの尾(スコルピオ)

不可視の銃弾と同じように見ることができない攻撃。

カナの背後に回ったものは、それに襲い掛かられる。

バンバンッ!

と二丁拳銃に持ち替えて至近距離からカナのことを撃つアリアだがその照準は定まってない。口元からは一筋の血が流れ、足取りもたどたどしい。

なぜなら、カナが今の見えない打撃でアリアの顎を殴打したからだ。

後退したアリアを庇うように、銀華が後ろからリロードを済ませたベレッタでカナを撃つが跳ねるようにしてかわされる。

接近戦に持ち込んだ銀華だったが…

 

「くっ……」

 

カナに対しては分が悪い。

なぜなら不可視の銃弾を銀華が使えるように、カナも銀華の技を使うことができるからだ。そしてカナはキンジでさえ知らない遠山家の技をいくつも持っている。銀華も戦闘の引き出しは多いとはいえ、まだまだ若い。

銀華もそれがわかっているようで…

ビュン!

バク転しながら『incessant shelling(降りやまぬ雨)』で空気弾を放つが、同じように空気弾を放ったカナに相殺されてしまう。

その後隙を狙い、アリアのガバメントが火を噴くが、不可視の銃弾の連鎖撃ちで迎撃されてしまう。

 

まるで子供と大人。

Sランクの二人を手玉に取るカナに観客はどよめいていた。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「おいおい、神崎と北条を同時に相手にするなんて、すごすぎるだろあいつ」

札幌武偵高(サッコウ)にあんなすげえ女子がいたなんて!」

「あの状態の北条先輩が負けるなんて…」

「っていうかどうなってるんだよあれ。斬撃も銃撃も見えねえぞ!」

 

俺の周りで興奮した強襲科の生徒たちが声を連ねている。

(銀華……アリア……!)

防弾ガラスの衝立の向こう、砂が敷かれた闘技場(コロッセオ)には銀華とアリア……そしてカナがいた。

カナは武偵高の制服を着てアリアと銀華の二人の連撃を軽くあしらっていた。

あの周りを魅了する美貌。

その顔に憂い色を浮かべながら、不可視の銃弾を放っている。不可視の銃弾の構造を知っており、なおかつ銃弾撃ちができる銀華は自分に向かう弾は防御しているが、アリアはかわせない。

防弾制服にあたり血しぶきは上がらないが、ずしゃっと前のめりに倒れるアリア。

いや本当は、防御できる銀華がおかしいのだ。その銀華もアリアが倒れている間のカナとの1vs1の時間は、かなり苦しそうだ。ヒステリアモードの銀華が圧倒されるのは初めて見た。

 

(というより……なんで、銀華とカナが!)

 

あの二人は仲が良かったはずだ。

中学の時俺の家に遊びに来ていた銀華はカナと本当の姉妹(?)のようだった。

なのになぜ…!生きていたカナと銀華が戦っているんだ。

 

「はぁ…はぁ…」

「2人でもキッツイ…」

 

前のめりに倒れたアリアとその横で肩で息をしながら片膝をつく銀華。

銀華の銃は弾切れでスライドオープン。

もう二人とも不可視の銃弾から逃げるすべはない。まだ大きなダメージはもらってない銀華はともかく、何度もダメージをもらっているアリアは死んじまうぞ!

この事態を収めるには…

 

「逃げろ、二人とも!」

 

俺はベレッタをカナに向けながら、銀華とアリア、そして勝負を決める銃弾を放とうとしたカナの間に割って入った。

パン!パァン!

ほぼ同時に放たれたカナの銃弾が、俺の脇腹を掠め、アリアと銀華の脇の地面にそれぞれ一つずつ着弾する。バットで二発同時に殴られたようなダメージに意識が遠のき、内臓全てが口から出てきそうな感覚さえする。

だがこの銃口は逸らさない!

 

「ど、どきなさい……キンジ!」

「わ、私は負けてない、どいてキンジ…!」

 

背後から聞こえる声に俺は慌てて振り返ると、二人とも立ち上がりつつあった。

二人ともどう見ても限界なのに…

 

「どきなさい、キンジ」

 

カナも二人と同じようなセリフで命令してくる。

 

「あなたの素人のような動きは事故が起こりやすい。危ないわ」

「あんたに言われなくても、そんなことわかってる!」

「なら、どうして?なんのために危険な場所に飛び込むの?まさか、私と戦うつもり?今のあなたじゃ私に勝てるハズは、万に一つも」

「そんなことじゃねえんだよッ!!」

 

絶叫した俺に

 

「キンジ…」

 

カナはその目を少し見開いた。

 

「勝てる勝てないだけじゃない。自分の大切な人達を守るために俺は戦う」

 

俺の言葉を聞いたカナは--なぜか俺ではなく後ろの銀華をチラリと見る表情は驚きの表情だった。

 

「……キンジ、変わったのね」

 

その声にどこか淋しさと淋しさだけではない何か納得する色、そしてほんの少しだけ銀華に対し敵視するようなものを込めたカナは訓練場の入り口の方へ振り向いた。

俺がその視線を追うと…そこには

 

「こ、こらー!そこで何やってるんですか!

 

誰かがこの騒ぎを通報したらしく、湾岸署から小柄な婦警が生徒をかき分け強襲科に入ってきていた。

 

「逮捕します!この場の全員、逮捕します!」

 

ぴーっと鳴らしたホイッスルに野次馬の生徒たちは慌て出す。

 

「あなた達も早く解散しなさい!」

 

などと叫びながら、小柄な婦警は俺たちの方に向かって走ってきた。

カナはその婦警を見たかと思うと--

……

…………

口元に手を寄せて

 

「……んっ」

 

といきなり緊張感も何もないあくびをした。

……闘気が消えている?

なるほど。あの時が近づいているんだな。兄さん。

それを見た銀華もベルセを解いて、ヒステリアモード特有の眠けが襲ったようだ。

 

「まったくもう…理子は」

 

理子?

と俺が眉を寄せると、婦警は

 

「くふ、くふふふふ」

 

ほおを引きつらせながら笑い出した。理子の声で。

この婦警、理子かよ!

目を丸くする俺の横でカナはふらり。

踵を返し、欠伸をしながら闘技場を出て行く。

俺は緊張が解けガクッと、被弾した脇腹を抑え片膝をついた。

振り返れば、銀華が気絶したアリアの応急手当をしている。

 

救護科(アンビュラス)に連れて行かないのか?」

「今日、救護科と衛生科(メディカ)は実習で居ないから。私はサボっちゃったけどね」

 

テキパキとアリアの手当てをしながら銀華はそう答えてくる。銀華自身は怪我をしていないようだが、疲れきっている。

女のヒステリアモードは基本弱くなるヒステリアモード。銀華が自身の能力を向上させるベルセは裏技のようなものだ。裏技にはそれ相応のリスクが付きまとい、女のベルセは無理やり体を動かしてる分スタミナの消費が早い。

もともと女のベルセは取られた男を取り戻すために相手の女を破滅させるものなので、そんなに時間がいらないという経緯もあるのだろう。

まあそんなことはどうでもよくて……

 

「なんでお前、兄さ……カナと戦ってたんだよ」

 

カナと銀華は失踪する前は仲が良かったはずなのに…

 

「勝手に失踪して勝手に帰ってきて自分勝手すぎるでしょ。朝キンジが少しおかしかったのもカナ関係でしょ?」

「……まあな」

 

気付かれていたか。

俺としても言いたいことはあったが手当してる銀華に言うのもあれだったので、俺たちの間に手当する音だけが流れる。回復の早いアリアは手当の途中で意識を取り戻していたが、黙りこくっている。

 

「……どうして止めたのよ」

 

俯いたアリアが震える声で問いかけてきた。

 

「止めるも何も勝負はついていただろ」

「違う!」

 

アリアはヒステリック気味に叫んだ。

だがその顔は上げない。

事実から目を背けるように、小さな膝に額を押し付けたままだ。

 

「あんたが止めなければいくらでも勝つ手はあったもん」

「自分を誤魔化すな。銀華とお前が組んでもカナに押されていた。それは誰の目にも明らかだった」

「力量差があっても勝たなくちゃいけなかったの!」

 

負けず嫌いのアリアはうつむきながら叫ぶ。

 

「初めての銀華とペアを組めたの!それに相手は理子が化けた時あんたが動揺した……昔の知り合いの女!しかも1vs2!逃げるわけにも負けるわけにもいかなかったの!それをあんたが--」

「悔しいのはアリアだけじゃないんだよ」

「っ!?」

 

自分の近くから放たれる声にアリアはビクッとツインテールを震わせる。

 

「アリアと一緒に戦った私が悔しくないわけないでしょ。カナが強いのはわかってる。負けるのは嫌」

 

あまり表には出さないが、銀華はアリアと同じぐらいプライドが高く負けず嫌いだ。4vs4戦(カルテット)では入学試験の俺に負けたのもあり、Sランク3人+Aランク1人のチームを組むぐらい。

その銀華がカナに負けて悔しくないわけないよな。

 

「でもね…死んだら元も子もないでしょ。あなたが死んだら、あなたの母親は助けられない。わかってる?」

「でも…!でも!あたしは強くならなくちゃいけないの!いくら差戻し審になったとしても……ママはまだ拘留されてる!終身刑だって消えてない!あたしが…強くなきゃ……ママは助から……ない……!」

 

う…う……

とアリアはついに泣き出した。

 

「アリアはまだ強くなれるよ。だから今は負けを受け入れる強さを持って。それが強くなれる秘訣。私なんて99戦99敗の相手もいるんだよ」

 

銀華に背中をトントンされながらあやされるアリアは体型も相まって、大人と子供のように見える。

……というか銀華に99戦99勝の相手ってなんだよ。人間かよ本当にそいつ。

 

 

 

 

アリアの手当てが終わった俺と銀華は仕方なく自室に帰ることにした。

今日はもう授業もない。カナの追撃がないかは心配だったが、俺は被弾、銀華は疲労状態とすぐに戦える状態ではないし、カナは『あの時期』が近づいているようだったし、追い討ちをかけてくることはないだろう。

二人でそう予想した俺たちは自宅のドアをくぐり

 

「「--!!」」

 

驚きで俺は腰を抜かし、銀華は手を口に当てた。何せそこには俺の部屋のリビングで、カナが昼寝をしていたからだ。

 

「カ、カナだよな?」

「うん。疲れてカナの居場所は推理してなかったからびっくりしたなあ」

 

カナは1度眠りにつくと、長時間眠り続ける。

10日から二週間ほど平気で寝続ける。

これは俺たちヒステリアモードのせいだ。

ヒステリアモードは脳髄に過大な負担をかける。俺や銀華もヒステリアモードの後は兄さんほどじゃないが長時間の睡眠をとることが多い。兄さんはカナになってる間ずっと使ってるわけで…その神経にかかる疲労をここで回復する仕組みとなっている。

カナは寝たり起きたりするあいまいな状態になった後、半日のうちに長時間の睡眠に入るのだろう。大あくびを見て警戒感を解いたのも、それを知っていたからだ。

だけど、寝るのが俺の部屋だとはな。

 

「ん…キンジと銀華?」

 

俺がすっ転んだ音で目が覚めたらしいカナが目を閉じたまま言った。

 

「消毒液の匂い。腹部を痛めて弱った人間特有のアンバランスな足音。銀華はアリアを手当したけど、キンジの手当てはしなかったのかしら」

 

目を開いたカナは、ぽん、とテーブルの救急箱に手を置いた。

 

「おいで。手当てしてあげるから」

「いいよべつに」

 

カナの声に心を掴まれそうなのを感じ、俺はそっぽを向く。

 

「「「こんなのかすり傷だ」」」

 

俺の言葉に合わせ、二人が鏡のように同じセリフを被せてくる。銀華は俺が銀華に治療してもらうのが男としてカッコ悪いと思い、この言葉を以前からよく使ったが、カナは心でも読んだのかと思うその一瞬に最適なタイミングで、

くい、くい。と手招きしてきた。

俺はカナから目を逸らしつつ歩み寄って……

ぽすっ。

逆らい難い不思議なムードに仕方なくカナの隣に座るのだった。

 

「く……私よりカナの方がいいの……?やっぱり血が繋がってるのとそうじゃないのじゃ差があるの…?」

 

銀華がブツブツとキッチンでお茶の準備をしてる間の今がチャンスだな。

話したい。話さなければいけない。アリアのことを。

だが怖い。

その会話が、俺の憧れの優しいカナを、兄さんを壊してしまいそうで。

 

「……キンジ。単位取れてる?」

 

唐突に処置中、学校の話をふってきたカナの言葉に顔をあげる。

 

「足りない。でもちゃんと仕事を取った、カジノの。カナは心配しなくていい」

 

アリアのことを話さなくちゃいけないのに普通に受け答えしてしまう。

 

「カジノ、カジノねぇ…今後が心配かも」

「?」

 

カナがなぜかチラッと銀華の方を見て、そう呟く。

 

「HSSはちゃんと使えてる?銀華と……その……エッチなことしすぎて抗体ついてない?」

「し、してないし、ついてねえよ!」

 

ヒステリアモードになるようなことはしてるが、まだ…その、子孫を残すようなことはしてない。結構危ない時もあるけどな。

 

「キンジはやればできる子。潜在能力は、私……ううん。たぶん、今までの遠山一族で一番。銀華でリゾナにもなれるんだから、もっとやる気出して」

「ほっといてくれ…その辺の話は…」

「私の名前が聞こえたけど、なんの話?」

 

お茶を持った銀華がカナの分も含めお茶を持ってくる。

 

「お、お前カナに怒ってるんじゃないんかよ…」

「キンジが仲良く喋ってるならいいかなって」

 

見た目は怒ってないようだけど、口調的に銀華はまだカナに何か思うところありそうだな。

 

「それでなんの話?」

「お、おい」

「キンジが銀華でちゃんとHSSになれてるかって話よ」

 

げほっげほっ。

カナの言葉を聞いて、飲んでいたお茶をむせる銀華。

 

「キンジの……エッチ」

「な、なんでそうなるんだ」

 

そんな俺たちの様子を見てクスクス笑うカナ。親戚のおじさんか何かですか貴方は。

 

「そうだ。眠いのを我慢してきたのは、貴女を呼びにきたのよ銀華」

「私……ああ、なるほど」

 

照れて真っ赤な顔を真剣な顔になった、1を聞いて100を知る銀華。だがこれは俺にも少しわかった。

 

「キンジ、銀華をしばらく借りるわね。銀華はここのホテルに来て」

「わかった。私もそこで寝させてもらうよ」

 

俺の推理では、このまま銀華は帰って来ずに夏休みを迎え、実家に帰るだろう。何せ銀華の実家は俺の推理だと………

 

 

 




原作最強キャラの一人のカナには勝てなかったよ…


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第59話:警備

短いけど許して…

注意:ほぼ原作通り、銀華出番なし


俺の予想通り、カナに連れられた銀華はそのまま実家に帰り、夏休みに突入した。

夏休みが始まり約2週間経った7月24日、昼。俺は台場にやってきた。

ここにある公営カジノの警備の仕事で俺の進級に不足している1.9単位を取るためだ。

夏休みなのになんで拳銃ぶら下げ補習任務を受けなくちゃいけないんだ。

俺はどこで選択肢を間違えたのか。それははっきりしている。アリアの辺りだ。

とぼやいても単位が降ってくるわけではない。

青年IT社長に化けチップを受け取った俺は、カジノの中を歩いて警備に回る。ちなみにこの任務は4人用の任務で、俺の他にも同行者がいる。

パートナーだろと言ったら付いてきたアリアと、コガネムシのような虫を見たらやりますと言ってきた白雪、そして風の予感がどうとか言っていたレキの3人だ。

アリアと白雪はバニーガール。レキはルーレットのディーラーだ。

3人とも優秀だが色々問題ある武偵であるので、私服警備なのに問題を起こしていたが、そんな問題など些細に思える問題が起きた。

フロアの片隅から俺の方へ走ってくる人間(?)に、カジノの剥製の間に潜んでいたレキのペット、銀狼ハイマキがタックルした。

 

「!?」

 

なんだあれは!?

その男は異様としか言いようのない姿をしていた。

全身の肌は黒いペンキをカブったかのような黒。そいつは上半身裸で、腰に茶色い短い布を巻いてるだけ。

だけどもそれよりもっとおかしいのは頭。

頭部が人間の形ではないのだ。

あれはアリアが見ていた番組に出てきたジャッカルという犬の頭。

そいつは頭がジャッカル、体が人間というキメラのような身体をしているのだ。

パーティーグッズのようなものではないのは直感的にわかる。

そして、まずいことに手には半月型の斧。

金目当ての強盗には見えない。

ここの誰かを狙いにきたのか?

銀狼ハイマキがジャッカル男に飛びかかり、その勢いでぶち当たったスロットマシンをぶち壊す。

その周囲にはコインが飛び散る中、ハイマキをクビに噛みつかせたまま、ぶんっ!と振り回し、ハイマキを床に叩きつける。

おいおい…!

ハイマキはバイクぐらいの体重があるんだぞ。それを振りほどくなんて。

ハイマキが少しピヨってる間、ジャッカル男はこちらを見て赤い目と斧をギラつかせてきた。

狙いは俺たちか。

 

「あれは人間じゃありません。気をつけてください」

「見りゃわかる」

 

レキの言葉に苦笑いしながら返したあたりで、客たちが逃げる流れを逆走して、一人のバニーガールが駆け上がってくる。

 

蟲人形(むしひとがた)…!」

 

目を丸くして俺と対峙するジャッカル男をそう呼んだのは、男を刺激するような格好をした白雪。

 

「キンちゃん、逃げて!この敵の中身に触れたら呪われちゃう!」

 

なにやらS研的なことを叫んだ白雪は背中に手を回し、刀を抜くような手つきをしたが…

いつものイロカネアヤメはない。

白雪が言うにはジャンヌ戦で封じ布解いたせいで実家に取り上げられて、その後誰かに盗まれたらしい。

イロカネアヤメがないことを思い出した白雪はすぐさま、バニーガールの尻尾からお札を取り出し

 

伍法緋焰札(ゴホウノヒホムラフダ)

 

白雪がそう呟きお札を撒くと--

白雪の前方で横一列に並び、バッ!と一斉に燃え上がる。

ぱちん!と両手の甲を合わせて鳴らすと、それに呼応し、5枚の札が火球となりジャッカル男に……バシュウウウウウウ!

火炎放射器のように炎を浴びせかける。

 

「うっ…」

 

突如吹き荒れる熱風に、俺は身をかがめるが……

 

「あれはおそらく熱に強い。来ますよ」

 

ショートカットの髪を揺らしたレキが、ディーラーをしていたテーブルの裏に隠していたらしいドラグノフを取り出した。

レキの言う通り、白煙から白雪の方へ向かったジャッカル男はダメージを受けた様子がない。

S研の話は専門外だが、超能力には複雑な属性があると()()から聞いている。超能力者には70〜80ほどの種類の属性と相性があるらしいのだ。

その属性とはすごく簡単に言えば、ジャンケン。ある属性にはある属性に弱かったり、全く受け付けなかったりする。今のがそんな感じだ。

 

「来なさい傀儡!キンちゃんには指一本触らせない!」

 

ハイヒールを鳴らし開手で構えた白雪は、相性がわかった上で、敵に挑もうとしているらしい。

 

「「……」」

 

レキも俺もすぐには撃たない。

白雪が俺たちとジャッカル男の間に立っているので、貫通したり外れた弾が白雪に当たる可能性があるからだ。

 

「はっ!」

 

飛びかかるジャッカル男の斧をかわしながら相手の目に向かって二本の貫手--

ガスッ

超反応でそれを避けられ、カウンターの掌底で顎を強打される。

 

「……!」

 

白雪は足を震わせ、壁を背に倒れる。

かくんっと首を前に倒すような倒れ方は脳震盪を起こした倒れ方だ。すぐには立てない。

「白雪!」

 

トドメを刺そうとするジャッカル男に、俺は近接拳銃戦を仕掛けようと踏み出したところを、レキに掴まれた。

そしてテーブルに飛び上がり、片膝立ちしたレキに

 

「キンジさん、肩を借ります」

 

バスウウウンッ!

俺の肩を台座としてドラグノフを発砲した。

ジャッカル男の頭をぶち抜き、ホールの壁に穴を開ける。

今白雪の頭が下がったことで安全な射撃戦が作れたのだ。

頭を撃ち抜かれたジャッカル男は--どたっ。と手足を脱力させ…ざあっ。

溶けるように黒い砂鉄になった。

 

(ど、どういうことだ…!?)

 

砂の中から今度は黒いコガネムシが出てくる。

な、何が起こっている。状況が全く理解できん。だが、考えるより先に白雪の保護だ!

 

「キンジさん、あの虫は危険です」

「危険?虫がなんだっていうんだよ!それより白雪を…」

 

白雪を保護したい俺の袖をレキがしつこく掴んでくる。

一体、なんなんだよ!

黒いコガネムシはレキの視線から逃げるように扉から逃げて行く。

 

「キンジさん」

 

抑揚のない声に振り向くと、レキはドラグノフに銃剣をつけていた。

 

「まず白兵戦で敵を減らしながら場所を変えましょう。ここは狙撃に向きません」

「敵を減らす?」

 

首を傾ける俺がレキの視線を追うと…絢爛なシャンデリアの向こう、ホールの天井に何人ものジャッカル男が張り付いていた。ザッと見ただけで10人はいる。

レキは狙撃手。近接戦闘は向かない。白雪のセーブも必要だ。だが白雪を放っているのを見るに、助けに行ったらそこを狙われるだろう。知性があるってことか。

どうすればいい…どうすればいいんだ。

銀華。

 

バスバスバスバス!

 

2丁の大型拳銃が連射される発砲音。

マズルフラッシュに薙ぎ払われるように天井からジャッカル男が、2、3人落ちて来た。

 

「まーた、こういうやつね」

 

て呆れるような声で言ったのは…ちびバニーガールの……アリア。

ホールに入って来たアリアは天井の敵を撃ちつつホールの中央までずかずか歩いて来る。

 

「ほら、バカキンジ!何、ぼーっと突っ立ってんの!」

 

.45ACP弾を撃ち込まれるのを避けるようにジャッカル男たちは天井の四方八方に逃げて行く。

ウサギとジャッカルの関係逆になってるじゃねえか…。

 

「こういう時は待つんじゃなくて自分から攻めるの!」

 

テーブルを踏み台にし、シャンデリアにしがみついたアリアは

 

「レキ!」

 

ダンッ!ギイン!アリアに呼ばれたレキの銃弾がシャンデリアの金具をかすめ、ぐる、ぐるん。と回り始める。

動く砲台と化したアリアが天井のジャッカル男を撃ちまくる。

ぱらぱぱら。どちゃ。俺やレキの周りには流れ弾や壁の破片、薬莢、ジャッカル男までどんどん降ってきやがる!

 

「お、おいアリア」

 

俺たちが悩んでいた射撃戦とお構いなく撃ちまくるアリア。Sランクでも仲間と合わせることが多い銀華とは大違いだぜ。

アリアが天井から落としたジャッカル男を俺とレキで処理する。

ホールの中央の方へ歩み寄って、周囲を見回すと、ジャッカル男は2体になっていた。

レキがシャンデリアを吊るしている鎖を撃ち、アリアごと落ちて来たシャンデリアに潰され残り1体。

俺たち3人に囲まれた最後の一体は

 

「オオーン!」

 

遠吠えとともに窓をぶち破ってそのまま屋外へ逃亡した

 

「ん、もう。せっかく客を逃したのにゴレムも逃げたらまずいわね」

 

ガバメントにどこからか取り出した弾倉を再装填しながらそう呟く。

 

「ゴレム?この砂人形どものことか?」

「あんたわかんないで戦ってたの?小学生に戻って学んできなさいっ!」

 

日本のどこにバケモノの話を教えてくれる小学校があるんだ。

 

「日本では土偶、埴輪、式神、人形。欧米ではゴレム、ブードゥー。藁や土や紙切れや砂とかでできた超能力で動く操り人形よ」

 

ゲームとかでよくあるやつだな。ボスが護衛として呼び出す下僕。それのようなものだろう。

 

「あんた落ち着いているのね」

「まあ、慣れちまっただけだよ。悲しいことに」

「そんじゃあ」

「やりますか」

 

余裕ありげに笑ったアリアに、ベレッタのコッキング音を鳴らしながら応える。

さあ、追撃戦の準備だ。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「さて、もうそろそろアリア君が撃たれる頃だろう」

 

潜水艦の船内でそう話す若い男。

 

「……本当にアリアをイ・ウーの艦長にするの?」

 

男の前に立つのは紅の少女。

 

「そうさ。緋弾を継承した彼女は僕の後継者にふさわしい。僕の娘の君が辞退した今、彼女しかありえない」

「………」

「どうした、紅華君。少し不満そうだね」

「そんなことはないけど……」

 

言葉と裏腹に紅華と呼ばれた少女は納得がいかないようだ。

 

「前の君ならどうでもよかったはずだろ?なんでそんな反応なんだい?」

「………」

「そんなに彼の気持ちが大事なのかい?」

「……!?」

「ふむ、興味深い。それほど彼のことを君が愛しているとは。だがね紅華君。もし彼がアリア君をリーダーにするのを拒もうと僕に刃向かうなら」

 

男は言葉を一旦区切り、彼女にこう言い放った。

 

 

 

『僕は彼を殺すよ』

 

 

 



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第60話:決別

「兄さん!」

 

俺は目の前に立っている漆黒のコートを羽織った兄さんに声をかける。

海に逃げたジャッカル男を追跡するために、水上バイクに乗り海に出たらアリアが狙撃され、海に落ちた。救助するためにバイクをUターンさせるとそこには先ほどまでなかった宝船が浮かんでおり、その船の船室から兄さんが出てきたのだ。

なぜ兄さんがこんなところに……!

 

「夢を見た」

 

兄さんはカナとは違う…低い男喋りで俺に言う。

 

「長い夢の中で、『第二の可能性』が実現される夢を。だが……」

 

俺を下に見るムードで俺と向かい合った兄さんは

 

「残念だ、キンジ。パトラごときに不覚を取られ、ヒステリアモードを操れないお前には『第二の可能性』はない。夢はただの幻の夢にすぎなかった」

 

長い髪を海風が揺らし、俺を見据えてくる。

 

「わかんねえよ!『第二の可能性』ってなんだ!パトラって誰だよ!なんで兄さんは、アリアを撃ったやつの船に乗っているんだよッ!」

「これは『太陽の船』だ。(ファラオ)のミイラを海辺にあったピラミッドまで運ぶのに使われた船を再現したものだ。それでアリアを迎える。そういうことだろう?パトラ」

 

と兄さんが海に問いかけると

ゴボッ

とまた目を疑うようなものが浮かび上がってくる。

それは古代エジプトで用いられていた王族や貴族を収める聖櫃。

傾いた(ひつぎ)から海水が抜けていくとそこには―――

アリア…!

先ほど撃たれ、ピクリとも動かないアリアが収まっていた。 海面にはもう一つ、柩にかぶせる用の蓋が現れ、それらをそれぞれ片手で持った、先ほどアリアを狙撃した女も浮上してくる。

まるで地面から湧き出すように。

 

「気安く妾の名を呼ぶでない。トオヤマキンイチ」

 

裸と見まごうほどに過激な衣装のおかっぱ頭の美人。ツンと高い鼻。プライドが高そうな切れ長の目。金のイヤリングは大きな輪の形をしていて、額にはコブラを象った黄金の冠。

胸当ては冗談のように細く、その上から黄金の飾りが胸を覆っていた。

 

「1.9タンイだったかの。欲しかったものは高くついたのう」

 

アリアを収めた柩の蓋を閉めて船に投げ、ジャッカル男たちにキャッチさせる。

こいつだ。ジャッカル男を操っていた親玉はこいつに違いない。

 

「妾に下々の事はよくわからんが、タンイとは、金か地位に関わるものなのだろう。それを餌にすれば、ほれ。妾の力が無限大になるピラミッドのそばに、アリアという最高の手土産を持って来よった」

 

当たり前のように水面に立つパトラと呼ばれた女が手の甲で口を隠して嗤いながら、『太陽の船』に上がっていく。

ハシゴも使わず、見えない階段を登るかのように。

 

(こいつもイ・ウーの一味か!)

 

ヒステリアモードではないが、銀華のおかげでそれなりに推理できるようになった俺の頭で、今までの事象が一気に繋がっていく。

俺の単位がどれぐらい足りないかは、武偵高の掲示板で公開されていた。それにぴったりの仕事をこいつが用意し、まんまと俺がそれにかかった。鴨がネギを背負ってくるようにイ・ウーの敵のアリアを連れて。

この女はジャッカル男などを見るに砂使い。

単位不足を補う任務にはたくさんの砂の盗難事件があった。あれもこいつがやったのだ。

 

「そういえば、誰も殺しておらぬ」

 

振り向いた女はこっちに一歩だけ踏み出した。

 

「祝いの生贄がないのはちと寂しい。お前。ついでじゃ死ね」

 

女が見えないピアノでも弾くかのように指を動かし始めた。

何だ…?

俺の身体が汗ばんできた。水蒸気のようなものが体中から上がる。これは何だ?

 

「パトラ。それはルール違反だ」

 

兄さんの声で、俺の体から上がる湯気が止まる。

 

「何ぢゃ。妾はイ・ウーを退学になったのじゃ。ルールがなにじゃ」

「そうか。パトラは紅華を怒らせたいのか?」

「そ、それはじゃな」

「お前が紅華とともにイ・ウーの頂点に立ちたいのは知っている。無駄な殺しを良しとしない紅華の不興を買っていいのか?」

「紅華は妾と仲がよい。一人殺したぐらいで紅華が妾のことを怒る事などあるまい!」

「そんなんだから、お前は紅華のパートナーに選ばれなかったのだ」

「わ、妾のことを侮辱するか!今のお前なぞ、ひとひねりぢゃぞ!」

 

パトラはカジノ・ピラミディオンを指差しながら、目を釣り上げた。

 

「そうだな。お前とここで戦うのは得策ではない」

「そうぢゃ!今の妾の力は無限大。だから殺させろ!でないと…お、お前を柩送りにするぞ!」

 

怒りながらも仕掛けないパトラに兄さんはすっと詰め寄り、パトラの顎を右手の人差し指で上げさせると--

 

「--!?」

 

いきなりキスした。

パトラは抵抗しようとして、胸を押し返そうとしたが止めた。

そして、ゆっくりと目を閉じ、全身の力を抜いてしまう。

力を抜いたパトラを兄さんは左腕で腰を抱え支えてあげていた。

 

「あれは俺の弟だ。これで赦せ」

 

少し絡んで乱れたパトラの髪を指で直しつつ、兄さんが言う。その兄さんからは先ほどとは一味違うオーラが漂い出す。

あれはヒステリアモード…!

兄さんは女性を傷つけるような形でヒステリアモードにはならないという不文律があったはずなのに―――

……ああ、そういうことか。

顔を赤くしているパトラを見て、わかったよ。俺にキスされた銀華にそっくりだ。

 

「妾を使ったな。好いてもおらんくせに」

「打算でこんなことができるほど、俺は器用じゃない」

 

そう言われたパトラは胸を抑え、すーはーと大きく深呼吸をする。

今の反応を見るにパトラは兄さんのことが好きなんだ。そして兄さんも。

銀華と俺も最初あんな感じだったしな。

ドクンッ!

身体の芯に血流が集まる感じがする。

さっき水上バイクでアリアと接触してもならなかったのに、銀華とのキスを思い出してヒスるか。俺って意外と一途なんだね。

 

「な、何にせよ。妾はそのお前と戦いとうない。勝てることには勝てるが妾も手傷は負いとうないからな」

 

と言い、ぽい。兄さんに何かを投げ渡しつつ--ザブン。

と海へ逃げ込んでしまった。

後方のデッキからはアリアを収めた黄金櫃をジャッカル男たちが持ちパトラを追う。

水面下に沈む柩を追おうとした俺を

 

「止まれ!」

 

兄さんが一喝した。

……

動けない。

アリアを助けたいのに…身体が金縛りのように制止させられてしまう。動けば銃弾が脳天を貫く。今の兄さんはやりかねない。それが本能的にわかる。そういう声だった。

 

「緋弾のアリアか--。儚い夢だったな」

 

俺と兄さんが残された洋上にそんな声が響く。

 

「緋弾の…アリア?」

 

なんなんだそれは。

わからない。

だが…アリア。

その名をあんたが呼ぶな。

アリアをあんな目にあわせてあんたがその名を呼ぶな!

 

「兄さん!あんたが助けてくれればアリアは……アリアは…」

「アリアはそういう運命にあったのだ。俺は看過しただけだ」

「詭弁だろ!アリアはあんたのせいで死ん…」

「まだだ」

 

そう言って、兄さんはさっきパトラに渡されたガラス細工を取り出す。

それは球場のガラスの中にあり止まらないようになっている砂時計。

 

「まだ死んでない。アリアが撃ち込まれたのはパトラの呪弾。あと24時間生きている」

「!」

「パトラはその間に、イ・ウーのリーダーと紅華。二人と交渉するはずだ。それまではアリアは生きている。だがそれまでだ。パトラの交渉結果がどうであろうと『第二の可能性』はない。ないならアリアは死ぬべきだ」

「兄さんはアリアを見殺しにするのか、あんたは…いったいイ・ウーで無法者の超人どもに何をされたんだ!」

「無法者、か」

 

叫んだ俺に兄さんは静かに目を閉じた。

 

「イ・ウーは真の意味で無法。世界の法も無意味と化し、内部にも一切法がない。つまりメンバーである限り、何にも縛られず自由なのだ。好きなだけ強くなり、自らの目的を好きな形で実現して構わない。その障害として誰かが前に立ちふさがるなら、殺しても構わないのだ」

 

嘘…だろ…!

イ・ウーが誰を殺しても問題ない、バラバラの目的を持った集団だなんて。そんな組織、すぐ内部で潰し合いが起きて存続できるわけがない。

 

「イ・ウーのリーダー『教授(プロフェシオ)』がその無法者たちを束ね続けてきた。彼という絶対的なリーダーがいたからこそ、イ・ウーは存続できたのだ。しかし、その時間はもう終わる」

「終わる…?」

「リーダーが死ぬのだ。寿命によってな」

 

ここから先は覚悟して聞けという風に、殺気のこもった目を俺に向けてくる。

 

「キンジ。イ・ウーはただの超人育成機関ではない。彼らは核武装し、超能力をも備えた、いかなる軍事国家も手を出せない戦闘集団なのだ。その中には主戦派(イグナテイス)と呼ばれる世界征服を本気で企む奴らもいる。今のリーダーが死に奴らが主権を握れば、彼らはイ・ウーの力を思う存分操り、世界を火の海に変えるだろう」

 

世界征服…?

そんなことを本気で考えているのかイ・ウーは。

 

「だが、イ・ウーにはそんな未来を良しとせず、純粋に己の力を高めようとする者たち--研鑽派(ダイオ)と呼ばれる一派もいる。彼らは教授の死期を知ってから、イ・ウー存続を目指し、次期リーダーを探し始めた。教授や主戦派のリーダーと同じ、絶対無敵の存在になり、無法者を束ねられる者をな。そして白羽の矢が立ったのがアリア」

「アリア…?」

「アリアはイ・ウーの次期リーダーに選ばれたのだ」

 

アリアが……

親の仇のイ・ウーの…リーダーに、選ばれた…?

どういうことなんだ?

 

「アリアをイ・ウーへ導く。その素質がない、弱いとわかったなら殺して次のリーダーを探す。それが研鑽派の合言葉だ」

「アリアをそんな強引な方法で攫ったって言いなりになるわけがない!」

「いいや、アリアは教授に従う。絶対にだ」

 

確信を込めて言い切った兄さんに、俺は何も返せない。再びこっちを見た兄さんの目には深い悲しみの色があった

 

「すまなかった、キンジ。何も教えてあげられなくて。俺はイ・ウーを滅ぼすために表舞台から消え、奴らの眷属となったのだ」

 

…!?

 

「そこで俺は奴らを殲滅する道を模索した。そして見つけた方法が『同士討ち(フォーリング・アウト)

 

『同士討ち』

それは、武偵が強大な犯罪組織と戦う時に用いられる方法で、組織を内部分裂させ、構成員同士で戦わせて弱体化を図るものである。

しかし、それは危険な戦術で、失敗すれば確実に殺される。

 

「イ・ウーを内部分裂させる--それにはまず、奴らを従えるリーダーがいてはならない。故に俺はリーダー不在の状況を作り出せる可能性を探した。俺は『ある作戦』を用い、リーダー最有力候補だった主戦派の元リーダーを辞退させ、二つの可能性を導き出した。『第一の可能性』は、教授の死と同時にアリアを殺し、イ・ウーが新たなリーダーを見つけるまでの時間を作ること。そして、『第二の可能性』、それは今のリーダー、教授の暗殺」

 

兄さんが口に出していた『第二の可能性』とは…

イ・ウーを崩壊させる可能性のことだったのか…!

 

「すなわち、『第二の可能性』の向こう側では、イ・ウーの教授、そしてその娘の紅華との戦いが待っている。回復役のクレハを倒さない限り、教授を倒すことはできないからな」

 

クレハ。

紅鳴館でメイドのふりをしていた少女で実際はイ・ウーの魔女で医者。

そして、もう一つの顔は……

 

「俺は長い夢の中で、()()()()もしやと思い…『第二の可能性』に賭けるつもりだったのだが、その賭けに負けたようだ」

「……」

「お前は未熟すぎた。パトラごときに不覚を取るようでは教授どころかクレハにも勝てまい。『第二の可能性』がないなら俺は『第一の可能性』に戻るまでだ」

 

つまりアリアの殺害。リーダーの死と同時にアリアを殺すということだ。

 

「兄さん、あんた、武偵のくせに人を殺すのかよ…!命を犠牲に事を収めるつもりなのかよ…!」

「キンジ。俺は武偵であると同時に遠山家の男だ。遠山一族は、義の一族。巨悪を討つためには人の死は避けては通れない。覚えておけ」

 

話は終わり、という風に背を向けると太陽の船が端から崩壊し砂に戻っていく。

兄さんの姿が砂の霧で少しずつ見えなくなる。

兄さん!

どこに行くんだ。

イ・ウーに行くのか。

そこでアリアを…

 

「帰れ、キンジ」

 

こっちに振り返る事なく言った兄さんに唇を噛む。

 

「世の中には知らない方がいい場合もある」

 

兄さんは俺をイ・ウーから遠ざけ、何かを隠そうとしている。

 

『ある作戦』

兄さんの失踪。

クレハ。

 

ヒステリアモードの頭で点と点が繋がって行く。ああなるほど…だから怒ってたんだな、

だが今は関係ない。これは俺とあいつの問題だ。今考えなきゃいけないことはそこじゃない。

兄さんは今、巨悪を討とうとしている。

そのためにアリアが殺されようとしている。

俺は決めなくてはいけない。

兄さんに従う正義の道か、アリアを守るパートナーを助ける道。

どうする。

どうするよ俺。

ここが運命の分かれ道だ。

誰も答えを教えてくれない。俺自身が決めるしかない。

銀華ならどうするか?銀華に見せられる俺はどっちなのか。そんなの決まっている。

 

「帰れキンジ。お前まで死にに行くことはない。犠牲はアリア一人でいい」

 

アリア。

俺はその言葉に弾かれるように水上バイクのアクセルを引いた。崩れゆく太陽の船にフルスロットルで近づく。

 

「待て!兄さん!」

 

砂でほとんど視界が取れない状態の中、バタフライナイフを片手で開き、太陽の船に突き刺した。

投げ出される勢いで水上バイクから離れ、ナイフを頼りに太陽の船の甲板までよじ登る。

崩れゆく甲板の上で兄さんが振り返った。

その眼光が怒っている。

人間の物じゃない。まるで鬼か龍のようだ。

兄さんは本気の本気で俺に対して怒っているのだ。

今まで兄さんが俺に怒ったのは、俺が自分の身を危ない目に晒した時だけ。

だが、負けるものか。

もう一線を超えてしまった。

どうなるかわからない、一寸先すら見えない砂塵の壁を。

 

「兄さんはわかってるんだろ!」

 

ナイフを収めつつ、俺も兄さんを睨みつける。

 

「自分が間違っているということぐらい、わかってるんだろ!兄さんは自分の本当の気持ちをごまかしてる。弱い自分をごまかしている。義があるんだったら、誰も殺すな!誰も死なせないで誰もを助ける。それが武偵だろ!」

「キンジ。それは俺が100万回考え100万回悩んだ事なのだ。義というものが本当にそうであれば、どれだけいいのか。俺が()()()()を既に傷つけたように犠牲が伴われる事もある。いや伴われる方が多いのだ。お前もそれを解れ」

「そんな方法で世界が守られていいのか!」

 

兄さんに逆らうということはアリアを助けるという事。攫われたアリアを助けるには兄さんを。パトラを。そして教授とやら、そして()()()も相手にしなくちゃいけないかもしれない。

だがなんだ。アリアを助けるついでに自分の義父に挨拶に行けると考えればいいんだ。その道が少しばかり険しいだけで諦めてたまるか。

 

「キンジ。お前はたった一人の家族に逆らうつもりか」

「俺には銀華がいる。兄さんだけじゃない」

「……」

「憧れていた、昔の兄さんはもういない。今の兄さんは、俺の知ってる兄さんじゃない。正義だのイ・ウーだのもう関係ない」

 

俺はホルスターからベレッタを抜く。

 

「兄さん。いや元・武偵庁特命武偵、遠山金一!俺はお前を殺人未遂の容疑で逮捕する!」

 

俺に銃口を向けられた兄さんは静かに目を閉じる。

 

「いいだろう。俺もまだ一つ、確かめていないものがある。お前のHSS」

 

HSS。ヒステリアモード

 

「それはさっき俺たちの行為を見て、銀華と接触した時のことを思い出してなったものだな」

「それがなんだっていうんだ…!」

「じゃあ、見せてみろ。この船が沈むまで、もう一度だけお前を試す。お前もどうやら気づいているようだし、今一度、お前と()()()の絆に賭ける」

「この船が沈むまで、もう一度だけお前を試す。お前もどうやら気づいているようだし、今一度、お前と()()()の絆に賭ける」

 

兄さんは銃を抜かない。

いや違う。もう既に構え終わっているのだ。

無行の構えは『不可視の銃弾』

 

「兄さん。昔、ジョン・ウェインの西部劇映画を一緒に見たよな。その技の原型を」

 

俺がそう言うと兄さんは僅かにその目を開いた。

ヒステリアモードの記憶力は、銀華とアリアと戦った時の記憶をプレイバックさせる。

兄さんの銃声を思い出すに、兄さんが使っている銃はピースメーカー。

名銃だが、19世紀前半に開発された博物館においてあるような銃。現代武偵が使う武器じゃない。

じゃあなぜ、兄さんはその銃を使っているのか。そして答えは出た。

コルトピースメーカーは、拳銃史上で1,2を争う、早撃ちに適した銃。

ほとんどの面では近代的な自動式(オートマチック)拳銃の方が有利だが、早撃ちという曲芸だけを見れば、回転弾倉(リボルバー)式の方が有利なのだ。

その銃を使い、人間を遥かに凌駕した反射神経で、目にも留まらぬ速さで発砲する。

それが『不可視の銃弾』のカラクリだ。

 

「さすが俺の弟だな。この技を見抜いたのは二人目だ。銀華と婚約したのは正解だった。お前はヒステリアモード以外でも自分の力を伸ばしている」

 

そう言いながら兄さんは爪先を動かして構えなおした。来るぞ!

 

「だが、見抜いたからなんだというのだ。お前の戦闘技術は全て俺と銀華から教わったものだ。俺は本気の銀華に1vs2でも負けなかった。そんなお前が不可視の銃弾に対応できるのか?」

 

退くな。

ここまで来たんだ。考えろ。

無いなら作れ!

今ここで!

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

私はイ・ウーのベットに寝転がり、天井を眺めながら考え事をしていた。

 

(もうすぐか……)

 

もうすぐキンジがイ・ウーに来る。

私はイ・ウーの紅華として対面しなくてはならない。

 

(やっぱり…それしか無いよね……)

 

何回と考え何回と悩んだ結果それしか見つからない。今の私はイ・ウーの紅華、キンジはイ・ウーの敵、そして父さんの言葉。

 

「キンジ、私はあなたを倒すよ」

 



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第61話:救出への決意

今回まで原作通りです




兄さん。

俺はそう呟き、目を覚ました。

ここはどこだ…?ベッドに横になっていたが、ここは見たことがあるぞ……車輛科の休憩室だ。

 

「キンちゃん?」

 

耳元から聞こえた白雪の声。

体を起こすと、巫女装束姿の白雪が林檎を剥いていた。

 

「白雪…?」

「キンちゃん!桟橋に倒れてるのを見つけたときは本当に心配したんだよ!目が覚めて…本当に…よかったよぉ…」

 

そうか…俺は崩れゆく砂嵐の中で…海に転落したはずなのだが…兄さんが助けてくれたんだ。

兄さんと俺の対決は俺が勝った。兄さんの『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』を『銃弾撃ち(ビリヤード)』の応用技の『鏡撃ち(ミラー)』で防ぎ、兄さんの愛銃のピースメーカー破壊したのだ。

そのことを思い出していると俺の口に

「キンちゃんまずは栄養。食べて食べて!」

リンゴのウサギを詰め込んできた。し、死ぬぅ。

俺は白雪のウサギの大行進を避けるために顔を背け、ハッと我に返る。

壁の時計は午前7時を示している。

アリアが撃たれたのは昨日の18時。もう既に13時間経ってしまっている。兄さんの話が本当ならあと11時間しかない。

急がないと…

しかしどうすればいい。

どこに行けばいい。

 

「アリアは攫われたんだ。でも…どこに!」

「海」

 

俺がガシガシ頭をかいたのを見て白雪が呟いた。

 

「海?」

「アリアがいる場所を占ったの」

「北緯43度19分、東経155度03分の太平洋上。理子がアリアに付けといたGPSも同じことを言ってるよキーくん」

 

いつの間にか現れた理子がノートpcを片手にドアの前に立っていた。

 

「目が覚めたか遠山」

 

その横からはセーラー服姿のジャンヌが松葉杖(デュランダル)をつきながら現れる。

 

「二人から聞いたよ。イ・ウーのパトラっていう超能力者にアリアは攫われたんだよね」

 

深刻そうな白雪の声に頷きながら、理子とジャンヌに問いかけるような目線を向ける。

 

「カナから私たちに連絡があったのだ。遠山、ついて来い(フォロー・ミー)

 

松葉杖のジャンヌに合わせつつ歩き、俺たちは車輌科の階下に降りていく。

 

「イ・ウーでカナは私たちの上役だったのだ。私たちはカナを心の底から敬愛している。どんな協力でもすると伝えたが、カナは3つのことしか喋らなかった。1つ目はアリアがパトラに攫われたこと。2つ目はお前に話したイ・ウーの内容。最後は、お前に自分が破れたこと…」

 

兄さん…

 

「私と理子はイ・ウーから脱離敵対したわけではない。だから話したくはないのだが、もう今更だ。パトラの呪いについて教えておく」

「呪い?」

「これもこれもそう」

 

眼帯をしている理子が眼帯とジャンヌの松葉杖を指差しつついう。

 

「理子はスカラベに呪いをかけられ、右目が見えない。私のこの足もスカラベのせいだった。私としたことが気づくのが遅かった」

 

白雪の説明によるとスカラベはパトラの使い魔らしく、魔力を運び、相手に呪いをかけるらしい。パトラ…スカラベ…ジャッカル男……もしかして

 

「ジャンヌ。もしかして、パトラは…」

「そうだ。奴はクレオパトラの子孫。奴自身はクレオパトラ7世の生まれ変わりと称しているがな」

 

クレオパトラ。

古代エジプトの王女。

リュパン、ジャンヌダルク、ドラキュラときてクレオパトラか。なんでもありじゃねえかもう。

 

「パトラはイ・ウーの厄介者なのだ」

 

エレベーターに乗り込み地下の2階ボタンを押しつつジャンヌがそう言い、俺白雪理子もエレベーターに入る。地下2階は車輌科のドックだ。

 

「厄介者?あいつはお前たち、イ・ウーの仲間じゃないのか?」

「もともとはそうだったよ。ブラドより上のナンバー2だったんだけど、素行が悪すぎて退学になったの」

 

自分も退学になった理子が教えてくれる。

 

「パトラは誇大妄想のケがあって、自分は生まれながらにして覇王(ファラオ)だと思い込んでる。そのパトラを上手く手綱を取ってたのがこの前会ったクレハ・イステル。でも最近のクレハはイ・ウーの席を空けがち。だからパトラはクレハを再びイ・ウーのリーダーにすることでイ・ウーに連れ戻し自分と一緒にいる時間を多くし、なおかつ自分の王国を作るために世界征服しようとしてるんだよ」

「お、おい。世界征服って…そんなことが…」

「いるんだよ。イ・ウーには。パトラの他にも何人か。その人たちは世界征服すると同時にクレハも手に入れたいと思ってるんだよ。それぐらいの力がイ・ウーとクレハにはある」

「遠山。私たちはパトラをイ・ウーのリーダーに置きたくない」

「でも、今のままだとなっちゃうかもしれない」

 

そう二人が言い終わるとエレベーターは車輌科のドックで停止した。

エレベーターホールには、ベンチに体育座りしているレキとその横で伏せている銀狼がいた。俺たちの姿を見たレキは横にあるアタッシュケースを持って立ちあがる。

 

「キンジさんはアリアさんを救出しに行くのですね」

 

なんとなくわかる。皆俺がアリアを助けに行くと思っているらしい。だからどこかへ案内しようとしている。

 

「仲間がやられて黙ってられるかよ」

 

レキの問いに俺は頷いた。

 

「では、これを」

 

レキが持っていたアタッシュケースには俺が強襲科時代使っていたB装備とベレッタキンジモデル。そして兄さんから貰ったバタフライナイフが収められていた。

よかった。これでちゃんと力を発揮できるぞ。

 

「これもキンジさんに」

 

レキが渡して来たのは兄さんがパトラから渡された小さな砂時計。

おそらくこれがアリアの死までの時間を表しているのだろう。

なるほど…。

これは兄さんの挑戦状か。

--やってみろ。

自分を倒した俺に、そういうことなのか兄さん。

 

「お前はこないのかレキ」

 

装備を整えながら尋ねると、レキは首を横に振った。

 

「行けるのは2人。キンジさんと誰かです。相手が超能力者なのと状況を考えると、白雪さんが適任です」

 

どうやら俺が倒れていた間に、アリア救出要員の相談は済ませていたっぽいな。しかし、

 

「行けるのが2人っていうのはどういうことだ?」

「すぐにわかる。こっちだ。装備が終わったらこい」

「キーくんこれ」

 

扉の前で俺に背を向けているジャンヌと俺に向かって何かを差し出す理子。

それはアリア用の防弾制服、それも新しい夏服だ。

成功しろ。絶対に武偵高に連れ戻せという意味だろう。

 

「アリアは理子の獲物なんだから--死なせちゃ、がおーだぞっ」

 

頭に指でツノを作って見せた。

 

 

 

初めて来た車輌科のドックは海水の匂いがする。なぜならここは海から水を引き、小型船舶の整備ができるようになっているからだ。

 

「キンジ!」

 

ある程度進んだところにある第7ブリッジで、油まみれの武藤が頭を上げた。

武藤が整備しているのは白黒に塗装された魚雷かロケットのようなもの。

 

「これはオルクス。私が武偵高への潜入に使ったものだ。元は3人用だが武藤の改造により2人乗りになった。武藤によると170ノット出せるらしい」

「これ作ったやつは天才だな。元は海水気化魚雷(スーパーキャビテーション)だったんだろうなこれ」

「スーパー?なんだそれ」

「詳しい説明をしている余裕はない。簡単に言えば超スピード魚雷から炸薬を下ろし、人間の乗るスペースを作ったものなのだ。オルクスは」

「だがよ。2000kmも走らせるのは燃料積めるだけ積んでも片道分しかないぜ。何かで迎えに行くとは言っても、自力では帰ってこれねえぞ」

 

と俺の方を見た武藤はこの事件の裏事情を知っているようだった、

 

「武藤。聞いたのか?俺たちの」

「お前、ほんっと鈍感だな。俺たちが何も知らないとでも思ったのか?お前、それに北条さんを見たらわかるんだよ。お前があぶねえ橋を渡って来たってぐらい」

 

バカにすんなと、小突いて来た武藤の後ろ、潜航艇のハッチから

 

「みんな薄々気づいてたよ。武偵だもん。でもね、危ない橋の一つや二つみんな渡ってるからね。武偵憲章4条--武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事。だよね?だから僕たちは陰からしか心配することしかできなかった。僕はやっと手伝える時が来て嬉しいんだよ、遠山君」

 

武藤の手伝いをしてたらしい不知火がイケメンスマイルを俺に向けてくる。

お前ら…何も聞かず、手を貸してくれたんだな。

 

「ありがとう…」

 

俺はそれだけを言った。

みんなの思いに応えてみせる。

俺は絶対アリアを救ってみせる!

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「紅華君、もうすぐだよ」

 

私はその声を聞いて、部屋を出る。

通路にコツコツと鳴り響く、私の足音。

それ以外の音はない。

 

「どうやら覚悟は決まったようだね」

「ええ」

 

私の心を読んでくる父さん。

私の気持ちは固まっている。

 

「さあ、行こうか」

 

私と父さんは艦橋に向かう。

 

(キンジ……)

 

私はその気持ちをしまいこむ。

何せ私は…

 

イ・ウーの紅華なのだから。




ちなみにパトラ戦はカットです(無慈悲)


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第62話:繋ぐ未来

「アリア、無事で本当に良かったよー!」

 

などと言いながら白雪がアリアに抱きついている。当のアリアはパトラを退けた時の記憶がないのか、何が起こったかわからないようだ。その光景を見てカナは、クスクス笑っている。

まあ…色々あったが、パトラは棺桶に閉じ込めて逮捕した。一件落着だな。

あとは武藤たちが迎えに来てくれるのを待つとしよう。

俺は先ほどまで光っていたバタフライナイフを見て、息をついた時

 

--ハッ

 

とカナが海の方へ振り向いた。

そのまま無言で海原を見つめているカナの横顔は真っ青になっている。

初めて見るぞ。カナのこんな表情は。

 

「キンジ、早く逃げなさい!」

 

カナが叫び声をあげる。どうしたんだカナ。

あんたがそんな声で俺に叫ぶなんて、そんな取り乱すなんて、今までなかったじゃないか!

 

「逃げるのよ!急いでここから撤退しなさい!」

 

待て!待て!俺たちは撤退も何も小舟一つもないんだ。それがわからないぐらいカナが混乱している。パトラですら圧倒していたカナが。必死になっている。

 

「キンちゃん…」

 

次に異変を感じ取ったのは白雪。

 

「何かが来る。怖いよ…!」

 

自分の体を抱きしめるようにして膝をつきながら震えている。

俺も異変に気付いた。

おかしい。

さっきまで船の周りにはシロナガスクジラの群れがいた。しかし今は一頭もいなくなっている。いや、それだけじゃない。鳥も魚の気配もない。

次に起こったのは振動。今俺たちがいるアンベリール号、いや海全体が震えている。

 

「キンジ、あそこ!」

 

こういう事態にこそ勇敢さを発揮するアリアが舳先へ立ち、海面を指差した。

アリアの指が指す方、アンベリール号の前方数百メートルほどの海面が盛り上がっているのだ。

そんなバカな!

 

ザアアアアアアア

 

姿から滝のように海水を払い、俺たちに盛大に水しぶきをかぶせる。シロナガスクジラの10倍はあろうかという人工物が、俺たちの目の前でターンしていく。

なぜ人工物かとわかったといえば、巨体に書かれた『伊U』の二文字。

『伊』『U』

ヒステリアモードの頭がその文字を見て点と点をつなぎ合わせる。そういうことか!

 

--伊。それはかつて日本で使われていた潜水艦の暗号。

 

--U。これも、ドイツで用いられた潜水艦のコードネーム。

 

イ・ウーの正体は『伊U』。この潜水艦だったのだ!

大きくターンして俺たちに横っ腹を見せ付ける潜水艦は……俺でも知っている。

 

「ボストーク号…!」

 

以前武藤がプールで模型を作っていた史上最大の原子力潜水艦。

 

「知ってしまったのね。これはかつてボストーク号と呼ばれた戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。出航直後に行方不明になったけれど…沈んだんじゃない。盗まれたのよ。世界最高の頭脳を持つ『教授(プロフェシオン)』に…!」

 

ターンを終えた、ボストーク号--原潜、その艦橋に立つ男を見て

 

「やめてください、『教授』!この子たちと戦わないで!」

 

俺たちを守るように俺たちの前へ出るカナ。

 

ビュ!

 

声もなく、音もなく。

カナが見えざる手に殴られたように跳ねる。

そのカナの体を受け止めた時、雷のような銃声が響いた。

カナを支える手からは熱い血の感触。

うそ…だろ?

 

「カナ!!」

 

血が、カナの胸から血が出ている。それも防弾制服の上から。

おいおい。あの男は動くそぶりを全く見せていなかった。

『不可視の銃弾』、それを狙撃銃でやったってことなのかよ!?

カナを抱いた俺の目の前に、やっとその男が見えて

 

「……!?」

 

あれは…!

 

「あ、あなたは」

 

右手に持った古風なパイプ、左手にはステッキという英国紳士と言えるような風貌。

写真のようにハンチング帽はかぶっていないが見間違えることはない。武偵の祖とされ何度も教科書で見た。

 

「曾、おじいさま…!?」

 

そう、アリアの曾祖父。

シャーロックホームズ1世だったのだから。

その横から出てきたのは可愛らしい服に身を包み、頭に紅の百合の花を飾った紅の少女。

 

クレハ・イステル。

 

イ・ウー最強の男(シャーロック・ホームズ)世界最強の魔女(クレハ・イステル)

考え付く限り最悪の状況だが、最高の相手でもある。

 

「カナ!カナ!」

 

俺は腕の中のカナに叫ぶも、力が抜けて行くのがわかる。

認めたくはない。

だが認めざるを得ない。

カナは心臓を撃たれたのだ。

カナは武偵高の制服を着ていたのに心臓を抜かれたとなると、使われたのは(アンチ)-TNK弾。

理論上作成可能とされているが、国際的に開発が禁止された装甲貫通弾だ。

 

「キンジ…これを…」

 

ヒステリアモードが解けてしまったのか、カナ…いや兄さんが俺に何かを渡してきた。

それはパトラが隠していただろうアリアの白銀と漆黒のガバメント、その弾倉、そしてこれは法化銀弾(ホーリー)…!?

法化銀弾とは純銀でできた銃弾でアンチステルス弾として知られている。しかしその分値段も高く、購買では目玉が飛び出るような値段で売られていたはずだ。なんで兄さんは俺にこれを…?

それを受け取った俺は振り向くと、アリアはアンベリール号の舳先で立ち尽くしていた。

 

「何してんだアリア!俺たちは撃たれてるんだぞ!」

 

俺はカナを抱えたままアリアの細い腕を掴み強引に引っ張ると、アリアはぺたんと尻餅をついた。

その視線は焦点を結んでおらず、空を見ているだけ。

わからないこともない。カナを撃ったのは、武偵の祖、アリアが完璧な人と称し、いつも写真まで持ち歩いていた自分の曾祖父、シャーロック・ホームズだったのだからな。

アリアのホルスターに拳銃をねじ込み、船の落下防止柵を遮蔽物にしながら海を睨みつける。

イ・ウー。

どこの国も手を出せない超人を作り出す組織。

アリアに罪を着せた無法者の組織。

そして……俺の大切な人の大切な場所。

そいつが俺たちの前に浮上している。

どこの国も手が出せないわけだ。

移動するアジトなんてさすがに思いつかない。

広大な海に潜む原子力潜水艦。

俺の脳裏に武偵殺しのハイジャック事件がよぎる。

あの時、俺たちが乗っていた飛行機はどこからともなく飛んできた対空ミサイルによってエンジンが破壊された。

あれはイ・ウーからの攻撃だったのだ。

 

「……!」

 

そして俺の目がそれを捉えた。

捉えた時にはもう遅い。

海中を白い航跡が迫ってきている。

あれは魚雷!?

 

「え…?」

 

アリアが理解できないといったような声を上げた時、2つの爆音と共に船底から激震が走る。

水中が飛沫となって俺たちのいるデッキを襲う。

 

「きゃああああ!」

 

背後から聞こえる白雪の悲鳴。

 

「白雪!」

 

振り返った先には横転したパトラの黄金櫃にしがみつくように、なんとか姿勢を保つ白雪がいた。

 

「大丈夫だよ、キンちゃん!今のは…!?」

「恐らくMK-(マーク)60対艦魚雷(シックスティ)だ!イ・ウーが撃ちやがった!」

 

パトラが自沈させようとしていた船は今ので完全にとどめを刺され沈没しつつある。

火災、浸水。ここにいても助かる見込みはない。早く退避せねば!

 

「白雪、船尾側には救助ボートがあるはずだ!それを下ろせ!」

 

と、ヒステリアモードの俺がこの船、アンベリール号の構造図を思い出しながら俺が命じると、白雪はデッキの後部へ走って行く。

次の瞬間

 

「キンイチ!!」

 

ビキニみたいな姿のおかっぱ頭、パトラが柩から飛び出してきた。

そしてパトラは俺を裸足で押しのけ、兄さんに飛びつく。

 

「お、おい」

「キンイチ、ああ、キンイチ…」

 

涙目のパトラが兄さんの銃創を抑えるとその手が青白く光り始める。その光景からわかるが、パトラはどうやら人の傷を治す超能力的な技を持っているらしい。

しかし、厳しい表情から察するに、パトラの魔力の源であるピラミットがないとなると、兄さんの致命傷は治せるかどうかはわからないぞ。

--だが、今はパトラを拘束している場合ではないな。

イ・ウーの後部の艦橋から、2人が甲板に降り立ち、全長300mはある原子力潜水艦を歩きこちらに近づいてくる。

 

(来る……!あいつらが…!)

 

イ・ウーのリーダーで1世紀前のイギリスの英雄、シャーロックホームズ。世界どころか時空を股にかける男。

そして、あんたは俺の…

 

ごすん…という低い音とともにどうやら海面下でイ・ウーと接舷したらしいアンベリール号。

その舳先は大きく火災を起こしている。

どうやってここまで来るつもりだ?

その疑問をシャーロックホームズは俺の目の前で解決した

 

(これは…氷!)

 

無数に宙を舞っている微細に光る物は氷…ダイヤモンドダストだ。銀氷の魔女、ジャンヌダルクが使っていたのと同じものが黒煙と火炎に混じり空気中を飛び散っている。

その銀氷を2人は身にまとい、こちらに歩いて現れた。

なるほど、そういうことか。

ブラドと同じように100年以上生き、兄さんの技を使い兄さんを倒し、ジャンヌの魔法を使いここへ近づいてくる。

イ・ウーとは能力をコピーし合う超人集団。ならば全員の力を持った完成形が存在するはずだ。そいつが最強に決まっている。

それがつまりイ・ウーリーダーのシャーロック・ホームズってことか!

 

「もう会える頃だと()()()()()()()

 

何気ないシャーロックの一声。

その言葉に俺の全細胞が硬直する。

こいつも違う。

格が違う。

カリスマとでもいうのだろうか。

俺たちとは明らかに違うオーラを漂わせている。

 

「卓越した推理は予知に近づいていく。僕はそれを『条理予知(コグニス)』と呼んでいるがね。僕はこれを全て知っていた。だから当然遠山金一君の胸の内も推理できていた」

 

答え合わせをするような態度でシャーロックは瀕死の兄さんにそう告げる。

兄さんは声にならない声で『だろうな』と喀血した。

 

「さて、君は僕のことをよく知っているだろう。これは決して傲慢ではない。なにせ僕という男はいやというほど、書籍や映像媒体で取り上げられているのだからね。しかし、紳士として自己紹介はしなくてはならないのだ」

 

昔の誰かを思い出させるような回りくどい言い方をしたシャーロックは一拍おき

 

「初めまして。僕はシャーロック・ホームズだ」

 

名乗った。そうだろうな。この感覚は偽物じゃない。

 

「そしてもう1人紹介しなくてはいけない人がいる。君たちは初対面ではないがね。クレハ・ホームズ・イステル。僕の()だ」

「私の忠告は聞き入れられなかったようね…」

 

残念だという顔を浮かべるクレハ。

それに対してアリアは驚愕の色を示す。

そりゃそうだろう。

こんな小さい子が自分の大叔母なんだから。

 

「アリア君、君はホームズ家の淑女に伝わる髪型をきちんと守ってくれているんだね。それは僕が君のひいお婆さんに命じたんだ。いつか君が現れることを推理していたからね」

 

アリアのツインテールを見ながら、シャーロックと自分はツインテールではないクレハがまるで子供に接するような気安さで武装した俺らに近づいて来た。

本能的に俺がベレッタの銃口を僅かに持ち上げた。

 

「動かない方がいいよ。()()

 

こちらを見ずに放たれたその言葉に俺の体が硬直した。

肌が切られたかのように感じる圧力。

それと同じかそれ以上のものを持つシャーロック。

なんだこれは…

これがホームズなのか?

 

「アリア君。君は美しい。ホームズ一族の中でクレハ君に次ぐ才能を秘めた少女。それが君なのだ。しかし、ホームズ家の落ちこぼれ、欠陥品と呼ばれ、認めてもらえない日々はさぞ辛いものだっただろう。だが、僕は君の名誉を回復させる。僕は君を迎えに来たんだ」

「あ…」

 

思考が追いつかず言葉を失ったアリアが小さく声をあげた。だが抗う声ではない。

なされるがまま、そんな声だ。

 

「行こう。君のイ・ウーだ」

 

シャーロックの眼前、その火災はダイヤモンドの力で収まっていてイ・ウーの全貌が鮮明に見えてくる。

 

「キンジ…」

 

やつに抱えられたまま振り返ったアリアは、混乱とも怯えとも言えない表情をしている。

 

「君たちはまだ学生だったね。だから『復習』の時間だ」

 

その言葉を最後にシャーロックはアンベリール号の舳先から水たまりを飛び越えるかのように軽く跳んだ。

そして、ふわりとコートの裾を広げ、イ・ウー前方へ漂う流氷群へと着地する。

 

(あ、あれは…!)

 

今のコートの不自然な動き。

あれは理子が髪を動かすのと同じタイプの超能力…!

やつはあれも使えるのか。

いやそんなことより、アリアが。

アリアがイ・ウーに連れ去られようとしている。

追いかけたい。

イ・ウーに連れ去られたアリアを追いかけたい。

だが…

 

「行かせないよ」

 

クレハが俺の前に立ち塞がった。

横浜の時のように親しげではない、真剣な顔をした様子で。

 

「遠山もわかってるよね。神崎は逃げようと思えば逃げられた。だがそうはしなかった。逃げなかったの。神崎が父さんに会うとこうなるとわかってたから、私は神崎をイ・ウーから遠ざけたかった」

 

シャーロック・ホームズの娘のクレハはこの状況が起こることを『条理予知』していたのだろう。アリアがシャーロックに賞賛され、後継者にすると言われたら逆らう理由を失ってしまうということを。

だが一つ疑問が生じる。

 

「クレハ。シャーロックと違ってお前はアリアをイ・ウーのポストにつけたくないのか?」

「ええ。私は神崎のことをリーダーと認めていないから」

 

そう言うクレハだが、相変わらず嘘がわかりやすい。

 

「じゃあ、俺を止めないでくれ。俺はアリアを助けに行く」

「それとこれは話が別。行かせるわけにはいかない」

 

俺とクレハが睨み合っているその時…

 

「バカめ…シャーロック。心臓を撃ち抜いたぐらいで、もう、義を制した、つもりか…」

 

背後から聞こえて来た声に俺は振り返った。

そこでは服を引き裂くように脱ぎ捨て、アサシンのような漆黒の防弾アンダーウェアー姿になった兄さんが立ち上がろうとしている。

流血は止まりかけているものの完全ではない。

 

「た、立つなキンイチ。まだ傷は癒えてはおらぬ!」

「これでいい。これ以上治すな」

 

しがみつくパトラを振りほどく兄さんは--いつの間にか再びヒステリアモードになっている…!?

どうやった?カナを捨て、性的興奮できる状況じゃない場面で、どうやってなったんだ。

 

「キンジ。こいつは俺が食い止める。お前はシャーロックを追いかけろ。これは好機だ。この船は日本船籍。そこでは日本の法律が適用される。つまりヤツは未成年者略取の罪を犯したのだ!シャーロックを合法的に逮捕できる」

「でも…」

「覚えておけ。好機の一瞬は無為な一生にも勝る…!」

 

どうやってヒステリアモードになったかは分からずじまいだが、今の兄さんは信用できる。その兄さんが俺を信用してくれたんだ。行くしかあるまい!

 

「行かせるわけないでしょ」

 

パァン!

俺を止めようとしたクレハの動きを逆に止める兄さんの『不可視の銃弾』。

 

「行け!キンジ!振り返るな!」

 

兄さんがそう命じる。

俺はその言葉を噛みしめる。兄さんに命じられたことを守るように。

 

「死んだらあんたの弟やめるからなッ!」

「それなら、キンジ。お前はずっと俺の弟だ」

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

キンジが流氷を渡ってイ・ウーに渡るのを視界の隅で見届けた俺は敵対する紅の少女を見る。()()()()

 

「何そのわかってますよみたいな目は」

 

どうやらもう気づいたらしい。

 

「いや、姿が変わってもお前はお前だと思ってな」

「は?何言ってんの」

 

俺の言葉に本当の疑問符を浮かべているパトラと、意味はわかってるのにわからないふりをする紅華。

 

「いや、お前の実力なら俺を相手にしながらでもキンジがイ・ウーに行くのを止めれたはずだ。でもそれをしなかった」

「……」

「甘いのは変わらないというところか」

 

紅華は銀華と同じくキンジに甘い。

それは火を見るより明らかなことで、実際にそうだった。やはり能力を除けば普通の少女ということか。

 

「一つ勘違いしてるから訂正するけど、キンジが父さんと戦うのを止めないわけではないよ」

「!?」

 

なんだ…!?

俺と紅華の2人を囲むようにして荊の壁が展開される。

 

「今のあなたのHSSはたぶんHSSの派生系。状況を鑑みるに瀕死の重傷を負うと発現するというものかしら?じゃあ瀕死の重傷が治ったらどうなるんでしょうね?」

 

それでもHSSは解けない。そう簡単にHSSは解けるものじゃない。だが…

 

「どう、驚いたでしょ?」

 

なんでだ!?どうしてHSSが解けている?

この空間にいることでいつの間にか胸の傷は治っていた。しかしそれだけでHSSは解けるものではないぞ。

 

「HSSを持つ私がHSSを対策してないわけないでしょ。この荊の壁はHSSの元になるβエンドルフィンを抑制する結界。私なりのアンチHSSフィールド」

「くっ…」

 

やつもHSSを持つ1人。対策していないわけないということか。傷を負った体を無理して動かしたのもあり、傷が治ったとはいえHSSが解けた俺の体は動かない。ここらへんが潮時か。

 

「キンイチの看護はパトラ、お願い。私は()()()を止めに行く。父さんと戦わせはしない」

 

そう言ってアンベリール号を飛び出し颱風のセーラの魔法を使い、空中を滑空する紅華。

 

「キンイチ…」

 

俺は紅華を止めることができなかった。

しかし、これは()()()だ。

ヤツを実力で止められるのは『教授』だけだ。

だが、キンジ。

お前なら…

お前なら彼女に勝つ…いやそれ以上のことができるかもしれない。

俺はその『第二の可能性』にかけた。

 

頼んだぞキンジ…。

 

 

 




あと4話ぐらいで終わる予定です


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第63話:白菊の花言葉

前哨戦


アリアと俺の仲違いの喧嘩があったがひとまずアリアを説得することはできた。

その後急に素直になったアリアによると、シャーロックはアリアに聖堂に残るよう言った後、奥の扉に姿を消したらしい。

ならばと思い、俺たちがそちらに一歩足を踏み出した瞬間…

 

「遠山、神崎」

 

先ほどのアリアとの戦闘で赤い部分だけ残したステンドグラスによって(あか)く変わった光の中から俺たちを呼ぶ声。

俺たちはその声に足を止めざるをえない。

 

「あーあ、貴方達のせいでお母さんが大好きだった場所が台無しじゃない」

「クレハ・ホームズ・イステル…!」

 

紅の光を浴びてさらに紅く光る、クレハ。

その光景は神神しいもので、緊迫した状況じゃなければ見惚れていたぐらいだ。

 

「全く、私の()で暴れるなんて、同じホームズとして悲しいよ」

「あんたの……家?」

 

家…だと……

この潜水艦がか…?

 

「そう。私はイ・ウーで産まれ、イ・ウーの中で育った。他の途中参加したメンバーとは違う」

 

イ・ウーは数多くの超人を擁する戦闘集団。

その中でもクレハは他とは違うレベルってことか。

 

「神崎、貴女は私と似ている。同じホームズ、同じような姿…そして同じ緋弾の適合者」

「緋弾…?」

 

聞きなれない単語をアリアが繰り返すが、クレハが答えることはない。一度長い時間目を閉じ、再び開けた時

 

「帰って」

 

そう呟いた。

 

「私は戦うのはあまり好きではないの。いまなら私は何もしない。だからイ・ウーから早く出て行って。そして二度とイ・ウーと関わらないこと、お互いのために。これが受け入れなければ、私はあなた達をとめる。これは最後通牒よ」

「な、何言ってるの!あんた達がはめたせいでママが捕まっているのよ!」

 

食い気味にアリアが返す。

 

「あんたが私の大叔母様的な位置にいるけど、あんたのことを敬う気は無いわ!ひいお爺様も逮捕するの!」

 

ほんの少し前まではシャーロック・ホームズはアリアにとってのカリスマだった。かつての俺にとっての兄さんのような。

だが、俺の説得によりそれは少し改善した。

俺がカナ…兄さんよりアリアを選んだという話で。

同じホームズであるクレハに銃を向けることを恐れることはないだろう。

 

「交渉決裂というわけだ。まあ、こうなることは推理していたけど」

 

スカートのポケットの中から、何かを取り出し自分の前に撒くクレハ。

あれは…種?

 

「じゃあ、やろうか」

 

パチンと指を鳴らすと、まるで早送りしたように地面に撒かれた種から蔓…いや荊が伸びていく。

その荊は密集しながら伸びていき、俺達とクレハの間を隔てるように成長した。

まるで荊の壁だ。

アリアが手持ちのガバメントで撃っているが、異様に硬いせいでクレハにダメージを与えることはおろか、荊の壁を貫通することすらできていない。

やっぱり普通の荊じゃないということか。

 

「コノオォォォッ!」

 

女性があげたものとは思えない野太い声をあげながらアリアが両手にもった2振りの日本刀で壁を切るが……ダメだ。

切れることには切れるのだがすぐに再生してしまう。

だが、この壁を突破するしかない。

この壁の向こう―――奥の扉にシャーロックが消えていったんだから。

そんなことを考えていると……

 

(…!?)

 

壁にほんの小さな穴が開き始めた。

その穴の中を覗くと、さっきまではもっていなかった弓を左手に、右手には荊で作られた矢があって--

--ピュンっ!

射ってきたッ!

だが、放たれた矢は速いといっても銃弾の速度ほどはない。

銃弾さえ止まって見えるヒステリアモードの敵ではないと--

--銃弾撃ち

ならぬ矢撃ちで迎撃しようとしたところ…

--ビュンッ!

それを先読みしたように吹いた旋風が矢を煽り下降した。

しまったッ。

そう思った次の瞬間、矢は俺の靴と防弾制服の間のわずかな部分を掠め、地面に突き刺さった。

 

「……ッ!」

 

ピッと足に走る鋭い痛みに、いや、今の出来事に俺は目を見開く。

銃弾撃ちが破られた。

あの矢は正確に俺の防弾制服と靴の間からわずかに覗いた皮膚を狙っていった。それほど正確な射撃ができるのに俺がまだ生きているのは、単にクレハが頭を狙わなかっただけ。

本当だったら()られてたぞ。今のは。

と思った矢先--濃霧が俺たちの周りを囲んでいた。

 

「--?」

「きゃああっ!」

 

ピシッという衝撃と共に、当たり前のように何かが防弾制服と左肩を貫いていく。

今のは銃撃じゃない。

傷口が濡れているのを見ると、高圧の水の矢が俺の肩を撃ち抜いていったのだ。

荊だけじゃなく、弓、風、霧と水も使うのか。

流石は世界最強と謳われてるだけあるぜ。

 

「もうわかったでしょ、実力差があるって。貴方達では私のことを倒すことは()()()()()なのよ」

 

壁の向こう側からそう声を放つクレハ。

それもアリアが俺に禁止した無理、不可能という言葉を交えて。

 

「無理?不可能?そんなのわからないじゃない!人間は不可能だと思われていた空はおろか宇宙まで到達している。人間の可能性は無限大なのよ。あんたを倒すことなんてどってことないわ」

 

俺と同じく水の矢で左肩を貫かれたアリアはそう反論する。

 

「そこまでいうなら教えなさい。貴方達がどうやって私に攻撃を届かせるのか。どうやって私の父・シャーロック・ホームズを逮捕するのか」

 

その言葉にこちらをちらりと見るアリア。

実は俺たちにはこの荊の壁を打ち破る方法が一つだけある。だが、それを使えるのは一度っきりだ。それを使い、その間にクレハを倒さなければ、もう一度壁を張られ俺たちは本当に勝ち目は無くなるだろう。

タイミングが重要なのだ。

そのタイミングを作るために、俺は賭けに出る。

 

「なあ…クレハ」

「何?」

「お前は本気で戦ってないよな?」

「………」

「お前は弓でも水を使った攻撃もなるべく危なくない場所を狙った。どっちも仕留められたはずなのに」

 

足を狙った矢は一見機動力を削ぐためと見ることもできるが、別に頭を射貫けば俺は死ぬ。

水の攻撃だって狙うなら利き手の右肩を狙うべきだ。それはクレハが俺たちに手加減してるということであって……

 

「もうやめよう--()()

 

 



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第64話:紅菊の花言葉

「もうやめよう--()()

 

俺が放った言葉に2人の少女が固まる。

 

「……銀華ってどういうことよ?」

 

先に動けるようになったアリアが未だ動かないクレハに警戒しながら、俺に問いかける。

 

「そのままの意味だ。クレハは銀華の別の姿。いや銀華がクレハの別の姿かもしれないけどな」

 

目をまん丸にした驚愕の表情でアリアがクレハの方を見る。

それもそうだろう。先ほどまで戦っていた相手が、自分を変えてくれ、一緒に仲良く過ごした……銀華と言われたのだから。

先ほどのシャーロック・ホームズが生きていたと同じに近い衝撃に違いない。

 

「あ、あんた……本当に銀華なの?」

 

アリアの質問にクレハは俯いたまま答えない。この場合の沈黙は肯定。

 

「……いつから……いつ、気づいたの。()()()

 

声を震わせてクレハが俺に問いかけて来た。

その答えにはせっかくだし、銀華の親の言葉を使わせてもらおうかな。

 

「銀華と……いやクレハと初めて会った後と言いたいところだけど、二回目、ランドマークタワーで会った後。簡単な推理だったよ」

 

クレハがリーダーの娘ということはホームズ2世ということ。まさか銀華とアリアは親戚だったとはな。

 

「…その推理の内容をきかせてくれない?」

「簡単なことさ。まず一つは昔の銀華と似ていたところ」

 

初めて銀華と会った時と同じ衝撃をクレハと初めて会った時に受けた。クレハの口癖も昔の銀華に似ている。

 

「2つ目は俺たちをイ・ウーから遠ざけるような要求。あれは俺たちを助けるために言ったんだろう?」

「……」

 

イ・ウーの敵である俺たちをイ・ウーに近づけさせないようにするには、別にこんな回りくどい要求をする必要はない。ブラド戦で傷ついた俺たちをボコボコにすればいいだけだし、その前にメイドの時にいくらでも後ろから()ることができた。

なぜそれをしなかったのか?

しなかったんじゃない、できなかったんだ。

なぜなら彼女はクレハであると同時に銀華だったんだから。

 

「まあ理由は他にもたくさんあるが…何より……」

 

銀華は俺に実家を教えてくれない。中学生以前の過去が不明。イ・ウーの連中と戦う時、銀華は毎回俺たちと共に戦うことはなかったなどの根拠もあったが……そんなものより……

 

「どんな姿になっても自分の婚約者のことがわからないなんてありえない」

 

どんな姿でも銀華は銀華だ。

銀華のことがわからない訳ないだろう。

 

「まあ……あんたたちらしいわね」

 

やれやれという風に首をアリアは振っている。対してクレハは俺の言葉を聞いてうつむきながら…

 

「私は……」

「もういいんだ…銀華」

「私は………」

 

おかしい。

電流のような悪寒が全身を走った。

肌が切れるかのような鋭い殺気。

俯いていたクレハから今まで以上の圧倒的な存在感が甦っている。

 

(ど、どういうことだ……!?)

 

あの感じ……あの気配は……

ベルセ…!?

 

「私はクレハ・ホームズ・イステル。イ・ウーのリーダーの娘で銀華じゃない」

 

荊の壁の向こうで、彼女の周りを守るように荊が再び展開され始める。

先ほどの荊の壁とは比較できない。近づくことはおろかクレハを目視することができない量だ。

間違いない。ヒステリアモードになっている。どう--やったんだ。

ヒステリア・ベルセは自分以外の同性に対する憎悪や嫉妬といった悪感情で発言するものだ。銀華は軽いベルセならある程度コントロールできていたが、今のベルセは過去最高級のベルセで制御できているようには思えない。一体何に嫉妬したんだ!?

 

「キンジ、苦しいかもしれないけどやるわよ」

 

クレハの殺気を感じ取ったアリアが気を引き締めるよう俺に言ってくる。

クレハは明らかに今までで最強の敵だ。そいつが更にヒステリアモードになった。先ほどまでの甘いクレハとは違う。ベルセに侵されたクレハは本気で俺らを倒しに来るクレハだ。迷いがあったらこちらがやられる。

 

「今の私は、世界最強の魔女。この状態の私は誰にも負けない。負けるはずがない。イ・ウーのクレハは誰にも負けない」

 

自分に言い聞かせるように呟く声がした後、壁の向こうで球体状の荊に守られたクレハは空中に飛び上がった。

だがクレハは落ちて来る様子はない。空を飛ぶ、いやスキップするように跳ねる。

パキン!パキパキッ!と、足下に七色の光が飛び散るのを見るに、足が宙を踏むたびに見えないキューブのような踏み台がそこに生じているのだ。この超常現象。さっきアリアが放ったピラミッドを吹き飛ばした緋色の光と同じように見える。

 

「理論上はできたけど、この状態にならないと使えなかった。感謝するよ、遠山」

 

先ほどのアリアとの戦闘で赤色だけになったステンドグラスの下ではなく前で立つクレハ。

俺は非現実なムードに押されて、身動きが取れなくなっていく。ヒステリアモードといえどもただの人間。同じヒステリアモードを操り、なおかつ超能力を使うクレハとは格が違う。それを痛感させられる。ただ、その佇まいを見ただけで。

 

「キンジ!」

 

パァン!

銃声と同時に聞こえる声。

 

「あんたがそんなんでどうすんのよ!銀華はあんたの大切な人でしょ!あんたが飲まれててどうすんのよ!」

 

そうだ。アリアの言う通りだ。

 

「ありがとうアリア。おかげで目が覚めたよ」

 

俺は空中に佇むクレハを見る。

クレハは俺たちと物理的だけじゃなく精神的にも壁がある。

--ああ、わかったよ。

クレハが苦しんでいる理由。

 

「アリア。どうにかしてクレハを俺の近くに誘導してくれないかい。そこからは俺がなんとかする」

「わかった…私は一度だけチャンスを作れるものを持っているから。それを活かしなさいよ。あんたの大切な人のために」

 

アリアと戦った時はアリアの体すら狙うことができなかった俺だが、何か策があることがわかったのか、首を縦に振る。

 

「クレハ。俺は君を救い出すよ」

 

バァンバァン!

俺がそう言い放ったと同時にアリアがガバメントでクレハに発砲する…が、さきほどと同じく周りを守る荊の壁を貫通するには至らない。

まず、あの荊の壁を攻略しなくては。

と思った矢先、地面から生えていた荊の一本が俺を貫こうと接近し……

--フォンッ--

寸前で避けた荊が俺の耳元を貫き風をきる。

その避けた荊が地面を貫くと……

 

(まじかよ…!)

 

荊が分裂し、再び俺に襲いかかって来た。その数4本。

法化銀弾をクイックリロードした俺は荊を撃つが止めることができたのは2本。

残り2本が俺に襲いかかってくる。

その2本を俺はバク転しながらの空気弾『incessant shelling(降り止まぬ雨)』を繰り出し破壊する。

 

「アリアッ!」

 

着地と同時に叫ぶと、アリアは壁に向けて発砲した。

これまでと同じく銃弾が荊の壁に防がれた瞬間、

 

ドオオオオォン!

 

爆炎が荊の壁を襲い、その余波が俺たちを包む。

 

「きゃあっ!」

 

体重がないアリアは自分が起こした爆風に吹き飛ばされそうになっており、俺も思わず腕を交差し、爆炎の熱を防ぐ。

なんて威力だ。

まるで、強襲科で見学させられた対戦車榴弾

(RPG)みたいな威力じゃねえか。

その爆煙の中を俺は突っ切る。

よし。

クレハのまず一つ目の荊の壁を突破できたぞ。

クレハは推理できなかったのだ。

兄さんからアリアに渡すよう武偵弾をもらっていたことまではできていたかもしれないが、ここまでの威力があることを--俺もアリアも知らなかったのだ。

だから新たな防御の壁を作らなかった。

兄さんはもしかしたら、俺では武偵弾でクレハを撃つことができないと思ってアリアに渡したのかもな。

 

(……っ!)

 

だが世界最強の魔女と言われるだけありクレハの反応も早い。爆煙の中を抜けクレハに近づいた俺に突き刺さそうと再び荊が接近する。それを俺は

 

(秋水!)

 

銀華が初めて見せてくれた遠山家の技・秋水の拳を迫り来る荊の横から当てることで撃退する。

俺と空中にいるクレハの距離は7m。

 

(兄さんが俺にこれを託した理由はこういうことだろ?)

 

俺は空中に浮かぶクレハの足元に向かって法化銀弾(ホーリー)を撃つと

パキンッ!

と足下で銀色の光が弾け、クレハが小さくバランスを崩す。

つんのめったクレハがもう一度踏もうとしていた見えないキューブにも、同じように法化銀色を放つ。

 

「……っ!?」

 

やむなく降りてきたクレハとの距離は残り3m。クレハの周りを守る球体状の荊の壁のみが俺とクレハの間を阻んでいる。

しかしこの壁は銃弾すら防ぐ強度を持っている。それに相手はホームズの娘・クレハだ。

並のことなら推理しているだろう。

だが相手はクレハでありながらも銀華だ。

銀華を救う為なら…

 

「負ける訳にはいかないよな!」

 

クレハを倒すならば、銀華にも話したことのないこの隠し技を出すしかないだろう。

ヒステリアモードの反射神経は爪先で時速100km、膝で200km、腰と背で300km、肩と肘で500km、手首で100kmと瞬発的な速度を生み出すことができる。それらをほんの一瞬同時に動かせば時速1200km。

音速の一撃になるんだ!

 

パァァァァァァン!!

 

銃からバタフライナイフに持ち替え音速で振るった右手から銃声のような衝撃音が上がる。

ナイフの背から桜吹雪のような円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)が放たれる。

同時に超音速による衝撃波で俺の右腕から鮮血が飛び散る。

『桜花』

--まるで桜の花びらが散るように。

 

「うおおおおおおっ!」

 

右腕を犠牲にする一撃。

聡明なクレハには推理できなかっただろう。

バシュウウウウウウ!

隕石が地面に衝突したかのように、荊の壁に穴が空いた。

その穴から顔をのぞかせたクレハは

--笑っていた。

楽しそうな笑みではなく、人を倒すことに快感を覚えているような獰猛な笑みで。

 

「キンジのことを一番見てたのは誰だと思ってるの?」

 

クレハは自分の眼前に再び荊の壁を張る。

荊の壁を展開するには種を蒔く必要があるという点からあらかじめなんらかの方法で俺が自分の荊の壁を突破してくるとは推理していたのだろう。

自分が推理できないことを推理することによって。

昔のクレハ、いや銀華だったらこんな推理の仕方はしないだろう。

自分の推理に絶対の自信を持っていた今のシャーロックのような銀華ならば。

銀華は俺や白雪、アリアなどの東京武偵高のみんなと触れ合い変わった。

 

「そっくりそのまま返すぜ。銀華(お前)を一番見てきたのは誰だと思っている」

「…っ!?」

 

銀華なら俺が想定外の行動をしてくるとは推理できるだろう。その推理から何か対処してくるだろうと。それを俺は推理しただけだ。

こんな推理ができるのは銀華に対してだけだ。銀華と出会ってからは、一番身近にいた人は銀華だった。

同じ年で同じ体質を持つ異性。

自分のことより銀華のことの方がわかるかもしれない。

これぐらい対応してくるのは不可能じゃない、可能だ。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

俺は叫びながら今度は左手を動かす。

衝撃の力--撃力とは、実践上、激突するものの重さと速度により決まる。

先ほどの音速の一撃は実は実験材料だったのだ。次のこの攻撃のための。

俺は腰と背、肩と肘、そして手首で超音速ではなく亜音速の『桜花』を放つ。

桜花の二連撃。

先ほどの桜花から速度の足りない分は秋水で全体重を左拳に乗せることによって補った。

二連撃目の桜花でもう一度開けた荊の穴の向こうでは、今度は銀華が驚愕を露わにしている。

俺はその銀華、いやクレハを

グッ!

血で汚れてない左腕で自分の胸に引きつけた。

 

「離して!」

 

俺の胸で小さな身体を使い暴れるクレハ。

超能力者としては超一流かもしれないが、身体能力は見た目通り小学生低学年と変わらない。

 

「私はイ・ウーのクレハ・ホームズ・イステル!武偵の北条銀華じゃない!私は貴方達の敵なの!」

「我慢しなくていいんだ、クレハ。自分の本当の気持ちを出せば」

「私にHSS(それ)の甘い言葉なんか効かない!我慢なんかしてない!」

 

なかなか強情な子だね。こういうところはちょっとアリアに似てるかな。

こういう強情な子には直接、直球に言ってあげる必要があるだろう。

 

 

 

 

「君のことが好きだ」

 

 

 

その言葉を聞いたクレハは暴れていたのをやめ、身体を硬直させた。

アリアばりの急速赤面術で顔を真っ赤に染める。

 

「キンジが好きなのは銀華でしょ。クレハ・ホームズ・イステルの私じゃない」

「いいや、君のことだ」

「嘘。口だけならなんとでも言える。それに私のことが好きってもしかして浮気?」

「違う。だって君は俺の大事な婚約者だからな」

「………は?」

 

クレハは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。よく見たら…いやよく見るまでもなく銀華の驚いた時の顔とよく似ているね。

 

「何寝言言ってるの?キンジの婚約者は私じゃない。北条銀華なのよ」

「いいや、君さ。クレハと銀華は同一人物の別の姿。もう一つ君の新たな一面を知れたのが嬉しいぐらいだ」

「……」

「俺たちはもうすでに互いの()()()()の姿を知っているだろ?それが2つから3つになったぐらいで君への愛が変わるわけがないだろ?」

 

そもそも俺たちはHSS(ヒステリアモード)という別人格のようなものを持っているんだから。

 

「キンジは怖くないの?」

「何がだい?」

「こんな能力を使う私がよ」

 

世間--一般人の方がマジョリティーであるこの世界では、超能力者は恐れられ差別される。

現に俺も最初の頃は理子が念力のような超能力で自らの髪を動かしたのも恐れた。

彼らが一般民衆と友好的になれなかったのは魔女狩りなどの歴史から明らかだ。

そして口調から察するに、魔女のクレハも

 

「私は世間から隔絶された。イ・ウーで生まれイ・ウーで育ったというのは聞こえはいいけど、世間から隔離されただけ。私のことを知るとみんな恐れる。恐れないのは同じ超能力者か私のことを知らない人か無邪気な子供だけ」

 

クレハは同じ様な超能力者が集まるイ・ウーにしかいれなかったのだろう。銀華の時はその鬱憤を発散していたのかもしれない。

 

「それでもキンジは私を怖くないというの?」

 

この質問の答えなど即答だ。

 

「怖いわけないだろ?こんなに可愛い俺のお姫様なんだから」

 

俺の答えにクレハは目を逸らす。

 

「俺は君の全てを受け入れる。それが愛するってことだろ?」

 

クレハは銀華に嫉妬していたのだ。

愛して欲しいのに愛されない自分と愛されるもう1人の自分を比べて。

俺がそう言うとクレハは顔を背けながら袖でゴシゴシ目を拭うと、今までで一番の笑顔を俺に向け、赤い花を胸ポケットにさしてきた。

これは……紅菊。

 

ああ…なるほど。

意味がわかったのでもう一度クレハの方を見るとギュッと今度は向こうから抱きついてきた。

本当に可愛いな俺の婚約者は。

 

紅菊の花言葉。その花言葉は--

 

 

 

 

--貴方を愛しています

 




次回最終話


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最終話:最後の講義

俺は紅華に案内され、聖堂の奥の扉に進んだ。紅華によると、この奥にシャーロックがいるらしい。

通路の床は排水溝にかけられるような格子組の耐蝕鋼に変わっていき、左右の壁は電子盤がアクセスランプをチカチカさせている。まるで近未来だな。

 

「本当にアリアを連れてこなくて良かったの?」

 

俺の横を歩きながら尋ねる紅華。

 

「ああ、あいつは弾もなかったしお前に左肩ぶち抜かれてたしな。それに俺は義父のところに君を貰いに行くんだ。他の人を入れるべきじゃない」

「なるほど。前者が建前で後者が本音ってことね」

 

降参という意味で両手をあげる。

ここに来る前、アリアを引き返させた後、俺は水の矢で抜かれた左肩と桜花で自損した右腕を紅華の治癒術で治してもらった。

まあ前者が建前ってことは紅華じゃなくてもわかるよなそりゃ。

その近未来的な通路を歩いて行った先にあった、ラジオハザードマークが描かれた厚い隔壁の少し手前で紅華は止まった。

 

「キンジ、もう一回言うけど…」

「シャーロックは強い。わかってる」

 

紅華から俺に告げられたのはシャーロックと99回戦い、99回負けているということだ。

そのシャーロックは俺を殺そうとしているらしい。だから紅華が俺たちを追い返すために戦ったと。

だからこそ、やってやる。

紅華をイ・ウーの下から解放し、普通の女の子として人生を歩ませるために。

 

「じゃあ行くよ」

「ああ」

 

目の前の隔壁が静かに開き、その向こうに広がっていた光景に俺は言葉を失った。

今までで一番広大なホールにはパルテノン神殿のように数本の巨大な柱がならんでいる。

いや、あれは柱じゃないぞ。

ICBM。

世界中どこからでもどこにでも狙える大陸間弾道ミサイル。それの上部だ。

下の部分は床に開けられた深穴に収まっている。数は8本。

おいおい…弾頭の性質次第では大国すらも一日で滅ぼすことができるぞ。

そんな中を紅華はまるで木が生えてるだけというように歩いて行く。

BGMのように後ろから音楽?が聞こえてきた。音量が上がっていくと、それは歌劇(オペラ)……モーツァルトの『魔笛』だとわかる。

 

「音楽の世界には、和やかな調和と甘美な陶酔がある」

 

ICBMの柱の陰から、イ・ウーのリーダーにして最高の名探偵、そして紅華の父親のシャーロック・ホームズが姿を現した。

 

「僕らの繰り広げる戦いの混沌と美しい対照を描くものだよ」

「まあ、このレコードが終わる頃には戦いも終わっているだろうけどね」

 

俺たちの方に歩いて来るシャーロックに対して同じように数歩だけ歩み寄る紅華が答える。

 

「そう、この戦いは君たちが奏で始めた協奏曲の序曲の終わりにすぎない」

「?」

 

紅華も今度はその意味がわからないらしく、頭に疑問符を浮かべた。

 

「まあそれはそれとしてだ、紅華君。僕は君にキンジ君を倒すように命じた。それなのに2人一緒に並んで戻ってくるとは一体どういうことだい?」

「私は父さんの存在を心の中で乗り越えた。愛の量はもともとキンジの方が多かったわけだし。今の私は血が繋がったお父さんにだって矛を向けることができる。ここまで展開は()()していたはずでしょ?」

 

紅華の言葉にニヤっと笑ったシャーロック。

 

「そうだね。これぐらいは推理の初歩だ。君たちは子供だが、男と女。女というものは、どんなに男に酷くされてもとことんまで男を憎しみきれるものじゃない。君たちの絆も深まったことかもしれない」

「何もかもお前の推理通りってことか。シャーロック」

 

俺が紅華の横に並びながら、シャーロックを睨み付けると

 

「もう一度言おう。そのとおりだ」

 

シャーロックは古風なパイプを懐から取り出し、マッチで火を点けた。

 

「そして、キンジ君。僕は君に紅華君を渡すつもりはない」

「それはイ・ウーのリーダーとしてか?それとも父親としてか?」

「どちらともといえるが、僕の気持ちを占めているのはどちらかというと父親としてだ。彼女は僕の大事な1人娘。17年平和な極東の島国で生きてきた君にあげるのは僕としても嫌なんだ」

「ねえ……お父さん。一つ聞いていい?」

「なんだい、紅華君」

 

シャーロックは紅華に尋ねられパイプを咥え直した。

 

「お父さんが言っていた『緋色の研究』に私は利用されたわけでしょ?お父さんの視点で見ると私はもうキンジには必要ない存在。なのになんでキンジと私の絆を深めるようなことをしたの?」

 

『緋色の研究』…?必要ない存在?どういうことだ…?

 

「紅華君。君は勘違いしている。僕はアリア君に緋弾を継承するつもりだが、色金の力は君にも授けたいのだよ。しかし、君の中にある緋緋色金の量は僅かだ。いかに色金が『一にして全。全にして一』であり、君が『北条の一族』であろうと、覚醒は時間がかかる。だから、僕は完全な絆を作るために君とキンジ君を戦わせたのだよ」

「なるほど…さっきの力の解放はそういうことだったのね」

 

色金?

 

「簡単にいうとだねキンジ君。僕は君を、紅華君の力の覚醒に利用したのだ。もう不要だがね」

 

紅華のなんらかの力を覚醒するために俺を利用したってところか?だが、もうその力が覚醒した今、俺は用済みらしい。まったく…書籍にある通り自分勝手な男だぜ。

 

「シャーロック。ただで利用するのは良くないぜ。日本にはないが、外国ではチップやらなんやらあるだろ?」

 

俺の浅い海外知識を繰り出すと

 

「確かにそうだ。じゃあ、君は何が欲しいのか。推理するまでもないけどね」

「ああ、お前の推理通りさ。俺は利用料として紅華を貰っていく」

 

俺がそう言い放つと奴の纏うオーラが一段と強くなった。

 

「私もキンジについて行く。キンジと私の出会いはお父さんの推理通りかもしれない。だけどキンジを想うこの気持ちは本物。誰かに作られたものじゃない」

「それだったら、君たちはどうするというのだね?」

「ここでお前を倒して」

「私たちは2人で生きて行く」

 

俺たちの言葉を聞いてシャーロックは杖の位置を直した。

 

「先に忠告しよう。紅華君は僕に0勝99敗。一度も勝ったことがない。僕は150年以上、世界で凶悪かつ強靭な怪人たちを数多仕留めてきた。一方君たちはたかだか17年しか生きていない子供だ。そんな未熟な君達が僕に勝とうというのかね?」

「ああ、俺たちは偉大な名探偵様からしたら未熟かもしれない。だがな、俺たちは足りないところを補うことができる。それが俺たちにはできる。1人のお前にはできないところだ」

「そうか。ならおいで。2人まとめて相手にしてあげよう。遠慮はいらないよ」

 

シャーロックはステッキを掲げた。

ステッキ(それ)一本で十分ってことかよ。

 

「心配するなシャーロック。俺は武偵だ。武偵の任務は無法者を狩ること」

 

言って、俺はベレッタでシャーロックに狙いをつけた。

 

「任務は遂行する」

 

バシュゥ!

俺の残り少ない残弾の1発がシャーロックに迫る。

ギィン!

シャーロックは当たり前のようにステッキを突き出し防いだ。

金属音が上がり、その先端ぶつかった銃弾が天井に飛んでいく。

 

「シャーロック!」

 

俺はシャーロックが銃弾を防いだ隙に床を桜花気味に蹴り近づく。シャーロックに急接近した俺は左手に持ったバタフライナイフを亜音速の桜花で振るった。切っ先はシャーロックに近づくが

ギイイイイン!

シャーロックは再びステッキで防御する。

 

「!」

 

シャーロックの反応にニヤリと笑う俺。

なぜなら俺の後ろから迫るのは荊の大群。もちろん紅華が作り出したものだ。

その荊を前に、シャーロックが口を開いた。

 

「それじゃあ復習、そして予習といこうか」

 

俺は身の危険を察して、空中に飛び上がった。

その次の瞬間

パキパキッパキッ!

俺の後ろから迫っていた荊が一瞬で凍りついた。

あれはジャンヌの超能力(ステルス)

その美しい氷の範囲から急いで出ると、シュ!

と風の音が凍った荊を切り裂いた。

おそらくあれは風の刃。鎌鼬のようなものだろう。

そう思っているうちにいつのまにか濃霧が俺を囲んでいた。これも超能力か!?と思った次の瞬間

 

「--竜巻地獄(ヘル・ウインド)--」

 

強風が霧を吹き飛ばした。払われた霧の向こうには、厳しい顔をしている紅華と余裕の笑みを浮かべているシャーロック。

 

「知恵を回したものだね。君達は2人なのを利用して、キンジ君が近接戦で私を足止めし、紅華君の超能力で決める。それは合理的な作戦ではあるが、推理不足だったようだ。僕は近接戦をしながら超能力を使うこともできる」

 

紅華曰く、超能力を使うには集中力が必要で、片手間でできるものじゃないらしい。

だから俺が接近戦を挑み、隙をみて紅華が超能力で仕留めるといった作戦だったのだが、まあ流石に無理だったか。

 

「じゃあこれならどう?」

 

そう言った紅華が

ざあっ。

砂金になって崩れ落ち、その砂金が小さな弾丸となりシャーロックに襲いかかる。

紅華は先ほどの濃霧の隙にパトラの技で作った砂金のダミーを置いていたらしい。

 

「面白いことをするね紅華君」

 

シャーロックはステッキをバトンのようにグルグルと回転させ、砂金を完全に弾き飛す。

だが俺の桜花、紅華の砂金攻撃を食らったステッキはバキイイィィン!と粉々になり--中から仕込まれていた一振りの刀が現れた。

わずかにそったその刃が一目で名剣とわかる眩い光を放つ。

強襲科の副読本で読んだ。細身になっているはが、直刀に近い形状は多分スクラマ・サクス。

ヨーロッパで作られた強靭な片手剣だ。

俺はシャーロックが防御に気を取られてる間に後ろに回り込み、バタフライナイフで再び桜花。

だがその斬撃を

バチィィィン!

 

「惜しかったねキンジ君」

 

シャーロックは受け止めた。

自身の最も得意とする技--格闘技で。

俺がジャンヌ戦で編み出した片手真剣白刃取り。

防御に回っていたシャーロックが反撃の一閃。

それを俺も--バチィ!と音を立てて止める。

同じく人差し指と中指の片手白刃取りで。

 

「惜しくねえよ」

 

お互いの刃をお互いの手で止め合う形となった。

千日手。

俺とシャーロックはどちらも動けない状態になったのだ。

 

「そう来ることはわかってたんだからなッ!」

「--!」

 

シャーロックが驚愕で顔を上げるのが見えた。

この技は俺が考えた銀華に勝つ技。

まあ銀華には使うことができなかったけどな。

先祖代々石頭の遠山家に伝わる本当の必殺技はこれなんだよ!

 

ガスウウウ!

 

俺の頭突きがシャーロックの世界最高の頭脳に炸裂した。

世界最高の名探偵はぐら、と真後ろに頭を倒し、ゆっくり倒れていく。

俺も石頭だがお前もすげえ石頭だなシャーロック。頭割れるかと思ったぜ。

 

「もう一度言おう。惜しかったねキンジ君」

 

--!?

頭上からかけられた声に俺と紅華は慌てて顔を上げる。

 

「キンジ君。君の一撃は昔の私なら推理できなかっただろう。君は賞賛されるべきだ」

 

倒れていたシャーロックが、ざあっ。

砂金になって崩れ落ち、シャーロックが頭上―――ICBMの上から飛び降りてきた。

こいつも紅華と同じように、最初から砂金のダミーだったってことか。

フワリと重力を感じさせないで着地したシャーロックは床に落ちた剣を拾い上げる。

 

「前、銀華が使ってた剣と違う剣だな」

「ああ、前君の前で銀華君が使っていたのはエクスカリヴァーンだったね。でもこの刀もいい刀だ。銘は聞かない方がいい。これは大英帝国の至宝。それに歯向かったとなったならば、君は後で誹りを受ける可能性があるからね」

 

………おい。

前白雪と銀華が戦った時、銀華が使ったのエクスカリバーだったのかよ!

いやすごい剣だとは思ったけどさ。

 

「まあ名前なんかに興味はない。前銀華が使ったのがエクスカリバーならお前が使う剣はラグナロクか?」

 

皮肉でそう言ってやると、シャーロックは驚いたように眉を上げた。

 

「すごい推理力だ。君には名探偵の素質があるよ」

「あんたも適当な人だな…」

「でも君は紅華君のことは推理できていなかったようだね」

「……?」

 

シャーロックの言葉を疑問に思い、振り返ると

 

「キンジ、ごめん…」

 

本物の紅華が肩で息をしていた。

そうだった…!

超能力は魔力、ゲームでいうMPを使って放つ魔法のようなもの。強力な超能力は魔力の消費が激しい。

俺との戦闘と治癒、今の大技の連発で魔力が尽きかけているらしい。超能力に疎いのもあり紅華に無理をかけてしまった…!

 

「いいや俺が悪い。君は悪くない」

「紅華君のことを考えていない君に紅華君を渡すことはできないな」

 

イ・ウーのリーダーとしてでもなく、世界最高の名探偵シャーロック・ホームズとしてでもなく、紅華の父として俺にそう言ってきた。

 

「ああ、今の俺は紅華の婚約者失格だよ…」

 

俺はシャーロックと向かい合いながら後ずさりし紅華の元に寄る。

 

「でも俺は紅華のことをもっと知りたい。もっと新たな一面を見たい。だって俺は紅華のことが好きだから」

「……!」

「お前が許さないと言うなら、力ずくで奪い取る」

「力ずく?二人ならまだしも紅華君はガス欠。君一人で僕に勝とうと言うのかね?」

「シャーロック、名探偵のくせにそんなことも推理できないのか?」

 

俺の言葉にシャーロックは片眉を上げた。

片膝を突いていた紅華をお姫様抱っこする。

やっぱり銀華に比べたら軽いね紅華は。

そしてその抱っこされた紅華の顔はこれから起こることが推理できているような顔だ。

ちょっと恥ずかしそうな顔をしているけどね。

 

「戦うのは俺一人じゃない」

 

俺は紅華の顔に自分の顔を近づけ、紅華も顔を近づけてきて……

 

 

 

「「二人だ」」

 

 

キスした。

紅華との初めてのキス。

さわやかな菊の香りが流れ込んできて、体の真芯がさらに熱くなるのを感じる。

体に力がみなぎって行くのがわかる。

俺はなっていた。

 

「さあやろうぜシャーロック。()()()と」

 

ヒステリアモードを持つもの同士がお互いでヒステリアモードになり共鳴する事で起こる、夫婦のヒステリア・リゾナ。

俺と紅華はそれになっていた。

 

「ふむ、なるほど。紅華君が戦えないから紅華君の力をキンジ君が受け継いだってことか。僕の目からは些か強引に見えたがね」

「シャーロック、一つ講義してやろう。リゾナ(これ)にはお互いにお互いのことを思うことが必要だ。どっちかに拒否する気持ちがあったらリゾナにならないんだぜ」

 

リゾナはリゾナンス、共鳴というところから名前が来ている。共鳴しなければリゾナにはならない。実際、銀華が俺に隠し事をしていて精神状態が不安だっただろうブラド戦の後なんかは、共鳴できずリゾナにはならなかった。

 

「…キンジ…頑張って……!」

 

弱々しく笑う紅華は庇護欲をそそる応援をしてくれる。彼女を守ってあげなくてはいけない。

こんな応援をされたら世界が相手だって戦ってしまうね。

 

「ありがとうキンジ君。僕はそこまで知らなかったよ。なぜなら…」

「--!?」

 

ビリっという悪寒が、全身を走る。

さっきまでのオーラと比べ物にならない存在感をヤツは放ち始めた。

(ど、どういうことだ?)

あの感じ……あの気配は……

あれはヒステリアモード…!?

 

「僕は自分でリゾナになることができる」

 

シャーロックホームズは間違いない。

なっている。ヒステリアモード、それもリゾナに。

どうやったんだ。

100歩譲ってヒステリアモードならまだわかる。

だがリゾナ、それにどうやってなったんだ!この状況で!

 

「わからないという顔をしているね。僕は長年好きな女性がいなかった。だが、僕はある女性に恋をした。僕はそこで初めて本当の愛というものを学んだ。文献では知っていたがね。その彼女が蘭華君。紅華君の母親だ」

 

紅華の母親。父親がシャーロックホームズということは母方が北条家の人間ということになる。

ヒステリアモードの血を持っているだろうが……

 

「目の見えない僕は、その美しい彼女をどんどん自分の中で作った。そしていつしか彼女は僕の中で存在するようになった。僕はその彼女との行為を想像しお互いにヒステリアモードになった」

 

………

かっこいい言い方してるがそれって結局

 

「その……そういうことを想像しただけってことか?」

「そういう認識で構わない」

「……」

 

自分の中に自分の妻を作るって、ただの想像力の無駄遣いだろそれ。

それでHなことを想像するって男子高校生かよお前は。

銀華も想像力豊かな頭お花畑なところがあったが……父親のお前からの遺伝だったのかよ…

 

「もう時間もない。すぐ終わらせよう」

 

ICBMの噴射炎で照らされる室内が明るさを増し、足元に流れる白煙を踏み越え歩いてくる。

 

「俺もそのつもりだ。気があうな」

 

紅華を優しく下ろして、俺もシャーロックに近づいていく。そして残り5mまで近づいた俺たちはお互いに駆け、激突した。

ヤツの刀と俺のナイフが切り結んだ場所から火花が上がり--バチィィィ!

前触れなしに出現した雷球に真後ろに吹っ飛ばされる。

雷か。

紅華は使わなかったが想定の範囲内だ。

リゾナの反射神経で直撃は避けたがシビれたな。

だがまだだ。と両手でバネのように跳ね上がると、濃霧が俺を囲んでいた。

これは紅華が使った水の攻撃!

ピシュ!

体を跳ねさせ、俺のいた位置を通過する何かをかわす。体勢を崩したところに

ブンッ!

霧をかき分け飛び込んできたシャーロックが宝石のように煌めくスクラマ・サクスを振るってきた。

ギイィィィン!

激しい火花を上げ、俺はなんとかナイフで切り結んだ。

スクラマ・サクスは特殊な金属でできてるのか、見た目以上の重量がある。

 

「--!」

 

跳ね返されたナイフの勢いで俺は車に撥ねられたように真横に吹っ飛ばされる。

なんとか壁に叩きつけられずに済んだが、シャーロックが追撃をかけにきている。

剣の構えは片手平突き、狙いは俺の左胸。

その突きを俺はもう一度ナイフで受けた。

その瞬間、攻防が入れ替わる。

『絶牢』

遠山家の秘技のカウンター技で俺が狙うは奴の左肩。

ゴスゥゥゥ!

今までにない手応えがあり、俺の拳をうけたシャーロックは宙返りして後退した。

 

-…O zitt're night,mein lieber sohn…!(おお わが子よ 恐れることはない)--

 

その時、室内に流れるモーツァルトの『魔笛』が…

--独奏曲(アリア)

華麗なソプラノパートに入った。

 

「どうやっている?」

 

表情が硬いのはシャーロックの方だ。

 

「このオペラが独奏曲になる頃には君を地に伏させるつもりだったのだがね。僕が推理したよりも長い時間を戦い抜いた。僕に1発攻撃をいれるぐらいにね。リゾナにはまだ僕の知らない上があるってことかもしれないね」

 

たしかに。シャーロックの言う通り。

今のリゾナはいつものものより倍率が高い。

俺はその理由がわかっていた。

リゾナは『夫婦のHSS』と言われている。

この本当の意味がわかった。

なぜ恋人ではなく夫婦なのか。

リゾナの倍率が人によってまちまちなのは、リゾナが変化するヒステリアモードであるからだ。

夫婦になるとは自分の人生を相手に預ける行為だ。それには信頼が必要になる。

『信頼』

銀華はもちろん、紅華も俺に完全な信頼をくれた。

もちろん俺は銀華のことを信頼している。

その信頼により、共鳴はより大きくなり、よりリゾナを強くする。

 

「僕に一撃入れた君の賞賛をしたいところだが、申し訳ない。この独奏曲は最後の講義『緋色の研究』についての講義を始める時報なのだよ。それにこれはテストでもある」

 

(緋色の研究…?)

再び出されたその言葉に眉をひそめる。

それに対しシャーロックの周囲に、ボンヤリと……

光が見え始める。なんだあれ…?

信じられないが、ヤツが光り始めた。

シャーロックは何かの能力を使おうとしている。

その光はみるみるうちに勢いを増し、緋色に変化していく。

 

「僕がイ・ウーを統率できたのはこの力があったからだ」

 

俺はあの光を見たことがある。

シャーロックではない。アリアがパトラ戦で見せた緋色の発光。これはあれと全く同じ現象だ。

 

「だがこの力を無闇には使わなかった。緋弾の研究が未完成だったからね」

 

ヤツが抜いた銃は--アダムズ1872・マークⅢ。

大英帝国陸軍でかつて使用されていたダブルアクション拳銃。

 

「あれを撃てるのか、お前も」

「君が言っているのは、おそらく違う現象のことだろう。アリア君が撃ったのは緋弾ではない。『緋天・緋陽門』という緋弾の力の一つに過ぎない」

 

そしてシャーロックは--ちゃき。

弾倉から1発の銃弾を取り出した。

 

「これが緋弾だ」

 

それは燃える炎、薔薇のような、緋色をしている

 

「形はなんでもいい。これは日本では緋ヶ色金と言われる金属なのだ。峰・理子・リュパン4世が持った十字架もこの弾丸と同族異種の色金を含んでいる。色金とはあらゆる超能力がまるで遊びに思えるような超常を与える物質なのだ」

 

理子の青い十字架を思い出す。理子はあの金属を持ってる時だけ髪を動かすことができた。ヤツの話を類推するに、色金ってやつは、普通の人間を強力な超能力者に変える金属ということだ。

 

「これだろう?君が見た現象は」

 

シャーロックの体を覆っていた光がこちらに突き出した人差し指に集まっていく。

 

(あの時と…同じだ…!)

 

これもアリアがパトラを光弾で撃った時と同じ光景だ。

あのパトラのピラミッドを吹っ飛ばした艦砲射撃みたいなものをシャーロックも使えるのか。

まずい。まずいぞ。

あの光弾を撃たれたら終わりだ。

今までの俺の技じゃ防ぐことはできない。

どうする…

生唾を飲んだ俺の背後から

 

「……?」

 

緋色の光が放たれ始めた。

振り返ると今度は紅華から。

 

「紅華!」

 

急いで近づいた俺の眼前で、光が紅華の右手の人差し指に集まっていき--シャーロックと同じように輝き始める。

 

「これは『共鳴現象(コンソナ)』。質量が多い色金が覚醒するともう片方の色金も覚醒する。紅華君の体にある色金は微量だが、キンジ君。君のおかげで色金の力を紅華君も使うことができるんだよ。そしてその際は、色金を用いた共鳴現象が起きるのだ。今の紅華君のようにね」

 

言いながらシャーロックは、人差し指で俺と紅華に狙いをつける。

 

「キンジ君。ここでテストだ。僕はこの光弾を君に撃つ。僕が知る限り、それを止める方法は同じ緋天の光弾しかない。そして、その光弾が衝突すると『暦鏡』なるものが発生するらしい」

「それがどうしたんだよ」

「僕はその暦鏡を使い、『過去のアリア君を撃つ』」

「……!?」

 

過去のアリアを撃つだと…?

どういうことだ…?

 

「信じられないという顔をしているね。じゃあなぜ紅華君、そしてアリア君の背丈が小さいか。それは緋緋色金を継承しているからさ。色金が体内にあると成長が緩やかになる。今の僕が若いままであるようにね。紅華君と銀華君の姿が違うのは、紅華君に緋緋色金を撃ち込んだから。もともと姿形は同じだったんだよ」

 

俺はその言葉を聞いてピンと閃くものがあった。

 

「お前が紅華に色金ってやつを埋め込んだのと同じく、過去のアリアにはその『緋弾』を撃ち込もうってわけか」

「理解が早くて助かるよ」

 

そこでシャーロックは一旦区切り…

 

「キンジ君、これはテストだ。君は紅華君を守るために全てを捨てる覚悟があるかね?ここで紅華君が光弾で防がなければ君達はこの光弾で撃たれる。しかし、紅華君が光弾を撃つならば暦鏡が発生し、アリア君が撃たれる。君たちはどちらを選ぶんだい?」

 

俺たちを守るには紅華が光弾を撃つしかないが、関係ないアリアが代わりにあの緋弾で撃たれる。

世界最高の名探偵様は性格が悪いぜ。

 

「…キンジ……」

 

ヒステリアモードもあり、俺の目の前にいる紅華は弱々しい。

 

「日本では夫が決断しなくてはいけないことが多いらしい。だから選ぶんだ。君達の未来のために。紅華君を守るために」

 

シャーロックの言いなりになるようで癪だが、俺の答えはこれしかない。

 

「シャーロック、俺は……」

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

チュンチュン。

 

「むぁ……」

 

俺は一つ伸びをしてから起き上がる。

何か長い夢を見てた気がする。

ダブルベッドで寝ていた俺の横にはすでに起きた跡があり、温もりの具合から結構前にここを出たことがわかる。

時間を見るに午前7時。

()()のための準備の時間だ。

ベッドから出て防弾スーツに着替えていると、小さい足音たちがパタパタとなる。

どうやら()()()も起きたようだ。

階段を降りていくとご飯や味噌汁の香り、そして笑い声が聞こえる。

廊下を歩きリビングのドアを開けるとそこにいたのは、銀髪の少女、黒髪の少女、そして…

 

「おはよう、あなた」

 

少し青みがかった銀髪を持つ美しい女性。

その朝の挨拶に俺はこう返した。

 

 

 

 

「おはよう、()()




ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想や裏設定などは活動報告にて。

みなさん気になっているらしい続きがどうなるかだけ言いますが、続きます


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EX:シャーロック・ホームズ

注意:オリキャラ2人、キンジ出番なし


僕の名はシャーロック・ホームズ。

自分で言うのもなんだが、僕の名は世界で広く知られている。なにせ僕の活躍は書籍や映画で嫌という程取り上げられているのだからね。

だからほぼ全ての人が僕を名探偵として尊敬するか、好奇心でこそこそ嗅ぎ回る人間として嫌悪するか、どうにかして出し抜いてやろうとする人かに分かれる。

そう、彼女以外は。

僕がイ・ウーの一員になったのは、この大きな原子力潜水艦で世界を旅したいという気持ちもあったのだが、主な理由はそれではない。僕は彼女に会いにきたのだ。

 

僕が艦長に初めての挨拶をし、イ・ウー内の隠し通路を抜け、辿り着いたのは教会だった。この大きな潜水艦には大きな聖堂があり、大理石の床にはラテン語の文字がびっしりと彫り込まれている。

これはカトリック・ネオゴシック様式の聖堂だ。

僕の母国・イギリスではプロテスタントが主流だけど、仮に僕が艦長になったとしても改宗をためらってしまうだろうね。

奥の後陣にはこの空間で唯一の光源…複雑なステンドグラスが、高くそびえている。

その下に僕の目的の人物がいた。

 

「ここで逢えると推理していましたよ」

「あら、初めて聞く声ね。誰かしら。新入りさん?」

 

私の声を聞き本、聖書から顔を上げる彼女。

その彼女は--

--美しい銀髪を伸ばした、震えるほど綺麗な少女であった。

それ自体が発光しているかのような白銀の銀髪。澄み通る空のような青い瞳。整った美貌は可憐さと優美さを少女にもたらし、いやはや…僕とあろうものが見惚れてしまった。

いや盲目の僕にとって見惚れてしまうということはありえない。彼女が放つ何かにやられたのか?

世間では女嫌いと言われている僕としてはこんな経験は初めてだ。

だが、冷静になればそこにいたのは単に綺麗なだけの少女。

長年生きている僕としては興味深い現象だが、本当の目的を忘れてはいけない。

 

「こんなところに人が来るなんて。しかも見慣れない顔を見るに新入りさんでしょ。わかりにくいのによくここがわかったわね」

「少しばかりわかりにくいですが、肖像画の後ろの空間からの気流がおかしくなっているのは推理できましたので」

「変わった人ね」

「申し遅れました。ご存知かもしれませんが僕の名はシャーロック・ホームズ。以後お見知り置きを」

「私は蘭華(らんか)・イステル。イ・ウーの艦長の娘よ。これからよろしくね」

 

僕は少なからず驚きを覚える。僕が有名になってから僕の名を聞いて、僕のことを知らない人はいなかった。僕の名を聞いた人は少なからず、僕の名前に反応する。

だがこの少女、蘭華君の反応は全く僕のことを知らないという反応だった。推理してみるに、彼女はイ・ウーで産まれイ・ウーで育ったので知識が偏っており、外の世界のことについてあまり知らないのだろう。

なぜか少し悲しい気持ちになったのが僕と彼女の初めての出会いだった。

 

 

 

僕が彼女に会いに来た理由は、他でもない。僕の好奇心を刺激し続けるこの緋色の弾『緋弾』の研究をさらに先に進めるためだ。

緋緋色金と深い繋がりを持つ北条一族。

その中でも姫と呼ばれる北条一族の女性で今この世に存在してるのは、アメリカに『ダイ・ハード』認定されている遠山鐵の妻・遠山セツ、現イ・ウー艦長の妻の雪華・イステル。そしてその娘の蘭華・イステルの3人だけ。

結婚してパートナーがいる女性に手を出すのは英国紳士のすることじゃないから、僕が狙えるのは唯一未婚の蘭華くんだけなのさ。

だが、彼女に緋緋色金の研究の協力を取り付けるのは難航した。

 

「いや」

「そう言わないでくれ。ただこれに触るだけで…」

「絶対に嫌」

「うむ……」

 

彼女は僕の研究に否定的だった。

彼女を見つけるのは推理をするまでもなく簡単だった。

彼女はいつも聖堂で本を読んでいた。

そして、彼女は毎回僕の頼みを拒否した。

その理由はなぜか推理できなかった。

 

そのやりとりが1ヶ月以上続いた。

彼女は毎日聖堂にいて、僕が毎日会いに行く。

断られることが推理できているのに何度も何度も。

 

「今日はやる気にはなってくれたかね?」

「名探偵さんなら推理しなさいよ。ノーよ」

 

そう言って彼女は視線を僕から本に戻し、ギィィと椅子を鳴らした。

それを見た僕は以前僕がここに持ってきた椅子に座り、彼女の横でパイプを咥える。

僕がパイプを咥える音、そして彼女がページをめくる音。

僕にとってその静かな音がどんな音楽よりも素晴らしいものに感じられた。こんな経験は初めてだ。

しばらくすると彼女はぽんっと本を閉じた。

 

「なんで私が首を縦に振らないかわかる?」

「君は推理できているようだが、敢えて言わしてもらおう。()()()()()()()()()。この僕が推理できないのは興味深いことでもあり、そしてとても悔しくもある」

「けど、貴方楽しそうじゃない?」

「僕がかい?」

 

彼女が首を縦に振らないのもあり緋色の研究が進まないが、たしかに僕は不機嫌になることはなく、逆に気持ちの良い感覚になっている。

これは推理できている

 

「それはわからないことに対しての好奇心がそうさせているんだよ。僕が推理できないことがあること。僕はそれが嬉しいんだ」

 

僕の推理を話すと彼女ははぁ…と大きくため息をついた。

 

「貴方がそう言う限り、貴方に協力する気は無い」

「じゃあどうしたら協力してくれるんだい?」

「私がどうして貴方に協力しないかが推理できたら」

 

 

 

僕にとってこれは『緋色の研究』と並ぶぐらい厄介な大事件だ。

……だが僕に解けない謎はない。

こういう時彼女に近い人に聞けば何か推理の手がかり得られるはずさ。

 

「まあ!蘭華がそんなことを…」

 

蘭華君に一番近いだろう、母親の雪華に僕はアドバイスを求めた。

彼女は数瞬考えると何か理解したようで少しニヤリとしたような顔となった。

 

「名探偵さん。私から全部は言えない。これはあなたたちの問題だから。私はヒントしか言えない」

「それでも結構です。是非お聞かせください」

「まず、蘭華は貴方のことを嫌ってはいない。貴方が嫌いだから協力しないわけではないことは母親としてわかって欲しいの」

「それは推理できています」

 

彼女が僕がとなりに座っていても嫌な様子をしないことから、彼女に少なくとも嫌われていないことはわかっている。

 

「じゃあ、貴方はどう思っているの?」

「僕が?」

「自分の気持ちが推理できなかったら、相手の気持ちなんて推理できないわよ?」

 

そう言う雪華の微笑んだ顔は娘の蘭華君にそっくりだった。

 

 

 

(僕自身の気持ち…か)

 

私は蘭華君の横で椅子を揺らしながら、それを推理していた。

彼女に僕が今まで持ったことのない興味を持っているのは確かだ。

僕にも推理できない例外は数多ある。それらに対する興味と近いのだが確実に違う。

 

「どうしたの?眉間に皺寄せて」

「い、いやなんでもない」

「あら、そう」

 

彼女に話しかけられるだけで頬が紅潮するのがわかる。

彼女に話しかけられると自分の心拍数が上がるのがわかる。

彼女の顔を僕は盲目であるのに直視できていないこともわかる。

この気持ちは一旦なんなのか。

……いや僕は最初からわかっていたかもしれない。

彼女に初めて会った時から何も変わらないこの気持ち。

ただ僕はそれに目を背けていただけだ。

まったく……僕に新しい感情を植え付けさせるとは、大したものだよ。

 

「蘭華君」

「ん?何?」

「君が聞きたい答えが推理できたよ」

 

彼女にそう言うと今度は彼女が目を逸らした。

なるほど。謎は全て解けた。

君も僕と同じ気持ちだったんだね。

だから仕事だけの関係になるであろう『緋色の研究』になることを拒んだ。

英国紳士として早く気付くべきだったね。

 

「僕・シャーロックホームズは君・蘭華君のことが好きだ」

 

★☆★☆★☆★☆

 

彼女の協力もあり、緋色の研究は上手く進んだ。

やはり緋弾は接触、持ち続けることによって効果を発揮することができるとわかったのは僕と蘭華君の愛の結晶、可愛い愛娘が生まれる少し前だった。

 

「この子の名前、どうする?」

 

緋弾の研究の休憩時間、お腹を大きくした蘭華君がお腹さすりながらそう聞いてきた。

うむ…

名前をつけるということは推理とは違い難しい。

 

『名前』

 

その子に一生付き纏うものであり、彼女を表すもの。物事の本質が明確なほど誤られやすいように命名というものは簡単そうに見え、難しいものだ。

 

「私としては…」

「ん?」

「私としてはこの子に私の華という文字を渡したい。私は北条家、()()()()だから」

「…そうかい。それならそうしよう」

 

北条家の華の一族。

北条家の中でも特に優れた能力、美貌を持つものに付けられた名前。

北条家は遠山家と婚約することが多い。

その確率はだいたい50%だ。

体質、後にHSSと呼ばれるものの相性がいいにもかかわらず、半分程度しか伴侶にならない。

それはなぜか。

 

彼女たちは『奪われる』。

 

男は欲するのだ。

政治家も。著名人も。裏の世界の住人も。

彼女たちの才を。美貌を。全てを。

この僕が彼女に恋をしてしまったように。

特に華の一族は顕著で時の権力者が欲しがる。

初歩的な推理だが、このイ・ウーの艦長も同盟国の蘭華君の母親の雪華を見て、欲しくなってしまい奪い取ったのであろう。

華と名付けたら決して奪われる訳ではないが、波乱な人生を送ることになることは推理をするまでもなく明らかだ。

 

「うむ…」

 

父親としてこの子には幸せな人生を送らせてあげたい。波乱な人生ながらも人を愛し、人に愛される娘になってほしい。

『愛』『華』

あるじゃないかぴったりの名前が。

 

「紅華」

「くれは…?」

「僕は紅華がいいと思う」

 

なぜなら赤い色の花の花言葉は『愛』なのだから。




シャーロックホームズ視点はまた書きますがこれにて第1章は終わりです。

次は2章…の前の間章で


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第2部:1章:源平合戦(RE:START)
第1話:新たな始まり


やっぱり間章抜きで続けます


「ふああ……」

 

銀華に朝の挨拶を終えた俺は洗面所で顔を洗って眠気を吹っ飛ばす。今日は日曜日で世間的には休日だが、俺の()()()定休日は存在しない。実際、今日はある懐かしい人との任務があった。

身だしなみを整えつつ、防弾服に着替えてからリビングに入ると、先ほどまで朝ごはんを食べていた二人の娘たちはリビングのソファーでテレビを見ていた。

 

「おはよう、お父さん」

 

そう言ってきたのは銀華譲りの銀色の髪の長女、美銀(みしろ)。真っ白で汚れなき銀髪はそれ自体が光り輝いてるかのようで、親の贔屓目があるにしろ可愛い。めっちゃ可愛い。目に入れても痛くないとはこの事だろう。

……だが、美銀はめちゃめちゃ強い。俺と銀華の子なのもあるが近接戦闘に絶大なセンスを持ち、ヒステリアモードなしでも俺や銀華の技を使うことができるぐらいだ。このまま成長してったらどうなることやら…

その横でウトウトしているのは黒髪の次女、亜金(あかね)。長く艶やかな黒髪は俺譲りの色で、とてもあっちの俺(クロメーテル)に似ている。自分のことを褒めるようであれだが亜金も可愛い。めっちゃ可愛い。こちらも目に入れても痛くないだろう。

……だが、この子も俺と銀華の子というだけあって普通の子じゃない。超能力者(ステルス)だ、それも強めの。身近の超能力者たち曰く、紅華を超える能力を持つかもしれないらしい。

 

「おはよう、美銀、亜金」

 

そんな可愛くも末恐ろしい娘に朝の挨拶を返しながらリビングと繋がっているダイニングの席に座る。そこには銀華特製の朝ごはんが用意してあった。もちろん和食の。

 

「今日少し起きるの遅かったんじゃない?」

「たしかに、何か長い夢を見たような気がしてな」

「?」

「なんでもない」

 

手を合わせいただきますといい。朝ごはんをかき込む。武偵の頃からの名残で食事を素早く済ませた俺はナイフやら銃などを持ち慌てて家を出て行こうとすると…

 

「うぐっ…!」

 

銀華に後ろから襟首を掴まれて息が詰まった。

 

「な、なんだよ」

「もう、ネクタイ曲がってるから!こっち向いて」

 

銀華と対面するように回転させられた俺は俺の防弾スーツのネクタイやシワを直されるのを待つ。

何年もその姿を見ているはずなのに、その姿は昔から変わってなくて、とても綺麗で……

 

「ん?私の顔を見てどうしたの?もしかして……」

 

ニヤリと小悪魔のように笑う銀華。この笑みは俺をからかう時の顔だ。

 

「私が可愛くて見惚れちゃったとか?」

 

俺に長年可愛い可愛いと言われた銀華は自分の可愛さを自覚したらしく時折こういうことを言ってくる。

 

「そうだな。お前は世界一可愛いよ」

 

ヒステリアモード時の俺がいいそうな言葉を少し借りて、逆にからかってやると…

かああああああ。

昔のアリアばりの急速赤面術。

顔を耳まで真っ赤の茹でタコみたいになって俺の胸で俯いた。

 

「いってくる」

 

胸の前にいる銀華に頭を撫でてやりながらそう伝えると…

チュッ

 

「いってらっしゃい、気をつけて」

 

慣例のキスなのにどこか懐かしい気がするのはなんだろうな。

 

 

 

家の門から出たところでところでした気配を感じ取った俺が横に振り向くと、横には平均台に立つようにして、1人の少女が直立不動の姿勢で立っていた。彼女がその肩にかけているのは、ドラグノフ、が入ったトランク。

ドラグノフは細身・軽量で耐久性に優れる、戦場での使用を考えられ設計された実践的な狙撃銃。

 

「レキ」

 

その名を呼ぶ。

今は武偵局に勤めており、昔からの仲間のレキだ。俺とレキは勤める場所は違うのだが今日はたまたま同じ任務を受けることになった。

 

「おはようございます、キンジさん」

 

昔はこの気配のなさによく驚かされたもんだが、慣れると意外とわかるもんだな。

 

「…どうかされました?」

「いや、お前も昔と変わったなって…」

「そんなことないです」

「そういうところだよ、そういうところ」

 

少し頬を膨らませるような()()()()()()()()()()不満げな顔なんて絶対に昔のレキならしなかった。昔のロボット・レキと言われてた時ならな。

 

「もしそう見えるなら、私を変えてくれたのは…」

 

 

「キンジさんたちですから」

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

イ・ウーでの戦いなどがあった波乱の夏休みの最終日。

 

「呼び出しといて、何してたんだよ」

 

屋上のフェンスの上に座っていた、俺をここに呼び出したレキに対してそう問いかける。

 

「読んでました」

「読んでた?何を?」

「本ではありません」

「じゃあ、なんだよ」

 

レキの不可解な言葉に質問する。

 

「風を」

 

風。

レキが時折口にする言葉だ。

俺にはその意味がわからないが銀華は推理できているらしい。だが俺には教えてくれないので、俺には不可解な単語のまま。

 

「…呼び出しといて、高いところから人を見下しながら話すのは良くないぞ」

 

海風でレキのスカートが揺れたのを確認した俺は、不慮の事故を防止するためにそういい、再びチラッとフェンスの上を見ると、レキはもうそこにはいなかった。

 

「……!」

 

振り返った俺は、息を呑んだ。

いつのまにか--レキが俺の背後、すぐそばに立っていたのだ。

 

「風が狂い始めてる」

 

レキの独り言。

 

「なんだって?」

 

レキは電波系だ。レキの目はどこか遠い虚空を見るようなムード。背筋に何か寒いものを感じるぜ。

 

「そして風は興味を持っている」

「何にだよ」

「風以外の二人、その二人と心通わせ制御している少女に」

 

風以外の()()って……風の数え方は一吹きや一陣とかで一人や二人と数える数え方はしないが?

 

「キンジさん」

 

ガラス細工のような目。

その視線に俺は本能的に意識をレキに集中させてしまう。

この目。

まるで、捕食者が獲物を見るような--

 

「あなたはアリアさんと決して一緒になってはならない」

「なっ……」

 

なんだ。

どういうことだ。レキ。

 

「アリアさんに手を出すということは、銀華さんでは満足できない様子。それなら、これからは私が、あなたの仕事仲間、パートナーになります」

「お、おい……」

 

何を言って……

 

「あなたは強くなった」

 

録音されたラジカセのように、抑揚のない声で語ってくる。

 

「イ・ウーぐらいの敵なら、それでも十分だったことでしょう。実際、()()()()()()()が私と素手で戦えば--十中八九、キンジさんが勝つ」

 

こいつ、知っているのか。

イ・ウーも。

あっちの俺も。

 

「でも、ここからの敵はそうはいかない。単純な力比べでは斃せない。やり方次第であなたは簡単に殺されてしまう」

 

これからの敵だって?

聞き逃すことができないその言葉に--

俺が反応する前にレキは言葉を続けた。

 

「例えば狙撃手(スナイパー)。長い時間身を隠し、遥か彼方から射る私たちは、僅かな時間しか戦えない超能力者も、僅かな距離しか戦闘範囲がない拳銃手(サジット)も、たやすく射抜ける。

そう言い放ったレキの胸ポケットから取り出された銃弾は…….

 

「--装甲貫通弾(アーマーピアス)…」

 

その言葉にレキは何も答えない。

弾頭と輝き方が通常のそれとは違うこの狙撃弾は、シャーロックがカナを撃ったのと同じ、装甲貫通弾だろう。

 

「今から私がそれを教えます」

 

流れるような手さばきでドラグノフの弾倉に--ぱちん、と必殺の弾丸を込めたレキ。

俺はその前で何もできずにいた。今の俺はヒステリアモードの俺じゃない。イ・ウーを倒したからって油断していた。

そう。これは人生のパターンのようなものなんだよな。新たな事件を解決しても、また新たな事件が現れる。白雪も理子もそうだったのに、銀華、紅華の時だけないなんてないよな。

まあレキが次だとは思わなかったけど。

 

「キンジさん」

「……なんだ」

「私と結婚して下さい」

 

……は?

あまりに意外すぎる言葉に俺の口から声にならない言葉が漏れる。

 

「レキ…聞き間違いだとは思うが、今何を…?」

「あなたにプロポーズしたのです」

「ま、待ってくれレキ。俺には銀華がいるんだ。お前の条件は飲めない」

「銀華さんとの関係をそのままに私を第二夫人としてくれるだけで問題ないです」

 

レキの放った言葉に「一夫多妻制」「正室と側室」のような単語が脳内でヒットした。

 

「お、落ち着け…この国では一夫多妻制は採用されていないし…それにそれは人に銃を向けて話すことじゃないだろ」

 

ドラグノフの銃口にビビり一歩引いた俺に

 

「逃げられませんよ」

 

たじろぐ俺を射抜くような双眸で見つめたレキは

 

「もし断るというなら」

 

この日、この時から始まる大事件の始まりのゴングを鳴らしたのだった。

アリアのお株を奪う、あのセリフで

 

「風穴を開けます」

 




こんな感じにのんびりやっていきたいと思います


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第2話:信頼

お知らせがあとがきにあります


「あの時の人間狩りはまいったぜ…」

 

俺はあの時、初めて獲物の気持ちを味わった。

狙撃銃と拳銃の戦いは間合いを広げられたら最後、拳銃手の攻撃は狙撃手に届かない。

ただ、銀狼のハイマキに追い立てられ、狩人の銃から逃げ回ることしかできなかったからなあの時は。

横を歩く狩人のレキはノーリアクション。自分に都合の悪いことは聞こえないふりをしやがる。

まあ昔からそうなんだがな。

 

「ていうか、あの時俺はいつもの俺だったんだからな。少しは手加減しろよな」

 

大人気なく、昔のことを抗議するとレキは少しムッとしたような感じになり、

 

「あの時私は7分間どこへ逃げてもいいと言いました。その間に銀華さんを呼び出し、あのキンジさんにもなれたのでは?」

 

非難するような目でこっちを見てきた。

 

「馬鹿。夕暮れ時だったとは言え、堂々とそんなことできるわけないだろ。人間狩りのその後も大変だったんだからな」

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

「婚約でもなんでもする」

 

ヒステリアモードでもなんでもない俺は両手を上げてレキの人間狩りに対して投降した。

そんな俺の前に、レキは、ドラグノフをコトっと壁に立てかける。

 

「それではキンジさん。今から私はあなたのものです。私が現代の日本語に翻訳した契りの詔を読みます。少しぎごちないかもしれませんが許してください」

 

いつものヘッドホンを外したレキは、俺の前に歩み寄ってきて、その場で跪いた。

レキの背後に見える月は大きく輝いており、それに反射するように俺がここに飛び込む際割れた窓ガラスの破片が煌めいている。

 

「私は、これからキンジさんに仕えます。あなたは私の銃をあなたの武力としてお使いください。私の身体をあなたの所有物としてお使いください」

 

お、お前は……

 

「花嫁は主人の言うことに全て従います。主人に仇をなすものは1発の銃弾になり、必ずそのものに破滅を与えんことを誓います」

 

お……おい。何を言っているんだ。

さっきまでお前の飼っている狼のハイマキをけしかけて狩りまがいのことをしていたくせに…

今度は俺の所有物となるだって?

 

「ウルスは一にして全、全にして一。これからは私たちウルス47女、いつでもいつまでも、あなたの力となりましょう」

 

驚き動けない俺を前に、レキは決められた文を詠唱するような口調でそう付け加え、すっと立ち上がった。

そして、ヘッドホンを掛け直し、ドラグノフを持ち直し

 

「……」

動かなくなった。直立姿勢のまま。

これは俺のよく知るレキだな。さっきまでの殺気が抜けている。

 

「………」

 

レキと同じくその場に立ち尽くしている俺は、背筋に流れる汗を感じながら、この意味不明な状況を整理しようと頭を必死に動かした。

先ほどまでのレキの『人間狩り』は武力のデモンストレーションなのだろう。

--私から逃げられません。もし逃げようとするなら射殺します。

というメッセージをひしひしと感じた。

そしてその上で改めて婚約を宣言してきた。

--私はあなたのものです。

なんだか矛盾するような二つのものだが、俺はこれに見覚えがあった。

そう。女性版ヒステリアモードと似ているのだ。

武力のデモンストレーション。これはベルセの他の女にうつつを抜かすのは許さないという、私からは逃げられないということが言える。

そして私はあなたのものです。これは通常のヒステリアモードの時に弱くなるのと似ている。『抵抗できない私はあなたのものです』とも言えるだろう。

もしかしたらここら辺がこのよくわからないレキに対しての解決の糸口になるかもしれない。

強襲科でも習った、狙撃手に拘束されたこの状況。『狙撃拘禁』された場合のセオリーは、一旦降参したフリをして、何をされても抵抗せず、命令に従うことだ。そして後でなんとかする。隙を見て逃げ出すとか、説得するとか、援護を呼ぶとか。

今のところ、俺を殺したり拷問する様子はないし、解決の糸口も見えることから第一手の『投降』は間違ってはなかっだろう。

 

「……」

 

しかし、どうすればいいんだこれ。次に何すればいいのかわからない以上打つ手がない。レキは何も言わないで突っ立ってるし。

 

「……」

 

物は試しで1歩2歩後退してみると…

とことこ。

ついてきた。

レキに背を向け逃げるように歩くと、とことことこ。俺の後ろにつくように歩いてくる。

……なんだこれ。まるで背後霊に取り憑かれたみたいだ。

早足でこの場を脱出しようとすると--

それを感じ取ったらしいレキがくいっ。

袖を掴んできた。

 

「なんだよ」

「私から離れないで下さい」

「どうしてだよ」

「敵に襲われてはいけませんので」

 

敵って…お前、さっき『これからの敵』みたいなこと言ってたけど、俺からしたら今、お前が一番の敵だぜ…

だが、ここで下手な抗議をしてまたドラグノフを突きつけられたら敵わん。

 

「ていうか…これからお前はどうしたいんだよ」

「キンジさんになんでも従います」

「…じゃあ離れてくれ」

「それはできません」

 

さっきなんでもって言ったくせに…

 

「じゃあ、お前俺がトイレとかに行ってもついてくるのかよ」

「お手洗いの前で待機し、必要があれば突入します。命令ならば中にも入りますが?」

「いや…いい」

 

男子トイレに突入してくるってことかよ、女の子なら少しは恥ずかしがって嫌がるところだろそこは。

本当にロボット少女だなレキは。

俺はそのリモコンを押し付けられちまったってことだ。『あっちにいけ』のスイッチだけない不良品のな。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

「ほんとお前あの頃に比べたら丸くなったよな」

「それは褒めてるのでしょうか?」

「褒めてる褒めてる」

 

並んでた歩きながら、昔のことを思い出す。今日はなんか昔のことをよく思い出す。

昔馴染みにあっているからかもしれん。

 

「昔の事といえば」

「ん?」

「キンジさんの家に着く前に珍しい人に会いましたよ」

「誰だよそれ」

「狙狙達、ココ4姉妹」

 

俺はその言葉を聞いて思わず顔をしかめてしまう。なんであいつらがここに……

 

「お目当てはキンジさんのお宅かと」

「…の中にいる銀華な」

 

定期的にあの4姉妹は俺の家訪ねてくるんだよなあ。俺は立場上、中国マフィア藍幇の奴らと仲良くするわけにもいかないから疲れるんだ。問題だけは起こさないで欲しい。

 

「心配ではないのですか?」

「確かにあいつらが日本(ここ)で問題を起こさないか心配だが…」

「そういうことではありません」

「?」

「銀華さんを盗られないかということです」

「はあ…?」

 

銀華を盗られる?冗談を言うようになったんだなレキは。理子じゃあるまいし。()()()のやんちゃだった銀華ならまだしも、落ち着きを得た銀華が盗られる心配は一切してない。

 

「訪ねてくるのが男だったら少しは心配するかもしれんがまだしもあの4姉妹だったら大丈夫だろ」

「銀華さんは女性にも人気がありますが?」

「ま、まあ大丈夫だろう」

 

過去に何度か銀華を盗られそうになった時が脳裏にフラッシュバックするが大丈夫。大丈夫だと思う。大丈夫なんじゃないかな。

 

「冗談です」

「な…」

「キンジさんと銀華さんの関係を私はよく知っていますから」

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

俺。俺の後ろにレキ。その後ろにハイマキ。

RPGみたいな列を作りながら道を歩きつつ…俺は考えた。正直早く家に帰って寝たい。

だが、こんな時間にレキを連れて帰ってアリアと出会った場合、レキの「パートナーは私です」→「はあ!?なんなのあんた」で第三次俺の部屋大戦が勃発するのは間違いない。

それと白雪。今夜はいないと言っていたが、俺の不幸度的に「予定が変わったから帰ってきたの」→「キンちゃんに悪い虫がついた!悪霊退散害虫駆除!」のコンボでこちらも第三次俺の部屋大戦が勃発する可能性もある。

武藤や不知火の部屋も考えたがレキがついてきてしまう以上、無理。

そして、レキの部屋に泊まったら、後々持ち前の推理力であいつに知られると怖い。

ということはもう…あいつの部屋しかないよな。

気がすすまないが恐る恐るその相手に電話をかける。

 

「……もしもし」

「どうしたの、キンジ?」

「今日、銀華の部屋に泊まってもいいでしょうか」

 

そう、相手は銀華だ。こいつにレキの話をするのは怖いがあらかじめ言っておくしかないからな。もし言わなかったらバレた時が怖い。

 

「なんで敬語…?別にいいけど明日は二学期の始業式だよ」

「そうか…あともう一つなんだが…」

「?」

「レキも泊めてくれないか?」

 

電話の向こうで銀華の片方の眉が上がったのがわかった。疑問を覚え、俺の言葉の意味を推理しているのだろう。

 

「…大体事情は推理できた。いいよ」

 

相変わらずの推理力で1を聞いて10を知っただろう銀華の了承を聞き電話を切る。話が早くて助かるぜ。

 

「…ということだ。今から俺は銀華の部屋で泊まることにする。お前も来るんだよな?」

「はい」

 

そう一言だけ会話を交わし、またRPG行進をしながら銀華の部屋に向かおうとしたところ…

 

「電話してすぐ泊まりに行けるんですね」

 

後ろのレキから初めて世間話らしい会話が投げかけられた。この無言の行進は中々気まずかったから助かるぜレキ。

 

「そうだな、五年間の付き合いだしな」

「……」

 

無口(レキ)ネクラ(キンジ)らしい会話は5秒で終了。理子や銀華のように話を続けるテクニックを持ってればよかったと後悔する。

その時一瞬見えたレキの顔は、いつもの無表情だったが--

なぜかほんの少しだけ……切なげな顔をしていたような気がした。

 

 

 

 

二人と一匹でこっそり入った女子寮の廊下を足音を殺して歩く。抜き足(スニーキング)はどちらも俺より上手いな。ていうかレキ。なんだその完璧に無音な歩法は。探偵科の抜き足の授業でS 取れるレベルだぞそれ。

とボヤきながら着いた俺達を銀華は玄関で待っててくれた。

 

「いらっしゃい。キンジ、レキさん」

 

俺は荷物を銀華に回収され、スリッパを履いて後に続く。何度もきているが銀華の部屋は女の子らしく綺麗に整っている。家具らしい家具がなく恐ろしく殺風景な生活感のないレキの部屋とは大違いだ。

 

「ご飯食べる?一応二人の分も準備したんだけど」

「俺は貰おうかな。レキは?」

「頂きます」

 

3人で表面上楽しく食事を取った後、レキがシャワーを浴びている間に、銀華と二人の時間を作ることができた。

 

「あ、あの銀華。そのな」

「はあ…その調子じゃレキさんに求婚されたとかでしょ、まったくもう」

 

やっぱり推理できていらしく、右手を頬に当てため息をつきながら不満そうにそう言ってきた。

 

「よ、よく推理できたな」

「初歩的な推理だよ。私の家にキンジが泊りに来ることにキンジがあんなにビビる必要がない。例えレキさんが一緒でもね。何かやましいことがあるに決まっている」

「やましいことって…」

「状況的にレキさん関係。もし浮気なら流石のキンジも隠れてするはずだから、私の家に来るのはおかしい。隠せるものなら隠せるはず。私に隠しづらく、レキさんの態度を見るにそう推理しただけだよ」

シャーロック・ホームズの娘は流石だな。

 

「まあ…ウルスは私に興味持ってたぽいしね」

「ん?」

「ううん。なんでもない…それでなんで求婚受け取ったの?」

「狙撃で脅されてな」

「一種の『狙撃拘禁』ね…それでなんて言ってた?」

「なんてって?」

「理由」

「ああ…そういえば聞いてなかったな」

 

最初から疑問だったが率直すぎて聞いていいもんかと思って聞かなかったんだった。

 

「理由は一応わかる。風に命じられたから」

「お前らがいう風ってなんなんだよ。コードネームか何かかよ」

「ごめん。今は教えられない」

 

風は大気の流れ。自然現象だ。そんなものが人に命令するわけがないからな。『風』という言葉はなにかを指しているんだろう。

 

「たぶんだけど、レキさんに告白されたのもレキさんの意思じゃない。政略結婚みたいなもの」

「俺たちの最初みたいなもんか?」

「そうだね」

 

俺たちも最初はお見合いというか親同士が決めてたものだし、レキのやつと少し似てるな。

 

「というか…レキは風というやらのことならなんでも聞くのかよ」

「うん。レキにとって風は絶対。風が命令することは何も考えずなんでも従う。引き金を引かれれば必ず飛ぶ、銃弾のように」

「………」

 

レキの説得は難しいことを悟る。レキの意思はすぐには変わらない。そもそも意思がないのだから。『無い』ものを『変える』ことはできない。

どうすればいいんだとため息をつく俺に

 

「大丈夫。私もなんとかしてみるよ」

 

銀華がそう言ってくれる。

 

「…というかお前になんか言われると思ったんだが何も言ってこないんだな」

「信じてるから」

「…」

「私を愛してくれたキンジを信じてるから。キンジもそれに応えてね?」

「ああ」

 

俺の口に人差し指を当てる銀華の照れ顔はとても可愛く、何か肩の荷が降りたような気がした。




レキ強化ポイント:冗談が言えるようになった



*お知らせ
そのうち短編二話の別作品で大人と高校生の間の部分をあげます。
ここにあげられない理由はR-18だからです


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