流れ星に願いを込めて (クリマタクト)
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プロローグ

「……よし、これでいいわね」

 ラキュースは一人、ノートを備え付けの机の二段底に入れながら満足げに言う。
 本来、ただの日記などであればこんなに厳重に保管などしないが、その内容は自らの呪いに関するもので、誰にだろうと言えたものではなかった。

 ラキュースは立ち上がり、長時間座って固まった自分の体をほぐす為に軽くストレッチをしている時ふと、立てかけてある魔剣を見た。

 ──魔剣キリネイラム

 かの13英雄が一人、黒騎士の使っていたとされる4本のうちの一本。
 これを見つけたときは狂喜乱舞して、みんなからは呆れられるほどだった。

(あの時は本当に嬉しかった)

(でも、今はなぁ……)

 当然、今でもラキュースにとってあの日の出来事は嬉しかったし忘れられない思い出だ。だが、いまのラキュースにはそれ以外の気持ちもあった。

 ラキュースは魔剣を持ちながら、軽く素振りをする。普通の一人用の宿ならそんなこと危なくて到底出来たもんじゃないが、ここは王都一の宿。その程度のことができない広さではない。

 ラキュースの素振りはとても鋭く、そして力強い。筋力的に言えば、今のパーティでガガーランの次くらいの物を持っていると言えるだろう。普通の冒険者や兵士であれば、理想として目指すような素振り。だが、それをするラキュースの顔は晴れるどころか曇っていった。

(……やっぱり、かぁ)

 速度も筋力もある。だが、ラキュースの顔が晴れることはない。それはなぜか?──目指すものが違うからだ。
 ラキュースは英雄になりたかった。
 誰にも負けない。誰よりも強い。御伽噺に出てくるような英雄に、ラキュースはなりたかった。

 だが、その思いもラキュースの中では消えようとしていた。
 届かないのだ。技が届かない。気持ちが届かない。強さが届かない。
 誰もが思い、焦がれるような英雄に、その基準に、ラキュースの中では届いていなかった。
 他の人からしてみれば、十分に届いていると言えるが、ラキュース本人からすればまだまだだ。
 ──自分よりも……

 そこまで考えて頭を振る。

「少し弱気になってたわね……」

 ラキュースは一人、そうごちた後寝台へと向かう。この考えはしてはいけないもの。そう結論づけて考えを無理やり絶つ。

(自分にはないものはたくさんある。でも、それでいい……みんなと一緒に冒険できるなら。それだけで私は満たされる)

 ──流れ星が光った。

 ♦︎

「うーむ……確かここにあったはずなんだがなぁ……」

 甲冑を纏った半魔巨人の異形種である、武人武御雷は周りにいるNPCには目もくれずにそこに保管してあるアイテムを漁っていた。
 ナザリック5階層に存在する大雪玉。そこは領域守護者であるコキュートスの住処だが、NPCの親も物を置いても問題ないだろう?と言う謎理論により武人武御雷の荷物もそれなりに置かれていた。もっとも、重要なものは宝物庫にしまってあるので、ここにあるものは基本的に少ない。だが、今の武人武御雷の探すものはそこにあった。

「よし、できたできた」

 目の前にいたのは、武者だった。
 兜をかぶり、具足を嵌めた姿は現実でも太古の昔に名を馳せたといわれている伝説のSAMURAIの姿そのものだった。

「そうそうこれこれ、やっぱりかっこいいなー!」

 うんうんと頷きながら、いろいろな角度からSSを取って一通り満足することができた武人武御雷は、まるで自分が来ていることを隠すかの様に後片付けを始めた。
 そして少しの時間の後、整理を終わらせた彼はさっさとメニューを開いて、お目当てのものを装備する。
 コレをすれば、もうここに来ることはない。
 そう思うと、彼の中にある思いがポツリと声になった。

「何で、引退したんですか……たっち・みーさん。俺、あなたに勝ちたかったんですよ」

 その一言には様々な感情が込められていた。
 不満、無念、悲しみ、そして憧憬。
 彼は勝ちたかったのだ。ただの一回だけでもいい。あの、アルフヘイム最強の戦士をこの手で下したかった。
 たかがゲーム。そう思って割り切ることもできた。と言うより、引退すると聞かされた時はそう自分の中で割り切ることは出来た。
 でも、その後になってやっと実感が湧いて来たのか沸々と怒りにも似た、後悔にも似た理不尽と言える様な感情が溢れ出したのだ。

 その後は、段々とログインする日にちが開いていった。仕事が忙しいから仕方ない。彼女が出来たから時間がない。そんな風に、仕方のない理由で自分を言い聞かせて来た。
 だが、それも今日で終わりだ。
 このゲームも、今日を最後にサービスを終了する。

「モモンガさんには悪いことしたかなぁ」

 本来、ギルメンがギルド内にリスポする時はギルドチャットで通知が行くが、今はこっそり来たかったため通知機能を切っているし、ギルドの機能で発見されない様に特殊技能も使っている。
 自分が抜けた後も、淡々とギルドを維持して来たモモンガに会う顔が無い。そう思っていたのだ。
 ──最もその本人はそんな事微塵にも思わずに大歓迎するだろうが。

 彼は立ち上がり、装着された指輪をチラリと見る。
 流れ星の指輪。引退すると言ってきたやまいこさんに、ビール一本と交換してもらった逸品。残っている祈りの回数は一回。
 コキュートスに向かい、大きく腕を上げて叫ぶ。

「指輪よ!我が願いを叶えたまえ!!」

 指輪は超位魔法を発動させる。
 そして10個ほどの選択肢を目の前に映し出した。
 その中に一つ、彼の望んだ選択肢がある。

『神への嘆願』

 サービス終了が発表された後、運営が星に願いをを発動させた時選択肢に確定で入る様になった物。
 その内容は名前の通り、運営に対して音声メッセージを送れるまさに神への嘆願だった。とはいえ、世界級アイテムよこせやレベルキャップ開放しろなんてものはまず叶えてくれない。運が良ければ叶えてくれるかもしれない。その程度の物だ。だが、それで十分だった。
 彼はコキュートスに向かい言い放つ。

「──こいつを……コキュートスを誰よりも強くしてくれ。たっち・みーを超えるくらい、ずっと、ずっと!」

 自分の無念、悔恨。その全てを含めた願い。それを言い放ったと同時に魔法陣は消え去った。その後、急いでステータス画面を見るが変化なし。明らかに失敗に終わっていた。

 彼には分かっていたことだ。いくらクソ運営だとしても、こんな願いを叶えてくれるはずがない。第一、叶えるにしたってどうすればいいんだ。強さの定義は何だ。腕力?技術?そんなの誰にもわからない。

 だが彼はこれ以上に無いくらいに清々していた。

「うん。これでいい。少しはスカッとした」

 ゲーム的な意味では何も意味の無いことだった。
 ただ一回、貴重なアイテムを空撃ちしただけに過ぎないものだった。
 だが、彼にとってはこれ以上に価値のある行動なんて今、この場にあるわけが無かった。

「だから……もう、終わりだ」

 どこかすっきりしたような雰囲気を帯びる彼はそう言いながら去っていく。
 サービス終了、30分前の出来事。
 彼の存在に気付いているものは一蟲を除いて居ない。

 ♦︎

「ふう」

 冴えない風貌の男は、ヘッドギアを外した後大きく伸びをする。
 仕事のせいで全く使ってなかったナノマシンを半年ぶりくらいにフル稼働させたせいか、体の調子が少し悪いのだろう。

「──さん、ご飯食べないの?」
「ああ、もう食べるよ」

 そう言いながら男は、ヘッドギアをもと入れてあった埃まみれの箱の中に入れて歩きだす。

 ──外では珍しく流れ星が光っていた。

 ♦︎

「あ゛ー」

 淑女とはとてもでは無いが言えない様な声を上げながら起き上がる。
 外を見れば、既に通りが活気付いている。もう直ぐで昼時の時間だ。

「……流石に寝すぎたわね」

 昨日の愚痴が心の中では思いのほか引きずっていたのか?全く情けない。
 そう反省しながら、脇に置いてある水差しを軽く煽りつつ、着替え始める。
 ネグリジェを脱いで、脇に置いてある服を着込んで行く。
 その行動はなれたもので鎧を着けるのですらすぐに終わる。
 そして最後に、剣に手をかけた瞬間──『ム?』

「……え?」

 ラキュースは直ぐに剣を手放し、後ろに下がる。

「……剣が喋った?」

 恐る恐る、もう一度剣に触る。反応がない。柄を握る感触も、剣の重さもいつもと変わらない。さっきのは聞き間違いだったのか?そうラキュースは思った。

(そうよ、何もない。多分誰かが伝言(メッセージ)を間違えて送ってきただけよ。そうに違いないわ)

 そもそも、剣が喋るなんておかしな事なのだ。そんな事を考えるやつなんているわけが無い。いたらただのアホだ。
 そんな風に、自分の奇病を棚に上げながらラキュースは結論づけて魔剣を腰に付ける。
 その際に先ほどの様な反応はやっぱり無かった。

(やっぱり疲れてるのかなぁ……みんなには悪いけど一日寝てようか──)

『──オイ、キコエテイルノダロウ?』

 少し片言だが、威圧のある声が彼女の頭の中に響く。
 聞こえてません。
 そう言いたいラキュースだった。
 だが、相手が気付いている以上此方も応えないといけない。と言うより長年の勘か、ここで無視をするともっと酷いことになる気がする。
 そんな自分の勘を信じながらラキュースは、剣に向かい話し始めた。

「……聞こえてるわ」
『ナラ答エロ。ココハドコダ?』
「リ・エスティーゼ王国の王都よ」
『ナザリック地下大墳墓デハ無イノカ?』
「……そんな名前の場所私は聞いたことないわ」
『……』

 ラキュースの答えに魔剣は沈黙する。
 そうすると逆にラキュースがなるべく刺激しないよう、ゆっくりと質問をする。

「じゃあ次は私から。貴方の名前を教えて?」
『……』
「あれ?」

 おーい、ねえ?、話聞けよ。そんな風に何度呼び掛けても反応がない。それどころか、先ほどまでの高圧的な気配も消え失せている。
 ラキュースは少し焦りながらもっと呼び掛けたり、魔剣を叩いたりする。しかし何も反応はない。

(二つ人格があるみたいでカッコイイからいて欲しかったけど……もしかしたら、魔剣にあった持ち主の残滓だったのかしら?)

 聞いたことはある。一部の武器は、持ち主が死んだ時蘇生ができるように、魂を自分の中に保管することを。ラキュースはこの魔剣もその類だったのではないか?馬鹿らしい話ではあるが、これは十二英雄のつけていた魔剣のひとつ。そんなことがあってもおかしくない。そう結論づけて、みんなの所に行こうとするが強烈な違和感。
 体が動かない。

(……は?)
「フム、私デモ動カセルノカ」
(……ちょ!?)

 どんなに体を動かそうとしてもまるで動く気配はない。自分の命令を体が何一つ聞いてくれないのだ。
 ラキュース(偽)はそのままドアに手をかけて外に出る。
 その間ラキュースは全力で抵抗するが、そんなの意にも返さずズンズンと突き進んで行く。

(止まってー!)

 心は強情でも体は素直。
 どんなに気合を入れて体を動かそうとしても、体が言うことを聞いてくれない。止まるどころか、ズンズンと突き進んで行き、ついには一階の酒場の場所についてしまう。
 そこにはイビルアイが一人で座っていた。

「やっと起きたかラキュース」
(助けてイビルアイ!)
「……」

 ラキュースの叫びは当然のことながら目の前で本を読んでいるイビルアイに届くことはない。
 だが、こちらにまったく反応を示さないラキュースを不審に思ったのか首をかしげていた。

「どうした?聞こえてないのか?」
「……イヤ、キコエテイル」
「ならどうした、体調でも崩したのか?見たところ喋るのもつらいように見える」
「ソンナコトハナイ。少シ用事ガデキタ。イマカラデルガ気ニスルナ」
「そ、そうか?」
(そんなわけないでしょー!?)

 ラキュース渾身の叫びはなおも届かず。ただ体調が悪いだけと思い込んでいるイビルアイは、今のラキュースにまったく違和感を覚えていない。

(フム、ウマクイッタミタイダナ)

 自分が大根役者なのを自覚しているラキュース(偽)は上手くことが進んでいることに一息つく。
 このまま今の場所さえ離れてしまえば、とりあえず周りと離れることができる。そして、そうすれば栄えあるナザリックを見つけることもたやすい。そう考えながら、扉に手をかけようとするがそのとき後ろから声をかけられる。

「な、なあラキュース。本当に大丈夫なのか?」

 話しかけてきたのはまたもイビルアイ。つっけんどんな態度をとられたとしても、それを意に返さずにもう一回話しかけてくる。どこぞの竜王が見たらちょろいと言いながら大笑いするのが間違いない光景だ。
 ラキュース(偽)は少しわずらわしく思うが、それでもここでばれれば今の努力がすべて水の泡。ぐっとこらえてなんでもないような態度で話し出す。

「……大丈夫ダ。ジャア、マタ後デ――」
「――おっ、やっと起きたのかラキュース」
「リーダーやっと起きた」
「昨夜はお楽しみでしたね」
「お前たち、もう戻ったのか」
「ああ、指名の依頼が今日来てたらしくてな。探す手間が省けたよ」

 ラキュース(偽)がようやく出れると思った矢先に、双子の忍者と大柄な体格をした女?がこちらに向かって話しかけてきた。
 これにはラキュース(偽)はこれまで以上の危機感を覚えた。
 先ほどまでは騙せばいい対象が少女一人だったが、今は三人に増えている。どう動くべきか。そう考える途中にも、目の前では会話が続いている。

「――ということで、ラキュースはどこかに行くらしいぞ」
「ん?なんか用事があったのか」
「アア、少シ野暮用ガナ」
「ふーん」

 ガガーランはラキュースに向けて懐疑の視線を送ってくるが、それはまだ怪しんでいるだけで問いただしてくるほどのものではなかった。

「デハナ、夜ニ戻ッテコナクテモ気ニシナ――」
「ねぇねぇ、鬼ボス」
「ム、何ダッ!?」

 忍者の片割れに向かい振り返るのとほぼ同時のタイミングで、逆側にいた方からクナイをラキュースめがけて投げられていた。
 ラキュース(偽)はそれを鎧の腕部分で反射的にはじく。一体どうしたんだ?そう問おうとするが、相手はすでに臨戦態勢。聞く耳を持っていそうにない。

「……一体ドウシタ?」
「ボスが鬼ボスって言われたら必ず怒る」
「それにいつもに比べて姿勢が、声が、呼吸が全く違っていた。ボスはどこ?」
(あ、あなたたち)
「お、おい。それは本当か!?」

 アダマンタイト級の戦闘ということですでに大半が逃げだした空間の中、半信半疑な者はいれど全員ラキュースに向けて剣を向けていた。
 出入口の方向に最低でも一人はいる関係から離脱することも難しい。
 そう思ったラキュース(偽)は腰に掛けていた剣を握る。

「フム、ナラバ切リ伏セル」
「やってみろぉ!」

 ガガーランは戦鎚――尖ってない方――をラキュースの胴めがけて殴りつける。
 未熟な者であれば受けるどころか避けることすらできないアダマンタイト級にふさわしい豪快な一撃。
 しかし、ラキュースはそれをたやすく剣で受け止めた。

「なっ!?」
「どけガガーラン!砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)!」

 返す刀で首をはねようとガガーランに近づくラキュースに対して砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)が発動。
 周辺が砂地となったことで一瞬だけ足をとられるラキュース。その隙を決して逃がさず、ティアとティナは十字に位置取りクナイを同時に投げてくる。
 しかし、これもラキュースは身じろぎする程度の最低限度の動きで回避。薄皮一枚傷ついていない。
 ラキュースは即座にティナに向かい横なぎの斬撃を放つ。その鋭い一閃はティナの胴体を薙ぐが、それに手ごたえは全くなかった。

「影分身ノ術カ」
「情報は持ってるって思ってよさそう」
「しかも強い。鬼リーダーよりも強い」
「……おそらく、私と同格の力はあるな」
「こりゃあ……」

 完璧な連携攻撃だったにもかかわらず、完璧に迎撃をして見せるラキュースにこれ以上のない警戒を示していた。

(ねぇ!いい加減やめなさいよ!私の仲間になんてことするのよ!!)
「黙レ。私ニハ奴ラノヨウナ仲間ハイナイ」
「……もしかしてあのしゃべり方。本物のラキュースが中に!?」
「なるほど読めてきたぞ。あれは魔剣の呪いだったのか」
「くそ……ラキュースめ、ムチャしやがって」
「……ボスは絶対に取り戻す」
「それが今までボスの言葉を信じて何もしてなかった、私たちのやるべきこと」

 全員の顔に決死の覚悟が浮かぶ。だがそれを気にするラキュース(偽)ではない。
 正眼に剣を構える。だが、その動きには少しだけ違和感が残っていた。

(何時モト感覚ガ違ウ……マルデ泥ノ中ニイルヨウダ)

 本来、ラキュース(偽)はこんなに遅い動きでは無い。元の状態で踏み込めば足元の砂など無視して突っ込めるし、ガガーランの戦槌を受け止めた後カウンターで首を跳ねることも出来ただろう。
 だが、いまそれをしようとしても体が反応をしてくれていなかったのだ。
 だから今の純粋な実力はこちらで言うところの難度180程度。元と比べると雲泥の差だ。

「私が抑える!その隙に気絶でもさせろ!」
「おう」
(何トイウ屈辱。至高ノ御方々ヨリ賜リシオ力スラ、私ハ十全ニ振ルウコトスラ出来ナイノカ……)

 イビルアイは得意の結晶散弾(シャード・バックショット)を放つ。
 大量の水晶を相手にぶつけるこの魔法。いかにラキュースといえどこの近距離からよけられるはずはない。そう全員が確信する中、ラキュースは信じられない行動に出る。

(ねぇ!やめて!何しようとしてるのよ!?)
(ナラバセメテ、コノ者タチヲ狩ル事デ我ガ絶対的ナ支配者ニ勝利ヲ献上シヨウ)

 水晶の弾の群れが当たる数秒前、ラキュースは神速ともいえる速度で魔剣を構える。

 ――そして振るった。

「――風斬」

 瞬間、辺り一体に強烈な風が奔る。
 迫ってきた水晶はあらぬ方向に吹っ飛び、横から向かってきていたガガーランやティア、ティナも思わず顔を覆ってしまい、前に進むことができない。
 そしてラキュースの目の前にいたイビルアイはその衝撃に、壁まで吹っ飛ばされていた。

「ぐぅッ!」
「イビルアイ!」

 だがもう遅い。
 全員が止まったがゆえにできた一瞬の隙。
 それを見逃すラキュース(偽)ではなかった。

「マズハ一人」

 ティアとティナから明らかに急所狙いなクナイが投げられるが、その程度では止まらない。
 最小限の動きでよけながら、壁までの距離を一歩で詰めたラキュースは、大きく魔剣を振りかぶる。
 絶対的な力の前で、片足が折れたイビルアイは動けずにいた。
 だが、せめて一矢報いてやるとでも言うように、杖の先に魔法が灯っている。しかし、今のラキュースの技量を考えれば相打ちがいいところ。魔法を当てたところで、イビルアイの死は免れない。
 だがイビルアイにしてみれば、それでよかった。

(私の命で、ラキュースを正気に戻せるのならそれでいい)

 若い者を守るために、年老いたものは死ぬべきなのだろう。そんなふうに考えながら、イビルアイは一言。ラキュースに向けて言う。

「後は任せた」
「イビルアイ!」
「よけて!」
「ッ!!」

 そして、大上段の一撃はそのままイビルアイめがけて振り落とされる――はずだった。

 間違いなく即死級の攻撃だったそれは、イビルアイの仮面に触れるか触れないかといったところでぎりぎりとまっている。
 イビルアイが顔を上げると、そこには苦渋に満ちた顔のラキュースがいた。

「絶対・・・・・・そんなこと、させない・・・・・・ッ!!」
(クッ!?動カセナイ!!)
「ティア!」
「任せて!」

 ラキュースが必死になって作ってくれた隙。それを見逃さずにティアはラキュースにひとつのポーションをぶん投げた。
 指一本動けないラキュースはその中の液体をもろに浴び、変な酩酊感に襲われた。

(コレ・・・・・・ハ?)
「即効性の麻痺毒よ。抵抗する気はないから一緒に眠りなさい!」
(クッ!!)

 段々と苦渋の顔が消えていき、落ち着いた顔になっていく。

(だめね、もう動きそうにない)

 麻痺毒が完全に回ってぼやけていく視界の中、他人事のようにラキュースはそう思っていた。

「お、おい!しっかりしろ!のっとられるなよ!!」
「大丈夫よ。でも、拘束はお願いね?」

 そこで、ラキュースの視界は真っ暗になった。


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1話

一話にして多くのお気に入り、UA、評価、ありがとうございます。
遅筆ではありますが完結まで頑張りたいです。


 気がつけば、私は氷の宮殿の中にいた。
 その中身は豪華絢爛。まるでこの世の贅沢を寄せ集めたような場所だった。
 遠目で眺めているだけでも楽しませてくれる。

 それを私はずっと見ていた。

 ずっと。

 ずっと。

 ──動くことができないのだから。

 ♦︎

「……ッ!!」

 ラキュースは呼吸を荒くしながら、跳ね上がるように起き上がろうとするが、鎖に邪魔されて動けない。右腕は特に動く気配がない。まるで上から押さえつけられているかのように、ピクリとも動かない。
 それを不審に思い、右腕を見る。
 するとその腕には、魔剣が握られていた。

(ヨウヤク目覚メタカ)
「……!!あなたがやったの?」

 衝撃から立ち上がれてないラキュースに、まるで間髪を入れないように魔剣は話しかけた。
 ラキュースの質問に、魔剣は此方を少し馬鹿にするように応え始める。

(アァ。コノママ捨テラレルノハ、些カ面倒ナノデナ)
「……そうですか」

 傍目から見れば、魔剣を握りしめているように見える。しかしラキュースからすれば、握りしめて持っているという感覚はなかった。
 例えるのであれば、布を手に巻きつけているようなもの。何かが手にある感覚はあれど、力を全く入れてない。そんな状態だった。

「これじゃ、本当に呪いの魔剣ね……」
(ステータスニ逆補正ガ掛カル訳デモアルマイ)
「なにそれ」
(ソノ程度モ分カラナイノカ……イイカ?──)

 魔剣のよくわからない言葉を聞き流しつつ、ようやく落ち着いて来たラキュースは辺りを見渡す。
 そこは石レンガに覆われた貯蔵庫のような場所だった。床に塵が積もっていることから、物置としては使われていても長い間放置されていた事がうかがえる。
 だがスペース的には中々な物で、大立ち回りをしようとも問題がないくらいの広さもあった。
 頼んだ日中にこんな理想的な場所を見つけるなんて、ウチの変態暗殺者は悔しいけど有能ね。そうラキュースは自分の仲間の頼もしさを再認識していた。

(──ト言ウワケダ。……オイ、聞イテルノカ?))
「ええ、もちろん」

 聞いてない。

「だいたいねぇ、何で貴方は私の魔剣キリネイラムに入ってきたの?というか名前は?」
(貴様ノヨウナ弱者ニ名乗ル名ナド無イ。アトコレハ偶然ダ。気ヅイタラコノ状況ダッタ)
「それで通用すると思ってんの?なに、冒険者舐めてんの?」
(知ルカ)

 実際、魔剣は自分がこの中になぜ入ったか。その原因は何一つ分からなかった。気付いたらこの状況だったのだ。
 ラキュースも貴族特有の観察眼と魔剣の態度から察してはいるものの、酒場の酔っ払った奴の如き面倒くさい絡みを止める事はない。それは紛れも無い、ただの嫌がらせだった。
 本来ならば魔剣がブチ切れてもおかしくはない場面。しかし元来の真面目さが起因してか、それが嫌がらせだとは気付かず真面目に受け答えをしていた。
 その結果、自分の握ってる剣にひたすらダル絡みする奇妙な構図が現在進行形で発生している。

「──だいたいねぇ、動かせそうだからと乙女の体を奪って、挙げ句の果てには邪魔だったから仲間を殺す一歩手前まで追いやった?ふざけんじゃないわよ、あんた一般常識ってもんはないの」
(知ルカ)

 いい加減無視しようか。そう思いはじめた魔剣が生返事すら面倒になってきた頃合いに、階段を降りてくる音が聞こえ始める。
 降りてきたのは青いヘアバンドをつけた忍者──ティアだった。
 これ幸いに魔剣はティアが来た事をラキュースに知らせる。

(……仲間ガ来タゾ)
「……ラキュース」
「ティア!」
「……」

 だが、ラキュースに近寄ってくる事はなかった。それどころか、歩数にして二歩分は離れた場所で止まっている。
 それを見たラキュースは、一瞬だけ悲しい顔をするがすぐに引き締め、笑顔を浮かべる。

(随分ト嫌ワレテイルヨウダナ)
(……うるさい)
「ティア。大丈夫。今の私はあいつじゃ無い」
「……本当?」
「ええ」

 ラキュースはティアの警戒を解くように笑顔で答える。
 だが、ティアは距離を縮めるような事はしない。一歩も下がらず、されど一歩も進まず。一定の距離の元、まるで内側を覗き込むかのようにラキュースを見ていた。
 そんな仲間の様子を見て、ラキュースは自嘲していた。

(まぁ、そうよね)

 仲間を傷つけた奴を信用できるわけがない。全くもってその通りだ。
 ──いっそこのままティアに……。
 そう思っていると、ティアが近づいてくる。その様子に迷いはない。

 だが、ある意味納得の結末だ。

 そしてティアはゆっくり近づいてくる。その余裕は、こちらが暴れないと確信したからなのだろう。
 そしてラキュースは覚悟を決め、真正面からティアの顔を見る。

「……元気でね」
「──」

 返答はない。
 だが、代わりに腕を出してくる。そしてその腕は首へと向かっていき──その途中で、胸を鷲掴みにしてきた。

「……へ」
「──ラキュースが動けない現状。これは私の独壇場」
「ちょー!?」

 余談ではあるが、今のラキュースは無垢なる雪などの防具は全て外されていて、着ているものと言ったら普段着のみ。

 つまりモロ感触が分かる状態だった。ナニとは言わないが。

 完全に予想外な事をされてパニックになっているラキュース。だが。鎖と重りの所為でろくに動くことが出来ない。特に利き腕は魔剣の関係上雁字搦めにされるレベルで拘束されているため、指も動かせない。
 それがラキュースのパニック度合いを加速させていた。

「この大きさ。そして揉み心地。やはり私の目に狂いはなかった……!」
「あんたの目が狂ってるわよ!!」

 そんな事はつゆ知らず。ティアはひたすらラキュースの胸を揉みしだいていた。
 半狂乱状態のラキュースは全力で声を張り上げる。しかしどんなにラキュースが叫ぼうとも、当然のことながら体が動く事はないし、助けが来るわけでもない。けれどもティアの腕は止まらない。

「誰か!誰かいないの!?」
「みんな今買い出しに行ってるから誰もいない」
「なんですって!?」

 ティアから告げられる衝撃の真実。
 だがラキュースはそれに絶望しなかった。

「も、もしこのままヤルとしたら私が無垢なる雪を着れなくなるわ。その責任をどうとるの!」
「大丈夫。ドワーフにはイジャニーヤ時代のコネがある。代わりなら何とかなる」
「しょ、正気!?」
「うん。私、リーダーとイビルアイは死ぬまでには抱くって決めてたから。身持ちの固いリーダーとやれるチャンスはココしかない」
「待っ、待った!イビルアイをあげるから!だからそっちに!!」
「イビルアイは頼みこめばヤレるだろうから別にいい」
(……盛ルノデアレバ、私ヲハズシテ欲シイノダガナ)

 魔剣の呆れた声は、当然アンテナ(ラキュース)が狂乱状態のため聞届ける者はいない。
 ティアはラキュースの制止の声を振りほどき、手を服の下に入れる。

「ヒッ!?」
「怖くないよ。大丈夫、上を向いてる間に終わるから」

 そのままティアは先ほどまで手を置いていた場所に下から向かう。
 その手に一切の迷いはない。かなりの場数をこなして来た者特有の滑らかさがそこにはあった。

(あぁ、お母様、お父様、そして叔父様。私の不義理をお許しください)

 もうここまで来れば抑える事は絶対に無理。そう判断し諦めたラキュースは、遂に家族への想いに馳せていた。

 そして弄り始めようとしたその瞬間──ティアが抱きついてきた。

「……よかった」
「へ?い、一体どうしたの?」

 何が何だかわからないラキュース。混乱していると、声が聞こえてくる。

「やれやれ。ちゃんと戻ってるみたいだな」
「そうっぽいな」
「外側からは特に問題はなかった。多分ティアの触診は当たってると思う」
「え?え?何これ?」

 乙女の純潔が散らされる覚悟を決めたと思った瞬間、その張本人は抱き着いてきて、居ないと思っていた仲間たちがヒョッコリと階段に上から顔を出す。ラキュースにとっては、筋骨隆々の仮面男がメイドとしてやって来た時くらいの混乱があった。

「もし戻ってなかった場合、騙されて解放しようものならあの時の被害の比では無いからな。少し試させて貰ったんだ」
「私は呼吸を乱れさせ──」
「──私がそれを確認する」
「まぁ、そういう事だ。疑って悪かったな」
「な、なんだ……」

 ガガーランの豪快な笑いにラキュースは安堵をこぼす。

「続きがしたいのであれば構わない」
「絶対やらない」
「……」

 その時のティアの顔はまるで捨てられた子犬のようだった。

 ♦︎
「コレデイイノカ?」
「ああ、もちろんだ」

 青の薔薇のメンバーは貸し切った酒場で、机を挟んで話していた。
 その雰囲気は、何時ものような和気藹々としたものではない。まるで敵同士が戦闘前にするようなものだった。
 常人であれば、立ち入っただけで悲鳴を上げて逃げ出すくらいに張り詰めた空気の中、イビルアイが話し始める。

「まずは確認だ。魔剣。貴様は――ではないのか?」
「……誰ダソレハ?」
「いや、違うのならそれでいい。なら、お前の名はなんだ?このままだとなんて呼べばいいかわからなくて面倒だ」
「貴様達ノヨウナ弱者ニ教エル名ナド無イ」

 魔剣は自分とともに創造された仲間達の中では、珍しく種で差別をすることはしない者だった。しかし、それは平等に興味がないということ。魔剣はイビルアイ達に名前を教えるだけの価値があるようには見えない限り、言うことはない。
 しかし、次の言葉で覆された。

「そうか、なぁ――ぷれいやーまたはえぬぴーしーという言葉を知っているか?」
「ッ!?ドコデ聞イタ!」

 ラキュース(魔剣)は立ち上がり、思わずといった様子でイビルアイに詰め寄る。隣にいたガガーランが止めようとするも、鎖で縛られた腕のまま吹き飛ばされていた。だが、足の鎖の所為でそれ以上詰め寄ることは出来そうになかった。しかしそれで安心できるわけでは無い。ガガーラン、ティアとティナはいつでも取り押さえが出来るよう、腰を浮かして臨戦態勢に入る。
 一触即発の状況になるが、イビルアイが腕を振ることで抑えた。

「大丈夫だ──まあ待て、物事には順序があるだろう?」

 あくまで尊大な態度を崩さずに言うイビルアイ。
 魔剣にとって、それは首根っこ掴んででも聞き出したい情報。下手な動きができないこの状況、不本意ではあるが魔剣は相手の言うことを聞くしかなかった。

「……コキュートスダ」
「そうか。ならコキュートス、お前はどこから来たんだ?」
「ナザリック地下大墳墓ダ」

 魔剣──コキュートスの言葉に反応したものはいない。
 誰もナザリックのことを知らないことが容易に想像できる。そのことにコキュートスは僅かに肩を落とした。

「……それがお前のギルドか?」
「アア」
「なら、私たちがそれを探してやる」
「……ナニ?」

 願っても無い相談だ。しかし、コキュートスはこれを信じることがとても出来ない。

「ソンナ事信ジラレルカ」

 これは確かにコキュートスにしてみれば、断る事が出来ない事だ。
 しかし、こんなムシのいい話。とてもでは無いが信用することができなかった。

「なら交換条件だ。私たちがナザリックを探す代わりに、お前も私たちに協力をしろ。お前の力は強力ではある。しかし今のお前はただの剣。道具に過ぎない。だから、私たちがお前を使ってやる。どうだ、悪いものではないだろう」
「ムゥ……アテハアルノカ?」

 交換条件。今の状態なら確かに妥当な内容だと言えるだろう。しかし、それでもコキュートスの内心から不安を取り切ることは出来なかった。

(……信用デキン)

 コキュートスにとって、ナザリックの者は味方であり家族のようなもの。逆に言うと、他は有象無象に過ぎなかった。
 信用することも、信頼することも、はっきり言ってまず無い。もしあるとすれば、至高の御方々に命じられてその者を管理下に置いたりでもしない限りあり得ないことだ。

 だからコキュートスは今軽い疑心暗鬼に陥っていた。

(ねぇ、どうすんのよ)
(黙レ)
(言うに事欠いてそれ?……安心しなさいよ、私の仲間は裏切ったりはしない。神に誓ってもいいわよ)
(……ナラバ誓エ。偉大ナル創造主ニシテ至高ノ存在デアル、四十一人ノ御方々ニ誓エ)
(……誰それ?)
(スルノカ?シナイノカ?)
(いいわよ誓うわ。その四十一人の御方々に)

 はっきり言って何の意味もない誓い。だが、コキュートスにとってはこれ以上にない安心感を産んでくれた。

「……仕方ナイ。協力シテヤロウ」

 その一言にとともに、周りを張り詰めていた空気が少し弛緩する。
 イビルアイは見るからに安心をしているのが仮面越しからでも伺えた。

「そうか、なら一つこれから向かう場所がある」

 場所というより人探しだけどな。そう言いながら、イビルアイは懐に入れていた地図を広げ始めた。
 そこには、大雑把な国の位置と亜人圏の国境が描かれている。

「人探シ?」
「あぁ。そいつはとても長生きをしているやつでな。きっと力になってくれるはずだ」

 そう言いながら、イビルアイは地図のある国を指差して言った。

「──リグリットという人物を探しに行く」








魔剣の正体はコキュートスだったんだ!


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2話

今更ですが独自設定のタグつけました


 ──そこは、地獄だった。
 家は焼け、作物は荒れ果て、人は死に絶えている。
 生きている者など存在していなかった……いや、訂正しよう。一人だけ存在した。
 折れ曲がった両手足に潰れた右目。もう痛いと感じることもないだろう。そんな中、彼女は懸命に一人の女の子を抱き続ける。
 温もりなどない。ただただ冷たい体。彼女は人が死に絶えた村の真ん中で抱きしめ続ける。

 ──ごめんね。そう呟きながら。

 ♦︎

  そこは王都のように、とても活気のあふれる街だった。
 いや、それ以上の活気にあふれているだろう。
 それが亜人と人間が共存する都市国家――アーグランド評議国だった。
 彼女たち蒼の薔薇一行はリグリット探しのために、その手掛かりを探るべく真なる竜王にしてイビルアイの旧友であるツァインドルクス=ヴァイシオンの力を借りるため、それと行き違いになるのは嫌だから端っこから探そうと思ったため。数日を費やし、この評議国へとやってきていた。

「ふむ。やはり、こちらの方が活気はあるな」
「だな。王都は質が上でも活気がないからな」
「税が重いから仕方ない」
「大手しかいない」
「だな。……どれ、あっちの方を見るぞ」
「みんな程々にね〜」

  リグリット捜索のためにやって来たが、それでも楽しむ事を忘れない蒼の薔薇一行。全員は、馬車から降りるなり露店巡りを始めた。
 明らかに楽しんでいるガガーラン。
 とりあえず付き添っているティアとティナ。
 顔を仮面で隠す事により、クールな雰囲気をかろうじて作り出しているイビルアイ。
 そしてその三人を後ろから見守るように、けれども早足で進んでいくラキュース。

 貴族としての眼を持っているラキュースでも、いろいろなものが入ってくる露店を見て回るのはとても楽しいことだった。
 特に亜人が多くいるアーグランド評議国の露店なら珍しいものもきっと多いに違いない。そんな期待もあって楽しさを抑えられていなかった。

 普通の冒険者と言うより人間であれば、亜人種が多くいる評議国でここまで無警戒に店を回ることはないが、元よりイビルアイと一緒に冒険をしてる彼女たちからすればなんら問題のないことだ。
 周りから奇異の視線を集められても動じない心の強さこそがアダマンタイト級に不可欠な要素なのかもしれない。

「いったいどんなものがあるのか楽しみね」
(……目的ヲ忘レテナイカ?)
「そんなことないわよ。安心しなさいって」

 ラキュースは左手で、鞘に収まっているのキリネイラム(コキュートス)ことをバシバシと叩く。
 その様子を見ていた周りは、いきなり一人芝居を始めたように見えるラキュースにドン引きをしているが、本人はそれに気づいていない。
 周りから奇異の視線を集められても動じない心の強さこそがアダマンタイト級の冒険者に不可欠な要素なのかもしれない。


「このブーツどうだ?なかなかいいんじゃないか?」
「……おい、それは私の身長を見て言ってるのか?」
「ちっちゃいから仕方ない」
「ちびは黙って厚底履けばいい。そうすれば男受け良くなる」
「お前らぁ!」
「じゃあ、こっちはどう?」
「髪飾りか?」
「ええ、イビルアイかわいいしこう言うの似合うんじゃないかなって」
「……ふん、どうせ私には似合わん。そうだなガガーランにでも渡しておけ」
「おい、顔赤くなってんの耳でばれてるぜ」
「う、うるさい!」

 口だけ賢者の残した言葉で、女三人寄れば姦しいという諺があるが三人どころか五人いる今の状態はもっと姦しい。
 当然彼女達は周りからかなり注目を受けていたが、全く気にすることなく露店巡りをしていた。


 だが、それも少しの間。
 なんだかんだ言っても優秀な彼女たちは目的を忘れることはない。
 目的のツアーに会うために、彼女たち一向は評議国の中心部に位置する竜王たちの集う場所。評議会の前にまで来ていた。

「じゃあ、行ってくる。話を付けたら戻ってくる」
「いってらっしゃーい」
「頑張れよー」
「初めてのおつかい」
「できるかな」
「うるさい!」

 イビルアイが門の中に入っていくのを確認した後、彼女たちはそこの近くにあった噴水に座り込んだ。
 だが、全員特に疲れた様子はなく、ティアとティナに至ってはいい相手がいないものかと探していた。

「あー……何をしてるの?」
「いい男の子探し」
「いい女探し」
「大体亜人しかいないわよ?」
「構わない」
「むしろ構ってみたい」
「……はぁ」

 ラキュースは黙って彼女たちにジェスチャーを送る。その意味は伝言(メッセージ)で呼ぶからそれまで好きにしろ。
 彼女たちはそれにサムズアップで返し、目にもとまらぬ速さで解散した。
 それに合わせるように、ガガーランものっそりと立ち上がる。よさそうな相手でも見つけたのだろう。
 事前にイビルアイからそれなりに時間がかかると聞いているため、別段引き留めておく必要もない。そう判断してラキュースはガガーランにも行ってよしとジェスチャーをする。

 その結果、噴水に座っているのは彼女一人になってしまった。
 時間でいえば夕刻の今、他に座っている者はいない。というよりあまり見ない人間に気味悪がって近寄って来る者すら少ない。若干距離を開けて目の前を通るものの方が多いだろう。

 (露店まだ見たかったんだけどなぁ。こういう時、リーダーって不便ね)

 ボーッと空を眺めていると珍しくコキュートスが話しかけてきた。

(随分亜人ガ多イナ)
(ここは今までいた王都とは違って亜人や人間が入り乱れて生活してるのよ。そういえばあなたの種族は何なの?人間じゃないでしょ)

 さりげなく探りを入れるラキュース。今までなら無視してたであろうコキュートスだが、協力関係を作った以上話すのもやぶさかではなかった。

(蟲王(ヴァーミンロード)だ)
(……聞いたことないわ)
(ソウカ……マァ仕方ナイカ)

 私よりはるかに格下な貴様らでは仕方ないか。そんな軽い失望を思いながらもコキュートスはあきらめる。
 彼にとって彼女らははるかに格下。ダントツで強いイビルアイですら、彼の物差しでいえば大差のない有象無象。だからこれは仕方のない事だ。そんなことをナチュラルに思っていた。
 彼からしてみればコーラを飲めばげっぷが出るくらいに仕方のない事。しかし彼女からしてみればそうではなかった。

(なら教えてよ。あなたについて)
(ナゼダ?)
(貴方のことを知りたいからよ)

 どんな相手だろうと、どんなものだろうと知らないものであれば知ろうとする。冒険者にあこがれて屋敷を出たときから彼女の本質は何も変わってはいない。彼女は未知を既知に変えたいと願う純粋な冒険者なのだ。

(私はあなたが気になるの。どんな形をしてて、どんなところで生きていて、どんな暮らしをしているのかが)
(……マァ、イイダロウ)

 コキュートスはその熱意に負けて話し始めた。
 自分の種族のこと、自分の住んでいるナザリックの五階層のこと、そして栄えあるナザリックのこと。
 彼は自分で話してもいいと思えることを粗方全部正直に伝えた。
 これがどこぞの悪魔なら、自分や至高の御方々が有利になるようにうまく情報を調整しただろう。だが、彼はそれら全部――自分の種族なんかよりもナザリックのこと――を馬鹿正直に伝えていた。
 それが彼の、コキュートスの精神性なのだろう。

(へー、私そんな蟲系のモンスターなんて見たことないわ……アザルリシア山脈に行けば見れるかも)
(……ソレガドコカハ知ランガ、今ハナザリックノ捜索ノ方ガ急務ダゾ)
(わかってるわよ。それに元に戻れば探さなくても見ることができるしね)

 わかってるのかわかってないのかわからない声色で返答をするラキュース。
 そしてそんなことをしていると、イビルアイから声がかかる。

「おーい!もう来てもいいぞ」
「はーい!」

 彼女は手を振るイビルアイの元へ向かうため、立ち上がり歩き出す。
 声が通るようにかぴょんぴょんと跳ねる姿が若干かわいらしいなと思っていた。

 ♦

「――それが僕のところに来た理由かい?キーノ」
「ああ。それとこれについてなんかわかることはないかと思ってな」

 評議会の真なる竜王が住まいし一室。そこで彼女たちは話を聞いていた。
 キーノ――イビルアイから概要をすべて聞き終えたツアーは左右に首を振る。

「すまないが、僕にもわからないな。こんな特殊な事例、今までの揺り戻しで見たことがないよ」
「……やはりか」

 悠久に近い時を生きた竜であるツアーですら、こんなことはわからないという。

「でも君はNPCだよね?それなら普通ギルドと一緒じゃないとおかしいんだけどなあ」
「私モ困ル。シカシ、此方ニ来テカラナザリックノ気配ガマルデシナイノハ事実ダ」
「むぅ……困ったなぁ」
「何かわかることはないのか?」
「うん。ちょっとお手上げかな」
「ならリグリットを探すしかない」
「唯一の希望」
「そうだね。今は彼女に聞くのが先決だと僕も思うよ。それに、リグリットの居場所ならわかるしね」
「どこにいるんだ?」
「王都にいるよ」

 それは思いもよらない答えだった。
 彼女たちは当然王都を出発する前にくまなく探したが、見つかることはなかったため居ないと判断して居たのだ。

「行き違いになったのか?」
「君たちが王都からきたっていうのならそうだろうね」
「ならさっさと戻ったほうがいいな。そうじゃ無いとまた何処かに行っちまう」
「そうね」

 見つかるとは思ってはなかったが、それでも行き違いになったと聞き若干嫌気が出るが、さっさと切り替える。
 ちなみにもう用はないと言わんがばかりに、コキュートスは体の主導権をラキュースへとぶん投げるかのように返していた。

「それならすぐに戻るとしよう。教えてくれてありがとうツアー」
「礼には及ばないよ」
「ありがとうございました」
「あんがとな」
「どうも」
「センキュー」
「あっ、そうだ。キーノ、ちょっといいかい?」
「なんだ?」

 踵を返し、帰ろうとするイビルアイの事をツアーは呼びとめる。

「もし、ぷれいやーを見つけた時は教えてはくれないか?」
「ああ。勿論だ」
「じゃあ、これを君に渡しておくよ」

 そう言いながら彼は一つのブレスレットを後ろから取り出し、イビルアイへと渡す。
 丸い真珠が何個も繋がっていて、南方で売られていると言われる数珠を彷彿とさせるものだった。

「それは使うと僕と連絡が取れるようになっている。だから見つけた時はよろしくね」
「わかった」
「じゃあ話は終わりだ。君達の旅に幸あれ」



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