太陽の種と白猫の誓い (赤いUFO)
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1話:少し前の彼と現在の彼

「さむい……」

 

 あと数日で年を越そうというある日、少年は公園で独り、寒さに震えていた。

 どうしてかと問われれば、家に上げてもらえないからとしか言いようがない。

 少年には血の繋がった家族が既に亡かった。

 理由は火事だったらしい。

 らしいというのは少年自身当時の記憶が曖昧で気がついたら病院で目を覚まし、なにがなんだかわからないまま親戚を名乗る父方の妹である伯母に引き取られた。

 そして伯母が少年を引き取ったのは決して親族の情ではなく、少年の両親が残した多額の保険金によるお金目当てだった。

 それから少年の地獄のような日々が始まった。

 元より定職にすら就いてない伯母は少年と一緒に預けられたお金を使い込み、もしくは男に貢がせて生活していた。

 そして男を家に連れ込む日は基本家に入れてもらえず一晩過ごすのが当たり前になっていた。

 伯母に対して何かしらの情が少年にあるわけではないが、どうしていいかわからず、言われるままに誰にも見つからないようにかまくらのような形をした公園の遊具の中で過ごす。

 ただし、今は真冬だったこともあり、薄手の長袖のシャツとジーパンでは流石に凍死しかねない。

 どうにかしようにもお金はなく、頼る相手もいない少年には自分が凍死しないように祈りながら夜を越すしかないのだが。

 そうして身を縮こまらせていると、声が聞こえた。

 

「君、大丈夫?」

 

 遊具の隙間から話しかけてきたのはとても正反対な二人の女の人でした。

 片方はおそらく10代後半から20歳の長い黒髪の女性。

 もう片方は白にも見える銀髪の少年と同じ年くらいの小柄な少女。

 

「いえ、なんでもありません」

 

 そう言って以前伯母に言われた通りその場から離れようとします。

 しかし、その場を離れる前に女性の手が少年の腕をつかみました。

 ビックリして動けないうちに黒髪の女性は少年の服を捲し上げた。

 そして服の下にあったのは無数の痣や煙草を押し付けられたおぼしき痕。その他にも多数の痛々しい傷痕でした。

 それを見た黒髪の女性は眉間にシワを寄せ、銀髪の少女は顔色が少し青くなった。

 

「これ、どう見ても故意に付けられたものだよね?なにがあったかお姉さんに教えてくれない?」

 

 目線を合わせて話しかける黒髪の女性。しかし少年は掴まれた腕を振り払う。

 

「なんでも、ないですから!もう家に帰らないと」

 

 嘘を吐いた。いま家に帰ってもきっと伯母は入れてくれないだろう。むしろまた暴力を振るわれるに違いない。

 だから今日は別の寝床を探さないといけなくなった。

 しかし―――。

 

「よっと!」

 突如女性が少年のお姫様だっこの姿勢で持ち上げた。

 

「な、なにを!?」

 

 混乱する少年に女性はにゃははははと笑う。

 

「まあまあ。これも何かの縁だと思ってちょっと付き合いなさい」

 

「姉様ナイス」

 

「え?え?」

 

 訳がわからないまま連行されたのはとあるマンションだった。

 椅子に座らされて呆然としている少年に黒髪の女性はコートを脱いで反対側の椅子でだら~っとテーブルにうつ伏せている。

 反対に銀髪の少女は台所で鍋の乗っかったコンロに火を着ける。

 状況を飲み込めず唖然としていると、銀髪の少女がどうぞと食事を持ってくる。

 出されたのはカレーライスだった。それにサラダも付いている。

 遠慮して手をつけない少年に銀髪の少女がスプーンでカレーをよそうと

 

「食べて」

 

 そのままやや強引にカレーを少年の口に突っ込んだ。

 んぐっと驚いていた少年も口の中に入ったカレーを反射的に飲み込む。

 

「……おいしい」

 

 それから少年は堰が外れたようにカレーを貪り喰う。

 思えば、ここ数日まともな食事を採ってなかったのを思い出した。

 食事を終えると緊張が解けたのかポツリポツリと自分のことを話始めた。

  2年くらい前に家族を亡くして伯母に引き取られるもまともに養育されてないこと。

 逆らえば殴られて、機嫌が悪いときにも暴力を振るわれ誰かに話したら更に酷いことをされるのではという恐怖から誰にも頼れなかったこと。

 思い付く限りを吐き出すようにやや支離滅裂になりながらも自分のことを話した。

 そして最後に。

 

「だれか、タスケテ」

 

 そう呟くと完全に緊張の糸が切れたのか眠ってしまった。

 眠った少年を布団の上に寝かせると姉妹はテーブルに向かい合うように座っていた。

 

「懐かしい匂いがするな~って思ったけどまさかの再会だったね。それにこっちのことに巻き込まないように距離を取ってたのにまさかこんなことになってるなんて……」

 

 黒髪の女性は頭を掻いて大きく息を吐く。

 

「白音はどうしたい?」

 

 白音と呼ばれた銀髪の少女はわずかに目を閉じたが迷いなく自身の意見を口にした。

 

「……私は、この人を助けたい。あのとき私たちを救ってくれたこの人を。力になりたいです、黒歌姉様」

 

 真っ直ぐと姉を見据える妹に黒歌はそうねと笑う。

 それから携帯電話を取り出してどこかに電話をかけた。

 白音は布団の上で寝ている少年の横に座り、その手を握る。

「気付いてあげられなくてごめんね。でも、今度は私たちが……」

 その続きは口にせず、白音の頬に一筋だけ涙が流れた。

 

 

 

 

 翌日、少年が恐る恐る家に戻るとそこには二台のパトカーが停まっていた。

 そして聞こえてきた伯母の怒声に身を縮こまらせる。

 家の中からは警官に押さえられながら出てくる伯母の姿だった。

 伯母はこちらに気づくといつも少年を怯えさせた表情で。

 

「アンタ!今まで育てやった恩を忘れて余計なこと!!」

 

 こちらに向かって来ようとする伯母は警察に押さえられながらパトカーに乗せられていく。

 訳がわからず呆然としている少年に残った警官が近づいてきた。

 

「君が日ノ宮一樹くんだね」

 

 ぼっちゃりとした優しそうな男性警官に一樹は戸惑いながらもはい、と頷いた。

 そのまま一樹は警察署へと案内され、伯母との生活について訊かれた。

 一樹はそれを包み隠さずに話すと話を聞いていた女性警官が目に涙を溜めてもう大丈夫だからねと肩に手を乗せられた。

 

 

 

 

 それから数日伯母が捕まり、住む宛がなくなった一樹は施設に移すことになると話がまとまりかけた時に一樹を引き取りたいという人物が現れ、面会することなった。

 その人物は―――。

 

「ヤッホー。思ったより元気そうね」

 

「お、お姉さん!?」

 

 現れたのはあのときの黒髪の女性だった。

 

「あの、もしかして伯母さんのことをどうにかしてくれたのは……」

 

「う~ん。実際に色々動いてくれたのは私の仕事の上司だよ。私は相談しただけ」

 

「それでもありがとうございます。いざこうなってみると身体が軽くなった気分です」

 

 まだ陰が残るもののその表情はどこかすっきりしていた。

 

「それで、私たちと一緒に暮らす話、考えてくれた?」

 

「……どうして、そこまで俺に良くしてくれるんですか?」

 

 一樹は答えを返す前に質問した。

 警察への連絡だけならともかく、引き取るというのは少し、粋すぎな気がしたからだ。

 

「実を言うとね、君のお父さん、日ノ宮一真さんには以前お世話になったことがあったの」

 

 父の名前を出されて一樹は目を見開く。

 

「だからその子供の君に恩返しがしたいの。もちろん、この話を受けなくてもかまわないよ?自分でいうのもなんだけど、怪しいしね」

 

 そうして差し出される手に一樹は戸惑った。

 きっと客観的に観れば旨すぎる話で断るべきなのだろう。

 だが―――。

 

「よろしくお願いします……」

 

 寒さに震えていた自分を見つけてくれたこの人を覚えている。

 それだけで心が安心を覚えていた。

 差し出された手をおずおずと握る。

 それに黒歌は笑みを深めた。

 

 

 

 

 この選択が後に少年の運命を大きく変えてしまうことになる。

 それが日ノ宮一樹にとって幸運だったのか不運だったのかこの時点では誰にも判断できないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————懐かしい夢を見た。

 目覚ましから鳴り響く不快な音を止めて日ノ宮一樹は目を覚ました。

 少しばかり昔の夢を見たせいか目覚め自体はスムーズだったが、代わりに僅かな頭痛を感じた。

 

「くそっ!もう5年以上前の話だってのに……!」

 

 悪態をつくがすぐに深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 こんなささくれた気持ちのままいまの家族と朝を過ごしたくなかった。

 

「うっし!起きるか」

 

 制服の上着以外を着て部屋から出る。

 すると味噌汁の良い匂いが漂ってきた。

 リビングから見える台所で調理している少女が見えた。

 

「おはよ、白音」

 

「……おはよう、いっくん」

 

 振り向いて挨拶したのはこの家の次女で今年高校生になった猫上白音である。

 5年程前に出会ってから殆ど伸びてない身長(自己申告では3㎝伸びたらしい)。正直、昨今の小学生だってもう少し身長があるだろうにと思う体格に童顔から町を歩いては良く小学生に間違われている。

 

「……いまなにか失礼なこと考えてた?」

 

「ソンナコトナイデスヨ?」

 

「……次はないからね?」

 

「イエスマム!」

 

 ビシッと敬礼する一樹。これはいつものやり取りである。

 

「あ~。さっぱりしたにゃあ~」

 

 風呂場から黒髪の美女が出てきた。

  ―――半裸で。

 

「ぶふっ!?」

 

 一樹は飲んでいた冷たいお茶を吹き出し、白音は手にしていた味見用の小皿を落としかける。

 黒髪の美女、黒歌はそんな二人の反応に気にしていないのかそのまま冷蔵庫を開けて、買い置きしてあるパック牛乳をがぶ飲みする。

 黒歌の格好はそれはひどいもので、下に黒の下着を穿いているだけで胸はタオルを肩から垂らして辛うじて隠しているだけ。

 一樹は顔を赤くして目を背け、白音は無表情ながら若干目を細める。

 

「ちょっ!?姉さん服着なよ!?」

 

「ん~?着るよ~。これ飲んだら」

 

 牛乳を飲み干してパックをゴミ箱に捨てるとそのまま自室に向かう。

 黒歌は前からああいうだらしない格好で家の中を彷徨くときがある。

 ここ最近はそうしたことがなかったから油断していた。

 

「いっくん……鼻の下伸びてるよ」

 

「いや、ホント、すみません……」

 

 横から冷たい視線を向けてくる白音に一樹は謝罪する。

 その後に二人で朝食の準備をして、終わった頃に服を着た黒歌が出てきた。

 

「お~!今日も美味しそうだにゃあ~!」

 

 目を細めて嬉しそうに食卓に座る。

 いただきますと手を合わせて食事を採る。

 白音は無表情で行儀良く黙々と食べている。

 逆に黒歌はガツガツという表現が似合いそうなほど豪快に食事をしている。

 一樹はその中間といった感じだ。

 黒歌がたまに話題を出して二人がそれに答える。

 主な話題は朝のニュースについてや学校での話題などだ。

 そしていまも。

 

「最近、この近辺で行方不明者が多いよな」

 

 ニュースで駒王町の見覚えがある場所が映されてここ十日間で既に四人の行方不明者が出ていることを放送されている。

 

「そうね。一樹も危ないからあんまり遅くなっちゃダメよ?図書館で勉強してるのは良いことだけど」

 

「わかってるさ。それに人通りの多い場所選んで歩いてるから多分、大丈夫だよ」

 

「そう?なら良いけど……」

 

 朝食を終えて洗い物を済ますと丁度良い時間になった。

 

「それじゃ、そろそろ行くか」

 

「……うん」

 

  制服の上着に袖を通して玄関に向かう。

 

「いってらっしゃ〜い」

 

 ひらひらと手を振って送り出す黒歌。

 マンションの一室から出ると見知った顔と遭遇した。

 

「アザゼルさん、おはようございます」

 

「……おはようございます」

 

 会ったのは同じマンションに住み、黒歌の仕事の上司だというアザゼルという男性だった。

 見た目、30過ぎほどの美形。少し、チンピラっぽい風体だが気さくで話しやすく、面倒見も良いのか、黒歌に引き取られた当初の一樹をなにかと気にかけてくれた人でもある。

 

「おう。お前らいまから学校か?」

 

「ええ。ゆっくり行こうと思って少し早めに出ようかと」

 

「そうか。ま、頑張れや」

 

 当たり障りのない挨拶と会話をして別れる。

 ゴミを出して学園まで特に会話をせずに進み、一樹と白音も別れた。

 教室に着くと、友人が登校していたので挨拶する。

 

「うっす、裕斗」

 

「おはよう、一樹くん」

 

 教室に着くと既に居た友人に挨拶した。

 

 木場祐斗。

 高校に入ってから出来た一樹の友人だった。

 一年のとき同じクラスになってなにかと気が合い、たまに休日で一緒に遊びに行くくらいには交流がある。

 そして本人たちの預かり知れぬ話だが学園の女子たちからあらぬ妄想の的にされていた。

 

「一樹くん、今日の宿題やってきた?」

 

「当たり前だろ。古文の見木沢の奴、宿題忘れた奴にいちいち嫌み言ってくるだろ?相手にするの面倒だからきっちりやってきたさ」

 

  宿題提出のノートを広げて見せる。

 

「そういうお前は?まさか忘れてきたのか?」

 

「まさか。ちゃんとやってきたよ」

 

「デスヨネ」

 

 この木場祐斗という生徒。顔良し。頭良し。運動良し。性格良しで天は二物を与えずという言葉に唾を吐いてるような男子だった。

 そんなわけで女子からは人気があっても男子、特に一部からは物凄く嫌われてたりする。

 一樹本人としては少し天然な部分はあるが比較的に付き合いやすい友人といった感じだ。

  雑談をしていると廊下の向こうから大きな怒声が飛んできた。

 

「コラァ!!逃げるな!!」

 

「今日こそシメ上げてやるわ!!」

 

「絶対に逃がすなぁ!!」

 

 その怒声の数々に一樹はあらかた状況を理解した。

 というかこんな騒ぎを起こすのはこの学園で決まっている。

 

「またアイツらか……毎度毎度懲りねぇな」

 

「ホントにね」

 

 この学園には変態三人組という問題視されている学生がいる。

 その生徒のせいでただでさえ元女子高で男子は微妙に肩身の狭い思いをしているのにそれに拍車をかける馬鹿共だった。

 なにせ彼らとくれば。

 

 ・学園内の女子更衣室の覗き。

 ・教室でエロ本やエロDVDを広げる。

 ・平然と猥談を始める。

 などの女子から嫌悪される行動を取り続けて自分たちがモテないのはイケメンのせいだと宣っているのだ。

 正直、何故未だに退学にならないのか不思議である。

 

「ま、俺には関係ないな」

 

 そう思って一樹は教員が来るのを待った。

 

 

 

 



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2話:崩壊の兆し

10話くらいまで強引かつトントン拍子で話を進めます。


 その日の授業が終わると一樹は、んっと伸びをした。

 さぁ放課後だと思いなんとなく木場祐斗に話しかけてみる。

 

「なぁ祐斗。これから遊びにいかね?」

 

「珍しいね。一樹くんから誘ってくれるなんて。どこか行きたいところでもあるのかい」

 

「そういう訳じゃねぇけどさ。最近、誰とも遊びに行くことないなって思ってな」

 

 祐斗を誘ったのは多分一番気兼ねなくいられる友人だからだろう。

 しかし、相手から返ってきたのは柔らかな断りだった。

 

「ごめんね。今日は部活のほうに顔を出さないとだから」

 

「そっか。なら仕方ねぇな」

 

 鞄に荷物を入れながら祐斗の返答に特に気落ちしたようすを見せない。

 元々ただの思い付きだ。断られたからと言って嫌な顔をするようなことじゃない。

 

 祐斗にまた誘ってねと言われておうよと返し、別れる。

 

 このまま家に帰るかなと思い、昇降口までよたよた歩いているとよっという声と共に誰かが後ろから一樹の背中を押した。

 

 振り返ると見知った顔がいた。

 

「なんだ桐生かよ。何か用か?」

 

「なんだとは失礼だなぁ。それに中学のときみたいに藍華って呼んでいいんだよ?」

 

「下の名前で呼んだことなんて一度もないよな!?」

 

 接触してきたのは同じ中学出身で共通の友人がいたことからそれなりに仲が良かった桐生藍華という女性徒だ。

 栗色の髪に左右が三つ編みにまとめられ、眼鏡をかけた比較的整った容姿をした女子。

 偶然同じ高校を受験し合格するも1、2年ともにクラスが別れて少し疎遠になっていた相手でもあるが。

 中々にいい性格をしており、人をからかうのが好きなのだ。

 

「で?ホントになんの用だよ」

 

「ん?別に用なんてないわよ。見知った顔がいたから声をかけただけ」

 

「あ~そうかい。そりゃどうも……」

 

 面倒そうに相手をする一樹に桐生は特に気にしたようすもなく話を続ける。

 

「白音とは一緒じゃないの?珍しいね」

 

「そんないつも一緒にいるわけじゃねぇよ」

 

 当然白音とも面識があり、仲が良い。

 というか、中学時代にあれこれと善からぬことを教えていて一樹の頭を抱えさせたことがある。

 

「えーそっかなぁ。私が見た限り週に3、4回は一緒に帰ってるでしょ?」

 

「同じ家に住んでんだからおかしくねぇだろ、つかその事周りに言ってないだろうな」

 

 一樹としてはお世話になってる手前で根も葉もない噂話に振り回されるのはゴメンだった。

 

「人のプライバシーなんて吹聴しないわよ。ま、あんまりあんたたちが一緒にいるんで二人が付き合ってるって噂話は持ち上がってるけどね」

 

 その噂話は知ってる。あんまりムキになると肯定してるみたいで無視しているが。

 だが日ノ宮一樹にとって白音にしろ黒歌にしろ自分を救ってくれた恩人であり、大切な家族だ。いつか二人に恩返しがしたいとは思ってる。

 

 

 桐生と別れ、昇降口を潜ると、聞き覚えのある声がやたらテンション高くしているのが耳に入った。

 

 気になって声の出所まで移動すると、そこには例の変態3人組と他校の制服を着た女子がいた。

 聞こえてくる声からどうやら3人組の1人、兵藤一誠に彼女が出来たらしい。

 それを残りの二人が膝をついて嘆いている。

 少し離れたところから見ていると黒髪の少女と目があった。

 向こうは、こちらに顔を向けて綺麗な微笑を浮かべているが一樹はその姿に違和感を覚えた。

 どこもおかしなところなど無いはずなのに何かが違うと感じる。

 それらを振り払うように一樹はその場を早足で通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 校門を出てしばらく歩くと自分が冷たい汗を流していることに気付く。

 電柱に手をついて冷静になると自分の取った異常な行動に疑問を覚えた。

 

「俺、なんで……?」

 

 別段あの女の子が危険物を持っていた訳じゃない。

 不審な点などなかった筈だ。

 それでもアレと目があった瞬間、何故か不快感に襲われた。

 

「ハハ、なんて、馬鹿げた……」

 

 どの道関わることのない相手だと近くにあった自販機で買った飲み物を飲み干し、捨てた空き缶と一緒に頭の隅に追いやる。

 きっと疲れているのだ。今日はもう帰ろうと足を進めようとした時。

 

 低学年の小学生とおぼしき男の子が立ち入り禁止の看板を潜って古びた建物の中に入っていくのが見えた。

 

「おい!入ったらダメだって書いてあんだろ!」

 そう声を上げるが無視しているのか足を止めることなく入る。

 

「だぁ、もうっ!?今日は厄日かよ!!」

 

 一瞬迷ったがすぐに追いかけて連れ戻そうと古びた建物の中に子供を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

(悪いことしちゃったかな)

 

 木場祐斗は主であるリアス・グレモリーとその副官の位置にいる姫島朱乃の後ろについていきながら今日遊びの誘い断った友人について考えていた。

 

 木場祐斗にとって日ノ宮一樹は変わった友人だった。

 なにが?と問われればはっきりと言葉にできないが。

 木場祐斗が日ノ宮一樹と初めて話したのは高校入学した少し後にとある授業の班分けで一緒になったのが最初だった。

 それから徐々に話すようになり、今の付かず離れずの友人関係が続いているわけだが。

 そして何より、日ノ宮一樹と一緒にいる少女―――猫上白音の存在だ。

 彼女が真っ当な人間ではないことは初対面から判っていた。

 向こうも自分が真っ当な人間ではないと気づいているだろう。

 以前会ったときはお互いに当たり障りない挨拶をしただけだったが相手がこちらを警戒、と云うより脅えているように見えた。

 この事は主であるリアスには言っていない。

 猫上白音が明らかに自分のことを隠したがっていたように感じたこともあるし、彼女が人間ではないことはリアス自身既に知っているだろうと思ったからだ。

 もちろんなにかあれば責任は取るつもりだが。

 

「ここね。例のはぐれ悪魔が住み着いてる建物は」

 

 その建物は、いまは使われていない施設だった。

 5階の築50年以上の建物。使っている者は既になく、取り壊されていないここははぐれ悪魔が根城にするにはうってつけの場所だった。

 

「いい?部室でも言ったけど、できるだけ目標は生かしなさい。もしかしたら他のはぐれ悪魔の情報も持っているかもしれないから」

 

「承知していますわ」

 

「仰せのままに」

 

 最近この近辺で起きている失踪事件。それは複数のはぐれ悪魔が起こしている事件だと調べがついている。

 ただ組織的犯行ではなくバラバラに好き勝手に犠牲者を出していて、根城の特定が遅れてしまった。

 まして最近は堕天使もこの近辺に現れているという話だ。

 同じ学園で活動しているシトリー家の手も借りているがやはり人数が足りない。

 ここに本来もう1人いる筈なのだが、彼はとある事情で外に出せない。

 たった3人。敵の力、人数は未知数だがおそらく10以上ということはあるまい。

 緊張していないといえば嘘になるが、それ以上に主の命を遂行するという使命感が勝っている。

 建物の周りに張ってあった質の悪い結界(朱乃談)を潜り抜けるとはぐれ悪魔とおぼしき魔力が感知できた。だがそれよりも————。

 ゾッ!?と結界の内側に入ると3人の肌が粟立つのを感じた。

 感じ取った力の波動は悪魔にとって天敵とも言える聖の力。

 

「まさか、教会が介入しているの!?」

 

 リアスが驚愕と怒気の混じった声を上げる。

 基本この駒王町はグレモリーの管轄であり教会とは不可侵条約が結ばれている。

 もし教会の者がこの地を訪れるならまず管理者のグレモリーに話を通さなければならない。

 

「とにかく急ぎましょう!?教会と事を構えたくはないけど、場合によっては戦闘も有り得るわ‼二人とも、気を引き締めて!」

 

 リアスの言葉に頷き、聖の波動を辿ってその場所まで移動する。

 そして当の場にいたのは。

 

「い……つき、くん……?」

 

 祐斗は思わず眼に入った友人の名を呟いた。

 

 そこに居たのは、はぐれ悪魔と思しき複数の死体と子供を抱き抱えながら地に伏している友人の日ノ宮一樹と一部が燃えている建物。

 

 そして、右腕から制服と顔半分を血で汚した白に近い銀の髪を持った小柄な少女だった。

 

 

 

 

 小さな声でおじゃましま~すと言って中に入るとそこには如何にもチャラそうな格好をした男女が数名。

 だが—————。

 

(また!?なんだよこの悪寒!?)

 

 先程兵藤一誠の彼女?から感じたのと同種の悪寒が体から駆け巡った。

 相手側は一樹を見て一瞬ポカンとしていたがすぐに仲間内で話し始めた。

 

「おいおい!なんでここに獲物以外の奴が入ってくるんだ!マーク、もしかして結界が作動してないんじゃ!」

 

「作動している。つまり何らかの要因でこの少年は私の結界をすり抜けたというわけだ」

 

「破壊じゃなくてすり抜けたというのが疑問ね。見た感じ、ただの子供のようだけど」

 

 理解できない会話が続く。しかし一樹はなるべく相手を刺激しないように話しかけた。

 

「すみません、その子ともしかして知り合いでしたか?」

 

 肩を掴まれている子供を指して一樹はそう質問した。

 すると相手側は爆笑し始める。

 

「ハッ!!ホントにただの餓鬼じゃねぇか!お前の結界の腕も鈍ったなぁ、おい!」

 

「で、どうするの?このまま大人しく帰すわけにもいかないでしょう?」

 

 不穏な会話を始める三人を視界に収めながら一樹は子供のほうに意識を向ける。

 

(なんでさっきから微動だにしないんだ、あの子?)

 

 こちらに背を向けたまま微動だにしない子供を疑問に思いながらいつでも逃げられるようにする。

 

「まぁ、なんでもいいよなぁ!どうせ逃がしゃしねぇしよぉ!」

 

「は?」

 

 物騒な宣告に一樹はすぐに子供をかっ拐って逃げるように動こうとするも相手の豹変に呆けた声を出す。

 

 獲物を見つけた動物に似た獰猛な笑みを浮かべた男の背中に黒い翼が生える。

 それはまるでフィクションなどで見る悪魔のような翼。

 

 訳がわからず固まっていると男はこちらに飛んで来て避ける間もなくその拳を一樹の腹に突き刺した。

 

「だっ!?」

 

 そのまま吹き飛ばされると地面に着いて無様に転がり回る。

 殴られた腹と打ち付けた背中に痛みが走るがそれ以上に今の状況に混乱していた。

 それでも辛うじて理解できたのはこのままでは自分が訳も分からずに殺されるだろうという予想だけ。

 痛みに呻きながらどうにかして近くにあった台を支えにして立ち上がる。

 

(なんでもいい!とにかく、いまは逃げねえと!)

 

 だが、後ろを振り返った瞬間に殺されるのではないかという直感に身動きが取れない。

 

「オラ!もういっちょいくぜ!」

 

「こっの!!」

 

 迫ってくる敵に一樹は手にしていた鞄を投げつける。

 しかしそれはあっさりと弾かれて顔を鷲掴みにされた。

 

「おいおい。物は大事に扱えよ」

 

 相手の言葉に反応する余裕もなく、一樹は手を離させようとして敵の腕を掴んで離そうとするが、びくともしない。

 一樹は自身の頭部がミシミシと音を鳴るのを聴きながら着実に迫ってくる『死』の気配に脅えていた。

 

(どうする!?どうする!?どうする!?どうする!?どう————!?)

 

 恐怖から負の思考に囚われていた一樹はふと思い付く。

 

(ああ、そっか————。モヤセバイインダ)

 

 瞬間、日ノ宮一樹の手から炎が上がった。

 

 

 

 

 猫上白音がその異変に気付いたのは帰宅してすぐのことだった。

 これは、本人には知られていないことだが、一樹には安全面を考慮して彼が危機に陥った時にわかるように術が施されている。

 例えば命の危機に瀕したときや、もしくは裏の世界に迷い混んだときなどに。

 白音は直ぐに姉から預かった護符を鞄から取り出す。

 それは妖術で作られた転移用の符だった。

 白音も妖術の覚えはあるが、そちらの才能はあまりなく、簡単な術しか扱えない。

 だから戦闘も体術と身体強化の術に焦点を絞って鍛えてきた。しかしこういう時になんでもそつなくこなす姉が羨ましく思う。

 

「待ってて、いっくん。いま、行くよ……」

 

 僅かな劣等感を即座に棄てて転移の符を発動させた。

 

 

 

 

 符によって訪れた場所は既に使われていない建物のようだった。

 そしてまず目に入ったのは右腕が焼け焦げている20代半ば程のガラが悪そうな悪魔。

 それから同い年くらいに見える女性悪魔に頬が痩せこけた30代に見える目付きの鋭い悪魔。

 そして、僅かに建物を点いている炎と地面に子供を抱えながら横たわっている大切な家族(イツキ)

 それを認識した瞬間、白音の中で怒りの沸点をあっさりと超えた。

 覚えている。

 建物が燃えている光景も。血塗れで倒れている彼の大切な家族も。涙を流しながら茫然と自分を抱えている彼を。

 それを厭らしい笑みでケタケタと嗤う悪魔。

 —————そして、なにもできなかった無力の塊だった自分。

 目の前にある光景全てが猫上白音のトラウマを刺激し、その怒りのまま力を奮った。

 

 

 

 

 

 

 

 これが夢だと気付いたのは目の前にもういない両親の顔を観た瞬間だった。

 現実感のない映画でも観ているような感覚で嘗ての日常が流れる。

 感情の起伏が激しくてどこか子供っぽいが、しっかりしている母。

 そんな母に頭が上がらないが、優しい父。

 そのふたりの顔を観て涙が出そうになった。

 茫然と立っていた自分の足になにかがあたった。

 視線を足下に動かすとそこには自分の足にすり寄っている小さな白い猫と少し離れたところにいる黒い猫だった。

 二匹は、以前怪我をしていたところを拾い、そのまま飼い猫になった黒と白の猫だった。

 その際、両親と一悶着あったが、珍しく頑固にワガママを言う自分に両親が折れる形で許可を貰った。

 飼ってみれば両親も大層可愛がり、特に小さな白い猫の方は自分に懐いて家にいる間はずっと構って欲しそうにしていた。

 その白猫を抱えあげてふと思った。

 ━━━そういえば、今この子達はどうしているんだろう?

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは見慣れた自分の部屋だった。

 

「目が、覚めた?」

 

 声が聞こえて視線を動かすとそこには安堵の表情を浮かべた白音がベッドの横で椅子に座っていた。

 まだ冴えていない頭で気になったことを白音に問う。

 

「あの、子供、は……?」

 

 確か、男の腕を燃やした瞬間に走って子供の体を掴んだまでは覚えているが、そこから先の記憶はなかった。

 

「大丈夫。ちゃんと無事……」

 

「そっか……」

 

 今の一樹にはどうして白音が知っているのかと考えるところまで頭が回らずに、安堵の息を吐く。

 

「さ、また眠って。そうしたらまた、いつも通りの朝が来るよ」

 

 白音が小さく微笑んでそっと一樹の胸板に自身の頬を埋める。

 なぜかその姿が今しがた夢で観た白猫と重なった。

 

「無事で、良かった……」

 

 白音の声に眠気が増して一樹は再び夢の世界に意識を沈ませた。

 

 

 

 

 一樹が眠りに就いたのを確認した後に、白音は預けていた体を起こして部屋を出る。

 ざっと診た感じ、一樹の怪我は打ち身と擦り傷のみで、骨などにも異常がなかったのが幸いした。

 それくらいなら白音の拙い治療術でも快復が可能だった。記憶の方は、姉から預かっている呪符でどうにか誤魔化すと決めた。

 おそらく起きれば、学園を出たあとのことは殆ど覚えていないだろう。

 それでいいと思う。一樹が裏の世界に関わる必要はない。そんなことは、白音自身が認めない。

 

「守るよ、いっくん……。今度こそかならず。だから━━━」

 

 ━━━どうか、幸福な一生を生きて。

 

 祈るように。懺悔するように。猫上白音はただ1人の生涯の幸福を願った。

 

 それが届かない願いだと知るのはもう少しだけ先の話。

 

 

 



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3話:御伽噺の前日譚

「――――っがぁ!?」

 

 目を覚まして体を動かすと、日ノ宮一樹は痛みに呻くことになった。

 幸い、堪えられない程ではないため、我慢して体を起こす。

 

「つか、学校出てからの記憶がねぇんだが……?」

 

 どう記憶を思い返しても学園を出た記憶がなく、どう家に帰ったのか記憶になかった。

 痛みのせいでぎこちなく体を動かして一樹はベッドから起き上がるとリビングに出た。

 そこにはいつも通り、台所で白音が朝食の準備をしていた。

 

「いっくん、おはよう。体のほうは大丈夫?」

 

「いや、なんか体がところどころ痛いんだけどな?つか昨日どうやって家に帰ったのかも覚えてねえんだけど……」

 

 身に付けていたエプロンで手を拭きながら白音が判りづらいが困ったような表情で話始める。

 

「昨日、そこの階段で足を踏み外しちゃったみたいで。私が帰って来たときは階段の下で気絶してたんだよ?」

 

「マジで!?」

 

 一樹の驚きに白音は頭を縦に動かした。

 

「アザゼルさんがそのあとにお医者さんとか呼んでくれて。幸い、頭を打った様子はないけど軽い打ち身だけはあるから少し痛みは残るけど直ぐ引くって」

 

「そうなのか!?全然覚えてないんだけどな。でもそれなら後でアザゼルさんにも礼を言っとかないと……」

 

「うん。そうして、ね」

 

 それから白音が近づいてそっと一樹の頬に触れて、身近な者にしか判らないくらいの変化で不安そうな表情を浮かべる。

 

「あんまり、心配かけちゃダメだよ?」

 

「あ、ああ。わりぃな、心配かけた」

 

「うん」

 

 お互いに見つめ合う形になっていた二人に視線が刺さる。

 

「ジー」

 

 態と発音された声の方を向くとそこには黒歌がテーブルに肘を付いて手に顔を乗せた状態でニヤニヤとこちらを向いていた。

 

「いや〜朝から暑いわ〜!」

 

 素手でパタパタと扇ぎながら煽ってくる。

 

「あ、お姉ちゃんを気にしないで続けていいよ?」

 

 そこで白音が手を離して黒歌に近づくとその足を勢いよく踏んづけた。

 

「んにゃっ!?」

 

「バカやってないで早く座って。いっくんはどうする?今日は大事を取って休む?」

 

「いや、行くよ。体は痛ぇけど動かせない訳じゃないからな」

 

 白音の質問に一樹は腕をゆっくり動かしながら答えた。

 

「そう?無理しないでね」

 

「おう!」

 

「最近、白音のお姉ちゃんに対する扱いが雑になってる気がするにゃ~」

 

 それからいつも通りの朝食が始まった。

 

 

 

 

 家を出て、アザゼルと会った一樹は色々手配してくれたことに頭を下げてお礼を言った。

 アザゼルは「ま、何事もなくてなによりだ」と礼を受け取って急いでいたのかそのまま別れた。

 まだ引かない痛みに眉間に皺を寄せながら教室に着き、椅子に座ると木場祐斗が話しかけてきた。

 

「おはよう、一樹くん」

 

「おはよ、祐斗」

 

 いつも通りお互いに挨拶を交わす。そして、話を切り出したのは祐斗からだった。

 

「ねぇ、一樹くん。昨日のことは覚えてるかい?」

 

 祐斗の質問に少し考える素振りを見せ、あぁ!と思い出したように反応を示した。

 

「もしかして白音から聞いたのか?」

 

 その答えに祐斗の顔が強張った。

 

「実はそのことで話が━━━」

 

「いやぁ。昨日家のマンションで階段から転げ落ちたらしくてさ。学校を出てからの記憶が飛んでんだわ!」

 

「へ?」

 

「一応異常は無いらしいんだけど。体が結構痛くてさ!」

 

 顔をしかめながら説明する一樹に祐斗は彼が嘘を言ってるようには感じず、戸惑うがそれを表には出さなかった。

 それから災難だったね。などの言葉をかけると担任が入ってきたため自分の席に戻った。

 

 

 

 

 

 

 体を血の赤で染めた少女が振り向くと面倒だと言わんばかりに溜め息を吐いた。

 しかしこの場に現れたリアスたちを一瞥したあと、特に話しかけることもせず、一樹の元に歩き寄った。

 白音が一樹に触れると僅かに身動ぎし、生きていることが判る。

 それを確認すると祐斗には白音の纏う空気が僅かに弛緩したように感じた。

 

「で?この状況。説明してもらえるかしら?」

 

 自分たちに対してなんの反応も示さない白音にリアスが前に出て説明を求めた。しかし、相手から返ってきたのは簡素で曖昧な返答だった。

 

「さぁ?」

 

「さぁって……」

 

 馬鹿にしているのかと苛立ちが芽生えたが、それより前に白音が言葉を続けた。

 

「本当に私はなにも知りませんよ。今回はいっ――――日ノ宮先輩があのはぐれ悪魔に襲われていた所を助けただけです」

 

 既に生命活動を終えたはぐれ悪魔を指差す白音。

 

「そう。なら悪いのだけれど、少しお話に付き合ってもらうわ。色々とまだ聞きたいこともあるし。そうね、明日の放課後に—————」

 

「お断りします」

 

 リアスの誘いを白音は一蹴した。もちろんリアスからの威圧感が増す。

 

「そんな勝手が認められると思ってるの?拒否するならこの場で力ずくでも連れていって—————」

 

「今回私は身内の危機を助けただけですので。そのような尋問扱いをされる謂れはありません。それに—————」

 

 白音は一拍置いてから宣言するように続きを口にする。

 

「私は、悪魔が嫌いですから」

 

 そう言って懐から符を取り出すと、白音と一樹が突如光に包まれた。

 

「転移術式!?」

 

「待ちなさっ!」

 

 朱乃が叫び、リアスが引き留めようとするが、その前に二人と一樹が抱えていた子供は転移によってその場から消えた。

 

「つっ‼」

 

 悔しそうに顔をしかめるリアス。

 

「部長、どうしますか?」

 

 このまま足跡を追うか判断を仰ぐとリアスは首を横に振った。

 

「今は止めておきましょう。それよりこの場の後始末をするほうが先よ。特に—————」

 

 リアスは建物を僅かに燃えている炎を見る。

 

「この炎、間違いなく悪魔にとって天敵だわ。もし彼女がこの炎を操っているなら迂闊に仕掛けるのは危険かも知れない。少し、様子を見ましょう」

 

 そう決定を下すリアス。これが昨日一樹が気を失っている間に起きていた会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。遅れました」

 

「ええ。それじゃあ始めましょう」

 

 部室に集まったリアス、朱乃、祐斗は昨日のことについてだ。

 

「一応、猫上さんを誘ってみましたが断られてしまいましたわ。無理やり連れていくわけにもいきませんし」

 

 いつもの微笑を浮かべているがその声は若干の申し訳無さが含まれている。次にリアスは祐斗に視線を向ける。

 

「彼も昨日の件については覚えてない模様です。彼とは一年近くの付き合いになりますが嘘はついてないかと」

 

「そう。あなたと日ノ宮一樹は仲が良かったのよね」

 

「そうですね。同性の友人と呼べるのは彼くらいです」

 

 苦笑しながら答える祐斗に、そう。と返してリアスは手にしていた資料を開く。

 

「二人のことを調べたのだけど、やはり怪しい点は見つからなかったわ。中学の時も成績は中の上から上の下。部活歴は無しで日ノ宮一樹は家庭の事情により親の知人が保護者としているのが気になるけど。それに―――」

 

「どうしたんですか?」

 

 一瞬口を止めたリアスに祐斗は首を傾げる。

 

「日ノ宮一樹のほうだけど、中学一年の終わり頃に暴力事件を起こしてるらしいの」

 

「暴力事件!?」

 

 リアスの言葉に祐斗が驚きの声をあげる。

 一年近い付き合いの中で彼が暴力を振う印象を持たなかったからだ。

 

「理由はわからないけど、学校の廊下で女生徒を押し倒した後に顔を何回も殴りつけたそうよ。その結果、その女性徒は歯を三本折られて頬骨にもひびが入れた。ちなみにその女生徒は事件後に転校したそうよ」

 

「それはまた随分と……」

 

 朱乃は不快そうに表情を動かす。同じ女として女子に手を挙げた一樹に思うことがあるのだろう。

 

「とにかく、警戒するなら猫上白音の方と資料にあるその姉ね。今回は私たちにとって利のある行動だったけど、次もそうとは限らないわ。それで祐斗」

 

「はい」

 

 呼ばれて返事をする。そして祐斗にはこれから何を頼まれるのか予想がついていた。

 

「申し訳ないのだけれど、あなたは今後、日ノ宮一樹の監視をお願いするわ。できることなら猫上姉妹の情報も探ってほしいの」

 

「わかりました」

 

「ごめんなさいね。あなたの友人を監視させるなんてお願いをしてしまって」

 

「いえ。気にしないでください」

 

 少しだけ友人である一樹に罪悪感を覚えたが、主の頼みを断るという選択肢は彼の中には存在しなかった。

 死ぬはずだった自分を救ってくれた主に報いるのみ。自分はリアス・グレモリーの【騎士】なのだから。

 そこでリアスが話を切り上げた。そして数日後にこの件とは別のことで頭を悩ませることになるとはリアス自身、想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

「日ノ宮くん!?」

 

 数日後、体の痛みが引いてやや上機嫌なまま学校の授業を終えて校舎を出ようとした時、女子に話しかけられた。

 その女子は同じクラスだが話したこともなく、当然親しい間柄ではない相手だった。というか一樹は名前すら憶えていない。

 それが今にも泣きそうな表情で話しかけてきて、一樹は内心、動揺しながらも表に出さないように気を使い反応を返した。

 

「どうした?なにか用か?」

 

「い、今ね!木場くんが兵藤くんを連れていったの!?」

 

「は?」

 

 なんでそんなことを俺に話すよ?と心の中で思いながら相手の話に耳を傾ける。

 

「あの木場くんが兵藤くんに汚されちゃう!?」

 

「なに言ってんだおまえ!!?」

 

 相手の言葉に引きながら一樹は若干声を上げる。

 兵藤一誠は確かに変態だが同性愛なんてことはないだろう。

 

「日ノ宮くん気にならないの?」

 

「珍しい組み合わせだとは思うけど……。ま、そういうこともあるだろ?なんで俺が気にするんだ?」

 

 女子から憧れの対象にされている木場祐斗と女子と一部の男子から嫌われている兵藤一誠とはこれまた面白い組み合わせだと思うがそれだけだ。気になるなら後日、本人に聞けばいいし、無理に知ろうとは思わない。

 

「そんな!?このまま木場くんがあのケダモノに穢されてもいいの!?恋人でしょ!」

 

「ホント、なに言ってんだよおまえ!?つかその発言はそろそろ殴って欲しいっていう合図か!?」

 

 女性徒の言葉に驚きと怒りの声を出す。

 

 この学園には頭の沸いている女子が多いらしく自分と木場祐斗がたびたびそういう妄想の餌食になっているのは知っていたが、ここまでストレートに言われたのは初めてだった。

 本気で殴りたい衝動に駆られるも一樹は大きく息を吐いて落ち着かせる。

 

「気になるなら本人に聞け!じゃあな!」

 

 もうこれ以上関わりたくないため話を切り上げてその場を後にした。

 これ以上話を聞いたら本気で手が出るかもしれない。

 

 

 それから数日後にハーレム王に俺はなる‼と叫んでいる兵藤一誠を見かけ、一樹はそれをとうとう頭のネジが完全に飛んだかと冷めた目線を送ったのはまったくの余談である。

 

 

 

 

 更に数日後。

 一樹たちのクラスではないが、転入生がやって来た。

 名前はアーシア・アルジェント。金髪碧眼の少々小柄で温和な雰囲気が印象の女子だ。

 日ノ宮一樹が彼女と会話したのは知人である桐生藍華の紹介を受けたからだ。

 

「アーシア、こいつがわたしの中学の時からの男友達で日ノ宮一樹ね」

 

 紹介を受けてアーシアは少しだけ緊張した様子だが笑顔を浮かべていた。

 

「は、はじめまして、日ノ宮一樹さん!アーシア・アルジェントといいます!よろしくお願いします」

 

 お辞儀をするアーシアに一樹は驚いたように目を見開いた。

 それにアーシアはなにか間違っていたのかと萎縮してしまう。

 

「あ、あの!どこかおかしかったですか?」

 

「あ、いや!日本語が随分達者なんでびっくりしたんだよ。ネイティブと遜色ないなって。日本での暮らしが長いのか?」

 

「そう言うわけでは……。頑張って勉強しました……」

 

 何故か気まずそうに顔を反らすアーシアに疑問に思ったが特に踏み込もうとは思わず、そうかとだけ答えた。

 

「ほら!一樹も自己紹介しなよ!」

 

「わかってるよ!ったく……桐生に紹介して貰ったように俺は日ノ宮一樹だ。クラスは違うけど困ったことがあったら相談してくれ。俺ができる範囲で力になるからさ」

 

 そう言って右手を差し出すとアーシアもお礼を言いながら嬉しそうに握手に応じた。

 

 

 

 

「いい人でしたね。一樹さん」

 

「でしょ?ぶっきらぼうなところがあるけど、面倒見がいい奴なんだよ。中学のときもアーシアみたいに外国人の子がいたんだけど、色々と面倒見てたしね」

 

「へぇ。そうなんですか」

 

 感心したように声を出すアーシア。

 握手をした後に一樹と話したが、愛想が良いと言うわけではないものの、力になるといったあの言葉に嘘は感じられなかった。

 なぜかアーシア自身の下宿先が兵藤一誠の家であることを話した時は顔を引きつらせていたのが気になったが。

 それと、気になったのが一樹と握手した瞬間、奇妙な感覚が襲った。

 何か、とても神々しいものに触れたような気がしたのだ。

 そう、まるで自分がまだ教会で聖女として活動していた時に一度だけお目にかかることのできた、天使長ミカエルさまにお会いした時と似た感覚。

 

(きっと気のせいですよね……?)

 

 結果として正反対の道を行くことになったが、物心ついてから自身を支えてきた教えとお世話になった教会系列の孤児院で過ごし、ふと思い出してしまったのかもしれない。

 心の中で結論付けて少しだけ険しい表情をしていたアーシアに気づいた桐生に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 駒は集う。

 

 駒達は向かう。

 

 お伽噺の中心に

 

 くるくるクルクル踊りながら歌いながら。

 

 魂の叫びをスパイスに。

 

 彼ら彼女らはお伽噺を紡いでく。

 

 さぁ、次はどこの頁を捲ろうか?

 

 



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4話:聖剣と復讐と

本作品ではライザー編とコカビエル編の時系列が入れ替わります。




「足りんな……」

 

 落胆するように男は呟いた。

 足下に広がるのは無数の死体。

 それらに対する意識は既になく、苛ただしげに舌打ちをした。

 

「聖剣を持ち出せば少しは骨のある獲物にありつけるかとも思ったが……ミカエルめ、存外に腰が重い」

 

 彼の予想───というより、希望を口にすれば、上級天使が来るかもと期待していたが、討伐に訪れたのはどれも人間にしては実力があるものの彼の渇きを潤すにはとても足りない雑魚ばかりだった。

 

「ふん!まあいい。本命の前の前菜だと思えばな」

 

 星の見えない夜空に血で濡らした手を唯一見える月にかざした。

 

「何人たりとも俺の邪魔はさせんぞ!アザゼル!」

 

 かつての仲間の名前を呟いて男は漆黒の闇の中へ溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

日ノ宮一樹と木場祐斗は休日を利用して買い物に来ていた。

 特に欲しいものがあるわけでなくふらふらと店を見て周っているだけだが。

 そんな中、一樹が洋服店で1枚のTシャツを手に取った。

 

「おお!なぁ、祐斗!これとか良くねぇか!!」

 

 テンションを上げながらそのTシャツを見せてきて祐斗は若干笑顔を引き吊らせた。

 大きな赤いドラゴンが東京タワーと思しき建物に突き刺さった絵が描かれており、背中の方に【最後まで抗った結果がコレだよ!!】と書かれている。

 一樹は趣味でこういうおかしなTシャツを買うことが多い。

 以前、大量の奇形なクリーチャーが描かれたシャツや男らしい赤い筆文字で名誉粉砕などと描かれたシャツを着ていた。

 少し、悩んだ末に他にいくつかの衣類と一緒に購入し、次にバッティングセンターで軽く体を動かす。軽い勝負で一ゲームで多く球を打てるか競ったところ、祐斗に軍配が上がった。

 

 

 

「なんか、久々に思いっきり遊んだな!」

 

 自販機で買った飲み物を口に入れながら二人は雑談をする。

 話題を降るのは専ら一樹だが。

 

「そういやもうすぐ、球技大会だっけ?んで、それが終わったらすぐに中間テストか」

 

「そうだね。一樹くんはどの種目に参加するんだい?」

 

「一応バレーだな。祐斗は部活のほうはなにやるんだ?」

 

「ドッチボールって聞いてるけど」

 

「ところで中間テストさ━━━」

 

 そんな風に会話をしながらいつきはある種の安心感を覚えていた。

 家では美人姉妹の家で居候と聞けば楽しそうだがやはり気を使うのだ。

 一所に暮らすようになって五年近くになり、心が休まらない環境というわけではないが、たまには同性と気兼ねなく過ごしたい時があるのだ。

 そうして歩いているととても心を逆撫でする声が聞こえた。

 

「おやおや~!とても見覚えのある悪魔さんが居るじゃあ~ありませんか!」

 

 なにか、人の神経を逆撫でする声が聞こえた。

 目の前に居たのは銀髪で一樹たちと同じ年頃の神父の格好をした少年だった。

 

「フリード・セルゼン……」

 

 祐斗が相手の名を呟いた。

 

「は?知り合いか、祐斗?」

 

「出来れば、二度と会いたくなかった相手だけどね」

 

「おやつれない!でも僕ちゃんとしてはあそこまで虚仮にしてくれたおたくら糞悪魔を忘れたくても忘れられんのですよ!」

 

 どうやら祐斗に怨みがあるようだがそのふざけた口調のせいか真剣実が感じられず、むしろただのお題目のような感じしかしない。

 状況がわからず戸惑っている一樹の前に祐斗が前に出た。

 

「一樹くん少しここ離れていてくれ。彼は僕が何とかする」

 

「おいなに言って━━━」

 

「大丈夫さ。すぐに終わらせる」

 

 祐斗の発言に鼻で嗤うフリード。

 

「おうおう!かっこいいねぇ!二人がかりで俺様をボコったくらいでもう楽勝気分ですか!でもねぇ、今回俺様が用意したスペッシャルな秘密兵器を見ても同じ態度が取れますかね~」

 

 そこでフリードが竹刀袋から取り出したのは一本の剣だった。しかしそれを見た瞬間に祐斗の表情が変わる。

 

「それは……!?」

 

「おやご存じで?そう!これこそが現存する7つのエクスカリバーの一本!天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)でございあす‼」

 

 などと言われても一樹にはなんのことだか意味不明だった。

 だが、あの剣から発せられる威圧感のようなものを感じて息を飲む。

 そして対照的に祐斗は今までに見たことのないほど獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「まさか、聖剣に出会えるなんてね。今日は本当に良い日だ……」

 

「お、おい、祐斗……?」

 

「一樹くん。君は逃げてくれ。彼は僕が相手をする」

 

「ちょっ!?おまえなに言って……」

 

 祐斗の提案に一樹は訳もわからずに意を唱える。

 祐斗が運動神経が良いのは知ってるが、刃物を持った相手に無事で済むとは思えない。それは、相手が持っている剣の異質な気配を感じ取っているせいかもしれない。

 

「おぉっ!?格好いいですねぇ!お友達を助けるために敢えて聖剣と戦おうっての?その自己犠牲の精神に僕ちゃん感動して涙が出ちゃう!」

 

 楽しそうに人を小馬鹿にした態度を取り続ける少年は一樹に視線を向けた。

 

「ほらせっかく木場くんが時間を稼いでくれるって言うんだからお逃げなさいな。もっとも、悪魔なんかと仲良くしてるよおなクズ野郎は俺様の経典で死刑確定でさぁ!すぐに追い付いてその首かっさばかせてもらいますよ?」

 

 やたらとテンション高く話す相手の言葉の意味はまったくの理解出来なかったが、ここで自分がどうするべきなのか考えは纏まった。

 一樹が出した答えは—————。

 

「うわぁあああああああっ!?とぅあすけてぇええええええ!?刃物!刃物持ってるぅうううううう!?」

 

 大声で助けを呼ぶことだった。

 突如奇怪な行動に祐斗もフリードと呼ばれた少年も目を丸くした。

 そしてそのまま祐斗の手を引いて。

 

「逃げるぞ!」

 

 その場を脱出した。

 しかしすぐに違和感に気づく。

 

(なんでこの時間帯に人っ子一人いねぇんだよ!?)

 

 普段、この辺りは見渡す限りとはいかなくても、それなりの人が行き交うはずなのに今日に限って人が見当たらなかった。

 

「ホイ待ちな!」

 

 いつの間にか追い付いてきたフリードが真横に並び、その刃を振るう。

 

「ってぇ!?」

 

「一樹くん!?」

 

 刀身は一樹の左腕に走り、血を流させた。

 それをフリードは不思議そうに見ている。

 

「およ?腕をブツ斬りにするつもりで振るったんですけどねぇ?思ったよりも反応が宜しいようで」

 

「ホントに切れた!?っのやろ!?真っ昼間からイカれてやがんのか!!」

 

 一樹は斬られて血を流す腕を押さえながら当に察していたことを口にする。

 目の前の少年は正気ではない。絶対に関わってはいけない類いの人間だと。

 

「一樹くん、逃げてくれ!彼の狙いは僕だ!!」

 

「やかましい!こんなヤバい奴相手に友人ひとり残して逃げられるかよ!!」

 

 祐斗の叫びを一樹はバッサリと却下した。その事に祐斗は内心で一樹に対して煩わしさを覚える。

 フリード・セルゼンが何故聖剣を持っているのか不明だが、明らかに狙いは祐斗自身だと察していた。

 だからここで祐斗がフリードの相手をすれば一樹を逃がすことができる。

 なにより聖剣だ。祐斗の中であれは絶対に破壊しなければならない物なのだ。だから今すぐ頭を空っぽにしてあの聖剣に襲いかかりたいという衝動を必死に押さえている。わずか一年ほどの付き合いとはいえ、友人を危険の中に放って置けるほど彼は冷酷ではなかった。

 そして一樹にしてもこの状況で友人を置き去りにするつもりなど毛頭ない。

 

「ご相談は終わりかな?ならとっととその首落とさせろやぁ!」

 

 尋常ではない速度で向かってくるフリードに一樹の中でなにかが囁いてくる。

 

 ————燃やせばいい。

 —―――不思議なことではない。だってお前(おれ)には簡単なことだろう?

 —―――歩くように。走るように。跳ぶように。呼吸するように。掴むように。お前にはソレを扱うのは簡単なことの筈だ。

 一樹は迫ってくるフリードに掌を向けるとぼそりと呟いた。

 

「――――(アグニ)よ」

 

 瞬間、炎が舞った。

 

「おわっチ!?なんですかコレわぁ!?」

 

 突然吹いた火炎にフリードは本能的に横に跳び、避けた。

 しかし、一樹が腕を振るうと地面に炎が走り、フリードを取り囲む。

 それを眺めながら祐斗は愕然としていた。

 

「この炎は……!?」

 

 炎から感じる強烈な聖の力に以前、一樹が巻き込まれたはぐれ悪魔の件を思い出した。

 あの時、建物を燃やしていた炎。あれを操っていたのは猫上白音だと思っていた。しかし、それが間違いだと気付いたのだ。

 

(一樹くんは神器をもっていたのか?)

 

 聖書の神が人間に与えた、物によっては神や魔王ですら滅することを可能にする道具。

 そんな風に僅かに思考の海を漂っていた祐斗の手を再び一樹が取って引いた。

 

「一樹くん!?さっきのは……!」

 

「知るか!勝手に出たんだよ‼」

 

 ヤケクソ気味に答える一樹だがその表情にはどこか怯えが見えた。

 

 駅に近づくにつれて人通りも戻っており、その際左腕から血を流している一樹に通行人が驚いていたが、気にせず走り、駅近くの交番に駆け込んだ。

 

「助けてください!」

 

 行きなり駆け込んできた高校生二人。それも片方は腕から血を流していたため、警察官を驚愕させた。

 

「そ、そこの路地で刃物を持った男に襲われて!!火も放ってきたんです!」

 

 その言葉に祐斗は顔を引き吊らせた。

 刃物はともかく火は放った本人が被害者面をして涙ぐみ、力説しているからだ。

 どうやらその事もフリードに押し付けるつもりらしい

 一樹が怪我をしていたことや、必死な顔で身振り羽振り説明していたことから警官から不審に思われることもなく、対応してくれた初老に見える警官に慰められた。

 

 その後、それなりの人数が現場に向かったが、フリードは既にその場を逃走。残ったのは地面の焼け跡と一樹の血痕だけだった。

 

 一樹は腕の怪我から交番で応急処置を受けて救急車に運ばれ祐斗は警察に事情を説明した。

 もちろん都合の悪い部分は話さず、フリードの容姿や訳もわからないことを言って襲われたとだけ説明した。

 

 

 

 

(気まずい……)

 

 手当てのために病院を訪れていた一樹はその間に連絡を受けてやって来た黒歌と白音に鉢合わせした。

 腕を吊るしてある一樹を見て黒歌は眉を寄せ、白音は唇を噛んで震えていた。

 とりあえず医者に聞いた怪我の容態を報告をすることにした。

 

「腕は吊ってあるけど問題ないよ。数日すれば包帯も取れるってさ」

 

 力無く笑いながら説明する。

 はっきり言って空元気だがないよりはいいだろう。

 その後、病院を後にして三人は家に着くと黒歌が「ちょっと用事があるから出かけるね」と家を再び出る。

 白音も「ご飯の準備する」と台所へ向かう。一樹も皿を並べるのを手伝おうとしたが断られてしまった。

 利き腕は無事だが左腕が吊ってあることで少し食べ辛そうにしている。それを見ていた白音が。

 

「いっくん、あ~ん……」

 

「いや、自分で食べられますよ、白音さん。別に利き腕が怪我してるわけじゃないんから……」

 

「あ~ん」

 

 顔は無表情の筈なのにどこか逆らえない雰囲気を纏いながらおかずのチキンカツを一切れ箸で差し出してくる。

 数秒固まっていた一樹だが根負けして口を開けて差し出されたチキンカツを口に入れる。

 

「美味いな」

 

「うん……」

 

 他人には分かりづらく少しだけ口元を動かして笑う白音。

 それを見て一樹は急激に安堵を覚えた。

 ―――あぁ、帰ってきたな。

 いきなり訪れた危機に張りつめていた精神の糸が緩んでいくのを感じた。

 

「どうしたの、いっくん?」

 

「いや、なんでもねぇよ。白音の料理はやっぱり美味いなって。つか、やっぱり食べ辛いから自分で食わせろよ。白音も食べないとだしさ」

 

 一樹の言葉に若干不満そうにしていたが黙って食事を再開する。

 あの炎のことやフリードとかいう男。考えなければならないことはあるが、今は何も考えたくなかった。

 

 

 

 

 

「で?どういうことかな?」

 

「おいおい。来るなりそんな怖い顔して笑うなよ。まともに話も出来ねぇだろうが」

 

 アザゼルの元を訪れた黒歌は薄らとした冷たい笑みを浮かべてアザゼルに詰め寄っていた。

 

「つい先日、間抜けにも教会から聖剣が盗まれたって情報が私の所にも来たのよ。そして、一樹の傷口からは強力な聖の気配を感じた。まさか、これが偶然なわけないわよね?」

 

 何か知っているのなら答えろとその眼光が口よりも雄弁に語っていた。

 

「ねぇ、アザゼル。私、こう見えてあなたに感謝してるのよ?」

 

 突然の話題変換を始める黒歌。

 

「あの子の両親が私のせいで殺されて。また行き場を失くした私たちはあなたのお陰でまっとうな生活が出来るようになった。だからあなたが一樹に高校受験の際に駒王学園を勧めたこともなにも言わなかった。あの子もあなたになついているしね」

 

 確かに駒王学園は私立にしては破格な程に学費が安く家からも近い。そして女子高から共学に変わったばかりなため、男子はなおのこと入学しやすい。

 一見すれば完璧な条件に見えるが、あそこは悪魔が支配する学園だ。

 それだけで日ノ宮一樹を遠ざける理由にあまりある。

 そしてそのために白音も一樹に付いていく形で駒王学園を受験することになった。

 態度にこそ出ていないものの、悪魔の支配地域で1日の大半を過ごすことは白音にとってそれなりのストレスだろう。

 それでも我慢できるのは生来の我慢強さと一樹に対する配慮故だろう。

 

「でも、もしあなたが一樹や白音を厄介事に巻き込んで傷つけるつもりなら話は別よ。私にだって優先順位があるから」

 

 雇い主と云えど許さない。そう宣言する黒歌にアザゼルは頭を掻く。

 

「わあってるさ。俺だって無暗矢鱈にアイツを危険な目に合わせるつもりはないんだぜ?今回のことはあくまで偶然だ偶然!」

 

 本当に?と疑いの視線を向ける黒歌にアザゼルは視線を逸らさずに肩を竦めた。

 

「その件と関係のある案件をお前に頼みたい」

 

「それは一樹を傷つけた奴を八つ裂きにするって依頼かしら?」

 

「それは状況次第だな。さっきお前さんが言ってた聖剣強奪の件な、やったのはコカビエルだ。もっとも教会の中に協力者が居てそっちから持ちかけたらしいが」

 

 アザゼルの言葉に驚きに目を見開くも同時にあぁと納得する気持ちもあった。

 

「確か、コカビエルは幹部の中で唯一の戦争推進派だったわよね?」

 

「そうだ。下っ端はともかく俺たちの中で戦争回避は決定事項だ。コカビエルの奴も今まで説得を続けてたが俺らの目を盗んで事を起こしやがった。そして現在この街に潜伏中だ」

 

 お~やだやだと天井を見上げるアザゼル。黒歌は面倒臭そうに顔を歪める。

 

「なら私はコカビエルの暴走を止めればいいのかしら?」

 

「そうなんだが、お前も知っての通り駒王町はグレモリーの管轄地だ。先のことも考えてお姫さんに頑張って貰いてぇ」

 

「まさか、グレモリーの娘がコカビエルを倒せるように動けって訳じゃないよね。それは流石に……」

 

「いや、俺だってそこまで期待してねぇよ。ただ、聖剣の奪還くらいはしてくれねぇとな。それに派手好きのコカビエルのことだこの町になんか仕掛けてる可能性もある。先ずはそっちの調査頼むわ。流石に俺まで動いたら色々ことだからな」

 

「うわ~い、めんどくさ~い」

 

 笑顔で万歳しながら口調はふざけんなと主張する黒歌。

 アザゼルもそれくらいわかっているが軽くスルーした。

 

「その代わりに一樹を傷つけた奴はお前が好きに料理しろ。それとうちの秘蔵っ子も連れていっていいぜ。最近暇だ暇だとうるせぇからな」

 

「あの子を?まぁ戦力としては申し分ないけど……」

 

「よろしく頼むわ。今回の件に関わった奴の資料はここだ」

 

 アザゼルはテーブルに置いてあった資料を黒歌に投げる。

 

 それを読みながら黒歌はこれからどう動くか頭の中で思考を張り巡らせていった。

 

 

 

 



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5話:遭遇

 周りから奇異な視線を向けられて良い気分がしないのは万人共通だろう。

 日ノ宮一樹はそんな視線に晒されながら不機嫌そうに歩いている。

 実際には不機嫌などではなく困惑しているというのが正しいのだが。

 

「なぁ、白音。お願いだから離れて歩いてくれね?」

 

「?どうして……?」

 

「いや、ほら。周りの視線がさ……」

 

「私は気にしない……」

 

「俺が気にするんですけどっ!?」

 

 ここ数日、猫上白音は日ノ宮一樹にずっとべったりとついて回っていた。

 登校下校を一緒にするのは当たり前。昼休みの昼食などもわざわざ二年の教室まで来る始末だ。

 確かに数日前に怪我を思えばある程度過敏になるのは仕方ないかもしれないがそれが続けば少々面倒だと思うのが人間だ。

 しかも善意でやられてるだけ無下にすることもできない。

 それでも一樹に言わせれば過保護だ。まだ包帯こそ取れないが既に腕は吊るしていないし、痛みもない。

 ついでに言うと、黒歌は一樹が怪我をした次の日に出張で家にいない。その日の夜、白音は一樹と一緒の部屋で寝ようとした。流石にそれは断固拒否したが、あの時の納得していませんと言わんばかりの表情は記憶に新しい。

 

 周りから下世話な憶測を交えた視線に耐えながらどうにか学園に到着し、白音と別れて教室に向かう。

 そして一樹のもうひとつの悩みがあった。

 

「うっす、祐斗」

 

「おはよう、一樹くん」

 

 いつも通りの挨拶。しかし以前より距離が開いたように一樹には感じられた。

 

 数日前一樹が出した正体不明の炎が原因―――ではない。

 あのフリードとか言う似非神父に襲われて以来、どうも祐斗が苛立っているというか、殺気だっていた。

 あの炎については当然次の日に訊かれたが分からないと一樹は正直に答えた。その上で祐斗自身からあまりそれを使わないほうがいいと忠告を受けた。そもそもどうやって出したのかさえ解らないのだから使いようもないのだが。

 それから祐斗に近寄りがたい雰囲気を纏うようになり、話をすることが減ってしまったのだ。

 一樹としてもなんとかしたい気持ちもあるが、踏み込んでいい事柄か判断できず、踏み出せないでいた。

 1年程の付き合いになるが、あくまでもそれだけの関係だ。一樹にだって触れてほしくないモノはある。

 結果としてなにもしないという選択が継続しているのだ。

 

 

 

 

 そうして今日も授業を終える。

 帰宅部の一樹は当然これからすぐに下校だ。

 そして、今日も見覚えのある銀髪が教室の外から見えた。

 

「いっくん、帰ろ」

 

「おう。じゃ、またな祐斗」

 

「うん。一樹くんも気をつけて」

 

「ああ」

 

 この一連の流れがここ数日のお約束だった。そして外野から無責任な噂話が聞こえてくる。

 

「今日も来てるわよ猫上さん。やっぱりふたりは付き合ってるのかしら?」

 

「そんなわけないわ!だって日ノ宮くんは木場くんと―――」

 

「もしや!3人は日ノ宮くんを巡った三角関係なんじゃないかしら!」

 

「それだっ!!」

 

「クッ!学園の王子様的立場の木場くんとマスコット的立場にある猫上さんの2人を手玉に取るなんて!日ノ宮くん、恐ろしい子!」

 

(恐ろしいのはお前らの思考回路だ!むしろおぞましいわっ!あ~ぶん殴りてぇ……)

 

 周りの無責任な噂話を聞いて一樹の思ったのはこれだけだ。いつも通り無視して白音と帰る。

 

 特に話すこともなく、二人で黙って帰り道の坂を半分下ったところで二人の少女に話しかけられた。

 

「ちょっとあなたたち」

 

「あ?」

 

「?」

 

 話しかけてきたのは奇妙な二人組だったもうじき暑くなる季節だというのにフード付きの外套を着たおそらく一樹たちと同じ年頃の少女。

 

 一人は長い栗色の髪を左右に結わえた俗にいうツインテールをした日本、もしくは東洋人と判る顔立ちの少女に青い白音と同じくらいの髪に前髪の一部に緑のメッシュを入れた外国人らしき少女。

 

「ごめんなさい、引き止めて。あなたたち駒王学園の生徒よね?」

 

「あぁ。まあな……」

 

「じつは駒王学園に用事があるんだけと道がわからなくなっちゃって、それで……」

 

 それを聞いて一樹はなぜ話しかけられたのか納得した。

 駒王学園の制服は目立つ。男子もそうだが特に女子はその独特のデザインから一発だろう。もしかしたら転校生かもしれないと一樹は簡潔に説明を始める。

 

「この坂を登ったら俺らの他にも下校の生徒がいるから、それを辿っていけば着くぞ」

 

 坂の上を指差して一樹が説明する。

 

「そう、ありがとうね!ほらゼノヴィア!」

 

 お礼を言って相方の少女を手招きしながら移動を始める。そしてゼノヴィアと呼ばれた少女が横を通り過ぎた際に一樹にだけ聞こえるように耳元で囁く。

 

「そんな不浄の存在と関わらないほうがいい」

 

「あ?」

 

 流暢な日本語で言われた言葉に一樹は眉を動かす。

 どういうことか聞こうとするが、二人は早歩きで移動しており、わざわざ呼び止めるのも面倒な距離になっていた。

 

「どうしたの、いっくん?」

 

「いや、なんでもねぇ……」

 

 少しだけ嫌な気分になりながら頭を振って意識を切り換える。

 

(どうせもう会うこともねぇんだ。気にする必要ないな)

 

 仮に会うことがあってもそれだけだ。他人の言葉をいちいち気にする理由はない。

 そして帰路につきながら一樹はこのときの事を頭の中から追い出した。

 

 

 

 

 

「わぁい、とっても良い趣味~!」

 

 目の前の術式を解析しながら黒歌はヤケクソ気味にテンションを上げる。

 そうでもなければやっていられないとばかりに。

 今解読している術式はこの町を破壊するための術式だ。それこそ発動すればこの町は文字通り地図から消えるだろう。

 町の至る所で発見されたそれを黒歌はひとつづつ消し去っていく。いや、正確には書き換えだろうか。

 百近く刻まれた術式はひとつでも不用意に解除すれば他の術式がそれを察知し、この町を消し去るように仕組まれていた。

 無力化するにはすべての術式を同時に消し去るか、術を刻んだコカビエルを殺すかなのだが、すべての術式を消すとなるとそれなりの人数が必要になるし、コカビエルはまだ発見できていない。

 そこで黒歌が行ったのは術式にダミーにすり替えてここに術式が『ある』と他の術式に誤認させて無力化する術式だ。

 ここ数年、堕天使が使う術式を読み漁っていなければうっかり解除してこの町を消していただろう予想に寒気がする。

 

「絶対あの馬鹿を見つけたらミンチにする!むしろ微粒子も残さない!」

 

 イライラとしながら目の前の術式と格闘している黒歌に後ろから声がかかった。

 

「待て。それは俺の役目だ」

 

 話しかけたのは一樹と同い年くらいの少年だった。

 銀髪で整った顔立ちであり、着ている服の上からでは判断しずらいがしっかりと鍛えられ、引き締められた筋肉。

 彼がアザゼルの秘蔵っ子である少年だった。

 

「うるさい!そこでつっ立ってるだけなら手伝いなさい!」

 

「俺がやると術式が起動するから触るなと言ったのはお前なのだがな。それに俺は一応護衛だ。意識の大半を持っていかれる術式の解析をするわけにはいかないだろう?」

 

 嫌味でもなんでもなく事実を口にするように少年は最低限の対応をする。

 そんなことわかってるわよ!と術式解析に意識を再び傾ける。

 

「堕天使の幹部と戦える機会なんてそうそうないからな。このチャンスを逃す気はない」

 

「この戦闘狂……」

 

 楽しみにしていた旅行前日の子供の様な表情でこれからの戦いに思いを馳せる少年に黒歌は溜め息を吐いた。

 

「それに今回の事件には俺のライバルも関わっている。どれ程の器か見ておくのも悪くない。そして俺の眼鏡にかなわないのなら……」

 

 そこで言葉を切る。そんな少年を見て黒歌はただ勝手にしなさいと答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それを見つけたとき、日ノ宮一樹は知らない振りをするか本気で検討した。

 その日は一樹と白音は授業を終えると適当な喫茶店で軽食を摂っていた

 まぁ、軽食と言うには白音は多くのケーキを食べているが。

 それらを食べ終えて他人には判らないくらい僅かに白音は満足そうな表情で店を出て近道である人通りの少ない道を進むとその一団に遭遇した。

 

 言ってしまえば神父だか牧師だかそういう人種が着る服を着た知人だ。

 

「なんでだよ……?」

 

 もう組み合わせがわけわからない。

 

 ひとりは友人の木場祐斗。もうひとりは変態3人組に数えられる兵藤一誠。最後に最近生徒会に入った匙元士郎と言ったなんの集まりだかわからない集団があり得ない格好で歩いている。

 それに対して一樹が出した結論は。

 

「見なかった事にしよう」

 

「賛成」

 

 関わるの面倒そうだし。

 丁度通り道に立っているが少し迂回すればいい。方向転換するとこちらに気づいた向こう側から声が上がった。

 

「あぁーっ!猫上白音ちゃんっ!」

 

 なんで気づくんだよ。てか、なんで白音をちゃん呼び?なんか接点あったか?

 そこまで考えて一樹がチラリと白音の方に目線を向けると僅かに眉間にシワがよっていた。まぁ、あるわけないよな。

 一樹は溜め息を吐いて三人に近づく。

 

「よぉ。珍しい集まりだな。何やってんだ?」

 

「ちょっとね。そっちはデートかい?」

 

「そんなところだ」

 

「デートだと!?」

 

 こちらの質問に対して話題をそらした祐斗に訊かれたくない事だったかと思い、返された質問に適当に答えた。

 なぜかその事に兵藤一誠がショックを受けている様子だが特に気にも止めなかった。

 

 ついでに言うと、一樹自身はデートという意識はないが端から見たらそう感じるかもしれないと無理に否定はしなかっただけである。

 

 あぁ、それにしても祐斗の気配が変わったなと感じた。

 いや、戻ったというほうが正しいか。

 以前のどこか刺々した雰囲気は感じない。

 

(なんかあったのか?)

 

 なんにせよきっと良い変化だろう。なにより学園で友人と呼べるのが祐斗と桐生しかいない一樹からすれば祐斗がいつもの調子に戻ったのは有り難かった。

 

 訳は分からないがどうにも三人の様子から見られたくなかったらしいことが伝わり、即座に切り上げて帰ろうと決める。

 じゃあなと手を振ろうとしたときに、体が僅かに硬直した。

 

「いっくんっ!?」

 

 白音が後ろから声を上げると同時に一樹の体を引っ張って跳んだ。

 その時一樹はおぉっ!?と声を上げて白音って案外力あんだなぁと場違いなことを考えていた。

 周りを見ると他の三人もさっきまで話していた場所から距離を取っていた。

 一樹たちが話していた場所に落ちて来たモノを見るとそれはこの場の白音と匙以外は見覚えのある人物だった。

 

「フリード・セルゼン!?」

 

「ゲッ!この間の変質者っ!?」

 

 落ちてきたのは以前一樹に傷を負わせた銀髪の神父—――フリード・セルゼンだった。

 

 膝をついていた体を立たせ、見るだけで不快感を与える笑顔で周りを見る。

 

「おんや~。誰かと思えば木場くんにイッセーくん。それにこの間ボクちんを蒸し焼きにしかけてくれたファイヤーボーイじゃありませんか~。俺様が会いたかった方々が一度に見つかってきっと俺様に首チョンパされたいに違いない!!」

 

 以前と変わらない意味不明な言葉を並べるフリードに一樹は心の底からげんなりした。

 それよりも、今は白音だと後ろにいる妹分を守るために前に立つ。

 もしここで白音が傷ついたら黒歌に顔向けできないと思いながら。

 

「見つけた……」

 

 ボソリと呟く祐斗。

 その顔には隠しきれない好戦的な笑みがあった。

 一樹は舌打ちして祐斗の肩を掴んだ。

 

「何でそんなヤル気満々なんだよ!相手は刃物持ってんだぞ!さっさと逃げ―――」

 

 しかし祐斗は一樹の手を振り払う。

 

「悪いけど一樹くんは下がっていてくれ。僕はあの聖剣を破壊しなくちゃいけないんだ」

 

 そう言った祐斗の手にはいつの間にか剣が握られていた。

 

「ここから先は僕たちのやることだ。一樹くんは早くここから離れて」

 

 突き放すような言葉を使いながら祐斗は剣を構えた。

 気がつけば兵藤一誠と匙元士郎も緊張感を漂わせながら手に形の違う手甲のようなものを装備していた。

 そんな中で白音が一樹に質問する。

 

「ねぇ、いっくん。もしかしてあの人が前にいっくんを怪我させた人?」

 

「あ?そうだけど、どうした?」

 

「へぇ……」

 

 その時、一樹は祐斗とフリードに視線を映していたため見えなかったが、その視線は氷のように冷たく鋭利なモノだった。

 

「いくぞフリード!!」

 

 その声を合図に祐斗が動く。

 祐斗の速度に一樹がはやっ⁉と驚いている間に2本の剣が激突する。

 しかし、数回お互いに剣を打ち付け合うと祐斗の剣がガラス細工のように砕け散った。

 

「っ!?まだだ!」

 

 直ぐに祐斗の手には先程とは意匠の違う新しい剣が握られていた。それを見たフリードが納得いったように嗤う。まるでそんなものは大したことはないとでも言うように。

 

「光喰剣だけじゃなく複数の魔剣所持?おたくもしかして魔剣創造の神器保持者?わぉ!レア神器とか罪な御方!!けど、俺様の聖剣もそんなハリボテに傷つけられるほど半端な品物じゃございませんよぉ‼」

 

「それでもっ!僕は聖剣を破壊しなければならないんだ‼」

 

 再び互いの剣がぶつかるがやはり祐斗の剣は直ぐに破壊されてしまう。

 

 馬鹿の一つ覚えのように壊されては新しい剣を振るうも直ぐに破壊されてしまう。

 

 最初は勢い良く猛攻していた祐斗も段々と追い詰められていく。

 

「ハッ!?ちょれぇんだよ!いくら騎士つっても天閃の聖剣を持つ俺様に速度で勝てるわきゃねぇだろうが!?」

 

 フリードが振るう剣の刃が祐斗に迫る。

 たが―――。

 

「だっしゃぁあああああっ‼」

 

 一樹が祐斗を突き飛ばした。

 即座に手を振るいながら念じる。

 

(アグニ)よ!!」

 

 放たれた炎がフリードを襲うが大きく後退して避ける。

 

(前よりも簡単に出たな。むしろ今は何で今まで使えないと思ってたのが不思議な―――)

 

 そこまで考えて思考を切り換える。今はそんなことはどうでもいいと感じたからだ。

 

「一樹くん、どうして!?」

 

「やかましい!!あんな危ない奴相手に放って置けるか!!そこの2人もなんかできるんだろ!!この異常者をさっさと簀巻きにして警察に突き出すぞ!?」

 

 なにやら二人が驚いた表情で「えっ!?日ノ宮も神器持ってんの!?」等と一樹に理解できない事を言っているがそれよりも目の前のことだ。

 

「おーおー。また俺様の邪魔してくれちゃってまぁ。やっぱりおたくもバッサリすんの決定だわ!」

 

 最初から見逃す気なんてないくせにと舌打ちしながら向かい合う。

 内心馬鹿なことしてるなという自覚はある。さっき祐斗が言ったように逃げ出せば良かったと思わないでもない。

 しかし、体が動いてしまったのだから仕方ないなと自分で頭を切り換える。

 突き飛ばした時に祐斗の手から落ちた剣を拾って構えにもなってない様で相対するが当のフリードはそんな一樹を心底おかしそうに嗤った。

 

「何ですかその素人丸出しな構え!俺様に首落とされたいっていうサイン?なら望み通りにしてやりますよぉ!!」

 

 そう叫び動くフリードと一樹たちの間に白い影が割って入った。

 

「やらせない……」

 

 割って入った白音は易々と近接に持ち込んで掌底を打ってその顎を打ち抜く。

 

「あごぅっ!?」

 

 次に体を独楽のように回転させて遠心力を乗せた一撃を鳩尾に蹴りつけてフリードの体を飛ばした。

 その鮮やかな動作を見ていた男性陣は唖然と面食らっている。

 

「白音、さん……?」

 

 顔を引きつらせた一樹が名前を呼ぶが白音は振り向くことをせずに軽く舌打ちをした。

 

「腐っても聖剣使い。これくらいじゃ……」

 

「おいおいおい!いきなり何してくれやがりますかぁ!?この幼女は!!」

 

「こっちの台詞。私の家族に手を出した以上、ただじゃ帰さない」

 

 白音の口調は淡々としたモノだったが、その中には確かな敵意と怒気が混じっていた。

 

「上等だ、このメスガキャ!今すぐ腹ぁ掻っ捌いてやりますよぉ!!」

 

 叫んで突っ込んでくるフリードに一樹が白音を庇おうと前に出ようとするが、それより早く本人が動いた。

 高速で振るわれる剣を白音はその小柄な体躯とスピードを生かして躱していく。それも刃先ギリギリの範囲で。

 その光景を見ながら祐斗は、2人の動きを観察していた。

 猫上白音の速度は祐斗やフリードとそう変わらない。

 しかし、現在白音はフリードを圧倒していた。

 それを可能にしているのは圧倒的な行動予測だ。

 フリードの動きを読んで常に最適解で行動し、躱しながら拳や蹴りの打撃を当てて行っている。ただ見た目通り力自体は強くないのか、一撃必殺とはいかないようだが。それでも聖剣を相手に臆することなく動く、その胆力と能力に祐斗は素直に感心した。

 焦ったフリードが大振りに聖剣を振り下ろすと白音はその力に抗うことなく一本背負いを極めて投げ飛ばした。

 

「こ、のっ!!」

 

 次第に余裕がなくなり、怒りで表情を歪ませるフリードを白音は冷たい視線で見下す。

 フリードが何かを言おうとすると別の場所から声が聞こえた。

 

「何をしているフリード」

 

 声は頭上から発せられていた。

 見上げるとそこには50代程で司祭の格好をした男性が空中に立っていた。

 

「バルパー・ガリレイィ――ッ!?」

 

 この場に祐斗の怨嗟にも似た声が吐き出された。

 

「聖剣の熟練のために好きにさせていたが、まだ未熟だな。この程度相手も下せないとは。因子を上手く使え」

 

「へいへい。そいつぁ、すいませんねぇ……」

 

 舌打ちし、こちらに向き直る。

 

「わりぃが、ここらでドロンとさせてもらうぜ!」

 

 逃亡を図ろうとするフリードに、この場にいなかった誰かが邪魔をする。

 

「逃がすか!」

 

 突如現れた誰かが剣を振るってフリードと火花を散らす。

 

「ゼノヴィア!」

 

「やっほー、イッセーくん!」

 

「イリナ!」

 

 一樹や白音は知らないことだが、この地に聖剣の奪還もしくは破壊の命を帯びた教会の騎士二人がこの場に現れた。

 2人はフリードに向かって行くと手に持つ自らの聖剣を振るう。

 

「フリード・セルゼン。バルパー・ガリレイ。反逆の徒め。神に代わり、この場で断罪してくれる!」

 

「はっ!!神に代わっておしおきよ!ってかぁ!調子に乗んなよこのビッチがぁ!!」

 

 鼻で笑いながらもその挙動には余裕がない。

 

「じいさん!撤退すっぞ!コカビエルの旦那に報告だ!」

 

「致し方あるまい」

 

 そのまま懐から何かを取り出し、地面に投げつけるとと、強力な光を発した。

 この場にいた全員が自分の目を守る。そして、光が消えた時には既に二人の姿は消えていた。

 即座に動いたのは教会の騎士二人だった。

 

「追うぞ、イリナ!」

「うん!」

 

 お互いに頷き合って二人はその場を後にする。それに続くように祐斗も動いた。

 

「おいっ!待てって」

 

「いっくんっ!?」

 

 祐斗を追おうとした一樹を止めようと白音が腕を伸ばす―――が。

 

(え?)

 

 一樹が並の人間以上の速度で走り出してしまったためタイミングが狂い、掴めなかった。

 そのことに白音は驚きを隠せずにいる。

 僅かに触れた指から一樹が自身の気を操って身体能力を上げている感覚が掴めたからだ。

 そうでなければ悪魔の速力に追いつけるわけはないのだが。

 内心の衝撃が大きすぎて、数秒硬直している間にまた別の声が聞こえた。

 

「力の流れ不規則になっていると思ったら……」

 

「あらあら」

 

「これは困ったものね」

 

 そこに立っていたのはオカルト研究部の部長であるリアス・グレモリーとその副部長の姫島朱乃に駒王学園、生徒会長の支取蒼那だった。

 現れた3人を見て白音は完全にこの場を離れるチャンスを失ったなとため息を吐いた。

 

 

 




オカルト研究部面々は小猫がいないことを除けばほぼ原作通りに進んでます。

白音は悪魔に転生してないので空は飛べません。戦車の特性も当然無し。
体術は速度と技重視。仙術も習得済みです。

本作品で猫姉妹の妖術=NARUTOの忍術に置き換えます。
仙術に関してはD×DとNARUTOの設定を擦り合わせて書くつもりです。


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6話:憤怒

 バルパー・ガリレイを追って移動していた祐斗は脚を止めた。

 逃亡の際に残された魔力の残留を辿って着いた場所は下水口の穴の前だった。

 

「この中が彼らの拠点か……お似合いの場所だね」

 

 そうして下水口の中に入ろうとする―――が。

 

「ゆ~う~と~く~んっ!」

 

 突如、後ろからヘッドロックをかけられた。

 

「い、一樹くん!?何で!?」

 

「追っかけたんだよ!!俺や兵藤たちが呼んでも止まんねぇしな、お前!」

 

 息を切らしながら声を上げる一樹に祐斗は別の疑問が浮かび上がる。

 

「追いかけてこれた……?」

 

「お前、足速いんだよ!何度か見失いかけたぞ、コラ!」

 

 一樹の言葉に祐斗は驚愕した。

 木場祐斗はリアス・グレモリーの騎士である。その駒《役割》を与えられている彼は速力にはそれなりの自負がある。先程は全力走り続けた訳ではないとはいえ、人間が追い付ける筈はないのだ。

 

「一樹くん、君は……」

 

 そう疑問を口にし終わるより先に一樹が目の前の下水口を指差す。

 

「で、こん中に用があるのか?」

 

「……一樹くんに関係あるのかい?」

 

 一般人と言えるか既に微妙なところだが、祐斗はこれ以上、一樹をこの件に関わらせる気はなかった。

 我が儘を言えば、同じ転生悪魔である、兵藤一誠と匙元士郎も巻き込みたくないのに人間の一樹をこれ以上、踏み込ませるのは論外だった。

 

「有るか無いかで言えば無いが、ここまで関わった以上、知らん顔して帰るのも性に合わないって思っただけだ」

 

「ここから―――いや、最初から一樹くんには関係のないことだよ。だから早く帰ってくれ」

 

 出来る限りの、冷たい声で告げると一樹は口元だけつり上げながら目元は全く笑わず、下水口の中に入っていった。

 

「ちょっ、ちょっと一樹くん!?」

 

「なにかな、祐斗くん?」

 

 顔は笑っているはずなのに眼光が鋭すぎて祐斗は一瞬怯んでしまった。

 

「ここから先は一樹くんには無関係だって言ったよね!」

 

「ああ、言ったな……」

 

「だったら!?」

 

「だから俺が首を突っ込もうがどうしようが祐斗には関係ないよな?」

 

 とても良い笑顔のまま答える一樹に祐斗が固まった。

 

「じゃ、俺は¨勝手に¨行くから来るんなら早く来い」

 

「ちょっと、待ってよ!?」

 

 そのまま下水口の中に足を踏み入れる一樹に祐斗はあれ?何でいつの間にか僕が追う方に?と思いながら後を追った。

 

 

 

 

 

 

 現在それぞれの主に尻叩きを喰らっている兵藤一誠と匙元士郎を半眼で眺めながら白音はこれからのことを思案していた。

 一応この場を離脱するのは簡単だが、後々を考えるとよろしくない。

 それに、以前のように今は一樹の元へは転移できないという事情もある。

 単純に転送用の符が入った鞄を一樹が置いていってしまったからだ。

 一樹の鞄に入っている符は云わば目印でそれを頼りに転移するが、鞄がここに在る以上、転位できない。

 制服に仕込んでいなかった不備を自身で舌打ちしながら目の前の茶番を眺めていた。

 

 そして、宣言した回数の尻叩きを終えて3年の先輩3人が白音に向き合った。

 

「ごめんなさいね、待たせてしまって」

 

「いえ……」

 

 素っ気ない態度を取りつつ、相手の話を聞く体制に入る。

 

「先ずは結果的とはいえ私の眷属を助けてくれたことには感謝するわ。ありがとう」

 

「私からもお礼を言わせてください。貴女がいなければ、匙は聖剣の犠牲になっていたかも知れない。礼を言います」

 

 そう言って礼を言うリアスと蒼那に白音は若干の戸惑いを覚えた。

 純血悪魔。それも上流階級に属する者は基本高圧的で他の種族が自分たちに尽くすのが当然と言わんばかりの存在だと思っていたからだ。

 

 事実、今まで白音が会ってきたはぐれ悪魔の大半が元主の扱いの悪さに嫌気が差したという者も少なくない。

 だが少なくとも今言われたお礼には純粋な感謝の気持ちが込められているように感じた。

 白音は内心では動揺しながらも決して表には出さずに対応する。

 

「いえ……日ノ宮先輩が関わらなければ、私も放置していたでしょうから」

 

 本心だった。

 白音は3人の先輩には何の関わりもない。あのまま殺されようがどうでもよかった。

 ただフリードが一樹を傷つけたという怒りと彼自身が厄介ごとに首を突っ込んでしまったためだった。

 昔っから身近な人が危機に陥ると後先考えなくなるなぁと心の中で溜め息を吐く。

 これからどうするかと考えていたところで兵頭一誠が声を上げた。

 

「そういえば白音ちゃん!日ノ宮って神器持ちなのか?なんかすげえ炎出してたけど」

 

 兵頭一誠の発言にリアスがピクリと目尻を上げた。

 

「それは本当?イッセー……」

 

「ええ部長!なんかイリナたちの聖剣を見たときみたいに嫌な感じがする炎で」

 

「ヘェ……」

 

 話を聞きながらリアスはスッと目を細めて白音を見た。

 

「つまり、あの時の炎は貴女ではなく彼の力ということかしら?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 白音自身、一樹の力についてはある程度知っていた。しかし出来るなら隠し通しておきたかったのが本心だったがこれ以上隠し通すのも難しいと感じて反論しなかった。

 

「貴女には色々と訊かないといけないことがあるわね。眷属の恩人にこういうことはしたくないのだけれど、今度は一緒についてきてもらうわよ。それに今この町で起きていることも貴方は知らないといけないでしょう?」

 

「堕天使コカビエルの件についてですね?」

 

「!?あなたが何故それをっ!?」

 

「私にもそれなりの情報網がありますので」

 

 二日程前に姉である黒歌から連絡をもらって知っただけである。

 

『ちょっとこの町でコカビエルが悪さしようとしてるみたいでさ~。ほんとに危なそうだったら連絡入れるから町から出る準備だけよろしくね~』

 

 という一方的な言葉だけ並べて電話を切られてしまったが。

 聖剣を強奪したことやその他諸々の情報もその時に知った。

 

「いま、そちらに同行することに反対はありません。ですがその代わりにこちらのお願いもひとつ聞いてはいただけませんか?」

 

「お願い?話にも依るわね」

 

「そう難しいお願いではありませんよ。そちらが木場先輩を探すついでに日ノ宮先輩も探してほしいんです。いまは、少しこちらで探すのが難しいので」

 

「……それは、かまわないのだけれど。いいのかしら?あなたは以前、悪魔(私たち)が嫌いだと言っていたのに」

 

「ええ、嫌いですよ。でも私にとっての優先順位を間違うつもりもありません」

 

「それがあなたにとって、日ノ宮一樹だということね」

 

 白音は心の内で弱み握られたかなぁと欝な気分になったが、白音個人では頼れる宛てが少ないため手段を選ぶつもりもなかった。

 同時にリアスは白音の強い意志を宿した瞳を見て彼女を好ましいと感じた。できれば彼女を眷属にという欲求もあったが無理だろうと考えてすぐに引っ込める。

 相手が悪魔を嫌っている以上、下手すればはぐれを生む事態にしかならない。

 

「じゃあついて来て。イッセー!アーシアは家に?」

 

「あ、はい!!今日母さんから料理を教わると言っていたので……」

 

「そう。じゃあイッセーの家に行きましょう。かまわないわね?」

 

「部長たちならいつでも喜んで!?」

 

 鼻の下を伸ばして答える兵頭一誠を軽く軽蔑しながら白音は無謀な行動で厄介ごとに首を突っ込んだ一樹を心の中でバカと罵っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 下水溝の中を進んでいく一樹と祐斗はお互いに会話をすることもなく中に進んでいった。

 一樹は自分が馬鹿なことをしているという自覚はあるのだが、この場で木場祐斗を放っておくと何か良くないことが起きるのではないかという直感からかなり強引に同行したわけだが正直言って。

 

(俺に何ができるよ?)

 

 と今更ながら考える始末。

 祐斗とフリードの戦いを見て自分では絶対勝てないと断言できる。そんな中で自分ができることをと思えば精々火を出す程度。早まったなぁと思いながらもこの場を引く気がないだけ相当イカれてるのではないかと思えてくる。

 そんな風に考えていると、祐斗が腕を横に挙げてストップをかけた。

 

「この部屋になにかあるね……」

 

 一樹に聞こえる程度の音量で少し先にある扉を指して祐斗が告げた。

 

「わかるのか?」

 

「うん。気配を感じる。僕が中に入るから一樹くんは扉の外で待っててくれ。安全が確認できたら呼ぶから」

 

「ああ。無理やりついて来てるんだ。そっちの判断に従うさ」

 

 自分が足手まといになる可能性が高いと感じ始めておとなしく従うことにした。

 一応、いつでも炎を出せるように意識はするが。

 祐斗が扉を剣で切り裂いて駆けるように突入して行く。

 目の前から祐斗が居なくなると一樹は周りの警戒を一層深めて小さく呼吸する。

 この場で不意打ちなどされれば確実に殺される。その思いが一樹の感覚を過敏にしていた。

 それから10分経って未だに音沙汰がないことが気になり始めた。

 ほとんど物音がしないというのはどういうことか。どれだけ広い部屋化は知らないがいくら何でもおかしいだろと思い始め、このまま突っ立てても気が滅入りそうだと思い、中に入ることに決めた。

 壊れた扉を潜るとそこには無防備に立っている祐斗の姿を見つけて。

 

「おい!こんなところでなに呆けて――――――つっ!?」

 

 祐斗の肩を掴んだと同時に視界に入った存在《モノ》に一樹は目を大きく見開いた。

 

 

 ――――――そこには地獄が広がっていた。

 

 

 見えたのは複数の人間だった。

 服装は大人の神父やシスターの様な格好をしていてた。

 彼らはところどころに拷問を受けたような痕が見えて転がされていた。

 酷いものは四肢が既になかったり、上半身が抉られているような者までいる。

 その凄惨な光景に一樹は不用意に鼻を使ってしまい、嗅いだ生臭い匂いで嘔吐に襲われ、そのまま地面に先ほど喫茶店で食べた物をぶちまけた。

 

「うおぇ……あ、おぇ……」

 

 それでも足らずに最後には胃液まで吐いた。

 

「……んだよ、これはぁ……」

 

 ようやく絞り出せたのはその言葉だけだった。こんな非現実的な光景は想像もしていなかったのだ。

 

「彼は、まだこんなことを……」

 

 祐斗も唖然としていた表情から憤怒で顔を歪めた。

 そんな風に動けないでいると、小さな。耳を澄ませなければ聞き逃してしまいそうなほどか細い声が鼓膜を振るわせた。

 

「……か……こに…………すか?」

 

 声の元を2人は探し始めると、そこにはシスターの格好をした肩まで伸びた金髪の女性に行き当たった。

 

「大丈夫ですか!?しっかり!!」

 

 見ると、女性は眼球が潰されて閉じた瞼からは多くの血の痕があり、顔全体に殴られた痕や、指などには釘が打ち込まれていた。

 

「っ!?いま、手当をっ!?」

 

 きっと服の下はさらに見られない状態になっているのだろう。一樹はどうにかしようと少し前にテレビで観た応急処置の方法を思い出しながらどうにか手当てしようとする。

 しかしそれは女性の方から断られた。

 

「わた……も……助か………せん………より……まに、連……を…………くれになる、前に……」

 

 そこまで話して女性は大きく咳き込み、一樹の顔を触れると聞き取りづらい小さな、声で『お願いします』と口にして、そのまま動かなくなった。

 最後の力が抜けて物言わなくなった女性の遺体を床にそっと置いて、血が出んばかりに唇を噛みしめて一樹は無言で無惨な姿を晒している人達、1人1人生存を確認し始め、祐斗も無言でそれに続く。

 しかし、やはりと言うべきか、息のある人は1人もいなかった。

 最後の1人を確認し終え、触れていた手を強く握りしめた。

 

「なんなんだよ、ここはぁ……!!」

 

「ここは、バルパー・ガリレイの研究室だよ……」

 

 怒りのままに吐き出された憤怒の声に祐斗は静かに答える。

 ここまで見た以上、話すべきだと思った。

 

 バルパー・ガリレイと呼ばれる男は欧州で表向き、教会の司祭だったが、その裏では聖剣を扱える聖剣使いの研究に没頭していた。

 聖剣の扱いは生来より生まれ持った資質に左右されるが、彼は人工的な聖剣使いの研究により後天的に聖剣を扱える手段を確立させた。

 ただその余りに非人道的な研究内容と倫理に欠いた思想から教会に追放され、この地にやって来たこと。

 祐斗自身がその研究初期のモルモットで唯一の生存者であること。

 

 かなり大雑把だがその内容を聞いていた一樹の表情は冷静さを取り繕おうとしていても隠しきれない嫌悪と怒りに満ちていた。

 

「ここの人たちは、どうする……?」

 

 拳を握り締め、眉間に皺を寄せながらなんとか言葉を絞り出す一樹に祐斗は少し考えて答えた。

 

「ここに居るのは教会の関係者だ。僕たちの協力者には教会に所属してる人がいる。その人に一任するべきだね」

 

「そうか……」

 

 この血生臭い空気に慣れたのか一樹は大きく息を吐いた。

 そしてこの光景を焼きつけるように睨み付け、僅かに頭を下げた。

 その握りしめた拳から血が流れていることも気にせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 兵藤邸に着いたリアスたちは兵藤夫妻の過度な喝采を受けて部屋に通された。

 イッセーの部屋でリアスたちはまず、白音に話を聞くことにした。

 

「で、あなたはどうして今回の件を知っているのかしら?」

 

「姉から聞いただけです。それに、あちらが音を大きくして動いているので少し耳を澄ませば多少の情報は入ってきます」

 

 白音の証言にリアスは考え込むように顎に手を当てた。

 確かに堕天使の動きは大きくなっている。最初、この町に赴任してきた教会関係者たちの殺害やこの町に紛れ込んだはぐれ悪魔の討伐。

 幸いと言っていいのかまだ一般人には被害が出ていないもののそれも時間の問題だとリアスは見ている。だからこそ、友人である支取蒼那ことソーナ・シトリーと協力して町の警備を強化していた。

 だが、彼らの行いは日に日に箍が外れる様に過激さを増しており、一刻も早く事態を鎮静化させなければと行動していた。

 最悪、矜持として頼りたくはないがリアスの兄であり、現・魔王ルシファーの名を賜っている兄に救援を要請することもリアスは視野に入れていた。それはソーナも同様だろう。彼女の姉は現・魔王レヴィアタンの名を賜っている。もっとも、ソーナの場合はリアスとは違った意味で姉に救援を要請したくないだろうが。

 

 どうするかと頭の痛い思いをしながらもそれを表に出さずこれからのことを考える。

 魔王である兄に救援を要請していざとなれば兄に頼る軟弱者などと上から評価を下されるのは業腹だが、自身の矜持に拘って守るべきモノをすべて失うなど論外だった。

 一応この町に派遣された聖剣使いであるゼノヴィア・クァルタと紫藤イリナとのこの件に関わらないという口約束があったため大きくは動かなかったが、最早これ以上は看過できない。

 

「そう。それであなたはこれからどうすのかしら?」

 

 再び発せられたリアスの問いに白音は僅かに息を吐いて答えた。

 

「日ノ宮先輩を見つけるまではそちらに協力したいと思います。先ほども言いましたが、おそらく日ノ宮先輩は木場先輩と行動を共にしているでしょうし。そのあとは状況次第ですね」

 

 そして白音も現状の自身の最善手としてリアスたちへの協力を提案した。

 白音としてはこれ以上事態が深刻化する前に一樹を発見。少しの間この町を離れるのが最良だが、そう上手く行かないだろうなと考えていた。

 

「いいの?こちらとしては助かるのだけれど」

 

「状況が状況ですので……仕方ありません。それに、日ノ宮先輩の捜索を頼んだ以上、代価は要るでしょう?」

 

 どこか諦めたような顔で肯定する。

 もっとも、もしリアスたちが上級悪魔らしい傲慢な相手だったらこのような提案はしなかったが。

 

「わかったわ。そういうことなら歓迎する。こちらも人手不足だし。それにしても―――」

 

 リアスは眉を僅かに動かして疑問を口にした。

 

「どうして日ノ宮くんは祐斗の肩を持つのかしら?」

 

 聖剣や堕天使のことはともかくどうして無関係な筈の日ノ宮一樹が木場祐斗に肩入れするのか、それがリアスには不思議だった。2人が仲の良い友人だとは知っているが。

 

「日ノ宮先輩にとって木場先輩は大事な友人ですから」

 

「それだけで?」

 

「きっと日ノ宮先輩にはそれだけで十分なんですよ」

 

 生来の気質か、それとも過去の経験故か、一樹は自分の懐に入った者には優しい――――――別の側面から見れば甘いところがある。それは黒歌や白音自身にも通ずるところだが。

 

 一方リアスはどこか遠いところを見ている白音を通じて日ノ宮一樹のことを思案していた。

 以前手にした情報で女生徒に暴行を加えたとあったので少なからず険の感情があったが、こうして純粋に想う相手の居る彼に対して少なくとも何か理由があったのかもしれないと思えるくらいには。

 

「なんにせよ。少しの間、よろしくね猫上さん」

 

「ええ。短い付き合いになる事を祈ります」

 

 そう言って2人は握手を交わした。

 

 

 




本作品ではゼノヴィアたちの前に派遣されていたエクソシストの何名か(コカビエルが処理に飽いた後)は捕らえられて聖剣の因子を抜かれたり、そのほかの実験に利用されました。


ただ、拷問をかけたりしたのはフリードです。
一樹は全部バルパーがやったと思ってます。


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7話:前哨戦

 リアスと白音が握手を交わしたその日の夜。兵藤邸に2人の来客が現れた。

 

 1人は聖剣を多数所持したフリード・セルゼン。

 もう1人は此度の騒動の現況と言える古の堕天使コカビエル。

 その十枚に広げられた翼に発せられる威圧感はリアスたち上級悪魔の比ではなく、もしこの場で戦えば間違いなく殺されると鈍いイッセーですら感覚で理解できるほど。

 コカビエルはまず肩に背負っていたイリナを無造作に投げつけて渡してきた。

 既にイリナの手から聖剣は失われていたものの、息があったことにイッセーは安堵する。

 

 コカビエルは次に宣言した。戦争をしよう、と。

 その手始めに現・魔王の妹であるリアスとソーナの首を並べる、と。そうすれば怒り狂った2人の魔王が戦争を始め、連鎖的にかつての三大勢力の戦争再現に繋がると。

 その言葉を聞いてリアスは戦争狂めと舌打ちをする。

 狂った表情で嗤うコカビエルにリアスは相手が本気だと悟る。

 コカビエルは本気でかつての、三大勢力がそれぞれ壊滅の危機に陥った戦争を再び行うつもりなのだと理解した。

 しかも彼らはリアスたちが通う学校を根城にし、待つとまで言ってきた。

 言うだけ言って2人が去って行った方角を睨みつけながら、リアスはイッセーに告げる。

 

「イッセー!アーシアを起こして朱乃にも連絡を入れて!私はソーナと猫上さんにも今のことを伝えるわ。そうしたらすぐに学園に向かうわよ!」

 

「わ、わかりましたっ!?」

 

 周りが焼け付くのではないかというほどの魔力を漂わせながら言うリアスにイッセーは即座に行動を開始した。

 きっと今晩は酷く辛い夜になると確信しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園の方に強い力が集まってる。恐らくだけど今回の件の主だった関係者はそちらに集まってるだろうね」

 

「そうか。細かいことはわかんねぇけど、学園に行けばいいんだな?」

 

 あの下水溝から戻ったあとから一樹は張り詰めた表情を崩さない態度だけは冷静さを保っているが、そこには隠し切れない怒りがあった。

 

(もしかしたら、つい最近の僕もあんな表情をしていたのかもしれない……)

 

 そう思えば、一樹に不用意な言葉をかけることはできなかった。

 何より自分もあの光景が頭に焼き付いている。それこそかつてのあの施設を呼び起こすほどに。

 だからこそ、今の一樹の危うさを祐斗はわかってはいるものの彼の気持ちもわかるため、どう言葉にするべきか迷っていたこともある。

 

「行こう、部長たちもきっと向かってる」

 

「あぁ……」

 

 2人は急いで学園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「では、役割分担の確認を。私たちが外で結界を維持。リアスたちが中でコカビエル一派の討伐。言ってはなんだけど、本当にいいのリアス?あなたたちの危険が大きすぎると思うのだけれど……」

 

「かまわないわ、ソーナ。それに私たちの役目は飽く迄増援が来るまでの時間稼ぎ。結界を常に張り続ける役目も必要なのだから。適材適所。不公平ということはないわ」

 

 既にリアスは兄であるサーゼクス・ルシファーに連絡を入れて増援の手配を済ませている。ただ、やはりコカビエルと戦える悪魔は少数でその者たちの派遣に少しばかり時間を有することから時間稼ぎはどうしても必要になってくる。

 中の現状を知るためにも。

 結界は中のことを外に漏らさない為のもの。コカビエル相手には焼け石に水と言われても反論できないがやらないわけにはいかない。それも長時間維持ともなれば、術者の多いシトリーの眷属の方が適任だ。

 そんな中で匙が意を決したように会長であるソーナに進言した。

 

「会長!それにグレモリー先輩!俺も中で戦う許可をください!!」

 

 その言葉にこの場に居た全員が驚いた。

 特に主であるソーナの驚きは人一倍だった。

 

「な、何を言うのです、匙!?相手はコカビエルなのですよ!解っているのですか!!」

 

 匙はソーナが兵士の駒を4つ使用して転生悪魔となった。その潜在能力はソーナも認めているが、転生したばかりの彼をこの戦地に送り出すのは自殺行為だと考えらのは当然だろう。

 

「俺には結界を張る力はありません!それに俺の神器は外より中のほうが活用できる筈です!」

 

 強い決意の眼をもって意見する匙にイッセーは大きく目を見開いた。

 

「匙、お前……」

 

「……聖剣を破壊するの手伝うって約束したからな。それに会長の尻叩きにもあった。せめて聖剣がぶっ壊れるとこくらい見ないと割に合わねぇだろ!」

 

 匙の進言を主であるソーナはどうするか判断に迷っていた。

 確かに匙の能力なら外より学園内の方が効果を発揮するかもしれない。

 だが、自身の眷属を死地に向かわせることにためらいを覚える。そんな彼女にリアスは肩に手を置いた。

 

「ソーナ。彼の力を借して頂戴。その代り、彼は必ず貴女の下に返すわ」

 

 その目は自分が選んだ眷属を信じろと言っているようにソーナには見えた。

 

「わかりました。リアス私の兵士を貴女に預けるわ。匙も、ここで勝手に死ぬことは許しません」

 

「ありがとう、ソーナ」

 

「了解です、会長!」

 

 そこで、遅れて白音がやってきた。

 

「遅れましたか?」

 

「いいえ。ちょうどいいところだわ」

 

 白音は制服ではなく、ライダースーツにジャケットを羽織った形の私服だった。

 

「あら?着替えて来たの?」

 

「この服、ちょっとした術が施されてて普通の服より軽くて丈夫なんです。コカビエル相手にはあまり意味がないでしょうが、出来る準備はしておきたいので」

 

「……それで、あなたも本当にいいの?ここで戦いを拒否しても誰も貴女を責めないわ。戦力が欲しいのは事実だけど」

 

 リアスの問いに白音は明後日の方角に顔を向ける。

 

「日ノ宮先輩と木場先輩がこちらに向かってます」

 

「!?それホントっ!!」

 

 リアスの声に白音はコクリと首を縦に動かす。

 

「恐らく、木場先輩の手伝いをするために一緒に行動をしているかと。最悪私は日ノ宮先輩だけを連れてこの場を離脱しますが、ギリギリまで日ノ宮先輩の意志に従うつもりです」

 

 淡々と話す白音にリアスはどうしてそこまでするのかと聞こうとするが止めた。時間がないし、多分話さないだろうと思い。

 

「わかったわ、ありがとう……」

 

 そうしてリアスは自身の眷属と協力を申し出てくれた匙に向く。

 

「朱乃!貴女は私と同じようにコカビエルを狙って攻撃するわ!ただし飽く迄相手を倒すのではなく時間を稼ぐことを優先して!情けない話だけど、今の私たちでコカビエルを倒すのは現実的ではないわ」

 

「分かっていますわ、部長」

 

 にこりと微笑んで朱乃は了承する。

 

「匙はなるべく貴方の神器を使って敵の力を削いで。イッセーは倍加を行いながら出来る限り、匙のサポートを!ただし、朱乃にも言ったけど無理はしないで、自分の安全を最優先になさい!」

 

 これは、イッセーの力を考慮しての判断だった。

 

 イッセーの神器である【赤龍帝の籠手】は無尽蔵の倍加があるが、宿主の肉体への負担から限界値が存在する。

 そして正直に言ってイッセーが限界まで倍加した攻撃より、現状、リアスと朱乃の全力の魔力攻撃の方が威力が上なのだ。

 出来れば早々に祐斗と合流して組ませたいが今はいないので匙のフォローに回した方がいい。

 

「わかりました部長!」

 

「よぉし、やってやるぜ!!」

 

 やや緊張しながらはっきりと答えるイッセーに自身を鼓舞するように声を上げる匙。

 

「アーシアは傷ついた仲間の治療に専念して。その間は絶対に私たちが守るから!私たちが全員生きて帰れるかは貴女にかかってるわ!」

 

「は、はい!頑張ります!!」

 硬い表情ながら強い決意を秘めた表情をアーシアはリアスに返した。そこには絶対に誰も死なせない。傷ついた仲間は自分が治すという決意が込められていた。

 

「最後に、今回は今までにないほどの死地よ!でも死ぬことは許されないわ!生きてまたこの学園に通うの!!いいわねっ!!」

 

『はいっ!!』

 

 気合の入った返事をすると、リアスたちは学園内へと足を踏み入れる。

 そこには空中に浮かぶ4本のエクスカリバーを中心に巨大な魔法陣が広がっている。

 

「これは、いったい……」

 

「四本のエクスカリバーをひとつにするのだ」

 

 上の方から聞こえた声に視線を合わせると、そこには宙に浮かぶ椅子に腰掛けるコカビエルと同じく宙に立つバルパーがいた。

 

「バルパー。聖剣の統合はどれくらいで叶う?」

 

「五分もかからんよ」

 

「そうか」

 

 そこで、コカビエルがリアスたちに視線を向けた。

 

「サーゼクス……それともセラフォルーが来るのか?」

 

「魔王様たちに代わって、私たちが―――」

 

 リアスの言葉が終わる前にコカビエルが無造作に放った光の槍が彼女たちの横を通って体育館に直撃する。直撃した建物は文字通り、真っ二つになってその姿を曝した。

 その圧倒的破壊力を見てイッセーたちは戦慄する。

 

「つまらんな。まあいい。なら当初の予定通りに魔王の妹2人の首を並べて餌にするまでだ。だが、俺とお前たちの戦力差では弱い者苛めにもならん。ならば、こいつらと遊んでもらおう。もし討ち勝つことが出来れば俺と戦う権利をやろう」

 

 コカビエルが指を鳴らすと校庭の地面に魔法陣が現れ、巨大な生物が召喚された。

 

 出て来たのは十メートル程ある、巨大な犬だった。しかしおかしなことにその犬の首は三つあり、その手足は巨体に相応しい太さを持ち、鋭い牙と爪を備えていた。

 

「ケルベロス……」

 

 ぼそりと白音が呟く。

 

「え?ケル……なに?」

 

「ケルベロス。地獄の番犬と呼ばれる魔物ですわ」

 

 白音の言葉にキョトンとするイッセーに朱乃が即座に説明を加える。

 

「じ、地獄の番犬!?」

 

「正確には冥界に続く門の周辺に生息する魔物なの。まさか人間界に連れてくるなんて……っ!?」

 

「ま、マズイんすか!?」

 

「なんにせよやるしかないわ!?匙!!なるべく貴方の神器でケルベロスの力を削いで頂戴!?とどめは私か朱乃が!イッセーは匙のフォローを!!」

 

「だぁっ!!あんなの相手にするならカッコつけてこなけりゃよかったか!!」

 

 既に神器と悪魔の翼を出した匙が咆哮するケルベロスに近づいて長い舌の様な線がケルベロスの身体に巻き付けられる!

 リアスは事前にソーナから匙の神器の特性を聞いており、彼の持つ神器の舌に取り付かれた対象の力を奪う能力があること。しかし、まだ未熟な匙の器では吸収する速度は早いとは言えず、ケルベロスの力を半分も喰えるかどうかといったところだろう。

 だがそれだけ力が落ちればリアスと朱乃で確実に仕留められる。

 匙の次に動き出したのは白音だった。

 悪魔でない彼女に飛行能力はなく、自身の足を使ってケルベロスに向かう。だが驚くことにその速度はリアスの騎士である木場祐斗にも劣らない速度を出して爪やその巨体で肉塊に変えようとするケルベロスの攻撃を躱して翻弄する。

 その合間に何度か打撃を繰り出すが、見た目通りに貧弱な攻撃ではケルベロスにダメージが通らず、即座に回避のみに専念した。

 地上は白音。空中は匙で描き回しながら、朱乃が遠距離から雷を放つ。

 そして必殺の一撃を放つためにリアスは消滅の魔力を溜める。

 

「グレモリー先輩!これ以上こいつの力吸うのはキツイです!!」

 

 限界までケルベロスの力を吸った匙が若干顔が蒼くなっている。

 

「ありがとう!これだけ弱体化したケルベロスならっ!?」

 

 リアスは黒い翼をで飛翔し、ケルベロスの胴体横に移動する。

 

「喰らいなさいっ!!」

 

 リアスから放たれた黒い魔力がケルベロスの右前足の付け根から胴体部を文字通り消し飛ばした。

 崩れ落ちたケルベロスは最初こそバタつくように動いていたがすぐに沈黙する。

 息を引き取ったケルベロスを見て、皆の緊張の糸が僅かに緩んだ。

 故に近づくもう一体の番犬に気づくのに遅れてしまった。

 

「もう一体っ!?」

 

 先ほどのケルベロスの半分ほどの体格だが、朱乃のすぐ傍まで来ていたその魔獣は自らの爪を突き立てようと動く。

 

「朱乃さん!」

 

 咄嗟で硬直していた朱乃を抱えて攻撃を躱したのは赤龍帝の籠手で身体能力を跳ね上がらせた兵藤一誠だった。

 ギリギリのところで朱乃を救った一誠は朱乃を背にしてケルベロスの前に立つ。

 

「こいっ、犬ッころ!俺が相手になってやる!?」

 

 表情を引き攣らせながらも一誠は倍加の限界時間を考慮して一撃だけでも当てようとする。

 一誠は以前、リアスが滅びの魔力を放ったのを見た時から自分も同じ様な事が出来ないかと聞いたことがある。

 滅びの魔力はリアスの血筋によるものであり、一誠には使えない。ただし、魔力を前面に放つ攻撃は割とポピュラーで簡単に出来ると教わった。

 それ以来一誠は、珍しくエロ以外でその技の完成に時間と意識を費やした。

 彼は自分が好きな漫画の主人公がする必殺技の溜めポーズを取り――――――。

 

「ドラゴンショットッ!!」

 

 叫びと共に突き出した手の平から魔力砲が発射された。

 放たれた砲撃はケルベロスに直撃するとともに粉塵を巻き上がらせた。

 

『Reset』

 

「どうだこれなら!!」

 

 倍加の終了が籠手から知らされるとともに自分でも会心の出来だと思い、ガッツポーズを取る。

 倒すまではいかなくともダメージくらいは与えられたはずだと。

 

 しかしその喜びもつかの間、粉塵から出て来たケルベロスは何事もなかったかのように甲高い咆哮を上げて一誠に突進してきた。

 

「やべっ!?」

 

「イッセーさん!?」

 

 アーシアの声が遠くから聞こえるが、一誠の心の中では既にケルベロスの爪に引きちぎられる自分の末路しか見えなかった。

 目を閉じて意味のない防御姿勢を取るがいつまでたってもその爪は一誠に届くことはなかった。

 

「?」

 

「情けないぞ赤龍帝。実戦の最中で目を閉じるな!」

 

 開いた視界に入ってきたのは青い髪の聖剣を持った少女、ゼノヴィアだった。

 彼女は一誠とケルベロスの間に割り込み、その前足を斬りおとしていた。

 

「聖剣の一撃は魔物に無類のダメージを与える。それに、この場に現れたのは私だけではないぞ!」

 

 ゼノヴィアがそう呟くとケルベロスを襲ったのは人の頭程の大きさがある火の玉が三つ。直撃をもたらして爆発した。

 

「いっくん!?」

 

「イメージすればある程度炎の形状は変えられるんだな……ってなんで白音が?」

 

 自分の攻撃を確認しながらこの場にいる白音に驚く。

 そしてこの場に現れたのは彼で終わりではなかった。

 

 両手に魔剣を手にし、木場祐斗は右側のケルベロスの首に直進し、その首に刃を突き立てた。

 痛みで暴れまわるケルベロスにゼノヴィアが終わりだ!と、トドメの一撃を振るう。

 首を三つとも失ったケルベロスはそのまま沈黙する。

 

 祐斗、一樹、ゼノヴィアは学園に来る途中に偶々鉢合わせ、ソーナに事情を話して結界内に入れてもらったのだ。

 もっとも明らかに一般人よりの一樹を入れるのには僅かに揉めたが。

 

 リアスが祐斗に近づく。

 

「部長、僕は……」

 

 何かを言おうとした祐斗にリアスは手で制し、首を横に振った。

 

「今はそのことを話している時ではないわ。謝罪もお説教も後よ!そしていまは貴方と私たちの目的は同じ。そうでしょう?」

 

 目的は同じ。

 

 祐斗の目的は自身の力での聖剣の破壊。しかし今それはもう目的のひとつでしかない。

 コカビエルを倒すこと。何より仲間全員でこの死地から生還すること。

 決意を込めて祐斗はリアスを見据えてはっきりとはい!と、首を縦に振った。

 

 そうこうしている間に聖剣たちから神々しい光が放たれた。

 

「完成だ。4本のエクスカリバーがひとつになる」

 

 光は眩しさと範囲を広げていき、光が収まるころには1本の剣が現れていた。

 バルパーはまるで欲しかった宝物を手に入れた子供のような表情で現れた剣を見ていた。

 

「これこそが――――――っ!これこそがかつて7本に分かれたエクスカリバーの内、4本を統合した真のエクスカリバーに最も近い一振りだっ!!」

 

 哄笑を上げるバルパー。その初老の男を日ノ宮一樹は親の仇でも見つめるかのように鋭く睨みつけていた。

 

 

 

 




まだ一誠が赤龍帝の贈り物が使えないから匙くん頑張って貰いました。


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8話:聖歌

「エクスカリバーが完成したことで下の術式も完成した。後20分もしないうちにこの町は崩壊するだろう。解除したければコカビエルを倒すしかない」

 

 バルパーの一言にその場にいた全員が戦慄した。

 

 たった20分で自分たちが暮らす町が崩壊するというのだから当然だろう。

 なにより、唯一の勝機だった魔王の援軍が意味を為さなくなってしまったのだ。

 悠長に戦っていればこの町が無くなってしまう。

 そんなリアスたちを気にも留めずにバルパーは完成したエクスカリバ-をフリードに与えた。

 

「さぁ、フリード。真に最も迫ったエクスカリバーの力、私に魅せてくれ」

 

「ホイ来たぁ!まぁったくうちのボスは人使いが荒い!でも俺様好みなんでむしろサンキューな気分ですよ!生まれ変わったこのエクスカリバーちゃんでむかつく悪魔ちゃんたちの首をスパッとしてきますわぁ!!」

 

 やたらとテンション高くしているフリードとは対照的にゼノヴィアは冷めた表情で祐斗に近づいた。

 

「リアス・グレモリーの騎士よ。まだ共同戦線が生きているならあの聖剣、共に破壊しようじゃないか」

 

「いいのかい?」

 

「聖剣は、それに見合う者が振るってこそ聖剣足りうる。あのような外道が振るう聖剣は聖剣とは呼べない。ただ、人々に災禍だけをまき散らす邪剣の類だ。それにな。イリナを含めた多くの聖剣使いたちのためにもあのような者に聖剣を持たせておくわけにはいかない。幸い、私は核となる欠片を回収できれば問題ないしな」

 

 だから、あの聖剣はお前が壊せと、ゼノヴィアの眼が語っていた。

 驚きながらも答えるように祐斗は表情を引き締め魔剣を握る手に力を込め、聖剣が完成したことで地に足をつけたバルパーを見た。

 

「バルパー・ガリレイ。僕は聖剣計画の生き残りだ。正確には死に絶え、悪魔に転生したことで生きながらえている……」

 

「ほう?あの計画の生き残りか。これは数奇なモノもあったものだ。このような極東の島国で巡り会おうとはな」

 

 嘲笑するような嗤いにこの場にいた誰もが怒りと不快感を露にする。

 

「私はな、聖剣が好きなのだよ。だからこそ、自分にその適正がないと知った時に絶望し、人工的な聖剣使いの研究に没頭した。そしてそれは君たちのおかげで成功に至った。感謝している」

 

「成功?感謝?失敗作として僕たちを処分しようとした癖に何をっ!!」

 

 祐斗の叫びにバルパーは静かに首横に振るった。

 

「私は聖剣使いの研究で聖剣を扱うには一定の因子が必要だと解明した。ならば、それを体内から取り除き、集め、移植することで聖剣使いとしての適性を高めることが出来ないかと考案した」

 

 話を聞いているうちにゼノヴィアの目が見開く。

 

「まさか、我々聖剣使いが祝福を受けるときに入れられるのは!?」

 

「そうだ。私の研究によって集められた聖剣の因子だ。もっとも貴殿を見るに私の研究は誰かに引き継がれたようだがな。まったく。私を断罪しておいてその研究成果だけ持って行こうとは。まぁ、ミカエルのことだ。因子を抜くにしても対象を殺すまではしておるまい。そのせいで私のものよりも集まりが悪いだろうがな」

 

「そ、んな……」

 

 あまりに残酷の真実にゼノヴィアの顔が歪む。自分たちが信奉する組織がそのようなことを行っていたことに小さくない衝撃を受けて。

 

「同士たちを殺して、聖剣使いとしての因子を抜いたのか!」

 

「そうだとも。もっともエクスカリバーの統合により、持っていた因子だけでは足らなくなってしまったのでこの町に派遣されたエクソシストを捕らえて因子を抜いたがね」

 

 そして懐から小さな結晶を取り出した。

 

「一応サンプルとして持ち出したひとつだけを残しておいたが、もう必要ないな。要るのならくれてやる。研究が進み、因子も既に量産可能になったのだからな」

 

 無造作に投げられたそれが何なのか祐斗は瞬時に理解する。

 それを拾い上げ、かつての仲間の形見と呼べるそれを強く握りしめた。

 

「ふん。そのような【物】に感情移入するとは―――――」

 

「もう、黙れよジジイ……っ!」

 

 今まで黙っていた一樹が突如火球玉を作り、バルパーに投げつけた。

 一直線に向かって行った火の玉は対象にあたる寸前に魔法の障壁によって防がれる。

 チッと舌打ちして忌々しげにバルパーを見る。

 一樹の怒りは既に臨界を超えていた。

 実験室を見た後からあの地獄を造った者を叩き潰すことに思考の大半を費やすほどに。

 手早く言えば、完全にキレていた。

 次の炎を生み出そうとしたときに、祐斗の周りに変化が起きた。

 握っていた結晶から淡い光が放たれ、次第にひとり、またひとりと人の形になっていく。

 それは、幼い子供たちだった。

 かつて聖剣計画に身を投じられ、理不尽にその命を奪われた子供たち。

 

「この場にある様々な力が因子からあの子たちの魂を解き放ったのですね……」

 

 朱乃がぽつりと呟く。

 祐斗は自分を囲むかつての仲間を懐かしそうに。でも哀し気に見渡し、懺悔するように口を開く。

 

「ずっと思ってた。僕が、僕だけが生き残って、それで良かったのかって……僕だけが、平和な世界で幸せになっていいのかって……」

 

 木場祐斗がずっと囚われていた感情。一人だけ生き残ってしまった罪

 まるで、かつての仲間に断罪されるのを待つように立ち竦む祐斗にひとり、またひとりと笑顔を浮かべて触れる。

 

 彼らがその口を動かして祐斗になにかを伝えている。それは決して声にならなかったが、祐斗には彼らがなにを言っているのか理解できた。

 

 ―――君だけでも生きていてくれてよかった。

 

「―――――っ!?」

 

 彼らは祐斗1人が生きていること怨嗟も嫉妬も吐き出すのでもなく、安堵と喜びを示していた。

 彼らの意思を知り、涙を流す祐斗。そして声にならずともなにかを口ずさみ始めた。

 それは紛れもなく―――。

 

「聖歌……」

 

 元教会出身であるアーシアが言い当てた。それは彼女にとっても生まれてから今日までもっとも身近で何度も歌った歌だからこそ。

 そして祐斗にとっても辛いなどでは収まりきれない苦痛だけの実験の日々で仲間たちと歌った聖歌だけが唯一の慰めだった。

 

 霊体である彼らは歌いながらも祐斗に自分達の意思を語る。

 

 

 ――――――僕らひとりひとりじゃ聖剣には届かなかった。

 ――――――でもみんなが集まればきっと大丈夫。

 ――――――だから、聖剣を受け入れよう。

 ――――――恐がる必要なんてない。だって

 

 

『僕たちの心はいつだって――――――ひとつだ』

 

 神々しい光が祐斗を包み、彼らの魂が祐斗と重なっていく。

 すべての魂が重なり、光が収まる。

 

「同志たちは復讐など望んではいなかった。それでも、僕はケジメをつけなければいけない。僕たちが決着をつけなければいけない……!」

 

 祐斗は剣を創る体制に入る。しかしそれは今までの魔剣とは違っていた。

 仲間の聖剣の因子を受け継いだ祐斗には新たな段階へと昇っていた。

 

「僕は剣になる」

 

 魔の気配だけでなく、そこには聖の力も合わさり、1本の剣へと形を成していく。

 神々しい輝きと禍々しいオーラを放ちながらそれは完成した。

 

「禁手、双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビストレイヤー)!これが、同志たちと共に完成に至った僕の新しい力だ!」

 

 創り上げた聖魔剣を手にした祐斗。そして、彼が剣に想いを乗せるのはかつての仲間たちだけではない。

 

「祐斗くん、信じてますわよ」

 

「木場ぁあああああ!その剣でフリードと聖剣をぶちのめしてやれっ!!」

 

「ダチが力を貸してくれたんだ!負けんなよ木場ぁ!!」

 

「やりなさい、祐斗!貴方が決着を着けるの!この私、リアス・グレモリーの【騎士】はエクスカリバーごときに負けはしないわ!」

 

 かつての仲間が道を示し、今の仲間が背中を押してくれる。

 神器が人の想いに応えるモノならば、祐斗に負ける要素など存在しなかった。

 最後に一樹が肩を叩いて簡潔な言葉を贈る。

 

「行ってこい」

 

「うん!」

 

 聖魔剣を構えて祐斗は聖剣を持つフリードは鼻で笑った。

 

「ハッ!聖と魔のゆ~ご~!かっこいいですねぇ!すばらしいですねぇ!でもさぁ、そんな両方混ぜただけの半端な剣が伝説のエクスカリバーちゃんに勝てると思うなよ、祐斗く~ん!!」

 

 フリードが天閃の聖剣の力を発動させ、一気に祐斗との距離を詰めながら擬態の聖剣を発動させ、幾重の鋼線になって襲い掛かる。

 だが祐斗は高速で移動しながら四方八方で向かってくる鋼線を避け、または聖魔剣で弾きながら攻撃をやり過ごす。

 

「チッ!なんで当たらねぇんだよ!でもさぁ、これならどうだぁ!!」

 

 さらに透過の聖剣の能力で不可視となって襲い掛かる。

 だが結果は変わらない。祐斗は見えない鋼線の動きを完璧に見切ってはいなしていた。そしてフリードが相手をしなければいけないのは祐斗だけではなかった。

 

「どわっと!!おいおい!一対一の決闘に水を差すなんて教会の騎士様も落ちぶれましたねぇ!騎士道精神は何処行ったよ!」

 

「貴様の様な外道に通す騎士道など持ち合わせてはいない!聖剣の有無に関わらず貴様はここで確実に仕留める!!」

 

 戦闘に介入したゼノヴィアが右手を宙に掲げて言霊を発した。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

 空間から現れたのは1本の膨大な聖のオーラを放つ大剣だった。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は開放する。――――――デュランダル!」

 

 その名を聞き、一番に驚いたのは聖剣の研究者であるバルパーだった。

 

「デュランダルだと!貴様、エクスカリバー使いではなかったのか!?」

 

「恥ずかしながら、私はまだ未熟者でね。このデュランダルを扱うには力不足。下手に使えば辺り構わず斬り刻むデュランダルの代わりに破壊の聖剣を授けられていた!」

 

 エクスカリバーとデュランダルの二つの聖剣を構えるゼノヴィア。

 

「しかし!私の研究ではまだデュランダルを扱えるほどの進展は――――――」

 

「当然だ。私は他の聖剣使いたちと違って生まれついての聖剣使いだからね」

 

 聖剣デュランダルから発せられるオーラは祐斗の聖魔剣や4本統合したエクスカリバーをを凌駕ししていた。

 

「デュランダルは想像を遥かに超える暴君でね。危険すぎて普段は異空間に閉じ込めておかなければ危険極まりない。だから、無様に一撃では散ってくれるなよ?せめてエクスカリバーの力を存分に奮うことだ!」

 

「このクソビッチが!なんだよこのチョー展開!そんな設定いらねぇんだよぉおおおおおおおおっ!!」

 

 叫びならフリードはゼノヴィアに鋼線を向けた。

 だが、ゼノヴィアが振るった一撃が容易くエクスカリバーの一撃を弾く。

 

「所詮は折れた聖剣か!それにイリナの使う擬態の聖剣に比べれば児戯に等しい」

 

 デュランダルを手にしたゼノヴィアには形勢不利と判断したフリードがせめては、と祐斗に攻撃を繰り出す。

 祐斗は迎え撃つ形で聖魔剣を振り、衝突したエクスカリバーはガラスが壊れるように砕け散った。

 

「ちょっ!?嘘だろ!伝説のエクスカリバーちゃんが!?」

 

「終わりだ」

 

 そのまま2撃目の斬撃がフリードの体に振り下ろされた。

 斬られた個所から血を流し、膝をつくフリード。

 

「みんな、見ていてくれたかい?僕たちの力は、エクスカリバーを超えたよ」

 

 万感の想いと心に秘めてきた目標を失った喪失感が同時に過る。

 そんな祐斗に忌まわしい男の今まで聞いたことのない弱弱しい声が鼓膜に届いた。

 

「聖魔剣だと!片方が片方を飲み込むのではなく、融合するなどあり得ない!相反する力が反発せず調和するなど、そんなことが……!?」

 

 ぶつぶつと呟くバルパーにもうひとつ決着をつけなければいけない相手を思い出す。あの男が生きていれば自分たちと同じ犠牲者が必ず生まれる。バルパーは聖剣以上に逃してはならない存在だった。

 しかし、祐斗が剣を向けるより先に動いていた者がいた。

 

「なにぶつくさ言ってんだよ、ジジィッ……!!」

 

 祐斗が聖剣を破壊してすぐ動いていた一樹がバルパーに拳を放つ。

 先ほどまで張られていた魔法障壁も、動揺していたバルパーでは上手く機能せずにそのまま顔面に殴打した。

 歯が折られ、校庭の地面に倒れたバルパーを一樹は鬼の形相で馬乗りになり、顔を殴り始めた。

 

「碌でもねぇテメェは!今ここで殺すっ!!」

 

 本人は意識していないが、気によって強化された拳は無意識化で魔力を使い肉体を守っているバルパーの顔を容易く潰し、一撃を繰り出す度に歯は折れ、鼻や頬骨は砕かれていき、血が飛び散る。

 しかし止まらない。周りから見れば敵である筈のバルパーより一樹の形相の方が恐ろしく見えるほどだった。

 

「お、おい止せよ!それ以上やったら死んじまうだろ!?」

 

 一誠の焦り声に怒りで汚染された一樹の思考に僅かな冷静さを挟む。

 

(死ぬ?目の前のコレが?こんな奴―――――こんな奴は死んでしまえばいいっ!!)

 

 しかし、それはストッパーにはならず、むしろあの実験室の光景がフラッシュバックして更なる憎悪を掻き立てた。

 

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねよやぁっ!!」

 

 首を絞め始めたが、窒息ではなくむしろ首をへし折らんばかりに力を込めていた。

 あまりの殺意に周りが動けないでいる中、1人だけ一樹の腕を掴んだ者がいた。

 

「いっくん……」

 

「あ…………」

 

 その手は、一樹の大事な家族の手だった。

 

「もう、いいよ。いっくん。やめて……」

 

「離せよ白音……っ!こいつを、まだっ!?」

 

「これ以上はダメ……」

 

「離せって言ってんだろっ!!」

 

「アッ!?」

 

 力づくで突き離すと同時に白音の方に振り向くと彼女の表情を見た。

 今にも泣きそうな家族の顔を。

 それに今度こそ本当に冷静さを取り戻した一樹が呼吸を荒くしたまま表情を歪めながら、心の内にある毒を吐き出すようにポツリポツリと言葉を絞り出す。

 

「ここに来る前に、こいつらの根城で見たんだ。たくさん、人が死んでた……。生きてる人も居たけど、結局助けられなかった……。あんなの、あんなのは、人の死に方じゃ―――――」

 

 泣きそうになるのを必死で堪えながら見たモノを話す一樹に白音は小さく頷く。

 

「だから、せめてあの人たちのために何かしてやりたくて……」

 

 きっとそれは間違ったことだろう。しかし、一樹はこれ以外の方法を思いつかなかった。

 そんな一樹の言葉を白音はただ黙って頷きながら耳を傾ける。

 

 以前、一樹は今と同じ状態に陥ったことがある。

 白音自身が直接見たわけではなく伝聞で聞いただけなのだが、その時も別人のように凶暴さが増していたらしい。

 最終的に教師数名で取り押さえられたのだが。

 

 落ち着きを取り戻し始めたバルパーを掴んでいた手を放し、その手で自分の顔を覆った。

 もう、目の前の男を殴り殺す気概は削がれてしまった。

 ただまた感情に任せて身近な人を哀しませた自分が情けなかった。

 

(なんて進歩のねぇ……)

 

 もうこうならないように。自制できるようにと戒めてきたつもりだったのに全然ダメだった。

 

「わりぃ、白音。それに、止めてくれてありがとう……」

 

 クソっと自分の不甲斐なさに悪態吐きながらも一樹は痙攣するバルパーから体を離した。

 

 

 

 

 



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9話:黒と白

 駒王町の空を白と黒のふたつの影が高速で疾走していた。

 

「もぉっ!?なんでこんなに早く行動するのよっ!!馬鹿なの!死ぬの!!少しはこっちの事情も考えなさいよ!」

 

 黒い影―――黒歌は建物の上を跳び、もしくは短距離転移を繰り返して移動をする。

 

 つい先程に町に仕掛けられた術式を解除した矢先に駒王学園を中心に結界が張られていることを感じ、現場に急行していた。

 これほどの力で張られた結界なら今の町の現状からコカビエルに違いないと。

 

 対して白い鎧で全身を覆った者はただ目的の方角から感じる戦いの気配に心踊らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「クックックッ。ケルベロスを倒しただけでなく、不完全とはいえエクスカリバーをも退けたか。存外に楽しめそうではないか。魔王が来るまでの暇つぶしくらいにはなぁ!」

 

 宙の椅子に座していたコカビエルが校庭に降り立つ。

 その威圧感足るや、以前兵藤一誠が倒し、リアス・グレモリーが消滅させたレイナーレなど、赤子にすら感じるほどだった。

 

 オカルト研究部の面々や2本の聖剣を扱うゼノヴィア。そして白音の中で緊張が走る。

 ここからが本当の死闘だから。

 そんな中で日ノ宮一樹だけが首を傾げていた。

 

「なぁ、祐斗。今更聞くことじゃねぇんだけど。あの怖ぇオッサン何よ?なんか翼生えてんだけど。それにあのツラいくら何でもヤバ過ぎるだろ」

 

 コカビエルを指差して質問する一樹にこの場にいる誰もが転けた。

 

 一樹の目的は飽くまでもあの実験室の惨状を招いたバルパーを叩き潰すことで、コカビエルだの三大勢力だのといったことは全く知らずここまできた。

 ついでに言うなら、この場に現れてからケルベロスとバルパーしか視線に入れておらず、コカビエルの存在も今気付いたマヌケ振りである。

 

「あれはコカビエル!バルパーの協力者で今回の事件の原因だよ!」

 

 今堕天使のことを説明している暇はなく、最低限の説明に留めた。

 しかし、それで理解が及ぶわけなく、1人首を傾げている。

 そんな一樹にコカビエルは声を上げて笑った。

 

「ククッ、ハァーッハッハッハ!!ここに来てまだ状況を理解できてない阿呆がいたとはなぁ!中々頼もしい援軍ではないか!リアス・グレモリー?」

 

 コカビエルの言葉にリアスは答えず、顔をしかめて頭を押さえた。

 日ノ宮一樹が合流した以上、ここから先は猫上白音はこの場を離脱する可能性がある。もちろん、この状況で逃げられる手段があるならば、だが。

 

「しかし、先程の殺意は中々だったぞ、小僧。その殺意を俺にもぶつけて見せろ!この場で捻り殺されたくなければな!」

 

 既に日ノ宮一樹も攻撃対象と認定されている。コカビエルの殺気を感じて祐斗と白音が一樹の前に出て構えた。

 白音自身もこの場を離脱は既に難しいと感じていたため、頼みの綱がこの場に現れるまで時間稼ぎに徹すると覚悟を決める。

 というより、ソーナ・シトリーとその眷属が張った結界の所為で白音単体ならともかく一樹を抱えたままの転移はかなり難しい。

 この場で自分たちの力で勝つ必要はない。情けない話だが、まともにやって勝ち目がないのだ。ならば勝てる者が来るまで持ちこたえる他ない。

 

(姉さまにあとで怒られるんだろうなぁ)

 

 この町を離れるどころか事件に突っ込んで戦闘にまで手を出している。

 馬鹿なことをしているという自覚はあるが、もう引き返せない。

【力】の溜めにはもう少し時間がかかる。それが終わればタイミングを見計らって全力を出す。出し惜しみをしていれば確実に殺される。

 白音はいつでも【力】が使えるように意識を集中させた。もう、一樹にバレるのが嫌だなどと言っている場合ではない。

 

 先手を打ったのはコカビエルだった。動くだけで突風をまき散らし、祐斗に接近する。

 祐斗はカウンター気味に聖魔剣を振り下ろすが難なく受け止められてしまった。

 

「ほう。近くで見れば中々の剣だ。俺にはアザゼルのようなコレクター趣味はないつもりだったが。今は奴の気持が少しだけ分かる。このような成長を目の前で見せられてはな」

 

「っ!!堕天使の幹部にそう言ってもらえるとは光栄だね!」

 

「だが惜しいな」

 

 コカビエルは聖魔剣を素手で折り、そのまま祐斗を蹴り飛ばす。

 

「祐斗っ!?」

 

「もう少し早くその力に目覚めていれば、俺の腕を斬り落とす可能性もあっただろうにな。手にしたばかりの力で俺に勝てると思っていた訳でもあるまい」

 

「っの!?」

 

「貴様もだ、小僧」

 

 怒り任せに行動を開始した一樹の頭部をコカビエルが掴む。しかし一樹は掴まれた腕を燃やそうと炎を生み出した。

 しかしコカビエルの余裕は一向に崩れない。

 

「本当に惜しいな。その炎にこの状況で逃げではなく抵抗を選択する適応力。あと5年いや、3年もあれば俺と戦う資格を得るに足る存在に成長していたかもしれん。だが、まだ温いわっ!」

 

 まるで一樹の身体を野球投手のようなフォームで校舎に向けて投げ飛ばす。

 

「いっくんっ!?」

 

「一樹くんっ!?」

 

 一樹はそのまま三階の校舎に窓ガラスを突き破って放り込まれた。

 その僅かな空白で動いていたのはゼノヴィアだった。

 

「コカビエル、覚悟ぉ!!」

 

 横薙ぎに振るわれたデュランダル。しかしそれより速く反応したコカビエルは剣の腹を踵落としで蹴り落とした。

 これにはゼノヴィアも驚きの表情をする。

 

「いくら伝説の聖剣といえど、使い手がこれではな。先代のデュランダル使いとは比べるべくもない!奴はそれは常軌を逸した使い手だったぞ!!」

 

 言い終わるや今度はデュランダルを蹴り上げてゼノヴィアごと蹴り飛ばす。

 ついでとばかりに光の槍を生み出してゼノヴィアを消滅させようとするコカビエルに後ろと上空から消滅の黒と雷の光が襲い掛かった。

 リアスと朱乃が同時に最大に高めた魔力の攻撃を放つ。

 2方向からきた極大の魔力の放流。しかし、それでもコカビエルの笑みを崩すことさえできなかった。

 

「筋は悪くない。だがやはり若いな!それにバラキエルの娘とは。赤龍帝に聖魔剣使いといい。リアス・グレモリーは兄と同じでゲテモノを眷属にするのが趣味と見える」

 

「私、を!あの者と一緒にするなぁ!!」

 

「我が兄への侮辱!なにより私の眷属への侮辱は万死に値するわ!!」

 

「ならば滅ぼしてみろ、【紅髪の滅殺姫】よ!!今貴様らの目の前にいるのは貴様ら悪魔の長年の宿敵だぞ!これを好機と見れぬならば程度が知れるというものだ!」

 

 手にした光の槍を投げようと動く腕に長い1本の舌が巻かれる。

 

「今だ!いけっ兵藤!!」

 

「うおぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 力の吸収を匙が行いながら最大倍加を終えた一誠が突っ込む。コカビエルは一誠を無造作に払おうとするが、別方向から聖魔剣を再び創った祐斗が斬りかかりに来た。

 光の槍で聖魔剣を受けたコカビエルの顔に一誠の赤龍帝の籠手が炸裂する。

 

「やった!!」

 

 そう喜んだのも束の間、赤龍帝の籠手による攻撃を受けたコカビエルは平然とその場に佇んでいる。

 

「気概は買うがなぁ!禁手にすら至っていない貴様ら風情が俺の前に立つ資格があると思ったかぁ!」

 

 発せられた魔力の波動。それだけで3人の悪魔を吹き飛ばすに充分な威力だった。

 舞い上がった粉塵からゼノヴィアが再度向かう。

 当然のようにコカビエルは光の剣を創り、刃を交わす。

 

「ふん。しかし教会の聖剣使いと悪魔が手を組むとはな。これも神と魔王が死んだ弊害というやつか」

 

 その言葉に、この場にいる誰もがその意味を理解できなかった。

 

「……どういうこと?」

 

「そうかそうか!お前たち下っ端には知られていないのだったな!なに簡単なことだ。先の戦争で死んだのは魔王だけではなかったのだぞ!教会の連中が!天使どもが崇めた神は既に亡いのだ!」

 

 哄笑を上げて衝撃の事実を突きつける。当然そんなものが信じられるはずもなく。

 

「嘘だ!?くだらない出鱈目を!」

 

「ならばなぜあの小僧の聖魔剣が生まれた?反発するふたつの力が溶け合い融合した?それは聖を司る神と魔を司る魔王が滅びたからだ!なにより俺は前の大戦で神と魔王がくたばる様をこの目で見た!」

 

 まるで幼子にサンタの正体を暴きたてる大人のような笑みでコカビエルは告げる。

 

「三大勢力でこの事実を知っているのはトップと一部の幹部だけだ。戦後、四大魔王と多くの72柱を失った悪魔。神を失った天使。そして幹部以外の大半を失った堕天使。どの勢力も人間に頼らねば種の存続すら難しいほど疲弊してしまった!!天使が生まれぬ以上、堕天使が生まれることはない。悪魔とて純血の悪魔は貴重であるがゆえに悪魔の駒などが生まれたのであろう?」

 

「そんな、うそだ……うそだ……」

 

 地に膝をつき、項垂れるゼノヴィア。

 教会に裏切られたとはいえ、かつてはその存在を拠り所にしていた祐斗も同様だ。

 しかしそれ以上にショックを受けていたのは悪魔に堕ちてなお変わらぬ信仰を保ち続けていたアーシアだった。

 彼女は全身を震わせ、絞り出すように声を出す。

 

「そ、んな……主が亡くなられていた?なら、私たちに与えられる愛は……」

 

「そうだ。神は既に亡く、残ったのは神のシステムのみ。ミカエルたちはよくやっているが神よりもシステムを上手く扱えるはずもない。そんな中で残った天使や人間どももまとめているのだからな」

 

 コカビエルの言葉を聞いてアーシアは顔色が蒼白になり、その場に崩れ落ちた。

 ここぞとばかりにコカビエルの演説は続く。

 

「アザゼルのやつももう二度と戦争はないなどと宣言する始末だ!耐え難い!耐え難いんだよ!!腑抜けて精神を腐らせて生きていくなど!だから俺は1人でも戦争を始める!!貴様らの首を手土産に!冥界も天界も巻き込み!あの時の続きをなぁ!!」

 

 それは1人の戦争狂の叫びだった。

 退屈を嫌い。平穏を憎み。闘争に焦がれた1人の狂人の嘆きだった。

 

 誰もが唖然とし、絶望する中でひとつの小さな影が動いた。

 

「ひとりでやっていろ……っ!!」

 

 そこには頭に動物の耳が生え、膨大な力を纏った猫上白音だった。

 少女は騎士である祐斗をも越える速度で疾走し、コカビエルに拳打を放つ。

 

「っ!?ほう!?」

 

 ここに来てコカビエルの表情が僅かに動いた。

 彼女の種族が扱える仙術の力を発動させた白音はさっきまでとは比べ物にならないほどの力があった。しかしそれでもコカビエルを倒すには余りにも――――――。

 

「小娘!貴様、悪魔でも人間でもないとは思っていたが、その姿。そうか貴様はあの女の妹だったか!となると先ほどの小僧は数年前からあの女が飼っているという人間だったか!」

 

「このっ!!」

 

 顔に放った拳は躱され、逆に蹴り上げられた脚を僅かに横へ跳び避けると同時に回し蹴りを脇腹に突き刺す。

 しかし、コカビエルの表情を曇らせることすら叶わず、拳で払われてしまう。

 

 地に着地すると同時に一瞬だけ両の手を突き出すポーズを取ると、再びコカビエルに向かった。

 掌底を繰り出そうと腕を突き出すがあっさりと手首を掴まれる。

 

「そのような未完成な技を俺に繰り出そうとはな。見縊るなっ!!」

 

 掴んだ腕をそのまま投げ飛ばそうとして白音の小さな体を持ち上げるがその瞬間にコカビエルの表情が変わる。

 それは、強大な聖の力を感じたからだ。

 校舎を見ると、そこには投げ飛ばしたはずの一樹が棒状の炎を作り出し、投げる態勢を取っていた。

 

「白音に、触んじゃねぇっ!!」

 

 コカビエルの光の槍を参考に炎を投擲槍の形作り、一樹は渾身の力で投げつけた。

 

「ぬぅ!」

 

 急場の障壁とはいえコカビエルが展開した障壁を貫き、手の平を焦がす。

 驚いたように自分の手を見るコカビエル。そしてそれはすぐに嬉しそうな笑みに変わった。

 

「やるな小僧!なるほどあの女が飼う理由があったというわけだ!しかし、その一撃で限界だろう?」

 

 一樹はガクリと膝を折り、床に額をつけて蹲っていた。祐斗たちからは見えないが、咳に血が混じっている。

 それを察したのは鼻が利く白音だけだった。

 

「いっくん!?」

 

「当然だ。この俺に手傷を負わせたのだからな。むしろ意識を失わなかっただけよくやったというべきか。惜しいな。だがこれが戦いならば、力を振るった以上は討たれるのも必然だろう?」

 

 光の槍を創り、投擲の構えを取る。

 

 それを察した白音が全力で向かい、コカビエルに攻撃を繰り出す。だが、コカビエルが放った無造作の蹴りで飛ばそうとするが、逆にその脚を掴んで噛み付いた。

 それはコカビエルにとってさして痛くもない抵抗であったが、邪魔なので鬱陶しそうに軽く拳を顔に振るう。

 振るわれた拳が顔に当たり鼻血を出すが気にすることなく喰らいついてくる。

 

「ハッ!」

 

 仙術を使った内部破壊の攻撃もコカビエルとの実力の差から力が弾かれ、思うように通らない。

 

「こそばゆいな」

 

 コカビエルは白音の首を掴んで持ち上げた。

 

「まだ未熟だな。貴様の姉ならば、最初の一撃で殺りにかかってきたぞ!」

 

 言われなくても白音は自分の力が姉に遠く及ばないことは理解していた。

 守られていた自分が嫌で。弱いままの自分が嫌で。

 今度こそ、自分の手で大切な人の幸せを守りたくて。

 そのために力を磨いてきた。

 しかし目の前の堕ちた天使はそのすべてを嘲笑うように口元を吊り上げる。

 

「貴様とあの小僧を殺せばあの雌猫も怒り狂って俺を殺しに来るだろうなぁ!それはそれで面白い!手始めにあちらからか」

 

 コカビエルは再び光の槍を一樹の居る校舎に向ける。

 

「や、やめっ!?」

 

「中途半端に力を持った不運。その代償がなにか教訓を与えてやろう!」

 

 首を掴まれながらも一樹を殺させないために抵抗する白音。だがそれはコカビエルにとって些細な抵抗でしかなかった。

 人間1人消滅させるのに過ぎた力が放たれようと―――――――――。

 

 

 

 その時、結界を破り、上空から何かが落ちてきた。

 

 巻き上げられた粉塵。その中からふたつの影が現れる。そのひとつに見覚えのあった白音と一樹は別々の表情でその人物を当てた。

 

「姉さま……」

 

「姉さん……?」

 

 白音は安堵したように。一樹は驚いた表情で黒い和装に身を包んだ女性を呼ぶ。

 本人は二人を確認して顔をしかめて頭を押さえた。

 

「2人の気配を感知したときはまさかと思ったけど……どういう状況よ、コレ?」

 

「さぁな。しかしどうやら間に合ったようだな」

 

 全身白銀の鎧を身に着けた男はどうでもよさそうに答えた。

 そして2人を確認したコカビエルは鼻を鳴らした。

 

「貴様らがここに現れたということは町に仕掛けた術式は解除されたか。少し遊びすぎたようだな」

 

「ええ!ええ!解除しましたとも!こっちは町中駆け回ったおかげで睡眠不足よ!おまけに私の家族まで……っ!?」

 

 腕を鳴らして怒りの表情を浮かべる黒歌。そこから放たれた殺気にその場にいた全員が息を吞む。

 そしてまるで猫に弄ばれる鼠になったような気分。自分たちに向けられているのでもないのに殺されるのではないかと錯覚した。

 だがそんな黒歌を止めたのは全身鎧の男だった。

 

「待て。コカビエルの相手は俺の筈だ。お前は家族の手当でもしてやれ」

 

「っ!分かってるわよ!ただ一発くらい殴らないと気が済まないと思っただけ!でもやるからには必ず捕らえなさいよ!」

 

「ああ。言われるまでもない」

 

 話が終わると黒歌はその場から掻き消え、コカビエルのすぐ傍に短距離転移すると、白音を奪い取り、もう一度転移する。

 

「速い!?」

 

 それを見たリアスが驚きの声を上げる。

 消えた黒歌は一樹の居る校舎三階に出現していた。

 術式の展開せずにあれだけ高速の転移。それを行えるのが上級悪魔でも何人いるか。少なくともリアスには不可能だった。

 白音を抱えた黒歌を蹲ったまま見上げる一樹。

 その呼吸は荒く、焦点も合っていなかった。

 黒歌は即座に診察を始めた。

 

「なにこれ?気が―――というより生命力がほっとんど空じゃない!なにやったのよ一樹!それから早く横になる!」

 

 言いながら一樹を仰向けに寝かせて白音を適当な椅子に座らせた後、一樹の額に触れて自身の生命力を流し込んだ。

 蒼白だった顔色は徐々に生気を取り戻して苦し気な様子を緩和する。

 

「姉さま……」

 

「白音。訳は後で聞くわ。大丈夫。コカビエルはヴァーリがすぐに鎮圧するから」

 

 黒歌は校庭の空を指さす。そこには衝突と離脱を繰り返す白と黒があった。

 

 

 

「チィ!思った以上に厄介な!」

 

「そういうお前は思った以上に歯応えがないな。もう少し楽しませてくれるかと思ったが」

 

「ぬかせ小僧!!」

 

 コカビエルは白の鎧に近づかれたくないのか距離を保って光の槍を発射する。それもひとつではなく幾重もの。

 しかしそれは敵に届くことなく消し去られていく。

 

「無理にでも連れ帰るようにアザゼルに言われている。悪いがあんたの祭りはこれで終いだ」

 

「嘗めるな!」

 

 リアスたちを子供の様にあしらっていたコカビエルが白の鎧に翻弄され、次々とダメージを負わされていく。

 しかしコカビエルの顔には堪えようのない笑みが浮かんでいた。

 

「既に中級堕天使と同程度に弱体化したはずだが……何を笑う?」

 

「自分の無様さに反吐が出ているだけだ。なるほど、【白龍皇】。その力は赤龍帝の対を成す半減の力だとは知っていたが、禁手に至ればここまでの力を持つか。それとも貴様だからこそなのか?どちらにせよ今の俺ではお前には敵わんらしいな」

 

「もう諦めたか?興醒めだな。もう少し粘ってくれると思ったが……」

 

「諦める?俺が?クックックッ!とんだ勘違いだ!俺は今こそ自分の道が見えた!!」

 

 突如、コカビエルは魔法陣に包まれる。

 

「ちょっ!?ここまで来て逃げる気!?」

 

「ああ!俺はこの場を恥を呑み込み、更なる力を!戦いを欲すると決めた!【神の子を見張る者(グリゴリ)】を離れ、独りで戦うことを決めたのだ!!――――――ではな白龍皇!今は及ばずとも更なる力を手にし、俺は再びお前を心臓を抉り出しに現れる!必ずだ!」

 

 高らかな哄笑と共にコカビエルの姿はそこから掻き消えた。

 全員が唖然としている中で、黒歌はプルプルと体を震わせた。

 

 

「ここまで来て逃げの一手とか――――――ふっざけんなぁあああああああああああああっ!?」

 

 この場にいる全員の思いを代弁した黒歌の叫びが夜の校庭に響いていた。

 

 

 

 




コカビエルさんは逃亡。
彼は今後、本作品で1番の自由人として活躍させる予定です。

次話で聖剣編終了。次にライザー編が開始されます。


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10話:入部

「なにやってるのよ!偉そうなこと言って逃げられちゃったじゃない!!」

 

 額に青筋を立てた黒歌に白い鎧━━━━【白龍皇】は溜め息を吐いた。

 

「すまないな。俺の落ち度だ。文句は後で聞くさ。それより残ったバルパーとフリードの回収が先だ」

 

 辺りを見渡す白龍皇は顔が潰れて痙攣しているバルパーと斬られて意識を失っているフリードを腕に抱えて翼を広げた。

 

『無視か、白いの?』

 

『起きていたのか、赤いの』

 

『お前の力に充てられて、な。此度の相棒はどうにも才能が乏しく意識を表に出すのも苦労してしまった』

 

 白龍皇に話しかけたのは兵藤一誠━━━━の神器である赤龍帝の籠手だった。

 その声を聴いて一誠がうわっしゃべった、と驚きの声を上げると同時に才能が乏しいという辛辣な一言にヘコむ。

 

『お互い、戦おうにもこの状況ではな』

 

『なに。こういうこともある。いずれ戦うことには変わりない』

 

『そうだな。お互いその時まで今の主の下で楽しませてもらおう』

 

『それもまた一興か。また会おう、アルビオン』

 

『ああ。ではなドライグ』

 

 ふたつの神器が話を終えたのだろう。点滅を繰り返していた互いの宝玉は沈黙した。

 そして次に声を上げたのは赤龍帝の主である一誠だった。

 

 

「な、なんなんだよお前!いきなりやって来てコカビエルをあっさり退けて!必死に戦ってた俺らバカみたいじゃん!」

 

 そんな風に喚く一誠に白龍皇は呆れたような、又は失望したような声で一誠を鎧越しに見下ろす。

 

「全てを理解するには力が必要だ。精々強くなれよ、俺の宿敵くん」

 

 それだけ言って今度こそ白龍皇は飛び立って行った。

 

 皆の緊張が僅かに緩んだが、校舎内では笑顔を浮かべた黒歌に一樹と白音は詰め寄られていた。

 

「これはどういうことなのか、説明してもらいましょうか?どうしてこんな戦場にいるの?」

 

 普段は黒歌がバカをやってそれを一樹と白音がツッコミや叱責をするが今回は完全に立場が逆転していた。

 2人は顔に大量の汗を流しながら黒歌の青筋を立てた笑顔を見てから顔を反らして質問に答える。

 

「気に入らないジジイをぶちのめすため?」

 

「……なりゆき」

 

「ふぅん……」

 

 パンッ!と頬を叩かれる音が二度した。

 

「一樹。この件が尋常じゃないってあなたも気づいてたでしょ?自分から危険に飛び込むなんてなに考えてるの?一樹になにかあったら泣く人がいるんだってちゃんと分かってた?私は、こんなところで死なせるために一樹を引き取ったわけじゃないんだよ?」

 

 次に視線を妹に向ける。

 

「白音なら一樹とここを離れるくらいできた筈だよね?どうしてそうしなかったの?まさか、私が助けに来るからそれまで時間を稼げばいいなんて楽観視してたわけじゃないよね?あなたの判断ミスで今度もまた失うところだったのよ」

 

 黒歌の言葉に白音は一瞬何か反論しようとしたが、結局何も言わなかった。言えなかっただけかもしれないが。

 一樹と白音はそれぞれ親に怒られた子供のようにうつむいている。

 そんなふたりを抱きしめ、黒歌は安堵したように呟く。

 

「本当に死ぬとこだったんだよ?白音は顔をこんなにして━━━━2人が無事でよかった……」

 

「あ……」

 

 言われて一樹は自分がどういう場所にいたのか本当に理解し、震えが来た。

 

 人間1人を校舎三階まで投げ飛ばす。そんな相手に自分が立ち向かえるなどと本気で錯覚していたことに恐怖して一樹は手が震えた。本当に殺されるところだったのだと今更ながら思い至ったのだ。

 

「ごめん、姉さん……」

 

「ごめんなさい、姉さま……」

 

 奮える手を抑え込む様に一樹は黒歌の腕に触れた。

 生きている。今はただ、その事実に無性の安堵を覚えて。

 数分かけて震えを抑え込んで一樹はさっきから気になっていたことを聞いた。

 

「それよりな、姉さんに白音。その耳と尻尾はなに?」

 

 一樹の言葉に白音はハッと自らの頭部に在る耳を押さえた。

 バレることは覚悟していたが、やはりいざとなるとどう言えば良いのか言葉に詰まる。

 

「それは後でね。今はあちらさんと話すのが先でしょう?」

 

 黒歌が指差したのは校庭でこちらを見上げているリアスと結界内に入ってきたソーナだった。

 彼女らというより、校庭にいる全員がこちらを見ていた。

 

「私は先に話をしてるから2人は階段からゆっくり降りてきなさい」

 

 言うや否や黒歌は壊れた窓ガラスから飛び降りた。

 三階から飛び降りて平然としている黒歌に何とも言えない表情をする一樹。

 

「真似しちゃだめだよ?行こう、いっくん」

 

「……しねえよ。つかな。あの黒羽人間攻撃してから体に力が入らねぇ。姉さんが来てから少し楽になったけど。立つならまだしも歩くのはちょっときついな。先に行っていいぞ、白音」

 

「ダメ。一緒に行く」

 

 ひょいっと一樹を抱える白音。お姫様抱っこで。

 お姫様抱っこで!!

 

「あの白音さん?これめっちゃ恥ずかしいんですが……」

 

「私は気にしないよ」

 

「俺が気にするんですけどっ!?」

 

 少し前にやったやり取りを再びして一樹の言い分を無視して白音は歩き出した。

 

 

 

 

 先に降りた黒歌はこの町の管理者たる少女2人と対面していた。

 

 

「初めまして。白音の姉の猫上黒歌よ」

 

「ええ、初めまして。この地区の管理を魔王様より命じられている、リアス・グレモリーよ」

 

「この学園の管理を行っているソーナ・シトリーです」

 

 黒歌の自己紹介にリアスとソーナも簡単な自己紹介をする。しかしそこに親しみという感情はなく得体のしれない相手への警戒心だった。

 彼女たちの眷属もそれぞれ警戒心を緩めない。

 強いて言うなら兵藤一誠だけが黒歌に見惚れて鼻を伸ばしているくらいだ。

 そんな彼女たちに黒歌は肩を竦めた。

 

「警戒するのは勝手だけど、こっちはそっちに何かする気なんてないわよ?むしろ私の家族の面倒を見てくれて感謝してるくらいだしね」

 

「━━━━━なら訊きますが、貴女はなんの目的でここに?まさか猫上さんの危機を察してというわけではないでしょう?」

 

「白音がここにいたのは私にとっても意外だったわ。それに一樹もね。2人とも私の大事な家族だから」

 

 一樹が両親を亡くして親の知人と名乗る猫上黒歌に引き取られたとは調べたが、生前の一樹の父と黒歌がどのような関係だったかまでは出てこなかった。それが、若干気にかかっていた。それを聞く前に黒歌が質問の続きを答える。

 

「ここに来たのはコカビエルの暴走を止めるようにある人から仕事を受けたからよ。白龍皇とは仕事の関係で組むこともあるだけ。ちなみにこの町の各所に設置されていた術式はもう解除してあるから心配しないでいいわ。私もここに住んでるから他人事じゃないし」

 

 何気なく言われた事実にリアスたちは驚く。コカビエルを倒せば町の術式が解除されると言っていたがそれが本当かは判断出来ないからだ。もちろん黒歌が言ってることも本当かは直ぐに確認する必要はあるが。

 だから町の術式の方は疲弊の激しいリアスたちではなく、ソーナの眷属から何人か指示を出して確認させている。

 ひとつ確認材料が出て僅かに安堵した。

 

「それで、あなたに依頼した人物というのは?」

 

「今は言えないわね。私の信用に関わるし。ちょっと勘弁してほしいかな。今回は一応私たちのおかげで助かったってことでひとつ」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。

 コカビエル相手に自分たちでは太刀打ちできなかった。教会のデュランダル使いと猫上白音という協力者がいてもまともに傷を負わせることすら叶わなかったのだ。

 だからと言ってこのままなんの情報を引き出せずに帰らせるわけにも━━━━━。

 

 結果的に自分たちを助けてくれた恩義と管理者としての義務の間で揺れているリアスとソーナはどうするか考えている間に三階にいた2人が下りてきた。

 その姿を見て全員が目を点にした。

 なにせ小学生女子程の体躯の白音に一樹がお姫様抱っこされているのだから。

 そのシュールな光景に黒歌は笑いを堪えていて一樹本人はバツが悪そうに顔をしかめている。

 祐斗はそんな友人に近づく。その顔にはいつもの笑みがあった。

 

「なんて言うか……とても印象に残る格好だね」

 

「うっせぇよ、見るんじゃねぇ……。というか白音さんももう降ろしてください。歩けるから」

 

「ダメ。まだ体力が回復してない。今動けてもすぐにバテる」

 

 案の定、一樹の案は却下され、恥辱を味わうハメになった。

 

「なんならお姉ちゃんが抱っこしてあげようか?ヘイカモン!」

 

「ダメです。いっくんは私が運びます」

 

「もう好きにしてくれ……」

 

 一樹はもう自棄になって考えることを止めた。それに体力が減り、危機も去ったことで段々と眠くなって思考が鈍化していっている。

 

 そんな中で黒歌は自分の家族を見て閃いたようにそうだ、と手を合わせた。

 

「ねぇ、リアス・グレモリー。ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「……なにかしら?」

 

 突然名前を呼ばれてリアスは困惑する。

 

「貴女が部長をやってるオカルト研究部だっけ?それにこの2人を入部させてくれない?」

 

「ハァッ!!?」

 

「イッテェッ!?」

 

 最初に驚きの声を上げたのは白音だった。抱えていた一樹を落とすくらい衝撃的な提案だった。

 その表情は普段の無表情とはかけ離れて姉を睨んでいる。

 

「大丈夫かい、一樹くん?」

 

「尻と腰を思いっきり打った……」

 

 打った腰を擦りながらよろよろと立ち上がる。足取りはかなり危ういがどうにかして、といった感じだ。

 

「姉さま、どういうつもりですか!?」

 

「どうって言われてもねぇ。今回、ここまで関わっちゃったから、これからなにか問題が起きたときに知らんぷりっていうのは難しそうじゃない?だったら、一番情報が入りやすそうな場所にいたほうが良いかなって」

 

「私は……っ!?」

 

「悪魔が嫌いだって言うんでしょ?知ってるわよ。でも、今回の件で少しは見直せる部分もあったんじゃない?それにこれからの事を考えると悪魔側とパイプを作っておくのも悪い話じゃないわ。幸い、グレモリーとシトリーって言えば悪魔社会でも真っ当な方だし。ね、お願い」

 

 半分辺りから白音にだけ聞こえるように耳元で説得する。

 白音はただ歯を食いしばって黒歌から視線を外すだけで下を向いた。次いで一樹の方に話を振る。

 

「一樹はどう?オカルト研究部に入るのは?」

 

「は?別にいいんじゃないかな。グレモリー先輩が良ければ……」

 

「いっくん!?」

 

「一緒に行動してたのになんで嫌がってんだよ?さすがに訳わかんねぇぞ」

 

「~~~~~~っ!!」

 

 なにか反論しようとするも言葉が浮かばずにいる白音に黒歌がとてもいい笑顔を浮かべて再度問う。白音は若干イラっと来た。

 

「で、どうする?白音?」

 

「……わかりました」

 

「ん?別に無理しなくてもいいんだよ?お姉ちゃんも強要したくないしね」

 

「いいえ。入らせていただきます……」

 

「うん。じゃあ頑張ってね」

 

 今晩の夕食は姉さまの嫌いな物だけ作ろう、と心に誓って溜め息交じりに了承した。

 

「と、いうわけでうちの子たちをよろしくね!」

 

「は、はぁ……」

 

 黒歌の押しに戸惑いながら返事をするリアス。

 それじゃあまたねとウインクして白音と一樹を掴むと転移でその場を去って行った。

 

「なんて、デタラメ……っ!?」

 

 転移の速度があまりに速すぎる。白龍皇の力も規格外だったがあの女性も同等だと認識した。

 厄介なことになったなと途方に暮れる。今はまだ敵ではないがとりあえずでしかなく、その身内を2人も抱えなければいけなくなった。

 そんなリアスにソーナは声をかけた。

 

「リアス、とりあえずはこの場を解散しましょう。私たちは学校の修復などで残りますが、貴女とその眷属は戦闘で消耗しているでしょう?ここは私たちに任せて休んで。匙も今日は帰って休みなさい。お疲れさまでした」

 

「ありがとう、ソーナ。そうさせてもらうわ」

 

「会長……」

 

 リアスはソーナの気遣いに感謝し、匙は笑顔を浮かべて労わってくれる主に感激して若干涙を流している。

 逃げたコカビエルやこれからの教会の関係。考えることはたくさんあるがそれは明日にしよう。今はみんなクタクタだ。

 とにかく今日を生き延びた。今はそれだけでいい。

 リアスは自分が愛する眷属たちに笑顔を向けた。

 

「さ、戦いは終わりよ。今日はゆっくり休みましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルの襲撃から翌日一樹は体調不良を起こして学校を休んだ。

 黒歌によると突然目覚めた()の使い過ぎで慣れない身体に負荷がかかったのだろうということだ。

 2日程休み、その間に黒歌と白音から色々な裏の話を聞いた

 

 現在の堕天使、天使、悪魔勢により三竦みの現状やら様々な神話の存在が実在していること。

 神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる聖書の神が残した人間だけに発現する特殊能力のこと。

 そして、家族だと思っている2人が人間ではないこと。

 2人は妖怪で猫又の上位種に当たる猫魈と呼ばれる存在であること。

 色々聞いて、一樹の反応はと言えばそっか、と実に簡素なものだった。

 

「いやいやいや!?もっとなんか言う事あるでしょ!なにか訊きたいこととかないの!」

 

「別にないよ。今回はその三勢力のゴタゴタで、姉さんたちは人間じゃない。俺からすればそれだけ聞ければ充分だ。あぁ、たださ。地下にあった実験室の人たちがどうなったか姉さん知らない?」

 

「……バルパーの実験で死亡した教会関係者の遺体ならすぐに人が派遣されて秘密裏に引き取られるはずよ。その人たちを故郷の土に還すためにね」

 

「そっか。良かった」

 

 死した後、彼らは故郷に還ることが出来るのだ。きっと身元不明で処理されてしまうより、ずっといい。

 安堵を覚えながら一樹は息を吐いた。

 ホッとしている一樹に黒歌は言葉を重ねる。

 

「本当に訊くことはないの?もしかしたら、私たちは一樹をなにかに利用しようとしているかもしれなし、隠し事だってあるかもしれないんだよ?」

 

「姉さま!?」

 

「白音、これはちゃんと聞いておくことよ。わかるでしょ?」

 

 今まで黙っていた白音が声を上げるが、黒歌が黙らせる。

 一樹はその問いに少し考える素振りを見せるが答えは変わらなかった。

 

「やっぱりないよ。うん」

 

「ホントに?もし私たちが人間じゃないことで一緒にいたくないっていうなら他の道も―――――」

 

「だからないってば。姉さんと白音がなんだろうと気にしないし、何かに利用してるって言うんなら、それはそれでいいよ。姉さんと白音になら利用されてもかまわない。うん、そう思う」

 

 助けられたのは一樹自身。2人が人間じゃないという話も、家族のことが知れて嬉しい程度のものだ。

 自分でも考えなしだなと思うが、それが日ノ宮一樹の本心だった。

 

「何か隠し事をしてても、姉さんたちが今は話せない思ってるならそれでいい。いつか話してもいいって思える時が来たら話してくれればいい。それまで俺が待てばいいだけの話だろ?」

 

 一樹の言葉に黒歌は一瞬だけ目を大きく見開き、笑みを浮かべた。

 そして自分の額を一樹の額にくっ付けると。

 

「ありがとね、一樹……」

 

 その時の笑顔は見惚れるほど綺麗だと思った。

 

 

 

 

 

 体調も良くなり、いつも通り登校して教室に着くと木場祐斗が驚いたようにこっちを見て近づいてきた。

 

「一樹くん、体調が戻ったんだね!」

 

「おう。あの後に熱が出て休んだけど、今は元通りだ」

 

「……良かった」

 

 安堵の息を溢す祐斗。

 考えてみれば一般人だったはずの一樹が僅かとはいえ、コカビエルに火傷を負わせたのだ。その負荷がどれほどのものか。

 それでここ2日心配だったため、顔が見れて安心したのだ。

 

「そういえば、今日から俺もそっちの部に世話になるから案内よろしくな。俺、部室の場所知らねぇんだわ」

 

「もちろん、任せてよ!」

 

 そうして笑い合っている2人を見て周りの女子の反応は――――――。

 

『見て見て!日ノ宮くんと木場くんが笑ってるわ!』

 

『やっぱり日ノ宮くん×木場くんよ!最近木場くんが兵藤(変態)と一緒にいることが多くなったけどこの組み合わせこそ至上なのよ!』

 

『ハァハァハァ!鼻血出てきた……』

 

 という不穏な会話を耳にして一樹は本気で頭が痛くなってきた。そんな一樹を見て祐斗が大丈夫かい一樹くん!?と熱がぶり返したと勘違いしてペタペタ体に触ってくる。そしてまた声を上げる女子勢という悪循環。

 大きく息を吐いて一樹は事態が収まるのを待った。

 

 

 

 放課後、兵藤一誠とアーシア・アルジェントと合流して白音を迎えに行った。

 その際に兵藤一誠が「学園のマスコットの白音ちゃん来たぁ!」と声を上げてたので一樹は周りに見えないように指からライター程の火を出す。

 

「もし、白音にふざけたことしたら問答無用で燃やすからな?」

 

 兵藤一誠を含めた変態3人組の噂は学園の生徒であれば誰もが耳にする。

 もし兵藤一誠が一樹の家族に手を出すなら、全力で叩き潰すことも辞さない覚悟だった。幸い一樹の炎は悪魔に天敵らしいというのも強気な態度の一角を担っている。

 それに兵藤は「お、おう!」とだけ答えた。

 

 

 

 

 

「旧校舎っつーから埃っぽいイメージがあったけど、思った以上に清潔なんだな」

 

「一応、こまめに掃除してるからね」

 

 初めて入った旧校舎は外装の古臭さとは真逆に内装は手入れが行き届いていて綺麗なものだった。

 部室の扉を開くとそこには3年生のリアス・グレモリーと姫島朱乃。そしてコカビエル戦で協力した聖剣使いのゼノヴィアが駒王の制服を着て座っていた。

 

「やぁ、赤龍帝」

 

「な、なんでお前が部室(ここ)に居るんだよ!」

 

 ゼノヴィアの存在に一番初めに反応したのは兵藤一誠だった。

 一樹はゼノヴィアとリアスたちの関係を知らず、一緒に戦っていたことから仲間だと思っていたのでむしろ驚いている兵藤一誠に驚いている。口には出さないが。

 疑問に答えるようにゼノヴィアはその背に大きな黒い翼を展開した。

 それを見て一樹と白音以外の3人がさらに驚愕する。

 

「実は神の不在を知って以前ほど真面目に信仰を保てなくなってしまってね。その時、リアス・グレモリーに声を掛けられて眷属になることを了承し、戦車(ルーク)の駒を頂いたわけだ。私としては騎士(ナイト)の駒が欲しかったのだが……」

 

「ゼノヴィアはどう見てもスピードよりパワータイプでしょ?私には今まで戦車がいなかったし、彼女なら短所を補うより長所を伸ばした方が良いって思ったの。戦車の耐久性なら多少の無茶は利くし、近づけばデュランダルの一撃がある。そう思っての判断よ。デュランダル使いだから駒二つ消費することも覚悟していたけど、幸いひとつで済んだしね」

 

 リアスは上機嫌で説明する。

 自分の眷属に強力な聖剣使いが入ったことが嬉しいのだろう。そしてゼノヴィアと言えば。

 

「そう、悪魔だ。いくら神の不在を知って信仰が揺らいだからといっていきなり神の敵になるのは思いっきり過ぎないか?これで良かったのか?確かにもう教会に戻れないとはいえ――――――」

 

 やはり元の職場にそれなりに思い入れがあるのかぶつぶつと独り言を始める。その言葉の中で気になることがあったのかアーシアがおずおずと手を上げて質問した。

 

「あ、あの……もう教会に戻れないって……」

 

「ん?あぁ。実はあの後すぐに神の不在について上層部に問い合わせてね。そうしたら即異分子扱いされたよ。教会は異分子や異端を極端に嫌う。もう教会に私の居場所は無くなってしまったんだ」

 

 今まで身を粉にして尽くしてきた組織に捨てられて何も感じないわけがない。自嘲気味な笑顔がどれだけ彼女がショックを受けているのか感じさせる。もちろん安易に分かるなどとだれも口にしないが。

 

「アーシア・アルジェント。君も教会を追われたとき、こんな気持ちだったのかと思ったよ。前に不躾に罵倒してすまなかった。謝罪する」

 

 頭を下げるゼノヴィアにアーシアは驚いて慌てふためく。

 

「あ、頭を上げてください!それはもう終わったことですし。今の私は優しい、大切な人たちに囲まれて本当に幸せなんです!」

 

 神の不在を知って一時精神の均衡が崩れかけたアーシアだが、一誠を始めとする仲間の支えもあって精神面が安定していた。

 そんなアーシアを見てゼノヴィアはどこか敬うように笑みを浮かべる。

 

「そうか、強いんだね、君は」

 

「いえ、私は強くないです。ただ、私は独りじゃありませんから」

 

 辛いのなら泣いていいと言ってくれる家族がいる。

 また立ち上がれるように手を差し伸ばしてくれる人がいる。

 たったそれだけで人は絶望から立ち上がれるのだと。アーシアはこの件で身に染みて理解した。

 

 ふたりの雰囲気が穏やかなものに変わっていくなか、一誠が気になったことを訊いた。

 

「そういえば、イリナはどうしたんだ。それから壊した聖剣も」

 

「聖剣は本体部分を回収してイリナに託した。私の破壊の聖剣と共にね。私のデュランダルは使い手が繕えないから持っていても問題ないが、エクスカリバーはマズイ。あれは他に使い手が探せるから返却しておかないと」

 

 一口カップの紅茶を飲んだ後、どこか寂しそうに笑う。

 

「イリナとは最後ケンカ別れのようになってしまった。しかし悪魔に転生した理由が神の不在などと言うわけにもいかない。異端視されるのは私だけでいい。ハハ!次会ったら敵かもしれないけどね」

 

 空元気なのだろう。ゼノヴィアからしたら戦友であるイリナと離れるのは仕方がないと分かっていてもショックなのだろう。

 そしてリアスが一樹と白音に視線を向けた。

 

「それで、あなたたちも本当にいいのかしら?」

 

「その前に訊きたいのですが、もし私といっくんが入部したら私たちはどんな扱いになります」

 

「そうね。2人は悪魔ではないから悪魔業をする必要はないけど、ただここに来るだけというのもアレでしょ?だから、2人にはヘルパーというかお手伝いの形を取ってもらおうと思うわ」

 

「お手伝い?」

 

「えぇ。もし誰かが派遣されてその子だけじゃ手に余ると判断されたときに2人には手伝ってもらうの。今はこの部に新人の悪魔が3人いるしね。もちろん報酬は払うわよ。あまり高額ではないけど。なんなら、2人とも私の眷属になってくれてもいいしね」

 

「ありえません」

 

 リアスの冗談交じりの問いに間髪入れずに白音は拒否を即答した。

 

「貴女はそうでしょうね。なら日ノ宮くんは?あなたが望むなら祐斗たち同様、私の眷属にしても――――――」

 

「ふざけたこと言わないでください」

 

 一樹が答える前に白音が低い声でバッサリ切る。

 

「あら。私は日ノ宮くんに訊いているのよ?それとも彼のことを決める権利が貴女にあるのかしら?」

 

 やや挑発気味に問うリアスに白音は唇を嚙む。

 

「あ~。俺にそんな価値があるとは思えませんが……」

 

「そんなことはないわよ。あなたの力は眷属として有力だわ」

 

 白音が止めてください!と声を上げる前に一樹が手で制して回答する。

 

「やっぱりいいですよ。俺は人間のままで。それに悪魔の駒、でしたっけ?話は姉さんから聞きましたけど、もし俺が死んでも生き返らせなくて結構ですから」

 

「どうしてかしら?貴方にとってデメリットはないはずだけど?」

 

「別に長命に興味はないですから。それに生き物って1回死んだら終わりなのが当たり前でしょ?俺はそれでいいと思ってます。人間として産まれたら人間として死ぬ。あぁ、別にその駒を使って誰かを生き返らせることを非難したいんじゃないですよ?ただ、俺には必要ない。ただそれだけです」

 

 真っ直ぐ見つめて断言する一樹にリアスは降参とばかりに笑みを溢した。

 

「わかったわ。貴方の意志を尊重する。ま、気が変わったらいつでも言いなさい。それとこの部に所属することに当たって私のことは部長と呼ぶこと。私もふたりを一樹と白音と呼ぶわ。いいわね?」

 

「わかりました」

 

「お世話になります、部長」

 

 よろしいと笑い、話題を変える。

 

「さて。これから我がオカルト研究部は来たるべき球技大会に向けて練習を開始するわ!コカビエルの件でただでさえ練習不足なんだから、気合入れるわよ!」

 

 球技大会と聞いてその場にいたほとんどの人間が思い出したかのような顔をする。

 

「そういえば、ここ最近忙しくて忘れてたね」

 

「俺はむしろその後の中間テストのことで頭がいっぱいだったけどな」

 

「そうだよ!テストもあんじゃん!やっべぇ!どっちも忘れてたぁ!?」

 

「球技大会とはなんだ?」

 

「えっと。ボールを使うスポーツを何種目かに分けて行うクラスや部活で勝ち負けの総合を競うんです。私も初めてだから楽しみです」

 

「それでは部長。遅まきながら、我が部の参加種目をどうぞ」

 

「私たちオカルト研究部が参加する種目は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「ドッチボールとはな。まぁ、面倒なルールがなくてむしろ助かるけど」

 

 軽く屈伸をしながら一樹は呟いた。

 ドッチボールなら誰でもできるし、ルール説明に時間を取られることもない。

 ちなみに一樹は野球もサッカーも細かいルールは知らない。

 せいぜい野球はバットでボールを打って走るスポーツ。サッカーはボールを蹴ってゴールに叩き込むくらいの認識だ。

 それに転校したばかりのゼノヴィアも細かいルールのある球技より、こういうわかりやすいゲームの方が楽しめるだろう。

 ちなみに当然だが、試合で悪魔の力を使うことは禁止されている。一樹の気や白音の妖怪としての力も同様である。

 そうして無視してたがそろそろツッコムかとアーシアに話かけた。

 

「なんでアーシアはブルマ履いてんだ?クラス戦の時は普通にハーフパンツだったよな?」

 

 駒王学園ではハーフパンツかブルマか選択できる。大抵はハーフパンツを選択するが。偶にブルマを選択する猛者はいるがやはり少数派である。ちなみに白音はハーフパンツである。

 

「え?桐生さんがドッチボールの正装はブルマだって」

 

「…………そうかあのバカか。後でしっかり制裁しとかないとな」

 

 これが終わったら桐生の頭をグリグリしようと心に決めてコートに入った。

 

「一樹くん、頑張ろうね!」

 

「おうよ。部長にどやされたくないし、負けるのも好きじゃないからな。出来る限りの力にはなるぜ!」

 

 普段一樹はこういう行事でやる気を出すタイプではない。

 だが、入ったばかりとはいえ仲間と一致団結するのは思いのほか心地良いと感じた。

 コートに入ると周りから声が聞こえた。

 

『あれ?日ノ宮くんってオカルト研究部だったっけ?』

 

『それに猫上さんもだよね?それにあれはこの間転入してきたクァルタさん!』

 

 などと普段見慣れないメンバーに注目が集まる。

 

 そんな中で試合開始の合図とともに狙われたのは一誠だった。

 兵藤死すべしと言わんばかりに相手チームは一誠にボールを集中させる。

 これには明確な理由がある。

 まず、二大お姉さまと知られるリアスと朱乃に当てるとか論外。

 祐斗と一樹は女子に人気があり後が怖いから狙えない。

 2年の癒し系と1年のマスコット扱いをされているアーシアと白音は可哀想だから当てられない。

 ゼノヴィアも若干狙われているが、軽々とボールを受け止められて反撃された。

 という訳で一番狙いやすい一誠にボールが集中するのだ。

 しかもボールを投げる時に一誠に対する不満や殺意を大声に出している。

 観客からも死ね!死ね!コール付きだ。

 

「日頃からどれだけ恨まれてんだよアイツ……」

 

 一誠の回避を眺めながら、若干蚊帳の外に立っている気分だった。

 そんな中で相手チームが一樹に狙いを定める。

 

「しねぇええええええええっ!!ロリコンは俺1人だけでいいんだよぉおおおおおおおっ!」

 

「やべっ!」

 

 突如標的を変更されて狙われた一樹は僅かに反応が遅れた。

 ボールが当たりそうになった時に別の手が間に入ってボールをキャッチする。

 

「一樹くん、油断大敵だよ!」

 

「お、おう!わりぃ!」

 

 そんな2人を見て女子からの歓声が沸く。

 

『きゃぁあああああああ!木場くんと日ノ宮くんのタッグよ!』

 

『写真!写真!シャシィイイイイイイイイイイン!!?』

 

 女子からの歓声に顔を引きつらせながら試合に集中した。

 

 結果的に言えば試合自体はオカルト研究部の圧勝だった。

 ほぼ兵藤しか狙わない敵陣営に必死に避ける本人。運動神経の高い祐斗、ゼノヴィア、白音を中心に相手を撃破していく。

 ちなみに一樹も1人だけボールを当てた。

 こっちの被害は相手がボールコントロールをミスって偶々当たったアーシアくらいだ。

 当てた相手は物凄く居た堪れない表情をしていたが。

 

 

 聖剣の件でどんよりとしていた祐斗の表情はとても晴れやかなもので、転入生のゼノヴィアも純粋に球技を楽しんでいた。

 誰もが目の前の行事を心の底から楽しんでいた。

 ここに、当たり前の学生の姿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 山の中で独りのコカビエルが歩いていた。

 全身黒ずくめのその男は背負った10枚の黒い翼を隠そうともせず、夜の山を進む。

 

「クク!まさか白龍皇の小僧があそこまでの力を蓄えていたとはなぁ!もう少し離脱するのが遅ければやられていたところだ!」

 

 自力ではまだ負けないという自負がある。しかし白龍皇の能力は厄介すぎる。あれなら大抵の力量差はあっけなく覆るだろう。

 しかしそれが卑怯だとはコカビエルは思わない。

 どう言い訳してもあの敗北は自分の力不足だとコカビエルは認識していた。

 あんな100も生きていない小僧にあしらわれた屈辱で腸が煮えくり返りそうだが、むしろあの程度の能力に屈して撤退した自分にこそ怒りが湧いた。

 

「だが、存外にまだまだ楽しめる」

 

 相手が自分の力を半減するならば、それすら問題にならぬほど力を付ければいい。

 

「そうだ!二天龍も!アザゼルも!他の神話体系も!そしていずれは無限と夢幻すらも俺は超越して見せる!存外にまだまだ退屈しなさそうではないか!!」

 

 哄笑をいつまでも響かせてコカビエルは夜の闇に消えて行った。

 

 

 

 



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11話:新しい日常

「祐斗は3位か。相変わらず才色兼備だな、お前」

 

「これでもしっかり勉強してるからね」

 

 貼られた順位を眺めながら祐斗と一樹は雑談している。

 そこから少し離れたところからアーシア、ゼノヴィア、桐生が話していた。

 

「桐生さんすごいです!学年10位なんて!」

 

「ふふん!まあね!これでもしっかり勉強してるしね」

 

「むぅ。計算や英語はともかく現国と古文はなぁ」

 

「ま、それはしょうがないんじゃない?期末テストで挽回すれば?」

 

 ゼノヴィアとアーシアは理数系と英語は高い点数を出したが、それ以外、特に古文は壊滅的だった。

 まぁ、この国に来たばかりの彼女たちに日本の古文で成績を出せというのも無茶な話かもしれないが。

 

「それに、赤点ギリギリのアイツらに比べればマシマシ」

 

 桐生が指差したのは学園で最も有名な問題児である変態三人組こと兵藤、松田、元浜だ。

 

「ふん!別に羨ましくなんてない!」

 

「そうだ!俺たちにはエロがある!成績の順位など不要!」

 

「そして今日から部活解禁!張り切って覗きにいくゼェっ!?」

 

 最後の部分でハリセンを持った一樹が変態3人組に振り下ろした。

 

「廊下でなに叫んでんだお前ら……」

 

「元気なのはいいけど、色々と程々にね」

 

 話に入ってきた一樹と祐斗にアーシアが話しかける。

 

「お二人も、これを見に?」

 

「まあな」

 

「ふん!どうせお前だって木場の付き添いで名前載ってないだろ!」

 

「そういうことはしっかりと紙を見てから言えや。ほら」

 

 一誠の言葉に一樹は面倒臭そうに掲示板に貼られた紙を指す。

 

 34位:日ノ宮一樹

 

 それを見た変態3人組が一瞬呆けた表情をしてすぐにムンクの叫びのような表情になる。

 

「嘘だ!なんでお前そんな頭いいんだよ!イケメンだからか!」

 

「ツラは関係ねぇだろ!つい最近まで帰宅部だったし、やることねぇから勉強してたんだよ」

 

「中1の時はてんでダメだったけどね。下から3つ4つぐらいだったんじゃない?」

 

「うるせぇよ……」

 

 桐生の指摘に一樹は不機嫌にして顔を逸らす。

 

「しかしそれから成績を上げたのだろう?何かきっかけでもあったのか?」

 

「あ~。それは、ねぇ?」

 

 どこか言い辛そうにしている桐生が一樹に視線を移す。

 

「……中1の終わり頃にちょっと問題起こしちまってな。それから教師連中の目が厳しくなったからか、何かある度に俺の所為みたいに言われるようになってな。それで知人の助言で成績さえ上げときゃあ向こうから絡んでくることが少なくなるぞって教えてもらったんだよ。ま、それで勉強はちゃんと始めたわけだが」

 

 やり始めた時は大変だったけどな。と付け加える。

 

「それに俺、基本的にダメなんだよな。堪え性がねぇから教師や相手の親とかでもケンカ売られたら買っちまうこともあるし。一度キレると自分で抑えも利かなくなっちまうから。それで素行が悪いだの因縁つけられて悪循環になっちまう。そういうのが鬱陶しいから、とりあえず成績だけは取れるようにしてんだよ」

 

 話を聞きながらオカルト研究部のメンツはコカビエルの時にバルパーに殴りかかった一樹を思い出した。

 もしや過去にもあんなキレ方をしたことがあったのだろうか?

 だとすれば確かに教師に受けは悪いだろう。

 もちろん短い付き合いの一誠たちにも一樹が理由もなくそんなことをするとは思わないが。

 

「だからお前らもちったぁ成績上げとけよ。日頃の行い悪いんだから。下手するとホントに退学になるぞ」

 

 変態3人組に半笑いで忠告する。というかなんでこの3人はまだ退学にならないのか不思議である。

 学園七不思議とかできたらそのひとつに加わるに違いない。

 一樹の忠言に3人は苦し紛れに反論して他は笑っていた。

 そこには確かに日々の平穏があった。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 日付が変わる時間に魔法陣からオカルト研究部の部室に戻ってきた一樹は室内にいるリアスと朱乃に戻った挨拶をする。

 

「おかえりなさい、一樹くん。お茶、飲みますか?」

 

「あ、ども。いただきます」

 

 淹れられたお茶を受け取って一息つく。

 

「それで、今日はどんな仕事だったのかしら?」

 

「漫画家のアシスタントでしたね」

 

 今時珍しい紙に描く漫画家で一樹と一誠はそのアシスタントに召喚された。

 最初は一誠だけ召喚されたが漫画のアシスタントなどやったことのない人間ひとりではとても間に合わず、一樹も追加で召喚されたのだ。

 召喚者は前に一度悪魔に頼ったこともある経験者らしい。

 

 一樹の魔力量は1日に1回往復する程度だが魔法陣で転移できるだけあり、こうして先に戻ってきたのだ。

 そのことが判明したとき泣きながら一誠に羨ましがられたが。

 こうして先に戻る一樹が仕事の報告をするのが通例になってしまった。

 

「兵藤はチャリでいつも通り戻ってくるでしょう。白音や他のみんなは?」

 

「祐斗とゼノヴィアは先に帰ったわ。アーシアと白音はもう少しで戻ってくると思う」

 

「なら、待ってますね」

 

 そう言って一樹は鞄から参考書とノートを取り出して今日出された課題に取り組んでいる。

 

「真面目なのね」

 

「元々、あんまり頭がいい方じゃないですからね。こうしてないとすぐに成績落ちちゃうんですよ」

 

 それから十分ほど経ってからアーシアと白音が帰ってきた。

 

「ただいま戻りましたぁ!」

 

「戻りました……」

 

「お疲れ様、2人とも。ずいぶん遅かったのね」

 

「ある意味壮絶な時間でした」

 

「アハハ……」

 

 ふたりとも色濃く疲れを残して帰ってきた彼女たちの仕事はコスプレ衣装の試着らしい。

 なんでも多種多様の衣装を身に着けて様々なポーズを撮られたらしい。

 契約者の趣味で可愛い女の子が可愛い服を身に着けてた写真を撮られる仕事だったらしい。

 相手の反応は大絶賛で、報酬は既定の倍額貰ったらしい。

 

「そんじゃ、白音も戻ったし俺たちは帰ります。いいですよね?」

 

「ええ。お疲れ様。明日は学園が休みだから、ゆっくりして頂戴」

 

「そうします。お疲れさまでした。お茶もご馳走様」

 

「……お疲れさまでした」

 

 そう言って退室するふたりを、リアスはどこか羨ましげに見ていた。

 

 

 

 

 

 休日。

 

 室内で一樹は禅を組んでいる後ろで白音が両肩に手を乗せていた。

 

「そう。自分の中にある力の流れを意識して。それを手足に集めるように動かして……」

 

 今一樹は白音に【気】の扱いについて学んでいた。

 コカビエルの件で一樹が無意識下で【気】を扱えるのが判ってからこうして白音の下で指導を受けている。

 その際にわかったことは、一樹が【気】を扱う場合、体から離れるとたちまち炎に変換されてしまうということだ。

 つまり、体内で身体能力の底上げや体を覆うようにして使い鎧に仕立て上げるようにするなら問題ないが、それより【気】が離れると自然と炎に変わってしまう。

 今は、意識的に【気】を操って体に留める訓練を行っていた。

 コカビエルの一件以降、一樹は猫上姉妹から様々なことを学んでいる。

【気】の扱いに裏の世界の知識と体術。

 

「そう。その状態をそのまま1時間維持していて」

 

「お、おう……」

 

 白音が手を放して昼前ということで昼食の準備を始めた。

 一樹は留めている【気】を維持に神経を張り巡らせる。

 瞬発的に使うのは大分慣れてきたが、それを維持するのはまだ難しい。

 

 少し前に手からビー玉くらいの炎の玉を作って維持したがものの10分で消えるか、場合によっては爆発して火事になりかけた。

 その時は黒歌が妖術ですぐに鎮火し、翌日業者に直させたが。

 まぁ、それから炎を使った訓練は抑えているのだ。

 

「【気】の維持が乱れてきてるよ。もっとしっかり留めて」

 

「わ、わかってる!」

 

 フライパンの中身をかき混ぜながら指摘されて一樹は慌てて【気】を留め直す。

 逆立ちを続ける難しさというか、瞬発的にやるならコツを掴めば難しくはないのだが長時間だとキツイ。

 目を閉じてより深く集中している一樹に人影が近寄る。

 

 ふぅ~。

 

「ふわっ!?」

 

 突如耳に息を吹き込まれて【気】の維持を解いてしまった。

 

「姉さんいきなりなにすんだよ!?」

 

「これくらいで乱してたらどっちみち実戦じゃ使えないわよ。最低でも無意識下でも必要に応じて【気】を扱えるようになること。目標としては寝ていても維持まで常に維持できるようになることかな」

 

「昨日今日で学び始めたヤツに無茶言うなよ!」

 

「そんなこと言ってるといつまでたっても白音や私には追いつけないよ。最初はちょっと駆け足気味で上達してもらわないとね」

 

 ぐうの音も出ずに黙る一樹。

 

「前にも説明したけど、【気】は生命の力なのよ。扱えればその恩恵は絶大だけど、使い方を間違えたら文字通り命に係わる。だからどんな状況でも十全に使いこなせるようにならないとね」

 

 笑って説明する黒歌に一樹は拗ねたように顔をそむける。

 また、前回のようなことになった時にせめて自分の身くらいは守れるようになりたい。出来れば家族も。

 しかしその道はまだまだ長そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、実際のところどうなんだよ?」

 

「何回同じ質問を答えさせんだよ。うぜぇな……」

 

「うぜぇとか言うなよ!?」

 

「あはは……」

 

 授業が終わり、部室に向かおうとしているところで、支度をしているアーシアとゼノヴィアの2人を待っていた。

 廊下でオカルト研究部の男子が話している内容と言っても一誠が一方的に話しかけてくるのだが。

 その内容が一樹の同居先の猫上姉妹の裸とりわけおっぱいを見たかなどの話だ。

 一樹自身猥談などをあまり好まない性格かつ一誠のしつこい質問攻めに眉間に皺を寄せてイライラしてきている。

 仕舞いにはあれだけの美人や可愛い女の子と暮らしてるんだから覗きくらいするだろと言い出す始末。

 

「なら、お前はアーシアの風呂とか着替えとか毎日覗いてんのか。最低だな」

 

「違ぇよ!いきなりなに言い出すんだお前!?アーシアのことはそんな風には━━━━━」

 

 言い欠けたところで女子2人が出てきた。

 

「すまない待たせた」

 

「お待たせしました。皆さんなにを話てらしたんですか?」

 

 無垢な瞳で質問されて、一誠はなんでもないと言おうとしたが先に一樹が口を開いて特大の爆弾をさらりと投下した。

 

「実はな、アーシアの裸を別に覗くほど魅力感じないから姉さんの裸見せろって要求されてたんだ」

 

「おいぃいいいいいいいいいいっ!!?なんてこと言ってんだてんめぇええええええええええええええっ!!!?」

 

 アーシアは一瞬何を言われたのか分からない感じで呆けていたが、次第に言われたことを理解すると目尻に涙を浮かべ始めた。

 

「そうですよね……イッセーさんは部長さんみたいな人じゃないと……」

 

「まったく酷いこと言うよな、兵藤は」

 

「テッメェ、マジふざけんな!?」

 

 胸ぐらをつかむ一誠に一樹は憎たらしくなる半笑いをしている。

 

「それより、早くフォローしなくていいのか?」

 

 首でアーシアを差す一樹を一誠は忌々しげに視線を逸らしてアーシアに誤解だと話し始めた。

 

「いくらなんでも酷いんじゃないかな?」

 

 嗜めるように言う祐斗に本人は肩を竦めた。

 

「アーシアにはさすがに罪悪感を覚えたが、兵藤にはまったく悪いとは思わねぇ」

 

 一樹とてアーシアが一誠にどういう感情を持っているのか理解しているつもりだ。それを利用したのは悪いと思うが、一誠を黙らせるにはこれが一番手っ取り早いと思ったので実行した。

 これでしばらくは余計なことを言ってこないだろう。

 

 

 余談だが、この後、一誠は今晩、一緒に風呂に入る約束をして宥めたらしい。

 それを後で知った白音がゴミを見るような眼差しで一誠を見たのは本人の勘違いだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

 とある執務室で部屋の主は手紙の内容に顔をしかめていた。

 数度読み返し、机越しに立っている女性に問い掛ける。

 

「これを、父上と母上は了承したのかい?」

 

「はい。先日のコカビエルの一件がこの内容を承諾させる決め手になったようです」

 

 女性の言葉に男は眉間に皺を寄せた。

 手紙の内容は彼の妹に関わる内容だった。

 

 妹には婚約者がいる。

 幼い頃から取り決められた婚約であったが、妹本人はその結婚に否定的で最低でもあと5年は何事もない筈だったが、ここ最近に妹の周りで起こった事件により、そうも言ってられなくなってしまった。

 

「コカビエルと聖剣による危機が訪れたにも関わらず、即座に上に指示を仰がなかったことが問題でした。一歩間違えば眷属諸とも命がありませんでしたから。助かったのは、一重に幸運に依るものです」

 

「そしてそれを知った相手側が結婚を早める口実にしたわけだ」

 

「はい……」

 

 男の言葉に女性が頷いて答える。顔にこそ出ていないが、彼女も今回の強引と思える相手側の方法によい感情を持っていないということは長い付き合いで判る。

 男は妹の婚約者に悪感情を持っているわけではない。若いながらも優秀な人物であることは間違いないし、婿養子として迎え入れることになれば両家の関係も強化される。家の繁栄にも繋がるだろう。

 だが、問題は妹のほうがこの結婚に反対していることだ。

 

「私は既に家の人間ではないし、君は一従者に過ぎない。口出しすることは出来ても、決定権は父上が握っている」

 

 婚約自体は悪い話ではないが、兄として妹には好いた相手と添い遂げて欲しいと思ってしまう。自分が実家を継げば問題なかったことだが、彼には彼の夢と望みがあった。

 

「とにかくこの件があの子に知れたら自棄になって事を起こすかもしれない。君はあの子が馬鹿な行動を起こさないように見ていてくれ」

 

「承知しました」

 

 女が下がると男は窓から見える空を見上げ、可愛い妹の為に何が出来るか考える。

 

「多少強引ではあるが、私も動くか。まったく。今年に入って妹はトラブルに事欠かないな」

 

 

 

 



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12話:不死鳥

 どうしてこうなったのか。

 一樹は部室に在る菓子を摘まみながら少し離れた場所で言い争いをしているふたりを見ていた。

 

「ライザー!何度も言うようだけど私はあなたと結婚する気はないわ!婿養子を迎えるにしてもその相手は自分で決める!」

 

「俺もな、リアス……フェニックス家の看板を背負ってここに来てるんだ。その看板に泥を被せるわけにはいかないんだよ」

 

 などと言い合っている2人を一樹はテレビドラマでも鑑賞しているように蚊帳の外を決め込み。白音は雑誌を読んで我関せず。ゼノヴィアは興味深そうにリアスとライザーと呼ばれた上級悪魔の修羅場を眺め、アーシアはどうすればいいのかわからずあたふたしており、祐斗と朱乃は困ったような表情で見ているが、ライザーの存在を快く思っていない雰囲気を出している。

 そして一誠は今にも爆発しそうな怒りの表情で唇を噛んでいる。

 

 先ほど部室に入る少し前の話だ。

 

「部長がなんか悩みがあるみたいなんだけど知らねぇか?」

 

「う~ん。僕のほうではちょっと覚えがないかな。でもあるとしたらグレモリーの実家関連だと思うけど」

 

「朱乃さんなら知ってるかな?」

 

「朱乃さんは部長の懐刀だからね。当然知ってると思うよ」

 

 などと話しながら部室に向かっていた。

 ここ最近、リアスが心此処に非ずな状態になることがあることはこの場にいる全員が知っていた。しかし相手が年齢その他の意味で上の相手であるため。訊くべきか大なり小なり悩んでいた。

 そもそもまだ新入り悪魔の一誠やアーシアにゼノヴィア。それに人間であり、こちら側に足を踏み入れた一樹に関しては悪魔社会について何も知らないに等しいのだ。

 一樹自身、リアスについて知っていることは悪魔社会でもかなり地位の高い家柄の後継ぎということくらいだし。仲が良いかと訊かれれば普通としか答えられない程度の関係だ。

 もちろん相談されれば自分に出来る限り力になるつもりだが。

 そうして部室の扉に手をかけた時に祐斗の動きが止まる。

 

「……僕がここまで来て初めて気配に気づくなんて」

 

「どした、祐斗?」

 

 質問に答えずに扉を開けるとそこには部員であるリアス、朱乃に白音がいる。しかしいつもと違うのは、リアスの横に見慣れない銀髪の女性がメイド姿で立っていることだ。

 

 見慣れないその人物に一樹は首を傾げる。

 一誠は「あ、あの時の!?」と声を出したが一樹は初対面だった。

 相手の女性と一樹が一瞬視線が重なると少しだけ険しい顔になったように思えたが、すぐに表情を消したため、気のせいだと思った。

 リアスは目を瞑り不機嫌な顔で重苦しい空気を振りまいていた。

 しかし一誠たちを確認すると険しい表情を少しだけ緩めてソファーから立ち上がった。

 

「揃ったわね。実は、部活を始める前に話があるの」

 

 リアスはまず銀髪の女性の紹介に入った。

 

「白音と一樹は初対面だったわよね?彼女はグレイフィア。グレモリー家のメイドなの」

 

「グレイフィアと申します。以後お見知りおきを」

 

 頭を下げて挨拶するグレイフィアに一樹と白音は互いに頭を下げて挨拶した。

 そんな最低限の挨拶をしながら一樹はメイドってホントに居るんだな、と場違いな感想を抱いていた。

 

 そしてここからが本題なのだろう。リアスが話す前にグレイフィアと紹介された女性が私が話しましょうか?と言っていたがリアスは手でそれを制した。

 

「実はね……」

 

 リアスが話を始めようとしたその時、部室の床中心に魔法陣が出現した。

 それは見たことのない魔法陣でここ最近見慣れたグレモリーのそれとは別物だった。

 

「フェニックス……ッ!?」

 

 祐斗が呟く。

 魔法陣から発せられる眩い光から炎が吐き出された。

 咄嗟に一樹は近くにいたアーシアを庇える位置に移動した。

 そして炎の中からひとりの人影が現れる。

 現れたのは20代前半程の赤いスーツを着崩して胸元を開いた格好の金髪の男性だった。

 男が腕を薙ぐと忽ちに炎が消える。

 

「ふ……人間界に来るのも久しぶりだな」

 

 男はリアスを視界に入れると笑みを作って近づく。

 

「やぁ、愛しのリアス。久しぶりだな」

 

 男の発言に一誠、一樹、アーシア、ゼノヴィアは目を丸くする。白音に至っては関わりたくありませんとばかりに冷凍庫に入っていたアイスを雑誌片手に頬張っている。

 リアスの方は馴れ馴れしく近づいてくる男を半眼で敵意の篭った半眼で見つめており、とても歓迎している態度には見えない。。

 しかし、相手は気づいていないのか、それとも分かっていてスルーしているのか構わず話を進めた。

 

「さてリアス。早速だが式の会場を見に行こう。日取りも決まってるんだ、早め早めがいい」

 

「放してちょうだい、ライザー」

 

 ライザーと呼ばれた男が腕を掴むがリアスはそれを振り払う。

 どうにも話が見えず、一樹は祐斗に小声で話しかけた。

 

「なぁ、誰よあのホストマン」

 

「えっと……あの人はフェニックス家の三男でライザー・フェニックス氏。上級悪魔だよ」

 

「それって部長と同じ?」

 

「うん。そして―――――」

 

 2人が小声で話す中、リアスに対する馴れ馴れしい態度に業を煮やしたの一誠が声を上げた。

 

「おい!アンタ部長に対して無礼だろーが!いきなりやって来てなんなんだよ!!」

 

 今にも嚙みつかんばかりの態度の一誠にライザーは道端に落ちているゴミでも見るかのような眼で見返す。

 それも心底不快そうに。

 

「あ?誰だよお前?」

 

「俺はリアス・グレモリーの眷属悪魔!【兵士】の兵藤一誠だ」

 

「へぇ~。あっそ」

 

 渾身の名乗りをどうでもよさそうに返されてバランスを崩す一誠。

 まあ、上級悪魔の彼からしたら下級、それも転生悪魔なんぞさして意識を向ける相手でもないのだろう。

 

「しかしリアス。もしかして君は俺のことを下僕たちに話してないのか?」

 

「言う必要がないだけよ……」

 

「これは手厳しいな」

 

 苦笑しているライザーに対してリアスは飽く迄も険の態度を崩さない。そんな中で今まで黙っていたグレイフィアが前に出た。

 

「兵藤一誠さま。あのお方はライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔でフェニックス家の三男。そして、リアスお嬢さまとご婚約されており、グレモリーの次期当主の婿でございます」

 

 グレイフィアの説明をたっぷり十秒掛けて租借し、頭の中に理解させる一誠。

 そしてその理解が及ぶと。

 

「む、婿?婚約者?え?えぇええええええええええええええええええええっ!?」

 

「やかましい!!」

 

 声を張り上げた一誠を一樹がハリセンでシバキ倒した。

 

 

 

 

 そして冒頭の口論に繋がるわけだが。

 話は一向に進まない。

 

 ライザーの言い分としては、両者の結婚は既に両家の当主が了承しており、式を挙げるなら早めの方が良い言い。

 それに悪魔社会で貴重になった純血の血を残すのは古い悪魔の義務だと。

 リアスは自身はこの結婚を承諾しておらず、そもそも大学卒業までこの話は進展しないはずだった、と。

 それに如何に純血の古い悪魔といえど生涯を添い遂げる相手を選ぶ権利くらいあるはずだとも。

 

「俺は別に結婚したかからといって君を束縛するつもりはないさ。大学に通うのも良し。眷属に関しても好きにすればいい。しかし君の御父上は先のコカビエルの件のように君がつまらない小競り合いに巻き込まれて家が断絶する可能性を怖れてる」

 

 話を聞きながら一樹はあぁ、コカビエルのことで今回の式が決定したのかと他人事のように聞いていた。

 一誠は険しい表情でライザーを睨んでいたかと思えば、突如だらしない表情をする。

 

「一誠さん、どうしたんですか?急に変な顔して」

 

「どうせ、あの男から自分が部長を寝取る姿でも想像してたんだろうが」

 

「最低ですね。ドン引きです……」

 

「違ぇよ!?つか君たち俺の扱いヒドくない!」

 

「今頃気付いたのか?」

 

「頻繁に女生徒の着替えを覗く性犯罪者と友好的な関係が成されているとでも?」

 

 白音の発言にクリティカルヒットで精神にダメージを負わされたのか四つん這いになって呻く。

 そんなやり取りをしていると、向こうのほうでリアスが声を上げた。

 その頑な態度にさすがにライザーも声をトーンを少し下げる。

 

「俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負ってここに来てるんだよ。それに泥を塗るわけにはいかないんだ。もしこれ以上、駄々を捏ねるようなら―――――」

 

 ライザーの手の平から炎が灯る。

 

「君の下僕を全て燃やし尽くしてでもこの場から連れ去るぞ?」

 

 その言葉にオカルト研究部のアーシア以外全員が意識を戦闘の時のそれに切り替える。臆することがないのはコカビエルの殺気を受けた経験からだろう。

 しかしその緊張は今まで一歩引いたところに居たグレイフィアによって遮られる。

 

「お嬢さま、ライザーさま、落ち着いてください。これ以上やるのでしたら私も看過できません。私はサーゼクス様の名誉のためにも遠慮などしないつもりです」

 

 静かに、だが確かな存在感で威圧するグレイフィアにライザーは一歩下がる。

 

「最強の女王と称される貴女の相手は俺でも流石に怖いよ。化け物揃いのサーゼクス様の眷属とは絶対に敵対したくない」

 

 ライザーが炎を消したのを確認してグレイフィアが再び口を開く。

 

「こうなることは旦那様もサーゼクス様もフェニックス家の方々も重々承知でした。ですからこの場での話し合いで結論が出なかった場合、最終手段を提案させていただきます」

 

「最終手段?それは?」

 

「お嬢さま。ご自身の意志をお通しになるのでしたらライザー様と【レーティングゲーム】で決着をつけるのはいかがでしょう?」

 

 グレイフィアの意見にこの場にいた全員、というより【レーティングゲーム】を理解している者たちは驚きの表情を見せる。

 

「レーティングゲームは爵位持ちの悪魔が行う、下僕たちを戦わせて競うゲームのことだよ」

 

 分からずに首を傾げている新入り悪魔+協力者2人に祐斗が説明を加える。

 実力主義である悪魔社会はこのレーティングゲームを行い好成績を収めることで発言権を得たり、特権の取得などの高待遇を得られる。

 だが基本レーティングゲームは成人した悪魔にしか参加権は与えられていない。

 つまりまだ成人していないリアスにゲームへの参加権はないわけだが。

 

「ですが例外はあります。非公式のレーティングゲームなら半人前の悪魔でも参加できます。しかしこの場合の多くは――――」

 

「お家同士のいがみ合いね。お父様たちは私がこの件に反対することを見越してその提案を出した。まったく。どこまで私の生き方に干渉すれば気が済むのかしら……!」

 

「ならば、お嬢さまはこの提案を拒否なさいますか?」

 

「いいえ。むしろ丁度いいわ。その提案、受けましょう」

 

 リアスの回答をライザーは口元を吊り上げる。

 

「受けるのか?まぁ、俺は構わないぜ。知ってると思うが俺は既に成熟してるし、ゲームもそれなりに出場してる。今のところ勝ち星の方が多い。それでもやるのかリアス?」

 

「やるわ。貴方を吹き飛ばしてあげる、ライザー!」

 

「そうか。ならゲームに勝てば、君の好きにすると良い。だが負ければ即結婚。それで異論はないな?」

 

「ええ」

 

 決意を胸に強く発言するリアスに対して、ライザーの口調は軽かった。そこには自分が負けることはないという絶対の自信が見られる。

 

「では、両人の承諾の下で非公式のレーティングゲームをこのグレイフィアの指揮で執り行います。良いですね?」

 

 グレイフィアの言葉に2人が了承の意を表す。

 

「しかし君の眷属はそれで全員か?あぁいや。僧侶がひとり封印処置されているとは聞いているが……」

 

「いいえ。そこにいる一樹と白音は違うわ。2人は、私の協力者よ」

 

 一樹と白音を指して答えるとライザーは鼻で笑った。

 

「まさか、君が眷属以外で人間を『飼う』とはな」

 

『飼う』という単語にリアスと主だった部員は怒りを覚えた。

 

「ライザー!彼らは協力者よ!コカビエルの件も2人の協力があったから私たちはこうして生き延びることができた。私の可愛い眷属同様、一樹と白音への侮辱は許さないわ!」

 

「ハッ!冗談だろリアス?いくら子飼いのペットに愛着があるからって下手な持ち上げは感心しないぜ?」

 

 ペット、という言葉にリアスの怒りが最大値に達したが、それより先に声を上げたのは一誠だった。

 

「おいアンタ!さっきから聞いてりゃあ、言ってることが失礼過ぎるだろ!」

 

 言われた指摘にライザーは鬱陶しそうに舌打ちした。

 一誠は我慢の限界だった。

 一樹や白音は短いながらも一緒にオカルト研究部の部員として活動してきた仲間だった。悪魔の仕事を手伝ってもらい、一緒の時間を過ごした。

 それをいきなりやって来て、それもコカビエルの時に居もしなかった奴に馬鹿にされるのは我慢できなかった。

 

「……リアス。どうやら君は下僕の教育が不足しているようだな。それでは、御父上もさぞかし肩を落とすだろうよ」

 

「部長は関係ねぇだろ!!」

 

 噛み付かんばかりのイッセーにライザーは小さく息を吐く。

 

「威勢だけはいいな。だが、君の眷属の中で俺の眷属とまともにやり合えるのは雷の巫女である君の女王くらいのものだろう?」

 

 そうして、ライザーがパチンと指を鳴らすと彼の後ろに次々とフェニックス家の魔法陣が現れた。

 その魔法陣から姿を現したのは15名の女性だった。

 それを意味することは―――――。

 

「これが俺の可愛い下僕たちだ」

 

 彼は既に全ての駒を揃えているということだ。

 しかもその眷属たちはすべて見目麗しい女達だった。

 それを見たイッセーは、突如号泣し始める。

 

「お、おい。君の下僕くん、いきなりすごい勢いで泣き始めたんだが……」

 

「この子、ハーレムが夢なのよ。貴方の下僕を見て感動したんだと思うわ」

 

 号泣する一誠に引くライザーにリアスが説明を加えると彼はふぅんと笑みを浮かべる。

 そして眷属たちからはキモイだの言われたい放題である。

 

「そう言うな。上流階級の者を羨望の眼差しで見るのは下賤な者の常さ。こいつに俺たちの熱々なところを見せてやろう」

 

 そう言って眷属の1人を抱き寄せてキスを始めた。それも舌を絡ませながら。

 

「は、はうぅうううっ!?」

 

「……」

 

「しっ!見ちゃいけません!」

 

 恥ずかしそうにしているアーシアと軽蔑の眼差しを送っている白音の視線を一樹が手で塞いだ。

 ちなみに一樹本人も呆れ顔だ。

 ライザーと眷属の行為が終わって若干打ちひしがれている一誠に近づいてそっと肩に手を置いた。

 

「兵藤、あれが未来のお前の姿だぞ」

 

「違ぇよ!俺はハーレム築いてもあんな風になりません!!」

 

「お前のイメージするハーレムがわかんねぇなぁ……」

 

 どう見ても強がりだがそこは触れないでおいた。

 ライザーはそんな一誠を嘲笑して見下ろしていた。

 

「どうだ下僕悪魔くん。お前じゃ一生かかってもこんなことはできまい」

 

「うるせぇ!部長の目の前で他の女とイチャイチャしやがって!お前なんかじゃ部長と不釣り合いだぜ!!」

 

「はぁ?お前はその女ったらしに憧れてるんだろうが」

 

「う、うるせぇ!お前なんざゲームを始めるまでもねぇ!俺がこの場で叩き潰してやらぁ!赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)!!」

 

 一誠は自分の神器を出現させて構えを取った。

 それを見てライザーが若干驚きで目を見開いた。

 

「神滅具?ハッ!また御大層なモノを持ってるなお前」

 

「今更後悔しても遅いぜ!この焼き鳥野郎!」

 

「焼き鳥ぃ!?この下級悪魔風情が!おいリアス!君の眷属の教育はどうなっている!!」

 

 流石に今の発言はリアスも思うところがあったのかそっと視線を逸らす。

 しかし一誠の勢いは止まらない。

 

「俺がお前ら全員ぶっ倒してやらぁ!」

 

「ふん!やれ、ミラ」

 

「はい、ライザー様」

 

 突っ込む一誠にライザーは隣に居た棍を持った童顔の少女が前に出た。

 女の子が相手ということで一瞬一誠がたじろいだが棍を押さえれば勝機はあると思い、そのまま動く。そんな一誠にミラと呼ばれた少女は手にした得物を振るった。

 

「どわっ!?」

 

 突き出された棍を左手の籠手でガードするも僅かに後ろに下げられ、膝をついた。

 冷静になった一誠が構えを取り直す。

 それを見ていたライザーはヘェと喉を鳴らす。

 

「やるじゃないか。ミラは俺の眷属の中で一番弱いがそれでも悪魔に成りたてのお前が相手になるとは思えなかったんだが。ハハッ!これは思った以上に楽しめそうだ。それに、そうだな」

 

 なにかを決めたようにライザーはリアスに提案した。

 

「ちょうどいい、リアス。今から君に10日ほど時間をやる。それまでに自分の眷属を鍛えてみろ。ついでにそこの協力者2人もゲームに参加させてな。コカビエルと戦ったというなら少しは使えるんだろ?」

 

「なっ!どういうつもり、ライザー!?」

 

「時間に関しては俺は既にゲームを経験している先輩として未経験者の後輩にハンデを与えるべきだと思ったからだ。助っ人に関しては、まだ眷属を揃えてない君に数で優っていたから勝てたなどと他の上級悪魔に思われれば俺が笑い者にされるからだよ。これは非公式のレーティングゲームだし、それくらいは構わないだろ?」

 

 ライザーは目線でグレイフィアに確認を取る。

 

「あまり褒められたことではありませんが、双方(キング)の合意とゲストの方にその意思があれば例外的に認められます」

 

 どうしますかと問われてリアスは後ろにいる一樹と白音に目線を向ける。

 

「私はかまいません」

 

「あ~俺も、ですね。その、レーティングゲーム?に出場します」

 

 それは、リアスが思っていたのと別の答えだった。

 特に白音は自分が出場することも、一樹に出場させるのも断ると思っていたからだ。

 その上でリアスは悩む。

 自分の問題に眷属でもない2人を巻き込んでいいのか、と。

 

「リアス。レーティングゲームの先輩として言っておくが、感情に振り回されて勝てるモノじゃないぜ。ましてや劣勢の君が手段を選り好み出来ると思っているのならそれはただの思い上がりだ」

 

 わかっている。本当に勝ちたいならここは納得すべきだと。白音の戦力は自分たちの中で頭ひとつ飛び抜けているし、リアスの考えが正しければ一樹はフェニックスに対して切り札になりえる。

 しかし、彼女のプライドが2人の手を借りることを拒否している。

 そんな葛藤の中でリアス・グレモリーが選んだ回答は。

 

「2人を、今回の非公式のゲームに参加させるわ。一樹、白音。力を貸してちょうだい……」

 

 そう言ってリアスは頭を下げた。

 

「それでは確認を。ゲストを交えた、リアスお嬢さまとライザー様の非公式レーティングゲームを10日後に行います。いいですね?」

 

 リアスとライザーはお互いに同意する。

 ライザーは去り際にリアスの肩に手を置いた。

 

「君なら10日もあればこいつらの力を引き出せるだろう。俺は君に期待している。そして赤龍帝。あまり無様な戦いをしてくれるなよ?お前の戦いがリアスの評価にも繋がるんだからな」

 

 何も言い返せずにいる一誠を一瞥してライザーは部室を去って行った。

 

 

 

 

 




本作品でリアスの結婚が早まったのはコカビエルの襲来で焦った両親が娘を実家に戻す口実で結婚を早めました。
もし次になにかあって娘に死なれたらどうしよう的な。


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13話:特訓・前編

 人影が手にした獲物を振るって襲い掛かってくる。

 自分がなぜここに居るのか。なぜこの人影と対峙しているのか理解しないまま自分も手にしている槍を我武者羅に振るった。

 しかしひとたび振るわれた相手の槍は稲妻の如き速度で自身の身体に穴を空けていく。

 喉を貫かれて前のめりに倒れる。

 倒れた瞬間に人影が何かを言っていたように思えたが、それを聞き取ることは叶わなかった。

 

 

 

 息を切らしながらひたすら山を登る。

 既に大粒の汗が大量に噴き出して地面に落ちていた。

 背中にはあり得ない荷物を背負わせており、一樹は気で膂力を底上げしていなければ、一誠は悪魔でなければ歩くことさえ難しかっただろう。

 死にそうな顔で山を登る2人に対して同じ前衛組の祐斗、ゼノヴィア、白音は同じだけの荷物を背負いながらスイスイと山を登る。

 それが2人の矜持に罅を入れていく。

 祐斗に至っては、途中で山菜を採る余裕まであった。

 

「わかってたけどさ、俺らってダメダメじゃね?」

 

「言うんじゃねぇ。自覚してるだけに傷つくだろ……」

 

 オカルト研究部は現在、グレモリー家が所有しているという別荘に移動していた。もちろん、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームの特訓のためにだ。

 別荘に着いた頃には一誠と一樹は動く事さえままならずに床にへばりついていた。

 

 水を一杯飲んだ後、リアスにジャージに着替えるように言われてよろよろと動きながら着替えを取り出す。

 そこで木場が冗談めかして、

 

「覗かないでね?」

 

 と言ったのに一誠が殺すぞ!と叫んだ。

 

 前衛組は木刀を持って試合をしていた。

 組み合わせは一誠とゼノヴィア。祐斗と一樹で。

 白音は少し離れたところで禅を組んでいる。なんでも自然の気を集めているのだとか。

 

 

 ゼノヴィアは戦車(ルーク)になったことでさらに腕力が増したが逆に力加減が難しくなってしまい、一誠の身体を何度も吹き飛ばした。

 

「おわっと!?」

 

「やはり、急に腕力が増したことで調整が難しいな。下手をしたら木刀でも悪魔の身体を叩っ斬ってしまうかもしれん」

 

「怖いこと言うなよ!?」

 

 ゼノヴィアの剣を受け止めても体ごと吹き飛ばされてしまう。上手くいなそうにも一誠にそんな技術はない。ましてや攻撃を全部避けるなどできるはずもない。

 

「イッセー!剣だけを見るな!近接の戦闘はどれだけ相手の動きを予測できるかで決まる。体全体を見て敵の動きを予測しろ!相手が動いてから自分が動いても間に合わんぞ!」

 

「そんなこと言ったって!」

 

「遅い!」

 

「ぐわっ!?」

 

 胴払いを喰らって一誠は大きく吹き飛んだ。

 

 

 対して祐斗と一樹の模擬戦は一樹が力任せにに木刀を振り回して祐斗がそれを軽やかに躱し続けていた。

 

「ほら!野球のバットじゃないんだから、そんな大振りじゃ当たらないよ!」

 

「クソ!」

 

 躱されるだけでなく、祐斗の簡単なフェイントにいちいち引っかかって何度も木刀を手から叩き落とされた。

 

「まだまだ行くよ!」

 

「わかってる!」

 

 木刀を拾ってまた一樹は祐斗に向かって行った。

 

 

 

 その後、慣れない剣での訓練に疲れて一樹と一誠は休んでいた。

 一誠はゼノヴィアにやられた痣をアーシアに治癒してもらい、一樹はペットボトルのスポーツ飲料を飲んでいる。

 そして祐斗とゼノヴィアはお互いに木刀を打ち付け合っていた。

 

「やはり以前戦った時とは違うな!あの時にこの動きをされていたら負けていたかもしれん!」

 

「あの時は君の聖剣を壊すことばかり考えていたからね!今は堅実に戦わせてもらうよ!」

 

 ゼノヴィアの剣を避けるか勢いに乗る前に動きを止める祐斗。しかし、その剛腕から振るわれる剣は確実に祐斗の体力と精神を削っていく。

 だがお互いにその実力を認めているからこそ、剣を合わせることを楽しんでもいた。

 それを見ながら観客の2人は。

 

「なぁ、日ノ宮はゼノヴィアの剣、受け止められるか?」

 

「兵藤は祐斗の動きについてこれそうか?」

 

『……』

 

 互いの質問に互いに無言。それこそが2人の答えだった。

 

 

 

 

 

 剣での模擬戦を終えると別荘に戻って兵藤、アーシア、ゼノヴィアは朱乃から魔力の手解きを受け、一樹は白音からいつも通りに【気】の扱いについて習っていた。

 

 新人悪魔3人は魔力を集めて光の球体を作る訓練をしていた。

 最初にその課題を達成させたのはアーシアだった。

 

「で、出来ました!」

 

 神器による治癒の光同様淡い緑色の光球がアーシアの手の平の上にある。

 

「あらあら。やっぱりアーシアちゃんには魔力を扱う才能があるみたいですわね」

 

「むっ。私も出来たぞ。とりあえず、だが……」

 

 アーシアが綺麗に球体になっているのに対してゼノヴィアは若干トゲトゲした感じの光球だった。

 一誠も魔力自体はひねり出したものの、その大きさは米粒程度のもので、朱乃もあらあらと微妙な表情をしている。

 

 アーシアとゼノヴィアはそのまま次の段階。魔力を水や雷に変化させる訓練に移行していた。

 禅を組んでその光景を見ていた一樹はふと疑問をぶつけてみる。

 

「なぁ、白音。前から不思議だったんだが【気】と【魔力】ってどう違うんだ?」

 

「ん?急にどうしたの、いっくん」

 

「いや、見る感じさ、俺の【気】にしろ朱乃さんたちの【魔力】にしろなんか違うのかなって。俺が転移するときは魔力を使ってるらしいけど違いがいまいちわかんなくてさ……」

 

 首を傾げている一樹の言葉を聞いて一誠たちもそういえばと質問する。

 それに朱乃と白音はお互いを見合わせてから皆の質問に答え始める。

 

「まず言うと、【気】っていうのは生命力。もう少し詳しく言うと【気穴】って呼ばれる生命力を生み出す細胞から作られて様々な事象を起こすエネルギーなの」

 

「【魔力】は魂から作られ、そしてその大きさに応じて貯蔵されるエネルギーのことですわ。ただエネルギーの発生源は違くとも扱う際に使われる回路(パス)が共通ですから、熟練者でもない限り使い分けも難しいんです」

 

「え!?同じなんですか?」

 

「はい。ですから魔力と気を掛け合わせて大きな力を生み出す使い手もいますけど、これは高等技術に準じます。下手に使うと回路(パス)はもちろんのこと肉体も魂魄もボロボロになって最悪死に至りますわ」

 

「ですから大抵の人は片方かどちらかを完全に使い分けて使うのが基本です。ちなみに【気】は身体能力の向上や自己治癒能力の活性に優れていて【魔力】は火や水などの性質を変化させたり無機物を強化したりその他超常的な現象を起こすことに向いてます」

 

「ん?なら俺の炎って魔力のほうか?」

 

 一樹は指先から炎を出して聞くが白音は静かに首を横に振った。

 

「いっくんの炎は間違いなく気のほうだよ。回路(パス)が共通してるからか、本人の資質次第で気の性質を変化させられる人もいるって聞いたことがあるし」

 

「魔力で身体強化や治癒を行うのも基礎ですし。全体的にそういう傾向というだけでそこは人それぞれの向き不向きですわ」

 

「補足するけど、魔力は空になっても大事にはならないけど、気を限界以上に使ったら死ぬ可能性も高いです。実際、いっくんがコカビエルに放った一撃、あの後に姉さまに生命力を分け与えて貰わなかったら危なかった」

 

 白音の発言に一樹は顔を引きつらせる。

 

「マジかよ……」

 

「覚え、あるでしょう?あの時はホントに危なかったんだから。もっとも限界以上に気を放出するなんてそうそう出来ないはずなんだけど……」

 

 確かにあの時黒歌に触れられた瞬間、虚脱感が大分薄らいだがまさか命の危機だったとは。いや、確かにこれマズイなぁとは思ったが。

 

「さ。講義はここまでにして続きを始めますわよ」

 

 手を叩いた朱乃にそれぞれ自分の訓練を再開した。

 

 

 

 

 

 

「どりゃあああああああああ!!」

 

「遅いです」

 

 大きく振りかぶって振るわれた拳は無情にも空を切り、白音の肘打ちが一誠の鳩尾に直撃する。

 

「おぶぅっ!?」

 

「接近戦で動きを止めないでください。死にたいんですか?」

 

「ちょっ!?まっ!?」

 

 よろめく一誠に白音は容赦なく一本背負いを極めて地面に転がした後、その顔を目掛けて踵を落とそうとしたが、寸でで止める。

 鼻に当たるか当たらないかで止められた踵を除けて一誠を見下ろす白音。

 

「動きが大振りすぎます。そもそも基礎が出来てません。拳の振るい方、狙い方。足の動きにフェイントその他諸々。動体視力と反射神経は悪くないですが、悪魔に成りたてにしては、です」

 

 グサグサと突き刺さる正論に一誠は顔をしかめた。

 

「見ての通り私は体が小柄で力もさして優れていません。だから純粋な膂力なら兵藤先輩の方が上です。スピードはともかくですけど。それなのにこちらの攻撃が当たって、自分の攻撃が躱されるのはどうしてだと思います?」

 

「俺の動きが単純で読みやすいからです、はい……」

 

「そうですね。動作がいちいち大きくて相手から目を逸らさない胆力と少しの経験があれば格下でもまず勝てないと思います。さっきも言いましたが、そもそも基礎が出来てませんし。まずはそこから直しましょう」

 

 そこから立たされて、一誠は拳の握り方から振るい方、体重の乗せ方に腰の動きなどの基礎をひたすら叩き込まれた。

 

 ちなみにその間、一樹はひたすら筋トレを行っていた。

 

 

 

 

 

「美味ぇえええっ!?マジ美味ぇええええっ!?」

 

「もうちょい静かに食べろよ……」

 

「でも本当に美味しいね」

 

「うん、美味しいな」

 

 夕食時、出された料理は豪華なモノだった。

 朱乃の手によって作られた料理は今日1日過酷な訓練を終えた前衛組の胃を満足させるに足る量と質だった。

 

 祐斗が採ってきた山菜やリアスが釣った魚や仕留めた猪を使った料理。

 

「あらあら。おかわりもありますからたくさん食べてくださいね」

 

 空になった一誠の茶碗にご飯を盛る朱乃。

 一誠に限らず皆が箸を止めずにご飯を食べていた。

 白音も静かにだがすごい勢いで箸を進めているが慣れない大所帯なためか普段より抑え目だった。

 

「朱乃さん最高ッス!嫁に欲しいくらいです」

 

「うふふ。困っちゃいますね」

 

 頬に手を当てて嬉しそうにしている朱乃。それは嫁に欲しいと異性に言われたことが嬉しかったのか一誠だからなのかは計り知れなかった。

 

 そんな中で一誠の横で少しそわそわしているアーシアが居り、察した一樹が助け舟を出した。

 

「おい兵藤。このスープ、アーシアが作ったやつ、美味いぞ。飲んでみろよ」

 

「はぅっ!?」

 

「ん?このオニオンスープ、アーシアが作ったのか?」

 

「は、はい!!頑張って作りました」

 

 いきなり話題を振られてアーシアが驚いて体をビクッとさせる。そんなアーシアの様子に気付いた風もなく一誠は手元にあったスープを飲んだ。

 

「ど、どうですか?」

 

「うん!美味い!なんか、アーシアらしい優しい味がするぜ!」

 

 美味い美味いと言ってスープを飲む一誠にアーシアは顔を真っ赤にさせてこれで私も一誠さんのお嫁さんに、などと呟いていたが本人には聞き取れなかったらしい。それが良かったのか悪かったのか。

 

「いっくん。ごはんのおかわり、いる?」

 

「おう。もらうわ」

 

 白音に茶碗にご飯をよそってもらい、受け取る。その互いに気負いのない自然な流れに周りが少しだけ羨ましそうに見ていた。

 

 その後、ある程度皿の空になったのを見計らってリアスが今日の訓練について訊いてきた。

 

「それで、今日の訓練はどうだった?」

 

「眷属の中で俺が一番弱かったです……日ノ宮とは同じくらいです」

 

 最後に一誠と一樹が素手で模擬戦を行ったが結果は引き分けというより周りが止めた。

 理由として2人とも意地を張って降参しないからだ。

 一誠は人間であり後から入ってきた一樹に負けまいとしていたし、一樹は一樹でせめて一誠には白星をあげたいと意地になったいた。

 それでお互いどんどん容赦がなくなり、模擬戦の枠を越えた行為に及んだため、見ていた祐斗が止めたのだ。

 

「そうね。この中でイッセー、アーシア、一樹は圧倒的に戦闘経験が足りないわ。でも、3人ともそれぞれ無視できない長所があるのも事実。イッセーの赤龍帝の籠手によって強化されたパワーは強力だし。アーシアの聖母の微笑みでの癒しは私たちを何度でも立ち上がらせることができる。それに一樹の炎は悪魔にとって間違いなく天敵よ。それらを鍛えれば必ずライザーとのゲームで勝利への活路になるはず」

 

 説明するリアスに一樹は不思議に思って手を上げた。

 

「あの、部長……俺の炎が悪魔にとって天敵って……?」

 

「一樹の炎はただの炎じゃないの。その炎には悪魔にとって毒でもある聖なる力を宿している。ゼノヴィアのデュランダル程ではないにしろ、悪魔にとって有効であることには変わりないわ」

 

「へぇ……」

 

「とにかく、イッセーと一樹には最低でも敵から逃げる術と正面から戦う術両方を学んでもらう。時間がないからかなり駆け足になるし、きついと思うけど覚悟しておいてね」

 

「はい……」

 

「ウっす」

 

 そこで話を切り、皆を見渡すと笑みを作った。

 

「さ、食事を終えて食器を片付けたらお風呂に入りましょうか。ここは温泉だから気持ちいいのよ」

 

 リアスの言葉に衝撃を受ける男子がひとり。言わずもがな、兵藤一誠である。もうこれでもかというほど鼻の下を伸ばしてだらしない表情をしている。さっきまでの思いつめた表情はなんだったのか。

 

「僕は覗かないよ」

 

「犯罪行為は独りでやれな」

 

「バッ!おまえら!っていうか日ノ宮!テメェマジで俺に棘がありすぎんぞ!!」

 

 突っかかる一誠をやり過ごしながら一樹は皿を片付け始めた。

 しかし次にリアスから衝撃の提案が出される。

 

「あら一誠。私たちと温泉に入りたいの?私はかまわないわよ」

 

「…………え?」

 

 リアスの言葉に一誠は目玉が飛び出すのではないかと言うほど大きく瞼を開けた。

 

「朱乃はどうかしら?」

 

「私もイッセーくんならかまいませんわ。殿方の背中、流してみたいかもしれません」

 

「ゼノヴィアは?」

 

「む、そうだな。この国では裸の付き合いというのもあるらしいし、郷に入っては郷に従えだ。こうして親睦を深めるのも悪くない」

 

「アーシアは?イッセーなら問題ないわよね?」

 

 アーシアは耳まで真っ赤にしながらも小さく首を縦に動かす。

 一誠の期待が高まる中、最後に問われた白音の答えは。

 

「絶っ対にいやです」

 

 僅かに眉を寄せて拒否の答えを出した。

 リーチがかかったところでまさかの転落に一誠は床に突っ伏した。

 そんな一誠をリアスと朱乃はクスクスと笑う。

 

「はい。それじゃあこの話は無しね。それじゃあ、いきましょう」

 

 おそらくリアスはこうなることがわかっていたのだろう。要は一誠はからかわれたのだ。

 しかし負けじとせめて覗きくらいは思う一誠に白音が釘を刺す。

 

「たしか、ミルたんさんでしたっけ?先輩の契約相手のひとり……」

 

 突然思い出したかのように虚空を見つめて白音が呟く。

 

 ミルたん。それは一誠の悪魔稼業での契約相手の1人で巌のような筋肉に巨漢でなぜか魔法少女になることを夢見る一度会えば忘れることのできない強烈な個性を持つ(クリーチャー)である。

 以前白音は悪魔稼業を手伝った際に会って、いきなり奇声を上げられた後に数々の魔法少女のコスプレをさせられたあげく、そのアニメ鑑賞をするという拷問のような時間を味わった。

 

「私、最近姉さまに幻術を習っていまして。もし覗いたら合宿中、ずっと自分以外がミルたんさんに見えるように術を行使します。それでも良ければどうぞ……」

 

「なん……だと……」

 

 白音の言葉に一誠は死刑宣告を受けた罪人のような絶望感を漂わせる顔になった。

 オカルト研究部の仲間は贔屓目無しに見ても美人揃いだ。種類は違えど彼女らを町で見かければ間違いなく誰もが視線を向けるだろう。

 兵藤一誠にとって彼女たちの存在は癒しであり、どんな苦行や苦境もその姿を見れば心と体に活を入れられる。そんな存在だ。

 それが、筋骨隆々の漢に見える呪い(げんじゅつ)に掛けられる。それは想像しただけでこの世のあらゆる地獄に勝る阿鼻叫喚の景色ではないだろうか。

 

「絶っっっっ対に、覗きません!ですからそれだけはご勘弁をっ!!!!?」

 

 床に頭をこすりつけて震え。涙を流しながら懇願した。白音はそんな一誠を一瞥すると興味を失ったように用意された女子用の部屋に入って行った。

 

「一樹くん、僕と裸の付き合いをしよう。背中、流すよ」

 

「その言い方止めろ。なんか最近、やたらスキンシップ取りたがらないか、お前……?」

 

 祐斗の発言に若干の恐怖を覚えながら一樹も風呂の準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔であるグレモリー眷属は夜こそ本番とばかりに夜中にも訓練をしていたが人間である一樹は流石に身体がもたないため、日付が変わる少し前に床に入った。

 しかし皆が訓練をしている時に自分だけ休むことへの後ろめたさと焦りで中々寝付けず、1杯だけ水をもらおうと部屋を出た。

 

「む?」

 

「あ……」

 

 そこには外から戻ってきたゼノヴィアだった。

 

「どうした?もう眠ってしまったかと思ったが」

 

 時計を見れば既に2時を回っている。とっくに寝ている時間だった。

 

「いや、ちょっと寝付けなくて飲み物でもってな。そっちは?」

 

「私も同じようなものだ。一誠の相手は木場がしているし、ひとりでは素振りくらいしかすることもないからな。一息入れに来た」

 

「そっか……」

 

 冷蔵庫を見るとそこには大きな容器に麦茶が入っていた。

 

「麦茶あるけど飲むか?」

 

「あぁ、もらおう」

 

「了~解」

 

 一樹はコップをふたつ取り出して麦茶を注いで片方をゼノヴィアに手渡し、相手も礼を言って受け取った。

 

 お互いが無言のままコップの中の液体が空になっていく。

 元々お互い進んで話をするほど仲が良いわけでもないし、話すことはなかった。

 そう思っていたら、ゼノヴィアのほうから口を開く。

 

「すまなかったな……」

 

「は?」

 

「覚えているだろう?以前、私が君と白音にとても酷いことを言ってしまったのを……」

 

「何の話してんだ?」

 

「……初めて会った時に言っただろう。白音のことを、そんな不浄な存在に関わらない方がいい、と……」

 

「?」

 

 そんなこと言われたかと首を傾げていると記憶がある時のことを思い出す。

 それは以前坂道で道を聞かれてすれ違い様に言われた―――――。

 

「あー!お前あんときの!?」

 

「今頃気付いたのか!?」

 

 今の今まであの時すれ違った少女が目の前のゼノヴィアだとは思っていなかったというより、あの後一晩経ってそれでその時のことなど綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていたのだ。

 

「いちいちそんな細かいこと覚えねぇよ……」

 

 バツが悪そうに顔をしかめてゼノヴィアから視線を逸らし、宙を見つめる。

 

「てっきり、こちらに関わってこないのはあの時のことを怒っているからだと思っていたが……」

 

「いや、俺は基本的に自分から話しかけるタイプじゃないし。それに、ゼノヴィアとアーシアが2人で話していることが多いから男ひとりだと会話に入りづらいだろ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 微妙な空気が流れる中、突如ゼノヴィアが噴き出した。

 

「どうした?」

 

「いや、なに。君と話すとき、少しばかり気を張っていた自分がバカらしくなってね。そうか、こんな簡単な誤解をしていたのかと」

 

 一泊置いてゼノヴィアが口を開いた。

 

「私は、今まで決まった人と決まった会話をするのが当たり前に育ってきた。だから今の生活が新鮮で驚きの連続なんだ。日々が目まぐるしくて楽しいと思う」

 

「そりゃよかったな」

 

「うん。だから、君ともこれからはちゃんと関わっていきたい。だから以前の私の失言を許してくれるか?」

 

 差し出された手を見て一樹は苦笑する。

 

「許すも何も、俺は忘れてたんだぞ?でも白音には……」

 

「彼女には、先程入浴時に謝罪した。気にしていないと言われたがね」

 

「なら俺から言うことは何もねぇよ。これからもよろしく」

 

 そう言って握手した。

 

 それにゼノヴィアはどこかホッとした表情を浮かべていた。

 そのあと使ったコップを片付けてまた床に入る。

 もうぐっすりと眠れそうだった。

 

 

 




本作品の独自設定で魔力は魂から作られる力。妖力も名前が違うだけで同じエネルギー。

気は生命力を変換した力。

エネルギーに変換する装置は共通なため、似たような事象を起こせる。

気は尽きれば例外を除いて死ぬ。

魔力は尽きても眩暈や意識の混濁はあっても直接死ぬ可能性は低い。


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14話:特訓・中編

 槍が襲い来る。

 何度見たそれを未だまともに躱す事も出来ない。

 そもそも力量に差がありすぎて相手の思惑通りに動かされ続けている。

 

「っの!?」

 

 こちらが槍を振るっても、容易くあしらわれてしまう。

 そしてまた相手が突いた槍が喉を貫通する。

 今日も進歩がないまま俺は夢で殺された。

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!」

 

「意気込みは買うがな!」

 

 合宿四日目。今日も今日とて木刀を振るっていた。

 今日の一樹の相手はゼノヴィアで、木刀を振るっている。

 戦車であるゼノヴィアに力で勝てるわけもなく、幾度となく体を弾き飛ばされるが、逆に受け身の訓練になって下手に打ち付けることは無くなった。

 

 鍔迫り合いになれば確実に負けるため、真正面からは戦わずに祐斗を真似て足を使い手数を増やしてどうにか拮抗しようとするも、動きを読まれて結局無駄に終わった。

 

「どぅ!?」

 

 今日何度目かわからない転倒にめげずに立ち上がると待ったをかけた。

 

「どうした、降参か?」

 

「いや、得物を替えたいんだだけど、いいか?」

 

 一樹は木刀を置いて、掛けてある棍に持ち替える。

 棍を何度か突きや払いの動作を繰り返していく。

 

「うしっ!なんとか扱えそうだな……続き、頼むわ!」

 

 棍を手に構えを取る。その姿にゼノヴィアが驚く。

 棍を構えるその姿は木刀を握っていた時より様になっていた。もちろん素人にしては、だが。

 

「っ!」

 

 一呼吸で放たれた突きをゼノヴィアは僅かに動いて避ける。

 棍を横に動かして払いに入り追撃するが、それを軽く弾いた。

 バランスを挫いたところに胴を狙い、木刀を振るう。

 

「だぁっ!!」

 

 振り下ろす形で一樹は木刀を受け止め、刀身を逸らすように動かすが―――――。

 

「甘い!」

 

 タイミングが合わず、そのまま体ごとゼノヴィアに弾き飛ばされた。

 

「ちっ。もう少しだったのにな」

 

「だが、動きは悪くなかったぞ。君は、剣より長物の方が向いているようだ。今度からはそちらを使って特訓したらどうだ?」

 

「だな。ゼノヴィアと裕斗が剣を使うし、白音と兵藤は素手が基本だしな。ゲームで1人くらい別の武器を使った方がいいかもな」

 

 棍を振るいながら一樹は頷く。

 

(でもできれば槍があるといいな。まぁ、そんなの持ってねぇんだけど)

 

 無い物強請りをしても仕方ないと棍で動きを確認する。

 

「もうちょっとコレ慣らしてぇ。付き合ってくれるか」

 

「ふふ。かまわないぞ。さぁ来い!今日中にそれを実践で使えるようにするぞ!」

 

「そりゃまた難易度が高い要求なことだ!!」

 

 2人はお互いの得物を打ち付け合った。

 

 

 

 

「うおぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

「気迫は認めますが、行動が丸分かりです」

 

「げふっ!?」

 

 突進する一誠に白音が飛び蹴りを容赦なく顔面にお見舞いした。

 

 戦闘の基本が徒手空拳ということもあって、一誠の主な相手は白音が担当していた。

 主に一誠が殴られ蹴られ投げられを繰り返し、偶に防御が成功するくらいだ。

 

 そんな2人の模擬戦を見ながら祐斗は聖魔剣で素振りをしている。

 

 禁手(バランスブレイク)はその維持に膨大な力を有する。裕斗の課題は少しでも長く自身の新しい力である双覇の聖魔剣を使いこなすことだった。そしてそれを長く維持すること。

 

 しかし、強力である聖魔剣を受け止める相手はゼノヴィアとデュランダルのコンビしか居らず、しかも危険が高いことから聖魔剣を使っての模擬戦はリアスから禁止されていた。

 

 祐斗は師から教わった剣の型をひたすらに繰り返す。

 基礎があるからこそ技は冴え、基礎のない技はハリボテでしかない。

 自分の一挙一動を確かめるように剣を振るう。

 基礎をくり返しながら自分の禁手の維持を務める。

 そんな中で少し離れたところで模擬戦をしている一樹とゼノヴィアを見ていた。

 

「へぇ。すごいね」

 

 一樹は手加減しているとはいえゼノヴィアの動きに合わせて受け流している。

 それはここ数日である程度、ゼノヴィアの動きを体に覚えこませたからか、それとも得物の違いか。

 後で自分も相手してもらおうと祐斗は決めた。

 

 

 

 

 

 

 合宿の時間も半分を越えて、今日も白音は夜中に皆から離れてとある技の練習をしていた。

 

「また、ダメだった……」

 

 今練習している技は、姉である黒歌と考えて白音がここ5年程かけて習得しようとしている技だ。

 理論自体はさほど難しくないものの、未だに形にならずにいる。

 

「もう少し、もう少しなのに……」

 

 コカビエル戦から白音は自分の力不足を痛感していた。

 このままではいけないと訓練にはこれまで以上に力を入れてきた。

 そしてこの合宿の話は正直白音にとって願ったり叶ったりだった。

 いくら訓練の質を上げようと普段の生活に縛られている白音はどうしても訓練に割ける時間は限られている。しかも一樹の訓練の面倒まで見なければいけなくなり、結果としてさらに時間が削られてしまっていた。

 だから、この合宿期間中にこの技だけは完成させると決めている。

 だが、上手くいかない。

 あと一歩のところで完成に至らないのだ。

 

「少し、休んでさっぱりしよう……」

 

 煮詰まっている現状を認めて白音は別荘に戻り、温泉に入ろうと風呂場の脱衣所を潜る。

 

「あ、白音さん……」

 

「……どうも」

 

 そこには先客のアーシアがいた。

 特に話すこともなく、服を脱ぎ始める白音。

 2人とも会話をせずに温泉に浸かる。

 アーシアは何か話そうとしているが話題がなく少し離れた位置から白音をチラチラ見ている。

 白音は温泉の水面に映る自分の顔を見ながら何かを考えこんでいた。

 

「温泉、気持ちいいですね……」

 

「そうですね」

 

 それで話すことが無くなり2人はまた無言になる。

 一樹と違って白音はオカルト研究部に積極的に関わってこない。

 悪魔の仕事は手伝うが、会話に混ざることは滅多になく、訊かれたことも最低限回答するだけで話を切ってしまう。

 オカルト研究部の輪に入るか入らないかの位置が彼女の立ち位置だった。

 それは以前言っていた白音の悪魔嫌いが理由だろう。

 籍を置く以上はやるべきことはやる。しかしそれ以上は干渉しない。

 白音のそんな在り方に疑問を抱いてアーシアは問いかけようとした

 

『あの……』

 

 同時に口を開いてお互いに眼を見開く。

 一瞬、どうしたものかと思ったが、アーシアは珍しく自分から質問する。

 

「白音さんはどうして今回のゲームに参加したんですか?」

 

 ずっと疑問だった。

 悪魔が嫌いと言っている彼女がなぜ今回のゲームに参加するのか。

 別にオカルト研究部との友情が芽生えた様子もないし、強制参加でもない。自分の意思で参加する理由が薄いようにアーシアは、というより、オカルト研究部全員の疑問だ。

 白音は俯いたまま、小さく話した。

 

「理由は2つあります。まずは純粋な腕試しです。今の私が上級悪魔にどれだけ通用するか試してみたかったので」

 

 二本立てた指を1つ折る。

 白音自身、悪魔と相対することはあっても基本はぐれの下級悪魔。上級相手にすることはなく、自分の物差しが欲しかったのだ。

 

「あと、あのフェニックス家の人の私たちが部長に飼われてるって発言が許せなかったので……」

 

 白音の顔を覗き見るとそこには口元は吊り上がっているのにその目は全く笑っていなかった。氷のような笑みとはこういうのを言うのか。

 

「飼う?私や、ましてやいっくんを?悪魔風情(・・・・)が調子に乗って……っ!?許さない……!絶対にあの悪魔をヤツザキニシテ――――――ッ!!!」

 

「し、白音さん!」

 

「……!!」

 

 アーシアに名前を白音はバツが悪そうに再び、湯に視線を落とし、バシャバシャと顔を洗う。

 重たい沈黙が流れる中でさらに一歩踏み込む。

 

「どうして……白音さんは悪魔が嫌いなんですか?」

 

 訊いていいのかわからなかったが頭の中でストップがかかる前にそれを口にしていた。

 しかし、知りたいと思った。頑ななまでに仲間(私たち)にも心を閉ざすこの小さな少女の。

 例え、それがただのお節介でも。

 

「グレモリー部長や支取会長は例外なんですよ」

 

「え……?」

 

「大多数の悪魔は他種族の存在を見下しています。彼らは特に人間は自分たちに奉仕するのが当然だと考える悪魔は少なくありません」

 

 特に純血の上流階級に属する悪魔はそれが顕著だ。あのライザー・フェニックスですらまだマシとも言えるほど。

 ぽつりぽつりと話すその姿がアーシアには懺悔のように見えた。

 

「どこにでも在る当たり前の家族がいたんです……。当たり前の幸せ。特別なんてない日常。ずっと続くはずだった平穏。でも、彼らは自らの欲望のためにそれをさも当然のように壊しに来る。自分たちの欲望のために……」

 

 ――――――だから、今度こそ守らないと。

 

 それを口にせずに目を閉じて自らの存在意義を再確認した。

 

「白音、さん……」

 

 そのすべてを聞かずとも、白音が過去に悪魔から深い心の傷を受けたのを感じた。それでも、オカルト研究部にいるのは、日ノ宮一樹という少年の為だと察した。

 もちろん細かい事情はわからないが。

 

「私からもひとつ、いいですか?」

 

「えっと……こちらも答えてもらいましたし、私に答えられることなら何でも訊いてください!」

 

「どうして、アルジェント先輩は悪魔に成ったんですか?」

 

 アーシアが自分から悪魔に転生するとは白音には思えなかった。

 今でも頭痛覚悟でお祈りをしている姿は日常的に眼にするほど敬愛な信仰者である彼女が悪魔の長寿を望む性格には見えない。

 どうしてアーシアが悪魔に成ったのか、白音には分からなかった。

 

「あぁ、そのことですか。実は―――――」

 

 アーシアはそれからひとつひとつ思い出すように答えてくれた。

 

 物心ついたころから親は居らず、教会の管理下にある施設で育ったこと。

 ある日、神器の力(聖母の微笑み)に目覚めてからは人々を癒す聖女として祭り上げられたこと。

 次第に仲の良かった人々からも聖女として見られ始め、対等に話せる相手が居なくなったこと。

 ある日、傷を負った悪魔を治療したことで聖女から一転して魔女として教会から追い出されたこと。

 身の置き場の無くなったアーシアは堕天使のところへ身を寄せることになったこと。

 そんな中で兵藤一誠と出会い、彼と友達になるも、アーシアが身を寄せていた堕天使の目的はアーシアの神器であり、それを引き抜かれて死亡したこと。

 そして最終的にリアスによって蘇生させられてリアス・グレモリーの眷属になった。

 懐かしむように。しかしどこか痛むモノを抑えるように話すアーシア。

 

「アルジェント先輩は、自分が知らない間に悪魔に転生させられたことを恨んでないんですか?」

 

 バカな質問だと白音自身思う。

 もしそうなら彼女はとっくにはぐれになっているか、悪魔に成ったことを儚んで自殺でもしているだろう。

 それでも聞いてみたかった。

 なぜ彼女が悪魔である自分を受け入れられたのかを。

 

「正直に言えば、最初は戸惑いました。習慣のお祈りをすれば頭がすごく痛くなりますし、聖書も同様で。悪魔に成ったばかりの頃は日中に動くのも辛かったですし……」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

「嬉しかったんです。ここでは私を誰も聖女として接する人はいません。イッセーさんや桐生さんみたいな友達も出来ました。私がずっと欲しかったモノがあって。私はいま、心から笑えてるんです」

 

 人間であった頃に手に入らなかった幸福をアーシア・アルジェントは確かに今手にしているのだ。

 だから後悔はない。むしろ感謝していると彼女は言う。

 

「その中には白音さんや一樹さんも入ってるんですよ」

 

「え?」

 

「お二人にはいつも良くしてもらってますし、私はお二人が大好きですよ」

 

 飾らないその単純な言葉に白音は頬を染めてアーシアから目を逸らす。

 

「私は悪魔ですけど、白音さんとも仲良くしたいです」

 

 あぁ、ずるいなぁと思った。

 アーシアの言葉には何の裏もない。

 彼女は自身の心のままに発言しているのだ。

 疑うのがバカらしくなるくらい真っ直ぐに。

 

「……先に、上がります。おやすみなさい、アーシア(・・・・)先輩」

 

「え?」

 

 名前を呼ばれてアーシアは驚いた。

 白音は基本としてオカルト研究部の人間を一樹を除いて苗字+先輩としか呼ばない。それが今確かに名前で呼ばれたのだ。

 少しだけ。本当に僅かな一歩かもしれないが、確かにそのその距離は縮まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、兵藤一誠は独り、思い悩んでいた。

 この合宿で自分だけ成長している気がしない。

 元々積み上げた下地が違う他の仲間たちはもちろんのこと、自分より後にやってきた一樹も少しずつ成果が出てきている。今日見た棍を使う一樹を見た時の衝撃は大きかった。

 その事実が一誠を大きく焦らせていた。

 精々出来るようになったのは魔力を使っての野菜の皮むきくらい。

 このままじゃ自分だけ置いてきぼりじゃないかとひたすらに訓練に没頭したが不安は拭えない。むしろ、やればやるほど無駄なんじゃないかとすら思えてくる。

 

「なあ、ドライグ……」

 

『どうした、相棒?』

 

「俺、あのライザーに勝てると思うか?」

 

『無理だな』

 

「即答!?」

 

 一誠が自分の左腕に宿る【赤龍帝の籠手(ドライグ)】に話しかけ、自分の疑問をぶつけるがそれは聞きたくない返答で返される。

 

『そもそも相棒は悪魔に成ってまだ半年も経ってない新人だろう?それが、上級悪魔相手に勝てると本気で思ってるのか?』

 

「ぐぅ!?」

 

 まさにぐうの音も出ない正論に一誠は呻いた。

 

『まぁ、手がないわけじゃないがな……』

 

「ホントか!?」

 

『……相棒は、コカビエルを倒した白いのを覚えているか?』

 

「そりゃあ、まぁ……」

 

 自分たちが手も足も出なかったコカビエルを圧倒した白い鎧。

 結果的に取り逃がしたものの、あの姿は一誠の頭にこびりついている。自分にもあんな力があればと。

 そうすれば、ライザーからリアスを守れるのに。

 

『あれは、【白龍皇の光翼(アルビオン)】の禁手だ。既に奴はその領域に至っていた。そして対と成す俺にも当然禁手は存在する。あの木場とかいう小僧の聖魔剣のようにな』

 

「ま、まさか!?今の俺でもお前の禁手が使えるのか!?」

 

 期待を込めて自分の左手に問いかける。

 しかしドライグの答えは無情だった。

 

『まさか。そんなわけがないだろう』

 

 ベッドから落ちて顔を打った。

 

「なんだよ!?ぬか喜びさせやがって……!!」

 

『相棒はまだ禁手に至れるほどのレベルに到達していない。だが例外は存在する』

 

「例外?なんだよ、それ?」

 

『自分の身体の一部を捧げることで一時的に禁手に至らせることはできる。まぁ、お勧めはせんがな』

 

「もっとわかりやすく言ってくれよ」

 

『つまり、肉体の一部を腕やら足やらを龍に変質させる代わりに禁手という力を得る手段だ。これを行えば短い時間なら禁手の力を使うことも可能だ。あの不死鳥の小僧に勝てるかは相棒次第だがな』

 

 

 体の一部を龍に変質させる。それがどういうことかはわからない。しかしそれでリアスを望まぬ結婚から救えるのなら―――――。

 そこまで考えた時に、ドライグからストップがかかる。

 

『だが止めておけ。それは結果的に自分の首を絞める行為だぞ』

 

「なんだよ、それ……」

 

『既に白いのは禁手に至り、古の堕天使をも凌駕する力を手にしている。()(アイツ)は常に戦う運命にある。あの不死鳥程度で疑似的な禁手に頼っているようでは今代の白いのに勝つことなどあり得まい。俺は次の宿主に期待すればいいが、相棒は死んだらそれまでだろう?』

 

 ドライグなりに一誠を気遣っているのだろう。その上であえて厳しい現実を突きつけている。

 

『幸い、今回は相棒独りで戦うわけじゃない。仲間に頼るという選択肢もある。無理に自分の肉体を犠牲にすることもない』

 

「……うん」

 

 それでも、きっとそれしかないと思ったらきっと自分はこの体を捧げてでも禁手の力に頼ってしまう。そんな気がした。

 

 結局、どうしたらいいのか答えが出ないまま、一誠は一睡もできなかった。

 

 

 

 

 



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15話:特訓・後編

 遊ばれている。

 今日も何処とも知れない場所で槍を持ってシルエットしか見えない誰かと相対していた。

 これまでは、相手が槍を動かした瞬間に既にこちらの体を貫いていることが大半だったのに、今は劣勢であることに変わりないものの曲がりなりにも戦いになっている。

 これは自分の実力が飛躍的に伸びたなどという話ではもちろんなく、相手が手加減しているためだ。

 もしくは目の前の相手がようやく匙加減を覚えたか。

 何にせよ、まだ目の前の誰かは先が見えないほど実力に差があるということだ。

 

「もらいっ!!」

 

 相手の動きが一瞬だけ止まり、突きを繰り出す。

 それが罠とも疑わずにいた間抜けな自分を殴り飛ばしたくなった。

 気がつけば相手の槍が心の臓を貫いていた。

 

 血を吐いた自分が最後に分かったのは呆れるようにタメ息を吐く誰かだった。

 

 

 

 

 

「なぁ……あれってどういうことだ?」

 

「俺が知るかよ……」

 

 一誠は腕立て伏せをしながら。

 一樹は棍を振りながら少し離れたところに居る白音とアーシアを見ていた。

 

「白音ちゃん(・・・)、スポーツドリンクどうですか?」

 

「……いただきます、アーシア(・・・・)先輩」

 

 なんというか、仲が良いのだ。

 いつもは白音が距離を取っているのに今日に限ってやたら距離が近い。

 それもお互いの呼び名が以前より親し気になっている。

 

「アーシアはこう、疑うのも馬鹿馬鹿しくなるくらい無防備だから白音も警戒を解いたんじゃないか?なんにせよ、良いことだろ?」

 

 これを足掛かりに周りとも距離が縮まるといいなぁと思いながら一樹は棍を握る手に力を籠める。

 まだまだ棍を扱う動作はぎこちなく、自分の手足のようにとはいかない。

 それでも確実に一歩一歩進むために直向きに棍を振るった。

 目標の時間まで棍を振り終わったら少し休憩を挟んで白音と体術の訓練。

 叩き込まなければならないことが沢山あり、時間がいくら有っても足りない。

 しかしひとつのことに打ち込む清涼感を感じているのも事実だった。

 要約すれば楽しい。この一言に尽きる。

 その楽しさに流されるまま一樹は棍を振るい続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!!」

 

「なめんな!」

 

 一樹と一誠が組手を行っていた。

 

 突進力や打撃力は一誠が優っているが、動体視力や肉体の使い方は一樹が優っており、無手の組手ならお互いの力はほぼ互角だった。

 

「今日は勝つ!」

 

「させっか!」

 

 片方が拳を打ち込めばもう片方がやり返す。

 まだ拙いながら互いの対抗意識が無意識の内に戦う技術を磨いていった。

 同程度の実力者がいるというのはそれだけ貴重なのだ。

 そんなふたりを観ながら他の前衛組は嬉しそうにしている。

 

「2人ともぐんぐん腕を上げてくね」

 

「やはり実力が近い者が近くに居るのはよい刺激になるのだろうな」

 

「そろそろ、決着が着きます」

 

 一誠が一樹の顔面に拳を放つがそれをそれを体ごと回転させて逸らすと同時に肘を胸に叩き込んだ。

 その一撃で膝を付き、一誠の敗北が決まった。

 

「クソっ!また勝てなかった!」

 

「なんとか勝ち越したな……」

 

 悔しげに地面を見下ろす一誠に対して一樹は安堵の息を吐く。

 合宿中のふたりの組手の勝率は一樹が一勝多かったが、今回で二勝になった。

 

 組手が終わったら見ていた3人から問題点を指摘される流れになる。

 

「今回は一樹の読み勝ちだな。途中からイッセーの動きをある程度操作してただろう?」

 

「逆にイッセーくんは焦りすぎだね。体力や純粋な身体能力なら上なんだから一樹くんの疲労を狙えば勝てる可能性はあったよ」

 

「でもいっくんは読みに頼りすぎ。もし読み間違えたらそこで終わってた」

 

 話を聞きながらふたりはあれこれと質問する。今の2人は強くなることに貪欲だった。

 

「少し休憩をしよう。一樹くん、この後に僕と打ち合おう。だいぶ棍の扱いにも慣れたみたいだしね」

 

「あぁ。今日こそお前に一本取る!」

 

「ふふ。楽しみだね」

 

「今日はそんな余裕無くしてやるからな!」

 

 何気なく交わされる会話。しかし、その会話を聞いて、一誠は言い様のない焦燥感を覚えた。

 日ノ宮一樹にとって既に木場祐斗は決して手の届かない相手ではなくなっているのだ。

 それが一誠にはどうしようもなく悔しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中に白音はようやく完成したそれを見た。

 

「やっと、完成した……」

 

 コカビエルの時はまだ未完成だった猫上白音の切り札。

 まだ問題点は残されているもののようやく完成にこじつけたのだ。

 試行錯誤を繰り返して5年。ようやく完成した嬉しさに白音は珍しく心の底からの微笑んでいた。

 

「でも、まだ足りない……」

 

 完成したそれを見つめながら呟く。

 発動には足を止めなければならない。

 両手がふさがる。

 最低でも10秒はかかる。それも完全な無防備で。

 しかも維持できるのは30秒だけ。

 まだ詰めなければならない部分も多いが、時間をかけて必ず極める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はね、グレモリーなのよ……」

 

 リアスは自嘲して自分をそう評したが、一誠にはその言葉の真意が解らず、口を詰むんだ。

 リアスもそれを理解して噛み砕いて説明する。

 

「悪魔の中に居ると……いいえ。裏の世界にいる限り誰もが私をリアス個人ではなく、グレモリーのリアスとして見る。それは当たり前の事だし、それが嫌という訳じゃないの。私はグレモリーの家に生まれたことを誇りに思ってる。でも時々、それが煩わしく、重いと思えることがあるのよ」

 

 そう語るリアスの姿はとても小さく年相応の少女に見えた。

 兵藤一誠にとってリアス・グレモリーは常に自信があり、自分では及びもつかない力と優しさに威厳を持ったまさしく【王】に相応しい、美しい女性だった。

 あれほど隔絶とした力の差を持ったコカビエルにすら毅然とした立ち振舞いを崩さなかったほど。

 だからこそこうして弱さを吐露する彼女が意外に思えた。

 しかしそれも当然なのかもしれない。

 リアスとてまだ高校生の少女だ。ましてや数千数万の寿命を持つ悪魔に於いてはまだ若造とすら呼べないほどの。

 

「だから、私の伴侶となる人は【グレモリー】ではなく【リアス】を支えてくれる人と一緒になりたいの。そうでなければ疲れてしまうでしょ?」

 

「それで、ライザーとの結婚にも反対してるんですか?」

 

「……家のことを考えればフェニックス家との縁談は決して悪い話じゃないわ。子供の我が儘だってことも自覚しているつもりよ。でもね何千何万の時間を一緒に生きる相手くらいは心から想い合える相手がいい。それが私の夢」

 

 それが難しいことは解っているのだけどね、と笑うリアスに一誠はなんと声をかければいいのかわからなかった。

 それでも何か言わなければと必死に言葉を探す。

 

「でも、俺は部長を部長として好きですよ。俺馬鹿だから家の事とか、格式とかはさっぱりですけど俺はいつでも部長の味方です!だから部長は部長の思うままに進んでください!!」

 

 一瞬、リアスが目を丸くするが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう、私の可愛いイッセー……」

 

 きっとその言葉を聞けただけで、一誠の励ましは意味のあるモノだったのだろう。

 

「それで、貴方はこんな時間にどうしたの?さっきは少し沈んでいたようだけど……」

 

 気づいてたか、と一誠はバツが悪そうに顔をしかめる。

 リビングに水を飲みに来たのは嫌な気分を振り払う為だった。自分の不安を。

 もしここでリアスの本心が聞けなければ一誠は何でもありませんと強がっていただろう。

 しかし今は不思議と自然に弱さを口にできた。

 

「部長、俺ここに来てダメなんです。アーシアみたいに魔力も上手く使えないし、木場やゼノヴィアみたいに剣の達人でもありません。白音ちゃんみたいに凄く強いわけでもなくて。それに人間の日ノ宮みたいに新しいことだって覚えられないんです」

 

 ここに来て、一誠は自分の成長を疑っているというより、周りとの差に苦しんでいた。

 特に格闘戦で僅差とはいえ一樹に負けたことが予想以上にショックだったのだ。

 これでもし最近練習してる棍まで使われたら?

 確実に負けるだろう。

 ましてや一樹は炎の力まで使えるのだ。

 勝率はおそろしく下がるだろう。

 一誠は自分が悪魔に成ったことで人間――――少なくともフリードのような専門家でもない限り負けることはないと思っていた。

 その脆い硝子のような自尊心を早々に打ち砕かれてしまった。

 

「俺が一番弱いってここに来てわかってしまったんです。きっと今のままみんなと一緒に戦っても足手まといにしかならない気がするんです……」

 

 気がつけば、一誠は涙を流していた。

 強くはなっている。しかしあまりにもそのスピードは遅い。

 周りと比べても追いつける気がしない。

 それでも愚直に進むしかなくて。

 リアスの力になりたい。

 望まない結婚から解放してあげたい。

 でもそれを実行するには余りにも自分の力は矮小だった。

 惨めで情けなかった。

 

 そんな一誠の頭をリアスが優しく包み込む。

 

「自信が欲しいのね、イッセー。いいわ、貴方に自信をあげる。だから今は心と体を休ませなさい。それまでここに居てあげるから」

 

 撫でられる頭が心地よくて。

 優しい声音が少しずつ眠気を誘ってゆく。

 一誠が眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、全員が外に集められてリアスは合宿が始まってから一誠に禁じられていた神器の使用を許可した。

 左手に現れた籠手が十秒ごとにBOOST!と声を上げて倍加を伝えていく。

 3分ほど経ったところで倍加を止める。これが現在の一誠が上げられる倍加の限界らしい。

 赤龍帝の籠手自体には倍加の上限はないものの、使用者の肉体に起こる負担から上限は存在する。

 

「それじゃあ、その状態のまま祐斗と模擬戦をしてもらいましょうか。祐斗お願いできる?」

 

「はい、もちろん」

 

「イッセーも木刀を使う?それともそのままで?」

 

「このままでお願いします!」

 

「よろしい。では2人とも始めてちょうだい」

 

 リアスの合図と同時に一誠と裕斗は構えを取る。

 白音にここ数日格闘の基礎を叩き込まれたおかげか中々に一誠の構えも様になっていた。

 模擬戦の序盤は祐斗がセオリー通りにスピードでかく乱していたが、一誠の防御した腕に木刀を当てた瞬間に表情がより真剣なモノに変わる。

 首を傾げている一樹に白音が小声で耳打ちしてきた。

 

「兵藤先輩の倍加された防御力に木場先輩の木刀じゃダメージが通りづらいみたい。木刀も魔力で強化してるみたいだけど、今の兵藤先輩相手だと得物が心許無いかな」

 

「解説どうも」

 

 確かに一誠に大したダメージは受けてない印象だ。攻撃自体は当たっていないが一撃でも喰らったら裕斗の負けかもしれない。

 

「イッセー!魔力の塊を撃ちなさい!ケルベロスの時に撃ったアレよ!」

 

 リアスの指示に一誠は裕斗から即座に距離を取って、魔力を打ち出す構えを取る。

 

「喰らえぇえええええっ!!」

 

 叫びと共に放たれた魔力砲は最初は小さくビー玉サイズだったが、爆ぜるように巨大さを増して極大な線を作る。

 しかし祐斗は難なく魔力の砲を躱した。

 だが皆が驚いたのはその後だ。

 放たれた魔力の砲撃は隣の山に直撃し、爆音とともに山の一部を刳り貫くように消し飛ばした。

 

「なんだよ、あれ……ロボットアニメのビーム砲じゃねぇんだぞ!」

 

 顔を引くつらせて唖然とする一樹。

 

『Reset』

 

 倍加の時間が終了する声が赤龍帝の籠手から告げられると同時に膝をつく。

 

「そこまで!お疲れ様。早速感想を聞こうかしら。祐斗、イッセーはどうだった」

 

「正直、驚きました」

 

 裕斗は手にした木刀を見せる。

 それは既にボロボロで折れかけていた。

 

「最初の一撃で決めるつもりでしたがイッセーくんのガードが固くて切り崩せずに逆にこちらが得物を失うところでした。あのままだったら倍加の効力が切れるまで、逃げ回るしかなかったですね」

 

「だそうよ、イッセー」

 

 リアスの言葉に一誠はなにも答えることができず唖然として自分が行った破壊痕を見ている。

 

「確かに通常時の貴方は弱いわ。でも神器を使った貴方なら話は別よ。貴方は基礎を鍛えれば鍛えるほど倍加の力は何倍にも跳ね上がる。今の一撃だって間違いなく上級悪魔クラスよ。下級悪魔。それも魔力量は底辺に居る筈の貴方がよ」

 

 親指で刳り貫かれた山を指さした。

 

「個人戦なら隙だらけで時間のかかる倍加は怖いでしょうけど、今回はチーム戦。貴方が倍加している間は私たちがフォローする。そうすれば、イッセーも私たちも強くなれる!」

 

 イッセーは自分の神器を見る。赤龍帝の籠手が与えてくれる恩恵を理解したのだ。

 使い手次第では神や魔王をも屠ることができる。それが決して誇張でないことに。

 

 籠手を装備した拳を握って一誠は確かな自信を手に入れた。

 そんな一誠を見てリアスは笑みを深める。

 

「私たちを侮ったライザーに目にもの見せてやりましょう!たとえ不死鳥(フェニックス)が相手でも私たちが勝つ!ハンデを与えたことを後悔させてあげましょう!!」

 

『はい!』

 

 グレモリー眷属が一堂に同調する。

 決戦、は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿で出来る訓練を終えて明日の朝に山を下りてその日一日休養を取ってレーティングゲームが始まる。

 今日はもう寝るだけになった時間に夜風に当たっていた一樹に声がかかった。

 

「まだ起きていたのね」

 

「どもっす」

 

 声をかけたのはリアスだった。

 

「ちゃんと寝ないとダメよ。特にあなたは私たちと違って人間なのだから、下手な夜更かしは感心しないわ」

 

「もう少ししたら寝ますよ。ただ、ここも明日立つんだと思うと、名残惜しい気持ちがあって……」

 

 訓練自体はきつかったが正直楽しかった。

 今まであまりこういったことに縁がなかったのもあるだろう。中学時代はとにかく友人が少なかった一樹にとって今回のことは目新しいことが発見が多かった。

 

 何かひとつのことに打ち込んだり、同じ目標を持った仲間と切磋琢磨する。

 そう言ったことが一樹にとって新鮮であった。

 だが、不安もある。

 

「俺は、何が出来るんですかね」

 

 自分でも、意外な程に弱気な声が出た。

 一誠がそうであったように、一樹も同様の焦燥感に駆られていた。

 一樹の操る炎は悪魔にとって天敵らしいが、それがどの程度通じるか判らない。

 棍を振るってもそれはあくまで合宿が始まってから始めた俄か仕込みもいいところだ。

 そんな自分が本当にリアスたちの役に立てるのか。その疑問は尽きなかった。

 どっちにしろその時になれば全力でことに挑むしかないのは理解しているが、足手まといではないかという考えは消えない。

 割と真剣に悩んでいる一樹にリアスは可笑しそうに笑った。

 

「笑われるようなこと言いましたかね?」

 

 流石に真面目に悩んでいたことを笑われてムッとなる一樹。

 

「あぁ、ごめんなさい。少し前にイッセーも似たような悩みを持ってたから。つい可笑しくなっちゃって」

 

「……」

 

 イッセーと同じ悩み。そう言われて一樹の顔があからさまに顔を歪めた。

 

「あら。そんなにイッセーが嫌いだったのかしら?」

 

「……少なくとも好感は持ってませんね」

 

 オカルト研究部に入って一緒に活動してから以前よりは見直しているものの、やはり根本的に相容れない部分があるのも事実だった。

 それは以前から行っている変態行為やそれに伴う二次被害とか。

 だがリアスから言わせればケンカするほどなんとやらだ。

 一緒に訓練している姿を観察しているとお互いに憎まれ口を叩くことは多いが、決定的にお互いを嫌い合っているような険悪な雰囲気はない。

 それどころかお互いに意識し合っているからこそ対抗心で訓練が捗ったほどだ。そういう意味では既にリアスにとって日ノ宮一樹は充分に役立ってくれていた。

 しかしリアスが一樹に期待しているのは別だった。

 

「ライザーとのレーティングゲーム。勝利のカギを握るのは貴方とイッセーだと私は思っているわ」

 

 微笑みを崩さず、しかし声音は真剣さ持って答えた。

 

「フェニックスの能力については教えていたわね?」

 

「炎と風を操る力と再生能力でしたっけ?」

 

「そうよ」

 

 一樹から言わせれば本当にそんな能力があるのか甚だ疑問だがリアスがあるというからにはきっとあるのだろう。

 

「フェニックスの再生能力を叩く方法はそう多くないわ。ひとつは魔王級の圧倒的な力で押し潰す。でも残念だけどこの方法は今の私たちには現実的じゃない。ふたつは相手の精神を擦り潰すこと。フェニックスの再生能力は精神に依存する部分が大きいから、再生できなくなるまで何度でも叩く。もしあなたが居なければ、ふたつ目の方法でしかライザーは倒せなかったでしょうね」

 

「俺が、いなければ?」

 

「最後にこれはフェニックスに限らず悪魔全体に言えることだけど、聖なる力は私たちにとって毒に等しいモノよ。聖水や、天使や堕天使が使う光の力もね。そして貴方の炎には強い聖の力が宿っている。それを受ければ、フェニックス再生能力を封じる、とまではいかないまでも、阻害するくらいはできるはずよ。そしてそこにイッセーのパワーが加われば」

 

「いくらフェニックスでも倒せる……?」

 

「ええ。そう言った意味では聖剣使いのゼノヴィアも期待できるでしょうけど。剣士である彼女は遠距離からの攻撃に徹せられてしまうと文字通り手も足も出ないから。ある程度距離の離れた場所からでも攻撃できるあなたの方が今回は有用性が高いわ」

 

(あぁ、なんて単純……)

 

 美人に期待されているだけでさっきまでの不安が奥に引っ込んだ。

 消えたわけではないが、ずいぶん気が楽になった。

 

「さ、もう寝ましょう。そして明日家に帰ったらしっかりと英気を養って、ゲームに挑みましょう」

 

「そうですね」

 

 全力を尽くそう。

 リアスの笑顔を守るために。

 一誠ではないがそう思えた。

 日ノ宮一樹は思いの他リアス・グレモリーのことが好きだったらしい。

 そんなことを考えながら一樹は自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 




一樹がリアスに対する好きはLOVEではなくLIKEの方です。
リアスとオリ主が恋仲になる展開は作者の頭の中には一切無いことを明言しておきます。

次回からレーティングゲーム開始です。


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16話:レーティングゲーム開始

「んじゃいくか」

 

「うん」

 

 レーティングゲーム当日。

 学校を終えて一端帰宅となったあと、いつも通り夕飯を食って風呂に入り、自室で仮眠を取った。

 ゲーム開始が午前零時と日付が変わると同時で、集合は30分前なため、少し早めに出る。

 格好はどうすればいいかと一誠がリアスに訊いたときに特に決まりはないらしいが、それなりに見栄えのする格好。

 学生の自分たちなら制服で構わないという返事が返ってきた。

 そのとき、破けたら弁償とかしてもらえんのかな?と頭に過った一樹の思考は小心すぎるだろうか。

 そんなわけでふたりの格好は制服。白音はスカートの下にスパッツを穿いていた。

 まあ、動き回るの際にスカートの中を見られたくないということだろう。

 

 

 20分前に旧校舎の部室に着くとそこには既にリアスと朱乃が居り、お茶を飲んでいた。

 

「こんばんは。早いのね」

 

「普通ですよ。そっちも早いんですね」

 

「部長ですもの。それに今回は私の問題に皆を巻き込んだ形だし、後から来たのでは示しが付かないでしょ?」

 

 リアスなりに緊張してるのかもしれない。

 これから自分の人生を賭けた大勝負なのだから当然だろう。

 

「そうだ。貴方にこれを渡しておくわね」

 

 リアスが布が巻かれた長い細長の物体を渡してきた。

 受け取ると、それは確かな重みを感じてギョッとなる。

 もしかしてと思って布を外すとそこには赤い槍が出てくる。

 

「棍よりもそちらの方が良いかと思って。実家から送ってもらったわ。刻まれている魔法陣で炎に対する耐性も強いから、貴方の炎も纏えるはずよ」

 

 そんな説明を受けながら一樹はただ口をヒクつかせていた。

 

「いや、くれるのは嬉しいんですけどね。こんなの持ってたら銃刀法違反じゃないですか。あぁ、それとも今回の試合が終わったら返せばいいの、かな……?」

 

 手にした鉄の重さに腰を引きながら疑問を口にする。こんなもの持って帰っていいと言われたら正直困る。置く場所がないし下手したら警察様のお世話になる。

 

 なに言ってんの?的な顔をしているリアスに察した朱乃が続きを請け負った。

 

「一樹くん。この刃の部分に少し血をつけて小さくなるように念じてみてください」

 

「は?血を付けてですか?」

 

「はい。それで問題は解決しますわ」

 

 とにかく言われたとおりに刃に少しの血をつけて小さくなるように念じた。

 すると、槍から赤い光を放つ。

 

「腕輪?」

 

 光が収まると一樹の左手首に赤い腕輪が填められていた。

 

「その魔法の槍は所有者の意志に応じて持ち運びしやすい腕輪へと姿を変えられますわ。というか部長。一樹くんは私たちの世界に関する知識が不足しているのですからしっかりと説明しないと」

 

「……わ、忘れてたのよ」

 

 恥ずかしそうに顔を背けるリアス。

 自分の腕輪を見ながらこの技術があれば凶器の持ち運びが手軽過ぎじゃないか?と素直に喜べないのは一樹自身がひねくれているからだろうか?

 他の部員たちが現れたのはその数分後だった。

 

 

 部員が全員集まり、あとは予定の時間を待つばかりであった。

 全員が基本制服。しかしアーシアはシスター服。ゼノヴィアは以前着ていたボディスーツを着ていた。

 彼女たちにとってそれが戦装束ということだろう。

 誰もが会話をせずに過ごしていると突然部室のドアがノックされる。

 リアスがどうぞと応えると入ってきたのはこの学園の生徒会長である支取蒼那ことソーナ・シトリー。そして側に控えているのは彼女の眷属である真羅椿姫と匙元士郎だった。

 

「ソーナ!」

 

「匙、お前どうして!」

 

 リアスと一誠が同時に驚きの声を上げた。

 そんなふたりにソーナは眼鏡をかけ直して答える。

 

「親友がこれから人生を賭けた大勝負に挑もうとしてるのよ。激励のひとつでも送るのは当然でなくて?」

 

「ソーナ……」

 

「非公式とはいえ初のレーティングゲーム。正直、羨ましいとも思うわ。私は立場上、貴女の結婚に対して中立だけれど、個人としては貴女の勝利を願っている。そして私の親友は目の前の障害を必ず薙ぎ払う。そうでしょう?リアス・グレモリー」

 

 挑発的な物言いをするソーナ。それにリアスは勝気な笑みを浮かべて答えた。

 

「えぇ、もちろんよ。たとえ相手が不死のフェニックスであっても問答無用で消し飛ばして見せるわ。貴女は客席でそれを見てなさい」

 

 

「兵藤!必ずグレモリー先輩を勝たせろよ!」

 

「あったり前だ!あの焼き鳥野郎、必ずぶっ飛ばしてやるぜ!」

 

「おう!それに日ノ宮も頑張れよな!」

 

「え?あ、あぁ……」

 

 匙の激励に戸惑いながら応える一樹。

 

「なんだよノリ悪ぃな。緊張してんのか?」

 

「ん、いやまぁ……なんで初対面なのにこんなに馴れ馴れしいんだよこいつって思っただけだから気にすんな」

 

「おい!?一緒にコカビエルと戦った仲だろ!言わば戦友だろ!!確かにあの時から1回も話してねぇけどさ!!」

 

 匙のツッコミに一樹はそうだっけかと記憶を掘り返す。

 そんな一樹に祐斗が耳打ちした。

 

「彼も一緒に戦ってくれてたよ。その前の路上でフリードとも。まぁ一樹くんはあれから1回も会ってないし覚えてないのかもしれないけど」

 

「いっくんは基本よほど印象に残るか毎日会う相手でもない限り名前とか覚えないし。仕方ないんじゃない?匙先輩影薄かったし……」

 

「猫上!?最後の方、小声で言ってたけど聞こえてたからな!?っていうか存在すら覚えられてなかったのかよ俺ぇええええええええええええ!?」

 

 匙の叫びが部室に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは皆様、準備はよろしいですか?」

 

 激励を終えてソーナたちが退出した数分後、グレイフィアが現れ、開始十分前を告げた。

 

「ゲームが開始されればそこはこちらが作成した疑似戦闘フィールドに転送されます。その空間は使い捨てですのでいくら破壊してもかまいません。どうぞご存分に」

 

「へぇ。そんな事も出来んだ」

 

 説明を終えると一誠が気になったように手を上げた。

 

「あの、部長。今回はもうひとりの僧侶は参戦しないんですか?ライザーの話だと封印されてるらしいですけど」

 

 合宿にさえ来なかった僧侶。その存在を一誠以外の新部員は忘れていた。

 一誠の質問にリアスは周りに悟られないように無表情で答える。

 

「僧侶は、今回のレーティングゲームには参加できないわ。理由はいずれ、ちゃんと説明する」

 

 有無を言わさぬその言葉によほどの理由があるのかと察し、全員が再度その話題を口にすることはなかった。

 

「今回のレーティングゲームは両家の皆様や今回のゲームに興味を示した一部の方々にも中継されます。その中にはお兄上のサーゼクス・ルシファー様も含まれています」

 

「!?そう。お兄さまも観ておられるのね……」

 

 ルシファー?お兄様?事情を知らない者たちが首を傾げていると祐斗が小声で解を教える。

 

「現在のルシファーは部長のお兄さんなんだよ」

 

「へ?そうなのか?」

 

「うん。前の大戦で四大魔王は全員亡くなってしまったからね。その後継として優秀な能力と家格を持つ悪魔が選ばれたんだ。ちなみに四大魔王のひとりであるレヴィアタンさまは支取会長のお姉さんだよ」

 

「あぁ、だからふたりとも後継ぎなのか」

 

「そういうことだね。今では魔王の名は役職名に近いから」

 

「なお一度転移すると再起不能(リタイア)かゲーム終了までフィールドからは出られませんので。御了承ください。リタイアは命に係わる負傷を負ったとこちらが判断したときに強制的に医療室へと転移されます」

 

 説明を終えるとグレモリーの紋様から見知らぬ紋様へと変わり光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「駒王……学園……?」

 

 瞼を開けるとそこには見慣れた学園が広がっていた。

 

『皆さま。この度はグレモリー家とフェニックス家のレーティングゲームの審判役を担うこととなりましたグレモリー家の使用人。グレイフィアでございます』

 

 校内アナウンスから聞こえたグレイフィアの声。

 それからレーティングゲームの簡単なルール説明や、この空間が駒王学園を参考に作られた疑似空間であることが説明された。

 それを聞きながら一樹はもう全部魔法のおかげでいいやと窓から見える風景を眺めて思考を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎にあるオカルト研究部の部室を陣取ったリアスたちは校内の地図を広げて作戦会議をしている。

 罠を張る場所や待ち伏せする場所を決め、指示された場所へ行く。

 一樹は自主的に手伝いを申し出て祐斗と行動を共にしていた。

 

「でも、いいのかい?手伝ってもらって」

 

「ぐだぐだ待ってるのは性に合わねぇしな。人手は少ないんだ。やれることはやるさ」

 

 祐斗の指示する通りに罠を設置する。

 

「そういえば、その腕輪はどうしたの?」

 

「部長に貰った。なんでも俺用の武器らしい」

 

 一樹は腕輪を槍に変化させて裕斗に見せる。

 

「槍か……扱えそうかい?」

 

「ちょいと重いが問題ないな。少し振るってみたがなんとかなるだろう」

 

 棍よりずっしりとした重みがあるが膂力を【気】で強化できるので問題ない。強いて言うなら、少し長すぎるとは感じるが使い続ければ慣れるだろう。

 

「棍でも槍でも所詮俄仕込みなのは変わらねぇからな。過信なんてできない」

 

「それがわかってるなら問題ないね。武器を持つと途端に気が大きくなって無茶をすることが多いから」

 

「精々気を付けるさ」

 

 言いながら槍を腕輪に戻して罠の設置に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらかたの準備を終えて旧校舎に戻ると校門の前で全員集合していた。

 ついに接戦が始まる。

 

「いい。イッセー。ゼノヴィア。白音。体育館に入ったら向こうの眷属と戦闘になるわ。指示通り頼むわね。あそこは重要な位置になるから」

 

「はい!任せてください!」

 

「ようやく実戦か。心躍るな」

 

「容赦なく徹底的に殲滅します」

 

「白音さん。発言恐いんですけど」

 

 体育館での戦闘は白音、ゼノヴィア、一誠が担当することになった。外回りは祐斗と一樹。

 朱乃は空から敵を撃破。アーシアはリアスとともに行動し、負傷したチームメイトの治療。

 

 

 裏口から体育館に侵入した一誠たちは息をひそめて敵を待ち構える。

 

「敵が侵入してきました」

 

 白音がポツリと呟くと体育館内に女の声が響いた。

 

「出てきなさい!グレモリーの眷属たち!あなたたちがここへ入り込むのは監視してたんだから!」

 

 体育館内の反響でよく響く声。向こうの眷属4人が確認できた。

 戦闘経験の乏しい一誠はふたりに意見を求めた。

 

「どうする?」

 

「もう隠れていてもしょうがないな。速攻で仕留めよう」

 

「同感ですね。兵藤先輩は先日の棍使いの方をお願いします。クァルタ先輩はチャイナ服を着た同じ駒の戦車を。双子は私が始末します。異論は?」

 

「ない!」

 

「俺もいいぞ。先日の決着を着けてやるぜ!」

 

「ではそれで」

 

 隠れる必要が無くなり、堂々と壇上に姿を現す。

 一誠は神器を出して早速倍加を開始した。

 

『Boost!』

 

 神器から倍加を知らせる声が伝わる。

 向こうのほうも白音ほど小柄な少女たちが手に持つ道具が唸り声を上げた。

 

「って、チェーンソー!!」

 

 一誠の言葉通りに双子の少女が手にしていたのはチェーンソーだった。

 彼女たちは満面の笑顔を浮かべて恐ろしいことを口にする。

 

『解体しま~す!』

 

 流石にあんな物を持つ相手に女の子で年下の白音に相手をさせるわけにはいかないと一誠が前に出ようとするがその前に白音が前に出た。

 

「すぐに片付けます」

 

 平坦な声で宣言すると一直線にチェーンソーの姉妹の下に疾走する。

 

「は、はやっ!」

 

 いきなり近づいてきた白音にチェーンソー少女の片方が驚きながらも得物を振り下ろす。

 

「……甘い」

 

 軽々と体を横に移動させて躱す。

 そして次取った行動にこの場に居た全員が眼を凝視させることになる。

 

 白音はチェーンソーを持った相手の腕を足場にすると反対の足で相手の後ろ首に足を付けてもう片方の足で顔の鼻の部分に付けて後ろ首と顔を足で挟むような体勢になる。

 そのまま体を勢いよく捻り、相手を巻き込みながら倒れ、白音は正座するような格好で着地した。

 その際に挟まれた相手の首は梃子の原理で首の骨が折れる音が体育館内に響き渡る。

 軽業師のような技に叫び声すら上げることも出来ず、首の骨をへし折られてチェーンソー少女1名がそのままリタイヤとして光に包まれて消えた。

 

「次は貴女ですが……少しは凌いでくださいね?試したいこともありますし」

 

 白音に顔を向けられてヒッ!と掠れた声を出しながら後ずさる。

 その容赦のない撃退を見ていたこの場の全員がもうひとりのチェーンソー少女に深く同情した。

 本人も仲間ふたりに助けを求めるように首を左右に動かすが、ふたりは視線を逸らして自分の相手に向かって行った。

 それを見ていた一誠は絶対白音の着替えを覗くなどという愚行に手を染めないと深く心に誓った。

 

 

「覚悟ォッ!」

 

 棍使いの少女、ミラが一誠に襲い掛かる。

 以前は防御するのが精一杯だった相手の攻撃が上手く捌いている。

 

(木場や白音ちゃんの速度に比べれば全然大したことないぜ!それに同じ棍使いの日ノ宮との模擬戦が活きてる!)

 

 余裕綽々というほどではないが、集中すれば充分に避けられる攻撃だった。

 ゼノヴィアの方は裕斗が用意した魔剣を振るい、相手の力量を図っていた。

 デュランダルは強力過ぎるため、いざというとき以外は使用を禁止されている。

 見た目は破壊の聖剣に似せて創られており、ゼノヴィアとしても振るいやすい一振りだった。

 

「ふっ!」

 

 一息とともに放たれた突きがチャイナ服の戦車の腹に突き刺さる。

 相手は一度吐血し、悔しそうに顔を歪めると、その場に崩れ落ちて消え去った。

 

 相手の攻撃を躱している間に三度目の倍加の知らせが来た。

 

『Explosion!!』

 

「いくぜドライグ!」

 

 強化された速度で一誠は即座にミラの後ろに回り、背中をバンッと平手打ちした。

 しかし崩された態勢をすぐに立て直し、再び一誠に向き直る。

 

「こんな奴にまで負けたらライザーさまの評価まで落とされちゃう!」

 

「ハッ!これでトドメだ!俺の新必殺技!【洋服崩壊(ドレスブレイク)】!!」

 

 パチンと一誠が指を鳴らすとそれは起きた。

 ミラの服が突如はじけ飛び、全裸を曝したのだ。

 

「イヤァァアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 想像だにしなかった事態に混乱してミラは棍を落として蹲り自分の身体を隠す。

 

「はーっはっはっはっ!どうだ見たか!これが俺の持つ魔力才能を全て女の子の服を破くことにのみ費やした必殺技!その名も【洋服破壊(ドレスブレイク)】だ!」

 

 鼻血を垂らしながら高笑いを浮かべる一誠にミラが抗議の声を上げる。

 

「変態!ケダモノ!性欲の権化!女の敵!」

 

 泣きべそをかきながら罵るが一誠はどこ吹く風だった。そんな彼に仲間の女性からの声が聞こえた。

 

「いくら敵とはいえ相手を裸にして辱めるとは……どう反応すればいいのか……」

 

「……最低ですね。捕まればいいのに」

 

 一誠の行為を咎めるべきか迷っているゼノヴィアに対して白音は明確に侮蔑の言葉を吐いた。

 それにちょっと傷つく一誠。

 

 その一方で余所見をしながらも易々とチェーンソーの刃を避け続ける白音は飽きたのか勝負を決めにかかる。相手の懐に入るとトンと軽く小突くような小さな拳打を放った。

 しかし、それに如何な威力を乗せていたのか。2人目のチェーンソー少女は体をくの字に曲げて唾液を垂らしながら得物を落とす。

 そのままケリをつけようとしたが、何かを察して白音が叫んだ。

 

「クァルタ先輩!デュランダルで防御を!?」

 

 警告と同時に爆音が鳴った。

 

 耳を塞ぎたくなる爆音とともに起きた大爆発。それが体育館をまるごと吹き飛ばした。

 上空でそれを見ていた朱乃が悲鳴のような声を上げた。

 

「みなさん!」

 

「騒がしいわね。でもこれでそちらの戦力を半分近く削れたかしら」

 

「ずいぶん、酷いことをなさいますのね」

 

「なにが?ゲームは勝つために参加するのよ。負けが決定している味方を助けるより、敵ごと吹き飛ばす方が効率的でしょう?」

 

 朱乃は目の前の敵女王――――ユーベルーナの言に歯をギリッと鳴らした。

 本来なら中で勝敗を決するのが難しいと感じた場合、朱乃が体育館を消し飛ばす予定だった。もちろん味方を退避させた上で。

 しかしこちらが思いの他に優勢だったことに緊張の糸が緩み、敵の接近に気付くのが遅れた

 

「元より数はこちらの方が上なのだから、少数の犠牲は考慮の内。さてあなたたちは何人ライザーさまの下へ辿り着けるかしら?」

 

「……そちらのやり方。物凄く癪に障りますわ」

 

 手の平に雷を発生させながら朱乃はユーナベールと相対する。

 一触即発の雰囲気の中、体育館に上がった煙が晴れた。

 そこで聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「助かったぜ、ゼノヴィア!それにしても味方ごとかよ!!」

 

「礼を言うのはこちらだ。お前が倍加を譲渡してくれなければやられていた。白音は?」

 

「…………」

 

 白音は手にしていた敵を放り投げて不機嫌そうに首を振るって埃を払った

 

 全員の無事を確認して朱乃はホッと内心で胸を撫で下ろす。

 爆炎が落ちる瞬間にゼノヴィアはデュランダルを引き抜き。一誠が合宿の訓練で目覚めていた倍加の譲渡を行って爆撃を防いだのだ。

 

 白音は即座に敵を盾にして自分に当たる攻撃を凌いでいた。

 まぁ、容赦なく敵を盾にするそのやり方に一誠は顔を引きつらせたが。

 

 一誠は敵の居る上空を見上げて怒声を上げる。

 

「このヤロッ!味方ごと吹き飛ばすとかなに考えてんだ!」

 

「小うるさい【兵士】の坊やだこと。次こそは吹き飛ばしてあげる」

 

「あらあら。貴方の相手はこちらですわよ。ライザー・フェニックスの【女王】。それとも【爆弾王妃(ボム・クイーン)】と呼んだ方がいいかしら」

 

「その名はセンスがなくてあまり好きではないのだけれど。先に貴女から排除させてもらうわ、【雷の巫女】さん」

 

 仲間の無事を確認して心の余裕を取り戻した朱乃は空で悠然と構え、一誠たちに先を促した。

 

「ここは私が引き受けます。皆さんは裕斗くんたちと合流してください!」

 

「で、でも!?」

 

「イッセーくん。貴方には貴方の役割があるでしょう!ここは私の仕事です!」

 

 バチバチと凄まじい雷の魔力を発生させながら一誠たちに先を促した。

 

「イッセー行くぞ。私たちはまだ空を飛ぶのに慣れていないし、白音はそもそも飛べない。この場に居ても朱乃の足を引っ張るだけだ」

 

「……わかった。先を急ごう!朱乃さん!必ず後で合流しましょう!」

 

 空に佇む朱乃に手を振って一誠たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 



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17話:乱戦

 一樹と祐斗は遭遇した敵兵士3人と交戦になっていた。

 こちらが仕掛けた罠を突破してライザーの眷属はもし1週間前なら確実に倒されていたと思うほどの強者だった。

 既に敵の兵士ふたりを倒した祐斗は一樹の戦いに加わることなく増援を警戒しながら観戦している。

 

 手にした槍を振るいながら徐々に優勢へと傾いていく。

 相手が少しずつ疲れを見せ始めたのを見計らって槍の矛を喉へと突きを入れる。

 敵が目を瞑り、敗北を覚悟するが、その刃が喉を貫くことはなかった。

 刃が当たる瞬間に槍はその動きを止め、刃の側面で相手の顎を打ち抜く。

 脳を縦に揺らされて足がよろめく敵に一樹は槍をくるりと回して柄の先端で相手の腹を殴打した。

 敵はその場に崩れ落ち、数秒後にリタイアした。

 ふぅ、と息を吐く一樹に祐斗は手をぱちぱちと鳴らした。

 

「お見事。敵がリタイアするまで警戒を解かなかったことを含めて合格点だよ」

 

「そりゃどうも」

 

 槍を腕輪に戻し、祐斗の評価に適当に返事をしながら息を吐く。

 

「でもどうして相手の喉を刺さなかったんだい?そっちの方が簡単だったと思うんだけど」

 

「怖いこと言うんじゃねぇよ。流石にいきなり刃物を人に突き刺せるほどぶっ飛んだ倫理観なんて持ってねぇ!」

 

 悪魔の高い技術力ならレーティングゲームで選手が死亡する確率は驚くほど低い。それは技術もそうだが、悪魔の体力が人間とは基本比べ物にならないからだ。

 しかしそう教えられてもそれで刃物を平然と振るえるかは別問題。

 一樹はキレている場合を除けば、当たり前の倫理道徳は備えているのだ。そう、キレなければ……。

 今は戦いの高揚感はあるものの思考は極めて冷静だった。

 故に刃物で敵を刺す、という行為に踏み切れないでいた。

 自分でも甘いと思うがこればっかりはそう簡単には改められそうにない。

 一樹自身、ライザーの眷属たちに何の悪感情もないのだから。まぁ、良い感情も持っていないが。

 

「そう。ならここを離れてみんなと合流しよう。ただでさえ少数なんだ。これ以上戦力を分散させるのは得策じゃないと思う」

 

「了解だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2つに分かれていた班の合流は思いの他すんなりと成功した。

 

「あ!お前ら!」

 

「よう……」

 

「みんな無事だね。よかった」

 

 一誠たちの無事を確認すると祐斗は安堵の息を吐く。

 

「兵士3人をやったのはお前らか」

 

「うん。運動場の部室棟は重要なポイントだからね。見回っていた兵士を一網打尽にさせてもらったよ。出来れば他の駒も誘い出したかったけどなかなか挑発に乗ってくれないんだ。みんなも無事かい?他の人はどうなってるかわかる?」

 

「朱乃さんは敵の女王と戦ってる。すぐに追いつくと思うけど……」

 

「そう……」

 

 そこで白音が話に割り込んだ。

 

「それとクァルタ先輩が利き腕を負傷しています。程度はわかりませんが……」

 

「え!?」

 

「なんでお前が驚くんだよ兵藤……」

 

「気づいていたのか……」

 

「さっきから走る時に利き腕を庇っているように感じたので。あの女王の攻撃の時ですね?」

 

「あぁ。防御したはいいが、戦車の防御力を抜いて利き腕を痛めてしまった。片手で剣を振るうのは難しいだろうな。木場から貰った魔剣もその時に破壊されてしまったし」

 

 自分の未熟さを自嘲するように話すゼノヴィアに裕斗が提案する。

 

「もう一度、魔剣を創るかい?」

 

「いや、デュランダルのことがバレた以上、最早隠し通す意味もない。悪魔が相手なら聖剣のほうが有利だしな」

 

 負傷した腕で大剣(デュランダル)を振るうのはきついだろうに。そう強がるゼノヴィアに誰も口を挟まなかった。

 しかし一誠は気まずそうに疑問を口にする。

 

「なぁ、もしかして俺を庇ったせいで……」

 

「それは違うよ、イッセー。あの時君が倍加の譲渡をしてくれなければふたりまとめてやられていた。君は取れる最善手を取ったんだ。負い目を感じる必要はない」

 

 それは本心からの言葉なのだろう。

 ゼノヴィアの表情には一誠を気遣うような感じはなく、ただ事実だけを述べている感じだ。

 しかし、一誠本人はそれだけで納得できるものではなかった。最悪、自分が失格になるのは悔しいがまだ我慢できる。だが足を引っ張るのだけは嫌だった。

 しかし、ゼノヴィア本人にそう言われれば自分の思いなど飲み込むしかない。いつまでもグチグチと引きずっているわけにもいかない。

 だから一誠はただわかったとだけ頷いて意識を切り替えた。

 反省も後悔も後だ。今は勝つことだけを考えなければいけないのだ。

 

 頃合いを見計らって祐斗が話題を変える。

 

「この場を仕切ってるのは騎士と戦車に僧侶。相手の女王は朱乃さんが押さえてくれているのは助かるね。話に聞いた限りだと、敵の女王も朱乃さんと同じ遠距離タイプ。僕たちだと相性が悪い。出来ればこのまま勝ってほしいけど……」

 

「朱乃さんは絶対に勝つさ。勝って俺たちに追いついてくる。だからそれまでに他の敵を排除してライザーの野郎を全員でフルボッコにしてやろうぜ!」

 

「そうだね」

 

 全員、思ったより緊張がないのはコカビエルとの戦いを経験したが故だろう。

 あの向けられただけで心臓を握り潰されそうな殺気に比べればライザー眷属のそれなど、緊張感を保つに程良いくらいだ。

 

 物陰から敵の動向を見守っていると不意に甲冑を着た女性から声が上がった。

 

「私はライザーさまに仕える騎士カーマイン!こそこそ腹の探り合いをするのも飽いた!リアスグレモリーの騎士よ、いざ尋常に剣を交えようではないか!!」

 

 堂々と名乗りを上げる女性に一誠たちは呆れるような気持ちになった。

 

「どうする?一応ここからなら俺の炎の射程内だ。当たる保証は出来ないけど威嚇で一発撃つか?」

 

「いやお前さ……あれだけ堂々と名乗りを上げた女の子に何焼き焦げにする相談始めてんの?」

 

「どう見ても撃ってくださいと言わんばかりの行動だからな」

 

「まぁ、俺もあれはどうかと思うけどさ……」

 

 そんな会話が繰り広げてる中で裕斗がフッと苦笑する。

 

「まいったな……あそこまで堂々と名乗られたら騎士として。剣士として出向かないわけにはいかない」

 

「そうだな。私は戦車だが、1剣士として奴の申し出を受けるべきだと感じる。だが、私はこれだからな。今回は木場に譲ろう。その代り、邪魔をする他の駒は任せておけ」

 

「仕方ねぇか。ま、こそこそやれるような器用さもないしな。正面から叩きのめす。判り易くていい」

 

 5人全員で野球グラウンドに出るハメになった。

 

 

 

 相手が名乗ったことでこちらも名乗りを上げる。

 もっとも、一樹と白音は眷属ではない為、自分からおまけ1、2と名乗ったが。

 

「まさか全員が出てくるとはな。レーティングゲームの戦略としては落第だが私個人としてはその潔さは好むところだ。それが強者ならばなおのことな!」

 

 カーマインと名乗った女性は地に刺していた剣を構える。

 それに合わせるようにして祐斗も手にした魔剣を構えた。

 聖魔剣は強力だがまだ1時間程しか維持できない。それも非戦闘でだ。戦闘になればさらに短いだろう。

 それに聖魔剣はできることならライザー・フェニックスに当てたい。

 だからこそここは消耗の少ない通常の魔剣で相手をする、手加減しているようで悪いがこのレーティングゲームの最終目的はライザーの撃破にある。温存できるものは温存しておきたかった。

 

「いくぞ!」

 

 カーマインの声を合図にふたりが剣を交える。

 高速で動くふたりの動きは傍目に捉えるのは至難であり、その戦闘を捉えて居るのは白音とゼノヴィアだけだった。

 

 しかし、それで他の駒が動かない道理はない。

 

「戦う相手はカーマインだけではないぞ。呆けている余裕があるのか?」

 

 顔半分を仮面で隠した女性が一誠に攻撃を仕掛けた。

 

「っの!?」

 

 咄嗟に赤龍帝の籠手で防ぐ。しかし相手は素早いコンビネーションで即座に切り返し拳を連打し、一誠の鳩尾に拳打を叩き込む。

 悪魔とはいえ、女性とは思えない拳の重さによろめいた。

 

「鍛えこんでいるな、リアス・グレモリーの兵士。今の一撃で倒せないまでも膝くらい付かせられるとふんだが」

 

「ざっけんな!鍛え方が違うんだよ!」

 

 一誠の足腰を支えたのは悪魔に成ってからリアスに施された地獄の特訓だった。

 腕立て、腹筋、スクワットで少しでも姿勢が乱れれば最初からやり直させられ、素手とはいえ、木場祐斗やゼノヴィア相手にボコボコにされた。

 極めつけはさらに過酷になった合宿での十日間。それが女のパンチ一発で膝を折っていたらリアスに顔向けできない。

 その想いが一誠の膝が地に伏すのを拒ませる。

 相手はそんな一誠に屈辱を覚えるよりもむしろ嬉しそうに口元を歪ませた。

 

「名乗るのが遅れたな。私は、ライザー・フェニックスさまの戦車、イザベラだ。ふふ。プロモーションしていない兵士と侮っていたが、ここからは対等な相手として拳を交えさせて貰おう!」

 

 どうやら、このイザベラと名乗った少女もカーマイン同様に戦闘狂(バトルマニア)の気があるらしい。

 

「そりゃどうも。俺はリアス・グレモリーさまの兵士兵藤一誠!まだ全然弱くてダメな兵士だけどな、部長を勝たせるためにアンタに勝たせてもらうぜ!」

 

 一誠とイザベラがお互いに拳を打ち付け合う中、槍を手にした一樹は最後のひとりに問いかける。

 

「で、アンタは見学か?」

 

「えぇ。元々私はこのレーティングゲームの戦闘に介入する気はございませんわ」

 

「……いいのか、それは?」

 

 巻きロールにした金髪を左右に結わえた【僧侶】と思しき少女は肩を竦める。

 

「これはお兄様の戦い。眷属とはいえ妹の私が軽はずみに前に出るわけにはまいりませんわ。それに一対一の泥臭い戦いに興味はありませんの」

 

「あぁ、そうかい…………妹?」

 

「ご挨拶が遅れました。我が主、ライザー・フェニックスの実妹。レイヴェル・フェニックスと申します」

 

 優雅に礼をして自己紹介を終えるレイヴェルに対して真っ先に声を上げたのは対峙している一樹ではなく、イザベラと戦っている一誠だった。

 

「えぇええええええええええええっ!?実の妹が眷属ってそんなのありかよ!?っていうかアイツ、妹をハーレムに加えてるのかっ!?」

 

 驚きの声を上げる一誠にイザベラ困り顔で笑い補足した。

 

「なんでも、妹を眷属悪魔に加えることに意義があるのだそうだ。上流悪魔の中には近親相姦などに憧れる方々もいるらしくてな。ライザーさまにそのような趣味はないからカタチだけということらしい」

 

「イザベラ!わざわざ身内の恥話を漏らさないでください!」

 

 レイヴェルの叱責にイザベラは飄々と受け流す。

 戦いが再開された中、一樹はレイヴェルに槍を向けた。

 

「わからない方ですわね。こちらに戦う意思はないと―――――」

 

「それはそっちの都合だろ?この場にいる以上、知らん顔できると思うのか?」

 

「聞いてませんの?不死身と戦うメリットがそちらにありますか?」

 

「なら、そっちの頭と戦り合う前にフェニックスの弱点を探る練習相手にさせてもらうさ」

 

 槍を構える。この場にいる以上、敵は等しく敵だ。やる気があろうがなかろうが例外はない。

 しかしそんな一樹にレイヴェルはフッと笑みを浮かべる。

 

「いえ、どうやら私がお相手する前にそちらの相手がやってきたようでしてよ?」

 

「あ?」

 

 ここ最近やけに鋭くなった危機感が針のような殺気を捉える。

 気がつけば上空からカーマインとは違う剣士が手にした大剣を振り下ろす。

 槍で防ごうとする一瞬に別の大剣が間に入った。

 

「相手がいなかったので少々困ったが、剣を使う相手がもうひとり現れてくれたのは僥倖だ。これで私も戦闘に参加できる。それにまだ増えたようだしな」

 

 間に入ったゼノヴィアがデュランダルを構える。

 そして敵は大剣を持った女性だけでなく、頭部に動物の耳を生やした少女がふたり乱入してきた。

 

「にゃっ!」

 

「にゃにゃっ!」

 

 見れば、もうひとりレイヴェルの隣に十二単を着た女性がいた。

 これで敵の王と女王を除く全ての戦力が揃ったことになる。

 

 手を出さないと言っていたがレイヴェル自身、それをいつまで守るのか不明であり、数の上では不利になってしまった。

 

「ま、それは元からだよな」

 

 数で不利なのは最初から承知している。ならば、1秒でも早く敵を排除して数の差を引っくり返せばいい。

 単純な結論に至った一樹は槍を振るって獣耳の少女たちと抗戦を始めた。

 しかし、2対1という不利な戦闘にはならなかった。

 

「片方はこっちで持つ……」

 

「助かる!」

 

 一樹の戦闘に乱入した白音が入り、抗戦する。

 正直、ふたり同時に相手をするのはキツイというより無理だ1対多数の戦闘なんて経験不足で不安しかない。

 

「ニィとリィは獣人の女戦士。体術は相当なものでしてよ。それに、シーリスは騎士道云々には拘りません。ただ、目の前の敵を倒すのみですわ!」

 

 自信満々に言い放つレイヴェルに一樹は舌打ちしながら応戦する。

 さっきから槍を振るって相手をしているが、それを掻い潜って打撃を打ってくる。

 

 

 もっとも早く戦局が動いたのはゼノヴィアだった。

 利き腕の負傷を隠しながらデュランダルを操るものの洗練さはいつもにも増して欠いており、ただ大振りに振るっているだけだった。

 元々の身体能力が高いためどうにか喰らいついているが、大剣と大剣が激突するたびに顔を険しくさせる。

 そして、この戦闘は一騎打ちなどではない。

 

「なっ!?」

 

 横払いをしようとした体が突如重くなる。

 疲労からではなく、何かに引っ張られるような重さ。

 見ると体に呪符が幾重にも貼られており、レイヴェルの隣に居る和装の女性が何らかの術を行使しているように見えた。

 

「終わりだ」

 

 無機質な声と共にシーリスはゼノヴィアの体に剣を突き立てた。

 

「がはっ!?」

 

 突き立てられた剣を引き抜くと同時に膝を折る。その表情には大して善戦できなかった悔しさとこんなところで退場する不甲斐なさで歪んでいた。

 

「すまない……みんな………」

 

 言い訳ひとつせず、ただ謝罪だけを残してゼノヴィアはこの戦場から姿を消した。

 

「ゼノヴィアッァアアアアアアアアアア!?」

 

 その事実に真っ先に反応したのは兵藤一誠だった。

 

「てめえら汚ねぇぞ!」

 

「何が?これは個人の決闘ではなくチーム戦でしてよ。カーマイン個人の決闘までは許可しましたが。それ以外も1対1に拘る理由はありませんわ。憤るなら、彼女を助けられなかった自分の不甲斐なさを憤るべきでは?何より聖剣使いはあなたたちの中でもっとも危険の高い駒。真っ先に潰すのは当然ですわ」

 

 一誠の怒声に全くの正論で返され、言葉が詰まる。

 だが仲間がやられた。これは理屈ではなかった。

 しかし戦いの場でその一瞬が命取りになる。

 

「私の相手をしている最中に他の女と話をするとはいただけないな!プライドが傷つく!」

 

 一誠に戦車の膂力から繰り出される強烈なボディーブローが炸裂した。

 

 そしてこの場でゼノヴィアがやられたことに動揺したのは一誠だけではなかった。

 

「もらいにゃ!」

 

 獣人の放った蹴りが一樹の手から槍を手放させる。

 

「次はお前がリタイヤにゃ!」

 

 一樹の顔に敵のフックが直撃する。

 しかし、一誠も一樹も膝を折らなかった。

 

「あれで倒れないなんて。我慢強い殿方達ですわね。どうせ結末は変わらないのに」

 

 呆れ、嘲るようなレイヴェルの声。

 

「うるせ……こんなんで負けてられっかよ。ゼノヴィアの仇を討ってそんで焼き鳥野郎をぶん殴って部長を勝たせるんだよ!」

 

 一誠は両手でイザベラを押し出す。

 

「ようやく触れられたぜ!必殺、洋服破壊(ドレスブレイク)!!」

 

 一誠が技名を叫び、指を鳴らすとイザベラの衣服が突如弾けた。

 

「なっ!?これは!?」

 

 失った衣服のせいで露になった肌を隠そうとする。それは女性として当然の行為だが戦闘中であればそれは愚行でしかない。

 

「隙ありぃいいいいいい!続いてドラゴンショットォ!!」

 

 構えを取って一誠の放った魔力の砲撃はイザベラを飲み込んだ。

 

 

 

 頬を殴られた一樹は突かれた拳を首の力だけで押し返した。

 

「にゃ!?」

 

 驚く暇もなく、一樹は獣人の娘の首を掴んでその身体を持ち上げた。そして自分がもっとも得意とすることをやる。

 

(アグニ)よ……」

 

「にゃ、ああああああああああああああああああッ!!!!?」

 

 

 首を掴んだ右手から炎が上がり、獣人の娘が悲鳴を上げた。

 20秒ほど焼かれた彼女は全身が黒焦げになり、無造作に投げ捨てられる。

 

 魔力の砲と炎で動かなくなったライザーの眷属ふたりはその場から消え去った。

 

 

『ライザーさまの戦車1名。兵士1名。リタイアを確認』

 

 グレイフィアのアナウンスが流れる。

 

「今の炎、まさか聖火!くっ流石は!リアスさまの協力者というのも頷けますわ。それにしても―――――」

 

 レイヴェルは親の仇でも見るように一誠に視線を向けた。

 

「赤龍帝!あのような破廉恥な技を女性に用いて恥ずかしくはないんですの!?」

 

「なんとでも言いやがれ!勝ちゃいんだよ勝ちゃっ!!」

 

「この女の敵!変態!」

 

「信じられないな。こうまで女を辱めるクズがリアスさまの眷属だなんて……」

 

 敵眷属から罵倒されて一誠はどこ吹く風とばかりに口笛を吹いている。しかし一誠を罵倒するのは敵だけではなかった。

 

「いやぁ、うん、その……うちのイッセーくんがスケベでごめんなさい……」

 

「ホントにな。あれと同類だと思われたら死にたくなるな」

 

「去勢されればいい……」

 

『まさか、女の身ぐるみを剝ぐ手伝いをさせられるとはな。相棒、さすがに俺も引くぞ』

 

「ちょっと君たちぃ!?俺勝ったんだよ!確かに方法はアレだったけどぉ!!」

 

 仲間からの罵倒に一誠の涙声が響いた。

 

 



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18話:急行

『リアスさまの女王、リタイヤ』

 

 敵ふたりを退けた直後流れたアナウンス。

 

「な!?朱乃さんが、嘘だろ!?」

 

「どうやら女王対決はこちらに軍配が上がったようですわね。彼女が来れば、あなた達との小競り合いもすぐに終わりますわ!」

 

「……っ!?」

 

 悔しさに歯ぎしりする一誠。

 また仲間を守れなかった。それが悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 そして一誠は赤龍帝の籠手が填められた自分の左手を強く握りこんだ。

 

 

 

 時間を少し遡る。

 

 互いの女王はその力を空戦で存分に発揮していた。

 一撃の威力はユーベルーナが勝るものの、範囲、連射という点では朱乃が僅かに上回っており、高速での中距離戦はお互いにまだダメージを与えずに攻防を繰り返していた。

 どちらも相手の攻撃を躱すか防ぐかを繰り返している。

 

「ハァッ!!」

 

 今まである程度広範囲に放っていた雷を収束させ、一点を撃ち抜く矢のように放たれる。

 ユーベルーナも直撃を避けられないと悟ると障壁を張って防ぐ。

 

「チッ!?」

 

 防ぎきれないと踏んだ彼女は障壁ごと朱乃の雷を逸らして回避した。

 

「あらあら。今のは自信があったのですが……」

 

「流石ね。ただ当てるだけでは防がれる。ならこちらの動きを読んで力の一点集中で障壁ごと押し潰す。言うは易し、行うは難しと言ったところかしら」

 

「噂に名高い【爆弾女王(ボムクイーン)】にお褒め頂き光栄ですわ」

 

「その二つ名、あまり好きではないのよね。センスが感じられないわ。【雷の巫女】さん。それと忠告しておくわ。私を倒したければ全力で来なさい。下手な出し惜しみは主の顔に泥を塗るだけよ」

 

「私が全力でないと?貴女相手にそのような余裕はありませんわ」

 

「混血としての力を使わずに戦うことが手加減でないとでも?」

 

 その言葉に朱乃の表情が変わる。

 

「リアスさまも随分と変わった存在を女王に迎え入れたものね。だって貴女は―――――」

 

「黙りなさい!!」

 

 激昂。普段の朱乃からは想像もできないほど怒りで表情を歪ませ、ユーベルーナに向かって行く。

 しかしそれもすぐに止められた。

 

「これはっ!?」

 

「相手の動きを読んで手を打つのが貴女だけだと思って?先程からずっと罠を張らせていたのよ」

 

 朱乃の体は蜘蛛の巣に引っかかった獲物のようにその場から動くことが出来なかった。

 

「この糸は敵を捕らえるだけでなく、私の火力を増幅させる。発動に時間がかかることや注意してみれば気づかれてしまうので実戦では使い難いのだけれど。一度捕まえれば生半可な手段で逃げる術はないわ」

 

 ユーベルーナの言葉に朱乃は悔し気に唇を噛む。

 

「確かに貴女の才は私を越えるモノでしょう。でも、主の勝利のために自身の拘りを捨てられない貴女は【女王】としては失格だわ」

 

 それで言うことは全て終わりとばかりに糸に触れて火が灯る。それが伝っていき、朱乃の元まで来ると爆発が起こり、それが連鎖的に他の糸に伝って朱乃の周囲に爆発が次々と発生していった。

 

 爆発が全て終わった後に朱乃は力無く地に墜ちていく。

 地に着いた瞬間に何か言っていたようだがユーナベールには聞こえず、そのまま朱乃はこの場から消えた。

 倒した相手のことは既に意識から消し、ユーベルーナは他の駒を狩るためにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一気に2つの駒を失ったことでレイヴェルの中で焦りが生まれていた。

 リアスの兵士とゲストが見せた各々の力。

 一誠の洋服破壊に関しては自身がそれを受けた際にどれだけ恥辱に晒されるかという恐怖。

 そしてもうひとりの聖火を使う少年。あれは悪魔の天敵だと理解しての恐怖。

 聖水や聖火に聖剣。どれも聖なる力である以上、悪魔にとっては弱点に他ならない。あの力ならばもしくはフェニックスの不死性すら阻害するかもしれない。

 見る限り、実力はまだ乏しく、ライザー()の相手になるとは思えないが、万が一があるのではないかと頭に過った。

 

 そんな風にレイヴェルが思考していると、もうひとりの獣人少女の方も決着が着く。

 

「ふっ!」

 

 呼吸と共に白音は一本背負いで相手を倒すとそのまま勢いを殺さず相手の胸に全体重をかけた肘打ちを喰らわす。

 

 それにより敵の肋骨が折れてビクンビクンと痙攣していた。

 ついでにトドメとばかりに敵の頭部をサッカーボールのように蹴る始末。

 そこでようやく獣人の少女はこの場から退場した。

 

「容赦ねぇ……」

 

「敵が消えるまで気を抜かない。残心って言葉を知らない?」

 

 首を小さく傾げながら何当たり前なこと言ってるの?と言わんばかりの態度だ。それが一概に間違ってないから反応に困る。

 

 そうしている間に祐斗も決着が着き始めていた。

 

 カーマインが炎を纏った剣を操り、祐斗を追い詰めていくが、何かを悟ったかのように息を吐いた。

 

「どうした!まさかこの程度で諦めたのか!?」

 

「そうだね。それしかないかな」

 

 祐斗は魔剣を棄てる。

 その態度にカーマインは侮蔑の表情を浮かべた。

 

「この局面で剣を棄てるとはな。好敵手だと思っていたがとんだ見込み違いだったようだ。ならばせめて一刀の下に斬り棄ててくれる!」

 

 騎士の特性を活かした高速の動きで祐斗に接近するカーマイン。

 そんな彼女に祐斗は笑みを浮かべた。

 

「……本当に仕方ない」

 

 カーマインの剣が祐斗に迫る。しかしそれは一振りの剣によって阻まれた。

 

「なっ!?」

 

「君を相手に出し惜しみすることを諦めさせてもらうよ!」

 

 そのまま祐斗の剣はカーマインの剣を砕き、その体に刃を滑らせた。

 

「なんだ、その剣は……」

 

「そちらは僕の禁手について情報を得ていなかったようだね。これは【双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビストレイヤー)】。聖と魔を融合させた僕の禁手だよ」

 

 騎士のひとりを討ち倒し、数の不利は無くなった。むしろこちらが優勢だ。

 相手は僧侶ふたりに騎士がひとり。大してこちらは騎士と兵士がひとりずつ。そしてゲストがふたり。女王が到着するまでに叩く。

 

 そう決意する中、通信機から連絡が入った。相手はアーシアだった。

 

『イッセーさん!』

 

「どうした、アーシア!」

 

『部長がライザーさんとの一騎討ちを挑まれて!それで、今屋上に!』

 

「なんだって!!」

 

 アーシアの言葉を聞いて一誠は声を上げた。レイヴェルの方もライザーが何処にいるのか察して呆れたように呟く。

 

「お兄さまには王として後ろで構えていてほしかったのですが……眷属の大半を失った私がどうこう言えることではありませんわね」

 

 やれやれと言った感じに溜め息を吐くレイヴェル。

 直接的な戦力ではなく参謀としての役割を求められていたレイヴェルは未だに戦車しか倒せてない現実に顔をしかめた。

 女王はユーベルーナの独力での撃破であるため、レイヴェルの働きとは換算されない。

 

「予想外に抵抗されましたが、お兄さまが戦場に出てきた以上、リアスさまが敗北するのも時間の問題ですわね!」

 

 自信に満ちた笑い声を上げるレイヴェルに一誠は猛然と反論する。

 

「部長があんな焼き鳥野郎に負けるかよ!フェニックスだって無敵じゃねぇんだ!」

 

「確かに、フェニックスといえど再生能力には限界がありますわ。てすが、それには魔王級の力で押し潰すか、精神を叩き折るまで攻撃を続ける。えぇ。お兄さまが無防備を晒してリアスがさまの攻撃を全て真正面から受けるという奇跡が起きれば可能かもしれませんわね。そんな奇跡が起きれば、ですが」

 

 一誠の言葉に余裕の佇まいで正論を返すレイヴェル。一誠とて、フェニックスの話を聞いたときは本当に勝てるのかと思った。

 だが違う。勝たなければならないのだ。その為にも一刻でも早くこの場を切り抜けなければならない。

 

「一気に決めてやるぜ!」

 

 一誠がドラゴンショットの構えを取り、魔力を集め始めた。

 しかし―――――。

 

『Reset』

 

 無情にも倍加の時間が終わり、米粒程度の魔力しか集まらなくなった。

 

「ちょっ!ドライグ!こんな時に」

 

『悠長に話しなんぞしてるからだ相棒』

 

 倍加時間終了に伴う虚脱感が一誠を襲う。

 それにレイヴェルが笑みを深めた。

 

「また1からやり直しのようですわね。それにこちらの戦力も到着しましたわ」

 

「あ?どわっ!!」

 

 レイヴェルの言葉に疑問を覚える一樹だったが上から落ちてきた爆炎で否応なしに事態を理解する。

 襲い来る攻撃を避け終えるとひとりの女性が空に立っていた。

 

「お早いご到着で……」

 

「これで数の上で負けはありません。むしろユーベルーナひとりでもあなた方を消し飛ばすことも可能でしてよ」

 

 自信満々に言い放つレイヴェルに一誠が歯をギリッと鳴らした。

 まだ再倍加には時間がかかる。あんな空爆を避けながら戦うことは難しかった。

 そんな中、祐斗の口から提案がなされた。

 

「一樹くんとイッセーくんはこのまま部長の下に向かってくれ。ここは僕と白音ちゃんがなんとかする。いいかな?」

 

「それしかないですね。部長の婚約自体はどうでもいいですが、アレに負けるのは我慢なりません」

 

「だったら俺がここに―――――」

 

「イッセーくんの倍加は僕たちの要さ。君が倍加の譲渡を部長か一樹くんに行えばフェニックスと云えどタダでは済まないはずなんだ」

 

「すぐに片付けて追い付く。私たちの足の速さは知ってるでしょ?」

 

「だけど!」

 

「行くぞ、兵藤」

 

「日ノ宮!!」

 

 肩を掴んで先を促す一樹にイッセーが声を上げた。

 

「ふたりが心配ならさっさと部長のところに行ってライザーを倒してゲームを終わらせりゃいい。ここで固まっててもしょうがねぇだろ。それともこのまま部長を無視するか?」

 

「っ!?」

 

 一誠とて解っている。このゲームは(リアス)がやられれば終わりだ。

 何よりも優先しなければいけないのはリアスに勝利をプレゼントすること。

 これは元よりそのための戦いだった。

 目の前のことに集中して目的を見失うことは許されない。

 

「わかった……グズグズして悪ぃ。ふたりとも!絶対追い付いて来いよな!」

 

「ま、お前たちが終わる頃にはこっちも終わらせとく」

 

「なにやら相談しているようですが、私たちがそれを許すとお思いで?」

 

「行かせてもらうさ。ハァ!!」

 

 祐斗が新たに作った魔剣で振り下ろして強大な砂埃を巻き上げさせた。

 

「古典的な手を!」

 

 僅かに視界が封じられる中で一誠と一樹が校舎に向かって行くのが見えた。

 

「行かせませんわ!美南風!」

 

「はい!」

 

 レイヴェルの指示で僧侶の美南風は術を行使しようとするが、それは叶わなかった。

 

「まずは厄介な術者から……」

 

 砂埃と同時に自らの小柄な体躯と気配を消す隠形。そして速度を活かして急速に敵に接近した。

 白音は懐から1本の苦無を取り出して容赦なく喉に突き立てた。

 刃を引き抜く際に蹴りを追加する。

 

 そして祐斗も立ち竦んでいるわけではない。

 まだ砂埃が晴れる前に聖魔剣を投げつけてシーリスの体に刺し当てた。

 剣士として使いたくはなかった手だが、属性を付与しただけの魔剣で行う遠距離攻撃では不安が残り、直接剣を投げつけた方が確実という判断だった。

 決まれば良し。防がれればそのまま祐斗自身で斬りかかる。そして目論見は上手くいったようだ。

 

『ライザーさまの【僧侶】1名。【騎士】1名リタイア』

 

 グレイフィアのアナウンスが流れる。

 既に一誠と一樹の姿はなく、この場に残されたのは4人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の屋上に急ぎながら階段を駆け上がる。

 

「ふたりとも、大丈夫だよな……」

 

「今は気にしても仕方ねぇ。それにふたりとも俺らより強いしな。大丈夫だろ。向こうには白音も居るわけだし」

 

「いくら白音ちゃんだって相手は空飛んでんだぞ!」

 

 悪魔ではない白音は空が飛べない。一誠が知る限り強力な飛び道具もなかった筈だ。

 これでは攻撃すらできないではないか。

 

「さあな。でも今からやる気出す感じだったしなんとかすんだろ」

 

「は?」

 

「やる気になった白音は強ぇぞ。はっきり言って俺じゃ足手まといにしかならない」

 

 ゲームが始まった頃の白音は自分の仕事をやればいいよねといった消極的な感じだったが運動場を離れる際には少し積極的になっていたように思える。

 理由は不明だが、あれならどうにかするだろ。

 その証拠に校舎に入る時にふたり脱落させたようだし。

 なによりふたりに比べて弱い自分達が白音と祐斗の心配など余分な思考でしかない。

 今は目の前のことに集中すべきだ。

 

「そろそろ屋上だ。意識を切り換えろな。部長、勝たせんだろ?」

 

「あ、あぁ!」

 

 目付きが変わった一誠を見て一樹は内心笑みを浮かべた。

 人柄はまったく反りが合わないが、こういう切り換えの早さは感心する。

 まぁ、目の前のことに全力と言えば聞こえはいいがひとつのことに目を向けすぎて余裕がなくなるだけなのだろうが。

 

 屋上の扉を開けるとそこにはリアスとアーシア。そしてライザー立っていた。リアスは制服が所々焼けているのに対してライザーは服に傷ひとつついてない。

 

「部長ぉ!兵藤一誠!ただいま到着しました!!」

 

「イッセー!」

 

「イッセーさん!」

 

 屋上に着くと同時に一誠は声を上げてリアスとアーシアが喜びの声を上げる。

 それを見て一樹が俺は?と思ったが口にはしなかった。

 ライザーそんな一誠たちを見て一瞬舌打ちしたが、すぐに鼻を鳴らし笑みを浮かべる。

 

「ユーベルーナたちが見逃したのか虚を突かれたのかわからんが、よくここまで来たな。その一点だけは評価してやるよ」

 

「随分と上から目線だな、おい」

 

「当然だろ。どの道お前たちはここで終わりだ。俺に勝つ可能性は万が一にもない。が、ここまで辿り着いた褒美に俺直々に手を下してやる。だがその前に」

 

 ライザーが指をパチンと鳴らすとアーシアの足元に魔法陣が出現し、彼女は魔法の檻へと拘束された。

 

「アーシア!?てっめぇ!!」

 

「我鳴るな。下手に回復されて時間を長引かせてもお前たちが可哀そうだと思っての処置だ。僧侶を倒してもよかったが、戦う力のない女に手を上げるのは気が進まなくてな。その檻は俺の女王を倒さない限り消えないぜ。つまり、お前たちは回復手段を失ったってわけだ」

 

 肩を竦めながらリアスに目を向ける。

 

「リアス、もう投了(リザイン)するんだ。詰んでいることは君も既に悟っているだろう?」

 

「ふざけないでライザー!まだ勝負はついてないわ!」

 

 ライザーの警告にリアスは猛然と反発する。

 

「ライザー!アーシアは動けないけどこっちは3人いるんだ!ここで王であるお前を倒してやる!!」

 

「ハッ!成りたての下級悪魔に少しばかり特殊な力を持つ人間が加わったところでな。リアスの力も俺には及ばないことは証明された。だが最後だ!お前たちの悪あがきに少し付き合ってやる。お前たちの力が不死鳥に通用するかなぁ!」

 

「上等だ!今すぐそのニヤケ面を叩き潰してやる!」

 

「兵藤と意見が一致するのは癪だが、嘗められっぱなしは気に食わねぇんでな」

 

 一誠は赤龍帝の籠手を構え、一樹は槍を構える。

 そんなふたりを見てリアスは不敵に笑った。

 

「ライザー!貴方が侮った私たちの力で敗北の味を教えてあげるわ」

 

 その声を合図に最後の戦いが鐘を鳴らした。

 

 

 

 



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19話:2つの戦い

 運動場の戦いはオカルト研究部が誇る最速のふたりが回避に専念する形だった。

 ユーベルーナの放つ弾幕に白音も祐斗も迂闊に近づけないでいる。

 白音に至っては高く飛ぶユーベルーナに近づく術すらなく、ただ落ちてくる空爆を動き回って回避するだけで精一杯だった。

 祐斗は悪魔の翼を広げてどうにか近づこうと接近を試みるが、大小問わず放たれる攻撃に回避に専念せざる得ない。

 

「ふふ。やはり成す術がありませんわね。それで私たちを倒すとよく言えたものですわ」

 

「……浮いてるだけのくせに何を自慢げに!」

 

 嘲笑するレイヴェルに白音は小さく悪態を吐いた。

 

「あら?そちらは行き止まりですわよ?」

 

 ユーベルーナの爆撃に動きを操られ、建物の壁に追いやられた。これでひとり、とレイヴェルが勝ち誇った笑みをするがその予想は覆される。

 

 白音は壁に足をかけるとそのまま水平に駆け上り、まるで下と横の重力が入れ替わったかのように平然と壁を地に移動している。

 

「な、なんですのアレ!?」

 

 白音は気を足に集めて吸引力を作り、足の裏に壁をくっ付けて走っている。

 気が少なすぎれば吸引力が生まれず多ければ弾かれてしまう。

 しかし白音にとって体の一部位に気を集めて壁を走る程度は呼吸をするほどに簡単だった。

 

「ま、まぁいいですわ。少々驚きましたがアレではこちらに攻撃を届かせることは不可能。動く的でしかないことに違いありませんわ」

 

 少しばかり驚かされたがレイヴェルの中で白音は既に脅威足りえなかった。

 ならば優先して倒すのは——————。

 

「ハァッ!!」

 

 僅かに動きを止めたユーベルーナに祐斗は聖魔剣を手に突撃した。

 相手も即座にそれを察して障壁を展開する。

 

 剣と盾が衝突し、光を放つ。

 裕斗の聖魔剣はじりじりとユーベルーナが作り出した魔力の盾に進行していった。

 

(行けるっ!!)

 

 確信し、そのまま刃を進ませるが、ユーベルーナは不敵に笑った。

 

「大したものだわ坊や。でもね貴方。爆薬反応装甲ってご存知かしら?」

 

 瞬間、魔力の盾は裕斗に向かって爆発を起こした。

 

「がッ!?」

 

 油断した!地に墜とされながら祐斗は自分の迂闊さに唇を噛む。

 相手の女王は空が飛べる自分が倒さなければいけなかったのに。

 

(ごめん……みんな……)

 

 約束が守れなかったことを心の内で謝罪する。

 だが、自分の横を白い影が通過した。

 

 堕ちる自分を横切ったのはいつの間に跳躍していた白音だ。

 彼女は祐斗と目線が合うとその唇で動かした。

 

 ——————後は任せてください。

 

 そう言ったのを理解すると白音は祐斗の体を足場にしてさらに跳躍し、ユーナベールに接近した。

 落下物を足場にする白音の身体能力と自分を足場にしたことに唖然としながらも口元を吊り上げる。

 

 ——————うん。後はお願いね。

 

 心の中で呟くと同時に裕斗の体は地に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 祐斗を足場にした白音はそのまま左手に持った苦無をユーベルーナの眉間を目掛けて投擲する。

 魔力の盾を爆発させたことで次の障壁を張るのに時間がかかる。故に苦無を防ぐことは不可能。

 

「馬鹿にしないでくださる?」

 

 ユーベルーナは単純に首を動かし、向かってきた苦無を避けた。

 

「これでも私はライザーさまの女王よ。この程度の投擲物が避けられないわけないでしょう」

 

 心の内ではここまで喰らいついてきたリアスのゲストに称賛しながらもこれで終わりと確信する。

 身動きが取れない空中なら一撃。念を押して3発も放てば倒せるだろう。

 そう結論し、杖から爆撃の魔法を放とうとすると、自分をなにかが覆った。

 

「え?」

 

 見上げるとそこには下から向かってきたはずの白い少女が先ほど避けた苦無を手にしてユーベルーナの頭上を取っている。

 その事実が理解できず、呆然としてしまったのが仇となった。

 下にいた時は気づかなかったが白音の右手には何かがある。

 それはまるで、小さな台風。

 

「もらい、です!」

 

 その右手を容赦なくユーベルーナの体に叩きつけた。

 

「ぐふっ!?」

 

 攻撃を喰らった瞬間。ユーベルーナは瞬きの間すら許されないほどの速度で地面に叩きつけられた。

 

(成功した!)

 

 螺旋丸。

 それが白音が5年以上かけて完成させた切り札だった。

 気を乱回転させて球状に圧縮し、留める。理論としては単純だが精密な気のコントロール。特に圧縮し留めるのは全力の力を完璧にコントロールしなければならないため、完成には至ったのは先の合宿の時だった。

 姉の黒歌のアドバイスをもらいながらもどうにか形にしたこの技はまさに必殺の一撃と言える。

 合宿時になんとか発動時間を短縮させることに成功したが7秒かかり、維持も40秒と短い。何より両手が塞がる上に意識を集中するために動けないときた。

 裕斗がユーベルーナに突撃して障壁を貫いている間に完成させてどうにか決めたのだ。

 

(せめて五秒以内にそれも片手で使えるようにならないと実戦じゃ使えないかな。術の構成中は完全な無防備になるし)

 

 今回はチーム戦だったことと、レイヴェルが傍観に徹していたからこそだった。

 そうでなかったら技が完成する前にやられていただろう。

 

 落下の感覚が襲うと同時に白音はもう一本の苦無を取り出してレイヴェルの居る方角に投げる。

 苦無の柄に巻かれているのは転移符の目印であり、自身の持っている転移符を発動させて空間跳躍を行っている。

 難なのは、自作できず、姉の手製ということで自分の力とは言えないところで、一度使うと効果が消えてしまうところだが。

 

 レイヴェルのすぐ近くに転移して蹴りを叩き込み、そのまま顔を鷲掴みにして地面へと降下させる。

 ふたり分の落下音が響く。

 

「ゲホッ!?こ、っの!やってくれますわね!フェニックス家の息女たるこの私に……!」

 

「関係ない。あなたはここで確実に潰す」

 

 白音は一度両の手をパシンと合わせた後に掌底で胸を突く。

 

「嘗めないでくださいましっ!?」

 

 追い打ちをかけようとする白音にレイヴェルは炎を使い、距離を取った。

 

「へぇ。攻撃、出来たのね」

 

「私とてフェニックス家の女。炎と風の扱いでそこらの者に後れを取るつもりはありません!」

 

 闘わないのはてっきり戦闘能力が皆無のお嬢さまだからだと思っていたがそれなりに心得があるらしい。

 

 レイヴェルの方もまさか自分を除いた眷属全てが倒されるなどと思っておらず、自分が戦うことに苛立ちを感じていた。

 

「こうなっては仕方ありませんわね。貴女はここで私が討ち取りますわ!」

 

「やれるものなら……!」

 

「いきま———————イタッ!?」

 

 レイヴェルは実戦で初めて自身の炎を奮おうとした。だがそこで腕に違和感を覚えた。

 

「なんです—————―ひぃっ!?」

 

 自身の腕を見て普段では絶対出さないであろう声が出た。

 見ると、レイヴェルの右腕は溶けて、骨が見えていた。

 それを認識したと同時に言いようのない苦痛がレイヴェルを襲う。

 

(な、なんですのこれは!私の腕がどうして溶けて!それになぜ治らないんですの!?)

 

 混乱が増す頭をどうにか動かしレイヴェルは懐からある小瓶を取り出す。

 それは、フェニックスの涙と呼ばれる。フェニックス家のみが製造でき、高額で取引される貴重な治癒アイテムだった。

 如何なる傷をも癒すフェニックスの涙はレーティングゲームが始まってからは特に重要なフェニックス家の特産品であり、フェニックス家はこれにより巨万の富と地位を得ていた。

 それを嫉妬する他の家からは成り上がりなどと言われているのだが。

 ゲームでは2つまで持ち込みが許可されており、今回ライザー陣営はレイヴェルとユーナベールがそれぞれこのアイテムを所持していた。

 それを自身に振りかけ、傷を癒そうとする。だが。

 

「ど、どうしてフェニックスの涙が効かないんですの!?」

 

 このゲームの切り札であったアイテムが全く効果を及ぼさず、レイヴェルの頭はさらに混乱を極める。

 次第に痛みは腕だけでなく、腹部からも同様の痛みが走る。

 混乱した頭でレイヴェルは自分のお腹を確認すると腹部の肉が溶け、自らの腸がだらりと垂れてくるのが見えた。

 それを認識した瞬間、彼女の理性は決壊した。

 

「い、いやぁぁああああああああああああっ!!?」

 

 絶叫を上げてレイヴェル・フェニックスは意識を手放した。

 

 

 

「メンタル弱すぎ……」

 

 それを見ていた白音は呆れたように溜め息を吐く。

 意識を失ったのは傷ひとつない少女。

 彼女が認識していた傷は全て白音がかけた幻術だった。

 

 幻術には主に2種類存在する。

 魔力でなにもない場所に立体映像を作るタイプ。

 もうひとつは相手に催眠をかけて術者の思い通りに世界を誤認させるタイプ。

 前者は広範囲で効果があるが、見破りやすい。浅くて広い術。

 後者は単体でしか発動が難しく、破るのが困難な狭く深いタイプ。

 白音が使ったのは後者。

 もっとも白音の催眠幻術は覚えたてで未熟なため、ある程度術に精通していれば容易く看破され、破られてしまうものだ。

 レイヴェルに効いたのはただの経験不足だろう。

 多少の訓練は受けていても実戦で幻術をかけられる経験など皆無だったからと白音は推測する。

 ましてや頼りにしていた女王が倒されて本人が思っていた以上に動揺していたようだ。

 

「もっと色々試したかったんだけど……」

 

 幻術が効かなければ仙術での攻撃がどれだけ効果があるか、とか。ライザーと戦う前に確かめたいことがあったのでもう少し頑張って欲しかったのが本音だ。

 

「上手くすれば精神攻撃だけでも有用と知れたのは収穫かな」

 

 白音は既にレイヴェルのことを意識から外してライザーをどう狩るか思案している。

 たかだか悪魔が自分の家族を飼うなどと表現したのだ。その喧嘩は何倍の値で買わなければならない。

 強いて言うなら二度と戦いなどできないほどにトラウマを植えつけてやろう。

 そう決意して校舎に入ろうとすると何かが降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、らぁっ!?」

 

 ライザーとの戦闘は一誠と一樹の2人がかりで相手をしていた。

 リアスは目まぐるしく動く3人の動きに自慢の滅びの魔力では味方を攻撃してしまうと機を狙っていた。

 

 槍ときどき聖火を操りライザーに向かう一樹。

 女王に昇格(プロモーション)し、底上げした身体能力と倍加の力を全面的に推しだしてライザーと拳を交える一誠。

 普段の仲の悪さが嘘のように連携を取っている。

 どちらかが片方だけなら多少苦戦してもライザーの敵ではなかっただろう。

 しかし、2人がかりだと話は違ってくる。

 

「この、糞餓鬼どもがぁ!!」

 

 ライザーがフェニックス自慢の炎を放つ。

 

「どけっ兵藤!!」

 

 一樹が一誠を庇うように立ち塞がり、炎をその身に受ける。本来人間など焼き殺すことの容易い炎。しかし例外は存在する。

 

「効かねぇよ!!」

 

 多少焼け焦げた跡はあるものの大したダメージも負わずにかまわず槍を振るう一樹。打撃でダメージを与えようとも槍という射程のアドバンテージが取られている一樹に炎を除けば肉体以上の射程がないライザーは思うように近付けないでいる。なぜなら—————。

 

「倒れろぉ!」

 

 一誠が喰らいついて何度も拳を受けながらも倒れることなく戦っているからだ。

 物理的な頑丈さで一誠が盾になり、炎の耐久力に優れた一樹が炎をやり過ごす。

 しかしそれで一方的な戦いかと言われればそうではない。

 

「邪魔だ!」

 

 ライザーの放った蹴りが一樹を飛ばし、拳で一誠を後退させる。

 炎や再生能力の厄介さはもちろんだが、その格闘能力も相当な高さだった。

 

「チッ!頑丈な奴だ。それに生粋の炎使いは火炎に対し強い耐性を持つと言うが、この俺が人間の小僧ひとり下せないとはな……」

 

 忌々し気に2人を睨みつけるライザー。

 対して一誠は一誠は確かな手応えを感じていた。

 

(勝てる!このまま行けば勝てる!部長を勝たせられるぜ!)

 

『いや、ダメだ相棒』

 

 勝利を確信した一誠にドライグは無情の宣告をした。

 

『Reset』

 

 倍加の終了を知らせる合図が籠手から告げられた。

 

「クソ!こんな時に!でもまた1から倍加すりゃっ…………!?」

 

 再び倍加を開始しようとするが、一誠の体に急激な虚脱感が襲う。

 

「イッセー!?」

 

「イッセーさん!?」

 

 突如膝をついたイッセーに後ろにいたリアスとアーシアが声を上げる。

 

『今日何度倍加の力を使った?もう相棒の体力は限界だ。これ以上は命に係わる。昇格の負担込みでな』

 

「そんな……!?」

 

 ドライグの言葉に一誠は苦渋で顔をしかめた。

 やっとここまで来たのに、と。

 

「いや、かまわねぇドライグ!このまま倍加を……!」

 

「させると思うか?」

 

 膝をついた一誠にライザーは近づくと首を掴んで持ち上げる。

 

「拍子抜けする結果だがお前はよく頑張ったさ……。正直、お前たちがここまで辿り着けるとは思ってなかったからな」

 

 首を掴まれながらも自分を睨みつけ戦意を衰えさせない一誠にライザーは鼻で笑う。

 

「ふん。ここに来てまだ折れないか。その諦めの悪さだけは大したもんだ」

 

「うるせぇ!誰がそんな世辞いるかよ!!」

 

「ライザー!イッセーから手を離しなさい!」

 

 滅びの魔力を手に集めて叫ぶリアスにライザーは口元を吊り上げる。

 

「おぉ、怖い怖い。言われなくてもすぐに離してやるさ。こんな風になっ!!」

 

 ライザーは大きく振りかぶって一誠を投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた一誠は屋上の貯水タンクに激突し、壊れたタンクから水を被っている。

 

「イッセーさん!?」

 

「まだ意識は失っていないようだがあの様子じゃもう動けまい。次は……」

 

 ライザーは一樹に接近して蹴り入れるが、槍で防がれた。

 

「反応は悪くない。だがなっ!」

 

「っ!?」

 

 そのまま力押しで一樹を蹴り飛ばした。

 槍を手から落とした一樹がそれを拾う前にライザーは炎を噴出させる。

 

「さっきまでとは比べ物にならん熱量だ。これに耐えられるか試してやる!」

 

 向かってくる炎に一樹は流石にマズイと感じ、自身も炎を放ち、防ごうとする。

 炎と炎がぶつかる。

 相性という点では聖火を使う一樹に軍配が上がるも単純な熱量と勢いにおいてライザーに圧倒的なアドバンテージがある。

 一樹の炎はじりじりと押し込まれていった。

 

「ハッ!その程度で不死鳥の炎を防ごうとはなぁ!貧弱貧弱ゥ!」

 

 じりじりと迫り来る炎に一樹は苦悶の表情で思案すると突如大きく息を吸って勢いよく吹いた。

 

「なにぃ!」

 

 吹いた息は炎へと変わり僅かな拮抗を生んだ。

 両手だけの炎では足りないと判断した一樹はとっさに息に気を乗せて炎と変化させたのだ。

 息が切れたと同時にお互いの炎が終わる。

 

「はぁっはあっはあっ!クソッ!舌焼けた!」

 

 口元を抑えながら呼吸を乱すも自身の炎をやり過ごして見せた一樹にライザーは苛立ちと僅かな称賛を覚えた。

 一樹は落ちた槍を拾おうとせず握った拳に炎を纏わせる。

 

「槍を使わなくていいのか?」

 

「兵藤がいない以上、槍を使ってもどうせアンタには通じそうにねぇしな。一番慣れ親しんだ(これ)で戦う」

 

 槍が通じたのはあくまで2対1という状況だったからだ。俄仕込みの槍がこの男に通用するとは思えない。

 覚悟を決めて一樹は構えを取る。

 

「いくぞ」

 

 一樹は疾走し、ライザーに拳を放つ。

 直接聖なる炎に触れるのは不味いため、ライザーは回避を選択。そしてカウンターで一樹の腹を突いた。

 

「アガッ!?」

 

 腹部を貫かれた一樹は盛大に血を吐いた。

 正直に言えば、リアスの兵士を倒した瞬間、ライザーは目の前の人間を嬲ると決めていた。

 リアスが投了を決意するまで、リタイアを許さずに痛めつけ、リアスの精神(こころ)を折るつもりだった。

 それを一撃で勝負を決めにかかったのはライザーなりの敬意だった。

 自分の炎を防いだ時、一樹が限界だったことをライザーは察していた。

 それでも戦意を衰えさせない目の前の人間を嬲る気にはなれず、こうして一撃で確実に倒す。

 腹を貫き致命傷だが、すぐに医療室に運ばれれば死ぬことはないだろうと考えて。

 しかしそこで一樹の最後の抵抗を見せた。

 腹を貫かれたまま一樹はライザの胸に手を添えて炎を生み出した。

 

「なっ!?」

 

 すぐに一樹から体を離すライザー聖なる炎を浴びたことで顔を苦痛に歪ませる。そして倒れる一樹の顔を見るとそこには一矢報いたぞと言わんばかりに笑う人間の顔があった。

 舌打ちしてこの場から消える一樹を見届ける。しかし、ライザーの危機はまだ去っていなかった。

 殺気を感じたライザーが振り向くとそこにはいつの間にか近づいたリアスが集めた滅びの魔力で同時に牙を向く。

 

「消えなさい、ライザー!!」

 

 解放された黒い魔力。それを反射で躱すも左腕が消し飛ばされた。

 聖火を受けていたライザーは消された腕の再生にしばらくかかることを察したがその前に残った右腕でリアスの腕を掴む。

 

「少しお転婆が過ぎるなリアス!まさかここに来て君が動くとはっ!」

 

「イッセーも一樹もこの戦いに勝つために限界以上の力を振り絞ってくれたわ!私はあの子たちのためにもこの勝負を投げることだけは許されない!」

 

「その心構えは立派だがなリアス。既に君を守る者はいない。まさか下で戦ってる下僕が助けに来るなどと期待してるわけではないだろう?君は本当の意味で詰んだんだよ!これ以上の悪あがきは自分だけでなく家にも泥を塗ることになるぞ!」

 

 ライザーの勧告をリアスは鼻で笑った。

 

「貴方こそ何を勘違いしているの?私の可愛い兵士(イッセー)はいつリタイアしたというのかしら?」

 

「なにを?」

 

 言っていると続けようとしたが、その時、ライザーの耳に声が届いた。

 

「部、ちょぉおおおおおおおおを!はなせぇええええええええええええっ!!!」

 

 悪魔の翼を広げた一誠が一直線にライザーへと体当たりをしてリアスから離させると敵の体にしがみついた。

 

「赤龍帝!貴様、どうして!?」

 

「日ノ宮が時間を稼いでくれた!アーシアが治してくれた!!だから俺はまだ戦えるっ!!」

 

 屋上から飛んだ瞬間、ライザーはリアスの僧侶が既に解放されていることに気付いた。

 

 ライザーが一樹と炎を衝突させている最中、アーシアは魔力の檻から解放されており、彼女はすぐに一誠の治療に取り掛かっていた。

 炎のぶつかり合いにより、自身の女王と僧侶。そしてリアスの騎士がリタイアしていることに聞き逃していた。

 さらにアーシアとリアスが後ろにいたことで彼女の存在を意識から外していたこともある。

 しかし、一誠のほうも負った怪我はアーシアに最低限治療してもらったが完治には程遠く失った体力も戻っていない

 それでも僅かな休息で取り戻した体力を倍加に費やし、こうしてライザーに突撃をかましている。

 

「この!離せ!」

 

「はなすかぁ!?」

 

 これが本当に最後のチャンスだ。これで仕留めなければ敗北は確定する。

 だから一誠はライザーに顔面を幾度殴られながらもその体を離そうとしなかった。

 

「屋上からのダイブだ!墜ちろ焼き鳥ヤロォオオオオオオオオオオッ!!」

 

 最後の攻撃手段として選んだのは特攻と屋上からの身投げ。これ以外の方法が一誠には思いつかなかった。

 倍加によって上げられた加速力でそのまま校庭へと激突する。

 

 隕石が落ちたかのような音と衝撃が響く。

 舞い上がった砂埃から一誠は体をボールのようにバウンドさせて出てきた。

 

「ははっ!もうほんとに動けねぇ……でもこれならあの鳥野郎も……」

 

『今の奴は再生能力が遅延しているからな。これほどのダメージだ。只では済まんだろうさ』

 

 地に這い蹲って笑う一誠。

 どうしようもなくみっともない姿だが、今の彼を嗤う者はいないだろう。

 限界まで力を振り絞った彼を。

 

「……嘘、だろ」

 

 砂埃が晴れると一誠は視界に入ったそれに絶句した。

 見ると、そこには高そうなスーツは見る影もないほどボロボロで素肌を晒し。それでも不敵に勝ち誇った笑みを浮かべて立っているライザーの姿だった。

 

 仕留められなかったのか。

 アレだけ周りの力を借りて、自分は倒しきることが出来なかったのだ。

 立ち上がろうと体に力を込めるが、僅かに身じろぎするだけで碌に動けない。

 それどころか、一誠の意志に反してゆっくりと瞼が落ちていく。

 

「ち、くしょう……っ!?」

 

 部長の笑顔を守れなかった。仲間の想いにも応えられなかった。

 それが情けなくて一誠は一筋の涙を流す。

 

「わりぃ……みんな……ぶちょう…………」

 

 喉からそれだけを絞り出し、一誠の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 



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20話:目が覚めて

今回でライザー編は終了です


 一誠が目を覚ましたのはレーティングゲームから丸一日と少し経った昼前だった。

 

「ってえ!?」

 

 まだ疲労とダメージが抜けきっておらず、ベッドから起き上がると痛みが走る。

 

「ここ、俺の部屋か?」

 

 見渡すとそこには慣れ親しんだ自分の部屋であった。

 

「お、目ぇ覚めたか」

 

 声が聞こえ、方角を向くとそこには椅子に座っている一樹と壁にもたれかかっている祐斗がいた。

 

「木場!日ノ宮!」

 

「目覚めの気分はどうだい。水飲む?」

 

「あ、あぁ……」

 

 コップに注がれた水を受け取り飲み干すと様々なことが思い出された。

 初めてのレーティングゲーム。

 敵の眷属を倒してどうにかライザーの下へ辿り着いたこと。

 そして、最後に笑っていたライザー。

 それらを思い出して一誠は冷たい汗を噴出しながら恐る恐る訊いた。

 

「なぁ。ゲームは、どうなったんだ?」

 

「覚えてねぇのか?」

 

「ライザーと一緒に校庭に落ちたところまでは覚えてるけど……なぁ!部長はどうなったんだ!?」

 

 一樹の腕を掴んで揺さぶる。

 

「おちつけよ。そんなに力いっぱい握られたら痛ェだろうが」

 

「あ、悪い……」

 

「ま、なんだ。頑張ったんじゃないかゲーム」

 

「そうだね……僕たちはそれぞれ全力を尽くした……」

 

 ふたりは一誠から顔を逸らす。

 その仕草が結果を物語っていた。

 

(あぁ、俺たちは負けたのか)

 

 それを理解すると一誠の目から自然と涙が落ちる。

 情けなかった。あれだけ大口を叩いて結果を掴みとれなかった自分が。

 頑張った?全力を尽くした?

 結果が伴わなかった過程にどれだけの意味あるのだろう。

 

「ち、くしょ———————」

 

 そう叫び出そうとしたとき、部屋のドアが開かれた。

 

「あらイッセー。目を覚ましたのね!」

 

「イッセーさん!よかったです!」

 

「へ?」

 

 現れたのは私服姿のリアスとアーシアだった。

 アーシアなどは感極まってイッセーに抱きついている。

 リアスの様子はとても負けた者とは思えないほど晴れやかな顔だ。

 混乱する一誠は周りを見渡すと一樹がどこから取り出したのか紙で作った看板に【ドッキリ(笑)】という文字を見せてくる。

 祐斗の方も口元を抑えてプルプルと震えているのが見えた。

 それを見た瞬間にイッセーはキレた。

 

「ざっけんな!てめぇどういうつもりだぁ!!!?」

 

「なんていうかさ。受験合格を先に知るとメールとかでひたすら頑張れよ、とか。別々になっても俺たち友達だから、とか。やたらと励ましのメールを送って不安を掻き立てたくならね?そんな感じ」

 

「ぶっ殺す!」

 

「寝てろバカが」

 

 一樹は一誠にボディブローをかまし、無理矢理ベッドに倒す。

 

「まだ疲労が抜けてねぇんだ。主に筋肉痛とかな。おとなしくしてろよ」

 

 俺も痛いと顔をしかめる。

 

「だったらあんな冗談するんじゃねぇ!?」

 

「それはそれ。これはこれだろ」

 

「ごめんねイッセーくん。ちょっと悪ノリが過ぎたね」

 

 謝る祐斗に対して一樹は反省の色なしだった。

 落ち着いたあと、一誠が事の顛末を訊く。

 

「それで、どうやってライザーを倒したんですか?俺が最後に見たのはのは校庭に叩き落として立ち上がったライザーだったんですけど……」

 

「そう。そうね。あなたはそこで意識を失ったのですものね」

 

「はい……」

 

 もしかしたらそのあと部長か、残っていた白音が倒したのかもしれないと一誠は推測する。

 

「結果だけ言うとね。ライザーを倒したのは貴方よ、イッセー」

 

「えぇっ!?でもアイツ立ってたんですよ!?」

 

「貴方がリタイアした瞬間、ライザーも気が抜けたのでしょうね。そのまま崩れ落ちてしまったわ」

 

「で、でもアイツは不死身の筈ですよね?」

 

「それは一樹のお陰ね」

 

「日ノ宮の?」

 

「この子がリタイアする瞬間にライザーを自分の炎で炙ったのよ。一樹の炎は聖なる炎。それを受けたライザーは不死の力を僅かに阻害されてしまった。そこであんな捨て身の攻撃を受けたんですもの。流石に堪えきれなかったみたい」

 

 リアスの説明を聞いて一誠は全身の力が抜ける思いだった。

 思いつきで取った行動も意味があったのだ。

 リアスはさらに続ける。

 

「一樹だけじゃないわ。もし祐斗と白音が敵女王を倒せなかったらアーシアを解放できなかった。アーシアが一誠の治療を行わなければ一誠はどのみち動けなかった。これはあのときみんなで勝ち取った勝利だわ!」

 

 上機嫌に話すリアスに一誠は戸惑う。

 その時のことを覚えていないからどうにも実感がわかないのだ。

 ついでに言うならリアスの恋愛に対して口出ししないことも両親に確約させたらしく、彼女は自由の身となった。

 ただ、婚約を破棄されたフェニックス家との関係は僅かばかり荒れたがこれは仕方がないだろう。

 

「それで明日なんだけど。今回の件のお礼も兼ねてちょっとしたパーティーを開こうと思うの。郊外にあるホテルなのだけれど——————」

 

 場所を聞いて一樹は冷や汗を流す。

 

「部長。そこって確か駒王町でもかなり高いホテルなんじゃ……」

 

 リアスが指定したホテル会場は駒王町でもかなり豪勢なホテルであり、予約を取るだけでも一苦労。というか学生身分で予約が取れる場所では断じてない。

 何せ、高級官僚や大企業のパーティーなどでも使われる場所で、雑誌やテレビなどにも何度か紹介されている筈だ。

 建物に入るだけでもそれなりの格好が求められるほど。

 いくら何でも高校生の個人的なパーティーにしたら値が張りすぎている。

 

「ええ。そうなのだけれど。このホテルを予約したのはお兄様なのよ」

 

「魔王様が?」

 

 リアスの答えに一誠が首を傾げた。

 

「非公式とはいえ、レーティングゲームの初勝利を祝ってのプレゼントだとか。ソーナたちも呼んで。イッセーのご両親も招待してるから。一樹もお姉さんを連れて来てもかまわないわ。格好は一応制服でね」

 

「はぁ……」

 

 まあ、山を所有するほどの財力があるのだ。高級ホテルを予約するくらい造作もないのかもしれないと一樹は考えを改める。

 

 一樹は知らなかった。そのホテルの株主が実はリアスの兄であるサーゼクス・ルシファーであることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、これは無駄になってしまったようだね」

 

 手にした紙をひらひらと泳がせてサーゼクス・ルシファーは苦笑していた。

 それは、もしもの時に用意していた転移の札だった。

 もしリアスがライザー・フェニックスに敗北した場合、最後のチャンスとして眷属の誰か。この場合兵藤一誠だろうか。を転移させ結婚場に乱入させる段取りがあった。

 正直に言えばサーゼクス自身リアスが勝てる可能性はかなり低いと見積もっていただけに今回の勝利は喜ばしいものである。

 もしこの保険を行えば、自分の魔王としての評価に傷が入ることは間違いない。

 それでも妹には思うがまま生きて欲しいと思う自分は相当な兄馬鹿だろう。

 

「それもこれもあの2人のおかげかな」

 

 机に置いてある2つの資料に目を通しながら眉間には僅かに皺が寄る。

 

「まさか、あの事件の被害者である2人がリアスに手を貸してくれたとはね。感謝の念は尽きないが、複雑ではある」

 

「あの2人をリアスお嬢さまから引き離しますか?」

 

 側に控えていたグレイフィアの提案にサーゼクスは苦笑して首を横に振った。

 

「よろしいのですか?」

 

「今回、2人はリアスの恩人だ。無下に扱うことはしたくない。それに我々は本来、彼に謝罪する立場だよグレイフィア」

 

「ですが……」

 

「それにリアスたちとも友好な関係を築いている。しばらくは様子見をしたい。手荒な真似もしたくないしね。甘いかな、私は……」

 

「私は、貴方の決定に従うだけです」

 

「そうか。そうだね、グレイフィア」

 

 以前、リアスが日ノ宮一樹と猫上白音について調べた時にサーゼクス自身その調査結果を一部隠蔽した。

 多少おかしな点は有れど、彼らが普通の生徒に思えるように。

 それが良かったのか悪かったのかサーゼクス自身が判断出来ないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめぇな、これ……」

 

 件のパーティーが始まってから一樹は料理に舌鼓を打っていた。

 最初ホテルの敷居を跨ごうとしたときはあまりの場違いさに胃が痛くなりそうだったが、見知った相手しかいないこの状況で次第に肩の力も抜けてしまった。

 このホテルの従業員は全てリアスの家の者。つまり悪魔であるらしく、気兼ねする必要はないらしい。

 

「食べてるかい?」

 

「見ての通りだ。食ってる食ってる」

 

 皿に山盛りにされた料理を見せると祐斗は苦笑した。

 反対に祐斗の方はちょこんとサラダが少し乗ってる程度だったが。

 

「白音ちゃんも随分馴染んできたね。前までは誰とも関わろうとしなかったのに」

 

 少し離れたところでアーシアと一緒にいる兵藤夫妻と談笑している。

 僅かながら笑みを浮かべている白音に一樹は内心ホッとしていた。

 

「いつまでも壁作ってるわけにもいかねえだろうしな。善い傾向だよ」

 

 前に白音が悪魔が嫌いとは聞いていたが少しずつ歩み寄ることが出来ている。

 もっとも今のところ積極的に話すのはアーシアぐらいだが。

 

「そういえば、兵藤と匙って仲良かったんだな」

 

「うん。なんだかんだで気が合うみたい。匙くんも以前、将来は出来ちゃった結婚したいっていってたし」

 

「……そうか。最低だな。ただ単に同類だったわけだ」

 

 もっとまともな奴かと思ってたのにと思いながら盛ってあるパスタ料理を食す。

 

 周りを見渡すとゼノヴィアや朱乃はシトリー眷属と話をしている。どうやらレーティングゲームのことを話しているらしい。

 

 そこで奇妙な組み合わせを発見した。

 

「姉さんと部長たち……?」

 

 そこには一樹と白音の姉、黒歌とリアス、ソーナが一緒の場所にいた。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね、猫上黒歌さん」

 

「ええ。お久しぶり」

 

 リアスとソーナが話しかけると彼女は予想通りと言わんばかりの態度で応じた。

 ただ、酒が入ってるせいか頬が僅かに上気し、同性から見ても色っぽく見える。

 

「今回はお招きいただきってお礼を言うべきかしら?」

 

「それには及びません。今回、お世話になったのはこちらですから」

 

「そう。あの子たち……というか白音も、少しは上手くやってるのね」

 

 姉のような母のような表情でアーシアと一緒にいる白音に目線を向ける。

 

「で?まさか世間話をするために話しかけてきたわけじゃないでしょ?というより、話があるから今日呼ばれたのよね、私」

 

 手にしたグラスの酒を楽しみながら黒歌はリアスとソーナを見据える。

 この地の管理者である彼女たちからすれば自分のようなイレギュラーの正体が知れないのは不安なのだろう。

 今日この場に呼んである程度、それを払拭したかったのか。

 そう言う意味では一般人も紛れているこの場はうってつけと言えた。

 だがなまじ黒歌との実力差がわかるからどう切り出せばいいのかわからずにいる。

 そんなふたりに黒歌は年上として話を振ることにした。

 

「何が聞きたいの?このお酒や料理も美味しいし、気分がいいから話せることは話すわよ」

 

「では私から。以前、猫上白音さんは悪魔が嫌いだと仰っていたと聞きます」

 

「そうでしょうね」

 

「なら貴女も……」

 

「好き嫌いで言うなら嫌いよ。悪魔には昔色々と酷い目にあわされたしね。人生を狂わされるほどの」

 

 口調は軽いがその眼が笑っていないことに2人は気づいていた。

 この話を事細かく話す気はないのだろうとも察した。

 

「ならばなぜ貴女の家族をオカルト研究部に置いているのですか?そもそもうちの学園に通う必要もなかったのでは?」

 

「ま、そうね。でもそうも言ってられなくなりそうだからね」

 

「は?」

 

「私や白音個人は悪魔が嫌いよ。でも一部の馬鹿がやらかしたことをいつまでも恨んで、全体を見ないフリしても良いことなんてないって話」

 

「貴女は……」

 

「でもこれだけは覚えておきなさい。悪魔の駒やそれに付随するあれこれで泣きを見た人だっているってことを」

 

「それは、どういう……」

 

 リアスが更に踏み込もうとするが、黒歌はそこで話を切った。

 

「暗い話はここまで!私はあっちで食べてるから。あ、デザートも期待してるわよ?」

 

 それだけ言って黒歌はその場を去って行った。

 

 リアスとソーナが何も言えないでいると、別方向から声がかかった。

 

「部長!これめっちゃ美味いっす!」

 

「会長!こんな隅っこでどうしたんですか!」

 

 話しかけてきたのは彼女らの兵士二人だった。

 

「いえ、少し世間話をしていただけです」

 

「あ、部長!俺の両親が今回のパーティーに招いてくれたお礼が言いたいって言ってるんですけど」

 

「えぇ。すぐに向かうわ」

 

 リアスは頭を切り替えて兵藤夫妻の下へ足を動かす。

 そこであることを思い出した。

 

「そういえば一誠。今回はありがとう。あなたのおかげで私は望まない結婚をしないで済んだわ」

 

「へ?いや!俺にとって部長のために戦うのは当たり前っていうか!俺だけの力じゃなかったしというか!とにかく!あんな野郎と結婚せずに済んでよかったです!!」

 

 しどろもどろに言葉を紡ぐ一誠にリアスはクスクスと笑う。

 そうしてリアスは一誠を頭を抱き寄せた。

 

「ぶ、ぶぶぶぶぶぶ部長!?」

 

「私からのお礼よ。このパーティもまだまだ楽しんで行ってね」

 

 そうして呆然とする一誠を置いてリアスは兵藤夫妻の下へ行って挨拶をした。

 その場を周りの目に留まらなかったのか、誰も一誠が顔を真っ赤にしている理由を察することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 




次話は三勢力の会談が書き終わったらまた投稿を再開したいと思います。


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幕間1:お買い物

今回は短いです。


 リビングの床に掃除機をかけながら一樹はソファーで寝そべっている我が姉を見る。

 下着の上にぶかぶかのTシャツ1枚というだらしない恰好。

 暑さが辛くなってきた季節にクーラーの効いたリビングはさぞや心地いい空間だろう。

 白音は別の自室で取り込んだ洗濯物にアイロンをかけている。

 こうして家事に勤しむ弟妹だが姉がそれを手伝わないのは一家の大黒柱、だからではなく単純に二人の仕事が増えるからだ。

 風呂掃除をすれば何故か浴室の外まで水浸しにし。窓拭きを頼むとガラスに傷が付くどころか罅が入り砕け。アイロンなどを任せれば7割の衣類をダメにする。

 そんなわけで基本黒歌に家事はさせないということで猫上家では満場一致している。

 まあ、これでも家族内のことで済めばまだマシで、以前洗濯機を買い替えた時など全裸で運送員の前に出てちょっとした騒ぎになった。

 仕事ではしっかりしているらしいがそれ以外がダメな人の典型。それが黒歌である。

 

「うしっと!こんなもんか」

 

 粗方掃除機をかけ終わり、伸びをする一樹。

 その時、ポケット入っていた携帯が鳴った。

 

「あ?」

 

 誰からかと思い携帯を取り出すと差出人は桐生藍華だった。

 

『やぁ、日ノ宮元気~』

 

「元気だよ。珍しいな、お前が電話くれるなんて」

 

『いやいや!アンタに言われたくないわ。そっちなんてまったく連絡してこないじゃん!』

 

 一樹が連絡するときは本当に必要最低限。前にメールを送ったのも中学時代に風邪で学校を休んだ時に『ノート貸して』で終わるほど簡素なモノだった。

 

「そうだっけか?なんでもいいけどな。それよりどうした?」

 

『うん。ちょっとね。買い物、付きあってくれない?』

 

 その日の予定が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お!アーシアにはこういう白い水着が似合うんじゃない?ゼノヴィアっちはこっちの動き易そうなやつ!白音はこっちの水色のが———」

 

 デパートの水着売り場でワイワイとはしゃぎながら少女たち。

 藍華が似合っていそうなお勧めを紹介してそれをゼノヴィア、アーシア、白音が選んでいる。

 日ノ宮一樹はというと。

 両手に多くの衣料品やらなにやらが入った袋を大量に持って少し離れた位置から4人の少女を眺めている。

 この買い物の趣旨はゼノヴィアの必需品の購入だった。

 

 今日、朝からゼノヴィアが暮らすマンションに遊びに行った藍華とアーシアだったが中を見て愕然とした。

 何にもないのだ。

 衣服は必要最低限。テレビなどの娯楽品はもちろん、棚ひとつもないという殺風景。

 一応、悪魔に転生してから家具を揃える資金は渡されていたらしいが、どう使っていいのかわからずに未だに最初から備え付けられていた物以外は使用していないらしい。

 元々教会で質素倹約を旨に生活していたゼノヴィアだ。いざひとりで好きにしていいと言われてもどうすればいいのか首を傾げるばかりだったようだ。

 そこで家具などに詳しい白音と荷物持ちの一樹に連絡がきたというわけだ。

 ついでに時期的に水着も買おうという話になり、この場所まで移動したわけだが。

 

「まぁ、いいんだけどな……」

 

 案山子のように立ちすくみながらため息を吐く。

 買ってあるのはゼノヴィアの買い物ばかりではなく他の3人が購入した物も含まれる。

 さっきから周りがこちらをチラチラ見ているのが気になるが、あの中に入っていく勇気は一樹にはない。

 そう思っていたら向こうからお声がかかった。

 

「お~い日ノ宮ぁ~。ちょっとこっち来て~」

 

 藍華に呼ばれて一樹は顔をしかめて足を進める。

 

「なんだよ……」

 

「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいでしょ」

 

「女性の水着売り場なんて男にとっちゃ鬼門なんだよ!」

 

 ぶっちゃけ居るだけでも恥ずかしい。

 

「うん。ま、そんなことはどうでもいいわ」

 

「はっ倒すぞテメェ……!」

 

 引き攣った笑顔のままドスの効いた声で一樹は藍華の額にデコピンをお見舞いした。

 

「で?俺になんか用か?」

 

「男の日ノ宮から見てアーシアたちに似合う水着ってどれか意見を聞きたくて—————ほら、アーシアが兵藤を悩殺できそうなやつとか選んであげて」

 

 最後は小声で一樹に耳打ちする藍華。

 それについて一樹の答えは単純だった。

 

「知らねぇよ兵藤の嗜好なんて。なんか露出の多い水着でも選べばいいんじゃねぇか?」

 

「う~ん。やっぱりそう思う?でもそれだとアーシアの清楚さとかが損なわれる感じじゃない?」

 

「そうだな。てかさ、それなら最初から兵藤連れてくればよかったんじゃねぇか?アーシアと一緒に住んでんだろ?」

 

「わかってないわね。こういうのは内緒にして着る機会が来た時に見せた方がインパクトあるでしょ」

 

「そんなもんかね……」

 

「そういうもんよ。ほら、アンタは白音の水着でも選んであげなさい。あの子もどれ買うか悩んでるみたいだから」

 

 言われて一樹は白音に話しかけた。

 

「あぁ、どれか悩んでるって?」

 

「うん。やっぱり私の身長だとね」

 

 自分の体格に僅かなコンプレックスを抱く白音は子供用の水着を見て自嘲気味に笑う。

 こういうのを選ぶとき白音はいつもどうして姉さまみたいに、と呟いている。

 悩んでいる白音に一樹は目に留まった水着を指さす。

 

「白音、コレとかどうだ?」

 

 一樹は1着の水着を指さす。

 それは濃い青色を基本に白い水玉模様の入ったフリル付きの水着だった。

 

「これ、似合うと思う?」

 

「そう思うから選んだ。白音の好みに合わないと思うなら無理して—————」

 

「じゃあこれにする」

 

 あっさりと決めて水着を手に取る白音。

 

「いいのかよ?」

 

「うん。いっくんが選んでくれたから……」

 

 そう言ってはにかみながら笑みを浮かべた。

 

 

 

 それを少し離れで見ていた3人は眺めていた。

 

「うう。やっぱり私もイッセーさんに選んでもらいましょうか」

 

「それは次の機会にとっときなさいアーシア。まずは不意打ちで勝負よ!」

 

「不意打ちですか!?」

 

「そう不意打ち!水着選びって親しさっていうか、ある程度遠慮がいらない関係じゃないと上手く行かないらしいし。今回はそれらを縮めるためのステップなのよ!」

 

「よくわからないがそういうものなのか?」

 

「そーゆーもんよ」

 

 

 

 

 その後、アーシアやゼノヴィアの分も候補を上げて一樹が選ぶことになった。

 買い物が終わった後はまだ時間が余っていたためゲームセンターに行くことになった。

 最初は慣れないゲームセンターの騒音に戸惑っているアーシアとゼノヴィアだったが桐生や一樹の勧めで幾つかプレイしていってゼノヴィアはリズム系のゲームやレーシング系で素人とは思えない成績を出し、アーシアはUFOキャッチャーに興じたが一向に取れず、白音に取ってもらっていた。

 

 

 一通り遊んだゼノヴィアに一樹は缶ジュースを手渡して話しかける。ゼノヴィアも礼を言って受け取った。

 

「楽しんだか?」

 

「うん。教会ではこうした施設に触れる機会がないからね。新鮮だった」

 

「そっか」

 

 缶ジュースに一口つけると溜め込んでいたものを吐き出すように話し始めた。

 

「正直、もっと上手くやれると思ったんだ」

 

「ん?」

 

「レーティングゲームの時さ。聖剣使いである自分なら簡単に部長を勝たせられる。そう慢心していたんだ。だが私は武器の力を自分の強さと過信していた。私はデュランダルをちっとも使いこなせていないということが先のゲームで痛感させられた」

 

 デュランダルの力は確かに強力だ。あの剣なら大抵の相手は一蹴できる。

 だがそれはゼノヴィア自身の力ではない。

 聖剣に頼っていてはすぐに限界が訪れる。

 あのゲームでゼノヴィアはそれを痛感させられた。

 

「色々考えて煮詰まっていた時に今日の誘いを受けてな。いい気分転換になった」

 

 別段答えが出たわけではないが、、ひとりで悶々と考えても答えは出ないと分かった。

 

「悪魔に転生して一か月足らず。本当に気づかされることが多い」

 

 最後にそう呟いたゼノヴィアはとても嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、白音ちゃん!大事にしますね!」

 

「いえ、これくらいは……」

 

 大事そうに白音が取った犬だかネズミだかよくわからないつぶらな瞳をしたずんぐり体形の人形を抱きしめている。

 

「白音ちゃんはこういった場所にはよく来るんですか?」

 

「たまに気分転換で」

 

「そうですか」

 

 余りおしゃべるとは言えない白音の返答にアーシアは特に気分を害した様子はない。

 そんな2人にいつの間にか桐生が近づいてきた。

 

「お!取れたんだ」

 

「あ、はい。白音ちゃんが取ってくれました」

 

「ほうほう。優しいわね白音」

 

 ニヤニヤと白音の方を見る藍華に本人は少しだけ眉をしかめる。

 

「そろそろ一樹とゼノヴィアと合流してなんか食べましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日はあっという間に過ぎ、アーシアやゼノヴィアと別れた。

 

「今日はありがとね」

 

「荷物持ちくらいいいけどな」

 

 言って藍華の荷物を手渡す。

 

「それもあるけどね。ゼノヴィアっちと話してくれたでしょ」

 

「話を聞いただけだ。俺から何か言ったわけじゃねぇ」

 

「あっそ。それはいいのよ。最近ゼノヴィアっちなんか元気なさそうだったからね。ちょっとは元気出てくれて安心したわ」

 

「そっか」

 

 藍華なりに友人であるゼノヴィアを気遣ったのだろう。それで今日の買い出しは都合が良かったというところか。

 それじゃまたねとお互い別れた。

 

「今日は楽しかったね」

 

「そうだな」

 

 なんでもない当たり前の1日。

 それがどれほど尊いのか。

 それを本当に自覚するのはもう少し先の話。

 

 

 

 




桐生は初期案だとサブヒロインで白音との三角関係とか展開される筈でした。

話の大本と関係ない上に纏めきれる自信がないのでボツにしましたが。


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21話:魔王との出会い

「冗談ではないわ!」

 

 一誠が悪魔の仕事を終えて帰還した後に彼の話をリアスは声を上げてテーブルを叩いた。

 事の起こりは一誠が最近のお得意になったとある依頼人のことだ。

 その依頼人はほぼ毎日大した願いも請わずに一誠を召喚していた。

 だが言われた願いと言えばパンを買ってこいだの釣りに付きあえだの別に悪魔を呼び出すほどのことではない願いばかり。

 今日も買ったレースゲームを一緒に遊ぶという程度のものだったらしい。

 しかし報酬は良く。高価な宝石や時に今では失われた筈の魔導書なども譲ってもらっていた。

 そんなわけで無下にする事も出来ずに今日も願いを叶えるためにゲームに興じる。

 そこまではいつも通りだったが、ゲームが終了したと同時に契約者が正体を明かした。

 十二枚の黒い翼を広げて彼は自分をアザゼル。堕天使の頭だと名乗った。

 

「確かに近々この町で悪魔、天使、堕天使の三竦みで会談が執り行われるわ。でもまさかこの町に居て私の下僕に接触していたなんて……」

 

 爪を噛んでリアスは憎々し気にまだ見ぬ堕天使に不信感を募らせる。

 

 コカビエルの一件から三大勢力の首脳陣で会談を行うことが決定した。

 しかし組織のトップともなれば簡単には都合がつかず、スケジュールを調整して一月ほど時間が空いてしまった。

 リアスやソーナも事件に関わった者として場に呼ばれ、説明の義務を負っている。

 そんな中、堕天使のトップが赤龍帝の宿主である一誠に接触してきた。

 

「堕天使総督であるアザゼルは神器に強い興味を持っていると聞いているわ。きっとイッセーが赤龍帝の籠手の所有者だから接触してきたのね。まったくなんてことよ!」

 

 もし一誠が自分の知らないところで捕まっていたら。そう考えるとリアスの中で寒気が走る。

 大抵の相手なら今の一誠でも逃げることくらいは可能だろう。

 だが相手は堕天使総督。その実力は間違いなくコカビエルを凌駕する。

 こちらが真正面から挑もうが知恵を凝らして挑もうと一蹴してしまうだろう。

 闘えば勝ち目無し。それでもライザーの時に死に物狂いで勝利を掴み取り、弟のように可愛がっている一誠を見殺しにする選択肢はリアスにはなかった。

 

「一応、近々会談がある以上は向こうも不用意な行動は取らないと思うけど……」

 

 以前コカビエルが言っていた。アザゼルは二度と戦争はしないと。

 だがここでグレモリーの眷属である一誠に手を出せば戦争とはいかないまでも険悪な関係は逃れられない。

 この微妙な情勢で一誠に何かするメリットは少ないのだ。

 しかし事実として向こうは接触してきた。何が目的で?

 

 考え込むリアスに突如声がかかる。

 

「アザゼルは昔からああいう男だよ、リアス」

 

 声の方角に立っていたのは紅髪をした男性とグレイフィアが立っていた。

 その男性を見ると祐斗と朱乃は跪く。

 

 リアスはわなわなと震えだし、他の面々は誰?と首を傾げている。誰かがその疑問を口にする前にリアスから答えがあった。

 

「お、お兄さま!どうしてこちらに!」

 

「お兄さまぁ!?」

 

 リアスの答えに一誠が声を上げた。

 初めて会う魔王に一誠は一気に緊張が増す。

 一樹と言えば魔王という肩書がピンと来ず、リアスの兄以上の認識がない。

 問題はアーシアの隣で菓子を食べていた白音だった。

 

「白音ちゃん。どうしたんですか?怖い顔して?」

 

「なんでもありません……」

 

「ならいきなりガン飛ばすなよ。失礼だろ」

 

「……っ!」

 

 一樹が言うように白音はまるで親の仇でも見るようにサーゼクスを見ていた。

 指摘されて白音は大きく息を吐いていつもの無表情に戻る。

 

「寛いでくれたまえ、今日はプライベートで来ている」

 

 手で指示を出すと祐斗と朱乃が体勢を崩した。

 

「お兄さまはどうしてこちらに?」

 

「なにを言うんだリアス。もうじき授業参観があるだろう?私も参加しようと思ってね。可愛い妹が勉学に励む姿を間近で見たいものだ」

 

 サーゼクスは授業参観の内容が書かれたプリントをひらひらと泳がせて説明する。

 そんな兄から視線を逸らし、グレイフィアに問いかける。

 

「グ、グレイフィアね?お兄さまに伝えたのは」

 

「はい。学園からの報告はグレモリー眷属のスケジュールを任されている私の耳に届きます。むろん私はサーゼクスさまの女王でありますので主への報告は怠りません」

 

 グレイフィアの言葉聞くとリアスが嘆息する。

 

「そしてその報告を受けた私は都合をつけ、こうして妹の授業参観に参加するわけだ。あぁ、安心しなさい。父上も都合をつけてこちらに来ると言っていたから」

 

「そういうことではありません!お兄さまは魔王なのですよ?仕事をほっぽり出して一悪魔を特別視するものではありませんわ」

 

「そのことなら問題ない。むしろこれは仕事の一環でね。予てより噂されている三大勢力の会談。それをこの学園で執り行うことが決定した。これはその下見でもある」

 

 サーゼクスの発言にこの場にいる全員が大きく目を見開いて驚きの表情をする。

 

「そ、それは本当ですかお兄さま!」

 

「あぁ。コカビエルの一件はこの学園が大きく関わっていたし。会談を行うにも十分な広さがある。今回の件を話をするのはこの場所が最適だと判断された。それに私個人としてもリアスの新しい眷属や協力者に会いたかったしね」

 

 サーゼクスはリアスから視線を外すと後ろにいる部員たちに向ける。

 

「初めまして。私が現ルシファーの名を賜っているサーゼクスだよ」

 

 にこやかに挨拶をするサーゼクスに対して初めの一歩を踏み出したのはゼノヴィアだった。

 

「まさかこんなにも早く魔王へのお目通しが叶うとは思わなかったな。私はゼノヴィアという。リアス・グレモリーに戦車の駒を授かっている」

 

「報告は聞いている。まさか教会の聖剣使いが妹の眷属になったと聞いた時は耳を疑ったよ。先のレーティングゲームを観戦していなければ今でも信じられなかったかもしれない」

 

「我ながら思い切ったことをしたという自覚はある。今まで教え、育てられてきたモノに背を向けたことを後悔していないとは言えない。それでも悪魔に転生したことで得られたものがあったのも事実だ。行き場をなくした私に居場所をくれた部長には感謝している」

 

 転生した当初は色々と頭を抱えていたゼノヴィアも今ではある程度折り合いが付けてあるらしい。

 次に前に出たのは一誠とアーシアの2人だった。

 

「えっと初めまして魔王さま。部長の兵士で兵頭一誠といいます」

 

「アーシア・アルジェント、です」

 

 2人はやや緊張しながらも挨拶をする。

 サーゼクスはそんな初々しい2人の姿を苦笑しながらも好ましく思った。

 

「よろしく頼むよ。特に一誠くんはレーティングゲームでよくリアスの力になってくれたしね。魔王という立場上、表立って感謝することはできないが、リアスの兄として礼を言わせてほしい」

 

「い、いえそんな!?俺は部長の兵士ですから!部長のために全力を尽くすのは当たり前っていうか……」

 

 いきなり魔王に礼を言われて一誠はあたふたと言葉を並べる。

 そして最後にリアスの協力者である2人に視線を向けた。

 

「あ~どうも。日ノ宮一樹です」

 

「猫上白音、です」

 

「いや、だからなんで普段ゼロの愛想がマイナスになってるんだよ!」

 

 サーゼクスを睨めつけるように見上げる白音に一樹は軽く小突いた。

 一樹自身魔王という肩書はどれほどのものなのか想像もつかないが少なくとも先輩の身内にする態度ではない。

 子供の様に顔を背ける白音に一樹は嘆息してサーゼクスに頭を下げた。

 

「なんかすみません……」

 

「いや、いいんだ。彼女が私たちに敵意を向けるのは当然だ」

 

「は?」

 

 サーゼクスはそのまま白音の前に立つ。

 

「私は君たち姉妹が悪魔を快く思わない理由を知っている」

 

「……っ!?」

 

「悪魔を許してくれとは言わない。だが、私たちはこれから色々なことを善くしていくつもりだ。信じてくれとは簡単に口には出来ないがね」

 

 そう言った後にサーゼクスは僅かに頭を下げる。

 

「君たちに辛い思いをさせて、済まなかった」

 

 その行動に誰もが言葉を失った。

 魔王であるサーゼクスが妹の協力者とはいえ、ひとりの少女に頭を下げたのだ。本来なら有り得ないことだろう。

 

「いまさら―――っ!?」

 

 顔を赤くし、泣きそうな顔で声を上げようしたが白音はそれを自制した。

 

「…………っ!!」

 

「お、おい白音っ!?」

 

 白音はサーゼクスから逃げるように部室を出て行く。

 どうするかなと考えるなら一樹にサーゼクスが肩に手を乗せる。

 

「行ってあげなさい。彼女には君が必要だ。しっかりと支えてあげなさい」

 

 言われて一樹は頷くと自分と白音の鞄を持ってすみませんと頭を下げて後を追った。

 そんな一樹を皆が無言で見送った後にリアスがサーゼクスに問いかける。

 

「お兄さま、今のは……」

 

「騒がせてすまないね、リアス。そして悪いがこの件は私の口から話すことはできない」

 

 口調は決して厳しいものではなかったが、有無を言わさない圧があった。

 そのサーゼクスの態度にリアスは固唾を飲んだ。それでもこれだけは確認しておきたかった。

 

「わかりました。ですがこれだけはお聞きします。お兄さまは、彼女の過去と何か関係があるのですか?」

 

 リアスの質問にサーゼクスは首を横に振る。

 

「私個人は彼女の過去に何ら関与していないよ。彼女たちを知ったのも私は知る立場にあっただけだ」

 

 ある意味これは予想通りの答えだった。先ほどの会話からサーゼクスは自分ではなく悪魔を、と言っていた。

 どこかの悪魔が起こした事件。それに猫上姉妹が関わっていると推測する。

 

 しかし、リアスは気づいていなかった。

 サーゼクスの言う彼女たちという言葉には猫上姉妹だけではなく、日ノ宮一樹も含まれていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ……鞄、持ってきたぞ」

 

 一樹が白音を発見したとき、彼女は人気のない廊下の隅で膝を折って震えている体を抱きしめていた。

 無言で一樹から鞄を受け取った白音は決して目を合わせようとはしなかった。

 

「……聞かないの?」

 

「白音が話したくないっていうなら聞かない。知りたいって気持ちはあるけどな。前にも言ったけど、白音たちが話したいって思ったときにでも話してくれればいいんだよ」

 

 隠し事なんてきっと大なり小なり誰だって持っている。それを無理矢理聞くのは相手の心に土足で踏み入り、傷をつける行為だ。

 他人にとっては馬鹿馬鹿しく見えても本人にとってはその秘密が大事なことだってある。

 それを無遠慮に暴こうとするほど日ノ宮一樹は無神経な人間ではなかった。

 

「俺にとっては白音と姉さんが一番大事だから。何があっても2人の味方だ。それだけは変わらない。変わらないから」

 

 一樹の言葉に白音はただ顔を俯かせていた。その肩を微かに奮わせて。

 白音はそのまま一樹の背後に回るとその背に自分の顔を埋める。

 

「いっくん……わたし、本当はね……ほんとうは……」

 

 そこから先の言葉は続かなかった。

 いったい何を言いたかったのか一樹にはわからない。

 それでも、ただ一樹は白音の震えが収まるまで、そのまま何も言わずに立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お遊びが過ぎるんじゃない?」

 

「何がだよ?」

 

「赤龍帝を毎日家に連れ込んで剰え正体を明かしたことに決まってるでしょ」

 

 呆れるように答える黒歌にアザゼルは楽し気に笑った。

 

「今代の赤龍帝の器がどの程度のモンか興味があったからな。正体を明かしたのはま、どうせ三大勢力の会議で顔を合わせるんだ。いま知っても大した問題じゃない」

 

「それはそうだけど……」

 

「コカビエルを逃がしたときは今回の会議に持ち込むのは駄目かとも思ったが、案外すんなり了承したな。どこももう戦争は懲り懲りだって身に染みてるわけだ」

 

 なぁ?と視線を送るアザゼルに黒歌はそっぽ向く。

 

「別にコカビエルを逃がしたのは私のせいじゃないわよ。遊び過ぎたあの子に言うのね」

 

 コカビエルを逃がしたのはアレが逃げを選択する確率は低いと思い込んでいたのも事実だがそれ以上に勝負を決めずに長引かせた白龍皇の落ち度でもある。

 それにアザゼルはまぁいいと話題を変える。

 

「それで、頼んでおいた件の調査はどうなっている?」

 

「例の一団とコカビエルはやっぱり無関係だったわ。誘いはあったみたいだけどね」

 

「だろうな。あいつが今更誰かの下に就くとは思えねぇ。でも錚々たる面子が揃ってんだろ」

 

「ええ。魔王争いに敗れた旧魔王派に神器使いで構成された人間の集まり。それに教会を脱したはぐれエクソシストもね。思惑はそれぞれみたいだけど、一匹の龍の下に集いつつあるわ」

 

 黒歌は手にしていた資料をアザゼルに投げ渡す。

 

「戦争に懲りた奴もいるならまだまだ足りないって奴もいるわけだ。めんどくせぇ」

 

 資料をパラパラと読みながら忌々し気に舌打ちする。

 

禍の団(カオス・ブリケード)か。早々に手を打たねぇと大きな火種になりそうだぜ」

 

 

 

 

 




一樹は一誠が言っているアザゼルがお隣のアザゼルだと思ってません。
同名の別人だと思ってます。

白音は気づいているけど黙ってるだけです。


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22話:プールと白い龍

 今日は日曜日だが学園への登校日だ。

 以前、生徒会からオカルト研究部で引き受けていたプール掃除。

 その報酬として学校のプールの初使用権を約束されており、部長であるリアスはその条件で快諾した。

 プールの水を抜いた槽の苔を取るのに汗だくになる毎日。

 それもこの日のためだと思えば報われるというもの。

 

「白音、準備は良いか?」

 

「うん。問題なし」

 

 前に魔王サーゼクス・ルシファーが訪れた次の日。

 この件に関しては追及しないように言い含められていたらしく余計な追及はされなかった。

 それでも少しの間ただでさえ僅かな溝がある白音とグレモリー眷属との間に言いようのないぎこちなさこそあったが、白音と仲の良いアーシアなどの行動もあり、以前と同じ程度には関係が落ち着いていた。

 

 学園のプールに着くとまず聴いたのは兵藤一誠の叫び声だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?最っ高ぉおおおおおおおおっ!!?」

 

「うるせぇな……」

 

 リアスと朱乃の水着を見て鼻血を垂らしながら声を張り上げる一誠に一樹は耳を塞いで顔をしかめる。

 確かに2人の格好は色々と際どい。

 大事なところをギリギリ隠す程度で布地の少ない赤と白の水着だ。

 彼女たちが一級の美女であることも加味して一誠のような反応になるのもわからなくはない。

 まぁ、一樹からすればよく学校のプールであんなの着れるなぁと感じるのだが。今日はオカルト研究部の貸切りだからだろう。

 それと2人が自分の容姿に絶大な自信もあるのだろう。

 

 

 そんな風に一誠がリアスと朱乃の姿に見惚れていると少し遅れて白音とアーシアがやって来た。

 

「お待たせしました」

 

「お待たせ、いっくん……」

 

「おう。あぁ、それ着てきたのか」

 

「あ、はい。せっかく選んでくれたので」

 

 白音とアーシアが着ていた水着は以前デパートで桐生と一樹が選んだものだった。

 桐生の案では布地の少ない水着を選んでいたがどうせそういうのはリアスとかが着るだろうという一樹の意見により、対照的に布地の多い水着を選んだ。

 胸元と腰回りにフリルの付いたアーシアの神器に合わせた淡い翠色のワンピースタイプの水着。

 もっとも一誠はリアスと朱乃の水着に釘付けになって鼻の下を伸ばしているのだが。

 流石に気づきもしないのはなんなので一樹は一誠の尻に蹴りを入れた。

 

「ッテェ!なにすんだよ!」

 

「アーシアが来たぞ。なんか言ってやれよ」

 

 クイッと親指で指差す。

 そこには自分が来ても気づいてもらえなかったことに涙目で頬を膨らますアーシアが居た。

 

「ご、ゴメン!アーシア!!」

 

「いえ、いいんです。部長さんたちと比べたら私なんて……」

 

 自虐的に笑うアーシアに一誠が冷や汗を流しながらフォローに入る。

 

「そ、そんなことはないぞ!その水着もすごく似合ってる!感動した!」

 

「本当ですか?」

 

「あぁ!アーシアらしい清楚な感じがして良いと思うぜ!」

 

「えへへ!ありがとうございます!」

 

 そんな感じに機嫌が戻ったアーシア。それを見て嘆息する一樹。

 白音はそんな一樹に話しかけた。

 

「どお、いっくん」

 

「似合ってるよ。暗い色もイケると思うけど。やっぱり白音は明るい色とかの方が合うよな」

 

 黒とかそういう暗い色はどっちかというと黒歌の方が似合うだろう。

 

「ありがと、いっくん。選んでくれて」

 

「俺のセンスも悪くないだろ?」

 

「うん」

 

 僅かに口元を上げて笑う白音。

 

「それよりゼノヴィアはどうした?一緒だったよな?」

 

「水着を着るのに慣れてなくてもう少しかかりそう。先に行っててくれって」

 

「そうか。じゃあ約束通り泳ぎ教えるか。さすがにに高校生にもなって泳げないのは恥ずかしいだろ」

 

「一言余計……」

 

 

 

 

 その後、泳げない白音とアーシアを一樹と一誠が少し離れた位置で教えた。疲れた白音が休憩に入るとひとりで泳いでいた祐斗と競争を始めたりした。

 負けた方があとで1本ジュースを奢る約束で。

 

「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」

 

「僕の勝ちだね、一樹くん」

 

「クソっ!速ぇ!」

 

 1往復で泳ぎの競争をした結果祐斗に白星が挙がった。

 大きく息を吐いて顔の水を払うと少し遠くでアーシアと朱乃が口論していた。

 しかしお互いに微妙に殺気立っている。

 

「珍しいな。どうしたんだ?」

 

「たぶん。イッセーくんのことじゃないかな。最近朱乃さんもイッセーくんが気になってるみたいだし」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

 言われてみれば最近朱乃が妙に一誠に優しかった気がすると思い返してみる。

 しかし、一樹はどっちにも味方する気はなかった。

 他人の恋路は所詮他人の恋路。多少気を遣う場面はあるだろうが積極的に関わりたい問題ではない。

 

 我関せずでいるとリアスが手を叩いて両者の矛を収めさせた。

 

「そういやゼノヴィアは遅くねぇか?」

 

「僕が泳ぎ終わった時にイッセーくんとどこか行ってたよ?」

 

「兵藤と?」

 

 何故か嫌な予感がする。

 

「ちょっと休憩がてらに様子見てくるわ」

 

 プールから上がって2人を探す。

 なんかここで探し出さないと後々面倒になると勘が告げていた。

 

 

 

 

 結果だけ言うと2人の捜索は至極あっさりと終わった。

 何故か二人は用具室にいて、抱き合っていた。ゼノヴィアが裸で。

 

「ひ、日ノ宮!?」

 

 こっちに気付いた一誠が冷や汗を流しながら焦っていたが。それを見た瞬間に一樹はあらゆることがどうでもよくなってしまった。

 

「お邪魔しました」

 

 そう言って用具室の扉を閉めようとすると隙間に一誠の指が割って入る。

 

「ちょっと待て!話を聞けぇ!!」

 

「すいません。勘弁してくださいよ。俺、なんにも見てませんから……」

 

「なんで敬語!いいから話を聞け!いえ聞いてください!つか、その犯罪者を見るような眼ぇ、止めろぉおおおおお!!?」

 

 余りにも必死な様子の一誠に一樹は溜息を漏らしながら扉を閉める力を緩める。

 

「で、なんの騒ぎだよこれは?」

 

「イッセーと子作りしようとしていたんだ」

 

「…………」

 

 冷たい視線を送る一樹に一誠は事情を説明する。

 

 今まで禁欲的な生活を送っていたゼノヴィアは悪魔に転生したことでリアスから自分のしたいことをしなさいと教えられた。

 しかし今まで戦闘一辺倒に過ごしてきた彼女に急にやりたいことなど見つかるわけもなく悶々と悩む日々が続く。

 これは教会の禁欲的な教えや生活もあるがそれ以上にゼノヴィア自身がそうしたことに興味が持てなかったことも大きい。

 そんな中でまず思いついたのが己の剣技を極めること。

 幼い頃から剣と共に育ってきた彼女にとって剣とは切っても切り離せない存在だった。

 だがこれでは以前と何ら変わりない。出来ればもうひとつくらいやりたいことはないかと探ってみたところ。どうせなら女でしかできないことをしてみたいと。そこで思いついたのが。

 

「子作りだったと……」

 

「うん。私も機会があって数回ほど出産に立ち会ったことがあってね。命が産まれる瞬間というのは私から見ても素晴らしいことだと思う。そして出産は女にしか出来ない」

 

 ゼノヴィアの言い分を聞いて一樹は頭を抱えた。

 リアスからしたらあくまで学生という身分で可能な範囲でやりたいことをやれと教えたのだろうが本人が曲解しすぎている。

 まぁ、やりたいことと言われて真っ先に出産を思いつくなんて誰も想像できないだろう。

 だがさすがに妊娠はマズイと思って一樹は噛み砕いて説明する。

 

「もし仮に妊娠したとしても、運がかなり良くて出産まで停学。ほとんどの場合は退学は逃れられないぞ。そもそも子供が出来て学生身分のお前にどうやって面倒見るんだよ?授業受けられないだろ」

 

「うむ。しかし純血はもちろんのこと転生悪魔の出産率も人間に比べて低い。そう簡単には受精しないんじゃないかな?順調にいっても5年から10年くらいは大丈夫だと思う」

 

「そうだとしても、万が一があるだろ。そうなったらお前ひとりの問題じゃなくなるぞ。兵藤やその親御さんにだって迷惑がかかるだろうし。別に今すぐ子供がいるわけじゃないんだ。面倒が見れない奴が親になったって被害を被るのは子供の方だと思うぞ」

 

 話しながら一樹はかつて自分を引き取った叔母を思い出していた。

 あれは元々引き取った子供(一樹)の面倒など見る気のない女だった。

 その結果として一樹は多くの痣や怪我。心と体に大小問わず傷を負うことになった。

 ゼノヴィアがアレと同じだとは思っていないが学生生活と兼ね合うのはどう考えても無理だ。

 責任を負えない人間が子供など作るべきではない。少なくとも一樹はそう思う。

 第一そうなれば学生生活を楽しんでほしいと彼女の生活を支援しているリアスに不義理を働くことになるだろう。

 そうなればだれも望まない結果になることは想像に難くない。

 アーシアや朱乃のこともある。

 

 珍しく険しい表情で自分を説得する一樹にゼノヴィアは居心地が悪そうに視線を逸らした。

 

「む、すまない。どうやら私の考えは浅はかだったようだ」

 

「いや、俺も少しキツく言い過ぎた。まぁわかってくれたんならいい」

 

「うん。だから今後私がちゃんと責任を終える立場になったら改めて私と子作りしよう、イッセー!」

 

「うぉおおおおおおおおおおおい!微妙に話が蒸し返されてるんですけどぉ!」

 

「付き合いきれねぇ」

 

 まぁ、自分で責任が取れると思うのならいいだろうと一樹はその場を後にした。後ろで一誠が助けを求めてたがハーレム王を目指すならそれくらい自分でどうにかしろと心の中で毒づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、戻って来た一誠とゼノヴィアを交えて遊びあっという間に陽が落ち始めた。

 想い想いに羽を伸ばした一行は校門の前でひとりの少年を見かける。

 白音が白に近い銀髪ならその少年は灰色に近い銀髪をした見目麗しい少年だった。

 

「やぁ、良い学校だね」

 

「えっと……まぁね」

 

 その少年はこちらに視線を送ると話しかけてきた少年に一誠が笑顔で答える。この学校には外国人も多いため、もしかしたら留学生かもしれない思っての対応だ。

 しかしその少年と視線を交わした瞬間にオカルト研究部のほとんどが言いようのない圧迫感を覚える。

 それは確信的なまでの死の予感だった。

 

「無防備だな……」

 

「あ?」

 

 先程笑顔を浮かべていた少年は失望したかのように嘆息した。

 

「俺はヴァーリ。白龍皇――――――【白い龍(バニシング・ドラゴン)】だよ」

 

 相手がそう名乗った瞬間、兵藤一誠の左手に宿る【赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)】が脈打った気がした。

 

「ここで会うのは二度目か。俺の宿敵くん」

 

 以前助けられたとはいえ、相手は明確な味方ではない。

 それも白龍皇はあのコカビエルを圧倒した程の実力者だ。あの合宿で多少鍛えられたとはいえ一誠は勿論、オカルト研究部総出で戦っても勝ち目のある相手ではない。

 警戒心が高まる中でヴァーリは一誠に指を近付ける。

 

「本当に無防備だな。俺が名乗った瞬間に神器を出現させるくらいの対応力が欲しかったがまさか棒立ちになるとは思わなかったよ。もし俺がこのまま君に魔術のひとつでもかけたりすれば—————」

 

 その言葉が終わる前に二刀の刃がヴァーリに向けられる。

 

「少し、お遊びが過ぎるんじゃないかな?」

 

「ここで二天龍の戦闘を認めるわけにはいかない」

 

 グレモリー眷属が誇る2人の剣士がそれぞれ剣を手にヴァーリの首にかける。しかし、その状況でも白龍皇は余裕の表情を崩さなかった。

 

「やめておくといい。今の君たちじゃ俺に傷ひとつ負わせることはできないよ。それも恐怖で怯えているその剣ではね」

 

 見ると2人が持つその刀身がカタカタと震えていた。

 

「相手との力の差が判るのは強い証拠だよ。誇っていい。だがらこそ理解しているだろう。君たちと俺とでは決定的なまでに力の差がある」

 

「それで、貴方は当学園になんの用かしら?」

 

 未だに目的が見えないヴァーリにリアスが問いかけた。

 

「俺の宿敵。今代の赤龍帝を間近で見ておきたかった。というのもあったが、今はそれ以上の興味の対象が君の傍にいたのでね」

 

「一誠以上の、興味の対象?」

 

 赤い龍と白い龍は戦う運命にある。いくつかの例外を除いて歴代の主たちはいつもそうしてきた。ならば、ヴァーリの言うそれ以上の興味とは一体?

 

「君だよ。あのコカビエルに手傷を負わせた聖火使い。名前は日ノ宮一樹だったか」

 

「は?俺?」

 

 指差された一樹は一瞬唖然とするが白音は2人の間に割って入った。

 

「目覚めたばかりの力であのコカビエルに一矢報いた炎。今はまだ俺の脅威には足りえないが鍛えればそれなりに楽しめそうだ。少なくとも今代の赤龍帝よりは期待が持てる」

 

 まるで品定めするような視線に一樹はとっさに炎を出しそうになるがそうなる前にヴァーリが話題を変えた。

 

「君たちはこの世で自分がどれくらい強いと思う?」

 

 突然話が変わり、全員が戸惑いの表情を浮かべた。

 

「この世界には強い者が多い。あの【紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)】と呼ばれるサーゼクス・ルシファーでさえ十指に入るかどうかというところだ。だが頂点は常に動かず、だ」

 

「どういうことだ?自分が一番強いとでも言いたいのかよ?」

 

「それはいずれ判る。だが俺じゃない。リアス・グレモリー。早く赤龍帝と聖火使いに自分の力を飼い慣らさせることだ。こちらの世界に関わった以上、弱いままではいつかは潰されてしまう。特異の能力があるならなおのことだ。もう彼らを見過ごせる段階ではなくなった」

 

 だから彼らを導くのは君の義務だと言わんばかりにヴァーリはリアスを見据えた。

 それにリアスは何か言い返そうとするが言えなかった。

 彼女自身、2人をどう道を指し示すべきか悩んでいたこともある。

 私に、2人の上に立てるほどの器があるのかと。

 

 その返答を聞くことなく白龍皇ヴァーリはその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消灯した自室のベッドで白音はひとり天井を睨めつけていた。

 思い起こすのは白龍皇が言った言葉。

 

 ――――――こちらの世界に関わった以上、弱いままでは潰されてしまう。特異の能力があるならなおのことだ。

 

「……関係、ない」

 

 小さな。しかしその声には確かな決意と怒りを込めて呟かれた。

 

「傷つけさせない。殺させない。いっくんを害する全ては私が排除する」

 

 力の有る無しなど関係ない。

 日ノ宮一樹を傷つける全ての存在が猫上白音の敵だ。

 たとえそれが白龍皇であろうと例外ではない。

 

「そのためには、私ももっともっと強くならなきゃ……」

 

 握った拳に誓うように、白音は鋭くその手を睨めつけた。

 

 

 

 

 




しかしプールの時、ホントに子作りして子供が出来たらどうするつもりだったんだろう、ゼノヴィア。


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23話:紅髪の魔王VS魔王少女VS黒猫

今回、タイトル詐欺になったかもしれません。


お気に入り200突破な上に評価バーに色がつきました!
この作品を投稿し始めた時はお気に入り20が目標。色がつくなんて想定もしておりませんでした。

皆様に感謝です!


「どう?お姉ちゃん似合うでしょ?」

 

「あぁ。似合ってるよ、姉さん」

 

「ふふん!でしょ?」

 

 ダークグレーの女性用スーツを着た黒歌がその姿を見せてくる。

 今日は公開授業。黒歌も当然保護者として参加する。

 去年の1年の時は一樹単体だった為にえらく目立ったが、今回は白音も兼ねてというより、そっちがメインで一樹はおまけだ。気も軽くなるというものだ。

 対して白音はホントに来るんですかと言わんばかりに覇気がない。

 黒歌が今更問題を起こすとは思わないが、それでも何かやらかすんじゃないかという不安があるのだ。

 まぁ、そんなことになったら後で痛い目見るのは黒歌なため滅多なことにはならないはずだが。

 

 

 張り切ってる黒歌を後に学園に着くと裕斗が話しかけてくる。

 

「今日の公開授業、黒歌さんも来るのかい?」

 

「まぁな。と言ってもメインは白音で俺はおまけだよ」

 

「そんなことはないと思うけど……」

 

 そっちは?とは訊かない。祐斗が既に独り身なのは知ってるからだ。

 

「公開授業の科目は古文か……まぁ、苦手分野ってわけじゃないな」

 

 この公開授業では親御さんだけでなく中等部の生徒も見に来る。後輩の前で恥をかきたくないから高等部生徒はそれなりに緊張するのだ。

 だが問題ない。日頃から予習復習を欠かさない一樹にとってこれくらいの難事は多少面倒くらいなのだ。

 

 ——————そう思ってた時期が彼にもあった。

 

 

 

 公開授業の時間が始まった。

 みんなが自分の机に置かれた意味不明な物体を凝視している。

 

 みんなの机に置いてあるのは和楽器だった。

 三味線だった。

 ワケガワカラナイヨ?

 頭に?を浮かべる生徒に古文の先生は自信満々に言い放った。

 

「今日は公開授業ですので特別なことをやります。皆さんの机に置かれた三味線で思う存分古文を表現してください!」

 

「できるか!?」

 

 机に置かれた三味線を叩き折る勢いで投げ飛ばしかけたがギリギリのところで我慢する。

 三味線で古文を表現?

 今は音楽の古典じゃねぇんだよ!

 日本の古い文化くらいしか共通点がねぇよ!

 唯一圧巻なのはクラス全員分用意された三味線くらいだよ!!

 そう言いたかったが怒りのあまり声に出なかった。

 側で祐斗が「落ち着いて!落ち着いて!」と宥めてなければ本当に拳の1発くらい喰らわせていたかもしれない。

 授業内容が撤回されることはなく、古文で三味線を弾かされるという意味不明な授業が行われた。

 終業15分前に現れた黒歌がそんな授業を笑いを堪えながら見ていたのは仕方のないことだろう。

 

 

 

 

 

「あの教師、懲戒免職されねぇかな」

 

「アハハ……」

 

 授業内容は最悪だった。

 何せ誰も生まれてきてから三味線なんて触ったこともないのだ。

 ギターとかなら何人かいたが。

 それでいきなり三味線で演奏会。よく我慢したなと自分で自分を褒めてやりたい。

 そんなこんなで廊下を歩いていると見知った顔が歩いていた。

 

「匙じゃん。お~い匙~」

 

 手を振って呼ぶと向こうもこっちに気付いて近づいてきた。

 

「日ノ宮に木場。なんか用か?」

 

「いや、見かけたから声かけただけ。急いでるみたいだけどなんかあったのか?」

 

「あぁ。廊下の一角でコスプレの撮影会してるって通報があってな」

 

「ハァ?コスプレ?どっかの部活がはっちゃけたのか?」

 

 この学園には意味不明な部活がいくつか存在している。

 その中のひとつが騒動でも起こしたのだろうか?

 

「いや、どうやら保護者の方らしいんだけど……」

 

「え~」

 

 どんだけ斜め上に気合が入ってるんだよという疑問を余所に裕斗が何か考えるような仕草を取る。

 

「僕ちょっと部長たちに教えてくるよ」

 

「そうか?じゃあ匙と一緒にその撮影会とやらに行ってみるわ」

 

「うん。僕もすぐに行くから!」

 

 そう言って早歩きでこの場を離れる裕斗。

 

「場合によっちゃ手伝うぞ。人手はあった方がいいだろ?」

 

「助かる!俺もちょっと混乱しててさ」

 

 そうして2人は問題の場所へと向かった。

 

 

 カメラのフラッシュ音が煩い。

 最近のはあんまり音が出ないはずなのにこの騒音。その中心に居る女性は観客の要求に答えて様々なポーズを作っている。

 正直この件の中心人物もだが、熱狂してる周りも相当ヤバいと一樹は思った。

 

「とにかく人を散らせるか」

 

「だな」

 

 近づくと匙が声を張り上げた。

 

「はいはい!ここは神聖な学び舎ですので!撮影会にされたら困ります!」

 

「そちらの方もそのような格好で学園に来られても困ります。保護者の方ならそれに見合った格好があるでしょう?」

 

 一樹はまず相手の女性に話しかけることにした。

 年上かどうかは少し判断しずらい容姿だが学生の身内なら恐らく年上だろうと丁重な対応を心がけてみた。

 

「え~☆だってこれが私の正装だもんっ☆」

 

「あ?」

 

 なんか無駄なポージングを決めて反論してくる目の前の女性にイラっときた一樹は力づくで追い出すか?と考え始める。最悪警察に頼ってもいいんじゃないかな?とも思った。

 どうするかと思っていた矢先に学園の生徒会長が現れる。

 

「何をしているのです、匙。問題は速やかに解決しなさいといつも言って—————」

 

 そこでソーナの言葉が途切れる。彼女の視界に魔法少女の格好をした女性が目に入って。

 

「ソーナちゃん見つけた☆」

 

 コスプレ女性はソーナを見つけると嬉しそうに抱きついていた。

 そこで一樹は目の前の女性の顔立ちがソーナと並ぶとよく似ていることに気付いた。

 ソーナの後ろにいたサーゼクスがコスプレ女性に話しかける。

 

「あぁ、セラフォルー。君も来ていたのか」

 

 セラフォルー?どこかで聞いたようなと首を傾げているといつの間にかこの場に姿を現していたリアスが同じような疑問を持った一誠に答える。

 

「彼女はセラフォルー・レヴィアタンさま。現魔王レヴィアタンにしてソーナのお姉さまよ」

 

 その内容を咀嚼して脳に理解させると一誠が声を張り上げる。

 信じられず一誠が再度セラフォルーを指さして確認を取る。

 

「部長、本当に?」

 

「えぇ。本当よ」

 

 聞いていた白音もうわぁと顔をしかめる。

 もしかしたらソーナに同情しているのかもしれない。

 ソーナに絡んでいるセラフォルーを尻目にリアスに近づいた。

 

「随分フランク……な人なんですね」

 

「ええ。セラフォルーさまに限らず現四大魔王は皆プライベートでは軽いのよ。酷いくらいに」

 

 オブラートに包んで発言する一樹にリアスは頭が痛そうに答える。

 一樹は再びセラフォルーに目線を向けた。

 楽しそうに魔法少女の格好をして妹に絡む魔王少女。

 タイプは違えどもし他の魔王もあれくらいノリが軽い者たちばかりなら。

 

「悪魔社会はもうダメなんじゃねぇかな……」

 

「……」

 

 一樹の呟きに白音はコクコクと首を縦に動かす。

 セラフォルーの態度に業を煮やしたソーナが姉を拒絶し始めた。

 そこで後ろからヒョイっと黒歌が現れる。

 

「ねぇ、もしかしてあの姉妹って仲悪いの?」

 

 黒歌がリアスに訊くとそれを耳に届いたセラフォルーが大きく反論する。

 

「そんなことないよ!私とソーたんは抱きあって百合百合なくらい仲が良いんだから☆」

 

「くだらない嘘を並べないでください!!」

 

 プルプルと肩を震わせながら講義するソーナの言葉など通じずセラフォルーの妹トークは続く。

 

「ソーたんはとっても頑張り屋で眷属の子達にも慕われてる私の自慢の妹なんだから!」

 

 ビシッと指差すセラフォルーに黒歌はふふんと不敵に笑った。

 

「それならうちの白音だって家事万能に加えて気配りも完璧などこにお嫁に出しても恥ずかしくない自慢の妹よ!それに近所からもあの弟くんと妹さんはしっかりしてるのにお姉さんはだらしなくってとかよく言われるしね!」

 

「いや……なにげに近所で自分の評価が低いって暴露しなくても……」

 

「それを言うならソーたんだってお菓子作りが趣味だよ☆それに小さい時はよく私と魔法少女ごっこで盛り上がって――――」

 

「ふ。そういう話なら私も参加しない訳にはいかないな!」

 

「お、お兄さま!?」

 

 2人の痴話喧嘩に突如乱入したサーゼクスにリアスは悲鳴のような声を上げる。当の本人は愉しそうだが。

 

「リーアも昔はよく私の後ろをちょこちょこと付いてきたものだ。それに初めての手作りクッキーを『お兄さまに食べて欲しくて頑張ったんです』と上目遣いで言われた時は今の私なら夢幻龍(グレード・レッド)ですら倒せると思えた程さ!」

 

「それなら私のソーたんが子供の頃魔法少女の格好をしたときは天界や堕天使たちを抹殺出来るほど愛らしかったんだから☆」

 

 あれ?これただの身内の黒歴史暴露大会じゃね?と一樹が思い始めた頃に矛先が一樹にも向いた。

 

「一樹がうちに来たばかりの頃は本当に初心でちょっと抱きついたり一緒にお風呂に一緒に入った時は耳まで顔を真っ赤にしてついついイジリたく————」

 

「なに言ってんだあの姉は……」

 

「おいぃいいい!お前黒歌さんと一緒にお風呂入ったってどういう—————」

 

「うるせぇ」

 

 一誠の脇腹に拳を入れて黙らせる。

 

 猫上家に引き取られたときは黒歌が過剰なスキンシップを取って色々と困らされた。もっとも時と共に慣れてきて最近はそうしたスキンシップを取ることも少なくなり、黒歌自身ある程度自重するようになったが。

 

「ソーたんが!」

 

「リーアが!」

 

「白音と一樹が!」

 

 3人の舌戦は止まることを知らず白熱してくる。

 次第にセラフォルーの周りに小さな霜が現れ始め、サーゼクスの周りに黒い魔力。黒歌にも黒い炎が見え始めた。

 

 そんな中で黒歌が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「聞いていれば2人の話はほとんどが過去のものね!でも私は違うわ!毎日白音()の手料理を食べて一樹()にお酒の酌やマッサージをしてもらってるしぃ!偶にしか会えないあなたたちとは【今】の理解度が違うのよ!」

 

「そ、そんなの関係ないんだから!私とソーたんは距離が離れていても心は一心同体なくらい繋がってるんだから!」

 

「それなら私とて—————」

 

「どうするよ、これ……」

 

 段々と事態の収拾が着かなくなってきた魔王2人に黒猫の自慢話は主に話題の中心人物3人から制裁を喰らってお開きになった。

 

 しかし3人の中で自らの妹弟を想う気持ちに敬意を表し、友情が育まれたことは事実であった。

 

 

 

 

 

「もう!お兄さまったら公衆の面前でなんて話を!」

 

「お姉さまにはあとでじっくりと自らの立場を自覚していただかないと」

 

「折檻……どうするかな」

 

 姉兄に恥辱を味あわされた3人はこの後どうするか物騒な思考を張り巡らされている。

 3人の妹は眼に光がなかった

 

 黒歌は強制的に家に帰され、サーゼクスはグレイフィアに連れられ、セラフォルーは匙に生徒会室に連行された。

 

 一緒にいたリアスの父は一誠の両親と意気投合して今夜酒盛りをするらしい。

 

「いつまでもムクれてんなよ白音」

 

 僅かに頬を膨らませる白音に苦笑しながらも一樹は黒歌のフォローに入る。

 一樹自身確かに黒歌のあの行動には言いたいことはあるが、それでも彼女なりの愛情の証しでもある。無下に否定することはしたくなかった。

 

 そっぽを向く白音に肩を竦めていると彼らがいる室内に人が入って来た。

 

 

「やぁ、さっきはすまなかったね」

 

 入ってきたのはサーゼクスとグレイフィアだった。

 サーゼクスにリアスは青筋を立てて睨みつけるが本人はどこ吹く風とばかりに受け流すだけだった。

 

「すまないが、少しリアスを借りるよ。話したいことがあるからね」

 

 物腰こそ柔らかいものの、そこには物言わさぬ圧があった。

 少し怪訝に思いながらもリアスはサーゼクスにお連れられて空いていた室内に入る。その中には音声を外に出さない術が施されてある。

 

「それで、お兄さま、お話とは……?」

 

「父上たちを待たせるのもアレだし単刀直入に訊こう。リアス、君は日ノ宮一樹くんをどうしたい?」

 

「どう……とは?」

 

 サーゼクスの言いたいことがわからずリアスは眉間に皺を寄せる。

 

「君は、彼を自分の眷属にしたいのかい?」

 

 突然の質問にリアスは息を呑んだ。

 その考えはリアスの中でなかったわけではない。

 ライザーとのレーティングゲームで彼の力を見て、日ノ宮一樹が自分の眷属だったらと思わなかったわけではないのだ。しかし——————。

 

「彼は悪魔になることを望んでいません。たとえこの先死亡する事態になったとしても人間として死にたいと言ってました。私はその意思を尊重するつもりです。それにその気のない者を転生悪魔にしたところでゆくゆくははぐれの増加に繋がるだけかと……」

 

 リアスの眷属で不本意な転生に該当するのはアーシアだろう。

 死亡後に眷属にしたという意味では一誠も同様だがリアスは彼の死にたくないという願いの元に悪魔の駒を使って彼を生き返らせた。最も、兵士の駒を全て消費したのは予想外だったが。

 アーシアを眷属にしたのもその神器に目を付けたこともあるが、一誠の悲嘆を解消したかったという理由が大きい。

 それでももしアーシアが悪魔になりなくなかったと言えば人間に戻すことは出来ないまでも、リアスなりに彼女の意志に沿うつもりだった。まぁ、結果的に彼女は納得してくれたが。

 

「そうだね。リアスの判断は正しい。もし彼が悪魔に転生すれば、間違いなくはぐれに身を堕としていただろう」

 

 サーゼクスの言い方にリアスは眉を動かす。

 兄の言い分では日ノ宮一樹が悪魔に転生すれば、間違いなくはぐれ化するような言い方ではないか。

 

「リアス、これは魔王として命じ、兄として頼む。いかなる状況に陥っても日ノ宮一樹君を眷属にすることを禁止する。近いうちに彼は眷属の禁止指定者にするつもりだ」

 

「それは、何故ですか、お兄さま……」

 

 リアスが見る限り一樹は意味もなく反発する人間には思えない。過去に暴力事件を起こしているという情報はあるがそれも何か理由があるのだろうと思えるくらいには彼を信用していた。

 

「いいかい、リアス。彼の両親。日ノ宮夫妻を殺害したのは」

 

 一度だけ間をおいてサーゼクスはその真実を口にした。

 

「我々、悪魔だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からギャスパー登場です。


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24話:もうひとりの僧侶

 公開授業の次の日。旧校舎に集められたオカルト研究部の部員たちは開かずの教室と言われる部屋の前で立っていた。

 集められた理由は以前から居たリアスの僧侶の封印解除のためだそうだ。

 その強大な能力を危険視され、今まで封印処置を受けており、コカビエルやライザーとの戦いでは姿を見せることはなかった。

 しかし上記2つの戦闘。特にライザーとのレーティングゲームの勝利が評価され、封印解除の許可が魔王サーゼクスより知らされた。

 開かずの間の教室はと言えば、【KEEP OUT!!】のテープが幾重にも貼られており。封印用と思われる札が多く張られている。

 

「しっかし、その僧侶ってどんな奴なんですか?」

 

「え、えぇそうね。とにかく一日中ここに篭って出てこようとしないの。一応夜には封印が解けて外に出られるはずなんだけどね。頑なにここから出ようとしないの」

 

 一樹の質問にリアスは少し硬い口調で答える。

 何故かリアスの一樹に対する態度がおかしい。話しかけると僅かに動揺したような態度を取られる。

 一樹自身に思い当たる節がないのだが。

 

「ひ、引きこもりですか?」

 

「ええ。困ったものですわ。でも中にいる子は眷属の中でも一番の稼ぎ頭だったりするのですよ」

 

「え?引きこもりなのに?」

 

「パソコンを介して特殊な契約を結んでいるのです。契約者の中には悪魔(私たち)に会いたくないという方もいらっしゃいますし。そうした方とはパソコンを介して私たちとは別の形で交渉、取引を行い、関係を持つのです。新鋭の悪魔の中では上位に食い込む程の稼ぎ頭なのですよ」

 

「じゃあ、封印を解くわね」

 

 リアスが封印を解いて扉を開ける。すると—————。

 

「イヤァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアッ!!?」

 

 鼓膜が壊れんばかりの絶叫が響き渡った。

 特に耳の良い白音などはあからさまに顔を顰める。

 そんな中の僧侶にリアスは溜息を吐いて中へと入って行き、朱乃もそれに続く。

 

 

『ごきげんよう。元気そうで良かったわ』

 

『な、何事ですかぁあああああっ!?』

 

 聞こえてくる声は中性的で男か女かはちょっと判断できない。

 女の子のような声にも聞こえるし、声変わりを終えていない男の子のような声にも聞こえる。

 ただ確かなのは中の人物は酷く狼狽しているということだ。

 

『あらあら。もう封印は解けたのですよ。さ、私たちと一緒に外に出ましょう?』

 

「いやですぅううううううう!?僕はずっとここがいいんですぅううううううう!人に会いたくないぃいいいいいいいいっ!?」

 

「……いちいち煩い」

 

「ダメだこりゃ。封印とか以前の問題じゃねぇか?」

 

 むしろ自分から出てこないんだから封印とかいるのか?とさえ思ったが、念には念を入れてということなのだろう。

 もしくは誰かが入ってこないようにとか。

 ここで待っていてもしょうがないので中に入るとそこにはリアスと朱乃。そして駒王学園の女子用の制服に身を包んだ金髪の女子が居る。しかも内装がやたら女の子趣味のファンシーな部屋だった。

 

「おぉ!女の子!?それも金髪の!!」

 

 女子を認識したとたんに顔をだらしなく緩める一誠。

 しかしその様子に祐斗は困ったように笑みを浮かべてリアスと朱乃は悪戯っぽく笑う。

 

「イッセー、あのね。女の子に見えるけどこの子はれっきとした男の子よ」

 

「へ?」

 

 間抜け面を晒して動きが停止する一誠。

 しかし、表情が止まったのは一誠だけでなく、一樹やアーシアも同様だった。

 目の前の小動物のようにプルプル震えながらなにかのぬいぐるみを抱きしめてる見た目愛らしい存在が男の子?

 

「いやいやいや!冗談やめてくださいよ部長!だって女子の制服着てるじゃないですか!?嘘ですよね!?ちょっと冗談キツイですよ!!?」

 

「……この子、女装趣味があるのよ」

 

「orz……」

 

 リアスの口から紡がれた残酷な真実に一誠は手を床につけ、涙を流した。

 

 後ろでそれを見ていた一樹や白音もうわぁ、と顔を引きつらせる。

 これは酷い。性別詐欺で訴訟されても文句は言えないのではないだろうか?

 

「なんでだよ!パッと見で女の子だから尚のこと質が悪いよ!アーシアと2人でダブル金髪僧侶だって喜んでた俺の期待を返せよぉおおおおおおおおおおっ!?」

 

「ヒ、ヒィイイイイイイイイッ!?ごめんなさぁああああああああいっ!?」

 

 頭を鷲掴みにして相手の体を揺らす一誠だが一樹はそこで違和感を覚えた。

 途中から一誠の動きがピタリと止まり、一樹自身も妙に動きがぎこちなくなってしまう。

 そんな中で目の前の女装少年は一誠から体を離して部屋の隅っこでぶるぶると頭を抱えて震えている。

 

「あれ?」

 

 モニターの停止ボタンから再生ボタンを押したかのように一誠を含めた数人が動き出す。

 

「あ、あれ?」

 

「あの人がいつの間に……」

 

「何かされたのは確かなようだね」

 

 疑問に思っている3人に一樹が声をかける。

 

「いや、今お前ら金縛りにあったみたいに止まってたんだろ?そいつに動きを止められたんじゃないのか?」

 

 一樹が女装少年を指さすと皆がえ?と一樹に顔を向ける。

 

「一樹……貴方、認識できたの?」

 

「できたも何も、急に兵藤が動かなくなって、俺もなんか体の動きが重くなったんですよ。もっとも数秒で解けましたけど。その間にそいつがそこまで移動して……みんな見てただろ?」

 

 首を振って周りに確認するも皆が頭に?を浮かべている。

 そこでリアスが話を切りだした。

 

「その子の神器はね、時間停止の能力を持ってるのよ。でも制御ができなくて興奮するとすぐに視界の時間を止めてしまうの……」

 

 時間停止。極めれば無敵の能力のひとつと言える。

 

「でもそれだとなんで俺には……」

 

「時間停止というより時間遅滞になってたみたいね。理由はちょっとわからないわ。推測を立てるにも材料が足らないし」

 

 リアスの言葉に一樹は納得できないように眉間に皺を寄せた。

 

「話を戻しますが、彼はその能力の強力さに加えて制御不能という現状から大公及び魔王サーゼクスさまの命でここに封じられていたのです」

 

「彼はギャスパー・ヴラディ。私の眷属【僧侶】。一応駒王学園1年生なの。そして、転生前は人間と吸血鬼のハーフよ」

 

 

 

 

 

 

 

「【停止世界の邪眼(フォービトウン・バロール・ビュー)】?」

 

「そう。それがギャスパーの神器の名前。とても強力なの」

 

「しかし時間を止めるなんて。使いこなせれば正に敵なしじゃないですか」

 

「そうね。でも明らかな格上には通じないし、制御も出来ない。無意識のうちに発動してしまう神器を危険視されて今まで封印を解除できなかったのだけれど」

 

 

 開かずの間で自己紹介を終えた後に部室へと移動した部員たちは段ボール箱に隠れるギャスパーを見る。

 その段ボールはカタカタと震えていた。

 

「しかし、よくそんな奴を僧侶の駒ひとつで転生出来ましたね」

 

 一誠の質問にリアスは一冊の本を取り出すと頁をパラパラとめくりその部分を見せてくる。

 それは悪魔の駒に対して説明がなされている頁だった。

 

「【変異の駒(ミューテーション・ピース)】よ」

 

「変異の、駒ですか?」

 

「ええ。悪魔の駒を作った際に出来たイレギュラー。バグの類らしいけど、製作者がそれもまた一興とそのまま残したらしいの。明らかに複数の駒が必要な相手でも駒がひとつで済んでしまうことがある。上級悪魔10人のうち、ひとりひとつは所持しているらしいわ」

 

「いい加減だな……」

 

 その制作者の意図に一樹は呆れたような声を出す。

 道具というのはどれも決まった役割を公平に発揮するからこそ意味がある。

 それが同じ駒でもモノによっては使用する数が少なくて済むとなれば不平を漏らす者も出てくるのではないだろうか?

 

「でも問題はその子の才能よ。ギャスパーは間違いなく近いうちに禁手に至る可能性があるというの」

 

 禁手(バランス・ブレイカー)

 それは神器使いの切り札にして奥義。神器使いの最終到達点。

 しかし時間停止なんて能力の制御も出来ない者が至ればどうなるか。少なくともみんなが幸せになれる方向には向かないだろう。

 

 しかし、最近起こったいくつかの事件などでリアスの評価が高まり、今なら禁手に至る前にギャスパーの能力を制御させられるかもしれないと封印解除の許可が出たらしい。

 

「僕の話なんてしてほしくないのにぃいいい!」

 

 か細い声で抗議するギャスパーに一誠が軽く段ボールを小突く。それにヒィ!と声が上がるが皆が溜息を吐くばかりだ。

 

 ついでに由緒正しい吸血鬼の家柄の出身でその能力も有し、人間の部分での神器を保有。魔術などにも秀でているため才能だけならグレモリー眷属の中でも1・2を争うらしい。

 

「でも吸血鬼なら太陽とか大丈夫なんですか?それに血とかも……」

 

「太陽いやぁああああ!お日様なんて無くなっちゃえばいいんだぁあああ!?それに血も嫌いですぅううう!?生臭いのダメェエエエ!?レバーも嫌いですぅうううううううう!?」

 

「この子、元々日中活動できる吸血鬼のデイウォーカーなの吸血の方も人間の血のおかげか10日に一度くらい輸血用の血液を補給すれば問題ないみたい」

 

「……才能が余りに余ってマイナス要素に転化してるようにしか見えませんが?」

 

 一樹の辛辣な評価にリアスは苦笑する。

 ギャスパーの才能が如何に優れていてもそれを扱う本人の器に収まらなければ毒でしかない。リアス自身もそれはわかっているが、どうすればいいのかわからなかった。

 もちろん彼女とてギャスパーを無意味に閉じ込めていたわけではない。リアスも何とか力になれないかと集められるだけの神器に関する知識を集めたが元々悪魔側は神器に対する知識が不足していることもあって結局のところ似た事象の情報を集め、ギャスパーに教えるしかなかった。

 

「みんなにはギャスパーの神器の制御。それに関連して人見知りを克服させてほしいの。頼めるかしら?」

 

「はい!部長の頼みとあらば!」

 

 勢いよく返事する一誠にリアスは笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、私と朱乃は会談の準備があるから離れるわ。それから祐斗。お兄さまが聖魔剣について訊きたいことがあるからきてくれって」

 

「仰せのままに」

 

 そうして出て行った3人を見送ると一樹は嘆息する。

 

「で、どうするんだコレ」

 

 段ボールを指さしながら周りに訊く。

 それに答えたのは意外にもゼノヴィアだった。

 

「うん。健全な精神を養うにはまず肉体からという。とりあえずその箱から出すべきだろうな」

 

 そう言ってゼノヴィアが手にしたのはどういうわけか聖剣デュランダルだった。

 

「……一応訊くが、どうすんだよそれで」

 

「問題ない。私は幼少から吸血鬼たちとは相対してきた。それらの扱いは任せてほしい」

 

 するとゼノヴィアはギャスパーを覆っていた段ボールを奪い取る。

 突如開けた視界に大剣を携えた女が立っていてギャスパーは悲鳴を上げた。

 

「ヒィイイイイイイイッ!?そそそそそれでどうするつもりですかぁあああああっ!?」

 

「決まっている。それ走れ!!デュランダルに滅せられたくなかったらな!」

 

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 今日一番の悲鳴が部室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら走れ!デイウォーカーなら日中でも走れるはずだよ」

 

「聖剣をもって追いかけてこないでぇええええええええええ!?」

 

 必死で走るギャスパーに比べてゼノヴィアは相手の速度に合わせて悠々と追いかけている。

 合宿で彼女の剣速を味わった一樹と一誠はゼノヴィアがかなり加減しているのがわかっていた。

 あくまでも走らせるのが目的であって危害を加える気はないのだろう。

 それでも悪魔相手に聖剣はやりすぎかもしれないが。

 

「ぐすっ。私と同じ僧侶さんにお会いできて光栄でしたのに、目も合わせてくれませんでした」

 

「よしよし」

 

 涙ぐむアーシアを白音が頭を撫でて慰めている。

 

「なぁ白音ちゃん。同い年なんだしちょっとコミュニケーションとか取らないか?」

 

「は?嫌ですよ、あんな面倒そうなの」

 

 一誠に提案をバッサリ切る白音。

 そこで部室の廊下側の窓から匙が現れる。

 

「どうした、匙?」

 

「おう!封印されてたグレモリー先輩の眷属が解禁されたって聞いてな。ちょっと見に来た。お、女の子か!それも金髪!つか、ゼノヴィア嬢に聖剣で追いかけられてるけどあれ、大丈夫なのか?」

 

「残念でした。アレは女装野郎だそうです」

 

 ギャスパーを指さして答える一誠に匙は明らかに落胆した様子で肩を落とす。

 

「マ、マジかよ。詐欺だろ……それも似合ってるから余計質が悪い。てか女装で引きこもりって意味あるのか?」

 

「アイツは自己完結型らしいぞ。それで匙は何してたんだ?」

 

 匙の格好はジャージに軍手。花壇用のシャベルを持っていた。

 

「おう。見ての通り、花壇の手入れだよ。ここ最近行事も多かったし、近々魔王さま方もお見えになるから、学園内を綺麗にしようって一週間前から始めてんだ。流石に会談の時にはある程度清潔感を見せなきゃいけないからな。そういうのも兵士である俺の役目さ」

 

 胸を張る匙に一樹はなるほどと頷く。

 小さいことかもしれないがそうした雑用を任されるのも信頼されている証拠だろう。会談という重要な行事が控えている上で業者ではなく眷属に任せている事からも明らかだ。

 

「よぉ。魔王の眷属が揃ってお遊戯か」

 

 その時、突如現れたその人物に一誠が驚きの声を上げる。

 

「アザゼル!?」

 

「アザゼルさん?どうもっす」

 

「こんにちわ」

 

「えぇっ!?」

 

 一誠がアザゼルの登場に神器を発動させて構えるが一樹と白音が普通に挨拶を始めた。

 

「ど、どういうことだよ!知り合いなのか!?」

 

「知り合いも何もお隣さんだしな。あ、もしかして前に兵藤が言ってたアザゼルってこのアザゼルさん?」

 

「どのアザゼルさんだと思ってたんだよ!?」

 

「いや、外国じゃ珍しくもない名前なのかなって思ってたから」

 

「訊かれませんでしたし……」

 

 バツが悪そうに視線を逸らす一樹にしれっと答える白音。

 そんな2人に苦笑しながらアザゼルは用件を告げる。

 

「それより、聖魔剣使いはいるか?ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

 

「祐斗なら部長たちと一緒ですよ」

 

「なんだ入れ違いかよ……まあいい。それより白音に一樹。お前ら、今度の会談は2人とも俺と一緒に出て貰う。黒歌の奴も護衛として呼んでるしな」

 

 アザゼルの発言にこの場に居た全員が驚く。そんな中で一誠は声を上げた。

 

「な、なんで!?」

 

「黒歌の個人的な雇い主のは俺で、その身内が俺の側なのは別段おかしい話じゃねぇだろ?それに白音からすりゃ悪魔側(そっち)側に立つより堕天使(こっち)側の方が気が楽だろ。なぁ?」

 

 こちらに話題を振られて白音は顔を僅かに歪ませる。

 

「俺は留守番する気なんですけど」

 

 三大勢力の会談なんて興味ない。そもそも人外の会談に人間である一樹がいる必要があるのだろうか?

 

「そう言うな。俺としちゃ、グレモリーの協力者っていう肩書があるとはいえお前はこっち側に関わっているだけの人間だ。コカビエルの件もあるし、そういうわけにはいかねぇだろ。いいから出ろな!」

 

「は、はぁ……」

 

 ヘッドロックをかけられながら不承不承で承諾する一樹視線を向けられた白音は溜息を吐いた。

 それが白音の諦めからくる承諾だと受け取った。

 

「んじゃそういうことでな。それとそこの金髪のガキ。お前さんが持ってるのは【停止世界の邪眼】だな。そいつはコントロールできないと厄介極まりない。思うように使えないってんならそっちのガキの神器、【黒い龍脈(アブソーブション・ライン)】持ってんだろ?そいつでそのガキの神器の力を吸い取れば少しはマシになるはずだぜ。そいつを使って訓練してみるんだな」

 

 匙を指さして説明すると当の本人は驚いている。

 

「お、俺の神器は他の神器の力も吸えるのか!?てっきり俺は相手の力を吸い取って弱らせるだけかと」

 

 匙の言葉にアザゼルは思いっきり嘆息する。

 

「まったく。自分の神器の力くらい知ろうとしやがれ。そいつは五大龍王の一匹、【黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)】ヴリトラの力を宿してる。どんな物体にも接続できてその力を散らせるんだよ。短時間なら、持ち主側のラインを引き離して他の者や物に接続することも可能だ」

 

 もっともこれはうちでも最近わかったことだけどな。と続ける。

 

「成長すればライン自体も増えて、吸い取る力も倍々だ」

 

 アザゼルの言葉に匙は黙って自分の神器を見つめる。更にアザゼルの口上は続く。

 

「そこの吸血鬼には赤龍帝の血でも飲ませて器を広げさせてもいいかもな。ま、あとは自分たちでやってみろ。何事も挑戦だ」

 

 そう言って一樹をヘッドロックから外してその場を離れようとしたが、何か思い出したのか再びこちらに振り向く。

 

「そいうやぁ、ヴァーリの奴がいきなり接触して悪かったな。あいつも今の二天龍の決着には興味ねぇだろうし、今直ぐおっぱじめる気はないだろうさ。今回のアドバイスはその謝罪代わりってことにしとけ」

 

「ちょっと待てよ!正体隠して俺に度々会ったことは謝らないのかよ!」

 

「謝らねぇよ。そりゃ俺の趣味だからな。それに対価は不相応に払ってただろ?」

 

 それだけ言い残し、今度は本当にその場から姿を消してしまった。

 残された全員が反応に困っていたが話を切りだしたのは匙からだった。

 

「とりあえず、俺の神器を接続して、新顔くんの練習でもするか。その代りにこの後俺の花壇の手入れに付き合ってもらうけど」

 

「あぁ、良いぞ。どうせ俺たちだけじゃ全然進まなかったしな。頼む」

 

 一樹が匙にそう頼むのを聞きながら一誠はふと思った。

 もし今回の会談が失敗したら一樹と白音はどうなるんだろうか、と。

 少なくともこの学園にはいられなくなることは想像に難くない。

 

(それは、嫌だなぁ)

 

 白音は口調こそきついが可愛いし。一樹とは反りが合わない部分はあるが悪魔の仕事などを一緒に熟してきて気に食わない奴だけど仲間だと思ってる。

 もし今回の会談が失敗して2人が学園に居られなくなったら?

 悶々とした気持ちを抱えながら一誠はギャスパーの訓練を再開した。

 

 

 



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25話:会談開始

 数日後、ギャスパーが引きこもってしまった。

 

 あれからギャスパーの神器制御は僅かばかりだが向上を見せていた。

 まだ粗いながらも任意で目標だけを停止させることに成功していた。

 そんなわけで次の段階として一誠と一緒に悪魔仕事の外回りに出かけたのだが、その相手が若干濃かったらしく、委縮して能力発動。そのまま戻ってきてしまった。

 流石にまだ見ず知らずの他人に会うのは難易度が高かったらしい。

 

「出て来いよギャスパー!そんなとこに引きこもってもしょうがねぇだろうが!」

 

 扉をガンガン叩きながら一樹が中にいるギャスパーに話かける。

 

「ふぇええええええええっ!?」

 

「ダメだこりゃ……アイツの神器が制御できない理由って器うんぬんより本人の気概なんじゃねぇか、たくっ!」

 

 悪態ついて最後に扉に軽く蹴りを入れる一樹。

 

 リアスからギャスパーについて粗方情報は得ている。

 ギャスパーは吸血鬼の名家と人間との混血。

 ただ、悪魔社会以上に純血主義が蔓延る吸血鬼社会で混血だったギャスパーは腹違いの兄弟たちからもいじめられて過ごしていたらしい。

 しかし人間界でもバケモノとして扱われ、居場所がなかったという。

 それも時間停止の神器などを持っていたためちょっとした拍子に相手を停めてしまい、さらに孤独を深める結果となる。

 そうして吸血鬼社会からも人間社会からも居場所がなくなったギャスパーは路頭に迷い、吸血鬼ハンターの手にかかったところをリアスによって悪魔として転生した。

 言われてみれば確かに相手側からしたら不用意に自分が止められるのは良い気分がしないだろう。

 しかし—————。

 

「逆に逃げ道があるのが良くないのかもな」

 

 ポツリと一樹が呟く。

 

「どういうことかしら?」

 

「失敗してもこうして引きこもってほとぼりが冷めるまで閉じこもっていられる場所があるから甘えが生まれる。心の隅で、神器の制御せずに独りで居た環境に慣れすぎちまったからそのままでもいいと考えちまう。そうした考えを捨てさせない限り同じことの繰り返しかもなって話ですよ」

 

 人というのは必要ならば必死でそれを得ようとするものだ。

 それは就職だったり。あるいは資格だったりと。本当に必要に感じれば努力するものなのだ。

 しかし、今回ギャスパーの預かり知れぬところで封印の解除が決定され、済し崩しに神器の制御を強要された。

 彼からすればこれまで独りの環境が長すぎて神器の制御ができなくても最終的に元の鞘————つまり、目の前の部屋に戻ればいいと思い込んでいるのかもしれない。

 今まで周りとの関わりが必要でなかったが故に。

 

「なにより他人とぶつかるのを怖がり過ぎて、神器の制御の訓練をしているというより、周りに怒られないために話合わせてるだけなんじゃねぇかとすら思えるしな。アイツ見ていると」

 

 勿論このままでよくないのは本人とてわかってるだろう。しかし、今までが大丈夫だったのだからと思考が逃げの方向に走ってる感じは否めなかった。

 

 一樹の論に皆がそれは違うと言おうとするが、口に出すことはできなかった。

 だが、苦渋の表情を浮かべる周りに一樹は言い過ぎたかと思って居心地が悪くなり「ちょっと頭冷やしてきます」とその場を後にした。

 

 一樹が場を離れた後に沈黙が漂う中、朱乃がリアスに告げる。

 

「部長、そろそろサーゼクスさまとの打ち合わせがありますわ」

 

「少し、待って貰いましょう。ギャスパーをこのままにしておけないわ」

 

「いえ、部長は行ってください。ギャスパーは俺たちがどうにかします!」

 

「イッセー……」

 

 一誠の力強い言葉にリアスはどうするか迷う。

 眷属の問題と会談のセッティング。どちらが大事かと問われれば後者だ。

 身も蓋もない言い方だがギャスパーの問題は一朝一夕でどうにかなる問題ではない。しかし会談の打ち合わせでもしミスが起こればこれまで以上に三すくみの間に溝を作るかもしれない。

 だが、それで自分の愛する眷属をほったらかしに出来るほどリアスは達観してはいなかった。

 しかし重ねて一誠は進言する。

 

「ギャスパーは同性の後輩です。こういう時は男同士で腹を割った方が話が進むかもしれませんし。だから任せてください!」

 

「……わかったわ。それじゃあギャスパーをお願いね?」

 

「はい!」

 

 力強い返事を返す一誠にリアスは微笑んでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちから離れた一樹は自販機で買った飲み物を口に入れながらさっきの自分の発言に自己嫌悪へと陥っていた。

 

(あそこまで言うつもりはなかったんだけどな……)

 

 どうやら自分は思った以上にギャスパーの言動にイラついていたらしい。

 一誠ほど熱心ではなかったがそれなりにギャスパーの神器制御の訓練に時間を割いていた一樹はすぐに弱音を吐いて泣き喚き逃げようとする半吸血鬼に攻撃的な態度を取ってしまった。

 

「なによりアイツを見てるとなぁ……」

 

 嫌なことを思い出す。

 

「ギャスパーくんを見てると?」

 

「うおっ!?」

 

 突如現れた祐斗に一樹は肩を跳ね上がらせた。

 いつも通り爽やかな笑みを浮かべながら祐斗も自販機で飲み物を買ってそれに口づける。

 

「いいのかよ?ギャスパーのところに居なくて……」

 

「今はイッセーくんが説得している最中だよ。他のみんなは小休止かな」

 

「そっか……」

 

 飲み終わった缶を捨て、一樹は大きく息を吐く。

 

「随分イラついてたみたいだね」

 

「まぁな……」

 

 嫌なことというのは泣き喚いても解決しない。それで許されるのは幼子だけだ。

 しかしギャスパーの過去を顧みるにもう少し言い方があったかもしれないとも思う。

 

「どうすっかなぁ……」

 

「とりあえず今、イッセーくんが話をしてくれてるし、戻ってみたら?女の子たちは別室で待機してるから男子だけになるし」

 

「そうだな」

 

 このまま向き合わないというわけにはいかない。なんにせよギャスパーと話をすることは必要だった。

 

 

 

 そう思って部屋に戻ってみると—――――。

 

「ギャスパー!俺は俺の神器を使って部長や朱乃さんのおっぱいに倍加の譲渡をかけるんだ!」

 

 何やら心底くだらないことを力説している一誠に一樹は眼を細めてその尻に蹴りを入れた。

 

「なにすんだよ!?」

 

「なに大声で馬鹿なこと口走ってんだテメェは」

 

 体勢を崩して四つん這いになる一誠を見下ろす

 尻をパンパンと叩きながら立ち上がると真面目な顔で話し始めた。

 

「まぁいいや。ちょうどいい。それよりここに居る皆に話があるんだ」

 

「なんだい、イッセーくん」

 

「実はもう少しギャスパーの神器の制御が上手くいったら試したいことがあるんだ。お前らにも協力してほしい」

 

(嫌な予感しかしねぇ……)

 

 それでも耳を傾けて一誠の提案を聞く。

 

「俺の譲渡を使ってギャスパーに倍加をかける。そして停止してる間に俺は女の子の身体を触りたい放題だ!お前らには—————」

 

「みなまで言うな、兵藤。わかってる」

 

「おぉ!日ノ宮!お前もついに理解してくれたか!!」

 

「警察に連絡してお前をブタ箱に放り込む準備は任せとけ」

 

 親指を下に向けながら宣言する。

 

「ちげぇよ!!それならわざわざ時間を停める意味なんてねぇだろうがっ!!」

 

「じゃかぁしい!!俺たちや後輩までお前の犯罪行為に加担させんじゃねぇよ!」

 

 お互いに拳を突き出すとお互いの頬へと同時に拳が届く。

 互いに手加減していたため倒れることはなかったが、次はお互いに力の押し合いが始まった。

 そんなふたりを見てギャスパーはアワアワと震え祐斗は仕方ないとばかりに苦笑する。

 

「イッセーくん。僕は出来る限り皆の力になりたいと思ってるけど、ちょっと自分の力について真剣に考えようか。ドライグが泣くよ?」

 

『相棒の友人は良いやつだなぁ』

 

 すすり泣くドライグの声が聞こえた。

 

「うるせぇイケメンども!俺はお前らと違ってモテないんだぞ!だったらそれくらいの役得があってもいいだろうが!!」

 

「なんだその金がないから無銭飲食してもいいだろ的な理屈!だいだいお前に彼女が出来ないのは日頃の行いであって容姿云々じゃねぇだろ!恋人持ちが全員美形だと思うなよ!」

 

(最初から言うつもりはないけど、アーシアさんや朱乃さんのことは口にしない方が正解かな。下手に自覚させると軽い火傷じゃ済まなそうだし……)

 

 祐斗の内面に気づかずに一樹と一誠の間でしばし拳を交えた罵り合いが続き、お互いに息を切らせ始めた頃に終わりを迎えた。

 

「なんでこんなことに……」

 

「知るか!クソッ!!」

 

 一樹は立ち上がるとギャスパーに近づいた。

 

「おいギャスパー……」

 

「は、はぃいいいいいいっ!?」

 

 突然近くまで近づいて名前を呼ばれ、委縮するギャスパー。それは先程までの殴り合いによる恐怖もあるだろう。

 そんなギャスパーに構わず両頬を一樹は引っ張り始めた。

 

「ちょっ!?いきなりなにやってんだお前!」

 

「ギャスパー。はっきり言って俺はお前が嫌いだ」

 

 静かに。しかしはっきりと言葉にした。

 それを一誠が止めようとしたが祐斗が割って入る。

 

「能力が暴走したり自分の不都合が起きると泣き喚いて逃げるお前が鬱陶しい。なにより昔の自分を思い出して腹が立つ」

 

 昔の自分。それが一樹はギャスパーに過去の自分を重ねていた。叔母にいじめられ、何も言えず、ただ誰かがそのうち助けてくれるのをジッと待っていたあの頃に。

 

「でも、お前がその神器をなんとかしたいってんなら出来る限り協力する。同じ部活の仲間だからな」

 

 そして一樹は助けてもらった人間だ。だから同じように身近な人間が困ってるなら力になる。それをしないのは卑怯だとも思うからだ。

 だが仲間だからといって無理に好きになる必要もない。むしろ取り繕って嫌いな相手と無理に仲良くする方が不誠実だ。

 だから一樹は一誠と無理に仲良くしないし遠慮もしない。嫌いな相手は嫌いでいいのだ。

 

「お前はどうしたい?そのままでいいってんなら俺はもうお前に干渉しない。だけど、お前が本当に神器をどうにかしたいってんなら手伝う。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 引っ張っていた頬を放した。

 痛そうに両頬をさするギャスパー。

 そして涙声で一樹の問いに答えた。

 

「ぼ、僕は、ずっとこのままなんて嫌です……!友達を停めるのも、誰かに迷惑をかけるのも、嫌だよぉ!」

 

 涙混じりに、それでも一樹を正面から見てギャスパーは答えた。

 

「……わかった」

 

 一樹はそんな後輩を見て、少しだけ柔らかい声で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 次の休日。一誠が別件で呼び出されている間、他の眷属たちはギャスパーの訓練に付き合っていた。

 ボールを投げながら、一樹は祐斗に訊く。

 

「しかし、兵藤はなんで呼び出されたんだ?会談の関係?」

 

「今回の会談に当たって各勢力が交戦しないという証しとして三勢力がそれぞれの組織に贈り物をしてるらしいよ。僕もその件で聖魔剣を他勢力に送ったしね。その関係で教会からイッセーくんに贈り物があるらしいよ」

 

「へぇ」

 

 投げているボールを任意で停止させる訓練は少しずつ進歩を見せ始めていた。

 それは暇を見ては匙がこちらに来てくれていることも理由のひとつだろう。

 彼がギャスパーの神器の力を吸い取ってくれているおかげで余計な力が入らず、徐々にコツを掴みつつある。

 

「ん?」

 

 そんなことを思っていると一樹の動きが僅かに鈍った。

 

「ご、ごめんなさいぃいいいいいい!?また停めちゃいましたぁああああああっ!?」

 

「あぁ、いいよいいよ。訓練なんだから。失敗しないなんて考えるな!数を熟して自信を付けろ!」

 

「はいぃいいいいいいっ!?」

 

 神器の停止が解除されると続けてボールを投げ始める。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、貴方たちは【神の子を見張る者(グリゴリ)】側として会談に出席するということね」

 

「まぁ、そうなるんですかね……」

 

 アザゼルが部室に来たことを知らされた後に一樹は今回の会談でアザゼルと共に出席することを伝えられた。

 その時に白音からも補足が入り、黒歌はあくまでもアザゼル個人に雇われており、正確には神の子を見張る者の一員ではないこと。白音も一樹もあくまで黒歌の身内という立場でしかないこと。

 白龍皇が堕天使陣営である以上、黒歌もそれに近い位置にいるのは予想していたので本人たちがそうするというのならリアスにそれを妨げる権限はない。あくまで2人は部員であり、協力者なのだから。

 

「わかったわ。お兄さまには私から話を通しておくわね」

 

 しかしリアスの中で若干の淀みのようなモノは拭いされなかった。

 短い間ながら2人とはそれなりに親交を重ねていき、信頼関係も構築されつつあった。

 もしこの会談が最悪の結果となれば、2人はどうなるのか。今更彼らが敵になる事態など考えたくもなかった

 

(それに、お兄さまが言っていたことも……)

 

 一樹の両親である日ノ宮夫妻を殺害したのは悪魔であると。

 当の事件についてサーゼクスから教えられることはなかった。

 それはリアスのためなのかそれとも一樹を何らかの事情で慮ってのことか。

 わからないがそれがリアスが一樹との距離を測りかねる原因になっていた。

 本当は全て知った上でここに居るのではないか?

 本当は悪魔に復讐するつもりなのではないか?

 そんな考えが頭に浮かぶ一方で、いままでの時間が嘘ではないと思いたいからこそ足を踏み入れるのに躊躇してしまっている。

 

 結局どうすればいいのか、リアスには答えが出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談当日。グレモリー眷属全員は部室に集められていた。

 

 日ノ宮一樹と猫上白音はここにはいない。彼らは堕天使の陣営として今回の会談に挑むからだ。

 言葉に出さずとも皆がそのことに一抹の寂しさを覚えている。

 特に一樹と仲の良い祐斗や、白音と仲の良いアーシアなどは特に。

 

「それじゃあ、行くわよみんな」

 

 それを察した上でリアスは気丈な声で全員に声をかける。

 今回は三勢力の重要な会談だ。

 駒王学園の外には悪魔、天使、堕天使陣営の使者たちが一触即発の空気で待機している。

 もし会談が決裂ともなればこの学園、曳いては町が戦場になることもありうる。

 そう説明された全員に緊張が走る。

 

『み、みなさぁああああん!?』

 

 その中で現在段ボールを被っているギャスパーは部室に留守番だ。

 神器を使いこなせていない彼がもし会談で粗相を働くことを考えての処置だ。リアスとしてもギャスパーひとりを部室に置いていくのは心配だったがこれは仕方ない。

 

「ギャスパー!とりあえず菓子やらゲームやらは置いてくから、これで時間を潰せ!」

 

「は、はいぃいいいいいい!?」

 

 そんな2人を見て、一誠の面倒見の良さに全員の頬が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 リアスがノックをし、扉を開ける。

 中を視界に映すとそこには豪華なテーブルを囲うように三勢力のトップが座っており、その後ろに付き人が控えていた。

 

 悪魔側はサーゼクスとセラフォルー。そして給仕としてグレイフィア。そして先に部屋に入ったソーナとその眷属たち。

 堕天使陣営はアザゼル。その後ろに白龍皇ヴァーリと黒歌。それに一樹と白音が控えている。

 これらの出席は予想されていたため驚きはなかったが、天使陣営にいるある人物に一誠とゼノヴィアの目が開かれた。

 

「イリナ……」

 

 ゼノヴィアがかつての相棒の名を呟く。

 天使陣営は天使長のミカエルにガブリエル。そして聖剣使いの紫藤イリナがこの場に参加していた。

 イリナの方もゼノヴィアたちと目を合わせるがそれも一瞬ですぐに俯いてしまう。

 

「来たねリアス。用意された席に座ってくれ」

 

「はい」

 

 促されるがままにリアスとその眷属もひとりひとりが席へと腰を下ろす。

 

「それではこれより三すくみのトップ会談を始める!」

 

 魔王サーゼクスは静かに。しかし厳かな声音で歴史的会談の始まりを宣言した。

 

 

 

 



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26話:それぞれの本音

 サーゼクスの宣言と共に開始された会談は先ず今回の事の発端となったコカビエルによる聖剣強奪事件の説明から始まった。

 その説明を行ったのがこの町の管理者たるリアスとソーナ。

 2人は現魔王の妹。そして名家の後継ぎに恥じない明瞭な説明をしていく。

 ただし、コカビエルより明かされた聖書の神の死の部分は予めサーゼクスの頼みにより省略されたが。

 

 一通り説明を終えた後、ミカエルがリアスたちに軽く頭を下げる。

 

「その件に関しては改めてお礼を申し上げます」

 

「悪かったな。うちのコカビエルが迷惑をかけた」

 

 ミカエルと違い、悪びれた様子もない軽い口調にリアスの眉がピクリと吊り上がるが、本人は気にした様子もなく発言を続ける。

 

「とりあえず逃亡したコカビエルの野郎は今も捜索中だ。大陸に渡ったのは調査で判明したが、そこから行方を完全に眩ませやがった」

 

 やれやれと言った感じにアザゼルは溜息を吐く。

 取り逃がしたヴァーリはこの会議が始まってからずっと目を瞑っており、黒歌は平然と座っている。

 

「それでは次に。コカビエルより明かされた聖書の神の不在について、この場にいる全員が認知しているものとして話を進めるが構わないか?」

 

 サーゼクスの言にトップがそれぞれ首を縦に振る。

 だがその言葉にゼノヴィアはイリナの方を見ると、彼女は驚いた様子はないものの沈痛な面持ちで視線を下に向けていた。

 恐らく、件の事に関して予めミカエルたちから聞き及んでいたのだろう。

 ただじっと耐えるようにその場に佇んでいるかつての相棒の姿にゼノヴィアの胸がズキリと鈍い痛みと共に後悔に襲われた。

 コカビエルとの一件で別れた時、自分の口から真実を話すべきだったのではないか?と。

 しかしそうなれば自分諸共イリナも教会から追い出されていた可能性が高い。それに彼女は耐えられただろうか?

 家族共々自分より敬虔な信徒である彼女が神の不在に対して何を思っているのか。それはゼノヴィア自身にもわからなかった。

 

 

 

 話は変わっていき、各勢力の現状やこれから三勢力はどうあるべきかなどがトップ陣の間で意見が交わされていく。

 それを偶にアザゼルが茶々を入れることもあったが概ね順調に会談は進んでいった。

 そんな中で一誠は話の理解が追い付かずに唸っていたところ、隣に座っていたリアスの胸に視線を向けて鼻を伸ばし、だらしない表情を浮かべていたがそれに気付いたリアスが一誠の手の甲を抓り、「ちゃんとしなさい」と小声でお叱りを受ける。

 それに一誠は肩身を狭くして委縮させた。

 

 

「それでアザゼル。先日のコカビエルの件で貴方からの意見を聞きたい」

 

 ミカエルの質問にアザゼル不敵な笑みを浮かべて答える。

 

「コカビエルと俺たちの間では前から溝があった。上層部で戦争続行を謡ってたのはコカビエルだけだ。ヴァーリたちが取り逃がしたからって俺たちが奴を匿ってるなんて思ってんならそりゃ間違いだぞ?もし捕まえたなら容赦なく刑を執行する気だし、場合によってはその場で殺害してもかまわねぇって下の奴らには指示してんだ。その辺りはこの前バルパー・ガリレイやフリード・セルゼンと一緒に送った資料に書いてあっただろ?それが全てだよ」

 

「説明としては最低の部類でしたがね。神の子を見張る者(グリゴリ)は我々と大きな事を起こしたくないというのは本当ですか?」

 

「あぁ。俺は今更戦争になんて興味はない。こっちを警戒すんのは勝手だが徒労に終わるぜ?もちろん仕掛けてくるなら応戦はするがな。今の俺は研究第一で戦争なんてゴメンだ。面倒臭ぇ」

 

「ここ数十年。神器使いだけでなくはぐれ悪魔なども陣営に取り込んでいると聞いているが……」

 

「そりゃ、お前らの落ち度だぜサーゼクス」

 

 サーゼクスの質問にアザゼルは鼻で笑う。

 

「悪魔の駒を造り、レーティングゲームが始まってからお前らどれだけの神器使いや他種族やら異能者を取り込んだ?見栄や戦力欲しさ。純粋に悪魔という種の存続のため。そいつは結構だが、全員が全員進んで眷属になったか?もしくは眷属になった後に契約を破った主や完全に道具として使い潰されかけた転生悪魔。そんな奴らがうろうろして徒党でも組まれたら厄介だろ?だからある程度統制の取れる奴の下に置いてなけりゃいけない。大きな火事になりかねないからな」

 

 まるでサーゼクスたち現魔王の未熟さを嗤うような態度を取る。

 

「何が言いたいのかな☆アザゼルくん☆」

 

 表情こそ笑顔だったがその眼光はまったく笑っていない。見る者からしたら凍り付くような表情をアザゼルは軽く流す。

 

「言葉通りさ。せっかくだ。若手悪魔もいるようだし、訊いておくが、お前らはぐれ悪魔の全員が力に溺れて主を殺害、もしくは逃亡したと本気で思ってんのか?」

 

 リアスとソーナに向けられた問いに2人は只々困惑するだけだった。

 それを見てアザゼルは再び鼻で嗤う。

 

「俺が拾ったはぐれ悪魔の大半は主に裏切られた、もしくは望まぬ転生をさせられた奴らばかりだぜ」

 

『!?』

 

 アザゼルの発言にリアスとソーナは驚きの表情を露にし、サーゼクスとセラフォルーは顔を顰める。

 

「神器やら異能やらで転生させたが思うように成果が出せなかった奴。もしくは死んだ後に無理矢理転生させられた奴。何らかの取引で転生悪魔となったが、後に契約が執行されなかった奴。ま、色々だがつまりは主の不誠実さが生み出した結果、はぐれに身を堕とさざる得なかった奴らだ。そういう意味ではこの猫姉妹だってそうさ」

 

 アザゼルは後ろにいる黒歌と白音を親指で差す。

 リアスたちはアザゼルの言葉を測りかねていた。

 

「こいつらは昔、転生悪魔の勧誘を受けたことがある。正確には黒歌は、だがな」

 

 教えられた衝撃の真実に若手悪魔全員が眼が見開かれる。

 話題の中心である黒歌は無表情を貫き、白音は僅かに視線を下へと移す。

 

「こいつらは猫又中でも上位種に当たる猫魈だ。少し目端が利くならこいつらを眷属にしたいという上級悪魔はごまんと居るだろうさ。だがその誘いを断った結果は黒歌への報復としてその悪魔は妹の白音を人質に取り、眷属に成れと迫った。結果は見ての通り2人は転生悪魔になることはなかったがな。似たような事例はいくらでもあると思うぜ?」

 

 視線が、猫上姉妹に集まる。一樹などはその拳を強く握り、今にも血を流さんばかりだった。

 だがそれは一樹だけではない。リアスとソーナも同様だ。彼女らにとって眷属とは仲間であり、家族に等しい存在。もちろん形式上の上下は存在するが、信頼関係の構築に余念がないため問題にならない。

 彼女たちは役に立たないからと言って自らの眷属を見捨てることはしない。ましてや家族を人質に取って転生を脅迫するなど言語同断。善く言えば誇り高く、情愛深い。悪く言えば理想主義で甘い彼女たちの意見だった。

 

 対してアーシアは僅かに下に俯いている白音のことを思う。そして以前彼女自身が言っていた言葉を思い出していた。

 

『大多数の悪魔は他種族を見下しています。彼らは特に人間は自分たちに奉仕するのが当たり前と思っている悪魔も少なくありません』

 

 白音は以前そう言っていた。リアスやソーナが特別なのだと。

 その言葉の意味に触れてアーシアは涙が流れそうになった。

 

「その事件については私も知っている。知ったのは偶然だったがね」

 

 視線が今度はサーゼクスに集まった。しかし本人は猫上姉妹にではなく、白音の隣に座る日ノ宮一樹に視線が注がれていた。もっともそれも一瞬ではあったが。

 

「嘆かわしいことに、現在そうした不義理に駒を使う上級悪魔は珍しくない。猫上姉妹に勧誘を行った悪魔は既に爵位を剥奪し、牢に繋がれているが、それも一例に過ぎない。そうした心無い対応が現代ではぐれを増加させる原因になっているのも事実だ」

 

 本当に嘆かわしいと言うようにサーゼクスは嘆息した。

 過去の三勢力の大戦で先代魔王と多くの72柱を含めた悪魔を失った。それだけに飽き足らず停戦に反発し、戦争続行を唱えた旧魔王の血を引く直系たちとの内乱に突入することになり、悪魔はさらに減少過程にあった。

 あの内乱がなければ悪魔陣営が三すくみで一番の危うい勢力とはならなかっただろう。

 

 だがそれを救ったのが悪魔の駒だった。

 出産率の低い悪魔が短い期間で急激に勢力を巻き返せる上に単純に人口を増やせる希望だった。

 

 だが、長い平和な時間が悪魔の駒の意義を歪めてしまう。

 ひたすらに強力な。もしくは有能な。あるいは希少な。そんな駒を集める娯楽に没頭するあまり、眷属悪魔を必要以上に軽視する風潮が広がっていた。

 それに比例するようにはぐれの出現率も増えてしまった。

 これは悪魔の駒が造られた当時と現代でははぐれになる理由が違うことも大きい。

 過去では今では信じられている通り、力に溺れ、主に反逆した者達が多かったが、現在ではむしろ、横暴な主に耐え兼ね、裏切らざる得ない状況に追い込まれる眷属悪魔も少なくない。

 

 そうした現状になった時には既に遅く。はぐれ悪魔に対する対応のマニュアルが出来上がっていたこともあり、必要な改定を行わないまま実行された結果が今日までのはぐれ悪魔の理不尽なまでの冷遇というわけだ。

 それにはぐれ悪魔自体に大なり小なり知性と力があるという事実もある。

 下手な同情や後手の対応が命の危険に曝されることを危惧してマニュアルの改訂が遅れているということも否めない。

 

 また、これは転生悪魔よりも純血を重んじる社会の風潮もある。

 サーゼクスやセラフォルーを含めた現魔王は少しずつ現状を変えていこうと苦心しているが、元々長命である悪魔には急激な変化を与えることは難しかった。

 

 はぐれ悪魔の中には情状酌量の余地がある者は少なくない。それでも一度出来上がったマニュアルの改訂やイメージの払拭は容易ではなかった。

 

 そこで話が途切れ、ミカエルがアザゼルに問う。

 

「ではコカビエルに付いたバルパーとフリードをこちらに輸送したのも?」

 

「アイツらはうちにじゃなくコカビエルと手を組んでたからだ。それなら元の所属に送り返すのは当然だろ?そういやアイツらどうなったんだ?」

 

「……バルパー・ガリレイに関しては既に死罪が決定し、刑も執行しています。フリード・セルゼンに関してはまだ確認しなければいけないことが幾つかあるため牢に繋がれていますが、遠からずバルパーと同じ結末を辿るでしょう」

 

 ミカエルの言葉に2人を知る者たちは安堵の息を吐く。

 人が死ぬことを喜ぶわけではないが、2人の人間性や罪状を知れば生きているだけで何かしでかすのではないかと不安になる。

 

「話を戻すがアザゼル。あくまで君が神器使いやはぐれ悪魔を集めているのは彼らに徒党を組まれ反逆を起こさせないためか?正直君が【白い龍】を手に入れたと聞いた時は覚悟を決めたものだが……」

 

「いつまで経っても攻めてこなかっただろ?まぁ神器使いの保護は研究に必要という理由もあるがな。もちろん相手の承諾を聞いた上でだぜ。研究を始めたばかりの頃ならいざ知らず、今は無理矢理神器を引っこ抜くなんてする必要もねぇからな」

 

 アザゼルの言葉に一誠の肩が若干跳ね上がり、眉が動いた。

 

「誠意として神器に関する研究の一部をお前らに送ってもいい。俺らのせいでそっちは神器に関する研究があまり進んでないと聞いたからな。何度も言うが俺は戦争に興味はねぇ。今の世界で十分に満足してる。部下たちにも人間の政治に手を出すなと言ってあるし、悪魔の業界にも干渉する気はねぇさ。ったく俺の信用は三すくみで最低かよ」

 

「それはそうだ」

 

「そうですね」

 

「その通りね☆」

 

 他の首脳陣に間髪入れずに意見の一致を見せられ、面白くなさそうにアザゼルは舌打ちをした。

 

「先代よりはマシかと思ったが、お前らもお前らでメンドくせぇな。まあいい。これ以上こそこそ研究すんのも性に合わねぇしな。あーわかったよ。それなら和平を結ぼうぜ。どうせお前らもそれが目的でこの会談に集まったんだろ?」

 

 手を差し出してとんでもないことを言うアザゼルに首脳陣は大きく目を開け、若手の悪魔であるリアスやソーナは開いた口が塞がらなかった。

 トップの側近であるグレイフィアやガブリエルですら体を硬直させている。

 

 その提案の中、最初に動いたのはミカエルだった。彼は小さく笑みを浮かべる。

 

「ええ。確かに我らはこの会談で悪魔と堕天使、両陣営に和平を申し出るつもりでした。まさかアザゼルから言って貰えるとは思いませんでしたが……これ以上三すくみの関係を続けてもいずれ世界の害となるでしょう。天使の長たる私が言うのもなんですが、戦争の原因だった神と魔王は既に亡いのですから」

 

 ミカエルの発言にアザゼルは噴き出した。

 

「あの堅物だったミカエルさまがそんなことを言うとはなぁ。随分頭が柔らかくなったみたいじゃねぇか」

 

「失ったモノを尊ぶのは必要なことですが、いつまでもそれに縛られている訳にはいかない。そう思えるようになるまで多くの時間を必要としました。そして我々にとって重要なのは神の子らを見守り、先導していくことです。その意見はセラフで一致しています」

 

「ハッ!今の台詞、堕ちるゼェ。もっとも神が残したシステムをお前が管理しているからこその発言かも知れねぇがな。俺らの時とは大分違う。良い世の中になったモンだ」

 

 皮肉を交えながら茶々を入れるアザゼル。次に発言したのはサーゼクスだった。

 

「我らも同じだ。魔王が居なくとも種は存続する。である以上、悪魔も先へと進まねばならない。次の戦争が起きれば悪魔は確実に滅ぶ」

 

 サーゼクスの言葉にアザゼルは頷いた。

 

「そうだ。ここで戦争を続行すれば三勢力はまず間違いなく終わる。そしてそれは他の神話体系や人間世界にも大きな影響を与えるだろう。その果ては世界の終わりだ」

 

 座っていた椅子の背に体を預けてアザゼルは小さく息を吐いた。

 

「三勢力の戦争が停止し、人間の世の中を眺めながら俺は思ったことがある。二度の世界大戦やらと色々あったが人間たちは自分たちで道を決め歩き出した。国々も段々と武力じゃなく話し合いで矛を収め、知識と技術を出し合い、研究することで既に地球から飛び立ち、月にその足を着けた。昔は流行り病や飢餓。災害に戦争。そんなもんが起こる度に人外()らが知恵や知識を与えてやらなけりゃ滅びちまいそうな奴らがそこまで成長したんだ。それを見て俺たちはもうこの世界で高尚な存在でもなんでもなく、この惑星に存在するひとつの種に過ぎねぇんだってな。人間たちがそうして進んでるってのにいつまでも俺たちが肩肘張って争ってるわけにもいかねぇ」

 

 どこか遠くを見るように語るその姿は自嘲と羨望。そして未来への憂いと期待があった。

 

「神はもういない。三すくみの現状も終わる。それを良しとするか不満に思うかは個々人の自由だ。だがひとつ言えることは神が居なくなっても世界は滅びず、こうして俺たちもこうして元気に生きている。そういう時代になったってことだ。————神がいなくても、世界は回るのさ」

 

 アザゼルの言葉が会談の場を包む。それは決して重苦しいものではなく、むしろ和やかな雰囲気のものだった。

 それから各陣営の戦力やら勢力図。他の神話体系への声明やらと話を進めていく。

 

「さて、こんなところだろうか?」

 

 サーゼクスの一言に各首脳のトップは息を吐いた。それは長かった争いにようやく区切りを打てたことへの安堵だった。

 重要な話を終えた後にミカエルが一誠に視線を向ける。

 

「和平の話し合いも大分良い方向に進みましたし、赤龍帝殿の話を聞いてもよろしいかな」

 

 ミカエルの発言にこの場にいる全員が一誠へと視線が集まる。

 少し前に天使陣営が一誠へと贈り物をした際にミカエルに訊きたいことがあった彼は話をしようとしたがその場ではやんわりと断られ、この会談で話を聞くと約束していた。

 

 一誠はアーシアに視線を向けると彼女はコクリと首を縦に動かす。

 それに一誠は意を決してミカエルへと質問を投げかけた。

 

「教会は、ミカエルさまたちはどうしてアーシアは追放したんですか?」

 

 これは一誠がアーシアに出会ってからずっと思っていたことだった。

 信心深く悪魔になって、神の不在を知っても祈りを欠かさないアーシア。たとえそれで頭痛が伴うとしてもだ。

 ただ悪魔を癒す力を有していたというだけで。

 そのことにある意味一誠はアーシアが悪魔に転生する原因になったレイナーレよりも怒りを感じていた。

 勿論その件がなければ一誠とアーシアの人生が交わることはなかったと理解していてもだ。

 

「それに関しては本当に申し訳ないと思っております。神の消滅の後、我々に残されたのは加護と慈悲と奇跡を司る【システム】だけでした。神は【システム】を創り、それを用いることで様々な奇跡をこの地上にもたらしていました。悪魔祓いや十字架などの聖具の効果もその【システム】によるものです」

 

「神がいなくなって、そのシステムに不具合が起こったんですか?」

 

「本来【システム】は神のみにしか扱えない代物です。現在はセラフ全員で運用し、最低限の機能は発揮していますが、神が存在していた頃のように十全とは言えません。そのせいで加護も慈悲も十分と言えず、救える者は限られています。そのため、【システム】に悪影響を与える存在を教会から遠ざける必要があったのです。我々はそうした【システム】に悪影響を及ぼす可能性のある神器―――――アーシア・アルジェントの【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】や二天龍を封じた神滅具もこれに当たります。その他の例とするなら—————」

 

「私のように神の不在を知った信徒ですか?」

 

 ミカエルの言葉を遮ってゼノヴィアが発言する。

 

「そうです。ゼノヴィア。天性の聖剣使いである貴女を追放することは我々にとっても大きな痛手でしたが、それでも【システム】の影響を考慮するならば貴女たち2人を追放するほかなかった」

 

 そう言って頭を下げるミカエル。

 天然の聖剣使いや希少な神器保有者を手放さざる得なかったことから天使たちがどれだけシステムに過敏になってるか理解できるだろう。

 彼らにとって【システム】は文字通り命綱なのだ。

 

「謝らないでくださいミカエルさま。一方的に教会を追い出されたときは僅かばかりの恨みも抱きましたが理由を知ればどうということはありません」

 

「しかし貴女が悪魔に転生したのは私たちに非があります」

 

「この歳まで教会に育てられた身です。それに教会を出てからこの学園での生活は私の人生を華やかに彩ってくれています。こんなことを言うと他の信徒に怒られてしまうかもしれませんが、私は今の生活に満足しているのです」

 

 続いて発言をしたのはアーシアだ。

 

「私は、今を幸せに感じています。友達が出来ました。家族が出来ました。聖女として生きて来た頃よりも大切だと思える人達に出会えたんです。哀しいことはありましたが、私は皆さんに出会えたことを感謝しています。だからミカエルさまがそれに負い目を感じる必要なんてないんです」

 

 2人の言葉にミカエルは安堵の表情を浮かべる。

 

「そうですか。2人の寛大な御心に感謝します」

 

「まぁ、アーシア・アルジェントの件に関してはうちにも責任があるがな」

 

「そ、そうだ!アーシアは一度堕天使に殺された!俺もそうだけど……それよりもアーシアだ!アンタの知らないところで起きたことかもしれないけどアンタに憧れてた堕天使の女性がアンタのために神器を奪ってアーシアも殺したんだ!」

 

 声を上げる一誠にアザゼルは少しだけバツが悪そうに頬を掻く。

 

「アイツらをアーシア・アルジェントに接触させたのはさっき言ったように神器使いの保護のためだ。それを【聖母の微笑み】に眼が眩んだか、それとも最初からそのつもりだったのか。もしアーシア・アルジェントから神器を奪って俺の前に現れても俺はレイナーレたちを処分してたさ。敵対しているならともかく、無作為に神器使いを殺すより、味方に引き込む方がいいしな」

 

 言い訳に聞こえるかもしれんがな、と締めくくる。

 

 研究に関して言うなら後天的な神器使いは禁手に至れる可能性が低く、相性が悪ければ能力自体発動しないことも在り得る。

 それなら奪うより陣営に取り込んだ方が利が大きいのだ。

 もっとも下の者たちがそれを理解しているとは言い難く、独断で行動を起こす事態が少なからずあった。

 アーシアと一誠の件はまさにそれだった。

 

「……堕天使のせいで俺は悪魔だ」

 

「悪魔になったことが不服か?だが、悪魔になったお前でも神器を持て余してるのに人間のままで赤龍帝の籠手が目覚めてたら耐えきれず自滅してたかもしれないぜ?そういう意味じゃ、結果オーライだろ」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「ま、納得できないなら俺は俺なりの方法でお前たちを満足させようと思う。さてと。そろそろ俺たち以外に世界への影響を与えそうな奴らの話を訊くか。無敵のドラゴンさまの話をなぁ。ヴァーリ、お前は世界をどうしたい?」

 

 アザゼルの問いにヴァーリの出した答えは単純明快だった。

 

「俺は強い奴と戦えればそれでいいさ」

 

 強者との戦い。白い龍が望むのはそれだけだった。

 その答えにアザゼルはやれやれと苦笑し、次に一誠へと視線を向けた。

 

「で、赤龍帝。お前は世界をどうしたい?」

 

 訊かれたが一誠には明確なビジョンなど無かった。

 正直に言えばこの会談でアーシアのことが聞ければ満足であり、和平の件については彼個人からとしてはついでのようなものだ。

 そもそもついこの間まで一介の高校生に過ぎなかった兵藤一誠に世界云々などと訊かれても困るというのが本音だ。

 煮え切らない態度の一誠にアザゼルが明確な指針を与えた。

 

「ならお前にもわかりやすいように説明してやる。もし戦争になったらリアス・グレモリーとその眷属を含めて戦争に駆り出されるだろう。もちろんお前もな。そうなったらお前、最悪童貞のまま死ぬことになるぜ?」

 

 アザゼルから言われた一言に一誠の表情がピキッと固まる。

 

「戦争でいつ死ぬかもわからねぇし、戦ってばっかで女を抱いてる暇なんてねぇだろうよ。だが和平が成立すれば後は種の存続と繁栄だ。子を産めや産めやってな。それならリアス・グレモリーでもアーシア・アルジェントでも好きなだけ抱けばいい。それともヴァーリみたいに年がら年中戦いで青春を浪費してみるか?」

 

「和平で!?和平でお願いします!?平和になって部長とエッチがしたいです!!」

 

 にべもなくされた宣言にリアスは顔を赤くして盛大に眉をしかめた。

 あんまりな例を出したアザゼルは腹を抱えて笑っている。

 

「そんじゃ最後に、一樹、お前は俺らの和平をどう思う?」

 

「あ?」

 

 急に話を振られて一樹は呆けた表情を返す。

 

「難しく考えることはないぞ。お前はこの場にいる唯一所属が曖昧な人間だ。そうした奴の意見も聞いてみたいのさ。ま、軽い雑談だ。思ったことを言えばいい」

 

 内心一樹はこの場でこんなことを訊かれるなんて聞いてねぇぞ!と叫びたくなったが多くの視線が集まっていることで自制する。

 見れば魔王や天使勢もこちらに視線を向けていたからだ。

 

「俺はそっちの事情に関しては無知ですので。ただ、一般論で言えば戦争より平和の方がいいのでは?」

 

「つまんねぇな。そんなお題目じゃなくて本音話せよ。つーかそれお前の意見じゃねぇだろうが」

 

「……なら言いますが、俺個人としてはそちらが争おうと仲良くしようと知ったことじゃありません。ただどちらにせよこちらに。俺と俺の家族に危険が及ぶなら払うだけです」

 

 一樹にとってもっとも重要なのは家族だ。

 二度も家族を失うつもりはない。

 それは一樹が絶対に譲れないことだった。

 

「和平が為されることで姉さんや白音、延いては俺自身の安全が高まるなら言うこと無しです」

 

 世界の裏側に関わってしまった以上、弱いままでは喰われる。だから力を欲するがあくまでも自衛目的だ。これから何が遇っても死なない為の準備期間だと思っている。

 

 そんな一樹にサーゼクスはひとつの問いを発した。

 

「ならばもし何処かの勢力が君や君の家族に手を出したらどうする?そして君が抗った結果、我々の関係が悪化したら?」

 

「俺は―――――」

 

 

 サーゼクスの問いに答えようとした瞬間、世界が静止した。

 

 

 

 



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27話:強襲

 兵藤一誠が意識を覚醒させたとき、室内の様子が微妙に変わっていた。

 

「お、赤龍帝のお目覚めか」

 

 周囲を見渡すとそこには動いている者と停止しているもので別れており、動いているのは各勢力の各勢力のトップ4人にグレイフィアとガブリエルに黒歌。

 部員の中で動いているのは—————。

 

「部員の中で動いているのは私と一誠。それにゼノヴィアと裕斗に一樹と白音ね」

 

「私もよ」

 

 リアスの言葉にイリナが続いて手を上げる。

 

「どうなってるんですか!?それにこの感覚って!」

 

「グレモリーんところの例のハーフ吸血鬼だろうな。どうやら、取っ捕まって神器を暴走させられたらしい」

 

 口元は吊り上がっているがその眼光だけは鋭く、忌々し気に呟く。

 

「取っ捕まったって、誰にっ!?」

 

「テロだよ。テロリスト」

 

「テロォッ!?」

 

 アザゼルの断言に一誠は声を上げて驚く。平和な日本では外国のニュースやフィクションの中でしか飛び出さない単語だったからだ。

 

「何時の時代も和平を結ぼうとすればそれを嫌がって邪魔する連中が現れるもんだ。恐らく目的はこの会談のトップ――――。つまり俺たちだな。さて、どこの馬鹿がやらかしてんだか……」

 

 外を見て見るとそこにはロープを纏った人影たちが魔力の弾を撃ち出してこの校舎を襲撃していた。

 

「あれは魔法使いの連中だな。悪魔の魔力体系を独自に解析した伝説の魔術師【マーリン・アンブロジウス】が再構築し、人間にも扱えるようにしたのが魔法、魔術の類だ。全体的な技術自体はまだ悪魔側には及ばんが、独自に発展したため団体次第じゃ、悪魔でも出来ないことも可能にした連中もいる。ましてや神器使いが魔術を覚えると色々と面倒だ。いま攻撃してる奴らの力は大体中級悪魔クラスってとこか?ま、この校舎に居る内は強力な防壁が張られてるし、大丈夫だろ。代わりに俺らも出られないけどな」

 

 色々と解り易く説明してくれるアザゼルに一誠は感心しながらも次の疑問を投げかけた。

 

「で、でもどうやってギャスパーの神器を!?それにアイツの効果範囲はあくまで視界の中だけだろ!?」

 

「恐らくは譲渡の神器か魔術で無理矢理【停止世界の邪眼】を疑似的な禁手へと至らせて効果範囲と拘束力を高めたんだろうぜ。もっとも俺らみたいに地力に差がありすぎる相手や何らかの方法で神器の影響を回避する要因のある奴らは免れたみたいだがな」

 

「神器の影響を免れる?」

 

「お前さんやヴァーリみたいにドラゴンの力を宿した奴や、猫姉妹みたいに仙術で自分の身体をガードした奴。聖魔剣使いや聖剣使いの嬢ちゃん2人も咄嗟に聖剣の加護を用いた。リアス・グレモリーは転生悪魔の主だから影響下から外れたと見るべきか。だが—————」

 

 アザゼルが一樹に視線を向ける。

 

「なんでお前も動けるよ?」

 

「?ギャスパーの時間停止の感覚があったから気を高めたんですけど?」

 

「だとしてもだ。正直、お前はこの影響下の中で動けるほどの力を有しちゃいない。報告で聞いた例の聖火の力が関係あるかもしれんが、それだけだとちょっと説明不足だな。だが今それを考察してる余裕はなさそうだ」

 

 校舎を襲う魔力の弾を適当に払い除け、光の槍を投げつけて撃退するも、次々と増援がわんさか現れた。

 それにアザゼルは鼻を鳴らす。

 

「テロのタイミングといい。導入してくる質と量といい、思いっきりが良すぎるな。内情を知りすぎている。もしかして、ここに裏切り者でもいるのか?そうでなきゃここまで大規模に動ける説明がつかん」

 

 裏切者。その言葉にリアスたちが息を呑む。

 そんな中、一樹が手を上げて質問した。

 

「結界の外へ逃げるのは?」

 

「論外だな。今は目標(俺たち)がここにいるから戦闘が学園内部で収まってるんだ。もし結界を解いて外へ逃げたりしたら町中でドンパチが始まるぞ。そうなりゃ、町も住民もタダじゃ済まないだろうさ」

 

 その言葉に若手組が息を呑む。

 

「それに、相手側の黒幕もシビレを切らして出てくるかもしれないしな。俺たちはそれを待ってんだよ。こんな頭の悪いイベントを組んだ二流の顔を拝むためにな」

 

 余裕の表情で相手との防戦を繰り返すアザゼル。

 そして次にサーゼクスが言葉を発した。

 

「そんなわけで、我々首脳陣は敵状を調べるために動けない。それに停止させられた各陣営の人員の安全も確保しなければならないしね。それにはまず、ギャスパーくんを魔術師から引き離し、保護する必要があるわけだが」

 

「私が行きますお兄さま!?ギャスパーは私の眷属です!それをこんな形で利用されるなんて我慢できません。あの子は私が救出します!」

 

 リアスの提案にサーゼクスは少し考える素振りを見せる。

 

「リアスならそう言うと思ったよ。しかしどうやって彼の居る場所まで移動する?正面から突っ切る訳にもいかないだろう?転移魔法も恐らく使えないだろうし」

 

「部室に戦車の駒を置いてありますので、それを使います」

 

「なるほど【キャスリング】か。考えたねリアス。それなら、相手の虚もつける」

 

 キャスリングとは王と戦車の位置を瞬間的に入れ替えるレーティングゲームの特殊技のひとつだ。

 これなら直接敵陣へと乗り込むことが出来る。

 

「しかしリアスひとりだけでは危険だな。グレイフィア、私の魔法式からもう何人かの転移は可能か?」

 

「そうですね。ここでは簡易術式しか展開できませんので、もうひとりくらいが限度かと」

 

 それを聞いて真っ先に手を上げたのは一誠だった。

 

「俺が行きます。俺がギャスパーを救い出します!」

 

 一誠にとってギャスパーは同性の後輩だ。あの容姿と趣味にツッコミたいところのある奴だが大事な後輩には違いない。

 それに主である部長をひとりで危険な敵地に飛び出させるくらいなら自分が盾でも矛にでもなる。

 一誠はそう決断した。

 一誠を見ていたサーゼクスがアザゼルへと視線を移す。

 

「アザゼル。神器の力を一定時間制御する研究を行っていたな」

 

「そうだが。それがどうした?」

 

「赤龍帝の力を制御できるだろうか?」

 

 サーゼクスの言葉に僅かな間を置いたアザゼルは懐から2つのリングを取り出し、それを一誠に放り投げた。

 

「それは、神器の力をある程度制御するための物だ。短い時間だが禁手の力も使うことが出来る。もっとも使えば代償でその腕輪も壊れるがな。ひとつはお前の切り札に。もうひとつは見つけ次第填めて神器を制御させろ」

 

「禁手!この腕輪で!?」

 

「そうだ。だがあくまで緊急用だ。それを使うのは最終手段にしとけよ赤龍帝。使えば体力やら魔力やらをごっそり持っていかれるからな」

 

「わ、わかった!それと俺は赤龍帝じゃない!兵藤一誠だ!」

 

「そうかい。じゃあ兵藤一誠。恐らくお前の兵士8個の駒は赤い龍にほとんどが割り振られていると見て間違いないだろう。今のお前は現段階で人間に毛の生えた程度の悪魔だ。だから力はなるべく早く手懐けろ。でなけりゃいつか自分の力に食い破られるぞ。ハーフ吸血鬼のことはお前も他人事じゃねぇんだからな」

 

 それは以前、ヴァーリにも言われた言葉だった。

 どんなに強力な神器を宿しても、使い手がダメなら敗ける。そして最悪それは死と隣り合わせなのだ。

 

「わ、わかってるさ……」

 

 そう理解してる。今の兵藤一誠はドライグのおまけ程度の価値しかない存在だと。

 しかし、それをアザゼルの口から言われたことで改めて抉られるような痛みを覚えた。

 同時に自分たちにはもっと良く指導してくれるコーチのような存在が必要なのではないかと感じた。例えば目の前の堕天使総督とか。

 だが今はただリングの力とはいえリアスの役に立てる。それだけで良かった。

 

「アザゼル。神器の研究はどこまで進んでいるというのですか?」

 

「いいじゃねぇか。神器を造り出した神はもういねぇんだ。いつまでも訳の分からねぇモンにしとく訳にもいかねぇだろ。結局は誰かが解明しなきゃいけないことだ」

 

「それが貴方だというのが不安なのですが……」

 

 話している間にグレイフィアの術式構築が成されているが、まだ少しかかるようだ。

 そんな中でアザゼルがヴァーリに指示を出す。

 

「ヴァーリ。お前は魔術師どもに突っ込んで適当に攪乱しろ。お前が敵の目を引き付ければ、向こうにも変化が現れるかもしれん」

 

「向こうも俺がいることは承知なんじゃないかな」

 

「だとしても赤龍帝が敵のど真ん中に転移することまでは読めないだろうさ。注意を引き付けるだけでいい」

 

 アザゼルの指示を思案しながら次にとんでもないことをヴァーリは口走った。

 

「いっそのこと、問題のハーフ吸血鬼を校舎ごと消してしまえばいいんじゃないか?」

 

 その言葉にグレモリー眷属の全員がヴァーリに警戒の色を示す。

 

「それは最終手段だな。和平をしようって時に魔王の身内の身内を殺すのはマズイ。逆に助ける手伝いでもすりゃ恩も売れるだろ?」

 

「了解」

 

 アザゼルの言葉にとりあえずは納得したのか、彼は嘆息し、神器の翼を広げて窓の手摺に足をかける。

 

『Vanishing Doragon Balance Breaker!!!!!!!』

 

 音声の後にヴァーリは光に包まれ、それが収まるとそこにはコカビエルを圧倒した白い鎧の龍が姿を現した。

 その姿に一誠の中で言いようのない劣等感に苛まれる。

 ヴァーリは一言もなく窓から飛び出し、魔術師たちに向かって行った。

 その強さはまさしく圧倒的だった。

 魔術師たちの攻撃を避ける動作もせずに無力化し、白い鎧が駆け抜ける度に敵を無力化していく。その攻撃動作でさえ一誠には認識できなかった。

 魔術師たちは為す術もなく無力化されていくが、それ以上に人員が投入されていった。

 

 そんな中でサーゼクスが再びアザゼルへと質問を投げかけた。

 

「アザゼル。君が神器使いやはぐれ悪魔を集めていたのは本当に彼らの保護と研究のためか?もしや君はこの場に現れた集団に心当たりがあるのではないか?」

 

 アザゼルはサーゼクスの問いに嘆息する。

 

「別に隠していた訳じゃねぇよ。この会談中にお前らにも情報を与えるつもりだったさ。その前にアイツらが攻めて来た。それだけだ」

 

「では彼らは?」

 

「恐らくは禍の団(カオス・ブリケード)と名乗る一団さ。組織背景が判明したのもつい最近だ。きっかけはコカビエルに近づいてきた不穏な一団をマークしててな。そこから徐々に情報を搔き集めた。最もコカビエルの奴はアイツらの誘いを蹴ったみたいだが」

 

 窓の外を眺めながら情報を口にしていく。

 

「構成員はバラバラで世間から居場所を失った神器使いの集まりや旧魔王派。はぐれエクソシストや非人道的な研究に手を染めて組織から追い出された奴。【神の子を見張る者】からもいくらか合流してる。要は、現状が気に入らなくて鬱憤が溜まってる奴らが集まったごった煮組織さ。もっともそのトップに立ってるのがこの上なく厄介な奴なんだがな」

 

「既にトップの情報も得ているのですか!?」

 

「あぁ。組織の頭を張ってるのは、二天龍を凌ぐ無限の龍神だ。俺の部下が苦労して持ち帰った情報だ。信じていいぜ」

 

 アザゼルからもたらされた情報にトップ陣ですら驚きを隠せずその頬に冷たい汗が伝う。

 

「そうか、無限の龍神オーフィス。彼がテロリストのトップに立ったか。夢幻と並ぶ最強のドラゴンが……!」

 

 険しい表情で呟くサーゼクス。しかしそれは彼だけでなくこの場にいる大半が表情を曇らせていた。そんな中で聞き慣れない女性の声が室内に届いた。

 

『そう、オーフィスが禍の団のトップです』

 

 響いたその声にサーゼクスが焦りの色を見せる。

 

「そうか!アザゼルが旧魔王派の名前を出したことからもしやと思ったが、この襲撃の黒幕は君か!」

 

 舌打ちするサーゼクスはグレイフィアに術式の展開を急がせる。

 

「グレイフィア!リアスとイッセーくんの2人を早く飛ばせ!」

 

「はっ!」

 

 丁度2人分が収まるくらいの大きさの魔法陣が室内の隅に展開された。

 

「お嬢さま、ご武運を!」

 

「ちょっ!グレイフィア!?」

 

 リアスが何か言う前にグレイフィアは2人を魔法陣の上に立たせ、そのまま強制的に転移させた。

 

 それと入れ替わるように別の形をした魔法陣が展開される。

 一樹がよく見るグレモリー家の魔法陣とも以前見たフェニックス家とも違う魔法陣だった。

 

「レヴィアタンの魔法陣」

 

 サーゼクスが苦虫を潰したような表情で呟く。

 続いてゼノヴィアが言葉を発した。

 

「以前ヴァチカンの書物で見たことがあるぞ!あれは旧レヴィアタンの魔法陣だ!」

 

「私も見たことあるわ!随分前だけど!」

 

 イリナの言葉と同時に現れたのは胸元が大きく開かれ、スリットの入ったドレスを纏う眼鏡をかけた知的そうな女性だった。

 その女性は不敵な笑みを浮かべ、2人魔王を見据える。

 

「ごきげんよう。現ルシファーのサーゼクス。そして現レヴィアタンのセラフォルー」 

 

 セラフォルーの名を呼ぶときに若干険の色が濃くなった気がしたがこの場にいる者たちには関係のないことだった。

 

「先代レヴィアタンの血を引く者。カテレア・レヴィアタン。これはどういうことだ?」

 

 旧四大魔王が消滅後、三勢力での停戦が決まり、それに最後まで反発したのが先代魔王の血を引く旧魔王派の一派だった。

 意見の喰い違いからそれは内乱にまで発展し、戦争で数を減らした悪魔はさらに減少することになる。

 結果的にはタカ派の旧魔王派は内乱に敗れ、冥界の僻地へと追いやられるわけだが。

 その後、サーゼクスなどの新魔王が誕生し、新政府の樹立が成された。

 先代レヴィアタンの血を引くというカテレアは挑戦的な笑みで言う。

 

「旧魔王———真なる魔王である我々は大半が「禍の団」に協力すると決めました」

 

 真なる魔王と名乗ったカテレア。それが意味することは現魔王を偽の魔王としてその存在を認めないという意思表示だった。

 クーデター。その事実にサーゼクスは眉間の皺を深める。

 

「新旧魔王サイドの確執が本格的になったわけだ。悪魔社会も大変だな」

 

 他人事のように笑うアザゼル

 

「カテレア、何故だ」

 

「サーゼクス。神も先代魔王も消えたからこそこの世界は一度破壊し、再構築するべきだと私たちは判断しました。それだけのことです。そしてオーフィスは力の象徴として君臨する役を担う。力を終結させるための。そして新世界を私たちが取り仕切るのです」

 

 そして外で暴れている魔術師たちは旧魔王派の賛同者。

 カテレアの言い分を聞いてサーゼクスは自分の甘さに眩暈がした。

 

 旧魔王派を僻地に追いやった際に長い時間をかけて交渉し、いずれ現政府に復帰してもらうつもりだった。

 たとえ意見が異なろうと悪魔の未来を憂いているのは同じ。ならば考えを擦り合わせることは可能だと彼は信じていた。

 その目論見の甘さが今日を招いてしまったと後悔した。

 

 そしてそれはサーゼクスの後ろに居たセラフォルーも同様だった。

 

「カテレアちゃん、どうして!?」

 

「セラフォルー・シトリー。私からレヴィアタンの名前を奪うだけでは飽き足らず、その名を穢し、辱めた貴女を私は絶対に許しはしない!貴女が踏み躙ったレヴィアタンの名は今日を以って私が取り戻す!!」

 

「わ、私は……!?」

 

 敵意を越えた憎悪をその瞳に宿し、突き刺すような視線でセラフォルーを射抜く。そして彼女自身その視線に狼狽していた。

 

「オーフィスを神とした新世界で法も理念も私たちが構築しますその為にミカエル、アザゼル。そして魔王サーゼクス。貴方たちの時代をここで終えるのです」

 

 カテレアの言葉にこの場にいる大半が表情に陰を宿す。

 しかし、首脳陣のひとりは違っていた。

 見るとアザゼルだけがカテレアの言葉に辛抱できないと言わんばかりに大爆笑している。

 

「アザゼル、何が可笑しいのです?」

 

 怒りを含ませた問いにアザゼルは小馬鹿にしたように肩を竦めた。

 

「あんまりにも陳腐な言い分に笑っちまったんだよ。世界の変革?理由は世界の腐敗か?人間の愚かさ?地球が滅ぶ?まるで漫画の悪役みたいな理由だな。世界が間違ってるからリセットして自分たちが創り直してやるってな。まったくそんな陳腐なこと言ってる割にはそこそこ力があるから厄介なんだよお前らは」

 

「アザゼル!どこまで私たちを愚弄するか!?」

 

 カテレアは魔力のオーラを迸らせる。その密度と大きさにこの場にいる若者たちは息を呑んだ。

 

「サーゼクス、セラフォルー。こいつの相手は俺がやる。手を出すんじゃっ————!?」

 

 言い終わる前に黒歌がアザゼルの脇腹に蹴りを入れて倒した。

 

「頭が簡単に前に出てどうするのよ。アンタになにかあったらシェムハザに怒られるの私なんだからね!アザゼルはおとなしくしてなさい。アレは私が相手するわ」

 

 仙術を発動させ、猫の尻尾と耳を出した黒歌が指をポキポキと鳴らす。

 

「おいおい。俺の見せ場を奪うなよ……」

 

「だからアンタになんかあったら怒られるのは私なの!それに万が一でもアザゼルがやられたら誰が私に給料払うのよ!」

 

 この場でそんな心配をしている黒歌に誰もが唖然となる。

 

「見たところこの国の獣人の類のようですが。浅ましい獣人風情が真なる魔王である私に戦いを挑むと?身の程を弁えなさい!」

 

「失礼ね。私こう見えても結構強いのよ?それに現政権に敗北して追いやられた上にそれを認められずオーフィスに泣きついて延長戦を仕掛けて来た駄々っ子如きに私の相手が務まるかしら?せめて戦いの勘が取り戻せるくらいには粘ってよね」

 

 鼻で嗤って挑発する黒歌にカテレアの表情が歪む。

 

「いいでしょう。首脳陣の前に貴女を見せしめにしてあげます。楽に死ねると思うな!!」

 

「ハッ!上等!たかだか猫又風情に敗退して恥の上塗りにしてあげるわ!」

 

 お互いに挑発を終えた2人の美女はこの場から姿を消し、校庭で激戦を繰り広げる。

 その攻防はヴァーリ・ルシファーと遜色のない練度だった。

 

 どうするべきかと悩む祐斗中心とした若い層にサーゼクスから話を振られた。

 

「木場祐斗くん。私とミカエルがここの結界を強化に専念する。あの2人が戦う以上、被害が大きくなる可能性があるからね。外への被害は出したくない。それに今日の会談で集まった下の者たちの安全を確保する必要がある。グレイフィアが敵魔法陣の解析が済むまでの間、魔術師たちの始末を頼みたい。いいかな」

 

 サーゼクスの頼みに祐斗ははっきりと首を縦に動かす。

 

「ありがとう。リアスの騎士が君で良かった。君の力をこれからもリアスに役立ててくれたまえ」

 

「はっ!ゼノヴィア、一緒に来てくれ!」

 

「当然だ!私もリアス・グレモリーの眷属だからな!ここで待っていろなどと言えば殴り飛ばしていたところだ!」

 

 デュランダルを構えるゼノヴィア。

 

「なら、私も行くわ!」

 

「イリナ!?」

 

「せっかく三大勢力が仲良くしようって時に邪魔してくるなんて許せないもの!構いませんよね、ミカエルさま!」

 

「えぇ。むしろこちらからお願いしようと思ってました。頼みます。紫藤イリナ」

 

「はい!」

 

 元気よく返事を返すイリナ。そこにはもうこの会談が始まってからの陰鬱な雰囲気はない。

 彼女がゼノヴィアたちと視線を合わせなかったのは単純に納得できなかったからだ。

 神の不在を知ったイリナは今まで縋っていた存在が既に亡いことに一晩中涙を流した。

 そしてこの町でかつて相棒と呼べるゼノヴィアと別れた際に彼女がどうして何も言わずに教会から抜けたのかを理解した。

 きっとあれは自分を気遣って、神の不在を黙秘してくれていたのだ。

 もし逆の立場なら自分もそうしただろう。まぁ、それで悪魔に転生するに至った過程までは理解できないが。

 そしてこの会談でゼノヴィアはこちらに気まずそうな顔を向けるも悪魔側に馴染んでいるように見えた。それが、イリナには納得できなかった。

 もしかしてゼノヴィアにとって信仰とはその程度のものだったのか

 神の不在をどう思っているのか。

 わからず、一方的にストレスを溜めていた。

 

 しかしそれも会談が進むうちに解消する。

 今の生活に満足しているとゼノヴィアは言った。以前よりも柔らかい表情で。

 納得できないことはまだあるが、あんな表情を見せられれば、ゼノヴィアの選択はきっと間違いではなかったのだとストンと胸に正解が落ちた気分だった。

 蟠りがないと言えば嘘になるが、また前のように一緒に戦える。そう思えるくらいにはイリナの中で溝は埋まっていた。

 

「で、お前らはどうするよ、白音、一樹。一応この中に居れば安全だとは思うぜ。静観してるか?」

 

 アザゼルが2人に問う。

 この中で一樹と白音は戦う義務がない。何もしないでも誰も咎めたりはしないだろう。しかし—————。

 

「人手は多い方がいいでしょう。姉さんも戦ってるんです。俺も出ますよ」

 

「……この場では留まっている方が心臓に悪いので」

 

「一樹くん。白音ちゃん……」

 

「そうか。だが無茶はするなよ。お前らが殺されたら俺が黒歌に殺されちまう」

 

 冗談交じりで言うアザゼルに一樹は苦笑しながら頷く。

 そこでサーゼクスが一樹に話しかけた。

 

「少し済まない。さっきの質問に今答えて貰ってもいいかな?」

 

 さっきの質問。それはもし彼の家族にどこかが手を出したらという質問。だがこれに関しては答えは決まっていた。

 

「―――――もし白音や姉さんに手を出すなら誰であろうと敵です。それはリアス部長たちでも例外ではありません」

 

 もしオカルト研究部と家族。どっちを取るかと言われれば当然家族だ。それは揺るぐことはない。

 その答えに少しだけ哀しそうな笑みを浮かべるサーゼクスに一樹は続ける。

 

「でもそうはならないでしょう?だって今日の話し合いはその為のモノなんですから」

 

 だから自分がリアス・グレモリーと敵対することはないと告げた。

 仮定は仮定。その可能性があったとしても訪れなければただの妄想だ。

 少なくともそうなってほしいと一樹は願っている。

 家族を失うのが一番イヤだが、仲間と思ってる人たちと戦うのもイヤなのだ。

 そう思えるだけの時間を僅かばかりとはいえ過ごしてきたのだから。

 

「そうか……そうだね。私も君と敵対しないことを望むよ」

 

「先行きます……」

 

 小さな笑みを作り、首を縦に動かす。そして腕輪を槍に変えて一樹は魔術師たちへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 




本作品のカテレアはレヴィアタンの名を『奪われた』ことではなく、『辱められた』ことで怒り、旧魔王派に身を寄せました。

それまではレヴィアタンを継いだセラフォルーの側近とか務めてたりもしてました。



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28話:新たなる乱入者

この作品でのリアスは一誠の恋人やお色気担当。スイッチ姫とかではなく、悩めるオカルト研究部の部長。
自分も成長しながら部員を導く存在、という感じにするつもりです。
そうなるといいなぁ(汗)。



 魔法陣での転移を終えた先に見たのは見慣れた部室だった。

 

「なっ!?悪魔たちが直に転移してきただと!?」

 

 しかしそこは敵のど真ん中だった。

 占領された部室にはローブを羽織った魔術師が陣取っている。

 急いで一誠は神器を装着する。

 

「ギャスパー!?」

 

 リアスが叫ぶとそこには椅子に拘束されており、その足元には恐らく神器を操っているであろう魔法陣が展開されていた。

 

 ギャスパーは泣きそうな表情でリアスと一誠に視線を合わせた。

 そして視線が重なったと同時にその紅い瞳から涙が零れる。

 

「部長ォ……もう、嫌です……」

 

 そんな彼の口から発せられたのは諦めの言葉だった。

 

「僕は、もう死んだ方がいいんです。生きているだけで周りに迷惑をかけるだけの存在なんです……この眼のせいで友達も出来ない……こんなの、もうイヤですぅ……」

 

 泣き言を言うギャスパーに反応したのは一誠だった。

 

「ギャスパー!こんなことくらいで勝手に諦めてんじゃねぇ!今そいつらから引き離してやる!」

 

 ファイティングポーズを取りながら叫ぶ一誠。

 しかし、この場で下手に暴れるのも危ないと感じ、迂闊に動けずにいた。室内では一誠の火力は強力過ぎる。

 そうして動けずにいるリアスと一誠に魔術師たちは嘲笑を浮かべる。ギャスパーの首筋にナイフを突き付けて。

 

「馬鹿ね、貴方たち。こんな危険な吸血鬼を普通に扱うなんて。やはり旧魔王派の言うとおりだったわ。グレモリーの一族は力の割に情愛深くて頭が悪いって」

 

「なんだと!?」

 

「本当のことでしょう?このハーフ吸血鬼を私たちのようにさっさと洗脳して敵の領域に放り込んで使い潰してしまえば良かったのに。如何に強力な神器を持つハーフ吸血鬼も、制御できなければ役に立ちようもない。そんなのだから私たちに利用された」

 

 侮蔑を込めた冷笑。その態度に一誠は我慢できずに前に出ようとするが直前にリアスが手で制した。

 

「部長!?どうして!」

 

 一誠の抗議にリアスは答えずその唇を動かした。

 

「ギャスパー。私はね、貴方が恐かったのよ」

 

 発せられた一言にギャスパーはビクッと肩を竦ませ、一誠も驚きの表情でリアスを見る。

 リアスが自分の眷属にそんなことを言うとは思わなったからだ。

 

「そう恐かった。貴方の神器じゃなく、貴方が私を見限るのが。ずっと不安だった。私は、貴方の主に相応しくないんじゃないかって。もっと優秀な主に貴方を預けるべきなんじゃないかって。ずっと悩んでた……」

 

 まるで自分の罪を吐露するようにリアスはギャスパーに話しかける。

 

「貴方を一誠たちに任せたのもなんてことはない。ただ、私が貴方を傷つけるのが恐くて。自分が分不相応な主だって認めるのが恐くて理由をつけて貴方から目を背けていたの」

 

 笑っちゃうでしょう?と自嘲気味に笑うリアス。

 いつも悠然と構えていたリアスが自分のことでそこまで悩んでいたことにギャスパーは驚きに眼を見開く。

 

「でも、この局面に立ってようやく覚悟が決まったわ。貴方をあの封印から出してようやくスタートラインに立てたの!貴方に伝えたいことや教えたいことがたくさんあるのよ!だから答えなさい!貴方は本当にそれでいいの!!こんな奴らに利用されて仕方なく生涯を終える!それが貴方の望む結末!違うでしょう!!私に教えなさい!貴方が今ここでどうして欲しいのか!そして信じて!貴方の主であるリアス・グレモリーはその願いを叶えられる女であることをっ!?」

 

 毅然と言い放つリアス。その言葉にギャスパーは言いようのない暖かさを覚える。

 悪魔に転生するときに言われた。これからは私のために生きて自分が納得できる生き方を見つけなさいと。

 見つからなかったのだとずっと思っていた。

 でも違う。見つけようとさえしなかったのだ。

 外が恐くて。他人が恐くて。全てが恐くて。何もかもから逃げて部屋に閉じ籠った。

 そんな自分をリアスはまだ必要としてくれているのだ。

 だから、今のギャスパー・ヴラディが言わなければいけないことは―――――。

 

「部長ォ……!イッセー先輩……!僕を、助けてください……!!」

 

 クシャクシャな表情でボロボロと涙を流すその姿は見様によっては途轍もなく惨めでみっともない姿だろう。

 それでもギャスパーは言葉にしたのだ。助けてくれと。

 そのやり取りを聞いていた魔術師たちが不快なモノを観たように表情を歪めた。

 

「さっきからベラベラと悪魔風情がお涙頂戴などとっ!?」

 

 ギャスパーに振り下ろされようとするナイフ。しかし—————。

 

「汚い手で、これ以上私の下僕に触れるな……っ!?」

 

 その場にいた全員が凍り付くほどの殺意を込めた声音が鼓膜を震わせた。

 そしてその瞬間、床からナイフを持った魔術師を目掛けて黒い魔力の刃が上昇し、その手首を切り落とした。

 

「え?」

 

 何が起こったか判らずに僅かに呆然とするも噴き出した血から何が落ちたのか理解した。

 

「ぎ、ぎゃぁあああああああああっ!?」

 

 叫ぶ魔術師の隙をついて一誠がギャスパーを椅子ごと奪還する。

 そしてすぐに椅子を壊して自由にした。

 

「イッセー先輩……部長……」

 

「カッコいいところは部長に取られちまったけどな。お前も男なら女にあれだけ言われたんだ。ちったぁ男を見せろ!」

 

 そう言って一誠は会談前にミカエルから贈られたアスカロンで自分の腕を少しだけ傷つけた。

 

「飲めよ。ドラゴンの力を宿してるという俺の血だ。部長はお前を助けた。なら、お前もその気概に応えて見せろギャスパー!!」

 

 一誠の強い眼差しにギャスパーはコクンと頷いてその血を舐める。

 その瞬間、言いようのない悪寒に襲われた。

 

 気がつけば、ギャスパーはその場から居なくなり、代わりに、部室の天井を蝙蝠が舞う。

 

「吸血鬼の能力か!?」

 

 魔術師のひとりが叫ぶと魔力の弾で撃ち落とそうとするが、地面から無数の影の手が伸び、魔術師たちを拘束する。

 抵抗を見せるが魔術師たちは血と魔力を吸われ、徐々に床へと落ちていく。何より魔術師たちは神器により、時間さえも停止させられていた。

 

「イッセー先輩!今です!」

 

「任せろ!!」

 

 言うや否や、一誠は魔術師たちに触れ、指を掲げると叫んだ。

 

「洋服破壊ッ!!」

 

 それを合図に魔術師たちは衣服を全て破かれ、歓喜する一誠。

 

「どうだ!俺たちが揃えば最強だぜギャスパー!」

 

「はい!イッセー先輩!」

 

「そうじゃないでしょうっ!?」

 

 リアスは部室に置いてあった一樹の私物であるツッコミ用のハリセンを2人に容赦なく振り下ろした。

 

 

 魔術師を縛り上げて無力化したあと、リアスは部室に常備してあった毛布を魔術師たちに被せる。

 流石に同じ女として素っ裸で放置するのは躊躇われたからだ。

 

「それにしても部長。さっきのギャスパーを助けた時に使ったアレ!凄かったですね!いつの間にあんなことが?」

 

 興奮気味の一誠にリアスは苦笑して答えた。

 

「一応前からできたわよ。ただ魔力の遠隔発生と形態変化はそれなりに集中力を有するわ。そういった技術はむしろソーナの方が得意分野なのだけれどね」

 

 単純な攻撃力ならリアス。精密操作ならソーナが得意分野だ。だがリアスとて精密な魔力の操作が全くできないわけではない。

 バカスカ撃つだけなら銃と同じ。魔力の利点はその応用性なのだから。

 ただ、時間と集中力がいるため、滅多に使用はしないのだが。

 

 その為に嘲笑う魔術師たちの言葉を聞き流して意識の集中に費やしたのだ。

 

 

 

「ところでドライグ。オーフィスってなんだ?」

 

 一誠は先ほど会談の場で名が挙がったオーフィスについて訊いた。

 

『オーフィスか。懐かしい名だ。奴は無限の龍神。神や魔王すら恐れた最強のドラゴンの一匹だ』

 

「最強?お前より強いドラゴンがまだいたのかよ!?」

 

『あぁ。ついでにもう一匹。オーフィスと同等の力を持つと言われる夢幻を司るドラゴンがいる。俺やアルビオン以上となるとそいつらくらいさ』

 

 それでも、最強の二天龍と呼ばれた赤と白の龍より強い存在と聞いて一誠は震えあがる。ましてやその片側がテロリストの親玉を張っているのだ。

 考えるだけでも身震いする。

 それを振り払うように一誠はギャスパーに話を振る。

 

「そういや、俺の血を飲んでどうだ?」

 

「は、はい。一時的に力が湧き上がりましたけど、今はもう……」

 

「そっか。時間制限付きか。なら何か起きる前にまた俺の血を飲むか?」

 

『それは止めておけ、相棒』

 

 一誠の提案をドライグがストップをかける。

 

「なんでだよドライグ。俺の血を飲めばギャスパーの神器の制御ができるだろ。なら————」

 

「急激に力を上げるということはそれなりのリスクがあるということかしら?」

 

 一誠の疑問にリアスは自分なりの回答を出す。それにドライグは肯定する。

 

『そうだ。これ以上そこのハーフ吸血鬼に相棒の血を与え続ければどうなるかわからん。ある程度時間をかけて慣らしているならともかくこの短期間に血を与え続ければ、理性が飛び、ひたすらに血を求めるだけの怪物に堕ちる可能性もある。最悪、無理に器を広げた代償に器そのものが壊れかねん』

 

 器が壊れるという表現に一誠とギャスパーの肩がビクッと跳ねる。

 

『とりあえず、今はアザゼルから貰った腕輪で対応しろ。後々を考えると今はその方が賢明だ』

 

 ドライグの意見に3人は賛同した。

 

「さ。ギャスパーも取り返したことだし、早く皆のところへ戻りましょう!」

 

 リアスの号令に一誠とギャスパーは頷き、部室を出て会談の場へと急ぐ。

 しかし、旧校舎を出た瞬間になにかがリアスたちを横切った。

 

「だぁもう!!このスーツ高かったのにっ!」

 

 吹き飛ばされてきたのは黒歌だった。彼女はボロボロになったダークグレイの上着を脱ぎ捨てる。

 

「ふふ。なかなかやるようですが所詮はこの程度。やはり真なるレヴィアタンたる私の敵ではなかったようね」

 

「ふん!オーフィスから力を貰っただけのくせに何を誇ってるんだか。そんなんだから現魔王政権にあっさりと敗退したのよ!」

 

「っ!?減らず口を!いいでしょう!そんなに苦しんで死にたいのなら望み通りにしてあげます!」

 

 カテレアの自信を鼻で嗤う黒歌。そしてさらに彼女の纏うオーラが上昇していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し、遡る。

 魔術師たちの力は少し前に戦ったライザーの眷属に比べればはっきり言って大したことのない相手だった。

 

「白音!」

 

「了解……!」

 

 放たれた魔力の弾を一樹がいくつもの炎弾を生み出して相殺し、その合間を白音が突っ切って魔術師を無効化する。

 黒歌同様、仙術を使用した白音の掌底は魔術師たちの気脈を乱し、魔力を練れなくすることで無力化、気絶させていた。

 

 祐斗もその速度を活かして防壁を張られていない側面や背後を狙い、彼らを無力化する。ゼノヴィアはデュランダルの強力な波動を一太刀と共に放つだけで多数の魔術師を吹き飛ばし、無力化していた。

 そしてゼノヴィアが取りこぼした敵をイリナが新調した【擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)】の刃を枝分かれさせて操り、手足に無数の針の穴を空けていく。

 言葉にせずとも即興で息を合わせられるのはお互いが相手の呼吸を忘れていないが故だろう。

 

 しかし、問題はやはり数だった。

 こちらが撃退するより早く多くの魔術師が投入されている。

 現状ではこちらが圧倒していても体力の消耗だけは誤魔化せない。

 早く敵の増援を絶たなければ押し込まれると誰もが考えていた。

 

 だが精神的なアドバンテージを得ていたのは一樹たちだ。

 それは少し離れたところで戦っている黒歌とカテレアの戦いが原因。

 

「にゃはははは!そらどうしたのかしら?そんな馬鹿正直な攻撃じゃあ私を捉えられないわよ!」

 

「クッ!?この畜生風情が!!」

 

「その畜生風情に手玉に取られてるアンタの頭はそれ以下なの?まぁ、【自称】真なるレヴィアタンじゃ私の相手はきつかったかしら?」

 

 自称、を強調するとカテレアの美貌がこれでもかと言うほど歪む。

 右手の宝剣と思しき得物を手に、黒歌はカテレアを翻弄していた。

 

 攻撃を行えばそれが全て幻術(デコイ)ですり抜けられ、黒歌の攻撃はチマチマと刺すように軽微なれど、カテレアの余裕をジリジリと削り、体力を奪っていく。

 

「あ、それっ!」

 

 宝剣と魔力障壁のぶつかる。しかし黒歌は前面に展開された障壁を飛越えるように3枚の札を投げる。

 ボッとその札に火が点火するとそのまま札が爆発した。

 

「ゴホッ!?」

 

 正面だけに障壁を展開していたのが仇となり、符の爆発が直撃する。しかし、1枚1枚の爆発は大したことはない上に、カテレアも障壁の内側は自分を魔力で覆っていたこともありダメージも軽微なのだが。

 しかし、その蚊で刺すような戦法がカテレアを苛つかせている。

 

 その戦況を見ながら一樹は安堵した。

 黒歌の実力を直に見たことのない一樹だったが、これなら大丈夫だろうと思える。

 

 その僅かな隙を狙ってひとりの敵が突進してきた。

 今まで遠距離攻撃主体だった魔術師たちがいきなり接近戦に移行したことに驚くも、一樹はカウンター狙いで相手の肩を狙う。

 

「なっ!?」

 

 その敵は軽々と一樹の槍を躱し、ローブの内側に潜ませていた棍で突いてきた。

 

 寸でのところで避けるが横払いが続く。それを引き戻した槍でギリギリのところで防いだ。すると相手は嬉しそうに口笛を吹く。

 

「やるネェ!突きはともかく払いは防げないと踏んだが中々の反射神経だぜぃ!」

 

 そう称賛すると敵は纏っていたローブを脱ぎ捨てる。

 中から現れたのは魔術師というより爽やかなスポーツマンのような印象を受ける男。しかし、その眼光だけは鋭く、獰猛な野生動物を思わせる。

 何より服装も洋物というより中華の物に近く、その頭に輪っかが填められていた。

 

「魔術師ってのは、遠距離専門だと思ってたが近接もやんのかよ……油断したな!」

 

 抑え込んでいる敵の力が予想以上に強く、気を抜けば押し込まれると直感が告げる。

 それどころか、敵は恐らく本気で力を入れていないとも感じた。

 

「悪いな。俺っちは魔術師じゃねぇぜぃ。ちょっくら面白そうな祭りがあるって聞いて便乗させてもらっただけさ!」

 

 棍で槍を弾くとそのまま一樹の身体を蹴り飛ばす。

 

「いっくん!?」

 

 一樹はすぐに態勢を立て直し、槍を構え直す。対して相手は手にしている得物を肩に乗せた。

 

「俺っちの名前は美猴ってんだ。お前さんの名前は?」

 

「聞いてどうするよ?」

 

「俺っちが名乗ったんだ。お前さんも名乗るのが筋だと思うぜぃ」

 

「……日ノ宮一樹だ」

 

「そうかい。それじゃあさっそく闘り合うとしようぜぃ!」

 

 それを合図に美猴と名乗った男は一樹に向かって直進する。

 鋭い突きが襲うも一樹はそれをなんとかして捌く。だが—————。

 

(どんどん速度が上がっていきやがる!)

 

 こちらを試すように一突きごとに美猴の棍はその鋭さを増していった。

 

「嘗めんな!!」

 

 一樹は一度大きく棍を弾くと跳躍し、槍を振るうと同時に無数の炎弾を落とした。

 炎弾が美猴に向けて地面に落ち、土煙が上がる。

 

 少しは喰らったかと考えたが土煙が晴れる前に向かってきたのは急速に伸びた美猴の棍だった。

 

「っ!?」

 

 予想外の攻撃に脊髄反射で防御の姿勢を取るが根は僅かに上の方に外れ、安堵する。だがその刹那の油断が命取りだった。

 棍はそのまま振り下ろされ一樹の肩から地面に叩き落とされる。

 

「甘いぜぃ……こんくらいで油断してたらすぐに死んじまうぞぉ!」

 

 出て来た美猴は楽しそうに、そして不出来な生徒を注意するように告げる。

 そこで2人戦闘に割って入る者が現れた。

 

「おっと!」

 

「白音!?」

 

 白音の放った拳は美猴の棍によって防がれた。

 

「やるねぇお嬢ちゃん!ギリギリまで気配が読めなかった。それにこの感じ、お前さんも仙術の使い手かい?」

 

「……!」

 

 白音は美猴の質問に答えず、攻撃を続行する。

 白音の拳が気脈を乱し、内臓にダメージを与えるモノだと気づき、美猴は攻撃を躱す。だがもちろん一樹がそれを黙って観ている筈がない。

 炎を纏った槍は美猴に向けて繰り出す。

 

「ハッ!2人がかりか!そういうのも悪くねぇなぁ!」

 

 人数の不利を怒るどころか嬉々として受け入れる美猴。その姿が自分たちではそれくらいハンデがないと物足りないと言われているようで苛立ったがそんなことを気にしている余裕はなかった。

 左右から攻められているのにも関わらず、美猴は難なく一樹と白音の攻撃を捌く。

 打撃を繰り出しながら白音は美猴に問うた。

 

「美猴って言いましたね、貴方!もしかしてあの闘戦勝仏の————」

 

「当たりってとこさお嬢ちゃん!俺っちはあの孫悟空の血を引く猿の妖怪だぜぃ!」

 

「はぁ!孫悟空って、あの西遊記の!?」

 

「正解!!」

 

「ガッ!?」

 

 いきなり明かされた日本でも有名な名に一樹の動きが鈍るのを見逃さず、振るった棍で押し退ける。

 それが僅かな膠着になった。

 

「まさか東洋の妖怪までテロリストに加担してるなんて……」

 

「俺っちは仏になった初代と違って自由気ままに生きるのさ。美味いものを食って強い奴と戦う。それに都合が良かったのが【禍の団(カオス・ブリケード)】さ!あいつらの目的はどうでもいいが、戦いの場を与えてくれるってんなら喜んで力を貸すぜぃ俺っちは!」

 

「この戦闘狂……!」

 

 美猴の言い分に白音は舌打ちする。

 そして禍の団には三すくみからだけではなく東西問わず、人材が集まっている。それも現在進行形で。

 白音は気を両の掌から螺旋状の球体である螺旋丸を作り出す。

 そして懐から苦無を取り出した。

 

「貴方はここで私が捕えます」

 

「言うねぇ。その自信がハッタリでないことを願うぜぃ」

 

 組織のいざこざなど興味が無いと言っていられる状況ではない。【禍の団】を放置しておけば人間界もどのような影響を受けるかわからない。

 それこそ、本当にあらゆる神話体系での戦争すら在り得る。

 

 白音と美猴は何を合図にするわけでもなく同時に地を蹴り、直進した。

 その突風の如き突進の最中、白音は苦無を投げつける。

 

 それを美猴は鼻で笑った。

 こちらが苦無を避けるか弾く一瞬のタイミングを見計らって右手の渦をぶつけるつもりなのだろうと予測する。

 

(いいぜぃ!乗ってやるよ!)

 

 ただ横に避けて一度距離を取ればいいがそれは美猴の頭の中で真っ先に却下された。

 年下の女の子。それも自分と同じ仙術の使い手が真っ向から勝負を挑んで来ているのだ。それを正面から叩き潰さなければプライドが許さない。

 

「ホイヤァ!」

 

 苦無を弾くために棍を振るう。しかし、それは途中で中断された。

 それは、苦無の後ろにいた筈の白音がその苦無を手にして自分の目の前に現れたからだ。

 

(短距離転移か!?)

 

 おそらく苦無自体が目印であり、それを目掛けての空間転移。急に現れた白音はまだ速度の乗っていない棍を苦無で押さえ、右手の螺旋丸を突き出す。

 

「今のは惜しかったぜぃ……!」

 

 美猴は白音の手首を抑え込んで螺旋丸を封じた。

 敵の反射神経と運動能力に苦い表情になる。

 だが、美猴が今相手に取っているのはひとりだけではない。

 

「オ、ラァッ!!」

 

「と!」

 

 背後から一樹が槍を振り下ろす。ギリギリで避ける美猴。

 

「はは!容赦ないねぃ!」

 

「ったりめぇだ!手早くお前を倒すんだよ!」

 

「ハッ!粋がいいねぃ!だがなっ!」

 

 美猴が棍で一樹の胸を突く。

 

「っ!?」

 

「お前さんじゃ俺っちの相手はちょいと実力不足だぜぃ。伸びろ、如意棒」

 

 そのまま伸びた棍により、校舎の壁へと押し出された。

 壁へと激突したことで一樹の意識が途切れる。

 

「ッ!!」

 

 内心でプッツンした白音は美猴襲いかかった。

 

「いいねぃ。今はお嬢ちゃんの方が楽しめそうだ!」

 

 舌を舐めずり、獰猛な笑みを浮かべる美猴に対して白音は怒りでその幼い容貌を歪めていた。

 

 そんな最中で黒歌の方も戦況が変わっていた。

 戦況が有利だった筈の黒歌が徐々に押し込まれている。

 

 その姿を見て白音の中で僅かな焦りが生まれた。しかし美猴はそんな白音を攻撃せずに離れた位置で戦うカテレアに呆れたような顔をしていた。

 

「オーフィスの蛇を使ったか。ったく。あんなのに頼ってちゃあ、底が知れるってもんだぜぃ」

 

 いや、それは呆れていると言うより、落胆だったのかもしれない。

 黒歌たちの方に意識が向いている白音に美猴が説明する。

 

「禍の団が無限龍を頭に据えてるのはあの女から聞いただろ?あいつらは自分たちがオーフィスの下に就く代わりにその力をちょいと拝借してるのさ。つまりはドーピングだドーピング」

 

 棍を肩に乗せながら口元は笑っていたが眼光だけはつまらなそうにしている。

 

「なら貴方も……」

 

「おいおい見縊るなよ?俺っちが信じるのは自分で磨いたこの腕だけだぜぃ。神器使いみたいに生まれ持った能力ならともかく、あんな後付けのドーピング剤なんざこっちから願い下げさ」

 

 嘘、ではないのだろう。

 現に美猴はオーフィスの蛇を使ったカテレアを軽蔑するような視線で見ていた。

 彼が望むのはあくまでも戦いの場ということだろう。

 

 そんな風に話していると壁に激突し気絶していた一樹が、意識を取り戻して立ち上がる。

 

「お。もう立ち上がったのかい?しばらくは起き上がれないと思ってたがなぁ。思ったより頑丈みたいで嬉しいぜぃ。でもやっぱりお前さんじゃ俺っちの相手は務まらねぇ。下がってた方が身の為だぜぃ?」

 

 美猴の言葉に反応せずよろよろと体を動かす。

 向かってくる気か?と美猴は再び意識を一樹にも向けた。

 たとえ力不足でも向かってくるなら相手をする。

 その才をここで手折るのは惜しいと思うが、出会った時期が悪かったとしか言いようがない。

 闘う覚悟を持つならばそれは誰であろうと等しく戦士と認める美猴の気質による理論だった。

 

 しかし一樹はまるで焦点の合わない瞳でポツリと。しかし2人の耳に届かない程か細い声量で呟いた。

 

「頼むぞ、―――――」

 

 そんな、知る筈もない名を呟いた。

 




美猴参戦。彼は一樹のライバルキャラのひとりと最初から決めていました。それに伴い原作より強化されるかも?


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29話:目覚める金・裏切りの白・怒れる赤

今回、ちょっと言い訳を。
以前感想の返信で一樹はD×Dでいう神器持ちではないと書きました。

D×Dでいう神器は『聖書の神』がシステムによって与えた異能の一種と調べたら書いてあったので、なら、聖書の神『以外』から与えられた異能はD×Dでいう神器とは微妙に外れるのかなぁと考えてのことです。違ってたらすみません。


 その存在を感知したとき、彼は歓喜に震えた。

 産まれた。

 生まれた。

 再誕()まれた。

 

 数えきれないほどの夜が明け、陽が昇り、数千年という年月の果てに彼の子が産声を上げたのだ。

 それは奇跡でさえ叶わないほどの小さな確率。

 生まれる筈のなかった、愛しい我が子。

 涙が流れた。

 生まれてきてくれてありがとう。

 伝わらない言葉で確かに彼は呟いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、自分はこんなところで無様に倒れているのか。

 強くなったのだと思っていた。

 自分を守り、家族の力になれるくらい強く。

 だがそんなのは思い上がりだと思い知らされる。

 ただ遊ばれただけで地面に伏した自分の無様さに少し前の自分を殴り飛ばしたくなる。

 そんな時に見えたのは黒歌が攻撃されている姿だった。

 

「あ―――――」

 

 黒いオーラを纏い、笑いながら血の繋がらない姉を傷つける誰か。

 それだけではなく、白音もあの美猴とかいう男と対峙している。

 もしかしたら、白音も傷つくのかもしれない。

 それなのに自分はこんなところで何を這いつくばっているのか?

 

「ざっけんな……!」

 

 なんのために力を付けようと思った?

 誰のことを守りたいと思った?

 こんなところで寝てる場合じゃねぇだろ!!

 立ち上がろうと身体に力を籠める。

 すると、目の前に見える筈の無いものが見えた。

 見えたのは金色に光るなにか。

 眩しすぎてどのような形をしているのかすらわからないそれに手を伸ばす。

 そうしなければ、すぐにそれが消えてしまうと感じたから。

 今、それが必要だと悟ったから。

 伸ばす。伸ばす。伸ばす!届け!

 伸ばした指の先が僅かにそれへと引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日ノ宮一樹が何かを呟いた瞬間、彼の身体に変化が起こった。

 彼の右腕に炎が走ると黄金の手甲が填められていた。

 だがそれ以上に視線が行くのはその胸元だ。

 美猴の如意棒を受けたことで制服が破け露わになった胸の中心には赤い宝石が埋め込まれており、その石を囲うようにして金属が埋められていた。

 

「なんだいそりゃ……神器か?」

 

 美猴の疑問に一樹は答えなかった。答えられなかっただけかもしれないが。

 それにしてもあの手甲から放たれる神々しいまでのオーラはどうだ。下級悪魔ならアレに触れただけで死に至らしめることも可能なのではないか?

 

 一樹は再び槍を構える。

 

「いくぞ……」

 

 先程を上回る速度で移動し、一樹は槍を振り下ろした。

 槍と棍がぶつかる。

 

(っ!?さっきより膂力が上がってやがるぜぃ!?)

 

 先程までは攻撃も防御もある程度手を抜いていたが、今は本気で力を込めなければ得物を弾かれそうなほど腕力が拮抗している。

 

 そしていつまでも力比べに興じている暇はなかった。

 

「ハァッ!!」

 

 横から敵が迫っていたからだ。

 白音の拳打は気脈を乱し、内臓にダメージを通す技だ。掠っても致命的になる可能性が高い。

 

「チィッ!?」

 

 一樹を蹴り飛ばし、白音を如意棒で払う。

 さっきまでは二対一でも充分に対応できる自信があったが今はそれなりに危うかった。

 そんな中で美猴の顔に浮かんだのは怯えではなく歓喜。

 

(そうだ!勝って当たり前の戦いなんざ物足りねぇ!こういうのが面白ぇから禍の団に入ったんだろうが!!)

 

 自分と敵。お互いに命を燃やすような、そんな闘争を望んでいたのだ。

 

「ハハ、本当に面白くなってきやがったぜぃ!!」

 

 その湧き上がる戦闘への快楽に心を委ねて美猴は2人と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

 魔術師たちを片付けているとアザゼルが後ろからヴァーリに話しかける。

 

「どうした、アザゼル。見ての通り忙しいんだ。弱いくせに数だけは増える」

 

「なに。お前に訊きたいことが出来てな」

 

「なんだ?」

 

「禍の団に今日の会談の情報を売ったのはお前か?」

 

 魔術師を掃討していたヴァーリの動きが止まった。

 

「どうしてそう思った?」

 

「理由は簡単だ。お前がいくら何でも大人しすぎるからさ。レヴィアタンの末裔であるカテレア。それに闘勝仙仏の子孫の美猴とかいう餓鬼。これだけお前の食指が動きそうな奴がいるのに真面目に雑魚狩りなんてやってるお前を見れば疑いたくもなる」

 

 それはヴァーリという今代の白龍皇をよく知るアザゼルだからこそ疑問に思ったこと。

 外れているなら頭でもなんでも下げるが、もし当たっていたのなら。

 

「――――流石だよアザゼル。まったく理解ある保護者を持つのも考えものだ」

 

「チッ。ここに来て裏切りかよ。いったいいつからアイツらに接触を受けた?」

 

「コカビエルの一件の後にね。アース神族と戦ってみないかとオファーを受けた。そんな話を持ってこられたら俺としても断れない。言っただろう、アザゼル。俺は強い奴と戦えればそれでいいと。それに俺に強くなれと言ったのはアンタだろう?」

 

「世界を滅ぼす要因だけは作ってくれるな、とも言った筈だがな……」

 

「関係ない。俺は永遠に戦えればそれでいい」

 

「……そうかよ」

 

 思えば、アザゼルはヴァーリがいつか自分の下を離れることを予想していたのかも知れない。

 だが、出来ればこんな形で有って欲しくはなかったが。

 

「ならオメェを止めんのは俺の役目だな」

 

「俺と戦うのか?アザゼル」

 

「あぁ。三勢力が和平を結ぼうって時に裏切り者が出るのなら責任を取る必要がある。なにより、ヤンチャが過ぎる餓鬼を懲らしめるのは大人の仕事だろ?」

 

 堕天使総督としても、ヴァーリの保護者としても彼の行動は看過できなかった。そして堕天使総督と――――自分の親代わりだった男と戦う状況になってヴァーリは喜びの表情を浮かべた。

 堕天使総督。それと戦り合える機会がこんなに早く訪れるとは思っていなかったからだ。

 

「あぁ、それだけで、奴らと手を組んだ甲斐があったというものさ!」

 

 黒と白の翼が今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーフィスの力を取り入れたカテレア・レヴィアタンの力は予想を上回るものだった。

 魔力や膂力。それに反射速度に至るまで強化されている。

 一撃一撃が必殺の威力を持つ攻撃に黒歌はいくつもの幻術(デコイ)を駆使して翻弄するも先ほどまでとは手数が段違いだった。

 そうして回避しているとあることに気付いた。

 

「ヴァーリ……!」

 

 いつの間にかアザゼルとヴァーリが戦闘をしていた。

 カテレアもそれに気づき、笑みを浮かべる。

 

「ふふ。驚いたでしょう?今回の会談の情報を私たちに教えてくれたのも彼なのですよ。まぁ、彼の血筋を考えればこちらに付くのが道理というものですが」

 

 カテレアの言葉に反応せず、黒歌は唇を噛んだ。

 それが一瞬の隙となる。

 放たれた魔力の弾が黒歌に直撃した。

 

 吹き飛ばされた際に巻き上がった土煙から出て来た黒歌はケホッと咳をする。

 黒歌は破かれたスーツのことで文句を言い、お互いに皮肉の言い合いを開始した。

 そこで黒歌がリアスらなどに気付く。

 

「リアス・グレモリー……」

 

「あれは、カテレア・レヴィアタン!どうして彼女が!!」

 

「今回のお祭りはアレが主催らしいわ……現三大勢力のトップの首を刎ねて旧魔王派の政権を取り戻す気みたいよ」

 

 黒歌の言葉にリアスは絶句したがすぐに宙に佇むカテレアを睨みつける。

 

「ごきげんよう。サーゼクスの妹、リアス・グレモリー。兄に比べれば価値のない首だけれど、貴女もこの場で優秀な兄ともども今日葬って差し上げるわ」

 

「カテレア・レヴィアタン!そこまで現魔王の政権が憎いの!?何故!貴女もかつてはレヴィアタンに選ばれたセラフォルーさまの側近まで務めた筈!!」

 

「言うなっ!?」

 

 セラフォルーの名前を出した途端にカテレアの表情が憤怒に変わった。

 

「貴女のような小娘には分からないわ。誇りある家名を奪われる惨めさもそれを穢され続ける屈辱もなにも!!」

 

「どうでもいいわよ、そんなこと……」

 

「なんですって……!?」

 

 カテレアの叫びを黒歌はただ一言どうでも良いと切り捨てた。

 

「私にとって重要なのはアンタが私の敵だってことだけよ。悪いんだけど、アンタのヒステリーに付き合う気はないの。さっさと片付けさせて貰うわ」

 

「……いいでしょう。そこまで苦しみたいのなら望み通りにしてあげるわ!!」

 

 オーフィスの力を纏ったカテレアが見せつける膨大なオーラを発し、焼け付くような魔力の本流。それを感じてリアスと一誠が構えを取るが、それを黒歌が遮った。

 

「此所は良いわ。あなたたち、特に赤龍帝はアザゼルのところに向かってくれる?あの人、今はヴァーリと戦ってるみたいだから……」

 

「えっ!?」

 

「どうして白龍皇がアザゼルと!?彼は【神の子を見張る者】に所属しているのでしょう!?」

 

 リアスの質問に黒歌は苦笑して答える。

 

「どうやら、あの子、裏切ったみたいでね。今回の会談の情報を禍の団に流したのもあの子みたいなのよ。身内の恥を曝す様で嫌だけど。この場でカテレア・レヴィアタンを討ち取るより、アザゼルの身の安全の方が重要だしね」

 

 肩を竦めて笑う黒歌にリアスは驚きの表情をする。しかし事態が判っていない一誠はただ動揺するだけだった。

 そしてカテレアを指さす。

 

「ど、どうしてアイツがアザゼルを裏切るんだよ!つーかアンタ誰だよ!?」

 

「……ヴァーリから聞いていましたが、その子供が今代の赤龍帝ですか。なるほど。聞いた通り随分と残念な宿主のようね。しかもさっきから卑猥な眼をこちらに向けてくる。不愉快だわ」

 

「う、うるせぇ!そんなエッチな服装してるのが悪いんだい!!」

 

 地団駄を踏む一誠に黒歌は苦笑した。

 

「ほら早く、行って。ここは大丈夫だから」

 

「でも……!」

 

「お姉さん、こう見えても結構強いのよ?いくら向こうにオーフィスの加護が有ってもなんとかなるから、ね?ここで誰を失うのが拙いかアンタならわかるでしょ?」

 

 黒歌の言葉にリアスは考える。

 もしこの場で三勢力の誰かが死ぬことになれば、せっかく実現した和平が撤回される可能性がある。

 それだけは避けなければならなかった。

 

「わかったわ。ここはお願いするわね」

 

「部長!?」

 

「アザゼルが殺されるのは拙いわ。それに白龍皇が相手なら赤龍帝が、でしょ?ドライグ」

 

『今の相棒があの白の小僧に勝てるとは思えんがな。だが赤と白は戦うのが宿命だ。俺にとっては望むところさ』

 

「ちょっ!?それ俺が死ぬって意味かよ」

 

「もちろん貴方ひとりだけを戦わせるつもりはないわ。重要なのは白龍皇を倒すことじゃなくてアザゼルを死なせないことよ。どの道、アザゼルが倒されれば一誠を狙ってくる可能性がある以上、堕天使総督と共闘して彼を捕らえるなり倒すなりした方がいい。そうでしょ?」

 

 リアスに説得され、一誠はうっ、と言葉に詰まる。

 アザゼルが敗れれば次は自分。そうなればまず勝てない。勝てないということは死ぬということだ。

 しかしあの攻撃的なオーラを纏うカテレアを黒歌ひとりで相手にさせるということで。

 

「……わかりました」

 

 一誠は渋々と承諾する。

 自分に望まれていることはここにはないと感じて。

 

「ここはお願いね」

 

「すぐに倒して別のところの援護に行くわよ」

 

 飄々としながら強気な態度を崩さない黒歌にリアスは笑みを浮かべた。

 

「ほら、行くわよ2人とも!!」

 

『は、はい!?』

 

 リアスの掛け声にイッセーとギャスパーは声を揃えて反応し、その場を立ち去った。

 それを確認しながら黒歌はカテレアに問う。

 

「随分あっさりと見逃すのね」

 

「えぇ。あの程度の小物など私が手を下すまでもありません。それより、貴女を先に始末しなければ私の気が納まらない!」

 

「上等!かかってきなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちがアザゼルのところに辿り着いた頃、黒歌の言った通り白銀の鎧を纏ったヴァーリと戦闘をしていた。

 リアスと一誠では目で追えないほどの超スピードで戦闘を繰り広げる2人。それを見て自分たちが如何なる助けになるのかと疑問に思うほど彼らの力は隔絶していた。

 

 コカビエルとの戦闘で見せた白龍皇の半減の力。それを以てしても攻めきれないアザゼルの力量。

 

『俺の倍加に対して奴の力は半減。奴は敵から力を奪い、自分のモノとする。そして器に入りきらない力はあの光翼から吐き出して身体への負担を抑えているのさ。つまり奴は常に最上限の力で戦うことが出来る。もっとも俺の倍加に時間制限があるように、奴も敵の力を半減させられる制限はあるがな』

 

 ドライグが説明するも一誠にはその内容が上手く頭に入らない。

 それほどまでに2人の戦いに体が震えるほど恐怖している。

 

 黒歌はアザゼルの援護に行って欲しいと頼まれた。

 だが、これのどこに援護を挟む余地がある?

 もしあの中に入ればその力の本流に自分がズタズタにされる未来しか思い浮かばない。

 

 恐い、と感じた。

 一度味わった死の感覚。それが目の前に迫っていることに足が、肩が、唇が震えだす。

 そんな時にフルフェイスの兜で覆われたヴァーリの頭部が一誠たちに向く。

 すると、彼は一誠たちにその手を向けて白い魔力の砲を放った。

 その一撃に逸早く反応したのはリアスだった。

 

「イッセー!?ギャスパー!?」

 

 リアスは後ろにいた2人を体当たりをして範囲から避けさせる。

 

「ッ!?」

 

「部長ォッ!?」

 

 3人は倒れるようにして攻撃から逃れるもリアスだけは白い魔力の波に表情を歪めた。

 

「大丈夫よ……少し背中に掠っただけだから」

 

 見ると、リアスの制服の背中部分が焼けたように消え去り、その肌が露になる。その白かった肌に僅かな醜い傷跡を付けて。

 それを見ただけで一誠は頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。

 自分が敬愛する相手を無造作に殺されかけたという事実に。

 

 腕輪を使って禁手を発動させようとする一誠たちの前にアザゼルが降り立つ。

 

「おいお前ら!どうしてここに!!」

 

「猫上黒歌がアザゼルの援護にって。この会談で三勢力のトップの誰かが死ぬのはマズいからって……もっとも私たちに入れる次元じゃないようだけれど」

 

 上級悪魔としての実力を有したリアスも今の戦闘で自分が介入できるのか甚だ疑問だが。

 さっきの一撃もあと少し反応が遅れていたら死んでいた。

 

「この程度の一撃に反応すら出来ないか。そんなに速く撃ったつもりはないんだけどね」

 

 白銀の鎧がリアスたちより少し上の位置で停滞している。

 ヴァーリはつまらなそうな声で続ける。

 

「君の経歴は粗方調べさせてもらった。父親は普通のサラリーマン。母親は専業主婦で偶にパートに出ている。先祖が何らかの人外の血を引いていたわけでもなし。魔術師や退魔師などの特殊な家系や技能を有している訳でもない。赤龍帝の籠手と転生悪魔であることを除けばこの国に住む極々普通の高校生だ」

 

「……何が言いたいんだよ?」

 

「別に。ただ残酷だと思ってね。君のようになんの変哲のない人間に神滅具が宿る例もあれば、俺のように特殊な人間に神滅具が宿る例もある。それもライバル同士の白と赤が、だ」

 

「だからなにが言いたいんだよ!!」

 

 堪らずに一誠は怒声を上げた。

 リアスを傷つけられたことで一誠の怒りは限界ギリギリを迎えようとしていた。

 それを留めているのはヴァーリとの力量差―――――ではなく、一誠とギャスパーを守ろうとしているリアスの姿に、だ。

 

「俺の名前はヴァーリ、ヴァーリ・ルシファー。先代の魔王ルシファーの血を継ぐ者だ」

 

 その言葉にリアスと一誠の息が止まった。

 

「そんな……嘘よ…………」

 

「事実だ。アイツは先代魔王の血と人間の血を持っている。おそらく奴は過去現在未来で最強の白龍皇になるだろうよ」

 

 先代魔王の血からは膨大な魔力を。

 人間の血からは最強の二天龍の片割れを。

 

 これが奇跡ではなく何なのか。

 

「君のことを調べて落胆するどころか思わず笑ってしまったよ。『あぁ、これが俺のライバルなのか』ってね。お互い高め合うどころかすぐに踏み潰せてしまいそうな存在。それをどう扱うのか決め兼ねるほどにね。だから――――せめて少しでも可能性を見せてくれよ?そうでなければこの場で君を殺して次の宿主に期待せざる得ない」

 

 その言葉を発した瞬間、ヴァーリからの圧が強まる。

 圧し潰すような殺気。鈍い一誠にも理解できるほどの明確で重い殺気だった。

 

 しかしそれにアザゼルが割って入る。

 

「おいおい。忘れたのか?今お前の相手は俺だろ?あんまりよそ見してるとお前こそここで終わるぜ?」

 

「赤龍帝を守るかアザゼル。だけど僅かな時間ならアンタを相手にしながら兵藤一誠を消すことも不可能じゃない。それは今の一撃で証明されたと思うが?」

 

「なら、お前が俺以外を見れねぇようにしてやるよ」

 

 懐から短剣をアザゼルは取り出した。

 

「神器の研究を続けるうちに自分でも神器を作ってみたくなってな。まぁ、大概は力のない失敗作で終わったが、中にはいくつか形になった物もある。神器を開発した神はすごい。俺が唯一奴を尊敬するところだ。だが甘い。禁手や神滅具を含めたこの世界に大きな影響をもたらすバグを放置したまま勝手に逝っちまったんだからな」

 

「アザゼル。それはまさか―――!?」

 

 

禁手(バランス・ブレイク)!!」

 

 次の瞬間、アザゼルは全身を黄金の鎧に身を包み、その手には槍が握られていた。

 

「俺が開発した人工神器の中でも傑作のひとつ。【堕天龍の閃光槍】だ。そしてそれの疑似的な禁手である【堕天龍の鎧】さ。これでもまだ目移りできる余裕があるか?」

 

 それはコカビエルですら比にならないほど強力なオーラと威圧感。

 驚いている一誠たちにドライグが説明を加える。

 

『おそらく人工神器とやらを暴走状態にさせることで強制的に禁手の力を引き出しているんだ。アレでは戦闘後に壊れるぞ。神器を使い捨てか!?それにこのオーラはもしや【黄金龍君(ギガンティス・ドラゴン)】ファーブニルの力を取り込んでいるのか!?』

 

「ファーなに?」

 

『五大龍王と呼ばれるドラゴンの一匹だ。細かい説明はあとでしてやる!』

 

「ハハハ!?確かにそんなものを持ち出されれば他に目移りなんて出来ない!だけど人工神器の研究がそこまで進んでいるなんて知らなかったな!」

 

「当たり前だ。研究の真理部分は俺とシェムハザくらいしか把握してねぇからな。来いよやんちゃ小僧!とっ捕まえて尻、引っ叩いてやる!」

 

 そうして龍の鎧を纏う2人の戦いが再開される。

 

 アザゼルは手にした槍を振るう。それだけで地面に亀裂が走った。

 激突する両者。

 アザゼルが放った光の槍をくぐり抜けて接近戦に持ち込み、半減の力で弱体化を狙う。

 しかし、降り注ぐ光の槍に加えて接近戦でも超高速で振るわれる槍にヴァーリと言えどアザゼルに触れ、その力を奪うのは容易ではなかった。

 

「すごいなアザゼル!やはりコカビエルとは一味も二味も違う!」

 

 歓喜の声を上げるヴァーリにアザゼルは内心で舌打ちした。

 一見してアザゼルが有利に戦いを進めているように見えるが禁手に至っているヴァーリを相手にするのは至難の業。

 それもアザゼルはヴァーリを殺すつもりはないという理由もある。

 

(こいつを捕えて禍の団の情報を聞き出すってこともあるが、そっちはぶっちゃけ建前だな)

 

 そもそも新参者と思しきヴァーリが禍の団の情報をどれだけ得ているのか甚だ疑問だし、堕天使総督と渡り合える実力を有する白龍皇を排除する方が後々の為だろう。

 

(結局、俺はこいつを殺したくないんだろうな。まったく我ながら甘いぜ……)

 

 コカビエルの時も事を起こす前に拘束するなりなんなりすれば聖剣の強奪事件も起きなかっただろう。情に流された結果があの顛末であり、同じことを今も繰り返そうとしている。

 まぁ、そうした甘さを捨て切れないことこそが多くの堕天使が彼に付き従う理由でもあるのだが。

 

 そんな僅かな思案の中でもヴァーリは容赦なく距離を詰めて来た。

 

「もらったぞ、アザゼル!」

 

『Divide!』

 

 ヴァーリがアザゼルの腕を掴み、その力を奪い取った。

 しかし—————。

 

「アッ!?」

 

 突如、ヴァーリが空中でよろめいた。

 

「ふん!」

 

 そんなヴァーリをアザゼルが蹴りを入れて地面に叩きつける。

 墜落の衝撃でヴァーリの兜が破損した。

 

「ハッ!馬鹿が!今の俺は人工神器のおかげで力を増してるんだぜ?そんな状態の俺から力を奪って無事で済むわけがねぇだろ!」

 

 白龍皇の力は半減と力を奪うことだ。そして使い手の容量に受けきれない余剰分は光翼から吐き出される。

 しかし、もし一気に吐き出しきれない程の力を奪ったら?

 それも元から容量がピークまで来ている状態で。

 

 赤龍帝の譲渡で必要以上に倍加を促した結果、相手に余計な負荷がかかるのと同じ現象がヴァーリに起きていた。

 一瞬の負荷ではあるが、限界を超えた反動は存在するのだ。

 

(だがこっちだって無傷ってわけにはいかないがな)

 

 だがアザゼルもマイナス点が無いわけではない。

 自身の力を奪われたこともそうだが、それによって鎧の維持時間までも大幅に削られてしまった。

 

(それに、鎧が解除されちまったら俺も体力を相当持ってかれるだろうし、アイツを相手に取るのはキツイな。ならよ!)

 

「流石だよアザゼル!この高揚感は久々だ!もっと楽しませてくれ!!」

 

「クソッ!ちったぁ大人しくしろや!」

 

 尚も戦意を衰えさせないヴァーリにアザゼルは再び槍を構えた。

 常人を死に至らしめることが可能な速度でヴァーリは動く。

 突き出された拳をアザゼルは真っ向から受け止める。

 その不用心な行動にヴァーリは仮面の下で驚きの表情をする。

 

「どういうつもりだアザゼル?このまま力を奪い尽くされたいか!!」

 

「こういうことさ!今だ兵藤一誠!」

 

「ドライグゥウウウウウウウッ!!」

 

『承知!』

 

 いつの間に赤い鎧を身に纏った兵藤一誠が左手の籠手部分の先端から聖剣の刃を出し、そのまま突き出した。

 

 聖剣アスカロン。

 伝説の龍殺しの聖剣。

 その力に倍加をかけて白龍皇に叩きつけた。

 

 相性の悪い龍殺しの力を受けてヴァーリの鎧が大きく破損する。

 

「よっしゃぁああっ!?」

 

 握り拳を作り、ガッツポーズをする一誠。

 

「良く気付いたじゃないか」

 

 アザゼルは既に疑似禁手が解けて普通の状態に戻っている。

 

「一瞬アンタがこっちを見た気がしたからさ」

 

 一度、半減の力を受けた時、アザゼルが一瞬だけ一誠たちのほうを見た気がした。

 もしかしたらと思った一誠がアザゼルがヴァーリの拳を掴む少し前から走り出し、腕輪の力で禁手を発動させた。

 

「お前がミカエルからアスカロンを貰ったと聞いたからな。だがお前にはヴァーリの速度に対応できるだけの運動神経はない。なら誰かがアイツの動きを止めないといけないわけだ」

 

 ヴァーリを殺すならそんな手間も必要なかったが、出来るだけ生きて捕えたいと考えて急遽思いついた策とも呼べない行き当たりばったりの賭けだった。

 

 一誠自身も初めての禁手に感慨に耽っている暇もなく行動を移した。

 

「くくく。期待はしてなかったが、まさかアスカロンとはね。やられたよ」

 

 破損した鎧は既に修復し、ヴァーリは立っていた。

 

「おいおい!なんで直ってんだよ!何度も壊さないとダメなのか!?」

 

『奴は自力で禁手に至っている。その力の根源である使い手を戦闘不能にしない限り何度でも再生するさ。道具に頼っている俺たちは破壊された部位は直らんがな』

 

 その言葉を聞いて一誠の中で驚きと劣等感が生まれる。

 そこまでの差があるのかと。

 

「だけど、まだ足りないな。その疑似的な禁手を維持している間にもう少し力を引き出してみたい。ならどうするか?うん。そうだこうしよう。君は復讐者になるんだ」

 

「はぁ?」

 

 突然訳の分からない持論を展開するヴァーリに一誠は気が違ったかと訝しんだ。

 

「これから君の両親を殺しに行こう。そうすれば君も自力で禁手へと至れるかもしれない。どうせ平々凡々の一般人だ。つまらない人生を最後くらい華々しく息子のために使おうじゃないか!」

 

「………………あ?」

 

 ヴァーリの言葉を理解したとき、一誠の中でどす黒い感情が渦巻いた。

 

 こいつ今なんていった?

 俺の力を引き出すために両親を殺す?

 

「ふっざけんなよ……!殺すぞ……!!」

 

 かつてレイナーレという堕天使がアーシアから神器を奪い殺したときと似た感情。しかしその密度と勢いはあの時の比ではなかった。

 生まれて初めて本物の殺意を一誠は覚えていた。

 

 一誠の両親は確かに普通の人間だ。

 しかし何度も馬鹿をやって迷惑をかけた自分をここまで育ててくれた最高の両親。

 アーシアを連れて来た時も快く了承してくれたちょっと楽観的だが懐の広い人達。

 それが何故。

 

「テメェの都合なんかで殺されなきゃなんねぇんだよ!!」

 

 怒りが爆発すると同時に一誠が放つ龍のオーラが急激に高まった。

 

「ハハハッ!なんだやればできるじゃないか!これなら少しは楽しめそうだ!!」

 

「笑ってんじゃねぇぞ、電波野郎ォ!!」

 

 こうして、今二天龍の赤と白の激突が始まった。

 

 

 

 

 

 

 




一樹の腕に現れた手甲についてはFateのあの英霊のやつです。
正確には二代目とか改良型とかそんな感じです。
全部現れないのは一樹の実力不足です。

独自設定のダグの下、作者が都合よく色々設定をいじってます。
見た目は同じ、中身は別物と納得してもらえれば幸いです。


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30話:未決着

最初の方にセラフォルーアンチ的な文面が載ってます。


 —————貴女が次代のレヴィアタンになるのです。

 

 四大魔王のひとり。レヴィアタンが戦争で亡くなった時、カテレア・レヴィアタンは母からそう言われた。

 まだ幼かったカテレアは母の言われるがままに次のレヴィアタンに成るべく修練を積んだ。

 

 魔力の制御。戦闘の訓練。知識の吸収。作法の習得

 

 生まれつき多大な才能を持っていた彼女はそれに奢らず、一途に誰よりも修練に励んだ。

 それこそ血を吐くなど日常的だったし、あまりの鬼気迫る苛烈さからレヴィアタンに成れと言った彼女の母までもが訓練にストップをかけるほどに。

 

 しかし、同世代の同性悪魔でカテレアが勝てない相手が存在した。

 

 セラフォルー・シトリー。

 

 氷の魔法を得意とする自分と同じレヴィアタン候補である女悪魔。

 戦場に出れば自分よりも多くの敵を屠り、多くの味方を守る。

 

 自分より、常に一歩も二歩も前を行く彼女に嫉妬の念を覚えなかったと言えば嘘になる。

 しかしカテレアはむしろ自身の不甲斐なさを恥じ、才能の所為などと逃げず、一層に力をつけることに時間を注いだ。

 一緒に戦場を駆ける内に、セラフォルーはカテレアにとって越えるべき壁となっていたのだ。

 

 まるでセラフォルーを越えられないことが己が罪と言わんばかりにカテレアは努力を続ける。

 しかし一度としてカテレアがセラフォルーに勝てると思える場面はなかった。

 

 そのことに同じく魔王の血を受け継ぎ、交流の深かったクルゼレイ・アスモデウスからは同情と憤りの言葉をかけられたがその度にカテレアはただ自分の力不足が悪いのです、と告げた。

 

 才能の差などあって当然。ならば努力で補えばいい。たとえ今は劣っていたとしても自分はセラフォルー・シトリーを超えられる。

 少なくともカテレアはそう自分の可能性を信じていたし、劣等感はあっても鬱屈とした感情はなかった。

 

 そうして長い戦争で力を疲弊させた三勢力は停戦を決定。それに最後まで反発した旧魔王派との決裂により内乱に突入。

 カテレアもレヴィアタンの血を継ぐ者としてクルゼレイに旧魔王派に来るようにと打診を受けたが彼女は首を縦には振らなかった。

 客観的に見てこれ以上の疲弊は種として自殺行為だし、疲れ切った悪魔陣営は力を蓄えるのが急務だとむしろ旧魔王派たちを説得した程だ。

 その答えにクルゼレイは顔を顰めたが、最後にはカテレアの言い分を認め、無理に連れて行こうとはしなかった。

 ただ、出来ることなら内乱で会わないようになればいいと握手をして別れた。

 

 内乱の結果、現魔王政権の勝利で終わり、生き残った旧魔王派は冥界の僻地へと追いやられた。

 

 

 それからしばらくして失った四大魔王を新たに据えることが決まる。

 各魔王には戦争中。そして内乱で大きく戦果を挙げた者たちが選ばれる。

 その全員が当時悪魔として若手ばかりだったのが話題の種となった。

 

 そしてレヴィアタンに選ばれたのはセラフォルー・シトリー改め、セラフォルー・レヴィアタンだった。

 その発表を見た時にレヴィアタンが真っ先に思ったのはやっぱり、という胸の内にストンと落ちた晴れ晴れしさだった。もちろん悔しさがまるでないわけではなかったが。

 

 自分より実力が上の女悪魔。彼女が選ばれたのは必然であり、むしろ実力の劣る自分が選ばれていたらカテレアは疑心暗鬼になっていたかもしれない。

 だからむしろ彼女が次のレヴィアタンで良かったと安堵の気持でセラフォルーに祝辞の言葉を述べた。

 

 家の者。特にカテレアの努力を知る母は泣き崩れるほど悲嘆したが責められるのはセラフォルーを超えられなかった自分自身と何度も説得する内に落ち着いていった。

 

 レヴィアタンの名を受け継ぐことは叶わなかったがせめてその名を近くで支えようとカテレアはセラフォルーの側近に志願した。

 旧レヴィアタンの彼女が現レヴィアタンの側近になることを危惧する者たちも少なくはなかったが、セラフォルー自身が承諾したことで最終的には受け入れられることとなる。

 

 それからセラフォルーの側近として充実した日々を送っていたある日、彼女から最悪な連絡がきた。

 

『マジカル☆レヴィアたん☆見てね☆』

 

 内容は省略しているが要は何らかの作品を作ったのでカテレアにも観て欲しいという連絡。

 これが、カテレア・レヴィアタンの大きな転機となる。

 

 魔法少女レヴィアたんと名付けられた番組を視聴した時、彼女は只々理解できなかった。

 

 やたらフリフリとした衣装で奇怪な杖を振り回し、敵を倒すセラフォルー。

 民衆に媚び売るような演技。

 なによりレヴィアたんというふざけた名前。

 只々不快だった。

 その後彼女からメールが来てこともあろうに。

 

『マジカル☆レヴィアたん☆面白かった?感想を聞かせて欲しいな☆』

 

 などと送られてきた。

 この時、初めてカテレアはセラフォルーを憎悪した。

 

 確かに彼女は上に立つ者として少々緊張感が足りない部分はあれど、それも魔王という責任を負えば時期にその名に相応しい風格が身に付くと思っていた。

 しかし彼女にとって魔王レヴィアタンとはただの人気取り。

 自分がチヤホヤされる為の襲名に過ぎなかったのだ。

 幼い頃から自身が焦がれていたモノをその程度にしか見ていないと理解したとき、彼女はテーブルに置いてあったワインの瓶を壁に叩きつけるほど激怒した。

 

 

 それからカテレアはセラフォルーからレヴィアタンの名を降ろすように嘆願書を提出。

 しかし、現政権からはその嘆願は受け入れられることはなかった。

 むしろカテレアをやはり旧魔王派の人間か、として冷遇するようになっていく。

 

 それから彼女は今まで嗜む程度にしか飲まなかった酒を浴びるように飲むようになり、画面にセラフォルーが映る度に心中を搔き乱す。

 

 憎かった。セラフォルー・レヴィアタンが。何より彼女の本質を見抜けなかった自分自身が。

 そうして酒に溺れるようになった時だ。クルゼレイから連絡を受けたのは。

 

 彼からは今、旧魔王派が現政権から独立しようとしていること。

 その為に無限の龍神の助力を得たことを説明された。

 

 もう一度、民衆に真なる魔王を魅せよう。

 そう言われたとき、彼女の中で次の生きるべき目標が見えた気がした。

 これは復讐なのだ。レヴィアタンの名を穢す愚かな売女を引きずり降ろす為の。

 

 その為なら、自分はなんだってなろうと、そのクルゼレイの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍と棍が激突する。

 一樹は防戦一方でありながらも徐々に美猴の棒術に対応していっていた

 美猴の突きに合わせて槍を動かし、僅かに逸らして回避を成功させ、そのまま炎を纏った槍の矛先を振るった。

 

(やりやがるぜぃ!この戦いの中でも着実に成長してやがる!)

 

 槍を躱しながら心の中で目の前の敵を称賛し、口元が吊り上がる。

 先程の突きはこの戦いを始めたばかりの一樹では対応できないほどの速度で繰り出されていた。

 それをただ防ぐだけでなく逸らすことさえ可能にして反撃にまで転じた。

 

(それに……)

 

 一樹の槍の隙間を潜るように突撃し、内部に力を通す打撃を放つ白音も厄介な存在だった。その小柄な体躯にスピードだ。身を沈めて近づいてくる白音の存在はそれだけで当て難い。

 それも2人は戦えば戦うほど連携を深め、個人としての技量も高められている。

 もっと強くなった2人を見たいという気持ちはあるが、流石にこれ以上時間はかけられない。

 

(それに、こんなショボい場で決着を着けるってのもな)

 

 美猴にとってこの戦場は云わば寄り道。そんな暇潰しでこの2人を潰すには余りにも惜しい。

 

「ハッ!」

 

 白音が突き出した掌が美猴の腹に突き刺さる。

 本来なら、ここで美猴の気穴や内臓にダメージが通る筈だが。

 

「甘いぜぃ、嬢ちゃん!」

 

 美猴は白音の腕を掴み上げた。

 

「俺っちも仙術使いだ。その手の攻撃に対策が出来ない訳ねぇだろ!」

 

 そのまま白音の身体を蹴り飛ばす。

 

「白音!?」

 

「緩めすぎだぜぃ!」

 

 如意棒を伸ばし、一樹を襲うが、黄金の手甲でガードする。その腕を振るって弾くと同時になにかに気付いて美猴から視線を外した。

 

「姉、さん……?」

 

 一樹の視線の先には胸を貫かれた黒歌が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる魔力の奔流。その激しさに黒歌は逃げ回っていた。

 

「ハハハハハッ!!これがオーフィスからもたらされた力!!」

 

「だから貰い物の力で偉そうにするなっての……!」

 

 黒歌も妖術で生み出した炎や雷で応戦しているが相手の障壁を破れるほどの威力に届いていない。

 それでも攻撃の合間を縫って印を結び、攻撃を繰り出す。

 雷槍を生み出してカテレアに投げつけるがやはり障壁に阻まれてしまう。

 

(やっぱり直接的な攻撃じゃダメね。なら————―!)

 

 黒歌が腕を振るうと霧が発生し、2人を包み込んだ。

 

「対悪魔用の特製毒よ!これなら少しは効くでしょ!」

 

 周りに被害が及ぼさないように注意を払いながら自分とカテレアのみを包むように毒霧を展開する。

 この毒自体殺傷能力はなく、息を吸い込むことで体を痺れさせる程度だが、出来るなら敵を捕らえたいと考えての判断だった。

 

「嘗めるな!」

 

 しかしカテレアが放った魔力の波動により消し飛ばされる。

 

「うわぁ……流石にちょっとマズイわね……」

 

「オーフィスの力を手にした我々の力は現魔王すら凌駕します。まぁケダモノ風情にしては楽しめましたが、ここまでのようですね。消えなさい」

 

 杖から発射された魔力の矢が飛び、それが黒歌の胸を貫き、口から血を吐き出す。

 

「精々あの世で誇りなさい。この私に蛇を使わせたことを」

 

 カテレアは歪んだ笑みを浮かべて地に膝をついた黒歌を見下ろす。

 些細な抵抗を続ける黒歌の胸を穿ったことでカテレアの溜飲はある程度下がっていた。

 思えば、黒歌の雰囲気がセラフォルーに似ていることもあり、ムキになっていた感は否めない。代償行為と言われれば否定できないこと幼稚な行為だがそこまでの考えは今のカテレアには至っていなかった。

 

 そして今にも終わりそうな命の中で黒歌は口元を吊り上げる。

 

「何が可笑しいのです……死ぬ寸前に気でも狂いましたか?」

 

「ここまで見事に騙されてくれたことに呆れてるだけよ。ばーか」

 

「なにを————!?」

 

 瞬間、黒歌がボンッ、と煙になって消えた。

 驚く間もなくカテレアの胸から突然刃が生えた。

 

「グッ!?」

 

 今度はカテレアが吐血し、後ろに振り向くとそこには宝剣を手にしている黒歌が立っていた。

 

「影分身。幻影じゃなく、実体を作り出す高等妖術のひとつよ。本体より力が大分劣化するのが難点だけどね」

 

「いつの、間に……」

 

「リアス・グレモリーたちが現れた時よ。砂埃が巻き上がった瞬間に分身体を作り出して仙術の隠形で身を隠させてもらったわ」

 

 説明を終えると黒歌はカテレアから剣を引き抜く。

 

「念の為に刃には毒を仕込んだ。心臓を貫かれた以上、助からないでしょ」

 

「ふざ、けるな。私は、真なるレヴィアタン、だ。それが貴女のようなケダモノ風情に……」

 

 怒りで美貌を歪めるカテレアに黒歌は溜息を吐いた。

 

「もしあれが分身体だと気付いていれば敗北していたのは私だったわ。でも蛇の影響で判断力を低下させたのが仇となったわね」

 

「何を……」

 

「確かにオーフィスの蛇とやらの効果は絶大だった。でもその反面、気分の高揚で判断力と思考低下を招いていた。横で観察させてもらってる間にデータを集めさせてもらったわ」

 

 淡々と説明する黒歌にカテレアの表情はさらに歪む。

 敵を倒す事も出来ず、剰え情報まで与えてしまった。

 それも本来の目的でもなんでもない獣人の女などに。

 

 屈辱を感じたカテレアが最後の力を振り絞って黒歌を道連れにしようと迫る。

 だが、やはりこうした搦手は黒歌の方が一枚上手だった。

 黒歌が雷撃を浴びせてカテレアの動きを封じる。

 

「死ぬならせめて敵と心中ね。往生際が悪いというか。芸がないというか」

 

 黒歌の表情には嘲りの色はない。ただ、そこには呆れの顔だけがあった。

 

「……クソ。ごめんなさい……ル……ナ……」

 

 その呟きが何を、誰を指していたのか。それは黒歌には与り知れないことだった。

 ただ事実は、カテレア・レヴィアタンはここで絶命したということだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸を貫かれた黒歌を見て一樹は一瞬理性が飛びかけたが、それが分身体(ニセモノ)だとわかったことで安堵の息を吐く。

 

 

「あーらら。カテレアがやられちまったか。となると俺っちたちも撤退かねぇ」

 

 美猴も同じ方向を眺めていて肩を竦めた。

 

「どういう意味だ?」

 

「言葉通りさ。俺っちたちはカテレアの三勢力暗殺を手伝うためにここにいるんだぜぃ。そのカテレアが殺られた以上、俺たちがここにいる意味がないだろ?」

 

「……逃がすと思うか?」

 

「逃げられないと思うか?」

 

 睨み合う中、先に動いたのは一樹だった。

 こいつには白音を蹴り飛ばされた分を返しておかなければ気が済まない。

 そう思っての行動だったがその時、一樹に変化が起きた。

 

 一樹が身につけていた黄金の籠手と胸の部位に埋め込まれた宝石や金属が消える。

 

「あ……」

 

 すると一樹は全身から虚脱感に襲われ、膝をついた。

 呼吸を乱しながら混乱する一樹。

 

「どうやらそいつは相当体力を消耗するらしいな。気の乱れがひどいぜぃ」

 

 そう言って膝をついた一樹を蹴り飛ばす。

 

「決着はいずれ着けるさ。それまでに自分の力をもっと磨いてきな。楽しみにしてるぜぃ」

 

 その言葉を最後に美猴はこの場を去って行った。

 さっき、アザゼルとヴァーリが戦闘しているのが見えた。

 今は一誠と戦っているようだが。

 そちらに向かったということは、もしかしたら美猴はヴァーリの仲間なのかもしれない。

 だが今の一樹にはそんなことはどうでもよくて。

 

「クソが……!情けねぇ……」

 

 今は立ち上がる事も出来ず、意識を落とさないようにするので精一杯だった。

 新しい力を手に入れてもこのザマ。

 それがとてつもなく惨めに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤と白の戦いは常時一誠が押される形だった。

 

「まるで猪だな。先ほどの怒りで龍のオーラが跳ね上がったが、それだけだ。単純でなんの捻りもない攻撃。弱すぎてどうしようか逆に悩んでしまうよ」

 

 龍殺しの聖剣(アスカロン)を受けて弱体化したはずなのに2人の差は未だに大きく開いている。

 こちらが1発の拳を繰り出す間に向こうはご5発の拳を繰り出してくる。

 しかも一撃一撃の重さは段違いだった。

 

『相棒。奴の能力で減らされた力は俺の力で戻せるが、元々の実力差まではどうしようもない。このままでは負けるぞ』

 

「……ドライグ。俺さ、確かに戦う才能はないかもしれないけど、打たれ強さだけと我慢強さにはちょっと自信があるんだ」

 

『相棒?』

 

「これ以上、君に時間を与える意味はなさそうだ。悪いが、その首を落とさせてもらうよ」

 

 宣言し、向かってくるヴァーリ。

 一誠は防御の姿勢を見せた。

 ヴァーリから放たれる拳。

 それを喰らいながら一誠は意識だけは失わないように頭を守る。

 

「亀のように縮こまって!そんなに自分の命が惜しいのかい!」

 

「……」

 

 一誠は答えず、ジッと待つ。

 

「つまらない!つまらないな!君が俺のライバルで本当に残念だよ!」

 

 そうして大振りになった拳。

 それが鎧に当たった瞬間、一誠はヴァーリの腕にしがみついた。

 

「なに!?」

 

「肉を切らせて骨を断つってな!集中すりゃあ、テメエの攻撃を一回ぐらいは対応できるんだぜ!!」

 

 言って掴んでいた腕の片腕を放す。その時一誠は合宿で白音が言っていたことを思い出していた。

 

『いいですか、兵藤先輩。攻撃を狙う時は頭よりも胴体です。頭部というのは小さく、上下左右に動かしやすい上に目がついていますから躱され易い部位です。ですが接近戦で胴体は避け難い部位に当たります。まぁ、頭に比べて弱点とは言えない部位ですが、兵藤先輩は赤龍帝の籠手があります。動体部位でも充分一撃必殺が狙えるんです』

 

 何度もそう説明してくれた頼もしい後輩。

 その教えに倣って一誠が狙うのはヴァーリの胴体。

 右拳を敵の胸に叩き込むとヴァーリが吹き飛ばされた。

 

「どうだ!あの白い鎧、ぶっ壊してやったぜ!」

 

『それもすぐに復元するがな。しかしどうする?こんな手が何度も通じる相手でなし。通じたとしてもその前に確実に相棒が死ぬぞ?』

 

 ドライグの忠告は一誠にとってもわかっていたことだった。

 それに禁手になっていられる制限時間もある。なにか決め手を見出さなければいけない。そんな時、一誠は足元に転がっていたそれを拾った。

 

『相棒?』

 

「なぁドライグ。神器ってのは宿主の想いに応える力があるんだよな?だったら今の俺のイメージすることは可能か?」

 

 一誠のイメージを受け取ったドライグの息を呑む音が聞こえた。

 

『中々危険なイメージだな。だが面白い!このまま殺されるのならば万が一の可能性に賭けるのも一興か!!だが相棒、失敗すれば死だ!その覚悟はあるか!!』

 

「死ぬ気はないさ。まだ俺はハーレム王になるどころか彼女のひとりも出来てねぇんだ。童貞のまま死ねるかっての!それでもあの野郎を超えられるんならやってみる価値はあんだろ?言ったろドライグ。俺は打たれ強さと我慢強さだけは自信があるって!!」

 

『フハハハハッ!!いい覚悟だ!ならば俺も覚悟を決めよう!我は力の塊と賞された赤き龍帝!奴の力の一部くらい、従えて見せようさ!!行くぞ、相棒!否っ!兵藤一誠ッ!!!』

 

「なにをするつもりだ?」

 

「決まってんだろ。お前の力を貰うんだよ!」

 

 すると一誠が手に持っていた物。白龍皇の鎧の一部である青い宝玉が一誠の鎧へと吸いこまれる。

 その瞬間、一誠にかつてない激痛が走った。

 

「ギィッ!?ギ、アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?」

 

 発狂してしまいそうなほどの激痛。この痛みに比べれば今まで戦いで受けた攻撃など、大したことが無いように思えるほどの苦痛と激痛だった。

 

「俺の神器の力を移植する気か!?」

 

『馬鹿な!?そのような物が成功するはずはない!?相反する力が融合するなど!?』

 

『随分と頭が固いな、アルビオン!』

 

『なに!?』

 

『俺たちは今まで宿主を替えて同じことを繰り返してきた。ただ神器(俺たち)の力を引き出した方が勝者となり、また次の戦いを繰り返す。だが、俺はこの兵藤一誠を見て学んだことがある。馬鹿も貫き通せば可能になることがあると!!』

 

「俺の想いに応えろ!ドライグゥウウウ!!?」

 

『Vanishing Dragon Power is taken!!』

 

 その賭けは成功した。

 一誠の赤かった右の籠手は白く染まる。

 

『馬鹿な……』

 

「へへへ、【白龍皇の籠手(ディバイディング・ギア)】ってとこか?右手だけ白くなってちょっとだけ不格好だけどな」

 

『あり得ん!?こんなことが……!?』

 

「可能性は少しだけあったさ。木場は聖と魔を融合させた聖魔剣を創った。なら、赤と白の力が混じり合う可能性だって0じゃない。お偉いさん方が言うなら、システムエラーとかバグの類だろうけどな」

 

 一誠の説明にヴァーリは感心したように言った。

 

「なるほど、神器プログラムの不備を利用したか。だが、代償として確実に寿命を縮めたぞ。いくら悪魔が永劫に近い寿命を持つといえど……」

 

「一万年も生きるつもりはないさ。やりたいことは山ほどあるから千年は生きたいけどな。それにどうせここでお前に殺されるんなら可能性に賭けた方がマシってもんだろ」

 

 一誠の答えにヴァーリは拍手を送った。

 

「おもしろい。なら俺も本気を出そうか。もし俺が勝ったら君の周りにあるモノ全てを半分にして見せよう」

 

「あ?どういう意味だ?」

 

「無知は怖い。知らずに死ぬのも悪くないかもしれないな!」

 

『Half Dimension!』

 

 白龍皇の音声が響くとヴァーリの白いオーラが眼下の木々に向けられる。すると木々の太さが半分になってしまった。

 それだけでなく周囲の風景も圧縮されたように半分になる。

 そのことに驚いているとアザゼルから説明が入った。

 

「赤龍帝、兵藤一誠。お前にも解るように説明してやる。いいか、もしあの半分の力が本気になったらリアス・グレモリーを含むお前の周囲にいる女たちのバストが半分になる」

 

 その言葉が耳に届き、脳内で理解されるまでの瞬間、一誠の動きが止まった。

 

 おっぱいが半分になる。

 それは兵藤一誠にとって明日から硫酸の雨が降ると言われるほどの地獄だった。

 狂信者が自身の神を崇めるがごとく彼にとっての崇拝対象。

 それが全て半分にされる。

 

 かつてないほどイッた表情を見せた一誠の眼球がギロリとヴァーリを捕えると彼はそこで爆発した。

 

「ふっざけんじゃねぇぞてんめぇええええええええええええええええええッ!!!!!?」

 

 これまでとは比べ物にならないオーラを爆発させ、ヴァーリでさえ一瞬見失うほどの速度で突っ込んだ。

 

「ぶっ倒してやる!ぶっ壊してやる!二度と転生できないくらい完璧に消滅させてやるぅううっ!!」

 

 一誠が右手で殴る度にヴァーリの力は奪われ、生来のドライグの力で一誠の力は跳ね上がって行った。

 周りにクレーターが出来、旧校舎も破壊されていく。

 

「おいおいマジかよ!主様の胸が小さくなるかもしれないって理由でドラゴンの力を引き出しやがった」

 

「あ、あの子は……」

 

 そんな一誠をアザゼルは腹を抱えて笑い、リアスは頭を抱えている。ちなみにギャスパーは白龍皇のオーラに中てられて少し前から意識を失っていた。

 

「今日は驚く事ばかりだな。まさか女の乳でここまで力が爆発するとは……しかしおもしろい!」

 

 一誠に向かって飛び出すヴァーリ。しかし一誠は繰り出された攻撃を難なく受け止めた。

 

「遅ぇっ!!」

 

 そのまま蹴りつけてヴァーリを吹き飛ばした。

 これは、白龍皇の力でヴァーリの力を奪っていることもそうだが、まだアスカロンの影響が抜け切れていないことも原因だろう。

 僅かではあるが、一誠はヴァーリの上をいっていた。

 

 一誠の頭の中で身近な女性たちのおっぱいが半分になる危機感で気が狂いそうになっていた。

 彼は大きいおっぱいが好きだ。特に主であるリアスのおっぱいは彼が人生初めて見た生乳であることもあり、いつかあの感触を味わうことを夢見て日々を過ごしている。

 それが半分になる。それもリアスだけでなく他の仲間たちも。

 朱乃の部長以上の大きさを誇るおっぱいが。

 ゼノヴィアの均整の取れた綺麗なおっぱいが。

 アーシアの発展途上のおっぱいが。

 白音の半分にしたら完全に膨らみがなくなくなってしまうおっぱいが。

 

「いやああ、だぁあああああああああああっ!!!!!?おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱいぃいい!!!」

 

 それを想像するたびに涙と力が溢れ、叫びと共にヴァーリの身体を殴り飛ばし、最後に地面に向けて蹴りつけた。

 地面に激突したヴァーリが立ち上がる。そこには嬉々とした表情を浮かべているヴァーリがいた。

 

「おもしろい。本当におもしろいな!」

 

『ヴァーリ。奴の半減の力の解析は済んだ。こちらの力の制御方法と照らし合わせて充分対処できる』

 

「そうか。これでアレはもう怖くないな…………アルビオン。今の兵藤一誠なら【覇龍(ジャガーノート・ドライブ)】を見せる価値があるんじゃないだろうか?」

 

『ヴァーリ。それは賢い選択ではない。無暗に【覇龍】となればドライグの呪縛が解ける可能性もある!』

 

「願ったり、叶ったりだなアルビオン――――『我、目覚めるは覇の理に————』」

 

 ヴァーリがなにかを唱えようとしたときに、誰かが割って入った。

 

「そこまでだぜぃ、ヴァーリ」

 

「美猴か、何をしに来た?先ほど日ノ宮一樹や猫上白音と遊んでいたようだが……」

 

「あぁ。あいつら、中々に見所があったぜぃ。それよりカテレアが殺られた。ならこの任務は失敗だ。俺たちがここに留まる理由はないぜぃ。時間切れさ」

 

 惜しいけどな、と美猴はケタケタ笑う。

 それにヴァーリは興が削がれたと言わんばかりに溜息を吐く。

 そんな中でアザゼルが割って入った。

 

「まさか闘戦勝仏の末裔がテロリスト入りとはな。世も末だぜ。いや、白い龍に孫悟空か。似合いでもあるんだろうが」

 

「へ?孫悟空……?」

 

 アザゼルの皮肉に美猴は肩を竦めて、手にした如意棒を地面に突き立てると黒い闇が広がり、2人が沈んでいく。

 

「待て!逃がすか!」

 

 逃げようとする2人を追おうと迫る一誠。しかし彼の禁手はそこで解けてしまい、腕はボロボロと崩れ落ちる。

 

「アザゼル!あのリング、まだないのか!こいつらを逃がすわけにはいかないだろ!」

 

「あれは精製に恐ろしく時間がかかる。量産向きの道具じゃねぇんだよ。それに多用すれば完全な禁手に至れる可能性も薄れる。あくまで緊急処置だからな。それに仮にもうひとつあったとしても今のお前に禁手は無理だ」

 

「なに言って……!?」

 

 突如、一誠に途轍もない疲労感が襲う。拳も握れないほどに。

 

「今のお前じゃ、あれだけの力を発散させれば体力がごっそり持ってかれて長時間の戦闘に耐えられない。引き出しが少ないからな」

 

 アザゼルの説明に一誠は歯を食いしばる。

 

 ヴァーリはまだ鎧を纏ったままだ。

 一時的に超えられても長時間維持できなければ意味はない。基礎能力の差が開きすぎている。

 

「旧魔王の血族で白龍皇の俺は忙しいんだ。敵は三勢力だけじゃない。いずれ、再び戦うことになるだろうけど、その時はもっと激しく戦ろう。お互いにもっと強く—————」

 

 そう言い残してヴァーリは闇の中へと沈んで行った。

 それを見届けた一誠は悔しそうに表情を歪める。

 

「チックショウ……ッ!?」

 

 その呟きが今の一誠の心情を物語っていた。

 

 

 

 

 



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31話:オカルト研究部、アザゼル先生!

今回で三勢力会談は終了です。


 全ての戦闘行為が終了した後、学園内は多くの悪魔、堕天使、天使が行きかっている。見る者が見れば一種異様な光景だろう。

 戦闘で負傷や死亡した敵魔術師を運んだり、その他戦闘で被害の出た校舎の修復などをしているようだ。

 そんな中で三勢力のトップ陣は忙しそうに部下へと指示を送っている。

 

 魔術師との戦闘に参加していた面々は疲れたように地面に腰を下ろしている。

 祐斗だけはミカエルと何か話しているようだったが。

 

 やって来た一誠たちに気付いたサーゼクスが手を挙げる。

 

「リアス、無事だったか。良かった」

 

 安堵したように息を吐くサーゼクスそれにリアスは嬉しさを覚えながら気になったことを訊く。

 

「お兄さま、一樹や白音。それに姉の黒歌は?」

 

 この場を見渡しても一樹と猫上姉妹が見当たらない。もしや大きな怪我を負ったのかと危惧したがそれは杞憂だった。

 

「彼らは今校舎内にいるよ。日ノ宮一樹くんが思ったより消耗していてね。今は横になって休ませている。2人はその付き添いさ」

 

 美人姉妹の付き添いなんて羨ましいと思いながら一誠は祐斗の方に視線を向ける。

 

「木場はミカエルさんとなにを話してるんですか?」

 

「あぁ。聖剣計画についてだよ。あの計画の生き残りである彼からすれば、これ以上、人工の聖剣使いを生み出すことに抵抗があるだろうからね。その件で進言しているのさ。聖魔剣もその為に用意してくれたようだし、天界側も無下には出来ないさ」

 

 だが魔物やはぐれ悪魔討伐には聖剣の力はかなり大きい。

 即時中止は難しいだろうが、少なくともこれ以上、死者が出るような無茶な行為はしないだろうとサーゼクスが説明した。

 そのことにリアスとイッセーは安堵を覚える。

 彼の聖剣使いの生き残りとしての責務からようやく解放されるのだ。

 そう思えばこそ状況的にそんな場合でもないのだが笑みがこぼれる。

 

 そこでアザゼルが前に出た。

 

「悪いな、サーゼクス。どうやらうちの白龍皇は禍の団に就いたみたいだ」

 

「……そうか、彼は裏切ったか」

 

「まぁな。もともと力だけに意識を向けてたやつだ。裏切ってみれば『やっぱりな』で納得出来ちまった。だがあいつの裏切りを未然に防げなかったのは俺の落ち度だ。すまないな」

 

「それを言うならば、今回の襲撃は元々旧魔王派が起こしたことだ。我々も自分の不甲斐なさを恥いるばかりだよ」

 

 お互いに謝罪しまうサーゼクスとアザゼル。そこで割って入ったのがミカエルだった。

 

「そう悲観することばかりでもないでしょう。確かに我々には多くの問題がありますが。私はこの日、和平を為され、共に歩めることを喜んでいるのです。長い因縁がある我々だ。それを越えて行くのは容易いことではないでしょうが、今はこうして手を取り合えることでこれからの犠牲も減るでしょう」

 

「ま、納得できない奴らもいるだろうがな」

 

「それは仕方ありません。我々は長く互いを憎み過ぎた。しかしそれも少しずつ変えていけるはずです。我々はこれより天界に戻り、禍の団への対策を検討するつもりです」

 

「その件に関してはこれから三勢力。そしてテロリストを好く思わない他神話の者たちを交えて話し合おう。無限の龍神が出て来たとなれば事は三勢力だけの問題ではなくなるだろうしね」

 

 サーゼクスの言葉にミカエルは頷いた。

 そうして去って行こうとするミカエルに一誠が発言する。

 

「あ、あの。ミカエルさん!」

 

「なんでしょうか、赤龍帝の少年」

 

「どうしてもひとつだけお願いしたいことがあります!」

 

「ふむ。いいでしょう。時間がありませんがひとつだけなら」

 

「悪魔がお祈りをすると頭痛がするのはシステムの所為ですよね?」

 

 確認するように尋ねるとミカエルは首を縦に振った。

 

「その通りです。悪魔や堕天使が主への祈りを捧げると軽くダメージを受けるようにしています。これは神が不在でも健在でもシステムに組み込まれている現象なため変わりありません」

 

「そのダメージ。アーシアとゼノヴィアだけ無しにすることはできませんか?」

 

 それが一誠がお願いしたいことだった。

 2人がお祈りを捧げるたびに頭痛が起きていた。苦笑していた一誠だが、出来ることなら何とかしてあげたい。祈りを捧げる権利くらいは。

 しかしミカエルからの答えは否だった。

 

「ど、どうしてですか!?」

 

「申し訳ありません。我々はこれ以上のリスクを負いたくはないのです。白状すればこの三すくみの和平ですらシステムにどのような影響を及ぼすのか未知数な部分もあります。その上、悪魔である彼女たちへのダメージを除外するとなると……」

 

 ミカエルの言葉に尚も言葉を重ねようとするがその前にイリナが会話に入って来た。

 

「私からもお願いします!2人に主への祈りを捧げる許可を!」

 

「イリナ……」

 

「イリナさん……」

 

 頭を下げるイリナにアーシアとゼノヴィアは驚いたように呟く。

 しかしそれでもミカエルは首を縦に振らなかった。

 

「我々もまだシステムを使いこなせていないのです。そのような状況で自らバグを仕込むような真似はできないんです」

 

 三勢力の和平はあくまで天使という種の存続にも関わる事案であったため踏み切ったが、これ以上の負荷をシステムにかけることは容認できなかった。

 誰だって命綱を細くすることを受け入れられないだろう。

 

 しかし諦めきれずに頼む一誠にアーシアとゼノヴィアからストップが入った。

 

「ありがとうございます、一誠さん。でもいいんです。たとえ頭痛があろうがなかろうが私が主への祈りを捧げることは変わりまりませんから」

 

「アーシア……」

 

「イリナもありがとう。その気持ちだけで私は嬉しい」

 

「信徒として祈りに頭痛が伴うのは辛いでしょうと思っただけよ」

 

 申し訳なさそうに顔を背けるイリナ。

 

「そうだミカエル。ヴァルハラの連中や須弥山の連中にも今回の事は伝えておいてくれ。後で面倒なことになる前にな」

 

「そうですね。魔王や堕天使総督が行うより、私から報告を行った方がいいでしょう。神への報告も慣れていますし」

 

 冗談めかしてそう言うと大勢の部下たちと共に、ミカエルは天界へと帰って行った。

 

 そしてアザゼルは集まった堕天使たちに宣言する。

 

「俺はこれから冥界や天界と和平を結ぶ。もう三勢力で争う気はない気に入らない奴は去っていい!だが敵になるなら容赦なく殺す。着いて来たい奴だけついて来い!」

 

『我らが命、滅びの時までアザゼル総督の為に!』

 

 部下たちの忠誠にアザゼルは礼を言い、一誠たちの方へと向ける。

 

「兵藤一誠。俺はしばらくこの町に滞在するつもりだ。その間にそこのハーフ吸血鬼やらも含めて神器について指導してやる。お前らみたいなレア神器がいつまでも制御不能なままじゃ危なっかしくて仕方がねぇし、他にも気になることもあるしな」

 

 じゃあなと手を振り、アザゼルはその場を去って行った。

 この時一誠たちはアザゼルの言葉を冗談だと思っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、今日からオカルト研究部顧問と社会科をこの学園で教えることとなった。アザゼル先生、もしくは総督と呼べ」

 

 3日後、突如部室にソーナと共に現れたアザゼルに皆の開いた口が塞がらなかった。

 

「どうして貴方がここに?それよりどうやってここの教師に?」

 

 皆の疑問を訊ねるリアス。

 

「いや、サーゼクスに相談したらセラフォルーの妹に頼めって言われてな。訊いたらあっさり了承してくれたぞ?」

 

「どういうことかしらソーナ?」

 

 睨みつける、とまではいかないまでも若干目を細めて訊くリアスにソーナは視線を逸らしたまま答えた。

 

「もし拒否すればお姉さまがこの学園の教師になって生徒会顧問になると脅されまして。それよりはマシかと」

 

 物凄い冷汗を流して答えるソーナ。

 確かにセラフォルーが来るよりはマシかもしれないが。

 

「私たちを売ったわね……」

 

「それでは、後はよろしくお願いします」

 

 呆れたように息を吐くリアス。それに耐えられなくなったのかソーナはそそくさと部室から出て行った。

 そして次に一樹が質問した。

 

「でもアザゼルさんって堕天使の総督?って立場なんでしょう?学園で教師やってる余裕なんてあるんですか?」

 

「所々疑問符があるのが気になるが、まあいいだろう。そっちは問題ねぇよ。俺は大雑把に方針を決めるだけだし、昔から細かなことはシェムハザが全部やってくれるからな!」

 

「……適当な役職だけ与えられて会社で何もせずに過ごして帰る定年間近の社会人みたいですね。とりあえず就職おめでとうございます」

 

「ハハハ!ありがとよ!それよりお前一旦家に戻ったら俺の部屋に来いや。色々と話したいことが出来たからな!」

 

 額に青筋を浮かべて笑うアザゼルに一樹は一歩引きさがる。

 

「それに来たのは俺だけじゃないぜ。おい入って来いよ!」

 

 そうして部室の扉を開けるとそこには見知った顔が入って来た。

 

「ハハハ……明日からこの学園に転入することになった紫藤イリナです。よろしくお願いします!」

 

「イリナ!?」

 

 突如現れたイリナに再び開いた口が塞がらなくなるオカルト研究部。

 困惑する面々にアザゼル苦笑して説明した。

 

「実はこの学園を若手連中の交流場にしようって話になってな。それで教会側からは紫藤イリナが抜擢されたわけだ。まぁ、神の不在を知ってて高校生くらいの年齢となると限られてくるし、なによりいざという時にある程度戦力になる奴だとさらに狭くなる。その点紫藤イリナなら顔見知りだし、先の襲撃で魔術師を撃破した功績も加味して選ばれたのさ。ちなみに堕天使陣営からは一樹と白音がその立場ってこととなる」

 

「は?私たちは神の子を見張る者(グリゴリ)所属ではありませんよ?」

 

「ま、そう言うな。先の一件や少し前のフェニックスとのレーティングゲームでお前らは色々と注目されちまったからな。ここで宙ぶらりんな立場でいる方が拙い。それなら形だけでもうちの者だってことにしとけば面倒も減るだろうよ。あぁ、黒歌の許可もちゃんと取ってあるぞ」

 

「はぁ……いいんですけどね、別に」

 

 そう言いながらも白音は内心、黒歌が言い忘れたかどうせアザゼルの口から説明するんだから言わなくてもいっか、と丸投げしたと予測する。

 それがわかったからといってどうこうという話でもないのだが。

 

「でも何故若手の交流なんて話に?和平が結ばれてすぐだなんて」

 

「それも簡単な話さ。各陣営のトップは和平を決めたが、それより下の連中。特に戦争経験者は今回の和平に賛同してない奴も多くいるだろうよ。だからそういうのを緩和するために下の若い連中から仲良くさせとこうって腹積もりなのさ。トップと若手が仲良くしてりゃあ、ある程度の抑止力になるだろうし、そこから色々な問題が解決できるかもしれないしな。まだまだ溝の深い三勢力だ。出来ることは何でもしておこうってことだな」

 

 肩を竦めながら応えるアザゼルにリアスはそういうことならと話を了承する。

 管理者である自分の意見を訊かずに決めたのは気に入らないと言えば気に入らないが、上が決めた事なら自分に反対権はなかっただろう。

 もしくはリアスなら承諾するからと思われたか。

 

 一通りゼノヴィアとイリナがお互いの再会を喜ぶとアザゼルが話を戻す。

 

「俺がこの学園に滞在する条件として、グレモリーとシトリーの両眷属の神器使いを正しく成長させることだ。ま、神器マニアの俺にはうってつけの役割ってわけだ。禍の団なんてけったいな組織が在る以上、戦力強化は必須だ。当分は攻めてこないだろうがな。その間にだらだら遊んでいざとなって殺されましたじゃ馬鹿みたいだろ?備えられることは備えておかないとな」

 

「戦争……」

 

 まるで実感のない言葉にアザゼルは苦笑する。

 

「お前たちが大学卒業までは攻めてこないだろうさ。あっちも準備期間だろうしな。だからお前らは思う存分青春を謳歌しながら自分たちの力を高めていればいい」

 

 そんなことを言うアザゼルだが一誠の中で不安は増す。

 あのヴァーリは自分がどれだけ努力すれば超えられる相手なのか。

 ここで遊んでいる余裕なんてあるのかと。

 

「兵藤一誠。お前の不安もわかるが焦るな。俺の今までの研究成果をつぎ込んでお前を強くしてやる。お前だけじゃなく、そこの聖魔剣使いや停止世界の魔眼も含めてな。なんせ俺は暇な堕天使様だからな」

 

 そこで思い出したかのようにアザゼルは一樹に顔を向ける。

 

「そういや一樹、お前アレを出してみろ」

 

「へ?あぁ、はいはい!」

 

 言われて一樹は意識を集中させる。

 すると美猴の時に現れた黄金の手甲が出現した。制服で見えないが、胸の部分のパーツも出している。

 その聖の気配に悪魔の者達は程度の差こそあれ、気分を悪くした。

 

「ちょ!?お前なんだよそれ!?」

 

「美猴って奴と戦ってる時に出た。後は知らね」

 

 皆が気分を悪そうにしているのを見て即座に手甲を消す。

 

「驚いた。それ、一樹くんの神器かい?」

 

「いや、それは神器じゃねぇよ」

 

 祐斗の問いにアザゼルが答える。

 神器じゃない?と皆が首を傾げる中でアザゼルが説明する。

 

「神器ってのは聖書の神が造り出し、それを人間に与えた道具、もしくは特殊能力だ。神が死んだことで信徒以外にも人間なら誰もが宿す可能性が出たがな。一樹のそれは似ちゃいるが別物だ。どっちかっていやドライグに付いたアスカロンが近いかもな。後付けって意味じゃ。それに少なくともそいつは聖書の神が造ったモンでもシステムで与えられたものとは根本的に術式やら何やらが違う。ここ数日調べてみて解ったのはあの聖火はその鎧の力で出してるんじゃなくて、あの炎が扱えるからその手甲が付けられた感じだ。全くこの部は未知の力が多すぎるぜ」

 

 面倒臭そうな口調だがその顔はどちらかといえば面白そうといった感じだ。

 研究者としては一樹の存在は色々と興味が湧くのだろう。

 何せ3日間、診断と称して訳の分からない検査やら質問やらを繰り返され、終いには何人かの堕天使と戦わされたりもしたのだ。

 

「それで、お前はその手甲、どれくらい維持できる?木場祐斗の聖魔剣もだ」

 

「何もしなければ30分くらいですね。白音と模擬戦したときは10分くらいでした」

 

「僕は一時間くらいが限度ですね」

 

「短すぎる。最低でも3日は維持できるようにしろ」

 

 厳しいことを言うアザゼルに一誠はおずおずと手を挙げる。

 

「あの、俺は?ドライグの話じゃ禁手に至っても一分は持たないだろうって話なんすけど」

 

「……お前は1から鍛え直す。ヴァーリの禁手は一か月持つぞ。それがお前とアイツの力の差だ」

 

 それを聞いた一誠は一瞬だけ呻いたが、すぐに表情を引き締める。目標が明確になって気合が入ったのかもしれない。

 次にアザゼルは朱乃の方を向く。

 

「朱乃、お前は俺たちが――――いや、バラキエルが憎いか?」

 

「許すつもりはありません。母はあのヒトのせいで死んだのですから」

 

「お前がグレモリーの眷属に成った時、アイツは何も言わなかったよ」

 

「当然です。あのヒトが私に何か言える立場である筈がありません」

 

「そういう意味じゃねぇんだがな。だがな、お前がグレモリー以外の悪魔の眷属に成ったとしたら、アイツもどうだったかな」

 

 朱乃の言い分に困ったように頬を掻き苦笑するアザゼル。それで話は終わりとばかりにリアスへと顔を向けた。

 

「それとリアス・グレモリー。サーゼクスから言付けを預かってるぜ」

 

「お兄さまから?」

 

 何故か嫌な予感がする。

 

「魔王サーゼクスより命によりグレモリー眷属の女性は全員兵藤宅に引っ越すこと、だそうだ。あぁついでに紫藤イリナもな。兵藤一誠―――フルネームも面倒だなイッセーでいいか。の両親の許可は取ってあるらしい。一学期終了までに終わらせろとよ」

 

『は、はあああああああああああああああああっ!!!!?』

 

 アザゼルが読み上げた命令文に一誠とその他女性陣が声を上げる。

 

「ちょっと!どういうことよ!?」

 

「俺に言うなよ。なんでも眷属同士でスキンシップ向上の為だとよ。確かに伝えたからな」

 

 そうしてあたふたする若者たちを眺めながらアザゼルは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……嘘です!お姉さまが!?」

 

 目の前の男が話す事実を少女は受け入れることが出来なかった。

 

「本当さ。カテレア・レヴィアタンは三すくみの会合を強襲して返り討ちにあい、命を落とした。残念なことだ」

 

 男の言葉に少女はただ嘘です嘘ですと繰り返す。

 しかし男はそんな少女の心情など慮うことをせずにただ問いかけた。

 

「それで、君はどうしたい?」

 

「ど、う……?」

 

「このまま泣き崩れて何もしないか。それともその【力】を使って姉を殺した連中に一泡吹かせてやるか」

 

「それ、は……」

 

「人間とのハーフである君を唯一家で愛してくれた優しい姉。その仇を討ちたいとは思わないか?」

 

 男の言葉が毒のように少女の中へと浸み込んでいく。

 

「もし君にその意思があるなら向こうへの連絡はこっちで取ろう。後は君の意志ひとつだ」

 

 差し出された手。その手を持った男はまさに悪魔の笑みを浮かべていた。

 

「わた、しは……」

 

 その少女の選択は————――。

 

 

 

 

 

 




本作品ではNOと言えるミカエルさまを目指したい。いくら赤龍帝を宿していると言っても一介の下級悪魔のお願いをポンポン聞くのも違和感があったので。それもシステムに関することで。

紫藤イリナは少し早く参戦。冥界にも行きます。まだ転生天使ではありませんが。

最後に出て来たのはカテレアの妹でオリキャラです。まだまだ引きずるつもりのレヴィアタン問題。


次は冥界編を書き終えたらまた毎日投稿を行いたいと思います。でもちょっと最近執筆時間が削られてるので時間がかかるかもしれません。冥界編は色々と詰め込みたいという理由もありますし。
少なくとも今年中には冥界編を終えるのを目標に頑張りたいです。

それと感想受付設定ですが非ログインユーザーも受け付けるに変更しました。


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32話:冥界旅行へのお誘い

活動報告に書いた通り、レーティングゲームが思った以上に難産でその前の話まで投稿します。

この章からうちの主人公のポンコツっぷりを出していきたい。



 早朝。

 マンションの屋上でふたつの人影が入り乱れていた。

 

「っの!」

 

 一樹は最近白音に向けて拳を連打するも悠々と避ける。

 元々小柄な白音には当てづらく、毎日のように繰り返される組手に動作の呼吸が完全に覚えられていた。

 大振りになった拳を狙ってひょいっと一樹の身体を潜り抜けて後ろに回ると背中に掌底を入れる。

 視線を崩した一樹に足払いをかけて地面に突っ伏した。

 

「もう終わり?」

 

「まだだっての!」

 

 すぐに立ち上がると再び白音に向かって行った。

 その日も一樹は白音に一撃も当てられることなく組手を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 午前の組手を終えた一樹と白音、それに黒歌は住所に書いてある兵藤邸へと向かっていた。

 今日何故か兵藤家で話があるとかで住所と地図を渡されて確認しながら歩いていた。

 

「というより、どうして姉様まで?」

 

「なによー。そう邪見にしなくてもいいじゃない」

 

 子供っぽく頬を膨らませる黒歌に一樹は苦笑する。

 まぁ確かにオカルト研究部とほとんど接点のない黒歌を呼ぶ理由がわからないのだが。

 そんな感じで足を進め、目的地に近づき始めると大きな建物が見えて来た。

 まさかなーと思いながらその建物の名札を見ると兵藤と記されている。

 

「うわお……」

 

 六階建てのやたらデカい家だった。敷地なども広い。

 

「意外と金持ちだったんだな、兵藤(あいつ)……」

 

 オカルト研究部の女性陣を急に下宿させると聞いた時はいきなりそんな話が通ったことに疑問を覚えたがこの豪邸なら納得だ。

 

「やべぇな。この安い菓子折りじゃなくてもっとちゃんとしたのを買うべきだったか……?」

 

 手にした袋を見ながら今から買い直すか考える。

 近くのデパートで買った千五百円ちょいのゼリーが入っている袋だ。

 

「……友達の家に来ただけなんだから変な遠慮はいらないでしょ。呼び鈴押すわよ」

 

 黒歌が呆れるように言うとインターホンを鳴らす。

 すると、一誠が出たらしく、そのまま出迎えて来た。何故か顔を引きつらせて。

 

「よ、よう……」

 

「……なぁ。お前ん家って結構な金持ちだったんだな」

 

「ちげぇよ!この家のことなら俺もびっくりしてるつうの!?部長が家に来た次の日になんでかこうなってたんだよ!本来のうちは二階建てで敷地も半分ぐらいだったんだよ!!」

 

 叫ぶように抗議する一誠に一樹は首を傾げる。

 

「そんな大々的な改築が一晩で終わる訳ねぇだろ。そんなことが出来るならうちの近くにあるデパートの改装工事なんて2カ月たった今も終わってねぇんだぞ……」

 

「終わってたんだよ!?俺だって戸惑ってんだよ!いきなり家にエレベーターが付いてたり地下が出来上がってたりして!」

 

 え~、となおも疑いの視線を向ける一樹に黒歌が話に割り込む。

 

「出来るらしいわよ?冥界でもトップレベルの業者なら」

 

「はぁ?だ、だとしても近所の退去の話がそんな簡単に―――――」

 

「……魔王さまが大金をばら撒いたのと悪魔の力で強引に納得させたらしい。部長を下宿させるお礼にって父さんたちも疑ってないんだよ。多分同じ方法で」

 

 一誠の言葉に一樹は顔を引きつらせて酷く歪な表情を作る。

 思い返せばコカビエルの時に盛大に壊れた校舎を1日で直す技術力なら大幅改築くらい可能かもしれない。

 話だけ聞けば誰も損をしていないのだから、というには些か話が大きいように感じる。

 一誠もそこら辺に思うことがあるのか引き攣った笑みを張り付けていた。

 

 少し眉間を揉んで落ち着こうとする。

 そしてこの件に関しては考えるのを止めた。

 ただ言えることは一樹の中でサーゼクスの評価が下がったことは事実だった。

 

 

 

 

 

 

「あらいらっしゃい。よく来たわね」

 

 一誠に案内されたそこはそこそこの広さのある部屋だった。既に一樹たちを除くオカルト研究部の生徒面々が揃っている。。

 

「それじゃあ早速話を始めるわね。実は夏休みを利用して冥界に帰ろうと思うの」

 

「冥界?それって里帰りですか」

 

「えぇ。毎年のことなのだけれどね。その間、この町にはぐれ悪魔が来た場合を想定して代理の管理者を置くのだけれど、それも駒王協定のおかげでこれまでより人員が少なくて済むわ」

 

 先日正式に三勢力の和平が決定し、その調印の場であった駒王学園から名を取り駒王協定と名付けられた。

 オカルト世界では歴史的価値を持ったその調印の場として駒王町には三勢力の人間が少なからず配備されており、少なくとも弱いはぐれ悪魔が来てもすぐに討伐されてしまうだろうという話だ。

 もちろん、会談で話題となった現代のはぐれ悪魔の冷遇の事実を知ったリアスはある程度相手の言い分を聞くことも視野に入れている。もちろん町の人間に危害を加えればその限りではないが。

 

 ともかく、そういったわけで夏休みの間にリアスたちが駒王町を離れても大した問題にならないのだ。

 それにはぐれ悪魔の侵入など1年に片手で数えられるほどくれば十分に多いくらいなのだ。そうそう事も起きないだろうという話。

 

「それで、4人にもぜひ冥界に来て欲しいの。朱乃たちは眷属だから随伴させるけど、貴方たちにそれを命じる権限はないから」

 

「え!?ということは俺たちも行くんですか!?」

 

 一誠の驚きにリアスは当たり前でしょう、と答える。

 

「今回の帰郷中に若手悪魔同士の会合も予定されているの。そこで自分の眷属が欠席しては笑われてしまうわ。それとも何か予定でもあったの?」

 

 訊き返すリアスに一誠は頬を掻いて答える。

 

「一応友達と海かプールに行こうかって話は出てましたけどそういうことなら問題ないです。まだ確定じゃなかったし」

 

「そう。冥界(こっち)には海はないけど大きな湖ならあるわ。それに私の家に専用プール。それに温泉をあるわね。お友達には悪いけど、向こうに着いたら使えるようにしておくからそれで我慢してちょうだい」

 

「マ、マジっすか!?」

 

 専用プールや大きな湖。それに温泉という単語に一誠の鼻の下が伸びる。それに彼を知るこの場の全員がなにを想像しているか大まかに把握した。

 

「冥界か。既に天国に行くことが叶わない身だが。元信者の私が悪魔となって冥界に足を踏み入れることになるとはね。人生どう転ぶかわからないな」

 

「それを言うなら私も冥界に行く機会があるとは思わなかったわ。あ、ミカエルさまからもこういう機会があれば積極的に参加しなさいって言われてるので私は大丈夫です!」

 

「あぁ。俺らも参加だな」

 

 イリナが参加を表明する中でひょいっとアザゼルが顔を出す。

 それに驚くオカルト研究部の面々。

 

「アザゼル、先生!?いつの間に……」

 

「いや?普通に玄関から入って来たぜ」

 

「全然気づかなかった……」

 

「そりゃ修業不足だな。この場で気付いたのは黒歌と白音だけか。ま、それはいい。それより俺とこいつらも冥界に行くぜ。俺はサーゼクスの奴に用事があるし、向こうも俺に禍の団関係で用事があるだろうしな。なにより、俺はお前たちの先生だからな!」

 

 悪魔のルートで行く冥界、楽しみだな~と笑うアザゼル。続いて一樹が質問する。

 

「それよりも旅行はいつまでですか?まさか夏休み全部使うわけじゃないですよね?」

 

「一応、7月25日から8月20日までを予定しているわ。遅くとも22日には帰ってこれるはずよ」

 

「なら俺は問題無しです」

 

「あら?何か予定でもあるの?」

 

「24日にある夏祭りに行かないかって桐生に誘われてるだけです」

 

「む?そういえば私も誘われてたな」

 

「わ、私もです!?」

 

「私もだわ」

 

 一樹の返答に教会3人娘は思い出したかのように次々と声に出す。ちなみに白音も誘われている。

 そのことに一誠が声を上げる。

 

「お、女の子に囲まれてお祭りだとぉっ!?」

 

「祐斗も誘ってるから別に男が俺一人なわけじゃねぇ!」

 

 さすがにそんな女に囲まれた面子で夏祭りに行こうとするほど一樹は勇者ではない。その後に祐斗も誘っている。

 もちろん桐生などの許可は貰って。

 

「で、でも俺、誘われてないぞ!」

 

「なら私と一緒にお祭りに行きませんか、イッセーくん。2人っきりで」

 

 イッセーの腕を絡ませて耳元で囁く朱乃。

 それにアーシアが逆の腕を絡ませて抗議する。

 

「イ、イッセーさんも私たちと行きましょう!」

 

「あら、アーシアちゃん。今まで誘わなかったのだから今回は譲ってくれてもいいのではなくて?」

 

「あ、あとで誘うつもりだったんです!」

 

 互いの視線で火花を散らせるアーシアと朱乃にリアスが手を叩いて中断させる。

 

「そこまでよ2人とも!その話はあとで決めなさい!」

 

 深くため息を吐くリアス。

 最近、リアスはこうしてイッセー、朱乃、アーシアの三角関係の仲裁に入ることが多くなった気がする。

 

 その光景をニヤニヤしながら眺めるもアザゼルは話題を変えた。

 

「向こうに着いたら若手悪魔の会合やグレモリー主催のパーティーやらがあるが、それ以外はお前らの訓練に当てるぜ。お前らは年齢の割にできる方だがまだまだ未熟だ。今回はそれぞれ弱点の克服や長所を伸ばして自力のアップを目指す。もちろん、白音や一樹もな」

 

 言われて白音は自分の掌を見つめる。

 冥界に行くと言われて正直断りたかったが、ここ最近、疎かだった訓練に集中できる機会だと思えば我慢できる。

 最近忙しかった姉に仙術を見てもらう機会でもあるし。

 

 美猴と対峙して白音は自身の力不足を否応なしに自覚させられた。

 まだまだ自分は未熟だ。ここから先、禍の団との戦いを想定するなら今のままでは到底足りない。

 強い焦燥感に突き動かされる白音。その様子に気付いていたのは黒歌だけだったが。

 

「とりあえず向こうに着いたら覚悟しとけよ?おまえらを強くさせるのは俺の仕事だ。何名かには専属のコーチも頼んである。意地でもレベルアップさせるぜ!」

 

 凶悪な笑みを浮かべて断言するアザゼルに全員が頼もしさより恐ろしさが勝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーゼクスは執務室に提出されたデータを見て顔を不快そうに歪めた。

 

 彼が見ているのはカテレア・レヴィアタンの遺体を解剖して摘出されたオーフィスから与えられたという蛇の情報だった。

 

 魔力、膂力、反射神経の鋭敏化など、強くなる要素をふんだんに盛り込んだドーピングアイテムだが。

 同時にデメリットも記載されている。

 痛覚麻痺。判断力低下。過剰な興奮作用により中毒性有りと記載されている。

 それも、これはまだ優しい方で報告されている書類には改良の余地が含まれており、それ次第では一介の上級悪魔でも魔王級の力を引き出せる可能性有りと記されていた。

 一時的に魔王級の力を引き出せても蛇に依存していき、やがては人格や肉体の崩壊の恐れ有りとも。

 

 頭の痛い報告だった。

 旧魔王派が縋っているであろうコレはただの破滅に導く麻薬だ。

 一時的に戦力向上は見込め、仮に現政権を打倒できたとしても彼らは恐らくその先に冥界を維持する発想はない。

 いや、もしかしたらあるのかもしれないが、この報告書を見る限り、とても現実的な案だとは思えない。

 そして何故無限の龍神であるオーフィスが禍の団のトップに君臨しているのかも不明。

 今まで彼は世界に興味すら示さなかったというのに。

 

 できれば説得したいという想いはあるが恐らく応じないだろうと予想できる。それだけ旧魔王派はプライドが高すぎた。

 もし応じたとしても彼らは三勢力の和平に否定的だ。交渉内容で現政権と取って代わるようなことになればせっかく長い時間かけて調印にこじつけた和平が間違いなく崩れ去る。

 最悪、教会と神の子を見張る者が手を組んで悪魔を滅ぼしにかかる事態さえ在り得るのだ。

 なぜなら三勢力の調印はあくまでサーゼクスたち現魔王政権だからこそ成功したのだから。

 

 そうなれば三勢力だけでなく人間界や他の神話体系にも影響を及ぼすだろう。

 そんなことはサーゼクスには許容できなかった。

 

「本当に、頭の痛い問題だよ」

 

 サーゼクスの溜息が宙に消えていった。

 

 

 

 

 




この作品ではオーフィスの蛇はかなりヤバいアイテムとして描写します。

まぁ、神器に絡ませて敵陣に突っ込ませて無理矢理禁手化させようとして大量の神器使いを殺してるわけだしそこまでクリーンな強化アイテムでは無い筈。


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33話:いざ冥界へ!

今回、以前話に出た一樹の暴力事件について触れます。


 夢。

 夢を見ている。

 久々に思い出す異性の友人。

 

 中学校に上がったばかりの頃、日ノ宮一樹は猫上姉妹の家に居候生活にようやく慣れ始めたが、学校という空間に馴染めないでいた。

 それは、虐めを行っていた叔母の件に関することが中学でも尾を引いていたことである。

 両親がいないことや叔母にされていた仕打ちは中学内でもそれなりに広まっていたし、一樹自身社交性に富んだ性格でもなく、当時は成績も良くなかった。

 それが周りから遠ざけられる理由としては十分なものだった。

 また、一樹自身、誰かに歩み寄ろうともしなかった。

 そんな日々の中で彼女と話したのはただ単に、席替えの際に隣同士になったという理由だった。

 

 小学校五年の時に日本に越してきたというその女生徒は日本人と同じ黒い髪だったが、褐色の肌と微妙に聞き取りづらい発音の日本語で話していた。

 それらがその女生徒が周りから孤立する理由だった。

 

 だが日ノ宮一樹はその女生徒に話しかけられた時に感じたのはどうしようもない懐かしさ。

 一目惚れ。なんてありきたりなものではなく、郷愁にも似た懐かしさをどういうわけか彼女から感じていた。

 

「よろシクデス……」

 

 そう握手を求められたとき、自然と握り返した。

 

 

 それから何かと気が合ったのか、一緒に行動することが増えた。そんな中で桐生藍華もその輪に入り、3人でつるむことが多くなったわけで。

 

 

 

 そうして1年の三学期の半ばだろうか?その女生徒のイジメが活発になったのは。

 今までにも小さな嫌がらせくらいはあったが、その時期は段々と度が過ぎて来た。

 無視されたり、持ち物を隠されたりダメにされたりという感じにエスカレートしていったが、本人が事を荒らげたくないと言っていたため、一樹もイライラしながらもその件に関しては何も言わなかった。

 その現場を見るまでは。

 

 

 その日は校内清掃で、生徒が決められた場所を清掃していた。

 自分の分担個所を終わらせて階段を上っていた時に、上の方で話声が聞こえた。

 見て見ると、そこには友人の女生徒を3人の別の女子が絡んでいるのが見えた。

 それを見て、いい気分な訳もなく、どうにか引き離そうと階段を上がろうとしたとき、3人のリーダー格らしき女生徒が友人を突き落としたのは。

 焦って手にしていた掃除用具を投げ捨てて友人を受け止めた。

 向こうはいきなり一樹が現れたことに驚いているようだが、本人はそれを気にしている余裕は無かった。

 

「おい!どういうつもりだ!危ないだろ!?」

 

 口調を荒くして問い質す一樹にそのリーダー格の女生徒が鼻で笑った。

 

「別に。そんなのが階段から落ちるくらいどうだっていいじゃない」

 

「あ?」

 

 こいつなに言ってんだと言わんばかりに眉間に皺を寄せる一樹。

 

「だってその子、周りとろくに話さないし、言葉もおかしくて気持ち悪いし、いなくなっても誰も困らないでしょ?」

 

 暴言を吐く女生徒に一樹はなんとか怒りを抑えてそんなわけないだろと反論し、口論に発展した。

 そしてこちらを見下した、馬鹿にする表情で言われたことに一樹は人生で初めて本気で【キレる】ことになった。

 

「うるさいわね!アンタには関係ないでしょ!それともそんなのに気があるの?アンタとそれはお似合いでしょうね。アンタみたいな親もいない能無しとそんな気持ち悪い肌した奴!」

 

 そう言って3人で嗤ってくる。

 一樹はその時に握っていた拳をリーダー格の女生徒に振るうのを意識してはいなかった。

 気がつけば振るった拳が相手の口のところに当たって歯が折れていたのを見て殴ったと気付いた。

 他2人の悲鳴が他人事のようにすら聞こえる。

 しかもそれで怒りが収まらずに馬乗りになってさらに殴っていた。

 相手がやめて!などと叫んでいたが構わず殴りつづけた。

 気付けばそれなりに見栄えの良かった顔は折れた歯やところどころ殴った個所が腫れており、よく見なければ同一人物かわからない程に変わっていた。

 

 悲鳴を聞きつけてきた教師数名に取り押さえられ、後に保護者である黒歌も当然呼び出されて相手の親御さんに責められることになり、終始頭を下げていたことだけが日ノ宮一樹の中で後悔している部分であり、暴力を振るったことに関しては特に何とも思ってないのが自分でも救いようがないと思う。

 

 結局その事件は一樹が急に暴れ出して女生徒に暴力を振るったということで話が着き、慰謝料を請求通り払い、当然一樹は肩身の狭い中学時代を過ごすことになるのだが。

 強いて良かったことと言えば、そのリーダー格の女生徒が転校したのを機に、友人の女生徒に対する嫌がらせがパタンと止んだことと、事情を理解した彼女の父親(その女生徒は父子家庭だった)に感謝されたこと。そして猫上姉妹の家から追い出されなかったことくらいか。

 黒歌には呆れられながらも大分叱られ、白音から向けられる哀しそうな表情が強く胸に突き刺さった。

 

 

 そんな、中学時代の思い出を何故か夢に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ部室から転送魔法かなにかで冥界に行くことを予想していたのに反して集められたのは駒王町にある駅だった。

 そこでエレベーターにリアスと朱乃が乗る。

 

「初めにイッセーとアーシア。それからゼノヴィアとイリナは私について来てくれる?エレベーターに全員一度には入れないから朱乃と裕斗、残りはお願いね?」

 

「はい。任せてください!」

 

 任された祐斗の返事にリアスは満足そうにしてエレベーターの扉を閉めた。

 

「しかし、こんな道があるなんて今まで知らなかったぞ、俺」

 

「ここは悪魔専用のルートだからね。一般の人はまず辿り着けないよ。こういう秘密の領域がこの町にはいくつか存在するんだ」

 

「ちなみに堕天使用の施設やら何やらも存在するわね。この町に限った話じゃなくて世界各地に」

 

「なんだかんだでオカルト世界ってこっちに浸透してんだな。知られてるかそうでないかはともかく」

 

 感心したように呟く一樹。

 

「当然だわな。神話の時代(むかし)と違って今はなんでも人間が中心だからな。隠蔽しながらコソコソやるのも楽じゃないぜ。そのうち、いろんな種族が表立って交流できるようにしたいもんだ」

 

 ぼやくように呟くアザゼル。

 

 そして祐斗の案内で地下へと降りると、そこには大きな空間が存在していた。

 後から来た一樹たちを確認してついて来て、と指示を出すリアス。

 

 ついて行くとその先には列車と思われる独特の形をした乗り物があった。

 そしてそこにはグレモリー家などの紋様が刻まれている。

 

「この列車はグレモリー家専用なの」

 

 とのことらしい。

 それに一樹や一誠など庶民の感覚が強い二人は腰を引かせることになる。

 

 

 

 車両に乗るとそこは新幹線に近い構造だった。

 一応細かな決まりがあるらしく、一番前にはリアス。

 その後ろに眷属であるイッセーたちが座り、客人である一樹たちはさらにその後ろに座っていた。

 席に座ると早々に寝入ってしまったアザゼル。

 アーシアと朱乃は一誠を間に挟んで火花を散らせている。

 

 そんな中で一樹は隣に座る白音に話しかけた。

 

「そういえば、白音は今回の旅行、反対じゃないのか?ほらお前ってさ……」

 

 今更な話題だが聞いておきたかった。

 それに白音は前に聞こえないよう小声で話す。

 

「うん。正直に言えば、冥界自体はあんまり行きたくは、ね。でも、それ以上に今回の旅行が私にも利点が多いから。それに―――――」

 

 そこで言葉を切る。これ以上は話したくないということだろう。

 特に話すこともないし、一樹もいっそのこと寝てしまおうかと考えていた時に前に座る黒歌からポツリと声が聞こえた。

 

「冥界に行くのも2年ぶりかしらね」

 

「姉さんは冥界に行ったことがあるのか?」

 

「うん。と言ってもその時は堕天使のルートだったけどね。仕事の都合で」

 

 本当に何ともなしに呟く黒歌。その淡白な姉妹の対応が一樹に僅かばかりの壁を感じさせたが、すぐに頭を振る。

 話せるときに話せばいいと言ったのは自分だ。なら、それまで待てばいい。必要になればきっと話してくれるだろうと考えて。

 

 

 そんな風にしているとレイナルドという見た目初老の車掌と顔を合わせることになる。

 レイナルドは子供の時からリアスを知っているらしく、彼女の成長を喜んでいた。

 今は、色々と手続きがいるらしく、リアスたちを呼びに来たようだ。

 

 取り出された登録用の機械で順次登録を済ませる。アザゼルは寝ていたため勝手に済ませた。その際によくついこの間まで敵対していた勢力の列車で安眠できるなと呆れたが。

 

 それからまた少しして次元の壁を越えたとアナウンスが知らせる。

 

 そして窓の外に広がっていたのは紫色の空と山。今まで決して見ることのできなかった景色が広がっていた。

 

「もう窓を開けていいわよ」

 

 リアスの許可が得て窓を開けるとそこには人間界とは違うどこか独特の空気を感じた。

 過ぎ去った道を見るとそこには黒い穴が見え、おそらくそこからこちらへ通って来たのだろう。

 

 窓の外からは川や森、そして町も見えた。

 

「ここは既にグレモリー領なのよ」

 

 リアスから説明を受けると、グレモリー領は日本の本州と同じだけの広さがあるらしい。だが、ほとんどが手付かずで、放置状態らしいが。

 

 そこで思い出したかのように魔力で立体映像の地図を出現させる。

 

「イッセー、アーシアにゼノヴィア。後で領土をあげるから、この赤い場所以外を指さしてくれる?」

 

「へ?領土が貰えるんですか?」

 

「もちろん。あなたたちはグレモリーの次期当主である私の眷属だもの。グレモリーの領土に住むことが許されるわ。朱乃たちにも与えてあるしね。協力者である一樹たちにもあげたいのだけれど、流石に無理ね。残念だけど」

 

「勘弁してください」

 

 今後行くことになるかもわからない冥界の領土なんて貰っても困る。正直、気風が良すぎて怖いくらいだ。

 

「あら残念。もし神の子を見張る者をクビになったらグレモリー家に保護してもらおうと思ってるのに。その時、土地が有ったら楽そうなのにね」

 

「ふふ。えぇ。その時が来たらぜひ歓迎するわ」

 

 お互いに冗談とも本気ともつかない会話に一樹と白音は胃が痛くなるのを感じた。

 一樹自身、人間界の生活圏を離れるつもりはないのだ。普通に就職したい。

 

 そんな感じで話し込んでいると目的のグレモリー邸に着いたらしく、降車の準備に入る。そんな中でアザゼルはまだ降りないらしい。

 

「アザゼル先生は降りないんですか?」

 

「あぁ。俺はサーゼクスにお呼ばれだ。黒歌、お前もだぞ。つーかお前は俺の護衛も兼ねてんだろうが」

 

「え~。白音たちと一緒に降りた~い。それにアザゼル私より強いじゃない。めんどくさ~」

 

「ハハハッ!職務怠慢で今月の給料減らすぞ?」

 

「わ~い。行けばいいんでしょ、こんちくしょうが……」

 

 仕方ないと言わんばかりに降車の準備を止めて座席に座る黒歌。

 またね~と手を振られながら列車を降りる。

 

 

 広がっていた世界は先程までとは違う意味で別世界に感じた。

 

『リアスお嬢さま、おかえりなさいませっ!』

 

 花火やら楽団の奏でる音楽が耳に届く。

 見たことのない生き物に跨る兵士たちが旗を振っていたりしていた。

 その光景を始めてみたオカルト研究部の面々はどうしたらいいのかわからず戸惑う。

 

「さ、さすが冥界ね。これは予想外だったわ」

 

「教会では考えられない豪華さだな」

 

 只々圧巻される中でイリナとゼノヴィアはポカンとしている。

 ギャスパーは大勢の人に委縮して一誠の後ろに隠れてしまった。

 

 正直に言えば一樹もこの豪華さは理解できなかった。一般庶民には本来、永久に縁のない光景だったろうから。

 立ち止まっている部員の面々を手招きしながら先へと促す。

 

 グレイフィアという見知った顔が現れて若干緊張を緩めると一樹たちは何台にも用意された馬車に乗せられてグレモリー邸に案内された。

 

 そして着いたのは家というより城と呼ぶべき豪邸だった。

 

「私のお家のひとつで本邸なの」

 

 と、当たり前のように言われて一樹はいい加減感覚が麻痺してきた。考えるのを止めたとも言えるが。

 映画でも見ないような華々しい豪華な景色を堪能しながらグレモリー邸に着く。

 リアスについて行くと途中で紅い髪の少年が姿を見せる。

 

「リアスお姉さま!」

 

「ミリキャス!久しぶりね!大きくなったわね」

 

 抱きついた少年をリアスが抱きしめる。

 

「部長、その子は?」

 

「この子はミリキャス・グレモリー。お兄さまの……サーゼクス・ルシファーさまのご子息なの。魔王姓を名乗れるのは名を継いだ本人だけだから、この子は私の次のグレモリーの跡取りなのよ。挨拶して、ミリキャス」

 

 リアスに言われて挨拶するミリキャスに挨拶を返してから一樹は疑問をぶつけた。

 

「そういえば、サーゼクスさんの奥さんってどんな人なんですか?以前の公開授業の時は見なかった筈ですけど」

 

 一樹の質問にリアスは少しだけ目を泳がせてそのうちにね、と誤魔化す。

 何か言い辛い事情でもあるのだろうか?

 

 

 それからリアスがグレイフィアにアレコレ指示を出していると、ひとりの女性がこの場に現れた。

 

「あら、リアス。帰って来ていたのですね」

 

 その女性はリアスによく似ていた。

 髪はリアスの後ろ髪を切って亜麻色に変えたくらいで他のパーツはリアスに共通している。

 若干目つきが鋭く見える所為かリアスよりも年上に見える。

 部長って姉もいたんだなぁと考えているとリアスの口から驚くべき事実が口にされる。

 

「お母さま。只今戻りましたわ!」

 

 リアスの発言に悪魔に対する知識が乏しい面々は目を丸くした。

 

「うぇえええ!お母さま!?ど、どう見ても部長と同い年くらいの女の子じゃないですか!?」

 

「あら。女の子だなんて嬉しいことをおっしゃいますのね」

 

「悪魔は歳を取ると魔力で見た目を自由に変えられるのですわ。女性は大体二十代前後。男性は個人の趣向で好きな年齢で見せるのが一般的ですわ」

 

「人間の女性が聞いたら羨ましがられそうな話ですね」

 

「そうね。ちょっと一瞬悪魔になるのもいいかなって考えてしまったわ。罪深い私をお許しください」

 

 そう言って祈りを捧げるイリナ。

 一緒になってゼノヴィアやアーシアも祈るが2人は頭痛ですぐに顔を顰めた。

 ついでに兵藤はリアスの母に熱い視線を送っていた。主に胸の辺りとか。

 それを見て一樹が一誠の耳元で囁く。

 

「部長の母親相手に卑猥な妄想を膨らませるのは止めろな。顔に出てるぞ」

 

「そそそそそそんなカオしてねぇよ!?」

 

「……最低ですね」

 

「違うんだよ白音ちゃん!俺はただ部長のおっぱいが大きいのってお母さん譲りなんだなって感動してただけで……ハッ!?」

 

 自分が口にしていたことが大変マズイ発言だったと気付いて慌てて口を押える。顔からは冷や汗がだらだらと流れていた。

 そんな一誠をリアスの母は口元に手を当ててクスクスと笑う。

 

「随分と個性的な方を眷属にした様ね、リアス」

 

「イッセー……」

 

 恥ずかしそうに額に手を当てるリアスを見て一誠はただすみませんと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェネラナ・グレモリーと紹介されたリアスの母に続いてこれまた豪華なダイニングルームへと案内された。

 そこには絶対に食べきれないであろう量の食事が置かれている。どれも一目見て高級料理だとわかるのだが。

 そして現れたリアスの父を見て一樹が初めに思ったのは。

 

(どう見ても親子にしか見えねぇ……)

 

 見た目リアスと同じくらいのヴェネラナと40代程の夫。アレが夫婦ですと言われたらまず間違いなく白い目を向けられるだろう。人間界では。もちろんそれを表情に出す愚は犯さないが。

 

 先程案内された部屋は豪華すぎて逆に使い辛い。

 キングサイズのベッドとかシャンデリア付きの天幕とか一般人には縁のないものが凝縮されていて委縮してしまう。

 

 それからアーシアが一誠の部屋に移ったり、ゼノヴィアがイリナの部屋に行ったこともあり、白音も一樹の部屋に移った。

 流石にこの部屋の大きさは白音も馴染まないらしい。

 

 それはともかくとして夕食である。

 グレモリー家に招待されるということで一樹は今日までアザゼルにテーブルマナー云々を叩き込まれた。ついでに社交ダンスもやらされそうになったが、時間がなく、見送られた。どうせ覚えても踊る機会なんてないだろうが。

 慣れない動作ながらもどうにかナイフとフォークを使って夕食を摂っている。

 白音も慣れた様子で行儀よく、しかしテレビの四倍速くらいの速さで食事をしている。その神経の太さに感心しながらできるだけ粗相のないように過ごす。

 

 向こうは自分の家のようにくつろいでくれて構わないとか言ってるが、正直この豪邸で自分の家みたいに過ごすなど無理である。なるべく目立たないようにして当たり障りなく過ごすのが精一杯である。

 そうしているうちに話があらぬ方向に向いて行った。

 

 リアスの父であるジオティクスが一誠にお義父さんと呼ばせようとしたり、母であるヴェネラナが一誠に何やら作法を仕込むなどと話している。

 それにリアスが静かに反論した。

 

「お父さま!お母さま!私を置いて話を進めるなんてどういうおつもりですか?」

 

「お黙りなさいリアス。貴女はライザーとの婚約を破棄しているのですよ。周りにそれを納得させるのにどれだけの根回しを夫やサーゼクスがしたと思うのです。我が儘も大概にしなさい!」

 

「あの件に於いて私は提示された条件をクリアしてのことの筈です!後ろ指をさされる謂れはありません!」

 

「それも貴女がグレモリー家の後継ぎや魔王の妹という立場があってこそ譲歩だったのですよ。それに、これからは三勢力が協力体制に入った以上、これまで以上に貴女を注目する目も増えるでしょう。もう以前のような振る舞いはできないのです。自分の立ち位置をいい加減知りなさい!」

 

 声を上げているわけでもないのに威圧するような重さのある声。それがリアスを僅かに委縮させた。

 そして話を戻す。

 

「聞けば一誠さんは上級悪魔としての独立を目指しているのだとか。ならそれ相応の振る舞いは必ず必要とされます。無作法な者をグレモリー家の眷属から出されたとあっては家名に泥を塗ることにもなりますし、学ぶならば早い方がいいでしょう。明日から厳しくいきますが、よろしいですね?」

 

「は、はい!」

 

 睨まれているわけでもないのに背筋を伸ばして答える一誠。

 それを見ながら一樹はあぁ、俺客人で良かった、と心から安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっかれた~」

 

 普段なら出さないような声を出しながら一樹は無駄にデカいベッドに腰を下ろす。

 何もかもが高級すぎて落ち着かない部屋だが、あの夕食の後で人の目を多少気にしなくていい今の状況は有難かった。

 

「やっぱりこういうのは馴染まないね……」

 

「その割には夕食、遠慮なかったよな、白音は」

 

「……食べるモノに罪はないから」

 

「なに言ってんだ?」

 

 軽いやり取りをしながら同じベッドに入る。

 

「こういうの、久しぶり……」

 

「あ?あぁ、そだな。俺が2人の家に来たばかりの頃くらいはこうして一緒に寝ることが多かったよな」

 

 猫上家に居候し始めたばかりの頃に一樹は軽い、不眠症を患っていた。

 あの叔母に苛められていた記憶が夢でフラッシュバックしたり、ちょっとした物音や風で窓から音が出るだけで眠れなくなることが続いていた。しかも本人がそれを隠していたため、体調を訊かれても大丈夫ですとしか答えなかった。

 

 それも限界が来て登校中にバタンと倒れて救急車の世話になり、不眠症が発覚したわけなのだが。

 治ったのは病院で貰った睡眠薬の効果もあるが、白音と偶に黒歌が添い寝などをしてくれたことも大きかった。

 人肌や安心していいという優しい声。それらが一樹の不眠症を治す薬となってこうして今も元気でいるわけだ。

 

「あの頃から今も2人には世話になりっぱなしだよな、俺。それに中坊の時は問題も起こしちまったし……」

 

 いつか、少しはその恩が返せるときが来るだろうか?

 そんなことを考えていると、白音が首を横に振るう。

 

「気にしないで。私たちは、その……家族だから。迷惑をかけあえるのが当然だよ?」

 

「そうかも、しんねぇけどな。だからこそ、貰いっぱなしじゃなくて、ちゃんと……」

 

 よほど疲れていたのか、そのまま一樹の瞼は落ちていき、眠りに入るのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 一樹が眠りに入った後、白音は一樹の髪に触れていた。

 

「……貰って、ばかりなんかじゃないよ」

 

 覚えている。

 誰にも見向きもされずに辛い日々を過ごしていた時に抱きあげてくれた手の感触を。

 例えそれが気まぐれだったとしても、最初に救われたのはこちらの方だった。

 そして―――――。

 

「いっくんはいっくんの望むままに。私たちは、その道を必ず守るから……」

 

 一筋だけ流れた涙に気付かず、白音は寝ている一樹の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 








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34話:地獄への片道切符

 一樹は迫り来るいくつもの鋼糸を避けながら対戦相手との距離を詰めたり離れたりしていた。

 

「そんなことじゃ、いつまで経っても攻撃できないわよ!」

 

「うっせぇ!こっから巻き返すんだよ!」

 

 対戦相手の紫藤イリナの使う擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の能力は厄介で、今まで戦ったことのないタイプだったこともあり、苦戦を強いられていた。

 見え辛く、無数に枝分かれした鋼の糸は一樹の集中力を散漫にさせるには十分な要素を備えている。

 これが実戦なら大火力で圧倒するという案もあるが、あくまでも模擬戦。一樹は火力に制限を。イリナは急所への攻撃は極力避けている。

 アーシアがいるため余程のことがない限りは大丈夫だろうが、念には念を入れてだ。

 

 イリナの戦闘は一言で言えば上手い、だ。

 炎を使った遠距離攻撃をおこなっても祐斗の速度で避けるのと違い、細かく、最小限の動きで上手く避けられてしまうため、大した意味がない。それも炎を出す隙を突いて攻撃するために迂闊に出せない。

 ゼノヴィアのようなパワーでも祐斗のように速度でもない。こちらの動きを読み、尚且つ相手の虚を突く戦法を取ってくる。

 

「そこっ!」

 

「やべっ!?」

 

 イリナの聖剣が一樹の足に絡まり、転倒させられる。起き上がろうとしたときには既に遅く、首にも聖剣の糸が絡みついていた。

 

「勝負あり、よね!」

 

「あぁ、降参だ」

 

 ウインクして勝利宣言するイリナに一樹は手を挙げて降参のポーズを取った。

 

 グレモリー邸に滞在している間、一誠はヴェネラナが用意してくれた教師たちに冥界や悪魔社会について勉強している。

 それで暇だからとリアスに相談して体育館くらいの大きさがある訓練場を借りていたわけだ。

 

 それから観戦していたゼノヴィア、裕斗、白音を交えて反省会を行いっているとリアスと朱乃が呼びに来た。

 これから、冥界の観光を行い、その後に若手悪魔同士の会合があるのだとか。

 一樹、白音、イリナはリアスの眷属ではない為、入れないが、途中で黒歌とアザゼルが合流するらしい。

 

 

 冥界と言っても街並は多少SF色の強い近代都市と言った感じでそこまで差異は感じない。かつての魔王が住んでいた現在観光名所で旧首都のルシファードという街だ。

 観光名所になっているだけあり、人の賑わいは相当なものだった。

 人と全く変わらない見た目の者も居れば角や翼の生えた悪魔や動物などの頭部を持つ者。

 多種多様な悪魔が存在している。

 それでも言葉が通じ、商品を買うためにお金を払い、物を渡される。その光景は人間の世界と大差ない光景だった。

 

 途中でリアスに熱狂する悪魔たちには驚かされ、本人は涼しい笑みで手を振っていた。

 聞けば、リアスは魔王の妹やその容姿で冥界でも絶大な人気があるのだとか。

 

 若手悪魔の会合の会場に着いた際にリアスたちと別れ、入れ違う形でアザゼル、黒歌と合流した。

 

「白音!一樹!会いたかったわっ!!」

 

 会って早々に黒歌が2人に抱きつく。

 

「姉さま苦しいです……」

 

「まだ2日と経ってないだろうに」

 

「いや~。アザゼルの傍に控えながら延々と興味のない話を聞かされるのも退屈でさぁ……」

 

「俺だって退屈だったよ!ったくこれならシェムハザの奴も連れてくるべきだったか?こういう話し合いはアイツの方が得意だしな」

 

 あ~かたっ苦しかった、とネクタイを緩めるアザゼル。

 何故かアザゼルがスーツを着ているとホストにしか見えないなと感じたのは内緒である。

 

「若手悪魔の会合はかなり長いから、部長は姉さんたちと合流したらグレモリー家に一足先に戻ってもいいって言ってたけどどうする?」

 

「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうぜ。若手悪魔の会合なんて俺らが見れるわけで無し。ここで何時間も暇を潰すなんて出来ねぇっての」

 

「そうそう。和平を結んだばかりで仕方がないけど向こうだと何につけても監視の目が合って気疲れしちゃったわよ!リアス・グレモリーの家ならある程度そこは緩い筈よね」

 

 どうやら2人とも余程落ち着きたいらしい。

 

「わかった。なら列車の人に言ってくるよ」

 

「おう頼むぜ!」

 

 手をひらひらさせるアザゼルに一樹は苦笑して向こうに足を運んだ。

 そこでさっきから黙っていたイリナに白音が珍しく話しかけた。

 

「どうしたんですか?紫藤先輩」

 

「えぇ。ちょっと今日の観光で色々と驚いちゃって」

 

「?」

 

「教会では悪魔はとにかく滅するものって教えられてたんだけどね。でも今日の観光で冥界の街を見て回って思ったの。あぁ、人間の街と変わらないなって」

 

 店があり、客がいて、賑わう人々。

 それは人間の世界の観光地と然したる違いを感じさせない。そしてイリナの言葉は白音に取っても考えさせられるものだった。

 極端に言えば、白音にとって悪魔とは奪いに来る者、だ。

 理不尽なまでに傲慢であり、自分たちが世界の中心だと思っている。だが、リアスを始め、悪魔と親交を深め、今日の観光を機に白音の中で悪魔に対する印象に若干の変化が起こっていた。

 

 月並みな言葉だが、悪魔にも良い悪魔がいる。リアスやソーナのように。そう考えるくらいには今日の観光は新しい発見に富んでいた。

 

 そんな白音の頭に黒歌が手を置く。

 

「ま、一方から与えられた情報じゃ見えないこともあるってことよね.それに気づいただけでも大したもんよ」

 

「だな。駒王学園の三勢力の若手を一か所に集めたのもそういった誤認の解消にあるからな。それに冥界に関しては誤解も多い。お前たちがそれに気づいたんならこの旅行にも意味があったな」

 

 そう言って笑うアザゼル。そこで一樹が戻って来た。

 

 

「言ってきたよ。白音やイリナも戻るんだろ?」

 

 名前を呼ばれてイリナはふと疑問に思う。

 

「ねぇ、どうしてイッセーくんだけ苗字で呼ぶの?」

 

 イリナの疑問に一樹は首を傾げる。

 基本一樹はオカルト研究部の面々を名前で呼ぶ。中学時代からの友人という桐生も姓名で呼ぶが、これは中学時代の名残らしい。

 

 その質問に一樹は何言ってんだお前、と言わんばかりに不思議そうに返した。

 

「俺と兵藤は同じ部活に所属してても別に友人でもないしな。当然だろ?」

 

「え?」

 

 一樹の答えにイリナは固まった様子を見せる。

 

 日ノ宮一樹にとって、兵藤一誠というより、変態三人組は唾棄すべき対象だった。

 教室で猥褻物を広げるならともかく、女子更衣室の覗きなどは1年の頃、男子に多大な迷惑をかけた。

 まだ、一誠たちが犯人と断定されていない時、男子はとても居心地の悪い思いをしたものだ。

 その影響を逃れたのは女子に対する王子様的存在の祐斗くらいだろう。

 むしろ当時は裕斗に覗かれたいといった雰囲気だったが。

 

 そんな事情を知らないイリナは頬を引きつらせて固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、シトリー家とのレーティングゲームが決まったか」

 

 リアスたちが戻った後に若手悪魔の会合の話を聞いたアザゼルはそう呟いた。

 若手悪魔の会合の前にあった顔合わせでちょっとしたイザコザはあったものの行事が始まれば問題なく進行した。

 一部の件を除いて。

 

 若手悪魔最強と言われるサイラオーグ・バアルは魔王になると宣言し、リアスはレーティングゲームの各大会で優勝することを目標にすると宣言。

 そこまでは良かったが、次いでソーナが発言した夢は古参の悪魔にとって笑いの種にされる。

 

 ソーナは身分、階級問わず受け入れるレーティングゲームの学校を作りたいと言った。

 冥界には今までレーティングゲームの学校は在ったが通えるのは基本、上級悪魔の子供たちのみ。

 だからソーナはそういった特権階級だけが通える学校ではなく、広く受け入れる学校の設立を目指すと進言。

 

 だが現在の老悪魔たちはこれを笑った。

 そんなものを設立する意味はないと。

 シトリー家の次期当主は夢見がちだと。

 

 結果としてはその場にいたセラフォルーが怒って古参の悪魔を黙らせたがリアスの意見としては魔王である姉が介入したことで古参の悪魔たちの心証はかなり悪くなってしまっただろうという。

 

 そこでサーゼクスがひとつの提案を出した。

 それはリアスとソーナの対戦。

 これに勝てばソーナの評価が上がり、夢に近づく可能性を提示して。

 何せ、リアスは伝説の赤龍帝を始め、多くの規格外と呼べる眷属を有している。

 対してソーナは悪くはないが平凡な、面白みの薄い眷属構成。

 これでソーナがリアスを倒せば彼女の育成能力は認められ、学園設立も多少は現実味を帯びてくるだろう。

 当日のゲームには他勢力の者も招待され、観戦されるらしい。

 

 

「レーティングゲームまで凡そ20日間か。それまでにどれだけ鍛えられるか」

 

「修業、ですか」

 

「当然だろ。お前らは揃いも揃って強くなる素質はピカイチだがまだまだそれに振り回されている。目の前に目標が出来たのは良いことだな。遠い目標を闇雲に追いかけるより、目の前に目標がある方が気合が入るだろ」

 

 アザゼルの言葉に一誠は言葉を詰まらせる。

 

 一誠は上級悪魔になってハーレムを築くという目標はあるが、それはまだまだ遠い道程だ。それより、目の前に迫ったソーナたちとのレーティングゲームの方が気が引き締まる。誰だって負けたくはないのだから。

 

「俺の中でお前らの訓練メニューはある程度決まってる。そのためにお前らには専門の先生をサーゼクス経由で頼んであるしな。一樹や白音も含めてお前らを鍛える」

 

「でも、俺たちだけ堕天使総督のアドバイスを受けるなんてなんかズルいですね」

 

「あ?別にお前らだけ贔屓するわけじゃねぇよ。契約上、俺はあっちの神器使いの面倒も看なけりゃならんしな。もっともゲームが終わるまでは当然お互いの情報は秘匿させてもらうがな」

 

 アザゼルが学園に赴任する条件はグレモリー及びシトリー眷属の神器を正しく成長させることだ。ここで一誠たちだけアドバイスを得られるのは不公平だろう。

 

「なにより、どうせなら少しでもレベルの高い戦いが観たいしな。俺はどっちが勝とうが負けようが面白いもんが観られりゃ満足だ!」

 

 そう言って声を上げて笑うアザゼルにグレモリー眷属の面々は息を吐く。

 自分たちの勝負を娯楽扱いされているのだ。仕方ないかもしれないがはっきりと口に出されるとそれはそれで思うところがある。

 

「まっ、ゆっくりできるのは今日までだ。明日からビシビシ行くからしっかり休んどけよ!」

 

 アザゼルがそう締めくくると丁度グレイフィアが入って来た。もしかしたら話の区切りまで外で待機していたと邪推するのは余計だろうか?

 

「皆さま、温泉の準備が整いました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハッ!やっぱ冥界と言えば温泉だよなぁ!それもグレモリー家が所有する温泉とくりゃ、名泉も名泉だろ!」

 

 上機嫌に湯に浸かりながらお猪口で日本酒を飲むアザゼル。

 一樹、裕斗、一誠も頭にタオルを乗せて緩んだ表情で温泉を楽しんでいる。

 

「一樹くんは温泉とかよく入るのかい?」

 

「そうだなぁ。姉さんが温泉好きでゴールデンウィークとか長期休みに入ると旅行で入るな」

 

「そ、それってまさか混浴……ッ!?」

 

「んな訳ねぇだろ……つか温泉と言ったらそれしか思い浮かばねぇのかテメェは」

 

 一誠の発想に呆れているとアザゼルが一樹に近づいてきた。

 

「お~い一樹。これ飲んでみろよ。中々の上物だぜ」

 

「お、いただきます!」

 

 そうしてお猪口に注がれた酒を飲む。

 

「へぇ~。日ノ宮って酒飲め……なにやってんだ!?」

 

「はぁ?」

 

「心底不思議そうな顔すんな!お前まだ未成年で高校生だろ!?」

 

「自然と飲んだね、一樹くん」

 

 あまりにも滑らかな場面で流しそうになったがお酒は20歳からだ。

 

「固いこと言うな。ここは日本じゃなくて冥界だぜ?それにこういう時にハメ外しても罰は当たらんだろ」

 

「いや、でも……」

 

「いや~。高校の合格祝いに冗談で飲ませたらハマったらしくてな。それからたまに飲ませてやってたらいまじゃ、日本酒やビールは勿論、洋酒や養命酒もイケる口だぞこいつ?」

 

 今更だがこの堕天使総督様は本当に教師なのだろうか?

 

「普段から覗きやら何やらで犯罪行為に及んでるお前に説教されても説得力ないだろ」

 

「ぐぅっ!?」

 

 アザゼルの養護と一樹の反論に何も言えなくなる一誠。その時、入り口付近でウロウロしている人影を見つけた。

 一誠は溜息を吐いてその人影に近づく。

 

「なにいつまで入り口でウロウロしてんだよ。温泉なんだから入らなきゃだめ……」

 

 だろ、と続けようとしたときにギャスパーの姿を見て一誠は固まってしまった。

 

 身体が細く女顔で普段から女装しているため忘れがちだが、ギャスパーは男子である。それが何故か胸元にバスタオルが巻かれている。

 それがひどく一誠を戸惑わせる。

 

「お前なぁ!そんな位置でタオル巻かれたら色々と変な想像をしちまうだろぉ!!」

 

「い、イッセー先輩が僕をそんな眼で……!?」

 

「とうとう守備範囲と変態度がそこまで進化したか……」

 

「そんなわけあるかギャスパー!日ノ宮も黙れぇ!!」

 

 ツッコまれてそれ以上口には出さなかったのは酒を飲んでご満悦だったからだろう。

 それから一誠がギャスパーを無理矢理温泉に叩き込んだ。

 

「いやぁあああっ!?熱い、溶けちゃうぅうううううう!?イッセー先輩のエッチぃいいいいいいいいいっ!?」

 

「部長たちが隣に居るのになんてこといいやがんだテメェはぁあああああっ!!?」

 

 ギャスパーと一誠の叫びに隣からリアスの声が届かせる。

 

『イッセー!ギャスパーにセクハラしちゃダメよ』

 

 そうして聴こえる笑い声に一誠は耳まで顔を真っ赤にさせた。

 

 

 

 

 

 ところ替わって女湯。

 

「ふぅむ。しかし白音ってなんでこんなに成長が遅いのかしら?あんだけ食べてるのに。私が白音くらいの時はもっとこう―――――」

 

「シメマスヨ、姉さま?」

 

 妹の胸を揉みながら首を傾げる黒歌に白音は笑いながら物騒なことを言う。というか眼が笑っていない。

 

「はうぅ!私も部長さんたちみたいに大きくならないでしょうか……」

 

 自分の胸に手を置きながら悩むアーシアにゼノヴィアがふむと顎に手を置く。

 

「しかしアーシア。私は確かに大きさでは部長と副部長に劣っている自覚はあるが、他の要素では負けていないと思っている」

 

「ゼノヴィア。その話題、聖剣奪還の件で駒王町に来てた時も似たようなこと言ってたでしょ」

 

「そうそう。それにアーシア。白音の幼児体型に比べれば立派なっ!?」

 

 突如後ろに回った白音が黒歌の首を細腕で絞める。

 

「シメルと言った筈ですよ、姉さま……」

 

「ちょ!?ギブギブ!!そんな風にコンプレックスを突かれたくらいで暴力に訴える女の子に育てた覚えは――――」

 

「きるゆー」

 

「ゴッ!?」

 

 そんな2人のじゃれ合い(?)を見ながら3人と少し離れたところにいる朱乃とリアスが苦笑していた。

 顔立ちこそ似ているが本当に正反対な姉妹だと。

 

 黒歌は猫又の上位種である猫魈からか性格が猫っぽい印象を受けるが白音はどちらかというと犬系を連想する性格である。

 そんなことを周りが思っていると、白音が黒歌から腕を外して皆に警告する。

 

「身体、隠した方がいいですよ」

 

「え?」

 

「そ、そうね……」

 

 警告と同時に男女の湯の仕切りを越えて一誠が顔からダイブしてきた。

 

「イッセー……」

 

「いてて……アザゼル先生なにを……っ!?」

 

 目の前にオカルト研究部の女体が並んで一誠は鼻を思わず抑える。ただ、黒歌は一誠を背にして湯に沈んでいたし、白音はタオルで体を隠していたが。

 

 溜息を吐いて白音が一誠に近づく。

 

「なにか、遺言はありますか?」

 

「ゆ、遺言!?い、いやさ!アザゼル先生に無理矢理こっちに投げ飛ばして―――――!」

 

「その前に、覗こうとしてましたよね?聞こえてましたよ。こう見えて耳は良い方なんです」

 

 心底呆れた、を通り越してもはや唾でも吐かれそうなほどの汚物を見下す眼が一誠を射抜いていた。

 身体をタオルで隠しながら両手で使い螺旋丸を作っており、僅かに見える額からは青筋が浮かんでいることからその怒りがどれほどのものか想像に難くない。

 温泉に浸かっていた筈なのに冷や汗をドッと流す一誠はそのまま土下座のポーズに入る。

 

「す、すみませんでした!!どうかお許しをっ!!お慈悲をぉっ!?」

 

「ぎるてぃ、です……」

 

「ノオォオオオオオオッ!!?」

 

 そのまま螺旋丸を叩き込まれ、一撃で意識を沈ませる。

 

 その後、治療に回ったアーシアと朱乃の膝枕を堪能していたため、結果的には役得だったのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、グレモリー家の庭へと集められたオカルト研究部の面々と黒歌。

 学生組とアザゼルはジャージで黒歌は動き易そうな私服だ。

 

「これより、レーティングゲームまでの訓練メニューをひとりずつ渡す!しっかり訓練に励めよ!まずはリアスだ!」

 

 そう言ってリアスの訓練メニューを渡す。

 内容を読むとリアスはふむ、と頷いた。

 

「特別なメニューではないわね。むしろ堅実な印象を受けるわ。でも、ゲームの知識と滅びの魔力の精密操作にやや重点が置かれてるわね」

 

「お前はそれでいいんだよ。お前は現在の若手の中でもどれも高水準で纏まってる。だからお前が今一番育たなけりゃならんのは王としての資質だ。過去のレーティングゲームの記録を見て戦術を学んで視野を広めろ。滅びの魔力に関してはお前のチームは良くも悪くも広範囲の破壊に特化しすぎている。広いフィールドならそれでもいいが、例えば町中で戦わなきゃならん時に全員が周りを壊すだけだと話にならねぇ。そういう戦い方を他の連中も覚えられればいいが、レーティングゲームまでの僅かな時間でそれらを身につけられるのはお前だけだ。ゲームでも実戦でも手数が増えるんならその方がいい」

 

 アザゼルの答えにリアスは成程と頷く。

 

「今回の訓練メニューは長期的なものと短期的なものに別れている。ゲームまでに詰め込むだけ詰め込む奴もいれば、その先を見据えたメニューでもある。お前らはまだ若い。たとえ今回は大した成長は望めなくても、後々に必ず役に立つはずだ。次は朱乃!」

 

 髪を渡された朱乃は表情を即座に歪める。

 

「朱乃。お前はまず自分の中にある【血】を受け入れろ。話はまずそれからだ」

 

「わ、私はあのような者の血に頼らずとも―――――!?」

 

「ライザー・フェニックスとのゲームの記録は観させてもらった。お前、女王の癖に大して役に立たずにイの一番に脱落したじゃねぇか。それでよくそんなこと言えるな」

 

「―――――ッ!?」

 

 ギリッと歯を鳴らす朱乃に構わずにアザゼルは続ける。

 

「リアスの眷属たちはこれからも確実に力を伸ばしていくだろう。お前は女王だが遠距離攻撃以外の能力が低い。それなのにその拘りに固執し続ければ、この先確実に足を引っ張ることになるぞ」

 

「貴方に、堕天使(アナタ)たちにそんなことを言われたくありません!!」

 

 叫ぶように発したその一言で肩で息をするとその場から立ち去ってしまった。

 

「アザゼル……」

 

「なんだよリアス。これは本来、お前が言わなきゃいけないことだったんだぜ?レーティングゲームで勝ち続けるなら朱乃の力を引き出させるのは必須だ。優しいのは結構だが、向き合わなきゃならん事から逃げることは優しさとは言わない。そういった面でもお前はこれから成長せにゃならん。俺の言ってること、間違ってるか?」

 

「……いいえ、そうね。私の方からも朱乃に話してみるわ。でも私は朱乃に光の力を使うことを強要するつもりはないわ。あくまで使うならあの子の意志で、よ……」

 

「ま、それが理想だな。誰かに言われて無理矢理納得するより、自分から踏ん切り付けるほうがいい。次にギャスパー!」

 

「は、はいぃいいいい!?」

 

「お前はまず引きこもりから脱しろ。恐怖心を克服して人前で固まる癖を治せ。お前はただでさえスペックが高いのに反して精神面が脆くて危なっかしいんだが、それを克服すれば間違いなくリアスの眷属でエースになれる資質がある。だからこのマニュアルに従って少しでも勇気を身につけろ!」

 

 渡されたマニュアルを握り締めながらギャスパーは泣きそうな表情で宣言する。

 

「は、はい!当たって砕けろの精神で頑張りますぅうううう!!」

 

 いや、砕けちゃダメだろ、と全員が思ったが、本人のやる気に水を差すのを躊躇われたため、誰も口にはしなかった。

 そして次に祐斗の名前が呼ばれる。

 

「木場。お前はとにかく聖魔剣を少しでも長く維持できるように慣れろ。ついでに通常の魔剣創造も活かせるように工夫しろ」

 

「工夫、ですか?」

 

「あぁ。魔剣創造の1番の利点は多種多様の属性を持つ魔剣を創造できることだ。聖魔剣は強力だが、反面魔剣創造の利点を損なっている面もある。状況に応じてどんな剣を使うのか判断できる訓練も行え。そのための知識は後で渡してやる。剣術の方はお前の師匠の世話になるんだったな」

 

「はい!1から鍛え直してもらう予定です」

 

 そうして次に呼ばれたのはゼノヴィアだった。

 

「お前は自分でもわかってるだろうがデュランダルを少しでも飼い馴らせ。現状、リアスの眷属の中でお前が1番フレンドリーファイアの可能性が高い。なんせ思いっきり振るっただけで聖のオーラを放ってちゃ味方を脱落させる恐れがある」

 

 言われてゼノヴィアが痛いところを突かれたと顔を背ける。

 

「ついでにもう一本の聖剣も使えるようにな。詳細はあとで教える。それと紫藤イリナと模擬戦を繰り返せ。剣士としてお前と対極に位置する相手だ。模擬戦だけでも得られるものはあるだろう。いいよな?」

 

「あ、はい!私にお手伝いできることがあるんでしたら」

 

 最後のはイリナへの確認で本人は快く引き受ける。ゼノヴィアもイリナと剣の腕を磨けることに嬉しさを覚えた。

 

「それと次はアーシア!」

 

「は、はい!」

 

「お前の治療能力は相当なもんだが、わざわざ触れなきゃいけないってのがいただけねぇ。だからお前は自分が行える治療の範囲の拡大に努めろ」

 

「それってアーシアの治療の範囲が広げられるってこと?」

 

 リアスの質問にアザゼルが頷く。

 

「あぁ。だがそれだと敵味方識別せずに治療をおこなっちまう上にその維持だけで相当な力を使うからな。最終的にはもうひとつ上の段階に至ってもらいたい」

 

「もうひとつ、上?」

 

「治癒の力を飛ばすのさ。対象に向けて治癒の力を飛ばして仲間の傷を治す。もちろんそれには即座に対象の傷を見極める知識と経験がいるし、飛ばす以上、直接触れるより効果は落ちるだろうがな。だから訓練中にオカルト研究部の誰かが大怪我を負った場合、お前さんには救護班としての役割も与える。そしてついでに、自衛の手段もある程度身につけてもらう」

 

 その言葉に皆が驚く。

 

「回復役っていってもそれしかできないのはマズイ。真っ先に狙われるからな。だから、お前には黒歌に自衛に使えそうな魔法をいくつか習得してもらう。黒歌、任せるぞ」

 

「了~解~。ま、アーシア。悪いようにはしないけど、結構厳しくいくわよ?」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 そう言って礼儀正しく黒歌に頭を下げるアーシア。

 

 続いて白音の名前が上がる。

 

「お前は螺旋丸と仙術や体術の練度を上げろ。そして転移符を自作できるようになれ。いつまでも黒歌に頼ってる訳にもいかねぇだろ?それに転移符が実戦で切れてもその場で自作できりゃ取れる選択肢も増える。黒歌にそこら辺はきっちり仕込んでもらえ」

 

「……はい」

 

 それは白音自身が磨きたかった項目であるために反論はなかった。そして黒歌が白音にウインクする。

 

「2人纏めて面倒見てあげるわ。どうせ暇だしね」

 

 アーシアは白音と一緒であることに喜んでいる。

 

「あ、あの先生俺は?まだ名前が呼ばれてないんですけど?」

 

 もしかして忘れられてる?と不安になる一誠にアザゼルが待て、と空を見上げる。

 

「そろそろ来るはずなんだがな。お、来た来た!」

 

 アザゼルがそう言うと、突如空が巨大な影で覆われる。

 そしてその巨体は一誠たちの前に降り立った。その存在を一誠は驚いた声で呟く。

 

「ど、ドラゴン!?」

 

 現れたのは15メートル程の大きさを誇る巨大なドラゴンだった。その特撮番組の怪獣のような巨躯のドラゴンはアザゼルに視線を向ける。

 

「アザゼルか。よくもまぁ冥界へ足を踏み入られたものだな」

 

「ハッ!今回は魔王直々の許可があるんだぜ?何か不服か?」

 

「ふん!まぁいい。サーゼクスの頼みだからこそこうして出向いたということを忘れるなよ?」

 

「へいへい。と、いうわけでイッセー。こいつがお前の先生だ」

 

 笑いながら親指を指してとんでもないことをぬかすアザゼルに一誠は絶望の声を上げる。

 

「お、俺の先生!?このドラゴンさんが!?俺死んじゃいますよ!!」

 

 一誠の言葉をアザゼルは聞き入れる様子はなくま、大丈夫だろ、と他人事のように言う。

 そして一誠の左手に宿るドライグが巨大なドラゴンに話しかけた。

 

『久しいな、タンニーンよ』

 

「ドライグか。今はその小僧を宿主にしているか」

 

「へ?知り合いか、ドライグ?」

 

『あぁ。前に五大龍王のことは話しただろう?こいつはそれが六大龍王だったころに活躍していたドラゴンで悪魔に転生したことで五大龍王に変わったんだ』

 

「龍王を辞したとはいえ、タンニーンが現役で活躍する最上級悪魔であることには変わりない。その火の息は隕石の衝撃に匹敵すると言われてるほどの力を持っている。悪いがタンニーン。この赤龍帝のガキを鍛えてくれ。ドラゴンの力の使い方をな」

 

「俺が教えずともドライグが教えればいいだろう?」

 

『それでも限界がある。やはりドラゴンを鍛えるといえば……』

 

「実戦形式か。いいだろう。その話、承った!」

 

 そう言って一誠をその巨大な腕で掴むタンニーン。一誠はそれに異議を唱える。

 

「し、死ぬ!ホントに殺されるぅうううっ!?」

 

「気の毒にな、兵藤。生きて帰って来いよ」

 

 さすがに今回は本気で同情する一樹にアザゼルが予想外の一言を放つ。

 

「なに言ってんだ一樹?お前も行くんだよ」

 

「ホワット?」

 

 思わず英語で訊き返してしまった一樹を無視してタンニーンに依頼する。

 

「ついでにこいつも頼むわ。一応そこの赤龍帝と同じくらいの力があるから一緒に鍛えてくれ。期限は今から20日間程な!」

 

「ふん。まぁいいだろう。この赤龍帝の小僧1人ではすぐに殺してしまうかもしれんしな」

 

 そう言って一誠を掴んでいる手とは反対の手が一樹を包む。

 一樹が文句を言う前に白音がアザゼルの服を引っ張った。

 

「アザゼル先生!いくら何でも……っ!?」

 

「大丈夫だ。あぁ見えてアイツは何匹のドラゴンを鍛えて来た。鍛えるに関してはそれなりに信用できる。それに万が一の時はアーシアを即座に寄越すさ。ましてやグレモリー家の客人を殺すなんて不手際をやらかすほどマヌケでもねぇだろ」

 

「ふん!言ってくれるな。それではリアス殿。あの山をお借りしても?」

 

「えぇ。死なない程度に鍛えてあげてちょうだい!」

 

「部長!助けてください!」

 

「イッセー!一樹!貴方たちが逞しくなって帰ってくるのを楽しみにしてるわ!」

 

 サムズアップしてエールを送るリアスに一誠はガクンと絶望の表情を滲ませる。一樹は黒歌が笑顔で手を振っているのを見て、あまりの事態に肺活量の限界まで叫んだ。

 

「なんでさぁああああああああああああああああああっ!!!?」

 

 

 

 

 



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35話:大喧嘩

本作品の一誠と一樹の関係は戦友(一緒に戦う時だけ友人)です。


「ハイダラァアアアアアッ!!」

 

「ユニバァアアアアアアス!!」

 

 左手に赤い籠手を装着した一誠と右手に黄金の手甲をつけた一樹がぶつかり合う。

 一樹は槍で一誠の喉を狙うも一誠はそれを籠手で防ぐ。

 対して一誠も倍加したドライグの力を容赦なく一樹に振るっていた。

 

 互いに攻防を繰り返す中、一誠が一樹の槍を跳ね上げる。

 

「ボディがお留守だゼェッ!!」

 

「が、は……っ!?」

 

 くの字に曲がった体にさらに追い打ちをかけるが、一誠の拳を槍で受け止め、力の押し合いになる。

 

「純粋な力勝負で、俺に勝てるわきゃねぇだろうがっ!!」

 

 一誠の拳を押し切られ、空中に弾き飛ばされる一樹。そのまま後ろにある岩壁に激突するものと思われたが。

 

「チィッ!」

 

 くるりと体を回転させて岩陰へと着地した。

 ライザー・フェニックス戦で見せた壁移動。その技術は以前より白音から教わっていたが、冥界に来るまでこの技術を習得することはできなかった。

 ここ数日の一誠との死闘でモノにしたのだ。

 

 一誠もそれを知っていたため休みを与えずに攻撃を加えた。

 

「オラァッ!!」

 

 躱した拳が岩壁を容赦なく破壊する。

 

「調子に、乗んじゃねぇ!」

 

 一樹は即座に槍を腕輪に戻し、両の手で大きな炎の球を作った。

 それを向かってきた一誠にカウンターで炎の球をぶつける。球は爆発し、一誠の身体は爆炎と共に弾き飛ばされた。

 

「これがファックボールだぁっ!!」

 

 吹き飛ぶ一誠を見ながら中指を立てて心底スッキリしたと言わんばかりに高笑いする一樹。普段の彼を知る者からしたらドン引きの光景だろう。

 ましてや悪魔である一誠には一樹の炎は猛毒に近い効果を発揮するのだから。

 しかも追撃とばかりに無数の小さな火の球を連続で撃ち出す。

 それらを身に受けて地面へと落下する一誠。

 

「ハハハッ!ざまぁないぜ!!」

 

「ッノヤロ!!」

 

 だが一誠はドラゴンのオーラを体を覆うことにより、聖火の影響を最小限に抑え込んでいた。

 どうにか地面に無事着地した一誠は本気のドラゴンショットを放った。

 

「くたばりやがれぇ!」

 

 一樹は黄金の手甲を前に出し、十字ロックの構えでドラゴンショットを耐え凌ぐ。

 最大倍加のドラゴンショットでトドメを刺せなかった一誠はドライグから倍加の終了の知らせが届くと同時に膝をつく。

 

「クソッ!」

 

 朝からぶっ続けで死闘を演じていた一誠の体力は底を突き始めていた。

 しかし、一樹のほうもドラゴンショットの波を防いだことで満身創痍だ。

 

 それでも2人は立ち上がり、お互いの獲物を構える。

 

 

 そんな2人を少し離れた位置から見ていたタンニーンは静かに息を吐いた。

 

 

 

 

 

 それは修業という名の鬼ごっこが始まった当初。一樹と一誠はタンニーンが繰り出す攻撃の数々を死に物狂いで避けながら逃走していた。

 

「オガーザーンッ!オガーザーンッ!!オガーザーンッ!?」

 

「逃げちゃダメかなっ!逃げちゃダメかなっ!!逃げちゃダメかなっ!?」

 

「ホレ小僧ども!口を動かしている余裕があるなら少しは反撃してみろ!このままでは俺の炎に焼かれて灰も残らんぞ!」

 

『ひ、ひぎゃぁあああああああああっ!!?』

 

 吐き出される広範囲の業火。自分らをあっけなく握りつぶす腕に踏み潰す足。怪獣映画にしか存在しない怪獣がリアルで襲い掛かってくる現実に直面して正気を保っていられる者がどれだけいるだろう?

 現在襲われている2人は硬直せずに逃げる、という選択肢を全力で実行しているだけマシではないか?

 

 逃げながらも一樹はこのままじゃ埒が明かないとようやく思考が正常さを取り戻してきた。

 

「兵藤!お前、倍加はどれくらい済んだ!!」

 

「あ、あと10秒で限界まで上がるぞ!」

 

「なら、それと同時にドラゴンショットを撃て!俺もダメ押しで撃つ!このままじゃホントに殺されちまう!」

 

「わ、わかった!!」

 

 最大倍加の知らせが籠手から聞かされると一誠はドラゴンショットの構え。一樹は巨大な炎の球を生み出す。

 それにタンニーンはむ、と僅かに表情を動かした。

 

「ドラゴンショットォ!!」

 

(アグニ)よっ!!」

 

 赤龍の咆哮と聖火の炎球が同時にタンニーンの巨体に直撃した。

 

「やったぜ!」

 

 ガッツポーズを取る一誠。少なくともこれで少しはダメージが通った筈。

 そう思っていたが煙が晴れた瞬間にそれが自惚れだと思い知る。

 

 煙から出て来たタンニーンはふむ、と評価を下す。

 

「威力は中々だが溜めに時間がかかり過ぎるな。そっちの小僧の炎は聖火か。初めて受けたがまだまだ聖のオーラと火力が足らん。並の悪魔相手ならともかく、な!」

 

 お返しとばかりに吐き出された炎の球。それらが雨あられと降り注ぐ。

 再び逃走を開始した。

 

「クソッ!全然ダメじゃねぇか!なんだよアレ!色々とオカシイだろ!」

 

「文句言ってる暇があるなら走れ!つぶされる、ぞぉっ!?」

 

 最後の方に一誠と一樹の間にタンニーンのチョップが叩き込まれる。

 それだけでクレーターができた地面に2人は戦慄した。

 脇目も振らずに逃げる。

 

「おい兵藤ぉ!今回、訓練のメインお前だろ!もっと別々に逃げろよ!そうすりゃ俺への被害が減るんだから!!」

 

「今更できるかぁ!つーかサラッと俺を生贄にする案を出してんじゃねぇっ!?」

 

「どのみちこのままじゃ2人ともお陀仏だろうが!いいからさっさと別方向行けよ!!」

 

「この状況で方向転換なんてできねぇよ!それに炎を防ぐならお前の方が得意分野だろぉ!!」

 

「あんなの防げるかよ!!灰になるわ!だったらお前もあのドラゴンの手足防げよ、俺より身体が頑丈なくせに!」

 

「体重差考えろ、ミンチになるわボケェエエエッ!!」

 

 お互いに罵り合いながらも逃走は続く。そしてお互いの罵りが苛烈さを増していた。

 

「だいたいなぁ!前々からテメェのことは気に食わなかったんだよ!なんか俺にだけ当たりがキツイし、あんな美人姉妹と同居しやがってぇっ!?」

 

「気に食わねぇのはこっちの台詞だっ!同居にしたってお前部長たちと一緒に住んでんだろうが!現状で持て余してるくせに何言ってんだ!!」

 

「それとこれとは話が別だぁッ!!」

 

「何がだよ!」

 

 互いに胸倉を掴み、頬を引っ張り合いながらも一切の速度を緩めない辺り、2人の仲の悪さと現状の必死さが窺い知れるだろう。

 2人とも前を見ていなかったことが災いし、坂になっている地面に転がり落ちた。

 ある程度平坦な地面で立ち上がるが罵り合いが続く。

 

「この性犯罪者が!」

 

「犯罪云々ならお前だって隠れて飲酒してんだろうが!」

 

「それに関しちゃ人様に迷惑かけてねぇ!大体お前、自分だけ良い思いしようとして元浜や松田から最近ハブられかけてるくせに!」

 

「言うんじゃねぇ!ちょっと気にしてんだからよぉ!!」

 

 オカルト研究部入部してからというもの、学園の二大お姉さまと一緒の時間を過ごしたり、転入生のアーシアと同居していることから以前はつるんでいた2人から若干距離を取られていた。

 これは、以前に魔法少女に憧れる漢、ミルたんを紹介したり、リアスの胸などを揉んだことを自慢げに話していたことも原因であり、自業自得な面もあるのだが。

 

「お前こそ部長から聞いてんだぞ!中学で女の子の顔をガチで潰すようなヤバい奴が人を犯罪者扱いできると思うなよ!」

 

「俺にだって堪忍袋の緒が切れることだってあるんだよ!」

 

「開き直ってんじゃねぇぞ、このプッツン魔ぁ!!」

 

 河原に出ていた2人はお互いに罵り合いながらも殴る蹴るの応酬を緩めない。

 もはやタンニーンの存在など忘れ去っているのかもしれない。

 

「そもそもなぁ!お前が近頃女に好意的に接せられるのはドライグのおかげだろうが!なんせドラゴンのオーラは異性を引き付けるらしいからな!お前自身に魅力が出来たと思ったら鼻で笑うわ!!」

 

 一樹の発言に一誠の表情がピキッ歪む。

 ドラゴンのオーラは異性を引き付ける。それをドライグから聞いた時は正直これでモテるとはしゃいだものだが、いざ冷静になって考えてみると彼女たちの好意がそれが原因だと考えると哀しくなってきたのだ。

 そもそも一緒に暮らしているアーシアはともかく、朱乃が急接近してきたり、ゼノヴィアが子作りしようと言い出したりしたのは自分に好意がある訳でなく、ただドライグのオーラに中てられているだけなんじゃないかと不安になることがある。普段は考えないようにしているが。

 

「その中坊みたいな面構えをお前に傷モノにされた女の子に代わって俺が潰してやらぁ!ついでに白龍皇の力でただでさえ低いお前の身長を半減してやるよぉ!!」

 

 半泣きになって一誠の返しに一樹のコンプレックスが刺激された。

 

 一樹の身長は一誠より10センチほど低かったりする。顔も童顔から制服を着てないと中学生に見られることも少なくない。

 それでも普段なら流せる暴言を興奮状態にある今の一樹ではとても無視できない発言だった。

 その結果。

 

『ぶっ殺すっ!!』

 

 酷くくだらない理由で赤金の死闘は開幕された。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だろアイツら……」

 

 タンニーンから説明を受けたアザゼルは煙草の紫煙を吐き出して2人の喧嘩をそう断じた。

 その後、タンニーンとの追いかけっこが終わると決まって些細なことで喧嘩が始まり殺し合いに発展するのだという。というか状況に慣れれば慣れるほど追いかけっこの最中にいがみ合うことも増えた。

 気絶や眠ろうものならその隙に攻撃されることもある。

 本当に休めるのはお互いに精も根も尽き果てた時だけだった。

 もっとも本当に拙いと判断したらタンニーンが直々にストップをかけていたのだが。

 

「だがそう無駄でもないぞ。俺にただ追いつめられるよりお互いの技術は間違いなく磨かれている。やはり実力が近い者が傍にいると刺激になるな」

 

「それでもアイツらがバカやってることには変わりないけどな……」

 

 ボロボロの2人を見ながらアザゼルはアーシアを呼ぶか、と一旦グレモリー邸に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 河原に行きついたところで体力の限界に近づいていた2人は互いにくの字にして立っていた。

 一樹は槍を杖にして一誠の近くまでゆっくりと移動する。

 そして野球のバッターのようなフォームを取った。

 

「うおぉおおおっ!!ウッディ!」

 

 その叫びにどんな意味があったのか。振るった槍の柄は一誠の顔面にヒットし、一誠が仰向けに倒れる。

 へへへと笑いながらふらふらと近づくと一誠が手に掴んだ石を一樹の頭に投げつけた。

 一誠はとりあえず手元に拾える石を掴んでとにかく投げ続ける。

 

「っのやろ……!」

 

 一樹も手にしていた槍を投げつけた。

 投げた槍は回転しながらも柄が一誠にぶつかる。

 再び倒れた一誠の頭を掴んで河に突っ込ませた。

 しばしもがいていた一誠は一樹の横っ腹に拳を叩き込んで拘束を緩めさせると河から脱出すると、今度は体当たりをかまして一樹を河に落とし、その顔を河の水に押さえ込んだ。

 

 だが、一樹は伸ばした手で一誠の腕を掴み、炎を発生させて手を外させると起き上がる勢いで相手の顎に頭突きを喰らわせて起き上がる。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 お互いに呼吸を乱しながらも引かずに拳を握る。

 

「死んでしまえ、色情狂……!」

 

「くたばれ、アル中暴行魔……!」

 

 拳が交錯する瞬間に2人の頭を誰かが掴んだ。

 

「いい加減にしろ、お前らっ!!」

 

 2人の頭を掴んだ人物であるアザゼルはそのまま河原の地面に叩きつけた。

 体力が限界だったこともあり、2人はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠が目を覚ますとそこは先程の河原で祈りの姿勢をとっているアーシアが目に入った。それを見てあぁ、絵画とかに描いてある聖母ってこんな感じなんだろうな、と密かに感動した。頭が覚醒していくとガバッと起き上がる。

 

「アーシア!!」

 

「イッセーさん!目が覚めましたか!」

 

 起き上がった一誠を見てアーシアは胸を撫で下ろす。

 見ると、アーシアを中心に緑色の光が円状に展開されており、左右に一樹と一誠が寝かされていたらしい。

 しかし今のイッセーにはそんなことはどうでもよかった。

 

「うおぉおおおおっ!?アーシアァアアッ!!」

 

「い、イッセーさん!」

 

「アーシアだぁ!女の子だよぉ!久しぶりの柔らかい感触ぅ!」

 

 涙を流しながらアーシアに抱きつく一誠。

 

 ここ数日、傍にいるのは気に食わない同性と巨大なドラゴン。女の子という彼にとって大切な精神的な栄養を失っていた一誠はすっかり異性に飢えていた。

 その一誠の声で一樹の意識も覚醒する。

 痛そうに顔を歪めて頭を押さえる一樹は近くで抱き合う2人を視界に入れた。

 

「この変態は……早速セクハラとか……」

 

「起きて第一声がそれかよ!?お前には目の前に女の子がいる感動がわからねぇのか!!」

 

「……しるかよ」

 

「まったくお前らは……」

 

 そこで、呆れた声が耳に届き、2人はアザゼルの存在を認識する。

 

「タンニーンと修業してる筈のお前らがなんで殺し合いに発展してんだよ?これじゃあ、ゲームどころか死人が出るじゃねぇか……」

 

『だってこいつが!?』

 

 一誠と一樹が同時に指をさして同じことを言うが相手も同じことを言おうとしたとして、体に掴みかかる。

 

 それを見てアザゼルが手を叩いて止めさせた。

 

「だから止めろっつうの!いい加減にしねぇと、お前らの弁当、俺が代わりに食っちまうぞ!」

 

 手にした弁当を見せると2人の胃が同時に鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うみゃい!うみゃいよぉ!?」

 

「そっちの朱乃が作った弁当も食ってやれよ。アーシアと2人で火花散らしながら作ってたんだから。一樹お前は……言うまでもないな」

 

 一誠の弁当はアーシアと朱乃が作った弁当を一樹は白音が作った弁当を黙々と食べていた。互いに重箱サイズだ。

 なんせ山籠もりしてから基本口に入れるのは焼き魚かここらで生えてる人でも食べられる木の実に限定されている。2人とも文明的な食事に飢えていた。

 

「さっきの喧嘩を見てたが、お前らもやってることはともかくちったぁマシになったじゃねぇか。ここに来る前とは別物だぜ?」

 

「あったり前でしょうが!ドラゴンのおっさんに追いかけ回されるわ!気を緩めたら日ノ宮が襲いかかってくるわ!四六時中気を張ってねぇとガチで死ぬんだよぉおおおおおおっ!?」

 

 一誠の叫びを無視して一樹はアーシアに気になることを訊いた。

 

「そいや、さっきアーシア俺と兵藤の2人を同時に治してなかったか?」

 

「あ、はい。どうにか自分を中心に治療の範囲を拡大させることには成功しました。まだ、それも狭いですし、回復の力は飛ばすことはできませんが」

 

「いや、すごいよアーシア!こんな短期間にそこまで成長出来てたなんて!」

 

 すごいすごいと褒める一誠にアーシアは頬を赤くして嬉しそうにはにかむ。

 

「それにしても俺死んじゃいますよ!おっさん手加減してくれないし!俺、童貞のまま死んじゃいますって!」

 

「馬鹿が。お前らが死なんようにちゃんと手加減していただろう?そうでなければ初日で2人まとめて骨すら残らんさ。まったくリアス殿の兵士になりたい悪魔が冥界にどれだけいたか。今のままでは赤龍帝としても、リアス殿の兵士としても名折れもいい所だ」

 

「だからって基本人間サイズの俺らじゃ怪獣サイズのおじさんとじゃ勝負にもならないじゃないですか……」

 

 愚痴るように呟く一樹にタンニーンが答える。

 

「赤龍帝の小僧が禁手に至ればある程度は勝負になるだろうさ。聖火使いの小僧。この数日で確実に下地は積み上がっている。今はまだ、それが目に見える形として実感できんだけだろうよ」

 

 タンニーンの評価に一樹と一誠は唸り声を上げる。

 そんな中で一誠は思い出したかのようにアザゼルに質問する。

 

「そういえば、会談の時の最後にヴァーリの奴は何をやろうとしてたんですか?」

 

「ん?あぁ、覇龍のことか……」

 

「それって禁手のさらに上とか?」

 

「いんや。神器に禁手の上は存在しねぇ。禁手ってのは神器の最終形態だからな。だが魔獣やらドラゴンやらが組み込まれた神器には独自の制御が施されている。お前ら二天龍の神器にもな。覇龍ってのは二天龍の力を強制的に引き出して神や魔王に迫るパワーを与える。リスクとして寿命と理性を大きく削るがな」

 

「それって暴走ってことですか?」

 

「あぁ。覇龍で暴走した歴代の二天龍の使い手を何度か見たが、どれも敵も味方もぶっ殺してぶっ壊してって酷いもんだったぜ。ま、どの宿主も人間だったから覇龍が解けた瞬間に死んじまったがな。ヴァーリの奴は膨大な魔力のおかげで数分間だけ覇龍を制御できるようだが、あの時のアルビオンの様子からまだリスクが高いようだな」

 

 アザゼルの説明に一誠は息を呑んだ。あのヴァーリでさえ未だ手懐け切れていない力。それがどれほど過酷な道なのかを想像して。

 そんな一誠の手をアーシアが不安げに握る。

 

「大丈夫だ、アーシア。俺は覇龍になるつもりはないからさ。なんせ寿命が削られるんだろ?ただでさえ白龍皇の力を移植して削っちまったんだ。夢のハーレム王になってすぐに死んじまうなんてゴメンだ」

 

「ま、それが賢明だな。暴走ってのは自分だけじゃなく周りまで傷つける。その果てはきっと何にも手に残らない結末だ。そんなものにお前らが手を伸ばす必要はない。そのために俺がいるからな」

 

「だが、白龍皇は既に覇龍に手をかけているか。ならば、更なる修業が必要だな。今までの二天龍の主たちはどれだけ先に力の制御に成功していたかで勝敗が別れていた。ある意味早い者勝ちだ」

 

 タンニーンの言葉に一誠はガクッと肩を落とした。

 そこでアザゼルは話題を変えた。

 

「そういや、イッセー。お前、朱乃のことどう思う?」

 

「良い先輩だと思いますよ?」

 

「そうじゃなくてひとりの女として、だ」

 

「すっごく魅力的です!!彼女になって欲しい人のひとりです!」

 

「お前の辞書の彼女と俺の辞書の彼女の意味は絶対違う」

 

「……イッセーさん」

 

 一誠の即答に一樹は呆れと軽蔑の眼差しを送り、アーシアは頬を膨らませてその頬を抓る。

 そしてアザゼルはそんな一誠にうんうんと頷いた。

 次に真面目な顔をして朱乃の現状を話す。

 

「実はな。朱乃の奴がかなり焦っていて、無茶な訓練を繰り返してる」

 

「朱乃さんが!?」

 

「あぁ。どうやら修業前に俺に言われたことがかなり堪えてるらしくてな。意地になって自分の血を受け入れねぇわ。休みなく雷撃をぶっ放してるわ。リアスの奴が強制的に休みを取らせてるが内心の苛立ちを隠しもしねぇ」

 

 舌打ちするアザゼルの言葉を聞いて一誠たちは絶句した。

 朱乃と言えばオカルト研究部で無理をしている自分を一番曝け出さないイメージがあったからだ。

 朱乃が堕天使の血を引いているという話はあの和平会談の後に一樹や白音も本人から聞いていた。その時は、ふぅんとしか思わなあったが。

 

「朱乃は神の子を見張る者の古株である俺のダチのバラキエルの娘でな。あいつらは何年も前から擦れちまってる。2人からしたら余計なお世話かもしんねぇが、それになりに気になっちまうのさ。だが、お前の答えを聞いてちょっと安心したぜ。当面はお前に任せても良さそうだ」

 

 肩に手を置かれた一誠は訳が分からずに首を傾げた。

 それに一樹がボソッと一言。

 

「兵藤をそのバラキエルさんに紹介した瞬間に溝が深くなりそうな気がしますけどね」

 

 弁当を食べ終わってお茶を飲む一樹に一誠が突っかかった。

 

「お前はだからなんでそんなことばかり言うんだよ!」

 

「だぁ、口の中のモンこっちに飛ばすんじゃねぇ!」

 

 そこで腕で振り払ったときに事故が起こる。

 

「あ」

 

 一樹の振るった腕が一誠が手にしていた弁当に当たってまだ半分ほど残っていた弁当を落としてしまったのだ。

 ひっくり返ってしまった弁当を一誠は絶望の表情で見下ろす。

 

「わ、わりぃ、兵藤。流石に今のは俺が悪かった……」

 

 珍しく心から謝る一樹。

 ここ数日にどれだけ酷い食生活を送って来たか一樹も身に染みている。

 ましてや作ってくれたアーシアや朱乃にはなお悪いことをしたと罪悪感を覚える。

 

 プルプルと震えていた一誠は、地面に落ちた弁当の中身を手掴みで拾って無理矢理口の中に放り込んだ。

 

「お、おい兵藤……?」

 

 全てを胃に流し込んでこちらを振り向いた一誠は赤い涙を流して憤怒の表情を浮かべていた。

 

「ひ~の~み~や~!お~ま~え~は~!!」

 

『相棒……お前まさか!?』

 

「今日という今日は、ゼッテェ許さねぇッ!?」

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』

 

『おぉおおおおおい!?この相棒、弁当落とされたくらいで禁手に至りやがったぁ!?さすがの俺もこんな馬鹿な禁手の到達初めてだぞぉ!?』

 

 驚きと若干の呆れが混じった声と共に一誠はヴァーリ戦で見せた赤い鎧が装着される。

 

「お前の罪を俺が裁いてやらぁ!!!」

 

 怒りと共に赤き龍が咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間2:家族のはじまり

今回、一樹が猫姉妹に引き取られたばかりでまだ馴染んでなかった頃の話を。


「いい?術の構成はできる限り正確に。発動する際には魔力が術式に引っ張られる感覚がするのよ。その引っ張られた分の魔力で術の強弱が決まるわけ。特に攻撃魔法なんかはね。ただ、高度な術式なんかになると込められる魔力量の最低値と最高値が決められているのもあるからうんぬんかんぬん―――――」

 

 ホワイトボードに文字を書き込みながらアーシアに魔法の基礎を叩き込んでいた。黒歌の口での説明と書きこまれた説明を生真面目にノートに記していくアーシア。

 

「白音。転移符の書き方はだいぶ慣れてきたわね。でもまだまだよ。最終的には自分の血とか妖力だけで作成できるようにしないとね!」

 

「はい、姉さま……」

 

 2人に教鞭を執りながら的確に問題点を指摘していく。

 

 それから、ある程度の時間が過ぎて黒歌が休憩時間に入る。

 

「いや~ホントにここ数日で2人とも驚くくらい進歩してくれて先生嬉しいわ~」

 

 冗談めかして言う黒歌にアーシアは顔を赤くして白音は巻物に目を通している。

 

 ここ数日でアーシアは簡単な魔法を幾つか習得していた。

 それはアーシアの才能もあるが、黒歌の教えが上手いという理由もある。アザゼルが教師役に推薦するだけはあった

 

 白音のほうも転移符の作成は時間がかかるが身に付け、その他に起爆符の作成も可能にしていた。

 滞在中は無理だろうが、このまま黒歌の教えを受け続ければ、アーシアは傷の治療だけでなく、解呪、解毒系の技能も覚えるかもしれない。

 白音も転移するだけでなく、対象を空間を隔てて自分の元へと呼び寄せる口寄せという術も習得できる可能性がある。

 いや、まず間違いなくするだろう。2人はそれだけの才能を有し、また勤勉であるのだから。

 

 そこでアーシアが黒歌と白音に質問した。

 

「あ、あの……こういうことを興味本位で聞いていいのかわからないんですけど……」

 

「ん?質問は大歓迎よ?」

 

「いえ、勉強には関係ないんですけど……どうして一樹さんはお2人に引き取られたんですか?」

 

「あぁ、そのことね。確かに気になるでしょうね。まぁ隠してるわけじゃないんだけど。一樹の両親が亡くなった理由は知ってる?」

 

「以前、火事で亡くなったと……」

 

「そ。で、その後一樹はね、叔母の下へ引き取られたんだけど、その人が問題の多い人でね。一樹のご両親が残した保険金とかその他諸々の財産目当てで引き取っただけで碌に面倒も見ていなかったらしいのよ。私たちが見つけた時は年末の寒空の下で薄着で家から追い出されてた状態だったし」

 

「おいだされた、ですか……」

 

「そ!その叔母さんが男を連れ込んでて邪魔だからって」

 

「そ、それは……!」

 

「うん。虐待よね。実際体には殴られた痣とか火傷の痕とかたくさんあったし」

 

 軽い調子で言うが、その眼は決して笑っていなかった。むしろ憤慨しているのを悟らせないためにあえて軽い口調で話している印象だ。

 

「それで、一旦家に連れ込んでご飯を食べさせてね。そこで意識が緩んだのか眠っちゃって。その間に然るべきところに電話したりしてその叔母さんは児童虐待で逮捕されて。その後に私が後見人って形で引き取ったわけ」

 

 当時のことを思い出してか宙を見つめる。

 

「どうして、黒歌さんは一樹さんをお引き取りに……?」

 

「以前、一樹のご両親にはお世話になったことがあってね。亡くなったことは知ってたけどまさか虐待されてるとは思わなかったわ。それで偶然見つけたのも何かの縁だと思って引き取ることに決めたの。もっとも、最初の頃はかなりギクシャクしてたけど」

 

「そうなんですか!?」

 

 黒歌の言葉にアーシアは驚きの声を上げた。

 少なくとも今は気遣う態度は多く見られるがギクシャクしているようにはアーシアには見えなかった。

 アーシア自身、兵藤邸ですぐに馴染んだことも原因だろうが。

 

「そりゃそうよ。赤の他人がいきなり家族になるんだもの。歩み寄るのにちょっと時間がかかるでしょ」

 

 出されていたお茶を飲み干して懐かしそうに息を吐く黒歌。

 

「ホント、あの頃の一樹は私たちに嫌われないようにビクビクしてて――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……手伝おうか、白音……」

 

「ん。これくらいなら大丈夫だよ。ありがとう。いっくんは休んでて……」

 

「あ、うん、わかった……」

 

 それはまだ、一樹が猫上家に招かれて、数カ月が過ぎ。春休みに入る少し前のことだった。

 当時の一樹は嫌われないようにと他人行儀な子供だった。

 自分の意見というものが基本無く、猫上姉妹の意見に従うだけ。

 家事などを手伝おうとしても、今まで白音ひとりで上手く回っていたため、改めて一樹が手伝うことも少なかった。

 

 

 

「上手くないわねぇ」

 

 そんな現状を煎餅を齧りながら呟く。

 一樹は今外出しており、家に居るのは黒歌と白音だけだった。

 

 一樹の現状はお世辞にも良くない。

 こちらに気を使いすぎてストレスも溜まっているように感じる。それは一樹だけでなく白音も。

 

「叔母に虐められてた影響か、こっちが不用意に接触すると怯えられちゃうしね」

 

 一樹がここで暮らし始めた当初、黒歌が後ろから冗談で抱きついた際にひっ、と声を上げて拒絶されてしまった。

 その時の表情。アレは照れているのではなく明らかな怯えの色だった。

 

「でも、いっくんは私たちと一緒に暮らすことを選んでくれた。今は、少しだけ擦れ違っても解決法はある筈」

 

「せっかく術をかけてこっちを選んでくれるように誘導したんだしね!仲良く楽しくいかないとね!」

 

 黒歌の台詞に緑茶を飲んでいた。白音の動きが止まる。

 

「……姉さま、今なんて言いました?術をかけたって聞こえましたが」

 

「ん?あぁ。一樹を引き取ったときに少し術をかけてうちに来やすいように仕向けたのよ。言ってなかったっけ?」

 

「!?」

 

 それを聞いた白音は立ち上がって黒歌の腕を捻りあげる。

 

「ね・え・さ・ま!一体なんてことを……!」

 

「イタタ!痛い痛い!だって調べたら他の親戚筋の人は一樹を引き取りたくなさそうだったし!施設で暮らすより良いかなって!そ、それに術をかけたって言っても遠慮とかそう言うのを薄くしただけで強制的に言質を取ったわけじゃ……!」

 

「だからって妖術で意識に介入するなんて許されるわけないでしょう!」

 

「誰も損してないから良いじゃない!それに白音だって喜んでたでしょー!」

 

 言われて白音の捻っていた腕の力を弱める。黒歌が一樹を迎えにいったあの時、なんとかするからという言葉を聞いて方法を確認しなかったのは白音だ。

 単純に浮かれて。

 この件に関しては白音にも責任がある。

 

「……これから人に暗示をかけるの禁止ですよ、姉さま」

 

「お~け~!お~け~!お姉ちゃん約束するから!」

 

 白音は嘆息しながら腕を外し、黒歌は自分の手首を揉む。

 

「それに、今更追い出すなんて選択肢もないでしょ?人間関係っていうのは、どんな風に始まったかじゃなくて、どう紡いだかが重要だとお姉ちゃんは思うな~」

 

「……姉さまが言えることじゃないです、それ」

 

 拗ねたようにそっぽ向く白音に黒歌は苦笑して肩を竦めた。

 

「一樹の不眠症のこともあるし、何とかしないとね。このままじゃお互いに疲れちゃうし」

 

 つい最近発覚したが、一樹は不眠症を患っている。登校中に倒れるほどに深刻なものだった。

 今は薬で誤魔化しているが、いつまでもそれに頼っているわけにもいかないだろう。

 

「なにはともあれ、現状を変えるために手を打たないとね。だから―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「温泉旅行、ですか……」

 

「そ!近々2人も春休みに入るでしょ。私も休み入れてあるし、2泊3日で。あ、宿泊期間に近くでちょっとしたお祭りもあるみたいだから、そっちも楽しみましょ!」

 

 雑誌を広げつつ説明する黒歌に一樹がおずおずと手を挙げる。

 

「あの、それ俺も行っていいんですか?」

 

「もちろんよ。むしろなんで置いてきぼりするって発想に至ったのかしら?」

 

「えっと……」

 

 訊き返されてどう答えるべきか悩む一樹の手を白音が握った。

 

「温泉、楽しみだね」

 

 そう微笑を浮かべる白音に一樹はあ、うんと頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの人に引き取られた当初は、少しでも良好な関係を築こうと自分なりに努力していた。

 やったことはない家事を引き受け、多少の暴言暴力は我慢した。

 毎日邪魔者として扱われても言うことを聞き、逆らわない。

 何か嫌なことがあったり、酔っ払う度に暴力を振るわれる。

 煙草の火を体に押し付けられる。

 あの人が欲しかったのは、自分が受け取った両親の遺産や保険金であって、自分はむしろ居て欲しくない存在だということはすぐに気づいた。

 もっとも出て行かれれば金も手を付けられないから出て行かれても困るのだろうが。

 

 いつも違う男の人を連れ込んだ時に目が合うと決まって煩わしそうに言われた一言が身に残る。

 

『なに見てんの?鬱陶しいからどっか消えなさいよ!』

 

 あの自分の居場所がどこにも無い地獄は今でも身を凍えさせるほどに心に棲みついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の卒業式も終わり、一樹は次に中学生に上がる。

 その前の春休みで予定通り温泉旅館に来ていた。

 着いたのは夕方に差し掛かる時間帯で。

 

「いや~。旅っていいわよね~」

 

「あの……同じ部屋なんですか?」

 

「そよ。なんかおかしい?」

 

「いえ、なんにも……」

 

「ほらほら!こんな美人姉妹と一緒の部屋で過ごせるんだからもっと喜びなさい!」

 

 黒歌は一樹の顔に自分の胸を押し付けてくる。ただ一樹としてはもう中学に上がる年齢で。だからこそ色々と意識して困っているのだが。

 というか黒歌の豊満な胸とかに顔を埋める形になっているためそれだけで耳まで赤くなっている。

 

 見兼ねた白音が2人引き離した。

 

「それで、姉さまこれからどうしますか?」

 

「温泉宿に来たんだからやることなんて決まってるでしょ!あ、混浴在るみたいだから一樹も一緒に入る?」

 

「いえ!ひとりで入りますよ、黒歌さん!?」

 

 顔を真っ赤にさせて首を振る一樹の初々しい反応に黒歌は心の中でイタズラ心が芽生えながら肩に手を置く。

 

「え~。ひとりで入ってもつまらないでしょ?それとも私たちと一緒に温泉入るのイヤ?」

 

 甘ったるい声で囁かれて声が出せなくなっている一樹に白音が黒歌の体を再び離す。

 

「私たちは先に入ってるから……いっくんもゆっくりしててね。いきましょう、姉さま」

 

「ちょ!?白音、首引っ張らないで!それに白音も一樹と入りたいでしょ!ここで色々アピールしておかないと後々に寝取りフラグぐぎゃっ――――」

 

 絞め落として姉を引き摺っていく白音。

 それに唖然としながらもこれからどうするか考えて。

 

「俺も、温泉入ろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いった~。白音最近容赦無さすぎ……」

 

「姉さまもあんまりいっくんを困らせないの」

 

「スキンシップよ、スキンシップ!でもちょっと強引すぎたかしら?」

 

 脱衣所でジト目を向けてくる白音を軽く流す黒歌。

 黒歌も一樹との現状にもどかしさを覚えているのは同じだ。

 しかし1日2日でどうにかなる問題ではないのも事実だ。こればかりは気長にやっていくしかない。

 気落ちした風の白音の頬を引っ張った。

 

「はいはい。そんな暗い顔しないの。一樹だっていつまでもこのままじゃいけないってことがわからない子じゃないことは私たちだってしってるでしょ?あともう一歩踏み出すきっかけが足りないだけ。焦らずにいきましょう」

 

 黒歌の言葉に白音はコクコクと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男湯の温泉に浸かりながら天井を見上げていた。

 この旅行が自分を想って企画された旅行だということは一樹自身薄々と気付いている。

 黒歌が事あるごとに絡んでくることや白音が気を使ってくれていることも。

 気付いている。気付いているのに。

 

「鬱陶しいからどっか消えなさいよ!」

 

 事あるごとにあの叔母の顔がチラついて身が固くなるのだ。

 その上この前、不眠症で倒れるなんていう失態までかましてしまった。

 

 迷惑をかけたくない。

 仲良くなりたい。

 嫌われるのが恐い。

 どうしたらいい?

 様々な感情が渦巻いて一樹の処理能力を大きく上回っていた。

 

「なんて、情けない」

 

 自分の無様さに反吐が出そうだった。

 温泉という心身ともに癒す場でさえ一樹の中にある煩悶とした気持ちは洗い流せそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 先に戻ってきた一樹はひとり呆っと過ごしていた。

 というより、何をしたらいいのかわからないだけなのだが。

 数十分後に猫上姉妹が戻ってきた。

 何故か黒歌が表情が引きつっていた。

 

「どうかしました?」

 

 首を傾げて訊く一樹に白音は僅かに口元を吊り上げて苦笑しており、黒歌が答える。

 

「うん。ちょっとね。温泉に入っている間に白音の髪を洗ってあげてたんだけど。その時おばあさんに話しかけられて、こう言われたのよ――――――」

 

 ――――――()さんと仲が良いですね。

 

「って……」

 

 白音はもうすぐ小6に上がる年齢だが、小柄で小学校の低学年に見える。

 対して黒歌は20歳ほどらしいが、その発育の良さから実年齢より上に見える容姿をしている。

 その為に勘違いをされたのだろうが、本人にはショックだったらしい。

 

「私って子供を儲けてるように見えるのかしら?」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべる黒歌。

 そこで一樹から声が漏れる。

 

「く、はは……娘って……」

 

 口元を押えて笑っていた。

 心の底からおかしくて堪らないと言った感じで。

 その姿に姉妹は目を丸くした。

 一緒に暮らし始めてこんな風に笑う一樹は初めて見たからだ。

 

「なによー!一樹も私がそんなに年配にみえるのー」

 

「す、すいません!でも母娘に間違われるとか……」

 

 尚も笑う一樹に黒歌が絡む。

 そんな一樹に安堵したように白音は笑った。

 あの笑顔を見れただけでも旅行に来た甲斐があったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べて少しだけ距離を縮めた三人は布団を横に並べて横になっていた。

 

「俺が真ん中なんですね……」

 

「嬉しいでしょ?」

 

 イタズラっぽく笑う黒歌に一樹は曖昧な笑みを浮かべる。

 そこで黒歌は穏やかだが真面目な口調で話しかける。

 

「……一樹。もっと自分の思い通りに過ごしていいのよ」

 

「え?」

 

「私も白音も一樹と暮らせて良かったって思ってる。だからもう少し自分に正直に生きていいんだから」

 

「……どう、して」

 

 そこまで想ってくれるのか。

 ただ叔母に虐待されていたところを偶然出会った姉妹。

 同情だけでこうも親身になってくれるものなのか?

 黒歌はそれに答えずに一樹の頭を抱き寄せ、白音も背中にくっついてくる。

 

 この時感じた温かさと安堵に覚えがあった。

 小さい頃、暗くなった家が恐くて眠れなかった時に母に添い寝してもらった時に感じた安らぎ。

 

 今日はぐっすりと眠れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節外れのお祭りは思いの外賑わっていた。

 外来の客が多いらしい。

 

「これははぐれないように気をつけないとね」

 

 などと言っていた筈の黒歌が真っ先にはぐれてしまったわけだが。

 

「自分で言っといて……」

 

 呆れたように声を出す白音。

 

「まぁ、姉さまなら自分で何とかするでしょう。行こう、いっくん」

 

 手を引っ張られて祭りの中を歩く。

 途中で気になった屋台を見たり買ったり遊んだりしながら過ごした。

 射的で遊んだ際に撃ち落とした猫の人形を上げると白音が顔を赤くしながらも笑ってくれた。

 

 そうして祭りの最後に演舞があるらしく、そこを観るために客が集中して移動したため、人混みから出ようと動いた際に白音ともはぐれてしまった。

 

「マズイ……」

 

 白音ともはぐれて一樹は目元を覆う。

 携帯で、連絡を取るべきだろうか?

 そう思案しながら周りを見渡す。

 周りの客はやっている演舞に夢中になっていて一樹の存在など目もくれていない。

 それは当たり前のことだが、それがまるで自分の存在がこの場から切り取られているように感じた。

 孤独という恐怖がじわじわと押し寄せてくる。

 このまま自分がいなくなっても誰も気づかないのではないかという不安。

 だが、同時に消えてしまいたいという願望。

 ここに自分がいる意味が見出せずにいる自分なんてという思い。

 

 イッソココデキエテシマエバイイノデハナイダロウカ?

 

 そんなくらい感情が生み出されている中で誰かが一樹の視界を塞いだ。

 

「だ~れだ!」

 

「くろ、歌さん……」

 

 正解!と目隠しを外されて振り向くとそこには黒歌が立っていた。

 

「なに暗い顔して立ってるのよ。ダメじゃない白音とはぐれちゃ」

 

「あ、すみません」

 

「ま、最初にはぐれた私が言えたことじゃないけどね。ほら行きましょ。白音もすぐに見つけてって必要はなかったみたいね」

 

「いっくん!姉さま!」

 

 少しだけ息を切らせて早歩きで白音がやってきた。

 

「2人とも、俺を探して……」

 

「?当たり前でしょ?家族なんだから」

 

 本当に当然のことのように言う黒歌に一樹は目を見開く。

 そんな一樹の手を白音が握る。

 

「家族だよ、私たちは……」

 

「そうそう!ほら、今度ははぐれないように手をつないで行きましょ」

 

 反対の手を黒歌に握られて2人に引っ張られた。

 

「あ、うん。白音。姉、さん……」

 

 ピタッと動きが止まる。

 

「今の、もう一回言ってみて」

 

「えっと……姉さん?」

 

 その呼称に黒歌が目を輝かせた。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!これはちょっと不意打ちだった!」

 

 頬を緩めて喜の感情を浮かべる。

 一樹なりの家族として過ごす相手との決意表明みたいなものだったのだが思った以上に気に入られたらしい。

 この2人の家族で居てもいいんだという安心感。それを現しての呼び方だった。

 この件から一樹は笑うことが増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この一件で格段と距離が縮まったわけじゃないけど、これがきっかけだったのも事実ね。不眠症もこれから少しずつ良くなっていったわ」

 

「はぁ。色々とあったんですね」

 

 人に歴史ありは言い過ぎかもしれないが、少なくとも一樹と猫上姉妹が最初から今のような家族関係でなかった3人の仲が深まった経緯を聞いて自分のことを考えさせられた。

 

 アーシアが兵藤邸に迎え入れられた時は一誠の両親はとても喜んでくれてすぐに打ち解けた。もちろん最初は異国ということもあって戸惑うことは多かったが。今では胸を張って家族と言える人達だ。

 他者の話を聞いて自分が恵まれていることを改めてアーシアは実感した。

 

 そこで黒歌が手を叩いた。

 

「それじゃあ休憩は終わりにして続きを始めましょう。白音と組手するから、アーシアは怪我した白音を即座に治療してね。直接手に触れるんじゃなくて飛ばすか範囲を広げて治療してね」

 

「はい!」

 

「姉さまが怪我する仮定がないんですけど……」

 

「ふふん!白音にお姉ちゃんが傷つけられると思ってるの?」

 

「絶対一撃入れます……」

 

「その意気よ」

 

 そうして訓練を再開する。

 次の日にアザゼルに一樹と一誠の治療を頼まれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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36話:ドラゴンからのお褒め

 幾つもの炎弾を禁手に至った一誠へとぶつけるが、それが一向に効果を得られない。

 

(全身鎧になったことで今までみたいに意識しなくてもドラゴンのオーラが守ってやがる!鎧自体も相当に硬いのか!?)

 

 生半可な威力では足止めすら叶わない。その強固な装甲に舌を巻く。

 そして厄介なのは防御力だけではなかった。

 

「速っ!?」

 

「ウスノロ……」

 

 後ろにいた筈の一誠が、いつの間に一樹の横に並び、拳を振るってくる。

 掠っただけでも大ダメージは免れない。それを躱し、距離を取ろうとするが、そうはならなかった。

 躱せたのは一発だけ。二発目は反応すらできずに殴られ、一度腕を引っ張られると一誠の乱打が炸裂する。

 それは闘気を全力の防御に回さなければ殺されかねない攻撃だった。

 

「肘打ちぃ!裏拳!正拳!とりゃぁああっ!?」

 

 その猛攻に一樹は自分を巻き添えにする覚悟で炎の球を爆発させ、その爆風で距離を取る。

 しかし一樹が着地するより速く、一誠は後ろへと回り込んでいた。そのまま蹴りを叩き込まれてサッカーボールのように跳ばされる。

 

 ゴロゴロと転がりながら自身の状況を把握に努める。

 

(肋骨が何本かやられた。倍加を全部身体能力の強化に回してる影響で基礎能力の差がデカすぎる……!?)

 

 ぺっと血の混じった唾を吐き出しながらやや離れた位置にいる一誠を視界に入れる。

 

「勝てんぜ、お前は」

 

「禁手化したくらいでずいぶんと強気じゃねぇか、えぇおいっ!」

 

 強がって見せるがこのままでは勝ち目がないことは一樹が1番理解している。もっともそれを素直に諦めの良い性格はしてないが。少なくとも一誠相手に。

 アザゼルは一樹が最後に見た時は一誠の暴力的なオーラからアーシアを守っていた。もしかしたら一誠の覚醒した禁手の力を見るためにこの喧嘩の様子を見ているのかもしれない。

 見る者によっては見殺しに近い状況だが一樹はそれでよかったと思っている。

 これは日ノ宮一樹と兵藤一誠の喧嘩だった。

 どれだけ力の差が在ろうとこれは2人の喧嘩なのだ。

 だから、無用な横槍は遠慮願いたかった。

 

(もっともこの力の差は如何ともしがたいな……)

 

 槍を構えながら一樹はどうするかと考える。

 接近戦では圧倒的に向こうが上で勝ち目がない。

 かといって頼みの聖火もあの鎧の前では大きな成果は望めない。

 

(八方塞がりだな、こりゃあ……)

 

 折れた肋骨を押えていると一誠がドラゴンショットの構えを取った。

 

『おい相棒!いい加減にしろ!!そんなものを撃ったら本当に日ノ宮が消し飛ぶぞ!?』

 

「うるせぇドライグ!こいつはアーシアと朱乃さんの弁当を台無しにしやがったんだぞ!その罪をアイツの存在そのものから帳消しにしてやらぁ!!」

 

『落ち着けというのだ!?』

 

 ドライグがどうにか宥めようとするが、本人が聞く耳持たずだ。

 そんな中で一樹は自分が出来ることではなく出来そうなことを考える。

 

 ――――――ま――――えなら―――――。

 

「あぁ、今の俺なら、もう少しだけ―――――」

 

「なにぶつぶつ言ってやがる!このまま懺悔しながら消え失せろぉおおおおおっ!!」

 

 放たれたドラゴンショット。

 それに一樹は左手を前へと突き出した。

 ドラゴンショットの光が一樹を包み込む。

 それを見てドライグが殺ってしまったかと神器の中で頭を抱えたい気分だった。何よりこうなる前に止めなかったアザゼルに対して怒りを抱く。

 しかし、ドライグの予想は覆された。

 

 突き出していた左手より前に大きな黄金の盾のような物が赤い布か毛皮に見える何かが付着しており、それが宙に浮いて一樹を守っていた。

 

「なんだよそれ……!?」

 

 ようやく冷静さが戻ってきた一誠は一樹が突き出している盾の異常性に気付く。

 自分の最大倍加のドラゴンショットを防いだ浮遊する盾。一樹の右腕の手甲と同じ聖のオーラを放つソレ。

 一樹は無視して槍を構える。

 

「やったら、やり返される……だったら今度はこっちの番だよな?」

 

 矛に炎が噴き出した。

 

「でもお前の炎じゃ俺は傷つけられないぜ!」

 

 左右の籠手を交差させて防御の構えを取る。

 

(ただ撃つだけじゃ足りねぇな。同じ力でももっと効率良く力を使わないと……もっと鋭く薄く圧縮。イメージは刃のように。撃つんじゃなくて、斬るイメージで飛ばす!!)

 

 イメージを固定化してそれを槍の矛を触媒に炎が形作られ、斜めに振るった。

 炎の斬撃と呼ぶべき刃は禁手化した一誠の反応を超えて発射された。一誠の右の腕と腹の部分の鎧を斬り裂いて生身まで届かせた。

 

『まさか……』

 

「ごふ……っ!?」

 

 ドライグの信じられないという驚きの呟きと同時に一誠が吐血し、膝をついた。

 例え覚醒したばかりとはいえ、禁手化した自分の鎧が破られるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「そう簡単にワンサイドゲームになんてさせるかよ……これで、わからなくなっただろ?」

 

 以前レーティングゲームでライザーに腹を貫かれながらも自身の炎を喰らわせた時と同様の表情を作って槍を支えに立っている。

 一誠の方も鎧の中に聖火を通したことで傷だけでなく、体の中に聖の力が入り込んだことで傷とは別に痛みが走る。

 

 しかし、そこで十二の黒い翼を生やしたアザゼルがアーシアを抱えて降りて来た。

 

「そこまでだ!これ以上問題を起こす気なら俺がお前らを黙らせるぜ?」

 

「よく言いますよ。兵藤が禁手化したから性能を見るために静観決めてたでしょう?」

 

「それについちゃ悪かったよ。イッセーがガチでお前を殺そうとするとは思わなくってな」

 

 言われて一誠がバツの悪そうに顔を顰める。

 アーシアも今回の件は怒っているらしく、涙目で訴えてくる。

 

「もうイッセーさん!お弁当のことを怒ってくれるのは嬉しいですけど今回はやり過ぎです!一樹さんが死んでしまったらどうするつもりだったんですか!」

 

「ご、ゴメンアーシア……」

 

 聖母の微笑みを使用して傷を癒しながら怒るアーシアに一誠は禁手を解いて頭を下げた。

 次に一樹の方へと顔を向ける。

 

「一樹さんもですよ!せっかく私と朱乃さんが頑張って作ったのに!」

 

「その件に関してはホント申し訳ない」

 

 両手を合わせ、頭を下げて謝罪する一樹。

 その姿を見てアザゼルが苦笑した。

 

「とりあえず、お前らはタンニーンの背に乗ってアーシアの治療を受けろ。一旦、グレモリー邸に戻るように言われててな。急がねぇと」

 

 アザゼルの言葉に一樹と一誠は目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、お2人にはダンスのレッスンを受けてもらいます」

 

 リアスの母、ヴェネラナに告げられた一誠は驚いた表情。一樹はあからさまに嫌そうな顔をした。

 グレモリー邸の別館に着いた2人は風呂に入ってボロボロのジャージは捨て、用意された衣服に着替えた後にグレイフィアにヴェネラナの居る部屋に通された。

 そこで言われたのがこれである。

 

「レーティングゲームを開始前日にグレモリー家主催のパーティーを行うのです。その際に最低限の作法を身につけて頂かなければなりません。お2人ともダンスの経験は?」

 

「盆踊りなら任せてください」

 

 ガッツポーズを取って阿呆な発言をする一樹にヴェネラナの眼が細まる。

 

「すいませんでした……」

 

 その鋭利な視線に耐えきれなくなり、一樹は即座にテーブルに手と額を押し付けて謝罪した。その顔には冷や汗が伝っている。

 

「お前よくここでそんな馬鹿な発言できたな……」

 

「うるせぇ……どうにか免除できないかと考えた結果がこれだよ。クソ!」

 

「コホン。とにかくお2人には今からダンスのレッスンを受けてもらいます。一誠さんは私と。日ノ宮さんはグレイフィアと。お願いね、グレイフィア」

 

 後ろに控えていたグレイフィアに指示すると彼女は頭を下げる。

 

「かしこまりました奥さま。では日ノ宮さまこちらへ」

 

「お手数をおかけします」

 

 こんなことなら冥界に来る前にダンスも教えて貰えばよかったと後悔しながらグレイフィアに案内された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで歩幅を合わせてください。手はこうして」

 

 グレイフィアの指導を受けながらも正直一樹は慣れないダンスに辟易していた。

 これなら、タンニーンのところで修業していた方がマシだと思える程に。

 必死に生き残るために山を駆けずり回る方がダンスのレッスンより楽だと感じる自分はおかしいのだろうか?と真剣に悩んでしまう。

 

 2時間のレッスンを終えて休憩に入るとグレイフィアに差し出された水を礼を言って受け取った。

 

「筋は良いと思いますが、嫌々やってますという感情がダンスに表れてますよ」

 

 グレイフィアの指摘に一樹は視線を背ける。

 

「すみません。でもどうしても急にダンスの練習と言われても慣れなくて……」

 

 だが、付き合ってくれているグレイフィアに対して失礼だったかと思い、謝罪した。

 そんな一樹にグレイフィアは息を吐いた。

 

「それは仕方がありませんね。ですが、日ノ宮さまもグレモリー家の客人であり、リアスが懇意している人間である以上、それなりの礼節は身につけて頂きます。それに下手に無作法を見せるとアザゼルさまの印象も下がるかと」

 

「……わかりました。俺個人なら最悪嗤われようとかまいませんが、恩人である先生にまで迷惑をかけるのは気が引けるので」

 

 そこで思い出したことがあり、グレイフィアに訊いてみる。

 

「そういえば、アーシアやゼノヴィアは?彼女たちは踊れるんですか?」

 

「彼女たちはお2人が山に行っている間に最低限の作法は身につけてもらいましたが?知ってると思いますが猫上黒歌さまと白音さまは既にこうした作法は身につけているようですよ。リアスお嬢さまの眷属に教授したのは彼女たちですから」

 

「あ、そうですか」

 

 どうやら、アーシアたちは既に習得済みらしい。というか白音たちも踊れるんだ、とちょっと意外に思った。

 

「失礼ですが、私からもご質問してもよろしいですか?」

 

「え?まぁ。俺に答えられることなら……」

 

「この冥界に来て、悪魔のことをどう思いましたか?何分、冥界に人間が訪れるのは稀ですので」

 

 グレイフィアの質問に一樹はうーんと考える。

 きっとグレイフィアが言ってほしいのは美麗賛歌な感想ではなく、本当に一樹が思ったことなのだろう。だから一樹は正直に答えることにした。

 

「人間と、そんなに変わらないなって感じました」

 

 観光に出かけた時に屋台などの店を回り、話をして思ったのはそれだった。

 そしてソーナの夢を笑った古参の悪魔たちの話を聞いてさらにその考えは強まる。

 

 喜怒哀楽があり、多様の考えを持つ。衝突することもあれば避けることもあり、手をつなぐこともある。

 一樹は悪魔という存在にそこまで自分との差異は感じなかった。

 もちろん、悪魔や人外の寿命についてのアレコレは聞いてるが、そんなものは一樹にとって想像の外のことだ。

 

 それを聞いたグレイフィアは気のせいかと思うほどの一瞬だけ優しげに笑う。

 

「貴方のような人が、リアスの傍に居てくれて良かった」

 

「……?」

 

「さ、では続きを始めましょう。先ほどの復習を」

 

「……わかりました」

 

 

 そうして一樹はグレイフィアの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠はヴェネラナとのダンスの練習を終えた後に朱乃の元に訪れていた。

 

「朱乃さん。弁当、ありがとうございました。ちゃんと面を向かってお礼を言いたくて」

 

 ちなみにアーシアには既に礼を言っている。

 

「あらあら。喜んでくれたようで何よりですわ」

 

 微笑を浮かべて答える朱乃。しかし、その顔には隠し切れない疲労の色があり、目にはうっすらと隈が見えた。

 

「朱乃さん……ちゃんと休んでますか?俺から見ても顔色がひどいですよ」

 

「ふふふ。殿方にこんな姿を見せてしまうなんて、恥ずかしいですわね」

 

「朱乃さん」

 

 どこか笑って誤魔化そうとする朱乃に一誠は少し強めの口調で名を呼ぶ。それに朱乃は笑みを崩さずに肩を竦めた。

 

「休憩のことなら心配ありませんわ。というより休むようにリアスに怒られてしまいましたから。顔色が戻るまで訓練は禁止だそうです」

 

 レーティングゲームまで日がない。そんな中で訓練を禁止されたことに朱乃は当初反発した。

 それから口論に発展し、目に涙を溜めながら自分の頬を張ったリアスを見て居たたまれない気持ちになり、渋々承諾したのだ。

 

「あ、なら俺も長居しない方がいいですかね?休む邪魔になっちゃいますし」

 

「そんなことはありませんわ。むしろ―――――。少し、中で話していきません?」

 

 部屋に通された室内は一誠に用意された部屋と代わり映えしない内装だった。敢えて違いを言うなら、朱乃の私物とおぼしき小物がテーブルに置かれているくらいだ。

 

「タンニーンさまの特訓はどうでしたか?大変だったのでしょう?」

 

「……毎日死ぬかと思いました。あ、でも禁手にはどうにか至れましたよ!まだ色々と制限があるみたいですけど」

 

 嬉しそうに照れた表情を見せる一誠とは逆に朱乃の表情は僅かな曇りを見せる。

 

「そうですか……イッセーくんは順調に成長しているのですわね……」

 

「朱乃さん?」

 

「せっかくの機会なのに、私は何の成果も出せていない。リアスやアーシアちゃん。それに他の子たちも着実に力を付けているのに。アザゼル先生が言うように、私だけが停滞している」

 

 俯いて唇を噛む朱乃に一誠はしまったと内心で自分の無配慮を呪った。

 朱乃が自分の成長に疑問を感じているのはわかっていた筈だった。禁手に至った興奮で思わず口が滑ってしまった。

 

「朱乃さんは、堕天使の血が嫌いですか?」

 

「……えぇ、嫌いよ。一度この血を全て抜いて新しい別の血を入れ替えられたらって何度も思ったわ」

 

 ぎゅっと自分の腕を掴む朱乃。その立てられた爪で本当に自分を傷つけてしまいそうだった。

 朱乃が自分の父を嫌っている。そのことに関して今の一誠には言えることはきっとない。

 それでも伝えられることは――――。

 

「だけど、その人のおかげで朱乃さんはここにいます」

 

 それでも、伝えられることはある。

 

「俺、朱乃さんのお父さんがどんな人か知りませんけど、その人のおかげで朱乃さんと出会えました。それだけは、感謝してます」

 

 それだけ言うとイッセーは立ち上がって扉に向かう

 

「イッセーくん?」

 

「俺、弱くてドライグくらいしか見れるところのない悪魔ですけど。そんな俺でも禁手に至れました。だから、俺よりすごい朱乃さんだって壁を越えられるって信じてます!」

 

 そのまま朱乃の返事を聞かずに扉を出る。

 もしかしたら朱乃に無用なプレッシャーを与えてしまったかもしれないという思いはあるが、今のは一誠の本心だった。

 朱乃なら壁を越えられる。仲間を信じてる。

 

「俺もまだまだ強くならねぇと」

 

 壁を越えれば朱乃はあっさりと一誠を越えて行くだろう。だからまだまだ強くならなければならない。

 そう思って一誠はタンニーンの下へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一旦グレモリー邸に戻って再び修業を再開した後、一誠と一樹は別人のように協力してタンニーンと相対していた。

 そして今日はその修行の最終日だった。

 

「さっさと禁手化しろよ!役に立たねぇな!!」

 

「仕方ねぇだろ!禁手化するためにに2分間無防備になるなんて即座に克服できねぇよ!」

 

 まぁ口喧嘩は相変わらずなわけだが。

 一樹は一誠を担ぎながらタンニーンの攻撃を全力で躱し続けている。

 

 アレからわかったことだが一誠の禁手には多くの欠陥を抱えていた。

 先ず禁手に至るために2分間完璧に無防備になり、この間は通常状態の神器すら使えない。

 禁手の維持は30分で1日1度。それも制限時間より速く禁手を解いても丸1日は使用不可。

 特に2分間神器が使えないのが痛い。

 その間の負担は一樹がすべて賄うことになっている。

 

 降りそそぐ火炎球の雨あられ。しかし以前は逃げるだけだったが今は違う。

 

「オラァ!」

 

 一樹は槍を振るって前に一誠に放った炎の刃を飛ばして大きな炎球を相殺する。

 僅かに時間を必要としたこの技も一度使えればすぐに馴染み、溜めの時間はそれほど要しなくなったのだ。

 新しく出た浮遊する盾も手伝ってタンニーンの攻撃を防げるようになっている。

 

 そうして逃げ回っている間に一誠の禁手化は完了した。

 

「よっしゃぁっ!行くぜおっさん!」

 

「来い、小僧!」

 

 一樹から降りると一誠は跳躍し、タンニーンへと向かって行く。

 ヴァーリと戦った時ほどのパワーは出ていないらしいが、それでも禁手化した一誠の力は凄まじいものがある。

 手加減しているとはいえ、最上級悪魔であり、攻撃力だけなら魔王級とされているタンニーンと戦闘になっている。

 

 最後に放ったドラゴンショットはタンニーンを僅かに後ろへと追いやるほどの威力を見せていた。

 

「いい一撃だ。禁手化したことで火力だけなら最上級悪魔に手が届くほどか。それに日ノ宮一樹も単純なパワーでは見劣りするが炎のコントロールと体術の成長は異常と言える程だった。これなら俺も胸を張ってお前たちをリアス殿の所へ送り届けられる」

 

 褒められてこそばゆい思いを抱く2人。

 何せ修業が始まってから褒められるなど初めてのことだったからだ。

 

 日ノ宮一樹と兵藤一誠は互いに大きく力を上げてグレモリー邸へと再度帰還することになった。

 

 

 

 

 

 



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37話:冥界の人々と対面

 タンニーンの背に乗ってグレモリー邸に戻ってきた一誠と一樹はまず祐斗と顔を合わせた。

 

「2人とも随分良い体になったね。イッセーくんは筋肉が少し大きくなったように感じるし、一樹くんは以前の合宿の時より身体が引き締まって見えるよ」

 

 身体をペタペタと触られた一誠は身の危険を感じて距離を取った。

 

「やめろ、触るな!そんな眼で俺を見るなぁ!」

 

「そこまで言わなくても……」

 

「祐斗の方は訓練どうだったよ?師匠のところに行ってたんだろ?」

 

「うん。やっぱり神器の特性に頼ってばかりで純粋な剣技の研鑽を疎かにしてるって言われちゃったよ。だから一から鍛え直してもらった。他にも色々と教えて貰えたよ」

 

 それはつまり当たり前だがさらに剣技に磨きがかかったということだ。

 まだ成長の余地があるのかよと一樹は内心で複雑な気分だった。

 

 話していると次にゼノヴィアとイリナが現れる。

 

「やぁ、3人とも、久しぶりだね!」

 

「っていうかイッセーくんと一樹くん。すごい恰好……」

 

 言われて一樹は自分の格好を見る。

 山での修行でボロボロになったジャージは胸から腰のあたりまで無くなっており、下半身も左側が無くなってところどころ穴だらけだ。

 確かに端から見れば酷い恰好だろう。無性に着替えたくなってきた。

 

 次に合流したのは猫上姉妹とアーシアだった。

 

「イッセーさん!」

 

 アーシアが小走りで一誠に近づく。

 遅れて白音と黒歌も一樹に傍に寄った。

 

「久しぶり、白音、姉さん。白音は弁当ありがとな」

 

 頭を撫でると白音がうん、と微笑む。

 最後にリアスと朱乃が現れた。

 

「外出組も帰って来たのね」

 

「ウォオオオオオオ、部長ォオオオオ!!」

 

 咆哮する一誠に一樹はうるさいと蹴りを入れた。しかしそれに構わず一誠はリアスに近づく。

 

「部長!兵藤一誠、ただいま帰還しました!!」

 

「よく戻って来てくれたわイッセー。それに一樹も。体つきが随分逞しくなって」

 

 敬礼をする一誠にリアスは嬉しそうに後輩の成長を喜ぶ。

 

「さ、入ってちょうだい。シャワーを浴びて着替えたら修業の報告会と行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 グレモリー邸の一室でオカルト研究部の面々はそれぞれの修業の成果を報告し合っていた。

 ただその中で一誠と一樹が気になったのはひとつ。

 

「なんか俺らだけ酷くないですか?なんで俺らだけ山で野宿してんスか?他のみんなは最低でも小屋とか用意されてるのに」

 

「あぁ。俺も驚いたよ。まさかお前らが山でサバイバル生活できてるとは思わなくてよ。途中で逃げ帰ってくるかと思ったぜ」

 

「あんな山からここまで足で帰れるわけないでしょう!?」

 

「あ、そっか」

 

 どうでもよさそうに返すアザゼルに一樹と一誠は頭を抱えた。

 アレからサバイバル生活に慣れて一誠は川魚の捕獲技術が上昇し、一樹は槍で動物を捌けるようになったのだ。

 

「ま、いいじゃねぇか。そのおかげでイッセーは禁手化にも至れたわけだし」

 

「そうですけど!」

 

「一樹も鎧の力が増えただろ。結果オーライだよ」

 

 手をヒラヒラさせるアザゼルに一樹は嘆息した。

 

「とにかくレーティングゲームまでにイッセーが禁手化に至れたのは幸いだったな。禁手に至れない可能性も考えてたし。だがまだ使いこなせてるわけじゃないだろう。イッセーお前の口から禁手のメリット、デメリットを説明してくれ」

 

「えっと先ず禁手化するためには2分間の溜めを必要とします。その間は倍加も譲渡も出来ません。それに禁手を使おうとすると途中で止めるのも無理です。それと可動限界途中で鎧を解除してもその後丸一日は禁手どころか通常の赤龍帝の籠手も使えません。一応最大維持時間は30分です。戦闘だともっと短いでしょうけど」

 

 一誠の説明を聞きながらリアスは長所と短所を頭の中でまとめ、ゲームでの使い方を思考し始めた。

 アザゼルは腕を組んで意見を述べる。

 

「その2分間は命取りだな。だが、一樹との戦闘で対人戦が鍛えられたのは僥倖か。神器無しでどこまで出来るか疑問だがな。少なくとも真正面からなら瞬殺ってことはねぇだろ。ま、デメリットの克服は今後の課題だな」

 

「はい。すみません」

 

「別に謝るこたぁねぇよ。歴代の赤龍帝が禁手に至った際のデータとほぼ一致するしな。だが、おそらくシトリー側もお前さんが禁手に至ること前提で戦略を練ってくるだろうさ。使いどころは慎重にな。お前の長所は倍加の火力もそうだが、譲渡のサポートも大きな力なんだからよ」

 

 そこで黒歌が口を挟む。

 

「それで、一樹の鎧の力が増えたって聞こえたけど?」

 

「あ~、なんか浮遊する盾みたいなもんが出てきたな。イッセーの禁手で放ったドラゴンショットも防げるくらい頑丈な」

 

 そこでみんなの視線が一樹に向く。

 

「前にも言ったが一樹のソレは神器じゃない。どういう条件で出たのかはまだ不明だ。だが、おそらくは―――――」

 

 そこでいったん言葉を切る。

 

「確証のないことを言っても仕方ねぇな。とりあえずお前たちは明日のパーティーを楽しめ。報告会は終了だ」

 

 手を叩いてアザゼルはその場を解散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の夕刻。パーティーに着ていく服としてやたら高級感のあるスーツを着ていた。

 本来これはグレモリー家に親交ある身内だけのパーティーであるため、制服でも良かったのだが、黒歌が口を挟んできたのだ。

 

「私たちがドレスとか着るんだから一樹たちもそれ相応の格好をしないと不自然じゃない?」

 

 という発言に始まり、リアスが悪ノリした結果、男性陣も急遽スーツで参加ということになった。

 もちろんパーティーで着ていくようなスーツなんてもってないため、グレモリー家から借り受けたわけだが。

 

(着慣れねぇ。サイズがキツイわけでもないのに圧迫されてるように感じるな。髪も整えられちまって違和感しかねぇ)

 

 棒立ちになっていると見知った顔が声をかけてきた。

 

「もしかして、日ノ宮か!?」

 

「……もしかしなくても日ノ宮だよ」

 

「お前どうしたその格好!」

 

「色々あってな。急遽オカ研の部員はスーツかドレスで参加だそうだ。部長命令で」

 

 スーツはリアスの家から借りたと説明する。

 

「マジか!それだと学園の生徒で制服は俺だけじゃねぇか!浮いちまうかなぁ」

 

「今から支取会長に頼んでみたらどうだ?案外、用意してくれるかもよ」

 

「いや、それがさ。スーツ貸そうかって訊かれた時にどうせお前たちも制服だろうと思って断っちまったんだよ。今からまた頼むのもな~」

 

 困ったように膝を抱える匙。しかしすぐに会話を切り替えた。

 

「なぁ、日ノ宮。お前、若手悪魔の会合の時のこと聞いてるか?」

 

「支取会長が新しいレーティングゲームの学校を作りたいって言って古参の悪魔たちから笑われたことか?」

 

「あぁ。会長は上級悪魔だけを優遇するんじゃなくて下級や転生悪魔たちにもすごい人材が眠ってるんじゃないかって学校の設立を考えたんだ。建前上は下級、転生悪魔にも上級悪魔になる機会があるって言ってもそれは本当に稀なことでさ。基本、下級は中級悪魔昇格で止まるのがほとんどだし、転生悪魔に至っちゃさらに壁が高くなる。ましてや三勢力が和平を結んじまって戦争も起きないから下の人間が活躍して認められる機会なんてゲームくらいしかないらしいんだ。もしくは余程専門技術に秀でた奴とかさ」

 

 話していくうちに熱くなってきたのかその声には確かな熱が灯る。

 

「戦争が終わったことは良いことだと俺も思う。でも下級でも能力のある奴や頑張ってる奴がいつまでも機会すら与えられないのはおかしいだろ。だから俺たちはゲームに勝って本気だってことを証明して、レーティングゲームの学校を設立する。そしたら俺、そこで先生をやりたいんだ。兵士の戦い方を教える」

 

 先生になるという匙の言葉に一樹の目が見開く。

 

「その為に、いっぱい勉強して、ゲームを経験して。色んなモンを蓄えてさ。俺だけじゃない。他の眷属の奴らだってそれを夢見てる。会長の夢が俺たちの夢だから」

 

 そこで不安そうな表情で一樹を見た。

 

「日ノ宮はどう思う?会長の夢」

 

「……新しいことを始めるなら古い連中に反発が起きるのは当然なんじゃないか?今までやったことがないってことはそれだけ結果が未知数なわけだし。保守的な考えの人には受け入れられないだろうな。少なくとも結果が出るまでは」

 

「でも会長はその為に駒王学園で色んなことを学んだんだぜ!」

 

 てっきり賛成してくれるものだと思っていた匙は手厳しい意見を言う一樹に声を荒らげる。

 

「その努力だって別に誰かに見せてたわけじゃないだろ?結果しか見ない人たちにとって支取会長の目標が夢物語だって思っちまうのも理解はできる」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

「それが悪魔社会に本当に必要だって言うなら賛同する悪魔(ひと)は出てくるだろう。その為にもまずは結果を見せなきゃいけないんじゃないのか?」

 

 ま、頑張れよ、と肩を叩く一樹に匙はあぁ、もう!と髪を掻き上げる。

 

「俺さ、会長の夢もそうだけど、おふくろも安心させてやりたいんだ。まだ、悪魔のこととか話してないけど、先生になりたいって話したらさ、目から涙溜めて喜んでくれた。だから俺はあの言葉を嘘にしたくない。その為にも会長の学園設立は必ず成功させる!その為にも明日のレーティングゲームでグレモリー先輩たちに勝つぜ!」

 

 自分を奮起させるように宣言する匙。だが一樹は思った。

 

「それ、部外者()に言ってもしょうがなくね?」

 

「うるせー!ただ誰かに俺たちの本気を聞いてほしかったんだよ!」

 

 どこか吹っ切れたように悪態つきながらも笑う匙にどこか眩しさを感じた。

 思えば、一樹自身やりたいこと。すなわち将来の夢と呼べるものがないから。

 だから嫉妬というわけではないが、僅かな焦りを覚える。

 兵藤も上級悪魔に昇格してハーレムを築くという夢がある。まぁ、それを見習いたいとは思わないが。

 

(俺も、なにか見つけるべきかねぇ)

 

 そうしたら黒歌や白音は安心するだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 その後、オカルト研究部の面々やソーナと合流する。

 祐斗などは慣れているのか元から見栄えが良いからか、スーツも着こなしているように見えた。

 だがそれより問題は―――――。

 

「なんでギャスパー(おまえ)もドレス着てんだよ!」

 

「だ、だってドレス着てみたかったんだもん」

 

「もんじゃねぇえええええっ!!」

 

 一誠の追及にギャスパーはもじもじしながら答える。

 その有様が様になっているから困る。

 

(ダメだこいつ。早くなんとかしないと……)

 

 心の内でそう考えていた一樹は祐斗に視線を送るとただ肩を竦めて苦笑しているだけだった。

 そこで一樹の袖が引っ張られる。

 

「えっと、どうかな?いっくん。こういうの初めて着たから……」

 

「ん?あぁ……」

 

 着ているドレスのスカートを抓みながら白音がなにを訊いてきたのか察する。

 白音が着ているのは光沢のある生地で作られた翠色のドレスだった。

 肩が露出しており、手には白い手袋が填められている。

 

「あぁ、似合ってるよ。綺麗になってビックリした」

 

「うん。いっくんもカッコいいよ」

 

「どーも」

 

 白音の受け答えに苦笑いしながらここに来る前にアザゼルに言われたことを思い出していた。

 

『いいか、一樹。もし白音にドレスを似合うとか訊かれたら綺麗だって言っとけ。今回みたいな場だと可愛いは子供扱いされてると思われて女は機嫌を悪くするからな!』

 

 というアドバイスだ。

 どうやらアザゼルのアドバイスどおりにして正解だったらしい。

 

(まぁ、綺麗だって思ったのは事実だしな)

 

 一瞬、息を呑んだ。きっとアザゼルの助言がなくとも同じことを言ったのではないかと思える程に。

 

 

 

 

 

 

 それからタンニーンとその眷属であるドラゴンが10体ほど現れてオカルト研究部と生徒会の面々を乗せて会場へと移動することになった。

 

 タンニーンの背に乗って色々な話を聞く。

 タンニーンはドラゴンが食べるドラゴンアップルという果実を得るために転生悪魔になったらしい。

 環境の激変で人間界では実らなくなったそれを龍王自ら転生悪魔になることでドラゴンアップルが実る土地を得た。その果実が無ければ生きていけないドラゴンたちの為に。

 

 現在では人工的にドラゴンアップルを栽培する研究も進められているのだとか。本人曰く、時間はかかるだろうが、それが種の存続に繋がるのならそういう研究は続けるべきだと。

 

 当たり前のことだが、悪魔にも色々いるのだ。

 最後に一誠に上級悪魔昇格を最終目標にするのはもったいないと言っていた。

 今はまだその先は考えられないだろうが、いずれその先の目標も定めるべきだと。

 それらの会話が一誠にどんな変化をもたらしたのか、彼以外には分からない事だった。

 

 

 

 

 

 会場に着いて入場する前にリアスから話かけられた。

 

「一樹、白音。私はこれからイッセーとあいさつ回りをしてくるけどあなたたちはどうする?」

 

「あ~。適当に壁にもたれかかってますよ。出来る限り注目されたくないんで」

 

「それが良いわね。それと、ライザーとのレーティングゲームの映像が一部に流れていて、その……」

 

「俺らを眷属にしようと近づく人もいると?」

 

「えぇ。お兄さまから一応あなたたちは眷属禁止の令が出されているけど、本人の承諾があればその限りではないし。たぶんそれなりに勧誘は行われると思うわ」

 

 認めたくないことだけどね、と息を吐く。

 彼女からしたら魔王から禁止令が出されているにもかかわらず眷属になる気のない2人を勧誘する者たちに呆れているのだろう。

 

「そこら辺は上手くかわしてみますよ。忠告、ありがとうございます」

 

 礼を言う一樹にリアスは微妙な笑みを浮かべる。

 

 

 

 会場に入場した後にオカルト研究部の面々と別行動を取っている。白音は一樹にくっついていたが。

 そしてリアスの危惧したとおりに数名の若い悪魔から勧誘を行われたが、バッサリと断った。

 それでもしつこく勧誘してくる馬鹿はいるもので。

 

「この私の眷属になれることがどれほど光栄なことか―――――」

 

(うぜぇ……)

 

 お家の自慢話から始まり眷属になれと勧誘してくるのはリアスたちよりも少し年上の悪魔だった。

 それを聞きながら一樹はまるで宗教勧誘みてぇと内心でイライラしていた。

 白音に至ってはあからさまに欠伸をしている。きっと片方の耳で聞いて脳に理解させる前にもう片方の耳へと内容を通過させてるに違いない。

 段々面倒になったので無視して向こう行こうかと思い始めた頃に違う悪魔が近づいてくる。

 

「そこまでにしておけ。その気のないものを眷属入りさせるのは感心せんぞ」

 

 それは大きな体格をした筋肉質な男だった。

 男の眼力に委縮したのか勧誘していた悪魔は悪態を吐きながらもそそくさと立ち去って行った。

 

「すまないな。あの手の手合いはうんざりしただろう。日ノ宮一樹と猫上白音」

 

 名前で呼ばれて一樹の警戒心が高まった。

 

「そう警戒するな。お前のことはリアスから多少聞いている。それにフェニックス家とのレーティングゲームでのお前たち2人を観ただけだ。俺はサイラオーグ・バアル。リアスの親戚だ」

 

 差し出された手。警戒心が緩んだわけではないが握手しないのも失礼だと思ってその手を握り返す。

 握ったその手は厚く大きい力強い手だった。

 そして山籠もり前に聞いた若手で最も強い悪魔の名前を思い出した。

 握り返すとサイラオーグはフッと笑みを浮かべる。

 

「お前とは話をしてみたかった」

 

「俺と、ですか」

 

「あぁ。フェニックスとのレーティングゲーム。お前とそこの彼女が居なければリアスが勝利することはあり得なあっただろう。だからこそ、俺は惜しく思う」

 

「惜しい?」

 

「今回は若手同士の非公式レーティングゲームと言えど、フェニックス家の時のようなゲスト出演は許可されんだろう。つまり俺とお前たちが戦う機会はない。それが俺には残念でな」

 

 つまりこのサイラオーグは強者との闘いを望んでおり、それに一樹や白音もロックオンされているらしい。

 

「お前は、リアスの眷属になるつもりはないのか?」

 

 そう訊かれて一樹は僅かに笑みを作る。

 

「えぇ。俺には長寿も悪魔になることで得られる恩恵も必要ありませんから」

 

 それは、オカルト世界に関わってずっと一樹が思っていたことだった。

 永遠に近い寿命。確かに魅力的だろう。

 それらはいくら金を積んでも人間世界では手に入らないものだ。

 だが、それが必ずしも日ノ宮一樹の人生に必要なものではない。

 

「俺は人間です。人間で十分なんです。人間として産まれて人間として死ぬ。それが当たり前のことだし。俺は、それでいいと思ってます。それ以上は俺のポケットには入り切らないですよ、きっと」

 

 例えば、人より早く死ぬ動物が目の前にいるとする。それらは決して人より長く生きられないが、その生を憐れむのは傲慢だ。本人が納得して生を終えるのなら、10年でも1000年でもきっとそれは素晴らしことなのだ。

 辛いことや苦しいこと。嬉しいことや楽しいこと。

 それらを全部ひっくるめて歩いて最後に笑って死ねれば上等。

 少なくとも一樹はそう思う。

 

「……そうか。どうやら俺は余計なことを訊いたらしい。すまないな。忘れてくれ」

 

 一樹の考えを聞いてサイラオーグは笑顔で謝罪した。

 

「だが、機会があればお前とも拳を交えてみたいな。そんな時が来るのを楽しみにしている」

 

「冗談言わないでください。俺はそんな機会が来ないことを願いますよ」

 

 全く正反対のことを言われてサイラオーグは肩を竦めてその場を去って行った。

 

「いっくん。あの人……」

 

「あぁ。強いな、きっと。ゼッテェ闘いたくない」

 

 だがサイラオーグという悪魔個人は好ましい人物だと一樹の頭に記憶された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白音がケーキなどを食べに離れている間、一樹は気疲れしている一誠を発見した。

 

「どうした、兵藤。挨拶回り、大変だったのか?」

 

「おう……部長のお母さんに色々教えて貰わなかったら恥掻いてたぜ!」

 

 一樹が手にしていたノンアルコールのグラスを渡すと一誠はそれを受け取って一気に飲み干した。

 

「他のメンツは?」

 

「アーシアはゼノヴィアやイリナと一緒の筈だ。木場はさっき見たら女性悪魔に囲まれてた。クソッ!イケメン死ね」

 

「まだ言ってんのかそんなこと……」

 

 普段からアレだけ女に囲まれてなに言ってんだかという感じに呆れる一樹。

 

「そっちこそ黒歌さんはどうしたんだ?おっさんのところで集合したときはいなかったよな?」

 

「姉さんはアザゼル先生の付き添いだよ。挨拶が終わったら合流するって聞いた」

 

 そんな風に話していると見覚えのある少女が話しかけてきた。

 

「ごきげんよう。赤龍帝。それに聖火使いさん」

 

 話しかけてきたのはフェニックス家のレーティングゲームで僧侶だった金髪ドリルヘアーの少女だった。

 

「あー!焼き鳥野郎の妹!?」

 

 一誠のあんまりな呼び名に少女はバランスを崩す。

 それに一樹がフォローを入れた。

 

「いや、名前で呼んでやれよ。確かレヴェル・フェニックスさんだっけ?」

 

「レ()ヴェル・フェニックスですわ!?貴方こそ女性の名前を間違えるなんてどういうおつもりですの!?」

 

 レイヴェルの糾弾に一樹はアレ、と首を傾げる。

 

「わ、悪い。俺ってほとんど会わない奴の顔と名前ってあんま覚えねぇんだわ。ぶっちゃけるとクラスの奴も担任を含めて10人ぐらいしか顔と名前が一致してねぇし」

 

「流石にそれはどうかと思うぞ」

 

「うっせ!それより兄貴のライター・フェニックスさんは元気で?」

 

「ライ()ー・フェニックスですわ!?というかライターって名前を間違えるふりしてお兄さまを侮辱してますの!?」

 

「いや、すいません。なんとなくで覚えてたから……」

 

 顔を逸らす一樹にレイヴェルはわざとらしく咳払いをして話を進める。

 

「ライザーお兄さまはレーティングゲーム以来、部屋に引きこもっておられますの。あのゲームで負けたのが余程ショックだったようですわ」

 

「メンタル弱っ!?」

 

 あれから結構経ってるはずだが引きこもり?いくらなんでも精神面が脆すぎると呆れる。

 

「言葉もありませんわ。今まで人生が上手く回っていたから、ここぞという時の失敗に耐えかねたみたいで。それを見かねたお母さまが私を空の僧侶の駒と交換しましたの。立場はお母さまの僧侶ですが、実質フリー同然ですわ」

 

 肩を竦めるレイヴェルに一誠は驚きの声を上げる。

 

「そんなこと出来るのか!?」

 

「ええ。同じ駒であることとお互いの王が許可すればの話ですけど」

 

「ところでそっちは名乗ったけど俺らは自己紹介まだだったよな?知ってるかもしれないけど俺は兵藤一誠だ」

 

「日ノ宮一樹。よろしく」

 

 それから短い時間、話をした。

 ライザーは引きこもり中だが、他の眷属はあの敗北を糧に各々鍛錬に励んでいるらしい。主の再起を信じて。

 そしてそれはレイヴェルも同じことだった。

 

「あの獣人の方に伝言をお願いしますわ。機会があればあの時の借りは必ず返すと」

 

 ということらしい。

 そこでレイヴェルに向こうからお声がかかる。

 

「レイヴェル様。向こうでお父上がお呼びです」

 

「あらもう?それでは赤龍帝に聖火使いさん。また」

 

「いや、そこは自己紹介したんだから名前で呼んでくれよ。俺は皆からイッセーって呼ばれてるからそう呼んでくれよ」

 

「ではイッセーさんと一樹さん。ごきげんよう」

 

 そうして立ち去ったレイヴェルを見て一樹はポツリと呟く。

 

「ごきげんようなんて別れの挨拶。現実にあったんだな」

 

「驚くとこそこかよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一樹!ようやく合流できたわ!」

 

「姉さん。先生から離れて大丈夫なのか?」

 

「まぁね。今日、シェムハザとも合流したし、アザゼルから許可はもらってるわよ。それよりそのお皿に乗ってるデザート食べさせて~」

 

 あ~んと口を開ける黒歌に一樹は小さな一口サイズのケーキをその口の中に放り込む。

 

「ん~美味しい。流石グレモリー家主催のパーティね。デザートひとつとっても一級品だわ~」

 

 ご満悦な様子の黒歌に一樹の頬がほころぶ。

 

「それより白音は……あそこね」

 

 聞く前に見つけて指をさす。

 それにふむっと顎に手を当てると何か閃いたように口元を吊り上げた。

 

「いつき~。ちょっとお願いがあるんだけど~」

 

 手を合わせてお願いを始めた黒歌に一樹は嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 白音は一樹に手を引っ張られてダンス場に出ていた。

 

(なんでこんなことに……?)

 

 理由の想像はつく。きっと黒歌が嗾けたに違いない。

 そうでなければ一樹から踊ろうなんて誘いが来るわけがないのだ。

 

(いっくんも断ればいいのに)

 

 どうにも一樹は自分たち姉妹のお願いに対して甘いところがある。

 こうして踊っている間も周りがスムーズに動いているにもかかわらず、一樹と白音だけがぎこちない。

 ましてや悪魔の中で自分たちは悪魔ではないのだ。余計に注目を集めるのは道理だろう。

 

 一応、グレイフィアに仕込まれたダンスの技術は明確に失敗こそしていないもののいつ転ぶかひやひやする感じだった。

 

 一曲をどうにか踊り終えると一樹は顔を真っ赤にして白音の手を引き、そそくさと退場した。

 

「悪い、付き合わせた」

 

「いいけどね。でも姉さまのお願いだからってポンポン聞くことないんだよ」

 

 気付いてたかとバツが悪そうに片目を閉じる。

 

「確かに姉さんに言われたからってのもあるけど。どうせ踊るんなら白音とがいいよ。一番気ぃ使わないから」

 

「それ褒められてるのかなぁ」

 

「褒めてる褒めてる」

 

 飲み物を飲み干して笑う一樹に白音が袖を掴む。

 

「また、機会があったら一緒に踊ってくれる?」

 

 それに一樹は苦笑しながらもうないだろうけどと内心思いながら。

 

「機会があれば、な……」

 

「うん」

 

 それから手を引かれてリアスたちと合流し、からかわれたがそれも良い思い出だろう。そして2人が踊っているのを見て一誠が誘ってくれるのを待っていたアーシアがいつまでも誘ってくれないのに頬を膨らませていたのは余談だった。

 

 

 

 

 

 



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38話:再会

 レーティング・ゲーム前日。

 

 アザゼルは後ろに黒歌を控えさせてサーゼクスとセラフォルーが並ぶ椅子に座っていた。

 

「で?残りの椅子は誰が座るんだ?残りの魔王さまか?」

 

「いや。今回のレーティングゲームをどうしても観戦したいという他神話の者がいてね。急遽椅子を用意した」

 

 わざわざ魔王の傍に席を置くことから相当な上役とアザゼルは予想する。

 そしてその答えはすぐに表れた。

 

 扉から現れたのはローブをまとった髭が地面に付きそうなほど長い杖を突いた老人とアロハシャツに数珠を飾ったサングラスの五分刈りという一見してこの場に相応しくない格好の男。

 

「オーディーンにインドラだと……!?」

 

 オーディーンは後ろに戦乙女らしき従者を従えているがインドラは単身。他勢力を前に良い度胸をしていた。

 

「なんじゃ全く。出迎えひとつ寄越さんとはのう」

 

「HAHAHA!まぁいいじゃねえかじいさん。下手に盛大な歓迎を受けても肩こっちまうぜ!」

 

「お待ちしておりましたオーディーン殿。インドラ殿。遠路遥々よくぞお越しくださいました」

 

 他勢力のトップにサーゼクスは柔和な笑みをもって対応する。

 

「ま、よろしく頼むわ!」

 

「それにしてもセラフォルーよ。その格好はなんじゃい」

 

「あらおじいさま、ご存じないんですの☆これは魔法少女というモノですわ☆」

 

 ピースサインで魔法少女をアピールするセラフォルーにアザゼルは心底呆れる。

 

「今はこういうのが流行ってるのかいの。ええのええの」

 

 だらしなく鼻の下を伸ばす老人に後ろで控えていた黒歌が北は堅物が多いという噂をすぐに修正した。

 だが、後ろにいた銀髪の戦乙女がそんな主神を注意するとそんなんだから恋人のひとりも出来ないだのと弄り始め、半泣きにする。

 それを見た黒歌が内心でご愁傷さまと手を合わせた。

 

 そこでアザゼルがインドラに視線を合わせる。

 

「お前さんがゲームに興味があるだなんて知らなかったぜ、帝釈天」

 

「HAHAHA!真剣勝負ってのは実力に関わらず良いもんさ。楽しみだぜ、今回の祭りはよ!―――――表も、裏も、な……」

 

 インドラの最後の呟きはこの場にいる誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 レーティングゲーム前日の最後のミーティングをオカルト研究部は行っていた。

 ただし、アザゼルは今回の合宿でグレモリー、シトリー両眷属に力を貸したとしてここでどちらかに出席すれば平等性に欠くとしてここにはいない。

 

「やはり、問題は数ね。こちらがひとり少ないことがどれだけ影響するか。それにソーナたちは私たちの情報……少なくとも冥界に来る前の情報は既に得ている筈。こちらは大まかな能力しか把握していないのも痛いわね」

 

 だが、これは逆に言えば良い機会と言える。

 一誠に兵士の駒を全て使っている関係でリアスの陣営は数での勝負はできない。ひとりひとりの質がグレモリー眷属の強みと言える。しかし現状では火力特化で戦場を選ぶのが難だが。

 

「ソーナたちの眷属はバランス重視。突出しているステータスはないけど、戦場を選ばずに戦えるのが強みね」

 

 悩みながらノートにアイディアや情報を走り書きするリアス。

 

 レーティングゲームに参加しない一樹などは出された菓子を抓みながら話だけを聞いている。

 

「レーティングゲームでは主にプレイヤーに細かなタイプをつけて分けているわ。大まかにパワー、テクニック、ウィザード、サポートの四つね。私や朱乃はウィザードタイプ。祐斗はテクニックタイプ。ゼノヴィアとイッセーはパワータイプだけどイッセーはサポートもイケる筈よ。譲渡の力でね。そしてアーシアとギャスパーはサポートタイプ。もう少し細かく分類するならアーシアがサポートでギャスパーがテクニックね」

 

 説明するリアスにイッセーが手を挙げる。

 

「えっとゲームには関係ないんですけど、イリナたちはどういうタイプになりますか?」

 

「そうね。三人ともテクニックタイプだと思うわ。ただもう少し細かく分類するなら一樹は聖火の力でウィザードタイプもイケると思う。白音はスピード重視のテクニックタイプでイリナは技重視の純粋なテクニックタイプね」

 

 説明を受けながらナルホドと納得する一誠。

 

「このゲーム。周りからは私たちが勝つ可能性が80%と言われているけど、私は正直五分五分だと思ってる。ソーナは意地でも勝ちに喰らいついてくるはずよ。決して楽な勝負でないことは頭に入れておいて」

 

 真面目な表情で念を押す。

 禁手に至った2人神器使い。それもひとりはあの伝説の赤龍帝を宿した神滅具。

 デュランダルの聖剣使い。フェニックスの涙並みの回復能力を持つ元聖女。

 時間停止の神器を持っている吸血鬼。まだ躊躇いはあるが悪魔の弱点である光の力を持つ半堕天使。

 これらの眷属を従えていることが勝率の高さと予想されている根拠だが。現状穴だらけのチームと言わざる得ないことをリアスは知っている。

 これを活かすも殺すも自分次第というプレッシャーもある。

 しかし敗けるつもりはない。

 たとえ親友であろうと――――――否、親友だからこそ全力で勝ちに行くのだ。

 

(私は私の夢の為にソーナ、貴女に勝つ!だから貴女も全力で向かってきなさい!)

 

 心の中でそう親友に語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちがレーティングゲーム当日に控室へと移動した後、一樹たちはリアスの客人として三勢力のトップがいる部屋に案内された。ミカエルもこの試合を観に来たらしい

 

 イリナはミカエルの後ろに。一樹と白音はアザゼルの後ろであり黒歌の隣にある席に座る。

 

 ここに来る前に3人はオカルト研究部の面々に激励を送っていた。

 イリナはゼノヴィアとアーシアに。一樹は祐斗に。白音はアーシア個人に。

 匙の夢を聞いた一樹としてはどっちも勝ってほしいと思うがこれが勝負である以上勝敗は必ず出る。

 だから応援するなら普段から世話になってるリアスたちだろう。

 それに仲間がどれだけ強くなったのか純粋な興味もある。

 

 始められたレーティングゲームに映し出されたのは駒王町にあるデパートだった。つまり今回は室内戦ということらしい。

 

 そこでアナウンスのグレイフィアからルール説明が入る。

 作戦会議の時間は30分。その間、両陣営の接触禁止や兵士のプロモーションの条件。フェニックスの涙が両陣営にひとつずつ支給されていること。

 

 そして今回の特別ルールとしてデパートを過度に破壊することは禁止とするルール。

 ついでにサーゼクスから一樹たちに今回はまだ制御が困難なギャスパーの神器は使用不可とするという説明を受けた。

 

 そこでアザゼルから一樹に話が振られた。

 

「一樹、お前がシトリー勢ならリアスの眷属で誰をもっとも警戒する?」

 

 アザゼルの質問にその場にいた全員が耳を立てた。そして一樹はそれに気づかないフリをして答える。

 

「祐斗、ですかね……」

 

 一樹の答えにアザゼルはほぉと呟く。

 

「イッセーの名前を上げると思ったがな。あいつは、グレモリー眷属の中での精神的な主柱だし。木場を指定した理由は?」

 

「えっと……今回のゲームの大前提で部長陣営の持ち味である大火力は使えませんよね?」

 

「そうだな。今回はリアスに不利な戦場だ」

 

「祐斗は部長のチームで指のような役割があると思うんです。室内という閉鎖空間での戦闘で十全に戦闘力を発揮できるのはおそらく祐斗だけです。でももし祐斗が失格になったら……」

 

「指であるが故に致命傷じゃないが選択肢は大きく削られちまうか。そこは今後のリアスたちの課題だな。次に眷属を入れるなら、そうした面を補える奴を入れるべきだ」

 

「今回はソーナちゃんたちに有利な戦場☆勝ちにいくよ☆」

 

 上機嫌にピースサインで宣言するセラフォルーに対してアザゼルは内心でシトリー眷属の今後を考える。

 

(いくら下馬評でリアスたちの勝率8割と言われてても自分の得意な戦場でボロ負けした日には学園設立なんて夢のまた夢だな。だからこそ今日は負けられんわけだが)

 

 どちらが勝つのか。アザゼルはモニターの映像をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーティングゲームのミーティングを終えたリアスたちは思い思いに残り15分の時間を好きに過ごしていた。

 ある者は仲間内で会話をしていたり。

 ある者はデパート内の商品を物色したり。

 

 そんな中で一誠はデパート内にある本屋に来ていた。

 レーティングゲーム内の空間はそこにある薬品や車なども再現されている。ならば、ここに並んでいるエロ本の中も忠実に再現されている筈だと考えて。

 ゲームの始まる僅かな時間を山籠もりで飢えた異性という精神的な栄養を補充するために。

 

 並べられている本を手に取っていざ!と開けようとしたとき、肩から朱乃の顔が出てきた。

 

「ふふ。イッセーくんはこういうのがお好きなのですわね」

 

「あ、朱乃さんっ!?」

 

 即座に本を閉じて本棚にエロ本を戻す。

 いくら何でも仲間の。それも憧れの女性のひとりである朱乃の前で堂々とエロ本を鑑賞できるほど一誠は吹っ切れていない。

 あたふたと言い訳を考えているイッセーに朱乃はあらあらと笑う。

 

「別にイッセーくんがこういうのを見ていても起りませんし、軽蔑したりはしませんわよ?むしろイッセーくんらしくて安心しましたわ」

 

 朱乃の言葉に喜べばいいのか。それともやっぱりそういう風に思われているのかと落ち込めばいいのかわからなかった。

 

 一誠が見ていたエロ本をマジマジと見つめてからある提案をする。

 

「この衣装、今度私が着てあげましょうか?」

 

「マジっすかっ!?」

 

「マジっすよ。うふふ。イッセーくんだからこその特別ですわよ」

 

 そう言う朱乃だが、雑誌の女性が着ているコスプレ衣装はほとんど布の面積のない物だ

 ほとんど下着同然の格好の。

 喜んでいる一誠に朱乃は真面目な表情を作る。一誠の手を握って。

 

「……イッセーくん。覚えてますか?お弁当のお礼を言いに来てくれた時の、私が壁を越えられることを信じてるという言葉」

 

「えぇ、もちろんです!」

 

「私、このレーティングゲームで堕天使の……光の力を使ってみようと思いますわ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「……正直にいえばこの血に対する嫌悪は消えてません。ですが、このまま私だけ置いて行かれるのが1番嫌だから」

 

 握っていた手は僅かに震えていた。きっと朱乃にとってこの選択肢は決意しても今なお躊躇うほどに負担のかかることなのだろう。

 

「だから、イッセーくん、もし私が堕天使の力を使えたら、褒めてくれますか?」

 

「え?あ、はい!俺でよければ!」

 

 イッセーの答えに朱乃はうれしい、と微笑む。

 

 潤んだ瞳。

 上気した頬。

 そして艶やかな唇。

 

 朱乃は、自ら唇を一誠の唇に重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷った……」

 

 ゲームが始まる前に用を足してトイレから出てきた一樹は元の道がわからなくなり天井に視線を移す。

 黒歌が冗談交じりについて行こうか?などと訊かれた際に幾つだよ俺は?と苦笑したのだが。モノの見事に迷った。

 

「ま、人を見つけて道訊きゃいいか」

 

 それまで適当に歩いて、と考えていると後ろから声をかけられる。

 

「よぉ」

 

 話しかけてきたのは五分刈りのサングラスをかけたアロハシャツに数珠を首から下げた男性だった。確か先程の部屋にも居た筈だと思い出す。

 

 男―――――インドラはサングラスをかけたまま一樹に顔を近づける。

 

「な、なんですか……?」

 

「なるほどな。もう面影はねぇが、お前さんの中には確かに太陽(スーリヤ)から与えられた()が眠ってるらしい。嬉しいねぇ。まさか彼の血が現代に甦るたぁ」

 

 HAHAHAと笑い、意味のわからないことを言うインドラに不快感を覚えた一樹はそのまま立ち去ろうとするがその腕を掴まれた。

 

「まぁそう邪見にすんなよ。ここで会ったのも何かの縁だ。少しくらい話を聞いてくれてもバチは当たんないだろ?日ノ宮一樹」

 

 名前を呼ばれて更に一樹の警戒心が上がる。だが腕を掴まれた瞬間に理解もした。

 

 ――――――強い。

 

 圧、とでも言えば良いのか?タンニーンという強力なドラゴンとの修業のおかげか強者を感じ取る感覚が向上していた。

 その感覚を信じるならここで戦えば瞬きすら許されずに殺されるだろうと感じ取ってしまった。

 

 冷たい汗が噴き出る。呼吸は乱れ、喉が急激に乾いていくのを感じた。

 

「そう恐がんなよ。別に取って喰おうってわけじゃねぇ。俺はただ確認しに来ただけだからな」

 

「なにを……」

 

 警戒心は既に恐怖へと変化している。相手の思惑が読めないこととあまりに開きすぎた実力差から。

 

「怖がらせちまったか。ま、詫びにひとつ忠告しといてやる。その鎧、誰かに請われたからって簡単に渡すんじゃねぇぞ。御先祖さまと同じ轍は踏んでくれるなよ?」

 

 それだけ言うと腕から手を外した。

 

「サーゼクスたちの所に戻りたきゃここを真っ直ぐだ。さっさと戻ってやんな」

 

 それだけ言うとインドラはトイレの中に入って行く。一樹はそのまま恐怖を振り払うように教えてもらった道を移動した。

 

「HAHAHA!神話の時代じゃ、俺の所為で台無しになった好カード。どうやら現代(いま)で実現しそうだぜ。お前たちは羨ましがるのかねぇ。アルジュナ。カルナ」

 

 そのどこか悔いるような声音は誰にも聞かれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!なんだったんだあの人!」

 

 あの感じ、悪魔とは違うような気がする。アザゼルが他勢力も観戦しに来ると聞いていたがもしかしたら他所の神話の人外(ひと)なのだろうか?

 

 早歩きで移動しながらもうゲーム始まってるなと思い、急ぐことにする。

 だが、その時一樹の視界に人影が写った。

 

「え?」

 

 すぐに消えた人影。それを一樹はあり得ない。なにかの見間違いだと笑いそうになった。

 だが口元を引き攣らせながら自分がアイツの姿を勘違いするはずがないという自分でもよくわからない確信があった。

 

 すぐに走ってその人影を追いかける。

 

(なんで……なんでアイツが冥界(ここ)に!)

 

 見間違いであってほしいという願望とそんな筈はないという確信が一樹の中でせめぎ合う。

 

(アイツは中学の卒業で故郷の国に帰った筈だ。確か、インド、だったか……?)

 

 だから、こんなところに居る筈はない。

 その筈なのに。

 

『よろシクデス』

 

『ごめんなサイ。アナタを悪者にしてしマッテ』

 

『助けてクレテ、ありがとうございマス』

 

 覚えてる。少しだけ聞き取りづらい日本語。

 褐色の肌に長い黒髪。

 いつも桐生の押しに困っていて。白音とも仲が良くて。

 最後に桐生と白音の三人で空港まで見送りに行ったこともちゃんと覚えてる。

 

 

「マタ、日本に来たときに私を忘れないでくだサイネ?」

 

 そう言って握手して別れたあの――――――!

 

 

 走って出たのは広い空間の部屋だった。

 そこがどんな意味のある施設なのか一樹は知らないし、興味もない。

 今、日ノ宮一樹の目を引いているのはその中心に立つひとりの少女だ。

 記憶の中よりも若干大人びた印象を受けるがここまで来てもう見間違える筈はない。

 

「なんで……」

 

 責めたかったわけじゃない。ただあまりにも不可解な状況からどうしても強い口調で声が出てしまう。

 

「なんで、お前が冥界にいるんだよ!アムリタァ!!」

 

 異性の親友の名を呼ぶと少女は手に、巨大な弓を手に無機質な瞳で一樹を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 




次は本当に冥界編が終わったら投稿を再開します。

早くディオドラ君のダイカツヤクが書きたい……。


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39話:赤と黒の闘い

ようやく5巻分を書き終わりました。




『日ノ宮一樹。よろしく……』

 

 そうして差し出された彼の手。

 とても温かな手。それを握り返した時に生まれた感情は何と呼ぶのか。

 彼と過ごす時間はとても満ち足りた気分になった。

 欠けていたモノが満たされていくような奇妙な充実感。

 そして安心感。

 恋愛感情などというモノとは違うだろう。

 それでも彼と過ごす時間に心地よさを感じていた。

 

 彼との握手からしばらく経って、私は学校でイジメを受けていたらしい。

 集団生活で判り易い容姿の差異がある自分はきっとイジメの対象としては選び易かったに違いない。

 でもそれは困ったことではあったが大して気にはならなかった。

 彼と、そして眼鏡をかけた明るい同級生。

 この2人と一緒が私の学校内の全てであり、それ以外の存在は意外と気にならなかった。

 でも、そんな態度が周りに苛立ちを与えていたらしく、イジメは段々と苛烈さを増して行った。

 その頃になると流石に無視しきれないことも多くなり、どうにかしないとと漠然とした解決への意気しか持てず、流されていった。

 

 そしてあの事件が起こる。

 

 私が階段から突き落とされた時に受け止めてくれた彼と私をイジメていた同級生たちが口論になり、最終的には彼が暴力を振るい、先生たちに取り押さえられるまで――――――いや、取り押さえられても暴れようとしていた。

 

 姉と呼んでいたとても綺麗な女の人も学校に呼び出されていた。彼は怒られており、それが自分の所為だとは内容を聞かなくてもわかる。

 だから私は彼の家族に事情を説明し、お礼と謝罪を口にした。

 それでその女性は頭を掻いて話は終わった。

 

 怒ってくれたこと。方法はともかく助けてくれたこと。

 とても感謝している。

 彼と一緒にいる安らぎも楽しさも本物だ。

 でも、それよりも心の奥底で燻ぶる衝動。

 

 私は、いつかこの少年を殺さなければならない。

 この時はまだ内より燻ぶっていた衝動の意味に気付いてさえいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーティングゲームの開幕はギャスパーが蝙蝠に変化し、偵察。

 今回、一誠とゼノヴィアが一緒に行動し、兵士である一誠は少しでも早く女王への昇格。その後になるべく多くの敵を引きつけ、本陣を狙う祐斗をサポートする。

 メインは祐斗で囮は一誠とゼノヴィア。これは2人の防御面を信用しての作戦だ。本当ならどちらが囮か悟らせないために均等な人数が好ましかったが、人数の少ないリアスたちでは仕方がなかった。

 

「ゼノヴィア。アスカロンはどうだ?」

 

「うん。悪くないよ。むしろ今回のような戦闘ではデュランダルよりよほど戦いやすい」

 

「だよなぁ」

 

 ゼノヴィアが今所持しているのは赤龍帝の籠手に収められていたアスカロンだった。

 これはアザゼルの案で、アスカロンを取り外せないか訊かれたところ試してみたら取り外せることに気付き、山籠もり前にアザゼルに預けていたのだが、ゼノヴィアに渡されていたらしい。

 

 デュランダルは強力だが無駄にデカい上に一振りで聖のオーラを放ち、周りを破壊してしまう。デパート内で使えばゼノヴィアがすぐに失格になることは予想できた。なら通常の西洋剣と同じサイズのアスカロンの方がいいだろう。

 一誠が剣を扱えないという理由もある。

 

(でも、そういう意味なら俺も禁手は今回使えねぇよな。こんなデパートで使って加減を間違えたらここを吹き飛ばしちまいそうだし)

 

 せっかく至った禁手を使う機会がないのは残念だが、有り余るパワーの制御は難しく、今回は脅しくらいにしか使えなさそうだ。

 

 2人でショッピングモールを歩いているといつ敵と遭遇してもいいように倍加こそしていないが既に神器は装着済み。

 お互いに無言で移動しているとゼノヴィアの動きが止まった。

 

「上だ、イッセー!」

 

 言われてイッセーが上を向くとそこには匙の神器である黒い龍脈のラインが天井に伸びており、そこから振り子の遠心力を利用して突っ込んできた。それも匙の背中にはひとりの女生徒がしがみついている。

 

「どりゃぁっ!」

 

 匙の繰り出した蹴りは防御の姿勢を取った一誠の籠手に命中する。

 2人分の衝突エネルギーに体勢を崩す。

 

「イッセー!」

 

「大丈夫だ!」

 

 膝をついた一誠は即座に立ち上がり匙を見る。

 

「よー、兵藤」

 

 何気なく挨拶をする彼の神器は形状が以前見た時より僅かに変化しており、ラインの本数が増えていた。

 そしてそのうちの1本は一誠の神器に繋がれている。だが今のところは神器の力を吸われている感じはしなかった。

 

「ラインを天井に引っ付けて様子を見ようとしたら移動しているお前たちを見つけてな。気付いてないし奇襲させてもらったわけだ。直前でゼノヴィア嬢に気付かれたけどな」

 

 苦笑しながらも戦う姿勢をとる匙。

 

 

 予感があった。

 もしこのレーティングゲームで最初に出会うのなら目の前の男なのではないかと。

 ゲームが始まる前の作戦会議で一誠には匙を当てるだろうと予想されていた。

 一誠には女性の天敵ともいえる技である洋服破壊がある。だから極力女の眷属は当てたくはないだろうと。

 だが実際には誰と誰が遭遇するかはランダムだ。

 もしかしたら一誠の移動ルートをソーナが予想し、見事的中しただけなのかもしれないが。

 何にせよ、一誠はこの巡り会わせに感謝した。

 一誠と匙はところどころ似ている。

 自分の主が大好きなこと。転生悪魔になった時期。一途で夢の為に真っ直ぐ突っ込む事しかできない馬鹿なところも。

 だからこそ一誠はこの男をできるだけ万全な状態で戦い倒してみたかった。

 

 ゼノヴィアもアスカロンを構え、匙の背に乗っていた1年の少女、仁村留流子もファイティングポーズを取る。

 すぐにでも戦闘が開始されようという時にアナウンスが流れた。

 

『リアスさまの僧侶、1名リタイア』

 

「なっ!?」

 

 早すぎる、と一誠は驚きの声を上げる。

 どっちがやられたのか考えていると匙が苦笑しながら答えた。

 

「やられたのはギャスパーくんだよ」

 

 その笑みは作戦が成功した安堵や喜びというより、イタズラが成功した子供の笑みに近い。

 

「ギャスパーくんの神器が今回使用不可なのはこっちにも情報がきていた。なら、アイツの役割は情報収集と読んで一部の眷属たちに不審な行動をとらせて誘き寄せる。もちろん蝙蝠なんかに化けてただろうし、近くの蝙蝠も集めただろうさ。俺たちの本陣は一階西の食品売り場だ。ニンニクを使って一気に弱ったところをとっ捕まえさせてもらったわけだ」

 

「に、ニンニクにやられたってのか!?」

 

「まったくアイツは……このゲームが終わったら、鍛え直さなければな」

 

 余りの情けないリタイヤに一誠は愕然とし、ゼノヴィアは頭を押さえる。

 なるほど、これは子供のイタズラが成功したような顔になるわけだ。

 

「発想自体は本陣からの偶然の産物だがな。だが、効果は絶大だったろ?これでこっちの人数が2人分多くなったわけだ」

 

 笑いを噛み殺している匙に一誠はリタイヤしたギャスパーに向けて声を張り上げた。

 

「前回は不参加だったんだから……今回はもうちょっと気張ろうぜ、女装吸血姫ィイイイイイッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャスパーくんがやられたか……」

 

 アーシアがリアスとともに行動していることからすぐに脱落したのがギャスパーだと祐斗は察する。

 地下を単独で行動している祐斗はこのレーティングゲームについて考えていた。

 

(今回のレーティングゲームは僕たちにあまりにも不利過ぎる戦場だ。なにか作為的なモノを感じるよ)

 

 グレモリー眷属に不利なフィールド。ギャスパーの神器の使用不許可。ルール上の指示ではないが眷属の人数、等々。

 

 だがその思考はすぐに切って捨てる。今考えることではないし、上の思惑などどこまで行っても予想の域を出ないからだ。

 警戒をしながら師の下で毎日行った稽古を思い出す。

 

(これも止めよう。これから戦闘だって言うのにわざわざ気を落とす必要はないよね)

 

 祐斗はこの合宿中に師であるサーゼクスの騎士の下へ赴き、日夜剣の修業に明け暮れた。

 そこで彼は自身のプライドを粉々にされることになる。

 

 聖魔剣に興味を持った師がそれを使って稽古を行うことになった。但し、師の得物は木刀だったが。きっと師は聖魔剣を躱して打ち込んでくるに違いないと予想する。

 だが、その予想は軽々と超えられた。

 師は、木刀で聖魔剣と打ち合い、正面から祐斗の獲物を叩っ斬ってしまった。

 叩き折ったでも砕いたのでもなく、文字通り、スパッと斬ったのだ。

 

『少々難しいですが、闘気を調節すればやってやれないこともないですね』

 

 穏やかな口調でさも当然のように言う師に祐斗は開いた口が塞がらなかった。

 終いには聖魔剣を斬らないように竹刀で稽古をつけてもらうという情けなさ。

 かつての仲間の魂と今の仲間の想いで到達した聖魔剣も本当にその道を極めた達人には通用しないのだと思い知らされる。

 

「剣を使いこなせてこその剣士であり、剣に使われるのは剣士に能わず、か」

 

 聖魔剣は確かに強力だが、今の祐斗の技量でアレを扱うのは不相応だと突きつけられる毎日だった。頂は未だ遠いが、あそこまで行けるのだと思えば奮起する思いもあるのだが、そこまで辿り着けるイメージが今の祐斗には湧かなかった。

 そこで気配を感じて裕斗は視線を向ける。

 現れたのはシトリー眷属の女王、真羅椿姫。騎士、巡巴柄。戦車、由良翼紗。

 

 こちらが本命だと読まれていたのだろう。自分ひとりに3人の配置とはずいぶん高評価のようだ。もしくは裕斗ひとりではなく他にも誰か付くと予想していたのか。

 

「そちらの僧侶が早々に脱落したというのに、冷静ですね」

 

「こういうのは慣れておかないと身が持ちませんので」

 

 これから先、ゲームを行えば味方がやられる場面を幾度となく見ることだろう。その度に冷静さを欠いていたら主に勝利を献上することなどできない。ましてや直接倒されたところを見たわけでもないのだ。一々動揺なんてしていられない。もちろん、仲間がやられて何も感じないわけではないが。

 

 祐斗は既に手にしていた魔剣を構える。

 

「……聖魔剣を使わないのですか?」

 

「何分、今の僕は分不相応な剣ですから。申し訳ありませんが、このまま付き合ってもらいます」

 

 相手は確かに強敵だろうが、魔剣で斬れない相手ではない。消耗を押える、という意味もある。

 もしこれが聖魔剣でなければ切れない程の防御力を持つ相手ならば話は別だが、剣が当たれば斬れる相手なのだ。

 

(こっちが本命とバレた以上、隠れながら相手の本陣に攻め込むのは難しいかな。なら、僕がここで敵を減らすか足止めに徹してイッセーくんたちが本陣へ行けるようにサポートしないと)

 

 ここに3人も配置した以上、他は手薄になっている筈だ。今の祐斗の状況よりは斬り抜けやすいだろう。

 

「行きます!」

 

 魔剣を手に祐斗は3人の敵と相対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋がれた匙のラインから一誠の倍加の力を吸われるのを怖れて神器はただの籠手となった。ドライグが言うには禁手の衝撃で弾け飛ばせるらしいが、止める。匙を甘く見ているわけではないが、一誠の禁手は発動して最大で30分しか持たない上に、使った後は丸一日神器が使えなくなってしまう。本命の祐斗がやられた時を考えて、今の使用は避けたかった。

 

「……禁手は使わねぇのか?それとも使えねぇのか?」

 

「使えるさ。だけど、ここで使っちまったら後がねぇんでな。だから悪いけど、このまま倒させてもらうぜ!」

 

「ちっ!余裕ぶりやがって!ならすぐに使わざる得ないようにしてやるよ!」

 

 匙がラインでを引っ張ると一誠の姿勢が崩れ、、その隙に蹴りを叩き込む。しかし、一誠はそれを右手で防いだ。

 お返しとばかりにラインで繋がれた籠手を顔に突き出すが、仰け反ることで回避し、そのまま蹴り上げられた脚を横に転んで躱す。

 

「おいおい!あの体勢から躱すかよ!?どんな特訓してたんだ!」

 

「これくらいできなきゃ日ノ宮の奴に殺されかねなかったからな!」

 

「なんで日ノ宮!?ドラゴンと山籠もりしてたんじゃねぇのかよ!?」

 

 山籠もりの最中、毎日のように喧嘩していた2人。

 日常的に組手のようなことをしていた2人の対人戦闘力は自然と向上していた。

 

「ならこれならどうだ!仁村!さっき回収したサングラスだ!」

 

 匙の合図とともに仁村はポケットに入れていたサングラスををかける。匙も同様だ。

 次の瞬間、カッと照明から光が弾け、一誠とゼノヴィアの目を焼いた。

 

『やられたな。照明に魔力を送ることで明かりを弾けさせたか』

 

 冷静に解説するドライグを余所に匙の蹴りが一誠の腹に突き刺さる。

 腹に力を入れていなかった分、余計にダメージが通る。

 続いて背中に一撃を貰い、よろめくと締めとばかりに顎にアッパーが繰り出される。しかし、一誠はその突き上げられた拳をギリギリで躱し、逆に相手の腹に拳を叩き込んで後退させる。

 

「やるじゃねぇかよ、兵藤……」

 

「おまえもな、匙。正直、あの山籠もりが無かったら今のでリタイヤしてたかもしれないぜ!」

 

 再度言うが、最後のアッパーが躱せたのは山での修行で一樹と日夜喧嘩していたおかげだ。

 何せ一樹は槍を持ってるし、マウントポジションからのラッシュが得意ときてる。下手に倒れたらマズイと体が勝手に反応するのだ。

 

(だからって感謝なんてゼッテェしないけどな!)

 

 布団代わりに使っていた大きな葉っぱを眠っている間に燃やしにかかる。金的に目潰しや崖からの突き落としまでやってくるのだ。まぁ、一誠も似たようなものだったが。

 

「……俺の夢は、会長の造った学校で教師をすることなんだ」

 

 突然ポツリと匙は話し始める。

 

「日ノ宮の奴に言われたよ。やったことがないことを誰かに納得させるにはまず結果を見せなきゃ誰も支持しないって」

 

 あのパーティーでそう言われた後に匙はずっとその言葉の意味を考えていた。

 今の自分が誰かを納得させられるだけの説得力を持たせるにはどうしたらいいか。

 それは、目の前の赤龍帝を倒すことだ。

 フェニックス家とのレーティングゲームで仲間の協力があったとはいえ、ライザー・フェニックスを下し。三勢力の会談ではライバルの白龍皇を退かせた。

 その事実は冥界に伝わってる。

 それに比べて匙自身はせいぜい聖剣事件でケルベロスと相対したくらいだ。

 駒の価値も向こうが上。だからもし匙元士郎が兵藤一誠を倒せたのなら—————。

 

「俺は会長の指導のおかげで強くなれた。まだ何のネームバリューのない俺が赤龍帝のお前を倒せば少しは会長の夢に注目してくれる悪魔が出て来るかもしれない。会長の夢を嗤った連中も少しは見直してくれるかもしれない。今回のレーティングゲームは冥界全土に放送されてる。ましてやここまでお膳立てされた舞台で無様に負けるわけにはいかないんだよ!」

 

 一呼吸入れて匙は真っすぐと一誠を見据える。

 

「だから、お前の全力を出させた上で踏み台にさせてもらうぜ!俺の、俺たちシトリー眷属の夢の為に!」

 

 赤龍帝を倒せば会長の夢が一歩近付く。

 それはただの妄信かもしれない。

 ここでどんな結果を出しても何も変わらないのかもしれない。

 だが本気だった。

 匙元士郎は本気でこのゲームで兵藤一誠を倒すことに懸けているのだと、この場にいる全員が理解した。

 

「……」

 

 だからその本気に対する一誠の答えは。

 

「悪いゼノヴィア」

 

 一誠の言葉にゼノヴィアが嘆息する。しかしすぐに仕方ないなぁといった笑みに変わった。

 

「あれだけ真剣な相手を無下にするなんて出来ないさ。だが、それを使う以上、必ず勝つのだろうね?」

 

「おう!匙!俺の夢は上級悪魔に昇格してハーレム王になることだ!」

 

 匙の夢を聞いた一誠が対抗するように自分の夢を語る。

 

「でもな、その夢はまだまだ遠い!だから俺はまず当面の目標を立てた!」

 

「目標?」

 

「部長のおっぱいの乳首をつつくことだっ!!」

 

 その場にいた全員が固まった。

 

「アザゼル先生から聞いたんだ!おっぱいをポチッとじゃなくずむっとつつくことでブザーのように鳴るらしい!俺はそれをこの五感全てで感じたい!だから俺はこのゲームに勝つぜ!そして部長の好感度を上げていつかあのおっぱいをつつく!!その為にここでお前を倒すぜ、匙!!」

 

 あまりにも酷い。

 あまりにも理解不能な夢。

 聞く者が聞けば馬鹿にしているのかと怒鳴りたくなる力説だろう。

 だが、本人は本気で言ってた。

 これが、兵藤一誠という悪魔だった。

 

 その夢を聞いて匙は笑いたい気分だった。

 あぁ、こういう馬鹿を全力疾走するのが目の前の男だったなと再確認して。

 

「そんな夢に負けて堪るかよ!絶対にテメェを倒すからな兵藤ォッ!!」

 

「来やがれ!禁手を出したらこっちも後がねぇんだ!瞬殺されても文句言うなよ!」

 

 

 赤龍帝の籠手から禁手へのカウントダウンが開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは監獄だった。

 罪人たちが捕らえられているその施設にひとりの男がひとりの囚人に会いに来ていた。

 

「どちら様かな。生憎と御覧の通り、私は目を塞がれていてね。気配から看守ではないようだが」

 

 監獄のとある一室に入れられている男は全身を拘束されていた。

 椅子に括りつけられ、手足の自由を許さず。自由が許されているのはその口と耳だけだった。

 

「我が名はクルゼレイ・アスモデウス。真なる魔王の血を引くものだ」

 

「ほう!旧魔王派の中でも過激派で知られる貴方が私のような薄汚い囚人にどのようなご用件で?」

 

 くつくつと嗤う男にクルゼレイは鼻を鳴らす。

 

「あまりふざけた態度を取るなよ?見込みがあればこそ出向いてやったが、俺の気分次第で貴様を首だけにして生かす術もあるのだぞ」

 

「それは怖い。これは言葉に気をつけなければいけませんね」

 

 嗤うことを止めない囚人にクルゼレイは手早く本題に入る。

 

「貴様をここから出してやろう。頭脳面を認められ、一時は平民から上級悪魔へと昇格した貴様の知能と技術。我ら真なる魔王の為に役立ててやる」

 

「これは意外ですね。それとも旧魔王派、失礼。真なる魔王の貴方たちはそこまで切迫しているのですか?なにぶんここに入れられてから外の情報はめっきり入ってきませんので」

 

「質問は無しだ。だが、もし協力するのならば貴様の頭脳を活かせる場を与えることを約束しよう。それとも、ここで永遠に繋がれていることが望みか?」

 

 クルゼレイの言葉に男は半分が火傷した顔を薄らとした笑みで歪ませた。

 

 

 

 

 



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40話:向けられたモノは

 一樹が名前を呼んだかつての級友であるアムリタ・ズィンタの名を呼ぶと彼女はどこか探る様に一樹を見ていた。

 訳が分からなかった。

 見た感じ、アムリタは人間のように感じる。

 黒歌や白音のような妖怪。リアスたちのような悪魔と関わってからそういう感覚に敏感になっていた一樹の勘では目に映る級友が人間だと感じた。

 転生悪魔でもないと思う

 なのに何故、冥界にいるのか。

 頭を振って一樹はアムリタに近づこうとした。

 

 だが、アムリタが弓を構えているのを見て、思考が真っ白になった。

 弓を射ると同時に完全に反射で体が勝手に動き、矢の射線から外れる。

 一樹の後ろの壁に刺さった矢に注目せずに驚きからアムリタを睨む。

 

「い、いきなりなにしやがる!?」

 

 突如やられた暴挙に肩で息をしながら詰め寄ろうとするが、相手は何も答えずに再び弓を構えた。

 

「ちっ!?」

 

 一樹も腕輪を槍変化させてアムリタが放った矢を打ち落としにかかる。

 一射目は槍を振り下ろして弾き、二射目も想像より遥かに速く射られたがなんとか柄で防いだ。

 三射目は防ぐことは難しいと判断し、本能の命じるままに避ける。しかし、横に避けた筈の矢はカーブして一樹の右の二の腕を射抜いた。

 

「ぐ、つあ!?」

 

 突き刺さった痛みから呻き声を上げるとアムリタはん、と小さく声を漏らす。

 

「この程度デスカ。ナルホド。こちら側に関わったバカリというのは本当のようデスネ」

 

 どこか落胆したような声は痛みで上手く聞き取れず、アムリタの弓を射る能力を考察する。

 

(ライフルみたいな速度で連射してきやがる!それにさっき曲がったのはあの弓の効果か?追尾みたいな能力が)

 

「違いマス」

 

 こちらの考えを読んだようにアムリタは一樹の疑問に答える。

 

「今のはただ曲がるように射ったダケ。それくらいのことは造作もありマセン」

 

「わざわざ説明どうも……じゃねぇよっ!殺す気かテメェは!ホントにどういうつもりだよ!事と次第によっちゃ、お前でも容赦しねぇぞ!」

 

 突き刺さった矢を痛みで顔を歪めながら引き抜いて投げ捨てる。

 一樹の睨みを利かせるがアムリタは相変わらずの無表情。なぜ冥界にいるのか。どういうつもりで攻撃してきたのか。わからないことだらけで頭が混乱している。

 

 利き腕が使えなくなり、左手で槍を構える。

 

「ハッ!お前が気にしてるからどんな奴かと思えば、大したことねぇじゃねぇか!」

 

「そうね。ちょっとお姉さんも期待外れだったかな。アルジュナちゃん」

 

 何処からともなく現れたのは巨漢の男と金髪の20歳前後程の女。

 アムリタはふう、と息を吐く。

 

「私をアルジュナと呼ぶのは止めて欲しいのデスガ。その名は、まだ私には相応しクナイので。ジャンヌさん。ヘラクレスさん」

 

「あら。でも貴女がアルジュナの子孫であることには違いないでしょう?」

 

 何を言っても無駄と悟ったのか。アムリタは再び息を吐く。

 相手が敵なのかどうかさえ判断出来ず、一樹の混乱はさらに深まる。

 

「イツキ。イマ私は禍の団にある派閥のひとつである、英雄派に所属してイマス」

 

 アムリタの告白に一樹の目が見開く。

 

「つまり、三勢力に身を置くアナタの、敵です」

 

 再び、アムリタは矢を番えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐斗は魔剣の二刀流でシトリー眷属の3人と戦っていた。

 薙刀を振るう椿姫と巴柄2人が左右から襲い掛かり、隙間を縫うように無手の翼紗が戦車の怪力を向けてきていた。

 

(一朝一夕で出来るコンビネーションじゃないね。それに先程から由良さんの行動にも違和感を覚える。なにか狙ってるのかな?)

 

 さっき翼紗は祐斗の魔剣を掴もうとする動作が嫌に引っかかった。何らかの作戦と見るべきだと判断し、彼女に魔剣を触らせないように気をつける。

 

 幾度の攻防をくり返し、裕斗が後方に跳んで距離を取ると小休止に入った。

 

「上手く捌きますね。巴柄の刀だけでなく私の薙刀も。よほど長物の相手に慣れて―――――あぁ、彼ですか」

 

 椿姫の頭にリアスの眷属ではないオカルト研究部の部員である少年の顔が浮かんだ。

 

「えぇ。昨日も彼と模擬戦をしました。動きはだいぶ違いますが、長物の相手にする経験は積めましたよ」

 

 実際、修業により一樹の槍を扱う技術はだいぶ向上していた。椿姫とは動きが違うが参考にできる点は幾つもあった。

 

「とはいえやはり3人相手は辛い。今にも倒されてしまいそうですよ」

 

「良く言えますね。余力を残している状態で」

 

 聖魔剣さえ出させず自分たちをあしらえる技量に椿姫はプライドが傷つけられた気分だった。

 祐斗が現在魔剣しか使わない状況は自分たちにとって喜ばしくチャンスなのだが、それ以上にこちらの動きの観察眼が鋭く、思うように事を運ばせてくれない。

 

 再び4人は交戦を再開した。

 最初に刃を交えたのは祐斗と椿姫だった。後ろから巴柄が斬りかかってくるのを裕斗は左の魔剣を逆手に持ち替えて受け止める。

 両手が塞がった状態の祐斗に翼紗が襲いかかった。

 前後の刃を滑らせるようにして受け流すと同時に祐斗は体を沈ませて足払いをかけた。

 

「なっ!?」

 

 突然の足技に翼紗は対処しきれずにバランスを崩し倒れ込むとすれ違い様に後ろを取った祐斗が容赦なく逆手に持っていた魔剣を背中に突き刺す。そしてそのまま魔剣を放棄して距離を取った

 

「翼紗!?」

 

 巴柄が叫ぶが彼女は最後、口から血を吐いて悔しそうに表情を歪め、ゲームから敗退した。

 

「まずはひとり。何かを狙っていたようなので1番に倒させてもらいました。ついでにここで貴女たちも倒して数の不利を解消させてもらいますよ」

 

「随分と足癖が悪いのですね」

 

「なにぶん師匠が師匠でして。あの人の昔の上司曰く、目潰し金的足払いがないのは実戦じゃないそうです」

 

 肩を竦める祐斗。

 勝つためならそれらを駆使する剣士から剣を習った祐斗ももちろんそうした行動に出ることはできる。今まで見せる機会がなかっただけ。

 椿姫たちの中で祐斗への評価をさらに上へと修正して刃の宴は再開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼノヴィアは相手の兵士である仁村留流子と対峙していた。

 アスカロンに纏わせたデュランダルのオーラはゼノヴィアの予想以上に今回のゲームに適している。

 

(それに、イリナとの模擬戦も良い経験になった)

 

 自分とは対極に位置する剣士。

 周りを気にしなくていい戦場ならゼノヴィアが勝てるだろうが、今回のようなフィールドではイリナの方が上手に戦えるだろう。

 模擬戦の最中も彼女の技巧に何度も足元を掬われた。

 だが、その動きを参考にすることでゼノヴィアもこうした閉鎖された戦場で戦う術を身につけることが出来た。もっとも付け焼刃なのは本人も自覚しているが。

 それよりも目の前の兵士を見る。

 下級生でありながら良い動きをする少女。

 特に思い切りが良い。僅かに隙を見せれば構わずに突っ込んでくる。逆に言えば向こう見ずな訳だが。

 だけど。

 

「甘いよ!」

 

「あうっ!?」

 

 体勢を僅かに崩させ棒立ちになった相手にゼノヴィアはアスカロンを振るって相手の腹を斬る。

 

「意気は良し。だけど経験が致命的に足りなかったね」

 

 それで終わりと留流子はそのままリタイアした。

 

「さて。少し離れてしまったが向こうはどうなったかな?」

 

 倒した相手のことを意識から追い出して、戦闘音の中心へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠と匙の闘いはあまりにも一方的な展開だった。

 神器のラインを使って無理矢理生命力を魔力へと変換し、拳に纏わせたり、弾を作って投射する攻撃はどれも禁手の鎧を突破することは叶わない。

 山籠もりの修業中に一樹の聖火の影響を抑えるためにドラゴンのオーラを纏う術を編み出したことも鎧の防御力を底上げしていることに一役買っていた。

 これは一誠自身には自覚のないことだが、彼の鎧は並の上級悪魔でも破壊が難しい強度を誇っている。

 それこそリアスの滅びの魔力や以前戦ったライザーの炎でもその防御を突破することは難しい。

 

 最初に接続されたラインだけは今も繋がれているが、そのラインは遠くの場所へと続いていてどこに繋がっているのかはわからない。

 残ったラインを防御に回したりしながらなんとか持ちこたえているが、その顔は腫れており、口から血を垂らして歯は真っ赤に染まっている。鎧を殴った拳は逆に潰れて血だらけになっていた。

 

「俺は勝つんだ……勝って、夢の一歩を踏むんだよ……!」

 

 それでも匙は向かってくるのを止めなかった。

 限界なのは一誠も理解している。

 だが鬼気迫る匙の表情に息を呑んだ。

 

 突き出した拳が鎧の胸の部位に当たる。しかしその音はコンクリートさえ打ち抜く程の威力を見せた拳とは思えない程に弱弱しい音だった。

 

「……俺は、お前が羨ましかった」

 

 ポツリと独り言のように匙は呟く。

 

「伝説の赤龍帝を宿して。辛勝とはいえあのライザー・フェニックスを倒して。三勢力の会談で白龍皇を退けたお前が……」

 

 目の前のボロボロの男がそんな風に自分を見ていたなんて知らなかった。一誠は鎧の奥にある目を大きく開く。

 

「なのに俺にはなんにもなかった……胸を張れる功績なんてなにも。だから、今日お前に勝って自信を手に入れるんだ……!そして、会長の夢がただの妄想じゃないって証明すんだよ!!」

 

 ラインを伸ばして大型家電を引っ張ってぶつけてくる。

 それを最小のドラゴンショットで迎撃するが、すぐに別方向から箪笥が激突してきた。

 ダメージ自体は無いに等しいが、衝撃で体勢が崩れるのはまずかった。

 

「会長の、俺たちの夢は誰にも笑わせない。俺たちは笑われるために、潰えるために夢を掲げたわけじゃねぇんだ……!だから―――――!」

 

 匙はさっきから指が動いていない、拳の形に固定された手に魔力を込める。

 

「今日俺はぁ……!お前を超えていくっ!!」

 

 その拳を見て一誠は修業中にタンニーンに言われたこもった一撃のことを思い出していた。

 夢や欲望。願いを拳に込めて放たれた拳は一発で戦況を変えることがあると。

 それを放てる相手はどんなに格下であっても油断するなと教わった。

 

 言われた時に一誠はその言葉を実感できなかった。だが匙を見てなんとなくであるが理解する。

 その全身から発せられる圧を感じてヤバいと直感した。

 

『相棒。奴が放てるのはあと一度だけだ。それに全てをぶつけてくるだろう。気を抜くな』

 

「あぁ。わかってるさ、ドライグ」

 

 ボロボロになりながらも前進することしかできない愚直さ。

 自分の全部を賭けることで勝利を引き出せようとする覚悟。

 それがひしひしと伝わってくる。

 

「これで最後だ……行くぜ匙ぃいいいいいいいっ!!」

 

 一誠は手加減無しで突進し、拳を振るった。

 トラックの突進に等しい龍の鎧の一撃。

 匙は意識があるのかはっきりしない目で見据えながらも龍の拳を避けた。

 

(マズイ!一撃がくる!?)

 

 カウンターとして放たれた拳は一誠の胸に打ち込まれた。

 その時、一誠は違和感を覚えた。

 

(身体が、動かねぇ……!?)

 

 匙のカウンターを決められた一誠はその場で時が止まったかのように動きを止めた。

 

 心臓打ち、という技がある。

 格闘技などで胸の心臓の位置を正確に強力な一撃を打ち込むことで一瞬だけ相手の動きを止める技。

 カウンターという形で放たれた拳の衝撃は本人の意図しない形で赤龍帝の鎧の奥にある生身に衝撃を伝え、技を成功させていた。

 

 次の攻撃を覚悟した一誠だったが、それより先にドサッという音が耳に届いた。

 匙は一誠に一撃を放った瞬間に意識を失い、今膝を折って倒れた。

 

「匙……お前……」

 

 タンニーンから教わったこもった一撃。それを以てしても一誠の動きを一瞬だけ止めるのが精一杯だったのだ。

 匙はそのままこのゲームから脱却した。

 

「匙、お前はすごい奴だよ……」

 

 心の底から一誠は匙元士郎という友人の在り方を称賛した。

 

「イッセー!」

 

 あの場からそれなりに距離が出来ていたのだろう。

 ゼノヴィアが近づいてきた。

 

「やったのか?」

 

「あぁ、なんとかな。そっちは?」

 

「倒したさ。中々に将来性のある後輩だった」

 

「そっか」

 

「イッセー?」

 

 棒立ちになっている一誠にゼノヴィアが訝しむように名を呼んだ。

 

「あんな風にさ……ダチをブッ飛ばしたの初めてだったんだ」

 

 修業中に一樹とは何度も喧嘩したが、こんな風に全てを賭けてきた相手を踏み潰すように殴ったのは一誠にとって初めての経験だった。

 

「わかってたし、覚悟してたつもりだったけど……クソッ!」

 

 それでも実際経験してみればこの後味の悪さは。

 一誠はゼノヴィアの手を握った。

 

「少ししたらちゃんと頭を切り替える。だからもう少しだけこのまま握らせてくれ」

 

「……うん」

 

 鎧の中で震えているだろう手をゼノヴィアは握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハッ!!やっぱ大したことねぇな!」

 

「うぜぇな!邪魔なんだよ!」

 

 右手に手甲を着けた一樹が左手に槍を持って巨漢の男と相対していた。

 先程の一射からアムリタはこちらを何か見定めるような眼で見てくる。

 

(手甲は着けたけど右腕が動かねぇから防御として意味がねぇ)

 

 射抜かれた右腕は当然動かずに慣れない左腕だけで槍を振るうが相手が思った以上に頑強だった。

 相手の放つ拳を避け切れないと判断し、腹に力を込める。

 しかし、その瞬間にありえないことが起こった。

 

「ゴッ!?」

 

 殴られた腹が爆発し、一樹は大きく後方に吹き飛ばされ、壁に激突する。

 立ち上がると巨漢の男は感心したように口笛を吹いた。

 

「俺の神器、【巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)】を喰らって死なねぇとは大したもんだ!」

 

(今の爆発は神器のモノか。能力は触れると爆発するってところか?)

 

 相手の能力を考察し、どうするか思考する。

 

「だが、曹操の奴も気にかけてるからどんな奴かと思えばこの程度じゃ、仲間にする価値も無さそうだぜ!」

 

 近付いてくる巨漢の男。まだ一樹は爆発のダメージで動く事が出来ない。

 

「まぁ、でも曹操が連れて来いって言ってたからな。このまま動けねぇようにして運んでやるよ」

 

 悪意の手が一樹に迫る。

 その手を睨みつけるように見ているとその腕に細い幾重もの糸が絡みついてきた。

 それと同時に誰かが一樹を抱えて巨漢の男と距離を離す。

 

「大丈夫!いっくん!?」

 

「急いで来てみればどうゆう状況かな、コレは?」

 

 現れたのは白音とイリナだった。

 イリナが擬態の聖剣で男の腕を拘束し、その隙に白音が一樹を抱えた。

 一樹を助けたことでイリナは男から聖剣の糸を離して一樹の横に立つ。

 

「2人とも、どうして……」

 

「会場の至る所で変な霧が発生してて。一樹くんも戻ってこないから白音さんと黒歌さんとで探したのよ」

 

「姉さんも?」

 

「その霧が結界の役割を持ってたらしくて入れなかったんだけど、黒歌さんが侵入できるようにしてくれたの。今はその逃げ道を維持してくれてるわ。他にも悪魔の人たちが事態の収拾に動いてる」

 

 イリナが説明すると一樹はそうか、と短く答える。

 そこで白音が驚いたようにアムリタの顔を凝視している。

 

「アムリタ、先輩?」

 

「え?知り合い?」

 

「俺の、中学時代のダチだよ。今は禍の団の英雄派ってところに所属してるらしい」

 

「!?」

 

 一樹の言葉に白音が驚きの表情をする。

 イリナも驚いてはいたがすぐに思考を切り替える。

 

「禍の団ってことはテロリストってことね!とりあえずここで捕縛しましょう。話はそれからでもできるでしょう?」

 

 イリナの提案に一樹は押し黙ったままアムリタだけを見据える。

 

「白音、イリナ。お前らは邪魔な2人を頼む。俺はアムリタの奴と話がしたい」

 

「え!?ちょっと!!」

 

「ここで捕えても後で話せるか判んねぇし……頼むよ」

 

 真剣な表情で頼む一樹にイリナはどうすべきか迷うが白音が前に出た。

 

「いっくんの好きにすればいいよ。私は、それを全力で支持するから」

 

 見ると仙術を使用して猫の耳と尻尾を露にする白音。

 イリナは仕方ないわねと嘆息した。

 

「2人がそういうんじゃ私も賛成するしかないじゃない……」

 

「悪い。ありがとな」

 

 そして一樹は()()()()()()()()()()()()()()

 自分の右腕が動くことを自覚して手を開いたり閉じたり、肩を回したりした。

 痛みは完全に引いていないが動かすに申し分がないくらいには治癒していることに気付く。

 

「どうしたの、いっくん?」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

 不可解な現象ではあったが一樹は今考えることを放棄した。

 この場で考えて解ることでもないし、あとでアザゼルに調べて貰えばいい。

 そんなことよりも今やるべきことは―――――。

 

 かつての友人に視線を向け、槍を構える。

 一樹にはどこか彼女が笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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41話:負けられない闘い

 自動販売機を破壊して中身を取り出し、水分補給を済ませる。

 隣に居たゼノヴィアも適当に自販機の中身を取り出して同じように喉を潤した。

 

(いくらレーティング・ゲーム用に創られた空間つっても。こうして自販機をぶっ壊して物を取るって嫌な気分になるな)

 

 気にする必要はない筈なのに自分が犯罪者になったような気がしながらもそれを飲み干すように容器の中のモノを一気に喉の奥へと流す。

 意識に余裕が出てきたおかげか自分の身体の異常に気付く。

 

(さっきからふらつきが治まらない。禁手化の影響か?でも修行してた時はこんな感じは……)

 

 身体の違和感に引っかかりを覚えながらも結局は解答には至らない。

 そこでリアスから通信が入る。

 

『オフェンスの皆、聞こえる?私たちは敵本陣に進軍するわ』

 

 リアスたちが動く。これはもう序盤と中盤を終えて終盤戦へと突入する合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐斗とシトリー眷属2人の闘いは熾烈を極めていた。

 シトリー側はひとり欠けたというのに、より一層の結束を以て祐斗を追いつめていく。

 しかも2対1の状況で体力の消耗が大きいのは祐斗の方だ。

 

(そろそろ決めにかからないとマズイ!このままジリジリと消耗戦に持ち込まれたらこちらがやられる!)

 

 リアスたちが移動しているという事実もある。騎士として主の身を守らなければという使命感が早くリアスたちと合流しなければという焦りが生まれる。

 そして焦りはミスを生み、近接戦での僅かな失敗は致命的となる。

 まだミスこそ犯してないものの、危ない場面が少しずつ増えてきた。

 今はスピードで誤魔化しているが相手は女王と騎士の眷属。こちらの都合良く翻弄されてはくれない。

 

(ここらが勝負時かな?)

 

 出来れば聖魔剣は3人をリタイアさせてから使いたかったが、リアスが動いた以上、そういうわけにもいかない。

 一刻も早く主の下へ駆けつけなければならない。

 

「でやぁああああっ!?」

 

 巴柄が日本刀を上段から最速の振り下ろし。

 祐斗は振り下ろされた刃を床と壁を蹴って上へと逃げると全体重を乗せた一刀で巴柄の刀を叩き折った。それから剣を斬り上げ、敵の騎士を斬る。

 

(2人目。後は女王の真羅副会長だけだ!)

 

 それが僅かでありながらも致命的な油断だった。

 巴柄は転送される僅かな間に折られた刀の刃を手で握りしめて自分から意識の外した祐斗の左太腿に突き刺した。

 

「つあっ!?」

 

 流石にこの行動は祐斗にも予想外であり、痛みで驚きと同時に表情を歪ませる。

 巴柄はすぐに転送されたが祐斗はふらつきながら壁を背にする。

 

「凄まじい執念ですね。敵ながら、その覚悟には感服しますよ」

 

 息を荒くし、太腿から流れる血と共に汗も一気に流れる。

 腕ではなく脚というのも痛い。これでは祐斗の最大の武器ともいえるスピードは封じられた。

 なにがなんでも倒すという気迫。このゲームに懸ける想いは自分たち以上だと認めなければならない。

 

(だからって、負けるつもりはサラサラないけどね)

 

 祐斗は聖魔剣を創り、構えを取る。

 

「戦意は衰えませんか。なるほど……リアス・グレモリーの眷属は揃いも揃って諦めが悪いようですね。ですが私も容赦はしません。この勝負に勝つために、貴方だけは確実に仕留めさせてもらいます!」

 

 薙刀を構え直し、真羅椿姫は鬼神と思わせる気迫を以て祐斗へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一樹、白音、イリナの3人は禍の団の英雄派を名乗る3人と戦闘を行っていた。

 白音はヘラクレスと呼ばれた巨漢の男。イリナはジャンヌと呼ばれた剣士の女性。

 そして一樹は再びアルジュナと呼ばれていた少女と向かい合っている。

 

「話、聞かせてもらおうか」

 

 槍を握り、一足で跳びこめる距離で質問をする。

 

「なんで冥界にいるのか。なんで俺にいきなり攻撃を仕掛けたのか。そもそもなんで禍の団に所属することになったのか。言わねぇってんなら力づくでも聞き出すぞ」

 

 一樹のその言葉にアムリタは眼を細める。

 

「力づく?アナタが?」

 

 その眼はそんなことは不可能だと語っていた。

 

「私は、物心付いタときカラ弓に限ラズあらゆる武芸、戦士としての修練を積まされマシタ。5歳のときに下級とはいえ、妖魔を屠り始め、10の齢で100を超える魑魅魍魎を死体に変えてキマシタ。その私にこちらに関わっテ半年も経たないアナタが力づくで聞きダス?」

 

 アムリタが弓を構えると同時に一樹も迎撃態勢に入った。

 

「思い上がらないでクダサイ」

 

 冷淡な声。

 そして指から放たれた矢はその姿を消した。

 矢は、一樹の離れた位置にある後ろの壁を貫通していた。

 

「なっ……!?」

 

「今のはワザと外しマシタ。もし僅かでも気を抜くナラ……次はその首が落ちることになりマス」

 

 理由がわからないまま、戦うことを余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐斗は残りひとりの敵というところで劣勢を強いられていた。

 負傷した脚を庇いながらもどうにかして椿姫の薙刀を捌くが、ところどころに傷が増えてきている。

 

「貴方がリアス・グレモリーの下へ駆けつけたいように私も主の下へ赴かなければなりません。負傷した相手を嬲る趣味もありません。ここで幕を引かせてもらいます!」

 

 向かってくる椿姫。

 祐斗はこの危機的状況の中で自分にできることを考えていた。

 

『いいですか、祐斗。確かに騎士の速力は私たちにとって貴重な戦力ですが、それが使えない状況を想定しない訳にはいきません。負傷かもしれないし、なにかを守るために壁にならざる得ない状況かもしれない。それらを想定しながら備えないのは愚か者の行為です。そういうわけで、今から教える技は私の昔の同僚が使っていた奥の手なのですが―――――』

 

(本当に、師匠には頭が上がらないよ)

 

 今の状況を予見していたわけではないのだろう。ただ、いつかあるかもしれない状況が思ったより早く来てしまっただけ。

 

(まだ未完成なんだけどね)

 

 迫ってくる椿姫に祐斗は上半身を弓のように引き、力を溜める。

 何かを感じ取ったのか、椿姫は攻撃を止めて何かを出した。

 

追憶の鏡(ミラー・アリス)!」

 

 出て来たのは装飾がされた巨大な鏡。

 

(盾のつもりか?でも関係ない、そのまま打ち抜く!!)

 

 弓から矢が射られるように勢いを乗せた聖魔剣の突きが繰り出される。

 放たれた突きは鏡を破壊し、その後ろにいた椿姫の肩を打ち抜いた。

 同時に祐斗にも衝撃が襲いかかり、遥か後ろへと飛ばされる。

 

「ごふっ!今のは……」

 

「私の神器、【追憶の鏡(ミラー・アリス)】は鏡を破壊された時、その衝撃を倍にして返すカウンター系の神器です。でもまさか、衝撃が跳ね返されるより速く剣が突き刺さるなんて……!」

 

 意外でしたと椿姫は自分に刺さった聖魔剣を引き抜いて投げ捨てる。

 

(僕はここまでかな。不甲斐ないなぁ。でもあの傷なら向こうのリタイヤの筈。相手の女王も倒すことができた。後は皆を信じて―――――!?)

 

 そこで、祐斗は目には小瓶の中にある液体を振りかける女王の姿が映った。

 

「……フェニックスの、涙……貴女が……」

 

「えぇ。本来私たちの予想ではここで貴方とゼノヴィアさんの2人と闘う予定でした。しかしまさか貴方ひとりに翼紗と巴柄の2人を失い、私もコレを使わざる得ない程の状況に追い込まれるとは思いませんでした」

 

 想定外の犠牲ですと呟く椿姫。

 

「ですが貴方を仕留められたこちらの利は大きい。私たちの勝利を確実にするためには、貴方だけは絶対に倒しておきたかった」

 

 それは、どういう意味か問おうとしたが祐斗は既に口を開く余力もなかった。

 

「ではさようなら。リアス・グレモリーの騎士。私にはまだ仕事が残っています」

 

 踵を返しこの場を去って行く椿姫。それをなにも出来ずに見送りながら裕斗は唇を噛んだ。

 純粋な剣技での闘いに拘った結果がこれだ。最初から聖魔剣を用いていれば勝てたかもしれないのに。

 今回も、最後まで残ることができなかった。

 

(本当に不甲斐ないなぁ……)

 

 こうして、木場祐斗はレーティングゲームから敗退した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモールの中心にある広場。そこに一誠とゼノヴィアが辿り着いた時、そこには既にリアスと朱乃とアーシア。そしてソーナと彼女の僧侶のひとりであるおさげの少女、草下憐耶が控えていた。

 まだ健在のプレイヤーでこの場にいないのはシトリー勢の女王である真羅椿姫ともうひとりの僧侶、花戒桃のみ。

 祐斗が倒されたことにグレモリー眷属の間で動揺が走ったがここに来るまでに全員が気持ちを切り替えている。

 一誠は自分に繋がれていたラインの先がシトリー勢の僧侶に繋がれているのが見えた。

 匙との戦闘を終えた後、ゼノヴィアのアスカロンにラインは既に切断されている。しかしまるで見せるように切断されたラインを残していることに不気味さを感じた。

 

「大胆ね、ソーナ。わざわざ中央に足を運ぶなんて」

 

「それは貴女も同じでしょう、リアス」

 

「えぇ。どちらにせよ、もう終盤戦でしょうから。もっともこちらの思惑とはだいぶ違う流れになったみたいだけど」

 

 王同士の会話の中、眷属たちも緊張を緩めない。

 しかし、そこで一誠に変化が起きた。

 

「あ、あれ?」

 

「イッセーさん!?」

 

 突如禁手の鎧を纏っていた一誠が四つん這いの姿勢になったのだ。

 意識が遠のく中でアーシアが回復に努めてくれているが、痛みは消えても意識の遠のきは治まらない。

 リアスがフェニックスの涙を使おうとするが、アーシアの神器で治療できないのなら効果はないと予測し、引っ込める。

 

「アーシアさんの神器もフェニックスの涙も効果はありませんよ、リアス。彼はここでリタイアです」

 

「イッセーに何をしたの、ソーナ!?」

 

 焦りから叫ぶリアスにソーナは合図して憐耶のバックからある物を取り出した。

 それは献血の場などで見る血液パックだった。

 

「アザゼル先生のアドバイスは的確でした。あの人は匙の神器が相手の力だけでなく、血液を奪い取れることを教えてくれたのです」

 

「アザゼル先生が!?」

 

 アザゼルはオカルト研究部の顧問だが、同時にシトリー勢の神器使いの育成にも口を出していた。そこでアザゼルは匙の神器の持つ可能性を教授したのだ。

 

「習得には精密な神器操作が必要とされます。ですが匙はそれを見事やり遂げました。人間がベースになっている転生悪魔である以上、血液の半分を失えば致死量です。戦闘力で貴方を倒せなくてもゲームのルールが貴方をリタイアへと追い込みます」

 

 レーティングゲームのルール上、致命傷と判断された選手はすぐに医務室に転送される。匙はずっとこれを狙ってどれだけ殴られてもこのラインだけは外させなかったのだ。

 

「ライザー・フェニックスとのゲームを研究し、白龍皇との闘いもある程度聞き及んでいます。貴方はとことん諦めが悪く、何度でも立ち上がる。その根性と呼ぶべき精神論が赤龍帝の力を引き出し、白龍皇との戦いのときのように何が理由でパワーを増大させるか予測できない意外性の塊でもある。ですから私たちはゲームのルールで貴方を倒すしかなかった」

 

 宣言するようにソーナは一誠を指さす。

 

「確かに匙は貴方に敗れました。ですが貴方を敗北へ誘ったのは間違いなく匙元士郎です!」

 

 それは自分の眷属の誇る熱のある声だった。

 倒れて意識が沈みそうになる一誠にアーシアが賢明に効果の無いとわかっている治癒を続ける。泣きそうな顔で。

 そこで血液パックを持っていた憐耶がアーシアへと近づき、叫ぶ。

 

反転(リバース)!」

 

 その声を合図にアーシアの治癒の光は攻撃的な赤色へと変貌し、無傷だったはずのアーシアと膝をついていた一誠の口から血が吐き出された。

 

「アーシア!?」

 

「イッセーくんッ!?」

 

 ゼノヴィアが倒れたアーシアを抱きかかえ、イッセーの体を朱乃が支える。

 

「アーシアさんの回復の力を反転させてもらいました。彼女の強力な治癒能力。それをそのまま攻撃の力へと変化すれば」

 

 倒れたのはアーシアと一誠だけではない。回復の範囲に入っていた憐耶もまた同じように血を流していたが、彼女は仲間に後を託して満足げにその場から消えていった。

 

 そんな薄れゆく意識の中で一誠は匙のことを考えていた。

 自分を倒すためにここまで気力と知恵を絞った尊敬すべき好敵手。

 匙を倒したときにあった後味の悪さとともに芽生えていた僅かな優越感など根こそぎ吹き飛ばすほどの敗北感。

 

 悔しさと嬉しさ。他にもたくさんの感情が渦巻きながら一誠は医療室へと転送された。

 

 一誠が転送されたことでリアス側は3人にまで減ってしまった。しかしソーナ側も残っているのは3人。だが、この場に居るのは王であるソーナひとりだった。

 未だ姿を見せないもうひとりの僧侶が気がかりだが、これがチャンスであることには違いない。

 

 リアスが滅びの魔力。ゼノヴィアがアスカロンを構えている中、立ち上がった朱乃の肩が僅かに震えていた。

 

「……許せない」

 

 見ると、朱乃の目から一筋の涙が零れていた。

 

「あの子の前でこの忌まわしい力を彼の前で使うことで私の中に流れる血を克服しようとしたのに――――!」

 

 バチバチと音を鳴らし、朱乃の手の平から強大な力を持つ雷光を発生させる。

 

「消しますわ!」

 

 放たれた極大の雷光。この土壇場に来て堕天使の力を使った朱乃の攻撃は容赦なくソーナを飲み込もうとしていた。

 しかしソーナの眼には焦りはない。

 

「嘗めないでください」

 

 ソーナが生み出した水の盾が朱乃の雷光を防ぎ、逸らすと近くにある店へと軌道を変える。

 その防ぎように一瞬呆ける朱乃。

 

「ここに来て自らの力を使う覚悟を決めましたか。私たち悪魔の天敵である光の力を雷に乗せて放たれた一撃は確かに脅威に値します。もしその覚悟をもう少し早く決めていれば、ですが」

 

 ソーナがなにを言っているのかわからないといった感じに朱乃は呆然としている。

 そんな朱乃にまるで自分の不手際を自覚していない教え子を諭すような口調で続ける。

 

「今まで使わなかった力を訓練もなしに使用して本当に通じると思っていたのですか?今の一撃も少し私の立ち位置が違うだけで貴女の仲間に返される可能性を考慮しましたか?貴女にとって兵藤くんがどのような存在かは問いませんが、自分の立場を弁えずに感情に任せて自軍を危険に曝す愚行。とても王を補佐する役割である女王の行動とは思えません」

 

 ソーナの指摘に朱乃は顔を真っ赤にした。

 それは、ライザーとのレーティング・ゲームでライザーの女王であるユーベルーナにも似たことを言われた。

 主の勝利の為に自身の拘りを捨てられない朱乃は女王として失格だと。

 同じ過ちを今の今まで繰り返していたのだとようやく自覚する。

 

「う、五月蠅いっ!?貴女にそんなこと……!」

 

 だが、それを自覚してなおすぐに認められるほど朱乃は大人ではなかった。

 再び雷光を放とうとする朱乃の胸に、刃が生える。

 

「朱乃っ!?」

 

 朱乃の胸を貫いていたのはソーナの女王である真羅椿姫が投擲した薙刀だった。

 リアスが倒れようとする朱乃の体を支える前に彼女はこの場から転送される。

 

「すみません、遅れました」

 

「いいえ。丁度良いタイミングでした。ありがとう、椿姫」

 

 淡々とした声で倒した落ちた薙刀を拾い、ソーナの傍へと駆け寄る。

 その短いやり取りが彼女たちの結束を見せつけられる。

 

 そうしてソーナは最後の宣戦をする。

 

「こちらはまだひとり揃っていませんが、丁度2対2です。ここで決着を着けましょう、リアス・グレモリー」

 

 その冷たい表情には確固たる勝利への執念が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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42話:拒絶された手

 朱乃がやられ、このゲームも最終局面を迎えようとしている中、アザゼルはこれまでの経緯を考察する。

 下馬評でリアスたちの勝率8割と予想されていたこのゲーム。蓋を開けてみればリアスたちはソーナの策略に翻弄される形になっている。

 匙の神器の使い方についてアドバイスを送ったのは確かにアザゼルだがゲームまでにモノにしてくるとは正直思わなかった。目標に対する執念の成せる業か。

 

(だが、ラインを繋いだ時点で逃げを選択しなかったのはマイナスだな。本当に勝ちたいのならあそこは真正面から闘うんじゃなく、逃げを選択するべきだった)

 

 結果的に一誠はリタイアしたものの、もうひとりくらい倒されていた可能性もある。

 ましてやこれから先生を目指すのであればあんな選手生命を縮ませるような行動は論外だ。

 教える立場の者はただ闘いに勝たせる術を教えれば良いというわけではない。少しでも長く戦える術を教えるのも仕事だ。

 一戦勝ったが選手生命が潰えてもう試合に出れないでは話にならない。

 そういう意味では今回の匙の闘いは教師としては失格と言わざる得ないのだが。

 

(だが、ああいう我武者羅さは嫌いじゃない。若者(ガキ)ってのはアレくらい直向きな方がいい)

 

 後々のことを考えて手を抜くという賢さは大人になって身につければいい。

 無茶ができる若いうちは夢に向かって愚直に進む姿にこそ観客を魅せることができる。

 実際、この試合を観戦している古参悪魔の中には匙の行動に魅せられてシトリー勢を見直している者もチラホラと出ている。

 

 次に祐斗だが、たったひとりで敵を2人倒し、フェニックスの涙を消耗させた功績は大きい。アレが無ければリアス側はもっと数の違いに翻弄されていた筈だ。

 真面目な本人は倒されたという事実だけで気落ちしているかもしれないが。

 

 そしてシトリー勢が使った反転(リバース)、アレは――――。

 

(うちの技術局の奴が渡しやがったな。まだ試験運用段階だってのに。中々面白い使い方だったが、これからのゲームには反転は使用禁止にするようにサーゼクスに進言しておかないとな。後付けの能力は一部の例外を除いて危険(リスク)が高いし、若い芽がこんなことで潰えるのは賛成できねぇ)

 

 そして今しがたリタイアした戦友の娘を思う。

 

(ようやく力を使うことに吹っ切れたか。だが、ぶっつけ本番で使うには相手が悪かったな。これが格下なら倒せただろうが)

 

 それでも、ようやく朱乃が前進したことを喜ばしく思うアザゼルがいる。

 

 そこで同じ場所で試合を観戦していたオーディーンがサーゼクスに問うた。

 

「サーゼクス。あの龍の小僧は何と言ったかのう?」

 

「兵藤一誠くんのことですか?」

 

「いや、シトリーの方の兵士じゃ」

 

「匙元士郎くんですか」

 

「まだ青いが見所のある小僧じゃ。ああいうのは強くなる。大事にするとええ。赤龍帝の小僧を倒した功績は大きいぞ。わしも、あの小僧の名を覚えておこう」

 

 その言葉にその場にいた全員が驚いた。

 あのオーディーンが、まだ新米の転生悪魔の名を覚えると言ったのだ。この場での最大の賛辞と言ってもいい。

 

「そうでしょうそうでしょう!オーディーンのおじいちゃんったら話がわかるんだから☆」

 

 先程からハラハラして試合を観戦し、朱乃がソーナを攻撃した場面など自ら飛び込んで行くんじゃないかというくらいヤバい雰囲気を醸し出していたセラフォルーがオーディーンの賛辞に一変して上機嫌になる。

 というかいくらなんでもあのフレンドリーさ色々と問題なのではないだろうか?本人は気にしていないようだが相手は仮にも他神話の主神。実際傍で控えている銀髪の戦乙女は睨むとまではいかないが苛立ちを含んだ視線を送っている。

 それに気付いているのかいないのか。セラフォルーは本当に外交担当なのか疑わしくなってくる図だ。

 

 全員がオーディーンとセラフォルーに注目している間にアザゼルはサーゼクスに耳打ちする。

 

「事態はどうなってる?」

 

「今、私とセラフォルーの眷属たちが事態の収拾に動いている。だが、まだ日ノ宮一樹くんたちに関する報告は受けていない。すまない」

 

「そっちは黒歌たちに任せるさ。俺たちがここですべきなのは客人にこの異常事態を悟らせないようにすることだろ?」

 

「すまない。ありがとうアザゼル」

 

 礼を言われてアザゼルは苦笑いを浮かべながらも内心では自分で動けない立場に歯軋りする思いだった。

 

(何かに巻き込まれているとしても、無事でいてくれよ、一樹)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 禍の団と三者三様の闘いは未だ決着が着かずに続いていた。

 

 イリナは日本刀の状態の擬態の聖剣でジャンヌと名乗った剣士と刃を交えている。

 

聖処女(ジャンヌ)の名を持ちながらテロリストに加担するなんて!」

 

「この名前は別に偶然の一致じゃないわ!お姉さんはジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者だもの!」

 

「はぁっ!?」

 

 思いもよらない告白にイリナが素っ頓狂な声を上げる。

 

「私たち英雄派の幹部は全て過去の英雄の魂を受け継いだか、その子孫で構成されているわ!つまり君が剣を向けているのはあの聖処女の現身ということよ!」

 

 一瞬の動揺を突いてジャンヌはイリナを体ごと弾く。

 もたらされた情報。それにイリナが感じたのは怒りだった。

 

「ふざけないで!ならなおのこと許せないわ!」

 

 ようやく長くいがみ合っていた三勢力が融和の道を歩み始めたのだ。それを聖人の魂を宿している語る目の前の女性がそれを台無しにしようとした組織に所属しようとしているなど、彼女のファンでもあるイリナには到底容認できることではなかった。

 17から19の2年という短い間に戦場を駆け抜け、策謀から火刑に処されながらも数百年後に聖人として認められた神の声を聴いた少女。

 彼女の存在を知り、報われなかった凄惨な生涯と死後に認められた功績を想ってイリナは涙を流したほどだ。

 そんな彼女と目の前の女性はイリナのイメージと真逆と言っていい存在に感じた。

 それが、一方的な押しつけだと理解していながら。

 

「こっの!!」

 

「あら?」

 

 イリナが振るった擬態の聖剣がジャンヌの剣を弾き飛ばす。

 そして聖剣を相手の喉に突き付ける。

 

「貴女の剣は破壊されたわ!大人しくお縄に付きなさい!」

 

「ふふ。甘いわね。たった1本の()()を弾いたくらいで勝った気になるなんて」

 

 突き付けていた刃はジャンヌが腕を上げる。そこには弾かれた筈の剣が握られていた。

 

 後方に跳ぶイリナは驚愕の表情でジャンヌを見る。

 

聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)。これが私の神器。貴女がいくら私の剣を弾き、壊そうとも何度だって創り直してあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレスと対峙していた白音は相手の神器の能力を聞いて触れないように迫り来る巨躯を避け続けていた。

 

「なんだよ逃げてばかりかぁ!俺に触れられんのがそんなに怖ぇのかよ!!」

 

「……セクハラです」

 

「ハッ!そういうマセた台詞はもうちょっと肉付きが良くなってから言えやメスガキ!」

 

 ヘラクレスの動きは白音から見て直線的な動きならまぁまぁと言った感じだが、動きが判り易く避け易い。

 しかし、先程から当てている打撃で内臓にダメージを通そうとしても向こうは潜在的にオーラの量が多いためか思ったよりダメージが通らない上に打たれ強い。

 相手は口から血を流しながらも突進してくる敵に白音は小さく舌打ちする。

 

 先程のイリナとジャンヌの会話は白音の耳にも届いていたがすぐに切って捨てる。

 相手が誰かなど白音にはどうでも良いし、少なくとも美猴より強いとは感じられず、十分倒せる範囲だと判断したからだ。

 あとは神器である以上、禁手にだけ気をつければいい。

 

(それに、体力勝負はどう考えても分が悪い。すぐに決めにかからないと……)

 

 持久戦になれば確実に負ける。そう冷静に考えて白音は懐に隠してあった符を数枚投げつけた。

 それがヘラクレスに近づくと火が点り、爆発が起きる。

 起爆符。

 術式を書き込んだ符に妖力を流すと僅かな間をおいて爆発させる道具。術で作った手榴弾がイメージとしては近いかもしれない。

 この合宿で白音が転移符とともに作成できるようになった道具だ。

 

「俺と爆発で勝負しようってかぁ?だがな――――甘ェんだよ!!」

 

 後ろから接近してくる人影に振り向いてその拳を叩きつける。

 今の爆発が目暗ましであることくらいヘラクレスも察していた。そしてそういう場合、大抵背後から攻撃してくるものだ。今までの戦闘の勘からそう判断したヘラクレスの拳は白音に殴りつけると同時に自身の神器で爆発を起こそうとした。

 しかし、当たった拳はなんの感触もなく、目視で触れるとその姿が掻き消えていった。

 

「幻術です。この程度の手に引っかかるなんて、マヌケです。螺旋丸!」

 

 白音の手にある螺旋丸はいつもは野球ボールサイズの大きさだが、今はバスケットボール程の大きさで完成されている。

 その螺旋丸をヘラクレスの横っ腹に叩き込む。すると、受けた相手は壁に激突するまで弾き飛ばされる。

 

「貴方がヘラクレスの何なのかは知りませんが、少なくとも私の敵ではありません」

 

 それだけを告げて白音は一樹とアムリタの方へと視線を移した。

 その目にはアムリタに組み伏せられている一樹が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 都合4本目の聖剣を破壊したイリナはこれじゃあ埒が明かないと判断して峰で5本目の聖剣を峰で受け止める。

 

「ふふ。峰打ち(そっち)じゃいくら何でも聖剣は破壊できないわよ?」

 

「これでいいのよ!そっちこそ、私の擬態の聖剣がどういう聖剣(エクスカリバー)か忘れてるんじゃない?」

 

「え?」

 

 ジャンヌの訝しむ表情を無視してイリナは日本刀の形態を取っていた刀身の半分を鋼糸へと変化させて操り、ジャンヌの両手を聖剣の柄へと固定化させる。

 

「しまっ!?」

 

「いくらでも聖剣を生み出せてもそれを扱う腕が封じられば意味無いで、しょっ!」

 

 そこでイリナは自分の獲物から手放し、ジャンヌに一本背負いを極める。

 コレにはジャンヌも目を見開く。

 床に叩きつけられて呻くと自分を見下ろす聖剣使いの少女を見る。

 

「聖剣使いが、投げ技なんて……」

 

「聖剣の担い手が剣しか振るえないなんてあるわけないでしょ?こうした体術もしっかり教会で仕込まれたわよ!」

 

 特にゼノヴィアと違い後天的な聖剣使いであるイリナはむしろこうした体術から学んだのだ。もちろん剣が最も得意な獲物であることには違いないが。

 

「さ、貴女をミカエルさまに突き出して聖人がどういうモノかたっぷりと教えてあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(距離を取られたら歯が立たねぇ!)

 

 飛来する矢を弾きながら一樹はどうやって相手の間合いを詰めるか考えていた。

 一射一射が恐ろしく速く、特に先ほどの知覚できない程の速さで射られた矢を出されれば回避も防御も出来る気がしない。

 3歩近付けば4歩後退させられ、じりじりと距離を離される。

 矢を弾くために一瞬だけアムリタを視線から外した。次に同じ場所を見るとそこにアムリタの姿はなかった。

 何処に?と考えるより速く感じた殺気から上を見るとアムリタが一樹の真上から弓を構えていた。

 放たれた矢はさっきの知覚不可能の矢。それが一樹の横へと落ち、粉塵が巻き上がる。

 

「クソッ!?」

 

 僅かに視界を奪われた一樹だが、アムリタの着地をすぐに察して槍を振るう。しかしアムリタの手には弓ではなく、武骨な刃渡りがやや短めの剣が握られていた。

 一樹の槍を一度受け流すとすぐに攻守が逆転し、一方的に受けに回された。

 

「近づけば勝てると思ってマシタカ?つくづく甘イ……」

 

 足払いをかけられて背中を打った一樹にアムリタが体を押さえる。

 

「鎧の力も満足に引き出せずにこの始末。やはりまだ時期尚早デシタ」

 

 アムリタがなにを言っているのか一樹には理解の外だったが聞いておきたいことがあった。

 

「おじさん……お前の親父さんはお前が禍の団に居ることを知ってるのか!?それともあの人も一緒に――――」

 

 何度か会ったことのあるアムリタの父は温和という言葉をよく表した人柄をしていて娘がこんなことをすることに賛成するようには思えなかった。

 それを言うなら、アムリタの今の姿も想像の埒外なわけだが。

 一瞬だけ動きを止めるとほんの少しだけ言葉を濁すように唇が動いたが、すぐに答えを口にした。

 

「……父は、死にマシタ」

 

「―――――どういうっ!?」

 

 そこでアムリタがナイフを取り出し、一樹の腹を刺す。

 腹から血を流し、吐血する。

 外へと吹き出た血がアムリタの服を染める。

 

「いっくん!?アムリタ先輩、貴女は!!」

 

 2人の下へすぐに駆け付けようとする白音。

 腹を刺したアムリタは一樹の耳元で――――――。

 

「イツキ……私は、貴方を殺したい」

 

「っ!?」

 

 そう呪いの願望を囁いた。

 

 そこで、ヘラクレスが雄叫びとともに立ち上がる。

 

「くそがぁあああああっ!?許さねぇ!許さねぇぞこのメスガキがぁ!!」

 

 立ち上がったヘラクレスが息を荒くして白音を睨めつける。

 

「ここでテメェを確実に消し飛ばしてやる!!禁手(バランス・ブレ)―――――」

 

 禁手化を行おうとするヘラクレス。

 しかしそれは第三者によって止められた。

 

「そこまでだ」

 

 現れたのは一樹より少し年上に見える漢服をきた男だった。

 ヘラクレスは怒りの表情を抑えずにその男に掴みかかる。

 

「曹操、テメェ!!」

 

「お前の禁手は派手過ぎる。一応お忍びで来ているんだぞ?それに多くの悪魔たちがここに近づいて来ている。潮時だよ。今回は旧魔王派の用事に便乗して冥界に訪れているんだ。向こうがここを出る以上、俺たちも撤退する。置いて行かれるからな。異議は認めない。いいな?」

 

 そこには有無を言わさない圧力があった。

 曹操と呼ばれた男はジャンヌに近づいて彼女の手を拘束している擬態の聖剣の鋼糸を手にしている槍で切り放し、ジャンヌを回収する。

 

「もうちょっと優しく助けてくれるとお姉さん嬉しいんだけど……」

 

「自分の不手際だろう?我慢しろ」

 

 言われてジャンヌはそのまま黙ってしまった。

 

「アルジュナ。聞いての通り、今回はここまでだ。帰還しよう」

 

 言われてアムリタは一樹から体を離す。

 しかしそれに納得しない者がいた。

 

「待てよ……まだ、話が終わってねぇだろ……!」

 

 アムリタのズボンの裾を掴み、体を起こそうとする一樹をアムリタは力づくで振り払って蹴り飛ばすと白音の傍まで移動させられる。

 そこで曹操は思い出したかのように一樹に視線を向ける。

 

「そうだ。冥界に来た最後の目的を忘れるところだった。日ノ宮一樹。俺は曹操。君を迎えに来た」

 

「?」

 

「君は俺たちと来るべきだ。アルジュナと同じく大英雄の血を引く君は俺たちと来る資格がある」

 

 曹操の勧誘に一樹は苛立ちを隠さずにいる。

 

「うる、せぇな。俺はお前と話なんてしてねぇんだよ!俺が話してんのは……っ!?」

 

 既に離れた位置にいるアムリタに手を伸ばす一樹。しかし、返って来たのは手の平と太腿に打ち込まれた2射の矢だった。

 

 立ち上がろうとした体が再び沈む。

 白音の悲鳴が上がった。

 それを見ていた曹操は手厳しいなと苦笑し、ジャンヌが顔を引きつらせている。

 

「まぁ、いい。今回は急だったからな。次会ったときにでも答えを聞かせてくれ。色好い返事を期待しているよ、日ノ宮一樹、いや―――――」

 

 不敵に笑い曹操は一樹をこう呼んだ。

 

施しの英雄(カルナ)

 

 それで話は終わりとばかりに彼らを包むように転移の魔法陣が展開される。

 白音とイリナはそれを止めようとするが、無理だと判断する。

 白音は一樹を抱えているし、イリナは擬態の聖剣を曹操によって破壊されてしまい、戦闘に不利だ。

 

 なにも出来ず、敵が消え去るのを見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーティングゲームの最終戦は戦車(ゼノヴィア)女王(椿姫)(リアス)(ソーナ)の闘いで展開されていた。

 

 ゼノヴィアが振るうデュランダルのオーラを纏ったアスカロンを椿姫は魔力で強化した薙刀を上手く使ってあしらっている。

 しかし仲間が居たとはいえ、祐斗との激戦を繰り広げた椿姫の体力は目に見えて消耗しており、倒されるのは時間の問題に思える。

 

 対して王の対決はソーナが水で作られた多種多様な獣の群れで襲いかからせ、リアスは滅びの魔力で迎撃していく。

 

 武器対武器。

 魔力対魔力。

 グレモリー側はパワーでシトリー側は技術。

 それぞれの持ち味を以てお互いに一歩も譲らない闘いが展開していた。

 

 今回のルール上、ショッピングモールという閉鎖された空間ではリアスはソーナの獣を全力の滅びの魔力で消し飛ばすわけにはいかず、威力調整を念入りに頭で計算して放ち、ソーナもこの空間で障害物を利用し、水の獣を上手く動かして戦いを進めている。

 その行動力と計算高さにリアスは内心舌を巻いていた。

 

 大規模な破壊が出来ない以上、柱などの後ろに隠れられれば攻撃を行えず、ソーナは縦横無尽に獣を動かしてくる。

 だがあれだけ複数の獣をここまで扱うのにどれだけ高い魔力の精密操作と集中力が要求されるか。リアスは親友に感嘆の念を抱かずにはいられなかった。

 

(だからこそ負けられない!既にリタイアした眷属(あの子)たちの為に!なにより私自身の為にも!!)

 

 ずっと考えていたことがある。

 自分の血に悩んでいた朱乃に前へと進むきっかけを作ったのはイッセーだ。

 朱乃だけじゃなく祐斗もギャスパーも。眷属たちの悩みや苦しみから一歩踏み出させるのに自分はどれほどのことが出来ていたというのか。

 それでも彼、彼女らは自分を主として信頼し、戦ってくれた。

 それも結局はソーナの手の平で踊らされただけだった。

 このゲームが終わってもきっと眷属たちはリアスを責めず、むしろ自分の不甲斐なさを恥じるのだろう。

 そんなあの子たちだからこそ、自分はここで勝ち、ミスを清算しなければならない。

 胸を張って自分の眷属たちと顔を合わせるために。

 

 1羽の水の鷹がリアスに近づくとリアスは黒い魔弾で迎撃しようとするが、躱され、近くに寄った時にその鳥はその体を爆発させた。

 

「あうっ!?」

 

 小さな爆発だったが体は頭から水浸しになり体勢を崩され、膝をついた瞬間に今度は獅子が襲いかかってきた。

 

「これくらいで……!馬鹿にしないで!!」

 

 向かってくる爪を避けて、顔の部分に滅びの魔力で消し飛ばした。

 次の獣を警戒するリアス。

 

 もし、リアス・グレモリー個人に明確な敗因があったとするなら、この時点で倒した獅子から僅かでも意識を外してしまったことだろう。だが、四方八方から襲い掛かってくる獣たちを前に倒した獣を即座に意識から外すのはそう間違いではない。

 だがもう少しだけ警戒が持続していれば結末は変わっていたかもしれない。

 

 破壊された水の獅子の中には今まで姿を現さなかったもうひとりの僧侶が居たことに気付いていれば。

 

「アァアアアアアアッ!!」

 

 叫びと共に破壊したはずの獅子の中から飛び出してきた最後の僧侶。花戒桃は上を取っていた落下の勢いのままリアスに体当たりをして押し倒した。

 前進を濡らした姿で、その手にはデパート内で物色したであろう包丁が握られていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!?」

 

 息を切らして胸下にナイフを突き付ける桃。それでチェックメイトだとソーナが寄ってくる。

 

「よくやってくれました桃。そしてこれで終わりです、リアス」

 

「ソーナ……!」

 

「卑怯、などと言わないでくださいね、リアス。これはレーティングゲーム。チームで王を取る戦いです」

 

 そんなことを言うつもりはない。だがいつから彼女を忍ばせていたのか。

 

「このショッピングモールなら隠れるところはいくらでもあります。彼女にはギャスパーくんを打倒した後からずっと身を潜ませてもらっていたのです。この奥の手の為に」

 

 やられた!とリアスは思った。

 おそらく、戦いに夢中になっていた最中に水の獅子の中に桃を入れたのだろう。この決定打の為に。

 

「この段階に移行するために邪魔だったのがギャスパーくんと木場くんでした。ギャスパーくんの探索能力なら隠れている彼女を見つけるかもしれない。木場くんの速度ならあの一瞬からでも貴女を助けることが出来るかもしれない。だから、この2人は確実に倒しておきたかった」

 

「……」

 

 無言で、悔しそうに唇を噛むリアス。結局最後の最後までソーナの手に踊らされていたのだと理解して。

 

「今回のレーティングゲームはあらゆる意味で私たちに有利な条件での戦いでした。数の差。私たちに都合の良いルール。そして戦いの場。ですがだからこそ今回のゲームでだけは負けるわけにはいかなかった」

 

 もしこのゲームで敗ければソーナたちの夢は大きく遠ざかる結果になっただろう。自分の得意な戦場ですら敗ける者の教えなど誰が乞おうと思えるのか。

 無茶をしたし、させた自覚もある。

 それでも、今回だけは勝利を得なければいけなかった。

 彼女はリアスが1対1で戦うだろうという思い込みすら利用したのだ。

 

「兵士でも王は取れる。ありとあらゆる駒が王を倒し得るのです。姿を現さないのが僧侶だという油断もあったのでしょう?」

 

 ソーナの言うとおりだった。

 基本サポート中心の僧侶で王の駒を取ろうなどとリアスにはない発想だった。これは自身の僧侶が戦闘に向かない気質なのもあるだろうが。

 

 完敗だった。勝利への執念も策略もあらゆる意味で上を行かれた。

 

「此度のゲームは私の勝ちです、リアス。次はお互いの駒を揃い終えた後に戦いましょう」

 

 それを合図にリアスの胸に桃が持つ包丁が無慈悲に落とされた。

 

 

 

 

 

『王のリタイアを確認。ソーナ・シトリーさまの勝利です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




乳翻訳が出なかった時点で予想されていたかもしれませんが、今回はソーナの勝ちです。
理由はソーナが言ったことが大半です。

一樹のこれまでの戦績。

コカビエル編。
・無抵抗のバルパーを半殺し。
・コカビエルにかすり傷を負わせて死にかける。

ライザー編
・ライザー眷属2名撃破。
・ライザー戦で一誠の引き立て役。

三勢力会談編
・白音と2人がかりで美猴に敗北。

冥界編
・中学時代の友人に完膚なきまでに叩きのめされる。

…………主人公?





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43話:冥界旅行の終わり

イリナがどんどん常識人枠に。意図してるわけじゃないんですけどね。


 一誠がレーティングゲームを敗退した後、医療室に運ばれたが怪我と言える怪我は貧血程度なので輸血して飲み物を渡されるとすぐに解放された。

 ゲームに負けたのを知ったのは医務室を出た時だった。

 あれほど意気込んだのに結果を見れば惨敗に等しい内容。

 シトリー眷属に良いように踊らされたゲーム内容に一誠は気を落とす。

 もしこれが実戦だったのならという仮定は無意味だ。

 今回の敗北という経験を糧に前へと進むしかない。

 ただ、リアスとちょっとだけ顔が合わせ辛い。

 渡されたジュースを飲みながら廊下を歩いているとイリナと顔を合わせた。

 

「イッセーくん……」

 

「よっ!アーシアかゼノヴィアの見舞いか?」

 

 一誠が話しかけるとイリナが少しだけ考える仕草を取る。それに首を傾げる一誠だがすぐに答えは返ってきた。

 

「実は、みんなの試合の最中に禍の団の襲撃があったの」

 

「マジか!?」

 

 いきなりもたらされた情報に一誠は声を張り上げる。もしかしてヴァーリが襲撃してきたのかと思ったがその考えはイリナによって否定された。

 

「一応、別の派閥だったみたいよ。規模も小規模で、被害はほとんど出なかったらしいわ。でも、戦闘に巻き込まれた一樹くんが負傷して……」

 

「日ノ宮が!?大丈夫なのかよ!?」

 

 お世辞にも仲の良いとは言えない関係だが仲間が怪我をしたと聞いて何とも思わない程、一誠は冷たい人間ではない。山籠もりのときは殺し合いに近い喧嘩はあったが別に本気で死んでほしいとか殺したいと思っているわけではないのだ。

 ただあの時は精神状態が不安定だっただけ。

 

「えぇ。ゲームでリタイアして治療を終えたアーシアさんも神器で一樹くんの治療に加わってくれたおかげで大事には至らなかったわ。今は薬で眠ってて、白音さんと黒歌さんが付き添ってる」

 

「そっか、安心した」

 

 ほっと息を吐く一誠。そんな一誠にイリナは神妙な顔で話題を振った。

 

「ねぇ、イッセーくん。コカビエルの件で私とゼノヴィアが学園に来た時に私と戦ったのを覚えてる?」

 

「ん?あぁ。覚えてるけどそれがどうした?」

 

「やっぱり、私と闘うのって辛かった?」

 

「あったり前だろ!ガキの頃は男だと思ってたって言っても幼馴染だし、女の子と闘うのはやっぱり嫌だったさ。実際は手も足も出なかったけどな」

 

 コカビエルの一件の際に一悶着あり、祐斗はゼノヴィアと。一誠はイリナと決闘することになった。

 あの時イリナは悪魔に転生した幼馴染を正しき道へと更生させるのだと使命感に燃え、相手の言い分など耳を貸さずに闘った。その時にアーシアにも酷いことも言った。

 相手の事情も気持ちも踏み躙って。

 当時はそれが当然だと思っていたが。神の不在を知り、三勢力の会談でそれぞれの主張を聴き、ゼノヴィアとアーシアの想いを聴いて視野が広がり始めたイリナにとってあの時の自分は顔を真っ赤にするくらいの黒歴史として刻まれていた。

 そして先程の戦いで一樹が呼び止めても拒絶して去ってしまった少女。

 あの一樹の辛そうな表情を見て改めて自分が過去、使命感で嬉々として行った行為がどういうモノだったか客観的に考えるようになった。

 

「うん。ごめんね、イッセーくん」

 

「な、なんだよ!?今更いいだろそんなこと!!」

 

「うん、ありがと」

 

 イッセーの言葉にイリナは微笑んだ。

 自分とイッセーがこうして蟠りが溶けたように、あの2人もいつか手を取り合えたらいいと願いながら。

 

 

 

 

 次に一誠があったのは治療を終えたリアスだった。

 

「部長!」

 

「あらイッセー。もう怪我はいいの?」

 

「はい!抜いた血を輸血するだけでしたから。その、部長は……?」

 

「えぇ。倒されてすぐにフェニックスの涙を使ってくれたおかげで傷も残ってないわ」

 

 ほら、と胸元を開けて刺された場所を見せる。

 イッセーはリアスの肌に傷が残っていないことに安堵してホッとすると同時に鼻の下を伸ばす。それを察してリアスは苦笑した。

 

「本当に貴方は女性の胸が好きなのね。聴いてたわよ。貴方の夢。匙くんが真面目に話してるのに貴方って子は」

 

 呆れたように笑うリアスに一誠は顔を真っ赤にさせた。

 自分を奮起させるための宣言だったが確かにアレは酷いと自分でも思う。

 そこでリアスが急に艶っぽい表情と声を出した。

 

「ねぇ、イッセー。なんならここで私の胸を押してみる?」

 

「え?えぇええええ!?ぶ、部長ぉ!!」

 

「イッセーが禁手に至ったご褒美がまだだったでしょう?何なら今ここでつついて行く?」

 

「ほ、ほんとうにいいんですか!?」

 

「まさか。冗談よ」

 

 さっきまでの艶っぽい表情と笑みはどこへやら。スッと引っ込んでいつもの表情に戻るリアスにイッセーはずっこけた。

 

「私の身体はそんなに安っぽくないわよ。それに、簡単に夢が叶ったらつまらないでしょう?そ・れ・よ・り……」

 

 リアスがイッセーの後ろに回る。

 

「ずいぶんと恥ずかしいことを衆人環視の前で叫んでくれたわね。観客の笑いの種にされてお偉方も失笑してたらしいわよ。あまり私に恥を掻かせないでほしいのだけれど」

 

 両の握り拳で一誠の頭を挟み、グリグリとし始めた。

 

「痛っ!すみません!ごめんなさい!!」

 

「まったくもう……」

 

 すぐに拳を離して笑みを浮かべる。それは仕方ないなぁといった顔はまるで出来の悪い弟を見る姉のような視線だった。

 

「今回は私たちの敗け。上の評価も大分厳しいものになってしまったわ。だからまた、1から這い上がりましょう。次は絶対に敗けないように」

 

 今回リアス陣営は惨敗に近い結果だった。

 上からの評価もかなり下方修正されてしまっただろう。

 だがこれで終わりではない。

 上へと上がり、前へと進む意思があるのなら挽回の機会はいくらでもあるだろう。

 その時々に少しずつ積み上げていけばいい。

 自分が出来る最善とその結果を。

 敗北を経験したリアスの表情はとても晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 リアスと別れて次に見つけたのは匙にソーナと話すサーゼクス。

 

「こんな物、俺は貰えません!」

 

 なにか焦ったように手を振る匙。しかしそれをサーゼクスはそれを首を振って諭す。

 

「これはレーティングゲームでもっとも活躍した者や印象に残る戦いをした者に贈られる物だ。今回君は確かにイッセーくんに敗けた。しかし彼を打倒したのもまた君だ。受け取りなさい。君にはその資格がある。今回のレーティングゲームで君の戦いを北欧のオーディーン殿も評価していたよ。そしてあの戦いに多くは者が魅せられた。あまり自分を卑下してはいけない。君も上を目指せる悪魔なんだ。これからどれ程の時間がかかってもいい。もっと精進していつかレーティングゲームの先生になりなさい」

 

 サーゼクスの言葉に匙は涙ながらに小箱を受け取って頷く匙。そんな匙の肩に手を置いて自らも賛辞を贈るソーナ。

 これ以上ここに居るわけにはいかないと一誠はその場を後にする。

 心の中で賛辞と再戦の決意を新たにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。

 

「いっくん!」

 

 体を起こそうとする一樹に白音が抱きついてくる。どうして寝ていたのか思い出そうとして射された二矢が頭に過った。

 

「アムリタ、は?」

 

「先輩は、曹操って人たちと……」

 

「……そっか」

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。何もわからない。

 それでも今わかることは。

 

「あいつは、きっとまた俺の前に現れる」

 

「……いっくん」

 

 アムリタは一樹を殺したいと言った。彼女がどのようにしてそのような結論に至ったのかまるで理解できない。

 ただ重たい思考がどうして、とだけループする。

 次に会った時、今の自分では話をすることさえままならないだろう。

 どうするべきなのか。どうしたいのかさえ定まらない。

 

「情けねぇ……」

 

 自分の顔を覆って一樹は息を吐いた。

 その体は僅かに震えていた。

 そんな一樹の傍を白音はずっと傍で寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちの拠点に戻ってきた曹操は参謀のゲオルグと話していた。

 

「今回、冥界に赴いたことで多くの神器保持者を確保できた。これで計画の目処は立ったな」

 

「あぁ、冥界の転生悪魔で主に不満を持つ者は少なくない。これらを引き入れることに成功したのは僥倖だ。これでオーフィスから与えられた蛇の実験を行うことが出来る」

 

 満足そうに茶を飲む曹操にゲオルグは話題を変える。

 

「それで、アルジュナの方はどうしている?」

 

「今は部屋で休んでいるさ。能面のような顔で彼と相対していたが相当精神的に堪えたらしい」

 

 覚悟していてもかつての旧友に矢を向けることは精神的に負担が大きいようだ。

 

「それでも先祖の無念を晴らすか。まるで呪いだな。帝釈天殿も何を考えているのか」

 

 アルジュナを連れてきたのは帝釈天だった。半年ほど前に突如現れてアムリタをアルジュナの子孫と言ってこちらに預けてきた。

 彼女は神器保持者でこそないが、神話の時代から受け継がれたアグニの弓と現代になっても色濃く残すインドラの()を持ち合わせていた。

 なにより、子々孫々と伝えられた異形との戦う技術は素晴らしい。純粋な武芸においては英雄派の中でもひとつ飛び抜けていると言っていい。

 

「カルナの勧誘は失敗したようだが」

 

「元々今回のは顔見せ程度で済ます予定だったさ。チャンスはまだある。焦る必要はない」

 

 日ノ宮一樹。カルナの子孫の情報を自分たちにもたらしたのも帝釈天だった。

 先日突如やって来て、グレモリーの協力者にこういう奴がいると教えに来た。

 

「神話の時代に奇しくも敵対した兄弟。その直系子孫の2人を俺の手元に置いてみたいが敵対するならするでそれでいい。彼が敵として成長し、俺たちの前に立ちふさがれば神話の再現が成されるだろう。それも今回は先祖のような呪いによるハンデのない正真正銘の戦いが。どちらにせよ面白いものが観れそうじゃないか」

 

「私としては敵対する可能性があるなら未成熟なうちに消してしまうべきだと思うが」

 

「ダメだ。それではつまらないし、そんなことをすればアルジュナも俺たちから離反するだろう。アレは、彼と戦うためにここに居るようなモノだ。彼が自分からこちらに来るなら不満を飲み込むだろうがな。それに味方でいるのなら戦う機会も作れる」

 

「わざわざ敵の成長を待つなど私には理解できないよ」

 

「ゲオルグはもう少し遊びを覚えるべきだ。ただ最短の道を走るだけでは大事なものを見落とすぞ。時には周りの景色に目を向けるのも必要だ」

 

 将来が楽しみだと言わんばかりに未来で起こるであろう神話の大英雄の末裔たる2人の戦いに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界を立つ直前に世話になったグレモリー夫婦とその孫であるミリキャスと別れの挨拶をして列車に乗り込んだ。

 

 その際に一樹はヴェネラナに話しかけられ、パーティーの時のダンスを見られていたらしく、見込みがあるから次にうちに来たときは自分がダンスの練習を見ると言われてしまい、本人はその時はよろしくお願いしますと心にもないことを言う羽目になった。

 

 目が覚めた後、一樹は事情聴取を冥界の人たちから受けた。相手はサーゼクスの眷属悪魔でべオルフが担当することになった。

 一樹は特に嘘を吐く必要は感じずにありのままを話す。

 ただ、アムリタと自分の関係については話さず、白音やイリナも同様だった。イリナは白音からお願いされて黙っていたらしい。

 その後、一樹は拍子抜けするくらいいつもの調子を戻していた。

 

 そんな列車の中で一誠が一樹に対して叫んでいた。

 

「なんでお前は夏休みの宿題ほとんど終わってんだよ!」

 

 列車の中で夏休みの宿題をやっている一誠に向かって一樹は溜息を吐いた。

 

「夏休みの宿題なんて7月中か8月の頭で終わらせるもんだろ。まぁ、山籠もりさせられるとは思わなかったから全部は終わってねぇけど、残りの日数で十分終わらせられる程度だ」

 

「理不尽だ!ふっざけんな!」

 

「そもそも冥界に行くって話聞いた時から夏休みの宿題やる余裕があるか判んなかったから前日に急いで進めたしな。学年50位以内を嘗めんな」

 

 同じように山籠もりしていた筈なのにこの差はなんだよと泣きたくなる一誠。

 それに一樹はスケジュールの組み方だよと適当にあしらった。

 

 列車の中でそれぞれが思い思いに過ごしている中で白音が黒歌に話しかけた。

 

「どうかしましたか、姉さま。怖い顔して」

 

「ん~。なんでもないよー。ただ、グレモリー家のお菓子とかは美味しかったなーって思って」

 

 自分を心配する妹に適当な嘘を吐きながら黒歌は昨日サーゼクスから言われていたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「今回、禍の団が侵入してきたことで出たこちらの被害だ。詳しくはこちらに纏めてある」

 

 渡された資料には今回の騒ぎで拉致された。いや、付いて行った者の詳細が書かれていた。

 

「うーん神器使いが多いわね。っていうかそれが目的?」

 

 横目で資料を見ながら黒歌が発言するとサーゼクスが嘆息して頷く。

 

「元々主に不満が募っていた元人間の眷属悪魔だ。彼らの待遇改善を我々の方からも打診していたが、聞き入れてもらえずに不平不満ばかりが目立っていた神器使いの転生悪魔たちだ」

 

「しかし、それだけなら俺はともかく黒歌まで連れてくるように言った理由はなんだ?俺だけにこれを渡せば済む話じゃねぇか」

 

 アザゼルの言葉に黒歌は小さく驚く。てっきりアザゼルの付き添いで連れて来られたのだとばかり思っていたが。

 

「……実は、連れ去られた者の中には転生悪魔ではない、囚人として牢に繋がれていた悪魔がひとり解放された。その悪魔がそちらに関係する者だったので来てもらったのだ」

 

 サーゼクスは眉間に皺を寄せて言う。

 それにアザゼルが質問を重ねる。

 

「黒歌に関係のある、ね。そいつはヤバい奴なのか?」

 

「戦闘に関しては中級の上か上級の下と言ったところだ。はっきり言えばリアスやソーナ君にも劣るだろう。だが彼はその頭脳面を評価されて上級悪魔に昇格した悪魔だ。こと研究や開発という分野ではアジュカに次ぐほどの」

 

 サーゼクスの説明に黒歌は自らの鼓動を速める。その人物に心当たりがあったから。

 

「おい、そいつはまさか……!」

 

「そうだ。その者の名はギニア・ノウマン。かつて黒歌くんを転生悪魔にしようとした元上級悪魔だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日の更新で毎日投稿は終了します。


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44話:選択と次の話

ダグを少し整理しました。


「お~いイッセーくん~。冷たいじゃないかこんなイベントに俺たちを誘わないなんて」

 

「そうだぞイッセーくん。俺たち、親友だろ?」

 

「だー、もう!悪かったよ!でもちゃんとこうしてここに来てんだからいいじゃぇか!!」

 

 元浜と松田に絡まれた一誠は叫んでがっちりホールドしてくる親友の手を力づくで離した。

 

 冥界から帰還した一誠たちは何事もなく祭りの日を迎えた。

 連絡を忘れていた筈の親友2人がどうしてイッセー宅の前にいるのかというと、一樹が一誠も一緒に行くことになったと桐生藍華に連絡した際に彼女の方から連絡が回って来たらしい。

 

 そうして兵藤宅の前で待っていた3人に3人の女子が出てきた。

 

「お、お待たせしましたー」

 

 アーシアに続いてゼノヴィア、イリナも出てくる。それぞれ、このお祭りへの外出用に浴衣を着ている。

 

 アーシアは翡翠色。ゼノヴィアは浅葱色。イリナは橙色の浴衣を着ていた。

 それを見て3人は鼻の下を伸ばす。

 

「ど、どうでしょうか?あまりこういうのは慣れなくて」

 

「似合ってる!?すごく似合ってるぜ3人とも!」

 

「い、生きてて良かったぁ」

 

「浴衣の女の子とお祭りイベント!我々を一体幾つまでこの壮大なイベントを待ち望んでいたか!?」

 

 口々に感想を漏らす変態3人組。特に松田と元浜に至っては涙まで流している。

 そうしていると別方向から声が聞こえた。

 

「なんで泣いてんのよ、アンタたちは……」

 

「騒ぐのもほどほどにね」

 

 呆れるように声を出す藍華。

 現れたのは藍華、一樹、白音、祐斗の4人だった。

 

 裕斗は普通の私服で藍華と白音は浴衣。一樹は着流しを着ていた。

 4人を認識すると変態3人組のひとりであり真性のロリコンである元浜がぶわっと滝のような涙を流す。

 

「ま、まさか白音ちゃんの浴衣姿をこの目で焼き付けることが出来るなんて!さぁ、白音ちゃん!お兄さんと手をつないで行こうか!」

 

 近付いて手を伸ばしてくる元浜。半笑いの上にハァハァと粗い呼吸で近づいてくる様は控えめに言っても気持ち悪い。

 近付く元浜の手首を一樹が掴む。

 

「白音に触んな。問答無用でブッとばすぞ」

 

 危機感を感じて後ろに下がる白音を庇うように前に出る一樹。元浜が止まると同時に手を放す。

 

「くっ!?邪魔をするか日ノ宮!つーかお前は白音ちゃんの何なんだよ!?」

 

 一樹と白音の関係を知らない元浜に藍華が補足する。

 

「日ノ宮と白音は家族同然の関係よ」

 

 藍華の説明に一樹がおい、と小声で責めるが本人はどこ吹く風だ。カオスになる状況を楽しんでるに違いない。

 

「いいじゃない。下手に隠すより本当のこと言った方がいいでしょ。そういうことにしておけば元浜も下手なちょっかい出さないわよ」

 

「か、家族、同然だと……!嘘だ、そんなわけないんだ!こんないつも不機嫌そうな童顔むっつり野郎に彼女ができるなんてありえない!貴様!俺たちを裏切ったのか!?」

 

「……おい兵藤。今からお前のダチの顔を素手で整形してやって良いか?前科があるから手早く済むと思うんだが」

 

 指をボキボキと鳴らしながら訊いてくる一樹に一誠は止めろと答える。

 

「こいつが暴走しそうになったら俺たちが止めるから待て。な?お願いします!っていうか前科とか自分で言うな!!」

 

「ちっ!」

 

 もしここで元浜に馬鹿な行動を取らせたら冗談でも一樹がなにをするかわからないと判断した一誠は全力で元浜の暴走を止めることを誓った。

 ちなみに今回リアスは用事があり、朱乃もそれに付き合う形で欠席となる。

 朱乃本人は非常に残念そうにしていたが。

 ギャスパーも連れて行こうとしたが冥界でたくさんの悪魔たちと日夜合う生活で疲れたのか今は引きこもり生活を満喫しているので欠席である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが日本のお祭りですか!」

 

「私は子供の頃に来たことがあるけど、小さかったからおぼろげにしか覚えてないなぁ」

 

「遠目から見ても色々と屋台があるのだな」

 

「まぁここいらじゃ1番大きな夏祭りだしな」

 

 お祭りは町内にある広場を使って円状に屋台などが展開されている。

 出ている屋台が一目瞭然で金魚すくいや輪投げや射的。食べ物に関してもたこ焼きや焼きそば、かき氷などの定番もあれば、ちょっと奇を狙ったモノもある。

 

「よし!それじゃあ俺たちが夏祭りの楽しさをたっぷり教えてやるぜ!」

 

「おうよ!今日は俺たちの独壇場だぜ!」

 

「3人ともしっかりついてこぉい!!」

 

 女の子と夏祭りを堪能することが3人の気力をどこまでも上げているのか。

 教会トリオにどうにかいいとこ見せようとテンションを上げている。

 

「あの性欲をもうちょっと抑えられる自制心があれば女も寄ってきそうだけどな」

 

 端から見ていると悪い奴らではないし、ノリもいいのだから。それ以上に学園での問題行動が女子たちへの嫌悪感を高めているわけだが。

 今日集まったのは白音を除けば4人の女子は学園で数少ないあの3人に普通に接せられる面子と言える。

 

「見てる分には面白いわよ?」

 

 一樹の嘆息に藍華が答えた。

 確かに見てる分には飽きないだろうが面白いかは人それぞれだ。

 祐斗に行こうかと促されるままに一樹もおう、と足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 祭りで彼らは大いに楽しんだ。

 金魚すくいで全然すくえないアーシアにイッセーがすくってやろうと奮起するがアーシア以上に全然取れなかったりもしたが射的でアーシアが欲しそうにしていた品を仕留めたり。

 ちなみに金魚すくいは松田と元浜が何匹かすくって見せるとゼノヴィアやアーシアから感嘆の声が上がり、照れくさそうに笑った。

 

 祐斗と一樹が祭りにやって来た女の子に誘われたり、型抜き勝負がイリナの圧勝だったり、輪投げはゼノヴィアが曲芸じみた一気投げで手持ちの輪っかを全て輪が入り、観客から歓声が上がっていた。

 

 白音とアーシアが半分ずつ食べていたたこ焼きやら焼きそばで青のりが口についてしまったのを見て藍華が口元を押さえて笑っていたりしていた。

 

 

 祭りを回るのも一段落して備え付けられていたベンチに一樹は腰を下ろしていた。

 今は割とみんな自由行動である。

 

「疲れてそうね」

 

「楽しいと言えば楽しいけどな」

 

 傍にやって来た藍華に一樹は適当に答える。

 

「そういえば、中学の時も4人でお祭りに来て遊んだわねぇ。アムリタはどうしてるのかしら?」

 

 アムリタの名が出て一樹の肩がピクッと跳ね上がった。間の悪いことにそれを見られてしまった。

 

「どしたの?怖い顔して」

 

 本当なら話すべきではなかったのだろう。

 だが、アムリタのことを知っている相手だからか一樹はついポロリと口に出してしまった。

 

「……旅行先でな。アムリタと会ったんだ」

 

「え!?あの娘と!!」

 

「あぁ。ただちょっと喧嘩になっちまったっていうか。一方的に拒絶されたっていうか……」

 

 揉めたことに関してはどう説明したらいいのかわからず相手が理解できないだろう説明になってしまった。

 

「喧嘩!?アンタたちが!!うわっ!それ見たかったわ~」

 

「お前なぁ……」

 

 観たかった番組を見逃したかのように言う藍華に一樹は話す相手を間違えたかと話題を切ることにした。

 

「だってアンタたちが喧嘩してる姿なんて見たことないもの。なんていうかさ、2人ってホントのきょうだいみたいでさ。私から見たら、白音と一緒にいる時よりそう見えたわね」

 

「そうか?」

 

「そうよ。ま、連絡取れるんならさっさと謝んなさい」

 

「俺がなんで悪いことしたことになってんだよ!?」

 

「違うの?」

 

「そもそもなんであんな態度取られたのかすらわかってねぇんだけど!!」

 

 少なくともいきなり矢を射られる覚えはない。口には出さないが。

 

「でも仲直りはしてよ?アンタたちが喧嘩しているとこっちも気を使わなくちゃいけなくなりそうだから、なるべく早くね」

 

「……次会ったときに色々と訊いてみるよ」

 

「そうしなさい」

 

 背中をバンッと叩いてくる藍華に一樹は自分の背中をさすって。礼を言った。

 

「ありがとな、藍華」

 

 一樹の礼を聞いて藍華がビックリして目を見開く。

 

「日ノ宮に初めて名前で呼ばれたわ」

 

「べつに。友達の中でお前だけ苗字呼びなのもどうかって思っただけだ。他意はねぇよ」

 

「あ、うん。それはわかってるけど……」

 

 お互いが無言になる中でアーシアが呼びに来た。

 

「桐生さ~ん!一樹さ~んんっ!?」

 

 慣れない浴衣の中、小走りでこっちに来るアーシアは直前で躓いてしまう。それを一樹が受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「気ぃつけろな。慣れない浴衣なんだし。それよりどうした?」

 

「あ、はい!そろそろ花火の打ち上げがあるからみんなで観やすいところに移動しようってイッセーさんが」

 

「そういえばあったわね、花火」

 

 藍華が思い出したように手の平に拳を乗せた。

 

「はい!私、花火って観るの初めてで。楽しみです!」

 

「そっか。なら早く移動して良い場所取りましょう。行くわよ、一樹!」

 

「わぁってるよ藍華」

 

 頭をガシガシと掻きながら後ろに続く一樹。そんな2人を見てアーシアが目を丸くした。

 その視線に気づいて藍華が苦笑する。

 

「別におかしくないでしょ。友達なんだから」

 

「そ、そうですよね!?じゃ、じゃあ私もこれから桐生さんを藍華さんって呼んでいいですか!」

 

「いいわよ。むしろなんで今まで呼んでくれなかったのかしら?私だけ仲間外れみたいで寂しかったのよ」

 

 わざとらしくショックを受けている風を装う藍華にアーシアが慌ててフォローを入れる。

 その姿を見て一樹はお前たちも十分姉妹みたいじゃないかと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 外国人であるアーシアとゼノヴィアは初めて見る打ち上げ花火に強く魅せられている。

 

「わぁ!!すごくきれいです!!」

 

「うん。火薬なんて物を壊すくらいしか出来ないと思っていたが、こういう芸術を生み出した日本はすごいな」

 

 感嘆の声を上げつつ夏の夜空に次々と咲く花火。

 確かに外国では観れない光景だろう。

 

 夜空に魅せられている中、一樹は近くで座っている白音の手を握った。

 少し驚いた顔をする白音。一樹は白音に顔を向けずに独白する。

 

「俺さ、今まで流されるままにオカルト世界に関わってたんだ。理由なんてどうでもよくて、ただ白音と姉さんの力になれれば良かった」

 

 黒歌と白音がそっちに関わっているから流されるように踏み込んだ世界。

 その生活は充実していたし、楽しいと思える。でもどこかで他人事だった感も否めない。

 

「俺は、アムリタに話を聞きたい。アイツがなんで禍の団に居て、俺を殺そうとするのかとか。おじさんが死んだ理由も知りたい。でも、今の俺じゃ話をさせるなんてきっと出来なくて」

 

 アムリタはどういうわけか一樹が強くなるのを待っているようだ。踊らされているようで気にくわないが今は強くなることしかできることがないのかもしれない。

 ただわかるのは、もう流されているだけで向こう側に関わることは出来ないということだ。

 

「俺は自分の意志でそっちの世界に踏み出す。もしかしたら戻れない選択かもしれないけど、アムリタを放っておけない。向こうだって俺を放っておかない。そう思う。だから強くなる。アイツがなにを抱えてあんなことをしたのか、聞き出せるくらい。そして俺が死なない為にも」

 

 それを聞いた白音の心境は複雑だった。

 自分で答えを出してくれた嬉しさと、こっち側に本格的に関わると決めてしまった哀しみ。他にも様々な感情が入り混じっている。

 そんな中で猫上白音が選ぶべき選択は。

 

「私も手伝うよ。アムリタ先輩がなにを考えているのか気になるし、いっくんを守るのは私の役目だから」

 

「あぁ。ありがとな」

 

 その言葉が嘘ではないと示すように白音は握られた手を握り返す。

 花火が終わるまで、ずっとその手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火が終わってそれぞれの帰路に着く。オカルト研究部の6人が2つの道に別れようとしたときだった。

 見知らぬ誰かが、話しかけてきた。

 

「アーシア・アルジェント。やっと会えた」

 

 それは見目麗しい優男だった。

 アーシアには相手の見覚えが無いようだったが開いた胸元に見せると思い出したように目を見開く。

 その男はかつてアーシアが治療した悪魔で、彼女が魔女の烙印とともに教会組織を追い出されるきっかけを作った悪魔だった。

 

「僕の名はディオドラ・アスタロト。この胸の傷を治療してもらったときは満足にお礼を言う暇もなかったけど、ずっと君を探していたんだ」

 

 優しそうな表情と声。元より整えられた顔立ちも相まって大抵の異性なら顔を赤らめてしまうだろう。

 そんな中一誠は何やら歯軋りしているが。

 

「その服はこの国の衣装かい?とても似合っているよ」

 

「あ、その……ありがとうございます」

 

 相手がやたらと好意的に接してくるため、アーシアもどうしたらいいのか困惑しているようだ。我慢の限界となった一誠が文句をつけようとすると、ディオドラはアーシアの手の甲にキスをした。

 

 その行動にその場にいた全員が驚く。

 

「あの会合の時にあいさつできなくてゴメン。でも僕と君の出逢いは運命だったんだと思う。だから。僕と結婚してほしい、アーシア」

 

 祭りの終わった夜にディオドラの甘い告白が流れる。

 夏は終わり、秋とともに新たな火種を連れて。

 

 

 

 

 

 




次回はディオドラ編を書き終えたら投稿します。多分来年になると思います。年末は忙しい。

ようやくディオドラくんのダイカツヤクが書ける……。


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45話:新学期の始まり

ディオドラ編、書き終わりました。一週間ほどの投稿にお付き合いください。


 夏休みを終えて生徒たちが長期休みの終わりを惜しむなり新学期の幕開けに気を引き締めるなりしている。

 二学期ならば体育祭やら文化祭やらでもっとも行事の多い学期と言える。

 そんな中でオカルト研究部はとある事に頭を悩ませていた。

 夏休みの終わる間近にアーシアに急接近してきた悪魔。ディオドラ・アスタロトのことである。

 彼はあれ以降、アーシアに手紙やら高価な物品などを贈っているらしく、それがアーシアの精神的な負担になっていた。

 呆けることも多くなり、藍華も理由は知らずとも心配している。

 イリナは夏祭りが終わる数日前に教会の方へ用事があるらしく新学期早々には戻れず、少しの間休むことになってしまった。

 

「しかし、ディオドラ・アスタロトがアーシアさんにそこまで熱を上げるとはね」

 

「有名なのか?あの優男」

 

「部長と同じ、こっちでは有望株な若手悪魔だよ。アスタロト家自体、現魔王のアジュカ・ベルゼブブを輩出した名家だしね。それに眷属が全て元人間であることから現政権の転生悪魔の地位向上とかも期待されているね、確か」

 

 昼食で弁当を食いながら一樹はふうんと答えながらもポツリと呟く。

 

「……そんな良い子ちゃんには見えなかったけどな」

 

 一樹のディオドラに対する印象ははっきり言って胡散臭い奴、だ。

 一誠のようなあからさまな変態なら対処し易いのだが、ああいう腹に一物抱えてそうなのはどうしても後手に回らざる得ない。

 何しろどんなに疑わしく感じても証拠も無しに殴り飛ばす訳にもいかないからだ。それに、やはり一樹の思い違いということもある。

 というか、そうであって欲しいと思う。

 

「ところで、イッセーくんの噂は聞いたかな?」

 

「あぁ。なんか女子の評判上がったよな。顔つきが締まって体つきが逞しくなってワイルドになっただとか。まぁ逆に今度は本格的に女子に襲い掛かるんじゃないかって危惧してる奴もいるけど……」

 

 このところオカルト研究部の活動に勤しんでいたために松田や元浜と一緒に覗きなどをする機会が減り(全くないわけではない)鍛えてあることから制服の上からでも筋肉の付きが良くなった。

 このことで一誠のことを見直す女子もチラホラと見えてきたが、逆に今まで覗きなどをしても運動系の部活なら力づくで撃退できたが鍛えたことでそれも難しく(というか無理だろう)なったため、力づくで捻じ伏せられる可能性に恐れを抱いている女子も少なくない。

 評価が上がったというより、割れたと表現するべきか。そして現状では後者の意見が大半だったりする。

 

「イッセーくんがそんなことすると思うかい?」

 

「いや。しねぇだろ。あいつヘタレだし」

 

 もしそんな度胸があるなら同じ家で暮らしているオカルト研究部の女子勢ととっくに行くところまで行ってるだろう。

 

 ヘタレ、とバカにしたような表現ながらそうした面では信用している一樹に祐斗は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の対戦相手はディオドラ・アスタロトよ」

 

 オカルト研究部のミーティングで告げられた一言に最初に言葉を発したのは眷属ではない一樹だった。

 

「まるで狙いすましたかのようなタイミングですね」

 

「今回の事は偶然の筈よ。いくらアスタロト家とはいえレーティングゲームの対戦に関与できるとは思えないわ」

 

 一樹の言葉に苦笑しながらリアスは答える。

 アーシアは視線を下へと向ける。

 

「わかっていると思うけど、前回のレーティングゲームで私たちはソーナに敗北した。これ以上の敗けは許されない。相手が何であろうと全力で勝ちに行くわよ!」

 

『はいっ!!』

 

 リアスの宣言に眷属たちは一斉に返事をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、身体に異常はなさそうだな」

 

 カルテを見ながら断言するアザゼルに一樹の後ろにいた猫上姉妹が安堵の息を吐く。

 冥界から帰ってきた際に気付いたことだが一樹の鎧の個所が増えていた。

 左足の防具と左耳に耳飾りが備わるようになった。

 急激に増えた鎧の個所やその他諸々を事情でここ数日検査を受けていた。

 

「それにしてもカルナか……またとんでもないビッグネームが出てきたな」

 

「有名なんですか?俺、知らないんですけど」

 

「日本じゃ無名に近いが、インドじゃ知らない奴はいないってくらいメジャーな英雄さ。その代表的な装備が太陽神スーリヤから与えられた黄金の鎧。つまりお前の使ってる鎧なんだろうが」

 

「そんなにすごいものなんですか?」

 

「あぁ、なんせ太陽の威光の光を鎧化させたもんで、神々さえ破壊困難と言われるほどだ。それにカルナ自身多くの不幸に見舞われたせいで実力を発揮できない状態にされたが、万全な状態なら天界、地界、人界の三界を単身で制覇できるとまで言われた大英雄。最後は身動きが出来ない状態に追い込まれてアルジュナっつう英雄に首を落とされた言わば倒される側の英雄だ」

 

 簡潔に説明するアザゼル。一樹が反応したアルジュナという名前。

 もしそれがアムリタが一樹を狙う理由に関係あるのだとしたら。

 

(くだらねぇ。そんな大昔の因縁を持ち出してきてお前は満足なのかよ……)

 

 昔は昔。今は今だ。

 そんなものを現代に持ち出す感性が一樹には理解できない。

 ギリッと歯を鳴らし強く拳を握る。

 

「傷が治りやすくなったのもそのせいかもな。カルナは鎧のおかげで不死身の英雄とも言われていた筈だ。それで、力の消耗の方はどうだ?」

 

「右手だけの時とそんなに変わりませんね。でも今は右手だけ出しても以前みたいに疲れなくなりましたね」

 

「それはお前の気の量が増えたからと思いたいがちょっと成長が急激すぎるな」

 

 なにやらぶつぶつと考え始めるアザゼルに黒歌が確認する。

 

「でも、今のところ異常はないんでしょ?」

 

「まぁな。一樹はこれからも定期的に診察するから、何か変わったことが起きたら真っ先に言え。いいな」

 

「はい」

 

 一樹はただ首を縦に動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし日ノ宮も強くなったな」

 

「まぁ、ここ最近色々と密度が濃かったからな。ちょっとは強くならねぇと、な」

 

 兵藤邸の地下にある訓練場で模擬戦を行っていた。

 デュランダルを構えたゼノヴィアとリアスから貰った槍で戦う一樹。

 それなりの広さがある部屋とはいえ、デュランダルを十全に振るうには些か狭く、デュランダルの制御訓練の一環であり、一樹は強力なパワータイプを捌く訓練になっていた。

 オカルト研究部がこうした訓練を行う際には必ずアーシアが傍にいることが条件になっている。

 どちらかが怪我をした場合、アーシアが即座に治療をする為だ。

 アーシアはここ最近で距離が短いながら回復の力を飛ばすことに成功したのだが、ここで別の問題に直面していた。

 

「え、えいっ!」

 

 アーシアが回復の射程距離に入った一樹に回復の力を贈る。

 しかし―――――。

 

「あ、当たりません!」

 

 こうして少し激しく動くだけでアーシアの回復を飛ばす力はまず目標に命中しないのだ。というか止まっていても当たらないこともある。

 飛ばす力の命中率がとことん低いのだ。

 コレはもうひたすら練習して命中精度を上げるしかないとして誰かが模擬戦をやる際に、こうして回復の力を飛ばしたり、広範囲の回復領域を円状ではなく自分を中心とした線状などで展開するなどの工夫を頑張っていた。

 一樹は槍でゼノヴィアのデュランダルを躱しながら槍や徒手空拳で攻撃していく。

 別段一樹は槍専門ではない。要は勝てばいいのだ。

 ゼノヴィアの攻撃を躱し、捌き、丁重に自分の得意な間合いを維持する。

 

(焦る必要はない。ただ槍の一撃が届く範囲にだけいればいい)

 

 そもそも本来生き物を殺すのに強力な一撃などいらない。

 ただ速く、最短で、敵の急所を穿てばいい。

 派手な技は観客受けはいいだろうが、溜めを必要とするし、第一余計な被害が広がり過ぎる。

 

(とはいえ、デカい敵や硬い防御を持つ敵ならそういうのもいるかもな)

 

 例えばタンニーンとか。アレと同じサイズ。もしくはあれ以上デカい敵が現れないとも限らない。今のうちに対策を立てておかないと。

 

(だけど俺の当面の目的は人間サイズ(アムリタ)だ。だから対人戦闘を重点的に磨かねぇと、な)

 

 ゼノヴィアが大振りになった僅かな隙をついて胸に槍の矛が当たる。

 刺さった胸を押さえて蹲るとアーシアが驚いて駆け寄り神器の光を当てる。

 

「おい日ノ宮!!いくら何でもやり過ぎだろうが!」

 

「馬鹿か。何のためにお互いに得物使ってると思ってんだ!つうかゼノヴィア相手にそんな細かな配慮できねぇよ!」

 

 怒って詰め寄ってくる一誠に一樹は真っ向から反論する。

 そもそもゼノヴィアが使ってるのはデュランダル。そのその破壊力たるや、下手すれば掠っただけでも死にかねないのだ。

 しかも一樹は炎も使ってない。

 

「それでもだろ!!お前の槍でゼノヴィアの綺麗なおっぱいに傷が残ったらどうすんだ!」

 

 あぁ、なるほどと、一誠が心配していたことを理解して、一樹は言い返しながらも一誠の仲間に対する思いに僅かでも湧き上がった感動は一瞬で冷める。

 

「溶解しろ」

 

「どわっとぉ!?」

 

 槍の矛先に炎を纏わせて一誠の頭に攻撃する。

 しかしあの山籠もりで一樹とともに過ごした一誠だ。これくらいは予想の範疇だった。

 

「甘いな日ノ宮ぁ!もうお前の不意打ちなんてお見通しだぜ!」

 

 自信満々に胸を張る一誠に一樹は一度息を吐いて休憩に入った。

 もう2、3撃くらい攻撃が来ると思っていた思っていた一誠は肩透かしを食らった気分だった。

 

「最近、一樹くんなんだかピリピリしてるね。冥界から帰った後くらいからかな」

 

「そうかぁ?日ノ宮はいつも不機嫌そうだろ」

 

 傍に寄ってきた祐斗の言葉に一誠は首を傾げる。

 

「なんて言うのかな。考え事していることが増えたし、訓練をするときは以前より鬼気迫っている感じなんだ」

 

 白音を除けば一樹と一番仲が良い祐斗が言うのだからそうなのかもしれない。

 

「俺たちがレーティングゲームをしてる間に禍の団に襲撃されて怪我したらしいからな。それで、ちょっと気を引き締めてるんじゃないか?」

 

「う~ん。そうなのかなぁ」

 

 どこか納得いかない様子で首を傾げる祐斗。前に模擬戦した際にちょっと聞いてみたところ、手っ取り早く強くなりたい、としか答えてもらえなかった。

 どうにも今の一樹は焦っているよう思えて危うく感じるのだ。

 しかし明確な答えも出せずに裕斗は一樹を心配した。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、アーシア先輩。クァルタ先輩」

 

 治療を終えたのを見計らって白音は2人にスポーツ飲料を渡す。

 2人とも礼を言ってスポーツ飲料に口づけた。

 

「どうですか、いっくん?」

 

「正直に言えば末恐ろしいな。槍を持ってまだ半年足らず。異常なまでの速度で成長している。槍と剣では違いもあるが、もう精密な動きで勝てる気がしないよ」

 

 白音の質問にゼノヴィアは意地を張らず、正直な感想を述べた。

 以前、ライザーとのレーティングゲームの前に山で訓練した時とは別物と言っていい。

 もっとデュランダルの力を存分に振るえる広い空間なら負ける気はしないが、今のような室内での戦闘では勝率はグンと下がるだろう。

 ゼノヴィアは教会の戦士として幼少の時から戦う術を磨いてきた。

 聖剣への適性なども含め、才能という点では恵まれていると自惚れではなく客観的に理解している。

 しかしだからこそ思う。

 アレは一体何なのか、と。

 一誠のように神器の力を引き出すのとは違う。純粋に体術の技術が劇的に上がっている。

 それは、才能などという言葉では納得できないほどに一樹の成長は異常だった。

 

「ゼノヴィアさん」

 

 しばし考えこんでいたゼノヴィアにアーシアが不安そうに自身の名を呼ぶ。

 それにゼノヴィアは首を振って話を切ろうとした。

 

「まぁ、もうすぐイリナも帰ってくるし、その時に色々と話し合おう。体育祭の練習もあるしな」

 

「イリナさん、明日にはこちらにお戻りになられるんですよね!」

 

「らしいな。ミカエルさまに渡した擬態の聖剣の修復が終わったのとは別に話もあるらしくて遅れているが早くこっちに戻りたいとぼやいていたよ」

 

 イリナは転入してきて早々に学園に馴染んでいる。

 郷愁というわけではないが、向こうよりこちらの生活を好んでいることは友人として嬉しい。

 

「そういえばアーシアは一誠と体育祭で二人三脚に挑戦するようだが白音は何の種目に出るんだ?」

 

「パン食い競争です……」

 

「そうか。私はリレーだな。そういえば日ノ宮と木場も二人三脚にペアで出ると言っていたな」

 

 一樹と祐斗が二人三脚のペアになったのはクラスの女子の熱烈な希望によるものである。これできっと学園の腐女子からは聴きたくもない歓声が上がるのかと思うと一樹はげんなりしていたが。

 その姿を想像して3人はクスリと笑う。

 

 そこでリアスと朱乃が入ってきた。

 

「お疲れ様」

 

「部長!どうしたんですか!?」

 

「あら。みんなが訓練している場に私が来ちゃいけない?」

 

「いえ!そんなことは……」

 

 焦ったように手と首を振る一誠にリアスはクスッと笑った。

 

「冗談よ。実は明日、これから戦うことになる若手悪魔のレーティングゲームの映像記録が届くの。だから明日はそれの鑑賞と検証を行おうと思うの。その知らせにね」

 

「随分と早いですね」

 

「えぇ。とりあえず先日の私たちの試合を含めて全員が一戦を終えたから、その映像を明日送ってもらうのよ。そのゲームを観て、対策を立てたりしましょう。イリナも明日帰って来るそうだし彼女の意見も聞きたいわ」

 

 部長の台詞に皆が声を上げて返事をした。

 

 

 

 

 

 




本作品の主人公、日ノ宮一樹のイメージソングとしてangelaさんのDEAD SETという曲をイメージに置いてます。
物語中盤以降、その曲が似合う主人公になったらいいなぁ。


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46話:転生天使の帰還とお邪魔虫の来訪

転生天使になったイリナのテンションに作者がついていけなくて色々弄ってみたらこうなった。



 襲い来る槍をとにかく捌き続ける。

 迫り来る槍の力も速さも相当なものだが突出しているのはその槍捌きだった。

 どのような体勢からでも繰り出される槍術は僅かに気を抜くだけでこちらに致命傷を与えてくる。

 防戦一方。

 攻撃に転じようとした瞬間この喉に矛をぶち込まれると理解していた。

 振り下ろされた槍を自らの槍で防ぎ、後方へと跳ぶ。

 これが悪手だと気付いていたが力比べなどしようものなら確実に負ける為だ。

 いつもなら自分が地面に足を着かせる前に攻撃を繰り出されるが、今回はそうはならなかった。

 

「?」

 

 目の前の黒い影は何かを思案しているように動きを止めており、意を決したようにあちらも距離を取り、槍から炎が噴き上がった。

 今までしてこなかった行動に驚きと警戒を強め、自分も槍に炎を纏わせる。

 来い!と覚悟を決める。どんな攻撃でも必ず防ぐなり避けるなりして見せるという覚悟を。

 黒い影が取った行動は投擲だった。

 投げられた炎を纏った槍。

 だからどうしたと槍を叩き落とそうと自らの槍を振るった。

 2つの矛が衝突する。その瞬間、太陽となった炎の槍に自らの体は跡形もなく焼かれ、蹂躙された。

 

 

 

 

 

 

 

 紫藤イリナが天使になって帰ってきた。

 精神面での話ではなく種族面での話で。

 

 部室で頭の上に光の輪が浮かんでおり、以前の人間としての気配ではなく天使のものに変わっている。

 

「しかし驚いたな。天使側に悪魔の駒が提供されていたことは知ってたが、もう転生天使の実用化にこぎつけるたぁ」

 

 イリナを見てアザゼルが感心したように呟く。

 技術者としてこういった話は大好きなのだろう。

 

「転生天使って、そんなのあるんですか?」

 

「一応、理論としてはある程度は出来上がっていたが、実用化に至るにはまだまだ問題があったらしい。それを天使側に提供された悪魔の駒を参考に完成させたって話だ」

 

 要するに悪魔の駒の天使バージョンというわけだ。

 聖書の神が倒れ、新しい天使が生まれるのを絶望視されていた天使だがようやく種としての拡大が始められるわけだ。

 なんでも悪魔がチェスなら天使はトランプに準えてAからクイーンまでを12人【御使い(ブレイブ・セイント)】を主なセラフメンバーは持つことになるらしい。

 

「へー。それじゃあイリナは誰の御使いでどのカードなんだ?」

 

「うん。私はミカエルさまの(エース)よ。話を聞かされた時は驚いたし結構迷ったけどね」

 

 苦笑いを浮かべて答えるイリナ。

 その答えに皆が驚いたように表情を変える。

 信仰心の厚いイリナのことだからすぐに飛びついたと思ったのだ。

 

「もちろん名誉なことだし、悪い話じゃないのもわかるんだけどね。一応私の前にも転生天使に成った人が居るしリスクに関しても信用はしてた。でもやっぱりいきなり人間辞めなきゃいけないのはね」

 

 やはりそこら辺は迷いどころだったのだろう。

 天使にしろ悪魔にしろ転生すれば永遠に近い長寿の寿命を得る。

 それは一見に素晴らしいことのように思えるが、それは人の世から取り残されるという意味だ。

 友達や家族が齢を重ねて土に還ってもずっと今のまま生き続けるということ。

 それを恐怖するのは人として当然だろう。

 

「ならどうしてその話を受けたんだ?」

 

 ゼノヴィアの質問にイリナは少し照れくさそうに笑って答えた。

 

「私がね、どうして教会のエクソシストに。そして聖剣使いになったかを思い返したのよ」

 

 それは上からの命令や主への信仰心もあっただろう。

 だが断ることはできた筈だ。実際イリナがエクソシストになると決めた時、エクソシストである彼女の父は猛反対した。

 それを押し切ってまで辛い訓練や危険を顧みずにエクソシストになった理由。

 

「私はね、力のない人たちを自分の手で守りたかったのよ。その仕事をしていたパパの背中を見ていたから余計にね」

 

 もちろん彼女なりの打算はあった。

 悪い悪魔をやっつけてみんなに、父に褒めてもらいたい、とか。自分の可能性を試したいだとか。そんな子供じみた考えではあったが。

 それでもはぐれ悪魔や魔獣、悪霊。その他諸々に力のない人々を自分の手で守れたなら。

 切っ掛けはきっとそんな小さな善意だったのだ。

 

「三勢力が手を取り合ったって言っても何がきっかけで決裂するかわからないし、それ以外にも脅威はたくさんあるわ。他の神話体系とだって争う事態が起こるかもしれない。今は禍の団の存在もあるし。戦いになった時に真っ先に被害にあうのは力のない無辜の人たちでしょ?だから私はその人たちが被害に遭わないように天使になって強くなろうってね。そ、それに幸い、寿命に関しても三勢力の和平が崩れない限り皆が居るしね!早々寂しくなんてならないでしょ!!」

 

 最後の方は恥ずかしいのか早口でまくし立てるイリナ。

 それに感動したのは元教会組の2人だった。

 

「イリナ……君はそこまで考えて……」

 

「わ、私も感動しました!素晴らしい考えだと思います!!」

 

 そうして祈りを捧げるアーシアとゼノヴィアはいつも通り頭痛が起こる。

 そこでリアスが前に出た。

 

「だからこそ、私たちも手を取り合っていかないといけないわね。改めてよろしく、イリナさん」

 

「はい!」

 

 リアスが差し出した手を握り返すイリナ。最初の出会いはアレだったが今では問題なく良好な関係を築けていることに周りは安堵した。

 

「立派なもんだ。個人の感情で人間でいることに拘ってる俺からしたら耳が痛いね」

 

「あら。なんだったら一樹くんも天使になる?教会としても歓迎するわよ」

 

「冗談。信仰心の欠片もない俺が教会に所属するかよ。それに俺が天使化しても、すぐに堕天するのがオチだろ。第一人間辞めるつもりはねぇ」

 

 イリナの勧誘を即座に切って棄てる一樹。イリナも本気で言っている訳ではなかったので残念、と笑顔で舌を出している。

 

「天使化ってことは堕天する可能性もあるわな。もしお前が堕ちたらうちで面倒見てやるよ」

 

「お生憎様!例え主がお亡くなりなっていても私の信仰心は微塵も揺らいでません!ですから、私が堕ちることもありません!」

 

「なにコイツ格好いい……」

 

 

 胸を張ったイリナの宣言にアザゼルは参ったと笑う。そして話題を切り替えた。

 

「ミカエルから聞いたが、お前さんが教会が保有してた聖剣(エクスカリバー)を全て渡されたってのはホントか?」

 

 アザゼルの発言にオカ研の全員が驚く。イリナはそれにえぇ、と肯定すると糸状にして持ち歩いていた聖剣を日本刀の状態へと変化させる。

 

「正確には教会が保有していた擬態(ミミック)破壊(デストラクション)天閃(ラピッドリィ)祝福(ブレッシング)夢幻(ナイトメア)透明(トランスペアレンシー)の6つを統合させたんです。現在行方の知れない支配(ルーラー)を除いて全てのエクスカリバーが統合されました」

 

 統合されたことでより濃密になった聖なる力に悪魔の全員が息を呑みながらリアスは口を開く。

 

「教会も大胆なことをするわね。長い間分割されていた聖剣を統合するだなんて……」

 

「これも木場くんが提供してくれた聖魔剣のおかげです。あの剣の解析が進んだおかげで近いうちに教会が開発した聖魔剣が聖剣の代わりに配備されることになりまして。しかも今までのように後天的な聖剣使いを生む必要のない武器として」

 

 以前、コカビエルによって奪取された聖剣たちその使い手も当然殺害され、新しい聖剣使いを見繕わなければならなくなった。

 しかし和平が成立した今、新たな聖剣使いを生み出すのは体面に悪く、また、適性の有る者を集めるにしても時間がかかる。

 そこで、譲渡された聖魔剣の存在は教会にとって渡り船だった。

 まだ配備には時間がかかるだろうが聖剣計画は本当に終わりを迎えたのだ。

 だが残された聖剣はどうするか考えたが、いっそのこと、統合して現役の聖剣使いであるイリナに渡してはどうかという話になった。

 イリナの信仰心や教会に対する忠誠は申し分ないし、人格面も若いながらに確りしている。それに最近駒王町近辺で事件が集中していることもあり、若手の交流として駒王に滞在しているイリナ自身の護身用としての意味合いもある。

 問題は6つのエクスカリバーを使える程の適性がイリナにあるのかどうかだが、これは長いこと擬態の聖剣を使用していたからか、それとも天使化の影響か、6つの聖剣を扱えるだけの因子に成長していた。

 そんなわけで、6つの聖剣は今、イリナの手の中にあるのである。

 

 話を聞いていた祐斗の肩に一樹が手を置く。

 

「良かったじゃねぇか。お前がやったことが本当に聖剣計画を潰したんだ。ちったぁ胸張れよ」

 

「うん。ありがとう」

 

 これでようやくかつての同志を本当の意味で弔えたのだと祐斗の中で残っていた泥が洗い流されていくのを感じた。

 

 それからイリナの話によるとミカエルは三勢力の交流の一環として天使のレーティングゲーム参戦も視野に入れているのだとか。

 

 そこら辺の話は長くなりそうなので今日のメインであった若手悪魔のレーティングゲームの記録映像の鑑賞へと入った。

 

 最初に見たのはバアル家とグラシャラボラス家の対戦。

 その内容は言ってみれば圧倒的なワンサイドゲーム。

 本当に同じ若手悪魔なのかと疑いたくなるほどに眷属とチームとしての質が段違いだった。

 何よりも(キング)の器が違う。

 全ての駒を倒し、もはや勝敗は誰の目から見ても明らかな状況でありながらバアル家のサイラオーグは自ら敵の前に立ち、グラシャラボラス家の次期当主を下した。眷属に任せても勝ちを拾えた筈のゲームで。

 自分の力に確かな自信を持っているからこそ出来る行動に全員が言葉を失う。

 

 グラシャラボラス家の次期当主も決して弱くない。だがサイラオーグ・バアルは彼の攻撃を全てその肉体のみで受け止めながら平然と前へと進み、体術のみで防御の術式を破り、屠った。

 肉弾戦においてならグレモリー眷属を凌駕している。

 

「あの時の勘は間違ってなかったな。やっぱり強ぇわこの人。絶対戦いたくない」

 

「一樹くんはサイラオーグ・バアルと会ったことがあるのかい?」

 

「冥界のパーティでしつこい勧誘を追い払ってくれた。その際に俺とも機会があれば戦って見たいとか言われたよ。ライザー戦の映像を観たとかでさ」

 

 画像の中のサイラオーグを指さして一樹が答える。

 

「そう。それにしても、肉弾戦一択とはいえここまで突出していると逆に攻略法に困るわ」

 

「え?肉弾戦一択?だってこの人、部長のお母さんと同じバアル家の出だから滅びの魔力が使えるんじゃ……」

 

「いいえ。サイラオーグには滅びの魔力はおろか、通常の魔力すら持ち合わせていないわ。私がサイラオーグと初めて会ったとき、彼は本当にノースキルだった。だからこそ自分が唯一出来る体術を徹底的に鍛え続けたのよ。そしてその牙が前の次期当主を倒し、力づくで当主の座を勝ち取った。死に物狂いなんて言葉では足りない程の鍛錬を自らに課してね」

 

 リアスの説明を聞き、一誠は何とも言えない気分になった。

 彼は上級悪魔は全て才能の有る者たちばかりだと思っていたからだ。

 本来受け継がれるはずだった能力すら受け継がれずに、それでも不貞腐れることもなく上へと昇り続ける凡夫。

 その過程は一体どのようなものだったのか。

 

 そこでリアスは手に持っていた各勢力に配られた若手悪魔の評価表である。

 王と眷属たちの評価の総合値で出した悪魔側の評価だ。

 順位としては1位がバアル。2位がアガレス。3位がシトリー。4位がアスタロト。そしてグレモリー、グラシャラボラスと続く。

 初戦を終える前はリアスとソーナの位置が入れ替わっていたが、前の敗北でリアスたちは下から2番目になってしまった。

 王としての評価を見るとサイオラーグは体術関係と王としてのグラフが抜きん出ているが、魔力とサポート関係は最低値と極端な評。

 ソーナは逆に魔力とサポートにグラフが伸びており、リアスは魔力が一番伸びている万能型。

 

「もしかしたらこの人、ライザーより強いんじゃないですか?」

 

「そうね。両者は戦ったことがないから断言できないのだけれど。私の目から見てサイラオーグの方が上だと思うわ。彼なら、不死の特性を上から叩き潰せたとしても私は驚かない」

 

 リアスの言葉を聞いた一誠は固唾を飲んだ。

 

 以前のライザーとのレーティングゲームでは一誠、一樹、リアス、アーシアの協力が合って初めて打倒できた強敵。

 あのときより自分たちが強くなっているとはいえ、当時、それほど圧倒的な力を有していたライザーより強いと言わしめるサイラオーグ。

 もし戦えば自分はどこまで戦えるのか。神滅具の宿った左手を見ながら一誠は自問する。もちろん答えなど出ないのだが。

 

「サイラオーグ……こいつは悪魔として名家に生まれながら泥臭い方法でしか自分の価値を周りに認めさせることのできなかった男だ。勝利と敗北。その両方の味を知っていながら腐ることをせずに上を見続ける王者。本当の強者の資質を備えた男だ。この世界に関わって1年にも満たない一樹とイッセーじゃ精神的な面で及ぶべくもない。それでもいずれは戦わなきゃならん。腹を括っておけよ」

 

 励ましているのか脅しているのかよくわからないアザゼルの忠告。そして続いて驚くべき情報を公開した。

 

「アスタロト家のゲームを終えたらお前らはサイラオーグとのゲームが待ってる。決意を固めるなら早い方がいい」

 

「……意外ね。てっきりグラシャラボラスと戦うのが先だと思っていたけど」

 

「あいつはもうダメだ。サイラオーグは相手の王を精神的に再起不能に追い込んじまった。もしゲームに出れたとしても試合にはならんだろうぜ」

 

 アザゼルの断言にグレモリー眷属たちが目を見開く。だが同時に納得もしていた。

 画面越しでさえ感じる圧倒的な威圧感。

 あれを直に受けた相手が再起不能になっても納得いく話だった。

 

 

 

 続いてアスタロト家とアガレス家の試合を鑑賞する。

 二家の戦いは拮抗状態。ややアガレス家のほうが優勢に感じるくらいだ。しかしそれもゲーム後半で王のディオドラが動いたことで状況が一変する。

 ディオドラが動くと眷属たちは彼のサポートをするくらいで、ほぼ単体でアガレス家の眷属たちと王を蹴散らしてゲームを終えてしまった。

 

「おかしいわね。確かにディオドラは優秀な悪魔だけれどここまでの力はなかった筈よ」

 

 リアスの言葉に全員が置かれている評価表を見る。

 このグラフを見る限りディオドラは器用貧乏と言った感じだ。

 各数値が均等に高い水準を誇るがどれも突出したものがなく、他家の者たちより一歩劣る感じの評価。少なくともアガレス家の者たちをここまで一方的に蹂躙できるスペックはない筈なのだ。

 

「力を隠していた?いやそれにしても事前データと違い過ぎるね。何か秘密がありそうだよ」

 

 顎に手を当てて考察する祐斗に皆が同意した。

 ディオドラの力は圧倒的にリアスやソーナを上回っていた。

 皆がその疑問に答えを出せずにいると部室内に転移の魔方陣が展開された。

 

「これは、アスタロト家の……!?」

 

 朱乃の呟きと同時に魔方陣からひとりの優男が現れる。それは―――――。

 

「こんにちわ。ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いに来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 ディオドラが今回こちらに訪れた理由。それはアーシアを自分の僧侶とトレードしたいという申し出だった。そしてアーシアを妻として迎え入れたいと。

 当然リアスはそれを拒否。

 その成り行きを他の部員たちは見守っている。

 何故か一樹は水の入ったやかんを手の平の上に乗せ、聖火で温めている。

 ちなみにギャスパーが僧侶のトレードを話に出された際に自分のことかと身を固くしていると部員の一部から白い目を向けられて冗談だったのに~と段ボールに引き籠ってしまった。

 

「ディオドラ。私はアーシアを手放す気はないわ。アーシアの能力(神器)やあなたの僧侶の能力云々じゃなくて、アーシア・アルジェントという個人と離れたくないの。まだ短い間だけれど一緒に暮らして妹のように想っているあの子を物のような扱いもしたくない。少なくともこんな形で彼女を手に入れようとする貴方にはアーシアは任せられないわ」

 

 はっきりとお断りを入れるリアス。

 笑顔の中に口調には多大な棘が混ざっていることから内心では相当腹を据えかねているのかもしれない。

 アーシアはリアスが妹のように想っているという言葉が嬉しかったのか口元を押さえて震えていた。

 彼女もどこかでリアスを姉のように思っていたのかもしれない。

 

「どうしても承諾してはいただけませんか?」

 

「どうしてもよ。一緒に暮らす中で情が育まれたからこそ離れたくないって理由じゃ納得できない?私は十分だと思うわ。それに結婚相手をトレードで手に入れようとするやり方も私は好まない。貴方、結婚の意味を理解している?」

 

 両者は笑顔のまま譲らずに主張を続けているが途端にディオドラが溜息を吐いた。

 一樹の手に乗せてあるやかんの水が沸騰している。

 

「わかりました。今回は引きます。ですが僕は彼女を諦めません」

 

 そうしてアーシアの元へと歩き、彼女に跪く。

 一樹の手に乗せてあるやかんの水は熱湯へと進化した。

 

「アーシア。僕たちの出会いは運命だ。たとえ世界全てが僕たちの仲を否定しても僕は必ず君を手に入れて見せるよ」

 

 そうしてアーシアの手に触れようとするディオドラ。それを一誠が掴んで止めに入ろうとしたがそれよりも早く動いた者が居た。

 

 ジョロ。

 

 突如アーシアとディオドラの横に立った一樹がディオドラの手にやかんの熱湯を注いだ。

 

「アツッッ!!?」

 

 突如一樹がやらかした奇行にその場にいる全員が唖然とした表情になる。

 ディオドラも驚いて尻もちをついてしまった。

 

「お、わりぃ。手が滑った」

 

 お決まりの言い訳を口にする一樹。

 なにげに熱湯というだけでなく、聖火で沸騰させたことで熱湯は聖水と同様の効果をあり、地味にダメージがデカい。

 

「なにをやっているのかと思えば……」

 

白音が呆れた様子で呟く。

 

「朱乃さ~ん!お湯溢しちゃったけど雑巾どこでしたっけ?」

 

 もはや興味ないと言わんばかりに雑巾を取り出して熱湯を溢した床を拭き始める。

 

「ちょっと待ってくれないか」

 

「あ?」

 

「いきなり人に湯を落としてその態度はどうなのかな?下等な人間は礼儀も弁えてないのかい?」

 

 青筋が浮かんで随分なことを言ってくるディオドラに一樹はめんどくさそうに立ち上がる。

 

「うるせぇな、謝っただろうが。それに礼儀云々を言うならアポもなしに現れて眷属を交換しろと提案するアンタに言われたくねぇよ。それにな。女を口説きに来るなら首のキスマークくらいは取ってから来いや」

 

 首筋を指でトントンと叩きながら鼻で笑う。慌てて首筋を押さえるディオドラ。

 見えたのは偶然だったが今の行動を見るに付いているのは偶然ではないらしい。

 

「てめぇっ!アーシアと結婚しようとか言っといて他の女と遊んでたのか!!」

 

「お前が言うな未来のハーレム王(笑)」

 

「なんだ(笑)って!?つーかお前どっちの味方だよ!!」

 

「兵藤とそこの優男以外の味方だよ」

 

 そう言うとディオドラに振り返り、苛つく半笑いを引っ提げて小指で耳をほじりながら続ける。

 

「ま、そういうことをするのがお前の家のマナーなのか?下等な人間の俺には理解できなっ!?どぁっ……!?」

 

 途中でアザゼルが一樹の頭に拳骨を落とした。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 膝を折って頭を押さえる一樹。

 

悪魔(よそ)の問題に自分から首を突っ込むんじゃねぇ!なんでお前はそう、前触れもなく問題行動を取るんだ!あ~悪かったなアスタロト家の小僧。こいつには俺から言い聞かせておく」

 

「まったく。堕天使は自分の子飼いのペットもまともに躾けられないのですか?」

 

 吐き捨てるように言うディオドラに部室内の空気がピリピリとしたモノに変化した。

 ライザーの時のように。

 

「てめぇっ!」

 

「まぁ、丁度いい。次のゲームで僕は赤龍帝である君を倒す。そちらも僕に強い不満を抱いているようだからね。君を倒してアーシアの眼を覚まさせるさ」

 

 言いたい事だけ言ってディオドラ・アスタロトは部室から消え去って行った。

 

「勝った」

 

 ハッと笑う一樹にリアスが近づく。

 そして手の平で一樹の頭部を鷲掴みにする。所謂アイアンクローである。

 

「イタッ!?部長イテェってばっ!?てか、意外に力つよっ!?」

 

「あまりこういう心臓に悪いことをしないでもらえるかしら?アーシアの為というのは純粋に嬉しいのだけれど、下手すると貴方の立場も悪くなっていたかもしれないのよ?少し反省しなさい!」

 

 うふふと笑いながらより強く腕に力を込めるリアスに一樹の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜中にコンビニへと出かけて小物を買った後に家路へと着いていた。

 一樹はシャーペンの芯が残り少ないことやノートもページ数が危ういことによる気付いて散歩がてらコンビニへと出かけた。ついでに黒歌と白音に頼まれた物も買い物袋に提げている。

 時間帯から人通りがない道を通って歩いていると女とすれ違った。

 どこにでもいる特に際立った容姿をしているわけでもない女。

 一樹もその女を見た時は特に何とも思わずに横を通っただけだった。

 だが、お互いに背中を見せる位置まで交差すると、突如女が振り返り、一樹の後頭部にその拳を放った。

 

 

 

 




イリナはこのままエクスカリバー使いにするか原作通り後々オートクレールを装備させるか悩みどころ。


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47話:忠告と依頼

 その拳に反応できたのは言ってみれば経験だった。

 冥界での山籠もりで不意打ちには勘が良く働くようになったらしい。

 すれ違った女が自分の後頭部に拳を打ち込んできた際に一樹は拳を挟んで防ぐと同時にほぼ条件反射で回し蹴りを放った。

 相手も素早く反応し、後ろへと跳んで避ける。

 

 距離を取れて一樹は現状を思考した。

 目の前の女は見覚えのない人物だ。

 

(もしかしたらあの優男からの刺客か?)

 

 アザゼルやリアスからもしかしたら今回の腹いせに一樹に何らかの干渉をしているかもしれないとは聞かされていた。

 しかしまさかここまで早急に手を打たれるとは。

 

 そんな風に考えていると女が一樹に向かってくる。顔を目がけて繰り出された蹴りを腕で防ぐと闘気で強化された骨がミシッとなる感覚がした。

 

(ただの人間の……ましてや女の脚力じゃねぇ!やっぱりこいつっ!?)

 

 危険な相手と判断して警戒を強めていると、女は口元を吊り上げて一樹に向かってきた。

 突きだされた拳は避け、互いの立ち位置が入れ替わる瞬間に女は腰を回し、裏拳へと切り替える。

 一樹も振り向き様だったため、反応が遅れ、頬にもらう。

 

「くっ!?」

 

 幸い、ダメージは微々たるモノだっただめ、体勢を崩す程度で済んだが女の攻撃は一樹の体を押さえて膝蹴りを胴体に喰らわせる。

 

「っ!」

 

「嘗めんな、クソアマッ!!」

 

 膝蹴りを素手で止め、頭突きを相手の顎に目掛けて叩き込む。勢いは然程でもなかったため、大した効かなかったが、続いて女の顔に拳を出す。

 しかし、そこで女は驚くべき行動に出た。

 一樹の拳を重ねた両の掌で受け止めると同時に地を蹴り、宙返りの要領で一樹の顎を蹴り上げた。

 女の着地と同時に距離が空く。一樹は血の混じった唾液をペッと吐くと顎を撫でた。

 

「軽業師みてぇなことを……っ!」

 

 構えを取ると、女の方がクックッと、笑っていた。

 

「いやはや。チョイと小手調べのつもりだったが思った以上に成長してるようで嬉しいぜぃ」

 

「おまえ……」

 

 女の口から発せられたのは明らかな男性の声。そしてその特徴的な口調には覚えがあった。

 

 ボンッ!と煙が発生して女の姿を隠すと次、その場に立っていたのは以前相対した美猴だった。

 違いは以前見た漢服ではなくジーンズにTシャツというくらいだ。

 

「……まさかおまえに女装趣味があったとはな。そういうのはうちの後輩だけでお腹いっぱいなんだよ!」

 

 一樹の嫌味に美猴は快活に笑って見せる。

 

「いやいや。女の姿なら油断するだろうと思ったのに躊躇いもなく顔面を狙ってくるとは思わなかったぜぃ!容赦ねぇなぁ」

 

「敵対してくるヤツに男も女もあるかよ」

 

「その意見には賛成だぜぃ」

 

 美猴が嬉しそうに笑っていると何処からともなく【声】が聞こえた。

 

『まったくいつまで勝手なことをしているのかしら?貴方はヴァーリさまの護衛で出かけた筈でしょう?』 

 

 なにもない空間から紫色の外套が出現する。

 一樹は内心で新手かと舌打ちした。

 

「おいおいメディア。俺っちは別にヴァーリの手下じゃないぜぃ?それにあいつに護衛なんて必要ないと思うけどな」

 

 外套の内側に隠れた素顔は20前後の薄紫の髪をした女性だった。

 

「黙りなさいこのサル!今代の赤龍帝がヴァーリさまに襲いかかったらどうするつもりなの!!」

 

「それはそれであいつなら喜びそうだけどな。それに今の赤龍帝じゃヴァーリには勝てないと思うねぃ。それともお前さんはヴァーリが敗けると思うのかい?」

 

「はぁ!?ヴァーリさまがあんな品の欠片もない発情龍に敗けるわけないでしょう!!」

 

「なら、俺があいつから離れても問題ないよな?」

 

「~~~~っ!」

 

 なにやら言い争いをしている2人に一樹は警戒を緩めずに困惑していた。それに気づいた美猴がこちらに手を挙げる。

 

「悪ぃな。俺っちはちょいとお前さんにアドバイスを送りにきたんだぜぃ。もっとも、ヴァーリのほうも赤龍帝に同じことを言ってる筈だがねぃ」

 

「兵藤に……?」

 

 一体何のことか図りかねている一樹に美猴はニヤリと笑う。

 

「ディオドラ・アスタロトには気をつけろ。お前さんらも奴の試合は観たんだろ?」

 

 一樹は美猴の問いに答えずに沈黙を貫く。それを気にした様子もなく話は続く。

 

「奴はとある方法を使って自分の力を跳ね上がらせている。お前さんなら大体想像できてるんじゃないか?」

 

 一樹はそれに答えない。

 映像を観ていて一樹はあのディオドラの力の増大にはどこか既視感を感じていた。予想通りだとするならあれは―――――。

 

「俺っちの話はそれだけさ。ただディオドラはそっちの嬢ちゃんを狙ってるんだろ?ああいう奴は色々と小狡い手を使ってくる精々気をつけるといいぜぃ」

 

 それだけ言うと美猴は手を振ってその場を去ってしまった。メディアと呼ばれた女性もこちらを一瞥して後を追う。

 

「なんなんだよいったい……」

 

 一樹はただ悪態をついて2人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 家に戻ると靴がひとつ多いことに気付く。

 リビングまで歩くとそこには椅子に座っているリアスがいた。

 

「おじゃましてるわ、一樹」

 

「どうしたんですか、部長!」

 

「えぇ、ちょっと。黒歌にお願いがあってね」

 

 首を傾げる一樹にリアスはどう説明したものかと顎に手を当てた。

 

「念の為とでも言えば良いのかしら。何もなければ笑い話に終わるけど、なにかあった時の為に備えておくことも必要でしょ?今回はそういう頼み事よ」

 

「はぁ。わかったような。わからないような」

 

 要領を得ないリアスの説明に曖昧に答える。そしてリアスは少し考えた後に質問する。

 

「そういえば、一樹。貴方もやけにディオドラを毛嫌いするわね。正直、一樹がそこまで彼を嫌うほど接点もないと思うのだけれど……」

 

「それは……」

 

 言われて、一樹は答えを返そうとして詰まる。

 自分がディオドラ・アスタロトを嫌う理由。

 思い当たる節があったのかどんどん表情が崩れていき、最後に手で自分の顔を覆う。

 

「なんというか、ですね。うちの叔母にそっくりで……」

 

「叔母?」

 

「えぇ、まぁ。叔母は、気に入った相手を見ると是が非でも自分のモノにしようとするくせに、一度自分に振り向いたら搾り取るだけ搾り取ってポイする人だったので。あの優男を見てると同類にしか……」

 

「アーシアもそうなる可能性があると?」

 

「あくまでも俺の勘ですが」

 

 一樹の言葉に少し考える素振りをするリアス。そこで白音がポツリと呟く。

 

「あの人……色んな女の人と香水の匂いが混ざってて気持ち悪かったです」

 

「……少し、調べた方が良さそうね」

 

 誰にも聞こえないように呟くと黒歌の方に振り向く。

 

「それじゃあ、黒歌。お願いを聞いてくれてありがとう」

 

「はいはい。そっちもお礼の方をしっかりね~」

 

「後日手配するわ」

 

 手をひらひらさせる黒歌にリアスは苦笑しながら一礼してその場を後にした。

 リアスが去った後に白音が近づいて来て一樹の顎に触れる。

 

「どうしたの、この痕?」

 

「……野生の猿に襲われたんだよ」

 

「……」

 

 一樹の答えに白音がジト目を向けるが一樹は気付いていないフリをして自室へと逃げることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、会長のお姉さんがなんかやらかしたって聞いたけどそこんところどうなんだ?」

 

 体育祭の準備を手伝いながら一樹は匙に話題を振った。

 話題はソーナの姉であるセラフォルーに関することだ。

 

「あぁ。セラフォルーさまが無理矢理レーティングゲームの学園を建てようとしたんだが、色んなところから反対されてな。結局おじゃんになった」

 

 経緯はこうだ。

 先のリアス戦で勝利を収めたソーナに舞い上がったセラフォルーがこの勢いにソーナの夢であるレーティングゲームの学園設立を行おうとしたところ、サーゼクスを始め、各所から止められたらしい。

 ちなみに止めた側には本人であるソーナも回っている。

 

「行動早すぎだろ、あの人……」

 

「聞くところによると、例の魔法少女も結構なごり押しで番組として設立させたらしいしな。正直、止めてくれて助かったよ。今学園を設立してもなにをしたらいいのかさっぱりわかんねぇし」

 

 乾いた笑いをする匙。

 ソーナにしても、年単位で功績を積み上げながら夢の実現に関するプランを立てていたのに魔王のごり押しで学園を建てられても困るだけだろう。

 教師だって居ないのに。

 

「そういや、今日グレモリー先輩たちはアスタロト家と対戦だっけ?」

 

「そうだな。その前に取材があるとかで先に冥界に向かったよ。俺もゲーム直前に向こうに行く」

 

「グレモリー先輩の協力者としてお前と猫上にもオファーが来てたって聞いたぞ?」

 

「ハッハッハッ!俺と白音がそんなのに出ると思うか?」

 

「ま、そうだな」

 

 荷物を置いて納得したように笑う匙。

 確かに一樹と白音にも取材のオファーは来たらしいが断固拒否させてもらった。

 それで暇になってこうして生徒会の手伝いをしているわけだが。

 

「今回は何事もなく試合観戦したいもんだ」

 

「大丈夫なんじゃないか?俺たちの試合で禍の団に侵入されて、警備も前回より増えてて転移とかで侵入できないように色々と手を打つって話だし」

 

「だといいけどな~」

 

 手にしていた荷物を下ろして一樹はんん!、と伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は整ったか、ルイーナ?」

 

「問題ありません、クルゼレイお兄さま」

 

「……本当にいいのか?カテレアは君にこのようなことをすることは望んでいない筈だ」

 

「もう決めた事です。私は、レヴィアタンの名を継ぐ者として、カテレア姉さまの血縁として果たすべき務めを果たすと決めました」

 

 強い決意の籠った眼で自身を見上げる女性にクルゼレイは諦めたかのように息を吐く。

 

「わかった。君の覚悟はもう問わん。だが今回はあくまでも現政権への我らの覚悟を示すのが目的だ。くれぐれも無茶はしないでくれ。君に何かあれば、俺はカテレアに合わす顔がない」

 

「私も、ここでクルゼレイ兄さまに死なれたら姉さまに合わす顔がありません」

 

 ルイーナの言葉にクルゼレイはフッと笑みを浮かべる。

 

「生意気を言う。しかしそれならば互いに死ぬわけにはいかんという訳か」

 

「はい。必ずや姉さまの墓前に吉報をお届けしましょう」

 

「あぁ、もちろんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、約束の品だ」

 

「ありがとう、シャルバ。礼を言う!」

 

 シャルバから小瓶を受け取ったディオドラは満足げに手の中で小瓶を転がす

 

「それは貴重な品だ。あまり、乱雑な使い方はしてほしくないのだがな」

 

「あぁ、わかっている。でもそちらも今回、僕たちのゲームで事を起こすんだろう?なら、現ルシファーの血縁であるリアス・グレモリーを殺すのはそちらにとっても良い挑発になるんじゃないか?それにこの蛇の対価は存分に払っただろう」

 

「そうなのだがね。まぁ良い。とにかくくれぐれも下手を打ってくれるなよ?」

 

 わかったわかったと相槌を打つとシャルバは呆れるように溜息を吐き、その場から姿を消した。ディオドラ自身、与えられた蛇に夢中でそのことに気付いていなかったが。

 

「これさえあれば、リアス・グレモリーは勿論、あの赤龍帝にも負けはしない……」

 

 ディオドラには世間では公にされていない性癖があった。それは、信心深い聖職の女性を誘惑し堕落させ、自分に従属させるという趣向だ。

 彼の眷属の何人かは元聖女やシスターも混じっている。

 アーシア・アルジェントは今まで彼が堕としてきた聖女の中でも最高の逸材だった。

 彼女を絶望に堕とし、あの愛らしい顔を歪ませることを想像するだけ昂ってしまう。

 一度は彼女を手に入れる機会を逃してしまったがある意味では好都合と捉えるべきだ。

 リアス・グレモリーの眷属の女性はどれも見栄えが良い。その一点は過大な評価を与えられる。

 彼女たちの戦力の中心である赤龍帝を嬲り殺しにして絶望した彼女たちを捕えて思うままに扱うのも愉しそうだ。

 そんな暗い妄想に浸りながら端正な顔を醜く歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディオドラ・アスタロトの不審な強化についてだが、グラシャラボラス家の次期当主の不審死も含めて調べ終わったぜ。ついでにアーシアの教会追放時の件も。もっとも、最後のを調べたのはミカエルたちセラフだがな」

 

「すまないね、アザゼル。本来はこちらが行わなければならない調査を任せてしまって。アザゼル、我々悪魔は未だ多くの問題を抱えているようだ。私の想像以上に多く、深く……」

 

 疲れたような笑みを見せて息を吐くサーゼクス。

 そのことに当然気付いていたがアザゼルはあえて指摘せずに話を進める。

 

「……レイナーレたちが駒王町(グレモリー領)にアーシアを連れ込んだのは今思えば不幸中の幸いだったな。もし他の場所だったら確実にアーシアはディオドラの下に堕ちていた」

 

 今になってはなぜレイナーレたちが駒王町にアーシアを連れ込んだのか知る術はない。しかしそうでなければ最悪の結末を辿っていただろう。アーシアにとって。

 

「……やはり、彼らは来ると思うかい?」

 

「来るだろうな、確実に。だからこそお前さんも各勢力に話をつけたんだろ?」

 

「わかっている。わかっているのだが……」

 

 きっとサーゼクスの中ではこうなるまで事態を治められなかった自分を責めているのだろう。だがこの場においてそれは甘えだ。

 

「覚悟を決めろ、サーゼクス。奴らがオーフィスをバックにつけている以上、どんな手を隠し持ってるかわからねぇ。例の旧魔王派が引き抜いた囚人のこともある」

 

「リアスたちには、また迷惑をかけることになるのだね……」

 

「あいつも魔王の血縁者だ。それくらいの覚悟はあるだろうさ」

 

 アザゼルの言葉にサーゼクスはただただ目を瞑った。その眉間にはその苦悩が表れているように深い皺が刻まれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドラゴンのオーラが異性を引き付けるならヴァーリに本気で熱を上げている女キャラがひとりくらい居ても良いと思った。
原作黒歌枠の代わりに入れたキャラで何故かこの人が入ってた。毎度の如く子孫です。


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48話:保険

「アーシアの件もあるし、手っ取り早く叩きのめしてついでに事故を装って殺ってしまえ」

 

「おう!!言われるまでも……ってサラッと殺人を唆すんじゃねぇよ!?」

 

「頼んだぞ」

 

 肩をポンと叩いて次は祐斗に話しかける。

 その間、白音はリアスとアーシアの2人と話していた。

 

「一応、渡しておいたアレはゲーム中も持っておいてくださいね。ゲームが始まってから行動を起こす可能性もありますから」

 

「ありがとう。黒歌にもお礼を言っておいて。なにもなければそれが一番なのだけれど……」

 

「ありがとうございます。白音ちゃん!」

 

 手を握られて白音は少しだけ頬を赤くした。

 

「それじゃあゼノヴィアはもしイッセーくんが自立したらアーシアさんと一緒についていくつもりなの?」

 

「うん。まだ本決まりじゃないけど、その可能性はあるかな。イッセーには前向きに考えてもらうように頼んでみた」

 

「はぁ……悪魔に転生したときといい、ホンっと突飛な行動を取るのね、ゼノヴィアは」

 

 ゼノヴィアに呆れたような声を出すイリナ。

 

「ふ、ふん!今に見てろよ日ノ宮!これから俺はヒーローとして人気を駆け上がるんだからなぁ!」

 

「…………やべぇな。とうとう変な薬にでも手ぇ出したんじゃないか?あいつ」

 

「心底憐れむような眼で人を見るんじゃねぇ!!木場もまさか!みたいな顔すんな!!」

 

 それからいつも通り、一樹と一誠の言い合いとなり、リアスが2人頭をハリセンで叩いて止める。

 いつもの部室での光景。

 これからも続いて行くであろう、当たり前の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーゼクスが用意していくれた特等席に腰を下ろした一樹と白音は腰を下ろした。イリナも近くに座っている。

 

「激励は済んだ?」

 

「あぁ。と言っても、特に緊張してる風でもなかったから激励なんて必要なかったかもな」

 

「そんなことないと思うな。やっぱりこういう場に出る前にあぁいう会話ができるのは意味あることだと思うわ」

 

 一樹の言葉にイリナが即座に反論する。

 それに対して一樹はそんなもんかねと賛同も反論もしなかった。

 

「私、一誠の実力よく知らないからなんとも言えないんだけど、一緒に山籠りしてた一樹からして今回はどう思う?」

 

「どう思うってもな。今回は特に部長たちに不利な条件もないし、余程のトラブルに見舞われない限り負けないんじゃないかな。あの優男のパワーアップが有っても兵藤がなんとかするだろうし」

 

「あら。仲が悪そうに見えて随分と買ってるのね」

 

「アイツの力は認めてるよ。人格面では絶対に合わないけどな」

 

 つまらなそうに答える一樹に黒歌は苦笑する。

 なんだかんだでこれも一種の仲の良い関係と言えるかもしれないと考えて。

 そしてモニターに目を向ける。

 この後の展開に溜め息を吐いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーティングゲームの試合会場に転移したリアスたちグレモリー眷属は(フィールド)の異常に即座に気付いた。

 今回の戦場は石製の柱がいくつも並んでおり、少し離れた位置に巨大な神殿が建てられている。

 キョロキョロと見渡すが敵の気配はない。それはいいのだがあまりにも静か過ぎた。

 

「おかしいわね」

 

 試合が始まったというのにアナウンスすら流れない。

 警戒を強めていると、急にリアスたちを中心に数えるのも馬鹿馬鹿しい数の魔法陣が現れる。

 

「な、なんだぁっ!?」

 

「これは……っ!?」

 

「魔法陣の紋様は全てバラバラ。でもこの共通点は―――――」

 

 首と眼球を動かして即座に記憶から周りの魔法陣の家と共通点を割り出すリアス。

 

「全て禍の団の旧魔王派に傾向した者たちだわっ!」

 

 リアスが叫ぶと同時に魔法陣から数百、もしくは千に届きそうなほどの悪魔たちが姿を現す。彼らは偽りの魔王の血縁者であるリアスを誅すると息巻いていた。

 彼らから感じる魔力の大きさは中級、そして上級に届く者で占められている。

 それと同時にリアスたちの周りに強烈な風が発生する。

 

「キャッ!?」

 

 アーシアの悲鳴がグレモリー眷属全員の耳に届くと同時に気がつくと彼女はいつの間にか現れたディオドラの腕の中に居た。

 

「イッセーさん!?」

 

「アーシア!?クソッ!テメェ、アーシアを放しやがれ!!」

 

 叫び、身を乗り出そうとする一誠をリアスが手で制する。

 

「部長どうして!?」

 

 リアスは一誠の叫びに答えず確認するように言葉を紡ぐ。

 

「ディオドラ、どういうつもりかしら?いえ、確認するまでもないわね。貴方、禍の団と通じていたのね。そして彼らをゲームの場に招き入れて魔王(ルシファー)の血縁である私を捕えて交渉材料にするか、殺して見せしめにするように話を持ちかけたと言ったところ?」

 

「へぇ。思ったより頭が回るじゃないか。そうさ。わざわざゲームなんてする必要はないからね。これだけの数の上級、中級悪魔相手に立ち回ったところで勝ち目なんてないだろ。どうだい?ここで白旗を上げるなら、それなりの待遇は掛け合ってあげるよ。君に限らず、君の眷属もそれなりに使いようはありそうだからね」

 

「冗談。それより早くその汚い手をアーシアから放してくれないかしら?私の可愛いアーシアが貴方に触れられていると思うと滅し飛ばしてやりたくなるのだけれど」

 

「おぉ!怖い怖い。だけどもう彼女は僕のモノさ。元々彼女は僕のモノになるはずだったのだから。返してもらうのは当然のことだろう?」

 

「何ふざけたことを言ってやがる!ブッ飛ばすぞテメェ!!」

 

 吠える一誠に目を向けず、リアスはふぅと息を吐いた。

 

「ディオドラ。貴方がアーシアを手に入れるために何らかの手を打ってくることはわかっていたわ」

 

「負け惜しみかい、リアス。現にアーシアは僕の手の中じゃないか」

 

「えぇ、そうね。だからこういう手をこちらも用意させてもらったわ!アーシア!」

 

「はいっ!」

 

 リアスの合図にアーシアは懐から1枚の札を取り出すと、彼女はボンッと文字通り煙のように消えてしまった。

 

「な、なにをした!?アーシアは!?」

 

「私の協力者の下へ転移させる特製の札よ!もしかしたら貴方がゲーム前にアーシアを拉致する可能性に備えて渡しておいたの。まさかゲーム中に仕掛けてくるとは思わなかったけどね」

 

 これが、リアスがアーシアを守るために備えていた切り札。

 もし彼女が危険に見舞われた時、黒歌の下へと転移させる札を先日買い取っていた。その礼として高級酒やら菓子やらを要求されたが安いものだ。

 

「き、汚いぞリアス・グレモリー!?」

 

「どの口でそんなことが言えるのかしら?覚悟しなさいディオドラ。ゲームを汚し、テロリストと手を組み、あまつさえアーシアを力づくで手に入れようとした罪、万死に値するわ!でも貴方にはこれから聞かなければいけないことがたくさんある。だから―――――」

 

 自身の周りに黒い魔力を発生させながらディオドラ・アスタロトを睨んだ。

 

「事情聴取させるだけなら、その手足、滅し飛ばされても不都合ないわよね?」

 

 手の中にある滅びの魔力。それに一瞬、ディオドラがたじろいだがすぐにフンと鼻を鳴らす。

 

「どちらにせよ君たちはここで終わりさ!万が一でも突破し、神殿の奥まで来れたら僕直々に相手をしてあげよう!それからゆっくりとアーシアを手に入れればいい。君たちの骸を晒して絶望した彼女の顔を見るのも楽しみだからね」

 

 それだけ言うとディオドラは転移でこの場から消え去ってしまう。

 去って行ったディオドラにリアスはチッ!と舌打ちする。

 

「部長!アーシアは……!」

 

「聞いての通り、黒歌の所へ転移されている筈よ。言ったでしょう?私はあの子を妹のように想ってるって。もっとも、今は私たちの方が危険なのだけれどね」

 

 自嘲気味に笑いながら視界を覆う悪魔たちに視線を向ける。

 そんな中で一誠は震えていた。

 目の前の敵にではない。

 もしアーシアが連れ去られてもしそのまま取り逃がしたときのことを考えて震えが来たのだ。

 守ると誓った。守ると言った。

 そんなアーシアはあっさりとディオドラの手に落ち、奪還の手が無ければどうなっていたか。

 ずっと戦って勝てばいいのだと思っていた。しかし最悪の状況は常に想定しなければ大事なモノは零れ落ちていく。

 ただ、目の前に場当たり的なことしか思考できなかった自分を一誠は恥じた。

 

「来るわよっ!!」

 

 しかし、今はそんな後悔に身を浸していることすら惜しい。

 向かってくる悪魔の群れに一誠は神器を発動させて迎撃態勢に入る。

 同様に祐斗は聖魔剣を。ゼノヴィアはデュランダルを。

 朱乃は雷の魔力を手に。ギャスパーも体を震わしながらも魔眼を使う準備に入っていた。

 

 そして無数の悪魔がリアスたちに襲いかかろうとしたとき。

 

「キャッ!?」

 

 と朱乃の悲鳴が上がる。

 何事かと皆が振り向くと、そこには長い白髭を生やした老人が朱乃のスカートを捲り、尻を擦っていた。

 

「おぉ!やはり若いモンの肌の張りは堪らんわい!」

 

 ご満悦なご老体に対して一誠が怒鳴ろうとするがその前にリアスが声を上げた。

 

「あ、貴女たち!?オーディンさま!これはどういうことですか!?」

 

 老人―――――北欧の主神であるオーディーンの後ろには今しがた脱出させたアーシアとイリナ、白音。そして一樹が居た。

 

「ごめんなさい、部長さん!でもどうしてもジッとしていられなくて……」

 

「俺らは付き添いです。この状況なら、人手は多い方がいいでしょう?」

 

「そういうことじゃない!!」

 

 せっかくディオドラから逃がしたアーシアをこの場に連れてくるなど何を考えているのか。

 憤慨しているリアスにオーディーンがホッホッホと髭を撫でて笑い声を出す。

 

「そう頭ごなしに叱るでない。この娘はあの小僧との決着を見届ける権利があろう?だからこそこの場にワシが連れてきた」

 

 笑いながら嗜めるオーディーンにリアスはうっと口を紡ぐ。

 

「今このゲーム用に作られた空間は強力な結界によって封鎖されておる。生半可な力の持ち主では中に入ることは不可能じゃて。しかるが故にこの場にはこれ以上の増援はないと思ってよいじゃろう。敵味方、両方のう」

 

「なら、爺さんはどうやって入って来たんだよ?」

 

 一誠がオーディーンに問うと彼は自身の左目に埋め込まれた水晶を見せる。

 

「ミーミルの泉に左眼を差し出した時にワシはこの手の魔術や術式に詳しくなってのう。結界に関しても同様じゃて」

 

 その左目の水晶を見た時、一誠は神器を通して緊張が伝わったが何も言わなかった。否、言えなかった。その水晶の眼が明らかにヤバい代物だと察して。

 

「ま、お前さんらをあの神殿まで護衛するのが儂の仕事じゃ。それまで存分にこの爺に頼るがよいぞ」

 

「な!?これだけの数だぞ!大丈夫なのかよ、爺さん!?」

 

 一誠の叫びを合図にしたのか。囲んでいた悪魔たちはオーディーンの姿に歓喜し、名を上げるために襲いかかってくる。

 しかし本人は余裕の笑みを崩さない。

 

「――――グングニル」

 

 いつの間にかオーディーンの持っていた杖が一振りの槍へと変わり、一閃すると近づいて来た筈の悪魔たちが文字通り跡形もなく消し飛ぶ。

 

「ホッホッホ。せっかちじゃのう。じゃが来るなら決死の覚悟で挑むのじゃぞ?この老いぼれはお主らの想像より遥かに強いでな」

 

 グングニルの柄で肩を叩きながら笑う北欧の主神そしてリアスたちにポイっとある物を投げる。

 それは通信機だった。

 

「アザゼルの小僧から預かってきた。とりあえずは神殿の入り口まで走れ。それから通信を繋げればよかろうて」

 

 グングニルをもう一振り。それだけで数え切れぬほどいた悪魔たちの数が大きく減少させていく。

 

「みんな、走るわよ!」

 

 リアスの指示に全員が神殿の入り口まで疾走を始めた。

 その間、近づいてくる敵をオーディーンが払い除けていく。

 その圧倒的な力に唖然とする暇もなく、リアスたちは神殿の入り口まで辿り着き、渡された通信機を繋げる。

 すると即座にアザゼルが応答した。

 

『お、どうやら無事オーディーンの爺さんと合流できたみてぇだな……』

 

 いつも通り軽い口調の筈なのに心なしかその声には安堵がこもっているような気がした。しかしそれを確認するよりリアスにはアザゼルに問い質さなければいけないことがある。正確には彼の近くに居るであろう黒歌に、だが。

 

『アザゼル先生。どうしてアーシアをこちらへ来ることを許可したの?彼女の安全を考えるならスタッフに保護させておく方が最善だった筈』

 

 だが、最終的に許可を出したのはおどらくアザゼルだろうと踏んでリアスは彼に通信機越しに詰め寄る。もし生半可な答えを言うなら許さないと声の質でチラつかせる。

 

『……ディオドラ・アスタロトの件は結果はどうあれアーシアには見届ける義務があると考えたからだ。それにもしもの場合、回復役はいた方がいい。今回のゲームでフェニックスの涙は支給されてないからな』

 

「でも!?」

 

 アザゼルの言うことも一理あるかもしれない。だがディオドラはアーシアを狙っているのだ。もし彼女に何かあればどうするつもりなのか。

 反論しようとするリアスにアザゼルが聞け!と遮る。

 

『アーシアが教会の聖女として扱われていた頃、怪我をしたディオドラを治療し、それがバレたことで教会を追放されることになった』

 

 それが何だというのか。そんなことは今更説明されることではない。

 

『だが、当時の教会の判断ではアーシアを教会から追放する筈じゃなかった』

 

「え?」

 

 アザゼルからもたらされた情報にオカ研一同は驚きの表情をする。

 

『本来は、神器の力を封じてアーシアが元から居た孤児院に送られるはずだった。だが、直前になってその孤児院の責任者がアーシアの受け入れを拒否したんだ。魔女認定された者など今更受け入れられないってな』

 

「……それは、何かおかしいことなの?」

 

 アザゼルの話を聞きながらリアスは嫌な予感が過ぎる。醜悪な何かを聞かされるような予感。

 

『その孤児院は確かに十字教の傘下にある施設だが一般的な、オカルト(こっち)世界とはほとんど関係のない施設だったんだ。そしてその責任者の女性は施設の子供たちを分け隔てなく愛情を与える出来た人だったらしい。そうだな、アーシア?』

 

「は、はい!私のことも実の娘のように可愛がってくれました!」

 

 だからこそアーシアは母のように慕っていた女性に拒絶されたことで失意を深める結果になったのだ。

 

『最近の調査で判ったしたことだが、その女性は、強い暗示にかかっていたことが判明した』

 

「暗示って、どういうことですか?」

 

『簡単に言えば、アーシアを拒絶するための発言をさせる暗示さ。それによってその女性はアーシアを心の底から軽蔑するように心をいじられていたようだぜ。これはミカエルたちセラフの調査によるものだ』

 

「なんですってっ!?」

 

「誰がそんなことを!?」

 

『決まってんだろ。ディオドラだよ。奴は自分の家のお抱え術師を派遣してその施設の女性だけじゃなく、アーシアの裁判に出席した人間も暗示にかけてアーシアを追放するように仕組んだのさ。そして精神的に追い詰められたアーシアを自分の手元へと置くつもりだったんだろうが、そこで奴の予想だにしなかったことが起きた』

 

「予想のしなかったこと?」

 

 怒りで通信機を握る手が強くなるのを自覚しながらアザゼルの次の言葉を待つ。

 

『レイナーレだ。俺の指示でアーシアを保護したレイナーレがお前の管理する駒王町に潜伏したのが原因で迂闊に手出しできなくなっちまった。後はお前さんらが知っての通りだ』

 

 アザゼルの話を聞き終わり、アーシアが力が抜けたように尻もちを着く。

 

「アーシア!?」

 

 震えている彼女をゼノヴィアが肩に触れて安心させようとした。

 無理もない。自分が救った筈の者がそんなことをしていたなどと誰が予想できるか。

 リアスもアーシアを慰めたかったが話を進めることにした。

 

「それで、アザゼルやお兄様たちはもしかしてディオドラが禍の団と繋がっていたことを知っていたの?そうでなければここまで即座に対応できたことが説明できないわ」

 

『……すまん』

 

 その答えが質問の是としていることの証明だった。

 

『今回のゲームに乗じて禍の団が仕掛けてくることは予想されていた。だから奴らを疎ましく思っている他の神話勢力に話をつけて返り討ちにする算段だ。今現在どこもかしくも旧魔王派の勢力に囲まれている。そういう意味でもお前たちと行動させる方がアーシアにとってもまだ安全だと判断した。幸い、オーディーンの爺さんが手を貸してくれたしな』

 

 話を聞きながらそう簡単なことではなかっただろうとリアスは思考する。

 相手が旧魔王派ということは禍の団というテロリスト一味とはいえ、冥界側の不祥事に他の神話勢力を巻き込んだ形になるのだ。

 見返りとしてそれ相応の物が要求されたに違いない。

 それを言葉にしないのは若いリアスたちが知る必要が無いというアザゼルなりの気遣いだろうと予想する。そしてそれをわざわざ確認するほどリアスは無粋ではなかった。

 

「そう。つまり今回のゲームはご破算という訳ね」

 

『戦争なんてそう簡単に起きないと言っておいてすまん。奴らが仕掛けるギリギリまでゲームを進め、奴らを燻り出したかった。その結果お前たちをもっとも危険な場所に置く案は俺が出してサーゼクスたちを説得した。文句はあとで聞く。何なら好きなだけぶん殴ってくれてもいい』

 

「いいえ。今回が冥界側の不祥事である以上、悪魔(こちら)側がもっとも危険な位置に立つのは当然だわ。出来れば、前もって教えておいてほしかったけれど……」

 

 苦笑するリアスにアザゼルは通信機越しから呻くような声が聞こえた。

 

『とにかく、これ以上、お前たちが危険な場所にいる必要はない。運の悪いことにフィールドの外に出ることは不可能に近いが神殿の地下には強固な避難所になっている。かなり頑丈に造られているから戦闘が終了するまでそこに隠れていてくれ。この結界、【絶霧(ディオメンション・ロスト)】は結界系神滅具の中でも抜きん出ていてオーディーンの爺でも破壊できない代物だ』

 

 アザゼルの指示を聞いたリアスは少し考える風に顔を上にあげてある提案をした。

 

「私たちはこのまま、ディオドラ・アスタロトの捕縛を行おうと思うのだけれど、どうかしら?」

 

 リアスの提案にアザゼルは通信機越しでもわかるほど呻く声が聞こえる。きっと向こうでは苦虫を潰したような表情をしているだろうことは想像に難くない。

 

『……やつは俺たちが捕縛する。アーシアも奴の手から奪還した以上、お前らが進んで危険を冒す必要はないだろう。危険な役を押し付けた俺が言えたことじゃないが、これ以上リスクを冒す必要はない』

 

「アザゼル先生。私たちは三勢力に害する行動を取る者に実力行使する権限が与えられていますよね。今回はその権限の範疇かと思いますが」

 

「個人的な理由で悪いのだけれど、ゲームを駄目にされた上のだから、せめてディオドラとの決着を着けないと気が済まない。アーシアの人生を弄んだことも含めて、ね。きっちりと報いを与えてやりたいのよ!毒を喰らわば皿まで、という言葉もあるわ。巻き込んだと思うのなら、これくらいのワガママは許してくれないかしら?それに聞くところによると増援が到着するのにも時間がかかるのでしょう?急がなければディオドラが逃げる可能性もある。もっとも燻り出しに成功した時点で彼には大した価値はないのでしょうけど」

 

 朱乃とリアスの言葉にアザゼルはチッと舌打ちする。

 

『とんだお転婆姫だよ、お前は!どっちみち俺からお前らを止めるのは不可能だ。好きにしろ。だがやるからには必ず勝て!そして全員生きて帰ってこい!俺から出す命令はそれだけだ!』

 

「えぇ、もちろんよ!私と眷属――――いいえ、我が部に喧嘩を売ることがどういうことか魂の芯まで刻みつけてくるわ!もちろん全員無事に生還する!」

 

『それさえ聞けりゃ、問題ねぇ!今回は幸い前回のような制約もねぇ!思う存分に暴れてこい!』

 

 それを最後に通信機の通話が切れた。

 

「聞こえたわね、みんな!!ディオドラが禍の団と繋がっている以上、何らかの隠し玉を用意している可能性が高いわ!でもそんなのは関係ない!それを含めて叩き潰してやりましょう!!」

 

『はいっ!!』

 

 部員全員の声にリアスは笑顔になり、神殿へと突入しようとする。

 その僅かな間に一樹が後ろへと振り返る。

 

「チッ……部長、先に行っててください」

 

「一樹?」

 

 どうしたの?と訊く前に高速で巨大な布が降ってきた。

 一樹は間髪入れずにその布を蹴り飛ばす。

 

「カッカッカッ!俺っちの気配を即座に察したか。嬉しいねぃ」

 

「猿臭ぇんだよ、ったく。会談の時といい祭りには積極的に参戦しないと気が済まねぇ質なのかテメェは?」

 

 布を自分から捨てるとそこには孫悟空の末裔、美猴が姿を現した。

 

「さもありなんって奴よ。どうせタダなんだから楽しいことには積極的に関わらねぇとな!」

 

 向かってくる美猴に一樹が応戦する。

 

「部長!こいつは俺が!白音もアーシアを守ってやれな!」

 

「いっくん、でもっ!?」

 

 美猴の腹に蹴りを入れて後退させると白音の頭に手を置く。

 

「安心しろ。これでも俺、ちったぁ強くなったつもりなんだぞ。あの猿はすぐに沈めて追い付くさ。それに中にどんな罠が仕掛けられているのかわかんねぇんだ。索敵能力の高いお前は中に入った方がいいだろうよ」

 

 確かに一樹は強くなったがあの美猴をひとりで相手に出来るかと訊かれれば否だろう。

 だが中に罠があるのなら索敵能力の高い白音は確かに中で行動すべきだ。

 しかし白音に取ってオカルト研究部と一樹個人、どちらが大事かと問われれば。

 

「やっぱり私も――――っ!?」

 

 そう言ってその場に残ろうとした白音だが、一樹が彼女を持ち上げる。

 

「いいから行けっ!」

 

 容赦なく神殿の中に投げ飛ばした。

 幸い、どこかにぶつかることもなく鮮やかに着地した白音だが一樹に恨めし気な視線を送る。

 

「こっちは心配すんな!さっさとあの優男を締め上げてこい!」

 

 シッシッと先を促す一樹。

 それを見たリアスが白音の手を引いて部員たちにも来るように指示を出す。

 

「部長!放してください!」

 

「ごめんなさい!彼に何かあったらいくらでも罵ってくれて構わないわ。だから今は彼を信じて私たちに力を貸してちょうだい!」

 

 そのまま神殿に突入するリアスたちを見届けて再び美猴と向き合う。

 

「よかったのかい?俺っちは別に、また2人がかりでも構わなかったんだぜぃ」

 

「かまわねぇよ。どうせ、勝つのは俺だからな」

 

 それが強がりなのか慢心なのか。それとも何らかの確信があるのか美猴には判断できなかった。だがどうせなら3番目なら面白そうだと思っただけ。

 

「ま、いいさ。だが、大口叩いたんなら簡単に敗けてくれるなよ?精々楽しませてみろい!」

 

「上等だ!簡単に勝てると思ってんならそれが思い上がりだって叩き込んでやるよ!爺さん!こっちの喧嘩に助太刀はいらねぇからな」

 

「ホッホッホ。若いのは元気があってええのう」

 

 こうして、2人の戦いの火蓋は再び切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 







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49話:英雄の子孫

 時間は少し遡る。

 

 

 

「これが、部長の言っていた保険?」

 

 突如現れたアーシアを見ながら黒歌に確認する。

 

「そ!まさかホントに使う羽目になるとはねぇ」

 

「……それで、これからどうするんだ?ここで見物ってわけにはいかないだろ?」

 

「ん~。別に一樹たちはここで休んでればいいんじゃない?私はアザゼルの付き添いで戦闘に参加しなくちゃいけないけど……」

 

「けど!」

 

「あ、あのっ!!」

 

 そこでアーシアが口開いた。

 

「もういちど、私をあの中に入ることは可能でしょうか?」

 

「レーティングゲームのフィールドの中に?なんで?」

 

「皆さんが心配なんです!もしイッセーさんたちが怪我をしたらと思うと。それにあんなにいっぱいの悪魔に囲まれていて……」

 

 アーシアの言葉に黒歌はうーんと唸る。

 

「残念だけど、あのフィールドに入るのは私でも難しいわ。アーシアは私っていう起点があったから転移出来たけど、流石に今の状況じゃあね」

 

「うむ。ならば、儂が中まで送ってやろうかの」

 

「オーディーンさま!?」

 

 いつの間に傍にいたのか、オーディーンが長い髭を撫でながら言う。当然近くにいた銀髪の戦乙女が非難するように声を上げる。

 

「ここで座しているより子供の御守の方が楽しそうじゃしのう。お主は適当に外の敵を減らして来い。これは命令じゃ」

 

「わ、私はオーディーンさまの護衛で……」

 

「問題ない。この程度で死ねるならとっくに北欧は滅亡しとるわ!」

 

 ホッホッホと笑うオーディーンに戦乙女は困ったかのように頭を抱えている。

 

「爺さん、いいのか?確かにアンタならあの中も入れるんだろうが……」

 

「もちろん、対価は後程頂くがのう。そうじゃな子守程度なら研究用のフェニックスの涙でもあとでサーゼクス・ルシファーに要求するかのう。もちろん、それ相応の数をじゃ。それで、そこの金髪のお嬢ちゃん以外はどうする?」

 

 答えは、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一樹と美猴の戦いは互いの獲物を駆使したモノではなく、純粋な肉弾戦だった。

 美猴が拳を繰り出せば一樹がそれを受け止め。一樹が拳を繰り出せば美猴がそれを防ぐ。

 互いに決定打を決めさせず、示し合わせたかのような攻防は観る者によっては演武に観えるかもしれない

 それが幾度と続く中で一樹が放った拳を手の平で受け止め、そのまま投げ飛ばす。そして一樹の体が地面に落ちる前に腹に蹴りを叩き込んだ。

 一樹が飛ばされ、距離が取れた内に美猴は髪の毛を数本引き抜き、フゥー、と息で吹き飛ばすとボンッ、と抜いた毛は煙に包まれ、それが晴れた頃には4人の美猴が現れた。

 

「さぁて、俺っちの分身体相手にどこまでやれるかなっと!」

 

 美猴が指示を出すと4体の分身が一樹に迫る。

 慣れない一体多数の戦闘。四方から攻撃を受けて分身体の攻撃を喰らっていた一樹だがこれではダメだと判断すると囲いを抜け出して、跳躍し、近くにいた分身体Aの頭に手を置き、跳び箱の要領で大きく前転し、分身体Aの後ろにいた分身体Bに踵落としを喰らわせる。

 すると、分身体Bは煙と共に消えて、驚く間もなく後ろにいる分身体Aの腕を掴み取って地面に叩きつけると背中を踏み抜き、分身体Aを消し去る。

 

(やっぱりクリーンヒットを当てりゃ消えるか。そこら辺は姉さんの影分身と同じだな)

 

 以前訓練がてらに見せてもらった黒歌の影分身。それと同様の術だと確信する。

 この術の弱点は闘気や魔力の総量が基本10分の1程度。身体能力も本体より大分劣化する点。そして強い衝撃を与えればたちまち消えてしまう点だ。

 

(本人ならともかく、分身体なら今の俺でも対処できる!!)

 

 残りのCとDの分身体に関してはあっけなく消し去った。

 Cにカウンターで鳩尾に拳を減り込ませ、動きを止めずにDの頭を両手で鷲掴みにして頭突きを喰らわせる。

 そこで一樹は腕輪を槍に変えて本体が迫り来る如意棒を受け止めた。

 

「いいねぃ!今のお前は俺っちと戦うだけの資格がありそうだぜぃ!!」

 

「ついでだ!その面二度と外へ出れないように潰してやるよ、クソ猿!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちとの通信を切ったアザゼルは少し離れた位置から静観を決め込んでいる少女へと視線を移した。

 黒歌も着ている和服の袖口から宝剣を取り出し、冷や汗を流している。

 視線の先に居るのは黒いゴスロリチックな衣装を身に纏う、小学校低学年ほどの少女。しかし離れているにも関わらず感じる強大な力の波動。

 既に旧魔王派の反乱は収束へと向かおうとしている。

 旧魔王派に与していた悪魔たちの多くは討伐、もしくは捕縛されている。

 だがもちろんこちらも無傷とはいかない。

 今回参戦してくれた各神話体系の戦士たちにも少なからず被害は出ていた。

 後に冥界側が今回のテロ討伐に参加した勢力に多くの礼を贈らなければいけないことに同情しないでもないが、そこは譲るつもりはアザゼル自身にもなかった。

 今回の件に巻きこんだツケはしっかりと頂くつもりだ。そうでなければこの争いで散って行った同胞に申し訳がない。

 しかしそれとは別にこちらを見下ろす少女。あれが参戦するだけでこちらが優勢だった戦局は一変させられる。

 なんとしてもここで押さえなければならない。

 

「以前はオーディーンみてぇな爺の姿を取ってたくせに今は年端もいかない美少女とは恐れ入ったぜ。どういう心境の変化だ、オーフィス?」

 

 あの少女こそ二天龍さえ凌駕する無限と夢幻の片割れ。最強のドラゴンの1匹として君臨する無限の龍神、オーフィス。

 

「アザゼル、久しい」

 

 相も変わらず何を考えているのかわからない奴だと内心で舌打ちする。

 

「ま、いいさ。親玉が自分から出張ってきた以上、ここでお前を仕留めれば禍の団は脅威度は然したるものでもなくなるな」

 

 アザゼルの言葉にオーフィスはフルフルと首を振る。

 

「無理。アザゼルでは我を倒せない」

 

 それは、純然たる事実だった。

 アザゼルではオーフィスには及ばない。黒歌が加わったところで大した差はないだろう。

 それでも、教え子が危険な戦場に居るのに自分だけここで棒立ちをしている気はアザゼルにはなかった。

 

「ならば、3人ならどうだ?」

 

 現れたのは元龍王。

 夏休みに一誠と一樹の師となった最上級悪魔、タンニーンだった。

 

「まさかお前さんが助太刀に来てくれるとはな、タンニーン」

 

「未来ある若者が命を賭けてこの戦場に赴いているのだ。老兵には老兵の役割がある」

 

「……考えることは同じ、か」

 

 タンニーンの言葉にアザゼルは苦笑する。

 つまりこの事態を前に安全な場所に座しているつもりはないということだ。

 タンニーンはオーフィスを見据える。

 

「何故だ。あれほど世界に関心を抱かなかったお前がなぜ今になってテロリストのトップなどと言う形で表へと出てきた!」

 

「暇潰し、なんていうふざけた理由は止めろよな。お前たちの行動で既に多くの被害が出てるんだぜ」

 

 その被害は日に日に増し、既に無視できないレベルにまで達している。

 どのような理由が在ろうとオーフィスの存在を看過することはできない。

 

「真の静寂……」

 

「あ?」

 

 オーフィスの答えにアザゼルが首を傾げる。

 

「我、次元の狭間に戻り、真の静寂を得たい。ただそれだけ」

 

「……ホームシックってか?だが次元の狭間か。あそこには確か――――」

 

「そう、グレードレッドが居る」

 

 無限の龍神たるオーフィスと並ぶとも超えるとも言われている赤龍神帝。夢幻龍、グレードレッド。

 グレードレッドは次元の狭間を支配している。

 

(奴を追い出すために旧魔王派を始め、各勢力の鼻つまみ者に手を貸したってのか?)

 

 そんなことを考えているとオーフィスの横に魔法陣が出現し、新たに2人の敵が姿を現した。

 

 現れたのは長い黒髪を後ろに結わえた目つきの鋭い貴族風の衣装に身を包んだ男と。

 リアスと同じくらいか少し上の歳に見える女性。

 

「お初にお目にかかる、堕天使総督殿。俺は真なる魔王の血族。クルゼレイ・アスモデウス」

 

「同じく、ルイーナ・レヴィアタンと申します」

 

「はっ!首謀者のひとりの旧魔王派のアスモデウスがご登場か!それにレヴィアタン?まだレヴィアタンの直系血族が居たとは驚きだぜ!」

 

「カテレアお姉さまの仇討ちをさせていただきます」

 

 ルイーナと名乗った女性はアザゼルの後ろに控えている黒歌を見据える。

 当然だがカテレアを討った者が誰か知っているらしい。

 

「自分たちから攻めて来て置いてよくもまぁ。姉妹揃って恥を掻くのが好きなの?そっちが来るなら相手をしてあげるわよ」

 

 挑発的な笑みを浮かべて手にしていた宝剣を構える。

 

「なら、クルゼレイの方は俺が片をつけてやる。タンニーン!お前さんはどうする?」

 

「同数の決闘に加担するほど野暮ではない。オーフィスの監視でもさせてもらおう」

 

「頼む。さてと。俺の教え子がディオドラ・アスタロトを捻り潰している間に決着を着けさせてもらうぜ」

 

「ディオドラ・アスタロトにも我の蛇を渡した。倒すのは容易ではない」

 

 オーフィスの言葉にアザゼルが哄笑を上げた。

 

「?……何が可笑しい?」

 

「蛇か。それじゃぁ、無理なんだ。その程度じゃ今の一誠たちは倒せねぇよ」

 

 アザゼルの言葉にオーフィスは困惑という訳ではないだろうが首を傾げる。

 タンニーンとの。元龍王との訓練で兵藤一誠と日ノ宮一樹は文字通り地獄を体験した。そしてその中で生き延び、生還した。

 それがどれほどのことかこいつらは理解していない。

 

 そんなアザゼルをクルゼレイは鼻で笑った。

 

「確かに、ディオドラ・アスタロトが蛇で強化されたとて禁手に至った赤龍帝の相手には不足だろう。ただの蛇ならばな」

 

「なに?」

 

「アスタロトの小僧に渡した蛇は少々特別製だ。あれを使えば、少し、結果はわからんぞ?」

 

 自信満々な笑みにアザゼルの怪訝な表情をする。

 

「どこからその自信が湧いてくんのか知らねぇが。なら、一刻も早く手前らを叩き潰すだけだ。黒歌!片方は任せるぜ!!」

 

「オーケー、ボス!!」

 

 ふざけた口調で返すが、発している気迫は生半可なモノではなかった。

 

『すまないが、少し待ってくれないかな?』

 

 そこで、新たな魔法陣が現れた。

 

「なんでお前まで出てくんだよ、サーゼクス……」

 

「これ以上、身内の問題を余所に任せるのは忍びなくてね」

 

 魔法陣から出て来たのは、現魔王のひとり、サーゼクス・ルシファーだった。

 彼は柔和な笑みを浮かべてこの戦場へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一樹と美猴の戦いはどんどん苛烈さを増していく。

 右腕と左足に黄金の鎧を出現させた一樹は美猴へと槍を振るうも、未だに一撃が与えられないでいる。

 獣のような激しさと人としての理詰め。

 それが合わさった美猴の動きに思うように戦いが進められないでいる。

 

「おらよっ!!」

 

 美猴が振るった如意棒が当たってもいないのに一樹の体を後方へと下がらせる。美猴はその場からすぐに跳躍し、膝をついた一樹に上から如意棒を振るった。

 

(なら、よ!!)

 

 一樹は大きく息を吸い、噴き出す。噴き出した息は炎となって美猴に襲いかかった。

 ライザー戦で使った炎の息だ。

 だが動物的な勘によるものか。それとも経験則によるものか。美猴は自分の攻撃を防いでいた一樹の槍の柄を蹴り、炎を躱す。

 

「フゥ~。今のは驚いたぜぃ!中々面白い特技を持ってるねぃ!」

 

 美猴に言葉を返さない。

 それは会話を切っているのではなく、相手の技量に舌を巻いているからだ。

 

「もうちょい、お前さんの実力を試させてもらうぜぃ!!」

 

 爆発的な接近。

 僅かでも気を抜けば比喩ではなく体の一部が消されそうな猛攻に一樹は防戦一方を余儀なくされた。

 一撃が来るたびに後方へと下げさせられ、神殿に近づいていく。

 

「オラァ!!」

 

 美猴が振り上げた如意棒が一樹の槍を跳ね上げる。

 

「まず一撃ィ」

 

 放たれる突き。

 一樹はそのまま跳ね上げられた槍を背中から地面に突き刺し、地を蹴って槍を支えに逆立ちのような体勢になる。

 確実に当たると踏んだ一撃をこんな風に躱されたのは予想外だった美猴は驚いた表情で動きが鈍るのを一樹は見逃さずに神殿の壁を蹴って、頭上を取った。

 

「オォオオオオッ!!」

 

 勢いをつけて振り下ろす槍を美猴は如意棒で受け止めた。

 さっきとは逆の立ち位置になったが、美猴は如意棒で槍をいなし、着地した敵に蹴りを叩き込んで一樹を飛ばす。

 身体を強く地面に叩きつけられた一樹の周りに粉塵が巻き上がる。

 

「どうした!どうした!この程度じゃねぇだろぉ!!」

 

 粉塵が晴れるとそこには膝立ちで槍を持った一樹が居り。矛先には炎が集まっていた。

 

「飛べ……(アグニ)よ!」

 

 山籠もりの際に一誠の禁手の防御力すら上回った炎の斬撃。

 今、美猴に向けて放たれた。

 それを知らずとも直感でヤバさに気付いた美猴が印を結ぶ。

 すると、地が幾重にも突起し、壁となって美猴を守った。

 結果、幾つ重ねられた地の壁に遮られ、美猴まで届くことはなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…‥クソが……っ!」

 

「大したもんだ。僅か1月ちょいでここまで力をつけるとはなぁ」

 

 それは、真っ直ぐな称賛。

 はっきり言って会談の時とは別人のような進歩だ。

 だからこそ引っかかる。

 

(追加された鎧で身体能力が上がってるのはわかる。だが、ここまで変わるもんかねぃ?)

 

 神器使いのようにその力を引き出して別人のように強くなれる例はあるだろう。だが目の前の敵は純粋に槍術と体捌きの進歩が明らかに異常なのだ。

 その点は自分の常識から照らし合わせることができるだけに疑問が尽きない。

 敵の呼吸の読む技術に自分の肉体を動かす技術。

 敵の動きを予測し、どう動くか考える戦闘における思考力。

 それらが異常な程に成長を見せていた。

 

(本人もそのことに自覚がなさそうだわな。と、なると、本人さえ知らない何らかの要素があると見るべきだぜぃ)

 

 そこまで考えて美猴はその疑念を放棄する。

 理由なんてどうでもいい。

 以前は雛鳥だったヤツが今は大きく成長して自分の前に居る。強くなった理由なんてのは相手の陣営が気にすればいいことだ。

 

「ところで、お前さん、インドの大英雄、カルナの子孫だってのは本当かい?」

 

「あ?だから何だよ!」

 

「いんや。ただ、英雄の子孫の立ち位置になった気分はどんなもんかと思ってねぃ」

 

「知るか、そんなもん!」

 

 質問を真っ向からぶった切る一樹に美猴は目を丸くする。

 

「おいおい、そりゃぁねぇだろ」

 

「俺が誰の子孫で誰の血を引いてるかなんて知るかってんだよ!」

 

 再び一樹は美猴に接近する。

 槍の矛先に炎を纏わせ、撒き散らしながら振るう。

 美猴をそれを受けず、全て躱し続けているが。

 

「薄情だねぃ!お前さんのその力もその由来だろうに、よ!」

 

 槍を受け止める美猴。

 

「関係あるかよ!」

 

 美猴の払いに距離を取る一樹。

 

「はっきり言ってやる。俺は、カルナなんて奴じゃねぇ!日ノ宮一樹っていう現代を生きてる人間だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ!」

 

 ――――そしてアムリタもアルジュナなんて奴じゃねぇ。

 

 声に出さずに内心でそう毒づく。

 

「今を生きてる俺たちが、大昔の先祖の因縁に振り回されてたまるかよ!」

 

 それが嘘偽りのない一樹の本心だった。

 この力が先祖由来のモノだったとしても、どう使うかは本人次第。

 そこに先祖のことなんて関係がないのだ。

 何があっても先祖の所為などとするつもりはない。

 そして苦難を乗り越えられたのも先祖のおかげとも思わない。

 全ては自分の責任と努力の賜物。

 ただ、それだけだ。

 

 一樹の考えを聞いて美猴は笑い出したい気持ちだった。

 

「なるほどねぃ。確かに俺っちも三蔵法師一行と旅をした孫悟空じゃねぇ。美猴っていう現代を生きる存在だ。いいねぃ。そういう考えは嫌いじゃねぇぜぃ!」

 

 戦う理由に先祖なんて関係ない。ただ、強くなりたいという思いもだ。

 才能は孫悟空から受け継がれた部分はあれど、それを鍛え、磨き、練り上げてきたのは自分自身。それに誇りを持って生きている。

 故に美猴は本当の意味で目の前の少年を好敵手と認めた。

 

「かかって来い!日ノ宮一樹ぃ!!」

 

「上等だ!行くぞ美猴ッ!」

 

 こうして2人が再び戦いに入ろうとしたとき、神殿の奥から眩い光線が空へと走って行くのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次はリアスたちのターンです。


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50話:怒りの赤き龍

 神殿の中に入った白音は最初リアスに手を引かれていたが、今は手を離して前に進んでいる。

 それでも時々、後ろを振り向くような動作が入っているが。

 

「あ、あの部長!勢いで全員突入しちゃいましたけど本当に日ノ宮ひとりだけ残して良かったんですか?」

 

「あそこにはオーディーンさまもいるわ。最悪の事態にはならない筈よ」

 

 そう。あそこにはオーディーンが残っている。一樹を見殺しにするなんて事態にはならないだろう。そうでなければ一樹ひとりをあの場に残すなんて選択をリアスはしない。

 

「アーシアは、その、大丈夫か?色々と、さ……」

 

「あ、はい!大丈夫です!イッセーさん」

 

 笑って見せるアーシアの表情はぎこちなく、ショックから立ち直れてないことが丸分かりだった。

 自分が魔女として追われた事件で想像だにしなかった背景があったのだ。頭の中ではまだ整理しきれないことでいっぱいなのだろう。

 

「扉の奥にたくさんの気配を感じます。ですが、ディオドラ・アスタロトの気配は感じません」

 

 既に仙術を使用していた白音が扉を指さして警告する。

 一樹のことも心配だろうに。与えられた仕事をしっかりとやっている辺り、彼女の生真面目さを物語っている。

 

 リアスは白音に礼を言うとそのまま扉の奥に突入した。

 その先にあったのは中世のコロッセムのような会場だった。

 この景色に戸惑っていると聞き覚えのある声が鼓膜を揺さぶる。

 

『よく追って来てくれたね、リアス・グレモリーとその眷属たち。それにアーシア、君も来てくれて嬉しいよ。やっぱり君は僕と共に在るべき人だ』

 

 アーシアはディオドラの戯れ言に答えず険しい表情で虚空を見上げている。

 

「ディオドラァ!何処にいやがる!さっさと出てこい!!」

 

『うるさいなぁ。僕はこの神殿の奥で待っているよ。そこでだ。ゲームをしよう、リアス・グレモリー』

 

「ゲーム?」

 

『そうさ。中断されたレーティングゲームのね。君たちは僕のところにたどり着くまでに駒をひとり1回だけ出すことが出来る。そして各ステージで僕の眷属を全滅させたら次のステージへってね。駒をどこでどれくらい出すかはもちろん勝手にしてくれて構わないよ。そっちの余計なおまけも含めてさ』

 

「……そんなルールにこちらが従う必要がこちらにあるのかしら?」

 

『一応言っておくけど、僕の眷属を倒さなければ次に進むための扉は開かないよ。もしルールを破って同じ駒を何度も出した場合、その区域を爆破するように術式も仕掛けてある。何人かは生き残るだろうけど、全員がそれに耐えられるかな?それに君たちは自分の手で僕を捕まえたいんだろう?なら、大人しくルールに従った方が得だと思うけどね』

 

 くぐもった笑いが不快に鼓膜を刺激する。

 それにリアスは少し考える素振りをした。

 

「いいわ。その案に乗ってあげる。私たちが辿り着くまで、精々生涯最後の自由を楽しんでなさい!」

 

「いいんですか、部長?」

 

「かまわないわ。その程度のルールならハンデにもならないって刻みこんでやればいい。それより、今回のゲームでは戦闘不能者は転送されない。だけど、後の事を考えて、相手を殺さないようにしてちょうだい」

 

「どうしてですか?いや、殺さなくていいというのは有難いですけど……」

 

「ディオドラの眷属には元聖職者の人間も混じっている筈よ。後で事情聴取やら何やらをさせる必要があるわ。殺しは、本当に追い詰められた時のみとする。出来るわね、皆?」

 

『はい!!』

 

 リアスの問いに部員は気持ちよく答える。それに満足そうに微笑み、リアスは最初に出す人員を指名した。

 

「こちらは、ゼノヴィア、イリナ。一誠とギャスパーを出すわ」

 

『そうかい。見て判るだろうけど僕は兵士8名と戦車2名を配置させてもらったよ。ちなみに兵士は既に全員女王へと昇格させてある。別にいいよね?そっちのおまけを認めているし、グレモリー眷属の質の高さは有名だからね』

 

 耳障りな高笑いを無視してリアスは出場する4人に作戦を伝える。

 

「ゼノヴィアは戦車の2人をお願い。必要ならイッセーからアスカロンも借りておいて。ギャスパーとイリナ、イッセーで残りの兵士を撃退して。それと、イッセー」

 

 そこでリアスはイッセーに耳打ちする。

 

「ま、マジですか部長!」

 

「えぇ。今回は敵を出来る限り殺さずに拘束するから、代わりの手段として許可するわ」

 

「よっしゃぁ!この勝負もらったぁ!!」

 

 腕を上に掲げてガッツポーズを取る一誠。

 

「部長さん、どんな指示を出したんですか?」

 

「……訊かないでちょうだい。状況的に確実な手なのだけれど、指示したのを後悔しそうだから」

 

 アーシアの問いかけに頭を押さえて俯くリアス。

 

 戦闘が始まると、ディオドラ側の戦車2人がゼノヴィアに向かって行く。そのスピードは騎士にこそ及ばないものの、中々のモノだった。

 

 相手の攻撃を躱しながらゼノヴィアは独白するように口を開く。

 

「君たちに恨みがあるわけではないが……そちらの主が私の友達を狙っている以上、容赦をするつもりはない!」

 

 ゼノヴィアは跳躍し、敵の頭を跳びこえる。振り向いて再度向かってくる合間に姿勢を取る。そのポーズはまるで野球の打者のようで。

 

「ウオォオオオオオオッ!!」

 

 雄叫びと共に振るわれたデュランダルの腹で戦車のひとりを強打する。

 ゼノヴィアの渾身の一撃は相手の戦車を吹き飛ばし、控えにいるリアスたちを横切って後ろに壁にその体を減り込ませた。

 

「うん、良し!」

 

 デュランダルを地面に突き刺して満足そうに頷くが周りはドン引きである。

 人がこうクルクル高速回転をしながら壁に減り込むなどなんのギャグマンガか。

 そんな元相棒に対してイリナは。

 

「もう、あれは大剣というよりはハンマーね……」

 

 と戦慄していた。

 

 女王に昇格した敵兵士8人と一誠、イリナ、ギャスパーの3人も有利に戦局を進めている。

 

 ギャスパーの魔眼で相手の動きを封じてイッセーが洋服破壊で行動不能にする。これは、相手の兵士が全て女性だったことが幸いした。

 

 イリナも、擬態と透明の能力を同時に使用し、不可視の鋼糸で敵の動きを次々と拘束していく。これにより、ギャスパーに近づく敵を封殺していった。

 一誠が5人の兵士を行動不能。残り3人をイリナが拘束している間にゼノヴィアも戦車を降す。

 

「ハッハッハッ!女の子相手なら俺たちは無敵だゼェ!!」

 

 鼻血を垂らしながら高笑いをする一誠を無視してリアスがどこから取り出したのか大きめの布を一誠が洋服破壊した女性陣に被せる。

 

「ぶ、部長!どうして隠しちゃうんですか!?」

 

「もう試合は終わったのだから当然でしょう?戦いの時は特例として認めるけど、終わったのなら話は別よ!もちろん、残った人たちに洋服破壊を使うなんてもっての外だから」

 

「なん、だ、と……」

 

 ムンクの叫びのようなポーズを取る一誠に白音は真冬の冷水のように冷めた眼を向け、アーシアが頬を膨らませて一誠の頬を引っ張る。

 

 倒した敵は白音の仙術によって魔力を封じられ、縛り上げて放置した。

 

 これでこちらの戦力はディオドラの下へ辿り着くまでにリアス、朱乃、祐斗、白音。向こうは女王と騎士、僧侶が二名ずつ。

 数的には劣勢だが組み合わせ次第では十分に勝てる。

 

 神殿を突き進むと次の戦場にはローブを纏った3人が立っていた。

 

「確かあれは向こうの女王と僧侶2人だね」

 

「あらあら。なら、ここは私が出ましょうか」

 

 一歩前に出る朱乃。リアスは少し考えて自分も前に出た。

 

「後の騎士2名なら祐斗と白音で大丈夫ね。私もここで出るわ」

 

「あらあら部長。別に私ひとりだけでも十分でしてよ?」

 

「馬鹿言わないで。いくら雷光の力を扱えるようになったといっても、まだまだ使いこなせてないでしょう?安全かつ確実に勝つために私も出るわ」

 

 若干互いに険を漂わせて前に出る2人の後ろで祐斗が一誠の肩をちょんちょんと叩く。

 

「なんだよ、木場?」

 

「イッセーくんがこう言えばこの勝負確実に勝てる」

 

 耳打ちすると一誠が首を傾げる。

 

「そんなんで勝てるのか?」

 

「うん。こういえば確実に朱乃さんはパワーアップするからね」

 

 なぜそうなるのか疑問だったが物は試しということで言ってみることにした。

 

「朱乃さ~ん!もしここでカッコ良く完勝したら今度の日曜に俺とデートしましょう!って俺とのデート権なんかで朱乃さんがホントにパワーアップすんのかよ?」

 

 そしてその瞬間、朱乃の体の周辺から雷がバチバチと奔った。

 

「うふ!うふふふふ!イッセーくんとデートできるっ!!」

 

「朱乃……貴女、だんだん思考が残念になってきたわね……」

 

 自分の眷属の変わりようにリアスは嘆くように呟く。

 

 その後の試合は文字通りワンサイドゲームだった。

 朱乃が放った雷光で女王と僧侶の1名ずつ撃破し、唖然とした残りの僧侶をリアスが接近し、何らかの魔法を行使して気絶させた。

 

 その後は先程と同じように拘束して先へと急ぐ。

 白音が罠の確認などをしながら慎重に。

 

 そうして次に待っていたのは予想通り、ディオドラの騎士が待っていた。

 

「ようやく、僕の出番だね」

 

 既に聖魔剣を創り終えていた祐斗が前に出る。

 白音は、壁を背にして動かない。

 

「白音ちゃん?」

 

 アーシアが呼ぶと彼女はただ首を振って拒否する。しかしそれはリアスにとっても予想済みだったので特に意を介さずにそう、とだけ頷いた。

 

「いいんですか?部長」

 

「白音の役割はここに来るまでの罠の索敵なんかの仕事は充分にやってくれたわ。それにディオドラの騎士2人なら祐斗ひとりでも大丈夫、でしょ?」

 

 仕方がないとリアスは苦笑する。

 白音はリアスの眷属ではないし、命令する権限は彼女にはない。ここまで手を貸してくれただけでも有難いのだ。

 

「行けるわね、祐斗」

 

「我が主の仰せのままに」

 

 用意された戦場に立ち、聖魔剣を構える祐斗。

 2名の騎士もそれぞれ自らの獲物を構える。

 

 両陣営無言で始まる剣戟の音。

 相手の騎士2名の速度は遅くはなかったが、それでも祐斗の方が一枚も二枚も上だった。

 

 数回の刃の激突の後に祐斗が相手の武器をその手から落とさせ、柄の先端で鳩尾に一撃入れて気絶させた。

 もうひとりも同様に背後へと回り、首筋に柄を叩き込んで意識を奪う。

 鮮やかな手並みに味方の何名からか拍手が送られると、彼は照れたように笑った。

 

 今までが同格や格上ばかり相手にしてきたが、格下相手ならスムーズなモノだった。

 

「次は、いよいよディオドラね」

 

「……」

 

「アーシア、大丈夫だ。アーシアを泣かせようとした奴なんて俺がブッ飛ばしてやるから!」

 

 左手を握りこんで宣言する一誠にアーシアは複雑そうに笑う。

 まだ、諸々の事情が整理できていないのだろう。

 だから一誠は無理して消化しなくていいとアーシアの手を握る。

 

 

 

 

 

 

 神殿の最奥部に到着するとそこには無駄に高級感のある椅子に座しているディオドラが居た。

 

「ディオドラァ……!!」

 

 その存在を認識して一誠は握った手の平から血が滴るほど強く握りしめる。

 アーシアを魔女の烙印を押させ、一度死へと追いやった原因。

 そのおかげで一誠はアーシアと出会えたし、彼の両親から愛情を受け、気の善い仲間たちに囲まれて幸せだと彼女は言ってくれた。

 だから、結果的には良かったのかもしれない。

 だが、ディオドラがアーシアを陥れ、一歩何かが違えば今とは違う未来を歩んでいた可能性は否定できない。

 故に兵藤一誠はディオドラ・アスタロトを微塵も許すつもりはなかった。

 そんな一誠の殺意を涼しい顔で受け流すディオドラ。

 

「ふふふ。まさか自分から僕のところまで来てくれるなんてね。やっぱり僕たちは運命の糸で結ばれているようだ」

 

「テメェ!ふざけたこと―――――」

 

 前に出てディオドラを黙らせようと一誠を押し退けてアーシアが前に出た。

 

「アーシア……?」

 

「ディオドラさん。私は貴方に聞きたいことがあります」

 

「なんだい、アーシア。君の訊きたい事ならいくらでも答えてあげるよ」

 

 肩を小刻みに震わせて絞り出すように声を出す。

 

「私が、昔住んでいた孤児院。魔女として認定された時に院長さんに暗示をかけたというのは……」

 

「あぁ、そのことか。うん。アーシアを僕の下に置くために引き取り手が居たら困るだろう?だから、少し思考を操作させてもらったよ」

 

 笑顔を一切崩さずにそう宣うディオドラ。流石にその真実にアーシアの表情は険しいモノへと変えた。

 

「貴方は……っ!?」

 

「でも、安心してくれ。例の院長ならしっかりと始末させてもらったからね」

 

「え?」

 

「おや?知らなかったのかい?君が教会を離れた後に用済みとなったあの人間は事故を装って消えてもらったんだ。もう人間としてはかなりの高齢だったし、僕とアーシアの仲を取り持つために死んでいったんだ。むしろ光栄なことなんじゃないかな?」

 

 今までの爽やかな笑みとは違い、幼子がバレた悪戯を自慢するような表情で心底おかしくてたまらないという感じに笑い声をあげるディオドラ。

 その歪んだ笑いはあまりに見るに堪えない。

 

「そ、んな……」

 

「アーシアッ!?」

 

 膝を折ってその場に尻をつこうとしたアーシアをゼノヴィアが支える。

 

「ディオドラ、貴方……!?」

 

「ダメだよ、リアス・グレモリー。真実はしっかりと教えてあげなくちゃ」

 

 もはやディオドラの存在すら我慢できずにこの場にいるオカルト研究部の全員が殺意を向ける中、一誠がアーシアの肩に手を乗せた。

 

「イッセーさん……」

 

「アーシア。俺には今、アーシアにどんな言葉をかけていいのかわからない。でも、俺が今できることはわかる。ドライグ!!」

 

 一誠の掛け声に神器が応え、ここに到着する前にカウントを済ませた禁手が発動する。

 

「あいつは、俺がブッ飛ばす!それで、地べたに頭擦りつけてアーシアに謝らせる!!」

 

 赤い鎧を纏った一誠が攻撃的なオーラを発する。

 

「ブッ飛ばす!君が僕を?いくら神滅具を所持してるとはいえ、下級悪魔如きが―――――」

 

「うるせぇよ!」

 

 ディオドラの声を一誠は遮る。

 

「お前のその声を、これ以上、アーシアに聞こえさせんじゃねぇ!!」

 

 背中の魔力の噴射口から爆発的な加速を生み出し、一誠は突進する。

 その直線速度だけなら祐斗も上回っているかもしれない。

 

「ふ!僕はオーフィスから蛇を与えられてさらに力が増しているんだ!君如き瞬殺――――っ!?」

 

 その言葉を最後まで言うことは許されなかった。

 急加速で接近した一誠がディオドラの腹に拳を叩き込んだからだ。

 

「俺如きがなんだよ……!」

 

 そのまま反対の拳でディオドラの顔を殴り飛ばす。

 殴られた顔を押さえるとさっきまでの余裕の表情は消え去り、魔法陣がディオドラの周りに構築されていく。

 

「ぼ、僕は!現ベルゼブブを輩出したアスタロト家の次期当主だぞ!!それが君のような下劣な下級悪魔にっ!!」

 

 放たれた魔力の弾による豪雨。

 それを一誠は気にも留めずに接近する。

 理解している。この程度の攻撃なら躱す必要すらないことを。

 

『シトリーの時より鎧の力が安定しているな。それに今回は下手に加減する必要もない。思いっきりやれ、相棒!!そしてあの小僧に誰を敵に回したか思い知らせてやれ!』

 

「あぁ、わかってるさ、ドライグ……最初っから手加減する気なんかねぇからな!!」

 

 一気に詰め寄った一誠は鎧を纏った拳をディオドラの顔に叩き込む。

 歯が数本折れ、飛び散る。

 腹や体を殴りつける度に相手の骨が折れる感触がしたが、一誠にはそれを気にするだけの自制心が無かった。

 とにかく目の前のこいつを2度とアーシアに近づけさせない。その想いだけで拳を、蹴りを繰り出す。

 上半身の骨を粗方折り、砕いても息があるのは悪魔ゆえの生命力の高さからか。

 

 ディオドラは土下座しているような格好でどうしてだの。オーフィスの蛇などと断片的に聞こえてくる。

 哀れな姿だが全く同情しようとは思わない。

 このまま跡形もなく消し去りたい気持ちもあるが、こんな奴の死でもアーシアには見せたくないという思いが自制に繋がった。

 

「……部長、こいつはどうします?」

 

「とりあえず、神殿の外へと運び出しましょう。彼の眷属同様、裁判で今後が決まるはずよ」

 

 一誠ははい、と返事をしてアーシアに近づく。

 未だになんと声をかければいいのかわからない。

 その院長という人がアーシアにとってどれだけ大切な人だったのかなど、一誠は知らない。

 それでも声をかけて元気づけなければならないのにどう言えば良いのかわからないのだ。

 こんな時に気の利いたことも言えない自分に一誠は歯噛みした。

 

「やれやれ。やはり現魔王の血族などに期待したのが間違いだったか。もう少し粘ってくれると踏んだが所詮は―――――」

 

「誰っ!?」

 

 聞こえた失笑と共に現れたのは軽鎧を身に着けた茶色の長髪を持つ男だった。

 

「初めまして。偽りのルシファー血族、リアス・グレモリーよ。私は真なるベルゼブブの名を継ぐもの。シャルバ・ベルゼブブだ。以後があるならお見知りおきを」

 

 伏しているディオドラ横に現れた彼は明らかに見下している態度を見せる。

 そんな彼にイの1番に反応したのは地べたを這いずっているディオドラだった。

 

「シャルハァ!ひゃふへておくれっ!ぼきゅはちがちからをあわせれば―――――!!」

 

「事情はどうあれ、これは貴様が始めた戦いだろう。その決着は自分自身で着けるといい。子供の喧嘩にわざわざ大人が出るものではない」

 

「ひょ、ひょんな……」

 

「……言ってくれるわね。それに今の言葉はディオドラを見捨てるということかしら?」

 

「別段初めから仲間のつもりなど無いがね。私はただ、実験動物の経過を見に来ただけなのでな」

 

「実験、動物……?」

 

「ディオドラ・アスタロトに渡した蛇は少々特殊な蛇でね。一定の条件下の中でとある術式を鍵に通常の蛇とは比べ物にならない程の力をもたらす」

 

 その話を聞いて驚いたのはディオドラだった。

 

「そんな、はなしは、きいてない!?ぼくをだましたのか!!」

 

「人聞きの悪い。その条件とは一定以上の肉体の損傷。そら、丁度良い。今から鍵の術式を発動してやろう」

 

 シャルバの手の平に球体の魔法陣が現れる。

 それは、ディオドラの背中から体の中へ吸い込まれていった。

 

 そして――――――。

 

 

「ひ、ひぎゃぁああああああああああっ!!!?」

 

 突然の絶叫。彼は地べたをジタバタとさせて尋常ではない様子で苦しみ始めた。

 

 

「何をしたのっ!?」

 

「特別な蛇だと言ったろう?この蛇は一度発動するとダメージを吸収し、自らの力に変える性質がある。もっともまだ試作段階で上級悪魔以上の力の持ち主でないと術式を発動させた瞬間に肉体が崩壊してしまうのが難点であり、余程確固たる自我を持たなければ蛇に意識が飲まれて精神に異常をきたす。まだまだ改良の余地がある代物だがね」

 

 骨を砕かれた筈のディオドラは絶叫を上げながらも徐々に立ち上がる。そしてその肉体も変化していった。

 

 一誠とさほど変わらなかった身長は2m以上に伸び、一樹が優男と言っていた線の細い肉体は別人のように筋肉が膨れ上がっている。

 

「なんだ、あれは……」

 

 ゼノヴィアの呟きに答えられる者はいない。

 その異質な変化に誰もが言葉を失っていたからだ。

 

 シャルバはディオドラから距離を取り、リアスたちを見る。

 

「データの採取に貢献してくれたまえよ、ディオドラ・アスタロト。そしてリアス・グレモリー。今度は先程までのようにはいかんぞ?」

 

「オォオオオオオオオオッ!!!!」

 

 口元を吊り上げて宣言するシャルバに異形と化したディオドラの咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

 




次話で狂戦士となったディオドラ君無双が始まるよ。


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51話:梵天と太陽の片鱗

正直、サーゼクス魔王就任時の情報がもう少し欲しい。


 サーゼクス・グレモリーが魔王になろうと決意したのはいつの話だったか。

 それは、三勢力の戦争中に敵である堕天使から憎しみをぶつけられた時かもしれない。

 それは、三勢力が停戦して、荒んだ冥界を見渡した時かもしれない。

 それは、旧魔王派と新政権との内乱の最中だったかもしれない。

 二天龍の争いに巻き込まれ、三勢力が仕方なく共闘を行い、戦争の停止が決まった後の冥界はまさに地獄と呼ぶにふさわしい状態だった。

 力の有る悪魔を多く失い、四大魔王は倒れ、ガタガタだった冥界。

 正直、あの後に天使と堕天使から停戦協定の使者が送られなければ真っ先に滅んでいたのは悪魔たちだっただろう。

 それほどまでに悪魔の勢力は追い込まれていた。

 しかし、戦争継続を表明する旧魔王派と停戦に同意する現政権との亀裂が入り、内乱に突入してますます悪魔は後が無くなった。

 既に種としてギリギリまで追い込まれた悪魔には古い考えではなく新しい秩序を構築できる頭が必要だった。

 そうして選ばれたのが現四大魔王たちだ。

 サーゼクスが魔王に就任した当時ははっきり言って老獪な貴族悪魔たちに翻弄される日々だった。

 甘い汁を吸いたいだけの貴族たちに翻弄され、思い通りにいくことなど殆どなかった。

 もし、グレイフィアという伴侶を得ていなければ彼はとっくに魔王という職を辞していたか、心が病んでいただろう心労だけがかさむ日々。

 何度超越者と称されるその力で貴族たちを押さえようと思ったか。

 そんな中でも歯を食いしばり、貴族たちの老獪さを学び、自分の意見が通るように政治家として力を付けていった。

 そうしてサーゼクスが政治を取り仕切るようになって100年以上。亀のような遅さでようやく形になってきた。

 なんてことはない。彼はただ、冥界とそこに住まう悪魔たちに未来が欲しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーゼクス・ルシファーがこの場に現れて始めたのはクルゼレイとルイーナの2名に対する説得だった。

 

「クルゼレイ・アスモデウス及びルイーナ・レヴィアタン。どうか矛を収めて欲しい。我々にはまだ君たちと話し合いを行う用意がある。どうかこれ以上、無駄な血を流す選択をしないでほしい」

 

「まるで俺たちでは貴公らには勝てぬと言わんばかりの台詞だな、サーゼクス・ルシファー」

 

「……はっきり言おう。君たち2人では私ひとりにすら絶対に勝てない。たとえ君たちがオーフィスの蛇に頼ったところで同様だ。そしてオーフィス。この場において交渉というのは君も含まれている。どうしてもこれ以上の各勢力へのテロ行為を止める気はないのか?」

 

「我の蛇を飲み、誓いを立てるなら。そして冥界周辺にある次元の狭間の所有権、全て貰う」

 

 それは無限龍への服従を意味する要求だった。そして次元への所有権の譲渡は冥界を人界や天界との隔離を意味する。そんな提案とも言えない要求を現魔王が受け入れる筈はなかった。

 

 サーゼクスはひとまずオーフィスとの会話を切り、クルゼレイとの話し合いに戻る。

 

「クルゼレイ。わかっているのか。これ以上内輪揉めで悪魔の数を減らせば、その先にあるのは間違いなく種としての衰退だ。君とて悪魔がこの世界から絶滅することを望んでいるわけではないだろう?」

 

「黙れぇ!あの戦争で怨敵であった天使、堕天使と手を組み、ぬるま湯の平穏を享受し、悪魔としての矜持を捨てて生きていけというのか!!あの戦争であれだけの同胞を殺され、我らも殺した!その事実を忘れ、手を取り合うなどと、恥を知れ!!」

 

 そもそもの話、現政権と旧魔王派が共に天使、堕天使の殲滅に動いていた戦争時代ですら彼らを滅ぼすことは叶わなかったのだ。それを、今ようやく息を吹き返してきた冥界の戦力で可能だと思っているのだろうか。

 はっきり言ってここからの戦争再発は自殺行為でしかない。

 

「既に時代が違うのだ。多くの悪魔は……特に戦争を知らない世代はもはや戦争を望んではいない。先代魔王や聖書の神が亡くなったことで我々悪魔も新たな関係と在り方を模索せねばならない時代が来たのだ。失った者たちを悼むことは大切だが、それを理由に新しい芽を無意味に摘み取って行くなどということは断じてあってはならない」

 

「それが堕落だというのだ!ただ下々の者たちの顔を伺い、怨敵と手を取り合って笑みを浮かべる!そして魔王という名を貶め続ける貴様らを俺たちは決して許すことは出来んっ!!」

 

 どこまで行っても平行線。

 新しい道を探し続けるサーゼクスと過去の在り方に拘る旧魔王派。それらが安易に話し合えるなど夢物語でしかなかった。

 

「もういいだろう、サーゼクス」

 

「アザゼル……」

 

「覚悟を決めろと言った筈だぜ?こいつらが今の冥界の敵である以上、魔王としてお前のやるべきことはわかっていた筈だ」

 

「…………」

 

 旧魔王派は自分たちが再び政権のトップに返り咲くことを望んでいるのだろうが、そうなれば天使、堕天使から間違いなく手を切られる。

 そうなれば堕天使、天使の2勢力を冥界単体で相手にしなければいけなくなり、冥界は滅亡するだろう。三勢力の和平はあくまでサーゼクスが政治の頭に据えているからこそ実現した部分が大きいのだ。

 

 サーゼクスは目を閉じて息を吐く。そしてその瞼が再び開かれた時、彼の表情は僅かな苦渋を表していた。

 

「残念だ。本当に残念だよ、クルゼレイ。そしてルイーナ・レヴィアタン、そこから動かないということは君も同じ意見なのか?」

 

「私は、カテレアお姉さまの遺志を継いでここに居ます。それが答えです」

 

「……わかった。ならば私も現ルシファーとして君たちを討つ」

 

 サーゼクスの周辺に小さな黒い魔力が幾つも現れる。

 

「貴様が、魔王を名乗るな!」

 

 既に蛇を飲んでいたのであろう。クルゼレイから膨大な魔力が吹き荒れていた。

 そこから放たれる強大な魔力の一撃。それを喰らえば並の上級悪魔ですらひとたまりもないだろう。

 しかし、そんなものはサーゼクス・ルシファーにとってなんの脅威にもならない。

 サーゼクスは指を一閃するだけでその魔力の波を掻き消した。

 

「なっ!?」

 

「甘いよ。言っただろう?君たちでは私には絶対に勝てないと」

 

滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクステインクト)

 

 放たれたその小さい一撃があらゆる存在を消滅させていく文字通り必殺の魔弾。

 いくら蛇を飲み、強化されたとしても、力関係は上下しない。

 それほどまでに悪魔としてのサーゼクスの力は他を隔絶していた。

 

 故に彼と相対したクルゼレイとルイーナはこのまま討ち滅ぼされるのみ。

 

 

 ――――――その筈だった。

 

 ルイーナがクルゼレイの前に出ていつの間にか手にしていた大きな盾を前へと掲げた。

 すると、おかしなことが起こった。

 

 放たれたサーゼクスの魔弾が全てその盾に吸い込まれてしまった。

 

 全員がそれに驚いている間もなく、ルイーナが攻撃に入る。

 

「返します!」

 

 すると盾から今サーゼクスが放った魔弾がこちらに返される。

 

「なっ!?」

 

 サーゼクスは僅かな動揺を見せたがすぐに返された魔弾を再び作り出した魔弾で迎撃する。

 それを見ていたアザゼルは舌打ちした。

 

「どっかで見たことがあると思ったら思い出したぜ。ありゃあ、【攻撃喰いの盾(オフェンス・イーター)】だ」

 

「【攻撃喰いの盾(オフェンス・イーター)】?」

 

「あぁ。滅多に見つからないレア神器のひとつさ。相手の攻撃を吸収して射出することが出来る盾だ。ただ、俺も過去2人しか使い手を見たことがねぇから細かいことはわからん。まだうちでも細かなことがわかっていない神器のひとつだ」

 

「神器?ということは彼女は……」

 

 神器ということで何かに気付いたサーゼクス。そしてそれを察したのかルイーナがそれを口にする。

 

「そうです。私は悪魔の父と人間の母を持つハーフです」

 

「ヴァーリと同じってわけかよ」

 

「通りで私たちも彼女の存在を知らなかったわけだよ」

 

 旧魔王派においてハーフなどかなり扱いが悪いだろう。恐らく今まで実子として認知すらされていなかったのではないか。

 

「要は、術関連はダメってことね。なら、接近戦で仕留めればいいだけでしょう?」

 

「猫上……黒歌ぁっ!?」

 

「あら怖い。ま、来てみなさいお嬢ちゃん……運が良ければ仇、討てるかもしれないわよ?」

 

 小馬鹿にしたような態度を取る黒歌にルイーナの眉間の皺がさらに深まる。

 黒歌は厄介な盾持ちを引き受けることでクルゼレイの防御を丸裸にしようとしているのだ。

 一触即発。

 僅かな変化で戦闘が再開されようとしたとき、それは起こった。

 

 爆音とともに現れた巨大な炎の柱。

 突如として見えたそれに全員の視線がそこに集まる。

 

「一樹……?」

 

 仙術使いの黒歌にはその炎の柱が誰によって出されたものか明確に察した。

 そんな中で無限を冠する黒い龍は口元を僅かに吊り上げる。

 

「太陽…………」

 

 その表情と声に気付いた者はこの場には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーシアァアアアアアッ!!!!」

 

 異形の姿と化したディオドラがまず最初に狙ったのはアーシアだった。

 彼は真っ直ぐにアーシアへとその巨体を突っ込ませる。

 

「させるかっ!?」

 

 それを阻んだのはグレモリー眷属の戦車であるゼノヴィアだった。

 彼女は自身の相棒たるデュランダルを振るってディオドラの進行を阻む。

 

「く、うぅううううっ!?」

 

 しかし、力と力の激突でありながら戦車であるゼノヴィアの体がじりじりと押されていく。

 だが、それを黙って観ているほどオカルト研究部の面々は無能ではない。

 

「ハァッ!!」

 

「消えて、ください!!」

 

 祐斗がディオドラの片腕を落とし、白音が螺旋丸を腹に直撃させる。

 ディオドラの体が吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

「よしゃあ!やったぜ、木場ぁ!白音ちゃん!!」

 

「……」

 

 一誠がガッツポーズをするが当の白音は険しい表情で飛ばしたディオドラを見ていた。

 巻き上げられた砂埃が晴れると壁にもたれかかっているディオドラが呻いていた。

 

「う、う、う……ウォオオオアアアアアアアアア」

 

 咆哮と共にディオドラの体が更に巨大化し、その背中と胸の部分から4本の腕が生える。

 

「な、なんですかアレェ!?」

 

 ギャスパーが怯えた表情で周りの思いを代弁した。

 しかし誰もその疑問に答える者はいない。

 

「っ!!イッセー!アスカロンを貸してくれ!」

 

「え?」

 

「早く!!」

 

「お、おう!?」

 

 イッセーは神器の中にあるアスカロンを取り出し、ゼノヴィアへと投げる。

 それを受け取ったゼノヴィアが皆に叫んだ。

 

「みんな、少し時間を稼いでくれ!奴を吹き飛ばす!!」

 

「わかったわ!朱乃!!」

 

「承知していますわ!」

 

 ゼノヴィアの案を了承し、リアスと朱乃はそれぞれ滅びの魔力と雷光の力を左右からディオドラに放つ。

 それに防御の姿勢すらせずに受ける。右腕と左足が吹き飛んだ。

 

「アーシアには近づけさせない!?デュランダル!アスカロン!私に力を貸してくれぇええええええっ!!」

 

 ゼノヴィアの2本の聖剣が持ち主の願いに応え、聖のオーラの相乗効果を生み出し、膨大な剣閃が生み出された。

 放たれた聖のオーラの奔流。それがディオドラの体を包み込む。

 

「ゼノヴィア、今のは……?」

 

「私にはデュランダルの制御が難しい。将来的には可能だろうが、数日であっさり熟せるほど器用でもない。だから逆にパワーのみを徹底的に鍛え上げてみた」

 

 その成果がこれだ、と笑う。

 ただ、相当力を消耗するのか呼吸を荒くして汗が大量に噴き出している。

 

 だが―――――。

 

 

「ウガァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 既に言語を喪失しているのか、奇異な叫び声を上げる。

 その肉体は再び巨大化し、その大きさは8メートルを優に超えている。

 それだけでなく、腹部に巨大な口へと変化し、右肩には触手。左肩には翼が生える。

 頭髪は全て抜け落ち、整った顔立ちも血管が浮彫りになり、かつての美しさは完全に失われていた。

 

 ディオドラは息を吸いこむ動作をし始めた。そこから練り上げられた魔力の大きさにリアスたちは戦慄した。

 

「みんな、避けてっ!?」

 

「オォオオオオオオオオオオッ!!?」

 

 咆哮と共に腹の口から発せられた魔力の波。それはデュランダルとアスカロンによって相乗された砲撃すら比にならない程の大きさ。

 それが放たれ、神殿の斜め上を直線で破壊する。

 

「みんな、無事!?」

 

 リアスが辺りを見渡して呼びかけると幸い直撃を喰らった者はいなかった。

 アーシアはイリナが抱えて射線から外させ。ギャスパーは咄嗟に白音が蹴り飛ばして避けさせた。ゼノヴィアはギリギリのところで転がるように跳んで避けている。他の皆は予め射線外の位置にいた。

 それにしてもとディオドラの放った一撃に唇を噛む。

 

 攻撃を与えればそれだけ相手に力を与えてしまう。全体を吹き飛ばそうにも今のゼノヴィアの一撃がこちらの最大火力と言っても良かった。それで駄目だとすると。

 

 考えている合間にもディオドラはその手を振るう。それだけで今のリアスたちには脅威だった。

 悪魔の翼を広げて飛翔する。

 

 そんな中、一誠がディオドラの頭部の位置まで跳躍した。

 

「喰っらえェエエエッ!!」

 

 最大倍加の渾身の一撃。

 額を殴りつけると、ゴキリと首の骨が折れる音がして背中に顔が反対で見えるほどに動かされた。だがそれさえも相手に止めを刺す結果には繋がらなかい。

 折れた首は元の位置に戻ると同時に勢いよく一誠に頭突きをかます。地面へと叩きつけられた一誠はそのまま巨大化したディオドラの足に踏まれる形になった。

 

「ぐえっ!?」

 

「イッセーさん!?」

 

 そのまま足に押さえつけられている一誠は身動きが取れなかった。

 

(禁手の力でも押し返せねぇ!?)

 

『拙いぞ相棒!このままでは潰される!』

 

「そんなこと言ったって!?」

 

 身じろぎしながらも少しずつ鎧に罅が入り、圧し潰されていく一誠。だがそれを黙って観ているほど彼の仲間は薄情ではなかった。

 

「イッセーを放しなさい!!」

 

 滅びの魔力を全力で放ち一誠を押さえつけている脚の半分を抉り飛ばす。

 そして聖魔剣を手にした祐斗と破壊と天閃2つの聖剣の力を扱うイリナが残った部分を切断し、一誠を助けた。

 

「大丈夫かい、イッセーくん!?」

 

「ワリィ、助かったぜ!それにしても……」

 

 攻撃を加えれば加えるほど力を増す正に怪物。

 もはや一誠たちには手に負えないレベルにまで達しようとしていた。

 

「ギャスパー!ディオドラの動きを止められる!?」

 

「さ、さっきからやってるんですけど全然止まらないんですぅ!?」

 

 泣きそうな声で喋るギャスパーにリアスは悔し気にディオドラを睨む。

 理性を失い、暴れるだけの怪物と成り果てた悪魔。

 同情する気はないが、哀れには思う。

 

 6本に増えた腕を振るい、デタラメな攻撃を繰り返すディオドラ。

 全員がそれを避けるのに必死になっていると、一瞬の隙を突かれて宙に浮いていたリアスの体を胸から生えていたディオドラの腕が掴む。

 

「は、放しなさいっ!?」

 

「部長っ!?」

 

 何とか脱出しようと身じろぎするがその手を解くことが出来ない。

 自分をこのまま握り潰す気かと恐怖が競り上がってきたリアスだが、真実は違った。

 ディオドラは腹の巨大な口へとリアスを近づける。

 それはリアスの胴体を食い千切るに足る大きさがあった。

 

「まさか、部長を食べる気か!?」

 

 それを聞いた皆がゾッとした。

 リアスがあの化け物に食われる。そんなことは―――――。

 

「やらせるかぁああああああっ!?」

 

 1番に動いたのは一誠だった。

 彼は渾身の力でリアスを掴んでいる腕の手首に拳を叩き込んだ。それにより僅かにできた隙間からリアスが滑り落ちる。地面に落ちようとしていたリアスを朱乃が抱きかかえた。

 

「大丈夫、リアス!?」

 

「えぇ……ありがとう、朱乃……」

 

 朱乃が部長と言わず名で呼んだのがどれほど焦ったか物語っていた。

 再びディオドラへと意識を向けるとそこには白に近い銀髪が見えた。

 

「白音、なにをっ!?」

 

 彼女はディオドラの腕に足を着けて走っていた。

 そして肩のところまで辿り着くと普段では想像できない程大きな声量で皆に告げる。

 

「このまま神殿の外へ跳びます!!離れて!!」

 

 跳ぶ。つまり転移を行うということだ。

 

「待ちなさい、白音!?」

 

 リアスが止める間もなく、彼女はそのまま怪物となったディオドラ諸共その場から消えた。相変わらず凄まじい転移術だ。

 

「部長!白音ちゃんはどうして!?」

 

「……おそらく、自分たちの手に余ると判断して外にいるオーディーンさまの力を借りようとしたのだと思うわ」

 

「あの爺さんの?」

 

 えぇ、と頷きながら自分の不甲斐無さに唇を噛んだ。

 

 外には一樹もいるのだ。あんな化け物を彼の傍に跳ばすなんてやりたくなかった筈。

 それでもそうしたのはこのままでは全滅すると思ったからだろう。事実そうなってもおかしくなかった。

 守られた、という事実にリアスは歯噛みする。

 

「すぐに、神殿の外へ戻るわ、よっ!?」

 

 動こうとすると握られた痛みが走って膝をついた。みんながそれを心配してくれるがそれに甘えるわけにはいかなかった。

 今回は悪魔側の問題だ。

 その尻拭いを余所に任せてここで休んでいるわけにはいかない。

 力に成れなくとも、せめて結末くらい自分の目で見届けなければ。

 それくらいの意地は彼女にもある。

 

「急ぎましょう。私のことは、気にしないで!」

 

 強がりだと自分でも思ったが彼女にはこうするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 神殿の奥から光線が見えて少しした後にそれは降ってきた。

 自分の頭上が急に暗くなったのを不思議に思い視線を上に向けるとそこには巨大な落下物が自分の真上に突如出現していた。

 

 

「おぉわぁっ!?」

 

 全力で退避する一樹。ついでに美猴もだ。

 

 

「なんだよなんだよなんだよこれぇっ!?」

 

「お、俺が知るわけねぇぜぃ!?」

 

 いつも飄々としている美猴もこれの出現には度肝を抜かれたらしい。

 その落下物の上から聞き慣れた声が降ってきた。

 

「いっくん!」

 

「白音っ!?」

 

 巨大な落下物から飛び降りる彼女を一樹は槍を捨ててキャッチした。それを見た美猴がナイスキャッチと親指を立てる。

 そんな美猴を無視して一樹は訊くべきことを口にした。

 

「なんだよこのデカ物!あの優男、こんなの飼ってたのか!?」

 

「これが、ディオドラ・アスタロトだよ……」

 

「はぁっ!?のわっ!?」

 

 驚いている最中に攻撃を受けて慌てて避ける一樹。そして驚いているのは美猴も同様だった。

 

「どうゆうことだい?嬢ちゃん!」

 

「新しい、蛇の力で、こんな姿に!攻撃を与えれば与えるほど強化されて―――――!!」

 

 一樹から体を離し、ディオドラの攻撃を避ける白音。そこで頼みの綱が話しかけてきた。

 

「うむ。そこで儂に助力を得ようという訳じゃな?」

 

 相手にしていた悪魔たちを粗方屠ったオーディーンが問いかけると白音がコクリと頷く。

 

「あまり老骨を扱き使うのは感心せんがお主ら赤ん坊ではこれの相手は確かに辛かろうて、な!!」

 

 手にしていた槍――――グングニルを一閃させると強大な力が放たれ、ディオドラの上半身と下半身を切断した。

 

「あの巨体を一撃かよ……うちの爺といい、神話の英雄ってのはマジでデタラメだぜぃ」

 

「ホッホッホ!これくらいできねば北欧の主神は務まらんでな。だが、安心するにはちと早いようじゃぞ?」

 

 なにを?と言おうとしたがその意味はすぐに悟る。

 2つに切断されたディオドラの上半身がバタバタと動き、獣のような叫び声を上げると奴は瞬時に下半身を再生させた。それも先ほどより凶悪な形と大きさで。

 先程と違うのは膝のあたりに角のような突起物が増え、身長が既に15メートルに達した。

 

「こりゃ、本気で消し飛ばさねばならんようじゃのう」

 

 力の溜めに入るオーディーン。しかしそこで一樹がポツリと呟いた。

 

「あれなら、試し撃ちには丁度いいか……」

 

 力を溜めるオーディーンに腕で制止をかける。

 

「爺さん。あの化け物にちょっと試したいことがある。少し、待って貰っていいかな?」

 

「ん?そりゃ構わんが、下手な攻撃だとあ奴を強化させるだけじゃぞ?」

 

「あぁ。だから、一撃で滅する。そういう、一撃を放つ」

 

 一樹の提案にオーディーンはほう?と面白そうに口元を歪める。

 

「いいじゃろう、やってみよ。挑戦は若いモンの特権じゃからのう。もし失敗して死んだら儂自らお主を勇者(エインフェリア)としてヴァルハラへ連れてってやるわい」

 

「どうも……って、エインフェリアって死後に神様の先兵として戦わされるアレだろ!?いらねぇよそんなボーナス!?」

 

 一樹の反論にオーディーンは口髭を撫でてホッホッホと笑い、なら必ず成功させて見せいと激を贈る。

 

「白音!ちょっとあれを消し飛ばすから!時間を稼いでくれ!美猴!お前も手伝え!!」

 

「はぁ!?なんで俺っちまで!俺は禍の団の一員だぜぃ?」

 

「アレにそれを識別する判断能力があるのかよ?それに思いっきり戦いたいだろう!アレなら、申し分ないと思うがな!3分だけでいい、時間を稼げ!」

 

 一樹の申し出に美猴は僅かに考える。

 

「ん~、そりゃ、かまわねぇけどよ。人にモノを頼むのにその態度はちょっといただけねぇぜぃ?別にアイツの攻撃をやり過ごすだけなら何とかなりそうだしなぁ」

 

 美猴のニヤニヤとした態度にテメェ!と言おうとすると、ディオドラの口から神殿内で放たれた魔力砲が放たれようとしていた。

 

「クソがっ!?」

 

 一樹は兵藤のドラゴンショットを防いだ車輪状の盾を具現化し、その一撃を防ぐ。

 その衝撃で一樹の体は大きく後退させられた。

 

「で、どうする?人に頼みごとをするならそれなりの態度を見せないとなぁ!」

 

 美猴の言葉に一樹は顔を引きつらせながらも一度大きく深呼吸をして頭をさげた。

 

「……どうか力を貸してください」

 

「ギリ及第点だが、ま、いっか。それに化け物退治は孫悟空(うち)の十八番だからなぁ!望み通り引き受けてやるから、オメェさんもつまらねぇもん見せんじゃねぇぞ!!」

 

 言い終わると同時に意気揚々と巨大なディオドラに突っ込む美猴。

 白音も息と視線が合うとコクリと頷いて時間稼ぎを開始した。

 

「さて、と……」

 

 一樹は技の準備に入った。

 夏休みの山籠もりでタンニーンに言われたことがある。

 

 

 

 

 

 

『小僧、お前はもう少し、聖の力を高めろ』

 

『高めろったって、そんなやり方わからねぇよ』

 

『お前はわかりやすい火力の強化に意識が向いていて聖の気はそれほど練れておらん。もし火力と聖の力。両方を高められた一撃を放てればそれは大きな力となるだろう。自分の中の力と向き合え。火力と言うわかりやすい力に意識を奪われるな。そうすればお前は悪魔にとって天敵となりえる存在だ。まぁ、悪魔の俺がするアドバイスではないかもしれんがな』

 

 

 

 

 そう言われても結局山籠もり中に一樹はその意味を理解することはできなかった。しかしここ最近の【夢】で理解しつつある。

 何度も夢で殺された。

 その度に自分の知らない経験を刻みこまれる。喰らった技が自分のモノとして理解させられていく。

 

(夢の中で喰らったあの技の威力をそのまま再現は出来るなんて思っちゃいないが、あれくらいなら消し飛ばせる筈だ!!)

 

 そう確信して一樹は技の準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「伸びろ、如意棒!!」

 

 空中で背後を取った美猴が如意棒を伸ばしディオドラの喉を貫く。

 伸ばされた如意棒は地面に突き刺さり、敵の体を固定する。

 

「ふっ!!」

 

 間髪入れずに白音が鋼糸の巻きついた苦無を大量に投擲し、鋼糸に付けられている起爆符を密着させた。

 50を超える起爆符が連鎖的に爆発し、ディオドラの体を焼く。

 

「どうだいっ!!」

 

 如意棒を戻した美猴が得意げに笑うが、それはまだ早かった。

 背中の腕が美猴に迫り、彼を払い除ける。

 

「ちっ!蠅か蚊の扱いかよ!!」

 

 それを如意棒で受け止めながら、綺麗に着地した。

 

「やっぱ攻撃はダメだな……とすると、あんま得意じゃねぇが、術で動きを封じさせて貰うぜぃ!?」

 

 髪を引き抜き、吹きかけ、再び分身を作る。

 3体の分身たちは移動し、敵を囲うように配置に着く。

 

「これなら、どうでぃっ!!」

 

 両の手をパシンと合わせると、地が動き、ディオドラの動きを封じていく。

 隆起し、突起物となった岩の柱が次々と突き刺さって行く。

 それだけでなく岩が宙を浮き、磁石のようにディオドラへと引き寄せられ、その体を圧し潰す。

 

(とはいえ、長くは持たなそうだぜぃ!)

 

 そう考えていると、美猴は後方から膨大な熱量と聖のオーラを感じてそちらへと振り向いた。

 

「待たせたな……今、片を着ける!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちが神殿の外へ出たのは一樹が強力な聖の炎を槍に纏わせているのを終えたのと同時だった。

 

「なんだ、これ、これだけ離れてるのに……っ!?」

 

「や、火傷しそうですぅ!?」

 

 その熱量と聖のオーラ。

 距離が離れているにも関わらず、消されてしまいそうなほどそのオーラは悪魔であるリアスたちにとって毒だった。

 

 一樹が放とうとしている技。かつて多くのインドの戦士が習得した秘儀。

 本来は弓術で放つ技だが一樹はそれを投擲槍で再現しようとしていた。

 神話の時代の英雄たちが使った、絶技。

 その一撃は核兵器に例えられ、国すら滅ぼすと謳われた破壊の一撃。

 

未・梵天よ、(ブラフマーストラ)――――――」

 

 その技が今、現代に甦る!

 

我を呪え(クンダーラ)!!」

 

 投げられた炎を纏った槍。それが真っ直ぐと放たれ、動きを封じていた岩を抜け、ディオドラの肉体に突き刺さる。

 その場にいた全員が驚いたのはその後だった。

 一拍置いたその後に突き刺さった内部の槍から炎が噴出し、炎の柱となってディオドラの巨体を包み込む。

 ディオドラは熱さに苦しむように体を動かすが、炎の柱は燃やし尽くすまで収まらないとばかりにその体を焼き続ける。

 

 炎が静まったのは、ディオドラの体を真っ黒な炭のように焦がし、身動きひとつ取らなくなってからだ。

 

 その巨体が地面へと倒れたが、もはや再生することはなかった。

 

「はぁ……」

 

 大きく息を吐き、力を使い果たした一樹はその場に仰向けに寝転がる。

 

「初めて撃ってみたが、やっぱまだ未完成だな。(アイツ)には到底及ばねぇ」

 

 そう言って一樹は疑似空間の天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 




未・梵天よ、我を呪えの未の部分は未完成の意味です。本作品の演出としては炎を纏った槍を投擲。突き刺さった内部から炎の柱が出現する爆発という感じです。
CCCやEXTELLA通りにやると使いずらいので。

ようやく一樹の主人公力が僅かに重い腰を上げましたがどうでしょうか?(震え声)


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52話:無限の龍神が見定めたモノ

この連続投稿中に話数と感想が50を超え、お気に入りも500を突破しました。この場で感謝を申し上げます。





 物言わぬ死体となったディオドラに意識は向けず、力を使い果たしたのか寝転がる一樹を神殿から出てきたオカルト研究部の面々が見ていた。

 

「ブラフマーストラ……神話に於いてインドの戦士たちが習得した弓の奥義ですわ。その威力は核にすら匹敵すると言われている」

 

 朱乃の説明に一誠が驚いたように声をある。

 

「弓って……今のどう見ても投げ槍だったじゃないですか!それに核って……」

 

「おそらく投擲だったのは応用だったのでしょう。それに今の一撃が核兵器程とは思えませんし、まだ未完成なのではないかと……」

 

 あれで未完成かよ!?と驚こうとしたとき声をかけられる。

 

「ホッホッ!リアス・グレモリーは面白い子供を協力者に加えておるのぉ」

 

 いつの間にか近くに来たのか、オーディーンが傍に来ていた。

 

「中々に面白いものを見させてもらったわい。いや、長生きはするもんじゃて」

 

 楽しそうに笑うオーディーンは空へと視線を動かす。

 

「お前さんも出てきたらどうじゃ?そんなところで高見の見物なんて柄でもないじゃろう、白龍皇?」

 

「え?」

 

 オーディーンが視線の先に皆が合わせるとそこには白龍皇の光翼を展開したヴァーリ・ルシファーが空中に佇んでいた。

 

「気付いていたか。気配は完璧に消していたつもりだったが……流石は北欧の主神」

 

「たまたま視線を上げたらお主が居ただけじゃて。あまり買いかぶるでない」

 

 喰えない笑みを浮かべるオーディーンにヴァーリは苦笑しつつ、美猴の傍に降り立つ。

 

「中々に面白いことになってるじゃないか、美猴」

 

「カッカッカ!だろ?まさかブラフマーストラとはなぁ!未完成とはいえ、あんなもんが見れるとは思わなかったぜぃ!?」

 

 興奮気味に語る美猴から視線を外し、一樹へと移す。

 

「やはり兵藤一誠とは別のベクトルで君の素養は素晴らしい。いずれ、俺とも戦ってほしいな」

 

「おいおい!あいつは俺っちのライバルだぜぃ?横からかっさらおうとするなよ」

 

「……誰がライバルだ。それで何の用だよ。まさかここで一戦始めようってか?」

 

 よろよろと立ち上がる一樹にヴァーリは首を横に振った。

 

「ここに来たのはただの偶然さ。俺はただ、自分の目標を見に来ただけなんだ」

 

「目標、ですって?」

 

「そうだ。滅多に見れるモノじゃない。君たちも見ておくといい」

 

 そう言ってヴァーリは天を指さした。

 すると、空間がバチバチと音が鳴り、それが姿を現した。

 

 それは巨大なドラゴンだった。タンニーンでさえ霞む程に巨大な真紅の龍。

 

「あれこそが俺の……そしてオーフィスが今回ここに現れた目的だ。【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】グレートレッド。自ら次元の狭間に住み、永遠にそこで泳ぎ続けている未だ誰も倒したことのない最強のドドラゴン。俺の最終目的でもある。あれを確認するためにこの近くの次元を移動していただけだ。そしてオーフィスがここに現れたのも同様だろう。旧魔王派の作戦は、俺たちにはどうでも良かった」

 

 オーフィス?誰かが呟くとヴァーリは違う方向を指さす。

 そこにはサーゼクスやアザゼル。黒歌にタンニーンと見知らぬ男女が立っていた。

 

「あの黒髪の少女。アレが禍の団(俺たち)のトップに立つ無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)オーフィスだ」

 

「オーフィス!?アレが!?」

 

 一誠としてはタンニーンのような大柄なドラゴンを想像していただけにあの幼い少女がオーフィスだとは驚き以外の何物でもなかった。

 

『見た目に惑わされるな相棒。奴は自分の姿を自由自在に変えられる。奴にとってどんな姿であろうとなんの意味もない』

 

 皆の視線がオーフィスに向く中、本人はそれを気にする様子もなく、指で銃の形を作り、バンと撃ち出す動作をする。

 

「我は、グレートレッドを倒し、真の静寂を手にする。必ず。その為に必要なモノは―――――」

 

 そしてグレートレッドに背を向けて別のモノに視線を移した。

 

「夢幻を封じ得る、太陽の力。我は、それを手にする」

 

 微笑を浮かべながら、オーフィスはその場を去って行った。

 それを見ていたアザゼルはチッと舌打ちする。

 

「相変わらず読めない奴だぜ。それでお前らはここで戦闘続行か?」

 

 クルゼレイとルイーナにアザゼルは問う。

 

「いや、俺たちも撤退させてもらおう」

 

「ここまで事を起こして逃げられると思うか?」

 

「既に目的は達した。偽りの魔王を討ち取るにはまだまだ準備不足なようなのでな。俺たちは、次に備える」

 

「本当に、これ以外に道はないのか、クルゼレイ……」

 

「くどい!もし争いを止めたければ、その魔王の椅子を我らに明け渡すのだ。でなければ、互いにどちらかが滅びるまで戦うのみ!」

 

 それだけ言うと転移魔法を展開して2人の旧魔王派のトップはその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はグレートレッドを倒し、真なる白龍神皇になる。それが俺の夢だ。白だけが最上位に立っていないのは格好悪いからな」

 

 だが、と言葉を続ける。

 

「そのためにはまだまだ打倒しなければならない相手が多すぎる。兵藤一誠、君は俺を倒したいか?」

 

「あったりめぇだ!お前に部長たちのおっぱいを半分にされたら堪らねぇからな!でも俺にもまだまだ超えねぇといけない相手がわんさかいんだよ」

 

 それは同じ眷属の祐斗だったり。ソーナの兵士である匙だったり。ディオドラを倒した一樹だったり。それらより強いヴァーリはまだまだ雲の上の存在だった。だけど。

 

「俺はいつかお前に勝つぜ。そして俺の仲間に手が出せないようにしてやる!」

 

「ふふ。それは楽しみだな。君や日ノ宮一樹だけじゃない。リアス・グレモリーの眷属は誰もが一級の素質を秘めている。だから、もっと強くなってくれ。そしていつか最高の戦いをしよう」

 

 それだけを告げてヴァーリは美猴と共にその場を去って行った。

 美猴は去り際にまた戦おうな!などと言っていたが、一樹はそれに嫌そうな表情だけ返した。

 

「おーい!お前らぁ!」

 

 タンニーンの背に乗って現れたのはアザゼルと黒歌だった。

 近くまで行くと黒歌はタンニーンから飛び降りる。

 

「白音!一樹!怪我は!!」

 

「あ~。俺は大丈夫。ちょっと疲れただけ」

 

「……同じく」

 

 そう答える2人に黒歌は抱きついて良かったと呟く。

 

「アザゼル。お兄さまは?」

 

「責任者として色々とやることがあるからって離れたぜ。今回の一件で敵の幹部は結局仕留められなかった。各関係者への説明とか、グレードレッドが壊した結界の修復とかな」

 

「そう」

 

 考え込むリアス。

 これだけ大規模な協力を要請して幹部を討ち取るなり拘束するなりを出来なかった。

 きっと各勢力からそれなりの非難を浴びるだろうとリアスは兄を心配する。

 

 一樹は黒歌から体を離してディオドラの死体へと移動した。

 投げた槍を回収するためだ。

 

 焼け焦げた死体から槍を探すのは気持ち悪かったがこればかりは仕方がない。

 

「お。あったぁっ!?」

 

 見慣れた赤い槍を引っこ抜くと柄の3分の1から下が存在しなかった。

 

「へ!?な、なんでっ!?」

 

「……あれだけの火力ですもの。おそらく、槍が耐えられなかったのね。ここまで壊れたら、さすがに直せないわ」

 

 リアスの断言に一樹はプルプルと体を震わせる。

 

「頑張ってデカブツを屠ったらこれだ……!チクショォオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 そして短い付き合いの相棒を失って一樹の慟哭が響いた。

 

 

 

 

 

 

 ヴァーリと美猴が戻ったのは彼らが根城に使っている屋敷だった。

 2人の姿を確認して真っ先に飛び出したのは紫の装束に身を包んだ女性、メディアだった。

 

「ヴァーリさま、ご無事ですか!?」

 

「あぁ、問題ない。今戻った」

 

「お~い。俺っちもいるんだぜぃ……」

 

「あーはいはい。おかえり」

 

「この扱いの落差は……」

 

 大きく息を吐く美猴に金髪の小柄な少女が話しかける。

 

「えっと……美猴さま、おかえりなさい。お怪我はありませんか?」

 

「あぁ、問題ないぜぃルフェイ!やっぱ心配してくれる女の子がいると疲れが取れるねぃ」

 

「わっ!?」

 

 いきなりルフェイと呼んだ少女に高い高いをする美猴。

 

「なにをやっているんですか?」

 

 そこで呆れたように眼鏡をかけた青年が話しかけるそれを美猴はちょっとじゃれついてるだけさとルフェイを下ろす。

 

「それで、ヴァーリ。グレートレッドはどうでしたか?」

 

「素晴らしいの一言に尽きる。今の俺ではどうあっても歯が立たない相手だが、頂きが見えない程の力の差。あれこそ最終目標に相応しい」

 

 嬉しそうに語るヴァーリにメディアは不安そうな視線を向けるが本人は気付いていない。

 メディアがヴァーリに異性として好意を抱いているのは誰の目にも明らかなのだが当の本人があまりにも戦闘脳な上に性欲やら恋愛感情やらを置き去りにしているような人物であるため、まったく気付いていない空回り状態だ。

 

「そうですか。ついでにライバルである赤龍帝にも会いに行ったのでしょう?そちらはどうですか?」

 

「あぁ。禁手を会得し、着実に力を付けてきている。現在の強者を相手にするのもいいが下から追い上げてくるものを待つのも悪くないな。兵藤一誠だけでなく、彼の仲間も粒ぞろいだ。もっと熟れさせればきっと楽しい戦いが出来るだろう。もちろん例の聖魔剣使いや聖剣使いの2人も含めて」

 

「そうですか。それは楽しみですね」

 

 禍の団のヴァーリチームで男性は基本戦闘狂。女性はそのサポートで動いている。

 楽しそうにいつか来るであろう戦いに胸を躍らせる男性陣をメディアとルフェイは心配そうな。そして何かを諦めるかのような溜息を吐いた。

 

 

 

 

「どうゆうつもりだ!」

 

「どうゆうとは?」

 

「誤魔化すな!今回の襲撃は新しい蛇の実験と冥界の現政権に対する宣戦布告が目的だったはず。なぜ、全戦力の8割以上を費やした!しかもそのほとんどを失うなど。これでは我々はもう―――――」

 

 怒鳴り込むクルゼレイにシャルバは煩わし気に息を吐く。

 

「問題ない。全ては計画通りだ」

 

「計画だと!このような過剰に戦力を消費し、得るものの殆どない計画があるか!!」

 

「少々、落ち着いてくだされ、クルゼレイさま」

 

 恭しく頭を垂れたのはクルゼレイがシャルバの依頼により旧魔王派に引き込んだ男。ギニア・ノウマンだった。

 

「既に私の研究は完成しつつあります。そうなれば敵味方。双方に死者が出れば出るほどに我らはその力を増していくことになるでしょう」

 

「なにを馬鹿なことを……貴様、俺をからかっているのか!?」

 

「もしそうならば、その時は私の首をお刎ねください。このギニア・ノウマン。必ずや真なる魔王である貴方がたを勝利へと導きましょう」

 

「ということだ。今は下がれ。クルゼレイ。私たちはまた、やらねばならないことがあるのでな。ここで失礼する」

 

「待てシャルバ!?」

 

 引き止めようとするクルゼレイを無視してシャルバはギニア諸共その場から消えてしまった。

 

「クソッ!?」

 

 あのギニア・ノウマンという男。シャルバの依頼によりこちら側に引き込んだが本当に良かったのかという思いが強くなる。

 奴の頭脳は認めている。現にディオドラ・アスタロトに渡した新種の蛇も奴が改良した代物だ。だが、その性格はあまりに信用できない。

 シャルバもだ。内乱時から同じ目的で行動しているが、どうにも意見が合わない。

 真なる魔王の血族ならば全て等価に接するクルゼレイとベルゼブブの血こそ至高と信じるシャルバではそもそも価値観が異なっている。

 クルゼレイは人の血を半分宿しているヴァーリ・ルシファーやルイーナ・レヴィアタンも魔王の後継としてその存在を認めている。ヴァーリ・ルシファーとは袂を別ってしまったが。

 シャルバは元からクルゼレイのことを見下している節はあったが、半分人の血を引くルイーナを庇護するようになってからますますその傾向が強くなった。

 ギニア・ノウマンと2人。まるで身の中に怪物を育てているような恐怖。本当に二人を放置しておいていいのか。

 答えの出ないまま、クルゼレイは苛立ちのままに壁に自分の拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーシアは久方ぶりに故郷であるイタリアの地を踏んだ。

 随伴として、イッセー、ゼノヴィア、イリナの3人もいる。

 彼女が再びこの国に訪れたのはかつて世話になった孤児院の院長のお墓に花を添える為だ。

 自分が原因で悪魔に操られ、命を落とした人。その墓前に花を添え、どうしても謝りたかった。

 

 ディオドラの眷属たちは皆、彼を心酔するように暗示をかけられていたことが発覚した。

 長期的に心を弄られた彼女たちは事情聴取と療養の為の入院が決定した。

 人によっては薬物なども使われていた形跡があり、正常な状態に戻すには時間がかかるとのこと。

 時間をかけて薬を抜き、カウンセリングなどを続けて彼女たちの今後を決めることになるだろう。

 

 アスタロト家はディオドラがテロリストに与していたことを受けて多額の賠償と次期魔王選出の権利を消失。ついでに社会的信用の失墜などから事実上、没落である。

 

 アーシアは花を院長のお墓に花を添え、祈りを捧げる。ゼノヴィアとイリナもそれに続き、一誠も倣うように同じ動作を取る。

 

 今回の件で杜撰な調査と裁判でアーシアを追い込んだことをミカエルから謝罪された。同様にサーゼクスにも。

 その時、アーシアは再びこの地に足を運ぶことをミカエルに頼み、急遽イタリアに飛んだ。アーシアの故郷である一帯は裏とはほぼ縁遠い地域であるものの。万が一に好戦的なエクソシストなどにはぐれと勘違いされて襲われることを危惧して許可証などを与えられた。

 イリナが同行したのもそう言ったトラブルを避けるためだ。

 

 祈りを捧げながらアーシアはかつての院長との思い出を振り返る。

 幼い頃に字の読み書きを教わったこと。

 皺だらけの手で頭を撫でてくれたこと。

 そして、最後に見た、人を変えられて自分を魔女と蔑む姿。

 それらの想い出に瞼を閉じていたアーシアから涙が零れる。

 

「アーシア……」

 

「ごめんなさい。泣かないって決めてたんですけどここに立ったらどうしても……」

 

 唇を噛んで涙を堪えようとするアーシアをイッセーは抱き寄せた。

 

「イッセーさん……?」

 

「俺、その院長さんって人がどんな人か判らないけどさ。アーシアにとって大事な人だったんだろ。その人のお墓の前にいるんだ。泣きたくなるのは当然だよ。だから、アーシアは泣いていいんだ」

 

「――――――!?」

 

 アーシアはイッセーの胸に縋りついて涙を流す。その口からは小さくごめんなさいと繰り返して呟く小さな女の子がいた。

 その姿をゼノヴィアとイリナも傷ましい気持ちで見守っている。

 

 そんな時である。

 

「アーシア?」

 

 名を呼ばれて顔を上げるとそこには見知った女性が立っていた。

 

「姉さん……?それにみんな……」

 

 そこに立っていたのはかつてアーシアが孤児院で生活していた時に最年長だった姉代わりの女生と6人の子供たちだった。

 

「おっ!アーシア姉だぁ!久しぶりじゃん!」

 

 短い髪の男の子が元気よく手を振っている。その子も見覚えがあった。いつも元気でやんちゃで上の子たちを困らせていた子だ。

 

 その他の子も覚えている。みんな、アーシアと一緒の孤児で過ごした人たちだ。

 アーシアの記憶よりも体が大きくなっている彼、彼女たちが駆け寄ってきた。

 

「教会の仕事で各地を転々としてるって聞いてたけど、院長のお墓参り?」

 

「あ、はい……お亡くなりになったと聞いて……」

 

 自分が原因だと言えず、顔を伏して口にするアーシアに女性はそう、と微笑む。

 

「院長もあなたのことをだいぶ心配していたから、きっと喜んでくれるわ」

 

「え?」

 

「だってあなたは人一倍信心深くていい子だったでしょ?だから悪い人に騙されたり、酷いことをされてるんじゃないかとか」

 

 それを聞いてアーシアは視線を逸らす。

 結果的にアーシアはディオドラの策略に嵌り、人を捨てて悪魔の身になってしまった。あながちその心配は外れていない。

 

 女性も花を添えて子供たちと祈りを捧げ終わると様々な話をした。

 現在、孤児院は院長の子供のひとりが引き継いで経営しているが、名ばかりの責任者で実質目の前の女性が取り仕切っていること。

 慣れないながらもようやく板についてきたと笑う。

 

 アーシアも悪魔になったことは告げられなかったが、今は日本に居て、隣に居る一誠の家に世話になっていることを話した。

 その際に女性が恋人?と訊いてくると2人は顔を赤くしたが一誠が手を振って友達です!と告げると頬を膨らませて彼の頬を抓ったりした。

 アーシアが女性と話している間にやたら一人の男の子が一誠に突っかかってきた。その子供はアーシアに好意を寄せていることが丸分かりで生意気なガキだったが、それを理解すると微笑ましい気持ちになった。

 

 ゼノヴィアやイリナも子供たちの相手をしている間に時間が過ぎ、日帰りで日本に帰らなければならないアーシアたちはお暇することになった。

 最後に女性から、手紙くらい送ってきなさいねと言われた時に涙を堪えて頷く。

 

 

 

 

「イッセーさん……」

 

「なんだ、アーシア?」

 

「私、お墓参りできてよかったです。聖女になってからこれまで色々と環境が変わってあの子たちともどこか縁が切れてしまったように感じていました。でも、変わらないモノもあったんですね……」

 

 昔と同じように慕ってくれる弟と妹たち。気にかけてくれていた女性。院長を死なせる原因となった自分がこんなことを思ってはいけないのかもしれないが、胸が温かくなるのを止めることはできなかった。

 

「またそのうちに、ここに来よう。今度はちゃんとアーシアの昔の家族を紹介してくれ。さ、帰ろう、アーシア。俺たちの家に」

 

「はい!」

 

 差し出された一誠の手を握るアーシア。

 院長の件はきっと長い間しこりとなってアーシアの胸に残るだろう。

 それでも、彼女が泣きたくなった時は、傍に居てやりたいと一誠は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠たちが日本に帰国する際に、仕事で偶々近くに来ていたゼノヴィアのかつての姉代わりを務め、正式に聖剣使いとして教会に席を置いた際に自分と同じ姓を贈ってくれたグリゼルダ・クァルタというシスターと再会することになり、多大な説教を受けるのだがそれはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は以前活動報告に上げた番外編とライザー復活回などを書き上げたら投稿します。

追記。
活動報告にも書きましたが、番外編は書くのをやめることにしました。ライザー復活回と幕間を少し書いて投稿します。


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53話:復活?の不死鳥・前編

まだ目標まで書き上がってませんが投稿したい病というか、そんな感じでこっそり投稿です。

ライザー復活編は書き終わっていて幕間の完成度が90%。運が良ければロキ編の一話くらいまでは連続投稿できるかもです。


 一樹、白音、黒歌は神の子を見張る者の研究施設に来訪している。

 目的は一樹の検査とディオドラ戦で使い潰された槍の新調をするためだ。

 一樹が今まで使っていた槍とこれまで検査で蓄えた身体データからアザゼルの人工神器の技術を用いて作られた槍を渡すことになった。

 今はその槍を試しに振るっている最中だった。

 

「ふっ!はっ!」

 

 突きや払いをくり返し、新しい槍の感触を確かめる一樹。ある程度確認を終えたところでアザゼルから話しかけられる。

 

「どうだ一樹。槍の感触は?」

 

「えぇ。前に使っていた物と重さや形は差異がありませんし、同じ感覚で使えます」

 

 前と同じ飾り気のない長槍。違うのは以前は赤い槍だったのに対して、今度は金色というくらいだ。

 

「下手に形を変える必要はねぇからな。ちなみに、火耐性を含めた耐久性。それに矛の切れ味も増してるぜ。お前のブラフマーストラも1回の戦闘で1度なら耐えられるはずだ」

 

 使ったらメンテせにゃならんがなと付け加える。

 前と同じように槍を腕輪に戻すとアザゼルに頭を下げる。

 

「ありがとうございます。文句なしの完成度です」

 

「ったりまえだ。誰が作ったと思ってる。その太陽の光で(サンライト・)勝利する(ヴィクトリー・)聖なる(ホーリー・オア・)炎槍(フレイム・スピア)は」

 

「サンラ……なに?」

 

太陽の光で(サンライト・)勝利する(ヴィクトリー・)聖なる(ホーリー・オア・)炎槍(フレイム・スピア)だ」

 

 

 胸を張ってドヤ顔で槍の名前を告げるアザゼル。それに対して一樹の反応は―――――。

 

 

「ダッサッ!!?」

 

 盛大に引いてこの一言である。

 

「いや、それより長いですよ名前!こんなの言う機会無いじゃないですか!」

 

「なに言ってやがる。お前くらいの歳頃ならこういうセンスが重要なんだよ!大体これから何度も呼ぶことになるんだからちゃんと覚えろ」

 

「呼びませんよ!そんな長ったらしい名前!いちいち戦闘中に名乗ってたら攻撃され放題じゃないですか!」

 

 人外との戦いは威力もそうだが速度もものをいう。

 槍の名前を呼んでいる間に攻撃されてやられたら末代までの恥である。

 祐斗クラスの近接戦闘者に会ったら槍を出している間に首チョンパされるだろう。

 だがここで最悪な事実が明かされる。

 

「それな。新機能で一旦腕輪に戻すと名前を叫ばない限り槍にならねぇから」

 

「いらねぇ!?なんだその無駄過ぎる新機能!!しかも叫ぶって!」

 

「カッコいいだろ?武器の名前を叫んで出現させるシチュとか」

 

「そんなセンス俺にはねぇよ!!」

 

 もはや敬語を忘れて怒鳴る一樹にアザゼルはまぁまぁと抑える。

 

「返品と交換は受け付けてねぇから。ま、試しに呼んでみろ。テストも兼ねてな」

 

 プルプルと震えながらアザゼルを睨めつける一樹。本人はニヤニヤと笑みを浮かべていて殴りたい衝動を抑える。

 一度深呼吸をして意を決したようにヤケクソ気味に声を腹から張り上げる。

 

「サ――――――サンライト・ヴィクトリー・ホーリー・オア・フレイム・スピアァアアアアアッ!!……アレ?」

 

 腕輪は何の変化もなく一樹の腕に嵌ったままだった。

 まだ声量が足りないのか?と思っていた矢先に2方向から笑いを噛み殺すのが聞こえた。

 

「ハハ。ホントに叫びやがった」

 

 こちらを指さしているアザゼルや腹を抱えてプルプル震えている黒歌。それに表情こそさして変わっていないが肩が小刻みに動いている白音も笑いを堪えているのが丸分かりである。

 要するにからかわれたわけで。

 

 ブチッとキレた一樹がアザゼルに渾身の右ストレートを放つが10年早ぇ、とあっさりと払い落とされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、イッセー……弁解はあるかしら?」

 

「いや、あの……その、ですね……」

 

「あら。そんなに怯えて、なにが怖いのかしら?」

 

 にっこりと笑みを浮かべながら一誠に近づくリアス。普段なら頬を紅潮させて喜ぶところだが今の一誠は顔を青くして滝のような汗を流している。

 

「だんまりしていたら分からないわ。一体どうゆう理由でソーナたちのクラスへの覗きなんて行ったのかしら?」

 

 事の発端は1時間ほど前。

 駒王学園で悪い意味に有名な変態3人組が毎度の如く覗き行為を行った。それも現生徒会長である支取蒼那のクラスに。そしていつもの如く捕まり一誠の友人である元浜と松田は生活指導室で教師による説教。一誠は主であるリアスの下へと引き渡された。

 それも今さっき蒼那と同じクラスである真羅副会長にまとめて小言と嫌味を小1時間聞かされて。

 簡単に纏めると。

「貴女が兵藤くんに厳しく接せないから彼がこのような猥褻な行為を止められないのではなくて?」だの。

「今までリアスの眷属ということである程度のことは大目に見てきましたが、限度がありますよ?」とか。

「彼、兵藤くんの日頃の行いがグレモリー家の評判を落とすことになっても構わないのかしら?」などだ。

 

 そんな話を小1時間聞かされるもリアスの方から何も言い返すことが出来ず、ただ謝る事しかできなかった。

 ちなみ一誠がオカルト研究部に連れて来られた時は特殊な錠で両足と後ろに回した腕の両親指を拘束されて突き出された今も外されていない。

 

 リアスとて前々から一誠の猥褻行為に関しては止めるように再三忠告しているが、頻度が下がることはあるものの止めるまでには至っていない。

 

「部長!聞いてください!俺は覗きなんてやってません!」

 

「へぇ。ならなぜソーナに突き出されたのかしら?」

 

「た、確かに覗きはしようとしましたが松田と元浜だけで俺は覗く前に見つかって結局見れませんでした!はい!」

 

 一誠の発言にリアスは目を細める。

 

「それで……ソーナたちの身体はどうだったのかしら?」

 

「はい!すごくキレイでした!!美乳って言うんですかね!俺、巨乳派ですけどたまにはああいうスレンダーな体つきもたまりません!それに真羅副会長も意外とおっぱいが大きくて!ブラを着けてたのがもったいな……はっ!?」

 

 誘導尋問とすら呼べない簡単なひっかけであったがあっさり引っかかったのを悟って一誠は口を噤む。

 先程の熱弁はどこへやら。冷や汗だけでなく歯もガチガチと鳴らしてリアスの方を向くとそこには一層笑みを深めて威圧してくる主が居た。

 

 その後のことをオカルト研究部の男子2名はこう語る。

 

「俺がオカルト研究部に入部したときはお説教か手が出てもアイアンクローくらいだったんですけどね。最近はどんどん部長の仕置きが過激になってきてて。今回は連続フックでした。ボクシングの。え~と確かデンプシーロール?って言うんでしたっけね、アレ。部長の後ろ髪が左右に揺れるんですけどそれ以上に兵藤の体が右へ左へと動くんです。倒れるなんて許さないとばかりに」

 

「ここ最近のイッセーくんの猥褻行為に部長もかなりイライラしている様子でしたし。アーシアさんや朱乃さんの話では家でシャドーボクシングを始めたらしいんですけど流れるような動きでした。最後の方なんて部長とイッセーくんの上半身が分裂しているみたいに速く動いてて……」

 

 

 

 

 

 

 一誠への折檻を一通り終えた後にリアスは朱乃の淹れた紅茶を飲む。

 

「まったく。今日はお客様がお見えになるから余裕をもってお迎えしたかったのにイッセーの所為で掻かなくていい汗を掻いてしまったわ!」

 

 不機嫌そうなリアスにゼノヴィアが質問する。

 

「それで部長。今日の客というのは?部室で説明すると聞いたが……」

 

「あぁ、それは……来たわね」

 

 リアスが呟くと部室に魔法陣が展開される。それは見覚えのある魔法陣だった。

 

「フェニックス!」

 

 祐斗が驚きの声を出すとその陣からひとりの少女が出現する。

 左右に結わえられた巻きロールの金髪。レーティングゲームや冥界でのパーティードレスではなく日本の私服だった。もっともそれなりのブランド物なのだろうが。

 

 彼女は優雅に着地し、礼をして見せる。

 

「ご無沙汰しておりますわリアスさま。この度は急な訪問に応えて頂き感謝の言葉もありません」

 

「えぇ。久しぶりね、レイヴェル。それで今日はどのような用件で人間界に来たのかしら?」

 

 フェニックス家の長女にして末っ子であるレイヴェル・フェニックスは人界へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 朱乃か淹れた紅茶に手をつけず、レイヴェルは床に転がっている一誠に目を向ける。

 

「あ、あのリアスさま。どうして赤龍帝――――――イッセーさまは錠をされて転がっているのですか?」

 

「イッセーの趣味なの。気にしないで」

 

 しれっと答えるリアスに周りが頬を引きつらせる。

 一度咳払いしてレイヴェルは早速本題へと入った。

 

「実はご相談というのは兄のライザーお兄さまのことなのです」

 

「ライザーの?」

 

 ライザー・フェニックス。

 フェニックス家の三男にしてリアスの元婚約者。

 しかし以前よりリアス自身婚約を頑なに拒否しており、結婚を賭けた非公式のレーティングゲームに敗れてからはそのショックで引きこもってしまったとは聞いていた。

 

「はい。まだ本決まりではないのですが近々ライザーお兄さまを勘当させる話が我が家に持ち上がっているのです」

 

「……どういうことかしら?」

 

 訊き返すリアスにレイヴェルは事情の説明を始めた。

 

 ライザーが引き籠ってからレイヴェルや彼の眷属たち。それに家の使用人などがどうにか立ち上がらせようと奮闘したが効果がないこと。

 また、良縁だったグレモリー家との婚約の失敗で家が被った被害もあり、それの解決に尽力するどころか逃げるように部屋に籠るライザーに両親や上の兄が大層ご立腹であること。

 ついでに余裕を見せてゲームでハンデを与えた挙句に敗れたマヌケとして同世代の上級悪魔から嘲笑の的にされていることもライザーの精神に深い傷になってしまっていること。

 そしてそんなライザーをいつまでも庇い続ける家も。

 

「少なくとも両親は今年中に回復の見込み無しと判断すれば家を出すつもりなのですわ。本人もそのことを分かっているはずなのですが一向に改善する様子もなく――――――」

 

 顔を伏して説明するレイヴェルに一樹が軽く手を挙げて質問する。

 

「勘当って、その場合色々とどうなるんだ?ほら、眷属の人たちとか」

 

 言葉としては知っていても実感のないその言葉。ましてや悪魔社会の貴族だ。一樹にはそれがどういうことなのか全く想像できない。

 

「立場としては貴族としての地位を捨てさせて平民に。上級悪魔の資格も取り上げられますわ。それに伴いレーティングゲームへの参加資格も剥奪。眷属に至っては個人にある程度身の振り方は委ねられますわね。縁があれば他の悪魔の眷属に移転する者もいますし。今の私のようにフリーの立場になる者もいます。ただ、ユーベルーナは勘当されてもライザーお兄さまについて行く気のようですが」

 

 状況は思った以上に悪いらしい。今年中と言えばまだまだ先のように聞こえるが問題は心だ。それをあと3か月ちょいで状況を改善させるのは難しいのだろう。

 

「本来ならリアスさまにお願いするのは筋違いかもしれませんが、他にどうにかできるアテもなく」

 

 そう言って頭を下げるレイヴェルにリアスは考える。

 正直に言えば婚約を破棄したことに関しては後悔はしていない。向こうが提示した条件をクリアして破棄したのだから後ろめたいこともない。しかしこのままライザーが勘当されればそれはそれで目覚めが悪い。

 もっとも、婚約破棄した女が今更会いに行ったところで神経を逆撫でするだけかもしれないがもしかしたらそれが引き籠りを脱するきっかけになるかもしれない。

 

「わかったわ。ライザーの件に関してはこちらにも原因があるわけだし、其方さえ良ければ協力させてもらうわ」

 

「!ありがとうございます、リアスさま!」

 

 話がまとまったところで話を聞いていたイッセーが起き上がる。

 

「イテテ……しかし、結構面倒なことになってんだな……」

 

「えぇ……あのゲーム以来高所と火に対する恐怖症まで患ってしまってどうしたものかと」

 

「……はい?」

 

「実はあれ以来高い所と火が全くダメになってしまいまして。高所に関しては2階から1階の階段を下りるのにも脚が竦んでしまい、火に関しては自らの炎にすら取り乱す始末で」

 

不死鳥(フェニックス)だよな、御宅」

 

「恥ずかしい限りですが……」

 

 どうやら本当に事態は深刻らしい。

 

「と、とにかくライザーのところへ向かいましょう!レイヴェル、案内してもらえるかしら?」

 

「はい。お手数をおかけしますわ」

 

 こうしてオカルト研究部の面々はフェニックス家へと足を踏み入れることとなった。

 

 

 

 初めてフェニックス家の領地に訪れた感想としてはグレモリー家に負けない程の広い敷地だということだ。

 レイヴェルの話ではフェニックスの涙でかなり荒稼ぎしているらしく、ここ100年で大分広大になったのだとか。

 

 レイヴェルの案内で進んでいくと見知った顔に遭遇した。

 

「イザベラ!」

 

 レイヴェルが名を呼ぶと顔半分に仮面をつけた女性。イザベラは礼をする。

 

「久しぶりだね、赤龍帝。噂は兼ねがね。私もあれから腕を上げたつもりだが今の君にまともに戦って勝てる気がしないよ。だが機会があればまた君やリアスさまの眷属と戦ってみたいな。あの時のような破廉恥な技は抜きで」

 

「……その件に関しては申し訳ないッス」

 

 そこでオカ研の中で事情を知らないイリナが首を傾げる。

 

「あの時って?それに破廉恥な技?」

 

「あぁ。私がリタイアした後なので直接見たわけではないが、以前ゲームで彼女と闘ったときに洋服破壊(ドレス・ブレイク)を使って倒したんだ」

 

「いや!倒したのはドラゴンショットだろ!?洋服破壊はあくまで隙を作っただけで!」

 

「イッセーくん、キミ……」

 

「見るな!そんな眼で俺を見ないでくれぇええええっ!?」

 

 イリナの視線に耐え切れずに声を上げるイッセーにイザベラは小さく笑い声を漏らす。

 

「相も変わらずそちらは面白いね」

 

「コホン。それで、ライザーの様子はどうなのかしら」

 

 誤魔化すように訊くリアスにイザベラの表情が少しだけ曇る。

 

「今では家族とも碌に会おうとしませんね。どうやらネットなどでチェスの対戦をしたりしているようですが細かいことは私にもわかりかねます」

 

 肩を竦めるイザベラにリアスはそう、と返す。

 

 イザベラの案内で広い屋敷を案内されて辿り着いたのはフェニックスのレリーフが刻まれた大きな扉の前だった。

 

 レイヴェルがノックをする。

 

「お兄さま、レイヴェルです……」

 

 僅かの間が置かれて中からライザーの声が返ってきた。

 

『レイヴェルか。今日は帰ってくれないか?誰とも、会いたくないんだ』

 

「お兄さま。リアスさまがお見えになってますわ」

 

『……ッ!?』

 

 中から聞こえる筈のない息を呑む声が聞こえた気がした。

 リアスがレイヴェルと替わり、ライザーに扉越しで話しかける。

 

「ライザー。開けてちょうだい。少し、話をしましょう」

 

『話?今更何の話があるっていうんだ。それとも君まで俺を嗤いに来たのか……!?』

 

 拗ねた子供のような声音にリアスは相手の神経を逆撫でしないように言葉を選んでドア越しのライザーに話しかける。

 もっとも、リアスがここにいる時点でライザーの精神を掻き乱しているため今更かもしれないが。

 

「そんなつもりはないわ。お願い、ここを開けて……」

 

 リアスの言葉に待つこと数秒。ライザーの部屋のドアが開かれる。

 その姿を見て以前の彼を知る面々は驚きで目を見開く。

 以前はスーツを着崩してはいたが清潔感のある風体だったにも関わらず、今はボサボサ髪に不精髭が生え、目にはうっすらと隈が見えた。

 眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情でリアスを見るが同時にその後ろにいた2人を視界に入れるとヒッ!

 と掠れた声を出す。

 それに皆が首を傾げていると次の瞬間にライザーが大声を上げた。

 

「来るなぁああああああああああああああああああっ!!!?」

 

 そうして開けたばかりのドアを閉めて再び引きこもってしまってしまった。

 

「え?なに?」

 

 訳が分からず狼狽している面々にレイヴェルが説明する。

 

「おそらくはレーティングゲームで敗けた原因であるイッセーさまと一樹さまを見たことでトラウマがフラッシュバックしたんではないかと……」

 

「うわお……」

 

 レイヴェルの説明に一樹は天井を見上げて目を覆う。

 

「いやだ!あの屈辱は二度と思い出したくない!来るな!来るなぁ!」

 

 鍵はかけていなかったのでライザー眷属たちが宥めているがベッドの上からシーツを被り出ようとしない。

 ちなみにチェーンソー姉妹は白音の姿を見るなり前のゲームで首の骨を折られたこととユーベルーナの攻撃の盾にされたことを思い出して腰が引いていた。

 

「1回敗けただけでここまで……」

 

「お兄さまは生まれてこのかた敗北を経験したことがありませんでしたから」

 

「でもライザーさんもすごく強かったですよ。今戦ったらどうなのかな?」

 

 イッセーの疑問に祐斗は自分の考えを述べる。

 

「難しいね。禁手を使えばかなりいい勝負になると思うけど、まだ発動までのタイムラグがあるし。それまでに決着を着けられる可能性がある。禁手の鎧なら氏の炎や攻撃は防げると思うけど、禁手が解けるまで粘られればそこでイッセーくんの勝ち目は無くなるんじゃないかな?さすがに今の状態の氏に敗けることは無いと思うけど」

 

「なるほど。つまり禁手が発動してる際に決着を着けられるかが鍵ってわけね」

 

「で、どうするよ。何ならこのまま無理矢理に外へ出すか?」

 

「……お願いできますか?」

 

「任せろ」

 

 そうしてオカルト研究部の前衛組が加わってライザーを外へ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。どうしたモノかしら」

 

 逃げようとするライザーを椅子に括りつけて思案するリアス。先ほど一樹が試しに手の平で炎を出した際に失神してしまったライザーをどう立ち直らせるか。

 

「いっそのこと山籠もりでもさせてみますか?環境を変えれば何とかなるかも」

 

「それもいいけど。ある程度目の届くところに置かないと不安ね。今のライザーは不死の特性が大分劣化しているらしいから。万が一に死なれたら事よ」

 

 つまり、目の届く範囲でどうにかしたいということだろう。

 そこで一樹が案を出す。

 

「部長。こういうことって出来ます?」

 

 耳打ちするとリアスは驚いたように目を見開く。

 

「可能と言えば可能だけれど。それでどうにかなるの?」

 

「まぁ、何もしないよりはマシかと。俺もそれなりに炎のコントロールが出来るようになりましたし、直撃しなければ問題ないかと」

 

「……そうね。じゃあ、お願いできるかしら」

 

「うっす!なんとかしてみます」

 

「どうしますの?」

 

 トントン拍子で意見がまとまることに不安を覚えて問うと一樹が意味不明なことを言う。

 

「横スクロールアクションゲームって面白いよなぁ」

 

 その場にいる全員がなに言ってんだこいつ?という顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アザゼルのネーミングセンスはこんな感じでいいのだろうかと不安になります。

やっぱり好きなように文を書くの楽しい。


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54話:復活?の不死鳥・後編

「不死鳥狩りじゃぁああああああい!!!」

 

「ぴぎゃぁあああああっ!!来るなぁ!!?」

 

 ライザーはいまレーティングゲーム用の特殊空間の中で一樹に追いかけ回されている。

 3人ほど並ぶしかないスペースの一本道で後ろから一樹に炎の球を放たれながら必死に逃げている。

 高所の耐性として道に大きな穴が開いていて鉄棒を腕で渡らないと通過できなかったり、空中浮遊する床を飛び越えなければならなかったり。

 火にしても一樹だけでなく偶に下から火が噴き出たりというギミックが施されている。

 一樹もライザーに当てる気はさらさらなく、あくまで火を克服するための訓練である。どんなに苦手なモノでも見続ければ慣れる筈という理屈で。

 

 後々になると道が途切れていて空を飛ばないと攻略できない仕様になっており、もし落ちればスタート地点に戻されてまた最初から追いかけ回されるように出来ている。間違えて一樹などが攻撃を当ててしまった場合も同様だ。

 怪我をした場合はアーシアに治療させている。

 ちなみに最先端まで行くと禁手化したイッセーが待ち構えているというステージ。

 

 ぶっちゃけ空を飛んで移動すればあっさりと攻略出来るのだが高所恐怖症のライザーではそれもままならない。

 

 現に今も途切れた道で脚を震えさせているライザーに向かって一樹は跳躍する。

 

「墜ちろよぉおおおおおっ!!」

 

 そのままドロップキックをかましてライザーを蹴落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「中々上手くいかないわね」

 

「でも最初は一樹くんが炎を出しただけで脚を震えさせてましたし、ある程度は慣れてきたのでは?」

 

「それに一度だけだが途切れた道を跳ぼうとしていたな。落ちてしまったが」

 

 画面越しでライザーを見つめながらその奮闘を評する。

 彼女らはライザーが失格した場合スタート地点に戻す仕事だ。

 

『不死身がなんだってんだぁあああああっ!!ってか逃げてばっかいないでちったぁ反撃しろや!諦めんな!お前なら出来るさ!抗え!最後までぇ!』

 

『どう足掻いても絶望だろうがぁ!!』

 

 こうして言葉を返せるようになっただけでも進歩かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 何度もスタート地点に戻される兄を画面で観ながらレイヴェルは溜息を吐く。

 確かに効果は表れているようだが本当にこのままでいいのか不安になってくる。持ち場で待っていると一誠がひょっこりと現れた。

 

「よ、レイヴェル!」

 

「イッセーさま。持ち場を離れて大丈夫なんですの?」

 

「持ち場って言われても俺最奥だぜ?暇でさ」

 

「あぁ……」

 

 レイヴェルは納得したように呟く。

 

「ライザーお兄さまの為に申し訳ありませんわイッセーさま」

 

「いや、元はと言えば俺らが原因だしさ。これくらいどってことないぜ!」

 

 そう言って笑う一誠にレイヴェルも笑みを浮かべる。

 

「それに、ちょっと楽しみでもあるしさ」

 

「え?」

 

「前のゲームではみんなで力を合わせてどうにかだったけど今の俺がどれくらい戦えるのか試してみたいんだ」

 

 そこでライザーのほうに変化が起きる。

 

『どりゃぁあああああああっ!?』

 

 今まで途切れた道で足踏みしていたライザーが炎の翼を展開して乗り越える。

 そこで一樹の出番が終わり、(祐斗)の出番となる。見れば一樹の方もようやくかと息を吐いていた。

 

「あの地点を越えれば後は一気にここまで来そうですわね。イッセーさま奥で準備を。兄は必ず良い勝負をしますわ」

 

「あぁ!そうだレイヴェル!俺、君に言いたいことがあったんだ」

 

「私に、ですか?」

 

「俺、ライザーさんを倒したことは後悔してない。あの結婚は部長が嫌がってたから。」

 

 悪魔社会としては良縁だったのだろうが、やっぱり結婚は損得勘定よりも好きな人同士という日本人感覚が抜けない一誠の意見だった。

 

「でもそのせいでライザーさんが不幸になってほしい訳じゃなかったんだ。だから今回の件で迷惑をかけた分、ライザーさんの立ち直りに協力するぜ!」

 

 そうして頭を撫でた後に持ち場に戻る一誠。

 その時にレイヴェルの頬が僅かに赤くなっていたことに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 結論だけ言えば、ライザーはあっさりとステージの最奥まで辿り着いた。

 元々空さえ飛べれば簡単に攻略できるのだから当然と言える。

 扉を開くとそこには禁手化した一誠が待ち構えていた。

 ここまで来た時点で一誠と戦う必要はまるでないのだが。

 ライザーが戦えるかの最終確認というところだろう。

 

「意外と早く辿り着いたッスね」

 

「やかましい!ここまで来たんだ、せめてお前のツラぐらい殴っておかないと気が済まん!」

 

 手から炎を出して息巻くライザーに一誠は兜の奥で笑みを浮かべる。

 以前はただ気に喰わない男だったがトラウマを克服してここまで辿り着いた男に幾許かの好感を抱いたらしい。

 

「それじゃ、いっちょおっぱじめようかライザー・フェニックス!」

 

「貴様如き、まだ俺には届かんと教えてやる赤龍帝!」

 

 赤き龍と不死鳥の戦いの火蓋は再び切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 ライザーと一誠の戦いは互いに一歩も引かない接戦となった。

 しかし最終的に不死を取り戻したライザーは一誠の禁手解除まで粘り、神器が使えなくなったことで勝敗は決した。

 

 最後に次はもっと禁手を極めた赤龍帝と戦いたいと言い、それまでに自分も力を付けて待つと宣言したライザーに誰もが驚きの表情を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1日過ぎてフェニックス家の歓待を受けた後、明日には駒王町に帰ることになったオカルト研究部の面々。

 そこでひとりの男が物音を立てずに忍び足で歩いていた。

 それは兵藤一誠だった。

 

 この時間帯は女性陣が入浴する時間だ。あとは言わずも誰もが彼の行動の意味を察しただろう。

 ここに来て既に4日。禁欲生活で彼はフェニックス家の風呂場周辺の構造を調べ上げていた。

 調べると露天風呂だが当然外から見れないように設計されている。しかし今の彼ならば可能なのだ。

 別段危険を冒す必要はない。何せ外へ出て高い所から視力を倍加すればいいのだから。

 しかも今はオカルト研究部の面々だけでなくライザー眷属やレイヴェルなども一緒に入浴するらしい。

 これを逃して何が男か!

 逸る気持ちを抑えて外へと出る一誠に何かが飛んできた。

 それは、黄金の槍だった。

 

「まったく。考えの読みやすい奴だ」

 

「イッセーくん。君はちょっと自重するべきだよ」

 

「日ノ宮に木場……!」

 

 一樹は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて。

 祐斗は困ったように苦笑いを浮かべて立っていた。

 一樹は新たに追加された機能である帰属の機能を用いて槍を手元に戻す。

 

「明日の朝には此処を立つからな。お前なら覗きとかするんじゃないかと睨んでたがドンピシャとか」

 

「ついこの間怒られたばかりなんだしちょっと抑えようよ」

 

「……うるせぇ!部長たちが生乳だぞ!今回はゲストもいるんだぞ!男なら覗きのひとつもしてみたいと思うだろうが!」

 

「アホか。高校生にもなってやっていいことと悪いことの区別もつかねぇのかお前は。いい加減せめて小学生から中学生くらいに精神年齢上げろよ体ばっかり大きくならねぇで。とにかく今回は諦めろな」

 

 呆れるように制止する一樹。しかし兵藤一誠が諦めるわけがない。

 

「禁欲3日目。既に限界に達した俺の性欲をお前らに止められると思うなよ!」

 

「随分と浅い底の我慢だな。ライザーと戦ってた時はそれなりにカッコよく見えたってのに」

 

「それはそれ!これはこれだ!まぁいいぜ!ここでお前をぶちのめして俺は部長たちの風呂を覗く!天国への扉を開くんだぁああああ」

 

「なんでその熱意をもっとまともな方向に昇華出来んのか。いっそホントに昇天しろよ……」

 

 槍を構えて戦闘態勢に入る一樹。祐斗も聖魔剣を構える。一誠は既に禁手を発動させていた。

 

「前々から俺のこと邪魔してきやがって!この間だって女子陸上部から逃げてたところを止めやがって!あの後陸上部の女子たちに私刑にされたんだぞ!しかもお前は喝采されるし!」

 

「どうせ逃げ切っても後で教員に呼び出されるのがオチなんだから制裁ぐらい甘んじて受けてろよ。そっちの方が後腐れないしお似合いだろうが!」

 

「日ノ宮ぁっ!!」

 

「さんを付けろよ覗き魔野郎っ!!」

 

 こうしてオカルト研究部の男子部員の戦いは始まった。

 

 

 

 

 実を言うと、女子面々はいつもと違ってこの時間帯に入浴していなかった。

 それはライザーがリアスに話があると呼びつけていたからだ。それで全員が入浴時間をズラすことになった。

 

「それで話って?ライザー」

 

「大したことじゃないが、君に聞いておきたいことがあった」

 

「聞いておきたいこと?」

 

「俺との結婚。そんなにも不満だったのか?」

 

「……!?」

 

 ライザーの問いにリアスは息を飲む。

 これが以前のレーティングゲーム時期なら当然と一蹴していただろうが、今のリアスにその気はなかった。

 自分の意思を通すためにライザーを蹴落とし、追い込んだことに思うところがあったが故に。

 だからリアスは真っ直ぐに自分の想いを伝える。

 

「家のことを考えれば貴方との結婚が悪い話じゃないっていうのは理解していたつもりよ」

 

「なら……!」

 

「でも、私は想いを寄せてもいない相手と添い遂げることに我慢できなかった」

 

 それは、自分の兄の話を聞いて育ったからだろう。

 リアスの兄、サーゼクスは妻と戯曲が作られる程の大恋愛をし一緒になった。

 その話は子供の頃から聞かされていたし、それを元に作られた戯曲は何度も観た。

 だからこそリアスは恋愛というものに人一倍憧れが強い。

 

「それに仮面夫婦を続けるには悪魔の生は永すぎるわ」

 

 数千もしくは万に等しい時間を生きる悪魔。その生涯を好きでもない男と夫婦として過ごす。

 リアスにはそれが想像するだけで恐ろしく、堪えられなかった。

 

「一緒に暮らしていく中で愛情が芽生えることもあるでしょうけどね。でもそれ以上に私は自分の自由を奪われることに恐怖していたの」

 

 あと半年足らずで終わってしまう高校生活。特に今年は貴重な出会いが多かった。その愛おしい時間を誰かに侵されるのが堪らなく嫌で、怖かった。

 

「それに貴方の女性に対する前評判も決して良いモノではなかったし。部室で眷属と戯れている姿を見て、自分も同じ扱いを受けることにもプライドが許さなかった部分もあるわ」

 

 リアスに言われてライザーは少しだけバツが悪そうに顔を顰める。

 彼自身人並み以上に異性に対し積極的で悪魔の駒を貰ったときは全て眷属は女にすると誓い、実行した。

 もちろんライザーとて彼女たちを道具扱いしているつもりはない。意見や要望があれば出来る限り沿えてきたし、心を開くようにコミュニケーションを取ってきたつもりだ。

 それが周りからは女誑しにしか見えないということで。

 我ながらあの時の自分は天狗になっていたと頭を掻く。

 

「でもここに来て、少しだけ印象が変わったかしら」

 

 ライザーの眷属たちと話をして彼がどれだけ眷属に慕われているか、少しだけ理解する。

 風邪を引いた時に大慌てで医者を呼んだ話。

 眷属の悩みに真剣に解決策を考えてくれた話。

 なによりここまで落ちぶれた彼を眷属の誰ひとりとして見放さないのがライザー・フェニックスが【善い主】である証拠ではないだろうか。

 少々図に乗りやすいところはあるが彼は自分の内側のモノをしっかりと大事にできる人物なのだ。

 

 リアスは彼の前評判を信じ込み、ライザーというひとりの男を理解しようと努めなかった。そしていつ来るかわからない恋に焦がれ続けた。

 

 またライザーもリアスとの婚約を互いの両親が決めた時点で彼女の気を引こうとしなかった。

 純血悪魔や貴族としてのしがらみを押し付けて彼女を自分のモノになるのが当然としてリアスの気持ちを汲み取ろうとしなかった。

 もしくはライザーの考えが当然なのかもしれない。

 しかしそれが誰もが納得する理由だという勘違いが2人の道を違わす原因だったのだ。

 もう少し互いが互いを尊重し、理解しようと努めたなら。きっと未来は違っていたのかもしれない。

 しかしその考えも今更なことで。

 

「君の考えはよくわかった。これ以上俺がなにを訊いてもフラれ男の悪足掻きにしかならん。君は君が勝ち取った自由を謳歌して誰とでも一緒になればいいさ。いつか俺と結婚して置けば良かったと後悔しても知らんからな」

 

 負け犬の遠吠えに聞こえるセリフだがその表情はどこか憑き物が落ちたかのように清々しいものだった。

 

「えぇ、もちろんよ!私は欲しいものがたくさんあるの。悪魔らしく強欲にわがままを貫いてみせるわ!あの子たちと一緒にね」

 

 そう言ってウインクするリアスにライザーは肩を竦めた。

 

 その時、リアスたちが話していた部屋の廊下近くにある窓ガラスから物凄い音と衝撃がした。

 

「なに!?」

 

 驚いて廊下を出ると、そこには兜が脱げた禁手姿の一誠が突っ込んで来ていた。

 

「イテテッ!日ノ宮の奴ちょっとは手加減……あれ、部長!なんでここに!?この時間はお風呂に入ってる筈じゃ!!」

 

 なにがあったのか訊こうとした瞬間、下の方から巨大な炎が屋敷に襲いかかる。

 

 炎の波が一誠へと襲い掛かる。

 

「この炎は一樹ね!なにがあったの!?」

 

「え、いや、その……」

 

 炎を避けて言い淀む一誠にリアスは焦った様子で再び問い正そうとするとそこに多少負傷した一樹が現れる。

 

「年貢の納め時だなテメェ!流石に手足を串刺しにすりゃ、動けねぇだろ……ん?」

 

 リアスとライザーの姿を確認して一樹は首を傾げる。

 当のリアスはその紅い髪を魔力の波動で揺らしながら左右非対称の不気味な笑顔を浮かべた。

 先程の一誠の風呂という単語と2人の喧嘩を結び付けて大体の事情は察したリアスだが本人たちから事情を説明させねばなるまい。

 

 しかしその前にライザーがリアスの肩を掴む

 

「わかっていると思うが壊した屋敷の修繕費は後々グレモリー家に請求させてもらうぞ。トラウマを乗り越えられたことは感謝しているが、それとこれは別問題だ」

 

 

「……好きにしてちょうだい」

 

 ライザーに振り向くことなくリアスはポキポキと指を鳴らしながら2名に近づいた。

 

「2人とも、いったい何があったのか説明なさい。解りやすく簡潔に」

 

 笑っているはずなのに寒気のする笑み。2人は動くことが出来ずに言うとおりにするしかなかった。

 

「お、俺は覗きをしようとした兵藤を止めようと……」

 

「それはごくろうさま。で、屋敷を破壊する意味はあったのかしら?」

 

「兵藤を追いかけている間につい熱くなって……」

 

「ふうん。それでイッセー。貴方にはお仕置きがまるで足りなかったみたいね。貴方の主として哀しいわ……」

 

「ぶ、部長!今回はガチの未遂ですから!どうかお情けをぉ!!」

 

 じりじりと近づいてリアスは光の無い眼で後輩の男子を見下ろす。

 

「すこし、おはなししましょうか?」

 

 そのリアスを見て一樹は諦めたように目蓋を下ろし、イッセーは絶望感を漂わせた雰囲気を纏う。

 それを遠目で見ていた祐斗はやれやれと肩を竦めた。

 翌日、人間界に帰る際に何故か男子部員2名が顔を腫らして合流したことと2人の喧嘩で出した損害は全てグレモリー家の負担で修繕されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 リアスたちが帰った後にレイヴェルは自室でひとり物思いに耽っていた。

 ライザーを立ち直らせることを手伝ってもらってからひとりの少年の顔が頭から離れないのだ。

 

 レイヴェルは幼少の頃から異性とは家族以外とまともに接したことが無い。

 もちろん皆無という訳ではないが、それは社交界などの仕事としてだ。

 ああいう個人で同世代の異性と会話をしたのは初めてかもしれない。

 

「だからかもしれない。もしくは本当に……?」

 

 自分の感情が理解できないまま嘆息を繰り返す。

 しかし結論が出ないのなら確かめるしかない。

 

「先ずはお父さまの説得を……それからグレモリー家もしくはサーゼクスさまでしょうか?とにかくグズグズはしてられませんか」

 

 もしかしたら生きていた中で初めて家の指針から外れて自分から行動を移すレイヴェルの表情は非常に活き活きとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話のメインはリアスとライザーの会話だったりします。



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幕間3:はじめてのはぐれあくまとうばつ+おまけ

リアスの仕事や体制については捏造です。


 リアスはアーシアを連れて駒王町の管理者として町の霊脈の流れを整理していた。

 悪魔が町の管理者としての仕事は主に3つある。

 

 1つ目は悪魔として召喚に応じ、依頼者の願いを叶える仕事。

 2つ目ははぐれ悪魔の討伐。

 そして3つ目は今リアスが行っている霊脈の整理である。

 霊脈から流れる力の渦。その管理を怠れば町に様々なデメリットが発生する。

 例えば生物が病にかかりやすくなったり。

 物が壊れやすくなる。

 災害の発生する可能性が跳ね上がる。

 魔が差すなどと言う言葉があるように邪な力に当てられて犯罪を誘発させる可能性も。

 その他諸々と町全体が不運に見舞われる為だ。もっともそこまでの事態に発展するのは希で、定期的に整理を行えばさして問題のない話だが。

 見栄えする仕事ではないが必要なことだった。

 今回、アーシアを連れて来たのはここ最近彼女の魔力操作が向上したのを機に彼女に霊脈の管理を手伝わせようと思ったからだ。

 その為に2人は今は誰も立ち入らない空き地に来ていた。

 

「アーシア。ここの力の渦に触れてみて」

 

「は、はい!」

 

 緊張して返事をするアーシアは予め説明されていたように目を閉じて魔力の流れに意識を向ける。

 

「どう感じるかしら?」

 

「……軽い水の中に一部だけ重いように感じます。真水の中に泥水が混じっているというか」

 

「それが霊脈の淀みよ。流れの中にそうした邪気を溜める箇所を作って溜まると浄化するの。まだ浄化するほどには溜まってないのだけれど。それじゃあアーシア、浄化してみてくれる?」

 

「や、やってみます!!」

 

 事前に言われたとおりに術を展開して霊脈の淀みを取り除いていく。

 アーシアに経験を積ませるために軽く淀み始めた部分を選んで浄化の作業を手伝わせている。

 魔力の扱いに才を見せるアーシアは問題なく言われたとおりに作業をこなしていった。

 

 それを終えるとリアスは地図を広げてペンデュラムのような道具で駒王町に流れる力の流れを調べる。

 地図の上にペンデュラムを動かすと僅かな違和感に気付いた。

 

「あら?」

 

「どうしました、部長さん?」

 

「えぇ。ちょっと町の一部の流れがおかしいの。あぁ、アーシアの浄化とは関係ないからそんな顔しないの。上手く出来たってさっき言ったでしょう」

 

 リアスの言葉に不安そうな顔を見せるアーシアに即座に浄化の失敗の可能性を切り捨てる。

 リアスが感じた違和感というのは霊脈から力を掠め取られているような動きを見せているからだ。

 もっともそれも少しずつで複数の個所からその反応が見れなければ見逃していただろう程に微弱な結果だったが。

 携帯を取り出してリアスはあるところに電話をかける。

 

 町の管理者と言えど年若く、学生身分のリアスやソーナではどうしても動ける時間が制限されてしまう。それをサポートするための下部組織が駒王町に点在していた。

 主に駒王学園に出入りしている業者などだ。

 購買で売られている商品や素人では出来ない学園の整備などで出入りしている業者は彼女らをサポートするために冥界から派遣された人材である。

 町になんらかの異常が発生したときにリアスかソーナへの報告を行い、または彼女たちから依頼を受けて調査を行うのがその組織の仕事だ。

 はぐれ悪魔の出現の報告も主に彼らから受けている。

 もっとも戦闘能力はさほどでもなくあくまでも調査と危険があった場合に情報を持ち帰ることを専門とする人材だ。

 彼らが町で目を光らせてくれているからこそはぐれ悪魔などの発見がいち早く伝わり、町への被害が抑えられている。

 これが機械に頼らない時代なら町全体に結界を覆って侵入者を発見する方法もあったが、電子機器の大量普及に伴い、町全体に結界を張ってしまうと冥界産でない精密機械は影響を受けることがあり、現在では推奨されていない。また余談だが強力な結界はそれだけで内部に居る生物に影響をもたらす上に、維持に莫大な労力を使うため、こちらも滅多に使用しない。

 

 はぐれ悪魔などに襲われて負傷した人間は町に在る総合病院。シトリー家が建てた病院へ転移させて治療や記憶操作を行っていたりする。もちろん無料で。

 また駒王町は駒王協定により、少なからず三大勢力から人材が派遣されている。

 以前、堕天使レイナーレが拠点として使っていた教会は修繕されて教会から人が派遣されているし、アザゼルが暮らしているマンションにも神の子を見張る者に神器使いや堕天使が滞在したりしている。

 

「えぇ、そうなの。調査は……解ったわ。資料はあとで……」

 

 連絡を終えて携帯をしまう。

 

「部長さん……」

 

 不安そうな顔をしているアーシアにリアスはタメ息を吐いた。

 

「どうやら今晩は少し荒事になりそうね」

 

 

 

 

 

 その日の晩。調査結果を手にしながら集め終わった部員の前でリアスが告げる。

 

「今日この町にはぐれ悪魔が確認されたわ。それもかなりの数がこの町に入り込んでいるみたいなの」

 

 真面目な表情で話すリアスに祐斗が発言する。

 

「前はイッセーくんが悪魔になって直ぐでしたから少し間が空きましたね」

 

「それでも他の管理地からすれば短い期間よ。今回は組織だった動きで複数の拠点が確認されているわ。何が目的かは不明だけれど、速やかに制圧する必要があるわ」

 

「制圧、ですか……」

 

「えぇ。幸いにしてまだ表立った被害は出ていないし、確認されたはぐれ悪魔はリストを参照しても精々、中級の下程の実力者だそうよ。油断するのはダメだけれど、冷静に対処すれば捕縛も難しくない筈。それが済んだら冥界に転送して裁判に委ねましょう。それで今回だけれど、これは私たち悪魔側の問題。一樹や白音。イリナさんは今回の件に関わる義理はないわ。こちらとしては今回範囲が広いから手伝ってくれるとありがたいのだけれど…」

 

「私は手伝います!自分たちの住んでる町ですから!無関係ということはありません。それに前にも言った通り、私は力のない人達を守るために教会の戦士。そして転生天使になったんですから!」

 

「イリナに同意です。見て見ぬふりして知り合いが襲われたら目覚めが悪いですし」

 

「まぁ……暇ですので……」

 

「3人とも……ありがとう」

 

 種族関係なく良い子たちだと思いながらリアスは持っている情報から指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 まだ取り潰されていない廃ビルを前に一樹、白音、祐斗の3人は立っていた。

 この組の人選はスピード重視。

 発見されたいくつかの拠点の中でここは丁度中間地点に位置し、別の地点に何かあればいち早く援護に向かえる人材が選ばれている。

 

 他の発見された2地点の人選は。A地点がリアス、朱乃、ギャスパー。これはギャスパーの魔眼頼りに選んだ人選。手っ取り早く捕らえて情報の聞き出しを行うことも考えている。

 B地点が残りの一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナである。

 このB地点が1番広いこととイリナのサポートとストッパー力を信頼しての配置。彼女が居れば一誠とゼノヴィアが必要以上の破壊行為には出ないだろうと考えて。アーシアもいるし。

 

 そしてC地点で3人は話し合っていた。

 

「中には10人もいないって話だったな。取っ捕まえるだけならなんとかなるか?」

 

「そうだね。以前の部長ならはぐれを確認すれば抵抗の意思無しと判断しない限り問答無用で殺していただろうけど、あの会談で知ったはぐれ悪魔の事情に慎重になってる。少なくとも人的被害が出ない限りは穏便に済ませたいと思ってるんじゃないかな」

 

 もしかしたらそれは甘い考えかもしれないが、もう以前のように盲目的にはぐれを狩ることはリアスにはできない。ソーナ・シトリーも同様だろう。かといって無視するつもりもない。やるべきことはやる。

 

 それがまだ年若い彼女たちの限界だった。

 

「3つの拠点を合わせれば20を超えるらしいけど今回のはぐれには僧侶と隠蔽に特化した神器使いが居るらしくて発見が遅れた。でも戦力自体は大したことないと思う。油断は禁物だけどね」

 

 術に長ける僧侶と隠蔽に特化した神器。それらにより隠れ仰せていたはぐれ悪魔。

 ここ最近、駒王町で事件が重なったこともあって発見が遅れたが見つかった以上は相手の壊滅は免れない。

 

「いっくん。木場先輩……」

 

「うん」

 

「わぁってる」

 

 中に入り広いロビーに足を踏み入れた瞬間に頭上から武器を持った2人が襲いかかってきた。

 

「甘いよ」

 

「殺気くらい隠せ馬鹿が」

 

 その奇襲に特に慌てた様子もなく回避する3人。

 敵は奇襲が失敗したことに驚いた様子だったが分断出来たことで自分たちの有利を確信し、ほくそ笑む。

 

 そこで残りのはぐれ悪魔とで計8人が一樹たちを囲っていた。

 

「問答無用ってか?」

 

「……これ以上の気配は感じない」

 

「ならこれで全員だね。ひとり2、3人の割り当てだ。すぐに終わらせようか」

 

 こうしてはぐれ悪魔との戦闘は開始された。

 

 

 

 

 

 

「お、らぁっ!!」

 

 一誠は最後のはぐれ悪魔に拳を叩き込んで気絶させた。既に下級悪魔なら通常の神器で事足り、数回の倍加でその意識を刈り取れる。

 

 つい数ヶ月前まで、はぐれの下級悪魔に脚を震えさせていた頃とは大違いである。

 だがそれも当然なのかも知れない。彼が悪魔と成ってから数多くの修羅場を潜ってきた。その経験は確実に彼を成長させている。

 

『もっとも、それも俺のサポート有ってだがな』

 

「誰に言ってんだドライグ?」

 

 倒したはぐれ悪魔を渡された特製の手錠で拘束しながらドライグに問いかける。

 

『いや、確かに相棒は強くなったと思ったが、どうにも手加減が苦手だなと感じてな。こちらで倍加の制御をしなければあの下級悪魔どもはミンチになっていたぞ』

 

 良くも悪くも目の前のことに全力投球な一誠は相手に合わせて攻撃することを苦手としている。

 

 しかし本人もそのことを自覚しているため、匙戦以来小さな攻撃も使えるように特訓していた。

 主に建物などを壊さないようにするため。

 小さな魔力弾を放てるようにしたり。

 周りに力の入れ具合を教授してもらったり。

 

 しかし、倍加という揺れ幅の大きい能力に加減を体が覚えるのが難しいのだ。

 

『まぁ、そのサポートをするための俺だ。だが、頼りっきりにして考えることを止めれば成長も止まる。工夫と向上心を無くせばあのヴァーリに殺されてしまうだろう。要精進という奴さ』

 

 ヴァーリが一誠をまだ殺さないのはその成長に多少なりとも期待しているからだ。それを止めれば興味を無くし、一誠を殺して次の赤龍帝に期待するだろう。

 

「……命懸けだなぁ」

 

『戦いに足を踏み入れた者は往々にしてそういうものだ。逃げ道なんていつの間にか塞がれている。歴代の依り代たちもそうだった』

 

 しみじみと呟く一誠にドライグの言葉は染みた。

 一誠としてはエッチで楽しい青春を謳歌できれば満足なのだが周りが騒がしく、邪魔してくる。

 禍の団のこともある。周りの女の子に囲まれて幸せなのは事実だがいつになったら憂いのない日常がやって来るのか。

 

「ホント、難しいよなぁ」

 

 アーシアが冥界に悪魔を転送するのを見届けながら一誠は天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 リアスたちのはぐれ悪魔討伐は思いの外すんなりと終わった。

 ギャスパーの魔眼の制御が思った以上に洗練されており、相手の抵抗を殆ど受けずに拘束できた。

 

「それにしても度しがたいわね」

 

 リアスたちの地点でははぐれ悪魔たちのリーダーが居り、簡単な尋問を行ったがはぐれに堕ちた理由が酷いものだった。

 

 神器の力を宿し、偶然発現したことから居場所を無くすというのはよくある話で、偶然とある上級悪魔の目に留まった彼は悪魔のことを知り、転生する。

 その上級悪魔は能力よりも家柄や階級で駒を手にした者で自分の護衛や仕事のサポートなどを目的に駒を集めていた。

 しかし、彼が悪魔として転生した理由はその長寿であり、主に仕えるという誓いは口からの出任せ。

 元々彼の主は温和な悪魔で他人を疑うことをしない人物であったことから転生して数年で主を裏切り、あろうことか最近世間を騒がせている禍の団と合流しようとしていたらしい。

 その手土産としてリアスたちの首を狙い、下準備していたようだ。

 地脈や町の人間たちから力を少しずつ奪い、貯めた魔力で駒王町を吹き飛ばすと脅迫してリアスたちを捕らえ、禍の団に引き渡す。

 

 色々とツッコミどころ満載な計画だがもしそれを実行されていたらと思うと寒気がする。町の人間に被害がいった可能性を思ってだ。

 それもリーダーの神器が隠蔽に長けていたこともあり、その馬鹿馬鹿しい計画は実行に移す寸前まできていた。

 こと隠れるだけならかなりの才能があったのかもしれない。

 

「さて、他のみんなももう終えたでしょうし、連絡をとりましょうか」

 

 

 

 

 

 

「うぎゃぁああああああああああっ!!!?」

 

「は?」

 

 はぐれ悪魔のひとりが上げた絶叫に一樹は呆気に取られる。

 

 今一樹は炎を使い、敵を牽制しようとした。

 たが、思った以上に敵の動きが鈍く、腕を吹き飛ばしてしまった。

 一樹からすればかなり遅く放った炎の球。

 避けさせること前提で放った攻撃を避けるどころか防御すら出来ないとは想像の外だった。

 

「キサマァアアアアアッ!!」

 

 敵討ちからか近くにいた敵が一樹に攻撃する。本来ならあっさりと避けられるそれを動揺から喰らってしまった。

 

「っのやろっ!」

 

 反撃で体を殴ると相手の骨が折れる感触がした。

 

(っ!?下級悪魔ってこんなに……っ!)

 

 はっきり言って弱い。想像以上に。

 しかしそれは一樹の判断基準がおかしいのだ。

 下級とはいえ仮にも彼らは悪魔である。

 その爪と牙。魔力は意図も容易く一般人を八つ裂きにする力がある。

 一樹とて2年に進級したばかりの頃なら為す術もなく殺されていただろう。

 だが、オカルト研究部と関わり、短いながらも密度の濃い時間と戦場を駆けていった。

 それにより一樹の実力は半年未満で上級悪魔と遜色ない力を身に付けた。

 それは常に命懸けの死線であり、自分の実力以上の者たちとの死闘であった。

 おかしな話だが、一樹は自分と圧倒的に実力が劣る敵と戦った経験が不足し過ぎているのだ。

 だから手加減の匙加減が判らない。

 

 ―――痛い痛い痛い!!ヤメテ!ごめんなさい!許して赦してユルシテ!?

 

(何で今更、中1(あの時)の事なんて……!)

 

 頭に過った過去のイメージに顔を歪めるとまたひとり、はぐれ悪魔が一樹に襲いかかった。

 動揺していた一樹は易々と棍棒の一撃に吹き飛ばされる。

 

「いっくんっ!?」

 

「――――っ!!」

 

 一樹の予期せぬ苦戦に白音と祐斗が混乱する。そして精神の乱れは焦りを生み、2人もはぐれと一瞬膠着する。

 

 態勢の崩れた一樹に棍棒が降り下ろされる瞬間にはぐれの腕を斬った祐斗と内臓を破壊した白音が駆けつけて左右から仕留める。

 

「あ……」

 

「一樹くんぼうっとしないで!」

 

「わ、わりぃ!」

 

 よろよろと立ち上がり、意識を切り替える。

 いくら格下とはいえこんな精神状態では殺されてしまう。

 1度、頬を思いっきり叩き、気合いを入れ直す。

 

「もう、大丈夫だ。すぐに終わらせる」

 

 その後、向かってくるはぐれ悪魔を難なく討伐した。

 

 

 

 

 はぐれ悪魔を転送し終えた後に一樹は適当なところに腰かけていた。

 

「いっくん、怪我は?」

 

「大丈夫だ痛みも引いたし、痕も残ってねぇ。最近、怪我の治りが異常に早くてな」

 

 白音に笑いかける一樹。しかしそれはすぐに視線を上へと移す。

 

「……下級の悪魔ってあんなに弱いもんなのか?」

 

 それが今日戦ってみての感想だ。

 動きが鈍い、防御も脆い。闘気を纏っているとはいえ隙だらけの一樹に大したダメージも与えられない程に攻撃能力も貧弱。

 ただの人間だったなら殺されていただろうが、今の一樹からすれば彼らの弱さに驚愕だった。

 なにより――――――。

 

「嫌なこと、思い出した」

 

 あんなことを思い出すなんて本当に今更だ。

 

「……なにを思い出したのかは訊かないけど、あれでも彼らは下級悪魔の中ではそれなりにできる方だと思うよ。でも、一樹くんの成長も異常だからね。加減具合が分からないのも仕方ないかな」

 

「……」

 

 祐斗のフォローのような言葉に一樹はただ眉間に皺を寄せる。

 そんな友人に祐斗はさらに言葉を紡ぐ。

 

「……正直に言えば、僕も初めてはぐれ悪魔の討伐に出た時、身体が震えたよ」

 

「祐斗?」

 

「師匠から剣の指導を受けて。強くなって自分はやれるって思ってた。実際、相手も大した強さはなかった。でも――――」

 

 初めて創造した魔剣で肉を切った感触に震えた。

 数日、食事が喉を通らなくなるくらいにショックを受けた。

 だがそれも次第に慣れていった。そしてその嫌悪感を考えなくなった。

 

「直ぐに慣れるから気にすることじゃないって言いたいのか?」

 

 怒気の孕んだ一樹に祐斗は首を振る。

 しかしその仕草ですら苛立ちを覚えた。

 

「そうじゃない。その悩みは必要なモノなんじゃないかなって話さ。僕たちにとってもね」

 

「……なんでだよ」

 

「平気で人を傷付けられる人は力を手にしたら際限なく暴走する。でもその怖さを知っていればどこかで止まることが出来る。僕はね、一樹くん。リアス・グレモリーの騎士さ。主の敵を討つことに躊躇いはないけど、部長や僕たちが間違った道に進んだときに止めてくれる人が必要だと思う。そして僕は君がそうなら嬉しい。僕たちの仲間だけれど悪魔でも眷属でない君だからこその視点でね」

 

 祐斗の言葉に一樹は言い淀む。

 そんな風に思われてるとは思わなかった。

 

「……俺は、頭に血が上りやすい」

 

「うん。知ってる」

 

中1(ガキ)の頃にそれで同級の女子を殴って大怪我を負わせたことがある」

 

「うん」

 

「間違ってないって思ってたんだ。確かに悪いことはしたけど間違ってないって」

 

 あの時、ああしていなければ友人(アムリタ)へのいじめは収まらなかっただろう。だからあれは悪いことでも間違ってない。

 そんな風に思っていた。

 自分が痛めつけた相手のことなんてすぐに頭の中で切り捨てて。

 

「そんな、すぐに道を踏み外しちまうような奴が誰かを止める資格なんてあるのかよ」

 

 だって自分だって間違いやすいのだ。もしかしたら既に間違っているのかもしれない。

 そんな奴が誰かを止める資格なんて。

 

「その時は、僕たちが止めるよ。友達として。友達だからね」

 

 一樹はなにか目を覚ますように大きく開かれる。

 

「だから君も僕たちが間違ったら止めてくれ。手遅れになる前に。友達ってそういうモノでしょ?」

 

 ただ、相手の行動を肯定するだけでなく時に否定する。それをすることも友達の責務だと裕斗は言った。

 

「あぁ、そうだな祐斗たちが間違ったら俺が止める。友、だち、だからな」

 

 陰りが完全に振り払われたわけではない。しかし、先程よりだいぶスッキリした表情で一樹は笑った。

 そんな2人を見て白音は祐斗の脛を軽く蹴る。

 

「イタッ!?白音ちゃんなんで!?」

 

「……木場先輩はズルいです」

 

「なんで!?」

 

「なんでも」

 

 理由を話さない白音。それに祐斗は困惑した。

 そこで祐斗の携帯が鳴る。

 相手はリアスからだった。

 祐斗は電話に出ると短く会話をして携帯を切る。

 

「どうした?」

 

「うん。他の皆も無事はぐれを倒したって。今日はもう遅いからこのまま解散でいいってさ。報告は明日でって」

 

「そっか。そりゃ助かる。実はもう眠いんだわ俺」

 

 いつもの調子を取り戻した一樹に祐斗は笑みを浮かべる。

 

 間違っていい。それを止めてくれる仲間が居るなら。

 間違わない一生など無いのだから。

 共に笑い、喧嘩して、互いの道を定めても通じ合えるモノがある。

 誰かと生きていくというのはそういうことではないだろうか。

 だからこそ

 

「お前がやってることが間違ってると思ったら俺はお前を止めるぞ、親友(アムリタ)

 

 いつかの友を止められる決意を固めるように一樹は拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ:それはどこかの世界で起きたかもしれない奇跡。

 

 

 小さな少女は虚ろな表情で低い天井を見上げていた。

 つい最近まで着ていた質素ながら上物の服とは異なりとりあえずボロ布が服の形をしているだけの衣服に身を包んだ少女は身も心も疲れ果ててしまった。

 少女には姉がいた。

 幼い頃から各地を放浪して肩を寄せ合ってきた誇らしくも最愛の姉。

 ひもじい生活の中でも姉の存在があったから少女は堪えて生きてきた。

 そんな生活に転機が訪れる。

 姉が転生悪魔になって主に仕えることを条件に姉妹の生活を保障すると言ってきた悪魔が現れたのだ。

 長い旅で疲れ切ってしまった姉妹に選択肢はなく、それを受け入れるしかなかった。

 その主の下で姉はメキメキと力を付け、少女もそんな姉に更なる羨望を向けた。

 価値を示せば示すほどに生活は豊かになり、隠れて生活していたのが嘘のように満ち足りた日々が姉妹に訪れた。

 しかし、それは呆気なく終わりを迎えた。

 仙術と呼ばれる一部の種族のみに使える技術の制御に失敗した姉は暴走して主を殺害してしまったのだ。

 そして姉は少女を連れて行くことなく姿を消した。

 姉の罪は残された少女に責が及び、多くの傷を刻みこんだ。

 身体を押さえつけられて牢に入れられ、糾弾と罵声に晒される日々。

 最初は姉の無実を信じていた少女も生きるのに最低限しか与えられない食事と主の親族や友人たちに叩きつけられる心無い暴言。

 それが不信に変わり、一向に迎えに来てくれない姉に見捨てられたと悟るまでにそう時間はかからなかった。

 諦観であらゆることがどうでもよくなり、少女は心を止めた。

 傷つかないように。踏み込まれないように。

 

「おい、出ろ」

 

 いつも食事を持ってくる看守は牢で手錠をかけられた少女を無理矢理立たせて歩かせる。

 とうとう自分は殺されるのか。

 そんなことを他人事のように思考する。

 どうでも良かった。

 最愛の姉にすら見捨てられた自分など、最早生きている価値など無かったのだ。

 だから当然の時間が訪れただけ。少女はそう思った。

 しかしその考えは僅かばかりに罅が入る。

 それは久方ぶりに眩しいばかりの光に触れたからかもしれない。

 たったそれだけのことで少女にある願いが生まれた。

 もしかしたらずっと前から邪魔に思われていたのかもしれない。

 会ったところで昔のように笑い合うことなど不可能かもしれない。

 それでも―――――。

 

「もういちど……ねえ、さまに……あいたいなぁ……」

 

 一筋の涙が魔方陣の敷かれた床へと零れ落ちる。

 そうして、奇跡は起こった。

 

 その床は、連れられた館の主の趣味で描かれていた召喚用の魔法陣。

 それに少女自身が触媒となってある存在を呼び寄せる。

 

 落ちた雫を発端に魔法陣が光り出し慌てる悪魔たち。

 光が収まると尻もちをついた少女の前にひとりの見知らぬ青年が立っていた。

 

 濃い茶の短髪に翠の瞳。

 中背でやや痩せ型の体躯。

 年の頃は20代半ば程で黒いズボンに素肌の上に同じ色で胸元が開かれた軍服にも見えるロングコートを身に着け、黄金の槍を持った青年。

 その存在は少女を見下ろすと問いかける。

 

「問おう、お前が俺のマスターか?」

 

 状況が理解できない少女は問いに答えることが出来ず唖然とした様子で青年を見上げている。

 それにふむ、と顎に手を当てて思案する。

 

「まぁ、回路(パス)が繋がっている以上、お前が俺の主であることに違いは無いか。状況は少し飲み込めないけどな。こういうこともあるだろう」

 

 そして少女に目線を合わせるように青年は屈む。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚の命に従い参上した。この身は君の矛となり盾となり。そして主に降りかかるあらゆる災禍を焼き払う炎となろう。契約はここに完了した。さて、何か要望はあるかマスター」

 

 

 とある並行世界で英雄となった英霊(一樹)と悪魔になるはずだった少女(白音)の運命はここに交錯した。

 

 

 




なんか前の話より本編っぽい感じに。
リアスの管理者としての仕事とか一樹と祐斗の友情成分が足りないなと思って書きました。


おまけは完全に遊びです。
どう考えても終盤くらいまでランサー無双になるので続きは書きません。


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55話:冥界の未来はきっとこうなると思うんだ

なんとか書き上げました。


『ふははははっ!ついに貴様の最後だ!乳龍帝!』

 

 兵藤家の地下にあるモニター室で最近冥界で話題になっている特撮番組を鑑賞していた。

 

『なにを!この乳龍帝が貴様ら闇の軍団に敗ける筈はない!禁手化(バランス・ブレイク)!』

 

 一誠そっくりの役者がそう叫ぶと赤龍帝の鎧そのままに再現された鎧が出現する。

 この番組のタイトルは【おっぱいドラゴン乳龍帝】という名前らしい。

 グレモリー家が製作した番組で視聴率50%を超える最近流行りの超人気番組なのだとか。

 おっぱいを愛し、おっぱいのために戦う正義の味方が邪悪な輩を伝説のおっぱいドラゴンになって退治する物語。

 この説明だけでこの場にいる一部の者たちはいっぱいいっぱいだった。

 なんでもグレモリー家がリアスとソーナのレーティングゲームで一誠の夢がリアスの乳首を突くことと宣言したときに子供たちから大うけしたことで着想を得たらしい。

 番組を観ながら反応は様々でアーシアとゼノヴィアにギャスパーは興味津々に鑑賞しており、祐斗は番組というより赤龍帝の籠手や鎧の再現度に注目している。

 イリナは苦笑しながらも番組を鑑賞し、朱乃はいつも通りの笑みで大人しく観ている。

 一誠は若干気恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしており、一樹と白音は時々モニターに目をやるくらいで出されたロールケーキに夢中になっている。

 そしてリアスだが。

 

「………………」

 

 両手で顔を覆って膝に顔が付くくらい腰を曲げている。

 

 この作品の主人公は背格好が似た男にCGで一誠の顔を嵌めているようにヒロインであるスイッチ姫にはリアスの顔が当てられてたりする。

 それにともない若手レーティングゲームの特集でリアスの記事がリアス・グレモリー特集から皆のスイッチ姫特集に名を変えたのだとか。

 

「もう冥界を歩けない……」

 

 余程そのことがショックだったのか立ち直れてない様子だ。

 それを見てイリナがフォローに入る。

 

「で、でも友達がこうして有名になるって鼻が高いわね!」

 

 見るからに無理矢理テンションを上げているイリナに祐斗が続く。

 

「そ、それにこの赤龍帝の籠手の再現度すごいですね!これでグレモリー家も相当稼いだんでしょう!」

 

「それに、私たち眷属の良い宣伝材料になって結果的には成功だと思う」

 

 ゼノヴィアの言葉は慰めになっているか微妙だが、この番組のおかげで冥界でのグレモリー眷属の株が上がったことは事実だ。

 それに思い出したように一樹が呟く。

 

「ディオドラの時、控室で言ってたのはもしかしてコレか?」

 

「あぁ!見たか日ノ宮!今の俺は冥界の子供たちのヒーローだぜ!!」

 

 胸を張る一誠に一樹。

 そこから何故か鼻の下を伸ばしただらしない表情をしていることからなにかしょうもないことを考えてるなと予想する。

 例えば、次冥界に行ったら女にモテモテになれるだとか。

 その釘指しという訳ではないが、ちょっと考えられる事態を口にしてみようと思う。

 一樹は食べ終わったケーキのフォークをマイクのように持ち、突如声色を変える。

 

「十年後」

 

 その台詞に皆が一樹に視線を集める。

 

「近年、冥界で10代後半から20代の若い男性悪魔を中心に突如女性の胸へと襲いかかる猥褻な事件が多く発生し社会問題となっています。彼らの共通点は幼少時におっぱいドラゴン乳龍帝という番組の熱狂的なファンであることが挙げられており、今回はその乳龍帝のモデルとなった兵藤一誠氏にインタビューしてみたいと思います。兵藤さん。近年、若者の間で起きるこのような性への乱れをどう思われますか?」

 

 そこまで言って一樹は一度一誠にフォーク(マイク)を向けるが顔をヒクヒクさせて固まっているのを見て自分の口元に戻す。

 

「女性のおっぱいを揉むことの何がいけないって言うんですか?あんなのただのスキンシップですよ!男なら女の人のおっぱいを揉む。道端だろうとなんだろうとこれは常識です。世間が騒ぎ過ぎ―――――」

 

「言うかぁああああああああっ!!」

 

 一誠が身近にあったハリセンで一樹の頭を叩いた。

 

「最後の俺のコメか!?言わねぇよいくら何でも!っていうかおっぱいを揉むのが常識って未来の俺はどんだけぶっ飛んでんだ!」

 

 一誠の反論に一樹は考える素振りを見せて先程のようにフォークを口元に移動させる。

 

「許せませんね。綺麗な女性のおっぱいはすべて俺に揉まれる為に存在してるのに。いったい誰の許可を取って()のモノに触ってんだってかんじ―――――」

 

「言わねぇって言ってんだろぉおおおおおっ!!」

 

 再びハリセンが直撃する。

 

「ある意味最初より最低な発言じゃねぇか!なんだよそれ!本当に俺のイメージ!」

 

「前者はハーレム王になれてない兵藤を。後者はハーレム王になった兵藤のイメージで」

 

「なんでハーレム築いたら性格が最悪になるんだよ!」

 

「リミッターが無くなった感じ?世界中の美女は俺のモノとか言ってそのうち、『世界中の美女に俺の遺伝子をくれてやる!そして世界中を乳龍帝だらけにしてやるぜぇ!』とか高笑いしながら宣言するんじゃね?っていうかお前の言うハーレム王ってこんなんじゃないのか?」

 

「違ぇよ!俺はそんなふしだらなハーレムは目指してません~!もっと清く健全なハーレムを目指してんだよ!」

 

「なんだよ清く健全なハーレムって……」

 

 呆れる一樹に一誠が胸ぐらを掴んで揺すりながら反論しようとするがあることに気付いてそちらに体を向ける。

 

「イリナに白音ちゃん!!胸を腕で隠しながら少しずつ俺から距離取るのヤメテ!傷つくから!」

 

「ごめん、イッセーくん。今のコメントをしてる姿がありありと浮かんできて」

 

「日頃の自分の言動を思い返してくださいこの変態」

 

 イリナと白音のダブルパンチに膝をつく一誠。ここいらでリアスが何らかのアクションを起こすはずだが今の彼女の思考はそれどころではなかった。

 

「そう……こ、この番組の所為で冥界の子供たちが未来の犯罪者に……は、早くお兄さまたちにこの番組制作を打ち切って貰わないと将来グレモリー家のイメージがとんでもないことに……」

 

 両の頬に手を当てて蒼白になるリアスに一誠がフォローを入れる。

 

「大丈夫です部長!!冥界の子供たちは良い子ばかりでやって良いことと悪いこと区別くらいできますから!」

 

「モデルとなった本人がその良いことと悪いことの区別がついてないのにな。それに未来の可能性は無限大だって話だぞ?」

 

「黙ってろ、ブッ飛ばすぞ日ノ宮ぁあああああああああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒ぎが一段落し、落ち着いてきたところでアザゼルが話に交ざる。

 

「ま、そう捨てたもんじゃないぞ。近頃、禍の団による各地でのテロ行為が続いててちょいとストレスが溜まってるしな。この番組のお陰でそうした鬱憤も緩和されてる。特にガキどもにはな」

 

「このアクションコメディでねぇ」

 

「ヒーローアクションだよ!?」

 

 一樹の発言にツッコミを入れる一誠。

 そこで祐斗がアザゼルに質問する。

 

「禍の団……そんなにも多くの勢力を敵に回してるんですか?」

 

「あぁ。三大勢力への被害が1番多いが、他にも北欧の魔法の武具を製造するドワーフたちが何人か拉致られたり、インドの貴重な神具が盗まれたりってところだ。それでもオーフィスっつう強大な背後が居るから思いきった報復が出来ない状況だ。なんせ、なにが奴の逆鱗になるかわかんねぇからな」

 

 忌々し気に顔を顰めるアザゼルにリアスが話を戻す。

 

「それはそうとアザゼル。このスイッチ姫。貴方の考案だと聞いたのだけれど、本当かしら?」

 

「ん?なんか問題あるのか?」

 

「大ありよ!!」

 

 バンっとリアスは立ち上がりテーブルを叩く。

 そして画面を指さして怒鳴る。

 

「いきなり主人公がヒロインの胸を揉むってどういうこと!それでパワーアップって何なの!!」

 

 もはやその声は悲鳴に近く顔も赤くしていた。というか涙目である。

 それをアザゼルは飄々とした顔で答える。

 

「おっぱいドラゴンはヒロインのスイッチ姫の乳を揉むことで無敵のおっぱいドラゴンにパワーアップすんだよ。何か疑問があるか?俺としてはこれを思いついた時は天啓だと思っちまったんだが……」

 

「堕天使がなにを言ってるの!?それになんでそんな不思議そうな顔されるの!?子供番組で胸を揉むって映像的にもNGでしょっ!!」

 

「いや、冥界はそこら辺の規制が緩いからな。お前も知ってるだろ?日本だったら間違いなくアウトだが冥界だからすんなり通ったぞ。人間社会に馴染んで忘れてるのか?」

 

 アザゼルの言葉にリアスは顔をヒクつかせる。

 胸を揉むと言っても映像的には微妙にボカシてあるため胸を揉んでいるというのはわかるが、細かいところはわからないように配慮されている。これがグレモリー家がリアスに配慮したのだとしても酷いが。

 

 諦めたように再び腰を下ろして顔を覆う。それにアーシアなどが慰めようとしているがその手が開くことはない。

 それにイッセーが慌てて話を変える。

 

「そ、そうだ先生!あのオーフィスって子が禍の団のトップに立ってるからこっちも大きな行動が取れないんですよね!なら、あの子にトップを辞めさせれば事実上、禍の団は無力化できるってことですか?」

 

 一誠の発言にアザゼルは目を細め、真面目な表情になる。

 

「あの子って……奴は俺より年上なんだがな。それとまぁ無力化ってわけじゃないが脅威度は大分下がるな。奴らが使う蛇が被害を増大させているのは事実だから。だが、禍の団を辞めさせるってどうやってだ?」

 

「えっと……オーフィスはグレートレッドを倒して故郷に帰ることが目的なんですよね?なら俺たちがそれを手伝ってあげるとか?」

 

「論外だ。それだったらオーフィスを倒すなり封じるなりの手段を講じたほうがマシだな」

 

 自分の意見を速攻で却下されて落ち込む一誠。その目にはどうして?という感情が込められていた。それを察してアザゼルが説明に入る。

 

「まずグレートレッドは各次元を管理している存在だ。奴が居なくなれば、人間界、冥界、天界その他がどんな影響を受けるかわからん。最悪、各世界の次元が干渉と衝突を引き起こして消滅する可能性もある。奴はその強大な力で次元の狭間から世界を支えていると考えられている。そんな奴と敵対する理由がない。試して成功した奴もいないしな。それだけグレートレッドの力は規格外だってことだ」

 

 世界が消滅する。その突拍子の無さに一誠たちは息を呑む。

 もちろん神の子を見張る者を含めてそれでいいと思ってはいない。

 各勢力で自分たちの力で次元を安定させる技術研究は行われているし少しずつ成果も上げている。

 聖書の神のシステムとてその次元の安定をもたらす役目もあったのだ。肝心の神が死に、ミカエルたちだけでは完璧にそれを扱い切れないが故に以前ほどの効果は得られていないが。

 

「もうひとつは今各勢力が禍の団。それにオーフィス憎しの感情が高まりつつある中で奴の利となる行動を取れば他の神話勢が黙っちゃいないだろう。そうなれば例えグレートレッドを倒して何も起こらなかったとしても世界中の神話勢力で戦争が起こる可能性がある。そうなればなんにしても世界は滅ぶだろう」

 

 あまりにも救いのない話に一誠がなおも言葉を募らせる。

 

「で、でもどうして。直接襲ってるのは禍の団の奴らでオーフィスって子は関係ないんでしょう?」

 

「そんな訳ねぇだろ。オーフィスは禍の団に蛇っつう強化アイテムを提供してる。たとえそれが無かったとしてもテロリストのトップに祭り上げられた時点で怨みつらみが集中するのは当然だ。そして奴らの襲撃で死者も出てる。大概はその勢力の戦士やらだがそれでも死んだ奴にだって仲間や家族はいるんだ。少なくともそいつらは納得しないだろうぜ。三大勢力(俺たち)だってその怨みを押し込めて和平を持ち出すまでに数百年かかったんだ。テロリストの気まぐれで殺された仲間の仇を取ろうって思ってる奴は少なくない。今はまだ堪えちゃいるがいつ爆発するかもわからんしな」

 

 静かに捲し立てるように話すアザゼル。もしかしたらアザゼル自身同様の感情を抱いているのかもしれない。

 そしてその中でアザゼルはこうも考えていた。

 

(そうなる前にヴァーリの奴もテロリストから離れてくれりゃいいんだがな)

 

 旧魔王派などと違い、表立った行動を移していないヴァーリはお咎め無しとはいかないが、まだなんとかなる。

 そうなる前に禍の団から距離を取らせたいと考えていた。

 

 オーフィスの狙いがグレートレッドだと判明したことで各勢力が禍の団殲滅に本腰を入れつつある。まだ足並みは揃わないが、その時が来ればヴァーリを庇うのも難しくなるだろう。

 

(それともそれがお前の狙いか?敢えてテロリストに身を置いて結束した各勢力と戦り合おうと。だがそうなればお前は死ぬぞ。あまり自分と白龍皇の力を過信するな。確かにお前は強いが、たかが数人の仲間で世界を相手に出来ると思うなよ)

 

 アザゼルの人生からすれば瞬きのような時間だがそれでも面倒を見た子供だ。それなりに愛着もある。

 上手くいかないもんだと内心で舌打ちした。

 そこで自らの思考を切り、一誠たちと向かい合う。

 

「神龍同士の戦いで世界がどれほどのダメージを負うかもわからんしな。まったく個体で世界の運命を左右するほどの力なんて善であれ悪であれ質が悪いぜ」

 

 なんせ奴らの機嫌ひとつで世界に甚大な被害が出るのだ。何事も行き過ぎは良くないという例だろう。

 オカルト世界の上位の力の持ち主などは大概なのだが。

 

 少しばかり重い空気になる中でイリナが話題を変えた。

 

「そ、そう言えばそろそろ私たち2年は修学旅行よね!それが終わったら学園祭!」

 

「そういやそうだな。ここんところパタパタしてたから忘れてたわ。班決めとかまだ決め終わってないよな?」

 

「そうだね。同じクラスなら仲の良い人と好きに組める筈だから一樹くん、一緒にどうだい?」

 

「というかそれしか選択肢が無いな。俺、クラスで話すなんて祐斗を含めても片手で数えるくらいだし。イリナも同じ班で行動するのか?」

 

「そうね。クラスで仲の良い子と一緒に行動させてもらっていい?」

 

「その方が俺としても有難い」

 

 本来イリナも一誠たちと同じクラスに転入する筈だったがアーシア、ゼノヴィアと続いて転入生を入れてしまい、イリナまで入れると色々と文句が出るので一樹たちのクラスに転入した。元々の社交性の高さからクラスでも男女問わず親しみやすい人物として交友が広がっている。

 

「イッセーさん!私、ゼノヴィアさんと藍華さんとで班を組むのでそちらとご一緒して良いですか?藍華さんからも賛成されてますし」

 

「あぁ!もちろんだぜアーシア!修学旅行!一緒に回ろうな!」

 

「はい!」

 

 ディオドラの件以降、ますます仲良くなった2人を周りが微笑ましく思いながら顔を上げたリアスが話を切り出す。

 

「2年生が修学旅行に行く前に我が部としても出し物を決めておきたいわね。出し物を決めておけば後は1年と3年で準備が進められるし」

 

「去年はお化け屋敷でしたよね?俺行かなかったけどかなり怖いって話題になってましたよ!」

 

 リアスの話に一誠が去年の評判を思い出して語る。

 話を聞いたところ、一部、本当に泣き出した生徒までいたのだとか。

 それに去年活動したリアス、朱乃、祐斗はそれぞれ目線を泳がせる。

 

「あれはやり過ぎたわ……やっぱり【本物】を使うのは反則よね。あれでソーナにだいぶ絞られてしまったし」

 

「本物って……まさか本物のお化けを使ったんですか!?」

 

 一誠の驚きにリアスは苦笑いを浮かべて視線を泳がせる。

 去年、何事も全力でと取り組み過ぎた結果、冥界から本物のお化けなどに来てもらい、旧校舎全体を使ってお化け屋敷にした。

 その結果ソーナや母、義姉から大バッシングを喰らってしまったのだ。

 

「まぁ、去年と同じことをしてもつまらないし、今回は別の出し物を考えましょう。みんなも次までに意見を考えて来て!」

 

 そう区切るリアスに一樹は去年のことを思い出していた。

 

「そういや去年は焼きそば作ったなぁ。ずっと外の屋台で鉄板の焼きそば作ってて回れたのが最後の方だった記憶しかねぇ」

 

「……うん。美味しかった。いっくん、鉄板系の料理、得意だよね。ちょっとしか一緒に回れなかったのは残念だけど」

 

 去年、祐斗を含めたほとんどのクラスメイトが部活の方に力を注いでしまい、料理のできる人間が限られた結果、一樹が最初からほとんど作るハメになってしまった。今年はそうならないように願うばかりだ。

 

 そんな風にワイワイとはしゃぐ生徒たちを眺めながらアザゼルは思う。

 やはり若者が楽しそうに青春を謳歌している姿を見れば大人としてそれを守りたいと思える。

 

(近々、北欧からの使者も来る。敵の動きが予想より早い以上、こっちも速攻で足並みを揃えなきゃならん。頼むから、何か問題が起きてくれるなよ)

 

 近々行われる会談にアザゼルは心中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次はロキ編を書き終わったら投稿を再開します。

ロスヴァイセの扱い、どうするかちょっと悩みどころ。




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56話:経験と実験

「早かったな、グレモリー家の者よ」

 

「あれほどあからさまに居場所を示唆しておいて何をいっているのかしら。それと、時間問わず仕掛けてくるのはいい加減止めて欲しいものね。私たちは貴方たちのように暇ではないのだから」

 

 現れた敵に嫌味を返すリアス。

 ディオドラの1件から禍の団から頻繁に刺客が送られて来るようになった。

 既に時間は深夜。昼に発見された時もあれば日の出と共に動いたこともある。

 

 頻繁でありながら何時襲ってくるか判らない集団に皆がストレスを溜めていた。

 

「我々の目的は貴様ら穢れた悪魔どもを駆逐し、この町を解放することだ。早々に滅ぼされるがいい」

 

 指をパチンと鳴らすと魔法陣から異形の怪物が出現する。

 その怪物たちは最近攻めて来る禍の団の主戦力で中級悪魔くらいの力を有していた。

 そしてそれを束ねている者たちはおそらく――――。

 

「かかれ!!」

 

 合図と共に襲いかかってくる怪物。それを真っ先に攻撃したのは一樹だった。

 

「うるせぇよ……!」

 

 心底不機嫌そうな声で1番前の怪物を殴り、怯ませると、そのまま頭を掴んで投げ飛ばす。

 他の怪物たちに当たり、動きが止まる中で一樹は指をボキボキと鳴らした。

 

「中間テスト期間にまで喧嘩吹っ掛けて来やがって!覚悟は出来てんだろうなウジ虫どもっ!!」

 

「本当だよ。おかげで一昨日なんて危うくテストが受けられないところだったじゃないか」

 

「まったくだ。今日で終わったからいいが、試験勉強が無駄になるところだったぞ」

 

 一樹に続いて祐斗、ゼノヴィアが同意する。

 彼らは学生である。しかし同時にこの町をテロリストから守る義務を負っているため見つけたらそれを優先せざるを得ない。

 そしてテストを受けなければ休日を潰されたり成績に響いたり最悪留年も有り得る。

 そうしたことを気にする高校生なのだ。

 故にこの試験期間中に現れる禍の団に皆の怒りが相当溜まっていた。

 だが試験も終わり、現れた禍の団に八つ当たり染みた感情をぶつける。

 

「テ、テストだと!?貴様ら!我々を愚弄するか!!」

 

「ふざけてんのはそっちなんだよ!こっちの睡眠時間ガリガリ削りやがって!」

 

 禁手の鎧を纏った一誠が低威力のドラゴンショットを繰り出した。

 放たれた魔力の弾は後ろにいる人間に当たる軌道だった。

 しかし向こうも青白い不規則な動きをする光線でドラゴンショットを相殺する。

 

「また神器の使い手ね。予想はしていたけれど」

 

 ここ最近現れる禍の団は神器使い、もしくは魔法の武具を装備した人間たちだった。

 数少ないが神器を保有する転生悪魔も確認されている。

 

「赤龍帝のパワーには気をつけろ!だが、この狭い工場内では全力は出せん!上手く立ち回れ!」

 

 何度もこの町を現れているだけあり、こちらの戦い方は徐々に読まれてきている。特に前面に出てわかりやすいパワーファイターの一誠とゼノヴィアは顕著だった。

 ここを訪れる前にゼノヴィアにアスカロンを渡してあり、それを振るって雑魚の怪物たちを蹴散らしている。

 その中で一樹に大鎌を持った男が襲いかかる。

 下ろされた大鎌を槍で受け止める一樹。

 

「裏切者め!!なぜ人間が悪魔に手を貸す!」

 

「……ここ数日で聞き飽きてんだよその質問。人間だとか悪魔だとかいちいち気にしてられっかってんだ!」

 

 大鎌をいなし、そのまま腋に蹴りを叩き込んで飛ばす。しかし相手も実力者ですぐに態勢を立て直す。

 

「少なくとも刃物持って襲いかかってくる来る奴よりは一緒にバカやれる奴のほうが楽しいって理由で俺には十分だ」

 

「一樹くん……」

 

 再び槍を構え直す一樹。そこで一誠がドラゴンショットを敵の神器使いに撃ち込む。

 しかし、敵は自分の影を操って壁にする。そこで衝突する筈だった魔力砲と影。

 撃ち抜くと思っていた一誠のドラゴンショットを敵の影が飲み込んだ。

 

「はぁっ!?」

 

 想定外のことに驚く一誠。吸収したと思われる一誠の攻撃。しかし突如別の場所から自分の力を感じて振り向く。

 そこにはアーシアが居た。

 

「アーシア!」

 

 嫌な予感が的中し、別の影から一誠の魔力砲が現れる。

 即座に迎撃しようとするが間に合わない。

 アーシアに直撃しようとする魔力砲。しかしその瞬間にアーシアの姿が掻き消えた。

 

「無事ですか、アーシア先輩」

 

「あ、ありがとうございます白音ちゃん!」

 

 お姫様抱っこの状態で白音に抱きかかえられているアーシア。以前ディオドラの時に使った転移で白音がアーシアを呼び寄せたのだ。

 アーシアの存在はグレモリー眷属及びオカルト研究部の貴重な生命線だ。彼女の警護は上位に優先される。

 アーシアの回復を飛ばす力も徐々に命中率を上げてきている。ここ最近、白音から苦無の投擲方法などを習っている結果とここ数日の戦闘経験によるものだ。

 味方が動くパターンをアーシアなりに覚えつつあることも命中率の上昇につながっている。

 

 敵の能力を確認するために祐斗が多量の剣を地面から生み出す。

 それらは先程のドラゴンショット同様に影が飲み込むと同時に別の影から剣が祐斗を襲う。

 予め予想していたのか即座に離れて躱した。

 

「敵の攻撃をいなして任意の影へと転移する能力か。真羅副会長の鏡同様に敵の攻撃を利用する防御系神器。厄介だね」

 

 若干嫌なことを思い出したとばかりに顔を歪める祐斗。

 他にも白い炎を扱う神器使いがイリナと交戦していた。

 

「それにしても、数が多いですわ、ね!」

 

 向かってくる怪物を魔法で薙ぎ払いながら朱乃が鬱陶しそうに呟く。

 そこで機械を手にしていたギャスパーが叫ぶ。

 

「け、検査結果出ましたぁ!あの白い炎が【白炎の双主(フレイム・シェイク)】!そっちの影が【闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)】!最後にあの青い光が【青光矢(スターリング・ブルー)】ですぅっ!」

 

「ってことはあの大鎌は神器じゃなくて魔法の武器か」

 

 ギャスパーの検査結果を聞いて一樹はポツリと呟く。

 ドワーフたちを拉致して魔法の武具を造らせていると情報が入っており、そこで入手した代物だろう。

 今最も厄介なのは影の神器だ。

 

「一樹!影に炎を放って出て来る前に爆破してみて!」

 

「あいよっ!」

 

 リアスから指示を出され、一樹は炎の球を放つ。それが影に飲まれると同時に爆発させると影を操っていたサングラスの男の影がボロボロになり、衝撃に吹き飛ばされる。

 

「影の中で爆発させた衝撃までは転移できないみたいね。そうなるとその衝撃は自分の所に帰って来る。それに影だというならこういう虚も突けるわ!」

 

 リアスが腕を上げると膝をついている影使いの影が伸び、その手足を串刺しにする。

 

「なっ!?」

 

「影に偽装して私の魔力を伸ばしたのよ。驚くことじゃないでしょう?」

 

 三大勢力の会談の禍の団襲撃でギャスパーを助ける時に行ったことだ。

 影なら自分の黒い魔力を隠れさせられると踏んで。

 

 そうしている間にも敵はその数を減らし、神器使いの光使いは一誠に。炎使いはイリナに撃退される。

 しかしそこで影から攻撃。青光矢とは違う緑色の矢が発射された。

 リアスに向けられたそれをゼノヴィアがアスカロンで防ぐ。同時にギャスパーから声が上がった。

 

「そ、それは【緑光矢(スターリング・グリーン)】ですぅ!」

 

「まだいるか。隠れてこちらを狙撃とは面倒だな。そっちは私と白音で潰してくる。白音、気で相手の位置を探ってくれ」

 

「了解です」

 

 白音とゼノヴィアが離れると一樹の方も決着が着いた。

 

「終わりだ」

 

 槍で両手の腱を斬って大鎌を落とさせると柄の先端を腹に入れて気絶させる。口惜しそうな視線を残しながら。

 

「くっそがぁ!!」

 

 壁に手を付きながらよろよろと立ち上がる影使い。

 意識を奪おうと一誠が動くがそこで黒い靄が男を包み、広がり、工場内を包もうとしていた。

 

 場にいた全員がその現象に怖気を覚えて距離を取る。

 その感覚はどこか覚えがあった。

 だが、相手から攻撃されることはなく、足元に魔法陣が広がる。

 それは一誠たちが見たことのない魔法陣だった。

 僅かな動揺。何が起こるのかわからず困惑と動きを止めている間に敵はその場から去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「やっと終わったな……」

 

 白音とゼノヴィアを待ちながら一樹は工場内の適当な場所に腰を下ろす。

 その間にギャスパーが敵の意識を眠らせて朱乃が冥界へと送る準備をしている。

 

「もう疲れたのか?情けねぇなぁ」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ!夜が本業の悪魔(そっち)と違って俺は生身の人間なんだよ!疲労の抜き具合だってあるだろうが!」

 

「山籠もりの時は平気だったじゃん」

 

「ずっと気を張ってるよりチマチマ襲撃される方がじわじわと疲れが溜まるんだよ!」

 

 ゴキゴキと首を鳴らしながら答える一樹にリアスが苦笑して答える。

 

「でもそろそろ襲撃も収まるだろうってアザゼル先生は予想してるわ」

 

「どうしてですか?」

 

「彼らは世界各地を似たような手段で襲っている。ほとんどが敵の捕縛や倒すのに成功しているからそろそろ人員的に限界だろうって」

 

 そこでゼノヴィアと白音が戻ってくる。

 

「倒したぞ。負傷はさせたが死んではない」

 

 そう言って魔法陣の中に無造作に放り込む。

 襲撃してきた者たちは戦闘を終えると禍の団に所属していた時の記憶がすっぽりと抜け落ちるように術を仕込まれているらしく、冥界に送っても大した情報は得られない。

 記憶を戻すのもかなり難しいらしい

 その術式を作った者は間違いなく高位の術者だとアザゼルがぼやいていた。

 

「しかし、町を壊さずに敵を撃破って超攻撃特化の俺たちにはキツイな。だからって町を壊すわけにはいかねぇけど」

 

「仕方ないよ。今のイッセーくんが全力を出したら町が壊れてしまう。最近は一樹くんも炎を使うのを控えてるしね」

 

「それもレーティングゲームへの訓練だと思えばいいわ。一度、痛い目を見てるし。幸い、今のところそこまで強力な刺客も現れていないしね」

 

「ですけど、面倒なことになりましたね。徐々に特殊な神器使いが増えています。僕たちの戦闘データが敵側にもたらされて研究されています」

 

 祐斗の言葉に皆が押し黙る。

 今回の影使いのように厄介な能力者が増えてきている。その敵を取り逃がしたことも痛い。

 それに今はまだ格下ばかりだからいいが、これが同等以上の実力者が現れるとどうなるか。

 そこでイリナが発言する。

 

「でも、色々とおかしいですよね?私たちの戦力を研究にしても効率が悪いと思うんだけど」

 

「どういうことだ、イリナ」

 

「私たち、今回影使いを逃がしたことを除外すれば敵を全て捕縛してるわよね?」

 

「そうですわね。あの異形も最初は研究のために冥界に送っていたくらいですし」

 

「こっちのデータが欲しいなら2、3回データを取れば充分だと思うの。でも色々な敵を小出ししてくるだけでなにがなんでもこっちを潰そうって意志は感じられないのよ。それに神器使いをあんな使い潰す感じに派遣するのにも疑問が残るわ」

 

「本命は別にあると?」

 

「はい。はっきりとは言えませんけど、神器使いが多いことからそっちの実験をしているように感じます。それに確かに駒王町は駒王協定が決まった重要な町ですけど敵からしてそう何度も襲撃をかけるほど旨味のある場所とも思えないんです」

 

 もし悪魔を滅ぼすならこの町ではなく、もっと戦力が乏しい冥界へのルートがある町へ襲撃をかければいい。

 駒王町は三大勢力から支援を受けている上に戦力としても上級悪魔クラスかアザゼルなどそれ以上の力の持ち主が多い。そんなところへわざわざ倒されること前提で襲撃するなどとイリナは言いたいのだ。

 

 そこで祐斗が渋い顔をして呟く。

 

「禁手……」

 

「え?」

 

「もしかしたら敵は僕たちと戦闘経験を積ませることで神器使いを禁手へと至らせようとしているのではないでしょうか?」

 

「な、なんでそんなことを!?それに俺たちと戦ったくらいで禁手に至れるモンなのか」

 

 祐斗の仮説に驚く一誠。

 

「イッセー。私たちは色々な意味で特異な存在よ。貴方の赤龍帝の力を始め、様々な出自や能力者が集まっている。ソーナのチームを含めてね。彼らからしたら私たちとの戦闘は格好の経験値稼ぎなのかもしれないわ」

 

「俺たちは○ぐれメタ○かよ!?」

 

「だけどイッセーくん。あの影使いが転送される前に感じたあの反応。覚えがないかい?」

 

 それは祐斗が聖魔剣に目覚めた時のこと。一樹からすれば一誠が禁手に目覚めた時のことか。

 確かに能力の増大というより進化しようとしていたように思えなくはない。

 

「どれほど多くの神器使いが潰れてもひとり至れればそれでいい。複数の仲間が居るのも味方が倒れればそれが引き金で禁手へと至れる可能性がある訳ね。最低の発想だわ」

 

 吐き捨てるように呟くリアス。その場でこれ以上の議論は意味が無いと判断して一度部室に戻ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部室に戻るとアザゼルが待っていた。

 

「よう。今回もご苦労さん。どうだった?」

 

「いつも通りってところね」

 

「だろうな。いやぁ冥界側に尋問を任せて良かったぜ。こっちは報告を待つだけでいいからな」

 

 本気とも冗談ともつかない台詞。しかし一同はもうそんなアザゼルの言動に慣れてしまいリアスは苦笑して肩を竦めるだけに留まる。

 そこで先程の議論をアザゼルに報告すると彼は腕を組んで難しい顔をする。

 

「それは俺も感じていた。各勢力からの報告でも逃げ帰った神器使いは全て消える瞬間に異常な反応を見せたそうだ」

 

 貴重な神器使いをそのように扱う禍の団に苛立ち、アザゼルは煙草を吸う。

 

「一応その件に関してもサーゼクスやミカエルたちと話し合ってみるわ。俺もちょっと別件でそっちに手が出ねぇし、襲撃に関してはこれまで通り頼む」

 

「別件?」

 

「あぁ。実は数日後。オーディーンが三大勢力(俺たち)と本格的な協定を結ぶために駒王町を訪れることが決定した。明日にはリアスにも通達されるはずだ」

 

「オーディーンさまが!?」

 

 アザゼルの発表に皆の目が見開かれる。

 

「今までは禍の団の件でとりあえず協力するだけだったがこの協定が無事終わればテロリストに対する北欧の足並みが揃うばかりでなく技術交流なんかも行われるはずだ。今まで自分たちの陣地に引き籠ってたくせにオーディーンのじいさんも思い切ったことをしやがったぜ」

 

 先程と違い上機嫌で話すアザゼル。

 

「そんなわけで、流石にもう落ち着くだろうが禍の団のほうは頼む。俺はじいさんを出迎える準備をせにゃならん」

 

「そういうことならわかったわ。こっちは任せてちょうだい」

 

 そこで解散になり、各自家に帰ろうとするとやたらと上機嫌な朱乃にリアスが話しかける。

 

「朱乃、どうしたのかしら?何かいいことあった?」

 

「えぇ。実は明日の日曜日、イッセーくんとデートですの。以前の約束、ようやく果たしてもらえますわ」

 

 ディオドラ戦で朱乃の力を引き出すために一誠が行った約束。

 しかし、ここ最近テストやら何やらで忙しく、あとであとでになってしまった。

 幸い明日はソーナたちがテロリストへの対応を代わってくれるという話もデートの決まりの後押しになった。

 

 皆の視線が一誠へと移ると本人はたいそう居心地が悪そうに部室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではオーディーンの来訪は日本神話との会談とありましたが、今作では三大勢力に変更しました。
日本神話と会談するのに護衛は堕天使勢にぶん投げな上に会談相手も出てこないから話が書きづらい。


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57話:あなたの好みは?

「仙術ってすげぇのな。もう完全に疲労が抜けたぞ!」

 

「疲れてるなら最初から言って。これくらいならいつでもやってあげるから」

 

 調子を見るために肩や首を回す一樹に白音が呆れたように言う。

 

 昨日、一樹が疲れていることを聞いた白音が仙術で疲労回復を行った。やや離れた場所にいたがそこは猫魈。人間とは聴力が違う。

 

 マッサージ込みで行われた気の流れの整理はここ最近で1番身体の調子が良くしてくれた。

 ちなみにその時、黒歌がやってあげようか?とニヤニヤして訊いてきたが後ろから白音の威圧感が半端なかったため断った。

 

「将来、その特技を活かしてマッサージ屋でも開いたらどうだ?繁盛するかもよ」

 

「知らない人にするのはイヤ」

 

「左様で」

 

 いいアイディアだと思ったんだけどな~と呟く一樹。

 んじゃ行くかと2人で町に出かける。

 最初は町中にある眼鏡屋に足を運んだ。

 これは2人のどちらかの視力が落ちたとかではなく伊達眼鏡。所謂オシャレ眼鏡を見に来ただけである。

 一樹は試着可能な眼鏡を取って着けてみる。

 

「どうだ、白音。ちったぁ、大人っぽく見えるか?理知的な」

 

 ちょっと期待して訊いて見ると白音は少し困ったように笑う。

 

「その、どっちかっていうと、さらに子供っぽく見える」

 

「……そっか」

 

 ちょっと傷つき、一樹はそっと眼鏡を戻した。

 その後、参考書や趣味の本を購入したり、そろそろ衣替えになるため服を見て回ったりとして過ごした。

 

 そうして町を2人で歩いていると何かが勢いよく横切ってきた。

 

「ビックリした!猫かよ」

 

 猛スピードで横を通過した猫に驚きながら白音はポツリと呟く。

 

「首輪とかしてなかったから野良じゃないかな」

 

「野良かぁ」

 

「どうしたの、いっくん?」

 

 何か引っかかるもの感じたのか動きを止める一樹に白音は首を傾げる。

 

「いや、ガキの頃に野良猫を2匹拾ったのを思い出してな」

 

 一樹の言葉に白音の体がピクッと跳ねる。

 

「今の猫くらいのサイズの黒猫とすっげぇちっさい白猫でな。家族で出かけてた時に偶然見つけてな。黒い方がちょっと怪我しててさ。親を説得して車で家に連れ帰って手当してそのまま家で飼うことになったんだよ」

 

「………………」

 

「もっとも知っての通り家が火事になっちまって、それからどうなったのかわかんねぇんだけどな。俺もその後に色々とあって忘れてたし。出来れば生きていてくれればいいとは思うけど。もっとも、つい最近まで忘れてた俺なんかにもう拾われたくないだろうけどな」

 

 最後に冗談めかして笑う一樹に白音は後ろから抱きついた。

 

「いきなりどうした、白音?」

 

「そんなことない。きっとその猫たちは感謝してる。今でも忘れずに。だってその子たちはきっといっくんに拾ってもらって嬉しかった筈だから。だから……」

 

 僅かに声を震わせる白音に困惑する。ちょっとした雑談で話したことにここまで反応されるとは思ってなかったのだ。

 どうしたもんかと悩んでいると一樹は怪しい集団を目撃した。

 

「部長たちだよな、アレ?」

 

 その怪しい一団はオカルト研究部の朱乃を除く女子たちだった。

 何故か彼女たちは私服で4人で電柱に隠れて?いる。

 見るからに怪しい集団に白音は一樹から体を離して関わりたくないオーラを出し始める。

 しかしそんなわけにはいかず、恐る恐る話しかける。

 

「どうしたんだ、あんたら?」

 

『ひゃあっ!?』

 

 一樹が話しかけると4人は驚いた声を上げる。

 

「い、一樹!?おどかさないで!」

 

「何をしてる――――あぁ、アレか」

 

 リアスたちが見ていた視線の先に気づいて彼女たちが何をしていたのか察する。

 

「人のデートの監視とか趣味悪いですよ?」

 

「か、監視してるわけじゃ……」

 

 言い淀むリアス。アーシアとイリナもバツが悪そうに視線を反らす。

 

 その中でゼノヴィアだけはいつも通り堂々としている。

 

「うん。だけど2人のデートを観察することで自分の番が来たときに参考になると思ったんだが。ダメだったか?」

 

「ほら、それに私たちもちゃんと隠れてるし、ねぇ?」

 

 イリナの言い訳に一樹は眼を細める。

 

「いや、隠れてねぇから。向こうも気づいてるから。そしてどうして良いと思ったゼノヴィア」

 

 溜め息を吐いて呆れる一樹。そこで一誠と目が合う。

 そこで悪い、任せたと言うように手を合わせる一誠に一樹は更に溜め息を吐く。

 後でなんか奢らせようと心に決め。

 

「とにかく、デートくらい2人きりにさせてやれよ。折角なんだし。自分がやられたら、嫌だろ?」

 

 一樹の言葉に4人が顔をしかめる。

 どうやら罪悪感くらいはあったらしい

 

「で、でもぉ……」

 

 なおも反論しようとするアーシア。この中で1番一誠への好意が強いためだろう。

 だからと言って今の行動が肯定される訳ではないが。

 

「ま、詫びってわけじゃないが、そこの喫茶店で甘いものでも奢ってやる」

 

 親指で近くの喫茶店を指差す。

 そこまで言われて女性陣もデートの尾行を断念せざる得なかった。

 

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。それにしても意外ね。一樹は一誠を嫌っているようだから積極的に邪魔するかとも思ったけど」

 

「失敬な。俺が嫌ってるのはアイツの変態性であって誰と付き合っていようと干渉する気は無いですよ。面倒だし」

 

 肩を竦めて一樹は喫茶店へと促した。

 

 

 

 

 

 喫茶店に入り、それぞれが注文を取る。

 

「それにしてもよかったんですか?ご馳走して頂いて」

 

「気にすんな。最近、色々とデバってるおかげでアザゼルさんから特別手当とかって言って金貰ってるから。宵越しの銭は持たねぇってな」

 

 アーシアの質問に苦笑いで答える一樹。

 ここ最近、町の防衛の為に戦っていることからアザゼルから高校生には過ぎた額を小遣い感覚で萎縮するような金額を貰っている。

 一樹としてもそんな額が手元に有っても困るので基本貯金しているのだが使えるのなら遠慮する気はなかった。

 

「そういうことなら遠慮なく!教会から支給される額って高校生のバイトとそう変わらないのよね。と言っても、将来の貯金に回されているだけで相当な額が振り込まれてるんだけど」

 

 命懸けの退魔師(エクソシスト)や転生天使になったイリナは相当額を稼いでいるのだが、その給金は両親に握られて一カ月に使えるのは高校生の割のいいバイト程度だ。

 アーシアたちも同様。彼女らは悪魔稼業の呼び出しで上下するが下級でしかない悪魔では給金が高いとは言えない。

 

 ちなみに一樹は両親の死後、高額の保険金やらが入ったがその後、引き取られた叔母に結構な額を使われた。今は大学を決めるまではアザゼル紹介の弁護士に預けており、そこから月の小遣いを振り込まれている。

 

「それで、なんで2人の尾行なんて始めたんだ?」

 

 運ばれたケーキにフォークを通しながら質問する。

 

「う……だって気になるじゃない?もしイッセーが朱乃を傷付けたらとか……」

 

「過保護ですね……でもその心配は杞憂だと思いますよ?あいつが自分に良くしてくれる女に手を出せるほどの度胸があるとは思えません。暴力的な意味でも性的な意味でも。だってヘタレだし」

 

 それでいて覗きやら洋服破壊(ドレス・ブレイク)とかはできるんだから一誠の異性に接する基準がいまいち理解できないのだが。

 話を聞けば一応祐斗が止めたらしいのだが聞く耳持たずだったらしい。

 

「そ、そういえばお2人はどうして外に?もしかしてデートですか!?」

 

 それなら邪魔して悪かったと思ったのか気まずそうに顔を歪める。

 

「私たちはいっくんの修学旅行の準備とあとは学園祭の出し物の案は何かないか散策してただけです。あとは衣替えの準備とか」

 

「あら、学園祭の?何かいい案が出たのかしら?」

 

「そこは次の会議で話します。期待されると恐縮ですが」

 

 実際、町を見て回って学園祭を意識して見るとそれなりに使えそうな案はあった。もっとも、あくまでも目的のひとつで熱心に案を探していたわけでもないのだが。

 

 そこでリアスが口元を吊り上げる。なにか一樹にとって良くないことを考えているようだ。

 

「ところで一樹。貴方の好みってどんなのかしら?」

 

「……ミルフィーユとかパイみたいにサクサクとした食感の菓子が好きですよ。あとコーヒーと紅茶だったらコーヒー派―――――」

 

「そういうことを訊いてるんじゃないのだけれど……」

 

「わかってますよ。異性でしょ?なんだって俺の好みなんて……」

 

 リアスの質問に女性陣の目が輝く。

 隣に座っている白音もチラチラと横目で見てくる。

 

「だって気になるじゃない?一樹だってそういうことに興味が無い訳じゃないんでしょ?」

 

「まぁ、俺も高校生ですしね。兵藤みたいに前面に押し出すつもりは無いですが、まったく興味がない訳ではないですよ」

 

「でしょう?でも一樹の異性の好みって予想が立てられないから気になって」

 

「野次馬精神じゃないですか」

 

 呆れて息を吐く。しかも他の少女たちまで乗って来た。

 

「わ、私も興味あります!も、もし良ければ教えてほしいです!!」

 

「イッセー以外の男性でそういう話を聞く機会がないからな。良ければ参考までに聞きたい」

 

「そうよね!私も聞いてみたいわ!」

 

 周りの熱烈な視線と勢いに若干及び腰になるが、気を取り直して自分の好みに関して考える。

 

「そうだなぁ。家庭的というか、料理が上手くて一緒に居て安心する人、かなぁ」

 

『…………』

 

 本人は割りと真剣に考えて答えたのだが周りの反応は微妙の一言だった。

 

「それだけ?ほらもっと容姿とかについては!?」

 

「なんでだよ……身体目的でセフレの好み訊かれたわけじゃないんだから。見た目が良ければ良いとは思うけどそこまで重要視することか?」

 

 イリナの言及に一樹は首を傾げる。

 

「どんなに見た目が良くても中身が合わないなら長続きしないだろ。まぁなんだ。男なんて単純だから美味い飯作って待ってれば金持って女の所に帰って来るんじゃないか?容姿なんてそこまで重要な基準じゃないだろ」

 

 特に良い恰好しようとしている様子もなく自然とコーヒーを啜る一樹にリアスは質問を重ねる。

 

「ちなみに合わないと思う性格って?」

 

「男をATMとしか思ってない女とか。弱い立場だと認識した途端に虐めとかする女とか?」

 

「それは合う合わない以前の問題じゃないかしら?」

 

 一樹の言う極端な例に脱力するリアスとイリナ。

 もし一誠に同じ質問をすれば『綺麗でおっぱいの大きい女性です!』と堂々と宣言するだろう。この2人は本当に両極端らしい。

 そう思っていると一樹はフォークの形を歪ませんばかりに握力を入れる。

 

「そうだよ。人が熱だして寝込んでんのに看病するどころか隣の部屋に男連れ込んで盛ってたり。人が作った飯が気に食わねぇからって雪玉みたいに投げつけたり。終いには人の両親が残してくれた金を散々使いやがってあんのババァッ!!」

 

 臓腑から絞り出すような声にリアスたちは顔を引きつらせる。何故か一樹の背後にどす黒いオーラが見えたような気がした

 

「ちょ!?落ち着きなさい一樹!」

 

 リアスに話しかけられて一樹はコーヒーを一気に飲み干して話を区切る。

 

「まぁとにかく俺が言いたいのは見た目ばっかりで中身が伴わない相手は御免被るってことです」

 

 ハッハッハ!渇いた笑いをする一樹に周りは過去に何があったと聞きたくなったがその雰囲気から口に出せずにいた。

 そこでゼノヴィアがリアスたちとは別の疑問を質問する。

 

「ところで気になったのだがセフレとはなんだ?」

 

「わ、私もわかりません!教えてください!」

 

「あぁ、セフレってのはセック――――――」

 

「止めなさい!」

 

「アーシアさんたちに何を教えようとしてるの!?」

 

 リアスが言葉で止めてイリナが口を塞ぐ。

 

「今時高校生にもなってセフレの意味を知らないほうがアレだろうに。なら、少しボカシて教えれば問題ないでしょう?」

 

 コホンとわざとらしく咳払いして営業マンがするようなとてもいい笑顔で説明する。

 

「兵藤の奴が女性と欲してる関係だよ。あいつに言ってみるといい。『今日からあなたのセフレになりたいです!』とか。きっと涙ながらに喜んで―――――」

 

「止めなさい!」

 

 パシンとリアスが一樹の頭にどこからか出したハリセンを落とし、胸ぐらを掴む。

 

「最近ただでさえ朱乃とアーシアが火花を散らしてるのに余計な爆弾を放り込むのは遠慮してもらえないかしら?」

 

「手っ取り早く三角関係を終わらせる名案だと思ったんですが……ダメですかね?」

 

「というか女の子に自然とセフレの意味を説明できることに引いたわ……」

 

 頭が痛くなってきた2人は大きく息を吐く。

 しかしそこでアーシアが考え込むように唸る。

 

「よ、よくわかりませんけどイッセーさんが欲しがってるなら……」

 

「ダメよ!アーシア!今の一樹の説明は忘れなさい!」

 

「そうよアーシアさん!仮に泣いてもそれはきっと喜びじゃないから!自分を安くするようなことはやめて!」

 

 リアスとイリナに説得されてアーシアが頭に疑問符を浮かべながら頷く。

 後日、ゼノヴィアが本当にイッセーのセフレになりたいと宣言して騒ぎが起きるのだがそれは別の話である。

 

 

 

 

 

 やや脱線した話を修正して一樹に話題を戻す。

 

「とにかく!一樹の好みは家事が得意で一緒にいて安心できる相手ってことね!」

 

「そうなりますね」

 

「それなら―――――」

 

 4人の視線が一斉に白音へと集まる。

 

「良かったわね白音!もうリーチがかかってるじゃない」

 

「訳が分かりません」

 

 パフェを食べながらプイッとそっぽ向く白音。それに女性たちが温かい目線を送る。

 そこでリアスの携帯が鳴った。

 

「イッセーから?どうしたのかしら?」

 

 朱乃とデート中に連絡とは。もしかして余程のことが起きたのかと急いで電話に出る。

 

「イッセーどうしたの?朱乃とのデートは……?えぇ……え?えぇっ!?」

 

 どんどん驚いた顔に変化するリアスに皆が首を傾げる。

 そして繋がれた次の言葉に皆が口を開けた。

 

「オーディーンさまが駒王町に来ているですってっ!?」

 

 どうやら平和な休日は終わりを告げたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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58話:北欧の主神来訪とアザゼルの提案

 あの後すぐに一誠たちと合流したリアスたちはそのままオーディーンと護衛役のヴァルキリーを連れて兵藤家へと案内した。

 そして堕天使側の護衛として黒歌と朱乃の実父であるバラキエルも居た。

 しかし朱乃の方は父であるバラキエルと目を合わせようとせずにただ目を瞑って黙している。不機嫌なオーラを隠そうともせずに。

 

 オーディーンと護衛役のヴァルキリーにリアスがお茶を出すと北欧の主神はホッホッと笑う。

 

「いやぁ相変わらずデカいのぅ!そっちの女王もじゃ。アザゼルの側近の猫娘も。眼福眼福!」

 

 第一声がこれである。皆が色々な意味で不安がるのは致し方ない。

 そんな主神をヴァルキリーが諫める。

 

「オーディーンさまこれから会談を行おうとする相手の身内にそのような態度はお止めください!問題になりますし、私たちの品位も疑われます!」

 

「堅いのぉ。せっかくこれだけ美人揃いが集まってそれを評価せん方が失礼じゃて。こやつは儂の御つきのヴァルキリーで名は―――――」

 

「ロスヴァイセ、と申します。会談を行うまでの間、お世話になります」

 

 礼儀正しく礼をするロスヴァイセと名乗るヴァルキリー。

 会談の日程までオーディーンたちは兵藤邸に寝泊まりすることとなった。

 

「彼氏いない歴=年齢の生娘じゃ」

 

「それはこの場では関係ないじゃないですか!?わ、私だって好きで恋人がいない訳じゃ……」

 

 顔を真っ赤にしたと思えば急に落ち込んだように涙ぐむヴァルキリー。しかし年齢的にリアスなどとそう変わらないのに気にすることだろうか?恋人がいない事なんて?

 

「戦乙女業界も厳しくてのぉ。下からは高嶺の花扱いで上は堅物だらけで下に手を出す気概なんぞないわでヴァルキリーの結婚率は低くてのぉ。それも近年勇者を招くこともないからヴァルキリー職自体縮小傾向もあってな。こやつも儂のお付きになるまで隅に居たくらいじゃし」

 

 ちなみにオーディーンのお付きになったヴァルキリーは主神からのセクハラや弄りに耐え切れなくなって転勤願いを出す者も少なくない。しかしロスヴァイセはその生真面目さから職を投げることを許さずに堪えていることで周りの評価はかなりのモノだったりする。

 

 そこでアザゼルがガシガシと髪を掻く。

 

「じいさん。アンタが日本に来日するのはもう少し先だったはずだぞ。早く来るなら来るで連絡くらい入れろよ。いきなり来たなんて連絡が来てこっちは何にも準備できてねぇんだから」

 

「すまんのぉ。ちょいとわが国で厄介事というか厄介な奴にわしのやり方を批判されてのぉ。それでそ奴に余計な茶々を入れられる前にこっちに着きたかったのと攫われたドワーフたちの捜索にお主らの力を借りたいという理由もある」

 

「確かにドワーフたちが作った武具は神器に引けを取らねぇ。いや安定性という点なら神器よりも扱いやすいか?もちろんそれ相応の使い手が居ればだが」

 

「然り。それにしても神器と言えばアザゼル。ここ最近こちらに攻めてきた神器使いが何人か禁手に至った者がおる。あれは一部の神器を除いて稀有な現象と聞いたんだがのぉ」

 

「あぁ。その認識で間違っちゃいねぇよ。ただテロリストどもの強引かつふざけた方法で禁手に至る奴が増え始めてる」

 

 吐き捨てるように答えるアザゼルにリアスがやはりと言う視線を送った。

 

「お前たちの考え通り下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦だよ。あいつら、神器使いを各地に襲撃させて禁手に至ったら魔法で強制的に帰還させる。必要な兵といらない兵を判別する意味でも都合がいいんだろうがな。だが実際はそれをやれば各勢力から大目玉を喰らっちまう。もし俺が研究のために同じことをしていたら間違いなく駒王協定は結ばれなかっただろうさ」

 

 忌々し気に話すアザゼルそこで一誠はある疑問が起きる。

 

「俺は禁手に至るために散々ひどい目に遭ってきましたって顔だなイッセー」

 

「そうですよ!ドラゴンに山で追いかけられたんですよ!死ぬかと思いましたよ!」

 

「二天龍の神器は比較的禁手に至りやすいんだよ。だから刺激を与え続ける必要があった。それにお前は白龍皇のヴァーリに狙われてるんだぞ?チマチマ修業してあっさりと実戦で殺されるくらいなら訓練の密度を上げるべきだったんだ。アレが無けりゃ、お前は未だに禁手へと至れなかっただろうしな」

 

 アザゼルの言い分に一誠は口を噤む。

 確かにあの山籠もりが無ければ一誠は未だに禁手へとは至れなかっただろう。だからと言って納得できることではないが。

 

「そう言った方法を取れるのもテロリストならではだな。襲撃してきた神器使いは洗脳処置までされてたって話だし。まったく、英雄派が聞いて呆れるぜ」

 

「それってどんな集団なんですか?」

 

「幹部どもは主に神話や歴史上に存在した英雄の子孫やら生まれ変わりなんかを自称してる連中だ真実(ホント)かは知らんがな。それが神器使いを集めて各勢力を襲ってるわけだ。ったく!前回ので旧魔王派が大人しくなったと思ったらこれだ!」

 

 英雄派の説明を聞いて一樹の表情は変わらないが掴んでいる腕に力がこもる。

 それを白音は心配そうに横目で見ていた。

 

「その英雄派が禁手に至った神器使いで何をしようとしているのかが問題じゃが、ここでそれを論じても致し方あるまいて」

 

「わぁってるよ!だがそっちが早く来過ぎたせいでまだこっちの会談の用意が済んでねぇ。それまでにこの町限定だが観光でもどうだ?どこか行きたいところはあるか?」

 

 アザゼルの提案にオーディーンはニヤリと笑う。

 

「おっぱいバブに行きたいのぉ」

 

「ははは!流石は北欧の主神殿。話がわかる!なんならここらの界隈で神の子を見張る者(うち)で経営してる店や俺のおすすめの店に招待してやろうか!?」

 

 さっきまでの真面目な話はどこへやら。急に風俗店の話題が展開されて周りは困惑か軽蔑の眼差しを2人に送る。

 それでも全く堪える様子を見せないのが組織のトップが持つ鋼の精神力かもしれない。

 

「せっかく日本に来たんだ!着物の帯をくるくるするか!あれは日本に来たら一度はやっておくべきだぜ!おいでませ!和の国日本ってな!」

 

「アザゼルさんの言う和の国っていったい……」

 

 ハイテンションな組織のトップ2人にロスヴァイセが顔を赤くして立ち上がる。

 

「オーディーンさま!私もついて行きますっ!」

 

「ん?なんじゃ?お主もおっぱいバブに行きたいのか?男を作らんと思ったら実はそっちの―――――」

 

「違います!?オーディーンさまが会談前に問題を起こさないか見張る為です!というかいい加減名誉毀損で訴えますよ!」

 

 そんな感じで退室する北欧2名とアザゼルに残ったみんながリアスに指示を求めるがその前にバラキエルと黒歌が話す。

 

「オーディーン殿の護衛は基本私たちで行うが君たちの力も借りることとなるだろう。場合によってはシトリー家の方も。よろしく頼む」

 

「そっちは今までと変わらずに学生生活を楽しんでいればいいわ。最近忙しくて疲れてるでしょ?」

 

 頭を下げるバラキエルとあくまでもリアスたちはもしもだという黒歌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。神器使いたちの強襲も収まり、オーディーンの護衛に呼ばれることもなく。稀に家でオーディーンがリアスや朱乃などにちょっかいをかけてロスヴァイセが顔を赤くして謝ったりしながら日々は過ぎていった。

 その間にグレモリー眷属は冥界のおっぱいドラゴン乳龍帝のイベントに参加したりとしていた。

 そしてそれも一段落し。

 

「ふっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

 そこはアザゼルとサーゼクスが用意してくれたトレーニングルームだった。

 レーティングゲームの技術を用いて作られたその空間は広い場所での訓練を欲していたオカルト研究部にとってとてもありがたい訓練場だ。

 ディオドラ戦での功績から与えられることとなった。

 

 そこで一樹と祐斗は互いの獲物をぶつけ合う。

 

「まったく。本当に驚異的な成長速度だよ!ちょっと自信なくなっちゃうなっ!」

 

「言ってろ!さっきから楽々と俺の攻撃を躱してるくせによ!」

 

 まだ速度では祐斗には敵わない。しかし動かず向かってくる祐斗に防御に徹すれば防ぎきることはできる。

 

 先程からヒット&アウェイを繰り返す祐斗にイライラしながらも勝機を待つ。しかし向こうが手法を変えてきた。

 

「ならこれででどうかな!!」

 

 突然聖魔剣から冷気が噴出し、一樹の足を凍らせて動きをさらに制限させる。

 

「冷気を放つ聖魔剣だよ!能力のほうにソリースを割いてしまうから強度が下がるのが難点だけどね!」

 

「わざわざばらして余裕じゃねぇか、おい!だけど嘗めんな!」

 

 一樹は足から炎を噴出させ、氷を解かすとそのまま足を蹴り上げる。そのまま駒のように体を回して矛を燃やした槍を振るいながら炎をまき散らす。

 一樹自身を覆うように広げられた炎陣に祐とは距離を取るが、中で跳躍した一樹が祐斗に槍を振り下ろす。

 一度それを弾かれ、着地すると同時に一樹と祐斗が同時に己が刃を敵へと向ける。

 そして速く刃が触れたのは―――――。

 

「そこまでですぅ!制限時間が来ましたぁ!ストップですよぉ!」

 

 ギャスパーの声に2人は自分の手を止める。お互いの喉元に刃が触れた状態で。

 

 

 

 

 

「正直、一樹くんの相手をするのがどんどん辛くなってきたよ。訓練になって嬉しいけど」

 

「こっちの攻撃、全部避けといてなに言ってんだか」

 

 2人でスポーツ飲料を飲みながら先程の模擬戦の反省会をする。一誠も近くで筋トレをしてギャスパーはアザゼルが作ったロボットを相手に神器の制御訓練に勤しんでいる。

 

「一樹くんの炎にしろ鎧にしろ悪魔にとって天敵である聖なる力を放ってるからそれだけで動きが鈍るんだよ。最近は慣れたと言っても体に耐性が付いたというより我慢できるようになったっていう根性論だし。僕やゼノヴィアの場合聖剣の適性もあるから他の悪魔よりは耐性があるんだろうけど」

 

「そんなもんか?こっちはお前が聖魔剣に能力を付与されるようになってどんな能力かわからないと近づき難いな。それにスピードでもこっちは止まってカウンターを狙おうにも防ぐのだけで精一杯だ。空を飛ばれたら炎で撃ち落とすしかねぇし」

 

 そうして話している間にも筋トレを続ける一誠に祐斗が苦笑する。

 

「張り切ってるねイッセーくん。正直、もう体力で君に勝てる気がしないよ」

 

「ドライグの力は消耗も激しいからな。少しでも体力をつけて長く戦えるようにしねぇとさ」

 

「頑張るな。なんかあったか?」

 

「……冥界の子供たちに握手やサインなんかをしたときにさ。子供たちがすっげぇ喜んでくれたんだ。ちょっとポーズ取っただけではしゃいだりさ。そんな子供たちの期待を裏切って情けない戦いを見せたくねぇんだ。次のサイラオーグさんとの試合が決まったら、今の俺じゃきっと太刀打ちできない。だから限られた時間で少しでも強くなっとかねぇと」

 

 理由はどうあれ。兵藤一誠が冥界の子供たちのヒーローとして認識され始めていることには違いない。だからその期待に応えたいと一誠はひたすらに訓練に励む。

 

「それにサイラオーグさんも魔力が無くてもこうした地道なトレーニングで次期当主の座や若手最強っていう評判を手に入れたんだ。だったら俺に同じことが出来ないなんて言えないだろ。俺にできることはこうして馬鹿みたいに訓練を続けることだけなんだから!」

 

 そんな風に話していると話題はレーティングゲームのチーム戦に替わっていく。

 

「龍殺しの力を持つ敵が現れたら他が担当するけど他の相手はイッセーくんが相手にするだろうね。ギャスパーくんは誰かと組んで行動することが無難だと思う。最近は能力の制御も上達してきたし、そろそろレーティングゲームでも使用許可が下りるんじゃないかな?」

 

「そうなったらギャスパーの力は心強いな!敵を止めて倒せばいいだけなんだから!」

 

「あ、あんまりプレッシャーをかけないでくださいぃいいいっ!?でも頑張りますぅっ!!」

 

 自分に話を振られて絶叫しながらも頑張ると宣言できるようになったギャスパーも一誠たちと出会った頃より大分逞しくなったのかもしれない。

 以前ならここで段ボール箱に引き籠ってしまっていただろう。

 

「とにかく。僕たちは単体じゃなくてもっとチーム戦に慣れないとね。特にイッセーくんは後々にリアス部長の下から離れて王として上級悪魔に昇格するのが目的なんでしょう?なら、しっかりと戦術を組めるように勉強をしないと」

 

「う!そうだよなぁ。王になるんならそこら辺もしっかり勉強しないとな。まぁ上級悪魔への昇格自体まだ夢のまた夢だけどさ」

 

 そうして話しているうちにアザゼルがひょっこりと現れる。

 

「よぉ、やってるな」

 

「アザゼル先生……」

 

「差し入れだ。女子部員からのな」

 

 広げられたのはおにぎりやサンドイッチなどの手で食べられるものとお茶だった。

 軽く手を洗って全員が手短にある食べ物を手に取る。そこでアザゼルが一誠に話しかけた。

 

「しかしイッセー。お前も随分と鍛えられてきたな。体つきがだいぶ逞しくなったぜ」

 

「これくらいしないと最強の兵士にはなれませんから!部長の所からひとり立ちするまでにそれを叶えたいんです」

 

「そういやお前、独立したらアーシアとゼノヴィアを連れて行くんだってな」

 

「えぇ、まぁ。アーシアとはずっと一緒にいるって約束しましたし、ゼノヴィアと一緒にいるのも楽しそうだなって」

 

「だがな、一誠。お前が王としてゲームに立つなら身に付けなきゃいけないもんがある」

 

 そこで真面目な顔をするアザゼルに一誠は首を傾げる。

 

「わからないか?それはゲームに勝つために味方を犠牲にする覚悟さ」

 

「……ずいぶん難しいことを言うんですね」

 

「必要なことだぞ。人間の格闘技でもそうだが、敗けて敗け続ける奴はすぐにそっぽ向かれちまう。それはレーティングゲームでも同じだ。自分の眷属を大事にすることは美徳だが、そればかりで駒を守ろうとするんじゃ王としてレーティングゲームで立ち続けることはできないぜ」

 

 アザゼルの問いに一誠は黙りこくる。今の彼に答えられる回答は用意できなかった。

 

「イッセー。言っておくがレーティングゲームはあくまでも試合だ。実戦なら仲間を助けることは大事だが、ゲームでは味方を犠牲にする覚悟も必要だ。仲間を見捨てないと認識されれば必ずそこを突かれる。そうして戦術を組まれればお前がゲームで勝つことは不可能になり、試合を組んで貰えなくなるか、敗けること前提で試合を組まれることだってある。そうなればお前だけじゃなく、卷属たちも惨めな思いをすることになる。だからレーティングゲームではデビュー仕立てがもっとも重要なんだ。お前たちがリアスを勝たせるために自分を犠牲にできるように、お前も自分が勝つために仲間を犠牲にする覚悟を持ち、持たせろ。それが王の役割だ。実際リアスもその覚悟を持ち始めつつあるからな」

 

 アザゼルの説明にイッセーは目を瞑り、開くと裕斗とギャスパーに向き直る。

 

「部長が俺たちを犠牲にする覚悟を決めるんなら俺たちも覚悟を決めないとな」

 

「いざという時に仲間を見捨てる覚悟だね?」

 

「あぁ!だが無駄死にはすんなよ!全力で足掻いてその上で笑って残りの仲間に勝利を託してリタイヤしようぜ!」

 

「はい!全力を出し切って、ですね」

 

 そうして結束を固めるグレモリー眷属の男子たちに笑みを浮かべながら何かを思い出したかのように一樹へと話を振る。

 

「なぁ一樹、お前、レーティングゲームに興味ねぇか?」

 

「は?なんですか、いきなり?」

 

「実はな、お前を王としてレーティングに参加させる案が出てるんだ」

 

 アザゼルの言葉に一樹は飲んでいたお茶を吹き出して咳き込む。

 祐斗たちも驚いた顔をしている

 

「ゲホッ!な、なんでそんな話に!?」

 

「前に転生天使が生まれたことからミカエルがレーティングゲームへの参加を考えているって話は聞いただろ?そうなると当然俺たち堕天使側も出場せにゃならん。だが開催されるにしても恐らく最初は俺らみたいな古株じゃなくて若い世代が中心になるだろうと考えられている。戦争を知らない世代のな」

 

「だったら姉さんでよくないですか?王になるのは」

 

「最初はあいつに言ってみたんだが、『一樹が王として参加するならいいよ~』とか抜かしやがる。他にも一応当てはあるが、お前が王としてリアスたちと戦うのも俺は面白いと思うぜ。なんなら黒歌を女王枠。白音は、プロモーションの特性を生かして兵士辺りが妥当か?とにかく他の駒も集めてゲームに参加してみねぇかって話だ何人か若い堕天使とかも入れる必要はあるがな。で、どうだ?」

 

 全員の視線が一樹に集まる。祐斗たちの意見としては賛成だ。

 レーティングゲームで彼と戦ってみたいという思いはある。

 そんな中で一樹の答えは。

 

「イヤですよ。駒集めとか面倒な。お、これ塩鯖じゃん。ラッキー」

 

 という皆の期待を背きながらうめぇと呟きながらモシャモシャとおにぎりを食っている。

 

「イヤイヤイヤ!?ちょっと待て!?」

 

「なんだよ?」

 

「ここはゲームへの参加を決める場面だったろうが!?」

 

「は?イヤだっつの。学生身分ならともかく、将来そっちの道で食ってくつもりはねぇ」

 

 断言する一樹に一誠はなにか言おうとしたがその前に畳み掛けるように続ける。

 

「俺の生活の根を張るのは人間社会だ。お前たちとこうして訓練したりバカやったりするのは楽しいけどな。でも俺は将来的にはオカルト社会(そっち)とは距離を取るつもりだ。どういう進路を選ぶかは判らないが、それは決めてる…………もっとも、今はここで関わっていたい理由があんだけどな」

 

 最後の方は全員に聞こえないように呟く。

 そんな一樹に祐斗はやや淋しそうな笑みを浮かべる。

 

「そっか。一樹くんはそう決めたんだね」

 

「あぁ。俺の人生で自分の力も含めて絶対に必要なわけじゃない。もちろん、火の粉があれば掃うけどな。社会に出た時に俺がそっちでどんな扱いになるかはわからねぇけど、人間の社会で埋もれていくつもりだ」

 

「でもよぁ。なんかもったいなくないか?せっかく強くなってるのに」

 

「高校で夢中になって打ち込んだのを将来まで活用する人間の方が稀だろ。俺にとって今の時間はそういう時間だってことさ」

 

 特異な力は人間社会に置いて必要なわけではない。制御できないのも困るから今は磨くが大人になれば封じることになるだろう。

 もしそうならないのであればそういう状況に追い込まれてしまったということだが。そうならないことを願うばかりだ。

 

 それにアザゼルは自分の頭を掻く。

 

「か~っ!お前が王になってレーティングゲームに参加すればそれはそれで面白いことになると思ったんだけどな!」

 

「勘弁してくださいよ。それに俺は王なんて柄じゃないです」

 

「まぁいいさ。気が変わったらいつでも言えよ!就職難で路頭に迷ったらとかな!」

 

「そうならないことを祈っててください」

 

 お互いに冗談を言い合いながら肩を竦める。

 そこでアザゼルは一誠へと話を変えた。

 

「ところで一誠。朱乃とバラキエルの様子はどうだ?」

 

「……正直言って良くないっすね。バラキエルさんは話そうとしてるみたいですけど、朱乃さんが一方的に拒絶してて。オーディーンのじいさんが来た日にも自分の父親じゃないって―――――ってそうだ!酷いですよ先生!?」

 

「あ?どうした!」

 

「朱乃さんのお父さんに色々と吹き込んだでしょ!俺が敵の女を見れば所かまわず服を引ん剝くだとか乳を主食にしてるだとかぁ!!」

 

 一誠の叫びにアザゼルは特に悪いと思ってなさそうな顔で答えた。

 

「いやまさかいい大人があんな話を鵜呑みにするとは思わなかったんだ。それに大抵は間違っちゃいないだろ?」

 

「違います!おっぱいは主食じゃありません!おかずです!!」

 

「だめだこいつ。早くなんとかしないと。でも既に手遅れっぽい」

 

 2人の会話に一樹は額に手をやる。

 そんな馬鹿な会話に笑いながらもアザゼルは真剣な表情をする。

 

「今回、バラキエルが出張ってきたことで朱乃は俺の話も聞かなくなるだろう。俺も昨日父親と話すことをやんわりと進めてみたが逃げられちまった。あいつは普段周りに落ち着いてる自分を見せているが精神的にお前らの中でも特に弱い。メッキが剥がれりゃ簡単にボロが出る」

 

 それはオカルト研究部の全員が感じていることだ。

 特に一誠への依存は部の中で飛び抜けている。

 

「だからイッセー。もし朱乃がお前に縋ってきたら支えてやってほしい」

 

「……でも俺、朱乃さんの事情、ほとんど知りませんよ?」

 

「なにも、2人の仲を取り持てって言ってるわけじゃねぇ。そこはどこまで行ってもあいつら親子の問題だからな。ただこれ以上擦れないように見ていてくれ。それと、2人のことが知りたかったらリアス辺りにでも聞いとけ。俺じゃ、堕天使側の意見しか言えねぇし、朱乃だと逆に堕天使を非難する内容になるだろう。リアスならそこらへん中立の立場で教えてくれるはずだ。あいつもなんだかんだでバラキエルとの仲が修復されるのを望んでくれているしな」

 

 それで話を締めくくり、用事があるからとアザゼルは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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59話:悪神の宣誓

 オーディーンが駒王町に来訪してさらに日数が経った。

 

 あの主神が立ち寄る店が未成年お断りが大半であることから護衛として意味を為さないということでリアスたちが護衛に回ることもなかった。

 しかしそれに付き合わされる黒歌、バラキエル、ロスヴァイセは疲労の色が見え始めている。

 それでも余所様である黒歌とバラキエルはまだマシな方で、お付きであるロスヴァイセは店に入る度に高確率でやらかすことから生真面目な彼女は店に頭を下げ続ける日々が続き、オーディーン本人もロスヴァイセをからかい続けることからもよく胃に穴が開かないモノだと黒歌は感心していた。

 

 だがそれも限界があるわけで。こんな時間も必要なのである。

 

「おーでぃーんさまったらひどいんですよぉ……まいにちまいにちまいにち――――――」

 

「ホント、酷い上司ね~」

 

 高級な酒を一気に煽りながら不満を吐き出すロスヴァイセに黒歌はうんうんと受け流している。

 ここは駒王町にある風俗店のひとつでそこでオーディーンとアザゼルを待ちながら女2人で酒を飲んでいた。

 本来護衛役である彼女たちが酒を飲むのは当然NGなのだがここ最近のロスヴァイセに溜まった心労をバラキエルが慮って薦めたのである。ここが風俗店であることから女性2人は個室にまでは入れずに暇を持て余していることが多いという理由もある。

 

 まだ飲み始めて30分も経っていないというのにロスヴァイセは既に泣きながら愚痴を吐き出していた。

 知っているくせに彼氏が出来たかと毎日聞いてきたり。

 隙あらばロスヴァイセの胸や尻を撫で回してきたり。

 問題が起きれば対処をぶん投げられたりと。

 相当ストレスが溜まっていたのかアルコールの力に敗けて愚痴が噴水のように湧き上がってくる。

 黒歌自身酒を飲んでいるが果実酒をチビチビと舐める程度で聞き手に徹している。

 これは黒歌が酒を苦手にしているのではなく、あくまで護衛という立場を忘れていない為だ。

 何せ休日に朝から日本酒の一升瓶を飲んでいるのも珍しくないのだ。

 ロスヴァイセの愚痴はオーディーンから今の職に対するモノへと変わる。

 

「ヴぁるきりーってめいよしょくではあるんですけど近年、エインフェリアをまねく機会が少なくなっていてなれる人もかぎられてるし、下からけおとそうとするひともおおいしで……」

 

 もっともロスヴァイセ自身、オーディーンのお付きを誰もしたがらないことからそのスポットを収まってくれて周りからの評価が日々上がっていたりする。本人が気付いていないが。

 

 そんな風に話しているうちに頭をフラフラさせて黒歌の胸に頭を突撃させる形になる。

 

「うわっ!?あぶなっ!」

 

「うう……ごめんなさい……わたしってほんとうにだめなヴぁるきりーで」

 

「にゃはは。気にしてないわよ?」

 

 それを受け止め、支えていると申し訳なさそうにするロスヴァイセに黒歌はいいのいいのと答える。それにしても本当に酒に弱い。元々なのか心労で弱くなっているのかは判断しかねるが。

 

「わ、私ばかり聞いてもらって悪いので黒歌さんのほうはどうなのですか?」

 

 自身の失態で多少酔いが醒めたのか先程より口調がしっかりするロスヴァイセ。そんな彼女に黒歌は苦笑して今の職について考える。

 

「そうねぇ。不平不満は当然あるわよ?突然無理難題を吹っ掛けられることもあるし。でも私の場合自分から望んだことでもあるからねぇ。それ以上にアザゼルには恩もあるし」

 

 黒歌がアザゼルと接触したときは本当に切羽詰まっていた。

 幼い頃から猫の姿で日本各地を放浪していた姉妹は苦労を重ねてきた。

 食べ物を得るためにゴミを漁り、時には窃盗を働き。

 子供に石を投げつけられたこともある。

 そしてようやく見つけた猫又の集落などではとある事情から受け入れてもらえなかった。

 鍛錬など重点的にする機会がなかった黒歌は拙い妖術でどうにか生き延びてきた。

 

 そんな中で出会ったのがアザゼルだった。

 当時白音が熱を出してしまい、頼る当てもなく近くに居た堕天使にしか縋れる相手がいなかった。

 もっとも、その時は相手が堕天使総督とは知らずに、神の子を見張る者が神器使いや人間の異能を集めていると風の噂で聞いたのだ。もしかしたらそれにあやかれないかと接触した。

 質に入れられるモノは自分だけ。当時黒歌は自分が人型としてそれなりに見栄えする容姿であったことから生きる為、曳いては妹にこれ以上辛い生活を強いたくないという思いからアザゼルに頼み込んだ。

 なんでもする。だから私たちを助けてほしいと。

 身体でも殺しでも。必ず役に立って見せると自分を売り込んだのだ。

 それを始めはポカンとしていたアザゼルだったが話を聞き終わるとどことなく面白そうなというか当時の黒歌から見て悪い笑みを浮かべて姉妹を連れて行った。

 当時の黒歌は三大勢力でいう中級の下くらいの力しかなかったため、軽い雑用の仕事から訓練を受けさせられ、どこから手に入れてきたのか仙術に関して書かれた本なども渡されてそれを黒歌が我流で学んだ。

 力を付ける度に要求が上がり仕事を達成させてきたことで、神の子を見張る者の中で黒歌はアザゼルの都合のいい小間使いという地位を手に入れた。

 そして日ノ宮一樹という家族を傍に置いたことで黒歌は自分の生活に結構満足していた。

 それに今の黒歌なら何処へ行っても上手くやれる自信がある。流石に過去に色々とあったことから転生悪魔になるのは御免被るし、和平が成立したが基本人外御断りな教会に所属することは無理だが。

 それこそフリーの魔物狩りでも食べていけるだろう。そうしないのはアザゼルに恩があることと、組織を抜けると地盤造りが面倒という生来の不精な性分からだ。

 

「私のせいで白音と一樹には迷惑をかけてきたから、あの子たちが大人になってひとり立ちするまでは自分のことは後回しでもいいって思うし。私としては2人がくっついてくれたほうが安心だけど、それは本人たち次第だしねぇ?」

 

 黒歌としては2人が一緒になってくれれば万々歳だがそれを強要する気はない。

 そもそも一樹はそういうことに疎いし、白音も色々と面倒な性分なため今の関係が変化するのはもっと後だろうと黒歌は思っている。

 まぁ、本当に付き合い始めたら盛大にからかってやろうくらいは考えているが。

 

「うう。くろかひゃんはいいおねえさんですね……私もそんな姉がほしいです」

 

 ロスヴァイセの言葉に黒歌は苦笑する。

 黒歌としてはむしろ――――。

 

 そこでロスヴァイセがカウンターのテーブル突っ伏して眠っているのに気付く。

 本来なら起こす所だが疲れているようなのでそれも憚れた。オーディーンたちが戻るまでに起こせば問題ないだろうとそのまま寝かせることにする。

 それまで黒歌は酔わない程度に果実酒を舐め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談の準備は着々と進んでいく。

 と言っても、サーゼクスにしろ、ミカエルにしろ、忙しく、駒王町に来訪する時間が取れないとのことなので話し合いは通信回線越しで行うこととなった。

 調印やらなにやらは代理を寄越すとのこと。

 これは三大勢力の協定に北欧が加わり、禍の団の件だけでなく、今まで交流の無かった魔法技術やその他諸々の交流が本格化される大事な会談なのだ、が――――――。

 

 

「ホッホッホッ!今日はどんな店に連れてってくれるのかのう。楽しみじゃわい!」

 

「俺らもう、帰っていいですかね?」

 

 これから風俗店に向かうオーディーンに一樹がこめかみに青筋を立ててアザゼルに問う。

 現在面々は空を移動する馬車をに乗って移動していた。一応、不可視の魔法をかけているらしく外からは見えないらしい。

 

「まぁまてまて!!正式な会談日も決まってあともう少しなんだ!その内にじいさんに何かあったら困るからお前らを呼んだんだ!言いたいことはわかるが堪えろ!」

 

「……キャバクラなら俺らは入れないし、あのじいさんの身の安全が大事なら兵藤家の地下にでも押し込めとけばいいのでは?」

 

「地下に閉じ込めた程度じゃあ、あの手この手で出て来るぞ。それに北欧の主神にそんなことした日にゃそれを理由に向こうがどんな要求をされるかわかったもんじゃない。酒と女で大人しくしてくれるなら万々歳だ」

 

「……本当に申し訳ありません」

 

「いや、貴女に謝られてもさ……」

 

 耐えるように体を震わせて謝罪するロスヴァイセに一樹は何も言えなくなる。

 

「ほら、あと数日だけだから。お願い、ね?」

 

 同時に黒歌にまでそう言われれば一樹は黙っている他ない。

 どうにもここ数日で2人の仲が深まったらしくやたらと仲が良い。

 

「…………」

 

 皆が警戒している中で朱乃は心ここにあらずといった感じで話しかけるなオーラを発している。

 バラキエルから視線を外して黙しており、そんな朱乃をオカルト研究部の者たちはどうするべきかと考えていたが家庭の問題であるため実質放置にせざるえなかった。

 

 そこで、黒歌の表情が一気に険しくなる。

 

「不味いわね……」

 

「え?」

 

 隣に居たロスヴァイセがどういうことか訊こうとすると馬車が大きく揺れた。

 

「キャッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 一誠の肩を枕に眠っていたアーシアはビクンと跳ね起きたので、抱き支えられる。

 

 なにかあったのか馬車の外に出ると、外部で護衛していたバラキエルと祐斗とゼノヴィアが翼を展開して警戒している。

 停まった馬車の外では目つきの鋭い男性が空中に立っていた。

 

「初めまして諸君。我こそは北欧の悪神、ロキである」

 

 仰々しく礼をするロキと名乗る男に彼の存在を知る面々は驚きの表情をする。

 突然の来客にアザゼルが前に出て対応する

 

「これはこれは北欧のロキ殿。このような場に一体なんの御用で?貴殿の来訪は伝えられておりませんでしたが?それにこちらにはそちらの主神が乗っておられます。それを承知で今の攻撃を?」

 

 わざとらしい丁寧語で話すアザゼルにロキは口元を吊り上げる。

 

「なに。我らが主神が北欧の地を離れ、他の神話体系と接触し、あまつさえ和平を結ぼうなどと考えているのが我慢できなくてね。わざわざこの地に降りたまでのこと」

 

 喧嘩腰の態度にアザゼル先生がしかめっ面で舌打ちする。

 そこでひとつきになり、ロキに問うた。

 

「この時期にこの行動。まさか禍の団(テロリスト)と繋がってるわけじゃねぇだろうな?律儀に答える義理もないだろうが」

 

 アザゼルの質問にロキは不快そうに表情を歪める。

 

「あのような下賤な輩と同一視されるのは不快の極みだな。私のは自分の意志でここに居る。そこに彼奴らの意志はない」

 

 その答えにアザゼルは肩の力を僅かに抜く。

 北欧の神までテロリストに協力していると厄介さが増すからだ。

 

「これが、北欧の問題か?まったく面倒だぜ」

 

「まったくのぉ。今回の協定は正式な会議で決定したことじゃというに。まだ納得できん頭の固い連中が居るようじゃのぉ。それでも行動に移したのはあ奴だけのようじゃが」

 

 溜息を吐くオーディーンの横でロスヴァイセが声を張り上げる。

 

「ロキさま!このような行動、明らかな越権行為です!ご不満があるならば正式な場で異を唱えるべきです!」

 

「一介の戦乙女風情が口出ししないで貰えるかな?私はオーディーンに訊いているのだ。オーディーン。貴殿はまだこのような北欧の領分を越える行いを続けるつもりか?」

 

「然り。なにぶん他の神話体系の術式に興味があっての。三大勢力もこちらの知識と技術を欲してるようなので丁度良かったわい。これで正式な和議が成立すればお互いの大使を招き、異文化交流としたいものじゃて」

 

「なんと愚かな。いいだろう、ここで黄昏を始めよう」

 

 自らの宣言にロキから殺気と濃密なオーラが感じられる。

 それに反応して禁手の準備を終えた一誠が鎧を纏い、背中からドラゴンの翼を生やす。

 これは悪魔の翼で上手く飛べない一誠にドライグが解放した自らの翼だ。

 制御はドライグがやる為、まだ呼吸が合わせ切ってない2人では拙いがとりあえず空中戦を可能にしている。

 

 

 一樹も右手と左足の鎧を出し、槍を構える。

 もっとも、空の飛べない一樹では炎を投げつけることくらいしか出来ないが。

 それぞれが戦闘態勢を取る。そんな中でもっとも早く行動を移したのはゼノヴィアだった。

 聖剣のオーラを増幅させてロキへと撃ち放つ。

 

「……早ぇよ」

 

「先手必勝だと思ったのでな。しかし無傷か。流石は北欧の神と言ったところか」

 

 攻撃跡を見るとそこには無傷のロキが変わらずに佇んでいた。

 

「聖剣か。大した威力ではあったが、神を相手にするにはまだ足りん」

 

「部長!女王に昇格します!!」

 

 リアスの許可を得て一誠は女王へと昇格する。

 

『相棒、飛行をこちらに任せろ!全力で行け!』

 

「あぁっ!」

 

 倍加を行いながら一誠は急激な加速でロキに詰め寄る。

 突き出された拳とロキの魔法による防壁が衝突する。

 

「ほう!赤龍帝か!順調に力を上げていっているようで何よりだ。しかしな!」

 

 防壁ごと一誠を弾くと反対の手に魔力が集約される。

 

「まだ神を相手にするほどではない!」

 

 感じる膨大な魔力に回避行動を取ろうと一誠が動くも間に合わず、吹き飛ばされる。

 

「今ので死なんか。特別加減したわけではないのだが……」

 

 僅かだが意外そうに目を細めるロキ。

 その間にイリナは天使の力である光力と炎の聖魔剣を振るう祐斗の攻撃はロキの髪や召し物を揺らすだけだった。

 

「まったく。堕天使幹部が2人に赤龍帝その他諸々。他神話の主神の護衛としては些か以上に厳重だな」

 

「お主のような血気盛んな者が現れたんじゃ。結果的に正解じゃて」

 

「これほどの戦力だ。我ひとりでは手に余るかもしれんなぁ。なればこそこちらも増援を呼ばせてもらおう。来い!我が愛しき息子よ!」

 

 指を鳴らすと空間が歪み、出来た亀裂の中から現れたのは10メートル程の大きさがある灰色の狼だった。

 狼を認識した瞬間、全員に悪寒が走る。

 

「ロキの奴、厄介なモンを連れて来よって……!」

 

 オーディーンも忌々し気にしている。

 

『相棒、アレはヤバい!奴の攻撃は絶対に避けろ!』

 

「どういうことだよドライグ!アレがヤバいってのはなんとなくわかるけど……」

 

 ドライグが答える前にアザゼルが声を張り上げる。

 

「お前ら、絶対に神喰狼(フェンリル)には手を出すなアレは、俺とバラキエルがやる……!!」

 

 脂汗を滲ませて警告するアザゼルに皆が息を呑む。

 訳が分からず一誠が問う。

 

「先生!あの狼ってそんなにヤバいんですか!?」

 

「イッセー!そいつは神さえ屠れる牙を持ってるんだ!お前の鎧もそいつの前じゃ歯が立たねぇ!!」

 

 アザゼルの断言に一誠に冷や汗が流れる。

 そんな反応に気を良くしたのかロキは撫でながら言う。

 

「これは我が生み出した魔物の中でもトップクラスに最悪な部類だ。この牙ならば他神話の神仏や伝説のドラゴンと言えど殺せるだろうよ」

 

 そこでロキの視線がリアスへと向けられた。

 

「この子の牙に北欧以外の者に使いたくはないが、現魔王の血筋。その味を覚えさせるのもいいかもしれんな」

 

 その一言でフェンリルはその場から消えるような高速移動でリアスに迫る。

 リアスの目の前に現れたフェンリルはその巨大な口で獲物を食い千切ろうと迫る。

 

「っ!?」

 

 滅びの魔力で凌ごうとするリアスより先にその口の中に炎の球が投げ込まれ、爆発する。

 僅かに止まった動きに一誠が追従し、倍加された拳をフェンリルに叩き込む。

 

「部長!大丈夫ですか!!」

 

「え、えぇ!ありがとう、イッセー!一樹も!」

 

 リアスの礼に一樹は首だけを動かして応える。

 しかしフェンリルの方は特にダメージもなく、平然としていた。

 

「ゴフッ!?」

 

 そこで一誠が吐血する。

 

「イッセー!?アーシア!」

 

 見れば鎧に小さな穴が開けられえており、僅かに遅れて一誠の中で痛みが襲う。

 祐斗が一誠を引き、馬車に居るアーシアの元へと送ろうとした。

 

「赤龍帝。ここで逃しておくと後々に厄介かもしれんな。ここで確実に仕留めておこう。いや、どちらかと言えばあの少女からか?」

 

 再びロキの手に魔力が集まる。

 狙いは、アーシアだった。

 

「ロキィイイイイイイイッ!!」

 

 アザゼルとバラキエルが同時に仕掛けるがそれすらもいなされてしまう。

 そして小さな矢がアザゼルとバラキエルの体に突き刺さる。

 

「ツッ!?さすがに魔法技術関連は俺らより進んでいるって話だったが!!避けろ、アーシア!」

 

「先ずはひとり」

 

 無駄と知りつつ叫ぶアザゼル。馬車に居るアーシアに魔力の渦が迫る。

 

「ヤロッ!!」

 

 アーシアの後ろから一樹が手を付き出し、車輪状の盾を前面に出し、ロキの攻撃を防ぐ。

 

 力の奔流が馬車を破壊していく。

 そして防ぎ終わる瞬間、その衝撃に一樹の体が大きく吹き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

 端に追いやられた一樹はバランスを崩す。

 落ちようとする一樹の手を白音が掴むが咄嗟で支え切れずに2人して馬車から落ちる形となった。

 

「……っ!?」

 

「一樹さん!?白音ちゃん!?」

 

「こ、のっ!!」

 

 黒歌が妖術で助けようとするが冷静な部分で間に合わないと告げている。それは他の面々も同じだった。

 落下する感覚に恐怖しながら一樹は白音の体を抱きしめ、現状を打破しようと考える。

 しかし、こんな状況で都合よく案が浮かぶわけもなく。

 全てがスローモーションに感じ、自分が落下して死ぬ未来が頭に過る。

 今抱きかかえている白音と一緒に。

 それはダメだと強く思う。

 まだ何にも返せてないのに。

 こんなにあっさりと死んで、死なせるなんて―――――!

 

「死なせ、られっかぁああああああっ!?」

 

 その叫びと共に一樹の背中から炎が噴出する。

 それが翼の形を成し、その場に落下の動きを止めた。

 

「いっ……くん……?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 疲労ではなく助かった安堵により呼吸を荒らげる。

 慣れていないからかフラフラと馬車へと戻る。

 

 それを見て黒歌は安堵した。

 駆け寄って抱きしめたい衝動はあったが、それよりも目の前の事態を切り抜けなければならない。

 

 ロスヴァイセがロキを相手に北欧の魔術で応戦している。

 高速で形作られる魔法陣により次々と放たれる威力、精密性は彼女が名ばかりのお付きでないことを実感させる。

 しかしロキは全方位から襲われる攻撃を涼しい顔で防いでいる。

 

 そうしている間にもフェンリルの凶行が一誠たちへと襲い掛かってくる。

 その時―――――。

 

『Half Dimension!』

 

 突如フェンリルを中心に空間が圧縮され、巨大な狼は拘束される。

 しかしそれも僅かで自らの力でその拘束を食い破った。

 

「兵藤一誠は無事か?」

 

「おいおい。おっぱいドラゴンは重傷かぃ?さすがにアレの相手はちぃっときつかったかぃ?」

 

 現れたのは禁手化したヴァーリ・ルシファーと筋斗雲という雲に乗った美猴だった。

 ヴァーリは一誠を一瞥した後にロキへと視線を移す。

 

「初めまして、北欧の悪神ロキか。俺はヴァーリ。貴殿を屠りに来た」

 

「白龍皇が赤龍帝を助けるか。中々に面白い展開だ。だがそこまで戦力があると流石に手に余る。ここは引かせてもらうとしよう。次はそちらの会談の時にオーディーンの首を狩らせてもらう」

 

 それだけ言い残し、ロキはその場から消え去った。

 

 一誠はヴァーリにどうしてここに居るのか問おうとしたが、フェンリルから受けた傷による出血で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは黒い空間だった。

 黒く染め上げられたこの場では自身の体すら見えず、息が詰まりそうな虚無の空間。

 そこで帝釈天は口元を吊り上げて目の前に居る筈の男に話しかける。

 

「YO!相も変わらずこんなところで修業とは暇な奴だZE!もっともここに監禁されているお前さんにはそれしかやることが無いんだろうがな!」

 

 テンション高く話しかける帝釈天に話しかけられた男は不快そうに睨みつける。

 

「おいおい睨むなよ!俺はむしろお前さんのそうしたところは嫌いじゃないZE!それにケンカ売ってきたお前を半殺しにして殺さずにここに閉じ込めただけで済んでんだ!むしろ感謝するべきだろ?」

 

 帝釈天と話す気が無いのか男は背を向けて訓練を再開する。そんな相手を無視して帝釈天は要件を伝えた。

 

「お前さんの釈放が決まったZE!あと数日したらここから出してやる。そしてお前さんにお誂え向きな相手も用意してなぁ。俺?HAHAHA!止めとけ止めとけ!いくら強くなったつってもお前じゃ俺には勝てねぇよ。それでもやるってんなら、今度は確実に殺すZE?」 

 

 帝釈天の言葉を聞き男は鬱陶しそうに舌打ちする。

 

「楽しみにしてるといい。なんせ相手は―――――」

 

 最後の言葉を聞き、男は大きく口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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60話:白龍皇からの提案

 ロキが運良く撤退した後、目を覚ました一誠。

 寝かせられた横でアーシアが眠っている。恐らく自分が寝ている間、ずっと看ていてくれたのだろうと心の中で感謝して。

 出血して流れた血は戻っておらず、少しばかりふらつくが意識ははっきりしていた。

 アーシアの頭を撫でているとその瞼がゆっくりと開かれる。

 しかし一誠の姿を確認すると慌てた様子で目を見開いた。

 

「イッセーさん!身体は大丈夫ですか!?」

 

「あぁ。アーシアが治してくれたんだろ?もう何ともないぜ!」

 

 笑顔で答える一誠にアーシアはホッと胸を撫で下ろす。

 

「それで、部長たちは?」

 

「今、外の方で会議をしています。白龍皇さんたちも一緒に」

 

 そこで一誠は最後にヴァーリに助けられたことを思い出す。

 

 それから一誠は起き上がるも立ち眩みで体がぐらついたのをアーシアが驚きの声を上げたが大丈夫だからと笑い、馬車の外へと足を運んだ。

 

 一誠が出て行くとそこは駒王学園近くにある公園で人除けの結界を張って馬車を下ろしたらしい。

 一誠の姿を見た皆が安堵の表情を浮かべる。

 ヴァーリも一誠を見るがすぐに視線をアザゼルとオーディーンに戻した。

 そしてヴァーリ側には美猴だけでなく、紫色のローブを着た20歳前後の女性と貴族風のスーツを着て眼鏡をかけた金髪の美青年。そしてアーシアよりやや小柄な少女が付いていた。

 

「今回、三大勢力と北欧の会談を成功させるならばロキの撃退は必須だ。だが、ここに居るメンバー。それとシトリー眷属が力を合わせたところで事を為すのは難しいだろう。オーディーン殿。先程の戦闘を見るに貴方はロキとの戦いに参戦出来ない理由があるようだが?」

 

 いくら護衛対象とはいえ、ロキを相手に行動を移さなかったオーディーンを見て今回この老神は戦闘への参加は出来ないと辺りを付けていた。

 その予想にオーディーンは嘆息する。

 

「駒王町に滞在するにあたり、霊脈の影響や戦闘になった際の町への被害を考慮し、儂の今の力は制限を受けておる。今の儂の力はそこのロスヴァイセとどっこいどっこいというところじゃの。こちらに交戦の意志無しという意味でも術を施したが、完璧に裏目に出てしもうたの。これは、ヴァルハラに戻らねば解除不可能じゃ」

 

 申し訳なさそうに目を瞑るオーディーン。

 それにヴァーリは続ける。

 

「冥界や天界から増援を要請しようにも神を相手にするなら魔王が赴かなければならない。しかし現在各地で英雄派のテロが多発していることから組織のトップが領地を出ることは望ましくない。特に冥界は自分たちを放置して人間界、それも極東の1都市を守りに行ったなどと知れ渡れば大きなイメージダウンになるからな。だからこそ会談もモニター越しで行うのだろう?」

 

 ここで自由に動ける魔王はセラフォルー・レヴィアタンだが彼女は今、オリュンポスの神々と交渉に出ており、どう考えても間に合わない。

 もしかしたら妹の危機とすっ飛んでくるかもしれないが、そうなると交渉相手の心証は最低になるだろう。

 それは三大勢力全体としても避けたい事態である。

 

 遠回しなヴァーリの言い回しにイライラして一誠は若干喧嘩腰に口を出す。

 

「だから、お前があいつを倒してくれるとでもいうのか?」

 

「ロキ単体ならともかく、フェンリルもいれば俺たちだけでは対応しきれない。ロキが他の魔物を引き連れてこないとも限らないしな。むしろ次はもっと戦力を増して現れると見ていいだろう」

 

 ヴァーリの断言に一誠は肩を落とす。そして敵が更に戦力を増強させて来ると聞いて身震いした。

 

「だが、俺たちとそちらが手を組めば状況を打破できる可能性が生まれる」

 

 その言葉に全員の目が見開かれた。

 

「俺は今回、兵藤一誠を始め、そちらと手を組んでも良いと思っている」

 

 ヴァーリの提案にアザゼルが渋い顔をして問うた。

 

「なにを企んでる」

 

 アザゼル自身、ヴァーリが味方となってくれれば心強いと思うが、だからと言ってテロリストとなった相手をはいそうですか信用するほど馬鹿でもない。

 そんなアザゼルの内面を知ってか言葉を続ける。

 

「もちろん、今回そちらに協力するのは俺たちにとってもメリットがあるからだ。そしてそれはそちらのデメリットにはならないと約束しよう。だが、禍の団に所属している俺たちをそちらが理由もなく受け入れることは出来ないのも承知だ。だからもうひとつそうしてもいい交渉のカードを用意した」

 

「なに?」

 

「俺たちは英雄派に拉致されたドワーフたちを保護している」

 

「なんだと!?」

 

 ヴァーリの言葉にアザゼルは驚きの声を上げた。

 北欧が三大勢力と協定を結ぶ理由としてドワーフたちの捜索もあったのだから当然だろう。

 

「もっとも、全員という訳ではないがな。拉致した中で、腕利きの鍛冶師以外は捨て置いていたのを俺たちが保護した。ドワーフ自体、鈍重で食費などの金食い虫なところがあるからな。優秀な者たちだけは手元に置いて半数以上は放置されていた。もし今回の話に乗るなら彼らの居場所を教えよう。もし断るなら俺たちはロキの件からは手を引き、ドワーフたちも捨て置く」

 

 人質、という訳ではないがこれは受けざるを得なかった。

 ドワーフたちがどのような扱いを受けていたのかわからないが相当な恐怖や疲労などが溜まっているだろう。

 たとえ全てでないとしても一刻も早く保護し、故郷に帰したい。

 

 僅かに目を閉じた後にアザゼルはヴァーリを見据える。

 

「いいだろう。今回は協力と行こうか。戦力が欲しいからな。だがもし不用意な行動を取れば、俺たちはいつでもお前らを後ろから討つ。それでいいな?」

 

 だがドワーフの件があるからと言って懐に爆弾を抱えることには変わりなく、忠告だけはしておいた。

 

「裏切るつもりはないが、それはそれで面白そうだ。もっともただでやられるつもりもないことを表明しておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、サーゼクスの許可を取り、ヴァーリ一行はロキの件が済むまで兵藤邸に宿泊することとなった。

 監視の意味も込めて。

 

「でも、本当に良かったんですか?あいつらと組んで」

 

「現状はそうせざる得ないわ。私たちだけじゃロキに対抗出来ない。戦力は多いほうがいいもの。少なくとも面識のない人たちも相応の使い手だと思うし」

 

 そうでなければあのヴァーリがこの場に連れてくるとは思えないと話す。

 

 三大勢力からまだ被害が出ていない冥界のドラゴン領地からタンニーンが増援として送られてくることになったがロキとフェンリル相手では不安が残る。

 アザゼルも会談に出席するために今回の戦闘には参加できない。

 まだただの禁手ではロキに対抗できず、ヴァーリの覇龍を使えば勝てる可能性ができるらしいがロキかフェンリルのどちらかしか相手に出来ない。

 故にこの協力を承諾するしかなかった。

 攫われたドワーフたちのこともある。

 協力の約束が取れたことでヴァーリたちはドワーフの居場所を教えて堕天使が保護に動いている。

 ロキとの戦いが終わってからでなくていいのか?と訊いたところ、約束した以上、こちらが裏切らない限りそちらも裏切らないだろうと返された。

 

 そんな中でアザゼルがヴァーリに話しかける。

 

「もしかしてお前と英雄派が繋がって行動してるわけじゃないよな?お前の性格からしてあり得なさそうだが」

 

「彼らとは互いに不干渉な関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「……まぁ、お前らのことは一旦置いてロキへの対策を考えるほうが賢明だな。といっても時間が無いから手っ取り早く知ってる奴から情報を得るほうがいい」

 

「知っている者?」

 

 アザゼルの言葉に興味を示したのかヴァーリが問う。

 

「あぁ、ロキが生み出したドラゴン。世界の終末の時だけ動く世界最大の巨体を誇るアイツだ」

 

「ミドガルズオルムか。しかしそう都合良くこちらに情報を提供してくれるのか?それに奴は海の底で眠りについていると聞くが。まさか直に会いに行くわけじゃないだろう?」

 

「あぁ。その為にタンニーンとヴリトラの神器を持ってる匙を呼んである。それに二天龍が加われば奴の意識だけを召喚することも可能だろうさ。協力に関してもあいつは昔から自分の身内にも興味が薄いからな。案外あっさりと教えてくれるかもしれないぜ」

 

 そう答えるとヴァーリは納得したようにソファーへと座る。

 

 話が一段落終えたところで各人好きなように会話を始めた。

 

「まったく、2人が落ちたときは心臓が止まるかと思ったわよ。それにしても空も飛べるようになるなんて段々とフェニックスみたいになってきたわねぇ」

 

「申し訳ない。それと空を飛ぶことに関してはこれから色々と試してみないとな」

 

「…………」

 

 笑って誤魔化そうとする一樹に黒歌は半眼で見つめるが一樹それから目を逸らす。

 

 

 

「その剣、見つかっていなかった最後の聖剣(エクスカリバー)なんですか!?」

 

「えぇ。ヴァーリが独自に得た情報と我が家の伝承と照らし合わせてつい先日に発掘しました。それにしても7本に分かれた聖剣の6本を教会が合わせたとは聞いていましたが……」

 

「アハハ……本来ならペンドラゴン家(そちら)にお返しするのが筋なんでしょうけど」

 

「いえ。私たちは既にそれを手放して長い。今更所有権を言い出すつもりはありません。それに私にはもう一振りの聖剣もありますので」

 

 アーサーと名乗った聖剣使いは本来エクスカリバーの所有者であるアーサー王の子孫らしい。

 それで現在教会のエクスカリバー全てを所有しているイリナと話している。そんな2人をアーサーの妹と名乗るルフェイという名の少女を祐斗、ゼノヴィアは遠巻きに見ていた。

 メディアは誰とも交わらず、古い書物に目を通している。

 

 そんな中、美猴が一誠に話しかける。

 

「おい赤龍帝!」

 

「な、なんだよ?」

 

 何を言われるのかと警戒している一誠。

 

「地下にあるプールって使っていいのかぃ!」

 

「へ?」

 

 予想外の質問に一誠は面食らっているとリアスが割って入る。

 

「ちょっと!いくら協力関係だからって勝手な行動は控えてちょうだい!」

 

「おいおい堅いこと言うなよスイッチ姫ッ!?」

 

 スイッチ姫の名が出た瞬間にリアスが美猴の鼻っ面に拳を打ち込む。。

 

「次その名で私を呼んだら滅し飛ばすわよ?」

 

 右手に滅びの魔力をチラつかせるリアス。瞳からハイライトが消えて死んだ魚のような眼をしていた。

 それに臆したのか美猴は、お、おう、と返事をする。

 

 

 

 

 それから匙が兵藤邸にやってきたことで事態を説明し、一誠とヴァーリにアザゼルは匙を連れて兵藤家から転移する。

 そこは白い空間でレーティングゲームなどで使われる空間らしい。そこで巨大なドラゴン。タンニーンがいた。

 

「先日以来だな、お前たち」

 

「タンニーンのおっさん!」

 

 近づいて来たタンニーンに一誠が挨拶をする。

 逆に匙は固まってしまった。

 

「元六大龍王のタンニーン様!最上級悪魔の!?」

 

「そっちはヴリトラの神器を持つ小僧か」

 

「あぁ。ミドガルズオルムを呼び出すための要素はひとつでも多い方が良いと思ってな。連れてきた」

 

 なおも固まっている匙に一誠が話しかける。

 

「おい匙!そんなにビビんなよ。おっさんは確かにデカくて強面だけどいいドラゴンなんだぜ?」

 

「ば、バカ!最上級悪魔のドラゴン、タンニーン様だぞ!!それをおっさんって!」

 

 タンニーンのことというか最上級悪魔のことをわかってない一誠に匙が説明する。

 

「最上級悪魔ってのは冥界への貢献度やゲームでの成績や能力。それらが最高ランクと評価されないとなれない悪魔にとって最上級の位なんだぞ!実際、レーティングゲームのトップランカーは全員が最上級悪魔だしな!」

 

 匙の説明に一誠はへぇとだけ頷く。そんな態度の一誠に匙は頭を抱えた。

 2人がそうした会話をしている間にタンニーンはヴァーリに話しかける。

 

「白龍皇よ。話は聞いているがもし不審な行動を取れば俺は迷わず貴様を食い千切るぞ」

 

 タンニーンの警告にヴァーリは苦笑を返すだけだった。

 それからアザゼルの指示で指定された魔法陣の上に全員が立つ。

 

「それにしてもそのミドガルズオルムってドラゴン。どんなドラゴンなんですか?」

 

 アザゼルに訊いたが先に答えを返したのはタンニーンだった。

 

「簡単に言えば怠惰な奴だな。基本眠ってばかりでそのグレードレッドの数倍の巨体があることからも北欧の者たちも使い道が見出せず海の底に寝かせたのだ。世界の終末だけ力を貸すことを約束させてな。俺も片手で数える程しか会ってない」

 

 グレードレッドの数倍と聞いて言葉なく驚く一誠。

 そうしているうちに魔法陣が反応を示し、光が強くなっていく。

 すると魔力の靄が段々と形を成していき、それが巨大なドラゴンへと変わっていった。

 それはドライグやタンニーンのような西洋のドラゴンより東洋のドラゴンのほうが見た目が近いかもしれない。

 

「デッケェエエエエっ!?」

 

 一誠がそう叫ぶが相手からの反応はない。

 聞こえてきたのは予想外の声だった。

 

「これ、いびき?」

 

 ミドガルズオルムの口から聞こえてきたのは大きな声のいびき。それにタンニーンは嘆息して声を張り上げる。

 

「起きろ!ミドガルズオルム!」

 

 それに反応してミドガルズオルムの瞼が開き、大きな口で欠伸をする。それからこちらを見渡すと眠そうな声が聞こえた。

 

『久しぶりだねぇ、タンニーン。それにドライグ、アルビオン、ヴリトラにファーブニル?今日は何の集まりだい?まさか世界の終末でも起きた?』

 

「違う。今回お前の意識を呼び寄せたのは訊きたいことがあったからだ」

 

『訊きたいことぉ?』

 

「お前の兄弟と父について聞きたい」

 

『ダディとワンワンのことぉ。なんでそんなこと訊きにきたのさ?でもまぁいいよぉ。2人とも僕にとってはどうでもいい存在だからね』

 

 本当にどうでもいいのかよ!と一誠と匙は内心でツッコんだ。

 しかし質問に答える前にミドガルズオルムは一誠とヴァーリを交互に見る。

 

『で、二天龍が揃ってるみたいだけど今回は戦わないのぉ?』

 

「……あぁ。今回は共同戦線でロキを打倒する」

 

『ふぅん。少しだけ面白いことになってるねぇ。それでダディとワンワンのことだけど厄介なのはワンワンかなぁ。あの牙に貫かれちゃうと大抵は死んじゃうし。だからドワーフたちが作ったグレイプニルで捕えればいいんじゃないかなぁ』

 

「それはもう北からの報告で聞いた。だが効かなかったようでな。それでお前から更なる秘訣を聞きたいんだ」

 

『う~ん、ダディがワンワンを強化したのかなぁ。それなら北欧のとある地に住むダークエルフに相談してみるといいよぉ。彼らはドワーフが作った加工品を強化できる術を持ってたはずぅ。場所はドライグかアルビオンの神器に転送しておくね』

 

「悪いが白い方に頼む。なんせ、今回の赤龍帝は頭が残念でな」

 

 馬鹿扱いされて一誠は顔を引きつらせた。しかしそれより気になることを質問する。

 

「エルフって実在するんですか?」

 

「大抵は人間界の環境変化の所為で秘境の奥地に引っ込んじまったか異界に移住したがな」

 

 その間に情報を把握したヴァーリがアザゼルに報告する。

 

「アザゼル、立体映像で世界地図を展開してくれ」

 

 言われた通り携帯から立体映像を展開しヴァーリがダークエルフたちが住む地を指さす。それにアザゼルはすぐに部下へと連絡を取った。

 こういうときは元上司と部下だけあってスムーズに進む。

 

「それで次はロキについてなんだが……」

 

『ダディならミョルニルでも撃ち込めばいいんじゃないかなぁ。と言ってもアレは北欧の神族にしか使えないからレプリカかなぁ。ダークエルフとドワーフからオーディーンが預かってるはずぅ』

 

「細かい情報ありがとよ。すまんな突然」

 

『いいよぉ。たまにはこういうおしゃべりも楽しいしね。それじゃ僕はもうねるねぇ』

 

 大きく欠伸をしてそのままミドガルズオルムの映像は掻き消されてしまう。

 一誠はああいう龍王もいるのかとひとつ勉強してその場は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーディーンがロキとの戦いに参加しないのは会談相手を刺激しないために自ら弱体化しているためとしました。


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61話:神に挑むための準備

 ミドガルズオルムと接触した翌日。

 オーディーンからミョルニルを預かったアザゼルは一誠にそれを手渡す。

 

「本来ならこれも神族にしか使えない武器なんだがレプリカだからか多少は融通は利く。そこに居るロスヴァイセとバラキエルの協力で一度だけ振るえるよう仕様を変更した」

 

「はい。オーディーンさまからこれを赤龍帝にお渡しするように言い遣っております」

 

 渡されたのは装飾の成された日曜大工ほどの大きさの有るハンマーだった。

 

「なんか思ったよりショボいっすね」

 

 正直な感想を口にする一誠に苦笑する。

 

「オーラを込めてみろ。そうすりゃサイズが変わる」

 

 言われた通りニョルニルにオーラを込めると一瞬光を放ち、柄や槌の部分が巨大化する。

 重くなったそれを一誠は支えきれず床にニョルニルは埋まる。

 

「おいおい纏わせ過ぎだ。抑えろ抑えろ」

 

 言われた通り流すオーラを抑えるとサイズが再び変わり、一誠が振るうのに丁度良いサイズへと縮小する。

 それでも重さは変わらず持ち上げられないが。

 

「これだと禁手化しないと持ち上げられそうにないです!メッチャ重い!」

 

「そりゃ仕方ねぇな。とにかく一旦戻せ。ここで使うわけじゃねぇし、手違いで発動したら目も当てられん」

 

「そんなにすごい武器なんですか?」

 

「神の雷を宿した武器だからな。それはレプリカとはいえオリジナルに近い力を持ってる。ここで発動させたら町にどこまで被害が出るか予想できん」

 

 アザゼルの言葉を聞いて慌てて流したオーラを切り、元のサイズに戻す。

 そこで一誠はキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「そう言えば、部長はどうしたんですか?」

 

 リアスならこうした場面に顔を出すのではと思っていたのでこの場にいないことに違和感を覚える。

 

「リアスなら木場と一緒だ。ロキと戦うために自分なりの案を持ってきてな。木場とそれを準備中だ」

 

 楽しそうな表情をするアザゼルに一誠は首を傾げる。

 しかしそれを訊くまえにアザゼルはヴァーリへと視線を向ける。

 

「オーディーンのじいさんがドワーフたちを保護してくれた礼になにか送りたいと言ってたぜ。なんか頼んで見たらどうだ?イッセーみたいに追加の武器とかよ」

 

 アザゼルの言付けに一誠は顔を青褪めさせる。ただでさえ強敵なのにこれ以上強くなっては堪らない。

 

 しかしその提案にヴァーリは首を横に振る。

 

「俺は白龍皇と自身の力のみを極めるつもりだ。だから追加武装はいらない。だがメディアが北欧の術式に興味を持っていたな。出来ればそれらを記した書物でも譲ってくれれば十分だ」

 

「わかった。オーディーンのじいさんにはそう伝えておくぜ」

 

 ヴァーリの自身を鍛える方針に一誠は呻く。

 こうして周りの助けられながらどうにか進んでいる自分と違い、ライバルは生まれ持った才能だけを磨き、進もうとしていることに若干の劣等感が刺激される。

 

 しかしその考えを直ぐに引っ込める。

 ヴァーリと自分は違うのだ。自分は自分なりに強くなればいい。周りの力を借りて強くなることも悪いことではないはずだ。要はそれに見合うだけの器を持てばいいのだから。

 

 そこでアザゼルがニヤリと笑い、ヴァーリに絡む。

 

「ところでヴァーリ。あんな美人といつ知り合いになったんだ?」

 

「メディアのことか?彼女は以前所属していた魔術ギルドに追われていたところを偶然見かけて追い払ったのが縁だ。それ以来、こまめに連絡を取っていた。俺が禍の団に所属することが決まった時もどこで聞きつけたのか一緒に行くと言ってきてな。彼女の能力なら他のギルドでもやって行けただろうに」

 

 物好きな人だと続けるヴァーリ。

 

「で?お前はあの女のことをどう思ってるんだ?」

 

 年寄りの冷や水というか嬉々として突っ込んで訊いてくるアザゼルにヴァーリは表情を崩さずに答える。

 

「彼女は優秀な魔術師だ。実際俺も彼女から魔術に関して指導を受けたこともある。時々俺に向ける視線が気になることはあるが、概ね助かっている」

 

 淡々とした回答にアザゼルはふーんと答えながら若干安心する。

 あのメンバーが戦闘狂ばかりでないことと、ヴァーリにそういう視線を向けてくれる相手がいることに。

 

(ヴァーリは向こうの感情に気付いてねぇだろうが、こりゃひょっとするか?)

 

 一誠のように異性に対する感情が希薄なヴァーリだがメディアの態度からもしかするかもしれないと希望を持つ。

 その眼は息子に恋人が出来るかもしれないと期待する父の眼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練室で一樹は空から急降下するとそのまま勢いを殺しきれずに地面へとマンガで見るような豪快なヘッドスライディングを披露する。

 

「うわ~。空を飛べるようになったって言っても自由自在ってわけじゃないのね」

 

「……人間は地に足を着けて生活する生き物なんだよ。いきなり空飛べるようになったからって楽々と空中移動出来てたまるかっての!」

 

 黒歌に苦笑されながら評され、一樹は不貞腐れて答える。

 炎の翼を出して空を飛べるようになったはいいが如何せん零か百かしかないような制御で酷いものだった。これで攻撃まで意識を割くのは難しいだろう。

 

「そこまで拙いと作戦に組み込むのは危険ね。今まで通り地上メインかな?」

 

「それがいいな。今のままでは体当たりくらいしか使い道がなさそうだ」

 

 イリナとゼノヴィアの評価に一樹は頭をガシガシと掻く。

 せっかく飛べるようになっても下手過ぎて扱えない。慣熟させる時間もないときた。

 肩を落とす一樹。

 

「リアス・グレモリーたちも一樹にはブラフマーストラのほうを期待してるのかもね。あれならロキ相手でも充分通じる筈だし」

 

「……あれ、発動にまだ時間がかかるんだけど」

 

「それを補うのが周りの役目でしょ。とは言ってもロキとフェンリル相手にどこまで出来るか不明だけど」

 

 肩を竦める黒歌。

 

「それにミョルニルのレプリカとグレイプニルがあれば勝ち目も出てくる。問題は何処を戦場にするか、かな」

 

「話によると駒王町にある広い採石所に転移させるらしいわよ。そうじゃないとタンニーンとか戦えないし」

 

 流石に町中を戦場にする気はないらしい。

 安心して息を吐く面々。

 

「でも追加の戦力を持ってくるだろうし、その規模が不安です」

 

「何にせよ、やるしかねぇだろ。あのじいさんにはディオドラの時の借りもあるしな」

 

「ちょっとこっちがお釣りが多い気がするけどねぇ」

 

「私たちはいつも通り目の前のことを全力を尽くすしかないわけだ。それなら分かりやすくていい。チマチマとするよりはね」

 

 ゼノヴィアの言うとおり、政治だのなんだのとは今の自分たちには理解の外だ。

 ただ、目の前に脅威が迫っているからなんとかしよう。

 結局自分たちはそれだけなのだ。

 

 それを自覚して全員が苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、廊下を歩きながら一誠はうんうんと唸っていた。

 

「参ったなぁ。予想よりずっと重いじゃん……」

 

 一誠が悩んでいるのは朱乃のことだった。

 先程、協定の調印役として訪れたグレイフィアとリアスに朱乃のことを尋ねたところ返ってきたのは想像以上に過酷な朱乃の過去だった。

 

 始まりは過去、神の子を見張る者と敵対していた組織との抗争で大きな怪我を負ったバラキエルを偶然介抱したのが朱乃の母、姫島朱璃だった。

 手厚い看病を受けている間に互いに好意を抱くようになり、怪我の治療を終えた後も彼女の下へ訪れるようになり、その仲は更に深まることとなった。

 そうして産まれた娘が朱乃だった。

 正式な婚約こそ認められなかったがそれでも親子3人で幸せな生活が続いていた。

 しかしその幸せは親族の誤解から最悪の結末を辿る。

 朱璃が堕天使に洗脳されたと勘違いした親族たちはバラキエルを排除しようと堕天使に怨みを持つ術者を放ち、バラキエルを排除しようとした。

 たが運悪くその時、バラキエルが所用で家を離れていたため、術者の手が朱乃と朱璃に及ぶ。

 親族たちはあくまでもバラキエルの排除が目的で合って朱璃はもちろん、ハーフである朱乃にも危害を加える気はなかった。

 しかし術者にとって堕天使とのハーフである朱乃も契りを交わした朱璃も粛清の対象でしかなかったのだ。

 そして親族の中にその手段を良しと思わない者もおり、姫島母娘の下へ向かった時には既に遅く、朱璃は術者によって殺害され、娘の朱乃はなんとか保護できたが、この一件での自責に堪えかねた親族たちは全ての責はバラキエルにあると朱乃に吹き込む始末。

 幼かった朱乃はそれを鵜呑みにし、堕天使やバラキエルを憎むようになる。

 そして歳を重ねる内に事実を知った朱乃は親族も憎悪の対象とした。母を奪った全てを。

 その後、リアスに出会い彼女の女王へと転生したらしい。

 

 リアスとグレイフィアの話を聞き終えた一誠は正直、いっぱいいっぱいだった。

 

 ここ数日のバラキエルの様子から朱乃のことを大事に思っているのは間違いないが、どうしたら朱乃に話を聞かせるか全然案なんて浮かばない。

 

 自分の不甲斐なさに落ち込んでいると珍しい組み合わせの話し声が聞こえた。

 

「だから、俺はその話を受けるつもりはねぇんだって。そんなに出場したきゃ、お前が堕天使側に戻ってやれよ」

 

「そういうことを言っているのではないんだけどね。それだけの才能と力が有りながら平凡に堕ちるのは勿体ないと思わないか?」

 

「……お前、平凡ってモンを馬鹿にしてんだろ?」

 

 話していたのはヴァーリと一樹だった。

 その組み合わせも珍しいがやや険悪な雰囲気に一誠は顔を出す。

 

「どうしたんだよ?」

 

 一誠が顔を出すと2人はそちらに視線を向ける。

 

「……兵藤一誠か。大したことじゃない。アザゼルから日ノ宮一樹がレーティングゲームを堕天使勢として参加するよう依頼されたが断られたと聞いてね。聞けばどこかで一般人に戻る選択をするというじゃないか。それが、俺には多大な損失に見えた。だから説得してみたのだが」

 

「レーティングゲームの件ならお前がアザゼルさんのところに戻って参加してやれって返しただけだ。兵藤には前にも言ったが俺はこの力で食ってく気はねぇし、一生を戦いに捧げる気もないからな」

 

「だが君もこちら側の世界で注目を集めつつある。まだ赤龍帝やグレモリー眷属に隠れているがいつかはそれも難しくなるだろう。今回ロキを退ければなおのことな。そこまで関わっていながら君は途中で降りられると本気で思っているのか?」

 

「それ、は……」

 

 ヴァーリの言葉は一樹が心のどこかで思っていたことだ。

 このまま関わり続ければ戻れなくなるのではないか。

 もしかしたらアザゼル辺りが何とかしてくれるかもしれないが、それも限界があるだろう。

 功績を積み上げれば周りから注目され、逃げ場を失くす。

 

「……それでも俺はどこかで距離を取る。今はまだ俺自身ここでやらなきゃ、いや……やりたいことはあるけど。それを終えればそっち側に立つ理由がない」

 

「……君の好きにすればいい。だが、そんな半端な気持ちでこちらに関わり続ければ取り返しのつかない事態になることだけは忠告しよう」

 

 それで会話を打ち切る2人。

 僅かな沈黙に耐え切れず、一誠はどうにか話題を口にする。

 

「そ、それにしても神様と戦うことになるなんてな!禍の団といい、なんでみんなで仲良くすることに反対するのかな?俺、みんなと楽しく平和に過ごせればそれで満足なのに……」

 

「君にとっての平和が誰かにとって苦痛となることもあるということさ」

 

 平和であることが苦痛。

 それは平和な現代日本でずっと暮らしてきた一樹と一誠には理解に苦しむ感情に違いない。

 

「お前も、平和なことが苦痛なのか」

 

「退屈なだけだ。だからこそ、ロキやフェンリルに挑める今回の戦いは楽しみで仕方ない」

 

 旅行を心待ちするような子供のような表情をするヴァーリ。

 

 そこでドライグが宿敵に話しかける。

 

『俺たちも今回こうして神に挑むのは久しい。なぁ白いの』

 

『……』

 

『白いの?』

 

『……話しかけるな。私の宿敵に乳龍帝などいない』

 

 アルビオンの一言にドライグの心に亀裂が入る。

 

『うおぉい!ちょっと待て!?乳龍帝と呼ばれているのは相棒であってだな!』

 

「え!俺だけ!?」

 

『モニターで宿敵の禁手化姿で乳龍帝などともてはやされる宿敵を観て私がどんな気持ちだったかわかるか?相対的に私への評価も下げられているんだぞ?』

 

『俺だってアレを観たとき言葉もなかったわ!何故だ……俺は二天龍の赤き龍と恐れられ聖書の三勢力はおろか他の神話体系にすら恐れられていた筈なのにどうしてこうなった……!』

 

 神器の中で震える声を出す二天龍。

 

「あぁ、だから前にモニター鑑賞してた時、一言も話さなかったのか。おい兵藤。お前の所為だぞ。何とかしろよ」

 

「俺か!俺が悪いのかよ!?」

 

「最近、この手の話題を耳にする度にアルビオンは啜り泣いているんだが……こんな時俺はどんな言葉をかければいいんだ?」

 

「知るか!?いや本当に変態でごめんなさい!」

 

 そうして話しているうちに別の誰かがひょっこり顔を出す。

 

 現れたのはオーディーンとロスヴァイセだった。

 

「ほっほっほ!まさかあの二天龍が啜り泣く声が聞けるとはのぉ。長生きをすれば面白いもんが見れるわい」

 

「赤龍帝と白龍皇は顔を合わせれば周りを巻き込む戦いが起こることが常だと聞いていましたが、今回は相当稀有な事態ですね。もしくは宿主が……」

 

 突然現れた2人に言葉を返さない3人にオーディーンは口元を歪める。

 

「それで?白龍皇の小僧と梵天の小僧はどこが好きなんじゃ?」

 

「はぁ?」

 

 いきなり訳の分からない質問をする北欧の主神に一樹は首を傾げる。

 

「女体で好きなところじゃて。お主らとて男子に生まれたからには好みがあろう。このじじいにちょいと話してみぃ」

 

「……当日ロキに売り飛ばすぞじいさん」

 

 眼を細めて暴言を吐く一樹とは対象にヴァーリは少し考える素振りを見せる。

 

「そういうことに関心が薄いのでな。だが強いて言えばヒップか。腰からヒップのラインは女性を表す象徴的な部分だと思うが」

 

『ヴァーリィイイイイイッ!?』

 

「そうかそうか!で?そっちの小僧は自分だけ答えんつもりか?」

 

「ロスヴァイセさん。本当にこのじいさんをロキに突き出して殺させた方が北欧(そっち)は平和なんじゃないですか?」

 

「言いたいことはわかりますが堪えてください。こんなのでも私たちのトップなんです」

 

「お主ら言いたい放題じゃのぉ」

 

 2人の会話にオーディーンは咎めるどころかむしろ可笑しそうに笑う。しかし次の瞬間、真面目な表情を作る。

 

「わしはジジイの知恵袋が多くの問題を解決する術だと信じておった。じゃがここに来てそれが年寄りの傲慢じゃとわかって来たわい。重要なのは若いモンの可能性。年寄りはそれを守るための道を作れば充分じゃったのだと思うようになっての。そしてわしの傲慢が若いモンに苦労させとる」

 

 何か振り返るような瞳をするオーディーン。

 それに一誠は首を傾げながら答えた。

 

「うーん。でもさ。一歩一歩進んでいけばいいんじゃないかな」

 

「こういうことってどうやったって問題は出て来るもんなんじゃないか?要はどう収まりをつけて、どう活かすかが問題で」

 

 2人の言葉にオーディーンの目が見開いた。

 

「そうか。そうじゃのぉ。全くもってその通りじゃて。これだから若いモンとの会話は止められん」

 

 その答えが気に入ったのか、とても満足そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵藤邸の地下でリアスと祐斗。それにアザゼルは一息ついていた。

 

「ようやく納得が出来るだけの形になったわね。ありがとう祐斗。それとごめんなさいね、付き合わせてしまって」

 

「いえ。僕のほうこそすみません。上手く出来るまでに時間がかかってしまって」

 

「いいのよ。初めての試みだったんだから。無理を言ったのはこっちなのだし」

 

「だが完成にはこじつけた。これがロキに通じるかは当日にならんとわからんが、手札が増えた事には変わりない」

 

「えぇ。たとえ神が相手でも、私は誰も死なせるつもりはないわ。必ずみんなで生きて帰るの。だから出来ることならなんでもしておかないと」

 

 完成した目の前の物にリアスは誓うように力を込めて握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




朱乃の過去は微改ざん。

次の話でようやくロキ戦突入。


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62話:神堕としの始まり

「おっぱいメイド喫茶を希望します!」

 

「…………」

 

 一誠の案にリアスは絶対零度の冷ややかな視線を送った。

 

 今日は学校に出席し、オカルト研究部の部室で学園祭の出し物を話し合う中で一誠が真っ先に出した案がこれである。

 部員の全員が予想通りと言わんばかりの反応。

 

「イッセー。そんな出し物を学園側が許可するわけないでしょう。そんな案を提出したら生徒会や教員の方々に正気を疑われてしまうわ。それと私たちに水商売紛いなことをしろとはどういうことかしら?ちゃんと説明できるのでしょうね?」

 

 威圧感を伴うリアスの質問に一誠はたじろぎながらも熱弁する。

 

「だ、だって部長!部長と朱乃さんの二大お姉さまを中心にうちの部の女性陣のおっぱいを前面に押し出せば売り上げ独走間違いなしじゃないですか!!」

 

「でもイッセーくん。そうなると他のお客にまでみんながそうした視線に晒されるんだよ?さすがにそれはちょっと。身内なら良いってもんじゃないけど」

 

 祐斗の言葉に衝撃を受け、頭を抱える。

 

「そ、そうだ……そうだった。みんなのおっぱいを見て楽しむのは俺だけで十分な筈なのに……なんてこった」

 

「この先輩は……」

 

「だめだこいつ。学園祭のこと自体理解してなかった。自分のことしか考えてねぇ」

 

 軽蔑の眼差しで一誠を見る白音とドン引きする一樹。

 そこでリアスが一樹と白音に視線を向ける。

 

「そう言えば2人とも、前に学園祭の出し物を考えてくれてたみたいだけど、教えてくれないかしら?」

 

 期待の籠った視線が2人に集まる。

 2人は一度視線を交わすと一樹が意見を言った。

 

「えっと。化粧水販売なんてどうです?出来れば手作りの」

 

 一樹の意見が意外だったのか全員の眼が開かれる。

 当然と言えば当然だ。一樹のイメージとかけ離れているのだから。本人にも自覚はあるが。

 

「ここって元女子高だから女子の比率が圧倒的に多いわけですし。兵藤じゃないですけどうちの部って女子のレベル高いからそれだけで客寄せになるんじゃないですかね。オカルト関係についても魔除けの~とか銘打っとけばそれっぽく見えますし。まさか本気にする人もいないでしょうけど」

 

 化粧は自身を飾るだけでなく呪術的な意味合いも過去にはあった。

 顔を赤く塗ることで災いから遠ざかると信じられていたり、化粧を施す祭事なんかも珍しくない。

 これらから自分たちの部とはさして外れず、売り上げも期待できるのではないかと考えた。

 飲食店は他でも多くあるが被ることは無いと思う。

 

 オカルト研究部は学園で注目度の高いメンバーが集まっている。

 それを利用しない手はない。

 

「確かに、それも面白そうだけど。そうなると男子はほぼお断りになってしまうのが難ね。そっちは何かあるのかしら?」

 

「そっちは単純に焼き菓子とか販売すればいいのでは?クッキーとか少し形に拘って。福が来る~とか書いとけば。気になる相手の作った菓子なら手が出やすいかな?歩きながら食えるし」

 

「一気に意見が適当になったわね。でも……うん悪くないわ。他に何か意見は?やりたい事や一樹の案の補正でもいいわ」

 

「おっぱいお化け屋敷とか希望します!」

 

「他に意見はないかしら?」

 

「スルーされた!」

 

「当たり前だよ、イッセーくん……」

 

 周りに意見を求めると珍しくギャスパーがおずおずと手を挙げた。

 

「そ、それなら!誰がどの商品を作ったのか書いてみてはどうでしょう!」

 

「どういうこと?」

 

 僅かに驚きながらリアスは先を促す。

 

「えっと……誰がどの商品を作ったかを書いておけばそれを目当てに買う人も出てくると思いますぅ!」

 

「なるほど。それなら一種、人気投票みたいな感じに出来るね。売上は後日まとめて発表ってしても話題性が出るかもしれない」

 

「それならお品の数は皆さん平等にするべきでしょうか?」

 

「どちらかと言えば名札で調整した方がいいかもしれません。個人差が出て数が足りなくなったらアレですし。本当にみんなで作るんじゃなくて、まとめて作って置いて売れたらその人の分を補充する感じのほうが。ちょっと詐欺っぽいですが。制作過程を見られなければいけるかと」

 

「そうなるとひとりひとつが厳守だな。大量買いされると票の意味がない」

 

「手作りの化粧水は長持ちしないから直ぐに使い切っちゃう分量で売らないとね!」

 

 次々と案が出されていき、意見がまとまっていく。

 

「でも、そうなると誰が1番になるんだ?」

 

 一誠の一言にリアスと朱乃が笑みを浮かべる。

 

『そんなの私に決まって(います)るわ!』

 

 2人が同時に宣言するとお互いに目を見合わせて火花を散らす。

 

「ずいぶんと自信があるじゃない、朱乃」

 

「あらあら。部長こそあまり強気なことを言わないほうが身の為では?」

 

 そんなの上級生のじゃれあいの中で朱乃の様子が以前と変わらないものに変化していることに全員が気づいていた。

 少し前の近づくなという刺々しい感じはなく、穏和な雰囲気に戻っている。

 

「それにしてもどうしてこの案が出たんだい?」

 

「ん?喫茶店とかは他でも結構あるだろうからな。だったら元女子高ってのを考えて化粧品とか売れっかなと思っただけ。ついでに去年はあんま回れなかったから前準備で頑張って当日は売り子だけやって命いっぱい回りたいだけ」

 

「お前も自分のこと優先じゃねぇか!?」

 

「やかましいっ!?少なくともすぐ却下されるような意見は出してねぇだろうが!」

 

 そこでいつも通り一樹と一誠の小突き合いが始まり、最終的にリアスが2人にハリセンを落とす。

 

 こうしてオカルト研究部の出し物は化粧水とクッキー販売に決まった。アイディアはここから詰めていくことになるだろうが、その前に今日はこれからやらなければならないことがあった。

 

 

 

 先程から口を出さずに茶を飲んでいたアザゼルが若者たちの和気藹々とした会話を眩しそうに眺めながら湯飲みを置く。

 

「黄昏、か」

 

 その声に全員が動きを止める。

 神と戦う時間が来たのだ。

 

神々の黄昏(ラグナロク)なんて物騒なモンを余所様の敷居で起こそうとしてる(バカ)を取っちめに行くぞ。気張れよお前ら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 三大勢力の首脳陣と北欧の主神が会談する高層ビル。

 このビルはグレモリー家が所有する建物であり、ここで三大勢力と北欧は会談することになる。

 もっともサーゼクスとミカエルはモニター越しであるが、調印の際には冥界側はサーゼクスの女王であるグレイフィア。教会側は神の不在を知る高位の司祭が代理としてこの建物の中に居る。

 

 リアスたちはその高層ビルの屋上でロキを待っていた。

 アザゼルも会談に参加するため今回は不在。代わりにバラキエルと黒歌が。北欧からはオーディーンの付き人の戦乙女であるロスヴァイセがいる。彼女はロキとの戦闘にリアスたちを巻き込んでしまったことに申し訳なさそうにしていたが今は気持ちを切り替えたのか凛として戦士の佇まいをしていた。

 

 ヴァーリチームはアーサーの妹であるルフェイを除きこの場に居る。

 

 ロキが現れると同時に周辺にいるシトリー眷属たちがロキとこの場にいる全員を戦闘可能な採石所に転移させる手筈になっていた。

 そこで、タンニーンも待機している。

 

 

 ゼノヴィアとイリナは教会の戦闘服。白音は前にコカビエルとの戦闘で着ていたライダースーツにコートを羽織っている。コートの内側には与えられたフェニックスの涙や転移符や起爆符。その他諸々の道具を隠している。

 そこで一誠はリアスに質問する。

 

「部長。その包みはなんです?」

 

 リアスが手にしている細長の包み。巻かれている布には呪が書かれ、封されている。

 

「武器よ。使わないかもしれないけど一応ね。相手が相手だから用意できる物は何でも用意しないと」

 

 そう答えたリアスは時計を見て呟く。

 

「時間ね」

 

 まだロキの姿が見えないがその場の空気は一気に変わった。

 重く圧し掛かるような重圧。

 そして刃先でつつかれ、いつそれが肉を貫くのかとイメージするほどの殺気。

 

「真正面からとはな。恐れ入る」

 

 呆れるような口調でありながらその口元には好戦的な笑みを浮かべているヴァーリ。

 それが合図であったかのように空に亀裂が入り円状に割れた空間からロキとフェンリルが出現する。

 

「目標確認。作戦開始」

 

 バラキエルが小型の通信機に指示するとビルが巨大な魔法陣に包まれ、眩い光を放つ。

 本来抵抗する筈のロキも慌てる様子すら見せずにただ不敵に笑みを浮かべてこの場に居る者たちと共に転移した。

 

 

 

 

 

 

 転移は問題なく成功し、ロキとフェンリル。オカルト研究部の面々に神の子を見張る者の2人。ロスヴァイセにヴァーリチームもやや離れたところだが視界に映る程度の距離には転移していた。

 

「逃げないのね」

 

 リアスの質問にロキは鼻を鳴らした。

 

「なにどうせ今日オーディーンの首は落ちるのだ。僅かな間だけでも夢を見せるのも悪くないと思ってね。私が羽虫どもを踏み潰す間くらいは」

 

 羽虫。そう形容されてリアスは視線を鋭くさせるが何か言おうとする前にロスヴァイセが前に出た。

 

「ロキさま!今回の件に不満があるのなら正式な議会で意見を述べるべきです。このような力で我を通すやり方はお止めください!!例え貴方がオーディーンさまの首を落としたとて、それは我々の戦力を削ぐだけです!テロリストの襲撃が重なっている今この時期に―――――」

 

「黙れ。一介の戦乙女風情が口を利くなと言った筈だ。それにテロリスト風情がいくら束になったところでなんだというのだ。禍の団など、有象無象の集まりではないか」

 

「考えを改めてはいただけないのですか?」

 

「他神話と交わるなどと言うおぞましい考えこそ歪の源と知れ!話はここまでだ」

 

 ロキは指さすと膨大な魔力が収束される。

 それに真っ先に反応したのは一誠とヴァーリだった。

 2人は同時に禁手化で鎧を纏い、ロキへと疾走する。

 

「ハッ!二天龍がこのロキを倒しに共闘するか!貴様らの今の関係こそ今回の歪みの象徴だな!」

 

 ヴァーリが空から。地上からは一誠が攻めてロキに攻撃を仕掛ける。

 禁手により瞬時に倍加を終えた一誠がドラゴンショットでロキの防壁を破り、その隙にヴァーリの手には膨大な魔力が集められる。

 

「先ずは初手だ!」

 

 放たれた魔力は散弾銃のように拡散されたがその範囲は採石所の3分の1に広がっている。

 だがその攻撃を受けてもロキに傷ひとつついていない。

 

「子供と思い侮ったがこれは中々。しかし神に挑むにはやはり早いわ!」

 

 ロキが放つ魔力の光線。

 それが幾重にも発射され、この場に居た全員に降りかかる。

 ヴァーリチームはそれぞれ個々に。

 オカルト研究部はバラキエルとタンニーンが迎撃する。

 

 ロキにある程度接近できた一誠が腰に提げていたミョルニルにオーラを流し、両手持ちサイズへと変えた。予想通り、通常の状態では持ち上げられなかったが禁手の鎧を纏えば何とか持ちあげられる。

 

「ミョルニル……レプリカか?オーディーンめ!余程この会談を成功させたいと見える!」

 

 レプリカとはいえ神の槌を渡したオーディーンに怒りを燃やすロキ。

 一誠は鎧のブーストを吹かして一気にロキまで接近していき雷を出すイメージを作り、ミョルニルを振り下ろす。

 

「いっけぇえええええ!!」

 

 振り下ろされた槌をロキは避けるが当たった地面に大きなクレーターが出来る。その威力に驚いたが同時に疑問が出る。

 

「あ、アレ?雷は?ビリビリ出るんじゃないのか!?」

 

 今の一撃はただの打撃。雷のカの字も出なかった。

 それにロキが哄笑する。

 

「残念だな!それは本来力強く純粋な心の持ち主にしか使えない槌だ!貴殿には邪な心があるのだろう?だから雷が生まれないのだ!元来、持ち主に重さすら感じさせぬと聞くぞ?」

 

 言われて思い当たる節が多すぎて顔を顰める。

 なにせ、普段からエロ方面で頭をパンクさせてるような悪魔だ。これで邪な心が無いと判断されたらミョルニルの純粋の定義を疑うレベルである。

 

 唖然としていた一誠を横目にロキは控えていたフェンリルに手で指示を出す。

 

「こちらも本格的に攻勢へ移ろうか」

 

 ロキがフェンリルを嗾けようとすると魔術で空を飛んでいたメディアが魔方陣を幾つも展開し、その中心からそれぞれ巨大な鎖が放たれる。

 

 グレイプニル。

 ミドガルズオルムの助言によりダークエルフに強化された鎖をメディアが預かっており、魔法陣から転移させた。

 

 鎖はフェンリルを身じろぎしながらも絡めとられていく。

 

「ただのグレイプニルでは無駄だと知り、対策を施してきたか!やってくれる!」

 

「やったぜ!これで相手はロキひとりだ!」

 

 フェンリルを無力化して全員が安堵しているとロキは鼻で笑う。

 

「ひとり?何故私があの時撤退したと思っている。仕方がない。親よりは力はだいぶ落ちるがあの子らの力を借りることとしよう。来い!スコル!ハティ!」

 

 指を鳴らすとロキが出て来た時のように空間に変化が生じる。

 

 増援を予想していた面々は警戒レベルを上げるが現れた存在に言葉を失った。

 空間の穴から下りてきたのは2匹のフェンリルだった。若干サイズは縮むが。

 

「な、なんで!フェンリルって1匹じゃないのか!?」

 

「ハハ!これでフェンリルが終わりでは手応えが無いと思っていたがまだまだ楽しめそうじゃないか!!」

 

 正反対の意見を言う今代の二天龍。

 見れば美猴とアーサーもヴァーリと同じ表情をしている。

 

「ヤルンヴィドに住まう巨人族の女を狼に変えて交わらせて生まれたのがこの2匹だ。親より力は劣るが牙は健在。貴殿ら程度なら十分屠れるだろう。そしてこちらの戦力はこれだけではない!」

 

 さらに空間に穴が開きく。

 

「まだ来るの!」

 

 下りてきたのは蛇を思わせるドラゴンだった。

 それにタンニーンが叫ぶ。

 

「ミドガルズオルムの量産か!?」

 

 そのドラゴンも大分小さくなっているもののミドガルズオルムと瓜二つな見た目だった。それも1匹ではなく5匹も。

 

「これだけの戦力。貴殿らに抗う術はあるか?」

 

 北欧の悪神は勝ち誇った笑みで2種の配下で攻勢に出た。

 

 

 

 

 

 

 



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63話:最狂の再臨

 現れた2種の魔獣にそれぞれ戦闘が開始される。

 

 フェンリルの1匹はヴァーリチームの男どもが。もう1匹はタンニーンが。

 残ったメンバーでミドガルズオルムの相手をする。

 

「1匹だけでも動きを押さえ込んでおいた方が良さそう、ね!沈みなさい!」

 

 素早く印を結び、地面を叩くとミドガルズオルムの1匹が突如できた大沼に沈む。

 

「土遁・黄泉沼ってね!でもさすがにあのサイズを完全に沈めるのは無理だわ。動きは少し制限出来たけど」

 

 笑みを浮かべながらもマズイ状況にどうするか思考する黒歌。

 

「一樹!ブラフマーストラで子フェンリルの片方よろしく!力を溜め終わったら合図して」

 

「それしかねぇか!タンニーンさんは俺が合図したら上へ投げてくれ!!」

 

「承知した!」

 

 言われた通り溜めに入る一樹。

 その間にロキも二天龍を始めとして攻撃を放ってくる。

 

 

 バラキエルが雷光で量産型ミドガルズオルムに攻撃を仕掛ける

 イリナも天使の光の力で遠距離から攻撃し、接近したゼノヴィアがデュランダルを振り下ろす。

 その巨体から即死には至らないまでも少しずつダメージを与えていった。

 

 白音も仙術の力を打ち込んで僅かばかりでも動きを鈍らせ、祐斗が聖魔剣で斬り裂いていく。

 前衛をリアスと朱乃が後方から援護する。

 

 一誠とヴァーリはロキの攻撃をやり過ごし、反撃に転じるが決定打にならないでいた。

 

 戦闘で負傷すればアーシアが回復の力を飛ばす。

 今回の戦闘でフェニックスの涙が支給されているが、それだけでは足りない。

 

 ロスヴァイセが砲撃を放ち、黒歌がそれを援護する。

 

 ヴァーリチームも子フェンリルを相手に立ち回っていた。

 

 

 

「フハハハハッ!!しかし二天龍が共闘したとて使い手が未熟ではな!」

 

 ロキは一誠に接近し魔力の集まった右手を腹に当て、吹き飛ばす。

 

「つぁっ!?」

 

 腹の部分の鎧が破壊されて吹き飛ばされる一誠。

 その僅かなロキの硬直にヴァーリが攻撃を仕掛ける。

 編まれた術式は北欧のモノ。準備期間に渡された書物からメディアともども北欧の魔術を学んでいたヴァーリはそれをロキに使用する。しかし、それをロキは失笑した。

 

「ふん!そんな付け焼刃の術を頼ろうなどとヤキが回ったか、白龍皇!!」

 

 ロキはヴァーリの魔術攻撃を受け止め、倍にして返す。

 

 それを躱し、再度攻撃を仕掛ける。

 僅かに遅れてアーシアから回復の力を飛ばされた一誠が続く。

 

 左右から白と赤の拳がロキを挟むが障壁に阻まれて肉体には届かない。

 

『Divid!!』

 

 障壁に触れた瞬間に白龍皇の力でロキの力を半減しにかかる。だがそれよりも前に拳をいなされ、蹴りを叩き込まれた。

 

「……ッ!?やはり神格相手では半減の力が上手く作用しないか。だが、面白い!」

 

 自分の力が上手く通じないことに苛立ちを覚えるがそれ以上にこの状況を楽しんでいた。

 だがそこでメディアの悲鳴のような声が上がる。

 

「お避けくださいっ!?ヴァーリさま!?」

 

 その言葉を聞き終わるより前に振り向くと親のフェンリルがその巨体に似合わない速度でヴァーリに爪を立てた。

 

「グフッ!?」

 

 鎧が貫かれ、血を流すヴァーリ。それにメディアから本当に悲鳴が上がった。

 見ると、親フェンリルの拘束は子フェンリルにより破られており、自由になると同時にロキと戦う二天龍の元に駆けたのだ。

 

「ヴァーリッ!?こ、のぉ!!」

 

「ヴァーリさまを傷付けた罰、ここで受けなさい!!」

 

 一誠が親フェンリルに標的を変え、メディアが杖を振るうと空間に3つの魔法陣が展開され砲撃を撃つ。

 直撃した3つの砲撃。しかし親フェンリルは大したダメージを受けていなかった。

 

 一誠はここでヴァーリを助けなければ全滅するという予想からフェンリルを殴りつけた。

 しかしまるで怯む事さえせずにそのまま一誠に体当たりを喰らわす親フェンリル。

 

 その状況を見ていたタンニーンは助けに入るべきか躊躇ったがここで先に子フェンリルを仕留めなければリアスたちに被害がいく。

 そう思っていた矢先に合図が聞こえた。

 

「タンニーンさん!上に投げて!そしたら兵藤たちを!!」

 

 その声に応えは行動で示した。

 タンニーンは子フェンリルを宙へと投げ飛ばすと一樹が炎を纏った槍を投擲体勢に入っていた。

 

未・梵天よ、(ブラフマーストラ・)我を呪え(クンダーラ)ッ!!」

 

 投げられた槍が子フェンリルに直撃し、耳を覆うような爆音と離れていても身を焼くような炎が噴き出される。

 焼かれた子フェンリルの1匹は胴体に穴を空けられ、黒く焼かれて落下した。

 

 帰還機能で槍を手元に戻すと一樹は膝を折る。

 

「……やっぱ、1回が、限度だな、これ……」

 

 呼吸を荒くして動けなくなる一樹にリアスが指示を出す。

 

「一樹、後ろに下がって休息を!アーシアの傍に!?」

 

「うっす……」

 

 心の内で情けなさを感じながらも言われた通り戦線を下がる一樹。リアスと朱乃がそれを援護する。

 

 しかし、ロキが消し炭になった子フェンリルの1匹を見て憤怒の表情に変わる。

 

「スコル!?人間がぁ!よくもスコルを!」

 

 離れた距離から魔術を放とうと魔力を集める。だが突如上空から数十に及ぶ光の線が降り注ぐ。

 

「一介の戦乙女風情が私の邪魔をするか!!」

 

「ロキさま!あなたは私がここで止めます!」

 

「図に乗るなというのだ!」

 

 互いに北欧の術式で応戦を始めるロキとロスヴァイセ。

 そしてここでロキの相手を買って出ていたのはロスヴァイセだけではなかった。

 

 ロキの腕から黒い炎が上がる。

 ロスヴァイセに意識が向いている間に黒歌が妖術でロキの腕を焼いた。

 

「どう?ロスヴァイセだけじゃ物足りないなら両手に華は如何?神様」

 

「ふん!下賤な獣人と戦乙女風情が私の相手をするなどと身の程を知れ!!」

 

 黒い炎を払い、悪神は猫魈と戦乙女との戦いを始めた。

 

 

 

 

 

 タンニーンと親フェンリルの相手は元龍王であるタンニーンが劣勢だった。

 フェンリルの牙と爪はタンニーンに対してですら凶悪な武器であり、またフェンリルの俊敏性が高く、捉えることが難しい。

 得意の炎の息も足止め程度しか役に立たずに、じりじりと追い込まれていた。

 そんな中でフェンリルの爪から既に逃げていたヴァーリは近くにいた一誠にポツリと呟く。

 

「兵藤一誠。あの親フェンリルはこちらが引き受ける。確実に奴を仕留めよう。代わりにロキの方はそちらに任せる」

 

「え?」

 

 ヴァーリは立ち上がると鎧の宝玉から七色の光が放たれた。膨大なオーラと共にその口から呪文が紡がれる。

 

 

「我、目覚めるは――――――」

(消し飛ぶよっ!)(消し飛ぶねっ!)

 

 ヴァーリの声とは違う声。いや思念がその場に居る全員の頭に響く。

 

「覇の理に全てを奪われし、二天龍なり――――――」

(夢が終わるっ!)(幻が始まるっ!)

 

 それは歴代白龍皇の残留思念。彼らの無念が怨念として神器に宿り棲みつき、その思念が表に出ていた。

 

「無限を妬み、夢幻を想う――――――」

(全部だっ!)(そう、全てを捧げろっ!)

 

 その怨嗟に全てを引きずり込まれそうな程に昏く、重い。

 

「我、白き龍の覇道を極め――――――」

 

 宝玉の光が強さを増し、目を覆わせる。

 

「汝を無垢の極限へと誘おう―――――ッ!!

 

『Juggernaut Drive!!!!!!』

 

 覇龍の使用により、ヴァーリの鎧もまた変化する。

 そこでヴァーリは指示を飛ばした。

 

「メディア!俺たちを予定のポイントに転送しろっ!!」

 

「お任せを!アーサー!美猴!貴方たちも跳ばすわ!子フェンリルを振り払いなさい!!」

 

「簡単に言ってくれるぜぃ……!でっかくなれ!如意棒!!」

 

 巨大化した如意棒が子フェンリルの脳天に振り下ろす。

 

「仕方がありませんね。ふっ!!」

 

 アーサーが聖剣を振るうと子フェンリルの片目が削り取られた。

 

「この聖王剣コールブランドならば子供のフェンリル如き、空間ごと削り取れます!」

 

 もういちど聖剣を振るい今度は前足を潰す。

 そうして2人は子フェンリルから距離を取るとヴァーリチームはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 ロキは2人の女との戦いで違和感を覚えていた。

 先程からやけに体が鈍く感じる。そのせいで避けられる筈の攻撃も障壁などで防いでいた。

 

(どうしたというのだ!?たかだが雌2匹にこうまで……!?)

 

 自分の醜態に苛立ちながらも魔術を放つ。

 しかしそれも避けられてしまう。

 どういうことかと考えていると視界に1匹の蝙蝠が目に入る。

 

「……そうか神器か!」

 

 確かグレモリーの眷属に時間停止の神器を宿す転生悪魔がいたことを思い出した。事前情報は持っていたが今まですっかり失念していた。

 ギャスパーの時間停止の神器も白龍皇の半減と同じで神であり、実力差に開きの有る相手には効きにくく、僅かに動きを鈍らせる程度しか役に立っていない。

 煩わしいその悪魔を屠ろうと動くと蝙蝠の口からヒィッ!と声が上がる。

 だがそこでロキは自分の両手を広げて膝をついた。

 

「……!?幻術か!!」

 

「正解よ!どう?妖術を嵌められた幻術のお味は?」

 

「ふん!この程度で神である私を押さえつけようなどと!」

 

 怒りで粗い口調になるロキに更に拘束が加わる。

 

 ロスヴァイセが使用した魔術の鎖がロキの首と四肢を絡めとり、地へと拘束する。

 

 神器(時間)幻術(精神)魔術(肉体)。その三重拘束にさすがのロキもすぐには動けない。

 

「だが私を拘束している以上、其方も動けまい。他の者たちはハティと量産型ミドガルズオルムに手いっぱい。まさかこのままずっと押さえつけられていられるとでも――――――」

 

 そこでロキは自分が影に覆われていることに気付き、上を見上げる。

 すると黄金の槍を持った一樹がロキの頭上を取っていた。

 

 一樹が持つ槍の矛は赤く熱せられている。

 リアスの指示でギャスパーがロキの元へ移動した後に一樹も体力がある程度回復したため後を追った。

 一樹はフェンリルなどの巨大な怪物やフェニックスのような再生能力を持つ敵を除いて大火力は必要ないと考えていた。

 空は飛べるが四肢をもげば痛みを感じ、頭や心臓を抉れば当然死ぬ。

 もちろん素で防御力の高い者もいるだろうがそれならなおのこと力を一点に集約すべきではないか。

 どんなに広範囲な攻撃も当たらない箇所は力の垂れ流しでしかなく、無駄になるのではないか?

 もちろん命中率を上げるために広範囲な攻撃も必要だとは思うがそれだと周りへの被害がバカにならない。

 集中し、収束し、圧縮し、力を一点に集める。

 そして速く、的確に相手を貫く確実な一撃。

 それさえあれば神であろうとなんだろうと人型とは渡り合える。

 

「焼き斬れ――――――」

 

 自身の()を集めた槍を構える。

 

(アグニ)よっ!!」

 

 その矛をロキの頭部へと振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つまり、北欧は神々の黄昏(ラグナロク)を乗り切るために三大勢力(我々)と手を組むと?』

 

「然り。何せ人の世に近代兵器が普及してからというもの、勇者(エインフェリア)としてヴァルハラに招けるほどの力の持ち主は激減し、またそうした者も所属が明確で手が出せん状態じゃ。わしらとて黙って滅びるつもりもない。じゃが内側の力だけで乗り切れんのなら、外に力を求めるしかない。知識ものぉ。それは議会で決定しておる。駄々をこねているのは他所の力を借りるくらいなら自滅した方がマシだと思っとる一部の者たちだけじゃ。ロキもそのひとり」

 

 そういう意味では三大勢力の和平を機に外へと開いていったのは北欧にとって都合が良かった。

 協定を結べば友好国としてラグナロクに巻き込むことが出来る。

 もちろん共に滅びる為ではなく乗り切るために、だ。

 そしてもし北欧の古い神々が滅びることがあってもその前に若者たちだけでも避難の受け入れとして冥界などに移住することができるかもしれない。

 北欧は生き延びる選択として他神話と手を取ることを選んだのだ。

 協定を結んだ勢力の技術などを学びたいという理由もあるが。

 

「もちろん、禍の団などのテロリストを叩くことにも協力を惜しまん。あ奴らはうちにとっても悩みの種じゃしの。その代りにもし機が来たのならそちらの力を貸してほしい。」

 

 オーディーンの言い分に最初に発言したのはアザゼルだった。

 

「俺は、この協定を受けても良いと思うぜ。今まで引き籠ってた北欧の連中が俺は嫌いだったがこうして外に出たんだ。それに滅びたくない。だから外に助けを求めようってのは俺たちが協定を結んだ理由と通じるものがあるしな」

 

『そうだな。冥界としても北欧の魔術や魔法の技術は益になる。いつ来るかわからないラグナロクを理由に拒絶するよりも共に歩むほうがいい』

 

「……ミカエル。お前さんはどうだ」

 

『その前に私たちセラフは北欧のオーディーン殿に謝罪せねばならないことがあります』

 

 モニター越しにミカエルが発言する。

 

「私たちの信仰拡大のためにそちらには大分迷惑をおかけしました。魔女狩りや異教狩りでもです。今更かもしれませんが、ここでお詫びしたい。もちろん私が頭を下げた程度で許されることではありませんが」

 

 そうして頭を下げるミカエル。それにオーディーンは笑みを浮かべた。

 

「確かにそちらの教えが広まったことでわしらへの信仰が落ちたのは事実じゃ。そのことに思うことが無いわけではない。しかしそれを選んだのは結局その地の人間たちじゃからのぉ。魔女狩りなどについてもわしら自身彼らを守り切れんかった責はある。謝罪は受け取った。全てを水に流すのは長い時間がかかるじゃろうが、これから少しずつ良い関係を続けていければと思うておる」

 

「寛大な御心、感謝します……」

 

 そうして作られた和やか空気にアザゼルは安堵する。

 

(こっちはなんとか話がまとまりそうだ。だからお前たちも必ず生きて帰って来い!もちろん全員な!)

 

 今ここではない戦場で戦っている者たちに心の中でそうエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 一樹の矛はロキの頭に躱され、胸の部分に矛が滑った。

 胸から血が流れるのを見て一樹は舌打ちする。

 

(くそっ!ギリギリで拘束を抜け出して体を退きやがった!)

 

「違う」

 

 一樹の心を読んだかのようにロキは告げる。

 

「貴様は今こう思っているな。私が拘束を抜けだして貴様の攻撃を避けたと。だが違う。確かに私は拘束を外し体を退かせたがあのタイミングは本来躱せなかった」

 

「なに言って……」

 

 胸を押えたロキの嘲笑が浮かぶ。

 

「臆したな人間。貴様、私の頭に矛を当てる瞬間、僅かに得物が引いたぞ。そうでなければ私はあの一撃で死んでいた」

 

「つっ!?」

 

 一樹の中にあった殺人に対する忌避感。それがあの一瞬で、一瞬だったからこそ動きに現れてロキに攻撃を躱される隙になってしまった。

 

「っ!それでも、傷は負わせた!まだ俺たちが敗けたわけじゃなねぇだろうが!?」

 

 自分のミスを自分で認めながらも必死に紛らわすように言葉にする。

 

「傷か。まさかこれを人間相手の付けた傷で使うことになるとはな」

 

 ロキは懐から小瓶を取り出す。

 

「フェニックスの涙……!?」

 

「少し前の旧魔王派とやらの討伐をオーディーンが手助けした礼にと送られた涙を1つ拝借させてもらってね。おかげでこの通り」

 

 フェニックスの涙を傷口にかけると嘘のように傷が塞がった。

 

「光栄に思えよ人間。私の身体に傷を負わせたことを。しかし――――――」

 

 放たれた魔力が一樹の体を空中へと飛ばす。

 

「神の体に血を流させた罪。自らの首で償うといい!」

 

「させないわよ!!」

 

 黒歌が宝剣を和服の袖から取り出し、接近し、ロスヴァイセも魔術を構築する。

 それをロキは腕を払った魔力の衝撃で吹き飛ばした。

 

 その間に地面に落ちる一樹。

 

「っのヤロ……ッ!?」

 

 すぐに立ち上がろうとするが腹に力が入らず、立ち上がれない。

 なんで?と視線を体の下に向けるとそこには腹が半分切られていた。

 先程飛ばされた際に腹部も魔力の刃で切られていたのだ。

 自覚して吐血し、腹の出血で意識が朦朧となりながら地に這いつくばる。

 

「ほう?腹部をそれほど切られて即死どころか意識すら失わんか。本当に人間か疑わしい生命力だ。だが、ここで頭を潰せばさすがに助かるまい。ついでだ。スコルの仇を討たせてもらおう」

 

 一樹の体を飲み込む程の魔力の弾が撃ち出される。

 もうすぐ一樹の命を終わらせに。

 

「やらせないよ!!」

 

「絶対に守る……っ!」

 

 一樹の前に聖魔剣を構えた祐斗といつもより大きく作った螺旋丸を両手に突き出した白音がロキの攻撃を防ぐ。

 

「つっ!?このくらい!!」

 

「やらせない!絶対にっ!!」

 

 魔力の弾が爆発し、祐斗と白音が一樹の近くまで吹き飛ぶ。

 

「ハハハッ!!これはいい!3匹の虫を一気に踏み潰すチャンスというわけだ!」

 

 先程よりも多くの魔力が込められた球体。それをやり過ごす術は今の3人には持たない。

 一樹は朦朧とする意識の中で敵を睨めつける。

 白音は服が焼かれ、身体に火傷を負い、意識が飛んでおり、祐斗も脚に怪我をして上手く動けない。

 これは、一樹の覚悟の無さが引き起こした事態だった。

 情けなくて泣きそうになるのを歯を食いしばって堪える。

 何かできることはと考えるが何も浮かばず。

 

「神の手で消されることを光栄に思うが―――――なんだ!?」

 

 その場に異変が起こる。

 空にフェンリルなどが現れた時よりも激しく空間が歪み、その奥から強大な力が感じられた。

 ロキが振り向くと同時に落雷のように誰かが落ちてきた。

 

「ふん。まさかピンポイントで送ってくれるとはな……帝釈天もいい仕事をする!」

 

 現れたその人物の顔はその場に居る大半が見覚えがあった。

 極道が裸足で逃げ出すような長髪の強面。大きく歪んだその口はこの状況を歓迎しているのは明白だった。

 素肌の上にジャケットを羽織ったその背には10枚の鴉のような羽が広げられている。

 

「コカビエル……」

 

 その呟きは誰のものだったのか。

 しかし名を呼ばれた本人はそれを気にする様子もなくひとりの神に視線を向ける。

 

「北欧の悪神。今の俺には丁度良い相手だ!さぁ戦いを始めようかっ!?この俺を昂らせ、満たすための戦いをなぁっ!!」

 

 

 かつて駒王の町を破壊しようとした最狂の堕天使コカビエル。

 それは歓喜の笑いと共に再び表舞台に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 




コカビエル再登場。強くなって帰ってきました。




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64話:堕天使の戦い

「ハァッハッハッハッ!!」

 

 歓喜の雄叫びと共にコカビエルはロキに翼を広げて突っ込んで行った。

 そしてロキの頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。

 

「どうしたぁ!隙だらけでは無いか?」

 

 そのまま頭を握り潰さんばかりに握力を込めるコカビエルにロキは魔術で応戦する。

 

「死ね!堕天使めがっ!!」

 

 力の奔流にコカビエルは腕を外し、飲み込まれる。それにロキは忌々し気に唾を吐いた。

 

「大きな口を叩いた割には一撃で終わりか?いったい何をしに……」

 

 来た、と言おうとしたが途中で止まる。

 自身の魔術によって吹き飛ばされ、発生した土煙が晴れるとそこには着ていたジャケットこそ破れているが肉体が無傷なコカビエルが立っていたからだ。

 

「中々いい攻撃だったぞ。俺を殺そうとする一撃。こういう感覚は久しぶりだ。そうだ、もっとだ!もっと俺を昂らせ、この渇きを潤して見せろぉっ!!」

 

 そうしてコカビエルは再度ロキへと向かって行った。

 

 

 

 

 負傷した一樹たちは黒歌とロスヴァイセによって担がれ、アーシアの元へと移動させた。

 アーシアも一樹の重傷は見ていたのですぐに空を飛んで向かっていたのだが。

 

「……俺より先に白音と祐斗を――――――」

 

「バカ言わないでください!1番傷が酷いのは一樹さんなんですよ!?」

 

 一樹の要望にアーシアは珍しく声を荒らげる。

 腹を切られて血が噴き出た一樹を見た時はショックで悲鳴を上げることすらできなかった。

 聖母の微笑みで癒しの力を注ぐとあれ?と違和感を覚える。

 

「傷が、塞がって……」

 

 一樹の傷は塞がり始めていた。

 まだ完全ではないが、それもすぐに終わるだろうと思えるほど急激に。

 

(本当に化け物染みてきたな。今はありがたいけど正直複雑だな)

 

 自分の体に危機感を覚えながらも今はそれを奥にしまい込む。

 

「そういうことだから。俺の方は勝手に何とかなる。だから2人をな」

 

 一樹の言葉にアーシアは迷ったがこれほど自己治癒能力を前に自分が手を出せばどうなるか予想つかないため、迷った末に一樹の言い分を受け入れることにした。

 

「悪い、みんな。下手打った」

 

 俯きながら一樹は悔しそうに謝る。

 ロキの言った通り、一樹には僅かな迷いがあった。それが動きに現れて千載一遇のチャンスを逃すことになってしまった。

 ディオドラや子フェンリルと違って人型を殺すことに躊躇ってしまったのだ。

 それが祐斗と白音を巻き込み、コカビエルが現れなければ3人纏めて死んでいただろう。

 なにやってんだと自分を殴り飛ばしたくなる。

 切られた腹を押さえながら悔しげに下唇を噛む。

 

「……それは、後にしましょう。今はまだやらなきゃいけないことがあるでしょう?まだ、みんな戦ってる」

 

 黒歌は子フェンリルや量産型のミドガルズオルムと戦っている仲間を指差す。

 

「どうする?ここで休んでる?それとも……」

 

 試すような口調で問う黒歌に一樹は槍を支えに立ち上がる。

 

「やるさ。テメエで犯した失態は全部じゃなくても少しは取り戻しておかねえと気がすまねぇ」

 

 血を流しすぎたせいか若干の視界がぶれ、足がふらつくが援護くらいはできるだろう。

 その前にロキと戦っているコカビエルに目をやる。

 

「だけど、コカビエルってあんなに強かったか?前だと力量差が開きすぎてて強さがよく分かんなかったけど」

 

 ロキと互角の戦いを繰り広げるコカビエルに一樹は疑問を口にする。

 

「いや、少なくともコカビエルの実力はアザゼル先生やバラキエル氏よりも下だったはずだよ。そうじゃなかったら以前、白龍皇に一方的にやられたのはおかしい。」

 

 アーシアの治療を受けている祐斗が断言する。それに一樹は顔をしかめた。

 

「強くなったってか?厄介な奴がまぁ……」

 

 この場では自分たちに利のある行動を取ったがあの男は味方ではない。むしろ敵だ。

 それこそロキを倒したら自分たちに牙を向きかねない

 そこで白音が意識を取り戻した。

 

「白音!?」

 

「い、くん……ッア!?」

 

 火傷を負った白音が動こうとして痛みに呻く。

 

「動かなくていい。ここで、アーシアに治してもらえ。それと、ごめんな。俺の所為で」

 

 火傷以外にも見れば指などが折れており、これが自分で招いたのだと思うとさらに自分への怒りが湧く。

 そんな風に考えている一樹に白音が声を絞り出す。

 

「いっくん、ケガは……?」

 

 白音の疑問に目を見開いて驚きながらもすぐに笑みを作って答えた。

 

「大丈夫だ。白音と祐斗が守ってくれたからな。もう何ともない。ありがとな」

 

 傷の痛みで直前に一樹が腹を切られたことを忘れているのか白音は安堵の笑みを浮かべた。

 

「そう……よかった……」

 

 そうしてもう一度意識を沈ませる。

 それを見て一樹は再び槍を手にした。

 

「行ってくる。アーシアは白音を頼む。こんな戦い、さっさと終わらせて来る」

 

「そうだね。行こうか」

 

 祐斗も立ち上がり、聖魔剣を手にする。

 

「怪我はもういいのか?」

 

「僕は白音ちゃんより軽傷だったからね。もう治してもらったよ。それに怪我があっても部長たちが戦っているのに休んでいるわけにもいかないさ。言ったでしょ?僕はリアス・グレモリーの騎士だって。部長たちを守らないと」

 

「そっか。そうだな」

 

 そうして量産型のミドガルズオルムに向かって行く一樹と祐斗。それを見送った後に黒歌は肩を竦める。

 

「男の子ねぇ。でも私も妹がこんな風にされて黙ってられないし、危なっかしい弟も守らないと。ロスヴァイセ、手伝ってくれる?」

 

「えぇ。元よりこれは北欧の問題です。私も率先して動かないと」

 

「そ。ロキの方は今はコカビエルに任せましょう。相打ちになってくれれば嬉しいけど、どっちかが生き残って戦うにしろ余力は残しておかないと」

 

 今のところコカビエルとロキの戦いは互角。モチベーションの差かコカビエルが若干押してるように見えるが、どっちが勝っても戦いになるだろう。

 それまでに他を殲滅しないと絶対に積む。

 

「それじゃ、行きましょうか!!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 量産型ヨルムンガンドとの戦いに対してオカルト研究部の面子はだんだんと慣れてきた。

 その証拠に敵の攻撃に皆が冷静に対処できるようになっていた。

 

「イッセーくん、お願い!」

 

「任せろ!うおぉおおおおおっ!!」

 

 イリナが聖剣(エクスカリバー)の能力である、擬態、破壊、天閃の能力を駆使して量産型ヨルムンガンドの口を縫い付けた。

 それに一誠がニョルニルのレプリカを使ってその頭に打ち付ける。

 例え雷が発生しなくてもその一撃は大きく役立っていた。

 

 一誠が振り下ろした槌が量産型ヨルムンガンドの頭を潰す。

 

「先ずは1匹ィッ!!」

 

 一誠が最初のヨルムンガンドを倒すとゼノヴィアが聖剣のオーラを全開にする。

 

「これで、どうだぁっ!?」

 

 放たれた聖剣のオーラが倒すとまではいかないまでもヨルムンガンドにダメージを蓄積させる。そこでリアスが飛び出した。

 リアスはずっと持っていた細長の包みを封を切る。中から出て来たのは一本の細剣(レイピア)だった。

 リアスの滅びの魔力から祐斗の魔剣創造の神器を用いて創られた滅びの魔剣。

 

「タァアアアアッ!!」

 

 その斬れ味はデュランダルにも劣らず、ヨルムンガンドの首を掻っ捌く。その感触を確かめながらリアスは眉を寄せる。

 

(斬れ味は凄いけど思った以上に脆いわね。使えるのはあと1、2回といったところかしら?)

 

 リアスの滅びの魔力を凝縮して創られているためか、強度が祐斗の魔剣の中でも特に低い。

 しかも滅びの魔力の特性上、1度封を切ってしまうと徐々に形を保てずに崩壊していく。

 また、リアスの魔力を使用して創られるからか創造に10分程時間がかかる。アザゼルに言わせれば発想は面白いが手間が全く釣り合わないとのこと。

 

 バラキエルが残り3匹の内2体を受け持っている。

 そこで現れた黒歌が印を結んでいた。

 

「ついでよ!沼に落としてたのも片を着けるわ!影縫い!」

 

 黒歌の影が地を離れ、沼に固定化されていたミドガルズオルムの体に巻き付き、舌や眼球などを刺していく。

 

「ロスヴァイセ!トドメ!!」

 

「はいっ!!」

 

 ロスヴァイセの手に魔力で編まれた槍が出現する。それが鳥のような形へと変化する。その膨大な魔力量は最上級悪魔による渾身の一撃に相当する。

 

「行きますっ!!」

 

 投げつけた魔力の槍がミドガルズオルムの体を穿ち、頭から体の4分の1を消失させる。

 

「おぉ!?やるわね!」

 

「私とて伊達にオーディーンさまの付き人に選ばれたわけではありません!」

 

 しかし今の一撃でかなりの力を消耗してしまい、肩で息をする。

 だが残りの量産型ミドガルズオルムは2匹。負傷した子フェンリル1匹だ。

 

 そんな中で祐斗と一樹が飛び込む。

 一樹は足を止めて炎の斬撃でミドガルズオルムの体に傷を入れる。それと同時に祐斗も地面から大量の魔剣を創造し、下からその巨体を串刺しにしていった。

 

「ありがたいっ!!」

 

 その隙を突いてバラキエルが極大の雷光を放ち、ミドガルズオルムを消し炭にする。

 残り1匹となったミドガルズオルム。しかしその最後の牙は朱乃へと迫る。

 周りの援護に徹していた朱乃にミドガルズオルムの牙が襲いかかる。

 

 その牙が朱乃の体を貫こうとしたときに横から突き飛ばす者が現れた。

 

「おとっ!?」

 

 それはバラキエルだった。彼は娘を突き飛ばして代わりにその牙を受ける。

 

「ぐうっ!?」

 

 痛みに呻きながら雷光を撃ち、距離を開けると朱乃を守るようにミドガルズオルムとの間に浮いている。

 

「どう、して……!?」

 

 バラキエルは答えずに戦闘を続行しようと雷光を生み出す。

 しかしそれよりを放つよりも先に飛び出した赤と紅の軌跡。

 

「朱乃さんに、近づくんじゃねぇっ!?」

 

 ミョルニルをフルスイングしてミドガルズオルムの頭を打ち上げるとその頭部にリアスが細剣を突き立てる。

 

「私の大事な友達を餌になんかされてたまるもんですか!!消えなさいっ!!」

 

 自分の魔力を材料にした魔剣に限界以上の魔力を注ぎ込む。すると細剣は滅びの魔力を撒き散らしながらミドガルズオルムの頭部を道連れに砕け散った。

 

 残る子フェンリルに黒歌とロスヴァイセがそれぞれの術でタンニーンを援護する。

 

「だぁ!?子供とはいえやっぱりフェンリルね!量産型のミドガルズオルムよりずっと強力だわ!!」

 

 悪態をつく黒歌。そうしている間に子フェンリルは暴れまわる。

 

 そこで一樹が叫んだ。

 

「白音!俺から()()()()!」

 

 まだ傷を完全に治していない白音が一樹の体に触れており、そこから仙術で一樹の気を奪い取る。

 奪い取った気で螺旋丸を作り出すと透明感のある渦ではなく、赤く、熱い螺旋が出来上がった。

 

「だぁああああああっ!!」

 

 自分の上半身ほどの赤い螺旋丸を子フェンリルの体に叩きつける。

 その衝撃で白音が弾き飛ばされるが、子フェンリルは苦し気に暴れ始めた。

 

 その巨体故にそれだけで脅威になるが同等以上の巨体を誇る龍王がその体を押さえつける。

 

「でかした!あとは、任せろ!!」

 

 タンニーンは雄叫びと共に子フェンリルの心臓を抉り出した。

 心臓を奪われ、ジタバタと動いていた子フェンリルはすぐに息絶えて動かなくなる。

 

 誰もが傷と疲労で満身創痍。

 

 そして残る戦いは北欧の悪神と狂気の堕天使による決戦だった。

 

 

 

 

 

 

 殺意がそのまま攻撃へと転化したような魔術の猛攻を潜り抜けてコカビエルはロキの両腕を掴むとその鼻っ面に頭突きを喰らわし、地面へと叩き落とす。

 

「どうしたぁ!!神を名乗る者がまさかこの程度ということはないだろう!?」

 

 コカビエルは今歓喜に満ち溢れていた。

 彼は駒王の町でヴァーリから逃げた後に日本を離れ、世界を回り、須弥山で帝釈天と対峙した。

 結果は戦いと呼ぶにも烏滸がましいほど無様に敗退。帝釈天の気まぐれで生かされた彼は広さも時間の流れも定かではない特殊な空間に閉じ込められた。

 自分の体すら認識できない暗闇の中でコカビエルはひたすらに自分を鍛え続ける。

 その空間から出された先で出会った敵は存外に歯応えがあった。

 

 久しぶりに本気の殺意を向けてくる敵。

 実力も申し分ない。

 繰り出される攻撃を防ぎ、回避し、自らも攻撃する。その応酬に心が弾む。

 血を流し、流させ、命をすり減らす感覚。

 これが、これこそが――――――。

 

「そうだっ!これこそが戦いだぁあああああっ!!」

 

 

 

 

 対してロキは現在混乱の極みであった。

 この場に現れた新たな堕天使。それはいい。

 しかしその実力が堕天使の枠を大いに逸脱している。

 堕天使程度、神である自分が、ましてや1対1で敗ける筈はないと確信していた。

 

 そして何よりもロキを困惑させるのは敵の表情だ。

 血を流せば流すほどその笑みは深め、決して倒れることなく過激さを増して攻撃を繰り出す。

 

(なんなのだこの狂戦士(バーサーカー)はっ!?)

 

 それでも魔術を使い、迎撃する。まさか不死身ということはない筈だと心に言い聞かせながら。

 

「私は、神なのだ!たかだか堕天使風情にぃ!?」

 

「ハッハッハ!俺も大概に人間如きだとか見下してきたがなぁ!こうして下から上を叩き堕とすのも存外に愉しいと実感しているぞ!これに気付かせてくれた貴様に感謝しなければなぁ!!」

 

「黙れぇ!?」

 

 ロキは渾身の力をコカビエルに向けて放つ。

 それはコカビエルの肉体を容易く呑み込む程の魔力の奔流。

 神の渾身を受けてたかが堕天使風情が生き延びていられるはずはない。

 勝利を確信し、口元を歪めるロキ。

 

「あっ?」

 

 理解できなかった。

 煙が晴れるとそこにはコカビエルが身体から夥しい血を流して嬉しそうに嗤っていた。

 

「流石は神を名乗ることだけはある。あれほど鍛えたというのに今のは危なかったぞ」

 

 それだけ告げるとコカビエルは急接近し、作った光の剣でロキの身体に傷を入れる。

 

「くっこのっ!?」

 

 そのまま蹴りを入れられ地へと落とされる。

 コカビエルもそれに続き、ロキと同時に着地すると採石所に大きな衝撃が走った。

 

「何故だ!?何故堕天使程度がこれほどの力をっ!?」

 

「戦いの最中疑問を口にするか!?だが聖書の神ならばこの程度の危機、表情を変えずに対処したぞ!!同じ神とを名乗る者とは思えんなぁっ!!」

 

「き、さまぁああああっ!?」

 

 余裕を失くし、飛翔と後退をしながら魔術を放ち続けるロキ。それをコカビエルは強力なオーラで相殺していく。

 目前まで接近してきた敵にロキはまるで子供が恐ろしいものを拒絶するような心境で最大の攻撃を放った。

 

(何故だ!なぜアレは死なない!何故!何故!何故!!)

 

 混乱の中でさらに逃げようと後ろに下がると、下半身が離れた場所で落下していた。

 

「へ?」

 

 間の抜けた声を出す。ロキには理解できなかった。

 何故自分の下半身があんなにも遠くにあるのか。

 見るとコカビエルは光の剣で振るったような姿勢でロキの上半身を見つめていた。

 

 自分がどうしてやられたのか。理解できぬままロキは地に墜ち、二度と意識は浮上しなかった。

 

 

 

 

 

「恐怖で自分を失い、勝機を逃したか。呆気ない幕切れだったな」

 

 着ていたジャケットはロキの攻撃で消し飛んでしまい、上半身を晒したコカビエルが物足りなさげに舌打ちする。

 最後のロキの攻撃にコカビエル自身も最大の力を込めた光の剣を作り出していた。

 それを振るい、ロキの体を二分割した。ただそれだけのこと。

 

「だが悪くはなかった。貴様との戦い、中々に愉しませてもらったぞ。北欧の悪神よ」

 

 地に堕とされた神を見下ろしてコカビエルは満足げに口元を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コカビエル、ロキに勝利。
作者はコカビエルが敵キャラ(仲間になるのを含め)3指に入るくらいお気に入りなのでこれからも登場させたらバンバン活躍させようと思います。

この作品ではオリ主かヴァーリのサンドバックが仕事とか言わせない。


次話でロキ編は終わりです。


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65話:一段落

今回でロキ編は終了です。
10日間の連続投稿にお付き合い頂き、ありがとうございました。



「ロキが、死んだ……?」

 

 遠目で真っ二つにされたロキを見てリアスは戦慄した。

 以前のコカビエルと自分たちには絶対的な力の差が在った。

 それでもここまで圧倒的な力はなかった筈。

 

 周りも闘志こそ衰えていないもののアレを相手にすることに緊張が増す。

 ロキを倒したコカビエルはゆっくりとリアスたちの前に降り立つ。

 それに皆が戦う意気を見せる。

 その先頭に立ったのはまだ傷の癒えていないバラキエルだった。

 

「コカビエル……」

 

 かつての同胞。今は禍の団と同様に討たなければならない相手。

 長年の戦友と敵対することに思うところがないわけではないが、自分の立場。何より愛する娘とその仲間の脅威となるならばここで首を貰うつもりだ。

 たとえ相手の力量が自分を大きく上回っていたとしても。

 コカビエルはそんなバラキエルの決意を知ってか知らずかまじまじと見る。

 

「おかしなものだ」

 

「?」

 

「貴様とアザゼルは俺が敵う相手ではなかった。その力に嫉妬と憧れを抱いたこともある。が、いざ貴様らを超えてみればこうも小さく見えるとはな」

 

「なんだと?」

 

 それで言うべきことを終えたとばかりにコカビエルは羽を広げ、空へと上がる。

 

「待て!コカビエル!?貴様は何をしようとしている!」

 

「俺は全てを超えて見せる。そして俺という存在をこの世界に刻み付けるのだ!」

 

 振り返ることもせずに宣言したコカビエルはそのまま戦場を去っていった。

 

 事態が呑み込めずに唖然としている面々の中で一誠が確認する。

 

「えっと……終わったんですか?」

 

 実感の伴わないその問いにリアスは自信なく頷く。

 

「そう、ね。ロキを含む敵は全て倒され、私たちは生き延びた。えぇ。終わったのよ」

 

 ロキを殺したのがコカビエルというところが釈然としないが悪神を相手に誰も死んでいない。自分たちの勝利と言っていい筈だ。

 

 それに全員が緊張の糸を緩め、地面に腰を下ろすなどをして息を抜く。アーシアは怪我人の治療に当たっているが。

 そして一樹は白音の姿を見る。

 

 まだ治りきっていない火傷は破けた衣服から見え、右腕から頬の部分まで到達している。

 その視線に気づいた白音が笑みを見せる。

 

「大丈夫。あとでちゃんとアーシア先輩に治してもらうから」

 

「はい!絶対に傷痕なんて残しません!任せてください!」

 

 近くで治療していたアーシアが力強く断言する。

 一樹はアーシアに礼を言うが、それ以上に内心は掻き乱れていた。

 この怪我を負わせた原因は自分だという意識が離れない。

 辛そうに自分を見下ろす一樹に白音は大丈夫、と繰り返した。

 

「お父さまっ!?」

 

 そこで朱乃の悲鳴が響く。

 見れば、バラキエルが膝を折っていた。

 

「大丈夫だ。が、少し血を流し過ぎた」

 

 バラキエルは不安そうに自分を見つめる娘を真っ直ぐに見る。

 大きくなったと今更ながらに思う。

 

「すまなかった……」

 

「……っ!?」

 

 それはきっとバラキエルが娘に最初に言わなければいけなかった言葉。

 妻を守れなかったこと。

 如何なる理由があっても娘と距離を取ってしまったこと。

 父としての責任を、放棄していたこと。

 そのほか、その全てに先ず謝罪しなければならなかったのだ。

 

「すまなかった、朱乃……」

 

 掛け違えた釦を直すように謝罪を重ね、バラキエルの意識が途絶えた。

 そのすぐ後に朱乃の絶叫を聞くことはなく。

 

 

 

 

 

 

 

 三大勢力と北欧の会談は問題なく進み、駒王協定に北欧の名が追加されることとなった。

 

 バラキエルの怪我は幸いにして命に別状はなく、アーシアの治療もあって翌日には意識を取り戻した。今は疲労を考慮され施設の一室で休養を取っているが、すぐに元通り職務に励むだろう。

 

 

 懸念することはコカビエル。

 あの堕天使が今まで何処にいてこれから何をするつもりかは知らないが強大な力を得てきたのは間違いない。彼がどのような行動をするのかアザゼルの頭を悩ませていた。

 もうひとつは親フェンリルのほう。

 ヴァーリチームは親フェンリルを無力化し、そのまま掻っ攫って行ってしまった。

 元からそのつもりだったのか成り行きかは判断し兼ねるが、禍の団にフェンリルという強力な駒が加入することとなったことに皆が危機感を抱いた。

 それでも北欧と協定を結べた事実は大きく、その後にアザゼル主催でロキ襲撃を防いだ残りの面々でちょっとしたパーティーが開かれた。

 

 その際にちょっとしたアクシデントがあり、それがとある人物の今後に大きく影響してしまった。例えば―――――。

 

 

 

 

 

「駒王協定の若手交流の一環で北欧から駒王学園に教師として赴任してきましたロスヴァイセです。生まれて来て申し訳ございませんでした!」

 

 いきなりのネガティブな挨拶に皆が面食らっていた。

 死んだ魚のような光の無い眼をしているロスヴァイセに全員がどう声をかければ良いのか迷っている。それにアザゼルが説明を加える。

 

「ロスヴァイセは北欧から派遣された使者ってことで駒王町に滞在することになった。家はとりあえずイッセーの家でな。現魔王の妹2人とミカエルの側近なんかとパイプを強くしながら各組織と北欧の関係の調整も行うそうだ。まぁ親善大使ってところだ」

 

 アザゼルの説明に一樹が余計な一言を投下する。

 

「あ、先日の一件を理由に左遷されたわけじゃないんですね」

 

「いやぁあああああああああああああああっ!?」

 

 一樹の一言を聞いてロスヴァイセが叫び、部室の壁に自分の額をガツンガツンと打ち付け始めた。

 

「このバカ。せっかく精神が安定してきたんだから余計なこと言うなよ!」

 

「あ~。つうことはやっぱり?」

 

「一応役職的には出世したんだがなぁ」

 

 ポリポリと頭を掻きながら先日のことを思い出す。

 

 ロキの襲撃を防ぎ、会談を成功させた報酬として開かれたささやかなパーティー。そこでロスヴァイセは盛大にやらかしてしまった。

 

 最高級の酒を飲み続けた彼女は絡むわ泣くわで周りを唖然とさせた。

 これはここ数日オーディーンの付き人として行動したストレスとロキの問題が解決したことで気が緩み、そこで大量のお酒を摂取したことでいつもより箍が外れてしまったことが原因だ。

 聞かされる彼女の愚痴に周りは鬱陶しいと思いつつも苦労してるんだなと同情の視線を向ける。

 ここまでなら問題はあるものの酒の席ということで無礼講で済んだのだろう。

 

 そこでオーディーンがロスヴァイセの背中を小突いたことで悲劇が起こった。

 色々と限界に来ていた彼女は主神に振り向くと顔を青くして頬袋を膨らませるとオーディーンに吐瀉物をぶちまけたのである。

 

 戦乙女(ロスヴァイセ)北欧の主神(オーディーン)吐瀉物(ゲロ)をぶっかけたのである。

 

 長く蓄えられた髭と召し物を盛大に汚し、それを見ていた未成年組は唖然として黒歌はあっちゃーと額を押えながら苦笑い。

 

 アザゼルは腹を押えて笑いを噛み殺した。

 

 そのままぶっ倒れたロスヴァイセが目を覚ましたのは会場近くにあるホテルで、全てを覚えていた彼女はオーディーンの姿を見るなり自分が下着の上にYシャツを着ているだけの格好なのを忘れ、速攻で土下座を主神に披露した。

 日本人が見て惚れ惚れするような綺麗な土下座を。

 

 そんな付き人の戦乙女にオーディーンは優しくも温かい視線を送って彼女の肩に手を置くとこう言った。

 

「君、クビになるか左遷されるかどっちがいい?」と。

 

 ロスヴァイセは左遷を選択するしかなかった。

 本来ならリアルで首が飛んでもおかしくない失態だが、ロスヴァイセは優秀なヴァルキリーで特に魔法の理解力は先輩たちを含めても飛び抜けている。

 ロキの件もあり、今回の事だけでクビにするには惜しい人材なのだ。

 まぁ、これは普段のオーディーンの態度にも問題があることもあり、ついでだから新しい使者を駒王に派遣するよりロスヴァイセを残した方が安上がりだったという事実もある。

 ロスヴァイセ自身、その性格から周りと不必要な壁を作ることも少ないという理由や歳の近さなどもあり、彼女は三大勢力との交流の先陣に立たされたのである。

 

 

「2年間の給料50%カットに同じくボーナス無し。その他諸々の特権が一時凍結。私はなんであんなバカなことを……う、う、ううぅうう」

 

 おそらく本人の中であと10年は更新されないであろう思い出したくない失敗話にトップ入りした事件を思い出してついには泣いてしまった。

 

 さすがに不憫に思ったのか一樹が口を出す。

 

「あ~あの、そうだ!姉さんが淋しがってましたよ!珍しく同性で話の合う相手が出来たからでしょうか。今度、家に遊びに来ます?」

 

「……はい。私も彼女にまた会いたいです。その時はよろしくお願いします」

 

 ハンカチで涙を拭きながら落ち着いてきたロスヴァイセ。

 そこでリアスがロスヴァイセに質問する。

 

「それで本当に教員枠でいいの?」

 

「はい。私、この国でも高校卒業の齢に達してますし、祖国では飛び級で大学も出てて教員資格も取得してますから」

 

 ちなみに飛び級が認められていないこの国でロスヴァイセは書類上年齢を僅かに引き上げられていたりする。

 そして北欧からの給料はカットされているが教員として働く給料はちゃんと支払われる為、月の給料はそう変動してなかったりする。もっとも流石にボーナスはヴァルキリー職には及ばないが。

 

「それより今日、朱乃さんはどうしたんですか?」

 

 部室に居ないリアスの女王を一誠は心配げに問う。

 するとリアスは嬉しそうに答えた。

 

「朱乃は今日、バラキエル氏のお見舞いに行っているわ」

 

 

 

 

 

 

 

 ノックされたドアの向こうに現れた愛娘にバラキエルは言葉が詰まった。

 

「……学園はどうした?」

 

 どうして最初にそんなことしか口に出来なかったのか。

 

「今日はお休みを頂きました。父が怪我をしたのですからお見舞いに休んでもおかしくはないでしょう?」

 

 バラキエルに視線を合わせずに答える朱乃。そして手にしていた包みを渡す。

 

「これ、お弁当です。入ってもいいですか?」

 

「あ、あぁ……」

 

 親子の会話としてはあまりにもぎこちないもので、それが2人がどれだけすれ違っていたかを物語っていた。

 バラキエルは娘の許可を取って弁当箱を開けるとそこには色彩見事な和の弁当が広がっていた。

 一口食べるとそこに懐かしい味が広がる。

 

「美味い。朱璃の味だ……」

 

「残されていた母様のレシピを見て作りましたから。納得のいく味になるまで随分とかかりましたが」

 

 弁当を食べながら昔のことを思い出す。

 まだ親子3人が暮らしていた頃。朱乃は母である朱璃の料理を手伝い、自分が手伝ったことを胸を張って聞かせてくれた。

 最初はそれこそ卵を割って掻き混ぜた。サラダを盛りつけたなどということを誇らしげに語っていた娘。

 その娘がこうして母と同じ味を出すまでに成長したことへの感動。そしてそれを見守ることのできなかった自分の不甲斐無さ。

 口に広がる懐かしい味もあって泣きたい気分になったが父としての矜持がそれを堪える。もし朱乃がいなければ号泣していたかもしれない。

 

「とう、さま」

 

 朱乃は相変わらず視線を合わせずにいる。

 

「正直、まだ私は父様が許せません。母を、助けてくれなかったこと。それ以降も会いに来てくれなかったことも」

 

「…………」

 

 バラキエルとて妻を失って親戚に保護された朱乃に会いに行かなかったわけではない。しかし堕天使を嫌う親戚に門前払いを受け、五大宗家などとの関係悪化を恐れて身を引くしかなかった。心の底では力づくでも連れ去ろうと何度も思いながらも立場に縛られてそれが出来なかった。

 しかしそんな言い訳は目の前の娘には意味のないものだろう。

 

「ですから、教えてください。父様のことや母様のこと。母様が殺されたあの時からどんな思いで生きてきたのかを」

 

 それは朱乃にとって必要な事だった。

 父と母。両親のことを知らなければ何も決められない。

 目を背けていた父と向き合わなければもう前に進むことはできないのだ。

 

「あぁ。そうだな。私も聞いてほしい。私と朱璃のことを。先ずは私が朱璃と出会ったのは―――――」

 

 まだ溝が埋まるには時間がかかるだろう。

 それでもこうして父と娘は10年近い時間を経て向き合ったのだ。

 きっとその先はそう悪い未来ではない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり覇龍は危険だな。魔力を代償になんとか制御しているが、気を抜けば一気に意識を持っていかれる上に肉体のダメージが酷い」

 

「どうかご自愛を。肉体の損傷までなら私が如何用にもして見せますが、暴走すれば元に戻せる保証はありません」

 

「あぁ。気をつけるさ。それに俺も覇龍を完全に制御するまでもうこの力を使うつもりはない」

 

「そんなこと言ってメディアは治療の名目でヴァーリの身体に触れられて内心喜んでるんだぜぃ」

 

「黙りなさいこのアホ猿!!ふざけたことを言うと猿から豚に変えるわよ!」

 

 メディアの激昂に美猴はお~こわ、とヘラヘラしながら手をひらひらさせる。

 

「アーサー。フェンリルの様子はどうだ?」

 

「能力は落ちますが支配の聖剣で制御可能です。それにしても物好きですね。牙が目当てとはいえ、このような危険な魔獣をチームに入れるなんて」

 

「メディア。フェンリルの方は頼めるか?」

 

「お任せを。グレイプニルのデータは既に手に入れてますし、それと私の知識。北欧から頂いた術式の書の解読が済めばいずれ制限を受けずとも制御下に置けるかと」

 

「任せる」

 

 2人のやり取りを眺めながら美猴とアーサーは内緒話をする。

 

(そういやぁ、ヴァーリから魔術書を貰ったときめちゃくちゃ上機嫌だったよなぁ、メディア)

 

想い人(ヴァーリ)から初めてのプレゼントですからね。もっとも女性への初めての贈り物が魔術書とはどうかと思いますが)

 

(まぁ、ヴァーリだしなぁ。むしろここで実用性皆無のアクセサリーなんて送ったら偽物と疑うところだぜぃ)

 

「なにをコソコソと話している?」

 

「べっつにぃ!それよりロキの奴がコカビエルにやられたってのは驚いたぜぃ。そこまで強い奴だったのかぃ?」

 

「いいや。コカビエルの実力は中途半端なモノだったが力を付けたということだろう。今度会った時が楽しみだ。それにグレモリー眷属とその仲間も今回の戦いでまた力を付けただろう。まだまだ楽しみは減らないな」

 

 これから挑む存在や下から追い上げて来る者。それらを夢想してヴァーリは楽し気に瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

「偵察の話では、例の子、生き残ったらしいわよ」

 

「そうデスカ」

 

「素っ気ないわねぇ。もっと慌ててくれないとお姉さんつまらな~い」

 

「彼を討つのは私の役目デス。ソレ迄、彼が殺さレルことはないと思ってイタノデ」

 

「あら。物騒な惚気ね。それと曹操もそろそろ動くみたいよ?準備はしておいてね」

 

「わかりマシタ」

 

 去って行くジャンヌから意識を外し、アムリタは弓を強く握る。

 

「神と戦ウことで器を広ゲタ。貴方がその鎧を本当に身に纏っタ時、私たちは、今度こそ自らの力で太陽を撃ち落とス。イツキ。この弓で、イツカ必ず……」

 

 そうしてアムリタは矢を番えていない弓の弦を引き、いずれ貫くであろう目標を射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高層ビルの誰もいない屋上でひとりの少女が太陽に手を伸ばしている。

 

「まだ、弱い……でも我の蛇で強くすれば可能?」

 

 自問の答えは出ず。しかしこれからすることは決まっていた。

 

「グレードレッドを封じる鍵。太陽の力。我が必ず手に入れる」

 

 空に浮かぶ日輪を我が手にするように少女は手を動かし続けた。

 

 

 

 




ロスヴァイセは最後でこんな形になりました。
他の案では。
1オーディーンと共に帰還してメインから脱落。
2ロキに殺されてリアスの眷属として転生する。
などがありましたが作者の中で1番しっくりくる結末を選びました。

朱乃とバラキエルに関しては朱乃のほうから踏み出して関係修復のきっかけになると最初から決めていました。
その為に乳翻訳と乳神はリストラされたわけですが。

なにげにスルーされた匙改造イベントは別のところで入れます。

修学旅行編から学園祭までオリ主である一樹と猫姉妹にとって重要な話になる予定ですので修学旅行編は2、3回に分けて連続投稿をするつもりです。長くなりそうですから。




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幕間4:終わりの前に

他の作品に現を抜かしてたらこっちが思った以上に進まなかった。

修学旅行編でようやくダグのオーフィスアンチが出せる。もっとも触り程度な上にそこまで話が進んでないですけど。

前話に書いたように2分割の連続投稿になりそうです。


「日ノ宮は進路どうするの?」

 

「進路ってまだ3年に上がったばかりじゃねぇか」

 

 屋上を高い塀を背にして藍華の質問にどうでもよさそうに答える。

 

「進路なんて早く決めておくに越したことないでしょ?2年の終わりに担任からなんか言われなかった?」

 

「やんわりと就職を薦められたな。俺みたいな乱暴な奴を受け入れる高校なんて底辺しかねぇよみたいな」

 

「あ~」

 

 1年の末期にやらかした事件で日ノ宮一樹は教師からもほとんどの生徒からも腫れもの扱い。成績向上と共にある程度緩和されたがそれでも一度ついたイメージは中々に払拭できないらしい。

 

「じゃあ、日ノ宮は就職?」

 

「いや、進学するつもり。高校くらいは出たいし。とにかく近くて安くて少し勉強すれば合格出来そうな高校とか」

 

 なんとかなんだろと楽観的に答える一樹。隣にいる褐色肌の少女に話しかける。

 

「アムリタは、どうすんだ。こっちで進学するんだろ?」

 

「私ハ、中学を卒業したら故郷(くに)に帰るつもりデス。家業を継ぎマスノデ」

 

「え?そうなのか!」

 

「私も初耳だわ」

 

「元々、こっちに居られるのは中学マデと決まってマシタカラ」

 

 柔らかい笑みと共にドコカ寂しげに答えるアムリタに一樹はガシガシと頭を掻く。

 

「そっか……ちょいと寂しいが、仕方ねぇな。」

 

「はい……」

 

「ま、でも一生会えないわけでなし。外国だって会おうと思えばいつか会えるだろ。宇宙に行くわけじゃないんだから」

 

 一樹の言葉にアムリタはキョトンと目を丸くする。

 

「会いに、来てくれるンデスカ?」

 

「そうな。どうせ俺、高校でも友達なんて出来ないだろうし、これ以上仲の良い奴が減るのは困るからな」

 

「試験も受けてないのにもう諦めたわね」

 

「うっさいよ。とにかく、もしそっちに行ったらお前の故郷、案内よろしくな!」

 

 それは子供の約束だった。

 未来に希望を持つ子供の。

 

 それでも、彼、彼女らは本気でその約束を信じたのだ。

 

「ハイ、必ず!アイカも」

 

「外国か~。うん良いわね、楽しそう!」

 

 それが、なにも知らない子供の戯言だったとしても。その綺麗さはきっと尊いモノだった。

 

 そんな、懐かしい夢を視た。

 

 

 

 

 

「捕えた神器使い全員が死亡した」

 

 冥界からの報告書を読みながらアザゼルは苛ついた様子で話す。

 

「どうやら、神器にオーフィスの蛇を絡みつかせて禁手を刺激すると同時に一定期間戻ってこなかった場合、神器使いを殺すように術式を仕込んでいたらしい。無理矢理蛇をひっぺかしても同じだ」

 

「うわぁ。やることが徹底してるわね。ドン引きだわ」

 

 脳を弄られて無理矢理情報を引き出されるのを恐れたか、もしくは、捕らえられた駒を懐柔されるのを嫌がったか。とにかく英雄派の徹底っぷりに黒歌は顔を引きつらせる。

 

「今、遺体を解剖したりして他になんか仕込まれてないか確認中だそうだ。まったくやってくれるぜ!」

 

「解剖と言えば、確か子フェンリルを1匹引き取ってたわよね?例の件解った?」

 

「あぁ。例の赤い螺旋丸を喰らったフェンリルだろ?解剖して解ったが、急激な体温上昇が確認された」

 

「体温上昇?」

 

「あぁ、おそらく一樹の気を用いた結果だと思うが、それで白音の螺旋丸に変化を与えたんじゃねぇか。ま、なんにせよ螺旋丸にはまだ可能性があるってことだ。後で白音に教えてやれよ」

 

「そうね」

 

 妹の無表情を貫こうとして内心で嬉しさを隠しきれない様子を想像して口元を緩める。

 

「そういえば一樹たちの修学旅行、京妖怪との会見をレヴィアタンが行うって聞いたけど、それって大丈夫なの?なんか嫌な予感がするんだけど」

 

 

「不安になること言うなよ……さすがに俺も旅行中のあいつらを戦わせようなんて思ってねぇ。一応、それなりの数が向かう筈だし、セラフォルーに任せるさ」

 

「ホント?お願いね」

 

 先日のロキの1件で妹と弟を2度も失いかけたのだ。少し過敏になるのは仕方ない。

 

「あぁ、本当に何事もなく終わってほしいもんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、お前も物好きだな。修学旅行で変態三人組(バカども)のお守りとか」

 

「そう?あいつらと居るの、結構楽しいわよ?」

 

「退屈しないのは認めるけどな」

 

 紙パックのジュースを飲みながら一樹は藍華と話していた。

 

「それにアーシアが兵藤と一緒に組めなかったらかわいそうでしょ?」

 

「ま、そうだけどな」

 

 アーシアが一誠に好意を抱いているのはもはや学校内でも有名である。

 しかし、それでもアーシアの押しの弱さにつけこんで同じ班になろうとする男子も多いらしい。

 ゼノヴィアも同様に。

 

「それにしても、中学の時は高校に上がっても友達なんてどうせ出来ない~とか言ってたのに、今じゃそれなりじゃない?同じ部活で」

 

「俺、やればできる子だから」

 

「自分で言う?それ」

 

 

 2人でそんな会話をしていると女子の怒声が響き渡る。

 

 

「こら待てぇええええっ!!」

 

「今日こそ許さないんだから!!」

 

 見ると、毎度お馴染みの3人が竹刀を持っていることから剣道部らしき女子たちに追いかけ回されている。

 

「あいつら……最近大人しいと思ったら……!」

 

 紙パックをゴミ箱に捨てて騒ぎの方に向かう。

 

「あれ?行くの?」

 

「松田と元浜はともかく、兵藤は手に余るだろうからな」

 

「あ~確かに最近兵藤って運動神経良いわよね。オカルト研究部ってそんなに体力使うの?」

 

「おう。中々に重労働だよ」

 

 適当に返事を返しながら一樹はイライラとした表情で一誠たちの進路の先へと向かう。

 

 その後、一誠の顔に全力のドロップキックを叩き込んで、松田と元浜を関節極めて拘束し、剣道部女子に引き渡した。

 

 

 

 

 

 

 

「お、まえ……最近俺に対して容赦無さすぎだろ!」

 

 突如顔面にドロップキックを叩き込まれた一誠が抗議の声を上げる。

 

「やかましいわ!これくらいやんねぇと止まんねぇだろがお前っ!」

 

「そのせいで俺たちも女子にボコられたけどな!」

 

「その上日ノ宮の女子の人気アップ。俺たちタダの踏み台じゃねぇか」

 

「そう思うんだったらちょっとは抑えようよ」

 

 今この場で一樹、一誠、祐斗、藍華、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、松田、元浜が集まっていた。

 変態三人組の制裁を終えた後に自然と騒ぎを聞きつけた2年の主だったメンバーが集まったのだ。

 そこでアーシアが話題を変える

 

「そう言えば、イリナさんたちは誰と修学旅行の班になったんですか」

 

「主に生徒会の人たちね。同じクラスの花戒さんと草下さん。それと――――」

 

「匙の奴だな。」

 

「あ、同じクラスだったんですね」

 

「クラスだとあんまり話さないけどね」

 

 シトリー眷属の僧侶と兵士。これはいざという時に集まって行動した方が良いという判断からだ。

 それにやはり、裏側を知っている人と行動を共にした方が色々と気が楽という理由もある。

 

「つっても、生徒会のメンバーは色々と教員の手伝いがあるらしくて、俺らと行動できるのは2日目の自由行動からかもって言ってたけどな」

 

「むぅ。生徒会というのは大変なのだな」

 

「生徒の人数に対して引率する教員の数が足りないってのもあるらしいからな」

 

「それなら現地で合流しないか?3人増えるくらいなら問題ないしさ」

 

「あ、いいですね!私もイリナさんとも一緒に京都を周りたいです!」

 

「えっと、じゃあお邪魔しようかしら?」

 

 チラッと一樹の方を見ると、首を縦に振る。

 

「いいんじゃねぇか」

 

「そうだね。僕もその方が楽しそうかな」

 

 特に反対意見も出ずに纏まるとアーシアがイリナの手を上下する。

 ゼノヴィアも嬉しそうだった。

 

 

 

 

 この時、誰もが近々行ける旅行を楽しみにしていた。

 誰もが楽しい旅行に胸を高鳴らせ、大切な思い出を刻む時間になる筈だった。

 

 

 

 この旅行が、この場にいる全員の運命を大きく歪めさせることに、この時は誰も気づいていなかった。

 

 

 

 




今のところ後5話分ストックがあるので金曜までに1話書き上げて丁度一週間投稿したい。


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66話:思わぬ指名

 一樹は冥界の空を眺めながらいつも以上のしかめっ面をしていた。

 向かい合うようにいるのは若手最強と名高いサイラオーグ・バアル。

 彼はまるで子供のような好奇心いっぱいの表情でこれから対戦する一樹を見ていた。

 そんな相手を見ながら一樹は疑問を口に出す。

 

「なんでこうなったんだよ!」

 

 原因となったアザゼルを睨めつけて一樹はここに至る経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行前にオカルト研究部は冥界のグレモリー家に訪れていた。

 主に話をしているのはリアスの母であるヴェネラナと一誠。そしてリアスが時々話に割り込むくらいだ。

 グレモリー家に到着したころ、一誠と一樹はヴェネラナとグレイフィアからダンスの練習はしているか?と訊かれたので一樹はそこそこにっと、と答え、一誠は言葉を詰まらせた。

 その後、以前と同じように一誠はヴェネラナと。一樹はグレイフィアと一緒にダンスの練習をさせられた。

 一樹はどうせまた踊る時が来るだろうとアザゼルの助言から週1回の数時間だけ練習を続けていた。

 そのおかげでその場を乗り切る。

 まぁ、一樹の上達したと言っても、以前よりはマシ程度なのだが。

 

 

 そうしてお茶会を終えた後に帰還するのだと思っていたら、サーゼクスや他の魔王の用があるらしく、転移魔法で移動することとなった。

 サーゼクスの息子であるミリキャスも連れて。

 

 指定された場所に行くとそこにはサーゼクスともうひとり。リアスたちの次の対戦相手でもあるサイラオーグ・バアルが居た。

 

「やぁ、リアスに皆。わざわざすまないね」

 

「お邪魔している、リアス」

 

 サイラオーグは貴族服で挨拶する。

 それにリアスも2人に軽く挨拶を返した。

 

「それで、お兄さま。御用件というのは?」

 

「あぁ。実はサイラオーグと次のゲームのことで話し合っていてね。そこで彼はリアスとのレーティングゲームで科せられるはずだった制約をすべて取り除いてほしいと頼まれたんだ」

 

 サーゼクスから知らされた言葉にグレモリー眷属は目を見開いた。

 

「兵藤一誠の女の服を破く技もハーフ吸血鬼の神器。そして互いの真価を損なうような舞台ではなく、真っ向から全力で戦える舞台で戦いたい。その上で越えて往かねばバアル家の次期当主。そして、俺の夢である魔王の座も胸を張って言える筈もない」

 

 そのあまりにも堂々とした姿にリアスたちは目を見開く。

 そしてその器に飲み込まれそうになった。

 

 特に自分の能力を前向きに捉えるサイラオーグにギャスパーは近くにいた一誠の後ろで震えている。

 互いに視線を交わすリアスとサイラオーグにサーゼクスは口を挟む。

 

「そういえばサイラオーグ。君は赤龍帝との全力の戦いを所望していたね」

 

「はい。同じパワー型の肉弾戦を得意とする彼との戦いを俺は心待ちしています」

 

「なら丁度いい。ここで軽く闘ってみるかい?」

 

 サーゼクスの提案に全員が眼を丸くした。

 

「赤き龍の力。その身で味わいたいのではないか?」

 

 しかしその提案にサイラオーグは僅かに逡巡する。

 その態度にサーゼクスは首を傾げた。

 

「どうしたのかね?これは君にとって悪い提案ではないと思うが?」

 

 再び質問する魔王にサイラオーグは僅かな躊躇いを以て口を開いた。

 

「……サーゼクスさま。もし許されるのであれば、この場で我が儘を言うことをお許し頂きたい」

 

「ほう。我が儘ね。赤龍帝では不満と?」

 

「そうではありません。俺は赤龍帝との戦いを心から待ちわびています。しかし彼とはレーティングゲームでその拳を交えることになるでしょう。しかしこの場に、いつ拳を交える機会が有るのかわからない者がいる。叶うことなら、俺はその者と闘ってみたい」

 

「その者の名は?」

 

「日ノ宮一樹です」

 

 名前を呼ばれて一樹は盛大に表情を崩す。もちろん歓喜とは真逆の方に。

 

「一樹くんとかい?しかし彼は……」

 

「もちろん彼が今回のレーティングゲームとは関係ないことは重々承知です。しかし彼はリアスの眷属になる意思はなく、これから先、闘いの機会が訪れることもないでしょう。ですから、この機会に彼と闘ってみたい。子供とはいえフェンリルを屠り、あの北欧のロキに一撃を浴びせたと聞く彼と」

 

 そこでサイラオーグの視線が一樹に向けられ、それに釣られるように皆の視線が一樹に集まる。

 当の本人としては話が盛られてないか?という感想だ。

 子供のフェンリルは周りの助けを借りて一撃を見舞っただけだし、ロキの時はほぼ無抵抗な状態でビビって倒せなかった本人としては恥話だ。

 

「しかし良いのかい?それでは君だけが手札を晒すことになるが」

 

「俺にできるのはこの鍛え抜いた身体で敵を殴ることだけです。元より、知られて困るほど難解な手札など持ち合せてはおりませんので」

 

 つまり、ここでリアスたちに自分の力を知られても問題ないという。

 少し考えた後、サーゼクスは一樹へと視線を向けた。

 

「どうだろう、一樹くん。後は君の返答次第なのだろうが……」

 

 断るに決まってるだろ!?と内心で思いながらやんわりと辞退しようとするとアザゼルが後ろから一樹の口を塞いだ。

 

「いいぜ。俺が許可する」

 

「……アザゼル。私は一樹くん本人に訊いているのだが」

 

「ま、俺のレーティングゲーム参加の件も断りやがったしな。そうなんでもかんでも逃げられると思うなよって俺が無理矢理でも闘わせる。いいな、一樹?」

 

(いいわけねぇだろ!!)

 

 そう言いたかったが、口を強く塞がれている上に腕力で首をがっちりと固定されていた。

 

 こうして一樹は若手最強の男と戦うことを余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい白音。さっきから俺の脛に蹴り入れるの止めろ」

 

「……どういうつもりですか?」

 

 ジト目どころか視線で人が殺せそうな眼光を放ち、白音はアザゼルの脛をこまめに蹴り続けていた。

 

「別に。ただ、今の一樹がサイラオーグにどれだけ通用するか気になっただけさ。それにあくまでも軽い手合わせだ。最悪の事態になんてさせねぇよ。そしてリアスたちもサイラオーグの実力に触れることが出来る。良いこと尽くしじゃねぇか」

 

「肝心のいっくんに得がありませんが?」

 

「たまには苦労を買って出ることも教えねぇとな。それに納得できねぇなら後で上等な酒でもくれてやるさ。これは、それだけ価値のある試合だ」

 

 要は自分が面白いものが観れればそれでいいのだ、この大人は。

 

 舌打ちして白音は眼下の対戦が無事終わるように手を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武具を、使ってもいいんですよね?」

 

「あぁ。全力で来い!」

 

 すっかりやる気のサイラオーグから発せられる闘気に飲み込まれそうになるのを堪えながら、一樹は槍と籠手と足甲を出現させる。

 

「それが噂の……成程、こうして対峙するだけでも肌を焼くようだ」

 

「どうもっ!」

 

 それを合図に一樹は一跳びでサイラオーグの下まで跳ぶ。

 それに合わせてサイラオーグの拳が放たれるが、寸でのところで跳躍し、相手の背後へと跳び越えて槍を突く。

 しかしサイラオーグも凄まじい反応で振り向き。槍を受け流し、上下逆さまになった一樹に蹴りを入れる。

 向かってくる脚を槍で受け止めながらその勢いなままに飛ばされ距離を取るが、一樹は寒気がした。

 

 サイラオーグの放った拳や蹴りから地面が破壊されるほどの衝撃が走ってくるからだ。

 

(さっきの反応からしても身体能力だけなら禁手化した兵藤以上かもな。なにが才能無しだ。魔力関係の才能を全部肉体関係に回されただけなんじゃねぇか?)

 

 舌打ちして構えを取り直す。そんな一樹にサイラオーグは感心したように笑みを浮かべる。

 

「なるほど。小手調べで放った攻撃で委縮するほど軟な精神ではないか。大概の若手悪魔はこれくらいの攻撃で心が折れるのだが」

 

「今も逃げ出したいくらいですけどね」

 

「そんな軽口が言えるのなら上等だ!だが無暗に手を隠していると、すぐに意識が飛ぶぞ!」

 

 今度はサイラオーグから接近してくる。

 それと同時に一樹は後方へと跳び、着地する僅かな間に矛先に力を集める。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

 横薙ぎに払われた炎の斬撃が飛ぶ。

 それをサイラオーグは一息とともに自分の拳を合わせた。

 

「フッ!!」

 

「ウソだろっ!?」

 

 一樹が放った攻撃はサイラオーグの拳を受けて霧散する。

 それを観客席で見ていた一誠が驚きの声を上げる。

 

「あの技、俺の禁手()も斬れる威力があるのに!」

 

「ましてや生身の悪魔だ。あいつの炎は天敵の筈なんだがな。闘気の量だけじゃなく、その密度も段違いってわけだ。お前ら、せっかくの機会だから良く観察しておけよ。この模擬戦でお前らの勝率を1%でも上げるためにな」

 

 アザゼルの言葉を聞かずとも全員が2人の模擬戦に釘付けなっていた。

 そして攻撃を受けたサイラオーグは笑みを浮かべている。

 

「薄皮一枚とはいえ、身体を傷付き、血を見るのは久しぶりだ。これが、お前の力か」

 

 炎の斬撃を受けた拳は火傷と切り傷が出来ており、そこから血が流れている。

 

「ほとんどバグキャラだな。アレでもあれしか傷つけられないとか」

 

「今度こそこちらから行くぞ!」

 

 真正面から突っ込んでくるサイラオーグに一樹は一旦、槍を腕輪に戻し、防御の体勢を取る。

 

「バカッ!?なにやってんだっ!?」

 

 観客席から一誠が叫ぶ。

 いくら鎧があってもサイラオーグの拳を一樹がまともに受けきれるはずはない。

 そうして放たれた拳を一樹は重ねた両の掌で受け止め、同時に地面を蹴り、身体を回転させる。

 サイラオーグの突きの威力を利用した蹴りは顎へと直撃した。

 

「つぁ……っ!?」

 

 少し離れたところで着地し、手首を振る。

 

(タイミングは完璧だった筈なのに威力を殺しきれなかった!てか、攻撃した筈のこっちのほうがダメージがデカい!)

 

 カウンターで放った蹴りにサイラオーグは嬉しそうに顎を撫でる。

 

「まさかあんな方法で反撃されるとは思わなかったぞ」

 

「前に、野生の猿にやられたことを真似してみたんですけどね。やっぱり、見様見真似じゃ通じないみたいで」

 

「謙遜するな。今のは効いたぞ。俺の力を技で反して来る相手は久しぶりでな。お前との闘いはまだまだ得るものが多そう、だ!」

 

 距離を詰めるサイラオーグに一樹は炎の球を放つがそれを拳で打ち払われ、時間稼ぎにもならない。

 

 槍の矛先に炎を纏わせながら一樹は応戦する。

 サイラオーグの攻撃はどれも必殺。一撃で一樹をノックアウトさせる威力がある。故に全て捌き、避けながら攻撃の隙を窺っていた。

 

 サイラオーグの蹴りに合わせて横に跳び、威力を軽減させながらも矛に闘気を注ぐ。

 

 ロキの時のように力を一点に集中し、サイラオーグの防御を貫く。

 

「焼き斬れ……(アグニ)よ!」

 

 一樹の槍がサイラオーグの胸を捉え、サイラオーグの拳も一樹の頭部を捉えている。

 

「そこまでだ」

 

 しかし、その闘いは突如中断されることとなった。

 サーゼクスが槍と拳を押さえることで

 

「魔王さま……」

 

「すまないね、サイラオーグ。しかし、これ以上の続行は確実に死合に発展する。いくらアーシアくんがいるとはいえ、それはマズイ。ここまでにしてくれないか?」

 

 サーゼクスが止めに入ったことで一樹は槍に纏わせた炎を消し、腕輪に戻す。それにサイラオーグも拳を引っ込める。

 

「いえ……これ以上、闘いが長引けば、止め時を誤るところでした。感謝します、魔王さま」

 

 そして一樹へと視線を向け、笑みを作る。

 

「俺のワガママに付き合ってくれてありがとう。良い経験をさせてもらった」

 

 そうして求められた握手に応じる。

 触れたその手は厚く、硬い。愚直なまでに鍛え続けた重みのある男の手だった。

 

 そうしているとリアスたちが観客席から降りてくる。

 

「リアス。中々、良い協力者を得たようだな」

 

「えぇ。眷属同様に、自慢の後輩よ」

 

 サイラオーグの言葉にリアスは胸を張って答える。

 

「アザゼル殿も、今回のワガママを許してくださり、感謝します」

 

「気にすんな、俺は面白いモンが見れて満足だ」

 

 そして最後に一誠に体を向けた。

 

「今回はこうした形になったが、ゲームでのお前との闘いを俺は楽しみにしている。お前となら、真っ向のパワー勝負が出来そうだからな」

 

 そうして肩に手を置かれる。それだけでズシリとした何かが重く感じられた。

 

 サイラオーグが去った後にサーゼクスが教えてくれた。

 彼は身体に負荷をかけて闘っていたと。

 その事がなおのこと一誠に重圧をかける。そしてリアスとそう変わらない歳の彼がそこまで強くなれたことに畏敬の念を懐かずにはいられなかった。

 

 そこでサーゼクスが話を変える。

 

「実は今日、もうひとり来訪する者が居てね。イッセーくんには是非彼と会ってほしい」

 

「俺ですか……?」

 

「あぁ。来たね」

 

 現れたの緑色の髪をした妖艶な男性だった。

 

「やぁ、初めまして。俺はアジュカ・ベルゼブブ。一応魔王のひとりを任されている」

 

「アジュカは主に冥界の技術面を担当している。彼のおかげで冥界の技術は5段階飛んで発展したからね。悪魔の駒の開発を行ったのも彼だ」

 

 軽く手を挙げて挨拶するアジュカにサーゼクスは簡単な紹介をした。

 そこで一樹が、ん?と何かを思い出す。

 

「ベルゼブブって確か……」

 

「ディオドラの件はすまなかったね。そして、身内の不始末を着けてもらい、感謝している」

 

 そう言われて一樹は眉を動かす。

 別段ディオドラを殺ったことは後悔してないが、身内にそうあっさり言われるとどう反応したら良いのかわからないのだ。

 

「アジュカ」

 

「わかっている。赤龍帝くん。良かったら、君の悪魔の駒を見せてもらってもいいか?」

 

「へ?悪魔の駒、ですか?」

 

「あぁ、なに、すぐに済むさ。何せ、魂を封じ込めた神器保有者を悪魔に転生させた例は少ない上に二天龍だからな。少し興味がある」

 

 そう言って小さな魔法陣を幾つも展開し、それらに目を走らせる。

 

「へぇ。面白いことになってるな。駒が神器の中に入っている。禁手と昇格を使い続けた影響か?でも術式が雑だな。これだと誤作動を起こす可能性がある。よし、ついでだからそこら辺も調整しておこう。ゆくゆくは、駒が神器と同化する筈だ」

 

「え!?良いんですか、そんなことして?ゲームとかで不正になるんじゃ」

 

「今回はあくまでも誤作動しないように調整するだけだ。それに、君たちは何かと面倒ごとに巻き込まれやすい性分のようだしな。どう成長するかはこれからの君次第だが、と終わった」

 

「もう!?あれ?でも何かが変わったような感じは……」

 

 アジュカの仕事の早さに驚きながらも何か変わったか?と疑問を抱く一誠。

 

「今回は不具合の調整と可能性の提示だけだからね。君の中にある可能性の前に鍵を置いた。どの鍵を手にして扉を開けるのは君次第さ」

 

 成長する要素は与えたが、あとは自分で何とかしろということらしい。

 そこで一誠はふと思いついたことを訊いてみた。

 

「あの、レーティングゲームってどれくらいの隠し要素があるんですか?」

 

「言う訳ないさ。それを個人に教えてしまったら、それこそ不正になってしまうし、そういうのはユーザー側に見つけて欲しいのが作りてってもんだ」

 

 肩を竦めて笑うアジュカ。

 

「なんか、アザゼル先生と話しが合いそうですね」

 

「いやいや。俺は新しいモノを創るのがメインで彼は在ったモノを研究するのがメインだからね。この違いから、研究者としては微妙にウマが合わないと思うよ」

 

「ま、そうだな。必要なら協力するくらいの関係が丁度いい」

 

 アジュカの論にアザゼルが同意する。

 どうやら同じ研究者でも全員仲良くとはいかないらしい。

 

「さて、俺はもう帰るよ、俺は地上でもゲームを創って運営しているんでね。長いこと居なくなると支障をきたす」

 

「アジュカ。それは例の件か?それともただの趣味か?」

 

 サーゼクスの問いにアジュカは笑みだけを浮かべて応えずにそのまま去って行った。

 

 こうして、短い冥界での交流は幕を閉じた。

 

 

 そして、白猫は自分の手の平をジッと見つめてあることを決意した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 



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67話:修学旅行開始

「なにこれ?」

 

「ん?お土産代よ。たっくさん買ってきてね~」

 

「いらないだろ札束とか!!どれだけ買わせる気だよ!?」

 

「京都中の菓子を」

 

「買わないから!?つかそんなに買って食ったら糖尿病になるぞ!」

 

 太る、と言わない辺りが一樹なりに気の使ったかもしれない。

 札束を返すと黒歌がちぇーと口を尖らせる。

 いくら2人が大食いとはいえ札束分とかそもそも持ち帰れないし。

 

「いっくん、気をつけてね」

 

「あぁ。札束ほどってわけじゃないが、土産はちゃんと買ってくるからな、白音」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 白音の頭を撫でると目を細める。

 こうして、修学旅行に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一樹くんは新幹線って初めてかい?」

 

「いや。姉さんたちと旅行に行った際に何度かな。それでも2回くらいだ」

 

「そっか僕は部長の眷属になってから駒王町を出る機会も多くなかったし、冥界行きの列車を除けば初めてかな」

 

「そっか。良かったな」

 

「うん」

 

 新幹線でそう会話していると祐斗が席を立つ。

 

「どうした?」

 

「うん。ちょっとイッセーくんたちの所に。一応予定を確認しておこうと思って」

 

「あ、それなら私も行くわ!ちょっとゼノヴィアにアーシアさんと話がしたいし!」

 

「じゃ、俺は寝るわ。特にやることもないし」

 

「うん、お休み」

 

 

 

 

 

 

 そうして新幹線の中で昼食を終えて駅を降りる。

 先ずはホテルへ移動するらしく、教員や生徒会面々が先導している。

 その誘導に従ってバスに乗り、ホテルへと移動した。

 

 ――――――京都サーゼクスホテル。

 

 ホテル名を見た時一樹は固まった。

 

「これって……」

 

「うん。グレモリー家が経営してるホテルなんだ。少し離れた場所にセラフォルーさまの名前があるホテルもあるみたい」

 

「せめて名前くらい隠せよ。ここで冥界の関係場所だってバレバレじゃねぇか」

 

「まぁ、従業員の大半は何も知らない一般人らしいけどね。裏の世界と関わりがあるのはホテルの責任者を含めて数名だけだよ」

 

 なおのこと危なくないか?と思ったが今までなんとかなっていたのだろうから大丈夫なのだろうと思うことにした。

 それにしても、いくらなんでもこんな高級ホテルに高校の1学年全員を泊まらせるとか元はどうやって採算しているのか気になるが、怖いので考えるのを止めた。

 

 中に入り、教員から注意事項などを話している。

 何故か途中でロスヴァイセが100均スーパー絶賛トークが始まったが、それを生徒たちは温かい眼差しで聞いていた。

 

 そして。教員から合鍵を渡されて一樹たちはホテルの室内に向かった。

 

 

「これ、絶対高校生が泊まれる部屋じゃないだろ……」

 

 豪華な洋式の部屋に呆れながら荷物を置く。

 

「匙くんは生徒会で先生たちの手伝いがあるんだよね?」

 

「あぁ。俺たち役員は先生たちの手伝いだ。まったく。初日からこれなんて冗談じゃないぜ!」

 

 愚痴をいう匙に祐斗はご愁傷さま、と労る。

 

「そっちは、兵藤たちと合流して回るんだろ?俺たちは半分くらい時間取られちまうから、気にせず行ってこい」

 

 ここで一樹たちに当たらないところが匙の美徳だろう。

 お言葉に甘えて京都を見て回ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、居た居た!お~い、イリナ、木場ぁ!」

 

 一誠たちは待ち人である祐斗とイリナを見つけて手を振って呼ぶ。

 しかしそこで一人足りないことに気付く。

 

「一樹はどしたの?」

 

 藍華が訊くと2人は気まずそうに笑みを浮かべる。

 

「うん、ちょっとね。同じクラスの平川さんっているんだけど、今呼ばれててね」

 

「平川ってアレだろ!木場のクラスの結構カワイイ!あの出るとこは出て引っ込んでるところは引っ込んでるスタイルの良い子!」

 

「呼び出されたってことは、あ~そういうこと?うわ、無謀ね」

 

 元浜が平川という女生徒のことを思い出し、藍華が苦笑する。

 そこでアーシアとゼノヴィアが首を傾げる。

 

「あの、どういうことでしょうか?」

 

「つまりね、今一樹は平川に告白されてるってこと。でしょ?」

 

 目線で祐斗とイリナに確認すると2人は曖昧な笑みを浮かべるだけ。

 

「こ、こ、こ、告白ですか!?」

 

「ま、アイツも最近この3人を取っちめたりして女子からのお株が上がってるしね。修学旅行にかこつけて告白しようって子が居ても不思議じゃないでしょ?ま、アイツが承諾するとは思えないけど」

 

「そ、そうですよね!一樹さんには白音ちゃんが……」

 

「いやいや、白音のことは別にしてもよ!一樹ってあんまり接点のない相手からそういうことされても本気で迷惑がるタイプだし」

 

 藍華に言われて以前、聞いた一樹の好みは一緒に居て安心する人と言っていた筈。

 それであっさり告白を承諾するとは思えない。

 

「くっ!だが日ノ宮だけ女の子に告白されるなんておいしいシチュを堪能してることには変わりない!ちょっと様子見に行くぞ!」

 

 松田の発言に一誠と元浜が同調する。

 それに祐斗はおいしいかなぁと笑みを引きつらせた。

 

 一樹が呼ばれた方角を聞いて3人は直行し、それに残りも肩を竦めて後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「だ~か~ら~。そんなの付き合ってから知って行けばいいじゃん!」

 

「知らねぇよ。なんで俺が碌に話したことのないお前と付き合わなきゃいけねぇんだよ、めんどくせぇ」

 

「めんどくさいって……」

 

 一樹の言い分に平川は顔を引きつらせる。

 そこでこちらを見ていた一誠たちに気付く。

 

「迎えも来たみたいだし、俺行くわ」

 

「ま、待ってったら!」

 

 そうして立ち去ろうとする一樹に平川が腕を掴むが、それをすぐに払い除ける。

 

「こっちはお前に興味ねぇってつってんだろうが……これ以上くだらねぇことで時間取らせんじゃねぇよ、邪魔だ」

 

「……っ!」

 

 それ以上、一樹は平川に目を向けず一誠たちの所へ向かう。

 

「わりぃ。時間取らせた。んじゃ、行こうか」

 

 集まった面々に軽く謝罪して移動しようとする。

 それに一誠が苦い表情で訊く。

 

「……いいのかよ、あれで?」

 

「いいんじゃねぇか?こっちは最初から用なんてねぇし」

 

 面々の大半が納得できない表情だが一樹は気にすることなく場の移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

「で、なんで断ったんだ?」

 

「お前ら修学旅行に何しに来てんだよ?」

 

 移動中にしつこくさっきのことを聞いてくる3バカにうんざりしながら店にある土産を目移りしている。

 少しとはいえ時間を取らせたのが悪いと思って黙っていたがこれ以上は手が出るかもしれない。

 

 女子4人は京都の修学旅行を満喫しているのに対して、コレだ。いい加減本当にうっとおしくなってきた。

 

「だってよぉ。平川って結構カワイイじゃん。もったいねぇな」

 

「まぁまぁ。一樹くんがそういうのに乗っかかるタイプじゃないのは知ってるでしょ?」

 

「大体、近づいてくるヤツ全部に優しくなんてできるかっての。それに、俺はあいつのアクセサリー代わりになるつもりもねぇんだよ」

 

「アクセサリーって……」

 

「録に話したこともない奴に告白するってそんなもんだろ。第一、これまで関わりもない奴に告白されて受けると思うのが理解できん。頷くわけねぇだろ」

 

「うぐう!?」

 

「どうした、イッセー?腹でも痛いのか?」

 

「な、なんでもないぜ……」

 

 松田と元浜が蹲る一誠に首をかしげる。

 

 なんせ、一誠はまったくの初対面の女の子(堕天使)から告白を受けて舞い上がった挙げ句殺されて悪魔に転生したのだ。

 一誠からすれば耳の痛い話である。

 もっともそのお陰で多くの女の子とお近づきなれたのだから結果オーライと言えるのかもしれないが。

 

「そもそも、他人を貶めて自分を上げないと自分をアピールできない奴なんて願い下げだってんだ」

 

「どゆこと?」

 

「おわっ!?」

 

 ぼそりと呟いた一樹に藍華が後ろから話しかけてきた。

 ビックリして振り返る。

 

「おどかすなよ!」

 

「そっちが勝手に驚いたんじゃん。で、なんか言われたの?」

 

「胸糞悪くなることをな。あれで承諾すると思う辺りどんだけ頭がお花畑なんだか」

 

 苛々を吐き捨てるように呟く一樹。

 

 それに他の面々も訊いてくる。

 

「え、と……どんなこと言われたのか聞いても?」

 

「大したことじゃねぇよ。オカ研の女子とか藍華とか白音とかの悪口っつか、バカにするようなことを並べ立てられただけ。だから自分と付き合うほうが得だぞみたいな。人の友人の暴言吐く女となんてつきあうかよっての。あぁ、内容に関しては口にしたくないから訊かないでくれると助かる」

 

 本当に言いたくないのだろう。表情は笑っていたが、眼は笑っていなかった。

 

「だが、アクセサリーとはどういう意味だ?いまいち言っていることがわからないのだが」

 

「そこも聞いてたのかよ。なんつうかさ、俺はあぁいうのって相手に好意があるから付き合おうとするんじゃなくて、ファッションつうかな。さっきアーシアたちが土産で置いてあるキーホルダーとか気に入ったのあるだろ?もしそれが『お前なんかに買ってほしくねぇんだよ』って拒否られたら良い気しないだろ。それと同じだよ。要は、私が彼氏に選んでやったのになに断ってんだって怒ってただけなんだよ、アレは。それにもし付き合っても周りに自慢できる要素とかが無くなったらあっさり他の男の所に行くんじゃないか?憶測だけど」

 

 そもそも一樹の場合、男漁りをしていた叔母を見てきたため、それらに対する偏見と嫌悪感が強いのは否定できないが。

 

「……もしかしたら本気でお前が好きで告白したかもしれねぇだろうが」

 

「だったらもっと仲良くなろうと前から接触して来ただろ。ホントに話したことないぞ、俺。何度でも言うが、俺はそんな露店のアクセサリー感覚で誰かと付き合う気はねぇ」

 

 一誠の指摘に一樹はめんどくさげに答える。

 

「ほら、こんな話はもういいだろ!京都を楽しめよ!」

 

 パンパンと手を叩いてこの話を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美少女3人の京都風景に1枚!」

 

「ちょっと。私は撮らないの?」

 

 松田が藍華を外して撮影したことに半眼で物申している。

 

「ふっ。俺がファインダーに入れるのは美少女たちだけだ!」

 

「藍華も顔立ち整ってるし、結構美人なほうだと思うけどな」

 

 松田の主張に一樹が意見を述べると周りが驚く。

 

「え?もしかして私一樹にそういう目で見られてる?」

 

「は?ねぇよ」

 

「わかってるけど、ちょっとは考える素振りくらい見せなさい!それと素で返すな」

 

 藍華が一樹の両頬を引っ張ると周りが苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真を撮りながら山登りをしていると1番体力のない元浜がぜぇぜぇ言っている。

 

「なっさけねぇな!アーシアちゃんたちだってまだ元気なんだぜ」

 

 松田はそういうがアーシアとて悪魔だ。体力は人並み以上にある。

 

「景色がいいな。色んなもんすぐに撮っちまうからカメラの容量足りるか不安になる」

 

「そうだね」

 

 一樹の言葉に祐斗が同意し、女子陣も景色を堪能していた。

 そんな中で一誠が周りに許可を取って先に頂上まで独走していた。

 

 古ぼけた神社に着き、パンパンと手を叩いて願いを心の中で念じる。

 願いをかけ終わると見知らぬ少女が現れた。

 

「京の者ではないな?」

 

 それは、小学校低学年ほどのキラキラとした金髪をした少女だった。

 だがそれよりも視線がいくのは頭部にある獣のような耳と背後に見える尻尾だろう。

 白音や黒歌のとは異なるそれは彼女が猫又の類ではなく、他の妖怪であること示している。ここが稲荷神社であることから狐の妖怪かもしれない

 少女は明らかな敵意を持っていた。それに周りから人間とは違う気配を感じている。

 大して強くはなさそうだが、如何せん数が多そうだった。

 

「者ども!かかれ!」

 

 少女の合図で天狗や狐の面をした妖怪が一斉に姿を現し、襲いかかって来た。

 

「な、なんだなんだぁっ!?」

 

「不浄の者めが!神聖な場所を荒らしおって!母上を返してもらう!」

 

「母上!なに言ってんだ!!俺はお前の母ちゃんなんて知らねぇぞ!?」

 

「しらを切る気か!」

 

「切ってねぇ!」

 

 聞く耳持たずな相手に一誠は籠手を出現させて妖怪たちの攻撃を受け流していく。

 予想通り、力自体は大したことないらしい。

 

 そうしている間にゼノヴィアとイリナが加勢してきた。

 

「だいじょうぶかイッセー!」

 

「え?あの人たち京都の妖怪さんたちよね?どうなってるの!?」

 

 ゼノヴィアは土産で買った木刀。イリナは聖剣で妖怪の攻撃を受け止める。

 アーシアや祐斗も遅れて参上した。

 

 それを確認して少女はより一層に怒りの表情を強める。

 

「そうか。やはりおまえたちが母上を!絶対に許さん!」

 

 話し合いをさせてくれそうにない少女に苛立ちながら一誠はアーシアに訊く。

 

「アーシア!部長から例の物、預かってるよな!」

 

「は、はい!」

 

 それは一誠の昇格承認の代理カードだった。

 有事の際にその権限がアーシアに貸し与えられている。

 一誠は騎士の昇格し、構えを取る。

 

「3人とも、京都で暴れるのはマズイ!できる限り追い払う程度で攻撃してくれ!」

 

「そうだね。向こうも何か勘違いしてるみたいだし。話し合いに持ち込むのが先決だ」

 

 一誠の意見に祐斗も同意し、構えを取る。

 

 一触即発の空気の中で少女の後ろから近寄る者が居た。

 

「捕獲完了っと」

 

「日ノ宮!?」

 

 少女の首根っこを掴み持ち上げていた。

 

「なっ!?お主人間か!?私に気安く触るでない!」

 

 持ち上げられてジタバタと動く少女は、幾つもの火の玉を生み出す。狐火というやつだろう。

 一樹は息を吐いて易々とその狐火を全て握り潰した。

 

「危ねぇな、クソガキが。俺以外に当たったらどうすんだよ。それとな。火ってのはこうやって出すんだぞ」

 

 握り拳を作り、炎を纏わせる。

 

「ひゃっ!?」

 

「さて。これで拳骨喰らわせられたくなかったら話を聞いてもらおうか」

 

「…………」

 

 どっちが悪者だが判らない光景に一誠たちはドン引きする。

 

(どう見てもチンピラが子供相手に脅してるようにしか見えない)

 

 祐斗ですらこの感想である。

 

 少女が泣きそうな表情で怯えていると妖怪のひとりが一樹に横から襲いかかった。

 それを軽々と躱し、溜息を吐く。

 

「返せってか?いいよ別に。いらねぇからこんなの」

 

 ポイっと少女を投げ捨てる。

 顔を地面に打った少女は涙目になりながら周りに指示を送る。

 

「て、撤退じゃ!今の戦力でこやつらには勝てん!だが、必ず母上は返してもらうぞ!」

 

 それだけ言い残して妖怪たちは一瞬でその場を去って行った。

 どうやら、楽しい修学旅行とはいかないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都の妖怪に襲われたことをアザゼルとロスヴァイセに報告すると2人は困惑した。

 悪魔や天使であるイリナが旅行で京都に足を踏み入れることは事前に京妖怪たちに知らせてあった筈だったからだ。

 

 アザゼルが確認を取ってみるとその場を後にした。

 一応リアスにも連絡を入れるか訊いてみたところ、現状ではそれは止めた方が良いと釘を刺されて。

 

 

 

 そうしてようやく落ち着いた時間が取れると一誠は気色悪い笑みを浮かべて移動していた。

 現在女子生徒は大浴場で入浴中。

 これだけで一誠がなにをしようとしているのかわかるだろう。

 

「くっくっくっ!普段から俺をバカにしてる女子たちの身体を舐め回すように見てやるぜ!」

 

 性衝動の赴くままに移動しているとそれを妨げようとする気配を感じた。

 

「ふ。やはり俺の邪魔をしてくるか、日ノ宮!ロスヴァイセ先生!」

 

「……やっぱりというかなんというか。ちったぁ大人しく出来ねぇのかよお前は」

 

「教師として生徒の裸を死守します!」

 

 2人はジャージ姿で一誠を迎え撃っていた。

 

「日ノ宮ぁ!フェニックス家の時は阻止されたが、今度はそこを通らせてもらうぜ!」

 

「休憩時間にくだらねぇことで時間取らせやがってこのカス龍帝が」

 

「カス龍帝!?お前ホントに俺への暴言が酷くなってるな!」

 

 一樹は眉間に皺を寄せたまま一誠と睨み合っているとロスヴァイセが口を挟む。

 

「私たちを突破しても後ろにはシトリー眷属が控えています。どちらにせよ貴方は覗きなんてできません。部屋に戻りなさい」

 

「なんという布陣!俺が覗きをやることなんて最初からバレバレですか!?覗きくらい大目に見る寛容さを身に付けてくださいよ!そんなんだから彼氏ができないんだ!」

 

「かかかかかか彼氏のことは関係ないじゃないですか!?」

 

 顔を真っ赤にするロスヴァイセ。一樹は鼻を鳴らして一誠を口撃する。

 

「お前は覗きなんて狡いことしかできねぇから、あれだけ家で女に囲まれて誰とも進展しねぇんだよ」

 

「う、うるせぇ!お前だって人のこと言えねぇだろうが!?」

 

「俺、お前を見てるとずっと独り身でいいような気がしてきたけど、な!」

 

 そうして一樹は一足飛びで一誠に近づき拳で突きを繰り出す。

 一誠も籠手を出現させた。

 

「いい加減、こういう馬鹿なことから卒業しろよ!アーシアや朱乃さんとかに申し訳ないと思わねぇのか!!」

 

「それはそれ!これはこれだ!」

 

 ホテル内であることから互いに単純な拳打の応酬を繰り返す。

 一樹としてはこのまま時間が過ぎれば勝ちなのだが一誠が大人しくしているわけがない。

 一誠が一樹を防御の上から殴り飛ばすとロスヴァイセに接近する。

 

「ここは通しません!絶対に許さないんだからっ!」

 

 顔を赤くしたまま若干の私怨を混じらせて魔術を展開する。

 

「もらったぁっ!!」

 

 しかし一誠が僅かにロスヴァイセのジャージに触れ、指をパチンと鳴らした。

 

「行くぜ!洋服破壊(ドレス・ブレイク)!!」

 

「きゃああああああっ!?」

 

 一瞬でロスヴァイセのジャージをバラバラにした一誠は鼻血を垂らしながら満足げな表情をする。

 赤かった顔をさらに真っ赤にして体を低くし、自分の身体を抱きしめる。

 

「部長にも負けない美乳とプロポーション!ありがとうございます!」

 

 親指を立てる一誠。

 ここでいるのがロスヴァイセだけならここを突破出来ただろう。

 しかし生憎とここに居るのはロスヴァイセだけではなかった。

 

「わー!兵藤くんがロスヴァイセ先生に襲いかかって裸にひん剥いたぁ!」

 

 ホテルに響くように張り上げられた大声。

 それに男性教師数名が駆けつける。

 一樹は素早くロスヴァイセに自分の上ジャージを被せた。

 それだけでこの状況で誰が悪か一目瞭然だろう。

 

 駆けつけた男性教師たちに一樹は慌てた様子で説明する。

 

「兵藤くんがロスヴァイセ先生に襲いかかって着ているものを破いていたんです!」

 

「ちょっ!お前!?」

 

 洋服破壊のことを除けば間違っていない説明に教師たちは肩を震わせる。

 

「兵藤お前!?今日という今日は許さん!ちょっと来い!!」

 

 そう言って2人がかりで一誠を連れてく教師陣。

 一誠ならただの人間2人程度振り払って逃げるのは簡単だが、それをすれば本当にマズイと理解した。

 

 一樹を親の仇でも見るような眼差しで睨むと一樹は親指を下に向けて見送った。

 

 

 

「ううう。あのジャージ、特売の時に買った物だったの……」

 

「いや、気にするとこそこですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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68話:白猫への試練・前編

白音魔改造計画の初級編。


 ドンッ!地べたに叩きつけられ、白音は息を肺から絞り出した。

 

「どうしたの?さっきの大口はやっぱり口だけだったのかしら?」

 

 見上げるとそこには姉の冷たい眼差しに竦みながらよれよれと立ち上がる。

 

「まだ諦めないのね。なら、もう少しだけ痛い目見てもらいましょうか!」

 

 向かってくる黒歌に白音は構えを取った。

 

(絶対に、私は―――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシンと室内に頬を張る音が響く。

 

「白音、アンタ自分がなに言ってるのかわかってる?」

 

 叩いたのは黒歌。叩かれたのは白音。

 黒歌は怒りの感情を隠さずに正座する妹を見下ろす。

 強い意志を持って自分を見返す白音に黒歌は溜息を吐いた。

 

「確かに、上手くいけば白音は今より段違いにレベルアップできるでしょうけど、その仮定は無意味よ。失敗することが決まってる仮定なんてね」

 

 黒歌は台に乗せてある幾つもの札が張られている壺に触れる。

 

「白音。この中に封印されているのは私たち猫魈の中でも最強の力を持った存在。それを身に宿して制御するなんて無謀を通り越して自殺行為なの。それに強くなるなら白音は順調に強くなってるわ。少なくとも10年以内には最上級に手が届くくらいにね。ここで無理をする必要なんてないじゃない」

 

「でも、全然足りない……」

 

 白音はポツリと呟く。

 

「いっくんは、どんどん強くなってる。このままじゃ、追い越されて私が足を引っ張る日が必ず来る。そんなのは、イヤなんです。いっくんは私が守らないと。そうじゃないと、私は―――――」

 

 まるでそうでなければ自分に存在価値無いと言わんばかりに力を求める白音。

 その理由を知っているだけに黒歌は苦い表情をするがだからといってこんな方法を試させる訳にはいかない。

 

「とにかく、強くなりたいなら別の案を出しなさい。これは、白音の手に余るわ」

 

 壺を抱えて移動しようとすると白音が服の裾を掴む。

 

「ダメだって言ってるでしょ!これ以上駄々をこねるならもう1回引っ叩くわよ!」

 

「……………」

 

 言いながらもこのままじゃ納得しないだろうということはわかっていた。

 黒歌は舌打ちして代案を出す。

 

「わかったわ。ならひとつ勝負と行きましょうか?」

 

 黒歌の提案に白音は目を見開くがすぐに表情を引き締めて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いわね、リアス・グレモリー。訓練場所貸してもらっちゃって」

 

「それは良いのだけれど……いったい何を始めるの?」

 

「ただのちょっとした姉妹喧嘩よ、姉妹喧嘩!」

 

 肩を竦める黒歌にリアスははぁ、と相槌を打つ。

 

 兵藤邸の地下にある訓練場に移動していた。

 白音はジャージで軟体をしている。

 そんな妹に黒歌は手に持っていた鈴を見せた。

 

「とりあえず今からお昼までの約2時間以内に私からこの鈴を奪うこと。それが出来たら白音の言うことを利いてあげる。もし出来なかったらこの話は無しってことでいいわね?」

 

 その提案に白音は頷いた。

 黒歌は鈴を手首から下げ、指をクイックイッと動かして挑発する。

 

「来なさい、白音。その思い上がり、お姉ちゃんが叩き直してあげる」

 

 黒歌の挑発に乗ったわけではないが、時間制限がある為、白音は最初から仙術を用い、全力で鈴を取りにかかる。

 仙術の仙気を身体能力に回して一瞬で黒歌の背後まで移動し、背後から鈴を奪いにかかる。

 その速度は白音の体格の小ささもあり、祐斗以上に観戦しているリアスと朱乃には感じた。

 

「甘いのよ」

 

 しかし黒歌はその動きは僅かに体を動かして避け、すれ違い様に掌底を背中に叩き込む。

 

「っ!?」

 

 地べたに叩きつけられた白音は即座に起き上がろうとするが、その時、不可解なことが起こった。

 起き上がろうと腕で体を支えようと動いた際に、膝が動いた。

 

「え!?」

 

「あら?どうしたの、白音?早く起き上がらないと時間がきちゃうわよ?」

 

 クスクスと笑う黒歌に何かされたのだと判断した。

 右腕を動かそうとすれば、左足が動き、左腕を動かそうとすれば首が動く。

 

「気付いたみたいね。少し白音の身体を動かす電気信号を弄って、体の動きをデタラメにしてみたの。ゲームとかで偶にあるでしょ?攻撃を喰らうと操作方法が変わっちゃう状態異常とか。早くどこを動かせばどこが動くのか把握しないと、立ち上がることさえままならないわよ。もっとも、私の攻撃を喰らう度に弄らせてもらうけどね!」

 

 そう言って黒歌は白音を蹴り飛ばした。

 受け身も取れずに地面をゴロゴロと転がされる。

 

(落ち着け!?落ち着け!!姉さまの言葉に惑わされちゃダメ!自分の体がどう動くのか把握するんじゃなくて、仙術の気を用いて状態を元に戻す!)

 

 白音は自身の仙気で姉の仙気を追い出す。

 一瞬血の流れを自分で操作するような不快感に吐き気がしたが、それを堪えて黒歌と向き合う。

 すると黒歌はパチパチと手を叩いた。

 

「へぇ。もう少し混乱するかと思ったけど、意外と頭回るわね」

 

 称賛半分。小馬鹿にするのが半分と言ったところだろう。白音は息を整えながら、悪態を吐いた。

 

「姉さまのイヤらしい戦い方なんてお見通しです……」

 

「そう?もっともお姉ちゃんも妹の直情的な思考なんてお見通しだけど!」

 

 言い終えると黒歌の姿が掻き消えた。

 

「白音に転移符を教え込んだの、誰だと思ってるの?」

 

 背後からの声に白音は本能的に前方に跳び込み、背後からの黒歌の攻撃を躱した。前転する合間に懐から玉を取り出し、黒歌へと投げつける。

 玉は黒歌の目前で煙を撒き散らしてその姿を覆った。

 

「目暗ましね。でも―――――」

 

 そこで白音が黒歌の上から鈴を奪いに跳びついてきた。

 迎え撃つ黒歌が腕を突き出す。

 それが白音の腕を掴むと黒歌の体が爆発した。

 

「がっ!?」

 

 爆発で吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる白音。

 

(影分身!?いつの間に)

 

「そっちがこっちの目を眩ませるってことは、白音からも一瞬でも私の姿が見えなくなるってことよね」

 

 起き上がると目の前に黒歌が立っていた。

 この目の前に居る黒歌は本物なのか。それに一瞬でも思考を割き、動きが鈍ってしまう。それは致命的なミスだった。

 目線が合う。すると、白音の視界は一瞬で闇に包まれた。

 

「幻、術……」

 

「ご名答」

 

 気付けば、自分は磔にされており、視界に姉の姿を映す。

 その手には彼女の愛剣が握られていた。

 

「これから白音を襲うのは偽りの痛みよ。残り時間、存分に耐えてみなさい」

 

 それだけ言って、黒歌は手にした剣を白音の体に突き刺した。

 

 

 

 

 

「あ、ああああああああああああああっ!?」

 

 突如悲鳴を上げた白音にリアスと朱乃は唖然とした。

 

「黒歌!白音に何をしたの!?」

 

「大丈夫よ……少し、痛い目見てもらってるだけだから。約10分。思ったより早かったわね」

 

 大きく息を吐いて地面に這いつくばる妹を見下ろす。

 動かないところを見ると痛みに耐えかねて意識を失ったのだろう。

 これならタイムリミットまで待つ必要はない。

 黒歌はリアスの方に向く。

 

「ごめんなさいね。もう終わったから帰るわ」

 

 体が完全にリアスの方へ向いた瞬間に伏していた白音が跳ね上がる。

 そのまま黒歌の鈴を奪おうとするがあっさりとその腕を掴まれて関節を極められた。

 

「へぇ。精神世界とはいえ、都合6回も切ったり刺したりしたのに。随分根性が付いたのね」

 

「……っ!」

 

「で?次はどんな手で来るのかしら?」

 

 白音は袖口から起爆符を取り出し、それを自分から爆発させて関節技を外させ、距離を開けさせる。

 

「む、無茶しないの!?今の下手したら自分の手が吹き飛んでたわよ!!」

 

「これくらいやらないと、姉さまの意表は付けません!」

 

「だぁ、もう!誰に似たんだか!」

 

 妹の無茶な行動に呆れながら、黒歌は影分身を10体作る。

 

「数の差で圧倒させてもらいましょうか。このまま降参してくれるとお姉ちゃんとしては嬉しいんだけど」

 

「誰が……!」

 

「ま、そうよね。いくわよ」

 

 それを合図に黒歌の影分身が一斉に襲いかかってくる。

 

「……!!」

 

 接近してくる影分身たち。それに白音は敢えて突っ込んだ。

 

(影分身なら戦闘能力はオリジナル程じゃない。それにあの数で距離を取ったら確実にこっちがやられる)

 

 本来、黒歌は幻術や妖術を駆使して戦う中・遠距離型。ほぼ近距離型の白音が距離を開けるなど時間の無駄だ。

 

 一番前に居た黒歌に近づくと速度を上げ、苦無を取り出して腹に刃を入れる。

 それだけで影分身の1体が消えた。分身体とはいえ、姉に刃物を通すことに嫌悪感が過ったが、それをすぐに仕舞う。

 先程のように影分身を爆発される可能性を考慮し、ヒット&アウェイで対応する。

 しかし、あれは多用しないと白音は考えていた。

 影分身の経験はオリジナルにフィードバックされる。

 自分が自爆する苦痛と経験なぞ何度も味わいたくは無い筈だ。

 

 妖術を駆使してくる分身体や、足止めしてくる分身体をひとりずつ消していく。

 螺旋丸。起爆符。体術。

 分身体とはいえ手加減できる相手ではない為に全力で潰した。

 

 8体目の分身体と相対ときに妖術で地面を隆起させられ、バランスを崩した際に剣で襲いかかられた際はカウンターで顎を蹴り上げた。空中で背後に回り、蹴りや拳を放ちながら上空を取る。

 

「ハァッ!!獅子連弾っ!」

 

 最後に蹴りとともに地面へと叩きつけた。

 

 着地し、息を切らせる。

 だがそれを許すほど相手は甘くない。

 自分に向けて振り下ろされる剣を横に跳躍して躱し、着地する合間に苦無を相手2体同時に投げつけて消した。

 

「これで、全部……!」

 

「そうね。でも時間をかけ過ぎたわね。そろそろタイムリミットよ!」

 

 黒歌は妖術で猫を形作った炎を作り、白音へと放つ。

 そしてそれが白音の体を焼いた。

 

「っ!?このくらいで!」

 

 仙気を操って炎を払い、黒歌に向けて苦無を投げつける。

 それが黒歌の近くまで移動した際に白音は転移を発動させた。

 

「お得意の転移攻撃ね……読めてるのよ!」

 

 バシッと鈴を取ろうとする白音の手首を掴む。

 

「残念だったわね、白音。頑張ったみたいだけど、時間的に私の勝ちよ」

 

「いいえ、姉さま。私の、勝ちです」

 

 宣言すると白音は掴まれている腕とは反対の腕で黒歌の腕を掴む。

 それと同時に地面から、もうひとりの白音が飛び出してきた。

 

「影分身!?いつの間に!」

 

 驚く間もなく白音に拘束されている黒歌は動くことが出来ずにそのまま白音の影分身に手首に付けられた鈴を奪われた。

 

「うっそ……」

 

 黒歌自身信じられないと言った顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「姉さま、では約束通りに」

 

「本当にやるの?お姉ちゃんとしてはお薦めできないんだけど……」

 

「姉さま?」

 

「わかってるわよ!だー!もっと難易度の高い課題にすれば良かった!」

 

 頭を抱える黒歌にリアスが話しかける。

 

「え、と……おめでとうって言えば良いのかしら?ところで今回の原因は何だったのかしら?持ってきていた壺と関係あるの?」

 

「……それには昔討伐された強力な力を持った猫魈。その霊体が眠っているのよ」

 

 黒歌の答えにリアスと朱乃は目を見開く。

 

「それを体の中に入れて屈服させて制御することで強大な力を得られるんだけど」

 

「そんなことが可能なの?」

 

「理論上はってとこ。危険な事には変わりないから交換条件で今の試練出したのに」

 

 妹を無暗に傷つけないように加減したのが仇となった。

 苦い表情をしている黒歌からリアスは白音に訊く。

 

「そんな危険なことを……」

 

「覚悟の上です。今の私にはどうしても必要なんです」

 

 強い意志を持って答える。その姿にリアスは困惑した。

 

「こうなったら少しでも安全に憑かせる準備をするしかないか。約束だから協力はするわ。だから先ずはその前に――――――今着ている物を全部脱ぎなさい」

 

 白音は自分の体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 かつて又旅、と呼ばれる猫魈が居た。

 長い年月を生きたその妖怪は人を飲み込めるほどの大きな体と1匹で都市を壊滅させられるほどの膨大な気と力を有していた。

 

 どれほど優秀な退魔師も単体では相手にならず、数百の退魔師や術者が集まり、多くの犠牲を出して討伐に成功し、その霊体を封じた。

 

 その僅かに残る伝承を頼りにアザゼルの指示で黒歌が山奥にある朽ち果てた神社からそれを発見したのは2年ほど前。

 

 

「又旅。聞いたことがありますわ。その討伐には五大宗家も関わっていて、又旅の封印後、多くの才ある術者が制御しようとしましたが、成功した者はひとりもおらず、結局、人の手には届かない山の奥地に封じられたと聞いています」

 

「それを見つけたのが私って訳。まぁ、確かにあの場所はそこらの人間の術者じゃ難しいでしょうね」

 

 裸になった白音の体に真言(マントラ)を書きながら朱乃の言葉に又旅が封じられていた、神社のことを思い出す。

 生身で入るにはキツイ高山の頂上に建てられた神社。それも結界が敷かれており、方向感覚を狂わせ、幻覚まで見せる術は今なお稼働しており、うっかり入ろうものなら確実に遭難するだろう。

 

 真言を書き終えた白音を同じように術式が書かれた床の中心に寝かせる。

 

「白音、これが最後の警告よ。本当に良いのね?」

 

「はい。お願いします」

 

「……安全装置は付けて置くわ。危なくなったと判断したらすぐに引き剥がすから」

 

 黒歌の言葉に白音は頷く。

 そして壺の封を外し、開けた。

 

 同時に術を展開して又旅の霊体を白音の身体の中へと誘導する。

 同時に白音の意識は深く、墜ちていった。

 

 

 

 

 

(今度こそ、今度こそちゃんと守るから。その為に力を付けるから。だからいっくん。貴方は――――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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69話:白猫への試練・後編

今回、色々やり過ぎたかも知れない。


 ――――――っくん

 

 

 

「?」

 

「どうしたんだよ、いきなり止まって振り返って」

 

 アザゼルの指示でホテルを抜け出し、京都に来ているというセラフォルーと合流するために移動していた際に突如立ち止まった一樹に一誠が問うた。

 しかしそれに答えるのではなく逆に質問する。

 

「なんでお前がここに居んだ兵藤?お前、先生たちの監視下で反省文書かされてたんじゃねぇの?」

 

「誰のせいだ誰のっ!!」

 

「お前の頭の中の辞書に自業自得って言葉をインプットしろ。そうすりゃ誰のせいか一発で判んだろ」

 

「――――っのヤロッ!」

 

 一樹の言葉に拳をボキボキと鳴らす一誠。

 しかしその手はすぐに引っ込める

 

「アザゼル先生の手伝いってことで一時的に抜け出させてもらったんだ!ホテルに戻ったら反省文の続きだよ、クソ!それで、そっちはなんでいきなり止まったんだよ」

 

「別に……ただ、白音の声が聞こえたような気が―――――」

 

 そこで周りが一斉に振り向く。

 その顔は微笑ましいモノを見るような眼だったり、からかおうとする表情だったり。

 

「なにお前。旅行1日目でもう白音ちゃんが恋しくなったのかっ!?意外とかわいいとこあん―――――」

 

 一誠が一樹の肩に手をそう言うとそれを振り落として頭を鷲掴みにする。

 

「このまま頭焼いて二度と髪が生えねぇようにしてやろうか?」

 

「ちょっ!お前ふざけんな!?放せ!」

 

 そこで一樹の頭にアザゼルの拳骨が落とされる。

 

「往来の道で騒いでんじゃねぇよ。モタモタしてねぇで、とっとと行くぞ!」

 

 頭を撫でている一樹を撫でている一樹を見ながらアーシア、ゼノヴィア、イリナはヒソヒソと話す。

 

「やっぱり、一樹さんも白音ちゃんのこと」

 

「まだ自覚がないみたいだけど案外もう一押しすれば」

 

「うん。というより、まだ付き合ってないというのが意外なのだが」

 

「聞こえてんだぞ、お前ら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神世界に落ちるとそこは薄暗な世界だった。

 薄暗い視界に地面は浅瀬程の水がある。

 

 そこで白音はあることを考える。

 

「制御するって……どうすればいいんだろ……」

 

 今更ながらそれに思い至る。

 力を欲するあまり過程をまるで考えていなかったことが恥ずかしく僅かに顔が赤くなる。

 とにかく自分の中に入っている筈の又旅を探そうと仙術による感知の範囲を広げようとする。

 

「今回、私を取り入れようとする方は随分と愛らしい姿をしてますね」

 

「!?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向くとそこに居たのは見知らぬ女だった。

 見た目は姉である黒歌と同い年くらい。長い青の髪を後ろに結わえ、金と緑!の左右別の瞳。そして猫の妖怪の証しである耳と尻尾。

 黒い着流しを身に付けたその女性からとっさに距離を取り、身構える。

 

「あぁ、なるほど。貴女も私と同じ種ですか。どのような理由で私を欲するかは存じませんが、止めておきなさい。私を扱うには貴女の器は小さすぎる」

 

 まるで母が子に注意するような暖かな眼差しと声でこちらを気遣う女性に白音は困惑していた。

 

「貴女が、又旅……?」

 

 確認するような問いかけに女性―――――又旅は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「はい。私がかつて人間たちに封じられた妖怪、又旅です。そちらのお名前を伺っても?」

 

「猫上、白音です」

 

「良い名ですね。こうして他者。それも同族と話すのは久しぶりですので嬉しいです」

 

 穏やかな笑みでそう言われて白音はさらに困惑する。

 てっきり、襲いかかられるものだと思っていたらまるで世間話でもするような態度なのだから仕方がないのかもしれない。

 

「あ、あの!私は――――!」

 

「私の力が欲しい、ですか?」

 

 眼を細めて指摘され、白音は肩をビクッとさせる。

 それに又旅は小さく息を吐いて諭すように言葉を紡ぐ。

 

「先ほども言いましたが、貴女では私を取り込むには器が小さすぎるのです。止めておきなさい、私の力は必ず貴女という存在を喰い破る」

 

 バケツで湖の水全ては掬えない。

 いつか必ず器そのものを破壊してしまう。

 

「それでも、私には!」

 

 力が要るのだ。

 今よりもっとずっと。

 そうでなければまた失ってしまう。

 

「もうあんな思いはっ!!」

 

 そこまで言って又旅が白音の頭に手を置いた。

 

「言葉でわからないなら、少々試させていただきましょうか。私を取り込みたいなら。その肉体(からだ)精神(こころ)が私を受け入れるに足るか、見せてもらいましょう」

 

 そうして、白音は精神世界の中で夢の中に落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝かされている白音が魘されているのを見てリアスが心配そうに声をかける。

 

「大丈夫なの?」

 

「えぇ。と言っても、精神世界と現実世界じゃ時間の流れが異なることも常だから、確証はないわね」

 

 術式を維持しながら黒歌は短く答える。

 又旅ほどの大妖怪を受け入れるのにどれほどの力が要るのか未知数なのだ。

 

「気張りなさい、白音。アンタがそれを選んだのなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんで、こんなところに……)

 

 気が付くと白音は猫の姿で見覚えのある場所に居た。

 覚えているといっても大分うろ覚えなのだが。

 どこかの駐車場だった。

 

「姉さま!姉さま!姉さま!」

 

 自分の口が勝手に動き、怪我をしている自分と同じ猫の姿を取っている姉に寄り添っている。

 

「大丈夫よ、白音。お姉ちゃんは強いから、このくらい、ね?」

 

 姉の身体にはいくつかの傷があった。

 

(確か、モデルガンで撃たれたんだっけ)

 

 小学生の子供に突然モデルガンの的にされて、黒歌が白音を庇って傷を負ったのだ

 

(この時から、私は姉さまに縋ってばかりで)

 

 姉を支えるどころか足を引っ張って。自分が居なければ姉はもっと上手く立ち回れたはずなのに。

 無力なかつての自分を見せられて内心歯を喰いしばる。

 そしてかつての自分に強い苛立ちを覚えていた。

 

(そして、ここで……)

 

「なに?野良ネコ?うわ!ケガしてるよ!」

 

 現れたのは濃い茶髪の子供。

 その子供が怪我をしている黒歌を抱き上げようとする。

 

「イッテ!?引っ掻くなよ。こっちは手当てしようとしてるのに」

 

 黒歌が引っ掻いても懲りずにまた手を伸ばす。抱きかかえると姉さまが今度は噛んだり引っ掻いたりして暴れる。

 

「暴れるなって!頼むから大人しくしてろな!」

 

 そう言ってその子供は微笑んで見せて白音の方に振り向く。

 

「ほら。白いのも来いよ。連れてってやっから」

 

 そうして差し出された手にどれだけ救われたか。

 

 生まれて初めてかもしれない穏やかな日々。

 暖かな寝床。

 暖かな食事。

 陽だまりのような安心感。

 

 そして唐突に訪れた安息の終わり。

 

(やめて……見せないで……)

 

 白音が過去の自分の中でそう呟く。

 

(見たくない、の……!)

 

 忘れてはいけない。だけど、思い出したくない記憶。

 白音はその記憶を掘り返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 全てを見終えた白音は涙を流して蹲っていた。

 

「なんて、悪趣味な……!」

 

 吐き気を堪え、見せられたものに憤りの感情を覚えながら近くに感じる気配。それを又旅だと思い、視線を鋭くさせて顔を上げる。

 

 しかしそこに居たのは別の人物だった。

 

「姉、さま……?」

 

 そこに居たのは姉の黒歌だった。

 しかしその姿は現在より若く見える。

 おそらく白音と同じか少し上くらいかもしれない。

 それでも身長差があるのだが。

 姉を呼ぼうとすると、突如黒歌が襲いかかり、その首を絞めてきた。

 警戒する必要が無い相手だったこともあり、無防備に押し倒される。

 

「ね……!?」

 

「どうして?」

 

「?」

 

「どうしてアンタみたいな役立たずが私の妹だったの?」

 

 黒歌の口から発せられた言葉に白音は目を見開いた。

 

「私がどんなに痛い目に遭っても泣くことしかできないのに」

 

 首を絞められてる手に力が入る。

 

「白音なんて、最初からいなければよかったのよ」

 

「……っ!?」

 

 黒歌の言葉に白音はどこか納得している自分がいた。

 最初から自分が居なければ姉はもっと楽に生きられたのではないか。

 そう何度も思った。

 

 なら、自分がここで居なくなっても――――――。

 そこで、茶髪の少年の顔が過ぎった。

 

「っ!?」

 

 その顔を思い浮かべた瞬間、本能的に黒歌を蹴り飛ばす。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 白音は何を日和ってると自分を叱咤する。

 アレはただの偽物だ。

 おそらく白音の中にある不安を具現化した存在。

 

「ずっと、今も支えてもらってる。|現実世界(むこう)に戻ったらお礼を言わないと。そして、昔の姉さま(あなた)にも」

 

 白音は一瞬で黒歌に近づく。

 

「ありがとう、姉さま。ずっと守ってくれて」

 

 ――――いつか、絶対に貴女が誇れる妹になるから。

 そう誓い、白音は黒歌に螺旋丸を叩きつけた。

 

 掻き消えた黒歌を見終わると、その先に又旅がいた。

 白音は無言で又旅に拳を突き出す。

 その拳は易々と防がれた。

 

「それが、貴女が力を欲する理由」

 

「人の記憶を無断で見ないでくれますか?」

 

「ごめんなさいね。でも理由は知っておきたかったので」

 

 白音は又旅から拳を離す。

 

「それは、逃げではありませんか?」

 

「……」

 

「力を手にして、昔の弱かった自分をなかったことにしたいだけなのでは?」

 

「そうかもしれません。でもそれよりも……」

 

 白音は僅かばかり目を閉じる。

 

「これ以上、なにも失わない。手放さないために、力が必要で。家族にこれ以上、怖いものを見せなくて済むなら、私はなんにだってなります」

 

 又旅と視線を合わせる。

 その真っ直ぐな視線に又旅は息を吐いた。

 

「言いたいことはたくさんありますが、とりあえず精神面は合格としておきましょうか。次は力を、見せてもらいます」

 

 又旅の姿が青い炎に包まれる。

 女性の姿は消え、現れたのは1匹の巨大な獣だった。

 炎が猫の姿を模っているように見え、黒い線が幾重にもある。巨大な猫。

 

「力を求めても想いだけではそれは叶わない。貴女にその価値があるか、見極めさせてもらいます」

 

 青い巨猫から白い小猫への試練が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白音は3体の影分身を使って又旅を翻弄しようと動いた。

 しかしそれは徒労に終わる。

 吹きかけられる息は暴風となって影分身を吹き飛ばし、その姿を消す。

 

 吐き出された炎に白音は跳躍して避ける。

 

(あんなの喰らったら骨も残らない……!?)

 

 精神世界でどうなるのかは不明だが試したいとは思わなかった。

 

「逃げてばかりいてもどうにもなりませんよ!」

 

 先程より小さな火球が襲いかかってくる。

 

 白音は印を結び、妖術で風を発生させて無理矢理方向転換し、躱した。

 着地した瞬間に妖術を使った瞬間に投げた苦無に付けられた転移符を目印に転移する。

 

 又旅の頭上に出現した白音がそのまま螺旋丸を叩き込んだ。

 しかし。

 

「こそばゆいですね」

 

 そのまま軽く頭突きを喰らって弾き飛ばされる。

 着地し、膝を着くのを確認すると又旅がやはりと思う。

 

「あまりに非力ですね。その程度の力で私を取り込もうなど、身の程知らずにも程があります」

 

 大きく開けられた口から青い玉が形作られる。

 それを見て白音は身震いした。

 玉に込められた力。受ければ跡形もなく消えて死ぬだろう。

 

「この一撃を避けずに防いで見てください。それを可能とするならば、貴女の力を認めましょう」

 

 おそらく、これは又旅からの最大限の譲歩。

 これを受け止められなければ資格無しという。

 もうそれに対して、白音が打てる手は――――――。

 

「あぁ、もう。まだ未完成なのに……」

 

 影分身を2体出現させる。

 ロキ戦の赤い螺旋丸を見てから白音なりに新しい螺旋丸を生み出そうとしていた。

 アザゼルの推測を黒歌経由で聞き、あることは確信に変わる。

 

 螺旋丸は性質を変化させた力を乗せることが出来る。

 なら、どの力を乗せるか。

 真っ先に思いついたのは風だった。

 

 一樹の火の力を助けられる力。

 それを、白音は選んだ。

 

 気で螺旋丸を作りながら風の力に変化させた妖力を込める。

 影分身を含めて3人でそれを作る。

 

 実戦だったら隙だらけで先ず使えないが、どうやら向こうは待ってくれるらしい。

 成功率は未完成型でたった3割。

 丁重に術を編み上げ、完成させる。

 

 球体を中心に刃が回転したような螺旋丸が生み出された。

 

「螺旋、手裏剣……」

 

 手裏剣といっても現状で投げる事も出来ない未完成だが、白音が出来る最大の攻撃力を誇る技だった。

 

「…………」

 

 又旅は何も言わずにエネルギー球体を発射する。

 白音はそれに螺旋手裏剣をぶつけた。

 

 衝突する2つの力。

 又旅の放った球体に僅かに拮抗する。しかし元々大きさの違いにそれは白音の螺旋手裏剣を飲み込み始める。

 

「!?―――――あ、あああああああああっ!!」

 

 白音の叫びと共に螺旋手裏剣は爆発する。

 鼓膜を破壊するような轟音と台風のような暴風に白音の小柄な体躯は何度もバウンドして転がり回る。

 

 そこで、白音は意識を失った。

 

 

 

 又旅を再び人の姿を取り、意識を失った白音を前に屈む。

 髪を撫でるその姿は子を褒める母のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは兵藤家の一室だった。

 

「目が覚めたのね」

 

「姉さま……」

 

 横にいる姉の姿を確認して精神世界から戻って来たことを確信する。

 裸だったはずの自分に服が着せられているのは姉が着せてくれたからか。

 

「リアス・グレモリーたちは実家の方でなんかあったらしくてそっちに行ったわ。後で連絡を入れましょう」

 

「はい」

 

「それとおめでとう。まさか本当に成功するとは思わなかったわ」

 

 黒歌が白音の服を捲し上げ、腹を見せるとそこには印が書かれている。

 

「白音が又旅の霊体を身に宿した証よ」

 

「でも、まだあの人の力は使いこなせないと思います」

 

「そうなの?」

 

 又旅が言ったようにまだその力を十全に扱うには白音の器は小さすぎるのだ。

 下手に使おうとすれば体がズタズタになるだろう。

 あくまで彼女は仮宿として自分に憑いたに過ぎない。

 これから彼女の力に熟れていかなければ。

 

「じゃあやっぱり、すぐに使えるってもんでもないのね」

 

「はい。それと、姉さま……」

 

「ん~。どしたのっ!?」

 

 白音が黒歌に抱きついた。

 

「今まで、ずっと守ってくれてありがとう、姉さま」

 

 白音の言葉に黒歌は瞬きをして驚いたがすぐに苦笑した。

 

「もう。当たり前でしょ。私は、白音のお姉ちゃんなんだから」

 

 そう言って頭を撫でる黒歌。

 

(いっくん。貴方を守るために。助けるために私ももっと強くなるから。貴方は貴方が望む道を……)

 

 

 

 それから数日後。最悪の知らせが届くことを、この姉妹は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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70話:妖怪との和解

 大楽という料亭に案内されるとそこには着物姿のセラフォルー・レヴィアタンとシトリー眷属が待っていた。

 

「ハロー☆リアスちゃんの後輩ちゃんたち☆冥界以来ね」

 

 全員軽く挨拶をして先に来ていた匙に話しかける。

 

「教員連中の手伝いご苦労さん。明日からは一緒に回れるんだよな?」

 

「あぁ。明日からはしっかり修学旅行を楽しむぜ!」

 

「ここのお料理はとても美味しいのよ☆特に鶏料理は絶品だからたくさん食べて行ってね♪」

 

 セラフォルーにそう言われたが夕食を摂ったばかりで入るのか不安だったが、食べ始めれば意外とすんなり箸が進んだ。

 

 

 どうやらセラフォルーは妖怪たちとの協力を得るために京都に来たらしい。

 しかし、そこでセラフォルーから悪い情報が知らされる。

 

「どうやら、ここの妖怪たちを総ている九尾の御大将が数日前から行方不明らしいの」

 

 その言葉に午後に襲われた面々は昼間襲いかかって着た妖怪の少女を思い浮かべる。

 

 母上を返してもらうと言った少女。つまり一誠たちはその誘拐犯と勘違いされたわけだ。

 

「誘拐したのはおそらく禍の団の連中だろう。九尾が行方が分からなくなった数日前から強い力が幾つか感知したらしいからな」

 

「そこで私は京都の妖怪さんたちと連携して事に当たるつもりよ☆禍の団についてはもう向こうに話してあるから赤龍帝ちゃんたちの誤解もすぐに解けると思うな」

 

「俺とロスヴァイセも独自に動く。生徒にまで危害が及ばないって保証はねぇからな。こちとら旅行中だってのによ、まったく」

 

 酒を煽るアザゼルに一誠がおずおずと手を挙げた。

 

「あ、あの。俺たちは?」

 

「あぁ。お前たちはとりあえず旅行を楽しめ」

 

「え?いいんですか?」

 

「本当に手が必要になったら呼ぶ。だからお前たちはせっかくの旅行を楽しめ。高校3年間で1度しかない旅行なんだからよ」

 

 そう言って頭のわしゃわしゃと撫でるアザゼルに一誠は嬉しさと若干の申し訳無さを覚えた。

 それでももしなにかあれば自分も動こうと決めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、生徒会メンバーとともに京都を周っていた。

 

「昨日は先生たちの手伝いで全然周れなかったからな!今日は京都を満喫するぜ!」

 

 テンションを上げる匙に一樹と祐斗は苦笑する。

 

「で?どこ周んだっけ?」

 

「今日は銀閣寺と金閣寺が中心かな。途中でいっせーくんたちともすれ違うかも知れないけど」

 

 昨日行動を共にしていたため、移動ルートがある程度重なる。

 幾つか観光する場所は同じだがルートが違うから行き違いになる可能性が高いが。

 

 移動中に草下がやたらと祐斗になにかと話しかけるのを見てイリナと花戒がヒソヒソと話す。

 

「ねぇもしかして草下さんって木場くんのこと」

 

「えぇ。以前からその気はあったようです」

 

「ちなみに花戒さんは?」

 

「……黙秘します」

 

 イリナの質問を軽く躱す花戒

 地図を確認してるルートを確認したり、途中で見つけた騒ぎ過ぎる駒王学園の生徒を発見し、注意する姿はどことなくソーナを思い浮かべさせる。

 

 観光所を見て回りながら途中で昼食を摂り、観光も大詰めになったところでロスヴァイセ先生に発見され、一樹、祐斗、イリナが呼ばれる。

 

「何かありましたか?」

 

 祐斗が訊くとロスヴァイセが頷く。

 

「京の妖怪たちへの誤解が解けました。そこで九尾の御息女が皆さんに謝罪したいそうです。イッセーくんたちは既に向かっています」

 

 3人は目を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで謝罪を受けるのにこっちから出向かなきゃならないんだか。向こうから来いっての」

 

「まぁまぁ。どうせあと少し回ったらホテルに戻る筈だったんからいいじゃないか」

 

 観光を邪魔されて愚痴る一樹に祐斗が宥める。

 

 匙たちはこのまま観光を続行してもらうことにした。

 案内された屋敷には多種多様な妖怪が済んでおり、見ただけで分かるものからそうでないものまで。

 向こうもこちらが珍しいのか遠巻きにこちらを観察してアレコレ言っている。

 

 目的の部屋に着くとそこにはアザゼルとセラフォルー。そして一誠たちが既に来ている。

 

 奥にいる先日の狐少女はこちらを、というより一樹を見るならビクッと一瞬肩を震わせる。それを見て一樹は自分が炎を使って目の前の少女を脅したっけかと思い出した。

 

「私は表と裏に住む京都を束ねし八坂の娘の九重と申す。先日はこちらの勘違いで襲ってしまい、申し訳ない」

 

 そう言って頭を下げる九重。それを見て、アザゼルが一樹を軽く小突き、小声で言う。

 

「お前も一応謝っとけ。昨日、この九尾の娘を持ち上げて殴ろうとしたらしいじゃねぇか」

 

「わかってますよ」

 

 アザゼルに言われ、一樹は前にでる。

 

「こっちも悪かったよ。いきなり殴ろうとしたりして」

 

 もっとも一樹は脅して事情を吐かせようとしただけなのだが。

 それに一誠も続く。

 

「それに、おふくろさんが攫われたんだろ?同時期にやって来た俺らを疑って襲っちまうこともあるさ。幸い互いに被害はなかったわけだし。謝ってくれたのなら俺らはもう九重に何も言わないよ、な?」

 

 そう言ってアーシアたちに振り向く。

 

「うん。私としてはこれ以上京都の観光を邪魔されなければ問題ない」

 

「えぇ。子供が頭を下げてるのにそれでも許さないって言うほど狭量でもないしね」

 

「はい平和が一番です」

 

「それに、1番悪いのは君のお母さんを攫った者たちだからね」

 

「ほらな」

 

 一誠が振り向いて笑うと九重は体を震わせ。

 

「ありがとう」

 

 そう礼を言った。

 

 誤解が解け、和やかな雰囲気が流れる。

 その際に一誠は子供の扱いが上手いと周りがからかったり感心したり。

 そんな中で再び九重が頭を下げる。

 

「咎がある身でこんなことを頼める立場でないことは承知で言う。お願いじゃ!母上を助けるために力を貸してほしい!!」

 

 九重の悲痛な叫び。それに一樹は無表情で自分の首を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九重と別れ、帰路に案内されている間に一樹がぼやく。

 

「しかし、なんだって俺らが修学旅行の間にわざわざ京都で行動するんだか。まさか時期を合わせてるんじゃねぇだろうな、あのテロリストども」

 

「やめろよ。そんなこと言ったらもう課外授業全般参加できなくなるだろ」

 

 一樹のぼやきに一誠はうんざりした様子で返す。

 

「総督殿。魔王殿。どうにか八坂の姫を助け出すことは出来んのじゃろうか?我らならばいくらでも手を貸しますが故に」

 

 その天狗の老人の言葉に一樹は何か引っかかりのようなモノを覚える。

 それがなんなのか、ハッキリとは言い表せないのだが。

 

 少し、思案に耽っていると天狗の長が1枚の絵を取り出した。

 そこには九重に似た妖艶な美女が描かれている。

 おそらくこの女性が八坂なのだろう。

 

 その絵を見て鼻をだらしなく伸ばしている一誠を見て皆がなにを考えているか見当をつける。

 そこでアザゼルが意見を述べた。

 

「ま、不幸中の幸いでまだ九尾の長が京都を離れてたり殺されてたりってのはない筈だ」

 

「どうしてですか?」

 

「九尾の頭は京都の霊脈やらの力場を管理する存在でもあり。その存在が京都から消えれば何かしらの影響が出るんだよ。今はまだその兆候すら見えん。誘拐なんざして何をするつもりかは知らんが、まだ無事だ。もちろん時間が経てば経つほどその限りじゃないだろうが」

 

「もしかしたら赤龍帝ちゃんたちにも動いてもらうことになるかも✩ちょっと人手が足りないしね」

 

 申し訳なさそうにするセラフォルー。

 

「お前たちは何だかんだで禍の団との戦闘で白星を挙げてるし、格上との戦闘も比較的慣れてる。悪いがいざって時は協力してくれ」

 

「任せてください!あんなおっぱいの大きなお姉さんを誘拐するなんて許せませんから!」

 

 威勢よく啖呵を切るが、すぐにだらしない表情をするので何を考えているか一目瞭然だった。

 

 微妙に締まらない場になって一行は屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らは日に何回か猥褻行為を働かないと死んじまう呪いにでもかかってるのか?」

 

「バカ野郎!男たる者女子と同じホテルに泊まったら覗きもしないでどうする!!」

 

「女子の裸が見れるのなら俺たちは一片の悔いはない!」

 

「そうか。これからお前らを待つのはのは反省文の山だがな」

 

『ノォオオオオオオッ!?』

 

 生徒会の手伝いで昨日の一誠と同じように覗き行為をしようとした元浜と松田を捕まえて一樹は額に青筋を浮かべて引きずる。

 このまま教員に引き渡して一誠と同じように反省文を書かされるだろう。

 ちなみに一誠は昨日に続いて今日も書かされている。

 これは終わらなかったのではなく、夜に自由にさせないための処置だ。

 

 本人はムンクの叫びのような顔をしていたが、自業自得だろう。

 今から2匹増員されることに教員方への同情を禁じ得ない。

 

 変態2匹を教員に渡して部屋に戻ると先に部屋に戻っていた匙と祐斗が寝間着に着替えていた。

 

「よ!お疲れさん。悪いな、手伝ってもらって」

 

 匙は持っていた炭酸飲料を一樹に渡す。今回のお礼らしい。

 

「かまわねぇよ。ああいうの、好きじゃねぇし」

 

 ジュースの礼を言ってからプルタブを開けて一口飲む。

 

 そこで匙が頭を掻いてぼやく。

 

「それにしても、ここに来て禍の団が絡んでくるなんてな。ったく!旅行中ぐらい関わってくんなっての!」

 

「まったくだ」

 

「それはともかくとして裏京都ってどんな感じなんだ?」

 

「レーティングゲームの疑似空間のような技術で造られたもうひとつの京都って感じかな。とにかく妖怪が多くてそういう観光だと思えば楽しめるよ。もっとも今はそんな場合じゃないんだけど」

 

「もしかしたら時間があったら見せてもらえるかもな」

 

 そんな雑談を交わしながら2日目の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居たのか、アルジュナ」

 

「曹操」

 

 京都で確保した秘密基地の一角で曹操はアルジュナに話しかける。

 

「今回、君のおかげで八坂の捕獲は思ったより被害が出ずに済んだ。長いこと魔と対峙してきた君の経験と指導が無ければ、こちらは幹部を除き全滅していたかもしれない。礼を言う」

 

「イエ、そんなことは。それに私は私でやるべきことをシタだけデスノデ」

 

「それでもさ。君がこちらに居てくれて良かった」

 

「……」

 

 実直な感謝を述べる曹操にアルジュナは曖昧な笑みを浮かべた。

 僅かに間が開き、曹操は口を開く。

 

「この京都の地に来ている彼が気になるのか?」

 

「ハイ」

 

 間髪入れずに答えるアルジュナに曹操は苦笑する。

 

「君の好きにすればいいさ。俺としては彼がこちら側についてくれるのが1番だが、君はそうじゃないだろう?」

 

 アルジュナはその問いに答えない。そして無理矢理に話題を変える。

 

「ソチラの交渉はどうデスカ?」

 

 それに気づきながら曹操は肩を竦めて答える。

 

「あぁ問題ない。あちらさんもとても協力的さ。下っ端の妖怪たちもまさか八坂を誘拐したのに内通者がいるとは思わないだろうな。地道な交渉の成果だ。それにしても彼らが京都に来る時期に間に合って良かった。おかげで楽しみが増える」

 

「そうデスネ」

 

 そこで曹操は顔を曇らせた。

 

「それと構成員からの報告だが、オーフィスの行方が分からなくなったそうだ」

 

「……いつものコトデハ?」

 

 禍の団のトップであるオーフィスの行動を予測するのは難しい。

 

 何カ月も同じ場所に留まっていたかと思えばふと行方を眩ませ、碌に連絡を取らずにいることは珍しくない。

 その気分屋と評せる行動を完璧に予測し、目をつけておくことは不可能に近い。

 何せアレは、この世の最強の存在のひとつなのだから。

 下手に気取られ、機嫌を損ねればそれだけで自分たちは抵抗とすら呼べない抵抗をして殺されてしまう。

 

 

「俺たちの計画はバレていないと思うがな。まぁ、バレていても問題はないのだけれど。それでもこの時期ということが気にかかる。注意は必要だ」

 

「わかりマシタ」

 

 予想が出来ないからこそ気まぐれにこちらに牙が向く可能性を危惧しているのだ。

 

 英雄派の理念からアレもいずれは討伐する対象ではあるが、今はまだ時期が早すぎる。

 たとえ全戦力を投入してもオーフィスには勝てないと断言できた。

 

「とにかく、まずは明日だ。手筈通り、有名なグレモリー眷属や彼に熱烈なアプローチを行うとしようか。まったく本当に楽しみでしょうがない」

 

 手に持っている神々しい力を纏う槍を握りながら口元を吊り上げる曹操。

 この場にいない英雄派の幹部たちもおそらく今の曹操と同じ表情をどこかでしているのだろう。

 そんな曹操から視線をずらしてアルジュナは目を閉じる。

 

(収穫の時はおそらくまだ訪れてはイナイ。だからコソ、刺激は定期的に与えナイト、彼の中にイル施しの英雄を引き出すことはデキナイ。そして、その為なら私は――――――)

 

 この時のアルジュナの表情はきっと曹操たちと同じ表情をしていただろう。

 

 

 

 

 

 

 



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71話:英雄派

なんとか書き上がりました。


 旅行三日目。

 

 朝起きた一樹はホテルの廊下でフラフラと歩いている兵藤とすれ違った。

 

「おはよ。反省文ご苦労さん」

 

「おかげさまでな!」

 

 1日目は一誠。2日目に松田と元浜が覗きを強行したことで3人にはホテル内で監視が付けられている。特に女子の入浴中など。

 おかげで旅行中一誠の部屋に遊びに行けないとゼノヴィアやアーシアが不満そうにしていた。

 

 一誠が眠そうにしながら一樹に質問する。

 

「なぁ、日ノ宮。お前さ、なんか強い力の塊とか見たり、感じたりしなかったか?」

 

「……質問の意味が理解できないんだけど」

 

「いや、実はさ」

 

 旅行前にアジュカ・ベルゼブブに調整してもらったことで手に入れた一誠の可能性の鍵。それが旅行中に紛失してしまったこと。ドライグなどはその内に手元へと戻ってくるだろうと言っているが未だにその兆候が無いこと。

 一誠自身、旅行中に探しているのだが近くに自分の力は感じるのだがここだ!、と確信が持てないこと。

 旅行も今日を過ぎれば明日には駒王町に帰らなければならない。最悪、京都の妖怪たちにも探してもらうがそれまでには何とか見つけてしまいたいのだが

 

「なんていうかさ。部屋の中で近くにあるのになぜか見つからない感覚っていうか。もうちょっとで見つかりそうなんだけどなぁ」

 

「ヤバいんじゃねぇか、それ……」

 

 一誠の、ということは同時にドライグの力でもある。

 そんなものがもし禍の団になど見つかったらどんなことになるか想像もつかない。

 最悪の事態を危惧しているとドライグが話す。

 

『アレは一応、見えない因果の糸で繋がっている。最終的には相棒の下へと帰って来る筈だがここまで見つからんと向こうから接触を断っているのかもしれん』

 

「意識のない力の塊なんじゃないのか?」

 

『本能的に、とでも言えばいいのか。もしかしたら相棒の中からではなく外から相棒の可能性を模索しているのかもしれん』

 

 ドライグの予想に一樹は呆れたように片目を瞑る。

 

「曖昧な話。だけど、さっきも言ったように禍の団が京都にいる以上、早めに見つけた方が良さそうだな。それに一般人がそんなもんに触れたらどうなるかもわかんねぇんだろ。こっちの班でも事情を説明して気を配ってみるな」

 

 事が事なだけにいつものように悪態を吐かずに協力を約束する。それに一誠はわりいな、と礼を言った。

 そこで女性の悲鳴が上がる。

 

 どうやらホテル内で痴漢が出たらしい。

 女性の胸に触れたと思しき初老の男性は突然女の胸を揉みたくなっただのと言い訳とも言えない言葉を並べている。

 

「そういや、京都に着いてから今みたいなこと、多いな」

 

「そういや、松田も寝ぼけて俺の胸を揉んできたんだ。それに観光の最中に同じようなことを何度か見たよね」

 

「案外、治安悪いんだな、この近辺」

 

 そこで自分たちは関係ないと話を切る。それが間違いだったと知るのはもうあと少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目、ということもあってか土産なども買う生徒が増えている。

 匙たちは支取会長を始め、生徒会メンバーに。祐斗たちはオカルト研究部の面々に。

 

 一誠たちのほうは今日、九重が京都の観光地を案内するらしい。

 

 途中でアザゼルとすれ違うと彼は昼酒をしていた。

 仮にも永い時を生きる堕天使の総督。多少のアルコールでは酔わないのだろうが、近くにいたロスヴァイセが咎めると笑い飛ばして酒を勧める。

 もちろん駒王町に滞在する原因になった酒を飲む筈もなく断固拒否したが。

 

 そうして旅行を楽しんでいると突如、霧が発生した。

 

 嫌な感じが体を駆け抜けると。匙たち生徒会メンバーとはぐれ、近くに一誠たちの姿が見えた。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

「どうやらあちらさんは、俺らが旅行を楽しむのがとことん気にくわないらしいな」

 

 一誠が驚くと一樹が眉間に皺を寄せて吐き捨てる。

 そこでアザゼルとロスヴァイセが現れた。

 

「皆さん、無事ですか!?」

 

「俺たち以外の存在がキレイさっぱり消えちまってる。シトリー眷属がいないところを見ると俺とオカルト研究部の面々だけを別空間へと転移させらて閉じ込められたみたいだな」

 

「……ここはレーティングゲームの疑似空間のようなものですか?」

 

 祐斗の質問にアザゼルが頷く。

 

「あぁ三大勢力の技術は流れているだろうからな。おそらくこの霧は神滅具のひとつである絶霧(ディメンション・ロスト)だろう。その使い手が余程魔法に長けているのか。もしくはそういう仲間が居るのか。どちらにせよ俺たちを一瞬で隔離したんだ。厄介なことには変わりねぇぞ」

 

 アザゼルが警戒を促す。

 それに一誠たちはそれぞれ戦闘態勢に入った。

 

「母上の護衛を務めていた者が亡くなる間際に言っておった。突如、不可思議な霧に包まれたと」

 

 アーシアの傍に寄せられた九重がポツリと呟いた。

 それに全員の緊張が高まる。

 

 辺りを警戒していると近くにある橋の向こうから数人の気配が近づいて来た。

 一番前に居た青年が口を開いた。

 

「はじめまして、アザゼル総督。俺は曹操。禍の団の英雄派を仕切っている」

 

 学生服の上から漢服らしきものを羽織っている男はそう自己紹介をする。

 曹操を視界に入れた瞬間に一樹は眼を細める。

 

 そこでアザゼルが全員に注意を呼び掛けた。

 

「全員。曹操の持つ槍には気をつけろ!奴が持っているのは最強の神滅具、黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)だ!神をも貫く絶対の神器。神滅具の代名詞となったな!俺も見るのは久しぶりだぜ。それもテロリストの首魁とはな!」

 

 アザゼルの説明に周りは動揺する。特に協会出身のイリナ、アーシア、ゼノヴィアは顕著だった。

 

「天界のセラフさま方が恐れていた聖槍……ミカエルさまも独自に宿主を探していたと聞いてたけど……」

 

「アレが、聖槍……」

 

 そこでアーシアが魅入られたように曹操の槍を見つめているとアザゼルがアーシアの視界を覆う。

 

「信仰のある奴はあまりアレを直視するな。心を持っていかれるぞ。アレも、聖遺物のひとつだからな」

 

 そこで九重が憤怒の表情で曹操に問いかける。

 

「母上を攫ったのは貴様らか?」

 

「左様で」

 

「母上をどうするつもりじゃ!」

 

「あの方には我々の実験に協力してもらっています。我々のスポンサーの要望を叶えるために、ね」

 

 曹操の回答に九重は怒りと焦りの表情で歯を喰いしばっている。突然母親を拉致された上に実験などという答えが返ってくれば当然だろう。

 

「スポンサー。オーフィスのことか。で、わざわざこちらに顔を見せたのはどういうことだ。このまま大人しくしていれば、その実験とやらも滞りなく達成できたかもしれねぇのに」

 

「なに、実験が始まればどちらにせよそちらに気付かれることになりますし、そちらの戦力を確認する意味でも少々手合わせを、と思いまして」

 

 そう言って早々は槍を構える。

 後ろにいる一団も同様だ。

 

「有難いことに、ここなら境内の時と違ってデュランダルを振るえる。本気で叩き潰させてもらおう!」

 

 空間からデュランダルを引き抜くゼノヴィア。イリナも、長い鋼糸にして隠していた聖剣(エクスカリバー)をを日本刀の形にして構える。

 他の面々もそれぞれ武具を展開した。

 

「何にせよ、妖怪たちとの協定を前にお前たちは邪魔だ。排除させてもらうぜ」

 

「協定、ね……」

 

 小馬鹿にしたような皮肉げな表情をする曹操。

 それに眉を動かすがその前に小柄な少年が曹操の横に並んだ。

 

「レオナルド。悪魔用のアンチモンスターを頼む」

 

 曹操の指示に少年が頷くとその影が広がり、盛り上がり、そしてそれがここの形を創っていく。

 数体ではなく百を超える数で。

 

「【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】か」

 

「なんですか、それ?」

 

「アレも神滅具のひとつだよ。使い手次第じゃ二天龍の神器よりヤバい、な」

 

「そ、それってどういう……」

 

「名前通り、アレは魔獣を想像する神器だ。使い手次第じゃ、十や百の単位で伝説級の力を持つ魔獣を創れる。二天龍クラスの魔獣を想像することもな。もっともそれは理論上で流石にそこまでの事例はねぇが」

 

 アザゼルの言葉にロスヴァイセは苦い表情をする。

 

「つまり英雄派には最低でも13種の神滅具の内、3つが集められているということですね」

 

 緊張した様子で警戒を強めるロスヴァイセ。

 

「神滅具を含めて上位の神器はその存在が確認されれば三大勢力のどこかに存在が知られるモンなんだがな。ここ20年ばかり、そうした神器使いの発見が難航してる。奴らが隠れるのが上手いのかそれとも誰かが意図的に隠しているのか。神器システムのバグで独自の理論を構築し、変化や進化しているとは考えたくないが」

 

 自問自答をし始めるアザゼルに一樹が問いかける。

 

「で、先生。アレの弱点は?」

 

「本体狙いだ。あの手の神器は基本、接近されることを想定されてないからな。魔獣を創るのに意識を割かにゃならんし。もちろん例外はいるがな。それに、魔獣創造の所有者は現状は成長中ってとこだろう。年齢のこともあるが、もしそこまでの力があるなら神器使いが各勢力に喧嘩を売ってた際にもっと強力な魔獣が襲って来た筈だからな」

 

 アザゼルの予測に曹操は拍手を送る。

 

「流石、神器研究の第一人者であるアザゼル総督だ。確かにこの子はまだ生みだせる魔獣の数と質には限度がある。しかし、相手の弱点を突く魔獣を想像するのは得意でね。ここに居るモンスターは対悪魔用のアンチモンスターです」

 

 曹操が手で合図を送るとアンチモンスターが咆哮を上げ、その体から光線が過ぎる。

 それらは疑似空間内に在った店を破壊していった。

 

「確かに対悪魔用だね。今の光力は中級天使クラスかな?僕たち悪魔の天敵たる力を魔獣に付与させるなんてね」

 

 苛立ち交じりで舌打ちする祐斗。

 それに一樹が続く。

 

「でも1度に大量生産できるのは1種類だけみたいだな。それも1回創ったらしばらくは能力が使えないんじゃねぇか?じゃなかったら、堕天使(アザゼル先生)天使(イリナ)に対抗する魔獣をすぐに創らないのはおかしい。もしくはまだ創れないか」

 

 その考察に曹操は感心したように笑みを浮かべた。

 

「正解だ。レオナルドの生産能力はまだそこまでじゃない。各地に神器使いを送っていた際に黒い異形が一緒に居ただろう?あれはこの子のデータ取りのために創られたモノでね。アレのおかげでレオナルドのアンチモンスター創造を含め、役に立ってくれたがまだ活かしきれているとは言い難い」

 

「そしてまだ?神殺しの魔物は創れない、だろ?」

 

「……」

 

「無言は肯定と見なすぜ。フェンリルみたいな魔獣を創れるなら、それ1体を創った方が効率がいいもんな!それがこの場で出ないってことはまだそこまでの域に達してないってことだ。それがわかっただけでも収穫だぜ」

 

 挑発するように鼻を鳴らすアザゼル。

 曹操は槍の切っ先を向けた。

 

「神は屠るさ。この槍でね。さぁ、始めようか」

 

 それを合図にアンチモンスターが動き始める。

 

「一樹、イリナ、ロスヴァイセ!お前らがあのバケモノを手早く片付ける鍵だ!それに、他の奴らも気になる。油断するなよ!」

 

 言いながらアザゼルは宝玉を取り出して人工神器の鎧を身に纏う。

 

「曹操。お前は俺がやらせてもらおうか!」

 

「堕天使総督直々に指名してくれるとはね。光栄の極み……と、言いたいところだが、今回の俺の目的は貴方じゃないんだ」

 

 数10体のアンチモンスターがアザゼルに向けて光の力を放射する。

 

「どわっ!?」

 

「レオナルド。定期的にアンチモンスターを創ってアザゼル殿を引き付けてくれ」

 

 曹操の指示にレオナルドはコクリと頷く。

 その答えに満足そうにしながら曹操は一直線に目的の人物に向かう。

 

 跳躍し、聖槍を降り下ろすと相手は自分の獲物で防ぐ。

 

「なんで俺のトコ来んだよ……っ!?」

 

「アルジュナが固執する君の力……見極めさせてもらおうか、カルナ」

 

 一樹と曹操は互いの槍で力の競り合いをしていたが、曹操が一樹の槍を受け流し、蹴りを入れる。

 

「一樹くん!?」

 

「コイツは俺が抑える。他の奴は頼んだ!」

 

 一樹は槍に炎を纏わせ、曹操と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 祐斗は速度で。ゼノヴィアは力で。イリナは技でアンチモンスターを斬り捨てていく。

 剣士3人はそれぞれ別個のスタイルで敵を減らしていた。

 

 そんな3人に英雄派のメンバーが襲いかかる。

 

「―――貴女はっ!?」

 

「ハァイ!この間の雪辱、晴らしに来たわよ?」

 

 手に聖剣を携えた女性ジャンヌにイリナが怒りの表情を浮かべる。

 

「この間のニセ聖女(ジャンヌ)!!」

 

「失礼ね!私に宿っている魂は本物よ!」

 

「例えそうだとしても貴女自身はジャンヌさまじゃないわ!」

 

「口の減らない子ね!」

 

 聖剣を使う2人の女性剣士が口と剣で衝突していると祐斗とゼノヴィアの前にもひとりの青年が立っていた。

 その顔を見てゼノヴィアは目を大きく開けられる。

 

「君は……」

 

「知り合いかい、ゼノヴィア?」

 

「直接話したことはない。しかしあの風体と手にしているいくつもの魔剣。間違いない、彼は教会でも指折りのエクソシスト。魔帝ジークだ!!」

 

「初めまして、聖魔剣の木場祐斗。そしてデュランダルの継承者ゼノヴィア・クァルタ。僕はジーク。君たちと死合いに来た」

 

 両手に魔剣が握られる。

 

「彼はフリードと同じ戦士育成機関出身だあそこの出の戦士は皆実験で同じ頭髪となったと聞く。ジーク。君は教会を裏切ったのか?」

 

「君たちからしたらそういうことになるのかな?でも君がそれを非難する権利はないだろう。デュランダルを授かりながら悪魔陣営へと身を堕とした君には。僕としても教会や天使たちの狗として生きるより、曹操たちと行動をともにした方が性に合っているようだしね」

 

 ジークの言い分にゼノヴィアは複雑な表情をする。

 ゼノヴィアは三大勢力が和平を結んだことで済し崩し的に今の立場が許されているだけだ。教会の敵に降ったという点ではジークと大差ないという自覚はある。

 

「と、口での語り合いはここまでにしよう。僕たちは剣士だ。語るのは互いの剣であるべきだろう、聖魔剣の木場祐斗。今代のデュランダル使い、ゼノヴィア・クァルタ」

 

 魔剣による不気味なオーラが発せられる。

 先に動いたのは祐斗だった。

 

 素早くジークの横に回り込むと聖魔剣の突きを放つ。

 しかしその攻撃はジークの魔剣であっさりつ防がれてしまう。

 即座に離れ、ヒット&アウェイを繰り返すが全て防がれてしまう。

 

「いい剣筋だ。しかし僕を相手にするにはまだ足りないね」

 

「……悔しいけどその通りのようだ。でも僕はひとりで戦ってるわけじゃない!」

 

 敵の魔剣を受け流し、跳躍すると後ろからゼノヴィアが横薙ぎにデュランダルを振るった。それを両手の剣で防ぐと跳躍した祐斗がそのままジークの脳天に聖魔剣を落とす。

 

「甘いよ」

 

 すると突如ジークの背中から腕が生え、魔剣を抜き、聖魔剣を防いだ。

 

「なっ!?」

 

 驚きのあまり体が硬直するとそのまま弾き飛ばされる。

 

「龍の腕……?」

 

「そう。これは龍の籠手(トゥワイス・クリティカル)だよ。僕のは亜種でね。こうして背中から龍の腕が生えてくるんだ」

 

 3本となった腕と剣を構え、魔剣使いは2人の剣士と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 ロスヴァイセは戦闘能力の低いアーシアと九重を守りながらアンチモンスターを討伐していた。

 しかし今はたったひとりの敵を相手に苦戦している。

 

「ハッ!どうしたどうしたぁ!!そんな小技じゃ俺を傷付けるなんざ出来ねぇぞ!」

 

 ヘラクレスと名乗った巨漢の男。その頑強な肉体がロスヴァイセの魔術を尽く弾いている。

 ロスヴァイセとてオーディーンの側近を務めた戦乙女。全力ならばセラクレスの身体を貫ける魔術は心得ている。しかし、アーシアと九重を守りながらとなるとそれも厳しい。それに巨大な魔術というのはそれだけ広範囲に展開される術式も多く、散って戦っている味方を吹き飛ばす可能性もあった。だからロスヴァイセはヘラクレスを自分に意識を向けさせつつアンチモンスターの討伐も行いながら2人を守らなければならなかった。

 

 じりじりと戦局が不利になっていく中、一誠の前に3人の少女が立つ。

 その手には神器ではなく魔法の武器が握られていた。

 

「赤龍帝、覚悟!」

 

 手にした剣や槍で一誠に襲いかかる。

 既に禁手の鎧を纏っていた一誠はその武器を受け止めようとする。

 すると、一誠の籠手が僅かに罅が入る。

 

「ウソだろっ!?」

 

『気をつけろ相棒!あの女たちが使っているのはドワーフが鍛えた武器だ。使い手も相当な技量だぞ。1撃でどうこうということはないが、何度も喰らえば危ない』

 

 ドライグの助言を聞き、前にアザゼルが言っていたことを思い出す。

 ドワーフの鍛えた武具は神器ほど特異性はないが、安定性は高く使い手次第では神器よりも厄介だと。

 

 しかし、幸いなことに相手は全員女だった。

 それだけで兵藤一誠にとって相性の良い相手になる。

 

 一誠は鎧の防御力に任せて突貫し、敵の身体に触れる。そして兜の中でほくそ笑んだ。

 

「俺に女の子を差し向けたのは失敗だぜ!高まれ、俺の煩悩!必殺、洋服破壊(ドレス・ブレイク)!!」

 

 指を鳴らすとそれだけで敵の衣服は裂け、文字通り丸裸にされる。

 悲鳴を上げて自らの身体を隠す敵を見ながら一誠は笑い声をあげる。

 それを後ろで見ていた九重はドン引きしていた。

 

「さ、最低じゃ……こんな最低な技は初めて見た……」

 

 幼い子供にそう言われてちょっとへこむ一誠。

 しかし、それを真面目に評すジーク。

 

「一見馬鹿馬鹿しいけど、女性限定とはいえ触れるだけで衣服を破き、戦線から外すという点では効率的な技だね。やはり、女性が今代の赤龍帝を相手にするなら裸でも戦える鋼の精神が必要のようだ」

 

「おい、やめろ!恥ずかしいだろ!」

 

 祐斗とゼノヴィアを相手にしながら真面目に分析するジークに一誠は顔を真っ赤にして反論する。自分で使っておきながら真面目に対応されるのは恥ずかしいらしい。

 グレモリー眷属の剣士2人を相手にしながらジークは涼しい顔で戦闘を優位に進ませていた。

 

「スピードは中々。でも決定的に得物の強度が足りないね」

 

 魔剣で祐斗の聖魔剣を破壊し、

 

「ただブンブン振り回すだけじゃデュランダルの力を引き出せないよ!先代が見ればさぞ哀しむだろうに」

 

 軽々とゼノヴィアの猛攻を交わし続け、身体を傷付け続ける。

 2人がかりでもジークは余裕で手玉に取って見せていた。

 

 

 

 そんな中で一樹は曹操と戦闘を続けている。

 

「どうした?ずいぶんと槍の動きに焦りが見える。アルジュナがこの場にいないのがそんなに気に入らないのかな?」

 

「ちげぇよ。修学旅行にまでちょっかいかけてくるテメェらにうんざりしてんだ!ここで潰させてもらう!」

 

 曹操を弾き飛ばすと息を吸い、吹いた息に気を乗せ巨大な火炎放射器となって曹操に襲いかかる。

 それを曹操は軽々とオーラを纏った聖槍で斬り、無力化した。

 

「これで俺を倒せるつもりだったのか?」

 

「んな訳ねぇだろ!飛べ、(アグニ)よ!!」

 

 炎の斬撃を飛ばし、敵を討とうとする。

 しかしそれも聖槍の力で防がれる。

 

「驚いたな。思ったより速い。もう少し遅れていたら腕1本持っていかれてたかもしれないな」

 

「の割には余裕じゃねぇか……」

 

 舌打ちして槍を構え直す。

 それを面白そうな笑みで接近し、槍同士の攻防が展開される。

 鉄のぶつかり合う音が響いた。

 

 何度目かの衝突の後に、曹操は一樹の槍を押さえ込み、その胸に拳を叩きつける。

 当たった拳で一樹の身体は盛大に弾け飛んだ。

 

「悪いね。なにぶん槍を振り回すだけが脳じゃないんでね」

 

「クソがっ!?」

 

 胸を押えて体勢を立て直す一樹。そこで曹操の後ろから刃が向けられる。

 

「そこまでだ、曹操」

 

「……もうアンチモンスターたちを全滅させましたか。さすが……」

 

 肩を竦める曹操。

 

「このまま拘束させてもらうぜ。動けばどうなるか、言わなくてもわかるよな?」

 

 アザゼルの忠告を聞きながら曹操は辺りを見渡す。

 

「そうですね。俺らもそろそろお暇させていただきましょう」

 

「逃げられると思ってんのか」

 

「思っていますよ。なにせ、俺たちには優秀な弓兵(狙撃手)がいますので」

 

 瞬間、アザゼルの顔を目がけて一矢が飛んできた。

 ギリギリでそれに気づいたアザゼルは体を捻って矢を躱す。その隙に曹操はアザゼルか距離を取った。

 

 矢が飛んできた方角を一樹は視線を移す。その先。結界の端に居た人物を一樹は呟いた。

 

 

「アムリタ……!」

 

 本来なら目視出来ない距離にいる筈の少女は矢を番えていた。

 

「――――――っ!」

 

 何かを呟き、弓を射る。

 空を直進する矢は一樹たちのいる戦闘場まで届くと強く青い光を放ち、矢は流星群となって青い光線が降り注いだ。

 

 全体に落ちてくる光線に一誠たちは防御に徹した。

 

「きゃぁあああああああっ!?」

 

「アーシアッ!?」

 

 九重を守るように抱きしめるアーシアを一誠が守るように体で覆う。

 他の面々も自分の身を守っていた。

 

 その光が落ちてくる中で曹操は告げる。

 

「俺たちは今夜京都という力場と九尾の御大将を使って二条城で大きな実験をするつもりだ。止めたいのならぜひ祭りに参加してくれ」

 

 笑みを浮かべながらその場を去って行く曹操。

 攻撃が収まると同時に空間が変わるのを感じたアザゼルは叫ぶ。

 

「お前ら!空間が元に戻るぞ!武装を解除しろ!」

 

 

 

 

 

 

 通常空間に戻ってくると一樹たちの周りは元に戻っていた。

 

「おいどうした!?何かあったのか!?」

 

 質問する匙に一樹たちは答えられずにいる。ただ一樹は曹操の一撃を喰らった際に懐に滑り込まされたメモ用紙を見た。

 

 その内容を確認すると一樹は歯を鳴らしてメモ用紙を握り潰した。

 

 

 

 

 




今回はここまでで。あと7話か8話で修学旅行は終わると思いますのでそれを書き終えたらまた毎日投稿をします。


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72話:作戦拒否

ようやく書き終えたので投稿再開です。
これから6日間の投稿です。


 英雄派との戦闘を耐えてホテルに戻った後に夕食を終えて一休みした後に一誠の部屋にオカルト研究部と生徒会の面々が集められていた。

 

 3、4人しか想定されていない部屋に10人程の人間が居座っているのだからややすし詰め状態だ。

 そんな中でアザゼルとセラフォルーが中心となって英雄派に布告された実験を阻止するための話し合いが行われていた。

 

「二条城と京都駅を中心に非常警戒態勢を敷いた。今京都にいる悪魔や堕天使。それから京の妖怪たちが総出で怪しい奴を探っている。今のところ英雄派は動きを見せていないが京都の各地から不穏な気の流れが観測されている」

 

「不穏な気の流れ?」

 

「あぁ。京都各所にあるパワースポットから力の流れが二条城へと流れてるんだ。英雄派がなにをするつもりかはまだ判断できんが実験とやらの準備に間違いないだろう。それを踏まえた上で作戦を伝える」

 

 そうしてシトリー眷属を見る。

 

「先ずはシトリー眷属はホテルの警備に当たってくれ。生徒たちの安全のためにここに残って欲しい。ホテルには強固な結界を張ってあるから最悪な事態はねぇだろうが、ここが襲われないとも限らん。何かあったら対処してくれ」

 

 次にオカルト研究部の面々に視線を向ける。

 

「いつも通りで悪いがお前たちがオフェンスだ。各ルートを通って二条城に辿り着き、九尾の御大将を奪還してほしい。敵の戦力が未知数であることも踏まえて目的を達成したらソッコーで逃げろ。お前たちの目的はあくまでも囚われた八坂の姫の奪還だ」

 

 そういうアザゼルに一誠が意見を言う

 

「で、でも俺たちだけじゃ戦力が足りなくないですか?」

 

「わかってる。だが今回は強力な助っ人が来る。各地で禍の団相手に暴れまわってる猛者だ。そいつが来れば九尾の奪還の可能性はグンと上がる。ま、楽しみにしてろ」

 

 口元を吊り上げるアザゼル。その助っ人は本当に頼りになるのだろう。

 しかし次に表情を曇らせた。

 

「それと悪いが今回支給できるフェニックスの涙は3つまでだ。各地で禍の団やそれに呼応する組織が暴れまわってるせいで涙の需要が高揚していてな。フェニックス家も生産が追い付いてないらしい。もともと大量生産向きのアイテムじゃないしな。今後、レーティングゲームでも涙の支給は無しになるかもしれんという話だ」

 

 アザゼルの言葉に眷属全員が唖然となる。

 アーシアのような回復役がいるチームはまだいいが、そうでないのだ。

 これからは涙に頼らない戦術が必要となるだろう。

 

「これも余談だが、今各勢力で聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を所有者を血眼になって探している。テロリストどもに発見されない為にな。アーシアの他に冥界の最重要拠点にひとりいる。俺たちもアーシアに協力してもらって治療系の人工神器の開発が進んでいる。とにかく現状治療や回復系のアイテムは貴重ってことだ。オフェンスに2つ。ディフェンスに1つ渡しておく。慎重に使え」

 

 そこで祐斗が手を挙げた。

 

「アザゼル先生。この件は他の勢力には」

 

「当然話してある。ここには俺ら三大勢力と妖怪たちが包囲網をしてあるからな。ここで潰せるなら潰した方がいい」

 

「外の指揮は私に任せてね☆悪い子が外に出ようとしたら各勢力と私がお仕置きしちゃうんだから♪」

 

 そう言ってブイサインするセラフォルー。

 

「学園のほうにもソーナたちが出来る限りバックアップしてくれるそうだ」

 

「あれ?部長たちは」

 

「リアスたちは現在駒王町を離れて冥界にいる。なんでも暴動が起きたらしくてな。その鎮圧に駆り出されているそうだ」

 

「暴動ォ!?」

 

 アザゼルの報告に一誠の声が上がる。

 しかしアザゼルは心配するなと苦笑した。

 

「暴動って言ってもそう大した規模じゃない。今回はどちらかというとリアスに経験を積ませるための呼び出しだ。向こうにはヴェネラナやグレイフィアもいる。万が一もねぇだろうよ」

 

 そうしてリアスの話を切り、顔を引き締めた。

 

「各員1時間後に行動を開始してくれ。怪しい奴を見たら相互連絡だ。死ぬなよ?家に帰るまでが修学旅行なんだからな!」

 

『はい!』

 

 その場にいるほとんどが同時に返事をする。

 ただその場で一樹だけが考え事をするように顔を伏せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーティングが終わり人が部屋を去って行くとアザゼルが一誠に話しかけた。

 

「イッセー実はこんなもんをさっき見つけたんだが」

 

 アザゼルが箱に入れられた宝玉を手渡す。

 それを横にいたアーシアが訊いた。

 

「なんですか、これ?」

 

『これは―――っ!?』

 

「どうした?ドライグ?」

 

『相棒。これは新幹線の中で紛失したお前の可能性だ』

 

「へ?」

 

「やっぱりか軽く調べてみたらお前のオーラが検出されたんでそうじゃないかと。それにしても―――――」

 

 どこか遠い目をするアザゼルに一誠が疑問に思う。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

「これはな。ミーティング前に痴漢をしていた男を見つけてそいつをシバキ倒したらこいつが発見されたんだ」

 

「え?なんでですか!?」

 

「それはたぶん―――――」

 

 そこでドライグが震える声で説明を始めた。

 

『相棒。今調べてみたが。こいつは様々な人間を渡り歩いて他の人間から力を掻き集めていたようだ。そ、その、相手の乳に触れて』

 

 ドライグのその言葉に一瞬の沈黙が下りる。

 

「あー、なるほど。つまり旅行中にやたら痴漢騒ぎが目立ってたのはこいつが乗り移って力を掻き集めてたからか。こいつが身体に入ったことで半ば無理矢理痴漢騒ぎを起こさせてたんだろうな。一般人だとよっぽど意志が強くないと抗えないだろうしな」

 

 つまり、今までの痴漢騒ぎの加害者もこの宝玉に操られていた被害者ということになる。

 それを聞いた面々は渋い顔になった。

 

「イッセーくん、君は……」

 

「さすがにそういうことを他の人に強要するのはどうかと思うわ、イッセーくん」

 

「まぁ、イッセーらしいと言えばそれまでだろうが」

 

「え?俺!?俺が悪いのか!確かにおっぱい大好きですけどこんなことになるなんて予測できねぇだろ!!」

 

 必死で弁明する一誠はハッと一樹の方を見る。

 一樹のことだ。きっと絶対零度の視線を自分に向けて暴言を吐くに違いない。

 

『痴漢者の量産とかお前もう家から出るなよ。お前が外に出るだけで禍の団とは別の方面で被害が拡大するだろうが』

 

 とか言うに違いないのだ。

 しかし一向に何も言ってこない。

 見てみると一樹は腕を組んで目を閉じていた。

 

「一樹くん?」

 

「ん?なに?」

 

 祐斗に呼ばれて一樹は瞼を開けて首を傾げた。どうやら話を聞いていなかったらしい。

 

「おいおい!なに呆けてんだよ!作戦前にそんな調子じゃ曹操たちにやられちまうぞ!」

 

「作戦……作戦か……」

 

 一誠にそう言われると一樹はまた目を閉じたがすぐにアザゼルに向き直った。

 そして予想外の一言を放つ。

 

「アザゼル先生。悪いんですけど俺、今回の作戦パスします」

 

「……なに言ってんだお前?」

 

「これから俺、人と会う約束があるんですよ。だからそっちの作戦には参加できません」

 

 きっぱりと言い放つ一樹。それにイリナがハッとなる。

 

「一樹くん、あなた……」

 

「ちょっと待てよ!お前状況分かってんのか!?曹操たちを止めねぇと、京都が大変なことになんだぞ!誰と会うかは知らねぇけど、そんなことしてる場合かよ!」

 

 イリナが問う前に一誠が一樹の肩を掴んだ。

 

「英雄派の連中は自分たちのいる場所に結界とか張ってあんだろ?このホテルも先生たちの結界があるしな。なら表側の京都には危害が及ぶことはないってことなんじゃねぇのか?」

 

「そんなの分かんねぇだろ!それに俺たちが行かなかったら誰が九重の母ちゃんを助けるんだよ」

 

 一誠の怒鳴るような声に一樹は冷めた眼で返す。

 

「そんなもん京都の妖怪たちに決まってんだろうが」

 

 一樹の断言に一誠は絶句した。

 

「大体今回の件は言ってみれば禍の団と京都の妖怪たちのイザコザだろうに。それをなんで偶々旅行に来てた俺たちが事件解決に動くんだかな。テメエらの頭領くらい自分(テメエ)らで奪還しろっての」

 

 吐き捨てるように言い切る一樹。

 

 そもそも疑問だったのが、妖怪たちの根城に行った際に頭が拉致られたにしては妖怪たちが落ち着きすぎていることだ。

 そしてその不信感が決定打になったのがあの天狗の長の言葉。

 

「なんで自分たちのホームで頭領を取り返すのにこっちが協力してもらう側になるんだよ。普通逆だろうが!少なくともここの妖怪たちが真剣に九尾の取り返そうとしてるとは思えねぇな」

 

「捻くれた見方してんじゃねぇよ!それに九重の母ちゃんが居なくなったら京都が土地を治める人が居なくなって大変なことになるって聞いてなかったのか!!」

 

「どうだかな。むしろ九尾ひとり居なくなったらくらいでどうにもならないってことはねぇだろ。そうじゃなかったら綱渡り過ぎるからな。ここの連中にとって九尾か居なくなるのは痛手ではあっても致命的じゃないんじゃないか?そうでないと、京都の妖怪たちも血眼になって奪還に動かないのはおかしいだろ」

 

 一樹は視線をアザゼルに向ける。

 

「……確かに八坂の姫が居なくなっても京都を治める方法がないわけじゃない。パワースポット各所に人員を配置して流れを制御したりな。もっともそれでも八坂の姫ひとりで治めるより不安定になるだろうが」

 

「だそうだ」

 

 今回の作戦を辞退すようとする一樹に一誠は自分の方を振り向かせて険しい表情で胸ぐらを掴んだ。

 

「九重は泣きそうな顔で俺たちに母親を助けてくれって言ったんだぞ。それなのにお前は助けに行くのを反対すんのかよ」

 

「別に反対してるわけじゃねぇよ。行きたい奴は行けばいい。ただ俺は用事があるから行かないって言ってんだ。あの狐のガキには悪いと思うが少なくとも俺は自分の用事をすっぽかしてまでアイツの母親を取り返そうとは思わないってだけだ。お前のそういうところは素直に感心するがな。それを俺に押し付けんなってんだ」

 

 プチンと一誠の中で堪忍袋の緒がキレる。

 そのまま一樹の頬を殴り倒す。

 

「イッセーくん!」

 

 即座に一誠を祐斗が諫める。

 一誠は一樹を見下ろしながら吐き捨てた。

 

「あんな小さな子が助けを求めてるってのにお前は……っ!散々俺のこと最低だの何だの罵ってたくせにお前の方がよっぽど最低じゃねぇか!」

 

 

 そう言った一誠に一樹は立ち上がると口元を吊り上げた。

 そして間髪入れずに一誠の腹に拳を叩き込む。

 膝をつく一誠。

 

「て、め……鳩尾に……!」

 

「やり返されねぇわけねぇだろ馬鹿が。それとその感情は京都の妖怪たちにもぶつけてやれな」

 

 一息ついて一樹は一誠の部屋から出て行こうとする。

 

「おい一樹!」

 

「そう言うわけで今回俺は参加できませんので。無理矢理参加させようとしても、外に出た瞬間に単独行動を取るだけです。後はよろしく」

 

 それで話はおしまいとばかりに手をひらひらさせて退出した。

 

「なんなんだよアイツッ!!」

 

 一誠がドンと床に拳を叩きつける。

 アーシアは表情を曇らせる。

 

「でもなんだか様子が変でしたね、一樹さん。なんていうか無理にこっちを怒らせるような態度を取ってるみたいで……」

 

「アイツは前々からああいう奴だったろ。クソッ!ただでさえ戦力不足だってのに……!」

 

 苛立つ一誠。

 それを余所にイリナはその場を離れて一樹を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一樹くん!」

 

 自販機で飲み物を買っていた一樹をイリナが呼ぶ。すると向こうもは首を傾げた。

 

「どうした?」

 

 プルタブを開けて缶に口を付けるとイリナが真剣な表情で問い質す。

 

「あのアムリタって子に会いに行くの?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 あの面子で一樹とアムリタのことを知っているのはイリナだけだ。だからこそ一樹が誰と会うのか予想できた。

 一樹は誤魔化さずに懐にしまってあった紙を見せる。

 

「これにアイツから来るようにって知らされてな。さっきの曹操たちとの戦いの最中に渡された。それも待ち合わせの場所がどうにも二条城とは反対方面でな」

 

「だったらイッセーくんたちに正直に言えばいいじゃない。それならイッセーくんだって怒ることなかったでしょ?」

 

「アイツと話してるとどうしても喧嘩腰になっちまうだけだ。妖怪連中の行動が気に入らないのは本当だけどな。それに俺は嘘は一言もついてないだろ?」

 

 別段一樹とて母親が攫われた九重が可哀そうだと思わないわけではない。それでも一樹にとってこちらの案件のほうが重要だったというだけだ。

 

「あいつには訊きたいことが山ほどあるんだ。正直、そっちのことはそっちでどうにかしてくれ。俺は俺の用事を済ませる」

 

 話しながら英雄派は一樹を二条城から分断させる気なんだろうなと思う。それを察した上で思惑に乗るわけだが。

 自分も相当馬鹿だな内心で苦笑した。

 罠の可能性もあって乗っかかろうというのだからそれも当然だ。

 

「アイツが俺に用があるってんなら行ってやるだけだ。そして力づくでも色々聞き出してそれが気に入らねぇなら……」

 

 出来るかどうかは考えない。やるかやらないかの問題だ。

 一樹は飲み干した缶を握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今月の19日でこの作品も一周年。なんとか修学旅行編を終わらせられました。


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73話:友達

「頼む!母上を救うために私も連れて行ってくれ!」

 

 九尾奪還に動こうとホテルを出た矢先に九重がそう訴えてきた。

 それに真っ先に反応したのは一誠だ。

 

「いや待てよ!危ないから妖怪たちの本拠地で待ってろってアザゼル先生たちに言われてただろ!」

 

「言われた!しかし、母上が彼奴らにヒドイ目に遭わされているのを黙っていることなどできん!」

 

 強い決意でこちらを見上げる少女に一誠はどう説得するか考える。

 しかしそこでアーシアが会話に入ってきた。

 

「危険な場所ですよ。それでもですか?」

 

「覚悟の上だ!絶対に邪魔はせん!だから、頼む!」

 

 そう言って頭を下げる九重。

 それを見て一誠の中で一樹の言葉が甦る。

 

『今日の妖怪連中が本気で九尾の御大将を奪還しようとしてるとは思えねぇよ』

 

 あの時は反発したが今になって疑問に思う。

 しかしすぐに頭を振ってその疑念を振り払った。

 

 向こうは自分たちの力を信じて任せてくれたのだ。だから、自分たちはそれを全力で応えなければならない。

 そして目の前の少女の気持ちも理解できた。

 母親が危ない目に遭っているかもしれないのに心穏やかにしていられる子供なんているわけないのだ。

 

「分かった。但し、絶対に俺たちから離れるなよ。そうすれば絶対に九重には指1本触れさせねぇからよ!」

 

「うむ!ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(行ったか。なら俺も行こうかね)

 

 一誠たちが行ったのを確認して一樹もホテルを出る。

 頭はどうでもいいことを考えていた。

 

(それにしても、どうせなら和洋中ごっちゃじゃなくて京料理をメインに出て欲しかったな)

 

 別に不味かったわけではないし、不満と言うほどではないが、旅行に来たならその土地の料理を味わいたいと思っただけだ。

 学生の金では食べられるものの質も時間も限られてるわけだし。

 そんなことを考えながら渡された紙で目的地を確認してホテルを出る。

 それを誰かが見ていると気付かないまま。

 

「一樹?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠たちが二条城を向かう中、それとは正反対の方角を歩いていた。

 

「ここか」

 

 特に移動中に襲撃を受けることもなく、辿り着いたそこには大きな力を感じた。

 

「結界って奴か。入ろうとしたら弾かれたり閉じ込められたりしてな。もしくは入った場所に戻ってきたり」

 

 漫画などで読んだ展開を想像しながら歩を進める。

 すると以前と同じに結界に入った感触がした。

 そして世界が移り変わる。

 

「レーティングゲームで使ってた結界みたいなもんか。昼も使ってたしな。ホントに表側の京都には危害を加える気はねぇんだな」

 

 だからこそ気兼ねなく自分の用事に集中できる。

 入った場所は広い公園で暴れるにはうってつけの場所だった。

 

「おい!来てやったぞ!どうせ感付いてんだろ!さっさと姿見せろ!」

 

 声を張り上げる一樹。

 しかし現れたのはアムリタではなかった。

 

「アルジュナさまの敵、覚悟!」

 

 現れたのは3人。曹操との戦闘に意識を割いていた一樹は知らないが彼女たちは一誠によって洋服破壊を喰らった英雄派の構成員だった。

 上空からの襲撃に一樹は横に飛んで躱す。

 

「なんだよ。サシで会うんじゃねぇのかよ」

 

「アルジュナさまには近づけさせん!」

 

「気を付けろ!この男も赤龍帝と同じように破廉恥な技を用いるかもしれんぞ!」

 

「アレと一緒にすんじゃねぇ!!訴えるぞ!」

 

 一誠と同類扱いされて青筋を浮かべて反発する。

 

 

「行くぞ!」

 

 3人の少女が一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

 大剣を持った女と細長の双剣̪士に槍使い。

 

 最初に攻めてきたのは双剣士の女だった。

 素早い斬撃が連続で振るわれる。

 それを紙一重で躱していると大剣使いが横から接近してくる。

 一樹は双剣士の左手首を捻り上げて細剣を奪い取った。

 間を置かずに上段で下ろされる大剣に刺突を当てて弾いた。

 

「なっ!?」

 

 僅かな驚きを突いて鳩尾を目がけて蹴りを叩き込んだ。

 しかし相手もその隙を見逃さずに最後の槍使いが後ろから突きを繰り出してくる。

 一樹はその速度に合わせて踵を蹴り上げ槍の柄を弾き飛ばす。

 そのまま振り向いて脇腹に拳を当てた。骨が折れる感触が手に伝わる。

 残された細剣使いは残った片方の剣を振るってきたがそれより先に懐に潜り込んでクロスカウンターの要領で顔を殴りつけて地面に叩きつけた。

 

「いっちょ上がりっと」

 

 パンパンと手を払いながら一樹は周りの索敵を再開しようとする。

 既に倒した相手に意識を向けていなかった。

 

「ま、待て……!」

 

 しかし大剣を使っていた女が自分の獲物を支えによろよろと立ち上がる。

 

「もう動けるのか?思ったよりタフなんだな。結構力入れて蹴ったつもりだったのに」

 

 相手の頑丈さに軽く驚きながら一樹は頭を掻く。

 

「ま、いいや。ここにアムリタ―――――お前らからしたらアルジュナか?ここに居んだろ?さっさと連れて来てくれよ」

 

「誰が、貴様などに……っ!」

 

 睨みつけてくる相手に一樹は面倒そうに眉を寄せる。

 

「別にいいけどな。案内する気ないんなら自分で探すだけだし」

 

 そう言って去ろうとする一樹に大剣使いの女が吐き出すように言葉を出す。

 

「我らは、アルジュナさまに武を習った」

 

「……」

 

「神器もなく、禍の団どころか英雄派の中でも末端でしかない我らにあの方は武芸という力を授けてくれた。人ならざる者との戦い方を教えてくれた」

 

 唇を噛み、ポロポロと涙を流す。

 

「あの方の、力になりたかった……なのにあの方は、我々を必要とはして下さらなかった……」

 

 神器もなく、己が身だけで戦わなければ戦う。その術を与えてくれた少女。

 報いたかった。

 必要とされたかった。

 しかし、どう求めてもアルジュナという少女にとって自分たちは居ても居なくても構わない存在だった。

 

「なのに……!あの方は何故お前を求める!ただ、対となる英雄の力を宿すだけのお前を……!!」

 

 吐き出される感情に一樹も無視するのが鬱陶しくなって相手に振り向いた。

 

「あのなぁ、俺は――――」

 

 そこで何かが飛来してくるのを感じた。

 反射のままに腕を動かし、腕輪で弾いた。

 

「来たか!ってかアブネッ!?」

 

 弾いたそれは1本の矢だった。見覚えのある少し形が独特の矢。

 腕輪を槍に変えてその場を動く。

 

 次に現れたのは、7本の矢が連続してこちらに向かってきた。

 

「相も変わらず連射速度がおかしいだろっ!?」

 

 炎を纏わせた槍を振るい、直撃を避ける。

 それが終わると上空から雨のように矢が降り注ぐ。

 

(アグニ)よ!」

 

 極大の炎の球を作り、降ってくる矢に向けて放ち、当たる直前で爆発させる。

 爆発で矢を凌いだ一樹は槍の柄で迫ってきた刃を防いだ。

 

「人を呼び出しておいてずいぶんな挨拶じゃねぇか、アムリタ」

 

「貴方ならコレクライ見切ってくれると思ってマシタノデ」

 

 槍を動かし一度、アムリタの持つ剣を弾く。

 

「まぁいいけどな。お前には訊きたいことがあるんだ」

 

「……」

 

「おじさんが亡くなってたことや、禍の団に就いてる理由とか俺を殺そうとする訳とか。全部まとめて聞き出すからな!」

 

 槍を構える一樹にアムリタはクスリと笑う。

 

「貴方に、ソレがデキマスカ?」

 

「出来るとか出来ないとかじゃねぇよ。やるんだよ!可能性ばっか考えて行動しねぇなんてのは結局出来ないことを自分で肯定してるだけなんだからな!」

 

 アムリタは弓に矢を番える。

 

「なら、やって見せてクダサイ。その刃が私に届くノナラ」

 

 こうして再び火蓋は切って落とされる。

 

 走りながら左足と右腕の鎧を出現させた一樹は一気に詰め寄る。

 しかしアムリタの方も後方に跳躍しながら次々と矢を射ってきた。

 

 それを叩き落としながら近づくも僅かにアムリタから意識が逸れると後方に回られていた。

 

「遅いデスヨ」

 

 後ろから射終わると次は右、左と高速で移動し、全方位から矢を繰り出す。

 矢を弾くの精一杯で防戦一方になる一樹。

 アムリタは一瞬で一樹から距離を取る。

 

 向けられた矢に合わせるように一樹も地面に槍を突き立てる。

 

(アグニ)よ……!」

 

 矛先から炎が上がり、振り上げた。巻き上げられた炎が波となってアムリタを襲う。

 横に躱すと一樹も同じ場所に移動し、炎を纏った槍を振るう。

 数度互いの刃が交わった。

 

「冥界の時とは動きのキレが違いマスネ」

 

「当ったり前だろうが!」

 

 そのまま力づくでアムリタを弾き飛ばした。

 

「冥界で戦り合ったときは状況が飲み込めなくて頭こんがらがった状態で戦ってたんだからな。あの時とは少しはちげぇだろ!」

 

 迷いながら動きとそれを抑え込んで戦うのとでは集中力が違う。

 それが一樹の動きに反映されるのは当然だった。

 しかしアムリタは静かに首を振る。

 

「それを踏まえた上で、デス。やはり、貴方は自分の変化に気付いてイナイノデスネ」

 

 言いながら弓を構えた。

 

「その力を、もっと私に示してクダサイ」

 

 ゾッと背筋が寒くなるのを感じて、防御の姿勢に入った。

 

 アムリタの手から矢が離れると同時にその存在は一樹の知覚から消えた。

 

「ガッ!?」

 

 右腕の手甲を無視し、左肩に矢が貫通する。

 弓を下ろしたアムリタは冷めた眼で一樹を見据えた。

 

「無駄デスヨ。私の矢は、貴方には見切れナイ」

 

「言ってくれんじゃねぇか……」

 

 左肩を押さえ、痛みに顔を顰めながら立ち上がる。

 しかし、痛みで汗を流しながら笑みを浮かべた。

 

「でもな、その速い矢のカラクリは見当はついたぞ。電磁加速砲(レールガン)だったか?」

 

 一樹の発言にアムリタの眉が僅かに動く。

 

「お前が矢を射る瞬間に手から青白い光が見えた。理屈は詳しく知らねぇが、電磁の力で加速力と貫通力を底上げしてる。その弓の能力はそんなところじゃねぇのか?」

 

 一樹の推理にアムリタはクスリと笑う。

 

「半分正解、と言ったところデス」

 

「あ?」

 

「確かに貴方の言った通り、電磁力で矢の速度を上げてマシタ。デスガ、それは弓の力ではありマセン。この弓の力は、貴方も一度見た筈……」

 

 そう言ってアムリタは一樹にではなく、上空に弓を構えた。

 しかし、一樹は直感からマズイと肌で感じている。

 

「雷は私の血に宿る力……この弓の力はマタ別……」

 

 矢に力が収束する。

 その大きさは一樹のブラフマーストラに匹敵するほどの――――。

 

「行きマス。アグニの咆哮を……!」

 

 上空に放たれた矢は爆散し、青い炎となって降り注いだ。

 爆散する前に一樹はその場を疾走する。

 

 自分に降り注ぐ青い炎を槍の矛先に宿した自身の炎で相殺していく。

 しかし、青い炎に触れた瞬間にそれらは火柱となって移動個所を封じていく。

 

「クソッ!?」

 

 それでも何とか直撃を避けていく。

 だがアムリタが放った一矢が一樹の腹に中り、大きく飛ばす吹き飛ばす。

 地面を無様に転がり落ちた。

 

「この程度デスカ?」

 

「……っ!」

 

 どこか失望したような表情に一樹は歯を鳴らす。

 この僅かな対峙で理解する。

 

 大きな力の開きを。

 だがそれであっさりと諦められるほど日ノ宮一樹は聞き分けの良い少年ではなかった。

 

 槍を支えに立ち上がろうとすると大きな地響きが起こる。

 

「なんだっ!?」

 

「始まりマシタカ……曹操の実験が……」

 

 アムリタは遥か向こうに視線を送る。

 

「なにを、するつもりだ!?」

 

「禍の団のトップ。オーフィスはグレートレッドを次元の狭間から追放スルことを目的にしてイマス。私たちはその手伝いをスルダケデス」

 

「グレート……レッド……?」

 

 一樹の呟きにアムリタは頷く。

 

「この地を治める九尾。そして京都という霊地そのものを生贄にしてアレを呼び寄せマス」

 

 一樹にはアムリタがなにを言っているのか理解できなかった。

 九尾や京都の霊地を生贄。それがどういう事態を招くのか一樹の知識では予測が出来ない。しかし解っていることもある。

 

「あんなバカでかいドラゴンを京都になんて引き寄せたら、それだけで京都が壊滅するだろうが!」

 

 以前見たあの巨体。あんなものがこの京都に出現し、少し暴れるだけで京都は更地に変わる。いや、もっと被害が大きくなる可能性の方が高い。

 

「曹操は、どうやらグレートレッドを捕らえる気のようデス。そのために準備をしてキマシタ」

 

「ざけんな!あんなのがそう易々と捕まえられるわけねぇだろ!お前、本当にそんな計画に手を貸してんのかっ!!」

 

「ハイ。私自身、多少の自由は許されてイマスが、曹操たちの方針に反対する気はアリマセン」

 

 涼しい顔で言い放つアムリタに苛立ちながら一樹は叫ぶ。

 

「ここには、桐生藍華だって居んだぞ!なのにこの京都でそんなことを許すってのか!」

 

「エェ。ソレがいま関係アリマスカ?」

 

 表情1つ変えずに突き放すアムリタに一樹は二条城に体を向ける。しかし――――。

 

「行かせマセンヨ」

 

 アムリタから矢が射られる。

 

「この段階になればもう間に合いマセンシ、なにより私が行かせマセン」

 

 近づいて来たアムリタが剣で一樹に仕掛ける。それを槍で防いだ。

 しかし意識はこの戦いではなく二条城に向けられている

 

「それでは、死にマスヨ」

 

 アムリタの剣が一樹の腹を貫いた。

 一樹の手から槍が落ちる。

 

「ガァッ!?」

 

 吐血し、膝をつく。

 アムリタが剣を引き抜くと同時に額が地面に当たった。

 表情の変わらないアムリタがヤケに腹立たしかった。

 

(ちくしょう……っ!)

 

 なんて中途半端。

 京都が崩壊するかもしれないのに自分からそれを拒否し、友達ひとり説得できない。

 なんて惨めで無様。

 

 指が僅かに地面を抉った。

 

 なにより、こんなことに手を貸している友達を止めることすらできない非力さが無性に頭にくる。

 

(ふざ……けんじゃ、ねぇよ……!)

 

 アムリタから振り下ろされる刃。それを右手の手甲で防いだ。

 

「まだ、足掻きマスカ……」

 

 一樹は答えずに剣を力ずくで弾くとアムリタに拳を突き出した。それは後ろに跳んで躱される。

 

「やらせねぇ」

 

「…………」

 

「京都を壊滅させる片棒なんて、お前にこれ以上担がせるかよ!俺は、ここでお前を止めるぞ……!」

 

 槍を拾い、構えを取る。

 

「威勢だけは認めマスガ――――」

 

 そこでアムリタは一樹の変化に気付き目を見開いた。

 左腕と右足に炎が走り、今まで不揃いだった左右の鎧が追加される。

 そして肩の部分に浮遊する車輪の盾が出現しするとそこから赤い毛皮に似た外套が噴き出した。

 

「イツキ、貴方は……」

 

 どこに、そんな力を、と問おうとした。

 しかし返ってきた答えは全くの予想外だった。

 

「友達だ……っ!」

 

 唸るようなその答えは一樹にとって唯一の真実だった。

 先祖の因縁だとか。今の互いの立ち位置とか。そんなものは一樹にとってどうでも良く。

 ただこれだけは譲れない気持ちだった。

 

 一樹の姿が揺れる。

 

「なっ!?」

 

 アムリタですら一瞬見失うほどの速力で背後に回り、後頭部に蹴りを繰り出す。

 それを弓で防ぐがそのまま力づくで蹴り飛ばされた。

 

(膂力が、上がって――――っ!?)

 

 予想を大きく上回る強化に飛ばされた体勢を整えると空中に跳んだ一樹が槍の矛先に炎を集めていた。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

 炎の斬撃。しかしその速度は今までの比ではない。

 

「クッ!?」

 

 身体をずらして躱すが、跳んだ一樹が目の前に現れる。

 そのまま勢いを乗せた拳でアムリタの頬を殴りつけた。

 

 再び飛ばされながらアムリタは弓を構える。

 そして最大の力を持って一矢を放つ。

 それを感じ取り、一樹も槍を投擲する構えを取った。

 

炎神の(アグニ・)――――」

 

梵天よ、(ブラフマーストラ・)――――」

 

 互いに現段階の最大火力。

 それを容赦なく向け合う。

 

咆哮(ガーンディーヴァ)!」

 

我を呪え(クンダーラ)!」

 

 青い炎と赤い炎。

 2つの炎が衝突し、その力が結界を揺るがす程の衝撃を生み出す。

 爆発とともに生み出された奔流は急速に広がり、2人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一樹とアムリタの戦いをひとりの少女が観ていた。

 少女は両の手を伸ばす。

 

「そう……太陽。もっともっとその輝きを増す。その力、我のために使う。グレートレッド。もう少しで、我はお前を次元の狭間から追い出す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2つの力は収束を向かえ、一樹は地面に転がった。

 

「くそっ!押し負けた!!」

 

 一樹の槍とアムリタの矢。押し込まれたのは一樹の方だった。

 制服は破け、身体の至る所に火傷ができていた。

 帰還機能で手元に戻した槍は一樹が手にすると柄の3分の1のところで折れた。

 2つの力の衝突に槍が耐え切れなかったのだ。

 

「やってくれマスネ。感情の高ぶりでここまで……」

 

 対してアムリタも右の袖が消し飛び、大きく火傷を負っている。

 

「イエ、違いマスカ。その段階に達してイナガラ無意識の内に扱い切れナイ力を押さえ込んでイタノデスネ。感情の高ぶりはきっかけに過ぎナイ」

 

 推測を立てながらもその顔に笑みがこぼれる。

 

 油断はあった。しかし僅か数カ月でここまで急激に力を付けると誰が予測できるだろう。

 湧き上がる感情は歓喜。

 

 まだ収穫の時ではない。

 だがもう少しだけという感情も抑えきれそうになかった。

 

 一樹の方もまたこの場でアムリタを逃がす気はなかった。

 

 一樹は素手で。

 アムリタは弓を構える。

 

 しかし、そこで2人は動きを止めた。

 この場に、とてつもなく強大な力と存在感を感じて。

 

 

 ―――――そしてひとりの小さな黒が舞い降りた。

 

 この場の都合は関係なく。

 2人の都合など取るに足らないと言うように。

 その幼さ。愛らしさは子供の残虐性を連想させ。

 発せられる威圧感は大津波のように巨大だった。

 

 

「さぁ、太陽。我とともに来る。そしてグレートレッド、封印する」

 

 その黒はそうしてその小さな手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※この作品では(主人公たちに都合よく動く)優しくて良い子なオーフィスは存在しません。作者により悪意ある改竄を受けています。予めご了承ください。

序盤から最強認定されてる敵キャラは主人公たちに倒されるために存在してるものだと思う。


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74話:誘拐の真実

 背中に九重を乗せた一誠は英雄派の刺客を蹴散らしながら、二条城へと向かっていた。

 途中でアンチモンスターや以前、禁手に至った影の神器使いと遭遇したが問題なく突破してみせた。

 

 一誠と九重が二条城の東大手門に着くとそこには既に他の仲間が揃っていた。

 

「うわ!俺らが最後かよ!」

 

「とは言っても僕らも今来たばかりだけどね」

 

 一誠がバツの悪そうな顔をすると祐斗が苦笑する。

 そこからアーシアらと再会を喜び合った。

 

「これで皆揃いましたね」

 

 ロスヴァイセがホッとしたように呟いた。

 教師である彼女からすれば生徒の無事が確認できて安心したのかもしれない。

 

「いや、俺で最後だ」

 

「アザゼル先生!」

 

 空から現れたアザゼルは背中の翼ををしまう。

 

「どうしてこっちに?空から不審人物を探す筈だったんじゃ……」

 

「それはセラフォルーやこっちに居る部下に任せてきた。向こうがこっちに戦力を集中させてる以上、こっちもそうしないとな。あのバカも今回拒否りやがったし」

 

 あのバカと聞いて全員が微妙な表情をする。

 いつも行動を共にしていた仲間が一緒に戦わないという違和感。

 しかし一誠が不貞腐れたように答える。

 

「別にあんな奴いなくても俺たちで何とかなりますよ」

 

 不機嫌そうな声でいう一誠にアザゼルが苦笑する。

 

 そうしていると門が音を立てて開く。

 

「入って来いってか?演出のつもりかよ」

 

 鼻を鳴らすアザゼルに一誠が続く。

 

「嘗めやがって!九重、お前の母ちゃんはもうすぐ助け出してやっからな!」

 

「うむ!」

 

 気合を入れて門を通り、進んでいくとそこには英雄派の幹部たちがいた。

 

「こちらの禁手を会得した神器使いを倒したか。まだ使いこなせてなかったとはいえ、それなりの使い手たちだったんだけどね」

 

「曹操!」

 

 感心したように呟く曹操を睨みつける。

 そこで九重が叫んだ。

 

「貴様!母上をどこへやった!!」

 

「心配せずとも八坂の姫は無事ですよ。ほら」

 

 槍の指し示した方向には九重に似た女性が数名の人物に囲まれていた。

 そして八坂の瞳は意志を失っているような硝子細工の瞳をしている。

 

 母親を呼ぼうとする九重を制してアザゼルが曹操に問う。

 

「で?九尾の御大将を拉致して何をやらかし気だ?まさか俺たちとやり合うために攫ったなんて理由でもねぇだろ?」

 

「えぇ、もちろん。八坂の姫。そしてこの京都の地にはあるモノを呼び寄せる為の実験に協力してもらおうと思っています」

 

「あるモノ?」

 

「そう。俺たちの雇い主のオーダーを叶えるためにね」

 

 曹操の言葉にアザゼルは頭の中で推論を重ねる。

 

「オーフィスのオーダー……お前らまさか!?」

 

「気づきましたか?さすがは堕天使総督殿」

 

「どういうことですか!先生!」

 

「オーフィスは次元の狭間への帰還を目的としている。その為に邪魔なのがあのグレートレッドって話は前にしたな?何らかの手段でグレートレッドを次元の狭間から引きずり出すことが出来ればオーフィスは次元の狭間に帰還することができる」

 

 アザゼルの話す推理に曹操は手を叩いた。

 しかし話はそこで終わらない。

 

「だが、グレートレッドを一時的に呼び出してもすぐにまた次元の狭間に戻っちまうのがオチだ。なら、呼び寄せると同時にどこかに留めて置く必要がある。そして選ばれたのが――――」

 

「ご名答ですよ総督殿。俺たちはこの京都の霊地とそれを治める九尾の力を使ってあの赤龍神帝を呼び寄せる。そしてこの京都の地に縫い留めるつもりです」

 

 曹操の答えに九重は怒りで身体を震わせた。

 

「貴様!そんなことのために母上を!!」

 

 怒気を向けてくる九重に曹操は可笑しそうに笑う。それが九重の怒りをさらに大きくさせる。

 

「おのれ!なにを嗤っている!!」

 

「いえまさかこの期に及んで俺たちが九尾を拉致したなどという勘違いをしていることが可笑しくてね」

 

「!テメェらが九重の母ちゃんを攫ったんだろうが!」

 

 一誠の怒声に怯まず曹操は肩を竦めた。

 

「確かに絶霧で八坂の姫を囲ったのは俺たちだ。だが直接の実行犯は俺たちじゃない。いやそもそも八坂の姫を攫うという案を持ってきたのも俺たちじゃないのだけね」

 

 肩を竦める曹操。

 そしてその場に声が下りる。

 

『で?いつまで遊んでいるのだ曹操殿?』

 

 聞き覚えのない声に一誠たちは辺りを見渡す。

 しかし九重だけはその声に聞き覚えがあった。

 

「叔父上……?」

 

 そうして曹操の隣に現れたのは金の髪をした、昔の大名などが着てそうな着物に身を包んだ綺麗な男だった。

 金の男は口元に閉じた扇子を当てて、九重を見下ろす。

 

「久しいな九重。お前も姉上を救いに来たか」

 

「何故です叔父上!何故貴方がその男の横に!?」

 

 問い質す九重に金の男はどうでも良さそうに息を吐く。

 訳が分からず一誠が声を上げた。

 

「どういうことだよ九重!知り合いなのか!」

 

「八雲叔父。母上の弟だ……」

 

「そ、それがなんで曹操の隣に居るんだよ!」

 

「ふむ。今代の赤龍帝の力はどの程度か知らんが頭は相当鈍いらしい」

 

「なんだと!」

 

 身を乗り出す一誠にアザゼルが制止をかける。

 

「つまり、テメェが曹操の協力者して八坂の姫を攫ったってことでいいのか?理由はわからんが」

 

 アザゼルの言葉にオカルト研究部の面々が驚きの声を上げる。

 

「おかしいと思ったぜ。いくら絶霧の使い手が英雄派に居るとはいえ、易々と八坂の姫が拉致られるなんてな。内通者がいたならある程度辻褄も合う。簡単に意識が抑え込まれていることも含めてな。となると、京都の妖怪の動きが緩慢だったのは」

 

「天狗の爺どもも我らの動きに気付いていた筈だからな。お前たちが姉上を奪還できればそれで良し。失敗すれば自分たちが京都の地を治めればいい。そんなところだろう。まったく、あの老害どもは」

 

 無表情だった八雲の顔が僅かばかりの嫌悪に染まる。それもすぐに消えたが。

 その話を聞きながら祐斗は冷静さを保とうとしたが怒りを抑えきれなかった。

 

(結局、一樹くんの推測は的外れじゃなかったわけだ)

 

 自分たちは京都の妖怪に利用されたのだ。

 九尾の御大将の奪還など、さして妖怪たちは問題視していなかった。

 自分たちは当て駒にされたのだ。

 

 だからと言って英雄派や協力者である九尾の男の行動を見過ごす気はないが。

 祐斗が聖魔剣を創り出すと同時に全員が戦闘態勢になる。

 アザゼルが人工神器の鎧を纏い、指示を出す。

 

「あの九尾の男は俺がやる。お前たちはどうにか英雄派を足止めしてくれ。出来るだけ早くあの男を片づける」

 

「足止めなどと謙虚なことはしない。ここで討ち取って見せる!」

 

 前の戦いで煮え湯を飲まされてなおそう言い切るゼノヴィアに全員が気を引き締める。

 

「そうだな。どちらにせよここで奴らを止めないと京都が大変なことになるんだ。全力でブッ飛ばす!」

 

 赤い鎧を身に纏った一誠が構えを取る。

 

「アーシア!お前は九重の傍で後ろに居ろ!ヤバいと思った奴を片っ端から治療するんだ。ロスヴァイセ、悪いが、アイツらを相手にしながらアーシアの方も気にかけてくれ」

 

「分かりました!」

 

 

 対して英雄派側も軽く段取りを決める。

 

「さてと……グレートレッドが呼び寄せられるまで時間を稼がないとな。お前たちは誰と戦いたい?」

 

「悪いけど僕は術式を制御するのに精いっぱいだ。戦闘には参加できない」

 

 ゲオルグの言葉に曹操は軽い調子で了解と手を振る。

 

「私はあの天使ちゃんよ。冥界での借りがあるし」

 

「僕はグレモリーの剣士2人を貰おうかな。向こうもそれを望んでいるみたいだし」

 

「なら俺はあの銀髪の姉ちゃんか」

 

「で、俺が赤龍帝と。八雲殿、貴殿にアザゼル殿を任せても?」

 

「構わん。向こうも私を狙ってくるようだしな。私は、姉上と姉上が守ろうとしたモノ全てが破壊される様を見られれば過程に拘る気はない。姉上を赤竜神帝を呼ぶ贄にする以上、下手に戦力として活用するより、このまま霊脈の力を溜めさせる器とした方が良いだろうしな」

 

 互いの陣営は決めるべきことを決め、合図もなく散開する。

 

 

 

 

 

 

 

 伝説の赤き龍を宿したを少年と最強の神滅具を持つ男は向かい合っている。

 

「さてと。ヴァーリの宿敵がどれ程のものか、お手並み拝見させてもらおうか」

 

「好きにしろ!俺はお前をブッ飛ばして九重の母ちゃんを取り返すだけだ!」

 

「なるほど、分かりやすい。それはそうと彼。日ノ宮一樹はやはりこの場に現れなかったか」

 

「あいつはお前らとの戦いが怖くて逃げた―――――やはり?」

 

 一樹の名を聞いて一瞬不機嫌になった一誠はすぐに相手の言葉に疑問を感じた。

 

「あの2人までこちらで戦われたらそれだけで計画がパアにされかねないからな」

 

「……なんのことだ?」

 

「さて何かな?知りたいなら赤龍帝の力で俺を脅せば恐怖からあっさり喋るかもしれないよ。なにせ俺は弱っちい人間だからね」

 

 飄々とこちらの言葉を躱す曹操に舌打ちし、苛立ちながら抱えながら一誠は構えを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのかな!2人がかりでも攻めきれてないじゃないか!!」

 

 3本の魔剣を振るうジークフリートに祐斗とゼノヴィアは押されていた。

 祐斗の速度は尽く対応され、ゼノヴィアのパワーは受け流される。

 前後左右。そして上空からの攻撃からすらあっさりと対処されてしまう。

 

「くそ!ならこれはどうかな!ゼノヴィア、合わせてくれっ!!」

 

 祐斗が地面に手を当てると大量の魔剣を創造し、地面から生えてジークフリートに襲いかかる。

 それを跳躍し、楽々と躱す。

 そこでゼノヴィアのデュランダルから膨大なオーラが生み出される。

 

「空中では貴様は身動きは取れまい!」

 

 全力の聖のオーラを喰わせたデュランダルを横薙ぎに払う。

 放出されたオーラが空中で身動きの取れないジークフリートに襲いかかる。

 しかしそれが直撃する瞬間に。

 

「|禁手化(バランス・ブレイク)……」

 

 そう、ポツリと呟いた。

 

 ゼノヴィアのオーラが直撃したのを確認し、祐斗は彼女の隣に立った。

 

「倒せたかな?」

 

「いや、直撃はしたはずだが……」

 

 それは祐斗自身予想していた事なので驚きはない。

 光が収まった空中から落下物が落ちてくる。

 

「禁手化が間に合わなかったら少し危なかったかな」

 

「なんだ、その姿は……」

 

 落ちてきたジークフリートの姿は変化しており、神器によって増えていた腕が更に3本追加されていた。

 

「これが僕の禁手【阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・ヴィッジ)】さ。能力は見た目通り腕が増えること。そして―――――」

 

 ゼノヴィアへと接近したジークフリートが2本の魔剣を振るうとデュランダルで応戦する。

 だが、ゼノヴィアのデュランダルは叩き上げられる。

 

「増えた腕の分だけ、僕の力が増す!」

 

 そのまま一瞬だけ無防備となったゼノヴィアの胴体にジークフリートが剣を握った拳で殴り飛ばす。

 

「ゼノヴィ――――ッ!?」

 

「仲間の心配をしている余裕があるのかな?」

 

 今度は自分に襲いかかってきた魔剣を聖魔剣で受け止める。

 

「僕たちが禁手化して戦うなんて滅多にないんだ。だから精々、動作確認が済むくらいは持ちこたえてくれよ?グレモリー眷属」

 

「……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

「こっちの聖剣を片っ端から折ってくれちゃって!」

 

 6本の聖剣(エクスカリバー)を融合させたイリナはジャンヌが創造する聖剣を次々と叩き折る。距離を取ろうと動くがその僅かな合間にイリナは手に天使としての力を収束させる。

 

「甘いのよ!」

 

 創られた光の槍を投げ飛ばす。

 

「このっ!?」

 

 向かってくる光の槍を切り裂き、無力化させると天使の翼を出したイリナが斬り込んでくる。

 

「しつこいわね!」

 

 振るう聖剣はイリナの破壊の聖剣の能力によって一撃で砕かれる。

 その破壊痕を見ながらイリナは聖剣エクスカリバーの能力を改めて実感していた。

 

(ロキとの戦いの時は相手が格上過ぎて実感持てなかったけど、やっぱりすごいわ)

 

 擬態・破壊・天閃・祝福・透明・夢幻。多種多様な能力が高位にまとめられている。

 それらを扱うには戦闘での瞬発的な判断力と器用さが要求されるがイリナにとってはむしろ擬態の聖剣単体の時より戦い易かった。

 

 ジャンヌが聖剣でイリナの首を落とそうとする。

 すると、イリナの首に触れた瞬間に霞のようにすり抜ける。

 

「幻術よ」

 

 背後に回っていたイリナがジャンヌの背中を斬りつけた。

 

「ツッ!?」

 

「上手く躱したわね。今のは完璧に虚を突いたつもりだったけど」

 

 それでもやはり擬態の聖剣単体よりは扱いが難しいのは事実だ。これはゼノヴィアには向かないなと思いながらジャンヌに突き付ける。

 しかしジャンヌの表情に焦りはない。むしろ、楽しそうな雰囲気ですらある。

 

「そう。もう今のままじゃ、天使ちゃんには太刀打ちできないのね。もう、しょうがないなぁ……」

 

 突如膨れ上がったオーラを警戒してイリナは後方へと飛んだ。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 その言葉と共に大量の聖剣が地面から生み出され、折り重なっていく。そして聖剣たちがひとつの物体を形作ろうとしていた。

 完成したそれは巨大なドラゴンだった。

 

「これが私の禁手【断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)】よ。ジーくん同様に亜種なの」

 

 現れたドラゴンにイリナは冷や汗を流して聖剣を構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレスと対峙したロスヴァイセがしたことは魔術で敵を閉じ込めることだった。

 

「なんだこりゃ?」

 

「私の目的は貴方を倒すことではなくイッセーくんたちが八坂の姫を奪還するまでアーシアさんたちの守り抜くこと。貴女を無理に倒す必要もない」

 

 戦闘に集中してアーシアたちの護衛を疎かにするわけにはいかない。

 ならばここで留めて置けばいい。

 そう考えたロスヴァイセの対処だった。

 

 しかしそれをヘラクレスは鼻で笑う。

 

「ハッ!そうかよ……だがな!」

 

 ヘラクレスが魔術で作られた箱型の壁に触れるとその箇所が爆発し、ロスヴァイセが作った壁が破壊された。

 

「こんなもんで俺を止められるわけねぇだろ。ナメ過ぎだぜネェちゃんよ!」

 

「なら仕方ありませんね。アーシアさん、少しこの場を離れます。その間に彼女を宜しく頼みますね。巻き込まれないように注意してください!」

 

「はい!ロスヴァイセ先生もお気をつけて!」

 

 アーシアの言葉に笑顔で頷くと。魔方陣を展開してヘラクレスにそれを向ける。

 

「行きます!」

 

 放たれた14の魔術。

 それらが全てヘラクレスを押し潰そうと襲いかかり、全て直撃した。

 

「ハッ。中々のもんだがこの程度じゃ俺を殺るには足りねぇなぁ!」

 

 ロスヴァイセに接近するヘラクレス。

 それを躱しつつ距離を取って魔術による攻撃を繰り出し続ける。

 ロスヴァイセの攻撃を拳で防ぐたびに爆発が起こる。

 

 そんなことが繰り返していると不意にヘラクレスが動きを止めた。

 

「このまま爆発ショー続けてても埒が明かねぇ。それにジャンヌとジークが禁手を使った以上、俺も使わねぇと後でうるさそうだ。悪ぃが、これで決着を着けさせて貰うぜ。禁手化(バランス・ブレイク)!!」

 

 ヘラクレスの宣言と共に彼の身体は光に包まれ、シルエットからその姿形を変えていく。

 光が収まると彼は体中に突起物に覆われていた。それはまるでミサイルの様で。

 

「これが俺の禁手。【超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)】だ!!さぁ、今度は攻守逆転だ!!」

 

 ヘラクレスの突起物が全てロスヴァイセに向けられる。

 

 

 

 

 こうして、ジーク、ジャンヌ・ヘラクレスの禁手が八坂の姫奪還を阻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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75話:夢が叶った日

 アザゼルは人工神器の槍を振るいながら九尾の男、八雲と対峙していた。

 アザゼルの槍を躱し、高密度の妖力で作られた球体を放つ。

 それを切り裂くとアザゼルは兜の中で笑みを浮かべた。

 

「やるじゃねぇか。だが、だからこそ解せねぇ。お前、それだけの力が有りながら何故英雄派に与する?奴らはこの京都を壊滅させる気なんだぜ。この地を八坂の姫から奪いたいなら、むしろ曹操たちの目的は邪魔なんじゃねぇのか?」

 

「面白いことを言う。私がいつこの地が欲しいなどと言った?」

 

「なに?」

 

 八雲が扇子を開いて一薙ぎするとその突風で吹き飛ばされた。

 僅かな膠着状態となり、八雲は囚われている八坂の姫に視線を向ける。

 

「疎ましかったのだよ。あの女もあの女が守ろうとするこの地も。消滅してやりたいと常々思っていた」

 

「お前……」

 

「これは私個人の八つ当たりだ。私について来た妖怪たちはまた違った思惑があるだろうが、私の知ったことではない」

 

 能面のような表情で言う八雲にアザゼルは舌打ちした。

 

「そうかよ……なんにせよ、ここでお前を叩き潰すことには変わりねぇがな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら!さっきまでの勢いはどうしたのぉ!!」

 

「あーもー!ああいうのの相手は苦手なのに!」

 

 天使の翼で飛翔しながら禁手で作られたドラゴンの暴威に対処していた。

 その巨体の厄介さもさることながら、一部を破壊してもまた新しい聖剣で体を組み替えてしまう。

 そして聖剣の集まりであるがゆえに自身の体から聖剣を飛ばしてくる。

 無数に飛んでくる聖剣はイリナの光力で作られた槍では撃退が難しく、聖剣だけでは捌き切れない。

 故に空を駆け回って攻撃を躱し続けるしかないのだが。

 

(このままじゃ、いずれ追い込まれちゃう。こっちの体力が尽きる前に手を打たないと……!)

 

 だがああした相手はむしろ一誠やゼノヴィアのような広範囲の攻撃ができる人でないと意味がないのだ。

 空から周りの戦いを見ていてもどこも自分たちの戦いで精一杯の様子だ。

 せめて、もうひとり戦力になる人がいないと。

 焦りながら事態の打開する術を探した。

 

 

 

 

 

 

「ゼノヴィア、イリナさんの方に行ってくれ」

 

 膠着していた僅かな間で祐斗がそう提案した。

 

「なにを言っている!こいつはひとりで相手に出来る奴じゃないぞ!」

 

「あの聖剣で出来たドラゴンを倒すにはゼノヴィアの力が必要だよ。僕が向こうに加勢しても大して役に立てない。それに、相手をひとり倒せばこちらに戦況は一気に傾く。それに、僕と組むより、イリナさんと組んだ方がゼノヴィアも力を発揮できるだろう?」

 

 まだ出会って数カ月の祐斗より、長い間コンビを組んでいたイリナ方がゼノヴィアは真価を発揮できるだろう。

 祐斗の師匠なら再構成するより速くあのドラゴンを解体できるだろうが、そこまでの実力は今の祐斗にはない。

 

「……わかった。こちらは頼む」

 

「うん。そっちも気をつけて」

 

「行かせる、と思うのかい?」

 

 6本の腕と剣を持つジークフリートが笑みを浮かべ、祐斗を超える速度で突っ込んできた。

 その剣を祐斗は聖魔剣で受け止め、その間にゼノヴィアはイリナの下へと走った。

 

「君ひとりじゃ、禁手を使わない僕にすら太刀打ち出来ないよ」

 

「そうかもしれないね。でもね、だからって大人しく引き下がるわけにはいかないな!」

 

 

 

 

 

 

 

「イリナ!!」

 

 ゼノヴィアが巨大なドラゴンに接近するとデュランダルを構えて全力で振り被った。

 斬撃とともに放たれたオーラが聖剣のドラゴンの腕を両断する。

 

「あら?やってくれるわねぇ。でもその程度じゃ私のドラゴンは討てないわよ?」

 

「クッ!?」

 

「ゼノヴィア!!」

 

 悔しさで歯噛みしているゼノヴィアの下にイリナが急降下してきた。

 するとデュランダルにエクスカリバーを重ねるように合わせる。

 

「イリナ?」

 

「ディオドラ・アスタロトの時みたいに聖剣の力を相乗せさせて!制御はこっちで引き受けるから!」

 

「わ、わかった!」

 

 天へと掲げられたデュランダルとエクスカリバー。2本の聖剣から放たれるオーラが束になって融合していく。

 イリナは叫ぶようにゼノヴィアに指示を出した。

 

「ゼノヴィア!とにかく威力だけを考えてオーラを高めて!」

 

「あぁっ!!」

 

 そうして発射された2本の聖剣の力。それは巨大な刀身の形となって聖剣のドラゴンへと振り下ろされる。

 

「確かに凄そうだけど、そんな見え見えの一撃を避けられないほど私の禁手はトロくないわよ!」

 

 向かってくる光の刃をドラゴンは優々と避ける。

 だが、そこでイリナは笑みを浮かべた。

 

「なら、これならどう、かしら!!」

 

 突如1本だった光の剣が歪曲――――いや、無数に枝分かれを始めた。

 

「なっ!?」

 

 数百ともなる光の線が聖剣が折り重なって出来たドラゴンの体をひとつひとつ破壊していく。

 攻撃を1つ喰らう度にドラゴンの体から音を立てて崩れ落ちてしまう。

 しかし、その攻撃を向けられているのはドラゴンだけではなかった。

 

「おわっ!?」

 

『相棒、気をつけろ!あのイリナという娘、まだ完全に2つの聖剣の力をコントロールできてないぞ!』

 

 ドライグの忠告が的を得ていたのか、光の線は一誠だけでなく、祐斗やロスヴァイセ。他の英雄派も攻撃していた。

 

 しかし、その巨体を7割奪ったところで全体が崩れてしまった。

 

「そんな……私のドラゴンちゃんが……」

 

「いくら束になっても1つ1つは貴女の創った聖剣だもの……ならそれを片っ端から破壊すればいい。でも私だけじゃ再生能力を上回れない。ゼノヴィアじゃ、避けられる可能性がある。なら――――」

 

「私のパワーをイリナが制御すればいい、か。考えたな。私のオーラを擬態の聖剣の特性を被せたのか」

 

「そうは言っても即興だしゼノヴィアの方が聖剣使いとしての質は上だし、二乗されて扱い切れなかった力の余波はこっちに来てるけどね」

 

 ゼノヴィアの力とイリナの柔軟性。その2つが合わさってこそ可能な試みだった。

 しかしもちろんノーリスクではなく、制御を僅かに謝ったイリナの右腕はズタズタになっていた。

 

「どうする。もう1回禁手を使ってみる?もっともこの位置じゃこっちが斬り捨てるほうが速そうだけど」

 

 左手に聖剣を持ち直し、イリナはジャンヌに勝利宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いながら祐斗は何度目かジークフリートに弾き飛ばされる。

 

「君もしつこいね。ひとりでは僕に勝てないともう思い知ってる筈だけど」

 

「ゼノヴィアとイリナさんが勝ったのなら、僕があっさりと敗けるわけにはいかないな!」

 

「そうか。でもこちらもジャンヌが敗けた分は取り返さなきゃいけないんだ。君ひとりに足止めすら不可能だ!」

 

 振り下ろされた2本の魔剣が祐斗を地面に埋め込むように叩きつけられた。

 破壊された聖魔剣それを見ながら祐斗は内心で苦笑する。

 

(あの時とは逆になっちゃったな……)

 

 シトリーとのレーティングゲーム彼は敵の騎士の剣を折り、勝ちを確信した。しかし最後の悪足掻きで彼女は自分に一矢報いた。

 今自分に必要なのはあの勝つことへの執念だ。

 そしてこの場において木場祐斗の勝利とはジークフリートを自らの剣で倒すことではない。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 そこで祐斗は飛び上がるようにジークフリートにしがみ付いた。

 

「何のつもりだい?こんなみっともない悪足掻き――――っ!?」

 

 呆れたように。あるいは侮蔑したような視線を祐斗に向けると腹部に強烈な痛みが襲った。

 見れば、祐斗の背中から自分の背中までい魔力で編まれた槍が突き刺していた。

 それで役目を終えたとばかりに2人を突き刺していた槍は音もなく粒子となってその場から存在が消える。

 

「アーシアさんっ!!」

 

「はいっ!!」

 

 ロスヴァイセの指示にアーシアは何度も祐斗に向けて治癒の力を放った。

 吹き出すように流れていた血は治まり、祐斗は、その場に座り込む。

 

「きみは、これを狙っていたのか……」

 

「僕たちの目的は九尾……八坂の姫の奪還だ。君たちに勝つことじゃないからね」

 

 悔しいが現時点で木場祐斗にジークフリートに対して勝てない。それを認めた上で取った行動は敵ごと串刺しになるという犠牲戦術。

 もっともそれもアーシアという並外れた治癒術を持つ仲間が居たからこそできた作戦だったが。

 それをさきほどイリナとゼノヴィアが巨大なドラゴンを倒す攻撃を振りまいている間にロスヴァイセに指示したのだ。

 

「呆れた奴だな、きみは……あのヴァルキリーが誤って君の心臓を穿てば即死だった。あの元聖女が回復を遅らせてもね。それなのにこんな自滅みたいな戦術を」

 

「信じてたよ」

 

 ジークフリートの言葉を遮るように祐斗はそう断言した。

 

「ロスヴァイセ先生ならきっと僕を殺さないように撃ってくれると信じた。アーシアさんなら僕をきっと死なせないと。信じたからこういう手段が取れた。僕だって君たちなんかと合い討って死ぬつもりなんかないんだから」

 

 それでも流れた血は多く、まだ立つことも叶わないが。

 それにジークフリートもさすがと言うべきか殺すに至っていない。が、しばらくは動けない筈だ。

 

 ヘラクレスもすでにゼノヴィアとロスヴァイセ2人がかりの猛攻を受けている。

 ジャンヌも今はイリナが意識を向けて動けない。

 

 八雲は完全にアザゼルに抑え込まれていた。

 それを確認して一誠がガッツポーズをする。

 

「よっしゃあっ!!これで形勢逆転だぜ!」

 

 それに曹操が拍手する。

 

「いや、大したものだよ。個々の力は禁手を使った俺たちに及ばない筈なのに、それを信頼とチームワークで凌駕したか。なるほど、どこまで行っても個として戦う俺たちには真似できない戦い方だ。だけど1つだけ選択ミスがあったな」

 

 そこで曹操の姿が掻き消える。

 気が付くと一誠の近くに高速で移動し、聖槍が襲いかかる。

 身を捩って一誠はその一撃を躱すが、刃に触れた鎧が呆気なく切り裂かれる。

 

「最初に叩くのなら、他のメンバーではなく俺を狙うべきだった。そうすれば、八坂の姫の奪還も可能だったかもしれない」

 

 一誠は距離を取って、壊れた鎧の部位を修復する。

 

「お前も禁手化するのか?」

 

「いや、これ以上そちらに情報を与えるのも控えたい。それにアザゼル総督を除けば、君たちが束になっても禁手する必要はないよ。こっから先はデータ取りだ。付き合ってくれ」

 

「嘗められたもんだぜ……!」

 

 一誠がドラゴンショットを放つと、曹操は聖槍を一閃させて魔力の波を打ち消した。

 

「クソッ!?アーシア!女王に昇格する!」

 

「はい!」

 

 女王へと昇格し、全ての能力を底上げした一誠はドラゴンの翼を広げ、倍加を行いながら曹操へと突進する。

 しかしそうして繰り出された一撃はカウンターで返された。

 

「ぐっ!?」

 

「弱くはないけどね。それでも俺を相手にするにはまだ足りないな」

 

 聖槍で貫かれた一誠は膝をつく。

 

「イッセーさんっ!?」

 

 即座にアーシアが治癒の光を飛ばした。

 

 そうしている間に曹操が懐から取り出した小瓶をジークフリートに投げつける。

 それは――――。

 

「フェニックスの涙!?」

 

「そう。旧魔王派と繋がっているフェニックスの悪魔も少数だけど存在してね。その経由で手に入れたんだ。もっとも大分吹っ掛けられたけど」

 

 肩を竦める曹操。

 フェニックスの涙を受け取ったジークフリートが小瓶の中身を自身に振りかけ、傷を癒す。

 

「お前がやられるとは思わなかったよ、ジークフリート」

 

「油断があったのは事実だが言い訳はしないさ……」

 

 恥じ入るように顔を逸らすジークフリート。

 

 そこで八坂の姫の方も異変が生じていた。

 

『ウォオオオオオオアアアアッ!?』

 

 苦痛の混じった声を上げて八坂の姫が人型の姿が一瞬、光に包まれると九尾の尾を持つ美しい獣へと変化した。

 

「集めた力が許容量を超えて人型を保てなくなったか……これでグレートレッドを呼べればいいが。呼べなければ呼べないという結果が出るな」

 

「僕としてはここまでの下準備をしたんだ。出来れば良い結果を出したい」

 

「それは俺も同じ気持ちさ」

 

 こちらへの意識を外しているわけではないが明らかに警戒レベルを落としている。

 最早一誠たちを脅威とは感じていないからか。

 

「クソッ!?防げなかったか!!」

 

「母上!九重です!!目をお覚ましください、母上ぇええええっ!?」

 

 九重の悲痛な叫びがこの場に響く。

 それを一誠は歯をギリッと鳴らして見ていた。

 

 どうして、もっと上手くいかないのかと。

 拳を強く握っていると不意に、一誠の前に見知らぬ女性が立っていた。

 

「どうして泣いてるの?」

 

「あなたは……?」

 

『エルシャ!?』

 

「ドライグ、知り合いか!?」

 

『歴代でも3指に入る赤龍帝で、女の中では最も強かった俺の宿主だ』

 

「こうして話すのも久しぶりねドライグ」

 

 女性の中では最強の赤龍帝。その名とは正反対に穏やかに微笑むエルシャ。

 彼女は一誠の頭を撫でて再び問う。

 

「それで、どうして泣いていたの?」

 

「俺……約束したのに……!九重の母ちゃんを助けるって!なのに、肝心な時に何もできなくて……」

 

「そう。それは悔しいわね。でも貴方にはまだ出来ることがあるでしょう?」

 

 エルシャの手には宝玉が握られていた。

 それは兵藤一誠の可能性が込められた宝玉。

 

「貴方の可能性……これを開放する準備は整ったわ。さぁ、解き放ちましょう!貴女の可能性を」

 

 宝玉が強く光り出す。

 それはここら一帯を覆うほど強く広い光だった。

 

「なんだ!?」

 

 それに気づいた曹操たちも一誠の方へと振り返った。

 

 宝玉の光が個々に人の形を形成する。

 その人影たちは京都で宝玉が廻った者たちの残留思念だった。

 それらは皆一様にしてこう叫ぶ。

 

『おっぱい!』

 

 ただひたすらにそう連呼する彼らにこの場に居る全員が思った。

 

「これはヒドイ……」

 

 代表して祐斗が皆の思いを代弁する。

 残留思念たちは人の形を捨てて地面の魔法陣を形作る。

 

『さぁ!今こそ呼びなさい!貴方だけのおっぱいを!叫ぶの召喚(サモン)おっぱいと!』

 

 エルシャの助言に一誠はヤケクソになって叫ぶ。

 

「サ――――召喚(サモン)おっぱぁあああああいっ!!」

 

 一誠の叫びと共に魔法陣が光り出してある人物を召喚した。

 

「な、何事!?ここどこよ!え?イッセー?アーシア?ということは京都?なんで!?」

 

 召喚されたのは下着姿のリアス・グレモリーだった。

 物凄く狼狽して辺りを見回している。

 そんな部長を気に留めることなくエルシャは続けた。

 

『さぁ、彼女のお乳をつつきなさい!』

 

「な、何を言ってるんですか!?」

 

『彼女の乳首をつつくことで貴方の可能性の扉は開かれるわ!つつくの!ポチッと!!』

 

 よくわからない説得力とともにエルシャはリアスの乳首を突けとせっついてくる。

 あれをつつくことでもう一誠は完全にヤケクソだった。

 

「ぶ、部長!突然すみません!この場を乗り切るために部長の乳首を突かせてください!」

 

「な、なにを言ってるの、イッセー!先ずは説明なさい!?」

 

「すみません!?ホンっとすみません!!」

 

 リアスの乳をつつこうとするとドライグが叫ぶ。

 

『おい!いいのか相棒!?お前の可能性がこんなんで本当に良いのか!?よく考えろ!!』

 

「馬鹿野郎、ドライグ!?緊急事態だぞ!もうなりふり構ってられないんだよ!?それにお前も知ってるだろ!俺の夢は、部長の乳首をつつくことなんだよっ!!」

 

『そんな鼻血垂らしながら発情した猿みたいな表情で緊急事態とか言っても説得力ないんだよ!そんなんだから京都中の人間を痴漢魔に変えたんだろうが相棒ぉおおおおおおっ!!』

 

 叫ぶドライグを無視して一誠はリアスの乳に指を近づけた。

 

「行きます!」

 

「あんっ」

 

 つつくとリアスの甘い声が鼓膜に響いた。

 そしてその感触が甘い刺激となって一誠の脳に響く。

 

 すると役目を終えたとばかりにリアスは乳を輝かせながら天へと昇って逝った。

 

「もしかして元の場所に戻った?やべぇ。家に帰ったら殺されるかもしれない」

 

 滅びの魔力を撃ち出されるくらいは覚悟しなければいけないだろう。

 心の中でリアスに土下座していると周りはまだ自体が飲み込めずに唖然としていた。

 そこで一誠の視界に白い空間が広がる。

 

「これで、私とベルザードも逝けると思う。そして貴方には覇龍とは違う道が用意された。」

 

「えっと……ありがとうございます。色々手伝ってもらったみたいで……」

 

「いいのよ。私も面白いものを見せてもらったし……でも本当に乳を突いて覚醒って……」

 

 プクク、とお腹を押さえながら爆笑するのを堪えるエルシャ。

 そこで一誠が声を上げる。

 

「あ、あの!俺、まだエルシャさんに教えてもらいたいことが――――」

 

 言おうとしたがエルシャがそれを手で制した。

 

「覇龍とは違う力を選んだ時点で私たちは必要ないわ。貴方は目覚めた力を今の仲間とともに磨きなさい。まったく新しい道を選んだ貴方に過去の遺物である私たちは不要だわ」

 

 頑張りなさい、とそれだけを言い残してエルシャは消え、白い空間も解除された。

 

 

 

 

 

「いくぜドライグゥウウウうう!?ブースデッド・ギアァアアアアッ!!」

 

 一誠が叫ぶと鎧の宝玉から音声を鳴り響かせ。D!!と壊れたかのように繰り返し始めた。

 

 赤龍帝の籠手と悪魔の駒の融合が果たされ、今兵藤一誠に新たな扉が開かれる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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76話:赤龍帝の三叉成駒

 光が消えると一誠の鎧は大きく変化していた。

 その最大の変化は両肩に追加された巨大な砲口だろう。

 

「モードチェンジ!!【龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)】!!」

 

 僧侶に変化し、大幅に増強された魔力が両肩の砲口に集まり、それが倍加の能力を伴って膨大な力を宿した一撃を作り出していく。

 その圧倒的な魔力に曹操は怖気を感じた。

 

 

「これは、マズイな!」

 

「吹っ飛べぇえええええっ!!ドラゴンブラスターぁあああああっ!!」

 

 肩の砲口から発射された、今まで撃ったことがないほどの魔力の奔流が曹操に向けられた。

 射線軸から素早く離脱した曹操。飼わされた一撃は閉じたこの空間を大きく揺さぶった。

 

「なんて威力だ……こんなものが何発も撃たれたら、この空間を撃ち抜いて外の世界にまで影響を及ぼすぞ」

 

 術式を維持していたゲオルグがそう呟くとドライグが同意する。

 

『相棒、もう今の魔力砲は撃つな。俺たちの手で京都の町を壊滅させかねん』

 

「あぁ。思った以上に高威力で俺もビックリだぜ。だけどまだ試したいことがあるんだ!モードチェンジ!【龍星の騎士(ウェルシュ・ソニック・ブースト・ナイト)】!!」

 

 今までの重圧を与えるようなフォルムとは違い、ほっそりとした鎧の形状をしている。

 それは速度のみを追求した形態。

 一誠は一気に最大加速で曹操へと一直線に突っ込んだ。

 まだこの殺人的な加速に一誠自身の身体も感覚もついてこない。しかし――――。

 

「体当たりくらいなら問題ねぇんだよ!!」

 

 曹操に体当たりをかました一誠はそのまま敵の腕を掴む。

 

「なるほど……大した加速だが、その形態じゃ、俺の槍は防げないだろ!!」

 

 振るわれようとする曹操の聖槍。しかしそれは一誠自身が一番知っていた。

 

「モードチェンジ!【龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)】!!」

 

 叫びと共に再び一誠の鎧は変化する先程とは真逆にひたすら厚く、重層な鎧へと。

 そして5、6倍は大きくなったであろう籠手で曹操の聖槍を受け止める。

 

「上級悪魔なら消滅させられるほどの出力でも貫けないっ!?」

 

「逃がさねぇっ!!」

 

 一誠は巨大化した籠手を曹操へと打ち込む。

 曹操は柄で受け止めるが耐え切れずに吹き飛んだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 着地した一誠が膝をつくと新たな戦車の形態は解除され、見慣れた鎧へと戻った。

 急激に手に入れた力の三形態を連続で使用したことで体力はすでに限界だった。

 それと三形態を使ってわかったことだが現状で女王の形態は使用できない。あらゆる能力が高まる女王を使えば一誠の身体が耐え切れずに内側から破裂してしまうだろう。

 

「ま、ぶっつけ本番にしちゃ上出来か?もっとも王の承諾なしの昇格だからゲームじゃ使えそうにないけどな」

 

 そんな風に自分の力を分析していると晴れた土煙から曹操が出てくる。

 

「いやはや……あんな方法でのパワーアップだったから内心では馬鹿にしていたが、中々どうして。今の一撃、槍で守らなければ死んでいたよ」

 

 ダメージを与えたのは確かだが致命的ではない。

 

「悪魔の駒の特性を逸脱した君だけの特性か。まるでイリーガル・ムーブだな」

 

「イリーガル・ムーブ?」

 

「チェスの用語さ。不正を意味するね。その特性は明らかに悪魔の駒のルールから逸脱しているようにみえる」

 

『俺としてはトリアイナだと感じたが』

 

「トリアイナ?」

 

『トリアイナ。ギリシャ神話の海神ポセイドンが持つ三叉の矛のことだ。先程の三形態の連続攻撃がそう見えたのでな』

 

 ドライグの言葉に一誠はハハ、と口元を吊り上げる。

 

「なら、今の3つの形態変化を【赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)】とでも名付けるか?女王形態が出来るようになったらまた考えるとして」

 

 新しい力に上機嫌になっている一誠。

 それに曹操は息を吐いた。

 

「厄介だな。個々の昇格の能力上昇レベルもそうだが、それ以上に恐ろしいのは形態変化の早さだ。もっとも、現段階では体力の消耗もかなりのものだろうから連続使用もかなり負担がかかるだろうけど」

 

 どれ程一形態が優れていても変化に時間がかかるのならそこを突けばいい。しかしその変化が一瞬で極められた時の厄介さはどれ程のものか。

 

「へ!?怖いんだったら、降参するか?」

 

「まさか。だけど、このままやられたままでいるのも癪だからね。少しばかり嫌がらせをするとしよう。ゲオルグ!八坂の姫が吸い上げたこの土地の霊脈はどうなっている!!」

 

「もう充分だよ。後は集めた力を術式に乗せればいい。九尾の存在は必要ない」

 

 ゲオルグがそう断言すると、術式で縛られていた巨大な九尾の身体が自由になった。

 

「母上ぇっ!?」

 

 自由になった母に九重が近づこうとする。

 しかし、返されたのはその巨大な爪による振り下ろしだった。

 

「九重っ!?」

 

 一誠が八坂と九重の間に入り、その巨大な爪を受け止めた。

 

「ぐぅうううっ!?」

 

「赤龍帝っ!?」

 

 流石にタンニーンに比する巨体の一撃を受け止めるのは困難であり、新たな戦車となり、一層に底上げされた力でも一誠の身体が悲鳴を上げた。

 

「あまり迂闊に近づかないほうがいい。確かに体は自由にしたが、精神の方はまだ解き放たれてはいないのだから。下手に近づいて食われても知らないよ?」

 

「テメェ……ッ!?」

 

 怒りの視線を向けるが曹操はどこ吹く風とばかりに気にも留めない。

 

「君たちは八坂の姫を止めればいい。俺たちは実験の本番に入るとしようか」

 

 すると、二条城の地面に巨大な魔法陣が描かれていき、吸い上げた力が走っていく。

 それを察したアザゼルが八雲を地面に叩き落とし、光の槍で縫い付ける。

 

「やらせるかっ!?」

 

 こんなところでグレートレッドを呼べば間違いなく大惨事になる。

 それを止める為にゲオルグを殺そうとアザゼルが動いた。

 しかし、それを曹操が阻んだ。

 

「悪いのですが、ここまで準備して阻まれるわけにはいきませんのでね!!」

 

 人工神器と神滅具の槍が鍔競り合う。

 そこで背後から風の妖術がアザゼルを襲った。

 八雲の放った風の刃がアザゼルの鎧の上から背中を切る。

 

 一誠は八坂の姫を止めようと動き回り、他のメンバーも英雄派との戦闘で手が回らない。

 

 打つ手なしか、と誰もが思った時に声が響く。

 

「ほう?こりゃまた大物じゃぜい。この老骨でどこまで相手に出来るかのう」

 

 いつの間にその場に立っていたのか。

 誰もが場の中心に立つ人物が声を出すまで存在に気付かなかった。

 金の体毛に黒い肌。法衣を纏い、しわくちゃの顔は猿を想起させる。その手には棍と煙管が握られていた。

 その人物を見てアザゼルがニヤリと笑みを浮かべた。

 

「遅ぇんだよ、爺さん!」

 

「すまんのう。ちょいと寝つきの悪い餓鬼どもを寝かし付けてやっていたら思ったより時間がかかってしまったぜぃ。こんなふうにの」

 

 そう言って猿顔の老人はヘラクレスに近づき、トンッと体を叩く。するとただそれだけでヘラクレスはズドンとその身体を地面へと倒した。

 

「え?」

 

「なんだ、今のは……?」

 

 そのあまりにも不可解な状況にロスヴァイセとゼノヴィアは慄いた。

 

「ちょいと体内の気を乱して寝かせてやっただけじゃて。外側はともかく、内側まで頑強とは言えんのう」

 

 煙管を吸う老人。

 彼の瞳は曹操へと向けられる。

 

「おうおう。儂が天帝の使いとして九尾の姫の会談しようとしたら拉致とはやってくれるぜぃ。随分とワンパクに育ったなぁ、聖槍の坊主」

 

「お久しぶりですね、闘戦勝仏殿。まさか貴方がここで現れるとは」

 

 2人の会話に訳が分からずに混乱していると一誠の傍にアザゼルが現れて説明する。

 

「アレがミーティングで言ってた助っ人だよ。初代孫悟空だ」

 

「え?孫悟空?それってあの西遊記の!?」

 

 名を呼ばれて孫悟空はくく、と笑う。

 

「よう頑張ったのう、ドラゴンの坊や。九尾の方はじいちゃんに任せい」

 

 そう言って孫悟空は前に出て八坂の姫を細めた見据えた。

 そこには好戦的な笑みが浮かんでいる。

 

「それにしても……あれほどの大妖怪。相手にするのはいつ以来かのう……久しぶりに血がたぎるぜぃ!」

 

 アザゼルたちが何かを言う前にその場から走り、巨大化した八坂の姫に接近する。

 天高く跳躍すると八坂の姫の頭に巨大化した棍を叩きつけた。

 その小柄な体からは想像できない怪力と見た目以上の俊敏さで八坂の姫を翻弄していく。

 

「とりあえず、向こうは孫悟空に任せて良さそうだな。イッセー、まだ戦えるか?」

 

「鎧が解除されるまであと5分ってとこっす」

 

 まだ慣れないこの状態では体力の消耗が半端ではなく、速攻で決着を着けなければマズイ。

 

「曹操。孫悟空の介入はイレギュラーに過ぎる。ここいらが潮時だと思うが……」

 

「わかっているさ、ゲオルグ。口惜しいが、この場に留まるのは得策じゃない。下手をすればあの方だけで俺たち全員を捕えかねられん。あの人なら、八坂の姫の勝機を戻して、俺たちが施した術式を消すことも可能だろうからな」

 

 しかしそこで八雲が話しに割って入る。

 

「貴公たちはこの場を引くか」

 

「えぇ。これ以上は俺たちにもメリットが少ないので」

 

「そうか。これまでの協力に感謝する」

 

「……なじられるかと思いましたが」

 

「貴公たちが手を貸さなくとも私は独りでやり遂げる。最初から後戻りなどするつもりはないからな」

 

 昏い眼で告げる八雲に曹操は息を吐いた。

 

「仕方ないですね。もう少しだけお付き合いしましょう」

 

「おい曹操!?」

 

「悪いね、ゲオルグ。だが協力者を簡単に見捨てるのは英雄らしくないだろう?」

 

 そう言って槍を構え直す曹操にゲオルグは呆れたような顔をした。

 そして曹操はジークフリートに指示を送る。

 

「ジークフリートはヘラクレスとジャンヌを回収して先にこの場から離脱してくれ」

 

「僕は除け者かい?」

 

「フェニックスの涙で傷は癒えても失った血液までは戻っていないだろう?」

 

 言われて仕方なさそうにジークフリートは息を吐いた。

 

「逃がすと思うのか?」

 

「らしくない挑発ですね。そちらは赤龍帝を含めて皆消耗している。まともに動けるのは貴方とアーシア・アルジェントのみでしょう。闘戦仏勝も八坂の姫相手では時間がかかる。その間、貴方は後ろを守りながら俺たちを相手にしなければならない。どちらが不利かお判りでしょう?」

 

 祐斗とイリナは負傷。ゼノヴィアとロスヴァイセ。そして一誠は消耗が激しい。この状況でまともに戦えるのはアザゼルだけだった。

 しかし、一誠はそのことに反論する。

 

「お前らくらい、残りの時間でブッ飛ばしてやるよ!」

 

 拳を構える一誠。もう形態を変更することは出来ないが、それでもあと少し戦うことが出来るのだ。

 

「確かにその形態の防御とパワーは素晴らしいけどね。それ単体ならいくらでも対処できる。例えば―――――」

 

 曹操は一誠に急接近する。

 一誠がカウンターで拳を繰り出すがあっさりと躱された。

 

「動きが鈍すぎて先程のように捕まっていない限りは当たらないよ。それと―――――」

 

 曹操が聖槍を振るうとさっきは受け止められた槍が今は罅が入る。

 

「タイムリミットが近づいているからか、さっきより防御が落ちている。今ならさっきと同じ出力で充分に対応できるさ」

 

 そう言って曹操は一誠を弾き飛ばした。

 一誠は地面を転がり終わると鎧が解除されてしまう。

 

「唐突かつ無茶なパワーアップを手にしてまだ身体が慣れていないんだ。その結果は自明だよ」

 

「クソッ!?」

 

 倦怠感が凄まじく、まともに立ち上がることすらままならなかった。

 その間にジークフリートが仲間を回収して魔法陣でその場を離脱する。

 

「さて、これで実質2対1となりましたが?」

 

「嘗めんな!」

 

 アザゼルと曹操は互いの槍をぶつけ合う。

 そこに反対方向から八雲が符を取り出した。

 

「炎天よ、奔れ……」

 

 巻き上げられた炎の渦。

 その炎を槍の一撃で切り払い、八雲に光の槍を投げつけた。

 八雲も術で大量の水を生み出し、光を相殺する。

 その隙を衝いて、曹操がアザゼルに槍を向けた。

 

「終わりです、総督殿!」

 

 曹操の聖槍がアザゼルの身体を貫いた。

 

「先生ッ!?」

 

 一誠の声が響く。しかし、その瞬間に、アザゼルの身体が爆発した。

 轟音とともに曹操を爆発に巻き込む。

 

「ちぃっ!?(デコイ)かっ!?」

 

「正解!」

 

 爆発で飛ばされた曹操の背後に現れてアザゼルがその背中を斬りつけた。

 背中から血を流し、アザゼルと向き合う曹操。

 

「いつの間にそんなものを……」

 

「俺の部下の分身体を参考に作ったデコイだ。破壊されると爆発するように細工もしてある。ま、趣味で作った玩具さ。せっかくだから使ってみた」

 

 懐から丸薬のようなモノを取り出して手の中で遊ぶアザゼル。アレがそうなのだろう。

 

『オォオオオオオアアアアアッ!?』

 

 そうして遊んでいるうちに巨大化した八坂の姫が咆哮を上げてその体躯を元の人間サイズに戻る。

 

「母上っ!?」

 

 それを確認した九重が走って母の下へ駆け寄った。

 

「安心せい、嬢ちゃん。力を使い過ぎて気を失っているだけじゃぜぃ。すぐに目を覚ますじゃろうて」

 

 孫悟空はそうして九重の頭を撫でた。

 

「ここまでか……」

 

 八雲は扇子を閉じ、口元に当てると曹操の隣に立つ。

 

「曹操殿。この場はもういい。帰還されよ。殿はこちらで請け負おう」

 

「八雲殿……すまない」

 

「行かせるかよっ!!」

 

 アザゼルが動くが無言で八雲が遮る。

 槍を扇子で受け止め、妖術でアザゼルを後退させている合間にゲオルグに捕まった曹操はその場を離脱した。

 

「もうお前の協力者はいねぇぜ!ここいらで降参したらどうだ!?」

 

「ここから先は完全に私の我が儘だ。それに反逆者の末路なぞ、昔から決まっているだろう」

 

 その顔にどこまでも熱はない。氷のような表情がそこにあった。

 虚無とでも言えばいいのか。八雲の目的は八坂の姫を殺すこととこの京都を壊滅させることだと言った。本当にそれ以外に興味が無いと言うように。

 

 八雲が突風を起こしてアザゼルを飛ばすと、両の手を合わせた。

 

「堕天使総督。貴方が相手ならばこちらも全力でかからなければなるまい」

 

 八坂の姫の弟である九尾。

 彼もまた、巨大な妖孤の姿になることが出来る。

 

 八雲のオーラが膨れ上がり、その姿を変えようとしていた。しかし―――――。

 

「ゴフッ!?」

 

 後ろから八雲の身体が貫かれ、その心臓を抉り取られた。

 

「姉上……」

 

「済まぬな、八雲……。妾だけならばともかく、この地を滅ぼされる訳にはゆかぬ」

 

 目を覚ました八坂の姫がその腕を獣のそれに変化させ、弟の心臓を取ったのだ。

 呆気なく、最後の敵はその命を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲には息子がいた。

 もう百年以上前の話だ。

 妻となった狐の妖怪は元より身体の弱さに反比例するように強い妖力を持った妖怪だった。

 2人は幼馴染のような関係で、婚約を交わしたのもその縁からだ。

 その女狐は八雲との子を儲けると役目を終えたように息を引き取った。

 

 息子は九印と名付けられ、片親だったが愛情深く育てられた。

 妖力は母から。身体の強さは父から受け継いだ九印は元気にスクスクと育っていった。

 

 そんなある日、九印に悲劇が起こる。

 当時はまだ、他の神話体系や人間の術者との折り合いが悪く、度々衝突することもあった。

 そんな時に人間の呪術師が九印に呪いをかけた。

 

 それは怖ろしい呪いで、その呪いが九印の身体を蝕み、身体を弱らせ、やがて九印の死によって裏京都にいる妖怪たちに毒をばら撒く、最悪の呪いを。

 

 八雲はどうにか解呪を試みたが成功はせず、ただ息子の苦しげな声を聴く毎日を送り、九印の死は刻一刻と迫っていった。

 呪術の解析が進んで解ったのは、九印が死に、毒を撒き散らすのは呪術で死んだ場合のみという回答。

 つまり、外的要因で死ねば術の毒素もばら撒かれることはない。

 

 妖怪たちの長となっていた八坂は苦渋の選択として九印の殺害を決定した。

 反対する八雲を拘束し、その手でまだ幼かった九印を殺害した。

 全てを終え、八雲の前に出た八坂。息子の仇として討たれることも覚悟していた。しかし―――――。

 

『お手数をおかけして申し訳ありません、姉上』

 

 ただそう言って頭を下げただけだったが、八坂は気付いていた。弟の瞳に昏い炎が宿っていることを。

 それ以来、八雲は一度として笑っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

 

 話を聞き終えた九重は目尻に涙をためている。

 

「あやつが妾だけを殺すのであればそれでよいと思っていた。しかしまさかこの京都そのものを破壊しようとするなどとは」

 

 思っていなかったと口にしようとすると、八雲の口が動く。

 

「当然でしょう、姉上」

 

「まだ息があったか、八雲」

 

「えぇ。もっとももうすぐお望み通り死にますが」

 

 相変わらず表情を動かさない八雲。

 それに八坂は目を細める。

 

「時間がないようだから単刀直入に訊こう。おぬしは、それほどまでに妾が憎かったのか?ならばなぜ、あの時にそうしなかった?」

 

「子を殺されて恨まない親はおりますまい。九印が死んだときにそうしなかったのは、私なりに残ったものの価値を見定めたかったので」

 

 京都の妖怪たちは自分の息子が死んでまで助かる価値があったのか?それをずっと見定めてきた。

 しかし観察すれば観察するほどに彼らにそれほどの価値があるとは思えなかった。

 

「平和という名に日和り、自分たちの長が囚われても私への交渉も奪還も自らの手で行動しない。そんな者たちを、長々と生かしておく価値が私には判り兼ねました」

 

 理由は口にするだけではないのだろう。それでも八雲はそれ以上は語らなかった。

 ただ最後に小さく何かを呟いて息を引き取った。

 

 

 

 

「すまぬな、お主ら、手間をかけた。此度は妾の奪還に力を貸してくれたことに感謝する」

 

「止してくれ。これから共同歩調しようってんだ。困ったときはなんとやらってな」

 

 照れくさそうに頭を掻くアザゼル。そこで携帯が鳴った。

 相手はセラフォルーからだった。

 

「おう、セラフォルー。八坂の姫は奪還したぜ。これで会談は―――――」

 

『ごめん……ごめん……!アザゼルちゃん……!』

 

 携帯の奥でセラフォルーが悔し気に涙声で謝罪をしてきた。

 どうした?と訊き、ある事実が知らされた。

 

 

「一樹の奴が、オーフィスの奴に拉致られたっ!?」

 

 

 悪意が動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 




日ノ宮一樹は主人公力が上がった。
スキル【拉致られヒロイン(ピーチ姫属性)】を習得した。
という冗談は置いといて。

誘拐された九尾の奪還を拒否したら自分が拉致られるという。これが原作主人公とポッと出のオリ主の差ですよ!


次話で修学旅行は終わりです。


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77話:世界の全ては、貴方を追いつめる為に在る

 一樹のブラフマーストラとアムリタのアグニの弓がぶつかったとき、結界が大きく揺れ、いくつか綻びが出来た。それもすぐに自動修復されたが、その僅かな隙間に入ってきた一般人がいたのだ。

 

「ちっくしょう!イッセーたちはどこ行ったんだよ!」

 

「あぁ!今頃どこかで俺たちに内緒でおいしい思いをしてるに違いないぜ!」

 

「あーもーうるさいわねー!あんたたち!」

 

 結界内に入ってきたのは藍華、松田、元浜の3人だった。

 一樹がホテルを出るところを3人に見られており、一誠たちがいなくなったことで後を付けられたのだ。もっとも途中で見失い、結界に入ったことでここら辺をぐるぐると回っていたところを結界が綻び、偶然中に入ってしまったのだが。

 

 いい加減一樹たちが見つからないことでホテルに戻ろうとした矢先に轟音と衝撃が走る。

 

「な、なに!?地震!?」

 

 振動に藍華が膝をつく。

 

 少しの揺れでそれらは治まり、元浜が携帯を見た。

 

「あれ?」

 

「どうした、元浜?」

 

「いや、これだけでかい地震だから警報とか出てるかなって思ったんだけどさ……」

 

 そこで元浜は携帯を見せる。

 

「なんか、電波が繋がってないんだけど……」

 

 口元を引き攣らせて言う元浜に2人も自分の携帯を確認する。

 

「アレ?俺のも。さっき見た時は確かにアンテナが立ってたのに……」

 

「私のもね」

 

 その事実に3人が焦り出すと再び地震と轟音が響く。

 

「ちょっ!?マジヤバくねぇかっ!?」

 

 松田がそう叫ぶと同時にそれが現れた。

 

「火柱……?」

 

 青と赤の混じった幻想的な火柱が藍華たちの位置よりやや離れた場所に現れたのだ。

 3人はそこからしばし動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如現れたその存在に一樹とアムリタ。そして付き従っていた少女たちは動けなかった。

 無限の体現。この世界で最も強いとされる2体のドラゴンの内の1体が現れたのだ。

 

「曹操たち、グレートレッド呼ぶ。だから我、蛇でお前を強くしてグレードレッド封印する。だから、我とともに来る、太陽」

 

 オーフィスと呼ばれている少女はそう言って一樹に手を差し伸べた。

 一樹は無手のまま構えを取る。

 

「言ってる意味がわかんねぇな。大体テメェは敵だろうが。そんな話に乗ると思ってんのかよ?」

 

「?太陽、我と一緒に来ない?」

 

「あたりめぇだろうがっ!!」

 

「何故?太陽なら、グレートレッド封印できる、聞いた。だから、来る」

 

「会話が噛み合ってねぇ……」

 

 考える素振りをするオーフィスにイラつきながらアムリタに話しかけた。

 

「服装といい、あの喋り方といい、頭のネジが飛んでんじゃねぇのかお前らのボスは」

 

「サァ?彼女がなにを考えているノカナンテ、私たちも知りマセン。彼女は基本、無軌道に動きマスシ」

 

 そんな会話をしていると、オーフィスが動く。

 

「なら、いい。お前、我が連れて行く」

 

 オーフィスの身体がゆらりと動いたかと思うと、一樹の前に現れて握り拳を振るった。

 防御すら間に合わず、拳が一樹の顔に直撃する。

 殴られて地面を抉りながら後退させられる一樹。

 

(なんだ今の!?あいつから意識を外してなかったのにっ!?)

 

 いや、解っている。

 ただ今の攻撃は相手が速すぎて対応できなかっただけだ。

 体勢を立て直し、右腕に炎を纏わせて近づいて来たオーフィスに打ち込む。

 しかしその拳は易々と受け止められた。

 

「やっぱり弱い。だから我の蛇を飲ませて、お前、強くする」

 

「そんなもん誰が飲むか、気持ちわりぃ!こっちは今、忙しいんだ!お前の用事なんて付き合ってられっかよ!!」

 

「……」

 

 そこでオーフィスは表情を変えずに空き缶でも握り潰すかのように一樹の拳を潰した。すると肉と骨が潰れる音がした。

 

「つああああああっ!?」

 

 痛みで悲鳴を上げる一樹。そのまま一樹の体を地面に叩きつけた。

 しかし一樹の抵抗を続ける。

 

(アグニ)よっ!」

 

 下から上へと炎を巻き上げさせ、手を放させると、オーフィスの体を蹴り飛ばした。

 潰された腕は既に既に自己治癒が始まっている。完治には少しかかるだろうが。

 

 蹴られて転がり倒れたオーフィスは無傷で立ち上がる。

 

「その力、グレートレッドに使うべき。何故我に向ける?」

 

「なんで向けられねぇと思ってんだ、このクソガキ……!」

 

 オーフィスと話していると違和感というか不自然さを感じる。

 アザゼルは言った。オーフィスは自分より年上だと。

 それなのにこの見た目相応か、それ以上に幼く感じる。

 まるで本当に幼児を相手にしているような気分になるのだ。

 

(演技にしてもヤケにな。まさか、本当に頭の中がそれくらいだってのか?いや、今はそんなことはどうでもいいんだよ!)

 

 どうゆう訳か、向こうは一樹を欲しているらしいが、そんなものに付き合うつもりは一切ない。

 そもそも一樹は京都にグレートレッドを呼ぶことに反対なのだから。

 

 神経を尖らせ、オーフィスの挙動に意識を集中させる。僅かでも緩めれば、それだけで終わると理解したから。

 オーフィスが動こうとすると、そこに一矢が飛んできた。

 無造作にそれを掴んで防ぐ。

 

「?何故、我に攻撃する?」

 

「……」

 

 矢を放ったのはアムリタだった。彼女は質問に答えず、すぐに次の矢を放つ。

 高速で放たれる3矢。

 それを楽々と無効化されながら4矢目を放つ。電磁力で加速した矢を。

 

 それを放てば倒すとはいかないまでも確実にその体を貫けるはずだった。

 しかし、オーフィスはそれを2本の指で何事もなく受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 驚く声を気にも留めずにオーフィスはアムリタに向けて手を向ける。

 

「アルジュナ、邪魔。消す」

 

 手の平に集められた膨大なオーラ。それは一誠のドラゴン・ショットに似ているが、集められている力は段違いだった。

 だがここで別の乱入者が現れる。

 

 突如、オーフィスの腕が凍り付いた。

 

「ふー☆間に合ったわね」

 

 空から現れたのはいつかの公開授業で着ていた魔法少女服を身に纏ったセラフォルーだった。

 

「セラフォルー……お前も、我の邪魔する?」

 

「ソーナちゃんのかわいい後輩に手を出すなら私も黙って見てるわけにはいかないかな」

 

 いつも通りの態度だが、その顔には冷や汗が流れている。

 先程の一樹とアムリタの衝突。それで強大な力を感じたセラフォルーはすぐさまセラフォルーは現場に急行した。

 そして見たのがオーフィスという世界最強の存在。

 

(ハハ☆ドライグちゃんとアルビオンちゃんが戦争に介入して来た時のことを思い出すよね)

 

 いくら今では禍の団のトップに立っているとはいえ、争いに無関心だったオーフィスがこの場に現れるなど誰にとっても予想外だった。

 

「オーフィスちゃん☆どんな目的があるかは知らないけど、ここは引いてくれないかな」

 

 その問いにオーフィスが一樹を指さす。

 

「太陽が、我と共に来るなら」

 

 太陽というのは一樹のことを指しているらしい。何故そう呼んでいるのかは今考えることではない。

 

「それは、ちょっと出来ないかな☆その子はうちの生徒だし、それにこのまま連れて行かれたらソーナちゃんになんて言われるかわからないしね!」

 

「ならお前、消える……」

 

 手を凍らせていた氷が砕け、手が自由になると集めていたオーラをセラフォルーに撃った。

 

「ひゃっ!?」

 

 空で鮮やかに躱すが、同じ砲撃が次々と発射される。

 それでこの場に敷かれている結界にも影響が出始めていた。

 

「ちょっ!?ズルいズルい!?」

 

 1発1発が結界に当たる度に穴が開き、いつ完全破壊になるか。

 そんなことになれば外の京都の町にまであの砲撃の危険に晒されることとなる。

 とは言っても、あの砲撃を受け続けることはセラフォルーにも不可能だった。

 

「いい加減に、しなさい!悪い子はおしおきよ!」

 

 セラフォルーは術式を展開し、オーフィスの足元を中心に凍らせる。

 

「そのまま頭を冷やしてなさい!!」

 

 足から徐々に上へ広がり、全身を氷漬けにしていった。

 これで少しは足止めになるかな?と考えていると。

 

 氷の中から球状のオーラがが放たれる。

 それが一瞬の隙となり、セラフォルーに直撃した。

 壁に叩きつけられるセラフォルー。

 

「セラフォルーじゃ、我の足止め無理。ここで消える」

 

 再びオーラを集めるオーフィスにセラフォルーは手にしているステッキを掲げて防御の魔法陣を構築した。

 

「嘗めないでよ、ね!!」

 

 これ以上結界を損傷させられたら本当に破壊する。そうなれば、京都の町にどれだけ被害が出るか。

 無茶でなんでもこの一撃を防がなければならない。

 そこでセラフォルーの前に出る2つの人影があった。

 

梵天よ、(ブラフマーストラ・)

 

 折れた槍を拾い、投擲の構えを取る一樹。

 

炎神の(アグニ・)

 

 神弓を構えてその力を解放しようとするアムリタ。

 

我を呪え(クンダーラ)!!」

 

咆哮(ガーンディーヴァ)!!」

 

 先程向け合った2つの炎の力。

 それらが力を合わせて無限の龍神へと撃ち放つ。

 

 その力がオーフィスがギリギリで撃った砲撃とぶつかり、青と赤の火柱を発生させた。

 

 それが治まると、一樹は皮肉気に訊いた。

 

「いいのかよ。アレ、お前の所のボスなんだろ?」

 

「別に、私たちはあの人の意志に沿って動いてイル訳ではありマセン。むしろ――――」

 

 アムリタが言いかけて言葉を止める。

 気付くとオーフィスが歩いてくる。

 服に多少焼け焦げた痕はあるが、その体には一切の火傷は負っていない。

 

「マジかよ。どんだけ頑丈なんだ、アイツ」

 

 呆れと恐れ。そして強がるように一樹は呟く。

 今の一撃は間違いなく文字通り必殺だった。

 アレなら、北欧の悪神ロキすら屠れただろう一撃。

 それを喰らって傷1つ負っていない。

 

 だが、臆している暇は無い。

 たとえこの場を離脱できてもすぐに追ってくるだろう。

 故にここで数日の間だけでも縫い留めておく策が必要だ。

 例えそれが、途方もなく低い可能性だとしても。

 

 そこで、ペキッと小枝が折れる音がした。

 

「え?」

 

「なんであいつらが!?」

 

 オーフィスよりさらに離れた位置に居たのは、藍華、松田、元浜の3人だった。

 藍華は驚いたように目を見開いた。

 

「え?もしかしてアムリタ?なんでここに?それに一樹もその金ぴか何!?」

 

 動揺して一気にまくしたてる藍華。それにオーフィスが反応した。

 

「アレも我の邪魔をする存在?なら、消す……」

 

 オーフィスのオーラが藍華たちに向けられる。

 それに一早く反応したのは一樹だった。

 

「馬鹿野郎っ!?」

 

 その言葉は誰に向けて言い放ったモノだったのか。

 僅かな助走と跳躍で藍華たちとオーフィスの間に入った一樹は放たれた砲撃から3人を守った。

 流されそうになる砲撃の波に足腰を踏ん張らせ、自分の鎧と体で拡散させる。

 

「キャァアアアアアッ!?」

 

「おぉ、なんだぁ!?」

 

 後ろから聞こえる悲鳴。しかし一樹にはそれに反応する余裕はない。

 砲撃を受け止め終えると一樹はその場から倒れ、鎧も消えた。

 2度のブラフマーストラに今の一撃だ。

 もはや、鎧を維持する力は失われている。

 

「クソ、が……」

 

 そんな一樹にオーフィスが近づいていくと、アムリタが弓を射る。

 しかしそれは大した援護にはならなかった。

 オーフィスは一樹の首を掴んで膝立ちに似た姿勢を取らせる。

 

「まだ、我と来ない?」

 

「行かねぇって言ってんだろうが……人の話を聞けってんだよ。それとも術とかで送信しねぇと意思疎通できねぇのかこの電波ドラゴン……!」

 

 一樹は腕を動かしてオーフィスの眼球に指を突っ込ませた。

 

「最強って言われてる割には、隙だらけなんだな……お前……」

 

 そのままオーフィスの右目を抉り取った。

 鼻で笑い、抉り出した眼球を投げ捨てる。

 

 オーフィスは抉られた目を閉じ、不快そうに僅かに眉を動かした。

 その手には万力のようにギリギリと少しずつ力が加えられる。

 

「もう、いい。お前、このまま無理矢理連れて行く」

 

 そうして、一樹の首の肉をその小さな手で抉り取った。

 

 血が噴き出し、返り血がオーフィスに浴びせられた。

 それを見ていた藍華が悲鳴を上げる。

 

「イヤァアアアアアッ!?」

 

 そして松田は怯えたようにオーフィスを見て、元浜はその場で腰を抜かした。

 

「うるさい……」

 

 再び、オーラを収束させ始めた。

 アムリタとセラフォルーがそれを止めようとするとオーフィスに声がかかる。

 

「オーフィスさま」

 

「ルイーナ?」

 

「はい。どうやら曹操殿の計画は失敗に終わった模様です」

 

「ん。グレードレッド呼び寄せる力、もうない」

 

「はい。屋敷にお戻りください。シャルバさまがお呼びです」

 

「わかった。あと、これも連れていく」

 

 腕を引っ張り、一樹の身体を引きずるオーフィス。

 それを見てルイーナは眉を動かした。

 

「この人間、もう死んでいるのでは?」

 

「だいじょうぶ。太陽の火、この程度で消えない」

 

「承知しました」

 

 それだけ言ってルイーナはオーフィスから一樹を受け取る。

 転移の術でこの場から去ろうとする2名にセラフォルーが動く。

 

「待ちなさい!」

 

 セラフォルーが手を術を展開して一樹を連れて行かれるのを防ごうとする。しかし、次の瞬間にセラフォルーの右肩に小さな穴が開いた。

 

「邪魔」

 

 近づいて来たオーフィスがそう告げるとセラフォルーに触れると放出されたオーラで彼女を吹き飛ばした。

 アムリタも弓で引き留めようとするが、それより速くオーフィスが動き、彼女の体を蹴りつけて沈黙させた。

 

 壁に叩きつけられたセラフォルーを見てルイーナが目を細める。

 

「セラフォルー・レヴィアタン。お姉さまを侮辱し貶めた貴女との決着はまたいずれ」

 

 そう言い残して、2人はこの場から姿を消した。

 日ノ宮一樹というひとりの人間を連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場を訪れた一誠たちが見たのは座り込んで呆然としている藍華たち3人とセラフォルー。そして焼け野原になった地面と一か所だけある血だまりだった。

 

 アムリタは仲間とともにすぐにその場を離れ、まともに話を聞くことも出来なかった。

 

 藍華たち3人にはアザゼルが記憶操作を施そうとしたが、それを一誠たちに止められる。

 ここまで巻き込んでしまった以上、事情を話したいと思ったことと、嘘を重ねたくはなかったから。

 

 ホテルに戻り、藍華はアーシアとゼノヴィアから。松田と元浜は一誠からそれぞれ事情を話した。

 全員が悪魔や天使であることには実感が薄く、どう反応したらいいのかわからない様子だったが、少なくとも拒絶するような印象はない。

 一樹は、旅行中に事故に遭って病院に運ばれたと一般生徒に説明された。

 

 セラフォルーは京都の妖怪や帝釈天の尖兵として会談に訪れた孫悟空との話し合いに残っている。別れる際に、一樹を守れなかったことを深々と頭を下げられた。

 唯一の良いことは九重や八坂から好印象を持ち、また京都に遊びに来てくれと言われたこと。その際に九重がやたら一誠に懐いていたのが気にかかるが。

 

 

 こうして、駒王学園二年の修学旅行は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴフッ!?ごっ、がっ……!!」

 

 咳とともに一樹は目を覚ます。

 一樹は拘束椅子に座らされ、腕は後ろに回され、全身が革のベルトのようなモノで拘束されている。

 オーフィスに抉られた首は既に完治している。

 それはいつもの鎧の力のおかげか。

 それとも、敵に治療されたらか。

 できれば前者であることを祈る。

 

「おや、お早いお目覚めで」

 

「誰だ……」

 

 視線を向けるとそこには顔に火傷を負った男が居た。

 その男は見るからに嫌悪感を刺激する胡散臭い笑みを浮かべて近づいて来た。

 

「話を聞いた時はもしやと思いましたがやはり貴方でしたか。いや、お懐かしい」

 

 どうやら向こうはこちらを知っているようだが一樹本人に見覚えは無かった。

 

「誰だ、アンタ……」

 

 質問を繰り返す。

 それに男はキョトンと目を丸くした。

 そしてすぐに可笑しそうに吹き出した。

 

「なるほどなるほど!あの時のことは忘れているようですねぇ。無理もない!あれほどのことをしたのですから!」

 

 一人納得したように喋る男を疎ましく感じ始めていると、男はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「あの時は名乗る暇がありませんでしたが、今度は名乗らせていただきましょう。私はギニア・ノウマン。かつてあなたにこの顔の火傷を負わされ、そして――――」

 

 その男は半月のように口元を形作り、一樹の耳元で囁いた。

 悪意という杭を、その心に打ち込むように。

 

「貴方のご両親を殺した、元上級悪魔ですよ」

 

 悪魔が、そう真実を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一般人3人のオカルト世界バレはここにすると最初から決めていました。

それと会談の結果とか一般人3人への説明とかその場面と心情とかは次回にぶん投げさせてもらいます。

この作品ももう1周年。細かなところはともかく、大まかには最初の予定通り話が進んでいることに安堵しています。

次回からは主人公奪還編に入ります。
それと次回から連続投稿という形は辞めて、1話が出来上がったら更新することにします。
朝6時投稿は変わりませんが。



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78話:情報整理

主人公奪還が終わったらしばらくは日常編とか書きたい。いつになるかは分からないけど。


「は?」

 

 その知らせを受けた時の白音の顔は今まで誰も――――それこそ姉である黒歌ですら見たことがない程に現実を受け止められず、思考を停止し、空白となった表情。

 そんな白音にアザゼルはただ事実だけを突き付ける。

 

「もう一度言うぞ。修学旅行中に俺たちは禍の団の一派閥である英雄派による九尾の長拉致事件に関わり、その奪還を拒否して単独で行動した結果、オーフィスに拉致られた。細かな説明は一誠の家で――――」

 

 そこで白音が握力を全開にしてアザゼルに問い詰めた。

 

「先生は、貴方は何をしてたんですか!?」

 

 その声もまた今まで聞いたことがない程に焦燥と憤怒が込められていた。

 

「どうして生徒(いっくん)より九尾の長(赤の他人)の優先なんかしたんですか!?」

 

「すまん」

 

 実際にはアザゼルがどう動こうが一樹の拉致が阻止出来ていたということはない。アレは強いて言えば災害のようなモノだ。

 気紛れで現れ、動けば力で蹂躙してくる。

 そういう類に存在だ。

 まぁ滅多に動くことのない災害(ドラゴン)なのだが

 しかしアザゼルは教師であり、また一樹とは親交のある大人だった。

 彼には日ノ宮一樹という生徒を無事家に帰す義務があった。それを怠った行動を取ったことは事実だった。

 だからアザゼルは言い訳をせずに短い謝罪を添えて白音の憤りを受け止める。

 

 そんな妹を姉である黒歌が制した。

 

「姉さま……」

 

「ここで、アザゼルを責めてもしょうがないわ。とにかく事情は説明してくれるんでしょ?」

 

「あぁ。車を用意してあるから乗ってくれ。一誠の家でリアスたちも含めて情報を共有する」

 

「オッケー。すぐに準備するわ」

 

 外着へと着替えようと奥へ行く黒歌。白音もそれに続く。

 不安そうな顔をする妹の頭を黒歌は撫でた。

 

「大丈夫よ。連れ去られたのなら、すぐに殺される心配はないはず。だから私たちに出来ることは一早くあの子を見つけて奪い返すこと、でしょ?だから今はまず何よりも情報を集めなきゃ」

 

「……はい、姉さま」

 

 納得などしていないだろうが、それでも平静を保とうとする程度には余裕が持てた。

 それがどれだけ上っ面な平静だったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐生藍華を含めた修学旅行でオーフィスとの戦闘に巻き込まれた3人の一般人は兵藤宅の門前に集められていた。

 一樹が連れ去られたあの後に、一誠やアーシアなどの知人が迎えに来た。

 最初は状況が飲み込めずに何を話していいのかすら分からなかった。

 ただ、自分たちに何かをしようとしたアザゼルを必死で止める友人たちの姿は3人を落ち着かせるには充分な効果があった。

 それからホテルに戻って男子と女子に分かれて事情の説明がなされた。

 悪魔のことを含めたこの世界の裏側。

 今回の事件のこと。

 それらをまだ新人悪魔である一誠やアーシアが説明できる範囲で説明した。

 

 別々の部屋でそれを聞いていた3人はまだ情報を飲み込めていないが頭から否定して笑うことは出来なかった。

 それはあのオーフィスが放った漫画やアニメで出そうな砲撃とそれを受け止めた一樹の姿を見たことで、受け入れざるえなかったのかもしれない。

 全てを聞き終えた藍華はやや視線をずらしながら問う。

 

「それで、一樹、は……?」

 

「今、アザゼル先生たちが捜査中です。大丈夫です!一樹さんはきっとすぐに見つかります!」

 

 それはアーシア自身どこか信じ切れていないことだったが他にどんな言葉がかけられただろう?何かを思い出したのか、藍華は体を震わせて口元を手で押さえる。

 

「あいつ、首が、半分取られて……!」

 

 その光景を思い出して込み上げてきた吐き気に抑え込む。

 藍華は本能的にそこから先を思い出すことを止めた。

 アーシアたちも普段、日本に慣れていない自分たちに様々なことを教えてくれたり引っ張ってくれる彼女がここまで気落ちしている姿にどう接すればいいのか判断できないでいた。

 そんな中でイリナが動く。

 

「桐生さん。もし眠れないようなら、コレを使って」

 

 渡されたのは小瓶に入った数粒の錠剤だった。

 

「睡眠薬よ。一度眠って頭の中を整理して落ち着かせて、それから色々なことを考えた方が良いわ。話は駒王に戻ってからにしましょう」

 

 今のままなら何を考えてもきっとマイナスにしかならない。一度眠りの中に入って間を置いた方がいい。無理矢理にでも。

 

「うん。ありがとう」

 

 今のままでは眠れないことは自分で分かっており、有難く貰うことにした。

 

 

 

 

 それから翌日に京都から駒王に戻り、アザゼルから今日一誠の家で今回の件で話をすると3人に伝える。

 

「お前たちも出来れば来てほしい。だが、無理はするな」

 

 そう一言を添えて。

 

 そういうわけで3人は今、兵藤宅の前に顔を合わせているわけだ。

 インターホンを松田が押そうとすると1台の車が停まった。

 

「桐生先輩」

 

「白音」

 

 中から出て来たのはアザゼル、白音、黒歌だった。

 

「久しぶりね、藍華」

 

「あ、お久しぶりです、黒歌さん」

 

「そうね。そっちが中学生の時以来かしら?」

 

 中学時代一樹と仲が良かった藍華は何度か黒歌にも会ったことがあった。

 藍華たちが修学旅行でこちらの世界についてバレたことは車の中でアザゼルから聞いていた。

 

 アザゼルがここに足を運んでくれたことに感謝の言葉を述べて、インターホンを押す。

 すると、中から朱乃が出て来た。

 

「お待ちしておりましたわ、皆さん」

 

「あぁ。悪いな、疲れているところ」

 

「いいえ。かまいませんわ」

 

 穏やかな笑みを浮かべて朱乃は来客を通す。すれ違った藍華たちに大変でしたわね、と口にして。

 通された部屋は大人数が話し合いをするにも充分な広さがあった。

 

「よく来てくれたわね、貴方たち」

 

 中に入るとリアスが紅茶を飲みながら藍華たちを迎え入れられる。

 しかし中に通された全員の視線は別の者に向けられていた。

 

「ぐぎぎぎぎぎっ!?」

 

 何故か一誠が手を後ろに回されて正座をさせられており、膝の上には胸の位置ほどに積み上げられた四角い石が乗せられている。

 全員が困惑しているとリアスが笑顔で答えた。

 

「イッセーのことは気にしないで。オイタが過ぎた罰なの」

 

 そう笑顔で言われて周りを見るが、彼らは一様に苦笑している。

 一誠の罰は修学旅行でリアスの召喚して、乳首を突くという行為に対してた。

 一応理由を聞き、判断した結果がこの罰だ。

 京都の騒動で曹操たちに一泡吹かせる結果になったのは喜ばしいことだが、あんな風に召喚されて憤らない訳もない。

 それぞれ、適当な場所に座り、話し合いが開始された。

 

「それじゃあ、話を始めるぞ。リアス、今回の件の説明は?」

 

「祐斗から教えてもらったわ」

 

 真面目な表情をして頷くリアス。

 

「なら、英雄派の件は後回しだな。今日集まってもらったのは一樹がオーフィスに拉致された件だ」

 

 アザゼルの言葉に白音の心臓は大きく跳ねた。

 最初に口を開いたのはリアスだった。

 

「先ず、何故一樹は今回単独で行動していたのかしら。本人は知人に会うためと言っていたのよね?」

 

「えぇ。そうしてホテルを離れたのは事実です」

 

「あの子、一体誰と……」

 

 リアスが考える素振りをしていると藍華がポツリと口を開いた。あるいは、彼女自身、意識していなかったのかもしれない。

 

「アムリタ……」

 

 藍華の呟きに全員の視線が集まる。

 

「あの時、あの場所にアムリタがいた。だから一樹が会う人ってあの子なのかも」

 

 藍華の言葉にその場にいるほとんどが誰?と首を傾げる。

 それに、黒歌が補足した。

 

「アムリタ・ズィンタ。一樹の中学時代の友人よ。とっても仲が良かったの。今は英雄派に所属してるらしいわ」

 

「それ、どういうこと?」

 

 リアスが厳しい眼で黒歌を見据える。

 

「どうもこうもないわ。多分一樹が会うって言ってたのが彼女なら、そっちを優先したのも頷けるわね。あの子、アムリタのことになると見境が無くなることがあったし」

 

 ヤレヤレと首を振って深く息を吐く。

 

「なら、一樹くんはそのアムリタって人に誘き出されてオーフィスに捕まったってことですか?」

 

 祐斗の推測にアザゼルは腕を組む。

 

「どうだろうな。セラフォルーの話じゃ、そのアムリタって奴もオーフィスを攻撃していたらしい。英雄派たちにとってもオーフィスの出現は予定外だったのかもしれん」

 

 決めつけられんがな、とアザゼルは言葉を切る。

 そこで一誠が悔しそうに舌打ちする。

 

「日ノ宮の奴、ひとりで勝手な行動して捕まりやがって!俺たちと行動してれば―――――」

 

「いや、むしろ助かったさ」

 

 一誠の言葉を遮ってアザゼルが答える。

 

「一樹が単独で動いてなけりゃ、八坂の姫の奪還どころじゃなかった。ホテルに残ってたら、建物の中に居た奴らも無事じゃ済まなかっただろうぜ。魔王のひとりであるセラフォルーですら手も足も出なかったんだ。あの場でオーフィスを止められる戦力なんざなかった」

 

 淡々と、事実を突き付けるアザゼルに一誠は顔を背ける。

 僅かな沈黙を破ってリアスが発言する。

 

「もしもの話は止めましょう。オーフィスが一樹を攫った理由。その目的が見えないわ」

 

 顎に手を当てて考えるリアス。確かに一樹の能力や戦闘の才覚は凄まじいモノがあるが、それで無限の龍神が直に動く理由としては弱いように思う。

 わざわざ人間ひとりのために、だ。

 

「わからん。セラフォルーの話では奴は一樹のことを太陽と呼んでいたらしい。そして現状、オーフィスの目的はグレートレッドの筈だ」

 

「英雄派が九尾の長を使ってグレートレッドを呼び寄せようとしたように、一樹くんで同じことをしようとしているってことですか」

 

「それも、違和感があるな。曹操たちがグレートレッドを呼び寄せようとしたタイミングで一樹に接触を図った。なら、呼び寄せたグレートレッドに対して何らかのアクションを起こそうとした考えるほうが筋が通る気がするぜ。それが、なんなのかはわからんが」

 

 この場に居る者たちがオーフィスの目的に推測を重ねる中、白音が口を開いた。

 

「それで、いっくんの捜索は?」

 

 白音からすれば、オーフィスの目的より、一樹の安否の方が遥かに重要だった。

 それについてアザゼルの口から説明される。

 

「今、京都を中心に転移の痕跡を漁って、一樹が連れて行かれた場所を特定している最中だ。オーフィスが去る時に旧魔王派のレヴィアタン当主がいた事から、冥界にも捜索の手を伸ばしている。神の子を見張る者(俺たち)はもちろん、旧魔王派が絡んでることからセラフォルーが中心になって人員を割いてもらってる」

 

 今回の件はセラフォルーも思うところがあったらしく、積極的に動いてくれている。

 

「京都を中心に捜査なら、京都の妖怪さんたちも手伝ってくれてるんですよね!ならすぐに」

 

 アーシアが期待を込めて発言するとアザゼルが苦い表情をする。

 

「京妖怪は今回の件はほぼノータッチだそうだ」

 

「え?」

 

「八坂の姫の奪還に力を貸さなかった人間の捜査には協力できない。それが向こう側の言い分だ」

 

「な、なんですかそれ!?」

 

 罰として膝に置かれていた石をゴトンと落として一誠が立ち上がる。

 まさか、京都の妖怪がそんな返答をするとは思わなかったのだ。

 アザゼルも若干の苛立ちを混じらせて続ける。

 

「京都の妖怪たちからすれば、三大勢力との協力関係を解除したくないが、オーフィスとは敵対したくない。そんなとこだろ。なんせ、奴らはオーフィスが一樹を連れて行く時も、黙って知らん顔してたみたいだしな。一応今回の俺たちの働きに恩義を感じた八坂の姫が個人で動かせる妖怪は手を貸してもらっているが、それ以上は自分たちで勝手にやれってな」

 

 自身の苛立ちの抑え込むようにアザゼルは大きく息を吐く。

 自分たちの陣地で派手な戦闘行為。いくら結界の中とはいえ、京都の妖怪たちが気付かない筈はない。

 かといってそれを理由に向こうを糾弾して関係を悪化させるわけにもいかず、その条件で飲まざる得なかった。

 これは口にしないが、たかだか人間の協力者ひとりのために、ということもある。もっとも、リアスなど、何人かはそのことにある程度察しているが。

 

 その結論に一誠が噛みつくように声を上げる。

 

「なんですかそれ!?俺たちは必死になって九重の母ちゃんを助けたのに、向こうは日ノ宮が拐われるのを黙って見てた上にほとんど協力してくれないってことですか!?」

 

「認めたかないが、そういうことだな」

 

「そういうことだって……!」

 

 尚も自分の感情をぶつけようと一誠。しかしその前に白音が立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

「おい。どこ行くんだよ、白音」

 

「京都に……いっくんの捜索を」

 

 それだけ言って立ち去ろうとする白音にアザゼルが腕を掴む。

 

「待て待て!?京都にはセラフォルーの部下やうちの奴らが捜索してる!お前は情報が入り次第動けるようにこっちに残ってろって!捜索の結果はその内―――――」

 

「その内っていつですか?」

 

 アザゼルを光のない眼で見据える白音。

 

「その内、なんて日はいつですか?」

 

 瞳孔が開いた眼で小首を傾げる白音の質問に息を呑んでアザゼルは答えることができなかった。

 しかし黒歌が白音の肩を掴む。

 

「今白音が動いても事態は好転しないわよ。焦るのは分かるけど、少し頭を冷やしなさい」

 

「でも姉さま……!」

 

「それに、まだ又旅(彼女)の力も全然扱えてないでしょう?とにかく今は、それを少しでも馴染ませて研鑽しなさい。いざという時に、自分の手で一樹を取り戻せるように」

 

 黒歌の弁に姉妹は少しの間、睨み合うように視線を重ねるがそれを外したのは白音からだった。

 白音はフラフラと部屋の隅に移動し、体育座りで顔を伏せる。

 黒歌は困ったように肩を竦めた。

 

「とにかく、一樹の捜索に関しては任せろ。必ず見つけ出すさ。だから、アイツを発見したら」

 

「私たちの出番というわけね。あの子は眷属ではないけど大事な後輩で、仲間よ。必ず連れ戻すわ。いいわね、みんな!」

 

 リアスの確認にオカルト研究部の面々は気合の乗った返事を返した。

 そして藍華、松田、元浜に視線を向ける。

 

「貴方たちも、今日ここに集まってくれてありがとう。おかげで貴重な情報が入ったわ。そして怖い思いをさせてごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げるリアスに藍華たちは戸惑いながらもその謝罪を受け取った。というより他にどう反応すれば良いのか分からなかったのかもしれない。

 こうして、兵藤家での会議はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 会議が終わり、松田と元浜は一誠の部屋で駄弁っていた。

 

「しっかし、なに言っていいのか全然わかんなかったぜ」

 

「俺らほとんど口開いて無かったもんな」

 

 出されたジュースを飲んで松田と元浜は息を吐く。

 そして2人は一誠を見た。

 

「しっかし、悪魔かー。実感湧かねぇな」

 

「俺は人間から悪魔になった転生悪魔って奴だけどな!2年の初めに悪い奴に殺されて、部長に悪魔として生き返らせてもらったんだ!」

 

「そういや、2年になってやたらお前運動神経良かったもんな!」

 

「別に悪魔になったからってだけじゃないけどな。自分の倍以上ある荷物を背負って体力作りさせられたり。夏休みに山で本物のドラゴンに追いかけられたりしたからな!」

 

「なんだよそれ……」

 

 一誠の言葉を冗談か過大な自慢と受け取ったのか2人は苦笑する。

 命懸けの実戦もさることながら悪魔になりたての頃は訓練だけで死にそうになっていたモノだ。今ではもう慣れてしまったが。

 

「なぁなぁ!悪魔になってなんかおいしいことってあるのか?」

 

「あぁ!悪魔社会じゃ一夫多妻が認められてるからな!俺はそれで自分のハーレムを築くのが夢なんだ!」

 

「は?ふっざけんな、なんだそれ!?」

 

「テメェ、イッセー!オカ研のカワイ子ちゃんたちと仲良くなるだけじゃ飽き足らず、合法的にハーレムを作ろうってのか!許せん!」

 

 松田に羽交い絞めされ、元浜に腹を殴られる一誠。

 今の一誠ならそれを振りほどくことも防ぐのも容易いが敢えてそれをしない。悪魔と知っても変わらず気の合う友人とこういう馬鹿の話で盛り上がれる。そのことが無性に嬉しかった。

 

「あーあー!俺もグレモリー先輩に頼んで悪魔に転生させてもらおっかな!」

 

「ナイスアイデアだ松田!それで俺はロリっ子ハーレムを作る!例えばあのオーフィスちゃんとか……」

 

 そこまで言って場の空気が急に凍り付く。

 2人は思い出してしまった。自分たちを殺そうとした、無機質な殺意を。

 

 少しの沈黙の後に松田は一誠から体を放した。

 

「あのオーフィスって子に殺されそうになった時にさ。日ノ宮……あいつ、真っ先に俺たちを庇って盾になってくれたんだ。あいつがあぁしてくれなかったら、俺たち、きっと死んでた。助けたのは桐生だけだったのかもしれないけどさ……」

 

「なのに、俺たち……あいつが連れて行かれそうになった時も声1つ上げらんなくて。腰抜かして黙って見てたんだ」

 

 2人の懺悔するような言葉を一誠は黙って聞いていた。

 

「あいつ、俺たちの覗きとかいつも邪魔するし、あんま仲が良いって訳じゃないけどさ。せめて、礼ぐらいは言いたいんだ。だから、日ノ宮を、助けてやってくれよ、イッセー!!」

 

「……分かってる。別にアイツと特別仲が良いってわけじゃないけど。あんなんでも仲間だからな。絶対に助けるぜ!」

 

 一誠はそう言って自分の手の平に拳を打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠たちが部屋に集まっている時間、藍華もアーシアの部屋でゼノヴィア、イリナを交えて話をしていた。

 

「悪魔に天使かぁ。やっぱりちょっと実感わかないなぁ。この羽も本物、なんだよね」

 

「ううう……藍華さん、あんまり触らないでください。くすぐったいです……」

 

 アーシアが広げている羽を摘まむように指を走らせているとアーシアの口からくすぐったそうな声が漏れる。

 その声になにかいけないことをしている気分になりながら指を離した。

 

「それじゃ、オカルト研究部の面々ってみんな悪魔ってことなのね」

 

「私は天使だけどね。アザゼル先生が堕天使で、ロスヴァイセ先生がヴァルキリー。白音ちゃんが猫又。部員で人間なのって一樹くんだけよね」

 

「ん、そういえばそうだな。思えば1つの部室に多種多様な面子が集まったモノだ」

 

「そっか。白音も……というか、人間が一樹だけってのもすごいわね……」

 

 性格的にはアーシアより一樹の方が悪魔っぽいのになぁと思いながら藍華は天井に視線を移す。そこでアーシアが話題を振る。

 

「そういえば、お2人のお友達の、アムリタ、さん?ってどのような方だったんですか?」

 

「アムリタ?そうねぇ」

 

 思い出すように少し目を閉じる。

 藍華は懐かしそうに言葉を紡いだ。

 

「んー。大人しい子だったわね。ちょっとぼぉっとした感じの。マイペースって言うか。一樹とは仲が良くて。でも彼氏彼女って言うよりなんか兄妹みたいな感じで」

 

 藍華の話を3人は黙って聞いていた。

 

「だからかしらね。アムリタがちょっとイジメに遭った時にキレてその相手を大怪我負わせちゃって」

 

「イジメ、ですか……?」

 

「うん。理由は、ホントに些細なことでさ。肌の色とか。ちょっと日本語の発音がおかしいとか。本人は対して気にしてなかったけど。でもその現場を一樹が見て、問題になるくらい相手を叩きのめしちゃって」

 

 話を聞きながら、以前リアスから中学時代に日ノ宮一樹が起こした問題について聞いたことがあった。

 結局理由は分からずじまいで、本人と過ごしているうちにどうでも良くなってしまった過去。

 ただ、そういう理由ならどこか納得できた。

 

「夏休みに皆でお祭りに行ったとき、一樹から旅行先でアムリタと会ってケンカしたって聞いた時は驚いたわ。だ中学の頃は2人がケンカするとか想像できなかったし……」

 

 過去に思いを馳せていた藍華の身体が震えだした。

 

「あいつ、無事だよね……?あんなに、血がいっぱい出てたけど……ちゃんと、帰ってくるよね」

 

 首を抉られた一樹を見て、まだ生きている可能性に縋りつこうとする声だった。

 アーシアは強く頷く。

 

「はい。あの人は絶対に無事です。必ず連れ戻します」

 

 それはアーシアなりの根拠があっての頷きだった。

 一樹の自己治癒能力は驚くべきことにアーシアの神器を上回っている。

 だからきっと無事な筈なのだ。

 

「安心しろ、桐生。一樹は絶対に連れ戻す。アイツには言ってやりたいこともあるしな」

 

「彼は大事な仲間だもん。見捨てたりなんかしないわ」

 

 ゼノヴィアとイリナの言葉に藍華はうん、うん、と頷く。

 その伏せた顔の目から、涙が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルは猫上姉妹を家に送り届けた後に黒歌と話していた。

 白音は既に自室に戻っている。

 

「一樹は必ず連れ戻す。奪還の時にはオーフィスも絡んでくるだろうが、俺たちだってあいつが禍の団のトップに立っていると情報を掴んで対策を立ててなかったわけじゃねぇ。切り札の製作にはまだ時間がかかるが、他に手がないわけじゃない」

 

 アザゼルは手の平で硝子の小瓶を転がしながら捲し立てる。

 その中には一樹が抉ったオーフィスの眼球が入っていた。

 酒を煽りながら話すその姿はどこか自分を責めているように黒歌は感じた。

 

「奴らのことだ。どうせ碌な目的じゃねぇだろ。一樹を拉致ってどうするつもりかなんて知るか。あいつを禍の団に利用なんて――――」

 

「アザゼル」

 

 そこで黒歌がアザゼルの名を呼んだ。

 顔を上げて黒歌に視線を合わせる。

 

「貴方のせいじゃない」

 

 黒歌の言葉にアザゼルは顔を覆ってクソッ!と呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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79話:彼のいない日常

 駒王学園1年の教室に転入生がやってきた.

 

「きょ、今日から皆さんと一緒にこの学園で学ぶレイヴェル・フェニックスと申しますわ。その、よろしくお願いします!」

 

 礼儀正しく頭を下げるレイヴェルにクラスから歓声が湧く。

 特に男子の喜び具合は凄まじく、レイヴェルが委縮するほどだった。

 外国(ということになっている)からの転入生。それも可愛らしい金髪美少女だ。

 女子からも初々しいレイヴェルに興味があり、友好的な雰囲気で教室内が包まれている。

 この駒王学園自体外国人の生徒が受け入れられやすい土台なのもあるだろうが。

 

 休み時間になり、レイヴェルの様子を一誠とリアスが見に来た。

 2人が見た時はクラスの男子女子問わず、質問攻めにあってアタフタしているレイヴェルの姿だった。

 その姿を一誠は意外に思う。

 なんというか、レイヴェルなら余裕で受け流しそうな印象があったのだが。

 レイヴェルは一誠とリアスの姿を発見すると失礼しますわと断ってこちらに近づいて来た。

 

「久方ぶりですわ、リアスさま。イッセーさま」

 

「えぇ。久しぶりね、レイヴェル。この学校はどうかしら?」

 

「まだ来たばかりなので何とも。ですが皆さん、とても親切にしてくださいますわ」

 

 どうやら、先程の質問攻めが疎ましいわけではないらしい。ただ純粋にこういうのに慣れていないのだろう。

 レイヴェルは、一誠たちがライザーの立ち直らせることに協力した件をきっかけに人間界の学校であり、悪魔が経営している駒王学園への転入する準備を進めていたのだ。

 

「その、私、悪魔ですし、人間の方とお話ししたのも一樹さまが初めてで。ああいう風に囲まれるとどう話していいのか……」

 

 手をもじもじさせながら悩みを打ち明けるレイヴェル。そんな姿にリアスは微笑ましく思う。まだ、駒王学園に入学したての自分も似たような思いを抱いたから。

 

「まぁ、少しのきっかけがあればすぐに慣れるわ。なんなら、ギャスパーや白音に頼っても良いだろうし」

 

「そうですね、部長。あ、何なら今から白音ちゃんを呼んで―――――うわぁ……」

 

 教室内に視線を泳がせて白音の姿を発見すると一誠の口から思わずそんな声が漏れた。

 

 まるで白音の周りだけ蛍光灯の光が避けているようなどんよりとした場が映る。

 こちらに顔を向けているわけでもないのに関わらないでくださいと言わんばかりの雰囲気を醸し出し、窓際の席から空を眺めていた。

 

 そんな白音に怯えてか、ギャスパーが半泣き状態で近づいて来た。

 

「さ、最近の白音ちゃん、ずっとあんな調子なんですぅ!」

 

 ここ数日、あの空気に触れてクラス内が少しばかりピリピリしていたのでレイヴェルの転入は空気を換える話題としては打って付けだったのかもしれない。

 

「え、と……もしかして私の転入の所為でしょうか?」

 

 事情を知らないレイヴェルがそう訊くとリアスが首を横に振った。

 

「いいえ。そうではないから気にしないで。理由は、今日の放課後部室で話すわ。ギャスパーに案内してもらって」

 

「は、はぁ……」

 

 リアスの答えにレイヴェルは小さく首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の授業を終えて部室に向かおうとした際にその会話が耳に入った。

 それは教室の片隅で行われていた会話だった。

 

「日ノ宮くん。事故の後から全然話聞かないね。先生もどこの病院に入院してるのか教えてくれないし」

 

「どうでもいいよ、あんな奴。せっかくアタシが告白してあげたのに、断ったりするから罰が当たったのよきっと!ざまあないわねぇ」

 

 そう言って笑う、修学旅行で一樹に告白していた平川という女子だった。

 周りにいる女子たちは曖昧な笑みを浮かべている。

 その話を聞いていた祐斗は教科書やプリントをまとめていた鞄を閉じてその会話をしている女子に近づいた。

 

「ちょっといいかな?」

 

 笑顔のまま話しかけられて話していた数人の女子が会話を止める。

 

「事故に遭った人のことをそんな風に言うのは少し不謹慎じゃないかな?」

 

 笑顔で話かけられている筈なのに威圧感を伴うその姿に女子たちは委縮する。

 

「僕の友達の悪口ならもっと聞こえないところでしてくれないかい?不愉快だよ」

 

 それだけ告げて委縮する女子たちに溜息を吐いて離れた。

 そんな祐斗に匙が近づいて来た。

 

「お前、なんか苛立ってね?」

 

「少しね。それに友達をああいう風に言われるのは好きじゃないんだ」

 

「まあな」

 

 祐斗の物言いに匙は頷く。

 教室を出て壁を背にする。

 

「日ノ宮の奴、禍の団に連れ去られて、大丈夫なのかよ」

 

「無事だよ、きっと。彼なら……」

 

 それは確信ではなく、そうだったらいいという願望だった。

 今になって思う。

 どうしてあの時一緒に行動させなかったのかと。

 相手がオーフィスではアザゼルが言うように自分たちが加わったとこで大したことは出来なかっただろう。

 それでも、何か出来たのではないかという思いは消えない。

 ギュッと不安を握り潰すように拳を作る。

 

「どのみち今は捜索の結果を待つしかないね。悔しいけど」

 

 そう自分を納得させるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト研究部の学園祭での催し物は一樹が前に提案した化粧水と焼き菓子販売。しかしそれだけだと人数が余り過ぎるので占い部屋とオカルト研究の発表などと旧校舎全体が使えることで幾つかの出し物を行うこととなった。

 ただ、旧校舎全体を使うには人数が足りないということで、お化け屋敷は無しになった。去年のように本物を用意するわけにもいかないという理由もある。

 

 こうして、オカルト研究部を含めて駒王学園の学園祭への準備は着々と進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ミーティングを始めるぜ」

 

 その日、学園祭の準備を終えるとアザゼル主導の下に会議が開始された。

 

「ゲームの話の前に各勢力について話しておきたいことがある。ここ最近、英雄派に属してない神器保有者が次々と神器の力に目覚めていることが各地で確認されている。どうやら英雄派は以前から神器を保有する者たちにその使い方を吹聴していたらしい。おかげで、神器関連の事件も増えて三大勢力は後始末に奔走中だ」

 

 忌々し気に息を吐くアザゼル。

 それに一誠が首を傾げた。

 

「事件、ですか……」

 

「あぁ。虐待を受けていた子供が、神器に目覚めて親を殺害したり。洗脳系の神器に目覚めたいじめられっ子が自分を学校のクラスメイトを殺し合わせたり。人間と他種族のハーフが神器に目覚めて迫害を受けて故郷から追われたり。とある悪魔の眷属が禁手に目覚めて主に反逆したりな」

 

 話を聞いて全員の表情が暗い表情になる。

 アザゼルたちもそうした神器使いを保護して力の使い方を教えたり、力を封印したりしているが現状では全て事態の鎮静化とはいかない。

 

「今まで不遇な扱いを受けていた奴ほど、そうした目覚めた力に酔いやすい。何人かは英雄派と合流した奴もいるらしい」

 

「冥界でも今まで不遇な待遇だった神器使いの転生悪魔が徒党を組み始めているという話もあるわ。これが抗議の類で済めばいいけど、そうはいかないでしょうね」

 

 憂いを帯びた表情をするリアス。これから起こることを予想して。

 そんな中で祐斗が質問した。

 

「それで、先生。一樹くんの方は?」

 

「旧魔王派が関わっていることから冥界にある奴らの施設を調査中だ。現状、幾つか絞れてきたが、まだ情報が足りねぇ。もう少し……もう少し待ってくれ」

 

 アザゼルの返答を聞いて僅かに気落ちする面々。ミーティング前に事情を聞いたレイヴェルも、だ。

 特に白音はそこから先は興味を失ったかのようにミーティングには我関せずといった様子だ。

 

 

 その後、近々行われるレーティングゲームの対戦相手であるサイラオーグの戦力分析やその後のレーティングゲームでリアスたちのような若手悪魔がどのような立ち位置に立つかなど。

 リアスやサイラオーグなどの実力ある若手がレーティングゲームの上位に喰い入り、活躍することを望んでいることをアザゼルが言って話を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「白音ちゃん。ちょっと良いですか?」

 

 ミーティングが終わり、帰る頃に白音はアーシアから呼び止められる。正確にはその近くにイリナとゼノヴィアも居た。

 

「今日、白音ちゃんの家へお泊りに行っても良いですか?私たちと藍華さんも」

 

「それは、構いませんけど……」

 

 突然の提案に驚きながらもとりあえず頷く。

 黒歌は一樹の捜索に家を出ているので了承を取る必要もない。

 

「よかったぁ。じゃあ、藍華さんに連絡を取りますね」

 

 携帯を弄って連絡を入れる。

 

「さ、行きましょう、白音ちゃん」

 

 そう言ってアーシアは白音の手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門前で藍華と合流して帰りにスーパーに寄る。

 そういえば、家の冷蔵庫の中がもうほとんどないことを思い出して。

 

「すいません。荷物持って貰っちゃって」

 

「ううん。それに夕飯も一緒に食べるんだからこれくらいはね」

 

「うん。それに自慢じゃないが私は料理はさっぱりだからな!荷物持ちくらいしないと申し訳ない」

 

 胸を張って言うゼノヴィアに周りは苦笑しながら藍華が問う。

 

「なんかいっぱい買っちゃったけど、結局何作るの?」

 

「人数が多いですから鍋物。すき焼きにしようかなって。皆さんが修学旅行行っている間に大きなすき焼き鍋を新調したんですよ」

 

「あ、良いですね。美味しいですよね、すき焼き!」

 

 メニューを聞いて少し嬉しそうにするアーシア。

 こうして帰路に着き、家に帰ると手を洗ってから使わない食材を冷蔵庫に詰めておく。

 

 牛肉・しらたき・焼き豆腐・ネギ・白菜・牛蒡・椎茸を置いてすき焼きの準備に入った。

 

「手伝いますよ、白音ちゃん!」

 

「私も手伝うー」

 

「あのキッチンだとこれ以上の人数は邪魔になりそうだから私はお皿とか準備してるわ。ゼノヴィアっちはコンロを準備して」

 

「わかった。白音、コンロはどこだ」

 

「コンロは向こうの部屋の段ボールの中にあります。テーブルの上に置いてください。あ、ついでに椅子が足りませんから同じ部屋から持ってきてくれますか?」

 

「わかった」

 

 言いながら女の子たちは夕食の準備を進めていった。

 食材を刻んで、白米を炊き、人数が多いこともあってすぐに準備は整った。

 テーブルの上で鍋を囲み、食材を投下して熱が通るのを待つ。

 頃合い時になると醤油と砂糖の甘辛な匂いが充満した。

 

「わぁ、良い匂い!」

 

「うん!食欲がそそるな」

 

 炊いた白米をよそいながら順々にテーブルに置いていけば準備は整った。

 

『いただきまーすっ!』

 

 5人分に丁度いい大きさのすき焼き鍋の具材をアーシアが順々によそってくれた。

 

「しかし、鍋とは良いモノだな。以前、イッセーたちが言ってた闇鍋パーティーというものもその内にやってみたい」

 

「闇鍋、ですか。それはどのような鍋なのですか?」

 

 アーシアは闇鍋を知らないらしく、ゼノヴィアは聞いたことをそのまま伝える。

 ちなみに外国暮らしの長かったイリナも闇鍋を知らないようだ。

 

「あぁ。なんでも、照明を消して真っ暗になった部屋で皆が持ち合った食材を入れて食べる鍋らしい」

 

「それ、絶対に高確率で失敗するでしょ……」

 

 ゼノヴィアの説明を聞いてイリナが的を得た答えを返す。

 それに藍華が懐かしそうに言った。

 

「闇鍋かぁ。そういえば昔、黒歌さんやアムリタ。白音と一樹で集まってやったわねぇ」

 

「……アレは地獄でした」

 

 対して白音は何か嫌なことを思い出したかのように顔を顰める。

 以前冗談で行った闇鍋パーティー。その具材は最悪の一言だった。

 白音とアムリタは鍋として定番の食材をチョイスしたのだが、当時、辛いモノにハマっていた一樹は激辛キムチを。藍華が冗談でリンゴやミカンなどの果物。黒歌が何を血迷ったのかチョコレートやホイップクリームを投下したことで匂いだけでもなにかヤバ目な鍋が出来上がったのだ。

 

「結局、半分くらい減ったところでみんなギブしたんだけど、一樹だけ意地になって完食したんだったわね」

 

「翌日、いっくんの具合が悪くなって学校を休みましたけどね。食べてる時も顔が真っ青でしたし」

 

「しかし、そのアムリタというのは女だろう。イッセー辺りが羨ましそうな感じだな」

 

「イッセーさんはそうですよね」

 

「でも一樹くんはどんな感じだったの?」

 

「どんな感じって普通って言うか。今こうしてるのと似たようなもんよ、アイツは」

 

 そんな感じで談笑する。そこで白音がふと気づく。

 こうして、人と話しながら食事するのは何日ぶりだろうかと。

 

 思えば、黒歌が出てから独りだったため、あり合わせのもので済ませていたことを思い出した。

 もしかしたら、アーシアたちは気を使ってくれたのかもしれない。

 

 鍋を食べ終えて、アーシアと白音が食器を洗い終えて一息入れるとイリナが白音に質問した。

 

「前々から聞きたかったんだけど、白音ちゃんって一樹くんのことどう思ってるの?」

 

 目を輝かせて訊かれた質問に白音は僅かに腰を引かせて答えた。

 

「……家族ですよ」

 

「それはつまり、もう夫婦同然ということか」

 

 ゼノヴィアの解釈に白音は目を丸くした。

 わざとらしく咳を入れて反論する。

 

「どうしてそうなるんですか?私にとっていっくんはきょうだ……」

 

 何故か、そこから先が言葉に出来なかった。自分の中でその先を口にしてしまうことが決定的な過ちであるかのように。

 結局その先を口にすることができずに顔を逸らす。

 その姿に藍華は笑みを浮かべて。しかし真面目な口調で訊く。

 

「白音はさ。前から思ってたけど一樹に対してどこか遠慮っていうか、一歩引いたとこあるけど。どうして?」

 

「どうして……て……それは……」

 

 胸を締めつけるように手で押さえ、表情を歪める。

 忘れるな。忘れるな。

 自分が、自分たちが、彼に何をしたのかを。

 

「たとえ、そうだったとしても。そんなことが許されるわけがないんです」

 

「白音……?」

 

 ゆるさないで。許さないで。どうか私を赦さないで。

 

「だって私の所為なのに。いっくんがあぁなったのは、1番力にならなきゃいけなかった時に何にもしなかった癖に、そんなこと言えるわけ―――――」

 

 苦しそうに表情を歪めてそう吐き出す白音。そんな白音をアーシアは後ろから抱きしめる。

 

「でも、白音ちゃんには一樹さんが必要なんでしょう?」

 

「え?」

 

「白音ちゃんと一樹さんの間に何があったか私は知りません。でも、白音ちゃんには一樹さんが必要だってことは分かります。その心が理性(じぶん)がどうしようもないくらい求めてるなら。それが好きって感情なんだと思います。白音ちゃんは、どうですか?」

 

「それ、は……」

 

 ずっと解ってた。その感情の名を。

 私を赦さないでほしい。でも、赦してほしい。

 真実を伝えずに家族のフリをする私たちを。

 その瞳から大粒の涙が頬を伝って落ちる。心の中がカチリと噛み合う。

 

「すきです……好きなんです……いっくんが、こんなにも……」

 

 貴方が触れてくれたその指と手が好きだった。

 私が作った料理を美味しいと食べてくれることが嬉しかった。

 貴方が私を抱き上げてくれたあの日、目に映った晴天が初めて心から綺麗だと思えた。

 貴方はまるで太陽のよう。

 

「でも、いないんです。感じられないんです……!ずっと仙術であの人の存在は感じられたのに……っ!どうしてっ!!」

 

 堪えていた感情が堰を切って幼子のように泣きじゃくる。

 会いたい。触れたい。話したいと。

 

「助けましょう。一樹さんを。みんなで、絶対に」

 

 アーシアの言葉に白音は何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は過ぎる。ある方面では有意義に。別方面では無意味に。

 それでも無慈悲に時間は平等に流れていく。

 

 

 

 

 

 

 移動教室により教室から出た時、白音はそれを感じた。

 

「どうしましたの、猫上さん?」

 

 突然立ち止まった白音にレイヴェルが訝しむと白音は移動場所とは反対方向に歩く。

 

「ちょっと!?」

 

「具合が悪いから早退する」

 

「えぇっ!?」

 

 ギャスパーの驚く声を無視して白音は屋上へと駆け出した。

 この感じは間違いなく。

 

 屋上に出ると、そこには見知った少女がいた。

 

 褐色の肌に長い黒髪を後ろに無造作に纏められた少女。

 白い司祭服のように見える服は以前見た時とは見違えるほどにボロボロに破けていて。それを着た人物は―――――。

 

「アムリタ、先輩……」

 

 白音がその人物の名前を呼ぶと、相手は何を考えているのか読めない表情で白音を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしました、オーフィスさま?」

 

 現れたギニア・ノウマンに顔を向けないまま、オーフィスは目の前に拘束されている一樹を見る。

 一樹に抉られた筈の眼球は無限という特性故か、既に新しい眼球に再生されていた。

 全身を拘束されているその一樹は呼吸を荒くし、瞳の焦点も定まっていない。意識が朦朧としているのだろう。

 吐いたのか、室内には吐瀉物のツン、とした不快な臭いがする。

 

「我、太陽に蛇を飲ませた。なのに我の蛇、太陽の中で消えて無くなった。何故?」

 

 それは質問だったのか、自問だったのか。

 しかしギニア・ノウマンはそれを問い直すことをせずにふむ、と顎を指で触れて自分の推論を述べる。

 

「おそらくは、彼の中に鎧がオーフィスさまの蛇を異物と判断して滅してしまうのではないかと」

 

「?我、太陽を強くしようとしただけ。なのに何故滅する?」

 

「あくまでも推論ですが、彼が我々を敵視しているのが原因かもしれません。敵から与えられたものを拒絶するのは道理でしょう。それに鎧が反応して、あなた様の蛇を滅してしまうと考えられます」

 

「……」

 

 どこか納得いかないのか僅かに表情を動かすオーフィス。そこで初めてギニア・ノウマンに視線を合わせた。

 その個人という存在に執着するオーフィスを珍しく思いながら。

 

「なら、どうすればいい?」

 

「そうですね。彼が我々を敵視しているのは彼が我らの敵である三大勢力に身を置いているからです。ならば、その理を覆せばいい!」

 

「どうやって?」

 

「そうですねぇ。彼にとって親しい存在。心の拠り所。帰るべき場所。それら全ての記憶が我らにとって都合が悪いのなら―――――」

 

 ギニア・ノウマンは意識が定まっていない一樹を見て口元を吊り上げた。

 

「彼には、その者たちのことを全て忘れてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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80話:守りし者

どの作品を書いても筆が進まない。暑さのせいか若干スランプ気味です。


「ほら、食えよ」

 

 椅子に拘束されて自分で食事が摂れない一樹に世話役の男がスプーン差し出す。

 それを一樹はプイッと顔を背けた。

 

「ハハハ、テメェ。昨日に続いてまだ意地張んのか!食わねぇと体持たねぇだろ」

 

 顔を逸らす一樹を無理矢理こっちに向かせる。

 

「誰がお前らからメシなんぞ貰うか。なにが入ってるか分かんねぇしな!大体な、こちとら知らない人から物を貰っちゃいけませんってちゃんと教わってんだよ!それにな、ガキの頃は半年くらいパンの耳と水道水で食いつないでた時期があったから問題ねぇよ」

 

「どんな家庭環境だったんだよ!?」

 

 ケッと不貞腐れた子供の様な態度の一樹に男は溜息を吐く。

 

「お前、あんまり反抗的な態度取んなよ。命握られてる自覚ねぇのか?そこまでバカなのか?」

 

「体の自由が奪われてるのに態度まで卑屈になってたまるか。心くらいは自由でいたいんだよ!」

 

「そういうのは嫌いじゃないが、自分の首を絞めるだけだと思うぜ。つかお前、昨日オーフィスに口に入れたモン吐き出して当てたろ。あんなことばっかやってっと、本当にバラされるぞ」

 

 昨日、何を思ったのかオーフィスが一樹に今のように食事を与えに来た。その際に口に入れようとしない一樹に肉を刺したフォークを無理矢理突っ込まれて2,3回噛んだ後にオーフィスの頬を目がけてペッ、と吐き出した。

 向こうはどうやら何故自分が敵視されているのか気付いていない様子だったが。

 

「誰の所為でこんなところに居ると思ってんだあの電波!何が『太陽、もう我の物。我の言うこと聞くの、当然。なぜ、逆らう?』だ。ふざけんなってんだ……!」

 

 心底嫌悪感を滲ませて話す一樹に男は肩を竦めた。

 

「だからってこんなとこで独り粋がっても仕方ねぇだろに。そんなに死にたいのか?自殺志願者?」

 

「その前に出て行ってやるから安心しろ!」

 

「その自信がどこから来るのやら」

 

 肩を竦める男は一樹を拘束している椅子に触れる。

 

「お前、この椅子の所為で力使えねぇんだろ?そんな状態でどうすんだよ?」

 

「使えねぇわけじゃない。少し、痛みが走って邪魔されるだけだ」

 

「同じことだろうに」

 

 一樹が座っている椅子は一樹が闘気を使用したり、暴れたりすると神経を通して一樹に痛みを認識させる。あと、向こうが故意に装置を起動させることができる。

 これの所為で一樹は現状、ここから出れないでいる。

 

「しかし、アンタも俺の世話役なんてやらされて、暇なのか?」

 

「おいおいこれでも俺は代々ベルゼブブ様に仕える家系だぞ。ま、位は下の中ってとこだがな」

 

 煙草を吹かす男に一樹はふうんと興味無さそうに相槌を打つ。

 

「そういや坊主、お前の名前は。これからお前の世話役として来るんだ。名前くらい教えろよ」

 

「日ノ宮一樹……一樹が名前で、日ノ宮が苗字だ」

 

「バラド・バルルだ。精々長生きしろよ、坊主!」

 

 頭をわしゃわしゃと力強く撫でた後にトレイを持って立ち去るバラド。

 一樹はそれを見送った後に手の平に意識を集中させる。

 

(アグ)……があっ!?」

 

 ここに来てから何度も試したことを繰り返す。

 闘気を使って炎を出そうとすると体に鈍い痛みが全身に駆け巡る。

 

 少しでも力を使おうとすると与えられる痛みに身動ぎする。

 それが数分間続いて一樹は汗をびっしょりと掻きながらクソ、と呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バラド・バルルはつい最近、世話するようになった人間の子供について考えていた。

 オーフィスを真なる魔王派に留める為のゴマすりとしてベルゼブブ領にある研究所に置いている少年。

 性格は反抗的でこちらに擦り寄る様子は全く見せず、噛みつかんばかり態度をこの敵地で維持できるのは大した胆力と褒めるべきか自分の立場を理解できない阿呆と呆れるかは判断しにくいところだが、バラドはあの少年を気に入っていた。

 

「顔立ちは全然違うが、生意気なところだけは重なりやがる」

 

 かつて居た家族と似た雰囲気。それに触れることで衰退し、明日も見えぬ陣営の中で捻くれていった心に僅かばかりの楽しみが生まれる。

 出来ることなら退屈なこの場所で少しでも良き隣人として付き合いたいものだ。

 そんなことを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(京都で狐の奪還を渋ったら自分が拉致られるとか情けなさすぎて笑えもしねぇ)

 

 自分の現状に苛立ちながら一樹は息を吐いた。

 相手が最強のドラゴンだった、など言い訳にしかならない。

 それに気がかりなのは他にもある。

 

(アムリタの奴はどうなった?あのオーフィスという奴を攻撃して、無事なんだろうな?それに京都は?グレートレッドの召喚は阻止できたと思いたいが。それにセラフォルーさんも居たっけ?情報が足りねぇ)

 

 一度考え始めると色々なことが頭に過る。

 

(こんなことになっちまって、姉さんと白音、心配してっかな。つーかここのメシも口に合わねぇし)

 

 そうして考え続けて出た言葉が。

 

「白音の作ったメシ食いてぇ……」

 

「いきなり何言ってんだ、お前……」

 

 一樹の言葉に呆れてバラドは一樹のために用意された食事を食っている。

 

「白音って誰よ?彼女?」

 

「世話になってる人の妹だよ。家族だ家族!」

 

「へーほー」

 

「その面むかつくなぁ。ぶん殴りてぇ」

 

 ニヤニヤとしたバラドの表情に一樹は青筋を浮かべている。

 

「そういや、昨日オーフィスがここに来ただろ。その後にお前の呻き声が聞こえたんだけど、どうかしたのか?」

 

「別に。ただ、『我の言うこと聞く、太陽』とか言われたんで、『目障りだから消え失せろ、この無脳ドラゴン』って言っただけ。無能じゃなくて無脳な。考える頭なんて無さそうだから。そしたら、後ろに居た科学者っぽい男にこの椅子を起動させられた!」

 

 昨日のことを思い出して不機嫌そうにしているとバラドは何度目になるか分からない呆れの溜息を吐く。

 あのギニア・ノウマンという男。一樹の両親を殺したと言っていたが、それを真面目に受け取る気はなかった。

 気にならない訳ではないが、今は早くここから出ることが重要だった。

 

「……あの、ノウマンって男には気をつけろよ。ここに居る奴らはどいつも大概だが、アレは抜きん出てヤバい。下手に反抗ばかりしていると本当に何をされるかわからん」

 

 声のトーンを落として真面目な表情で言うバラドに一樹は舌打ちする。

 

「そういや、アンタはなんでここに居るんだ?前にベルゼブブに仕える家系とか言ってたが、それだけで?」

 

「ん?お前から質問なんて珍しいな。ま、理由としちゃそれもあるが、今の魔王が嫌いなんだよ、俺」

 

 バラドの発言に一樹は目を見開く。

 どこか格式やら家柄に拘りがなさそうなこの男は、どちらかといえば今の魔王側の方が合いそうな気がするが。

 それを察したのかバラドは苦笑し、煙草を取り出して話始めた。

 

「どこにでも転がってる話さ。内乱の時に自分の領地が襲撃されて家族を失う。そして俺の家族を殺したのが現魔王のひとりだった。それだけだ」

 

 煙草の匂いが鼻についた。

 

「別に今の魔王政権が間違ってるなんて思っちゃいない。実際、向こう側はどんどん暮らしやすくなってるらしいしな。それに、俺だって無抵抗な悪魔を内乱で殺した。非武装の民間人を盾に立てこもったこともある。それでも、俺の家族は今の魔王に殺された。俺がここに居る理由はそれだけだ」

 

 煙草の火を消してバラドはまた来ると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「術式水槽を貸してほしい?」

 

 シャルバの復唱にオーフィスは首を小さく縦に動かす。

 彼女の素性を知らない者が見れば愛らしい仕草に映るだろう。

 

「あの人間に何かするつもりか?なぜ人間の子供一人に拘る?」

 

「グレートレッド、封印する。その為に、太陽が必要」

 

 オーフィスの説明はいまいち要領を得ない。

 高々人間の子供にあのグレートレッドをどうにかできるとはシャルバは思えない。しかし、変にオーフィスの機嫌を損ねる必要も感じないのであっさりと許可を出す。

 それに、ここ最近、英雄派の方に偏っていた蛇の製造も増量させたい。

 

「水槽は好きに使え。あの人間も君が連れてきた玩具だ。どう扱おうと私は関与しない。その代り、蛇の製作も頼む」

 

「感謝……」

 

 それだけ呟いてオーフィスは部屋を出て行く。

 何を考えているのかわからない存在だが利用できることは間違いない。故にシャルバ・ベルゼブブはオーフィスのやることは出来る限り尊重していた。

 それに今はあの連れてきた人間にご執心の様で、それだけでここに留まってくれるのなら願ったり叶ったりだ。

 

 そこでシャルバはこの件を頭の中に押し込め、後日行われる取引に頭を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の扉が開かれるとそこにはオーフィスとノウマンが現れた。

 

「やぁやぁ!ご機嫌は如何ですかな!」

 

「……良いように見えんのかよ?」

 

 2人に視線を合わせずに悪態を吐く一樹。それに気を悪くした様子もなくノウマンは口を動かす。

 

「貴方にはこれから私たちの研究の手伝いをしてもらいます」

 

「……」

 

 相手の発言に反応せずに拘束されたままの一樹はただ睨みつけた。

 しかし次にノウマンが懐から出した見た目は人間界の物とは若干異なるが注射器と思しき物に目が大きく見開かれる。

 注射器の中身が何かを問う前にノウマンは一樹の首筋にそれを打ち込む。

 

「テメ……な、にを……」

 

「ただの筋肉弛緩剤ですよ。貴方に暴れられてもオーフィスさまなら対処できますが、万が一がありますからね。申し訳ありませんが、彼を例の部屋に。薬も、そう長時間彼に効くとは思えませんのでお早めに」

 

「ん」

 

 薬が効いてきて体が自由に動かせなくなった一樹の拘束を解くと、オーフィスが首を掴んで無造作に引きずって運ぶ。

 

「安心してください。何も恐れることはありません。次に目が覚めた時、貴方は今より良い待遇になっていますよ」

 

 胡散臭い。見るものを不安に駆りたてる笑みを浮かべるノウマンに、一樹は意識を失うこともなくオーフィスに運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を引きずられて連れて来られたのは見たこともない部屋だった。もっとも監禁されていた部屋以外知らないので当然だが。

 5名ほどのスタッフに部屋に描かれた幾つもの魔法陣。それに機械の設備。

 そして中心に置かれているオレンジ色の液体で満たされた人が2、3人は入れそうな水槽。

 

「これから何をされるのか不安でしょうから手短に説明します。あの水槽は貴方の意識を生まれ変わらせる為の物です。色々と用途はあるのですが、今回は貴方の頭を弄るのに使用します。つまりですね。今回の実験が終われば貴方はこれまでの記憶を全て失い、真っ白な存在となってもらいます」

 

 そこでノウマンが一樹の髪を掴んで醜悪な笑みを向ける。

 

「理解できますか?これから貴方は全てを忘れるんです。仲間や友人。大切な記憶もそうでない記憶も。その後は私たちに都合のいい人形として教育して差し上げます」

 

「……っ!?」

 

 身動ぎして逃げようとするが薬の所為で体に力が入らず、気を体内で張り巡らそうとしても痛みが走った。

 

「あまり抵抗をしないでください。苦しむ時間は、短いほうが良いでしょう?」

 

「て、め……はな、せ……」

 

 抵抗しようとする一樹にノウマンは肩を竦めてオーフィスに指示を出す。

 

「オーフィスさま、彼を水槽の中に」

 

「わかった」

 

「はなせ、ってん、だ……ろ……」

 

「太陽、大人しくする。すぐに我の言うことを聞くようになる」

 

「や、め……っ!」

 

 オーフィスは水槽の中へ一樹を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バラドは施設内の一角で不機嫌そうに煙草を吸っていた。

 考えているのは数日前に連れて来られた人間の子供のこと。

 

 今頃はノウマンに何かされている最中だろう。

 それがどういう結果になるかは末端でしかないバラドの知るところではないが、一樹にとって碌なことにならないことは想像できる。

 

「だから、なんだってんだ……」

 

 僅か数日。少し話をしただけの人間だ。

 暇潰しにはなったし、あの狂人に何かされることに同情の念が無いと言えば嘘になるが、苛立つ理由にはならない筈だ。

 知っていることは僅かで。

 家族や仲間の話をするときは少しだけ表情が柔らかくなる。

 

『見てろよ親父!すぐに強くなってそのツラに一発ぶち込んでやるからな!』

 

『はいはい。いつになるかね~、それ』

 

 かつて居た息子の姿が頭に過り、バラドは舌打ちする。

 

「本当に、重なり過ぎるんだよ、あのクソガキ」

 

 吸い終わった煙草を床に捨て、忌々し気に踏み潰してその火を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浸食される。

 頭の中が白に塗り変えられていく。

 それに抵抗できずにいる。

 

 消去。消去。消去。

 

 ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!

 

 それを防ごうと水槽の中で僅かに体を動かすが、何の意味も為さない。

 記憶が、真っ白になっていく。

 

 その作業が進むたびに身体の力が抜けて瞳も色を失っていく。

 だがそれでも意識の奥で抵抗は続く。

 記憶を侵食してくる白がこれ以上広がらないようにその心がまだ白に染まっていない領土(きおく)に壁を作る。それが、僅かな時間稼ぎだったとしても。

 

 記憶は飲み込まれる。津波のように。雪崩のように。日ノ宮一樹という人間の人格を形成していた経験(きおく)を潰していく。

 

 意識の奥で絶叫する。

 その唇が、小さく動く。

 ―――――タスケテ、と。

 

 瞬間、世界(きおく)の侵食が止まった。

 

 

「あ……」

 

 一樹は、目を見開くとひとりの男を幻視した。

 白い髪に白い肌。

 手には人が扱うとは思えない巨大な槍が握られている。

 そして何よりも視線を奪うのは見慣れた黄金の鎧。

 男は手にしていた槍を振るうと襲いかかる白を打ち消していく。

 

「ま―――――こ―――――――あ――――――お――――――」

 

 こちらに身体を向けて何かを言っているがよく聞き取れない。

 彼が、誰なのかもわからない。

 ただ理解できたのは目の前の男が自分の記憶を守ってくれているという事実だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

「なに?」

 

「記憶の削除が止まりました。なにかがこちらの術を弾いています」

 

 ノウマンの説明にオーフィスが首を傾げる。

 

「記憶の奥に彼を守護する何かがあるようです。ですがこれ以上の記憶操作は難しいですね」

 

 説明にはどこか興味深そうな響きがあるが、オーフィスがそれを察することは無く質問する。

 

「いまなら、太陽は我に従う?」

 

「難しいでしょうね。記憶の根が残っている限り、そこから他の記憶も再構築されていくでしょう。いやはや存外に手こずらせてくれます」

 

「これ以上、太陽の記憶消せない?」

 

「時間はかかるでしょうが、やってみせますよ。人間ひとりの記憶も消せないのでは、私の沽券に関わりますので。ですがこれ以上は危険ですので今日はここまでですね」

 

「?よく分からない。でもできるなら任せる」

 

「お任せを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶の消去に失敗した一樹は元の部屋で監禁されていた。

 身体の拘束は解かれておらず、ぐったりとしている。

 そんな彼の頬を軽く誰かが叩く。

 

「おい、生きてるか?」

 

 僅かに視線を動かすとそこにはバラドが立っていた。

 

「お……さん……?」

 

「ハッ!どうやら、まだ無事みてぇだな」

 

 確認するとバラドは一樹の拘束具を短剣で切り、解放する。

 

「あんた……なに、を……?」

 

 一樹の力無い質問にバラドはわしゃわしゃと自分の頭を掻く。

 そして一樹を担ぎ上げると事も何気に言い放った。

 

「帰してやるよ。お前を。お前が帰りたい場所に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、今回そちらに渡すフェニックスの涙です」

 

「あぁ」

 

 箱に丁重に並べられた小瓶を見せられてシャルバは満足気にそれを受け取る。

 

「確認した。対価はいつも通りそちらに振り込もう」

 

「ありがとうございます」

 

 シャルバの言葉にフェニックスの涙を渡した男は恭しく頭を下げる。

 

「しかし、まさか偽りの魔王。その妹の婚約者だった君が我々を相手に取引をするとはな。先の件で今の魔王に愛想が尽きたと見える」

 

 シャルバの雑談に相手の男は笑みを浮かべた。

 

「えぇ。あの破談のせいで私は冥界中の笑い者です。それに何の意識も覚えない彼女やその親族とは付き合い切れませんよ。それは我が家も同様です。ならばこそ、真なる魔王である貴方がたを支持するのは当然でしょう」

 

「そうか。我々が魔王の地位を取り戻した際にはフェニックス家とは良い間柄を保ちたいものだよ。君もそう思うだろう、ライザー・フェニックス」

 

 シャルバの言葉にライザーは能面のような笑みを張りつかせていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回はオカ研回。

この作品のオーフィスがどう思われてるのかちょっと気になる作者です。


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81話:示された細道

「アムリタ、先輩……」

 

 白音が呼ぶとアムリタは小さく笑みを作る。

 

「冥界以来デスネ、シロネ」

 

 その微笑みはかつてのモノと変わらない。冥界で見た無機質な表情ではなかった。

 だが立場上、アムリタが敵であることは変わりない。戸惑いながらも警戒を解かずに相手の出方を待つ。

 そんな白音にアムリタは懐から薄い手帳を取り出し、白音の足元に投げた。

 

「ソレには、私が調べタイツキが囚われてイル場所を記してアリマス」

 

「!?」

 

 白音は拾い上げた手帳を強く握りしめて凝視した。

 

「彼はイマ、冥界の旧ベルゼブブ領に在ル研究施設に囚われてイマス。助けるのナラ、早く動イタ方がイイ。アレは、無垢でアルが故に加減を知らナイ」

 

 それで話が終わったとばかりに白音に背を向けるアムリタ。

 

「待ってください!!」

 

 そんな彼女を引き留めるように白音は声を上げた。

 アムリタは顔だけ振り返る。

 

「アムリタ先輩……貴女は、何が目的なんですか?どうして、敵に回ったり、助けようとしたり……!!」

 

 何を訊きたいのか上手くまとまらない。それでも訊かずにはいられなかった。

 中学時代によく一緒に行動していた2人。

 良く知らない周りは2人が付き合ってるなどと憶測を並べていた。

 だが少なくとも周りがそう見えるくらい仲が良く、また一樹も1番に思い浮かぶ友達でアムリタを上げていた。

 それが急に敵となって襲い掛かり、今度は助けるような行動を取っている。

 白音には彼女が何を考えて動いているのかまるで理解できなかった。

 

「……」

 

 アムリタは結局、白音の問いに答えることはなかった。

 ただ、申し訳なさそうな笑みをして、その場から転移で立ち去るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、いつかの夕暮れ。

 

 日ノ宮一樹が猫上姉妹との生活に慣れ始めた頃。

 白音は汗まみれになって訓練に明け暮れていた。

 姉の力になりたい。

 新しく家族になった少年を守りたい。

 過去の弱い自分と決別するために。

 肉体と闘気。妖力と知識。

 足りない物は多く、一歩一歩埋めていかなければならない。

 マンションの屋上で人除け結界を張り、体術の鍛錬を行っていた。

 

「ハッ!フッ!」

 

 身体に覚え込ませるように同じ動作を何度も繰り返す。

 この町で暮らすようになって数年。

 ようやく白音の鍛錬は実を結んできた。

 下級悪魔なら撃退出来るようになり、少しずつ姉の仕事も手伝えるようになった。

 強くなって、強くなって。もうあんな思いは―――――。

 そんなことを考えていると屋上に上がってくる足音が聞こえた。

 

「あ、ホントに居た……」

 

「いっくん……」

 

 どうやってここに?と訊こうとしたがしたがその前に勝手に話始める。

 

「姉さんが屋上に白音が居るからって呼んで来いって。お腹空いたってさ」

 

 どうやら人除けの結界を解除したのは姉らしい。

 見てみるともう結構な時間になっている。

 

「ほら、行こう」

 

 そうして手を引いてくる一樹。

 

「……いま、汗まみれなんだけど」

 

「別に気にしねぇよ」

 

 私が気にする、と小声で言うが、手を振り払うことはしなかった。

 むしろ少しだけ強くその手を握り返す。

 

「白音は、中学に上がったら、何か部活とかやるのか?頑張ってるみたいだし」

 

「別に……」

 

「そっか」

 

 白音の返答に時に気分を害した様子もなく、白音はでも、と続けた。

 

「やりたいこと。成りたいものは、ある」

 

「そっか」

 

 一樹の受け答えは変わらないが、その声は僅かな喜の感情が込められていた。

 その手が離れぬようにと、白音は一樹の手を強く握った。

 

 

 

 

 私に翼をくれるなら、私はあなたのために飛ぼう。

 

 たとえばこの大地のすべてが、水に沈んでしまうとしても。

 

 私に剣をくれるなら、私はあなたのために立ち向かおう。

 

 たとえばこの空のすべてが、あなたを光で射貫くとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アムリタから渡された手帳を読んで難しい顔をしている。

 

「なるほどな」

 

 手帳を閉じてテーブルに置く。

 アザゼルは煙草に火をつけて大きく紫煙を吐き出した。

 

「結論から言ってこの手帳に書かれている内容は全くの(ホラ)ってわけじゃなさそうだ。書かれている場所は旧ベルゼバブ領にある研究施設だ。うちも調査当たっていた幾つかの候補にはこの場所も挙がっていた」

 

「な、ならその場所に日ノ宮の奴が――――!?」

 

「少なくとも可能性はある。だがこの情報は()から与えられたって点だ。簡単に信じるわけにはいかないだろ」

 

 言われて一誠は口をつぐむ。

 リアスは考える仕草をして白音に質問をする。

 

「白音、貴女の意見は?アムリタ・ズィンタという子について知っているのは貴女と桐生さんだけだわ。貴女から見て、彼女が渡してきた情報。それは信用できると思う?」

 

 リアスとしては、敵の罠である可能性が高いと見ている。しかし相手のことを一切知らずに判断出来ることでもない為、白音の意見を聞きたかった。アムリタという少女を知りながら出来る限り客観的な意見を、だが。

 そして白音もここで感情的な意見を抑えて言葉を選ぶ。

 

「冥界で会った時、アムリタ先輩は個人的にいっくんに執着しているように見えました。おそらく無限の龍神の思惑とは関係なく。いっくんがオーフィスに利用されて殺されるようなことは、彼女としても避けたい事態だと思います。そうでないと、修学旅行で先輩がオーフィスを攻撃したという話に理屈が通りません」

 

「そう……」

 

 白音の話を聞き終え、リアスは冥界の地図を見ながら難しい顔をしていた。

 気になったアーシアがおずおずと手を挙げる。

 

「あの、何か問題が……?」

 

「えぇ。旧魔王派の領土。そこに侵入するのはかなり難しいわね」

 

 現魔王政権に敗北した旧魔王派の者たちは冥界の僻地へと追いやられた。

 一時期、セラフォルーの側近を務めていたカテレアの家であるレヴィアタンは彼女の禍の団に加担した事実が発覚したため、領土を大きく削られている。

 

 互いに不用意な干渉を避けるために、領土内部への移動には制限がかけられている。

 外側からの転移で侵入しようとしても弾かれ、物理的に突破しようとすれば、それこそ蜂の巣になる覚悟が必要となるだろう。

 

「今の敵の戦力が分からないのも痛いわ。最悪、ディオドラが使っていた蛇。アレが量産されていて、大量に襲い掛かってきたら、一樹の奪還どころではなくなるでしょうね」

 

 リアスの言葉に全員が息を呑む。

 傷を負えば負うほどに力が増し、巨大化される蛇。

 あんな物が大量にバラまかれて使われるなど冗談じゃない。

 今の一誠なら僧侶の砲撃で吹き飛ばせるだろうが、それでも、だ。

 

「せめて、領土内に侵入(はい)れる算段がなければ厳しいわ。でも、グレモリー家やシトリー家の領土では遠すぎるし。ただ馬鹿正直に近くに転移しても相手に察せられてしまうでしょうね」

 

「冥界にある堕天使側の土地からもそうだな。どう移動手段を確保しても1週間から10日はかかる。そこからさらに向こうに気付かれずこの施設に移動するとなるとさらに2日ってとこか」

 

 凡そ10日前後。地図をなぞりながら言うアザゼルにそんなに時間がかかるのかと全員から沈黙が下りる。

 

「とりあえず、この情報を今日、サーゼクスたちを交えて意見交換をするつもりだ。オーフィスの奴がグレートレッドにちょっかいかけるつもりなら三大勢力も無視するわけにはいかねぇからな」

 

 手帳、預かるぞ。とアザゼルが懐にしまう。

 

 この日の話し合いはそこでお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにをしているのデスカ?」

 

 アムリタが英雄派の拠点に戻るとそこには忙しなく動き回る仲間たちが居た。

 今日アムリタは曹操に暇を貰いに来ていた。

 理由はどうあれ、オーフィスに攻撃行動を示した自分は禍の団での立場は悪くなるだろう。

 それに旧魔王派にいる一樹のことを調べて白音に情報を渡している。同じ派閥でないとはいえ、どう考えても背信行為だ。

 何らかの叱責が及ぶ前に禍の団を離れた方がいいと思っての判断だ。

 居心地は、良かったのだが。

 棒立ちになっているアムリタにジャンヌが荷物を運びながら答える。

 

「お引越しよー!曹操が今から禍の団を抜けるんですって!」

 

「ハ?」

 

「ほら、自分の荷物纏めちゃって!」

 

 と、背中を押して作業を促す。

 しかし、事情が分からないアムリタは困惑の表情を浮かべている。

 すると曹操が現れた。

 彼はいつもの漢服ではなく、ジーンズに半袖のTシャツという格好だった。

 

「俺たちはこれから禍の団を抜けて独自の行動を取る」

 

 曹操の宣言にアムリタは目を丸くした。

 

「禁手に至った者の数はそれなりに揃った。オーフィスの蛇の解析も大分進んだ。これ以上、ここに居る意味は薄い。スポンサーが居なくなるのは痛いがそれも先日見つけた。あまり頼りたくないところだけどね。向こうからこっちに来いと連絡を寄越してきた」

 

「そんなわけで我々はこれからそちらに陣営を移すわけだ。これから、禍の団は旧魔王派がなにかと口出ししてくるだろうし、その前にというわけだ」

 

「だからアルジュナが俺たちの所から離れる必要はない。それに前にも言ったがオーフィスは俺たちにとってもいずれ挑む対象だ。君が何かを気に病む必要もない」

 

 そう言って運んでいた荷物を下ろす曹操。

 それを見ていた周りがヒソヒソと会話をする。

 

「まったく。素直にアルジュナちゃんを手放したくないから禍の団を抜けることを決めたって言えばいいのに」

 

「彼なりに照れくさいんじゃないかな?まぁ。アルジュナもそれくらいのことで僕たちが迷惑に思うなんて思ってほしくないけど」

 

「ま、俺は何でもいいけどな」

 

「聞こえてるぞ、お前たち……!」

 

「?」

 

 曹操の一喝に周りが苦笑して作業を続ける。

 アムリタだけは首を傾げているが。

 

「ソレデ、次のスポンサートハ?」

 

 アムリタの質問に曹操は背を向けたままで答える。

 

「君をここに連れてきた君の御先祖。帝釈天だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?その準備はなにかしら?」

 

 自室で戦闘用の道具の確認をしている白音に黒歌は問いかける。

 

「……」

 

 答えない白音に黒歌は溜息を吐いた。

 

「今冥界に突っ込んでどうするつもり?白音ひとりでどうにかなると本気で思ってるの?」

 

 静かな声音の中にある怒気を感じ取る。

 

「アムリタ先輩は、おそらく嘘は付いてません。あの人は本心からいっくんの奪還を望んでいる」

 

「……情報に嘘はないから単身で冥界の旧ベルゼバブ領に乗り込んで一樹の奪還をしようって?馬鹿も大概になさい。その前に取っ捕まるのがオチよ。それくらいわからない訳じゃないでしょ!」

 

「痛いです、姉さま……」

 

 頭を手でプレスする黒歌に小さく抗議する白音。

 

「焦るのはわかるけど、頭冷やしなさい。闇雲に動いても事態は好転しないでしょ」

 

 そのあまりに冷静な黒歌の態度に白音は苛立ちから視線を下げ、眉間に皺を寄せる。

 そして言ってはならない言葉を発してしまった。

 

「姉さまは、いっくんが今も酷い目に遭ってるかもしれないのに、平気なんですか?」

 

「そんなわけないでしょう……!」

 

 それは腹の底から憤りを吐き出すような重い声だった。

 下げていた視線を上げるとそこには悔恨の念を表情に出した黒歌の顔があった。

 

「一樹が辛い目に遭ってて何も感じないわけないでしょ。行き当たりばったりで行動して助けられるんなら、すぐにでも行動に移すわよ。でも助け出すなら失敗は許されない。なら、少しでも成功の可能性を上げるために準備する。それだけ」

 

「……」

 

 黒歌の言葉に白音は何も言えなくなった。

 きっと自分はまだ子供なのだろう。

 だから、感情で行動してしまう。

 相手のためだなんて理由を付けて自爆するような行動を勝手に取ろうとする。

 なんて浅はか

 

「……ごめんなさい、姉さま」

 

「絶対にあの子を助けましょう。私たちの家族を」

 

 黒歌が白音を自分の胸に抱き寄せる。

 その温かさが心地よかく、頭に落ちた水滴に心が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。昼休みにオカルト研究部の部室に集められたメンバーはアザゼルの言葉に耳を疑った。

 

「実はな。旧魔王領に入れる手段が手に入った」

 

「……いくら何でも早すぎないかしら。昨日の今日よ?」

 

「あぁ、実はな。サーゼクスに相談したところ、手引きできる奴が居てな。そいつを紹介してもらった。おい、入れ!」

 

 部室の外で待機していた人物が部室のドアを開ける。

 その人物を見て全員が眼を見開き、レイヴェルがポツリと呟いた。

 

「お兄さま……!?」

 

「久しぶり、というわけではないが、元気そうで安心したぞ、レイヴェル」

 

 入ってきた人物はかつてのリアスの婚約者であるライザー・フェニックスだった。

 

「な、なんでお前が!?」

 

「それを説明するためにここに呼んだんだ。ライザー、いいか?」

 

「えぇ。リアス。俺は今、旧魔王派。特にシャルバ・ベルゼブブと取引している。フェニックスの涙を含めた多くの品々を卸している」

 

 ライザーの告白にリアスは厳しい視線を向けた。

 

「どういうことかしら?」

 

「君との婚約を賭けたレーティングゲームでの敗北により解消された俺は冥界から白い目で見られるようになったのは知っているだろう?魔王の妹と婚約していながらも袖に振られた情けない男としてな。まぁ、それに関してはその後に引き籠っていた俺にも問題はあったが」

 

 ライザーの言葉にリアスはバツが悪そうに視線を泳がせる。

 そんなリアスにライザーが苦笑する姿は、以前の傲慢さは鳴りを潜め、大人としての落ち着きがあった。

 

「そんな顔をするな。その件に関しては以前家に訪れた際に済んでいるだろう?冥界では結果が全てでゲームに負けて婚約を解消された俺の不甲斐無さが原因だ。だが、今社交界などで表に出るのは世間的に良くないから、家の商売を手伝っていたんだ。すると帳簿に明らかに不審な点が見つかってな。眷属たちと調査を進めていくと、親族の何人かが旧魔王派に商品を横流ししていたことが判明した。報告にあった京都で禍の団が使っていたらしいフェニックスの涙もそうした経緯で流れた物だろう。横流ししていた親族は既に締め上げて情報を吐かせた後に父上が遠方に左遷させた」

 

「そんな話は初めて聞きましたが……」

 

「お前はまだ子供だし、家の商売に直接かかわっているわけじゃないからな。こうした話を耳に入れさせたくはなかった。そのことを魔王さまに報告を入れた後にサーゼクスさまから提案があったんだ。左遷した者たちの代わりに旧魔王派への取引を続行してくれないかってな。幸いにして俺はその役に適任だった」

 

 自嘲するように肩を竦めるライザー。

 

「魔王の妹に婚約破棄された俺には明確に現魔王。特にグレモリーに良くない感情を抱いていると周りに思われている身でね。故に向こう側に擦り寄る理由がある。それを利用してスパイ活動をしているわけだ。もっとも向こうもある程度それを察しているだろうが、流されて来る品々に今のところ強く拒否される反応は無い」

 

 次々と話される事実にリアスたちは驚きの反応を見せる。

 アザゼルが前に出た。

 

「重要なのは、ライザーは旧ベルゼブブ領で次の取引を行うという事実。そしてその場所は例の情報にあった研究施設に近い位置にあるってことだ。それでも、丸一日は移動に費やすだろうがな」

 

 アザゼルの言葉に全員の眼の色が変わる。

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「あぁ、俺たちはそれに便乗して旧ベルゼバブ領に侵入。そして例の研究施設から一樹の奪還に入る」

 

 強く頷くアザゼルに喜びの感情を露にする。

 一誠が立ち上がり、拳を手の平に打ち付けた。

 

「よっしゃあっ!!これで日ノ宮の奴を取り返せるぜ!」

 

「良かったですね、白音ちゃん!」

 

 アーシアも白音の手を繋いで喜んでいる。

 しかし、アザゼルが言葉で冷水を浴びせた。

 

「いや、今回リアスたちは留守番だ。それ以外で行く。レイヴェルもな。正直、お前の実力じゃ足手まといだ」

 

「ちょっ!どういうことですか!?」

 

「どうもこうも。明後日何があるか思い出してみろ」

 

 アザゼルの言葉に一誠はあ!と声を出、祐斗が回答する。

 

「サイラオーグ・バアルとのレーティングゲーム、ですか……」

 

「そうだ。明後日行われるサイラオーグ・バアルとのレーティングゲーム。これは、冥界中の注目の試合(カード)だ。それ以上に、今回の任務はグレモリー眷属(お前たち)向きじゃない。なにより大人数で行動すれば、それだけ敵に勘付かれる。連れて行く理由がない」

 

 断言に一誠が感情的に反論する。

 

「俺たち向きじゃないって!そんなことないですよ!九重の母ちゃんだってちゃんと取り返せたじゃないですか!」

 

「アレは向こうが待ち構えている状況で、周りへの被害をあまり気にする必要が無かったからだ。今回は潜入だぞ?お前たちの戦い方は目立ちすぎるし、リアスに至っては冥界の有名人だ。リスクしかない」

 

「でも!?」

 

 尚も言い募る一誠をリアスが手で制止し厳しい表情で問いかける。

 

「私たちに、京都の妖怪たちと同じことをしろと言うの?」

 

 自分たちの長が攫われても積極的に動かず、のらりくらりとしている京都の妖怪。それと同じになることにリアスは嫌悪感を覚える。

 理屈としてはアザゼルの言い分が正しいと認めた上でだ。

 リアスにとって日ノ宮一樹は種族は違うが、同じ部の後輩で、仲間で、友人だ。それの危機に黙って待っているなど出来ないとその眼で訴える。

 そしてそれは、グレモリー眷属全員が抱く想いだった。試合より、友人を助ける力になりたいと。

 説得を続けようとするアザゼルだが先に口を開いたのはライザーだった。

 

「リアス。はっきり言おう。今回君に出来ることはない。それに今度の試合は冥界中に注目されている。市民だけでなく、魔王さま方や上位ランカーを含めてだ。そんな中で欠場などすれば、確実に俺のように鼻つまみ者にされるぞ。最悪、グレモリー家の次期当主の地位も失う可能性もある」

 

 ライザーの忠告にリアスは頭に血が上り声を荒らげた。

 

「それくらいのことは分かっているわ!でも―――――」

 

「いいや、分かってない!君はもう、自分の意志で好きに動ける立場で居られなくなりつつあるんだ!君の行動1つで眷属たちの未来にも大きな翳を落とすことにもなる!それにアザゼル殿も言っているが、今回は君と君の眷属向きの仕事じゃない!無理矢理ついて行って足を引っ張るつもりか!冷静になれ、リアス」

 

 ライザーの一喝にリアスは驚きながらも目を覆って顔を伏せる。

 彼女が出した答えは。

 

「わかったわ。今回は任せる……」

 

「部長!?」

 

「……今回は確かに私たちの出番はなさそうよ。悔しいけどね。アザゼル、もし必要な物があったら遠慮なく言ってちょうだい……」

 

 そんなリアスにあぁ、と返事し、アザゼルはロスヴァイセとイリナに顔を向ける。

 

「お前たちはどうする?出来るなら一緒に来てくれると助かるが……」

 

 アザゼルの問いにロスヴァイセが先に答えた。

 

「水臭いこと言わないでください。確かに、北欧のヴァルキリーとしては動き辛い案件ですが、私はこの駒王学園の教師でもあります。先生として拉致された生徒の救出に尽力します」

 

「私も行きます!もしかしたらあとでミカエルさまに怒られるかもですけど、友達として放って置けません!それに約束もありますから!」

 

 そう言ってイリナは白音にウインクする。

 あの鍋を食べた夕食で約束した。助けようと。

 白音は嬉しさを堪えるように顔を歪ませ、小さな声でありがとうございますといった。

 

 こうして、日ノ宮一樹を取り戻す戦いの準備は整った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前話でライザーに関する感想が多くて驚きました。でもすみません、こんなオチです。


グレモリー眷属は奪還には不参加です。最初は参加させようと思いましたが、どう考えても不向きなうえにサイラオーグ戦と重なってますので。10人以上で潜入って流石に無理がある。


ゲームはサイラオーグ戦だけ書きます。作者のモチベーション維持のために。


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82話:感傷

 バラドはいつも仕事をさサボる際に使っている空き部屋に一樹を寝かせていた。

 術で頭を弄られた所為か、連れ出したあとに高熱を出してしまった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「ったく!手間のかけるガキだぜ」

 

 濡らした手ぬぐいを置く。思えば、ここに来てあまり食事を摂っていなかったのも原因かもしれない。

 この状態の一樹を連れて歩き回る訳にも行かず、こうしてサボり部屋に連れ込んでいるわけだ。

 旧魔王派は慢性的な人手不足で大きな施設では空き部屋など多く存在し、第二の私室として勝手に使われている部屋が幾つかある。これはその1つだった。

 だから必要な私物などある程度置かれている。

 

「……ろね…………」

 

「簡単におっ死ぬなよ。お前を帰してやるって決めたんだからな」

 

 誰かの名前を呼ぶ一樹にバラドは目を細めてかつてのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 バラド・バルルはベルゼブブに仕える家系と言っても末端で、小さな領で穀物を扱う男爵地位の貴族だった。

 三大勢力との戦争もほとんど自領で防衛に徹していて大した戦果も挙げなかった貴族。

 小さな土地だったこともあり、天使や堕天使からも狙われることも少なく、戦争中も平和というわけではないが、他の土地に比べればそこそこに暮らしやすい地だったと思う。

 

 そんなバラドが長男を儲けたのは戦争が終わってすぐのことだった。

 元々出生率の低い悪魔において子を為すということはそれだけで目出度いことだった。

 ましてやその10年後に第二子の長女を儲けた時は奇跡だと子供がまだ出来ない友人や親族からもみくちゃにされた。

 それでも、バラドの世界ではみんなが笑っていた。

 三大勢力との戦争が終わって旧政権と新政権との間に溝ができ、内乱に突入したものの、数年は小競り合いで平和だった。

 少なくとも息子の成長をのんびり見ていられるくらいには。

 

 

 

 

「くたばれクソ親父!!」

 

「百年早ぇよ」

 

 豪快な飛び蹴りを止められて着地する息子に苦笑しながら体術の手解きを続ける。

 最近生意気になってきた息子に誰に似たのか訊くと、妻は「貴方に似たのよ」とあきれ顔で一蹴された。解せぬ。

 

 体力を使い切って大の字になって寝転がる息子は悔しそうに「がぁあああっ!?」と奇声を上げていた。

 

「今日こそ一発入れられると思ったのに!」

 

「その自信はどっから来んだよ」

 

 呆れながら煙草に火をつける。

 息子が足を伸ばしたまま上半身を起こす。

 

「なぁ、とうさん」

 

「あ?」

 

「あたらしい政府のやつら、こっちまでくんのかな。かあさんが近くまで来てるの心配してたけど」

 

「さあな。ただ、向こうもこんな小さな土地を攻撃するほど暇じゃねぇだろ」

 

「ま、もし来ても俺が全員ぶっ倒してやるけどな!」

 

「体力使い切ってバテてる奴がなに言ってんの?」

 

 鼻で笑ってやると予想通り顔を真っ赤にして噛み付いてきた。

 それを頭を押さえて防ぐ。

 

「見てろよ親父!すぐに強くなってそのツラに一発ぶち込んでやるからな!」

 

「はいはい。いつになるかね~それ」

 

 息子の中で新政府=悪者のイメージがあるらしいが陣営として敵対してるのは本当だし、10になったばかりの子供の価値観ならそんなものだろう。

 それより、日々強く成長する息子が楽しみで仕方がなかった。

 冥界は不安定な情勢だったが、この時間違いなくバラド・バルルは幸せだと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 それから3年後、長男は13.長女が3になった時にそれは為された。

 

「ラァアアッ!」

 

「オッ!?」

 

 息子の拳がバラドの顔にヒットする。

 当てた本人も、え?と驚いた顔をしていた。

 手加減はしていたが油断していたつもりはなく、息子の力の向上がバラドの予想より上だったのだ。

 最初はわざと当てられたのかと訊いてきたが、違うと答えると大はしゃぎして妻と娘に自慢しに行った息子。

 その晩、目覚ましい息子の成長が嬉しくて泣き笑いを浮かべながら酒を煽っていた自分は周りから見てさぞや不気味だっただろう。自分は自分が思う以上に親バカだったらしい。

 

 

 

 

 そんな日々も終わりが告げる。

 劣勢に陥った旧魔王派の上役からバラドを含めた周辺貴族に招集がかかった。

 近くに在る砦の防衛にバラドと領内の兵士を連れて来いという命令文。

 それを見た時、バラドは見るからに嫌そうな顔をしていたと妻が言っていた。

 

 

 

「父さん。明日行くんだよな?」

 

「あぁ。上からの命令でな。ちょいと戦ってくるわ」

 

 荷物の整理をしながら適当に答えるバラド。

 息子のほうは意を決したように言ってきた。

 

「お、俺も行く!!」

 

「はぁ?」

 

「俺だってちゃんと強くなってんだよ!今なら父さんたちの足手まといにならない!だから、連れて行ってくれよ!」

 

 父親を戦地に送ることが不安なのだろう。心配して言ってきたのは分かっている。

 それは嬉しく思うが、答えは否だった。

 

「馬鹿か。連れて行ける訳ねぇだろ」

 

「なんでだよ!足手まといになんてならねぇって!」

 

「そうじゃねぇよ!お前までこっち来たら母さんたちはどうすんだって言ってんだ!」

 

 ガシガシと自分の頭を掻く。

 

「お前は、ここで母さんと妹を守ってやれ。男だろ?俺がここを離れている間、お前が守るんだ。お前のことを信頼してるから任せんだぜ?俺が戻るまで、支えて、守ってやれ」

 

 不満そうな顔を浮かべていたが、納得したように頷く。

 

「ま、任せとけよ!誰が来ても母さんと妹には指一本触れさせねぇからさ!」

 

「言ったな?約束だぜ?」

 

「あぁ、約束だ!」

 

 そうして拳を打ち付け合う親子。

 その後にすぐに出立する父に娘が泣きながら駄々をこねられた。

 妻からは身体に気をつけるようにと不安そうな顔で見送られた。

 

 これが、最後に家族と過ごした記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況はハッキリ言って最悪だった。

 敗戦に次ぐ敗戦。

 後退ばかりで自分と周りにいる僅か数人の身を守ることだけで精一杯。

 バラドは自分が生き残れたのはただ単にサイコロの出目が良かっただけだと思っている。

 特に後に魔王に選ばれる悪魔と鉢合わせた時は生きた心地なんてしない。

 アイツ等が無造作に腕を振るうだけで味方が減り、1日で数百単位の悪魔が殺されたこともある。

 仲が良かった奴も嫌っていた奴も差別なく消されていった。

 

 そんな疲れ切った日々で思うのは内乱なんて早く終わって家族に会いたい。それを大きな支えに。そして少なくなっていく仲間を死なせたくないという義務感から戦場に立ち続けた。結果的にそれは内乱を長引かせるだけだったが。

 

 そんなある日、あの映像を観た。

 

「おい!バルル男爵!!お前の領が!?」

 

 その時世話になっていた上司がバラドの領が新政府に襲われたことを告げて、モニターでその映像を観せられた。

 そこに映っていたのは、見覚えのある土地が氷漬けにされている映像だった。

 バラドの領地は元々小さく、それでも並の悪魔ならあんな風に氷の世界にすることなど不可能な筈だった。

 映像の空に浮かぶ人影。

 髪を左右に纏めた氷の魔法を使う女悪魔。後にレヴィアタンの名を継ぐ者。

 それを見たバラドはその場で絶叫し意識を失った。

 

 次に目覚めた時、上司から聞かされたのはバラドの領地に住んでいた領民は全て氷漬けにされて息絶えたという事実。その中には当然バラド自身の家族も含まれていた。

 

 

 この日、バラド・バルルは家族を失った。

 

 

 それからバラドは狂ったように戦場に立ち続けた。

 何度も死地に送られ、生還する。

 内乱が激化していく中で同じ時期に出兵した仲間は全員先に逝った。

 復讐心で武器を握り、魔術を駆使し、敵の血を求めた。

 時にはテロをし、無抵抗な悪魔の殺した。

 

 

 そんな狂戦士としての怒りはある日、ある出来事で鎮まる。

 

 

 

 その日に襲ったのは小さな村だった。

 そこを襲い、物資を奪い取る。

 もはや軍というより山賊と言った方が的確な状況だった。

 復讐という名の虐殺で満たされることもなく、一時の安定のために殺す。そんな生活。

 壊れたと理解していても止めようとは思わなかった。

 アレを、見るまでは。

 

 

 襲った村で自分に刃を向ける者がいた。

 それは敵兵でもなんでもない、ひとりの子供だった。

 崩れた建物に身体を潰された母親とそれに泣きながら縋りついている幼子。

 2人を守ろうとでもしているのか、ガチガチと震える手で包丁を向けてくる少年。

 その光景が失った家族と重なった。

 

 それを見た瞬間に急激に何かが醒めていく感覚がした。

 自分は、一体何をやっているのか。

 慣れ親しんだ得物が急に重くなったように感じた。

 

 無抵抗な者を襲って、血を求めて。

 こんな姿をいったい誰に見せられるのか。

 武器を落とし、子供に近づく。ここから逃がそうとしたのかもしれない。

 だが、それも無意味に終わった。

 仲間が放った魔術がその一家を消し飛ばした。

 

「なにを呆けている!?ここに政府軍が来る!撤収だ!!」

 

 肩を掴んで撤退を促す同僚。

 バラドは、その後にどう味方の陣地に戻ったのか覚えていない。

 

 

 それからも旧魔王派の陣営に居続けた。

 今更投降することも出来ず、惰性のままここまで来た。

 そうして何百年も後に出会ってしまった。

 息子の面影に重なる子供を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~頭がガンガンする……」

 

 一樹は頭を抑えながら体を起こした。

 額に置いてあった手ぬぐいが落ちたが、それは気にならない。

 

「目ぇ覚めたか」

 

 横から声をかけてきたバラドは容器に入った水を投げてきた。

 

「一晩中魘されてたんだ。水分くらい摂れよ」

 

 言われて身体が水分を欲していることに気付き、何も考えずに喉に通す。冷たい水が心地よかった。

 

「ここは……?」

 

「俺がサボるのに使ってる部屋だよ。お前がノウマンの奴に何かされたあと、俺がここに連れ込んだ。着替えもこの部屋で取り替えた」

 

 見てみると制服ではなく紺色のズボンと赤いYシャツを着せられていた。

 

「動けるようならついて来い。ここから出してやる」

 

「いいのかよ、俺を逃がして。それになんでそんなことを……」

 

 一樹の質問にバラドは鼻で笑う。

 

「別に。俺はただ、外の空気が吸いたくなっただけだ。お前はついでに出してやるってんだよ。来るなら来い。悩んでる時間はねぇと思うぞ」

 

「わかった……」

 

 飲み終わった容器を捨てて立ち上がる一樹。

 あっさり決めた一樹にバラドは目を細めて笑う。

 

「簡単に決めるじゃねぇか。罠だって疑ってねぇのか?」

 

「わざわざ拘束してた奴にどんな罠嵌めんだよ。どっちにしろ選択肢なんてねぇんだ。だったら乗るだけだ」

 

 一樹からすれば1番の難関だった拘束具さえ外れればどうにかなる思っている。あとオーフィス。

 頭痛も大分緩和して痛みがないわけではないが動けないというわけではない。

 

「で、どうすんの?」

 

「とりあえず、転送できる部屋まで行って人間界に出るぞ。確かあ~フランス?いや、イギリスだったか?まぁとにかくどっかの国に出られるはずだ」

 

「アバウトだな」

 

「うっせ!とにかく見つからないように動くぞ。ついて来い」

 

 ジャスチャーを送るバラド。

 そこで一樹はあ、と漏らす。

 

「どうした?」

 

「いや、言い忘れてたなって。ありがとな、おっさん」

 

「ハッ!よせよせ!礼なんてちゃんとここから逃げ出せてから言えよ!」

 

「頭押さえんじゃねぇよ!」

 

 バラドの腕をどかす一樹。

 そんなやり取りでバラドは嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより人が少ねぇんだな」

 

「こっちは研究員と最低限の警備とその他だけだからな。まぁ、ここがちょいと近づき難い地形にあることもあるが。オーフィスの奴はモニターからレーティングゲームの観戦するんだとよ」

 

 だから、今がチャンスだ、というバラドに一樹は相槌を打つ。

 施設内を見ても誰かを見かけることはほとんどなかった。見かけたら問答無用に速攻で気絶させたが。

 

「意外と良い動きすんだな」

 

「今年に入って色々と揉め事が多かったからな。自衛手段だよ」

 

「頼もしいこった」

 

 警備をしていた悪魔をあっさりと気絶させる一樹にバラドは肩を竦める。

 そこで思い出したかのようにバラドが質問する。

 

「そういや、シロネってお前のなんだ?」

 

「なんだよ急に。つか前に家族とか言わなかったか?」

 

「いや別に。ただ、魘されながら何度も名前呼ぶからな。ただ世話になってる人の妹にしちゃ随分と、なぁ?」

 

「なにがなぁ?だ。大体、世話になってる人の妹に手なんて出せる訳ねぇだろ」

 

 鬱陶し気に躱す一樹にバラドは肩を竦め、一樹の肩に腕を回す。

 

「ま、お前より長く生きている身として忠告してやるが、本気なら早いほうが良いぜ。手遅れになって後悔すんのはカッコ悪いだろ?」

 

「余計なお世話だ。それより道、こっちで良いのか?」

 

 腕を払って道を確認する。

 

「あぁ、この先にデカい空間があるからそこを抜ければデカい広場がある。そこを抜けないと転移装置まで行けねぇんだ」

 

 バラドの言葉に頷く一樹。

 警戒し、無言で歩きながら頭の中であることを考えていた。

 

(白音のことを、どう思ってるか?そんなの―――――)

 

 ずっと前から答えなんて出てた。

 そこら前に踏み出す勇気なんて無くて。ずっと有耶無耶にしてた。

 

「会いたいな、白音に……」

 

 ポツリとそんなことを漏らす。

 会って自分が無事だと安心させてやりたい。

 話したいことがたくさんある。

 

 日ノ宮一樹が1番に会いたいのは―――――。

 

 

 

 出た場所は広い空間だった。

 円形に広げられた空間で床には破損した跡があり、瓦礫なども転がっている。

 

「なんか、昔の決闘場(コロシアム)みたいだな」

 

「間違っちゃいねぇよ。ここは、研究で造った合成獣(キメラ)なんかを闘わせるための場所らしいからな。もっとも、内乱が終わってほぼ放置状態だが」

 

「へぇ……」

 

 辺りを見回していると突如火の玉が飛んできた。

 それを一樹は腕で払う。

 

「チッ!やっぱ誰にも気づかれずに逃げるって訳にはいかねぇか!」

 

 バラドが舌打ちすると一樹たちが入った反対側の入り口から多数の悪魔が現れた。

 集団の真ん中に立っている眼鏡をかけた男が薄らとした笑みで前に出た。

 

「バルル男爵。その人間の小僧を連れ出してどうするつもりだ。まさか、ここから逃がそうという訳でもあるまいな?」

 

「そういうことは攻撃する前に訊けよ。で、もしそうならどうするってんだ?」

 

「決まっているだろう。個々の警備を任されている身として、即刻処分するほかあるまい!」

 

 悪魔たちが戦闘態勢に入る。

 

「まったく君は、内乱の時からこちらの命令を背く、悪い狗だよ」

 

「なに、知り合い?」

 

「イーダ・ビジョン。ここの警備責任者だ。内戦中に何度か指揮下に入ったことがある。一兵士としてはそこそこだったが、指揮能力が壊滅的でな。階級と爵位だけで命令してきたが、あいつの無謀な特攻指示で何人も仲間を失ったか」

 

 バルドは肩を竦めた。

 そして馬鹿にするように敵に話しかける。

 

「いや、お前らマジ同情するぜ?そんな無能の指揮下に入らなきゃなんねぇことによ」

 

 せせら笑う顔で言い放つバルドにイーダは鼻を鳴らす。

 

「やはり蛮族たる君には言葉が通用しないらしい。ここで大人しくしていれば今回の件は不問にしてやったものを」

 

「そりゃお気遣いどうも。だが生憎と俺はやらかしたことを無かったことにすんのは嫌いでね。それに、アンタのそのムカつく面を二度と見なくて済むなら、ここから出て行くだけの価値もあるさ」

 

 そう言うバラドの左右の手にはハンドアックスが握られていた。

 一樹が使っていた槍と同じ、使用時に武器に変化する仕様の武器なのだろう。

 

「態度はともかく君個人の戦闘力は認めていたのだかがね。まぁ仕方ない。品のない狗は早々に――――」

 

 と話している間にイーダの顔面に投げられた瓦礫が直撃する。

 

「お前、大胆ね」

 

 いきなり小さな瓦礫を投げる一樹にバラドが呆れて笑う。

 

「なんだかよく分かんねぇが、要するに俺たちが出てくのを邪魔するってんだろ。口上が長ぇんだよ。さっさと来い。すぐに終わらせてやるよ」

 

 一樹の宣言にイーダはギリッと歯を鳴らした。

 

「まったく蛮族に品のない下級種族。お似合いな組み合わせだよ。バラドは殺していい。だが、あの人間は殺すな。後でオーフィス様に何を言われるかわからん!さぁ、蛇を呑んだ我々の力を無知な猿に思い知らせてやれ!!」

 

 号令を上げるイーダに一樹は首と指を鳴らす。

 

「凡そ30人。半分ずつでいいよな。俺が全部片づけてもいいけど」

 

「馬鹿言ってんなガキが。そっちこそ病み上がりできついんなら見学してても良いんだぜ?」

 

「身体が動くんなら自分の面倒くらい自分で見る。問題ないな」

 

「ハッ!上等!」

 

 こうして、2対30の乱戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イーダ・ビジョンは目の前の光景に棒立ちになっていた。

 内戦時代。数多くの新政権の悪魔を屠ったことから悪鬼とまで呼ばれたバラド・バルル。豪快に振るわれる斧が次々とこちらの兵を斬り殺してくいく。

 その力は内乱時代から微塵も衰えていない。

 それはいい。蛇の力を得たとはいえ、これだけならまだ予想範囲内だ。

 問題は奴が逃がそうとしている人間だった。

 

「ぐわっ!?」

 

「指が付いてるかくらい、ちゃんと確認しろよ」

 

 真正面から突っ込んだと思えば、あの子供が通り過ぎる度に悪魔たちの指が落とされ、腱が切られ、眼球を潰され、骨を折られ、次々と行動不能にされる。

 情報はあった。

 我々の天敵である聖なる炎を使う人間。

 だがそれだけ。それだけだった筈。

 オーフィスの蛇を呑み、偽りの魔王の眷属たちとも十二分に戦える力を得た我らを。

 こうも易々と、踏み潰してくるのか。

 

「人間のガキ相手にビビってんじゃねぇよ。動きが止まってんぞ!」

 

 人間の子供が最後の兵を地面に叩きつけて地べたを舐めさせると背中を踏み抜いて背骨を砕く。

 生命力の高い悪魔ではアレで死ぬことさえできないだろう。

 30居た兵は瞬く間に無力化され、人間がイーダに向かう。

 

「くるなぁっ!?」

 

 放たれた魔力の攻撃は同じタイミングで放たれた炎に容易く相殺された。

 2つのエネルギーの衝突で生まれた煙幕を突き抜け、人間はイーダに向けて左右の腕を連続で振るった。

 右の腕が眼球を切り裂き、左の掌底が顎に突き刺さると顎骨を砕き、歯をへし折り、無力化させた。

 

 

 

 

 

 

 

「やるな。あいつ、頭はアレだが力は上級悪魔クラスだった筈だが。それにしてもお前が動くたびにあいつらが戦闘不能になったのはどんな手品だ?」

 

「大したことはしてない」

 

 一樹は人差し指と中指の2本を伸ばす。そして、そこから10cm程の小さな炎で作られた刃が生まれた。

 

「こいつで敵の指や手足の腱を切ってやっただけ」

 

「エゲツねぇな。いっそ殺した方が楽になれただろうに」

 

「冥界の医療技術はかなりのもんだしな。治療さえすりゃ何とかなんだろ。下手に殺す気も必要もねぇよ。俺は殺人鬼の類じゃねぇんだからな」

 

 言いながら一樹は自分の手の平をジッと眺めた。

 

(鎧を使わずに上級悪魔レベルに対して圧勝。修学旅行前とは明らかに俺の力が上がってる。アムリタとの戦いの時に増えた鎧の所為か?)

 

 自分の中で何かが解放される感覚。

 急激に上がる自分の力にどこか薄ら寒いものを感じる。

 自分が、どんどん別のモノに変質しているような。

 

「おい!ボケッとすんな!さっさと行くぞ!」

 

「あぁ、悪い……」

 

 しかし今考えることではなく、その疑問を一樹は蓋をし、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔王の眷属と十二分に戦えるという個所がありますが、ただの妄想です。


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83話:会いたかった

この作品の投稿話数が100越えたら記念に一樹×白音のR18作品を投稿するんだ(血迷い)!


「ライザー様。本当に良かったのですか?あの者たちを旧ベルゼブブ領に引き入れて」

 

 ライザーの女王であるユーベルーナは主に問う。

 今回の件、間違いなく向こうの警戒心を高める結果となっただろう。確たる証拠は残していないが時期を考えれば自分たちが手引きしたと思われても仕方がない。

 ライザーはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「これで、以前俺が引き籠っていた時に外へと出した借りは返した。それで奴らとは貸し借り無しだ」

 

 ライザー自身、リアスたちへの借りを返す機会を待っていた。

 今回は都合が良かったと見るべきだ。

 この後、連れてきた者たちが一樹を救出出来るかなどはライザーが関与することではない。手を貸したからには上手く行って欲しいくらいは思うが。

 

「とにかくここから先はあいつらの問題だ。俺たちはせいぜい怪しまれないように振舞うぞ」

 

 この話はここで終わりだと切るライザーにユーベルーナは分かりました、と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザーの手引きで旧ベルゼブブ領に侵入したアザゼルたちは移動用の車を一日走らせて後一時間で例の研究施設に着くところまで来ていた。

 

「それにしてもこの服、ホントすごいわねぇ。仙術を使う私でも注意して気配を探らないと気の種類が分からないわ」

 

「元々、お前たちの仙術を参考に作られた擬装用の服だからな。生半可な探知系じゃ気付かれねぇよ」

 

 感心している黒歌に車を運転しているアザゼルは髪をオールバックに纏めて高そうな眼鏡をかけていた。他の面子もそれなりに化粧や髪型を変えて変装している。

 

 今着ている服はそれぞれの種族で発する気配が違うためそれを誤魔化すために作られた服だ。これを着ているとよほど優れた探知系の使い手でもない限り、気配だけではまず見破られない。

 アザゼルなどの有名人はそのままだとマズイので変装しているが。

 

「もう少ししたら車を捨てて足で移動するぞ。ここは入るのは難しいが、出るのはそうでもない。黒歌の術なら充分に転移脱出できるからな」

 

 いざというときは作戦を中断することも視野に入れて発言する。

 チラリと白音に視線を向けるが彼女はずっと無表情を貫いており、自身の感情を見せないようにしている。

 だがもしも途中で撤退という事態になったら迷わずその場に残るだろう。

 その時は恨まれても腕を掴んで引かせる気だ。

 

「行くぞ」

 

 アザゼルの合図で一行はその先へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時と場所が変わり、レーティングゲームの控室でグレモリー眷属はバアルとの試合に備えていた。

 ダイス・フィギュアという今まで経験したことのないゲーム内容の説明を受けて今回の方針を話し合っていた。

 このゲームでは2つの6面ダイスを振り、その出目に合わせて指定されている駒価値を者を出場させることができる。

 兵士なら1。僧侶と騎士は3。戦車が5。女王が9。王の駒はこれまでの戦績や個人の評価で委員会がその都度価値を決める。そして眷属になった際に追加された駒で価値が上がっていく。

 今回の2人の駒価値はサイラオーグが最高の12。ソーナ戦で敗北し、ディオドラとの試合は実質不戦勝のリアスは7と判断された。これは、未だ駒を揃え終えていないことも関係しているのかもしれない

 それと、出場した選手は1試合置かないと出場できないなどの細かなルールも話される。

 

「12の出目が出たからと言ってサイラオーグ自身が序盤から舞台に上がることは無いと思うわ。彼なら出来る限り眷属に華を持たせようとするはず。その為に厳しい訓練を科して信頼もしている筈だもの。それと今回はアーシアは出場させずに傷を負った仲間を治癒させることに専念させた方が良さそうね。これは、フェニックスの涙を使用しないで傷を癒せるこちらの利点だわ」

 

「向こうはサイラオーグさんがフェニックスの涙を所持している可能性が高い。向こうの王を二度倒す覚悟が必要だね」

 

 修学旅行前に自身に枷を付けながら一樹をほぼ圧倒したサイラオーグ。それを二度も倒す。その事実に皆が表情を引き締めた。

 アーシアを試合で出さないので実質出せるのは6人。中々厳しい試合になりそうだった。

 大まかに話を終えて試合に挑もうとする中で一誠が浮かない顔をしていることに気付いた。

 

「イッセーどうしたの?何か気になることがあるなら言ってちょうだい」

 

 呼ばれてハッと顔を上げた一誠がバツが悪そうに眉間に皺を寄せた。

 

「あ、いえ……その、ゲームとは関係ないんですけど……日ノ宮の方に行った先生たち、大丈夫かなって……」

 

「イッセーさん……」

 

 俯く一誠にアーシアがその手を重ねる。

 それから心の淀みを吐き出すように口を動かした。

 

「日ノ宮のことも心配だけど。京都で、あの八雲って人の話を聞いて……京都の妖怪の人たちはすごく気さくで、だから信じられなくって……八坂さんを助けたことは後悔してないけど、向こうは俺たちの仲間を助けることにはあんまり手を貸してくれなくて。だから―――――あぁっ、くそっ!?」

 

 言いたいことが纏まってないため、一誠はガリガリと自分の頭を掻く。

 一誠は京都から帰って来てからずっと思っていた。

 あの時、自分たちが取った行動は正しかったのかと。

 そして今も仲間が囚われているのにこうしてゲームに参加している違和感。

 それらがどうしても胸の中から拭いされなかった。

 

 そんな一誠にリアスは自分なりに言葉をかける。

 

「アザゼルやライザーが言ったように、今回私たちが出来ることはないわ。あまりにもデメリットが高いから。それは理解してるわね?」

 

「……はい」

 

 一誠は頷いたが、その顔は理解はしていても納得はしていないと語っていた。それは一誠だけでなくこの場にいる全員が、だ。

 そしてそれはリアスとて同じ気持ちだった。

 

「一誠の誰かを助けたいという気持ちはとても尊いモノよ。でも、出来ることと望んでいることは別で。そういう意味ではオーフィスの敵意を買いたくないという京都の妖怪側の考えも分からないでもないわ。彼らは自分たちの平穏を乱されたくないのよ。思うところはあるけどね」

 

 理屈は理解できる。しかしそれで納得できるほどリアスとて大人ではない。

 今すぐこの試合を棄権して旧魔王領に赴いて仲間を助けたいという衝動に身を委ねられればどれだけ楽だろう。

 そんな考えがずっとチラついていた。

 だがそれは許されない。

 そんなことをすればきっと誰にとっても最悪の結果となる。

 

「今回は任せられる人に任せて私たちは自分に出来ることをしましょう。帰ってきたときに一樹が捕まったせいでゲームに勝てなかったなんて思われないように」

 

 最後の方は冗談めかして笑うが本音だ。

 今日の試合、戻ってきた一樹が自身の誘拐の所為で敗けたなどと思わないように全力で戦い、そして勝つのだ。

 そして、戻ってきた彼に胸を張って盛大に言いたいことをぶつけてやろう。

 

「そうですね……ここで、俺がぐだぐだ考えていてもどうしようもないですし、この試合を楽しみにしているサイラオーグさんにも申し訳ないですよね」

 

 全てを吹っ切ったわけではないだろうが、さっきまでよりずっと引き締まった表情をしていた。

 そこで祐斗も話に入る。

 

「そうだね。僕も今回は一樹くんに言いたいこともあるし、戻ってきてもらわないと困る」

 

「あぁ。その為にも先ずはこのゲームに勝つ。あいつに不要な気を使わせないためにな」

 

「そうですわね。私たちの気を揉ませた責任はきっちりとっていただかないと。うふふ」

 

「勝つわよ!戻ってきたあの子を胸張って引っ叩くために!」

 

『おー!!』

 

「えぇ!?」

 

「いいんでしょうか?」

 

 仲間のテンションにグレモリー眷属の僧侶2人は身を縮めてドン引きした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、ここ?」

 

 人目を避けるためにダストシュートの中を移動して抜けた大きな部屋は生臭い臭いと獣の唸り声が鼓膜に届く。

 辺りを見渡すとそこには様々な生物が存在していた。

 檻に入れられている動物に近い生き物も居れば、液槽の中に入れられている天使や堕天使に見える生き物など。

 

「ここは合成獣の製造所だな。何十年か前から魔獣や捕獲した捕虜なんかを使って行われている研究の保管庫だ。今は、ノウマンの奴が仕切って管理されている」

 

「あいつか……」

 

 こちらの神経を逆撫でするような笑みを張り付かせた男の顔を思い出して一樹は眉間を寄せる。

 両親を殺したと言っていた男。結局その事実を聞くことは無かった。

 今更気にかかることを頭を振り払って追い出す。

 

「で?ここからどうすんだ?」

 

「少し遠回りになるが、ここは地下にあるから登って人間界への転送装置がある部屋まで上がる。さっきここの警備の粗方を倒したが、その所為で警備システムが作動してるはずだ。その目を掻い潜る。そうじゃねぇと施設内で毒ガスとか撒かれちまうからな」

 

 ここら辺はそうした仕掛けが少ないんだよ、と説明して進んで行く。

 扉まであと10歩ほどのところまで進んだ部屋内で一樹がバラドの服を後ろから掴んだ。

 

「どうした?」

 

「扉の向こうに誰かいる。気配が近づいて来てるぞ。それも複数」

 

「……ここを管理してる研究員が戻ってきたか?この時間帯は誰も来ない筈なんだがな」

 

 言いながら両手に斧を構えた。

 

「扉が開いた瞬間に畳むぞ」

 

「あぁ!」

 

 

 近付いてくる足音。

 扉を挟んでカチャカチャと音がする音が数秒聞こえると巨大な扉が上がっていく。

 ゆっくりと上がっていく扉が相手の腰の部分まで上がると速攻で叩き伏せるために動く。

 しかし現れたのは―――――。

 

「いっくんっ!?」

 

「おあっ!?」

 

 予期せぬ相手が現れたことで一樹はブレーキをかける。それにバラドも足を止めた。

 現れたのはここに居る筈のない白音、黒歌、アザゼル、イリナ、ロスヴァイセだった。

 

「黒歌たちにお前の気を探知させて移動してみたがドンピシャだったな。無事か?」

 

「なんか移動してるからおかしいと思ったけど、地下から入って正解だったかしら」

 

「一樹くん、怪我は!」

 

「手早く見付けられてよかったですね。後はここから脱出を……」

 

 口々から聞こえる今は懐かしいとさえ思える仲間の声。状況に頭が追い付かず、一樹はそのまま棒立ちになった。

 

「おい知り合いか、坊主?」

 

 バラドの問いもどこか遠くに感じる。

 視界に入った白い少女が安堵と不安が入り混じった表情でこちらを見ているのを唇が微動だにする。肩が震え、小さく首を動かすと視界が突然溢れた水でぼやける。

 

「し、ろね……!」

 

 会いたかった。

 話したかった。

 触れたかった。

 

 もっとも望んでいた相手が目の前にいる。

 

「――――――っ!!」

 

「あっ……!」

 

 一樹は膝を折って自分より身体の小さな女の子に抱きついた。

 胸に顔を埋め、嗚咽が漏れるのが聞こえる。

 普段は強気な態度を見せてもまだ十代後半に入ったばかりの子供だ。

 敵に捕らわれてどれだけ精神的に疲弊していたのか。

 白音はそんな一樹の頭をただただ撫で続けた。

 

 そこで小さくカシャッという音が耳に届く。そこには携帯を構えてこちらを撮影している。

 

「なにやってるの、姉さま……」

 

「いや~。いい画が撮れたわ~」

 

 携帯をポケットにしまう黒歌に一樹が手を出す。

 

「姉さん、携帯渡して」

 

「い・や」

 

「なんでだよ!つかそれをどうするつもりだ!」

 

「どうもしないわよ。思い出の1枚にするだけ」

 

「そんなニヤニヤした顔で言われても説得力ねぇんだけどな!?」

 

 そこでアザゼルから一樹の頭に拳骨が落とされる。

 

「敵地で騒ぐんじゃねぇ!」

 

 テェッ!と頭を押さえる。

 それにバラドが苦笑した。

 

「なんつーかお前も大変だな」

 

「察してくれて助かるよ」

 

 一樹と話しているのを見て白音たちが誰?という顔をする。

 それに気づいたバラドが肩を竦めて自己紹介をした。

 

「バラド・バルルだ。領地も何もない形だけの男爵だよ」

 

「拘束されてた俺を解放してここまで連れてきてくれたんだ。敵じゃない」

 

「言っておくが、俺はお前たちと敵対する気はないぞ。俺はさっさとここから出たいだけだから坊主に関しちゃ次いでだ次いで」

 

 手をひらひらさせるバラドに皆がどう反応するべきか迷っていると、白音が前に出る。

 

「その、バラドさん……ありがとうございました。おかげでいっくんと早く会えました」

 

 そう礼を言ってペコリと頭を下げる白音。彼女からすれば理由はどうあれ一樹を助けてくれた。それだけで充分だった。

 それにバラドは興味深そうに白音を覗き込むようにして見る。

 

「……?なんですか?」

 

「うんにゃ。お前が坊主が魘されながら何度も名前を呟いてた白音かーと思ってな。お前ってこういうちっこいのが好みなのぐあっ―――――!?」

 

 最後の方で一樹が脇腹に向かって蹴りを入れて倒す。

 ただその顔が若干赤くなっているのを周りには気付いていた。

 

「馬鹿なこと言ってねぇでとっととここ出るぞ!こんなとこ一刻も早くおさらばしてぇんだ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてズカズカと歩く。

 唖然としている白音に黒歌が耳元で囁く。

 

「良かったわね~白音ぇ~。あの子、白音に1番会いたかったみたいよ?」

 

 ニヤニヤしながら囁く黒歌に白音はその頬を思いっきり引っ張ってやった。

 イタイイタイと言う黒歌の頬を直ぐに放す。

 その際に赤く染まった顔を俯かせてバカ……と呟いていたのを黒歌は聞いた。

 合わせて周りの空気も大分弛緩される。

 その光景を見てバラドは口元を綻ばせた。

 

(こんなところまでわざわざ助けに来る。結構な仲間がいるじゃないか)

 

 そう思っていると、後ろから高速で飛来するエネルギーが通過し、一樹に向かって行く。

 

「甘ぇよ」

 

 一樹は一瞬だけ右手に手甲を具現化し、そのエネルギーを打ち消した。

 すると、パチパチパチと拍手する音が聞こえる。

 

「オォッ!今のを防ぎますか!大分腕を上げたようですねぇ」

 

「この声は!」

 

 その声を聴いてイリナが身体を強張らせる。

 合成獣を閉じ込めている檻の上に座る神父服を着た銀髪の少年が居た。

 その少年は軽やかに檻から下りてその端正な顔よ歪める。

 

「やぁ!やぁ!!やぁ!皆さんお久しぶりッス!ボクちんの覚えてますか~?」

 

 人を嘗め切ったような態度をする少年。

 その少年に一樹は――――。

 

「誰だよお前?」

 

 半眼でバッサリと切り捨てた。

 コケそうになる踏み止まり、少年は必死に自分を指さす。

 

「おいおいおい!!忘れたとは言わせませんぜ!まだ半年も経ってねぇだろ!?」

 

「?」

 

 挑発ではなく本当に分からないといった感じに首を傾げる一樹に白音が袖を引っ張って小声で教える。

 

「ほらいっくん。聖剣事件の時の――――コカビエルの下に居た」

 

 白音のヒントを聞いて思い出したのか手を叩いた。

 

「あぁ!居たなそういえば。祐斗にぶった斬られた奴な!確か名前は……そう!フリーザ!!」

 

「フリードだボケェエエエッ!?自信満々に間違えるとかどういうこと!?ちょいと御宅の記憶力が心配になりますよ!」

 

「あ?うるせぇよ。ちょっとしか関わらなかった下っ端の端役なんて一々覚えてる訳ねぇだろ。図々しいんだよ」

 

 一樹の言い分に周りもうわぁと引いている。

 これが挑発じゃなく素で言っている辺りがなんとも、という感じだ。

 

 仕切り直すようまぁいいにアザゼルが前に出る。

 

「どういうことだ?お前は確か、聖剣事件の後、うちから教会に引き渡されて極刑を待つ身だったはずだが」

 

「おーおー!確かにボクちゃんは死刑を待つ身でしたよ?でも、寸でのところで禍の団に移籍するやさし~聖職者さんたちと一緒に逃げ延びたわけですよ!そのあと二転三転していまじゃ、旧魔王派の合成獣の番って訳さー。俺様マジ獣臭い此処に辟易してたんでヤンス!」

 

 フリードの話を聞きながらアザゼルは顔を顰める。

 

「んな話聞いてねぇぞ、ミカエルの奴!イリナ……」

 

「私も聞いてません!てっきりもう極刑されたのだとばかり!」

 

 視線を受けて手と首を振るイリナにアザゼルは溜息を吐いた。

 

「ってことは、内々で処理しようとしやがったな。ま、極刑が決まってた奴が逃げられましたなんて言いたくないのはわかるが……」

 

 ミカエルも大慌てだっただろうが、おそらく逃げられたのは1週間や2週間前ではあるまい。これは後でしっかりと追及しないと。

 

「ハッ!以前の俺様と同じだと思ったら痛い目見るゼェ!なんせここで色んな実験で身体弄られたボクちゃんはハイパー進化したんだからなぁ!」

 

 そこで黙っていたロスヴァイセが口を開く。

 

「成程。ならばあの支離滅裂な言動もその実験の影響で――――」

 

「いえ。前からあんな感じでしたよあの人」

 

「ついでだから緩み切った頭のネジもしっかりと固定されりゃ良かったものをな」

 

「言いたい放題ね、2人とも」

 

 一樹と白音の言い分に黒歌が苦笑した。

 そうこうしているうちにフリードの方にも変化が訪れる。

 その背には6枚3対の翼が広げられていた。

 ただ、不自然なのは翼の種類だ。

 上から天使、堕天使、悪魔の翼が現れている。

 

「どうですか~!今の俺様ってば身体の中に三大勢力の全ての因子を備えちゃってる訳ですよ!木場くんの聖魔剣の生身バージョンな感じ?あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 その身体を見ながらアザゼルが分析する。

 

「見るからに、天使と悪魔の力を堕天使の因子を繋ぎにしてるってとこか?生体系は専門じゃないから外面を見ただけじゃ判断し切れないが。いやむしろ、融合というより1つの器に別々の仕切りを置いて内包させている?何にせよ、木場の聖魔剣とは別の形だな」

 

 ぶつぶつとひとりで推論を重ねているアザゼル。

 フリードはそれを無視して上機嫌に宙に浮いていた。

 

「サァ!特とご覧あれ!生まれ変わったボクちんの晴れ舞台をなぁ!!」

 

 意気揚々と右手に光力で作られた槍と左手には魔力で作られた弾が生み出される。

 先ずは左腕に作られた魔力の弾が放射された。

 着弾と共に爆音を上げてフリード側からの視界が遮られる。

 

「こいつもサービスだっ!!」

 

 光の槍が投げられ、直進する間に分裂する。

 研究室の地面を抉る威力が叩きつけられた。

 

「まさかこれで終わりですかぁ!!ちょっと呆気無さすぎですねぇ!」

 

 フリードの耳障りな高笑いが響く。

 しかし、それはすぐに止められた。

 

「一々人の苛つかせるのが上手い奴だ」

 

 フリードの位置まで跳躍した一樹が手に炎を纏わせる。

 

「ハッ!馬鹿が!それじゃ回避も出来ねぇだろうが!!」

 

「馬鹿はお前だ。攻撃に移ってるのが俺だけの訳ねぇだろ」

 

 フリードが光の槍を作ろうとしている右肩が突如切り離される。

 それと同時に飛来した苦無の糸がフリードに左腕に巻かれ、付けられた起爆符が爆発して潰した。

 両腕をほぼ同時に失って痛みに絶叫したところで一樹が片翼の翼を炎で切り落として地面へと墜とす。

 

「こ、このヤロッ!?」

 

「……」

 

 一樹は無言でフリードの首根っこを掴むと近くに在る人ひとりが通れそうな下水溝の蓋を外す。

 

「ちょ、お前まさかっ!?」

 

 そのまま投げつけるように下水道へと叩き込むが足と潰れた左腕を引っかけて持ちこたえようとするフリードに一樹は背中に足を置いた。

 

「失せろ」

 

 そのまま容赦なくフリードの身体を踏み抜いて下水道へと蹴り落とした。

 それを見ていたイリナが引いた。

 

「容赦無しよね。実は一樹くんって鬼か悪魔だったりするの?」

 

「失敬な。俺は純度100%の人間だよ。お前も容赦なくあいつの腕斬り落としただろうが」

 

 最初のフリードの攻撃は全てロスヴァイセが防いだ。

 それから左右からイリナと白音が左右から腕を潰して一樹は仕上げをしただけだ。

 フリード・セルゼンは確かに聖剣事件の時と比べて格段に強くなっていたのだろう。

 しかし、もはやそれぞれ急成長を続けるオカルト研究部の面々相手ではもはや実力不足と言わざる得なかった。それもたったひとりで向かってくるなど私刑にしてくれと言っているようなものである。

 

「下に落としたが死にゃしねぇだろ。さっさとここから―――――」

 

 出よう、と言おうとした時、聞きたくない声が届く。

 

「太陽、どこ行く?」

 

 聞こえた幼い少女の声に全員がそちらに向いた。

 

「チッ!やっぱり何の問題もなくここを出るって訳には行かねぇか」

 

 アザゼルが舌打ちして現れた最強の龍神を警戒した。

 

「アザゼル、その太陽は我の物。誰にも渡さない」

 

 無限と称されるドラゴンによる2度目の暴威が襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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84話:毒の聖女

 グレモリーとバアルの試合は終盤に差し掛かっていた。

 リアスたちは順当にサイラオーグの眷属を減らしたが無傷とは言えず、ギャスパー倒され。今しがたの試合で朱乃が脱落している。

 敵側が残っているのは王と女王と兵士がひとりずつ。

 次に振るわれたダイスの目は12だった。

 

「次は、サイラオーグが出るわ」

 

 数が逆転されたこの状況ならひとりでも多くこちらの戦力を削ろうとするだろう。サイラオーグはひとりでそれが可能なのだ。

 こちらは誰を出すかリアスは思案する。

 いや、思案するというが違う。

 自分たちが勝つにはどうするのが最善なのか。リアスは既に答えが出ていた。

 だが、どうしても喉の奥からその言葉が出て来てはくれなかった。

 それに気づいた祐斗が微笑みながら首を横に振る。

 

「部長、それは余計な気遣いです。ただ貴女はこの試合に勝つために命令してくれればいい」

 

 そう、分かっている。自分たちは勝つためにこの試合に臨んでいるのだ。

 だからそれを口にしなければいけない責任がリアスにはある。

 

「祐斗、ゼノヴィア。私たちが勝つために、サイラオーグを少しでも消耗させてちょうだい」

 

「仰せのままに」

 

「だが、敗けるつもりで闘うつもりはない。剣を振るう以上、勝つつもりで行く。だがもし私たちが敗れたなら」

 

「あぁ!任せとけ!仇は絶対に取ってやる!」

 

 一誠は祐斗と拳を軽く打ち付け、アーシアとゼノヴィアは主に祈りを捧げ、頭痛を起こして試合の場に移動した。

 ゲームに勝つために全力を尽くすと決めた。しかし圧倒的強者と戦うことを指示する際に結局は迷ってしまう。

 その迷いがリアスには甘く、醜く感じた。

 そんなリアスの手をアーシアが握る。

 

「部長さんは、それでいいんだと思います。私たちが戦って傷つくことを怖がってくれる人だから。私たちも部長さんのために戦えるんです」

 

 これは確かにゲームだ。しかし、血を流し、運悪ければ死ぬかもしれない場に平然と送り出せる者では、きっと本心からこの人の力になりたいとは思えない。

 傷つくことを怯えながら、それでも背中を押してくれる主だからこそリアスの眷属――――いや、オカルト研究部はひとつにまとまっているのだ。

 

 自分の在り方を肯定してくれるアーシアにリアスは微笑み、礼を言う。

 

「でもだからこそ目を逸らさずに観るわ。あの子たちがサイラオーグの力を引き出すのを」

 

 リアスは一瞬とて見逃さないようにと険しい表情でモニターに視線を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「お前たち2人を送り込んだのなら、リアスは一皮むけたということか。お前たちだけでは俺には勝てん。いいんだな?」

 

 リアスの成長を嬉しく思いながらも眼前に立つ2人の剣士にサイラオーグは問いかける。

 

「この試合、僕たちの役目は最上の状態でイッセーくんに送り届けること。そして僕たちはリアス・グレモリーの眷属です」

 

 主に勝利を捧げるために捨て石になることも厭わないと言い切った。

 その迷いのない意志にサイラオーグは口元を吊り上げる。

 

「そうか。ならば俺も全力でその覚悟に答えねばな!」

 

 サイラオーグは自身に科してあった枷を外す。目の前の敵がそうするにふさわしい相手と認めて。

 たったそれだけでサイラオーグから闘気が弾けてクレーターが出来た。

 

「……僕が時間を稼ぐ。ゼノヴィアは打ち合わせ通りに」

 

「あぁ。任せておけ!」

 

 聖魔剣を手にした祐斗とサイラオーグが同時に動いた。

 眼で追うのが難しい速度で動き。互いの攻撃が届く範囲に接近する。

 

「フッ!!」

 

 全力の振り下ろしに合わせてサイラオーグも拳を突き出す。

 結果、祐斗の聖魔剣はガラス細工のように砕かれ、届いていない拳の拳圧で祐斗の体が吹き飛ばされた。

 

「良い太刀筋だ。だが肝心の剣が脆い。それでは俺の拳は斬れんさ」

 

「クッ!?」

 

 再び聖魔剣を創造し、構えを取る。

 そこから動かずにいるとサイラオーグはふむ、と顎に手を当てた。

 

「臆したか?まだ戦いは始まったばかりだぞ!」

 

 常人なら瞬間移動でもしたのかと思うほどの一速で祐斗の傍まで接近する。

 放たれた拳に祐斗を捉える。

 

「ッ!!」

 

 しかしそれを祐斗は聖魔剣を使って受け流した。

 僅かな驚き。しかし容赦なく反対の腕で追撃を行う。

 

「シッ!!」

 

「むっ!?」

 

 その拳を再び受け流すと今度は反撃に転じた。

 切っ先が届く前にサイラオーグは後方へと下がる。

 

「1度目は砕かれ、2度目は受け流し、3度目は反撃にまで転ずるか。リアスは本当に良い騎士を見付けた」

 

「貴方の拳は確かに速く、重い。でも正直すぎる。動きが予測できればこれくらい……」

 

「耳に痛いな。なにぶん師などいない、独学で鍛え上げた拳技だ。小難しい技など持ち合わせはいなくてな!」

 

 拳を握るサイラオーグは祐斗の背後から伝わる膨大な聖の波動に気付いた。

 それは、ゼノヴィアのデュランダルから発せられる波動だ。

 

「聖剣の力を溜めていたか!」

 

 悪魔にとって天敵である聖なる力。それを極限まで高めた一撃を前に恐怖するどころかさらに歓喜する。

 

「さぁ、来い!聖剣の波動と鍛え上げた俺の闘気どちらが上か勝負っ!!」

 

「ハァアアアアアッ!!」

 

 溜めに溜めた一撃は振り下ろされた斬撃とともに放たれた。

 並の相手ならば跡形も残らないであろう聖滅の一撃。

 その一撃がサイラオーグを通過する。

 しかし―――――。

 

「あぁ。良い一撃だった。だが、俺を倒すにはまだ足りん!」

 

 次の瞬間、サイラオーグはゼノヴィアへと突進する。

 

「アレを受けても無傷か!」

 

 カウンターでゼノヴィアがデュランダルを振るう。しかし、その剣は素手で受け止められた。

 

「なっ!?」

 

「驚いている暇は無いぞ!」

 

 そのままデュランダルごとゼノヴィアの体を引っ張り、拳を撃ち放つ。

 身を捩り、その拳を躱すと同時に横切った腕を蹴って着地する。

 

「良い動きだ!」

 

 繰り出された蹴りをデュランダルで防ぐがそのまま剣ごと体を蹴り飛ばした。

 戦車であるゼノヴィアを易々と蹴り飛ばす脚力に観戦していた誰もが驚愕しながらも状況は動く。

 

 背後から迫った祐斗が聖魔剣を振るう。サイラオーグは自身の腕でそれを防いだ。

 しかし、絶対の防御を誇っていたサイラオーグの腕に僅かな傷を負った。

 

「ぬっ!」

 

 素早く気付いたサイラオーグは斬り込ませる前に剣を弾き、逆に拳を打ち込もうとするがギリギリのところで祐斗は躱した。

 

「成程。雷を纏っているのか」

 

「えぇ。雷を纏った聖魔剣です。これで切れ味を強化しています。貴方には小細工に見えるかもしれませんが」

 

「だがその小細工が俺に一筋の傷を付けた。俺がレーティングゲームに立ってから誰も成し遂げられなかったことだ」

 

 久方ぶりに与えられた痛みに喜びを覚える。

 

「さぁ、次はどう出る?まさかこれだけで満足したわけではあるまい」

 

「もちろんです!後に続くイッセーくんたちのために、まだ付き合ってもらいます!」

 

「いいだろう!来いっ!」

 

 雷の聖魔剣で応戦する。

 しかし、薄皮一枚から先に刃を通すことができないでいる。

 掠っただけでも肉が削ぎ落とされそう攻撃をギリギリのところで避けつつ剣を振るうもその剛腕に止められてしまう。

 祐斗はただ一度のチャンスを待っていた。

 その為に死地と言うべき間合いでひたすらに回避に集中する。

 

 そして、そのチャンスはすぐに訪れた。

 

「オォオオオオっ!!」

 

 咆哮とともにデュランダルを大きく振りかぶったゼノヴィアが迫る。

 デュランダルには先程と同じように聖なるオーラが集められている。

 違いはその力は放つ為のモノではなく、直接斬りつける為の纏っているという点だ。

 

「喰らえっ!!」

 

 振り下ろされた剣がサイラオーグの体に届こうとした。

 しかし――――。

 

「なっ!?」

 

「惜しかったな。もう少し反応が遅れていれば受け止められなかったぞ」

 

 サイラオーグはデュランダルを白羽取りで受け止めていた。

 

 僅かにサイラオーグの表情が歪む。

 ここまで力を凝縮された聖剣の力に触れて刃を挟んでいる掌は火傷のような傷痕を残していた。

 

「終わりだ……!」

 

 そのまま刃を自分から剃らし、渾身の蹴りでゼノヴィアの体を蹴り飛ばした。

 並の相手ならば体が突き破ってもおかしくない威力の蹴り。戦車としての防御力が功を成し、意識を奪うだけで済む。内臓までどうなっているかは誰にもわからないが。

 ゼノヴィアが作った一瞬の隙を逃さずに構えを取った。

 その構えは祐斗がシトリー戦で女王に対して使った技。

 現在の木場祐斗が使える放たれれば最速にして最大の一撃の突き。

 

 突き技は腕は伸び切る。

 刀身から赤い血が滴り落ちた。

 

「見事だ……」

 

 サイラオーグが誰に聞かせる訳でもなく自然とそう溢した。

 祐斗が放った突きはサイラオーグの左手に突き刺さり、手の平から裏まで真っ直ぐに突き刺さっていた。

 

「武器の不足を技量で補ったか……お前たち2人は尊敬に値する剣士だった」

 

 だがそこまでサイラオーグの右拳は祐斗の体を捉えて突き刺さっている。

 

「……もう少し、喰らいつけると思ったのですけどね」

 

「卑下することはない。これで俺もフェニックスの涙を使わざるを得なくなった。お前たちは前言通り最高の状態で俺を赤龍帝に送り出したのだ」

 

「……」

 

 その沈黙はサイラオーグの言葉に対する喜びか。それとも主に勝利を捧げられなかったことへの無念か。

 こうしてリアス・グレモリーの2人の剣士は敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスは目の前の最強に対してその力をすべて出し切り敗北した仲間への感謝と称賛が感情の大半を占めていた。

 理性的な部分ではこれでサイラオーグの切り札を1つ使わせたことへの安堵もある。

 この次はサイラオーグの女王であるクイーシャが出るだろう。

 こちらは兵藤一誠を出し、相手を倒す。

 クイーシャは一誠の手札を1つでも明かすための捨て石として立つだろう。

 そう考えていたリアスの袖を引っ張る手があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイスの出目は9。

 互いに駒価値の少ないメンバーはほぼ脱落した。

 だからこそ誰もが兵藤一誠を出してくると思っていた。

 しかし戦場に立ったのは別の悪魔だ。

 

 アーシア・アルジェント。

 

 リアス・グレモリーのメンバーでもっとも戦闘とは程遠い、治癒にのみ特化した僧侶。

 成程、とクイーシャは小さく息を吐く。

 ここでアーシア・アルジェントを降参させて手札を曝さないままサイラオーグとの戦いに挑もうという事か。

 次の試合はルール上、クイーシャは出られない。

 そしてサイラオーグは兵藤一誠との戦いを望んでいる。

 サイラオーグの兵士はとある理由からあまり人前に出すことを良しとしていないという理由もある。

 多少の無茶はしてもその一戦を望むだろう。

 しかし、それを良しとしていない者がいた。

 

「部長!なんでアーシアを!」

 

 ここは一誠を出して速攻で決着を着けるのが最良の筈だ。

 確かにその通りである。

 一誠がクイーシャを討ち、次の戦いでアーシアを降参させるか運よくサイラオーグを引き当てるか。

 ここでアーシアを出すのはハッキリ言って一誠の負担を増やすだけだった。

 リアスはモニターを観戦しながらポツリと呟く。

 

「イッセー。アーシアはね。ディオドラに捕まったことをずっと後悔していたのよ」

 

 あの時はリアスと黒歌のおかげで大事にはならなかったが、もしそうでなかったらと思うと、きっと酷いことになっていただろう。

 アーシアはずっとそれを気に病んでいた。

 

「だから治療だけじゃいけないってずっと戦う方法を探していたわ」

 

「だからって!?」

 

 相手はサイラオーグの女王だ。弱い訳はない。例えあれから戦う術を身に付けていたとしてもそんな付け焼刃が通用するとは思えなかった。

 なのに何故戦う許可など出したのか

 そう熱くなる一誠をリアスは特に反応しないまま淡々と呟く。

 

「イッセー。貴方は忘れているようだけど……アーシアを師事しているのはあの猫上黒歌なのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「降参しないのですか?」

 

「はい……貴方は、私が倒します」

 

 かつての彼女なら先ず口にしなかったことを言葉にする。

 その眼には強い決意が宿っていた。

 既に試合は開始している。アーシアはゆっくりと準備に入っていた。

 

(怖い……)

 

 アーシア・アルジェントは戦いという行為に愉しみを見出したことは一度もない。

 堕天使陣営に身を置いていた時にフリード・セルゼンの暴挙にもレーティングゲームを含めて過ぎ去った戦いを一度として歓迎したことはないのだ。

 敵を含めて誰かが傷つくのはイヤだ。

 大事な人たちが傷つく姿を見るのは辛い。

 

 だが、現実として戦いの連続だった。

 目的の善悪や想いの強さはともかく、誰もが譲れないモノがあり、戦って傷ついて来た。

 その中で自分が出来たことは傷ついた仲間を癒すことだけ。

 それも間違ってはいないだろう。何故ならそれはアーシアにしか出来ない役割だから。

 けれど、その考えにもヒビが入る。

 それは、ディオドラ・アスタロトに拉致られそうになった時だ。

 自分が人質になったら仲間がどうなっていたか。

 その未来を想像するだけで震えて眠れない時もあった。

 だから戦う術を。身を守る術を学んだ。

 もっとも師である女性は苦笑しながら治癒に全力で伸ばすのも手、と言ってくれたが。

 

「朱乃さんとの戦いを見て、貴女を倒せると確信しました。だから、私はここに立っています」

 

 安い挑発だった。

 勝てる手はあるが、おそらく10回戦って1回勝てれば御の字。

 僅かな失敗であっけなく自分は敗北するだろう。

 心から怖いと感じる。

 いつも自分を守ってくれる仲間のいない戦場。それがこんなにも心細くて肩が震えている。

 

「身体を震わせてよくそのような戯言が口に出来ますね。ですがその妄言が安くないことを教えましょう」

 

 悪魔の翼を展開し、上空から竜巻のような風の魔法を複数展開する。

 

「ただ一撃。苦しまずに終わらせてあげます」

 

 アーシアに放たれる無数の渦。

 その暴力は容赦なく襲いかかった。

 直撃によって耳を聞こえる衝突音と巻き上がる土煙。

 控室からイッセーが悲鳴のようにアーシアの名を呼ぶがもちろん当人には聞こえていない。

 

 風の魔法によって奪われた視界が晴れていく。

 その場にはアーシアが防御魔法張ってクイーシャの攻撃を防いでいた。

 

「ハァッ……ハッ……ハァ……!?」

 

 傷1つ負わずに防いでいた。

 改めてアーシアはひとりで戦うことの恐怖を感じていた。

 

(なんとか、防げました……!)

 

 夏休みの合宿でまず習ったのはこの防御魔法だった。

 とりあえず身を守ること、と習った。

 数発だけなら白音の螺旋丸も防げる盾だ。

 

「私の魔法を防ぎますか。加減をしたつもりは無かったのですが。でも、ただ防いでいるだけでは戦いには勝てません」

 

 上から今度は氷柱が落とされる。

 アーシアも悪魔の翼を広げて空へと飛び上がる。

 魔法の盾を展開しながらクイーシャに近づこうと動く。

 

 距離を半分まで詰めたところで盾が破壊され、アーシアの体を貫いた。しかし―――――。

 

「幻影!?」

 

 氷柱が当たるとアーシアの存在が掻き消える。

 

「こっち、ですっ!」

 

「っ!?」

 

 横から迫ってきたアーシアを水の剣で切り裂こうとする。

 だがそれも幻影。

 

「敵の僧侶はどこに!?」

 

「ここです」

 

 いつの間にか現れたアーシアが背中からクイーシャに抱きつく。

 

「こうなれば、ご自慢の穴によるカウンターは出来ませんよね?そしてこれで終わりです……!」

 

 手にしている刃物で自ら左腕を切り裂き、クイーシャに自分の血を浴びせた。

 

「なに、を……」

 

 突然敵が行った自傷行為に驚いている間にアーシアが振り払うまでもなく離れる。

 そしてすぐに自分の異常に気付いた。

 

 突然眩暈に襲われ、身体が痺れ始めたのだ。

 

「毒か!?」

 

「はい。今の私は術で自分の血や汗などの体液は全て毒に変えています」

 

 僅かな痺れは徐々に深刻さを増していく。

 それに伴って魔力の制御も覚束なくなっていった。

 

「この毒で痺れを感じ始めると少しずつ魔力の制御も難しくなります。そして次第に体の自由を奪うのです」

 

 麻痺毒か!とクイーシャは悟る。

 もう口を動かすのも辛い。

 

 弱点としては術を使うとアーシアの体から常に毒気が発せられ、狭い場所では有効だが広さがあると当然効果が現れるのに時間がかかる。魔力で生成している関係上、アーシア自身の魔力を相手の魔力や闘気が大幅に上回る者には効果が見込めない。

 最後に敵味方の区別がつかないという点だ。

 だからこの術を使う際は味方がいない状況で尚且つ近接戦が主体ではないなど数々の条件が重なる必要があった。

 

 ついでにあくまでも麻痺毒なのは彼女の性格上の問題だ。

 

「…………っ」

 

 魔力の制御が出来なくなったクイーシャはそのまま地面へと落下していく。それだけで充分だった。

 彼女は落下の衝撃でそのままリタイアした。

 

 アーシア・アルジェントはこうして初めて勝利を手にした。

 

 

 




作者はアーシアをどうしたいんだろうか?


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85話:八つの門

 選手控室に戻るとアーシアがその場で座り込んだ。

 

「アーシアッ!?」

 

「あはは……すみません。お2人の顔を見たら安心して気が抜けちゃいました……」

 

 初めての単独戦闘。結果として敵の女王を撃破。

 全体的な流れとして見れば必要ない試合と言えるがそれでも彼女にとって大きな意味を持っていたに違いない。

 一誠に抱えられながらアーシアは質問する。

 

「イッセーさん……私、少しは強くなれたでしょうか?」

 

「アーシアは元々強かったさ。でも向こうの女王をひとりで倒しちまったんだ!誰もアーシアが弱いなんて思えねぇよ!」

 

 一誠の言葉にアーシアは嬉しそうに頬を緩めた。

 

「それで、腕の怪我は?」

 

「あ、はい。もう自分で治しました!」

 

「アーシア……」

 

 椅子に座らされたアーシアにリアスが近づく。

 彼女は笑みを浮かべてアーシアの頭を撫でた。

 

「イッセーの言う通りよ。アーシアは強くなったわ。クイーシャを倒したこともだけれど。自分で考えて戦い方を学んで前に出た。そのことこそが」

 

 ただ守られ、癒すだけではなく、戦う術を得た。

 傷つけることを忌避する彼女がそれらを学ぶのにどれだけ強い決意があったのか余人が知るところではない。

 だがその成果はこの試合で示したのだ。

 

「えぇ。貴女が私の僧侶で良かった。アーシアは自慢の仲間だわ」

 

「――――――っ!?」

 

 不意に涙が出そうになった。

 しかしそれを流さずにアーシアはコクコクと首を動かす。

 

 そうした一幕がグレモリー側で起きていると、サイラオーグから提案が出された。

 

 ―――――次を最終戦にして団体戦で決着を着けたいと。

 

 このまま行けば当たるのは一誠とサイラオーグ。もしくはまだ表に出ていない兵士だろう。

 アーシアは戦闘が知られていない初戦でしか戦えず、棄権する形になる。

 サイラオーグの兵士が出れば一誠は消耗する。彼はそれを望まずに万全の赤龍帝と戦いたかった。

 今後の展開が読めてしまうこととアーシアがクイーシャを降すという大番狂わせが起きた熱を維持するために次を最後の試合にしたいと委員会に提案したのだ。

 その提案にリアスの返答は【是】。

 彼女もここまで来てチマチマとダイスを振るより一気に決着を着けた方が性に合う。

 数分委員会からの返答待ちの末に結果は団体戦を許可する旨がアナウンスより伝えられた。

 

 こうしてこのレーティングゲーム最後の戦いが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 禁手を既に発動させて会場に上がった一誠に多くの子供たちが声援を送っていた。

 互いに王と兵士が向かい合っている。

 

「リアス。お前の眷属たちはどれも強力な者ばかりだった。特にあの僧侶の戦いは意外だったぞ。まさかあんな隠し玉を用意していたとは」

 

「あれはあの子が自分で考えて習得した力よ。私が指示したわけではないわ」

 

「そうか。兵藤一誠。ようやくだ。ようやくお前と拳を交わらせることができる」

 

 サイラオーグの言葉に一誠は自分なりに答える。

 

「これはゲームです。仲間が敗けたことで腹を立てるのは筋違いだって分かってます。でも俺は仲間がやられたのに何とも思わずに試合に挑めるほど大人じゃありません。この試合で仲間の無念の全てをぶつけさせてもらいます!」

 

「いいだろう!それがお前の力になるなら、遠慮なくその感情を爆発させろ!その全てを俺は打ち砕く!!」

 

 試合開始の合図が流れた。

 

 通常の禁手状態で倍加を行い、一誠は一気にサイラオーグに詰め寄るとその拳を顔面に叩き込んだ。

 しかし僅かに顔を動かしただけでその足は一歩も引かせることが叶わない。

 

「思った以上に芯に響くな。奢らぬ研鑽と実戦を潜り抜けて鍛え上げた拳だ。いくら神滅具を宿していたとしても、悪魔になって日の浅い者が易々と積み上げられる拳じゃない」

 

 まるでようやく対等な遊び相手を見付けた子供のような笑みで話す。

 一誠はこの戦いで温存などする気は無かった。

 自分が今日まで鍛え上げた全てをぶつけてようやく勝てる――――いや、戦う土俵に立てる相手だと認識している。

 その上で勝つのだと誓った。

 

 自分の拳を喰らって動かないサイラオーグに距離を取ると敵の兵士が間に入った。

 仮面によって隠された素顔は一誠と変わらない年頃の少年。しかしそれはすぐに変貌する。

 顔はひび割れ、身体が膨張し、その姿を獅子の獣に変化した。

 

 アナウンスの驚きが舞台に響く。

 自身の兵士をサイラオーグが説明した。

 

「こいつは神滅具(ロンギヌス)の1つ。【師子王の戦斧(レグルス・ネメア)】前に所有者が死亡し、単独で敵を殺していたところを俺が見付けて自身の眷属にした。獅子を司る我が家系の縁とも思ってな」

 

 神滅具に悪魔の駒を使ったという事実に誰もが驚く。一誠はアザゼルが居たら眼を輝かせそうだなぁと考えていた。

 

「所有者が居ないせいかこいつはとても不安定でな。この試合以前は暴れて危険なため表に出すことは出来なかった。こいつを抑えられるのは俺だけだからな」

 

 説明を聞いてリアスが前に出た。

 

「どちらにせよその獅子の相手は私ということね」

 

 リアスの手にはロキとの戦いで用意していた自身の滅びの魔力を祐斗の魔剣創造で創り上げた滅びの魔剣が握られている。

 

「部長!」

 

「イッセー。サイラオーグから一瞬でも意識を外さないで!その一瞬で貴方が敗北するわ!こっちはどうにかしてみる」

 

 それほどまでの実力者なのだとリアスは断言する。

 

 頷いた一誠はサイラオーグと向き合い、決意を固める。

 トリアイナでなければサイラオーグには勝てない。

 決めるなら短期決戦だと覚悟を決めた。

 

 まだ形態を変えずにサイラオーグに接近する。

 互いに殴り合い。一誠は敵の隙を伺いながらサイラオーグの剛腕に耐えていた。

 拳を受けながら、左の拳が右の拳より若干遅く、威力も劣っているように感じる。

 フェニックスの涙で治癒された筈の左手。

 だが受けたのは聖と魔を内包する聖魔剣。傷は癒せてもまだ貫かれた痛みだけは引いていなかった。

 

(ハハッ!確かに最高の状態でバトンを渡してくれたぜ、木場(しんゆう)ぅ!!)

 

 一誠はトリアイナの龍剛の戦車を発動させ、その鎧を分厚く変化させた。

 

「だぁあああああっ!!」

 

「ぬっ!?」

 

 渾身の一撃はサイラオーグの体を宙へと後退させる。

 その一瞬で一誠は龍剛の戦車から砲撃主体の龍牙の僧侶へとチェンジした。

 両肩の砲身から膨大な魔力が集められる。

 

「ドラゴンブラスターァアアアアッ!!」

 

 サイラオーグを包み込む程の巨大な砲撃が左右から発射される。片方は外れたがそれでもダメージは通った。

 煙を上げながら地上に落ちる敵を見て一誠は肩で息をしながらその落下位置を見つめている。

 決着が着いたわけではないのだから当然警戒を緩めない。

 起き上がったサイラオーグは体に付いた埃を払いながら満足そうに笑っていた。

 

「これ程のものか。強いとは思ったが、まだ過小評価だったらしい」

 

(ダメージは与えられてるんだろうけどピンピンしてるよ。どんだけ硬いんだこの人!)

 

 サイラオーグの防御力にうんざりしていると後ろの方からリアスの小さな悲鳴が聞こえた。

 見てみると、レグルスによってリアスの大きく傷を付けられていた。

 

 膝をついているリアスに追撃をかけることなくその獅子は話始めた。

 

『このまま放置すればそちらの王はリタイアすることになる。助けたくばフェニックスの涙を使用するかしかない』

 

 わざとだ。フェニックスの涙を使わせるために敢えてリアスに止めを刺していない。

 

「余計なことを、と言えば俺の王の資質が疑われるか。いいだろう、それは認める。だが赤龍帝との戦いはこのままやらせてもらうぞ」

 

『申し訳ありません。これも主を思うが故の行動』

 

 サイラオーグの言葉にレグルスが謝罪している間に一誠はリアスへと近づく。

 

「部長、涙を使います」

 

「ごめんなさい、イッセー。どうやら、私はあなたの足を引っ張ってしまったみたい。でも、一太刀は浴びせたわ―――――」

 

 リアスの一言と同時にレグルスが唐突にバランスを崩す。

 見れば、その右前足が傷を負っていた。

 

『なっ!?』

 

「滅びの魔剣を盾に使った。滅びの魔力で切れ味だけに性能を割り振ったあの剣には剣術も必要ない。ただ当てればいいのよ」

 

 弘法筆を選ばずという言葉があるがこれはその逆。

 当てるだけで大抵のものが切れる剣は使い手が剣士でなくとも構わない。一太刀だけなら振るうのではなく盾として使えば相手を切れるのだから。

 

『クッ!?』

 

 それでもリアスの過失は大きいのだが。

 

 リアスの治療を終えて再びサイラオーグに向き直り、今度の展開を考えていた。

 確かに決め手にはならなかったがこのまま行けばトリアイナで押しけれると考えられる。もちろん一筋縄ではいかないだろうが。

 

『サイラオーグさま!私を身に纏ってください!私の禁手ならばあの赤龍帝を遥かに超越する!わざわざ勝てる試合を本気を出さずに―――――』

 

 レグルスの進言をサイラオーグは怒声を持って返した。

 

「黙れ!!アレは冥界の危機にのみ使うと決めている!ここで赤龍帝を相手に使って何になる!俺は好みだけで戦うのだ!!」

 

 それを聞いた一誠の中である種の好奇心が刺激された。

 自分が尊敬するこの人がその禁手を使うことでどれだけ強くなるのか。それと戦ってみたいという欲。

 

「その獅子を身に纏ってください」

 

 一誠の言葉にサイラオーグは目を見開いた。

 

「俺は、全力を出した貴方と戦いたい。そうじゃなきゃ意味がないんです!最高の貴方を倒さないと俺は胸を張って仲間の下へと帰れない!本気でもない相手に勝ってどうやって胸を張れるんだ!!」

 

 一誠の叫びにリアスは好きになさいと諦めたかのような溜息を吐く。

 それにサイラオーグの返答は―――――。

 

「お前の気持ちはよく分かった。言い分も理解できる。しかしそれでも俺はレグルスの禁手を使うわけにはいかん」

 

『サイラオーグさまっ!?』

 

 その答えに異を唱えたのは他の誰でもないレグルスだった。

 

「それにな兵藤一誠。俺はまだ、お前に出せる手を出していない!レグルスを使わせたければ、先ず今の俺を越えて見せろ!」

 

 構えを取り、唸るような声を出す。するとサイラオーグのオーラが爆発的に上昇した。

 その上昇は赤龍帝の籠手にも匹敵するほどのデタラメな上がり方だった。

 それにドライグが驚愕の声を上げる。

 

『この力の上昇……奴はまさかっ!相棒!勝ちたければ今の内に勝負を決めろ!手に負えなくなるぞ』

 

「ど、どうしたんだよドライグ!?」

 

『奴は八門遁甲を開くつもりだっ!!』

 

「八門遁甲?」

 

 聞き慣れないそれに一誠は疑問を口にした。

 それにサイラオーグは嬉しそうに口元意を吊り上げる。

 

「流石は赤龍帝。知っていたか」

 

『……人体には八つのリミッターが存在する。開門・休門・生門・傷門・杜門・景門・驚門・死門の八つだ。それを開くことで爆発的に身体能力を上昇させるのが八門遁甲の陣と呼ばれている』

 

 ドライグの声にはどこか脅えが混じっていた。

 

『以前俺はその陣の使い手と戦ったことがある。まだ神器に封印される前の話だ。それを使ったのは体術を極めただけの武術家の人間だった』

 

「だ、だから何だって言うんだよ!」

 

『いいか、相棒。まだ俺が神器に封印されていない、全盛期の俺にたったひとりの人間が互角の戦いを演じたのだぞ!』

 

 ドライグの叫びに一誠は言葉を失う。

 三大勢力が戦争を中断して共闘してようやく二天龍を封じた。

 その片割れをたったひとりの人間が互角に戦ったという。

 

『結果的に見れば俺の勝ちだったろう。だがそれは最後の死門を開いた者は確実に死ぬからな。俺はただ、敵の時間切れで生き延びたに過ぎん。あのまま戦っていればどうなっていたか……』

 

 聞き捨てならない言葉が混じっている。

 

「それって!サイラオーグさんが死ぬってことか!」

 

 一誠の叫びにサイラオーグは自分の未熟さを自嘲するように答える。

 

「いや、俺が開けるのはまだ五門である杜門までだ。俺はこれをバアルの書庫で見つけ。独学で習得した。魔力を持たない俺にはうってつけの術だったからな」

 

 今もなおサイラオーグのオーラは上昇している。

 そして見た目も変化していく。

 鼻から血を流してその肌は赤く染まっていく。

 

「俺もコレを誰かに試すのは初めてだ!加減など出来ん!殺してしまうかもしれんが敢えて言おう!死ぬなよっ!」

 

 その言葉が再戦の始まりとばかりに距離があるにも拘らずにサイラオーグは拳を大きく振り抜いた。

 たったそれだけ。本来なら調子を見る為の動作確認とでも勘違いしそうな行為。

 しかし、一誠の鎧に変化が起きた。

 龍牙の僧侶の二門ある砲身の片方がまるで圧力を加えられたかのように破壊された。

 

「え?」

 

 状況が理解できずに呆けるとサイラオーグが警告する。

 

「兵藤一誠。このまま負けたくなければ先程の重圧な鎧に姿を変えろ!そのままでは俺はここからお前を倒せるぞ!」

 

 サイラオーグの警告に現実に引き戻された一誠はすぐさま龍剛の戦車へとチェンジする。

 またもサイラオーグは当たる筈のない位置から拳を繰り出した。

 

 なのに今度は一誠の体が大きく後退させられる。

 

「なんだよあれ!?」

 

 もしかしたら不可視な砲撃でも喰らわされたのかと思ったがドライグが即座にそれを否定した。

 

『今のはただの拳圧だ!奴が振るった拳そのものが強力な空気砲となって俺たちを押し退かせたに過ぎん!』

 

「拳圧って、んなバカなっ!?」

 

『……受け止めた腕の鎧を見てみろ』

 

 ドライグに言われた通り両腕を見てみると、一誠の形態の中でもっとも強靭な硬さを誇る腕の鎧が僅かに潰れていた。

 

『確かに禁手だなんだのと言っている状況ではなくなったな』

 

「俺もこの状態を長くは維持できん。すぐに決めさせてもらうぞ!」

 

 サイラオーグが地を蹴ると瞬間移動の如く一誠の目の前に現れた。

 

「クッ!?」

 

 破れかぶれに拳を突き出すが、当たる瞬間にサイラオーグが幻の如く掻き消えた。

 驚く間もなく後ろに現れたサイラオーグが一誠を蹴り飛ばす。

 単純に拳を避けて背後から蹴ったのだ。一誠の見失うほど速く。

 その一撃だけで一誠は意識が飛びそうになった。

 

「なら、こっちも速度で対応してやる!ドライグ!龍星の騎士だっ!!」

 

『やめろ相棒!騎士の速度でもあれには対応できん!装甲の薄い騎士の形態では一撃を喰らってやられるだけだ!』

 

「じゃあどうしろって……!」

 

 そうして迷っている間にサイラオーグは一誠に接近している。その反則的なスピードで宙に蹴り飛ばされた一誠を前後左右だけでなく上下からも襲いかかる。

 一撃を貰う度に重圧な鎧は破壊されていき、修復すら間に合わない。

 

「ウォォオオオオオオッ!!」

 

 獣のような咆哮とともにサイラオーグは一誠に拳を当てて隕石の落下の如く地面へと叩きつけた。

 その衝撃に視界が塞がる。

 

「イッセー……」

 

 そのあまりのデタラメさにリアスは何も反応できなかった。

 今の一誠ならサイラオーグ相手にも勝機があると思っていた。

 だがそれは思い上がりだったと痛感する。

 僅かな優勢は覆された。

 理不尽なまでの圧倒的な暴力。アレに対抗できるのが悪魔全体でもどれだけいるか。

 

 視界が晴れるとそこには仰向けになって倒れた一誠が右手でサイラオーグの拳を受け止めていた。

 その籠手の部分は既にボロボロだった。

 

「見事だ。最後の一撃だけは受け止めたか。だがその手も無事ではあるまい。そして、終わりだ!」

 

 反対の手で一誠に止めを刺そうと振り上げる。

 しかし兜が壊れて顔が見えた一誠は口元を吊り上げた。

 

「……クソッ!アザゼル先生からこれは使うなって念を押されてるのに。でも貴方になら……たとえ寿命を削られたって惜しくない!このまま何もしないで敗けられるかよっ!!」

 

 次の瞬間、一誠の右手の壊れかけた赤い籠手が白く染まった。

 

『Divide!!』

 

 その声が届くと同時にサイラオーグは全身に虚脱感が襲われた。

 

「なにをした……!?」

 

「以前、ヴァーリの奴と戦った時に白龍皇の能力を取り込んだんです。でも元々相反する力だからリスクが高くて。成功率も高くないし。成功失敗に関わらず俺の寿命は削られていく。ついでに言うと敵から力を奪い取るんじゃなくて奪い捨てるだけ。時間が経てば奪った力も戻ってしまう」

 

 立ち上がって一誠はでも、と笑う。

 

「どうやら、今回は成功見たいッスね」

 

 そのまま腕を引っ張ってサイラオーグの顔を殴りつけた。

 起き上がっり流した鼻血を拭って笑う。

 

「まだそんな力を隠し持っていたか!!」

 

「さっき散々偉そうなこといったけど。やっぱ敗けるのはダメだわ!俺はリアス・グレモリーの兵士だから……だから、主に勝利を捧げる!!」

 

 半減の力がどれだけ長引くか判らない。

 もう形振り構っていられない。

 約束したのだ。前に祐斗とギャスパーと。リアスの眷属として主に勝利を捧げようと。その誓いは破れない。

 

 走りながら鎧を最低限修復し、サイラオーグ拳を叩きつけると大きくよろめく。

 

『相棒!半減もそうだが八門遁甲は極端に体力を奪う!正念場だぞ!!』

 

「応っ!!」

 

 拳を振るいながら一誠は相手が自分よりデカい相手で良かったと思った。

 もう目が良く見えない。ただ、薄らと見える輪郭を闇雲に殴り続けているだけ。

 そしてもちろんサイラオーグも殴られているだけではない。

 

 その大きな拳を喰らう度に意識を失わないことが不思議でならなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 殴られれば殴り返す。

 血飛沫が飛び、体からどう考えてもヤバい音が耳に届く。

 だが2人は殴り合いを止めなかった。

 ただ勝つのだと。その想いだけで倒れることは許されなかった。

 きっと足を地に離せばもう二度と立ち上がれないと理解しているから。

 

 歓声が聞こえる。

 一誠とサイラオーグ。どちらにも声援が響いていた。

 

 そんな中でドライグが警告する。

 

『相棒!そろそろ奴の力が戻る!』

 

 分かってる!答える代わりに渾身の拳でサイラオーグに殴りつける。

 顔面を真っ直ぐに射抜いたそれにサイラオーグも僅かに後退させた。

 

 だがそれだけ。

 次の瞬間にサイラオーグのオーラが元に戻る。

 反撃に彼もその拳を振るった。

 

 一誠の顔面に拳が突き刺さる。

 

「ゴフッ!?」

 

 しかし、血を吐いたのはサイラオーグだった。

 見ると、八門の内五門まで開いて赤く染まっていた肌は元に戻っており、その拳も先程までより弱くなっている。

 

「オォアアアアアアアアッ!!」

 

 顔面に突き刺さったままの拳を顔で押し退けて一誠は殆ど原型の無い籠手でサイラオーグを殴った。

 本当に本当の最後の一発。

 これで倒れないのならもう―――――。

 

「く、くはは……」

 

 そんな笑い声がサイラオーグの口から洩れた。

 

「ここまで全力を出したのは初めてだ。そうか。己の全てを出し切るとはこういうことか……」

 

 楽しいなぁと口が動く。

 その一言を最後にサイラオーグの体が前に折れ、一誠の体に倒れ掛かった。

 既に限界の一誠もサイラオーグの巨体を受け止められず、一緒に倒れる。

 限界まで体力を使い切っていた一誠も落ちる瞼に抗わずに意識を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた一誠は医務室のベッドから体を起こした。

 受けた傷は全て直っているが痛みだけはまだ完全には引いていない。

 僅かな眩暈を振り払うように頭を振ると横から声が聞こえた。

 

「目が覚めたか」

 

 隣のベッドに座っていたサイラオーグが話しかけてきたのだ。状況からして見舞いに来たわけではないだろう。

 

「俺たちの敗けだ。だが、不思議と充実はしている」

 

「俺からすれば試合に勝って勝負に敗けたようなものです。結局、貴方の全てを引き出すことができなかった」

 

 一誠には余裕はなかったがサイラオーグにはまだ禁手があった。結果的にはゲームで勝ちは拾ったが、一誠個人としては敗北に等しい結果だった。

 タイマンですら相打ちだったのだから。

 もしあの状態で禁手まで使われていたら。きっと戦いにすらならなかった。

 

「そう言うな。それも含めて俺の実力だ。お前はリアスを勝たせた。それだけは誇っていいことだろう」

 

「はい……」

 

 試合に勝った相手を敗けた相手が諭すという意味不明な何とも言えない状況だ。

 

「あの……今回俺は貴方の禁手を使わせることができませんでした。でも次に戦う時には必ずそれを使わせて見せます!もっともっと強くなって、サイラオーグさんの全力に応えられるように」

 

 真っ直ぐこちらを見つめる一誠にサイラオーグは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「そうか。それはとても楽しみだ。ならば俺も、次戦う時は己が制約を棄て、全てを出すと約束しよう」

 

 そうして2人は拳を軽く打ち付け合った。

 そこで医務室に見舞客が訪れる。

 

「やぁ、2人も。怪我は大丈夫かい?」

 

「サーゼクスさま!?」

 

 現れたサーゼクスに一誠は声を上げてサイラオーグも驚きの表情をしている。そんな2人にサーゼクスは苦笑して椅子に腰かけた。

 

「今回のレーティングゲームはとても素晴らしいモノだった。ここまで興奮するゲームを観たのは何時以来かな。君たちの戦いは多くの観戦者を魅了したよ。一先ずはお疲れさま」 

 

 労いの言葉に恐縮するする一誠。そしてサイラオーグに一誠と話しがあるので言って彼とは餡巣許可を取ると本題に入った。

 

「実はね、イッセーくん君と木場くん。そして朱乃くんには中級悪魔への昇格の話が出ている」

 

「え?」

 

 どうにも現実感のない話に一誠は首を傾げた。こんなに早く昇格の話が来るとは思っていなかったからだ。

 呆けた表情をする一誠にサーゼクスは説明を続けた。

 

「コカビエルの件から始まり、これまでの功績はそれに値するモノだと判断された。いくつかの試験を受けてもらうことになるだろうが、それを終えれば晴れて君たちは中級悪魔だ。細かな詳細はリアスを通して通達する」

 

 そこまで言って次の話題に移った。

 その表情は少しばかり険しいものになっている

 

「それとだ。イッセーくん。旧魔王領に行ったアザゼルたちがついさっき帰ってきたという報告が上がった」

 

 一誠は大きく目を見開く。

 

「先生たち、無事なんですか!?それに日ノ宮の奴はっ!?」

 

「それは自分の目で確かめてくるといい。今は彼らが住んでいるマンションにいる筈だ。リアスたちにもここに来る途中に知らせてある。準備が整い次第行くといいだろう」

 

 それだけ言ってサーゼクスは退出した。

 イッセーも慌ててサイラオーグに頭を下げて退出した。

 

 仲間がどうなったのか確認するために急いで人間界の駒王町へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本音を言うとサイラオーグ×八門遁甲が書きたかっただけでバアル戦を中途半端に書きました。

真紅の赫龍帝はまだいいかな、と思って一誠はしばらくはトリアイナで頑張って貰います。
自分、結構好きですよ、トリアイナ。


次話はまだ書き上がってないので明日更新できるかは微妙です。


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86話:真実の手前

 その存在が現れたことでその場にいる全員の警戒が一気に高まった。

 ゆったりとした動作で少女は殺気も悪意もなく距離を縮める。

 

「太陽……こっちに戻る」

 

「……誰が戻るか!またテメェらに頭掻き回されろってか?冗談じゃねぇよ!」

 

 嫌悪感たっぷりに吐き捨てる一樹にオーフィスは僅かに眼を細めた。

 

「なら、我の言うことに従う。そうすれば、悪いようにはしない」

 

「ハッ!もう悪いようにしててよくそんなことが言えるな!」

 

 2人の言い合いにアザゼルが割って入る。

 

「オーフィス。何故お前が一樹を狙う?確かに希少価値はあるだろうがお前が狙うほどの価値がこいつにあるとは思えねぇんだが」

 

「我、グレートレッドを次元の狭間から追い出し、帰還する。その為に太陽の力が要る。グレートレッドを封印するために」

 

 オーフィスの言葉に誰もが驚きの表情に変わる。

 その中でアザゼルだけは鼻で笑った。

 

「人間の一樹に夢幻を封印するだけの力が有るってか?オーフィスお前、どこまで耄碌した?」

 

 アザゼルの反応も間違っていない。

 目の前にいる無限すら凌駕すると言われる赤龍神帝。それを多少特殊な力が有るとはいえ人間の子供が封印できるなどと誰が信じるだろう?

 それとも――――。

 

「もしくは狙いは一樹の鎧か」

 

 太陽と言った。ならば狙いは一樹の中にある鎧なのではないかという回答も自然だろう。しかしオーフィスは首を横に振った。

 

「それもいる。でも1番重要なのはその血と魂。それを押し上げることで門は開く」

 

「門、ねぇ……」

 

 オーフィスの言うことはどうにも要領を得ないがアレなりに理屈が通っているのだろう。

 だからと言って一樹をいまさら渡す気はないが。

 

「まぁ、なんにせよ一樹は返してもらうぜ。こいつが居ねぇとうちのモンが機嫌悪くなるし、お前のトコに置いても碌なことにならなそうだからな!」

 

 アザゼルは人工神器の槍を構える。

 殺すのは不可能だが逃げるだけなら手がないわけじゃない。その為の準備もしてきた。

 しかしそこからオーフィスからとんでもない発言が飛び出した。

 

「なら、我がそちらに行けば問題ない」

 

「どういうつもりだ?」

 

「我には太陽の力が必要。だからついて行く」

 

 シンプルな答えだった。

 禍の団より一樹個人のほうが目的を達せられそうだからこちらに付く。

 確かにそうなれば禍の団は大きく弱体化し、叩き潰しやすくなるだろう。そう考えれば一見メリットしかないように感じる。

 だが―――――。

 

「お生憎とな。お前を引き込んでも面倒が増えるだけだ。悪いがお前を受け入れることは俺個人として神の子を見張る者としても頷けねぇなぁ!」

 

「なぜ?我が居れば蛇、手に入る。そちらに悪いことはない筈」

 

「お前が自分のしたことが分かってねぇからさ。要するにな……お前は全く信じられねぇんだよ!」

 

 禍の団のトップであるオーフィスを無条件で受け入れるとあっては今まで被害に遭った者たちが納得しないだろう。

 そうなれば堕天使だけでなく三大勢力そのものが各勢力に袋叩き似合う可能性が高い。

 最早それだけの被害が出たのだ。

 それに、そんな簡単に陣営を変えようとする者をどうして信じられるだろう。

 今はオーフィスの中で日ノ宮一樹という得はあるかもしれないが、それ以上に自分に有益な組織が現れればあっさりとこっちを切る可能性が高い。それも一切の悪意なく。

 禍の団からこちらに来ようとしたように、何の後悔も後腐れもなく見捨てるのだ。

 そんな奴をどう信じればいい?

 

 そもそもの話としてグレートレッドを次元の狭間から押し退けて封印するという行為自体その後の世界がどうなるか不明なのだ。そんなことはオーフィス以外誰も望んでいない。

 

「解ってるのか?グレートレッドを次元の狭間から追いやれば、その後世界の在り方がどうなるのかすら誰も解ってねぇんだぞ!まさか、お前がグレートレッドの代わりに世界を支えてくれるってのか?」

 

「何故?我はグレートレッドとは違う。我の望みは次元の狭間への帰還と永遠の静寂。それが叶えば我はもうあらゆる世界に関与しない」

 

「つまりやることやったら全部知らんぷりってか。それで世界のバランスが崩れて崩壊しようが知らぬ存ぜぬか。良いご身分だよ。お前を討つ理由はそれだけで充分だ!」

 

 

 人口神器の鎧を纏い、アザゼルは殺気を迸らせる。

 これは危険だ。何の悪意もなく世界すら踏み潰す暴威。

 純粋、と言えば純粋だろう。だが知性のない強大な力は惨劇しか引き起こさない。

 これまではあらゆることに無関心だったからこそ無害でいたが、これからはそうではないのだ。

 

「悪いな、勝手に敵対しちまって……いざとなったらお前らだけでも逃げろ!責任取って殿くらいは務めてやる」

 

 アザゼルの指示に黒歌は巻物を広げて溜息を吐く。

 

「な~にカッコつけてるのよ!そんなの不可能だってわかってるでしょ?だから、大急ぎで対策も練ったんじゃない。ま、でもアレに一樹を差し出さない選択をしたのは褒めてあげる」

 

「そりゃどうも。つかお前、もし俺がビビって一樹を見捨てたら俺を後ろから殺す気満々だったろ」

 

「言ったでしょ?私にも優先順位があるって」

 

「頼もしい部下だぜチクショー……」

 

 軽口を叩きながら指示を出す。

 

「一応この場を切り抜ける手は用意してある。その為に黒歌を5分だけ防衛しろ。オーフィス相手じゃそれも蜘蛛の糸を渡る難易度だと思え。で?バラドつったか?お前さんもこっち側でいいんだよな」

 

 当てにして良いのかと問うアザゼルにバラドは肩を竦めた。

 

「仕方ねぇだろうよ。今更戻れねぇし、戻るつもりもねぇよ。ま、堕天使総督と肩を並べるってのも不思議なもんだがな。長生きはするもんだ」

 

 冷や汗を流しながら冗談交じりに話すバラドに少しだけ空気が弛緩する。

 一樹が前に出た。

 

「壁役はこっちでやるわ。どっちみちあの無脳ドラゴンは俺を狙ってるわけだしな!」

 

 修学旅行で増えた鎧を全て具現化しした。

 それを見た周りは驚きの表情をする。

 

「うわ!なんかすごい豪華になった……」

 

 イリナの呟きに一樹は顔を顰める。

 

「鎧が増えてなけりゃ修学旅行で消し飛ばされてたさ。もっとも手も足も出なかったことには変わりないがな」

 

「うーん。でもイッセーくんもすごくパワーアップしちゃったし、なんかどんどん離されてる気分」

 

 そんなことを言っている間に白音は自分の中に居る又旅から話しかけられた。

 

『白音。無限龍を相手に素のままの貴女では抗うことは難しい。私の力の一部をあなたに貸し与えます。ですが、短い間とはいえ今の貴女ではその負担は相当なモノになるでしょう。覚悟を決めてください』

 

(はい。ここで役に立てないなら意味がありません!出来る全てを出し尽くします!すみませんが、細かな調整はそちらでお願いします)

 

『その願い、承りました』

 

「白音……?」

 

 一樹が呼ぶが白音は答えない。

 ただ、小さく唸るような声を出していると体蒼白い闘気が膜のように覆われていく。

 

 その密度と膨大さにアザゼルは眼を細めた。

 

「話には聞いていたが、それが又旅を取り込んだ結果か?」

 

「はい……。と言ってもまだ全然使いこなせてなくて、今も最低限力を貸してもらってるだけですが」

 

 こうして又旅の力を自身に付与してその膨大な気に身体に痛みが走る。

 それでも研ぎ澄まされた感覚と底上げされた力は絶大だった。

 

「行くぞっ!!」

 

 アザゼルの合図に先ず動いたのは白音だった。

 地を蹴るだけで窪みができ、爆発的な加速で接近する。そして背後に回ると闘気で一回り巨大化された腕を振るう。

 しかしその攻撃を避けることもせずにまるで虫を払うような動作で闘気を掻き消した。

 

「っ!?」

 

「又旅……我も知ってる。アレを内に宿した猫又、初めて見た。おまえも我の所に来る?」

 

「誰がっ!?」

 

 反対の腕で攻撃をしようとするとその前に腕を掴まれて投げ飛ばされた。

 

「なら、消える。我には特に必要ない」

 

 ドラゴンのオーラが集められて行く中で別方向から無数の魔力の線が落ちる。

 ロスヴァイセが放った魔術は全てオーフィスに命中した。だがその攻撃を喰らっても身動ぎ一つさえしなかった。

 

「そんなっ!?」

 

 広さがあるとはいえ室内ということで派手さはないがかなりの威力のある魔術だった筈。それを受けて気にも留めない異常にロスヴァイセは戦慄した。

 

 次に左右からアザゼルとバラドが互いの獲物を持って襲いかかる。

 

「シッ!!」

 

 バラドの斧がオーフィスの首を捉え、アザゼルが胸を穿つ。

 しかしバラドの斧はその薄皮一枚通さずに首で動きが停止し、アザゼルの槍はその手の平で受け止めた。

 

「お前たちでは我を傷付けられない」

 

 そのままアザゼルへと放たれた砲撃で大きく吹き飛ばされ、斧を握力で破壊してバラドを殴り飛ばす。

 無様に地面に転がると倒れたままバラドはオーフィスを見た。

 

「さすが最強ってか?まるで赤子みてぇに……」

 

 

 バラドとて数百年単位で武を磨き、修羅場を潜ってきた猛者である。

 一時には悪鬼となり多くの屍を築いた彼が子供扱い。それも本当に子供の様な姿をしたドラゴンにだ。

 

 プライドが傷つかなかったと言えば嘘になる。

 だがそれ以上にたったこれだけの攻防でこの場をどうにかできるヴィジョンがまるで思い描けない。

 

 歩きながらバラドに近づき握られた拳が振るわれようとしている。

 

「させないったらっ!!」

 

 聖剣を鞭状に変化させてオーフィスの腕を巻き付け、反対の腕をロスヴァイセが魔術で拘束する。

 その小さな抵抗に首を傾げた。

 

「我に勝てないと何故理解できない?」

 

「この場で勝つ必要はありません!敗けなければいいのです!!」

 

「それにほら、油断してると怖いお兄さんに襲われるわよ!」

 

 オーフィスの体に影が差す。

 

「だぁああああああっ!!」

 

 上から押し潰すように一樹はオーフィスに圧し掛かった。

 その際に人差し指と中指をその小さく開いた口の中に捩じ込む。

 

「?」

 

「お前……修学旅行の時は目ん玉抉っても平然としてたよな。でさ。ここに捕まってる最中にどうしたらお前を倒せるか俺なりに考えてみたんだよ」

 

 生半可なダメージではうんともすんとも言わないのは理解した。ならば―――――。

 

「このまま口から胃と肺を焼いても平気なのか試してみるか!」

 

「!?」

 

 容赦などしない。元よりそんな余裕はない。

 

「焼け、(アグニ)よ……!」

 

 前言通り自身の指から発せられる炎をオーフィスの口から体の中に流し込む。

 見た目幼い少女の体内に火炎放射器をぶちまける鬼畜外道の所業。

 それを躊躇うことなく一樹は実行した。

 自分の力を通してオーフィスの内部が焼いているのを感じる。

 だがそれも数秒オーフィスはバタバタと手足を動かしていたが一樹の腕を払うと脇腹に拳を叩き込んで遠くに殴り飛ばした。

 

 壁に激突する瞬間にバラドがクッションになり、代わりに壁に激突する。

 

「おっさん!?」

 

「クソが。男を上に乗せる趣味はねぇってのに!」

 

 ペッと血の混じった唾液を飛ばした。

 

「それにしても口から体の内側を焼くとか結構エゲツないこと考えんなお前。ドン引きだよ.ドSにも程があんぞ」

 

「うっせ!他の奴ならやるか!それぐらいやんねぇとどうにもならねぇだろうが!!」

 

 見てみるとオーフィスはその場に座り込んでケホケホと口元を手で覆って小さく咳をしている。

 少しの間なら動けなくなるのではないかと期待したが想像以上にデタラメな生き物らしい。

 

 オーフィスはこちらに視線を向けて綺麗な形の眉を歪めている。もしかしたら睨んでいるのかもしれない。

 

「少し、痛かった」

 

「そうかよ。ならこのまま縁でも切れてしまえ」

 

 関われば関わるほど傍に居て欲しくない相手だなと殴られた脇腹の折れた骨を押さえている。

 いつもの如く自然治癒するだろうがそれでも数分かかるだろう。

 

「だから、我も少し本気になる」

 

 瞬間、オーフィスが消えた。

 修学旅行の時と同じ、こちらが視認できない速度で動いている。

 一樹と顔の位置が同じになる高さで目の前に現れたオーフィスが拳を振るう。両の腕を交差させて防ぐがボールのように飛ばされる。

 

 反応できたのは動きは早いが行動が単調でわかりやすいからだ。

 だがそれも長くは続かない。

 頭を押さえられてそのまま地面に叩きつけられる。

 

「太陽、このまま大人しくさせる」

 

 右手に集められたオーラ。しかしそれは一樹に向けられることは無かった。

 巨大な蒼白い腕がオーフィスを包む。

 白音が巨大化させた闘気の腕でオーフィスの体を握る。

 

「邪魔」

 

 やはり軽々と闘気の腕を力技で消すとデコピンで指を弾く。

 それで発射された小さなオーラの弾が白音の額に当たって倒れる。

 

「白音!?テッメェ!!」

 

 反対の手から撃たれようとしている砲撃を一樹は自分の手を被せる。

 行き場を失ったエネルギー暴発した。

 一樹の左腕が大量の血が飛び散る。

 

 そして背後からアザゼルが槍を振り下ろしたが、オーフィスはそれを受け止めて人工神器の鎧ごとアザゼルの体を手刀で切った。

 

「つっ!?」

 

 そのままアザゼルが蹴り飛ばされるとギリギリまで透明の聖剣で姿を隠していたイリナが破壊の聖剣の能力で斬りかかる。しかしそれはバラドの斧と同じように薄皮一枚傷つけることができなかった。

 

「うそ!?」

 

「それで我を傷付けるのは無理」

 

 そのままイリナの腕を掴むと力任せに折った。

 声にならない悲鳴を上げるとそのまま地面へと叩き落とされる。

 

 次にオーフィスの体が魔力で作られた鎖で幾重にも絡まり拘束される。

 

「今です!白音さん!!」

 

 ロスヴァイセが叫ぶと白音がオーフィスの頭上に跳んでいた。

 その右手にはオーフィス全体を上回る大きさを誇る螺旋丸が翳されている。

 

「大玉……螺旋丸っ!!」

 

 極大の螺旋がオーフィスに落とされようとしている。

 

「無駄。なぜ理解しない?」

 

 魔力の鎖を難なく破壊し、拳を螺旋丸にぶつけた。

 自分の体より大きな螺旋の渦はそれだけで呆気なく破壊される。

 

 言葉にもならないままオーフィスの攻撃が再び白音に行われようとしている。

 それに一樹が割って入り、白音を突き飛ばすと代わりに手刀が一樹の腹を穿った。

 

「がぁ……っ!?」

 

 大量の血を流し、膝をつく一樹。

 オーフィスが一樹の腹から手を抜いたと同時に炎を生み出したが怯ませることすらできない。

 

「その太陽の力をもっと研ぎ澄まさせ、我のために使う。嫌ならノウマンが言うことを聞くようにする」

 

 引き抜いた手刀に再び力が入る。

 まるでこちら言うこと聞かないことへの罰だと言うように。

 その手はもう一度一樹を貫こうと動く。

 

「おぉおおおおおおおおっ!!」

 

 その間を割って入る者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーフィスに胸を貫かれて意識が飛んだ一樹は頭にかかった重い液体で目を覚ます。

 顔を上げると大柄の漢が一樹とオーフィスの間に入っていた。

 その胸に子供の腕による孔が開けられて。

 

「おっさん……?」

 

 一樹が呼ぶとバラドは残された斧でオーフィスの頭に落とそうとした。

 しかし、オーフィスはそのまま除けるように貫いた男の体を投げ飛ばした。

 壁に叩きつけられたバラドを見た一樹が激昂した。

 

「オーフィスゥウウウッ!!」

 

 拳に纏った炎が当たる前にオーフィスの体が巻物に包まれた。

 その先で黒歌が声を出す。

 

「ゴメン。時間稼ぎありがと」

 

 印を結んでいる黒歌は冷や汗を流しながら余裕を保った笑みを浮かべている。

 

「どうかしら?対ドラゴン用の拘束術式は?」

 

「……これで我を抑え込んだつもり?」

 

 黒歌がオーフィスに巻き付けた巻物は本人の言葉通りドラゴンを拘束する巻物だ。

 一度拘束されれば邪龍や龍王たちですら簡単には解けない筈の。

 しかしオーフィスは問題ないとばかりにつまらなそうな眼を黒歌に向けている。

 

「確かにそれだけじゃ少しの時間稼ぎにもならないでしょうけどね。でもその僅かな時間で充分なのよ!!」

 

 黒歌が手の印を変えるとオーフィスの足元から魔法陣が描かれる。

 

「これは……」

 

「ただの転移陣だよ」

 

 頭と腹から血を流したアザゼルがイタズラに成功した子供のような笑みをする。

 

「俺たちが用意したお前専用の留置所に跳んでもらう。冥界に在る神の子を見張る者(グリゴリ)の施設を1つ潰して用意した特別製の牢獄さ。中には対ドラゴン用の封印術式やらドラゴン殺しの瘴気を充満させた場所だ。その他にもうちの技術をふんだんに盛り込んだ特殊装甲の壁。地下90メートルまで掘られてるからな。突貫工事だが、お前さんにはしばらくそこで大人しくしてもらう」

 

 長い間留められるとは思ってないが、時間稼ぎぐらいは出来る筈だ。

 

「アザゼル、何故我の邪魔をする?」

 

「勘違いすんな。お前が俺たちの邪魔になってるんだよ。やれ、黒歌!」

 

「了解ボス!!」

 

 両手を手につくとオーフィスの足元の魔法陣が一瞬だけ強烈な光を放つ。その光が収まるとその場にオーフィスは消えていた。

 それを確認して皆が安堵の息を吐く中で一樹が声を張り上げていた。

 

 

「おっさん!おい!!寝てんじゃねぇ!返事しろ!!」

 

 オーフィスに胸を穿たれたバラドの体を大きく揺すっていた。

 それにバラドの指が僅かに動き、顔を一樹に向ける。それを見て一樹は安堵した

 

「気が付いたか!先生っ!早くおっさんを……っ!?」

 

 叫ぶ一樹の傍に集まる。バラドの傷を見る。

 穿たれた胸。心臓が、潰されていた。

 それでもまだ生きているのは悪魔としての生命力の高さゆえだろう。

 皆が沈痛な表情を浮かべていると一樹が思いついたように訊く。

 

「そうだ!フェニックスの涙!持ってないのか!!」

 

「すまねぇ。フェニックスの涙は修学旅行で話した通り、以前にも増して価値が高揚してる。今回は持って来れなかった」

 

 アザゼルの言葉に表情を歪めて今度は黒歌とロスヴァイセに視線を向けた。

 

「仙術とか、魔術とか!それで何とかならないのか!!頼むよ!」

 

 一樹の懇願に黒歌は首を横に振り、ロスヴァイセは瞠目した。

 彼女らとて多少の治癒術は使えるがアーシアほど強力ではない。

 潰された臓器を治すほどの治癒力はないのだ。

 

「―――――じゃあどうすれば!!」

 

 癇癪を起しかけた一樹の腕を死にかけのバラドが握った。

 

「良かったじゃねぇか坊主。おまえ、やっと帰れるな……これで俺もお役御免ってわけだ……」

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!なんで俺を庇ったんだよ!!俺だったら多少やられても問題なかったんだ!見ろよ!腹の傷だってもう治りかけてんだ!!それでこんなとこで死ぬなんて。借り作ったまま勝手に死ぬなんざ許さねぇからなっ!!」

 

 叫ぶ一樹にバラドはただ苦笑する。

 バラド自身、なぜあんな無謀なことをしたのか理解していなかった。

 ただ一樹がオーフィスにやられるのを見て頭が真っ白になり無謀な特攻をかましていた。

 我ながら馬鹿なことをしたと笑うしかない。

 それに不思議と気持ちは晴れやかだった。

 

「とにかく、助かるまで絶対死ぬなよなっ!」

 

「あぁ、そこにいたのか、アベル……」

 

 一樹がバラドを担ごうとするとバラドの口から短い付き合いの中で聞いたことないほど優しげな声が出された。

 顔は一樹を向いているのにもう光が無く、懐かしそうに話し始める。

 

「アベルたちが死んだ後にな。父さん、すっげぇダセェ生き方しちまってよ。周りに当たり散らして暴れて。飽きたらただ生きてるだけで……」

 

「お……」

 

「でもな。ずっとカッコ悪かった俺にお前は怒るかもしんねぇが、最後の最後にちょっとだけカッコいいことが出来たつもりなんだぜ?」

 

 だから許してくれるか?そう呟くバラドに一樹は目頭が熱くなるのを堪えてその答えを言う筈の者の代わりに答えた。

 

「なに言ってんだよ。()()()はずっとカッコ良かっただろ。胸張れよ。アンタは俺の憧れなんだから」

 

 これで良かったのか。それは一樹には分からない。

 しかしバラドは照れくさそうに笑う。

 

「そうか。ハハ……またお前に稽古をつけてやるのが、たの……」

 

 重かった体重が急に軽くなったかと思った。

 このまま頬でも張れば起きるんじゃないかと思うくらい安らかな顔をしてバラド・バルルはそのまま動かなくなった。

 その最後についさっき会ったばかりの面々も沈痛な面持ちになる。

 一樹の目から流れた雫が地面に落ちると不快になる声が耳に届く。

 

「いや~。名高い戦士であるバルル男爵に相応しい最後と評するべきでしょうか?」

 

 耳に届く男の声。

 その声を聴いて猫上姉妹は身体を強張らせた。

 

 顔の半分に火傷のある細身の男。

 研究者と思しき人物はただひとりその場に立っていた。

 

 イリナなどが誰、という表情をしていると一樹が答える。

 

「ギニア・ノウマン……俺の両親を殺したとかヌカしてる元上級悪魔だそうだ」

 

 睨みつける一樹にノウマンは飄々とした態度で肯定した。

 

「はい!確かに貴方の両親は私が殺しました。ですが今の私に用があるのは貴方ではないのですよ」

 

 言うと、ノウマンは黒歌と白音に視線を向ける。

 

「お久しぶりと言いましょうか。黒歌。それに白音。随分と大きくなられましたね」

 

 2人の名前を呼ばれてアザゼルを除く全員が姉妹を見た。

 しかし黒歌はノウマンを静かに睨みつけ、白音は今にも爆発しそうなほどに殺意を宿している。

 

「姉さん……白音?」

 

 一樹が呟くと一瞬ノウマンが目を見開いたが次にその口を歪めて嗤い出した。

 

「姉さん!まさか貴女はその少年の姉を名乗っているのですか!なんとも恥知らずで滑稽な!」

 

「な、何が可笑しいの!?」

 

 嗤うノウマンにイリナが喰ってかかる。

 

「嗤わずにはいられませんよ!彼女たちがその少年の家族をしているなど笑い話にも程がある。日ノ宮一樹。私は確かに貴方の両親を殺した!その理由。原因を教えてさしあげましょう!」

 

 まるで暗い愉しみ酔うようにノウマンは口を動かす。

 それは処刑の日を罪人に教える裁判官のようだった。

 

「いいですか、貴方の両親はその2人の―――――」

 

「黙りなさい!」

 

 言い終わる前にノウマンに向かって苦無が投げられる。

 それと同時に白音と黒歌が動いた。

 

 苦無に巻かれた転移符でノウマンの傍まで移動した白音が螺旋丸を向け、黒歌は宝剣を地面に突き刺して黒い炎を放つ。

 

「それ以上、口を開くな……!」

 

「甘いですね」

 

 ノウマンに当たる寸前に白音の螺旋丸が弾かれ、黒歌の黒い炎が割れる。

 

「戦闘職でもない私が丸腰で前に出てくるわけないでしょう?抜かりはありませんよ。こんな風にね」

 

 ノウマンが手にしたスイッチを押すと。合成獣たちが入った檻が開かれる。

 全員の緊張が走った。

 

 しかしそれを無視してもう一度大玉螺旋丸を作ろうとする白音を黒歌が術で引き寄せた。

 

「姉さま!?」

 

「ここは撤退するわよ。家に置いてある符を辿って……」

 

 一樹は奪還した。もうここに用はないのだ。

 黒歌とて目の前の男を八つ裂きにしてやりたい。しかしこちらも消耗しているし、他にも策がないとも限らない。

 そんな黒歌にアザゼルが問う。

 

「いいんだな?」

 

「優先順位があるって言ってるでしょ?」

 

 ここで1番に優先することは全員で帰還することだ。決して私怨で戦うことではない。

 みんな掴まって!と全員が黒歌に触れる。

 解き放たれた合成獣が届く前にその場で転移して黒歌たちはその場から消えた。

 

「あの一瞬で転移しますか。昔とは別物ですね。あぁ、やはりあの時手に入れておけばよかった」

 

 本当に惜しそうにノウマンは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一種の空白の次に目にしたのは懐かしく感じる我が家だった。

 

「帰って、きたのか……?」

 

 旧魔王領は侵入は難しいが出る難易度は圧倒的に下がる。それでも相応の術者でなければ不可能だが。

 そうでなければオーフィスも堕天使の施設に送れない。

 

 助かった。帰ってきたのだ。

 

 しかし―――――。

 

「姉さん……白音……」

 

 2人を見ると白音と黒歌は気まずそうに一樹から視線を逸らす。

 

 重たい沈黙が住み慣れた筈の部屋を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




残り3話で学園祭まで終わる筈です。そこまで書いたら投稿します。

それが終わったらしばらくは日常編を書きます。1話完結型の話を。




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87話:制裁

今回はこの話だけの投稿です。次話がまだ半分しか出来てないです。


 猫上家のマンションに戻って来た一行は各自負った傷の応急処置をしていた。特に骨を折られたイリナはこっちへ向かっているアーシア待ちで腕を吊るしていた。

 

「だぁもう!!あのアホドラゴン!私の可愛い妹の顔に傷が残ったらどうしてくれんのよ!」

 

 白音の頭に包帯を巻きながら愚痴る黒歌。

 そんな黒歌にロスヴァイセが問う。

 

「その……一樹くんは放って置いても大丈夫なんですか?」

 

「怪我は完治してるし。幼児じゃないんだから大丈夫でしょ」

 

「いえ、そういうことではなく……」

 

 バラド・バルルの遺体にロスヴァイセが魔術で防腐などの処置を施して助けに来てくれたことに礼を言って頭を下げると部屋に運び、出てきていない。

 あの2人がどのような関係だったのかは詳しく知らないが、このまま放っておいていいのかと訊いているのだ。

 

「分かってるわよ。でも私より適任がいるでしょ?」

 

 そう言って手当ての終えた妹の頭に手を置く。

 

「ほら、行ってきなさい。2人っきりで話せるチャンスよ」

 

 背中を押して催促すると白音は頷いて一樹の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 バラドの遺体をベッドの上に乗せて床に座っている一樹は何をするでもなくその亡骸に視線を向けていた。

 

「勝手に借りを作って逝きやがってまぁ……アンタは、本当にそれで良かったのかよ。出会ったばかりのクソガキを守って死んで。それで満足だったのか……」

 

 一樹自身、バラドのことはほとんど知らないに等しいし、向こうだって一樹について知ってることなど微々たるものだった筈だ。

 なのにどうして、身を挺して助けてくれたのか。

 

「訳わかんねぇよ……」

 

 顔を伏せていると部屋のドアから小さなノックが聞こえて、数秒の真を置いて開く。

 

「いっくん……」

 

 入ってきた白音に一瞬だけ目を向けたがすぐに視線を戻した。

 そんな一樹の態度に何も言わずに寄り添うように隣に座る。

 2とも口を開かず僅かばかりの静寂が流れる。

 その沈黙を破ったのは一樹だった。

 

「なんつーかさ。バカなことを考えてたんだ。部長に頼んでおっさんを生き返らせてもらえないかとかそんなこと。ほら、悪魔の駒を使ってさ」

 

 直接見た訳ではないが、祐斗、一誠、アーシアは悪魔の駒で転生することで生き返ったと聞いたことがある。今からこっちに向かってきているのなら―――と考えてしまった。

 転生による蘇生が純血の悪魔でも可能なのかは知らないが。

 一樹自身、一度命を失えばそこまでだと思ってるし、悪魔の駒で生き返らせてもらおうとは思わない。

 

「それでもって考えちまった。生き返らせてほしいって。そんな身勝手なことを」

 

 自分の都合で誰かを生き死にを勝手に弄ぶ。その考えに反吐が出る思いなのに、蘇生してほしいと思ったのだ。

 それとも、蘇生させないと決めることが恩を仇で返しているのか。

 馬鹿な悩みだと思う。

 

 きっと死んだ者が生き返るのは嬉しいことの筈なのに最後の一線だけは越えられずにぐだぐだと悩んでいるのだ。

 たが死人が簡単に蘇る。それが一樹の中で拭えない嫌悪感となっていた。

 

 顔を伏せている一樹に白音は黙って立ち上がりにベッドで眠るバラドの遺体に手を合わせた。

 一樹に背を向けたまま白音はポツリと話始めた。

 

「いっくんの葛藤はきっと間違ってないと思う。誰だって身近な人を失えば取り戻したいって思うのは当然。でも―――」

 

 死者は蘇らない。過去も変えられない。それは誰にとっても平等なルールだ。それをあっさりと覆されたら何を信じて生きていけばいいのか。

 そういう意味では白音もまた悪魔の駒に対して否定的な考えを持っていた

 

「どんなに惜しくても、いっくんの中に越えられない一線が有るんでしょう?」

 

「……そうだな」

 

 死者を自分の都合で生き返るのは何処か歪さを感じる。

 生きていて欲しかったという思いは消えないが、それでもこの事実をいつかキチンと受け止められるようになりたい。

 

 一樹はバラドの手を握ってる。

 

「ありがとうな、おっさん。アンタのおかげで、白音たちのところに帰れた。本当にありがとうな」

 

 バラドが死んだときは彼の子供のフリをして看取ったが、今は日ノ宮一樹として心から感謝を伝えた。

 その目から、一筋だけ涙が頬を伝う。

 

 そうしている内にインターホンが鳴った。

 

「部長たちだと思う。連絡を入れたらすぐに来るって言ってたし」

 

「あ、そっか。祐斗たちにも心配かけたみたいだしな。ちゃんと謝らないとな」

 

 勝手な行動を取って勝手に捕まったなど、笑えない失態である。

 自分の行動を思い返して恥ずかしさから嘆息した。

 そこであることを思い返した。

 

「なぁ、白音、こっちに戻る寸前に会ったあの悪魔。2人とも知ってたみたいだけど、どういう―――」

 

 間柄と訊こうとすると、すぐさまドンドンとドアを叩く音がした。

 

「つーかドアをドンドン叩くなよ、近所迷惑だろうが!」

 

 苛ついた感じで部屋を出て行く一樹に、白音は先程の質問を最後まで聞かなかったことへの安堵ともう隠し通せないことへの恐怖で身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ……」

 

 一樹が玄関から出迎えると一樹は軽く手を挙げる。

 

「お、お、お、お、お、おまえっ!?」

 

「まぁ、白音たちのおかげで何とか無事戻ってこれたよ。あ~悪い。そっちにも心配かけたな」

 

 祐斗たちの姿を見て若干バツが悪そうに頬を掻く。

 

「とりあえず、上がってくれ。色々と話さなきゃいけないこともあんだろ」

 

 リビングまで案内すると皆が大なり小なり怪我をしており、特に視線が集まったのはイリナの骨折だろう。

 それを見たアーシアがすぐに慌てた様子で治療に入った。

 リアスたちが揃うとアザゼルが口を開いた。

 

「サーゼクスから聞いたぜ。サイラオーグ・バアルとの試合、なんとか制したってな」

 

 アザゼルが言うと、それを知らなかった面々はそれぞれ驚きの表情をする。

 それを誇る様子もなく、リアスは肯定した。

 

「内容としては際どかったし、向こうはまだ余力を残していたわ。試合(ゲーム)には勝てたけど、実質敗けていた内容だったわ」

 

 サイラオーグが一誠との闘いに拘っていなければ敗けていた。胸を張って勝利を自慢する気にはなれなかった。

 そう話していると祐斗が思い出したかのように一樹の肩を掴んだ。

 

「?なんだよ……」

 

「一樹くん。ちょっと歯を喰い縛ろうか」

 

「は?」

 

 なんで?と訊く前に祐斗の拳が一樹の頬に突き刺さった。

 一樹はバランスを崩し、一緒に来ていたレイヴェルから小さな悲鳴が上がった。

 

「なにすんだいきなり!?」

 

 訴える一樹を無視して一誠にバトンタッチする。

 

「勝手な行動を取ってバカみたいに捕まってんじゃねぇよ!」

 

 今度は一誠が一樹の頬に腹を殴る。

 くの字に体を曲げるとゼノヴィアが入れ替わる。

 

「私たちがどれだけ気を揉んだと思ってる。少しは反省しろ!」

 

 顎にゼノヴィアの掌底を食らわされた。

 

「もう少し行動を自重してくださいね?」

 

 祐斗が殴ったのとは反対の頬を朱乃が平手打ちをし、最後にリアスが前に立った。

 

「ふっ!!」

 

 一息と共に放たれた正拳が一樹の鼻っ面に直撃し、壁に顔から激突する。

 周りがうわぁ、と口を引き攣らせているとリアスが髪を掻き上げた。

 

「壁の修理費は後日請求してちょうだい」

 

「だいじょーぶー。一樹くん」

 

「……」

 

 心配するイリナの声に反応せずにゴロンと仰向けになる。

 なんで仲間と再会して即座に手が出されたのか?

 考えようとしたが面倒になって即座に止めた。嘆息して上半身を起こす。

 座ったまま仁王立ちしているリアスを見上げると怒ってますと言った感じでリアスが口を開く。

 

「一応事情はある程度聞いてるわ。貴方には貴方の考えがあったのだろうし、お友達が禍の団(テロリスト)側に居ることについておいそれと口に出来なかったのも理解できる。それでも、よ!どうして素直に相談してくれなかったのかしら?」

 

 リアスたちが怒っているのは一樹の説明不足についてだ。

 修学旅行での話しぶりを聞くに、京都の妖怪が気に入らないから九尾奪還にも行きたくないと駄々をこねているような言い草。

 知人に会いに行くという話も嘘ではないが大事な部分は全く説明していない。

 結果的に一樹が単独行動を取ったことでオーフィスというイレギュラーを引き付ける結果となったがそんなものは結果論だ。

 つまりリアスたちが1番怒っているのは一樹が周りを全く信用していないという事実。

 友人(アムリタ)の件についても個人で上手く立ち回れるわけでもないのに自分だけでどうにかしようという意図をありありと感じる。

 話し辛いのは分かるが、それでも話してほしかった。

 相談もせずに勝手に決めて死ぬかもしれない状況へと追いつめられて。

 日ノ宮一樹は確かにリアス・グレモリーの眷属ではないが仲間である。

 しかしこれではそう思っていたのがこちらだけではないか。

 

「話したら、私がそれを何かに利用するかと思った?それとも、諦めてさっさと殺せとでも指示するとでも思ったのかしら?」

 

 話しているうちに苛立ちが募る。

 少なくとも大事な後輩の友人をテロリストだから殺せなどと言うつもりはない。

 修学旅行の時も喧嘩腰で対応する必要はどこにも無い。

 こちらを一方的に信用せずに勝手に暴走した。あの時点で話したからと言って劇的に事態が好転したとも考えにくいがそれはそれ。これはこれだ。

 

 捲し立てるリアスに唖然としている一樹。

 

 言われたことが上手く理解出来ていない様子の一樹に祐斗が前に出た。

 

「そんな風になにも言ってくれないと、こっちも君を頼ることが出来ないじゃないか」

 

 友達として力になりたい。

 だから話してほしい。

 一方的に問題解決に力を貸してもらうのは友達と言えるのか。

 全て、でなくとも一緒に考えることくらいは出来るのだから。

 

「あ……」

 

 以前、下級のはぐれ悪魔の討伐を行った時にもしどちらかが間違えたらもう片方がそれを止めようと約束した。

 信じず、拒絶し、暴走した。

 止められなかったが釘は刺して置く。

 今回のこれはつまりそういうことで。

 

 リアスが尻もちをついている一樹の肩に手を置いて安堵の笑みを浮かべた。

 

「なにはともあれ。無事で良かったわ……」

 

「―――――」

 

 目頭が熱くなった。

 修学旅行の時はとにかくアムリタのことで頭がいっぱいだった。

 ただ自分で解決しなければいけないと思い込んでいた。

 その苛立ちを無意識に周りにぶつけて、独りで背負い込んでいる気になって。

 その所為で仲間を危険な目に遭わせて。

 情けなくて。

 恥ずかしくて。

 不信が申し訳なくて。

 何より、こうしてまたここに戻ってこれたのが堪らなく嬉しいと感じた。

 いつの間にか涙が零れ落ちている。

 

 

 一樹はゆっくりと頭を下げた。

 今までの自分の間違いを1つ1つやり直すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレートレッドの封印。オーフィスがそれを画策している。その鍵を握るのが一樹、ね。俄かに信じがたい話だわ」

 

 これまでのことを説明を聞いたリアスが顎に触れて考える。そしてもっとも無限の龍神に近い存在であるドライグに問うた。

 

「ドライグ。貴方の意見は?」

 

『何とも言えんな。グレートレッドと同等の存在であるオーフィスだからこそ何らかの確信を持ったのかもしれんが。俺個人としては人間に限らず一個の存在が夢幻を封じる可能性があるとは思えん』

 

「そうよね。私も同意見だわ」

 

 以前と同じ回答をするドライグの話を聞いてリアスも納得し、息を吐いた。

 

「カルナにアルジュナの子孫にオーフィスに狙われるとか。貴方ひとりで随分と問題が山盛りね」

 

「……アムリタの件はともかくとして。あの無脳ドラゴンは俺の所為じゃないでしょうが」

 

 ヤサぐれたようにそっぽを向く一樹に肩を竦めてロスヴァイセたちに質問した。

 

「オーフィスと対峙した貴女たちには無限の龍神はどう見えたのかしら」

 

「そうですね。私の意見としては見た目相応か、それ以上に幼い精神を感じました」

 

「純粋、と言えるのかもしれませんが。それ故に善悪の判断が無く、危険性があります。目的に対して一途だからこそ話し合いは難しいでしょう」

 

 イリナとロスヴァイセの意見を聞いてリアスはそう、とだけ呟いた。

 

「アザゼル。オーフィスはしばらく動けないのよね?」

 

「たぶんな。うちの施設を1つ潰して作った奴専用の監獄だ。少なくとも年明けまでは出てこれない筈だ、と思う」

 

 最後の方が自信無さげなのはそれだけオーフィスの力が未知数であるためだ。そんなアザゼルに黒歌が呆れたように呟く。

 

「施設1つ潰してドラゴン1匹を数カ月の監禁が精々。なんとも割に合わないわねー」

 

「仕方ねぇだろ。それだけあのバケモンが規格外ってこった」

 

 アザゼルも疲れたように言う。

 施設を1つ潰したことへの損害で頭が痛いらしい。

 そこでアーシアが独り言を呟く。

 

「でも、あのオーフィスって子。どうにかして禍の団を辞めさせられないでしょうか」

 

「どういう意味だ?」

 

「その……あの子が居なければ禍の団も大きなことは出来ないと思いますし。それに故郷に帰りたいというだけのドラゴンならどうにかして話せそうかなって思――――」

 

「ざけんな……っ!!」

 

 アーシアの発言に一樹は持っていたコップを握力で壊し、中が床にぶちまける。

 発せられた声音には隠しようもない怒りが込められていた。

 

「俺は、あんな奴と仲良しこよしだなんて反吐が出る。アイツの所為で藍華たちだって殺されそうになった。それにおっさんだってアイツに……」

 

 苛立ちを隠そうともしない一樹に一誠が声を上げる。

 

「おい!アーシアに当たることないだろ!!」

 

 しかしそれにアーシアが手で制して一樹に頭を下げた。

 

「その、ごめんなさい。無神経でした……」

 

「……いや、俺も言い方がきつかったな。悪い。だけど、俺はオーフィスと和解なんて御免だ」

 

 バラドの死因は一樹にも責任はあるが、それでも殺したのはオーフィスだ。既に彼の中ではオーフィスは絶対に許すことのできない相手だった。敵う敵わないは置いておいて。

 一樹に続いてアザゼルも言う。

 

「前にも言ったように各勢力でオーフィス憎しの風潮は高まっている。それにオーフィスと何らかの取引を持ちかけるなら間違いなく一樹の身柄を要求されるだろう。それを破ろうものなら力づくで、だろうな。長く生きているくせにどうにも奴は頭を使う気はないらしい。つまり、あいつと仲良くなりたいなら一樹を差し出すってことだ。お前だってそんなことを望んでいるわけじゃないだろ?最低でもあいつがグレートレッドを諦めない限りはな」

 

 アーシアからすれば出来る限り争いを回避したいという意味での発言だったのだが予想以上に反対されて落ち込んでいる。

 

 そんな中でイリナがおずおずと発言した。

 

「あの……無限のこともそうですけど、最後に現れたあの男の人は……」

 

「誰のことかしら?」

 

「はい。その……ギニア・ノウマン。一樹くんのご両親を殺した悪魔だって……」

 

 躊躇いがちにいうイリナに皆が驚いた様子を見せる。そしてロスヴァイセが話を続けた。

 

「そして、彼は黒歌さんたちとも関わりの有る悪魔のようです」

 

「どういうことかしら?」

 

「それは―――――」

 

 アザゼルが何か言おうとしたが黒歌が肩を掴んで制した。

 

「……いいのか?」

 

「ここまで来たらね。それにもう隠し通せる段階じゃないでしょ。特に、一樹には」

 

「姉さま……」

 

 咎めるように。縋るように自分を見る妹に黒歌は首を小さく横に振った。

 リアスが口を挟む。

 

「気にはなるのだけれど、それは私たちが聞いていい話かしら?」

 

「アイツがちょっかいをかけてくるなら情報は共有しておくべきでしょ。私たちがいる以上、遅かれ早かれ動いていたと思うし。一樹。アンタに話さなきゃいけないことよ。7年前のあの火事の真相。私たちが本当に出会った時のことを」

 

「なにを言って―――――」

 

 辛そうな表情。しかし決意した瞳で黒歌は真っ直ぐと血の繋がらない弟を見据えた。

 

「私たちはあくまで私たちの視点でしか話せないのだけれど……」

 

 そう前置きして黒歌は自身の過去を語り始めた。

 その結果、今の家族がバラバラになる可能性を察していながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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88話:追憶

ようやく学園祭まで書き上がりました。


 まだ白音が物心もつかない程に幼かった頃に黒歌は妹を連れて父の実家から家出した。

 元々折り合いが悪く、母が死んだことを機により心は遠くなっていった父の下を。

 今にして思えばなんて軽率な行動だったのか。

 何のコネもなくただ日本中を闇雲に放浪した。

 妖術・仙術を使い食べ物やお金を盗んだことは何度もあった。

 そんな生活を何年も続けて黒歌も白音もボロボロだった。

 

 元より生きて来れたこと自体奇跡と言っていい程に過酷な旅だと今は思う。

 常に飢えや寒さに怯え、明日には唯一の家族が眼を開かないのではないかと怯えた日々。

 寒さに身を寄せ合い、僅かな食料を分け合って過ごした子供時代。

 

「身も心もやつれていた私たちに手を差し伸べた物好きがいたのよ」

 

 話していると黒歌が立ち上がり、棚の引き出しからある物を取り出した。

 

「一樹。これに見覚えない?」

 

 見せてきたのは猫用の白と黒の首輪だった。

 

「なにコレ?」

 

 首輪自体どこにでもあるありふれたものだ。多少ボロボロになっているが。

 それに苦笑しながら黒歌はそれじゃあ、と次のヒントを出す。

 

「ピアノとフルート。この名前の猫に覚えは?」

 

 ピアノで自分を指さし、フルートで白音を指さす黒歌。

 それに周りはなんで楽器?と首を傾げているが一樹本人は滝のような汗を流していた。

 ぶるぶると震えた指で姉妹を指差す。

 

「え?いや、だけど……えぇ!?」

 

「どうしたんだい、一樹くん?」

 

「昔……両親が生きてた頃に怪我してた2匹の猫を拾って飼ってたことがあったんだ。その時付けた猫の名前が……」

 

「何故名前が楽器なんだ?」

 

「俺が名付けたわけじゃねぇよ!」

 

 頭を抱えながらゼノヴィアの質問を返す。

 一樹は混乱しながらなんとか疑問を問いかけた。

 

「で、でも姿が……」

 

「私たちは猫魈。猫の妖怪よ?まぁ一応半分は人間の血が入ってるけど。猫の姿になるなんて走るくらい簡単なことなのよ」

 

 あぁそう言えば、と一樹は2人が猫の妖怪であることを思い出したがそういうものなのかという考えは消えないのだが。

 そこから白音も小さく話始めた。

 

「いっくんと、そのご両親に拾われてからは、穏やかに暮らせたんです。とても良くしてくれました」

 

「本当にね~。特に一樹のお母さんには―――――」

 

 

 

 

 

 

 

『いや~かわいいわ~!』

 

 黒歌(ピアノ)をご満悦な様子で高い高いする日ノ宮(母)。

 

『あなたたち2匹揃って私と駆け落ちしちゃう?むしろ結婚しましょうか~』

 

 うふふふふと陶酔し切った眼で白音(フルート)と猫じゃらしで遊んでいる日ノ宮(母)

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てよっ!?」

 

 姉妹の回想に一樹が大声でストップする。

 

「なんだ今の!?知らねぇぞ俺そんな姿!!猫飼うの最後まで反対してたの母さんだったんだぞ!!なんでそうなる!捏造だろそれ絶対!!」

 

 信じない一樹に黒歌は肩を竦めた。

 

「なんか一樹の教育のために反対してたらしいけど、実際はかなり猫好きらしいわよ。私たちに名前つけたのも貴方のお母さんだったじゃない」

 

「食事も飼い猫に与えるにはすごく豪華だった」

 

 白音の言葉に記憶を掘り返すとそういえばペットフードじゃなく母が作っていたし、猫の飼い方を知らなかった一樹が適当に牛乳を飲ませようとするとめちゃくちゃ怒られた。

 

「その時のお2人の名前は一樹さんのお母さまが付けてくれたんですね!」

 

「最初は一樹が付けたけど却下されたのよ。まぁ、スーパーの袋を見てコーラとソーダなんて名前つけられるよりはマシだったと今では思うわ」

 

 あまりの適当さに非難の目が一樹に向くが本人は顔を覆って体を曲げている。

 そんな一樹にアーシアが話しかける。

 

「一樹さんのお母さまはとても猫がお好きだったんですね!」

 

「わるいアーシア。ちょっと知りたくない真実が出て来て混乱してるから少し放って置いてくれ……」

 

 頭を抱えて知りたくなかった真実を咀嚼している一樹。

 そんな弟に肩を竦めて笑う黒歌は話を続けた。

 

「温かい食事。危険のない寝床。優しい飼い主。正体を曝すことは出来なかったけど、私たちにとってあの家は間違いなく安住の地だった」

 

 懐かしむように語る黒歌。

 しかしその表情をすぐに歪む。

 

「あの家に拾われて1年くらいだったかしら?私を眷属悪魔にしたいっていうやつが現れたの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒歌は日ノ宮家の屋根でその身体を丸くして日向ぼっこをしていた。

 夏の暑さが厳しい時期ではあったが、室内に居ると日ノ宮母の可愛がりが疲れるのでこうして屋根の上に逃げている。

 黒歌とて此処でただだらけているわけではない。

 ここ1年、力を付ける為の修業を積み、色々と調べ周って情報を集めていた。

 確かに今は楽だ。食事も寝床の心配もない。しかし今の環境に甘んじるつもりはなかった。

 

(猫の姿じゃなくて、ちゃんと元の姿で生活できるようにならないとね)

 

 後々にここを出て、人間社会に混じって暮らせる環境を整えるつもりだ。その際には黙ってここを出ることになるが恩はキッチリ返すつもりだ。その時は人の姿を取っているかもしれないが。

 

(それに、白音も、いつまでも窮屈な思いをさせておくのもね)

 

 近い将来、本来の姿で生活させてやりたいと思う。今まで自分に付き合わせてひもじい思いをさせた。

 だからこそこれからは楽させてあげたい。

 

 そんなことを考えていると黒歌の傍に1羽の鴉が停まる。

 発せられる気からそれが誰かの使い魔であることはすぐに看破した。

 

「猫魈の黒歌さまですね?」

 

「……」

 

 鴉の問いに黒歌は答えずに丸まっていた体を起こす。

 

「我が主が貴女たちを眷属に迎え入れたいと仰られています」

 

 悪魔の駒。数を減らした悪魔が救済措置として開発した他種族を悪魔へと転生させるアイテム。

 輪廻の輪から外れる代わりに永遠に近い寿命を与えられると聞いている。

 だが、転生した悪魔に対する扱いの差は激しく、良心的な悪魔ならばいいが、そうでなければ文字通り奴隷か道具のように扱われる者も少なくないと聞く。

 その結果主の下を離れ、はぐれ悪魔として処分されることも。

 もちろん、全てのはぐれ悪魔がそういう訳ではないだろうが。

 

「興味が無いわね」

 

「何故です?我が主の下へくれば、人間如きに飼われる屈辱に甘んじる必要はなくなるのですよ」

 

「別に。私は今の生活に不満はないし、会ったこともないアンタの主も信じられない。放って置いてほしいわね」

 

 黒歌の言葉に使い魔を通して話している相手はどう思ったのか僅かな沈黙の後に言葉を発した。

 

「分かりました。我が主にはお伝えしておきましょう」

 

 そう言うと鴉は翼を広げて屋根の上から去って行く。

 どこか嫌な予感がしながら黒歌も屋根から下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~。夏休みの宿題、やっと終わったー」

 

 机に向かっていた一樹が大きく伸びをした後に首を回す。

 夏休み終了まであと10日。明日からどうするか考える。

 

「もう少しでクリアできそうなゲームを片付けるか。それとも誰かと遊ぶか……」

 

 これからの予定を考えることを楽しんでいると足に何かが当たる感触が伝わる。

 

「お!フルートか。ピアノはどうした?あいつすぐどっか居なくなるな。ごはん時には現れるけどな」

 

 足に擦り寄っている白猫を抱き上げる。

 頭を撫でると気持ち良さそうに白猫は目を細めた。

 

 白猫にとって今の暮らしは楽園に居るようだった。

 毎日決まった時間にご飯が出て、家族ともども姉妹を可愛がってくれる。

 飢えや寒さに苦しむ心配はなく、突然誰かに攻撃されることもない。

 

 唯1つ不満なのは本来を姿を取ることが出来ないことだが、思えば白猫が本来の姿に戻れたのはこれまでに何度あったか。

 もし本当の姿を曝した時、目の前の少年はどんな反応をするのか。

 知りたい、という衝動と知られて拒絶されるのが怖いという葛藤が生まれる。

 ただ今は、この温もりに溺れていたいと思った。

 それが後悔に変わるのはもうすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか……彼女は拒否を。困りましたねぇ」

 

 読んでいた本を閉じて男は困ったように大仰な仕草で手を挙げる。

 

「私の研究には妖怪と仙術・妖術のデータも欲しかったのですが。さてどうしたものか」

 

 天井を見つめる主に報告をしていた男はターゲットの現状を話す。

 

「彼女らは今、人間の一般家庭の家に飼われている模様です」

 

「なるほど。安住の地を手に入れましたか。出来ることなら放浪していた時に彼女たちと接触してこちらに引き込みたかったのですがね。日本中を無規則に移動するので補足が遅れたのが仇となりましたか」

 

「申し訳ございません」

 

「いえいえ。貴方は現在私の初めてにして唯一の眷属です。人を割けなかった私の落ち度ですよ。しかしやはりこのまま貴重な()()()()を諦めるのは惜しい。今度は私が直に交渉へと赴きましょうか。誠意は大事ですからねぇ」

 

 どこか楽しそうに、しかし表情を怪し気に歪ませながら男はこれからのことを想像する。

 それを諫めるように眷属の男は質問した。

 

「よろしいのですか?人間界で派手に動けば現魔王に目を付けられる可能性もありますが」

 

「たかだか一悪魔の動向なぞ上は大して気を払いませんよ。それとなにを勘違いしているのやら。私はただ、交渉に行くだけですよ?」

 

 

 

 悪意が、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒歌は人気のない元工場の建物の中で人型の姿に戻って妖術の訓練をしていた。

 亡き母から教わった術を自己で研鑽し、研究する。ここ1年安住の地を手に入れたことで半ば独学ではあるがそれなりに形にはなってきたのだ。

 

 元工場の油と埃の臭いには顔を顰めるが、術の練習には人気のない場所で人除け結界を張って訓練する必要がある。

 万が一人が入って来ても猫の姿を取り、身を隠せばいい。

 

 新しく考えた術式を構築しながらあーでもないこーでもないとぶつぶつ口を動かしていると結界内に誰かが侵入してきた。

 それが人間の気配でないことはすぐに分かった。

 

「お久しぶりです。お時間よろしいですか?」

 

「アンタは……」

 

 その声と気の質から先日話した鴉の主人であることを察する。

 警戒しながら摺り足で後退する。

 

「話はこの間済んだと思ってたけど?」

 

「えぇ。ですが我が主はどうしても貴女方を迎え入れたいとの要望でして」

 

「だから私は――――」

 

 そこで黒歌は異変に気付いた。

 それは結界が消された感覚だった。

 だがそれはこの場所ではなく、自分たちを拾ってくれたあの家に貼ってあった結界だった。

 

(違う!これは消されたんじゃんくて書き換えられた!?)

 

 黒歌が張った結界というのは邪まな存在が近寄りがたくするモノと、結界に異常が発生した場合、即座に黒歌に知らせる機能だ。

 

 驚いている黒歌に男は話始める。

 

「主は貴女を迎え入れるために必要な交渉材料を取りに行くと仰られました。動かないでください。主も時期こちらに来られるでしょう」

 

「どきなさい……!?」

 

 黒歌は殺意を込めて目の前の男を睨みつけるしかし向こうは涼し気にそれを流した。

 

「これが、我が役目故に」

 

「どけぇええええええええっ!!」

 

 黒歌が想ったのは最愛の妹の無事。

 しかし彼女は失念していた。

 狙われていたのは、妹だけではなかったということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一樹は訳も分からずに押し入れの中で白猫を抱きかかえて声を押し殺していた。

 それは突然だった。

 母が作る今日の夕食を楽しみにゲームのコントローラーを操作していると、インターホンが鳴り、仕事から帰ってきたばかりの父が玄関を開けて対応しに行った。

 すると、ドンッ!という音が人が倒れる音と母の悲鳴が聞こえた。

 驚いて手にしていたコントローラーを投げ捨てて玄関まで走る。

 

 するとそこには血を流して倒れている父と知らない男に押し倒されている母の姿。

 

 母の逃げなさい!という叫びに強張っていた体が反応して二階の押し入れに白猫を拾って押し入れに隠れた。

 

 

 何故?どうして?

 そう思う一方でアレに見つかってはいけないという本能が必死に物音を立たせずに過ごさせる。

 母、どうなったのか?

 自分は逃げて良かったのか?

 助けに行かないと!

 不意にそう思って僅かに残された勇気を振り絞り、押し入れから出ようとするとその戸は壊されて開かれた。

 

「見付けましたよ」

 

 母を押し倒していた男が醜悪な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 

「私も、こんなことはしたくなかったんですよ?ですが、貴女のお姉さんが私の下へ来たくないというモノでして。説得にご協力願えますか?」

 

 男は一樹を見下ろしながら彼には理解できない話をする。

 そもそもお姉さんというのが誰なのかすら分からない。

 悪意の眼差しを隠そうともせずにその時初めて男は一樹を見た。

 

「人間の子供ですか。私の研究の材料として確保しておくのも悪くない。それに扱いやすい人質は多いほうが良い。あぁ、それと――――」

 

 僅かに体を下げるとどさりと人の形をした何かを落とした。

 それはひとりの老婆だった。

 不思議なのは、何故その老婆の顔に見覚えがあり、今日母が着ていた服を着ているのか。

 男は注射器を1つ懐から取り出した。

 

「これ、先日完成した新薬でして。生物を一気に老化させる薬なのですが、人間相手なら10秒を待たずに老衰させることを可能とします。いやー。君のお母さまには感謝しているのですよ。こうして出来た薬の効果を確認させてもらったのですから」

 

 男が何を言っているのか一樹はほとんど理解していない。ただ目の前の動かない老婆が自分の母だという事は理解した。

 手で触れると実年齢よりも年若く見えた母から枯れ枝のような感触が伝わる。

 

「お話はこれくらいでいいでしょう。なに、私はこう見えても優しいですからね。君たち2人を死なないように丁重に扱ってあげますよ」

 

 母に触れていた手を掴まれた。

 その時一樹が感じていたのは母が死んだと理解した悲しみだったのか。目の前の男に対する怒りだったのか。それともこれから自分がどうなるのかという恐怖だったのか。

 あらゆる感情が一気に湧き上がり、グチャグチャと掻き混ざっていく。

 

「あ、――――あぁあああああああああああっ!?」

 

 混ざり合った感情は心の内側で爆発する。

 耳を覆うような絶叫の後に一樹は静かにそれを口にした。

 

(アグニ)よ……」

 

 少し先の未来で何度も言うことになるそのワードを生まれて初めて口にした。

 

 一樹の手から生まれた炎は目の前の脅威を排除しようとするように男へと襲い掛かった。

 

「なっ!?」

 

 一樹から手を放すと男は自分の顔に直撃した炎を払う。

 炎を払った顔半分には火傷が残され、自分に起こったことを分析し始めた。

 

「今のは、ただの炎ではありませんね。聖なる炎。神器かそれとも生まれついての異能か。ハハッ!?まさかこのような珍種が居たとは!ますます殺すわけにはいかないじゃないですか!!」

 

 宿った感情は怒りではなく歓喜。

 自分に抗った少年が実験材料としてとても貴重な存在だと解り、研究者としてなぜ顔の火傷程度で怒ることがあろうか。

 一樹の放った炎が次第に家を焼いて火の手を広げさせていく。

 この聖なる炎の中で長時間いるのはさすがに体に悪いとすぐさま2人を連れて出ようとした。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 一樹は大きく肩を上下させるとスイッチが切れたように意識を失う。

 爆発した感情で慣れていない能力を行使したことへの反動だった。

 

 意識を失った一樹と抱えられている白猫を回収しようとすると天井がぶち抜かれた。

 黒い影が一樹と男の間に落ちる。

 それは人の形をしており、その美貌を大きく怒りで歪ませて男を睨みつけた。

 

「ギニア・ノウマン……!」

 

「……もう戻ってきましたか。駒が私の所に戻っていないところを見ると殺したわけではないようですね」

 

 人の姿を取った黒歌は一瞬だけ倒れた一樹と妹を見るがすぐに湧き上がる感情のままに行動を開始した。

 妖術で生み出した雷を右手に集めて強い憎悪を舌に乗せる。

 

「殺してやる……!」

 

 ここは安住の地だった。

 日ノ宮夫妻が死ななければいけない理由は何もなかった。

 一樹が何かを失う理由もなかった。

 最愛の妹がこんな目に遭う必要も。

 

 その全ての原因は目の前で嗤っている男なのだ。生かしておく理由も1つとしてなかった。

 男――――ノウマンに近づくと手に集めた雷を目の前の男に繰り出す。

 それが肩に穿つと表情を歪めた。

 

「やれやれ。さすがにここでは分が悪い。このような聖なる力が広がっている場ではね。私も命が惜しいのでここは撤退させて貰うとしましょうか。あぁ、本当に残念です」

 

 すると男は小瓶を取り出し地面に中の液体を垂らす。するとそれが魔方陣を描いていった。

 それは、転移の魔法陣だった。

 

「ではまた。いずれ貴方たちを」

 

「待ちなさい!!」

 

 妖術で追撃をかけようとするがその前にノウマンはその場を退く。

 舌打ちすると黒歌は自分を呼ぶ声が耳に届いた。

 

「ねえ、さま……」

 

「白音!?無事!」

 

「わたし、わたし……!?」

 

 人の姿を取った

 白音が一樹に縋るような体勢で後悔から泣いていた。

 何もできず、何もせずに震えていた自分を。

 そんな白音を黒歌は頭を撫でて、倒れている少年を見下ろす。

 

「ごめん……ごめんね……」

 

 黒歌も泣きながら眠る一樹に謝る。

 今回の原因は自分にあるからこそ。

 どうすれば償うことが出来るのか分からないまま、届かない謝罪を続けるしかなかった。

 

 

 

 二階の一室を中心に日ノ宮宅は大きく燃え上がり、消防が駆けつけた際には火の手が一階まで及んでいた。

 この事件は一般的には当時の駒王町の管理者の介入により火の不始末による家の全焼として処理され、夫妻も火事による焼死として記録された。

 唯一の生存者である日ノ宮一樹は親戚に引き取られることとなる。

 

 

 これが、7年前に日ノ宮家を襲った悲劇の真相だった。

 

 

 

 

 

 

 



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89話:一歩踏み出して

詰め込み過ぎた。2話分割で良かったかもしれない。


「その後、一樹を家から出して運ばれた病院で目を覚ましたのを確認してまた旅に出たわ。その途中でアザゼルに拾われたの」

 

「ノウマンに関しては人間界で大きな事件を起こしたことで当時の駒王の管理者に捕らえられて牢獄行きになった」

 

 黒歌が説明をアザゼルが補足する。しかしそこで一誠が質問した。

 

「でもならなんで禍の団に?取っ捕まったんでしょう?」

 

「つい最近、奴は旧魔王派の手引きで牢を脱した。研究者としては優秀だからだろうな」

 

 嫌そうな顔をして組んでいた腕を解く。

 

「それで5年前に叔母に引き取られた一樹を見つけて後は知っての通りよ」

 

「……」

 

 黒歌の締めに一樹は顔を覆い隠して無言を貫いていたが小さく声を出した。

 

「……なんで、そんな大事なことを今まで黙ってた?」

 

「おい日ノ宮!?」

 

 一樹の言い分に白音の肩がビクンと跳ね上がり、一誠が小突いて窘めた。

 それに一樹は手の位置をずらして顔が半分見えるように動かすと息を吐く。

 

「わかってる。わかってるけど……」

 

 こんな話をそう簡単に出来る訳もない。だが、今まで話さなかったことに何も思わない程に一樹は大人ではなかった。

 

 舌打ちしてガシガシと頭を掻くと不意に立ち上がった。

 

「どこ行くんだい?」

 

「話はもう終わりだろ?ベランダで一服してくる」

 

「一服って……」

 

 止める間もなくその場を去る一樹にアザゼルが手を叩いた。

 

「なにはともあれ、今日は色々あって互いに疲れただろ。何か話をするにしても明日からにするぞ。今日は解散だ」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 アザゼルの指示にリアスも同意する。

 しかしそこでアーシアが異を唱えた。

 

「あ、あの一樹さんは?」

 

「あの子にも考える時間は必要でしょうし。今私たちに出来ることはないと思うわ」

 

 リアスの言葉を理解しながらも何かしたいとアーシアは提案する。

 

「あ、あの!私、今日はこちらにお世話になってもよろしいでしょうか?」

 

 一樹もそうだが、目の前でひとり震えている白音を見れば、誰かが傍に居た方が良いのではないかと思った。余計なお世話かもしれないし、黒歌がいるのだから自分がそうする必要もないのだが、それでも何かしたかった。

 

 一瞬キョトンとした黒歌だったが、すぐに笑みを浮かべてうん、お願いと答えた。

 

 こうしてその場は本当に解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベランダで煙草を銜えると一樹は自分の力で火をつけた。

 煙草を吸って紫煙を吐き出すとおもむろに顔を顰める。

 

「マズ……」

 

 そのまま吸った煙草を指で挟んだまま吸うのを止めた。

 

「よう、不良少年。初めての煙草はどうだ?」

 

「最悪です。よくこんなの吸えますね」

 

 現れたアザゼルは一樹の答えに苦笑して横に並び、自分の煙草を吸い始める。

 

「つか、お前その煙草どうしたんだ?」

 

バラド(おっさん)を俺の部屋に運んだ時に落ちて、拾ってポッケに突っ込んで返すの忘れてたんです」

 

 それだけ説明して碌に減ってない煙草の火を消した。

 

「お前、これからどうするつもりだ」

 

 あの話を聞いて猫姉妹と一樹との関係に変化があるだろうとアザゼルは思った。しかし返ってきたは逆の答えだった。

 

「別に。とりあえず今日はもう寝て、明日学校に行く。それだけです」

 

「……いいのか?」

 

「はい。あの話を聞いたからって別に何か変わるわけじゃないですよ。あの2人は俺の家族で、今日も俺を助けてくれた恩人。それが全てですから」

 

「そうか」

 

 安堵の息を吐くアザゼルに一樹はそれより、と話題を変えた。

 

「おっさんの遺体はどうなります」

 

「そこら辺はリアスたちと話してな。身元の割り出しをして、親類縁者を探してもらう。見つからなければ冥界のどっかの土地に埋葬ってことになるだろうな。お前、なにか聞いてねぇか?」

 

「家族は現魔王に殺されたとしか」

 

「そうか。なら、親類を探すのは難しいかもしれんな。まぁそこら辺はリアスたちに任せとけ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内に戻り、部屋に戻ろうとするとそこには黒歌が座って待っていた。

 

「休まないのか?姉さん」

 

 姉さん。まだそう呼ばれることの嬉しさと違和感に黒歌は問う。

 

「何も言わないの?」

 

「何を?」

 

「あの話を聞いて、私たちに対して言いたいこともあるでしょう?」

 

 黒歌の疑問に一樹は困ったように笑う。

 

「特にはないよ。父さんと母さんのことは俺が記憶を取り戻してないってこともあるだろうけど。それでもその件は姉さんと白音が悪かった訳じゃないだろ」

 

 一樹の言葉に黒歌は目を大きく見開く。

 

「原因の一端は有ったとしても姉さんたちが悪かった訳じゃない。恨むにしろ叩きのめすにしろ、あの気持ち悪い悪魔にぶつければいい。だから、難しいかも知れないけどさ。姉さんたちが強く負い目を持つ必要なんてないんだ」

 

 壁を背にして振り返るように顔を上げて目を瞑る。

 

「どう、なってたろうな……俺」

 

「?」

 

「5年前に姉さんたちが見つけてくれなかったらだよ。きっと色々な可能性があったんだ。例えば、俺が叔母さんに殺されたり、逆にキレて殺したり。耐えられなくて自殺ってこともあったかもしれない。もしくは英雄派みたいな組織に所属して今頃みんなと戦ってたりとかさ。ほら、俺も一応英雄(カルナ)の子孫らしいし?」

 

 指を折りながら考えられる可能性を上げていく。それは決して在り得ない可能性ではなかった。

 

「もしくはどこかで俺の能力が発現して転生悪魔化したり。その時は誰かに強制的に成らざる得ない場面に追いやられたと思うけど。そんな中でこうして曲がりなりにも人間として真っ当に生きられているのは姉さんたちがあの時俺を助けてくれたからだろ。充分感謝してる。俺にとっては、それが真実だよ」

 

 幾つもの可能性の中で積み上げられた1つ1つが今の日ノ宮一樹を形作っている。

 そうして積み上げられた5年間は決して簡単に今の関係が覆るほど軽い物ではない。

 

「そう5年だ。塞ぎがちだった俺を外へ連れ出して旅行に連れていってくれた。中学の時に馬鹿をやらかした俺を追い出さずに家族で居てくれた。誕生日を祝ったり祝われたりもした。他にも色んな大事な思い出がある。簡単に手の平返すなんて出来ないし。その感謝を忘れるなんてしたくない。だから、自分たちに関わったせいで俺が不幸になっただとか、そんな風に思わないでくれよ」

 

 一樹は少し照れたように頭を掻いたがすぐに穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、()()さん。あの時、俺を見つけてくれて。そしてずっと守ってくれて」

 

 万感の想いを込めたその言葉こそが、日ノ宮一樹にとっての真実だった。

 そして黒歌は 目頭が熱くなるのを感じて顔を覆う。

 きっと真実を知れば拒絶され、憎まれると思っていた。しかし目の前の少年は全てを飲み干して感謝を言ったのだ。

 

「はは……なら、もっと早く、真実(ほんとう)のことを話してればよかったわね。勝手にこうなるって決めつけて。バカみたいだなぁ……」

 

「どうだろう。引き取ってくれたばかりの頃に聞いてたらきっと俺は姉さんたちを拒絶してたと思う。つい最近でもどうだったろうな。今回みたいに取っ捕まった俺を助けに来てくれたからこう思えるようになったのかも」

 

「そっか。なら、今日この話をしたのは間違ってなかったのね……」

 

 黒歌の負い目が全て無くなった訳ではない。

 全部が全部、解決したのでもない。

 だけど大事なのはそんなことではなく、傍に居てくれるという選択をしてくれたこと。それがどれ程の素晴らしい奇跡なのか。

 

 黒歌は一樹の頬に触れる。

 憑き物の落ちたような笑顔で。

 

「ありがとう、一樹」

 

 飢えていた自分たちを見つけてくれたこと。今日までのこと。

 今日までの全てを感謝の言葉に込めた。

 

「うん……」

 

 手が離れると一樹は笑って頷いた

 

「じゃあ、俺、もう寝るよ。さすがにこれ以上はキツイ。おやすみ、()さん」

 

「うん。おやすみなさい一樹」

 

 明日起きれっかなぁ、とぼやきながら自分の部屋に入って行く一樹。

 それを見届けてから大きく息を吐いて天井を見つめた。

 

「白音に全部譲っちゃうの、ちょっと惜しかったかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに座って震える白音を抱きしめながらアーシアはその頭を撫でていた。

 

「一樹さんのご両親はどのような方だったのですか?」

 

 アーシアが訊くと白音は僅かに肩を跳ねるが小さく話始める。

 

「いっくんのお父さんは、とても穏やかで、お母さんのほうに頭が上がらない人だったけど、私たちも邪見にしない人でした。お母さんのほうは、ハキハキしてて怒ると、怖かったけど、とても温かな人でした。いっくんは、顔も、性格もお母さん似で……どこにでもある普通の家族だったんです……」

 

 本当に、どこにでもいる普通の家族だった。

 つまらないかもしれないけど、とても尊い。そんな家庭。

 そんな家族を自分たちの所為で壊してしまったのだと白音は震える。

 

「わたしは、あのとき、なにもしなくて……」

 

 ノウマンが襲撃してきたとき、当時の白音が動いても結果は大きく違わなかっただろう。

 だが理屈ではないのだ。

 助けることも守ることも何1つしなかったという負い目が白音を蝕んでいた。

 

「大丈夫ですよ。一樹さんはきっとそのことでお2人を責めたりしません。だってこんなにも素敵な家族なんですから」

 

 涙を流す白音をアーシアは眠るまでずっと頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢のような浮遊感がありながら一樹は意識をはっきりと保っていた。

 見渡す限りの平原。

 蒼天の空かと撫でるように吹かれる風。

 ここで昼寝すればきっと気持ちいいだろうな、と思いながらも自分の身体が今は就寝していることを自覚する。

 

「ほう。今回は意識があるのか。俺のことが分かるか?」

 

「アンタは……」

 

 後ろから現れたのは見覚えのある男だった。

 オーフィスとノウマンに頭を弄られていた時に幻視した男

 多少形は異なるが、一樹にとって見慣れた鎧が装着された圧倒的な存在感を持つ彼は――――。

 

「カル、ナ……?」

 

「正確に言うならばその一部だがな。俺の魂魄の大半は我が父、スーリヤと共にある。ここに居る俺は、説明がし難いのだが、お前の鎧に宿った残滓のようなモノだ」

 

 一樹の胸を指さして淡々と事実を告げるカルナ。

 自身の胸を擦りながらも疑問を口にした。

 

「なぁ、俺は本当に……」

 

「そうだ。俺の――――そして父、スーリヤの血に連なる者だ。もっともそれも数千年前の話だが」

 

「数千年……」

 

 あまりにも想像しがたい年月に疑問を覚える。

 いくら神とはいえ、そこまで血というのは残る物なのだろうか?

 

「お前の疑問はもっともだ。確かに神の血といえど数千年という年月。人との交わりを続けていればその血は忘れられていくが必然。事実、同じ祖を持つお前の母は一樹のような力は持ち得ていなかった。まさに奇跡だったんだ。他に血の連なる者がいたとしても。並行世界で日ノ宮一樹という存在がいたとしても。お前のように力を発現できる程の血の濃さを持つ者は1割にも達しまい」

 

 そうかもしれない。そうであれば、一樹の母が死ぬこともなかったのかもしれない。また、親類で自分のような人間がいるとは聞いたことがない。

 

 

「如何な偶然か、お前は太陽神(スーリヤ)の血を色濃く宿しこの世に生を受けた。それを感じた父は歓喜し、お前の内側に自身の威光を宿した鎧を、俺という師事役を乗せた上で送った。お前が母の母体に宿った時にな」

 

「師事……」

 

 そこでようやく思い出す。

 何度も夢で目の前の男と対峙した。

 夢で見た回数の何倍も殺されたような気がするが。

 

「俺が出来ることはあくまでも夢界を通してお前に戦う術を教えることと、今回のようにお前の精神が破壊されようとする際に多少の防衛が出来る程度だが」

 

 そこで新たな疑問が生まれる。

 

「なら、なんで今まで俺はアンタを認識できなかったんだ?あ!兵藤も最初は力不足でドライグと話せなかったって言ってたし、そういうことかな?」

 

 地震で結論を出し、納得しようとした一樹をカルナはバッサリと否定する。

 

「それは一樹。お前自身が俺を拒絶していたからだ」

 

「はぁっ!?」

 

「お前は自身の中に居る俺という意識を疎ましく感じ、遠ざけたいと思っていた。いや、消してしまいたいと願っていた、という方が正確だろう。それが膜となり、俺の存在を知覚することを拒んだ。だがそれも致し方なくはある。自分の中に自身とは違う意識が存在するなど忌避感を抱くのは至極当然の感性だ」

 

 実は遠回しに非難しているのではないだろうかと疑ってしまうがその声はただ淡々と事実だけを述べているのだと実感する。

 

「よくもまぁ、自分を無視しようとしてる奴に師事しようなんて思ったな」

 

「当然だ。お前が俺を遠ざけようとすることと、俺がお前を鍛えることは全くの別問題だ。それにそうしたのもあくまでお前自身がこちらに関わり、戦う意思を持ってからだが」

 

 ならば戦う力は必要だろうと言う。まったく言っていることは間違ってないので言い返せないのだが。

 

「だが、今回の事でお前はようやく俺と向き合う意思が生まれたらしい。こうして俺と話せるようになったのがその証拠だ。ならば、お前の精神を守ったのも意味があったということだ」

 

 聞きようによっては皮肉を言っているように感じるだろうがこちらを貶める意図が感じられないから困る。もしかしたらカルナなりに称賛している節すらあるからどう反応すべきか迷うのだ。

 

 そこでカルナは空を見上げた。

 

「そろそろ眠りから覚めるようだ。さぁ、立つべき現実に戻るがいい。また、こうして話す機会もあるだろう」

 

 一方的に会話は打ち切られ、景色が一転して闇に変わる。

 

 落ちるような感覚を味わいながら、その夢から覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、アレだな。たまにはこうして両手に華も悪くないな」

 

「そんなイッセーさんみたいなことを……」

 

 一樹の言葉にアーシアは苦笑しながら答える。

 

 翌日、起きた一樹はアーシアが白音とともに朝食を作っているのに驚いたがま、いっかと特に何も訊かずに席に座った。

 

 それからアーシアも混じって登校を始める。

 少し違うのは白音がやや俯きがちだという点だが。

 

「そんなに長く休んでたわけじゃないと思うが、学校行くのも久しぶりな気がするな」

 

「はい!明日は学園祭ですし、今日の準備、頑張りましょう!」

 

「そっか。学園祭……ならがんばら――――――学園祭ッ!?」

 

 話をしながら学園祭とは何だったか?と頭で検索してヒットすると驚いたように声を上げる。

 

「え?明日学園祭?ホントに?うわ、俺発案者なのにほとんど手伝ってねぇ!当日丸1日店番か?」

 

「だ、大丈夫ですよ!事情は部長さんも知っておられますし。きっとそこら辺は考えてくれてるかと……」

 

「だといいけどな。あぁ、でもどっちみち今日の準備は頑張らねぇと」

 

「はい!頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、あ、アンタッ!?」

 

「オッス久しぶり。元気そうでなによりだ」

 

 駒王学園に着くとばったり会った藍華に指をさされて驚かれる。

 

「それはこっちの台詞!?アンタ大丈夫なの!?」

 

「見ての通りだ。ちょっと身体が痛ぇが、問題ねぇよ」

 

「問題ないって、アンタ……」

 

 藍華は目の前で抉られた首を見る。

 そこには傷跡1つ残っていない首がある。

 もしかしたら、アレは夢ではないかと思うほど。

 

 ただ、異性の友人が無事戻ってきたことが今は嬉しかった。

 

 肩を震わせてよかった、と口で繰り返す藍華の様子が珍しく、一樹は戸惑うことしか出来なかった訳だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか俺だけ仕事量がおかしくね?」

 

「仕方ないじゃない。貴方だけ今日まで準備が不参加だったんだから」

 

「ほら。僕たちも自分の所が終わったら手伝うから、頑張って!」

 

「おう、サンキュ!クソ!あの無脳ドラゴンの暴挙がこんなところにまで影響を……」

 

 学園祭での準備に追われながらもどこか楽しそうに作業する一樹。

 そんな中でリアスが近づいてくる。

 

「貴方は、何も言わないのね?」

 

「何がです?」

 

「昨日の話を聞いて、悪魔(私たち)に言いたいこともあるんじゃない?」

 

「やめてくださいよ、めんどくさい」

 

 昨日姉さんとも似たやり取りをしたなと思いながら苦笑して返す。

 

「ひとりが勝手にやったことで全体を恨むとか、苦手です。まぁ、あの話で悪魔に対する印象が多少悪くなったのは否定しませんが。それでも俺は悪魔を滅ぼしたいだとかは別に。まぁ、悪魔の駒はやっぱり反りが合わねぇ、と思いましたが」

 

「……いいのね?」

 

「俺も別に祐斗たちを悪魔だからってそれだけで敵視するような人間にはなりたくないんで。それより、おっさんの遺体は……?」

 

「バラド・バルルね。実は彼の遺体はレヴィアタンさまが引き取ったわ」

 

 思いもよらなかった名前に一樹は驚く。

 

「なんでも、ちょっと縁があるらしくて。故郷に埋葬するそうよ。お墓参りがしたいなら、ソーナを通して言ってくれれば大丈夫だと思うわ」

 

「そう、ですか……」

 

 縁、というのがどういうモノなのかは知らないが、故郷に埋葬するという話にホッと胸を撫で下ろす。

 

「一樹、ありがとう……」

 

 安心して作業に戻るとリアスが安堵したようにそう告げるとただ、ウッス、とだけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭の準備も終わって帰宅した後に一樹は白音の部屋に訪れた。

 

「白音、いいか?」

 

 しばしの沈黙の後にゆっくりとドアが開かれる。

 

「えっと……なに……?」

 

「少しな。いいか?」

 

 ドアを大きく開ける。入れという事だろう。

 昨日のアレから白音の態度が余所余所しい。黒歌みたいに突っ込んでくれれば対応しやすいのだが、怯えるような態度でこちらの顔色を窺われるのは居心地が悪い。

 

「明日、朝にオカ研の方のシフトが終われば暇だろ?一緒に回らねぇか?」

 

 一樹と白音は午前オカ研の出し物をやって昼から自由行動という事になっている。クラスの方も当日は人手が足りているため手伝いはお互いに必要ない。

 

「それは……いいの?」

 

「去年あんまり案内できなかったし。今年はちゃんとな。白音が嫌じゃなきゃ」

 

 ふるふると首を横に振る白音に一樹は安堵を覚える。

 それだけ話を済ませて一樹は白音の部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭の開始して一樹は販売コーナーで会計をしていた。

 手作りの化粧水と焼き菓子の販売の他に占いとお祓いコーナー。そしてオカルト関係の資料閲覧が設けられている。我ながら節操のない店だなと全員で苦笑した。

 

 どちらもオカルト研究部のメンバーの手作りと銘打っているため、それなりに盛況だ。

 

「あ!木場くんのお菓子と化粧水をお願いします!」

 

「わ、私はリアスお姉さまのを……!」

 

「はい毎度ー」

 

 焼き菓子と化粧水にはオカルト研究部メンバーのブロマイドが付属されている。いらない場合は拒否できるが。それを目当てに何度も訪れる客もいるがおひとり様1つまで決められているので退散してもらっている。

 

「しっかしお前の商品売れねぇな。ブロマイドも受け取り拒否られたぞ」

 

「うっせぇよ!お前だって言うほど売れてねぇじゃねぇか!!」

 

「俺はお前に勝てるんなら下から2番目でいい」

 

「ぐぬぬ!」

 

 一誠の焼き菓子と化粧水はあまり売れていない。

 精々来た子供が菓子を買っていく程度で、ブロマイドもいらないと拒否された。

 一応、一樹も薦めてみたが、兵藤が作ったお菓子を食べたら妊娠しそう。化粧水を使ったら魅了とかされそうで使えないという意見が女子の間で囁かれており、男子からは言わずもがなである。乳龍帝の威光は人間界では通じないのだ。

 

 一樹のもそれほど売れていないが、学園に転入したばかりで知名度の低いレイヴェルとどっこいどっこいと言った感じだ。最下位になることはないだろう。

 

 後日、人気投票の結果発表もあるということで積極的に自分が好きな相手の品を購入してくる。

 まぁ、中には―――――。

 

 

「イッセーぇええええええっ!朱乃お姉さまの菓子をぉおおおおおっ!!」

 

「白音ちゃんの手作り焼き菓子!白音ちゃんのブロマイドォオオオオッ!!」

 

「お前の友達、気持ち悪いなぁ……」

 

「……否定できない」

 

 一部熱狂的な、というより松田と元浜に関してはブロマイドを渡して良いのだろうか、と思う。

 ちなみに一誠に金は倍払うから女子全員分のブロマイドをくれないかと交渉してくる変態2匹は丁重にお帰りいただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行くか」

 

「……う、うん」

 

 パンフレットを見ながらどこへ行くか決める。

 

「先ず、兵藤のクラス行くか。藍華の奴がこの時間シフト入ってる筈だし。冷やかしにいこうな」

 

「冷やかしって……」

 

 一樹の言い方に僅かに笑顔が戻る。

 

「途中で屋台とかもあるから、何か買いたいもんとか有ったら言えな。今日は俺がおごってやっから」

 

「別に、いいよ」

 

「いいからいいから」

 

 強引に手を引いて白音は引き連れる。

 ちなみに、最初の目的地に着く前に6品もの食べ物を買うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、冷やかしに来たぞ」

 

「追い出すわよ?」

 

 目的地にやって来た一樹は制服の上にエプロンを着て給仕をしている藍華に話しかける。

 特に切迫するほど忙しいわけではないようだが、暇するほど客がいない訳ではないらしい。

 

「冗談だ。見ての通り2名な」

 

「はいはい。あ、そうだ。割り勘なんてセコイこと言わないわよね?」

 

「分かってるよ!今日は俺のおごりだっての!」

 

「そう。良かったじゃない、白音」

 

「……はい」

 

 藍華は若干余所余所しい態度に違和感を覚えたが追及するのを止めた。

 注文をしてケーキと飲み物が置かれたトレイを持ってきてもらう。

 そこで気になったことを訊いた。

 

「そういえば、松田と元浜。あいつら朝は旧校舎(オカルト研究部)に来てさっきこっち来るときに見かけたけど仕事ないのか?」

 

「あいつらがここに居て客が寄り着くと思う?まぁ、昨日は馬車馬の如く働かせたけどね。外で問題を起こしても取り締まるのは生徒会と文化祭実行委員の仕事だし?」

 

「なるほど……」

 

 ようするにここに居ても邪魔になる可能性が高いから追い出したのか。そして後は巡回してる連中に押し付けようと。

 悪い笑みを浮かべる藍華に一樹は肩を竦めた。

 

「でも、そっちはさっき行ってみたけど思ったより地味っていうか。もっと派手なモノやるかと思ったけどね。オカルト研究部」

 

「それな。旧校舎って別館だろ?下手に向こうに客が集まると、色々と客の流れが悪くなるからって今回はあまり人が長居する類の催しは生徒会から控えるように言われたらしい。それと予算的な問題とか」

 

 オカルト研究部自体、表向き学校に大きく何かを貢献しているとは言い難く、多くの予算は割けないでいた。

 リアスが出資すれば資金面での問題は解決するだろうが去年のことがあり、支取会長から厳重にやめろと言われている。

 

「ごちそうさん」

 

「ごちそうさまでした」

 

 食べ終わると他の客の邪魔にならないように教室を出る。

 その際に藍華に耳打ちされた。

 

「なんか白音が元気ないみたいだけど、しっかりしなさいね」

 

「あぁ、そのためにな」

 

「なら良し」

 

 頑張んなさいと背中を押された。

 

 

 まだ顔を僅かに俯かせている白音の手を握る。

 

「次、行こう。てかそろそろ食いもん以外を見ような。さすがに腹膨れた」

 

「……うん」

 

 視線を合わせようとしない白音。

 

「姉さんにも言ったけどさ。あんまり自分を責めんなよな。俺も両親のことでとやかく言う気はねぇんだから」

 

「それは……」

 

「何度でも言うぞ。2人は悪くないんだ。だからそんな風に縮こまってる必要なんてないだろ」

 

 一樹の言葉に視線を上げると白音はあることに気付く。

 

「ねぇ、いっくん……」

 

「なんだ?」

 

「もしかして、背、伸びた?」

 

「そうか?頻繁に測ってるわけじゃねぇからわかんねぇけどそう感じるのか?」

 

「うん。前より少しだけ高くなってる気がする」

 

 白音の言葉に一樹は笑う。

 

「そっか。ついに姉さんの身長越えたかな?」

 

「どうだろう?でも、このまま伸びたらきっと」

 

 一樹はこれまで身長が黒歌より若干低いくらいだった。黒歌の身長を越すのがひとつの目標にもなっていたのだ。

 よーしよし!と嬉しそうにする一樹に、白音も釣られて笑った。

 

 

 

 

 それから、硬さが取れたように白音も調子を取り戻す。

 食べて、遊んで、はしゃいで。

 

 手作りのアクセサリーで猫を模った髪留めをプレゼントすると本当に嬉しそうに微笑んだ。

 ちゃんと、平和な日常を歩いていけるのだ。

 

 

 

 学園祭も終わりに差し掛かり屋上からキャンプファイヤーを見下ろしていた。

 

「こっちの世界に関わってからさ」

 

 一樹が話始める。

 

「色々とヤバいのと戦ったり強くなったり。それを楽しいとか嬉しいとか少し思うようになったけど。やっぱりこういう時間が1番落ち着くんだなって思う」

 

 学園で仲間と行動してバカやって笑って。そういう時間を一樹は尊く感じていた。それは、あの研究所から生きて脱出できたからこそ余計に。

 

「捕まってたときは周りに虚勢を張るので精一杯でさ。白音たちが助けに来てくれて嬉しかったんだ。助かったという安堵よりも、助けに来てくれたことこそが」

 

 自分にはそういう人たちがいるんだと、そのことが大きく救いになった。

 そして、自分を叱ってくれる仲間が居ることも。

 

「なぁ、白音。俺さ……捕まってた時に無性に白音に会いたいなって思ったんだ。誰よりも……」

 

 きっとこの気持ちは突然生まれたモノじゃなかった。

 日々用意される食事とか。

 ほつれた服が直ってたりとか。

 そういう自分のためにしてくれた日々の行為が積み重なっていつの間にか大切な存在になってた。

 それをようやく認めて、胸を張って言える。

 

「俺は、白音が好きだよ」

 

「…………」

 

 一樹の告白に何も言わず、ただ口を結んで一樹を見ている。

 

「答えは、今じゃなくていいから。白音はさ……俺の両親のこととか色々と整理が付いたら答えてくれればいい」

 

 今の白音に答えを出せというのは酷だろうと思い、そう締めた。

 じゃ、下に戻るか、と屋上から校舎に戻ろうとすると白音が一樹の手を掴む。

 

「……本当に、私でいいの?」

 

「白音が良いんだよ。言っとくけど、こんなこと嘘や冗談で言えねぇんだからな!」

 

 さっきの自分の言葉に一樹の顔が赤くなって顔を逸らした。

 白音は、一樹の手を握り、下を向いたまま話始める。

 

「わたし、ずっといっくんのためになにかしなきゃって思ってた。私たちの、私が何もしなかったせいでいっくんがずっと酷い目に遭ってて」

 

「そういう風には考えて欲しくねぇんだけどな」

 

「うん、でも……一緒に暮らして。私が作ったご飯を美味しいって言ってくれて。ほかにも、たくさん喜んで、笑ってくれて……」

 

 最初は確かに贖罪の意識だった。でもいつの間にか純粋に目の前の少年に喜んでほしいと思うようになった。

 それも家族としての情だと思っていた。

 でも一樹が修学旅行以降帰って来なくて、それが別種のモノだとアーシアたちの助けを借りて自覚した。

 1番、傍に居て欲しい人なのだと。

 

 本当に、もう赦されて良いのだろうか?

 素直になって良いのだろうか?

 

 透明な雫が屋上の床を濡らした。

 

「いっくん。私も、いっくんが、好き、です……貴方が……貴方を……」

 

 か細い声。

 本当に良いのかと不安な声。

 一樹はそんな心配は必要ないんだと言うように抱き寄せる。

 胸に埋まり心を落ち着かせた。

 

 どちらからだったのか。互いに顔を近づける。

 

 唇が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ!片付けの少し前には戻りなさいって言ったでしょう!?」

 

「すんません……すぐに片付け始めます」

 

 白音の手を放して片付け作業に入る。

 その名残惜しそうな白音の表情に朱乃はからかうように言う。

 

「あらあら。そう言えば随分と仲良さ気に帰ってきましたが、告白でもしましたのかしら?」

 

 朱乃の言葉に全員が2人に注目する。顔を赤くする白音と少し考える素振りをして一樹が答えた。

 

「えぇ。俺ら、今日から付き合うことにしたんで」

 

 そうあっさりと。

 

 

『………………………はいぃいいっ!?』

 

 一樹の答えに全員の声がひとつになった。

 最初に回復したのはアザゼルだった。

 

「おいおいおい!いったい何時そんなことになった!!」

 

「ついさっきです。告白してOK貰いました」

 

「わーわー!!白音ちゃんおめでとうございます!!」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「今更といえば今更な気がするがおめでとう」

 

「そ、そうね!一樹くんがあっさりしてるから理解するのに時間がかかったわ」

 

「こういうイベントごとではカップルの成立は多いと聞きましたが……」

 

「教え子が……教え子が恋人同士に……うう……私なんて……私なんて……」

 

「おめでとう、一樹くん、白音ちゃん」

 

「ビックリですよぉおおおおっ!?」

 

「あらあら。先を越されてしまいましたわね」

 

「クッ。そんなおいしい場面を見逃すだなんて……不覚だわ!」

 

「なんでだ!なんで日ノ宮ばっかり進展すんだよぉおおおおっ!?」

 

 それぞれが好き勝手言う中、アザゼルが手を叩く。

 

「お前ら!片付けは明日に回しだ!どうせ本格的な方付けは明日だからな、かまわん!今はこいつらに訊きたいことを訊け!質問しろ!イジリ倒せェエエエッ!!」

 

『おぉおおおおおおおおおっ!?』

 

 

 訳の分からないテンションで咆哮を上げる部員たち。

 この後、いつの間にか来ていた藍華、松田、元浜も加わり、宴会騒ぎを夜中まで続けることなった。

 

 

 こうして、駒王学園の学園祭は終わりを迎えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話からはしばらくこの作品は1話か2話で終わる日常編を投稿します。

ようやく学園祭も終わり。長かったです。


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幕間5:迷探偵兵藤一誠の事件簿?

本筋の点は考えていても繋ぐ線はほとんど考えてないんで幕間を投稿しながら話を考えようと思います。

原作11巻から12巻に替わる話とかも。


 兵藤家の地下にある訓練施設。

 レーティングゲームなどの技術が取り入れられ、広範囲のフィールドの構築を可能にしている。

 現在、荒野を模された地で2人の少年が戦っていた。

 

 ひとりは兵藤一誠。禁手の赤い鎧を身に纏い、対戦者に拳を繰り出す。

 

 もうひとりは日ノ宮一樹。新調した長槍を振るいながら一誠の動きを制限していた。

 

「このヤロ!さっきからクネクネとイヤラシイ戦い方しやがってっ!」

 

「それだけテメェの動きが読まれてる証拠だろうが!少しは考えて動け!素のスペックならそっちが上なんだからな!」

 

 戦いの攻防の激しさも然ることながら舌戦も忘れない。というより自然とこうなってしまうのがこの2人だ。

 これはもうオカルト研究部では日常と化している。

 

 一樹は鎧を纏わずに一誠の動きを封じていた。

 拳を引き、前へと繰り出す前にリーチの長さを利用して抑え込む。蹴りも受け流されるか同様に力を入れる前に封じられてしまうのだ。

 無理矢理押し込もうとすると体をずらし、会心の一撃を喰らう羽目になる。それを何度も繰り返されて一誠はじわじわとダメージを蓄積されていく。

 かと言って一樹も楽々という訳ではない。

 肉体にダメージが無くとも当たれば文字通り体に穴が開きかねない一撃を1つ1つ捌くのにどれだけ神経をすり減らしているか。

 

 そんな2人の攻防を外野は見守りながら意見を言い合っていた。

 

「上手いね。イッセーくんをパワーを丁重に潰してる。射程の長さを活かした戦術だ。コレ、他のチームには見せられないな。イッセーくんの攻略を曝すようなものだし。僕も勉強になるけど」

 

「とはいえ、簡単に実行できることでもないわ。今のイッセーは並大抵の相手なら即座に倒せるし、あの速度の拳打を捌くタイミングと膂力があってこそだから。あ、形態を変えたわ。距離を取って僧侶ね」

 

 リアスが言うように、両肩に砲のある僧侶の形態へと移行する。

 

「それが話に聞いてた奴か」

 

「おうよ!これが、部長の乳首を突いて手に入れた俺の新しい力!トリアイナだぜ!!」

 

「どういう状況でそうなった!?部長修学旅行の時居なかったろ!」

 

「うるせぇ行くぜ!!ドラゴンブラスターッ!!」

 

 肩にある両の砲門から凄まじい魔力の波が発射される。

 自身を飲み込もうとするそれを一樹はギリギリのところで回避した。

 

「馬鹿が!威力と攻撃範囲ばっか上げやがって!味方に当たったらシャレになんねぇぞ!対人戦に使う技じゃねぇ!!」

 

「お前のブラフマーストラだって似たようなもんだろうが!!」

 

「だから細々とした技を中心に訓練してんだろうが!!お前このまま進んだら町ごと敵をぶっ倒すのがデフォになるんじゃねぇのか!!対人戦を磨け!対人戦を!」

 

「なら、今見せてやるよ!」

 

 僧侶からスピード重視の騎士へと鎧が変化する。

 装甲を極限まで削ったフォルム。が背中のブースターを吹かす。

 

「曹操に一泡吹かせたスピードを見せてやるぜ!!」

 

「速っ!でもなぁ!!」

 

 なんとか一誠の突進を躱すと向こうは大きく離れた位置まで停止する。

 

「あっぶね!それより少しは制御しろって言ってんだろ!暴走車じゃねぇか!」

 

「うっせ!まだ慣れてないんだから仕方ねぇだろ!!お前こそホントに取っ捕まってたのか!?動きが前より段違いとかおかしいだろっ!?」

 

「才能の差じゃねぇの?」

 

「そこだけ素で返すんじゃねぇよ!?」

 

 上空から一樹を踏み潰すように着地すると地面がひび割れクレーターが出来る。

 着地と同時に戦車の形態へと変化し、拳を繰り出すが槍によって防がれる。

 

「甘ぇっ!!」

 

 しかし現状最高のパワーを持つ戦車の形態はさすがに抑え込めずに力づくで弾き飛ばされた。

 空中で姿勢を整えながら炎を矛先に集めた槍を振るい、炎の斬撃を飛ばす。

 

 しかし防御面も大幅に底上げされた戦車の装甲は突破できない。

 一樹が着地する僅かな間に接近し、拳を構えた。

 

「一撃、もらいっ!!」

 

 正拳は確実に一樹を捉えた。

 だがギリギリのところで間に生まれた壁に防がれた。

 

「チッ!まだ使う気はなかったんだがな……」

 

 肩にある浮遊する車輪の盾。

 一樹も自らの鎧を解放し、一誠の一撃を防いだのだ。

 

「それが話に聞いてた姿か。出し惜しみしやがって!」

 

「なんせこちとら最強のドラゴン(オーフィス)に狙われてる身なんでな。お前程度に一々全力なんて出してられねぇんだよ!」

 

「言ってろ!」

 

 追撃をかけようとする一誠とそれを受け流そうとする一樹。

 しかしその模擬戦は終了する。

 チャイム音が響き渡り、リアスから放送が届けられた。

 

『おつかれさま、2人とも。上がってちょうだい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんていうか、もうアクション映画とか見ても何にも感じ無さそうなくらい非現実的な光景だったわ」

 

 見学に来ていた藍華がしみじみと発言する。

 そこでスポーツドリンクを飲んでいる一樹を見る。

 

「それにしても一樹ってホントに強かったのね」

 

「どういう意味だよ」

 

「だって私が見たのは小さな女の子に一方的にやられてる姿だけだもん」

 

「言っとくけどな!あれは規格外なんだからな!」

 

 さすがに全ての神話で最強の一角であるオーフィスが相手だと手も足もでない。いつまでもそうではないように願いたいが。

 

「それにしても、もう少し仲良くできませんの?戦ってる間、ずっと罵倒の嵐でしたわよ」

 

「無理だろ?」

 

「なんか自然とあぁなっちまうんだよなぁ」

 

 レイヴェルの指摘に2人はそう結論付けている。

 それから少し話をしているとゼノヴィアが割って入ってきた。

 

「一樹、そろそろいいか?」

 

「ん?あぁ。シャワー借りますね。そしたら帰るんで。白音、俺今日ちょっと遅くなっから。ゼノヴィア、ちょい待ってろな」

 

「あぁ、分かった」

 

「2人でどこか行くのかい?」

 

「ちょっとな」

 

 答える気がないのか細かな説明をせずにひらひらと手を振ってシャワー室に入っていった。

 

 この時珍しい組み合わせだなくらいにしか皆思わなかったが、この日から一樹とゼノヴィアが行動を共にする姿が頻繁に確認される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪しい」

 

「何がだい、イッセーくん」

 

「日ノ宮とゼノヴィアに決まってんだろ!もう1週間だぞ1週間!!」

 

 あれから一樹とゼノヴィアは放課後になると部室に少しだけ顔を出して帰ってしまう。

 ゼノヴィアも悪魔の仕事をすぐに終わるモノだけをこなしてさっさと帰ってしまうのだ。

 

「確かに気にはなるけど、一樹には元々そこまでの拘束力はないし、ゼノヴィアもしばらくすぐ終わる仕事だけ回してほしいって頼まれてるし。それにあの2人ならそう心配は要らないでしょ」

 

「心配要りますよ!?これってどう考えても浮気じゃないですか!!」

 

 浮気、という単語に皆がポカンとなる。

 

「白音ちゃんと付き合うことになってすぐにゼノヴィアとずっと一緒に行動してるなんておかしいでしょう!白音ちゃんも黙ってないで何か言ってやるべきだよ!!」

 

 先程から黙々と宿題を片付けている白音は呆れたように目を細めるとぼそりと呟く。

 

「……兵藤先輩でもあるまいに」

 

「ちょ!?それどういう意味!?」

 

 白音の言葉に心外だと言うようにオーバーなポーズを取る一誠。そこで祐斗が話に入る。

 

「もし浮気とかだったりしたらもっと隠れてするんじゃないかな?今のところ何処へ行くのかは教えてくれないけど、一緒に行動してること自体は隠してないよ?」

 

「甘い!甘いぜ木場!!そうやって堂々としてて自分たちは疚しいことがありませんって態度を主張してること自体がカモフラージュなんだよ!」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「アーシア、真に受けないの。つまり、イッセーは今後恋人ができたらそうするつもりなのね……」

 

「違いますよ!?俺の印象どうなってるんですか!?」

 

 リアスに指摘されてなぜか自分が攻撃されることに反論する。

 そして少し考える素振りをしながら答える。

 

「そうね。女の子が精一杯告白したのにイエスともノーとも言えない返答をして怒らせた挙句に逃げられて、追いかけもせずに他の女の子に鼻の下を伸ばしながら慰めてもらってるような印象?恋人ができる以前の問題だったわ」

 

「なんですかそのヤケに細かな印象!?つか思った以上に最低な印象だったよ!?」

 

 もはや憧れの人から突き付けられる言葉の暴力に泣きそうになっている。

 

 一誠は浮気だなんだのと騒いでいるが周りからすれば想像できないの一言に尽きる

 一樹は放課後を除けばゼノヴィアとの関係は変わらずに保っている。そしてゼノヴィアももしそうなら態度で分かりやすく出る様が想像できるからだ。

 

 そんな中で一誠は一樹の浮気説を孤軍奮闘して主張していた。

 

「ゼノヴィアもおっぱいが結構大きいしスタイルだって良い!ちょっと世間知らずなところがあるからそこを突いて言葉巧みにゼノヴィアに言い寄ったに違いないんだ!俺はその証拠を確実に掴んでくるぜっ!!」

 

 そこまで言って先程退出したばかりの2人を追うつもりなのか大急ぎで部室から出て行く一誠。

 

「ま、待ってください!イッセーさん!」

 

 暴走する一誠を反射的に追いかけるアーシア。そして今まで黙っていたイリナも立ち上がった。

 

「貴女も行くの?」

 

「えぇ。浮気云々は流石にないでしょうけど、ゼノヴィアたちが何をしているのかは気になるので。それに、万が一そういうことだったらとっちめてやらないとです」

 

 失礼します、と軽く頭を下げて一誠を追いかけるイリナ。

 部室内に僅かな沈黙が流れる中、リアスが口元を歪めて白音に訊く。

 

「で?貴女は行かなくていいのかしら?」

 

「……気にはなりますが、木場先輩の言うようにコソコソしてる訳で無し、です。その内話してくれると信じてますから」

 

「惚気てくれるわねぇ」

 

 リアスたちが一樹を疑ってないのはこういう白音の信頼もあるが彼自身、普段の態度は以前と変わらずとも何気ないところで白音に対し以前より態度が柔らかくなったのを感じているからだ。

 そんな2人の関係を羨ましいと感じながらリアスは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追い付いたぜ……」

 

 やや離れた位置から一誠たち3人は一樹とゼノヴィアを尾行していた。

 会話こそ聞こえないが、仲良さげに歩いている2人が見える。

 

「ほ、本当に一樹さんはその……ゼノヴィアさんと浮気をしてらっしゃるのでしょうか?」

 

「あぁ、間違いないぜ!見てみろよ。まるで恋人同士みたいに歩いてるじゃないか!」

 

「そう?どっちかって言うと仲の良い兄妹っぽく見えるわ」

 

 なにやらガッツポーズをして意気込んでいるゼノヴィアに一樹は苦笑しながら肩を竦めている。

 手を握っているなどということもなく、物理的に距離を保っている。

 恋人同士、というと普段の2人を知っているイリナからすれば首を傾げる。だからこそ2人が何をしているのか謎が深まるのだが。

 

「ほら!肩に手を置いてるじゃん!コレ確定だろ!」

 

 携帯のカメラを向けている一誠にアーシアはどうでしょう、と呟く。

 確かに肩に手を置いたがゼノヴィアの反応といえば顔を赤らめたりとかそういう反応はなく、むしろ何か励まされたような反応に見える。

 これは、浮気云々より気になってきたのも事実だった。

 

「お!人通りの少ない道に入ったな!きっとこれから何かあるに違いないぜ!」

 

 浮気現場だと決めつけてコッソリと後をつける一誠とそれに付いて行くアーシアとイリナ。

 しかし曲がり角まで追いかけたところで2人の姿を見失った。

 

「あ、アレ?どこ行った!?」

 

「お2人が消えてしまいました……」

 

「う~ん。もしかして尾行がバレてた?」

 

 イリナの言葉に一誠が悔しそうに地団駄を踏む。

 

「クソ!逃げられたのか!!これはもうあいつらが疚しいことがある証拠だろ!まだ近くにいる筈だ!絶対に見つけ出してやる!!」

 

 辺りを捜し出す一誠。

 しかし、数時間捜し続けても一樹とゼノヴィアを発見することは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 失意のまま兵藤邸への帰路に着いていた3人はあと5分ほどで家に着く場所で目的の人物を発見した。

 

「お?お前らも今帰りか?」

 

「日ノ宮テメェッ!!」

 

 掴みかかろうとダッシュする一誠に一樹が鼻っ面をパンチする。

 

「なんだいきなり。あぶねぇ薬でもキメてんのかお前は?」

 

「やかましい!こんな時間までゼノヴィアを連れ回しやがって!いったいナニしてやがった!!」

 

 殴られた鼻を押さえて喚く一誠に一樹ははぁ?と眉を動かす。

 続いてアーシアとイリナが問うた。

 

「あ、あの!本当に一樹さんはゼノヴィアさんと浮気を……!?」

 

「ゼノヴィア。一応訊いて置くけど、可愛い後輩の恋人に手を出してたわけじゃないわよね?」

 

「なにを言ってるんだ3人とも?」

 

「浮気とか不穏な単語があったが。なんでだよ?」

 

 一樹とゼノヴィアは何を言っているのか分からない2人はただ困惑していた。

 そんな中で一誠が指さす。

 

「疚しいことがないなら何をしてたかちゃんと答えられるだろ!いったいどんな卑猥なことをしてやがった!!」

 

 キシャーと嘘は許さないと騒ぐ一誠にゼノヴィアが首を傾げて答えた。

 

「料理を習いに行くのは卑猥なことなのか?」

 

「あったりまえだろ!料理なんて―――――――料理?」

 

 

 ゼノヴィアの答えに3人は唖然となる。

 そんな3人に一樹は息を吐いて説明を続ける。

 

「なにを勘違いしてるのか知らねぇが、俺たちは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「料理教室ぅううっ!?」

 

 一樹の言葉に一誠が疑わし気に顔を歪めた。

 そんな中でゼノヴィアがうん、と頷いた。

 

「一樹が捕まっている間に女子で集まって白音の家で夕飯を食べたことがあっただろう?あの時、料理が出来ないのが私だけだったのが少なからずショックでね。訊けば、その時いなかった部長や朱乃さんもそうだがレイヴェルもお菓子作りが趣味と聞いた。それで花嫁修業というほど大したものではないが、料理に挑戦したくなってね。始めはおばさまにでも教えてもらおうと思ったんだが桐生に一樹が料理教室に通い始めたと聞いて、便乗させてもらったんだ。どうせなら、上手くなってから皆に食べてもらいたくて」

 

 ゼノヴィアの説明に一誠が何度も首を振る。

 

「いやいや!なんで日ノ宮が料理教室に通うんだよ!?」

 

 指をさされて全否定されて眉をひそめたが呆れた感じに答える。

 

11月23日(来月の終わり頃)に白音の誕生日なんだよ。それでサプライズ的に手料理作ってごちそうできればなって思って通い始めたんだ……」

 

「そ、そうだったんですか!?それは素敵ですね!!」

 

「ありがと。本当は10月1日(姉さんの誕生日)にしたかったんだけどな。でも2学期始まってから行事やらトラブルやらで時間取れなくてな。修学旅行後はアレだったし。ようやく時間が取れたから近所のおばさんの紹介で通ってたんだよ。藍華にはその行き道で遭遇してバレたけどな」

 

 これは白音との恋人云々というより2人に感謝を込めて、という意味合いで思いついたことだ。言うように黒歌の誕生日までには習っている余裕はなかったので結果的に白音の誕生日に合わせる形になったが。

 

「一樹くん、マメね」

 

「クッ!だったら俺たちに隠さなくてもいいだろうに……!」

 

「は?なんでお前に話すんだよ?お前は俺の友達かっての」

 

「なんか素で衝撃的なこと言われた!?」

 

 一樹も多少の料理は出来るがどれも男料理。誕生日、それも女のそれを祝うのに適した料理は作れず、習い事を始めたのだ。

 

「じゃ、じゃあ本当に浮気とかだったわけじゃ……」

 

「当たり前だ!付き合い始めたばかりだぞ!それにそれなら堂々となんてしてるか!!」

 

 さすがに心外だったのでイリナの頭に軽くチョップを叩き込む。

 

 真相を知った一誠は悔しそうに月へと吠えた。

 

 

「紛らわしいんだよチックショォオオオオッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「そういえば、一樹さんの誕生日っていつなんですか?」

 

「俺か?夏休みに冥界の山でドラゴンに追いかけられている間に過ぎちまったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




幕間は投稿話数が百になるまで続けようと思います。



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幕間6:人選ミスの恋愛相談

今回は一誠アンチの内容になってますので閲覧注意です。

この作品では一誠のトラウマはまだ払拭されてませんし誰ともくっ付いてません。


「部長!お、俺と、付き合ってください!!」

 

 ようやく言えた告白。相手を見ると向こうは頬を染めてはにかむような笑顔をしている。

 

「嬉しい……!」

 

 紅色の髪を持った女性はそう言って自分を抱きしめてくれた。

 今ならずっと呼びたかった名で相手を呼べそうな気がした。

 

「り、リアス……!」

 

「ねぇ、イッセー……」

 

「は、はい!?」

 

 ようやく想いを伝えて結ばれて昂った感情は緊張となりまともに相手が見えない。

 そして次に思っても見なかった言葉が耳に届いた。

 

「死んでくれないかしら」

 

「え?」

 

 先程までの熱のある声から一転して嘲笑する声音に変わる。

 

「り、リアス……?」

 

「下級悪魔風情が私の名を呼ばないで」

 

 体を離すとそこには紅色の髪ではなく、黒い髪と鴉のような翼を持った女が立っている。

 

「夕麻……ちゃ……」

 

「死んでちょうだい、イッセーくん」

 

 黒髪の女が腕を振るうと自身の腹に大きな穴が開いた。

 

「不様ねぇ。卑しい下級悪魔が不相応な夢を見るから」

 

 かつて、天野夕麻と自己紹介された少女の醜悪な笑みと声が耳に届く。

 いや。嘲笑している声は夕麻だけでない。

 

 リアス。

 アーシア。

 朱乃。

 白音。

 黒歌。

 ゼノヴィア。

 イリナ。

 ロスヴァイセ。

 レイヴェル。

 ソーナ。

 九重。

 

 周りを見ると見知った少女たちが取り囲むように自分を嘲笑っていた。

 

『イッセーさん。ずっと貴方が大嫌いでした』

 

『イッセーくん。もう私に近づかないで』

 

『イッセー。君には失望したよ』

 

 他にも聞きたくない言葉がたくさん親しい女たちからぶつけられる。

 そして最後に、リアスが冷たい眼で自分の前に立った。

 

「イッセー。もう私の前から消えてちょうだい」

 

 リアスの手にある黒い魔力が自分を圧し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おわぁあああああっ!?」

 

 悪夢に絶叫し、一誠は跳ね起きた。

 全身汗でびっしょりであり、気持ち悪い。

 

「またこの夢かよ、クソ……!」

 

 あの夢を見るのは初めてではない。細かな部分は違うが似たような夢は何度も見た。

 腕を動かすと柔らかな感触が伝わる。

 見ると、左右に寝巻き姿のアーシアと朱乃が眠っていた。

 

 こうして添い寝してくれる少女たちであんな夢を見るなんてどうかしてる。そう思いながら、もしあれが現実になったらと体が震えた。

 

「だぁぁぁぁ、もう!情けねぇ!!」

 

 パチンと自分の両頬を叩き、ある決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む日ノ宮!俺に乙女心を伝授してくれ!!」

 

「そんなもん俺が知るか。ギャスパーにでも訊け」

 

 

 幕間6:人選ミスの恋愛相談――――――完!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや早いよ!?もう少し真面目に相談に乗ってくれてもいいだろ!」

 

「なんで俺がお前の相談事なんて乗らなきゃなんねぇんだよ。俺はお前の友達かっての」

 

「だからサラッと酷いこと言うんじゃねぇよ、傷つくだろぉおおおおっ!?」

 

 2人の言い合いに同じ部屋に居る祐斗がまぁまぁと宥める。

 

「イッセーくんの話、少し聞いてあげても良いんじゃないかな?ほら、勉強の息抜きにさ」

 

「よく言った木場ぁ!!」

 

「その方がよっぽどストレスが溜まりそうなんだがな……」

 

 一樹は学園を休んでいた際に遅れた勉強を取り戻そうとしていた。今回はテスト勉強も兼ねて祐斗の力を借りに彼の住むマンションまで赴いたのだ。

 何故か一誠が居たのは以外だったが。

 

 ノートに動かしていた手を止めて面倒そうに大きく息を吐く。

 さすがに部屋の主に説得されればある程度話を聞かざる得ない。

 

「で、どうした?なんで俺にそんな話題を振る?心底迷惑なんだけど」

 

「もう少しオブラートに包めよ!?いやほらさ。お前、白音ちゃんと付き合い始めたんだろ?どうなのかなぁって」

 

「どうなのかなって言われてもな。5年も一緒に暮らしてるし、別段そこまで変化はねぇよ。休日に一緒にいる時間を増やしたくらいだな」

 

 付き合い始めたからといって態度が180度変わることもない。今まで通り過ごしている。不必要にベタベタとすることもない。

 

「大体そんなこと聞いてどうすんだ?俺から白音とこんなに仲良しなんだよ~て惚気話でも聞きたいのか?ちなみに俺はそんな話を自慢げにされたら鬱陶しがるか拳で黙らせる自信があるぞ」

 

「そんな自信いらないだろ!ほらアレだ。彼女持ちの日ノ宮にどうしたら女の子に喜んでもらえるのか教えてもらえないかなって。乙女心に疎い俺に是非!みたいな」

 

「だから知らねっつの。乙女心ってアレだろ?女からすれば自分が不機嫌になる理由をはぐらかして答える逃げ道で男からすればこれをすれば女が勝手に喜んでくれたり怒らせないで済むなんていう幻想(うそ)が詰め込まれた教本的なヤツだろ?そんなもん俺に教授できるか」

 

「なんかすごい悪意的な解釈聞いたよ!?」

 

 あまりにも斜め上の解答に一誠は頭を抱える。

 一樹は参考書を眺めながら逆に訊く。

 

「そもそもな。修学旅行で俺がどんな風に女フッてるか見てただろうが。アレ見て俺が乙女心なんてモノに詳しいなんて発想がどこから出て来た?」

 

「だ、だって白音ちゃんと付き合ってるんだろ!だったら―――――」

 

「それと乙女心云々は関係ない。悪いが本当に教えられることなんてないんだよ。現実の人間関係は恋愛ゲームじゃないんだ。こうすれば絶対大丈夫なんていう攻略法は存在しないんだから」

 

 一樹からすれば白音との関係が進展したのを例とするには特殊過ぎて他の者に参考になるとは思えず。一誠からすれば同世代の友人?で唯一彼女持ちの一樹なら女の扱い方を心得ているのではないかと思ったのだ。

 その認識の齟齬が話を噛み合わせない。

 

「だ、だってほら!白音ちゃんのために料理教室通い始めただろ!そういう発想とか!それになんでその時俺も誘ってくれなかったんだよ!ゼノヴィアには紹介して!」

 

「なんで俺が料理教室行くのに兵藤を誘うんだよ?ゼノヴィアの方は自分から相談しにきたから紹介したがな。そういうのは自分で考えて行動しないと意味ないだろ。あ、祐斗。この公式が解んねぇんだけど」

 

「あぁ。この公式はね……でもイッセーくん。なんでいきなりその手の相談をしに来たんだい?そこから話してもらえないとこっちも対応に困るよ?」

 

 一樹と祐斗が勉強をしながら一誠の相手を続ける。

 祐斗の質問に一誠は言葉を詰まらせて視線を泳がせた。

 

「その……日ノ宮と白音ちゃんが付き合い始めてから家でアーシアや朱乃さん。それにたまにレイヴェルからの期待するような視線とかが居心地悪くてさ。それで――――」

 

「良いことなんじゃねぇの?お前、将来ハーレム王?になりたいんだろ。俺には理解できないが。なら、デートに行くなりなんなりとすればいいじゃねぇか。俺には理解できないが」

 

「2回も言うんじゃねぇよ!?だ、だって誰とどんなとこ行けばいいのか分からないし……」

 

「3人引き連れるなりローテーションを組むなりやりようはあるだろ。デートプランなんて自分で考えるなり相手と相談するなり。他にもお前んちにたくさん女がいるんだから相談相手には事欠かないだろ」

 

 だから俺にそんな話を振るなとノートにペンを走らせながら圧力をかける。

 一樹からすれば他人(よそ)の恋愛事情なんぞに関わりたくないのだ。それに一誠の煮え切らない態度にだんだんとイライラしてきて対応がおざなりになってきた。

 そこでふと疑問が浮かび、質問する。

 

「お前さ、何をそんなにビビってんだよ?」

 

「……怖いんだよ」

 

「イッセーくん?」

 

「アーシアや朱乃さんが俺を好いてくれてるのは分かってる。それが、恋人とかそういう関係を望んでくれてるのかは自信ないけど……でも俺が動いて誰かが傷ついたり、今の関係がガラリと悪くなったらと思うと体が震える。告白とかして嗤われたらとか思うと……」

 

 一誠とて周りの女の子の気持ちに応えたいという意思はあるのだ。

 だが、僅かなその可能性が足踏みして踏み出せない。

 好きでいてれているとは思う。

 だがそれが一誠の望む形なのかというと自信が持てないのだ。

 

 肩を落としている一誠に一樹は息を吐く。

 

「失礼な話……」

 

「な、なんだよっ!?」

 

「白音経由でアーシアから聞いたけど。朱乃さんとアーシアはお前と添い寝とかして迫って来る事もたまにあるって聞いたぞ」

 

「そ、そうだけど!でもそれは兄とか弟とかそういう面でしてくれるだけかもしれないだろ!」

 

 一誠の反論に一樹はアーシアたちの苦労を想像して苦々しい表情をした。

 そこでこんな話をしていること全てが面倒になってしまう。

 今のこいつに何を言っても無駄だと。

 

「つまり兵藤は彼女たちが仲の良い男となら誰とでも寝れるビッ〇に見える訳だ。そう思うんだったら今の関係で良いんじゃねぇの?どうせお前が彼女欲しい1番理由なんて身体目的なんだから」

 

「ちょっと一樹くん!?」

 

「テメ、日ノ宮ぁ!?アーシアたちにどういう評価下してんだ!それに俺の目的とか勝手に決めつけてんじゃねぇよブッ飛ばすぞ!?」

 

「そういうこと言わせてんのはテメェの態度だろうが!お前こそアーシアや朱乃さんを馬鹿にするのも大概にしとけな!!。大体聞いてりゃお前が俺に相談してんの家で居辛いからとかいう理由じゃねぇか!そんな気持ちなら行動なんてすんな!現状から逃げたいだけの分際で!!」

 

「なんだと!!俺だって2人はもちろんレイヴェルだって好きだよ!!でも――――あーあー!分かりました!!お前に相談に乗ってもらおうとした俺がバカだったよ!いいよなー日ノ宮は好きな子と思いを通じ敢えて通じ合えて気兼ねなくイチャつけて!こっちはその所為で家で気まずいってのに……!!」

 

 吐き捨てるように言うイッセー。そこで祐斗が慌てて間に入った。

 

「ちょっとイッセーくん!?2人とも、とりあえず落ち着いてよ!!」

 

 さすがにヒートアップして来たため祐斗は仲裁に入る。

 いつもならここでリアスが喧嘩を止めるのだが今ここには自分しかいない為に祐斗自身で止めるしかない。

 リアスの苦労が感じて2人を宥めようとするが、そこで低い、ドスのある声が一樹から発せられた。

 

「あ?」

 

 それは本気で怒った時の声音だった。

 

「さっきから聞いてりゃあ、まるで俺と白音が付き合い始めたから自分が被害を被ってるみたいな言い草だなおい!なんで俺らが付き合うのにお前のお伺いなんざ立てなきゃなんねぇんだよ、あぁ!!」

 

「そ、そこまでは言ってないだろ!?」

 

「じゃあなんだってんだ。乙女心の理解出来ないとか理屈並べて動きもしねぇくせに人の所為とか言いご身分だなおい!俺も白音もお前の都合に合わせて生きてるわけじゃねぇんだぞ!相手の好意も信じられねぇくせに女にチヤホヤされたいとか都合の良い夢見て相手をナメんのも大概にしろよな!!」

 

 一気に捲し立てた一樹に一誠は言い返そうとしたが巧い言葉が見つからず、逃げるようにして祐斗の部屋から出て行った。

 

 大きく息を吐いて座る一樹に祐斗が咎めるような視線を向ける。

 

「言い過ぎじゃないのかい?」

 

「知るか……アイツを甘やかすのは俺の仕事じゃないだろ。それに今のアイツに何を言おうと時間の無駄だろうが」

 

 少なくともこういうことは自分から動き出さなければ意味がない。

 誰かに相談するのが悪いとは言わないが、あんな気持ちでは告白される側が不憫だろう。

 

「あいつ、あいつさ。きっと俺より色んな人を受け入れられる奴なんだよ。やればきっとちゃんとできる奴なんだよ。それなのにうだうだうだうだと。情けねぇ」

 

「……もしかして羨ましいのかい?イッセーくんが」

 

「まさか。もう少しで手が届くくせに言い訳ばかりして動かないアイツに歯痒いと思っただけだよ。なにから逃げてぇんだか知らねぇが、自分の気持ちくらいハッキリさせねぇと話にならねぇだろうに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐斗の部屋から出た一誠は闇雲に足を動かして気が付けば家への帰路に着いていた。

 

『相手の好意も信じらねぇくせに女にチヤホヤされたいとか都合の良い夢見て相手をナメんのも大概にしろよな!!』

 

「分かってる……分かってるさ!!俺だってみんなの気持ちに応えたいって思ってんだ!でもどうしても身体が……」

 

『死んでくれないかな』

 

 意気地のない自分が1番悪いと理解している。

 それでもいざという時にいつかのあの言葉がチラついて足を踏みさせてしまうのだ。

 

 クソッと電柱に拳を打ち付けて悪態を吐く。

 そこで聞き慣れた声をかけられた。

 

「イッセーくん?」

 

 後ろに振り返るとそこには朱乃が居た。

 

「あ、朱乃、さん……」

 

「どうしました、イッセーくん。顔色が悪いですわよ」

 

 買い物袋を手にした朱乃が心配そうにこちらへ触れてくる。

 

「な、なんでもないですよ!ちょっと気温が変わって体調を崩したのかな?」

 

 適当に誤魔化す一誠に朱乃はクスリと笑う。

 

「そうですわね。最近、急に寒くなってきましたか気を付けませんと」

 

 誤魔化せたのかただ単に一誠の言葉に乗っただけなのか判断できない対応をする朱乃。

 そこで一誠は朱乃の手にしている買い物袋に目をやる。

 

「朱乃さんは夕飯の買い出しですか?」

 

「えぇ。ちょっと足りない食材や切らした調味料を……おばさまも人数が増えてすぐに冷蔵庫が空になると笑ってましたわ」

 

 居候が急激に増えた兵藤家でさすがに一誠の母だけでは手が足らずに女性陣でローテーションを組んで手伝っている。今日は朱乃の番だったらしい。

 

「荷物、持ちますよ」

 

「ありがとうございますわ。なら半分をそれと、手を繋いでもらって良いですか?」

 

 片手買い物袋を渡され、反対の手を繋ぐことをお願いされた。

 

「はい!もちろんです!」

 

 即座に答えて軽く手を握り、朱乃の柔らかな手の感触がした。

 そこで朱乃が少しだけ気まずそうに話す。

 

「イッセーくん。ごめんなさいですわ」

 

「え?どうして謝るんですか?」

 

「一樹くんと白音ちゃんが付き合い始めてから、私たち、イッセーくんにプレッシャーをかけてしまっていたようですから」

 

 気付かれていたことに驚く一誠。

 

「イッセーくんはイッセーくんのペースで決めてください。一樹くんとは違うのですから。私たちも焦りませんから。もちろん、今応えてくれるなら嬉しいですが……」

 

「……」

 

 ここまで言わせてどうとも返せない自分が情けなく、また、それを許してくれる朱乃の言葉を有難く感じた。

 握っている手の感触。情けなくても今はただ、この距離に浸っていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




兵藤家のヒロインによる一誠に対する感情。

リアス=大事な眷属で手のかかる弟分。祐斗やギャスパーと同じくらい大事

アーシア=恋愛感情(大)

朱乃=恋愛感情(大)

ゼノヴィア=友情6と恋愛4の割合

イリナ=友情7と恋愛3の割合

レイヴェル=恋愛感情(中)

ロスヴァイセ=エッチだけどいざという時は頼りになる教え子。

こういうイメージで書いてます。


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幕間7:猫上姉妹の受難

 要らなくなった雑誌やらチラシやらを纏めていると見覚えのない手紙を発見した。

 

「なんだこれ?」

 

 封筒に入っていた数枚の手紙。一度握り潰されたのかしわくちゃなその封を開いて中身を読んでみると男が書いたと思しき字体だった。

 読んですぐに後悔した。

 

『黒歌ちゃんへ。今日も素敵な裸だったよ。君の裸をマジマジと眺めて家で5回も〇〇〇〇(自主規制)しちゃったよ(テヘペロ)。白音ちゃんもスベスベの肌を君みたいに見せてくれるとボクちゃん嬉しいなぁ』

 

「きっもちわるっ!?」

 

 最初だけでこの内容であり、後の文を読むのが怖くて閉じた。

 すると後ろから黒歌がその手紙を手にする。

 

「うわ~。まだ残ってたのねコレ」

 

「姉さま。その手紙は全部処分したはずでは?」

 

「いやー適当な書類に混ざってて捨て忘れてたみたい。今捨てるわよ」

 

 ビリビリと破り、蓋つきのゴミ箱にINする。

 

「なんだったんだよ今の手紙。おぞまし過ぎるぞ」

 

 一樹の質問に黒歌はバツが悪そうに頬を掻き笑った。

 

「ここに住み始めた当初、ちょ~っとしたストーカー被害に遭ってね。いやーあの時は苦労したわ~」

 

「ストーカー!?初耳なんだけど!?」

 

「一樹と再会()った時にはとっくに片付いてた問題だったし、私たちも忘れようとしてたしね」

 

「あの時は大変だった……」

 

 白音も当時を思い出してうんざりとした顔をしている。

 黒歌も少しだけ遠くを見つめて息を吐いている。

 

「前も言った通り、私たち野良猫生活が長くて人間社会の闇っていうか、危険性を嘗めてかかってたのよねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……本当に良いんですか?こんな高そうな所に住まわせてもらって……」

 

「そういう契約だからな。ま、その分黒歌には働いてもらうし、決してアンフェアな契約じゃねぇよ。あーそうだ。白音、お前も人間の学校に通わせっからな。心の準備をしておけ。なにかあったら隣に俺も住んでるから言いに来い」

 

 高級マンションの一室を見て委縮している白音の不安にアザゼルが苦笑して答えた。

 殆ど家具は置かれていないがとても良い部屋だと分かる。

 姉は堕天使総督の下で働くが自分は良いのだろうかと萎縮してしまうのだ。

 そんなところに堂々と入り、ヒャッホー!と床に転がり回る姉の図太さに一種の畏敬の念が芽生える。

 

「家具なんかは明日運び込ませるから今日はこれで我慢しろよ。黒歌は明後日から雑用を頼むから覚悟しとけ」

 

「は~い」

 

「アザセルさん、ありがとうございます」

 

 床に転がりながら手をひらひらさせる黒歌()と丁寧にお辞儀をする白音()に苦笑してアザゼルはその場を退出した。

 

「いや~。神の子を見張る者(グリゴリ)の施設も良かったけど誰の目も気にしなくていい空間は最高ね!」

 

 腕を枕にしながらだらしなくする姉に白音は訊いた。

 

「姉さま。本当に私は何もしないで学校に通って良いんですか?」

 

「ん~?家事くらいはやってもらうけど、仕事は基本的に私が請け負うし、白音は家のことに専念してくれれば充分よ?もうこれは姉妹というより夫婦みたいね!」

 

 新しい帰るべき場所に気持ちが昂っているのかテンションがおかしい。

 しかし白音の表情は優れない。

 

「でも……私、家事とかあまり……」

 

「それは仕方ないでしょう。今まで根無し草だったんだから。少しずつ覚えていきましょう。きっと白音にはそういう事が向いてるわよ。私と違って」

 

「はい……」

 

 ウインクする黒歌だが白音はただ曖昧な表情をしている。

 しかし黒歌はその中で別種の不安が白音の中に有ることを見抜く。

 

「何かまだ心配事があるの?」

 

「その、あの人は大丈夫でしょうか……?」

 

 白音の言うあの人。

 自分たちを保護してくれた愛しい少年。

 そして自分たちの所為で家族と平穏を奪われた子供。

 姉妹の負い目そのもの。

 

「きっと大丈夫よ……親戚に引き取られるって話は聞いたし、家族を失った子供をそう悪い扱いにはしないでしょう」

 

「……はい」

 

 無責任な言葉に一応納得した様子を見せて白音は笑う。

 黒歌も立ち上がって白音の後ろに回り肩に手を置いた。

 

「ほらほら!せっかくの新生活なんだから楽しみましょう!そうじゃないと損でしょう?」

 

「そう、ですね……」

 

 新しい生活への期待と僅かな不安。だが、ここからやり直せると思っていた。

 しかしその後は色々と問題の連続だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。届くはずの大量の家具が昼頃に到着し、インターホンが鳴った。

 白音は昼食の支度をしていたので黒歌が出る。

 

「あーはいはい!待っててー」

 

 玄関のドアを開けた。

 

「どうもー。〇〇急便で――――ッ!?」

 

「?」

 

 黒歌ははて?何をそんなに驚いているのかと首を傾げている。

 家具を届けに来た若い配達員は顔を真っ赤にして黒歌から目を背けている。

 

「お客さんっ!?服!服をっ!!」

 

「あ……」

 

 さっきまでシャワーを浴びていて体を拭いていた時にインターホンが鳴ったため、黒歌は全裸で玄関まで出ていた。

 それを察した白音がバスタオルを持って駆けつけてくる。

 

「姉さまっ!?コレ!!」

 

「あーはいはい」

 

 バスタオルを巻かせて部屋に引っ込ませると白音が頭を下げて対応した。

 部屋に家具を運び込ませている間に再び現れた黒歌に作業員の視線が物凄いことになっていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるっきり痴女じゃねぇか」

 

 話を聞いて一樹が頭を押さえていると黒歌がえー、と口を尖らせた。

 

「だって長いこと野良生活で服の着脱の習慣が薄かったのよ?白音はすぐに順応したけど」

 

「当然です。それに―――――」

 

「それに?」

 

「なんでもない……」

 

 恥ずかしそうに顔を背ける白音に黒歌がニヤニヤと答える。

 

「あの時の白音ってかわいい服とかそういうのに結構憧れたのよ。まぁ昔があんな生活だったから着れた時は内心はしゃいでたのよ。あ、ちなみに猫上って苗字もここに越してくる時に書類で必要だから適当に決めたのよ。猫の上位種的な意味で猫上。上を神にするか迷ったけどこっちがしっくりくるかなって」

 

「余計なこと言わないでいいんです、姉さま……」

 

 テーブルの下で黒歌の腕を抓る白音にはいはい、降参のポーズを取る。

 

「他にも、色々とあったわねぇ」

 

 懐かしそうに当時の記憶を掘り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、姉さま……」

 

「大丈夫大丈夫。食べられるでしょ」

 

 出来たハンバーグもどきを黒歌は箸でつまんで口に入れる。

 見た目肉がくっ付いてない為にハンバーグというよりひき肉と玉ねぎの炒め物に見える。しかも火が中途半端にしか通ってないため、ところどころ生焼けだった。

 

「店で捨てられた残飯漁ってた時に比べればマシよ!気を落とさないの!」

 

残飯(それ)と比べられても」

 

 白音からすれば食べられる物、ではなく美味しい物を食べさせたいのだが。この時の白音には大した調理技能はなかった。

 

「学校の方はどおー?」

 

「皆さん、良くしてくれますよ」

 

「そ」

 

 通っている小学校は上手くいっていた。変な風に扱われることはないし、友好的だ。

 ただ白音自身が人間でない自分が人間の学校に通うことへの違和感はあるが。

 

「いやー。ご近所付き合いって思ったより面倒なのねぇ」

 

 少々疲れたように黒歌が言う。

 まだ見た目二十歳達するかどうかの黒歌が高級マンションの一室を平然と借りられてることに人間の奥様方が遠目からヒソヒソと話している。

 向こうは聞こえていると思っていないだろうが猫の妖怪として耳の良い黒歌にはばっちり聞こえていた。

 水商売の女。

 もしくはヤクザなどの情婦と思われているらしい。

 黒歌自身かなり不定期な仕事なこととプライベートでかなりだらしない恰好をしていること。

 周りが姉妹を良からぬ噂を立てる材料は幾つもあった。

 

「ま!気長に慣れましょ」

 

 特に気にした様子もなく黒歌は生焼きひき肉の欠片を口に放り込んだ。

 

 この悠長な姿勢が後に少しだけ問題を起こすと気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一月二月と過ごせば住民たちも姉妹に対しての好からぬ噂も成りを潜め始める。

 少しずつ社会に周りに順応を始めた頃にそれは起こった。

 

 学校から帰って来てポストを確認するとチラシと以外にも封筒が入っていた。

 

「なにこれ……?」

 

 名前は黒歌宛になっているが相手の名前が書かれていない。どう見ても直に入れた手紙だった。

 とりあえず姉に渡せばいいだろうと入っているチラシと一緒に回収する。

 

 そこで自分以外の気配がして振り返った。

 だが振り返っても誰もない。

 当時の白音も身体能力は同世代の子供と変わらないが気配探知の能力だけはそれなりのモノだった。

 これが猫魈としての本能か、それとも長い危険な旅で身に付いた機器察知能力によるなのかは本人に判断できないが。

 

 どこか薄ら寒い気分になりながら自分の部屋番号まで急ぎ足で向かう。

 

「姉さま、帰って来てますか?」

 

 返事がないことからまだ帰って来ていないのだろう。

 ポストから回収したものをテーブルに置いて冷蔵庫の中を確認する。

 

「……今日こそは納得できるご飯を作る」

 

 少しずつ料理を含めて家事能力が身について来た。

 今まで、ずっと苦労かけてきた姉に対してようやく自分が力になることが出来たのだ。手を抜く気はない。

 

 夕飯の支度を整えていると黒歌が帰ってきた。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、姉さま」

 

「うーい」

 

 疲れた様子でソファーに倒れ込む黒歌に白音が質問する。

 

「今日はどんなお仕事だったんですか?」

 

「んー?こっち側に事故で踏み込みかけた一般人の救出と記憶操作。今回はちょっと集団だったから疲れたわー。ていうかどんどん求められるハードルが上がってくわねー。ま、それだけの報酬は貰ってるから文句もないんだけど」

 

「そう言えば姉さま宛に手紙が届いてましたよ。ちょっと変な手紙なんですけど……」

 

「アザゼルからかしら?でも隣に住んでるのにわざわざ手紙?メールとかでもよさそうだけど……」

 

 ソファーで寝転がりながら封を切って中身を確認すると黒歌は固まった。

 

「姉さま?」

 

「気持ちワルッ!?なにこれぇ!?」

 

 入っていたのは手紙と写真。

 写真はカーテンが開いた状態の居間でショーツとタンクトップだけ着た黒歌が何かを食べている写真であり、手紙の内容も読み上げるのがおぞましくなるほど気色悪い内容だった。

 

 断片的に言うといつも君を見ている、とか。君に会いたい、声が聞きたいなどと言う文面が簡潔に綴られていた。

 床に投げ捨てた手紙を拾って読むと白音も気持ち悪そうに眉を動かした。

 

「姉さま。アザゼルさんに相談したほうが良いのでは?その、写真も撮られてますし」

 

「ただのイタズラじゃないかしら?少し放って置けばすぐに飽きるんじゃない?」

 

「そう、でしょうか?」

 

 今考えれば速攻でアザゼルに相談するべきだと思うが、当時の黒歌はこういうことに関してあまりにも無知だった。

 白音も黒歌がそういうのなら大丈夫なのだろうとそこで思考を止めてしまった。

 

 この日から毎日のように写真が添えられた手紙が送られてくるようになる。

 最初の5日ほどは目を通していたが段々と過激になる内容と黒歌と白音の名前まで調べられて書かれている内容が気持ち悪く、届いたその日にゴミ箱に捨てるようになった。

 ちなみに写真の画には白音のモノも混ざるようになっていた。

 

 そしていよいよアザゼルに相談しようかなーと考えていた時にそれは起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はパソコンのモニターから今日撮った写真を眺めて口元を歪めていた。

 写真は黒と白の姉妹。

 今日は白い妹の学校の近くから教室で着替えている姿を撮影した。

 

「素晴らしいけど、もっと笑顔のある画が欲しいなぁ」

 

 パソコン越しの画像から少女の身体に触れると本当に画の中にいる少女に触れているような錯覚を覚えて陶酔した表情になる。

 しかしもうそれでは我慢できない。

 

 手紙で何度も自分の気持ちを伝えた。

 だから向こうも同じように自分を想ってくれている筈で、逢いたいと思ってくれている筈だと身勝手な考えが男の思考を支配する。

 

 男にとって姉妹は一目惚れの相手だった。

 あの美しい、愛らしい姉妹を自分だけのモノにしたい。

 こんなにも相手を想っているのだから自分は彼女たちを好きにして良い筈だ、と歪んだ笑みを浮かべる。

 部屋にはこれまで撮った写真がプリントアウトされて部屋中の壁に張られている。

 これを見せればきっと感激して自分を慕ってくれるに違いない。

 

 そんな都合の良い妄想を男は現実(ほんとう)になるのだと疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだろう……朝から視線を感じる……)

 

 小学校からの帰路の途中に悪寒が走って早歩きで移動している。

 纏わり付くような君の悪い視線。それが段々と強くなって寒気がした。

 恐くて早く家に着こうとすると見知らぬ男から声をかけられた。

 

「ちょっといいかな?」

 

「?」

 

 話しかけてきたのは30代後半程の男。もしかしたらもう少し上かもしれない。

 

「あ、なん、でしょう……か……」

 

「あぁとてもいい声だね。やっぱり遠くからじゃなくて生で聴くとすごく好いよ」

 

 感極まったように笑う男に白音を警戒して摺り足で距離を取る。

 それに気づいてか男は白音の手を掴んだ。

 

「っ!?」

 

「怖がらなくていいよ。おじさんは君たちと楽しくお喋りがしたいだけなんだ。から。ねぇ白音ちゃん……」

 

 見知らぬ男が自分の名前を知っている嫌悪からこれ以上関わってはいけないと警鐘を鳴らす。

 男は掴んでいる手とは反対の手で携帯を操作し、白音を撮る。

 

「その顔もいいけどおじさんは白音ちゃんの笑顔が見たいなぁ。ねぇにっこり笑ってよ」

 

「は、放してください!?」

 

 無理矢理腕を放そうとするが握力が強くて外せない。

 このとき白音はどうして今まで戦う術を学ばなかったのかと後悔し始めた。

 

 その態度に苛立ったのか先程までの優し気な口調から一変させる。

 

「なに抵抗してるのさ?いいから早く笑いなよ!!」

 

 そう言って白音の背を壁に打ち付ける。

 更に怯えを深める白音に男は卑猥な笑みを深めた。

 

「まぁ、それは後の楽しみに取って置くかな。今は――――」

 

 言うと、男は僅かに上半身を曲げて白音のスカートに手をやる。

 

「おじさんもちょっと我慢できないんだ。少しだけ。少しだけだからね?」

 

 そうして白音のスカートの中に手を偲ばせようとする。

 

 それが白音にはただ気持ち悪かった。

 

(怖い!助けて姉さま……!?)

 

 心の中でここにはいない姉に助けを求める。

 しかしそれが届くわけもなく男の指がショーツに触れようとした時。

 

「おい」

 

「ギョッ!?」

 

 白音に触れていた男の身体が吹き飛んだ。

 ぺたりと地面に尻もちをつくとそこには見知った男が居た。

 

「アザゼル、さん?」

 

「おう。どうなってんだこりゃ?」

 

 現れたアザゼルが男を蹴り飛ばしたのだ。

 

「一応訊いとくが、アレ、お前の知り合いか?」

 

 アザゼルの質問に白音は泣きそうな表情で首を横に振る。

 それにアザゼルもそうだよなぁ、と納得する。

 

「な、なんだお前!?ぼ、僕の邪魔をするのか!?」

 

「そりゃこっちの台詞だ。俺の部下の妹に何してんだ。いくら何でもこの状況は言い訳できねぇぞ」

 

「う、うるさい!?僕と白音ちゃん!それに黒歌ちゃんは愛し合ってるんだ!!お前なんかにどうこう言われる筋合いなんてないんだぞ!?」

 

「はぁ?」

 

 向こうの言い分にアザゼルは首を傾げて白音の方をチラリと見るが白音は変わらずに怯えた表情をするだけだった。

 

「なんだかわからんが、今なら児童猥褻行為だけで済ませてやるぞ坊主(ガキ)。それともボコられてから警察に行くのとどっちがいい?」

 

「うるさい!?何なんだよお前!?僕の邪魔をしてぇ!?」

 

「言葉が通じてねぇな。ま、なら力づくで大人しくさせっか……」

 

 呆れたように息を吐いてアザゼルの身体がふらりと揺れる。

 同時に男の意識は黒く堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白音っ!?」

 

 事のあらましを説明された黒歌はアザゼルの許可を得て仕事を切り上げて戻ってきた。

 すると家に居た白音を抱きしめる。

 

「白音!何かされなかった!?」

 

「だい、じょうぶです。アザゼルさんが助けてくれました」

 

「そう……良かったぁ……!」

 

 何度もよかったと繰り返す姉に白音も泣きそうな顔で抱きしめてくれる姉の背に手を回す。

 そこで警察との話を終えたアザゼルが戻ってきた。

 

「中々感動的な場面だが話をして良いか?」

 

 頷く黒歌にアザゼルは警察から聞いた話を伝える。

 

「どうやら向こうはお前たちが越してきたストーカー行為をしていたらしい。奴さんの部屋にはお前たちの盗撮写真やら何やらが大量に見つかったぜ。精神衛生上、見ないことをお勧めするぞ。つーか!ストーカーされてんなら早く言え!今回はたまたま無事だったから良かったが、一歩なにかが違ってたら目も当てられなかったぞ!」

 

 アザゼルの叱責に黒歌が口ごもる。

 

「だ、だってこんなの長続きしないと思ってたし……」

 

「まぁ、お前たちがこういうのに疎いのは仕方ないかもしれんが、それでも警戒しろ!お前ら、ただでさえ見た目が良いんだ。ああいう虫が寄ってくることもあるだろ。ま、今回は良い教訓になっただろ。明日は休んでいいから、白音のメンタルケア代わりにどっか遊びにでも行け!」

 

 それから男は今回の件で警察に捕まったことを話してこういうことがまた起きたら遠慮せずに相談しろと言って場を去った。

 アザゼルが去った後に黒歌は白音が無事だったことを本当に安堵した。

 

「ごめん、白音。怖い目に遭わせて……」

 

「謝らないでください。姉さまは何も悪くありませんから。あぁでも」

 

「?」

 

「姉さまに、お願いがあります。私を鍛えてもらえませんか?」

 

 白音の申し出に黒歌は口を結ぶ。

 

「今回みたいなことになった時、自分の身くらい自分で守れるようになりたいです。これ以上、姉さまの足を引っ張りたくありません」

 

「別に足を引っ張ってるなんて思った事はないけど。白音がおかえりなさいって言ってくれるから私も頑張れるんだし。うん、でも。自衛手段は持っておいた方が良いかなぁ」

 

「じゃあ!?」

 

「うん。そのほうが私も安心できそうだし、仕事の合間になるけど師事しましょう」

 

 黒歌の解答に白音は嬉しそうに頭を下げた。

 

「ありがとう、姉さま!」

 

 

 

 この日以来、白音は妖術・仙術。体術を黒歌から師事される。

 その過程で黒歌の仕事を時々手伝うようにもなり、多少の危機感を身に付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけよ」

 

「……なんつーか災難だったな」

 

「今考えてもおぞましい……」

 

 白音は当時の嫌悪と恐怖を思い出して体を震わせている。

 それに一樹は白音の肩に手を置いた。

 

「確かに白音に何もなくて良かったわ。ま、次に似たようになったら言えな。俺も自分の彼女や義理の姉がそんな目に遭うなんて気が気でないし」

 

「そうねー男の子が居るとそういう時に頼りに―――――ん?」

 

 そこで黒歌は一樹の言葉に引っかかりを覚える。

 

「一樹、今白音のこと彼女って言った?」

 

「言ったぞ。だって付き合ってるの知ってるだろ?」

 

「知らないけどっ!?」

 

「あれ?」

 

 黒歌の驚きに一樹は首を傾げる。

 

 一樹と白音は学園祭でオカルト研究部の面々に暴露したため黒歌も知っているだろうと勝手に思い込んでいた。

 

「普段の様子とかで分からなかったの?姉さま」

 

「分かるわけないでしょ!?一樹が白音に優しいなんていつものことだし白音だって大して変化もないし!いや、そんなことはどうでもいいわ!?今日はお祝いよ!交際記念パーティー!?」

 

「それ、やる必要あるの?」

 

「もっちろん!おめでたいことはなんだって祝わないとね!!」

 

 

 急遽決まったお祝いに予期せず一樹は料理教室に通った成果を披露することとなったが、調子に乗って余計なことを根掘り葉掘り聞こうとする黒歌に白音が強烈なボディーブローを叩き込んで気絶させてお開きとなった。

 

 

 片づけをしている最中浮かない顔をする一樹に白音が怪訝な顔をする。

 

「どうしたの、いっくん……」

 

「いや……今日の話聞いてさ。白音や姉さんが大変だったときに俺、何もできなかったんだなって思って」

 

「それは……」

 

「うん。分かってる。その時の俺だってそんな余裕はなかったし。でも理屈じゃなくてさ。やっぱり悔しいなって……」

 

 大切な今の家族が酷い目に遭っていたかもしれない。その時自分は傍に居なかった。仕方がないのかもしれないが。それでも――――という感情は消えない。

 そんな一樹に白音は後ろから抱きついた。

 

「私も、いっくんが大変な時になんにもできなかった。だから、お相子でしょ?それに、次からは、違う……」

 

 過去は変えられないが今は、お互いに手を出せる位置にいる。

 今度は助け合えるのだ。

 

「……そうだな。もし次に似たようなことが起こったら助けに行けるんだよな」

 

「うん。私、次にいっくんが危ない目に遭う時は必ず駆けつけるよ」

 

「俺も、白音や姉さんが危険なことになったら何に置いても助けに行く。もう、何か失うのは嫌だからな」

 

 一樹は白音を抱きしめた。

 

 それを、意識が快復した黒歌が気絶したふりをして眺めて密かに写真に残していたのだがそれに気付いたのはもう少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間8:魔王少女の後悔

あと1話書けば投稿話数100達成。なんとかそこまで続けたい。


「なぁ俺、猫上さんに告白しようと思うんだ!」

 

「いや、彼氏持ちじゃん。何言ってんのお前?」

 

 1年の教室で2人の男子生徒が談笑している白音、レイヴェル、ギャスパーを指さしながら小声で話をしていた。

 白音に告白すると息巻いていた男子は相方の言葉に顎が外れるほど大きく口を開け愕然とする。

 

「え?彼氏!?誰!?いつの間に!?」

 

「いや、そろそろ来ると思うけど……」

 

 教室の外から2年の男子生徒が手を振ると3人が立ち上がる。

 そして1番前を歩いていた白音の横顔を見て男子生徒が愕然とした。

 

「猫上さんが、笑ってるだと!?」

 

 一樹に近づいて笑みを深めている浮かべる白音。基本白音は無表情で滅多に表情を変えないため、その変化に驚いているのだ。

 

「最近はずっとあんな感じだぞ。日ノ宮先輩を狙ってた女子も軒並み落ち込んでたなぁ」

 

「いつ!?いつあんなことになったの!?」

 

「学園祭辺りじゃね?」

 

「くっそー!!もっと早く告ればよかったぁああああああっ!?」

 

「いや、どっちみちフラれるだけだったと思うけどな」

 

 こうしてひとりの男子生徒の恋が失恋に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても一樹さんもマメですわねぇ。わざわざ教室まで毎日迎えに来るなんて。どうせ部室で合流出来ますのに」

 

「そうか?まぁ、好きでやってることだしな」

 

 レイヴェルには以前さま付けで呼ばれたことがあったが、どうにも慣れなくて止めてくれとお願いし、今はさん付けで呼ばせている。

 

「しかしギャスパー。お前いつまで女装続けんだ?いい加減男子の制服着ろよ。お前が男子生徒だって知らない奴もいるだろ」

 

「えぇ!?い、いいじゃないですかぁ!に、似合ってるんだから」

 

「……将来お前のガキが出来たらお前の父ちゃんは昔こんな格好してたんだよってアルバムを見せに行ってやろう。もしくは結婚式とかで新婦が知らなかった場合は暴露するからな?」

 

「ヒィイイイイイ!?優しげな笑顔でスゴイこと言ってるぅううううっ!?」

 

「もうちょい背が伸びたら色々と考えようなー」

 

 ギャスパーの頭を押さえて左右に動かす一樹。そんな2人を眺めてレイヴェルはポツリと呟いた。

 

「イッセーさまもこうしていつか迎えに来てくださる日が来ますかしら?」

 

「どうでもいいと思われてるから無理なんじゃない?」

 

 白音のぼそりと吐いた言葉にレイヴェルが顔を引きつらせる。

 

「ふふふふふ!さすがは恋人持ちは余裕ですわね」

 

「そう思うんならもう少し積極的にいったら?今のままだとアーシア先輩と姫島先輩のおまけ位置にしか就けないと思う」

 

 バチバチバチと2人して威圧感を撒き散らす白猫と金鳥。それを見たギャスパーが慄く。

 

「ヒィイイイイイ2人とも怖いですゥウウウうううっ!?」

 

「ほっとけほっとけ。めんどくせぇ。白音ももうちょい穏便に発破かけろってのな」

 

 反対に一樹は慣れたというより飽いた様子で溜息を吐く。

 白音からすれば好きならもう少し積極的になれとアドバイスしているのだろうが如何せん言葉が悪い。アレではどう考えても喧嘩を売ってるようにしか見えない。

 

「どうでもいいけどな」

 

 そう結論付けて一樹たちはオカルト研究部の部室に移動して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、前に言っていたように一樹と白音は明日学園を休むのね」

 

「うっス」

 

「はい」

 

「え!?2人明日休むの!学校サボってデートか!!」

 

「……」

 

「お前そのうぜぇな的な眼ぇヤメロォ!!」

 

 一誠が指をさしているとリアスが説明に入る。

 

「違うわよ、イッセー。一樹を助ける時に手を貸してくれた旧魔王派側の悪魔。バラド・バルル。彼の埋葬が終わってレヴィアタンさまの都合がついたから明日お墓参りに行くのよ」

 

 言われて一誠はハッとなった。

 

 イリナも天井を見上げて息を吐く。

 

「あの人が居なかったら一樹くんを取り戻すの、もっと大変だったものね。私もそのうちにお墓参り行きたいな」

 

「明日、レヴィアタンさまが案内してくださるから。2人ともくれぐれも失礼のないようにね」

 

 リアスの忠告に一樹と白音は首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも、その光景を覚えている。

 自分が生み出した氷の世界。

 

 何処にでもある当たり前の営みを壊した自分の愚かさを。

 

 冥界での内乱は続けば続くほどに最早どちらが善いとか悪いとかの話ではなくなっていた。

 アレはただ、やられたからやり返そう。どんな言葉で取り繕ってもその繰り返しだったのだ。

 

 見せしめ。意趣返し。癇癪の応酬。

 あの内乱のそれの連続だった。

 非武装の者たちのことなど気に掛けず、とにかく相手が気に入らないからと攻撃する。

 当時の冥界では一般市民の命がどこまで軽んじられていたか、若い悪魔であるソーナやリアスも知識でしか知らない。

 それを実感として記憶しているセラフォルーには当時の自分を含めてあの頃を思い返すと身震いする。

 

 言ってしまえば当時のセラフォルー・シトリーは戦闘人形だった。

 上の命令に従ってただ敵を討つ。いや、そもそも本当に敵と呼ぶべき相手だったのかさえどうでも良かった。

 誰かが自分の行動を決定してくれることが楽で、それに従っていれば自分の評価も上がる。

 自分が誰を攻撃してどれだけの命を奪っていたのかなど気にも留めない。

 何故なら彼女が行うのは戦闘ではなく蹂躙と呼ぶ程に圧倒的だったから。

 

 その小さな領を攻撃したのも言ってしまえばそう命令されたから、としか言えない。

 

 バルル領という穀物を扱う小さな領。

 確かに家系を見れば旧魔王派よりではあったが内乱に関しては消極的で当主も嫌々参加させられただけで特に攻撃するメリットも小さく、無視して良い筈だった。

 

 そこの攻撃を命令した理由は何だったか?

 数日前に破壊された美術館の怨みか。

 それともそこそこ地位のある悪魔を人質に一週間くらい立てこもられたストレスだったのか。

 

 ただ、近くに別の戦闘でセラフォルーが居た、というのが最大の理由だったんのだろう。

 

 軍事施設を壊滅できる個人で壊滅できる圧倒的で金もかからない暴力。

 

 それが為す術もなく敵を蹂躙する様を見るのは味方側からすれば爽快だろう。

 

 セラフォルー自身、特に何も考えずに命令を承諾した。

 

 そしてそれが、セラフォルー・シトリーにとっての1つの転機だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身が作った氷の世界に下り立ち、セラフォルーは辺りを見渡す。

 そこには建物も麦が実った大地も全て凍らされた世界。

 

 自身の戦果を確かめにバルル邸に近くに立ったセラフォルーは辺りを見渡した。

 おそらくこの領の者たちの生存は絶望的だろうという客観的な評価を下し、氷の大地を歩く。

 すると、近くで物音が聞こえた。

 

 見て見るとそこには人間で言えば十代前半の少年とそれより幼い少女。おそらく兄妹なのだろう2人が抱きしめあってセラフォルーを怯えた表情で見ていた。

 流石にこんな子供2人を追いうちで殺す気はなく、黙って立ち去ろうとすると少年の方が声を上げて問い質してきた。

 

「なんでだよ……!なんでこんなことしやがった!?」

 

 怒りと恐怖に染まりぐちゃぐちゃになった表情で叫ぶ少年にセラフォルーは溜息を吐いて一言で切って捨てる。

 

「運が悪かったわね」

 

 セラフォルーからすればその一言に尽きた。

 だってそれ以外に本当に理由らしい理由なんてないのだから。

 

 セラフォルーの返答に少年は唇を動かして反芻すると手にしているその体格には少しだけ不釣り合いに感じる剣をそれなりにサマになる構えでふざけるな!と激昂して襲いかかってきた。

 セラフォルーが指を僅かに動かすと氷の壁が作られて遮られる。

 

「これが最後の警告よ。死にたくないなら大人しくしてなさい」

 

 警告は無視され、剣を納めずに向かってくる少年の腕を切断して戦闘力を奪う。

 痛みによる絶叫と妹の悲鳴が耳に届く。

 それを煩わしいと感じた。

 

 兄に駆け寄って誰かを呼びながら助けてと懇願する妹。

 少年は剣を鞘にして立ち上がる。

 

「とぉさん、と……約束したんだよ。家族と、領地(ここ)を守るって……それ、を。それを、お前なんかにぃぃいいいっ!?」

 

 咆哮とともに振り上げられる剣。セラフォルー溜め息を吐いては兄妹諸共2人を氷漬けにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しばらくぶりね☆一樹くん」

 

「どうもッス。今日はよろしくお願いします。それと修学旅行のときはありがとうございました」

 

「いいのいいの☆結局連れてかれちゃったし、謝らなきゃいけないんだから!」

 

「いえいえ。助けに来てくれただけでも嬉しかったですよ。京妖怪たちと違って」

 

「微妙に問題発言するのやめなさいよ」

 

 笑顔で棘のあることを言う一樹を黒歌が呆れながら嗜める。

 

「こっちよ☆ついて来てね」

 

 転移装置を使って冥界のどこかへと跳び、そこから車を使って移動させられた。

 車の窓から見えるのは畑で麦を収穫している人たちの姿。

 それを眺めているとセラフォルーが説明する。

 

「ここ、今は私が治める領地のひとつなの☆穀物の栽培で内戦前からちょっとした有名地だったのよね」

 

 笑顔で話すがその顔にはどこか憂いが浮かんでいる。

 

「私がここを治める前は、バルル領って名前だったの」

 

 驚いて目を見開く一樹。

 

 しかしセラフォルーはその視線に合わせずにジッと窓の外を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されたのは大きな墓碑が建てられた墓だった。

 

「内戦中にこの領地の人たちが全滅してね。しばらくしてこの慰霊碑が建てられたの。バラド・バルル男爵の家族の遺体もここに眠ってるから一緒に彼の遺体も入れておいたの」

 

 いつものような軽い口調ではなく笑顔だが重たい口調で話すセラフォルー。

 一樹は持ってきていた花を添えて先程セラフォルーに聞いた作法で祈りを捧げる。

 

 しばしの黙祷の後にセラフォルーがポツリと話始める。

 

「ここをね、滅ぼしたの……私なの……」

 

 顔を伏せたまま、懺悔するように紡がれた。

 

「当時の私はね。何も考えてなくて。とにかく上の命令に従って色んなところを攻撃してた。ここもその1つで氷漬けにして、ここに住んでいた人たちを皆殺しにした」

 

 手を握り締めて後悔する姿はその見た目よりも幼く見えた。

 

「最後に、ここの領地を治めてたバルル男爵の息子が向かってきて、殺す必要なんてなかったのに殺して。そこで、ようやく違和感を感じて」

 

 子供を殺したこともそうだが、それを何も感じない自分にこそ。

 

「内乱が終わって仮初でも冥界が平和になって。魔王になったサーゼクスちゃんのおかげで冥界も少しずつ変わって、ようやく自分のしたことが自覚できてからは、すごく怖かった」

 

 だから、この領地を貰った。

 ここを出来るだけ元に戻して、いつか元の持ち主に返せたらと管理を続けてきた。

 例え赦されなくても。自己満足だと責められても。

 でもそれだけでは全然足りなくて、子供たちが笑顔になれる方法を考えた。

 その時に偶然見た人間界の絵本。

 魔法の力でみんなを幸せにする子供向けのお話。

 これが後々にレヴィアたんという答えに行きつき、それが原因で今度は友人だったカテレアとの仲が擦れていくことになるのだが。

 

「どうして、間違ってその報いを受けないとそれが間違いだって気付かないのかなぁ」

 

 正しい選択が最初から見えていれば良かった。後になってこうすれば良かった。ああするべきだったなんて後悔ばかり積み上げるくらいなら。

 

 そんなセラフォルーに一樹はでも、と口を開く。

 

「そのおかげで、俺はあの人に助けられました」

 

 もし、バラドが内戦後にここで家族と暮らしていたら、旧魔王派の研究所で一樹と出会うことがなく、救出はさらに困難になっていただろう。失敗していたかもしれない。

 

「ただの結果論かもしれないけど。そのおかげで俺は帰って来れたから。セラフォルーさんのことをどうこうなんて言えません」

 

「うん。そうだよね。ごめんね、いきなりこんな話をして……」

 

「でも、笑ってました」

 

「……え?」

 

「最後に安らかな顔で笑ってたんです。あの人がどんな想いで生きてきたかなんて、俺には分からないけど。あの人が、おっさんがそういう最後で逝ったんだってことは覚えていてほしいです」

 

 彼は、確かにセラフォルーを怨んでいたのかもしれない。

 それでも最後は少しでもそれが晴れたのだと信じたい。

 憎しみだけ抱いて死んだのではないのだと。

 

「そっか……教えてくれてありがとう、一樹くん」

 

 決してこちらに表情を見せずに空を見上げるセラフォルー。

 

 祈りを捧げる時間を終えて、戻ろうと移動する。

 最後に少しだけ振り向いて一樹は小さく笑った。

 

「また、冥界に来た時にでも花を添えに来るな、おっさん」

 

 そして少し前に居た白音に後ろから抱きつく。

 

「いっくん……?」

 

「俺の大事な(モン)はまだちゃんとここにある。失わないことは大変で。大切な人が傍に居てくれるって尊いことなんだよな」

 

 世界中、全ての優しくするなんて無理で。

 だからせめて、心から大切だと想える人には優しく在りたいと願う。

 守りたいと思える。

 

 そんな人に出会えることの、奇跡。

 

「ありがとな、白音。俺と、出会ってくれて」

 

 突然のことに顔を赤くして俯く白音が何かを言おうとすると、黒歌とセラフォルーがこちらをニヤニヤと見ていた。

 

「もう、見せつけてくれるんだから☆そういうのは2人っきりのときにしなさい」

 

「まったくね。2人が居ると最近室内の温度が急上昇してる気がするわー」

 

 一樹から体を離した白音がなにか反論しようとするがなおもからかいの言葉が飛ぶ。

 顔を真っ赤にして逃げる2人を追いかける白音を見ながら一樹はあることを考えた。

 

「今度、ちゃんと両親の墓も参っておくか……」

 

 車の近くで早く来るように手を振る黒歌に応えて一樹は歩く速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間9:匙元士郎は改造悪魔になる

昨日は投稿するのをド忘れしていました。申し訳ありません。

今回は原作ロキ戦でやっていた匙の神器付け足しの回です。


「強くなるにはどうしたらいいのかなぁ」

 

「禁手化を会得すればいいんじゃねぇのか?」

 

「簡単に言うなよ!?」

 

 昼休みに呟いた匙に一樹がバッサリと答えると怒鳴られた。

 それに一樹は祐斗に視線を移す。

 

「だって、コカビエルと戦った時に祐斗が至れたし。あんまり悪魔になった期間に違いがないっていう兵藤でも夏休みで習得できたんだからなろうと思えばなれるんじゃねぇの?」

 

「……お前、禁手って簡単に会得できると思ってるだろ?」

 

「さぁ?」

 

 興味なさげに返答する一樹に祐斗が発現する。

 

「いっそのこと、アザゼル先生に相談してみたらどうかな?」

 

 

「あ、アザゼル先生かー。なんか、勢いでとんでもない無茶やらされそうだなー」

 

 否定できないだけに一樹も祐斗も笑みだけを張り付かせて顔を逸らす。

 

「でも、神器のことに関しちゃ先生に訊いてみるのが手っ取り早いと思うぞ」

 

「そう、だよなぁ……」

 

 一樹の言葉に難色を示していた匙が決意を固めて険しい表情を作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な。言いたいことはわかった。だが、禁手はそう簡単に至れる代物じゃない。ドラゴン系の神器は比較的到り易い分類だが、一朝一夕じゃなぁ」

 

「ですよね~」

 

 アザゼルの話を聞いて匙はあからさまに肩を落とす。

 しかしアザゼルの話はそこでは終わらなかった。

 

「だが匙、お前に関しちゃ禁手以外の強化案が無いわけじゃない」

 

「え!?」

 

「実はロキとの戦いのときにお前に神の子を見張る者が保有してるヴリドラの神器を全部くっ付けようって案があってな」

 

「!?」

 

「ヴリドラの神器は4つ。お前の持つ【黒い龍脈(アブソープション・ライン)】呪いの黒炎を放つ【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】。相手の魔法力を削る領域を作り出す【漆黒の領域(デリート・フィールド)】。黒い炎で敵を囲い、動きを封じる【龍の牢獄(シャドウ・プリズン)】だ。以前、うちに喧嘩を吹っ掛けてきた奴らから引っこ抜いて長い間研究のために保管してたんだよ。お前を見つけた時にどうせなら全部くっ付けちまおうと思ったんだが諸々の事情でお流れになってな」

 

「諸々の事情って何ですか!?それがあればロキとの戦いだって少しは楽になったかもしれないのに!?」

 

 詰め寄るように問いかける匙にアザゼルは肩を竦めて答えた。

 

「まず1つは急な話で悪魔側が対価を用意できなかったこと」

 

「た、対価?」

 

「当たり前だろう。いくら戦力が欲しい状況つってもうちで保管してある神器を悪魔勢力にポンッとやる訳にはいかねぇさ。例え形だけでもそうしたやり取りは必要だ。次に、いくらヴリドラの神器の継ぎ足しとはいえ、後付けで付加された神器がお前の体にどう作用するか分からなかったこと。最悪、ヴリトラとの感応が深くなり過ぎてお前の意識が乗っ取られる可能性もあった」

 

「俺の意識が……」

 

 その時のことを想像して固唾を飲む匙。

 

「あぁ。最悪、敵味方の区別なしに襲いかかる可能性もある。だから時間が無かったあの時にヴリトラの神器を足すわけにはいかなかった。揉め事が増えるからな」

 

 アザゼルの言葉に匙は考えた上で決断を下す。

 

「先生、それでも俺は強くなりたいです」

 

「……」

 

「このままじゃ、兵藤とかにも差を付けられる一方です。あいつら、いつも最前線で戦ってどんどん強くなってく。俺が、禁手に至れれば一番良いって分かってますけど。上手くいかなくて。先生に頼って神器の継ぎ足しをするのが安易な手段だって分かってるけど……でも!」

 

 強くなりたいです、と訴える匙にアザゼルが目を細めた。

 

「分かった。準備してやる」

 

「え!?」

 

 あっさり了承するアザゼルに匙が驚いた表情をした。

 

「で、でもさっき対価が必要だって……!」

 

「それならお前の主のシトリーから既に貰ってる。先に相談したとき、お前が自分から相談してきたら頼むってな。それに最近はイッセーたちの方にかかりっきりだったからな。ここいらでシトリー眷属にも肩入れしなきゃ公平性に欠くとも思っていた」

 

 アザゼルの言葉を聞いて胸に手を当てた。

 

「手術前に今のお前の実力を測る。ついてこい」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺が……?」

 

「そう言うな。ライバルのイッセーとかに頼むわけにもいかねぇだろ。ちょっとくらい付き合えよ」

 

「まぁ……いいんですけどねぇ」

 

「日ノ宮!俺は手加減しねぇからな!そんな態度だと痛い目見るぜ!」

 

 やる気の無さそうに首を掻いている一樹と覇気に満ちて準備運動をしている匙。周りには猫姉妹とシトリー勢が観戦している。

 

「今回は匙個人の実力を測るための模擬戦だ。2人とも、準備は良いか?」

 

「はい!」

 

「ういーす……」

 

 正反対の受け答えをしてアザゼルが試合開始の合図として上げた腕を下ろした。

 

「行くぜ!!」

 

 匙が神器を装着し、黒い龍脈のラインを一樹の腕に巻き付ける。

 周りはわざとラインを巻き付けられたように見える一樹に首を傾げたがその答えはすぐに判明した。

 

「余裕見せやがって!お前の力を吸い取ってすぐに動けなく――――っ!?」

 

 攻勢に出ていたはずの匙が膝をついたことに周りが驚きの目を向けた。

 それに黒歌がポンッと手を叩く。

 

「そっか。一樹の生命力って悪魔が苦手な聖の気が濃いから悪魔の身体のあの子にも弱点になっちゃうのね」

 

「ついでに言うと、神器も邪龍関係だからな。はっきり言って相性最悪だろ」

 

 アザゼルの言葉にシトリー勢がなんとも言えない顔をする。

 そこでラインを外された一樹が溜め息を吐く。

 

「悪魔って、寿命とか身体能力とかは跳ね上がるけど弱点が増えるのが難点だよな。お得意の神器が使えないみたいだけど、どうする?」

 

「っ!?馬鹿にすんな!それならこの拳で直接ブッ飛ばしてやる!」

 

 神器を消して殴りかかろうとする匙。

 繰り出される拳の突き。一樹はそれを体を僅かに動かして躱す。

 一見一樹が後退して匙が押しているように見えるが、匙の攻撃は完全に見切られていた。

 何度目かに突き出された拳を首を動かすだけで躱し、手首を掴むと反対の腕で拳を打ち込む。

 

「ガッ!?」

 

 腹に一撃入れられて足をふらつかせる匙の手首を放し、今度は腹に蹴りを入れる。

 

「悪いけどさ。今のお前じゃ俺の相手になんねぇな」

 

 例え鎧の力を借りずとも禁手化した一誠と互角以上に渡り合える一樹には相性もあるが物足りない相手だった。

 その差は何処から生まれたのか。

 訓練の質か量か。それとも実戦経験の差か。もしくは才能か。

 少なくとも今の匙と一樹では対等な勝負にはならないという事実だけが僅か2分足らずで証明された。

 

「ざ、けんな……!」

 

 されど、それで納得できるかと問われて首を縦に振れる者ばかりではない。

 膝をついていた匙がゆっくりと起き上がる。

 

「会長、たちの前で……こんな無様なとこだけ見せられっかよ……!」

 

 魔力は全て身体能力に回す。

 後先のことは考えない。ただの一撃でもあの涼しい顔をしたクラスメイトの顔を殴らなければ立つ瀬がない。

 

 

 ――――――たった一発でいい。届け!

 

 爆発的な加速からの捻りのない正拳。

 

 一樹は先程度と変わらずに少しだけ首を動かして避けようとした。

 しかし、僅かにその計算が外れて一樹の頬に一筋の傷が出来た。

 だが次の瞬間、一樹の拳が匙の目の前に現れて殴られたと気付いたのはその拳が顔面から離れた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょい手加減してやれよ。それにその傷。もしかしてワザとか?」

 

「思った以上に火事場の馬鹿力を出すから驚いて加減をミスっただけです。油断はあったでしょうが、わざわざ傷を負う趣味はありません」

 

 つまり匙の実力だと一樹は言った。

 もう用事が終わったとばかりに一樹と猫上姉妹はその場を去った。

 

 それと入れ替わるように匙が目を覚ます。

 

「あ……おれ……」

 

 痛みの走る顔を押さえて起き上がる。

 そんな匙にソーナが声をかけた。

 

「ずいぶんと、呆気なくやられましたね」

 

「か、会長……」

 

 あまりにも情けない戦いを見せたことに対する気恥ずかしさとか情けなさが襲ってきて匙は項垂れるように顔を下に向けた。

 そんな匙にソーナは膝を折り、顔を両手で挟んで自分に向けさせた。

 

「匙。貴方の力は確かに日ノ宮くんや兵藤くんに比べて劣っているかもしれない。でも、私たちはチームです。私が望んでいるのは突出した戦力ではなく団結力です。私の言っていること、解りますね?」

 

「……はい」

 

 いずれレーティングゲームにプロとして参戦する場合、おそらくソーナ・シトリーのチームは多くの敗北を経験するだろう。

 自分たちが負け星より勝ち星が多くなるには多くの経験が必要だ。

 

「そのためには、匙個人で強くなるのではなく、私たち全員で強くなる必要があります。貴方ひとりが焦って強さを求めることはないのです」

 

 ソーナの言い分は正しい。長期的に一歩一歩確実に強くなるために色々考えてくれているのも匙は理解している。

 だがそれでも。

 

「でも、俺は強くなりたいです……!いつかだとか、そんなことばかり考えて甘えて、強くなることから逃げるようになるのが1番怖いんです!!」

 

 確かに今日明日で何歩も先へ行ったライバルたちに追いつくなんて不可能かもしれない。でも、それを理由に時間をかければ、なんて言って諦めが心に根付くのが怖い。

 何か危機が起きた際に、あいつらが何とかしてくれるから大丈夫だとか。そう考えて蚊帳の外におかれて、いざ自分の目の前に何か起きた時に、大事な人たちを守れないのも怖い。

 目の前に選択肢がぶら下がっているからこそ余計にそう思うのだ。

 

「強く、なりたい……!大事なモンを自分の手で守れるくらい強く……!」

 

 握った拳で床を打ちながら訴える匙。

 それをどう受け取ったのか、ソーナは匙から手を放した。

 

「会長……?」

 

 ソーナは匙に返事を返さずに、アザゼルに頭を下げた。

 

「アザゼル先生。私の眷属を。匙を宜しくお願いします」

 

「分かってる。こいつも可愛い教え子だからな。万が一にも失敗なんてしねぇさ」

 

 ありがとうございますと頭を上げてソーナは匙に背を向けたまま告げる。

 

「匙。何度も言いますが、私たちはチームです。貴方が強くなるなら、私たちも等しく強くならなければいけない。貴方に守られているだけなど御免です」

 

 ソーナは周りの眷属たちに目でそうでしょう?と問いかけると皆一様にして頷いた。

 

「守りたい。強くなりたい。その想いがあるのは貴方だけではないことだけは忘れないでください」

 

 そう言って去って行くソーナ。

 匙はそれに床に額を擦りつけるように頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?また呼び出されたわけで?」

 

「あぁ。匙の神器移植が終わってな。不具合を確認するためにだ。なんだ今度美味いもんでも奢ってやるから機嫌治せ、な!」

 

「別に機嫌は悪くありませんが。あぁでも。どうせ貰えるならアトラクションの無料券とかが良いですね。今度白音とデートに行くんで」

 

「サラッと惚気んじゃねぇよ。まぁ今回はそれで手を打とう」

 

 そんな風に男2人で雑談しているとアザゼルが鳴った携帯を手にした。

 

「どうした?――――あぁ!?匙の奴が暴走したぁ!?」

 

『はい。神器の移植が終わり安定期に入ったと判断して神器の制御訓練に入ったのですが、その瞬間に彼の意識が持っていかれました!今は強制的にそちらに転移させることも可能ですが、どうしますか?』

 

「そうしてくれ。後はこっちで対処する!」

 

『分かりました!』

 

 通信が切れて数秒、その場に現れたのは黒い炎だった。

 それがドラゴンの姿を形作って現れる。

 

「匙?」

 

 一樹が確かめるように問うと帰ってきたのは獣の咆哮だった。

 吐き出される黒い炎。それを一樹は自身の炎で相殺する。

 

「なに!?どうなってだよ!?」

 

「わりい!どうやら計算ミスったらしい!匙が暴走しちまってる!どうにか止めるぞ!」

 

「止めるぞってどうやって!?」

 

「とにかく消耗させろ!いくら何でも燃やす燃料が尽きればアイツも落ち着くはずだ!」

 

「簡単に言ってくれるよな!?無料券だけじゃ割に合わねぇぞ、くそがっ!!」

 

 匙から生まれた黒い炎が炎が一樹を取り囲む。

 そこで、一樹は違和感を覚えた。

 

「やべ、コレ!もしかしなくても俺の力を吸ってやがる……!?」

 

 取り囲む黒い炎が一樹の力を吸っていると感じて慌てて不慣れな空中に炎の翼を出して飛んだ。

 

「……早めに決着(ケリ)つけた方がいいな」

 

 どうするかなと考えて酷く頭の悪い提案が浮かんだ。

 

「仕方ねぇ。気は進まないが、根競べでどうにかするか」

 

 溜め息を吐き、全速力で匙へと突っ込んだ。

 炎のドラゴンの拳が一樹に振るわれる。

 一樹も自分の手に炎を纏わせてそれを受け止めた。

 

「さてと、匙……お前の黒い炎と俺の炎。どっちが先に尽きるか勝負するか?」

 

 鎧を纏った一樹が右腕を全体を燃やすように炎を生み出す。

 

「ヴリトラの炎を全部浄火する気か!?」

 

 アザゼルの言葉に反応せずに一樹は自分の炎を燃やし続ける。

 炎自体の相性はこちらが上だろうが黒い炎にこちらの気を吸われているために想像以上に追い込まれている。

 しかし徐々に黒い炎は一樹の聖なる炎に上書きされるように押され始めた。

 そして匙の姿が見えた瞬間に一樹が拳を握った。

 

「とっとと、目ぇさませぇええええっ!!」

 

 手加減など一切していない拳が匙の頬を穿ち、大きく殴り飛ばされた。

 元々3つの神器を移植したばかりの匙はそこで限界を迎えて元の姿に戻る。

 

「バカが!余計な手間かけさせんなってんだ!」

 

 肩で息をして火傷の残された右腕を抑える。

 

「ご苦労さん。上手くやったな!」

 

「見物してないで手伝ってくださいよ……」

 

「観察しながらデータ取ってた。そのおかげで不具合もだいぶ分かったぜ。次に目を覚ます頃にはそこら辺も調整しとく。礼なら、今度中華奢ってやっから勘弁しろ。あぁ、もちろん猫上姉妹(あいつら)もな」

 

 匙を持ち上げて連絡を取るアザゼル。

 一樹はそのまま家へと帰された。

 

 

 

 その後の数日間。治りが早い筈の一樹が右腕に包帯を巻きつけて生活することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間10:似て非なる世界へ・前編

今回は今年の初めに挫折したと報告した原作に近い並行世界に行く話です。前に考えたモノより大分省略して完成させました。



 その道具を見つけたのは全くの偶然だった。

 見た目は大きな鏡。

 しかし内包された術式の複雑さには誰もが舌を巻くだろう。

 どんな効果があるのか一切不明の魔法具。

 これはその道具が起こした僅かな出会いの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから結局なんなの、この鏡は?」

 

「わからん。だが、今のところ危険は確認されていない」

 

 兵藤家の地下に運ばれた大きな鏡。それを訝しみながら問うリアスにアザゼルが答えた。

 

「ちょっと今はうちの中に空きが無くてな。数日ここに置かせてくれ。すぐに向こうに送っから」

 

「それはいいけど……本当に危険はないのよね?」

 

「今の所はな。一応、封印を幾重にも施してある」

 

「でも綺麗な鏡ですね」

 

「……アーシア先輩。迂闊に障らないほうが良いです」

 

 鏡に触れたアーシアに【搭城小猫】が軽く注意する。

 

「とにかく、少しの間だけ頼む。俺もすぐに持っていけるように準備すっから」

 

 アザゼルのその言葉を信じて皆が首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い。頼まれたモン買ってきたぞ」

 

 買い物袋を下げながら戻って来た一樹に白音が出迎える。

 

「お帰り。ごめんね、急に」

 

「構わねぇよ。これくらいは」

 

 買い物袋を白音に渡してリビングのソファーに腰を下ろす。

 するとリビングから1番近い部屋が開いた。

 

「あ、一樹さん、おかえりなさい」

 

「一樹ーごくろーさん」

 

 出てきたのはアーシアと黒歌だった。

 

「また姉さんに色々教わりに来てたのか?勉強熱心だな」

 

「はい!まだまだ勉強不足で助かってます」

 

 アーシアの素直な反応に黒歌は肩を苦笑して竦めている。

 

「これからお昼の準備ですか?手伝います、白音ちゃん!」

 

「え、と……お願いします、アーシア先輩」

 

 2人は台所で仲良く食材を仕分けしている。

 

「あの2人、仲良いわねぇ」

 

「まぁな。学校でもアーシアには特別心を開いてる感じだし」

 

「2人が仲良くて嫉妬とかしないの?」

 

「なんでだよ。微笑ましくはあるけどな」

 

 緩く羽交い締めする黒歌に一樹は少しだけ鬱陶しそうにして腕を外させる。

 それに黒歌はつまんなーいと、部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食の用意が出来て白音がソファーに座る一樹に近づくとうたた寝している姿があった。

 その無防備な寝顔に小さく笑みを浮かべて起こそうと体に触れようとする。

 

 ――――何を、安堵している?

 

 その、心の内側から沸き上がる声に白音の手が動きを止めた。

 

 ――――彼が、誰のせいで全てを失ったのかを思い出せ。それとも、許してくれたから。受け入れてくれたから。それらを無かったことにするのか?

 

 違うと自分自身に白音は首を振る。

 忘れたことなんてないし、無かったことになんて出来るわけない。

 

 ――――なら戒めろ。誰が赦したとて(お前)が簡単に幸福で在れるなどいうおぞましい願望は……。

 

「ん……」

 

 そこで一樹が身動ぎする。

 

「昼飯、もうできたのか……ってなんて表情してんだよ。なんか寝てる間に変なことしたか、俺?」

 

 引き攣った表情をする白音に一樹が訊くと顔を横に振る。

 

「ううん。ちょっと、嫌なこと思い出しただけだから……」

 

「ふーん、そっか。ま、いいけど、なんかあるなら言えよ。それより腹減ったしさっさと飯にしような」

 

「うん……」

 

 アーシアが黒歌を呼んできて4人がそろうと突如強大な魔力を感じた。

 

「なに!?」

 

 黒歌が警戒すると同時にアーシアを中心に魔方陣が展開される。

 

「アーシアッ!?」

 

「アーシア先輩っ!?」

 

「ちょっ!?なにコレ!!」

 

 反射的に3人がアーシアに近づこうと魔法陣の内側に入って魔法陣から離そうとしたがそれより先に術式が起動する。

 

「どこかに、引き込まれて……っ!?」

 

 その言葉を最後まで言うことは叶わず、4人は、その場から姿を消した。

 用意された昼食だけを残されて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば4人は大きな鏡から出て来た。

 

「……ってぇな。何処だよここ?なんか見覚えがある気がするが」

 

「あれ?ここは……」

 

 一樹の疑問にアーシアが見覚えのある部屋に首を傾げる。すると、ドタドタと足音が聞こえた。

 それに反応して一樹と白音が前衛に各自意識を戦闘に切り替える。

 

 そして扉が開かれた。

 

「なに!?今の魔力は!?」

 

 現れたのは馴れ親しんだオカルト研究部の面々。

 しかしその違和感を一誠と一樹が同時に口にした。

 

「アーシアと小猫ちゃんが2人!?どういうことだよ!?」

 

「白音とアーシアが2人?なんでだよ……」

 

 一誠が驚きから叫び、一樹が呆れと困惑から面倒そうに呟いた。

 

 こうして交わるはずのない者たちが会した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、すまんなお前ら。こんなことになっちまって」

 

 呼び出されたアザゼルが手を合わせてここにいる一堂に謝罪した。

 

 簡単に結論を言うと、アザゼルが持ち込んだあの鏡は平行世界への扉を開ける魔法の道具だったらしい。

 幾つかの情報の共有した結果と白音とアーシアが2人いるという現状からそう納得せざる得なかった。

 簡単な自己紹介をした後に一樹が息を吐いて面倒そうに頭を掻いた。

 

「何だってこんなことに……」

 

 一樹の呟きにアザゼルが腕を組んで思考する。

 

「もしかしたらあの鏡をここに持ち込んだ際にアーシアが鏡の表面を触ったことで平行世界の同一人物を呼び寄せたのかもしれん。詳しく調べてみんと解らんがな」

 

「はう!?わ、私のせいですか!?」

 

 アザゼルの考察に反応してアーシアが肩身を狭そうにしていると一誠がフォローに入った。

 

「アーシアのせいじゃないさ!誰もこんなことになるなんて思わなかったんだから。な!」

 

「知らねぇよ……」

 

 同意を求める一誠に一樹が不機嫌そうな顔でバッサリと切った。

 

「なんでそんなに機嫌がわりぃんだよ!そりゃあいきなりこんなことになって不安なのはわかるけど!」

 

「……こっちはこれから昼飯だったんだよ。腹減ってイライラしてんだよ。こんな訳わかんねぇ状況で愛想なんて振り撒いてられるかっての」

 

 一樹の言い分に一誠たちは唖然としながらもリアスがコホンと区切りを付ける。

 

「それで、アザゼル。例の鏡の方はどうなのかしら?」

 

「あぁ。取り敢えず、まだ鏡は起動しっぱなしって感じだな。人が通れるほどの大きさじゃないが、お前らが来たっていう向こうの世界に穴はまだ繋がってる筈だ」

 

「それじゃあ。その穴を大きくすれば帰れるのよね?」

 

 黒歌の言葉にアザゼルはまぁなと頷く。

 何故かオカ研の面子は黒歌に対して警戒心が強い感じがするが、その理由は一樹たちがその理由を知るはずもない。

 無理に聞こうとも思わないし、害にならなければ無視するだけである。

 

「あの鏡も自動でエネルギーを吸収して蓄えてる感じだな。人が通れるまでになるには明日の昼頃ってところだが」

 

「ふーん」

 

 アザゼルの質問に黒歌は考えの読めない表情で頷いた。

 そこでイリナが手を上げて質問する。

 

「そうだ!出来ればそっちの世界について教えて欲しいんだけど!こっちの世界とどう違うのか興味あるし」

 

「そうね。確かに興味あるわ。そっちはお腹を空かせてるようだし、食事を用意するからわ。事故とはいえ此方に連れ込んでしまったお詫びも兼ねてね。食べながら話を聞かせてくれないかしら?」

 

 リアスの提案に3人は黒歌に視線を集める。黒歌本人は小さく頷いてから答えた。

 

「言いたくないことは言わないけど?」

 

「えぇ。構わないわ。言いたくないことまで根掘り葉掘り聞く気はないから」

 

 こうして、異なる世界の交流が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても貴女たち3人は本当に転生悪魔じゃないのね」

 

「態々転生する理由もないしね。上級悪魔が見栄を張る装飾品になるのも御免だし?」

 

 食事を摂りながら黒歌はボカしているが言葉の節々に悪魔の駒に対する嫌悪感を表して会話する。

 それに少しだけムッとしたリアスが反論した。

 

「転生すれば多くのメリットが在るわ。寿命もそうだし、功績次第では出世して富も名声も思いのままに生きられるわ」

 

「でもそれって主に寄りけりよね?出る杭は打たれるっていうし。眷属の手柄を自分のモノにする主だって居るだろうし。多少主側に問題があっても眷属悪魔の責任にしてはぐれ悪魔として処理したりとか、ねぇ?」

 

 リアスの言葉に棘を含みながらも笑顔で答える。それにリアスは不満気だが口を閉ざす。

 リアス自身そのようなことはしないが、そういう上級悪魔も悪魔社会にそれなりの数が居ることを彼女は知っている。上級悪魔の傲慢さがはぐれ悪魔増加に繋がっていることを。それでも全体から見ればやはり少数派だし、リアスの兄であるサーゼクスを始めに少しずつ法が整えられていることも。

 黒歌の意見を認めた上で反論しようとしたがそれより先に口を開かれた。

 

「ま、なんにせよどうでもいいわ。私には悪魔としての生なんて興味ないし。私の世界は可愛い妹と将来の義弟。その他幾つかのモノだけあれば充分幸せだもの。そんなギャンブル的な行動に出る必要はないわねぇ」

 

 食事を摂っている白音に後ろから抱きついて笑う黒歌。そんな黒歌に白音が食事中にじゃれつかないでくださいと手を払ったがその頬に僅かな赤みがあることから照れていることは察せられた。

 そんな姉妹を見て小猫がグッと拳を握った。

 

 その笑顔を見てリアスたちは混乱していた。

 こちらの世界での黒歌は最上級悪魔に比する実力を持ったSSランクのはぐれ悪魔だ。

 リアスや一誠も少し前に対峙したこともある。

 

 本音を決して曝さない人を煙に巻く口調や言動。服装も自身の色気を全面に押し出すように和服を着崩していたが、目の前の女性はジーンズに黒いTシャツを着て身体のラインは隠せていないが常識的な格好だった。

 

 しかし今はそれより気になる言葉があった。

 

「未来の義弟?」

 

「えぇ。この子が白音の婚約者だからね!」

 

 一樹を親指で差して言うと一斉に驚きの声が上がった。

 それに一樹が呆れ顔をする。

 

「婚約者って……言い方が大袈裟過ぎるだろうに」

 

「あら?でも将来そうするつもりなんでしょう?」

 

「そう願ってはいるけどな」

 

 味噌汁を飲みながらそう言う一樹にアザゼルがからかうように発言した。

 

「つまりお前さんはそっちの小猫――――いや白音か?まぁとにかくそいつみたいなちっこい女が好きなのか?」

 

 アザゼルの言葉に一樹たちと同じ世界から来たアーシアがムッと表情を曇らせた。

 それに一誠が便乗する。

 

「日ノ宮だっけ?お前は元浜と同じ貧乳派かぁ。俺は大きいほうが好きだけどそっちの方の理解もあるぜ!」

 

 親指を立てる一誠に次いで周りの女性陣が騒ぎ立てる。

 

「あらあらイッセーくん。なら今晩は私の部屋でどうです?どれだけ揉んでも構いませんわよ!」

 

「朱乃!?こんばんは私がイッセーと寝るのよ!邪魔しないでちょうだい!」

 

「リアス?確かに貴女とイッセーくんが結ばれたことには祝福しましたがあまり独占欲が過ぎるとこちらにも考えがありますわよ?」

 

「……イッセー先輩。私もこれから大きくなりますから。それと先輩はエッチだけどカッコいいと思ってますよ」

 

「わ、私だってこれから大きくなります。もっとイッセーさん好みに……」

 

 等から始まりそこからゼノヴィア、イリナ、レイヴェルなどが参入する。

 それを見ながら祐斗が苦笑して肩を竦めていて。ギャスパーは少し離れた位置で段ボールの中でこちらを見ている。 

 

 その光景を見て一樹が思ったことはコレだった。

 

(女に過剰にチヤホヤされる兵藤とか見ててイラっとするを通り越して気色悪いな)

 

 という酷く失礼な感想だった。

 後はリアスとくっついたんだなどとも思ったが世界の違いでそういうこともあるだろうと無理矢理納得することにする。

 向こうではリアスの一誠に対する接し方は手のかかる弟の域を出ないモノだから希少な光景として無心で眺めていた。

 

(しかしこっちの白音はどういう経緯で部長の眷属になったんだ?しかし名前も違うのはどういうことだろ?搭城小猫?改名したのか元からなのか……)

 

 気にはなったが、名前が違うことからもかなりこちらとは事情が違うのかもしれないと思い、訊くのを止めた。

 

「ま、小猫ちゃんみたいな可愛い子もありだと思うぜ俺は!」

 

 まるで一樹が白音の見た目が好みだから付き合っているような言い草だが一樹は特に反応せずにソースをかけたトンカツを齧っている。

 そこで小さくトンッという音が聞こえた。

 

 それは一樹たちの世界のアーシアがテーブルを叩いた音だった。

 

 アーシアは苛ただし気というか聞くに堪えないことを聞いたとばかりに顔を顰めていた。

 

「そういう言い方は、2人に対してとても失礼だと思います……やめてください……」

 

 意外な人物が明らかに怒の感情を表していて周りの空気が若干重くなった。

 そんな中でアーシアがポツリポツリと続ける。

 

「2人は、お互いを想い合って、容姿だとか、そういう単純な軽い気持ちじゃなくて。本当に大切にし合って結ばれたんです。そういう言い方をされるのは、嫌です……」

 

 一樹がオーフィスに連れ去られて、自分の恋愛感情を認めた時に流した涙を見た。

 3人の過去の出来事から離れても仕方が無かった筈なのにそれでも一樹は白音を選んで、黒歌とも家族で居ることを選んだ。

 何も知らないのだから仕方ないのかもしれないが、ただ見た目だけで結ばれたなどと言うのは事情を知っているアーシアからすれば2人の関係を侮辱されているように思えた。

 或いはそれは、自分が羨望する2人の在り方を汚された気分になったのかもしれない。

 しかし、場の空気を悪くしてしまったことで居辛そうに俯いている。

 そんなアーシアに白音が手を添えた。

 

「ありがとうございます。アーシア先輩」

 

 それだけで空気が弛緩したのをリアスが話題を切り替える。

 

「そ、そうだ!そっちも私たちに訊きたい事はないかしら!こっちばかり聞くのもアレだし」

 

 リアスの言葉に一樹は少し考えて箸を持った手を挙げた。

 

「お言葉に甘えて。そっちのし……あ~塔城だっけ?なんで兵藤の膝の上に乗ってるんだ?別に詰めてる訳でもないのに?」

 

 

「……ここが私の指定席です」

 

 一樹に指定されて小猫が恥ずかしそうに顔を背けてそう言った。

 それに黒歌がからかうように言う。

 

「もしかして一樹、白音にああして欲しいの?」

 

「ヤダよ邪魔じゃないか」

 

「……」

 

 即答する一樹に白音がポカポカと叩いてくるが特に気にした様子もなく受け流す。

 それから今年に入ってからの経緯を話し始めた。

 

 こちらの世界では聖剣事件前にライザーとの婚約騒動があったらしいこと。

 ゲーム自体は敗北したが、最終的には延長戦という形で一誠とライザーが一騎打ちで勝利したことで婚約が解消したことなど。

 逆にリアスたちもゼノヴィアの存在や一樹や白音などの助っ人が居たとはいえゲームに勝利したことを驚いていた。

 

 それから大雑把にこれまでのことを振り返って話しているうちに黒歌が呟いた。

 

「それにしても、やっぱりこっちに一樹はいないのねぇ」

 

「えぇ。少なくともこの学園には在籍していないわ」

 

「それは良かった。別の自分なんて絶対対面したくないからな」

 

 そんな風に話しているとアザゼルがちょっと良いか、と声をかけた。

 

「せっかく出会うはずのない面子が揃ったんだ。互いの力を見て見たいと思わねぇか?」

 

 それにこの世界の者たちが眼を大きく見開く。

 

「そっちもこっちと同じような激戦を潜り抜けてきたんだろ?別世界の小猫の実力にも興味あるしな。どうよ?対戦は、そうだな。そっちの日ノ宮と白音。こっちはイッセーと小猫でどうだ?」

 

「……そうね。確かに気にはなるわ。転生しなかった小猫がどんな風に力を付けたのかも。それにこっちにいない日ノ宮くん。貴方の実力も」

 

 見ると一様に視線が集まる。

 それに一樹は飲んでいた茶を置いてきっぱりと言った。

 

「イヤですよ、面倒な。別にそっちの力とか興味ないし」

 

「同感」

 

「それに俺は普通の人間で一般人なんで。悪魔と戦うなんてとてもとても」

 

「私も無力な猫妖怪なんで。戦闘力とか期待されても」

 

「戦うなんて野蛮なこと出来ないわー」

 

 一樹、白音、黒歌の言葉にアーシアがえーといった感じで顔を引きつらせた。

 

「ちょっと待て!お前ら今、色々と戦った話とかしたろうがっ!?」

 

「……嘘ですゴメンナサイ。ちょっと見栄張ってみたかったんです。戦うとかめんど……危険なことマジ勘弁です」

 

「今めんどうとか言おうとしたろ!?」

 

 煙に巻こうとする一樹に何故かオカルト研究部があれやこれやと説得を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局こうなるのかよ」

 

 結局押し切られる形で了承し、1回だけの条件で模擬戦をする事となった。

 最後には断るのが面倒になった黒歌が了承しろと言ったのが決め手なのだが。

 そんな中、白音が思ったのは。

 

(スカートじゃなくて良かった)

 

 というモノだった。

 兵藤家の訓練施設で対峙するのは別世界の兵藤一誠と塔城小猫。

 2人は軽くウォーミングアップしている。

 

「どっちとやる?」

 

「こっちの私。すぐに片をつけて2対1に持ち込む」

 

「随分な自信じゃねぇか。なんか策ありとか?」

 

「別に。ただ、誰かに負けるのはいいけど自分には負けられない、みたいな?」

 

「誰の言葉だよそれ?」

 

 肩を竦める一樹にアザゼルが手を挙げる。

 

「それじゃあ2対2のダックマッチを開始する。降参したり、こちらが戦闘不能と判断したら敗けだ。用意はいいな!」

 

 それぞれが頷くとアザゼルの腕が落ちると同時に二方向に2人は移動した。

 

「そっちも考えることは同じか!」

 

「ま、やりたいってんなら任せるだけだ」

 

 既に通常の禁手化による鎧を纏う一誠に一樹は腕輪を槍に変えて構えを取る。

 

「槍か……曹操の奴を思い出すぜ!」

 

「アレより強いなんてことはねぇから安心しろ」

 

「なら、一瞬で終わっちまうかもな!」

 

 一誠が爆発的な加速で近づくがそれを余裕で躱す一樹。

 

「思ったより速ぇじゃねぇか!」

 

「そりゃどうも」

 

 一樹は向こうの兵藤一誠との差異を確認するために回避に徹していた。

 

 そんな中で白音と小猫はというと。

 

 

 

 

 

「……こっちは悪魔の駒で戦車の力が有る。そっちには敗けない」

 

「成程。駒の力頼りって訳か。たかだかその程度でよくもまぁ偉そうに」

 

「……素の能力だけの私なんて問題じゃない。私は、強くなったから」

 

「悪魔の駒で中途半端な猫魈()()()に堕ちたことがそんなに拠り所なの?」

 

「……男の尻を追いかけるのに現を抜かしてるくせに人を半端呼ばわり?」

 

「少なくとも好いた人の1番になることを尻尾を巻いて諦めた負け猫風情よりは真っ当な向上心を持ち合せてるつもりだけど?」

 

 繰り広げられる舌戦に聞いていた周りが顔を引きつらせている。

 

「ヒィイイッ!?なんだかあの2人すごく険悪な雰囲気ですぅ!?」

 

「仲悪いな」

 

「やっぱり、同一人物って大抵相性が悪いものなのねぇ。私もこっちの世界の自分なんて見たくないから人のこと言えないけど」

 

 ゼノヴィアと黒歌の言葉の最中に2人が動く。

 

「速いわね。祐斗クラスの速度だわ」

 

「はい。あれじゃあ、小猫ちゃんが捉えるのは難しいかもしれません」

 

 だが、白音は回避に徹することをせず、自分から仕掛けた。

 

 突き出した拳が小猫の横っ腹に当たる。

 しかし――――。

 

「……軽い」

 

 戦車である小猫の防御力を破ることが出来ずにダメージを負わせることが出来なかった。

 そこから小猫が白音を捉えようと動くが速度が着いて来ず、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 

「同じ仙術使いだから、内側から攻撃しようにも上手く通じないのね。ここからは体力勝負かしら?これならうちの小猫は負けないわ!」

 

 いつの間にか熱くなっているのか、拳を握り締めるリアス。

 そんな中で黒歌がポツリと呟いた。

 

「そろそろね」

 

「え?」

 

「様子見はお終いってことよ」

 

 見ると、白音の掌底が小猫の腹に当たると大きく吹き飛ばされた。

 立ち上がろうとするが膝をついて大きく咳き込んでいるが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「小猫っ!?」

 

 そのまま畳みかけようと白音が動き、顎を蹴り上げた。

 そこから空中で連撃を繰り出し、最後には力の乗った蹴りで地面へと叩きつける。

 

 地面に叩きつけられた小猫は僅かに体を痙攣させながら意識を失っていた。

 

「最初、白音は自分の攻撃が戦車には通じないと思わせて油断したところをズドンってわけね。見せる手の内は最低限。私に似てきたかしら?」

 

 黒歌が疑問を抱いていると一樹対一誠の対決も次の段階に進んでいた。

 

 既に通常の禁手ではなく三叉成駒の三形態を駆使して猛攻を繰り広げているが一向に状況は変わらない。

 

「だりゃあああああっ!?」

 

「ふっ!」

 

 拳を繰り出そうとすると一樹が槍で一誠の腕を抑え込み、不発で終わる。

 一誠のパワーを丁重に潰していた。

 

「クソッ!?さっきからこっちの動きを封じてきやがって」

 

「当たり前だろ。お前相手に力比べなんて誰がするか」

 

 今まで一誠の周りには居なかった戦い方をする相手に踏み込めないでいた。

 

「ほう?かなりの技巧派だな。しかもあの一誠のパワーを抑え込むとはな。単純な速度じゃなくて先読みが上手いってとこか。イッセーの動きに完全に合わせてやがる。受けきれないと判断した攻撃も受け流してるしな」

 

 アザゼルが考察していると槍の矛先から炎が走り、一誠を炎に巻き込んで弾き飛ばした。

 

「なに?この炎!?」

 

「身体が、ヒリヒリします!?」

 一樹の炎で顔を青褪めさせる悪魔たちに黒歌が術を展開する。

 すると、リアスたちの負担が軽減した

 

「慣れてないとキツイでしょ?結界を張ったから出ないほうが良いわ」

 

「……あの炎は一体?」

 

「黙秘権を行使するわ。言いたくないことは言わないって言ったでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「倒したの?」

 

「いや、距離を取られただけだ。まだ来ると思う」

 

「手伝う?」

 

「頼む。別にタイマンに拘る気はねぇからな。とっとと終わらせるぞ」

 

「ん」

 

 炎が晴れると鎧が溶けた一誠が息を切らして膝をついていた。

 

「クソッ!?なにが曹操より弱いだよ!結構なもんじゃないか!!?それにこっからは2対1とかマズイ!まだ馴染み切ってないけど、仕方ねぇよなぁ!!」

 

 すると一誠から爆発的なオーラが吹き荒れ、鎧がその姿を変え、その赤は鮮やかな真紅色に変色していた。

 

「これが今の俺の最強形態【真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)】だ!!」

 

 一樹たちの知らない新たな赤龍帝の姿がそこに存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




別の自分なんて殆ど仲良く出来ないと思ってます。猫上白音と塔城小猫の会話部分は後で付け足すかもしれません。


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幕間10:似て非なる世界へ・後編

ようやく100話です。長かった!


 それは鮮やかな真なる紅の鎧だった。

 

「なんですか、あの姿は……?」

 

「アレはサイラオーグとの闘いで目覚めた真・女王形態よ。驚いてるってことはあの形態をそっちのイッセーは会得してないのかしら?」

 

「はい。三又成駒(トリアイナ)までは同じなですけど……」

 

 平行世界から来たアーシアの言葉にリアスは誇らしげに笑った。

 

「そう。ならよく観ておきなさい。あの形態になったイッセーは絶対に敗けないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちの世界の兵藤にはない姿だな。さてどれ程のモンかね」

 

 槍で肩をトントンと叩く一樹に一誠が誇らしげな声で啖呵を切る。

 

「そっちの俺にはこの形態まで取得してないってことか……なら目ぇ見開いてよく見とけ!こいつは今までとは一味も二味も違うぜ!!」

 

 自信に満ちた一誠の発言に一樹は静かに槍を構えた。

 

「御託はいいからさっさとやろうな。かかって来いよ紅メッキ」

 

「メッキかどうかこいつを受けてから判断しやがれ!」

 

 莫大なオーラとともにジェット噴射の如く一誠が一樹に接近した。

 

(思ったより速いっ!?)

 

「先ずは一撃ィ!!」

 

 一瞬で真横に回られた一樹は一誠に拳を繰り出されるがギリギリのところで槍で防ぐもそのまま力任せに殴り飛ばされた。

 それを見ていた白音が即座に動いて一誠に螺旋丸を叩き込もうとするがその腕が掴まれてしまう。

 

「女の子に手を挙げるのは気が引けるけど、小猫ちゃんの仇、取らせてもらうぜ!」

 

 そのまま一樹とは反対方向に投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ――――っ!?」

 

「小猫ちゃん、大丈夫ですか!?」

 

 目を覚ました小猫が辺りを見渡し、自分が敗けたことを認識する。

 するとリアスが笑みを浮かべて一誠を指さした。

 

「今回は残念だったけど、小猫の無念は一誠が晴らすわ」

 

 一誠の仲間たちは絶対の信頼を持って女王形態を発動させた彼を見る。

 しかしそれに黒歌と子の世界とは別のアーシアは違う感想を持った。

 

「ここからですね……」

 

「えぇ。あの形態がこの世界の兵藤一誠の全力ならここからが互いに全力になるわね」

 

 どうなるのかと黒歌は口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!ドンドン変身形態を増やしやがって。その内に十とか百形態とかになるんじゃねぇだろうなぁ。つうか槍落としたしな!」

 

「そんなに有っても使い切れないと思うけど……変なフラグ立てないほうが良いと思う」

 

 粉塵から出て来た2人がそれぞれ悪態を吐く。

 一誠は警戒心を維持しながら2人に警告する。

 

「今ので力の差は判った筈だぜ!大人しく降参したらどうだ!!」

 

 一誠の警告に答えずに一樹と白音は同時に動き一誠へと向かい、互いに左右から拳を突き出した。

 だがそれは一誠に余裕に防がれるが、一樹は仕方なさそうに息を吐いた。

 

「まったく。こんなデタラメなの相手に()()で闘おうなんてのが嘗めた話だよな。わりぃが、世界が違うって言っても兵藤に叩きのめされるのは癪なんでな。こっからはガチでやるぞ、白音!!」

 

「うん!」

 

 宣告と同時に一樹の身体の幾つかの個所から炎が走り、黄金の鎧が姿を現し、白音の身体は蒼と白の仙気に包まれた。

 その瞬間3人は一度それぞれ別方向へと距離を取り、再び衝突する。

 先ず対峙したのは一樹と一誠だった。

 

 迎え討つ形で一誠が拳打を繰り出すが全て鎧で防ぎ、受け流される。もしくは攻撃前に潰される形でクリティカルヒットを許さない。

 3人の立ち位置が目まぐるしく入れ替わっていく。

 

「お前等も奥の手を隠してたのかよ!?」

 

「なぁなぁで済ませようかと思ってたんだがなぁ!もう知ったことか!提案したのはそっちなんだからな!どうなっても恨むなよ!!」

 

「言ってろ!!リアスたちの手前、敗けられねぇんだよ俺も!!」

 

 一誠の拳がだんだんと防ぐことすらさせられずにギリギリのところで避けられる。

 もう少しで当たりそうな拳が紙一重で避けられ続ける事態に一誠は焦れ始めた。

 大振りの蹴りの姿勢を取ろうとする一誠だがそれを先読みされて足を踏み付けられる。

 

「どわっ!?」

 

 僅かに体勢を崩した一誠だが一樹が腰を落とすと後ろに居た白音が一樹の背を飛び越えて又旅の力で強化された拳を一誠に叩きつけ、大きく吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

「なんなの……アレは……?」

 

 その闘いを観ていたリアスたちが口が塞がらなかった。

 接戦だったとはいえ奥の手を使った若手最強のサイラオーグすら下した真・女王形態。それを2人がかりとはいえ同世代。それも片方は人間に押されるとは思わなかった。

 一誠に対する信頼を揺るがす程に目の前の出来事が信じられない。

 

「やっぱり一樹と白音もレベルが近いから連携がとり易いわね」

 

 眺めている黒歌に小猫が呟いた。

 

「……あの私の気はいったい……」

 

 あまりにも膨大な蒼色に視覚化された気に仙術使いとしてその察知に敏感な小猫は身震いしながらも凝視する。

 もしアレをさっき使われていたら闘いにすらならなかっただろう。

 それに黒歌が茶化すように答える。

 

「なんて言うの?好きな子の力になるために手に入れた力ってとこかしら?負担が大きいからまだお勧めしないけど、一樹と一緒に戦えるのが嬉しいのかしらねぇ?お!状況が動きそうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の連携に翻弄されながら一誠は悪態を吐く。

 

(パワーやスピードはこっちが上の筈なのにこっちの動きを上手く封じてきやがる!それに別世界の小猫ちゃんも予想以上に闘い辛いぜ!!こっちの動きが完全に読まれて――――ん?動きを読む?)

 

 2人の連携が途切れず徐々に追い詰められて行く中である迷案が閃いた。

 一旦距離を取った一誠は兜の下で笑みを浮かべた。

 

「そうだよなぁ!これはレーティングゲームじゃないんだ!なら、俺にだって相手の行動を読む術がある!!沸き上がれ俺の煩悩っ!乳翻訳(パイリンガル)!!これでそっちの小猫ちゃんの心の内を暴き出してやるぜ!?」

 

 急に高笑いしだす一誠に一樹と白音はこう肌寒いものを感じながら警戒を強めた。

 

「え?パイ……なに……」

 

「その様子じゃあそっちの俺はこの技も使えないみたいだなぁ!この乳翻訳は女の子の胸の内を俺だけに教えてくれるんだ!!これでそっちの小猫ちゃんの考えていることは君のおっぱいが教えてくれるのさ!」

 

 などということを誇らしげに語る一誠に離れて聞いていた黒歌と別世界のアーシアはそれぞれ引いていた。

 

「うわぁ……流石の私もドン引きだわー」

 

「私たちのイッセーさんも相当エッチな人でしたけど上には上がいるんですね……」

 

 

 

 

 

 

 

「胸の内を聞くってそんなこと……」

 

「嘘だと思うなら今から証明してやるぜ!HEY向こうの小猫ちゃんのおっぱい!そこの男と初めてキスしたのはいつかな?その時どんな気持ちだった?」

 

 兜を被ったまま耳を澄ませるポーズを取る。

 

「ふむふむ。そうかー、文化祭の時で泣くほど嬉しかった?チックショー、見せつけやがって!!」

 

 やたらテンションの高い一誠に反比例するように白音が無言で身体をプルプルと震わせている。

 その表情を見た一樹があーあと遠くを見る。

 

(本気でキレたな、アレは)

 

「……殺す」

 

 ぼそりと呟いた後に白音が今までの最高速で突っ走っていった。

 

「確かに速いけどおっぱいが心の内を教えてくれる今なら躱せるぜ!」

 

 白音の攻撃を躱し続ける一誠は戦いながら思考する。

 

(ここで隙を見て触って洋服破壊(ドレス・ブレイク)を決めてやるぜ!)

 

 などと思案する中で白音の心の内を聞いて固まる。

 

 ――――眼球を抉る。

 

「え?」

 

 ――――鼓膜を潰す。鼻を削ぐ。指を切り落とす。足に杭を打つ。去勢してやる。体内の内臓を全てボロボロにする。

 

 などと言う言葉が淡々と語られるのに一誠の血の気が引いた。

 

「怖ッ!?なに考えてんの!?」

 

「変態は死すべし慈悲はない……」

 

「ちょ!?怖いよこの子!?」

 

 今までは乳翻訳を使った相手はシトリー戦眷属。そして禍の団のテロリストたちだった。

 シトリー戦では使用に制限をかけることで後でとやかく言われることもなく、その他は相手が犯罪者だったために大目に見てもらっている感はあった。

 だから兵藤一誠は気付かない。

 心の中を暴かれることを心の底から嫌悪し、怒りを覚える者も居るのだということを。

 

 しかも心の内を聞くよりも速く白音が動いているためにドンドン追いつめられていた。

 

 それもそうだろう。聞く→理解する→自分の行動を決めるというプロセスが必要なのだからどうしても行動にタイムラグが出る。敵との距離が開いている相手か作戦を読むのには有効だろうが、ここまで近接戦を演じる相手だとむしろ足枷になるのだ。

 

 ――――しかも。

 

「ハァッ!!」

 

 槍を拾った一樹が割って入る。

 

「大人しくやられとけな!」

 

「ざっけんな!?殺されそうじゃねぇか!!」

 

「自業自得だろうが!」

 

 乳翻訳を止めて普通に対応する。

 胸の内を聞くのを止めたからか。白音に血が上っているからか。それとも2人の動きに一誠自身が慣れてきたからなのか。先程より上手く対処できている。それでも押されていることには変わりないが。

 

「ふっ!」

 

 一樹が腕を大きく振るって一誠を遮るようにして炎を撒く。

 一誠は即座に炎の壁を突破しようと動くがその前に炎の中を白音が突っ切ってきた。

 

「このっ!?」

 

 女の子に手を挙げるのは気が引けたが反射的に手が出て白音の身体に拳を当てた。

 すると、ボンッという音と共に白音の身体が煙のように消えてしまった。

 

「偽物っ!?」

 

 驚いていると突き出した一誠の拳にワイヤーが巻き付き、先端に付いた苦無が地面へと刺さった。

 しかもそれは目にも止まらぬ早業で数を増やしていき、体全体に巻き付くと白音が一誠の後ろに着地した。

 

「終わりです」

 

 そう言うとワイヤーに巻き付いた札――――30枚ほどの起爆符が一斉に爆発した。

 1つ1つの爆破自体は大した事はないために鎧が破壊されることはなかったが、その衝撃までは相殺し切れない。

 爆発が止んだ時にはよろけていた一誠に一樹が目の前に立っていた。その矛先に膨大な力を宿した槍を構えて。

 

「焼き斬れ――――(アグニ)よ!!」

 

 槍を全力で振り下ろし、一誠を斬り飛ばした。

 横に立った白音が再度問う。

 

「殺った?」

 

「殺るか!?こんな模擬戦で殺しなんてやる訳ねぇだろ!」

 

 一樹が答えると白音があからさまに舌打ちする。

 それにヤレヤレと苦笑していると一誠が肩で息をして現れた。

 

「このまま、敗けてたまっかぁあああああっ!?」

 

 それは、意地か負けん気か。吠えた一誠から翼の中に収納されていたキャノンが前面に展開される。

 マズイ、と判断して同時に一樹が槍を投げる構えを取った。

 

 倍加により膨大な魔力が両肩のキャノンに凝縮される。

 2人が力を放ったのはほぼ同時だった。

 

「クリムゾン・ブラスタァアアアアアアアアアアッ!!」

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!」

 

 紅の砲撃と炎の槍が衝突し、爆発を起こす。

 不滅の刃(ブラフマーストラ)が一誠が放った紅の一撃を押し込み、吹き飛ばされる。

 

「嘘だろ!?アレが押し敗けるなんて!?」

 

 自身の必殺技が敗けたことに驚きながらも態勢を整え、一樹の方を見ると彼は一誠の上を指さしていた。

 

「頭上注意だ。悪く思え」

 

 そこで気付く。なにかの振動音が響いていることに。

 上を向くと白音が螺旋状の玉に刃の形をしたエネルギーの塊を手にしている姿が見えた。

 

「風遁――――螺旋手裏剣っ!!」

 

 その技を叩きつけられて一誠は全身に激痛を貰って意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい螺旋丸を放って吹き飛ばされた一誠に勝負は決した。

 

「アレが未完成とか言ってた新しい螺旋丸か?完成してたんだな」

 

「まだ5、6割ってところ。アレだと大きすぎるし本当なら投げられるはずだから」

 

「白音ちゃん。手を診せてください。治しちゃいますね」

 

「ありがとうございます、アーシア先輩」

 

「うわぁ。手が酷い怪我じゃない。あの技完成するまで使わないほうが良いんじゃない?」

 

 そんな会話をしている後ろでは。

 

「キャァアアアアアッ!?イッセーさんの全身がズタズタになってますぅ!?」

 

「アーシア!治療急いで!!このままではイッセーが死んでしまうわ!!」

 

「イッセーくん!しっかりしてください!!イッセー!?」

 

「レイヴェル!!フェニックスの涙を至急持ってきて!早く!!」

 

「は、はい!?」

 

 全身から血を流してピクピクとしか動かない一誠に仲間たちが動いている。それにアザゼルが溜息を吐きながら近づいて来た。

 

「やり過ぎじゃないか?」

 

「頼んできたのはそっちでしょう?こういうこともありますよ」

 

 吐き捨てるように言い放つ白音を向こうの女性陣が睨んでくるが涼しい顔で無視を決め込むことにした。

 

「それで、勝因は?」

 

「俺たちがある程度兵藤の戦い方をしっていたけど向こうはほぼ情報なしだったことと早いうちに2対1に持ち込めたこと、ですかね。タイマンだったらヤバかった」

 

 一樹が疲れたように答えていると一誠の治療が終わってこの世界のアーシアが泣きながら安堵している。

 それに白音が残念そうにしながら一誠の下まで印を結びながら歩いて行った。

 警戒したリアスが白音を止めようとしたが無視して近づくと一呼吸と共に掌底を一誠の腹に決める。

 小さく呻く声が一誠から洩れて白音は距離を取った。

 

「なにをしますの!?」

 

 朱乃が喰ってかかるが白音はただ冷めた眼で一誠を見下ろしながら起きれば分かる、とだけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ!何とかしてくれよ!!」

 

 その晩。こちらの世界の祐斗と一樹が話していると目が覚めた一誠が涙ながらにお願いしてきた。

 

「どうしたんだい?イッセーくん」

 

「実は――――」

 

 目が覚めて起き上がると感激したアーシアが抱きついて来た。

 その際にアーシアの柔らかい感触を楽しんでいたら体が痛み出したのだ。

 それ自体微々たるものでまだ痛みが引いてないのだと思っていたが、朱乃などが一誠を安心させるために胸を触らせてきた。

 それを喜んでいると急に激痛が走り出した。

 

 意味不明な叫び声を出してのたうち回る一誠に周りが心配した。

 後で解ったことだが。白音が使った術は呪いの類で一誠が性欲を高めるとそれだけ体の痛みに変換される術らしい。

 

 すぐに白音に問い詰めて解呪するように頼んだが返答はこうだった。

 

「じゃあ去勢してください」

 

 とり合う気はないらしく何を言ってもこの返答以外で返って来ないらしい。

 

「このままじゃ俺いつまでもエッチできないよ!子供だって作れないだろ!!」

 

 叫ぶ一誠に一樹は”お前の子供を産むなんていう罰ゲームを誰かに味あわせずに済んで良かったんじゃないか?”と返そうとしたが止めて違う返答をした。

 

「人工授精技術って冥界にないのか?」

 

「おいやめろ。俺がいつまでも童貞のままでいいみたいな流れを作ろうとするな!!」

 

 半泣きで何とか白音を説得してくれと叫ぶ一誠に一樹は面倒そうに拒否した。

 

「断る。なんであんな辱めを自分の女にされて俺がお前の肩持たなきゃならねぇんだよ。あの乳翻訳だっけ?あんなの一種のレ〇プじゃねぇか」

 

「レ、レ〇プってそんな大げさな……」

 

「白音はそう受け取らなかったってことだろ。先ず謝るのがさきなんじゃねぇのか?」

 

「謝ったよ!土下座して!そしたら――――」

 

『貴方の土下座にどれ程の価値があるんですか?気持ち悪いので視界に入って来ないでください』

 

「って凄い軽蔑した眼で言われたんだよ!今リアスたちが説得してしてくれてるけど全然……だから彼氏のお前の言葉なら聞いてくれるかもって」

 

「ふーん。まぁ断るけど。自分のしでかしたことなんだから責任もって自分で何とかしろな」

 

「くそぉ。そっちの小猫ちゃんはこっちの小猫ちゃんよりもエッチに対して厳しいぜ……」

 

 項垂れる一誠に特にとり合わず、一樹は漫画雑誌をパラパラと捲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一誠のしたことは主である私からも謝るわ。だからあの術を解いてくれないかしら?」

 

「イヤです。自分たちでどうにかすればいいのでは?」

 

 ベッドの上で後ろからアーシアに抱きつかれて頭を撫でられながら置いてあった料理雑誌を読みながら頭を下げるリアスたちの謝罪を一蹴する。

 白音の中でこの世界の兵藤一誠に対する感情はマイナス10の所をぶっちぎって30近くまで下がっていた。

 むしろこの程度で済ませているのに何故これ以上恩赦を与えなければならないのか。

 ちなみに元の世界の一誠の評価はマイナス2か3といったところだ。

 黒歌はアザゼルとロスヴァイセなどと一緒に飲みに行っている。明日の朝まで帰って来ないらしい。

 

 リアスが白音を抱きしめているアーシアに視線を向けるがこっちも微妙な笑みで首を横に振るった。

 

 さてどうしたものか考えているとこちらの世界のアーシアが突然声を上げた。

 

「あ、あの!こね……白音ちゃんはあの日ノ宮さんという方のどういったところがお好きなんですか?」

 

 話題を変えるアーシアに全員が目を見開いたが確かにこのまま話し合っても平行線だ。話題を変えて関係を緩和させる方がいいかもしれない。アーシア自身がそれを自覚しているかは微妙なところだが。

 それにリアスたちも乗ることにした。

 

「そうね。確かにそれも気になるわ!」

 

「はいは~い!どっちから告白したの!」

 

 何故か異様に活き活きとしたイリナが詰め寄って顔を近づけながら訊いてくることに押される形で白音は答えた。

 

「いっくんからですけど……」

 

「そっかぁ!やっぱり男の人から告白されるって羨ましいわ!」

 

「そ、それじゃあデートなんかも」

 

「それは、まぁ……」

 

 そのイリナの質問を皮切りに女性陣からの質問攻めが始まった。

 白音もなんとなしに勢いに呑まれてか質問に答えている。

 

「そちらのアーシアちゃんはあの日ノ宮くんをどう思ってますの?」

 

 朱乃の問いにアーシアは私ですか?と言って少し考えた後に結論を出す。

 

「そうですね。お友達っていう感覚もしっくりきますけど兄のような人ってイメージもあります。困っていたら何気なく手を貸してくれたり。戦う時は戦う力の乏しい私とかを守れる位置に着いてくれてたり。それに白音ちゃん一筋で他の方に告白とかされた時もきっぱりと断ったり。そういうところが素敵だと思います。だから、2人が結ばれて、本当に嬉しかったです!」

 

 白音よりも熱の籠った解答をするアーシア。

 それがどれだけ2人の関係を喜ばしく思っているのかが伝わってくる。

 そんな中で小猫がポツリと呟いた。

 

「……ズルい」

 

 その呟きに皆が注目した。

 見ると、僅かに眉間に皺を寄せた小猫が不満を吐き出してくる。

 

「……姉さまが傍に居て。好きな人と結ばれて。あれだけ強い力を手にして。貴女だけそんな上手な人生を送ってるなんてズルい」

 

「ちょ、ちょっと小猫さん!」

 

 隣に居たレイヴェルが諫めるが止まらずに内心を吐き出す。

 

「……私は、そうじゃなかった。姉さまは私を置いてどこかに消えて。ずっと弱い自分を克服できなくて。好きな人だって全然――――」

 

 それは嫉妬による八つ当たりだった。

 姉が傍に居て仲良く暮らす別の自分に対する。自分では及びもつかない力を手に入れた別の自分に。

 同じはずなのにどうしてこんなにも違ったのかとという不平不満だった。

 そんな小猫を白音は駄々をこねる子供に呆れるような視線を向ける。

 

「本当に?」

 

「?」

 

「こっちの姉さまに置いて行かれたというけど、本当にそれは姉さまだけが原因だった?」

 

「……なにを」

 

 白音の方も小猫に対して苛立ちを覚えている。

 まるで自分が何の苦労も悩みもなく今の自分があるような言い方をされて怒りを覚えない訳はない。

 運が良かったと言うなら否定はしない。しかし白音とて何の痛みもなしに今日まで生きてきたわけではないのだから。

 

「姉さまに守られるだけの価値を貴女はちゃんと示せていた?自分には何の落ち度もなかったと断言できるの?それに、どっちが上だとか下だとか。そういう風に幸福や不幸の優劣を決めて、うれ――――」

 

 パシンと白音の頬が叩かれて言葉が途中で止まる。

 その後に小猫のあ、と息をするのが聞こえた。

 

「小猫!?」

 

 突然の自身の眷属が起こした暴力にリアスが諫めるがその声が届いていないようだった。

 自分の手を数秒見つめた後に小猫は顔を歪めて部屋から出て行った。

 

「……ごめんなさいね。あの子も、色々とあって」

 

「別にどうでも。まぁ、私も、昔はただ姉さまに守られてるだけでなにも出来なくて。それをいつの間にそれを当たり前だと思うようになってた。私も全然人のこと言えない」

 

 自嘲の笑みを浮かべて白音は落とした料理雑誌を拾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出た小猫は早歩きで移動していた。

 

「……違う。姉さまが私を裏切って――――」

 

 まるで全て居なくなった姉が悪いというように口の中で繰り返す呟く。

 しかし頭の片隅で思う。

 姉はずっと守ってくれたが自分はいったいどれだけのことがしてあげられていただろうと。

 居なくなった原因が自分になかったかと本当に断言できるのか?

 

 そうして歩いていると当然通っていた部屋の扉が開き、それが顔に当たった。

 

「あ?なにか当たって―――――おわっ!?」

 

 部屋の中から出て来た一樹が小猫を見てびっくりする。

 

「しろ――――塔城か!悪い、外に誰かいるとは思わなくてな!」

 

「……べつに」

 

 当たった額を押さえて不機嫌そうにしている小猫に一樹が疑問を口にする。

 

「あー。もしかして、白音になんか言われたか?」

 

「……どうして、そう思うんですか?」

 

「なんとなくな。やっぱり別の自分なんて煩わしく思うもんだろうし。喧嘩くらいするだろうってな」

 

「……」

 

 一樹の言葉に答えずそっぽ向く小猫。

 しかし代わりに質問した

 

「……どこが、良かったんですか。そっちの私の」

 

 目の前の男が別の自分のどこに惚れたのか。それが気になって訊いていた。

 それに一樹はキョトンとした表情を一瞬した後に苦笑しながら答えた。

 

「そうだな。結局俺のために色々としてくれたことかな。飯とか洗濯物を畳んでくれたりとか。そういう何気ないことの積み重ねでいつの間に好きになってたって感じだな」

 

「……」

 

「そういうの、やっぱり嬉しいだろ。だから俺もあいつに何かしてやりたくて。貰ってばかりじゃカッコ悪くて。一緒にいると1番安心するんだ。色々と理屈は付けられるけど。結局は好きだって思ったらもう駄目なんだよ、きっと」

 

 この短い会話の中でなにを思ったのか。小猫はそうですか。とだけ呟いて踵を返した。

 その前に一言だけ呟く。

 

「……貴方みたいな人に、私ももっと早く会ってみたかったです」

 

「ん、そうか?まぁ、ありがと?」

 

 曖昧な答えを返してその場は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、元の世界に帰還した一樹たちだがこちらの世界の時間がほとんど動いていないことに驚いていた。

 向こうのオカ研メンバーからは一誠の術を解除するように頼まれたが白音が首を縦に振らず、同じ存在である小猫に一任する形で決着が着いた。

 そして翌日。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、日ノ宮。なんか白音ちゃんがいつも以上に俺を避けてる気がするんだけど。なんかおれやったっけ?」

 

「兵藤。お前は俺や白音が居るからまだマシな状態なんだぞ。ちょっとは感謝しろな」

 

「なんでだよ!?訳わかんねぇこと言うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からはたぶんオリジナル章。劇場版みたいな話を書きたい。

まぁ、しばらくは別作品に集中するつもりですけど。



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90話:雨の中での再会

この作品の投稿も久しぶりな感じです。でも全然書き溜めが出来てない。

今回からオリ話です。劇場版的な。


「真の英雄は眼で殺す!」

 

「だからそれ、反則だっつってんだろうがぁああああっ!!」

 

 放たれた強力な熱線をギリギリで避けて一樹はカルナに向かって叫ぶ。

 カルナと意思の疎通が可能になってから精神世界で模擬戦を行いながら教えを乞いているのだが分かったことがある。

 

 この大英雄殿は何かを教えるのに向いていないということだ。

 基本口下手な上に問題点を指摘するより弱点を模擬戦を徹底的に衝いて気付かせる。

 そもそも一樹が不滅の刃(ブラフマーストラ)が使えたのもカルナが自分の経験と技能を精神世界の模擬戦で少しずつ強制的にトレースさせたかららしい。

 

「なんだよ、眼からビームって!!人間が使う技じゃねぇだろっ!!」

 

「ビームではない。自身の眼力を攻撃力に転化して放っているだけだ。お前も使ってみるといい。今のお前ならば形になる筈だ」

 

「ふっざけんなぁ!俺はスーパーロボットじゃねぇんだよぉおおおおおおおおっ!?」

 

 こうして一樹は夢の中でカルナの眼力に射ぬかれて消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……暇だな……」

 

「気が緩んでるね、一樹くん」

 

「今年に入ってからやたらと危ない目に遭ったからな。でも最近はわりと平和だろ?このまま、ずっとそうなってほしいもんだ」

 

 アクビを噛み殺しながら言う一樹に祐斗は苦笑しながら話題を変えた。

 

「そろそろ三者面談があるけど、一樹くんは進路考えてるのかい?やっぱり、進学?」

 

「だな。別に俺は就職でもいいんだが、周りに大学まで行ける環境なんだから出とけって。まぁせっかく大学部まであるんだしな」

 

「イッセーくんたちも進学するって言ってたし。進路はみんな一緒だね」

 

「……むしろあの3人は進学出来ると思ってるのか?主に内申点で」

 

 一誠の成績は今年に入って伸び初めているがこれまでの行動から退学にならないのが不思議なのである。

 それは祐斗も分かってるのか遠い目をする

 

「……きっと大丈夫だよ。大丈夫だと、いいなぁ」

 

 そんな話をしていると向こうから顔見知りが来る。

 それは、二年のオカルト研究部。そしてオカルト世界を最近知った友人たちだった。

 ちなみにイリナは先に教室に出てアーシアたちと合流した。

 

「あれ?日ノ宮。お前、今日は白音ちゃんの出迎えに行かなくていいのか?」

 

「あぁ。最近そのせいで周りに注目を浴びるようになったってぼやかれてな。白音に手を出しそうな奴等には牽制したし、もういいかなって」

 

「牽制って……」

 

 見も蓋とない言い方をする一樹に一誠が呆れる。

 

 そんな中で元浜が一樹に近づく。

 

「なぁ、日ノ宮。お前、白音ちゃんと恋人同士なんだよな?そんなお前に切実な頼みがあるんだ」

 

「断る」

 

「せめて内容くらい聞けよ!」

 

「喧しい!どうせろくでもない頼みだろうが!!」

 

 めげずに元浜は一樹に近づき、肩をガシッと掴んで頼む。

 

「白音ちゃんのパンツ、是非俺に売ってくれ!」

 

 元浜の頼みを聞いて周りの空気が凍る。

 一樹本人は大きく息を吐くと元浜の首根っこを掴み、窓ガラスを開けた。

 

DIE(だーい)!」

 

「まてぇえええええっ!?」

 

 窓の外に投げ飛ばそうとする一樹を一誠が止めた。

 

「気持ちは分かるが待てよ!ここ二階だぞ!最悪死んじまうだろうが!?」

 

「あ?お前ら3人ギャグキャラだから死なねぇよ。次のシーンでは何事もなくピンピンしてるんだろ、きっと」

 

「いい加減なこと言うじゃねぇよ!?」

 

 一誠が一樹の手を外させると聞こえるように舌打ちした。

 手を外された元浜は体を震わせて呟く。

 

「こいつマジ容赦ねぇ……修学旅行の時は体張って助けてくれたってのに……」

 

「あんときは藍華を助けたんだよ!お前ら2匹だったら見殺しにしてたわ!」

 

「おいちょっと待て!あの時助けてもらった感動を返せよ!っていうか匹ってなんだ匹って!?」

 

 一樹の言い分に松田が割って入る。

 

 そんな風に言い争っていると上の階から1年組が降りてきた。

 

「なにを騒いでますの?上の階まで声が聞こえましたわよ!」

 

「見て判んだろ!元浜が白音のパンツ寄越せってうるせぇからシメてたんだよ!」

 

「ちょ!?お前っ!?」

 

 あっさりばらす一樹に元浜が慌てる。

 白音はそんな元浜をゴミを見るような瞳で嫌悪感を露にする。

 

「クッ!白音ちゃんに軽蔑の眼を向けられて……!だけどそこがまたいい……!?」

 

 逆に興奮しだした元浜に周りはドン引きである。

 

「なぁ、兵藤。お前の親友は上級者過ぎないか?さすがに関わりたくないレベルなんだが」

 

「……まったくフォローできねぇ」

 

 そこで藍華が話題を変えた。

 

「アンタたちはこれから部活よね?頑張んなさい」

 

「あぁ!早く昇格して俺だけのハーレムを作るんだ!」

 

 意気込む一誠に周りの反応はそれぞれだった。

 

「くっ!イッセーは将来合法的にハーレムを作れるなんて!」

 

「呪ってやる……!俺だってロリッ娘ハーレムが作りたいのに……」

 

「ハーレムねぇ……」

 

 怨嗟を吐き出している松田、元浜と違い、一樹は何か含みのある声を出す。

 

「おいなんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」

 

「いや、まぁ……別に……なぁ?」

 

「そんな反応されたら気になるだろ!?いいから言えよ!」

 

 促されて一樹は仕方ないという風に思ったことを述べる。

 

「将来、兵藤似の子どもが出来たら苦労するんだろうなぁと思って。中坊になった辺りで覗き、盗撮、洋服破壊(ドレス・ブレイク)とかかまして。母親が何度も学校に呼び出されて心労が溜まっていくのに肝心の兵藤はのらりくらりと向き合わずに他の奥さんと乳繰りあったりして。そんなときに他の男と仲良くなったそいつが新しい恋に生きます!的な感じに離婚を突きつけられたりするんだろうなぁ、と」

 

 ピクピクと頬の筋肉を動かす一誠に一樹は肩に手を乗せた。

 

「将来、子供はみんな奥さん似だといいな。主に性格面で」

 

「ド喧しいわ!!お前、乳龍帝の時といい、そういう妄想どっから持ってくんだよ!」

 

「未来から受信されるんじゃないか?」

 

「そんな未来はねぇ!お前こそ将来DV夫になりそうな癖に!」

 

「誰がだ!確かに俺は女相手でも手が出るけどなぁ!脅威か敵認定してない相手にまで手を上げたことはねぇよ!」

 

「偉そうに言うことじゃねぇだろうがっ!?」

 

 互いに胸蔵を掴んで罵り合う2人。それを見た藍華が呆れて質問した。

 

「あの2人っていつもあんなんなの?」

 

「えーと、まぁ……」

 

「うわー。グレモリー先輩の苦労が偲ばれるわぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。今日の宿題終わりっと」

 

「ここは勉強部屋ではないのだけれど……」

 

「だって私たちやることないですし……」

 

 一樹、イリナ、白音は今日出された宿題を終えてノートを閉じるとリアスがジト目を向けてきた。

 それにイリナがバツが悪そうに笑って答える。

 基本悪魔業のない3人はここに居てもやることがないのだ。

 最初は一誠たち新人悪魔のフォローにも回っていたが今はその必要はない。

 精々旧校舎の掃除くらいだ。

 そこで一樹は気になって質問する。

 

「そう言えばさっき祐斗と進路の話になったんですけど2人はやっぱり大学部に?」

 

「えぇ。もちろんよ。実家からも大学卒業まで好きにしろと言質は取ってあるし。気ままにキャンパスライフを満喫するつもりよ。貴方たちも大学部に来るのでしょう?」

 

「はい、まぁ。行ける環境なら行っておいて損はないので。まだ1年以上先ですが」

 

 進路のことを話しているとずっと窓を見ている白音にイリナが話しかける。

 

「どうしたの、白音ちゃん?」

 

「雲行きが怪しいです。夜に雨が降るかも……」

 

「マジか?傘持ってきてねぇんだけどなぁ」

 

 困ったように頭を掻く一樹にリアスが笑う。

 

「傘なら旧校舎に何本か置いてあるから、好きに持って行っていいわよ」

 

「あ、どもっす」

 

 なんでもない日常の会話。

 これまでの目まぐるしさが嘘のように穏やかな時間。

 

 その尊い時間にヒビが入れるモノはすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の悪魔業を終えて戻ってきた一誠たち。

 仕事内容の報告を終えて帰ろうとした矢先に白音の表情が強張った。

 

「どうしました?白音ちゃん」

 

「この学園に何かが入ってきました。少なくとも人間(ひと)じゃありません」

 

 先程の予告通り雨が降り始めた空を見て白音が呟くと部員全員の表情が強張る。

 

「どれくらいの規模か分かる?」

 

「おそらくひとりです。ですがこれは――――」

 

「どうしたの?」

 

「血の匂いがします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園内を白音の案内の元、その匂いを辿っていた。

 なぜか校門から少し中に入ったあとにほとんど動いていないらしい。

 そして、問題の人物を見て一誠たちは驚きの表情をした。

 

 倒れていたのは小さな子供だった。

 

 所々が切られた巫女服に金髪の髪。

 頭に動物の耳が生やされた、尻の部分にはふさふさの尻尾が見える。

 

 知っている。一誠たちは倒れている少女を知っていた。

 

 本来なら後ろに結わえられた髪は下ろされて痛みと寒さに堪えるように身を縮めているその少女を。

 

「九重?」

 

 一誠がその名を呟く。京都への修学旅行で知り合った狐の妖怪。御大将の娘である九重が倒れていた。

 

 

 平穏な時間は終わり、嵐が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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91話:救援要請

「母上!?」

 

「そう騒ぐでない、九重。お主も妾の娘ならばどっしりと構えておれ」

 

「し、しかし!?」

 

 不安そうにしているしている娘に京都の妖怪たちを束ねる八坂は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「しかし、こちらが不利なのも事実じゃのう。だから九重。済まぬがお主はこれを届けてくれ」

 

 八坂は九重に文を渡した。

 

「これは?」

 

「救援を要請する文じゃ。それを持ってお主は赤龍帝への救援を頼んでくれ。独りで心細いじゃろうが、頼めるか?」

 

 かつて自分たちを。京都を救ってくれた彼らなら、今回もきっと助けてくれるだろうという八坂。

 それに九重は涙を呑んで頷く。

 

「はい!必ずや赤龍帝を連れてまいります!」

 

「善い子じゃ。近くまで、妾の術で跳ばす。後は頼んだぞ?」

 

 そうして、異変の起きた京都から九重は駒王町付近まで跳ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってんだよ……」

 

 一誠の呟きに誰も答えることが出来ないでいた。

 傷を負っていた九重の身体はアーシアが既に治癒し、所々切られていた巫女服は着替えさせられていた。

 

 事情が分からずに混乱する中でアザゼルが入ってきた。

 

「どうやら、裏京都のほうで内乱が勃発したらしい。今、向こうに居る部下から連絡があった」

 

「内乱!?」

 

 一誠の驚きにアザゼルが頭を掻く。

 

「修学旅行の時に八雲側に就いた妖怪たちの捕え損ねた奴らが京都の霊脈を陣取ったそうだ。スピード的に制圧して閉じ籠っちまって今、裏京都の様子は向こうの部下たちには分からんようだ」

 

 説明するアザゼルに一樹が祐斗に小声で質問する。

 

(八雲って誰?)

 

(八坂の姫の弟さんで修学旅行の時に英雄派側に就いた人。詳しいことは後でね)

 

「な、なら早く京都まで助けに行かないと!?」

 

 立ち上がる一誠をリアスが制止しようとするが、その前に九重が身動ぎして、目を開いた。

 

「ん……」

 

「目が覚めましたか?」

 

 数回の瞬きを繰り返して意識をはっきりさせた九重にアーシアが優しい声音で問いかけた。

 それにガバッと上半身を起き上がらせると周りを見渡し、目的の人物を発見すると目尻に涙が浮かんだ。

 

「せき、龍帝……」

 

「九重、大丈夫か?いったい京都で何がっ!?」

 

 言葉を言いきる前に涙を流した九重が一誠に力いっぱい抱きついた。

 

「うう、うっ!」

 

 泣き続ける九重が落ち着くまで一誠は仕方なくその頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き止んだ九重が思い出すようにポツリポツリと話始めた。

 

「お主等が京都で何母上を助けてくれたくれてから禍の団が乱した霊脈を修復を時間をかけて行っていた」

 

「すぐに戻せなかったのか?」

 

「あそこまで力の流れを弄られると急激に元に戻せば京都の表も裏も悪影響を及ぼすため、時間をかけると母上は仰っていた。だが先日、八雲叔父と共に反旗を翻していた妖怪たち。その残党が再び強襲してきたのだ」

 

 握り拳を震わせて九重が堪えるように続ける。

 

「霊脈の流れを整えぬ間に襲われて母上たちは防戦一方。追い詰められた際に私をこの付近まで跳ばしてくれた」

 

 小さな身体を震わせる九重。

 きっと母や同胞たちが心配なのだろう。

 

「それで、母上から、赤龍帝たちに救援の文を」

 

「これのことかしら?」

 

 リアスは九重の服を脱がした時に見つけた手紙を見せる。自分たちが読んで良いのか判らなかったためにテーブルに置いておいたのだ。

 

 読んでも?とリアスが訊くと九重がコクンと頷いた。

 許可を貰って文を読むとリアスの目が細める。

 リアスの表情に気づかぬまま九重の懇願が続く。

 

「もう私たちにはそなたらしか頼れる宛がないのだ!頼む!母上たちを助けてくれ!!」

 

 頭を下げて必死で懇願する九重。

 それに応えるように一誠が頭に手を乗せる

 

「あぁ、任せろ!京都では世話になったし、悪魔陣営(うち)とは同盟関係なんだ!必ず助けてやるぜ!そうですよね、部長!」

 

「……」

 

「部長?」

 

 真剣な顔で手紙を読み終えたリアスが優しい声で九重に告げる。

 

「とにかくこの事は上に報告しておくわ。九重さん。こちらも色々と準備があるから。とにかく今は休んで。ね?アーシア隣の部屋に案内して」

 

「はい」

 

「あ、あぁ。感謝する」

 

 九重を連れて部室を出るアーシアを見送ってからリアスは大きく息を吐いた。

 それに一誠が困惑して質問する。

 

「あ、あの部長。どうしてすぐに京都に向かわないんですか?なんか乗り気じゃないっていうか。その手紙に救援の要請があったんでしょう?なら早くいかないと……」

 

「これは救援を要請する手紙ではないわ」

 

「え!?」

 

「簡単に言えば、京都の騒動は自分たちで何とかするから、それまで娘を預かって欲しいという手紙よ。京都の長、というより母親としてのお願いかしら。どっちにしろ、私たちは簡単に動くことは出来ないけど」

 

「な、何でですか!?」

 

 一誠の驚きにリアスは困ったように眉を動かして答える。

 

「はっきり言って勝手に京都に救援に行くなんて私の権限を越えてるのよ。先ずはソーナを通してレヴィアタンさまに報告ね。それから指示を仰がないと。それから冥界から戦力を派遣するのかそれとも私たちが出向くかは分からないけど、今日明日でとはいかないでしょうね。そもそも向こうが助けを求めてないのだから動くかどうかも微妙だけど」

 

 あくまでも京妖怪の内部問題。

 似たような事件でディオドラ・アスタロトの時に行った各神話勢力と協力して禍の団を一網打尽にしようとしたことはあるが、あれとてリアスの与り知れぬところで相当な交渉と対価の支払いがあった筈だ。

 リアスたちは決して正義の味方ではない。

 三大勢力。そして冥界の悪魔陣営に所属する以上、意向も聞かずに京の長の娘ひとり来てはい、行きますという訳にはいかないのだ。

 最悪、京都から戻ってきたら自陣営から何を言われるか。

 

 説明を聞いて一誠が納得いかないとばかりに声を上げる。

 

「じゃあ、京都の妖怪たちはどうするんですか!?ヤバい状況だから九重ひとりでここまで来ることになったのに!?」

 

「事態の収束の静観。もしくは上の対応を待つしかないわね」

 

「ま、それがベターだな」

 

 リアスの決断にアザゼルも同意した。

 

「そんな!それじゃあなんの為の同盟ですか!」

 

「少なくともこっちが一方的に搾取されるために結んだわけじゃねぇさ。一樹、お前さんの意見は?」

 

 部室内の者たちが一斉に一樹を見る。

 京都の事件の際に色々と思うところのあるだろう一樹は今回の件をどう思うのか。

 誰もが行きたくないと言うのだと思っていたが、返ってきた答えは思ったより肯定的だった。

 

「まぁ、行くってんなら付き合いますよ。俺は部長や先生の判断に従います」

 

 要は成り行きに任せるということだ。

 

「いいの?京都の妖怪たちに悪印象持ってるんじゃない、貴方」

 

「別に。あの無脳ドラゴンに捕まったのは俺が勝手な行動をしたのも原因ですし。自分から率先して助けたいとも思いませんが、みんなが行くなら行ってもいいかなって感じですね」

 

 一樹の言い分を聞いて白音が質問する。

 

「……本音は?」

 

「もう勝手な行動して殴られんのイヤなんだよ……」

 

「一気に情けなくなったね」

 

 一樹の本音に祐斗が苦笑する。

 そんな中で一誠が苦い表情でリアスに訊く。

 

「本当に、京都へ行けないんですか?」

 

「行けない、とは言ってないわ。ただ、どう動くにしろ時間がかかるのよ。さっきも言ったけど、この件は私の判断で動ける権限を越えているの」

 

「俺たちの方でも情報を集めておく。だから一誠。お前も早まった行動はするな」

 

 アザゼルに釘を刺され、とにかくその場はお開きになった。念のために今日は全員兵藤家に泊まることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜。複数の妖怪たちが兵藤邸へと侵入していた。

 

「私の糸がお嬢さまの位置を正確に捉えている。探し出しすぐに桜鬼さまの下へお連れしろ!住民は殺しても構わん!」

 

 広大な庭で女妖怪が指示を出すと部下である妖怪たちが首を縦に振り、兵藤邸の中を捜索しようとする。

 そこで、声がかかった。

 

「おい。人の家の中で物騒なこと言ってんじゃねぇよ」

 

 妖怪のひとりの肩に手が置かれる。手を置かれた妖怪が振り向くとそこにはこの家のひとり息子である兵藤一誠が居た。

 一誠は問答無用に妖怪の顔を殴りつけて気絶させる。

 そしてもちろんその場にいるのは一誠だけではなかった。

 

「まったく。もう夜は遅いんだ。やってくるならもう少し時間を選ぶべきだ」

 

 ゼノヴィアに続いてオカ研部員たちが次々と妖怪たちを気絶させる。

 そして最後に一樹が女妖怪の腕を掴む。

 

「こっちは眠いってのに。バカみたいに騒ぐんじゃねぇよ!」

 

 顔に一発入れて殴り倒した。

 それに一誠が抗議する。

 

「お前女の人に……!」

 

「馬鹿か。こいつら不法侵入者だろ。第一、こいつらどう見ても真っ当なやつらじゃないっての!」

 

 一樹と入れ替わりリアスが前に出た。

 

「それで?今日はどのような用件かしら?訪問にしては遅すぎるのではなくて?それもそんなに殺気を撒き散らして」

 

「何故我らの襲撃を察した」

 

「いや、バレバレだったわよ?」

 

 黒歌が弄っている白い糸を見せる。

 

「妖気で作られた糸。隠蔽されてたけどこれくらい見つけるのは朝飯前ね。それにこれおかげで貴方がなんの妖怪かも知れたわ。本性出してみたら?」

 

 弄っていた糸を捨てて鼻で笑う。

 一緒にこの場に現れていた九重がアーシアの服を掴んだ。

 一樹が指を鳴らして女妖怪の肩を掴んだ。

 

「とにかく、これ以上痛い目見たくなけりゃ、目的を吐けな。言っておくが、手心加えてもらえると思うなよ?」

 

 どっちが悪者か分からない台詞を吐く一樹に一誠が待ったをかける。

 

「待て待て待て!か弱い女の人になんてことしようとしてんだ!?」

 

「俺の基準でこの場に”か弱い女”なんていねぇよ。部長たちを見てみろ。滅びの魔力やら破壊力抜群の聖剣やら。アーシアですら最近毒魔法とかその他色々と習得してるしな。そこら辺の銃刀法違反者なんて目じゃない危険者ぶりだろ。女だからって無条件に”か弱い”が成立すると思ったら大間違いなんだよ!」

 

 親指でオカ研部員を指さして説明する。

 彼女たちの頭の中でピキッと何かがひび割れた。

 女性陣が一様に怖い笑みを浮かべて一樹を見る。

 

「ふふ。ここまで正面切って喧嘩を売られたのは久しぶりだわ」

 

「あらあらうふふ。これはは少々お仕置きが必要ですわね」

 

「……言いたいことは理解するが、そうまではっきり言われるとムッと来るな」

 

「一樹くん、後でじっくりと話をしましょうね?」

 

 じりじりと寄ってくる女性メンバーに一樹は目を細めた。

 

「おい。なんでアーシアまで睨んでんだよ。なんで白音が親指を下に向けてんだよ。姉さんも腹抱えてないでフォローしろよ!」

 

 ここまで明け透けに本音を言うのが彼がオカ研のメンバーに心を許している証拠だが今回はさすがに配慮が足りなかった。

 少しばかり意識を女妖怪から外すとその腕から白い糸の束が放たれた。

 

「おっと!?」

 

 一番近くに居た一樹が後方に下がって躱す。

 女妖怪がぶつぶつと呟き始めた。

 

「……この私が、こんな餓鬼どもにあっさりと。桜鬼さまになんて報告すれば。決まっているわ!自らの失敗は自らの手で雪ぐ!」

 

 叫びと共に女の体からメキメキと音が鳴り背中から蜘蛛の足が生えてきた。

 女の姿は擬態だったのか、既に人型を捨ててその姿は巨大な蜘蛛へと姿を変える。

 

「やっぱり蜘蛛の妖怪だったわね。というか、漫画とかですぐやられ役みたいな演出~」

 

『ほざけ!!』

 

 蜘蛛の足が遅い、一同は各自散開して避けた。

 

 どう動こうかそれぞれが考えていると大蜘蛛は地面に伏している仲間の妖怪たちの体に足を突き刺し、自らの口で食らった。

 そのあまりの光景に九重が小さく悲鳴を上げ、アーシアが手で覆って視界を妨げる。しかしその悲鳴までは防げない。

 

「蜘蛛ってもっと綺麗に食事するんじゃありませんでしたっけ?」

 

「あのサイズだしねぇ。それに仲間を食べて妖力アップ。趣味が悪いわ」

 

「男を喰らう。まさに蜘蛛女ね」

 

 リアスの呟きに一同の顔が引き締まる。

 

『その小娘を庇うのであれば貴様らも喰らうてやろう!!』

 

 足が動き、口から糸の束が吐き出される。

 その巨体と妖力。

 ここが並の悪魔の住処なら成す術もなく喰われていただろう。

 しかしここに居るのは誰も彼も並の実力者ではなかった。

 吐き出された蜘蛛の糸はがアーシアと九重を狙い、それを一樹が炎で燃やす。

 

「なっ!?」

 

 驚くのも束の間。オカ研の剣士3人がそれぞれ高速で移動し、その脚を次々と切り落としていった。

 

 そして最後にリアスが手の平に集めた滅びの魔力を向ける。

 

「平然と粗相をするお客様に、遠慮はいらないわよね?」

 

 放たれた黒い魔力。

 手加減はしてあったのか、即死せずに息遣いが聞こえた。

 

「さて。何が目的か教えてもらいましょうか」

 

 脚を切り落とされた蜘蛛の表情は分からないが、悔しそうな声が響く。

 

「くそっ!桜鬼さまからの命、お前たちのような、餓鬼に……」

 

 忌々しげに聞こえる声。

 これから情報を得るために殺さず、アーシアの治療を施されていた。

 しかしそこで蜘蛛の妖怪が全てを諦めたかのように呟く

 

「申し訳ありません、我が主。どうやら私はここまでのようです……」

 

「まさか!?2人とも退がりなさい!!」

 

 黒歌がが叫ぶと蜘蛛妖怪の体内を妖力が膨張を始めた。

 その妖力が爆発し、リアスとアーシアを襲う。

 

「部長!?アーシア!?」

 

 一誠が叫ぶ。

 今の爆発でどうなったのか、焦っている一誠たち。しかし、意外なところから声が聞こえた。

 

「大丈夫よ、イッセー」

 

 声の方へと振り返るとリアスを抱えた祐斗が爆発よりまえに離れさせていた。アーシアは白音が抱えている。

 

「まさか自爆するなんて……」

 

「敵の親玉のカリスマ性か?まぁなんにせよこれで京都行の言い訳になったな」

 

「え!?」

 

 アザゼルの言葉に周りが目を点にする。

 

「こっちに攻め込んできたんだ。京都を制圧した奴らを仮想敵として調査する名目が立った。まだ色々と問題はあるが、口裏はこっちで合わせる。行くんなら、行くぞ、京都」

 

「せ、先生っ!?」

 

「かたじけない、総督殿!」

 

 その言葉に一誠と九重が大喜びした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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92話:京都、再び

「まさか、こんなに早くまた京都に来るなんてな。つーか俺、出席日数足りるよな?」

 

「心配するのそれかよ!?」

 

 到着した京都町並みを眺めながら不安を口にする一樹に一誠がツッコミを入れる。

 

「仕方ねぇだろ!今年に入って休むことが増えちまったんだから!しかも1回あのオーフィス(バカ)に拉致られるし!正直進級出来るか不安なんだよ!」

 

 ライザーとのレーティングゲームの時の合宿に始まり、休みが多かった為に一樹の最近悩みは出席日数だったりする。

 そんな彼氏に白音が微笑を浮かべて話しかける。

 

「来年から同学年……」

 

「おい。そのちょっと嬉しそうな顔やめろ。しないからな?留年なんてしないからな!」

 

 彼女と同学年は確かに魅力的だが1年多く高校生をやる気はないらしい。

 そんな一樹にリアスが苦笑して話す。

 

「一応、今回は校外学習って形を取ってるから、大丈夫な筈よ。あとでレポート提出は必要だけど」

 

 その言葉に一樹が感動したように手を組む。

 

「部長……俺からの好感度がグンと上がりましたよ……!」

 

「ありがとう。私からの好感度は下がりそうなのだけれど」

 

 そんなバカなやり取りをしていると別行動を取っていたアザゼルが戻ってきた。

 

「京都に残っていた部下からの報告だと、表の京都の方は大きな騒ぎがないらしいんだが。ここ数日で突然倒れて病院に搬送される人間が増えてるらしい」

 

「裏京都が制圧されたことと関係が?」

 

「たぶんな。裏京都の方は今までは話し合いで使ってた出入り口が塞がれてて進入出来なくて大したことは分かっていないそうだ。さて、どうしたもんか」

 

 アザゼルが頭を掻いて困ったような表情をしていると、いつの間にか菓子を買っていた黒歌が提案する。

 

「とにかく、先ずはその出入り口を調べてみる?案外、簡単に入れるかもしれないし」

 

「そうだな。じゃあとりあえずは――――」

 

 そこでアザゼルが言葉を切った。

 町中であるにも突如現れたその妖怪に気付いたから。

 武士のような格好をしたそのパッと見て高校生くらいの少年。人間とさほど変わらない見た目だが額に突き出た2本の小さな角が彼が人間ではないと語っていた。

 認識阻害の術でも使っているのか、一般の人たちは誰も彼に注目していない。

 

「ようこそ、私たちの京都へ。そしてよくお戻りになられました。九重お嬢さま」

 

 挑発するように私たち、と強調する彼に九重が一誠の裾を掴みながら睨み付ける。その様子に彼が敵側の妖怪であることを察してアザゼルが前に出る。

 

「お前が今回反乱した妖怪か?」

 

「貴鬼、と申します。父である桜鬼の命を受けて九重お嬢さまをお迎えに上がりました」

 

「母上たちはどうした!」

 

 精一杯の強気な態度で問う九重に貴鬼は流すように答える。

 

「もちろん、無事でございますよ。彼らは今も父が説得しておいででしょう」

 

「……貴方たちの目的はなんなのかしら?八坂の姫に反旗を翻して、どうするつもり?」

 

 リアスの質問に貴鬼はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「さぁ?父の最終的な目的は私にも図りかねます。私はただ、父に付き従うだけですので」

 

「……」

 

 受け流すような物言いにリアスは眉を顰める。

 

「来る、と言うならば来て下さい。八雲さまを殺した貴殿方のお越しを父はお待ちしていますよ」

 

 それだけいうとボンッと煙となり、1枚の紙へと変化した。

 

「式紙ですわ。遠くから私たちと会話しているのでしょう」

 

 朱乃が紙を拾って説明する。

 アザゼルが肩を竦める。

 

「京都に入った時点で気付かれてるとは思ったが……さて」

 

「とにかく、先ずはどこかの宿泊施設に泊まりましょう。そこで作戦会議よ」

 

 リアスの指示にはい!と周りが返事を返す。そこで九重が一誠の袖を引っ張った。

 

「どうした、九重?」

 

「その……赤龍帝。あの炎使いの男、信用できるのか?」

 

 一樹を指さす。

 

「どうしてだ?あの蜘蛛の妖怪のときも守ってくれただろ?」

 

 なぜ今そんなことを訊くのか疑問に思っていると九重がだって、と言葉を紡ぐ。

 

「しかし、禍の団に母上が誘拐された時にひとりだけ怖れをなして逃げたと爺たちが言っていたぞ!」

 

 九重の言葉に聞いていた全員の目が点になる。

 もちろん、一樹の耳にも届いていた。

 

「京都の妖怪たちはそんなこと言ってたのか!」

 

 一誠が焦って一樹を見る。

 おそらく子供だからこそ嘘を言っていたのだろうが、この場でその発言を知るのはマズイ。

 

 それに一樹が振り向いて九重に話しかける。

 

「あの時は悪かったよ。でも俺もお前の母親助けるより大事な用事があったんだ」

 

「なっ!?」

 

「お前、そんな言い方!?」

 

「うっせ。まぁとにかく、今回は余程のことがない限りそっちに付き合ってやるから大丈夫だ」

 

 仲良くする気がないのかと疑いたくなる態度。そんな中で白音がポツリと呟いた。

 

「もう、京都の妖怪なんて見捨てて良いんじゃないかな」

 

「そう言わないの。京都に恩を売っておくのは悪いことじゃないしね」

 

 白音の頭を撫でて窘める黒歌。

 そんなやり取りをしながら一行は宿へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どんな感じだ?黒歌」

 

「反乱から逃げた妖怪たちの話やグリゴリ(うち)の情報から、色々と解ったわ。とりあえず地図ね」

 

 調査を終えた黒歌が内部の大まかな地図をテーブルに広げる。

 

「敵の根城になってる本拠地の城を中心に東西南北の大きな建物があったわね。その4つの建物が、霊脈から力を吸いあげてるみたいよ。問題は、表側の一般人からも生命力を吸い上げて集めてることかしら」

 

「つまり、朝に言っていた病院に搬送されてる人たちは……」

 

「その影響と考えられるわ。今は倒れるだけで済んでるけど、いずれは死者も出るでしょうね」

 

 黒歌の説明に数名が息を呑む。

 そんな中でアザゼルが質問した。

 

「裏京都への侵入方法は?」

 

「あぁ。そっちは問題なしよ。向こうが私たちを歓迎してくれてるみたいで、裏京都に入るだけなら問題ないわ。でも、中心の城に侵入するには囲ってる4つの建物の中にある力を吸いあげてる何かを破壊する必要があるわね。そうしないと本丸の結界が破れないわ」

 

「なにかって?」

 

「さぁ?鏡か宝玉か。とにかく力が集まってる物品を破壊すれ破壊すればと思うんだけど。もしかしたら建物を守ってる妖怪とかかも」

 

 説明を終える黒歌。

 それに一誠が呟く。

 

「でも、本拠地に行くために面倒な条件を熟さなきゃいけないなんて漫画やゲームみたいですね」

 

 一誠に言葉にアザゼルが苦笑する。

 

「まぁな。だが、それらと違ってわざわざ1つ1つ順々に壊していく必要はないわけだ。なんせこれだけの人数がいるんだ。分担して攻略するぞ」

 

「チームの編成は?」

 

「中に入るのはリアス・朱乃・黒歌・一誠・一樹・白音・アーシア・ゼノヴィア・イリナ・木場・ギャスパー・ロスヴァイセの12人だな。俺とレイヴェル。それに九重は留守番だな」

 

 正直レイヴェルと九重はこの面子の戦闘力について行けないのだ。

 しかし一誠が疑問に思う。

 

「先生も、ですか?」

 

「俺は、この件が終わった後に周りにせっつかれないように色々と根回しさ。かなり無茶な強硬してるからな。色々と口裏合わせの状況説明者は必要だろ」

 

「なるほど」

 

「ふむ。それで、肝心の編成は?」

 

 ゼノヴィアの質問にリアスが悩んでいるとアザゼルがいつの間にか用意したのか箱を差し出す。

 

「いっそのこと。クジで決めちまうか?」

 

「適当過ぎませんか?」

 

 祐斗の苦言にアザゼルが肩を竦めた。

 

「この面子なら、どういう組み合わせでもなんとかなると思うぞ。それに本丸に攻め込む前の段階で失敗するなら敵の大将を倒すしてこの騒動を収めるなんて無理だろ。中の情報が少なすぎて判断材料もないしな」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 困った顔をするイリナ。そこで皆の視線がリアスに集まる。

 

「どちらにせよ。早めに決めた方が良いのは事実ね。余程変なチームにならない限り、これで決めましょう」

 

 そう締め括ったリアスの言葉で結局くじ引きで決めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 北【一樹・祐斗・ギャスパー】

 

 西【リアス・アーシア・白音】

 

 東【イリナ・ゼノヴィア・ロスヴァイセ】

 

 南【一誠・黒歌・朱乃】

 

 

 

 

 

 

「それなりにバランスよく別れましたね」

 

 ホッと胸を撫で下ろす祐斗。

 

「よっしゃ!黒髪のお姉さま2人とチームだ!」

 

 編成に小さくガッツポーズをする一誠。朱乃も一誠と一緒に慣れて嬉しそうだ。

 

 この編成結果に大人しくしている一樹に不思議に思い、イリナが声をかけた。

 

「一樹くん。イッセーくんと黒歌さんが一緒のチームだけどいつもみたいに何か言わないの?」

 

「なんでだよ。兵藤の戦闘力は信用してるし。そう滅多なことにはならないと思うけどな。変なことさえしなけりゃ文句はねぇよ」

 

『!?』

 

 その言葉に全員が耳を疑った。

 普段一誠を罵倒してばかりの一樹が曲がりなりにも褒めるような言動をしたことが信じられないと言った表情だ。

 

「お、おう!もちろんだぜ!朱乃さんと黒歌さんの2人は俺が必ず守る!!」

 

「あらあら。頼もしいですわ」

 

 ガッツポーズをする一誠。

 だが、それとは別に頭の中でエロい妄想をするのも兵藤一誠という少年でもある。

 

(それでも美人お姉さん2人と一緒に行動。自分から何かする気はもちろんないけど、ちょっとの身体の接触くらいは期待していいよな!おっぱいとか!!)

 

 などと考えているがそれは周りに筒抜けだった。

 

「卑猥な顔……なに考えてるんだか」

 

 呆れるように呟く白音。

 そして念を押すために一樹は一誠の忠告する。

 

「一応忠告しとくが、もし姉さんにふざけたことしたら、俺は容赦なくお前をブタ箱に叩き込むからな?」

 

「なんで俺がなにかやらかす前提なんだよ!?」

 

「今までの自分を行いを振り返ってみろ。いいか!繰り返すが姉さんにセクハラの1つでもしてみろぉ!?俺はお前がこれまで学園でやって来た犯罪行為を全て警察に暴露して、お前の親友2匹共々町を歩けないようにしてやるからなぁ!!」

 

 一誠の胸板を指でトントンと突きながらした宣言に一誠が感情を爆発させる。

 

「ちょっと褒めたと思ったらコレかよ!?このロリコンシスコン野郎がぁ!!」

 

「ロリ……?」

 

 一誠の言葉に白音が眉を動かす。

 

「誰がロリコンだ、この変態がっ!?大体な、例え俺がロリコンでも、性犯罪者の社会不適合者のお前よりは何倍マシだろうが!!」

 

(シスコンは否定しないんだ……)

 

「日ノ宮、お前ホント最近俺に対して塩対応過ぎんぞっ!お前の御先祖様は施しの英雄とか呼ばれるくらい出来た英雄(ひと)だったんだろぉ!!ちょっとはその寛大さを見習おうとは思わなねぇのかっ!!」

 

「ざけんな!何千年前の御先祖がどうだろうと俺は俺だ!そもそもお前の変態行為は見逃して良い理由になんねぇだろ!!大体見習うって話だったらな!あんなデキた両親に育てられて、どうしたらお前みたいな育ち方すんだよ!テメェは誰の背中を見て育ってきた!!この脳味噌まで◯◯◯の形をして産まれてきた異常性欲者がっ!!」

 

「ブッ飛ばすぞ、ゴラァ!?」

 

 鬱憤を全てぶちまけると言わんばかりのマシンガントークに一誠が半泣きで首を絞めにかかる。

 

 罵り合いを始める2人。

 そこでアザゼルがニヤニヤと黒歌に話しかける。

 

「愛されてるなぁ、黒歌」

 

「最近、あの子の愛が重いんだけどね」

 

 遠い目をする黒歌。

 未だ言い合いを止めない2人にリアスがゲンコツを落とした。

 

「くだらないことで体力を使わないでもらえるかしら?今回、フェニックスの涙もないのだからこんなことで手を上げさせないでくれる?」

 

 ため息を吐くリアスに白音がフェニックスの涙と呟く。

 

「ねぇ、レイヴェル。今からちょっと泣かして良い?」

 

「……言いたいことは分かりますが、意味ありませんからね?アイテムとしてのフェニックスの涙はそんな簡単に出来る代物ではございませんから」

 

「そうなのか?」

 

「はい。涙をただ収めて終わりなら、京都に来る前に用意しています。アレには専用の杯と儀式。そして何より無感情の涙が必要なのです」

 

「まぁ、簡単に作れたとして、レイヴェルが勝手に用意したらしたでフェニックス家から抗議されそうな気がするがな」

 

 レイヴェルの答えにアザゼルが苦笑して補足する。

 なにせフェニックスの涙は昨今のテロリストたちのせいで需要がうなぎ上りだ。そんな中で友人だからと勝手に用意したら、それこそフェニックス家から大バッシングだろう。

 

 そこで九重がおずおずと申し出る。

 

「わ、私も一緒に行く!母上たちを助けに――――」

 

「ダメだ。邪魔になる」

 

 その申し出をアザゼルがバッサリと切った。

 

「邪魔はせぬ!」

 

「一緒に中に突入すること自体が邪魔だ。はっきり言ってお前は戦力にならねぇし、向こうもお前を使って何か企んでる可能性も出て来た。俺やレイヴェルと一緒に居てもらう」

 

「しかし!?」

 

 九重からしたら救援を頼んでおいて自分だけのうのうと結果を待っていることなど出来ないのだろう。しかしこの場ではその心意気は足を引っ張る結果にしかなりかねない。

 

「九重さん。大丈夫。九尾の長や囚われている妖怪たちは必ず助け出すわ。だから貴女はここで待っていてちょうだい。ね?」

 

 リアスにそう言われてしまえば口を紡ぐしかない。

 一度息を吐いてリアスが締め括った。

 

「中にある4つの屋敷を情報収集しながら攻略。終わったら本丸の前で合流よ!それから救出組と首謀者の捕縛組に別れて行動しましょう。もしかしたら他にもやるべきことが増えるかもしれないけど。いいわね!!」

 

『はい』

 

 

 

 戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八坂は目の前の鬼を睨み付けていた。

 たが本人は涼しい表情で笑っている。

 

 厳つい顔に似合う獰猛な笑みで八坂に話しかけた。

 

「貴様の娘は、以前世話になった悪魔たちを連れて京都に戻ってきたぞ」

 

 鬼の言葉に八坂の肩が僅かに跳ねた。

 

「逃げた娘のところに下っぱを遣わせた甲斐があったというもの。奴らまんまと此方に出向いてきた」

 

「……御主は、妾を。そしてこの京都を手中に収め、何をするつもりか!もしや八雲の仇討ちなどと言う訳でもあるまい!」

 

 八坂は目の前の鬼が自ら手にかけた弟と友だったことを知っていた。しかし、同時にこの鬼が復讐などと言い出さないことも知っていた。少なくともそれだけで動く男ではないと。

 鬼は八坂の顎に触れた。

 

「美しいな、お前は。昔と変わらずに」

 

「……」

 

 質問に答えずにふざけたことを言う鬼に八坂は更に目をきつく細める。

 それに鼻を鳴らすと、回答を口にする。

 

「俺がこの地を収めるのはただの手始めだ。この地は長くお前たち九尾によって治められていたからな。その影響で、本当の意味で霊脈を手にするには性質に馴染んだお前たちの存在が必要だ。貴様がこちらの指示を聞かんなら、その娘を使えば良いだけだ。それが終われば、先ずこの地に蔓延る余計なモノを全て駆除する。それからは――――」

 

 鬼の口から語られるあまりにも馬鹿馬鹿しい目的。

 それを聞いた八坂は唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一樹の一誠に対する鬱憤。

兵藤母「あら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

一樹「ハハ……どうもっす。(変態行為に走る息子さんを毎度ぶん殴っててすみません。ホントすんません!)」

さすがに両親とかの前だと罪悪感とかがチクチクと。


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93-1話:北組

 南の屋敷に到着した3人。

 一樹が指を鳴らし、祐斗が魔剣を創造。ギャスパーが怖がりながらもしっかりとした表情で屋敷を見る。

 そこで一樹が思いついたように提案した。

 

「なにか破壊すればいいんなら、ここで俺がブラマーストラで屋敷を燃やしてぶっ壊すのはどうだろうか?」

 

「い、いきなり恐いことを真顔で言わないでぅださいぃいイイイイイッ!?」

 

 一樹の提案にギャスパーが声を上げる。

 祐斗もダメだよ、とダメ出しした。

 

「気持ちは分かるけど抑えて。もしここに京都の妖怪たちが捕らえられてたら大問題だから」

 

「ダメかぁ。良い案だと思ったんだけどなぁ……」

 

 ガリガリと頭を掻く一樹。そこでそれにしても、と祐斗が疑問に思った。

 

「京都の妖怪の人たちが一樹くんのことで九重さんに変なこと教えてたみたいだけど、怒ってないの?」

 

 祐斗自身、そのことで京都の妖怪たちに対して思うところがある。友人を馬鹿にされるような言い分も含めてた。

 しかし返ってきたのは意外な返答だった。

 

「どうでもいい赤の他人の悪口だしなぁ。別に。それに父さんと母さんの葬式んときはもっとひどいことを真正面から言われたし」

 

「葬式?」

 

「あぁ。厄介者だけ残して死んだだの。遺産は欲しいけど子供(おれ)はいらないだの。終いには、俺も一緒に死んだら良かったのにとかな。他にも色々と。これは、両親が駆け落ち同然に一緒になったことも原因なんだが……」

 

「い、一樹先輩も苦労したんですね」

 

「まぁ、それで最終的にあの2人に出会えたんだ。そう悪いことばかりじゃないさ。それにな」

 

「?」

 

「そこまで扱き下ろした餓鬼に助けられるのはどんな気分か京都の妖怪たちに後で聞いて見たいだろ?」

 

「性格悪いですぅ!?」

 

 ギャスパーの引き攣りに一樹は意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。

 

「じゃあ、さっさとやることやって帰るぞ。俺は長々と休むわけにもいかないしな」

 

「そうだね。それはそうと気付いてるかい、2人とも」

 

「向こうはお待ちかねだな。ギャスパー。大半の敵は俺と祐斗でなんとかするから。お前は蝙蝠の姿で神器を使いながらやられないように立ち回れ」

 

「は、はいぃ!」

 

 ギャスパーの返事を合図に一樹が門を開けた。すると中から大量の鬼たちが待ち構えている。

 

「とっとと片付けるぞ!」

 

 感じられる力はそれほど強くない。

 実際、動きは然程速くないし、力は有るが防御力は低い。

 

「というか、生物じゃないな、こいつら」

 

「式紙だね。でもこれだけの数を使役する敵。想像するだけでも厄介な相手だよ!」

 

 敵の攻撃を避けながら魔剣で斬り伏せる祐斗。

 一樹も敵を撃退して五芒星の描かれた符に戻す。

 

「リアル無双ゲーじゃねぇっつの!」

 

 大きめの火の玉を作り動きの止まった敵を数体まとめて焼き払う。

 敵の動きが停止するのはギャスパーが蝙蝠の姿で神器を使用しているからだ。

 

「ギャスパーくん!神器を解いて!」

 

「はいぃ!」

 

 巨体な式紙を停止させていた蝙蝠姿のギャスパーが神器を解除すると、祐斗と一樹が飛び込み、敵を幾重にも斬り、バラバラにした。

 

「大体片付いたね」

 

「やっぱ、あんまり強くないな。これなら、禍の団に捕まった時に相手にした悪魔たちの方がよっぽど強かったぞ」

 

「そうなのかい?まぁ、今回はギャスパーくんも居るしね」

 

 ギャスパーが敵の動きを停止させたお陰でかなり楽に進行が出来ていた。

 

「そうだな。こういう戦闘でギャスパーがいると楽でいいな」

 

「あ、あんまりプレッシャーかけないでくださいぃ!」

 

 べた褒めされて萎縮するギャスパーに先輩2人は肩を竦めて苦笑いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷に押し入り、ある程度進むと、一樹が祐斗に質問した。

 

「どうする?強い力を感じる物品を片っ端壊すか?」

 

「そうだね。でも霊脈の受け皿として使われている品なら、近づけば分かると思うんだけど……とりあえず屋敷の中を探して――――」

 

 そこで祐斗が言葉を切ると、天井が破壊され、何かが落ちてくる。

 祐斗は跳び、一樹もギャスパーを抱えて落ちた存在から距離を取った。

 

「まったく。好き勝手してくれるわね」

 

 現れたのは着崩した着流しを着た妖艶な女性だった。

 長い黒髪で顔の右半分を隠した彼女は憤りを隠しもせずに、一樹たちを睨んでいる。

 

「ここは、桜鬼さまより北の館の守護を任されたこの玄武の領域と知っての狼藉かしら?」

 

 感じる妖気の圧は先日相手にした蜘蛛妖怪とは比べ物にならない程の力を感じさせる。

 一樹は抱えていたギャスパーを下ろして拳を握り込む。

 

「アンタがここの番人ね。なら、霊脈から力を集めてるっていう道具についても知ってるわけだ。と、その前に訊きたいんだけど、ここに捕えられている妖怪たちはいるのか?」

 

「いきなりね。質問の答えだけど、私たちに負けた妖怪たちは中心に建つ桜鬼さまの城に閉じ込められているわ。ここには私と数人の部下しかいない」

 

「やけにあっさりと答えてくれますね」

 

「えぇ。どうせ坊やたちはここで死ぬのだもの。少しぐらい質問に答えてあげようと思ったの。貴方たちは私に触れることさえできはしないわ」

 

「随分な自信だな。まぁどっちみち敵側なら叩きのめした方が早そう、だ!!」

 

 地を蹴り、一瞬で玄武と名乗った女性に近づくと、握り込んだ拳を放つ。

 しかし、その拳は女の前で停止した。

 

「チッ!?」

 

「野蛮な坊やだこと。少しお仕置きしてあげなくちゃ」

 

 垂らしていた腕を僅かに動かすと妖気によって生まれた水の刃が一樹を襲う。

 それを体を反らして躱し、ギャスパーの側まで戻った。

 

「ウォーターカッターか……」

 

 頬に一筋の傷を作られて忌々しそうに流れた血を指で掬って舐める。

 

「それに、いま一樹くんの拳を防いだのは妖気の壁だね。それを自分の周辺に張り巡らせている」

 

 魔剣を構えて祐斗も敵の能力を考察した。

 その僅かな考察を正解とばかりに玄武は口を吊り上げる。

 

「私は四人の中でもっとも防御に優れた番人。繰り返すけど、坊やたちは私に傷1つ付けられないわ。そしてこの壁は私の攻撃を一切防がない」

 

 言うと、玄武が扇を取り出し、舞うような動きと共に幾重もの水の刃が発生し、一樹たちを襲う。

 ギャスパーを抱えながら避け切れないと判断した一樹は鎧の車輪を展開して防ぎ、祐斗は大きく動き回りながら躱し続ける。

 

「なら、これでどうだ!」

 

 大きめの炎の玉を作り、玄武へと投げつけた。

 しかし、向こうも水流を放ち、ぶつけて威力が軽減させた炎の玉では障壁の前であっさりと無力化される。

 

「クソッ」

 

「中々の力ね、坊や。でもその程度の炎じゃあ、私の髪1本も燃やせなくてよ?」

 

 余裕の笑みを浮かべる敵に一樹が槍を取り出し、投擲の構えを取る。

 

「か、どうか、もっと試して――――」

 

 槍に力を込めようとするとそれを祐斗が手で制した。

 

「待って、一樹くん。君はこの戦いで消耗すべきじゃない。ここは、僕がやるよ」

 

 その提案に驚きながらも反論する。

 

「つっても、あの壁。お前の聖魔剣でも苦労するだろ!速攻で俺が叩き潰した方が」

 

「……一樹くんも言うよね。でも僕だって何も考え無しで言っているわけじゃないさ」

 

 言って、持っていた魔剣を捨てた。

 

「サイラオーグさんとの闘いで色々と考えたんだ。どんなに速く動けても、刃が通らない相手には大した意味がない。技術で補えるかもしれないけど、一朝一夕で身に付けられるわけもない。だから、僕はもっと切れ味の鋭い聖魔剣の創造を考えた」

 

 祐斗は自身の禁手である聖魔剣の創造に入る。

 

「ヒントは部長に創った滅びの魔力の魔剣とアーサーのコールブランドだった」

 

 相手の防御など関係ない。ただ斬ること。刃が通ることだけに特化した剣を求めた。

 その答えは――――。

 

 創られた聖魔剣は今までと形は変わらない。

 しかし、そこから感じる力は今までと何かが違っていた。

 

「この剣で、貴方のその壁を斬ります!」

 

 祐斗の宣言に玄武は面白そうに笑う。

 

「面白いわっ!そんな剣で私の防御を斬れるなら、試してごらんなさい。失敗すれば、その首を貰う!」

 

 祐斗は駆け、玄武の障壁へと突きを繰り出した。

 聖魔剣の刃と玄武の障壁が激突する。

 すると、まるで通り抜けるように玄武の障壁を貫通し、その腹に刃を突き刺した。

 

「え?」

 

 決着は僅か一瞬。

 突き刺した聖魔剣を横に振るって玄武の腹を斬った。

 

「ふう」

 

 息を吐いて自分の聖魔剣を見る。

 肩に手を置いて、一樹が質問した。

 

「生きてるみたいだけど、いいのか?」

 

「あの傷だ。妖怪なら即死にはならないけど、しばらくは行動も出来ないはずさ。勝負は、もう着いたんだ。わざわざ止めを刺す必要はないよ。それに君だってそんなこと望んでないでしょう?」

 

「……まぁな」

 

 自分たちは殺し屋ではない。戦いの結果、殺してしまうことはあっても、戦闘力を奪った相手に止めを刺す必要はないのだ。

 玄武の手足を縛って奥へと進む中で一樹が質問した。

 

「それにしても、その聖魔剣は――――」

 

「うん。僕の禁手は聖と魔を融合させた剣。でもこれは敢えて一度2つの属性を反発させて、それを固定化させた剣なんだ。反発した力は空間に歪みを生じさせる。これは、物質ではなく空間を斬る聖魔剣なんだ」

 

 コールブランドにはさすがに劣るけどね、と苦笑する。

 空間ごと斬れた物質はそのまま元に戻らずに斬ったという結果だ怪我の残る。

 

「空間干渉系の能力や、再生能力持ちだと辛いけど、今までの聖魔剣より、ずっと斬れる」

 

「でも、負担はデカいんだろ?」

 

 聖と魔を自分から反発させてから固定化するのだ。想像する祐斗自身、相当に負担を強いるのは一樹にも予想できる。

 

「これくらいしないと君やイッセーくんにどんどん先を行かれてしまうからね。それにこれからはこんな無茶は茶飯事になりそうだよ」

 

 そう言って笑う祐斗。

 その笑顔を心配しながらも何を言って良いのか分からずに、結局そうか、としか答えられなかった。

 

 奥へと進むとそこには2mほどの水晶が置かれていた。

 

「これだな」

 

「そうだね。力を吸いこんで溜めているのを感じる。白音ちゃんみたいな仙術の使い手ならもっとはっきりと分かるだろうけど」

 

「とにかく、コレを壊せばいいんだな」

 

 一樹は握り拳に炎を纏わせて巨大な水晶を殴り、破壊する。

 

「こ、これで本丸のほうの結界も弱まったんでしょうか?」

 

「後は皆も役目を果たせたらね。でもきっと大丈夫だよ」

 

「とにかく、本丸の前に急ごう。他の奴らもそこに向かってる筈だ」

 

 一樹がそう締めるとその館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




祐斗くんは聖魔剣と純粋な剣技を極めれば良いと思う。


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93-2話:西組

「消えなさい!」

 

 襲いかかる式紙の群れにリアスが滅びの魔力で消し飛ばす。

 

「……」

 

 高速で移動した白音が次々と式紙に掌底を叩き込んで、気を送り込み、次々と符に戻していた。

 

「はう……こういう時、私はお役に立てませんね……」

 

 相手が式紙ではせっかく覚えた毒の術式は意味がない。

 そして今のところ治療する必要もなく、守られているだけ。

 怪我をして欲しいわけではないが、一緒に居るだけというのも中々に辛い。

 しかしリアスはアーシアの言葉を否定する。

 

「そんなことはないわ。本番はここからよ。もしもの時、アーシアが傍に居てくれれば、私たちも多少の無茶ができるわ」

 

「アーシア先輩も最近色々な分野に手を出してますし、後ろにいると心強いです」

 

 アーシアはレーティングゲームで見せた、毒だけではなく、様々なサポートスキルを身に付けつつある。

 毒や呪術、幻術の解除。まだ弱いが封印術。それに、怪我の治療だけでなく、疲労回復の術も身に付け始めている。回復役(ヒーラー)としてこれほど心強い存在も稀少だ。

 

 そんな話をしていると次の式紙が襲いかかってきた。

 屋根の上から矢を射る敵をリアスが滅びの魔力を飛ばして矢ごと迎撃した。

 

「1体1体は大したことは無いのだけど、ここまで数が多いとうんざりするわね。白音!力の流れは分かるかしら?」

 

「はい。確かに表の京都や霊脈からこの屋敷に力が集められています。奥の方に何かあるのは間違いありません」

 

「なら先ず、屋敷の中を調べて――――」

 

 リアスが言おうとすると、地が隆起した。

 地面が動くを感じてリアスとアーシアは空を飛び、白音は次々と隆起する地面を避ける。

 数秒続いた地面の変化が終わると、隆起した岩に座る男が居た。

 

 上半身裸で右肩から胸に刺青を入れた男性。

 

「キキキッ!今のはアイサツ代わりだぜぇ!」

 

 自分で作った岩から降りて立ち上がった男は大きく開いた口から涎を垂らし、肉食獣のような獰猛な顔でリアスたちを見る。

 

「やって来たのは女ばかり……!やっぱり食うなら野郎より女だよなぁ!!」

 

 食う、というのはおそらくそのままの意味なのだろう。

 リアスはアーシアを後ろに控えさせて、前に出る。

 白音も少し離れた位置で拳を握っていた。

 

「特にそのいい身体をした女悪魔ぁ!お前は特に気に入った!その2匹を食ってからじ~っくりと嬲って食ってやる!」

 

 リアスを指さす男。

 

「モテますね、部長」

 

「私が魅力的過ぎるのかしら?」

 

 白音の言葉に冗談を返すリアス。

 

「いいねぇ!その余裕!その顔を恐怖でグチャグチャに歪ませてみてぇなぁ!!」

 

「あら、熱烈なお誘いね。でも貴方にそれができるかしら?」

 

「すぐに分かるさ!でもその前になぁ!」

 

 リアスではなく白音の方に突進する。

 その手は岩で覆われた拳となっていた。

 

「先ずはいっぴきぃいいいいいいいっ!!」

 

 男の拳を防御した白音はそのまま大きく殴り飛ばされる。

 

「白音ちゃんっ!?」

 

 アーシアが駆けつけようとするが、リアスが手で制した。

 

「俺はもっとも力に優れた番人、白虎!手前ら程度じゃあ一撃喰らっただけで粉々になっちまうからなぁ!ちったぁ加減してやらねぇと」

 

「あらそう。でもその判断は早計じゃないかしら?」

 

「ハッ!強がって―――――」

 

 その続きを言う前に白虎の上半身が倒れる。

 風のように駆けた白音が後頭部に飛び蹴りを叩き込んだからだ。

 先程の攻撃の際に、後ろに跳んで自分から飛ばされただけなのだから無事なのは当然。

 

「少し、効きました」

 

 防御した腕を振りながら僅かに顔を顰める。

 それに白虎は口元を吊り上げた。

 

「なんだぁ!少しはデキるじゃねぇか!思ったより食いでがありそうだぜ!」

 

 白音に接近した白虎が岩で覆った手足で白音に襲いかかる。

 しかし先程と違い、白音は楽々と敵の攻撃を躱していた。

 むしろ、カウンターで少しずつダメージを与え、鳩尾に掌底を叩き込む。

 よろけた相手の顎に跳び膝蹴りを入れた。

 

 確かに白虎は力自慢のようだが、サイラオーグのように突出している訳でもない。

 白音からすれば全力を出すまでもなく対応できる相手。

 自分の攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えた白虎は、距離を取り、地面に手を付く。

 すると、地面の土が吹き上がり、白音を圧し潰そうと動く。

 

「クハハハッ!!これだけの土の量と範囲なら避けられねぇだろ!」

 

 津波となった土が白音に迫る。

 しかしここに居るのは彼女だけではなかった。

 

 白音の後ろから黒い魔力が放たれ、白音が通れる穴が出来た。

 リアスの滅びの魔力によって消し飛ばされた土の津波は呆気なく意味を失い、出来た穴を通り抜けた白音がワイヤーを巻き付けた苦無を投げつける。

 白虎に投げつけられたそれはワイヤーが絡まり、所々に起爆符が貼り付けられた。

 

「少し、痛いですよ……」

 

 パチンと指を鳴らすと1つ1つ順々に起爆符が爆発していく。

 爆発するたびに大きく揺れる体。

 

「この……!調子に乗るなメスガキがぁ!!」

 

 爆発と共にワイヤーが切れ、自由になった体は体勢を立て直そうと顔を上げる。

 すると、自分にリアスが近づいていた。

 両手の中心に集められた滅びの魔力。それを躊躇いなく解き放つ。

 

 至近距離で放たれた黒い魔力は白虎の肉体を容赦なく消し去った。

 本当なら今ので決着をつけるつもりだったが、ギリギリのところで白虎が動き、消えたのは左腕だけだった。

 

「へぇ。思ったより反応が速いのね」

 

 本心から感心するリアス。

 たが、これで勝敗は決した。

 滅びの魔力によって消し去られた腕から血が吹き出している。そんな状態でリアスたちを殺すなど不可能だ。

 

「ざ、けんなっ!この程度で俺がぁっ!?」

 

 白虎の妖力が高まり、その体躯が一回り大きく膨れ上がる。

 それと同時にリアスが距離を取った。

 

「ヒヒッ!・この姿ならお前ら程度、片手で充分なんだよぉおおお!!」

 

 傍に居たリアスに襲いかかる。

 先程より速く動く白虎。

 振るわれた巨大な腕。

 

「フッ!」

 

「ぐぼっ!?」

 

 それに合わせてリアスはカウンターで白虎の顔に魔力で身体能力を強化した拳を叩き込んだ。

 

 勘違いされがちだが、リアス個人の戦闘タイプは魔力により攻撃がメインのバランス型だ。

 サイラオーグのように突出した身体能力もなく、ソーナのような精密な魔力操作も出来ないが、パラメーターとして見れば、バランス良く鍛えられている。

 ただ、仲間の内で近接戦が得意な面々に比べれば見劣りするために前に出ることこそ滅多にないのだが。

 それにここ最近、とある事情で格闘術も鍛え始めていたりする。

 

「クソがっ!?」

 

 地面に手を付くと石で出来た巨大な2本の腕が現れ、リアスに襲いかかる。

 それを難なく自身の魔力で撃ち払い、広げた翼で接近し、白虎の腕を掴む。

 

「いくら何でもこれなら外しようがないわよね?」

 

「ヒッ!?」

 

 手の平に集められた高純度の滅びの魔力。

 兄の陰に隠れがちだが彼女もまた才に恵まれた若手のひとりなのだ。

 

「さようなら」

 

 命乞いすらさせずにリアスは白虎の頭部を消し飛ばした。

 頭を失った男は崩れるようにその場に倒れる。

 

 一息吐いたリアスにアーシアが声をかけた。

 

「大丈夫ですか?部長さん」

 

「えぇ。怪我はしてないわ。白音はどう?最初に飛ばされていたけど」

 

「一応、アーシア先輩に治療してもらいました」

 

 怪我自体は大した事はなかったが、アーシアが強制的に治療した。

 アーシアは少しだけ気合の入った声で言う。

 

「一樹さんに合流したときに傷があったら大変ですから!」

 

「ふふ。そうね。彼に怒られてしまうわよね」

 

 2人の言葉に白音は何か反論しようとしたが、結局何を言っても揶揄われそうな気がして話題を逸らすことにした。

 

邪魔(てき)が居なくなったのなら、早く目的の物を壊してここを出ましょう」

 

「そうね。早く一樹と合流したいものね」

 

「はい!早く要件を済ませてしまいましょう!」

 

 先輩2人の言葉に白音は拗ねたように背を向けるが、その顔は若干赤かった。

 それに気づいてリアスとアーシアは笑みを深めながら軽く謝罪をする。

 

 

 

 

 

 

 屋敷の一番奥に2mほどの大きさの水晶が置かれている。

 それに触れて白音が断言した。

 

「コレです。この水晶に力の流れが集まっています」

 

「そう。なら手早く破壊しましょう」

 

 リアスが滅びの魔力で水晶を破壊した。

 それを確認して白音が自分の感じる感覚を報告する。

 

「溜まっていた力が拡散されて元の流れに戻って行きます。完全には時間がかかるでしょうが」

 

「わかったわ。私たちも本丸へ急ぎましょう!他の子たちもきっともう事を済ませて向かっているわ!」

 

「はい!」

 

 リアスたちは西の屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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93-3話:東組

「それにしても、ゼノヴィアとは本当によく一緒の行動になるわね」

 

「そうだな。ここまでくると一種の腐れ縁だと思うよ。なにせ私は悪魔に転生。イリナは天使に転生してもこうしてコンビが組める。この奇跡に主へ感謝したい」

 

 ゼノヴィアが祈りを捧げると頭痛が起こり、顔を顰める。

 

「お2人はいつから行動を共にしているのですか?」

 

「3、4年前ですかね。私が聖剣使いになって初めてコンビを組んだのもゼノヴィアだったんですよ」

 

「あの時の私は色んな者とコンビを組んでいたが、今思うと盥回しにされていたのだろう。イリナと出会ってからはほとんど同じ任務に就いていたしな」

 

「ま、そのおかげで互いの癖とか体で覚えちゃったわね!」

 

「質問しておいてなんですが、そろそろ戦闘に集中しましょうか」

 

 ゼノヴィアが取りこぼした敵をイリナが処理し、反対側の敵はロスヴァイセが魔術で殲滅する。

 3人に焦りの色はなく、淡々と敵を消していった。

 

「式紙という奴か。相手にするのは初めてだが、この数は些か面倒だな」

 

 デュランダルを振るって敵を消し飛ばし、或いは体勢を崩させる。その体勢を崩した敵をイリナがエクスカリバーで仕留めていく。

 式紙の力はそこらのはぐれ悪魔より強力だが彼女たちの前ではあまり変わらない。むしろ、生物でではなく、無駄に生存を気にしなくていい分、戦いやすい相手だった。

 というより、これは戦闘というより作業に近い。

 迫って来る敵をゼノヴィアとイリナが斬り、後方の敵をロスヴァイセが撃つ。

 次第にそうした陣形に移行し、現れる数よりも消えて行く敵の方が多くなっていった。

 

「京都の妖怪たちへの反乱を成功させたというからもっと堅牢な守りだと思っていたが、意外に脆いな。やはり残党だということか?」

 

「う~ん、確かに。私たちが前に英雄派と戦ってることを知ってるならもっと警戒してもいい筈なんだけど……思ったよりザルよね」

 

「もしかしたら罠が張られているのかもしれません。より注意してここからは挑みましょう!」

 

 ロスヴァイセがそう締めるとゼノヴィアとイリナが頷く。

 そこから屋敷の中に入ろうとすると、チッと小さく音が鳴る。その音に気付いたのはイリナだった。

 

「どうしました、イリナさん?」

 

「今、何か音がっ────!?」

 

 聞こえたような、と呟こうとするとゼノヴィアがイリナの体を突き飛ばした。

 すると、イリナがいた場所に何かが突っ切ってきた。

 

 駆け抜けたそれはゆらりと動き、小さく息を吐く。

 

「仕留めそこないましたか。良いタイミングだと思ったのですが」

 

 淡々とした声音には感情の色は薄く、手にした二刀の小太刀構え直し、再び向かってきた。

 

(速いっ!?)

 

 ゼノヴィアはそう思いながらデュランダルを地面に突き立て、一誠から借り受けていたアスカロンで切り結ぶ。

 敵対してきたのは中学生程に見える少年だった。

 力で対抗するのは不利と悟ったのか、即座に距離を取り、ロスヴァイセに向かう。

 

「行かせないわよ!」

 

 イリナが天閃の能力で詰め寄り、破壊の聖剣の力を振るった。

 しかしインパクトの瞬間に少年は後方に跳び、仕切り直す。

 

「いきなり斬りかかって来るなんて、ちょっとひどいんじゃない?」

 

「侵入者は問答無用で排除しろと仰せつかってますので」

 

「貴方がここを守る妖怪ですか?」

 

「青龍、と名乗っております。以後お見知りおきを。もっとも、以後があればの話ですが」

 

 そう言うと先程より速度を上げてゼノヴィアの後ろに現れる。

 振り向いたゼノヴィアは柄の先端で一撃目を防ぎ、そのまま蹴りを叩き込んだ。

 

 大きく飛ばされた青龍と名乗った少年は綺麗に着地し血の混じった唾をペッと吐く。

 

「チッ」

 

 ゼノヴィアが小さく舌打ちした。

 見ると蹴ったゼノヴィアの脚に刀傷が付けられている。蹴られると同時に斬られたらしい。

 動かない訳ではないが、この傷では速度を上げて走るのは難しいだろう。

 

「速度だけなら木場と同じくらいか。やり難いな」

 

 青龍の速力をそう評価し、券を構え直す。

 

「僕は4つの番人でもっとも速力に長けています。簡単に捉えられるとは思わないことです」

 

「この!」

 

 地を蹴った青龍にイリナが擬態の能力で刀身を枝分かれさせて襲いかからせる。

 無数のワイヤーのような剣に襲われて青龍は自慢の速度で避け、或いは小太刀を振るい、突風を起こさせて動きを乱して避けている。

 一部束になっていた聖剣の部分を足場にして一気にイリナへと詰め寄った。

 

「ウソッ!?」

 

 その動きに驚き、一瞬動きが硬直したイリナ。

 青龍が斬りかかろうとした時、魔術による援護が間に入り、攻撃は中断される。

 ロスヴァイセが展開した魔術が休む間もなく発射される。

 

「ハァ!!」

 

 近くに来た青龍を迎え討つようにゼノヴィアがアスカロンを全力で振るい、弾き飛ばす。

 

「まだよ!」

 

 弾け飛んだ青龍にイリナが聖剣の刀身を一直線に伸ばして追撃にかかる。

 両手に持つ小太刀で受け止めた青龍がそのまま壁へと叩きつけられた。

 

「やった! って喜びたいところだけど、あれくらいじゃ倒せないよね」

 

「そうですね。向こうもまだ全力ではないようですし……」

 

 警戒を解かずに3人が構えていると、暴風が巻き起こった。

 

「上です!!」

 

 ロスヴァイセの言葉に2人も上に視線を向けていると、風に乗って自分たちの頭上を取る青龍がいた。

 彼は空中で静止した状態で渦の中心に存在していた。

 渦の力はこの屋敷そのものを吹き飛ばす程に強大な力だった。

 

「たかだか、3人の侵入者にここまで追い込まれる。いえ、貴女たちが八雲さまを倒したのなら順当なのかもしれません。ですが、こちらも敗北は許されていない」

 

 あくまでも感情の乗らない淡々とした声。しかし、込められた勝利への想いだけは伝わってくる。

 

「行きます」

 

 竜巻を纏った青龍がそのまま特攻してくる。

 あんなものをまともに喰らったら彼女らとてタダでは済まないだろう。

 

「ゼノヴィア!」

 

「分かっている! は、あああああああああっ!!」

 

 アスカロンを捨て、ゼノヴィアが突き刺していたデュランダルを振り抜く。そして放たれた聖なるオーラが竜巻とぶつかった。

 2つの力が衝突し、余波が周りを襲う。

 一瞬の膠着。勝利したのはゼノヴィアのデュランダルだった。

 自身の風が吹き飛ばされ、驚きからゼノヴィア以外から意識を外してしまう。

 故に自分が影に覆われていることに気付くのに遅れてしまった。

 

「でぇええええいっ!」

 

 天使の翼を広げたイリナがエクスカリバーを青龍の体に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、彼の治療と拘束は終わりました」

 

 イリナが斬って意識を失った青龍に最低限の治療を施し、手足を魔術で拘束した。

 

「ここの番人が彼なら、これ以上強い敵が待ち構えていることはないと思いますが、一応警戒を続けながら中を捜索しましょう」

 

「はい!」

 

「分かった」

 

 屋敷の中を捜索し、力を集めている何かを探し始めた。

 少しずつ奥へ奥へと進んで行くとそこには大きな水晶が置かれている間に辿り着く。

 それに触れてロスヴァイセが確信する。

 

「私は黒歌さんのように力の流れを察知する術には長けていませんが、この水晶から力が蓄えられているのを感じます。おそらく、私たちが探していたのはコレでしょう」

 

「ならば、手っ取り早く破壊してしまおう」

 

 ゼノヴィアがデュランダルを振り上げ、躊躇いなく水晶をその刀身を叩きつけた。

 一瞬、空気が溢れ出すように力が流出すると、ロスヴァイセが辺りを見渡す。

 

「これで、本丸を守っていた結界の起点が1つ破壊された筈です」

 

「なら、早くイッセーくんたちと合流して、京都の妖怪さんたちに迷惑をかける悪い妖怪をやっつけに行きましょう!」

 

 イリナの言葉に頷いて3人は東の館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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93ー4話:南組

「くっそー、日ノ宮の奴……俺のこと散々ボロクソに言いやがって~!」

 

「まぁまぁ。ここで怒っても仕方ないですわよ、イッセーくん」

 

 別れる際に一樹に言われたことに憤慨する一誠を朱乃が宥める。

 黒歌は周りを警戒しながら城門の奥に居る敵の数にげんなりしていた。

 

「この門の奥に敵の数がかなり居るわね。めんどくさー」

 

 頭の耳を掻いて嫌そうに息を吐く黒歌。

 朱乃が質問する。

 

「数はどれほどですの?」

 

「正確な数を訊かれてもちょっと困るわね。1体1体は大したことなさそうなんだけど。うんざりするほどいるわ」

 

「なら一気に全部ぶっ飛ばしてやりましょう!」

 

 一誠が通常の禁手化状態で門を破壊して開ける。

 すると中には視界を覆う敵が待っていた。

 

「ホントに多っ!?」

 

「だから言ったじゃない……」

 

 呆れる黒歌の言葉を合図に敵たちが襲いかかってきた。

 

「とにかくこれを一掃しないことには始まりませんわね。雷よ!!」

 

 敵がこっちに辿り着く前に朱乃が雷を放ち、最前にいた敵を吹き飛ばす。

 敵兵の正体を察した朱乃が黒歌に質問する。

 

「黒歌さん。ここに生きている敵はいますか?」

 

「少なくとも、目に見える範囲ではいないわねー。全部式紙よ、これ」

 

「式紙ってなんですか?」

 

「人形と思っとけば大丈夫よ。多少戦闘力のある、ね……」

 

 大雑把なアドバイスに一誠はとりあえず納得する。

 

「なるべく屋敷は破壊しないほうが宜しいでしょうね。中に京の妖怪が捕らえられている可能性も在りますわ」

 

「なら、打撃以外は使わないほうが良さそうっすね!」

 

 一誠が式確認しての1体を殴るとそれだけでただの符へと戻る。

 

「確かに、1体1体は大したことねぇけど……!」

 

 数が多い。

 ドラゴン・ショットなどで一気に吹き飛ばせれば楽なのに、と内心で愚痴りつつ、手早く敵を減らしていく。

 そこで黒歌が印を結んだ。

 

「ま、別に屋敷さえ壊さなければ良いわけよね!」

 

 手を地面に付けると黒歌の周りに先端の尖った突起物が数多く突き出し、式紙たちを串刺しにしていく。

 おそらく、自分たちに影響が出ないように気を使いながら攻撃範囲を指定しているのだろう。

 ああいうのを見ると一誠は限定された空間でも十全に力を発揮できる技とか便利だよなーと思う。

 そんなことを思いながら式紙たちを倒していると、場に変化が訪れた。

 

 突然地面から炎が奔り、式紙ごと一誠たちを攻撃する。

 

「あっぶねっ!?」

 

 奔る炎を避けて動くが炎自体が自分を取り囲むように動いている。

 

「ちっ! でも日ノ宮の奴の炎に比べたらなんてことないぜ!!」

 

 毎度のように訓練で炎を浴びせられている影響でいま攻撃されている程度の炎なら直撃を受けても大した事はない。そう判断した一誠。

 

「どこから撃ってるか知らねぇが、すぐに見つけてぶっ飛ばしてやる!!」

 

 そう吠えて首を動かして辺りを見渡していると、そこにはいる筈のない物がいた。

 

「アーシア……?」

 

 ここに居る筈のないアーシアが現れたことに動揺する一誠だが、突如彼女が膝を折って地面に倒れたことで一気に冷静さを失った。

 

「どうした、アーシアッ!?」

 

 近付こうとするとアーシアの後ろに見覚えのある女がいた。

 それは、かつて一誠に近づき、アーシアと自分を一度殺し、そしてリアスによって屠られた堕天使レイナーレだった。

 

 彼女はアーシアから抜き取った神器を手にしてからこちらを見て、嘲笑する表情を浮かべていた。

 そして、その唇がこう動いていた。

 

 ────ざ~んねん。また守れなかったわねぇ。

 

 嫌らしい笑みで言われたその言葉に、かつてアーシアを守れなかった記憶と感情がフラッシュバックし、一気に頭に血が上る。

 

「て、めぇえええええええはぁあああああああっ!?」

 

 怒りのままにドラゴン・ショットを撃ちこもうとすると誰かが後ろから自分の肩に手を乗せた。

 

「は~い、そこまで~。イッセー。姫島朱乃を殺す気かしら?」

 

「え!?」

 

 見ると、今一誠がドラゴン・ショットを撃ちこもうとした位置には朱乃が居り、それを止めようと黒歌が自分の鎧を掴んでいた

 動揺する一誠。

 

「な、なんで……!?」

 

「幻術よ」

 

 混乱する一誠に黒歌があっさりと答える。

 

「この炎の熱に当てられると幻術を見せられて、同士討ちをさせられるみたいね。まぁ、私はこの手の術は効き難いし、姫島朱乃も自分で解除したみたいだけど」

 

「正気に戻って良かったですわ、イッセーくん」

 

 ホッとしたような表情をする朱乃。

 しかし一誠は尚のこと怒りを募らせた。

 なんせ今、敵の術に嵌って朱乃を攻撃するところだったのだ。

 

「クソッ!! なんて汚い手ぇ使いやがる!!」

 

「定石よね。私もよくやるし」

 

「黒歌さん!?」

 

 あっさり敵の手を認める黒歌に一誠は声を上げた。

 それを無視して黒歌が簡単な説明をする。

 

「この手の幻術はイッセーと相性が悪いわね。タイマンなら一目散に逃げなさい。最悪操られて自覚なく寝返るなんて事態も在り得るから」

 

 黒歌はそう言うと、巻物を広げ、印を結ぶ。

 すると、巻物の中に広がっている炎が全て吸い込まれた。

 

「おぉ!? すっげっ!?」

 

 感心している一誠を余所に、黒歌がゆっくりと首を動かす。

 

「そこね!」

 

 袖から取り出した扇子を広げて扇ぐと、突風が巻き起こりる。

 屋敷の方向に向かって吹いた暴風は、建物に届く前に掻き消えた。

 

「ふむ。手早く事を済まそうと思っていたが、やはり簡単にはいかないか」

 

 現れたのは赤い髪を持った優男だった。

 

「初めまして侵入者よ。私は朱雀。桜鬼さまよりこの屋敷の守護を任されている者だ」

 

「朱雀、とはまた……その名には縁がありますわね」

 

 朱雀の自己紹介に朱乃が思うところがあるのか難しい表情をする。

 そして一誠が鎧姿のままズカズカと前に出た。

 

「てめぇ! なんてもん見せやがる!!」

 

「さぁ? 君が何を見たのか私が知るところではないが、文句を言うのならそのまま同士討ちでひとりくらい殺してくれれば良かったモノを」

 

 相手の物言いに頭に来て攻撃しようとするが、黒歌が制した。

 

「今回は大人しくしてなさい。このくらいの挑発で心を乱してたら相手の思うつぼだし。こっちに攻撃されたら迷惑だから」

 

 バッサリ言われて気落ちする一誠。

 袖口から剣を出し、垂らすように構える。

 

「言っておくけど、私に幻術を使うなんて無駄なこと、止めたほうがいいわよ? 余計な力を使いたくないなら、ね」

 

 その挑発に朱雀と名乗った男は目を細める。

 

「私は4人の番人の中で最も技に優れた者。幻術はただの小手調べです」

 

「それは楽しみね。なら、私と一曲踊りましょうか!」

 

 持っていた扇子で突風を起こす。

 しかし、朱雀はその風を利用して炎を生み出し、逆に襲いかからせる。

 

「甘いわ、よ!!」

 

 即座に地面を隆起させ壁を作り、炎を防ぐ。

 

「援護しますわ!」

 

 朱乃が雷光を放ち、朱雀を襲うも、向こうも妖力で受け流した。

 

「技巧派、と言うだけはあるわね。妖力の使い方が上手いわ」

 

 どうしようかなーと頬を掻く。

 しかし、すぐに笑みに変えた。

 

「ま、何とかなるでしょ!」

 

 言って今度は直接剣で斬りかかろうとした。

 朱雀も炎の剣を作り、鍔迫り合いになる。

 

 術を用いた中・遠距離戦を主体とする黒歌だが、神の子を見張る者に所属して剣も扱える。

 舞うように流れるような動き。いっそ見惚れるほどの。

 朱雀の方も合わせて防御しながら後ろに下がって行く。

 

 ある程度敵が下がったのを見計らって黒歌が笑みを深めた。

 

「王手♪」

 

 朱雀の後ろの地面が割れ、中から2人目の黒歌が飛び出て来た。

 2人目────影分身体の黒歌が後ろから朱雀の身体を掴む。

 

「なっ!?」

 

「初手で炎をばら撒いてくれた瞬間に影分身を出して地面に控えさせてたのよ。朱乃! 影分身ごとやりなさい!?」

 

「はい!」

 

 黒歌の合図と同時に雷光が朱雀を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱雀を戦闘不能にした後に、朱乃と一誠の2人で奥へと進んでいた。

 黒歌は意識を失った朱雀から色々と聞き出すらしい。

 

「うふふ。イッセーくんと2人っきりですわね」

 

 ご機嫌な様子で屋敷の奥へと進む朱乃。

 身体を擦り寄せてくる朱乃にドギマギしながらも目的の物を捜索する。

 

「こちらですわ」

 

「分かるんですか?」

 

「ここまで近づけば力の流れがはっきりと。この奥ですわね」

 

 硬い扉を破壊して中へと入るとそこには大きな水晶が設置してあった。

 目の前に在れば一誠にも感じる。この水晶が力を吸いあげているのを。

 

「それではイッセーくんお願いします」

 

「はい! 外じゃ大して役に立てなかったけど、これくらいはっ!!」

 

 言って一誠の拳が水晶を砕き、空気が漏れるように溜めてあった力が流失していった。

 外へ出ると黒歌が早かったわね、と言う。

 

「ふふ。気を使っていただきありがとうございますわ」

 

「そんなつもりはなかったんだけど……」

 

 朱乃の言葉に黒歌は困った顔で猫耳を描き、一誠は理解できずに首を傾げる。

 

「ところで聞きたいことってなんだったんですか? ていうか、意識を失ってるのに聞けるんですか?」

 

「ん。まぁ、幻術をかけて情報を聞き出したのよ。京都の妖怪たちは本丸の地下に囚われてるみたいね。でも八坂の姫だけは別の場所に連れてかれたみたい。コイツも知らなかったわ」

 

 言いながら既に拘束して転がしている朱雀を指さす。

 

「でも、京都の妖怪たちの居場所が分かったのは幸いでしたね!」

 

「そね。じゃあさっさと合流しましょう。遅れると、何か言われそうだし」

 

「もう合流ですか。ちょっと惜しいですわね」

 

 そう言って、一誠たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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94話:帝釈天の宣言

「どうやら、全員無事だったみたいね……」

 

 最後にやって来たリアスたちは全員無事に集合していることに安堵する。

 リアスに真っ先に駆け寄ったのは一誠だった。

 

「部長無事ですか! アーシアも怪我はないか?」

 

「えぇ。遅れてごめんなさい」

 

「はい! お2人が守ってくれましたから」

 

 横を通って白音が一樹に話しかけた。

 

「いっくんも、無事?」

 

「なんとかな。そっちは?」

 

「大丈夫」

 

「そっか。良かった」

 

 うん、と柔らかく微笑む白音に黒歌が割って入ってきた。

 一樹の後ろから両肩に手を置く

 

「な~んかお姉ちゃんの時と対応が違くない? 私の時はもっとそっけなかったのに~」

 

「気のせいだろ?」

 

「姉さま。あんまりいっくんにベタベタしないでください」

 

「最近白音も私の扱いがぞんざいねー」

 

 黒歌を引き離して一樹にくっつく白音に目を細めて口を尖らせる。

 一通り再会の喜びに浸っているとリアスが話題を転換させた。

 

「それで、これからのことだけど。各自、何か情報を手にしていたら教えてちょうだい」

 

 そこで黒歌が八坂の姫を除いた裏京都の妖怪たちは本丸の地下に囚われていることを話す。

 

「それなら、八坂の姫は今回の首謀者と近くにいる可能性が高いわね。ならここからは二手に分かれましょう。地下に入って妖怪たちの救出するチームと、首謀者を捕縛。もしくは打倒するチーム」

 

 殺害、と明言しなかったのは彼女なりの気遣いだろう。

 そこでロスヴァイセが続きを促す。

 

「編成はどう分けますか?」

 

「戦闘力の高い面子かつ索敵に優れてない一樹と一誠は先ず首謀者の方へ行って貰うわ。ゼノヴィア、イリナも同様に。白音か黒歌のどちらかは仙術での敵や妖怪たちの探索のために1人こちらに欲しいわね」

 

「なら、私が救出組に入った方が良さそうね。妖術関係のトラップは片っ端から潰して見せるわ」

 

 黒歌の言葉にリアスはお願い、と相槌を打つ。

 

「バランス的に祐斗は救出組として来て。ロスヴァイセとアーシアも援護役として首謀者の方。私と朱乃、ギャスパーも救出組よ」

 

 リアスと朱乃を外したのは妖怪たち側の交渉。そして、考えたくはないが、足を引っ張る可能性が在るからだ。それほどまでに自分たちと一誠たちの間では力の差が開きつつある。

 ギャスパーはより安全に妖怪たちを救出するために、だ。

 

「木場ぁ!! 部長たちのこと、頼んだぜ!」

 

「うん! そっちも気をつけて!」

 

「みんな。ここからが本番よ! 気を引き締めて必ずあの町に帰りましょう!!」

 

『はい!!』

 

 リアスの激励に眷属たちは声を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルは今回の事件に関する口裏合わせの台本やその他の書類を作成に一段落し、肩や腰を軽く回す。

 同じ部屋にいる九重が不安そうに時計から見たり視線を外したりしている。レイヴェルはアザゼルとは別口に用意する書類を作成していた。

 

「赤龍帝たちは母上たちを助け出せたのだろうか……」

 

 ポツリとそう呟く九重にアザゼルが笑みを浮かべながら答える。

 

「何とかなるだろうさ。それに助けを頼んだのはお前なんだ。ちゃんと信じてやらにゃあなぁ」

 

「それは、そうだが……」

 

 待っているのは辛い。早く吉報が欲しい。

 ここでただ座って待っているだけで本当に良いのか? 

 そんな気持ちが駆け巡っている九重にアザゼルは肩を竦めた。

 立ち上がったアザゼルにレイヴェルが質問する。

 

「アザゼル総督、どちらに?」

 

「煙草買ってくる。ついでにお前らには飲みもんでも買ってきてやるよ」

 

 そう言って部屋から出た。

 少し歩いてアザゼルは考える。

 

(しかし、今回の事件の首謀者はどうやって京都の妖怪を退けた?)

 

 言ってみれば今回は前回の残党に過ぎない。いくら霊脈の整備が整ってなかったとはいえ、奴らに京の妖怪を退けるだけの戦力があるのだろうか? 

 

(そこら辺が気がかりだが、今のアイツらなら必ず成功させられる筈だ)

 

 買った煙草を近くの喫煙所まで移動して箱を開け、1本咥える。

 ライターを取り出そうとすると誰かが自分の煙草に火をつけた。

 

 誰が? 視線を移すとそこには五分刈り頭のサングラスをかけたもう寒くなってきたというのにアロハシャツという異色の格好をした(おとこ)がいた。

 

「よぉ!」

 

「帝釈天っ!?」

 

 どういう因果でここでこいつが出てくるのか分からずに驚いてアザゼルは体を一歩下がらせた。

 

「HAHAHA! 隙だらけだなアザゼル! こんな様じゃあ、後ろから刺されても文句言えねぇぞ!」

 

「なんでお前がここに……!?」

 

「観光だよ、観光! 俺はこう見えても日本好きだからなぁ!」

 

 胡散臭い理由に警戒しているアザゼルに帝釈天は肩を竦めた。

 

「そう肩肘張んなよ。ま、俺もお前に話したいことがあったから丁度良かったし、声かけてやったんだぜ?」

 

「話したいこと?」

 

「おう! 禍の団の英雄派、今うちで面倒見てるからよ!」

 

 帝釈天のカミングアウトにアザゼルは吸っていた煙草を吹き出した。

 それに笑って帝釈天が続ける。

 

「メンバーの1人は俺の血を引いてるし、聖槍のガキとは知らない仲でもねぇ。ま、収まるところに収まったってとこだぜ!」

 

「簡単に言いやがんな……あいつらの所為で各勢力どれだけ被害が出たと思ってる!」

 

 禁手化の実験で各勢力は英雄派に大なり小なり被害を受けている。もしそれを懐に入れたと知られれば何を言われるか分かったモノではない。

 

「首輪をつけておく、とでも言っとけばいいさ! それに今アイツらを手元に置いて置いた方が面白いモンが見れそうなんでな」

 

「面白いモン?」

 

「驚いたぜぇ。まさかあいつの。カルナの血がまだ人の世に残ってたなんてなぁ。俺が昔我が子可愛さに余計なチャチャを入れて台無しになった闘い。その代りとして子孫の決闘。ちったぁ面白くなりそうだろ?」

 

 話を聞いてアザゼルの目が大きく開かれたがすぐに睨むように帝釈天を見た。

 

「テメェ、まさか……」

 

「日ノ宮一樹、だったか? あのガキとうちのアムリタはそのうちぶつける。俺がそうする。それ以外の禍の団に関しちゃあこれまで通り協力してやるよ。オーフィスも含めて奴らは邪魔だからなぁ」

 

 くつくつと笑いながら告げる帝釈天にアザゼルは眉間に皺を寄せた。

 

「そんな顔すんなよ。楽しく行こうZE! あくまでも俺はぶつけるだけであいつらがどんな結末を迎えようと邪魔する気はねぇよ。他の奴が余計な茶々を入れなけりゃ、な」

 

 つまり、アザゼルたちにも2人の戦いの邪魔はするなと警告しているのだ。

 

「アイツらが子孫だったとしても、カルナでもアルジュナ本人でもねぇだろうが……!」

 

 吐き捨てるように言うアザゼルに帝釈天は肩を竦めた。

 

「それでもさ。今、目先の俺の興味はあいつら何でなぁ」

 

 変わらず底の読めない態度を続ける。それにアザゼルは舌打ちすると思い出したように話題を変えてきた。

 

「あ、そうだ。そう言えばここに来る途中、狐の小娘がいそいそとホテルから出て行ったのを見たぜ。放って置いて良いのか?」

 

 は? と唖然とした表情をして内容を飲み込む。

 そしてすぐに慌てた様子で部屋へと向かう。

 

「なんで最初にそれを言わねぇんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に着くとそこにはベッドの上で倒れているレイヴェルを見つけた。

 

「レイヴェル!?」

 

 体を揺さぶるとレイヴェルの症状に気付いた。

 

「幻術か……」

 

 レイヴェルは幻術で無理矢理意識を眠らされているだけの様だった。

 

「さすがに京都の長の娘だな。やってくれるぜ……」

 

 幻術を解いてレイヴェルを起こすと彼女は数回瞬きをした後に意識を覚醒させた。

 

「せん、せい……?」

 

「おいレイヴェル! 何があった?」

 

「先生が、部屋を出た後に、九重さんが私に術をかけて、それで、意識を……」

 

 頭を押さえて思い出すように話始めるレイヴェルにアザゼルは舌打ちした。

 

「やってくれるぜ! あの小娘、わざわざ自分から敵地に行きやがったな! 足手まといだってのが分からねぇのか!!」

 

 落ち着かない気持ちは理解するが、九重が行ったところで味方を危険に晒すだけだ。

 前回、一誠が一緒に行動させてしまったことで勘違いしているのかもしれない。

 

「レイヴェル! お前はここに居ろ! 俺は、あの嬢ちゃんを連れ戻す!」

 

 レイヴェルが返答するより早くアザゼルはホテルを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九重は京都の町を走り、裏京都への入り口へと向かっていた。

 

「私も、母上たちを助ける手伝いをせねば!」

 

 自分1人だけ安全な場所で待っているなど我慢できず、焦燥に駆られるまま走っていた。その際に術をかけてしまったレイヴェルには悪いことをしたと思いながら。

 

「待っていてくれ、母上……!」

 

 自身に喝を入れて走っていると不意に声が聞こえた。

 

「そこまで会いたいのなら、会わせて差し上げましょう」

 

「お前はっ!?」

 

 後ろから現れたのは京都に着いた際に出くわした鬼の妖怪、貴鬼だった。

 彼は触れるか触れないかの位置まで手の平を九重に近づける。

 

「堕天使の総督が近くに居たのでは手が出しづらかったのですが、自分から離れてくれて助かりました。さぁ。愛しい母上の下まで、私が案内しましょう」

 

 手の平を見つめていると九重の意識は徐々に暗く落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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95話:怪物、覚醒

3話分完成。あと1話書き終われば京都編終了。なんとかそこまでは終わらせたい。


「よぉ」

 

 現れた桜鬼に八坂は鋭い眼光を向ける。

 それにどこ吹く風とはがりに肩を竦めて無言の相手に桜鬼は話を続ける。

 

「そう眉間に皺を寄せるな。お前の会いたがっていた奴を連れてきてやったんだ」

 

 八坂が眉をひそめると桜鬼の後ろから現れた少女に八坂の顔色が変わる。

 

「九重……!?」

 

 桜鬼の後ろに立っていた九重は母に名を呼ばれても反応せず、その表情から感情が消されていた。

 

「堕天使総督の側に居たんで手が出し辛かったのだが、自分から態々単独行動してくれてなぁ。貴鬼(むすこ)が丁重に迎えに行けたというわけだ」

 

「九重を人質にし、妾を従えるつもりか……!」

 

 八坂の言葉を桜鬼は鼻で笑い飛ばす。

 

「言っただろう。この地はお前たちに染まり過ぎたと。霊脈を俺に馴染ませるまでに他の受け皿が欲しくてなぁ。お前なら色々と細工もされかねんが、この小娘なら丁度良い」

 

 悔しそうに唇を噛み、睨みつける八坂に桜鬼は愉しそうに笑みを深めた。

 

「コイツが呼んだグレモリーとかいう連中を始末する。霊脈を俺に移した後に試すには丁度良い相手だ。それが終わればお前のところに娘も帰してやる。もっとも、人格が残っていればいいがなぁ」

 

「貴様っ!?」

 

 とうとう堪え切れなくなり、戸の先に居る桜鬼へと飛び出す。

 しかし、突き出した爪は結界に阻まれ桜鬼に届く事はなかった。

 

「カッカッ! 今の消耗している貴様ではこの結界を破壊することすらできまい。まぁ、大人しくしていることだ」

 

 去って行く桜鬼を、八坂はその美貌を歪めて睨みつけ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、相も変わらず式紙ばかり。いい加減飽きてきたな」

 

 式紙の集団を殴り倒しながら一樹がぼやく。

 

「最上階までの辛抱、よ!」

 

 イリナがエクスカリバーで斬りながら一樹のぼやきに答える。

 

「というより、兵藤先輩とゼノヴィア先輩。この狭い中で敵を飛ばさないでください。危ない」

 

「し、仕方ないだろう! いくらアスカロンでもこれだけ歯応えのない相手では力加減が難しくてだなっ!」

 

 アスカロンを借りたゼノヴィアが戦車の剛腕で式紙を斬りつけると同時に吹き飛ばす。一誠も禁手化の状態で殴っているため加減をしている筈だが敵が吹っ飛び放題である。

 

「皆さん! 外から見た建物の構造上、もう少しで最上階の筈です! 頑張ってください!」

 

「ようやくか! 京都の妖怪たちを困らせてるバカ鬼を、俺がブッ飛ばしてやるぜ!」

 

 前方を走っていた一誠が道を塞いでいる扉を破壊した。

 

 広がっていたのは予想していた座敷などではなく、見渡す限りの一面の荒野。

 それを見た一樹が呆れるように放を鳴らした。

 

「いつもの擬似フィールドってやつか。大人気だな。まぁ、広くなる分は戦いやすくなっていいけどな」

 

 警戒しながら辺りを見渡す。すると、自分たちの上から何かに覆われ、影が出来た。

 

「んっ?」

 

 上を見上げると落ちてきたのは巨大な包丁のような刀を手にした巨漢の男だった。

 

「ハッハーッ!!」

 

 着地と同時に巨大な包丁が振るわれ、ギリギリのところで左右二手に分かれて回避する。

 

「な、なんだぁっ!?」

 

 一誠が驚きの声を上げるのと同時に振り下ろした刃が直角に切り上げられ、ゼノヴィアに向かう。

 それをアスカロンで受け止めると落ちて来た男は不敵に笑い、距離を取って、得物を地面へと突き刺した。

 貫鬼と名乗った優男の鬼と違い、筋肉質な体型に戦国武将のような鎧を身に付けている。

 しかし、額にある2本の角は共通だった。

 

「ようこそ、グレモリーの眷属たちよ。歓迎しよう、と言いたいが、少しばかり早く来すぎたな。こちらの準備が整っておらん。さてどうしたものか……」

 

 顎に手を当てて態とらしく考える素振りを見せる敵にロスヴァイセが前に出て問う。

 

「貴方が、今回の事件を画策した方ですか?」

 

「腰抜けの女狐に政策に付き合うのも限界だったのでな。この地は俺がもらい受けることにしたわけよ」

 

「何勝手なこと言ってやがる! さっさと九重の母ちゃんや京都の妖怪たちを解放しろ!」

 

 噛みつくように怒りのまま叫ぶ一誠に桜鬼はくつくつと嗤う。

 

「威勢がいいな、小僧。だが、ようやく俺もここまで来て、はいそうですかと引き下がる訳にはいかなくてな。先ずはこの地の霊脈を利用して表側にいる人間(ゴミ)どもを排除する必要があるのでな」

 

「ゴミ、ですって」

 

 反芻するイリナに桜鬼はそうだ、と相槌を打つ。

 

「かつて、この地を巡って人間の術者たちと我らは対立していた。結果として表の世界は人間たちが治め、我らは裏へと引き籠り、霊脈を管理することで和平を結んだ。まったく持ってくだらん!」

 

「なにがくだらないってんだ!?」

 

「くだらんさ。今まで散々争っておきながら、和平協定? 八坂に至っては甥まで呪い殺されたというのに、奴らの口車に乗って当時の契約を守っている。所詮奴は(おんな)よな。犠牲を怖れ、勝ち取ることを知らん。だから八雲の協力があったとはいえ、人間たちに捕まるという醜態を晒すのだ」

 

 馬鹿にするように八坂のことを話す桜鬼。

 頭に血が上った一誠だがそれをロスヴァイセが制する。

 

「それで、貴方は一体どうするつもりですか?」

 

「決まっている。先ずはこの地の霊脈を操作し、表側に居る人間たちの生命力をこちらに運ばせている。向こうで、生命力の弱い人間は死人が出始めている頃だろうよ」

 

「なんてことを……!?」

 

 裏京都に侵入する前に聞いた人間が意識を失う事件はやはり彼らが関わっていた。

 このまま行けば京都に住む人間は間違いなく全滅する。

 

「何を驚いている。これは人間どもが妖怪たちにしてきたことでもあるのだぞ。今回はいわば報復行為よ」

 

「報復?」

 

 この場で唯一の人間である一樹が眉をしかめながら訊き返すと、桜鬼はそうだとも! と声を上げた。

 

「近年、日本角地を見ても、どれだけの妖怪がお前たち人間に住処を終われていると思う? 元より住んでいた妖怪たちを術者を雇い入れ追い出す。もしくは殺害する。そうして支配権を拡張してきたのが人間だ。四神を名乗らせていた奴らも元はと言えば日本各地で平穏に暮らしていたところを追われ、京都に流れ着いてきた者たちよ。なればこそ、人間たちを抹殺することにも協力しようというものだ」

 

 桜鬼の話を聞きながらどう反論すべきか迷っていると、ロスヴァイセが再び質問する。

 

「ですが、いくら何でも長年この地を収めてきた九尾の存在がなければすぐに全てを手中に収めることは不可能です。英雄派もだから八坂の姫を誘拐し、彼女を介してグレードレッドをこの地に呼び寄せようとした。だからまだ貴方はこの地の霊脈を完璧に支配下には置いていない。違いますか」

 

 ロスヴァイセの考察に桜鬼が感心したように目を細める。

 

「確かにな。俺がこの地の力を好きに使うには九尾の協力が必要不可欠だ。だが、八坂にそれをやらせてもどのような小細工をしてくるかわからん。だからこそ、代わりを用意したのだ」

 

 言って、指を鳴らすと、空中に立体映像(ホログラム)が映し出された。

 映し出された者の姿を見て一誠が声を上げた。

 

「九重っ!? なんで!? っていうかなんで裸ぁ!?」

 

 映し出されたのは一糸纏わぬ姿で磔にされた九重だった。

 

「余程母親が心配だったようでな。1人ここへと向かおうとしていたのを捕えてやったのよ。おかげで霊脈の扱いが大分楽になったぞ」

 

「くそ! 先生たちと一緒に居たんじゃないのかよ!?」

 

「どうせアザゼル先生が煙草でも吸ってる間に逃げ出したんだろ。たく、あのガキ。トラブルしか持ってこれねぇのか!」

 

 一樹が忌々し気に映し出された九重を見て吐き捨てていると何かに気付いたようにイリナがハッとなって一樹の腕を掴んだ。

 

「ダメよ一樹くん!? 君には白音ちゃんがいるんだから! いくら小さい子好きだからってそんなエッチな眼でみるなん────あいたっ!?」

 

 一樹がイリナにチョップで黙らせる。

 その眼はとても冷ややかだった。

 

「馬鹿かお前。あんなガキの裸なんて見て勃つわけねぇだろ。お前は俺を何だと思ってんだ!」

 

 手で押さえている頭に何度もチョップをする一樹。

 イタイイタイッ!? と叫び出したところで溜息を吐いて腕の動きを止める。

 涙目でだってーと抗議するイリナ。

 そのやり取りに声を上げて笑った桜鬼は少し考え始める。

 

「しかし先程も言ったが、貴様らが早く来過ぎた所為でまだ霊脈が俺用に調整するにはもう少し時間がかかる。だがせっかく来た客人を待たせるのもなぁ」

 

「遠慮なんていらねぇ! 今すぐアンタをブッ飛ばして! 九重や京都の妖怪たちも助け出してやるぜ」

 

 拳を握る一誠に桜鬼はまぁ、待てと制する。

 

「俺も今は集中したいのでなぁ。スマンが、別の遊び相手を用意させてもらおう」

 

 言うと、桜鬼は自分の親指を噛み切り、印を結んで地に手をつけた。

 

「口寄せの術!!」

 

 手から陣が広がり、何かが召喚される。

 現れたのは巨大な牡牛だった。

 息を荒くし、暴れまわる前兆のような荒々しさだった。

 

「俺が飼っている妖牛だ。コイツがしばし貴様らの相手をしよう」

 

 桜鬼が立ち上がるのと同時に牛が爆発するように突っ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「賊めっ! ここから先は通さっ!?」

 

 向かってきた1人の妖怪が黒歌と目を合わせるとそれだけで意識を失い、倒れた。

 目が合うと同時に幻術を叩き込んで強制的に意識を奪ったのだ

 

「なるほど。外は式紙に任せて、主だった妖怪は地下を守っていたのね」

 

「ということは、地下に京都の妖怪たちが囚われているというのは真実味がありますわね」

 

 地下へと侵入したリアスたちは囚われている妖怪たちを捜索していた。

 次々と現れる妖怪たちを祐斗と黒歌が撃退し、たまにギャスパーが停止の魔眼で時間ごと止める。

 しばらく進んでいると黒歌が立ち止まり舌打ちした。

 

「やっぱり。敵も相当できるわね。めんどくさい術を」

 

「どういうこと?」

 

 ダルそうに腰を曲げる黒歌にリアスが質問する。

 

「つまり、ここの空間はある一定のところまで移動すると入口付近まで戻されちゃうのよ。術の起点を見つけるか、術者を倒すか。はたまた大火力で術そのものを破壊するか」

 

「……ここは地下よ。最後の選択肢をしたら、城が崩壊してしまうわ」

 

「そ、そうなったら僕たちここで生き埋めになっちゃいますぅうううっ!?」

 

 リアスとギャスパーの言葉に黒歌は分かってるわよ返す。

 

「術を破るだけならそういう手段も有るって話。ま、地下である以上、術の起点は私たちが触れられる位置に有る筈よ。もっとも、バレないように隠してると思うけど、頑張って探しましょ」

 

 パンパンと叩き、黒歌が起点探しを促した。

 

「しかし、そこまで厳重に守っているのなら、京都の妖怪たちと僕たちが接触するのを向こうは怖れているということですね」

 

「九尾を解放できれば形勢は一気に傾く可能性があるわけだしね」

 

 祐斗の問いにリアスが憶測を答える。

 少なくとも敵側に有利になるということはない筈だ。

 

 そうして辺りを探索していると、彼女たちに視線を向ける

 その視線が1人に定められる。

 

「なるほど。まだ未熟ながら、素晴らしい素質の持ち主のようですね」

 

 ギャスパーの影から人型の影が出現し、その首に手をかける。

 

「んぐっ!?」

 

「ギャスパー!?」

 

 リアスが叫ぶと塗料が落ちるように人型の影から見知った顔が現れた。

 

「貴方は────っ!?」

 

 それは、貫鬼と名乗った鬼の術者だった。

 

「ようこそ。グレモリーの悪魔たち。ですがここで足を止めてもらいましょうか」

 

「っ! ギャスパーを放しなさい!!」

 

 敵地で一瞬とはいえ気を緩めてしまった自分の迂闊さを呪いながらリアスが叫ぶ。

 その声に貫鬼は答えずに自分の人差し指を親指の爪で傷つけ血を流した。

 

「吸血鬼。それもこれ程の潜在能力を秘めた個体は珍しい。少しばかり、解放させてもらいましょう」

 

 貴鬼がギャスパーの口に指を突っ込み、無理矢理その血を飲ませた。

 

「あ────あ、あ、あ、あうあっ! あぁあああああああっ!?」

 

 瞬間、ギャスパーは自分の心臓が大きく鼓動を刻んだのを感じ、瞳孔が開かれ、意味を為さない言葉で叫び始めた。

 

「ギャスパーくんっ!?」

 

「みなさ……にげ……っ!?」

 

 その意味が伝わる前に、ギャスパーの魔眼は最大限────いや、限界を越えて発動した。

 発揮された拘束力はリアスたちの抵抗力を大きく上回り、時間ごと停止させる。

 貴鬼は呪術を込めた血をギャスパーに飲ませ、彼の中の力を暴走状態まで力を放出させている。

 

「なるほど。素晴らしい。しかし怖ろしい。私がこの距離で制御しなければたちまちここら一帯ごと停止していた。貴女は、危険だ」

 

 その光景を、硝子張りで隔てたように視認しながら思い出していたのはいつかの旧魔王派の魔術師たちに利用された時。

 あの時は、リアスと一誠の救援によって事無きを得た。

 だが今はリアスたちは停止し、一誠たちはこの場にはいない。

 ここは、自分が何とかしなければ、リアスたちを殺す手伝いをさせられることとなる。

 

(イヤだ! イヤだ! イヤだ!!)

 

 そう思っても神器も体も思うように動いてはくれなかった。

 

「先ずは、近くに居る剣士から消えてもらうとしましょう」

 

 すぐ後ろから強い力を感じる。

 このままでは仲間が────。

 

 ギャスパーの中で緊張が限界まで高まる。

 そうして、彼の中の殻が、ピキリと亀裂が入った。

 

「なっ!?」

 

 突然のギャスパーの変化に貴鬼は本能的に距離を取った。

 首だけを動かしてこちらを無表情で見るギャスパー。

 視界から外れたことでリアスたちの拘束が解かれる。

 

「なに、アレ……?」

 

 黒歌の呟きに誰も答えることが出来なかった。

 

『死ね』

 

 その呟きと共に辺り一面が一瞬で暗黒に包まれた。

 

「地下にかけられていた妖術をそのまま喰たべた!?」

 

 黒歌の驚きに皆が気を取られる暇もなく、ギャスパーから発生した暗黒が貴鬼へと襲い掛かる。

 それを妖術で喰い止めようとするが、紙壁のように意味を為さず、消し去られた。

 

『無駄ダ。オ前の力ハ、僕が全テ、喰ってヤッタゾ』

 

 その異様な雰囲気と常軌を逸した力に黒歌がリアスに問う。

 

「素質のある子だとは思ってたけど、アレ、単なるハーフ吸血鬼じゃないわよね? リアス・グレモリー。アンタ、いったい何を眷属にしたの?」

 

「ヴァンパイアの名門ヴラディ家がギャスパーを蔑ろにしていたのは、停止の魔眼ではなく、これを知っていたから? 恐怖から、あの子を遠ざけていたというの……?」

 

 リアス自身明確な答えを持たず、険しい表情でギャスパーの後ろ姿を見ていた。

 あらゆる妖術を喰らい、遂には貴鬼の腕に手をかける。

 暗黒で覆われた右腕は、初めから存在しなかったかのように消去された。

 しかし、そこまで。

 暗黒が胴体に届く前に、貴鬼はその場から転移して居なくなってしまった。

 

「あ、う────―」

 

「ギャスパーくん!?」

 

 敵が消えたことで気が抜けたのか膝から崩れ落ちるギャスパーに祐斗が駆け寄る。

 そこには先程の姿が嘘であったかのように静かな寝息を立てる後輩がいた。

 

「ヴァンパイアのヴラディ家には訊かなければいけないことが出来たようね。もっとも彼らが快く答えてくれるとは思わないけど」

 

 吸血鬼は悪魔を含む他種族を嫌い、悪魔以上に上下関係の厳しい社会だ。

 リアスが以前ギャスパーのことを質問した際も結局なにも答えは帰って来なかった。

 

 しばし沈黙が流れるが、朱乃が話を切り出す。

 

「とにかく、今は前に進みませんか? 妖術も解けたようですし、ここで立ち止まっていても仕方ありませんわ」

 

「……そうね。その通りだわ」

 

 ここで考えてギャスパーの答えが得られるわけでは無い。

 今やらなければいけないのは京都の妖怪たちを解放することだ。

 

 先へと進み、奥の間へと辿り着く。

 黒歌に何かの術がかかってないか調べてもらったがそれらしい術は感じられないことを確認して戸を開けた。

 すると、そこには────。

 

「これは……!?」

 

 そこには、信じられない光景が広がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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96話:久々のダッグ

「だぁりゃあああああっ!?」

 

 高速で突進してきた牡牛を一誠が正面から拳を叩き込む。

 

「なっ!? 嘘だろっ!!」

 

 頭部に叩きつけた拳はあっさりと力任せに弾かれる。

 一誠が着地すると同時に牡牛の口から広範囲の炎が吐き出された。

 それを一誠の前に出たゼノヴィアがデュランダルのオーラで相殺する。

 

「クソッ! 日ノ宮みてぇなことを……!!」

 

「口を動かしてる暇があるなら動け! 来るぞっ!!」

 

 ゼノヴィアの言うとおり、牡牛は僅かな予備動作の後に、高速で突っ込んできた。

 その暴走車のような荒々しさほ、もし轢かれれば、自分たちの肉体を容赦なくその巨体で蹂躙してくるだろう。

 

「止めます! ゼノヴィアさん! イリナさん!」

 

 まじゅつで編まれた鎖が幾重にも牡牛に絡まり、その突進を動きを止めた。

 

「はぁっ!!」

 

「斬るっ!」

 

 左右からイリナとゼノヴィアが渾身の力で剣を突きと斬擊を繰り出させる。

 しかし、薄皮一枚で互いの刃が止まった。

 

「っ!?」

 

 驚く間もなく鎖を引き千切るために牡牛は暴れだし、2人を弾いた。

 

「生半可な力ではそいつの身体を傷つけることはできんぞ」

 

 得意気に話す桜鬼。

 そんな鬼に一樹と白音が襲いかかる。

 

「なるほど。数の利を活かして俺を先に仕留めにきたか。しかし!」

 

 桜鬼は一樹の槍を掴んでそのまま脇に蹴りを入れて飛ばす。

 続いて白音も桜鬼の頭部に苦無を投げ、頭を動かして避けられたところを転移で跳び、背後から螺旋丸を叩き入れようとする。

 だが、ギリギリのところで武器に防がれ、皹を入れたが、敵本体には不発に終わった。

 

「っ!!」

 

「飛雷針か。珍しい術を使うな、小娘。それもその耳と尾。猫又か。悪魔に力を貸しているとは────」

 

 桜鬼の呟きに答えずに白音はそのまま螺旋丸の攻撃時と同時に張り付けておいた起爆符を爆破させる。

 背中と肘から爆発が起こり、白音の腕を放すと後ろに跳んで距離を取った。

 爆発の中から出て来て桜鬼は無傷のまま笑っていた。

 

「……手強い」

 

 眉を寄せて呟く。

 見た目から典型的なパワーファイターかと思えば経験に裏打ちされた勘と技術を備えている。

 どう攻めるべきか僅かに思案していると牡牛を相手にしていた向こう側に変化が起こった。

 

 

 

 

「ドラゴン・ショットォオオオオオオッ!!」

 

 ロスヴァイセが拘束する鎖を増やし、一誠がドラゴン・ショットを撃ちこむ。

 しかしこれはただの時間稼ぎに過ぎない。

 本命は2人の聖剣使いだ。

 

「ゼノヴィア! イリナ! いっけぇ!!」

 

 牡牛に狙いを定め、聖剣デュランダルとエクスカリバーを重ね合わせ、互いのオーラを相乗させていく。

 これは京都で2人が見せた合体攻撃。

 

「今回は単純に、破壊と天閃の聖剣の特性で一気に貫くわっ! ゼノヴィア! 全開までデュランダルのオーラを高めて!」

 

「分かっている!」

 

 前回は無数に枝分かれしたオーラだが、今回は一点特化の巨大な刃として放出した。

 真っ直ぐと形作られたオーラが牡牛の身体を貫く。

 体を貫かれてなおも暴れようと動く牡牛に刃を上へと動かして両断されていく。

 

「よっしゃあ!!」

 

 完全に身体を切断されてようやく牡牛の脅威が去る。

 肩で息をしながらも2人は本当に倒すべき敵に視線を向けていた。

 

 桜鬼は顎を撫でる。

 

「やるな。だが、間に合わなかったな」

 

 その言葉がどういう意味だったのか。それはこの場に響き渡った苦痛の悲鳴に響き渡った。

 

『あ、ああああぁあああぁああああっ!?」

 

「九重っ!?」

 

 裸の九重の身体。爪先から天辺まで紋様が浮かび上がる。

 同時に桜鬼の足下から陣が展開され、中心に膨大な力が流れ込んでいた。

 

「クソッ!? どうなってんだよっ!!」

 

 鳴り止まない九重の悲鳴。

 それに被せるように桜鬼の哄笑が届く。

 

「ハハハッ!? 凄まじい!! 凄まじいではないか! これがなガキよりあの女狐が手にしていた力か!!」

 

 陣の中心に立つ桜鬼の肉体が徐々に変化していく。

 190㎝前後だった2mにまで伸び、筋肉ななおも膨れ上がる。

 人と変わらない肌色だったそれは煉瓦のような赤色へと変化し、額から突き出た2本の角は更に伸びた。

 そして何より、肌で感じるこのオーラ。先程とはまるで別物だった。

 

「まだ完全とはいかぬが、慣らし運転には丁度良いな」

 

 感触を確かめるように手を動かす。こちらに振り向くと全員が警戒を一気に強めた。

 

 なのに────。

 

 

「え?」

 

 間の抜けた声を出したのはアーシアだった。

 桜鬼から一番遠い位置に居た筈のアーシア。

 しかし、鬼はアーシアの眼の前に現れ、自身の獲物を掲げていた。

 

(速い!?)

 

 ロスヴァイセが心の中で驚く。

 

「治癒の術を使う者を先に排除するのは定石だろう? 1番最初に死んでも哀しむことはない。すぐに全員浄土に送ってやる」

 

 稲妻のような速度で振り下ろされる巨大な刃。

 その凶器は間違いなくアーシアの頭部へと振り下ろされ────。

 

「アーシアッ!?」

 

 しかし直前にゼノヴィアがデュランダルの割り込ませ、アーシアへの攻撃を防いだ。

 

「私の友達を傷付けさせはしないぞっ!!」

 

 ゼノヴィアが力づくで押し返そうとするが、敵の刃はピクリとも動かない。

 リアスの戦車であるゼノヴィアのパワーは彼女自身の素養もあり相当なレベルにある。

 だが、片腕の相手。それも力を入れてるように見えない桜鬼にじりじりと押され始めていた。

 もちろん、それを黙って見ている周りではない。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

「2人から離れなさい!」

 

 一樹が首を目がけて炎の斬撃を飛ばし、イリナが桜鬼の腕にエクスカリバーを伸ばす。

 エクスカリバーの刃は桜鬼の腕で停止し、炎の斬撃は後ろの首皮1枚を切っただけだった。

 

「うそぉ!?」

 

 イリナが素っ頓狂な声を上げる。

 しかしそれも全く無意味だったわけではなく、瞬発的に力を入れたゼノヴィアが桜鬼の獲物を弾いき、アーシアを抱えて後ろに下がった。

 

「傷が、治った……?」

 

 一樹が切ったはずの首の傷は瞬きする合間に治癒されていく。

 

「霊脈の力を俺個人の物として扱っているのだ。この程度の傷、一瞬で治癒できる」

 

「なら、治らねぇくらいボッコボコにしてやるよ!!」

 

 跳躍した一誠が桜鬼に目がけて拳を振るう。

 避けられると反対側から一樹が槍を突き出す。

 2人の攻撃を鼻で嗤い、一誠と一樹の頭を鷲掴みにすると、地面へと叩きつけた。

 

「ぐっ!?」

 

 呻き、動きが止まったところを跳び、2人の体を踏み付けた。

 自身の獲物で斬り殺そうとしたが、砲撃により桜鬼は弾き飛ばされる。

 

「2人はやらせません!!」

 

 幾つもの魔法陣を展開し、敵を捉える。

 ロスヴァイセによる魔術のフルバースト。

 反撃など許さぬと連続で魔術を撃ち込んだ。

 

「これで、少しは……」

 

 肩で息をしながら爆煙の見る。

 気を抜いた一瞬で高速で巨体が接近してきた。

 

「ハッハーッ!!」

 

 勢いは緩まず、そのまま桜鬼はその太い腕をロスヴァイセの首にかけると壁岩へと叩きつける。

 衝突した壁にクレーターができ、ロスヴァイセはの体はそのまま意識と一緒に崩れ落ちた。

 

 桜鬼に左右からゼノヴィアとイリナ。そして白音が上空から襲いかかる。

 先ず、白音を避け、蹴り飛ばすと、イリナが擬態の能力で枝分かれしたエクスカリバー四肢と胴体を絡め取る。

 しかし、エクスカリバーの糸を引っ張られ、頭部に頭突きを喰らわされ動きが静止する。直後に腹を殴れエクスカリバーを手放して飛ばされ、地面を何度もバウンドして動かなくなった。

 最後にデュランダルの突きを腕で受け流し、流れるように頭に裏拳を入れる。

 しかしゼノヴィアは億さず、横凪ぎに剣を振るうが、それも膝で蹴り上げられて防がれた。

 ゼノヴィアが一瞬棒立ちになる。

 その隙を桜鬼が見逃すはずもなく、手にしていた強大な包丁を逆に横に振るい、ゼノヴィアの体を通過させた。

 

「クソ……」

 

 一拍遅れてゼノヴィアの下半身が立ったまま、上半身が地面へと倒れた。

 

「イヤァアアアアアアっ!? ゼノヴィアさんっ!?」

 

 アーシアの叫びが響くと同時に白音が動く。

 ゼ2つに分かれたノヴィアの体を触れて、アーシアの下まで転移した。

 

「アーシア先輩、治療を早く!! まだ、間に合います!」

 

「え?」

 

 さすが、悪魔と言うべきか、ゼノヴィアはまだ、生きていた。

 だが、それもこのまま放置すれば本当に死んでしまう。

 

 白音の言葉を理解したアーシアは表情を引き締めて上下くっ付けた肉体の治療に入る。

 

「こんな戦場のど真ん中で、治療(そんなこと)を許すと思うか?」

 

 印を結ぶと膨大な水量が出現し、巨大な龍をだった形作った。

 

「水遁、水龍弾の術!」

 

 水の龍が3人に襲いかかる。

 ゼノヴィアの治療で動けない2人にそれを避けることも防ぐことも出来ず────。

 

「殺らせるかよ!」

 

 間に黄金の車輪が割って入り、水の龍を防いだ。

 空かさずに一誠が桜鬼にストレートを繰り出した。

 

「オラァ!!」

 

「ぬっ?」

 

 火事場の馬鹿力か、桜鬼の体が大きく下がる。

 

 アーシアたちを守るように前に立つ一誠と一樹。

 

「アーシアの治療の邪魔はさせねぇ! ここでぶっ潰してやる!」

 

「白音も手伝ってやれ。ゼノヴィアもだけど、イリナとロスヴァイセ先生も危ねぇ!」

 

 遠目からでは確認できないがロスヴァイセは首が折られている可能性が在る。イリナも骨と一緒に内臓が傷ついているかもしれない。

 とにかく一刻も早く手当てしないと危ないのは確実だろう。

 

「……大丈夫?」

 

「やるしかねぇだろ」

 

 言って一樹はボロボロになったコートを脱ぎ捨てた。この件が終わったら京都の連中に弁償させようと心の中で誓いながら。

 肩を並べて桜鬼に向かって構えていると、一誠が笑みを浮かべる。

 

「日ノ宮。お前とこうして2人肩並べて戦うのも久しぶりだな。ライザーとのレーティングゲーム以来じゃねぇか」

 

「半年くらい前だっけか? もう2年くらい前のような気がするんだけどな」

 

「……そういうメタ発言やめろよ」

 

 軽口を言い合う2人の少年に桜鬼の哄笑が響く。

 

「今更、お前ら2人だけで俺に勝てると思っているのか?」

 

「別に、いつだって勝てると思って戦ってたわけじゃねぇしな。勝たなきゃなんなかったから戦っただけだ。今回だってな」

 

「あー。そういやそうだな。いっつもデタラメな奴らばかりだったもんな」

 

 一樹の言葉に悪魔になってからの戦いを振り返って一誠が顔を引きつらせて笑う。

 何とか勝てたこともあった。

 どうにか生き延びただけの戦いがあった。

 それでも何とか命を繋いできたのだ。

 

「こっからはマジでやるぞ、日ノ宮!!」

 

「あぁ。コイツをのさばらせたら碌なことにならないだろうからな!」

 

 一誠の禁手の鎧が変化し、余分な部分が削ぎ落され、ブースターが増設される。

 一樹も四肢に炎が纏わり、そが消えると黄金の鎧が装着されており、水の龍から守った車輪を肩の位置に浮遊させる。

 

「とりあえず今は出来る限りこのバカ鬼を引き離すぞ! アーシアたちの邪魔になるからな!」

 

「言われるまでもねぇ!! ゼノヴィアは将来俺の眷属として付いて来てもらう大事な仲間だからな!」

 

 一誠がブースターを作動させ、一気に桜鬼に接近する。

 桜鬼に武器がこちらに届く前に騎士から戦車の駒へと変化し、肘の部分の撃鉄を起こしたソリッド・インパクトを叩き込む。

 これには僅かに桜鬼も顔を歪め、後ろへと飛ばされる。

 反撃を試みようと妖気を圧縮した弾を撃ち出すが、一樹が炎の斬撃を飛ばし、意識を逸らさせ、その隙に一誠が打撃を撃ち込みさらにさらにとアーシアたちから距離を取らせる。

 

 空中から接近した一樹に桜鬼が刃を振るうが、それを鎧の足で防ぎ、足場にしてもう一度ジャンプすると、背中から炎の翼を噴かす。

 その勢いのまま弾丸のように突っ込むと、大きく振りかぶって一樹を薙ぎ払う。

 ガラ空きになった胴体に一誠が騎士の特性でタックルし、前へ前へと運ぶ。

 ある程度距離を取ったことを確認し、一樹が槍を腕輪に戻した。

 

「10秒の時間稼ぎ、出来るか!」

 

「馬鹿にすんなっての!!」

 

 そのまま形態を戦車に戻し、桜鬼に肉薄する。

 赤龍の鎧と強大な包丁が衝突する。

 その衝突だけで地面にクレーターが生まれた。

 

「ハッ! 先程とは別物だな! 始めからそれを使っていればいいモノを!!」

 

「うるせー!! まだ全然使いこなせてねぇから、周りに仲間がいると逆に使い辛いんだよ!」

 

 通常の禁手より能力を尖らせた分、赤龍帝の三叉成駒はまだ一誠には扱い辛い形態だった。

 騎士の加速で仲間に衝突する可能性が在るし、戦車や力で仲間を殴ったら目も当てられない。僧侶に至ってはその砲撃範囲から乱戦になると仲間を撃ってしまう可能性が高い。

 通常の禁手でも可能性がないわけではないが、使い慣れたあの形態なら周りが連携を合わせられる。

 速度はなくとも敵の攻撃を受け止め、そのまま反撃に転じられる戦車は特に一誠と相性がいい。

 それでも敵の力は強大であり、一撃を貰う度に一誠の鎧に罅を入れてくる。

 何度か同じところを攻撃されたら、それだけで生身ごと斬られるだろう。

 戦車のパワーでようやく戦闘に持ち込める。目の前の鬼はそういう相手だった。

 

「だりゃぁあああああああっ!!」

 

 放った拳が地面に当たると地割れが起きた。

 そしてこの瞬間にきっちり10秒が経過していた。

 

「日ノ宮ぁ!!」

 

「準備、完了だ!」

 

 手を空に掲げた一樹。

 さらにその上を見ると、そこには巨大な炎の玉が出来上がっていた。

 それはまるで────。

 

「太陽────!」

 

 呟く桜鬼。

 

「アムリタの、真似事じゃねぇけどな!!」

 

 一樹が腕を振り下ろすと、人が作った小さな太陽が桜鬼に向かって墜ちる。

 しかし、桜鬼は馬鹿にしたように嗤う。

 

「そんなデカいだけの炎が当たるとでも思ったか!!」

 

 ただデカいだけの炎。避けることも相殺することも不可能ではない。

 

「思っちゃいねぇよ!」

 

 パンッと両の手を合わせる。

 すると、落ちてきていた太陽は割れ、小さな火の玉になり、一帯に降り注ぐ。

 流星のように落ちてくる炎。

 京都でアムリタが射った技を参考に一樹が編み出した炎だった。

 

「このっ! 小賢しいわっ!!」

 

 再現なく墜ちて襲ってくる炎の玉が鬱陶しくなった桜鬼は妖気の壁を作り、防ぐ。

 視界が覆われた中で、気配だけは鋭敏に感じ取り、そちらに刃を振るった。

 槍と包丁が衝突し、鉄の音を鳴らす。

 鍔迫り合いをしながら一樹は疑問を口にする。

 

「その武器……白音の螺旋丸で皹入ってたよな? なんで直ってんだよ!」

 

「フンッ! そこらのナマクラと一緒にするな。この太刀の銘は断刀・首切り包丁と言ってなぁ。この太刀がいくら傷を負っても斬った敵の血。その鉄分から再生する刃毀れは無意味な特別製だ!」

 

「ゼノヴィアの血か……!」

 

 先程斬られた仲間のことを思って一樹は苦々しい表情をする。

 桜鬼の猛攻を一樹は槍や鎧で受け流し続ける。

 しかしそれも長くは続かず。重い一撃を受け止めて体勢が崩れた際に体を蹴られ。後ろに転がるが、すぐに立て直し、棒高跳びの要領で跳ぶと矛先に炎を纏わせて槍を振り下ろした。

 

「そろそろ、だな……!」

 

 ボソッと呟き、一樹は桜鬼の肩を蹴って跳んだ。

 そして炎を生み出すと、桜鬼を囲うように広がる。

 

「やれ! 兵藤っ!!」

 

「まっかせろぉ!! ふっ飛ばしてやるぜ!!」

 

 距離を取っていた一誠が僧侶へと形態を変え、肩の砲身から倍加を重ねた膨大な魔力が集約されていた。

 

「最大出力の、ドラゴンブラスターァアアアアアっ!?」

 

 圧倒的な広範囲で発射されたドラゴンブラスター。

 それは桜鬼の躱しきれないタイミングだった。

 炎に囲まれた桜鬼はそのまま一誠の砲撃に飲み込まれる。

 鍛え続けたその威力はサイラオーグ戦で放った一撃の比ではない。

 津波のような魔力の波に押し流され、肉体をバラバラにされるほかない。

 だが、霊脈を仮にとはいえ我が物にした桜鬼の力も尋常ではない。

 首切り包丁を地面に突き刺して盾にし、押し流されるのを防ぐ。

 その際に首切り包丁の刀身が破壊されたが、桜鬼自身は掠り傷程度の怪我だった。

 

「……クソッ! ドラゴンブラスターでも仕留められねぇか!」

 

「中々だったぞ赤龍帝の小僧。コイツがなければもう少し手傷を追っていた」

 

 殆ど柄しかない首切り包丁を納める。

 

「礼に、貴様らを全員殺し、その血をこいつを元に戻す為の贄にしてやろう」

 

 指を鳴らし、殺気を向けてくる。

 

「アレでもダメか。さて次はどうすっかなぁ……」

 

 冷や汗を流しながら顔を覆って次の手を考える。

 構えながら思考していると、一誠が声をかけてきた。

 

「日ノ宮」

 

「あ?」

 

 振り向くと一誠がジェスチャーをしていた。

 それを見て一樹は一瞬嫌な顔をする。しかし状況的に追い詰められているので頭を掻いて舌打ちした。

 

「それしかねぇか……」

 

「作戦は決まったか?」

 

 桜鬼の質問に答えず、一樹が突進する。

 

「また貴様だけか。2人がかりで来たらどうだ?」

 

「余計なお世話だ!」

 

 持っていた槍に炎を纏わせ、地面に走らせてから振り上げる。

 だが、その炎を無視して桜鬼は直進し、一樹を殴る。

 それを手甲で受け流し、投げ飛ばすが、捕まっている腕を外して体を蹴られて着地された。

 着地と同時に踵落としを繰り出され、頭を両腕で守るがそのまま力押しで地面へと叩きつけられた。

 

「ガッ!?」

 

 頭が揺らされ血が流れ、吐き気がするが大丈夫だと自分に言い聞かせ、グラついたままの膝で立たせる。

 

「粘るな。そろそろ諦めたらどうだ」

 

「ざけんな。さっさとアンタを潰して帰んだよ。そっちこそ大人しく退治されろな」

 

「ハハハッ! 惜しいな。貴様が妖怪なら、俺の部下にしてやったものを」

 

「ゼッテェやだ。死んでもごめんだっつの!」

 

 拳に炎を纏わせ、腹に叩き込む。

 しかし相手は微動だにせずにいる。

 

「そうか……ならば、ここで死ぬしかあるまいよ」

 

 一樹の首を掴み持ち上げる。苦し気に呻き、腕を外させようとするが、その太い腕が力を緩めることはなかった。

 そのまま一度地面へと叩きつけるが、一樹も顎に蹴りを入れて腕を外させ距離を取る。

 

「今だ、兵藤!!」

 

「本日2発目の、ドラゴンブラスターッ!!」

 

 再び砲身から膨大な力の奔流が放たれる。

 しかしその直前に桜鬼が一樹に近づき、蹴り飛ばし、自分は跳躍した。

 蹴り飛ばした先がドラゴンブラスターの砲撃範囲だった。

 成す術もなく砲撃の波に呑まれる一樹。

 

「馬鹿め! 味方を撃ち殺しおったわ!!」

 

 空中で嘲笑するが一誠もまた口元を吊り上げた。

 

『Transfer!!』

 

 一誠が放ったのはドラゴンブラスターではなく倍加の譲渡だった。

 レイヴェルが転入してきた当初、赤龍帝の三叉成駒の運用を模索している際に皆で意見を出し合っていた時、レイヴェルからこんなことを訊かれた。

 

 ”僧侶の砲身から倍加の譲渡を撃ち出すことは出来ませんか? ”と。

 

 それを聞いた一誠たちは衝撃を受ける。

 レイヴェルの言葉が可能になれば僧侶の形態は運用の幅が大きく増えるからだ。

 それから四苦八苦してどうにか倍加の譲渡を飛ばせるようにした。

 直接受け渡すより効果は下がるが、それでも有用な力には違いない。

 その際に敵に揺さ振りをかけることはもちろんだが、味方にも判るように砲撃と譲渡の違いを判断するジェスチャーを幾つか決めていた。

 それはもちろん一樹も知っており、その力は高められていた。

 

 一樹の槍の全体が炎に覆われる。

 ここで一樹が出す技は1つ。

 

梵天よ、(ブラフマーストラ・)

 

 槍を投げる態勢をとり、空中から落ちてくる桜鬼に狙いを定めた。

 

我を呪え(クンダーラ)ッ!!」

 

 投げた槍は炎を撒き散らしながら桜鬼へと直進し、間違いなく直撃する。

 防ごうとした桜鬼が腕を突き出すと、槍から大爆発が起こり、その体全体を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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97話:真の英雄は――

今回で戦闘終了。


「これは──っ!?」

 

 部屋の中を見てリアスは言葉を失った。

 そこに居たのは京都の妖怪たち。

 驚くのはそこではなく、彼らは全員拘束され、呪符や管のような物が巻き付けられており、呻き声を発していた。

 

 黒歌が近くに居た妖怪の体に触れる。

 

「どうやら、この呪符や管が妖気を吸い取ってどこかに送ってるみたいね。完全にエネルギータンクとして扱ってる。いい趣味してるわ」

 

「なんてことを……!?」

 

 黒歌の言葉にリアスが表情が歪む。

 従わないなら生命としての権利すら認めない、と言うことなのだろう。

 本来、同胞であるはずの彼らへの扱いにリアスは嫌悪を隠せずにいた。

 他の面々もそれは同様らしく、眉間に皺を寄せている。

 

「黒歌! 彼らを解放する方法を調べてちょうだい! 一刻も早く!」

 

「はいはい。えーと、これがこうなってるわけだからー。ん?」

 

 何かに気付いたように、黒歌は足を奧へ奧へと進ませる。

 

「どうしたの? 黒歌」

 

「こっちから、一段と強い結界の気配がね」

 

 進んでいくと、そこには大きな木製の扉とそれが見えなくなるほどに貼り付けられた呪符だった。

 その扉を嗅ぐ仕草をすると確信する。

 

「この妖気と匂い、間違いないわ。この奥に居るのは、狐の妖怪よ。これだけ大事に守ってるってことは──」

 

「八坂の姫っ!?」

 

 続くリアスの回答に黒歌はでしょうね、と頷いた。

 呪符を剥がしていく黒歌が段々面倒になったのか指先から火を出し、燃やして床に落ちた符を足で火を消すを繰り返す。

 リアスと祐斗も手伝い、粗方呪符を処理して扉を開いた。

 

 中にはそこそこ広い座敷。

 その奥にその女性はいた。

 彼女は驚いたようにリアスたちを見る。

 以前、顔合せたときよりやつれて見える八坂の姫。

 何を言ったらいいのか分からずに狼狽している八坂の姫にリアスが前に出た。

 

「お久しぶりです。リアス・グレモリーです。此度は貴方の娘、九重殿の要請を受け、救援に参りました」

 

 落ち着かせるように話すリアスに八坂はその腕を掴んだ。

 

「頼む! 探してくれ! このままでは、あの子が!? 九重が!!」

 

 懇願する姫にどういうことなのか訊き、事情を説明されるとリアスたちは顔を青褪めさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラフマーストラの攻撃から槍が一樹の手に戻る。同時に一誠が肩に手を置いた。

 

「やったな、日ノ宮! これならいくらアイツでも!?」

 

 一樹のブラフマーストラは事威力に関しては一誠のドラゴンブラスターを凌駕している。その上倍加の譲渡まで行ったのだ。これで生きている筈はない。

 そう思い、一樹の背中をバシバシと叩く一誠だが、一樹の表情は険しく、思っても見ないことを言った。

 

「悪い、兵藤。今回は俺のミスだわ。流石に予想できなかった」

 

「は? なに言ってんだよ?」

 

 一樹の言葉の意味が分からずに疑問に思っているとドライグが声を発した。

 

『日ノ宮。お前も気付いたか?』

 

「自分の事だしな。今まで試さなかったことがここで裏目に出るなんて……これじゃあ、たぶん────」

 

「おい! 2人ともなんだよ! 何か問題あったのか!!」

 

 一樹とドライグの会話の意味が分からずに声を上げる一誠にドライグが簡潔に答えた。

 

『いいか、相棒。倍加の譲渡は失敗した』

 

 ドライグに言われて一瞬間の抜けた表情をした後に動揺からたじろいだ。

 

「え? で、でも俺たちはちゃんと────」

 

「あぁ。兵藤はちゃんと倍加の譲渡をしてくれた。問題は、俺の鎧がその効果を全部弾いちまったんだよ」

 

「弾いたぁ!?」

 

 一樹がガリガリと頭を掻いて表情を歪める。

 

「どうやらこの鎧は、外部からの強化能力は受け付けないらしい。(じぶん)以外のパワーアップは認めないってか? 意外と独占欲が強いなコレ」

 

「冗談言ってる場合か!! それじゃあ────」

 

「あぁ、来るぞ!!」

 

 爆発の炎から人型が落ちてくる。

 もちろんそれはさっきまで敵対していた鬼だった。

 

 地面に落下すると、のそりと立ち上がる。

 その体には、多くの火傷跡が残っていた。

 

「くくく……流石に今のは死ぬかと思ったぞ。あぁ、認めてやろう! お前たちは大した餓鬼だ!」

 

 全身の火傷が急速に癒されていく。

 霊脈の恩恵により、全身火傷ですらそう治るのに時間はかからないらしい。

 

「どうすんだよ!? もうあれしかないと思ったから力送ったのに!! もうそう長く戦える体力なんて残ってねぇぞ! 大体、お前がもっと早く倍加の譲渡を試させてくれりゃ、こんなミスしなかったのに!!」

 

「仕方ねぇだろ!! 俺だって自分への強化が無効化されるなんて思わなかったっての!!」

 

「開き直んじゃねぇよ! ホントにどうすんだよ! もう打つ手なんて!」

 

 グチグチと文句を言う一誠に一樹がキレる。

 

「少しは自分でも考えろよ!! それにな! お前がドラゴンブラスターでアイツを倒せれば問題なかったんだろうが!! 新聞紙だって42回折れば月まで届くって言われてんのに仕留められないってどういうことだよ!! この、ぼくのかんがえたさいきょうのきょうかそうび! みたいな神器持ってるくせにっ! ちょっとはその新聞紙の厚み以下の魔力量を改善してから文句言えっ!!」

 

 一誠の左の籠手を指でトントン叩きながら叫ぶ一樹に頬の筋ピクピクと動かした。

 

「お前いい加減に1つの文句に10で返すのやめろよ!!」

 

『言い争ってる場合か、お前たちっ!!』

 

 喧嘩を始める一誠と一樹にドライグが叱咤する。

 その様子を眺めながら桜鬼が告げる。

 

「どうした続けるなら構わんぞ。これが最後の仲間との会話になるのだ。お前たちの力を評して、それくらいは待ってやろう」

 

「ざっけんな!! 最後の話し相手が日ノ宮とかどんな罰ゲームだよ!! 俺はデカいおっぱいに埋もれて死ぬって決めてんだよ!!」

 

「同感だ! 最後の会話相手がこいつとかありえねぇ」

 

 再び構えを取る2人。

 

「で? ホントにどうすんだ? このままじゃマジで全滅だぞ!」

 

「だから考えろよな。まぁアイツだって生き物なら、あんまやりたくないが、首でも落とせば死ぬんじゃないか?」

 

 流石に首が落ちても再生するなんてデタラメ生物ではないと思いたい。

 一樹と一誠の会話に鼻を鳴らす。

 

「首を落とすか。確かにそれなら俺も死ぬだろうなぁ。出来れば、の話だが」

 

 お前たちには不可能だと言いたげなその態度に、2人は気合を入れ直す。

 

「まだやれるか? 日ノ宮」

 

「さっきも言っただろ。勝たなきゃなんねぇんだ。やるしかねぇだろ」

 

 疲れたような声音だが、そこにはここは引かないという断固たる意志があった。

 

「やんぞ!! あのバカ鬼を倒して、九重たちを助けんだ!」

 

「あぁ!」

 

 2人が揃って桜鬼に向かう。

 最初に桜鬼に辿り着いたのは一誠だった。

 一誠と桜鬼の両の手の平が合わさり、力比べになる。

 しかし、一誠の腕は少しづつ押され、的の握力に籠手に罅が入る。

 そんな力比べに一樹が一誠の背中を登って跳び、炎を纏った矛先を桜鬼の肩に突き刺した。

 痛みに顔を歪めるが、一樹の腹に頭突きを喰らわせ、一誠を蹴りで押し出す。

 2人とも別々に吹き飛びながら次の反撃に移る。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

「ドラゴン。ショットォ!!」

 

 斬撃と砲撃。

 二種の攻撃が桜鬼へと向かう。

 しかし────。

 

「効かぬわっ!?」

 

 腕で防御し、2人の攻撃を防ぐ。

 既に一樹が付けた肩の傷は塞がっていた。

 

「今度はこちらからだなぁ!!」

 

 その巨体に似合わぬ突進。

 空中から着地していた一樹を蹴る。

 ノーガードのまま脇腹に喰らうが、吹き飛ぶことを許さず、頭を掴んで地面に叩きつけた。

 

「グガッ!?」

 

「先ずは頭の回りそうな貴様からだ!!」

 

 そのまま妖気を集めた拳で一樹の頭を粉々にしようとする。

 

「やら、せっかぁ!!」

 

 形振り構わず肘の撃鉄を起こし、戦車のパワーを叩きつけるが、桜鬼は鼻で笑い飛ばす。

 

「先程より力が落ちているぞ! ここで限界かぁ!!」

 

 一樹に向ける筈だった拳を一誠の頭部に喰らわせる。

 兜は破壊され、口と鼻から血が出た。

 

「こんの、やろっ!!」

 

 一誠が闇雲にタックルしてどうにか一樹から腕を外させると同時に炎を生み出し爆発させて距離を取った。

 

「はぁ……ハッ……はぁ……」

 

 呼吸は乱れを意識の外に置き、攻撃を繰り返す。

 皮膚を切ることは出来てもすぐに再生し、一誠の打撃も僅かな痣が出来る程度。

 突き出された拳を跳んで躱し、腕から頭を蹴って高く跳躍する。

 

「離れてろ、兵藤っ!?」

 

 槍全体に炎を纏わせ、投擲の体勢を取った。

 

「先程の技か!! 効かぬとまだ分からぬか!!」

 

「なんてな」

 

 一樹は槍を落とし、懐から1枚の符を取り出した。

 それは、白音が使っている転移符だった。

 

「来い、白音!!」

 

 すると、一樹の前に手裏剣型の螺旋丸を作った白音が転移して現れた。

 あまりの意外な展開に桜鬼の動きが止まる。

 

「いっけぇ、白音ぇ!!」

 

 白音の背を蹴り、一気加速させてに桜鬼のところまで落下させる。

 完全に外しようがないタイミングで白音は自身の”必殺”を叩き込んだ。

 

「風遁・螺旋手裏剣っ!!」

 

 桜鬼の肉体に螺旋手裏剣が直撃する直前に景色が一変する。

 広い荒野だったその場所は、木製の一室へと変わり、螺旋手裏剣が起こした爆風が桜鬼を中心に天井と床まで破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を少し遡り、八坂から九重が捕まり、霊脈の力を桜鬼に送るパイプ役として扱われていることを知ったリアスたちは急いで九重の捜索に入った。

 朱乃と祐斗。そして、眠っているギャスパーと黒歌の影分身体を置いて、だ。

 

「見つけた。娘さんは、白の真ん中の階。隠し扉の中に囚われてるみたい」

 

 数十体の影分身の1体からもたらされた情報を黒歌は口にする。

 

「その分身、便利ね」

 

「まぁねー。消えると情報や経験が本体に蓄積されるからこういう仕事にはうってつけなのよ。もっとも今は数を優先させて戦闘能力は限界まで削ってるけどね!」

 

 敵に見つかった場合は、その場で抱きついて爆発するように指示を出してある。

 そこで、八坂の膝が崩れる。

 

「────っ!?」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃ。九重が行われている仕打ちに比べればこのくらいの疲労っ!!」

 

 八坂は囚われていた部屋に力を削がれる結界が敷いてあったため、まだ力が戻っておらず、ここ数日の監禁生活で精神的にも疲弊していた。

 しかし鬼に利用されている娘を助けるために泣き言を口にすることは許されない。その思いで気力だけで動いていた。

 

 もたらされた情報通りの部屋に行き、リアスが滅びの魔力で封を扉ごと破壊した。

 中には桜鬼側に就いたと思しき妖怪数名。

 そして、空中に磔にされ、全身に発光する紋様を浮かび上がらせながら白目を剥き、口や鼻から液体を垂れ流していた。

 その状態を見ただけで、危険な状態と判断するのは充分だった。

 

「な、なんだお前たちは────っ!?」

 

 ここは絶対に見つからないと思ったのか動揺する妖怪たち。

 しかし、すぐに動きが封じられる。

 見れば、黒歌と敵妖怪たちの影が繋がっていた。

 

「影縛りの術成功、と! さて、ここまで精密な術式を使って霊脈を操る道具にしている以上、力づくで解放させるとどうなるか分からないでしょ? 後遺症が残るか。最悪、死か。あの子を解放する手順は?」

 

 黒歌の言葉にリアスはハッとなる。

 九重を解放する手順を聞き出すために近づくと顔に唾を吐いた。

 

「我々は桜鬼さまに付き従う者。命に代えても情報を流すことなど無い!」

 

「あ、そ」

 

 つまらなそうに黒歌は目を細め。結んでいた印を僅かに変える。すると黒歌に唾を吐いた妖怪の首に影がまとわりつく。

 

「影首縛りの術」

 

 言うや、首にまとわりついた影が手の平の形になり、妖怪の首を絞め殺した。

 

「さて……残り4人。時間もないし、手早く誰かが教えてくれることを祈るわ」

 

 黒歌の金の眼が鋭く妖怪たちを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局残り4人の内の2人を絞め殺し、それに耐えきれなくなった3人目が情報を吐いた。

 言われた通り、八坂は九重を縛り付けている術式に妖気を流しながら、印を結ぶ。

 すると、戒めなど始めから無かったかのように消え去り、九重は母の腕に落ちてきた。

 

「はは、うえ……」

 

「もう、大丈夫じゃ……なにも、心配はない。遅れてすまなかった」

 

 母の温かさと声に、九重は安心したのか。睡魔に抗うことをせずにそのまま瞼を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 螺旋手裏剣の爆風が治まった時、飛ばされた白音の体を一樹がキャッチしていた。

 同時に鎧も解除される。

 

「前も思ったが、技が決まるたびに吹き飛ぶの何とかなんねぇのか?」

 

「まだ、未完成なんだから仕方ないでしょ?」

 

 見れば周りも割と近いところに居た。

 

「アーシアッ!! ゼノヴィアや、2人は?」

 

「はい……大丈夫です。ゼノヴィアさんは、まだ目を覚ましませんけど……ちゃんとくっ付けました……」

 

 疲弊がひどい様子だが、横たわるゼノヴィアの上下はくっ付いており、胸を揺らして息をしていた。

 

「倒したんですか?」

 

「え、と……たぶん……」

 

「白音が決める前に僅差ですけど景色がこっちに変わり始めてました。もしかしたら、姉さんたちが捕まっている九重や妖怪たちを解放したのかもしれません」

 

 白音も、この部屋────曳いては、桜鬼に流れていた膨大な気が直撃の直前に断たれたのを感じていた。

 

「なら、これで事件解決ってこと?」

 

 イリナが問うが、その明確な答えを出すのは早すぎる。

 

「とりあえず、死体を確認してくる。生きて逃げられたら洒落になんねぇ」

 

 立ち上がって一樹が爆風のあった場所から下に二階分を飛び降りる。

 緊張しながら近づいて行くと、突如、畳が舞い上がり、巨椀が一樹の首を掴むと、壁を破壊して城の外へと押し出された。

 

「てめっ!? まだ生きてっ!?」

 

 桜鬼の姿は霊脈の影響を受けていた物より前に戻っていた。

 しかし、それでも一樹の膂力を大きく上回って下へと落下していく。

 

「まさか、貴様らの様な餓鬼にここまで追い込まれるとはなぁ!! 礼に、先ずは貴様からこのまま潰してやろう!!」

 

「お前がくたばれっ!!」

 

 一樹は吹いた息に炎に変え、桜鬼を焼こうとするが、この程度の火力では効果が薄すぎる。

 

(やべぇ! さすがにこの高さから落ちたら────)

 

 落下の感覚から死の気配が近づく。

 背中から冷たい汗を流しながら腕を外させようと力を込める。

 しかし、一樹の力では桜鬼の腕を外させることはできない。

 もう落ちて潰れるしかない状況。

 それも、一樹自身、もう鎧を出すだけの体力が残されていなかった。

 

 しかし、その確定した未来を覆す一矢が向かってきていた。

 たった一矢。

 しかし()()()()()()が、桜鬼の腕を射抜いた。

 その矢には一樹には見覚えがあった。

 

「アム────」

 

 矢を放ったと思われる人物の名を呼ぼうとしたが、それよりも背中から炎の翼を噴出させ、桜鬼と上下を入れ替える。そして上からその顔面を殴りつけた。

 

「日ノ宮ぁあああああああっ!?」

 

 禁手の翼を広げた一誠が後ろからキャッチした。

 

「支えてろ、兵藤!! アイツも死に体だ! 次で決めるっ!」

 

 一誠が僧侶の形態に変わり、両肩の大砲を桜鬼へと向けた。

 一樹も、最後の力を振り絞って桜鬼を睨む。精神世界での模擬戦で何度も喰らったその技を、ここで準備する。

 

「これが最後の一発ぅ!!」

 

「武具など無粋────!」

 

 桜鬼が何かを求めるように2人に手を伸ばしているが、そんなものを気にしている余裕などない。

 ただ、敵を仕留める最後の一撃を放つのみ。

 

「ドラゴン、ブラスターァアアアアアアアアアッ!!」

 

「真の英雄は眼で殺すっ!」

 

 一誠の両肩の砲。一樹の右目から放たれた三条の光が桜鬼へと向かって行く。

 その光は桜鬼の肉体を破壊し、地面へと押し出すように落下していった。

 

 運が良いのか悪いのか。丁度九重を見つけ出し、救出していたリアスたちが城を出たところであり。少し離れた位置から桜鬼が降ってきた。

 

「な、なにっ!?」

 

 驚いたリアスたちが見ると、そこには全身が焼け焦げた、1匹の巨漢の鬼が倒れていた。

 

「桜鬼……」

 

 信じられないとばかりに八坂の姫がその者の名を呟いた。

 リアスが顔を上げると、少し高い位置の壁が破壊されており、そこから聞き慣れた後輩たちの声が聞こえた。

 

 

 

 

「いってぇ!? 顔思いっきり擦りむいた。このヘタクソ。もっと上手く入れなかったのかよ……!」

 

「仕方ねぇだろっ! 急に方向転換して制御する余裕なんてなかったんだから!! それに俺、そういう細かな制御苦手だし……つーか俺も腰打った」

 

 桜鬼に止めを刺した瞬間に急激な方向転換をしてどうにか落下を阻止した。

 その際に一樹は顔面スライディングのような体勢になり、一誠は壁ブチ破ったと同時に禁手が解けて体を打ち付けた訳だが。

 

「てか何だよ眼からビームって!! あんなの出来んならもっと早く使えよ!! 大体お前はいつからスーパーロボットになったんだ!!」

 

「ぶっつけ本番だったんだよ! それにどっかで聞いたようなこと言うじゃねぇ……!」

 

 そんな口喧嘩は外にまで駄々洩れであり、それを聞いていたリアスはあの子たちは、と顔を覆っていた。

 

 流石に長時間言い合うような体力は残っておらず、その場に座り込んだ。

 

 すると────。

 

「日ノ宮」

 

 一誠がニッと笑って左拳を突き出して来る。

 それを見て一樹は一瞬目を丸くするが、すぐに苦笑して右拳を上げた。

 

 

 

 そして、トンッと互いの拳を軽く打ち付け合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日に間に合えエピローグ!!


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98話:それぞれの次へ

間に合った!


 京都の町を離れた人が通らない山道を貫鬼は走っていた。

 

「父上が、殺られるなど……!!」

 

 例え自分たちが全滅しても、父である桜鬼だけは倒される事はないと思っていた。

 どうして、自分を置いて逝ってしまったのか。

 失った右腕などどうでも良くなるほどに貫鬼は憔悴していた。

 木を背にして座り込む。

 常に指針を示してくれた父はもういない。なら自分はこれからどうすれば良いのか? 

 もはや思考することも億劫になりかけている貴鬼に近づく影があった。

 

「貴方は────」

 

「お久しぶりですね」

 

 見ていて胡散臭い笑みを張り付かせた男だった。

 顔に火傷がある、悪魔。

 

「ギニア・ノウマン」

 

「はい。お迎えに上がりましたよ、貴鬼どの」

 

「……今更私になんの用だ、父上は、グレモリーの悪魔たちに倒された。もはや、九尾たちに反逆した時に、手を貸してもらった礼を期待されても私には何もない」

 

 貴鬼の言葉にノウマンは首を横に振った。

 

「むしろ、貴方だからこそ、これから私の研究に協力してほしいのですよ。今までは独学でどうにか完成させようと思ってましたが、やはり、知っている者の知識は欲しい。それにこれは貴方にとっても決して悪い話ではありません」

 

「なんの、ことだ」

 

「貴方がた妖怪が禁忌とした外法の術。それの再現であり、完成が当面の目標でして。是非ご指導いただきたいのです。そう、あの穢土転生の術を」

 

 そう言ってノウマンはゆっくりと貴鬼に手を差しだした。

 その手に、貴鬼は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エネルギーとされていた京都の妖怪たちを解放し、奪われていた霊脈は再び八坂の姫の管理下へと戻った。

 しかし、今回のように他者に奪われる事態を考慮し、正常な流れに戻るまでの間、三大勢力の戦力を間借りする形になった。

 ちなみに、九重をあっさりと敵の手に落としてしまったアザゼルには突入班からそれはもう、白い眼と嫌味のオンパレードを叩きつけられた。

 解放された妖怪たちは皆疲弊していたが、この短い期間に二度も救われ、何のもてなしもないままに帰せば末代までの恥になると表側で経営されている人間の旅館を貸切って宴会を準備してくれた。

 京都の妖怪の疲弊も凄まじいため、接待は比較的に余力のある者たちで行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセーさん! これ、美味しいんです! 食べてみてください!」

 

「イッセーくん。お飲み物の追加はどうですか?」

 

「イッセーさま。こちらのお魚はどうでしょうか? 取って欲しいお料理があればお申し付けください」

 

「赤龍帝! ここの茸料理は絶品だぞ」

 

「え? あ? いや! そんなに一気になんでもかんでも出されても食えないって────」

 

『ん?』

 

「いやー全部うまそうだなー!」

 

 4人の声が笑顔と共にハモると一誠が体を小さくして勧められる食事を口に運んでいた。

 九重の頬には張られた痕が残っている。

 意識を完全に取り戻した九重に待っていたのは母親からの平手打ちだった。

 それからこの場に現れるギリギリまでお説教タイムだった訳である。

 しかし、母親助けた九重の顔は疲労の色は有れど晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ゼノヴィア、くっ付いた体は大丈夫?」

 

「あぁ。まだ、痛みはあるが、問題はない。流石に今回は死んだと思ったさ……」

 

「ほんとうよ。アーシアさんに感謝しないとね! 私もゼノヴィア程じゃないけど、今回は重症だったし」

 

 イリナとゼノヴィアは治してもらった体に触れながら、食事を摂っていた。ゼノヴィアは大量の血液も失っているためにいつもより多く食べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーこれすごく良いお酒だわ~。ロスヴァイセー飲んでるー?」

 

「く、黒歌さん! 勝手に注がないでください! 溢れます!」

 

「いいからいいから!! 今回、私たち、おもてなしされてるんだから! 好きなだけ飲み食いしないとね~!」

 

 高級日本酒を飲みながらロスヴァイセのコップにも別のお酒を注ぎ込む黒歌。

 この数十分後、酔ったロスヴァイセに盛大に絡まれ、攻守が逆転するのだが自業自得である。

 

 

 

 

 

 

 

「僕、途中から全然意識がなくて……情けないですぅ!」

 

「そんなことないよ。ギャスパーくん、大活躍だったんだから」

 

 途中から敵の手中に収まり、気が付いたら事件が解決していたギャスパーは盛大に落ち込んでおり、祐斗がフォロー入れながらも料理に舌鼓を打っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスとアザゼルはこの場には居らず、八坂の姫を交えた京妖怪の首脳陣と今回の件で色々と話があるらしく、別室に案内されていった。

 

 そんな中で一樹は1人、窓際に座りながら、徳利に入った日本酒をお猪口に注いで呷る。

 

「うめぇ……」

 

 満足げに大きく息を吐く。

 再び酒を注ぐと一誠と目が合う。

 つい先程、共闘したからなのか、互いの視線が交わるだけで意思疏通が図れる。

 

(おい日ノ宮! この状況何とかするのに手を貸してくれ! めちゃくちゃ居ずらい!)

 

(は? 嫌に決まってんだろめんどくさい。大体女の子よりチヤホヤされて嬉しいだろハーレム王)

 

(嬉しい! 確かに嬉しいけど4人ともなんか火花散らしてるから緊張して料理の味が全然わっかんねぇんだよ!!)

 

(知るか。慣れろ。俺に頼んな、酒飲む邪魔すんな)

 

(この薄情者のアル中がっ!!)

 

 それから一誠から視線を外し、お猪口に注いだ日本酒を楽しんでいた。

 すると、自分に近づいてくる気配を感じた。

 

「美味そうに飲むの。人の世では、酒を嗜むのはもう少し先だった筈じゃが……」

 

 一樹に話しかけてきたのは八坂だった。

 

「カタいこと言わないでください。酒が不味くなるんで」

 

 一樹の言葉に八坂は確かに、と苦笑した。

 リアスやアザゼルとの話し合いが終わったのか、2人もこの場に現れていた。

 アザゼルは黒歌とロスヴァイセに絡んで、酌をさせており、リアスは一誠に群がっている4人に手を叩いて程々にするよう窘めている。

 

 というか、八坂が自分になんの用なのか分からずに首を傾げていると、向こうのほうから話題を振ってきた。

 

「1つ、謝罪をしておこうと思ってな」

 

「謝罪、ですか?」

 

「お主が禍の団に攫われた時のことを……」

 

 八坂の言葉を聞いて一樹はあぁ、と声が漏れる。

 

「龍神恐さに見放し、捜索もろくに加わらなかったにも拘らず、今回、裏京都を救うために尽力してくれた。感謝の言葉も────」

 

「やめてくださいよ」

 

 八坂の言葉が居た堪れなくなって一樹は言葉を遮った。

 その手には次の徳利を持っている。

 

「俺だってあの時に、貴女を助ける作戦を辞退してましたし。今回だって、部長たちの意見に従っただけで、俺自身京都を救いたいと思ったわけじゃないし。あ~。だから、そんな神妙な顔で謝罪を口にされても困ると言いますか……」

 

 本当に困ったように一樹は視線を逸らす。

 酒が入ってるせいか余計なことも口走ったことを自覚した。

 

「まぁ、今回の件でこっちは色々とお礼をして貰ってる訳だし、それでいいんじゃないですか?」

 

 そう締め括ると、八坂はそうか……とだけ微笑んだ。

 

「この宴くらいは楽しんで行ってくれ。今、妾たちが出来るのはこれくらいだ」

 

 それだけ言うと立ち上がり、九重の傍に寄った。

 九重も母が来ると体を擦り寄らせる。そんな微笑ましい母娘の光景があった。

 

「飲んでるね、いっくん」

 

「まぁな~」

 

 近づいて来た白音に一樹は適当な返事を返す。

 その返事が気に入らなかったのか、軽く小突かれた。

 

「その着物、今回の貰いモンか? 似合ってるぞ」

 

「褒めるの遅い……それも適当過ぎ」

 

「すみませんねー」

 

 今回の件で送られたお礼で女性陣は高級な着物を頂いていた。実際、女性陣は皆、その着物を着てこの場に居る。

 白音は橙色を基調とした生地に、白い帯。彩取り取りの花が描かれた着物で、髪を纏めて簪を刺していた。

 一樹の反応が不服だったのか不満そうにジト目を向けてくる。

 それに肩を竦めた一樹は一度酒をテーブルに置き、白音の髪に触れ、顔を近づける。

 

「似合ってると思ったのは本心だ。綺麗だよ、とっても……」

 

 囁かれたその言葉に白音は頬を染めて顔を背ける。

 それで終わりとばかりにテーブルに置いていた徳利とお猪口を手にしようとすると、徳利の方を白音が手にする。

 

「白音も飲むのか? 珍しいな」

 

「違う。お猪口、こっち」

 

 言われて、一樹はお猪口を白音に差し出す。

 慣れない手つきで白音が酌をしてもらうと、それを一気に煽った。

 その味はさっきよりも断然────。

 

「美味いな」

 

 目を細め、満足そうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会って行かなくて良いのか?」

 

「マダ、時期ではありまセンので」

 

「今回、手を出す気はなさそうだったに、結局最後は手を貸しちまったなぁ、アムリタ」

 

 帝釈天の言葉にアムリタは申し訳ありまセンと頭を垂れた。

 

「別に、謝ることはねぇさ。それで、あのガキの方はどう思った?」

 

「力不足を否めまセンが、確実に、力を付けてイマス。彼と全力で闘えルのも、そう遠くナイかと」

 

「そうかい。それは楽しみだZE! ま、お前さんらのペースでやんな! 邪魔は、俺が刺せねぇからよ!!」

 

「ありがトウございマス」

 

 会話はそれだけ。

 アムリタと帝釈天はその後、京都の町を一瞥することなくその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは────―」

 

 ライザー・フェニックスはシャルバ・ベルゼブブに案内されて見せられた()()に口元を覆った。

 

「どうだね、素晴らしいだろう。まだ未完成だが、これが完成した暁には、偽りの政権を打倒するのも夢ではない」

 

 やや興奮気味に話すシャルバにライザーは顔を顰めた。

 彼は旧魔王派に近づきながら情報の収集。必要であれば、フェニックス家は現政権を切り、旧魔王派を本格支援するか見定めるためにシャルバに接触していた。

 しかし、今見せられた光景にライザーは驚愕の表情をする。

 もしこんなものが冥界に放たれれば、現政権の打倒どころではなく、一般市民。そして、悪魔という種そのものが滅亡しかねない。

 

 それでも、まさか本当に? という疑問からライザーは質問した。

 

「本気で、こんなものを冥界で使うおつもりですか? そんなことをすれば我々悪魔は────」

 

「構わんさ」

 

 取るに足らないとばかりにシャルバは即答した。

 

「偽りの魔王に尻尾を振る愚民どもなど不要だ。我々、真なる魔王が生きてさえいれば問題はない」

 

 冗談ではなく、シャルバは本気で現政権を打倒するなら悪魔社会が崩壊しても構わないと思っている。

 自分たちが要ればいくらでもやり直せると信じ切っている。

 その狂気染みた思考に後退ると、シャルバが残念そうに息を吐いた。

 

「やはり君も理解せんか。残念だよ。君と悪魔の未来を語らうのは、存外に楽しかったのだがね。結局君は、偽りの魔王(むこう)側だったという訳だ」

 

 シャルバから放たれる殺気。

 今目にしたことをフェニックス家。そして上層部に報告しなければこの場から逃げるように動く。

 

 しかし────。

 

「甘いな」

 

 魔力の檻に一瞬で閉じ込められた。

 

不死鳥(フェニックス)とは厄介なモノだよ。口封じに殺そうにも、その再生能力。消滅させようとすれば施設を破壊してしまう。それに君にはまだ利用価値がある。しばらく大人しくしていたまえ」

 

 シャルバの言葉にライザーは己の無力に唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちわりぃ……!」

 

「慣れない酒なんて飲むからだろ……」

 

「なんでお前は平気なんだよ! あんなガブガブ飲んでたくせに……」

 

「だから慣れだよ」

 

「それ高校生が言っていいことじゃ────うっ!!」

 

 白音が一樹に酌をしているのを見て、一誠の周りの女性陣が真似しだし、一誠のコップに酒を注ぎ始めた。

 最終的にはリアスがストップをかけたが慣れない酒ですっかり一誠は二日酔いだった。

 

「赤龍帝に皆の者。今回も本当に世話になった! 心から感謝する!」

 

 見送りに来ていた九重が再度礼を言うと、リアスが微笑んだ。

 

「こちらも今回は良い経験をさせてもらったわ。今度は今回のような騒動じゃなく、駒王町に遊びにきて。待ってるわ」

 

「うむ! その時はよろしく頼む!」

 

 リアスと九重が悪手を交わすと丁度新幹線の搭乗時間だった。

 一誠たちを見送り終えると九重が傍に居た八坂の裾を握った。

 

「母上。私は今回、赤龍帝たちに迷惑ばかりかけてしまった。自分が情けない」

 

 握り拳を作り、ジッと見つめる。

 

「だから、これからはもっと色々なことを教えて欲しい。今度は私が赤龍帝たちを助けられるように」

 

 今回の事件で九重にどんな影響があったのかその答えが現実として影響するのはまだ先の話。

 ただ、誰かの力になりたいと意志を強く持つ娘に八坂は無言で頭を撫でた。

 

「私は、もっと強くなる。そして色々なことを出来るようになり、胸もおっきくなって将来────赤龍帝の正妻の座を手に入れるのじゃ!!」

 

 夢を大きく。宣言するように狐の少女は拳を大きく振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーリさま! お怪我はございませんか!」

 

「問題ない。使えそうなものは粗方持ってきた。解析を頼む」

 

「はい! 直ちに!」

 

「おーいメディア―。俺たちもいるんだぜぃ?」

 

「あーはいはい。傷は自分で何とかなさい」

 

「こいつは……」

 

 彼らの中で恒例のやり取りをして一息吐く。

 ヴァーリたちは世界を巡り、伝説の存在に戦いを挑んだり、今は滅んだ。あるいは何らかの理由で放置されている異界に隠れた遺跡などを探索していた。

 今回は後者で、偶然見つけた異界の神殿を探索し、中に棲みついていた魔獣などを蹴散らしたりして貴重品をかっぱらっていた。

 

 この場に居る全員が緊張の糸を緩めていると、不意に声が聞こえた。

 

「んー。可愛い孫が仲間たちと世界を冒険! 青春してんじゃない! 僕ちん感激!」

 

 その声を聴き、全員が声の方を振り返る。

 立っていたのは銀髪の中年男性。

 彼を見るなら、ヴァーリが絞り出すようにその男の名を呼んだ。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー……っ!!」

 

「おいおい! お爺ちゃんを呼び捨てか? 殺気なんて撒き散らして物騒だねー。おじいちゃーんって僕ちんの胸に飛び込んで来てもいいんだゼェ? あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 人を逆撫でするような笑い声をあげるリゼヴィム。

 アーサーがヴァーリに質問する。

 

「ヴァーリ、この方は……」

 

「そうだ。前ルシファーの息子であり、俺の祖父だ」

 

 その事実を消し去りたいとばかりにヴァーリは吐き捨てるように告げた。

 その射殺すような視線を気にする様子もなく話始めた。

 

「ちょいと俺も今、忙しくなぁ。使える手駒も限られてるし、おじいちゃんのお願い聞いてくれるぅ?」

 

「誰がっ!!」

 

 今にも襲いかからんばかりの殺気を振りまくヴァーリにリゼヴィムは明後日の方向に視線を向けた。

 

「そういやぁ、つい最近、俺の義娘ちゃんを見かけたぜぇ。お前のママンだよ、ママン!」

 

 ヴァーリの動きが止まった。

 

「新しい男とガキをこさえて幸せそうにしてたなぁ! いやぁ、嬉しいねぇ! もう縁が切れたとはいえカワイイ義娘が幸せそうに暮らしてる姿を見ておじいちゃん目尻に涙が浮かんじゃったよ!」

 

 目尻に涙を浮かべるリゼヴィム。

 そして、わざとらしく不安そうな顔をした。

 

「でも、心配だよなぁ。せっかく幸せになったのに、運悪くはぐれ悪魔に捕まって、一家ともども、なんて起きたら、おじいちゃん悲し過ぎてどうにかなっちゃう~」

 

 ヘラヘラと笑いながら言うリゼヴィムにヴァーリは歯をギリッと鳴らした。

 

「あの人と家族には手を出すな────殺すぞっ!!」

 

 かつて、一誠の力を引き出すために家族を殺すと脅したことのあるヴァーリ。

 まさかそれが自分に降りかかるとは思ってもみなかった。

 

「勘違いすんなよヴぁーりちゅわぁん! 可能性の話をしてるだけなんだから。ま、今はそんなことはいいんだよ! それで、僕ちんのお願い、聞いてくれる?」

 

「────何をさせるつもりだ?」

 

 ヴァーリの言葉にリゼヴィムは口元を吊り上げた。

 

「決まってんでしょ? お間抜けなオーフィスちゃんが取り逃がしちゃった太陽を、俺たちが取り戻すんだよ」

 

 

 

 所々で、悪意が牙を研ぎ、喰らい付こうと動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次からは原作14巻に入ります。

でもしばらくは他作品を中心に活動するかも。別作品も完結させたり切りの良いところまで進めたり、新作も書きたかったりするのでいつになるかは不明です。


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99話:新しい仲間

今回から連日投稿ではなく出来たら投稿にします。




「なぁ、日ノ宮。俺はどうしたら良いと思う?」

 

「うるせぇ。今忙しいんだよ。話しかけんな。燃やすぞ」

 

「いくらなんでも塩対応過ぎだろ! 俺なんかしたぁ!?」

 

 部室で出された宿題を黙々と片付けている一樹に一誠が話しかけるといつも通りの塩対応に一誠がキレた。

 その話を聞いていたリアスがふと疑問を口にする。

 

「そういえば、一樹。イッセーには初めからこういう態度だったわね。この部に入る前に何かあったの?」

 

「ありませんよ! 第一、この部に入る前にはクラスも違うしろくに話したこともないんですから!!」

 

 一誠の弁明にリアスはそうよねぇ、と顎にその整った指を当てる。

 周りが視線が集まる中で一樹は舌打ちしてから答えた。

 

「兵藤っていうか、お前ら変態3人な。今年度の始めに、白音のクラスに覗きかましただろ。それで良い印象なんてもつわけないわな」

 

 一樹の言葉に部員たちが目を細めてあ~、と声を出す。

 しかし、それでも本人は反論した。

 

「でもそれって2人が付き合う前の話だろ!? もう水に流してくれてもいいだろっ!?」

 

「はぁ……?」

 

 反応したのは一樹ではなく白音のほうだった。被害者に睨まれて一誠はその場で綺麗なジャンピング土下座を披露する。

 

「白音さん。どうかその件は水に流してくれないでしょうか?」

 

「イヤです」

 

「即答!?」

 

 先輩としての威厳をかなぐり捨てた土下座はどうやら白猫には通用しないらしい。

 そして一誠の言葉に一樹はふーん、と顎に手を当てた。

 

「つーか、この間お前のクラス女子の着替え覗いてた奴等を見つけて思いっきりキレて掴みかかってたじゃねえか」

 

「えぇっ!?」

 

「あったりまえだぁ!? アーシアやゼノヴイアは将来俺の眷属になるんだぞ! 2人の裸を見て良いのは俺だけなんですぅ!! 未来の主として他の男に覗かれるなんて許せません!」

 

「ここで俺の女って言えないのが兵藤の限界だよな……」

 

 アーシアたちも苦労するなと首を振る。

 それにリアスがクスクスと笑った。

 

「それじゃあ、一樹がイッセーにきつく当たるのも仕方ないわね。イッセー、これが身から出た錆びと言うものよ」

 

「部長、そんな~」

 

 部室内でドッと笑いが起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、宿題を中断してケーキで糖分を補給していると、リアスが今日の本題に入った。

 

「今日みんなに集まってもらったのは新しい眷属を紹介するためよ」

 

「新しい眷属さんですか!?」

 

「部長!? その人は男ですか!! 女の子ですか!!」

 

 一誠の期待にリアスは笑みを深めた。

 

「それじゃあ、来てちょうだい!」

 

 リアスが天井に向けて合図を出す。

 皆が疑問に思ったまま天井を見るとそこには魔法陣が展開され髑髏の面が出現した。

 

「なっ!?」

 

 全員が驚くまもなく天井から現れた髑髏の面をした人物はくるりと回り、鮮やかにオカルト研究部の部室に着地する。

 

 ただし、一樹の頭の上に、だったが。

 見知らぬ誰かに頭に乗られ、そのまま自分が食べていたケーキの上に踏みつけられる一樹。

 

「…………」

 

 誰もが言葉を出せないままに見守る。

 そして髑髏の面をした人物は言葉を発した。

 

「あー、すいやせん。チョイと降りる場所をミスっちまいました」

 

「……謝罪はいいから早く退けよ。いつまで人の頭ぁ、踏んづけてんだテメェ」

 

 失礼、と一樹から退く髑髏の人物。

 足を退けられた後も動こうとしない一樹に祐斗が声をかけた。

 

「一樹くん……?」

 

 するとガバッと起き上がり、ギロリと髑髏の人物を睨む。

 

「これはどうも────」

 

 すいません、と言おうとするより早くに一樹が動いた。

 

「日ノ宮ロイヤルクラーシュッ!!」

 

 相手に思いっきりラリアットを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。新しくマスター・リアスの騎士(Knight)となりました。死神(グリムリッパー)のベンニーアと申します」

 

 鼻血が出た鼻穴にティッシュを詰めたままお辞儀をするベンニーア。

 その原因となった男に一誠が抗議する。

 

「お前な……この子はちゃんと謝ってたんだから何もラリアットで壁に叩きつけなくてもいいだろ。相手は女の子なんだし」

 

「謝って大抵のことが水に流れるのは小学校低学年までだ。そして俺は男女の区別はしても差別はしねぇんだよ」

 

「良いこと言ってる風に聞こえてただの危険思想だろ、それ!」

 

「喧しいわっ! 女に頭踏まれて興奮して喜ぶお前と一緒にすんなよ!」

 

「えっ!? そうなんですか!」

 

「しねぇよ!! 勝手に俺にそんな趣向を追加すんじゃねぇええ! ! そしてアーシアも信じないでくれよっ!?」

 

 一誠が一樹の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 それにリアスがパンパンと手を叩いてじゃれあいを止めさせた。

 

「はいはい! せっかく新しい仲間を迎えたんだから静かにしなさい」

 

「しかし部長。いつの間に新しい眷属なんて」

 

「京都から戻ってきてすぐに、ね。ベンニーアが自分を売り込んできたのよ」

 

 上機嫌にベンニーアに視線を送る。

 売り込んできた、の言葉に一誠が反応する。

 

「売り込んできた? でも、それって大丈夫なんですか? その、色んな意味で」

 

 幾ら三大勢力の和平を皮切りに他勢力への友好を呼びかけているとはいえ、他の勢力の者を内側に引き込んで大丈夫なのだろうか。

 その疑問に答えたのは他ならぬベンニーアだった。

 

「それについてはあっしからお答えします。あっし、ついこの間まで各地を放浪してまして」

 

「ほーろー?」

 

「えぇ。チョイとハーデスさまのやり方と親父の日和っぷりに嫌気がさしたんでさぁ。それで自分探しと見聞を広める名目で各地を歩いてたんでさぁ。それで先日この町に辿り着いて、そのままマスター・リアスに自分を売り込んだんでさぁ」

 

「向こう側とも連絡を取って、かなり心配していたみたい。それで居場所が分かるならとベンニーアを眷属にすることを承諾してくれたの」

 

「その代わり、親父へマメに連絡を入れる約束をしちまいましたがね」

 

 やれやれと言った感じ息を吐くベンニーア。

 上機嫌に話し出すリアス。

 

「彼女の速度は祐斗にも匹敵するわ! 今まで、パワーに傾倒しがちだった私たちもこれで少しは戦術の幅が広がるわね!」

 

「人間の血が濃いんでどこまであっしの力が通用するかわかりやせんが、足手まといにはならないつもりでさぁ」

 

「しかし、よくそれだけで眷属入りを決めましたね」

 

「彼女にはもう1つ信用するに足る要素があったのよ」

 

 リアスがそう言うと、ベンニーアが突然サイン色紙を出して一誠に差し出す。

 

「実はあっし、おっぱいドラゴンの大ファンなんでさぁ。旦那、良かったら、サインの1つでも貰えないでしょうか?」

 

「え? 俺のファン?」

 

 突然の暴露に驚きながらも最近冥界の子供たちにサインを書くのに慣れ始めた一誠は色紙を受け取ってサインを書く。

 どうやらおっぱいドラゴンのファンというのは本当らしく、マントの裏にはおっぱいドラゴンの刺繍が縫われていた。

 

「ソーナも、新しい戦車(ルーク)兵士(ボーン)が加わって焦ってたけど、ゼノヴィア以降、ようやく新しい仲間を迎え入れられたわ!」

 

「あ。支取会長も眷属増えたんだ。どんな奴らなんです?」

 

 一樹の質問にリアスは腕を組んで答えた。

 

「1人は、大学部の狼男の戦車。もう1人は、ソーナ婚約者で────」

 

「ちょっと待ってください! 会長に婚約者? そんなの居たんですか?」

 

「いるのよ。5歳年下の。夏休みのパーティーや学園祭にも顔を出していたのよ。今まで、ちゃんと紹介してなかったけど。で、その子だけど、アーシアの聖母の微笑みを参考に造られた人工神器をアザゼルから与えられたと聞くわ」

 

 アザゼルに視線を向けると彼は尾びれもなく頷いた。

 

「まぁな。データ取りも兼ねて本人の希望もあって渡した。これで、治療はお前らだけの専売特許じゃなくなったわけだ」

 

 次は面白いモノが見れそうだと笑うアザゼル。

 それにアーシアが不安そうにしているとゼノヴィアが声をかける。

 

「大丈夫だ。まだ追加されたばかりの人工神器では治療役としてアーシアの足下にも及ばないだろう。京都で私の体をくっ付けてくれた自分の力を信じろ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 ゼノヴイアの励ましに険しかった表情が元に戻る。

 一誠は別のことを考えていた。

 

(会長に婚約者か~。匙、どう思ってんだろ)

 

 そんな風に話が進んでいるとリアスは別の話題に切り替える。

 

「最後に、新人のベンニーア以外はこれから、魔法使いとの契約に入ってもらうわ」

 

 魔法使いとの契約。その言葉にグレモリー眷属たちから緊張が走る。

 魔法使いたちが悪魔と契約する理由は主に3つ。

 

 1つ目は用心棒。

 強力な悪魔と契約することで荒事を解決したり、交渉で相手を威圧できる。

 2つ目は研究のため。

 魔法使いは悪魔と契約を結ぶことで研究が進むことがある。悪魔の技術や、冥界でしか入手できない材料などを少しでも安く、確実に入手できる。

 3つ目は悪魔との契約自体がその魔法使いへのステータスになる。特に名門だと尚更に。

 そして長く生きる悪魔に相談なども持ちかけられるらしい。

 それを、何らかの理由で契約破棄されない限り、年単位で続けるのだ。その場かぎりの今までの仕事とは責任の重みが違う。

 

「取り敢えず、貴方たちと契約したいと申し込んできた魔法使いの資料よ。しっかりと読んで、出来る限り良い条件の相手を探しなさい。今回で決まらないならまた取り寄せるから」

 

「今回で決めなくていいんですか?」

 

「えぇ。向こうにとっては研究の延長線状でも、私たちにとってはビジネスだもの。良い条件を提示する相手を選ぶのは当然だわ」

 

 決して自分を安売りするなと言うリアス。

 皆が渡された資料に目を通す。

 

 それを見ていた一樹が呟く。

 

「こういう時、俺ら悪魔以外は暇だよな。普段から特にやることねぇけど」

 

「あら? なら、特別に一樹も契約を取ってみる?」

 

 冗談めかして言うリアスに一樹は肩を竦めて苦笑した。

 

「お断りします。魔法使いとパイプを繋げる意味が見いだせませんので」

 

「そう。残念ね」

 

 向こうも本気で言ったわけではないのでそれ以上ほ何も言わなかった。

 

 

 

 

 その後、通信で大悪魔

 メフィスト・フェレスと悪魔契約に関する話やアサゼルとの談笑をする。

 最後に、レイヴェルに忠告を残した。

 

 現在、ほぼ純正に近いフェニックスの涙が裏で流通しており、それに関連して禍の団の一部の動きが活発化しているらしい。

 これから、フェニックス家の者であるレイヴェルも狙われる可能性があると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベンニーアはグレモリー眷属入りしました。おっぱいドラゴンのファンなら駒空いてればそっちに行くんじゃね?と思って。

次回は一気に飛んでエルメンヒルデとの交渉回に入ります。


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100話:吸血鬼との会談

たぶん、14巻で1番面倒な話が終わった。


 兵藤家の地下にある鍛練場。

 そこで白音は無手で、ゼノヴィアはデュランダルを模した木剣で模擬戦をしていた。

 

「ハァッ!!」

 

 渾身の力を込めて振るわれた木剣は白音は前髪を撫でるだけに終わり、床に叩きつけられる。

 そのまま木剣に乗り、ゼノヴィアの元まで駆けるとその髪を掴んで鼻っ面に膝蹴りをお見舞いする。

 しかし、闘気を乗せているとはいえ、元々体に小さい白音の一撃だ。戦車ののゼノヴィアには大したダメージになっていない。

 大きく後ろに跳んだ白音に追い、攻撃を繰り返す。だが当たらない。

 一撃を入れればゼノヴィアのペースに持って行ける筈だが、攻撃を読みきっている白音に当てるのは困難だった。

 

 その模擬戦闘を見ていた周りが口々に感想を言う。

 

「一発当てれば優位に立てるゼノヴィアが有利な筈なのに、動き全部白音に読まれて誘導されてるもんな」

 

「う~ん。でも、ゼノヴィアもなんか動きが鈍いっていうか、いつもよりキレがない気がするわ。どうしたのかしら?」

 

「そうだね。慣れない動きをしてる感じだ」

 

「しっかし、白音ちゃんもエグいな。いきなり顔に跳び膝蹴りとが」

 

「実戦だったらあそこで螺旋丸だろうけどな」

 

「うへぇ……」

 

 一樹の言葉を想像して顔をげんなりする一誠。

 もしそれが現実だったら今頃ゼノヴィアの顔は潰されていただろうことを想像して。

 一樹がベンニーアの方へと向いた。

 

「お前はどう思う? 初めてならではの視点ってのも在るかも知れねぇし」

 

「え? そうですねぇ。やっぱり所々ゼノヴィアの姉御の動きが硬いように見えます。組み立てが雑というか」

 

 乳龍帝の実家である兵藤家に来て浮かれていた様子のベンニーアも確りと模擬戦は見ており、意見を言う。これから一緒に戦うのだから当然だろう。

 そこで一誠が一樹に問いかけた。

 

「っていうか、さっきからその手の動きはなんだよ?」

 

 先程から一樹は同じ3段階の動作をひたすらに繰り返している。

 答えようとするとハッとなった一誠が事も何気に見当違いな発言する。

 

「まさか! 白音ちゃんにエロイことする練習か!?」

 

「…………ふぅ」

 

「せめて何か返せよ! ため息吐いて人を虫でも見るような視線向けんじゃねぇ!」

 

 一誠も本気で言った訳ではなく、ただの冗談だったのだが思った以上に不評だったらしい。

 まぁまぁ、と祐斗が落ち着かせて再度質問する。

 

「それで、結局その動きはなんなの」

 

「ん。俺たちってここ最近、結構強くなったと思って」

 

「そうだね。正直、とんでもない成長速度だと思うよ。でもそれが何か関係があるのかい?」

 

「旧魔王派に囚われて逃げた時も、上級悪魔と戦ったんだがそれほど強いようには感じなかった。これから格下相手とも戦う機会が増えるかもしれないからな。その時の為に敵を殺さずに無力化する手数を開発中ってところだ」

 

 一樹の言葉にイリナが感心したように言う。

 

「なるほど。やっぱり、敵だからって問答無用で殺害とかしたくないもんね!」

 

 以前ならともかく、今のイリナには狂信的な異形の殺害に固執していない。

 これも、この地で過ごしてきた変化だろう。

 

「兵藤も、何か考えた方がいいんじゃないか? 威力と攻撃範囲ばっか広げてたらその内、敵を討つのに町ごと撃って来いって言われかねないぞ」

 

「ぐっ! お、俺には洋服破壊(ドレス・ブレイク)が……」

 

「女にしか使えねぇし。裸で襲いかかってくる奴もいるだろ?」

 

「それはそれで美味しいだろ!」

 

「駄目だこいつ。もう手遅れだ」

 

 などと話していると、白音がゼノヴィアを投げて関節を極めたことで模擬戦が終了する。

 悔しそうに戻ってくるゼノヴィアとは反対に余裕そうな白音。

 それでも汗を掻いている白音の顔をタオルで拭き取り始める一樹。

 

「……拭くくらい自分で出来る」

 

「俺が、こうしてやりたいんだよ」

 

 不満そうな顔をしながらも身を委ねる白音。

 

「ゼノヴィア。さっきの動き、なんかおかしくなかった? どうしたの?」

 

「うん。京都で戦ったあの鬼の動きを参考にしてみたんだが、やっぱり上手くいかないな」

 

「アイツの?」

 

 京都で戦った桜鬼のことを挙げられて微妙に顔を歪ませる。

 

「奴の剣筋は私に近い物を感じた。だが、自分のパワーを活かす為の技術を盛り込んでいた。1剣士として参考に出来るところも多かったと思う。だから真似てみたんだが……やはり、即興では難しいな。正直、ちゃんとした師が欲しいよ」

 

 自身の不甲斐なさに苦笑するゼノヴィア。

 そこで今まで黙っていたレイヴェルが口を開いた。

 

「しかし、皆さん。本当に訓練を怠りませんわね」

 

「普通じゃないのか、それ?」

 

 一樹の疑問にレイヴェルは首を横に振るう。

 

「基本、悪魔。特にレーティングゲームの上位プレイヤーは自身の才能と戦術。そして血の特色に誇りを持っていますから。自らを鍛える方は稀です。眷属に力不足を感じれば、トレードを行うことも頻繁ですし」

 

「トレード……眷属に対して愛がないなぁ。合理的っちゃあ合理的なのかもしれないけどさ」

 

「そりゃあ、合理的なんじゃなくて物臭ってんだ。時間はもて余してる癖に鍛えもせずにトレードとか。無責任過ぎんだろうに。そんなんだから20も生きてないガキにやられるんだよ」

 

 レイヴェルの説明に一誠が納得出来ないように難しい顔をして、一樹が吐き捨てるように続ける。

 そうして話していると別の場所で訓練していたリアスと朱乃がやって来た。

 

「あら? 貴方たちも終わり?」

 

「えぇ、まぁ。部長たちも切り上げですか?」

 

「ここのところ、実戦での力不足を痛感してるのよ。だから少し前から、レーティングゲームじゃ使えない技を開発してたの。ようやく形になったわ」

 

 それはつまり、問答無用で相手を消滅させる攻撃を考えたということか。

 しかし、リアスは多くをかたらず、すぐに難しい表情を作る。

 

「話は変わるのだけれど、吸血鬼との正式な話し合いが決まったわ。その会談の場所は駒王学園。アザゼルと教会からも人員を派遣されることになったの」

 

 どこか納得いかないような顔をするリアス。

 しかし、すぐに頭を振り払う。

 

「向こうにどんな思惑があるかはまだ分からないけど、あまり不用意な言動はしないでね。特に一樹! 貴方は!」

 

「え? 俺? しませんよ、興味もないのに」

 

「ディオドラの時のことを忘れたのかしら? あぁいうことは止めなさいってことよ」

 

 以前、ディオドラ・アスタロトがアーシアのトレードの交渉でこちらに来た時、彼は事もあろうにディオドラの手に聖水となった熱湯をぶっかけている。

 その時はディオドラ自身礼のなってない訪問で有耶無耶になったが、今度そんなことをすれば大問題である。

 

「……だったら俺、今回席を外しましょうか?」

 

「それも考えたけど、出来ることなら貴方にも知ってほしいのよ。吸血鬼という存在を。それに人間が居ることで向こうの出方がどうなるか見ておきたいの」

 

 駒王学園のオカルト関係者で一樹は数少ない人間であり、三大勢力の協力者だ。彼を見て吸血鬼側がどう反応するのか、見ておきたい。

 不安はあるが、出て貰った方がよい。

 

「とにかく、くれぐれも大人しくしててね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談の日。オカルト研究部の面々とソーナと椿姫。堕天使からアザゼル。そして、教会から派遣されたシスターがやって来ていた。

 

「なんでゼノヴィアはびびってんの?」

 

「ハハハ! ナニヲイッテルンダ。ソンナコトハナイゾ、イツキ」

 

「なんだよそのロボットみてぇな喋りは!」

 

「シスター・グリゼルダはゼノヴィアのお姉さんみたいな人で、頭が上がらないのよ。ちなみに、隣街の教会に拠点を構えてるから、これからは頻繁に会いに来るでしょうね」

 

 そんな話をしているとシスター・グリゼルダがこちらに近づいて来た。

 

「初めまして、日ノ宮一樹さん。貴方のお噂は聞いておりますよ」

 

「はぁ……どうも……」

 

 握手を求められて応じる一樹。

 そこで握手をしたままゼノヴィアに視線を向ける。

 

「あの子には手を焼いているでしょう?」

 

「そんなことは……まぁ、友人付き合いしてりゃあ、互いに面倒をかけることもあるでしょ。それ以上に助けて貰ってますよ」

 

 一樹の言葉にグリゼルダは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「なるほど。あの子は良い友人を持ちましたね」

 

 手を離すとリアスやソーナ。アザゼルとの会話に入る。その間、イリナがシスター・グリゼルダについて説明する。

 

「あの人、今はガブリエルさまの(クイーン)で私の上司なの。女性エクソシストの中でも5指に入る実力者よ」

 

「へぇ」

 

 

 そんな風にそれぞれ今回のゲストを待っているとリアスが表情を引き締める。

 

「来たわね……」

 

 アイコンタクトで裕斗に指示を送ると彼は一礼して部室を出ていった。

 ギャスパーのようなハーフではない純粋な吸血鬼の来訪に緊張が走る。

 吸血鬼の知識に乏しい面々は今日までにそれなりの知識を叩き込まれた。

 最終確認をリアスが一樹にし始めた。

 

「今回の会談、本っ当に大人しくしてなさいね?」

 

「疑り深いですね。なんなら、話し合いが終わるまで、手を後ろに縛られてましょうか?」

 

「そんなことできるわけないでしょ。それに、視線だけで攻撃できる貴方にそれをする意味があるの?」

 

「攻撃すること前提かよ……」

 

 信用ないなと舌打ちする。

 そうしている間に裕斗が部室に戻ってきた。

 

 裕斗が案内してきたのは見た目は自分たちと同じ年頃の少女だった。

 薄い色の金髪にギャスパーより深い赤い瞳。彼女の足元を見ると影が写っていなかった。

 少女は上流階級の者らしい洗練された動作で礼をした。

 

「ごきげんよう。三大勢力の皆さま。徳に魔王の妹君であるお2人と堕天使総督さまにお会い出来て光栄ですわ」

 

 リアスたち代表者と視線を向け終えた後に一誠たち眷属の方にも一瞥をくれる。

 その視線を見て一樹はこう思った。

 

(あれ、完全にこっちを見下してんな)

 

 こちらを見た時に感じた視線の雰囲気。近いのはディオドラだろうか。この時点で一樹の中で相手の吸血鬼に対する印象はそれなりに悪くなった。

 勧められる席に座る前に自己紹介を始める。

 

「私は、エルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼びください」

 

 その自己紹介にアザゼルが顎に指を添える。

 

「カルンスタイン。吸血鬼の二大派閥の1つ、カーミラ派の中でも最上位に位置する家名だ。久しぶりだよ、純血で高位の吸血鬼に会うのは」

 

 悪魔と吸血鬼は価値観の違いなどもあり、互いの縄張りを干渉しないように活動していたらしい。

 堕天使も、不用意に吸血鬼との接触を好んでいなかった。

 ある意味、ここで最も吸血鬼に縁があるのは明確に敵対していたシスター・グリゼルダと聖剣使いであるイリナとゼノヴィアだ。

 未だにテーブルの席に着こうとしない吸血鬼と教会は小競り合いが続いていると聞く。

 

 その吸血鬼も、男性の真祖を尊ぶか、女性の真祖を尊ぶかで何百年も対立しているのだとか。

 朱乃の淹れたお茶が置かれて一拍置くと早速リアスが質問した。

 

「エルメンヒルデ。いきなりで悪いのだけれど、質問させてもらうわ。今までこちらの接触を避けてきた貴女たち吸血鬼が今になって会談を求めたのは何故? それも、魔王さまたちにではなく、私を指名して」

 

 いくら堕天使の総督が駒王町に居るとはいえ、吸血鬼の種として三大勢力に接触を求めるのならこの場に筆頭魔王であるサーゼクスか外交担当であるセラフォルーとの接触を求めるのが普通だ。

 和睦を求めるのであれば、リアスにはそれを決定するどころか、意見する権限すら無いし、魔王へのパイプ繋ぎとしても今回の接触は不自然にリアスは感じていた。

 

「ギャスパー・ヴラディの力を借りたく存じます」

 

「!?」

 

 エルメンヒルデの言葉に指名されたギャスパー本人も含めて皆が驚きの表情を浮かべる。

 しかし、リアスはやはりと表情を険しくした。

 知っていたのではなく可能性の1つとしては考えていた。

 

 京都で見せたギャスパーの異質な力。

 今まで散々接触を避けてきた吸血鬼が手の平を返すように話し合いを持ち込む。

 いくらなんでもタイミングが合い過ぎている。外れて欲しいとも思ったが。

 そこでアザゼルが口を挟んだ。

 

「質問を重ねるようで悪いが、順を追って説明してくれ。吸血鬼たちに何が起こった? 何故今更になってギャスパーを必要とする?」

 

 勿論ですわとエルメンヒルデが説明を始めた。

 それは、ツェペシュ側のハーフ吸血鬼が神滅具を発現させたことで、吸血鬼の価値観を根底から崩れる事態なのだと。

 その神滅具が【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】と呼ばれる生命に関する神器。

 それを使い、ツェペシュ側の吸血鬼は死弱点を克服して死なない。滅ばない身体を手に入れようとしてるのだとか。

 ただ、未だに聖杯は不安定であり、そこまでの効果は受けてないそうだが。

 弱点を無くし、吸血鬼としての誇りを捨てる。それだけならまだしも、カーミラ派を襲撃していることもあり、ギャスパーの力を借りてその暴挙を止めたいとのこと。

 

「それは、ギャスパーが、ヴラディ家。ツェペシュ側の吸血鬼であることが関係しているのかしら?」

 

 捨てた筈のギャスパーを再び吸血鬼の世界に関わらせ、争いの道具にしようとするエルメンヒルデにリアスは怒りを覚えてが、それを隠して話を進める。

 

「それもありますが、私どもはギャスパー・ヴラディに眠る力を借りたいと思っています。つい先日、その力が解放されたと小耳に挟みましたので」

 

 京都での件がどこから漏れたのかは不明だが。あくまでも欲しているのはギャスパーの力らしい。

 

「ギャスパーのあの力。あれは、何?」

 

 それは、リアスたちが最も得たい情報。その情報を得るのがリアスたちにとってこの場での最重要と言っても良い。

 エルメンヒルデの口から知りうる情報が吐き出される。

 

 吸血鬼の中には稀に、逸脱した能力をもって生まれる者が現れることがあるらしい。特に今はハーフの者に顕著なようだが、カーミラ派の吸血鬼たちはそれに対する資料を有していないとのこと。

 だが、ツェペシュならば或いはと情報をチラつかせる。

 

 そしてその聖杯の神滅具を宿した者の名を出した途端にギャスパーの様子が一変した。

 

「う、嘘です! 彼女は! ヴァレリーは僕のような神器を宿して生まれてはいませんでした!」

 

「生まれた時にその兆候が見られずとも、何らかの切っ掛けで神器が目覚める事がある。早いか遅いかの違いで。彼女は後者だったということでしょう」

 

 一誠が半年と少し前に赤龍帝の籠手を発現させたように。

 おそらくは自分たちが観測する前に聖杯を隠されたことにアザゼルが苦い表情をした。

 

 エルメンヒルデがギャスパーに視線を向ける。

 

「ギャスパー・ヴラディ。貴方は自分を追放したツェペシュに恨みはいないのかしら? 今の貴方のならそれを可能にする力があると私は思うのだけれど」

 

「ぼ、僕は……ここに居られるだけで充分です。部長たちと一緒に居られればそれだけで────」

 

「雑種」

 

 そう言われた瞬間、ギャスパーの肩が跳ね、表情がみるみる曇っていく。

 

「混じり者である貴方は、あらゆる蔑称で呼ばれ。ハーフたちを集めた城でその感情を共有出来たのはヴァレリーのみと聞いておりますわ。彼女を救いたいとは思いませんか?」

 

 そこで前に出たのはシスター・グリゼルダだった。

 

「貴女たちはハーフを忌み嫌いますが、元はと言えば、吸血鬼が人間を連れ去り、慰め物として子を宿させたのが原因ではないですか。人々が食い散らかされていく様を、悔しい思いをしながら憂いに対処してきたのは我々教会です。出来れば、趣味で人と交わらないでほしいのですが」

 

 物腰は柔らかくも毒を吐くシスター・グリゼルダ。

 しかし相手は罪悪感や自分たちの行いを恥じ入る様子もなくクスリと笑った。

 

「それは申し訳ございません。ですが、人間を狩るのが我々吸血鬼の本質。悪魔や天使も同じだと思っておりますが? 人の欲を叶え対価を得る得る。または人間の信仰を必要とする。我々異形の者は人間を糧とせねば生きられない弱者ではありませんか」

 

 その言葉にリアスが険しい表情をする。

 

「もう少し発言には気をつけてもらえないかしら? この場にはその人間から悪魔や天使に転生した者は多く、ましてや神の子を見張る者に所属している純粋な人間も居るのよ? その言葉がこちらへの敵対意思と認識されかねないと思わないのかしら?」

 

 一樹に視線を寄越す。

 

「あら失礼。まさか、魔王の妹君が人間に心を砕くとは思わなかったもので。今の悪魔社会は随分と優しくなりましたのね(※人間程度に気を使うなんて、悪魔はどこまでも腑抜けてしまったのですね)」

 

「えぇ。私たちも時代の流れに飲み込まれないように、色々な接し方を試行錯誤しているの(※いつまでも昔のやり方がこれまで通り行くと思っている吸血鬼と一緒にしないでほしいわ)」

 

「オホホホ」

 

「うふふふ」

 

 お互いに笑みを浮かべながら牽制し合う2人。

 何故か口に出した言葉とは違う台詞が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 一息吐いた後にエルメンヒルデは書面を渡してくる。

 それは、カーミラ派からの和平協議を記した書面だった。

 

「我らが女王カーミラさまは長年の堕天使や教会との関係に憂い、休戦を提示したいと申しておりましたわ」

 

「なら、順序が逆だろうが。先ずはこの書面を渡してから神滅具の話をするのが先の筈だ」

 

 今、あらゆる勢力との和睦を訴えている三大勢力だ。

 相手がテーブルに着くと言っているのに突っぱねれば他の勢力にもどんな影響を与えるか。

 そうなれば、この場に居るアザゼルは勿論、サーゼクスやミカエルの信頼も失いかねない。

 

「ご安心を。吸血鬼の問題は吸血鬼だけで解決します。こちらはギャスパー・ヴラディを貸して頂くだけで結構です。そうすれば、和平のテーブルに着くお約束と共にヴラディ家への橋渡しを私どもがいたしましょう」

 

 そこで一誠が立ち上がる。

 

「おい待てよっ────!?」

 

 と、後ろにいた一樹が一誠の背中を肘を入れて黙らせる。

 座らせた一誠に小声で告げた。

 

「お前は黙ってろ。何を言っても部長たちの立場を悪くするだけだろ」

 

「だ、だからって、お前……つ~!」

 

 苦い表情で背中を押さえる一誠。

 一樹も散々リアスになにもするなと念を圧されたのだ。つまりここは、自分たちが口を開いて良い場ではない。

 ギャスパーのために発言しようとする気概は買うが。

 一誠の質問を代弁するようにアザゼルが発言する。

 

「リアス・グレモリーの眷属1人と引き換えに休戦協定。お前らの言いたいことはそんなとこか。で? 借りた戦力を返す、ある程度の保証はあるのか?」

 

「犠牲になると決まった訳ではありません。争いの早々に終結するに越したことはありませんから」

 

 つまり、ギャスパーを必要なら犠牲にするとも言っている。

 それからアザゼルは両者の仲介などを提示したが、向こうは吸血鬼の問題は吸血鬼で解決すると断る。アドバイザーくらいならとも譲ったが。

 

 それからエルメンヒルデが従者を1人置き、リアスと互いに皮肉を言い合って旧校舎を去って行った。

 

 それから数分経ち、口を開いたのはゼノヴィアだった。

 

「やはり、吸血鬼とはウマが合わないな……!」

 

「昔の貴女なら問答無用で斬りかかっていたでしょうね。成長しましたね、ゼノヴィア」

 

「……あれが、純血の吸血鬼」

 

 白音も疲れたように息を吐くのを見て、一樹が頭を撫でる。

 初対面の相手。それも、見た目は自分たちと変わらない年頃の少女に見下されるのはそれなりにストレスが溜まった。

 

「今度からは吸血鬼を見かけたら見敵必殺するか」

 

「……物騒なことを言うのは止めて」

 

 苛立たしげにリアスが頭を掻く。

 彼女も、この話し合いで鬱憤が溜まったらしい。

 

「それで、リアス。これからどう動くつもりですか?」

 

 ソーナの質問にリアスは瞑目した後に述べた。

 

「取り敢えず、大人数で押し掛ける訳にもいかないから、裕斗を連れて彼女たちのテリトリーに行くわ。先ずは向こうの様子を見てからギャスパーを送るか決めても遅くはない筈」

 

「なら。俺も黒歌を連れて行くぜ。神器に関する知識は聖杯を利用してるツェペシュ側への交渉材料になるだろ向こうで気になることもあるしな」

 

「姉さん、寒そうって文句言いそうですね」

 

 だろうなと、アザゼルが苦笑した。

 そこでリアスはギャスパーに視線を向ける。

 

「ギャスパー。貴方はどうしたい?」

 

「え?」

 

「私は出来ることなら貴方を向こうに送りたくないと思ってる。向こうの状況を確認してからになるけど、最終的な決定は貴方に委ねようと思うの」

 

 甘い、あまりにも甘い。

 悪魔側はおそらく、ギャスパーを送れと言うだろう。そうしなければリアスはグレモリー家の家名と共に大きな傷を負うことになる。

 それでも、本気で嫌がる眷属を送るなんて選択は出来そうになかった。

 真っ直ぐ見つめるリアスにギャスパーも真っ直ぐと返した。

 

「行きます。僕、行きたいです」

 

 強い意思を宿してギャスパーは言う。

 

「僕の今の居場所はここだと思ってます。吸血鬼の世界にも、ヴラディ家には帰るつもりはありません。でも、ヴァレリーは助けたい。彼女は僕の恩人なんです。彼女がいたから僕はここに辿り着けた。だから、今も彼女が辛い目に遇っているなら、僕の手で助け出したい」

 

 宣言するように皆に言う。

 

「そして、必ずここに帰ってきます。ヴァレリーと一緒に!」

 

 ギャスパーの言葉にリアスは分かったわ、と頷く。

 

「本当にいざというときは、皆にも向こうに来てもらうわ。でも、学園や町にも何らかの事件が起こるかもしれないから、その時は気をつけて」

 

「部長は、何かが起こると思ってるんですか?」

 

「ここ最近の事件の遭遇率からね。何事もなければそれが1番なのだけれど……」

 

 憂いの表情で呟く。

 それからシスター・グリゼルダもいざというときはジョーカーを向かわせると約束する。

 

「聖杯と吸血鬼。聖と魔。どうにもキナ臭すぎる。全く、面倒事ってのは知らない内に積み上がっていきやがる」

 

 出来れば、これ以上大きな問題が増えんなよとアザゼルがぼやくが、きっとそうはならないだろう予感が胸に居座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次からはこの作品の投稿ペースが上がるといいな。


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101話:魔法使い襲撃

「なんで、屋上に引っ張り出されたの、俺?」

 

「なんでって。いつも1人でお弁当食べてるからでしょ?」

 

 イリナに屋上へと引っ張り出された一樹は弁当を広げて息を吐いた。

 その様子を藍華が呆れるような表情をする。

 

「やっぱり、木場くん以外に友達いないのね、アンタ」

 

「余計なお世話だ! いいんだよ、別に! 100人の友達より1人の親友が居れば!」

 

 がつがつと弁当を食べながら反論する一樹。

 

「そういや、黒歌さん居ないんだよな? 白音ちゃんとはどうなんだ?」

 

「どうなんだっていつも通りだ。姉さんが出張なんてよくあることだしな」

 

 弁当の中身であるきんぴらごぼうを食べて答える一樹。

 実際、いつも通りなのだから仕方ない。

 

「大体それならそっちだって、部長の目が無くなって進歩────するわけないか。悪いな、変なこと聞いて」

 

「何で謝るんだよ! 勝手に決めつけんな!!」

 

「……じゃあ、進展有ったのか?」

 

 一樹の質問に首を後ろに向ける一誠。

 それを見て一樹が嘆息を漏らす。

 

「この肉食系の皮を被った草食系男子が。さっさと誰かとくっ付けよ。先ずは朱乃さん辺りでいいだろ。身体的には好みなんだから。どうせ最終的に全員食うつもりなら順番なんて最初だろうと最後だろうと変わんねぇよ、この朴念仁(イ○ポ野郎)

 

「とんでもないこと言ったなテメェ! クソッ! 何で白音ちゃんはこんな奴と付き合ってんだよ! もう別れちまえよっ!!」

 

「イッセーさん!!」

 

 キレた一誠の暴言にアーシアが嗜める。

 それに一樹は余裕の表情で返した。

 

「そんな簡単に別れるなら5年も一緒に生活できねぇよ。まぁ、白音の奴も、俺の両親の死に関わってるからな。だから俺に罪滅ぼししたいとか考えてるみたいで。もし生半可な気持ちで別れようなんて言われたら、そこをチクチクと突くつもりですが?」

 

「こいつ最低だーっ!?」

 

 とんでもないカミングアウトにこの場にいる全員が引く。

 さすがに本気で別れ話を持ち出されたら分からないが、何かしらの未練が有りそうなら使えるカードは全部使うつもりだ。

 

「俺にだって独占欲とか執着ってもんがあんだよ。早々別れる気はないからな」

 

 そう言って唐揚げを口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕離せよ。何で引っ張んだよ」

 

「うっせ! たまには野郎同士で友情を育もうと誘ってんだろうが」

 

「お前らとか? 何の拷問だよそれ?」

 

「何で俺らと遊びに行くのが拷問扱いなんだよ!!」

 

「日ノ宮ぁ! お前好みのエロ本やエロDVDを選んでやるからな!」

 

「まさか、エロ本とか1回も買ったことないなんて言わねぇよなぁ?」

 

 放課後の帰路の道で妙なテンションを出して引っ張る3人に一樹は遠い眼をして嘆息する。

 

「エロ本かー。そういや1回買ったな。中3の頃」

 

「中3! しかも1回!? まぁ、ちょっと遅い気はするけど日ノ宮もちゃんとエロいことに興味があったんだな!!」

 

 どこか感慨深く頷く3人。

 もっとも、一樹からすれば良い思い出でも何でもないのだが。

 

 当時、受験勉強中で夏休みの暑さもあり、性欲が高まってムラムラしていた。

 その時につい出来心で参考書と一緒に購入した。

 レジの店員が女性立ったこともあり、最後まで目線を合わせなかったのを覚えている。

 ここまでなら、ちょっとした思春期の微笑ましい思い出で済むのだが。

 

「その晩、姉さんに見つかって盛大にからかわれた……」

 

『……』

 

 一樹のその一言に3人が凍った。

 しかも、買った本が姉妹丼とかそんな感じだったこともあってからかいに拍車がかかり、白音にもバレて一歩引かれた。

 それが、中学3年という色々と微妙な年頃だった一樹の心にどれだけのダメージだったか。

 最終的に一樹が無表情で泣き始めてさすがにバツが悪くなり、数日間猫上家では会話の一切無い生活が続いた。

 ついでにそれからその手の類いは一切購入していない。

 

「ま、まぁなんだ! 今日は俺たちが秘蔵のコレクションを貸してやっから! 元気出せ! な?」

 

「その憐れむような眼ぇ、やめろな? 眼球の水分を沸騰させんぞ」

 

「どういう攻撃だよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いでいると、一誠たちの前に見知らぬ一団が見えた。

 ローブを纏った一団。それはかつて、駒王会談の時の魔法使いの連中に似ていた。

 それに気付いた松田と元浜たちが一誠に訊く。

 

「なぁ、イッセー。アイツら、お前らの関係者か?」

 

 京都の件以来、オカルト関係について認知しているため、彼らが一般の人間ではない事に気付いた。

 そこで、そのローブを纏った一団から魔力が使われるのを一樹と一誠は感じた。

 

「お前ら、逃げろっ!?」

 

 まさかこんな町中で仕掛けて来るとは思わず、反射的にそう叫んだ。

 しかし、一樹の言葉は別だった。

 

「突っ込め、兵藤!」

 

「!!」

 

 同時に完成された魔法陣から魔法の炎が吐き出される。

 炎が4人を覆ってきた。

 

 しかし────。

 

「オラァッ!!」

 

 跳躍した一誠が赤龍帝の籠手で魔法使いに殴りかかる。

 籠手が当たるより速く防御の陣を敷かれて一誠は弾かれた。

 

「こんな町中で仕掛けて来やがって! なに考えてやがんだ!」

 

 吐き捨てるに呟く。

 松田と元浜は一樹が守り、無傷だった。

 顔を隠した魔法使いの男が口笛を鳴らす。

 

「ヒューッ! 赤龍帝のパワーとやらに興味があったけどこの程度ってわけねぇよな!」

 

 軽口を叩く相手に一誠が睨んだまま問いかける。

 

「お前ら、何が目的だ?」

 

「さてね。俺らはただ、作戦が終わるまで赤龍帝を足留めしてろって言われただけだからなぁ?」

 

「そうだな。しかしヒントを与えるなら、今頃駒王学園では俺たちの仲間が動いているだろうよ」

 

「なっ!?」

 

 急いで戻ろうとしたが、ここで背を向ければ魔法使いたちに松田と元浜が人質にされる危険がある。

 そこで一樹が前に出た。

 

「こいつらを速攻で潰して戻るぞ。俺がやるから、お前は2人を守れ。町中じゃお前は不利だろ?」

 

 ここで禁手化して戦う訳にはいかず、一誠は頼む、と後ろに下がった。

 

「あぁ、そういや居たな。確かリアス・グレモリー協力者だったか。禍の団(うちら)のボスがお前に用が有るらしいからな。ついでに捕まえるか」

 

「……やってみろよ。人様の平穏に水差しに来たんだ。覚悟は出来てんだろうな、蛆虫ども」

 

 一樹の睨みに魔法使いたちはおーこわ、と嗤う。

 動いたの一樹から。

 魔法使いの側まで走ると、炎を纏った拳で殴りかかる。

 それを魔法の防壁で防ごうとするが、あっさりと破壊された。

 

「え?」

 

 呆気を取られた魔法使いの1人。しかし一樹の攻撃はここからだった。

 

「目だ!」

 

 先ずはチョキの形をした指が、眼球を潰した。

 

「耳だ!」

 

 人差し指から小さな炎の刃を作って左右の耳を切り落とし。

 

「鼻ぁ!!」

 

 曲げた5本の指先に炎を纏わせてその鼻を削ぎ落とした。

 

「ぐぅえぇっ!?」

 

 倒れた男が耳障りな声を発して顔を押さえるが、一樹は鳩尾を踏みつける。

 

「次にこうなりたい奴はどいつだ?」

 

 あまりにも凄惨な行為に敵だけではなく味方側まで顔を引きつらせた。

 一誠は少し前に格下相手を制する攻撃を開発していたことを思い出して、アレかよ、と身震いする。

 すると、男の耳に小さな魔法陣が展開され、次に足下に敷かれる。

 それは、一樹が倒した男も同様だった為に、即座にその男を抱えて飛び退く。

 魔法使いたちがその場へから消え去ると、一樹は舌打ちした。

 それを見て一誠が呟いた。

 

「……悪魔だ。悪魔がいるよ」

 

「悪魔本人がなに言ってんだ? それより、早く学園に戻るぞ。お前らも来い! 俺たちの知らないところで人質にされちゃ堪らないからな」

 

『は、はいぃ!?』

 

 倒した男を担いで急ぎ駒王学園に戻った。

 2人は一樹の怒らせないよう肝に命じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 匙を仲介して生徒会長である支取蒼那ことソーナ・シトリーへと連絡を入れて生徒会室に集められて事態の説明をされる。

 

「一般生徒を人質に取り、猫上さん、ヴラディくん。そしてレイヴェル・フェニックスさんが拉致されました」

 

 それを聞いてこの場に集まった皆が驚きの表情をする。

 下校していたアーシア、ゼノヴィア、イリナも魔法使いの襲撃を受けたらしく、急いで学園に戻ってきていた。

 一樹が捕らえた魔法使いは今、別室に置かれている。その状態を見た際にソーナたちはドン引きしていたが。

 松田と元浜も生徒会の面々に護衛されて別室にいる。

 

 今回の処理をソーナの女王である真羅椿姫が説明する。

 

「今回、侵入した魔法高いに関しては、不審者が侵入して暴れた、と記憶を操作しました。壊された箇所も補修作業と重なったと記憶されます。もっとも、襲われた恐怖の感情だけはどうしようもありませんが……」

 

 悔しそうに眉間にシワを寄せる椿姫。

 一樹も乱暴に頭を掻く。

 

「それで、アイツらの目的は? まさか、強い奴に会いに来たなんて格闘漫画みたいな理由でもないでしょ?」

 

「それはまだ分かりませんが、拐われた状況を見ていた生徒の発言から狙いはレイヴェル・フェニックスさんと推測されます。もしかしたら最近、フェニックスの涙を横流ししてるはぐれ悪魔の一団と関係があるのかもしれません」

 

 それを聞いて額を押さえた。

 

「なんでこう、数週間の割合いで揉め事が起こるんだか……」

 

 いくらなんでも事件が起こる頻度が多すぎやしないだろうか。

 

「言っても仕方ありません。今は、目の前の事態に対処しないと。ロスヴァイセ先生。今回のはぐれ魔法使い侵入をどう思いますか?」

 

「はっきり言って、町に張られている結界をすり抜けて来たとは思えません。ここまで侵入して騒ぎを起こすまで誰にも悟られないとなると、やはり……」

 

「裏切り者の可能性、ですか……」

 

 ソーナが苛立たしそうに険しい顔をする。

 悪意があってこの町に訪れる者は結界が察知して三大勢力のスタッフに知られる筈だ。

 転移魔法で許可なくこの町を訪れようとしても余程強い力の持ち主でもないと弾かれるし、バレる。電車などの公共の通路を利用すれば結界で知られてしまう。

 つまり、ここまでの騒ぎを起こすまで知られないのは不可能に近いらしい。

 

「この町の中核。グレモリーとシトリー眷属。紫藤さんや日ノ宮くん、ロスヴァイセ先生などの協力者。またはここにいないアザゼル先生くらいのメンバーでなければここまで隠密に行動できた理由が説明出来ません」

 

「俺たちの中に裏切り者がいるって言うんですか!?」

 

「考えたかくはありませんが……」

 

 難しい表情を作るソーナ。

 

「今回、敵の目的が本当にレイヴェル・フェニックスさんなのかも不明。連れて行かれた猫上さんやヴラディくんの安全も不明。ですが、ここで見逃してあげるほど私たちもお人好しではありません。必ず────」

 

「会長!?」

 

 そこで草下憐那が入ってきた。

 

「オカルト研究部の1年を拉致した一団から連絡が届きました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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102話:容赦無用

匿名投稿してる作品を書くのが楽しくてこっちが疎かになってました。


「ここが指定された場所です……」

 

 駒王町にある地下鉄の道を見ながらソーナが重たい息を吐く。

 

「まさか、こんな場所に隠れていたなんて……これは本当に裏切り者の可能性を考える必要がありますね」

 

 ぶつぶつと思考を張り巡らせるソーナに、一樹が眉間にしわを寄せて発言する。

 

「支取会長。そういうのは今、後回しにしてもらって良いですか? 裏切り者云々は敵を捕まえて聞き出せばいいし。それより連れ去られた白音たちを早く」

 

 苛立たしげに意見する一樹にソーナはそうですね、と返した。

 ここでモタモタしてると一樹が勝手な行動をしそうだと思って。

 続いてゼノヴィアが発言する。

 

「グレモリー眷属の指揮は誰が取る?」

 

「そちらも私が。リアスやアザゼル先生からも許可を得てます。故に、オカルト研究部の皆さんも、私の指揮下に入って貰います。良いですね?」

 

 ソーナに確認されてオカルト研究部の面々は肯定する。

 そこで一誠が見慣れない男2人に目を向けた。

 

「あの、会長……そこの2人は?」

 

 1人はソーナより年上に見える筋肉質な体型の銀髪の男性と、反対に中学生程で中性的な見た目の青みのある黒髪と桃色の瞳を持った少年。

 

「彼らは私の新しい眷属で、今回の事件に協力してくれる、駒王大学部のルガールさんと、来年中等部に編入予定のディール君くんです」

 

 ソーナが紹介するとルガールと呼ばれた男が手短に自己紹介する。

 

「ルー・ガルーという」

 

 名前だけ言うと下がり、続いて桃色の瞳の少年が自己紹介をし始めた。

 

「ディール・ゼパルと申します。今回の事件のバックアップを担当させていただきます」

 

 やや緊張した様子で話す様子に一誠があ! と口を開く。

 

「もしかして会長の婚約者っていうのは……」

 

 一誠の言葉にソーナは僅かに目尻を上げた。

 

「えぇ、そうです。今まで紹介するのが遅れてしまいましたが。ルガールさんには外で警戒。ディールくんには一般人が巻き込まれないように動いて貰います。まだ2人は眷属入りして日が浅いですし、特にディールくんの人工神器にはまだ不具合を抱えていますから」

 

 不具合、に関しては口にせず、話を進める。

 

「なら、ベンニーアはどうします? こいつもまだ、グレモリー眷属に入ったばかりですけど」

 

 一誠がベンニーアの頭に手を置く。ソーナは顎に指を添えて少し考える。そしてベンニーアに幾つかの質問をすると、中へ動向することを決めた。

 

「今回の戦いは室内戦です。兵藤くんたちより、動かし易いと思いますので。それと万が一を考えて、出来る限り禁手や広範囲の強力な攻撃は行わないように。下手に壊せば、町が崩落することになりますから」

 

 パワー自慢のグレモリー眷属が本気で力を振るえば、本当にこの街が崩落しかねないと危惧して念を押す。

 そこから簡単な打ち合わせをして、敵が図々しくも陣取っている地下へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王の地下へと進む。

 歩いている最中に一誠が一樹に声をかけた。

 

「おい、日ノ宮。ちょっと殺気は抑えろよ。周りが怖がってるだろ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 生返事はするが殺気が抑えられていない一樹に一誠は嘆息した。

 白音が連れ去られたことに苛立っているのだ。

 これじゃあ、本当に何を仕出かすかわからないと一誠は気を引き締める。

 そんな一樹の様子にシトリー眷属たちは居心地が悪そうにしていた。

 

「日ノ宮先輩ってあんなにいつもピリピリしてましたっけ?」

 

「そんな事はないぞ。白音が拐われて気が立ってるだけだ」

 

 留流子の疑問にゼノヴィアが簡単に答える。

 録に会話もないまま、進むと、そこには広く用意された場所に出る。そして大勢のローブを着た魔法使い達が待ち構えていた。

 そこにはそれぞれローブを被った魔法使いと召喚したであろう魔物などが合計百を越えていた。

 

「ようこそ、若手四王(ルーキーズ・フォー)と呼ばれるグレモリー、シトリーの皆さんが俺たちのために集まってくれるなんて光栄の極みだ」

 

 ふざけた調子でこの場の指揮官らしき男が芝居かかった動作で頭を下げた。

 それにソーナが1歩前に出て質問する。

 

「貴方たちの目的はなんでしょうか? フェニックス? それとも私たち?」

 

「両方、ですね。フェニックスのお嬢さんは大事に扱えとリーダーからの命令なので」

 

 どうやら、目の前の魔法使いが今回の首謀者ではないらしい。

 その男が態とらしく息を吐く。

 

「フェニックスの件は既に終えていますが、次は貴方たちだ。メフィストのクソ理事とクソ協会が認めた貴方たちの力。とても興味が湧きます。強い若手悪魔が現れたらとりあえず腕試しがしたくなるでしょう? 特に俺らみたいな乱暴な魔法使いならね!」

 

 その言葉が合図だったのか、後ろにいた魔法使いたちがそれぞれ魔法陣を展開して攻撃を開始する。

 異なる属性の魔法陣が展開されて、ソーナたちに襲いかかろうとしていた。

 相手から仕掛けてくるとソーナが低い声で仲間に告げる。

 

「それでは、存分にお見せすることにしましょう。若手悪魔の力を。駒王学園の者に手を出せばどうなるのか。たっぷりと後悔させてあげます」

 

 最初に飛び出したゼノヴィアのデュランダルとロスヴァイセの魔法で相殺して撃ち落としていく。

 撃ち漏らしをソーナの戦車である由良翼沙が人工神器を展開した。

 

「広がれ、我が盾────【精霊と栄光の盾(トゥインクル。イージス)】!」

 

 展開された光の盾が広範囲に広がり撃ち漏らした敵の攻撃を全て受け止める。

 ここ最近、禍の団のテロ行為の活発化や駒王町でのトラブルの多発。

 それらを踏まえてアザゼルは無能力者の多いシトリー眷属に戦力向上と実験データの採取も兼ねて人工神器を与えていた。

 

「それでは、オフェンスに入ります。

 

 由良が敵の初撃を受け止めるとソーナから指示が出る。

 

「兵藤くんは予定通り騎士の禁手化で戦場を掻き回してください。そして指示が出したらお願いします」

 

「はい!」

 

 龍星の騎士の鎧を纏った一誠が戦場を駆け回る。

 それぞれ散開し、個別に魔法使いを討ち取っていく。

 ゼノヴィアがデュランダルのパワーを活かして敵を薙ぎ倒していく中、シトリー眷属たちはそれぞれ人工神器を活用して魔法使いたちを次々と各個撃破していく。

 別方向ではロスヴァイセが敵の魔法を相殺して抑えるなかで一樹、イリナ、ベンニーアが手にしている得物で殺さないように無力化していた。

 

(おせ)ぇよ」

 

 魔法使いたちの手足を槍で突いて無力化し、イリナはエクスカリバーにある6つの特性を利用して敵を斬り、ベンニーアも後ろから迫ってきた敵を大鎌の柄で突いて怯んだ隙に両手を斬り落とした。

 

「やるじゃない! ベンニーアちゃん!」

 

「新人なもんで。これくらいはやらせてもらいまさぁ」

 

 その速度で次々と敵を倒していくベンニーア。

 速度だけなら祐斗並みと言ったリアスの言葉は嘘ではなかったらしい。

 匙が以前神の子を見張る者(グリゴリ)に埋め込まれたヴリドラ系統の神器を使用して敵の動きを封じると、【黒い龍脈(アブソーブション。ライン)】で敵の魔法力を奪っていく。

 そこにソーナの指示で一誠の譲渡の効果も加わってほぼ一瞬で敵を無力化させた。

 

「すっげ……」

 

 その圧倒的な吸引力に匙が驚いているとソーナkら説明が入る。

 元々一誠と匙の能力は相性がよく、奪った魔法力をロスヴァイセ。もしくは魔法力の代わりに血を奪ってギャスパーに与えることもできると。

 自身の眷属とオカルト研究部の連携を考えているソーナ。

 しかしそこで召喚した合成獣がゼノヴィアに襲いかかってきた。

 

 迎え撃とうとするゼノヴィアに一樹が高速で近づく。

 

「ゼノヴィア! 後ろの魔法使いはこっちで殺る! 俺を投げ飛ばせっ!」

 

「今発言が物騒ではなかったか!?」

 

 デュランダルの腹に載った一樹。

 

「でぇえええええいっ!!」

 

 そのまま力任せにデュランダルを振るったゼノヴィアが一樹を合成獣の隙間を通して魔法使いの元へと真っ直ぐに投げ飛ばした。

 

「え? ウソッ!?」

 

 予想以上の力押しに後ろに居た女魔法使いが驚く間のなく殴り飛ばされた。

 一樹が着地すると一誠の洋服破壊を怖れて後ろから援護していた女魔法使いたちが固まっている。

 彼女らを見ながら一樹がボキボキと指を鳴らして告げた。

 

「アンタら、相手が兵藤じゃなくて災難だったな」

 

「何を……」

 

 ゆっくりと近づいてくる一樹に合わせるように後退る女魔法使いたち。

 冷めた視線とは逆に握った拳に炎を纏わせる一樹。

 

「別に。アイツが相手なら、服を破られるだけで済んだろうになって話だよっ!」

 

 顔面を容赦なく殴り付けると前歯がへし折れて飛ぶ。

 攻撃魔法を放っても鎧の一部を具現化して防ぎ、次々と殴り倒していく。

 

「あらあら。あまり1人で活躍しないでくださいね? 私の取り分が無くなってしまいます。うふふ。えぇ。ここまでオイタをした方々には容赦なく制裁させていただきますわ」

 

 一樹の後ろに続いていた朱乃が広範囲で雷光を放ち、女魔法使いたちを黒焦げにしていった。

 その後も、一誠の譲渡で強化された面々が魔法使いたちの攻撃を防ぎ、反射し、逆にこちらの攻撃に成す術もなく撃沈されていく。

 多少の負傷はアーシアが神器の力を飛ばしてすぐに治療されていく。

 すでにこの場は一方的な戦いへと変わっていた。

 

「これで、ラストォ!!」

 

 一樹が最後の魔法使いに顔を炎を纏った手で掴んで焼きつつ地面に叩きつける。

 その光景を見ていたシトリー眷属が身震いしていた。

 

「私、日ノ宮くんがグレモリー先輩の眷属じゃなくてホント良かったって思った……」

 

 ただでさえパワーが並外れているグレモリーに加わって一樹が加わるともう手に負える気がしない。

 一樹にやられた魔法使いたちを見てシトリー眷属たちは身がすくむ想いだった。

 ある者は顔を火傷し。ある者は歯を折られ。ある者は顔の一部を削がれている。

 見ていた敵味方の士気を下げるには充分な残虐性だった。

 

 倒れていた魔法使いの者が起き上がると降参とばかりに手を挙げる。

 

「リーダーが奥に通せってよ。但し、奥に行けるのはグレモリー眷属とミカエルのAとヴァルキリー。そしてそっちのグリゴリの協力者とヴリドラの使い手だけだって」

 

 つまりはオカルト研究部の面々と匙だけ、ということだ。

 向こうにレイヴェルたちがいることからも、仕方ないとソーナが息を吐く。

 

「分かりました。ではあなたたち全員、ここで捕縛させていただきます」

 

 ソーナの言葉が以外だったのか、げっ、と声を漏らす。

 

「俺たちまで捕まえんのかよ! 別に禍の団の術者連中だけで良いだろ! ただの冗談じゃねぇか」

 

 ただの冗談。それに真っ先に喰ってかかったのは匙だった。

 

「ふざけんなっ! うちの生徒を襲っておいて────」

 

 胸ぐらを掴んで睨み付ける匙。

 生徒会の役員として学校に従事している匙だ。今回、敵の侵入を許して生徒を危険に晒した悔いは強い。

 もちろん他の面々も今の魔法使いの発言に怒りを募らせている。

 そこで一樹が前に出て人差し指の先端に火を点すとその額に擦り付けた。

 

「あっつ!? なにすんだよ!!」

 

「さっき、フェニックスは丁重に扱ってるって言ったな。他にも2人拉致っただろ。余計なことしてねぇだろうな」

 

 白音の心配している一樹の質問に魔法使いは焦った様子で答える。

 

「し、知らねぇよ! フェニックスのガキのことだけで他のことは────ってぎゃぁああああっ!? 額が熱い熱いっ!!」

 

 額に火傷が広がっていく。それに慌てて訂正した。

 

「してない! そっちから変な行動しない限り、無下には扱わない筈だ!」

 

「本当だろうな?」

 

 人差し指だけだって火が中指にも点されて魔法使いが掠れた悲鳴を上げる。

 

「おい。知ってるぞ。お前も俺たちと同じ人間だろ? 同族同士、仲良くしようぜ。な? な?」

 

 魔法使いの命乞いに一樹はくつくつと鼻で笑って見せる。

 

「その同族。それも一般人相手に魔法とやらを使った連中がよくそんな台詞が言えたもんだ。人の大事なもんに手を出しといて、同じ人間だからって温情が出ると本気で思ってるのか?」

 

 こちらを煩わしい虫を潰すような瞳をする一樹に魔法使いが後ろに体を震わせた。

 

「日ノ宮くん」

 

 これ以上は、とソーナからストップがかかり、一樹は舌打ちして指を離した。

 最後に脅迫として言葉を残す。

 

「次こんなふざけた喧嘩売ってきやがったら、問答無用で達磨にしてやるからな?」

 

 一樹の言葉に魔法使いはコクコクと首を上下に動かす。

 

「それでは匙。私たちは彼らを拘束して一度上に戻ります。ディールくんにも色々と手配してもらいますので。捕らわれた彼女たちを頼みます」

 

「は、はい! 分かりました! 任せてください!」

 

 仕切り直すような告げるソーナに匙が礼儀正しく答える。

 それを見て一誠は、後で匙にソーナの婚約者である少年をどう思っているのか聞いて置こうと思った。

 

「それでは皆さんも、どうか無事で」

 

 ソーナの激励に先に進む面々は緊張感のある表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白音さんっ!?」

 

「っ!」

 

 膝をついている白音を見下ろしてローブを羽織り、フードで顔を隠した男が疲れた様子で息を吐く。

 

「大人しくしてもらえませんか? 私は、フェニックスである彼女の魔力を調べたいだけで手荒なことをするつもりはないのですよ。あなたたちにも危害を加える気は────」

 

 言い終える前に白音が動き、男の上空を取って作った螺旋丸をぶつけようとする。

 しかし、男が腕を振るうと、魔力で作られた刃が腹部に刺さり、地面へと倒れ落ち、レイヴェルの悲鳴が上がった。

 

「そこの吸血鬼の少年といい、無駄な抵抗は控えてください。これ以上の時間はかけられませんので」

 

 白音同様にレイヴェルを守ろうとしたギャスパーは床に倒れて意識を失っている。

 どろどろと流れる血を押さえながら白音は目の前の男を睨み付けた。

 

 



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103話:ドラゴン・ゲート

 進んだ先にあった光景を目にして日ノ宮一樹は頭が沸騰しそうな程に怒りを覚えた。

 倒れている白音とギャスパー。涙を流して呆然としているレイヴェル。

 その光景だけでここに居るフードの男を排除するには充分な理由だった。

 

「ベンニーア」

 

「はい?」

 

「白音達を速攻で拾ってアーシアのところまで運べ。あの野郎は俺が潰す」

 

 白音が倒れている意味を考えずに一樹は拳に炎を纏わせてフードの敵に最速で移動する。

 放った炎の拳は敵の魔力の盾に防がれた。

 

「現れて早々、ですか。日ノ宮一樹くん。貴方はもっと冷静な方だと思っていたのですが」

 

「そりゃ誤情報だ! 自分の彼女がボコボコにされて黙り決められるほど大人じゃないんだよ、俺はっ!!」

 

「彼女たちを傷つけてしまったのはこちらの落ち度です。まさか、あそこまで抵抗されるとは」

 

 魔力の盾から衝撃が生まれ、一樹は一誠たちのところまで飛ばされる。

 

「ちっ!」

 

「無茶すんじゃねぇよ!」

 

「あぁ……」

 

 受け答えはするが、その眼光ははっきりと目の前の男を敵視して睨んでいた。

 傷を負った白音とギャスパーはベンニーアに回収されてアーシアの治療を受けている。

 今にも噛みつかんばかりの一樹の剣幕にフードの男は息を吐いて指をパチンと鳴らすとレイヴェルを捕らえていた光の檻が消え去る。

 

「彼女はお返ししましょう。元々、フェニックス家の御令嬢を捕らえていたのはついでのような物ですし」

 

「ついで、だと……!」

 

 ここまでの騒ぎを起こしておいてそれをついでと言う男にゼノヴィアが手にしている聖剣を強く握りしめた。

 

「イッセーさま……」

 

 顔を青くしてふらふらとこっちにくるレイヴェルの肩を一誠が優しく掴む。

 

「わ、私を守ろうとして白音さんとギャスパーさんが……」

 

 ガタガタと小刻みに体を震わせて体を抱きしめているレイヴェル。

 何も答えないレイヴェルの代わりに男が答える。

 

「此方ととしても、彼女たちに危害を加える気はなかったのですがね。そちらのお2人が予想以上に抵抗するので要らぬ傷を負わせてしまいました」

 

 不本意だ、と言わんばかりの相手に全員が怒りを覚えながら、ロスヴァイセが代表して問い質す。

 

「貴方が今回の黒幕ですか?」

 

「……」

 

 ロスヴァイセの問いにフードを僅かな沈黙で返したが、すぐに答える。

 

「今回の件のお膳立てをした、という意味ではそうですね。尤も、私は今回、貴方方に挑戦したがっていた魔法使いたちの行動に便乗した形でしたが」

 

 顔を隠した男は話し始める。

 

「協会を追放された若手の魔法使いと禍の団の魔法使い。彼らは以前より交流があったようです。今回、協会が下した若手悪魔の評価に興味を持ち、最近、旧魔王派からぞんざいに扱われている禍の団に所属する魔法使いと手を組んで、行動を開始したようです。英雄派が禍の団を抜けたことで彼らも本格的に禍の団での居場所が無くなってきましたからね」

 

「曹操たちが禍の団を抜けた?」

 

「おや? ご存じなかったのですか? えぇ。彼らは、少し前か行方を眩ませています。今はどこで何をしているのか……」

 

 困りましたね、とばかりに嘆息する。

 怒りを圧し殺しながらロスヴァイセが質問する。

 

「それで、溢れた魔法使いたちを使ってこの町や学園を襲ったのですか?」

 

「はい。シャルバ・ベルゼブブは魔法使いたちの行動には無関心でして。代わりに私が取りまとめさせていただきましたが、これが中々に大変でして。今回の件は、上も好きにさせろ、ということでしたので彼らのわがままを叶える形で行動させました」

 

「そんな理由でかよ……!」

 

 フードの男の言葉に匙が怒りを露にして睨み付ける。

 しかしその視線は流され、男は小瓶を見せた。

 

「次の目的は、これです」

 

「フェニックスの涙……!?」

 

「はい。闇マーケットで流れている涙。しかし、これもまだ完璧ではありません。ですから、フェニックスの魔力や肉体の詳細なデータが欲しかったのですが、そこの2人に邪魔されてしまいました」

 

 白音とギャスパーを見るが一樹が隠すように2人を視界から遮る位置に立つ。

 その様子に肩をすくめてから、男は周りに置かれている機材を指した。

 硝子の箱の中に容れられている人間たちが確認できる。

 

「フェニックスのクローンですよ。涙を生産するのに造られた」

 

 その事実にレイヴェルの顔が蒼白になった。

 先程からそのことを知っていて、改めて突き付けられて心が揺さぶられたらしい。

 

「どうして……フェニックスのクローンなん、て……こんなの……」

 

「非道、ですか。今の若い子たちには刺激が強かったようですね。三大勢力の戦争時は、このくらいのことは日常茶飯事だったのですが」

 

 時代ですかね、と口にする男に、ロスヴァイセが前に出た。

 

「先程からの物言い。貴方は旧魔王派に所属している禍の団ではなさそうですね」

 

「えぇ。彼らとの親交はありますが、別の派閥ですよ。英雄派禍の団を抜けたことで、陰に隠れていた我々も表に出ざる得なくなりまして」

 

 相手の言葉から、ロスヴァイセは目の前の男が悪魔ではあるが、しかし旧魔王派とは別の派閥の者だと考える。

 男がそこで話題を変えた。

 

「フェニックスの者の身体を調べられなかったのは残念ですが、これでようやく今回の最も重要な目的を試すことができます。実は貴殿方にはある方と戦ってもらいたいのですよ。今回、魔法使いたちの要望を聞いたのは、そのついででしてね」

 

 言うと、男が指を鳴らし、緑色の魔方陣が出現した。

 

「緑の龍門(ドラゴン。ゲート)? 五大龍王の玉龍(ウーロン)!? なんで!?」

 

「いえ、アレは緑ではありません! もっと深い、深緑の────」

 

 すると龍門から1体のドラゴンが現れようとする。

 

「さぁ、来なさい。深緑を司るドラゴン。【大罪の暴龍(クライム・フォース。ドラゴン)】グレンデル」

 

 咆哮と共に現れた浅黒い肌の太い手足。2本足で立つ、巨大な翼を持った存在。

 鋭い爪と牙はあるが、ドラゴンというよりはドラゴンの特徴を持った巨人という方がしっくりくる。

 グレンデルは現れて早々、バカデカい声を発した。

 

「グハハハハッ!! 龍門なんざ久しぶりに潜ったぞ! さーて、俺の相手は────」

 

「梵天よ、地を覆え!」

 

 一樹が問答無用で眼から熱線放ち、グレンデルの頭部に撃ち込んだ。

 

「なにやってんの、お前っ!?」

 

「何って敵だろ? そっちこそ何ボーッとしてんだ。速攻で畳み掛けろよ」

 

「なんでお前最近俺らより判断がシビアなんだよ!」

 

 問答無用で攻撃する樹に一誠が掴みかかるが、パンッと払って槍を構えた。

 煙が晴れると、グレンデルは哄笑する。

 

「グハハハハッ! 出会い頭に1発喰らわせるとわなぁ! そういう思いっきりは嫌いじゃねぇぜ!」

 

「チッ。アレで仕留められるとは思ってなかったがダメージも大して無しか」

 

 忌々しげに舌打ちする一樹。

 グレンデルはこちらを見る。

 

「それにしても、ドライグに、ヴリドラァ! なんだそのミットもねぇ、姿はよぉ!!」

 

「彼らは既に倒され、神器に封印されていますよ」

 

「ハッ! なっさけねぇ! 二天龍だのなんだのと持て囃されたお前らが今じゃ、そんなちっぽけな器に収まるなんざ!」

 

 侮蔑かそれとも神器に収まっている事で、ドライグ本体と戦えない事への無念か。

 

『相棒。奴はドラゴンの中でも取り分け戦うことしか頭にないネジの外れた奴だ! 手加減も容赦も一切するな、死ぬぞ』

 

 ドライグの言葉に一誠が事態のヤバさに歯噛みする。

 

『グレンデル! 貴様は俺より大分前に滅ぼされた筈だ! どうやって現世に蘇った! 俺のように神器に封印されているようでもないようだし』

 

「グハハハハッ! 細けぇことは良いじゃねぇか! 強ぇ俺と、強ぇお前がいる! なら、殺し合うしかやることなんざねぇだろ!」

 

『この、単細胞めっ!!』

 

 話を聞こうとしないグレンデルにドライグが吐き捨てた。

 

 問答無用で襲いかかるグレンデル。その拳圧だけで吹き飛びそうだった。

 

「こいつ、ただの攻撃の癖にサイラオーグさんよりっ!?」

 

 騎士形態になった一誠がグレンデルの頭に向かって直進する。

 攻撃する直前に戦車の形態にチェンジし、最大の拳を叩き込んだ。

 

「なんだぁ? こんなもんかよ?」

 

「嘘だろっ!」

 

 思った以上に硬く、重く、厚い肉の壁に一誠がたじろいだ。

 しかしすぐに一誠の背中を掴んで一緒に向かっていた一樹が背中を蹴って跳ぶ。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

 グレンデルの眼球を目掛けて炎の刃を飛ばすが、手で防がれて、そのまま払い除けられた。

 地面へと叩きつけられる一樹。

 

「日ノ宮っ!」

 

「馬鹿が! 敵から目を離すな!」

 

 既に黄金の鎧を纏った一樹には大したダメージもなく、ホッとする一誠。

 グレンデルが次の行動に移る前に、聖剣コンビとロスヴァイセが攻勢に出た。

 デュランダルとエクスカリバー。そしてロスヴァイセの魔法攻撃。

 

「硬い!?」

 

「こっちの攻撃が通らないわ!?」

 

『気を付けろ! 奴は滅んだドラゴンの中でも最硬の鱗を誇っていた』

 

「それ早く言ってっ!?」

 

 ドライグの忠告にイリナが泣き言を叫ぶ。

 匙やベンニーアも加勢するが、その硬い鱗とパワーで全て無意味になる。

 

「こいつは、ちぃっとばかしヤベェですな……!」

 

 高速移動でグレンデルの攻撃を避けながらベンニーアがぼやく。

 最大火力での攻撃をここで使えば地下が崩れ、町が崩壊する危険があるため、どうするべきか悩む。

 一樹がアーシアの治療を受けている2人を見る。

 向こうも状況を理解している為、既に次の手の準備に入っていた。

 

(となると、出来るのは時間稼ぎだな)

 

 一樹は敵との戦いを致命傷を与えるよりも小技で意識の分散を狙った攻撃に切り替える。

 

「ハッ! なんだ、そのチマチマした攻撃はよぉ! 男ならデカいの1発来いやぁ!!」

 

「わりぃな。お前の趣向に付き合うつもりはねぇんだよ……!」

 

 円を描くようにグレンデルを中心に回り、攻撃を繰り返す。

 何か考えがあるのかと、その他の面々も一樹と同様に細かな攻撃を繰り返した。

 その様子に苛々を募らせる。

 

「テメェら! この! ちっとは気持ちよく戦わせろ!」

 

 そんな文句を言ってくるグレンデルに一樹は懐から苦無を取り出して投げつけた。

 投げた苦無は、丁度グレンデルの顔の部分に向かっていた。

 すると────。

 

「なっ!」

 

 苦無を目印に転移した白音が現れた。

 

「風遁・螺旋手裏剣っ!!」

 

 そのまま巨大な手裏剣状の螺旋丸をグレンデルの頭部に叩きつける。

 物理攻撃では、細胞そのものにダメージを与える毒に近い攻撃。

 球状にグレンデルの頭部を飲み込んだ。

 

「どうだっ!」

 

 匙が叫ぶ。

 しかし、攻撃が止んだ出てきたグレンデルは多少のダメージを与えられたようだが、尚も健在だった。

 

「中々の攻撃じゃねぇか! 今のはちったぁ効いたぜ!」

 

 嬉しそうに声を上げるグレンデルに、一樹が、「このドM野郎がっ」と悪態吐く。

 

 今度はこちらの番だと動こうとした時、フードの男から制止がかかった。

 

「そこまでです。もうデータは充分ですので」

 

「あぁ? これからだろうが! ふざけんなよ!」

 

「あなたの調整はまだ不十分です、また骸に戻りたいのですか?」

 

「チッ! それを言われちゃ、敵わねぇな」

 

 一誠たちには理解できない会話をする。2人。

 グレンデルはこちらを見て笑う。

 

「少しは楽しめたぜ。次やりあうときはもう少し力を付けとけよ! あっさりと殺されたくなけりゃあなぁ!!」

 

 そう告げると魔法陣でこの場から去っていく。

 グレンデルが去ると、男は被っていたフードを取る。

 姿を表した銀髪の青年。その姿は誰かを幻視させた。

 

「私はルキフグス。ユークリッド。ルキフグスです」

 

「グレイフィアさんと同じ姓?」

 

 一誠が疑問を口にすると、ユークリッドは尚も続ける。

 

「姉に。グレモリーの従僕に成り下がったグレイフィア・ルキフグスにお伝えください。貴女がルキフグスの名を捨て、好きに生きるのなら、私にもその権利があると」

 

 グレイフィアを姉と呼ぶ青年がその場からカプセルと共に消えようとする。その際にレイヴェルが何かしら細工をしていたようだが。

 

 状況が飲み込めない中で、それでも事件が一段落したのだと皆が息を吐く。

 すると、一樹が白根に近づいた。

 

「よっ、と」

 

「わっ!?」

 

 一樹がお姫様抱っこで白音を持ち上げた。

 

「あの男にやられたダメージが残ってんだろ? 大人しくしてろ」

 

「いい。歩ける」

 

「いいから」

 

 白音を下ろす気はないようで、身動ぎする白音だが、次第に諦めて目を閉じた。

 

「無事で、良かった」

 

 心のそこから安堵した声に、顔を逸らす。

 そこで周りの視線を感じた。

 

「なんだよ」

 

「お前、猫上の前だとキャラ変わりすぎだろ!」

 

「知るか。俺はこんなんだ」

 

 白音を抱き上げる一樹に匙がツッコミを入れる。

 その姿を羨ましそうに見る他のオカルト研究部の面々。

 

「イ、イッセーさん……その……」

 

 なんとかアーシアが切り出そうとするが、やはり羞恥から言葉を止めてしまう。

 それを察したゼノヴィアが意を唱えた。

 

「アーシアもイッセーに抱き上げてほしいのか? だが、私もあぁして運んで貰うのに、ちょっと憧れる。イッセー頼む」

 

「あ。なら私もお願い!」

 

「み、みなさん! ここは捕らえられた私に譲ってください!」

 

 等と、切り替える女性陣が逞しいのか。

 そんな彼女たちに一誠はえ? え? と戸惑っている。

 

「いいじゃねぇか。全員抱えてやれよ。あ、ついでにまだ目を覚まさないギャスパーも頼むな」

 

「抱えられるかっ!?」

 

 一誠の叫びに皆が笑った。

 謎は多く残ったが、それでも彼らは生き残ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次から16巻に入ります。
14巻はこう、書きたい目玉的な場面がないから書くのが遅かったな。次からは少しは早くなるといいな。


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104話:吸血鬼のクーデター

「ここか……」

 

 一樹は、アザゼルに紹介された店の前に立っていた。

 彼の懐には今、学生身分では少々、いや、かなり不相応な大金を所持している。

 

「ちょっと卸し過ぎたか? まぁでも、欲しい物が見つかっても買えないと困るし」

 

 誰に言っているのか言い訳じみたことをぶつぶつと言う一樹。

 

「とにかく、中に入るか……」

 

 そう呟き、一樹は店のドアを潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルから送られてきた通信にオカルト研究部の部室内は騒然としていた。

 

「吸血鬼の方でクーデター!?」

 

『そうだ。ツェペシュ側に大きな動きがあってリアスたちが向こうに行ってる間に、だ。あちらで拘束されている可能性が高い。すまん。黒歌の奴も付いていかせたから、一緒にな』

 

 吸血鬼社会でのクーデターと聞いて部員の皆は驚き、特にギャスパーが体を震わせている。

 

『どうやら、ツェペシュ側でトップのすげ替えがあったらしい。こっちも情報を集めているが、まだ分からん。ただ、男尊派のツェペリの大本である王が首都から退避したとのことだ。ここまで速やかに事が運ぶってことは────』

 

「渦の団が手引きしている可能性があると?」

 

 ソーナの返答にアザゼルが頷く。

 

『そうだ。ツェペシュ派もカーミラ派も、外からの干渉を嫌って内々に内政を進めていた。そこに奴等の付け入る隙があったんだろう。自らを至高の存在と位置付けてる連中だ。頭が維持でも救援を外に求めないことも計算に入れて禍の団がじわじわと侵食していったんだろうぜ。上に不満を持つ一派なんて、どこにだっているもんだ』

 

「コカビエルとか?」

 

 皮肉げに言う一樹にアザゼルがからかうなよ、と舌打ちする。

 

『これから、お前らも召喚する事になるだろう。準備は進めておいてくれ。俺はカーミラの根城からツェペシュの本拠地に出向くつもりだ。カーミラ派は良い顔しないだろうが、リアスたちが巻き込まれた以上、アイツらも強くは言えないだろう』

 

 アザゼルの言葉に一誠が強く拳を握って答えた。

 

「はい! 部長たちの危機に、眷属、いや、部員一同、力を尽くします! な! 皆!!」

 

『もちろん!』

 

 その場に居る大半が頷く中で一樹が渋い顔をしてアザゼルに話す。

 

「先生。そっちに行くのは良いんですけど、後数日待って貰っていいですか?」

 

「はぁ!? 部長たちの危機にどういうつもりだよ!!」

 

『……お前、黒歌もリアスたちと居るって言ってんだぞ』

 

「あーいや。そうなんですけどねー」

 

 一誠とアザゼルの反応にばつが悪そうにして苦い表情のまま首を撫でつつ白音の方をチラチラとみる。が、当の本人は首を小さく傾げるだけだった。

 その様子にアザゼルも事情を察する。

 

『……そういうことか。タイミングが悪かったな。だが、黒歌も帰ってきた方が、色々と気兼ねがなくて良いだろ?』

 

 ニヤニヤと笑いながら言うアザゼルに一樹は肩を落とす。

 他の面子には理解不能だったようだが。

 その後、細かな段取りを決めて吸血鬼の暮らす地。ルーマニアへと移動することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特例として魔法陣を使用したルーマニアへの移動が成功するとアザゼルが出迎えてくれた。

 

「悪いな。お前らにばかり負担をかけちまって。話は車内でする。エルメンヒルデ、案内を頼む」

 

「……本当はギャスパー。ヴラディだけで良かったのですが。皆さまカーミラの領地までよくぞお越しくださいました」

 

 最初の方は小声だったがバッチリと聞こえている。

 今更この程度で小言でなにか言うつもりはこの場に居る全員になかったが。

 車に乗って移動している間に城下町が見え、近代的な建物もチラホラ見えた。

 アザゼルの合図に観光気分を抜き、状況の説明をして貰った。

 

「ヴァレリーがツェペシュ側のトップに!?」

 

 恩人である幼馴染みが男尊のツェペシュのトップになっているという話にギャスパーが動揺している。

 おそらくは禍の団がそうなるように誘導しているだろう予想。

 クーデターを起こした連中は吸血鬼の弱点克服の甘言に乗って手を結んでいるのだろうこと。

 ツェペシュ側は強化された吸血鬼に対処しきれずにカーミラ派に援助を求めているらしい。

 

「カーミラ派からすればツェペシュ派に借りが出来るのは願ったり叶ったりだからな。それに乗っかって、リアスたちを迎えに行く。一応向こうには話し合いから入るつもりだが、戦闘も念頭に置いてくれ。悪いな。荒事ばっか巻き込んじまって。だが、あの野郎がここにいる以上、面倒ごとになるのは確実だろうな」

 

 吐き捨てるように言うアザゼル。

 あの野郎というのが誰かは知れないが、よほど毛嫌いしているらしい。

 そんな中、一誠が意気揚々と掌に拳を打ち付けた。

 

「召喚された時点で覚悟はできてます! 部長たちと合流してそのヴァレリーって人を助け出します! だろ? ギャスパー!」

 

「え!?」

 

「それが理想か。事後処理は、カーミラとツェペシュ側が勝手にやってくれるだろうからな」

 

「だから、ギャスパーくんの大切な人を助けましょう。私たち全員で協力します!」

 

「皆さん……はい! 僕は、絶対にヴァレリーを助け出します!」

 

 皆に励まされて、ギャスパーが力強い表情を見せた。

 それから車を降りて今度はツェペシュの城下町に行くルートの1つであるゴンドラに乗り替えた。

 

 雪山しか見えない景色。

 そんな中でゼノヴィアが単語帳を使って漢字の学習をしていた。

 気になって一樹が訊く。

 

「ゼノヴィアって国語の成績悪いのか?」

 

「失敬な。得意ではないが、毎回平均点は上回っているよ。これは、やりたいことが出来てね。その為に知識が必要なんだ。今は必死に勉強中さ」

 

「ゼノヴィアさんは、学校の行事にとても関心を示していて、学生と言う立場をもっと堪能したいと仰ってるんですよ」

 

 アーシアの補足に周りがへー、と感心する。

 

「ふふふ。なんなら、私が日本語を教えてあげましょうか?」

 

 イリナの提案をゼノヴィアは即座に断った。

 

「いや、いい。イリナの日本知識は色々と怪しいところがある。独学か、朱乃副部長。もしくは一樹に訊いた方が確実だ」

 

「な、何よ! 失礼しちゃうわ!」

 

 狼狽するイリナにゼノヴィアが嘆息した。

 

「この間、盛大に四字熟語を間違えていたじゃないか。弱肉強食は弱者でも強者でも平等に焼き肉を食べる権利を持つ、という意味ではないそうだぞ。まったく、他国でも似たような言葉があるのに、何故母国の言葉だけ間違えるんだ」

 

 ゼノヴィアに指摘されて、イリナがゴニョゴニョとしながら指を弄る。

 そこで一樹が口を挟む。

 

「まぁ、なんだ。独創性は悪くないと思うぞ? 前に、うちのクラスでやる学園祭の出し物の演劇とか中々レベル高かったし」

 

「出し物?」

 

 なんでここで今更学園祭の出し物の話が出てくるのか。

 するとイリナが顔を赤くして一樹の顔を押さえた。

 

「わー! わー! やめて! それ言ったらホントに怒るからね!!」

 

「簡単に言えば、鶴の恩返しと花咲か爺さんのごった煮だな。実現してたら、結構面白かったかもなぁ」

 

 イリナの記憶違いと勘違いから生まれた創作日本昔話。

 自信満々に語ったそれを祐斗の訂正により、そんな物語はないと理解して顔を赤くしていた。

 

「自称日本人、か。すごいな」

 

「自称じゃないから! 私、日本生まれの日本育ちだから!」

 

 呆れるゼノヴィアに涙目になるイリナをアーシアが苦笑しつつ慰める。

 そんな場に周りが和んでいると、アザゼルが一樹に話しかけた。

 

「そういや、一樹。お前、あの進路志望、本気か? 大学部に進学せずに就職するってやつ」

 

『え!?』

 

 アザゼルの言葉に全員が驚いていると、ここまで黙っていた白音が口をジト目で挟んだ。

 

「聞いてない……」

 

「あー、いや……第一志望は大学部への進学だよ。万が一の話」

 

「就職の志望先は天職だと思うが、焦んなよ。学生なんて期間限定で、その志望先だって大学出てた方が絶対にプラスなんだ。この件は、黒歌が戻ったら話し合うからな」

 

「はーい」

 

 上っ面な返事をする一樹に一誠が訊く。

 

「え? お前大学部に進学しないのか?」

 

「するっつってんだろ。就職は、まぁ……そういう進路も悪くないかなって思っただけの話。選択肢の1つだよ、あくまでも」

 

 肩をすくめる一樹。

 ゴンドラに30分程揺られて、ツェペシュ側の領地に辿り着いた。

 

 

 

 

 ゴンドラを降りると数名の吸血鬼が現れる。

 

「アザゼル総督とグレモリー眷属の方々ですね?」

 

 相手の質問を肯定すると、紳士的に招き入れられていく。

 そこでベンニーアと、ソーナの推薦で一緒に来ていたルガールがいないことに気付いた。

 朱乃がその事に耳打ちする。

 

「あの2人は別行動ですわ。独自に市街の様子を探るそうです。いざというときに脱出用のルートも確保しておきませんと」

 

 音もなく消えた2人に感心しながら、吸血鬼に案内されて馬車へと乗る。

 誰もがリアスたちの無事を早く確かめたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 招かれざる来訪者である彼は、独り吸血鬼の城下町を歩いていた。

 サングラスをかけたその男は独り呟く。

 

「クーデターが遇ったというから来てみれば、ここは肩透かしを喰らうほどに静かだな。つまらん」

 

 本当につまらなさそうに男は鼻を鳴らした。

 

「だが、面白くなるのはここからだ。さて、どうするか……」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら男は人混みへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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105話:リゼヴィム・リヴァン・ルシファー

 リアス達とは拍子抜けする程に呆気なく再会できた。

 

「白音~一樹~! 会いたかったわ~」

 

 猫なで声で2人に抱きついてくる黒歌。

 

「元気そうですね、姉さま」

 

「怪我は無さそうで何よりだよ」

 

 素っ気ない態度の妹弟に不満そうな顔をする黒歌。

 

「冷たいわね。もっとこう、久しぶりにお姉ちゃんに会えた感動を表してほしいんだけど」

 

 黒歌の不満に白音が手厳しく返す。

 

「何が遇っても姉さまだけは生き延びるんだろうなと信じてますから」

 

「……ねぇ白音。それって嫌味?」

 

「本心ですよ」

 

 じゃれ合っている姉妹を横目に一樹は祐斗に話しかけた。

 

「お疲れさん。怪我とか無さそうで何よりだ」

 

「心配かけたみたいだね。でも大丈夫だよ。丁重に扱われたから」

 

 祐斗が言うにはクーデターのゴタゴタでこちらに構っている余裕がなかったのだろうということだ。

 

「何にせよ、姉さんたちに何もされてなくて良かったよ。手酷い扱いを受けてたら、ここで暴れてたかもしれないしな」

 

「……洒落になってないから冗談でもそんなことを言わないでちょうだい」

 

 一樹の台詞にリアスが渋い顔をする。

 何せ日ノ宮一樹はオカルト研究部で1番キレ易い。

 それも彼の能力は吸血鬼たちにとって悪魔以上に天敵かもしれないのだ。

 互いの無事を喜んでいると、兵士の格好をした者たちが新たな王への謁見を、と案内してきた。

 アザゼルを先頭に列を作って進んでいくと、広大で華美な室内へと案内されるとそこには玉座に座る女性と貴族風の服装に身を包んだ吸血鬼たち。

 玉座に座る女性を見てギャスパーが唇を震わせて彼女の名を呟いたが、それは誰の耳にも届かなかった。

 人間で言えば大学生くらいに見える美しい女性。

 その女性が優しげな笑みをこちらに浮かべている。

 しかし、その赤い瞳は虚ろで、こちらへと意識が向けられているはずなのに、別の何かも見ているような。

 

「ごきげんよう、皆さん。私はヴァレリー・ツェペシュと申します。あー、えーっと、ツェペシュ家の当主で王さまをすることになりました」

 

 どこも捉えていない瞳は顔馴染みの姿を見ると少しだけ色を取り戻す。

 

「ギャスパー、大きくなったわね」

 

 呼ばれてギャスパーは頷き、相手の求められるままに近づく。

 再会の挨拶とギャスパーが自分が悪魔になったことや現在世話になっているグレモリーに良くして貰っていると話す。

 その途中で、ヴァレリーが宙を見つめて誰かと話し始めた。

 

「何を受信してんの? あの(ひと)

 

「変なこと口にすんじゃねぇ。アレは聖杯に精神を汚染された者の末路だ。アーシアとゼノヴィアとイリナは真っ正面から直視するな。聖杯に引っ張られるぞ」

 

 アザゼルに言われてアーシアたちは床へと視線を落とした。

 ヴァレリーが”誰か”と話していると、近くにいた若い男性の吸血鬼が口添えする。

 

「ヴァレリー、その方々とばかり話し込んでいては失礼ですよ。きちんと王として振る舞わなければなりません」

 

 男性の言葉にヴァレリーがそうでした、と相づちを打つ。

 それから自分が王になったから平和な吸血鬼社会が作れそうだの、ギャスパーもここに戻れて虐げられることもないと虚ろな瞳で語るヴァレリー。

 その姿は悪趣味な演劇を見せられているようだった。

 幼馴染みの痛々しい状態にギャスパーは堪えていた涙が溢れる。

 アザゼルが舌打ちをしてから若い吸血鬼に話しかけた。

 

「それで? お前さんはこの娘を使って何がしたい? 見たところ、お前が今回の首謀者なんだろう?」

 

 アザゼルの言葉に男性は肩を小さく竦めてから答えた。

 

「首謀者と言えばそうなのでしょうね。私はツェペシュ王家、王位継承第五位マリウス・ツェペシュと申します。今は暫定的な宰相と神器の研究顧問をしております。まぁ、後者の方が本職なのですが、叔父上の頼みと吸血鬼の未来憂いたかわいい妹の手伝いをと思いまして」

 

 まったく本心とは思えない口調と態度で軽口を叩くマリウス。

 

「こっちがカーミラ側と接触しているのは知っているだろう。俺たちを招き入れて良かったのか?」

 

「私は別に政治など興味はありません。それもクーデターに乗った私の同士に任せるだけですので。今回はヴァレリーが貴方がたに会いたいとおっしゃったので。私としては、聖杯を好きに出来る環境を整えたかっただけですので。ヴァレリーの聖杯は興味の尽きない代物でして。その為に邪魔な前王たちには退陣していただきました」

 

 本当に、政治云々などどうでも言いとばかりの口調。

 その事に周りの吸血鬼たちが慌てて諌めるが、真面目に取り合う気はないらしい。

 マリウスの態度に苛立ちと嫌悪を募らせていると、元から吸血鬼に対する敵対心が強かったゼノヴィアがデュランダルを取り出し始めると、リアスがそれを制する。

 

「怖い怖い。ならばこちらも私の護衛を紹介させてもらいます。私が強気でいられる理由を分かって頂けると思いますよ?」

 

 マリウスが指鳴らすと、それだけでその部屋に威圧感が圧しかかってかた。

 本能が全力で逃げろと警告する。

 威圧感の元へと視線を向けると、そこには柱を背にして立っている黒と金の髪とオッドアイを持つ男がいた。

 

(あぁ……アレはヤバいな)

 

 戦わなくても判る。

 今、あの男と戦闘になったらこちらが全滅すると。

 男を警戒しているとドライグが周りに警告する。

 

『あの男には絶対に手を出すな。お前たちも大分力を付けたが、奴を相手にすれば確実に死ぬぞ』

 

「知ってるのか、ドライグ?」

 

『あぁ。人間の形をとっているが、奴は邪龍の中でも最強と称されたドラゴン。三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)、クロウ・クルワッハだ』

 

 ついでにクロウ・クルワッハが一誠の中に赤龍帝(ドライグ)が在ることも感づいていることを告げる。

 全員がクロウ・クルワッハの存在を警戒していると、マリウスが手を叩いた。

 

「今日はここまでにいたしましょう。お部屋を用意しますので、ゆっくりとお休みください。それと、ヴラディ家の当主様もこの城の地下に滞在されていますのでお会いになるといいでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリウスに言われれ案内された部屋で先程の感想を言い合う。

 

「あのマリウスとかいう男。吸血鬼とは思えない思考の持ち主だったな」

 

「そうね。血筋や矜持に縛られずに動く吸血鬼なんてそうはいないわ」

 

「だからこそ、あの手合いは厄介だ。種族が定めたルールを全力で破ってくる。マリウスは自分の欲求を満たすために政治家の協力が必要だった。奴の協力者も聖杯の力で吸血鬼の弱点を克服し、復活した邪龍の力も加わればクーデターもすんなり成功しただろうさ。そのお膳立てをしたのは奴なんだろうが……」

 

 最後の方は独り言のように呟くアザゼル。

 話題は少し代わり、ツェペシュの王さまは瀕死の重症を負い、領土から退避していることやカーミラ派以外に救援を要請していないことを話す。

 外側の勢力も何とか今回の事態に介入しようと交渉を続けているようだが、今のところ外から招かれているのは自分たちだけらしい。

 もっとも外の勢力は吸血鬼の王さまたちを助けたいというよりも、テロリストである禍の団が力を付けることを危惧してのことだが。

 

 そこから話題は自然とヴァレリーの問題へと移っていった。

 今のヴァレリーは聖杯により生命の膨大な情報を強制的に叩き込まれている。

 生者死者問わずに浸食してくる声に精神が壊れて当然だと。

 

「なら、とっととヴァレリーとかいう人を拉致して逃げた方が良さそうだな。問題はやっぱりあの邪龍の人か」

 

 護衛はあくまでもマリウスで、ヴァレリーには無関心だと助かるのだが、そうもいかないだろう。

 一樹の台詞に一誠が反論する。

 

「いやいや! 禍の団もこのクーデターに関わってるんだぞ? そっちもどうにかしないといけないんじゃないか?」

 

 一誠の疑問に黒歌が口を挟む。

 

「どうかしら? 吸血鬼たちはまだ自分たちだけでどうにかしようとしてるみたいだし。助けて難癖付けられるくらいなら、放っておいても良いんじゃない?」

 

 エルメンヒルデも吸血鬼の問題は吸血鬼で解決すべきと豪語してるのだ。

 向こうがそういう姿勢ならこっちも無理に介入する必要はないのではないだろうか。

 禍の団と結託している吸血鬼の戦力情報は集めるべきだが。

 

 するとそこで、この部屋に近づく気配。

 現れたその人物は、サーゼクスと色違いの正装を纏っている。

 その人物にアザゼルが苦虫を潰したような表情になった。

 

「んほ? 久しぶり、アザゼルのおっちゃん。元気そうじゃん!」

 

 無邪気そうで軽い声音で話しかけてくる銀髪の中年。

 アザゼルを知る目の前の男にリアスが質問する。

 

「誰なの? アザゼル」

 

「……リゼヴィムだ。お前もその名前くらいは聞いたことがあんだろ?」

 

「っ!?」

 

 アザゼルの答えにリアスは表現を強張らせる。

 その名を知らない面々が首をかしげる。

 リゼヴィムを睨み付けるアザゼルが吐き捨てるように言った。

 

「今回の騒動も。どうせテメェの差し金なんだろ? リリン。いや、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー!!」

 

 アザゼルの追求にリゼヴィムは笑みを深めるだけ。

 

「先生、ルシファーって……」

 

「あぁ。正真正銘前ルシファーと悪魔にとって始まりの母リリスとの間に生まれた子。聖書にリリンとして名を刻んだ、な。そして歴代最強と称された現白龍皇であるヴァーリの実の祖父だ」

 

 アザゼルが軽く説明する。

 

「ま、テロの表向きはシャルバの小僧っ子に任せて俺ちゃんは裏で工作してたって訳よ。今回はマリウスくんの研究に出資したりと国賓級扱いよ? まだ正式に手を結んでない吸血鬼の領土で手を出せばどうなるか、頭の良いアザゼルおじさんなら分かるよなぁ。負ける気はないけど」

 

 挑発気味に話すリゼヴィム。

 確認するようにリアスが言う

 

「まだ悪魔社会が前魔王に支配されていた時代。お兄さまとアジュカさま同様に超越者の1人としてとして数えられていたわ」

 

 サーゼクスとアジュカの名を聞いてリゼヴィムは自分の顎髭を撫でた。

 

「シャルバたちと違って、俺は別に今更血筋による怨恨を持ち出す気はないよー? やりたいことが出来たから禍の団を使って色々と動いちゃってるけどね。それに最近は頼もしい仲間も出来ちゃったしぃ。ほら、入ってきなよ」

 

 部屋の外へ向けて指示を出すと、中に入ってきた面々を見て目を丸くする。

 先頭に立つ人物の名をアザゼルが呟く。

 

「ヴァーリ……」

 

 信じられないとばかりの呟く。

 その後ろには美猴とアーサー。そして最後尾にメディアが控えている。

 

「どういうことだヴァーリ!? 何でお前がそいつと一緒に居やがる!」

 

 信じられないとばかりに問うアザゼルに、答えたのはヴァーリではなくリゼヴィムだった。

 

「別に不思議でもねぇでしょ? 同じ組織に属してんだ。こうして手を取り合うのは当然だよなぁ! いやー美しい家族愛だろ?」

 

「ざけんな! お前とヴァーリが手を組むなんざ絶対にありえねぇだろ!」

 

 ヴァーリに何をしたと問おうとすると今度はヴァーリが口を開く。

 

「リゼヴィムの言うとおり、俺は手を組むことにした。それだけだ」

 

 腕を組んで目を閉じたままそういうヴァーリにアザゼルはギリッと歯を鳴らした。

 その様子を心底可笑しそうに嗤った後に、リゼヴィムの視線は一樹に向けられる。

 

「で、そっちの太陽くん? おじちゃんと一緒に来る気はない? VIP待遇で歓迎するよー」

 

「ないな。胡散臭すぎる」

 

「ありゃ残念。ま、今は別にいいけど? カーミラ派と結託してクーデター返しする気ならいつでもいいぜぇ。すげぇ期待してっから」

 

 最後までふざけた態度でリゼヴィムはその場を去り、ヴァーリ達もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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106話:ヴァーリ強襲

 朱乃以下数名がギャスパーの父親に会いに行って時、一樹はアザゼルと話していた。

 

「ヴァーリとあのリゼヴィムとか言うおっさん。手を組むのってあり得ないの?」

 

「……あぁ。ヴァーリは幼少の頃に父親に虐待を受けててな。それを煽ってたのがあのリゼヴィムだ。ヴァーリにとっちゃ、殺したいほどに憎んでる男の筈なんだが」

 

「なら、ヴァーリがそうしなきゃいけない理由が出来たってところね」

 

 黒歌が欠伸混じりに発言する。

 一樹は先程のヴァーリの様子が気になって腕を組む。

 

(あの時、何か俺のこと見てなかったか?)

 

 自意識過剰かもしれないが、一誠ではなく自分を見ていた気がした。

 しかし理由が不明な為、別のことに意識を割くことにする。

 

「吸血鬼、共倒れにでもならねぇかな。その隙にギャスパーの幼馴染みを拉致出来るかもしれないし」

 

「……恐ろしいことを口走らないでちょうだい。ここを何処だと思ってるの?」

 

 吸血鬼の根城でとんでもないことをいう一樹にリアスが嗜める。

 どこで耳が有るのかも分からない中で、態々火種を作らないで欲しいのだ。

 

「そんな事を言ってもさ。同盟つってもどうせ、向こう側はこっちと関わる気が無さそうだし。人間として言わせて貰えれば、消えてくれても全然問題ないなって」

 

 悪魔などと違い、はぐれが出ても対処せず、自分たちの外の出来事には基本無関心。

 そんな奴らの得になることをしてやる義理はないし、向こうも望んでいないのだ。

 正直あの邪龍さえ居なければギャスパーの幼馴染みを強制的に連れ去って帰ってるところだ。

 動けない事態に僅かな苛立ちを覚えていると、今まで黙っていた祐斗が口を開く。

 

「本音は?」

 

「ただめんどくさい。早く帰りたい」

 

「貴方ねっ!!」

 

 リアスが一樹の耳を引っ張る。

 周りが一樹の態度に呆れていると、アザゼルが口元をつり上げた。

 

「おい白音。一樹が何で早く帰りたがってるか知ってるか?」

 

「はい?」

 

「実は────ぐえっ!?」

 

 何かを話そうとしたアザゼルに一樹がドロップキックで黙らせた。

 

「あんまり口が軽いと痛い目みますよ?」

 

「お前もずいぶん反抗的になったじゃねぇか。昔は可愛かったのになぁ」

 

 蹴られた首を擦りながら座り直すアザゼル。

 白音が一樹の上着を引っ張る。

 

「どうしたの?」

 

「後で話すよ」

 

 一樹の答えに不満そうに眉を動かすが、答える気は無いらしい。

 そうして過ごしている間に一誠たちが戻り、町を散策する許可が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ、日本食を海外で食べるとハズレを引くな」

 

「だからといって止めとけばって言った」

 

 店で売っていた羊羮を食べ歩きする。

 これならコンビニの80円の羊羮の方が10倍美味いと思いながら胃に入れる

 

「それにしても平和だよな。市民はクーデターの事を知らないって話、ホントなんだな」

 

「もしそうだったらこんな風に町を歩けない」

 

「そうだろうけど」

 

 雑談しながら歩いていると、見覚えのある人影を見つけた。

 

「は?」

 

 その人物を見た瞬間、頭が空っぽになり、思わず追いかける。

 しかし、狭い路地に入られたところで見失ってしまった。

 

「どうしたの、いっくん?」

 

「なんでアイツが……」

 

 もしも見間違いでないのなら、大変なことになるだろう。

 

「白音! 先生のところに戻るぞ!」

 

「え? え?」

 

 走って一樹は来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ……どうしてこう厄介事ってのは重なるんだ」

 

 一樹からの報告を聞いてアザゼルは頭を掻く。

 リアスの方は懐疑的なようだ。

 

「本当にあの男だったの?」

 

「チラッと見ただけだったんで確証はちょっと」

 

「いえ、そうね。疑いが出たのなら警戒しておくに越したことはないわ」

 

 それからしばらくして同じように町に出ていた一誠たちも戻ってくる。

 何やらギャスパーがご機嫌な様子だった。

 

「聞いてください! マリウスさんがヴァレリーを解放してくれると約束してくれたんです! これで彼女を日本に連れていく事が出来ます!」

 

「……詳しく話せ」

 

 ギャスパーの喜びに反してアザゼルは険しい表情をする。

 何でも、マリウスにヴォレリーを解放するようにお願いしたところ、あっさりと了承されたらしい。

 その話を聞いてグレモリー眷属は渋い顔をしていた。

 彼ら、特に過去、アーシアの神器を抜き取られた事を知っている面々はその反応が顕著だった。

 だからこそマリウスの約束の真意が理解できてしまった。

 それをギャスパーに話して良いものか迷う。

 最終的に無理矢理にでもヴァレリーを連れ出すことをギャスパーに内緒で決めると一誠がアザゼルに質問した。

 

「そういえば、アザゼル先生は何をしてたんですか?」

 

「ん? あぁ、ハーフヴァンパイアが所有する神器について調べていた。そして吸血鬼側にも危険事項なんかを教えたりな。理由は解らんが、どうも近年ハーフの神器所有者が増えているらしい」

 

 吸血鬼側はそういうことを嫌うかとも思ったが、どうやら研究者たちはそうでもないらしく、興味深くアザゼルの言葉に耳を傾けていたようだ。

 

「英雄派の連中が禁手に至る方法を各地に流したせいで、その対応策を練らなきゃならん。今まで差別されていたハーフヴァンパイアが復讐しないとも限らないからな。ここも悪魔陣営と似たような問題を抱えているな」

 

 そこから話しは先日会ったリゼヴィムの事へと移っていく。

 冥界の悪魔側は今、リゼヴィムの出現で混乱中とのこと。

 それだけルシファーの名は特別であり、これを機に各地で大人しくしていた旧魔王派の悪魔が動き出さないとも限らない。

 故にサーゼクスも対応に追われて動けないそうだ。

 話が一段落したところで天井にグレモリーの魔法陣が展開され、そこからベンニーアが落ちてきた。

 

「ぐおっ!?」

 

 ────―樹の上に。

 

 再び一樹の上に落ちてきたベンニーアは、あっと声を漏らしてすぐさま体を退けたが、起き上がった一樹はベンニーアの両頬をつねって引っ張る。

 

「なんでまた俺の上に落ちてくんだよ。終いには本気でぶん殴るぞガキャア」

 

すいやせん(ふひはへん)すいやせん(ふひはへん)

 

 頬を引っ張られながら謝るベンニーア。

 その手をまぁまぁと祐斗が外させた。

 引っ張られた頬を擦りながら話し始める。

 

「向こうからこちらに繋げるのにちょいと手間どっちまいました」

 

 すると続いて、エルメンヒルデが落ちてきた。

 

「きゃっ」

 

 ただ彼女は着地に失敗し、盛大に尻餅をつく。

 お尻を擦った彼女は恥ずかしそうに立ち上がると淑女らしい動作で挨拶をした。

 

「ごきげんよう、皆さま。お元気そうでなによりですわ」

 

 誰もが先程の醜態を見なかったことにしようとする中で空気を読まない馬鹿が1人。

 

「おいアンタ。別に今さらドジっ子アピールなんて要らないんだぞ?」

 

「そんなアピールはしてません!?」

 

 一樹の指摘に顔を赤くして反論するエルメンヒルデ。

 空気を読まない一樹の頭をリアスが叩く。

 

「エルメンヒルデ。こちらに潜入していたのね」

 

「当然です。町で城への潜入ルートを決めかねていたところをベンニーアさんと合流出来まして。皆さまにお知らせすることがあります。マリウス・ツェペシュ一派は、近々聖杯を用いた計画の最終段階に入ると報告がありました」

 

 最終段階。

 その言葉を聞いてギャスパーは顔を引きつらせる。

 

「えぇ。ヴァレリー・ツェペシュから聖杯を抜き出して、この国を完全に制圧する気のようです。その際に高められた聖杯の力を用いて、この城下町の住民全てを弱点のない吸血鬼へと作り替える計画を発動させるようです」

 

 弱点のない吸血鬼。

 それはもう吸血鬼と呼べるのか。

 しかしそんなことを論じている時間も惜しい状況だった。

 神器を抜き取る。それを聞いてギャスパーに動揺が走る。

 

「そんな。マリウスさんはヴァレリーを解放してくれるって……全部、嘘だったの?」

 

 そんなギャスパーの頭を一樹が掴んだ。

 

「イタッ! 痛いです一樹先輩っ!?」

 

「落ち着け。要は、そうなる前に間に合えば良いんだろ? それにもし聖杯を抜かれても、手段()は有るんじゃねぇか?」

 

「え?」

 

 そこで一樹がリアスを見る。

 

「部長、もしも神滅具を抜かれた場合、残った悪魔の駒でヴァレリーって人を生き返らせるのは可能ですか?」

 

 一樹の発言に全員がハッとなった。

 リアスにはまだ、【戦車(ルーク)】の駒が1つ残っている。

 

「そうね。神滅具持ちなら厳しいけど、ただのハーフヴァンパイアなら可能だわ」

 

「聞いたな? まだ何とかなるんだよ」

 

 リアスの答えにギャスパーは表情を引き締めて一樹に頷いた。

 それと同時に窓の外から光の壁のような魔法陣が展開されている。

 

「チッ! 先手を打たれたか! おそらくはカーミラ派の動きが察知されていたんだ! 俺が知っているのとは多少異なるが、アレは神器を抜き出す術式で間違いない!!」

 

 苦々しい表情で断言するアザゼル。

 時間はなかった。

 

「私はこれより外の仲間と合流します。貴方たちは脱出を!」

 

「この状況でも俺たちの介入を拒むのか? 向こうにはテロリストが付いてる。間違いなく邪龍どもが出てくるぞ」

 

 アザゼルの言葉にエルメンヒルデはもちろんです、と答えようとするが、何かを考えるように瞑目する。

 そして不満そうに口を開いた。

 

「我らが女王カーミラがそちらの貴殿方の援助をお認めになられましたわ」

 

 何故援助される側が上から目線なのかが気になるが、どうやら好きに動いて良いらしい。

 

「ギャスパー・ヴラディが望むのであれば、貴殿方の同行を認めます。彼の補佐、護衛をお願いしますわ。手前どもは、元々ギャスパー・ヴラディを使ってヴァレリー・ツェペシュの行動を止めるのが目的でしたから」

 

 この期に及んでこの態度。

 だが今はそんな些細なことに怒りを覚えるのももったいない。

 エルメンヒルデが去って行った後に、ギャスパーがヴァレリー奪還の決意を新たにし、仲間にそれを訴える。

 当然この場にはそれを拒否する者は居らず。

 そうして作戦会議をしようとすると、窓側の壁が盛大に破壊された。

 

「なんだっ!?」

 

 それぞれが武器や神器をとりだす。

 煙が晴れてそこに居た人物をアザゼルが呟いた。

 

「ヴァーリ……!?」

 

 既に禁手姿のヴァーリが窓の外で停滞していた。

 後ろには何らかの術式を用いてか、美猴とアーサー。そしてメディアもいる。

 ヴァーリは兜の奥の瞳を一樹に定めて言う。

 

「日ノ宮一樹。一緒に来て貰おう」

 

「はぁ?」

 

 ヴァーリの言葉に白音と黒歌が家族を守るような位置に着く。

 

「どういうつもりだ? リゼヴィムがこいつに興味があるみたいだったが、それと関係があるのか?」

 

「……日ノ宮一樹。来い」

 

 アザゼルの言葉に答えず、苛立ちの混じった声で再度告げる。

 視線が一樹に集まるが、本人は槍を構えた。

 

「誰が行くか、馬鹿馬鹿しい。悪いけど、作戦会議は移動しながらやってくれ。どうせ、ある程度は頭の中で算段ついてんだろ。こいつらは俺が何とかするわ」

 

「一樹先輩っ!?」

 

 一樹の宣言にギャスパーが驚き、一誠が肩を掴んでくる。

 

「おいこのバカ!? なにカッコ付けてんだ! 相手はヴァーリだぞ! ここは俺も!」

 

 一樹がその手を払い除ける。

 

「お前の助けなんているか。それに守るんなら、ギャスパーや部長たちの方だろうが。まだ面倒な敵の居るんだし、お前の出番はここじゃねぇよ」

 

 さっさと行けとばかりに手を振る。

 一樹の態度に美猴が鼻を鳴らす。

 

「俺っちたちを1人で相手にするって? そいつはちょいと自惚れ過ぎじゃねぇかい?」

 

「どうせお前ら襲ってくんだろうが! それに、白龍皇相手なら兵藤よりも俺の方が相性が良いと思うからな」

 

 挑発か、それとも思い当たる何かがあるのか。

 戦闘を開始しようとした矢先に左右に白音と祐斗が立つ。

 

「おい」

 

「さすがに彼らを君1人に任せる訳にはいかないからね」

 

「祐斗っ!?」

 

「部長すみません。でも彼は僕の大事な友人なんです。それに、剣士として、彼と剣を1対1で交えてみたい」

 

 聖魔剣を手にした祐斗がアーサーを見据える。

 

「私の1番の優先はいっくんだから。それに、あのお猿さんには私も借りがある」

 

 又旅の力を表に出すと美猴が面白げに口を歪めた。

 ついで黒歌が後ろにいるメディアに問いかける。

 

「で? ここに居るってことは貴女も戦いに参加するの? なら、私が相手になるけど?」

 

「え!? いえいえいえ!?」

 

 黒歌の指摘にメディアは全力で首を左右に振る。

 その態度に誰もが違和感を覚えた。

 

(あんなかわいい反応する人だったか?)

 

 一樹は疑問に思うが、どうせ対して知らない相手だ。新たな一面を見ただけだろうと思うことにした。

 それとあることを思い出してコートを脱ぎ、アーシアに投げる。

 

「悪い。預かっといてくれ! ポッケに貴重品入ってるから!」

 

「えぇ!?」

 

 コートのポケットには壊されたくない大事な物が入ってるのを思い出したのだ。

 リアスとアザゼルは3人を見てどうするか迷っている。

 

「時間がありません、行って下さい」

 

「すぐに追い付くから」

 

 祐斗と白音の言葉にリアスは決断する。

 

「分かったわ。私たちはヴァレリーの救出に向かう。貴方たちもすぐに追い付いてきて……行くわよ、皆っ!!」

 

 激を飛ばし、移動させるリアス。

 アザゼルはヴァーリを一瞬だけ見てから迷った末に3人に言った。

 

「死ぬなよ、お前ら」

 

「はいよ」

 

 アザゼルもこの場から立ち去る。

 今はヴァーリよりもこの事態を治める方が先決と判断して。

 リアスたちが消えた後に、槍の柄で床を小突きながら問う。

 

「で? お前まで俺に何の用だよ。お前の爺さんの差し金か?」

 

「……」

 

 沈黙を決め込むヴァーリに一樹は舌打ちする。

 

「そういや、オーフィスとか言う脳無しドラゴンも俺に用が有るんだもんな。禍の団に所属してるお前らとしちゃあ、そっちにも点数稼いどきたい訳だ。何だ。赤龍神帝(グレートレッド)を倒して最強になるとかちょっと格好良い宣言しといて、結局自分より強い奴には媚びへつらうのがお前らのやり方なのか?」

 

 嘲笑と挑発をするが、相手側に反応はなく、舌打ちする。

 

「まぁいいや。でもな、お前らの身勝手に振り回されるのもうんざりだ。お前らは────ここで潰す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、白音と祐斗の覚醒回予定。


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107話:覚醒

 一樹とヴァーリの戦いは観戦していた吸血鬼には理解の外だった。

 高速で移動するヴァーリの猛攻を防ぐ一樹。

 周りに居た吸血鬼たちには彼らが消えては現れているようにすら見えていただろう。

 白音と祐斗は既に戦いを別の場所へと移している。

 

「ちっ!? この! いちいち広範囲に攻撃するんじゃねぇ!!」

 

 炎を展開してヴァーリの魔力の弾を打ち消していく。

 吸血鬼なんぞどうなろうと知ったことではない。

 そう思っていても目の前で殺されるのは寝覚めが悪い。

 況してやそれが自分たちの戦いが原因なら尚更に。

 逃げに徹しようものなら速力の違うヴァーリには一瞬で追い付かれ、倒されてしまうだろう。

 圧倒的な速度で距離を詰め寄ったヴァーリの拳打を槍の長柄で受け止める。

 そのまま衝撃を受け流しつつも長柄でヴァーリの肋骨に当てようとするが、空へと逃げられた。

 

(くそっ! やっぱ速ぇな!!)

 

 ヴァーリの速力は一樹を大きく上回っており、防戦一方だった。

 機関銃が如く撃ち出される魔力弾を捌き、避け、防ぐ。

 詰め寄る時は瞬間移動でもしてるのかと思うほどの速度で急接近してくる。

 カウンターの要領で槍を突き出すも、アッサリと避けられてしまう。

 

「チッ!」

 

 追撃の払いも鎧の腕に阻まれ、逆に一樹の腕を捕まれる。

 

「……終わりだ」

 

『Divide!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美猴の如意棒を避けながら、白音は接近しようと動いていた。

 

「ほっ! よっと!」

 

 突きを避け、払いを体をしゃがませて避けると、一瞬の溜めを利用して急接近する。

 

「甘いぜいっ!」

 

 近づいた白音を美猴の蹴りで飛ばされた。

 5メートル程離れたところで体勢を直して着地すると同時に白音は札の付いた苦無を2本投げる。

 

「っと!?」

 

 如意棒で弾くと札が爆発し、一瞬視界が遮られる。

 視界が晴れると苦無で接近する白音の頭に如意棒を振り下ろす。

 頭部に直撃した白音はポンッと消える。

 

「分身体かよっ!」

 

 先程の爆発の一瞬で作ったのだろう。

 しかし────。

 

「それでも詰めが甘いっての!」

 

 上空から螺旋丸で攻撃してくる白音を避けると、脇腹を如意棒で突いた。

 

「つっ!?」

 

 突かれた脇腹を押さえてペッと唾液に混じった血を吐く。

 

「大したもんだぜい。たった数ヶ月でこんだけ成長するなんてなぁ」

 

 三大勢力の会談の時は一樹と2人がかりでも鼻唄まじりにいなせる相手だった。

 しかし今は明確な脅威として美猴の前に立っている。

 美猴とてあれから立ち止まっていたわけではないのに。

 

「だが、そろそろヴァーリがアイツを捕まえてる頃だと思うぜい?」

 

 挑発ではなく互いの力量差を考慮して美猴は言う。

 だが、白音は激昂するだろうとも思っていた。

 しかし当の白音は脇腹を押さえたまま、ぶつぶつと何かを言っていた。

 

「もう少し……もう少し……」

 

「? 何を狙ってるかはしらねぇが、こっちも手早く終わらせてもらうぜい!」

 

 今度は美猴の方から攻めに回る。

 洗礼された棍捌きに白音は避けるので精一杯になる。

 避けながら後退していると、足を払われて転倒する。

 

「っ!?」

 

「勝負あり、だぜぃ。ま、あのボウズの事は諦めるんだな」

 

 如意棒の先端を喉に突きつけられる白音。

 突きつけられている如意棒を掴むが互いの腕力の差からどかせない。

 

「やめとけって。俺っちらをどうにかしたかったら、全員で残るべきだった。分かってる筈だぜい?」

 

 オカルト研究部総出でなければ自分たちは退けることはできない。

 その可能性を自分たちで潰したのだ。

 判断ミスだったと美猴は言う。

 それに対して白音は、怒りでも悔しさでもなく、美猴以外に意識が向いていた。

 

「……ようやく、馴染んだ」

 

「あん?」

 

 白音の言葉に美猴が瞬きをする。

 

「又旅を宿したあの日から、ずっとその力を引き出せるように訓練してた……今まで、その力が上手く馴染まなくて借りられる力は限定されてたけど……ようやく、準備が整った」

 

 宿した力が白音の器を大きく凌駕しており、引き出せなかった又旅の気。

 器を広げ馴染ませる為にずっと鍛えていた。

 それが今ようやく完成する。

 

「もう、いいんですよね?」

 

『えぇ。これでやっと』

 

 自分の中に居る又旅の言葉に白音はパンッと手を合わせた。

 すると膨大な気が白音から発生し、美猴を弾き飛ばす。

 

「おわっ!?」

 

 美猴が着地し、白音の方に視点を向けると口元をヒクつかせた。

 

「おいおいマジかよ……」

 

 そこに居たのは、巨大な青と黒の炎に揺らめく妖猫だった。

 その頭には、自分の気と妖猫の気で青いコート状に纏っている白音が立っていた。

 冷や汗を掻く美猴。

 

「私は、いっくんのところに行く……貴方は、邪魔」

 

 白音がそう告げると、妖猫の口から黒い球体が気によって形作られていく。

 その膨大な力に美猴は焦りを見せた。

 

「ちょ、待て! こんなところでそりゃ反則だろっ!?」

 

「尾獣玉……!」

 

 黒い球体が美猴に向けて吐き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!」

 

「遅いですよ」

 

 祐斗が振るう聖魔剣はアーサーの聖剣によって悉く破壊されていく。

 即座に新しく聖魔剣を創造するが、それすらもアーサーが待ってくれているからこそだ。

 そうでなければとっくに斬り伏せられている。

 その事実に悔しさで歯噛みした。

 祐斗の表情から察したのかアーサーが剣を下げた。

 

「無駄ですよ。君の聖魔剣では私のコールブランドを破壊出来ません」

 

 そう。悔しいが、祐斗の聖魔剣ではアーサーの聖剣を破壊できない。

 幾ら互いの剣をぶつけ合おうと破壊されるのは祐斗の聖魔剣。

 故に祐斗がアーサーを倒すなら、聖魔剣を避けて攻撃しなければならない。

 しかし────。

 

「まだだよ!」

 

 受け止め難い突きを繰り出すが、アーサーは容易くそれを避ける。

 あしらわれている。

 その事実に歯噛みして剣を振るうが、焦りから動きが雑になり、背後に回られて剣の柄で首の後ろを突かれて倒された。

 

「くっ!?」

 

「無駄だと言っています。私の相手をするなら、少なくともあの2人の聖剣使いもこの場に残すべきでした。君1人では大した時間稼ぎにもなりません」

 

 退屈そうに告げるアーサー。

 次に言われた言葉に祐斗は目を大きく開かせた。

 

「君は、赤龍帝や日ノ宮一樹に劣る。自覚していた筈でしょう?」

 

「────っ!? だから、それがどうしたって言うんだっ!!」

 

 頭に血が昇り、剣を振るうがアーサーの聖剣が綺麗に聖魔剣を切断した。

 自分が一誠と一樹に劣る。

 そんなことはとっくに理解していた。

 赤龍帝を宿し、次々と新しい力に目覚めていく一誠。

 かの大英雄の血を宿し、その才能を開花させていく一樹。

 いつの頃からか、オカルト研究部の最大戦力は2人になりつつある。

 先にこちらの世界に関わった先輩として振る舞えていたのは過去で、今は自分が2人の背中を追う立場だ。

 だけど────。

 

「終わりです」

 

 アーサーの聖剣が祐斗の体を斬った。

 

「がっ!?」

 

「致命傷は避けてあります。悪魔の生命力なら死にはしないでしょう」

 

 聖剣のオーラを抑えて斬った。

 倒れた祐斗への興味を失くしたアーサーは恐らくは一樹のところへ行こうとする。

 子供と大人のような力量差に最早悔しさを通り越して笑いだしたくなる。

 でも、立たないと。

 ここで役に立たなければ意味がないのだ。

 

『俺は、兵藤よりも祐斗の方が怖いけどな』

 

 少し前に訓練中に話したことが頭の中で甦る。

 

『俺にしろ兵藤にしろ結局付け焼き刃なんだよ。最後は自分の能力のゴリ押しになっちまう。だから能力(それ)を封じられたら手も足も出なくなる』

 

 一誠の倍加や一樹の炎。

 戦いの日が浅い自分たちは結局そうするしかないと一樹は言う。

 でもそれは、自分も同じではないか? 

 そう問う祐斗に一樹は心底不思議そうに返した。

 

『だってお前が剣を振るい始めたのは昨日今日の話じゃないだろ?』

 

 剣が手に有れば木場祐斗は戦えるのだと一樹は言った。

 自分たちのような付け焼き刃ではなく、積み上げてきた強みが有ると。

 

『だから、いざって時は頼むな』

 

 そう笑ってコツンと胸を叩いてきた親友。

 

(君は、本心からそう信じてくれたね)

 

 祐斗が積み上げてきたモノを彼は信じてくれた。

 

(なら、ここで大人しく寝てる場合じゃないよね)

 

 新しい聖魔剣を創造し、立ち上がる。

 それに気付いたアーサーは呆れた様子で眼鏡をかけ直した。

 余分な血が抜けた所為か視界が妙にクリアだった。

 

「ふっ!」

 

 脚に力を入れてアーサーのところまで駆ける。

 アーサーが聖剣を振り下ろそうとした。

 先程までは見えなかった斬撃が今はスローモーションにすら感じる。

 聖魔剣が破壊されないよう最小限の接触で捌き、逆にアーサーを斬り付けようと剣を振るう。

 

「なっ!?」

 

 迫る刃に大きく後退した。

 今の攻防を確認するようにアーサーはギリギリで避けた首を撫でる。

 

「君は……」

 

 ようやく祐斗を障害と認識したアーサーの表情が引き締まった。

 

(早く、決着をつけないと)

 

 この感覚も長くない。

 そう理解していても焦りは生まれない。自分がやるべき動きが解る。

 アーサーの動きも読める。

 

「ハッ!」

 

 アーサーが聖剣の力で空間に干渉する。

 本来なら光も音もないその攻撃が祐斗には視えていた。

 空間が削り取られる現象ではなく、祐斗を攻撃するという殺気が。

 それでもやはりアーサーは祐斗を侮っていた。

 攻撃を回避すると同時にアーサーの下まで走る。

 互いの剣速は変わらない。しかし先の刃が届いたのは────。

 

「……君が最初から殺そうとしたなら、敗れていたのは僕の方だったよ」

 

 祐斗の聖魔剣がアーサーの体を刺している。

 

「今回は、僕の勝ちだ」

 

 静かに剣を抜くと、アーサーの体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーリは今、強く動揺していた。

 日ノ宮一樹の腕を掴み、半減の効果を発動させた。

 なのに────。

 

「……京都の戦いの時に兵藤に倍加の譲渡をしてもらったけど、俺にはあんまり効果なくてな。だからもしかしたら、白龍皇(お前)の半減とやらも俺には効きにくいんじゃないかって思ったんだよ」

 

 今度は逆にヴァーリの腕を掴んだ。

 

「賭けには買ったな。それにこうされりゃあ、流石に避けられねぇだろ?」

 

 一樹は練り上げたオーラを解放する。

 

「真の英雄は眼で殺す……っ!」

 

 発射された熱線がヴァーリの姿を覆い被さった。

 

 

 

 

 



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108話:迷い

 ギャスパーの幼馴染みであるヴァレリーの下へと向かうべくリアス達は移動していた。

 その最中に先程からチラチラと後ろを気にする一誠にリアスは注意する。

 

「イッセー。いい加減祐斗たちを気にするのは止めなさい。ここは既に敵地なのよ」

 

「でも部長! 相手はあのヴァーリたちなんですよ!」

 

 白龍皇ヴァーリ・ルシファー。

 未だに底の知れないアイツらを、3人だけで相手をするなんて無謀だ。

 そこで黒歌がアハハと笑うとムッとなる一誠。

 

「なにがおかしいんすか!」

 

「んにゃ? イッセーが1番一樹と一緒に戦ってるのに分かってないなーって」

 

「分かってない?」

 

 リアスが話に割り込んでくる。

 

「イッセーは戦いで一樹の最も厄介なところって何処だと思う?」

 

「え? それは、その……やっぱりあの鎧じゃないですかね? 全然壊せないし、自動回復までするんですから」

 

 訓練での戦闘を思い返して答える。

 しかしリアスの答えは違っていた。

 

「そうね。確かにあの鎧は厄介だわ。あの子の炎もドンドン強くなってる。でもね、私はそういう表面的な能力じゃいと思うの」

 

 リアスはここ半年と少しでの一樹を思い返す。

 

「あの子の最も厄介なところは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】でヴァーリ吹き飛ばした一樹は右目を押さえた。

 

(これでくたばるなんて思っちゃいないけどな……)

 

 ダメージくらいは通った筈だ。

 

「ヴァーリさまっ!?」

 

 近くで観戦していたメディアが叫ぶ。

 もしかしたら逆上してこちらに襲いかかって来るかとも思ったが、オロオロと狼狽えるだけ。

 その反応にはやはり違和感が有るものの、今は敵に集中する。

 

「あークソ。やっぱダメか……」

 

 舌打ちすると兜を破損させたヴァーリが立っている。

 

「この程度で俺を倒せるとでも思ったか?」

 

「思っちゃいねぇよ。だけどな、ぶっ倒れるまで叩き続けてやるけどな」

 

 強がりだ。

 同じ手がそう通じる相手じゃ無いことは承知している。

 槍を構える。

 その様子をヴァーリは冷たい瞳で見下ろす。

 

「思い上がりだ」

 

 ヴァーリの姿が消えた。

 

「こ、のっ!!」

 

 繰り出された拳を柄の先端で受け止めると槍を回してヴァーリの顎に矛先を斬り上げる。

 難なく避けられ、腹に1撃を入れられ、吹き飛ぶと、着地する前に踵で地面向かって蹴りを入れられる。

 地面に体が着く前に炎の翼を一瞬噴射させ、急激な方向転換をしつつ着地する。

 

「飛べ、(アグニ)よ!」

 

 炎の斬撃を飛ばすが、ギリギリ上の位置で避けつつ突進してくる。

 槍で1突き喰らわせようとするが、直前でバレルロールして鳩尾に喰らわさせる。

 

「つあっ!?」

 

 息を吐き終える間もなく次の攻撃が来る。

 魔力の砲撃をさっきとは逆に直に当てられ、押し飛ばされた。

 後ろに回られた事に気付き反応するよりも先に前後から砲撃を喰らう。

 

「がぁっ!?」

 

 衣服がボロボロになり、よろよろと立ち上がると、既に兜の破損を修復させたヴァーリがこちらを見下ろしている。

 

「これが、俺と君の力の差だ。理解できたのなら大人しく────」

 

「ナメんな」

 

 答え代わりに炎の球を投げると、あっさりと打ち消される。

 一樹の様子にヴァーリは呆れた様子で。

 

「そうか」

 

 一樹に突進してくるヴァーリ。

 

「仕方ねぇ、やめだ」

 

 そう呟いて槍を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成長速度。対応力と言っても良いわ。それが一樹の最大の長所だと思うの」

 

 リアスの言葉に一誠は目を丸くする。

 それにアザゼルが補足した。

 

「よく考えても見ろ。純粋な力なら禁手化したお前の方が上なんだぞ。それがなんで訓練でいつも互角に戦り合えてる?」

 

「えっと、それは。だってアイツ、こっちの攻撃をいつも受け流して来るんですもん。なんか、暖簾を殴ってるみたいで」

 

「それだよ。一樹の戦闘記録を見ると、戦えば戦う程に相手の動きを把握して食らい付いてくる。お前がパワーを上げて押し切るなら、一樹は動きを読んで対応してくる」

 

 戦いが長引けば徐々に喉元へと近づくのが一樹の長所だと。

 

「白音や木場も何だかんだで強くなってるしな。だから俺達は俺達の役目を完遂すんだよ」

 

 アザゼルの言葉にイッセーは躊躇いつつも後ろを向くのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァアアアッ!!」

 

 雄叫びと共に一樹はヴァーリの拳にカウンターを合わせて兜越しに殴り付けた。

 

「なっ!?」

 

 体勢を崩したのを機に、拳に炎を纏わせ、闇雲に乱打する。

 その途中に腕を掴んでへし折ろうとすると、ヴァーリに蹴り飛ばされた。

 

「クソッ!」

 

「……随分と動きが良くなったじゃないか」

 

「当たり前だ。槍を持ってるより、ぶん殴った方が戦いやすいに決まってんだろ」

 

 まだ槍を扱い始めて1年も経ってないのだ。

 手足の延長線上に扱うなど出来はしない。

 それでも多くのメリットが有っただけのこと。

 

「RPG風に言うやら攻撃力を下げて素早さと器用さを上げた感じだよ。もっとも、お前はゲームなんてしないかもしれないけどな!」

 

 こっちの方がヴァーリとは戦い易いと感じて特攻する。

 

「オラァ!」

 

 炎を纏わせた拳がヴァーリを襲う。

 何発かを腕で防御すると逆に殴り返す。

 互いに避けて防ぎ、攻撃を行う。

 一樹が背負い投げをして飛ばす。

 体勢を整えたヴァーリが舌打ちする。

 この短期間で日ノ宮一樹は明らかにヴァーリの動きに付いてきている。

 こちらの動きを、呼吸を、癖を。1撃1撃から学び取っていた。

 

 

『俺とやり合ってた時もドンドン強くなって行ったぜい。下手に時間を与えると、すぐに追い付かれるかも知れねぇぜい』

 

 この戦いの前に美猴が言っていた忠告を思い出す。

 普段ならば嬉しい誤算だが、今は厄介極まりない。

 

「どうした? やっぱり敵から力を貰わないと戦えないのかよ?」

 

「抜かせ」

 

 挑発を流す。

 まだ有利なのはヴァーリの方だ。

 この戦いでどれだけ対応力を上げようとも素の能力の差は歴然だ。

 

(このまま終わらせればいいだけだ!)

 

 ヴァーリは自身のオーラを集める。

 

「君の才能には驚いたが、次で決着を着けさせて貰う」

 

 膨大なオーラの流れ。

 それが一樹に向けられている。

 

『ロンギヌス・スマッシャー!』

 

 一樹の力をある意味信用して放たれた1撃。

 その力の奔流が避ける間もなく一樹を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーリと一樹の戦いを観戦する黒い影。

 楽しそうにその戦いを見ている。

 

「さて。クロウ・クルワッハとの戦いも面白そうだと思ったが……」

 

 戦う相手に困るこの状況。

 どうしたものかと思案する。

 

「ヴァーリの小僧には借りがあるが、ガキの喧嘩に大人が出張るのもなぁ」

 

 状況を見守りつつ答えを出せずにいた。

 

「まぁいい。あの人間の小僧があまりにも相手にならないなら横からかっ拐うだけだ」

 

 もう少しだけ状況を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーリが放った砲撃は吸血鬼の都市を半壊させた。

 範囲を絞ったが、甚大な被害だった。

 尤も撃った本人はそんな事は気にも留めていないが。

 

「生きているだろうな、日ノ宮一樹」

 

 人間1人に放つには明らかにオーバーキルな1撃。

 手早く行動不能にするには最適な1撃だと思ったが。

 一樹を探そうと動くこうとすると、瓦礫が動く。

 この中から日ノ宮一樹が出てきた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 頭から血を流し、庇った腕は動かずに垂れていた。

 そんな状態で一樹は笑う。

 

「なんだこりゃ。ふざけてんのかテメェ……」

 

「なんだと?」

 

「さっきからだらだらと生温い攻撃だと思ったが、何を躊躇してんだよ……」

 

 アホらしいとペッと血を吐いた。

 はっきり言ってヴァーリの実力は一樹を大きく上回っている。

 過大評価ではなく、本来ならもっと簡単にヴァーリは一樹を倒すなり捕まえるなり出来る筈なのだ。

 それが出来ないということは、ヴァーリの中で迷いが生じてるということ。

 

「神器は、想いの強さがそのポテンシャルを引き出すんだったか? ドラゴン系なら尚更に……」

 

 くだらねぇと吐き捨てる。

 

「今のお前、迷いでブレブレじゃねぇか。だから神器の力も引き出せずに俺みたいな小物に手こずるんだよ。今もどんどん状況が悪くなる」

 

 心底可笑しそうに笑って断言した。

 

「もうお前、俺()()には勝てねぇからな?」

 

 捨てた槍を帰還機能で手元に戻す。

 そのことにヴァーリが疑問を持っていると一樹とは別方向から殺気を感じる。

 

「────!?」

 

 気配に反応すると、上から祐斗。後ろから白音が襲いかかっていた。

 

「ちぃっ!?」

 

 同時にかかってきた2人の攻撃を避ける。

 着地した2人が一樹に話しかけた。

 

「間に合ったみたいだね」

 

「いっくん、大丈夫?」

 

「あぁ。アーサーと美猴はどうした?」

 

「倒したよ。死んではいない筈さ」

 

 祐斗に続いて白音を首肯という形で答えた。

 その答えに驚いたのは他でもないヴァーリだった。

 

「大金星じゃねぇか。俺だけ情けねぇな」

 

 増援が来たことで一樹も精神的に余裕が出来て軽口を叩く。

 元よりタイマンに拘ってる訳では無い。

 遠慮無く世話になる。

 

「さてと。元々そっちが仕掛けてきたんだ。3対1だけど、文句はないよね?」

 

 確認するように祐斗が問う。

 尤も、拒否したからと言って引くつもりもないが。

 この状況にヴァーリは苛立たしげに奥歯を強く噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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