カルデアに生き延びました。 (ソン)
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生き延びて


 黒い海の中を、漂っている。
 そこが本当に海かどうかなんて分からないけど。ただ言葉にするなら、それしか残っていなかった。
 浮かんでいるのが自分だけで、ぼんやりとした意識と体を包むような冷たさがある。

 それが俺の知る最初の記憶。幼年期の終わりとも言えるだろう。

 こうして、先の見えない旅は始まった。


 

 俺の人生に、意味はあったんだろうか。何か、少しでも残せたモノはあるのだろうか。

 死にたくない。ただ無意味に、何も残せず死にたくない。

 意味が欲しい。俺と言う個人が生きていた、証が。

 ――薄れていく意識の中で、もうどこにも届かないナニカを伸ばした。

 

 

 

 

 転生、なんてのは笑える話。どうせ自分には関係ないと。ずっと前までそう思っていた。

 死んだと思っていた命がまた拾えたのだから、笑える話から有難い話にすり替わるのにそう時間はかからなかった。

 ただ一つ、隅を突くようなどうしようもない我が儘がある。せめて、平和な世界にしてくれなかっただろうか。

 なんて、そんな事が浅ましい願いだというのは、百も承知なのだが。

 

「……カルデア、人理焼却、レイシフト、サーヴァント、聖杯戦争……」

 

 どうみても、TYPE-MOON世界。

 燃え盛る街を見下ろして、俺は言葉を呟いた。

 転生――と言うよりは乗り移ったに近いのだろうか。カルデアのマスターとしての資格を持ちながら、生きる事の出来なかった誰か。

 右手の甲に刻まれている刻印。

 それはこの体がマスターである事を示して、この状況ではレイシフト適正があった事を伺わせる。

 俺はある意味それに救われたんだろう。何故、ここにいるのなんて、全く分からないけれど。

 Fate/Grand Order。未来を取り戻す戦い。人類史を遡る過去との戦い。

 いつもスマホでポチポチしていただけの世界。それが今、目の前に広がっている。

 ――着ているのはカルデアの制服と上から羽織った黒いローブ。回復とか攻撃とか回避とか、かなり使いやすいタイプだった。まぁでも、見た目的には魔術協会のローブが一番好き。

 クエスト開放されてないのに、ローブを羽織っているのは都合がよいとも言えるんだろうか。

 

「オーダーチェンジとかでバフ盛りしたなぁ。……特効礼装とか付けてたし」

 

 ただ不思議なのは、この先何が起きるのかと言う記憶だけが無い。まるで鋏で切り抜かれたかのように。

 Fateの醍醐味や思い出は記憶にあると言うのに。肝心な詳細だけが無かった。

 だから例えば主人公がこの先どうなるのか、なんて俺は全くの初見になる訳だ。要するに記憶をリセットしてやり直しているようなモノ。いや、どういう事だコレは。

 型月世界では正直やめて欲しかった。ホントに。先を知るか否かで、今するべき行動は変わるというのに。作戦会議とか、好感度とか、助言とか。俺何章までクリアしたんだっけ。まぁ、でもアドバイスとかはしっかり耳を傾けよう。

 バッドエンドなんて、一回で充分だ。求めるのは問答無用のハッピーエンド。どうせなら、最後は笑える結末が一番いい。

 と、現実逃避した所で立ち上がった。

 

「……んじゃ、召喚しますか。死なない程度に頑張って、目指すは人理修復(ハッピーエンド)だ」

 

 魔力の源はまぁ、充分に集めた。後は俺の運に全てを掛けるだけ。

 掌でいくつか、それを弄ぶ。

 よし、行ってこいと内心呟いて。四つの塊を放り投げる。本当は三つでもいいんだけど。手持ちはそれしかなかったし。一つ残しても使い道がないから。

 魔法陣が大きく煌めいて――ふと俺はある事に気が付いた。

 

「……雪?」

 

 不思議だった。火炎に包まれた街の中に、粉雪が降っている。

 それはとても幻想的で、思わず息を呑んでしまった。

 肝心のサーヴァントは――

 

「セイバーのサーヴァント、召喚に応じ参上しました」

 

 まさかの一発本番で来ちゃいました。

 まぁ、一番来てほしいサーヴァントだったし。うん、これなら大丈夫。

 これならきっと、俺は――。

 

 

 

 

 数合わせの一般候補生。多くのカルデア職員にとってアランと言う少年は、その程度の認識だった。

 使える魔術も突出したモノはなく、至って平均的。正直、大役を任せるには力不足も甚だしい。

 だが、そんな彼がマスターになったと言うのは、運命か否か。

 あの日、管制室にいた彼は確実に爆発に巻き込まれた筈。Aチームの補佐を務める者として、レフ・ライノールから推薦を受け本人が承諾したのだ。ならば、結果だけ見れば彼は酷く裏切られたに違いない。けれど、今の彼はその過去をほじくり返る事もなく、ただ淡々と受け止めていた。

 マシュ・キリエライトの例を除けば、彼が唯一の生存者だ。レフ・ライノールの奇襲を生き延びたマスター。彼がその後のストレス障害を発症しなかったことも、サバイバーズ・ギルトにならなかったのも幸運だった。

 

「……うっし、種火だ。ランスロット」

「御意、御伴致します」

 

 もう一人のマスターである藤丸立香と比較すると、まだサーヴァント頼みの力押しが目立つが、英霊の関係も良好。攻撃的なスタイルを得意とし、逃走を許さない。加えて、藤丸立香との仲も良好で、互いにサーヴァントを連携させる事も可能なほど。

 時折ドライな発言も目立つが、人理修復には前向きな姿勢。職員とも、一定の関係を保てている。

 そして意外にも観察眼に優れている。ドクターロマンが不調を隠している事を見抜き、休息を取ら(気絶さ)せた事もある。

 ただ強いて言えば、彼の召喚するサーヴァントには癖が強い事か。

 

「待て、マスター。まだバーガーの供給は終わっていないぞ」

「げっ、オルタ……」

「ちょっと、マスターちゃん。そんな冷血女と一緒のくくりで呼ばないでくれる?」

 

 アランがアルトリア・オルタとジャンヌ・ダルクオルタの召喚。

 立香がアルトリア・ペンドラゴンとジャンヌ・ダルクを召喚。

 同名の英霊でありながら、全く異なる側面を呼び出した事でカルデアの話題にもなった。クーフーリンとエミヤが悪寒を訴えていたが気のせいだろう。

 

「邪ンぬ……!」

「待ちなさい、今アクセントおかしかったわよねアンタ」

「お前らたまに喧嘩するからパスしてたんだよ……! 俺はランスロットと一緒に戦いたいんだ!」

「マスター、その……。お言葉は在り難いのですが、このタイミングでは……!」

「貴様ランスロット……。一度ならず二度までも……!」

「いいわ、今日こそ白黒つけてあげる!」

「どっちも黒じゃ……」

 

 その日、カルデアは崩壊しかけた。

 

 あぁ、何て良い夢なのだろう。

 どうかこの時が永遠に続いてくれればいいのに。

 

 

 

 




 楽しそうね、と女は笑った。


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セイバーオルタと

どこにでもある、あり溢れたお話。

それがただ、俺には遠くて。

でも、きっと、それで良かったんだ。


 アルトリア・オルタにとってアランと言うマスターは、理想には程遠いが、満足出来る資質の持ち主であった。

 強い力はなくとも、強靭な精神力がある。這ってでも生きようとする、執着にも似た願望がある。絶望に足を止める事はあるが、膝まで屈する事は無い。

 ――無論、今は未熟な面の方が遥かに強い。

 だが、それは当たり前だろう。

 彼女がマスターに求めるのは、それではない。強い心を持つ者。

 例えば――命と引き換えに彼女と相打ちになる覚悟を持った者など。

 

「ふむ、今日も酷い面構えだなマスター。まるで大悪党だ」

「出会って最初の挨拶が罵倒ってどうなの、オルタ」

「……なら、貴様もしてみるか? その悪人顔にはさぞかし似合うだろう」

「あの、言っとくけど俺マスターだからね。と言うか、俺が疲れてる理由は貴方の宝具ブッパだから」

「アレが最低の出力だが? 私とてマスターの事は考えているという事だ」

「エネミーが残り一体の時に宝具を放つのは、どうなんだ」

 

 ――レイシフト。行き先はサーヴァント達が自身の力量を上げるための修練所。

 近頃のアルトリアの日課は、そこで宝具を盛大にぶっ放す事。

 少しはこちらの負担も考えて欲しい。カルデアからの魔力では物足りないと、ごっそり持っていくのである。それもこっちが死なない程度に。

 絞りつくす訳ではないので、そこはまぁ。彼女なりの細かい気遣いであった。

 けど、それはあえて口に言わない。多分、ジャンヌの耳に届くだろうから。

 

「それにさ俺、魔力回路の量も質もそんなに無いんだから、あまり持っていかれるとさ。ほら」

「魔力を与える者と授かる者。それがマスターとサーヴァントの関係だ。それ以上にお前は何を求める?」

「まっとうな関係」

「叩き切るぞ」

 

 そんな言葉を言いつつも、纏う雰囲気は召喚当初に比べれば柔らかい。

 まっとう――とは言い難いが、まぁそれなりの関係を築けているとは思う。

 

「それにさ、マスターとサーヴァントってあの二人が理想だと思う」

 

 そういってアランが指さしたのは立香とマシュだ。まだマスターとサーヴァントとしてどちらも小さな存在。だが互いが互いを支え合っている。

 なんてない日常の一幕。多分、それはどこにでも在り溢れたような光景。それはただ眩しいばかりの光景だった。

 

「まだマスターとしては未熟だけど。あのようにさ、弱くても支え合えればって。

 いつか、それが強い光になるって思うから」

「……否定はしない。だが、私にはあの光に手を伸ばす資格がない。何せオルタだからな。

 私とあの突撃女のように、光と闇は互いに相容れぬモノだ」

「どっちも闇だろうに……」

「エクスカリ――」

「何でも無いですはい」

 

 一瞬、魔力の気配があったのは多分そういう事だろう。

 確か彼女は秩序を前提とする存在。混乱や混沌を良しとはしない。

 まぁ、俺の見解でしかないけど。大方、こうして顔を合わせて言葉を交わせば、本質は大体つかみ取れる。

 

「あぁ、あとさ。アルトリア」

「どうかしたか。まだ話し足りないと見えるが」

 

 ほれ、と。アルトリアに何かを放り投げた。

 掌サイズの紙に包まれた物体。仄かに温かい。

 

「これは……」

「いつもさ、種火の周回に付き合って貰ってるだろ。そのお礼だ」

 

 ハンバーガー。だが市販のモノとは違う。バンズの形もズレているし、レタスもしなびていて肉は乾いている。

 ――正直作るときに指を何度も切ったけど、それは手袋をしてるから見抜かれる事は無い筈……。感覚はもう取り戻せたから、怪我はしないだろう。

 

「……何せこんなご時世だ。ジャンクフードなんてのも貴重品でな。まぁ、カルデアのおかんがきっちり栄養管理してるのもあるからだろうが……。まぁ、その、何だ。食料の数少ない余りをかき集めた。

 俺みたいなへっぽこマスターの魔力じゃ足りんだろうから、労いも込めて作ったんだけど……。味見はした。まぁ、チェーン店に適わないのは分かってくれ」

 

 なんか言ってて恥ずかしくなってきた。

 やっぱりダメだ。彼女は命を懸けて戦ってくれているパートナーなんだから。もっとしっかりしたものじゃないと。

 

「――ダメだ。やっぱ返せ、俺が食う。こんな雑なモノ、貴方には……」

 

 と、手を伸ばしたが、既に時遅し。

 自作のハンバーガーはアルトリアの胃袋に瞬殺されていた。

 

「早いなオイ!」

「……マズい。マズくて、吐きそうだ。見た目も酷ければ味も酷い。肉はパサパサ、バンズも固い。おまけに時間が経っているのか、水分など欠片も無い。まるで戦場の食事だ。

 あぁ、そうだとも。あの時の――ブリテンの、円卓の味だな」

「……」

「上品な味のバーガーなど出されてみろ。すぐに貴様を叩き切っていた。それはもう一人の私にこそ相応しい。

 ――私にはコレがいい。戦う事にしか意義のない私には、何の飾り気もない、愚直な食事が丁度いい」

「……そうか。なら、いつか俺の知る庶民の食事をさ、一緒に食べに行こう。

 まぁ、そいつがどれだけ時間が掛かる願い事かは分からないけど。いつか、きっと」

「期待せずに待つ。そして――精進する事だ。疲れたのならいつでも言え。介錯なら私自らがしてやろう」

 

 介錯と言う単語に小さく笑う。

 もう二度目はごめんだ。それにまだやる事がある。

 

「……音を上げるにはまだ早いさ。もうちょっと足掻いてみる」

「ならばその足を止めるなよ、我がマスター。旅はまだ始まったばかりだ」

 

 そんな黒い王様――アルトリア・オルタの後をついていく。

 あぁ、そうだ。まだ止まれない。俺の運命はまだ、何の価値も意味も示せていないのだから。

 

 

 あぁ、でも。過ちなら、とっくに仕出かしてしまっている。

 決して許される事のない、罪科を。

 




 ありがとう。貴方には、何度も助けられた。



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ジャンヌ・オルタと

 召喚した後、貴方は言った。

 魔女を呼んだのだから、一緒に地獄に落ちて焼かれるのだと。


 もしキミとずっと、いられたのなら。

 それはどこまで幸せだろうか。


 ジャンヌ・オルタにとってアランと言う青年は、何とも言えぬ存在だった。

 藤丸立香に比べれば、非常にドライだがそれでも何かを諦めている訳では無い。かといって己を清く正しい存在と見ている訳では無い。また無理をして、そのように振舞おうともしていない。

 誰かに必要以上の感情を抱く事も無く、されどそれぞれの本質を断片程度ではあるが察している。

 要するに、心の底から嫌味を言える数少ない存在だった。

 

「あら、心底酷い顔ですねマスター? まるで悪人面、大悪党みたいよ」

「……なーんか、前も同じセリフを聞いたぞ」

「……あの馬鹿女と? ――へぇ、マスターちゃん。もしかして私とアイツが似てるとか言うんじゃないわよね?」

「まさか、互いに染まった身とは言え、貴方と騎士王は別人だ。そいつを混同する程、馬鹿じゃないさ」

「得意げに言ってるけど、貴方が服装でサーヴァントを区別してる事は気づいてるから」

「マジか」

 

 アランからしてみれば、ジャンヌ・ダルクオルタは腐れ縁のようなモノだ。

 彼女の自己否定は極度のモノ。彼ですら溜息を吐く程、手を焼くレベルだった。ならば、それをある程度受容してやりつつ、根幹を肯定してあげればよい。

 

「……そういえば、聖女に突っかかるのはやめたらしいな。何か悪いモンでも食ったか?」

「食うのは馬鹿女の専門よ、私は小食ですから。

 ……それはアレよ、あの小娘は私と同じ。どれだけ言ったって聞き入れはしないし。

 こっちは嫌味を言ってるのに、向こうはお構いなし。言うだけ疲れるわ。

 なら、まだ貴方に毒吐いてる方が楽しいわよ」

「うん、良い話に纏めようとしてるけどとばっちりだね、俺」

 

 カルデアのマスターとして支給された礼装を身に纏う。

 藤丸立香が着ているのは白を基調としたカルデアの制服。対してアランは支援の一環として魔術協会から支給された礼装を身に付けていた。

 ランスロットは魔力供給に優れているからともかく、ジャンヌとアルトリアは燃費が悪すぎる。

 故に彼女達が宝具をしっかり使えるよう、サポートに念頭を置いた礼装を愛用しているのだ。

 

「それで、残る特異点は後五つね。はっ、楽勝過ぎて欠伸が出ちゃうわ」

 

 正直カルデアの戦力過多とも言える。

 騎士王二人と言うだけでも中々だろうし、加えて円卓の騎士もいる。救国の聖女や竜の魔女もいる。

 ローマとか一日一回エクスカリバーだったし。

 さすがに神祖やフンヌの王には苦戦を強いられたが。

 

「ねぇ、マスター」

「どうした」

「――途中で尻込みなんかしないでよ。貴方は私と共に地獄の炎で焼かれるのですから」

「……あぁ、分かってるよ」

 

 

 

 

 ごめん、ジャンヌ。

 

 

 きっと俺は、地獄にすら行けないのかもしれない。

 

 

 




 君はいつだって、変わらなかった。折れる事も絶望する事も無かった。

 その心に、何度救われたか。


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俺のサーヴァントは最強なんだ!

この日々が、ただただ明るくて。眩しくて。


こんな世界が、少しでも長く続いてほしいと思った。


 カルデアのシミュレーションルーム。

 そこで四騎のサーヴァントが激闘を繰り広げていた。

 ジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタ。アルトリアとアルトリア・オルタ。

 それぞれが模擬戦をしているのである。そして指揮するのは、二人のマスター達だ。

 藤丸立香は指示を出し、アランはただ礼装による支援を行う。

 

「――さぁ、焼き尽くしてあげるわ聖女サマ!」

「よっしゃ、やったれェッ!」

「さぁ、蹂躙してやろう」

 

 NPと言う単語がある。ゲーム中では宝具を打つのに必要なゲージだ。

 この世界に置いては要するにカルデアからの魔力供給を示している。――要するに溜まり切っていないのに、宝具を打とうとすれば、マスターの魔力をごっそり持っていかれるのだ。

 一回ゼロの状態でアルトリアに打たせてみたが、丸一日アランの体が動かなくなった。さすがにロマンもダヴィンチちゃんも「ないわー」との事。いや、確かに何の確認も予想もしなかった俺に問題があるけれども。

 

「ぬがぁぁっ! 令呪ゥッ!」

 

 アルトリアとジャンヌの同時宝具。

 令呪も使用してだ。虎の子の令呪をここで使うなど思いもしないだろう。

 これなら藤丸に一泡吹かせられる――!

 

我が神はここに在りて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 ああぁぁぁぁぁぁあああ!!!

 

 

 

 

 十戦十敗。

 いやぁ、藤丸の指揮上手過ぎだろ。

 ジャンヌの宝具で完全防御。そしてアルトリアで一掃。

 ハハッ、ワロス。

 

「……何だ」

「……何よ」

「あの、マスター。どうかお気になさらぬよう」

 

 こちらに目線を合わせようとするけど、寸前で目を逸らす二人と申し訳なさそうなランスロット。

 いや、そもそもランスロット参戦してないからここに来る理由は無いんだけれども。

 

「気にはしてないが、さすがにここまで負け越すとなぁ……。へこむなぁ……」

 

 俺は三人を召喚して以来の次の英霊を召喚していない。

 ――理由は簡単。今のサーヴァント達を上手く活かしきれていないのに、次が来てもどうなるかなど目に見えている。まぁ、それでドクター達も納得してくれている。

 だが、やはりそれで戦力が低下するのは避けようのない問題だ。

 特異点ではオルタ二人は自制してくれるのだが、模擬戦となるとそうもいかないようだった。二人とも負けず嫌いだし、張り合おうとするし。どうにも藤丸はそこを突いて来る。

 

「……言いたい事あるなら言いなさいよ」

「無い。と言うか、これはマスターである俺の力不足だ。

 お前達は強い。なら、負ける理由は上が弱いからだ。――研究してるんだがなぁ」

 

 サーヴァントは強い。これは紛れも無い事実だ。

 彼らは千差万別。同じクラスでもそれぞれの役割は全く異なる。

 例えばキャスターが殴って、それをバーサーカーが支援するって事もあり得るのだ。要するにサーヴァント次第で、戦術は無限に広がるのである。

 で、基本こちらのサーヴァントは攻撃担当。藤丸のサーヴァントは守備に長ける。――結局、どのサーヴァントも使いこなせるかはマスターの技量次第だ。

 しかし、まぁ。こうも負け続けると泣きたくなって来る。つうか、ジャンヌ硬すぎだろ。なんだあの人間要塞。しかも旗で殴りかかって来るしたまにクリティカル出してくるし……。

 

「藤丸はシールダー、ルーラー、セイバー……。

 どれから叩くにしても同じなんだよなぁ」

 

 いつも持ち歩いている魔術触媒のナイフ。それを片手で弄びながら、イメージする。

 セイバーを潰せば攻撃を大きく削げる。

 ルーラーを潰せば継戦を大きく削げる。

 シールダーを――駄目だ、可哀想だから最後にしよう。

 

「アルトリア、何か案は無い?」

「真っ向から叩き潰す」

「うん、蹂躙だねそれ。カリスマEの解答をありがとう。ジャンヌは?」

「片っ端から焼き払うわ」

「うん、デュヘインだね」

 

 この二人、やっぱり似た者同士では。

 

「ランスロットはどうみる?」

「……正直、最初からマスターに不利な戦いではないかと」

「?」

「戦の勝利は王を落す事です。本来の戦場であるならば勝ち方は無数にあります。

 ですが、今マスターを悩ませている戦いは王ではなく兵を落す事。それも手段は全て敵方に知られている。

 チェスで語るとすれば、手の内を全て知られた状態で向かい合うようなもの。ならば違いは攻守にありましょう」

「……あぁ、そっか。兵士の数も質も同じでフィールドも同じなら守りが多い方が有利だわな。

 と言うかランスロット、チェスってお前の伯父が……すまん、失言だった」

「良いのです、お気になさらず……」

 

 椅子に背中を預け、大きく息を吐く。

 攻守の問題だと、ランスロットはフォローしてくれた。

 要するに、最初からこっちが不利なのだと。攻撃と防御で手の内が完全に読めてるのなら、攻撃側に多大な力量が要求されるのは当然だと。

 つまりは、指揮不足だ。

 

「悔しいなぁ……」

 

 彼女達は強い。本当に強いのだ。

 けど俺じゃ、どう足掻いても活かせない。

 それが、ただ悔しい。

 

「マスター、何故だ?」

「あ?」

「何故そこまで勝ち負けに拘ろうとする? 貴様のそれは異常だぞ」

「……だってさ、男だから譲れないんだよ。

 自分のサーヴァントこそが最強だって」

「――」

 

 そう言うと何故か、アルトリアは言葉に困ったようにして黙った。

 

「そうか……そうか。ならばマスター、私をもっと戦場に連れ出せ。

 貴方が勝利を求める限り、私はその剣となろう。その誉を糧にするがいい」

「当たり前の事言わないでくれます? マスター。

 憤怒の炎はこんなモンじゃないわよ」

 

 彼女達の言葉に、小さく息を吐いた。

 とりあえず種火行くか。

 

「あぁ、そうだマスター。一つ言っておく。

 貴様は自分を卑下しているようだが、それは無用だ。貴様のサーヴァントが人理に証明してやるとも」

「……何を」

「我らのマスターは、世界を救える男だとな」

 

 その言葉が、ただ嬉しかった。

 三人に認められたという事実が。

 




 彼と何度も競い合った。

 結局、一度も勝てなかったな。

 でも、貴方達と過ごした時間は俺にとって――


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弓と槍と、時々ゴースト

彼らとの記憶の破片。
それを時折、思い返す。


 

「ないわ、マジでないわ。こりゃ笑えないですわ」

「アラン、気持ちは分かるが現実を見たまえ」

 

 レイシフトは極稀に失敗する事がある。その場合どこに飛ばされるかは不明だ。

 で、それがたまたま俺にぶち当たってしまった。

 傍にいるのは藤丸が召喚したサーヴァント、エミヤ一人。

 通信は届かない。現在地も不明。とりあえず森の中にいる事だけ分かった。

 

「こういう時こそ冷静になるべきだ。星の位置から方角を」

「空が木に覆われて見えないんですが。鷹の瞳って便利だなぁ」

「……全く。仕方あるまい」

 

 溜息を吐かれる。視力強化なんてできません。

 上見ても全部緑だよコンチクショウ。お前らちょっとは間隔開けろよ。なんだよ、オルレアンの空気読まないワイバーンかよ。

 

「一時的には君の指示に従おう。別の側面とはいえ、彼女のマスターなのだろう君は」

「まるで知ってるみたいな言い方。……アルトリアと何かあったのか?」

「遠い昔の話だよ、かつて小僧だった時にな」

 

 そう言って明後日を見るエミヤ。

 いつも見慣れた白髪が一瞬だけ、赤髪に見えたような気がした。

 

「君のサーヴァントである彼女とは初対面だがね。

 ――いや、まぁ言葉にすると色々と複雑なんだが」

「過去って面倒臭いんだな」

「一言で纏めてくれて感謝する。

 ――オルタナティブとはいえ、彼女の本質に変わりはない。分かっているかもしれないが、彼女を誤解しないでくれ」

「ま、努力するよ。

 とりあえず走るぞ。何か足音がする」

「ふむ、ならこっちだ。手助けはいるかね? 必要なら抱えていくが」

「抱かれるなら女性がいいですっ!」

「紛らわしい言い方をするな!」

 

 

 

 

「で、オレと合流したって事か」

 

 逃げた先でクー・フーリンと遭遇。無論、藤丸のサーヴァントである。

 エミヤさんが皮肉スタイルになってきました。

 

「……つうか、何であいつのサーヴァントが?

 俺と契約したなら、アルトリアとかジャンヌとかランスだろ」

「さあな、何か私とこの男に共通点があるのではないか」

「んなモンあったら教えて欲しいね全く。おーやだやだ、気持ちわりィ」

「アラン、覚えておくといい。この男は挑発によく喰いつく。私のマスターに勝ちたいのなら、知っておきたまえ」

「はっ、言いやがる。いつぞやの夜の続きをしてもいいんだぜ、アーチャー」

 

 この二人、会わせちゃいけないパターンだ……!

 共通点なんて正直分かんねぇっす。……あっ、五次か。

 とりあえずこのバチバチを何とかして欲しい、切実に。

 藤丸のコミュ力が羨ましいわ。

 

『良かったっ! つながった!』

 

 通信が起動。いつも見慣れたロマンの姿が映る。

 その背後には藤丸とマシュの姿も。

 

「あ、ちょっと待て。何で二人がカルデアに!?」

『いやそれが、こっちも原因不明なんだ。アラン君のレイシフトの筈なんだが、君のサーヴァントはカルデアに全員戻ってきてる。

 強制召喚なのか、引っ張られて来たのか分からないんだよ。けど、パスは立香君に繋がったままだ』

「……尚更分かんねェ。送還出来ます、ドクター?」

『今してる所なんだけど……。通信が精一杯なんだ。今アラン君達がいるところは何故かレイシフトが届かない』

「マジか……。この森を抜けろって事かよ」

 

 まぁ、強い相手を倒せとかじゃなくてほっとした。

 いやこの二人がいれば大丈夫って、知ってるけど。

 

 

 

 

 見たところ、もう樹海と呼んだ方がいいだろう。どこもかしこも似たような風景だ。

 野生動物程度なら、幸い簡単な魔術で何とかなる。

 ドクター、と彼を呼んだ。

 

『ん、どうかした? 今、マギ・マリ見てたんだけど』

「最後は聞かなかった事にしときます。

 ……ドクター。人理が修復されれば、特異点での出来事は全て無かった事になるんですよね」

『あぁ、そうだよ。でなきゃ、大変な事になるからね。君達が救った世界に、生きている人がいないなんて笑い話にもならないし』

「……じゃあ、オルタ達は。彼女達はifの存在でしょう」

『仮説の域は出ないけれど。多分、現界し続けるよ。ifかもしれないけど、ここにいる。今のカルデアに、確かな人格として存在しているからね』

「……そっかぁ」

 

 なら、よかった。

 彼女達の道は、確かに続いている。それが分かっただけでも。

 

「……坊主、気ぃ入れろ。次来るのは獣じゃねぇぞ」

 

 空が落ちる。

 蒼穹は、宵闇へ。木々を揺らす微風は、背筋を冷やす寒気へと成り果てた。

 

『この反応は……ゴーストだ! 気を付けてアラン君! 反応が普通じゃない!』

 

 現れたのは、足のない少女の幽霊。茶色の髪を後ろで一纏めにした、儚げな少女。

 頭を掻いて、一節詠唱を口にする。

 

「ランサー、アーチャー。まぁ、好きに動いてくれ。俺がサポートする」

「おうよ、任せな!」

「あぁ、この剣には打って付けの相手だな」

 

 

 

 

 やはりあの二人は別格の実力だ。

 瞬く間にゴーストを殲滅して除けた。正直、俺何もしてないわ。

 

『反応が消失。……どうやら、そのゴーストが特異点になっていたみたいだね』

「……って事は俺を呼びこんだのはアイツらか」

「んだ、心当たりあんのか?」

「いや、全く。俺にあんなロマンチックな出来事は無い」

「なんだ、ちいとはからかえると思ったんだがな。まぁ、いいや。悪くない指揮だったぜ、ボウズ」

 

 軽口を言い合って、ランサーとアーチャーが消滅する。カルデアに戻っていったのだろう。

 元あるモノは元ある形に。つまりはそういう事だ。

 

 

 もう、誰の反応も無い事を確認して、俺は小さく呟いた。

 

 

「……そっか。やっぱり、消えるのか」

 

 

 その呟きは、誰の記録にも残る事無く消えた。

 

 

 




 この手に残るモノは何もないけれど。

 貴方達と生きた日々は確かに、此処にある。


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浪漫と天才と

 貴方達がいてくれたから、俺は前に進めた。

 こんな無意味な魂に、意味を持てた。

 ありがとう。そして、ごめんなさい。


「……呼符?」

 

 俺の前で一枚の札を自慢げに見せつけるダヴィンチちゃん。

 これ、確かアレか。配布かマナプリ交換の奴だったな。

 

「そっ。聖晶石を使わなくても、これ一枚あれば、英霊を呼べると言う優れモノさ! 使い捨てなのが欠点だけどね。

 作れるのは一ヶ月に五枚が限度かなー。で、じっけ――モノは試しでアラン君に使ってもらおうと思ったんだよ!」

「今、実験って言おうとしましたよね」

「ほーら、ちゃっちゃとしよう」

「……いや、俺はいいです。貴方が作ったのなら、間違いは無いでしょう。

 コイツは藤丸に渡してください」

 

 俺の言葉に、ダヴィンチちゃんはふむ、と口をつぐんだ。

 

「……何て言うか、アラン君はドライだね。サーヴァントなんて魔術師からすれば、喉から手が出るほど欲しい使い魔だよ? 何せ、偉人達の――」

「だからですよ」

「ん?」

「2016年の問題、人理焼却――確かに、歴史の一大事。

 けれど、それに貴方達偉人の手を借りるのは、何と言うか気が引けます」

「……」

「マスターだから。カルデアにいるサーヴァントの事は一通り把握してますよ。

 ――彼らはもう、休んでいい筈なんだ。人間一人が、幸せになれる程の対価はある筈。

 それを、俺達は呼び出して。二度目の生を――増してや今を生きる俺達が解決しなきゃならない事まで押し付けてる。

 ――そんな事をしなきゃならない、今が。何の力も無いこの手が、ただ腹立たしくて、しょうがない」

「……」

 

 アルトリアなど、その最もたる例だろう。年端も行かぬ少女が自身の全てを擲って、救いたいモノを救えず。自身を慕ってくれた命を見捨て。目の前で仲間達が殺し合う現実を見せつけられ。最期は報われる事無く、息を引き取った。

 だから、だからせめて今だけは。カルデアのサーヴァントとして手を貸してくれる今だけは、生きて。そして笑っていてほしいのだ。

 

「俺よりも藤丸の方が、サーヴァントと幅広く関係作れてるし。なら、アイツが召喚した方がいい。

 ……俺は」

「うん、じゃあ行っちゃおうか」

「はい?」

 

 そーれ、とダヴィンチちゃんが俺の手に呼符を手渡す。

 ――突如、術式が起動した。

 

「君なら断ると踏んでいたからね! 触っただけで起動するようにしたよ!」

「ちょっとぉー!?」

「大体、何だキミは。サーヴァントはね、それ以上もそれ以下も求めて無いんだよ。

 ただ、彼らは召喚に応じる理由がある。だから参上するのさ。

 決してキミの、キミ達の一方的な呼びつけで来ている訳じゃない。だから、気にするな。

 思いっきりぶつかってみたまえ。それは、今を生きるキミ達にしか出来ない事だからね」

 

 そんな言葉に、意見を言う暇も無く。

 渦巻いた煙の中から、現れたのは金色の光。

 これは――。

 

「うん、概念礼装だねコレは!」

「知ってた」

 

 

 

「まぁ、元気を出したまえよ。試行回数が全てだ。その中で起きるたった一つの奇跡。文明とはそうして進んでいくモノだよ?」

「……そうですねー」

 

 ダヴィンチちゃんの工房で、俺は先ほど手に入れた概念礼装をマナプリズムへ変換した。

 アレ、もう七枚ぐらい同じの持ってるんですよ。礼装に麻婆豆腐仕込んだやつ出て来い。俺の呼符は食券かこの野郎。

 藤丸はいいなぁ。本編主人公は違うなぁ。

 星五は一人しかいないもんなぁ。まぁ、充分すぎる戦力だけど。

 

「そういえば、預けていたナイフはどうなってます?」

「あぁ、それならほら。丁度返そうと思ってたんだ。術式の調整も終わったからね」

「どうも。苦労かけます」

 

 子どもでも持てるような小ぶりのナイフ。銀色の輝きであっただろうそれは、もう鈍色の薄い光まで落ちている。

 この体の持ち主であるアランと言う青年の魔術触媒。これがあって初めて魔術使いとなれるのだ。

 簡単なエネミーくらいにしか、通用しないが。オルガマリー所長の魔術はさすがとしか言えなかった。シャドウサーヴァント倒してたし。

 ただ、冷凍保存されているAチームのマスターの一人は、そんな所長を超えるほどの才能を持っていたという。確か……キリシュタリア・ヴォーダイムって言ったっけ。その名前を聞くと、どこか懐かしい感じがする。

 いや、まぁ、Aチームの名前聞くと大体そうなんだけど。

 

「で、このナイフどんなもんでした」

「ごく平凡だよ。何か特化した能力がある訳じゃない。ただ単純に刺すためのナイフだ。

 これを触媒にしようなんて、アラン君も変わり者だねぇ」

 

 すいません、別人なんです今。

 

「おーい、ダヴィンチちゃん……。やぁ、アラン君もいたんだね」

「お疲れ様です、ドクター・ロマン。寝てます?」

「はは――まぁ、しっかりとした睡眠はとってるよ」

 

 ふらりと現れた、優し気な男。現カルデアの最高司令官。

 なりたくてなった訳じゃないのに、誰にも文句ひとつ溢す事無く、全てを追い詰めてまで人類史の復元に力を尽くす人。

 何と言うか、人間の底力をこれでもか、と発揮している。

 

「丁度良かった、アラン君にも伝えておこうと思ってね。

 第三特異点が観測された。近い内にオーダーを発令するよ」

「了解、サーヴァントと礼装の調整はしときます。藤丸には俺から伝えときますよ。

 それぐらいの事はさせてください」

「……分かった、お言葉に甘えるよ。それと、どうして二人はこんな所でお茶してるの?

 もしかしてそういうかんけ――」

 

 ないです、と。俺とダヴィンチちゃんの言葉が一致する。

 ドクターはからかおうと思ったんだろうけど。

 

「……マジかー。僕のときめき返してほしいわー」

「ちょっとドクター、夢見過ぎじゃないですかね。いい年して割と子供っぽいというか……」

「うーん……でも、浪漫を見るのは人の特権だろう。せっかくの人生だし、自由に楽しんでもいいと思うよ僕は。

 それにね、何て言うか響きもいいし。ロマンって」

「まぁ、ロマンティックとか言いますもんね。ドクター・ロマンティック……いや、長いっすわ。やっぱドクターの方が言いやすい」

「まぁ、苦労してとった資格だしね。ところで僕の分の紅茶とかは?」

「とっておきなんで、最後にとってあります。と言う訳で、人理修復したら、その時に」

「ちょっと、酷くないかい!?」

 

 ロマニとダヴィンチちゃん。二人と交えるそんな他愛も無い会話。

 俺が俺でいられる、数少ない時間。

 

「そういえばアラン君。呼符はもう一枚あるけどいるかい? もしかしたら役に立つかもよ?」

「あー……お守りとしてもらっておきます」

「それにしても呼ばないね、アラン君。君ならまだまだ英霊と契約出来ると思うんだけど。何せ三人の内の二人は元々戦った相手だったし」

「いやぁ、ほら令呪って三画しかないでしょ? 万遍なくブースト出来るようじゃないと。それにまだ立香に勝った事ありませんし」

 

 こんな他愛もない会話が、ただただ楽しかった。

 

 

「にしても、アラン君や立香君がいてくれて助かったよ。君達二人ならAチームにいても、十分力を振るえるさ」

「……Aチームか。いてくれたらもっと楽だったんでしょうね」

「それは間違いないよ。ただ――それでも残ったのは僕たちだけだ。僕たちでやるしかないんだ」

「……わかってますよ、ドクター。ちょっと気になっただけです」

 

 顔も思い出せないAチームの面々に思いを馳せた。

 いつか、どこかで会えるんだろうか。

 もし、小さな奇跡が起きれば。聖杯戦争なんてない、日常のどこかで。

 

「……」

 

 でも、立香とその七人が一緒に歩く姿を、見てみたかったな。

 

 

 

 

 傷む。体はどこも無くしていない。

 なのに、どこかが。肉体では無い何かが、酷く疼く。

 まるで体に亀裂が入っているようだ。

 荒れる呼吸を抑え付ける。大丈夫、俺は今ここにいると

 そう何度も、強く呼びかける。

 傷みが消えることは、未だに無い。

 

 




「あっ、そうそう。そういえばアラン君、車の運転って得意?」

「まぁ、苦手ではないですけど……」

「ふむふむ、なら良かった。今、新しい作品を設計中でね。
 完成すれば、人理修復にも役立つ事間違いなしの傑作さ」

「組み立てとかは?」

「それは素材が足りないからお生憎様って感じ。それも山盛りと言えるくらい。
 どこかの王様が太っ腹にわけてくれたらいいんだけどねー」

「……夢のまた夢ってヤツですか」

「そー。でも、まぁこんな状況だ。未来があるかも見えない暗闇の中。
 明るい想像を語り合うぐらいの自由はあっていいものだと思うよ」

「……まぁ、確かに。
 そういえば設計と運転と何の関係が?」

「あぁ、それはね。
 全ての特異点修復が終わって、事が落ち着いたら皆で旅行にでも行こうかと思ってね。しばらくカルデアの事はスタッフ達に任せてね。
 設計上、六人乗りさ。楽しい旅は長い方がいい。けれど、休む時も必要だろう?
 ロマンは運転するには抜けてるし、立香君やマシュは無免許、彼女は名家のお嬢様。誰もかれも運転には程遠い」

「えっと、ダヴィンチちゃんは……」

「無論、私は万能の天才だ。ましてや設計者本人。使い方が分からないなんて愚行は犯さないとも」

「あー……でもまぁ、天才にも休息は必要ですもんね」

「うんうん、アラン君は分かってるねー。じゃあプランでも立ててみようか」



 どうだい、アラン君。

 何がです?

 誰かと一緒に未来の事を考えるってのは、天才であれば普通の人であれ、一概に楽しいものだろ?

 …………はい、とっても。


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Another Heaven

 最後の晩餐。

 なんて、笑えない。

 ずっと、いたかった。

 最初から、気づけていればよかったのに。


 荷物をまとめる。

 とはいっても、俺の部屋に私物なんてほとんどない。どうやらアランという人物はよっぽど趣味が無かったらしい。

 俺がした事と言えば、カルデアの文献で、英霊達の伝承を調べる程度の事だったから。

 片付けは意外にもあっさりと終わった。それ程、自分が中身のない人間だったと言う事だろう。

 

「……よし」

 

 誰もいない部屋。その扉の前で、俺はもう一度部屋を見渡した。

 過ごした日々は僅かに過ぎないけれど、でも色々と思い出は残っている。

 

「今まで、お世話になりました」

 

 

 

 

 第三特異点オケアノスまで、誰一人脱落する事無く修復出来ていた。ヘラクレスとの死闘はあったが、エクスカリバー連射で何とかなった。

 その順風満帆は、カルデアにいくばくかの余裕を与えてくれている。

 例えば、お月見を愉しんだり。ハロウィンを満喫したり。セイバーオルタがサンタとなって、プレゼント騒動が起きたり。張りつめた職員の気も程よい感じにほぐれている。

 もう一つ後押しとなっているのは、カルデアのサーヴァントもまた質と量を増やしている事だ。戦力は日に日に増している。

 ちなみに召喚するのは全て立香だ。俺は「俺がやると面倒な英霊になって出てくるから」と言って、何とか避けていた。まぁ、事情があってサーヴァントを次々に召喚する事は出来ないのだ。

 そして現状のカルデアは、スカサハ、ヘラクレス、沖田総司、エミヤ、アルトリア・ペンドラゴン、ジャンヌ・ダルク――藤丸立香が召喚した中で最強を誇る戦力。それに加え、俺が契約しているアルトリア・ペンドラゴンオルタ、ジャンヌ・ダルクオルタ、ランスロットの三騎も、数こそ少ないが、一つの特異点を戦い抜ける程の実力を持っている。

 カルデアにとっては、人理修復が見えたも同然だろう。

 

「……おや、珍しいなアラン。君が厨房まで来るとは。明日は槍でも降るのかね」

「ならそいつがお前の心臓にあたる事を祈るよエミヤ。

 まぁ、アレだ。俺が契約してるサーヴァント達にさ、今まで世話になったから、礼代わりにメシでも作ってやろうと思ったんだ」

「……アラン、それを何て言うか知っているか」

「死亡フラグじゃない。まだ死んでたまるか。やりたい事も出来たってのに。

 ――ま、そういう事で、いくつか食材借りてもいいか? なるべく消費は抑えるけど」

「勿論だとも。それと……」

「ん?」

「振舞うのは英霊にだろう? ならば盛大に使ってしまえ。それぐらいでもなければ満足しないだろうさ」

「……だな」

 

 冷蔵庫から食材を取り出す。

 明日、カルデアは第四特異点へ赴くのだ。

 近代のロンドン――産業が発達しはじめ、現代への土台が作られていく時代。

 きっと、一筋縄では行かない戦いになるとドクターは踏んでいた。

 

「そういえば、エミヤはどうするんだ。スターティングメンバーには入ってなかったけど」

「私は守りを固めるさ。未だに敵が見えないからな。いざと言う時の守り手も必要だろう」

「……まぁ、そうだな。特異点直したところでカルデアが終わってたら意味が無いか」

 

 視線を動かせば、食事をしているサーヴァントや職員達の姿。彼らは楽し気に語り合っている。――あまりにも見慣れた、普通の光景。

 出来れば、もうちょっとだけ見ていたかったなぁ。

 俺のそんな呟きは、誰の耳に届く事も無かった。

 

 

 

 




 もういいの?

 あぁ、もう充分だ。本当に良い夢だった。幸せだった。

 まだ引き返せるわ。今なら、まだ。

 ――覚悟ならとっくに決めているよ。……それに一度死んだ身だ。もう何も怖くなんて無い。

 ……そう、なら。

 もう夢を見る時間は終わりだ。俺は俺のやるべき事をやるさ。
 彼らの運命は、全て俺が持っていこう。

 分かったわ。なら、行きましょう。最後の、人の夢を。


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人類悪顕現

 最初から、気づいていれば。

 一緒に、戦えたのかな。


 第四特異点ロンドン。

 人理焼却。その首謀者――魔術王ソロモン。

 対峙して尚、誰一人も動けない。一瞬でも隙を見せれば、一撃でやられる。

 既に現地で召喚された坂田金時、玉藻の前、アンデルセンは魔術王にて瞬殺された。

 サーヴァント達が構える。相手はグランドを有する者。並の英霊とは格が違いすぎる。

 だが魔術王はその力をふるうことなく、ただ呆れたように。ただ淡々とつぶやいた。

 

「それで、いつまでそうしているつもりだ。

 我とて、限度がある。いい加減隠れるようなら、一切合財焼き払うが?」

 

「分かりましたよ、王様」

 

 カルデアの誰もが予測出来なかった。魔術王に全ての注意を向けていたが故に、そこを突かれた。

 肉を貫く、鈍い音が小さく響く。

 

「え……」

 

 アランが手にしていたのは、魔術触媒であるナイフ。

 その刃先が、藤丸立香の体を背後から抉っていた。

 余りの出来事に、誰も反応できなかった。

 

「アラン……さん?」

『何を、しているんだ。アラン君』

「まぁ、そういう事だ。

 ――足掻くな、運命を受け入れろ」

 

 抜かれたナイフには血液がこびりついていた。――藤丸立香が倒れ、それを中心として血だまりが少しずつ広がっていく。

 

「――随分出てくるのが遅かったですね。どうせ来るのならさっさと来てくれればいいものを」

「フン、その態度。ただの人間なら一指しで消し飛ばしていた所だ。

 カルデアの間諜を果たした事。その仕事ぶりに免じて、一度は許す」

 

 直後、アランの足元に魔法陣が展開。瞬時に彼の姿が消失し――魔術王の眼前に出現した。

 その手には先ほどまで無かった得物――鞘に納められた刀が握られている。彼が、カルデアにいた時は一度たりとも見せなかったモノ。

 ――裏切り、その言葉がカルデアをよぎる。

 

『そんな。君も……君も裏切っていたのかい! アラン!』

「裏切る? ――違うよロマン。レフ教授と一緒にするな。俺は最初から味方じゃなかったよ。

 一人目がいたんだ。なら二人目がいないとどうして言える? とっておきは最後に取る。そういうものだ」

 

 カルデアは己の場所では無い。彼は浪漫を名乗る青年にそう言った。

 

「アラン……! 正気ですか! 人理を燃やせば、人類は!」

「あぁ、知っているさ、聖女。知っていたよ、そんな事。で、それがどうした?」

「それで終わる話では無い! 貴方は分かっていて、そちらに付くと言うのですか!」

「あぁ、そうだとも騎士王。貴方は人生を国に捧げた。小娘一人が幸せになれる程度の事は成し遂げた。……でも、人は変わらない。また誰かが命を捧げなければならない。

 ――貴方がた英霊が証明しているじゃないか」

「耳が痛いな、それは。だが……貴様が彼女を語るな」

「あぁ、語るとも贋作者。敬意は払おう。――どうせ、全部無意味になる」

「……蛮勇――ではないな。貴様のその目は、欲に駆られている。己が欲のために全てを踏み躙ろうとしている。見抜けないとは、私も劣ったか」

「貴方が衰えたのでない、影の女王。俺の願いが、貴方を超えた。ただそれだけの事」

「■■■――――!!!!」

「その声は怒りか、獅子の英雄。だが貴方の神話を輝かせるために失われた命がある。

 ――それと同じだ。俺の願いのために、全ての人類には踏み台になってもらうだけだ」

「悪鬼に堕ちましたか……。ならば言葉は要らず……!」

「そうとも、俺に対話は無用だ。誠の剣士。――その願いを、踏み躙ろう」

 

 三騎。かつて契約していたサーヴァント。

 温存していた令呪を使い、契約を白紙に戻す。

 その動作に、一切の躊躇は無かった。

 

「情が移ったか。自害させればよいものを」

「人理を見届けて貰おうと思っただけです。既にカルデアのマスターは倒れ、その魂は貴方によって監獄へ囚われた。彼を殺すために、そこへサーヴァントを一人呼んでいます。

 もう、彼らに勝ち目なんてありませんよ」

 

 その瞳は濁っていた。濁っていながら理性を宿していた。

 堕ちている――そうとしか言えなかった。

 

「……マスター」

「もう俺はマスターじゃないよ、黒の騎士王。――そこで見ているといい。

 世界の終わりを。きっとそこに最果てが見える」

「……ふざけないでよ、何で。何でアンタが……!」

「それが現実だ、竜の魔女。貴方達はよく頑張った。後はゆっくり休んでくれ」

「――最早、語る言葉などありませぬ。我が主よ」

「過ぎた話だ、湖の騎士。剣を向けるのなら、容赦はいらん」

 

 倒れたマスターを介抱しながら、マシュ・キリエライトは叫んでいた。

 今まで知らなかった悲しみと怒りが、堰を切った。

 

「どうして……! どうしてこんな事をしたんですか!

 貴方も死ぬんですよ! なのに、どうして……!」

「お前達は勘違いしている。だからさ、俺は苦しかったんだよ。

 とっくに、俺は終わっていたのにさ」

 

 その声は冷めていた。罅割れていた。

 冷たい刃のように。ただ紡がれるだけだった。

 

「俺は人理が焼却された世界だからこそ、こうして生き延びている。特異点と同じような存在なんだよ。

 本来の歴史に戻れば、あるべき運命に戻るだけだ」

 

 つまり、それは。

 人理修復は彼にとって――。

 

「人理修復が為された時、俺は――。そんなの、たまるかよ。一度死んで、また生き延びて。そうしてまた繰り返せってか。もう、うんざりだ。

 俺はもう死にたくない。無意味に、孤独に、何も残せず死にたくない」

『……』

 

「なら、俺は戦ってやるよ。世界も、英霊(サーヴァント)も、人類(カルデア)も、全部敵に回して。

 どいつもこいつも俺に死ねって言うんなら、俺が先に殺してやる。それで俺の望みが果たされるのなら! 何にだって手を染めてやる!

 だからさ、死んでくれよ――俺が生きるために」

「は、ハハハハハハ! いいぞ、いいぞ! 素晴らしい嬌声だ! 素晴らしい苦悶だ!

 何と意地汚い! 何と下らない! 人の唾棄すべきモノ全てが今の貴様だ! 人々の汚点を、これでもかと言わんばかりに見せつけてくれる!

 いいだろう、我らの同胞になる歓びを与えよう」

 

 アランの体を刻印が蝕んでいく。魔力が、彼の体を蝕んでいく。

 それは彼を変質させる。彼を変貌させる。

 ソロモン王はそれを見届ける事無く、姿を消した。

 

『何だ、この反応は……!』

 

 瞳は蒼く染まり、全身には赤い刻印が走っている。

 彼が右手に刀を抜いた。左手にはナイフを握りしめて。サーヴァント達を睨んだ。

 

「生きる事が人類にとって悪であるのなら、俺はそれでいい。

 ただ殺すだけだ。――俺に死を望む、全てを……!」

 

 本来の歴史なら存在しない者。運命のいたずらで命を吹き返し、またもう一度己が人生をやり直し、確かな意味を取り戻す。例え、どんな代償を払う事になろうとも。

 それが彼の誓い。例えその先に、孤独な破滅が、待ち受けていようと。

 ――消えるべき運命を、繋ぎ止める。

 

 

 以上の覚悟を以て、彼のクラスは決定された。

 

 人理修復など偽りの所業。

 

 其は個人が決意した成れの果て。人類(生命)に意味を求める大災害。

 

 その名も――

 

『ビーストだって……!?』

 

 ビーストⅦ/R。『■■』の理を持つ獣である。

 

 

 




 死にたくない、死にたくない。
 消えなくない、消えたくない。
 どうすればいい、どうしたらいい。何をすればこの苦しみから俺は解放される。
 助けて、助けて、助けて。

“――その願い、確かに聞き届けた”

 ……誰だ?

“我が名は魔術王。
貴様に仕事を授ける。その褒美に貴様の願い、手助けくらいはしてやろう”

 ……生きれるのか、俺は。

“我が事が済めばな。貴様一人が生きる世界くらいは容易かろう。
無論、断れば今のまま。貴様は生きる事すら出来なかった人間の紛い物のままだ”

 ――やる。やるよ、そのためなら何だって。

“……まぁ、当然か。
貴様に望む事は一つだ。――我が成就に手を貸せ”

 ……カルデアを壊せ、と?

“否。ヤツらに絶望を下せ。立ち上がる事すら出来ない程に”

 ――分かった。


 でも、本当に。これで、よかったんだろうか。




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レプリカ

 落ちていく。堕ちていく。墜ちていく。

 あの日々が、彼らとの記憶が、罅割れていく。

 でも、それを選んだのは俺の選択だ。

 これは報いなのだろう。


 だから、全ての叫びを受け入れよう。


『至急、離脱させる! 何とかそれまで立香君を守ってくれ!』

 

「そんな、何で、こんな事に……!?」

 

 

 ビーストⅦ/R――彼が一歩踏み出した。

 踏み抜かれた大地が、黒く染まる。

 

「お前達も背負ってるんだろうさ、人類の未来を。

 でもさ、こんな俺にも、背負ってるモノがあるんだよ。それがお前達にとってどんなに小さかろうと。俺は――、俺は――。

 もう、振り返らないって決めたんだ。だからこの命がある限り、走り続ける」

 

 静かに目を閉じ、周囲の魔力が急激に跳ね上がっていく。

 刀を逆手に、低く腰を落とした。

 

「尊き者よ、どうかその輝きを永遠に。――だから、俺以外の全てが死ねよ。

 意味を示せ、我が人生(ライフイズストレンジ)……!」

『霊基反応さらに上昇……! マズいぞ! アレを使わせちゃいけない! 何とか阻止するんだ!』

 

 ヘラクレスが駆け出す。マスターを傷つけられた怒りが、その力を倍増させる。

 ただ一直線に。幾度となく敵を屠ってきた斧剣を、大きく振り上げた。

 

「まずは貴方からか。その肉体を十三に切り分けて――全て殺そう」

 

 途端、ヘラクレスが消滅する。まるで最初から、そこにいなかったかのように。

 ほんの数秒。十二の命を持つはずの大英雄が、歯牙にも掛けず瞬殺された。

 

「惜しいな、雪の少女を守る力はどこに消えた。

 で、次は――そうか。貴方か剣客」

「獲った……!」

 

 沖田が縮地で背後に回る。今まで幾度となく、敵を仕留めてきた一撃。サーヴァントですら必殺になり得る。一対一ならば彼女は間違いなく最強の一角だ。

 その速度と威力ならば、屠ったも同然–―。

 回避不能の魔剣、刹那に仕留める。

 

「違うな、獲られたんだ」

「そん、な……」

 

 一閃。たったその一振りで、全ての必殺が消滅する。

 幕末の世を轟かせた彼女の剣は、いとも容易く殺された。

 ヘラクレスと同じように、彼女もまた消滅した。最初から、そこにいなかったかのようにあっさりと。

 二人の騎士王が彼の真横から強襲する。二振りの聖剣が、全く同じ速度で振り下ろされた。

 

「……弱いな。生前の貴方達も弱かったのか?」

 

 それを彼は刀の柄で受け止めている。

 空いた手で、騎士王達の体を薙ぎ――否、彼のサーヴァントであった彼女だけが、それを避けた。

 刀を地面に突き刺し、ナイフを手にさらに接近する。

 聖剣と短刀、その間合いは歴然。だが超近接ならばその形勢は覆る。

 ならば魔力放出で何もかもを弾き飛ばさんと、彼女が力を込め――

 

「――アルトリア」

「!」

 

 冷たい声だった。冷たくも、どこか優しさを秘めた音だった。

 マスターであった彼の声を、聴き間違える筈がない。切り捨てた筈の感情が行動をほんの少し鈍らせる。

 腹部への掌底。鎧ごと、吹き飛ばされながらもかろうじて受け身を取った。

 

『……そうか、こちらの手は全て知っている。それに加えて、彼はビースト……!』

 

 瞬く間に三体のサーヴァントが、瞬殺された。

 駆ける。影の国の女王が強襲する。

 彼の周囲を、死刺の槍が包囲した。

 

「……成程、そういえば貴方は槍を彼に授けていたな」

「私が認めた勇士にだが。今の貴様は勇士には程遠い」

「……あぁ、そうだろうさ。肩書きなんて、もうどうでもいい。

 それで望みが果たせるなら、俺はそれでいい。だからこの身は獣に堕ちた」

「……そうか、では終わりだ」

「あぁ、貴方がな」

 

 瞬間、彼の姿が掻き消えた。

 全ての槍が切断され、スカサハの体が両断される。

 

「な、に……」

「人と侮ったな。この身は既に獣と同類。冠位でなければ抗う事すら適わない。

 本体ならば容易く殺されるだろうが、サーヴァントに身を落とした貴方には負ける道理が無い」

 

 そうして影の国の女王は消滅した。

 

「これ以上は時間の無駄、か。フィニス・カルデアはそこで終わる。藤丸立香は七日後に死ぬだろう。

 それが、人類に残された時間と知れ」

 

 彼は一瞥する事無く、大地に刀を突き刺す。

 何の前触れも無く――地盤が崩落した。

 死が迫る。眼下に見えるは、魔力炉。触れれば、それに溶かされ消滅するだろう。

 そんな最中、最後にマシュが見たのは――。

 

 

 

 壊れた笑みを浮かべた、どこか悲しそうな彼の顔だった。

 

 

 

 




 ……何だ、貴様は。オレのような男を呼び出すなど奇特にも程がある。

 復讐者として、貴方に頼みたい事がある。

 下らん、オレの恩讐に救いを求めるのならば全くの検討違いだ。他を当たれ。

 違う、望むのは貴方の力では無い。貴方自身だ。貴方に、導いて欲しい男がいる。魔術王を出し抜くには、どうしても貴方が必要だ。
 死の運命を塗りつぶす復讐者、その象徴である貴方が。

 オレに神父になれと?

 ――話すのは事実だけだ。言葉を飾るつもりは無い。

 我が黒炎は、請われようとも救いを求めず。我が怨念は、地上の誰にも赦しを与えず。
 それがオレの在り方だ。答えるがいい、我が恩讐のどこに希望を見出した。
 人にも獣にもなれず、意味を示す事でしか生きられぬ者よ。

 貴方の、生き方に。復讐に彩られた運命を辿りながら。それでも人に敬意を抱き続けた貴方自身に。

 クッ、クハハハ、クハハハハハ!!
 良いだろう、その願望確かに聞き届けた。だが一つ忠告させてもらう。

 ……。

 その男が果たして、我が恩讐を振るうに相応しいかどうか。オレ自身で見定める。
 手出しは一切無用と思え。反故にしようものなら、男ともども貴様を焼きつくす。

 分かった、全て貴方に託す。
 どうかアイツを、彼を、――俺の友達を、よろしく頼む。

 フン、話は終わりだ。では、オレはその仕事に向かうとしよう。

 あぁ、希望して待っている。




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訣別の時、来たれり



 これが、俺の知る最後の記憶。

 こうして、また俺は始まりの時を思い出す。


 何度、思い返したとしても。その日々が色褪せる事は無い。


 結局、藤丸立香は魔術王の監獄から生還した。そして更なる力を揃え、特異点修復へ乗り出した。

 その果てがこの時間神殿。――人理を掛けた戦いは、終局に向かいつつあった。

 

 

 

 

 玉座の前で、アランは佇んでいた。

 七つの特異点を乗り越えたマスターを。来るべき敵を待ち受けていた。

 背後には姿を消したソロモンが控えている。彼が倒れれば、次は魔術王自らが打って出ると言う訳だ。

 まるで人形だな、と彼は自嘲する。

 

「来たか、遅かったな」

 

 藤丸立香はサーヴァントを引き連れてきた。その瞳も立ち居振る舞いも、ロンドンの時は違う。まるで別人のようにすら思えた。

 サーヴァントはロンドンの時の面子と変わりない。だが、その誰もが、あの時よりも強い力を持っていた。

 

「アラン……!」

「……言葉は不要だ。

 許しはこわん。恨めよ」

 

 前に出たのは三騎。

 アルトリア・オルタ、ジャンヌ・オルタ、ランスロット。――元彼のサーヴァント。

 

「知れた事だ。部下の不始末を誅するは王の責務。楽にしてやろう」

「恨む? とうとう、そこまで馬鹿になったのねアンタ。アヴェンジャーなのよ? 恨むなんて当たり前でしょ? ……だから、一息で燃やしてあげる」

「……マスター。お覚悟を」

 

 

 

 

 ランスロットの剣技が、彼の体を縫い止める。

 そこを突くように、ジャンヌ・オルタの宝具が発動。彼の体を焼き尽くし、その身を封じる。

 さらに追い打ちを掛けるように、ランスロットの宝具が彼の体を切り裂いていく。

 傷口から夥しい量の血が零れ落ちていく。それを抑えながら背後へ退く。

 視界がぼやけた。さすがに血を失いすぎたらしい。

 何もかもが曖昧な世界で、彼が見たのは己を飲み込もうとする漆黒の奔流だった。

 

「……」

 

 景色が晴れて、見えたのは左腕が消失しながらも、かろうじて立ち続ける彼の姿だった。ただ彼の視点はもうどこを見る事無く――。

 カラン、と彼の手から刀が抜け落ちる。

 そのまま彼は両膝を着き、地面へ倒れた。

 

「……せめて、優しい夢の中で眠れ。マスター」

「馬鹿ね、アンタ。本当に馬鹿。どうせ死ぬなら……」

「……申し訳ありません」

 

 

 

 魔術王ソロモン――魔神王ゲーティア。

 その力は強大そのものだった。攻撃が何一つまともに通用しない。――例えダメージを与えても即座に回復される。

 

「やはり無様だ、人は。どこまでも意味が無い。

 人よ、そして英霊よ。死ね。ただ死ね」

 

 ゲーティアの背後に、膨大な魔力が集約する。

 マスターを守ろうと、サーヴァント達が身構えた。

 

 

「――そこまでだ。ビーストⅠ」

 

 

 その隙間を、煤んだナイフが飛来しゲーティアの胴体を抉った。

 

 

「……何?」

 

 体を視認するも素早くそれは駆け抜けた。

 ただ一直線に、ゲーティア目掛け得物を突き刺した。ナイフの柄を、刀の先端で差して、さらに貫通させた。まるで一点を穿つように。

 

「血迷ったか。その程度で我を殺せるとでも思ったか?」

「……これでいいんだよ。命の使い方なんてとっくに決めてある」

 

 血塗れで倒れていた筈のアランが、ゲーティアの総身に刃を突き立てていた。

 その瞳が、蒼く輝いている。

 

「笑止。虫の刃、針に及ばず」

「っ!」

 

 アランが吹き飛ばされた。残っていた右腕が千切れ、夥しい量の血液を撒き散らしながら、藁屑のように地面を転がった。

 

「やはり、無様だな貴様。カルデアもろとも消え去るがいい。

――第三宝具展……!?」

 

 突如、魔力が消失した。

 背後で集約した高密度の術式が霧散していく。

 

「なんだ、なんだこの感情は……! 何故だ、何故魔神柱共が崩壊を始めている……!

 何故、我が第三宝具が展開出来ない……!?

 何を、何をしたぁ! アラン!」

『これは……。ゲーティアの霊基が大きく削がれた……?

 ティアマトの時と同じだ! 今なら、ゲーティアを倒せる!

 立香君! 今しかない!』

 

 

 

 

 もう両腕の感覚がない。気持ち悪い感触が背中一杯に広がっている。

 確か、ゲーティアに刃を突き立てた事までは覚えていた。第三宝具を撃たせれば、カルデアに勝ち目はない。

 ならば、その展開を阻害させる。

 だから、彼女の力を借りた。最初に召喚したセイバーの力を、彼自身が吸収した。

 だが人の存在では扱えない。なら、自身がそれを超えればいい。故にビーストとなった。

 悟られてはいけない。だから、話す相手も限らなくてはならない。

 結果的に見れば、裏切りだ。それを言い訳するつもりはない。せめて一言謝りたかったが、結局何も言えないままだった。

 何か意味は残せたんだろうか。この死の先は、誰かの道標になれたのだろうか。

 

「マス……! ……ター……!」

 

 もう残像しか見えない目を開ける。

 ぼんやりとした輪郭が、ようやく形となった。見えたのは藤丸立香とマシュ・キリエライト。そして星の獣。彼がマスターとして召喚したサーヴァント。

 背後ではゲーティアと、立香の召喚したサーヴァントが激闘を繰り広げている。

 

「良かった……! 今、治癒を」

「もう……いい。生き延びたにしろ、この後俺は消滅する。だったら、無駄な魔力を使うな。

 今を戦う英霊たちに、使ってくれ」

「……」

「最初は、最初は本気だったよ。お前達を裏切ってでも、俺は生き延びたかった。死にたくなんか、無かった」

 

 あの時を思い出す。

 手の届かない温かな光。眩しいばかりの時間。

 

「オルレアンを、覚えているか。あの時の聖女の言葉に、俺は酷く突き動かされた」

 

 自分の死が、誰かの道に繋がっている。なら、それだけでも良かった。

 救国の聖女はそう言った。

 そこでようやく俺は自分を特別視しているのだと気づいた。選ばれた者だから、他の誰かよりも生きる資格があるのだと、誤解していた。

 セプテムで、浪漫を見た。語り継がれている歴史の重みとそれを背負う人達の生き様を。

 オケアノスで、怪物(えいゆう)を見た。誰かのために、命を燃やしつくす怪物を見た。

 

「人理の旅で、俺は得難いモノを見たんだ。こんな命を張ってでも守りたいと思えるような、尊い光景に触れる事が出来た」

 

 もっともっと、彼らと一緒にいたかった。旅を、続けたかった。でもそれだと、誰かがいつか消えてしまうから。そうなる未来だと、知ってしまったから。

 ――だから、本来なるべきであろう獣の名を。俺自身が持っていく事にした

 もうカルデアの誰にも、死んでほしくなかったから。

 

「なぁ、立香……。お前はさ、俺にとって一人しかいない友達なんだ。

 お前とマシュが見せてくれた、遠い光。お前達(カルデア)にとってそれが、当たり前だったとしても。俺にはそれが眩しくて。だから――だから……っ!」

 

 振り絞るように声を出した。

 もうこの手は伸ばせない。

 けれど、この思いだけは届いて欲しい。

 

 

「お前達には、生きて、いて――」

 

 

 そうして彼は消滅した。

 ビーストの名前と共に。

 

 

 

 最早、事の瑣末を語る必要は無い。

 

 獣の名を語った術式は、自我を得て。最期に運命を知った。

 

 人理は確かに修復された。

 

 その日カルデアの空は確かに晴れた。

 

 そして小さな雪が穏やかに降り注ぐ。

 

 もうここにはいない誰かを偲ぶ様に。

 

 

 

 

「……うん、真実を語るとしよう。黙っていて、済まなかった。

 まずは彼の汚名を晴らさせてくれ。彼は裏切り者なんかじゃない。彼は最期までカルデアのメンバーとして戦った。それだけは、覚えていて欲しい」

 

 ダヴィンチは、全員が集うカルデアの管制室でそう告げた。

 彼女だけは彼から全てを話されていた。それは、せめてもの理解者が欲しいと言う彼の小さな願いだったのだろう。

 

「彼は元の歴史で死んだ存在だ。何の変哲も無い、ただ理不尽な死を遂げたどこかの誰か。それが彼だ。

 そしてアラン――彼は、レフのテロで確かに死んだ。けど、たまたまだ。完全な死を遂げる前に、からっぽな体のままレイシフトしてしまった。

 そこに彼の心が入り込んだ。それが私達の知るアラン君だ」

 

「無論、彼の願いは二度目の生だ。二度も死ぬなんて英雄じゃない彼には耐えられない。

 彼は最初に召喚したサーヴァントから、聞いたらしい。人理と彼の存在をね。

 何でもそのサーヴァントはかなり規格外なようで、彼の願いを叶えてしまったそうなんだ。

 死にたくない。だから力を得る。――その召喚したサーヴァントの全てを、彼は望んでしまったんだよ。

 ビーストのきっかけがコレだ。彼の死にたくないと言う願いが、生み出した執念の獣だった」

 

「そこに魔術王は目を付けた。精神の世界で彼に語りかけて来たそうだ。裏切りをね。

 そして彼はそれを承諾した。

 ――だが、彼がどんな選択をしたのか。君達は見届けた筈だ。それが彼の全てだ」

 

「そうしてもう一つ。彼はそのサーヴァントから聞いていたらしい。彼のいないカルデアの結末を。

 そこではマシュとロマニが消失していた。マシュはゲーティアの宝具から立香君を守るために。ロマニはゲーティアの根幹を崩すために命を捧げたそうだ。

 誰が悲しむかは分かるだろう。――それが彼には耐えられなかったんだよ。

 君達のいないカルデアなんて、彼は見たくなかったんだ。今を生きる誰にも、死んでほしくなかった。だから、自分の命を燃やした」

 

「彼はもう一つ私に頼み事をした。人理修復した後は、彼を、裏切り者として処理してほしいと。

 立香君、一芝居打つためとはいえ、君に刃を突き立てなくちゃならない事を彼は後悔していた。だからカルデアの歴史に、狂人として記録してほしい。

 そうすれば君は同情される。裏切りに合い、命を落としかけながらも人理を修復した人間であると。ただサーヴァントに縋るだけの飾り物には見られなくなる。

 ――そう、頭を下げてきたよ」

 

「けど、それはきっと彼の本心じゃないんだ。私に真実を打ち明けてきた事が、彼の本当の願いなんだ。

 ――君達だけには、伝えたかったんだと思う。残りたかったんだと思う。裏切り者じゃなく、仲間として。

 だから、どうか。彼を、カルデアに生き延びた彼を、カルデアに受け入れてほしいんだ。もうその体も魂も、どこにあるかはわからないけれど。いつか帰ってきたときの道標のために」

 

 

 

 

 

 

 どこでもないどこか。

 時空の海で、とある小さな再会があった。

 それは彼に一つの希望を与えた。美しいモノを見せてくれた返礼と。彼に二度目の生を贈ろうとしていた。

 きっと、それが彼の求めるモノだからと。

 

「……いや、俺には不要だ。

 彼女に、使ってあげてくれ。小さな体で、たくさんアイツを守って来た彼女に」

『いいのかい。そうすれば君はまた生きていける。新しい命として、生きていける。彼らの傍で』

「コレはそんな尊いものじゃない。あそこは――俺の居場所は、誰かから奪って手に入れたんだ。

 夢ならもう充分、見られたよ。だから、返さなきゃ」

 

 そう言って、彼は微笑んだ。

 死した者があるべき場所に還るだけ。

 それが自身の運命(Fate)なのだと、受け入れて。

 

『そうか。君の願い通り、これは彼女に使うよ。それで、いいんだね。

 君は何も悪くはない。ただ誰かの為に、運命を肩代わりしただけの話なのに。君に、何一つ非なんて無かったのに』

「そんな立派なモノじゃないよ。……そりゃ怖いさ。後悔だって少しはある。だけど誰でも無い俺が納得したんだ。

 だからこれでいい」

『そうか――ありがとう。死にたくないと抗ったどこかの誰か。

 僕は美しいモノを見た。君のおかげで、僕もそれを強く守りたいと思えた。――この旅は僕にとっても宝物だ。

 尊い夢を、ありがとう』

「あぁ。ならその結末に悔いは無い。

 それじゃあさよならだ、星の獣」

 

 そうして彼は時間神殿から消滅した。

 もう彼はこの世界のどこにもいない。人類史において、彼はあるべき場所に還ったのだろう。

 

 

 

 

『けど、まだだ。キミの役目は彼らを守り抜く事。

 それはまだ終わっていない。カルデアの戦いはまだまだ続く。

 夢の続きを見るのは、人の特権なのだからね。

 キミの人生()は今、始まるんだ。

 その道行きに祝福を。あなたの旅は長く、だからこそ得がたいものになると信じて』

 

 

 




 第四特異点出撃前夜。その前に皆で写真を取ろうと言う話になった。

 スタッフ達やサーヴァント達がどこに立つかで騒いでいるのを遠目に見る。

 遠いな、と呟いた。

「ほら、アラン君も」

「ドクターは?」

「セルフタイマーがなくてね。誰か一人、あの輪から離れなきゃいけないんだ」

 そんな男の手から、俺はカメラを奪い取る。

「ドクターもどうぞ。シャッターなら俺が押しますよ」

「えぇ、いや、でもほら、マスターなら尚更サーヴァントと映らなきゃ」

「ドクターだって一緒に頑張ってきたじゃないですか。ここぐらいは俺に労わせてください」

「……」

「それに、俺も。裏方の仕事っての、少しはやってみたかったんですよ」

「……分かった。じゃあお願いしてもいいかな」

「はい、勿論」

 カルデアのスタッフとサーヴァント達。

 全てが一枚の写真に納まるように。今を生きている彼らが一人も隠れないように。

 一人、シャッターを切る。

 出来上がった写真――俺のいない、カルデア。死人である俺が、彼らと共に生きる事は許されない事。

 でも、もし。もし我が儘が言えるのなら。願いが叶うのなら。


 俺も、そっちに行けるかな。




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福音領域



 獣の残滓が、少しずつ目を覚めす。


「ぐぅっ!」

「メルト!」

「来てはだめ! そこにいて!」

「足掻きなさいな。所詮は、小虫の羽ばたき。微風すら起こせないでしょう」

                             

 蒼い深海の底でとある獣。そしてサーヴァントと少年が戦っている。  

 それを見る者は誰もいない。まさしく孤絶の死闘だった。

 ただ互角とは言い難い。獣に取っては戯れに過ぎないのだろう。

 傷ついた体で、少女は懇願した。そのために全てを投げ捨てた

                              

「っ……!」                      

「お願い、やめて、逃がしてあげて! その人は。その人だけは……!」

                         

 伸ばした手は無意味だった。何もかもを溶かす魔性の業は、まるで虫を潰すかのように呆気なく。

 されど包み込むかのように優しくその人に触れた。

                    

「あ――」

              

 消えた。その人が、支えてくれた大切な思い出は欠片すら残さず。砕けて消えた。

 感覚のない手を振り回すけど、破片にすら届かない。

             

「あぁ――ああああ」

「まぁ、不思議。触っただけで溶けてしまったわ」

          

 まるで虫を興味本位で殺してしまった子供の様な声で。

 魔性の獣は、そう言い放った。

      

 

 ――そんな未来を、見てしまった。

 ならば俺がすべき事は決まっている。

 手足を拘束していた枷が外れ、体中を縛り付けていた鎖がほどけていく。

 鼻腔をくすぐるのは、甘い香りと澱んだ気配。――同類の存在を感知。

 つまりはそう言う事だ。

 俺がビーストとして呼ばれる時は――

 

「証明、開始」

 

 

 

  

「ぐぅっ!」

「メルト!」

「来てはだめ! そこにいて!」

「足掻きなさいな。所詮は、小虫の羽ばたき。微風すら起こせないでしょう」

                             

 蒼い深海の底でとある獣。そしてサーヴァントと少年が戦っている。  

 それを見る者は誰もいない。まさしく孤絶の死闘だった。

 ただ互角とは言い難い。獣に取っては戯れに過ぎないのだろう。

 傷ついた体で、少女は懇願した。そのために全てを投げ捨てた

                              

「っ……!」                      

「お願い、やめて、逃がしてあげて! その人は。その人だけは……!」

                         

 伸ばした手は無意味だった。何もかもを溶かす魔性の業は、まるで虫を潰すかのように呆気なく。

 されど包み込むかのように優しくその人に触れた

                    

「あ――」            

              

 消えた。その人が、支えてくれた大切な思い出は欠片すら残さず。砕けて消えた。

 感覚のない手を振り回すけど、破片にすら届かない。

             

「あぁ――ああああ」

「まぁ、不思議。触っただけで溶けてしまったわ」

          

 まるで虫を興味本位で殺してしまった子供の様な声で。

 魔性の獣は、そう言い放った。                         

 

 その結末を、斬り捨てた。

 

 

「っ! そんな、まさか。ここは感知すら適わない深海の底……!

 光すら届かない奈落の筈。――光よりも早く飛んできたとでも……!?

 誰です、こんな気分に水を差す御方は……!」

 

「ビーストの蛹か。それでよくもまぁ、揚々と吼える。

 俺を呼びよせたのは、お前の臭いだよ。そこに距離も時間も意味はない。

 ――途切れる未来があるのなら、俺がそれを斬り捨てるまでだ」

 

 藤丸立香の前に、男が立っていた。

 黒い着流しの上に雪を思わせるような白い羽織り。首元には赤いマフラーが巻かれていて、肩甲骨の辺りまで伸びている。

 左手には煤んだナイフ。右手には透き通る程の輝きを持つ刀。

 見覚えのある顔。そして蒼い瞳――。

 

「アラン……!」

「何だ、いつになく酷い顔だな立香。……まぁ、今はそうなるのも無理ないか」

 

 その声も記憶の中と変わらない。

 ただ少し、やつれたように見える。

 

「……無粋な御人。そんなことされたら、いつになく昂ぶってしまいますわ。

 ――いえ、貴方はもう人ではありませんね。私と同じ獣、ですか」

「まぁ、そうだろうな。俺もお前も、結局は自身の欲望の為にビーストになった。その過程が何であれ、その目的が誰であれ。さすがに同類の気配ぐらいは分かるか。

 もう二度と人に戻れると思うな。獣に堕ちた人間は地獄にすら行けない」

「えぇ、元からそのつもりです。だって、だってあのような、身も心も全て溶かしてしまうような快楽。

 一度知ってしまったら、もう、たまりませんわ。天上も、無間にもこれに等しきモノなどありません」

「……そうか。悲しいな、貴方は」

「……悲しい、とは?」

 

 声のトーンが落ちる。

 アランの言葉の何かを、キアラは不愉快だと断じたのだ。

 

「人は飽きる物だ。それが苦痛であれ、快楽であれ。

 きっと貴方は、何もつかめない。永遠なんて、この世界には存在しないんだよ。

 物事には必ず終わりが来る。それが形だ。

 貴方はそれに気づかず、けれど逃れられなくなってしまった。――これを、哀れと言わず何と言う」

「……ふふっ、ふふっ。うふふふふふ。

 人の欲は尽きぬモノ。それは、私がこの生で得た至上の快楽。それに勝る説法などありませんもの」

「あぁ、そうだとも。かつて俺がそうだったからな。

 貴方があの世界を駆け抜けたのなら、きっと何かを得れたのだろうさ。自身の願いすら、変えてしまう程の光を。

 まぁ、そんなのはもう。すれ違った夢物語に過ぎない」

 

 アランが刀を振り抜いた。

 キアラが掌底を打ち込む。

 ――二人の中央で、何かが炸裂した。

 

「獣同士、最後は力で語るか。どうせ互角だ。それ以上でも以下でも無い。

 彼女の眼に誓う。貴方の欲を、ここで断ち切る」

「えぇ、えぇ。貴方の戯言。所詮はどこかの童話にすら値しない滑稽なモノ。

 ――全て溶かして差し上げましょう」

 

 ビーストⅦとビーストⅢ。

 史上最悪の人類悪が、今激突する。

 

 

 

 

 藤丸立香は策をめぐらす。

 こちらの手数はメルトリリスとパッションリップの二人。だがどちらも酷く傷ついている。

 残る令呪は三画。幸い、手はある。

 アランとキアラは激闘しており、彼らが得物を振るう都度、蓮の花が乱れていく。

 双方の力が互角。つまりキアラはこちらを完全に見くびっている。アランを溶かす(殺す)事に全力を注いでいる。

 今しかない。二度目など在り得ない。ここで撤退すれば、キアラはさらに強くなる。アランももしかするとそれに比例して強くなるだろう。

 彼にここを任せるのもありかもしれない。

 

 ――だが、それで本当にいいのか。

 

 彼は命を捧げた。カルデアを、共に生きた人々を守るために。

 

 なら自身に意味があると証明しなければならない。彼の戦いが、無駄では無いのだと。彼が守ったモノには確かに意味があるのだと。

 

 だからこそ、生きるのだ。自身の価値を、そして彼の生きた証は。それに見合うだけの生き様があったと。

 

 何より、彼だけに任せているようでは、胸を張ってカルデアに戻れない……!

 

「ようやく、繋がりました……! いやぁ、ビーストさんが単独顕現してくれなかったら、本気でヤバかったです。

 センパイ、無事ですか!? 無事ですね! なら良し!」

 

 BB……! 駆けつけてくれたのか!

 

「メルトもリップもよく耐えてくれました。気休め程度ですが、回復をどうぞ」

「っ……色々と問い詰めたい所だけど、諦めてあげる。

 どうするの、マスター。まだあの女の優勢よ。時間を掛ければ掛ける程、アレは最悪な形に変貌していくわ」

 

 ここで仕留めるしかない。

 ――だが、その火力が、爆発的な一撃が足りない。決定打が、もう一つ。

 

「……そう。ねぇ、マスター。

 貴方に取って、カルデアとはどういう所?」

 

 生きる所で、帰るべき場所。

 あの旅で、多くの悲しみを知った。けれど、それを超える程の歓びとも出会った。

 浪漫を名乗る彼は、あの戦いが終わってこう告げたのだ。複雑そうな表情で。まるで自分が今ここにいるのが、不思議で何かの間違いじゃないのかと言わんばかりに。

 

『命とはね、決して死と断絶の物語じゃないんだ。彼が君を守るために戦ったように、そして君がそれを誰かに伝えて行くように。まるで物語として語り継がれて行くように。

 終わりは無意味じゃない。広く広く、繋がっていく。そんな輪の繰り返しなんだ。それが続いていって、今の君達にも届いている。

 立香君、僕から言えるのは一つだけだ。必ず帰っておいで。もう会えない人からバイバイって手を振られるのは、ほら、何と言うかさ。悲しすぎるだろう、そんなの』

 

 もっと多くの英霊達と出会いたい。彼らと旅をして。

 もっと多くの物語を体験して。

 いつしかそれが、美しいアートグラフとなるように。

 

「……そうよね。いえ、これでいいの。私は、私達の(ユメ)は届かないって、知ってるから。

 でも、だからこそ。貴方を守るわ」

 

 もう先のない体で、自身を守ると決めた少女。

 そんな彼女の声にこたえるように、右手に力を込めた。

 

 

 

 

 超近接戦闘の間合いにおいて、最も有効な武器は格闘だ。間合いを詰めると言うリスクこそあるが、それに見合うだけの優位性を持つ。

 格闘に熟達した戦士は、あらゆる戦場に置いて敵を苦しめる存在となる。

 側頭部を狙った一撃と、相手を翻弄する歩法。咄嗟に腕で防御し――灼熱が弾けた。

 衝撃が、骨の髄を伝わって脳にまで響いて来る。

 

「聖職者の癖に、肉弾戦か……!」

「えぇ、護身術程度ですが。何せか弱い女ですもの」

「ちぃっ――!」

 

 刀とナイフをほぼ同時に投擲。至近距離で、尚且つフェイントも織り交ぜる。

 だがそれらは円を描きながら、ただ彼方へ去っていくのみだった。

 

「それにしても、厄介な体ですこと。外は硝子と言うのに、中身はまるで鉄のよう。

 何度も砕けながら、折れる事が無い――。あぁ、ますます弄びたくなってしまいます」

「余裕たっぷり、だな……!」

「えぇ、でもこれで終わり。獣は獣らしく、弱々しく啼きながら、沈みなさいな」

 

 キアラの貫手が、心臓を穿つ。

 頬に着いた血を彼女は舌先でなめとった。

 

「これが獣の味……。何ともまぁ、薄い事。――!」

「――捕まえた……!」

 

 キアラの腕を握りしめる。

 これであの、厄介な歩法は封じた。

 

「――はい、豚になぁーれ」

「っ! 貴方は!」

 

 二人の頭上でBBが静止する。

 突如現れた杯から零れ落ちる黒い泥――。

 アレはサーヴァントを痺れさせる効果がある。並の霊基でも対応は困難。

 それならキアラを封じることが出来ると考え、そこでアランはある事に気が付いた。

 

「え、待って。BB。俺もいるんだけど」

「てへっ☆」

「てめっ、R-18ィィッ!」

 

 二人が泥に飲まれ――そこに突如、メルトリリスが飛来する。

 弾丸の如く、突き進んだ彼女の足先は泥の中にいたキアラを正確に捉えていた。

 泥を突き破り、彼女の足先がその心臓をぶち抜いた。

 

「メルト、リリス――!」

「おあいにく様ね! 翼は無くとも足はあるのよ!」

 

 藤丸立香は既にアランの真意を悟っていた。

 彼の戦法は敵を倒すためでは無い。敵を倒すきっかけになればいい。マスターだった彼のスタイル。故に長期戦に極めて長けていた。

 BBのスキルでキアラの防御を封じ、そこにパッションリップとの合わせ技でメルトリリスを撃ち込む。

 尚、アランを泥に巻き込んだ事についてはいつか謝っておこう。

 

「センパイ、既にセラフィックスはさらに潜行を続けています。これ以上は離脱困難の可能性が極めて高い。

 ですので、貴方をまず第一にここから離脱させます」

「――皆は」

「――そこはBBちゃんにお任せあれ、です!」

 

 その言葉に立香は頷いた。

 BBの転送が開始し、まずマスターであり、たった一人の人間である彼が、ここから離脱する。

 そうして見届けて、彼女は小さく呟いた。

 

「――本当に馬鹿な子。あんなにも、想ってくれているのに。

 伝えたい事が、ある筈なのに」

 

 その視線の先は一人の少女だった。

 

 

 

 

「っ! この年増、まだ生きてるの!?」

「っ、えぇ。年の功と言うでしょう。貴方の体を、奪わせて頂きます」

 

 メルトリリスの体をキアラの髪がからめとる。

 彼女の思惑が叶う前に――。

 

「――そうするのは貴方の勝手だ。

 右に避けろ、メルトリリス」

 

 黒い弾丸――メルトリリスに絡み付くキアラの髪を撃ち抜き、破壊。

 さらに一撃が、その額へ直撃した。

 

「これって」

「宝石魔術。まぁ、ガンドだ。赤い主従の真似事だけど、上手くいったな」

 

 全身を血に染めた、赤い男。

 彼はメルトリリスの首根っこを掴んだ。

 

「え、ちょっと何を……!」

「後は俺がやる。この女と心中するには、貴方じゃ役不足だ」

 

 男はそのままメルトリリスを頭上――海面目掛けて放り投げた。

 先ほどまでキアラの体を貫いていた一撃。その速度を保ったまま、彼女は海面へ――彼の下へと羽ばたいていく。

 その下に獣が二人。

 

「死にかけの体で、何が出来ると言うのですか」

「……出来るさ。――人一人、救う事が出来なくて何が男だ」

 

 キアラの体が一瞬だけ浮いた。――彼女の体、胸を貫くようにして刃が生えている。

 いつの間に、と考えがよぎった。

 

“あの時、ですか……!”

 

 キアラが貫手を繰り出す前の、彼の投擲。

 だとすれば、ナイフはどこに――!

 

「アイツの真似事じゃないけどな!」

 

 彼の手に握られたナイフ。それは魔力を帯びた輝きと共にキアラの心臓へと打ち込まれた。

 彼の手が引き抜かれる共に、キアラは力無く地面へ倒れる。

 

「……何故」

「点を二度、突いた。一度だけでも、致命傷。それを二発も受けて形を保ってるだけでも異常だよ。さすがビーストだ、さっさと楽になれ」

 

 消えていく。彼女が消滅する事によって、それに伴いセラフィックスも消滅して行く。

 

「何故、どういう、こと。勝とうと負けようと。

 最高の快楽が、得られる筈でしたのに。

 何故、こんなにも、さびしいのですか」

「……」

 

 彼女の顔は困惑していた。

 道に迷った少女のように。親とはぐれてしまった子供のように。

 伝えるべきか迷う。それはとあるサーヴァントが伝えねばならない事だと思ったからだ。

 自分の様な者が、部外者が、軽々しく口を出していいものか。

 倒れる彼女の傍に、彼は腰かけて、その手を握った。

 

「気休めだが、痛み止めにはなる。さびしさもそれなりに紛れるだろう」

「……分かりません。貴方は、私の敵では、なかったのですか」

「あぁ、敵だとも。

 けど、今のお前は違う。ただの少女だ」

「……」

「ある男の話をしよう。とある死にぞこないが身勝手な理由で獣に堕ちた話だ」

 

 

 少しばかりの、夢の話をする。

 

 善き人々の顔がよぎった。

 

 そしてキアラは分からない、と口にした。

 

 

「何故。何故、守ったのです。生きたかった筈の理由を、捻じ曲げてまで」

「恋を見たからだ。

 どこにでもあるようなあり溢れた日常は、絶望の中で小さな灯になる。

 ――それが俺には、尊い光に見えたんだ」

「……貴方には、なかったのですか。その恋と言うのは」

「する訳には行かなかった。その時の俺は誰かの体を借りていたも同然だった。

 ……勿論、したかったのは事実だけど。美女ばっかりだったし」

 

 楽しかったなぁ、と彼は小さく笑った。

 もう届かない、遠いどこかを見て。

 

「――良い、ところなのですね。カルデアとは」

「あぁ。目が醒めているだけでも楽しい――そういう所だよ」

 

 彼女が手を握る力も徐々に弱まって来る。

 空間の崩壊は近い。

 その手を、強く握りしめた。

 

「私は、いきてすら、いなかったのですね。だから、(ユメ)知ら(みれ)なかった。

 なんて、かなしい」

「……まぁ、その。何だ。

 (ユメ)の続きもどこかで見れる。出会いには確かに意味があるんだ。

 次は、人として生きてみろ。きっと誰かが、本当の貴方を待っている」

「――」

「……?」

「そういえば、貴方様のお名前を聞いていなかったわ。今更で恐縮ですが、お名前は」

「……アランだ。元カルデアのマスター。訳あって、今じゃサーヴァント紛いだが」

「アラン様――。えぇ、確かに、覚えました」

 

 あれ、と。

 アランは冷や汗を覚えた。何かとんでもない間違いをしてしまったような気がする。

 やはりあの童話作家に任せるべきだったか。

 

 

「本当に一瞬、瞬きの様な時間でしたが、私は人として生きました。

 求めていた快楽はありませんが、なんて、あたたかい――」

 

 

 そう言って、彼女は消滅した。

 

「さて……」

 

 よいしょ、と立ちあがった。

 ビーストとやり合ったのは今回が初めてだった。――それこそ、藤丸達の援護が無ければ、この結末は無かっただろう。間違いなく彼も殺されていた。

 もっと強くならなければ。

 

「……それじゃあ行くか。なぁ――『 』」

 

 消滅していく。何もかもが電子情報として消えていく。

 彼も例外では無い。生きているのなら、いつか消え去るのが命の形だから。

 

 

 消える刹那。静かに降り注ぐ雪を見た。

 

 

 





 今度は、俺が守るよ。

 



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君の願い


 貴方達は俺を憎んでいい。いや、憎まないといけないんだ。

 だって、俺は。それだけのことをしてしまったのだから。


 これは、彼が裏切った後のお話。

 

 

 

「藤丸っ!」

「おい、返事をしろ! 立香君!」

 

 コフィンから何人ものスタッフが集い、藤丸立香を救い上げる。

 彼は生きている。呼吸している。時折目も開ける。

 けれど、心はここに在らずだった。反応も無い。まるで遠いどこかを見ているようで。

 

「すぐに彼を救護室へ! ボクも後で行く!

 他の皆は、魔術王からの追撃が無いか警戒してくれ!」

 

 カルデアが誇る二人のマスター。

 その内の一人が、裏切った。魔術王の手先であった事が、最悪の場で明らかになった。

 カルデアでも有数の実力を持つサーヴァントが多数負傷。加えて藤丸立香の昏睡。――カルデアはその機能の凍結を余儀なくされた。

 

 

 

 

 カルデアの雰囲気は重い。立ち込めているのは言うまでも無く、疑心暗鬼だ。

 人理焼却直前に裏切ったレフ・ライノール。彼の手によって、多くの職員達が命を落とし、所長であるオルガマリーも消失した。

 そして、今回のロンドンで裏切ったアラン。彼の手によって、藤丸立香は昏睡状態となった。魔術触媒であったナイフと魔術王からの力によって、精神干渉を行ったのだ。

 アランのサーヴァントである三騎は、監視―と言う名の名目で、保護している―を付け、不審な行動が無いか確認。加えて彼の自室の捜索も行われた。

 が、魔術王の手掛かりとなるものは一つも無かった。

 カルデアの管制室で行われているのは、彼のサーヴァントの処遇である。

 マスターである彼が裏切った以上、三人が魔術王の手先である可能性も否定できない。

 

「今すぐ、自害させるべきだ! ただ一人のマスターの藤丸君が昏睡していて、カルデアの指揮は麻痺している! こんな状況で一騎でも攻め込まれたら……!」

「なら、契約が破棄されたのはおかしいじゃないですか! それに黒いアルトリアも彼に倒されてるんですよ!?」

「そんなのっ!」

 

 手を叩く音が響く。ダヴィンチが鳴らしたのだ。

 いつも陽気な彼女も、今は無駄な物が削ぎ落とされたように、鋭い目をしている。

 

「まずは落ち着こうじゃないか。感情に身を任せては、分かるモノも分からなくなる。

 ロマニ、立香クンが昏睡してから今日で何日目?」

「……四日目だ。あの時の彼の言葉が本当なら、立香君は後三日で……」

 

『藤丸立香は七日後に死ぬだろう』 

 

 彼はそう言った。冷たい声で、告げたのだ。

 今まで過ごした彼の全てが、偽者だったのではと。強く疑ってしまう程に。

 ただ、今のカルデアに動けるマスターはいない。藤丸立香、一人だ。

 まだ年端も行かない少年に縋る事しか出来ない状況をスタッフ達は強く悔やみ。そしてこの事態を招いた彼へ、やり場のない思いを噛み締めていた。

 

 ――遠くで爆発音が聞こえた。

 その音と衝撃に誰もが息を呑む。

 

「ドクター……っ!」

「僕が行く!」

 

 音の聞こえた方角――恐らく食堂から。

 慣れない体に鞭打って走らせる。ただの人の体であるが故に、運動不足が仇になっていた。

 息を切らせて飛び込むと、サーヴァント同士が睨み合っていた。

 ジャンヌ・ダルク・オルタと、清姫の二人が睨み合っていて。ジャンヌ・オルタの背後からはアルトリア・オルタが。清姫の後ろから藤丸立香のサーヴァントが控えている。

 

「何の騒ぎだい、これは!」

「――いい加減ムカつくわね。

 私達だって、状況を理解するので精一杯って何度も言ってるでしょ」

「――ですから、尻尾を出しては如何です?

 貴方がたの好きにはもうさせません」

「尻尾を出すのは貴様の方だ、蜥蜴女。

 さすがはバーサーカー。理性どころか、思考すらも失くしたか」

 

 一触即発。

 いつ、宝具を発動してもおかしくない状況だった。

 その真ん中へロマニが割って入る。

 

「待った、待ってほしい。

 まずは何があったかを聞かせてくれないか」

「そんなの、言うまでもありません。どくたぁ。

 あの三人を燃やしてしまえば、ますたぁを脅かすのは、あの大嘘付きだけです」

「ハッ、短絡もここまで過ぎると獣と一緒ね。

 ――だから、何度も懇切丁寧に、正直に言ってあげてるじゃない。アイツは私達には何も告げなかった。ただ一方的に契約を切られたから、どこにいるのかも分からないって」

 

 清姫の言う事も理解は出来る。

 マスターが重傷を負った。今までの相棒が裏切った。清姫とて、立香の友として彼の事を認めていた筈。

 そんな彼が裏切ったのだ。その嘘に気づけなかった自身を恥じて。――けれど、それを受け止められる程の余裕がないから、それを彼のサーヴァントにぶつけている。

 ロマンはそう判断した。

 

「それでいいのかい、清姫」

「……何がでしょうか?」

「ここで戦闘を起こせば、少なくとも無視出来ない程の被害は出る。

 立香君が目覚めて、それを知ってしまったら。――君も立香君を裏切った事になるよ。

 今の僕達に出来るのは、これ以上被害を増やさない事と、立香君が目覚めるのを祈るくらいだ」

「――」

「気持ちは分かる。けど、今は耐えるしかないんだ。

 寧ろ、この状況で下手に動いてしまえばしまうほど、魔術王の術中に落ちてしまう。

 それでも、本当にいいのかい?」

 

 清姫は手にした扇子と殺意を収めた。

 納得はしてくれたのだろうか。

 

「三日です」

「……」

「後、三日経ってますたぁが目を覚まされなかったときは。

 私がますたぁを連れて、ここから逃げます。どこまでも、どこへでも」

 

 喉から、待ってくれと言葉が出かかるがそれを飲み込む。

 暴れるのを待ってくれただけでも、望んだ結果には持っていけた。ここで一端妥協するべきだ。

 

「……分かった。今はそれで考慮しよう」

 

 悲鳴をあげたくなる心を、ロマンは無理やり抑え付けた。

 

 

 

 

 五日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 ほとんどのスタッフは不眠を訴えた。ロマンとダヴィンチは全員の不安を傾聴し、そして緩和に努めた。

 サーヴァント同士の衝突が増えている。まだ争いに発展しないだけ、許容は出来た。

 廊下に一歩でも出れば、不穏な気配が強まる。

 彼の使役していたサーヴァントの二人を、ランスロットが諌めている所を見た。

 二人が暴走しなかったのは、彼のおかげなのだと。ロマンは小さく感謝した。

 

 六日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 サーヴァントも戦意を喪失しつつある。ロマンはまだ希望が残っている事を彼らに伝えた。

 カルデアはまだ終わっていないと。

 幸い、今日は衝突が起きなかった。

 それが返って不気味に思える。

 

 七日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 時刻は半日などをとうに過ぎており、日は既に落ちた。

 残りは、後三時間。それを示す時計は、まるで処刑を告げるかのようにも見えた。

 スタッフ達が狂い始める。発狂寸前の者もおり、ロマンは自身の持っていた安定剤を彼らに手渡した。

 サーヴァント達もカルデアに疑いの目を向け始めた。もう既に藤丸立香は死亡していて、彼らはそれを隠しているのではないかと。ロマンはダヴィンチと相談し、未だに昏睡状態の藤丸立香を、管制室へ移した。そこなら、サーヴァントやスタッフ達にも目が充分に行き届く。

 オルガマリーが守ってくれる事を、祈った。

 

 一時間を切った。

 未だに藤丸立香は目覚めない。

 安定剤が底を尽きた。とうとうスタッフが発狂した。暴れるスタッフを無理やり拘束し、ロマンは鎮静剤を注射した。

 サーヴァント同士が荒れ始める。藤丸立香を今の状態に陥れた彼のサーヴァントに武装を展開しようとした。――ランスロットは剣を抜く事無く、言葉で彼らと対話した。それが自身の努めるべき事だと分かったからだ。

 

 三十分を切った。

 未だに藤丸立香は目覚めない。

 鎮静剤が底を尽きた。発狂したスタッフと、ロマンは言葉を交わし続けた。

 サーヴァント達は誰一人彼の傍から離れない。決して暴走しないよう、ダヴィンチが気を張り続けた。

 

 十分を切った。

 ダヴィンチが倒れた。彼女も限界だった。

 

 五分を切った。

 倒れたダヴィンチに代わり、ランスロットがサーヴァント達を諌めようとする。

 新たに発狂したスタッフの対応も彼が変わってくれた。

 残っていた最後のビタミン剤を、安定剤だと強く思いこんでロマニは口に放り込んだ。最早気休めでしか無かった。

 

 一分を切った。

 清姫が暴れ始める。ランスロットが彼女を宥め続けた。

 

 残り三十秒。

 残っていたスタッフが自殺しようとした。ロマンがその手を抑え付けた。

 

 十秒。

 藤丸立香は目覚めない。

 

 五秒。

 サーヴァントがとうとう、武装を展開した。

 

 四秒。

 発狂していたスタッフを押さえ込んでいた鎮静剤の効果が切れた。

 

 三秒。

 目覚めたスタッフが立ちあがる。

 

 二秒。

 彼らが一斉に外へ向かおうとした。間に合わない。

 

 一秒。

 

「――ここ、は」

 

 

 藤丸立香が、目覚めた。

 

 

 

“君は本当に我が儘な人間だね”

 

 星の獣はここにいない彼を、そう断じた。

 一週間前に比べて、大分大きくなった体を、星の獣は無理やり抑え込んでいた。

 

“君がそうまでして、ビーストになった理由はなんだい?

 あそこまで卑屈だった君が本当に、自分が助かりたいと言うだけで獣まで身を落としたのか?”

 

 答える声は、どこにもない。

 ただ、カルデアの空気が少しずつ穏やかになっていく事を感じていた。

 体はもう、成長を止めていた。

 

 

 

 藤丸立香からロマンは聞いた。

 彼が魔術王によって、監獄に閉じ込められていた事。――そして何者かに召喚されたサーヴァントによって、彼は助けられた事。

 

“……まさか、ね”

 

 今の状況でサーヴァントを呼べる存在。魔術王と彼だけだ。

 ロンドンで彼はこう言っていた。

 

『彼を殺すために、そこへサーヴァントを一人呼んでいます』

 

 だとすれば、藤丸立香を助けたと言うサーヴァントを呼んだのは――。

 彼の行動が全く分からない。

 ただ無駄な事を彼は嫌った。サーヴァントを軽視する事を、誰かを貶める事を、彼は強く嫌っていた。

 自分が一番どうしようもない人間だから、そんな人間に誰かの事を言う資格はないでしょう――そう、彼は穏やかに笑っていた。

 ロンドンの時とは違う、心の底からのようにも見えた。

 

“信じてみても、いいのかな”

 

 無事復帰した藤丸立香を交え、ロマンは回復したスタッフ達と再度、今度の方針について語り合う機会を設ける事にした。

 

「こうして、またカルデアは活動を再開できる。

 ――まずは彼のサーヴァントの処遇についてだ。

 これについては自害させるべきか、それとも再契約をするか。僕達の意見じゃ決められなかった。

 だから、藤丸君。君に託したい。あの三人をどうするかを――」

「――俺は、信じます。

 アイツは自分のサーヴァントを大事にし、人のサーヴァントに対して敬意を払える。それに、今までの特異点では助けられましたから。

 ……俺は、信じたいです。裏切られたかもしれないですけど、これはまだ仮定でしかないから」

 

 マシュ・キリエライトも頷いた。

 

「私も、先輩の意見に賛成です。

 ロンドンから戻る時に見たんです。彼が、笑う所を。

 レフ・ライノールも裏切った時、笑っていました。けど、あの人とは違う。

 彼の笑みは、悲しんでいるようにも見えました。やり場のない感情と怒り。そして最後に、諦めが混ざっていたように見えたから」

 

 二人の言葉にロマンは頷いた。

 ダヴィンチは小さく微笑んだ。

 

「そうだね。――物事は結果が見えてから全て明らかになる。我々が見たのは断片に過ぎない。

 パズルのピースと同じさ。全部揃えてようやく真実は分かるんだ。情報はこれから集めていこうじゃないか」

「……二人の意見に、何か伝えたい事や確認したい事はないかい?」

 

 スタッフの一人が手を挙げた。

 三人を自害させる事を強く押していた人物だった。

 

「藤丸君。その、本当にいいのか。

 君は刺されて、あやうく殺される所だったんだぞ」

「……多分、アイツに殺すつもりは無かったんだと思います。

 だって、サーヴァントを倒せるようなヤツが、人一人を殺し損ねる筈がないですから」

 

 彼の行動に不審な点は二つ。

 裏切り。そして何故、藤丸立香を殺すのではなく昏睡させたのか。

 けどそれを追求する事を彼はしなかった。

 

「……分かった。一番の被害者だったお前がそういうんだから、俺達がどうこう言える訳ないな」

 

 そう言って、スタッフは頷いた。

 ――いい雰囲気だ、と。後は彼さえあのままでいてくれたら、元通りだったと言うのに。

 

「じゃあ確認だ。

 彼の使役していた三人については立香君が再契約をする。それでいいね」

「説得は……」

「僕がするよ。幸いランスロット卿も手を貸してくれるそうだからね。立香君は体を休めておいてくれ」

 

 会議が終わる。

 スタッフと藤丸立香、マシュ・キリエライトが談笑しながら、部屋を出ていった。

 

「いやぁ、良かったね。ロマニ。元通りとはいかないけれど、最悪の展開にはならなくて」

「……レオナルド」

「ん、どうかした?」

「……何か、隠してない? まだ言ってなかった事とかあったりしない? 君が分からない事をそのままで言うなんて、珍しいものだから」

「――」

「なーんて、僕もちょっと疲れたのかな。君を疑うなんてね。

 ごめん、レオナルド。変な勘繰りなんかしちゃって」

「……そうだね。ゆっくり休みたまえロマニ。

 君、寝て無いだろ?」

「まだ一週間だよ。人生は起きているだけでも、楽しいからね。

 その分の対価と考えたら安いものさ」

 

 そうしてドクター・ロマンも会議室を出ていく。

 最後に残ったダヴィンチは並んでいる椅子を見渡した。

 ここにはいない、彼がいつも座っていた席。――ロンドン、前日。彼は一つお願いをしてきた。

 

「……さすがに恨むよ、アラン君」

 

 誰もいない部屋で、彼女は弱く呟いた。

 

「肉体の持ち主であろうとなかろうと。君だって、特異点を駆け抜けたカルデアの一員なんだから。

 ……いつか、帰っておいで。君の居場所は、私がしっかり守り抜くよ」

 

 





「……一つ、聞いてもいいかな。最初にさ、聞き忘れていた事があったんだ」

『えぇ、何かしら?』

「もし俺が何もしなかったら、カルデアはどうなるんだ。――いや、誰が、消えるんだ?」

『――それは』


 彼女は彼らの名を告げた。
 その末路を、ただ淡々と。機械のように、読み上げて。


「そうか……。それは、やだなぁ……」

 自分の運命に待ち受ける結末だって怖い。
 けど、どうしてか。あの二人がいないカルデアを、見たくなかった。


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暗雲を払え

 こんな事で悩んでいたなんて、本当に。馬鹿みたいだ。

 最初から、誰かに打ち明けていれば良かったのに。


「――!」

 

 レイシフトした際の浮遊感が消失していく。――燃やされた街並みが目に付いた。

 焦げた香り。そして肉が焼けるような臭い。何が燃えているのか、否応なしに理解した。

 フランス――と言うには、記憶と現実の齟齬が激しすぎる。

 

「お、え――」

 

 吐き気が込み上げてくる。一度感じた死が、すぐ目の前まで迫ってきているような寒気がした。

 

「マスター、手を」

「……!」

 

 ランスロットが手を差し出してくれた。手を握ると、臓腑を渦巻いていたモノが少しだけ軽くなったような気がする。

 

「――ランスロット、ソレは任せた。

 私は手当たり次第、始末してくる」

 

 アルトリア・オルタはマスターを一瞥し、何も言わなかった。まるでどうでもいいと扱われているようで。

 それが少しだけ気に障った。

 

「俺も、行く。何とか落ち着いた」

「……この先にあるのは、戦場だ。

 膝を屈しない覚悟はあるか? 心が弱い者がここにいても、邪魔になるだけだ」

 

 手を握りしめる。

 覚悟なら、とうに決めている。

 ――なら、どう転ぼうが同じ事。目を瞑ろうが耳を塞ごうが変わりはしない。

 なら、心を鉄に変えてしまえばいい。

 

「お前が邪魔だと思ったなら、そこで俺を斬ればいい。

 それなら文句ないだろ」

「――ならば行くぞ。

 時間が惜しい、立ち止まってくれるなよ」

 

 

 

 

 初めての旅だった。自分自身の足で世界を歩く戦いだった。

 幾度となく生死に触れた。見せつけられた。その都度、何もかもが嫌になった。

 人はこんなにも汚いのだ。何故自分は死んで、彼らが生きるのか。幾度となく自問自答を繰り返して。答えは未だに出なかった。

 手に力が篭る。この世界全てを、壊してしまいたくなる。

 ――けれど、まだだ。まだ裏切るには早すぎる。

 この体はまだ力に馴染んではいない。それどころか戦場の雰囲気にすら慣れていない。

 まだ焦るな。そう、何度も息を呑んだ。

 

 

 

 ある日の夜、俺はこっそりと野営地を抜け出した。

 背後からランスロットが霊体化して、着いてきてくれているのは気づいていたから、安心して外に出れたのだ。

 

「おう、確かカルデアって所のボウズじゃねぇか」

「えっと、貴方達は……」

 

 フランス兵達が火を焚いて、簡単な酒盛りをしている。

 確か、ランスロットが鍛えなおしたはず。たとえワイバーンに襲われても、防衛しつつ逃げられるだけの力量を彼らは身に着けたのだ。

 

「アンタとこの騎士さんには世話になったからなぁ! ほら、飲んだ飲んだ!」

「あ、いや、あの……俺まだ飲める年齢じゃないですから」

「あー、そうか。どうすっかなー、酒しか置いてなかったからなぁ……」

 

 葡萄酒の匂いが強い。そういえば、フランスはワイン大国だったっけ。

 と、スープが差し出される。肉を入れてただ煮ただけの簡単なモノ。少しばかり生臭い。

 でもどうしてか。こうして普通の人達と一緒に食事をするという事が嬉しかった。

 例え、特異点の中であっても。日常に戻れたような気がするから。

 

「口に合うか?」

「はい。……何だか、生きてるって感じがしますから」

「はー、若いのに達観してるなぁ。俺なんて酒と訓練の記憶しかねぇや」

 

 兵士達の会話はなんてこと無い。

 こう成り果てる前のフランスで、妻子がいて。畑があって。家があって。変わらぬ暮らしがあって。

 その中に混ざれている事実が、ただ嬉しい。

 

「……にしても、これからフランスはどうなるのかねぇ」

「心配、ですよね」

「あぁ、上の考えなんてわからないからな。俺達兵士には命令が全てさ。

 そりゃ国同士なら仲は悪かったかもしれん。けど俺達にとっちゃ、そんなのはただの肩書だ。俺達と何一つ変わらない暮らしをする、同じ人間だ」

「……」

「『竜の魔女が復活した』――そりゃ、確かにフランスを憎むかもしれねぇ。恨むかもしれねぇ。

 でも、俺達の戦いにフランスなんて二の次だ。ただ生きたいから、帰りたいから戦ってるだけ。俺達とジャンヌ・ダルクの生まれに、違いは無いのにな」

「……」

「正直、何でこうなったのか俺達には分からないよ」

 

 ――言葉が出ない。

 俺からすれば、当時のフランスの政治的背景は知っているから、当時の開戦理由が何故かなんて知っている。

 でもこの人達にとっては、関係無いのだ。

 

「フランスのためと言って戦ってるが、フランスの事なんて何も知らないよ俺達は。

 明日もこいつらとこんな馬鹿をやりたい。そういった理由に縋り付いて、戦っているんだ」

 

 ただ生きてるだけじゃ、何も分からなかっただろう。

 彼らが、いや。過去に生きた人々の時代の上に、現代は成り立っている。俺達の生活も、何気なく謳歌していた日常も。

 彼らが、支えてくれていたのだ。

 

「……ありがとうございます」

「あ、何がだよ。お前さんとこの騎士に世話になったからな。このぐらい、容易いモンだ。ほら、俺のスープやるよ」

「テメェのスープはワイン入りだろうが」

「そんな事気にすんなよ。ほら、飲んだ飲んだ」

 

 いい人達だと心の底から思う。俺のような子供を卑下せず、接してくれて。

 どうか彼らが、明日も、その次の日も。生き延びますように。

 

「あの……お気持ちだけで十分ですから」

「あー……よしじゃあコイツをもってけ。ほれロザリオだ」

「ロザリオ……」

 

 渡されたのは木彫りの十字架。所々粗があって、正直雑だという印象を持ってしまった。

 でも、その粗さがどこか好きだった。

 

「俺の娘が作ってくれたもんでな。そいつを持ってるとツキが回ってくるのさ」

「……そんな大事なものを」

「いいんだよ、お前さんのような子どもの方が大事だからな」

 

 そのロザリオを、そっと胸に抱きしめた。彼らがこの先も生きているかどうかは分からない。それを知る手がかりは無いのだ。

 ――なら怯えている場合なんかじゃない。戦わなきゃ、いけないんだ。

 彼らが、各々の時代に生きてくれた人が繋げてくれたこの世界を、活かすために。

 

「……」

 

 でも俺に、そんな資格があるんだろうか。

 

 

 

 結果として、作戦は順調に進んだ。フランス兵達にも大きな犠牲は出なかった。

 竜の魔女は敗れた。ファヴニールを崩され、配下のサーヴァントを失い。残るは彼女と魔導元帥のみとなった。

 そして、ジャンヌの打ち込んだ一撃が、彼女の霊核を砕いたのだ。

 

「やだ、なんで……。どうして、わたしが」

「……これで終わりです。竜の魔女、有り得たかもしれないもう一人の私」

「助けて、誰か。――いや、いや。また、一人で」

 

 そうして、竜の魔女は消えた。魔力の残滓となって消失していった。

 

「……」

 

 あの手を握れたのなら、彼女はあんな顔をしなかったのだろうか。復讐しか見いだせなかった自身の運命を、新しく見つけられたのだろうか。

 ふと、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 現れたのは魔導元帥、ジル・ド・レェだった。

 かつて聖女共に救国を成し遂げた英雄。――絶望に堕ちたその成れの果て。

 彼の体が海魔に包まれていく。

 

「!」

 

 アランに跳びかかろうとした触手の一本をランスロットが寸前で切り落とした。――だがその時にはもう既に新たな一部が生まれていた。

 無限増殖――キリが無い。

 だが、そんな中でもお構いなしにアルトリア・オルタは切り裂いていく。その背中に強く呼びかけた。

 

「オルタ!」

「――喧しい、口を閉じていろ」

「……っ」

 

 恐らく藤丸のアルトリアと張り合っているのだろう。どこまで負けず嫌いなのか。

 久々に怒りが来た。この分からず屋が、と心の中で吐き捨てた。確かにアルトリアだけでも負けはしない。だがこれはチーム戦だ。――僅かな隙間を突かれればたちまち崩れ去る。

 それを埋めるべく令呪を発動する。勝つための消耗なら、絶対命令など捨て石で構わない。

 何より――あのフランス兵達の思いに応えるために。

 

「令呪を以て命ずる!」

「ほう、正気か」

「うるせぇ! 俺がマスターである事!」

 

 一画が消費される。

 

「俺と語り合う事!」

 

 一画が消費される。

 

「その二つを認めろ!」

 

 一画が消費された。

 即ち令呪全画を使用して、アルトリア・オルタにマスターとして認めろと言ったのだ。

 その意味が、分からない訳でも無い。

 

「――その意味、分かっているな? 膝でも屈してみろ、歩みを止めてみろ。即座に、その首を刎ねる」

「それでいい。それでお前のマスターになれるんだったら、やってやる! だから力を貸せ――セイバー!」

「いいだろう、指示を寄越せマスター(・・・・)。これより先、私が貴方の剣となる」

 

 魔術礼装を使用。アルトリア・オルタに魔力を供給する。

 その意味を理解した彼女は、頭部のバイザーを展開。両手に握りしめた剣を後方へ構えた。

 

「立香っ!」

「分かってる! アルトリア、合わせてくれ!」

 

 放たれる星の聖剣。

 白と黒の輝きが大海魔を焼き尽くしていく。

 ――全てが晴れた後、残っているのはただ弱々しく倒れ伏す男の姿だった。

 そんな男の下へ、かつて救国を成し遂げ、国に裏切られた少女が歩み寄っていく。そうしてしゃがみ込んで、男の手を握った。

 

「ジャンヌ……何故」

「いいんです、ジル。私達は過去の存在。どんな奇跡があったとしても、それは変わりません。

 貴方はよくやってくれた。こんな田舎者を信じて、共に歩んでくれた。――もういいんです、ジル。オルレアンは、私達の戦いは、もう終わっていたんです。私は、その結末に悔いはありません。――今までありがとう。そして、ごめんなさい」

「……ジャンヌ」

 

 見ていられなかった。

 彼女の在り方を見ていると、まるで自分自身がどうしようもない程身勝手に見えて。

 

 

「後悔は、して、いないのですね。本当に。

 貴方は最期、人としての全てを奪われ、貪りつくされた。それでも――」

 

「はい。――自分の死が、誰かの道に繋がっている。

 なら、私はそれだけで良かったんです」

 

 

 頭を殴られたような衝撃が走った。

 彼女の言葉に、今の自分が酷く揺さぶられて。

 それと共に強い憧れも抱いてしまう。

 

“今からでも、遅くはないんだろうか。

 彼女のように、何かを繋げる生き方を選べるんじゃないのか”

 

 一度死んだ身。それでもまだ、誰かの手を握れるのなら――。

 

 

 

 

「……」

 

 ただ白い空間に俺は立っていた。

 レイシフトの際、たまにこうして変な空間に飛ばされる事がある。まぁ、時間が経てば自然に戻っていくし、周囲の反応も変わりはない。

 多分、魂のズレがレイシフトに影響を及ぼしているのだろうと思っていた。特に特異点に長く身を置いていて、カルデアに戻る際、この現象は必ずと言っていい程起こる。機材不良では無いので、何とも言えない。

 

「……俺、は」

 

 自身を特別視していたのかもしれない。

 たまたま生き残っただけで。そして人理焼却と言う事態に対面して。

 ――本当に俺は、彼らを裏切るだけの意味を持っているのか。

 明日を生きたいと願った、フランス兵達。そして彼らの家族。

 俺の悲願は間違いなく、彼らの全てを踏み躙る事になる。

 

「迷っているのね」

「……」

「私はサーヴァント。マスターである貴方に従うわ。

 ――夢は醒めてしまえば全て無くなる。けれど、夢を見たと言う証は残り続ける。

 どうか、悔いの無い答えを」

 

 聖女は、彼女は言った。自分の死が誰かの道に繋がっているのなら、それでいいと。

 ……なら、俺がもし生き延びたとして。――その先に何がある? 一体、誰が、待ってくれている?

 けど、このままだと俺は必ず死ぬ。今までと同じように。何一つ、意味を見出す事も出来ずに。

 

 

「……分かんねぇよ」

 

 

 俺は一体、自分に何を望んでいる。手を伸ばしても届かない。

 

 助けてくれ。

 

 誰か。

 

 俺を、ここから連れ出してくれ。

 

 




 当時の事を彼らは思い出す。

 彼は悩んでいた、苦しんでいた、思い詰めていた。

 それは、戦いの恐怖だとずっと思っていたからだ。

 だから誰もが気にするなと声を掛けた。いつか慣れると。

 だが、違った。

 彼はずっと、自分の生きる意味を見出せずに苦しみ続けていたのだ。

 それを誰にも溢す事無く、ぶつける事無く。まるで隠し続けるかのようにずっと振舞い続けて。

 それにようやく気づいたのは、人類に未来が訪れてからだった。


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ARCADIA


 英霊達に導かれて。人々に支えられて。

 俺は此処にいる。


 見えたのは白い空間。またいつもの事だった。

 戻るまで空白があるのは困るが、本音を言葉にする事が出来る数少ない時間。俺にとっては自身の悩みに向き合える数少ない時間だった。

 

「……ローマか」

 

 第二特異点も無事修復した。

 ――目にしたのはローマの市街。人々の喧騒で賑わう街だった。

 戦時中でありながら、その雰囲気を一切出す事無く、誰もが今を生きようとしていた。

 

「俺は……」

 

 もし俺がこのままの道を選んだとき、彼らの全ては犠牲となる。

 彼らが生きる今も、過去も。その過程で生まれた歓びや悲しみも。何もかも。

 それを理解して、それでも自分の道を進む事を選んで。俺は……本当に、悔いなんてないのか。

 

 

「――良い。それで良いのだ、我が子(ローマ)よ」

 

 

 背後から声が聞こえた。

 振り返ると、そこにいたのは第二特異点で激戦を繰り広げたサーヴァント。

 ローマを建国した、大英雄。生きながら神に祭り上げられた王。

 

「神祖、ロムルス……」

「力を抜け。私はそなたを戒めるためにいる訳では無い。

 ――建国の槍に紛れる気配(ローマ)を感じた。

 そなたの、肉体と魂の在り方故にだろう」

「! 何で、それが……」

「そなたもまた、ローマより生じた繋がり故にである。

 ローマの全てを、私は知っている」

 

 あぁ、これは適わない。

 余りにも偉大だ。レフ・ライノールは従えるサーヴァントを誤った。

 どうせ召喚するのなら、ローマに恨みを持つサーヴァントで良かっただろうに。

 

「――そなたの苦悩。それは何も特別な事では無い」

「……」

「今を生きる者が死を恐れるのは、至極当然の事である。

 故にそなたの苦しみは正当なモノであり、私には何一つ正す事は無い」

「……俺は、どうしたらいいんですか。

 皆のように強くない。死にたくない。だけど、俺みたいな奴が、貴方達を、貴方達が継いできた世界を断ち切るなんて、許される訳が無い」

「――その悩みは実に正しい。

 だが、我らが答えを告げる事は無いだろう。過去に生きた者の言葉が今を生きる者を縛る事など在ってはならない。それは呪いである。

 そなたは人である。例えその在り方に歪があろうとも。そなたは違う事無く、人から生まれた人(ローマ)である。

 私から告げる事はただ一つ。――そなたが、思うがままに生きよ。人の歩みとは小さく、だが歩かなければ何にも辿り着く事は無い。道とは究める事ではなく、歩き出す事にこそ意味があるのだ」

「……俺の、思うがまま」

 

 それはきっと、俺が本当にやりたい事を。俺が、見つけた何かを。

 この人理修復の旅で、見つける事が出来るのだろうか。

 頭をよぎったのは、カルデアの人々だった。

 

「……」

 

 ――神祖ロムルスが告げてくれた。俺の悩みは当たり前で、苦しむ事も何一つ特別では無いのだと。

 あんなにも死にたくないと、喚いていた心は。今は酷く落ち着いていた。

 

「神祖ロムルス」

「うむ」

「……ありがとうございます。こんな、何の価値も無いような俺の言葉に、耳を傾けてくれて」

「――それは違うぞ、人の子(ローマ)よ。そなたはローマである。故に無価値ではない。

 この神祖ロムルスが告げよう。この世に生きる全てのローマは無意味では無い」

「……」

 

 その言葉に、思わず頭を下げた。

 あれほど悩んでいた心が、少しだけ軽くなったような気がする。

 今すぐに答えを出す必要は無いと。俺がどうするべきか、この先で見つけていけばいいのだと。

 

「――ふむ、この槍にもう一人紛れる気配がある」

「……え」

 

 

 

「そこにいましたか、我が主」

 

 

 

 聞き覚えのある声。そこには一人の騎士がいた。

 馬に騎乗した、黒い鎧を着こむ槍兵。

 

「アルトリア……」

「何やらレイシフトの際、主の気配が遠のくのを察知し、辿ってみれば。

 まさか建国の槍の中とは……。おかげで槍を持ち出す事態になってしまった」

「最果ての槍、か。だがこの建国の槍には及ぶべくも無し。

 ――答えるが良い、騎士王よ。傷だらけの霊基で何を為しに来たのだ」

 

 傷、だらけ?

 

「ならば応えよう、我が主を連れ戻しに来た。

 ――今すぐこの場から解き放て。さもなくば、十三の拘束を解放する」

「で、あるか。

我が人の子(ローマ)よ。この場を離れれば、そなたと言葉を交わす機会は失われよう。

 その心に曇りは残っているか」

「……まだ、僅かに。ですが、貴方のおかげで光が差し込むくらいは出来そうです。

 ――ありがとうございました、神祖ロムルス。人の身で申し訳ないですが、精一杯の感謝を」

「良い。そなたはローマである。ならばそなたの苦しみも(ローマ)のもの。

 ――悔い無き未来を」

 

 そうして、ロムルスは消失した。

 アルトリアが俺の近くまで来て、手を差し伸べてくれる。

 

「手を、我が主。

 騎士では無い貴方に馬上は不快かもしれませんが、どうか我慢を」

「いや、ありがとう。

 ちょっと疲れてた所だ」

 

 手を受け取り、馬に騎乗した。

 眠気が襲ってくる。神祖を目の前に、そして言葉を交わしたのだ。

 その緊張感から解き放たれたのだろう。アレ以上、話してたら多分倒れてた。

 

「なぁ、アルトリア」

「はい」

「俺と契約してさ。後悔はしてないか」

「――ありません。貴方はマスターとして出来る事を尽くしている。

 マスターとサーヴァント。主従の関係においては文句など付けようがない。……あぁ、ですが、我が儘が許されるのであれば。

 もう少し、私を頼ってください。貴方は私達を尊重し過ぎている。その距離が些か私には不安です。

 いつか、貴方が。手も届かない遠くへ行ってしまうのではないかと思う程」

 

 それは円卓を思い出しているのだろうか。

 だとしたら、少し申し訳ない。もうちょっと彼女達と距離を縮めてみよう。

 

「……そっか」

「えぇ」

 

 動く都度、体が揺れる。

 けど不思議な事に気持ち悪くなる事は無かった。

 目蓋が重い。

 

「アルトリア」

「どうかしましたか」

「少し、眠たくなって来た」

「……どうか、ご心配なく。

 我が槍にかけて。貴方を守り抜きます」

「……ありがとう」

 

 目を閉じる。

 いつも心に渦巻いていた不快感が、今は僅かに軽くなった。

 

 

「良い夢を、我が主」

 

 




「あの、ドクター」

「ん、どうかしたのかい?」

「ちょっと、相談してもいいですか」

「うん、構わないけど。睡眠薬変える? もしかして、今のじゃ効果が弱くなって来たとか」

「あ、いえ。その……。
 ドクターは、人が生きる意味って何だと思いますか。最近、そればかり考えてて」

「……生きる意味、か」

「はい」

「……うん、それはね、きっと自分が決める事じゃないんだ」

「……え」

「生きる意味なんて、今は分からないんだ。アートグラフと同じだよ。
 作ってる途中はどんな絵か分からないけど、完成したら分かるだろう」

「……」

「僕らは意味の為に生きるんじゃない。生きた事に意味を見出すために生きているんだ」

「意味を、見出すために」

「そう。だからアラン君。君は生きたいように生きていいんだよ。
 人はね、思ったより自由だから」

「……ドクター」

「ん?」

「ありがとう、ございました。
 薬は、もういらなさそうです」

「本当かい? そっか。なら良かったよ。
 また眠れなくなったりしたらいつでもおいで」

「はい、失礼します」


今度はケーキでもご馳走するよ、と彼は言った。
――はい、いつか皆で、一緒に。



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色彩

幸せについて、俺が知っている五つの方法。

いや、五つなんていらない。

ただ、その日々を幸せだと思えれば、それでよかった。


 激突する。

 怪物と英雄が衝突し、船が大きく揺れた。

 

 何で、挑むんだ。

 貴方ではあの英雄には勝てないと知っている筈なのに。怪物と揶揄された貴方じゃ、あの英雄には――。

 

「――ボクはかいぶつ、だから。

 でもそんなボクのてを、とって、くれたから」

 

 言葉が詰まる。

 違うんだ、死ぬ理由を作るために、貴方と生きたわけじゃない。

 でも、それはきっと皆そうだった筈――。

 

「――っ」

 

 あ、と呟いた。

 今、心の中で何かが。確かに解けた様な気がした。

 けれど、それは些末な事。

 俺の横で、小さな女神が、強く叫んだ。

 

「――アステリオスっ!」

「ボクは、だいすきだ。みんな、かるであも。えうりゅあれも。

 だから、たたかう」

 

 自分の事を不気味だと思いこんでいた彼は、最後に俺達を見て。子供の様な笑顔で笑った。

 守る事が出来て。本当に良かったと。そう、満足そうに。

 そうして怪物(えいゆう)は海に沈んだ。

 ――守りたいもののために、命を捧げる。

 

“守りたい、もの”

 

 ようやく、俺が何をしたかったのかが。分かり始めたような気がした。

 

 

 

 

 第三特異点を修復した夜の事。

 俺は自室でぼんやりと考え込んでいた。

 

「……アステリオス」

 

 見た目こそ怪物と言われてもおかしくはないが、その内面はまるで子供の様なサーヴァント。

 純粋な心で、海賊たちからも可愛がられていた。

 彼はあの時、死を受け入れた。――俺達を生かすために。

 

「……」

 

 出来るんだろうか。そんな生き方が。

 正直な所、まだ怖い。足が震えそうになる。今すぐここから、逃げ出したくなる。

 カルデアは俺が命を賭ける意味があるのか。そんな言い訳に縋りたくなってしまう。

 

「悔いの無い未来を」

 

 彼女は。そして神祖は俺にそういった。

 彼の生き方は、確かに悔いの無い生き様だと思う。けれど、それを飲み込めるかはまた別の問題だ。

 ……もう、時間がない。

 魔術王は第四特異点で接触を図ると告げてきた。

 第四特異点はもう発見されている。後はこちらの準備が整えば――。

 

「……寝れる訳ないよな」

 

 体が重い。でもそれは、いつも通りの事。もうすっかり慣れてしまった。

 引きずるようにして自室から出る。

 キッチンにはまだそれなりの材料があったはずだ。

 ココアでも作って温まろうか。

 食堂に足を踏み入れる。幸い、食堂の守護者であるエミヤはいなかった。

 そそくさと作って、退散してしまおう。

 

「あ」

「アランさん……」

「あぁ、奇遇だな二人とも」

 

 立香とマシュが、丁度入って来た。

 何故二人でいるのか、はあえて聞かない。

 

「少し眠れなくてさ。ココアいるか?」

「あ、うん。温めで」

「お願いします」

 

 いつもはサーヴァントや職員がいるはずの食堂に誰もいないのは珍しい。

 たっぷり入れたコップを三つ、テーブルに並べる。触ると仄かに温かい。

 最初は何の意味も無い談笑――気が付けば、話は特異点の事になっていた。

 今まで駆け抜けた旅。それを振り返って。

 楽しかったり、辛かったり。楽しかったり、悲しかったり。

 出会いと別れに溢れた旅だった。

 

「……マシュ」

「はい、どうかしましたか?」

「そのさ、怖くないか。

 元々サーヴァントじゃないのに。英霊達の前に立って。背後には一歩も引けない戦いばかりで。

 辛く、ないか」

「……正直、怖いです。

 私に力を貸してくれるサーヴァントの声は聞こえません。だから時折、私なんかがって思う時があります。他の方なら、他のマスターなら、もっと上手く出来たのではないかと」

「……」

「戦いは怖いです。オルガマリー所長のように、守れなかったらと思うといつも足が震えます。不安に、心が潰れそうになります。」

「……」

「でも怖いからこそ、私は戦うのです。

 ――私はカルデアの方達からたくさんの物を貰いました。それを少しでも返したいから。

 どんなに怖くても、踏ん張って。そして先輩を、皆さんを守ります」

「――」

 

 彼女はそう言った。曇りのない瞳で。

 俺が視た未来と、全く同じ瞳だった。灼熱の閃光の中で、振り返る彼女――。

 

「立香は。どうして戦う?」

「それが、自分に出来る事だから。魔術とか、サーヴァントとか。正直まだ理解出来た訳じゃない。まったく知らない事ばかりで、まったく見えない光景ばかりで。全く休めない事だってある。

 でも、もし俺が止まってしまえば、何か一つでも間違えてしまったら。全部が無意味になってしまう。ドクターや、ここで出会った人達の全てが無かった事になる」

「……」

「俺はマスターだから強くはないけど。それでも、苦しんでいる誰かがいるのなら。それに手を差し伸べる事くらいは出来るし。

 戦う事だけが、立ち続けて前を見る事だけが、今の自分に出来る事だから」

「――あぁ、そうか」

 

 やっぱり、俺は――。

 小さく安堵するかのように息を吐いた。

 

「……ごめん、長話に付き合わせた。そういえば二人とも明日はシミュレーターだろ。

 もう寝ないと」

「! ごめん、ありがとうアラン!」

「ココア、ご馳走さまでした!」

 

 出ていく二人を、見送る。

 この心にはもう、一点の曇りも無いだろう。

 一人になるといつも聞こえていた声は、もう聞こえない。

 

「……一秒一瞬が大切か」

 

 魔術王の言葉に従えば、俺はきっと、生きていられる。それも永遠に。独りきり。

 でも、それはただの標本だ。なら、俺は永遠なんて欲しくない。

 当たり前の日々は、何より美しい。俺が守りたいのは、きっとそれだった。

 ――この眼が視る未来は一つだけ。

 

「行くか」

 

 

 これ以上、望む事は何もない。

 

 俺の欲しい結末(みらい)はここにある。

 

 ありがとう、立香、マシュ。こんな面倒なヤツに、ずっと付き合ってくれて。

 

 

 この恩は、必ず返すよ。

 

 

 




 時間神殿。魔神柱と英霊達の死闘を彼方より眺める者がいた。
 彼は鞘に納めたままの刀を右手に握り、座り込んでいる。まるで傍観しているかのようだ。

「ふむ、久しぶりと言うべきか。共犯者」
「まぁ、パリの時以来だからそれぐらいだな。アイツはどうだった……貴方好みのマスターだったろ」
「――悪くない。
 ただの人間だからこそ、尚更だ」
「――だよな」
「……お前はどうする。偽りの獣であり続ける事を受け入れるのか。
 アレは終局の悪に体現される。受け入れるのなら、その先に自由はないぞ」
「あぁ、俺はそれでいいさ。
 自分が一番納得した。だからそれでいい」
「――陳腐だな。手垢の付いたセリフだ」
「……だから、俺には合ってる。
 運命を覆すには、そいつで事足りるだろ。アヴェンジャー」
「……」
「それでも救えない誰かを救うのなら。誰かが肩代わりしてやればいいだけさ。
 ――でもまぁ、そんなのは。良い迷惑だけどな」
「全くだ、身勝手極まる。
 ……あぁ、そうだ。そんな莫迦な男だからこそオレを呼べたのも頷ける」
「似たような経験があるのか」
「何、少々仕掛けを甘くしたせいで、蛇に噛み付かれた話だ。
 ――ほう、まさかの八つ目か」

 遠くを見る。
 今までいなかったところに新たな魔神柱がもう一つ。

「じゃあさよならだ、復讐者。……アイツを導いてくれてありがとう」
「クッ、クハハハハ! オレは導いたつもりなど無い。あの男が、一人でここまで辿り着いただけだ。
 ――さらばだ、共犯者。如何なる未来がお前を待ち受けようとも。――待て、しかして希望せよ」

 そうして、恩讐の炎が飛び去っていく。
 気が付けば、体が軽くなっていた。
 ロンドンの時以来、日に日に崩壊を続けていく体が、今は動く。これなら彼らが来るまでに間に合うだろう。

「……極天の流星雨、か」

 英霊達の放つ宝具。
 それはまるで、地平線から見える夜明けのようで。
 ――流星が一つ、傍に落ちた。
 小さな雪の滴が目の前に舞い降りる。
 それをそっと、左手で受け止めた。

「いい加減名残惜しいけれど。でもまぁ、それぐらいが丁度いい。
 新しい未来を迎えるために。そろそろ、終わせないと」



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マテリアル

こんな奇跡もあるのかもしれない。


マテリアル

 

クラス:セイバー 星5

 

HP:15000 ATTACK:11000

 

宝具 アーツ

意味を示せ、我が生命(ライフイズストレンジ)

 攻撃力アップ(3ターン)+アタックプラス(3ターン)+クリティカル威力アップ(3ターン)+スター生成(3ターン)+NP獲得率上昇(3ターン)+ターゲット集中(3ターン)&防御力アップ(3ターン)+ダメージカット(3ターン)+HP回復(3000)+ガッツ(1回、永続)《オーバーチャージで効果上昇》

 

ステータス

 筋力E 耐久A

 敏捷C 魔力B

 幸運A 宝具 B+

 

スキル

 スキル1:疑倣直死 敵単体の強化を解除+強化無効+攻撃力ダウン+宝具威力ダウン(1ターン) CT4

 

 スキル2:生存徴候 味方全体に無敵状態+NP増加+スキルターン短縮(2ターン)+ガッツ付与(1ターン)+敵単体のチャージを2段階増加させるCT:6

 

 スキル3:サバイバー 自身にターゲット集中+大幅に防御アップ+ダメージカット(1ターン)。CT:4

 

クラススキル

 対魔力 D

 単独顕現 E-

 ■■接続 E-

 

キャラクター詳細

 やたらと独りごとが多い詳細不明のサーヴァント。何か偉大な功績を残したわけでは無いが……。

 彼曰くカルデアに縁があるとの事だが、スタッフに彼の関係者は確認されていない。

 

絆レベルを1にすると開放

 身長175cm 体重70kg

 出典:Fate/grand order

 地域:カルデア

 属性:中立・中庸 性別:男性

 

絆レベルを2にすると開放

 ニヒルな態度を取ろうとしているが時折ボロが出る。どうやらとあるサーヴァントの口調を真似ている様子。まだまだ精度は甘い。

 サーヴァント達には一線引いたスタンスを取っており、余り関わろうとはしていない。

 

絆レベルを3にすると開放

 疑倣直死 D+

 その瞳は未来予知すらも可能し形のないモノですら斬り捨てる。

 スキル名からあるサーヴァントとの繋がりが考えられるが……。

 

絆レベルを4にすると開放

 宝具

意味を示せ、我が生命(ライフイズストレンジ)

 膨大な魔力を一時的に使用し、戦闘能力を大幅に引き上げる。それは自己暗示に近い。これを使用して、彼はようやくサーヴァントと互角以上に渡り合う事が可能となる。

 一度使うごとに全身が崩壊していくが、彼はそれを精神力で耐え抜いている。

 自身に道を示してくれた彼らの為に。ここで終わる事は出来ないのだと。

 

 この命は、誰かの為に。

 

絆レベルを5にすると開放

 ビーストⅦ/R(Replica)

 所業「もう一度自身の人生をやり直す」

 人類愛「死ぬ運命にある誰かの人生を、繋ぎ止める」

 彼自身は一度死んでまた再度命を得た、ごく普通の一般人であり、また死んでしまうと言う運命に耐えきれなかった。故に人間を自身の身と無意識に定義し、そこを人類愛と捉えられた。

 本来の歴史なら存在しない者。運命のいたずらで命を吹き返した。故にもう一度己が人生をやり直し、確かな意味を取り戻す。例え、どんな代償を払う事になろうとも。

 消えるべき運命を、繋ぎ止める。

 以上の覚悟を以て、彼のクラスは決定された。

 人理修復など偽りの所業。

 其は個人が決意した成れの果て。人類(生命)に意味を求める大災害。

 その名も、ビーストⅦ/R。『■■』の理を持つ獣である。

 

 ――だった筈だが、今回は自重しセイバーとして召喚。

 ビーストとしての力はほとんどを封印している。それもそのはずで、もし彼が十全に力を振るってしまえば、それは人類の存亡を賭けた決戦を引き起こすため。

 

終局特異点をクリアすると開放

 己の答えの為に獣に堕ち、本来消えるべき運命を繋ぎ止めた者。

 その正体は死ぬ間際に、死にたくないと強く願ったどこにでもいる誰かであり、英雄とは程遠い人間である。

 

 心にしまった思い出があれば、どれだけ長い旅路であろうと彼は歩いていける。

 

 自身の運命に色彩をくれた、彼らとの記憶。もう、そこへ帰る事が出来なくても。

 

 

召喚

「セイバーのサーヴァント、召喚に応じ参上し――あぁ、いや何でも無い。少し、懐かしい記憶を思い出しただけだ、忘れてくれ。

 ともかく、よろしく頼む。マスター」

 

会話1

「カルデア、か。似て非なる世界ね……」

 

会話2

「……雪、か。マスター、アイスは無いか? 二つあるといいんだが」

 

会話3

「俺がサーヴァント、ね。笑えない冗談だ」

 

会話4

「この部屋は落ち着くな……。色々と思い出すよ」

 

霊基再臨1

「……手足を縛られてたばかりでね。まだまだ本調子には遠いな」

 

霊基再臨2

「体ならもう充分に動く。後は経験で何とかなるさ。

 それと、――ここでやめておけ、いつか取り返しのつかない事になる。俺は半ば目覚めかけているようなものだ」

 

霊基再臨3

「いいか、フリじゃないぞ! ここでやめておけ! 俺は――。俺は……。

 あぁ、そうか。結局はオレ自身の問題か……」

 

霊基再臨4

「驚いたよ、成り果てる運命しかないと思っていたが。まさか、人のままでいられるなんて。……ありがとう。

 ならもう、足を止めている理由はないな。――これより先は、俺が貴方の道となる。さぁ、行こうマスター」

「――ありがとう、彼を導いてくれて。訳あって声しか貴方に届けられないけど、どうか彼をお願いね」

 

絆1

「アイツら、元気にしてるかな。――どうかしたか、マスター。

 ……あぁ、独り言だよ。気にしないでくれ」

 

絆2

「独り言が多い? ……おかしいな、声は小さくしてるつもりなんだけど。

 分かった、気を付けよう」

 

絆3

「そろそろ長い付き合いになる。今後もよろしく頼むよ。

 ……えっ、無理してキャラ作ってないかって? だってなぁ、サーヴァントである以上、相応の振る舞いが求められるし。彼女から借りてる以上、無様は晒せないし……」

 

絆4

「何か話しかけていたのかマスター。

 俺の傍に女性がいる? …………マスター、きっと疲れているんだ。今日は早く寝るといい。ほら、毛布だ」

 

絆5

「この先、君は倒されるべき獣と対峙するだろう。

 そしてその結末を、迷わないでくれ。俺と君の知る世界は別だ。君は君の世界を守ればいい。

 ――だから、信じているよ。君ならきっと、悔いの無い未来を選んでくれると」

 

とあるサーヴァント所属

「――――。あぁ、そうか。ここは並行世界だったな。なら、彼女は……。

 ……分かってるよ、拗ねないでくれ。俺と出会った君は、一人だけだ」

 

セイバーオルタ、ジャンヌ・オルタ、ランスロット所属時

「……っ。別人、なんだよな。あぁ、大丈夫。貴方達じゃ、ないんだ……。

……何も言わなくて、ごめん」

 

ジャンヌ・ダルク所属時

「――救国の聖女、貴方の生き方には敬服するばかりだ。……ありがとう、貴方が切っ掛けで俺は歩き出す事が出来た」

 

ロムルス所属時

「神祖ロムルス。貴方には頭を下げるしかない。貴方の言葉のおかげで、俺は今を受け入れる事が出来た」

 

アステリオス所属時

「アステリオス。君には最大の感謝を。君のおかげで、俺は自分のしたい事に気づけた」

 

殺生院キアラ所属時

「……俺の知る彼女、じゃないな。と言うか露出し過ぎだろあの格好。

 マスター、ちょっと掛物ないか。あれだと絶対風邪を引くだろ。ちょっと行ってくる」

 

ビースト候補所属時

「獣の臭いがするな……。まだ堕ちて無いみたいだけど……。

 あぁ、だから俺が呼ばれたのか。いや、何。こっちの話だよマスター」

 

好きな事

「そうだな……。思い出せる時間があれば、それでいいさ」

 

嫌いな事

「あぁ、死にたくないと言って仲間を背後から刺すような奴は大嫌いだ。そんな奴になるなよ、マスター」

 

聖杯に望む事

「望む事。……大丈夫、気にしないでくれ。もう叶ってるよ」

 

イベント開催中

「何だ、また特別な期間か?

 身の丈に合った計画を立てるようにな。……爆死とか、目も当てられないし」

 

誕生日

「誕生日か、おめでとうマスター。生憎贈れそうなモノが無くてな。

 こんなサーヴァントで申し訳ない」

 

開始

「悪いがどいてもらう」

「残念だったな」

「――その未来を、斬り捨てる」(ビースト戦)

 

スキル

「見切った」

「来いよ、三流」

 

コマンドカード

「視えた」

「行くぞ」

「捉えた」

 

宝具カード

「証明、開始」

 

アタック

「斬る!」

「そこだ」

 

エクストラアタック

「落ちろ」

 

宝具

「尊き者よ、どうかその輝きを永遠に。――あぁ、俺が欲しい結末(みらい)はここにある……!」

 

ダメージ

「まだまだ……っ!」

「ここからだ……!」

 

戦闘不能

「全部、長い夜の夢、だったよ……」

「立香……マシュ……」

 

勝利

「空が明ける。お疲れ様、マスター」

「あー、やっぱりキャラ作るって疲れるなぁ……。あぁ、いや。何でも無いよマスター」

 

レベルアップ

「あぁ、任せてくれ。……ところでQPは大丈夫か?」

 

 

アルトリア・オルタ

「……不思議な男がいるな。英霊にも人間にもなり切れない半端者と見える。

 何、ハンバーガーをやる、だと? ――貴様、どこかで会った事があるか?」

 

ジャンヌ・オルタ

「何か変な視線向けて来るヤツがいるわね……。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ。――え、待って、何その今にも泣きそうな顔。ちょっと待ちなさい、待ってってば!」

 

ランスロット

「……いえ、部下ならともかく。サーヴァントである殿方からあのような視線を向けられた事は余りありませんでしたので……」

 

エミヤ(アサシン)

「……彼を見ているとどうにも虫唾が走る。

 人類は石器時代から一歩も前に進んじゃいない。そう吐き捨ててしまいたくなるな。

 すまない、マスター。自分らしくも無い」

 

殺生院キアラ

「おや……。何でしょうか、あちらの方は。私にあんな熱い視線を……。ふふっ、燃え上がってしまいますわ。

 ……掛物ですって?」

 

とあるサーヴァント

「あら、これは……。同じ、なのね。――ねぇ、マスター。あの人とちょっと斬り合ってきてもいいかしら?」

 

マーリン

「おや……旅人がいるね。彼は本棚から別の本棚へ移ってきたようなものだ。だから色々と心細いだろう。

 あぁ、でも弄り方を間違えないようにね。彼女が嫉妬して顕現すると、ここじゃ手に負えなくなる。……まぁ、でも君なら問題ないだろう! 頑張ってくれ!」

 




「……と言うか何で、呼ばれたんだ俺」

「……ごめんなさい、分からないわ。誰かの悪戯、なのかもね」

「……どうせなら、あそこに戻りたかったけど。まぁ、でも贅沢言える立場じゃないし。
 まだ付き合ってくれるか」

「えぇ、元からそのつもりよ。醒めたくない夢があってもいいでしょう?」

「あぁ、違いない」


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 あぁ、懐かしい。
 貴方達と過ごした日々の欠片が、こんなにも。


 

「お月見ぃ?」

「そうそう。ここ最近、レイシフトばかりで気が滅入ってるだろう?

 丁度、今はお月見の季節だし、気分転換に団子でもどうかなって」

 

 どうかな、とロマンは俺に問いかけて来た。

 特異点の修復も順調。

 サーヴァントも徐々に増えてきており、今の所順風満帆といったところ。

 その最中の出来事だった。

 

「……まぁ、確かに。気分転換も大事ですもんね。

 それで、お団子ってどこから?」

「サーヴァント達がレイシフトで集めてくれてね。

 大丈夫、サーヴァント達も食べれるくらいの量はあるよ」

「ウチにアルトリアとジャンヌが二人ずついる事忘れてません?」

「――」

 

 ピシリと固まるドクター。

 あぁ、考えてなかったなコレはと。まぁでも、それが彼らしい。

 何でも完璧超人ではない。だが自分の責任はしっかり果たそうとする。そんなドクター・ロマンがカルデアの職員から信頼を寄せられるのは、当然かもしれない。

 適わないな、と息を吐いた。

 

「黒い方は俺が何とかやりくりしますよ。任せてください」

「うぅ、ごめん。浮かれてたばかりに……」

「それで、どうするんです?

 レイシフトするって訳でもないでしょう」

「あぁ。お酒やカルデアの食糧庫をちょっと放出してね。

 月の映像を眺めながら、皆で楽しもうって訳さ」

「……なるほど」

 

 確かにそれなら、レイシフト適正を持たない職員でも参加できる。

 

「それで、いつから?」

「あぁ、二日後を予定してる。幸いと言うか不幸と言うべきか、まだ新しい特異点も見つかってないからね。

 焦らず、ゆっくりとだ」

「……分かりました」

 

 

 

 

 ――が、お月見が出来る訳でも無かった。

 食糧庫が謎の盗難。そして何者かが侵入した気配。

 それを追うべくレイシフトが行われた。

 立香と俺、二つに分けて、それぞれ犯人を追う。ちなみに立香の指示はロマン。俺に対してはダヴィンチちゃんが担当していた。

 

「っと」

『うん、到着したね。そこから北に進むんだ。サーヴァントの気配がある』

「――ふむ、マスター。カリバーをぶちかましてもいいか」

「止めてくれ。団子が取られた気持ちは分かるけど」

「全く、品がないわね騎士王様。食い物の恨みは恐ろしいとはよくいったわ」

「ふむ。月見をわざわざカレンダーまで書き込んで、楽しみにしていた女が何を」

「ちょっ、アンタ焼き殺すわよ!」

「はーい、どうどう」

 

 ランスロットが先導し、背後をオルタ達が守ってくれる形で前に進む。

 

『! 近いぞ! ちょっと気配を隠せるかい?』

 

 魔術礼装を発動。サーヴァント達も含め、気配を遮断させる。サーヴァントのスキルには及ぶべくもないが、ないよりマシだ。

 

「アレは……」

 

 二人の少女のサーヴァント。

 一人は女部族のような衣装に身を包んだ白髪。もう一人は緑色の髪をした獣耳。

 二人ともどこか疲れたような顔をしている。何と言うか上司の無茶ぶりに付き合わされた部下の様な顔つきであった。

 

「……おい」

「……何だ」

「アレが本当に、我らが女神なのか。信じたくはな――いや、信じたいが」

「……」

 

 獣耳の少女はぽん、と肩を叩いた。

 その目は何かを悟り切っている――。あぁ、アレだ。目線だけで何を言っているのかが分かった。

 多分、アレは同情だ。分かるよ、みたいな感じ。

 

「マスター、あれが盗人だな。天誅(カリバー)かましてもいいか? いや、かます。そして泣かす」

「待ちなさい、団子も犠牲になる」

『スキャン終了。一人はバーサーカーでもう一人はアーチャーだ。真名特定はちょっと難しいね』

 

 ――女神って言ってたよな。なら、あの二人はそれに仕えているサーヴァント。

 弓、獣、女神……だとすれば、多分アルテミスかアタランテ辺りか。だがアルテミスは女神。寧ろ信仰される立場にある。ならば、アタランテと考えよう。

 もう一人は……分からない。アルテミスを崇拝している女性……。オトレーレーか。いや、にしても若すぎる。だとしたらそれを望んで現界しているとして……。成長した姿にトラウマを持っている? 

 反則技(ご都合主義)使えば、真名が見えない事も無いが……。どこぞの名探偵でもあるまいし、やめておいた方がいいかもしれない。最悪、脳が焼き切れる。

 

「もうダメ、疲れた」

 

 宝具で殲滅しよ。

 

「と言う事で、ジャンヌ、ランスロット。頼む。セイバーは隙を見て、魔力放出で団子を奪還してくれ」

 

 ランスロットが兜を着用する。――素顔が分からないと言う事はそれだけでアドバンテージになるのである。

 鎧の色が変わる事については目を瞑っておこう。

 

「! 何者だ」

「……戦士か、我らの前に立ったと言うのは、そういう事だな」

「あら、盗人猛々しいとは良く言ったもんだわ。

 ――返してもらうわよ、そいつ集めるために何回周回したか分かってんの!?」

「Dangoooooo!!!」

 

 

 

 

 

 ランスロットとジャンヌが奮戦してくれているが、中々アルトリアは踏み出せずにいた。

 ――それだけ隙が無いのだろう。

 

「……特にあの筋肉女だ。倒しきれん事も無いが、団子の無事が保証できない以上踏み込めない。そう囁いているのだ、私の直感が」

「……それだけ、警戒してるって事か」

 

 あの白髪の少女を、何とかすればいいのだろう。

 ――確信は無いが、思い当たる節から試せばいい。

 まずは軽い挑発から。

 

「ランスロット! その少女、ぶっちゃけどう思う!」

「beautiful!!!!!」

 

 瞬間、空気が凍り付いた。

 いや、と言うか白髪の少女の雰囲気がヤバい。何かスイッチが入った。

 

「貴様、今私を美しいと言ったな……?」

「い、いかん! 落ち着け汝!」

 

 少女がランスロットに突貫する。

 

「天誅だ! モルガーンッッッ!」

 

 あ。

 

 

『隙だらけだったので、今なら抹殺出来ると思った。

反省も後悔もしていない。魔力使ったからハンバーガー寄越せ』

 

 以上が、容疑者の供述である。

 

 

 

 

「ふふ、やはり団子ではなく林檎の方がやる気が違っていたな……」

 

 エクスカリバーの直撃にかろうじて耐えていたが、既にその霊基は消失しつつあった。

 耐えきれなかった白髪の少女が持っていたであろう団子を拾う。まだ何とか食えるな。

 林檎って事はやっぱり、彼女は――。

 

「カルデアに林檎ならあるぞ」

「……ほう、それはいいな」

「金とか銀とか。後、銅も。たまに配られるし」

「何、待て今の、ちょっと詳しく――」

 

 そうして彼女も消失した。また残されたのは団子のみ。

 ランスロットの回避で令呪を一画消費したくらいか。まだ二画残ってる。

 後は礼装でアルトリアの宝具使用の補助。再使用には時間を要する状態。

 何とか連戦なら持ちこたえられそうだ。

 

「で立香の方はどうです?」

『うーん、目標には近づいているって感じみたいだね。

 ……おや、その先にまたサーヴァント反応がある。行けるかい?』

「勿論です」

 

 

 

 

 ぐだぐだ、お月見!

 

 今宵の魔王は血に飢えている

 

 

 

「何だ、今の」

 

 何やら、変な映像が目に飛び込んできた気もするが目を瞑る。

 他の三人には何も感じなかったらしいし。

 

「あれは……陣所?」

 

 一見すると、戦国の時のモノに見える。

 あ、ヤバい。何か血が騒いできた。

 こう、前世の憧れ的な何かが。

 

『うん、その中にサーヴァント反応多数。

 でもシャドウサーヴァントではなさそうだ』

 

 ただ不思議な事に、警備は見当たらない。それどころかエネミー一匹。

 周囲には戦闘の痕があるから、殲滅されたようにも見える。

 

「面倒ね、焼き払いましょうか」

「ちょい待ち。まず中を覗いてみる」

 

 そろーっと、慎重に。幕に小さくナイフで穴を開けてのぞき穴を作る。

 見えたのは四人のサーヴァント。

 囲んで団子を食べているようだ。多分、それカルデアのだろうけど。

 

『スキャン完了! バーサーカーが二人にセイバーが一人、そしてアーチャーが一人だね』

「へー……じゃあ。とりあえず、奇襲かけ――」

「――むっ、間諜の気配!」

「うおっ!」

 

 咄嗟に頭を屈める。

 発砲音と共に頭上が何を掠めていく。

 

「ほー、まさか奇襲を狙ってくる者がおったとは……。

 桶狭間を思い出したわ」

「あぁ、あの集団不意打ちですね。雨の日に馬に乗って奇襲とは。さすがノッブ汚い」

「おまいう」

 

 え……ノッブ?

 待って。戦国でノッブって。あの人しかいなくね。

 

「お、女ァッ!? あの、織田信長が!?」

「むっ、なんじゃー。まーたその反応か」

『はは、アラン君。男か女かなんてのは、サーヴァントの前では意味が無いからね。

 ほら、私がいい例だろ?』

「……信じたくなかった」

「おき太ー。何か凄い絶望されとるんじゃがー」

「……沖田?」

 

 沖田ってもう、あの人しかいないだろ。

 見れば金髪に桜色の和服。

 

「いや、どう見てもアル――」

「それ以上はいけない」

 

 マジかー。

 沖田総司も女性だったかー。織田信長、沖田総司――日本人なら誰しも一度は聞いた事がある名前。

 騎士王といい、皇帝といい、船長といい、男だと思ってた偉人が女性って……。

 

「趣味か、趣味なのか。最近の聖杯の流行りなのか……!?」

「まっ、是非もないよネ!」

「知りたくなかったそんな事実……!

 じゃあ、何だ。近藤勇も女性なのか!?」

「――何、冗談抜かしてやがる。近藤さんは男だ」

 

 と、刀と銃を腰に差した男性が沢庵を齧りながらそう吐き捨てた。

 ……近藤さん?

 そんなに親しく呼ぶのは、つまり最も関係が近いと言う訳で。しかも刀を持ってて。

 

『あ、アラン君? 何をそんなに泣いているんだい?』

「だって……! だって……!

 あの新撰組のあの副長を生で見たんだぞ!

 俺だって、男子だし! 新撰組とか憧れだったんだよ!」

「ほう、入隊希望者か」

「いや、何でその流れになるんですか土方さん」

「うーんぐだぐだしてきた。伯母上、どうするー? 一発ファイヤーしとく?」

「せっかくの客人だしのう。ここは一つ、ワシの新しい姿をお披露目するか!」

 

 あっ、ノッブが再臨した。

 

『……違う! 霊基反応が変わった!

 アーチャーからバーサーカーにクラスが変わっている!』

「……はぁ!?」

「今が旬の、この姿。良いじゃろー良いじゃろー?

 今なら高性能の敦盛ビートもあるぞ! 燃え尽きる程本能寺、とな! 王の話ではなく、ワシのビートをきけぇい!」

『でも体力は大きく落ちてるねー。ジャンヌ君が三回殴れば終わるよ?』

「星4でバーサーカーだしね! 是非もないよネ!」

 

 いや、でもこれ結構マズいぞ。

 バーサーカーが三人にセイバーが一人。しかもその内のセイバーは沖田総司。

 攪乱されて、バーサーカーに突っ込まれたら終わる……。

 そもそもサーヴァントの人数自体でも負けているし……。

 

『この反応は……。アラン君気を付けて。何かが来るぞ!』

「おやー、また変な所に出ちゃったなー」

「……あの、どちら様で?」

 

 突然現れた空間の裂け目。

 そこから姿を見せたのは一人の女性。腰に刀を差した銀髪の女剣士。

 

「あー、仕合の最中だったかなー」

 

 丁度いい。こっちに取り込めば、人数でも対等だ。

 

「ヘルプです! こっちについてください!」

「むむっ……!」

「付くならこっちじゃー。団子もあるぞー」

「ぐぬぬっ……!」

 

 さすが戦国武将。

 なら、こっちは事実を突きつけてやる。

 

「その団子は俺達のモノで盗られたんです! 助けてくれたらおすそ分けします!」

「――なんですって。

 あぁ! そうか、そう言う事か! ならお姉さんに任せなさい!

 二天一流の真髄、たっぷりと見せてあげる!」

 

 え、二天一流?

 ちょっと待って。つまり彼女は――。

 

「令呪を以て命ずるセイバー」

「……何だ、マスター」

「……ちょっと待って、何で拗ねてるの」

「拗ねてなどいない。あぁ、そうだ。最近構ってもらえてないからなどと言う理由で拗ねてなどいない」

「じゃあ後でゆっくり団子食べよう。

 宝具で薙ぎ払え」

 

 

 頼むから、直球ストレートなサーヴァントをください。

 

 

 この後、滅茶苦茶宝具で殲滅した。

 女剣士さんは団子を堪能して、どこかへ去っていった。

 

 

 

 

 

「――え」

 

 レイシフト先から戻ったと思ったら、今度は夜の平原。

 周囲には俺のサーヴァントも誰もいない。

 ただ不気味な程、静まり返っている。

 未だにカルデア側からの通信が来ていないと言うのは、つまりそういう事だ。

小さい息を吐き、心身を調整しつつ刀を抜き放つ。

 まだ不完全だが、それでも並のサーヴァントなら何とかなる。

 

『来るわ』

 

「――へー、ほほー、うーん。

 普通の人間ね、アナタ」

 

 現れたのは白髪の美女。

 おっとりした雰囲気が特徴的な弓を持つ女性だった。

 

「……あの、失礼ですがどちら様で」

 

 刃先を向けず、だらりとぶらさげるようにし構える。

 あの雰囲気は、普通のサーヴァントでは無い。神祖ロムルスにも匹敵する霊基の持ち主。

 冷や汗が額を伝う。震える体を、押し留めた。

 大丈夫、彼女がいる。

 

「あ、ごめんねー。面白そうな人がいたから、つい気になっちゃって。

 こうして呼び出しちゃったのー」

「……それは俺自身が、ですか。それとも、俺の魂が、ですか?」

「――勿論、魂の方。だって私、人間自身に興味ないもの」

 

 つまり俺をサンプルケースとしか見ていないのだ。

 殺せる、生きているならきっと殺せる。

 目に力を込め――

 

『駄目。今の貴方で彼女を視ようとすれば、頭が焼き切れる』

 

 だが、現状ではどうしようもない。

 最悪、このまま殺される事もあり得る。

 

「……むー。珍しいわね、貴方」

「……何が、ですか」

「だって貴方、笑ってるんですもの。死に向かって生きているのに。

 不思議。私に捧げられた人なんて誰一人笑っていなかったから」

 

 何だ、そんな事か。

 

「……そりゃ、まぁ。怖いですけど。

 一度死んでますし。だったらこの苦しみは当たり前のものだから」

「ふーん。――そっか。まぁ、貴方が納得しちゃってるなら仕方ないかなー。

 月の女神の加護はいらないようね」

 

 それ狂ったりしませんよね。

 

「じゃー、またいつか会いましょう。旅人さん。

 果てのない海で!」

 

 

 その言葉と共に、その世界は消滅した。

 

 

『神様って我が儘ね』

 

「……そうだなぁ」

 

 

 

 

 取り返した団子で、もう一度月見をした。

 

 映像で月を眺めながら、カルデアの善き人々と語り合った。

 

 この記憶が、いつか。美しいモノになりますように――。

 

 

 

 





 そんな事もあったな、と小さく笑う。

 暗い闇の底に彼はいた。
 四肢を枷で繋がれ、体には鎖が巻きついている。両方の掌は彼を戒めるかの如く杭が打ち込まれていて、まるで磔のようにも見えた。
 彼は眠り続けている。自身が呼ばれるその時まで。ずっと、曖昧な意識の中で瞼の裏を見ている。
 きっとこれは悠久だ。彼がここから解き放たれる事は無いだろう。でも、きっとそれでいい。
 守りたい人達を守れた。その誇りがあれば、これからも大丈夫。一つの小さな炎に光が集うように。その灯があれば、暗闇でも少し踏み出す事くらいは出来る。

“どうか、健やかに。貴方達が幸福でありますように”

 例え世界が貴方達の戦いを覚えていなくとも。人々の記憶から貴方達の苦しみが忘れられても。
 ――ここで貴方達の強さを知っている。

 瞼の裏に見えるのは輝かしかった頃の記憶。今でも鮮明に思い出せる、あの日々。

 こうして、時折思いを馳せる。それが、一番楽しかった。
 



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小さくて、ささやかな



 今日のご飯を、一緒に作った。

 そんな小さな幸せなんて、簡単に作れたのに。


 声がする。

 救いを、施しを――救済を乞う声ばかりと性別を偽った王の名が木霊する。

 あぁ、そうだ。だから彼女は夢を見ない。人である事を求めない。

 

『アーサー王!』

 

『アーサー王だ!』

 

『ブリテンに平和をもたらしたまえ!』

 

“あぁ、そうだ。貴様達の求めたモノは全てくれてやったぞ。これで満足か”

 

『我らの王、アーサー・ペンドラゴンだ!』

 

『アーサー王!』

 

『約束の王!』

 

“ならば、せいぜい振舞ってやろう。貴様達の求める理想とやらを。

 それこそが、アーサー王の姿だ。完成形だ。だから、私は人の心など”

 

 

「いや、まぁ別に。アルトリアも人の子なんだなって思ったよ」

 

 

“――”

 

「サーヴァントと言ってもさ。パートナーみたいなものだから。気に掛けるのは当然じゃないか。

 それにほら、アルトリアは女の子なんだから。頑張った分は、幸せにならないと」

 

“――私は圧制を良しとした王だ。それでもお前は私を認めると?”

 

「だって剣を取るのは、誰かを救うためじゃないか。貴方はそうして王になった。

 確かに圧制だったかもしれないけど。でも貴方は貴方なりに、自分の出来る限りでブリテンを救おうとした。

 だからアルトリアは、優しい。他の奴が何と言おうと、俺はそう信じるよ」

 

 それ以上、彼は必要以上に語らなかった。彼女の人生を、信念を、生き方を、方法を何一つ咎めなかった。

 彼は理想の王など求めなかった。誰もが焦がれる筈の星の輝きに目を眩ます事無く、いつものように彼女自身を見ていた。

 鎧が剥がれていく。もう剣なんていらないと言うように、彼は血にまみれていたはずの手を迷いなく握った。

 

“――そうか、ならば。その血肉の一滴に至るまで、私のために使うがいい”

 

 

 

 

 

「……ん、どうしたんだ。アルトリア」

「フン、相変わらず酷い顔だなマスター。種火に気が緩んでいると見える」

「QPが枯渇しかけてるから、財布を引き締めようと思うんですが」

 

 QP――クォンタムピースの略で、霊子の欠片。魔術における燃料であり、即ち可能性を有する資源でもある。

 サーヴァントの霊基を上げるのにも使うし、レイシフトした時代の貨幣に変換することだって出来る万能品だ。

 ただ、サーヴァントを鍛えようとすれば、それはそれはとんでもない額のQPを支払う事になる。溶ける。蒸発する。破産する。

 戦闘などの戦利品で落とすこともあるが、基本雀の涙だ。QPを稼ぐのに特化した、カルデアの戦闘シミュレーターを使い、副産物を得るしかない。

 俺はサーヴァントが三人しかいないからいいけど、立香は別だ。アイツが契約している英霊の数は多いから、その分大量のQPが必要になる。俺もいくらか貸したし。

 で、どうして黒い王様は俺を睨みつけているんでしょうか。

 

「――そんな事はどうでもいい。貴様の財布が枯渇しようが、壊死しようが、バーガーと魔力の供給に問題がなければ構わん」

 

 いや、バーガー作ってるの俺なんですけど……。

 

「カルデアの召喚術式は未熟だ。サーヴァントの全盛期にはほど遠いが、それ故に手を尽くせば、生前に匹敵或いはそれを超える事すらもある。

 故に貴様らマスターは霊基再臨に手を尽くすのだろう」

 

 うん、まぁ。

 そりゃ、強い方が嬉しいし。愛着も湧くし。それにパートナーだから。

 一番辛い戦いは、一番好きなパートナーと一緒に乗り越えたいし。

 

「スキルも知っているな?」

「あぁ、直感とかカリスマとか」

「分かっているなら、話は早い」

 

 ガシャンと、アルトリアのバイザーが展開する。

 あ、これ臨戦態勢だわ。

 

「あの……怒ってる?」

「怒る? 馬鹿を言うな。私は冷徹な女だからな。そんな感情は無い。

 あぁ、そうだ。別にお前が竜の魔女と懇ろになろうが、私には関係ない」

 

 ブフォッ、とどこかで飲み物を吹くような音が聞こえた。

 

「……いや、ほら。マスターだし、互いを知っておくのも大事だから」

「――そうだな、全くを以てその通りだ。よくわかっているじゃないか、マスター。

 なら単刀直入に聞く」

 

 

「何故、私を差し置いて、ランスロットのスキルを優先した?」

 

 

 アルトリアやジャンヌのスキルを四とするのなら、ランスロットは既に八辺りまで至っている。

 だって、ほら。ランスロットのスキルって優秀だし、かみ合ってるし、使い所が分かりやすいし。

 

「――」

 

 マズい。

 アルトリアとランスロット、クラスが被ってるから言いづらい。

 ランスロットの鎧姿がカッコいいから、そっちを優先したとか言えない……。

 ――とか、自己防衛は置いといて。

 まぁ、とりあえず。話を聞いてもらおう。

 

「アルトリア」

「――言葉を選べ、マスター。理由を正直に」

「別にさ、俺は好き嫌いとかで考えてないよ。ランスロットはウチの斬り込み役だから、一番怪我しやすい。少しでも長く前線にいてほしいから。

 アルトリアにも同じ思いだよ。それにその宝具も信頼してる。貴方の宝具は他のサーヴァントには真似できない」

「……私がもう一つの側面だとしてもか?」

「別にオルタだろうと何だろうと。アルトリアはアルトリアだろ。俺のサーヴァントであるアルトリアは貴方だけだ」

 

 バイザーが収納される。

 彼女はいつもの鎧に戻った。

 

「……今はその諫言を聞き入れよう。だが二度目は無い」

 

 そういって、彼女は霊体化する。

 ……危ねぇ、デッドエンド一歩手前だったぞ。

 スタンプが溜まる一歩手前。うん、あまり考えないようにしよう。

 

「……まぁ、でも。どっかで埋め合わせはしないとなぁ」

「その通りだな、アラン。きっちりフォローはしておく事だ」

 

 どこから現れたんですか、エミヤさん。

 あ、そうか。ここ食堂だから彼のホームでもあった。

 

「何がいいと思う?」

「何故、私に聞くのかねそれを……」

「いや、ほら。アルトリアとは縁があるって言ってたし」

「……まぁ、弁解すれば猶更ややこしくなりそうだし、任せるか。

 アラン、彼女の食生活が本来と大きく異なっているのは知っているな?」

「あぁ、ジャンクなフードが好みだって言ってた。なんか品のいい食事出されたら斬り捨てるとか」

 

 俺の言葉に、エミヤは小さくため息をついた。

 髪を降ろしているせいか、それはいつものように、皮肉屋のような彼ではなく。

 少年のような風貌にも見える。

 

「……おかしいなぁ、俺の知っているセイバーは難しい顔して『雑でした』とか言ってたんだけどなぁ」

「?」

「まぁいい。……そうだな、アラン。料理はいける口かね?」

「貴方程じゃないけど、まぁそれなりに心得は」

「構わないさ。食事において、比べる事に自己満足以外の意味は無い。

 小さな幸福を、誰かと分け合うようなモノだ」

 

 と、そんなこんなで、俺はエミヤに連れられてキッチンまで来た。

 奥を見れば、タマモキャットとブーディカさんが新メニューの開発に勤しんでいる。……いや、あれはどっちかと言うと改良か。

 

「さて……。君のレパトリーはどれくらいだ?」

「カレーと、煮つけと、ホットケーキくらい」

「……ホットケーキ、か」

 

 俺の言葉に、エミヤは小さく息を零して。

 ここではない、どこかを見た。

 

「あぁ、それぐらいがいいだろう。彼女にも作れるし」

「……? セイバーって料理してたっけ」

「何、遠い昔の話だよ」

 

 で、そんな訳で。エミヤと俺のクッキング練習が始まった。

 最初は二人だけだったけど、タマモキャットやブーディカさんも途中から教えに来てくれて。

 よくよく思えば。誰かの事を考えながら料理するなんて、初めてかもしれない。

 

 

 

 

 ――で、そんなこんなで。俺はアルトリアを連れてキッチンにいた。

 最初は苦い顔をされたけど。今日は一緒に過ごしたいって言ったら、何とか理解してくれて。

 彼女とエプロンをつけて、さっそく調理に取り掛かろうとしている。

 遠くから、さっきまでお世話になっていた三人が見守ってくれているから。心強い。

 

「ほっとけーき、か」

「多分、食べた事は無いだろ」

「生憎、食にこだわる時間は無かった。そういう国だったからな」

 

 ボウルに卵と牛乳を入れて、混ぜながら。途中で生地用の粉も投入。

 強くかき混ぜすぎないように、切るように。

 

「……面倒だな、料理と言うものは」

「そうかもね。人によって結構こだわったりするし。楽しいっていう人もいるし」

「……お前は、どう思っている?」

 

 その言葉に、少しだけ手が止まる。

 色々な記憶と感情が混濁して。何て言うべきか、ちょっとだけ分からなくなる。

 でも、俺はこういう事は嫌いじゃない。

 部屋の掃除だったり、何気ない散歩だったり。そんな変わり映えのしない毎日。

 もう、戻ってこない時間。

 失って、ようやく気付いた。当たり前の日常と言う幸福。

 

「そうだな……。まぁ、普通か。料理とか、する人は毎日するし。食事は絶対に欠かせないし。

うん。そんな当たり前の事だから、ちゃんと大事に、大切にしなきゃ」

 

 エミヤは絶対に手間を惜しまない。それがどんなに小さな事だろうと。

 多分、それは彼が。その価値を本当に理解している人に出会えたからだと思う。

 

「……そうか」

「よし、次はフライパンを温めて。濡れた雑巾の上に少しの間置くんだ。まぁ、二秒ぐらい。

 で、後は生地を流し込むだけ」

 

 カルデアに来て、ある意味俺は良かったのかもしれない。本当の自分に気づけたのだから。

 正直、俺は自分が薄汚く見える。どんなに悪性のサーヴァントと比べても、彼らの方が輝いて見える程。だって俺は俺だけのために魔術王の裏切りを承諾した。我が身の可愛さだけに、全ての人が死ぬ事を受け入れようとしたのだ。

 未だにカルデアの情報の、ごく一部を流している。立香がどんな英霊を召喚したのか、今のカルデアの戦力はどれくらいなのか――そして俺自身は必要以上、サーヴァントを召喚しない事を以て、魔術王に着く事を選んでしまった。

 けど、俺の行動なんて、どれもこれも、魔術王にとっては対して意味はない。ただ俺の従属を意味する言葉でしかない。だって魔術王は強大だ。今のカルデアには勝ち目がない。

 例え今、カルデアと契約しているサーヴァントが全騎でかかったとしても、確実に負ける。

 

「……」

 

 ――真実は、俺の内心は他の誰にも話していない。俺は裏切り者で終わる。裏切り者として始末される。

 でもきっと、それでいい。俺は悪でいい。

 だって、俺は死人なのだ。過去に輝かしい何かを残したわけでもない。立香のように、強い勇気を持って、そしてただ真っ直ぐに走り続ける事すら出来ない。

 

「マスター?」

「……何でもないよ。ほら、アルトリア。よく見てて、生地に小さく穴が空くから。それを見たらひっくり返すんだ」

 

 淀んでいた感情が、少しだけ晴れる。むぅ、と声を上げる彼女に思わず笑って。

 その手を取りながら、一緒に生地をひっくり返す。

 いつもは冷たい彼女の手も、調理の熱気で仄かに温かい。

 

「おぉ……」

「フライパンで普通に焼いてしまうと、一部分しか焼けないから生焼けになる。だから前もって、フライパン全体を温めておいて、火が均等に通るようにしておくんだ」

「ならしようと思えば巨大なほっとけーき、とやらも……」

「ははは……」

 

 時折思う。

 こんな何気ない日々を、細やかな幸せを、俺なんかが謳歌していいのだろうか。

 いずれこの先、裏切って彼らを地獄に叩き落とす俺が。彼らと共に笑ってもいいんだろうか。

 苦しかっただけのこの日常を、今はただ手放したくないと強く願っている。余りにも滑稽だ。魔術王が嫌っていた人の性そのものだ。

 

“でも、この幸せは俺のモノじゃない。皆の”

 

 ――何気ない日々の全て。

 この幸せは俺のためではなく、貴方達のため。

 未来の貴方達が、今の貴方達を思い出しても。

 俺を責めて、俺と言う存在を忘れてしまう事を選んだとしても。

 

「それじゃあアルトリア。次はひっくり返してみよう。俺も一緒にするから」

「こ、こうか……? おぉ……」

 

 上手に焼けたホットケーキ。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。

 それは本当に、年相応の、少女のようで。

 

「もう一度だ、今度は上手くやって見せよう」

「分かった、存分に」

 

 このカルデアで生きた日々を時々思い出して、笑ってほしいから。

 俺と生きた日々が偽物だったとしても、この幸福は本物で在ってほしい。

 こんなどうしようもない俺だけど、それぐらいの我が儘は言っていいのかな。

 ほんの少し、ちょっとだけでも。誰かの幸せな未来を願う事くらいは。

 

「……にしても、料理なんて久しぶりだ」

 

 最後にしたのはいつだったか。

 特異点、カルデア、サーヴァント――そんな日々ばかりで、いつしか日常の事を忘れてしまっていた。

 誰かと他愛もない事で笑って、誰かと一緒に食事をして。何の変哲も無い小さな毎日。

 世界とはそんな誰かの物語の集合体。出会いと別れはそうして紡がれていく。

 

「……ほう、心配は無用だったな。案外、上手く焼けてるじゃないか」

「エミヤ」

「上出来な仕上がりだ。盛り付けはどうする?」

「……私がやる。貴様はそのまま腕を組んで見ているがいい」

 

 出ていけ、と言わないあたり彼女の感情は読み取れる。

 それを察したのか、エミヤは俺を見て小さく笑って。何も言わずキッチンを出ていく。

 もうちょっと、いてもよかったのに。

 

「さぁ、食べてみろマスター。アルトリア・ペンドラゴン会心の仕上がりだ」

 

 ナイフで一口大に切り取って、口に運ぶ。

 温かくて柔らかく、そして甘い。これはまるで――。

 ……何で、こんな事すら忘れてしまっていたんだろう。

 

「食べたら、片付けもね。アルトリア」

「無論だ、戦は後始末も必要不可欠だからな」

 

 僅かな一時。

 俺と彼女が語り合う日常。

 

 

 もう、今となっては何もかもが遅いけれど。

 

 いつかもし、時を巻き戻せたのなら。

 

 俺はこの日常を――。

 

 彼らの生きる道を――。

 

 

 ――いつか、一緒に。生きていけたらいいなって。

 

 

 




「そういえば、あれからランスロットの姿が見えないんだけど……」
「あぁ、トナカイにした」
「えっ」


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深層ノ少女

 竜の魔女。作られた贋作のサーヴァント。

 ただどこにでもいる、ごく普通の女の子だったんだ。


 召喚室では歓声が聞こえた。どうも立香がジャンヌ・ダルクの召喚に成功したらしい。

 確かにオルレアンにおいて、戦力的も精神的にも彼女の存在は大きかった。

 小さく息を吐く。次は俺の番だ。護衛にランスロットとアルトリア・オルタがいる。

 英霊召喚において、その召喚を確かなモノとするために、護衛の人数は最小限となっている。

 まぁ、呼ばれるのがどんな英霊だとしても。この二人ならきっと大丈夫。

 呼符はサークルの中央に設置。四肢に魔力を循環させる。

 さぁ、来い。出来れば話の通じる方でお願いします――!

 

“……火?”

 

 一瞬の空白――その刹那に燃え盛る業火を見た。

 魔法陣が展開し、眩しく輝き出す。

 

「……よしっ」

 

 手応えはあった。確かに強力なサーヴァントを召喚した。

 後は、どんなサーヴァントか、だが。

 

「アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタ。召喚に応じ参上しました」

 

「……え?」

 

 思わず目を疑った。

 彼女は本来、呼ばれる事のない存在だ。それがどうして――。

 

「? どうしました、その顔は。さ、契約書です」

「……えっと、その」

 

 契約書を見るが、達筆なフランス語で読めない。

 英語なら、多少……かじった程度は行けるけど……。

 

「ほう……。一介の妄想でしかない突撃女か」

「げっ、いけ好かない女……。あー、そうだったわね。オルレアンでもいたわねアンタ」

 

 あぁ、そうだ。この二人、かなり皮肉を言い合うタイプなのだ……。

 ランスロットが黙って背中を叩いてくれる。

 

「……でも、君はサーヴァントと言っても……」

「あら、悪い? 竜の魔女がカルデアにいても?」

「そんな事は無いけど……」

 

 最後に呼べたのがアヴェンジャーである彼女。……ある意味、魔術王の介入があるからなのだろうか。

 振り向いて、扉を開ける。まずは彼女にカルデアを案内しなくては。

 

 

 その背後で、彼女は小さくつぶやいた。

 

 

「そう……よね。覚えてる訳、無いわよね。……マスター」

 

 

 

 

 

 第一特異点を修復した、翌日。

 俺と立香には僅かな休暇を与えられたが、どうも俺はそれを堪能出来ずにいた。

 ――あの光景が、瞼の裏にこびりついて、離れない。

 

『助けて、誰か。――いや、いや。また、一人で』

 

 誰かの願いで作られた、泡沫の少女。結局、彼女は独りで手を伸ばすようにして消滅した。

 あの手を握る事が出来れば、彼女はあんな表情をせずに、いられたのかもしれない。

 彼女はあの特異点においては敵だった。戦うべき相手だった。だからこれで良かった。良かった……筈だ。

 でも心のどこかで、俺はずっと後悔している。救えなかったと、何かを痛めている。

 確かに彼女は敵だ。フランスと言う国を滅ぼそうとした竜の魔女。

 なら、その舞台が変わってしまえば……?

 

「……考える事じゃないな」

 

 あの光景を振り払う。

 自分の事で精一杯の筈なのに、何でこうも他の事まで背負いたがるのか。

 

「寝よう」

 

 一旦、手を放して。後をゆっくり、考えよう。

 

 

 

 

「……ここ、は」

 

 意識が覚醒した。ピースが揃ったパズルのように、はっきりとした形で、目の前を認識する。

 まるで深海の底にいるかのような――けれど、光はある。

 青白い床が奥へと繋がっていて、その先にはレリーフがあった。

 

「ジャンヌ・オルタ……?」

 

 まるで磔にされているような姿勢で、彼女はレリーフに埋まっている。

 ここは、一体……。あぁ、いや。そういえば、どこかでこんな場面を見たことがあるような気がする。

 あれは、どこだったか。

 

「――ここはサーヴァントの深層心理。如何にして辿り着いたのかは全く分からない処だがね。

何でこうも、キミは面倒を掛けさせるのか。申し訳ないが、これ以上キミとサーヴァントどもを結ばせる訳にはいかない」

「レフ……!」

「キミは我が王と裏切りを承諾した筈だ。カルデアを再起不能にすると。それは偽りだったと? であればさすがに、罰が必要か」

「……それと契約するのは関係ないだろ。契約を切ればその場で終わる」

「それは出来ない。分かっているだろう? キミはサーヴァントとの契約を断たない。そういう人間だからだ」

 

 ――読めない。まるで俺の事を知っているかのように、語りかけてくる。

 特異点Fでもそうだった。

 

「何だよ、偉そうにご高説垂れて。教授とでも呼んだ方がいいか」

 

 何か言い返そうと考えて。咄嗟に出た言葉が、それだった。

 

「――――…………それがキミの答え、か。ならば試してみるがいい。

 もしキミに、それが出来るのならね。

 ここは虚数空間だ。死こそ存在するが、現実には反映されない」

「……」

「その身体はまだ息をしている。もし、苦しい思いをしたくないのなら、引き返せ。それがキミのためだ。

 死ぬまでの時間が分かっているのなら、生きている僅かな時を、苦しみに費やす必要など無い」

 

 この男はさっきから、俺の痛いところを突いてくる。

 全くその通りだ、全くの正論だ。

 これ以上反論する言葉が無いから、睨み付けた。

 

「……もう一度考えてみる事だ」

 

 その姿が霞のように消える。

 ここはサーヴァントの深層領域。……けど、俺のサーヴァントは今のところあの二人だけだ。何でここにいるのか、なんてわからない。

 とりあえず、進もう。進んで、あのレリーフまでたどり着いて。

 

「……あら、殺したくて仕方のないヤツが来た」

「!」

 

 彼女と目が合った。瞬間、殺意は足元から骨の髄をせりあがって、脳天まで響いてくる。

 竜の魔女――ジャンヌ・オルタ。レリーフに埋まっていたはずの彼女がそこにいた。

 何もかもを嘲るような表情で、彼女は笑う。

 

「――でも、そうね。今はアンタを殺すより優先する事があるから、生かしておいてあげる。

 アレを見なさい」

 

 指差したのはレリーフに埋まっている彼女。

 彼女も間違いなく、ジャンヌ・オルタの筈。

 

「あんな酷いナリをした女は私ぐらいのものでしょう。だから、間違いなくアレは私よ」

「でも、キミは」

「えぇ、私はオルレアンでアンタ達に負けた後にここにいる。

 普通のサーヴァントなら、また呼び出しを待ってるんでしょうけど。私は作られた存在。いずれここで消え去るのを待つだけでしょう」

「……」

 

 そういって、また笑う。

 何故、そこまで笑えるのか。俺には分からない。

 ただ怖いよ、俺は。この先、何もできずに消えるのが。

 

「……で、アンタは何をしに? こんな女の深層領域に来るなんて、よっぽど変わった体質ね」

「深層領域……」

 

 もう一度聞いたその言葉でようやく思い出す。

 確かCCCのイベントにそんな場面があった筈だ。その内容はもうほとんど思い出せないけど。

 けど、直感が確かなら。あのレリーフに触れればいい。それで彼女は解放される。

 今、ここにいる俺がその彼女にどう思われるかはまた別の話、だけど。

 

「アレは契約を待っている。来るはずも無い、マスターを待っている。

 けど、私には何の縁も無い。聖遺物なんて、全部あの女が呼ばれるだけだし。そもそも私は作り物。

 だから、悲しい夢を終わらせてあげるのよ。どうせ、最期は皆独りになるんだから」

「……」

 

 歩き出す。

 そもそも俺は論戦に弱い。だから優しい言葉を駆けるより、行動で示す。

 幸い、ここはカルデアとは関係してないし。レフの言葉を信じるのなら、ここで死んでも別に俺が途絶える事は無い。

 多分、悪い夢として終わるだけだろう。

 

「!」

 

 数メートル歩いただけで、衝撃が来た。

 体の芯が警鐘を鳴らす。この先に進むな、と。今すぐ引き返せと。

 

「――防衛反応だ」

 

 頭上に現れたのは、レフだった。その表情は何もない。まるで面白くない、とでも言うように。

 いや、あれは。憐れんでいるのだろうか。

 

「そもそも、英霊召喚とはサーヴァントを呼び寄せる。マスターの方から接触するなど、以ての外だ。そんな事をしようとすれば、犠牲も出る」

 

 サーヴァントとは、人でも扱えるようにいくつもの安全装置を付けた英霊を示す。だから魔術師にとっては使い魔と変わらない認識だという。

 呼び寄せる段階で、その安全装置を取り付けるから。マスターには魔力を消耗する危険しか生じない。

 まぁ、中には。呼び出したマスターを殺そうとするサーヴァントもいるそうだけど。

 

「今キミがしようとするのは、契約をするために自ら英霊に接触しようとしている。それは緩やかな自殺と同じだ。

 奥に進めば進むほど、人には耐えられない空間へ変貌していく。ましてやカルデアからの支援が無い以上、その身体が崩れていく事は避けられない。

 だからもう一度言おう、やめておけ。今すぐ引き返せ。今なら見逃す事も考えよう。

 ここで命を賭ける必要はどこにもない」

 

 うるさい、黙れ。

 レフ・ライノールの言葉を無視して、さらに先へ進む。

 

「フン、分からず屋ね。アンタ達みたいなのに負けたと思うと恥ずかして泣けてくるわ」

「っ」

 

 視界が、暗くなる。

 幸いそれ以外に変化は無かった。

 だけど、彼女が見えなくなるのは困る。真っ直ぐ進んだつもりでも、意外と曲がっていたりするから。

 進む、さらに先へ。

 もうちょっと進むと下り坂が見えてくる。

 

「!!」

 

 力が抜けていく。

 体が満足に動かせない。四方から押しつぶされるような重圧がのしかかる。

 息をするのすら、やっと。

 だが、進む。それでも、少しでも。少しずつ。

 

「言っとくけど、手当ならしないし、するつもりもないから。全部自己責任よ。それでもいいなら、勝手にすれば?」

「っ!」

 

 体が少しだけ軽くなった。

 見れば、右の脇腹が消し飛んで血があふれている。

 まだ、進める。

 体は軽くなったから、その分少しくらいは早くなる筈。

 にしても、彼女はホントに冷たい。アルトリアなら、少しぐらい手を貸してくれそうだ。ランスロットなら、多分背負ってくれると思う。

 あぁ、あの二人に甘えたくなる。

 けど、これは俺が勝手に始めた事だから。

 残り少しで、下り坂に差し掛かる。

 

「――あ」

 

 右足が消し飛んだ。バランスを崩した体はそのまま倒れこみ、一気に坂を下っていく。

 ようやく、体が止まった。幸い、転がったからか難所だった下り道は突破できた。

 腕全体を血塗れの感触が覆っている。気持ち悪い。

 

「……その身体じゃ戻るのは無理でしょう。貴方が一言助けてって言えば、助けてあげる。だからもうやめなさい」

「っ……!」

 

 体がようやく喪失を認識する。

 そのまま黙っていればいいものを。今更、やかましく声を上げ始めた。

 それを無視して。彼女を目指す。

 オルレアンで消えた彼女を思い出す。駆け寄ろうと思えばすぐ出来た筈。なのに、俺は躊躇した。多分、今苦しんでるのはその時踏み出せなかったから。

 ……あと、ちょっと。走ればすぐなのに。カルデアの中なら、ちょっと歩けばすぐに声を交えて、駆けよれば触れられる距離なのに。

 

 ――キミが、遠い。

 

 前に、少しでも前に。

 左足が破裂した。血を失い過ぎたからなのか、視界がさらに暗い。

 意識にノイズが混ざり始める。

 舌を強くかんで、途切れていく自分を呼び止めた。

 

「……やめなさい、やめて。今すぐ進むのを止めなさい。介錯なら手を貸しますから。

 だから、それ以上傷つかないでください」

 

 刺々しい筈の声が、酷く優しい。オルタになっても、やっぱり根は変わらない。

 そんな事を考える様にして、必死に苦痛から気を逸らす。

 全身が悲鳴を上げてのたうち回っている。もう体は穴だらけで、進む事すらやっと。

 痛みで泣きそうになる。絶望で目を閉じたくなる。

 

“……でも”

 

 彼女はもっと、苦しかったはず。誰かの手を握ることなく、孤独に消えていった。

 なら、助けなきゃ。

 もう体は血に汚れていて尽き果てていて、なけなしの力をふり絞らなければ進む事すらままならない。

 指先が破裂した。肘で体をこすりあげる様にして、前に。これなら進める。

 痛い、苦しい、寒い、辛い――でもこのまま、彼女は独り。誰にも理解されず、誰からも関心を持たれない。それがどれだけ酷く惨いかなんて、分かってる。

 だから、彼女の下まで何とか。

 

「どうして……っ! どうして止めないのです!

 私は人理焼却を良しとした竜の魔女で、貴方は世界を救おうとするカルデアのマスター! どちらが大事かなんて、分かるでしょう!

 これ以上進むのなら、貴方も地獄の炎で焼かれますよ!」

 

 ……それはちょっと違う。比較する事に、意味は無い。

 だってこれは俺の我が儘だ。

 確かにここで止めてしまってもいいのかもしれない。彼女はここで永遠を過ごし続けるのだ。――独りきりで。

 

『助けて、誰か。――いや、いや。また、一人で』

 

 そんな事を、見逃せる訳がない。

 苦しい。

 ――けど、止める理由にはならない。

 辛い。

 ――いつもの事だ。

 寒い。

 ――だから、どうした。

 痛い。

 ――きっと、生前の英雄はそれに耐えて生きていた。

 

「ジャンヌっ……」

 

 君の名を呼ぶ。

 また覚えている。消えていく君の表情をずっと。

 

「ごめん……、ごめん、なさい。あの時、手を握れなくて。ひとりのままに、してしまって」

 

 死ぬ時、多分一人だっただろうから。あの寂しさを、覚えているから。

 まるでもう一人の自分を見ているようで。だから、俺は彼女を救いたかった。

 ずっと、どこかで後悔し続けている。

 暗い視界の中で、僅かに手を伸ばす。

 

 

「――全く、滑稽とはこの事だ」

 

 

 男の声と共に目の前に魔神柱が現れた。

 

「そんな死に体で何が出来る。どうして、受け入れる事が最優先だと分からない。

 キミは何故いつも、私を裏切り続けるのか」

 

 男は俺の事を知っているようだけれど。生憎、俺は知らない。

 聞き覚えはあるけれど、思い出す余裕はない。

 

「……まぁ、いい。ここで死のうと、今のキミはカルデアに強制帰還するだけ。

 ここは、一層一思いに、始末しよう。この空間の出来事は、キミにとって悪い夢で終わる。幸い、ここの出来事をキミは覚えてもいないし、カルデアにも観測されない。

 まだ獣として目覚めてはいないようだ。――キミに世界は救えない。眠るように、死んで行け」

 

 魔神柱の眼が、妖しく輝く。

 マズい、避けれないどころか今の状態で喰らえば確実に死ぬ。

 どうする、どうする、どうする――。ここで、終われない。終わるわけになんかいかない。

 ――だって、この命はまだ一度も。生きている意味を示せていないのだから。

 

「喰らえ」

 

 突如、燃え上がる魔神柱。

 そして俺の体はふと浮き上がって、気が付けばレリーフの前まで到達していた。

 見上げれば、面倒くさそうな表情で俺を見る彼女。けれど、俺を抱えるその腕は力強い。

 

「全く……。あぁ、だから私はあそこで負けたのね。

 今なら理解出来るわ。えぇ、本当に」

「……解せないな。お前は人を憎んでいたはずだが」

「えぇ、憎んでいるとも。今も変わらないわ、人間なんか大っ嫌いよ。いっそのこと、燃やし尽くしてやりたいくらい」

「……ほう、やはりお前は聖女とは違う。聖職者であった事は弁えないのかね」

 

 魔神柱がさらに燃える。

 彼女が剣を握りしめたのだ。その炎は彼女の憎悪に比例する。

 

「はっ、神様がいるのなら。そもそも彼をこんな有様にしてないでしょうよ。

 彼は神様ではなく、私の名を呼んだ。私のためにここまで進んで、ここまで傷ついた大バカ者。

 ――なら、そんな彼を救ってあげられるのは、同類の私しかいないでしょ?」

「……ジャンヌ」

「下らないな。彼がお前に何をした? ただ地べたを這いずるだけ。それに意味を求めるのかね」

「……笑わせるわね。――彼は私の名を呼んだ。もうロクに動けない筈の体を引きずって。私の手を握るために、ここまで来てくれた」

 

 彼女は小さく手を握る。その口元が微かに笑っている。

 

「だから私は負けたのよ――負けた以上、敗者が勝者に従うなんて当然でしょ?」

「……解せんな。不可解だ、今なお以て、全くの不可解だ。それが悲劇を生むだけだと何故気づかないのだ、人間共は」

「生きてる限り、悲劇なんてモノはどこにでも転がってるでしょうよ。見ようと思えばみられるし、見なかったことにも出来る。

 ――だからお前は悲劇を見ただけで、体験したわけではないでしょ? ホント、滑稽とはアンタの事ね」

「……貴様」

 

 彼女は俺を下ろして、魔神柱を睨んだ。

 

「私は貴方達と敵対した女。それが何の因果か、ここで残ったばかりか、貴方まで巻き込んでしまった。面倒くさい女に付き合わせてごめんなさい。

 行って。行きなさい、カルデアのマスター。新しい私と縁を繋いで。――どうか、その手を握って。最後まで、離さないであげて」

「……ありがとう、ジャンヌ。ごめん、俺は今の貴方を救えなかった」

 

 背後で聞こえる戦いの音。

 それに振り返る事無く、レリーフに触れた――。

 

「馬鹿ね。救いなら、ついさっき受け取ったわ。

 私にはね、それで充分すぎるのよ」

 

 硝子が砕け散るような音が響いて、俺の前に彼女が降り立つ。

 髪は長く、着ている服もどこか違う。

 俺の体を、仄かな光が包み込んで――体の喪失した部分がもとに戻っていく。

 

「クラス・アヴェンジャー。貴方の願いにより、参上しました。

 全く、酷い有様。私を呼ぶためにそこまでするなんて、バカじゃないの」

「……」

 

 返す言葉がない。

 懐かしい四肢の感触を思い出しながら、立ち上がる。

 

「……まぁ、でも。一応、感謝だけはしておきます。貴方のおかげで、私は今ここにいる」

 

 彼女が剣を抜く。

 魔神柱は未だに健在。――だが、手負いだ。

 ここで充分、倒しきれる。

 

「ジャンヌ……。こんな時になんだけどさ、今この場でいい。

 俺と契約を――」

「貴方ね、ホント馬鹿でしょ。何のために私がここにいるのか。

 よく考えれば分かるでしょうに。

 ……まぁ、でも。そうね、鼻高々に見下ろしてくるヤツらには、一言ガツンとぶつけてあげましょうか!」

 

 令呪が熱を帯びる。

 サーヴァントと契約を結んだ証。

 

「……我が身は泡沫の夢なれど、これより先は現身となりて貴方の剣となる。

 今ここに、契約は完了した――」

 

 パスがはっきりつながったことを感じる。

 俺は一人じゃなかった――そう思えたからか、少しだけ心が温かくなった。

 

「この憎悪、生半可な事では収まらぬ。

 さぁ、指示を頂戴。マスター(・・・・)!」

 

 もちろん最初の一手など迷う必要も無い。

 きっと、彼女はそれを望んでいるだろうから。

 

「――宝具を。焼き尽くせ、アイツの何もかもを」

「――ウイ。最高よ、マスター。

 いい、しっかり目に焼き付けなさい。我らの憎悪を、我らの喝采を。

 さぁ、報復の時は来た!」

 

 魔神柱を数多の炎が燃え尽くしていく。

 再生しようとするソレを、次々と焼き払う。まるで、何もかもを刈り取るように。

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……!」

 

 地面から突き出されるいくつもの黒槍。

 一切の躊躇も容赦も無く、練り上げられた憎悪と怨念が蹂躙する。

 

「――吠え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!」

 

 一人の復讐者の旗の下に、一つの報復が完成した。

 だが抵抗は無意味。反撃は無価値。ソレはここで終わるのだ。

 塵など欠片も残さない。この焔は骨の髄まで焼き尽くす。

 

「さぁ、お気に召したかしら? マスター」

 

 呆然とした。

 確かにジャンヌ・オルタの宝具は見た事がある。けれど、今俺の眼前で繰り出された一撃はその比では無い。

 アルトリアが全を払い、ランスロットは個を斬り捨てる。ならばジャンヌ・オルタのコレは、個を殲滅する。欠片すら残さない圧倒的な力だった。

 ルーラーからアヴェンジャーに霊基が変わるだけで、ここまで威力に差が出るのか。

 もし最初からこんな状態だったら……考えるだけで恐ろしい。

 

「――あぁ、全く。酷く頭が痛むな。何故こうも……。いや、考えるだけ無駄か。

 霧の都でまたいずれ(まみ)えるとしよう」

 

 そうして、レフは消滅する。

 緊張から解き放たれたせいか、その場に座り込んでしまった。

 

「全く、少しはしゃんとしなさい。

 ……ほら、立てますか?」

 

 彼女が手を差し出した。

 その手を強く、握りしめる。

柔らかい日差しのような、小さな温もりがあった。

 

「ありがとう、ジャンヌ」

「……それと、一つ勘違いしないように。アンタはまだ私の正式なマスターになった訳じゃないから。

 まぁ、今回はアレよ。特別サービスみたいなモンだから。

 せいぜい、精進する事ね。私に相応しいマスターになったら……その時はもう一度応えてあげるわ」

 

 その最中に体が消えていく事に気づく。特異点からの離脱――。ここは特異点ではないけど、でも多分、似たような環境だったんだろう。

 余りの出来事に、小さく息を吐いた。叶うのならあんな苦行は御免被る。

 消える刹那に、彼女は小さく口にした。

 

「……これは一夜の夢よ、マスター。悪い夢。だからさっさと醒めなさい。

 そして、もう一度私を、私の手を――」

 

 

 

 

「……覚えてる訳、無いわよね」

 

 アレは本当に特別な事だった。正規のサーヴァントではありえない事。

 けど、それを覚えているのは彼女だけ。

 彼は忘れてしまっている。――けど、それでいいのだ。苦痛を思い出す事はただ苦しいだけだから。わざわざ思い出す必要はない。

 

「あぁ、そうだジャンヌ」

「は、何ですか急に」

「これからもよろしく。頼りないマスターだけど、精一杯頑張るからさ」

 

 そういって、彼は手を差し出した。

 あの時の光景とは真逆で、その事に思わず笑いがこみあげてくる。

 

 

「えぇ、精一杯頑張りなさい、マスター。応援ぐらいはしてあげます」

 

 

 色白で少し細いけれど、握りしめるその手は強く。

 頼りなさそうにも、気丈に振舞おうとしているようにも見える。

 ――けど、その指は確かにここにあり、そして彼女を求めていた。

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 




「――待て」
「……何かしら。時間がないからさっさと済ませてほしいんだけど」
「行くつもりか。主の下まで。
 確かに時は巻き戻された。その縁もまだごく僅かだが、息をしている。辿る事も不可能では無いだろうさ。
 だが、お前のその身は泡沫の夢。正規の霊基ではない」
「……」
「その身体は確実に崩壊する。クラススキルも役にたたん。もし仮に呼ばれたとしても、その場の誰も。その出会いと別れを刻んでは無いだろう」
「……」
「それでも行くのか。誰も、その眩しさを覚えていないとしても」
「……そんなの、決まってるでしょ。
 私はね、ただアイツに会いたいから行くのよ。えぇ、そうよ。この体が、この記憶が、この霊基が燃え尽きようとも。――もう一度。もう一度、あの人に会うために」
「……言伝があれば預かろう。一言ぐらいは添えてやる」
「――必要ない。そんなの、勝手に言いますから。私は夢を見るために復讐者になった訳じゃない。
 ただ、寂しがりな、その手をもう一度――」

 夢はそうして、飛び立っていく。
 ただもう一度、願いを果たすために。

「……良かろう。その覚悟を見せられて尚も傍観するようでは、我が名が廃る。
 ここはひとつ、準備を済ませてから出るとしよう。
 お前も、同じ想いだったのか。……コンチェッタ」


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zero


 時折、影が見える。
 自分の体に、模様が見える。

 これは、何なのだろうか。


 2015年、7月29日夜。

 カルデアの一室にて。

 

「――あー、何か言いました? 教授」

「そう、難しい話ではないよ。君にはAチームに所属してもらうだけだ」

「そいつは、また何とも。オレみたいな三流マスターには、まぁ随分と大袈裟な肩書だ。

 他のエラい魔術師さんの方がいいんじゃないですかねぇ」

「君はまた随分と口が回る。これは期待してもいいのかな? 君ならさぞかし名のあるサーヴァントを召喚出来ると思うが」

「ヒヒヒ、なら当ててみな。生憎、景品は無いがまぁ、そこは見逃してくれ」

 

 レフ・ライノールはシルクハットをテーブルに置いて部屋の主である少年と相対していた。

 少年はニヒルな笑みを零している。ただそれは誰かを貶めるというよりも、ただ笑いたいから笑っているだけのようにも見えた。

 

「……反英雄、だろうね。或いは生前にそれを行った英雄。例えば……裏切りとかかな。後は本来なら存在しないモノ、もしくは悪として捉えられた英霊か」

「ビンゴ。よぉーく分かってるじゃないですか、教授。呼び出された瞬間に殺されるなんて、虚しいだけだ。どうせ生きるのなら、少しでも長く笑えた方がいい。

 人生ってのは、そういうものだ」

「――」

 

 沈黙がよぎる。

 だが少年は表情一つ変えなかった。

 

「オレがカルデアにいる理由知ってるでしょ、アンタ。あのお嬢様の手解きしてたし。

 アイツは成功で、オレは失敗。気が付けば、カルデアに来る以前の事なんて全て消えちまった。あるのは元になったサーヴァントの性格だけ。

 役立たずのごく潰し、要するにタダメシ食らいですよ? シミュレーションでも結果は全敗。それどころか所長サマの方が強い有様。おまけにオレ自体がカルデアの汚点の一つだ。

 可愛げのあるお嬢ちゃんの方が万倍も意味があるだろうさ」

「ふむ、そう何度も自分を責める必要はない。

 欠点は逆に言えば個性とも捉えられるし――」

「――おいおい、そりゃアンタもだ、教授。

 オレはアンプルばっか使われたせいで既にボロボロ。おまけに中身も不安定。事が済むどころか、始まる前に終わってもおかしくねぇし。風前の灯火ってヤツ? あぁ、打ち上げ花火みたいなモンかな。どうせ、終わる夢の欠片さ。

 ――そんなオレをずっと気に掛けるなんざ、時間の無駄だぜ? もっと大切に使えよ」

「……いや、人々が気づくには、遅すぎただけの話だよ。あぁ、そうだとも。

 それに、価値など個人が決めるモノだろう。私はキミの時間に価値があると真剣に思っている」

「……そいつはどうも。ならせいぜい、立派に振舞うとしましょうかね」

 

 そこから交えたのは他愛もない話。

 雑談でしかない、この場において何の価値も持たないただの話。それは人理に関わる事でもない。魔術における事でもない。

 ごく親しい友人が語り合うような、そんなささやかな一時だった。

 

「……申し訳ない、長居し過ぎてしまった。キミには整理する時間が必要だっただろうに。

 では――さよならだ、私の弟子でもあり、家族でもあり、友でもある者よ。キミとの時間は、実に楽しかった」

「あぁ、そうだな教授。アンタのおかげでまぁ、いいモン見させてもらったさ」

 

 そういって、レフ・ライノールは出ていく。

 閉じた扉に、彼は小さく語りかけた。

 

「なぁ、教授。オレはな、このカルデアを悪くないと思ってる。そりゃ肩身狭い場所ですけど? こんな厄介者に語られてもアレですけど?

 当たり前の日々を、何とかして取り戻そうと足掻いている。そんなヤツらが少しでもいるのなら、誰かと一緒に笑って生きていけるなら。紛い物の生き方にも価値があるさ。

 どんな命にも生まれた意味は確かにある。だからオレもコイツも、貴方が見つけてくれて有難く思ってるんだぜ。

 この身体が覚えているモノは全部、貴方から貰ったモンだ」

 

 天井を見上げて、少年はつぶやいた。

 この場でない何者かに、強く問いかけるように。

 

「世界は続いている。

 瀕死寸前であろうが、断末魔にのたうち回ろうが、今もこうして生きている。

 それを――希望がないと、おまえは笑うのか」

 

 なぁ、レフ・ライノール。

 アンタは嘆いてただろ。誰も救えなかった。結局世界は変わらないまま、2015年まで続いてしまったと。人類の物語には終焉があって、だから絶望のまま終わってしまうと。

 この殻は、アンタに拾ってもらったこの命は、救ってもらったからこそ生きていて――最期の時までアンタをずっと慕っていたんだぜ。

 だから証明していたじゃないか。

 いつまでも間違えたままでも――その手で何かが出来る以上、必ず、何か救えるものがあるだろう。

 

「でもまぁ、アンタは忠臣だ。なら、オレにはどうも出来ない。

 悪いなぁ、名前も顔も知らないどこかの誰か。後は任せた。

 オレにアイツを止める事も気づかせてやる事も出来なかった。なら、一緒に死んでやるのが、拾ってもらった恩ってヤツだろうさ」

 

 

 

 

 

『なんだ、何があった……!? 何だ、この世界は……!?』

 

 デミ・サーヴァント実験。

 英霊を指定せず、ただ生み出す事だけを目指したあの光景を忘れはしない。

 燃え盛る部屋。我先にと逃げ出す職員達。

 ヒトがいなくなった暗闇で、不気味に佇む一人の少年。

 

『残念、この殻はもう死んじまったみたいだぜ? 作り物だろうと生きてりゃ、少しだけ幸せな明日があっただろうに。

 なぁ、教授。お前はこんな空洞に何を望む?』

 

 この世界を、作り直そう。望まれなかった誕生に意味があるように。あの少女、あの少年が報われるように。

 そうして君に、君達に――。刹那の命に、永遠を。

 

「知れた事だ。

 (生か)し続けろ、アヴェンジャー。その身体が意味に辿り着くその時まで」

 

 




きっと、悪い人じゃなかった。


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Back to zero

 ――――。






 声がする。獣の呼び声がする。思考が定まらない。何もかもかき混ぜられて、自分と言う存在が潰されていく。

 

 ――倒さなきゃ、殺さなきゃ、消さなきゃ。

 

 でもそれでいい。自我なんてなくていい。

 だって、俺は悪なんだから。

 罰には罰を、毒には毒を。――その答えを、俺は受け入れたのだから。

 そして、彼らに会った時。この選択を、ずっと誇れるように。

 

 彼ら……?

 

 それは、誰だ……?

 

 俺、何で悪を受け入れたんだ……。

 

 あぁ、でも。そんな事はもう、意味がない。

 だっテ、俺ハ――

 

 

 

 

 獣を殺した。悪を殺した。

 殺す都度、自分を縛る鎖はますます強くなって。けれど、それでもかまわない。

 呼び出されれば、そこは戦場だ。地獄だ。願いなんて、意味は無い。やるべき事をやるだけだ。

 

 ――あぁ、そういえば。

 

 呼び出される戦場には、いつも誰かがいたな。

 アレは、誰だ。

 その都度、何かを叫んでいるけど。誰かを呼んでいるけど。

 

 あぁ、そうか――。アレも、悪なんだな。

 

 

 なら、イツカ、殺サなきゃ。

 

 

 にしても、頭のコレ邪魔ダナ。こんなの、イつカらあっタっけ。

 

 

 まぁ、でも。どうでも、いいナ。

 

 

 

 

 

 そこは末世だった。全てが辿り着いた、名も無き戦場だった。

 何もかも染められた悪と人々が戦っている。

 黒い少女達が、何かを強く叫んでいる。

 

「私は、きっと、呼ばれるべきじゃなかったのね」

 

 雪の少女はそう言った。

 彼がここまで堕ちた切っ掛けは自身にある。

 もう、彼は止まれない。悪に成った者を、救う手段は無い。

 彼が獣を狩れば狩るほど、彼自身は純粋な獣として完成されていく。そこに人間の機能など不要だ。彼はもう、何も覚えていない。名前を呼ぶ事も、笑う事も、怯える事も無い。

 止めるべきだったのだろうか。それが彼の意志だったとしても。彼が悪に染まり、倒される運命にある事を知って尚、望んだとしても。

 

「……ごめんなさい。やっぱり、私はあの時みたいに『いらないよ』って、言われなきゃいけなかった。

 貴方の夢を、悪夢にしてしまった。私にカタチをくれた貴方を、本当の獣にしてしまった。それがどういう事か、分かってる筈なのに」

 

 少年の左手が赤く輝き、悪に堕ちた者の体を貫いた。

 染められていた黒が消えていく。

 そこには一人の少年が立っている。握っていた得物がその手から、滑り落ちた。

 彼が消えていく。消滅していく。

 彼は本来、サーヴァントではない。悪になるべき者として、この世の果てに閉じ込められていた者。この世全ての悪を押し付けられただけ。

 だからここで消えれば、彼は本当に消滅する。もう二度と、現界する事は、無い。

 

「――あぁ、そう。そうだったのね、今更気づくなんて」

 

「この日々が幸せだったのは、貴方が貴方だったから。一緒にいて、笑ってくれて、手を握ってくれて」

 

「ごめんなさい、マスター。私は、遅すぎたのね。知ってる筈なのに、終わりになってようやく気が付くなんて」

 

「――だから、せめて。貴方のサーヴァントとして、務めを果たさせて」

 

“どうか、彼にもう一度答えを探す世界を。

 そして今度こそ、悪にならない道に辿り着けますように”

 

 世界を握りつぶし、書き換える。この未来を剪定する。

 全てをまた、始まりに戻す。

 でもそれは。本来してはならない事。魔法ですら成しえない奇跡など、その代価は余りにも大きい。

 けれど、彼女は笑って。

 

「さよなら、マスター。

 もう貴方には会えないけど。言葉を交わす事も、触れてもらう事も。全部無かった事になるけれど。

 貴方といた夢の日々は残り続けるわ」

 

 空が巻き戻っていく。結末を見届けた歴史が無かった事になる。

 それは人として願ってはならない事。全てを否定する事。時代に生きた人々の積み上げたモノを踏みにじる事に等しい。

 でも、それでも――

 

「大切な貴方には生きていて。強く、笑って欲しいから」

 

 自身に何も見いだせないからこそ、誰かの為で在り続けた少年。

 その共感がきっと、彼女の得たモノ。

 小さく息を吐いて。

 彼女は消えていく自分の体を眺めていた。

 もう、自分が呼ばれる事は無い。

 多分呼ばれたとしても、それはきっと。

 私じゃない誰かでしょう。

 

「どうか、その夜が明けますように」

 

 もう二度と、彼が夢を見ないのだとしても

 貴方が幸せなら、ただそれだけで――。

 

 

 




 いずれにせよ、その末路は変わらない。

 ならば、覚悟を胸に。

 運命を、選択せよ。


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終わりの光景

 時折、雪を、思い返す。


 時折、割れるように頭が痛む。

 まるでここを知っているかのように。けど、俺の思い出す限り、そこは知らない場所の筈。

 一度来たことがあるかのような懐かしさがあった。

 

「――っ」

「どうかされましたか、マスター」

「いや、大丈夫」

 

 ここは特異点だ。生きる事を考えなくちゃ。

 幸い、無視できない違和感程じゃない。本当にごく小さな。巨大な絵画の片隅に付着するシミのようなモノ。だから大丈夫。

 

“あぁ、でも”

 

 痛む。

 頭の中が酷くかき混ぜられているかのように。

 傷む。

 何か大事なことを、忘れてしまっているように思った。

 悼む。

 ずっと傍にいた誰かを、思い出せないような気がする。

 

「……」

「マスター、行くぞ」

「あぁ、今行く!」

 

 理由は分からない。思い当たる節もない。

 何でか妙に、泣きたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四特異点ロンドン――霧の都の地下で、俺と立香は人理焼却の張本人である魔術王と対峙していた。

 

「……魔術王」

「マスター、下手に動くな。既にここの全ては奴の間合いだ」

 

 汗が垂れる。意識しなければ呼吸すら止まってしまいそうな程。

 サーヴァントとは比較にならない重圧が、心臓に直接圧し掛かって来るようだった。

 俺を庇う様にアルトリア・オルタが立つ。少しだけ、呼吸が楽になった。

 

「堕ちた聖剣か。――尚も輝きを失わぬ星の欠片。

 だが無意味だ。我が光帯の前では星の輝きなど一部にすぎん」

「……ならば受けてみるか、魔術王」

 

 バイザー越しに彼女が魔術王を睨みつける。いつもなら皮肉で返すはずの彼女の言葉はいつになく少ない。

 彼我の距離は充分開いているが、彼女の魔力放出ならばすぐに埋められる。周囲のサーヴァントを見る。

 ジャンヌ――彼女なら、攻撃のタイミングを合わせられる。防御はランスロットがいるから問題ない。

 ようやく動き始めた頭で、戦術を組み立て始める。――だが、それはもう何の意味もなさなかった。

 

「数だけは多いな。手間ばかりかかる……。丁度、良い。我が力の一端、つま先ほどであるが、見せてやろう。

 有象無象の現象よ――跪け」

 

 ――瞬間、全てのサーヴァントが地に倒れた。その総身に重圧がかかっているかのように。

 英雄と呼ばれた者達、カルデアで最高の戦力を持つサーヴァントが皆、地面に這い蹲っている。

 立香もマシュもその重圧に耐えられず、四つん這いにならざるを得なかった。

 そんな中で俺だけが立っている。まるで、これから見世物にされるかのように。

 

「――余興だ。貴様らがどうあがこうとも、何一つ変わらない事を教えてやろう」

 

 魔術王とは充分に間合いが空いていた。

 ならば、何故。すぐ目の前に、その魔術王がいる。

 咄嗟の事に、体が反応できない。

 

「――っぁ」

 

 頭を鷲掴みにされた。万力で締め付けられているような鈍い痛み。

 猶更ひどい頭痛が、さらに増していく。

 

「マス……ター……ッ!」

「放せよっ……!」

 

 魔術王の視線が、彼を射抜いた。

 どす黒い感情が篭ったその瞳に、息が詰まりそうになる。

 けど、そのどこかに。小さな光があるようにも見えるのは一体なぜだろう。

 

「……愚かだ、お前は本当に人理を救済すると言うのか」

 

 それは先ほどまでとは違う声だった。人類でもサーヴァントでもなく、俺個人に向けられた声だった。 

 懐かしさを覚えたのは何故だろうか。

 

「それが貴様の存在を否定し、そして行き着く先が決定的な死であってもか?

 お前が守るべきモノが、例えどんな形になろうと、お前自身を拒絶するとしても?」

 

 ――。

 息が止まる。

 初めて聞いた筈なのに、何故かどこかで受け入れている。やはり、この結末はどうあっても避けられないのだと。

 あれだけ死にたくないと思っていたのに、その現実を何故こうも、容易く受け入れられる――いや、違う。

 この感情を、この恐怖を。そしてそれを押し殺した何かを、少なくとも俺は知っている。

 けれど、言葉が出てこない。

 

『待って、待った、待ちなさい。どういう事だ、魔術王。

 人理を修復したら、アラン君が、死ぬ……?』

「フン、やはりか。墓場まで持っていくつもりだったな。

 元の歴史で、この残骸は既に死亡している。それが人理焼却と言う例外で生き延びただけに過ぎん」

 

 ――あぁ、そうか。そうだったのか。

 どう足掻いても、結局俺は死ぬ事を避けられないのだ。

 そんな事実を突きつけられたと言うのに、体は不思議なほど落ち着いている。

 

『違うっ! 人理修復前に彼が生きていたことは皆が知っているんだぞ! デタラメを――』

「やはり変わらないな人間は。都合のいい結果だけを求め、積み重ねられた悲劇を諦観し、最後には目を逸らす。そうして、意味のない死ばかりを積み重ねていく」

 

 魔術王の瞳が俺を捉える。

 その最奥に吸い込まれていくような錯覚。そこで俺はようやく、魔術を使われているのだと気付いた。

 だがもう、振り払うには遅すぎる。

 

「あぁ、そうだ。ならば教えてやろう、お前の生前を。お前が逸らしている記憶を」

 

 瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 ――奇跡(地獄)を見た。

 死んだ筈の生を繋ぎとめる。そのような奇跡を以て、そこから地獄は始まった。

 

 

 死にたくない。

 

 初めまして、マスター。私は一夜の夢の様なもの。貴方の望むがままに叶えてあげましょう。

 

 どうかこの時が、永遠に続いてくれればいいのに。

 

 今日も酷い面構えだな、マスター。まるで大悪党だ。

 

 あら、心底酷い顔ですね、マスター? まるで悪人面、大悪党みたいよ。

 

 あの、マスター。どうかお気になさらず。

 

 

 ――悲劇(地獄)を見た。

 終わりに近づく道程だった。生き残りたいと、地獄の中で願った。

 

 

 ヤツらに絶望を下せ。

 

 そんな、何で、こんな事に……!?

 

 そこまでだ、ビーストⅠ。

 

 お前達には、生きていて――。

 

 俺も、そっちに行けるかな。

 

 

 ――決意(地獄)を見た。

 如何なる暗闇の中にあろうと、鈍く光を放つ色を見た。

 

 

 自分の死が、誰かの道に繋がっている。

 なら、私はそれだけで良かったんです。

 

 そなたが、思うがままに生きよ。

 

 でも、そんなボクのてを、とって、くれたから。

 

 私はカルデアの方達からたくさんの事を貰いました。それを少しでも返したいから。

 

 俺はマスターだから強くはないけど。それでも、苦しんでいる誰かがいるのなら。それに手を差し伸べるくらいは出来るし。

 

 

 ――理想(地獄)を見た。

 自分と言う色を知った。恐れていたのは、死ぬ事では無く、何も残せない事だった。

 

 

 これ以上、望む事は何もない。

 

 俺の欲しい結末はここにある。

 

 

 

 いずれ辿る、未来(終わり)を見た。

 あらゆる運命を辿ろうとも、人理修復の最期に必ず俺は死ぬ。

 どんな並行世界だろうと、それは変わらなかった。

 

 

 

 

「……ぁぁ……」

 

 全部、思い出してしまった。彼女が、消えるまでの瞬間すらも。

 結局、俺の覚悟に意味はなく。何もかもを忘れて、本当の獣に成り果てたのだ。そうしてカルデアに倒された。倒された以上、今度こそ消滅する運命にあったのだ。

 それを見てしまった彼女は、そんな俺を救うために。世界そのものを書き換えた。その代償に彼女は消え去ったのだ。

 たった一人の死にぞこないの我が儘で呼び出され、利用され、結局彼女は満足に何かを全うする事もなく消えた。

 

「……」

 

 夢は悉く、醒めて消えるのが道理。けどこれでは、彼女があまりにも報われない。でもその結末を招いたのは、誰でもない俺自身だ。

 消えるのは、死ななくてはならなかったのは。俺だったんだ。

 

「……」

 

 視界が定まらない。

 頭を何かが渦巻いていて、何もかも塗りつぶされた。

 真実を突き付けられた。肉体よりも心が強く、悲鳴を上げている。

 失ったモノの大きさに、ようやく気づいた。

 

「ようやく思い出したか。どんな記憶だ? 希望か、絶望か。それとも虚無か。

 まぁ、どれでもいい。――幕を引こう。それがどのようなカタチであれ、貴様には明確な終わりしか存在しない。眠りながら消えるがいい」

『ロマニ! 早く彼の離脱をっ!』

『やってる! ああっ、くそ……!』

 

 魔術王が俺の体を吹き飛ばす。

 藁屑のように吹き飛んだこの体は地面を何度も転がって、ようやく止まった。

 あぁ、そうだ。魔術王の言う通りだ。俺のした事にも、そして俺自身にも価値はなかった。

 既に俺は死んでいた。だから、その時点で生命の意味なんて途絶えていたのだ。

 抗う気なんて、これっぽちも起きなかった。

 

「……」

『そうか、陣地作成……! だからこちらからの操作は受け付けないんだ!』

『! まさか、レイラインに干渉されてるのか!? これじゃあ、離脱は無理だ!

 アラン君っ! 逃げるんだ!』

 

 魔術王が指先を俺に向ける。数秒後に訪れるのは今度こそ逃れられない死だと、いやでも分かる。

 そして、これが俺の結末。何も残せなかった、哀れな男の――。

 我儘で誰かを振り回し、利用し、そうして裏切って、最後に何かを全うする訳でもなく消滅する。

 そんな都合のいい俺だけが、消えずにただここまで生き延びてしまった。

 だから、これは報いなのだろう。全てを裏切った者に相応しい末路なのかもしれない。

 

「……」

『聞こえないのか!? アラン君っ!』

『違う、魔術の干渉を受けたんだ! このままじゃ……!』

 

 その指先に魔力が集い始める。けれど、不思議な事に恐怖は無かった。

 もう、終わろう。

 ここで死んでも、きっとカルデアは大丈夫。魔術王は俺だけを始末して帰るだろうから。

 もうここで、歩みを止めてしまっても――

 

 

“――本当に?”

「……え」

 

 空耳だろうか。聞き覚えのある声がした。

 吹き飛んだ拍子に服から零れたのか、一枚の呼符が頭上を揺らめきながら落ちてくる。

 確か、前にダヴィンチちゃんから貰った物の残り。受け取る代わりに、しっかり保管出来るようにと念押ししたのだったか。

 

 

“残るものはあるわ。例え消え去ったとしても、夢の名残はあり続ける”

 

「――」

 

“貴方自身が手を伸ばせば、まだ届く。さぁ、貴方の望みを、教えて”

 

 

 彼女の声がする。冷たい魂が鼓動を打つ。心に血が通い、囚われかけていた理性を取り戻す。

 危うく誘導されてかけていた――否、都合のいい道を選ばされていたと言った方がいいか。

 

「……そうか」

 

 かつて死を恐れていた感情は闇に溶けた。

 守るために振るった力はこの手から消えた。

 寄り添っていた雪はもう、どこにも見えない。

 だけどまだ、(オレ)が残っている。

 もう彼女はいないけど、彼女と共に歩んだ体はここにある。

 だから、まだ。夢は続いている。

 

「――ありがとう」

 

 震える手を、精一杯伸ばした。

 呼符に指先が触れる。それは冷たくて脆い、まるで粉雪のよう。

 一枚のソレを、強く強く握りしめた。もう二度と、離さないと。

 

“幾度の夢から覚めようとも、必ず貴方に会いに行く。だってそれが、サーヴァントの務めですもの。

 さぁ、行きましょうマスター”

 

 きっと、この先も地獄なのだろう。そうしてこの体はまた欠けていくのだろう。

 

 でも、思い出せる人々がいて、懐かしい風景がある。

 

 何度でも手を伸ばせるし、何度だって立ち上がれる。

 

 この生命は余りにも無意味で、無価値で。何も残されていなかった。

 

 だが、器は彼女が貸してくれた。故に生命は意味を示した。

 

 夜が明ける。降りしきる雪はただ近くに。月下は闇を照らす。

 

 

「証を示せ、我が運命」

 

 

 この体はきっと、誓いのために生きていた。

 

 

 

 

 風が吹き荒れる。

 彼が呼符を手にした瞬間、いくつもの虹色の円陣が出現しまばゆい光と夥しい魔力を放ち始めた。

 それは見違えるはずもない。英霊召喚の儀。それもかなりの力を持ったサーヴァントが呼び出される時に匹敵する。

 

『なんだ……一体、何が……』

 

 風がやんだ。

 中心に男が一人佇んでいる。白い羽織と下に着込んだ黒い着物、首元に巻いた赤のマフラー。

 腰には一振りの刀が差してあり、左手にはナイフが握られていた。

 その眼が蒼く光る。体には魔術回路が浮き上がり、溢れる魔力が紫電となって体表を奔る。

 視線が見据える先は魔術王。その眼差しに揺らぎは無い。

 

「――久しぶり、だな。魔術王」

 

 その声は掠れていて、まるで焼き付いているようだった。

 まるで別人ではないかと思う程。長く旅をしてきて、擦り果てたようにも聞こえる。

 

「無様な。サーヴァントを宿したか。だがそれでどうなる。

 冠位に歯向かうなど――いや、待て。貴様、一体何をした? その霊基は何だ?」

「何をしたか、なんて。お前なら分かるだろ。そしてオレがこれから何をするかも。

 こんな人間、お前は何度も見てきただろうに」

「――無謀だ。大人しく醒めて消えるが、貴様の幸福だと何故気づかない。

 死に怯えながら生きるなど、ただ苦しむだけだというのに」

「簡単だ、死よりも怖い事がある。

 だから、オレはここにいる」

 

 その男は、一本の刀を手に、ただ静かに魔術王を見つめた。

 

 

 

 自分の我欲で、彼らの思いを引き裂いた。

 

 自分が生き残りたい一心で、魔術王の裏切りに手を貸した。

 

 それが過ちの始まり。

 

 俺という魂が犯してしまった、罪。

 

 だからこれは、願いなどではなく。

 

 もっと、独善で、矮小で。

 

 どうしようもない、自分に向けた。

 

 ――(ちか)いだ。

 

 




 ――奇跡を欲するのなら、汝。
 自らの力を以て、最強を証明せよ。


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この世全ての

 この全てを、使い切るために。


 オレは呼符を使い、英霊召喚を行った。そうして呼ばれたのは彼女だったはず。

 ――だが、彼女はもういない。その霊基だけが譲り受けられただけ。

 それが何を意味するのかなんて、とっくに分かっていた。

 

「――」

 

 もう彼女は、この世界のどこにも存在しない。

 一人になるのが苦手だった、一人の少女。

 心のどこかに空白があるせいか、酷く体が冷えている。

 彼女を想って、首に巻いたマフラーをそっと握りしめた。

 

「……」

 

 千里眼を使ったのか、魔術王はオレを静かに一瞥した。

 その眼差しから感じるのは侮蔑ではなかった。

 今、魔術王はここだけを見ている。立香とマシュ、他のサーヴァント達から目をそらしている。

 あぁ、それでいい。今この場においては、それだけが活路だ。さすがの魔術王も、カルデアからの介入を妨害はできない筈。今のオレがいる限り。

 

「ドクター、皆の転送をお願いします。

 今ならオレ一人に目が向いているから、急げば出来る筈です。時間なら、稼ぎ続けますから。

 ここから先。どうか皆を、頼みます」

『……アラン君、ダメだよ許可できない。君も一緒に』

「相手はグランドキャスターなんです。下手すれば全滅だってありえる。

 人理を、修復するんでしょう。なら――なら、オレ一人ぐらいの犠牲は受け入れてください。カルデアの目的は果たされ、立香達は日常に戻れる。

 所詮、オレは死人です。生きている限り、結局死ぬ事には変わらない。

 なら、立香を、マシュを、サーヴァント達を選んでください。オレの今なんかより、彼らの明日を」

 

 歩き出す。一歩進むごとに、確かに死地に近づいていると感じていた。

 地面に蹲る皆の傍を通り抜けて、オレは魔術王に近づいていく。

 もう、後退りは許されない。進む事しか残されていない。

 不思議な事に恐怖は無かった。ただコレがきっと、やるべき事なのだと。

 魂がそう理解していた。

 

『……――スタッフ総員に通達。立香君とマシュを、第四特異点から離脱させる。

 そして二人の安全を確認次第、アラン君も離脱させる。急ごう!』

 

 ありがとう、ドクター。

 そしてごめんなさい。貴方に嘘まで吐かせてしまって。

 魔術王がこの場にいる限り、オレをここから離脱させるなんて事は叶いません。

 多分貴方はずっと後悔するでしょう。

 それが間違いでもいい。何一つ正しくなくたって。

 それでも貴方には生きて欲しかった。

 オレ達にとって貴方は、父親のような人ですから。

 

「アラン……っ!」

「ダメ、です、アランさんっ! 何とかする手段があるはずだからっ。今まで、一緒に歩いてきたじゃないですかっ!

 所長のように、いなくならないでっ……!」

 

 立香、マシュ。

 二人ならきっと大丈夫。どんな事があったって、切り抜けていける。

 だってお前達は、世界を救うから。いつか、必ず。

 死人でしかないオレだけど、二人の助けになれたのなら。オレがカルデアにいたのも、意味があったんだろう。

 ここは必ず守り抜くから。どうか、健やかに。そして強く。その道が少しでも長く続くことを祈っているよ。

 

「マスター……! 行かないでくださいっ……! 貴方の剣になると、誓った筈っ! だから……だから……!」

 

 アルトリア、ありがとう。貴方の剣には何度も助けられた。

 戦場にいる時の貴方は本当に頼もしくて、けどカルデアでは子供みたいにいつも何かを食べていて。

 英雄だろうと、確かに人の子だと胸を撫で下ろした事を覚えている。貴方を見て、オレは初めてサーヴァントを理解しようと思ったんだ。

 

「マスターっ! 約束、したじゃない! 私と一緒に、地獄の炎で焼かれるって……! お願い、お願いだから……! 行かないで……っ」

 

 ジャンヌ、貴方の振る舞いに何度安堵したか。

 貴方はオレと同じだった。元より何も無いオレ達。今ある事さえ不安定で。だからきっと、オレは貴方に居場所を求めていたんだ。

 貴方は自分の炎を怨念だというけれど。オレにとっては、温かい灯なんだよ。

 

「マスターっ、いけません……! どうか、お戻りを!」

 

 ランスロット――その心遣いはさすが騎士との賞賛ばかり送るしかなくて。

 何も返せないマスターに、ずっと気づかいをしてくれていた。マスターとしても、人としても余りにも未熟過ぎたオレを献身的に支えてくれた。

 

 

 皆、大切な人だから。オレに色彩をくれた人々。

 だから、守らなきゃ。命に替えても。

 オレの今を、皆の明日に繋げるために。

 それがきっと、今やるべき事。

 オレは死人だから。なら今を生きている皆を守らなきゃ。

 

 

「――ばいばい、皆」

 

 

 口から出たのはそんな言葉だった。

 もっと言いたい事はあったけど、それは全部まとめて墓場まで持っていくことにした。

 こんなオレには贅沢な場所だった。恵まれた環境と善き人々。

 死人が行き着く先にしては、とても温かかった。

 最期までこの感情を言葉にする事は出来なかったけど。

 でも、幕切れは名残惜しいくらいがいいのかもしれない。

 

 

 

 足が止まる。

 

 もうオレの前には魔術王しかいない。

 

 これでいい。これから先、オレは二度と後ろへは下がらない。

 

 さぁ、行こう。

 

 最後の一仕事だ。

 

 

 

「……解せんな。人間如きがこの体に敵うと。

 本気でそう思っているのか」

 

 心底分からないと、そう言いたげに魔術王は吐き捨てた。

 その問いが、今のオレにはあまりにも滑稽だ。

 視える、魔術王の体。その周囲を取り巻く薄い魔力の壁。おそらくアレを突破しなければ魔術王にこの刃は届かない。

 だが届かない距離じゃない。

 この全霊を懸け、死力を絞りつくせば相手も本気を出さざるを得ない筈。命を賭ければ、その身に届く。

 その手に魔力を込める。この体に備わった魔術回路は未熟だ。質も低ければ量も無い。へっぽこもいいところだ。

 だが、彼女がいる。彼女との繋がりが、オレに戦う術を与えてくれる。一度きりの奇跡を、ここに為す。

 

“接続開始――”

 

 魔術回路を起動。全身を駆け巡る回路の悉くを酷使する。

 

「確かにそうだろうさ。その体はあらゆる魔術の祖でもあり、奇跡を果たした王の器だ。

 ――だが、その眼は飾りか? 魔術王」

「……」

「オレは無意味で無価値だ。肉体が死んでもこの魂は死にきる事を拒んだ。

 そうまでして生き続けて。オレはここにいる。いくつもの出会いと別れを経て!」 

 

「過酷な時代を生き抜いた人々に支えられて!」

 

 過るのは特異点で出会った人々。

 フランスの兵士と町の住民。

 ローマの兵士達と国民。

 水面に眠る財宝に明日を賭ける名もなき海賊達。

 

「未来へ語り継がれていく英雄達に導かれて!」

 

 胸の奥には英霊達の言葉がよぎる。

 彼らの言葉が、勇気を与えてくれる。

 

「オレは、此処にいる!

 ――お前に挑むのは、生きる事すら出来なかった人間の紛い物だ!」

 

 根源接続完了。

 

 探索開始。

 

 検索終了。

 

 魔力探知開始。

 

「目障りだ、消えろ」

 

 魔術王が一工程で魔術を放つ。

 いくつもの光弾が展開。ほぼ同時に射出される。それも全て背後の立香と彼らを狙って。

 触れればサーヴァントですら致命傷となりうる濃度の魔力を秘めている。それが複数。

 まるで爆撃のよう。これに対応できるのはキャスターのサーヴァントでもほんの一握りだろう。

 だが、この体は別だ。

 今、この場においてオレの全てが。魔術王にとって脅威となり得る。

 

「――させるかよ」

 

 魔力探知。

 

 術式解析開始。

 

 解析終了。

 

 魔術検索開始。

 

 検索終了。

 

 術式起動。

 

「何……?」

 

 全く同じ光弾が突如、周囲から現れて射出。

 魔術を、相殺した。

 立香達を狙っていた全てを、叩き落したのだ。

 

「……ハハッ、ハハハハハハ!!! 貴様、繋げたな!? 何だ、何の英霊だ!」 

 

 ――彼女の顔がよぎる。

 オレが消してしまった一人の少女。

 そんな彼女が、遺してくれた最期の力。

 

「別に。英霊でも何でもない。独りになるのが苦手だった、ただの――」

 

 根源接続――。疑似的にそれを再現した。言葉にすればただそれだけだ。

 魔術王の放った魔術を解析し、それを相殺できる魔術を放った。

 奴はあらゆる魔術の祖。すなわち全知全能が宿っている。――だが、それだけだ。今、オレの中は、根源を通してこの世全ての人々がいる。その中にいる彼ら。この時代まで生きていた魔術師達の積み上げてきたモノならば、魔術王の術式に対して充分相殺し得る。

 これなら相手もオレ一人に注視し続けるしかない。オレを殺さない限り、魔術王はカルデアに手が出せないのだから。

 ドクター達の手で、立香がこの場を離脱するまで。彼らの全てを借りて、時間を稼ぎ続ける。

 その代償が何であるかなど、もうとっくに分かっているけれど。

 それでもオレはこの道を選ぶ。この選択に悔いは無い。

 

 

「覚悟はいいか。終わりまで付き合ってもらうぞ、魔術王」

 

 

 ――オレの命が、尽きるまで。

 

 

 

 






 閉ざされた楽園。塔の中で、青年は言葉を紡いだ。

「白紙化した地球。生きていた人々は燃えつくされ名前すらも全て焼失した。
 魔術王にとっては驚きだろう。
 例え今の状況では、いかなる手段を用いたとしても魔術は意味をなさない。繋がりが途絶えているのだから」

 それが根源に接続したとしても変わらない。繋げた先すらも、全てが燃え尽きる。
 人理焼却は文字通り全てを焼き尽くすのだから。

「――それでこそ、私の出番と言う訳だ。観る事なら、私の専門だからね。物語なら全て覚えているとも」

 彼がしたのは単純だ。少年と根源の繋がりにただ介入しただけの事。
 手がかりがあれば、見つけるのは容易い。

「少年、あの嵐に立ち向かう準備はいいかい? ――なんて、聞くまでも無かったね」
 
 彼の周囲に花が咲き誇る。
 杖を片手に、彼方へと呼びかけた。

「これは死と断絶の物語ではない。限られた生の中で、終わりを知りながら出会いと別れを繰り返す者達。
 輝かしい、星の瞬きのような刹那の物語。――即ち、この世に生きた人々の話(愛と希望の物語)をするとしよう」



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訣別の時、来たれり

 生き残ってしまった。

 そんな俺に貴方達は居場所を、そして確かな日常をくれた。

 貴方達がくれた恩は、必ず返す。


 今がその時だ。





 駆け出す。踏み出すとともに全身の魔術回路をさらに補強。

 直死の魔眼――魔術王とて死ぬ事が難しくとも影響を受けない訳ではない。致命傷に成りうるならば虫の刃とて脅威だ。ヤツがそれを知らない筈がない。故に必ず回避する。

 それを繰り返し続ければ、時間を稼ぎ続けられる。

 だがオレの体は魔術回路を絶え間なく使用し続け、魔術王の体を追い続けなくてはならない。

 忘れるな、これは外敵との戦いではない。崩壊していく体を、どこまで繋ぎとめられるか――即ち自分自身との戦いに他ならない。

 

「助けを乞え! 怯声を上げろ! 苦悶の海で溺れる時だ。

 それが、貴様にとってただ一つの救済であると知れ」

 

 激突する。

 魔術王の放つ攻撃に対して、自動的に同じ魔術が放たれる。

 その衝撃に吹き飛ばされぬよう、強く大地を踏みしめながら。されど一度も足を緩めることなく、ただ駆け抜ける。

 残り、数メートル。

 魔術王が詠唱に移行する。詠唱が終わる頃にはオレはきっと、その間合いに入っているのだ。

 なら、それを弁えた上で間合いを見図らうだけの事。

 

 検索開始。

 

 適合魔術確認。

 

 魔術刻印複製開始。

 

 刻印複製完了。

 

 今ここに、正義に成り切れない執行者を再現する。

 

『僕はね、正義の味方になりたいんだ』

 

 “固有時制御――三倍速!”

 

 世界が加速。武器を振るえば、もう届く。

 魔術王が詠唱を中断する。

 一工程で放つ一撃。だが並のサーヴァントなら消し飛びかねない。

 ――だが、オレにとって刃を振るう時間があるのならそれは無意味に等しい。

 魔術を殺し、返す刃でさらに一閃。

 硝子が砕けるような音――魔術王を守護する結界の一つが消失する。

 

「っぁ……!」

 

 突如、全身が悲鳴を上げ固有時制御が解除される。

 世界の修正による反動。自身の力量、魂すら超えた代償。

 視界をノイズが走る。景色が一瞬だけ灰色に抜け落ちた。

 だが追撃する隙が目の前にある。ならば、戦うだけ。

 

 検索開始。

 

 検索終了。

 

 魔術刻印複製不要。

 

「儀式礼装、投影開始」

 

 その指に挟む三本の黒鍵。

 相手との間合いは近い。最大威力を放つには十分。

 

 魔術複製物確認。

 

 使用手段検索開始。

 

 適合者確認。

 

 適合開始。

 

 今ここに、神の使徒である彼らの技量を再現する。

 

『喜べ少年。君の望みはようやく叶う』

『例え偽善でも、何となく救いがありそうじゃないですか』

 

 黒鍵を投影。間合いを離す魔術王に投擲する。その一撃に物理的な防御は意味を成さない。

 だが、結界の前に容易く弾かれる。――だがこれで、遠距離で結界を破壊するは不可能だと理解した。彼らの力が通用しないのであれば、これ以上のモノは無い。

 視界をノイズが走り、加えて景色すらも色褪せる。先ほどよりも時間が長い。邪魔だ。

 魔術王と目線が合う。

 その瞳の奥が怪しく輝く。

 

 検索開始。

 

 呪いを与える魔術と確認。

 

 検索完了。

 

 神を求め月に散った、求道者の願いを再現する。

 

『人生とは無意味と有意味のせめぎ合いだ』

 

「add_curse――!」

 

 呪いを相殺――。

 魔術王の周囲に魔力が立ち込める。

 

 検索開始。

 

 結界術式を再構築と判断。

 

 検索終了。

 

 最期に光を見た、黒き暗殺者を再現する。

 

『友人を助けるコトに、そう理由はいらないだろう』

 

「seal_guard……!」

「貴様ァッ……!」

 

 結界構築を妨害。

 さらに追撃する――!

 

 検索開始。

 

 検索終了。

 

 魔術刻印複製。

 

 今ここに、地水火風空を修めるアベレージ・ワンを再現する。

 

『事の正否なんて考えず、ただ物事に打ち込めることが出来たら、それはどんなに純粋な事なんだろうって』

 

 ナイフに魔力を通す。性質を変換。

 

「―――Vier Stil Erschiesung……!」

 

 虹色の輝きが放たれる。大英雄の命の一角を削り取った一撃。

 それを魔術王は凌いだ。

 

「無駄な動きをするなッ!」

 

 魔術王の掌が向けられる。超濃度の魔力を確認。

 

 検索開始。

 

 検索終了。

 

 結界複製。

 

 今ここに、矛盾した螺旋の果てを求めた求道者を再現する。

 

『人間には、誰も救えない』

 

「――粛!」

 

 空間が炸裂する。その余波が、頬を薄く裂いた。

 魔術王が手を翳し――瞬く間にその周囲に四つの魔神柱が顕現する。

 

 検索開始。

 

 召喚術式再現不可能。再度検索開始。

 

 検索終了。

 

 魔術刻印複製開始。

 

 今ここに、人を愛せぬ人形師を再現する。

 

『全く老人どもは古臭い!』

 

「影は消えよ。己が不視の手段をもって。

 闇ならば忘却せよ。己が不触の常識にたちかえれ。

 問うことはあたわじ。 我が解答は明白なり。

 この手には光。この手こそが全てと知れ――――。

 我を存かすは万物の理。全ての前に、汝。

 ここに、敗北は必定なり……!」

 

 まず一柱を燃やし尽くす。

 まだ動き出さない。次の一手を警戒している。

 

「repeat!」

 

 残り二つ。まだ行動には移っていない。

 

「repeat!」

 

 残り一つ。その柱が怪しく輝き始めた。

 全体攻撃――だがこちらの方が僅かに速い。

 

「repeat!」

 

 三度の詠唱を以て、残りも殲滅する。

 眩暈がする。今にも倒れそうになる体を無理やり立たせて。叫び続ける魔術回路を容赦なく、酷使する。

 

「っぁ……!」

 

 彼らの全てを宿した。彼らの積み上げたモノ全て。つまり、それは彼らの人生を全て追体験した事に他ならない。その運命に、心が欠けそうになる。

 あぁ、そうだ。なら悲しみを見たくないと。永遠を望むのは当然だ。

 潰えそうになる意思。けれど、記憶がそれを支えてくれる。まだ、戦える。

 魔術王は微動だにする事無く、ただ静かにオレを見つめていた。

 

「……どうした、来ないのか魔術王」

「……フン、今更分かっているだろう。

 我らが手を下すまでもなく、お前は敗れる」

「――!」

 

 こふっ、と血液が体を逆流し、血だまりが地面を赤く染める。

 既にオレの回路から魔力は尽きていた。それでもこの場では戦わなくてはならない。立香がここを離脱するまで。カルデアの皆が、生き延びるまで。

 故に命を絞り出しているのだ。これなら数分は持つ。その後など今はどうでもいい。

 崩れ落ちそうになる体を、無理やりつなぎ留める。

 まだ、戦える。

 

「既にその身体から魔力は尽きている。

 さらに使おうとすれば、それは命を縮める事と知れ」

「――笑わせるな、魔術王。

 今更、戦う相手の心配か? とっくに死んでいたヤツに?」

 

 笑みがこぼれる。

 残る命を、さらに魔力に変換する。

 

「オレは、遺ってしまった命を使い切るために」

 

 この体の全てに代えてでも。

 必ず、彼ら(カルデア)への恩を返す。

 そう、決めたから。

 オレは――

 

「――今、此処にいるんだよ!」

 

 検索開始。

 

 検索終了。

 

 今ここに、正義なき執行者の欠片を再現する。

 

『弱きを助け強きをくじく。いつものアレだろう? いいじゃないか、正義の味方』

 

「投影開始」

 

 その手に再現されたのは、一つのアンプル。

 生粋の投影魔術によって再現されたモノ。彼の起源を扱うには代償が余りにも大きすぎる。

 アンプルを砕き、魔力を補充する。――自分の何かが、喪失した。

 あぁ、確かにこれは。何度も使えないな。

 

「――解せぬ。我らの中のたった一つが、その行動を咎めている。対話を求めている。

 今一度、お前に回答を委ねよう。

 何故だ、何故我らの偉業を否定する。人理修復がお前の死に繋がると知って、何故お前は――キミは、カルデア(そこ)にいる」

 

 それはさっきから何度も言っているのに。

 なぜこうも、目の前のモノはそれを聞き入れないのか。憐れむばかりで理解しようとしない。

 

「……」

「答えるがいい――人にも英霊にもなれない人形。

 この時のみ、我らに語る事を赦す」

 

 ――あぁ、そうか。

 きっと、受け入れられないから。

 (オレ)のこの選択を、彼らの誰かが止めたいのだ。

 記憶が、まとまらない。アンプルの副作用か。何もかもが溶けていくような錯覚すら覚える。

 戦っていた理由は思い出せるけれど。その名前が、もう朧気にしか口に出来ない。

 けれど、魂が強く叫んでいる。まだ、戦えると。

 立ち続けるために、戦うために。俺は、その答えを口にする。

 

「死んでいく人達がいた。理不尽な運命で、全てを奪われた人がいた。誰かを助けたいと走り続けて、最期には裏切られた人がいた。救うために立ち上がって、何も守れず嘆いた人がいた。

 確かに貴方は見続けてきたんだろう。ずっとずっと――気が遠くなる程、そんな光景を。

 でも、その代わりに出会いがあった。死んでいく命の代わりに生まれてくる命があった。そうしてまた誰かの物語が紡がれて、世界が広がっていって。

 俺にとって人理修復の旅は、出会いと別れの物語だったんだ」

 

 言葉を口にする度に、戦いで剝がされていった記憶と感情が少しずつ戻ってくる。

 ――そうだ。そうだった。

 俺は、カルデアにいた。カルデアの皆と生きていた。生きていたかった。

 

「貴方は悲劇しか見てこなかった。結果ばかりに目を向けて、その過程を無視していた。

 なら、その結論に至るのも納得だ。死を目の前にしたとき、人は恐怖し絶望する。

 だけど、だけど――。

 形ある限り、消えなければならないのが命の形だ。生きている限り、どこかで必ず受け入れなければならない痛みであり、乗り越えなければならない喪失だ」

 

 ガラクタだらけの体で戦えたのは、彼らとの思い出があって。それに意味と価値を感じて。

 彼らに、カルデアの善き人々に。大切な家族と友達に、生きてて、欲しかったから。

 

「だから、人は今を生きて。今あるモノを後に伝える。そうして終わりを迎える代わりに、またどこかで新しい出会いが生まれる。

 俺はそれを尊いと感じた。だから守り続ける。

 でも、きっと。貴方はそれを理解出来ないんだろう。貴方の見てしまった終わりは、あまりにも多すぎる」

 

 お前が考えを改める事は無いだろう。それはきっと自身への裏切りだ。

 だから、俺はお前とは分かり合えないよ。

 

「――」

 

 だって、俺の行動と理論は矛盾している。破綻している。

 もし出会いと別れの物語を美しいと思うのならば。それを尊いと思うのならば。

 

 俺は、消える筈だったあの二人の運命を、繋ぎとめてはいけなかったんだから。

 

 魔術王はそれに気づいている。俺の言っている答えが何もかもが都合のいい理想論でしかない事を悟っている。子どもの我が儘に等しい。

 

 ――だから、そんな我が儘を受け入れてもらう代わりに。俺は消える事を選んだんだ。あの二人の輝きには到底釣り合わないけれど、俺が消えるのであれば。

 

 きっと、世界は納得してくれただろうから。

 

「成程、それが答えか。――下らない、全くもって下らない。

 それは諦めであり、傍観だ。我らが最も否定し棄却すべき結論だ。

 お前には過去が無い。そして未来も無い。ならば語るべき物語とやらも存在しない」

 

 魔術王が手を翳す。

 背後の空間が置換され――そこに膨大な魔力が収束していく。

 もう見ただけでわかる。

 アレに匹敵する魔術は、オレの中に存在しない。

 

『よしっ、ギリギリ間に合った! アラン君! 今、立香君をカルデアに帰還させた! 彼のサーヴァントも退去が始まる!』

 

 ドクター――あぁ、そうだ。思い出せた。

 良かった、命を削って、アンプルに身を溶かしても。貴方達の名前だけは忘れずにいられた。

 

『今から君も……!』

 

 何だ、やっぱり足掻いていてくれたんだ。

 参ったな、こうも諦めが悪いと。また、帰りたくなってくる。

 少しだけ、自分の選択を後悔しそうになる。

 貴方にまた、お帰りって。どこかで言って欲しくなってしまう。

 

「……ありがとう、ドクター。そしてごめんなさい。

 どうやら俺の旅は、ここまでのようです」

『――……っ! そんな、事っ……!』

「カルデアの皆に伝えてください。こんな俺と一緒に歩んでくれて、過去も未来も、何もない俺だったけど。最期に人の夢を見る事が出来て、幸せでしたと」

 

 ちゃんと伝えなきゃ。

 多分、コレが最後になるから。

 

「今まで、ありがとうございました。最後の最期で俺は、ようやく人になれました」

 

 ただの孤独だった俺に、価値を与えてくれた人々。

 だから、俺はこれでいい。

 これ以上、望む事は何もない。

 この手には――あぁ、そういえばまだ、残っていたな。

 彼らを、帰してあげないと。

 

「最後に全ての令呪を以て、我がサーヴァントに命ずる。

 ――即座にこの特異点から離脱し、カルデアに帰還せよ」

 

 三人が何かを叫んでいる。

 だけど、もう何も聞こえない。

 アンプルの副作用か、それとも命を削りすぎたためか。

 もう感覚すら鈍り始めてきている。でも名前だけは、あの日々だけはちゃんと覚えている。

 大丈夫、まだ。立てる。

 

「……」

 

 魔力により空間が乱れてきた。もうカルデアからの通信は届かない。

 ここで、本当に一人になったのだ。

 魔術王の背後にある空間の魔力は膨大だ。アレを喰らえば、確実にオレは死ぬ。

 そして接続しているからこそ分かる。あの一撃に匹敵するモノなど、存在しない。

 幸い、もうここにはオレしかいないから耐え凌ぐだけでいい。最後の意地を。人間の底力を。

 目を瞑る。既にボロボロになった魔術回路をさらに酷使する。

 もう少しだけ、持ちこたえてくれ。後、ちょっとでいい。

 

 

「人理装填。第三宝具限定解除――」

 

「俺の欲しい未来は、ここにある……!」

 

 

 脳裏によぎるのは輝かしい思い出。

 

 例え地獄の底にいても、決して忘れる事のない、温かな日々。その色と光を、一度も。

 

 

“俺はマスターだから強くはないけど。それでも、苦しんでいる誰かがいるのなら。それに手を差し伸べるくらいはできるし”

 

“どんなに怖くても踏ん張って。そして先輩を、皆さんを守ります”

 

 

 カルデアの善き人々。

 

 大切な友達で、家族。

 

 貴方達のおかげで、俺はここまで生き延びる事が出来ました。

 

 ありがとう。そして、すみません。貴方達から貰ったモノを返したくて。あの日々に報いる何かを残せたらって。頑張ってきましたが、結局俺は、何も残せませんでした。

 

 

“君は生きたいように生きていいんだよ。人は思ったより自由だから”

 

“思いっきりぶつかってみたまえ。それは今を生きているキミ達にしか出来ない事だからね”

 

 俺はここで終わるけど。

 

 貴方達の何気ない日々を。

 

 絶望の中であっても色褪せない輝きを。

 

 ずっと見守っているから。傍にいるから。

 

 

「我が偉業、我が理想、我が誕生の真意を知れ。

 あらゆる生命は過去になる。この星は転生する――! さぁ、讃えるがいい!」

 

「尊き者よ、どうかその輝きを永遠に――」

 

 

 皆、どうか健やかに。

 

 旅路の果てに、ささやかで確かな、幸せがありますように。

 

 もう届かないかもしれないけど。ずっと、想っています。

 

 

誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

 

 

 俺はカルデアに生き延びて。幸せでした。

 

 

意味を示せ、我が生命(ライフイズストレンジ)――……っ!」

 

 膨大な魔力が巨大な質量となって迫る。それを耐えるべく全身に力を込めて――。

 体が崩れ落ちた。無理やりつなぎとめていた鎖が砕けてしまったかのよう。再起する力すら込められない。

 何でこんな時に――

 

“あぁ、そうか……”

 

 今まで俺がずっと戦えたのは。立っていられたのは。俺一人の力なんかじゃなかった。

 ――貴方達との繋がりがあったからだったんだ。

 けど、オレは自らそれを断ち切った。 確かにもう、これ以上戦う必要は無い。

 少し休もう。ずっと走り続けてきたから。それくらいの時間はあるだろう。

 ちょっとだけ、疲れたかな。

 

『最期に聞こう』

 

 脳裏にそんな声が聞こえる。

 聞き覚えのあるような、ひどく懐かしい男の声がした。

 

『どうしてキミは、そちら側についたのだ。その体に未来は無いと、知っているだろうに』

「そんなの、決まってる。だって俺はカルデアのマスターなんだから。

 なら、あの人達を守るのは当然だろう」

『そうか、キミはとうに――決めていたのか。あぁ、全く……難儀なものだな、運命と言うのは』

 

 もう指一つ動かせない。けれど目線をそらすことなく、顔を上げて、ただ前を。

 星をも貫く熱量。その先に終わりの続きがあるかなんてわからないけど。

 それを前に、ただ静かに目を閉じて。その時を受け入れた――。

 

 

 

 

 彼の体を、青白く光が覆っていく。

 

「ったく、あんなモン見せられたら、黙ってるわけにはイカねぇよなぁ。

 利用させてもらうぜ、教授。オレに勝機があるとすれば、アンタの手心しかねぇからさ。悪く思えよ」

 

 体を漆黒が覆っていく。

 眩い閃光はまるでそれを浄化すると言わんばかりの極光。

 けれど、彼は不敵に笑んで。

 

 

「――行くぜ、テメェらの自業自得だ!

 偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

 

 

 

 

 全てが焼き尽くされた場。

 その中に彼は倒れていた。ただ朧気に手を伸ばす。

 まるで勿体ないとでも言いたげな表情で、彼は小さくため息をついた。

 

「ちぇ。やっぱ、四つ目は越えられないか。

 まぁ、後は任せたぜ少年。オレはここでさっぱり綺麗に消えるさ。何、奴さんならオレと同じくらいの手傷は負ったぜ。これなら、何とか、なるだろ。

 じゃあな、アンタのおかげでようやくオレも正義の味方ってモンになれたみたいだ。なぁ……人間ってさ案外、悪くないだろう」

 

 

 





 彼の発言に対し評決を。
 統制局は彼の消去を提案する。

 溶鉱炉より、賛同する。
 観測所より、賛同する。
 管制塔より、賛同する。
 兵装舎より、賛同する。
 聴覚星より、賛同する。
 生命院より、賛同する。
 廃棄孔より、賛同する。

 ――?
 情報室、評決を。

 ――反対する。
 彼を生かすべきであると提案する。

 統括局より。その必要性が証明できない。

 必要性など不要。私は、ただ声を挙げ続けよう。

 統括局より。尚も進言を続けるか情報室。
 であれば核であるフラウロスの意志を剥奪し、アムドゥシアスを核とする。

 我らの王よ。それで構わない。私はここで消えていい。
 だがどうか、望まれない命を、あの二人を受け入れてほしい。
 たとえ、声を挙げるのが、私しかいなくても。

 ――統制局より。情報室の提案を受け入れる。故にフラウロス、貴様はここで途絶えよ。

 情報室より。感謝する我らの王よ。


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Grand Order

 旅の終わりが見える。


 カルデアが見届けたのは極光だった。

 コフィンから出てきた立香がすぐモニターを見る。彼のサーヴァントも。令呪で帰還した三人も。

 カルデアの全てが、彼を見届けようとして――ノイズが入る。これ以上観測すると、モニターが全て破壊されるが故に発動した防衛機能だった。

 

 あぁ、何て真っ直ぐな生き方だったんだろう。彼は。

 

「っ! モニタリングの再開を!」

「分かりました!」

 

 ロマニの指示に異を唱える者はいなかった。

 残った彼の行方を補足すべく探索が開始――だがすぐ終了した。

 そうだとも。アレは全てを焼き尽くす。

 手加減でもなければ、生き残れる筈がない。アレは人類史そのものなのだ。それに耐える道理などあってはならない。

 

「彼の存在……立証、出来ません」

「……ここも同じ結果が出ました」

 

 それが意味するのはたった一つ。

 彼は魔術王に敗れた。藤丸立香が生きるための時間を稼ぐために。

 ボクは今まで数々の英雄を見てきた。彼らの戦いを。彼らの生き様を。

 君は謙遜するだろうけれど、ボクは強く応えよう。

 誰かのために命を懸けて戦ったキミは、紛れもない英雄であり、ボクの好きな人間だと。

 

「……っ」

「……」

 

 ロマニはモニターの電源を落とした。

 これ以上、彼の生存を確かめる事に意味は無いと分かったからだ。彼の決断を尊重すべきと感じたからだ。

 あぁ、そうだろう。彼は捨て身だった。あの場で魔術王から彼らを救うためには、どうしても犠牲が必要だった。誰かが消えなくてはならなかっただろう。彼はそれを震えながら、だけど最後は笑って受け入れた。

 笑って最期を受け入れる――それは英雄すら難しい運命だ。

 

「……今一度、カルデアの皆に問う。僕達の敵ははっきりと見えた。

 魔術王ソロモン――それが打ち破るべき敵だ。その力、強大さは目に焼き付けたと思う。

 はっきり言って無謀だ。相手がやる気を起こせば、僕らなんて一溜まりも無い。

 既にこちらは二人、大事な仲間を失った。この先も皆が生きている保証は出来ない。このグランドオーダーから降りる者を僕は責めない。いずれ来るであろう終わりを受け入れる事を、非難しない」

 

 震える手で、ロマニは机を叩きつけた。

 

「だけどっ! もし、戦うというのならっ! 目を背けず、諦観せずっ! 背中を押してくれるのならっ! どうか、力を貸してほしい!

 もう、これ以上耐えられるか!? 昨日まで僕達の隣で笑っていた友が消えていく事に! 彼らの当たり前だった日常が奪われていく事に!」

「――」

「――」

 

 魔術王の力を見て、本来ならば適わない事を知ったはずだ。余りにも無謀だと。

 スタッフ達が立ち上がる。逃げ出したいと震える足を抑え込んで。恐怖に震えようとする声を振り絞って。

 小さな人間の尊厳を、強く叫んだ。

 

「ドクター、私達の命を預けます。――もうこれ以上、ここから。カルデアから。何も奪わせません!」

「戦います! 諦めるなんて事は、所長と彼への裏切りです!」

「――あぁ、承知した。キミ達カルデア職員の命は、僕が預かる」

 

 視線が一か所に集まる。

 最後の、カルデアのマスター。彼が命を懸けて守った存在。

 その重みを感じていないはずがない。元より全て背負わされた身にも関わらず、前に進み続けてきた。

 彼が逃げても、誰も言葉を挟まないだろう。だって、まだ彼は少年だ。大人達に導かれていくはずの年頃だ。

 ロマニがそれを感じていない筈がない。だって彼も一人の人間なのだから。

 

「立香君。これがカルデアの意志だ。どうか、ついてきてほしい。この先も今まで以上の激戦が予想される。悔しいけど、そこに僕達が介入する事は出来ない。でも全力でサポートする。

 だから、最後まで戦ってほしい。君一人に押し付ける事になってしまうけど。こんな大人ばかりで、申し訳ないけど」

「……」

「……」

 

 その沈黙を破るように、彼は前を向いた。

 人理修復の旅が始まる、あの時のように。強い光を、瞳に込めて。

 

「――戦います。アイツが守ってくれた俺達の今を。無かった事になんて出来ません。

 ドクター、俺に出来る事だったら何でも言ってください。

 こんな平凡な、何の取柄もない子どもですけど。それでも、諦めずに何かが出来るのなら」

 

 その言葉にカルデアの人々は微笑んで。そして頷いた。

 瓦解しかけていた筈の彼らの繋がりは、さらに強くなったのだ。

 

「――あぁ、ありがとう。ならキミの命も僕が預かる。

 サーヴァントの皆も、何かあればボクに行ってくれ。叶えられる限りなら全力を尽くす」

 

 アルトリア・オルタ――彼が戦闘に信頼を置いていたサーヴァント。突き放した態度をとりながらも、彼を見守り続けていた常勝の王。

 

「……無論だ、我がマスターは貴様達に全てを託した。マスターとしての全てすら擲ってだ。

 ――藤丸立香」

「……はい」

「我らの剣を、貴方に預ける。それがあのマスターの望みだ」

 

 ジャンヌ・オルタ――彼が最も気にかけていたサーヴァント。彼と縁を結んだ、泡沫の存在。英霊達にどこか一歩引いた態度をとる彼にとっては、気兼ねなく話せる数少ないサーヴァント。

 

「――止まったら、意地でも立たせるわ。胸倉掴みあげて、無理やりでも前に進ませる。

 ……そうでなきゃ、アイツが報われないのよ」

「……止まらないよ。アランが繋げてくれた道だから」

 

 ランスロット――彼が全てにおいて全幅の信頼を置いたサーヴァント。彼にとっては父親のように頼れる存在。

 

「進みましょう、リツカ。それがマスターの願いです」

「……はい!」

 

 

 名も無き少年。キミは生き方を最後まで示した。

 その信念はカルデアに、そしてきっと裏切った彼に。確かな変化を生んだ。力で捻じ伏せる事ではなく、言葉で説き伏せる事ではなく。

 自分の生き方を貫く事で誰かの心を変えて見せた。

 それは勝てないかも知れないという、彼らの恐怖を勇気へ変えて。――理解者が欲しいと言う彼の願望を、決意に変えて。

 あぁ、何て美しい。

 誰かから誰かに託されていく想い。歪む事も捻じ曲がる事も無ければ、比較も嫉妬も意味が無い願い。

 この世界でただ美しい、純粋な感情。

 こんな獣に言われても迷惑だろうけど。

 どうか今度こそ、その祈りが幸せになりますように。

 

 

「あぁ、それなんだけどね、一つ付け加えさせてもらうよロマニ。

 魔術王の力は強大だけど、倒せない訳じゃない。あの場所、ロンドンの特異点が消滅する際、魔術王の霊基がかなり不安定になっていた。まるで崩れる何かを支えるようにね。

 ――天才であるこの私が断言する。最早魔術王は撃破可能な障害に過ぎない。

 だからもうこれからの目標は見えた。魔術王に体を癒す時間を与えちゃいけない。特異点の捜索と修正を急ぐ。

 あぁ、勿論。今までの私たちのやり方でね。いつか、あの子が帰ってきたときに、胸を張れるようにしておかなきゃ」

 

 

 さぁ、彼らの旅路を見届けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ここ、は」

 

 手が動かさない。見れば鎖でつなぎ留められていた。

 監獄の底に閉じ込められているようだ。

 だが闇の底ではない。

 

「……シャトーディフ?」

 

「ご名答。ここは魔術王が貴様を捕えるために利用した廃棄所だ」

 

 眼前にいたのはマントを羽織った復讐鬼。

 その不敵な笑みは健在。

 

「なんで、ここに……」

「フン、あの女はともかく。オレは純粋な復讐者。我が恩讐に忘却など無い。例えそれがどのような存在であろうとな」

「……」

 

 そういえばサーヴァントは座から知識を見れると言う。

 まさか俺の事もそこで……? いや、でも彼女は時間を巻き戻しただけだ。世界を超えたわけではない。

 ――そうか、忘却補正。

 

「お前にはオレとアイツを引き合わせた礼がある。共犯者など中々に得られる者ではないしな」

 

 その炎が俺を捕えていた鎖を破壊する。

 立ち上がって、服装を見直した。刀はあるが、ナイフはロンドンの戦闘で喪失。魔術回路は既に焼き付いていて、使い物にならない。

 あぁ、そうだ。何せあの戦いで俺は全てを擲ったのだ。二度目何て出来る筈もない。

 けど、体はまだ動く。瀕死寸前だが、まだ何とか。

 

「意思はまだ生きているか。ならば、行くぞ。理不尽な運命に抗う者は、最後には救われなくてはならん」

 

 痛む体を無視して、巌窟王の後を追う。

 

 

 

 

 中は監獄そのものだが、他には何もない。

 皮だけを再現したのだろう。

 

「お前が魔術王に相応の手傷を与えたおかげで、監獄塔の形成は不十分なまま。

 あるべき筈だった七日間の悪夢は、僅か一日の走馬燈に成り果てた。

 ――コレでは我が恩讐の振るいようがない」

「……手傷?」

 

 そんなの、いつ与えたか。

 結局刃は届かなかったのに。

 

「その身体はまだカタチを保っている。苦痛に喘ぎながらも、息をしている。

 ならば、相応の意味があるのだろう。オレはそこへお前を連れていく」

「……」

 

 シャトーディフを進む。

 歩く都度、体が痛む。眩暈が酷い。

 けれど、足取りは強く。少しずつ前に。

 

「――ほう、最果ての化身がいるな。

 何用だ、女。ここは憎悪渦巻く怨嗟の檻。女神の加護など不要だが」

 

 顔を上げる。

 そこにいたのは金髪の女性。銀の鎧に身を纏い、金の王冠を頭に――彼女は。

 

「アルトリア……?」

「――それは私の可能性に過ぎない。

 私は、カルデアに敗れた者。ただ消える時を待ち受けていた」

「……ならば、そのまま消え去るがいい。死を求めるならば、ただ佇んでいればいいさ」

 

 彼女は戦闘態勢を取らない。

 その横を、俺とアヴェンジャーは通っていく。

 

「待ちなさい」

「……?」

「――あぁ、成程。貴方が彼か。

 カルデアから話を聞いていた。既に死んだと言ってはいたが、このような奇跡もあるか」

「……あの、一体何を」

「独り言だ。

 行きなさい、少年。私のような者に願われても迷惑でしょうが、どうか貴方に幸福を」

 

 小さく頭を下げて、身をひるがえす。

 アヴェンジャーの後を追った。

 

 

 

 

 彼女は目の前に無数に増える悪霊を一瞥した。

 憎悪に満ちた監獄塔とは言え、これは些か醜悪だ。

 

「なるほど、ここは憎悪が渦巻く場所。ならば彼を狙うのは嫉妬か。無粋な。

 人の価値は固有にして永遠。例え変わり続けようと、その秘めた輝きは不変のモノ。――お前達に彼の精神は理解できないだろう。

 仮に収めたとしても、色褪せ、ただ溶けていくだけの蝋となって終わるだけだ」

 

 女神は槍の輝きを増幅させる。彼の後を追っていた者達はそれにたじろいだ。

 

「もし永遠を望むなら、この槍に耐えて見せるがいい」

 

 霊基がさらに増幅する。

 暗闇が消えていく。浄化されていく。

 ふと彼女は彼の顔を思い出す。

 彼とは初対面だ。なのに、この根幹が、彼への感謝を抱いている。

 こんな感情を持つのは二度目だ。

 あぁ、そうだ。一度目を知ったからこそ彼女は踏み込んだのだ。

 正しき者が、正しく救われる世界であれと。

 

「――聖槍よ、相応しき舞台は整った」

 

 地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。

 

 既にその言葉に意味はないけれど。だからきっと、意味なんてなくていい。

 

 そんなモノは後からいくらでも詰め込める。けれど選んだ答えはもう覆せない。定めた運命は変わらない。

 

 だからこそ、今を。限りある命を燃やして生きるのだ。

 

 その生を、全うするために。

 

「――行くぞ、死に物狂いで耐えるがいい雑念」

 

 

 

 

「……どうした、足取りが遅いぞ。既に出口は近い。足を止めるか?」

「いや、まだ。行かなきゃ。この先に。……いるんだろう、立香達が」

「――」

「それにあなたも、体がボロボロだ。

 ――時間神殿で戦ってきたんだろ。アイツらの道を作るために。

 なら、進まないと」

 

 背後から聞こえてくる轟音。

 きっと、彼女が全力を放ったんだ。

 眩い光が俺の背中を押す。

 

「――クッ、クハハハ、クハハハハハハ!

 ならば進め! 

 ここから先、一度たりとも振り返るな! 足を止めれば、その身諸共巻き込むと思え!」

 

 巌窟王の体を紫電と黒炎が覆っていく。

 彼の全力――復讐者の全てが放たれる。

 

「進め、進んでお前の為すべき事を成せ。最早お前には誰の導きも要らぬ。

 最早今のお前の在り方は――あぁ、実にオレ好みの精神だ」

 

 進む。

 悲鳴を上げる全身を無視して、ただ突き進んだ。

 次から次に現れる謎の敵性反応。

 それらを焼き払っていく。消し飛ばしていく。あぁ、何て頼もしい。

 

「お前に待ち受ける結末は変わらぬ! だが、それでも、お前が!

 その奇跡を、その光景を、輝きを、ただ信じ続けるのならば!

 未来を――」

 

 出口の光に触れる。

 ふと体が軽くなった。

 それでも足を止めず、ただ駆け出すように。

 俺はそこから飛び出した。

 

 

「――待て、しかして希望せよ」

 

 

 

 

 

 光を抜けて、見えたのはまるで宇宙のような世界だった。

 そこに二人と一人が対峙している。

 カルデアの制服に身を包んだ少年と。血まみれで、それでも立ち続けようとする少女。

 そして、無機質な瞳で二人を見つめる青年。

 

「あの監獄から抜け出したと見た。英霊の一部はそちら側にあるようだ。

 全く、キミは……」

「――何だ、随分変わったなゲーティア。何かを求めたようにも見える」

「あぁ、生憎。キミが残してくれた手傷のおかげでな。第三宝具は放てず、魔神柱は英霊に倒され続ける事で自我を得て崩壊し――私は最期に運命を知った。

 だからこそ、私は私の価値を証明したい。この存在が確かなものであったと掴みたい。

 故に、キミ達の勝利を。今ここで焼却する」

 

 刀を抜く。

 あぁ、そうだ。あの場では魔術王とこの世全ての人々の戦いだった。

 今ここで、俺個人の決着をつけよう。

 

『アラン君……!?』

「あぁ、生きててくれたんですね。ドクターとダヴィンチちゃんも……。丁度良かった。

 なら、猶更負けられない」

 

 もうオレの手にナイフは無い。彼女から受け取った刀だけ。

 それと直死の魔眼。

 ロンドンでの力はあの時だけだ。もし二度目を使おうとすればオレは確実に崩壊する。

 

「立香、指揮を。大丈夫……。必ず、カルデアに帰ろう」

「アラン……。

 分かった、マシュももう少し頑張れる?」

「はい……! 後、少しですから……っ!」

 

 オレが前に出る。マシュにこれ以上手傷を負わせるわけにはいかない。

 

 今度こそ本当に最後の戦い。

 

 この体は、この時のために。

 

 

 

 

 

 それは永遠に続く戦いのようにも思えた。

 

 二対一をゲーティアは物ともせず。手放した運命を二度と放さないと言わんばかりの執念を見せて。

 

 それは実に人間じみた表情で、意味と価値を求める者だった。

 

 崩壊していく時間神殿の中で、激闘が続く。

 

 刃が肉を裂き、雪花の盾は一撃を受け止め、魔術が体を抉る。

 

 

「――実に良い、運命だった」

 

 

 ゲーティアが手を掲げた。何度もオレ達を苦しめてきた指輪。

 最後の指輪――アレを放たれれば負ける。

 だが、それと同時に、オレの目は確実に捉えた。

 思えばずっと戦い続けて、走り続けてきた。その過程に何度も戦ってきた。

 けれど、結局やった事と言えば直死の魔眼に頼っただけで、俺個人の技量は遥かに劣っている。

 だが、今は違う。三流サーヴァントには変わりないけれど。

 今ならきっと――

 

 

「空が明ける――夢の終わりだ、ゲーティア」

 

 

 視えた。確実に放てる一閃。

 

 

 この一刀は雲耀に至る。

 

 

「直死――両儀の狭間に消えるがいい」

 

 

 振るった後、刃が砕けていく。まるで役目を終えたかのように。

 

 

 夢の名残が消えていく。彼女の証が消えていく。

 

 

 でも、これで。ようやく、キミに届いたよ――。

 

 

 

 

「……あぁ、名残惜しいな。だが良い運命だった。

 さぁ、行くがいい。お前たちの掴み取った未来へ」

 

 そうしてゲーティアが消えていく。

 瀕死のマシュを、立香と抱えて頭上にある光に急ぐ。

 そこを抜ければ、カルデアに帰還出来る。

 

「後、少しっ……!」

 

 立香が食いしばるように、その光を睨んだ。

 あぁ、そうだ。例え絶望の淵に立たされても。

 まだ終わっていないと空を睨み続けるその瞳。

 それにオレは確かな光を感じたから。

 

 

「皆っ!」

 

「さぁ、手を!」

 

 

 ドクターとダヴィンチちゃんが手を伸ばした。

 けど、一人には一人しか救えない。それ以上だと零れ落ちてしまう。

 オレはその運命を、ロンドンで、あの戦いで視てしまったから。

 

 

「――ごめん、皆」

 

 

 立香とマシュの腕をつかんで、光めがけて放り投げた。

 立香の手をドクターが、マシュの手をダヴィンチちゃんが。それを皆が掴んでいく。カルデアのスタッフ達がもう離さないと言わんばかりに。

 あぁ、ようやくこの目で見れた。あのロンドン以降の皆を。ようやく。

 

「やっぱり、俺は。そっちに、いけません。だって、悲しませたくないですから」

 

 震える喉を、絞り出す。

 本当は怖くて。あの手を取りたくて。

 でも、それだと誰かが落ちてしまうから。

 結局、俺は、自分の在り方を曲げられなかった。誰かのために生きるというこの想いを変える事は出来なかった。

 

 

「――!!!!」

 

 

 落ちていく。崩壊していく神殿。

 皆が、マシュが、立香が、ダヴィンチちゃんが、ドクターが手を伸ばす。

 あぁ、良かった。やっぱり間違ってなかった。

 俺はカルデアにいて、幸せだった。だって、こんなに誰かの事を大事に思えて。誰かに大事に思われて。

 それを幸福と言わずして、何というのだろうか。

 ささやかな幸せを守れたのなら。

 

 

 

 

 落ちていく。

 

 もう、何も見えなくなった。

 

 あれからどれくらい時間がたったのか。まだ体は崩壊していないから、そんなに経ってはいないだろうけれど。

 

 ふと眼前に何かが下りてくるのが見える。

 

「……聖杯?」

 

 万能の願望機。

 特異点を作り出すそれは、本物に比べるとあまり強い力を抱いていないけど。それでも願いを叶える力を持っている。

 周りには誰もいない。つまり使えるのは俺一人。このままだと崩壊に巻き込まれて、聖杯も消滅するだろう。

 そうだな、せっかくだし。どうせ消えるのなら。

 

 

「――我、聖杯に願う」

 

 

 掲げ続けたこの想いを、口にしよう。

 

 

「どうか、俺の友達と家族がもう苦しまなくていい世界になりますように」

 

 聖杯が光を灯した。

 それは空へと一直線に伸びて、その途中で様々な方向へ広がっていく。

 

「笑いあって、色んな人と出会えて」

 

 大地に芽を出した一つの命が、一つの木となり林となり森へと広がっていくように。

 それは何て、綺麗な光景なのだろう。

 

「あたたかでささやかな、幸福がありますように」

 

 聖杯はその光を宿したまま、空へと消えていく。

 やがて全ての光は霞のように消えていった。

 これでもう、オレは消えるのを待つだけでいい。

 まるで寝転がりながら青空を眺める様に、他愛もない事を考えて。

 うん、今頃カルデアでは人理が修復された後かなぁ。

 

 祝勝会とか、パーティーとか考えてるんだろうなぁ。

 

 エミヤやブーディカの料理おいしいし、サーヴァント達も皆顔を出すだろうし。

 

 アルトリアやジャンヌは一杯食べて、ランスロットは誰かを口説いて、マシュに怒られて。

 

 オレは……まぁ、どうしようか。端っこで眺めてようかな。

 

 ……だんだん、眠たくなってきた。

 

 ――来世でもまた、皆と……。

 

「……?」

 

 薄れていく視界の中で、何かが見える。

 

 刃を無くした、刀の柄。

 

 俺がゲーティアとの一戦で使ったソレは、彼女から受け継いだモノ。

 

「……」

 

 それを手に取って、胸に抱えた。

 

 やはり、一人になるのは。怖いから。

 

 胸に抱いた小さな温もりに安堵して、目を閉じた。

 

 

“――おやすみなさい”

 

 

 最期にそんな声が、聞こえた。

 

 




 それは本当に御伽話のよう。

 名も無き少年が少女と出会い、力を手にし、誰かのために命を賭けて戦った。

 言葉にすれば、たったそれだけの事。

 ボクもそんな誰かと出会った事があるのだから。そう、確か彼は、正義の味方に憧れたのか、それとも誰かのための味方になったのか。はっきりは覚えてないけれど。

 キミの生き方はそんな彼とよく似ている。

 どのような結末であろうと、彼は最後に救い(答え)を得た。

 ただ一つ違うとすれば、今のキミではその救いは訪れない。

 でも、どうせ出来るのなら。最後にあるのはハッピーエンドがいい。

 美しい物語は最後に希望に繋がる明日を以て、ようやく筆をおけるのだから。

 キミが聖杯に願ったおかげで。願いの方向が確かに定まった。

 これなら、ボクの全ての魔力を注ぎ込めば魔法を超えた奇跡を成せる。

 それは死者蘇生なんてものじゃない。

 誰もが幸せになる事。あぁ、そうだ。それこそ誰にも起こしえなかった奇跡。

 これは、ボクに出来るたった一つのお祝いだ。


 キミの運命は、これで夜明けを迎える。


 さぁ、ボクの意識がある内に。

 最後の物語(ラストエピソード)を、見届けよう。



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Last Episode

 永い旅だった。

 ずっとずっと、どこまで行っても果てがない。

 旅を始める理由を、明確に決めていなかったからだろう。

 視界すら妨げる吹雪の中で、眦を強く絞り。ただ真っ直ぐに進んでいた。

 永い夢だった。

 色んな街を見た。色んな人に出会った。

 でも、胸の内に秘めた輝きには、何一つ叶わなかった。

 今でも昨日の事のように思えるのは、きっと。鋼の誓いがあるから。多分永い旅になるであろう事は分かっていたから、心の奥底にずっと、大事にしまい込んでいた。

 自分だけを救うはずだった道行は、気が付けば様々な出会いと別れを経て、その在り方すらもすっかり変わってしまった。

 それほど、自分の人生に支柱が無かったのだから、旅が長くなるのも当然に決まってる。


 自身に意味も価値も。飾り物なんて一つも無かったけど。

 ただ誰かの道になるだけの運命でしかなかったけど。

 それは瞬きのような時間で、得たモノは余りにも小さかったけれど。

 守りたいモノを守れて。最後に大事な人達と会えたから。


 満足のいく、人生でした。




 人理修復から数日。

 カルデアの戦いは空白に埋もれ、世間ではいつの間にか一年間の記憶がすっぽり抜け落ちている事で大騒ぎとなっていた。

 無論、カルデアの日々も慌ただしいものだった。座に帰っていくサーヴァントもいれば、残留する事を選んだ者もいる。カルデア内で自由気ままに暮らすものもいれば、スタッフ達の手伝いに励む者もいる。

 生存が絶望視されていたマシュ・キリエライトの体は時間神殿で何か影響を受けたのか、その寿命は人と変わらぬ程まで伸びていた。

 この説明には困難を要したが、まぁなるようになったという事で。

 

「おおよそ変わりなし、かな。まぁ、変わったことと言えば」

 

 ロマニはちらりと視線を向けた。

 その先ではカルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアが、慣れない手つきで書類仕事をこなしている。

 

 

 

 時間神殿の後、シバからオルガマリー・アニムスフィアが生還。そして冷凍保存されていたマスター達も全員が目を覚ました。

 ――まるで、あの時の悲劇がなかったかのように。

 一悶着無かった訳ではない。

 魔術師のエリートである彼らとサーヴァントの間では少しばかり険悪な雰囲気も流れた。オルガマリーもレフ・ライノールの裏切りや自身がいない間の事で混乱していた。

 険悪な雰囲気は漂ったが、ドクターやスタッフ達が一つの解決案を打ち出した。

 人理焼却の旅、その記録を彼らに見せたのだ。

 第一特異点から時間神殿に至るまで。カルデアの戦いを、未来を取り戻す物語を。

 それを見るや否や、魔術師達はそそくさと時計塔に戻り、オルガマリーは何も言わずただ仕事に没頭するようになった。

 うん、まぁ脅迫してしまったようで申し訳ないけれど。事を荒立てる事も無く穏便に済んだのだから目を瞑ってほしい。

 

「これで全て元通り。世は事も無し――じゃあないか」

 

 時間神殿より未帰還者一名。死に誰よりも怯えながら、自分ではない誰かのために最後まで戦い抜いた一人の青年。彼は時空の闇へと落ちていき、消息不明になった。

 せめて彼の遺したモノに触れようと、スタッフ達や仲の良かったサーヴァントが部屋の掃除に来たけれど。

 彼の部屋には私物も何もなかった。余りにも無機質な部屋だった。手紙も写真も、本も。全てカルデアからの支給品だけで。彼自身のモノは一つも無かった。

 まるで自分の居場所はそこではないとでも、言う様に。

 彼のサーヴァントは一人も座に戻る事無く、カルデアに残留している。いつか来るであろう帰りを、ずっと待ち続けている。

 

「……ちょっと疲れたかな」

 

 そういえば、冷蔵庫に饅頭があった。マシュにはいつもつまみ食いされているけれど。今回ばかりはある事を祈ろう。無かったら食堂でも行こうかな。

 ちょっと食べてから――

 

「ロマニ!」

「げっ……何でしょうか、所長……?」

「何よ、『げっ』って。 そんなことよりも返事! 突然だけど時計塔から、一人。カルデアに査察者が来るのよ。それもここ数日以内に」

「……それは、ちょっと話が急ですね」

「仕方ないじゃない。候補者達は全員、とんぼ返りして。時計塔の関係者は一人もいない状況。

 サーヴァント達がいるとはいえ、彼らを表には決して出せない。だからカルデアは何かに縋るしかないのよ」

「……それで時計塔から、と。それじゃあ迎えに行かないとですね。雪の山は一人で歩くには危険だ。僕が行きますよ。道案内なら、ボクくらいでも出来ますし。

 これから下山して、下の方で待機します。またその子を連れて上がってきますよ」

「……珍しいわね、貴方が率先して仕事するなんて」

「いや、まぁこうでもしないと。ボク達大人が椅子に座ってばかりもアレですし――」

 

“――彼だって、頑張ったんだから”

 

 立香とマシュは護衛のサーヴァントを連れて、故郷に里帰りしたがそれは僅か。人理修復を果たした功績に比べると余りにも小さい。

けれど、彼はありがとうと言って、またカルデアの日々に身を投じていた。

 今後、カルデアの戦いは続くだろう。もし今回の一件のように未来が不確定になった場合、どうしてもサーヴァントの力は必要になる。

 いつか彼の日常を、返してあげなくては。

 

「っと、ちょっと行ってきます」

 

 思考にふける脳裏を払って、ドクターは玄関まで向かっていく。

 サーヴァント達とすれ違う。古今東西の英霊達が各々の時間を過ごしている。

こんな光景はカルデアでしか見れないだろう。

 

“大きくなったなぁ、ここも”

 

 サーヴァントがおり、人理修復を果たしたカルデアの利権を狙う者もいるだろう。立香やマシュを狙う者も。

 彼らはまだ子供だ。だから、大人達が守らなくちゃ。

 スタッフ達に事情を説明し、防寒着を纏う。事情を説明した時の彼らの表情に思わず口元が緩む。

 まぁ、確かに。時計塔の魔術師と言われて、よい気分はしないだろう。

 

「ドクター」

「おや、二人とも。これから訓練?」

「あ、いや。時計塔からマスター候補が来るって聞いてたから挨拶しようと思って」

 

 立香の言葉にマシュは首を縦に振る。

 あぁ、そうだ。彼は誰であれ、挨拶を欠かさなかった。誰かと触れ合うことをおろそかにしなかった。

 故に彼は人理修復を果たせたのだろう。

 

「それじゃあ行こうか二人とも。

 ……そういえば、今日は吹雪がおさまってるね。これならいい青空も見れそうだ」

 

 玄関の扉に差し掛かったところで、ふとセンサーが起動する。

 訪問者がいる証拠だ。

 

「……アレ? 早いな。結構道に迷うと思うんだけど」

 

 慣れた手つきで扉のロックを解錠。

 玄関の扉が開いた。

 

「ようこそ、カルデアに。僕がドク――……え」

「どうしました、ドクター……」

「二人とも、どうさ――」

 

 

 時が止まったような錯覚を覚えた。

 

 

 玄関に立っていたのは、息を切らせた青年だった。

 魔術協会の所属を意味するコートを纏っているが、それは雪にまみれており、何度か転んだようにも見える。

 汗を掻いていて、余程駆け上がってきたのだろう。吐息は白い。

 両手を膝について、何度も肩で息をしている。

 

 

 その面影を、知っている。その雰囲気を知っている。

 

 

「気が付いたら、何か時計塔にいて。そこで現状とか、把握してたんですけど。

 カルデアから帰ってきたヤツらに話を聞いて。

 まぁ、その、勢いのまま、ここまで来ました。ちょっと迷ってしまったから遅くなりましたけど」

 

 彼と再会するために、ただどうすればいいのかわからなかった。

 サーヴァント達ですら手の届かない奇跡でなければ、それは叶わないと。

 諦めかけていた心に、血が通う。

 

 彼は息を吸い込んだ。

 

 その顔を知っている。

 

 ――あの時、手を伸ばしても届かなかった奇跡が今、目の前に。

 

 

「――遅くなりましたけど。

 今、時間神殿から帰還しました」

 

 

 長かった。

 第四特異点から、ここに戻るまでに。どれだけ旅を繰り返してきたか。

 だがもう、それも全部終わり。

 またここから、新しい物語が始まる。それは徒労に終わった膨大な時間に比べれば、余りにも小さくて、ささやかだけれど。その輝きは、きっと。何よりも尊くて。

 絡まっていた糸が解ける様に。彼は、小さく微笑んで。

 

 

「ただいま、皆」

 

 

 またここから、彼らの日常が新しく始まるのだと。

 

 

 

 

「これで全て元通り。世は事も無し、か」

 

 抱きしめ合う四人と騒ぎを聞きつけてきたのか、駆けつけてきたスタッフ達とサーヴァント達。

 その集団に揉まれる青年を――遠くから一人の人物が眺めていた。

 正直に言えば、青年はここまで自力で辿り着いたわけではない。カルデアの所在であろう場所を察したまではいいが、そこを探し続けてずっと彷徨っていたのだ。

 最早その身はサーヴァントではなく、生身の人間。あのままでは確実に凍死していただろう。雪に埋もれた彼を拾うのは手間だった。

 

「そういえばキミは昔から無鉄砲だったね。

 やれやれ、まさか人一人を抱えて登山するとは思わなかった」

 

 シルクハットに積もった雪を払う。

 あの時間神殿で、彼が何をしたのか――おそらく聖杯を使ったのだろうとは踏んだ。

 加えて、そこに何者かが手を加えたのだ。

 その結果、聖杯は大聖杯まで昇華。正真正銘、本物の願望機となったのだ。使えばきっと、世界平和すら為せるであろう奇跡をもたらすまで。

 

「どうせ、彼の幸福でも願ったのだろう。

 あぁ、ならキミがそこにいない理由は無いさ。いや、キミだけじゃない。きっと彼は人理焼却で消えていった者達を。――あぁ、いやこれ以上語るのは無粋だね」

 

 遠くでは青年が三人のサーヴァントに囲まれている。何を言っているかは聞き取れない距離ではないが、それはあえてしなかった。

 ――ようやく再会できたのだ。それに水を差すような真似はしない。

 

「カルデアに戻るつもりはない。だが、そうだね。せっかく生き長らえた命だ。投げ捨てるのは野暮だな。

 世界でも、回ってみるか。我らが王よ――貴方が運命を知ったように。私もまた、運命を求めてみましょう。

 人の世は、出会いと別れに満ちている。今私に訪れたのは別れか。さて……次はどんな出会いがあるのだろうな」

 

 そういって、男は身を翻す。

 

 

 

 彼らの頭上には澄み渡る蒼空が、広がっている。

 

 

 彼らの取り戻した日常は、今静かに動き出す。

 

 

 

 

 おめでとう。そしておかえり。

 

 どうかその日々が、キミにとって新しい日常になりますように――。

 

 






 こうして一つの旅は終わりを告げた。


 また彼の、新しい時間が始まる。


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空の境界

もう一度、キミに会いに行く。

たとえそれが、空の彼方だろうとも。



 

 ここは竹林の中だろうか。地面は雪に埋もれていて、空は黒い。満月だけが雪下を照らしている。

 不思議な事にどうやって、辿り着いたのかは全く覚えていない。気が付いたらここにいた。

 カルデアは標高数千メートルの山頂にある施設であり、到底竹林何てモノは近辺に存在しない。

 

「……レイシフト、って訳じゃなさそうだな」

 

 幸い、刀もナイフもある。

 ――何故、全てが終わってから。またここに来たのかはわからないけど。

 

「えぇ、そうよ。ここは夢の中。

 夢現の一時。醒めれば何もかもが消え去る欠片の一つ」

「……式」

 

 白い着物の少女。

 久しぶりに見たその姿に思わず笑みを零しかけたが――彼女の手に握られているモノに全てが引っ込んだ。

 彼女の手に刀が握られている。それはかつて自分も使っていたモノで彼女から借りた力の一つだった。

 その瞳は蒼く、視線はこちらだけを見ている。それが何を意味するのか、分からない訳がない。

 

「元の私には執着がなかった。だって、私はいつだって見届けるだけだから。私を求めるモノはあっても、私自身を見てくれる人はいなかった。

 だけど、私は――貴方と出会った。出会ってしまった」

「……」

 

 何も言わない。

 幸い、彼女はまだ臨戦態勢に入っていない。

 

「貴方は私を見てくれた。私だけを、ずっと。その胸に、心にとどめてくれた。

 それは今もずっと、残っている。夢に見るくらい」

「……」

「何故かしら。貴方の顔も、体も、カタチも、声も、髪も、瞳も、全て鮮明に思い出せるけど。それじゃあ足りないの。

 貴方の中身を、見てしまいたくなる。貴方を、私の手で壊してしまいたくなる。

 ねぇ、これって執着してしまったせいなのかしら」

 

 彼女が一歩踏み出した。

 その瞳の蒼さが、さらに増していく。

 

「――私は、貴方を(ころ)したい」

「――」

 

 あぁ、何だ。そんな事かと安堵する。

 ハッピーエンドを迎えたけど、貴方と会えないからもう一度巻き戻します、なんて言われたら溜まらない。

 と言うより、彼女は多分自身の気持ちとの向き合い方が分からないのだ。

 彼女は自分を根源、だと言っていたけれど。俺にとっては、ただの、ごく普通の女の子にしか見えない。

 一見物騒に聞こえるその言葉は、彼女なりの、メッセージなのだ。

 

「なら、仕方ない。それでキミが眠れるのなら、俺は喜んで刃を交えよう。

 まだ返せていない恩もあるから」

「……ありがとう。私ね、肉体を持って戦うなんて、これが初めてなの。だから、手加減を間違えるかもしれないけど。その時はごめんなさいね?」

 

 彼女は微笑んでいる。

 距離はおよそ十メートル。まだ間合いは十分。息を整える暇はある。

 だが忘れるなかれ。相手はサーヴァントに匹敵か或いはそれ以上。常にこちらの斜め上を行くと知れ。

 

「――」

 

 吸気。四肢に緊張を。

 彼女はまだ遠い。

 

「――」

 

 呼気。四肢に十全に。

 彼女が刀を引く。

 

「――あら、私はここよ?」

「ッッ!!!」

 

 背後へ跳躍。左肩を、彼女の刃が裂いていく。鮮血が滴り落ちる。

 彼女の声を聞きなれていた。いつも傍で聞いていたからこそ反応できた。

 視覚で彼女を捉えようとすれば、確実に死んでいた――。

 

「貴方が目を逸らしちゃうから、つい指が踊ってしまったわ。ごめんなさい。

 赤いのね。キレイな色。貴方のソレは、より綺麗に見える」

 

 線をなぞられたのか分からない。幸い肩はまだくっついてこそいるが、全く感覚がない。言葉通り感覚が死んでいる。

 余所見していた訳ではない。――数メートルあった間合いを瞬時に詰められれば、さすがに反応だって遅れる。

 その遅れが現実となって返ってくる。

 

「私を、見て?」

 

 ――本能が未来を予知した。次の一手は雲耀の太刀。

 受け止める? 否、魔眼で斬り殺される。故に回避に徹するしかない。

地面を転がる。迫る刃。理性が死を感じ取る。

 

「ッ!!」

 

 すぐに起き上がり、四肢と首が繋がっている事を認識――した刹那に、再度二の太刀が食らいつく。

 刃を後方から救い上げる様にして、さらにその軌跡と交差するような形で二振り目を放つ。

 だが、彼女の斬撃は俺よりも遥かに速い。先に出した筈の刃に合わせて、全く同じ動き――甲高く金属音が響く。

 今、俺は改めて理解する。彼女はサーヴァントか或いはそれ以上の存在。

 彼女の動きは神速そのもの。間合いを放す事に意味は無い。ならば全て同じ事だ。

 その距離を、あえて詰める。

 こちらの斬撃を先に当てる――それしかない。

 

「ふふっ。受け止めてね」

 

 だが俺の眼では彼女の動きを追う事すら出来ない。

 見慣れた顔が、目の前に。

 殺し合いの最中だというのに、少女の表情に思わず見とれてしまう。

 

「――ぁ」

 

 かくしてその代償はしっかりと払われた。

 腹部を冷気が貫いた。彼女の刀が、俺の体を食い破ったのだ。

 歯を食いしばり、四肢の力を繋ぎとめる。斬られた肩が、苦痛を喚き散らすが、全て無視した。無視して左腕を動かす。

 彼女の背中に手を添える様に。刃で点を突けば――。

 

「――」

 

 脳裏を掛けるのは、彼女と駆け抜けた記憶。そして彼女のいない日々(いま)

 あり溢れた日常に彼女がいない事を、俺は未だに受け止められず。そして誰にも言えない日々が続いている。

 心に渦巻き続ける寂しさが、点を突こうとする腕を引き留めた。

 

「……どうして?」

「……それは、よくわかんないけどさ。やっぱり、俺にキミを斬る事は出来ないよ。

 斬ろうとしても、体が何一つ動かない」

「私は、斬ったのに?」

「別に、斬られたから斬り返さないとなんて決まりは、無いだろ。

 それに、あの時言ったじゃないか」

 

 呼吸を抑えつける。

 どうしても、彼女に。思い出してほしい光景があるから。

 

「キミの代わりに、俺が戦う。だからキミは何も握らなくていい」

「――」

「……式」

「……執着してしまうのも考え物ね。貴方は最初から、ずっと。私を求めて、私を理解しようとしてくれた。

 それが初めてだったから。この気持ちを、どうカタチにしたらいいのか。ずっと分からなかった」

 

 そっか。そういえば、彼女は無垢な子供のようなモノだった。

 だから新しく自覚したその気持ちに、どう向き合うのかを知らないのだ。

 

「いいんじゃないかな」

「えっと……」

 

 木々が生い茂って森になるように。雪が積もって、雪原になるように。

 時間をかけて積み重ねて、長い過程の末に出来上がっていくモノがある。

 その光景はきっと、一生大事にするものだから。少しくらい時間をかけたって、構わない。

 

「今すぐカタチにしなくてもいいと思う。確かに俺が生きている場所では、前みたいな状況ではないけれど」

 

 刀を地面にさして、彼女の手を握る。

 ひんやりとして、冷たくて、細くて、とても綺麗だ。

 

「また、どこかで会える。会いに行くよ、キミが望む限り必ず」

「……ずるい人。貴方はまたそうして、私を引き付けてしまう」

 

 ――彼女もようやく、刀を置いてくれた。

 心が少しだけ安堵する。さすがに相手が得物を持ったまま、と言うのは心臓に悪い。

 雪原に座り込む。ここが現実じゃなくてよかった。肩を斬られ、腹を貫かれたのならすぐに処置を施さないとさすがにマズいから。

 

「それにしても、月が綺麗だ」

「……そうね、私――いえ、縁起でもない言葉ね。やめておきましょう」

「?」

 

 俺の隣に彼女も座り込んだ。その身体に着ていた服を着せる。さすがにこんな景色に着物だけと言うのは、心配で見てられない。

 その行動に彼女は目を丸くして。そうして、少女のように微笑んだ。

 

「……もし許されるのなら、もう一度私の我が儘聞いてくれる?」

「あぁ、構わないよ」

「貴方の人生はきっと、これからも長い旅になる。素敵な人と出会って、素敵な恋をして、素敵な子どもに恵まれて。その人生を、私は最期まで見届ける。

 ……この光景を、片時でもいいから。私との日々を、刹那に思い返すだけでもいいから」

 

 もう一度、彼女は俺の手を握りしめた。

 彼女はずっと、独りだった。初めて彼女を呼んだ時、その視線はどこか遠くを見ていたようにも思えた。

 その眼差しは、今俺だけを見つめている。

 

 

「――(わす)れないで」

 

 

 彼女と生きた時間を忘れる事は、彼女を独りにしてしまう事。執着を覚えた彼女に、それはきっと、なによりも残酷だ。

 その返事として、手を強く、優しく握り返す。

 彼女はそれに安堵したのか、柔らかい笑みをこぼして。俺の肩に頬を添えた。

 

 

 

 雪のベールに包まれた竹林の中。

 白い闇の中、彼女と二人で月と(ソラ)果て(境界)を見つめる。

 

 

 (ユメ)明け(醒め)るまで。

 

 




 その恋は、一時の夢。
 その夢は、永遠の名残。

 有り得る筈の無い、けれど束の間に灯った出会いを、
 私は今も眺め続けている。

 雪の空、遥かな虚空を見るように。



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マテリアル2

よく考えたら、ロンドンのセイバーのマテリアル、ちゃんと書いてなかったですね。


星5 ロンドンのセイバー

カード構成 アーツ×2 バスター×2 クイック×1

HP 18000 ATK 12000

 

クラススキル

対魔力EX 自身のデバフ耐性上昇+全ての行動不能を無力化。(単騎時のみ発動)

この世の全ての人々 E-~A+++ 自身のクラス相性不利を無効化。(単騎時のみ発動)

鋼の誓い A 自身のNP獲得率上昇+毎ターンHP減少(500)

 

スキル

 

直死の魔眼 A++ 敵単体の強化を解除+強化無効+攻撃力ダウン+宝具威力ダウン+1ターン後スタン付与(単騎時のみ) CT5

 

数秒後の生存 A 味方全体にNP増加(30%)+NP獲得率上昇+スキルターン短縮(3ターン)+ガッツ付与(1回、2000)+無敵付与(1回) CT7(単騎時のみ6ターン)

 

星見の防人 EX 自身にターゲット集中付与+大幅に防御アップ+ダメージカット付与(3ターン) CT4(単騎時のみ3ターン)

 

宝具「証を示せ、我が運命―ライフイズストレンジ―」

 自身に攻撃力アップ(3ターン)+アタックプラス(3ターン)+クリティカル威力アップ(3ターン)+スター生成(3ターン)+NP獲得率上昇(3ターン)+ターゲット集中(3ターン)&防御力アップ(3ターン)+ダメージカット(3ターン)+HP回復(5000)+ガッツ(1回、永続)+無敵貫通(3ターン、単騎時のみ)+防御無視(3ターン単騎時のみ)+バスター性能アップ(3ターン単騎時のみ)+アーツ性能アップ(3ターン単騎時のみ)+クイック性能アップ(3ターン単騎時のみ)《オーバーチャージで効果上昇》

 

キャラクター紹介

 答えに辿り着いた彼の姿。その道に迷いはない。

 人理修復に奔走する誰かのために、彼は自身の命を使い尽くす。

 

《マテリアル絆LV1にすると解放》

 身長175cm 体重70kg

 出典 Fate/Grand Order

 地域 第四特異点の残骸

 属性 秩序・善  性別 男性

 

《マテリアル絆LV2で解放》

 刀とナイフの二刀流でありながら、ありとあらゆる魔術も使いこなす和洋折衷のサーヴァント。故に彼の真名看破は困難を極める。

 ちなみに和食が得意で、厨房の弓兵から認められる程。彼曰く「彼女の特技」との事だが……。

 

《マテリアル絆LV3で解放》

この世全ての人々 E-~A++

 かつて彼の原型である者が宿した奇跡。根源と己を接続し、全ての魔術行使を可能とする。全てのサーヴァントの中でも極悪の燃費の悪さを誇り、もし仮に彼が正規の聖杯戦争で使用すれば、それだけでマスターが死亡する。

 使えるのは魔術に限り、起源などに関係したモノは使用できない。

 魔術行使中は、その術者本人である者の人生を全て追体験させられる。

 その光景も、その感情も、その悲劇も。

 

《マテリアル絆LV4で解放》

 星見の防人 EX

 永い旅路において彼を支え続けた光景が、スキルとして昇華したモノ。

 貴方の星見と彼の星見は別である。だが彼にとって、貴方は守るべき存在である事に変わりはない。

 例え貴方が絶望の淵に立たされようとも、まだ終わっていないと空を睨めば、彼は迷うことなく力を貸す。例えその先に、自分の生存が無かったとしても。

 

《マテリアル絆LV5で解放》

「証を示せ、我が運命―ライフイズストレンジ―」

 かつて第四特異点で起こした奇跡の再現。たった個人で、魔術王と激闘を繰り広げた誰かをここに再現する。

 貴方を守る者が彼しかいない時――即ち戦場において単騎となった場合、その力はさらに跳ね上がる。

 

 この運命は、誰かのために――。

 

 

《マテリアル絆LV10で解放》

 たった一時の現象でしかないオレを信じてくれてありがとう、マスター。

 所詮誰かの現身でしかないオレだけど、それでも。キミのために走り続ける事をここに誓おう。

 さぁ、新天地が待っている。新しい出会いと運命――行こう、マスター!

 

 

 絆礼装「遠い日の記憶」

 

 一枚の古ぼけた写真。貴方の知る面々が写っているが、貴方にそれを撮った記憶は無い。

 それを言うと彼は困ったように笑っていた。

 

「まぁ、ちょっとややこしい話になるからそういうモノだと思ってほしい。

 ――キミには、オレの始まりを知っていて欲しかったんだ。

 彼はこの光景を、ずっと。忘れずに戦っていたから」

 

 遠い日の記憶。もう届かない光景――それを埋めてくれる貴方のために、星見の防人は走り続ける。

 

 効果

・クラススキル、スキル、宝具において、単騎でもなくとも全ての効果が発動する。

 

 

召喚

「ロンドンのセイバー、ここに。さぁ、未来を取り戻す旅に出よう」

 

会話1

「準備が出来たら声を掛けてくれ。し過ぎるに越したことはないから」

 

会話2

「……アイスはちょっと。どうも苦い記憶を思い出す」

 

会話3

「オレがサーヴァントか。……あぁ、それだけでいい。それ以上は、望まない。望める訳が、ない」

 

霊基再臨1

「――あぁ、思い出してきた。そうだ、オレはあの時……」

 

霊基再臨2

「……うん、どうやら再臨する都度、オレはロンドンの戦いを思い出すらしい。オレはあの戦いで数多の悲しみを見たんだ」

 

霊基再臨3

「悲しみを見た。でも、この心は折れなかった。最期まで足掻き続けた」

 

霊基再臨4

「――ありがとう、マスター。貴方に誓うよ。貴方の本当の旅が終わるまで、オレは貴方を守り続ける。それがきっと、オレのしたい事なんだ。誰かのために、命を賭ける。

 だから、マスター。どうか、幸せに……健やかに。そのために戦うよ」

 

絆LV1

「うん、まぁ、率直に言うと。オレは偽者だ。あの特異点にいた誰かの姿と奇跡を借りた現身――でも、オレがオレである事に変わりない。

 どうか、信じてほし……え、元から信じてる? ……そっか、ありがとうマスター」

 

絆LV2

「戦場に出た以上、後ろには下がらない。それがサーヴァントの矜持。勿論、オレもさ。

 キミが生きる道を、何としてでも守り抜く。――あぁ、うん。それがきっと、オレの生まれた意味なんだ」

 

絆LV3

「え? 何であまりサーヴァントと関わらないのかって?

 ……本来、オレはサーヴァントになれるような器じゃない。この身は誰かの居場所を借りて生まれた。もういない彼女と、オレの代わりに死んだ彼。

 だからさ、サーヴァントになったのは。オレ一人だけじゃなくて、その二人も、この世全ての人々もいてくれるから……。

 え、そんな事いいからさっさと関わって来いって? ……そうだなぁ、ちょっと踏み出してみるか」

 

絆LV4

「――何か、話していたのか、マスター。どうも最近、妙な夢を見る。

 分かってる。分かってるんだ、オレは幸せになれない。なっちゃいけない。助けられてばかりの人生だったから。誰かのためになるまで……。

 なぁ、マスター。一つ聞かせてほしい。オレはさ、この運命を誇れるのか。誇って、いいのかな」

 

絆LV5

「ありがとう、我がマスター、我が運命。

 この生涯を全て、貴方に捧げよう。――オレと彼は違うけれど、それでも。

 うん、貴方となら、きっと。オレの生きた意味を見出せる」

 

好きな事

「人と出会うのが好きだ。出会って話して、共に生きる。それはきっと、何て――」

 

嫌いな事

「……そうだなぁ、考えた事もなかったけど。しいて言うなら、キミがいない未来だ。あらゆる事を受け入れるオレであろうと、それだけは否定し続けよう。キミが守った未来にキミがいないなんて、馬鹿げてる」

 

聖杯に掛ける願い

「……聖杯? オレにはもう、いらないよ。願いは既に叶ってる」

 

イベント開催中

「また出会いが待っているようだ。準備が出来たら行こう」

 

誕生日

「おめでとう、マスター。どんな魔術が見たい? 望む通りのモノが出せるぞ」

 

 

戦闘開始

「さぁ、戦いだ。指揮を頼む、マスター」

「――お前に挑むのは、生きる事すら出来なかった人間の紛い物だ」

 

スキル使用時

「接続開始」

「今ここに、再現する……!」

 

コマンドカード

「分かった」

「いい判断だ」

「任せてくれ」

 

アタック

「視えた……!」

「獲った……!」

 

エクストラアタック

「まだまだ付き合ってもらう!」

 

宝具選択

「――オレがオレであるために」

 

宝具使用

「尊き者よ、どうかその輝きを永遠に。――あぁ、だから、オレはここにいる。

 証を示せ、我が運命(ライフイズストレンジ)!」

 

ダメージ

「凌いで見せるっ……!」

「まだ、終われない!」

 

戦闘不能

「あぁ、畜生……。やっぱり、ダメなのかなぁ」

「マスター、逃げろ……!」

 

勝利

「戦闘終了。空が明けた、夢の終わりか」

「お疲れ様、マスター。いい指揮だった」

 

両儀式(セイバー)所属時

「――……ごめん。ごめんなさい。貴方には悲しい思いばかりさせてしまった。……今度こそ、一緒に」

 

セイバーオルタ所属時

「……あぁ、彼女がいるな。あの輝きは頼りになる。この霊基がそれを知っている。

 いつか、彼女の隣で共に戦えたら」

 

ジャンヌ・オルタ所属時

「……温かい灯だ。マスター、キミならきっと彼女の在り方を分かっていると思う。

 どうか彼女を、認めてあげてくれ」

 

ランスロット所属時

「……そうか、彼がいるのなら戦力的に問題は無い。大方の敵と渡り合える。

 だって、最強の一角がいるんだから」

 

殺生院キアラ所属時

「……何だろう、いや。彼女には何というか、よくわからない感情を覚える。

 何か、こう。何をするか分からない子どもを見ているような……」

 

エドワード・ティーチ所属時

「女性に対して、細かい気遣いが出来る所、オレは好きだよ」

 

エミヤ所属時

「……え、オレに決闘を挑む? 料理で? ……いや、でもこれはそんなに誇れるモノじゃないし……。

 何、プライドが許さない? 分かった、受けて立つよ。……カルデア満喫してるなぁ……うん、いい事だ」

 

カルナ所属時

「施しの英雄……。貴方がいてくれたのなら、最初の彼を――いや、よそう。彼は救われるだろうから。これ以上、言うのは野暮か」

 

新宿のアーチャー所属時

「――ほどほどにな、プロフェッサー。オレにクラス相性は通じないから、そのつもりで」

 

不夜城のキャスター所属時

「死にたくないか。その感情には懐かしさを覚える。でもきっと、それと同じくらいの意味を持つ出会いがある。だから、大丈夫」

 

宮本武蔵所属時

「え、オレが剣豪だって? 空に至っている? あぁ、魔眼があるから多分ソレで……。ちょっと待って、何で構えてるの? ――そういえば不意打ちが得意だったなぁっ、って!」

 

アーチャー・インフェルノ所属時

「……そっか。――誰かのために戦える、とても良い人だったんだね。いつか、出会えるといいな。

 ところで、その両手の一杯のゲームは何だい?」

 

アルトリア・オルタ

「妙だな……あの男を見ていると、不可解な感情を覚える。今の私には思い当たる欠片も無いが、この根幹が、あの男に何かを抱いている。

 ……これは、何だ?」

 

ジャンヌ・オルタ

「あぁ、もうアンタから何か言ってよ! アイツよ、あの変な男! 私にあーだこーだ言ってくるからもううっとしいっての! 保護者じゃあるまいし!

 ……あぁ、もう、そんな顔しないでってば! されると何かムカつくのよ!」

 

ランスロット

「――どうにも不思議な雰囲気を纏う方ですね。そして何故か、彼に懐かしさを覚えている。

 もし良ければどうか手合わせを一つ。貴方の剣に、触れてみたいのです」

 

両儀式(セイバー)

「――貴方の知る私と、ここの私は別物だけど……。それも夢の中では些細な事。

 いつか、貴方の名前を。私に教えてね」

 

巌窟王

「――奇妙な。そのどこかに復讐者の存在を感じる。だがお前ではない。お前は……何者だ?」

 

マーリン

「……おや、こんな奇跡もあったんだね。うん、そうか。いつかキミも彼のように、辿り着ける事を祈っているよ。

 その道行に祝福を。あなたの旅は長く、だからこそ得難いモノになると信じて」

 

 




異伝タイプの構想は湧いてきますが、大物クラスのサーヴァントでない限り大体BAD確定と言う罠……。
アーチャーインフェルノか新宿のアサシンをオリ主君が召喚したって話にしようと思ったんですが、オリ主の境遇考えると二人のトラウマ直撃と言う……。
どうしようかなぁ、と展開に悩みっぱなしの状態です……。外伝とかも他イベに絡めて書いていけたら。

気分屋の私ですが、よろしくお願いします。


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異伝1 日輪よ、

円卓全員揃った記念に。
え、白い方? 獅子上は敵NPCじゃないですかーヤダー。
宝具LV2のグランドクソ野郎育て終わったら、156箱空けたネロ祭の備蓄がなくなったんじゃが……。

サポートでオール枠に絆レベル6でキアラ8/7/6にモナ凸つけてるやつがいたら私です。コキ扱ってあげてください。そして宝物庫でアァーしてあげてください。
ランサーアルトリアオルタ9/10/6もいるから使ってあげてください。私は彼女の有用性を広めたいです。第二スキルはマジで世界が変わる。

今回、書いたのはApoの影響です。
この話の彼にとあるサーヴァントはいません。


 

 俺、アランのサーヴァントは現状一騎のみである。

 ランサーのサーヴァント――カルナ。

 いや、この方強すぎるわ。シミュレーションで立香のサーヴァントを三騎相手取って、引き分けまで持ち込むとかやばいわ。

 ただ一つだけ問題がある。

 

「どうかしたか、マスター。時間は有限だ、使い道を考えるべきだと進言する」

 

 とにかく無愛想かつ一言足りないのである。

 ドクターや立香、マシュ、ダヴィンチちゃんは笑ってくれるものの、他のサーヴァントやスタッフ達には挑発と受け取られかねない。

 第一特異点とか特にひどかった。

 

 

「竜の魔女か。なるほど、名に聞こえし邪竜を操るその力、特異点に相応する。

 だが、俺は英雄だ。竜などに遅れはとらん」

「……へぇ、私がアンタより下って言いたいのねぇ、へぇ」

「心外だ、俺は事実を述べたまで。何よりお前の在り方は運命とは異なるだろう。求められた作り物。

 俺のような存在には程遠い」

「――燃やす、燃やすわ、アンタ。私の炎で焼き殺してあげるわよ!」

「ならば力で語るがいい。その怨念が俺の炎を上回ればの話だが」

 

 

 アレ、多分精一杯ジャンヌ・オルタの事ほめてたんだろうなぁ。

 しかも、あの場でいくつか白いジャンヌにも飛び火してたし。

 第二特異点ではローマ連合軍を単騎で相手取った。そしてひたすらレフを煽り、アルテラと一騎打ち。

 第三特異点では、イアソンを煽り倒し、そしてヘラクレスと一騎打ち。あの大英雄同士の対決は凄まじかった。

 テンションが上がって、令呪を使ったのは仕方がないだろう、うん。

 

「マスター、そろそろ次の特異点に召集がかかる。準備を怠るなよ」

「……分かってるさ」

 

 第四特異点。

 こうして一歩一歩、己が死に向かって歩んでいる事を自覚する。

 かつて魔境にてとある女王からの言葉で、俺はようやく確信した。俺自身の運命を。

 

 

 

 

「アラン君が体調不良? バイタルサインは異常なしだったけど……」

 

 第五特異点出撃前。アランが体調を崩した。

 カルナ曰く部屋で嘔吐したとの事だった。

 

「……参ったな、今回の特異点もかなり規模が広い。早急に手を打たなくちゃならないけど……」

「ロマニ、正直な話第五特異点は崩壊目前だ。急がないといけないよ。

 立香君は現状、君だけで何とかしてほしい。アラン君はこちらでしっかりケアする」

「……分かりました」

 

 第五特異点――アメリカ。

 これまでの特異点とは比べ物にならない激戦が予想される。

 故に戦力は少しでも多く連れていきたい所だった。

 

「カルナ君、マスターが違うから戸惑うかもしれないけど同行してくれるかい?

 君の力はどうしても必要だ、虫のいい話だとは思うけれど……」

「――断る。悪いが、俺は今回の特異点には同行しない。

 今回の人理修復はお前とお前達のサーヴァントだけで果たすがいい」

「……カルナ?」

 

 施しの英雄。どんな頼みであろうと断らない筈の彼が、今同行を強く拒否した。

 ダヴィンチでさえ、目を丸くしている。

 

「何度言われようと俺の意志は変わらない。変える気もない。

 ――ではさらばだ」

 

 そうしてカルナは管制室を去った。

 あるべき場所に戻るように。

 

 

 

 

 俺の一室で、カルナはずっと佇んでいる。

 どこかに腰かければと声をかけたけど、彼はそれすら拒んだ。

 

「……カルナ、さっきの話聞いてたよ。

 俺が頼んでも、いかないんだろ」

「無論だ、主を置いて戦いなど、本末転倒もいいところだ」

 

 それは嘘だ。

 俺はカルナのマスター。だから彼の事は、その生前は知っている。

 彼の戦士の誇りも、それを踏みにじられた光景も。

 ただそれが辛くて。元々弱かった俺だけど、カルナの生前を全て知ってしまって。

 それが余りにも惨いものだったから。

 だから、彼の死を見て。急に人理修復が怖くなってしまった。

 

「……情けない。貴方のマスターなのに、俺は死ぬ事が怖い」

「……」

「俺は死にたくない。けれど、もうそれは避けられない。

 なら、せめて。意味だけでも得たい、あいつらの助けになりたい。

 ……人理修復に近づく度に、足が震える。自分の命が終わる瞬間が迫っていると、いやでもわかる。

 でも、言える訳無いだろう。スタッフ達は不眠不休で頑張って、ドクターは休息すらロクにとっていない。立香はサーヴァント達の性質を知る事で精一杯。

 ――皆、欲を押し殺してるのに……。俺だけが、我儘なんて言える訳無いじゃないか……! なのに、体調なんて崩してる場合じゃないのに……!」

「――語るのは俺の本分ではないが、ここにいるのは俺だけだ。ならば答えるのが当然か。

 人が求めるのは悲劇ではない。最初から悲しみを求める者などいはしない。マスター、お前とてその筈だ」

「……俺が、救済を願っていると。そんなの、そんなの許される訳が……」

「そうだとも。我が主よ。お前は心のどこかで己の救済を願っている。彼らの幸福を願い、己の価値が小さいものだと信じながら、それでもどこかで自身が救われる事を祈っている」

「……」

「だがそれは普通のことだ。己の矜持に意味を求めるのはごく当然だ。

 不幸だと思う者が救済を求めるのは、何もおかしい話ではない。故にマスター、お前の思いは何一つおかしくはない。

 お前のその嘆きはただ――間が悪かっただけだろう」

「……間が、悪かった……?」

「そうだ。お前自身の選択も、お前自身の取り巻きも、お前が良しとして、しかし手に入らなかった、ささやかな未来の夢も。

それらすべてが、たまたまその時だけ、かみ合わなかっただけなのだ」

「……何だよ、それ。カルナらしくない考えだ」

「……ある男の言葉だ。その生き様に感服させられたが故にな。その言葉を一字一句聞き逃さないようにした」

「……間が悪かった、か」

 

 いつもは口数少ない筈のカルナ。

 彼の言葉は現実を突き付けてくる。けれど、柔らかく、そして確かに優しさがあった。

 

「……なぁ、カルナ。お前行きたかったんだろ。今回の特異点に。

 アメリカが特異点なら呼ばれるサーヴァントも相当強力な奴ばかりだろう。武人である貴方なら――いや、生前戦えなかったからこそ行きたかったんじゃないのか」

「――あぁ、確かに。だが、それは俺の目的とは異なる。

 俺が呼ばれた理由は人理修復に賛同したためではない」

 

 途端、カルナの手には槍が具現化した。

 神殺しの槍――幾度となく強敵を沈めてきた必殺の宝具。

 その槍を俺に差し出した。

 

「我がマスター、死にたくないと強く願った少年よ。この槍と日輪に誓おう。

 俺はお前を守り続ける。

 それは価値ではない、意味ではない。お前が救いを求めたからだ。故に俺は召喚に応じた。

 それが今、ここにいる目的だ」

「――」

「お前は死人だ。元の歴史では既に死んでいる。

 ――だが、それがどうした。サーヴァントはマスターと共に歩む者。ならば俺には些細な事だ」

「……分からないよ」

「……」

「分からないんだよ、カルナ。

 カルデアの日々は死人でしかない俺に、たくさんの記憶を与えてくれた。

 その時代を必死に生きた人、サーヴァント。生きたかった筈なのに、死んでいった人々。彼らの言葉が、生き様が、俺達の時代の足元に埋まっている。あの人達が築いてくれたモノの上に生きている。

 その恩に、俺はどう報いればいいんだ」

「……報いる、か。それは些か異なるぞマスター。

 俺が言えた事では無いが……人は皆迷う者だ。彷徨いの中で答えを求めている。その答えがお前の言う報いなのだろう。

 確かに、その境遇を考えれば分からなくもない。俺も一度、死ぬ事を極度に恐れていた人間と出会った事がある。――そして今の境遇と全く同じ者達を見た事も」

「……」

「人は皆、いずれ死ぬものだ。遅かれ早かれ、それが宿命であり結末だ。マスター、その恐れは決してお前だけに与えられた不幸ではない。

 生きる者に待ち受ける、どこにでもある現実だ。受け入れなければならない痛みであり、越えなければならない喪失だ」

「だから、貴方は“それも当然”と受け入れるのか」

「無論だ、俺は元々望まれて生まれたモノではない。だが我が身一つで事が収まるというのなら、俺はそれを受け入れよう」

「……でも、悔しかったんじゃないのか。身分が低いからって、それでなにもかも決められて。一度も自分の望みを果たせずに、最期は――」

「――それでいい。確かにあの物語は、俺の生前は悲劇と言われるかもしれない。

 だが、俺は生前の出会いを悔いた事は一度も無い。母は俺に愛を授け、拾ってくれた夫婦は情を授けた。

 それらを違う事無く、死ねた。

 そしてその過去があったからこそ、俺は――俺は彼女と出会えたのだ」

 

 カルナの表情はどことなく微笑んでいた。

 宝物を大切に抱きしめる子供のように。

 

「……そっか」

「……良い顔だ、マスター。息も落ち着いている。俺の……いや、彼の言葉が救いにつながったのなら、喜ばしい限りだ」

「確かに俺はこの先、死ぬ事は避けられないかもしれない。

 でももしかすると、忘れられない出会いが待っていて、死ぬ事よりも悲しい別れがあるかもしれない。

 ……でも、だから。だからこそ、人は生きるんだろうな」

 

 ありがとう、カルナ。

 貴方のおかげで、少しだけ今が楽になったよ。

 

 

 

 

 時間神殿突破。

 後は時代の修正を待つだけ――。

 いつもの空間、どうせここで俺は消えるのだろう。でも、もう怖くない。

 彼の出会いと言葉があったから。この思いを知れたのは多分、彼を召喚出来た数少ない人間しかいないから。

 

「マスター」

「……カルナ、その、今までありがとう。

 俺みたいな奴をマスターとして振舞ってくれて」

「胸を張れ。お前は俺の知る限り、指揮に秀でたマスターの一人だ」

「……大英雄の貴方からそんな言葉を貰えるなんて、思いもしなかった」

 

 ――もうすぐ俺は消える。

 結局、カルデアにその事を告げる事は無かった。

 あれ以上、職員に世話をかけたくなかったし。人類が滅んだら、それこそ困る。

 俺一人だけが生きてたって何の意味もない。

 

「それとさ、カルナ。俺は後どれくらいで消えるんだ。

 人理は修復された。だから俺はあるべき運命に戻るんだろ」

「……あぁ、それとだがマスター。

 お前は死なない。この先も、お前は生き続ける」

「……は?」

 

 時が止まったかのように思った。

 ありえない。けどカルナは理由もない嘘をつかない。

 

「上手くいくか俺自身も分からなかったが、こうして見る限り成功したようだ。

見ろマスター。俺の体にあるべきものがない事に気づかないか」

 

 カルナの体を見る。黒い衣類と神殺しの槍――。

 そうか、確か彼は生まれつきの……

 

「鎧が、無い。持ってこなかったんじゃないのか」

「アレは俺にとって血肉同然。宝具となっているが、俺の元から消える事は無い」

「じゃあ、どこに……」

「お前に使った。人理修復の間、ずっとお前に纏わせたのだ。我が主。

 人理では犠牲の辻褄を合わせるように生死が分けられる。ならば人理が戻った瞬間、お前は死ぬだろう。――だがもし、その死が否定されたら。死を跳ねのける加護があれば。

 ――人理は差し変わる。お前の死を、お前の生に変えるだけだ。アランと言う肉体はまだ完全に死を迎えてはいない。世界の修正も動きはしないだろう」

 

 思考が追い付かない。

 

「……待て、カルナ。なら、お前はどうなるんだ。確かに俺はこれからアランとして生きるよ。この契約は続くのか」

「いや、俺はここで消滅する。お前の望みは叶った。だが俺が生きたままではお前が今度は死ねない体になるだけだ。

 だから俺は消えなければならない。そうしてお前はようやく、人として歩む事が出来る」

 

 ……何で。

 カルナは大英雄だ。インドでは絶大な知名度を持ち、知らない人はいない。

 高潔な精神を持ち、無双の武芸を振るい、真贋を見抜く。

 正直、俺なんかじゃマスターとして程遠いと何度思ったか。

 

「言った筈だ、マスター。お前は救いを求め、故に俺は応じたと。

 そこに優劣など意味をなさない。全ての人は俺にとって同じ価値に見える」

「……」

「……む、何故だ、マスター。余計なお世話だったか。

 それともやはり一言多かったのか」

「……違うよ。ちょっと、嬉しくて。

 全部無意味なんかじゃなかったって言うのが、とても」

「……ならば良かった。

 マスター、名残惜しいが、別れの時だ」

 

 そうして彼は槍を空に振るった。

 空間に亀裂が入り広がっていく。

 

「なぁ、カルナ。ありがとう、お前の言葉に、何度も助けられたよ」

「――そうか。彼女の言葉に、俺はようやく応えられたか。

 ではさらばだ、マスター。生きるがいい。

きっと誰かが、誰でもないお前を待っている」

 

 光を纏いながら、カルナは上昇していく。

 

 それは美しい、黄金の光のようで。

 

 新しい日々を照らす、太陽だった。

 

 




マスター絶対生かして返すマン。

ちなみにジャンヌ・オルタでのカルナのセリフ翻訳。カルナ語検定回答。

「竜の魔女か。なるほど、名に聞こえし邪竜を操るその力、特異点に相応する。
 だが、俺は英雄だ。竜などに遅れはとらん」
 ↓
 貴方が竜の魔女ですね。邪竜を操るとは、特異点に名前負けしてませんね。
 私も貴方に負けないくらい、頑張ります。

「心外だ、俺は事実を述べたまで。何よりお前の在り方は運命とは異なるだろう。求められた作り物。
 俺のような存在には程遠い」
 ↓
 それは違います。貴方は誰かの理想として作られたサーヴァント。
 私は求められてないので、貴方のように凄くないです。

「ならば力で語るがいい。その怨念が俺の炎を上回ればの話だが」
 ↓
 ではいきましょう。私も貴方に負けないくらい頑張ります!


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異伝2 ロンドンのセイバー体験クエスト 「四つ目を超えて」

FGO本編風に。
パールヴァティ実装記念と、英霊剣豪用の石を使ってしまった記念に。
結果? 青王が宝具レベル3になりました。


ちなみにプロットがようやく完成しました。一応、本編でセイレムが終わり1.5部が完結次第、オリジナルルートに入ります。2部と並走してたら多分終わらない……。
ですので、ちょっとオリジナルルートの展開にも触れていきます。予想しながら楽しんでいただければ幸いです。……ですが正直私の構成力で皆様に楽しんで頂けるかが不安なところ。頑張ります。
ヒントがあるとすれば、一言。
オリジナルルートに「彼女」はいません。
後、あまり長くないです。多分SNのLast episodeくらい。


 夢の中。形も中身も見えない闇の底に何かがある。

 やがて見えたのは鎖に繋がれた誰かの姿だった。

 顔も朧気で声はかすれて聞こえない。獣の息遣いのようにも、耐えている人の呼吸のようにも聞こえる。

 ただ――どこか受けいれているかのようにも。

 それが自身の罰だとでも言わんばかりに。

 

 

 

 

 目が覚める。

 眼前に広がるのは、ロンドンの街。日は満ちているというのに、明かりは全て落ちていて。まるでゴーストタウンのようだ。

 

「――ウウウゥゥゥ」

 

 死者の声。振り返るとそこには人の形をした化け物がいた。人と獣が混ざり合ったような。余りにも中途半端な姿。

 それが犇めき合っている。思わず後ずさりしてしまう程。

 近くにサーヴァントはいない。ならば逃げるしかない――どこに?

 背後を見せればその瞬間、雪崩となって自分を飲み込むに違いない。

 にらみ合ったまま、少しずつ距離を離した。

 

「――うん、いい判断だ。

 例え絶望にあろうとも目を背けず、空を睨む――。それでこそ、カルデアのマスターだ」

 

 化け物達が燃えて、凍って、刻まれて、潰されて――ありとあらゆる手段で消えていく。

 まるで、この世界に存在する全てをここに体現したかのように。

 瞬くにそれは殲滅された。

 いつの間にか、目の前には一人の青年が立っていた。刀とナイフを手に、汚れ一つ無い純白の羽織、その下に着込んだ黒い着流し。こちらを優し気に見つめる蒼い瞳。

 

「君は彼じゃないな。初めまして、か。オレの事は……そうだな。ロンドンであったから、ロンドンのセイバーとでも呼んでくれ」

 

 自分を見るその眼はまるで、違う誰かの事を懐かしんでいるかのように。

 けど、どこかに、憧憬を秘めていた。

 

 

 

「ここは、多分別世界の第四特異点。その残骸だ。君はどうやらそこにレイシフトしてしまったらしい。

 疑似的な第二魔法と言う訳だ。だから通信も届かない」

『帰るには、どうすれば……』

「オレが案内する。一人心当たりがあるからね。……何せオレ自体がここの残骸のようなものだ」

『残骸?』

「かつてこの特異点で人にすらなれなかった人形とある王の戦いがあった。その戦いに勝者なんてどこにもいない。

 うん、だからまぁ。オレはね、その時の誰かを記録した模倣体に過ぎない。その戦いで“人形の永遠を望んだ何者か”の願いでオレは生まれた。

 だからまぁ、困った事にここから出ようにも切っ掛けがない。だからここにいる残骸どもを八つ当たりがてらに叩きのめしていたんだけど……」

『そこに自分が?』

「そういう事。だからオレにとっても君の帰還は望ましいモノなんだ。そうする事でここはようやく終わりを迎える。

 永遠なんてただキツイだけだ。そんなもの、願い事だけで終わればいい。終わるからこそどこかでまた始まりがある。ずっと続くだけの、何一つ終わらない小説なんて作者にとっても読者にとっても苦しいだけさ。例えそれが楽しいことであっても」

 

 そんな他愛もない話を、彼は語り続けた。

 逆に彼からの質問は全てカルデアの事だった。

 スタッフは何人いるかとか、近頃どんな事があったかとか。そんな身近な、何の変わりない些細な事を、彼はとても楽しそうに聞いていた。

 それを聞けて良かったと。まるでどこか、安心するように。

 

 

 着いたのは大空洞。

 かつて魔術王と対面した空間だった。

 だがそこには巨大なクレーターがいくつも散らばっていて、さらに奥には抉れた地面が地平線まで続いている。

 

「……あぁ、ここだ。ここで違いない。

 さぁ、カルデアのマスター。指揮を頼む。

 多分、ここにはまだ誰かの願いが渦巻いている。ここに残る事を望んだ何かの願いが喘いでいる。

 もう誰もいないのに、願望だけが残っている。そんなのは悲しいだけだ。――終わらせよう」

 

 そういって、彼は刀を構えた。

 現れたのは三体のシャドウサーヴァント。

 セイバーが二体と……恐らくアヴェンジャーが一体。三対一、余りにも不利だ。

 

「大丈夫。持久戦ならオレの得意分野だ。

 ――付き合ってもらうぞ、三人とも」

 

 その声と共に、彼は駆け出す。

 

 

 

 

 その剣戟は悲鳴のようだった。まるで思いをぶつけ合っているようにも見える。

 ただそれを、悲しいと思った。

 戦いに虚しさを覚えたのは、初めてだったかもしれない。彼は泣きそうに、けど強く笑って。シャドウサーヴァントを消滅させた。

 

「……」

『悲しい?』

「……まぁ、少し。でもこれで、ようやく終われたんだ。だから何も言わないよ。

 それと……いい指揮だった、マスター。もう少し手こずると思ったんだけど」

『マスター?』

「あぁ、今のオレはサーヴァント。そしてサーヴァントを指揮したのは君だ。なら、マスターと呼ぶのがふさわしい。

 でも嫌なら嫌と言っていい。人は、思ったより自由だから」

『大丈夫。マスターの振る舞いも慣れてきたし』

「頼もしいよ」

 

 そういって、彼は笑った。

 消えていく。周囲の光景が、光となって消えていく。

 

「あぁ、ようやく幕が下りる。ったく……慣れない事はするもんじゃないな。

 だけど、新しい縁が出来た」

『……』

「マスター、また何かあれば。その時はオレを呼んでほしい。どこぞのアヴェンジャーほど強くはないけど、まぁアレだ。我慢比べの戦いなら任せてくれ」

『うん、ありがとうセイバー。またどこかで』

 

 消えていく。目の前の景色が消えていく刹那、確かに。彼の声が聞こえた。

 

「あぁ、ようやくだ。ようやく五つ目の光景が見れる。旅の続きが、始められる。

 後は彼らがいるともう言う事は無いんだけど。まぁ、贅沢は言えないし。

うん……長かったなぁ」

 

 それはまるで、夢の続きを望む少年のような響きだった。

 

 

 

 

 悪に成ったモノを救う術はない。

 そんな彼を救う方法を彼女は望み、そして度を越えた願いの代償として消滅した。

 ならば応えなくては。――そんな彼女に報いる、己の答えを。

 

 

 

「ロンドンのセイバー、召喚に応じ参上した。……うん、まぁ。よろしく頼むよマスター」

 

 

 

 




多分コレ、攻略wikiとか荒れるレベル。

マテリアル

星5 ロンドンのセイバー
カード構成 アーツ×2 バスター×2 クイック×1
HP 18000 ATK 12000

クラススキル
対魔力EX 自身のデバフ耐性上昇+全ての行動不能を無力化。(単騎時のみ発動)
この世の全ての E-~A+++ 自身のクラス相性不利を無効化。(単騎時のみ発動)
鋼の誓い A 自身のNP獲得率上昇+毎ターンHP減少(500)
 
スキル

直死の魔眼 A++ 敵単体の強化を解除+強化無効+攻撃力ダウン+宝具威力ダウン+1ターン後スタン付与(単騎時のみ) CT5

数秒後の生存 A 味方全体にNP増加(30%)+NP獲得率上昇+スキルターン短縮(3ターン)+ガッツ付与(1回、2000)+無敵付与(1回) CT7(単騎時のみ6ターン)

星見の防人 EX 自身にターゲット集中付与+大幅に防御アップ+ダメージカット付与(3ターン) CT4(単騎時のみ3ターン)

宝具「証を示せ、我が運命―ライフイズストレンジ-」
 自身に攻撃力アップ(3ターン)+アタックプラス(3ターン)+クリティカル威力アップ(3ターン)+スター生成(3ターン)+NP獲得率上昇(3ターン)+ターゲット集中(3ターン)&防御力アップ(3ターン)+ダメージカット(3ターン)+HP回復(5000)+ガッツ(1回、永続)+無敵貫通(3ターン、単騎時のみ)+防御無視(3ターン単騎時のみ)+バスター性能アップ(3ターン単騎時のみ)+アーツ性能アップ(3ターン単騎時のみ)+クイック性能アップ(3ターン単騎時のみ)《オーバーチャージで効果上昇》

キャラクター紹介
 答えに辿り着いた彼の姿。その道に迷いはない。
 人理修復に奔走する誰かのために、彼は自身の命を使い尽くす。

《マテリアル未開放》
《マテリアル未開放》
《マテリアル未開放》
《マテリアル未開放》
《マテリアル未開放》
《マテリアル未開放》


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異伝3 旭よ、どうか健やかに――

最後にアーチャー・インフェルノの真名、マテリアルについてネタバレあります。


インフェルノちゃんへの愛が炸裂したからね、仕方ないね。

だから■■■■様実装はよ。


 

「私に炎を……!」

 

 彼女が、シャドウサーヴァントを放り投げた。

 灼熱の矢が、放物線を描きながら一切合切を燃やし尽くしていく。

 

「飲み込め、何もかも!」

 

 銀色の髪を後ろでまとめた少女。

 ――真名はまだ言えないと。故に彼女は自らをこう名乗った。

 

 

 アーチャー・インフェルノ。

 

 

 俺が召喚した、ただ一人のサーヴァント。

 マスター適正が低い俺はたった一人しか召喚出来ない。そうして出会ったのが、彼女だった。

 

 

 

 

「……やっぱり、動きが悪かったか」

「いえ。マスターの戦況把握自体に問題はありません。ただ彼我の差を考えれば、この程度は許容出来ましょう。

 大丈夫、そのお心ならば、きっと」

 

 食堂の一角で、シミュレーションを彼女と共に振り返る。

 マスターとしての力量も上げていかなくては、これからの戦いも激しくなってくるだろうから。

 第三特異点では船の上の戦いであり、乱戦になる事も多かった。

 何度、彼女に命を救われたか。

 立香のサーヴァント達も強力であるが、それだけではジリ貧になる事も否定出来ない。

 せめて俺のマスター適正がもう少し高ければ、何人かは呼べたのだろうけれど。この体ではここまでが限界だった。

 ――だが、それを踏まえても彼女は、一級品のサーヴァントだ。

 船に飛び込んできたヘラクレスを、彼女は文字通り投げ飛ばしたのだから。それも飛来した方向へ。そのおかげで時間が稼げ、充分な状態で大英雄を迎え撃つ事が出来たのだ。

 力にも技にも優れ、武人として優れた精神をも兼ね備える。そんな彼女に、俺は相応しいマスターになれるんだろうか。

 

「……ならなくちゃ、いけないんだろうけどなぁ」

「マスター?」

「大丈夫、独り言だよ。――よし、気分転換にレクレーションルームでも行こうか」

 

 俺の言葉に彼女は、顔を輝かせて。けれど、それに気づいたのかまた凛とした表情に。でも口の端が隠しきれていない。

 戦場に出れば武人。けれど、ゲームでは少女みたいに笑うから。

 彼女との日々は、俺にとって春の夜の夢のよう――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――魔術王と目が合った。

 途端、俺は全てを理解させられた。俺自身の運命を、末路を。見てしまった。

 取るに足らない存在であると。

 カルデアの一室――マイルームで、俺は何をする訳でもなくただ天井を見ていた。

 藤丸立香はまだ昏睡状態だが、だからと言って俺に何かが出来る訳じゃない。魔術王と直接対峙した事を気遣ってくれたのか、ドクターやダヴィンチちゃん他の職員達も、俺とマシュに休んでほしいと言ってくれた。だから言葉に甘えている。

 力を蓄えようと……いや、本音を言おう。

 したくないのだ。俺はこの先を、見たくない。この先に行きたくない。ただここにずっと。閉じこもっていたい。

 だって、この先にあるのは。

 この命は、風の前の塵に等しい。

「マスター」

「……ごめん、インフェルノ」

「……いえ、無理もありません。今はただ、英気を養ってくださいませ。

 休息も戦には必要な事ですから」

 

 ――悔しい。

 俺は無力だ。立香みたいに複数のサーヴァントを従えられる訳でもない。何か特別な力がある訳でもない。

 何一つ、秀でる所など無い。その癖臆病で、死にたくないなんて思いだけが、ずっと渦巻き続けている。

 思考が、どんどん堕ちていく。腐り果てていく。

 これじゃあ、何一つ――。

 

「マスター」

「……インフェルノ?」

「どうか、お休みを。既にその身体は、悲鳴を上げているようにも見えます。

 り、り……りふれっしゅ? と言うのも休息には重要とどくたー殿が仰っていました」

「……そうか。ちょっと、休むよ。それとさ……もしよかったら、起きるまで傍にいてくれないか。

 悪夢を、見るかもしれないから」

「――はい。私でよければ」

 

 

 

 

 鐘の音が響く寺の境内――沙羅双樹で埋め尽くされた広場に男がいる。

 鎧に身を包んだ武者が一人。俺の眼の前にいる。

 美丈男な顔立ちではあるが、その表情は無骨そのもので。見たところあまり器用そうな印象は受けない。

 男は俺を一瞥する。

 

「君の名は何と?」

 

 その声は岩石を彷彿させるほど、固い。

 けどどこかに、柔らかさを覚える。

 

「……アラン。その他は思い出せません」

「そうか。酷い顔をしている。まるで、戦に負けたようにも見える。

 ――そして、諦める手前と言ったところか」

「……恥ずかしながら」

「……いや、それで良い。負けを知るのは大切な事だ。負けを知って、初めて人は己を知る。

 俺は、気づけなかった。誰かのために兵を挙げた筈だというのに。その目的はいつしか、自分自身にすり替わっていた。

 気づいた時には、もう遅かった。俺は人を、外を知らなさ過ぎたのだ。その結果が、宇治川の末路であり、栗津の最期だった」

「――まさか、貴方は」

 

 俺の言葉に男は首を振った。

 それ以上、言わなくていいと。

 

「君は負けを知った。だがまだ、終わってはいないだろう? 君は自身を足りていないと知っているからだ。過信せず、出来る事を考え、少しでも差を埋めようと足掻く。

 ――その選択に、俺は敬意を払い、そして彼女に力を貸そう。

 君の答えに口は挟まない。けれど、君が折れぬ限り、旭の輝きはいつまでも君を見守っている」

 

 彼女――あぁ、そうか。やっぱり、その名前は。

 

「――どうか、()を。よろしく頼む」

 

 

 景色が消えていく。男の全身が薄くなっていく。

 彼の名前を、その物語を思い出して。

 眦から零れようとする思いを押さえ込んで。俺は、ただ頭を下げた。

 

 

 

 ありがとうございます、旭将軍。

 

 俺は――皆と共に、もう一度戦います。

 

 貴方の言葉に、報いる何かを。返します。

 

 

 

 

 

 第七特異点修復――平穏を見て、地獄を巡った旅だった。

 立香が呼んだサーヴァント達のおかげで、何とか戦えた。俺はインフェルノと共に、ウルクの人々を迫る脅威から守る事しか出来なかった。零れ落ちていく光景を、何度も見せつけられた。

 

「……さすがに、きついな」

 

 見知った顔の人々が目の前で何度も殺されていく。

 それをまざまざと見せつけられて、この体と心は限界を叫んでいる。加えて特異点における宝具の連続使用。令呪が残っている事だけが、小さな安心だった。

 

「……」

 

 自室に入るも、生憎何かをするわけでは無かった。だからと言って予定を組むわけでもない。

 スタッフ達も皆、今日はオフだ。明日には終局特異点に出撃する。何もかもがそこで終わる。俺自身の運命も。

 立香は契約したサーヴァントと霊基の調整に奔走しているし、マシュはメディカルチェック、ロマンとダヴィンチは作戦の見直しを行っている。

 俺達を不眠不休でモニタリングしていた皆は、今日一日ゆっくり眠るのだと言った。また新たな未来を迎えるために、今は休んでおくのだと。

 

「どうしようか……」

『マスター、今よろしいでしょうか』

 

 インフェルノの声に、現実に引き戻される。

 返事をして彼女を部屋に招き入れた。生憎来客を迎える準備はしていないから、座るのはベッドになるけれど。

 人一人が座れるほどのスペースを空けて、彼女もまたベッドに腰かけた。

 ――魔力の気配、彼女の霊基が弱くなっている事を察した。パスをつなげているからこそ、理解できる。

 凛とした表情も、いつになく疲れているように見える。

 その原因など、考えるまでも無い。特異点における宝具の連続使用――元々、彼女の宝具は連発出来る程燃費が良い訳でもなく、範囲もそれほど広い訳ではない。

 ただのエネミーなら師団レベルでも殲滅できるが、あの特異点において話は別だ。あそこにいるエネミーは神代に相応しい実力だった。

 けど、それでも。あの脅威から人々を守るためには。やるしか、無かったから。

 

「……何か、出そうか。あまり気の利いたものは無いけど」

「あ、いえ。お気になさらず。少し、貴方様の顔が見たくなって」

「……」

「……」

 

 沈黙が、重い。元々俺も彼女もあまり話し上手じゃないのだから。

 時計の針と息遣いだけが、暫しの間響いていた。元々明るい人柄じゃないし、どうしても終局特異点の後の末路を考えてしまう。

 ずっと、この時間に縋りつきたくなる。

 

「その……マスター。大変はしたない真似で申し訳ないのですが……今日一日、寝屋を共にさせて頂いても、よろしいでしょうか……?」

「あぁ、別にいい――は……?」

 

 その言葉に視界が真っ白になる。

 彼女の顔と胸元、そして太腿に目線がいってしまう。

 そしてそんな想像をしてしまった自分が、ただ腹立たしくて仕方ない。

 

「……どうして、また。いきなり……?」

「自然と回復するのを待つだけでは明日に間に合わず……。食事でも良くて半ばとしか言えません。

 人目を憚る事ではありますが、明日の合戦までには備えを十全にしておきたいのです」

「え、えっと、で寝屋って……」

 

 脳裏にこびりつこうとする光景を振り払う。

 それは俺に勇気をくれた、あの人と。俺と共に戦ってくれた彼女の想いを踏みにじる事に他ならない。

 彼女のマスターとして、それはしてはならない。俺自身が絶対にするまいと抱いていた決意だった。

 

「い、いえっ、その、逢引きではなくてですねっ」

 

 顔を紅くして、咳払いを一つ。

 いつもの凛とした表情に戻って、彼女は告げた。

 

「マスターの傍ならサーヴァントの魔力回復も早くなります。

 そしてもし、私の我が儘が許されるのであれば――手を、握っていて欲しいのです」

 

 思わず唸ってしまう。

 確かにマスターの傍ならサーヴァントの自然回復も早まる。それならば合理的に何の問題も無い。

 だけど、彼女は魅力的だ。その儚さと美しさは、抗いがたいモノを無自覚に秘めている。

 

「……」

 

 もしも、俺が気の迷いで手を出してしまえば。彼女の性格からしてそれを受け入れるだろう。

 俺はもうすぐ死ぬ。この世界から消滅する。

 その時残されるのは彼女だけだ。――そんな彼女に、癒えない疵を遺すつもりなのか俺は。

 何より、それは俺に力をくれたあの人に、顔向けできない。

 

「……インフェルノ」

 

 けど、俺の躊躇いのせいで彼女に充分魔力が供給されず。もし明日の戦いに支障を来たせば。

 それは彼女の武人としての在り方を傷つける事になる。

 

「……」

「この合戦も大詰めを迎えております。この局面を超えれば、大団円が待っている筈。

……待っている、筈なのですが」

 

「時折見えてしまうのです。貴方様が、消えてしまう夢を。

 どこを探しても、もうこの世界のどこにもいない夢が」

 

 心の距離を埋めるように。彼女はそっと近づいて、俺の手を優しく握った。

 温かい、母親のような手だった。

 

「どうか、今宵だけは。私をお傍においてくれませんか」

 

 その貌と声に思わず見惚れてしまって。

 俺は慌てたように頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 何故俺は枕を一個しか置いてなかったのかを、小一時間過去の自分に問い正したい。

 女性経験など生まれてこの方、何もなかった俺が彼女の顔を一晩見続けるというのは慣れない事でしかないのだ。

 ポニーテールをほどいた長い髪は彼女の色気を引き出すのに十分な魅力があって。時折体の一部が触れたりする。

 まぁ、何が言いたいのかと言うと生きててよかった。

 

「……マスター、その、窮屈ではありませんか?」

「い、いや。大丈夫」

 

 俺の右手は彼女の手を優しく握っている。

 例え魔力で構成された肉体で在ろうとも、その体は確かに温かくて、熱を持っていた。

 サーヴァントが現象などではなく、れっきとした一つの存在なのだと再認識する。

 

「マスター、さ、寒くはないですか?」

「う、うん。大丈夫」

 

 インフェルノは俺が礼装で着ていた魔術協会のコートを貸している。

 見てて、寒そうだったし。

 

「インフェルノこそ、大丈夫か。その、嫌になったらいつでも言ってくれ」

「い、いえ、その。思いのほか気恥ずかしいものでしたので……」

 

 ――人理修復を成し遂げた先に待ち受ける運命。

 それはもう怖くない。

 俺が今までずっと死を恐れていたのは、何かを残せずに消えてしまうから。自分の生きていた時間を、証を、記憶を。

 例え泡沫の夢でしかなかろうとも。どこかにそっと、置いておきたい。

 今は違う。

 もっと彼女といたい。彼女と旅をしたい。いつか、彼女と一緒に、あの人に会いに行きたい。

 けど、それはもう何一つ叶わない残骸(からだ)だ。そしてそれは残酷な結末を彼女に残そうとしている。癒えない疵だけでは飽き足らずに。

 

「――」

「マスター……?」

 

 彼女を抱きしめたい。壊れてしまう程に強く。

 この時間を放したくない。

 指先に感じる小さな鼓動が、脈打つ都度泣き出しそうになってしまう。

 誰かの温もりを近くで感じる一時の夢ですら、俺には許されない未来なのだと。

 今、自分がどんな顔をしているのかは分からないけれど、彼女はそれをくみ取ったのか。もう片方の手を、重ねた。

 彼女の両手が冷えていく心を、溶かしてくれる。

 

「……マスター、私はサーヴァントです。貴方様に仕える事を旨に、これまで旅を続けてきました。

 どの旅も心が躍るような、されど嵐の中を駆けるような。それはまるで、一つの長い物語を読んでいるようで」

「……」

「カルデアに召喚されたサーヴァントの願いは様々です。人理を守る者、己が願いのために戦う者、現世を謳歌する者」

「……貴方は」

 

 小さく目を閉じた。

 心に刻んだ言葉を、強く。思い返すように。

 

「私はこの先も貴方といたい。貴方と共に様々な世界をみたい。

 それが貴方に寄り添った、サーヴァントとしての願い」

 

 胸が張り詰めそうになる。

 どうしていつも、俺が守りたい想いは全部。冷たい現実に、成り果ててしまうのだ。

 

 

「貴方の未来を守るために、私は戦うと決めたのです」

 

 

 そう言って、笑ってくれた彼女。

 いつも楽しそうにゲームをしている時とは違う、凛々しい武人の時とも違う。

 それは、俺のサーヴァントとして生きた彼女の、生前の表情のようにも見えた。

 

「……ありがとう」

「はい、ですからどうか。ご心配なく。

 明日の夜にはきっと、祝勝の宴があるでしょう」

 

 何か作りましょうか、と告げる彼女。

 そんな叶いもしない未来を、語り合いながら。

 その意識は静かに、眠りへと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 人理修復は果たされた。それはつまり。俺の死を意味する。

 それをひしひしと感じてきたのは修復した翌日の事だった。

 起床してもなお、体が重い。全身に鉛を括り付けているかのような怠さと靄のかかった思考が続いている。

 けれど彼を失ったカルデアは忙しいから。俺の我が儘なんて挟んでいられない。

 この不調を見抜かれないよう、俺は丸まろうとする背中を張って。何とか隠しながら生きていた。

 

「……さすがに。疲れたな」

 

 カルデアの屋上――そこからなら美しい青空が見える。運が良ければまだ昼間だが、薄く星も見えるだろう。

 そこで寝転がるのも悪くない。ベッドでただ横になっているよりは、よっぽど有意義だ。

 壁を伝い、屋上まで何とか上がる。

 

「――マスター」

「……インフェルノ?」

 

 残留を選んでくれたサーヴァントが屋上で待っていた。彼女は俺に駆け寄ると肩を貸して、屋上の奥にあるベンチまで付き添ってくれる。

 

「今日は気持ちの良い青空です。大きな戦の後にこのような光景が見れるとは。

 サーヴァントと言うのも、中々悪くありませんね」

「はは……。そうだなぁ、本当に。心が、晴れるくらいだ」

 

 瞼が、重い。空が、暗い。

 まだだ、まだ閉じるな。後少し。後少しでいいから。

 何も命をよこせとかそんな事を願っているわけじゃない。それはもうあきらめたから。そんな執着はとっくに捨てた。

 今はただ、ちょっとだけでもいいから彼女と語る時間をくれ。

 一秒一瞬だけでも――彼女と一緒に、平和な世界を眺める時間を。それぐらいの我が儘は許してほしい。

 

「さぁ、どうぞ。マスター」

「うん、ありが――」

 

 有無を言わさず、ベンチに横に――そして眼前にはインフェルノの顔がある。

 これは俗に言う膝枕。感触と光景が心地よい。さすがマイサーヴァント。

 

“……召喚したサーヴァントが彼女でよかったなぁ”

 

「寒くはありませんか?」

「大丈夫、もう、慣れたよ。インフェルノは?」

「私は、サーヴァントですから。お気持ちありがとうございますマスター」

「そっか」

「……マスター」

「うん?」

「……残りはあと、どれくらいでしょう」

 

 やっぱり。気づいてたんだ。

 

「どこ、から?」

「人理修復の翌日からです。ずっと、貴方様を見守っていますから。

 まるで、魂が少しずつ抜け落ちていく様で……。今、空は見えますか?」

 

 見えるよ、ただ広がるばかりの美しい景色。

 こんな世界が続いてくれるのなら。まぁ、俺個人が終わっても悔いは無い。

 

「うん、充分に。もうこれ以上は何もいらない」

「あぁ――本当に、貴方は優しい方です。だって……私の真名もきっと、気づいているのでしょう。それも、旅の始まりの頃に。

 なのに、ずっとそれを語る事もせず。私を、インフェルノと呼び続けてくださった」

「間違ってたら怖かったから、言わなかっただけ。それにずっと呼び続けた名前の方が言いやすいから――」

 

 コツンと、額が触れた。

 頬が濡れる。

 顔を上げた彼女の瞳は、泣いていた。

 

「もう、良いのです。それ以上、隠さないで……。

 気遣ってくれていたのですね、私の我が儘に」

「……」

 

 泣いている。

 最後の最後で、女の子を泣かせてしまったなんて、さすがに見過ごせない。

 鉛と鎖で絡め取られたかのように重い手を上げて、その目尻を拭う。

 

「――俺はさ、昔故郷で、貴方達の逸話を読んだことがあるんだ。

 どんどん人が死んでいって、ただ悲しかったのを覚えてる。ただの文でしかなかったけど、その時代を生きた貴方達を想うと、正直辛かった」

 

 諸行無常とはよく言ったモノ。

 結局、彼は自害出来なかった。

 部下が時間を稼いでくれたけれど、自害するために駆けた馬は薄氷に隠された悪路に足場を取られ。その隙を突かれて、彼は討ち取られた。

 現代の価値観で当時を物語るなんて、余りにも馬鹿げてるのは分かってるけど。

 その結末に、俺は胸を痛めるしかなかったのだ。

 

「ごめん、結局貴方と彼を、あの人を――会わせてあげる事が出来なかった」

「……何を、仰られますか。ほら、空をご覧ください」

 

 空を見る。瞼が重い。蒼空は、まるで黒いカーテンを敷かれたような色に見える。

 ――その中に一つ、眩しい輝き。

 彼女の宝具と彼の顔を、思い出す。

 

「……旭の輝き」

「はい。ですから私は寂しくはありませんでした」

 

 そういえば、もう何も望む事は無いと言ったけど。

 一つだけ、心残りがあった。

 彼女を、置いていく事。それだけが、ずっと不安だ。

 左手を掲げる。令呪は幸い、残り続けていた。それも三画。

 

「三画の令呪を束ねて、三度の祈りを此処に遺す」

「――」

 

 まだキミに一つだけ、伝えていない事があったんだ。

 でもそれは、墓場まで持っていきます。

 

「カルデアで、新たな楽しみを見つけてください。

 せっかく、掴んだ二度目の人生を。今度こそ、幸せに」

 

 初めて出会って、旅をして、貴方と語って、貴方と歩んで。

 俺はいつの間にか、貴方の事が――。

 

「自分の価値を認めてあげてください。

 貴方は幸せになって良い筈の人だから。それが俺の願いです」

 

 でも、多分。それは貴方を裏切ってしまう。

 俺は現代人で戦いを知らないけど、貴方は死生観を定めた武人だから。

 俺なんかより、貴方にはもっと出会うべき人が。再会しなくてはならない筈の人がいるから。

 

「いつか、貴方が。――彼とまた再会出来て。

 彼と共に。その道を強く歩んでいけますように。ずっと、想っています」

 

 左手から輝きが消える。

 これで、マスターとしてやるべき事はやった。

 それにしても。瞼が重い。

 

「――ありがとう、ございます。

 その主命、確かに」

「……」

 

 頭が纏まらない。

 視界がぼやけてくる。

 

「……眠たく、なってきた」

「ここに……ここに、おります。私と旭の輝きが、この先も貴方を守り続けます。

 ずっと……! ずっと……っ!」

 

 頬が濡れる。また、泣かせてしまったのか。

 

「泣かないで。どうか、笑って」

 

 左手で、その目尻を優しく拭う。

 どうか笑ってほしい。

 そしてこの先も、強く笑えるように。

 

「……はい、泣きません。泣きません、から……っ。

 私は――()は、笑います。笑って、生きて、行きます」

 

「――あぁ、安心した」

 

 小さく息を吐いて。

 瞼を、閉じた。

 

 

 その刹那に、眩しい輝きを感じながら。

 

 

 

 

 




「……マスターは、どうか、健やかにいてくださいね。
 最期を看取らせてくれとは申しません。
 健やかに、穏やかに……幸せに、長生きをしてくださいませ」



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外伝1 あり得ない夢の話

前回の投稿以後、お気に入りが急上昇して焦っております。
ネタ切れ感満載の回。今回は本編と一切関係ないです。ただの運命の悪戯です。






 彼がカルデアに帰還する事。
 それは座から消失した英霊を呼び寄せる事に等しい。


 

 

 いつもの暗闇。四肢は枷に繋がれ、体は鎖で絡めとられている。

 そんな中でふと呼ばれていると感じた。

 

「……あれ、は」

 

 光が見える。

 暗闇の中で淡く輝く眩しさ。

 それがどこか懐かしい。

 

「この、光、は」

 

 知っている。

 その輝きを知っている。その温もりも、全て。

 枷が、鎖が、全てほどけていく。

 

 

 そうして彼は、光に向けて歩き出す。

 

 

 

 

 それをしようと思ったのは本当に、気まぐれだった。

 英霊召喚――まだまだカルデアの戦いは続く。故に戦力の増強は無駄では無いのだ。

 ダヴィンチちゃんからたまたま、気まぐれで貰った呼符。

 それを使用した時――カルデアの魔力測定器が異常な反応を示した。

 背後で見守っていたダヴィンチが、即座に救援を要請する。もし、マスターに剣を突き立てるようなサーヴァントであれば、悪いが消えて貰わなければならない。

 あの戦い以降、何故かデミサーヴァント化出来なくなったマシュも駆けつけてくれていた。

 アルトリア、ジャンヌ、沖田――他にも一級のサーヴァントが皆、召喚室に飛び込んで来る。

 

「……雪?」

 

 室内なのに、小さな雪が降っている。

 いつの間にやら横にいたマーリンが頷いた。

 

「あぁ、そうか。やっぱり帰って来たんだね。

 そうだとも。それがきっと、一番だよ。

 死に別れなんて、未練しかないからね。彼も人だったと言う事さ」

「マーリン。何を……」

「私は帰るよ。大丈夫、彼なら心配いらないからね。

 マスターを守る、と言う事にかけては全人類の中で最も信頼出来る。それじゃあ!

 僕はマギ・マリの更新があるから!」

 

 そう言って、マーリンはそそくさと帰っていく。

 光がさらに一際大きく輝いた。

 ――現れたセイントグラフは黒色。そしてセイバーの絵柄。

 

「……黒?」

 

 姿を現したのは、一人の青年。

 見覚えのある顔に、蒼い瞳。黒い着流しに白い羽織りを重ね、首には赤いマフラーを巻いている。

 彼、は――

 

「セイバー、召喚に応じ参じょ――あっ」

「……」

「……」

「……」

 

 

「座に帰らせていただきます」

 

「重要参考人だ! 取り押さえろぉっ!」

 

 

 

 

 逃げきれませんでした。

 ハハッ、宝具ラッシュとかワロス。孔明先生とアステリオスのコンボマジ迷宮。

 そんな訳で、早速連れていかれたのはカルデアの管制室。

 もう見る事は無いと思っていただけに、色々と込み上げてくる物がある。

 

「アラン君……」

「ドクター……まぁ、サーヴァントとして、戻ってきました。

 すいません、色々と隠し事してて」

「君はっ! 本当にっ!

 ロンドンの後、どれだけ大変だったのか分かるかいっ!?

 立香君は昏睡したままだったしっ! サーヴァントは内部分裂寸前だったしっ! スタッフだってそうだったしっ!

 あの一週間、マギ・マリを見る暇も無かったんだぞっ!」

 

 頭が上がらない。

 こればかりはドクター達に分がある。けど、話せなかったのも事実だ。

 

「……すみません」

「本当にっ! 本当にっ……! 本当に……っ」

 

 そのままドクターは俯いて、肩を震わせた。

 

 

「気づいてあげられなくて、ごめん」

 

 

 ――違う。

 これは俺がずっと隠してた事だから。誰にも言ってない事だから。

 気づく事なんか出来る筈がなかったんだ。

 

「気にして、ないですよ。

 ただ、その。心配かけて、すみません」

 

 僅かな沈黙の後、俺とドクターの二人に誰かが腕を回してきた。

 いい香りが、鼻腔をくすぐる。

 

「まぁ、いいじゃないかロマニ。

 アラン君もこうして戻って来た事だし!」

「レオナルド……。確かに、そうだけど」

「ほら、アラン君。今のカルデアを見ておいで。

 君に会いたがっているサーヴァントもいるからね」

「はい……」

 

 そういって、俺は管制室を出ていこうとして、何人かに肩を掴まれた。

 

「ほー、久しぶりだなアラン」

「本当、久しぶりですねー、アランさん」

「えぇ、無事カルデアに戻ってこられたようでなによりです」

「■■■――」

 

 スカサハ、沖田、アルトリア、ヘラクレス。

 ――おかしい、何か殺意を感じるぞ。

 

「え、えっと。何で、そんなに怒ってるんですか」

「怒っているだと? そんな訳あるか」

 

 なら額の四つ角は何なんですか。

 ……ちょっと待て。この四人の面子、どこかで見覚えがあるぞ。

 アレは、確か、ロンドンで……。あっ。

 

「えぇ、そうですよー。ロンドンで瞬殺された事なんてこれっぽちも気にしてませんからー」

「そうさな。

 あぁ、そうだアラン。丁度、シミュレーションがあいたそうだ。

 付き合ってくれるな?」

「え、あの、ちょっとこれからあいさつ回りに」

 

「付 き 合 っ て く れ る な?」

 

 アカン。

 

 

「無明、三段突きィッ!」

 

「うおおおおっ!」(宝具発動)

 

「決着を付けましょう。――私以外のセイバー死ね」

 

「え、貴方ヒロインエッ――ぬがああああっ!」(宝具発動)

 

「刺し穿ち、突き穿つ――!」

 

「あっ、ちょっ」(スタン)

 

「■■■――!」

 

「ぐわあああッ!」(直撃)

 

 

 

 

「酷い目にあった……」

 

 どんだけキレてるんだ、あいつら。

 いや、確かに悪かったけども。俺に非はあるけれども。

 あの宝具ラッシュは酷くないですかね。10チェインぐらいしてたぞ。

 あの後、回復させてくれたジャンヌマジ聖女。マスターの頃の事は、水に流します。

 後、スタンしなくなったんですね。えっ、ギフトガウェインとタイマンで殴り合った? ハハッ、ご冗談を。

 

「……どっちだったっけ」

 

 自室で一息つきたいのも山々だけど、まずはあの三人に会わなければ。

 

「あら……新しく召喚されたサーヴァントの方ですか?」

「ん、はい」

 

 紫色のボディスーツに身を包んだ長髪の女性。

 その表情はほがらかで、慈愛に満ちているようにも見える。

 

“そういえば、彼女は……”

「お名前をお伺いしても?」

 

 確か――源頼光。

 全体宝具を持つ、優秀なサーヴァントの一人で。

 

「アランです。よろし――」

「――」

 

 途端、横の壁がぶち抜かれた。

 彼女のひじ関節の辺りまで、めり込んでいる。

 

「ほう、そうでしたか。貴方がアランでしたか」

 

 怒ってる。これは絶対ブチ切れてる。

 何かしたっけ……!?

 いや、してない。まだ初対面だし……!

 

 

「我が子にナイフを突き立てたと。それも背後から?」

 

 

  し て ま し た。

 

 

「――ちょっと、お話でもどうでしょう?

 しみゅれーしょんるーむ、とやらでた っ ぷ り と」

「え、あの、ちょっと待たせてる人が……」

「それじゃあ仕方ないですわ……。

 ――夜道には気を付けて」

「行きましょう! 時間ありますから!」

 

 

 

 

「来たれい、四天王……!」

 

「ふがぁぁぁぁっ!」(宝具発動)

 

「これより逃げた大嘘付きを退治します」

 

「うおおおおおっ! ――誰だ今の」(宝具発動)

 

「熱く熱く、蕩けるように」

 

「あっ、ちょっ」(宝具封印)

 

「塵芥となるがいい!」

 

「ぐわあああッ!」

 

 

 

 

「……まさか、一日で二回も死にかけるとは思わなかったぜ」

 

 タイガースタンプが溜まったぜ、へへ。

 何だろう、あの三人に会いに行くだけなのに、どっと疲れたような気がする。

 ――と、どこからか視線を感じた。

 廊下の柱の影から、黒いカソックがはみ出している。……いや、カソックっていうんだっけ。でもそんなの着てるサーヴァントいないような。

 ふと、いい匂いがした。淑やかな女性が身に付けるような、そんな香りだ。

 

「……キアラ?」

「っ!」

 

 肩が大きく跳ねて、はみ出していた体が完全に隠れる。

 僅かな沈黙の後、恐る恐ると言った様子で彼女が顔を出した。

 被っている帽子(もうし)を外していて、彼女の長髪が露わになっている。

 ――あれ、角が無い。

 

「……」

「……」

「初対面、じゃないよな」

「……その、セラフィックス、で」

 

 声が徐々にしぼんでいく。

 ……あれ、俺の知ってるキアラじゃないぞ。

 セラフィックス? そういえば、あの時、俺手を握りながら言ってたよな……。

 

『きっと誰かが、本当の貴方を待っている』

 

「あっ……」

 

 待って、こっちも恥ずかしくなって来た。

 いい年した大人が二人、顔を赤くして互いを直視できないとはどういうことか。

 

「……」

「……」

「……その、お怪我は」

「ん、あぁ、大丈夫。すぐ治る。言っただろ、死にぞこないだって」

「……」

 

 柱の影から、キアラが姿を現した。

 それは魔性菩薩でもなく、堕ちた天の杯でも無く。

 ――ごく普通の、一人の少女だった。

 

「……私が、心配します。

 もう少し、体を労わってください」

 

 

 マジで誰だ。

 

 

 

「……はぁ」

 

 ようやくたどり着いたのはまず一人目。

 二人目のセイバー――ランスロットの部屋だ。

 

「入るぞ、ランスロット」

「……お待ちしておりました、マスター」

 

 サポートをすれば、あらゆる戦闘に適応する円卓の騎士。

 ロンドン以降も、俺の名誉を守るために身を粉にして尽力してくれたと言う。

 本当に頭が上がらない。

 

「……悪かった。貴方達に何も言わなくて」

「いえ、お気になさらず。裏切りの騎士、と呼ばれた私に貴方を咎める事など烏滸がましい」

「……ありがとな。あの後も、藤丸達を守ってくれたんだろ。俺に召喚されたってだけで、白い目を向けられて。他のサーヴァントからも疑われて。

 それでも――」

「良いのです。私は騎士。主のために尽くせるのなら、それこそ本望。

 それに、気づけたのです。貴方に仕えた我らが王は、そして貴方の剣を選んだ私は――間違っていなかったと」

 

 そう言った彼の瞳は、湖面のように穏やかだった。

 

 

 

 

 次に来たのはセイバーオルタ。

 ……どうするか。いや、マジでどうしよう。

 だって暴君でしょ。……でも確か原作ではそんなに殺意はなかったような気がする。

 

「あー、セイバー。入るぞ」

 

 ノックをして、部屋に足を踏み入れる。

 ――途端、黒い聖剣が飛んできた。

 

「うおっ!」

 

 顔を逸らしてかろうじて躱す。

 剣はそのまま扉を貫通して、何やら背後からとある槍兵の悲鳴が聞こえて来たが耳を閉じよう。

 飛来した剣が配線を破壊したせいか、部屋の照明が消える。

 セイバーを見ようと振り向いて、俺は襟首を掴まれて押し倒された。

 

「セイバー?」

「……」

「……泣いてるのか」

「……何故です」

「……」

「私は貴方の剣になると誓ったはず。

 なのに、何故。私に一つも言ってくれなかった。

 貴方にとって私は、その程度の存在ですか」

「……そうじゃない。貴方には何度も助けられた。

 返せないぐらいの、思い出を貰った」

「……」

「――いや、正直に言うよ。全部、俺の一人よがりだった。

 さっき、ランスロットの所でさ。教えて貰ったんだ。ロンドンの後、貴方達が冷たい目で見られてたって事。

 そんな事まで、頭が回ってなかった。とにかく必死だった。

 ……ごめん」

「……なら、今度こそ。今度こそ誓わせてください。

 私は貴方の剣となる。このカルデアで何よりも、誰よりも強い剣となる。

 ――そして、必ず。貴方を守ろう」

「……ありがとう、アルトリア。

 それと……そろそろ降りてくれないか?」

「却下だ。私の気が済むまで、こうさせろ」

 

 

 

 

「……あー」

 

 最後に残ったのはジャンヌ・オルタ。

 セイバーは剣が飛んできた。ならジャンヌは……あぁ、燃やされるだろうなぁ。

 ノックして扉を開ける。

 

「……むすっ」

 

 腕組みをして、如何にも私怒ってますをアピールする彼女の姿。

 時間神殿の時は必死で見て無かったけど、髪が長くなってる。

 

「……怒ってる?」

「怒ってません。怒ってませんとも。

 えぇ、そうよ。ずっと、ずっと待ってたのに。他のサーヴァントにうつつ抜かして、忘れ去られたなんて、ちっとも思ってませんから」

 

 最初の二回は不可抗力なんで、許していただきたいのですが……。

 

「……悪かった。その、色々と。隠し事とかしてて」

「……あーだこーだ言わないわよ。貴方にも貴方の理由があったんでしょ。

 それを見抜けなかった自分がイヤでたまらないだけ。

 ――本当に、馬鹿ね。貴方も、私も」

 

 そうだ、彼女はとことん自己評価が低い。

 だからこそ、一番先に行ってやるべきところだったと言うのに。

 

「……」

「……」

「……あー、もう! これで終わり!

 貴方が謝罪に来たのなら、私はそれを受け入れます! だからもう、……もう。

 それ以上、自分を責めないでよ」

「……」

「ビーストにまでなって。誰かの為に、そこまで生きて。

 貴方が一番幸せになりたかったはずなのに……! 一つも、報われていないじゃない……!

 私も、あの突撃女も、いけ好かないロクでなしも! そこにムカついてたのよ!」

「そんな事は――」

「分かるわよ! サーヴァントなんだから!」

 

 まいったな、と頭を掻いた。

 あの選択は、願いは、間違っていない筈だった。

 けど、三人と話してみて。

 こんな人生を、求めてくれる人がいたから。

 こんな命にも、意味があったのだと気づいてしまった。

 それを知っていたのなら、違う未来もあった。

 

 ――けど、その未来で、俺は本当に後悔なんて無いのだろうか。

 

「……あー、もう! アラン!」

「は、はい!?」

 

 バン、と音を立てて彼女がテーブルにおいたのは契約書。

 初めて彼女を召喚した時に書かされた一枚だった。

 読みやすい文字に、何かが小さく書き足されている。

 

『二度と、約束を破らない事』

 

「……」

 

 まぁ、そうだよな。

 契約書に、名前を書く。

 

「またよろしく、ジャンヌ」

「――えぇ。サポート頼むわよ、マスターちゃん」

 

 

 

 

 自室のベッドに座り込んだ。

 余りの懐かしさに、思わず息を吐く。

 

『また、来てしまったわね』

「あぁ、何の因果か。こうして帰って来た。

 ……もう、ただいまを言うつもりは無かったんだけどなぁ」

『そうね。でも――良かった』

「……? 何が」

『貴方がとても楽しそうで。

 悔しいけれど、私一人じゃ貴方の寂しさは紛らわせなかったわ』

「……そんな事無いよ。

 貴方がいてくれて、凄く、心強い」

『――ありがとう、マスター。私を呼んでくれて。

 一時の夢でしか無かった私に、確かな時間を与えてくれて』

「……こっちこそ、ありがとう。

 最初に呼んだサーヴァントが貴方で、本当に良かった」

 

 また帰って来た日常。

 ここからまたもう一度、色を付けよう。

 もう二度と色褪せる事のない、鮮やかな色を。

 

 

 

「アイスがあったけど、食べるか」

『……そうね、いつもは苦手だったから避けてたけど。

 貴方がいるから、食べてみようかしら』

 

 

 






 そういえば、楽しそうだったわね。あんな綺麗な子達に囲まれて。

 えっ

 特にあのキアラと言う子、貴方に口説かれてたもの。

 あの、ちょっと?

 ねぇ、貴方。今の私、執着が出てきてしまってるから、自分でも何してしまうか分からないの。

 あっ、はい。

 だから、私。適当にあしらわれたりしたら、獣になっちゃうかもしれないわ。
 それとも――貴方が望むなら、本当に な っ て あ げ ま し ょ う か?

 やめてください、お願いします。


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外伝2 燃えろ、ぼくらのイシュタル杯 前編

水着マルタ、スキルマ記念に。
この聖女、長期戦に強すぎワロエナイ。



後半はまだ未執筆。続くか分からない。
九月は剣豪来るかなぁ……。武蔵欲しいです。


ちなみに今回の後書きは本話と関係ないです。


 

「ちょっとアンタ、どういう事よ!」

「あちぃっ!」

 

 お前こそ、いきなり部屋に乗り込んでバスタークリティカルぶちかますとはどういう事か。

 生存特化のスキルが無ければ瀕死だったぞ。

 口に加えていたアイスが溶けてしまった。

 

「……アンタ、あの冷血女に情熱的な言葉送ったようね」

「……はぁ?」

「……は?」

 

 話が飲み込めない。

 消えたと思ったら、カルデアに呼ばれ、シミュレーションルームで素材集めの日々。

 こんな日々も悪くないな、と思った矢先の事であった。

 

「待って、まさかコレ知らないの?」

「何々……。イシュタル杯?」

 

 うわぁ、と声が漏れる。

 間違いなくロクな事にならない。あの女神、最後には自爆するタイプだ。

 

「……でー、これにアルトリア・オルタが出ると?」

「『我がマスターの頼みだからな。サーヴァントとして主を立てるいい機会だ。

 ……何、貴様は声を掛けられていないのか? あー、それは悪い事をしたな。

 生憎、私はマシンの調整で忙しい。貴様は指をくわえてみているがいい』

 ――むかつく! むかつくぅ! むかつくぅぅぅっ!」

「煽るなー」

 

 ジャンヌにアイスを渡して、とりあえずクールダウンさせる。

 まぁ、彼女としてはアルトリアに一泡吹かせたいのだろう。

 うん、それは分かる。

 で、何でそれを俺の所に持ち込んだか、であるが。

 

「チラシの要項を見なさい。そこ」

「えーと、二人一組が最低条件、か。

 ……ん、アルトリアは誰と出るんだ? まさか円卓じゃないだろ」

「あの赤皇帝らしいわ」

「……おいおい。どう考えてもソリが合わな……。いや、合うのか?

 そうか、皇帝特権持ちだったな彼女。

 ……で、他のサーヴァントは誰が出るんだ」

「ま、知ってる限りはこんな所」

 

 見せて貰った用紙を見て、うわぁと声を挙げた。

 何だ、このイロモノ揃い。

 

「しかも教授とか発明家まで出るのかよ……」

 

 で、発案はイシュタルと。

 ……嫌な予感しかしないなー。

 

『いいじゃない、面白そうね。

 静かな夜の雪もいいけれど、情熱的な日差しも捨てがたいわ』

 

 とうとう彼女までやる気になりました。

 ……ま、ならやらない理由はないな。

 

「……ん、待った。とっくにエントリー期間終わってるぞ」

「――よく気づいたわね。そこが肝よ。

 突如現れた第三勢力が、優勝をかっさらう! それならあの女の面目も丸つぶれでしょう?」

 

 まぁ、レースだし。不確定要素の投入は確かに場を盛り上げる要因の一つにはなる。

 彼女もやりたがっているし、ここは一つ腰を上げよう。

 

「そういえば、肝心のマシンは?」

「――」

 

 おい、目を合わせてくれ。

 と言う事はアレか。きっと彼女、ノープランで来たのだ。

 

「分かった、マシンはこっちで何とかする。

 具体的なプランニングは任せた」

「――さすがマスターちゃん。特別に私と運転席に乗る事を許してあげる」

「光栄だ。じゃあちょっと準備するからまた後で」

 

 一気に上機嫌で去っていく彼女を見送る。

 溜息を吐きたい気持ちを抑えながら、ベッドに寝転がった。

 

「ちょっと、力借りるよ。マシン作るのに、カルデアの素材を使うなんて目も当てれないし。今から集めてたら間に合わない」

『任せて。そのように書きかえればいいのね?』

「あぁ。……ちなみに大丈夫か? さすがに何もない記憶からは」

『大丈夫、ちょっとあの子の記憶を垣間見るだけ。そこから貴方の記憶を借りて、色々手を加えるだけだから』

「……ありがとう、頼もしいよ」

 

 

 

 

 イシュタル企画によるイシュタル杯。

 特異点修復を目的とした、娯楽イベント――イシュタルはそう言っていた。

 まぁ、でもあの女神の事だ。きっと何か裏があるに違いない。こう、賭け事してるとか、イカサマとか、巻き上げとか。

 まぁでも運営側には飛び込みで参加する事は伝えてある。

 他のサーヴァントよりも遅れてのスタートになるが問題は無いだろう。

 

「うっし、準備はいいかジャンヌ。運転は俺がするから、吹き飛ばされないようにな。

 しっかりシートベルトするんだぞ。いいか、しっかりするんだぞ」

「二度も言わなくていいわよ! 保護者か、アンタは!」

 

 俺は防御特化。そしてジャンヌ攻撃特化。ならマシンに求めるのは純粋な速度で良い。

 で作り出したのが、このバイク。速度に関してならば完全なるモンスターだ。

 とある聖杯戦争で使用されたモノ。そして人形師の愛用品のスペックを融合させた完全なオリジナル。――はっきり言って、乗るのがサーヴァントでなければ耐えきれないオーパーツである。

 ちなみにタンデムも完備だ。と言うかそうしとかないと、ジャンヌが常に俺の背中に密着する事になるから心臓に悪い。

 小さく息を吐いた。まさかサーヴァントになってからバイクを運転するなんて思わなかった。カルデアに生きると言うのもいいのかもしれない。小さな楽しみを見つける幸福がきっとある。

 夢の様な日々。人であった頃、ずっと自身の答えを求めていた。けど、それは最初から目の前にあったのだ。運命の被害者になりたいがために、ずっと目を背け続けていた。

 当たり前の幸福は、ずっと目の前にあったのだ。

 サーヴァントとして呼び出された俺は、新たな人生のスタートラインに立ったばかりだから。

 

「……」

 

 風が止んだ。

 既に合図は鳴った後だから、他のサーヴァント達とは大きく差がついている。

 さぁ、本気で走らなくちゃ。

 

「よし、『レッド・スプリンター』行くぞ!」

 

 ギアを最大。バイクのアクセルを全開にした瞬間――世界を滑り抜けていくかのような風景に飲み込まれた。

 

 

 

 

 速度計などとっくに振り切っている。

 体感速度だが、恐らく400km/hはオーバーしているに違いない。

 

「――いいわ、いいわ! さいっっこううっ!!」

『楽しいわ、楽しいわ! もっと風のようになれるのかしら!』

 

 耳にははしゃぐ女の声が二つ。

 あぁ、悪くないな。

 

『おぉーっと、ここでまさかのレース乱入っ!

 カルデア最高の攻撃と防御が手を組んだ、イレギュラー! その名もレッド・スプリンター!』

 

 事前に伝えた時イシュタルもはしゃいでいたように見える。

 うん、そう。オッズだとか、配当とかは聞こえなかった。違いない。

 

「なっ……! マスターっ!?」

「あはははは! 無様ね、冷血女! 私とコイツのコンビが最優って教えて上げるわ!」

 

 気が付けば、アルトリア・オルタとネロ。二人の横にピタリとついていた。

 このモンスターマシンは圧巻の走りを見せてくれている。

 

「ど、どういう事です!? 私だけを応援――。あぁ、そういう事か。そういう事だな、あの女神――。レースが終わったら叩き込む」

「叩き込むとは、プールにか? 余もいい所を知っているぞ」

「いや、エクスカリバーをだ。その後はロンゴミニアドと最果てをぶち込む」

 

 フォーエバー、イシュタル。強く生きろ。

 

「ふむ、まさかキミ達までいるとはネ」

「おっ、教授。貴方までいたんですか。何か嫌な予感しかしないんですが」

「何、大丈夫。今の私は謎のプロフェッサーであり、新米パパ。愛娘の希望を裏切るような事はしないとも!」

「……パパ?」

「……どう考えても逮捕よ、逮捕。って言うか、コイツ自体がそういう存在だったわね。犯罪紳士を名乗るだけはあるわ」

「ちょっと酷くないかネ!?」

「そうだぞ、ジャンヌ。M教授って呼んであげなさい」

「その性癖のような呼び方はやめてくれると嬉しいかナー」

 

 

 

 

「あっ、先輩。アランさん達も乱入したようです」

「えぇ、乱入歓迎よ。ひっかきまわしてくれるマシンが多ければ多い程、盛り上がるから。

 ――ふっふっふっ、これは終わった後が楽しみね」

 

 

 

 

「そういえば、地雷原だけど大丈夫なんでしょうね」

「あぁ、ジャンヌお前啓示持ってただろ。指示してくれ」

「私、アヴェンジャーだからないんですけど?」

「え?」

「え?」

 

 何か踏んだような音が鳴る。

 背後が大きく爆発した。

 

「……」

「……」

「ちょっとっ!? どうすんのよ!?」

「――あー、焼き払え。地雷ごと」

「――いいわね、最高。コース上の地面焼き払えばいいのね。任せなさい、全部焼き尽くしてあげる」

「あぁ、任せた」

「何、き、貴様ら正気か!? や、やめっ、ヤメロォ!」

 

 そんな女狩人の悲鳴が聞こえたが目を瞑ろう。

 どうか彼女には強く生きて欲しい。

 

「汝の道は、既に途絶えた!」

 

 平原が、蹂躙される――。

 

 

 




 人理が修復されてから数日。
 カルデアは魔術協会から来る査察に対し、多忙の日々を送っていた。
 ――が、人理修復の立役者こと藤丸立香はマシュと何人かの護衛のサーヴァントを連れて、帰省中であった。
 七つもの特異点を超えて戦い続けた彼と彼女には少しでも休みを上げたいと。――カルデアからその意見に反対する声は一つも無かった。
 サーヴァント達は座に還る――事は無い。英霊達の直感は、戦いがまだまだ続く事を予感していた。カルデアの戦いはまだ終わらないのだと。
 だが、今は魔術協会からの視察を切り抜ける事が最優先であり、故にサーヴァント達は人と変わらぬ営みをカルデアで送っている。


 カルデアの一室で、ダヴィンチは小さく溜息を吐いた。

「――と、まぁ。これが今の未来だよ、アラン君」

 カルデアで行われた大掃除。ただアランの一室だけは、誰一人も手を加えることは無かった。
 そこだけが時を止めたかの様である。
 その一室で、ダヴィンチは持ち込んだ椅子に腰かけて。何もない殺風景な風景を眺めていた。

「……さて、君はこれを私に託した。人理が修復されるまで見ないでくださいと。
 理由を聞いてみたら、恥ずかしいからと。笑うしか無かったねー」

 まぁ、何とも人間らしい。
 そう彼女は笑って、手紙を取り出した。
 何でも、彼がカルデアにいる間、気持ちを整理するためにずっと綴っていたらしい。ロンドンの前に処分しようとしたが、中々捨てきれず。こうしてダヴィンチに預けていた訳だ。
 手紙には勿論、封はされていない。ただ折り止められているだけ。
 懐かしいあの時を思い出しながら、その言葉に目を通した。

『●日目。まだ感覚ははっきりしない。気持ち悪い日々が続いている』

 これは特異点Fの時だろうか。
 アラン、カルデア、グランドオーダー、サーヴァント――固有名詞が多く目に映る。
 まるで今を整理しているかのようだ。

『人理焼却が為された世界は、あらゆるイフがある。なら、死んだはずの俺が生き続けているのは、それが理由なのか。
 俺はどうするべきか、まだ分からない』

 書かれている内容はフランス以降の彼の気持ちだろうか。
 迷っていると分かった。
 まるで救いを求めているかのような言葉が、残骸のように散らばっている。
 何故気づいてあげられなかったのか、と小さく溜息を溢した。

『分かった事がある。多分これは誰しもが抱えてきた悩みなんだろう。
 そして最期には誰しもが必ず向き合わなきゃいけないもの。俺はただそれに気づかなかっただけ』

 セプテム以降か。ローマでの人々の暮らし。そしてローマを称えるような内容が記されていた。
 心なしか、文字が緩やかに書かれているようにも見える。フランスでの筆記と比べれば、ほんの些細な変化であったが。
 きっと、人々との出会いが何かをもたらしたのだろう。
 残った手紙も二通。片方の封を開けると、そこには短い文章が書かれている。

『ようやく、自分が何をしたのか分かったよ』

 手紙の残りから見て恐らくオケアノスか。
 せっかくだし、もうちょっと心の中を綴ってくれよと呟きながら、もう片方の手紙に手を伸ばす。

「……おや?」

 手紙の中に写真が一枚。
 ――カルデアの面々が映った写真だ。ロンドン出撃前夜に撮った物。
 真ん中に立香、そして左右にマシュとロマニ。その後ろにダヴィンチとサーヴァント達。
 そしてサーヴァント達に囲まれ、やや緊張した様子のカルデア職員達。だがムニエルに至ってはアストルフォとデオンに囲まれ、有頂天の表情になっている。
 そういえば彼とアランは妙に仲が良かったっけ。
 その写真を見て思わず微笑み――そして彼がいない事に気づいた。

「……そうか。だから君はわざわざシャッターを」

 一番写りたかったのは、君だっただろうに。

「今のカルデアも広くなったからね。それにセルフタイマーだってきちんとある。
 今度は一緒に映って貰うぜ、アラン君」

 そんな軽口を叩きながら、最後の手紙を開いた。
 今までに比べて文章が多い。

『答えは得た。この思いと記憶があれば、大丈夫。俺は悪にだってなれる。
 ようやくたどり着いた、俺のたった一つの答え。英雄達と共に歩んだ末に見た、俺の――。
 全て間違いでもいい。信じたモノを守れたなら』

『でも、時々夢に見てしまう。
 彼らと共に歩む人生を。自分の足で未来を踏みしめる事が出来るかもしれない夢を。
 そんなのは、きっとただの幻だ。俺は死人でしかない。
 多くの人が死んで来た。獣か、或いはそれすら区分出来ない化け物に。彼らだって生きたかった未来があった筈。燃え尽きた人々だってそうだ。
 なのに、今こうして俺だけがかろうじて人のまま生き延びている。本当の死を迎えた癖に』

 これは彼のサーヴァントには見せられないな、と。
 そんな言葉が漏れた。
 君は死人じゃない。カルデアで生きた、確かな人だ。
 私達と一緒に、君は今を生きていたじゃないか。

『もうすぐ、ロンドンに行かなくちゃいけない。そこで俺はカルデアを裏切る。でもそれがきっと、魔術王から彼らの運命を繋ぐ切っ掛けになる筈。
 思えば俺は臆病だった。最初のオルレアンでは死に慣れず、サーヴァントの足を引っ張った。セプテムでもオケアノスでもそうだ。
 結局最後の最後まで死を克服する事なんて俺には出来なかった。だから正直今でも怖い。逃げだしたくてたまらない。でもそんな俺がここまで来れたのは、貴方達がいてくれたから。俺が、独りじゃなかったから』

 手に力が篭る。
 そんな大きすぎるモノじゃない。彼との日々は何気ない事だった。
 朝普通に起きて挨拶し、雑談しながら食事し、たまに訓練する。そんな何の他愛も無い、当たり前の日常だった。どこにでもあるような光景でしか無かったと言うのに。

『失くせない物を失くした弱さ。何も信じられなくなる脆さ。
 それを全て受け入れる事が出来たのは。そして前に進む事が出来たのは、カルデアの人々がいてくれたから。貴方達の勇気の光が、俺を照らしてくれた
 ここまで来た。後少し。ほんの少しだ。
 皆、今までありがとう。こんな臆病な俺に、少しだけ力を貸してくれ』

 手紙はそれで終わりだった。
 カルデアに生きた彼の物語はここで終わり。次は獣に堕ちたある青年の話になる。
 いや、堕ちたのではない。
 ――選んだ、と言った方がいいのだろう。
 彼が選んだ理想(ユメ)は確かに、夜明けを灯したのだ。

「……」

 全ての手紙を折りたたんだ。
 テーブルに重ねて並べる。簡易的な魔術でそれに火を付けた。もう誰の目にも止まる事は無い。
 今のカルデアに、彼の言葉は重すぎる。特に彼と契約したサーヴァントは後悔に捕らわれるだろう。
 これを渡した後、出来たら誰の目にも止まらないように隠滅してほしいと彼は頼んできた。

「全く、天才へのお願いが証拠隠滅とは。まぁ、何とも……。
 ――いや、だからこそ私に頼んだんだね、キミは。天才であるこの私だから決して間違える筈は無いと」

 卑屈過ぎだよ、と届かない声を挙げた。
 思えば彼の自己評価はとことん低かった。魔術師らしからぬ人物だった。
 今の彼がどこにいるのかは分からない。
 だがカルデアが一つだけ確かに決めている事がある。

「悲しい別れなんて、私達は大嫌いだ。そんな事、誰であっても許すもんか。
何があっても、絶対キミを連れ戻して見せるからね、アラン君。
 だからもう少しだけ耐えていてくれ」


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外伝2 刻め、ぼくらのイシュタル杯 後編

美遊兄かっこよすぎィッ! そして特典尽きるの早スギィッ!
最高の映画と最高の主題歌でした。今度はきちんと初日を予約していきます(特典欲しかったけど、貰えなかった人)。

今回、魔眼について触れていますがこちらはオリジナルです。作者のガバガバ設定。だから追求しない、いいね?(懇願)

この話を書き終わった後で、イシュタル杯を外伝に選んでよかったと思いました。ようやくオリ主の人間らしい一面が書けた。

ちなみに本来は「中編」もある予定でした。「●ってはいけない」ネタを監獄でいれようとしたのですが、どうしてもネタがなく……。下手したらアンチになりそうでしたし……。
やっぱり、二次創作は気持ちよく読んで頂きたいのでボツにしました。序盤のネタはその残骸です。



「ちょっとっ、溶岩飛んできたわよ! 何とかしなさい!」

「炎だから何とか出来るだろ、ジャンヌゥッ!」

「えっ、何今の真似……。ちょっと似過ぎてて引いたわ」

「もうちょっと元帥に優しくしてあげて」

 

 

 

「何よ、あの馬!? マシンより早いじゃない!?」

「気のせいだよな、今馬がガソリンキメてたような……」

 

 

 

「ねぇ、アンタ男でしょ。どこに魅力感じるか言いなさいよ……」

「……いいか、ジャンヌ。アイツにな、太腿を少しだけ見せてやれ。こう、服の切れ目から見える感じで」

「……こ、こう?」

「FOOOOOOOOOOッ! チラリズムが溜まりませんぞおぉっ! やっぱ露出狂よりも僅かに見える絶対領域ですなぁhshs! しかも恥ずかしそうに頬を染めてる所が拙者的にポイント高いっ! ただ綺麗なだけではつまらんのですぞ! そこに非日常的な色気が入って初めて掛け算になるのですぞっ!」

“チラリズムは超分かる”

 

 

 

「なんかさぁ、こう分かる、少年? むしゃぶりつきたくなるのよ」

「……いやいや、同意なしに行くのはだめだろ。大きかろうが小さかろうがちゃんと承諾得ないと」

「おいおい、俺達(ギリシャ)にそれを言っちゃあおしまいだぜ。で、どっちが好きなの?」

「どっちって……。そりゃ好きなモノは好きだよ俺は」

「何アンタら、語り合ってるのよ!? 捕まえなさいってば!」

 

 

 

 

 レースの途中、ゴール目前での橋の崩落。

 そしてこの地の特異点であった女王メイヴ。彼女によって作られた大監獄。

 その中庭、巨大なメイヴ像の前に俺達は並ばされていた。

 

「これが初代監獄長であり、コノートの女王である私のメイヴ像よ」

 

 何だろう、この流れ。どこかで見た事があるぞ。

 確か年末大晦日の……。

 

「コノート黒光り大監獄……?」

「はい、お仕置き」

「おうっ!?」

 

 メイヴの鞭が一発、頬へ炸裂した。

 普通に痛い。

 

「この監獄では私そのものがルール。私が気にいらないと思えば、その場で痛い罰を執行するわ。

 例えば、こんな所に入れられて笑顔でいるようなヤツとか、ね」

「これ、どう見ても笑ってはいけ――」

「コナハト!」

「あぶはぁっ!」

 

 今度は平手が飛んできたでござる。

 

「特異点パワーで貴方達全員を二十四時間監視しているわ。つまり、罰の有無は私が握っていると言うコト。分かる?

 私の命令があれば、貴方達は否応なしに罰を受ける事になる」

「フム、つまりはアレか。要するに目を付けられたらアウトと言う事だネ?」

「えぇ、そういう事よステキなおじ様。流れ弾に当たらないよう、頭は低くしていなさいな」

 

 その割にはさっきから俺にしか来ていないんですがどういう事でしょうか。

 ……これがターゲット集中か。

 

「逃げだそうなんて考えない事ね。逃げようとすればすぐにこの子が追ってくるようになっているわ。ほら、来なさいピー○ーちゃん!」

 

 アウト。パトランプつけているとはいえ、アウト。

 幻影の如く、彼女の背後に出現した巨大な狼。

 それは迷う事無く、牙を向けた――メイヴに。

 

「……」

「……」

 

 一国の女王が飼い犬に頭を噛まれている。

 

「こ、ここここういう事にななな、なるって事よ。

 気を付けなさいな(震え声)」

 

 ガジガジ、と甘噛みされている女王。

 それでも態度に出さないのはプライド故か。

 

「これから貴方達に囚人の基礎を叩き込む指導者を呼んであげる。

 来なさい、副監獄長!」

「ハーイ、お呼びですね! 監獄長また甘噛みされてマース、仲がいいですネー!」

「ふ、ふふふ。そ、そうでしょう(震え声)」

「もっと仲がいいトコロが見たいネー!」

「も、もういいじゃない。こ、こここれ以上はあああああああ」

 

 狼の口に咥えられて、メイヴがどこかへと退場していく。

 隣でブルブルと肩が震えているぞ、ジャンヌとアルトリア。

 

『ジャンヌー、アウトー』

「はぁっ!? こんなので……痛いっ!」

 

 尻をシバかれたようだ。

 なるほど、男性は顔で女性は尻と。まぁ、女性は顔も大事だし。

 

「はぁーい、副監獄長のケツァル・コアトルでーす!」

 

 背後にいたケルト兵が何やら看板を掲げた。

 そこに書かれている文章は一つ。

 

『メキシコから来た金剛型一番艦』

 

「?」

「……っ!?」

 

 待って、このネタ分かるの俺だけじゃないか。

 皆首傾げてるし。

 それを見たケルト兵が何やら文章を書き足した。

 

『CV:鈴鹿御前』

 

「ぶはっ」

『アランー、アウトー』

 

 またもや虚空からのビンタ。

 さっきからネタがマニアック過ぎませんか。

 

「へぇー、こんな所で笑うなんて肝が据わってるみたいネー。お姉さん大好きよ」

「笑わせてるの間違いでしょう……。あー、痛い」

「それじゃあ早速、監獄へ案内しマース! もちろん、逃げだそうとしたらお仕置きデスヨ?」

 

 

 

 

「男女相部屋の牢獄とか看守がいないとかアーパー過ぎだろ、メイヴちゃんサイコー」

「本当っ、センスを疑うわ。コノート万歳」

 

 俺は一つある事に気が付いた。この監獄では「メイヴちゃんサイコー」か「コノート万歳」をどこかに入れて喋れば、罰を受ける事は無いと。

 まさしく必勝法である。コノート万歳。

 ちなみにパートナーであるジャンヌ・オルタは俺から距離を取っている。うん、まぁそりゃ、貴方の元を考えたらそうなるわな。

 

「……何よ」

「何もないって。とりあえずどう脱獄するか考えるぞ。何かイシュタル的にはコイツもレースの一角らしい」

「はぁ!? こんな状況で? ……バッカじゃないの」

 

 他のチームにあるイシュタル人形。何でも俺達のマシンにはパーツを取り付けていなかったため、顕現していない。参った事に情報が入ってこないのである。

 しかも他のチームとは牢屋も離れてるからどうしようもない。

 

「……ったく」

 

 こう部屋にケチャップを溢してその中で横になるとか、看守がやってきて食料を投げ込んでくれるからそれを投げ返すとか出来ないだろうか。

 どこかに脱出のためのカンペがあるとか、どこかに糸鋸が仕込んであるとか。

 

『それ、面白そうね』

 

 まぁ、こっちにはイシュタル人形が無いと言うデカいハンデがあるのだ。ならこの程度のルール破りは許容範囲だろう。

 魔眼を顕現。鍵の一点にナイフを差す。――ハイ、終了。

 

「ジャンヌ、下へ逃げるぞ。チェックアウトだ」

「……へっ?」

 

 

 

 

 地下を伝いながらマシン保管庫へ。

 ここは他のチームより遥かに早かったが、あえて待つ。元々魔眼なんて反則技使った以上、ここでフェアにするのは当然の事。

 一強など、見る側からすればつまらないのだ。と言うかここで先にゴールしたら拍子抜けだし。

 一応マシンの点検も済ませておいてある。

 

「……ねぇ、マスター」

「どうした?」

「……その、今だから聞いておきたいのよ。――あの時のロンドン。何で、私達には何も言わなかったの?

 あの男女には伝えてたらしいじゃない」

「……そうだな、まぁいつか話さなきゃって思ってたし丁度いいか。

 悟られないためだよ、魔術王に。あいつの魔眼覚えてるか?」

「……確か、千里眼だったわね。でもそこまで万能じゃないんでしょ?」

「まず千里眼が使用できる条件は二つ。モノを視ようとする事。そして、視る対象が目の前に肉体として存在している事だ。

 この二つがあって初めて千里眼は魔眼として発動される。……まぁ、魔眼の発動に関しても皆そうなんだが」

 

 まだ仮定の域を出ないけど、多分その二つは関係しているに違いない。

 そうでなきゃ、脳のキャパシティが完全にオーバーする。

 使用した瞬間に人として終わるんじゃ、未来が視える意味が無い。

 

「……つまりそこまで万能じゃないって事ね」

「便利な能力程、面倒な制限が掛かる。そういうものさ。

 あの場にはお前達もいた。そして俺もいた。ロマンもホログラムであれば存在していた。だがダヴィンチは通信にいなかった」

「――だから、魔術王にバレなかったと」

「バレてたら、意味が無かった。完全に無駄死にだった。

 ……その、悪かった。時間神殿までお前達に言わなくて」

 

 何か恥ずかしくなって来た。

 こう、悪戯が暴かれた子どものような気分だ。

 

「……本当に馬鹿ね、アンタ。もう過ぎた事なんだから、クヨクヨしないで。

 アイツら帰ってきたらレース再開よ。しっかりしなさい」

「あぁ、ちょっと頭冷やしてくる」

 

 少し離れて背伸びをする。背骨がパキパキと音を立てた。

 風が気持ちいい。

 

 

 

 

「――信じてて、よかった」

 

 

 

 

 朝日と共にチーム全員が合流した。

 ほぼ全員土塗れの埃塗れ。そんなアルトリア・オルタを見て、爆笑しているジャンヌ・オルタ。さぞ機嫌がいいのか。

 脱獄した後、メイヴとケツァル・コアトルを撃破。

 ……けど、何だろう。何か胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 ゴール直前最後の一本道。

 最早正念場だ。ほぼ、同じ位置。全員が横に並んでいる。

 

「ジャンヌ! 振り切るぞ! 燃やせ!」

「えぇ、景気よくブチかましてあげる!」

 

 ジャンヌがタンクに手を置き、発火。さらに速度が加速する。

 ――が、どのチームもそれに負けじと喰いついて来る。

 

「さらに驚天動地の光景を見せてあげるっ!」

 

 俺達のマシンの周囲をいくつもの黒い剣が浮遊し始める。

 これなら迂闊に手出しできない。

 

「ナイスだ、ジャンヌ!」

「はん、頑張ればこれくらい出来るようになるわ」

「よっしゃ、食らえガンドぉっ!」

 

 謎のヒロインXに向けて打ち込んだ一撃。

 並のサーヴァントなら確実に麻痺させる。

 

「……? 今、何か?」

 

 全くの無害。

 対魔力に弾かれた? ……あぁ、そっか、

 

「やべ、戦闘服着こんでなかった」

「何してんのよ、アンタはぁっ!?」

 

 ビーストがいない故に、俺のステータスは大幅に低下している。

 と言うかこの身体、凄いピーキーなのだ。

 相手がビーストでなければ、キャスターに肉弾戦で負けかねない程。俺が模擬戦でナーサリーとシェイクスピア、アンデルセンのトリオにボコボコにされたのは記憶に新しい。

 アンデルセンの性能、アレどう見ても星2じゃないよなぁ。

 っと、思考がどうでもいいところにいってしまっていた。

 

「あぁ、もうっ! 他のヤツは私に全部任せなさい! その代わり、絶対優勝よ! いいわね!?」

 

 

 

 

「あー、疲れた」

 

 レース終了。無事走り切ったマシンを休めておく。

 重力のせいで体が変な感じだ。

 ピリ、と肌に何かが刺さるような感じがする。これは強い魔力だ。どこかにそれが潜んでいる。

 

「……何だ、この感じ」

『気を付けて、何かが来るわ』

 

 突如、竜巻が発生。魔力を伴う大嵐がレース会場に顕現する。

 並のサーヴァントなら触れるだけで霊核ごと持っていかれるに違いない。

 

「あーはっはっはっはっ!! どうもありがと、レース参加者達!

 貴方達のおかげでグガランナを作り出す魔力が溜まったわ!」

「……グガランナ?」

 

 そういえば、バビロニアでの彼女はグガランナを持っていなかったと。

 呼び出せるようになったのか?

 ……いや、違う。作り出すと言った。

 ならば、新たなグガランナを創造したのだろう。

 

「やっぱ、女神だ。ロクでもないな」

「うるさいわね、そこのロクでなし! でもまぁ、感謝しておくわ。

 貴方達の飛び入り参加のおかげでさらに溜まった魔力は倍。これなら今すぐにでも生み出せる」

 

 ……あれ、何かおかしいぞ。

 

「……なぁ、イシュタル。そういえば特異点は? 元々レースの目的はこの特異点の修正だろ?」

「――」

 

 知 っ て た。

 他の参加者達も皆、肩をすくめている。あぁ、やっぱりって顔だ。

 

「も、勿論当たり前じゃない! グガランナがあれば、こんな特異点すぐに修正してあげるし!

 ……何よ、その考えて無かったって顔は!?」

 

 イシュタルだしなぁ。原典が相当ヤバいしなぁ。

 まぁ、何とか止めないと。

 

「ふぅん、止めてみるつもり? やってみなさい。このグガランナは私の予想よりも遥かに強いわ。倒すのはまさに高難易度ってヤツ。

 ふふっ、そんなサーヴァントがいるのなら連れてきなさいな。纏めて捻り潰してあげるから」

 

 全員が戦闘態勢を取る。

 ビースト扱いではないため、骨が折れそうだ……。相手がもしそうなら、俺一人で何とか行けるが……。

 

「皆お待たせ! 最強の援軍を連れてきたよ!」

「……援軍?」

「ふぅん、マスターもいるのね。死にたくなかったら早く立ち去りなさいな。

 この私とグガランナを倒せるサーヴァントなんて――」

 

 

「力を示すがいい、勇士よ」

 

 

「首を出せ」

 

 

「――あのー、手加減してくれないでしょうかー」

 

 

 フォーエバー、イシュタル。強く生きろ。

 

 

 

 

 あの後はまぁ、スカサハがイシュタルをしばいて。山の翁がグガランナを斬りおとして。生きていたケツァル・コアトルがグガランナの残骸をイシュタルのATMに叩きつけた。言葉にすると訳が分からないね、コレ。

 参加していたチーム全員と裏方の支援に徹していたカルデア職員で記念撮影の時間である。

 優勝チーム――そのカップはジャンヌが両手で掲げている。うん、いい笑顔だ。

 良かった、彼女も。俺以外の前で強く笑えるようになって。

 

「おや、キミはいかないのかい。アラン君」

「ダヴィンチちゃん? 何でまた」

「ははっ、僕もいるよ」

「あれ、ドクターまで……。レイシフト出来たんですね」

「あぁ、うん短時間であれば誰でもね。長時間のレイシフトは適正が重要だからしなかっただけさ。

 ほら、アラン君。写真を取りに行こう」

「……あ、いや。俺は」

「何だ、またシャッター係かい? それなら引き受けてくれるサーヴァントがいるんだし。好意に甘えとこようよ。彼からカメラを奪おうとしても、僕の時のようにはいかないからね」

「そーそー。それにキミは優勝したんだ。なら当然写る権利がある。だってキミはカルデア(こっち)じゃないか」

「――」

「! ど、どうかした!? 突然涙ぐんで……」

「……あの、いや。ちょっと、その……」

 

 ドクターとダヴィンチに手を引かれて、輪の中に入る。カルデアを生きる者達が集う場所。

 肩を組んできた立香とドクター。その後ろからさらに圧し掛かって来るダヴィンチちゃんとマシュ。

 石碑を持たされる泣き顔の女神とそれを逃げられないように囲むサーヴァント達。

 人の温もりが少しばかり痛くて。でも、どこか。願いが叶ったみたいに嬉しくて。

 今を生きる皆と一緒に写るなんて、やっぱり自分には不相応なんじゃないかって何度も思ったけど。

 この時だけは、少しだけ我がままになってもいいんじゃないか。そう思って。

 

 

 慣れないピースサインはどこかぎこちなくて。

 

 

 でも初めて、笑いながら腕を伸ばした。

 

 

 

「ま、マスター……」

「アルトリア、どうかした?」

「……その、済まない。メイドは主人の顔を立てなければならない。だがそれが出来なかった……。やはり私はメイド失格だ。マスターを立てるどころか、顔を潰す事になってしまった」

「……何、気にしなくていいよ。アルトリアが楽しめたならそれでいい。そういう物だと思うぞ」

「マスター……」

 

 と、俺とアルトリアの間に誰かが割り込んできた。それも猛スピードで。

 

「はい、そこまで! 私とマスターちゃんはこれから優勝祝いがあるのよ。レースで負けた女はお呼びじゃないってワケ? 分かる?」

「――」

 

 煽ってる。煽られた事があるから、その反動でさらに煽り返してる……。

 いつもアルトリアの方が一枚上手だから嬉しいんだろうなぁ。

 

「――殺す、貴様はマスターにとって有害だと判断した。故にメイドが欠片も無く掃除して見せる」

「はん、掛かって来なさいよ。そのモップごと燃やしてあげるっ!」

 

 仲がいいなぁ、本当。

 

 

 

 

 

 写真立てに飾るそれに触れる。

 この光景を、俺はいつまでも忘れない。そう誓った。

 

「アラン君ー、シミュレートの時間だよー!」

「今、行きますー!」

 

 イシュタル杯――内容はまぁ、アレだったけど。

 でも皆でレースして。皆で騒いで。皆で写真を取った。

 

 

 この思い出は、俺の心に確かに刻まれた。

 

 

 




「アナタが、アラン君ね」
「……失礼ですが、どこかでお会いした事が?」
「えぇ、とある誠実な男の子から貴方の話を聞いていました。
 貴方のおかげで、人理修復は果たされたと」
「そんなつもりじゃ……。俺はただ、死んでほしくなかっただけで。俺にはそんな大層な」

「――いいのよ」

「……」
「もうそれ以上、自分を卑下しなくてもいいの。
 貴方はよく頑張りました。それを私は受け止めます。
 ――辛かったでしょう。あの子達を裏切った事、刃を突き立てた事、そして最期を受け入れた事。
 泣いていいのよ、ここなら誰の目も届かない。貴方は貴方の心を見せていい。貴方を見守り続ける雫もきっと、それを受け入れてくれる」
「……ぅっ」
「お疲れ様。惨い選択だったでしょう。どちらを選んでも、貴方には辛い道だった。
 そんな貴方を私は精一杯、祝福します」
「……っぁぁ、しにたくなんか、なかった。なかったけど、大事な人だから。いきてて、欲しかったから」
「大丈夫。今の貴方ならきっと。大事な人達の為に、その道を選べた貴方なら」




「ありがとうございました、女神ケツァル・コアトル様」
「様はいらないわ。好きなように呼びなさい、愛称とか付けてくれると嬉しいかな」
「……また、考えておきます。貴方に相応しい呼び方を、いつか。カルデアで呼べるように」
「――待ってるわ、その時まで。さぁ、行きなさい。そろそろメイヴに嗅ぎつけられちゃうから」
「はい、またいずれ」




「優しい子。誰かのためなら、自分を犠牲にしてしまうほど。だから貴方はその道を選んだのね。
 でも悪になると言う事は、受け入れる事。力を使えば使う程、貴方は悪に染められていく。偽者はいつか本物を超えてしまう。
 だからお願い、どうか――本物にならないで」




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外伝3 回想と剣

日常回。まぁ、こんな形ですが、不定期で更新していきます。
内容はギャグ方面だったり、シリアスだったり、ただ単純に書きたい場面だったり。

省きましたが、特異点の戦いもいつか書ければ……。


「訣別の時、来たれり」(2回目)の方ですが、ちょっと書き足してます。オリ主の心情だったりを追加してるので、見て頂ければ……。


 

 

 カルデアの一室、広間で俺はランスロットと剣を打ち合っていた。

 オルレアン以降、マスターとして何とか護身程度の実力はつけておきたいから。無理言ってランスロットに頼んだのだ。

 ちなみに使用している剣はエミヤ作成である。

 

「――っっ!!」

 

 払われた衝撃で、肩ごと持っていかれそうになる。

 体を捻り、何とか受け流しつつ。明らかに手加減されているであろう斬撃をいなし続ける。

 防戦一方――それもランスロットはかなり手を抜いている。力を弱めているのではなく、一撃を挟む空隙がありすぎるというのに、そこを狙わないのだ。

 彼が狙うのは俺が持つ剣であり、それを壊さないよう力加減を調整しながら打ち込んできている。

 

「暫し休憩を。ここまで打たれながらも立てるのは確かに進歩ですマスター」

「あ、あぁ、あり、がとう。容赦ないな、ランスロット」

「我がマスターからの頼み事であれば尚更」

 

 俺が彼女から力を得ているとはいえ、俺自身の技量が低ければ意味がない。死の線が見えても、そこまで刃が届かなければ無意味。

 

「受け流しは上達しています。並の敵ならば、互角。後少しの差を詰めれば勝利を掴めるかと」

 

 水で喉を潤す。ランスロットが放つ重圧は抑えられてはいるが、それでも全身が委縮しそうになる。

 ――けれど、それに耐えて動ける事が出来れば。まぁ、何とかフランスの兵士達には及ばないけど。新米ぐらいの働きは出来るだろう。

 

「ふむ、何やら騒がしいと思えば、サーヴァントと鍛錬か。随分、懐かしい事をしているなキミは」

「アーチャー……」

「エミヤでいい。此度の聖杯戦争ではアーチャーは一種の分類に過ぎないからな」

 

 紅い外套を羽織った、皮肉屋のサーヴァント。

 遠近どちらの間合いにおいても一流の働きを見せ、さらにはカルデアの台所事情まで預かるほどの家事スキルの持ち主。

 とある少年の終着点でもある。

 

「差し入れだ。緑の弓兵から、まだ食堂にキミが来ていないとの報告があってね。わざわざ足を運んできた。

 特訓に精を出すのもいいが、他を疎かにしては意味がない。一日三食と睡眠はしっかりと取る事だ」

「……ありがとう」

 

 わざわざ料理をお盆に乗せてラップで包装している。そういえば、この間はマシュにおにぎりの作り方を教えていたっけ。

 そういえば、さくらの模様とかも教えてあげてたなぁ……。

 

「ランスロット卿も一つ如何かね」

「かたじけない、エミヤ殿」

 

 いつも気になる事がある。

 ――エミヤは、どんな聖杯戦争を歩んだ彼なのだろう。

 たまに聞きたくなるが、その都度内心、口をつぐんでいる。

 根掘り葉掘り詮索されるのは、きっと気持ちの良い事では無いから。

 

「……なぁ、エミヤ」

「何かね。キッチンならタマモキャットとブーディカに任せているから心配は無用だが」

「エミヤの剣ってさ、どうやって鍛えたんだ? 我流みたいだけど……」

「……あぁ。私は元々、弓が得意でね。生まれてこの方、狙い自体を外した事は一度も無い。

 だが距離を詰められれば、そうも言ってられない。アタランテ女史のように近距離でも一流の弓兵として戦えるサーヴァントはいるがね。私はそれほど器用じゃなかった。だから剣が必要だったのさ」

 

 それはどれだけ過酷だったのか。

 望まない事を強いられ続ける人生程、窮屈なモノは無い。けれど、彼は。優しすぎたから。そして折れる事を良しとしなかったから。

 あらゆる事を、受け入れて。そして、辿り着いたのかもしれない。

 

「アラン、現代を生きるキミがわざわざ剣を取って生きる必要はない。そんなものは一部の物好きにでもやらせておけばいい事だ。

 マスターの役割は後方支援に徹する事。カルデアのマスターであるキミ達はよくやれているよ。既に特異点を二つ修復しているという結果が、その評価を現している」

「同じく。マスターも立香殿も、良いお人柄だ。どちらの我が王も不満は無いでしょう」

 

 

 ――心が痛む。

 俺はまだ、それを。口にすることは出来ない。

 ランスロット、俺がこの先で起こす事に比べれば貴方の裏切りなんて細やかなモノだ。もう許されていい筈だ。

 だって貴方は、苦しむ人を見過ごせない人だから。

 本当に、英霊は報われない。彼らの最期を、夢で見る時がある。それが余りにも惨くて、辛くて。文字で見るだけでもキツいのに、それを実際に見てしまえば――。

 だから彼らには、幸せになってほしいと。何度、願った事か。

 

 

「……では、私はそろそ――」

 

 

「――ここにいたか、マスター」

 

 

 扉を開けて入ってきたのは、我らが黒王様。

 あぁ、アレは多分怒ってる時だ。それぐらいは分かるようになってきた。

 

「私へのジャンクの供給はどうし――いや、そんな事はどうでもいい。

 まぁ、それぐらいは目を瞑ろう。私も王の端くれだ。挨拶に来なかったことも水に流そう。――万歩譲って、あの突撃女を優先したとしても。私は許してやろう」

 

 鎧姿とかどう見ても臨戦態勢です。ありがとうございます。

 しかもバイザーついてるし。

 

「だが、私やあの放火女よりも、ランスロットとの時間を優先した事だけは許せん。

 ――あぁ、ランスロット。貴様は下がっていろ。利口な貴様の事だ、主の命令には逆らえないだろう。今の貴公に非は無い。故に黙って、霊体化していろ」

「……申し訳ありません、マスター」

 

 小声でつぶやき、ランスロットが霊体化する。いつの間にかエミヤもいない。

 ……まぁ、そうだよなぁ。今のアルトリア、人の話聞かなさそうだもんなぁ。

 

「喜ぶがいい、マスター。これから私が剣の師だ。お前が私の剣を真似る様になるまで、骨の髄まで仕込んでやる」

 

 聖剣が黒く輝く。

 あぁ、俺生きていられるかなぁ……。

 

 

 

 

「――!!」

 

 黒い極光が迸る。体を逸らし、回避――線が見えない事は無いが、アルトリアの剣技の速度に俺の斬撃は追い付けない。故に回避に徹する。

 だが距離を空けてはならない。間合いなど彼女は一瞬で無意味にしてくる。

 

「……っぁ」

 

 続けて迫る追撃。刀で払えば体ごと持っていかれる。

 いくらサーヴァント化したこの身とはいえ、無傷では済まない。

 吹き飛ばされないよう、地面を強く踏みしめて。さらなる追撃を警戒する。

 

「……ふむ、ここまでだ。やはりサーヴァント化しても変わらないな、貴方は。

 出会った頃のままだ――そしてやはり私の剣は、真似ないのですね」

「真似出来ないよ、貴方の剣は。俺には、遠すぎる」

 

 星の輝き、なんて。俺には重すぎる。

 だから、この一振りでいい。俺には、この夢の名残があれば。

 

「……ここまでで良いでしょう。これ以上は貴方も危うい」

「……強いなぁ、セイバー」

 

 鞘を納める。

 俺の一刀は未だに素人。英霊達から稽古をつけてもらっているが、まだまだ未熟。

 彼女のいる場所――雲耀には至らない。この霊基は彼女から全て借りたモノ。だからそれに相応しいモノを身につけなくてならない。

 いつか、届くんだろうか。あの一閃に。

 

「――マスター、バーガーを所望する。3ダースだ」

「了解。食堂行くか、アルトリア」

 

 バイザーが解除。彼女の素顔が露わになる。

 かつてブリテンを治めた王。そのもう一つの側面。

 けれどオルタになっても、きっとその根本は変わっていない。

 

「そうだ、アルトリア」

「何だ、マスター」

「改めて、これからもよろしく。まだ未熟な身だけど、精一杯お前の隣に立てるような相応しい奴になるから」

「――」

「……?」

「――えぇ、こちらこそ。

 この身、この剣はこれからも。ずっと、貴方の下にある」

 

 

 

 

「うーむ、やはりアラン殿はフラグ管理がお上手ですなぁ」

「……黒髭―?」

「いやいやいや、嫉妬ではありませんぞ? アラン殿が立てているフラグは現在三つ。アルトリア嬢、黒い方のジャンヌ嬢、キアラ嬢――どれも一歩間違えれば即道場行きですからなぁ」

「……あぁ、うん……」

『ねぇ、マスター。この物体、切り落としていいかしら?』

 

 やめてください式。キミの刀を汚したくない。

 

「で・す・が! 拙者の慧眼はしかと捉えております。

 アラン殿には、既に身も心も捧げた女性がいると!」

 

 今、凍った。食堂の空気が完全に凍った。

 やばい、ビーストの気配も感じたぞ今。

 

『ねぇマスター。この生物を消すのは少し早い気がするから。線を撫で斬りするぐらいで許してあげましょう?』

 

 それ死ぬよね。でも彼、こう見えて意外と強いから何とかなるか?

 ガッツ持ちだし。何気に回復役もこなせるし。

 

「さぁさぁ、YOU白状しちゃいなYOー。……ハッ、まさかもう身を固め――ゴハァッ!?」

 

 あっ、斬られて燃やされてゼパられた。

 

「マスター?」

「マスターちゃん?」

「アラン様?」

 

 遠目にランスロットを見る。あっ、親指立てられた。

 エミヤを見る。あっ、頷いた。

 

「――どうなるかなぁ」

 

 冷たい目でこちらを見つめる三人と、俺の傍で楽しそうに微笑む彼女。

 おかしいな、そんなつもりじゃなかったんだけど……。

 

“そりゃ、恋愛したいとは思ったけどさ”

 

 ――ロマンスは、苦手だ。

 

 

 

 





「アラン」
「何……? エミヤ」
「まぁ、アレだ。日々のスケジュールはしっかり管理しておきたまえ。
 うっかり予定が被るとアレだ。皆を幸せにしなくてはならなくなる」
「えっ」
「君の三人も理不尽の塊だからな。人生の先輩としての忠告だ」
「えっ」
「何かあればいつでも相談してくれ。――あぁ、何。キミも少年だと分かってる。安心したよ」
「えっ」


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外伝4 女の話をしよう。

筆が乗りました。書いた切っ掛けはとある課金観戦動画から。

本編はギャグ回。あとがきは軽くシリアス回。


 

 

 

 

 果たしてここは、俺の知るカルデアなのだろうか。

 齟齬が酷い。ボタンを掛け間違えたとかのレベルじゃない。コーラを頼んだらコーヒーが来たとかじゃない。

 もっとこう、根幹の話だ。

 

「あぁ!? だから胸が最高だって言ってるんだろうがぁ!」

「馬鹿野郎、尻を追っかけてこその男だろうが! あのラインの良さが分からないのか!?」

「テメェら、いい加減にしろよ! どっちも追いかけてこそ意味がある! どちらかを捨てるなんて俺には出来ない!」

「きあらさま」

 

 会議室で白熱する、議論。声を荒げるスタッフ達。

 第四特異点以降、何があったカルデア。

 

 

“何でこうなったかなぁ……”

 

 

 

 事の発端は、ムニエルに誘われた事からだろう。

 何でもシークレットで行われる月間の会議があるのだという。

 サーヴァントではあるけれど、まぁちょっとお邪魔させてもらった。

 会議室に入ると部屋の奥には黒いフードを被った男とカルデアの職員達が並んで座っていた。

 

「ほう、飛び入り参加とは。しかもアラン氏なら歓迎でおじゃる」

 

 お前絶対隠す気ないだろ。

 そんな事を考えた矢先――バンとホワイトボードに出現したのは『どのサーヴァントが至高か』と言う議題であった。

 うん、それは確かに。荒れるのは分かる。

 だって皆それぞれに良さがあるもん。

 

「と言う訳でまずは各々のトップスリーを見ていこうと思う。ハリー。まずはお前からだ」

「任せろ。

 俺は元々癒されるのが好きでな。カルデアに来る前は双眼鏡で園児を眺めて過ごしていた。距離が近いと怖がらせてしまうからな。そんなのは愛じゃない」

 

 ハリー茜沢。立香をスカウトしたという、偉業を成し遂げた男。

 彼が手に持ったフリップには三人のサーヴァントの名前が乗っている。

 

『アサシン・パライソ

 静謐のハサン

ジャック・ザ・リッパー』

 

 ――あぁ、分かる。

 多分、あの基準は……。

 

「俺は、幸薄な少女を、幸せにしたいんだ……っ!」

「ハリー……っ!」

「茜沢……っ!」

「アンダーソン……っ!」

 

 呼び方統一してあげて。

 

「……だがハリー氏。本音はもう一つあるでござるな?」

「――! あぁ、勿論。

 少女は、ロリは、刹那の美しさは――尊い」

「! ハリー、お前……年下趣味だったのか」

「そういえば日本だと高校生以下にしか声を掛けていなかったって」

 

 ……あー。まぁ、スカウトするだったら素質ありそうな若いタイプ選ぶもんな。

 園児眺めてた件と言い、よく捕まらずに済んだなぁ。良かった。

 

「俺はリリィの可能性に全てを賭ける」

「待てハリー。じゃあお前はブーディカさんやドレイク船長のリリィにも期待を」

「馬鹿ぬかすんじゃねぇ! ブーディカさんとBBAはあの姿だからいいんだよ!」

「リリィはレア度が落ち着くから呼びやすくなる! 適度な強さと癒しを持つ同志を、俺は増やしていきたいっ!」

「テメェ、メドゥーサやメディア嬢に喧嘩売ってんのか」

「落ち着け。まずは全員の意見を聞いてからだ」

「きあらさま」

 

 後でアルトリア・リリィとクッキーでも作ろう。癒されるぞきっと。

 

「じゃあムニエル氏は……もう知ってるからいいとして。

 スタッフA殿。頼むでござる」

「何故スタッフAと?」

「この会議は匿名希望も受け入れますからなぁ」

「小生の押しは……この三人だ!」

 

『アルトリア・オルタ

 ジャンヌ・オルタ

 ランサーアルトリア・オルタ』

 

「――っっっ!!!!」

「考えても見ろ。あのアルトリアさんやジャンヌさんが、優しい女神のような二人が。

 冷たい目で、罵声を呟くんだぞ? ――たまらん!」

「スタッフA……! まさかここで爆弾を投下するとは……!」

 

 やめて、ウチのサーヴァントをやらしい目で見ないで。

 どういう表情したらいいか分からないから。

 

「ところで、あの二人。最近私服気合入れてない?」

「分かる。太腿が至高。一度挟まれたい」

「後でメドゥーサさんに投げ技お願いしようぜ。冷たい目しながら投げてくれたゾ」

「成仏してくれ」

「アラン氏、何か意見は? 彼女たちのマスターでござろう?」

 

 ランサーアルトリア・オルタとは正直に言えば召喚した訳じゃないけど。いろいろと気にかけてくれるし、凄い世話を焼いてくれる。

 最初、オルタなのかって凄い疑問だったし。

 

「……とりあえず、ランサーの方のオルタは冷たい視線あんまりしないぞ? 罵声も無いし」

「何、だと……」

「馬鹿な、オルタの定義は!?」

「今すぐ調べなおせ! 我々の定義が崩れる!」

「きあらさま」

 

 これ、言うべきか悩んだけどもう言おうかな。

 うん、彼女を。誤解されたくないし。

 

「二人きりの時は敬語で呼んでくれるし。主って呼んでくれるから親しみやすいよ」

 

 

「……ごっはぁっ!!!」

 

 

 あ、何人か吐血した。

 

 

「ば、馬鹿な……主、呼びだと? そんな事、マイルームで一度も……」

「敬語、敬語? 上から見下ろしながら、主呼びと敬語……たまらん」

 

 ……まぁ、確かに。バレンタインの時とか。通信が無い時だけだもんなぁ。

 マイルームに忍び込むサーヴァントも増えてるし。

 

「あ、アラン氏。一度でいい、その音声を録音して……」

「俺がロンゴミニられるからパスで」

 

 霊基はセイバーだけど、あのクリティカル本当に痛いから。

 しかも宝具防御無視だし……。

 

「まー、後はカルデアのツンデレ代表二人か。定評はあるが、これ以上言葉で語るのは無粋だ。

 次に行こう。スタッフB」

「待てよ、ジル・ド・レェの旦那のセンスには無反応かよ!? オルタちゃんの父親だぞ!」

「旦那GJ!」

「超COOOOOL!!」

「きあらさま」

「うむ、盛り上がってきたところですなぁ! そのテンションで次のスタッフB、頼みますぞ!」

「――俺の押しはたった一人だ。許されるのであれば、俺は横から手を差し入れたい。

 行くぜ、俺の本音(ステラ)!」

 

『アーチャー・インフェルノ』

 

 超 分 か る。

 

「……スタッフB、そうか。お前は彼女しか選べなかったんだな」

「彼女とゲームをしたいだけの人生だった」

「待て、まだだ。まだ俺達カルデアには使命がある。

 彼女に、アーチャー・インフェルノに、生前の笑顔を取り戻してもらうことだ」

「!!」

「お前……! 自分が幸せにしてやろうとは、考えないのか」

「ハッ、一度は考えたとも。だがな、だからこそ。彼女に、またもう一度、強く。笑ってほしいんだよ」

「つまり、引き寄せるのか。彼を」

「あぁ、やるしかねぇだろ。それで彼女が強く笑ってくれるなら、俺達はやってやる。

 聖杯なんかじゃねぇ。俺達で、その願い叶えてやろうぜ」

「カードの準備をしておけ。口座はステラしてもいい」

「へっ、そうだな。欲しいモンは何としてでも手に入れるのが俺達だ。

 それが女の子の笑顔なら、尚更だぜ。パイマケC94までに手に入れてやる」

「あぁ、そうだ。インフェルノちゃんだけじゃない!

 生前夫婦だった英霊達は引き合わせてあげたい!」

「ブーディカさんもか!?」

「馬鹿野郎! ブーディカさんは家族まとめて会わせてあげるんだよ!」

 

 おっ、なんかいい雰囲気になってきた。

 彼らの言う事には大方同意だ。だって俺は男だし。女の子の笑顔が見たいのは、まぁ当然だろう。

 

「待て。生前、仲が悪かった夫婦はどうなる?」

 

 空気が凍り付いた。

 そうだ、一人代表格がいる。

 

「あぁ!? だったらメディア嬢はいつまで立っても幸せになれねぇってことじゃねぇか! 旦那見ろよ! イアソンだぞ、権力だけは持ってるクズだぞ!」

「うるせぇ! だったら、イアソンと真逆の男見つければいいだけだろうが!」

「――」

「――」

「――」

 

 

「「そ れ だ!」」

 

 

「イアソンと真逆と言うと……」

「物静かで、どんな時も冷静で、一番前で戦って――無駄口を開かない堅物キャラ」

「……いるのか、そんな人間」

「いるとも。きっと、日本のどこかの地方の学校に」

 

 具体的ですね……。

 

 

 

 

「――大方、推し鯖も出揃ったところで、本題に入るでおじゃる。

 ぶっちゃけ、鯖のどこに魅力を感じる?」

「項!」

「胸!」

「腰!」

「尻!」

「足!」

「きあらさま」

 

 あっ、戦争の予感。

 

「ハッ、胸だけとは浅はかだな。腰から尻にかけての黄金比に気づかないのかよ」

「ならテメェはふかふかのおっぱいに抱き着きたいと思わねぇのか!」

「きあらさま」

「――最高に決まってんだろ! けどな、それでも俺はその光景を、忘れた事はねぇんだよ!」

「なぁ、アラン! オルタちゃん達でも、キアラ様でもいい! 胸の感触はどうだった!?」

「……俺はサーヴァントに欲情しないよう、誓っています。だから手を出した事も手を出すつもりもありません」

「!!!!」

「お前……何て、勿体ない」

「いや、違う……。分かったぞ、アラン。

 お前、手を出されるのを待っているな!?」

 

 ど う し て そ う な っ た。

 いや、頼む。マジで刺激しないで。

 俺の後ろで式が笑ってるから。ビースト化しそうだから。

 

「――待て、そういえばアラン。お前の推しを聞いてなかった」

 

 やめて。本当にやめて。

 助けて。

 

「……え、えっと……。雪のような少女で。」

「雪……?」

「少女?」

「まさか……」

 

 

「「「イリヤたん!?」」」

 

 

 コイツら、マジで黙らせて。

 誰か、一掃してくれ。

 

 

「――天上解脱なさいませ?」

 

 

 そんな声が響くと共に、集まっていた職員達が吸い込まれていく。

 グッバイフォーエバー。

 今度帰ってくるときは真人間になれよ。

 

「……助かったよ、キアラ」

「いえ。欲深い声が聞こえたものですから」

 

 キアラの服装はフードを降ろした尼装束。

 うん、良く似合ってる。

 

「……それで、アラン様?」

「ん?」

「貴方様は、女性のどこに、気を惹かれるのですか?」

「そりゃ……。あんまり考えないかな」

「……はい?」

「人を好きになるっていうのはさ、その人の事全部纏めて好きになるって事だろ。

 だから、惹かれるっていうよりは。好きなものは好きって感じ」

「あ、あら、あらあら。私とした事が……。少し失礼します」

 

 去っていくキアラ。

 最後に散らかった会議室を見る。

 

 

「……ひょっとしてあのまま会議続いてたら、セラフィックスみたいになってたのか?」

 

 

 案外、滅びなんて些細な事から始まるのかもしれない。

 まぁでも。何とか。性癖とかバレなくてよかった。 

 

 






「おい」
「アンデルセン?」
「何でもあのメロン峠に恋を教えたそうだな。また面倒ごとに首を突っ込みたがる馬鹿がいたものだ」
「あー……悪い。貴方の役目を奪って」
「フン、構わんさ。同じことは二度言わんから。丁度手間が省けた。
 ――それとだ、一つ忠告させろ」
「……?」
「お前がキアラに恋を教えた事など、どうでもいい。だが、もしもだ。もし仮にお前が俺を気遣ってアイツと距離を置くのならそれは全くの見当違い。全く勘違いも甚だしいと言っておこう」
「……」
「俺が愛したのは、化け物だ。名も無き少年少女の恋に破れた、色欲魔だ。あの月の裏側で、その化け物は死に。そして俺の愛は終わった。
 あのキアラはその化け物とは別物だ。アレは恋を知り、誰かへの愛を覚えた、ただの少女だ。俺は人間を愛さない。ましてやそれが、少女なら猶更だ。祝ってやる気も、さらさらおきん。あの晩の出来事はもうごめんだ」
「あの晩……?」
「聞いたぞ、お前はサーヴァントに欲情しないと決めたらしいな? ハッ、馬鹿を言う。
 ならば愛とは何だ? 体を貪り合う事か、交わる事か、委ねる事か? ――違う。だがわざわざ語る必要はない。
何故ならお前は既に愛を知っているからだ。それが恋ではなくとも、真摯な愛であるのなら。俺が口を挟む事ではない」
「……?」

 去っていく彼を見送る。あぁ、全く。彼の喋る量が多すぎる。
 でもまぁ、キアラの事だし。仕方ないか。



「せいぜい悩め、若き少年よ。あぁ、全く。これだから物語とは面白い。
 恋を知る少女にハッピーエンドを送れるのは、愛を知る者だけだからな」


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外伝5 十二の試練

セイレムとニコ生とクリスマスイベと年末で、ちょっと言葉が見つかりません。


もしかしたらスランプかもしれません。難産でした……。


 サーヴァントになって生まれた願いが一つだけある。

 

 強く、なりたい。

 

 この身、この剣が例え借り物で。オレ自身に何もなくとも。凡人に過ぎなくて、何一つ秀でる事がなくても。

 

 それでも――さらなる高みに。あの時の雲耀に至るために、いつか。

 

 

 あの空に、届く事を夢見て。

 

 

 

 

「ネロ祭?」

「そーそー。まぁ、サーヴァント達のオリンピックみたいなモノさ」

 

 ダヴィンチちゃんの言った事をかみ砕いたがどうにも想像出来ない。いや、サーヴァントのオリンピックってそれもうSFか何かでしょ。

 

「でー、アラン君出てみない?」

「いや、あの……。気持ちは嬉しいんですが、多分俺が出ても弾除け程度にしか……」

「うん、いいじゃないか弾除け。誰かの小さな勇気が、やがて一つの大きな勝利を掴み取る。

 私もカルデアに来て、ようやく学べた事だし」

「……」

「と言う訳で、ちょっとだけちょっとだけ。何大丈夫、死にはしないさ。先っぽだけ」

「どこぞの剣豪みたいな誘い方やめてくれませんか」

 

 ダメだ、これ。話聞かないパターンだ。

 でも、まぁ。ちょっとは憧れがない事も無くはない。

 それにアガルタでの戦いを振り返れば、俺自身力をつけなくてはならない。エルドラドのバーサーカーやメガロスは驚異的だったし、レジスタンスのライダーのような曲者もいた。

 そろそろ本気で、向かい合う時期なんだろう。

 

「分かりました、一戦だけなら」

「よっし。じゃあ先に相手を伝えておこう。相手は――」

 

 

 

 

「……ヘラクレスかぁ」

 

 刀を抜き、目の前にいる大英雄を見据える。足がすくむ程度で済むのは、召喚されてからそれなりに場数を踏んだ故か。或いは他のサーヴァントに稽古を受けた成果か。

 傍らにはアルトリアとエミヤの二人。

 一応、後衛にも三人のサーヴァントが控えてくれているが、戦場に立つことが出来るのは六人まで。

 何でも俺は先陣を任されたらしい。恨むぞダヴィンチ。

 

「心配は無用です。私とアーチャーが貴方を守ります」

 

 うん、でもね。俺スキルにターゲット集中あるんだ。そしてガッツもあるんだ。それが何を意味するかは分かるだろ。

 つまりは囮だよ。

 

“そいつで戦えるなら、まぁやってやるさ”

 

 ヘラクレスの重圧は凄まじい。

 完全なる十二の試練の再現――ランクB以下の宝具は無効かつ一度殺したと判定すれば、殺した威力と同等或いはそれ以下は全て遮断される。

 彼女の魔眼がどこまで効くかは分からないけど。多分、今回のメインは俺やアルトリアではない。

 

「頼りにしてるよエミヤ。攻撃は俺とセイバーで何とかしのいで見せる」

「――あぁ、期待に応えるとしよう。

 ほんの僅かでも動きを止めてくれれば、必ず仕留めてみる」

「■■■■――――!!!!」

 

 ヘラクレスが疾走する。

 大地を砕きながら、猛スピードで突進してくる様はいつかの光景を思い出させた。

 刀を抜き放つ。だがサーヴァントである今、この刃であの屈強な肉体に傷つけるのは不可能だろう。

 ――俺自身が掴むのは勝利ではなく、数秒後の生存に他ならない。

 

「!」

 

 直死の魔眼を発動。大地に刃を通し、眼前の地盤を崩落させる。

 足場がなければ、その疾走の脅威は削がれる。

 

「風よッ!」

 

 セイバーの放つ風が、巨大な瓦礫を纏めて吹き飛ばす。

 宙に放り出されるヘラクレス。身近に足場となるモノは存在しない。

 

「我が骨子は捩れ狂う――!」

 

 アーチャーの放った一射が爆発を引き起こし、大英雄の体を木っ端微塵に吹き飛ばした。死の線が消滅したことから、恐らく一回は確実に殺した。

 ――だが、その肉体が即座に再生する。

 

「後、十一回……!」

 

 気が遠くなる。

 だが、背後からさらに詠唱が聞こえる。

 

投影重装(トレース・フラクタル)――」

 

 続けてアーチャーが弓を構える。

 黒い剣――確か、同じものをベオウルフが……。

 

「赤原を往け、緋の猟犬」

 

 放たれた赤い閃光。

 だが、それをヘラクレスは斧剣の腹で受け流す。だが閃光は即座に軌道を変え、更なる加速と威力を得てその巨体を穿たんと迫る。

 音速の連撃を、大英雄は捌き切っている。速度、時間、腕力――どれか一つでも損ねれば、死を免れない刹那を進み続けている。

 

「マジかよ……」

 

 思わず手が震える。武者震い、かもしれない。

 あの領域に手を伸ばしたい。確かに届かないかもしれないけれど。それでも、この刃をいつか。あの場所まで。

 

「!」

 

 セイバーが加速し、矢を受け流そうとしていた斧剣を聖剣で受け止める。

 僅かな隙――それを猟犬が逃す筈も無い。

 撃破を確信した後、即座に離脱。

 

「……これで、後十回」

 

 やばい、何もしてない俺。

 壁役なのに、さすがにこれはアレだ。

 

「アーチャー、まだ手数はありますか?」

「あぁ、手数だけならな。だが、あの大英雄に絡め手は通用しない。

 ――あの時に比べれば、全く苦労しないが」

「■■■――!!!」

 

 自身にターゲット集中を発動。

 ヘラクレスの視線がこちらを捉える。

 猛進してくる巨躯に、刀を構え――大きく跳躍した。

 

 

 

 

「……はは、すごいな。あの大英雄に何とか追い付いてる」

 

 熱狂するカルデア職員達。英霊達の死闘を、モニター越しではなく実際に見るのだから。それは興奮してやまないに違いない。

 いつだって、闘争は人を興奮させるのだ。

 その空気に自身も僅かに惹かれながら、ロマニ・アーキマンは微笑んだ。

 傍らにはマシュも固唾を呑んで見守っている。

 

「……すごいです。あのヘラクレスさんを相手に。あそこまで戦えるなんて」

「――」

 

 その言葉の合間に自戒と懺悔がある事を感じ取って。

 ロマニは小さく口を開いた。

 

「でもマシュにはマシュの戦った記憶と意味がある。彼には彼なりの戦いがある。そこに優劣はない。

 それは僕が保証する」

「……ドクター」

「そう、でしたね。

 ――でも、それなら。今の戦えない私は」

 

 彼女は本気で悩んでいる。本当に苦しんでいる。

 先が見えない自身の今に、ただ。

 

「……いつか分かる。そしていつかカタチになる。それがどれだけ先の事かは分からないけれど。それでも、きっと必ず来るよ」

「先が見えない、と言うのは怖くないのでしょうか」

「そうだね、それは多分すごく怖くて、すごく悲しいコトなんだ。どんな人であっても挫けそうになってしまう程に」

 

 小さく、息を吐いた。それは懐かしい何かを引っ張り出しているかのように。

 

「もし最初から何もかもが見えてしまえば、それはただの機械と変わらない。ただ生きるだけのロボットになってしまう。

 その世界は、きっと灰色の世界だと思う。どうせ見る光景が同じモノならば、せめて。色は鮮やかな方がいい」

「……ドクター」

「世界はね、小さな物語の集合体なんだ。誰かと触れ合って、自分には無い何かを貰って、そうして豊かになって、またささやかな幸せを築いていく。

 ほら、マシュだって。最初は強くなりたいって悩んでただろう? それで色んなサーヴァントから助言を受けた」

「……はい、あの方達の言葉と顔は、今でもずっと。胸に残っています。

 そしてその記憶は、私が弱かったから。出会えた光景……だと思います」

「――」

 

 薄壁を一枚隔てた頃の彼女と比べると本当に変わったなと、内心で呟いた。

 人々に触れて、世界を巡って、新しいモノを見て。勿論、それは綺麗なモノばかりじゃなかった。

 汚いモノも、決して表に出してはならないであろうコトも。きっと、彼女の成長に繋がっている。

 

「曖昧な事しか言えずにごめん。どうにもややこしく、遠回りに言ってしまうね」

「いえ、ありがとうございます。ドクターの言い方はどこか、なぞなぞのように思います。

 考えてる間は難しいけれど、答えがわかれば笑ってしまうような」

「知り合いにね、よく問いかけしてくる子がいたものだから。どうにも、癖が写っちゃったみたいだ。

 迷惑じゃなかったかな?」

「迷惑だなんてとても。ドクターの問いかけはとても楽しくて有意義な時間でした。実際に本物に触れて、それを理解して。いちごの疑問を説明してくれたあの一時。

 例えデミ・サーヴァントであっても、マシュ・キリエライトである私にとって大切な思い出です」

 

 そういって、笑う少女。

 多くの人に支えられて、導かれて。

 それが、彼女の知る世界。このカルデアを生きた彼女の心に映る鮮やかな――。

 

「……ちょっと、カルデアに戻るよ」

「ドクター? 最後まで見ては……」

「いや、しなくちゃいけない事を思い出してね。

 どうも、自由(じかん)があるからか、忘れっぽくなっちゃうな。

 それじゃあまた、カルデアで」

「……分かりました」

 

 観客席を出て、カルデアに一度帰還する。

 職員達はほとんど観戦しているからか、通路にあまり人影は無い。

 

「フォウ」

「……おや。マシュは向こうだけど……。でもまぁ、あの空気じゃちょっと落ち着けないか。

 片隅の空き部屋にでもどうかな。とっておきがあるんだ」

「フォフォーウ」

 

 小さな獣と共に、誰もいない通路を歩く。

 カルデアの窓から見えるのは雪景色。そして透き通る程の蒼空だった。

 ――小さく輝く白い星が見える。

 

「そういえば、神殿からも星が見えたね。確か今はクリスマスツリーのてっぺんに飾るんだったっけ」

 

 ふと懐かしさがこみ上げる。

 これもきっと人の証。重ねた自由が長い程、それを愛しく思ってしまう。

 彼もサーヴァントとして帰ってきた。帰ってきたのだ。

 またここから止まった時間が動き出す。何も変わらない筈の明日がずっと続いていくのだと。

 どうも、そんな。叶いもしない夢を見てしまう。

 

「……やっと、楽しくなってきたのになぁ」

「フォウ?」

 

 その頭に、手を載せる。

 何て事は無い。ただ小さくて、温かい命があるだけ。

 

もしも(・・・)の時は、あの子達を頼んだよ」

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が続いたのかは分からない。

 まだ幸い脱落こそしていないが、手札が次々と零れ落ちていく感覚は焦りを加速させる。

 

「ちぃっ……!」

 

 彼女の眼の特性を見抜いているのか。

 得物を切断しようとしても、ヘラクレスは当たる直前で僅かに面を逸らすのだ。

 俺の技量ではそれを追い切れず。結果として、ただ回避と攻撃の応酬だけが続いていた。

 

「――I am the bone of my sword」

 

 その詠唱が響く瞬間、ヘラクレスが飛び出した。

 ソレをさせてはならないと。彼の僅かな理性か記憶か。ともかく奥底に眠る何かが、警鐘を鳴らしたのだろう。

 

「Steel is my body ,and fire is my blood」

 

 その間に割って入るように。

 魔眼で死の線を捉える。これでヘラクレスは俺を素通り出来ない。エミヤの傍にはアルトリアが控えていて、宙を飛べば星の聖剣が焼き尽くす。俺を素通りしようとすれば、死の線をなぞって確実に殺す。

 だから、ヘラクレスはここで俺を叩き潰すしかない。

 

「Unknown to Death」

 

 だがそれは、同時に。

 サーヴァントを容易く葬る力そのものが、俺自身を狙う事を意味していて。そして俺はそれを避けてはならない。もし回避すれば、大英雄の俊敏は瞬く間にエミヤへと迫るだろう。

 

「――!!」

 

 たった一撃。何の仕掛けも無い一刀を受け止めただけで、何もかもが削ぎ落されたようだ。

 片膝が地面に着く。両足で耐えるよりも、そちらの方を体が優先した。

 全身が捩じ切れそうになる。僅かに力でも緩めようものなら、そのまま圧し潰されるに違いない。

 

「Nor known to Life」

 

 ロンドンの時とは比較にならない。

 あの時に比べれば、カルデアのサーヴァントは誰もが一級品の霊基へと成長した。

 加えて、俺はビーストの残滓が残る程度であり、単なる三流サーヴァント。

 その差など、最早語るまでも無い。

 俺を殺さんと迫る大英雄と目線が合う。何もかもが張り詰めた世界。息を吐く事すら死を招きかねない状況。

 それでも、決して目を逸らさず。睨み付けて。心の底から咆哮する。

 

「――――ォォォォォッッッ!!!」

 

 忘れるな。俺の目的は倒す事ではない。敵の眼を、その力をこちらに向けさせて、少しでも味方の被害を防ぐ。

 それが、俺の力の意味。

 

「Have withstood pain to create many weapons」

 

 その巨体が僅かに後ろへ下がった。

 

“何……?”

 

 俺の胸によぎったのは、根拠のない喜びと底のない不安だった。

 何故、ヘラクレスほどの巨躯が僅かと言っても、俺程度で退くのか。

 心の底に埋もれていた疑問が、現実を映し出す。

 

「■■■■―――!!!!!」

 

 その身体が、膨れ上がるのと、俺の体が圧されるのはほぼ同時だった。

 

「嘘だろ……!?」

 

 ヘラクレスは俺と鍔迫り合いの体勢のまま、エミヤへと突進を始めたのだ。

 背中が瞬く間に倒れ込んだが、斧剣と絡み合った刀を決して離さず。だがそれは相手とて同じだった。

 言葉にならない激痛が、背面全体を掻き毟っていく。

 結果として、俺の体はヘラクレスの剛腕によって地面に擦り下ろされることになった。

 

「Yet, those hands will never hold anything」

 

 激痛と衝撃が、脳内に喧しく響き渡る。

 このままでは、エミヤの詠唱が終わる前に彼の下までたどり着いてしまう。

 どうする、どうする――。

 

 仄かに、甘い香りが鼻を突いた。

 

“でもまぁ、相手も相手だし。少しぐらい、構わないか”

 

 ヘラクレスの足元に、黒い何かが絡みつく。

それは人の手――。奈落に飲み込もうとする誘引でもあった。

 その巨体の動きが、微かに止まる。

 意識の外側の奇襲に、反応しきれなかったのだ。

 刀を逆手に、その巨体を一閃。神々の試練に耐え抜いたその奇跡(からだ)を斬り捨てた。

 

 

「So as I pray, unlimited blade works」

 

 

 眩い閃光――広がるのは剣が墓標のごとく立ち並ぶ無間の荒野。

 剣の一つ一つが観衆のようにも見える。

 

「時間稼ぎ、感謝する」

「……貴方と彼女なら、まぁ、何とか。削りきれるだろ」

 

 宝具を発動。傷ついた霊基を修復。身体への損傷は無し。

 これでまだ、戦える。

 無限の剣製――英霊エミヤの切り札。そしてサーヴァント達にとっては一発殴らせろ的な存在。

 空に浮かぶ無数の武具。それら一つ一つが真作に匹敵する贋作である。

 それらが豪雨の如く降り注ぎ、ヘラクレスの肉体を穿ち、肉片へと変えていく。巨体が煙に搔き消されていく。

 これで、残りの命は全て削りきれた筈。これで全て……。

 

「……えっ」

 

 ヘラクレスの巨体が見えない。

 にも関わらず、何もアナウンスがないという事はまだその命は生きている。

 

「!」

 

 地盤が炸裂し、巨体が姿を現す。

 空がだめなら地の底を。文字通りヘラクレスは地中に身を隠し、その爆撃から逃れた。

 奇襲に体が反応しきれない。狙われたのはエミヤ。彼が消えれば、この空間は消滅する。

 

 

「あぁ、分かっていたとも。貴方程の大英雄ならば、この程度は容易く払いのけると。同じ手が二度通じるとは思っていない」

 

 

 紅き弓兵の手に見える一つの剣。その一振りがもたらす眩い光はただ赤原の荒野を包み込む。それはまるで夜空に輝く星のように。

 

「あの夜、ただ見る事しか出来なかった――。だから手を伸ばそう」

 

 その一振りを知っている。その輝きを覚えている。

 常勝の王が振るう勝利の剣。

 

 

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)――!」

 

 

 かつて星を目指して荒野を駆け抜けた少年。

 

 彼は確かに、その輝きに辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 

 

「おや、ホームズ。珍しいね、キミが戦いを見物するなんて」

「一つ、気になる事があってね。

 ダヴィンチ女史、彼は確かカルデアに来る前に一度死を迎えたんだね?」

「あぁ、そうと言っていたよ。その時の記憶もあると」

「……そうか。そういう事か。成程」

「む、何か気になる事が?」

「いや、不確定な事はあまり口にする事じゃないからね。これで失礼するよ」

 

 

 

 

「つまり、彼は選ばれていた。その死もその運命も、余すところなく。内部から確実に崩壊させるために」

 

「――だが、彼は情を知った。裏切るには大事なモノがここに残り過ぎた。

 まだ戦いは続いている。新宿ではとある少年を殺すために。アガルタでは召喚術式そのものを壊すために」

 

「人理焼却には、魔神柱――そして第三勢力が絡んでいる。そして魔術王が敗れ、魔神柱の脅威が薄れた現在、次に見えるのは恐らく――」

 

「あぁ、そうだな。願わくば、彼がこのまま役割(・・)に目覚めない事を祈るとしよう」

 

「でなければ、きっと。運命は夢を見る事すら許さないだろう」

 

 

 




 戦いが終わり、俺は控え室で横になっていた。
 あれだけ滾った血潮も、今は流水のように落ち着いている。

「……はぁ」

 結局、アルトリアとエミヤのおかげだ。俺自身何もできなかった。
 ただ、誰よりもいい席であの試合を見てただけに過ぎない。
 俺は俺自身の力でサーヴァントになった訳じゃないから、まぁそれはそうなのだが。

「さすがにヘコむなぁ」

 少しぐらい強くなれたと思っていた。マシになれたと。
 けど、フタを空けてみれば、あのザマだ。

「……」

 目を瞑る。
 脳裏をよぎるのは彼女の太刀筋。瞬時に全てを斬り捨てる刹那の刃。
 今なお以て、俺には届かない――。多分、それは俺に足りないものが多すぎるから。

「……お疲れのようですね」
「……うん、まぁ」

 聞き覚えのある声。
 目を開けると、キアラの姿がある。
 ――どうしてここに、なんて言葉を言おうとしたときには。俺の頭部は彼女の膝の上にあった。

「――子守歌、は生憎覚えがないものでして。読み聞かせならあるのですが……」
「……うん、頼む。ちょっと疲れた」

 彼女の心地よい声に意識を委ねていく。
 


 その刹那に、獣のような息遣いが聞こえた。


 自身の奥底から、響くように。




 【スキルが変化しました】

 サバイバー → 七つの器 E



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外伝6 過ぎる影

外伝の設定が纏まらねぇ……。外伝は二部と並行して進めると言いましたが、ちょっときつそうです。二部の展開次第かなぁ……。


後、異伝3にワンシーン追加しました。壁が殴りたくなったくらい、書いてて悲しくなったので時間がある方は見てくだされば。


 今、カルデアは未曾有の危機である。

 室内の気温は42℃。その影響が職員に及んでいる事は言うまでも無く、サーヴァントにまでその余波が来ている事は想定外だった。

 ドクター曰く、これは熱病であるとの事だった。しかしその原因がどこから来ているのからが分からない以上、手の打ちようがない。サーヴァントですらダウンしている以上、彼らに動いてもらう事も適わない。

 最早カルデアの本来の機能はマヒしており、ここは一種の野戦病院と化している。

 立香が一部のサーヴァント達の助力にて、現在冥界にレイシフト中であった。そこにこの熱病の原因があると言う。

 ただしそこに何の縁も無い俺は同行する事が出来ず。カルデアに留守番である。しかし、ただ待っているだけと言うのも何であるから、苦しんでいる彼らの手助けをするべく、看病を行っていた。

 

「……にしてもこれは大変だなぁ」

 

 一人一人の部屋を訪問し下膳していく。

 食器の詰まったワゴンは最早一種のタワーである。

 何故か、今回の事態に対しては俺と立香だけは無影響であった。と言うか朝起きたら隣にキアラいたし。布団かけて、速攻で逃げた。

 幸い、食事自体は栄養食品があるため、まだギリギリ保てている。でもまぁ、メニューは相当ディストピアじみているけれど。

 食堂に戻り、ごみを捨てて、背骨を伸ばす。また一人一人の部屋を回って、氷嚢を変えてあげないと。

 

「そうだ、氷氷……確か冷蔵庫に」

 

 冷蔵庫を開けた瞬間、何かが滑り落ちてきた。

 ――その顔はカルデアの準黒幕ともいえる存在。

 

「ぱ、パラケルスス!? 何で、冷蔵庫に!?」

「――」

「ふ、婦長おおおおっ!!!」

 

 立香はまだ帰ってこない。

 

 

 

 

 パラケルススはバベッジ卿の部屋に置いてきた。あそこなら多分大丈夫だろう。

 一人で歩くには、カルデアは広すぎる。いつもなら百名を超えるサーヴァントや、カルデア職員が行き交う通路には俺一人だ。

 

「……それにしても、どうしたんだか」

 

 最近、式の声が聞こえない。存在は感じ取れるのだが、俺が何を呼び掛けても一切返事が無いのだ。最初は何か怒っていたと思っていたが、それにしては長すぎる。

 せっかくのクリスマスも一人では寂しい。

 

「次は、アルトリアか。入るぞ」

 

 ノックをして部屋に入ると、アイスを咥えたままダウンしているアルトリア。

 よく見ると水着になっている。確かイシュタル杯の後、また皆で海に行ったんだっけ。

 どうも近頃、懐かしい記憶ばかりがよぎってくる。

 

「……あぁ、もう。熱が出てるなら、着こんでおかないと」

「マスターか。面倒をかける」

「面倒なら俺も昔かけたから大丈夫。それよりも着込まないと」

「……」

 

 服の裾を何やら引っかかっている。

 振り返ると、彼女が指先でつまんでいた。

 

「マスター」

「どうかしたか」

「お前は、私のマスターだな」

「うん、そうだ。俺が貴方を召喚した事実は変わらない。

 例えどんな事があっても、俺は貴方のマスターで在り続けるよ」

「……そうか」

 

 彼女の手が、俺の頬に触れた。

 その顔がいつになく紅潮している。

 

「マスター、今度は、どこにも。行かないで、ください」

 

 そういって、アルトリアは目を閉じた。

 頬に触れていた手を布団の中に。一枚かけて電気毛布を。さらにもう一枚上から重ねておく。

 これできっと大丈夫。まずは汗を出してあげないと。

 

「……どこにも、か」

 

 時折、自分が自分じゃないような気がするのは確かだ。

 せっかく、カルデアに戻ってきたのにあまりスッキリしない。

 部屋を出る。――見覚えのある人影。

 

「やぁ、奇遇だね」

「マーリン……。貴方は影響を受けないのか?」

「はは、こう見えても、最高峰の魔術師の一人だからね。感覚を遮断するなんて、造作もない事さ」

「なら、手伝ってくれてもいいだろうに」

「いやぁ、キミならともかく。僕から受ける看病なんて信用出来るかい?」

「あー……人によるんじゃないか」

「賞賛と受け取っておくよ。自他ともに認めるロクデナシの一人だからね」

 

 確かにキャスターを名乗るのに、聖剣で殴りに行く事を良しとしているし。結構発言も自由だし。そこはあまり信用されていないだろう。

 だが彼のサポートが一級品なのは確かだ。俺も何回か世話になった。

 

「そうそう、一つ話が合ってね。そろそろマスターが帰還する。直にこの病も治まるだろう。

 これで晴れて元通り。カルデアもその機能を取り戻す」

「そうか。なら良かった。皆が回復するには」

「うーん、不摂生な生活をしていると長引くと思うよ? 医療班の彼らは明日にでも全快するんじゃないかな」

「……よく見ているんだな、貴方は」

「そりゃそうだとも。僕にとって、人間は一冊の本だ。見た目は同じでも内容は全く違うんだからね。

 心惹かれる物語もあれば、後味の悪い結末だってある」

 

 それを、変えたいと思わないのだろうかと思ってしまう。

 でも口にするのは無粋だ。

 一人が救える人間の数は限られている。いくらマーリンが世界の終わりまで生きていて、時折自由に抜け出せると言っても、それを押し付ける義務は無い。

 救うとはそういう事だ。救ったモノの人生を、背負う事だ。

 彼は人間には興味がない。作品が大好きなだけであって、作者自身に意味を求めていないのだ。

 

「何が言いたいかは分かるさ。だから、全部見ているよ。そして覚えている。

 僕には余る程時間があるからね。数多の路傍の石の最期を覚えておくなんて、容易いものさ」

「……」

「……ごめん、暗い話になったね。ここで一つ、気分でも紛らわすために、少しだけ王の話をするとしよう」

 

 そういって、マーリンが語ったのは一組の少年少女の話だった。

 途中、部屋の背後で何か物音がしたような気がする。

 ……そういえば、ここアルトリア・オルタの部屋の前……。

 

「王は言いました。

かわいい。すぐ大きくして――ぐっはぁっ!」

 

 ドアをぶち破って、黒い聖剣が飛来しマーリンへと直撃する。

 あ、今クリティカルいったなコレ。

 

「退散退散、後は任せるよ……」

 

 ――何の魔術を使ったのか、粒子となって消滅した。

 あれ、これやられた時のあれじゃ……。

 

「マスター」

「アルトリア。寝てないと……」

「忘れなさい、今の話を。今すぐに」

「……はい」

 

 あの時のアルトリアの眼が真剣だったことだけは語っておこう。

 

 

 

 

「ジャンヌー、入るぞ」

「……好きにすれば」

 

 部屋に入ると、やはり彼女もダウンしている。

 炎を操ると言っても、熱には勝てないらしい。

 

「ほら、氷嚢。変えに来た」

「……どうも」

「食事取れてるか」

「……多少は」

「そうか。立香が原因を解決したらしい。明日には収束し始めるから、頑張ろう」

「……そう」

「……」

「……」

 

 まずい、会話が続かない。

 だがこのまま立ち去るのも如何なものか。だが女性の部屋に不必要にいるというのもアレだし。

 

「……マスター」

「どうした」

「最近、夢を見るわ。それもとびっきり最悪な夢」

「……」

「アンタがいなくなる夢。この世界のどこを探しても、アンタがいない。その癖、私がそこに残っている」

「……」

「ねぇ。今度こそ、いなくならないわよね」

「……あぁ、約束する。どんな事になったって、必ずカルデアに戻るよ」

「……そう。なら、良かった」

 

 そういって、彼女はまた眠り始めた。

 どうにも最近良くない方向に考え始めているのかもしれない。

 部屋を出て、小さく息を吐いた。

 

「……待て」

 

 ふと何かが引っかかる。

 ……そもそも俺はどのタイミングでここに召喚された?

 終局の悪に至る者として、あの場所に捕らえられた。けど、ここに確かにサーヴァントとして召喚された。

 

「……」

 

 でも、もし。

 

 まだ、俺が。終局の悪に至る途中(・・・・・・・・・)の存在だとしたら?

 

 カルデアは、またとんでもない爆弾を抱える事になる。

 

「……」

 

 だけど、俺が途中で自害してもそれは変わらない。あの場所にまた戻るか、或いは本来のビーストⅦだった者達に譲渡されるだけだ。

 

 これは俺が選んだことで、俺が決めた事。

 

「……大丈夫」

 

 きっと、何とか。上手く耐えていける筈。

 

 

 

 

「……ふむ、さすがにこれは残酷だね。だがどうしようもない」

 

「器の内、既に四つが満ちている。それも恐らく彼女を取り込んだんだろうね。

 ――それでまだ、自我を保てているなんて、奇跡に近い」

 

 カルデアの片隅で、とある魔術師は静かに呟いた。

 

「――夢見の魔術師か」

「おや、キング君。君も無事だったんだね」

「我が体に病など無用。既にこの身が死に至る病であれば。

 ……やはり、満ちていたか」

「うん、それもね。中で増幅を続けている。本来なら、順に満たされていく器が一気に満たされた。

 恐らく、そう遠くない未来で、彼は目覚めるだろう。魔術師としてそれだけは断言する」

「――醜悪極まる」

「全く、その通りだ。しかも最悪な事に、正規な目覚め方じゃない。グランドとしては振舞えない。骨を折るハメになりそうだね」

「問題ない。我が剣に冠位など不要。暗殺術に微塵の衰えも無し」

「これは頼もしい。それじゃあ、後僅かな平穏を楽しむとしよう」

 

 

 

 

 

「いやぁ、助かったよアラン君。医者なのに倒れるなんて……」

「ロマニは鍛えてないからねー。免疫と耐性は別の話だよ?」

「そういうダヴィンチちゃんも倒れてたくせに」

「あれは徹夜してただけですー」

 

 カルデアの食堂。そこでは特に変わりのない日常がある。

 生きててほしい人がいて、あってほしい未来があって。それで俺には充分すぎるのに。それを近くで感じられる事に、幸福すら覚えてしまう。

 

“……生きてて、欲しかったし”

 

 例えば、その想いが刹那の時でしかなくても。

 例えば、その願いが片時の夢でしかなくても。

 それでも、俺はここに在る。

 いつか、この記憶も。この感情も。オレ自身であった筈の何もかもが、塗りつぶされてしまうのだとしても。

 確かに、ここに生きていた。

 いつか、俺が俺じゃなくなってしまっても。ただの獣に成り果てて、全て零れ落ちてしまっても。

 

「マスター、種火の時間だ。以前は熱で無様を見せてしまったが、問題ない」

「行くわよ、マスターちゃん」

「マスター、参りましょう。このランスロット、先陣として切り込みましょう」

「よし、行こうか」

 

 

 ここで生きた時間を、忘れたくない。

 

 

 




「ふむ、いい出来だ」
「エミヤ殿、申し訳ないが少しお時間よろしいでしょうか?」
「どうかしたかね、ガウェイン卿。……いや、待て。何故円卓の面々がそろっている?」
「いえ、ただ一つ聞きたい事がありまして。マーリン、あの一言を」
「『かわいい、すぐ大きくしてあげないと』」
「――――ッッッ!!!」
「逃げたぞ、追えっーーー!!」
「テメッ、父上に何しやがったなぁぁぁっ!!!」


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外伝7 カルデア

「もしかしたら二部は並行で行けるかも……!」

二部のPVを見る。

「ダメ、みたいですね」


二部のPVで最後のゲーティアのセリフを聞くと、ガチャに挑む勇気が出ました。
ジャンヌ・オルタ宝具5目指します(未所持勢)


 

「おっと……」

 

 廊下を駆け抜けている少女達を見送り、ふと今日が何日だったのかを思い出そうとする。

 靄のかかった不快な記憶を探り、飛び散った欠片を集めなおした。

 

「……あー、そっか。そういえば今日か」

 

 クリスマス――人理修復されてから初めての事だった。

 聞き覚えのある音楽は、今日一日カルデアの館内放送として流されている。

 カルデアを襲った熱病は最早その兆しすら見えず。平穏は静かに、そして穏やかに。その温もりを取り戻しつつあった。

 

「おっ、アラン君」

「ドクター……何です、そのコスプレ」

「やだなぁ、仮装といってくれ」

 

 ドクターがしているのは、多分マギマリのコスプレだろう。

 ゆるふわな雰囲気がさらに強くなっている。遠くでマーリンが笑っているのは気のせいだろう。後で好きにしたまえフォウ君。

 

「それに、日本でもこういうのがあったからねー。自分がやりたい事を誰かと共有できるって素晴らしい事だよ。楽しかったなぁ」

「……ちなみに徹夜組でした?」

「いや、始発」

「あー」

 

 そんな他愛もない話をしながら、食堂に向かっていく。

 確か、エミヤやブーディカさん、タマモキャットと言ったいつもの面々に、更なるメンバーを加えて、パーティをするらしい。

 俺とドクターは遅れてしまったようだ。

 

「体調は大丈夫かい、アラン君。最近優れてないって聞くけど」

「……え?」

「いや、マーリンの奴とかホームズとかダヴィンチちゃんは気づいているよ。勿論僕もね。

 隠しているつもりかもしれないけど、意外と人間って誰かの事をしっかり見てるんだ」

「……すみません、また隠し事を」

「構わないよ、言わぬが花って言うだろう。言霊とも言うし。

 しっかり栄養つけて早く寝るんだよ。シュメル熱の時に、皆を看病してくれてたから疲れが来たのかもね。

 アラン君の体は人とサーヴァントが混ざり合った特殊な状態だから、まだまだ分からない事も多い。不調があればすぐに言うように」

「分かりました。今は大丈夫です。さ、食堂に行きましょう」

 

 でも、ごめんなさいドクター。

 これだけは、最後まで。どうか墓場まで持っていきたいから。

 

 

 

「そっか。我慢強いんだね、キミは」

 

 そんな声は、届かなかった。

 

 

 

 

 食堂はサーヴァント達で犇めき合っている。酒に、肉や魚の焼ける香り。喧しいけれど、決して耳障りではない歓声。

 既にカルデア職員達には出来上がっている者もいた。

 

「……おっぱじめてるなぁ」

「おや、アラン君。遅れてのご登場だね」

 

 いつもより顔色の良いダヴィンチちゃんの姿。

 そういえば、仕事も落ち着いたから休めると言っていたような気がする。

 

「三人は?」

「あぁ、もう出来上がってるよ。黒い王様はほら、あそこで黙々と食べてるし。ジャンヌ・オルタちゃんはいつもの二人と言い争い。ランスロット卿は円卓の皆と談笑してる。

 ――ようやく、カタも着いたからね。後は査察を超えれば、立香君も日常に戻れるだろう」

「……そう、ですか。良かった」

「アラン君はどうするんだい? 受肉すれば、人の体には戻れるだろうけど……」

「それは、まぁ。後で考えますよ。今はただ、少しでも。この時間を楽しみたいですから」

「――それもそうか。すまないね、野暮なことを聞いてしまった。よし、じゃあ気分転換に一つ。

 アラン君、運転は出来るようになったかい?」

 

 その言葉――確か、ずっと前にダヴィンチちゃんから尋ねられたんだったか。

 皆で旅に出ようと。

 

「まぁ、夏のレースでバイクなら何とか」

「充分だとも。ホームズも運転は出来るから、ドライバーは足りているね」

「……あの、前に言っていた旅の話ですか?」

「――んー、まぁそういう事になるかな。けどね、それはとびっきりの冒険になるだろう。

 我々は管制室で見守っていたから、キミ達と一緒に歩く事は出来なかったけど。今度は違う。

 この足で、あらゆる世界を渡り歩く、前人未到の冒険さ」

「……はぁ、でも確かこの地球上でそんな未開の地ってありましたっけ。南米の渓谷に生命が立ち入る事の出来ない空間があるとかは聞いたことありますけど」

「……どこにいくかと言うのはお楽しみだよ。けど、約束をしよう。

 それは希望に満ちた、人間の旅路であるとね」

 

 相変わらず、彼女の言う事。その真意を多くは読めない。

 でも、それはきっと、楽しいに違いない。

 皆で世界を巡る旅。それはなんて――

 

「おっと、済まない。三人がキミに気づいたようだ。

 ほら、行ってあげなさい。この世界に生きた、カルデアのマスターとして」

「――はい!」

 

 

 

「キミは、元々そちら側の人間だからね。人であれ、サーヴァントであれ、故郷を懐かしまない者はいない。

――だからね、今まで精一杯頑張ってくれたキミに応えよう。世界を超えた里帰りをね」

 

 

 

 

「遅かったな」

「遅過ぎよ」

「お待ちしておりました、マスター」

 

 あぁ、変わらない光景だ。

 この三人と歩んできた光景は、間違いなく俺の宝だ。

 最早朧気にしか過去を思い出せない今でも、それだけははっきりと思い出せる。

 

「ごめん、ちょっと考え事してて……。

 まずはお疲れ様。俺の召喚に応えてくれてありがとう」

 

 その言葉に、アルトリア・オルタは頷いて。ジャンヌ・オルタはそっぽを向きながらも満足げに鼻を鳴らして。ランスロットはただ黙って聞いてくれていて。

 この手にもう令呪は無い。今の俺はマスターではなく、サーヴァントの枠に押し込まれた存在。

 けどそれでも三人は、マスターと呼んでくれた。

 

「皆は、この後どうするんだ?」

「フッ、まだ貴様は一人前のマスターとは呼べないからな。まだまだ付き合って貰う」

「そっちから呼んどいて、後はサヨナラって随分な話じゃない? ちゃんと、責任はとってもらわないとね」

「お供いたしますとも。貴方の剣であり、そして一人の友として」

 

 その笑顔を見て、胸を撫で下ろす。

 本当に守れてよかった。このカルデアを、この世界を。

 

「……そういえば、アラン。貴様、踊る事は出来るか」

「え?」

「あっ、ちょっとアンタ……!」

「何、私のマスターともあろう者が、踊りの一つもこなせないようではな。

 主に作法を叩きこむのも、従者の務めと言うヤツだ」

「おや、では私はトリスタン卿に一曲披露していただくよう手配して参りましょう」

「フッ、当然だ。ヤツはともかく、奏でる曲にはそれ以上の価値がある」

「――おや、ではバイオリンの一つもあった方がよさそうだね」

 

 聞き覚えのある声。

 振り返ると、ホームズが立っている。その手には見るからに高級品のバイオリン。

 そうか、そういえば腕前は一流ってワトソンも書いてたっけ。

 

「キミ達、演奏なら指揮者が必要だろう?」

「アマデウスも……」

 

 指揮にアマデウス、演奏者にトリスタンとホームズか。

 豪華だなぁ。カルデア以外じゃ絶対聞けないだろうなぁ。

 

「おっ、いいねぇ。エウリュアレー! せっかくだから歌っていきな!

 聞いてる野郎どもが凛々になるようなさ!」

「あら、私の声は高くてよ。それに見合うモノはあって?」

「ははは、イジワルだねぇ女神様は。そんなモン、とっくにアタシ達は貰ってるだろ?」

「――それもそうね、じゃあ妥協してあげましょう」

 

 アレ、何かどんどん派手になってない?

 ゲオル先生もカメラ持ち始めたし。周囲もこっちを見始めてきたし。

 そんな事を考え始めた俺の眼前に、少女たちが何かを持って駆け寄ってくる。

 腰をかがめると、頭に何かを載せられる。これは……。

 

「踊るのね、踊るのね。それなら花飾りの出番だわ!」

「アラン、王子様みたい!」

 

 それ幸薄系男子って事ですかね。

 こう見えても、結構運は良い方だと自負してるつもりなんですが……。

 

「そら、舞台がある。行くぞ、マスター」

「――」

 

 花飾りを頭に載せたアルトリアの姿に思わず息をのむ。

 その姿は本当に、年相応の少女そのものだったから。

 

「マスター?」

「あ、あぁ。今行く」

 

 

 

 

 

「……つ、疲れた」

「お疲れ様、アラン」

「上手でしたよ、アランさん」

「二人とも……」

 

 あの後、ジャンヌ・オルタとも踊る事になり、あの観衆の中で俺は二度踊る事になったのだ。

 そのプレッシャーは生半可なモノではない。

 

「芸術家である私が見ても及第点だったと言っておこう。お見事だったよ」

 

 立香とマシュ、ドクターにダヴィンチちゃんが集まっているテーブルに座る。

 もうこの宴が始まってからそれなりの時間が経っているが、食堂は未だに熱気に包まれていた。

 

「立香とマシュはこの後、どうするんだ?」

「査察が終わったら、とりあえず実家に帰るかな。ここ一年、顔も見れてなかったから」

「私は査察中にデミ・サーヴァントの霊基の切り離し。その後は自由の身、といったところでしょうか。先輩のご実家にお邪魔させて頂く予定です」

 

 ほう。

 だがあえて突っ込まず。その後を待つ。

 

「僕は、カルデアに残るかな。こう見えても、カルデアの最高責任者の立場だからね。カルデアの役目をきっちり片付けないといけないし」

「右に同じ。私はサーヴァントだからね。けど、まぁ用が済んだら、別の肉体に乗り移って世界でも回るかなー。まだまだやりたい事だってあるからね」

 

 人理焼却がカルデアに残した傷跡は大きい。でも、それはようやく元の形に戻り始めている。

 

「後はアラン君の受肉作業だね。それが終われば、晴れてキミは自由だ。好きなように生きていいんだよ」

「好きなように、ですか」

 

 過去も未来も何もない俺だけど。

 このカルデアで刻んだ記憶は、忘れがたい大切なモノだから。

 

 

「俺は、この先もずっと皆で、歩いていきたいです」

 

 

 その言葉に、皆は頷いて。そうして笑いあった。

 

 

 この光景がいつか、美しいモノになりますように。

 

 

 






「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 視界に靄がかかる。暗闇の中を歩いているよう。足取りがおぼつかない。
 まだ、誰にも見られていない。クリスマスの後だからか、サーヴァントまでもが寝静まっているのは幸いだった。
 己を中から食い荒らしてくる衝動を抑えつけながら、シバの下まで。
 直接、触れて魔力を送る。座標指定。かつて俺が囚われていた場所へ。そこでもう一度封印する。
 無断のレイシフト――それが許される事では無いのは分かっている。
 でも、もう。限界が近い事は悟っていた。

「――っぁ……!」

 奇妙な浮遊感、移り変わった視界、見覚えのある闇の底。
 やはり俺は呼ばれるべきでは無かった。ここで眠り続けて、そうして最期に倒されるべきだった。
 地面を這いながら、目的の場所へ。目指すは最奥。
 頼む、持ってくれ。

「あぁぁぁぁっ……!」

 消えていく。
 俺の記憶から、人が、風景が、日常が。
 何もかもが喰いつくされていく。


「ぁぁぁぁ■ぁぁっ■っっ■っっっ■■■■――!!!!!」


 空間が支配されていく。
 倒された獣の残骸を以て、今ここに終局の悪が生まれる。


         人類悪、覚醒。



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外伝 終節 未来

まさかのダヴィンチちゃんとジャンヌ・オルタの二枚抜きだと……?
宝具5はあきらめました。宝具1でも、キミがいてくれればそれでいい。


歯車出ないのおおおお!!! 何で、素材にないのおおお!?


ちなみに次回、投稿日は未定です。申し訳ない。


 

 

 

 12月26日、人理継続保証機関カルデア――。

 

「アラン君が無断でレイシフトを?」

「……参ったね、査察も近いのに。仕方がない。先方にはもう少し待っていてもらおう。幸い吹雪はまだ続くようだ。彼を呼び戻してほしい。どこかで迷子……なんて彼らしくも無いけれど」

 

 アランがどこにもいない。

 レイシフトのデータを参照した所、この地上のどこでもない――いわゆる時間神殿の亜種ともいえるようなところにレイシフトを行っていた。

 同伴していたサーヴァントは不在。

 

「――行くのかい」

「おや、ホームズ。朝の内服はいいのかい?」

「あぁ、そんな気分ではないからね。……彼の下に行くつもりなら護衛はあった方がいい。転ばぬ先の杖とやらだ。道中、何があるかも定かではないからね。それと」

「?」

 

 ホームズは加えていたパイプを放して、立香を見つめた。

 それはまるで、祈っているようにも見える。

 

「いや、言葉にしてはならないか。何でもないよ。失礼した」

「……?」

「どうして天才って最後まではっきり言わないかなぁ」

「いや、キミもだからねレオナルド」

 

 

 

 

「ったく、何でアイツこんな趣味の悪い所にいるのよ……」

「喧しい、さっさと連れ戻すぞ」

 

 護衛のアルトリア・オルタとジャンヌ・オルタを連れて、立香はアランがレイシフトしたと思われる場所にいた。

 その風景は時間神殿と瓜二つだ。あの戦いは、あまり思い出したくはない。目の前で、親友が消えたのだから。光の雫となって消えたあの光景は、もう二度と。

 

「……いた!」

 

 視線の先にアランが立っている。背中を向けているせいか、表情こそ見えないが、その顔は宙を見つめている。

 駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。

 何かが、違う。鍛えられてきた直感がそう告げている。

 

「……げろ」

 

 彼の声は弱々しく、衰弱しきっていた。

 

「逃げろ……っ! ここから! 俺が、俺じゃなくなる、前にっ!」

 

 

 黒い泥が彼を飲み込んで、周囲を浸食していく。

 ――その周囲から魔神柱を彷彿させるような存在が次から次へと姿を現す。

 

「なっ……!?」

『なんだ、何があった!? 急に魔力が増大したぞ……!? 今そこに特異点が形成された!』

 

 泥がはじけ飛ぶ。

 そこにいたのは、かつてバビロニアで死闘を繰り広げたティアマト神。――ビーストⅡを彷彿させる巨大な獣と、その周囲を浮遊する無数のラフム。その数凡そ、七千。それらが宙に解き放たれていく。

 

『やはりか……!』

「分かっているのなら、さっさと言えホームズっ……!」

『彼のサーヴァントであるキミには悪いが、説明をしている時間は無い。――ともかく今すぐ帰還するんだ。幸い、レイラインは寸断されていない。今ならまだこちらにレイシフトで戻る事が出来る』

「でも、アランが……!」

『それは彼ではない。――目の前にいるのはビーストⅦ。本来この世界の誰かがなるべきであった名前で在り、この世界から倒されるべき敵だ』

 

 シャーロック・ホームズはそう言い切った。

 何の揺らぎも無い声音で、ただ淡々と、真実を口にした。

 

『だからもう一度言おう。それは、彼ではない。

 キミ達と出会い、笑い、そして共に生きた彼ではない。その身体を利用した、最低最悪の現象に過ぎない』

「……っ!」

「――私が囮になる。この男の事は貴様に預けた」

「は!? いきなり何言ってんのアンタ!?」

「あの数を見ろ! 誰かが囮にならなければ、人類はここで終わるぞ!」

 

 ビーストⅦとその周囲を飛び囲むラフム。

 それらが立香を見つけるのに、そう時間はかからないだろう。

 加えて、補足されればレイシフトが困難になる事だってあり得る。

 どちらかを選ばなくては。あの時の、新宿と同じように。

 彼の仲間のどちらかを、切り捨てなくては――。

 どうする、どうすればいい。サーヴァントを呼ぶ? それこそ否。無用な犠牲者を出してしまう。

 

「殿はお任せを。お逃げください、汎人類史のマスター」

 

 凛とした声。

 見れば魔術協会のローブに身を包んだ誰かが立っている。

 

「貴方は……!?」

「消滅した世界の忘れ子、とでも申しておきましょう。私の事は気になさらず。早く撤退を」

 

 聞き覚えのある声。けれど、決定的な何かが違う。

 ――だが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「引くぞ、立香!」

 

 刀を手に、その人物はただ振り返る事無く、ビーストⅦと対峙する。

 それ以上を言葉にする事も無く、ただ立香は踵を返して走り出した。

 

 

 

 

 ビーストⅦ。未だに拡大と変容を続ける獣を前に、彼女は静かに息を吐く。

 

「……お許しを、マスター(・・・・)

 私は結局、貴方からの主命を全う出来ませんでした」

 

 あの後、彼女はカルデアを離れ彼を救う術を探し続けた。

 世界中を彷徨い、この世のどこにもその手掛かりがない事を知り――また別の世界を彷徨う事を選んだ。

 

「どの世界でも、貴方は変わらなかった。優しく、そして穏やかで、震えながらも立ち上がる。

 この身、一時は狂い果てた事もありましたが。それでも貴方は変わらずに私を受け入れてくださった」

 

 あの顔が、その手が、瞼の裏にこびりついて離れない。

 たった一人を――救えなかった。その無念が執着へ成り果てるのに、そう時間はかからなかった。

 

「……最後に飛んだこの世界では貴方は救われていたとばかり思っていましたが……。やはり、どうしても。運命は変えられないのですね」

 

 その手に炎が灯る。

 灼熱の光が、暗闇の中で僅かに光る。

 

「お供いたします、マスター。この旅路の果てまで。ただ、どこまでも。

 それが、私の役目であり――貴方から賜った日々に報いる、ただ一つの返礼なれば」

 

 鈴の音と共に、業火が炸裂する。

 神殺しの槍を以て、一人の大英雄がここに降り立つ。

 

「――手を貸そう、日ノ本の武士よ。アレだけの数、さすがに単身では厳しいと見える」

「……どこのお方か存じ上げませんが、感謝を」

「感謝は不要だ。事情は既に把握している。ソレがオレの務めだ。

 ――アレが、誰の成り果てた姿かなど語るに及ばず。ならばこの力を振るう事に迷いはない」

 

 空に太陽が顕現する。灼熱の焔を以て、新しいヒトのカタチを否定する。

 

「露払いを、お願いできますか」

「無論。我が槍に不足なし」

 

 世界を喰らう獣と何もかもを焼き尽くす劫火――それが今、激突する。

 

 

 

 

 カルデア、管制室。

 そのモニターがビーストⅦを捉えている。

 

「状況を説明するよ。……彼は現時刻を以てして、ビーストⅦへ変貌した。

 時間神殿の時とは違う、不完全なカタチじゃない。本当の、ビーストだ。

 ……詳細を頼めるかい、ミスターホームズ」

 

 カルデアの空気は重苦しい。

 

「ビーストⅦ――本来なら、全てのビーストが倒されて初めて完成する終局の悪を示す。

 聖杯戦争のシステムと同じだ。魂が一つ捧げられる度に、器が満たされていく。――本来なら防衛機構が働くはずだが、まだ倒されたビーストの数は三体。つまり、何らかの原因で不完全な覚醒を果たしたと考えられる」

「……それで。彼はこのままだとどうなるのかな」

「この世界に直接の影響は無いだろう。カルデアが攻撃を受けているという証拠も、世界各地で何か事件が起きたという報告も無い。無尽のラフムを、放出しているにも関わらずだ。

 つまり、アレは別の世界そのものに、攻撃を加えようとしている」

「別の、世界? 何で……」

「この世界にとって彼こそが悪であり、彼の世界にとってキミ達こそが悪であるからだ。これ以上話すと長くなるから割愛させてもらおう。

 全ての世界を喰らった獣が最後、どうなるかは分からない。ただ私として言える事は……止めるなら今しかないという事だ。

 ビーストⅦはまだ蛹の段階に過ぎない。羽化でもさせてしまおうものなら、我々に止める手段は無くなる」

 

 それはつまり――ビーストⅦをここで撃破しなくてはならないという事。

 だが、それは。それが意味するのは。

 

「カルデアは――」

「カルデアはもう一度、彼と言う存在を殺さなくてはならない。

 それがビーストⅠを撃破したボク達の運命であり、人理修復のための最後の戦いとなる」

 

 ロマニ・アーキマンは押し殺した声で、食いしばるように、もう一度藤丸立香に告げた。

 

「立香君、これは無理に行く必要はない。人理修復とは違う。

 共に歩んだ仲間を討つ――それをキミに背負わせようなんて思わない。けど、もし。

 もし、行くのであれば。これだけはずっと、覚えていて欲しい。

 キミだけがその責任を背負うんじゃない。アラン君を、彼を救えなかったのはボク達カルデアの力不足が原因だ。

 だから、選んでいいんだよ。今度は強制はしない」

 

 立香は職員を見た。

 誰もが顔をゆがめている。泣き出している者もいる。かつて救えなかった者を、もう一度この手で殺す。

 それをたった一人の少年に背負わせようとする事が、何を意味するのかを。彼らは理解している。

 

 

「――行かせてください」

 

 

 かつて七つの特異点の旅路を告げられた時と、同じように。

 藤丸立香は決意した。

 

「サーヴァントだろうがビーストだろうが、それでもアランは俺の、大事な友達なんです。

 苦しんでいるのなら、それをただ見ているだけなんて出来ない」

「……」

「行きます、ドクター、皆。

 最後のレイシフトを、お願いします。またこれからの時間を、皆で一緒に生きるために」

 

 

 

 

 そこはかつて英霊達が激闘を繰り広げた末世の果てだった。

 あの時の何もかもが、再現されている。

 

「これ、は……」

『……あぁ、時間神殿の空間を再現している。これは……』

『ビーストⅠであるゲーティアのモノだろう。ビーストⅦは倒された獣の魂を取り込んでいる。なら、時間神殿を再現できたとしても、何一つ不思議ではない』

 

 中央最深部――そこに佇む巨大な獣。かつてのティアマト神が冥界に降臨した姿を模倣したモノがそこにいる。

 それは、彼らを視界に収めると大きく咆哮し、同時に無数のラフムが放出されていく。それらは更なる宙へ飛翔する者もいれば、ただ真っ直ぐに立香達を狙う者もいる。

 

「皆、ラフムを殲滅しつつビーストⅦを叩くぞ!」

 

 第七特異点でおおよその戦い方は掴んでいる。

 ラフムを殲滅しつつ、本体を叩く。それは変わらない。

 英霊達の宝具が炸裂する――捧げられた信仰がカタチを成す奇跡。

 

『……何?』

 

 だが、それらを受けて、ラフムの数は一切減っていない。――否、それどころか全くの無傷だ。

 

『――そのラフムはバビロニアとは違う!

 そいつら一体一体が、ビーストに匹敵する霊基を持っている! グランドでもない限り、攻撃が通用しない!』

「なっ……!」

 

 思考が止まる。

 グランドの力を振るえるサーヴァントは二人。山の翁とマーリンのみ。

 こちらのサーヴァントと比較しても、敵の方が数も質も反則に近い。

 

“どうする……!”

 

『まずはビーストを剝がすしかない。アレに付属しているのはビーストⅢ/R、ビーストⅡ、ビーストⅠの三体だ。それらの能力全てを兼ね備えている。

 アランの意識は、ビーストⅢに堕とされ、ビーストⅡに溶け込み、ビーストⅠに組み込まれている。このままでは呼びかけても、意味がない』

「……どうやって!」

 

 

「――えぇ、一つだけ分かったことがあります。私が何故彼と出会ったのか。

 それはきっと、この時のためでありましょう」

 

 

 魔性の声がする。立香達の眼前に殺生院キアラがいる。

 

『キアラ君……?』

「あのラフムとやら一匹一匹にもビーストⅢ/Rの能力が付与されているご様子。それは恐らくビーストⅦからもたらされたモノ。

 ――呪いを祓うは、私の手で」

 

 彼女の霊基が黒く染められていく。その羽織が金色へと色を変えた。

 

「アラン様、貴方は私にユメを与えてくださった。一人の少女のユメを見させてくれた。

 そうでありながら、私は貴方に何一つ報いる事が出来なかった」

 

 人になれなかった者に、人の幸福を与えてくれた者。

 その関係はまるで、ある童話のようで――。

 であるのなら、彼女が消え去るのも、運命だったのかもしれない。

 

『待ちなさい。まさか……!』

「サーヴァントであるこの身では泡沫となって消え去りましょうが。

 所詮、苦も楽も同じこと」

『霊基反応大幅に増幅!? キアラ君、何を……!』

「そう難しい事ではありませんわ。

 あの人の中にある、ビーストⅢ/R。その全てを、打ち消すだけです。

 参ります――!」

 

 

 蓮の花が天に咲く。

 月の聖杯戦争――そのシステムの中枢が、仮初の空間となって顕現する。

 

「済度の時です。生きとし生ける者、全ての苦痛を招きましょう」

 

 女はその日々を思い出す。

 深海の底で出会った、ほんの一時。冷たい心に血を通わせた、一人の少年を思い出す。

 

「衆生、無辺、誓願度。歓喜、離垢、明地、焔、難勝、現前、遠行、不動、善想、法雲」

 

 ただ楽しかった。少女のユメを見る事が何よりも。

 ただ怖かった。このユメがいつか醒めてしまう事が。

 ――でも、きっと。

 ユメは醒めるからこそ、こんなにも名残惜しいのだ。

 

「十万億土の彼方を焦がし、共に浄土に参りましょうや――」

 

 彼女の体から溢れる光。かつてのビーストⅢ/Rが備えていた罰の全てを、解いていく。

 

 

“あぁ、醒めていく”

 

 

 脳裏を駆け巡る、眩しいばかりの日々が泡沫に消えていく。

 でも、悔いは無い。

 

“あのヒトのために、この命が使えるのなら、それはただ、幸福な末路でしょう”

 

 蓮の花びらが、落ちていく。

 残っていた全てが、解け落ちると共に。世界は現実へと立ち戻る。

 

 

「善哉、善哉……」

 

 

 その体は、ただ小さな泡となって。静かに消滅した。

 

 

 

 

「キアラさん……っ」

『ラフムとビーストⅦのステータスダウンを確認した! 前を向くんだ!

 それが彼女の遺したモノに報いるたった一つの答えなんだから!』

 

「■■■――――!!!」

 

 一部のサーヴァント達が放つ宝具でラフム達が消し飛んでいく。

 ビーストⅢ/Rの能力であるKPの全てが、解除されたのだ。

 

「これなら、まだ……!」

 

 ふと、視界をノイズが駆けていく。

 見えたのはカルデアの姿。そこを行く立香、マシュ、ロマン、ダヴィンチちゃん。――そこにいないのは。

 なら、この光景を想っているのは――。

 

“俺は死人だから、あの中に入れない。入っちゃ、行けないんだ……”

 

「っ……!」

『精神干渉か……! 立香君、惑わされちゃいけない!

 それは彼の記憶を利用した、ビーストの仕業に他ならない!』

 

 

 世界が変わる。景色が変わる。

 彼の抱え続けてきた過去が、現実として映し出されていく。

 

 

 

『やだ、やだやだやだ! 誰か助けてよ! まだ、まだ誰にも認めて貰ってないのにっ!』

 

 あの時、目の前で一人の少女が死んだ。

 誰かに認めて貰うために、ずっと重荷を背負わされ続けてきた最期は、余りにも残酷だった。

 

“死にたくない”

 

 まるで、自分の未来を見せつけられているようで。

 自分の無力さを呪いながら、それでも僅かな未来を拾い上げたくて。

 

“死にたくない、死にたくない、死にたくない”

 

 カルデアの職員の七割が死んだ。

 それでも戦い続ける意思を、彼らは示した。

 

『それが、自分に出来る事なら』

 

 分からない。

 その声は弱くて、手足も震えている。だというのに、視線だけは真っ直ぐ未来を見つめている。

 

“何で……”

 

 どうして、そんな事を言える。どうして諦めない。

 目の前で、誰かの死を見せつけられて。これから先、過酷な七つの旅が待ち受けているというのに。

 その両肩に、僅かな生存者と人類の未来を背負わされているのに。

 

“……俺、は”

 

 自分が余りにも小さく見えて。

 死にたくないという思いだけで、生きている自分が薄汚れているようにしか見えない。

 

『アラン』

 

 カルデアの人々、召喚したサーヴァント達。

 この先があるかどうかすらも分からない状況で、懸命に生き続けている。

 明日には死ぬかもしれない日々の中で、強く笑っている。

 

“……”

 

 その日常が、遠い。

 それもその筈だ。だって、自分は己のためだけに彼らを裏切ろうと決めたのだから。

 そんな自分が、幸せになっていい筈がない。

 だから、これは報いなんだろう。この恐怖も、この夢も、この現実も、何もかも。

 

“まぁ、でも”

 

 

 皆が生きているのなら、それでいい。

 

 

 

『……先輩っ!』

「っ!!」

 

 その声が、現実に引き戻す。

 眼前にはビーストⅦと交戦するサーヴァント達。だが、攻撃が効いた様子が見られない。

 

『……マズいな、精神面が不安定になりつつある。今のがもう一度来たら、一気に崩れるぞ』

『立香君、しっかり! キミ達の旅は、確かに苦しいモノだった! けれど、それ以上に美しいモノを見てきた筈だ!』

「……」

『あぁ、くそっ。まだ……!』

『! キャスター、マスターに防御を! もう一波が来る!』

 

 再度、視界にノイズが走る。

 

 

 

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 でも、それは違った。この体が恐れていたのは何も残せない事だったから。

 光を見た。理想を見た。そのように生きてみたいと、願った。

 確かに報われない人生だったかもしれないけれど、最期は自分らしくいられたのなら。

 

『……俺は死人だから。生きてる人に道を譲るくらいはするさ。今までだって、そうしてきた』

 

 ピシリと、罅が入る。

 彼はあの時、生きててほしかったと言った。このカルデアが消えるのを見たくないと。

 

 

 ――ならば、彼をこの運命に追いやったのは一体誰だ?

 

 

 紛れも無い。カルデアと藤丸立香に他ならない。

 憎い、憎い憎い憎い。

 この運命が、この人生が。数々の出会いの全てが、何もかも……っ!

 

「違う……!」

 

 

 俺は生きたかった。死にたくなんかなかった。でも、アイツには帰る場所があるから。

 とっくに死んでいた俺には、もう帰る場所なんて無かったんだよ。

 

 

「違う……っ!」

 

 

 なぁ、リツカ。お前が死んでくれてたらさ、俺は生きていられたのに。

 

 

「――あ」

 

 

 許さない、赦さない、(ゆる)さない。

 俺を死に追いやった、お前を、カルデアを決して――

 

 

 

「――欲を出したね、ビーストⅦ。少し静かにしていてくれ。

 彼が、そんな事を言うワケないだろ。彼は誰かを恨むくらいなら、自分を憎む性格だ」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げた。

 見覚えのある白衣、後ろで一纏めにしたオレンジ色の髪。

 

「……ドクター?」

「ここからはボクの仕事だ。よく頑張ったね、立香君」

 

 

 ドクター・ロマンが、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





「……そっか」

 ビーストⅦの見せた光景は、カルデアの管制室にも届いていた。
 それらすべてを見届けて、彼は小さく息を吐く。

「? どうしたんだい、ロマニ」
「ちょっと、用事を思い出してね。忘れ物があったんだ」


 そういって、彼は管制室を出ていった。


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外伝 終節 未来Ⅱ

会話文多め。自分の語彙力の無さがただただ恨めしいばかり。


 

『やぁ、お帰り。まだ心の整理はついていないかもしれないけど、今は休んでくれ。

 話はそれからでも充分間に合う』

 

 その出会いを覚えている。

 特異点Fを修復した後、初めてその人を見た。

 子供のような明るい笑顔に、優しい空気でどこか憎めない雰囲気を漂わせている。

 死に怯えていた頃の俺に、よく声を掛けてくれていて。その言葉と黄金の日々があったからこそ、俺はここまで戦えた。

 そして、未来を視たのだ。

 

 

『それじゃあ、改めて名乗らせてもらおうか』

 

 

 彼が消える未来を。

 それが嫌で、受け入れたくなくて。

 貴方に少しでも、生きててほしかったから。

 俺は、ここまで走ってこれたのだ。その未来を、否定するために。

 

 

『完膚なきまでに完全な勝利を』

 

 

 でも、俺は。貴方達が傍にいない世界なんて、見たくなかったんだ。

 例えそれが運命だとしても、生きててほしかったから。

 どうせ勝つのなら、皆で。一緒に。

 

 

 

 

 サーヴァントとラフムが争う中、立香の前に彼が立っている。

 いつものように、変わらない穏やかな笑みを浮かべて。

 

「ドクター……何で」

「……正直言うよ。僕はずっと迷っていた。彼の代わりに僕が生きている事にずっと疑問を覚えていた。

 例えサーヴァントになっても。帰ってきてくれて嬉しかったんだよ」

 

 懐かしむような表情で、ビーストⅦを見上げる。

 吠えていた筈の獣は、ただじっとロマニ・アーキマンを見つめていた。

 

「彼との思い出を。彼が僕に繋いでくれた未来を、笑って生きようって。

 ただ、楽しかった。カルデアで彼と過ごした新しい日々は。

 だからね、決めたんだよ」

 

 手袋が外される。

 そこに指輪が一つ、嵌められていた。

 

「この先、例えどんな事があったとしても。立香君を、そしてアラン君も。カルデアの皆を守るって。

 それが、年長者の責任ってヤツだからね。

 さてと、それじゃあ名乗らせて貰おうかな、ビーストⅦ。お前と対峙するのに、この格好じゃ示しが付かない」

 

 その姿が、淡く光り出す。

 見慣れていた白衣は、かつてのロンドン、そして時間神殿で見たモノと酷似していた。

 けれど、一つ違うのはその表情だった。

 

「我が名は、ソロモン。

 ビーストⅠを生み出した元凶でもあり、訣別を告げるモノだ」

 

 

 

 

 

「――そうか、覚悟を決めたねソロモン」

「あぁ、極点に戻ってきたとも。空から見ているだけじゃ、地上の愉しみなんて分からないし」

 

 ソロモン王の隣にマーリンが立つ。

 いつものように涼し気な表情で。目を細めながら。ただ微笑んで。

 

「――その心、見事」

「あぁ、自分の仕事はして見せるさ。ハサン。元々これは、私が招いてしまった事だから」

「露払いは承ろう。あの程度の残滓、この剣の前では塵にすぎぬ」

 

 ビーストⅦが吠える。

 けどそれは、以前の咆哮ではなくて。

 ――まるで、悲鳴のようだった。

 

「――ビーストⅦ。その中に残るのは、ビーストⅠとビーストⅡのみ。

 なら、私のやるべき事は分かっている」

 

 ソロモン王の周囲に魔力が溢れていく。

 それはかつての王の奇跡を再現する宝具。

 

「誕生の時、きたれり。其は全てを修める者」

 

 

『……さよならは言わないよロマニ。私から言えるのはそれだけだ』

「それで充分だよ、レオナルド」

『――』

「おや、何も言わないのかいホームズ。何か期待していたんだけどな」

『――やはり友人が増えるのはよくないな。仕事柄、こういう事には慣れているんだが』

『ドクター……』

「マシュ、済まないね。でも、今のマシュなら大丈夫。

 本の世界じゃない、キミは実際に世界を見た。人々に触れた。なら、もう僕の教える事なんて無い。

 もうキミは、立派な一人の女の子だ」

 

 

「戴冠の時、きたれり。其は全てを始める者」

 

 

「……ドクター」

「立香君、前を向くんだ。だって君は世界を救った、最高のマスターなんだから」

「そんな……。だって、俺は。皆に、カルデアの人達に支えられてただけで……」

「それでいいんだよ。人は誰かの荷物を背負って生きる事は出来ない。

 でもね、崩れそうになる体を少しくらいは支えて、一緒に歩く事くらいは出来る。それをキミ達は証明した。

 だから、信じているよ。この先の未来も、ずっと。人類は続いていくと」

 

 

「そして――」

 

 

『やぁ、お帰りアラン君。レイシフト、お疲れ様』

『……あ』

『うん、どうかした?』

『いや、その……。帰ってこれたんだなって、思ってですね』

 

 

「訣別の時、きたれり。其は全てを手放す者」

 

 

『ちょっとドクター、夢見過ぎじゃないですかね。いい年して割と子供っぽいというか……』

『うーん……でも、浪漫を見るのは人の特権だろう。せっかくの人生だし、自由に楽しんでもいいと思うよ僕は。

 それにね、何て言うか響きもいいし。ロマンって』

 

『ほら、アラン君も』

『ドクターは?』

『セルフタイマーがなくてね。誰か一人、あの輪から離れなきゃいけないんだ』

 

『ほら、アラン君。写真を取りに行こう』

『……あ、いや。俺は』

『何だ、またシャッター係かい? それなら引き受けてくれるサーヴァントがいるんだし。好意に甘えとこようよ。彼からカメラを奪おうとしても、僕の時のようにはいかないからね』

『そーそー。それにキミは優勝したんだ。なら当然写る権利がある。だってキミはカルデア(こっち)じゃないか』

 

『僕らは意味の為に生きるんじゃない。生きた事に意味を見出すために生きているんだ』

『意味を、見出すために』

『そう。だからアラン君。君は生きたいように生きていいんだよ。

 人はね、思ったより自由だから』

 

 

「アラン君。キミと過ごした時間は、ただ楽しくて、美しい記憶だった。僕の数少ない宝物だ。キミと出会えて、一緒に生きる事が出来て、幸せだった。

 ――僕の未来を繋ぎとめてくれて、ありがとう」

「■■■――――!!!!!」

 

 獣が悲鳴を上げた。その言葉の先を、塗りつぶすように。否定するように。

 ただ、聞きたくないと。

 

 

「――――アルス・ノヴァ」

 

 

 ただ光が、弾けていく。

 黄金の輝きが薄れていく。ただただ消えていく。

 光が収まった後、そこにはロマニ・アーキマンの姿があった。――もうその体は透けていて、輪郭がよく見えない。

 

「これで、ビーストⅠの力は消滅した。後はビーストⅡだけだ。

 幸い、ここにはハサンもいる。後はキミ達の未来を取り戻すだけだ。最早、ビーストⅡしか残っていない。

 その獣は、撃破可能な障害に過ぎない」

「……っ!」

「さぁ、行っておいで立香君。この戦いを以てして、人理修復の旅は終わりを迎える。

 その旅路をずっと、見守っているよ」

「……あり、がとうございました! ドクター!」

 

 

 その言葉に、彼は微笑んで。

 

 

 そうして――光の残滓となって、消滅した。

 

 

『ロマニ・アーキマンの消滅、確認、しました……』

 

「■■■■■―――!」

 

 ビーストⅦが吠える。一層けたたましく、悲壮な声音を上げて。

 ただ天に吠えていく。

 その翼から、無数のラフムが放出されていく。

 

『っ! その数、一万っ! 宝具を!』

『ダメだ、サーヴァントとの距離が離れすぎている! 間に合わない!』

 

 無数のラフムと目線が合う。

 それはかつてバビロニアで感じた殺意。

 けど、臆することなく、ただ拳を握りしめて。睨み返した。

 

 

「――例え絶望にあろうとも、目を背けず空を睨む。

 それでこそ、カルデアのマスターだ」

 

 

 ラフム達が燃えて、凍って、刻まれて、潰されて――ありとあらゆる手段で消えていく。

 まるで、この世界に存在する全てをここに体現したかのように。

 瞬く間に、殲滅されていく。一万の軍勢が、僅か数秒で消失した。

 

『何だ、一体、何が……!』

 

 立香が見たのは、一つの影だった。シャドウサーヴァントのようにも見える。

 フードを被っているのか、口元しか朧気に見えない。

 その手には刀が握られていて、それだけは紫電を輝かせて。ビーストⅦの姿を映し出していた。

 

「訳あって、顔を出せなくてね。こんなカタチで申し訳ない」

『認識阻害だ。かなり高度の……マーリンが使っていたモノに匹敵する』

『サーヴァントです! ただ……どのパターンにも照合しません! 一切が不明……!』

「……カルデアの人々か。オレの事はセイバーと呼んでくれ。

 事情は把握しているよ。今この場においては貴方達の味方だ。悲劇を終わらせよう」

 

 声にも認識阻害が掛けられているのか、青年の声であるとはわかるがそれ以上が分からない。

 ――ただ、どこか。聞き覚えのあるような気がする。

 

 

「成程、溶け込んで一つになっている。自分のカタチを失って……あぁ、だからオレが呼ばれたのか。

 ――指揮を頼む、マスター」

 

 

 既に、ビーストⅢとビーストⅠの能力は消滅した。残るはビーストⅡのみ。

 

 夜明けは、近い。

 

 

 

 

 

 

 





 オレを生み出した男の願いに、応えよう。

 それがきっと、オレの生まれた意味だ。


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外伝 終節 未来Ⅲ

お待たせして申し訳ない。ただ難産でした……。
あぁでもない、こうでもないと推敲し続けて、落ち着いたのが現状です。




Q,本当に遅れた理由は?
A,新大陸行ってました。スリンガーたのーし。


 

 

 

 

 ――自問する。

 

 オレは何のために生きているのだろう。

 何もかもが誰かから譲り受けた偽者でしかないというのに。

 

 ――自答する。

 

 それでも歩き続けるしかない。

 生き続けろと、ただそう願われたから。

 

 

 なら、この先に一体何があるのだろう。

 誰の記憶にも残らない旅の中で、ずっとそれを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 援軍として現れた謎のサーヴァント。

 その力は圧倒的だった。

 彼が手を翳せば、無数の魔術がラフムを焼き尽くす。彼が刀を振るえば、目の前の空間は容易く斬り殺される。

 その力はまさしく、ビーストⅦの天敵であるとも呼べた。

 

 だが、足りない。

 

 決定打が足りない。ビーストⅡを打ち倒すべき、確かな一が足りない。

 

『さて、キミが出てきたという事は、勝算があるのだろう。異伝のセイバー……いや、異聞と呼んだ方がいいかな』

「あぁ、既にそれは完成しているよ。

 この世界にね、無駄なモノなんて一つも無いんだ。例え路傍の石であっても、境界線に咲く一輪の花であっても、虚空の海に投げ出された小さな希望であっても――全ての旅に意味はある。

 あの時間神殿で、極点の流星雨が末世を駆け抜けたように。彼の旅、全てがビーストⅦに対しての切り札となる」

『……? それは、つまり』

 

 ダヴィンチの言葉に彼は笑って、羽織っていた外套を翻す。

 地面に手を翳し、無限の魔法陣が形成される。

 

「――そろそろ、やせ我慢も限界じゃないかい? ビーストⅦ。

 彼の槍に、彼女の炎はまぁ、応えただろう? 何せ彼らはそのために、ここまでたどり着いたんだから」

 

 瞬間、ビーストⅦの体内が発火し、業火がその身を焼き尽くしていく。

 まるで空が燃え盛っているようにすら見えた。

 

『……! ステータス異常だ。これは……燃えている?』

「彼女が遺した炎だ。その力は、獣のみを焼き尽くす。

 ――まぁ、つまり。ビーストⅦだけを焼き殺す毒と言う事さ」

『けど、それじゃあまだ足りない。

 ビーストⅡはまだ生きている。彼女の能力がある限り、何度でも蘇生する……。

 ――待て……。そうか、つまりキミは』

「あぁ、気づいたか。さすがミスター・ホームズ。

 さて、それじゃあ行くかな。オレの生まれた意味を果たしに」

 

 そういって、セイバーはビーストⅦの下まで歩み寄っていき、その大地を濡らす彼女の泥をいとも容易く踏み抜いた。

 だが足を止める事も、苦痛に顔をゆがめる事も無く。少しずつ進んでいく。

 マーリンの生み出していた花が道を空けていく。彼の行く先を、彩るように。

 

『マーリン!? それじゃあセイバーがケイオスタイドに……!』

「……いや、その心配は不要だよ。それこそが、ビーストⅡとビーストⅦを切り離すただ一つの、余りにもどうしようもない方法なんだからね」

 

 花の魔術師はいつものように微笑んだ。

 懐かしい光景を思い返すかように。酷く、優しい口調で、ただ静かにその別れを口ずさむ。

 

「その旅路の果てに、貴方は祝福を得た。得難いモノを見た。――さぁ、行ってきなさい少年。その終わりを、ボクは心の片隅に刻んでおこう」

「……そっか、ありがとうマーリン。やはり、貴方は見届けていてくれたのか」

「勿論、覚えているとも。今までも、そしてこれからも」

 

 セイバーの認識阻害が解除されていく。

 外套に見えていたのは白い羽織、そして首元に巻かれた赤いマフラーに、穏やかな蒼色の瞳。

 ビーストⅦを前にして、彼は歩みを止めない。その足が命の泥に絡められようとも、眦を強く絞り、ただ前へと歩んでいく。

 

『……えっ』

 

 とある並行世界にて、名も無き少年と魔術王の死闘があった。少年の力は魔術王と拮抗するモノではあったが、彼自身がその力に耐えきれず自壊し、結局彼は魔術王に敗北した。

 その戦いを、見届けたモノがいる。そうしてソレは願ったのだ。――望まれなかった誕生に意味がある事を。刹那の命に、永遠を。

 消える寸前に、無垢な決意を祈りに込めて。

 

「アラン……?」

 

 その戦場の背後には聖杯があり、それが回収される事は無かった。なぜならソレはカルデアの手にも渡らず、魔術王の手にも落ちなかったのだから。

 聖杯は見届けたモノの願いを受諾し、自身を一つの奇跡として産み落とした。

 それこそが――異なる世界で、ロンドンのセイバーを名乗る者の正体だった。

 

「さぁ、オレの物語を終えるとしよう」

 

 終止符を此処に。栞は役目を終えた。

 人生も、物語も、世界もいつか終わる時が来る。自らに備えられた引き金が、何もかもを終わらせる時が来る。

 瞬きのような半生を、振り返る。後悔に埋もれ自問自答し続けた、その余りにも小さな旅路を。

 

 

「第一宝具――意味を示せ、我が生命」

 

 

 少年は生命の意味を示した。自身の生涯を以て、彼らの礎となる事を選んだ。

 

 

「第二宝具――証を示せ、我が運命」

 

 

 少年は運命の証を示した。自身の宿命を以て、彼らの結末を変えて見せた。

 

 

「さぁ、オレの意味と証を、ここに示そう。

 第三宝具――『黎明に夢の名残は消え去りて』」

 

 

 その身体が霞んでいく。

 溢れていく黄金の輝きが世界を照らしていく。

 その眩しさに目を細めながら、セイバーは微笑んで。

 

 

「教授……ようやく、貴方の本当の想いが……」

 

 

 霊基が消滅し――途端、ビーストⅦが金切り声を上げて、咆哮した。

 今までとは違う、全く異なる叫びだった。

 

『これは……ビーストⅦの霊基が崩壊していく……』

『あぁ、ビーストⅡに溶け込んでいた彼の体が、そのカタチを思い出した。

 ――あのセイバーの姿は、彼そのものだ。鏡を見て、自分の姿を顧みたようなものさ。

 さぁ、後一息だ』

『――待った、ビーストⅦの反応が一時拡大している……! 来るぞ!』

 

 ビーストⅦの体内から放たれた魔力の波動。

 それは触れたサーヴァントを全て強制送還させていく。

 

『っ!』

 

 見える。

 ビーストⅦの体内が露出している。そこに一撃を叩きこめば、決着がつく。

 しかし、そう考えている間にも、次々とサーヴァントが消滅していく。

 カルデアの召喚術式すら無力化するソレは、まさしく最悪の一撃と言えた。最早この場にサーヴァントはおらず、いるのはただ藤丸立香とビーストⅦのみ。

 この空間において、マスターである彼の声に従うモノは存在しない。

 

 

 ――だが、ここに例外が存在する。

 

 

「来い……!」

 

 その男だけは例えどんな苦境で在ろうと、応えてくれるという確信がある。

 人理修復の旅で、恐らく――自身が最も絆を深めたであろうサーヴァント。

 

 

「アヴェンジャー!!!」

 

 

 黒炎が、空間を裂いて現れる。紫電が空を迸り、光の如く駆け抜けた。

 漆黒のインハネスを靡かせ、己がただ一人と定めたマスターの声に応え、宙を駆ける。

 

「クハハハハ!!

 ある一人の魂を利用し、降臨を望んだか! 終局の悪よ!」

 

 彼の前では空間そのものが無意味。

 例えどのような場所で在れ、そこに呼び続ける声がある限り、その復讐者はどこであろうとも駆けつける。

 

「だが、失策だ! それは余りにも皮肉だ!

 貴様は、その魂が積み上げたモノによって敗北したのだからな!」

 

 露出した弱点を隠すように、泥が覆い始める。

 しかし、それは余りにも遅すぎた。

 

「残念だったな! また別の運命にて目覚めの時を待つがいい!」

 

 その黒炎が、ビーストⅦを焼き尽くし――その空間は眩い光に包まれていく。

 

 

 

 

 目が醒める。見えたのは何もない空間。

 空に万華鏡のようなステンドグラスが一つ浮いている。

 

「よう、ご同輩。目は醒めたかい?」

 

 ――ナニカがそこにいた。

 黒い靄のようなモノが、眼前に佇んでいる。表情こそ見えないが、声音は飄々としていて何かが酷く癪に障る。

 

「ビーストⅦ/Rは倒された。――だが、コイツはまぁ酷いネタバレみたいなもんでね。この異聞帯は焼却されて、アンタの記憶は全てが消える。要するに全て収まるところに戻るってコト。

 カルデアのマスターは藤丸立香ただ一人。ビーストⅦ/Rの記録はビーストⅠとして置き換えられる」

 

 何を言っているのか、分からない。

 でもどうしてか。それをただ拒みたかった。

 ただあの場所に、皆の下に帰りたい。

 

「ソイツは欲深いぜ。アンタの魂は元の世界に帰る。単なる並行世界にな。そこはもう異聞帯としての力を失った。

 もう聖杯戦争なんざに巻き込まれるコトも無いだろう。良かったじゃないか、どうあがいてもバッドエンドな結末から、ビターエンドの未来に戻れるんだ」

 

 違う。違う。

 例え俺はそれが自身にとって最悪な結末であろうとも。それでも。

 皆と一緒に、生きていたかった。ただ、それが楽しかったんだ。

 

「ソレは違う。アンタはただ妥協しただけだ。どうしようもない暗闇の中で、無様に這いつくばって、そうして掴み取ったモノを大事に仕舞い込んだ。

 だからアンタはビーストにもなれず、人間にもなれなかった。最初から決めておけばよかったのさ。

 ――でもそうはならなかった。だから、ここでアンタの物語は終わりなんだよ。それ以上、余分な荷物を背負う必要もない」

 

 影は語る。

 一人の人間に抱えられるモノは決まっていると。

 お前は充分に抱えてきたのだと。

 けど、そんな事で。そんな事であの日々が終わってたまるか。

 

「あぁ、そうだ。アンタからしてみれば、そいつは当然だ。

 そう思って、当たり前だ。

 ……でも元々アンタは異物だ。本来ならいなかった存在だ。死んで終わる、よくある一つに納まるだけさ。

 それ以上を願うのは、さすがに欲深いぜ。今のアンタはどうあがいたって、人類悪にしかなれない」

 

 でも、まだ。

 自分は彼らに何も返せていない。なら、その旅に同行し、彼らの助けとなるのが道理の筈だ。

 

「おいおい……。まさか後腐れのない人生にしたいっていうのかい。そりゃまぁ、呆れたモンだ。

 誰だってそうだ。振り返れば、いつだって後悔だらけ。ならそれの何が悪い」

 

 その声音は呆れているようで。だが子供を宥めているかのように酷く穏やかで。

 古い鏡をのぞき込んでいるようにも見える。

 

「たまには前を見ろよ。後ろばっか見続けても、面白くねぇからな。

 ――あーあ、名残惜しいがカーテンコールだ」

 

 視界が暗くなる。

 空に浮かんだステンドグラス。それは自壊するように徐々にひび割れていき――硝子細工のように砕け散った。

 その刹那に、かつての記憶がよぎる。

 カルデアの日々、人理修復の旅、サーヴァント達と過ごした日々、まるで家族のように大切な人達――。

 零れ落ちていく欠片を見届けながら、ただ静かに目を閉じた。

 

 

 







 目覚ましの音がする。
 どこにおいたのかを思い出しながら、手を伸ばした。

「……ォウ。
 フォウ、フォーウ……」
「朝……?」
「フォウ、フォーウ?」

 いつもと同じような光景。
 日付を見て、今日がいつだったのかを思い出す。

「そっか、クリスマス。終わったんだ……」

 12月26日――魔術協会の査察団の到着がまもなくまで迫っていた。
 サーヴァントはごく一部を除いて退去となった。そのせいか、カルデアは酷く静かだ。

「……ん?」

 ベッドにあった写真――夏のサマーレースで優勝したチームがとった写真だ。
 中心にジャンヌ・オルタが写っていて、その隣には誰もいない。けどそれを囲むように自分もマシュもダヴィンチちゃんもいた。その隣にもう一つ奇妙な空間が空いていた。

「……あれ、ジャンヌってレースに参加してたっけ……?」

 その記憶が曖昧で、思い出せない。
 けど何か。何かが引っかかる。
 サーヴァント達は本当に、自ら望んで退去したのだろうか?

「――先輩ー、起きてますかー?」
「あ、あぁ! 今行く!」

 けどその疑問は片隅に追いやられて、やがて芽吹く事も無く小さく消えた。


 空想の根は落ちた。最後の希望は虚空の海に。




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外伝 終節 そして少年は――

このタイミングで剣式がピックアップされた事に運命を感じたい。

爆死の覚悟は出来ている。


ストーリーも完結です。次はオリ主のプロフィールを全てさらけ出す設定を投稿して終了予定。
長らくの応援、ありがとうございました。

これからもちょくちょく本編修正も挟んでいきますので、また気が向いたりしたら読み返していただければ……。


 

 

 

 

「ん……?」

 

 微睡みの中から覚醒する。頭に靄がかかるようないつもの感覚。それを振り払って目を空けた。

 いつも見覚えのある天井。何やら久しぶりに見たような気もする。

 ベッドから体を起こすけれども、頭重感は未だに拭えない。

 

「……頭が重い」

 

 何だか、長い夢を見ていたような気がする。

 内容は思い出せないけれど。こう、長い冒険譚を読み終わった後のようなモノだろうか。

 ――そこまでして、ふと家の中が不気味なほど、静かな事に気づいた。いつもなら、何とも思わない筈だが、それが今は不安に感じられて。

 何もかもが燃え尽きてしまったような錯覚と焦燥に駆られて。

 リビングへ飛び込むように駆け込んだ。

 

「……そうか、今日は二人ともいないんだったな」

 

 テーブルの上にある、簡単な書置き。そういえば両親は二人とも海外に行っているのだ。確か二泊三日の旅行だったか。何でも会社の社内旅行らしい。

 胸を撫で下ろす。

 

「っと、そろそろ出なきゃ」

 

 部屋に戻って、制服に袖を通す。

 ――いつも着ている筈なのに、なぜか酷く懐かしくて。久しぶりに感じられた。

 

「……うん、いつもの朝だ」

 

 玄関を開ければ、見慣れた街に見慣れた空。見覚えのある近所の人々。

 俺がいつも過ごす日常だった。

 

 

 

 

『――のように、アーサー王伝説は今尚も語り継がれ……』 

『――来月にはジャンヌ・ダルクをモチーフとした劇が……』

 

 朝に見たニュースがやけに頭に残っている。

 アーサー王とジャンヌ・ダルク……。その言葉がこびりつくかのように離れない。

 何だっけ、確かアーサー王って言えばエクスカリバーの所有者で。ジャンヌ・ダルクは百年戦争の象徴的人物。――でも、どこか違うような気がする。

 

「そんなに興味持ってたっけ俺」

 

 授業も世界史や英語が、以前よりも簡単に思える。

 世界史に至っては、教科書が間違っているのではと思うときすらある。

 これじゃあただのナルシスト、と言うよりもただの傲慢だ。

 

「よう、相変わらず悪人面だな」

「悪人面は余計だ」

 

 悪態で語りかけてくる親友達といつもと変わらない話をする。

 何て事は無い。何も変わりも無い、日常的な話だ。

 

「今日帰りさ、バーガー食いにいかね?」

「バーガーか、いいけど……。でも今日、雪だぞ?」

「げっ……。あー、そうだ。今日だけ何でか雪なんだよなー。それも夜にかけてだろ?」

「奇妙な天気だな」

 

 確かニュースサイトでも話題になっていた気がする。

 近頃異常気象が目立つらしい。何でも以前は真っ直ぐに落ちてくる隕石があったとか。

 それで怪我人がいなければいいんだけど。

 

「まぁ、バーガーはしゃーねか。また今度なー」

「あぁ、また」

 

 変わらない日常、変わらない暮らし、変わらない人々。

 

 いつも過ごしていた筈の日々。

 

 ――でも、何かが、欠けているような気がする。

 

 

 

 

 授業が終わる。

 今日は豪雪が予測されているため、部活も休みだ。いつもは騒がしい筈の校舎が静かだった。

 荷物をまとめ、鞄を肩にかけて校門まで歩いていく。

 既に雪は積もり始めているけれど、幸いそこまで酷い訳じゃない。駅の交通も乱れは出てないし。

 雪道を踏みしめる事に、しゃりしゃりと音がする。

 

「……雪、か」

 

 空は暗い。この季節になると、夕方にはもう日が完全に落ちていて、街灯と民家の明かりしか目立たない。

 幸い、この街の治安はいい方だ。下手に路地裏に行かなければ、厄介ごとに出会う事も無いだろう。

 

「寒っ」

 

 鞄から黒のコートを取り出し着込む。灰色のファーが温かい。

 ふと、足が止まる。空を見上げて、小さく息を吐いた。

 どうせ、今家には誰もいないのだ。なら遅く帰ったって。何の心配もないだろう。

 

「……歩いて帰るかな」

 

 幸い、明日から冬休みだ。ちょっとぐらい帰りが遅くなっても問題ない。

 

 

 

 

 体の芯まで冷えるような寒さだった。フードを被るが、気休めにしかならない。

 小さく息を吐く。白い吐息は冬の闇に溶け込むようにして消えていく。

 

「何か遠回りになったなぁ……」

 

 何でこんなところを歩いているのだろうか。

 気が付けば、街を一望出来る丘までたどり着いていた。方向音痴にも程が――いや、どうしてか。なぜか無性にここに来たくなったのだ。

 ガードレールに手を伸ばし、小さく息を吐く。

 

「……」

 

 この街を、久しぶりに見たような気がする。

 何一つ変わらない日常を生きる人々を見て、何故か胸が落ち着いたのだ。

 理由も切欠も、何もかも分からないけれど。

 どうしてか、この街が。人々が確かに生きているという光景が見たくなった。

 

「……あれ」

 

 少し遠くに、着物を着た少女の姿が見える。

 黒髪の儚い雰囲気を漂わせた――触れれば消えてしまいそうにも見えた。

 

「!」

 

 思わず駆け出した。

 息が切れる事すら忘れて、ただ走って。

 そこでようやく、何かを忘れてしまっていることに気が付いた。

 けれど、そのカタチが思い出せない。

 でもそれが、とても大切な事だというのだけが分かった。

 古傷が疼くような痛みだけが、心を削り取っていく。

 

「待って……!」

 

 その声を聞けば、思い出せる筈。

 だってその出会いは、例え地獄の底にあろうとも。決して忘れる事は無かったのだから。

 雪が落ちる。次々と落ちては消えていくその雪細工に、見覚えのある光景が写っているようにも見えた。

 

「待ってくれ……っ!」

 

 同じ光景を見ているはずなのに、まるで存在そのものが違うように見えて。

 水鏡に映る光景のように。目の前にあるのに、決して触れる事の出来ない距離。

 たった一つの違いが、あまりに遠すぎて。

 彼女と目が合う。その一時を手放したくなくて。ただ手を伸ばした。

 

「――■■■■」

 

 彼女は口だけを動かした。自分の声を、決して聞かせまいと。

 けれどその瞳が語っている。ただ静かに、別れの言葉を。

 

「!!!!!」

 

 消えようとする体を、抱きとめる。

 その夢を終わらせたくなかったから。

 

「……ずるい人」

「ごめん……」

 

 その体は冷たくて、でも確かに温かい。

 今、ここにあるのは確かな現実だ。

 

「この世界にも雪は降るのね」

「変わらないよ。どんな世界でも、どんな場所でも」

 

 はっきり思い出せた訳じゃない。でも分かった事がある。

 俺にとって彼女は――。

 

「……」

 

 この時が永遠に続けばいい。そうすれば、別れなんて悲劇は無くなる。

 でもそれは、彼女をここに繋ぎとめ続ける事になる。

 俺一人の我が儘で、彼女を利用してしまう事になる。

 

「……」

 

 彼女が、大切だから。

 彼女に、笑っていて欲しいから。

 俺は、答えを出さなくてはならない。

 

「もうすぐ、夜が明けるわ。そしてまた、平穏な日常が巡ってくる。

 貴方が旅の最後に掴んだのは、普通の暮らし。何の変わりも無い、たくさんの人たちが過ごしている時間。

 ――大丈夫、私はもう寂しくないわ。だって、誰かに求められるのがこんなにも幸せだって気づいたから」

「俺も……楽しかったよ。キミがいて、キミと居れて。

 苦しい時もあったけれど、寂しくなんか無かった」

 

 震える言葉を、無理やり飲み込んで。

 彼女が笑ってまた、元の場所に帰れるように。

 その体が徐々に透けていく。それが何を意味するかなんてはとっくに分かっている。そして俺が望めば、それが止まる事も知っている。

 でも、それは俺が決して口にしてはならないのだ。

 

「あぁ、夢の終わりね。何て、名残惜しい。

 もう少しくらい、見ていたかったけど」

「また、見えるよ。いつか、どこかで」

 

 消えていく。

 彼女の姿ももう朧気にしか見えない。

 

「……っ」

「――ありがとう、マスター。私に、人の夢を見させてくれて。縁があれば、またいつか、雪が降る夢のどこかで」

「……俺も、キミと出会えて、本当に良かった」

 

 そう言葉を交わして、彼女は消えた。

 立っていた場所にはもう何もない。何も残っていない。

 けれど、その時間は確かにあったのだ。

 俺と彼女が、ここで出会ったと言う記憶だけは、確かに。

 

「……」

 

 空を見る。先ほどまで見えていた筈の夜明けはどこにもない。

 ただ暗い闇だけが空を包み込んでいる。何やら錯覚していたのか、それとも何かの奇跡だったのか。

 

「……そうだな」

 

 俺は何かを忘れている。大事なコトを忘れている。それを確信して、胸に小さく決意を秘めた。

 その記憶を思い出す旅をしよう。幸い、まだまだ時間はある。

 それがきっと、彼女との出会いに報いるモノになるはずだから。

 

「……」

 

 坂道を下っていく。人影すらない道の中で、雪を見上げながら一人帰路に着く。

 ただ一人、誰もが寝静まった雪の夜を歩きながら。

 

 







 そうして少年は、運命を辿る旅を選ぶ。


 その果てに、確かな再会がある事を信じて。


 いつか、小さな奇跡が実を結ぶ事を願って。


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マテリアル3

剣式、出ません(挨拶)。
星4礼装しか出ないだと……。


呼符のアイテム説明ってあったんですね。知らなかった……。


 

アラン 属性:虚 起源:求道

黒髪の少年。カルデアに生き残ったもう一人のマスター。

その正体は異聞帯から送り込まれた、どこにでもいるごく普通の少年。レフの爆破により死亡したマスターの体に魂が写り、クリプターとなった。一種の転生ともとれる。それはとある蛇や人形遣いの魂の転写とは全く異なり、不完全なモノ。故に肉体に魂が引っ張られる形となった。このため、人理修復後は何らかの手を打たなければ、死亡が確定する。

魔術とは一切縁のない家系であり、藤丸立香と同じ立場。英霊にとって守るべき無垢な民の一人。固有結界なんて持ってないし、異能持ちでもない。ただ少しばかり我慢強いだけ。

カルデアに存在するサーヴァントの生前のほとんどを、文献で自己学習しており英霊に対する理解と意欲は誰よりも深い。それは彼らの生き様に触れてみたいという探求心でもあり、彼らへの敬意でもある。それ故に立香が契約したサーヴァントとも互いに意見を交わせる関係であった。

ちなみに好きなサーヴァントは日本人系。土方歳三と柳生但馬守宗矩はドストレート。

本編では聖杯により転生先の世界の人間として生まれ変わった。また未来が変わったためカルデアの体勢は継続。そこに魔術協会からの候補生として、カルデアにもう一度移籍。英霊に携わる仕事を就き、多くのマスターとサーヴァントの関係を保つ事に全力を尽くす。

外伝では全ての記憶を失って元の世界に帰還する。だが、とある少女と出会い記憶を取り戻すきっかけを掴んだ。学校を卒業後、記憶を取り戻すために世界を回る旅をする事を選んだ。

ネタ元はスネイプ先生。名前の由来は作者の好きな俳優から。

 

アランと言う肉体について

元々カルデアにあった彼の体は、デミ・サーヴァント計画で生み出されたホムンクルス。いわゆるデザイナーベビー。しかしサーヴァントの能力を扱いきれず、ただサーヴァントの人物像だけを模した失敗作に終わった。選ばれたサーヴァントは、アンリ・マユだった。

その体はオリジナル(デミ・サーヴァント実験にて失敗し死亡)→アンリ(レフ・ライノールのテロによって死亡)→アランと三回、人格が移り変わっている。

元々レフ・ライノールから人としての手解きを受けており、彼に対しては深い感謝を抱いていた。マシュとは不安定要素として切り離されていたため、互いの事を完全には知らない。故にマシュは彼を外部のマスターだと思い込んでいた。彼の事実を知るのはオルガマリー、ロマニ、レフの三人のみで、後のスタッフは真実を知らない。

 

彼が呼べるサーヴァントについて

召喚出来るサーヴァントは限定される。彼と同様の「泡沫の存在」「悪」「裏切り」「もう一つの側面」が当てはまるものしか召喚されない。

つまりはオルタ系か、ランスロット、メディア、呂布などが該当する。ただどのサーヴァントが呼び出されようとも、彼とサーヴァントの関係が変わる事は無い。サーヴァントが望むマスターになる。ただそれだけである。

 

「」について

彼が「」を召喚したのは特異点F。つまりは転生してすぐであった。そこで、未来を知り自身が生き残る未来を選ぶために、力を求める。この時点で半ビースト。魔術王からの裏切りの勧告と後押しで完全にビースト化する。

最初こそ「」にとって彼はただの人間に過ぎなかったが、彼についていく内に、その生存を執着。彼がビーストⅦとして倒された時、世界の時を書き換えて全てを無かった事にした。

例えどのような結末を辿ろうとも、彼女は彼を見守り続けている。

 

ビーストⅦについて

こちらは作者の完全な予想になるが、本来のビーストⅦはカルデア――即ち藤丸立香になる筈だった。それを知った彼は、自身がビーストⅦになる事を決意。彼らの運命を持っていく事を選んだ。

上記の理由としてギルガメッシュは「ビーストⅦはⅠが生まれた時点で出現している」と発言している。ゲーティアとほぼ同時期に動き出したのはカルデア。ただし、まだまだ謎が多い。

本作の設定としてはビーストを一体倒す事に少しずつビーストⅦとして完成されていく。

 

異聞帯について

こちらも作者の勝手な想像になるが、異聞帯の数は七つであり、それらを修復するごとに何かの糧になる事が予想される。作者的には恐らく異聞帯七つを超えた先にあるのがビーストⅦの出現ではないかと踏んでいる。帯とついているのは、獣を繋ぎとめる鎖的な何かか。

残るビーストの数は多分3つ(まだビーストⅢ/LとⅤ、Ⅵ)。異聞帯の4、7が個人的に怪しい。ビーストⅢ/Lは恐らく愛歌であるため、こちらは期間限定イベントでの登場を予想している。

多分ビーストが出ても更新はしません。本編と絡めるのはきついです……。

 

ロンドンのセイバーについて。

ビーストⅦ/Rが覚醒した時のための切り札として位置づけられた。いわゆるビーストⅦ/Rに対してのカウンター。

呼ばれる時以外は基本、座の底で眠っていて、誰かの人生を垣間見ている。

 

主人公が捕らえられていた場所について

座ではなく、ビーストとして覚醒し羽化するための幽世。一度目の世界にて時間神殿で消滅した後はそこに捕らえられ、ビーストになるための準備が進んでいた。

外伝ではカルデアに召喚されるため無理やり叩き起こされた形となり、不完全な覚醒となった。そのため彼の中にいた「」が足りないビーストの代役として取り込まれる。

 

この作品のヒロインって誰だよ。

俺が知りたい。

 

 

 

 

設定はざっとこんな感じになります。

また感想で質問がありましたら、答えられる限り答えさせていただきたいと思います。

長らくの応援、本当にありがとうございました!

 

 

 















 それは誰かに聞かせるような話でもない。



 古い夜に、遠い雪の空を思い出すような。



 そんなささやかな、願いの話。



 永い旅だった。
 記憶を辿る、と言ったはいいものの。果たして何処へ行けばいいのか。何を探せばいいのか。
 そんな事すら曖昧なままで出発したのだから、それはまあ当然の事だろう。目的のない旅なんて、永遠と変わらない。
 色々な出会いがあった。色々な風景を見た。
 まずは記憶だけを頼りに、とある日本の街へ向かった。
 たどり着いたのは何てことない、鉄骨がむき出しになった、貧相な一軒家。
 そこで一人の女性と出会った。日本を発つ前に、彼女と出会えたのは幸運としか言えなかった。

『実に莫迦だな、としか言いようがない。目的地も不明、時間も分からない。自分の記憶だけを頼りに、ごく一部の人間と再会する?
 ――非現実的にも程がある。ああ、いや、可能性の話じゃない。キミが生きている間にそれが出来るか、と言う話だ』

 彼女は言った。それは遠い星を掴むようなモノだと。

『出会いなんてモノはそこら中に転がっているが、それにはいくつもの偶然が必要だ。
 月日、場所、人物は当然として、後は気まぐれで動くこともあるだろう。或いはその日の予定、食事、仕事――人間が移動する理由なんていくらでもあるし、いくらでも変化する。それこそ確実なモノにするためには念入りな調査が不可欠さ』

 そう、淡々と言った。けれどそれらの事実を述べられた所で、決意は変わらなかった。
 あの雪の夜の出会いを――雪下の誓いを忘れる事など無かったから。

『――あぁ、何も言わなくていい。言いたい事は充分伝わってるとも。
 私が言ったのは理論的な話。つまりは常識の範疇だ。
 だから、いつだってそれを壊すのは非常識な連中さ。そしてそういった莫迦共はごまんといる。
 私らしくないセリフだが、結局は根競べという事だよ』

 その女性はヒントをくれた。
 イギリス――その時計塔や大図書館にもしかすると、記憶を取り戻す切欠が転がっているかもしれないと。
 女性に手を貸してもらい、イギリスへ飛んだ。空港に辿り着き、まず真っ先にロンドンへ向かった。
 ――その街並みを、酷く懐かしいと思ってしまう。
 そこで、一人の青年と出会った。

『やぁ、お困りのようだね。私で良ければ話を聞くよ』

 白いフードを被った、不思議な雰囲気を纏った青年だった。
 彼に連れられて、アーサー王の墓所と言われる場所、グラストンベリーへ向かった。
 平日の昼間とはいえ、それなりに人は多い筈。だが、彼らがいる間だけは人気が途絶えていた。
 墓所の前で、青年は言った。

『……そうか、行くべきところを探しているんだね。でもそれは、言ってしまえばあまりにも難しい』

 青年は言った。

『なぜなら、それにはいくつもの偶然が必要だ。丁度キミがその出会いに惹かれたようにね。
 そして再会するべき相手も、それを待ち続けなくてはならない。それがいつになるかも分からない間、ずっと――。それは、とても苦しくてきつい事だろう。増してや再会した所で相手が思い出していないのなら、それはただ虚しいだけに終わる。
 そんなのは、ほら。言いにくいけれど――』

 そんな現実を、青年はいともたやすく突き付けてきた。
 分かっている。自分が目指すモノ――そのために、自身の時間をどれだけ費やさなくてはならないか、なんて。

『キミの旅は、歩いて星を目指す事と同じだ。人の時間では短すぎる。いや、長すぎるともいえるだろう。苦渋の旅になるよ。
 ――それでも、行くのかい? キミに罪なんてないのに。ただ亡くした出会いをもう一度、求めただけだというのに』


“はい。それに見合うだけの、モノを受け取った筈ですから”


 その言葉に、青年は眩いモノを見たかのように目を細めて。満足げに頷いた。


『分かったよ。ならこれは私からの餞別だ。キミにおまじないをかけよう。
 ――“その道行に祝福を。貴方の旅は長く、だからこそ得難いものになると、信じて”』

 アーサー王が眠る墓の前で、青年はフードを取った。長い白髪が、地面に零れる。
 黄金の輝きが、周囲を包み込む。

『さぁ、次にキミが向かうのはフランスだ。マルセイユに行くといい。そこできっと、彼と出会うだろう。
 どうか、良い旅を。そしてその先に――。あぁ、いやこれ以上口を挟むのはいらないお節介だったね』

 青年に礼を述べて、グラストンベリーを後にした。
 バスを利用して、様々な人と話しながらフランスのマルセイユを目指して旅をした。
 マルセイユで、宣教師を名乗る一人の男と出会った。

『――話は聞いている。出会うべき場所と人を探しているとな』

 白髪の男だった。まるでこの世全てを憎んでいるとも言わんばかりの眼をしていた。
 だが、その雰囲気にどこか見覚えがあるようにも思えた。
 男に連れられて、何気ない店の中で話をした。

『……成程。だが生憎、フランスにその出会いを思い出すような切欠は無かろう。
 あの女は、泡沫にしか存在しないのだからな』

 そうして、男が見せたのは金色の栞だった。
 どこかで見たような気がする、小さな栞。
 それを受け取って、大事に仕舞い込んだ。

『ソレを決して手放すな。時代を超える道標だ。
 その出会いを辿れ。そして追っていけ。オレから言えるのはそれだけだ』

 男から貰った、金の栞。
 それを頼りに、またもう一度旅は始まった。
 ただ一つ――不思議な事に、助言をくれた彼らと出会う事は二度となかった。でも、彼らから様々なモノを貰ったから。
 それだけでも充分、歩いていける。
 様々な場所を回って、色々な人と出会って。思い返すだけでも笑みがこぼれるような日々ばかりだった。



 でも、ずっと胸に引っかかっていた感情が薄れる事は決してなかった。



 ――そうして、彼にとって。
 気が遠くなる程、長い長い年月が過ぎました。



 吹雪の中を歩いていた。
 視界は全て遮られていて、ただ白い風景だけが続いている。
 羽織ったマントが吹き飛ばされないようもう一度強く巻いて。眦を強く絞り、未だに果てのない先を、目指し続けていた。
 もうあれからどれだけの時間を重ねたかは分からない。最後に誰かと話したのはどれくらい前だったか。
 体はとっくに擦り切れていて。ただ歩くだけの機械に成り果てつつあった。でも、長い旅になるのだから、それぐらいで丁度いい。
 ふと、体のどこかが熱を帯びている事に気が付いた。見れば、いつか貰った金の栞が、虹色に輝いている。

「――」

 視界が晴れた。
 あれだけ吹雪いていた空は、曇り一つ無く晴れ渡っていて、世界は銀色の雪景色に包まれている。
 視界の先に、誰かが立っているのが見えた。

「――」

 駆け出した。
 一歩踏み出していくごとに、記憶に色が戻っていく。ずっと、胸に引っかかっていた感情が溢れ出してくる。
 ただ歩くだけの機械だった体に血が通う。
 長かった、永かった――だがもう、時間を語るのに意味はない。
 止まった時計の針が動き出すように。またここからきっと、新しい世界が始まるのだから。

「――」

 彼らの姿がはっきり見えた。
 言葉が溢れてきて、けれどもどれも、零れる息となって消えるだけ。
 小さく息を吸って。
 ずっと、底に秘めていた言葉を口にする。

「ただいま、皆」

 その言葉に、皆は微笑んで。
 歩み寄ったその体を抱き締めた。

「おかえりなさい――」


 独りの旅はこうして終わりを告げた。

 語る者が沈黙し、紡ぐ者が途絶えても、物語は終わらない。

 彼の小さな道は、これからも続いていく――。



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最後に

友人から「お前の話わかりにくいわ。解説入れたほうがいいぞ。水曜どうでしょうの解説みたいな感じで」との事。
「自分で解説入れると寒いんじゃ……」「自分の作品を解説とか、どこの奴隷王だよ」と悶々としてましたが、いろいろ語りたい事もありますので、蛇足かもしれませんが少しだけ筆をとります。
そして最後に皆様に報告したい事も一つ。


あと、匿名設定切りました。今までは自分の文章が恥ずかしいという思いがありましたが、少し自信持たないとなと思いまして……。


「生き延びて」~「Another Heaven」まで

導入とカルデアの日々編。彼が過ごした僅かな日常の一幕です。ここもいつか加筆修正できたらなぁって思ってます。

ちなみに最初のサーヴァント召喚のセリフはFGOでも「」の召喚セリフを一部抜粋しました。丁度ランスロットともセリフがいい感じに重なっていたので、なぜかここで意味のないミスリードを入れています。セイバーオルタとジャンヌオルタを出したのは、主人公の特性に合わせてるからです。あとは作者の趣味。ランスロットも作者の趣味です。Zeroのバーサーカーの時のフィギュアほしいんですよね……。

ちなみに一話の最後あたりでは、もうカルデアを裏切って魔術王側についてます。彼も必死だったのです。

兄貴とオカンを出したのも、作者の趣味。兄貴はわがカルデアでは最速で絆LVMAXになりました。これからもよろしく、兄貴。

ダヴィンチちゃんでの呼符は、二週目での伏線になってます。二週目の彼も序盤と変わらない日々を過ごしました。違うのは彼女がいない事だけです。

 

「人類悪顕現」~「訣別の時、来たれり」まで

オリ主君、裏切り編。これが出したくて、連続投稿してしまったのを後悔しています。もうちょっと丁寧に書くべきだった……。

ちなみに裏切った後のカルデアとオリ主の会話ですが、これは遠回しに彼の今の目的を語っています。ですが魔術王の目もあるので、若干フェイクを混ぜながら、といったところ。『消えるべき運命をつなぎとめる』は、オリ主の事ではなく、終局特異点で消える彼らのことを示しています。

ビーストⅦ/RのRはレプリカです。このレプリカの元ネタも無論六章に影響を与えたあの曲から。

オリ主の左腕の喪失は、ACVDのヒロインであるマギーのオマージュ。

ゲーティア戦でのオリ主の行動はCCCイベのエミヤオルタの影響が大きいです。あれは卑怯。

後書きでの写真編ですが、これはロマンの代わりに主人公がカルデアから消滅するということを表してます。

「俺もそっちにいけるかな」というセリフは龍が如く3のラスボスから。

 

 

「福音領域」

斜線のシーンは未来福音のワンシーンである未来を切り裂く場面をオマージュしたかったんですが……。ハーメルン様の機能を自分が使いこなせないためにあぁなりました。

ここでオリ主、キアラさんを落としてしまう痛恨のミス。

ただ、もうちょっとマイルドでもよかったのかなぁと思います。なんというか原作のキアラと大きく離れてしまったなぁと。そこはただ反省点ですね。あの後の話でも書けなかったですし……。R-18版も考慮してみたんですが、「」が嫉妬でビースト化するかもなぁと思ったので、ボツに。結局、外伝終節への伏線にしか出来なかったですね。

 

「君の願い」

オリ主が裏切った後のカルデアのお話。彼がカルデアの一員として信頼されていたが故の結果という形です。

ただ清姫をこういった形でしか出せず、そのあとのフォローもうまくかけず……本当にごめんなさい。清姫好きの方には本当に申し訳ない……。ここで二次作家の実力が出ますね……。

清姫的にはオリ主を、マスターの良き友人とみていたからこそ、そのマスターへの裏切り(嘘)が許せなかったといった所にしてます。

 

「暗雲を払え」~「色彩」

オリ主の生きたいという願いが、英霊達やその時代の人々によって動かされていく話。フランス兵やローマの事も入れたかったなぁ……。感想に書かれた方もいましたが、色彩の歌詞を最後に入れています。歌詞と登場人物の思いがぴたりとはまるシーンが個人的に好きなんです。

元々の構想ではオリ主がローマやフランスの人々と会話し、彼らの生きざまに触れていくシーンが書きたかったです。反省。もしかすると追加するかもしれません。

私はモブと言われるような彼らにも焦点を当てる物語が好きです。物語の中では何気なく登場し何気なく消えていく彼ら。そんな彼らの後ろにも大きな思いがあるのだと。原作の七章は本当に良かったです。

 

「LinK」

タイトルの元ネタはStay nightのEDより。お月見イベの話ですね。どうせなら原作とはちょっと違った筋書きにしようと思って、オリジナルを入れましたが……。あまりキャラを捉えきれていなかったという印象です。

CEOウチのカルデアに来てくれないかなぁ……。

 

「zero」

本編開始前。時刻はFGOのサービス開始前夜です。

レフ・ライノールというキャラクターは実際、私も終局特異点に触れるまでなかなか掴めませんでした。ただ人類を憎んでいるのか、それとも操られているのか。終局特異点での彼らの思いと、マシュ・キリエライトを救いたいという願いがわかって、初めて彼のキャラクターが理解できたような気がします。

だから、私は今作では彼をただの敵にしたくありませんでした。原作での彼の願いを大事にしたい、それを活かした人物にしたいと思っていました。人類を憎み、死が待ち受ける未来を否定する彼に対して、絡ませたいと思ったのが悪を笑うロックスターであるアンリ・マユ。様々な可能性を描けるFGOだからこそ、思いついたのかもしれないです。

アンリのキャラはすごい難しいですね……。本質を突くセリフの意識がなかなか厄介でした。

 

「Back to zero」~「訣別の時、来たれり」

Back to zeroは藍井エイルさんの「MEMORIA」のアルバムから拝借。丁度いいタイトルがあったので……。

二部と並走するかなぁと思っていたんですが、予想が崩れたためにちょっと設定を捻じ曲げた二週目です。

ここのオリ主は美遊兄を強くイメージしています。実際、これを書いたのも雪下の誓い公開直後でした。

ソロモン王が魔術の祖というのは独自設定にしてます。人々に魔術をもたらしたというところを祖と捉えました。

「」を通して根源に接続し魔術師達が築き上げてきた魔術を借りて戦うオリ主と、全ての魔術の原型を持つ魔術王。ここはエミヤとギルガメッシュを意識。オリ主が敗れるところは雪下の誓いのオマージュです。

そしてレフ・ライノールの助命とアンリ・マユの宝具による引き分けでの決着。

ここは原作を活かせたと思いたいのですが、如何せん描写の不足が……。もうちょっと熱くしたかったなぁ……。ちなみに『』のセリフはその魔術の使用者達のセリフを抜粋しており、オリ主が彼らの人生に触れた事を意味しています。

彼が触れた人生は、切嗣、言峰、シエル、臥藤、ユリウス、凛、荒耶、アルバ、人であった頃のエミヤ・オルタです。彼らの人生すべてを、あの時間で経験しています。

そしてオリ主が敗北を悟るシーンは終局特異点のマシュです。

これらの構想は最初はなく、実際思いつきで設定をつなぎ合わせたところピタリとハマりました。

 

「Grand Order」~「Last Episode」

敗れた後と消えてから。

Grand Orderの戦闘シーンは投げやりになってしまったなと思ってます。物語を進める事に急ぐあまり……。自分のペースでやる事に意味があるのに……。

Last EpisodeはSNを強く意識してます。前書きの独白も、ラスエピの士郎のイメージです。

そして彼らとの再会。これらのシーンをかけた後は、少しだけ満足できました。

どうせなら、ハッピーエンドを。

 

「空の境界」

そういえば、「」とオリ主殺しあってないやんと思って作り上げたお話。

何でそんな思いで書いたんでしょうか……。

 

「小さくて、ささやかな」

衛宮さんちの今日のごはんのホットケーキの回から構想を得ました。士郎ほどではないですが、アルトリア・オルタの救いにオリ主が少しでもなれたのだと思って。

後書き? 王の話? 何の事ですか?

 

「深層の少女」

CCCの深層領域から。ジャンヌ・オルタと彼の出会いです。

加筆をイメージしたら無駄に多くなりました……。極端だなぁ。

ここでもレフはやはりオリ主を気にかけています。

 

「異伝」

カルナとアーチャー・インフェルノを出したいと思いで書いた作品。私は節分イベが貴すぎて悶死しました。

アーチャー・インフェルノの話は「平家物語」の有名な序章をところどころに入れてます。そんなこと、無駄な拘りに誰が気づくんだろうか。

あと、ジナコの中の人がカルナを引けたとの事。おめでとうございます。

 

「外伝」

元々、余談的なつもりで入れたのですが……。本編が完結した後にもやもやした思いがあり、どうせならこっちも終わらせるかという思いで書きました。実のところ、私はあまり長編が得意じゃありません……。

キアラにも少し触れていますのが、終節で彼女が消えるシーンは人魚姫を意識しています。

 

藤丸立香について

二次だと、作家の思考、思想が試されるキャラだと思います。私の思う藤丸立香という像ははっきりとはしなかったのですが、とあるまとめサイトさまのコメントで「感謝をはっきりと伝えられる人間」という事にハッとさせられました。だから彼は、報われない人生を歩んだサーヴァントと言葉を交わせるのだと。

オリ主が裏切ったシーンで、サーヴァントさえも叫んでいるのに、彼が黙っている理由は「あのアランが簡単に裏切るはずがない」と信じていたからです。

 

ロマニ・アーキマン、ダ・ヴィンチちゃん、カルデアの善き人々について

私の作品ではTYPE-MOON様の作品から習った事が一つあります。それは大人を大人として出すことです。

二次に限りませんが、主人公は若いも実力者、年長者のキャラがかませ・驚き担当といった傾向になりつつある作品が多い中で、私自身も影響されつつありましたがFGOにて気づかされたといったほうがいいでしょう。だから私は、FGOでは壮年の男性キャラクターが好きなのかもしれません。

ロマニは、オリ主を精神的に支えていました。いつ死ぬかもわからない、未来もない、周りに相談する事さえも出来ない。彼にとって何も言わず助けてくれるその手がどれだけ大きかったか。ダ・ヴィンチちゃんも同様で、気さくに彼に話しかけ相談に乗りながら、サーヴァントとして助言していきます。初めてマスターとなる以上、その助言の価値は計り知れないものがあったはず。カルデアの職員達もマスターである彼らがまだ少年である以上、それに大任を背負わせるという事がただただ歯痒い。だから少しでも助けになるべくサポートする。辛く長い旅路の中で、少しでも笑えるように。

ロマニとダ・ヴィンチちゃん、カルデアの善き人々はオリ主にとって大きな支えです。そしてきっと、FGOをプレイされた皆様にも。

 

ランスロットについて

あまりスポットの当たらない彼でしたが、日陰者としてオリ主を支えていました。

ちなみに彼、原作の六章で上げた戦果がヤバいです。まぎれもなくトップサーヴァントの一人と言えます。

以下、彼のしたこと。

・冬木ではオリ主、所長、立香を護衛しつつシャドウサーヴァントを三体相手取り無傷で勝利。護衛には傷一つつけさせなかった。

・一章では、邪ンヌとファーブニルを実力で撤退させる。加えて敵側のサーヴァントであるバーサーカーとアサシンをまとめて単身で撃破する。

・指揮官不在のフランス兵をまとめ上げ、拠点防衛を維持。フランス兵の犠牲を大きく減らした。

・二章では、大将を落とされたローマの軍に加勢し、宝具を使用して彼らの大将に変装。落ちかけていた指揮を一気に最高潮まで盛り返し、連合ローマ軍を撃破。

・三章では、黒髭と戦うフリをしながら、ヘクトールを威圧。彼と一騎打ちし、重傷を負わせるも逃亡される。

・四章では、しきりに無視するアルトリアと構ってほしいモードレッドの間をうまく保つ。

・五章では、カルナと一騎打ちし引き分けに持ち込ませる。またメイヴ暗殺側に同行し、アルジュナ、クーフーリン・オルタ、メイブと交戦し、クーフーリン・オルタに重症を負わせ、敗北する。

・六章では『既に召喚されていたランスロット』と同一化していたため変化無し。

・七章では、レオニダスと共に兵たちの訓練に参加。彼の実力の底上げに大きく貢献した。

 

 

アランについて

彼にはTYPE-MOON様作品の主人公の特徴を小ネタ程度に入れています。

死を経験、ナイフを使用――式と志貴

願いが変わっていく、魔術回路は並――Fate HFの士郎

彼がサーヴァント化した時の服装ですが

白い羽織、刀――「」

黒い着物――志貴(漫画版月姫)

赤いマフラー――「」の着物の裏地、エミヤや腕士郎が身に着けている赤原礼装

 

 

時系列について

 

転生。目が醒めたら特異点Fに。現状把握。

「」を召喚し、全てを知る。その後、ランスロットを召喚。立香と合流し、セイバーオルタと交戦。

ここで「」以外のサーヴァントの場合、異伝へ。

特異点Fから帰還した際に、ビーストの兆しを察した魔術王から裏切りの勧告。オリ主、従う。これが全ての呪いの始まり。

「」とのつながりを通じて、マスター適正を強化。カルデアにてセイバーオルタ召喚。立香、アルトリア召喚。

異伝のルートの場合、オリ主召喚失敗。サーヴァントが一騎しか呼び出せない事が判明する。

オルレアン出撃。ジャンヌ・オルタと交戦。この時のジャンヌ・ダルクの言葉により決意が揺らぎ始める。

カルデアにてジャンヌ・オルタ召喚。立香、ジャンヌ・ダルク召喚。

セプテム出撃。ロムルスの言葉によりオリ主君立ち直り始める。

オルレアン出撃。アステリオスの言葉により、自分のしたい事に気づく。

ロンドン出撃前夜。カルデアで写真を。オリ主、魔術王の手を借りてパリへ。巌窟王召喚。

ロンドンにて魔術王顕現と共に、オリ主カルデアを離反。ビーストⅦ/Rとして目覚め始める。

異伝の場合、ここで運命を知る。

オリ主、ビーストとして徐々に覚醒。

跳んで終局特異点へ。オリ主、ゲーティアの一部を殺し第三宝具展開を封じるも、消滅。終局の悪に至る者として、末世の果てに捕らわれる。ここに囚われている間、カルデアの日々を思い出す。

異伝の場合、ここで死亡が確定(ごく一部のサーヴァントを召喚した時を除く)

立香の死とビーストの気配を感知し、セラフィックスに単独顕現。ビーストⅢ/R撃破。

ビーストを倒す都度、完全なビーストⅦに近づいていく。その過程で、自我が消滅。

この途中で、もしカルデアに召喚された場合、外伝のルートに移行。少しずつビーストとして覚醒していく。

ビーストⅦとして完成し誕生。カルデアに倒され、この世から完全に消滅する間際に式の書き換えが発動。全てが始まりの時に。二週目に突入。

二週目開始。

特異点Fにてランスロット召喚。ビーストの兆しはないため、魔術王からの裏切り勧告は無し。「」との繋がりは残っているため、まだサーヴァントを召喚は可能。

後の流れは一週目と大体同じ。

第四特異点ロンドンにて魔術王顕現。魔術王の手により、全ての記憶が呼び起こされる。呼符にて剣式を召喚するが、既に消滅しているため、オリ主にその霊基が宿される。クラスセイバーとして顕現。

立香が特異点を離脱するための時間稼ぐ。第三宝具発動されるも、レフの助命により一命をとりとめる。この際に、器の底にあったアヴェンジャーが覚醒。宝具使用し、魔術王に同等の傷を負わせる。魔術王の手により捕らわれる。

巌窟王の手により、救出。獅子王らの助けにより、監獄を脱出。時間神殿に到達する。

時間神殿にて、マシュと共に人王と交戦。

人王撃破。立香・マシュを救う代わりに時間神殿の崩壊に巻き込まれる。

落ちる最中に聖杯を発見。願いを込める。

星の獣の手により、聖杯の魔力が増幅。奇跡を起こす。

全ての可能性が統一化される。

Last Episodeへ。

オリ主、カルデアに帰還する。

 

 

 

 

皆様に報告したい事はたった一つです。

ようやく彼女を迎えに行けました。今、宝具LV4です。セイバーのエースとして出撃させまくってます。

十連で二回と単発で二回。まぁLV5じゃないのは、それぐらいでちょうどいいんじゃないかと。あと、インフェルノさんもLV5に。もちろんふじのんも引きました。

「書けば出る教」を信じ、連載を開始して、ようやく迎えたいサーヴァントが揃いました。書けば出る教は真実です……!

 

これにて筆をおかせて戴きます。乱雑な文章でしたが最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 




さぁ、行きましょう。良い余生を。


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カルデアに生き延びました。

4月1日になる前に。


最後は、問答無用のハッピーエンドを。


 

 俺こと、アランは時間神殿からカルデアに帰還した。

 無事再開を果たし、中へ連れ込まれ、眼前にあるのはただ一つの光景である。

 

「……なにこれ」

 

 カルデアの一室、正座させられている俺の前に広がるのは、数多のサーヴァント達とカルデア職員の姿だった。

 背後の扉はロックされており、どこぞのアサシンが召喚しやがった女看守が警護している。即ち逃亡不可能。

 

「ではこれより、お説教を始めます」

「……え?」

 

 ルーラーことジャンヌ・ダルクの言葉に、俺以外の誰もが頷いた。

 立香とマシュ、ドクターだけが微笑ましく笑ってくれていた。

 うん、助けてくれると嬉しいカナー。えっ、無理。そうですか。

 

 

「まず、アラン君。無事に帰ってきてくれた事は正直ほっとしています。

 貴方がいなくなってから、カルデアは少しだけ広くなってしまいましたから」

 

 多分、ジャンヌさんが仕切ってるのはルーラーだからだろうなぁ。他のルーラーは……。

 マルタ――多分言葉より、肉体言語で会話してくるんだろうなぁ。

 ホームズ――ロクでなしに言われると何か腹が立つ。というか名探偵だからその手はお手の物だろう。多分、俺が何かを言ったときにそれを論破してくるに違いない。

 ……ジャンヌさんでよかったわ。

 

「ただ! あの第四特異点は話が別です!」

「……あー」

 

 確かに。第四特異点はあまりいい思い出じゃない。

 アレは俺が魔術王から記憶の干渉を受けなければ、まず思い出さなかった。

 

「まずカルデアの職員の方からの証言を。ダ・ヴィンチさん、お願いします」

「オッケー。任せたまえ」

「え、貴方サーヴァントじゃ」

「レオナルドパーンチ!」

「理不尽!」

 

 鉄拳制裁とはこの事か。

 痛みと衝撃で変な角度に曲がった首をもとに戻す。

 

「……と、まぁ。これで大概はすっきりしたとして」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは近づいてくると、俺の頭にそっと手を置いた。まるで子供の頭を撫でるかのように。

 

「私からの証言なんて実はないさ。さっきのがしたかっただけだからね。

 アラン君、正直言うとね。私はあの第四特異点で全滅する事すら覚悟していたんだ。何せ、相手はグランドだからね。あの場に乗り込んで、戦ってやろうかとすら思った」

「……」

「――そこに一石を投じたのはキミだ。どういう理論か、なんて全く分からないけど。キミはあの時、英霊化した。凡庸な体で冠位に挑み、命を燃やして時間を稼ぎ続けた。そのおかげで、私達は立香君を助ける事が出来て。今、こうして人類の未来は続いている」

 

 俺と目線を合わせて、ダ・ヴィンチちゃんは微笑んだ。

 

「紛れも無いキミのおかげだよ。カルデアが続いているのは。

 ――最初も(・・・)その次(・・・)もね」

「……え」

 

 今、なんて――。

 

「繰り返したんだろう? ビーストになって私達を裏切ろうとした最初と、私達のために魔術王と戦った事。

 私達はサーヴァントだ。ありえたかもしれないもう一つの未来なんて、きっかけがあれば思い出せるのさ」

「……」

「――もう、意外とバカなんだねぇキミは。

 何もかも一人で抱え込んで、そうして先に突っ走っては消えてしまうんだから」

「……でも、そうしなきゃ……」

「そういう時こそ、大人に頼ってくれなきゃ。キミはまだ子供なんだから」

「……」

 

 そういえば、時間神殿で俺は聖杯に願った。カルデアの人々の幸せを。

 ――それが、きっと奇跡をなしたのだろう。

 俺という個人が辿った無数の末路。人理修復の際に散らばった破片(けつまつ)を拾い集めて、一つの未来(いま)を作り上げたのだ。

 つまり今、俺がいる現在はきっと。あらゆる過去と可能性が有り得たという事になる。

 まるで、魔法のようだと思ってしまう。

 

「でもまぁ、それはそれとして」

「……え?」

 

 俺の頭を撫でる手が止まる。

 そうして俺の頬に触れて、少しずつその肉を抓っていく。

 

「面倒ごとを押し付けられたんだから、これぐらいはしてもいいかなー? いいよねー?」

「いや、あの、謝りますから。その義手で抓るのはやめてください」

「うーん、最近助手がほしくてねー。こー、何でも聞いてくれるようなねー」

 

 ギリギリと力が強くなってくる。

 痛い、痛いです。ダ・ヴィンチちゃん。

 

「わかりました。なんでもしますから、許してください」

「……ほう。言質はとったよ? アラン君。万能の天才の“何でも”は重いからね?」

 

 あ、死んだわこれ。

 

「とまぁ、私から言いたい事はこれぐらいさ。それじゃああとは任せたよ、ルーラー」

 

 槌を叩く音。

 また次の人物へと移るようだ。まだ、続くのかコレ。

 

「――マスター、お気持ちは分かりますが、どうか穏やかに。

 皆、嬉しいのですよ。無事に帰ってきてくれた事が」

「……キミは」

 

 俺にそう語りかけるのは銀髪の少女。

 ……あれ、待って。俺は、彼女を召喚した記憶は――。

 

 

“キミにまだ、伝えていない事があるんだ”

 

 

“三画の令呪を以て、三度の祈りを此処に遺す”

 

 

 ――あぁ、いや。そうか、そうだったな。

 

 

 全ての可能性が、この未来に集まっただけなんだから。

 

 

「――そうだな、インフェルノ。

 あと……ただいま」

「……はい、お帰りなさい。マスター」

 

 彼女の後ろに佇む白髪の青年。彼は何も言わず、ただ目線を合わせてうなずくだけだった。黄金の鎧が微かに煌めく。

 

「という事で、次の証言はインフェルノさんからですが……」

「いえ、全てだ・ゔぃんち殿が語ってくれましたから。

 それに、マスターは帰ってきてくれた。私にはそれで充分です」

 

 そういって、彼女は微笑んだ。

 その笑顔にどこか既視感と安堵を覚えて。

 

「……わかりました。後は、キアラさんですが……」

「いえ、私も結構。後で個人的に伺いますから」

 

 それ、一番危ないですよね。

 えっ、セラピストだからセーフ?

 

「……」

 

 ちらりとアンデルセンを見る。頭を横に振った。

 アイツのタイプライターのキーボード配置、こっそり入れ変えてやる。

 そんな決意を小さく掲げた。

 

「……残りの証人はいませんね。お疲れさまでした。ごめんなさい、帰ってきてそうそう、こんな事をしてしまって。

 どうしても確認したい事があったからです」

「確認したい事?」

「はい、アラン君が第四特異点で霊基を借りたサーヴァント。その名前を知りたいのです」

 

 思考が停滞する。

 それを語るか語るまいか。俺はずっと悩んでいたからだ。

 彼女の事を、ずっと。

 

「ここからは私たちが引き継ごう」

 

 前に出たのは、人類最高の頭脳を持つであろうホームズと、新宿のアーチャーだった。

 

「こちらとしても、それだけははっきりさせておきたくてね。キミに霊基を譲り渡したサーヴァントに興味がある。

 あの戦いでは、ありとあらゆる全ての魔術が使用されたといってもいい。だから、まずキャスターが候補に浮かんだ。

 だが、キャスター諸君から話を聞いたところアレは全て借り物だ。自身で編み出したものではない。よって、キャスターは除外」

 

 あ、これマズい。

 何か、犯人探しされてるみたいな感じだ。

 

「ランサー、アーチャー、アサシン、ライダー、バーサーカーもこの中では除外した。限りなく可能性は低い。エクストラクラスも考慮したが、それではキリがないからね。

 残ったのは、セイバーだけだ。

 刀を使うセイバー――いない事はない。昔の極東は魔境ともいえる。

 ただ、それだと矛盾が出る。なぜ、彼らが現代を生きる魔術師達の魔術を使えるのか。

 シンクロニシティ、というわけでもあるまい」

「……」

「私としても、ホームズが解けない謎があるのは少しシャクなのさ、ボーイ。

 あの戦いの証言と映像を何度も見たが、ハッキリしないのだよ。アレはどこの英霊なのだネ?」

 

 違う、彼女は英霊なんかじゃない。

 寂しい事が苦手な、ただの女の子だ。

 それだけははっきり言える。

 

「……」

 

 けど、慎重に。言葉を選べ。

 あの二人だ。仕草、表情、目線。これだけで真意をくみ取られてもおかしくない。

 

「英霊って言うよりも……」

「ふむ、彼は英霊じゃないのかネ?」

「いや、彼女は――あっ」

 

 失態に気づいても、もう遅い。

 どこからか駆け付けてきたオルタ二人が、俺の元まで詰め寄ってくる。

 ……そういえば、言ってなかったなぁ。

 

「女、女か。いえ、どこの馬の骨だ貴様」

「は、じゃあ、何。私らはずっと、のろけを見せられてたってコト?」

「あ、いや……」

 

 後ろで爆笑している名探偵と犯罪教授。あぁ、そうだよなぁ。こういう光景、見るのが好きそうだもんなぁ。

 

「むっ! 新しいセイバーの気配! ここですか!」

 

 と、ヒロインXまで乱入してきた。

 あぁ、何か騒がしい空気になってきた。

 

“えぇ、そうね。だから起きてしまったわ”

 

 そんな声が脳裏によぎる。

 瞬間、ヒロインXが即座に頭を下げ――その首があったところを無拍子の一閃が煌めいた。

 

「ジェットォー!」

「あら、残念。斬りおとしてあげたかったのに」

 

 あっ、顕現した。

 それも何で俺の隣に立つんでしょうか。

 突然の乱入に、場の雰囲気が一気に冷たくなった。

 

「初めまして、カルデアの方々。私は……そうね。彼に最初に呼ばれたサーヴァント。

 名乗ってしまうと、あの子の迷惑になるでしょうから内緒にさせてもらえるかしら」

 

 オルタ二人、そんなに睨まないの。

 ダヴィンチちゃんが前に出た。そういえば、彼女のことを少しだけぼかして伝えていたっけ。

 

「どうもこれは丁寧に。外見の通り、礼節を弁えていると見た。

 私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。貴方の事は彼からそれなりに聞いていたよ」

「マスターったら、他人に女性の事を教えるなんて酷い人ね」

 

 いや、貴方もその時傍にいたと思うんですが……。

 

「確かに。ロンドンでの彼と一致している所が見受けられるね。その羽織に刀に、瞳の色。

 でもそれだと魔術は――あぁ、そういうコトか。合点がいったよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが頷く。

 魔術王の発言をくみ取れば、彼女が根源への可能性を秘めている事に気づくだろう。

 だが、それを口に出せば厄介なことになると分かったのか。ただ口を噤んでくれた。

 

「……うん、カルデアとしては姿がわかっただけでも良しとしよう」

「あら、中身を知ろうとは思わないのね」

「何、アラン君が全幅の信頼を置いたサーヴァントだ。なら疑う訳が無いとも」

 

 その言葉に、彼女は小さく微笑んだ。

 あ、痛いから。そんなに足踏まないでオルタ。

 

「――ん、終わったかい。皆」

「ドクター……」

 

 そんな空気を破るように、ひょっこりとまた姿を現した。

 白い箱を乗せたワゴンを押している。

 

「ほら、辛気臭い顔しちゃダメだよアラン君。もう面倒ごとは終わったんだ」

「……」

 

 ドクターは手袋をしておらず。その手に指輪は無かった。

 もう役目を終えたのだと。そう言わんばかりに。

 

「前に行っただろ? ケーキでお祝いをしようって。

 さぁ、新たなカルデアの幕開け記念だ。そうだね……カルデア・アニバーサリーっていった所かな」

 

 白い箱が開けられて、ケーキが見える。

 多分、厨房で他のサーヴァント達が作ってくれてるのだろう。

 

「――俺」

「ん?」

「色々あって迷惑かけてしまったけど。

 カルデアに、皆に出会えて。本当に、良かったです」

 

 声が震えそうになる。

 カルデアの人々と生きるこの時間が、本当に幸せだから。

 また何気なく、この日々を過ごせる事が、未だに一夜の夢のように思えてしまうから。

 

「何を今更。キミは、既にカルデアの一員だよ。それは変わる事のない事実だ。

 ――あぁ、いや。そんな言葉はもういらないね。だって、当たり前の事なんだから。

 お帰り、アラン君。こんなボクだけど、何かあればまたサポートするから。よろしくね」

「……はい、よろしくお願いしますドクター」

 

 

 




「と、いい風に終わらせようとしてもそうはいかんぞ、マスター」
「えぇ、そうよ。マスターちゃんには一つハッキリさせなきゃいけない事があるでしょ?」
「……あれ」

 まだ続くの、コレ?

「そうね、私も気になるわマスター。――せっかくの機会だもの。貴方の口からききたいわ」
「……」
「――何やら気になるお話をされているご様子。私に気になりますわ。せっかく、貴方のサーヴァントになれたのですから。
 夢の続きを望むのは、ごく当然の事でありましょう?」
「……えっ」

 えーと、アルトリア、ジャンヌ、「」、キアラ。
 この中から、一番を選べと?
 オルタ、ビースト、人類悪からとな?

「むっ、何やら争いの気配。いけませんよ、皆様方。節度、節度です」

 インフェルノ……。

「ですが、気にはなりませんか? 貴方もサーヴァントであるのなら、自身が選ばれたいと思うのではなくて?」
「言った筈です。私はマスターが帰ってきてくれた。ただそれだけで充分なのです」

 インフェルノォ……。

「でも、マスターは人たらしよ? 私だけじゃなくて、多様なご婦人に声をかけてるみたいだから」
「むっ」
「声をかける割には、自分ではっきりと答えを言わないもの。二人きりの時だけしか告げてくれないから」
「むむっ」
「サーヴァントなら、マスターの性格を整えるのも役目じゃなくて?」
「むむむっ……。マスター、少しばかりお灸をすえる必要がありそうですね」

 インフェルノォォォォッ!!

「令呪を以て命ずる――。共倒れになってくれ、ランスロット!」
「なっ、それは殺生ですマスター!」
「頼むぞ、円卓最強っ!」

 大丈夫、大丈夫。
 相手はアルトリアとジャンヌと「」とキアラとインフェルノだ。
 ――アレ、無理ゲーじゃねコレ。
 いや、まだだ! まだ一人、望みがある!
 最強の一角がここに!

「カルナ、頼む……!」
「ふむ、確かに。それは必要な事と見える。望みとあらば、手を貸そう」
「カルナ……」
「マスター、その性根は一度叩き直した方がよさそうだ。いい薬になるだろう」
「カルナァァァァッ!」




 あぁ、楽しい。ただこうして、当たり前に騒げる日々が、何よりも。


 もうこの道は途切れる事は無いだろう。


 だから、ただ。心の底から笑おう。心の底から喜ぼう。


 俺は、カルデアに生きているのだと。



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After1 百重の塔 ~30階

土方さん、召喚触媒の筈が、召喚記念に。
やはり書けば出るは本当だったか……。

ちなみに続きますが、まだ先は未執筆ですので気長にお待ちいただければ……。


 人理を修復してから凡そ数か月。

 カルデアは時折現れる特異点を修復する作業に追われていた。

 

「うん、急に呼び出して申し訳ないねアラン君」

「いえ、丁度暇だったんで……」

 

 本来ならレイシフトもない休日。ドクターから俺の部屋にモーニングコールが飛んできたのである。これは結構珍しい。

 マスターも元Aチームのメンバーが再加入し、人手も増えたから俺や立香が特異点に赴く回数は、グランドオーダーの時に比べると遥かに減ってきたのだ。

 それにしても、最近首が痛い。寝違えたかな。

 

「早速だけど、これを見てほしい。日本の片田舎なんだけど、そこに小さな特異点反応が検出された。

 キミに解決を依頼したいんだ。立香君は今、手が離せなくてね……」

「?」

 

『安珍様ぁぁぁぁぁっ!!』

『ぬわぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

「立香君が清姫に嘘をついてしまってね。後始末に追われているんだ」

 

 あー、来る途中声が聞こえると思ったらそれか。

 すまない、立香。そのまま犠牲になってくれ。骨は拾うよ。

 ……でも、立香がそんな単純なミスをするんだろうか。

 

「今、ムニエル君にデオンとアストルフォを同伴させて解決に向かわせているから問題ないと思うけど」

「何で、その二人とムニエルを選出したんですか……」

「大丈夫、レオニダス王もいるから」

 

 頑張れよ、ムニエル。俺も頑張る。

 

「話を戻そう。最初、カルデアのサーヴァントに斥候を依頼したんだけど、皆帰ってこないんだ」

「全員? 最初にいなくなったのは?」

「酒呑童子と茨木童子だけど?」

「……あー」

 

 読めた、何となく読めたぞ。

 これはアレだ。大事ではないけれど、厄介ごとだ。

 茨木童子はともかく、酒呑童子は中々に曲者だ。

 

「今落ち着いているから良かったものの、さすがに大半が席を外すというのも看過出来ない。

 気持ちは分かるけど……」

「まぁ、そうですね。分かりました、準備が整い次第、特異点に向かいます」

「うん、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 妙な事にオルタもキアラも、「」も見当たらなかった。

 カルデアの防衛をカルナとランスロットに一任し、アーチャー・インフェルノと共に特異点へ飛んだ。カルナなら清姫の炎に耐えるなど造作もないだろうし、ランスロットはおそらくマシュの事が心配だろうから。

 そうして、眼前に飛び込んできたのは無限に伸びる塔であった。

 

「ははあー……」

「これは……」

 

 通信の設定を確認。

 機材の調子を整え、通信状態を安定させる。さすがに人理修復した後であり、スタッフも充実しているため、安心感は桁違いだ。

 あの頃は本当に。無我夢中だったから。

 

『これはまた……。百重の塔と呼んだ方がいいかなぁ。さすが日本だ、マニアの生まれる国だね』

 

 未来に生き過ぎてる国で、悪かったですね。

 

「ちょっと長丁場になりそうだな……。アーチャー、本当にいいのか?」

「心配には及びませんとも。享楽に溺れ、さあばんとの務めを怠るようではあの方に合わせる顔がありません」

「そっか……。ありがとう」

 

 今日一日は彼女とゲームをして過ごす予定だったのだが、まさかのレイシフトで予定が埋まってしまった。それに付き合わせてしまって申し訳ない。

 

「それはそれ、これはこれ。めりはり、というものが大切で御座いますから」

『だそうだよ、ダヴィンチちゃん。情熱の発散に時間をかけるのもどうかと思うけど』

『はっはっは、いやぁ夢中になると時間を忘れるからね』

 

 特異点を一人で修正するのは、これが初めてだ。

 立香もいてくれたら、気楽だったんだけど。

 ……にしても本当に清姫の扱いを、間違えるのかなぁ。それに清姫とて立香が出動不能にする程の事を引き起こすとは思えない。

 何かこう、嫌な予感がする。

 

『おや、随分とおそかったどすなぁ、旦那はん』

「酒呑童子……」

『吾もいるぞ!』

「ばらきー……」

『待て、何故吾だけそんな呼び方なのだ!?』

 

 ふと霧がかかり、そこに酒呑童子と茨木童子の姿が映し出される。

 

『それに、まぁ。鬼を倒すために鬼を連れてくるなんて、物好きやねぇ』

「戯言を。この身はマスターに尽くすと誓った身。そこに、それ以上の理由は存在しません」

『なら、そういうコトにしとこか。その意気軒高が途切れんようしっかり、駆けあがってくるんよ?』

 

 ……?

 なんだ、今の違和感は。

 まるで、この塔に上がってきてほしいと言わんばかりの……。

 

『ふははは!! この塔には酒呑の巻いた酒気が散漫しておる! 一つ段差を上がるだけでも酔い倒れるだろうな!』

「むっ……」

「……マジか」

 

 俺もアーチャーも酒にはとにかく弱い。あと、立香とマシュも。

 ……アレ、よく考えたら酒に強い人いなくね。

 

「おのれ、姑息な手を……」

『ややねぇ。酔えば人は本音が出る。無礼講とはよく言ったもんやわ。

 せっかくの機会やし、さあばんとからの本音も聞いたどうなん? それもますたぁの役目やろ?』

「貴方に言われるまでもなく、マスターはその役目を立派に努められています」

 

 ダメだ。酒呑童子相手に言葉は分が悪い。

 こちらから一方的に聞き出す。

 

「二人に聞きたい。カルデアのサーヴァントはこの塔の中にいるのか?」

『それは上がってきてからのお楽しみやね。たぁっぷり、歓迎したらんとばかりに待ちくたびれとるさかい――酒に酔いすぎんこときいつけや』

 

 サーヴァント達が無事だという事は分かった。そのことに安堵して、胸を撫で下ろす。味方が本気で殺しあう姿は、やっぱり見たくない。

話をまとめる限り、さっきから鼻に着くこの匂いはアルコールか。

 参ったな、俺もアーチャーも酒は滅法弱い。途中で倒れないよう、注意しなきゃ。

 もうあの二人の姿は見えない。おそらくこの塔の最上階にいるのだろう。

 

『バイタル同期完了。しっかりモニターしているからね、アラン君。何かあればすぐに言うように』

「はい、ありがとうございますドクター」

 

 

 

 

「遅いわよっ!」

「……うわぁ」

『霊基反応はいつも通りだけど、ややブレがあるね。これはアレだ、酔っぱらってる』

 

 十階に到達したところで、待ち構えているのはジャンヌ・オルタだった。

 傍に転がっているのはワインの瓶だろうか。

 何かもう出来上がってるし。

 

「――で、弁解があるなら聞きますけど?」

「待て、話せば分かる」

『それ言ったら、撃たれるパターンだよアラン君……』

 

 いきなり臨戦態勢に入るのはどうなんでしょうか。

 傍らにいたアーチャーが臨戦態勢に入る。

 

「まずジャンヌ。キミはあの二人に誘われたと見ていいか?」

「――」

「肯定か。という事はアルトリアもいるな。

 ……しかし、何でまたいきなり。せめてメッセージを残すとかでもいいんじゃ」

「うるさいっ。そこの女とイチャついてゲームでもしてればいいじゃないバァーカ!」

「えぇー……」

 

 これ、アレか。構ってもらえなかったら拗ねたと。

 で反抗の証に、俺に何も言わず、ここでずっと待っていたと。

 

「バカ、バーカ、バァーカ!」

「あ、これデュヘイン入ってる(話を聞かない)わ。アーチャー、頼みます!」

「お任せを! 炎を使うものとして共感を覚えてはいましたが、マスターに対しその言葉遣いは我慢なりません!」

 

 

FGO的バトルイベント

 

 

 

「……あぁ、何コレ。最悪、ホンット最悪なんですけど」

 

 どうやら意識がはっきりしてきたらしい。

 効き目は早く強い代わりに、簡単な刺激で目を覚ますようだ。

 これなら有難い。

 彼女の手を取って、立つための手伝いをする。

 

「ジャンヌ」

「……何、文句があるなら言えば? それぐらいの事を」

「帰ったら、新宿にでも行くか。ペペさんからブランドの本貰ったんだけど、よくわからなくて。

 一緒に服でも選んでくれたら、嬉しいんだけど」

「……」

 

 俺の部屋を見るなり、ペペさんは俺にお洒落を説くようになったのだ。

 なんでも、世界を救ったマスターの一人がこんなに簡素では良くないと。

 日々勉強しているが、どうにもお洒落は分からない。

 

「どうせあの冷血女も一緒なんでしょ」

「いや、アルトリア連れて行ったら、ハンバーガーで一日が終わるから……。今は財布も厳しいし、ちょっとな」

 

 ジャンヌの表情こそ変わらないが、口の端がわずかに吊り上がっている。

 ちょっと愉悦入ってるなアレ。

 

『扱いが手馴れてるなぁ……』

「立香ほどじゃないですよ」

 

 少なくとも一つはっきりした。

 立香と清姫の一件は、彼に原因があるのではない。おそらく清姫が酔っぱらって暴走したのだろう。だがそれが思いのほか、効きすぎたというべきか。

 蛇に酒ってあんまりよくないんじゃなかろうか。八岐大蛇とかでも、酒で退治したという話は有名だし。某ゲームで再現されるぐらいだし。

 アマ公、実装されねぇかなぁ……。

 

「ジャンヌ、この特異点の修正手伝ってくれるか。頼れるサーヴァントは一人でも多く欲しい。

 カルナとランスロットはカルデアの方に回したから」

「――ウイ。それじゃあ行きましょうマスター。さっさと終わらせるわよ」

 

 ジャンヌと上につながる階段を目指す。

 さて、この先にいるとすれば。多分彼女だろうなぁ……。

 

 

 

 

 20階に到達した俺達の前に立ちふさがったのは、三人の人影だった。

 

「セイバーオルタだ、マスター」

「サンタ・オルタだ、トナカイ」

「メイド・オルタだ、ご主人様」

 

 

「「「三人そろって、アルトリア・オルタだ」」」

 

 

 何だコレ。

 

「バカなの? ねぇ、バカなの?」

「これは……。まさか忍者以外に増える方がいたとは。ジャンヌ殿といいアルトリア殿といいクー・フーリン殿といい……西洋でも分裂は流行っているのですね」

「いや、違うから! 私はあのバカ女とはルーツが違いますから!」

「すまない、ウチのアルトリアが本当にすまない」

 

 ジャンヌの発言が突き刺さる。

 これアレだ、ギャグ時空だ。

 

「ほう、何か言いたそうだな。トナカイ」

「いや、あの……。何でまた分裂なんか」

「分裂? バカを言うな、ご主人様。高速で動きつつ着替えているだけだ。人をプラナリアのように言うな」

 

 どっかの拳法家みたいな事してる……。着替えてるってのは、多分嘘なんだろうけど。

 というか、貴方達の生命力プラナリアとかいうレベルじゃないですよね。多分クマムシとかそこらへんでしょう。

 

『アレかなぁ。ジャンヌ君と似たような感じかなぁ。

 ほら、リリィのように。突然増えてたみたいな』

「アレより酷いわよ、コレ」

「ふむ、突撃女の醜態は中々な見物だったが。マスター、私達を差し置いた事は看過出来んぞ」

 

 ――え、ちょっと待って。ひょっとして三人とも酔ってる?

 ……自身の戦力はアーチャーとジャンヌ・オルタのみ。アルトリアはどの霊基においても優秀と言わしめるステータス。

 

『相手の方が戦力は多いね。どうする、アラン君。

 カルナとランスロットを送ろうか?』

「――いや、大丈夫です。アーチャーがいます」

 

 彼女は多人数戦に滅法強い。

 きっとアルトリア相手でも、引けはとらないだろう。

 カルナは……やはり最後の切り札だ。彼を出せば大概の事態は勝手に収束する。でもそれは、彼にすべてを任せる事になってしまうから。

 今の問題は、今を生きる者が中心になって立ち向かうべきだ。英霊達は背中を押してくれるだけ。そうでもなきゃ、彼らにあわす顔が無い。

 

「頼むぞ、アーチャー。全力でサポートする」

「はい、はい! お任せくださいマスター!」

 

 魔力を稼働させる。

 ここからマスターとして指示を出さなきゃ。

 

「ふむ、マスターを見定めるのもサーヴァントの役目。行くぞ、マスター!」

 

 

 

FGO的バトルイベント

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 アーチャーに防衛と牽制を指示し、ジャンヌで一騎ずつ撃破。

 バイクで突っ込んできたときは死ぬかと思った……。いや、しかもバイクから狙撃ってどうなのさ。そこはショットガンでしょ。シュワちゃんみたいに。

 

「負けたか……。ふむ、トナカイとしては上々だな。次のクリスマスを待つがいい、メリー。

 ……新しいトナカイの衣装でも考えておくか」

 

 あ、サンタオルタが消えた。

 

「……家事スキルが足りないか。夏を待つがいい、ご主人様。今度こそ料理の腕を上げてこよう」

 

 メイドオルタも退去した。

 あ、いやどちらかというとアルトリアの中に戻っていったという方が正しいのか。

 

「……見事な指揮だ。成長したな、マスター」

「そりゃまあ、貴方のマスターだからな」

 

 指揮だけならAチームにも引けを取らないと豪語出来る。

 だが未だに立香には勝てないのである。アイツ、指揮うまくなりすぎだろ。

 多分俺がアイツに勝つには、キアラとカルナが持てる力全てを解放するぐらいしか無い。アルターエゴと全体宝具って便利。

 

『お疲れ、アラン君。相変わらずいい指揮だね』

「まだ改善点ばかり目立ちますけど……」

「帰ったら復習ですね、マスター」

 

 ナイフをしまう。コイツを握らないと、俺は支援魔術すら扱えないのである。

 魔術をカドックに聞いた際、心底嫌そうな顔をされたのは記憶に新しい。キリシュタリアさんとオフェリアさんに師事して、魔術の研鑽も行っている最中なのだから。

 えっ、メディアさん? 俺に神代の魔術が扱えるとでも? と言うか、サーヴァントに習うなら、やっぱり基礎は押さえておきたいし……。

 でも、キリシュタリアさんも凄まじいの一言だ。シミュレーションの敵をサーヴァント無で突破するとかヤベェ。

 

「で、アルトリア。何でまたここに?」

「決まっている、マスター。貴様の成長を見届けるためだ。

 人理焼却は阻止したが、また次の危機が迫らないとも限らん。サーヴァントとしてマスターを立てるのは、当然の役割だろう」

「……そっか、ありがとうアルトリア。キミのマスターになれて本当に良かった」

「――ふん」

『いやぁ、このサーヴァントたらしはさすがの一言だ。立香君のサーヴァントとも交流を深めているのだから』

 

 あれ、何か変な言い方されたぞ。

 

 

 

 

 ぐだぐだ百重の塔!!

 

 書けば出るって、信じてる→出ました。

 

 

 

 奇妙なモノが見えたけど無視無視。さっさと上がってしまおう。

 ――そう思いながら階段を上がった先に見えたのは、こたつとそれを囲む集団。やたらと金色の部屋だった。

 

「おーう、アラン。ようきたのー」

「やー、壮健で何よりです」

 

 ノッブとおきたの二人。

 そして周囲にいるのは茶々と……沢庵をかじっている土方さんか。

 

「むっ……。何やら今までの部屋とは違う様子。なんと申しますか、非常にぐだぐだしてると言いますか」

「でも、締める時はきちんと締める人だし。今はこうオフって感じだと思う」

「あ、そうそうアラン。これワシのID。後でフレンド登録しとくんじゃぞ。この特異点が終わったら、装飾集めじゃ」

「今、歴戦周回中ですもんねえ。いやあ、野良だと乙る人ばかりで……。ゲーム下手な沖田さんでも見切れるんですけど」

 

 いや、だって貴方サーヴァントですし……。アーチャーとか格ゲー初心者の筈なのに、攻撃全部ジャストガードしてくるし。

 ちなみに俺は一回乙ったらランスに切り替える派です。

 まじで今作のランスは固すぎて笑いが出るわ。ガード強化とガード性能つけたら無敵ですわマジで。マムで本当にお世話になった。

 

「あ、あのっ、私もIDを……!」

「むっ、インフェルノか。でも拡散ヘヴィはのぅ……」

「そうですよねぇ、拡散ヘヴィはですねぇ……」

「な、何故です!? あの爽快感、病みつきになるではありませんか!」

「アーチャー、拡散と龍撃はソロ専用だよ基本。俺だけの時は使ってもいいけど、野良とかは避けるようにね。ゲームは皆が楽しく、皆で楽しくだから」

「ぜ、善処致します……」

『うーん、実にモンスターハントに染まっている。大衆娯楽とは興味深いね』

『うぅ……どうしてゲームは流行るのに、マギ・マリは流行らないんだろう』

 

 カルデア、どんだけ現代娯楽染まってるんだ。

 いや、まぁ俺もなんだけど。

 カドックとアナスタシアがこたつでレースゲームしてる時は微笑ましくなるけども。

 

「ゲーム? したことないけど、そんなに面白いの?」

「私も分からんな……」

「っと、目的が逸れた……。えっと、ノッブ達は通してくれるんだよね」

「まぁ、ワシらはぐだぐだしてるだけだし。戦う目的もないしなー」

「えぇ、俗にいうBATTLE無しってやつですよ」

 

 え、でもこのシナリオの敵アイコン、セイバーとアヴェンジャーだったんですけど……。

 

「ちっ、どうでもいい話ばかり……。おい、アラン。お前さん新選組の入隊希望だそうだな」

「え、あ、その……憧れてるってだけです」

 

 日本人なら幕末に浪漫を感じない人はいないだろう。

 かくいう俺も転生する前は、京都や函館に行っていたし、幕末資料館もよく行っていた。

 だって、かっこいいじゃん。

 

「ふむ……。そうか、ちょっと待ってろ」

「え、あの、土方さんー!?」

「おーい、ヒッジどこ行くんじゃーお前―。アレか、マヨネーズでも買いに行くのかー?」

 

 それからほどなくして、土方さんが戻ってくる。

 その手には、浅葱色の羽織。新選組の代名詞。当時はダサいと不評だったらしいが、俺は素直にかっこいいと思う。

 でもその羽織は何というか。新しさは感じなかった。どちらかというと使い古されたような……。

 

「やる、お前さんの活躍ぶりは聞いた。それに見合った報酬が無いってのは、どうにも筋が通らん。今も昔もそれは変わらねぇ。

 俺から言えるのは一言だ――よくやった」

「え、えっ、えぇー! で、でも」

「いいから貰ってろ。俺にはもう必要ない。

俺が使ってたモンだから合うかどうかまでは分からん。丈は好きにしろ」

「! ちょ、ちょっと待ってください……!」

 

 あ、マズい。

 興奮と驚きが変な感じに混ざって、うまく言葉が出ない。

 

「マスター、着付けはお任せを。

 鉢巻と刀もお貸ししましょう」

「は、はい……。お願いします……」

「うむ、茶々も手伝うぞー!」

 

 アーチャーと土方さん、時折茶々や沖田さん、ノッブの手伝いの下、着々と進んでいく。

 何か変な気持ちだ。

 ずっと歴史上憧れてた人から、憧れてたモノを貰うというのは。

 テンション上がりすぎて何かおかしくなってきた。

 

「わ、わー! わー! ど、どうかな、皆!」

『おや、よく似合っているよアラン君。画像は保存しておいたからね。いつでも見れるようにしておくよ』

『全く、子供みたいにはしゃいじゃって……。キミのそんな一面は初めて見たよ』

「お似合いです、マスター。立派な武士ですよ!」

 

 遠くからのけ者となっていた、オルタ二人。

 俺は完全に失念していたのである。いやでも、この時ぐらいは許してほしい。切実に。

 

「こほん……。あー、マスター。今、円卓も人員を追加しようと思っている。

 貴様が良ければ、加えてやらん事も無いが……」

「円卓かぁ……。悪いけど、遠慮しとくよ。(実力が)強い人ばかりだから」

「……なるほど。(癖が)強いヤツばかりだから遠慮すると……。物理的に減らすか」

『今、酷いすれ違いを見た気がする!』

「――ふーん、そうなんだー。マスターちゃんってば、そんなに他のヤツに浮気するんだー……」

 

 あっ。

 

「えっと、ジャンヌ……?」

「ふふっ、いいわ、いいわよ。アンタがそっちに行くってのなら――殺してでも奪い取るだけだから」

「奇遇だな、突撃女。全く同意見だ!」

『この反転(オルタ)二人は……。あーでもこれはアラン君のミスかなぁ。

 頑張り給え!』

「これだから、型月主人公ってヤツは! 地雷ばかり踏むから是非もないネ!」

「オルタは敵に回りますからね、仕方ありませんね。

 さぁ、アランさん。先輩の剣捌きしかと見届けてくださいね!」

「ったく……! 行くぞ、新入り。出動だ! 気ぃ抜いたらたたっ斬るからな!」

「内紛とか裏切りとか、戦国はそれだから。みんな茶々に平和に解決するのに……」

 

 

FGO的バトルイベント

 

 

『まさかのまさかだね……。いやはや、時代が進んでも痴話喧嘩とは恐ろしいものだ』

「何か言ったか、キャスター」

『いーや別に? 気は済んだかい、二人とも』

 

 ダヴィンチちゃんの言葉に、オルタ二人は武器を収める事で返事としたようだ。

 ……さすがにコレは予想できなかったぞ。

 まさか自分の連れて行ったサーヴァントが乱心するとは……。

 

『これに懲りたら、アラン君も自分のサーヴァントを気にかけるようにね。さっ、フォローは私がしておくから。終わり次第、先に進むように声をかけておくよ

 頼むよ、アーチャー』

「承知。行きましょう、マスター。めんたるふぉろーは専門家にお任せを」

 

 悪い事したなぁ……。

 

 

 




『いくら、アラン君を立てるためとはいえ、敵に回るとはまた大胆な事をしたね、二人とも』
「何、子供のように騒ぐマスターなど中々見れるものではないからな。――ならば肩を並べるぐらいはさせてやろうと考えたまでだ。
 そこの突撃女も同じ考えなのは、癪に障るが」
「はっ、生憎様。私もアンタに言われたままなんて、気に入らないのよ。
 しかも、何、自分の下に誘っておいてフラれるとは笑っちゃうわ」
「あぁ、そうだな。ボッチの貴様には共感しにくだろう」
「――」
「――」
『うーん、おかしいな。また殺し合いが始まったぞ!』



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After1 百重の塔 40~70階

だから、ガチャの追加は教えてくれって言ってんダルルォ!?

沖田は欲しいけど、さすがに厳しいんで撤退します。本命の土方さん引けたから目的は達成。
いいか、作者もオリ主もホモじゃないぞ(迫真)!



次回で百重の塔編完結。ちょっと話を作りたいんで投稿が遅くなります。


 四十階到達。眺めを楽しむ余裕も出てきた。

 ちなみに未だあの二人は合流していない。

 

「おや……あちらの騎乗されている方は」

「アルトリア、か。ランサーの方の」

 

 ランサーアルトリア・オルタ。何でもセイバーオルタの霊基を起点に自然召喚されたサーヴァント。要するに気が付いたらカルデアにいたのである。

 召喚した覚えがないのに、マスターと言われた時の驚きと言ったら……。

 それをランスロットに話したら、すごく同情された。アレか、ギャラハッドを初めて見た時の心境なのか。

 

「ようやく来たか、マスター。私を待たせるな」

「いや、でもここ四十階だし……。と言うかあの二人遅いなぁ」

『あー……ちょっと喧嘩してるみたいだ。もうちょっとかかりそうだよ』

「仲がいいなぁ……」

 

 ランサー・オルタが構えた。アーチャーも俺を庇うようにして立つ。

 彼女は俺の知る中で最もサーヴァントらしいサーヴァントだ。離反するなんて思えない。

 

「……にしてもアルトリア。貴方がここにいるなんて意外だ。望みがあるわけでもない、生前に後悔を抱いているようでもない。だからといって酒に溺れる訳でもない。

 俺がマスターである事が、不服な――」

「――心外だ、貴方のサーヴァントである事に不満など無い。

 ただ、一つ貴方に返さなくてはならない借りがある」

「借り……?」

 

 そんなもの記憶が――

 

「私の諸事情をバラしましたね? それもカルデアのスタッフに」

 

 あっ(外伝参照)。

 

「いや、その……」

「マスター……さすがにそれは」

『これはちょっと庇えないかな……』

『うん、私も同じ女性として共感する。それはしてはいけない事だよ』

「ご、ごめんなさい……」

「いえ、私が言いたいのはそれではない。

 別にそれはいい。マスターがサーヴァントを誇るのは当然の事。

 ですが、ですが――貴方が話してくれたおかげで、私の部屋の事が――!」

『OH……』

 

 部屋……?

 ちょっと待って。さすがにそれは俺も把握してないけど。

 

『待つんだ、アルトリア。アラン君はその事情を知らない。

 部屋の件は芋づる式に分かった事だよ』

「! そ、そうなのですか……」

「部屋がどうかしたのか?」

「い、い、いえ! 何も! 何もありません! 無いのです、我が主!

 たまたま部屋を覗かれて、口封じに黒髭を名乗る男を湖にロンゴミニアドしたまでの事なのです!」

 

 黒髭ェ……。前はアーチャーにインフェルノされてたのに……。

 

「――ふっ、王の風上にも置けない女だ」

「セイバー」

 

 あ、二人が戻ってきた。

 

「いいか、マスター。そいつはな」

「黙れ、黙れ、黙れ! マスター、耳を塞いでください! 今生のお願いです!」

「えっ、えっ」

「片づけが出来ない女だ、部屋の中はゴミで散らかっているぞ。無駄にたまらせた脂肪は飾りではないという事だ」

「黙れェッ!」

『! ランサー・オルタ来るぞ!』

「何、この雑な理由!?」

『今まで一番ひどい戦闘だね!』

 

 

FGOバトルイベント

 

 

「うぅ……マスターにもバレてしまうとは……消えてなくなりたい」

 

 ランサー・オルタの威風堂々とした態度はどこにもない。今にも自然消滅して消えてしまいそうだ。

 さすがに今回ばかりは俺にも責任はあるだろう。本人のいないところでサーヴァントの事情を話すなど、無粋にもほどがある。

 

「……わかった、俺も一緒に片づける。それでいいだろ」

「……」

「別に自分に片づけが出来ないからって言って恥ずかしがる事は無いと思う。

 自分が出来るからって他人もそれが出来るなんて考えは残酷だし。比較なんて意味がないから、俺はしないよ」

「マスター……」

 

 それに片づける事自体は嫌いじゃない。

 整理整頓された部屋は見ていて気持ちもいいし。

 

『アラン君って結構尽くすタイプだね。いい旦那さんになるよ』

「尽くすって……。いや、まぁそうかもしれませんけど」

 

 奉仕体質なのかもしれない。

 旅が始まった頃なんて、本当に自己中心的だったのに。

 

『まぁ、自分の時間も大切にね、アラン君』

「貴方もですよ、ドクター」

『おや、これは手厳しい』

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタが酒に酔ってダウン。アルトリアもややきつそうだったので、二人ともカルデアに帰還させた。幸い、五十階と折り返し地点だし。ここで戦闘に支障が出て怪我するのを見たくない。

 今、いるのはアーチャーとランスロット。清姫の件も解決したそうなので、カルナも参陣してくれている。

 

「にしても、俺もアーチャーも全く酔わないな」

「確かに。折り返しにも関わらず、お二方とも変わらないように見えます」

「――あの鬼にとって、お前達に上がってもらう理由があるという事だ。それがこの塔を作り上げた理由なのだろう」

 

 階段を上がり――そこにいたのは、鋼鉄の白衣だった。

 

「うわぁ」

「その声は何でしょう。私も些か傷つきますが」

「……すみません」

「よろしい、言葉は心を容易く傷つける容易な手段です。言葉に出す内容を心の中で復唱してから話すように」

 

 ナイチンゲール、立香が召喚したサーヴァントの一人で北米神話大戦にて縁を結んだ者。

 鋼鉄の精神を持ち、近代看護の基礎を作り上げた超人。俺が思うに、星の開拓者を得ていてもおかしくはない程、熾烈な生前を歩んだ女性。

 

「アラン、手を出しなさい」

「は、はい?」

「貴方のバイタルチェックです。肉眼の方がより確実です。カルデアでは治療の優先度は低いと判断し、経過観察としていましたが。特異点に赴いたとなれば話は別。

 今ここで診察させて頂きます」

 

 瞬く間に腕をとられ、脈を測られる。

 カルナを見るが、首を横に振るだけでありどうやら交戦の必要はなさそうだ。

 

「失礼、少し眼瞼を……。やはり」

『どうかしたかい、ナイチンゲール女史』

「ドクター、採血はとっていますか? 貧血の兆候が見られます」

『……えっ? いや採血はしてないよ。特異点もシミュレーションも無かったから』

「――……いえ、確かに不要な検査は負担につながる。であれば彼がカルデアに帰還次第、検査を。首にも小さな傷が見られます。感染のリスクもありうる状態です」

「傷?」

 

 そっと触れると、確かにかさぶたのようなものがある。

 首の痛みの理由って、これか……?

 

「虫、じゃなさそうだな」

「えぇ、間違いなく人が噛んだものです」

「人?」

 

 吸血させた事なんて無かったけど……。いやさせる気もない。アレ、人間が体験したら病みつきになって逃れられないって言うし。

 精神力の弱い俺が受けてしまえば、きっと依存してしまう。

 

「……マスター、お前の近くには護衛をおいた方が良さそうだ。異質は異質を引き付ける。

 お前の在り方が、その何かを引き寄せ吸血させるにまで至ったのだろう」

「吸血……。でも、誰が……」

「――ドクター、鉄剤の補給を」

『ん、もう送ったよ。とりあえずこの塔を登りきるまでは大丈夫と思う』

 

 ポーチをあけると、カルデアから送られてきたビンが一つ。

 俺が手に取る前に、ナイチンゲールがそれを握りしめた。

 

「ふむ、フェログラですか……。

 アラン、食事はとれていますか?」

「うん、まぁ。エミヤが作ってくれてるから栄養バランスも問題ないと思うし」

「……専門家に一任するのは目を瞑りましょう。マスターの日々が多忙である事は理解しています。

 食事は欠かさないように。医食同源という言葉があるように、食事は天然の薬も同然です。何かあればすぐにいうように」

「はい、ありがとうございます」

「……」

「……」

 

 ナイチンゲールは俺をじっと見つめている。

 いや、アレはどちらかと言うと観察されていると言った方がいい。

 

「あの、何かついてますか……?」

「いえ、貴方の事はマスターから聞いています。自己犠牲――それを自ら選ぶ者は精神に何らかの影響をきたしていると思っているのですが。

 貴方はそうではなさそうです」

「……自己犠牲なんてガラじゃ」

「いえ、そちらではなく。

 貴方の精神に、治療は必要ないと判断しました。不要な治療は病の元になりかねません」

 

 ナイチンゲール。その苛烈な性格は、ある復讐者ですら、瞬く間に退散する程。

 そんな彼女が、治療は必要ないと言ったのだ。

 

「もし自暴自棄であれば、矯正しなくてはならないところでしたが。

 貴方は生まれつき、その精神を持っている。何かに尽くす、奉仕する、その対象を貴方は強く求めている。必要としている。

 貴方にとって、それは異常ではない。ならば無理やり治療する必要はありません」

「……」

「心から笑えているのがその証拠。病に伏せた者は笑えない。だから誰かが寄り添わなくてはならない。

 薬で体は治っても、心は治りません。そもそも薬、点滴自体に病を治す力は無いのです。所詮それらは人の免疫に働きかけている材料にすぎない。

 治りたいと願いながらも、その心を折られかけている者。立ち上がりたいと願いながら、膝を屈してしまう者。それこそ、私達が傍にいなくてはならない者達――即ち、患者です」

 

 そういって、彼女は微笑んだ。

 それはまるで、天使のようで。

 

「貴方は笑えている。だから大丈夫。

 進みなさい、進んで貴方の行くべき道まで、走りなさい。

私もそうします。疲れたのなら、そっと誰かに肩を借りなさい。人は一人では生きられないのですから」

 

 そう告げて、ナイチンゲールはカルデアに帰還した。

 ただ俺に告げる事を言い放って。

 心が、少しだけ軽くなる。俺がカルデアにしてしまった罪は消えないけれど。でも僅かにその重さが減ったように思えた。

 

『いやぁ、一方的なカウンセリングだったね。アラン君、大丈夫かい?』

「……ちょっと圧倒されましたけど、何とか。治療対象にならなくてほっとしているというか、気が抜けたと言いますか」

『治療は受けなくて正解だったと思うぜ。だって今、私達の後ろから立香君の悲鳴が聞こえているからね。ついでにアルコール臭さも』

『あれかなぁ、全身消毒されてるのかなぁ……。粘膜にアルコールは刺激にしかならないんだけどねぇ』

 

 マジで頑張れ、立香。

 

 

 

 

 六十階に到達。眺めもちょっと良くなってきた。

 ちょっとしたスカイツリーみたいだ。

 

「マスター、次のサーヴァントだ」

 

 ランスロットとカルナもいるし、この二人がいれば不安は無い。それに加えてアーチャーもいるのだ。

 どんなサーヴァントだろうと、勝利をもぎとれ――。

 

「うふふ、殺生院キアラここに」

 

「――おうちかえる!」

 

「それは出来ない。諦めて現実を受け入れるがいい、マスター」

『あちゃー……幼児退行しちゃった』

「あの……キアラ殿とマスターに一体何が……?」

 

 聞かないで、アーチャー。

 心臓を貫かれた相手なんだから。どうにも彼女は苦手なんです。

 

『ただねぇ、セラピストとしても超一流だからね、彼女は。

 現にカルデアスタッフの何人かもお世話になってるし』

「マスターったら、女心が分かっていないご様子。私も傷ついてしまいます」

 

 あぁ、そうだよなぁ。

 バレンタインで食われかけた事(物理)、まだ覚えてるからなぁ! しっかり受け取ったのによお!

 ランスロットが駆け付けてくれなかったら、いろいろと失ってビースト顕現してたからなぁ!

 

「キアラ殿、さすがにバレンタインの一件はマスターも傷を負っておられます。

 そのお気持ちを察してはいますが……」

「同情は不要だ、湖の騎士。アレは二面性の強い女だ。本質を突かなければ、変わる事は無い。古代ウルクの王ですらその本質を見誤った程だ」

「むむむ……どうにも私めに心の機微と言うのは……」

 

 アーチャーには難しいよなぁ。女と恋の世界(CCC)の話は。

 咳ばらいを一つ。

 

「キアラ、何でここに? 酒におぼれるような性格じゃないと思っていたけど?」

「マスターのために、待っていた――と言えば信じていただけますか?」

「信じるけど」

「えぇ、そうでしょう。私のような女を……はい?」

「いや、信じるけど。

 貴方の事はまぁ、何となくわかってる。自己愛と言うか承認欲求が強いから」

「……酷いお方。女の内面を、大衆の面前で告げるなんて」

 

 ははは、色々とさらけ出しているやつが今更ナニを。

 お前の宝具を初めて見た時の衝撃は忘れてないからな。

 

「で、戦うのか」

「いえ、ただ貴方様と――お茶をしたいだけです」

「……はい?」

 

 ちょっと何言っているかよく分かんない。

 

「酒の香りもそろそろ体に充満してくる頃。ここにお茶とおはぎを用意してあります。

 それを肴に、貴方様とお話が出来ればと思いまして」

「……うーん」

 

 確かに、どこかで休憩はとりたいと思っていた。俺もアーチャーもここまで休みなしで駆け上がってきたのだ。

 さすがに彼女に休息をとらせてあげたいとは思っていた所ではあった。

 ……まさかそれを見越していたとか? ははっ、まさか。

 

「アーチャー、どうする?」

「……御心のままに。私はまだ頑張れますとも」

 

 カルナを見る。首を横に振った。

どうやらアーチャーは無理をしている様子では無さそうだ。

 

「それじゃあお言葉に甘えよう。酒は急に回ってくるから」

 

 

 

 

「……いいもんだなぁ」

『平和だねぇ、いいなぁ。ねぇ、ロマニ。後でイタリアにレイシフトしてもいいかな。ヴェネツィアが懐かしくなってきた』

『またその時にね、レイシフトもタダじゃないから……』

 

 回廊に腰かけ、景色を眺めながらお茶を啜る。ランスロットが毒見をしてくれたところ、特に問題は無いとの事だった。

 ランスロットとカルナも、アーチャーとお茶をしながら談笑している。こんな機会、あまりなかったしなぁ。

 

「アラン様」

「どうした?」

「……あまり、大きくは言えませんがお礼を。貴方様には返しきれない恩があります」

「恩? セラフの一件なら、別に他意は無かった。立香を助けるためにやった事だから」

「確かにそうかもしれません。ですが、貴方様のおかげで、私は奪われた筈の二十五年を取り戻せた。

 取り戻せて、今こうしてカルデアにいる。それがただ嬉しいのです。私はまだ人でいられたから。周りが虫に見えたその、恐怖は……。私が私であった頃が潰されていく感覚は」

「……」

 

 あの時、俺は点を二度突いた。

 どうにもそれが、彼女の本質を取り戻したらしい。

 並行世界の自分がやらかした事を、見てしまったのだろう。多分それを、彼女は気にしすぎている。

 

「……」

「貴方はただ環境が悪かっただけだ。……もし普通に生まれていたのならきっと。

 小さな欲を満たせる未来が待っていたと思う。小さな幸せを、少しずつ噛みしめていく人生があったと思う」

「……」

 

 ――貴方はそれを奪われた。だからきっと、貴方も被害者なんだ。

 その言葉を、飲み込んだ。下手な同情は相手を傷つけるだけだ。

 

「――ん、そろそろ行くよ。気持ち的に楽になってきたし。

 早くカルデアに帰ろう」

「人手は足りていますか?」

「ん、十分。これ以上はさすがにな。あの二人にはまだ聞きたいことが残ってるだろうし」

「お気をつけて。お帰りをお待ちしてます」

 

 それがずっと続くといいんだけどなぁ……。

 たまに快楽天のスイッチ入るからなぁ……。

 

 

 

 

「やあ、ミスターアラン。壮健そうで何よりだ」

「ホームズ……」

 

 七十階について、現れたのはカルデア顧問の席に着いていた筈のサーヴァント。

 立香達が第六特異点で出会った、シャーロック・ホームズその人。

 

「面子も予想通りだ、施しの英雄と名高い彼がいるのなら、興味本位の問いも意味がないな」

「心外だ、探偵。オレはただ真偽を見抜くだけ。お前のように洞察に優れているわけではない。

 何より――今のオレは空気が読めるようになった。ネタバレは楽しみを奪うとジナコからしつこく言われたからな。読めるようになった筈だ。……読めるようになっているか? マスター」

「大丈夫、言葉は足りているよ」

「そうか……。そうか」

『で、魔術協会に出すレポートはどうしたんだい、ホームズ。量は膨大だ、いくらキミといえど、簡単に終わるとは思わないけど』

「あぁ、その事なんだが、さすがに飽きてきたのでね。気分転換にこうしてワインを楽しんでいるというワケさ。

 カルデアには酒の貯蔵が少ない。大吞みがいるからと言って、安酒ばかりそろえるのは感心しないがね」

 

 キミもどうかな? とグラスを差し出されるも首を振って断る。

 まだ飲める年齢じゃないんですってば。

 

「つまり、ホームズ殿。貴方は……お酒を作ってもらう代わりに、酒呑童子に協力したという事でよろしいですね?」

「イエス、その通りだとも!」

『マーリンと言い、ギルガメッシュと言い、ホームズと言い……何でこんな奴ばかり頭が切れるんだろうね』

『よし、アラン君。叩き潰せ、ぶん殴れ、私が許可しよう。ここにいる技術者諸君も同じ意見だよ。酒につられたサボリ魔に制裁を与えたまえ』

『ヤるんだ、ボーイ! ヤツの腰を砕いてやれッ!』

 

 何で、プロフェッサーまでいるんですかね……。

 

「カルナにランスロット卿、アーチャーか。確かに一流のサーヴァントばかりだ。

 だがキミ達が駆け上がってくるまでの間、私がただ酒を楽しんでいたと思われるのも心外だな。

 ――現在のキミ達の力と私のバリツ。既に頭の中でシミュレーションはくみ上げてある。そうだね……ホームズ・ビジョンってヤツさ」

 

 お前、あの映画見ただろ。

 

「ワトソン、どんだけ苦労してるんだ……」

『ボーイ、探偵ってヤツは皆、ロクデナシなんだヨ』

「ははは、ひとでなしのキミに言われたくないな教授。それに私はワトソン君に吹き矢を当てたり、彼の奥さんを列車から投げ出したりはしないとも。爆破物をファラオの墓に入れて処理するのは、やりすぎだと思うさ」

 

 お前やっぱり、シャドウゲーム見ただろ。

 

「アーチャー、令呪を以て命ずる。――探偵を放り投げろ」

「承りました!」

「……何?」

 

 まさか令呪を使ってくるとは思わなかったのか。

 意気軒高とロープを構える。

 

「カルナ、退路を塞げ」

「承知した」

 

 カルナが槍を振るうと共に空間が炎に包まれる。視界を遮るほどの火柱が僅かな時間の間、燃え盛る。

 酒呑童子の酒気は何でも引火しないようになっているらしい。まぁ、それはそうだ。

 であれば、この百重の塔を放火するだけで解決してしまうから。

 

「っ……!」

「悪いがアラン君、彼女の腕は決めさせてもらった。あまりバリツを甘く見ない方がいい。

 さぁ、次はどうするかな。カルデアのマスター」

 

 炎が収まり見えたのは、アーチャーの腕を掴んでいるホームズの姿。

 それはそうだ。ケツァル・コアトルのルチャをかいくぐって、関節技を決める程の彼が、アーチャーに後れを取るはずがない。

 でも、そんな事とっくに想定済み(・・・・)だ。

 

「ホームズ、貴方こそ俺のサーヴァントを甘く見ないでくれ」

「……むっ?」

 

 ホームズが違和感に気づいた。

 今、俺の傍にいるのはカルナだけ。――ランスロットがいない。

 

「アーチャー、設置は終わった?」

「はい、滞りなく」

 

 ホームズの背後(・・)から、アーチャーの声がした。

 ――ホームズの顔が怪訝に染まる。ならば彼が今掴んでいる彼女は誰なのか。

 

『彼は世界を救ったマスターの一人だよ、ホームズ。サーヴァントの運用なら、彼と立香君はキミに匹敵するよ?』

『素晴らしいネ、アラン君。私と一緒に悪だくみでもしないかい?』

「!」

「さすがの御手前です、ホームズ殿。私も鍛錬が足りないようだ」

 

 彼女の姿が変化する。

 ――アーチャーに変装していたランスロットが、姿を現した。

 彼の宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グローリー)』。その完成度はとある聖杯戦争で、完全にアルトリアを騙して見せた程。

 

「そうか……! 変装能力……。カルナの炎で場を攪乱させたのか。

 錯誤を利用したトリックとは、実に面白い」

「令呪を以て命ずる。脱出しろ、ランスロット。

カルナ、炎を消してくれ。ロープが切れてしまう」

 

 令呪の力を得て、俺の下にランスロットが帰還する。

 カルナが槍を振るい、風圧で燃え盛った炎を鎮火させた。

 

「……ところで、先ほどの放り投げろとはどういう事かな」

「いや、ホームズが抜けだしたのは気づいてたから。どう説得するか考えてたら、教授とダヴィンチちゃんから助言をもらってさ」

『せっかく、アーチャーがいるんだ。本場の格闘術を体験させてあげるといいとね!』

『ついでに外に放り投げてしまえともネ!』

「あぁ、少し待った。探偵らしく忠告をさせてくれ。

 アラン君、この先にキミのサーヴァントが待ち受けている。彼女はそこでキミにある事実を告げるつもりだ。

 ――そこでキミは思い知るだろう。女性は完全に信用に値する者ではないとね」

「……まぁ、それは俺が決めますよ」

 

 自分の目で見て、英霊を判断する。

 立香から習った事だ。生前の逸話、伝説に惑わされることなく英霊を理解する事。

 要するに百聞は一見に如かずという事だ。

 

『遺言は終わったかい?』

「忠告だと言ったのだが……。フッ、いいだろう。英国紳士はこんな事では動じない。

 ライヘンバッハに比べれば――あぁ、いや待った。あの時は教授と言う肉シートがあったからであって」

「アーチャー、ゴー」

「御下命のままに!」

 

 ――まるでどこぞの芸人のように、全世界屈指の知名度を持つ名探偵は空へ放り投げられた。

 

「あああああ、あああーーーー!!」

『ぶははははははは!! ザマァみろ、ホームズ! ははははは!!』

 

 教授は嬉しいだろうなぁ。生前の意趣返しが見れたんだもんなぁ。

 

『あれ、急に静かになったねプロフェッサー』

『ま、マズいぞ。笑いすぎて、霊基が消滅しかけてる!』

『婦長を呼べぇっ!!』

 

 残るは三十階。

 よし、あと少しだ。

 




でもガチャで課金したのは男キャラの方が多いんだよなぁ(白目)。


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After1 百重の塔 80階~100階

おかしい……俺は新選組を召喚するためにこの話を書いたと言うのに、何故沖田さんは来ない……?

と言う訳で、百重の塔編終了でございます。また実装されたサーヴァントが来れば、召喚祈願で投稿するでしょう。


これ、異伝形式で書いた方が楽だったんじゃ……。


 

 

 

「あら、いらっしゃいマスター」

「……」

「ふふっ、予想通りの反応をありがとう」

 

 笑顔で待っていたのは、「」の姿。しかもご丁寧に日本刀まで携えている。

 何で俺の周りって爆弾ばかりなのかなぁ。あ、俺が一番ヤバいからか。

 

『ん、んん?? ……おかしいな』

「どうかしたんですか、ドクター」

『いやね、そこのセイバーの反応なんだけど……いつもよりかなり強いんだ。

 最終強化と言った方がいいかな。霊基が限界まで強化されてる』

「え?」

 

 サーヴァントを強化した記憶は無い。スキルも霊基も、十分強い範囲までは上げたはずなのだが……。

 聖杯はまだカルデアに切り札として、厳重に保管されている筈。無断での使用はいくらマスターやサーヴァントと言えども処罰の対象になる。ちなみに罰の内容はエリザベートの手料理フルコースにネロ皇帝のライブ付きだ。さすがにこれを破るようなヤツはいない。

 

「……種火はしばらく使ってないしなぁ」

 

 立香に三桁ぐらいは渡したはずだ。もう俺のサーヴァントは充分な強さを持っているし。

 一体何をしたら、強化されるのか。

 

「あら、簡単な事よ。貴方の血を飲んだの。こう、夜中に忍び込んでね。

 まず貴方の寝顔を堪能してから、首の所を小さく切って。貴方を味わったら、また寝顔を見て、時々寝床に一緒に入ったりして。夜明けが近くなったら、また出ていく。

 私にとって、何の変わりもない日常よ?」

「――」

「――」

「――」

『――』

『――』

 

 ――。

 

『通りすがりのオリオン君、何か一言を』

『だから、女神はやめとけって』

 

 サンキュー、オリオン。ちょっとフリーズしてたようだ。

 あぁ、道理で。首が痛かったわけだ。

 

「……で、何で俺の血なんかを」

「気づいてないの、マスター? 貴方の血はね、サーヴァントの霊基を強化させる力があるのよ」

「……何ですと?」

 

 ちょっと何言ってるかよく分かんない。

 そんな俺の表情を見て、彼女はくすりと笑った。

 

「今の貴方はちょっと特殊な体質。聖杯の願いによって生まれた――ホムンクルスに近い。

 純粋な魔力によって、貴方の体はもう一度作り直された。……真エーテルの体から生み出される体液。魔術師さんなら、喉から手が出る程欲しい一品よ?」

「三行で分かりやすく」

「マスターの体液で

 レベルマスキルマフォウマ宝具凸し放題

 QPと種火と素材はいらない子」

 

 カルデアの設備全否定してませんか。

 

『……ほう。じゃあアラン君と契約しているサーヴァントは皆、ブーストされていると考えていいのかな?』

「体液を飲んだサーヴァントなら」

 

 それ、貴方だけだから。

 サーヴァントとそういう事はしないって、心に決めてるし。

 

『あー、うん。ドクター、あとは任せるよ。ちょっとオルタとセラピストが暴走しそうだから』

「……なぁ、セイバー。何でいきなり俺の血を?」

「ただ貴方と一つになってみたかっただけ。そうすれば、どこに跳んでも、貴方を追跡できる。

 あぁ、でもまだ粘膜接触はしてないわ。私だって、さすがにそれは恥ずかしいもの。時と場合を弁えてからね」

 

 そういって顔を赤らめる彼女。

 そうしてると女の子らしいけど……。

 

「……待った。俺の部屋のロックは起きた時にはしっかりかかってた。キミがもし入ってきたなら鍵を壊すしかない。

 それは、どう説明する?」

「簡単よ、鍵を一度殺すの。そうしてまた出ていくときに、新しい鍵に書き換える。それだけよ?」

 

 夜這いに根源を使わないで。

 魔術師が聞いたら卒倒するから。

 

「それに、マスターの生き血を啜りたいと思ったのは私だけじゃないわ。

 そうでしょう? そこのアーチャーさん」

「――」

 

 彼女の視線は、アーチャーを見ていた。

 

「だって貴方、時々マスターの事を壊したいような目で見ているもの。さすがの私でもちょっと看過出来ない事は何度かあったわ。

 鬼の血が流れるお人は、みんなそうなのかしら」

「……否定はいたしません。それは事実でございます。反転衝動、それが鬼の血を引く者の定めなれば」

 

 カルナもランスロットも幸い、アーチャーに視線を向けるだけだ。彼女の事を信頼してくれているのだろう。

 

「なら――」

「――ですが、そんなのは抑え込んでいます。気合です、気合。

 所詮は気持ちの問題。僅かに溢れてしまう事もしばしばありますが、それはそれ。

 鬼の宿命など、既に塗り潰しております故」

「アーチャー……」

「そう……。それが事実である事を願いましょう。そして証明は出来る? 貴方に、彼を守る事が出来ると」

「当然の事。それが、アーチャーである巴の為すべき事。そして果たし続ける事。あの方との、約束でありますから。

 さぁ、マスター。ご指示を!」

「あぁ、分かった!」

 

 

FGO的バトルイベント

 

 

「あいたたた……。せっかくの着物が」

「あっ、し、失礼しました! 後でお召し物を……!」

「ふふっ、ごめんなさい。ちょっと意地悪してみたの。

大丈夫よ、マスターが選んでくれた着物があるから」

 

 おっと、カルデアの通信から視線を感じたぞ。

 見なかったことにしよう。

 

「さぁ、塔も残るところ二十階。上にいた鬼の子なんだけど、私が近づいたら逃げちゃったのから、残る戦いは実質一回ね」

 

 茨木ェ……。いや、まぁ吸血の下り知ったらそうなるよなぁ。

 

「マスター、帰ってきたらまた貴方の話を聞かせてね」

「うん、終わったらね」

 

 

 

 

 

 百階――。酒気の影響がかなり強くなっており、カルナとランスロットは下の階に待機させた。何かあればすぐ令呪で駆け付けられるようにはしてある。

 

「えぇ、眺めやわぁ。ようここまできはったなぁ」

「ふははははは!!!」

 

 茨木の笑いも何故か、やけくそ気味に聞こえる。

 何か苦労人の雰囲気を感じるなぁ。

 

「旦那はんもようあがってこれたねぇ、ええ子ええ子」

「戯言はそこまでです。この塔を早く解体なさい。

 約束通り、上がってきたのですから」

「なんや、遊び心が無いなぁ。――まぁ、ええわ。

 それよりあんたはんに聞きたい事があってな」

「……何でしょうか」

「――あんたは鬼なん? それとも人なん? まぁ、ウチからすれば答えはもうみえとるんやけどね」

 

 怪力、炎――それらから導き出される答えは一つ。現代に生きる者でも、その血を引く者はいる。とある山の中で仙人のように生きる男や、名家の当主の少女などが当てはまる。男の方は俺も出会った事があるからだ。

 

「それに旦那はんも気づいてるようやし。そろそろ答えを聞きたいと思うてなぁ」

「……そんな事のために、わざわざこんな塔まで。

 あぁ、ですが。私なら既に答えは得ています」

「ふぅん、なら聞こうか」

「私はアーチャー、巴御前。鬼の血を引く人間であり、人の形をした鬼でもあり。

 そして――マスターであるアラン様にお仕えるサーヴァントに御座います。ただ、それだけです」

「……アーチャー」

「――なら旦那はんにも聞こうか。あんたはどっちに見える?」

「……どっちもだよ。彼女が言ったように、人にも見えるし鬼にも見える。けど、彼女は彼女で。俺の召喚に応じてくれたサーヴァントだ。

 俺にはそれで充分」

 

 俺とアーチャーの問いに、酒呑童子は小さく息を吐いて。器の酒を飲みほした。

 その行為に到底、戦いの気配は感じられない。

 

『――おや、魔力の気配が弱くなったね。牙はしまってくれたようだ』

「なっ、しゅ、酒呑!?」

「茨木は、はよカルデアに戻り。ウチはまだやる事があるさかい」

 

 酒呑童子が屋根に上がっていく。

 アーチャーは俺を一瞥し、彼女を追った。

 屋上に上がったアーチャーから退避の言葉が聞こえてきたのと、酒呑童子が地上めがけて飛び降りていく光景を見えたのは、それからすぐの事だった。

 

 

 

 酒呑童子があんなにもたおやかに見えたのは、初めての事でしょう。

 きっと人を信じられないのだと。人と鬼が共に生きる事を信じられず、それでも心の片隅で願っているようにも見えました。

 

「気持ちの良い、青空ですね。

 ……そういえば」

 

 見覚えのある青空に息を吐いて。脳裏に蘇った別れの記憶を思い出す。もうそれは報われたことだ。だからいつでも抱え込む必要は無いのだと。

 屋上で、空を見上げながら私は一人言葉をこぼしました。武者らしからぬ行為ではありますが、胸の奥にまだ鬱屈した感情が残っていることを自覚したからです。

 思えばここに来るまで、長い道のりを歩んできたものだと。

 

“長い旅と永い時間でした”

 

 塔を登る度、マスターは時々困ったように、でも心の底から楽しそうに笑っている風景。それに何度穏やかになれた事か。

 えぇ、そうです。私は――アーチャー・インフェルノは最初の彼に呼び出されてから全ての記憶を持っています。この世界では剪定事象に区分されるであろう世界で。

 

「マスター……」

 

 召喚された最初の世界では彼を救えなかった。令呪の祈りを受け取り、私は世界中を旅したのだ。

 目的はただ一つ。彼を救うために。けれど死者は決して蘇らない。あの方は世界を救ったにも関わらず、それだけで英霊に昇華された訳でもない。

 だから世界を渡る事を決めた。とある異界の神を名乗る者の誘いを受けて。

 

“初めまして、俺は……アランって言います”

 

 世界を渡り、その都度彼に出会った。挨拶の言葉に心を抉られる事もあったが、私の知るあの人とほとんど変わらない。

 救うために何度も戦った。何度も刃を振るった。

 ――でも。

 

“……俺はここで終わるみたいです。何も返せなくて、こんなマスターでごめんなさい。

 どうか、貴方は生きて。幸せに、なってください”

 

 そう泣きながら私に謝り続けた。その光景を何度も見せつけられた。

 私に、貴方を救う事は出来なかった。一度たりとも、生きて別れる事は叶わなかった。

 十回を超えてから、世界を超えた回数は忘れた。そうして異界の神にこう言われたのだ。

 

“お前の存在だ。お前がもしその世界に入れば、彼の死はその時点で確定する。

 ――お前が足掻けば足掻く程、救いたいと強く願う程。その全ては彼を死に追いやるのだ”

 

 その言葉にただ発狂し、我武者羅に足掻いた。何度も手を伸ばしたけど、それが届くことは一度もなかった。

 ただ彼には幸せになってほしいだけだった。あの日々に報いる何かを返したかった。

 あの顔が、あの手が、遠いばかりで。何度手を伸ばしても――。

 

“世界を作り変える。それなら私も手を貸す”

 

 異性の神はそういった。所業に手を貸すのならば、彼を救うと。

 ――だが、その言葉に私は決して頷かなかった。

 それは裏切りだ。彼が生きる世界を、彼が生まれた世界を否定する事に他ならない。

 そうして、最後に辿り着いたのが、あの場所だった。汎人類史の中に分類される世界。

 霊基も擦り果て、燃え尽きる寸前で私は彼が生きる世界を見たのだ。

 

「……」

 

 しかし、それも彼の生きる世界にはならず。彼は獣に落ちた。

とある異邦のマスターを生かすために、私は彼と対峙して敗れた。そうして、私は消滅した。消滅した筈だった。

 ようやく終われると言う身勝手な安堵と、最期まで彼を救えなかったという後悔を胸に抱いて。

 

「不思議なものですね、運命とは」

 

弓に矢をつがえる。

 ただ青いばかりの空が、どこまでも広がっていた。

 

「――」

 

 消えて、目が覚めたのはカルデアの天井。不思議な事に記憶だけが残っている。

 彼と共に歩んだこと。そして彼に敗れた事。

 ――カルデアの人々に詳細を聞き、そこで私はようやく事態を呑み込めたのだ。そして帰ってきた彼を見て、初めて。自分の旅に一区切りがついたのだと悟った。

 

「今度こそ守り続けて見せましょうマスター。それがサーヴァントの務め。そして私自身の願いなれば」

 

 中天に浮かぶ太陽。その輝きはいつも変わらない。

 眩しい光は、あの方を思い出す。

あの方(義仲様)が、彼を守っていると願って。あぁ、そうだ。だから私はずっと、旅の最中にこの言葉を唱え続けてきたのだ。今までも、そしてこれからも。

 旭の輝きが彼の闇を照らしてくれる事を祈って。

 

真言・聖観世音菩薩(オン・アロリキャ・ソワカ)!」

 

 放たれた矢は火炎を迸らせながら、空へと昇っていく。今まで幾度となく放ってきた宝具。このような気持ちで放つのは、初めてかもしれない。

 私の旅路を思い出し、これからの未来に思いを馳せる。

 どうか彼が、健やかに穏やかに、幸せに――長生き出来るように。

 

「――アーチャー! 離脱を!」

 

 下から声が聞こえる。

 見れば、マスターはカルナ殿に抱かれて。既に塔から飛び降りていた。

 その姿を追うようにして、私も飛び降りる。

 今の彼は立派な大将の目をしている。だが、まだ年若い身。これから彼は青年として育っていくのだ。これからの時代を担い、未来を生きる者として。

 ならば私は陰から支えよう。荷物を一緒に抱える事は出来ないが、それでも。崩れ落ちそうになる体に手を添えるぐらいは出来るだろうから。

 

“義仲様――早く来てくださらないと、マスターはどんどん成長していきますよ”

 

 

 

 

 俺が初めて単独で特異点修復を果たした次の日の事、レクリエーションルームに入るといつもより人混みが目についた。

 どうやらテレビの前に多くのサーヴァントがいるらしい。

 

「あっ、ちょっ、アンタねぇ……!」

「ふっ、これだから突撃するしか能のないサーヴァントは」

 

 アレはジャンヌ・オルタとアルトリア・オルタの二人。

 ゲームをしているのはインフェルノと……孔明か。

 

「おはよう、アランちゃん。あら、やだ。買ってきた服を早速着るなんて、女心が分かってるわね」

「おはようございます、ペペさん。……これは」

「ふむ、来たかアラン。よし、変わろう」

「えっ?」

 

 孔明からコントローラーを握られるも、まだ事態が呑み込めない。

 周りのサーヴァント達やマスター達も声援を飛ばすか、見守るかに徹している。

 

「マスターならばサーヴァントと交友を深めるのも、役割の一つだ」

「マスター、私とチームですよ! さぁ、ドン勝を目指しましょう!」

 

 いつもと変わらない一日。

 何てことはない。長い旅の末に、俺が得た穏やかな日常があるだけ。

 今日も俺は、カルデアに生きている。

 

 





「あの、アーチャー」
「はい、如何されましたか?」

 シミュレーションを目前にして、彼女に声をかけた。今から彼女が赴くのは、マスターが不在の戦闘訓練である。
 いつもなら、簡単に声をかける筈なのに。どうしてか、今の彼女とはしばらく会えないような気がしてしまって。
 なんだか、親離れ出来ない子供のようだ。

「いや、その。無事に帰ってきてほしい。貴方の声を、また聞きたいんだ」
「……はい、無事に帰って参りますとも。ですからどうかマスターも、不安な表情をなさらないでください。
 まるで、今生の別れのようではありませんか。大丈夫です、私は必ずまた会いに来ますから」
「……アーチャー」
「はい」


「行ってらっしゃい」



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リアルガチャログ 1月~6月

現在執筆している短編がなかなか進まないので気分直しに。
リアルガチャ結果を書きなぐっております。

尚、本編とは一切関係ない模様。
何の事故で私が正気に戻ったら消します()


 

「マシュ、そろそろ運営も星四がダブったら何か交換してくれると嬉しいんだ」

「それを私に言われても困ります先輩」

 

 俺の言葉に、冷静な反論を返す我が後輩。さすが我がカルデアの守備NO1は違う。いつになったら絆レベル解放されるのかな。

 それともアレか。まだ心を開いていないのか。

 

「ははは、現実逃避も時には必要さ。情報の整理、精神の安定はこれからの我々にとって重要だからね」

「ですが、ホームズさん。最近の先輩のガチャ率はちょっと、かなり、狂ってきていると思います。それにここはカルデアに比べるとやはり……」

「まぁまぁ。シャドウボーダーはカルデアに比べれば狭いけど、人が増えるのはいいコトだ。

 戦力の充実は大事だし、彼がそれで心を落ち着けるのなら願ったりじゃないか」

「……貴様らが何を話しているかは分からんが、ガチャとはアレか。まさか、英霊召喚の事か?」

「慣れるんだ、おっさん司令官……。慣れれば、アイツの爆死した顔がちょっとした喜びに感じる」

「狂っているな、貴様ら!」

 

 本日もシャドウボーダーは通常運転。

 QPが枯渇している俺達にとっては宝物庫を回る日々である。

 

「あれ、座標地点への合流って」

「言うなシルビア。大人の事情だ」

 

 第二章配信はよ。

 ウチのブリュンヒルデがウズウズしている。

 

「それで先輩。まだどなたかが出たのですか」

「……インフェルノが四枚抜き」

「……ストガチャですか?」

「沖田オルタピックアップ」

 

 ははは、これで宝具レベル9だぞインフェルノさん。アレか、俺が金元さんのCVがストライクだったのが悪いのか、ガチャがそれを狙ったのか。

 エミヤのピックアップとは一体。

 

「だが気を落とすな、小僧。アレだろう、十連だけなら十分いいではないか。

 貴様の運は確かだったと言う事だ。だから破産するのはやめておけ」

「――先輩、ちなみにいくら課金しましたか?」

「六万」

「前回の明治維新ピックアップは?」

「三万」

 

 一気にシャドウボーダーの雰囲気が暗くなる。

 あぁ、取り調べが始まる。

 

「ふむ、では読者の方にもこちらの事情を話す事で気分を紛らわして頂こう。他人の散財程、上手い蜜もあるまい」

「鬼か、貴様!?」

「ガチャの結果はカルデアからの醍醐味だもんなぁ……。某まとめサイトのガチャ画像は吐きそうになったけど」

「まず、今年に入ってから早速キミは課金したね。まぁ、福袋ガチャは許そう。アレは確定だから、我々も安心して見守れる」

 

 福袋ガチャ、それぞれ一回限りのクラス別に八つぐらい用意してくれないものか。確実に引くぞ俺は。

 

「ちなみに今年の福袋は何だったのかな」

「ネロ・ブライド」

 

 完全にノーマークだった。CV丹下さんは俺の耳に悪いから良い文明。

 ちなみに初ネロである。第一再臨で使ってますハイ。

 

「ふむ、確か同時に正月ピックアップもあった筈だ。その結果も聞こうか」

「期間中で四万。ギルガメッシュ(単発)、北斎×2でした」

「ははは、何だいい結果じゃないか」

「でもメルトも欲しかったんだよな」

 

 CVはやみんは良い文明。

 と言うか俺さっきからCVの話しかしてないな。

 

「ちなみに十二月の結果はどうだったんだ」

「エレシュキガルとアビー」

「……ちなみにいくらだ」

「前者は配布石十連、後者は呼符」

「丘に連行しろ」

「被告【呼符でアビゲイル引いた奴】」

 

 アビゲイルは引けたらいいなって心意気でした。某実況者の性癖も狂わせたしな!

 そしてシバにゃんはいない。

 畜生、あんなにドストライクだったのによ!

 

「確か、一月には贋作イベントもあったね。オルタマニアのキミにとっては絶好のチャンスだっただろう?

 それに彼女を引き当てたいから、作品においてヒロイン格に引き上げたと聞く」

「あぁ、二万で出たよ……」

 

 あの頃のダヴィンチちゃんを見て、泣きそうになったぞ畜生。

 何であの人の幕間はいつも涙腺特攻なの。

 

「そして節分イベント。君はアーチャーインフェルノを宝具四にしているにも関わらず課金したそうだね」

「いや、いいイベントだったら運営にお金落としてるんで」

 

 バトルキャラ班の人達は本当に良い仕事してくれてるんですよ。

 

「結果はどうだった?」

「頼光さんと酒呑の二枚抜きで、インフェルノは来なかった。一万で撤退しました」

「うわぁ」

 

 あの頃の雰囲気はやばかった。

 ライダー金時と武蔵ちゃんがいなかったら、戦争待ったなし。

 

「そして、キミが執筆にとりかかった一番の理由、大本命である空の境界だ。

 いや、まさかヒロイン格にした人物がこれでほぼ復刻されるとは……。大変満足いく結果と聞いていたが」

「二万で剣式四枚(十連で二枚、単発二枚)、ふじのん一枚でした」

「素直におめでとうと言っておこう」

 

 サンキューホームズ。

 CCCコラボは人を選ぶ。キアラは好き嫌いが別れるからね。

 あの人、経緯まで知って境遇を考えると完全な悪とも言い切れないのよ。いや、やった事は外道だけど。

 

「……話をまとめるとキミはアレか。声で決めているのか」

「もちろん。後、シナリオ。

 新宿のアーチャーはガチャ引く気なかったのに、引いてしまった」

「……ちなみに私の時は?」

「正面カットインはいい文明。財布も軽くなる」

「ビューティフォー」

 

 閑話休題。

 

「そして獣国のピックアップだね。まさかキミが引きに行くとは思わなかったよ」

「いや、アレはシナリオで完全に引きに行きました。まさか一章からあのクオリティとは思わなかった。オルレアンかオケアノスかな、と思ったら歴代最高更新してきた。

 サリエリ先生最高」

 

 拗れたキャラクター大好きなんです。

 これだからFGOは止められない。何かイベントがある都度、新しい属性への扉を開いてくれる。アレか、開拓者魂か。

 

「ところで結果は?」

「カドック君には悪い光景を見せてしまったなって」

 

 いや、当てるつもりはなかったんですよ。

 アタランテ・オルタとアヴィ先生狙いで行ったら、初回の十連で出たんだ。ホントなんだ。

 

「ちなみに雷帝は?」

「ははは、何を言っているんだ。黒田さんのCVならオジキがいるじゃないか」

 

一万課金して、爆死したので撤退した。

 CV的にはすごくほしかった。

 

「そしてまさかのレイドイベントとなったアポクリファイベント。二年もの間、待たされていた彼がようやくの実装。呼符で当てたそうだね、それも二枚。

 そしてキミは確か彼のファンじゃなかったと思うが」

「ウチの地域にアポクリファ、放送してなかったんですよ……」

 

 Hu〇uあたりで最新話見れるやろと思ったら一話有料って……。

 素直に盤買います。二十二話が本当に凄かった。後セミラミスさんいい女ですほんと。

 

「原作は読んでいたんだろう? ケイローンとカルナ、モードレッドがキミのお気に入りだったと聞くが」

「アキレウスは中の人の演技のおかげで一気に好きになりました」

 

 声の力って凄い。

 アキレウスのモーションとボイスのおかげで等速にしてても、一切飽きないです。古川さんありがとう。

 

「……ちなみにシナリオの面は」

「もちろん、感謝として一万課金しました」

 

 アフターストーリーとしては完璧と言う他ないです、ハイ。

 あの形でダーニックが救済されるとは思ってなかった。やっぱりサーヴァントとマスターの関係っていいなぁって。

 

「せっかくだし、セミラミス狙おうと思ったら天草が来た。

 今はシェイクスピアにジーク君と組ませてキャスターの雑魚どもを薙ぎ払わせている」

「外道……!」

 

 バフ剥がれてからの全体宝具は爽快で気持ちがいい。

 あの二人の仲? はは、ここに来てそんな冗談を言うのはよしてもらおうか。ケツ姐ぶつけるぞ天草。

 去年の福袋で我がカルデアに来られてから、ずっと第一線を張ってきたエースである。え、メイドオルタ? 可愛いから使う。

 

「……つまりキミが使ってきた額は半年でざっと二十万か。それで何が買えたかな」

「ガチャするって事は現実を受け入れる事だ、ホームズ。

 それに、その二十万を使って俺は胸をときめく時間があった。多忙な日々のリアルの生活の中で、ちょっとした楽しみだ。その時間の対価なら、充分見合ってるさ」

「で、ですがその、先輩……。さすがに費用が大きすぎます。

 悪く言う訳では無いですが、ゲームデータの一つにそこまで大金をかけるのもと思いますし、今はインターネットの普及のおかげで動画でいつでも見れますから。それに先輩の戦力は一線を担える方々ばかりです。これ以上充実させるのは――」

「――違うんだよ、マシュ。確かにキャラクターは欲しいと思ってお金を出す事はある。

 でもね、俺が課金をする根底にあるのは決して性能では無いんだ」

「……? では、何故」

「それはね、マシュ。

 心を動かされたからだよ」

 

 それは俺がFateを初めて読み終えた頃を思い出す。

 TYPE-MOONと言うブランドの虜になった理由がそこにある。

 

「心を動かされた作品なんて、金をいくらかけても中々巡り合える物じゃない。

 けれどFGOはね、シナリオはクリアすれば無料で読める。タダで心を動かされる。

 その背景には、多くの人達の努力があるんだよ」

 

 例えばシナリオを描く人だったり。キャラクターを描く人だったり。ゲームで動かすためのモーションを作る人だったり。声を演じ命を吹き込んでくれる人だったり。

 俺のようなユーザーの目には届かない苦労がそこにあるのだ。

 

「勿論、作品に対して感想を述べて感謝を伝える事もあるだろう。けど、俺は決して言葉が上手くない。芸術のセンスがある訳でもない。

 だから、課金をして感謝を伝えているんだ。貴方達の作ってくれたモノに、俺は対価を出す程心を動かされたって」

 

 ぐだぐだ帝都聖杯奇譚のCMとかすごかった。

 それに費用不足でコンテンツが終わったら、それこそ笑えない。

 完全なる善意で腹は満たされないのだ。

 

「で、ですが……」

「大丈夫、心配してくれてありがとうマシュ。でも、これは俺がしたい事なんだ。

 もちろん課金は無茶しない範囲だよ。ちゃんと生活費も貯金も出来てる」

 

 口座が十万切ったら冷や汗掻く体質になったがな!

 ところでFGOが稼働してから〇ONYのボーナスが上がったと聞いたのですが。そのお金ってまさか……。いやよそう。俺の憶測で物事を言う訳にはいかない。

 

「ところで、一つ尋ねたいのだが」

「どうした、ホームズ?」

「限定星三はどう思うかね」

「シナリオの出来とモーションとキャラクターで許した」

 

 でも欲を言えば、常設にしてほしかったよ……。

 だって、彼と一緒に人理修復を目指すマスターがいてもいいじゃん。

 

「……だが、その主義には納得するかな。

 心を動かされるモノには確かに金を出すだろう。現に芸術とはそういうものさ。

 美術しかり音楽しかりね。それこそただ聞くのであれば、動画や画像で出来てしまう。

 でも実際に目の前で聞くからこそ、相応の価値があるって事だね」

「な、なるほど……。確かに。で、あればこれは。無駄では、ないのですね」

「あぁ、そうだ。納得は出来たかな、マシュ」

「は、はい先輩。私もこれから少しずつ分かっていこうと思います」

「うん、そうか。ならちょっと今から課金してくる」

 

 

「――は?」

 

 

「沖田オルタを宝具5にするんだよぉ! あの別れを見て、そのままに出来ないだろう!」

「あぁ、もうオルタ病が始まった! 召喚室を閉鎖するんだ!」

「先輩! 沖田オルタさんはもう宝具2です! それで充分じゃないですか!」

「俺は止まらねぇからよ! 確率0.4%だぁ!? 出るまで回せば100%だ、ヒャッハァー! 俺の財布が無窮三段だ!」

「引き際を見るんだ、マスター君! この後はもしかすると第二章に三周年記念イベント、さらには水着イベントが待っているんだぞ!

 キミのブリュンヒルデにシグルドを会わせてあげるんだろう!?」

「っっ……! だが、俺は、あの褐色おっぱいを。そしてあの涙を……」

「さらには三周年で村正が来るかもしれない。今の運営は宝具演出に力を相当入れている。それまで待つんだ! さらにはCCCかzeroの復刻も否定できない!」

「……ダヴィンチちゃん」

「……あぁ、そうだ、手を止めるんだ。落ち着いてね。力を貯めるのも大事な事だよ」

「お金は使うためにあるんだぜ?」

「よーし、このステッキでボコる! そして取り上げる!」

 

 

 

「なぁ、ホームズ君」

「なんです新所長」

「やっぱり人理ってもう一度燃やされた方がいいんじゃないか」

「ははははははは」

 

 

 




FGOって最早薬物ですよね。


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After2 いと気高き希望の花よ

Afterはハートフル路線です。
今回は伝承に触れてますが、文章間違いが多い自分なのでもしかすると間違えている可能性が極めて高いです。ワロスwwwと笑って流してくだされば幸いです。


ぼく「ストーリーが思いつかん……とりあえず書きたい事を」カキカキ
『性転換』
ぼく「作者がTS初心者!」ビリィ
ぼく「まだ作者は新しい扉を開いたばかり……。性転換して黒髭と絡む話も考えたが、ニッチ過ぎる。ましてや黒髭は紳士だからそんな事しないんじゃ……。オルタ達の前でモブおじさんにオリ主が掘られる方がまだいい……」

ぼく「せめて誰でも共感できるものを……」カキカキ
『ガチャ結果』
愚者「感想欄!」ビリィ
愚者「わざわざ感想を送ってくれた読者の皆様にも、作品を投稿させて頂いている運営の方にも申し訳ない事をした……。せめて前置きに注意書きを入れとけばよかったんじゃ……。自分への戒めとして話は消さんぞ……」

ぼく「そうじゃ。よく考えたら男キャラに触れていない……」カキカキ
『サーヴァント同士の絡み』
ぼく「……」
ぼく「……これじゃ」



 

 

 

 

「……プレゼント?」

「はい、その、暦上ではもうすぐ父の日と聞いていたので何か送りたいと思ってですね」

 

 立香のマイルームで、マシュから話を切り出される。

 もうすぐ父の日であり、マシュにとってはロマンが父も同然ではあるが、彼女の中にいた英霊ギャラハッドにとってはランスロットが父親である。

 元々逆強姦紛いによって生まれたギャラハッドからすれば、実の父であるランスロットとどのように接すればよいのか分からないだろう。ましてや彼の行いが円卓崩壊の引き金を引いたと言われれば、辛辣になってしまうのも分からなくはない。

 ――ランスロットは特異点Fの際に召喚に応じて来てくれた古参の一人だ。人理修復の際にもその剣技は大きな助けとなった。

 

「……確かに、世話になったしなぁ」

 

 俺自身も何度か助けられたし、数少ない同性であるため精神的にも楽になった事も多い。

 人理修復の後、何も贈り物をしていなかったと思い出す。

 

「じゃあ俺、ドクターからレイシフトの許可もぎ取ってくる!」

「頼む」

 

 立香にレイシフトの依頼を頼み込む。

 ここカルデアは南極に位置しており、レイシフトを使わなければ買い物は難しい。わざわざ南極へ物資を届ける苦労に比べれば、そちらの方が僅かに有用であるからだ。

 レイシフトは本来、莫大な費用が掛かる筈だがヴォーダイムとアニムスフィアの両家が私用分は賄っており、緊急の際は国連負担となっている。さすが歴史ある魔術師の家計は財力も違う。

 加えて過去へ飛ばないレイシフトであれば、難しい話でもない。過去の世界を観測し続ける事に比べれば極めて容易。

 ――ただしむやみやたらなレイシフトの使用は、国連から目を付けられる可能性もあり、自重するようになっているのが現状である。

 

「その、ありがとうございますアランさん。

 ランスロット卿の贈り物は何がいいと思いますか?」

「……一応、マシュはどう考えてるんだ?」

「えっと、その……お、お菓子とか」

 

 ランスロットの生まれは確か現在のフランス。王の息子であった筈だ。両親は早くに他界し、湖の精霊に育てられた。武者修行のため旅に出ていた所をアーサー王と出会い、その器に惚れ込み、仕官した――と俗に言われている。

 さすがに彼からどのように生きてきたかまでは聞けていない。一説に過ぎない以上、過信は禁物。

 閑話休題。

 確かにフランスは菓子やケーキが有名だ。特にマカロンやエクレア発祥の地であり、料理人達が修行の一環として、フランスを目指す事もある。確かエミヤもフランスに滞在していた時期があったとか。

 さすがに俺も菓子作りまでは得意ではない。日本の家庭料理とかなら得意なんだけど。

 

「菓子かぁ……。悪くないな」

 

 故郷の地で育ったモノはランスロットにとって確かに喜ばしい一品だろう。

 けど俺としては。彼のマスターであり、彼に何度も救われた俺としては。もう一つ何か欲しいと言うのが本音だった。

 

「ケーキにしてみようか。一人分なら丁度いいと思う。

 後は……花でも添えてみようか」

 

 ランスロットからアイリスと言う花を貰ったことがある。花言葉の意味にも詳しいのだろう。プレイボーイとか言われてるし。――ただ、貰った後オルタ二人の視線が怖かったのは内緒だ。

 それはさておき、花言葉にも詳しいのならばこちらも用意しておいて徒労には終わらないだろう。

 花言葉に詳しいサーヴァントに話を聞こうとも考えたが、マシュの気持ちを考えれば内緒にしておくのが吉だろう。ランスロットは意外にもカルデアの空気の変化にも敏感だ。

 協力してもらう人物は最小限に留めた方がいいだろう。

 

「花、ですか……」

「確か、父の日は黄色のバラを送る習慣があるんだっけか」

 

 もう昔の家族の顔も名前も、いたかもどうかすらも思い出せない。思い出す方法も無いだろう。それこそ別世界にレイシフトでもしない限り。

 けど今の俺にはカルデアの人々がいてくれるから。寂しさなんて無いのだ。

 

「ふむふむ……ではよろしくお願いしますアランさん!」

「まぁ、気楽にね」

 

 他のサーヴァントにも花を贈ろうかなぁ。

 ……オルタ達は好んでくれるだろうか。正直分からないのが本音だ。まぁ、贈らないよりはいいだろう。

 カルナやキアラにも贈るし、アーチャーにはしっかり意味を込めてあげよう。いつか彼と再会出来る事を願って。

 

 

 

 

 レイシフトの許可をもぎ取り、早速東京の新宿にレイシフトした。

 エミヤの話曰く、新宿の方が立香も土地勘があるし、そちらで材料を調達した方が失敗しないだろうと。どの時代にも客に高値を売りつける商人は存在するとの事だ。

 メンバーは俺、立香にマシュ。念のため護衛としてカルナと新宿のアサシンも同行している。戦力過剰ではあるが多めに見てほしい。

 女性サーヴァントは人目を引きすぎるのだ。面倒ごとは避けるに限る。オルタとか連れてきたら絶対トラブルになる。

 

『何かあれば連絡してくれ。もう帰還準備も終えてあるからね』

「すみません、ドクター。手を焼かせてしまって」

『いいさ、他の技術職員にとってもいい経験になる。レイシフトの観測なんて実践じゃないと積めないし』

「じゃあ何か買ってきますよ。ドクターも和菓子好きでしょ?」

『本当かい? じゃあオルガマリー所長の分も頼むよ。あの人、ドライフルーツしか口にしてないからね。

 食事は人間らしさを保つ上で大事な事だ』

「勿論。楽しみにしていてください」

 

 通信を切る。

 新宿――かつて立香が修復した特異点の一つ。その時は1999年であったが、今は2018年である。

 人混みも街並みの活気も桁違いだ。

 

「マスター、どうする? 事は速やかに進めるべきだろうが、買い物と言うのは慣れなくてな」

「慣れない? 経験があるのか」

「あぁ、ロールケーキとゲームソフトを買いに行かされた。それも瀕死の状態でだ」

 

 マジかよ。

 もうちょっと労わってあげようよ、当時のマスター――いや、でもカルナも大事な事に気づかせてくれたと言ってたから、その返礼ぐらいに彼は思っているのだろうか。

 

「おいおい……。ソイツぁ人使いが荒い主だねェ。まぁ俺も人の事は言えないけどさ」

 

 新宿のアサシンも人間関係で苦労したクチだしなぁ。

 周囲に恵まれなかった者同士としてはこう感じるモノがあるのだろう。

 

「……よし、デパート行こうか」

 

 早速食材売り場に直行だ。

 

 

 

 

 デパートの中は平日にも関わらず人混みが凄まじい。

 さすが新宿。ホームズが賑わいのある都市と言うだけある。

 

「いやぁ、いいねぇ。こう活気があると笑みがこぼれるもんだ」

「同感だ。やはり彼らはこうであるべきだろう」

 

 ――サーヴァント達の会話も、立香とマシュの会話も聞いていて笑みがこぼれる。

 彼女もつれてきたら良かっただろうか。

 着物の購入で大分手持ちが飛んだが、彼女が喜ぶ顔が見れたからそれでいい。

 

「何を送ったら喜ぶかな……」

 

 やはり彼女は俺にとって一番思い入れのある存在だ。

 それに、俺の我儘にも最後まで付き合ってくれた恩もある。

 オルタや他のサーヴァントを軽視する訳ではない。だがそれでも彼女は俺にとって、特別な――

 

 

「それは勿論、この一時よ。マスター」

 

 

 その声に足を止め、振り返る。

 黒と桜の着物、彼女に似合う花を探して俺が作った簪。

 何故ここにと言おうとして、彼女のスキルを思い出し納得した。

 

「……キミに隠し事は出来ないな」

「それは勿論。例え何があっても、終わりを超えて貴方を追いかけるわマスター」

 

 何か清姫化してませんか、彼女。

 

「おー、こりゃ剣の姐御。また悪戯でも?」

「今日の私は淑女ですもの、侠客さん。それに主を立ててこその従者でしょう?」

「そいつは耳が痛いね。護衛には俺と槍の旦那で充分と思うが。それにアンタまで来たらもう怖いもんナシだ」

 

 あぁ、うんまぁ。

 そろそろ彼女に吸われている体液の量は考えたくも無い。

 この間、ふと目を覚ませば眼前に彼女の顔があったのだ。あれはさすがに心臓に悪い。

 

「……これは他のサーヴァント達の分も買わないとなぁ」

 

 予定変更。

 俺の財布はまたどうやら悲鳴を上げるらしい。

 カルナにはまた宝物庫で頑張ってもらわねば。

 

 

 

 

 作戦決行当日。

 アランはランスロットをマイルームに来て貰うように通達していた。きっとマシュは上手くやるだろうし、ランスロットも合わせてくれるはずと言う彼の判断であり、立香もそれに同意した。

 ランスロットが部屋に入ると、どこか緊張した面持ちのマシュが待っていた。

 

「マス……おや、マシュじゃないか。何故我がマスターの部屋に?」

「そ、その……ら、ランスロット卿。

 貴方に渡すモノがあって……。ど、どうぞ!」

 

 渡されたのは小さな小包。

 白い箱に青いリボンが施された、丁寧な細工であった。

 

「これは……」

「ええっと、今暦には父の日と言うモノがあってですね! ランスロット卿には今までお世話になりましたし、その、ギャラハッドのお父さん、ですから。

 彼には力を貸してもらいましたし、そのお礼と言うか何と言いますか――う、受け取ってくださいお父さん!」

「――――マシュ……。

 正直に言うと、私はキミと出会った時からその力の正体に気づいていた。私の息子、ギャラハッドの存在を感じたんだ」

「……」

「マスターから聞いたかもしれないが、私がギャラハッドと親子のように接した事はあまり無かった。

 子は皆、祝福されて生まれてこなければならないんだ。彼は生まれた時、その出生を、そして私を恨んだだろう。いくら正気でなかったとはいえ、私のした事は許されるべきではない。

 キミの想いは彼の言葉だ。――ありがとう、マシュ」

 

 彼の笑みにつられて、マシュも笑った。それは一つの親子のようにも見える。

 そしてここまでの感謝を向けられるとは思ってもいなかった。

 

「――じ、実は」

 

 故に全て話した。その感謝は彼女一人が受け取るのではなく、手を貸してくれた人達にも向けられて然るべきと考えたからだ。

 その言葉に、ランスロットは改めて決意する。

 

“マスター、貴方に我が剣を改めて捧げたい。

 貴方とカルデアの善き人々に、私は全てを尽くしましょう”

 

「そ、そそ、それでですね、ランスロット卿。

 実は先輩がレイシフトの許可を取ってくれてまして。……何の変哲も無い草原、なのですが。父の日、なのですからそこに食事でもどうかと……」

「さすがにそれ以上は……。――いや、今日ぐらいはお言葉に甘えよう。

 では、行こうかマシュ」

「は、はい!」

 

 

 

 

 レイシフトが行われた事を確認する。

 マシュとランスロットが無事、辿り着いた事にほっとした。少し不安もあったけれど、マシュならば努力するだろうし、ランスロットは彼女の努力をしっかり受け取ってくれるだろうと思っていたから。

 

「ありがとう、アラン。俺達の我儘なのに、手まで貸してくれて」

「いいさ。ランスロットには何度も世話になったし、これで生前の悔いも軽くなったのなら」

「……マシュもさ、ずっと気にしてたんだ。どうしても彼には辛辣に言ってしまうって」

 

 親子の時間が無かったし、それにランスロットは困っている女性を放ってはおけない人間だ。それで嘗て酷い目にあったと言うのに。騎士としても理想的過ぎたんだ。

 だからギャラハッドもどういえばいいか分からないんだろう。父親として接した事も無いし、騎士と呼ぼうにも彼は自身をそう呼ばれる事を苦手としているから。

 ――カルデアに呼ばれ、そこで躊躇いなく剣を振るい道を開いてくれた。そのお礼としてはきっとささやかなものだろうけれど。それが彼の心に届いて、そして残ってくれれば幸いだ。

 

「よし、じゃあ俺ちょっと逝ってくる」

 

 

 

 

 

 マイルームに行く。

 あぁ、やっぱり。オルタ達が苛立ちを隠せない表情で俺を待っていた。

 特にアルトリアはランスロットを部下としていた。ならば彼女に話を聞くのが一番の筋道であったかもしれない。でもブリテン崩壊の事にはあまり触れたくないから彼女には声を掛けなかったのだ。

 ――だがそれを言ったところで、俺に情状酌量の余地がある訳ではない。

 

「――何が言いたいか分かっているな、貴様」

「――何が言いたいか分かっているわよねぇ、アンタ」

「ハイ、ワカッテマス」

 

 怒ってる。これはかつてない程怒ってる。原因は多分アレだ。新宿に行くときに声を掛けなかったこと。そして「」と二度目の買い物をした事だ。二人ともまだ一回しか行っていないと言うのに。

 ランスロットならこの状況切り抜ける術を知っていると思う。

 だが彼は今、親子の時間を過ごしている最中でありそれを邪魔するわけにはいかない。――即ち単騎で高難易度を突破しなければならない。

 この暴風すら生易しく思えるほどのオルタ前線を。

 

 

 

 





「なぁ、太陽のダンナ。アンタ何で言わなかったんだ。姐御がついてくる事くらい知ってただろ」
「――単純な事だ、アサシン。彼女がいなければマスターの身が危うい。既に彼女はその身全てをかけて守護し続けている。彼女の行為に無駄は無い」
「……へぇ、それはつまり。アンタやオレでも勝てないヤツが、主とその御友人を狙っていると」
「狙われているのは我がマスターだけだ」
「……いっちょ鍛えてくるかぁ。こいつはノンビリしてられないな」



「――足掻け、我がマスター。今度のお前の敵はこの世界に生じたモノでは無い。
 外の宇宙より降臨するモノ。本来待ち構えていた正史において、地球の漂白を目指していた存在だ。
 今度の戦場からは正規の召喚やレイシフトは望めないだろう。俺も本腰を入れねばな」



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After3 アバンタイトル

アバンタイトルとか銘打ってますが思いつきです。ゆっくり更新なので気長にお待ちいただければ……。
思い付きにも関わらず投稿すると言う自分を追い込んでいくスタイル。
目標はエタらない事。


zeroイベが復刻されるであろう事を祈って……。


 

「さて、今回招集をかけたのは他でもない。新たな特異点反応が検出された」

 

 ドクターから招集があり、管制室に向かった第一声がその言葉だった。

 魔術王の人理焼却も阻止し、今後予測されるのはその余波に伴う極微細な特異点の出現。

 カルデアスの反応からするに、今までとは違う事が予測できた。

 

「ただ、今までの反応と違うのは……大きさが変動しているんだ。正直、今後どうなるかが予想できない。人理には今のところ全くの影響はないけれどね。不発弾のようなものだ。

 今までは二人一組でキミ達マスターをレイシフトしていたが、今回は念には念を入れて九人マスターを送り込む事を決定した。僕らカルデアにとっても因縁浅からぬ土地でもある」

「ふむ……アーキマン。場所はどこだ」

「……冬木だ。本来ならキミ達Aチームが送り込まれる筈だった場所。元々、その地域は色々と曰く付きなんだ。オルガマリー所長や他部門のリーダーと協議し、現状のカルデアにおける最大戦力を投入する事を決定した」

 

 オルガマリー所長も2004年の冬木であの魔力炉心を見たのだ。

 それと同じ場所である以上、今回は念には念を入れなくてはならない。

 無論、このカルデアにも他のマスターは常駐している。その中でもAチームと立香はずば抜けていると言っても良いだろう。俺はそれに何とか食らいつけている有様だ。

 

「なるほど、なるほど。俺達にとっちゃあ、リベンジってワケだ! そいつぁいいね、気合が入るってモンだ! なぁ、カドック!」

「……フン、こっちはこっちで上手くやるさ。アンタはアンタのやりたいようにやれよベリル」

 

 Aチームの面々が招集された理由にも納得がいく。確かに彼らからしてみれば、自身の未練を果たす機会でもある。

 けど、どうしてか。酷く胸騒ぎがする。――まるで、呼ばれているような。

 

「今から二時間後に一斉にレイシフトを敢行する。それまではこちらで可能な限り情報を集めておくよ。

 マスター諸君は充分に英気を養ってほしい」

 

 ドクターのその言葉を聞き終えると共に、俺はすぐにダヴィンチちゃんの工房に足を運んだ。

 魔術こそ研鑽を積むべく弟子入りしているが、到底実戦では扱えたものじゃない。だからと言って、何も出来ないと言う現実をそのまま受け入れる訳にもいかない。

 自分だからこそ、今出来る事を。

 

「おっ、来た来た。丁度間に合ったよ、コレ」

「すみません、いつも手間を」

「なーに、キミには色々とサンプルに手伝ってもらってるからね。そのお礼として安いものだ」

 

 ダヴィンチちゃんから貰ったのは、魔術礼装のナイフ。前回「」から聞いた俺の体質に合わせて、何か特別な機能を入れられないかとダヴィンチちゃんに打診したのだ。

 俺はいつも守られてる癖に、何も返せていないから。

 せっかくこんな体質があるのなら、すり減るまで使い潰す。ただそれだけを考えた。

 

「あまり多用しないようにね。今後何らかのデメリットがある事は否定できない。

 利を求めるのであれば、苦が待つのは当然の事だとも。タダになれてはいけないぜ?」

「わかってますよ、苦労しないと人は腐りますから。特に俺は守られてばかりでしたし」

「ははは、キミがそれを言うと笑えないかな。

 次はもっと気の利いた洒落を期待してるよ」

「……はい、努力します」

 

 ダヴィンチちゃんに礼を言って、代金替わりのQPと素材を支払う。

 手にしたナイフを仕舞って、次に自室へと向かう。サーヴァント達の調整だ。特異点にカルデアが保有する全てのサーヴァントを送り込む訳にはいかない。そんな事をすれば、人理定礎は証明負荷に耐え切れず崩壊する。

 故に選び抜かなければならない。

 他のマスターとの連携も考える。オルタやカルナも出来れば連れていきたいが、彼らの言動が他のマスターやサーヴァントを刺激しかねない。だがどちらも火力においては他者の追随を許さない魅力がある。カルデアに来てから日の浅い魔術師にマスターを変われと迫られた事もあるが、丁重にお断りさせて頂いた。

ランスロットとインフェルノは他のサーヴァントと共も連携が取れやすく、いざと言う時の機転も利く。特にランスロットの宝具も応用力があるため大きな助けだ。そして精神的にも強い支えとなってくれる。

 キアラは彼女の状態を見て判断する。出来ればアルターエゴの力は使ってほしくない。彼女には人のままでいて欲しいから。

 「」は……他の魔術師の前では姿を隠している。彼女の秘密に気付けば、それに関係する者達に接触を図ろうとする輩が出るからだろう。ただし、ダヴィンチちゃんから貰った礼装を使用するには彼女の協力が不可欠だ。どうしても同行を願わなくてはならない。

 ――サーヴァント達にこうして協力を頼む都度、俺は自身の無力さを呪いそうになる。

 俺には何も出来ない。誰かに救われて、救われ続けてようやく生きているこの俺が、未だに何も返せずに此処にいる。

 だから、少しでも。自分を使い潰していくしかない。

 それが、それだけが俺の存在証明なのだから。

 

 

 

 

「あぁ、全く。どうしてキミはいつもそう、我が身を考えないのか。

 私には分かるよ、アラン君。キミはいつも誰かを求める。崩れ落ちようとする誰かの体を支えたいと言わんばかりに。

 ――サバイバーズギルト、なのかな。ならばキミのソレは一際重いだろうね。私達でも想像出来ない程に、怖いんだろう。

 だから……その荷物を、一緒に背負わせてくれ。それ以上、申し訳ない顔をしないでくれ。無理に笑おうとしないでくれ。

 キミはキミのままでいいんだ。――私達が、そう証明してみせるよ」

 

 

 

 

 全マスターの準備が整った。

 参加するマスターはAチームの面々に加え、立香と俺の合計九人。

 既にAチームは単独で数多くの特異点を修正する実力を見せており、彼らの実力は疑うべくもない。

 頼もしいと言わんばかり。けど、何故か。胸騒ぎが止まらない。

 何か酷く、引き付けられているような気がする。

 

「レイシフト、開始します!」

 

 いつものように、意識が飛ばされる感覚に身を委ねる。

 ――刹那、骨の髄を削るような悍ましい寒気を覚えた。

 

 

   ■ね

 

 死■ 死ね

 

  死ね

 

 死ね死ね 死ね

 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね何故何故違う何故何故お前だけお前だけ生き延びてどうか生きて何故何故死ね死ね何故死ね死ね苦しい熱い痛い死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ貴方だけでも苦しい苦しい苦しい助けて助けて何故何故何故何故何故苦しめ苦しめ苦しめ呪われろ憎悪されろ何故何故生きて何故何故お前だけお前だけ生き延びて振り返らず何故何故死ね死ね何故死ね死ね苦しい熱い痛い死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ一人でも多く苦しい苦しい苦しい助けて助けて何故何故何故何故何故苦しめ苦しめ苦しめ呪われろ憎悪されろ

 

 

 お前も こっちに 来い

 

 

  違う 私達の願いは 彼が―― 

 

 

「! 何だ、何が起きた!」

「レイシフト、弾かれました! 全員失ぱ……いえ、マスターアランだけが強制的にレイシフトされています!」

 

 

 

 

 特異点を検出。座標特定開始。

 

 変異特異点 第四次異聞録冬木 アクセルゼロオーダー

 

 異常を検知。

 

 ■■特異点 ■■■■■■冬木 アクセルゼロオー■ー

 

 特異点の変質、変性を確認。座標再度調整。特異点反応の完全証明を確認。

 エラー、エラー。これは人理には影響無し――レイシフトの中止を提案――。

 

 

 これは、願いを否定する物語。

 

 

  人理定礎値/zero

 

 追想特異点 回帰願望都市冬木1994 アクセルゼロオーバー

 

 

 





 ――そう、まだ諦めて無かったのね。

 待っていてね、マスター。

 例え世界が閉ざされていたとしても、それを超えて必ず貴方の下まで。


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After3 初日/英霊集結

他に頭の中に構想しているのは

カルデアのAチーム+立香、オリ主によるアポクリファ乱入ぐらいですね。
ただこれ書こうとしたら
マスター勢合計:23人 サーヴァント:25人
聖杯大戦ってレベルじゃねぇぞ……。


 

 

「……っ」

 

 微睡から目が覚める。体は風にさらされていたのか酷く寒い。上から羽織っていたローブが無ければ凍えていたかもしれない。

 どうやらアスファルトに倒れているようだった。レイシフト、したのだろうか。

 体を起こすと、暗い空と海が見える。中でも一際目についたのは遠方にあっても視認出来る大橋だった。

 俺の記憶にある冬木は焼け野原も同然であり、こうしてきちんとした形でこの街を見るのは初めてだ。

 

「冬木……だな。それにしてもちゃんとしたレイシフトか」

 

 空の上とかもあったけど、それはそれとして。

 カルデアの通信機に手を伸ばす。通信をかけたが、全く応答が無い。

 故障したと言う訳でもなさそうだ。

 

「――そいつはムダな足掻きだ、カルデアのマスター。既にこの特異点は閉鎖された」

「……エミヤ?」

 

 掠れた声に振り返ると、浅黒の男が一人。映像でしか見た事のないその姿。

確か、エミヤ・オルタだっただろうか。――とある魔性を殺すために多くの犠牲を生み出したが、結局その魔性は自ら命を絶ち。結果、ただ意味のない犠牲を生むだけに終わった。その後は奪った命の後を追うように魔道に堕ちたと。

 カルデアで見た事は無い。確か新宿で立香が一度会った事があると言っていた。

 ――その雰囲気は敵か味方かはっきりしない。小さな警戒を抱きつつ会話を試みる。

 

「閉鎖って……」

「言葉通りの意味だよ。元凶を何とかしない事にはアンタは生きてここから出られない。

年は1994年。聖杯戦争の真っ最中。まだ始まったばかり。まさしく地獄の釜の中だ」

 

 色々と尋ねたい気持ちを全てのみ込んで、情報を理解する。

 今俺がいる場所では聖杯戦争が行われている。つまりはサーヴァント同士の戦い。

 ならば、まず一番先に聞かなくてはならない。

 

「……貴方は、どっちだ」

「無論、紛れ込んだ偽物だ。この聖杯戦争におかしなナリのアーチャーはいないからな。オレとしてもさっさと目的は済ませたい所だが、状況が状況だ。

 さて、どうする? アンタの望み次第で、こっちも身の振り方を考えるが」

 

 つまりは契約だ。

 エミヤ・オルタは何らかの目的があって、俺に接触してきた。それがマスターとしての契約なのか、それとも別の意味があるのか。

 けれど今は彼の言葉通りにするしかない。カルデアからの支援が絶たれている以上、縋れるモノは藁でも縋る。ここでもし俺が助力を拒めば、俺の利用価値は彼にとってゼロになる。つまりは始末されてもおかしくない。

 右手の甲を見せ、魔力を通した。令呪に淡い光が灯る。

 

「……分かった。オルタとは俺も縁がある。契約なら慣れているよ」

「そいつはいい。オレも面倒ごとは御免でね。何しろ未熟な魔術師なんて見ていられない。苛立ちしか覚えないからな」

 

 微弱ながらパスがつながったことを確認する。――これで彼もそれなりの戦闘はこなせるだろう。

 これで早速、この特異点に乗り出せる。

 

「話の早い男で助かる。クライアントとしてはギリギリ及第点だな。後は自ら火中に飛び込まない事を祈るばかりだ。

 さて、どうするカルデアのマスター? カタチだけとはいえ、れっきとした主従関係ではある。オレはアンタの指示に従うよ」

「……もう一度状況の把握がしたい。ここは1994年の冬木で、今聖杯戦争が行われてる。

 参加しているサーヴァントは?」

「そいつは見てみない事には何も言えないな。考察も重要だが、それは確かな事実が前提だろう?

 ここから少しした所に倉庫街がある。――今のところ、五騎がそこに集っているのは確認した」

「五騎、か」

 

 思案する。行くべきか別の手を考えるべきか。

 だが、今は何も手掛かりがない。解決への糸口が無い以上、足りない情報を埋めるしかない。

 

「……行こう。戦闘は指示を出す」

「了解した、行こうかカルデアのマスター。いつもの如く、世界を救いに行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 倉庫街。

 そこに集うサーヴァントは五騎。不可視の剣を持つセイバー、二槍を操るランサー、戦車にて空を駆けるライダー、全てを見通すアーチャー、暗黒の霧を纏うバーサーカー。

 アーチャーの爆撃にも等しい猛攻を、バーサーカーは難なく対応して見せた。それこそ一つのかすり傷も負うことなく。

 それは彼にとって屈辱である。全ての英霊は彼にとって下に見るべき存在でしかない。その端正な顔立ちが怒気に染まり、背後に無数の宝具がその鏃を覗かせた。もしそれが一斉に掃射されれば、その一帯へ及ぼす被害は想像を絶する。

 ――だが突如としてアーチャーは舌打ちし、あらぬ所へ視線を向けた。

 

「――フン、ようやく来たか。遅すぎるわ、星見共が」

 

 彼が見たのは、倉庫街の暗闇。全員の視線が誘われるようにそこへ集う。

姿を現したのは黒のローブを羽織った少年と二丁拳銃を携えた浅黒の男だった。

 

「……おい、そんな。嘘だろ、何がどうなってるんだよ」

「ん、どうした坊主?」

「アイツのクラススキル、単独行動が入ってる。……アーチャーにしか与えられないスキルの筈なのに」

「……ははーん、そういう事か。つまりあのサーヴァントもアーチャーであるという事か」

「何で同じクラスが二人いるんだよ……!」

 

 マスターである少年――ウェイバー・ベルベットの狼狽をデコピン一発で沈黙させた後ライダーは顎に手を当てて、興味深そうに思案する。既にその頭は、目の前の戦力をどう引き入れるかを考え始めていた。

 少年はアーチャーを見上げる。彼の言葉に、どこか思い当たる節があったらしい。

 

「……ギルガメッシュ王、もしかして記憶を」

「貴様が記憶に留めているのなら、我にとって既知も当然の事。この名を記憶に刻む栄誉を賜ったにも関わらず、我を矮小な括りで呼んでいようなら、其れは刎頸に値するぞ雑種」

「知り合いか、あの男の対応はさぞ疲れるだろう。話から察するにあの男をアーチャーと呼べば、お前の首は飛んでいたらしい」

「……ノーコメントで」

 

 ギルガメッシュ――原初の英雄王。その真名が突如として明かされた事に、少年への不穏感はさらに高まっていく。

 彼は辺りを見渡した。それぞれのサーヴァントを見定めるように。

 ――そしてソレを遠くから捉える男の視線がある。

 彼の命をスコープ越しに見透かす、一人の男。

 

『……切嗣』

「ひとまず泳がせておく。こちらが知りえない情報を持っているようだ。今のところはじっくり語ってもらおうじゃないか。

 勿論、必要とあれば、始末する。そもそもこちらの騎士王様は真名が明かされたところで対処のしようが無い」

 

 ワルサーWA2000の引き金に指を添えたまま、衛宮切嗣は小さく息を吐きだした。

 少年の傍にいるサーヴァント、二丁拳銃を手にしたアーチャー。その佇まいに既視感を覚えたのは、気のせいだろうか。

 それを振り払うようにして、スコープの世界に意識を落とす。

 人類を救う。その悲劇を、その絶望を、その涙を、無かった事にしないために。

 

 

 

 

 いきなり死ぬ瀬戸際だったらしい。バビロニアでの記憶は朧げでしかないが、それでもあの時のギルガメッシュ王はかなり丸くなっていたのだろう。過労死するぐらい忙しかったようだったし。

 閑話休題。ここに集ったサーヴァントは六騎。

 どう動くべきかを思案する。カルデアでの経験を総動員する。そうでなければ生き残れない。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴン――誉れ高きアーサー王。九偉人の一人であり、カルデアでの主力の一人。事実、最優と呼ばれるクラスに最も相応しい英雄だろう。マスターが近くにいるのが幸いだ。エミヤ・オルタなら銃撃でマスターを牽制しつつ戦える。遠距離の間合いを持つ風王結界よりも彼の銃弾の方が遥かに早い。

 フィオナ騎士団一番槍ディルムッド・オディナ――二槍を操るケルトの英雄。クーフーリンに匹敵する技量を持ち、魔力を無効化する能力と癒えぬ傷を与える二槍は脅威。加えて本人の白兵戦も極めて高い。エミヤ・オルタが魔術師である事を考えると、現状では最も戦いたくない相手。もしやり合うとすれば、一撃一撃が膨大な威力を持つサーヴァントがベストだろう。或いは彼と拮抗する技量を持った者か。

 ギルガメッシュ――英雄王。最早その強さは語るに及ばず。今の戦力で戦えば間違いなくこちらが死ぬ。

 ランスロット――円卓最強と謡われる騎士。それは今のカルデアのスタッフで誰よりも俺が知っている。バーサーカーではあるが、その技量は尚も健在。勝ちは到底見込めない。

 イスカンダル――世界史に名高き征服王またの名をアレキサンダー大王。知名度なら世界有数。ライダーのクラスで限界しており、あの戦車は紛れもない宝具だ。今のこちらでは逃げる事もままならず、戦えば瞬殺されてもおかしくない。

 そして何よりエミヤ・オルタの戦い方を俺はまだ熟知しているとは言えない。立香ならすぐに戦術を組み立てられるだろうけれど。この場所にカルデアからの支援は届かない。

 ひとまず誰かを撤退させるしかない。この中で言葉が通じそうなものと言えば――いやでもやるしかないだろう。マスターが直接いないのは彼しかいない。

 唾を呑み込む。どうせここで言わねばいずれ死ぬのだと、自分に啖呵を切った。

 立香、丸くなっていた時代とは言えあの王様にバーカバーカと言えたのは、多分お前とシドゥリさんぐらいだよ。

 

「ギルガメッシュ王、まさか貴方はここで剣を振るわれるつもりで?」

「――ほう、諫言か。良いぞ、赦す。申してみよ、下らなければその場で手打ちにするがな。一言一句、己が魂と語りながら、我に告げて見せるがいい。

 無論、口を閉ざそうものなら我が宝剣で体ごと縫い止めてやるぞ?」

「っ……。貴方が軽く力を振るえば、それだけでこの聖杯戦争が終結します。

 俺は貴方を知っている。かつて古代バビロニアで、俺はその力をしかと見届けました」

「……それで? 確かにウルクでの貴様ら星見の功績は認めよう。未来を繋げた事もな。

 だがここにいる我とその王は別人だ。既にウルクは滅亡した。――故に我が裁定するはこの時代に他ならぬ。この時代の者が生きるに相応しいかを見定める。ただそれだけよ。

 ――暇潰しにもならんな、戯けが。やはり貴様は道化よ。己が人生を愉しむ事すら知らん愚者に、我が耳を貸すとでも?」

 

“さっき赦すって言ったじゃないですかぁー!”

 

 何だこの理不尽と、内心舌打ちする。

 この王は人類にとって北風のような存在。成長させるために、輝かせるために、超えられる苦難を与え、乗り越えようと足掻く人々の価値を認めるモノ。――それが俺の知るギルガメッシュ王と言う人物だ。

 俺にとってバビロニアでの日々の記憶は夢で見たようなモノ。はっきりとした光景が浮かんでいる訳ではない。けれどそれでも言葉を濁さず、伝えるべき事を伝えた。

 それらを総動員して、この結果だ。

――ギルガメッシュの目は変わらない。彼は何一つ表情を崩すことなく、展開していた宝具を、俺に向けた。

 

「だが、しかし。貴様が今の我に向けるその敬意は紛れも無い本物だ。貴様がマスターであれば、手慰み程度はくれてやったものを。

 凡庸のサーヴァントにすら、至上を尽くすその姿勢は認めてやろう。手心は加えてやる。無論、児戯程度だがな。

 七挺だ、上手く避けろよ?」

 

 ギルガメッシュの背後に七つの宝具が出現する。

 ――射出される。その速度は回避不可。

 怖い。目の前に突きつけられた殺意に、腰は引けそうになってしまう。英雄王ギルガメッシュ。彼が本気の殺意を放てば、俺は息をする事すら困難に陥るだろう。

 今だって十分に怖い。オケアノスで出会った時のヘラクレスすら比べ物にならない。

 だがそれでも唇を噛んで。その輝きから目を逸らず、震えていた足を叱咤する。

 

「――arrrrrrrr!!!!」

「バーサーカー!?」

 

 瞬間、バーサーカーが俺の眼前に立ち――雷の如き速度で飛来する宝具の群れを迎え撃つ。

 まるで、俺を守るかのように。

 その後ろ姿に、酷い既視感を覚える。

 

“――貴方、は”

 

 飛来する二つの宝具を手にしていた剣でどちらも叩き潰す。さらに迫る二発。その内の一つを剣を投げて打ち落とし、残る一本を掴み留めた。

 さらに迫る三つ。それぞれ別の軌道を描きながら迫る必中――。先ほどのように単身での対処は不可能。

 一つをエミヤ・オルタが、一つをバーサーカーが、もう一つは――

 

「間に合ったか、無事だなマスター」

 

 俺の傍に立つ黒の騎士王――幾度となく俺の道を切り開いてくれたその剣が、飛来する死を叩き落とした。

 今、彼女はオレをマスターと呼んだ。その雰囲気と口調の柔らかさを知っている。つまり彼女はカルデアから来たサーヴァント。

 アルトリア・オルタ――火力において俺が信頼を置く一人。そして幾度となくその輝きと在り方に救われた。

 

「なっ……! 黒いセイバーだって……」

「ほー、また随分変わるモンだなぁこりゃ」

「……アイリスフィール、気を付けて。あの輝きは確かに……!」

「セイバー……」

 

 完全武装――いや、バイザーだけしていないが。それでもやはりその姿は頼もしいの一言に尽きる。

 震えていた足は自然と落ち着いていた。英雄王の在り方に弱気になりかけていた心に火が灯る。

 

「アル……オルタ」

「詳細は後で伝える。今は傍から離れるな。

 ――随分と我がマスターを可愛がってくれたようだな、英雄王」

「フン、堕ちた聖剣か。また随分と狂った女を躾けたものだな、雑種。そうでありながらモノにすらせんとは……。愉しみが無い生に価値を見出すとは、苦行を好む輩か貴様は」

 

 何とも言い返せないから、実にタチが悪い。

 アルトリア・オルタ、エミヤ・オルタ、バーサーカーの三騎ならば。かろうじて勝ちは拾える所。撤退させるまで追い込む事も可能だ。

 だが、ギルガメッシュ王はさもつまらなさそうにため息を吐いた。いい所で水を差された子どものように。

 

「――ちっ、時臣め。令呪など使いおって……。まぁいい。

 精々、無様に足掻けよ。尤も、この戦に報酬など無いがな」

 

 そう言い残して。ギルガメッシュ王は姿を消した。――俺がサーヴァントの真名を明かした以上、それ以上情報がこの場で漏らされると不味いと考えたのだろう。余程慎重な性格のマスターか、或いは実戦慣れしていない。そもそもサーヴァントの扱いに長けていないと見えた。

 場の重圧が僅かに和らいだような気がする。この場で一気に味方が増えた事に強い安堵がある。

 残ったのはライダーとセイバー、そしてランサーだ。

 バーサーカーは、恐らく味方と判断していい。でなければ先ほどの行動に説明がつかない。

 誰と誰をぶつけるか――。いや落ち着け。状況を見ろ。

 

「サーヴァントを三騎も従えるか。いやはや、ただのマスターではないなお主?」

「まさか……。ただ守られてるだけの飾りですよ。真っ当なマスターでも、魔術師でもないです」

「嫌味のつもりかしら、年若いマスターさん。魔術師でも無いのに、それほどサーヴァントを従えるなんて」

「本心ですよ、セイバーのマスター」

 

 その言葉に、セイバーのマスターであろう女性は不敵に笑んだ。まるで引っかかったと言わんばかりに。

 貴腐人、失礼。貴婦人らしからぬその挑戦的な笑みに、これがマスター戦なのだと気づかされる。マスター同士の諜報。矛を交えない戦いは、局面を優位にするための盤石だ。

 そこに俺達の真価が問われる。

 

“――お待たせしたわね”

「!」

 

 脳裏に声が聞こえると共に傍らに彼女が降り立つ。それも刀を携えて。

 白の着物――俺が初めて彼女と契約した時の衣装であった。

 

「ごめんなさい、マスター。遅くなったわ、ちょっと覗き見してる人がたくさんいたから斬り捨ててきたの」

「相変わらず言う事が物騒で安心したよ……」

 

 ――これなら、まだ何とかなる。

 完全に信頼のおける者がここに二人もいるのだから。

 

「ほう、まさかの四騎か! これはこれは。猶更頭も回るわい!

 お主、余の軍門に下るつもりは無いか?」

「ははは、申し出は有難いんですけど。骨はある場所に埋めるって決めてるんで」

「うむむ……待遇は応相談だが?」

「ライダー! こいつは敵だぞ! 倒すべき相手なんだぞ!

 何悠長に勧誘なんかしてるんだよ、お前――ぎゃわん!」

 

 またデコピンされてる……。あれ、絶対痛いぞ……。

 オルタ達に足踏まれた事はあるけど、アレは手心を加えてくれたのだろう。で無ければ確実に骨が砕けていた。

 

『ランサーよ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが令呪を以て、貴様に命ずる』

「はっ、何也と」

『そこの小僧を始末しろ、お前の槍を以て、傷を負わせるのだ』

 

 ――ランサーのマスターであろう男の意図が読めた。要するにサーヴァントを多く有する俺を先に潰すつもりだ。

 ディルムッドの宝具には、癒えぬ傷を負わせる力がある。それでじわりじわりと削っていく戦法へと切り替えるのだろう。

 確かに、それならば。各個撃破が現実的となる。ディルムッドの技量ならば不可能ではない。

 

「――悪く思うな、少年。その命貰い受けるぞ」

 

 ディルムッド・オディナ。二槍を扱うランサー。一度でも傷を受ければ、回復不可能。加えてフィオナ騎士団でも一番槍を担う技量の持ち主。

 その槍先が俺に向けられる。けれどそれを遮るように、オルタが立ちふさがった。

 

「……頼む。一番相性がいいのは、恐らく貴方だ。指示は念話で送る」

「いいだろう。任せておけマスター」

「アーチャー、セイバーを任せたい。ランサーとの戦いでそれなりに消耗している筈だ。必要と見れば、支援する」

「……やれやれ、見ているだけの楽な仕事だと思ったんだが、仕方ない。契約は契約だ」

「バーサーカー、貴方は撤退を。本当のマスターの所に戻って、貴方のしたい事を為してくれ。

 守ってくれて、ありがとう」

「mas……ter」

 

 消失した彼の姿を見てどこか安堵した。

 あぁ、やっぱり。彼の霊基には間違いなくカルデアの――。

 

「私はどうしたらいいかしら、マスター」

「俺の傍に。いざという時に」

 

 これでいい。守りは彼女に委ねれば間違いない。

 俺の周囲にサーヴァントがいなければ、ディルムッドはオルタを強引に振り切って、俺を狙いに来ていた可能性も否定できない。

 何しろ令呪がある。カルデアのような自動回復ではなく、大聖杯から直接与えられるそれは、サーヴァントの体ですら強制使役せしめる程。

 たとえそれが、ディルムッド・オディナの殉ずる道に反していたとしても。

 

「おうおう、余にはあてがわんのか小僧?」

「いや、多分貴方も僕と同じだと思うので」

「……ほう、それは何がだ?」

「いや、ほら。だって心躍るでしょう。サーヴァント同士の決闘って」

 

 無理に虚勢を張る。本当は出来れば見たくない。でも戦う事を本分とするのがサーヴァントだ。であれば俺は彼らの意志を尊重する。それがマスターの役割だ。

 俺の言葉に、ライダーは破顔して満足げに頷いた。

 

「ならば観戦としゃれこむとするかの! いやあ、良い! 実に良い!

 良いか、坊主。よく目に焼き付けておけ。サーヴァントの戦いってヤツをな。そうすりゃ余の気持ちも分かるだろう?」

「……帰りたい」

 

 

 

「舞弥、あのセイバーが言っていた事は」

『アサシンの姿がありません。事実です』

「ならこちらも見られていたという事か」

 

 戦況は余り宜しくない。切嗣はただ淡々と分析し、次の一手を思案する。

 あの着物を着たサーヴァント、セイバーは恐らく一番危険だ。アサシンに気づき、それを始末した。であれば間違いなく切嗣達には気づいている。そうでありながらこちらには何もしてこなかった。

 アレはただマスターの指示が無かったから、何もしなかった。もしあのマスターが始末しろと告げていれば、切嗣も舞弥も確実に仕留められていた。

 サーヴァントを三騎も有する――それだけで聖杯戦争にとっては大きなアドバンテージだ。だが、同じクラスが二騎いるという事実がどうにも腑に落ちない。

 あの着物の少女が本当にセイバーだとすれば、この聖杯戦争にはセイバーのクラスが三騎存在する事になる。

 聖杯には予備システムも存在すると言う話こそ聞いてはいたが、それが作動したとも考え難い。そうであれば、同じクラスが三騎――サーヴァントの総数が二十一体など、冬木の被害が目も当てられない事になる。

 それよりも、あの黒いセイバーはステータスが全く読めない。それは何かの隠蔽工作を施しているからか或いは全く別の――。

 

「……どう、処理するか」

 

 この冬木での流血を以て、人類の悲劇を終わらせる。

 その意志と願いこそが衛宮切嗣を稼働させるモノに他ならない。

 

“いや、今はただ見定めるだけだ”

 

 何せよ、あのランサーを潰してくれるのであれば好都合だ。こちらが手を尽くす間も省ける。

 予期せぬ八人目のマスター。その姿と瞳に、かつての自分を垣間見る。

 だがそれがどうであれ、願いを阻むのであればただ斃すだけだ。

例えその事実に自分の心がどんなに軋みをあげたとしても。そんな当たり前の苦痛は、とうの昔に慣れている。

 

 




今回のまとめ

デミヤ氏、ナビゲーター枠で参戦。FGO的にいうとサポートで、レベル100スキルマ宝具マの状態。

ランスロット氏、執念のレイシフト。

時臣氏、英雄王VS「」という大惨事を回避するファインプレー。
トゥリファス「ふざけんな」
スノーフィールド「そっちの金ピカ、こっちと交換してくれません?」


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After3 初日/電撃戦

そんなに長くないです。
多分後四話ぐらいで終わります(えっ)。
自分の作品、どうしても最初が盛り上がりの最大瞬間風速なんですよね……。

話が少ない理由はzero本編と被るところはなるべく減らしたいんです! 許してください! 何でもしますから!



おら、おっきー私服着替えるんだよ、あくしろ(ガチャガチャ)


「そら、どうした。動きが正直だな」

「っ、同じ騎士王でありながらこうも違うか……。

 貴公に騎士の誉れは無いのか?」

「何の役にも立たない飾りはとうに捨てた。そんなものであの男を救えはしなかったからな」

 

 ディルムッド・オディナは押されていた。それは彼が弱いからではなく、連戦である事。そして彼女の戦闘スタイルが彼と全く相性が合わないからだ。

 先ほどのセイバーの剣技が穏やかな涼風であれば、セイバー・オルタの剣技は荒れた暴風と言う他ない。例え同じ軌道に見えようとも、触れれば瞬く間に吹き飛ばされる。

 彼の技量は紛れも無く戦士として一級品だ。風王結界に覆われた剣の間合いを、感覚だけで捉える程に。

 だが、その絶技が彼を苦戦に追いやる一番の原因であった。それ以上の決定打が無いのだ。

 彼女は魔力を惜しみなく使用する。膨大な魔力を以てして、極長の連撃をたたき出す。得物の間合いを隠すのでなく、魔力で延長させると言う特性上極めて読みづらいのだ。加えてその威力は、一撃で並みのサーヴァントを消し飛ばす必殺でもある。

 魔槍で何度か掻き消したが、焼け石に水としか言えない。

 

“くそっ、何とやり辛い……!”

「そこだ」

 

 斬り上げ――その一撃を防ぎつつ大きく背後へ下がる。

 単調な動作の癖に、打ち込まれる破壊力は比較しようがない。

 槍で牽制しつつ、戦況を見る。

 先ほどまで彼と戦っていたセイバーは、黒のアーチャーと交戦中。やはりやりにくいのか、思うように攻め切れていない。ディルムッドの戦闘で負傷した影響が大きいのだ。そしてそれを見抜いたのか、黒のアーチャーも少しずつセイバーの体力を削り取る戦術を取っている。

 ライダーは観戦している最中であり、彼のマスターも何やら諦めた表情。

 八人目のマスターである謎の少年――着物のセイバーに周囲を警戒させつつも、戦いの趨勢を見守っている。いや、アレは何かを読み取ろうとしているようにも見える。

 ここからどう形勢を覆すか。ディルムッド・オディナは一手先を思案する。

 

“あのセイバーを無視してマスターを狙う――無謀だな、相手が増えるだけか……。

 第一、これ以上フィオナ騎士団の名を汚す事は出来ん……!”

 

 槍を足で打ち出して当てる事も考えたが、それは先ほどのセイバーとの一戦で見せている以上、二度目は通用しないと考えて然るべきだろう。

 その様子にセイバー・オルタは小さく舌打ちした。さもつまらないと言いたげな様子で。

 

「マスター、どうする。このまま潰す事も出来るぞ。

 既にコイツの技は見た。押し切る事も可能だが」

 

 それは事実である。

 ディルムッド・オディナにとって宝具とは手段であり、切り札では無いのだ。かのケルトの大英雄にも匹敵する程の技量こそが、彼をサーヴァント知らしめる力である。

 セイバー・オルタは剣技ではなく、莫大な魔力を以て物量で相手を圧倒する。故に彼とは相性が悪すぎる。

 

「――ランサーのマスター、見ているんだろう。

 彼を、ディルムッド・オディナを引かせてくれ。これ以上この場で戦っても、彼に。そして貴方達の陣営に勝ち目は無い。令呪まで使わせてこの場でマスターを狙うのは、正直無謀だ。

 ……戦い慣れしていないな、貴方」

『っ! ……わざわざ勝利を手放すと? さすが、サーヴァントを複数も保有しているだけある。

 安全を約束された場所で謳う勝利はさぞ優越だろうな』

「まさか。俺はただ、サーヴァントには。願いを果たして貰いたいだけです。

 そこのディルムッド・オディナの事も知っています。彼の生前も、伝承も。そして多分、彼が聖杯にかける願いも」

 

 その言葉に唇を噛んで。ディルムッドは少年の目を見た。

 戦士の目ではない、けれど決して死を知らない者の目でも無い。

 ただ何を口にするべきか、僅かに迷う。

 自身の願いを、主に伝えなくてはならない事を、彼の意志に委ねても良いのか。だがそんな世迷い事を、騎士たる己が看過して良い筈がない。

 

『――退くぞ、ランサー』

「なっ……」

『もうよい。貴様の迷う顔などもう沢山だ。アーチボルト家の名を、サーヴァント風情に落とされてはたまらんからな。

 八人目のマスター、その羽織。見たところ時計塔の魔術師と思ったが――見ない顔だ。

 あのアーチャーが語った事を察するに貴様、アニムスフィアの者だな?』

「……」

『やはりか、あの小娘よりヴォーダイム家の方がさぞ跡取りには相応しかろう

 貴様から剥ぎ取った魔術刻印を送り付けてやると、マリスビリーに伝えておけ』

 

 ――ランサーが撤退した。

 残りは黒のアーチャーとセイバーのみ。

 

 

 

 

 ランサーのマスター――セリフから察するに時計塔の関係者だろう。

 オルガマリー所長の家であるアニムスフィアを知っており、そしてヴォーダイムの名も出した。

 俺の服装とギルガメッシュ王との話だけでそこまで見抜かれた事に肝を冷やす。

 ――サーヴァント対決で本当に良かった。もしマスター同士なら、確実に死んでいた。

 

「さて、次はどうする? ランサーは引いた。あちらも果敢に攻めてくる様子は無い。

 このまま事を長引かせても、時間の無駄だと思うがね。親指を負傷しているのは剣士にとって致命的だな」

「……」

「ほう、ならば今度は余と一戦交えるか? 貴様のサーヴァント総出でかかってきても良いぞ小僧」

「いえ、さすがにそれは……」

 

 ライダーは手綱を持ち、小さく肩をすくめた。

 

「まぁ、やりあうのはまた今度だな。今の小僧とは戦ってもつまらん。覇気のない時にやり合っても勿体ないわ。

 もうちょい、こう。野心ってモンを出せりゃ、こちらも一つ張り合う気になるんだがな」

「それは同感だ、征服王。このマスターには欲が無さ過ぎる」

「ははあ、そいつは良くない。が、説教垂れるのはまた今度だ。

 では、さらばだ皆の衆。今度は余と覇を競い合うとしよう! ふはは、胸が高鳴って仕方ないのぅ!」

 

 豪快な笑い声を残しながら、ライダーは戦車を操り空へ消えていく。

 いいなぁ、戦車とか乗ってみたいなぁ。アキレウスに頼んだら乗せてくれないかな。

 

「……随分余裕そうね、八人目のマスターさん?」

「まさか。余裕なんて無いですよ。いつも必死ですから」

 

 「」曰く、今俺は狙われている。

 遠方から二ヵ所。いつでも撃とうと思えば撃てるだろう。

 オルタ達を信頼していない訳ではない。ただ、この場で出来る限り情報を引き出したい。

 エミヤ・オルタも召喚されたばかりであり、そこまで詳細に把握出来てはいないとの事だ。

 

「……」

 

 彼女の右手はよく見えない。隠されており、恐らくそこには令呪があるだろう。

 恐らく三画残っているだろうし、それを使えば俺を仕留める事は出来るかもしれない。アルトリアはそれだけの力を持ったサーヴァントだ。

 

「酷い顔だな、仮にもブリテンの王なのだろう。何だ、その迷い子のような面は。見ていて虫唾が走る。

 さぞその騎士王は使いにくかろう。あの滅びを見届けておきながら、尚も綺麗事を信じる等、まるで呪いだな」

「その言葉は心外だぞ、アーサー。貴方も星の聖剣を手にしたのであれば、それに適う心を持つべきだ」

「フン、よく吼え――」

「ほら、アルトリア、必要以上に挑発しない」

 

 俺の言葉に、アルトリア・オルタはむぅと呟く。

 あぁ、そうか。負けず嫌いだから、猶更自分には負けたくないのか。

 オルレアンでも立香のアルトリアと張り合ってたしなぁ……。

 閑話休題。これ以上話を続けても、望んだ情報は得られないだろう。

 と言うよりも今はただサーヴァント達を休ませてあげたい。

 

「――じゃあ僕らも、これで。あ、それと……」

「……」

「聖杯戦争に参加する時の、参加表明ってどこですか?」

 

 俺の言葉に、セイバーのマスターは目を瞬きさせた後大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 倉庫街から飛び去ったライダーとウェイバー・ベルベットは戦車の上で、今後の方策を考えていた。

 無論、その根底にある感情の方向は正反対であるが。

 イギリスに帰りたいと言う思いとは裏腹に、頭のどこかは策略を練り続けている。

 早速自分がこの男に影響され始めているという事が癪だった。普段は煎餅かじってビデオ見てる癖に。

 

「さて、どうするか。あの小僧のサーヴァントはどいつもこいつも難敵だぞ。

 うははは、どう知略を巡らせるか楽しみで仕方ない」

「あのなぁ……。こっちは一人なのに、向こうは三人もいるんだぞ。どう考えたってボク達が不利に決まってる。各個撃破か、或いは話自体分かりそうなヤツだったし同盟を組むか……」

「心配するな、坊主。余には数の利など、如何様にでも覆せる」

「まぁ、確かに。あのアーサー王を除けば、お前なら倒せそうなヤツばかりだけど」

 

 ふむ、とライダーは顎に手を当てた。戦略家の思考になったと、その瞳が物語っている。

 彼にとって今のウェイバーの言葉に、何か思うところがあったのだ。

 

「なぁ、坊主。貴様はあの小僧のサーヴァントでどいつが一番厄介に見えた?」

「厄介って。そりゃアーサー王だろ。あんなに魔力をまき散らすかなり容赦ない戦い方だったし、正直戦車でも対抗出来るか……」

「……では、坊主。貴様、戦場で自分の警護をさせる時、どいつを一番近くに置く? そう難しく考えるなよ? 単純に考えてみよ」

「そりゃ、守りが上手いとか強いとかじゃないのか」

「ほう、そいつは何故?」

「何故って……。上を落とされたら終わりだからだろ。マスターはサーヴァントにかないっこないんだから」

 

 そこだ、と言わんばかりにライダーは頷いた。その答えに満足そうに。

 

「何だ、分かっておるではないか坊主。あの着物の女。あれが一番の強敵だ」

「でも見たところただの女の子だったけど……」

「見た目はな、華奢な小娘だが――余から言わせて貰えば、あれは獣だ。外面には一見清楚な女子のようだが、内面に見えぬ牙を潜めておる。

 いや、正直に言うぞ。気配が全く掴めなかった。アサシンのクラスと言われても、疑いようがない程にな。余の目を以てしても奥が見えん」

「……反則だろ、そんなの」

「そいつの手綱をしっかり握っている辺り、あの小僧中々肝が据わっておる。それに余の戦車を物欲しそうに見ておったしな。

 うん、将を落とすのは楽だろうな。案外、簡単に口説き落とせるかもしれんぞ」

「そんな単純なワケが……! 何だ、今の」

 

 ウェイバーの視界には、戦車の前方を何かが飛来していったようにも見えた。

 ライダーも同様であり、地表辺りに目を光らせている。

 全く当てるつもりのない速度であり、どちらかというと信号弾の役割に近いようにも思える。

 

「あいつはバーサーカーか。

 ……魔力が強化されてる。令呪のバックアップでも受けたのか……?」

 

 視界を強化する。――見えた、影を纏う黒騎士と傍らにいる二人の人影。

 男性と年端も行かぬ少女の二人が倒れている。どこかから連れ出されてきたのだろうか。

 

「一戦交えようって腹じゃあ無さそうだな。下りてみるか?」

「……警戒しつつな。何せバーサーカーなんだから」

「よし、行くとするか!」

 

 

 

 

 倉庫街から去り、大橋のふもとまで来た後で俺はもう一つ問題に気付いた。

 ――宿が、無い。

 肝心のエミヤ・オルタは、また明日の夜気配を追って合流すると言い残しどこかへ消えたのである。

 

「……どうしよう」

「私は野宿でも構わんぞ」

「同じく」

 

 二人はそう言ってくれるが、女の子二人を外に寝かせるわけにもいかない。

 金も無いし、カルデアからの支援も無い。まさか今更どこかのマスターの家に乗り込んで泊めてくださいなんて馬鹿を言えるはずもない。

 暗示? 使えませんよ、そんなの。

 

「……仕方あるまい、どこかの陣営の拠点を落としてくるか。待ってろマスター。聖剣をぶっぱして――」

「ダメダメダメ! まだ状況が整理できていないんだから! 火の粉を払う程度に!」

 

 戦力に関して不安は無い。やろうとすれば、マスターを暗殺なんて事も可能だろう。

 けれど。けれど、出来れば倒したくない。殺したくない。もし共に生きる道があれば、それを模索したい。

 敵の正体も分からず倒せば、残るのは後悔だけだ。

 はっきりと覚えている訳ではないけど、バビロニアでの一件が尾を引いていて仕方ないのだ。

 

「優しいわね。貴方のそういうところ、大好きよマスター」

「……あ、ありがとう」

「おい、惚気るな。私もお前のサーヴァントだぞ、同様に扱え」

「あら。構ってほしいなら、そうと言えばいいのに」

「……ちっ、やりにくい」

 

 と、アルトリア・オルタが鎧に姿を変えた。

 サーヴァントの気配を察知したのだろうか。

 ――そう思ったとたん、また彼女は鎧を解除していつもの私服に戻した。

 

「――arrr……」

 

 見ればバーサーカー・ランスロットがそこにいた。感じる魔力は倉庫街の時よりも桁違いだ。令呪を全画使用、そう考えてよい程に。

 俺を前に、片膝を着いて。それはカルデアで彼が俺に何度も見せてくれた騎士の誓い。

 

「……貴方は」

「mas……ter……」

「貴様が、強制的にレイシフトされた後、サーヴァントの接触も不可能になった。この女が貴様の血を辿って座標を観測。ようやくこちらからも接触が可能になったと言う所だ。

 尤もカルデアから直接乗り込めたのは私とこの女の二人だけだ。ランスロットはここのバーサーカーと意識を同調。狂気を支配し、馳せ参じたと言う訳だ。突撃女は拒否されたぞ、ざまぁみろ」

 

 下総で立香の下まで来れたのが小太郎だけ、と言う状況と類似している。

 じゃあ元々ここにバーサーカーのランスロットがいて。その意識はカルデアで俺と契約したランスロットと言う事か。だからあの倉庫街で、俺を助けてくれたのだ。なんて心強い。

 それとカルデアに帰ったらジャンヌに謝ろうねアルトリア。俺も一緒に行くから。

 

「バーサーカー、貴方の本来のマスターは?」

「――■■■」

「脱出させたそうね。未練があったそうよ」

「……そっか、救いたかったんだ」

 

 ランスロットと再度、契約が繋がったことを知る。

 その感触に安堵した。特異点でも幾度となく、彼には助けられてきたから。

 

「マスター、着いてこいと言っているようだ」

 

 ランスロットの指示する通りに進み、辿り着いたのは街の一角。邸宅とでも呼んだ方がいいのだろうか。

 表札には間桐と書いてある。

 家主には申し訳ないが、不気味な雰囲気が漂っており人を寄せ付けない空気が醸し出されている。

 

「間桐って言えば、確か御三家の……」

「……ほう、よくやったぞランスロット卿。喜べマスター。

 この邸は無人のようだ。マスターであった人物も街を離れた以上、使う人間もいないだろう。

 面倒な掃除(・・)はコイツが済ませてくれた」

「……有難い」

 

 全く頭が上がらない。

 拠点の確保と言う一番の問題が、これで解決した。

 

「結界とか張って、安全を整えてから休もう」

「ふむ、細かい所に汚れが残っているな。待ってろ、夏に鍛えたメイドスキルを見せてやる」

「あぁ、いや。そこまで気を使わなくていいからね?」

 

 冬木。第四次聖杯戦争――何故そこに突如特異点反応が現れたのか。そして俺だけレイシフトが出来て、他のマスターが全員弾かれたのか。

 魔神柱かそれともビースト案件か。或いはどちらでもない、未知の脅威か。それともカルデアが残した負の遺産か。

 別にどれでも構わない。俺は戦って生き延びて、必ずカルデアに帰還する。

 

 

 

 

 とある駐車場。衛宮切嗣は久宇舞弥と連絡を取り合い、ランサーのマスターの潜伏先を特定。案の定、冬木市ハイアットホテルのスイートルームに陣地を構えていた。

 高い所に陣を構えるのは戦略的には有効だが、れっきとした魔術師にそんな知識がある訳が無いだろう。

 何とかと煙は高い所が好きとの言葉通りだ。

 事前に仕掛けておいたTNT爆薬を用いた、ホテルの爆破解体。巨大な建造物を支える最低限の地盤を破壊し、後は建物自体の重みで完全に崩壊させる。

 参戦した陣営が増えた以上、セイバーがランサー戦で受けた呪いを解除しなくてはそもそも話にならない。

 傷が完全に癒えていればあのアーチャーにも後れを取る事は無かった筈だ。

 

「……」

 

 後はコードを打ち込めば、爆弾が信号を検知。自動的に爆破される。

 それを打ち込むべく手を動かし――手にしていたPHSが鳴る。

 番号はアイリスフィールからだ。

 爆破を優先させるかを考えたが、セイバーが傍にいる事を考慮すると何かあったと考えてもいいだろう。彼女は強い女性だ。例え困難が立ちふさがろうとも、自身で乗り越えようと恐怖を払拭する勇気がある。

 

「アイリ、どうかしたかい?」

『キリツグ、セイバーの傷が……!』

「――何?」

 

 

 

 

 

 冬木市ハイアットホテル。

 純白のカーペットには血が飛び散っており、床には二人の死体が転がっている。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが、悲壮に表情を狂わせたまま事切れていた。

 

「貴様……倉庫街の時は意図的に手を抜いていたか……!」

「あぁ、恨まないでくれ。これはオレが勝手にしている事でね。マスターの指示では無い。

 だが、その願いを叶えるためにも手段は必要だ。――その二槍、精々利用させてもらうよ。元より戦士とは使い潰されるためにあるようなものだろう?」

 

 ディルムッド・オディナは惨い有様であった。片目は潰され、四肢は砕け、体幹にはいくつもの風穴が出来ている。

 ――二槍を振るう彼の技量に追いつけるサーヴァントは、それこそ名を馳せた英雄に他ならない。

 だが、拳銃を携えた男は違う。

 ディルムッドは彼をサーヴァントだと思っていた。この聖杯戦争で、マスターに呼び出されたモノだと。

 ――否、断じて否。目の前にいる男は普通のサーヴァントでは無い。倉庫街で見せたのは偽装に過ぎない。

 何故、何故誰も気づかなかった。この男だけは、他の場所から支援を受けている。それもマスターではない存在から。

 

 

「ではな、ディルムッド・オディナ。恨み言の続きは地獄で聞いてやる」

 

 

 また銃声が一つ響く。――後に残されたのは無常な沈黙のみ。

 

 

 

 

 

「――眠れないの?」

「うん、まぁ。色々と大変だったから」

 

 邸宅の一室で、彼は空を見上げていた。

 傍らに降り立った彼女を一瞥して、彼は小さく息を吐く。

 

「それにしてもいい月だ」

「……お芝居はそこまでにしたら? 私が彼を見抜けないとでも思ってる?」

「ありゃりゃ、そいつは失敬。イケると思ったんですが。

 アンタも力使ってて大変だろ? 異星の神様だが外宇宙の存在だが知らないけどさ。この体のお守りも大変だね。分子を支配する戦いってのは疲れるでしょ?」

 

 彼の体に黒い紋様が浮かび上がる。その口元には獣のようなニタリとした笑み。

 それを見て彼女もまた小さく笑った。

 

「彼の体を知る存在は私一人で十分だもの。今更欲しがっても渡すつもりなんて無いわ。世界が終わる夜明けまで、私は彼と共にいるから」

「ヒュー、お熱いコトで。挙式の予定があるならいいシスターと教会に当てがある。格安で紹介するぜ? ……あ、やっぱりやめとくわ。何か怖いし」

「お気遣いどうも。それで、どうして貴方が出てきたのかしら?」

「いやいや、オレも完全に消えるつもりだったんですがねぇ。この器が逃がさねぇって言わんばかりに引っ張り上げる訳ですよ? イイ夢を見させてもらった礼はロンドンで返した筈なんだけどさ」 

「……そう」

「今更出る幕も無いだろうし、奥底で一眠りするかと思ったらこの有様だ。

 一応、この街には切っても切れない縁があるんでね、色々と懐かしくなったのさ」

「貴方、本当に人間らしいわね」

「前のガワのおかげさ。悪はどう反転しても正義にはなれないからな。それにもしかすると今回は、オレにも責任の一端がある。

 ――アンタにはこの世界、どう見える?」

 

 青年の言葉に、少女は目を瞑って小さく頷いた。

 

「夢の中、かしら。誰かの記憶を頼りに生まれた現象がカタチとなって顕現した一つの塊。形無き人々の空想によって作られた正史の過去」

「へぇ、そいつはまあ何とも。

 オレには夢には見えないがね。コイツは願望だ。純真無垢な祈りそのモノだ」

「……」

「願いは悪意に利用される。真っ白な祈りはドス黒い欲望に変わる。こんなに綺麗な願いなのにな。あの黒のダンナはそれに気づいちゃいないみたいだけどさ。誰だっていくつもの願いを抱えてる。

 隈なく隠されたら気づけないのが人間ってもんさ」

 

 世界で一番幸せになりたいと言いながら、誰かの幸せを真摯に願う。平和であれと謡いながら、争いに手を染める。そうでありながらどちらも捨てる事を躊躇う。

 人は矛盾した生き物だ。それを彼も彼女も知っている。

 この世界――この特異点は、そこを利用された結果なのだと。

 

「だがそれに気づくにはどうしても気付けの一発が必要だ。さて、このガワはそれを耐えられるか見物だね。まぁ、耐えてくれないとオレもキツいんだけど」

「大丈夫よ、彼は私が守るもの。いつか彼の存在が忘れられてしまったとしても。ずっと、ずっと――」

「おいおい、アンタのずっとはシャレになんねぇよ。どこぞの月の女神ですか。……っと、それと同じぐらいの存在だったな。

にしても心強い懐刀がいたもんだ。だが振る舞いには気を付けなよ。

 そっちにそのつもりはなくても、追われる側には後腐れになっちまうもんさ。アンタの存在がコイツの負い目にならなければいいけどな」

「まるで経験してきたような言い方ね」

「言っただろ? この街には思い出が多いのさ。オレは四日ぐらいで飽きちまったがね。それじゃあよろしく頼むぜ。この体から生まれた悪意は、全部オレが呑み込んでやるさ。そういうのなれっこだしな」

 

 ――僅かな沈黙の後、少年は少女に静かに告げた。

 その一言を、誰かに伝えて欲しいと言わんばかりに。

 

「死んだらそれで終わり――じゃない。死んだ者の想いが、生きる者に届くことだってある。もう声をかけてやる事は出来なくても、その背中を押してやることぐらいは出来る。

 そいつが(まじな)いになるか、(のろ)いになるかはまた別の話だけどさ。

 今、この体を突き動かしてるのはソレだ。自分だけが生きてしまったから、今を生きる人達のために、全てを捧げるなんて妄想を信じ込んじまってる」

 

 そんなものは捨てようと思えば捨てられる。無かった事にだって出来る。それは決して悪でもない。

 けれど彼は、結局生き延びてしまって。生きる事の楽しみをもう一度知ってしまった。

 ――故に彼はそれから目を逸らす事が出来ずにいる。生き残ってしまったと言う罪から救ってくれる免罪符を探し続けている。

 カルデアの日々は彼にとって確かな幸福でもあり、傷口を抉るトラウマでもあるのだ。

 

「だから言っとく。こいつから目を放すな。閉じこもる事を許すな。

 もしそうなっちまえば、コイツはカルデアの敵になる」

「……私がいるわ。

 彼を一人になんてさせない。例え何があったって……。必ず……」

「そうかい。なら安心だな。この小言も余計なコトか。

そんじゃあオレはまた引っ込んどきますよ」

 

 ――青年の体から紋様が消えていき、張り付いていた笑みが消える。

 少女は彼に歩み寄って、その隣に腰かけた。

 

「……あれ、何で俺ここに」

「私が連れてきたの、マスター。この景色を貴方と見たいと思ったから」

 

 その言葉に彼は目の前に広がる光景を見て、小さく微笑んだ。

 少女の手をそっと握る。

 

「……そういえば、キミと二人きりで過ごす時間って部屋以外だと無かったな」

「……そうね、あの旅は貴方にとって、瞬く間に通り過ぎていく雲のような日々だったもの」

 

 そうだ、と彼は声を挙げた。一つ大切な事を忘れていたのだ。

 彼女に報いるモノを。あの地獄のような日々の中で、寄る辺になってくれた彼女に。まだ自分は何もしてあげられていないと。

 

「何か、望む事とか無いか? もし俺にできる事なら、出来る限りの事を尽くす」

「――」

 

 彼はそう言った。その言葉に少女はかつての光景を思い出す。

 ――知っていた。あの時の少年の答えなど、質問を問いかけた時から。でも聞かずにはいられなかったのだ。

 願いを問う側であった筈がいつの間にか、願いを問われる事になってしまった。その事に少女は思わず苦笑する。

 

「ありがとう。……でも、いらないわ。このワタシには今の貴方がいるだけで充分だから」

 

 もう、独りじゃない。

 それだけで、今の彼女がこの夢を見続ける意味はある。

 だからそれ以上、何も望まない。

 

「そっか……変な事聞いたな。ごめん」

「いいえ。それよりマスター、ほら。綺麗な景色よ。

 一人で楽しむには、ちょっと広すぎるわ」

「……いつもありがとう、セイバー。キミに出会えて、本当に良かった」

「――。えぇ、どういたしましてマスター」

 

 

 

 

 体の奥底でソレは語る。

 最早誰にも届かぬ警句を。

 

“忘れるなよ少年。未来も世界も終わりには向かっているが、ひとりでには壊れない。人も術式も、それは同じだ。

 ――そうなるように仕組んだ者がいる。そいつがアンタ達の敵だ”

 




倉庫街君、とあるオルタにより原作以上の被害を受けた様子。

(朗報)雁夜おじさん、桜ちゃん病院へ搬送。聖杯戦争より円満退社。
臓硯氏、とある黒騎士より「AUOから奪った(不死殺しの)宝具で、死ねぇ!」と奇襲を受け、退場した模様。本体が別にある? うるせぇ、斬られたんだから死ね。

ランスロット氏、拠点と資金の両方を確保しオリ主に献上すると言う、元主君を差し置いて理想の働きぶりを見せる。

デミヤ、暗躍開始。

ランサー陣営ボッシュート。AZOで救済されたんだからええやろ。

ケリィ「ランサー落ちたんか、じゃあ爆破ええわ」ポイー
ホテル「許された」
運営スタッフ「助かった」
まぁいいや「ケーキが無事でよかった」

「」氏、ホロウの正ヒロインよりヒロインの風格を指導される。



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After3 二日目/問答

次話多分遅れます。
思い付きで書くものじゃないですねホント。


オルタと「」を弄り過ぎて、原作の良さを殺している気がしてならない。
そして「」が好きすぎてオリ主に殺意が湧いてきた。



 言峰教会――アイリスフィールさんから聞いた話では聖杯戦争参加者はここに赴き参加を表明しなくてはならないそうだ。監督役と言う人物にそれを伝えなくてはならないらしい。

 日中ではあるものの聖杯戦争の最中であり、ましてや俺はイレギュラーでもある以上暗殺の可能性がある事を考慮する必要があった。傍らには私服に着替えたアルトリア・オルタ、背後には霊体化したランスロットと「」が控えている。

 アルトリアが運転するバイクに跨り、教会へ向かう道中。昨夜まとめた情報を思い返す。

 

「……」

 

 まずこの特異点にいるのは俺だけだ。他のマスターが弾かれる中、俺だけが吸い込まれるようにレイシフトされた。以後、存在証明こそかろうじて行えているものの、一切の通信も遮断されている。――つまりカルデアからの支援は絶望に等しい。

 脱出はこの特異点を修復しなければ不可能。他のサーヴァントもそれは同義。つまり俺は彼らの命も預かっている事になる以上、それを踏まえて行動しなければならない。特に複数のサーヴァントを保有しているとなれば、真っ先に狙われる対象だ。相手側を刺激しすぎないよう、立ち回りには慎重を重ねる必要がある。味方に出来る可能性を、自ら潰していくのは悪手としか言えないだろう。つまり、自らサーヴァント撃破を狙っていくのは最低限に絞らなければならない。

 カルデアからのサーヴァントは今三騎のみ。アルトリア・オルタ、「」、ランスロットだ。ただしランスロットは現地のサーヴァントと霊基グラフを同期しているためカルデアからの魔力支援が無く、俺の自前で賄う必要がある。この体が魔力タンクになった事にはただ感謝するばかりだ。

 エミヤ・オルタ――俺がこの特異点で最初に出会った存在。目覚めた時には傍にいた事から、俺の事を全て知っていたと見ていい。信頼はまだ難しいが、信用は充分。

 他のサーヴァント――昨夜で五騎は実際にこの目で見た。アサシンは「」の発言から考えるに百貌のハサンだろう。キャスターのみが不明。だが現在、冬木市を騒がせている児童集団失踪事件の発生がごく最近である事も考慮すると、恐らくキャスターであるジル・ド・レェの可能性が高い。

 誰も彼もが一筋縄ではいかない。念には念を入れなければならない。倒すべき敵は慎重に。確実に一線を越えた者だけは、被害が拡大する前に倒す。

 

「ついたぞ、マスター」

「ありがとう、アルトリア」

 

 バイクを降りる。ヘルメットを座席下のスペースに収納し、教会を見上げた。何というか、思ったより神聖らしさは感じない。

 言峰教会の門を叩いて、中に入る。広がるのは想像していた通りの風景。

 

「失礼します」

「――神の扉はいつ如何なる時も開かれている。言葉は不要だ、少年」

 

 奥に立っていた若い青年――無機質なその瞳に、心の奥まで見透かされているような錯覚を抱いてしまう。

 空っぽだと思ってしまった。俺とこの人では、見えている光景の美しさまでもが違うような気がする。

 

「ようこそ、八人目のマスター。私は言峰綺礼。この戦いの行く末を見届ける者だ。本来の監督役である父は席を外している。要件ならば私が伺おう」

「アラン・アニムスフィアです。八人目のマスターであり、セイバーを召喚しました。

 遅れましたが、第四次聖杯戦争への参加を受諾して頂きたい」

 

 嘘は言っていない。「」とアルトリアはセイバーでもあるし、俺が召喚した。

 その内面を既に見抜いているのか或いは生来のものか。男は微かに笑った。

 

「宜しい、八人目のマスターとして君を歓迎しよう。清廉なる戦いを所望する」

“マスター、気をつけろ。コイツは何か違うぞ”

 

 アルトリアの念話に、自身の違和感を確信する。

 人間と話している筈なのに、そういった感じが全く無いのだ。

 

「さて、早速だが伝えなくてはならないことがある。

 昨夜、ランサー陣営の脱落を確認した」

「!?」

「昨夜、倉庫街での戦いの後に魔力計がサーヴァントの脱落を確認した。

 全マスターに招集をかけたところ、キャスターとバーサーカー、ランサーの所だけ一切の返答が無かった。アサシンから得た情報をまとめ推察した所、ランサーの陣営のみマスターとサーヴァント共に確認できなかったため、我々はランサーが脱落したと判断した」

「――待て。貴様今、アサシンと言ったな。監督役がサーヴァントを有すると?」

「私のアサシンは斥候としては優秀だが、戦闘能力は魔術師にも劣る。到底、戦えたものではない。故に聖杯戦争の運営に回したのだ。

 この私に聖杯へ叶える願いなど無いのでね。別段、敗退しようと今後に変わりない」

「……ほう、気配遮断の出来るサーヴァントが使えないと? 直にマスター殺しを狙えるクラスだろう?」

「私の手に余ると言った方がいいかね。或いは私を信用しないならそれで構わないとも。

 ――ではこちらも問おう。

 少年、現在君と組んだサーヴァントは四騎確認した。拳銃を使うアーチャー、反転した騎士王、間桐を滅ぼしたバーサーカー、こちらのアサシンを容易く斬り捨てた着物の少女。本来、聖杯戦争は七騎。君個人に対し、半数以上のサーヴァントが所属するというのは、どのような手を使ったのかね」

「……それは」

 

 言峰綺礼は口調も態度も一切変えない。アルトリアに睨まれようが、「」が微弱な殺意をぶつけようが、どこ吹く風と言った様子だ。

 明らかに戦闘慣れしている。それも異能との戦いに。

 

「私個人としては別段どうでもいい事だが、他のマスターから苦情も出ているのだよ。何かしらのペナルティか或いは自害させるべきだとも」

「――先に断っておきますが、後者は何があっても受け入れるつもりはありません」

「……話は最後まで聞くべきだと教わらなかったのかね。私個人としてそれは容認している。既に父には話を通してある。

 八人目のマスターに対し、ペナルティは不要であると」

 

 事実として、今のサーヴァントでギルガメッシュ一人を簡単に倒せるかと問われれば、難しいと言うのが本音だ。

 これに彼の慢心とそこを狙った戦術を重ねて――ようやく勝利の芽が見えてくると言ったレベルと呼んでもいい。

 「」の存在がある以上、いつどこで彼が切り札を抜いてもおかしくないからだ。

 俺だってサーヴァントを失うのは嫌だし、精神的にも応える。

 だからこそ分からない。何故、目の前の男は俺の立場を庇う必要がある?

 

「……」

「聖杯戦争に正々堂々と規則通りに戦うマスターはいない。真っ当なサーヴァントと真っ当なマスターと言う組み合わせはたかが知れる。前哨戦など、事静かに終えてほしいものだ」

「……運営役の言葉とは思えませんね」

「何、こちらとしても恨み言の一つや二つは吐きたいという事でね。他のマスターは被害など考えずに暴れてくれるからな。

 隠蔽処理にも限度がある。全く、事後処理が面倒でならん」

 

 ? 最後の言葉だけ、何だかやけに実感がこもっていたような……。

 頭を横に振って、話に集中する。

 

「君の参加表明は受諾した。第四次聖杯戦争への正式な参加を認めよう。

 決意を胸に、聖杯を目指しその願いを叶えるがいい」

「……ありがとうございます。行こう、セイバー」

 

 教会を後にする。

 後は街を散策して、地形の把握に努めなくては。

 

 

「実に清廉潔白な少年だ、成程。その癖、自分の在り方に疑問を感じ、自責の念に囚われている。自身に罰を向けられる事を望むか。

 であるのならば――喜べ少年。君の望みは、ようやく叶う」

 

 

 

 

 

 冬木住宅街。

 一通りの把握も終えて、今後の活動に必要な物資を調達した帰りであった。間桐邸には資金がそのまま潤沢に残されていて。仕方なく拝借する事にしたのだ。

 購入したのは、まぁサーヴァント達の私服だったり食事だったりと。後は地図だったり、サーヴァント達の娯楽品であったり。

 戦いがどれほどの期間になるかは分からない。長期戦か或いは明日にでも決戦にもつれこむか。先を見越して、貯蓄は充分に買い込んでおいた。

 

「……平和だなぁ」

 

 一見何の変哲もない家屋の中からは平穏な声が聞こえてくる。その懐かしさに、どこか寂しさを覚えてしまうのは何故だろうか。

 でも今の俺にはカルデアがいる。だから、別段帰りたいと言う願望は無い。彼らとの日々は――

 

「おお! あん時の小僧ではないか!」

「んなっ……!」

「露出狂か、あの男は……」

 

 民家の玄関で荷物を受け取っているライダーと目が合った。

 ――下半身は生まれたままの姿で。まぁ、その、ナニが見えているわけであって。

 郵便配達の男性はそのまま逃げるようにライダーから立ち去って行った。

 

「ん? 何だその飯の数は? ……貴様ら、何か宴でもおっぱじめる気か?」

「まぁ、宴。と言うよりは簡単に食事でも作ろうかなって思いまして」

「ほほう……。なぁ小僧。その食事とやらここで済ませるつもりは無いか?」

 

 ライダーの目は子供のように輝いていて。

 まぁ、断ったら簡単に肩を落とすであろう事は予測できた。

 なら俺が答えるべき回答は一つしか残されていない。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて。……手短に。後、下はせめて霊衣を……」

「マスター……。フン、甘い男だなお前は」

「話の早いヤツは嫌いではないぞ! さ、入った入った」

 

 いや、そこ多分貴方のマスターの家ですよね……。

 なんて言葉を言える筈もなく、仕方なくその民家にお邪魔する事にした。

 

「それにしても男の誘いばかりに身を委ねるとは……アイツ、まさか男好きか?」

「……英雄好きだものね、あの子」

「……ohhhh……」

 

 

 

 

 衛宮切嗣はアインツベルン城にて状況の把握を急いでいた。

 八人目のマスター――その参戦は想定外であり、さらにはサーヴァントを複数従えている事も範疇外である。

 だが集めども集めども情報は一切出てこない。昨夜、遠坂時臣が召喚したであろうアーチャーとの会話にて手がかりとなる情報はいくつかあったが。決定的な内容が存在しなかった。

 

「……」

 

 ウルク、星見、バビロニア――唯一、星見でカルデアと言う組織が該当こそしたが、そこはまだ星見の天文台であり、到底魔術師と言う括りが存在するとは考え難い。否、そこの職員の一覧を入手こそしたが、あの少年に該当する人物はいなかったのだ。

 

「酷く頭が痛むな……」

 

 まさしく湧いて出た或いは迷い込んだと言った方がまだ納得はいく。並行世界からの漂流者――まさか第二魔法の使い手かもしくは宝石翁の弟子として修業に駆り出されたのだろうか。そんな馬鹿な話がある筈ない。宝石翁が弟子を取ったとなればそれだけで大きな話題になる。それは成功か破滅かの二択だけだ。

 そして黒のセイバー――こちらのサーヴァントと同一人物を召喚したという点も最悪の一言だ。こちらのセイバーとは違い、膨大な魔力と無慈悲な攻撃で蹂躙する様はただの暴力にも等しい。事実、セイバーと互角に渡り合い手傷を負わせたランサーを終始圧倒していた。

 クラスが同一である以上、宝具の性質も似ていると考えていいだろう。

 やはりあのマスターを直接狙うしかない。ただ問題は彼の傍にいた着物の少女――謎のセイバー。彼女がいる以上、不要な暗殺は自殺にも等しい。

 

「……」

 

 脳裏に思考を走らせる。如何に処理するかを、魔術師殺しは淡々と考える。

 昨夜、セイバーの傷が癒えた。それはランサーの脱落を意味する。加えてケイネス・エルメロイ・アーチボルトとその許嫁の遺体も見つかった。

 ケイネスは紛れも無い強敵である。ただし魔術師である限り、切嗣にとっては撃破可能な障害に過ぎない。魔術師殺しの異名も、彼が歴戦の魔術師をほぼ確実に仕留めてきたことからつけられた名前である。

 ――しかし、彼は別の陣営の手に掛かり死亡した。ホテルの従業員に暗示を掛け、彼の部屋を聞き出し向かってみれば、そこには二人の死体しか残されていなかった。死体を改めた所、二人にとって止めとなったのは額に撃ち込まれた銃弾だ。許嫁を守るようにして倒れていた事から、奇襲を受けたのだろう。

 恐らく、八人目のマスターの所にいた二丁拳銃を扱うアーチャーだ。

 こちらのセイバーを銃剣で牽制し、アイリスフィールを銃撃で狙おうと伺っていたに違いない。故にセイバーは動きを阻害されたのだろう。アーチャーの殺意が本気であると、そう直感で判断したが故に。

 やはり例の少年は危険だ。ケイネスが最も危険であると踏まえ、彼を始末すると共にバーサーカーを何らかの手段で篭絡、再契約し戦力の増強を行った。そして彼は間桐家の邸宅に居を構えている事から、間桐臓硯をも出し抜いたと考えられる。であれば、あの間桐を出し抜く知略にも長けている。

 その手腕に背筋が冷える。自分と同等の戦術眼と冷酷さを持っているに違いない。

 

“……爆弾でも使うか? いや、あのセイバーがいる以上、直感のスキルは持っていると考えるべきだ。設置した所で警戒されては意味がない。

 ――ダンプカーを使うか。間桐邸の近くに駐車させて、通り過ぎたところを……ダメだな、変わらない”

 

 直感と言うスキルが極めて厄介だ。

 罠を張ろうとも、それを本能で察知されては仕掛ける意味が無い。寧ろ、爆破する以上自身は必ず相手を視認出来る位置にいなくてはならない。それを逆に探知されればアウトだ。

 

「切嗣」

「……あぁ、ごめんアイリ。考え事をしてたんだ。それで、どうだった?」

「お爺様にも聞いてみたけど。貴方以外の魔術師は雇っていないって」

「……そうか、ありがとう」

「……」

「……」

 

 アイリスフィールは衛宮切嗣の微細な変化に気づいていた。

 苛立っているのだと。それは決して疲労や今後の方針に決めあぐねているからと言うのではなく。

 事実、切嗣は苛立っていた。あの少年の瞳――それにかつての自分の面影を思い出してしまったからだ。

 それは切り捨ててきた感情であり、唾棄した在り方であり。何より失った者を連想させるからだ。

 

“……落ち着け。この冬木で、僕は人類を救済する。

 そうでなくては。そうしなくては――失われた命があまりにも”

 

 満天の星空を思い出す。

 静かに瞬く、星達の散り逝く空。届かない祈りが天と地を満たす。

 

 

 

 

 ウェイバー・ベルベットに浮かんだ感情は苛立ちであった。

 自身のサーヴァントであるライダーが勝手に八人目のマスターであるアランを民家に案内しただけではなく、楽し気に談笑しているのだ。しかもつまみを旨そうに食いながら。

 しかも話の内容を彼は喜々としてメモしている。こうして語り合えるのがただ嬉しいと言わんばかりに。心なしか目も輝いて見える。

 

「お主分かっておるなぁ! 余のファンか、ファンだな!? これは丁重にもてなすとするか!」

「まさか、アレキサンダー大王。かのアレクサンドロス三世から直々にお話を聞けるなんて……。これだけでも嬉しい限りですよ!」

「よせよせ、照れるではないか! よし、では次は何を聞きたい!? うははは、つまみが進むわい!」

「じゃあ次は海中探検の事なんですけれど……」

「おうとも。そん時はな――」

 

 一体何なんだこの馬鹿ども。

 サーヴァントはマスターそっちのけであり、マスターはサーヴァントそっちのけである。いいのか、それで。

 

「……」

「悪く思うな、ライダーのマスター。こいつは根っからの英霊馬鹿でな。

 偉人と呼ばれた連中と実際に話せるとなると、はしゃぐ性格だ」

「……苦労してるんだな、アンタ」

「……目の離せん存在ではあるな。全く、何故私が母親のような事を……。

 コホン、あー、それとマスター。今は私の口も軽くてな、ブリテンの事なら簡単に口を開いてしまいそうだがー」

 

 ちらちら、と擬音が付きそうな視線をマスターに向けるも、肝心のマスターは未だにライダーとの話に夢中である。

 その不甲斐無さに思わず同情してしまい――思い切り睨まれた。

 

「……覚えておけよ、貴様」

「何でボクに!?」

 

 お前のサーヴァントだろ何とかしろよ。

 

 

 

 

 ――向こうの二人も楽しそうに話していて何よりだ。

 ウェイバーが冷や汗掻いているように見えるが気のせいだろう、多分、きっと。

 征服王イスカンダル。別名アレクサンドロス三世。アレキサンダー大王と言えば、きっと誰もが名を聞いた事だろう。

 その名に数々の英雄が心を躍らせたと言う。戦術家として名高いハンニバル・バルカやナポレオン・ボナパルトも彼を英雄として尊敬していたと言われる程。

 聞きたい事は存分に聞けた。あぁ、スッキリした。カルデアに映像が届いていれば記録出来ていたと言うのに。

 

「では今度は余から尋ねるぞ。王からの問いだ、心して答えるがいい」 

 

 その瞳は真剣そのもの。

 ――先ほどまでの飄々とした人柄は薄れ、征服王としての側面が見えているようにすら思う。

 

「アラン、お主は何故この聖杯戦争に参加する?」

「……それは」

「言葉を交わせば、大方の連中の本質は見て取れる。お前さんもその一人だ。

だがな、どうにも分からんのだ。貴様には自身への欲が無い。だが余の逸話に目を輝かせる所を見ると、完全に無い訳でもない。

 どうにもそこらが納得いかん。今一度余に聞かせてみよ」

「帰る、ためです」

「……何やら訳ありだな。話してみよ、余は自身の大望に関しては憚らんが、それ以外の事情に関しては口が堅いぞ」

 

 思い返す。

 初めて俺が目覚めた時の事を。気が付けば焼け野原のようなところにいて、自身がいる世界の事を理解して。

 ただ走ってきた。最初は生きる為に。それが少しずつ変わって、誰かを生かすために。俺はどう足掻いても生き延びれない。そう知ってしまったから。

 でも今はこうして、人理修復を為した後も生きている。

 

「――そこはちょっと遠い所にあって。帰るためにはどうしても聖杯を手にしなくちゃいけないんです」

「帰る、だと。何ともまぁ……。――例えそれが、余の道と相反するとしてもか?」

「…………はい。だって俺は、その場所に生き延びて。返しきれないモノを貰ったんです。それをまだ返しきれていない。俺に色彩をくれた人々に、まだ何も……。

 だから、征服王。もし貴方がその道を塞ぐと言うのなら、俺は……怖いけど、立ち塞がります。

 貴方の戦車が、俺の命を奪うその時まで」

 

 その目はいつになく険しい。それが意味する事を知っている。数々の特異点で嫌と言う程見てきた。

 敵対した、英霊達のように。けれど決して目を逸らさない。

 

「――良い」

「……はい?」

 

 俺の言葉に征服王はニッと笑った。

 

「良いと言ったのだ。何だ、お主。ちゃんと言えば欲もあるではないか。いや、帰ると言うのは確かに小さいかもしれんが、余の覇道に真っ向からぶつかると豪語したのであれば、認めざるも得まい。

 ……問答で器を試すのもまた一興か。

 ――そちらもいいマスターを引き当てたなぁ、色気のない騎士王」

 

 そうかなぁ。オルタも充分色気あると思うけど。食事中に目の前に座られてじっと見つめられると、思わず女として見てしまいそうになる。

 自分のサーヴァントましてや王であった彼女にそんな無礼な事は到底言える筈もないが。

 

「叩き切るぞ貴様。

 ……私の目から言わせるとまだまだ物足りんがな。あの金ピカも言っていたが、コイツは愉しむ事が下手で仕方ない。以前は状況が悪かったから目を瞑っていたが、今は別だ。

 全く、目も当てられん有様だ。それでも私のマスターかと泣きたくなる」

「……面目ない」

「大体何だ、貴様。あの冷血女や幽霊女ばかりにかまけるとは。少しは私の事も労え。

 おかげで食が細くなってしまった」

「ご、ごめん」

 

 食が細い?

 ははっ、ご冗談を。

 

「あのさ、アラン」

「ん」

「お前って珍しい奴だよな。普通の魔術師はサーヴァントを使い魔の一人って見做してる奴も多い。

 なのに、お前は対等どころかサーヴァントをさ、理解してその生き様に少しでも触れたがってるように見える。――家族みたいに、接するんだな」

「あぁ、まぁそれは。サーヴァントが好きだからさ」

 

 サーヴァントは生前、偉業を為した英雄だ。それは俺や立香が一番よく分かっている。

 俺達はレイシフトに赴くが、ただの人だ。決して英雄ではない。ただの人として星の行く末を見定める旅だった。

 ――要するに最初の俺の選択は間違っていたのだ。人としてではなく、英雄としてでもなく。ただどちらでもないにも関わらず、力を求めた。自分だけが生き延びると言う誤った未来のために。それを受け入れ承諾してくれた「」には感謝しかない。

 でも立香は違う。彼は自分が何も出来ないと、散々思い知らされた筈だ。だがそれでも歩みを止めず、ただの人にも関わらず、出来る事を全うした。

 だからこそ彼は、世界を救ったのだ。多くのサーヴァントが人理を救うと言う目的の下、彼を基点として集ったのだ。

 いつしか、ロマンが言っていたことを思い出す。

 

『いいかい? サーヴァント達はあくまでグランドオーダーと言う目的のために力を貸してくれているだけだ。

 その依り代としてどうしてもマスターが必要になる。だからキミ達を契約上の主と認める。

 ――驕ってはいけないよ、彼らは紛れも無い英雄であり、その多くは力を以て世界に認められた。我々カルデアや君達マスターの対応が一つでも間違ってしまえば、その矛先はこちらに向けられるだろう。元より英雄とはそういう連中さ。

 いいかい、一線を見極めるんだ。絶対に超えてはいけない領域を。そこを超えれば、マスターと言う存在は彼らにとって敵に変わるからね』

 

 だから俺はその一線を知るためにサーヴァントと言う存在、その歴史を徹底的に調べた。ただ死にたくなかったから。生き延びたかったから。

 今やその目的が逆転し、歴史が面白い、歴史の不明な事実、偉人の言葉を知りたいと言うモノに成り代わったが。

 

「歴史の先駆者達だからね。彼らが築いてくれた過去の上に俺達が生きる今がある。それを忘れたくないんだ」

 

 不謹慎かもしれないけど。グランドオーダーの旅は本当に楽しく、そして美しかった。

 今でもその一つ一つを鮮明に思い返せるほどに。

 

「ではマスター、今度はブリテンの話をしてやろう。私が治めた――」

「おい、待て騎士王。まだ余の覇道を十分に語ってはおらんぞ!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う二人には、もうこちらの言葉も届かないだろう。

 ウェイバーは呆れたように息をついた。

 

「……本当にお前どこから来たんだ? そんなにサーヴァントがいるなんて、一つの国家みたいなもんだぞ」

「国家、かぁ。どちらかと言うと連邦か連合って感じだけど」

 

 その騒がしい空気が、まるでカルデアにいる時のようで。

 思わず笑みを零した。

 

 

 

 

 遠坂邸にて、遠坂時臣は今後の方針を思案する。八人目のマスター――イレギュラーは早急に排除するのがモットーだ。不確定要素は盤を狂わせる。

 だがギルガメッシュの力を以てすれば全てのサーヴァントには十分対抗しうる。故に時臣は趨勢を見計らう事を選んだ。

 しかし奇妙なのは、そのマスターとギルガメッシュの話していた内容だった。

 古代バビロニア――生前のギルガメッシュを見てきたかのように。そしてそれに対する問いもまだ同様に。

 

“……まさか、時間旅行者? 蒼崎の関係者か?”

 

 魔法使いが聖杯戦争に参加するとなれば、それこそ大騒ぎだ。だが、その場合他の魔法使いの話が無いのは余りにも不自然に他ならない。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、蒼崎青子――時計塔でも厄ネタで名高い二大巨塔である。無論、時臣はまだ接触した事すらない。

 先代が宝石翁であるゼルレッチに縁があるぐらいだが。

 

「……どうかね、時臣君」

「いえ、やはりギルガメッシュ王は口を開かないようです言峰神父」

 

 せめて関係を探ろうとしたが、無言の殺意によって沈黙せざるを得なかった。

 何か一つ不敬とでも見なされれば即座に首を飛ばされていただろう。――あの王を前に啖呵を切れる度胸を、時臣は素直に称賛した。

 

『我とあ奴の関係はそう難しくは無い。だが、今の我が口にすべきコトでも無い。

 それは当事者であった者だけが語る事を許されるコトだ。

 如何に貴様の進言と言えど、それ以上は不敬と見做すぞ時臣?』

 

 謎は多い。

 アサシンの偵察により、例のマスターは間桐邸に居を構えた事が発覚。既にバーサーカーの陣営として参戦した筈の間桐雁夜は、遠坂の養子であった間桐桜と共に冬木市郊外の病院に入院したという。

 さらに言えば、バーサーカーがギルガメッシュの宝具を簒奪し、それがどれも対象を確実に仕留めるモノばかり。

 

「……臓硯氏は殺されたと見るべきか」

「監督役に何の接触が無いのを見る限りそう考えていいでしょう」

「――さて、どう舵を取る……」

 

 サーヴァントを複数保有している例のマスターを集中的に狙い、脱落させるか。

 それとも不安定要素の高いキャスター陣営を仕留めるか。――ギルガメッシュの力を以てすればどちらも不可能ではない。

 ふと扉を叩く音に意識を戻す。

 

「失礼します。父上、時臣師。先ほど、例のマスターが参加表明に訪れました」

「おお、すまんの綺礼。お前から見て、例のマスターはどのように見えた?」

「……私目にはそれ程際立ったようには見えませぬ。魔術師らしからぬ人物でしょう。

 衆目に憚るような愚昧は犯さないと考えます」

「そうか……。なら考えるまでも無いな。先にキャスターを落とすとしよう。

 言峰神父、夕方にマスター達へ招集を。キャスター討伐の任を命じよう」

「成程、そのように。

 ――ところで綺礼」

「どうされましたか、父上」

「大丈夫か、近頃のお前はどうにも達観しているように見える。やはり娘の事が気がかりか」

「――いえ、別に。妻の事も今は一つの出来事として受け止めています。娘は今どこにいるかも分かりませんが、妻の面影だけは似た、立派なシスターになるでしょう。

 父上、時臣師。失礼します」

 

 そういって言峰綺礼は出ていった。

 まるで、内面だけ別の誰かのようにも見えるが、それでもあの口調はやはり彼だ。

 

「綺礼君は何か楽しみでも出来たのかな。以前よりも笑みが見受けられるが」

「好物を思い出したと言っておりましてな。毎日のようにそこへ通っているのです」

「……そうか。何せよ楽しみがあるのはいい事だ」

 

 

 




今回のまとめ

おや? 綺礼の様子が……?

自軍のサーヴァントに男色の気があると疑われる。尚、もしそう言われても否定はしない模様。

ライダー陣営と飲みニケーション開始
・海中探検はアレクサンドロス三世が樽或いはガラスの中に入って、海の中を見たと言う逸話から。

ケリィ、安定の勘違い開始。


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After3 二日目/狂気失墜

私用で更新が難しくなるで候。

明日分書き上げて投稿したら、一旦ストップになりそうです。


いつも誤字指摘報告して頂ける方、本当に感謝しております。
こんな作者ですが、よろしくお願いします。


 

 夕方――教会からの招集を受け、俺はアルトリアの運転するバイクに跨って冬木教会へ向かった。

 ヘルメットをシートに直し、まさか同日に二度も訪れるとは思っていなかった教会を見上げる。

 

「マスター、既に使い魔の気配がある。無様を晒すなよ」

「分かった……」

 

 扉を開ける。

 中には高齢の神父――恐らく言峰綺礼の父親だろう。その周囲には他のマスターの使い魔であろう小動物が見受けられる。

 自身の姿が晒される事を恐れたためだ。

 

「お初にお目にかかります。この聖杯戦争で監督役を務めている言峰瑠正と申します。

 昼間は急なようで息子に任せてしまい、申し訳ない」

「いえ、そこは別に」

「ふむ。使い魔は出されないのですかな」

「えぇ、まあ。まだ魔術師としては三流ですし、それにやっぱり直接顔を合わせた方がいいかなって」

「それはそれは、ご謙遜を。見た目によらずしっかりしておられる。

 マスターらしい、正々堂々とした戦いを期待しましょう」

「フン、さっさと要件を話せ神父。我らはこれから戦いに赴く」

 

 ありがとうアルトリア。どうにもこういった形で話されると切り返し方が分からないから。

 

「さて、揃ったようなので始めよう諸君。

 キャスター陣営について少しばかり説明しようと思う。現在冬木を騒がせている児童連続失踪事件だが、スタッフ達の尽力によりそこに魔術の痕跡が関わっている事を突き止めた」

 

 新聞とニュースで頻繁に目にした。

 児童の集団失踪と連続殺人が、連日冬木市で起きていると。その被害者の数も甚大だが、犯人は警察の捜査をかいくぐるようにしているのか、未だに手がかり一つ掴めていない。

 

「マスターの名は雨生龍之介。キャスターの真名は青髭ことジル・ド・レェ。そのどちらも倫理観には大きく欠けていると言っても良い。既にキャスターが召喚されてからその被害は跳ね上がる一方だ。

 これを放置すれば、今後の聖杯戦争に大きく支障をきたす可能性が高いと判断し、聖堂教会はキャスター陣営に対し総力を挙げて討伐する事を決定した」

 

 オルレアンを思い出す。

 彼はジャンヌ・ダルクの救済を求めた。その救済こそ歪んではいたが、一人の将軍でもあった彼を俺は知っている。

 でも、だからこそ。その願いを果たさせる訳にはいかない。

 

「討伐に貢献した暁には、令呪を贈呈しよう。尚、同盟を結び功績を果たした者には双方に令呪を与える事にする」

 

 ……あぁ、そっか。令呪って確か貴重なモノだったな。

 カルデアのタイプは一日に一画復活するから、その重要性を呑み込むのにどうしても時間がかかってしまう。

 立香的には一日に一回使わないと勿体ない気がしてくるとか……。

 

「要件は以上だ。健闘を祈る」

「行くぞ、マスター。狩りの時だ」

「あぁ、行こう」

 

 扉を開けてバイクへ近づく。

 ジル・ド・レェに対して現状の戦力でどのように戦うかを思案する。無論、速攻だ。

 時間を掛ければそれだけ海魔を生み出す時間を与えてしまう。最大戦力を以て短期決戦で潰しにかかる。

 

「やはりここか。ロクに使い魔も扱えんとは……。それでよく世界を救えたものだと感心するよ」

 

 エミヤ・オルタが立っていた。

 どうやら俺達を迎えに来てくれたらしい。

 

「魔術は修行中だし……。何でアーチャーはここに?」

「キャスターの居場所を特定した。今ならキャスターだけだ。どっちもいるとマスターの捕縛が面倒だからな」

「……助かるよ。オルタ、飛ばせる? アーチャー、場所の案内を」

「了解した、着いてこれるかセイバー?」

「ぬかせアーチャー。掴まっていろよマスター!」

 

 

 

 

 冬木地下下水道。

 武装強化したバイクで海魔を容赦なく引いていくアルトリアの頼もしい事。

 瞬く間に水路を駆け抜け、辿り着いたのは空洞の一室。暗がりでどうもよく見えない。

 

「待っててアルトリア。今視界を」

「……待て、マスター。覚悟を決めておけ、これはお前には堪えるぞ」

「っ……。分かった、ありがとう」

 

 小さく息を吐いて、視界を確保するための特殊な発煙筒を投擲。

 煙が明かりを放ち、暗がりが消失する。

 

「――っっ」

 

 見えたのは、作品だった。作りかけと言えばいいのだろうか。これを作ろうと思いついた者も、それに手を貸す者も皆気が狂っているとしか思えない程。

 児童連続失踪事件――その被害者は皆、ここに集っていた。

 自身の体の一片に至るまでを作品として現す、アートとして。これは自然の摂理にあってよいモノでは無い。人が許される行いでは無い。

 嘔気を感じるも、それを寸前で飲み込む。

 

「マスター」

「……!」

 

 「」が俺の手をそっと握りしめる。

 その温もりが、僅かに心を落ち着かせてくれた。

 

「……ありがとう。エミヤ・オルタ、ジル元帥はどこ――」

「――ジル・ド・レェならここにおりますとも。では、さようなら背信者の皆様」

 

 声に振り返る――見えたのは海魔の口。

 回避――間に合わない。

 

「arrrr!!!」

 

 ランスロットが合間に割って、海魔を容赦なく叩き潰した。

 後から飛び掛かって来たモノを、アルトリアと「」が斬り捨てて。エミヤ・オルタが撃ち落としていく。

 もし単騎で乗り込もうものなら、物量で制圧されていただろう。

 

「ふむ、数だけ揃えるとは……。それなりに戦の心得があると見ました。やはり無策で侵入を試みた訳ではないようですね……。

おのれェ、小癪な真似をォ! 我が願望を邪魔立てするか匹夫めがァァァ!!」

「マスター、指示を寄越せ! 閉所空間だ、一気に決めるぞ!」

 

 アルトリアの言葉に、魔術回路を回す。

 ここで、彼を倒さなくてはならない。

 彼はもう一線を越えた。ここで召喚されたジル・ド・レェは例えどうあろうとも、敵として処理しなくてはならなくなった。

 

「――そこの少年は生贄として実に良い! 貴方の体を捧げれば、我が聖女は正気を取り戻すッ!!」

 

 貴方を狂わせたのは、一人の少女の幸せを願う純粋な愛情。

 それがただ苦しいとしか思えない。

 だから、ここで彼を解放する。

 

 

 

 

 アルトリアのおかげで戦いはこちらの優勢だった。彼女の攻撃のおかげでエミヤ・オルタが視界を確保できたのが大きかったのだろう。

 彼の放った銃弾が、ジル・ド・レェの霊核を貫いた。

 

「馬鹿、な。そんな、私は、ジャンヌ……。あな、たに、人並みの幸せを――」

 

 青髭は消滅した。これで俺は二度、ジル元帥を下した。

 オルレアンで、俺は貴方の真意を知った。ただ一人、救われぬ最期を遂げた彼女を救いたいと言う願い。外道に落ちる程に身を焦がしたフランスと言う国への憎悪。

 でもね、ジル元帥。

 俺は本当の貴方を知っている。フランスでジャンヌと共に戦い、救国を成し遂げた貴方を知っている。フランスを愛し、民を愛し、子を愛し、まさしく一人の騎士として旗を振るう貴方の姿を。

 知ってしまったからこそ、これ以上貴方が落ちていくのを止めたかったんだ。

 ――ふとオルレアンで、消え行く彼に手を差し出した彼女の姿を思い出す。

 このジル元帥が、彼と同じところに行けたかは分からないけれど。その手を放さない事を祈るばかりだ。

 

「……きついな」

「マスター、お前はサーヴァントに対して甘すぎる。もう少し厳しさも持つことだ」

「同感だな、そんな事では体がいくつあっても足りないぞ。

 だが、まぁこの光景に折れずによく立った。世界を救ったマスター、と言うのは伊達じゃないな。――この先が少しばかり面倒になりそうだ」

 

 エミヤ・オルタが身を翻す。

 もう用は無いと言わんばかりに。

 

「エミヤ?」

「一日一騎なら目もつけられないだろう。アンタ達は目立ちすぎてる。

 まぁ、機が熟するのを待て、と言う事だよ。じゃあな、カルデアのマスター。また明日の夜に合流する」

「待って、一体何を……」

 

 そういって彼は霊体化した。気配もほとんど追えない。

 

「……戦車の音だ、あのバカだな」

「征服王……」

「ん、何だもう終わったようだな。さすがに仕事が早い」

「あぁ、畜生一番乗りだと思ったのに……!」

「――して、小僧。お前さん、何か余に言いたそうな目をしておるな。申してみよ」

 

 あぁ、何て浅ましい。

 本来、彼らにこんな事を頼む等許されない事なのに。

 

「……楽に、してあげてください。まだ生きてるみたいです。

 貴方の戦車なら、苦痛も無いと思います。俺じゃあ、どうしても一度に楽にさせてあげる方法が見つからなくて」

「そうか、余の戦車を葬送のために使うとな?」

「……」

「――無論、のった。景気よくひとっ走りしたい所であったわ。それにこんな光景をそのままにしておくのも胸糞悪い。

 介錯を見届けるのも王の務めよ。後始末は任せておけ」

「……ありがとうございます」

「礼などいらぬ。その代わり、今度ばかりは余に貸しがあるからな。楽しみにするがいい」

 

 この光景を前に、陰鬱な空気を吹き飛ばしてくれる豪快な笑い声が何とも心強い。

 

「マスター、乗れ」

「うん」

 

 道中に海魔はいない。

 あの光景が瞼に焼き付いて、嫌という程脳裏に蘇ってくる。彼らの目は救いを求めていた。終わらせてほしいと。

 だから、これで良かったはずだ。これしか無かった。

 今の俺に救える力なんて無い。それが現実であり、真実である。

 

「……少し眠れ、マスター。心配は無用だ、私のテクニックを信じろ。振り落とされる事は無い」

「……」

「耐える事になれるな、吐き出せ。ダヴィンチも言っていただろう。

 お前は一人で抱え込む面倒なタイプだからな。私の臣下なら、隠そうとするな」

「……臣下、か。大袈裟だな……。でも、ありがとう。少し楽になったよ」

 

 バイクの振動が心地よい。

 目を瞑る。犠牲になった人々の顔が思い浮かぶ。

 もっと、生きたかった筈なのに。

 何で俺は本来死ぬはずだったのに、生きてしまったのだろうかと。時折問い詰めてしまう。

 もう割り切った筈の、答えなのに。

 

 

 

 

 雨生龍之介にとって、それは間違いなく不幸であった。そして同時に他者にとっては救いでもあっただろう。

 市民の警戒もあり、アートのための材料調達に失敗。仕方なく工房に戻ろうとした最中の事。――暗がりに一人の男がいる。

 黒いコートを身にまとった白髪の男。見るからに黒人のようにも見える。

 

「よう、お兄さん。ナニしてんのこんなトコで?」

「……」

 

 男は答えない。

 ただの迷い込んだ市民であると龍之介は判断した。男であり、アートには無粋だが材料の調達に苦心している以上我儘は言えないだろう。

 

「俺も迷っちゃってさー。一緒に出口でも探さない? いや、ほら。迷うでしょココ。

 それともアレかい、お兄さん撮影か何かに来てんの?」

 

 ナイフを忍ばせる。狙うは首筋。動脈を一気に切断し、即死を狙う。

 軽快な歩る方は夜遊びにふける青年としか見えないだろう。事実、男にとってもそう見えた。

 彼は殺しにおいては間違いなく、一流の領域に到達していると言っても良い。

 音も無く、動作もごく最小。近づく速度はまさしく瞬時。ナイフを振りぬけば確実に殺す。

――故に、男にとって最も容易い相手であった。

 

「……あれ」

「手馴れているが素人だな。その才、磨いていればオレに届いただろうさ」

 

 その言葉が届く前に、既に彼は絶命していた。ナイフは空を描くだけ。

 男はナイフの一撃を回避すると共に銃剣で彼の延髄を貫いていたのだ。生命維持に必要な部位を、その刃は正確に貫き破壊していた。

 ――即ち、雨生龍之介は真実に到達する事も、答えを知る事も、喜びに震える間もなく。ただ死亡した。

 

「人生終了、お疲れ様」

 

 その体勢のままで、男は銃を発砲し――彼の頭部は木っ端微塵に粉砕された。

 死に芸術を見出し、作品とアートの過程で生の理由を求め続けてきた男にとっては余りにも呆気ない最期だった。

 

 

 

 

 

 

 

「何用だ、雑種」

「野暮用さ、お前がこの戦いに参加するかどうかの確認でね。もしやる気ならここで始末しようと思っただけさ。

 が……まさかマスターとの契約を強制的に断ち切るとは。規格外な男だ」

「フン――此度の我は裁定者よ。全てを見通す眼を以て、この終わりを見届ける者。力を振るい嵐を放つのではなく、理の外から見下ろす者。

 雑種、貴様のように腐り果てた妄信者には計り知れぬだろうがな。

茶番に足を踏み入れるつもりは無いわ。番犬は番犬らしく、主の下に戻るがいい。それとも、英霊の残骸でも使ってみるか?」

「まさか――そいつは安心したよ。

 お前がやる気なら、オレもバックアップを本気で使う必要があった。使えば間違いなく、警戒されるからな。

 ではな、英雄王。本来の役割に徹していてくれ」

 

 

 




今回のまとめ

オリ主、黒王とバイク二人乗り(許さない)

オリ主、「」に手を握られる(許さない)

オリ主、海魔にてR-18案件回避(許さない)

ギルガメッシュ、まさかの仕事放棄。今回は見届ける側の模様。


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After3 三日目/聖杯問答

我が王へ、全レースのガソリンをつぎ込んだ祝いに。

今日だけで二話投稿していくスタイル。
明日投稿で、ちょっと遅れるかなぁ……。

後、私はホモではありません。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。


 

 

 次の夜、どの陣営に向かうかを考えていた所突然ライダーの戦車が下りてきた。

 何でも今から酒盛りをするとの事で、アインツベルン城に乗り込むらしい。

 そんなワケで、俺はライダーの戦車に乗せてもらっているのだ。ヤバい、楽しいコレ。

 

「何せ英傑達が集うのだぞ? ならばその腹を割らなくて何とする!」

「王様だったら、ギルガメッシュ王は?」

「あー、アイツなんだが見当たらなくてな。結構探し回ったんだが」

「見当たらない……」

 

 あの一度見たら忘れられない姿が?

 ――まさか落とされた? いや、でもあのギルガメッシュを単騎で落とせるなどそれこそ絞られる。

 例えばオジマンディアス王だが……あ、ダメだ。多分冬木が滅ぶ。

 

「――」

 

 ふとまだ合流していないエミヤ・オルタを思い出す。

 ギルガメッシュに単騎で対抗できると言えばエミヤぐらいだ。だが、彼もサーヴァントである以上ギルガメッシュが慢心を捨てなくとも手を抜くはずはない。

 第一エミヤ・オルタの能力で対抗出来るかも不明なのだ。

 それに以前、エミヤも言っていた。自身はギルガメッシュに有利だが、それだけで勝負が決まるのであれば、苦労しないと。

 

「……」

 

 何か、嫌な予感がする。

 そんな事を考えている間に、気が付けばアインツベルン城へと戦車が突撃していた。

 

 

 

 

 聖杯問答――何でもライダーがしたかったのはそれらしい。せっかく生前に王であった者が集っているのだから、それぞれの王道を聞き、どれが聖杯の願いに相応しいかを競いたいらしい。――まぁ、要するに王の器を測りたいのだろう。

 ギルガメッシュがいない事に酷く落胆していたが、気を取り直しているのはさすがと言わんばかりか。

 俺の陣営からはアルトリア・オルタがその問答に参加していた。

 まずはライダー征服王イスカンダルの願い。それは受肉――もう一度この世界を駆けると言う願い。この地に一つの命として根を下ろしたいのだと。肉体を持った体で、世界を駆け征服を成し遂げたい。

 そしてアルトリアは、ブリテンの滅びを変えると言った。選定の儀をやり直し、ブリテンを滅びの未来から救って見せると。

 無論、それは滅びを良しとしたイスカンダルからしてみれば、真っ向から対立する意見だろう。彼は兵が苦しんでいるのであれば水を差しだすのではなく、兵と共に苦しむ事を選ぶ人間だから。逆にアルトリアは自分の分すら兵に渡し、自身が苦しみ兵が助かる方を選ぶだろう。

 単純にどっちが優れているか、などと言う簡単な話じゃない。そもそも王として成立した時代背景も国も何もかもが違うのだ。

 故にイスカンダルは落胆したのだろう。異国の王だからこそ、その道を知りたかった。自身を湧き躍らせる英雄譚を。

 だがアルトリアはそうでない。いわば国を救うために差し出された一人の生贄にも等しい。それでいて尚もブリテンを、その民を救おうとしている。その有様を彼は哀れんだのだ。欲の一つも言えない生前だからこそ、王として生きるのではなく一人の娘として生きるべきだと。

 ――確かに呪いだ。そして彼女はそれを呪いではなく、自分の責務だと思っている。

 それが痛々しくて。けど、俺の言葉では彼女を救えない事は分かっているから。ただ歯痒い。

 いずれ彼女が救われると分かっていても。苦しんでいる姿は、見たくない。

 

「それで、貴様はどうだ。機嫌の悪そうな騎士王」

「フン、聖杯。聖杯か。そうだな、ならばそこの征服王と同じとでも言っておこう。私には過去は終わった事だ」

「なっ……!? 貴方も私であるのなら、ブリテンの存続を望む筈だ!」

「私は王として求められ、求めたモノは全て与えた。それで滅んだのなら、ブリテンは誰が統治しようが勝手に滅ぶ。

 滅びを延命させてみろ、残るのは死に怯える時間だけだ。――例え貴様がどれだけ手を尽くしたとしても、ブリテンの民草はそれで満足しないだろう。何しろ、無条件で尽くしてくれる者がいるのだ。そしてそれを当然と思い続けている。であれば、それが行きつく先は見えているだろう?

 ――ならば例え王と成る者が私だろうと私でなかろうと、ブリテンは必ず滅ぶ。故に私の王の役目は終わった」

 

 成長を忘れた民に未来は無い。であれば国も同じこと。

 アルトリア・オルタはそういった。

 その顔に揺らぎはない。ただ不敵に笑う表情だけがそこにある。

 

「……っ」

「そりゃそうと、何故受肉を望むのだ。余のように、どこかを征服したくてたまらんワケでもなかろう」

 

 そしてアルトリア・オルタは小さく息を吐いた。

 彼女の言葉を一言一句聞き逃さぬよう耳を尖らせる。カルデアで出来る限り、彼女の望みを果たしてあげたいから。

 

「簡単な事だ。受肉すれば、我がマスターと共に歩める」

「――」

「――」

 

 ――はい? 今、何と?

 

「なっ、なっなななっ……!」

「あー、そのな、不機嫌そうな騎士王。余の耳が狂っていなけりゃ、そいつは――マスターと人生を共にするという事か?」

「あぁ、そうだ。強いて言えばな、私は聖杯よりマスターの全てが欲しいだけだ。

 コイツはまだまだ一人前には程遠い。私が面倒を見てやらなくてはならん」

「はー、こいつはまた大胆な……」

「――ブリテンに……悔いは無いのですか」

「――無い。言った筈だ、私は王として出来る事をした。そうして滅んだのなら、それで私のすべき事は終わりだ。だから未練など無い。

 だが、このマスターは別だ。コイツを私は――二度も救えなかった。この男が育つ様を傍で見届けた癖に、その苦悩を知らず。挙句の果てに止める事すら出来なかった」

 

 その言葉に、目を伏せる。

 

「私はこの剣にかけ、マスターを守ると誓った。だがな、それは何の役にも立たなかった。

 ――ブリテンには望み通りの平和と治世をくれてやった。だから滅んでも思う事は無い。

 だが、コイツは別だ。サーヴァントとしての務めすら、満足に果たせなかった」

 

 そんな事は無い、アルトリア。

 貴方には何度も助けられた。貴方の剣があったから、俺はロンドンまで来れた。その認識は変わらない。ランスロットだけでは、間違いなく手が足りず誰かが犠牲になっていたに違いない。

貴方が力を容赦なく振るうからこそ、彼は俺達の支援に専念出来たんだ。

 

「……成程な、だから聖杯があれば受肉をすると。そうして寄り遂げるか。

 にしても、そこまで思い入れのあるマスターなのだな」

「長い付き合いになったからな、なぁマスター」

「あぁ、うん。確か……三年は経つな」

 

 俺の言葉に、周囲のマスター達は驚愕していた。

 あぁ、やっぱりカルデアにいると色々と感覚がおかしくなる。

 

「――あぁ、それとアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン」

「……何でしょう。最早私と貴方は相容れない存在の筈。これ以上言葉を紡ごうとも交わる事は無いと思うのですが」

「私のマスターから貴様に伝える事があるようだ。王の端くれなら民草一人の言葉は聞いてやれ」

 

 そういって、アルトリア・オルタは笑んだ。

 俺に気持ちを吐き出せと。問答を聞いて、胸にたまった蟠りをここで出せと言う事だ。

 セイバーの瞳は酷く揺れている。もう一人の自分の側面にすら裏切りも同然の事を言われ、征服王とは王道の在り方がそもそも違った。いわば彼女は孤高だ。それは、かつての円卓での自身の在り方を重ねているに違いない。

 俺がもし王として仕える人物を選ぶのならば――何度でもアーサー王を選ぶ。苦しむ者達にとってその輝きは、自分の祈りを託せるたった一つの標なのだから。

 

「セイバー、俺は。貴方は貴方のすべきことを果たした」

「……」

「貴方は一人の王としてブリテンを救った。確かに滅びの結末は避けられないけれど。生きている以上消え去るのは、自然の摂理だ。

 人生に出会いと別れがあるように。国にも寿命はある。例え万能の王であろうと、それは変わらない。神の血を交えた半神半人の賢王であっても、自身が治めていた国の滅びを変える事は出来なかった」

 

 俺はレイシフトで様々な国や人々を見てきた。

 目の前に終わりがある事を突きつけられながら、それでも人として生きようと走り続けた彼らを。

 

「確かに貴方以外の人が王になる選択もあったかもしれない。ちょっとだけ滅びまでの時間が長くなる王がいたかもしれない。

 でも、円卓の騎士は貴方を本気で支えたいと思った。国や民のために苦悩し、誰かの未来のために戦い続ける貴方の姿は、紛れも無い一人の王だ。それは誰にも否定出来ない筈。

 だって貴方を探すために、ずっと永い旅をしてきた人を知ってるから」

 

 忠節の騎士にそれ程の情熱を捧げられる人が、王の器を持たない訳が無い。

 彼らは本気でアルトリアを支えようとした。仲互いする事はあったけれど、それでも数多くの騎士達がアルトリアの下に集い、共に戦った。――それだけで彼女に王の器がある事は疑いようもない。

 

「イスカンダル王と貴方では、王の形が違うんだ。だからどうしても意見はぶつかってしまう。

 ――貴方は自分を認めていい。紛れも無いブリテンの王だ、責務を果たし民を導き、次の世代へブリテンの土地を引き継いだ」

 

 今尚も、語り継がれるアーサー王伝説。

 その物語は時代を超えて今も人々の心を夢中にする。そして彼らは理想の王を夢に見る。

 貴方はもう、既に立派な王なんだ。だからそれ以上、手を伸ばす必要もない。

 

「……なぁ、小僧。話の腰を折って悪いが、王の形ってのはつまりどういう事だ?」

「征服王、貴方が人であるのなら。彼女は星なんだ。暗い世界を照らす、輝ける星。

 俺にはそう見える」

「……ははあ。なるほどなぁ。星の聖剣を手にするとはそういう事か。でありゃ、余の掲げる王の姿と別物なのも当然だな」

 

 征服王は齢三十程で、熱病にてこの世を去ったと言われている。であれば、彼はまだ。精神的成熟の途中であったのだろう。

 何より彼にとって王道とは、自身の人生そのもの。

 けれどアルトリアは違う。彼女にとって王道とは、ブリテンの救いに他ならない。弱きを救う騎士の道そのものだ。

 終わりゆく者達へ伸ばされたその手に、どれだけの祈りが込められていたかなんて語るまでも無い。

 

「私、は……」

 

 彼女は唇をかんだ。自分の罪を抱え込むように。

 貴方は優しい。優しすぎるんだ。

 だから知っている。貴方のその願望と決意。それらを担う覚悟を、たかが俺の言葉程度で変えられないのは知っている。

 

「大丈夫、いつか貴方に運命が訪れる。その時に分かるよ」

「……そう、なのでしょうか」

「……なぁ、色気のない方の騎士王。ありゃ、中々の傑作だな。英霊を誑かす達人かもしれん」

「あぁ、そうだ。コイツは人の苦労を認めて、その功績を称賛する。その癖自分の抱え込むものは一切語ろうともしない。

 ――フッ、今更欲しいと言ってもくれてやらんぞ。後いい加減ぶった斬るぞ貴様」

「そいつは面白い、余の口も回るもんよ。さて、どう落とすとするか」

「……だがその前にやるべき事があるだろう」

 

 バーサーカーが突如、顕現。俺の背後で剣を振るい、甲高い音と共に短剣が飛んでいく。

 

“囲まれてるわ、マスター。それも大勢。

 ごめんなさい、何人かは斬り捨てたんだけど”

 

「アサシン!? 死んだはずじゃあ……」

「オルタ、何人いる!?」

「六十と言ったところか。あの女、相当に斬り捨てたな。にしてもアサシンらしからぬ……。

 さてはマスターが変わったな」

 

 思考を回す。

 他のマスター達を守りつつどうアサシンと向き合うか。数の利は向こうが圧倒的に有利。

 ――考えろ、考えろ。

 

「――ふむ、ようやく尻尾を出しおったか。暗殺者風情しかいないのが気にくわんが、まあいい。

 何せマスターの危機だからな」

 

 風が吹き荒れる。

 これは、固有結界発動の前兆……。

 

「騎士王! さっきは悪かったな!

 そなたの王の在り方、確かに受け取った! だが余の王道は其とは異なる! そなたが民草を輝きにて導く王であるのならば! 余は最列に立ちこの体を以て、共に荒野を駆ける王である!

 我が覇道は謳い示すものであり、彼方にて繁栄を目指す先駆けなればこそ!

 故に言葉で語るより、見た方が早かろうさ!」

 

 その風圧に思わず目を閉じてしまう。

 ――次に目を開いた時、眼前にあるのは広大な砂漠だった。

 

「固有、結界……」

「貴方、魔術師でも無いのに……!?」

「――見よ、我が無双の軍勢を」

 

 次々と現れるサーヴァント。その誰もが紛れも無い英雄。

 額を汗が伝う。――これは征服王イスカンダルの覇王そのもの。彼が王として認め共に付き従ってきた者達の絆を、固有結界と言う形で具現化したもの。

 

「……マジか」

 

 見ただけで一部の兵士たちの真名が分かった。その余りのビッグネームに、額を汗が伝う。

 プトレマイオス朝初代ファラオであるプトレマイオス一世、勝利王セレウコス、アンティゴノス、マケドニア王カッサンドロス、マケドニア王国将軍メナングロスとクラテロス、ヘファイスティオン、インドマウリヤ朝初代王チャンドラグプタ――。

 数々の王朝の祖が、ここに集結している。その誰もが、類まれな知名度を持ち、世界史に名を残す無双の英雄達。

 加えてペルシャ兵達が数万も集う。歩兵隊だけではなく、騎馬隊までもが。

 まさしく一個の軍勢。これに勝てるとすれば、それこそ世界そのものを破壊する宝具を持った英霊――ギルガメッシュ、オジマンディアス、カルナ、アルジュナ、ラーマ、英雄殺しのスペシャリストことアキレウス。頭に浮かぶ名前がそれ程しか上がらない。

 後は、円卓の騎士で何とか拮抗に持ち込める所だろうか。

 対軍宝具を持っていたとして、決して容易くは無い――これだけの人数を一度に殲滅する事など不可能だ。ましてやマスターまで固有結界に取り込まれたとすれば。マスターを守りながら、これだけの兵力を相手取るのは困難極まる。

 何て、規格外。

 

「これこそが余の誇る最強宝具――王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!

 さぁて、それじゃあ行くかアサシンどもよ」

 

 場所は広大な砂漠。ハサン達に逃げ場はない。

 目の前で行われるのはまさしく蹂躙の一言だ。

 かつてローマで見たのは軍同士の激突だった。兵を動かし、策を巡らし、剣を振るう国の戦いだった。

 だが目の前にあるのは征服である。それは最早戦争ですらない一方的なモノ。

 

「これが……征服王の」

 

 それは分にも満たなかった。瞬く間にアサシン達は消滅し、兵達は勝利の凱旋を高らかに謳う。

 僅か数分の出来事だったが、イスカンダルと言う人物が目指した覇道の一端を垣間見た。

 気が付けば、アインツベルン城の庭園――宴の席に戻っている。

 

「……成程、それが貴様の覇道か征服王」

「無論、誰よりも苛烈に生き、鮮烈な生き様を見せ、兵と民の羨望を一心に束ねる者。それが余の王の在り方――即ち覇道である」

 

 すごかった……。

 魔力供給したらもう一回、見せてくれないだろうか。

 

「――ランサーを破ったのも、その宝具かライダー」

「何を言うか、余達が狩ったのはアサシンだけだぞ」

「そ、そうだぞ! こっちは他の陣営に先越されたと思ってたんだからな!」

「――では貴方達か」

「……おい、マスター。こいつは」

 

 違う、と言おうとして何かが強く引っかかった。何でそんな大切な事に気づかなかったのか。

 ランサーを討ったのはここにいる者達ではない。

 ――そして俺は全ての陣営の動きは把握していない。

 考えろ、考えろ。今回の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントはほとんど、闇討ちを行うような英雄ではない。キャスターだけが不安定な状態だった。

 違う、セイバーが打倒していない以上、知りうるサーヴァント全てにとってランサーを真っ先に狙う理由がない。

 ギルガメッシュが戦闘を行えばそれだけで大きな被害が出る。

 

「――」

 

 待て、一人マスターがいないサーヴァントがいる。

 セイバー・オルタはカルデアの記憶があり、俺の事をマスターと呼んだ。バーサーカーはカルデアにいるセイバー・ランスロットの意識が混ざり合い、俺をマスターと認識している。

 それらが真実だと言う事は「」が証明した。

 もう一人。彼は、俺の事をカルデアのマスターと呼んだ。夜間こそは行動を共にしたが、日中は同行すらしていなかった。戦闘中も指示こそ聞いてはくれたが、はっきりとしたパスを結んだ感じも無い。微弱な感じで、いつでも切ろうと思えば切れる程。

 だが、アルトリアを抑え込む程のステータスは彼本来にはない。

 

 

 即ち、エミヤ・オルタはカルデアのサーヴァントでは無い。

 

 

 ――なら、彼は誰に呼ばれた?

 

 

「あぁ、集まっていたか。手間が省けたな」

 

 

 枯れた男の声に振り返る。見慣れた銃口が、確実に俺を捉えていた。

 

 

 



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After3 真相/ゼロオーバー

出来れば今日中までに、特異点修復までもっていきたい。
仕事が休みになりそうなんで、久々に頭を動かします。


設定や展開が荒い所は目を瞑ってくれたら嬉しいです……。自分の悪い点です。


「マスターッ!」

 

 

 セイバー・オルタが銃撃を弾く。その反動に彼女が大きく後退した。

 ――違う、アレの威力は普通の霊基では無い。

 何故、何故気づかなかった。

 

「エミヤ・オルタ……!」

「……アンタがお人よしで助かったよ、カルデアのマスター。おかげで駒を増やすのがラクだった」

「マスター、囲まれてるわ……」

 

 先ほどライダーが撃退した筈のアサシンに加え、ランサーやキャスターもいる。それも同じ霊基が複数。

 ――シャドウサーヴァントだ。

 最悪と言わざるを得ない。真名開放を必要とせず、技量そのものが究極の一に匹敵するランサー。一つの存在で百人の人格に分裂出来るアサシン。海魔を召喚し戦局を操りながら、自身も将軍としての経験を持つキャスター。

 

「……ほう、あん時の黒いアーチャーか。貴様、何やら知っておるな。

 ――どうだ、駆け付け一杯」

「余計な気遣いだよ征服王、味覚はとうに失っている。

 既に固有結界も展開させた以上、連発はやめておけ。その少年の魔力では後一度が限度だろう」

「……おい、どういう事だよアラン。

 アレ、お前のサーヴァントじゃないのか」

 

 そうだ、何で思い込んでしまっていた。

 最初に出会ったサーヴァントが特異点でこちらに味方をしてくれる訳ではないと言うのに。バビロニアだってそうだったと言うのに。

 

「エミヤ・オルタ、お前……誰に召喚された」

「会ってみれば嫌でも分かる。オレのマスターの目的は、お前の体だアラン。

 それでようやく彼らはゼロを超える」

 

 「」が刀を手にした。

 エミヤ・オルタの霊基は、通常のサーヴァントの比では無い。でなければ、アルトリア・オルタの防御を銃撃一つで吹き飛ばすなどありえない。

 彼と直接やり合えるとすれば、彼女ぐらいしかいないだろう。

 

「……斬れるか」

「えぇ、問題なく」

 

 彼女の力を以てすれば、この場にいる全てのシャドウサーヴァントを一度に斬り捨てる事も出来る。

 だがその場合、エミヤ・オルタをここで確実に仕留めなければならない。彼の心眼ならば、彼女の力を封じるべく何らかの対策を講じてもおかしくないからだ。そして彼女自身も何らかの原因で力を落としている。シャドウサーヴァントを処理出来るとすれば一度切りだ。

エミヤには固有結界がある。ならば彼女を倒せる事は出来なくとも、俺自体に届けば何の問題も無い。

 

「おう、黒いの。お前さんも余の軍勢を味わってみるか?

 魔力ならまだたんまり賄えるぞ」

「ちっ……。ならば分が悪いか。あの一撃なら負傷させられると思ったんが、考えが甘いな」

 

 銃口を下ろす。けれどその眼光は確かに。俺を捉えていた。

 

「――円蔵山の大空洞。かつてお前達がそこの騎士王と剣を交えた場所に来い。

 無論カルデアのマスターであるお前は必ずだ。他のマスターはどうでもいい。所詮スワンプマンだ。どうなろうと大した問題ではないからな。

 あぁ、別に来なくても構わないが。その場合お前は永遠にここから出られない。それを念頭に置いておくことだ」

 

 そういって、彼は姿を消した。それに伴いシャドウサーヴァントも消えていく。

 ――円蔵山の地下大空洞。超魔力炉心がある場所。恐らくエミヤ・オルタはそこで戦うつもりだ。

 わざわざ場所を指定したという事は、そこが彼の力を最も発揮出来るという事だろう。或いはそこでシャドウサーヴァントを生み出せるという事か。

 

「……つまり元々この聖杯戦争は壊れていたという事か。それとも壊されたか。

 カルデアのマスターとやらであるアラン、話が聞きたい。どうにもこいつは只事じゃあ無さそうだ」

 

 そこにいた人物に話せる限りを話した。

 カルデアと言う組織とその目的。人理焼却とグランドオーダーを果たした事。そして今回、この都市が特異点となっている事。俺がその特異点を修復すべく、訪れた事。

 

「――ふむ、ふむふむ。大方呑み込めてきたな。

 つまりここは本来の歴史とは異なった特異点。つまりは聖杯戦争を利用した分岐点か。お主らはその修復に来たと」

「話が早くて助かります、征服王」

「何、異国の文化を取り入れるには理解するのが一番手っ取り早い。

 しっかしカルデア。カルデアか……。今、そこにサーヴァントはどれぐらいおるのだ」

「確か……二百を超えるかと」

 

 アイリスフィールさんとウェイバーが頭を抱えた。

 それが一つの施設に存在するなど、確かに一種の国家にも匹敵する。と言うか地雷そのものだ。

 俺の返答にイスカンダルは目を輝かせて、身を乗り出した。

 

「ではもう一つ。そなたはアキレウスと会った事があるか!?」

「あ、はい……。英雄らしい、さっぱりとした人物でした」

「ほほ~う、そうかそうか! いやあ、惜しい! 一目でいいから見たかったわい!

 何とかして今から連れてはこれんのか!?」

「カルデアとの通信が繋がれば……なんですけど」

「うぬぬ……そいつは惜しい。本当に口惜しい。

 今からカルデアの敵に回れば嫌でも会えるかのぅ」

 

 そういえばイスカンダルはイリアスの愛読者であり、アキレウスの大ファンであったと聞く。

 カルデアに戻ったらアキレウスに話してあげよう。

 

「……その、アラン君。貴方、あのアーチャーをエミヤと言っていたわよね」

「ええ、まぁ」

「……そう。いえ、それが聞けただけでもいいわ、ありがとう」

 

 今後、どうするか――恐らく先ほどまでの流れを見るに、エミヤ・オルタはこの聖杯戦争で脱落したサーヴァントを使役する力を有している。

 特にアサシンが極めて厄介だ。一つの霊基で百の体に分離するのであれば、最早一個の軍隊に等しい。しかも際限なく生み出される。

 どう対処する。どう対応する。王の軍勢ならば一時しのぎにはなるが、後から召喚されたモノを取り込むことはできない。

 

「それで、どう動くカルデアのマスター。文字通り世界を救ったのであろう?

 ならば兵はともかくサーヴァントの運用に関しちゃ、右に出る者はおらんだろう」

 

 藤丸立香って言う親友は俺以上に指揮が上手いです。

 なんて言葉は置いておく。士気を下げる発言は控えるべきだ。まだ明日まで時間はある。

 

 

 

 

 アインツベルン城の一室で、衛宮切嗣は己と言う人間の在り方を問い詰めていた。

 世界を救う――そのために犠牲を選んできた。切り捨ててきた。それに報いる未来を、目指した。

 英霊は嫌いだ。彼らの存在に目が眩み、戦場を目指す者は後を絶たない。所詮はイコンに過ぎないと、考えていた。

 自分の人生と価値観そのものが、意味を失ったように思える。

 

「……」

「切嗣……」

 

 救ったのだと言う。カルデアにいると名乗った少年は一度終わりかけていた世界を。ごく平凡な人生を歩んでいる道中の彼らの奮闘で。

 衛宮切嗣が目指す光景とは異なるが、世界を救ったと言うその在り方に。正義の味方と言う言葉を感じざるを得なかった。

 自身が嫌っていた英霊達に導かれて。自身が切り捨ててきたであろう人々に支えられて。最後は人類悪を打倒し、世界を取り戻したのだと。

 なら、これまでの人生全てを費やしてまで何一つ救えなかった自分は何だ? 正義の味方と存在がいつしか呪いに成り果て、ただ死体を生み続ける機械でしかなかったと言うのか。

 彼らがただ羨ましく、そして自分が浅ましく感じられる。何て、無様な人間だろうと。

 それは八つ当たりでしかない。

 喉元までせり上げる熱を無理やり飲み込む。

 

「アイリ、もう一度聞いてもいいかい」

「……ええ」

「もし、僕が。この戦いから逃げ出したら……キミはどうする」

「支えるわ。だって、切嗣、泣きそうな顔をしているもの。貴方が人々の為に戦っていたことは私が知っています。そして、貴方がイリヤと過ごした穏やかな笑顔も知っています。

 だから、私が守るわ。例え世界の全てが貴方を否定しても、私は貴方の味方です」

「もしも、それが、アインツベルンの悲願を裏切るとしても?」

「――はい。貴方とイリヤがいる世界が、私の生きた日々の全てです」

 

 爛漫な笑顔が、ただこんなにも――。

 彼女は切嗣が戦っている事を知っているが、彼の戦い方を知らない。けれどきっと、彼女はそれを知っても、彼を咎める事は無いだろう。

 その言葉と笑顔に、少しだけ憑き物が落ちたような気がする。

 もう、止まっていいのだと。そういわれたようで。

 

「あぁ、そうか……。救われたかったのは、自分だった。

 だから、もう。休んでいいのか」

 

 満天の星の夜、告げられなかった言葉がある。

 夜明けに輝く海の上で、伝えられなかった言葉がある。

 だから何かに突き動かされるように生きてきた。それに近づくたびに、自分が生きてていいのだと許されるようだったから。

 機械であれと言い聞かせてきながら、人である事を願っていた。その一人相撲に思わず笑みがこぼれてしまう。

 それはいつもの自嘲ではなく、かつての島に置き去りにしてきた時の――。

 

「……ありがとう、アイリ。

 まずはこの戦争を終わらせよう」

「そうよ、だからまずは。セイバーとちゃんと会話して。ね?」

「……善処するよ」

 

 そしてもう一つ気になる事がある。

 銃を持った浅黒の男――カルデアのマスターは彼をエミヤと呼んだ。

 詳細はまだ聞いていない。

 けれど、何故か。あの姿と瞳に、古い鏡を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 円蔵山、地下大空洞。そこに一人の男が足を運ぶ。

 言峰綺礼――既にその手から令呪は消え去っていた。

 

「ほう、神父か。来て貰ってすまないが、生憎懺悔する内容も覚えていなくてね。

 お引き取り願いたい」

「何、そろそろ仕上げに取り掛かるところだと思っていた。それに中身が腐り果てとうに無くなった者であっても、過ちを正す心があれば主は告解を聞き入れてくださるだろう。

 それにしても随分と醜いサマに成り果てたモノだな、衛宮士郎。道中にいくつも非道の仕掛けを施すとは。私の知るお前であれば、寧ろ咎めていたように思うが。

 おかげで少々手荒くなってしまったな」

 

 どうやらこの男は、仕掛けてきた罠の悉くを破壊してきたらしい。――だがそれよりも気になる事を奴は言った。

 エミヤシロウ。えみや、しろう。

 その名前に思い当たる節は無い。

 苛立ちも怒りも憎悪も、何もかもを感じない。

 いや、一つだけ感じるモノはある。

 

「……エミヤシロウ? それがオレの名か。……知らんな、寧ろ吐き気すら覚える」

「その事すらも忘れたか。最早今のお前は動く肉塊だな。人の形を得ておきながら、その中身は腐り落ち、何も残ってはいまい。その有様すらまるでヤツのようだ」

「そっちの方が都合がいい。容赦なく心を切り取れる。機械に感情は不要だろう」

「……違うな。今のお前は機械ですらない」

「何?」

「此度のお前の在り方が、既にソレを証明している。今のお前が動く理由が感情でなくて何なのだ。

 機械は生み出し続ける。だが、お前が今から行う事は何も変わらん。無から無に変わるだけだ。

 ――無様だな、衛宮士郎。かつて過去を肯定し願望を否定したお前が、願望のために過去を拒むとは」

「……さてな。確かに俺のマスターがしようとしている事が酷く無意味な事はとうに知っている。そして英霊を呼び出すには値しない、先の無い願いである事もな」

 

 そう、彼は語る。

 過去を喪い、中身すら失くした男はただ淡々と、自身の結末を受け入れた。

 

「――ならば問おう。かつて正義を目指し、悪に落ちた少年。

 君は何を求める。願望集うこの都市で何を為す」

 

「知れた事だ。この廻り続けた世界でその願いを果たす。

 終わり(ゼロ)を超える」

 

「――そうか、ならば私は見届けよう。

 誕生が許されたのならば祝福を送り、許されぬのならば手向けを送ろう」

 

「いい加減なコトを。もう何度も付き合ってるんだろう、アンタ。

 オレはカルデアの侵入と共に呼び出されたサーヴァントだが、アンタは違う。

 この空想が最初に生まれた時から、ずっと見届けてきたんじゃないのか」

 

「さて、詳しい事は忘れたな。だが、今の私は求道者ではなく聖職に仕える者だ。

 ――そして変わったのは中身だけだ。今のお前と同じようにな。いや失礼。お前にもう中身は無かったか。或いは記憶の底に残った欠片だけか」

 

「どうだが。……そろそろ失せろ、仕上げに掛かる。

 アンタはアンタの起源に従えばいい」

 

「言われずとも。ではな、喪った者よ。

 ――その呼びかけに応えた務めを果たすがいい。私からの餞別だ、受け取りたまえ。

 例え何であれ、仕事であれば報酬はあってしかるべきだろう」

 

 そうして彼が放り投げたのは一つのペンダント。

 罅割れた、赤い宝石。

 

「これ、は」

 

 問い詰めようと思ったが、神父は既に姿を消していた。

 手にした宝石を見つめて、彼は呆れたように嗤った。

 

「……ただの石ころだな、宝石の価値など、今のオレに分かるものか」

 

 ――けど、どうしてか。

 妙に、泣きたくなる。

 

 

 

 四日目

 

 既に日は上っているが、これは聖杯戦争ではない。故に縛りなど何もないだろう。

 円蔵山の地下大空洞入口。道中にトラップも一切なく、シャドウサーヴァントの襲撃も無かった。

 特異点Fの記憶を頼りにそこを訪れ、他に合流する陣営を待つ。既に残ったのはセイバーとライダー、そしてバーサーカーの三騎のみ。

 結局、カルデアに通信はつながらず。頼れるのはアルトリア・オルタ、ランスロット、「」の三人。後は決戦礼装を含めれば、俺も頭数には含めていいのだろうか。

 

「……マスター」

「どうした、アルトリア」

「顔色が悪いぞ。食事はしたのか」

「……何でか、食べる気になれなくてさ。

 どうにも昨日から。自分の行動の一つ一つに、罪悪を感じてしまって」

「arrr……」

 

 俺の言葉にアルトリアはため息を吐いた。「」は困ったように頭をかしげて。

 

「自己否定もそこまで来ると厄介だな」

 

 元々俺は、あんまり自分の事が好きじゃない。

 カルデアに来てから、その性格は幾分かマシにはなったと言われるが。

 何故か、この特異点に来てから。ずっとその感情が胸に残り続けている。

 

「……ごめん」

「謝るな馬鹿者。あぁ、全く。いつまで立っても変わらんな。ますます目が放せん」

「……返す言葉も無いです」

「……フン。サーヴァントの気配だ、征服王だな」

 

 見れば空から迫る戦車とそれに乗った征服王。そしてマスターであるウェイバーもいた。

 

「ふむ、余が一番乗りと思ったが既に取られていたか。戦における陣の基本が分かっているな、小僧」

「貴方程では無いですよ、アレキサンダー大王」

「よせよせ、王からの言葉は素直に受け取っておくのが臣下と言うものだぞ」

「誰が貴様の臣下だ、間違えるなよ征服王。コイツは私の部下であり、家臣だ」

 

 アルトリア・オルタの言葉に、ライダーは一際大きく笑った。

 

「ウェイバーは何で……」

「馬鹿、お前。こいつが一人で突っ走らないよう、見張ってるんだよ。土壇場で敵に回ったりするかもしれないからな」

「おいおい、そんな事は――無いとも言えんな」

「いや、言いましょうよそこは」

「はっはっはっは」

 

 何て安心する主従だろうか。

 カルデアにいるとどうしても違和感を覚えてしまうけれど、サーヴァントとマスターは原則一対一のコンビ。

 二騎以上いると、どうしてもすれ違いが生じるからだ。立香とて一人だけで全てのサーヴァントと対話出来ているのではない。彼の傍にはマシュがおり、彼と彼女の関係に光を感じるからこそ、サーヴァントは力を貸してくれたのだ。

 彼が一人で扱いきれるサーヴァントは、巌窟王と武蔵ちゃんぐらいだろう。

 

「――どうやら向こうの私の方も準備が済んだようだぞ」

 

 バイクの駆動音――見ればスーツを着込んだアルトリアとその傍らにくたびれたスーツを着た男性。

 その右手には令呪がある。

 

「遅くなりました、マスターも既にいたようで」

「あぁ、先回りしていた。場所は分かっていたからね」

「あれ、セイバーのマスターって……」

「なんだ気づいていなかったのか。あの女はフェイク。あの男が本当のマスターだ」

「……」

「衛宮切嗣だ」

「……衛宮?」

 

 目には生気がまるで無い。

 それにこの声、カルデアで聞いたような気がする。アレは、誰だったか。

 

「よし、では確認するか小僧。

 現状味方と考えていいのはここにいるサーヴァントとマスターだけだな」

 

 アルトリア、アルトリア・オルタ、バーサーカー・ランスロット、征服王イスカンダル、「」の五騎。

 相手側はエミヤ・オルタに加えて無限召喚されるシャドウサーヴァント。

 物量戦ではこちらが押し切られる。イスカンダルの宝具も固有結界を展開する必要があり、シャドウサーヴァントがどこから生み出されるか分からない以上、一時凌ぎにしかならない。

 故に速攻でカタをつける。

 

「切嗣さん、頼んでいたものは……」

「あぁ、準備してある」

 

 切嗣さんが用意してくれたのはサブマシンガン二丁。

 これをランスロットに使用させれば、サーヴァントにすら対抗しうる切り札となる。

 

「……なあ坊主」

「おい、欲しがるなよ? 略奪するなよ?」

「うぬぬ……」

 

 ランスロットがそれを両手に持ち、銃器が宝具化されたのを確認する。

 よし、これで付け焼刃ではあるが戦力の増強が出来た。

 

「確認しよう。目的はあのサーヴァント……エミヤ・オルタの排除だな」

「はい、恐らくそこに今回の騒動の原因もある筈。彼のマスターを捕縛し、理由を吐かせます。

 何故この聖杯戦争に異常が起きたのかを」

「そしてもし仮に、聖杯戦争が続行可能であれば。そこで雌雄を決するか。

 何か変な感じ」

「敵味方など、時間と場所によって変わるモノよ。重要なのは何故戦うかだ。それを見誤るなよ坊主」

 

 ライダーの言葉に、切嗣さんは微かに笑った。

 

「全く、耳が痛いな」

 

 

 

 

 道中に敵影は無い。だがシャドウサーヴァントは瞬時に湧いて出る。

 それから考えれば、アルトリアのような直感持ちが二人もいると言うのは助かるとしか言いようがない。

 既にエミヤ・オルタとの戦闘の際の役割も考えてある。

 彼に対しては切嗣さんとセイバーの二人で充分だ。彼の礼装と彼女の宝具ならば確実に押し切れる。

 他は徹底的に露払いをこなしつつ、セイバーの援護を。切嗣さんが一撃を当てるための時間を稼ぎ、隙を作る。

 

「……」

 

 そして聖杯の回収だ。既に事情を説明した。

 切嗣さんとセイバーは納得し、ライダーは渋々と言った様子。ただもし聖杯を俺が回収して何も起きなければ、その場で第二ラウンドが始まるだけの話である。

 その時はその時になってからだ。今はともかく、エミヤ・オルタを倒し、事情を聴かねばならない。今回の特異点の謎を。

 

「……」

 

 結局、一度もシャドウサーヴァントに会うことなく、地下大空洞まで到達した。

 奥に見える超魔力炉心。

 その手前に男が立っている。

 

「エミヤ・オルタ……」

「あぁ、時間通りだな。時間に律儀なのは嫌いじゃない。仕事はスマートにいかないとな」

「御託はいい。ここで斬られるか、おとなしく全てを話すか選べ」

「どちらも断る――と言いたいところだが、それでは意味が無い。

 お前には絶望して貰わなければ困るのでね、カルデアのマスター」

「……絶望?」

 

 額に脂汗が走る。今、この男は俺に絶望をさせると言った。

 アルトリア・オルタが俺を庇うようにして剣を構える。それがいつしか。ロンドンのあの時の光景と重なって見えて。

 乗り越えたと思っていたトラウマが、掘り起こされていく。

 

「なぁ、エミヤ。貴方のマスターはどこにいる?」

「ハ、ハハハ、ハハハハ!! 何だ、お前は! 利用したヤツらの事すら覚えていないか!

 いや、全く。実に無責任だ、これだから英雄に憧れた人間はタチが悪い!」

 

 利用? 俺が、利用したものが彼のマスター?

 足が震える。思考が急に停滞していくのを感じる。そこから先を考えるとなと。だが、もう遅い。

 俺が思い出したのはロンドンでの戦い。あそこで俺はある奇跡を起こした。

 でも、違う。ありえない。何より、そんな事が起こりうる筈が無い。

 だって。それじゃ。

 この特異点を作り出した一番の原因は――俺自身に他ならない。

 

「おい、話が読めんぞ。どこにいるかを言え、アーチャー」

「この世界そのものだよ。怨念と怨嗟の塊。死者達の願望に聖杯の力を加え、生み出されたのがこの特異点さ。

 カルデアのマスター、アラン。お前が彼らを起こした。そして、彼らの感情が利用された。だが、マスターとしては不安定だ。無論それに呼ばれる英霊などいないだろう。――あまりにも喧しいから、わざわざオレが出向いたと言うコトさ」

 

 

 それは、つまり。この特異点を作り出したのは個人ではなく、人々の無意識的集合体。

 

 俺がかつてロンドンで為した奇跡は本来なら眠っていた筈の死者を叩き起こした。

 

 それが在り得るかどうかなど、今はどうでもいい。だって、そうとしか思えない。

 

 

「……じゃあ、貴方のマスター、は」

 

 

 ただ淡々と、エミヤ・オルタは真実を告げた。

 俺が抱えなくてはならない、だがずっと目を背け続けていた罪を。

 

「あぁ、勿論この中さ。汲み取られた彼らの意志はここに凝集された」

 

 取り出されたのは聖杯。

 その中に、彼のマスターの意志が存在している。

 それはつまり――。

 

 

「あぁ、そうだ。

 本来の歴史において行われた第四次聖杯戦争。その最後に起きた災害――冬木市大火災、その犠牲者達(・・・・・・)が、オレのマスターであり、この特異点を作り上げた根幹。そしてお前こそが、この特異点の形成に関与した張本人と言う訳だ」

 

 





 誰かを助けるという事はね、誰かを助けない事なんだ。


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After3 回帰願望

どこで切るかを考えてたら「もうええわ。全部投稿したろ!」との結論に至った。
次回、After3の設定をパパッと書いて終わり!


いいか、設定雑ってタグにあるからな!? 粗探しはしないでくださいお願いします何でもしますから。


 

 

 吐き気がする。まるで絶望しきっていたあの時に戻ってしまったようで。

 何て、無様。

 自分がどうなろうとも、それで誰かが救われるのであれば構わない。いくら締めあげられるようとも、それが自身で納得出来る結末だからだ。

 でも――これは。

 

「……そう。貴方の目的が分かったわ、黒のアーチャーさん。

 私のマスターを、彼の意志を完全に砕いて。その体を、亡くなった人々の魂に食べさせる。

 それで、犠牲者達の魂は彼の体に乗り移って生きる事になる。それがどんな歪なカタチになっても」

「あぁ、そうだ。そいつは一度死んでそれで終わる筈が、どうしてか別の肉体に乗り移った。なら器としては充分可能性を秘めている。

 最終的にどう転ぶかはオレには分からないがね」

 

 「」の言葉に、全て納得がいった。

 かつてドクターから聞いたことがある。魂とは、魔術において最も役に立たないモノだと。他人の体に他人の魂が入り込めば、致命的なズレを引き起こし必ず自我が崩壊する。

 だが俺にはそれが無い。完全な憑依或いは転生を成し遂げたのだと。

 それは魔法に近いと言っていた。だから絶対に他の魔術師に広言してはならない。――封印指定になってもおかしくない。

 俺の事実を知っているのは、人理修復を共に駆け抜けた者達だけだ。

 けれど、それを外から認識しているモノがいたとすれば。俺の事情を知らない訳ではない。

 

「――話こんどる所、悪いが。そいつは真か小僧」

「……はい」

 

 ライダーの言葉に何とか返事を返す。

 思考が急に動かなくなる。現実から目を背けたい気持ちと罪悪感がせめぎ合い、中身をぐちゃぐちゃに掻き回していく。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか。ライダーは俺の背中に景気の良い張り手をお見舞いした。

 

「いったぁ!?」

「なっ、征服王! 貴様!」

「……後で主従共々斬り捨てね」

 

 女性陣の発言を無視して、ライダーは戦車から降りて俺と目を合わせる。

 その瞳は至って真剣だった。人を見定める王の眼だった。

 

「――つまり、そりゃ受肉という事か。どうやって成したのかは知らんのだな?」

「え、ええまぁ……」

「かーっ! そいつは惜しいなぁ。せめて何かこう、きっかけとかありゃ余も真似するんだがなぁ……」

「お、おいライダー!」

「アラン、お前さんさては罪を感じとるな? ようやく疑問が腑に落ちたわ。

 お前さんのその他人優先の振る舞いは、生き残ってしまったと言う罪を感じたからだろう。

 だから自分を許してもらいたい、誰かに生きていいと言ってほしい。感謝されれりゃ、自分の存在が証明できるとな。――そいつは違うぞ、違うのだ。お前さんが免罪される方法は許しを請う事ではない。斃れた者達の亡骸へ自分の人生には意味があったと示し、未来を駆ける事だ」

「……示す、事……」

「確かに、お主は生き残ってしまったかもしれん。だがな、生きる事は罪では無い。人理を救ったのだろう? なら余の遠征も匹敵する程世界を駆け巡った筈だ。

 ――ならば、その道中で出会った光景と友は、お主にとってどうのように見えた? 一番重要なのはそこじゃないのか?」

 

 その言葉に息を呑む。

 

「光、です。暗い闇を照らしてくれた、俺に理由をくれた。淡い光」

 

 忘れる筈が無い。自分も精一杯だったあの状況で、俺を友と呼んで助けてくれた人。

 そして俺を支えてくれた人々。

 だから、俺は彼らを救いたいと願ったのだ。暗い闇の底から救い出してくれた、小さな光。例え彼らがそれを覚えていなくても。

 それを俺は勝手に捻じ曲げてしまっていた。だから余計な罪悪感に駆られていた。――絡まっていた思いが解けていく。

 

「ならば、その光と共に駆け抜ける事を考えよ。後悔なんて死んでからいくらでも出来る。今の余のようにな。

 だが、友と大地を駆ける一時は、今を生きるこの瞬間しか成し得ぬのだ。

 ――故に走れ。そして笑え、愉しめ。女も抱け。人の世を生きる愉しみは痛快だぞ? 迷う事が勿体ない程に」

「……さすがに、女性は」

「なんだ、お主。まさか男もイケる口か」

「い、いや女性が好きですけど……」

 

 立香は……いやいやいや。親友をそんな目で見ないから。

 

「ふははは、良かったな、そこの二人! おぬしらにもチャンスはあるぞ!」

「……フン、余計な世話だ」

「ふふ、今更ね」

 

 ライダーの言葉に、絶望に落ちかけていたであろう心はすっかりいつもの調子を取り戻した。

 淀み始めていた思考も、少しずつ動き出している。

 お礼を言おうとしたが、肝心のライダーはよっこらせと言わんばかりに戦車に乗り込んでいた。

 返礼に頭を軽く下げる。あぁ、本当にこれだから英霊には頭が上がらない。

 

「――やはりそう上手くはいかないか。選択を間違えたな。お前を最優先で倒すべきだったライダー。自ら真名を名乗るバカだと思い放置したのが悪手だったか」

「そりゃ、余の武器はこの回る口だからな。温まってくれば、饒舌も止まらぬと言うものよ。

 さて、やるかアーチャー。余のヘタイロイも今か今かと待ちくたびれておるぞ」

「――悪いが兵隊に出番は無い。

 アンタが言葉で防壁を築くのなら、オレは現実を以て穴を開けるだけだ。

 I am the bone of my sword――」

 

 エミヤ・オルタが手を掲げる。

 激しい風圧と炎がその手から放れていく。

 これは、固有結界を展開する合図。

 でも、何か。いつもと違う。

 

「――so as I pray Unlimited lost works」

 

 詠唱が大幅に簡略化されていた。

 ……違う、簡略化じゃない。アレは、もう途中の言葉を紡ぐ必要が無いのだ。

 彼の生き様を語る内容すら喪ったと言わんばかりに。

 

「そこで見ていろ。世界の終わりなど滅多に見れる光景じゃない。

 あの原初をここに。――さぁ、空想の根が落ちる」

 

 世界が、炎に包まれた。

 

 

 

 

「……」

 

 固有結界。だが、これはエミヤが展開する剣の丘とも違う。

 だって、今俺に見えているのは燃える街だ。崩れ落ちる日常の風景だ。空は暗く、周囲には泥がこびりついていて、未だにそこからは黒い炎が燃え上がっている。

 周りを見るも、皆の姿は見えない。

 いつしか立香が迷い込んでいた下総。そこで出会った復讐者の見せた光景が、これと類似した景色だったと聞く。

 

「――彼等が最期に見た光景だ。生き延びようと足掻いた果てのな。

 これが第四次聖杯戦争の結末だよ。汚染された聖杯の泥が流出。数多の無辜の人々を苦しめ、死に至らせた災害その物」

 

 エミヤ・オルタの声が響く。

 あぁ、これは確かに地獄だ。怨嗟が輪唱のように響いてくる。

 彼らのたった一つの想い。突然奪われた明日を取り戻すと言う、それは何の歪みも無い確かな願いだ。――生存に善悪は無い。無論、優劣も無い。

 聞こえてくる。響いてくる。彼らの、どうしようもない程に純粋な悲願が。

 

 

熱い、苦しい

 

何でお前だけがそこにいる

 

いやだ、死にたくない

 

私達は死んでしまったのに

 

助けて、誰か

 

何故、何故何故お前だけが

 

「――」

 

 唇を噛み締める。僅かな痛みと血の味がした。

 俺は生きた。生き延びてしまった。彼らと同じ末路を辿ったはずなのに、俺だけにその先が続いていた。

 ならばその事を彼らが咎めない筈が無い。恨まない筈が無い。俺と言う存在を憎まない理由がない。

 俺と彼らには、何の違いも無い。同じ人間であり、日常を謳歌し、明日に希望を抱く。

 

「……貴方達の無念も分かる、明日を理不尽に奪われたと言う悲劇だって」

 

ならば寄越せ。こちら側にお前も来い

 

 その問いに息を詰まらせる。もし仮に最初の特異点でそう言われていたのならば従ったかもしれない。自身の生き延びてしまったと言う罪の重さに耐えかねて。死を免れないと言う未来に怖くなって。

けれど今は。ここにいる俺には、喪いたくないと思ったモノがある。だから生きると決めた。

 振り絞るように、前を向いて。彼らの願いを否定する。

 

「それは無理な願いだ。俺はまだ生きている。ならその生を、何もない未来に自ら捨てるような事は出来ない」

 

お前が! お前がそれを言うのか!

 自身には偉業も無い! 自身には価値も無い! そんなお前に、私達の想いを!

 

「知ってる。全部分かってる。俺も、何で自分が生きてるんだろうってそう思った」

 

 だから、走るように生きてきた。目を背けるように、逃げるようにただ――。

 人の役に立とうと、他人のために生きようと手を尽くした。

 誰かから感謝されれば、世辞でも生きてていいのだと言われたような気がするから。誰かから認めてもらえば、僅かな間でも赦されたように思えるから。

 でも、その感情を今は置き去りにしよう。鉄の心を以て、感傷を遮断する。

 

「――美しいモノを見たんだ。

 燃え尽きた世界のユメを見て。何も適わない事を知りながら、人類を守ると言う目的のために、立ち上がり続けた人々を。

 俺の命は、そのためにある。彼らに捧げるためにこの体は存在する」

 

 胸の奥に渦巻く激情が、言葉を淀ませる。

 この地では紛れも無い俺が悪であると、そう自覚したから。

 

「だから……」

 

 今から俺が選ぶ選択は、弱きを潰す事に他ならない。

 そしてそれからは、逃げる事も目を背ける事も許されない。

 

「だからっ……!」

 

 背負い続けるしか無い。

 それが彼らへの贖罪だ。

 ――そして俺が彼らに送る慈悲でもある。

 

「貴方達の未来を、ここで落とす……!」

 

「よく吠えた。だがどう足掻く。いずれにせよ、この世界から抜け出す事は叶わん。

 鉄のように沈んでいけ」

 

 まだ吐き気が迫ってくる。けれど、もう慣れた。すっかり慣れきってしまった。

 俺はまだ立てる。まだ戦える。だってずっと見てきたんだ。英雄達の背中を。それを追うようにして走り続けて、今はここに立っている。

 だから進む。退くな、止まるな。ただ突き進め。

 

「――使う。支援を」

「えぇ、任せてマスター。貴方の望むがままに」

 

 ダヴィンチちゃんから貰った礼装。

 かつて俺がロンドンで起こした奇跡。カルデアの科学とAチームの魔術を組み合わせてようやく完成にこぎついた決戦礼装。

 ――マシュがカルデアの盾であるのなら、俺はカルデアの剣でいい。ただ振るい道を切り開くモノであればいい。

 

 

“同調開始”

 

 

 俺の中に「」が入り込んだ事を感じる。

 あの時の奇跡を全て再現出来るわけではない。寧ろそれはあの時の魔術王が相手だったからこそ、効果的であっただけに過ぎない。せいぜい姿形で精いっぱいだ。

 左手に刀が握られた事、そして服装も黒の着物に白の羽織、首元を囲う赤のマフラー。視界に広がる無数の点と線。

 

「……サーヴァントを憑依させたか。だが、それで何が出来る?」

 

 エミヤ・オルタの声だけが聞こえる。姿は見えないが、俺達がどこにいるのかを把握しているのだろう。

 固有結界を展開した術者である以上、内部は手に取るようにわかるらしい。

 

「エミヤ・オルタ、もう一度言う。悪いけど、彼らの願いを受け入れるわけにはいかない。

 オレにはオレの願いがある。生きた証がある。待ってくれている人がいる。

 だからオレは――その未来を、否定する」

 

 刀に魔力を籠める。

 この体は聖杯によって作られた人形であり、魔力タンクと呼んでも過言ではない。

 そのほとんどを、攻撃に転用する。

 

「――!」

 

 刀から膨大な魔力を光線として打ち出す。狙う先は空に浮かぶ点。膨大な世界を構成する一点を破壊する。

 そこに彼女の力。世界を書き換える力を行使する。内部が固有結界であるのならば、そこは修正が届かぬ空間。彼女が全能を振るっても何のペナルティも無い。

 ――世界が崩壊した。空が罅割れ、大地が崩れ、眼前に広がるのは先ほどまでいた地下大空洞。

 その刹那に、僅かに聞こえた。小さい、穏やかな声が。

 

――ありがとう、そしてごめんなさい。後をお願いします。どうか彼を、救って

 

 それが彼らの最後の言葉。

 本当の願望。自身が生きたいと言う願いを置き去りにして、誰かが生きる事を望んだ祈り。

 その言葉を、確かに受け取った。

 

「……純粋なエーテルを攻撃に注ぐ一撃か。

 世界を破壊した。その意味が分かっているな?」

 

 俺は彼らの固有結界を破壊した。その光景を、風景を、背景を何もかも。

 それは犠牲となった人々の、生きたいと言う確かな願いを否定した。続くかもしれない未来を切り落とした。

 汚染された、歪んだ願望ではない。彼らの心に僅かにあった希望。それを摘み取る事――その事実に唇を強く噛んだ。

 きっと、彼は彼らの真実に気付いていない。だからそれが届ける事。それが俺にできるせめてもの罪滅ぼし。

 

「分かってる。――だからオレは今ここに立っているんだよ、エミヤ」

「マスター……その姿は」

 

 アルトリアが俺の姿を見て、そう呟いた。

 彼女の苦い顔にどこか申し訳なさを感じてしまう。ロンドンでの苦心を覚えているのだろう。

 だが俺のその姿もすぐに溶けてしまう。――対固有結界術式。彼女の世界を書き換える性質と直死の魔眼、俺の膨大な魔力を組み合わせた決戦礼装。

 一度打てばそれで終わりだ。ただし、固有結界を確実に破壊できる。それが余程のものでなければ。

 俺の隣に彼女が立つ。その手に刀を携えて。

 彼女が無事な様子を見て、思わず安堵した。

 

「いつでも行けるわ、マスター」

「……こちらも問題ない、指示を寄越せマスター。

 今度は、私が貴方を守る。今度こそ、守り続けて見せる」

「頼む、信じてるよ」

「arrr……!!!」

 

 エミヤ・オルタに対して優勢が取れるのは、セイバーと切嗣さんのコンビだ。相互理解を終え、尚且つステータスも高く、マスターも対魔術師に特化した。故にこの二人に託すことにした。

出来れば加勢したいが、シャドウサーヴァントの掃討に力を尽くさねばならない。

 守り切れるか――。

 

「――行くぞ。地に落ちる時だ」

「よっし、それじゃあこちらもひとっ走りするか! 掴まっていろよ坊主。

 今宵の遠征は、未来を疾走する旅路である! ならばそこを駆けずして何が征服王か!

 さぁ、今一度世界と言う垣根を越えて、ここに集えよ我が同胞よ!」

 

 目を疑う。

 征服王の周囲に、次々と兵士が集い無数に生み出されるシャドウサーヴァントへ向かっていく。

 アレ、固有結界が無いと展開出来ないんじゃ……。

 

「お、お前、アレは固有結界が無いと……!」

「いやぁ、それがな。あの固有結界がブチ壊された後なんだが、どうにもこの空間では修正力が無い。俗にいうバグ技と言う奴よ。うむ、まさかこんな事が出来るとは余も思わなかったぞ。

 だからこそ、見つけた時の感動も一塩よな」

「……ええー」

「ほれ、しゃっきとせんか。坊主、貴様も今や余と轡を並べる一人なのだぞ。

 背中を張れ、前を向け。――男であるのなら、どんと構えよ」

「……あぁ、そうだな。お前のマスターなら、これぐらいの気持ちで行かないとダメって事か。

 それともアレか。今、この時をお前が言う、心が躍るって事なのか」

「うははは、覇の何たるかを分かってきたようだな! よし、頼むぞゼウスの仔らよ! 勇者達に我が覇道を示すとしよう!」

 

 雷鳴を響かせながら、疾走する神威の車輪。それは無数に生み出され続けるシャドウサーヴァントを薙ぎ払っていく。

 ――乱戦状態に突入した。

 戦闘情報を再度纏める。情報源はこれまでの蓄積した戦術経験と聖杯戦争に伴う情報。

 この聖杯戦争で倒されたサーヴァントは四騎。ランサー、キャスター、アーチャー、アサシン。それらのシャドウサーヴァントが現界すると考えてよい。

 厄介なのはアサシンとキャスターによる海魔召喚。それらの動きはランサーの視認を困難とする。

 さらに加えて最悪な事にシャドウサーヴァントは無限に生み出される。それも同個体を複数。アサシンが分裂する宝具を兼ね備えている以上、こちらが押される事を覚悟していたがイスカンダルの王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)が固有結界を展開せずに使用できるのは望外だった。世界からの修正が無いからだろうか。

 だがそれでも敵はひっきりなしに湧いてくる。こちらを呑み込もうと迫ってくる。こちらもシャドウサーヴァントを蹴散らしつつ、最悪のケースを考えセイバーの援護に入れるよう気を回さなくてはならない。

 思考を回す。思考の速度を上げ、サーヴァントに指示を出す。旅を始めた頃はサーヴァントに任意で行動させるしか無かったが今は違う。積み上げた経験が確かにある。

 生きたい、誰かに生きて欲しい――そんな願いが積み上げられて作り上げられた願望都市冬木。

 特異点最後の戦いが、幕が開かれた。

 

 

 

 

 それが破壊された時、当然だと思った。アレはこの世にあってはならない。決して顕現してはならない風景であると、気づいていた。

 ――カルデアのマスターである一人を奪ったところで犠牲者達全員が生き返る訳ではない。所詮中身が変わり、体ごと全て腐るだけだ。

 その事実は分かっていた。その結末を知っていた。だがいくら腐り果てたとしても、彼らの願いを見てしまった以上、背を向ける事が出来なかった。

 けど、それは――本当に、彼らの願っていた事なのだろうか。

 大切な事を、忘れてしまっているように思える。

 

「ちぃっ、切り離されたか」

 

 あの固有結界は、何もかもを燃やし尽くす怨嗟の檻。それを破壊された事により、聖杯とのつながりが切れたのだ。

 元々犠牲者達の想いに目を付けた何者かが、残留思念でしか無かった彼らに聖杯を設置。その願いに応えるために呼ばれたエミヤ・オルタに、聖杯からのバックアップが加わった。強力な霊基補強かつ強化、そして第四次聖杯戦争で脱落したサーヴァントの行使権。故に彼はカルデアのマスターを利用した。彼を利用し、有用なサーヴァントを次々と仕留めていったのだ。

 だが今や前者の能力は切り離された。後者は最早聖杯が自分の意志で動いているだけに過ぎない。

 元々自ら召喚に応じたアーチャーは、並のサーヴァント以下の霊基まで大幅に弱体化していた。それを聖杯の力で無理やり強化したに過ぎない。

 セイバーの斬撃を避け、銃撃を見舞うも容易く防がれる。一度交戦した経験が仇となった。弱体化した霊基では彼女と拮抗する事が精一杯。マスター殺しを狙うも得物が銃である以上、衛宮切嗣にとって回避は容易。

 シャドウサーヴァントの物量で一気に押しつぶす事も考えたが、ライダーの宝具による軍勢の方が僅かに数を上回る。

 

“……フン、だがまぁ当然か”

 

 自身のしている事が何なのかは分かっていた。それが許されない過去の改変である事も。実現してはならない奇跡である事も。故にどうあれ、自身のしている事が無意味だと分かっていた。

 だがそれでも、どうしても彼らの願いを切り捨てる事が出来なかった。――けれど、それが真実だと思えない。本当に大切なモノを、忘れてしまっているように思える。

 この機械的な人生には、ただ人殺しが上手いと言う事実しか残らなかったと言うのに。

 

「――」

 

 あの青いセイバーを見た時、自身の中に触れるナニカがあった。空っぽでしか無かった筈の隙間に。それは隠れていたのではない。

 その記憶が傷つき、欠けてしまう事を恐れたから。鍵をかけて大事にしまい込んでいただけ。いつからか、大事にしまっていた事すら忘れていた。

 それは永い年月をかけても、数多の戦火に晒された記憶の中であっても決して――

 

 

“問おう、貴方が私の■■■■か”

 

 

 地獄に落ちても、忘れなかった出会いがあった。月の光に照らされる星の輝きを見た。

 

 

「これで終わりです、アーチャーっ!」

「っ!」

 

 自身の体に防御魔術を使用。防弾加工を施し、セイバーからの猛攻に備える。

 ――その刹那に、一人の男が銃口を向ける姿が見えた。

 その、今にも泣きそうな顔を覚えている。――アレはいつだったか。

 放たれる銃弾。それは防弾加工の術式に触れると同時に、彼の魔術回路をズタズタに引き裂いた。

 最早彼の身を遮るモノも、眼前の光景を歪めるモノも無い。

 

 

約束された(エクス)――」

 

 

 星の聖剣が輝きを宿す。それはまるで月の光のように見えて。

 眩い閃光が総身を包み込んでいく。男に付きまとう全ての呪いを祓うように。

 

 

勝利の剣(カリバー)!」

 

 

 迫る灼熱の極光。

 その白い光の向こうに、古い鏡を幻視した。

 自分の始まりを、ゼロを思い出す。

 

 

「……この光、は」

 

 

 力無く沈む手を握る、大きな。

 その顔を覚えている。

 目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる男の姿。

 

『生きてる……! 生きてる……!』

 

 残骸のような抜け殻の記憶。あの奇妙な生活の日々。

呪いでしか無かった五年間。その日々の光景が、こんなにも優しい。

 

「――」

 

 消えない想いが、ほほをつたう。

 彼らの犠牲はどう尽くそうとも無かった事に出来ない。その悲劇を変える事は出来ない。

 ならば何故自分が呼ばれたのか。――それは単純な事。自身が履き違えていただけ。

 救われたかったのは彼らではなく、自分の方だった。

 

 

『任せろって。爺さんの夢は俺が――』

 

 

 そうか。こんな男が、いたんだったな。

 

 

“――いいじゃないか、正義の味方”

 

 

 ようやく、泣きたい理由が分かったと安堵した。

 生涯を通じて、何かを成し遂げる事も、何かを勝ち取る事も無かった男は、自分が取り戻した僅かな記憶に安堵だけを胸に、眠るように目を閉じた。

 

 

 

 

 エミヤ・オルタは消滅した。聖剣の灼熱でよく見えなかったが、それでも微かに笑っていた事だけは分かった。

 名前を喪った執行者。弱きを助け、強きを挫く正義の味方。

 この場合本来なら挫かれるのは俺達で、救われるのは彼等だったのだろう。生存競争だった。善悪など容易くは決められない選択だった。

 それでも彼が俺達と敵対する道を選んだのは、彼らに何か強い思い入れがあったからだろう。

 

「――さよなら、正義の味方」

 

 空から何かが下りてくる。

 ――色褪せた聖杯。何度も酷使され続けてきたようにも、長い年月の中で置き去りにされてきたようにも見える。

 それを手にしたとたん、地面から光が浮いては消えていく。特異点修復の兆しだ。

 この特異点は空想の類。例えどのような奇跡があろうとも、それが本人達の記憶に残るもフィードバックされる事も無い。

 スワンプマン、と彼は言っていた。本人ではない、本人のフリをした別の存在。つまりは一夜の夢だ。

 ここの戦いの内容を事細かに記憶しているのは、俺達だけだろう。

 

「……成程、退去のようです。これで今回の一件は終わったのですね」

 

 セイバー――騎士王アルトリア。

 彼女の目はどこか悲し気にも見える。やはり聖杯への願望を捨てきれていないのだろう。

 でもそれでいい。俺の言葉程度で、彼女の覚悟が変えられる訳が無い。それはきっと俺の役割では無いのだ。

 

「大丈夫、セイバー。いつか貴方を救う出会いがある。

 それは決して今じゃないけれど、いつか。いつか貴方に運命が訪れるから」

「……そう、ですか。ならば待ってみましょう。

 それと、アラン。もう一人の私をよろしくお願いします。色々と捻くれてはいるでしょうが、本質は私と変わらない筈です。

 それと――ありがとうございました。貴方は確かに、世界を救うに値するマスターだ」

「……」

 

 違う、とは答えなかった。救ったのは俺ではなく立香だ。俺はただ自分の願いに周りを振り回しただけの男に過ぎなかった。

 だが、彼女からの気遣いを、無駄にしたくなかったから。喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

 そうしてセイバーの消滅を見届ける。

 

「うむ、これで終わりかぁ。ちと物足りんのう。せめてあの金ピカと語り合えてれば良かったんだが」

「ははは……、それは申し訳ない征服王」

「だが、まぁそいつは次の機会に取っとくとするか!

 小僧、貴様のカルデアに余はおるのか?」

「……いえ、見かけた事は無いかと」

「ほーう、そいつはいい! なら座に帰り次第、余のれべるを上げておかねばな!

 こいつぁ楽しみだ! 今から心が躍って仕方がない!

 ――ん、待てよ。アキレウスがいるという事はもしやヘクトールもおるのではないか!?」

「ま、まぁいますけど……」

「おぉ……! おお! こりゃ待ちきれんなぁ!

 全く、いつの時代も英雄ってヤツぁ胸を躍らせてくれる!」

 

 征服王イスカンダルはそう告げて。まるで無邪気な子供のような笑顔と共に消滅した。

 

「……」

 

 既にランスロットは退去していた。告げる事も無いのだろう。カルデアに戻れば、いつでも言葉を交わせる。

 世界が消滅していく。

 この特異点は犠牲者達の願いによって生み出されていたモノ。人類史から切り離された空想の世界だ。既にそれが本来のカタチに戻った以上、この空間が存在する道理はない。世界はあるべき形に還っていくのだろう。

 

「……どうか、お二人もお元気で。

 本当に助かりました」

「……アラン、そういえばキミは魔術師なのかい」

「いえ、俺は……ただの素人です。魔術なんて到底及ばない。

 貴方の弾が無ければ、まだ苦戦を強いられていたかもしれません」

「そうか……。ならここから先の言葉は聞き流してくれて構わない。何を成し遂げる事も、何を勝ち取る事も出来なかった男の言葉だ。

 キミは、魔術師としても魔術使いとしても大成しない。魔術とは人が生きる上で全く無駄なものだ。

 死ぬ時は死ぬ、殺す時は殺す。それが魔術師の精神。でもキミはそうじゃない。

 ――生粋の魔術師に、世界は救えない」

 

 あぁ、そうだ。

 だから立香は世界を救えたのだ。

 

「――どうかキミが、その道を違わない事を願うよ。

 世捨て人からの警句とでも思ってくれ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 世界が消失する。

 レイシフトによる帰還の合図。

 ――それと共に、俺の意識は静かに溶けていった。

 

 

 

 

 世界が崩壊していく。

 犠牲者達の想いにより作り上げられていた空想の都市は現実へと戻っていく。

 

「無銘の執行者は敗れ、かくしてこの世界は崩壊する。

 それが結末か、まぁ何とも味気ない。愉しみには程遠いが、退屈では無かったな」

 

 言峰教会の玄関で空を見上げ、言峰綺礼はそう呟いた。

 罅割れていく空は、かつてどこかで見た事があるような気がする。あれは極寒の大地だったか。それとも別の記憶か。

 しかしそんな些事はどうでもいい事だ。

 

「――どうであった、英雄王。これは貴様の言う愉悦の完成形とやらか?」

「戯け、これは愉悦では無い。寧ろ逆だ。我が愛でるに値する、純真無垢なヒトのカタチに他ならぬ。

 綺礼、貴様の愉悦とやらはまた酷く歪んだものよな。最早それは愉しみとは異なる場所にある感情よ」

「言った筈だ、解だけを渡された所でどう納得しろと言うのだね。

 第一、貴様にとって私は愉しみの一つでは無かったか」

「今の貴様は違うがな。その有様には堕落が相応だろうよ。

 ――ではな、言峰綺礼。夢から醒める時だ」

 

 そういって、ギルガメッシュは退去していく。

 結局、この戦いで彼は一度しか力を振るわなかった。

 それは決して彼のマスターである遠坂時臣が無能なのではなく。いずれ切って捨てる存在であるが故に、彼の本質に目を向ける事を失念していたからだろう。

 英雄王の退去を見届けて、言峰綺礼は小さくつぶやいた。

 

「生憎今は聖職に甘んじる身だ。死者は丁重に送り出さねばならん。

 彼等の死があって、私はようやく答えに辿り着けた。その返礼をしなくてはなるまい」

 

 中に戻り、パイプオルガンに指を置く。

 もう一度死へ戻る死者達に、安らかな眠りを。

 

「……そうだな、あの曲がいいだろう。

 アレは悪くなかった」

 

 脳裏によぎったのは古い記憶。

 かつて愛した一人の女が奏でた曲。彼の過去に残った最後の欠片。

 苦悩にまみれた日々は繰り返される虚空のようで。されどそれでも一人の男を追い続け、最期に自ら命を絶った女の事を。

 

 終わりゆく世界。罅割れていく空。かくしてこの特異点は消滅し、無に帰るだろう。

 

 消えていく魂を送り出す旋律が、空想の都市に木霊する。

 

 ――境界に咲くオルテンシア。

 

 

 

 

 斯くして、俺は単独で特異点修復を果たした。帰るやいなやAチームや技術班のスタッフに今回の詳細を報告。カルデア側からは今回の特異点の全貌は観測困難もあり後日、報告書の提出となった。国際機関としての役目もある以上それは避けては通れないだろう。

 回収した聖杯はカルデアにて厳重に保存され、サーヴァント存続のための魔力源として使用される。

 ジャンヌが不貞腐れていたのも記憶に新しい。アルトリアやランスロットがレイシフトに成功したとは言え、彼女だけが弾かれる形になったのだから、そんな反応をするのも当然かもしれない。

 

「……」

 

 あの日から決めた日課に取り掛かる。

 引き出しに入れてある手帳――そこに書かれている名前を読み上げた。

 

 ――冬木大火災、犠牲者名簿。

 カルデアのデータベースを使い、当時の冬木市の新聞を使い調べ上げた。

 その彼らの名前が全てここに刻まれている。

 

『■■ 〇雄(25)

 ■■ 〇子(24) 新婚旅行で冬木市に行ったきり連絡ありません。連絡下さい

 

 ●● △也(23) 一人暮らしの息子なので心配しています

 

 ▼■(17)――あの日怒鳴った事に怒っていますか。

 謝るから、帰ってきてください。お願いします。

 

 ■―――友達の家に泊まりに行ったまま――

 

 ――次の日に帰ってくると連絡を受けてからずっと、待ってます。返事を――

 

   とても優しい子でした。

 

      ――お願い、帰ってきて』

 

 

 死者――総勢五百名。

 

 

 手帳を閉じる。

 あの時、俺は彼らの祈りを否定した。生きたいと言う未来を潰したのだ。

 だからこれは俺が背負う事。背負い続けなくてはならない。

 

「……っ」

 

 壁にもたれかかり、座り込んだ。目を隠すようにフードを被る。

 零れようとする涙と声を押さえつけて。強く手を握りしめた。

 これはカルデアが背負うべきものではない。

 俺が向き合っていかなくてはならないモノ。人理修復の時の無茶がツケになって返ってきただけ。

 泣く事は許されない。彼らの未来を切り捨てた俺に、その資格は無い。

 

 

 

 

 その声を確かに聴いた。

 部屋に入ろうとして、少女は足を止める。入ったところで彼はまたいつものように振る舞いだろう。

 自分を無力だと感じているからこそ、救われるに値しない。――あの一件が彼に強いトラウマを残した。

 

「……」

 

 少女の力を以てすれば、その記憶を消す事は出来る。あの出来事をただの夢で終わらせる事も出来る。

 けど、それは。それはあの時の彼の決意を否定する事だ。

 全能の力を持つ少女は、たったそれだけの事が出来なかった。

 

「マスターの調子はどうだ」

「……事情は凡そ、察しますが」

 

 アルトリア・オルタとランスロットも部屋の前に立つ。

 二人ともあの戦いを共に生きた。だから彼の恐怖を知っている。

 

「……手を借りましょう。マスターにはちょっと憚るところだけど、さすがにこのままには出来ないわ」

「……同感だな」

「彼らは私から説明しておきましょう」

 

 

 ――かくしてこの特異点は観測と修復と言う結果だけで終わった。

 一人の少年に、深い爪痕を残して。

 

 

 

「心をへし折るとはそういう事だったのね。

 ――……どうしてかしら。彼はただ、何気ない日々の幸せを感じていたいだけなのに」

 

 





「ん、どうかしたのかい? 今回の特異点で彼が?
 ……分かった、後で彼の部屋に行くよ」


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After3 特異点に関してのマテリアル

設定編です。これにてAfter3完了。何とかお届け出来ました。
しかし、急ピッチで文章を練り上げるとこうなるなぁ……。焦る必要も無いのになぁ……。

次回は口直しの激甘回を書きたい。
しかし、アランはハーレムが許されるオリ主なのだろうか……。


 

今回の特異点が生まれた経緯

 ロンドンでアランが魔術王と対峙した際に起こした奇跡。それは確かにこの世界に生きた全ての人々を呼び起こした。

 戦いの後、彼らは静かに眠りに戻るはずだったが外からの観測者の手により、聖杯に意志をくみ取られる。

 彼らが願った「この地獄を生きたい」「死にたくない」「多くでも一人が生き延びて欲しい」――それらから、自身の生存を望む意志だけを増悪化。彼らの魂を変質・変性させた。これはキャスターリンボの行っていた宿業に近い。そしてその自我を使い潰すために『第四次聖杯戦争を何度も繰り返し、特異点の中で行わせた』。地獄を何度も突きつけられた彼らは叫びをあげる事しか出来ない。――こうして彼らの願望は確かに狂わされていく。間違いなく被害者のカテゴリである。

 そして観測者には手駒が必要だった。いざとなれば他所から召喚するつもりであったが、それを行う必要はなくなった。ある一人の男が立ち上がったからだ。

 その願いは英霊を呼ぶには値しない。けれど彼らの叫びを無かった事には出来ない。――故にエミヤ・オルタは自ら召喚に応じた。

 それとほぼ同時期にカルデアがその特異点を観測。

 かくして、願いを否定する戦いが始まった。

 

何故アランだけが狙われているのか

 ロンドンで彼が宿した奇跡。その残滓は確かに残っている。つまり彼の体を奪えば、この世全ての人々に手が届き、観測者は降臨する事が出来る。

けれど、一人の全能の少女がそれを阻み続けており、手出しは容易では無かった。アランの意志を乗っ取る前に少女が彼を守るからだ。

 ――故に観測者は手段を変えた。彼の体を直接乗っ取るのではなく、その精神を絶望で挫く術に変えた。

 もし仮にエミヤ・オルタが勝利し、犠牲者達が彼の体に乗り移ったとしても、それは複数の魂が融合して既に歪な形に歪んでしまっており、自我が消滅するだけだろう。そうすればその体を奪う事は容易だ。

 だが英霊達がそれを阻み、今回は失敗に終わった。力を振るう事しか出来ない存在と侮っていたからだ。

 ――観測者との戦いは、まだ終わらない。ソレは自身が為しうる全てを以て、彼の心を砕きに来るだろう。

 

冬木市

 その都市自体が一種の空想概念として形成されている。そこにある何もかもが過去の夢に過ぎない。それはカルデアに存在を観測させ、本命であるアランを誘い込む囮でしかない。

 人理定礎には何の影響も無い、ただアランを絶望させるためだけの世界である。

 

 

Q今回の特異点タイトルはどういう意味?

A追想特異点 回帰願望都市冬木1994 アクセルゼロオーバー

 最初は空想にしていたのですが、亡くなった彼らの意志が利用された特異点であるため、変更を決意。追憶特異点とかしていましたが、語呂が悪いため追憶と同じ意味を持つ追想に変更。

 回帰願望都市とは、犠牲者達の生きたいと言う願い。そしてエミヤシロウと言う始まりが正義の味方になる事を選んだ「願望」。それを思い出し、また始まりの頃に戻ると言う意味で「回帰」。これらを合わせて回帰願望都市冬木と命名。またこの命名を考えた頃に、ぐだぐだ帝都聖杯奇譚のイベがあり、その名称にカッコよさを感じたため、1994をつける。

 アクセルゼロオーバーは、コラボイベのタイトルを弄った……だけではなく。Fate/zeroと言う作品ではタイトルが「-134:45:14」とか時間表記で進んでいきます。そしてとある一人の少年が抜け殻になった男と出会う時に「0:00:00」となるのです。ゼロと言う意味は犠牲者達が亡くなった時(実は少しずれますが……)とエミヤシロウの始まりの時です。そして犠牲者達の願いの一つでもあったである「生きたい」(あの災害が起きた時であるゼロを超えたい)という思い。そして地獄を生き延びた彼が何もかもを腐り果てて失った事を知り「始まり(ゼロ)に辿り着き、始まりを取り戻す事でかつての光景を取り戻し、救われて欲しい」という願い。それらの意味合いを含める為、ゼロオーバーとつけました。アクセルは彼らの「振り返らないで進んで欲しい」と言う願い。後、Fate/zeroコラボの名残を残したいと言う作者の願望です。

 そして追想特異点 回帰願望都市冬木1994 アクセルゼロオーバーと言うタイトルが完成。正直色々詰め過ぎて分かりにくいと思います……。もうちょっとシンプルにすればよかった。

 

Qギルガメッシュは何故傍観を選んだ?

Aぶっちゃけ扱いに困ったためです。今回の特異点では彼が主人公側に立てばそれだけで勝利はほぼ確定します。

 ただそれでは面白くない。逆風を与える物語と、苦しみ悩み足掻き葛藤しながら少しでも前に進む主人公こそが、私は主人公と言う括りにおいて最も好きな形だからです。そしてただ蹂躙するだけの存在はギルガメッシュでは無い。前に進み続ける者達を裁定し、その在り方に敬意を表すると言う存在が彼だと思っているからです。

 最初はエミヤ・オルタ&シャドウサーヴァント連合VSギルガメッシュで、彼が敗北すると言う形にしていたのですが。ギルガメッシュが何の対策も立ててない数の理で押す相手に簡単に負ける筈がねぇだろと気づき、途中でボツ。

 急遽、彼を裁定者に立てました。……描写が不足して申し訳ない。

 

Q何故征服王は王の軍勢を展開出来た?

A固有結界の展開が確か、世界の修正力から逃れるためと言う括りだった筈。今回の特異点では聖杯が修正力を疑似的に模倣していましたが、アランが固有結界を破壊し聖杯自体にダメージを与えた事で、ソレが解除。固有結界なしで王の軍勢を展開出来ました。

 あの光景は分かりやすく言うと無限の残骸VS王の軍勢と思って頂ければ。

 ぶっちゃけ、無理くりです。設定の捻じ曲げにも等しい……。もうこんな事はしないぞ。

 

Qアランの礼装は何なの?

Aカルデアの科学力とAチームの魔術理論によって完成した、対固有結界礼装です。「」を自身に夢幻召喚させ、ロンドンのセイバーに変化する技。要するにジーク君みたいなもんです。

 「」の世界を書き換える力を行使し、固有結界そのものを破壊すると言う荒業。ネックは一度使用したら、再使用に一週間かかる事。発動時間が長すぎると「」の存在が消滅するリスクが存在する。

 元々「」はアランを守るために多くの力を使用しており、世界を書き換える力を容易に発動できない。

 

Q今回の特異点のマスターはどうなる?

A彼らはスワンプマン。つまりそれぞれの人物の形をしただけの、全く別の存在。一夜の夢です。この特異点が終われば、全て消滅します。彼らが見た光景も、感情も、オリジナルに届けられる事はありません。

 

QそもそもFGOでは聖杯戦争一回だけなんだけど?

A書きたいから書いたんだ! 今更設定が何だってんだ!(震え声)

 と言うか設定突き詰めたら、私の作品自体結構矛盾が出ますからね……それも無視できないレベルで。

 そもそも剣式がヒロインとかどういう事やねんと言う。

 

Q言峰が最後に引いた曲は?

Aホロウよりカレンのテーマです。クラウディアさんから伝わったらロマンがあるなぁと思いまして。

 後はアナスタシア編のオマージュ。あのシーン本当好き。

 

Q今回の最適解サーヴァントは

A武蔵坊弁慶 冬木市で宝具使った瞬間に強制成仏で特異点修復完了。

 

Qもしアランがキャメロットでアーサー王に仕えたらどうなるの?

A間違いなく途中で死にます。途中で死んで、アーサー王の悔恨になりかねないです。

 

Q彼に救いはないんですか!?

 

 

 

 

 小さくノックの音がした。

 

「――ごめん、ちょっと入るよ」

「……ドクター?」

「私もいるよー?」

「ダヴィンチちゃんも……。どうしたんですか、二人とも」

「いやぁ、ランスロット卿から頼まれてね。

 キミの事情を聞いた。特異点での出来事で苦しんでいると」

「……そう、ですか」

「おっと恨みっこは無しだぜ。キミに元気がない事はカルデアのほとんどが気づいているからね」

「……隠し事、出来ないですね」

「やっぱり頑固だなぁキミは。

 ほら、話してみなさい。――私とロマニに、大人としての責任を果たさせてくれ」

「……はい」

 

 

 二人に話した。

 今回の特異点が出来た原因に俺が関わっていた事。そしてその願いは紛れも無い本物で、俺がそれを切り捨てた事。

 気が付けば泣いていた。喉が震えて、言葉が上手く出ない。

 それでも二人は何も言わず、ただ黙って聞いてくれている。

 長い時間を掛けて、話し終えた。俺の選択も、後悔も、苦しめている罪も。

 

 

「……そうか。確かにそれは惨いモノだ。

――けれどね、アラン君。彼らの思いに報いる方法は耐える事じゃないんだ。それじゃただ苦しいだけだから」

「……」

「それはね、より良い未来を築く事だ。キミが誰かの未来を繋げる事に意味を見出したように」

「あ……」

「確かに死者に言葉は無い。一と零は混じり合う事は無い。――だからゲーティアはそれを死と断絶の物語と呼んだ。けれど彼には受け取れる心が無かったんだ。ただの傍観者では決して与えられる事のない想いをね。

 例えそこで終わる命だったとしても、今を生きる者に背中を押す事は出来る。ここで止まらず、未来に進む祈りを届ける事は出来る」

「……」

「――アラン君、実は言うとキミは私達にソレを証明しているんだよ」

「証明……?」

「そうさ。事実、僕達は一度ロンドンで絶望しかけた。魔術王との力が圧倒的だったからだ。例えどう足掻いても、彼我の差が余りにも開きすぎていた。頼みの綱である英霊達ですら適わなかった。

 そんな現実を間に当たりにして尚も進む事を選べたのは。あの時のキミの選択、言葉、決意、祈り――その全てが僕達の背中を押してくれたからだ」

「……俺は」

「そんな事に気づけなかったから愚か、なんて言わないでくれよ?

 灯台下暗しとはよく言うだろ。実際、人は迷う者だ。人生は一本道じゃない。人は自由だから、迷うんだ。一つもおかしくないよ」

「……そう、か」

「落ち着いたかい、アラン君。ほら、ダヴィンチちゃん特製のコーヒーでも如何かな?」

「……ありがとうございます、頂きます」

「……うん、少し落ち着いたようだね。良かった、ようやくキミにドクターらしい事をしてあげられた」

「ずっと、貴方に助けられてばかりでしたよ。……ドクター」

「それは僕達もさ。……今日は、眠れそうかい?」

「……はい、何とか」

「あぁ、良かった。私も安心したよ、工房は開いてるからいつでもおいで。飲み物もそろえてあるからね」

「はい、ありがとうございます」

 

 






「どうかしたの、マスター?」
「その、ごめん。何とか落ち着いたんだけど、まだ怖くてさ。
 迷惑じゃなかったら、傍にいてくれないか。その、まだ夜明けまでは長いけど」
「――……えぇ、貴方の願いであれば喜んで。布団の中にでも入ってあげましょうか?」
「……そうだな、頼む。キミといると安心する」
「――」
「?」
「いいえ、何でも無いわ。まだ夜は長いものね」


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After4 カルデアの日々

今回は平和な短編です。やっぱりこういうのがいいわぁ……。

Lostbelt2の消えぬ炎の快男児が楽しみで仕方ない。
タイトルに焔氷ってついてるから、恐らく氷の方はあのセイバーで確定。うちのスキルマレベルマフォウマ宝具凸のインフェルノがウズウズしている……!


ナポレオンピックアップ爆死しました。おとなしく撤退します。
……いいもん、ウチにはノッブがいるからいいもん。


 

 

「アンタ、ひょっとして男色趣味とかあんの?」

「なんだいきなり」

 

 俺の部屋に来るや否やベッドでくつろぎだすジャンヌの言葉に、俺はそんな言葉しか出なかった。

 いや、何言ってるんだホント。

 さっきまで俺が使っていたシーツにくるまりながら、顔だけを覗かせる彼女は何とか言うか非常に動物的である。

 読書していた本に栞を挟んで閉じる。北欧神話を読んでいる途中だったと言うのに。終末戦争が起きる寸前の緊張感は何度読んでも、退屈しない。でも行きたくない特異点では上位に匹敵する。フェンリルとか勝ち目ないし、ロキの娘とかどう勝てばいいんだ。

 と、そんな妄想から現実に思考を移す。

 ちなみに俺の視線から彼女の胸元が見えているのだが、そこから視線を逸らす。女性は胸を見られている事など簡単に分かるらしい。この前、ムニエルがデオンから指摘されていた。あいつ、自分の祖国の大剣豪に何て視線送ってやがる。

 

「だって全く手を出さないじゃないアンタ。その癖、男のサーヴァントとかに出会ったらバカみたいに目を輝かせてる癖に。

 そうなったらもう、女に興味ないとしか思えないんだけど。と言うか、そう聞いたんだけど」

「何、そういう噂流れてるの俺」

「調理の名前みたいなヤツが流してたわよ」

「ムニエルに問い詰めにいくわ」

 

 俺がデオンやアストルフォの二人とも仲が良い事を知っていての狼藉かあの野郎。それとも嫉妬か。

 道理でロマンやカドックが俺とちょっと距離を置くわけだ。後アナスタシアと獣耳女王から少々警戒されているわけだ。

 ははは、意外なところに飛び火しやがった。マジ許さねぇ。今度ロッカーに黒髭の書いた薄い本仕込んでやろう。一部の職員から冷ややかな視線を受けるがいい。アレは中々に堪えるぞ。

 

「……あのなぁ、何度も言うが俺だって女性は好きだ。

 俺と契約しているサーヴァントだって皆美人だし、その……そ、そういう事を考えなかった事は無い。うん正直、ホントに」

「……ふーん。ふーーん」

 

 何だその疑り深い目は。

 そしてシーツで顔を隠すな、目だけを覗かせるな。警戒しないでください。

 

「けどな、一度踏み込んでしまったら多分他の誰かと接する時もそういう事を考えてしまう。それで今までの関係が変わってしまうのが一番嫌なんだ。

 実際、そういった事情で衰勢の転機を迎えた英雄も多い。国が滅ぶことだってある。

 大切な人だから、手を出したくないんだよ」

 

 一度黒髭に何故自分のサーヴァントとニャンニャンしないのかと聞かれ、上記の理由を話したらマジ顔で握手された。

 

“アラン殿は分かってる。推しは見守るもの! CP厨の区別などに意味はありません! 自分の推しが幸せなら、ファンはそれでオッケーなのです!

 イエスロリータ、ノータッチですぞ!”

 

 そういう所があるから、何だかんだで気に入ってるんだよなぁアイツ。

 俺の言葉に、ジャンヌは完全に布団にくるまった。そろそろ出てくれると嬉しいのですが……。

 

「じゃあ、アンタの幸せって何なの?

 自分が笑える事? それとも大切な人が笑ってくれる事? 今だって上手く笑えてないクセに」

「それは……そうなのかな」

「馬鹿ね、ホント馬鹿。

 そもそもアンタが笑えないと私達も笑えないのよ。あの突撃女と意見が被るのはムカつくけど」

「……そっか、ごめん」

 

 サーヴァントからするとやっぱり面倒くさいマスターなんだな俺。

 距離を置きすぎてるように感じてしまうのだろうか。

 

「……そ、それで一つ練習してみる気は無い? 自分の欲に正直になるってコト。

 丁度ここに一人。アンタなら何でも受け入れるサーヴァントがいるんだけど?」

 

 その言葉とジャンヌがシーツにくるまった事。

 意味を理解したとたん、顔に熱が灯る。

 

「……そ、そのさ、ジャンヌ。

 俺はその気になるなら、練習ってつもりは無いよ」

「……う、うるさいわねバカ! さっさと腹括りなさいよ!

 抱くか抱かれるか、どっちなの!?」

「待て待て! ゴールラインぶっちぎって無いか!?」

「うるさいっ! さっさと決めなさい!」

 

 ジャンヌに引きずり込まれる。

 必死の抵抗もむなしく、サーヴァントの筋力にマスターが逆らえる筈も無い。

 だが、そこに救世主が一人。

 

「――話は聞かせてもらった、現行犯カリバーだ突撃女」

「いったぁっ!?」

 

 鞘込めの聖剣が投擲。ジャンヌの後頭部に直撃し、彼女を一発で撃沈させた。

 投げられた聖剣はそのまま主の下まで戻っていく。

 

「器用だなぁ……」

「貞操の危機だったと言うのに、余裕のコメントだな。

 しかし危ない所だった、私の類まれなメイド技能の一つである聞き耳が無ければ既に事が始まっていたぞ」

「いや、彼女その寸前で悩んで立ち止まるタイプって知ってるから……。

それに一応言うけど、貴方達女性だからね。何で俺のサーヴァントって皆肉食なの?」

 

 キアラ?

 アレはスイッチ入ったら星が主食になるから別枠で。セラピストの状態なので、本当に助かる。たまに快楽天に戻りかける事もあるけれど。

 

「――マスター、調子はどうだ。

 以前に比べると少しはマシになったように見えるが」

「……まぁ何とか。ドクターとダヴィンチちゃんに助けてもらったからさ」

「……ならいい」

 

 あの特異点は本当にトラウマになりかねなかった。最悪の場合、あそこで潰されていた可能性もあるのだ。

 そこを救ってくれた征服王には感謝しかない。……出来れば張り手は勘弁してほしかったけど。

 

「……そういえば、まだ褒美をくれていなかったな。

 マスター、貴様はよく成長した。オルレアンの時とは雲泥の差だ」

「そりゃまぁ」

 

 悩みも吹っ切れたし、なんて言えなかった。

 彼女は、その時の俺が抱えていた悩みに気づけなかった事を悔いているのだ。でも気づけなかったのも当然の筈。

 だって俺はそれを、カルデアの誰にも伝えてはいなかった。自身の問題だと思い込み続けていた。

 今となっては最早過ぎた過去でしかないが、それでも彼女は負い目に感じている。

 

「貴方が傍にいてくれたからだ。

 背中を押してくれたのは、貴方の言葉だ。俺一人じゃ、ここまで来れなかった」

「――」

「?」

「……いや、それ以上は言わなくてもいい。

 貴様の言いたい事はよく伝わった」

 

 あれ、これマズい流れだぞ。

 

「なに、貴様の顔を見ればわかる。私の直感とカリスマがそうささやいているからな」

 

 どっちも立香のセイバーと比べてスキルダウンしてなかったですか、それ。

 彼女は俺の顎に手を当てて、顔を近づける。絵画のような儚げな美貌に思わず息を呑んでしまう。

 

「待っていろ、マスター。

 私無しでは生きられないと、その口から言わせてやる。お前の隣はあの幽霊女だろうが、まだもう一つ空いているだろう?」

「――」

「楽しみにしているがいい。

 では私はコイツを連れて部屋に戻る。今日は数少ない休暇だ。戦の疲れを癒すがいい、マスター」

 

 そういって、アルトリアは気絶しているジャンヌを肩に抱えて退室していく。

 ……豪快だなぁ。

 

「……」

 

 彼女に触られた顎に手を当てる。まさかそんな事をしてくるとは予想外だった。

 俺より男前だな、アルトリア……。

 

 

 

 

「ぐぬぬっ……! おのれ、第三形態まであるとは卑怯な……!」

「攻め過ぎだ、女武者。深追いは反撃を許す。『ガチャもPVPも引き際を見極める事が肝心』とジナコも言っていたぞ」

「分かっています、分かっていますが……。ぐぬぬ……!」

 

 途中ランスロットと出くわし、彼と共にレクリエーションルームにまで顔を出した。

 アーチャーとカルナが、何やらゲーム実況をしている最中である。また珍しい組み合わせだ。

 

「またゲームの内容が変わっている……。幅広いなぁ」

 

 アーチャーの趣味となったゲームだが、購入にカルデアの経費を使うなどと言うオルガマリー所長の怒りにより、俺の給料から天引きされる形となった。

 無論、その事はアーチャーに伝えてはいない。彼女がそれを知れば、楽しみの一つを奪う事になってしまう。自身の娯楽がマスターである俺の懐に関係していると知ったら、自ら自粛する事なんてのは目に見えている。

 現代の娯楽を楽しむ様を見れば、そんな事出来る訳がない。

 

「ま、マスター、丁度良い所に! サインを、白サインをお願いします! 私とマスターでこの修道女(ボス)に鉄槌を!」

「あれ、そのボスってNPCサイン無かったっけ」

「それが一戦目には参加しないと言う猪口才な真似を……!」

 

 多分、カルナのアドバイスが仇となって冷静さを失っているのだろう。彼の助言は本質を突く。いつもなら穏やかな筈のアーチャーがゲームにのめり込んでいる事を考えれば、まさしく一種のロールプレイングと言えなくも無い。

 にしても珍しい組み合わせだ。

 

「アーチャー殿、それでは美しいお顔が台無しになってしまいます。やはり女性は笑顔でなくては」

「ランスロット、貴殿の発言は災いを招きかねない。内容には気を使った方がいいだろう」

 

 ここにエルドラドのバーサーカーがいなくて良かった。

 ……あ、いや。彼女自身に美しいと言わなければ良かったんだっけ。

 

「装備は……うわぁ」

「な、なんですかマスターその声は。やはり戦場では武具が至高ではありませんか!?」

「いや、その……」

 

 ステを筋力全振りとはたまげたなぁ……。初見にはありがちな勘違いをしている。

 まぁ、アーチャーは初見の際、全部ゲーム内でしか情報を集めないガチ勢なんだけど……。

 と言うかそれでよくそこまで進めたな。

 

「あのね、アーチャー」

「は、はい」

「筋力を99にしたからって、目に見えて威力が上がる訳じゃないんだこのゲーム。寧ろエンチャントか素直に武器強化した方がいい」

「な、なななっ……!」

 

 バフでステータスの強化が肝心なのである。

 アーチャー、結構脳筋的な考えだしなぁ。戦場では乱戦が大の得意であり、俺と契約してくれているサーヴァントの中でも一対多数の対人においては滅法強い。

 しかしそれがゲームで活かせないのは、彼女の性格かそれとも制作会社の作り込みが英霊に匹敵しているかどっちかだ。

 

「だから言っただろう、アーチャー。せめて体力と持久は上げるべきだと」

「あ、当たらなければどういうという事は……」

「かわせていないのが現状だが?」

「うぐっ……。ま、マスタぁぁ……」

 

 あ、泣きそうになってる。

 搦手に弱いものなぁ、彼女。乱戦には滅法強いのに。

 

「アーチャー、その……この状況を打開できる情報あるけどいる?」

「ぜ、ぜひ! 逆転の一手を!」

「よしステータス振りなおそうか」

 

 彼女の表情がころころ変わっていく。

 でもだからこそ、彼女といる時間も楽しいのだ。

 

 

 

 

 ステ振りでプレイヤーキャラクターが強化されたのが嬉しいのか、今度は一騎当千のプレイを披露していくアーチャーを眺めていると、ふと声がかけられた。

 

「――なんだ、ここにいたのか。丁度良かった」

「カドック、今日待機だったのか」

「前日まで特異点さ。まぁ極小だったからそんなに苦労しなかったけど」

 

 カドック――多分、Aチームにおいて俺や立香の立場に最も近い存在。その策謀家としての実力はカルデアにおいても上位に匹敵する程で、実際彼が特異点修復の際にはぐれサーヴァントやアナスタシアの能力を巧みに使いこなし、格上殺し(ジャイアント・キリング)を果たした事もある。あれは素直に舌を巻いた。

 

「ほら、CD借りてただろ、返すよ。アンタにしては悪くない」

「気に入ってもらったようで何より。邦楽も悪く無いだろ?」

「……そうだな。中々いいロックだった」

 

 彼は意外にも面倒見が良い。いや、彼だけではなく、Aチームの大体は魔術師にしては人間が出来ている方だ。

 もし人理修復の際、彼らがいてくれれば大きな助けになったに違いない。

 そして彼らを知れば知るほど、47人のマスターを誰にも気づかれる事なく爆殺したレフの能力が恐ろしいばかり。

 俺や立香がグランドオーダーを完遂出来たのは、本当に綱渡りだ。誰か一人欠けていれば、何か一つでも遅かったら、何か一つでも判断を誤っていたら――確実に失敗していた。

 

「……にしてもお前のサーヴァントは飽きないな。この前もゲームしてただろ」

「現代の楽しみを知るのはいい事だと思うけど。カドックだってアナスタシアとレースゲームしてたの知ってるし」

「な、な!? ば、ば馬鹿を言うなアラン! あれはたまたま、アナスタシアが買ってきたから……!」

「――あら、どこかのマスターがサーヴァントと交流を深めているのを見て、真似したのではなくて?」

「あ、アナスタシア!」

「私を誘う口説き文句を、部屋で練習していたのは知ってるのよ。誰もいない空間でブツブツ呟く光景は中々だったわ」

「ああああああ!!!!」

 

 死にたくなるなぁ、それ。……そしてイイ顔してますね、皇女様。

 実はカドックの後ろにアナスタシアが立っているのは知っていたのだが、それはあえて黙っていた。

 

「…………何だよ、笑うなら笑えよアラン」

「笑わないってば。サーヴァントと絆を深めるのは大事だし、それを欠かさないカドックは良いマスターだと思うよ。俺も立香もそう思ってるし、ドクターやダヴィンチちゃんだって認めてるんだから。

 素直に自分を認めたら?」

「……ったく。本当に人が良いな、お前。あのグランドオーダーを達成したんだろう?

 なら誇るのが普通じゃないのか? 僕達はただ冷凍睡眠で置物でしか無かったのに」

「それは逆だ。カドック達が危険だから、レフは爆破したんだろ。実際、カルデアの機能を停止寸前まで追い込んだレフの手腕が見事だったとしか思えない。

……それに実際、助けになったのはサーヴァント達だし。俺も立香も、自身だけじゃ何も出来なかった。

 ようやく動けてきたのが後半からだったし」

 

 どちらにせよ、俺は第四特異点でカルデアから離脱した。

 はっきりとはしないが、第五、第六、第七の記憶も朧げ程度には存在している。アレはきっと、彼女を召喚出来なかった俺が歩んだ未来なのだろう。

 死人であった俺がこうして生きているのは、彼女がいてくれて、カルデアの日々があって、善き人々に恵まれたからに他ならない。それこそ本当に、奇跡に近い。もし何か一つでも欠けていれば、俺はここにいないのだから。

 

「……ごめん、悪い事を聞いたな」

「いいよ、過ぎた話だ。今はこうして笑えてる」

「そうか……。なぁ、アラン。僕はアンタや立香みたいなマスターになれると思うか。何も誇れるモノがない男でも、何かを救えると証明は出来るのか」

「……それは言うのは、俺じゃなくて」

「――貴方は私を召喚したマスターでしょう。そして特異点修復の実績も重ねているのだから。

 自信を持ちなさい、そんなに覇気のない目をされると凍らすわよ」

 

 心底嫌だと言わんばかりにカドックは顔をしかめる。

 彼女の言葉はまっすぐだ。悪戯か本気か分からない言葉から目を逸らせばではあるが。

 事実良いサーヴァントだと思う。自身の意志をはっきりと持ちながら、マスターを尊重する姿勢も示す。――カドックとは極めて相性の良いサーヴァントだとつくづく思う。

 ちなみに今のカルデアはマスターとサーヴァントは原則一対一であり、立香のサーヴァントは一部を除いて座に帰還。残留を選んだサーヴァントは彼との契約を続行。

 そして何故か俺が召喚したサーヴァントは全員、退去する事も無く契約を続行。その理由が一貫して“マスターから目を放すと何処に突っ走るか分からない”と言う有様。本当に耳が痛い。

 

「……じゃあそれまで、僕と契約してくれるのか」

「お馬鹿、今更何を言っているの? 貴方が一人前の紳士になるまで、私は傍にいるつもりです」

「……そうか」

「せめて貴方にダンスの一つでも教え込まないと気が済まないわ」

「勘弁してくれ」

 

 いいなぁ、いいなぁ……。

 隣の芝生は青く見えると言うが、まさしくそれだ。

 自分のサーヴァントじゃ、こうは行かなそうだもんなぁ。

 

『ねぇ、マスター。さっきは他の婦人と楽しそうに話していたわね。本当に楽しそうで何よりよ。

 いいえ、怒ってないわ。怒ってませんとも。――ところでその女と話していたコトを、私にも話してくださる?』

『……貴様。私からの誘いには難渋する癖、他の女には笑って対応するそうだな。

 フン、私はどうでもいいがな。その女の前で見せた表情を私にも見せろ。今すぐにだ』

『へぇー、ふーん、そーなんだー。マスターちゃんってば女だったら誰でもそういう対応するんだ、へぇー。

 ――そういえば嫉妬の炎ってよく燃えるらしいわよ。えぇ、また機会があったら試すかもしれませんねぇ、えぇホント』

『……アラン様? いくら私にヒトの記憶が戻ったとはいえ、快楽天であり女の一人である事には変わりありません。

 貴方様の行動次第では、私、いつか歯止めが切れるかもしれませんわ』

 

 恐らく精神的に成熟しているであろうランサーオルタだけが厄介な思い込みをしないでくれたのは本当に助かった。今ならランスロットの気持ちがよくわかる。

 おかしいな、性別で対応は変えてない筈なのになぁ。

 俺の表情に気づいたのか、ランスロットは小声で耳打ちした。

 

「……マスター、女性は女性に対し焼き餅を焼いてしまう事が多いと聞きます。恐らくソレでは無いかと。マスターに信愛を向けているからこそ、矛先がそちらを向いてしまうのでは」

「まぁ、俺に向くならまだいいけど。それが他に行かないようにしなきゃな。ちゃんと受け止めないと」

 

 例えそれが八つ当たりだとしてもだ。

 それにアレだ。年の近い妹と思えば、皆なんて事は無い。

 

「ぐっ、姿を消すとは小癪なっ!」

「矢を放て。刺されば矢で姿が追えるだろう」

 

 まだアーチャーの戦いは続きそうだなぁ。

 カドックとアナスタシアはまた二人の世界に入ってるから、そっとしておこう。

 

 

 

 

「お帰りなさい、マスター」

「ただいま、セイバー」

 

 今日一日カルデアで姿を見ないと思っていたら、俺の部屋に彼女がいた。何故俺のサーヴァントは皆、ベッドに腰かけるのだろうか。

 サーヴァントは一人一つの個室が与えられるのだが、マスターやカルデアが職員が増えた今、建築関係のサーヴァントの助力を得ても、満足な増設に至っていないのが現状だ。そんな事をすれば、国際機関や魔術協会に目を付けられる。

 ――それを知ってか知らずか、彼女は部屋を与えられる事をあっさりと拒否した。

 

“いいえ、私はマスターの部屋で充分よ”

 

 あの時のオルタやキアラの表情は忘れない。ぐぬぬと言わんばかりの目を。

 そして燃料を投下してくれたダヴィンチちゃんの言葉も。

 

“同居とはまるで夫婦だねぇ。いいねぇ、若返るよ”

 

 その後の惨劇はあまり語りたくはない。一つ幸運だったのは、カルデアに全くの被害が無かった事だけだ。それだけは本当に感謝している。

 そして彼女は眠る事は無い。だからずっと起き続けている。夜は退屈で仕方ないと。なら俺がいて、夜の時間が彼女にとっての楽しみになるのなら、それで全然かまわない。

 俺が彼女から貰ったモノは余りにも多すぎる。未だにその少しも返せていない。――もっとも、それは彼女だけに限った話ではないけれど。

 

「……」

「どうかしたの? また難しい顔しているけど……」

「いや、その……何でもないよ」

「嘘、何か言いたそうな顔してる」

 

 思わず口ごもる。彼女に前に、下手な隠し事は出来ないのが現実。

 これは適わないなと、何度思ってきたか。

 

「……今日、会えなかったからどこに行っていたのかと思って」

「心配してくれてありがとう、マスター。ちょっとお話に行ってきたの。

 ここも神さまが増えてきそうだから、先に手を打っただけ。大丈夫、明日からはまた一緒よ」

「そっか……安心した」

「変な人、私と少し会えなかっただけなのに」

「……キミと会えないのが寂しかった、から」

 

 彼女を喪った時の暗闇は今でも鮮明に覚えている。あの気持ちを、もう二度と味わいたくない。

 思わず自分で言ってしまった言葉に恥ずかしくなって、うつむくように顔を隠す。

 両頬に手が添えられる。それにつられるように顔を上げると彼女と目が合った。

 美しいばかりの微笑みに、見とれてしまう。その笑顔をこんなに近くで見た事は無かったから。

 

「――そうね。私もさみしかった。

 だからその分、これからは甘えさせてねマスター」

 

 本当に、彼女と出会えてよかった。

 

 

 







「何ここ」
「……閉じ込められてしまったようね。見て、マスター。“キスしないと出られない部屋”だそうよ。
 私知ってるわ。ソリッドブックでよくある――」
「――やめなさい」

 多分BB経由で知ったんだろう。
 あの18禁、どこでそんな事を知ったんだろうか。カルデアの私生活をムーンセルに映像媒体で送ってやろうか。

「早く出よう。扉を斬れば出られるだろうし」
「……」
「?」
「私とキスするのがいやなの?」
「……いやじゃ、ないけど」

 彼女が目を瞑る。いつでもどうぞ、と言わんばかりに。
 僅かな間、悩んで――右手の甲に、そっと口づけした。

「……」
「……」

 扉の鍵が開く音がする。
 どうやらこれでも一応認められるらしい。
 ちなみに口づけしてから、目は合わせていない。分かっている、確実に不満そうな表情をしていると。

「――」
「――」
「……その、ごめん」
「……意気地なし」


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After5 消えぬ炎

Lostbelt No2クリア記念に。
Fateのシナリオ本当好き。やっぱり恋の物語なんやなって。

ナポレオン爆死したので撤退します。シナリオ見たら引きたくなりましたが、三周年記念と水着がある以上、深追いは出来ぬ……。



 

「うぅ、冷えるなぁ」

 

 カルデアの空調設備が破損。人理修復後、メンテナンスはしていたらしいのだが、とある電気系サーヴァントの改造に耐え切れなかったらしい。

 明日には修理されるだろうが、今日は空調無しで過ごさなければならない。

 外の気温は氷点下である以上、どうしても室内の寒冷化は避けられない。

 

「寒くないか」

「大丈夫よ、ありがとう」

 

 自室に炬燵をセット。サーヴァント達も冷えると思い、今夜だけは俺と契約しているサーヴァントを全員、呼んでいた。

 彼女の隣に座り込んで、足を入れる。何て温かい。

 こんな何気ない平和な一時が酷く愛おしい。俺の永い旅の果てに得たモノは、近くて遠い日常。きっと平凡だと思われるであろう、ささやかな幸福だった。

 

「ちょっと、狭いんだけど?」

「痩せるがいい、駄肉め」

「ふーん、持たざる者のひがみってヤツ?」

「マスター、コイツ切り落としていいか」

「やめてください」

 

 オルタ達は変わらず。まぁ、長い付き合いになったし、何となく彼女たちの事も分かるようになってきた。

 長い付き合いになる。戦闘でも頼りになるし、俺がまだ未熟だった時は大きな支えでもあった。今でも未熟さは変わらないけど。

 

「現代機器には驚くばかりです。我らの時は寒さは凌ぐと言う選択肢だけでしたが。

 あぁ、いやガウェイン卿は聖剣を使っていたな……」

「マスター、オレの力なら部屋の温度を上げる事は容易いが?」

「私も、マスターの御身のためであれば……!」

「あぁ、いや大丈夫だよ。ありがとう二人とも」

 

 二人の気持ちは嬉しいが、もし何かあった時の消火役がいなくなる。まさか火消しの水を大英雄であるフィン・マックールに頼む訳にもいかないだろう。

 彼の人柄なら乗り気かもしれないが、俺の気が引ける。そんなことしたら、アイルランドの人々に申し訳が立たない。

 

「……主もそろそろ休息を取るべきでは」

「えぇ、疲れがたまっているようにも見えますわ」

「昨日、夜更かししただけさ。なんてことないよ」

 

 Aチームの呼び出すサーヴァントの伝承も中々に興味深い。

 文字の世界では彼らの姿を想像する事しか出来なかった。けれど、実際に会って話をして。もう一度物語を読むと、また違った興味深さがあるのだ。

 こればかりはマスターと言う立場を経験しなければ分からないだろう。

 おかげで、寝不足になってしまうのは珠に瑕だが。

 そういえば飲み物を用意してなかったと、上の棚のクローゼットを開ける。

 

「あれ……」

 

 お気に入りのココアが無い。

 いつもそれを飲むのが日課だった。人理修復の旅においても、そういった以前の日常を思い出せる欠片であり、それがいつしか習慣になっていたのだろう。

 

「そっか、切らしてたんだっけ」

「創りましょうか?」

「いや、大丈夫。多分、食堂にあるだろうから取ってくるよ」

「オレで良ければ取りに行くが?」

「ありがとう、何かあったら念話で呼ぶから」

「お気をつけて、マスター」

「迷子にならないでよ?」

 

 そんな言葉を背に部屋を出ていく。

 カルデアの照明はほとんど落ちており、月明かりだけが光源であった。恐らく他の部屋でサーヴァント達や職員も騒いでいるに違いないのだが、音が全く聞こえてこないのは騒音対策が完璧だからだろう。

 食堂についてもやはり誰もいない。

 

「さて、替えはっと……」

「――何してるの? アラン」

「オフェリアさん」

 

 オフェリア・ファムルソローネ。元Aチームのマスターの一人。レフ・ライノールのテロにより爆殺された人物の一人。

 蘇生後はマスターとして在籍。そしてキリシュタリアさんと共に俺に魔術を教えてくれる師匠的な存在でもある。

 

「ちょっと切らしてるモノがあって、取りに来たんですよ」

「サーヴァントにさせないのね」

「まぁ、自分で出来る事は自分でしたいですから」

「……そう。確かにそうね。

 丁度良かった、一度貴方とはゆっくり話してみたかったの」

「? 俺でいいなら、喜んで」

 

 二人分のココアをさっと作る。やはり何か飲むものがあった方が、話は進みやすい。

 何か話題に困ったときは何かを飲むことでごまかせるからだ。

 あんまり、人付き合い得意じゃないしなぁ俺。

 

「……ありがとう」

「何がです?」

「マシュを救ってくれた事。彼女から聞いたわ。貴方ともう一人の彼がいなかったら、彼女はここに立っていなかったって」

 

 以前、ドクターから聞いたことがある。

 彼女はマシュに同性として気さくに接してくれたと。

 

「……お礼を言うのは俺の方ですよ。

 マシュと立香がいてくれたから、あの二人と一緒に旅をしてきたから、カルデアの日々があったから。俺は今、ここにいられるんです。

 俺一人じゃ、何も出来なかった」

 

 あの二人は、何事からも目を逸らさなかった。そして例え何度苦難が訪れようと、自分を守るための折り合いをつけなかった。

 その共感の心を、俺はただ尊いと感じたのだ。

 立香は優しい。それは、甘いと言う単純なモノではなく、もっと難しい事。

 人の想いをくみ取り、その感情に共感する。それはすごく簡単なように思えて、ものすごく難しいと俺は思う。背負うという言葉は、決して軽くは無いのだ。

 魔術でも自分の強化は容易だが、他人の強化は至難と言われるように。

 ――だから、どうか。この特異点を修復する日々が完全に終わりを告げて、彼らが日常に帰れる日が来て欲しいと願う。

 

「……」

 

 悲観的だった考えを、彼らが変えてくれた。例え、この命が明日、明後日――そう遠く無い未来消えてしまう運命にあったとしても。

 一度、たった一度でも、心の底から強く笑う事が出来れば。決して無駄ではないと。

 受け継がれていくモノが少しでもあれば、その命に、歴史に、世界に。確かに意味はある。

 

「その時何も出来なかった私達に比べれば。

 ただ文字で知るのと、実際目の当たりにするのは全く別物よ。もっと誇っていいのに」

「まさか。追いつくのに必死です」

「……そうね、なら私も貴方に精一杯、師匠として振舞えるように努力するわ。

 キリシュタリアに負けないぐらいね」

 

 オフェリアさんはキリシュタリアさんに、特別な感情を抱いている。

 きっとその感情をまだ彼女は知らない。でもそれを、カルデアの人々と共に育んで実を成す事が出来たのなら。それは何て美しいモノだろうと思う。

 ただ、彼は俺や立香をかなり気にかけている。人の可能性を信じる者。即ち何の力も無い筈だった俺と立香が人理修復を果たした事は、彼にとって――。

 でもまぁ、それは本人の口から語られない以上、数ある推測の一つに過ぎないのだが。

 

「マシュの方がどうなのかしら。私もサポートしてるつもりなんだけど」

「立香とですよね……。何というか、距離が近すぎた気もします。何というか、異性として見る前に、傍にいるのが普通に思ってるんじゃないかって」

 

 よくある後輩キャラや幼馴染が不遇な理由の一つだ。

 傍にい過ぎたせいで、本命に異性として見てもらえないと言う事。人理修復中は良かったが、いざ日常に戻ってみるとそれが裏目に出ているようにも見えなくない。

 ――なんてことを黒髭が言っていた。

 

「後、溶岩水泳部がですね……」

「……ああ、噂の三人組ね。そんなにすごいのかしら?」

「ちょっと見てみないと伝わらないかと」

 

 アレは目の当たりにしないと分からない。

 オルレアンから帰って来たと思ったら、後ろにピッタリ着いていた時の立香の顔は今でも覚えている。

 何と言うか、見ている俺も下手なホラーより怖かった。

 

「アランはどうなの? 誰が本命?」

「本命……と言うより相棒って言った方がいいんでしょうか。人生を共にするパートナーと言うか。

 まぁ、そんな感じです。マスターとサーヴァントの恋なんて――」

「――有! 大有りだぞ少年!」

 

 その声に変な声を挙げてしまう。

 後ろを見ると、筋骨隆々とした赤毛の青年が立っていた。彼は――。

 

「アーチャー……」

「ん、どうしたマスター(・・・・)? あぁ、スマン、コイバナに花を咲かせていたのか。悪い事したな!」

 

 アーチャー、ナポレオン・ボナパルト。

 オフェリアさんが契約しているサーヴァントの内の一人。戦術家としての側面も持ちながら、人々を鼓舞する力に長けている。何というか見ていて征服王を思い出す人柄だ。

 後、イーリアスが好きなところとか。

 宝具で見る虹の輝き。アレは確か、彼が幼少期の頃に虹をつかんで見せると言った逸話から来たのだろうか。そこを聞こうとしたのだが、あんまり聞けずじまいだ。もう少し仲が良くなってから聞いてみよう。

 

「コイバナって……。何かあるなら念話でいいでしょう」

「いいや、やっぱり話すなら実際言葉を交わさんとな。アンタはそれで済ませるには惜しい程、いい女だ。そうは思わんか少年?」

「面倒見もいいですし、何度も助けられてますけど。そう、女性を口説くのはどうなんですか……」

 

 この間、俺のサーヴァントを口説こうとしていたがさすがに遠慮してもらった。何でも、いい女は口説かないと気が済まない性質らしい。

 実際、話してみると同じ男である俺も惚れかねない程の快男児だ。色々と負けている気分になってしまう。

 でもだからと言って、俺と契約しているサーヴァントを口説こうとするのは看過出来ない。その部分に関しては負けたくない。

 

「今は皇帝なんて立場もないからな、それで女を泣かせる要素も無い。つまりは俺の伊達男ぶりを存分に発揮できるってコトさ!」

「アーチャー……貴方って人は」

 

 まぁ、立場上どうしても女性を泣かせざるを得ない人生だったし。

 それに共感を覚えない事も無い。

 けど、生真面目なオフェリアさんからすれば目の上のたんこぶだろう。

 

「ふむ、世間話と言うヤツか。邪魔をしたな」

「せ、セイバーまで!?」

「アーチャーと手分けして捜索していた。マスターの帰りが遅い事に疑問を生じたからだが」

 

 セイバー、シグルド。俺が握手してもらったサーヴァントの一人。

 竜殺しの大英雄。カルデアにいる全セイバーの中で見ても、紛れも無くトップクラスと言っていい実力を持つ。剣技ならばランスロットと互角、それに彼の持つルーンが合わされば一気に勝負は彼に傾くだろう。そしてなんだ、短剣を格闘で飛ばして攻撃って。かっこよすぎだろ。

 この間、シミュレーションで本気のカルナと互角の戦闘を繰り広げた際、その余波に耐え切れず観測用のモニターがいくつか破損したと言えば、その内容が伝わるだろうか。

 アレは本当に凄かった。あんな光景を目の当たりに出来るなんて生きててよかった。

 

「……」

 

 ナポレオン・ボナパルトとシグルド。この二人がオフェリアさんと契約しているサーヴァント。

 二人とも知名度、実力、人柄共に紛れも無い英雄だ。そしてその二人と良好な関係を結べているオフェリアさんも。カドックと同じく良好な関係だと思う。

 

「アラン殿、マスターの話に付き合って頂いた事感謝する。感謝の形として、当方に出来る事があれば可能な限り善処しよう」

「あ、いえ……大丈夫です。大英雄の貴方からそう言って頂けるだけで、俺は満足ですから」

「……そちらがそれで良いのであれば納得しよう。寛大な対応、痛み入る」

 

 いや、そんな大げさなものじゃないんですけど……。

 オフェリアさんは一息吐いてから、残ったココアを飲み干した。

 

「ありがとう、アラン君。私の話を聞いてくれて。やっぱり貴方はこちら側に踏み入れてはいけない人よ。

 魔術の世界はそういうもの。私は出来れば来てほしくないわ。――それでも貴方の考えは変わらない?」

 

 その視線は、僅かな願いと肯定だった。

 否定してほしいと言う希望と、俺が口にする答えを知っていると言う現実。

 

「はい。今のカルデアがある限り、俺は道を違えはしません。今まで何度も間違ってきましたから。

 だから、今度は大丈夫です。Aチームもいてくれるから、俺はまっすぐ歩いて行けます」

 

 俺の言葉に、オフェリアさんは頷いた。

 

「そう……。なら、指導する手にも熱がこもるわ。また明日から厳しく行くわよ」

「はい、お願いします」

 

 本当に、いい人達に恵まれた。

 

 

 

 

 

 サーヴァントと共に部屋に戻る途中、アーチャーは彼の事をすっかり気に入っているらしい。

 裏表が無く、人に好意的なところが良いと。――確かに彼の理解力は常人のソレでは無い。神秘の探求者である魔術師に近しいとも言えるだろう。そういった意味では、彼は一人前の魔術師になれなくとも、大成するのかもしれない。ロード・エルメロイのように。

 もし、その時が来た時は。キリシュタリアと共に精一杯お祝いをしてあげたいと思う。魔術の才能はからっきしに等しいが、その熱意は私達にとって眩しく、そしていつしか失っていたものだ。

 いや、きっとヴォーダイムはそれをまだ持っていたのかもしれない。彼は千年の系譜を持つ家に相応しい人間であり、人の可能性を信じ続けている。だとすれば彼は、その可能性に応えられる存在なのだろうか。

 ――少し悔しい。師匠でもある私を差し置いて、ヴォーダイムの理想に彼が近いと言う事実を。

 この感情を、今はまだ何と言うのか分からない。私以上に世界を見てきたあの子(マシュ)なら、分かるだろうか。

 

「でもまだ、時間はあるわね」

「ん? 夜更かしは美容の天敵だぜマスター(メイトル)。俺が言うのもなんだが、睡眠はしっかりとるんだぞ」

「肯定、現在差し迫った案件は無い。休息の時間には充分だと思われる」

「分かってるわ」

 

 サーヴァント――彼はその生き様に触れる事が楽しいと言っていた。彼らと同じ心境、目線で触れる事は、また違った視点をもたらすと。

 ――知っている。だって、私はもう救われて、導かれたのだ。誰でもない自分のサーヴァントに。

 

「アーチャー、私に可能性の光と言うモノを教えた以上、その責任はしっかりとりなさい」

「おう、任せときな! アンタ達カルデアの行く空に、虹をかけてやるさ!」

 

 暗闇の中にいた自分に、彼は光を見せた。それはまるで消えぬ炎のようにで――。

 けれどその言葉を伝える事は無い。伝えたところで、またこの男は私を口説こうとするだけ。

 もう嘘をつかれるのは御免だ。

 だから、私は口にする。言いたい事は言えと、それがこの英霊の教えてくれた事だから。たとえそれが、星に掛ける願い事のようであったとしても。

 

「私達の大切な後輩を、しっかり守ってあげて」

 

 彼の生き様に、不可能と言う言葉は存在しないのだから。

 

「――ウィ、オレがここにいる限り、全部守るさ」

「セイバーもお願いね、頼りにしてるわ」

「承諾した。必要であれば、かのマスターに当方がルーンを教えるが?」

「貴方のソレはまだ彼には早いから!」

 

 

 

 

 ドアを開ける。

 大分、時間がかかってしまった。

 

「ごめん、遅くなった」

「お帰りなさい」

 

 部屋に入るとアーチャーが持ち込んだゲームで簡単な大会が行われている。

 現代を楽しむサーヴァントもいいものだ。

 彼らが幸せに暮らしている光景を見ると、俺も笑みがこぼれる。人数分の飲み物を手早く作って、机に置いていく。

 こんな何気ない日常が、今は本当に――。

 

「お、空調が直った」

「ふむ、仕事が早いな」

「他にやる事がないんじゃない?」

 

 さすがオルタ、言い方が辛辣極まりない。

 部屋に帰る? ――何て言うつもりはおきなかった。

 彼らのこの時間を、邪魔したくない。あぁ、いや多分違う。

 俺は見ていたいのだ。この光景を、出来る限り少しでも長く。

 このカルデアが生きる世界を。

 

「……そうだ、まだ言ってなかった」

「? どうかしたの、マスター?」

「これからもよろしく。こんな俺だけど、何とか頑張るよ」

 

 





この小説を投稿してから早、一年が経ちました。
最初は細々とやっていくつもりでしたが、たくさんの方に読んで頂き「これはもう駄文とか駄作とかで言い訳出来んぞ」と思い、シナリオやキャラクター設定を再度見直し、何とか簡潔にこぎつけられた事を考えると非常に感慨深く、そして応援して下さる読者の方々には感謝の想いでいっぱいです。
オリ主ことアランも、最初はよくあるテンプレ主人公で行こうと思っていましたが、シナリオが進むうちにどんどん肉付けされていき、私自身も彼に型月らしい人物に出来たかなと思っています。ただそれは私だけでは決して生まれなかったキャラクターであり、Fateと言う作品があり、そして愛してくれる読者の方がいなければ、現在の形になっていないでしょう。一重にここまで作品が続いたおかげです。
二部は運営の方曰く、長期的に行っていくとの事であり、私自身もFGOと言う作品が一区切りつくまでは、何とか連載をしていきたいと思います。召喚祈願だったり、今回みたいにシナリオの感想だったり、ただ単純にキャラを書きたいだけだったりと作風が変わっていく事もあるかもしません。頭の固い私ですので、いつまで経っても話がテンプレで進行自体が変わり映えしない事もあるかもしれません。その時はただ一重に私の力不足ですが、もしよければお付き合い頂ければと思います。

長々と綴ってきましたが、今後ともこの作品をよろしくお願いします。


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異伝4 愛しき私の――

福袋で来てくれたメイヴちゃん、サイコー!

ぼく「真綾さんの声やばい。中毒になった。どうしたらいい?」
トッモ「月の珊瑚あるじゃろ? きのこ氏の」
ぼく「うん」
トッモ「あれ、朗読版があるんだけど」
ぼく「うん」
トッモ「真綾さんが90分、朗読してくれる」
ぼく「シュバババババ」←スカディ爆死しており、残弾無し。

なお、水着ジャンヌも狙いに行くので来月は地獄になる模様。
呼符で当てればワンチャン・・・。


後、余談ですがツイッター始めました。ゲームだったり型月作品だったり時々腐に走りかけたりを時々ツイートしております。欲望にまみれたアカウントですのでご注意を。


 英霊召喚――この体の魔術回路と質では、召喚出来るのは一騎が限界。

 カルデアの電力を以てしても、俺の力ではそれ止まりだ。

 

「ふぅん、貴方が私のマスターかしら?」

 

 燃え盛る街。そこに不釣り合いな白のコートを纏った少女。腰まで届く桃色の髪に、十人が見れば十人が可憐と評するであろう美貌。コートの下からでも分かるバランスの取れた体。

 知っている。確か、ライダークラスの……。

 

「女王メイヴ……」

「あら、私の事を知っているのね? ならギリギリ合格って所かしら」

 

 女王メイヴ。ケルト神話に登場するコノートの女王。夫との自慢比べに勝つため、アルスターにいる牛を狙い、大戦争を引き起こした者。アイルランドの通貨がユーロに変わる前は、紙幣の顔にもなっていた程。

 彼女は俺に歩み寄ると、顔をまじまじと覗き込んできた。

 

「集団の中では五番目って言った顔立ちね……。けど覇気も足りなさそうだし、体も至って普通。男らしい勇気も強さも無さそう。

 勇士――には程遠いわね。ギリギリ及第点よ」

 

 初っ端から散々な言われようだった。そりゃ女王から見れば俺なんて、芥子粒のようなものだろう。

 ケルトの時代と現代人を比較しないで欲しいものである。

 

「おいおい、こんなところで因縁の再会か、笑えないぜ全く」

「そ、その声は……クーちゃん! クーちゃんなのね!」

 

 メイヴが真っ先に突進していったのは、フードを被った男。

 クーちゃんって……アルスターの大英雄クーフーリンの事か。彼が一度、雄叫びを上げるとそれだけでコノートの戦士が百人死んだ、彼が無造作に投石するだけでコノートの戦士が何百人と死んだ。アルスター伝説では避けて通れない存在。

 彼女の突進をさも面倒くさそうに避けていく様は、確かに戦士のソレだ。だが見た目からしてキャスターのようにも見える。

 クーフーリンと言えば、やはり槍が有名だけど……。

 

「お前さん、マスターか。……まぁ頑張りな。アイツはちと面倒だが、磨けばいい女になる」

「でも彼女、貴方とその親友に酷い事しましたよね……」

 

 クーフーリンの親友であり、同じスカサハの弟子であった者。メイヴは彼をそそのかし、殺し合いをさせたのだと言う。

 彼との殺し合いは、クーフーリン曰く、コノートとの戦争など遊びだったという程。

 

「ああ、フェルディアの事か。別に俺は気にしちゃいねぇよ。敵が敵なら何であれ殺すだけさ。

 王様の誇りと復讐心があれば、戦争が起きる。俺達の時代はそういうモンだ。コイツが一枚上手だった。それだけのコトさね」

「クーちゃんったら、私を避けるなんて、もうっ。私の思い通りにならないのね!」

「あーはいはい、いいからさっさと合流しようや。向こうでもう一組、生きてるヤツらを見つけた。アンタの同僚だろ?」

 

 その言葉に頷く。

 原作主人公や所長と合流しよう。

 

 

 

 

 足を引っ張っているな、とつくづく思う。

 召喚出来るサーヴァントがこの体では一騎が限度なのだ。だから立香と協働しなければ、サポートも満足に出来ない。

 魔術も使えない、ただ見届けるだけの素人でしかない俺との契約を、彼女が切らずにいてくれるのは幸いだった。

 それに意外にもマスターである俺を無視せず、自ら接してくれるのはありがたい。さすがに向こうから無視でもされたら、関係は修復不可能。そんな状態で特異点を修復出来るかと言われれば、不可能に近い。

 実際、第一特異点では俺はほとんど置物に過ぎなかった。街を避難する人々を一人でも多く助けようと足掻いただけだ。どうせ修復すれば、全て無かった事になるのに。

 あぁ、後ジャンヌ・オルタにはとても悪い事をしたと思う。

 

『面倒臭い子ね、と言うか見てよマスター。あの子、属性盛り過ぎじゃない?』

『だ、誰が属性盛りよ!? そ、そそそういうアンタこそ何その恰好!? ち痴女!? はー、マスターちゃんに同情しちゃうわ!』

『あら、私の体は完璧よ。なら見せる事に何を恥じるつもり? 貴方も体と声は悪くないんだから、そのダサいマント外して可愛い服装しなさいな。それじゃあ男一人寄り付かないわよ』

『余計なお世話ですー! アンタには黒のカッコよさが分からないの!?』

『だからって全身、黒なんて痛々しい子の典型じゃない。いつも黒一色の服装を好きになる人なんていないわよ?』

『なぁっ!?』

『やめてメイヴ。その言葉色々な人に刺さるからやめて』

 

 彼女、結構喧嘩売りに行くからなぁ。ドクターも結構、辛辣な事言われてたもんなぁ。

 本当に申し訳ない。もし今度出会う機会があれば、頭を下げよう。いや本当に。

 そして問いただしたい事がもう一つ。

 

「……」

「あら、どうしたのマスター?」

 

 俺の自室でくつろぐのはどうなんでしょうか。

 サーヴァントとは言え、見た目は可憐な少女そのもの。街を歩けばほとんどの人が振り返る美貌の持ち主。

 そんな彼女が薄着で、俺のベッドに横になっているのだ。こう、俺の精神的に良くない。

 

「……いや、別に何でも」

 

 その体から目を逸らす。今更部屋を出たところで話す程、暇のある人物はいない。立香だってサーヴァントとの関係を築く事に専念しているのだから。

 魔術師としても三流の俺に、自ら出来る事などほとんど無い。だからこうして、メイヴと絆を深めると言う体裁の下、時間を潰すしかないのだ。

 力の足りない俺がマスターと言うせいで、彼女の力量は大きくスペックダウンしている。本来使用できるスキルは極僅かしか使用できず、宝具も一度使えば相応のインターバルを必要とし、彼女曰く兵士の大量生産もままならない。

 

「……」

 

 だが知っている。彼女はそれを克服すべく夜中に修練を積んでいる事は、とうに知っている。

 その理由は何となくわかる。力不足な自分がただただ悔しいのだろう。けれどそれを表に出さない。自分の弱みを見せようとしない。

 彼女はそういう女性だ。本当に強い人物だと思う。

 でも、そんな彼女はどうして、俺のようなマスターと関係を切らずにいてくれるのか。それが不思議でならなかった。彼女が力を発揮できないのは、俺が未熟という事なのに。

 たまにそれを聞きたくもなるが、尋ねてしまえば今までの関係が消えてしまうような気がしてしまう。

 自分が弱い男だと、常々思う。何もできない、ただ共にいる事しか出来ない。

 それにも関わらず、彼女は契約を切る事無く、俺のサーヴァントであり続けてくれている。

 

 懸命に戦うキミに、俺は何を返せるのだろう。

 

 

 

 

 第二特異点――味方陣営のサーヴァントと合流する際、事件は起きた。

 メイヴの属性の一つ、王である事にスパルタクスが反応したのだ。

 俺が従者であり、彼からすれば圧政を受けている者と判断したのだろう。

 

「おぉ、圧政を受けし者よ! そなたを解放しよう! 共に解放の自由を目指そう!」

「いかん――!」

「うーん、無いわ。無いわね。勇士なんてガラじゃないし、男としても三流以下だわ」

 

 荊軻さんが止めようとするが間に合わない。

 メイヴは既に迎撃する構え。このままだと交戦は避けられない。剣を振りかざされている。

 ――彼女の間に割り込んで、まっすぐにスパルタクスを見つめた。

 俺の額寸前で、その刃が止められる。

 サーヴァントの威圧感に、骨の芯まで凍り付くほどの寒気を感じた。息が止まり、頭痛が膨張する。

 

「――は、っぁ」

「ま、マスター……?」

『アラン君!?』

 

 恐怖を押し殺し、張り詰めた息を吐きだす。

 今のスパルタクスにとって、俺は解放すべき対象なのだろう。ならば刃は来ないだろうと、判断した結果。

 命がけのギャンブルも同然だったが。

 

「――道を開き給え、その女は圧政者であり打ち滅ぼす敵に他ならん。そなたは解放を望む同志ではないのか」

「それは、出来ません。彼女は、パートナーです」

「ほう、ではキミも圧政者なのかね。であれば愛を送るに値するが」

 

 刃は動かない。もし彼が手を動かせば、俺の体は簡単に潰されるだろう。

 言葉を、慎重に。そして目を逸らすな。

 

「こらこらこら! 何してんのさ、スパルタクス! その子達は仲間だよ!」

「――ぬ?」

「さっきアタシが説明したでしょ?」

「ぬぅん……」

「……?」

 

 荊軻に連れられて行くスパルタクスを見ながら、ブーディカさんに謝罪される。

 さすがバーサーカー……。意思疎通に命掛けとは。

 

「ごめんね、怖い思いさせちゃったかな」

「いいえ、大丈夫です。助け舟ありがとうございます」

『こっちも肝を冷やしたぞ! 一体、何を考えてるのさ!』

「いや、その。俺は、マスターですし……」

『……結果的に戦闘を回避出来たからいいものの、下手すれば死んでいたんだぞ!?

 もっと自分を大切にしてくれ!』

「す、すみません……」

『今のは無謀と言う他ないかなぁ……。こちらの戦力ならスパルタクスを抑える事も容易だったし。

 色々言いたい気持ちもあるけど、ロマニが代弁してくれたしキミが生きてるからオッケーにしとこう』

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 ――そんな出来事があったのは昼間の事。

 神聖ローマ連合との戦いを控えた前夜、俺はどうにも寝付けず陣幕をこっそりと抜け出していた。

 火が絶えず焚かれているため、よほどのことが無い限り獣も近づかないだろう。

 あまり遠くに行って、帰り道が分からなくなっても困る。松明の傍に、腰を下ろした。

 自分の手を見た。未だに震えている。

 スパルタクスに刻まれたあの感覚が、死と言う終わりを想起させたのだ。

 

「……嫌だ」

 

 時折、思う事はある。俺が目覚めたのは特異点F。即ち人理焼却が起きてから。

 グランドオーダーの旅は、歴史を正しい道に戻す事。

 なら、その先に待ち受ける俺の旅路は紛れも無く――

 

「死にたく、ない」

 

 逃げ場なんて無い。自ら命を絶つ勇気も無い。

 ならば戦うしかない。例えその先に避けようのない運命があるとしても。

 ――情けない。

 カルデアの人々も、立香も、マシュも、英霊達も、皆戦っている。弱音を零さず、ただ前を見つめている。

 その中で俺だけが、弱さを押し殺せずにいた。何かに縋るように、祈り続けていた。

 

「夜道には気を付けなさいな、マスター。本当に襲われちゃうわよ」

「……メイヴ」

 

 白いコートに身を纏った彼女の姿は今も変わらない。そういえば、彼女だけ昼間の件について俺には何も言ってこなかった。

 見限られたものだと思っていたけれど。

 

「ねぇ、マスター。どうしてあの時、私を守ろうとしたの? 

 私はサーヴァントで貴方は人間。その違いは分かっているんでしょう?」

「……」

「私が認めるのは強い男であって、命知らずではないわ。でも貴方が今更私の気を引くなんて不自然ね。

 だって、本当にそうならもっと早くにしている筈よ」

「……嫌、だったんだよ」

「嫌?」

 

 本心を、ずっと抱えてきた自身の劣等を吐き出した。

 

「だって、貴方は体を張って戦ってくれてる。大切にケアしている体を、戦いでは一切緩める事無く、その手足を使って戦ってくれている。

 傷つく事も、恐れずに」

 

 自分を磨く事に余念がない。

 戦いがあれば、せっかくの美貌も損なってしまう。だがそれでも彼女は、俺に文句一つ言わない。

 こんなに情けない男なのに。

 

「なのに俺は、貴方に何も返せていない。マスターである以前に、人として、男として。貴方に何も出来ない。

 それが、嫌で堪らないんだ」

「――」

「……今思えば、俺があの時体を張る事に何の意味も無い事だって思うけど」

「……ええ、意味が無いわね。ムダ、全くのムダよ。

 だから、二度としないで」

 

 その口調はいつになく強い。

 不機嫌だと一声で分かる。

 

「……ごめん、善処します」

「えぇ、物分かりの早い男は好きよ、マスター」

 

 物分かりが早い、と言うのは少し違うだろう。

 多分、俺は諦めただけだ。受け入れる事を選んだだけ。

 もうこの手に、運命を覆す力も可能性も、何一つ残ってはいないのだから。

 

 

 

 

 魔術王ソロモン――ロンドンでソレはカルデアを見過ごした。

 どうせ終わるものだと、切って捨てられたのだ。立香は呪詛を掛けられた。だが俺には何もない。

 理由は語るに及ばず。そして確信した。俺はこの旅の最後に消えるのだと。

 ドクター、ダヴィンチちゃんから休憩を言い渡された。立香が復帰するまで、どうか体を休めて欲しいと。

 俺が抱えていた悩みを、二人とも察していたのだろう。けれどそれを言葉にする事は無かった。向き合う時間をくれただけ。それがただ有難い。

 時々何度も同じ夢を見る。皮肉なほど綺麗な夢――それはただ当たり前に生きていると言う日常。きっと転生する前の俺が送っていた平穏。

 ずっと、この世界が夢であればいいと思っていた。目覚めたくないと。

 

「……」

 

 けどどうしてか。今はそれを受け入れる心がある。その空白がどこかにある。

 英雄達の旅路を見てきたからだろう。生きる今を支える、過去の世界を知って来たから。

 進まなければ。じっとしていれば、過去に囚われる。どうしても、行くしかない。

 痛むのは一瞬だけだから、どうせすぐに慣れる。そう思った方が楽だった。

 

「マスター、入るわよ」

「メイヴ」

「……うん、良かった。やる気はまだあるみたいね」

「そりゃ、まぁキミの明るさに救われたから」

 

 メイヴは絶望しない。と言うより、屈しないのだ。諦めが悪いと言えばよいのだろうか。

 多分、それに影響されたのだろう。

 いつの間にか、俺も彼女の色彩に染まっていたらしい。

 怯えも嘆きも、すっかり慣れてしまった。――この旅の最後に、俺は全てを喪うだろう。だからこそ、カルデアの日々が、彼女と生きる時間が愛おしいのだ。

 はっきりと分かった。自分の終わりを自覚して、ようやく俺は自分の願いに気づけたのだ。

 誰かと共に、この世界を目に焼き付ける事。それに気づけた、それは叶った。大切なモノが何か分かってる。

 ――だからもう、これ以上望む事は何もない。

 俺が視ている世界は、今もここにある。だから、終わりの無い永遠なんてほしくない。

 それがきっと、この世界のカタチだから。

 

「立香はどうだ?」

「変わりなしよ。時々魔術回路が励起してるってことだけど、まぁそんなものね」

 

 彼女がサーヴァントで良かった。

 その明るさに、強さに、俺は気づかぬうちに救われていたのだ。

 英雄と言う存在に生き方を影響されやすいからだろう。中身が無いと言われればそれまでだけど。

 

「そうだ、メイヴ。そういえばまだちゃんと出来ていなかった」

「?」

 

 彼女に右手を差し出す。

 冬木の時はとにかく必死で、そんな当たり前の事も忘れていた。

 

「敵は見えた。魔術王ソロモン――敵は強大で、貴方の肝心のマスターはポンコツもいい所。

 けど、それでも。一緒に戦って欲しい」

「――私は女王よ? その意味が分かっていて?」

「言うまでも無い。俺は貴方のマスター、それが全てだ」

 

 その手が握られる。自身の中にあったパスがさらに強くつながったと認識できる。

 これなら、以前よりもマシに戦えるだろう。

 

「いいわ、前よりは素敵な顔よマスター。

 さぁ、蹴散らすとしましょう!」

 

 

 

 

 第五特異点――アメリカ。

 相手は奇しくもメイヴである。即ち、この特異点には同一人物が二人存在している。

 それを利用した作戦。要するに囮だ。

 ジェロニモ風にいえば「女王の美貌でそれに相応しい者を連れ出す」そうだ。すごい言葉を選んでる。あの人、絶対常識人だ。

 

「ちょっと、見てクーちゃん! あそこにケルト一の美少女がいるわ!」

「ちょっと、見てマスター! あそこにケルト一の美少女がいるわ!」

 

 あーあ、出会ってしまったか。そして何だ、この悪夢。

 向こうにいるのはクーフーリン・オルタとメイヴ。そしてこちらには俺の召喚に応じたメイヴ。

 言い合うのは陰口ではなく、メイヴと言う存在を褒め称える言葉ばかり。自作自演? 自画自賛? ……何て言えばいいんだろうか。

 まるで高速詠唱である。

 

「……おい、小僧。お前がマスターか」

「ええっと、まぁ」

「その女の手間は色々と面倒だろう。……同情するぜ」

「もうつれないわねクーちゃんったら!」

「分かるわ! 言うのが恥ずかしいって事よね!」

 

 クーフーリン・オルタが珍しく苦虫をかみつぶしたような顔をしている。その表情に苦労の程が伺える。

 けれど、もしここで「ハイ、そうです」などと言おうものなら、後でメイヴからどれだけ小言を言われるか分かったものではない。

 

「――戯言もそこまでにしとけ、構えろ。オレの前に立つって事はそういう事だろ」

 

 強烈な殺意。けれど戦いの隙をつく。戦闘の最中で別動隊が四方から強襲する。

 つまりメイヴはこの二人を前にして、単騎で持ちこたえなければならない。

 いや、違う。クーフーリン相手に持久戦など意味が無い。ここで撃破する気持ちでいかなければ、目の前の存在は超えられない。

 

「あはは! さっすがクーちゃん分かってるぅ!

 この地に君臨する女王は私一人で充分。さぁ、消えてしまいなさい?」

 

 ――彼女に残る魔力を全て回す。

 恐らくクーフーリンは確実に俺を狙いに来るだろう。ゲイ・ボルクを放たれれば俺もメイヴも確実に終わる。マシュの盾があれば話は別だが、それは立香を守るために使われるモノだ。

 だから宝具を打たせぬよう、立ち回る。即ち、ただ攻める。

 

「数だけ揃えたところで勝ったつもりか。その程度で負けるならオレと言う存在(クーフーリン)は英雄なんぞになっちゃいねぇよ」

 

 知っているとも。

 だからカルデアの魔術礼装も全てを総動員させる。

 例えこの命を磨り潰しても彼女を勝たせるのが、俺の役目だ。

 全額勝負だ――もとより失うものなど何もない。

 

 

「――消えないわ、消えてたまるものですか」

 

 激戦の最中、彼女はそう呟いた。

 マスターである彼は前を見ている。万の軍勢を容易く捻りつぶす狂王を前に。その体は震えを隠せていない。

 けど、それでも視線を逸らす事なくただまっすぐに。

 

「彼は勇士じゃない」

 

 手足が傷つく。珠の肌が擦り切れていく事も恐れずに、彼女も彼の声に応えるべく魔力を回す。

 彼はアルスターの戦士ではない。ケルトに生きた者ではない。恐れを知らない筈が無い。

 それを知る者は、見届ける者は一人しかいない。だから――

 

「――私が消えたら、一体誰が、彼を、守ってあげられるの……!」

 

 

 

 

 戦いは終わった。狂王は討たれ、特異点は修復される。

 既に勝敗が決した以上、クーフーリン・オルタも無用な槍を振るうつもりはないようだった。それ以上の悪あがきは、彼が認めた女王の誇りを汚すと悟ったからだろう。

 

「小僧、悪くない戦いっぷりだった。オレは敗者であり、勝者であるお前達に従おう。そうでなければ筋が通らん。

 縁は確かに結ばれた、力が必要ならオレを呼べ。切り離された世界であろうと、閉ざされた嵐の中であろうと乗り込んでやる」

「……」

「敗者に構うな、テメェはテメェの信条に肩入れしとけ。見えないモンに潰されるんじゃねぇ」

 

 彼の戦闘能力は確かに恐ろしかった。彼の勝ち負けを定めるに数など関係ない。ただ強いか弱いか、それだけだ。

 俺が一番恐ろしいのは、その達観しながらもしぶといと言わんばかりの精神だった。戦士には理想としか呼べないだろう。コノートを単独で食い止めた逸話も頷ける。

 

「おい、メイヴ」

「何かしら、クーちゃん」

「テメェ、いつまで目を逸らすつもりだ。らしくもない」

「……っ」

「小僧は腹括ってるっていうのに、テメェだけ迷ったままじゃ意味がねぇだろうが。

 その最悪な性格はどこにいった。そんな律儀な女か」

「酷い言いようね……」

「……あぁ、成るほど。テメェ、視たな。視てしまったってところか」

「……」

「下らねぇ、だから面倒な女なんだ」

 

 そういって、クーリーフン・オルタは消滅した。

 彼の言葉に、メイヴは何も言い返す事も無くただ口を閉じていた。

 

 

 

 

 第七特異点修復。

 激戦としか言いようのない旅路だった。神を打ち倒す日が来るとは思ってもいなかった。

 決戦の地、時間神殿への突入は明日。それまでは英気を養う時間――つまり、俺にとっては本当に最後の休息となる。

 共に歩んでくれたカルデア職員の一人一人に挨拶して、俺は自室に戻ってきていた。

 

「……」

 

 そろそろ眠ろうかとも考える。けれど一人でいるのが気持ち悪くて仕方ない。

 もうすぐ訪れる寒気が、すぐ目の前まで迫っていると知っているから。でも以前ほどじゃない。

 様々な特異点で英雄達に出会った。彼らから言葉を貰った。

 

『貴方の恐怖は当然の事。それは生きている証です。どうかそれを忘れないでください。

 例えここで別れても、私が貴方達を覚えています。死者になっても、誰かの道となって、今を生きる者の背中を押す事は出来る。

 大丈夫です、貴方は人の願いを尊び、想いに応える優しい人。そんな人を私は知っています。だから、貴方もきっと進める筈です』

 

 救国の聖女、ジャンヌ・ダルク。

 彼女の言葉は、心の底にあった闇を祓った。

 

『終わりは誰でも訪れる結末。それは(ローマ)も他ならぬ。そなたは生命の務めを果たそうとする。(ローマ)はそれを受け入れ、認めよう』

 

 建国の皇帝、神祖ロムルス。

 彼の言葉は、俺の中に光を灯した。

 

『うん、死ぬのが怖くないかって? そりゃ怖いさね。だが、アタシは悪党だ。悪党の最期は惨めなモンって決まってるのさ。死に方を選べるって言うのはイイ人生だった証拠だよ。

 アタシは商人だからね、価値の目利きには自信がある。アンタの駆け抜ける人生はアタシらとは比べ物にならないくらい、楽しくて最高の思い出になるよ。だからきっと、その終わりも、アンタが納得するカタチで収まるだろうさ』

 

 太陽を落とした女、嵐の航海者、フランシス・ドレイク。

 彼女の言葉は、俺の行く道を認めた。

 

『ハッ、恐怖だぁ? ンな事知るかよ。一々ビビってちゃ剣の一つも触れやしねぇ。

 コイツがオレの出来る事だ。コイツを振るい敵をぶった斬る事がオレの役目だ。なら、馬鹿の一つ覚えみてぇにやるしかねぇさ。道なんざ前にしかないのなら、進むしかねぇだろ。

 何やらオレが切り開いてやるよ。だからテメェは怯えて震えながら、一つ一つ進んでいけ。止まってるよりはよっぽどいいさ』

 

 ロンディニウムの騎士、モードレッド。

 彼女の言葉は、俺の道を遮るモノを切り払った。

 

『既に死の淵に落ちた者を救う事は出来ない。だからこそ、私達は彼らを忘れてはならないのです。彼らが生きた時間を、この世界に刻んだ足跡を。焼却する事は決して許されない。

 そのためなら私は何でもします。それが私の決意に他ならない。

 ――ですから進みなさい。人の世には苦痛も不安もあるでしょう。ならば誰かの手を取りなさい、誰かの声を聞きなさい。人は、独りではないのです』

 

 近代看護の祖、鋼鉄の白衣、フローレンス・ナイチンゲール。

 彼女の言葉は、疲弊していた俺の心に力をくれた。

 

『お前さんも因果な運命背負ってるなぁ。しかも捨てられないモンときた。そいつぁ厄介だろうさ。

 だが無意味じゃない。アンタの苦しみとそれを超えた決意は間違いなく世界を救う――だから無駄じゃないぜ。

 けど辛いだろう。やりたい事も会いたい人も、そのどちらも置いてきてしまった。――そいつはもうどうしようねぇ事だ。今更戻る事も出来ない。だから、進め。自分の願いを誰かに託せ。それが人間ってモンだろ?』

 

 自信の命を擲って平和をもたらした者、東方の大英雄、アーラシュ・カマンガー。

 彼の言葉は、俺が怯えていた恐怖が当たり前だったと認めてくれた。

 

『その執念、一つ間違えれば獣に至るモノよ。――よくぞ呑み込んだ。

 ならば最早我の裁定は必要あるまい。貴様は己の真価を己で定めたのだ。そこに我が異論を挟む余地は無い。

 ――選んだ尊命を果たしに行くがいい。我が眼を以て、その結末を見届けよう』

 

人々を見守り育み裁定するモノ、ウルクの王、ギルガメッシュ。

 彼の言葉は、俺の生きた全てを肯定した。

 

「……」

 

 正直、俺は幸運だ。この胸に死して尚も輝き続ける言葉が、残っているのだから。

 俺はただ死ぬ事を恐れていたんじゃない。この命が、無意味に途切れてしまう事を恐れていたのだ。でも彼らはそれすらも受け入れてくれた。

 後は、俺が生まれた意味を果たしに行くだけでいい。

 

「……マスター、いる?」

「あぁ、いるよ」

 

 メイヴが入って来た。第五特異点以降、どこかいつもと違う。今まで見せていた強気な態度が、どこか形を潜めているように見える。

 カルデアでは明るく振舞っているが、どうにも俺と接している時は以前と違う。

 

「もうすぐ最後ね、長かった旅もここで終わりよ?」

「そうだなぁ……。色々あったけど、これで終わりか」

 

 寂しくなるな、と思う。けれど孤独では無いのだ。

 心に届くモノがあるから。

 

「……私ね、ロンドンで見てしまったの。貴方の、未来を」

「……」

 

 彼女は限定的だが、未来視を使う事が出来る。

 魔術王と相対した時に恐らく対抗するために使用したのだろう。多分、その時に俺の事実を知ったのだ。

 

「そっか……。隠しててごめん」

 

 メイヴには言わなかった。彼女はパートナーで、これからずっと先も共に戦っていくのだから、そんな彼女に余計な重荷を背負わせる訳にはいかなかった。

 それで戦いに支障が出るわけにもいかない。

 

「……深くは聞かないわ、貴方がそういうスタンスで行くかなんて、これまでで充分分かっているもの」

 

 それがただ有難い。

 自分は受け入れる事が出来ていても、パートナーがそれを否定すればどうしようもない。ようやくメイヴと何とか一端の関係は築けるようになってきたのだ。

 結局、勇士と呼ばれることは無かったけど。

 

「ちなみに私、今日はヒマなの。だから貴方に付き合ってあげる」

「……そっか、じゃあ話そう。コノートの伝承でもいくつか聞きたい事があるんだ」

「ええ、いいわよ。しっかり聞いていなさい」

 

 ――何気ない一時の日々と会話。

 俺が旅路の果てに与えられた報酬は、それだった。金でも名誉でも無く、きっとあり溢れているであろう日常の一欠片。

 間違いなく、俺は幸福だった。心に残り続ける言葉があって、何の特別でない日々を愛しいと思えるのだから。

 

 でも叶う事なら、さよならまで貴方の傍にいたい。

 

 

 

 

 体が重い。

 人理修復が行われ、歴史の修正が起きた事で俺の運命も、あるべき所へ戻るのだろう。

 ならせめて、自分がこの手で取り戻した青空だけは見たいと。鉛のような体を引きずって、カルデアの屋上まで来ていた。

 手足は萎え、目は霞み、肺は動くだけで悲鳴を上げる。息する事ですら苦痛だ。もうすぐ自分が死ぬのだと、嫌でも痛感させられる。

 手すりを伝いながら歩いていたが、そこが限界だった。もう足は役目を果たせないだろう。

 でも、まぁ。死ぬのだから、これは当たり前のことだろう。

 

「――馬鹿ね、ここくらい言えば連れて行ってあげたのに」

「……メイヴ」

 

 暗がりの視界でも、彼女の顔はかろうじて見えた。

 彼女に支えられて、ベンチに横になる。

 ふと、頭の下に何かが入ってきた。柔らかくて、温かい。

 

「私の膝枕よ、感謝しなさいな。現代人で私にこうしてもらえるなんて、貴方だけねマスター」

「そうだね……」

 

 空が見える。俺達が取り戻した美しい光景。

 透き通った青空。山の上にあるおかげか、昼にも関わらず星が見えた。

 でもその光景すらも刹那の夢。あと少し経てば、黒の帳に覆われた世界に堕ちるだろう。

 それが本来の俺の、あるべき運命なのだから。

 

「メイヴ……俺がマスターで良かった?」

「勿論、聞き分けのいい男は好きよ?」

「はは……それは良かった」

「――けれど、もう少し女の子の気持ちに敏感になりなさいな。鈍いと離れて行っちゃうわ」

「……」

「貴方がいつ、私を求めてくるか、ずっと待ってたのよ? ちゃんと応えてあげるつもりだったのに、結局手を出さないなんて」

「……」

「だから、私は傍にいてあげる。鈍いけど、いい男よ貴方は。私のために努力していた事は知ってるわ。――だから、ご褒美を上げる」

「――」

 

 唇に湿り気のある温かい何か。そして目の前には彼女の顔がある。

 これは――。

 

「お疲れ様、マスター。どうだった?」

「……初めてだから、何も言えないかな」

「あら、もしかして女性経験が無いの?」

「実は言うと、そうなんだ」

「……呆れた、先に言ってくれたら私からしてあげたのに」

「今ので充分だよ」

 

 ふと、彼女の手が俺の頬に触れる。

 もう顔も朧気にしか見えなくなってきた。

 

「……ねぇ、マスター。私は楽しかったわ。クーちゃんにも会えたし、沢山の勇士を見れたし、貴方といて退屈はしなかった。

 貴方は、幸せだった?」

 

 その問いに、力の入らない表情を動かして、精一杯強く笑う。今までの日々は何一つ無駄じゃなかったと言うように。心の底から、強く笑うように。

 

「あぁ、勿論。俺も楽しかった。……うん、やっぱり伝えておきたい」

「……」

「女王メイヴ――俺は、貴方の全てに、恋をしています。貴方の声も、貴方の体も、貴方の心も、その全部に。

 それは叶わぬ未来でしたけど、俺には幸せな夢でした」

「……マスター」

 

 手を伸ばすも、そこまで届く力は残されていない。

 それを悟ったのか、彼女は俺の手を握りしめて自身の頬に当てた。

 その頬が僅かに濡れている。けれどそれを指摘しない。彼女は弱さを克服した女性だから。

 

「ありがとう、メイヴ。貴方に会えて、良かった」

 

 指の先に彼女の温もりを感じながら、目を閉じた。

 恐怖は少しだけ。けれど後悔がそれを上回っている。ただ彼女を置いていくと言う結末だけが、嫌でたまらない。

 もう少し、後一秒一瞬だけでも、この未来を貴方と共に――。

 

 

 

 

 もうその手に、力はない。彼女が力を緩めれば、その腕は力なく地に落ちるだろう。

 彼の表情は疲れ果てて眠る子どものようだった。実際、このグランドオーダーの旅において彼が充分に休めた事など、数える程しかないだろう。

 

「……逝ってしまったのね、マスター」

 

 もう彼の言葉が紡がれる事も、その指が触れてくれる事も無い。

 彼の声はもう聴く事は出来ない。笑いかけてくれる事も無い。

 頬に触れる手を、そっと握りしめる。

 

「……私ね、貴方に一つ嘘をついていたわ。

 私は恋多き女王――そう謳っていたけれど、実は違っていたの。貴方が気づかせてくれた。

 ここにいる私は、本当の恋を得る事が出来た。一人の少女の夢を見た」

 

 彼の頬を小さな水滴が濡らしていく。

 穏やかに眠る彼の髪を優しく撫でる。

 

 

「――マスター、私は貴方に、恋をしていました」

 

 

 それだけを口に出来なかった。彼の前で本心を言う事が出来なかった。

 自身の弱点も克服した。自ら戦場に立って格上の英霊を撃破した。

 まさしく生前を超えたと言ってもいい。事実上、完全無欠の女王となった。

けれど、それでもたった一人の少年に好意を伝える事だけが酷く難しかったのだ。

 

「……もし伝えられていたら、どんな反応をするのかしら」

 

 驚くのだろうか、それとも意外にもあっさりしているのだろうか。或いは、何とか話をごまかして逃げようとするだろうか。自分を過小に考える所は、結局変わらなかったから。

 その想像は膨らんでいくが、どれも泡沫の夢に過ぎない。

 もう彼に、この気持ちを伝える事は出来ないのだから。

 

「……っ」

 

 抑えていた感情が溢れていく。

 その体に顔をうずめて、彼女は小さく嗚咽を零す。

 確かに彼はここに生きていたのだと。彼と生きた一秒一瞬は、ここにあるのだと。

 そう、示すように。

 

「どうしていつも、私の恋は間に合わないのかしらね……」

 

 彼女は空を見上げた。

 ――何気ない青空。貴方が命と引き換えに取り戻した光景。でもそこに、貴方はいない。

 

「……馬鹿」

 

 

 小さな言葉を零した。

 

 



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After6 カルデア大会議

メイヴ編、凄まじい反響を頂き、私自身も驚愕の一言です。やっぱり恋の物語っていいなぁ……。
そんな私は月の珊瑚を読んで悶えております。乙女回路を鍛えなくては……!

あっ、そういえば20連でクーフーリン・オルタが来ました。異伝でセリフを書いたおかげだろうか……。やはり書けば出る教は真理……。

尚、スカディ(300連爆死)
2030年の欠片が3枚凸、プリコスが2枚凸したぜ……。
あぁ、またガチャ用の錬金術に何か売らなきゃ……。


 

 

 

「アイツとマシュをくっつけるぞ」

 

 会議室――そこでムニエルが神妙に呟いた。

 立香とマシュをくっつけると。

 

「え、あの二人まだ付き合ってなかったの?」

 

 一体、次の特異点で何があったのか。

 まさしく二人旅であったのだから、そんなロマンスが生まれて当然だっただろうに。

 ――と言うか、カルデア職員の一部やAチーム、ドクターにダヴィンチちゃんを動員して言う事がそれなのか。

 

「興味ないわ。好きにしたら?」

「同感だ。オレ達が介入する必要性が見えない。全くの徒労だ」

 

 そういって退席していくヒナコさんにデイビットさん。そしてシルビアさんなどの一部カルデア職員。

 ダストンさんやドクター、ダヴィンチちゃんは想定内として、意外と興味無さそうなベリルさんやキリシュタリアさん、オフェリアさんがいるのが意外だ。

 後、カドック。

 その真意を探るべく、そっと耳打ちした。

 

「ひょっとして、興味あるとか」

「……協力しないと凍らすって言われたんだよ、アナスタシアに」

 

 ムニエル、先手打ちやがった。

 あぁ、確かに。人理焼却を乗り越えた一人だもんなぁ。それぐらいの度胸と知恵はついている。

 

「おや、意外だね。Aチームだとペペロンチーノ君だけ残ると思っていたんだけど」

「立香君とマシュの問題なら、私の問題も同然だ。力を尽くすに値するとも」

 

 キリシュタリアさん、さすがのカリスマである。

 ヴォーダイム家、千年の歴史を背負う当主としては充分すぎるだろう。

 

「ま、まぁ私もマシュと友達だし。立香君も大事な後輩ですし。二人の問題である以上、私が関わるのも当然です」

 

 オフェリアさん、先輩してるなぁ……。頼りになる。

 もし人理修復の旅で共にいてくれたら、どれだけ心強かっただろうか。

 

「ん?」

 

 懐にしまっていた通信端末が振動している事に気が付いた。確か「」が気になっていて、代わりに購入したのだ。そして何故か俺の分まで買う事になったのである。

 彼女は今、メールを使いこなしている最中である。

 

『今どこにいるの? どのくらいで戻ってくる?』

 

 分かったら早めに連絡しますとだけ返信しておく。いや、こんなところで俺と彼女がメールのやりとりをしているとなれば、後でムニエルにどれだけ目の敵にされるか分からない。

 

「ムニエル君、プランは立てているのかな?」

「そりゃ勿論。恋愛ゲームを百作もやり込んだオレが綿密にシミュレートしたプランです。失敗は万が一もありませんよ」

 

 ボタンで落とせない女はいないとか、この間言ってましたねこの人。

 そのうち、サングラスかけてゲームライターとか始めるんじゃなかろうか。

 

「そしてマギ☆マリのAIによるプラス補正もかけてある。間違いはないよ」

「うん、二人とも立派なフラグありがとう。ムニエル氏、早速プランをみせてくれるかな?」

「ほい来た」

「少しアタシも拝見ね」

 

 少し気になって、俺も覗き込んだ。

 それはまるで絵コンテのように事細やかに書かれている。

 

「……」

 

 うわぁ、すごいベタだ。

 こうペペさんですら苦笑する程の。

 何だよ最後の、二人は幸せなキスをして終了って。

 人生はギャルゲーじゃねぇんだぞ。

 

「――却下ッ! 却下ですッ!

 “私は、それが輝くさまを視ない”……!」

「待つんだ、オフェリア。それは早計な気もするが」

「いいえ、れっきとした判断よ、ヴォーダイム!

 マシュの初めての交際の切っ掛けがこんな不純なモノの筈が無いわ! 彼女の親友として断言しますっ!」

「いいや、違う! この二人はそうでもしないと動かないんだよ!

 俺が何度じれったい気持ちを味わってきたか……! そしてやらしい雰囲気にするべく動いてきたか、貴方に分かるか!?」

「そんなモノ知らないし分かりたくもありませんっ! 一方的な感情を無理やりカタチにしようなんて、ただの迷惑でしかないわ! これだから、拗らせた男は厄介なのよ!」

「ぐふっ」

 

 ムニエルに痛烈なカウンターとその他何名かに巻き添えのクリティカルを確認。

 彼女の言葉に重みと苦労感があったのは気のせいだろうか。

 ナポレオンってそんなに拗らせてなかったような気もするし、シグルドも違う気がする……。別の可能性の話だろうか。

 と、そこまで考えたところでまた通信端末が振動した。

 

『料理は私が作っておくから安心して。そういえば野菜って洗剤で洗うのよね?』

 

 それ昔の話です。普通の水でいいから、と返信しておく。

 彼女、意外と抜けている所あったりするからなぁ。でもそこも可愛いけれど。

 

「アラン君から何か言ってあげなさいな」

「お、俺からですか……?」

「お前ならわかるよな、アラン! 俺達、友達だろ!?」

 

 やめろ、ムニエル。そんな目で俺を見るな。

 

「ムニエル……現実を見よう」

「クソォッ!」

 

 ここで裏切りとか言わないところが、意外に気を使ってくれてるんだよなぁ。

 嫌いじゃないし苦手でもない。ただ欲望に正直なだけなのだ。

 

「……ところで、例のセイバーちゃんとはどうなの? 着物の方の」

「どうって、いや別にどうも……」

「あらら、ごめんなさい。他人が口を出す事でもないわね。

 ――本当に綺麗ね、貴方の想いは」

 

 ふと通信端末が振動する。またメールが来たらしい。

 

『ねぇ、部屋に虫が出たわ。女の子の対応としては、どうしたらいいの?』

 

 エネミー数体をまとめて屠れる貴方が何を仰っているのか……。

 とりあえず部屋に殺虫剤があるからそれを巻いてもらうように送ろう。

 

『調べたらお湯かけたらいいってあったからかけてみたの。……死んじゃった』

 

 ――分かった、後で俺が片づけするからそのままでいい。

 彼女、あぁ見えて意外と天然なところがある。この間、炭酸飲料を作る機械でオレンジジュースを爆発させていた。……いや、俺もカレー爆発させた事あるからあまり言えないけど。

 

「何、彼女?」

 

 ペペさんが小声でそう呟いてくれた。声を落としてくれたのも、雰囲気を見ての事だろう。

 この人は本当に気遣いが上手だ。

 

「……どっちかと言うとパートナー、ですかね。俺の我儘に付き合ってくれた恩もありますし」

「若いっていいわねぇ~」

 

 未だに向こうではあーだこーだの議論が続いている。

 オフェリアさん率いる清純な交際派閥とムニエルの下に集ったいい加減じれったいからもう無理やりにでも付き合わせてやろう派閥である。

 ちなみに俺は、どうせあの二人は付き合うだろうから別に介入しなくていいだろう派閥である。

 

「……ちなみにキリシュタリアさんはどう思います?」

「私は別にどちらでもいいさ。マシュ・キリエライトにそれだけの存在が出来たと言う事実を素直に祝福する。ただそれだけの事だ。共に見守っていこう」

 

 やだ、キリシュタリアさん凄い大人……!

 と、そこまで考えたところでまた通信端末が鳴った。

 

『ねぇ、マスター。今、幸せ?』

 

 ? 彼女がそんな事を聞いてくるなんて珍しい。

 文面を考えるまでも無く、返信する。

 

『勿論、幸せだよ』

 

 ふと――微笑む少女の顔がよぎった。

 アレは、誰だったか。それとも、インフェルノやカルナと同じように、別の世界の可能性だったりするのだろうか。

 

 

 

 

「……それだけ知る事が出来たから、もう充分ね」

 

 そういって、少女は持っていた通信端末を彼女に返した。

 ――少女は呼び出された存在ではない。たまたまどこかの世界で出来た縁が元となって生まれた残滓に過ぎない。

 彼女にとっては同じ選択を二度選ぶだけの事だ。

 

「顔を見ていかなくてもいいの? 声を交わす事も?」

「……最期にあの人は笑った。だから顔は見なくていいわ。そして愛を告げてくれた。だからそれでいいの」

「――この場所が、貴方と言う存在の最後(・・・・・・・・・・)になっても?」

「彼と歩んだ私は、もう二度と召喚される事は無い。

 メイヴは愛多き女王であって、恋を知らない女の名前。恋を知った私は女王ではなく、少女として全てを終える」

「……」

「いいえ、少し違うわね。勿論再召喚は在り得るわ。でもその時の私は女王メイヴであって彼との記憶はない。

 女王の名を選ぶか、彼との記憶を取るか。――ただそれだけ。だからこの私には迷うまでも無かったわ」

 

 今の彼女が生き続けるためには、女王となければならない。けれどもし女王となってしまえば、それは自身に恋を教えてくれた彼との旅路を否定する事に等しい。

 彼との恋が本物である事を証明するために、彼女は自ら消える事を選んだのだ。――かつて彼を喪った時と同じように。

 

「……そう」

「――恋人と心が繋がる以上に素敵な事がないわ。だから私はそれで充分なの。

 だって私にとってあの人はマスターであるけれど、あの人にとって私は可能性の一つに過ぎない。

 彼の幸せを祈って、私は少女の夢を見る。それでいいのよ」

「夢の続きを、見られるとしても?」

「……それはさすがに迷うわね。でも、いいわ。

 だって、もし私が彼と出会ったら、彼はきっと罪悪感に苛まれるでしょ? だって素敵な人だもの。だからこれでいい。彼が生きて、強く笑ってくれる事。――それが少女になった私の見る、ただ一つの夢」

 

 そういって、彼女は自らの霊基を消滅させていく。

 消え行くその表情には一片の恐れも無い。

 

「――どうか彼を、お願いね」

「……ええ、任せて」

 

 




この話を読んでお気づきの方もいると思いますが、個人的にオリ主の声はあの人を勝手にイメージしてます。
「」をヒロインにすると決めた時にそれは揺るぎませんでした。


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After7 サバ☆フェス! 一日目

夏イベ、表向きはギャグイベでしたが裏ではとんでもない事態になっていたと言う……。BBちゃん、とうとうフロム脳を疼かせるキャラになったか……。
ウチのマルタさんは相変わらず神性絶対殴り倒すウーマンで、大活躍でした。さすが暴力のアルターエゴ。

コミケ行ってみたいけど遠いなぁ……。
ちなみに自分の中二発症はとあるゲームからでした。

「アカルイミライヲー」OPが至高
「我はメシアなり!」ラスボス第三形態BGMが至高

多分、これで分かると思います。
だからジャンヌ、EXアタックで刀使うんだよオラァン!?



 

 

「ハワイにフォーリナー反応?」

「うん、まさか夏期休暇の時に探知されるとは……。いや、正直言うとちょっと微妙なんだ。

 フォーリナーのようでもあるし、全く別のクラス反応も混在している……。混ざり合っていると言うか何というか」

 

 微小特異点修復後――チキンベルトと言う名の世界から帰還した直後の事だった。

 ドクターとダヴィンチちゃんが申し訳なさそうな表情で、そう告げたのである。

 既にカルデアからサーヴァントやマスター、スタッフが夏休暇と言う名目でハワイに跳んでいるのだと言う。

 そこで感知された反応、フォーリナー――外宇宙からの存在。狂気を呑み込んだ者、或いは狂気に魅入られそのものに成り果てた者。そういった存在がハワイにいるのだと言う。

 ちなみにキアラの絶好の獲物であり、彼女からすれば一級品の御馳走らしい。

 閑話休題。

 レイシフトではなく、現地へ飛んで欲しいのだと言う。レイシフト反応を感知されれば、そこに到達する前に潰される可能性とて在り得る。

 

「既にAチームが現地入りして情報収集と調査を開始している筈だ。勿論、立香君もね。

 合流して、フォーリナー反応の詳細と原因を明確にし、脅威であれば排除する」

 

 出来事(イベント)が間髪入れず、立て続けに起こると、精神的に疲弊する。

 ハワイ、ハワイかぁ。せっかくの夏だしバカンスで行きたかったなぁ。

 

「――おい、ドクター。我がマスターへの休暇はどうなっている?

 マスターは当然のこととして、スタッフはともかく、サーヴァント共にまで休暇を与えているのだ。

 まさかコイツに休暇を与えないとは言わないだろう?」

 

 落ち着いて、アルトリア。特異点であれだけ鶏相手に暴食の王として振舞ったのに、まだまだ元気である。

 竜の炉心による魔力回復は伊達では無いと言う事だろう。

 

「それは勿論。フォーリナーの調査はハワイの最終目的に過ぎない。どう行動するかは全てキミ達に委ねるよ」

「あら、調査を放っておいて遊び呆けるとは思わないワケ?」

「彼はそんな人じゃないだろう。そんな彼の下に集うキミ達もね。だから何の心配も不安もないよ。

 期間は一か月、確保しておいた。それまでに目的を完遂してくれ。後はどう過ごしても構わないよ。早めでもギリギリでも、ボクらが“おかえり”って言えるなら大丈夫さ」

「まぁ、ちゃんと帰ってきますよ」

 

 フォーリナーと交戦した経験があるのは立香だけだ。けれどAチームもいるのなら、決して劣る事は無い。

 さ、荷物をまとめたらハワイへ飛ぼう。

 ――勿論、契約しているサーヴァント全員と共に。

 

 

 

 

 飛行機に乗る、なんて言うのはいつぶりだろうか。

 この世界に来る前に、一度は乗ったかどうか。それすらも定かではない。

 どうやら俺が覚えている前の記憶は、そのほとんどが薄れていき、残っているのはこの世界に関わる知識だけだ。まるでいらないページを捨てて行って、理想的な一つの本に編纂していくように。

 この空白が埋まる事は無いだろう。いや、埋めてはならないのだ。それは俺自身の否定に等しいから。

 でも寂しくは無い。それに匹敵するだけの思い出は確かにある。

 ――と、現実逃避したくなるような時間を過ごしていた。

 民間の飛行機でハワイに飛ぶ……。まぁ、要するに一般の人々と一緒に機内に乗り込む訳であって。空港ではサーヴァント達の容姿に注目の視線ばかりが向けられていて。寧ろ俺は肩身が狭くなった程。しかも嫉妬の視線も向けられたし……アレは多分男女両方だろう。

 

「ふむ……カルデアに比べると食事はさすがに劣るが、この環境で贅沢は言えんか」

「あら、気に入らないのなら出て行ってくれて結構よ? 寧ろ出ていきなさい。今すぐ、なう、ごー」

「……見苦しい。貴方達の行動はオルタの沽券に関わる事を自覚しなさい」

 

 オルタ達の声が聞こえる。

 頼むから、爆発しませんように……! 機内で武装展開でもしようものなら、それこそ大問題だ。神秘の漏洩につながってしまう。そうなれば、携行型ミサイルで撃ち落とされてもおかしくはない。

 さすがにそこまでしないと分かってはいるけれど、どうしても不安になってしまう。

 

「まさか殿方と異国の地に行くなんて……私、初めての経験です。エスコート、期待しますわ、マスター」

「……お手柔らかに」

「女性へのエスコートですか。不肖ながら私で良ければ、教示しましょうマスター」

 

 キアラが浮きだっているのは意外である。月の世界とはまた別の感覚なのだろうか。

 後、ランスロット。何か凄い日焼けしてるけど、何かあったのか。それとも宝具使って南国になじんだのか。

 

「ハワイ、ハワイか。……南国の地にオレのような男がいて、不似合いにはならないだろうか」

「いや、カルナは似合うでしょ。色白いしスタイルいいし」

 

 普段のポジティブシンキングはどうした、カルナ。

 

「……マスター、マスター! ハワイには“ろこもこ”なるモノがあるそうです!

 ろこもこ……何と愛らしい響きでしょうか」

「ろこもこ……あぁ、ロコモコの事か」

 

 ハンバークと目玉焼きをご飯の上に乗せたもの。……まぁ、ファミレスの朝食メニューを丼にしたと言った方がいいだろう。

 ロコモコの語源は分かっていないけれど、まぁそれは言わぬが花だ。正誤を突き詰めるのではなく、共に考える時間も楽しいものだし。

 

「……マスター」

「どうかした?」

 

 隣に座る彼女の表情こそ、いつもと変わりない。だが視線は少し険しい。

 ――俺ですら、あまり目にしたことがない程に。

 

「危ないと思ったら、いつでも呼んで。どこにいても、貴方の下に来るから」

「大丈夫、皆がいるから安心してるよ。

 早く原因を解決して、バカンスを楽しもう。海とか入った事ある?」

「海はないわね。……冷たいんでしょう? それに溺れたらどうしましょう。私、自分が泳げるか分からないわ」

「泳げなくても楽しみはあるさ。海の中の世界も、とても綺麗なんだ。

 珊瑚……はオーストラリアだから沢山はないけれど、透き通った世界は何とも言えない美しさがある」

「……そう、楽しみね」

 

 

 

 

 ハワイ――某国際空港。

 そこに下りて、入国手続きを済ませたところでふと違和感に気づいた。外貨の紙幣が何かおかしい。

 何だ、ギルドルッシュって。FFか何かここは。

 

「――フッ、お忘れかしらマスター? もうここは特異点よ。ならあらゆる不測を予想するのは当然では無くて?」

 

 そう得意げに言ったのはジャンヌだろう。どういう事か、と聞き返そうと思い振り返った時、思わず目を奪われた。彼女の、水着姿に。

 ――そして、うわぁと言葉を漏らしてしまった。

 彼女、服のセンスがどこか抜けてるんだよなぁ。そこも可愛いんだけれど。

 

「な、なによ!? ハワイと言ったらバカンス! バカンスと言ったら水着でしょう!?」

 

 アルトリアですら苦虫をかみつぶしたような表情である。ちなみにランサーの方も。

 

「大体、何だその刀は。三本も不要だろう」

「刀は二本で充分では……。脇差でもありませんし……」

「……あぁ、分かったわ。マスターが刀好きだから、それで気を惹こうと」

「わー! わー! わー! 焼き殺すわよアンタ達!」

 

 刀はなぁ……。まぁ、カッコいいはカッコいいけど、使い手の方に憧れるって感じだ。

 土方さんとか柳生さんとか。後は小次郎。

 武蔵ちゃんもいいなぁ……。服も素敵だしなぁ。

 

「アロハ、ようやく来たね。まずは無事に到着出来た事を喜ぼう」

 

 ぶはぁ、と吹き出しそうになるのを抑える。

 キリシュタリアさんの服装は南国風。即ちアロハシャツに短パンとサンダル、額に上げられた高級物のサングラス。――普通に似合っているのが何と言うか。

 アルトリアが腰を抓って笑うのを必死にこらえていた。分かる、アレは何の予備動作も無しに見たら、そうなる自信がある。

 

「まず、このハワイの違和感に気づいた事だろう。何せ、通貨の単位そのものが違うのだからね。

 ――そこの彼女が言った通り、ここは紛れも無い特異点だ。Aチームはこの地をルルハワと名付けた」

「ルル、ハワ……?」

「何なの、今のカルデアって大喜利集団か何か?」

「少し黙っていろ、中二病女」

「――よし、羅刹と化すわ」

 

 何か向こうで殺し合いを始めかけている二人を尻目に、それを抑えるランスロットに感謝しつつキリシュタリアさんの話に集中する。

 ルルハワ、ルルハワ……ホノルルにハワイを合わせたのだろう。確かに飛行機からはハワイの地が陸続きになっている事に疑問を覚えたのだから。

 

「――現在、このルルハワにはカルデア、非カルデアのサーヴァントが次々と集結している」

「……それだけの一大事って事ですか」

 

 一騎当千の英雄達が集結する。

 それはきっと、時間神殿に匹敵する程の――

 

「六日後に開かれるサバフェス――同人即売会に参加するためだ」

「ん?」

 

 おかしいな。あのキリシュタリアさんから同人と言う単語が出たぞ。

 ホームズに何か一服盛られたのだろうか。それともこれは俺が見ている夢か何かか?

 

「さばふぇす」

「サバフェス」

「どうじん」

「同人」

「そくばいかい」

「即売会」

 

 ……いや、これは現実だ。まずは受け入れよう。

 いつしかのハロウィンを彷彿させる予感がする。

 

「既にAチームも参加枠で動いている。サバフェスで一位になったグループには聖杯が与えられるからね」

「何で聖杯が……。それにまだ何かありますよね、今回の本当の目的とか」

「――さすがだ。……全てのサーヴァントを総動員させてはいるが、今回の件で観測されたと思わしき存在の発見にまでは至っていない。

 フォーリナーのクラスこそ二名ほど確認したが、既にカルデアの霊基に登録されている。ならば照合パターンが一致する筈だ」

 

 つまりはサバフェスを隠れ蓑にこの特異点を調査していると言う訳だ。

 ……Aチームや立香がいて尚発見に至らないと言う事は、よほどの存在らしい。

 

「現在分かっている情報はこれぐらいか。それとこれも渡しておこう」

「これは?」

 

 渡されたのはカードキー。見たところ、俺と契約しているサーヴァント分はあるけれど。

 

「ホテルのカードキーだ。既にキミ達の部屋は確保している。どう動くかは、各々に任せよう。バカンスと割り切って満喫するも良し、作品を作り上げるべく追い込みをかけるのも良し。

 キミと競い合える事を楽しみにしている。では、また。サバフェスで会おう」

 

 そういって立ち去っていくキリシュタリアさん。

 大まかな事情は凡そ呑み込めた。

 そこまで考えたところでふと、違和感を感じ取る。まるで何かすぐ近くにバグが――。

 

「BBィ、チ――」

「落とすわ」

「にゃるしゅたんっ!? 斬り捨て御免は勘弁ですー!」

 

 「」が何かを断ち切ったようだ。

 キリシュタリアさんと入れかわる形で現れたのはBB。それも水着使用である。

 絶対黒幕コイツでしょ。

 

「あ、あの私、サバフェスの運営ですから、もう少し手心を加えてくれると嬉しいかなーって」

「あら、ごめんなさいね。どうにも貴方を――今すぐ斬りたくてたまらないの」

「貴方が言うと洒落になりません……!」

 

 多分、事情知ってるんだろうなぁ。

 彼女の言う事はあまり鵜呑みにせず、そしてそのまま捉えようとしない方がいい。

 ……にしても彼女が来たと言う事はやはり手を打っておくべきか。

 これは一つ、後で「」に頼みごとをしておこう。

 

「BB、サバフェスって?」

「サーヴァントの学会とでも思ってくれればオッケーです」

「あぁ、要するに好きなモノを形にして共有するって事か」

 

 それコミケじゃねぇか。

 

「ちなみに今回で94回目ですよー」

 

 やっぱりコミケじゃねぇか。

 

「アランさん、ちなみにどうされるおつもりで? 既にAチームの皆さんとセンパイはサークルで参加してますよ?」

「……んー」

 

 俺のサーヴァントは言ってしまえばバリバリの武闘派だ。

 無理に合わないモノに付き合わせるよりも、やはり南国の地に来たのだからバカンスを楽しんで欲しい。

 

「ちなみにサバフェスで一位を取ったサークルには聖杯が与えられます。勿論どう使うかも自由です。どうですかー? 欲しくなりましたかー?」

「特異点修復すれば回収出来るし……」

「やだ、この人感覚がマヒしてる……!?」

 

 正直な事言うと、サーヴァント達にバカンスを過ごさせてあげたいのは確かだ。

 俺に漫画なんて書ける筈も無い。ジャンヌはモナリザを模写していた経験があるから何とかなるとして……アルトリアも器用じゃないし、人そのものがまだ遠い「」も難しいだろう。キアラは読む専門だし、カルナは……あまり器用じゃないって言ってたし。インフェルノとランスロットが何とか努力してこなせるぐらいか。

 慣れない事に貴重な時間を割かせるよりも、心の底から楽しんで欲しいのだ。

 

「一般枠じゃダメか」

「ええ、勿論! マスターさんは全員、作家枠で参戦してもらいますよー?

 ちなみにアランさんはサバフェスまでに新刊が完成しなかったらブ――」

 

 ブタになる、と言いかけたのだろう。

 けれどそれを言い切る前に、カルナとランスロット以外のサーヴァント全員が得物を抜いてBBに突きつけていた。

 ちなみにキアラの操る黒い手が彼女の下半身をホールドしているため、逃走は不可能である。

 

「ブ……何かしら? ごめんなさいね、よく聞こえなかったわ。もう一度声に出してくれないかしら?」

 

 「」が刃をBBの首に密着させている。もし引けば間違いなく彼女の首が落ちるだろう。

 そしてそれを挟むようにインフェルノの刀も抜かれている。

 そして左右から、アルトリアが剣を、ジャンヌが刀を。トドメと言わんばかりにランサーオルタが馬上から槍を突きつけていた。どこから出したんだ、そのラムレイ。

 

「え、ええっと。単なる言葉の言い間違いですよー? な、何でそんな物騒なモノ向けてくるんですかー? ぶ、ぶ……不足なんてもったいないから頑張ってくださいねー、って言いたかっただけですよ?」

「今、考えたわよね?」

「ひぃっ!?」

 

 助けてください、と言わんばかりの目で俺を見つめてくるBB。

 アレは多分嘘泣きでも何でもない。本当に泣きそうになってる。

 

「……どうせBBの事だから、エンドレスとか仕込んでるんだろ。新刊が完成しなかったり、一位を取れなかったら、一日目からやり直しとか」

「ぎ、ギクッ!?」

 

 BBは基本的に直接手を下さない。それは最終手段だからだ。

 苦難の道に放り込んで、足掻く様を見続ける。しかもそれが相手の為と思っているのだからタチが悪い。

 でもまぁ、逆にいえば。足掻き続ける限り、必ず見届けてくれると言う事なのだが。何て歪んだ人類愛だろうか。

 いや、俺もビーストに至った経緯を考えれば大概の事だけれど。

 

「多分、他のAチームも巻き込んでるじゃないか。じゃなきゃ、キリシュタリアさんが他のメンバーの動向を知らないのもおかしい」

 

 ベリルさんとかウキウキだろうなぁ。自分はそっちのけで他人をこき下ろす事を楽しんでいるに違いない。あの人、表面上は人でなしだから。

 キリシュタリアさんや他のAチームがいなければ、もっと過激な事をしていたに決まってる。

 

「ど、どこまで見抜いて……」

「いや、貴方が分かりやすいだけだ」

「っっ~~~!! そ、それより早く助けてくれませんか!?

 か弱い女の子がこんな目にあって――きゃぁぁっ! 刃を動かさないでくださいー! 今ちょっと食い込みましたよ!?」

「落としてあげましょうか?」

「ポロリ(物理)は勘弁ですぅ!」

 

 我がサーヴァント達によるBB弄りはそれから一時間程続いた。

 彼女からしてみれば、生きた心地がしなかっただろう。

 

 

 

 

「よいしょっと」

 

 荷物をまとめる。ともかく新刊を完成させ、サバフェスで一位を取らなければこのループが終わらないらしい。

 いつまでもバカンスが楽しめるのは、確かに良いことかもしれないが。それでは平穏な日常に意味が無くなってしまう。

 だから、終わりを迎えなければならない。

 サーヴァント達を招集し、新刊をどうするか話し合う。

 と言うよりもどんなスタイルにするかだ。

 コミケ……失礼。サバフェスに出す本の内容は自由らしい。

 例えば二次創作もあれば、一次創作もあるし、マニアックな趣味本も、実用的な料理本もある。要するに自分の好きなモノについて存分に語り合う場所、趣味の学会である。

 問題は残り六日でどうするかだ。漫画は論外。書ける人物もほとんどおらず、ジャンヌに負担をかけさせる。趣味本……そこまで語れる人物が無い。

 「」は知っているモノを書かせたら封印指定受けそうだし、アルトリア・オルタはバーガー本、ジャンヌ・オルタは……何なんだろうか。キアラは確実に目を付けられる、ランスロットは恋愛の駆け引きが分かるだろうが本人は余り良い思いじゃない。

 カルナは……嘘の見抜き方とかかなぁ。個人的にはインフェルノの生前の思い出話を聞きたい所。

 閑話休題。

 

「……小説かなぁ。書くのは挿絵だけでいいし、現実的だし」

 

 それなら苦労するのは俺だけでいい。三日ほど徹夜すれば、まぁ原稿用紙三百枚程度は書けるだろう。理論的にいえばであるが。

 挿絵は、まぁ五枚ほど。……これならジャンヌ達もバカンスを楽しみつつ、創作活動だって出来る。

 そして新たに浮かぶ問題が内容である。

 サバフェス……もう面倒だからコミケでいいか。コミケでは五十部売れれば、そりゃもう凄い事である。部数を増やしても捌き切れなければ意味が無くなるし、荷物になって他のサークルの邪魔にもなりかねない。

 けれど、一位を取るには他のサークルを越えなければならないのだ。……Aチームや立香の作品を越えなければならない。それは酷く難しい。

 そして既に一位は決まっていると言われているメイヴのサークル。……性欲に健全性が勝てるのだろうか。

 

「……マスター、つまりは新刊さえ出来れば、もう一度初日に戻るのだろう。

 なら物は試しだ。試しに一冊書いてみるがいい」

「……分かった、ならまずは二次創作で行こう。

 内容は……」

 

 まず定番の復讐モノ。

 居場所を奪われた少年が、自身の生きる理由を求める物語。

 けれど、少年が元居た場所には彼のクローンがいて。少年はそのクローンに強い憎悪を抱く。それは憎悪を生きる理由にしたから。

 その過程で様々な人達に導かれながら、生きていく。もうそこが、もう一つの居場所になっていた事にすら気づかずに。

 ――そして彼の行く末は。

 

「……アンタ、テンプレに捻り加え過ぎじゃない?」

「でもまぁ、書いてる方が楽しいぐらいがいいでしょ」

 

 これは俺の勝手な言い分だが。

 主人公には充分なバックストーリーが必要だ。それは設定を盛るとかそういった話なのではなく。どのように生きてきたのか、と言う事だ。それがあって、ようやく主人公は形を帯びる。

 よくゲームとかで主人公を作れるゲームがあるが、空気になりがちなのはそのためだ。人物背景が全くの空白であるから、ストーリーを動かすに足る充分な理由がないのである。

 寧ろ逆に、全くストーリーの解説をせず全てをプレイヤーの想像に委ねると言う手法もあるが。それは物凄く難しい事だ。どの観点から見ても納得のいくシナリオや世界観は容易く作れるモノでは無い。

 でも人によって見方が変わり、様々な解釈が生まれるからこそ、世界を作るのは楽しいと思う。

 要するに書きたいものを書くなら、しっかり考えて書こうと言う事だ。台詞だけじゃなく、生い立ちに重点を置くべきだと言う事。

 閑話休題。

 

「ならば、挿絵の場面を決めるべきだろう」

 

 カルナの一言で、また会議は進んでいく――。

 

 

 

 

「……まぁ、初日でここまで行ければ上等か」

 

 既に日付は変わり、気が付けばワープロで打ち込んでいる文章は作品の半分近くまで進んでいた。

 うん、これなら早く終わる。……まぁ、一位を取るのは難しいだろうけど。サーヴァント達と一つの作品を作るなんて初めての事だから、もうちょっとだけ続けて居たい。

 背筋を伸ばすと、パキパキと音が鳴った。

 

「マスターちゃん、いる?」

「開いてるよー」

 

 水着姿のジャンヌ・オルタが入ってくる。いつもならその姿にちょっとした恥ずかしさを覚えるところだが、疲れのせいかそこまでは無い。

 

「進歩は上々って所ね」

「まぁ、大方完成させておけば、後は細かい修正をするだけでいいし」

「……アンタって結構面倒な文章書くのね。もっと、こう、ずばっと、はっきり書いちゃえばいいのに」

「まぁそれもあるだろうけど。やっぱり文字を読むからには、イメージで楽しめないと。

 はっきり書いてしまったら、考える楽しみが減るから」

 

 だからと言って全体をそうしてしまえば、ふわふわした内容になってしまう。

 場面に合わせつつ、文章の流れも細かに変えていくのが理想だと思うのだ。

 ……まぁ、偉そうに言ってる癖に出来てないんだけど。誤字とか多いし。でもこれなら、何とか。期日までにはもう一作品作れそうだ。

 

「……」

「……」

「……」

「……そ、そういえばジャンヌは何で俺の部屋に?」

 

 現行の進み具合なら明日確認すればいい筈だ。わざわざ缶詰になる必要もない。

 どうにもそれがはっきりしないのだ。

 

「……の」

「?」

「私の、水着に、感想は無いワケ!?」

 

 ――率直な感想を言えば、大胆だなと言った所。

 けど、うん。素直にいいんじゃないかな。

 

「似合ってるよ。やっぱりジャンヌには黒が合うね」

「……もう一声」

「えっと……すごく、可愛い、です」

「何これ、意外に恥ずかしい……! あぁ、もう言うんじゃなかった!

 それじゃあもう帰って寝るわ! アンタも寝なさい! いいわね!?」

 

 そういってジャンヌは部屋を出ていった。それも逃げるように。

 ……あー、良かった。あれ以上見てたら、抱くまいと決めていた感情が湧き出そうになってしまう。

 一息吐く。

 

「息抜きがてらに、もう一つ考えてみるかな」

 

 無論文章を書くわけではない。ただプロットを浮かべるだけだ。

 ……がっつりとした復讐モノ。それも一次創作。

 ファンタジーに定番な勇者と魔王がある世界。勇者は七人まで選ばれ、力が受け継がれていくシステムになっている。要するに徐々に強くいき、魔王に対抗するワケだ。

 そして主人公は本来、勇者とは無縁な少年。貧民街に生き、それなりに腕っぷしも立つ。彼には引き取った血の繋がらない妹がいた。彼に力を教えた壮年の男と共に生きてきた数少ない、大切な存在。

 そんな少女は勇者に選ばれ、たまたま街に訪れていた勇者の一人に同行する。大切な存在である彼女がようやく名誉を授かる機会に恵まれ、少年はこっそりと貯めていたお金で彼女と共に精一杯の祝宴を上げた。

 ――街外れのごみ捨て場で彼女の遺体が捨てられていたのは、それから三日後の朝の事だった。

 これを機に少年は復讐者となって勇者達を殺す事を決意する。時には一つの村に火を放ち勇者を持ち上げてきた者達全員を皆殺しにし、時には手を貸してくれた協力者を介錯し、少年の心は少しずつ壊れていく。もう満足に夢を見る事など出来なかった。

 勇者の数は残り二人。その一人は、少年を育ててくれた男その人だった。既に手にかけてきた存在がある以上、もう止める事は出来ない。父親も同然の存在を手にかけ、最後に少年が向かったのは魔王の場所。最後の勇者は魔王そのもの。既に魔王と勇者の関係は破綻していたのだ。

 魔王を殺し、少年も致命傷を負う。大切な少女との記憶が走馬灯の如く蘇り、最期に彼女が自分の頬に触れる幻を見ながら、彼は静かに命を終えた。

 

「……いや、悪趣味すぎるだろ」

 

 こんなん書いてるこっちが辛くなるわ。何と後味の悪い結末か。

 でも、まぁ。復讐者は基本バッドエンド一直線だし。誰か支えてくれる人、共に寄り添う人がいなければハッピーエンドにはならないと思っている。

 

「うん、やめよう。やめやめ、とりあえず寝る」

 

 立てたプロットを全て消す。お金を払って読んでもらうのなら、それは気持ちの良い結末であるべきだろう。

 明日は士気を上げると言う名目の下、ビーチを満喫する予定である。

 





「フーッ、フーッ、フーッ、酷い目にあいましたよ……。まさか別のフォーリナーと出会うなんて。
 でもまぁ、おかげで取り戻せましたし、良しとしますか」
「むっ、BBではないか」
「おや、ネロさん? ……えっ、待って。待った。貴方は、まさか月の?」
「――」
「ど、どうしてここに……!」
「――」
「縁を辿って来たなんて一体どうやって……」
「――」
「わ、私なんかとバカンスを!? 水着が似合ってる!?
 っっっ~~~!!!」
「ズルいぞ! 奏者よ、余をもっと誉めるが良い!」
「――」
「わ、分かりましたよ。どうせ先輩、一緒に過ごす相手も少ないんでしょうから、BBちゃんもお付き合いしましょう。
 ――BBチャンネルinハワイ、開幕、です!」




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After7 サバ☆フェス! 三日目

ぼく、アーケードに2万ほど溶かすも星5はほぼ来ない。
活動報告にアーケードもろもろの事を書きなぐっているので、暇があれば……。


ちなみに伏線色々と仕込んでるように見えますが、ぶっちゃけそんな大事にはなりません。いや、だってクトゥルフ関連でヤバい事になったら主人公この世界からリタイアしちゃうし……。
後、前話や今話でオリ主が書いている話は元々私がなろうで投稿しようと思っていた長編の設定やプロットだったりします。ただどうしても展開が思いつかず、いっそのこと「ここで出すか」と言う事にしました。
ちなみに話に乗せているのは断片ですので、「設定を見たい!」と言う声がありましたら、活動報告に載せるかもしれません……。



 

 一昨日は荷物整理と同人の会議、昨日は同人誌の作成に一日を費やしていた事もあり、今日は一日オフ――まぁ要するにバカンスという事だ。ルルハワに来て三日目といったところである。

 

「あつーい……」

 

 パラソルの下で水をかけあうサーヴァント達を眺める。ちなみにアルトリアの一方的な優勢であった。ジャンヌの水かけをエクスカリバー風船で防ぎつつ水鉄砲で射撃するのである。なんだアレは。

 ランスロットは円卓へのサークル活動を進めており、今は席を外している。バカンスなのだから、気の知れた仲間と楽しむのが一番だろう。

 

「南国はまた、戦場とは違う熱気でございますね」

 

 傍には白と赤の水着を着用したインフェルノ。健康的な体と透き通る白髪がただ眩しい。

 陣所を作る技術を活かしたのか、彼女が組み立ててくれたパラソルは見事に日差しを和らげてくれる。

 まさか、俺がこんなに暑さに弱い人間だとは思わなかった。……契約しているサーヴァントの一部が炎を得意とすると言うのに。

 

「マスター、何やらビーチフラッグと言う競技があるらしい。オレも参加したいのだが構わないだろうか」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」

 

 「ホムンクルスと戦った時の速度で……」と呟きながら、カルナは砂浜へ向かっていく。ホムンクルス? ここではない、別のどこかの世界だろうか。

 遠目に見えるビーチフラッグの会場では、アキレウスとクー・フーリンが最速を競い合っている。審判見えるのだろうか? ……あ、審判柳生さんか。なら大丈夫だな。彼が正座するたびに一部のサーヴァントが何やら嫌な記憶を思い出すような表情をしているのは何故だろうか。

 

「アーチャーも好きな場所に行っていいぞ。武蔵ちゃんの所とか」

「いえ、私の役目はあくまで護衛。セイバー様が不在の今、マスターを守れる懐刀が必要でしょう」

 

 「」は席を外している。と言うのも、俺がある用事を頼んだためだ。

 今回の一件にBBが絡んでいる可能性、そしてフォーリナーと言う単語。可能性に過ぎないが、手を打っておく価値はある。

 まだ帰ってきていないという事はその用事の途中か、それとも別の案件が見つかったからなのか。まぁ、どちらにせよ彼女を信用している。

 

「えぇ、全くです。バカンスではありますが、ここにはサーヴァント。そして他数名のマスターもいます。

 ならば注意を払うのは当然の事」

 

 ランサーオルタ――彼女は鎧を外した軽装をモデルにした水着だ。……オルタに黒は似合うなぁ。

 そして視線が一部分に集中してしまいそうになる。いけないいけない、ちゃんと目を見なくては。

 

「……別に見たければ見て構いませんが」

「いけません、ランサー殿。マスター、節度ですよ! 節度!」

「わ、分かってます」

 

 遠くではキアラが麦わら帽子に白いワンピースの姿で、波に足を触れていく。あぁ、していると本当に年相応の少女だ。

 砂に背中を預ける。じっと肌が焼けていく感覚に身を委ねた。

 日差しを浴びつつ、一眠りするのも悪くないかもしれない。

 

「……」

 

 楽し気な喧騒が心地よい。サーヴァント達が確執も隔たりも無く、互いに笑い合う。

 それだけで俺は満たされた気持ちになれる。自己満足だと、分かっているけれど。

 この手で一時でも幸せを上げられるのなら尽くしたい。それが自分に出来る事だと、分かっているから。

 だから俺は、ここにいたいのだ。

 

「……――」

 

 

 

 

 気が付けば寝てしまっていたらしい。目覚めに誘うように、柔らかな声が聞こえる。

 

「……きて、マスター。困ったわね、中々起きないわ。マシュさんからこういう時は確か……」

 

 聞き覚えのある声。

 それに手を引かれるように、ゆっくりと意識を……。

 

「起きないと殺しちゃうわよ、マスター?」

「!」

 

 前言撤回。すぐに目覚める。

 眼前には、俺の顔を覗き込む彼女の姿。何か安心したような、背中が冷えるような。

 

「こんにちわ」

「こ、こんにちわ……」

「用事は済ませてきたわ。準備にちょっと時間がかかるようだけど、場所は分かる筈よ」

「……ありがとう、これでほっとしたよ」

 

 これでBBの企みも落ち着くだろう。

 さぁ、次はサバフェスとバカンスを楽しむだけだ。七日目のサバフェスが終わり、このルルハワからカルデアに戻れば、またいつも通りの日常が待っている。

 

「ん……人混み?」

 

 先ほどまで見かけなかった人混みと、何やら特設ステージらしいモノ。

 野外フェスの会場のようにも見える。

 近くまで来ると、そのコンテストの名が会場にデカデカと書かれている。

 

「メイヴコンテスト?」

「左様。美を競う女の戦いと言う訳だ。拙僧達が武を示すようなものだな」

「胤舜さん」

 

 上は半裸。手にはいつもの十文字槍。

 宝蔵院胤舜――彼がこの場の用心棒らしい。

 

「美を競うって……他に参加者がいるんですか?」

「そうさな、先ほど義つ――牛若丸殿とマシュ殿が参加されていたのは見たな。まもなく受付が終わるぞ。

 そこの少女も如何かな」

「あら、意外。冗談がお上手なお坊さんね。でも残念だけど、謹んで遠慮させてもらうわ。

 私は、彼一人の言葉で十分だもの」

「ははっ、良い良い。善き男女、善き関係、善き伴侶。実に見ていて心地良いものだ」

「あ、ありがとうございます」

「どうした、もっと自信を持て少年。そこがちと足りんな、喝でもどうだ?」

「全くだ。我がマスターながら、そこが変わらんのは悩ましい事だ」

 

 オルタ達も戻ってきていた。

 水に滴る姿がどこか艶めかしい。

 

「オルタ達はいかないのか」

「馬鹿を言え。私に美など似合わん。お前とお前を守る剣があればいい」

「不本意だけど右に同じ。私の炎はそのためにあるのよ?」

 

 その言葉に、照れ臭くなる。

 目を逸らした先で、一人の少女と目が合った。

 彼女は――

 

「あら、来てたのね」

「?」

 

 メイヴ。女王メイヴ――けれど彼女はカルデアに召喚されていない筈だ。

 けれど、何故こうも親し気に……?

 僅かに、頭が疼く。けれど脳裏によぎる光景は何もない。

 

「もうご存知だと思うけれど、様式美として名乗っておきましょうか。

 私はメイヴ。多くの愛と一つの恋を知った少女、ワケあってここに現界したわ」

「……ええそうね。確かにこの地は彼にとって――」

 

 「」の声は小さく、よく聞き取れない。

 だが二人の仲は何と言うか、良好に見える。

 

「……メイヴもサークル出すのか?」

「っ、え、ええ。勿論、出すのは私の写真集よ? 私の体、私の声。これに堕ちない男がいて?」

 

 俺と目線が合うやいなや、ちょっと引くのはさすがに傷つく……。

 んー……あんまりメイヴの体は何というか、バランスが取れすぎてるんだよなぁ。黄金律と言うのも頷ける。けれど、それだけで欲が出るかと言えば否だ。

 ……あぁ、いやこの話はやめよう。ならキアラが一番という事になる。

 俺は内面が好きになれば、その外面すらも全てが好きになるのだ。単純な男だと笑うがいい。

 

「およ、アラン氏ではござらぬか。それにメイヴ嬢も」

「黒髭……?」

 

 何故Tシャツ姿なのかは置いといて。

 すっごく目がキラキラしてやがる……。

 

「聞きましたぞー、何やらサバフェスに参加されると! さては聖杯目当てと見ました!」

「……ふぅん」

 

 何だ、今のメイヴの目線は。

 

「ですが、残念ながら。サバフェス一位はこのメイヴ殿と決まっておられる……!

 事前調査でも圧倒的支持率! 高嶺の花かと思えば、それがすぐ目の前にあると言う現実! 写真の中で微笑みかけてくれるグッドスマイル!

 うーん、デュフフフwww。寝る前の妄想が捗りますなぁ、これはまた大長編になりそうで候」

「いいの? 仮にもアンタ、一国の女王なんでしょ? 人は選びなさいよ」

「……あら、私が人を選ぶんじゃなくて、人が私を選ぶのよ? 悔しかったら貴方達も写真集を出してみたら? まぁ、その分かりにくい性格を直すところから始めなさいな」

 

 うーん、メイヴは自分の体に情熱を注いでいるから、黒髭的には有りなのだろう。

 コスプレイヤーの方々も、体を維持するために途方もない努力をしていると聞く。メイヴもそうだ。であれば、それにケチつける事など出来まい。

 

「にしても、何でメイヴ。コートなんて着てるんだ? 暑いだろうに」

「そ、それは肌を休ませるためよ? 日焼けはお肌の天敵だもの」

「……そっか。なら仕方ないな」

「み、みたかった?」

 

 背中に差すような視線を感じる。あぁ、返答を間違えれば後で痛い目にあうだろう。

 言葉を濁して、何とか誤魔化す。

 にしても、これではあまりモチベーションが上がらない。可能性が見えない、一位は決まっている――いや、違うのだ。

 何と言うか、今の彼女の決断を尊重するべきだと。その在り方を認めるべきだと、心の何処かが告げている。

 うん、でも――

 

「……聖杯、欲しいなあ」

 

 サバフェスで勝ちたい訳ではない。サーヴァント達が気分転換を出来て、そして思い出が作れれば、俺はそれで満足だから。

 でもどうせなら、その象徴となるモノだって欲しい。

 

「……なら、一つチャンスを――」

「――打倒サバフェスっ! ここで一網打尽のチャンスと見ました!」

「な、何だぁ!?」

 

 空から飛来する一筋の流星。

 煙から見える姿はロボットそのもの。――これ、どう見ても宇宙空間にいる奴ですよね。

 

「さぁ、蹴散らして見せましょう! つい先ほど、別のフォーリナーを倒した以上、私の道に間違いはありません!

 希望の花、決して散る事は無い、生きる力を見せましょう! 私は止まりません!」

 

 意気揚々と戦闘の構えを見せるロボット。

 けれどその周囲を、ビーチにいた英霊達が取り囲む。

 

「あら、斬ってみようかしら」(根源接続者)

「なるほど……潰すか」(堕ちた聖剣)

「へぇ、あの装甲燃やしてみようかしら。いいネタになりそうね」(竜の魔女)

「これはまた珍しい……。一度味わってみとうございます」(快楽天)

「あの槍はまさか……。ふむ、であれば押し潰すに値する」(聖槍抜錨)

「やはり護衛は必要ですね……」(女武者)

「さて、ここは一つ。父親として良い所を見せるとしよう」(円卓最強)

「…………悪くない」(施しの英雄)

「なによ、アレ……。さすがのケルトでもあぁ言うのは見ないわね」(コノートのセイバー)

「なんだ、また懐かしそうな恰好の奴がいるな」(人類最速)

「へぇ、新手か。一番槍は貰っていくぜ」(ケルトの大英雄)

「また面妖な。これは斬り甲斐があると言うモノよ」(剣禅一如)

「ははぁ、あれがふぉーりなーか。さて、どこを穿てば一閃となるだろうな」(暴僧族)

「何と! メカとは拙者の少年心をくすぐる……! だが、場を荒らした落とし前はキッチリ払ってもらうぜ」(カリブの大海賊)

 

「ヘレティクス! 鍵をかけて閉じこもりたい! 戦略的撤退を実行します!」

 

 酷い蹂躙を見た。

 しかも全員が素人ではなく、一級品の戦士のソレだ。

 要するに完封十割である。

 

「やはり先ほどの戦闘で本気を出したのがまずかったのでしょうか……!?」

 

 先ほど? ここに来る前にどこかで交戦してきたのだろうか。

 

「ではまた! 銀河警察はクールに去ります!」

「なんなのかしらね、全く……。それで、そこのマスターは聖杯でも欲しいのかしら?」

「……そりゃ、まぁ欲しいよ」

 

 そうすれば、もっとサーヴァント達を強く出来るしカルデアの保有する強力なリソースとなる。

 えっ、俺の体液? 言うな、邪道だ。

 

「なら機会をあげるわ。マス……貴方、私に情熱的な言葉を囁きなさい」

「は?」

『は?』

 

 声が重なる。

 メイヴの言っている意味が、まだ呑み込めない。

 要するにメイヴを口説けと? けれどそんな事に一体何の意味がある?

 数多くの勇士を知る彼女にとって、俺の言葉などそよ風のようなものだろう。

 

「何で……」

「理由なんてどうでもいいでしょう。もし私の琴線に少しでも触れたら……そうね。写真集は無料頒布にしてあげる」

『おおおおおぉぉぉ!!!』

 

 周囲の男たちが盛り上がる。

 そして感じる重圧。何なのだこれは、どうしたらよいのだ。

 でも、ある意味これはチャンスだ。

 サバフェス一位は売り上げによって決まる。もしメイヴの言う事が本当であるのなら、番狂わせになるのだ。

 

「……分かった」

「あぁ、それと一つ言っておくけど、私キザな言葉にはなれているから。

でも期待ぐらいは――」

 

 さて、どう応えよう。

 愛している……いや、違う。それは一生を添い遂げる覚悟が無ければ口にしてはならない。決して簡単に口にしてはならない事。

 恋している……彼女からしてみれば何てことない言葉だろう。深く届く言葉とは思えない。

 一方的な気持ちの押しつけは良くない。やはり相手が選べる選択でないと。

 

「――メイヴ」

「は、はいっ」

 

 名前を呼ぶと彼女は、背中を瞬時に伸ばした。

 右手を差し出す。彼女に届くように。

 

「一緒に生きよう」

「~~~~っっっっ!!!

 わ、分かったわ! 写真集は止めにしてあげますとも、ええ!

 そ、そそれと貴方はもう少し自分の言葉を自覚なさいな!」

 

 そういって、逃げるようにメイヴは去っていく。

 ……そんなに響く言葉だったかなぁ。

 

 

 

 

 夜。執筆は終わった。

 けれど念には念を入れてもう一つ出す事にする。無論一次創作だ。ページは増えるが、まぁ苦労するのは俺だけだから問題ない。

 サーヴァント達と共に今後の展開を練りながら、文章を打ち込んでいく。

 まず舞台は定番を用意。テンプレートを利用する。魔王と勇者と言う関係は崩さずに、けれどちょっとだけスケールを広くする。

 かつて魔王の侵攻と、それを防ぎ退けた英雄の物語が、遠い御伽話となって風化していた時――聖剣信仰と共に古くから栄える帝国、そして比較的近代に成立した皇国の二国に分けられた大陸。皇国の街で宿屋の従業員として働きながら、ステゴロの喧嘩を得意とする少年。彼が主人公であり、主役にはあるまじき忘れっぽさを持つ。

 彼は帝国の第二王子であったが、聖剣の適正が無く呪いの子と言われ迫害を受けていた事から追放、皇国に流れ着く。そこで宿屋を営む一人の男に拾われ、格闘による卓越した戦闘技術を身に着ける。

 住み込みで働く中で、彼は一人の少女と出会う。人造生命体である少女は己の名前すらも何もかもが分からない。そんな彼女に彼はかつての自分を重ね合わせ、共に暮らす事にした。家を追われた彼に与えられた、血の繋がらない家族。けれど、その平穏も長くは続かない。

 帝国より送られた暗殺部隊。そして少女は、帝国が彼とその国を滅ぼすための爆弾として派遣された。それが感情を得たバグによって、役目を変えたのだ。

 暗殺部隊との交戦、その過程で彼は育ての親も同然の男を失い、自身も毒で致命傷を負う。少女は国を滅ぼす力を、たった一人の少年を活かすために使用した。

 皇国では騎士達によるクーデターが勃発していた。暗殺部隊や人造生命体を招き入れたのは、皇国の王と言う証拠が出てきたからだ。

 騎士達の長と共闘し、少年は王を撃破。長は王の名を襲名し、国を立て直す事に決意する。

 斯くして、少年はまた独りになる。

 

「……」

 

 それから数か月、街の中で孤児院を見かけた少年はそこの修道女に一目惚れする。経験が無いが、何とか誠実に向き合おうとする彼。

 孤児院の子達と修道女――双方の存在は少年にとって大きな支えとなり、心の拠り所となった。

 ――ある晩、少年は個人指名の依頼があり街から離れていた。宿には手紙が届いており、修道女からの手紙が入っていた。それは奴隷商が孤児院に目を付けたと言う事。その奴隷商の名には見覚えがあり、少年を指名した依頼主であった。雨が降る闇夜を駆け抜け、少年は孤児院に向かう。そこでは子供達が魔物化されており、修道女は瀕死の重傷を負っていた。

 少年、自身の心が欠けていく事を知りながら魔物化した子供達を介錯する。修道女の手を握り、復讐を決意。

 単身で奴隷商の邸宅に乗り込み、その最奥部で雇われていた最強の暗殺者と対峙。幾度となく死にかけながらも、かろうじて勝利。奴隷商の事を皇国の治安維持である騎士達に任せ、最期の時を迎えている修道女の下に急ぐ。

 彼女の手を握りながら、言葉を交える。その言葉を、決して忘れまいと決意した。

 

「……よし、ここがスタートラインか」

 

 これは所謂、過去編。主人公である彼の過去に重みを持たせる事で、彼の発言が軽くなる事は無い。

 そして既に伏線も、この時点で仕込んである。

 筆が載って来た。さらに執筆を進める。

 

「……」

 

 少年は皇国の王に呼ばれ、帝国が戦争を仕掛けようとしている事を知る。それを止めて欲しいと。既に皇国の王とは過去編にて何度か面識がある。王は少年の強さを知っている。

 僅かに思案して、帝国に向かう事を選ぶ。その道中にて剣に憧れ、過去の神話を求める少女や宝の収集を旨とする男と出会う。

 その二人と共に帝国に向かう主人公。その道中で何度か英雄の話を耳にする。帝国創生神話。帝国の王は魔王を退けた英雄の血族だと。

 だから聖剣の適正は無いのだと、彼は納得しそれを受け入れた。

 ――帝国に乗り込む一行。帝国の王は兵を構えており、既に退ける気は無い。家を捨て、逃げた愚か者と、彼を叱責する。

 主人公、自身の拳を打ち鳴らし過去の自分と父親を超えて見せると豪語し。戦いが始まった。

 

「……いったん、ここまでか」

 

 構想ではここまでが中盤だ。

 主人公が王族である事。そして家の事柄に終止符を打つべく動く。

 けれど、まだ話は動く。動くけれど、動かし過ぎないように。

 

「んっ……」

「こっちも何とか終わったわ。こう、頭の中のイメージを勝手に書いてくれる魔法でもないかしらね。……そういうのは魔術だったかしら」

「多分、魔術」

 

 ジャンヌも書き終わったようだ。この構想では間に合わない可能性が高いため、俺とジャンヌ、二人で執筆を進める事になった。一人称を中心に、なるべく文体を合わせていく。女性パートはジャンヌに、男性パートは俺が担当する事で何とか整合性は取りたい所。

 ちなみに確か魔法の定義はアレだ。“現代の科学でどんなに費用や日々を積み重ねても達成できない事”であった筈。例えば時間旅行とか別世界の転移とか。だから某猫型ロボットの持つ道具は、魔法を魔術に落とすと言う割ととんでもない事なのである。

 閑話休題。

 

「我がマスターながら、ホントよく付き合ってくれるわね。貴方、ビーチでもろくに泳がなかったでしょ?」

「……いや、泳げないんだよ。それに暑いの苦手だし。だから俺なりに充実してたさ」

 

 それが面白かったのか、彼女は小さく噴き出した。

 南国に向いて無さ過ぎじゃないですかね、俺。いい加減泳げるようになった方がいいのだろうか。

 

「へぇ、じゃあ今度はプールにでも沈めてあげようかしら。二人なら余計な手出しもないでしょう?」

「勘弁して……」

 

 溺れるのを侮ってはいけない。何の兆候も無しに突然沈む事だってあるんだから。

 足着く場所でも、それは同じである。

 

「冗談よ、本気にしないで。プールがヤならそこに連れていくつもりはないわ。

 そうね……邪魔の入らないところが一番かしら」

「映画、とか?」

「そう、それ。遊園地とかはイヤよ。そんな子供っぽい所」

 

 いや、アトラクションも最近は凄いぞ。大人ですら本気で引く程の絶叫マシーンだってある。

 

「……はー、話疲れた。さっさと寝ましょう」

 

 そういって、ジャンヌは俺の部屋のベッドにもぐりこむ。

 いやいやいや、待って、待った、待ちなさい。

 

「あのさ、ジャンヌ。一応ここ俺の部屋だから、自分の所戻ったら?」

「何? こんな夜中に女を部屋から追い出すつもり?」

 

 痛い所を突かれる。一応同じ階だけど、部屋から戻る際何かトラブルが起きないとも言えない。

 少し考えて、まぁいいかと結論を出した。

 

「じゃあ、俺は床で寝るよ。お休み」

「は? ちょっと」

 

 有無言わさず電気を落とす。

 カーペットの心地良さなら、体にそれほどの問題でもないだろう。

 

 

「…………バカ」

 

 




「さて、どうしようかしら。約束は果たすけれど、マスターの願いを叶えてこそのサーヴァントですもの」
「貴方も来ていたのね」
「それは勿論。だって、おかしいと思わない?
 この世界、一つひっくり返せば狂気が満ちているわよ。サーヴァント達の尽力あって、まだマスター達には気づかれてないけど、今のままじゃ時間の問題。
 私もフォーリナーとやらを一人は撃退したけど、正直本命じゃないわ。何より、もうこのルルハワ自体がおかしい」
「……そうね。だって、ここだけ世界が重なっているんですもの。そしてマスターからは彼らの日常が幻影にしか見えない。あの空港が入口だったのね。
 これも外宇宙の存在だから出来る現象かしら」
「マスターの事、頼むわ。私も出来る限りの事はするから」
「えぇ、任せて」


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After7 サバ☆フェス! 五日目

アーケードでようやくセイバーオルタのフェイタルが4枚揃いました……。後一枚だ……。そしてアーケードの方がヴラド公の宝具レベルが上がっていると言う。

もうすぐネロ祭だ! すり抜けがたくさんいるから育てるぜ!(やけくそ)


ちなみに今回の話を書く上で参考にさせて頂いたのは「武蔵と柳生新陰流 集英社新書様」からです。FGOの柳生さんのモーションを彷彿させる内容でした。面白かった。


 

 

「うーん……」

 

 詰まった、戦闘シーンの描写で何かが納得いかないのだ。肝心のストーリーはもう既に書き切っている。だが刀を使用する登場人物の戦闘シーン――そこの出来がどうにも腑に落ちない。

 高速移動を得意とする強敵と瞬撃の剣戟を繰り広げるシーンはまだいい。わざと見せた隙。そこを狙った相手にカウンターの斬撃を浴びせ、刀を鞘に納めた途端敵の体が崩れ落ちる。緩急ついた戦闘描写は心を躍らせるが、とても難しい。

 この一連の描写がどうにも上手くいかない。

 ――そんな訳で、刀を得意とし剣術に通ずるサーヴァントに会って、実際に話を聞きたいのだ。彼らが生前積み上げてきた技術、心得。それに触れて、何かを掴みたい。

 勿論、その謝礼として俺に出来る事なら何でもする。それが条件だろう。

 

「……やっぱり気が引けるなぁ」

 

 頭に浮かんだのは、フランスきっての大剣豪であるデオンさんや剣を学ぶものであれば決して触れぬ事は無い宮本武蔵……ちゃん。

 フランクに聞けるのであればその辺りだろう。鈴鹿御前も付き合ってはくれるだろうが、彼女の剣術は少し違う。

 そして俺にはこの際、どうしても話を聞きたい御人がいる。

 そんな訳で、和風サーヴァント達が作り上げた寺の中で、俺は彼の人物と出会っていた。

 

「――ふむ、それで但馬の下を訪ねたと言う事か」

「は、はい……」

 

 柳生但馬守宗矩――日本の剣豪を問われたのなら、俺は真っ先に名を挙げるであろう人。

 新陰流の創始者である剣聖、上泉信綱。彼の弟子である柳生宗厳の息子であり剣術無双と称賛され、一大名まで上り詰めた武人。

 やばい、緊張しきっていて言葉が上手く出ない。喉が渇いて、舌が上手く回りそうにない。

そして俺の傍らに護衛はいない。護衛のサーヴァントを連れていたところで、彼の剣は誰の動きよりも早く俺に届くだろう。だから、あえて護衛は断っていた。

 

「剣を学ぶには誠に済まぬが、其方に才は無かろう。仕合にも不慣れと見える。他を当たる事を勧めよう」

「あ、いえ。その、学びたいとかそういうのではなくて……。ただ貴方の剣を知りたいと言いますか、見たいと言いますか」

「成程、つまり江戸柳生の剣を解きたい。そう申したと捉えて相違ないか?」

「そ、そういう訳じゃ……」

 

 剣呑な視線が、一気に柔らかくなる。

 張り詰めていた緊張の糸がようやく解けた。

 

「フフフ、些細な冗談に過ぎん。

 何、幼子のように目を輝かせられては、言の葉一つで返すのも無粋と言う物。

この身は既に影法師よ。我が剣、我が心。望む限りお教えしよう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 それは本当に幸せな時間だった。

 剣術、特に刀は現代であっても人々を魅了する力がある。その一端に触れる事が出来るのだ。

 

「剣術の基本は円。即ち、身体の動きである。新陰流の(まろばし)も例外ではない。刃の進化と似たようなものよ。

 仕合とは、既に構えの時点で決まっているのだ」

 

 かの剣聖から、例え口頭ではあろうとも、学びを受ける事が出来るのだ。

 一部の歴史家達は喉から手が出る程に、この時間を経験したくてたまらないだろう。

 

「腰に帯刀を行うのは鍛錬の一つ。重りとする事により、重心を体に覚えさせるのだ。鋭き刃は、身体の動きによって左右されると言っても良い。」

 

 ――気が付けば、上り始めていた筈の太陽は既に沈もうとしているところだった。

 

 

 

 執筆作業を進める。もう大筋は書き終わった。後は細かい修正だけだ。本当に誤字だけは気を付けなくては。没入する感覚や雰囲気がたったの一文字で破壊されてしまう。

 肝心の戦闘シーンも何とか書けてきた。主人公が拳一つで強敵の猛攻を掻い潜り肉薄するシーンはやはり良い。

 

「……」

 

 父親である帝王との決戦。彼を下した主人公。だが、雰囲気がどこか違う事を悟る。違和感を感じた次の瞬間、帝王に突き飛ばされ、彼の肉体を凶刃が襲った。

 帝国の副官が現れる。――彼が、この国を操っていた正体だった。その理由は、世界にもう一度伝説を生み出す事。即ち、魔王の再来。

 突如、城内に高密度の魔力が充満。一人の男が姿を現す。――黒のフードに身を纏った男。顔はよく見えない。

 男は副官を瞬時に斬り捨てた。その太刀筋が見えた者はいない。

 交戦開始。主人公、急所を的確に狙う閃光の如き斬撃を紙一重で避けていく。それは見切ったのではなく、ほぼ勘任せであった。

 フードが外れた瞬間、主人公は動きを止める。それは夢の中で自身と幾度となく斬り合っていた男の顔だったからだ。

 それを理解したとたん、心臓を貫かれ、彼は地に伏せた――最期に、救えなかった者達に手を伸ばしながら。

 

「……」

 

 死んだ筈の彼は、名前以外の記憶を全て失っていた。見えるのは暗闇の世界。どこまで行っても終わる事も、明ける事も無い空間だった。

 見覚えのあるモノ――それはかつて彼が救えなかった人々との思い出のカタチ。まるで道標のように散らばっている欠片を、拾い集める。そして辿り着いたのは、自身が務めていた宿屋。

 その風景に何かを思い出そうとした瞬間、真横から勢いよく殴り飛ばされる。――その痛みを体は知っている。魂が覚えている。

 顔を上げると、立っていたのは自分を鍛えてくれた師の姿だった。

 記憶が蘇る。自身が心臓を刺されて死んだと言う感覚すらも。師は、告げる。主人公の精神に細工をした。彼が死ぬ間際に起きる現象に自ら介入したのだと。

 師、拳を構える。どこまで強くなったのかを見るために。主人公、拳を構える。彼から継いだモノが無駄ではなかったと示すために。

 

「……」

 

 壮絶な格闘は、いつしか愚直な殴り合いとなっていた。

 互いに殴り合い、そして師から繰り出される渾身の一打を額で受け止める。崩れ落ちそうになる体と途切れかける意識をつなぎとめて、反撃の一手を打ち込んだ。

 倒れていく師を見届けて、主人公もまたその場に座り込んだ。

 そこで彼は自身の出生を知らされる。

 自分の父親は帝王なのではなく、数千年前に魔王を倒し世界を救った英雄であると。英雄とその時彼を支えた王女の息子が彼なのだと。

 いずれ魔王の復活を予見した父が彼に力を託し、母は息子を守るためにいずれ魔王が目覚める時まで彼を傍で守り続ける。

 師は父である英雄の敵であり、彼に倒されトドメを刺されなかった。いわば悔恨の敵であった。それを知りながら師は一切の私情を交えず主人公を育ててくれたのだ。

 ただ、主人公には一つ呪いがあった。それは魔人である父と人間である母の血が混ざりあっていると言う体質故の不幸であった。彼は魔剣を使う都度、自身の記憶が失われていくのだ。

 魔剣は奪われることを防ぐために、彼の体に埋め込まれていた。故に呪いは彼を蝕み続けている。

 主人公、立ち上がる。ようやく自分の生まれが分かったと。父の誇りと母の愛に応えるために、戦う。

 それが呪いであったとしても、自分のやるべき事であるのなら受け入れると。

 師、未来へ歩もうとする弟子の姿を見届けた。

 

「……」

 

 父の剣を携え、再度復活した主人公。その体からは夥しい魔力が溢れている。英雄の再来であると言わんばかりに。

 フードの男――魔王と壮絶に斬り合いを展開する。一合交える都度、自身の記憶が砕け散っていく事を知る。けれど、手を緩める事無く、幾度となく交戦していく。

 魔王、自身を討ち果たせる存在に歓喜し、舞台を整えると告げる。彼が指を鳴らした途端、城の天井が砕け、灰色の月が顔をのぞかせた。

 その体が透けていく。魔王の本体はそこにいると。

 ひとまず状況を整える事にした一行。主人公にはこれまで旅をした仲間の名前が思い出せなくなっていた。

 

「……と、さすがにここまでか」

 

 もう時間も遅い。時刻はもう三時を回っていた。

 どうしてこう、文章と言う物はすらすら浮かぶ時と浮かばない時があるのだろうか。ましてやお金を貰って読んでもらう以上、一定のクオリティが無ければ話にならない。

 ましてや目に通すのはサーヴァント達が中心。恥ずかしい作品など見せられる筈が無い。

 

「少し、寝るかな」

 

 背もたれに背中を預けて、小さく目を閉じる。一気に話が進んだ時は、こうやって見直す時間も必要だ。読み直せば直したい台詞や描写ばかりが浮かび上がってくる。だから何度も推敲を重ねるのだ。

 

「……」

 

 意識が微睡に落ちる。時折聞こえる、時計の音。

 ちくたく、ちくたく――

 

「――マスター」

「わっ、びっくりした」

 

 耳元でいきなり声が聞こえた。聞き慣れた声で無かったら、椅子から落ちてたかもしれない。

 振り向こうとして、後ろから腕を回される。これ、アレか。あすなろ抱きってヤツか。

 彼女の香りが、いつもより強く感じる。

 何だろう、ちょっと変な夢を見てた。あれは……何かの門なのだろうか。それに夢の中の俺は服を着ておらず無手も同然。

 あんな夢は初めて見た。今まで一度も無かったのに。

 

「ごめんなさい、驚かせたかしら?」

「まぁ、ちょっとだけ」

 

 意識の底にまだ靄がかかっている。それなりには寝たはずだ。

 時間を見る。時刻は23時59分――先ほどまで文章を打ち込んでいた画面が消えている事に気が付く。暗闇に映っているのは俺と、顔だけが見えない彼女の姿。

 

「準備も大変ね。全部任せればいいのに、自分でするなんて」

「それは、うん。楽しんで欲しいし」

「……そう」

「……」

 

 気味の悪い沈黙。いつもなら何気ないその一時が、今は少しだけ悍ましい。

 そういえば、ルルハワの夜ってこんなに静かだったっけ。いつもは車の音とかサーヴァントや人々の喧騒だとか、鶏の鳴き声とかが聞こえる筈なのに。

 

「……ねぇ、マスター。いっその事ここで過ごさない?」

「……」

「カルデアに戻っても、戦いの日々が待つだけ。貴方も、大切な人も傷ついて苦しいだけ。

 ここなら永遠に生きていける。幸せな日々の中で」

 

 彼女の声音は変わらない。確かによく似ている。

 まずは、その返事に答えよう。

 それにしても、何だが変な感じだ。まるで夢の中にいるような。

 

「心配してくれてるのは嬉しい。でも、悪いけど。約束してきたんだ、色んな時代の人や英雄達に。

 だから歴史を紡ぐ旅を。終わらせる訳にはいかない」

「だから、苦しむの? だから傷つくの? もう傷だらけの体を酷使してまで?」

「それが、こんな無力な俺にも出来る事なら。少しでも、前に進めるのなら」

「――フ、フフ」

 

 妖しく声が笑う。

 でも不思議な事に恐怖は無い。ただ現実を受け止める心がある。

 

「フフフフ、フフフフフ。あぁ、やっぱり。

 ヒトって面白いわ、こんなに足掻き続けるなんて」

「……」

「貴方は特別よ、見届けてあげる。

 気が変わったわ。貴方の体をこちらに持って帰るつもりだったけど、そのままの方が面白そう。

 私を飽きさせないでね? 最期が来たら、もう一度貴方を迎えに行ってあげるから。今度は夢の国でずっとずっと、過ごしましょう?」

「……」

 

 意識が暗くなってくる。どうやら眠りに着くらしい。

 

「チクタク、チクタク、チクタク――」

 

 視界が途切れる刹那に彼女の顔が歪んで、燃えるような三つの赤い瞳が見えた。

 

 

 

「……っ」

 

 目が醒める。画面には直前まで打ち込んでいた文章。時刻は午前三時、丁度時計を見た時刻だ。

 ……さっきのは悪い夢か、それとも。

 部屋のカーテンを開けて窓を見れば、空には煌めく星々が浮かんでいる。

 

「マスターっ」

「?」

 

 声に振り返ろうとしたとき、抱きしめられた。

 香りと温もり、そして彼女の声。

 

「良かった……。無事なのね」

「うん、まぁ。ちょっと、悪い夢を見てたみたいだ」

「良かった、本当に良かった……。帰ってきてくれて」

 

 彼女がいつになく不安げな表情を見せていた事に少し驚いてしまう。

 今見たのは、ただの悪い夢。グランドオーダーが始まった頃に比べれば、大した事は無い。

 ……今日はもう寝よう。

 

「……そのさ、傍にいてくれないか。またあの夢を見ると思うと、少し不安で」

「えぇ、勿論よ。私のマスター。

おやすみなさい」

 

 彼女の声を聞いて、また眠りに着く。

 サバフェス開催まで後少し。明日までに書き終えれば、入稿は間に合うだろう。

 うん、大丈夫。少し、気が楽になった。

 

 





 そんなルルハワの夜空に、赤い三つ星が浮かんでいた。
 たった一人を、見つめるように――。



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スクラップ

After編のネタが思いつかないので自分でぶった切っていくスタイル。

ネロ祭終了。マスターの方々お疲れさまでした!
睡眠時間を削りつつ、暇があれば周回と言う生活で私は250箱でフィニッシュです。いやぁ、楽しかったしオーロラ集めも充実しました。
杭? 杭は、うん。まぁ、後でオルタ達に謝罪するしか無いかなぁと。


あ、後アーケードでオルタのフェイタルが5枚揃いました。やったぜ。


 

 特異点修復の旅路。その道中で、とある街に寄っていた。

 俺と立香も、まだ慣れない旅路の途中であり、俺に至っては未だに割り切れていない苦しみの最中でもあった。それを知っているかは定かでは無いが、ドクターから今日は休息を取った方がいいと進言があったのだ。

 サーヴァント達も俺達の疲労を知っていたのか、それに同意した。――明日まで、この街で体を休める事になったのだ。

 そんな訳で俺は街の随所を歩いて回っていた。一人でこもっていては考えが憂鬱になるし、吐き気を誤魔化す事も難しくなってくる。ドクター達にバイタルの異常を気づかれれば、この先がどうなるか分からない。

 

“最悪な気分だ……”

 

 いくら永遠を望んでも、時は残酷に結末を運んでくる。その時俺は何をするのだろう。一体何を選ぶのだろう。――そもそも、選ぶ事なんて出来るのか。

 答えの出ない毎日が、ただ過ぎていく時間だけがこんなにも苦しいとは。

 

「っと」

 

 曲がり角から飛び出してきた何かがぶつかる。

 衝撃も僅か、痛みもほとんど無い。

 見れば、子供の姿だった。街を走り回っているのだろう。

 

「あっ、ごめんなさい」

「……大丈夫。ほら、行っておいで」

 

 無理やりな作り笑いを浮かべる。幸い、子供に見抜かれる事は無かった。

 ――駆けていくその姿を見送る。子供だった彼らが成長して大人になって、また子供を産み、現代まで続いていく。

 そんな当たり前の事は知っている。繁殖し繁栄する事が生物の最終的な目標である事も。

 

“分かっていた、筈なのに”

 

 俺の結末を、人理修復後の運命を知った時の空白とその冷たさは、未だに溶ける事も和らぐ事も無い。

 それが恐ろしくて、何もかもが消えていく感覚が怖くて。俺は何としても生き延びようと決めたのだ。

 どうせ創作の世界なんだから、折り合いなんて簡単に付く――そう、思っていたから。

 

「……」

 

 死にたくないと言う願い。それを超えるモノは無いと。所詮、自分は自分しか救えないのだと。この考えが変わる訳が無い。

 そう、思っていた筈なのに。

 どうしてこんなに迷っている。知っている世界だと、割り切れると考えていたのに。どうして俺は、振り切る事すら出来ない。

 

 

 

 

 無事カルデアに帰還するや否や、デブリーフィングを済まして俺は自室のトイレに駆け込んで。全てをぶちまける。ここならバイタルチェックは無いから、気づかれる事も無い。

 喉が熱い。口の中が気持ち悪い。視界が朦朧として、このまま意識を手放したくなる。

 でもそれは出来ない。何もかもを放り投げる事だけは決して。

 

「……っ」

 

 ベッドに横になる。――だが眠る訳にはいかない。どうせ見るのは決まって悪夢だと分かっている。もう何度も見てきたのだから。

 どうせ寝るのなら、このまま醒めない眠りに着いてしまえばいい。そうすれば夢を見る事も無くなる。

 

『変なヒト。貴方が望んだ事なのに、それを後悔するなんて』

「……返す言葉が無いな」

 

 彼女の言葉が、重い。それはそうだ。彼女は俺に力の大部分を譲った。その代償に、彼女は今、俺以外には見えないのだ。

 皮肉の一つも投げたくなるだろう。

 

「……」

 

 自分で彼女を呼び出して、利用した癖に。今更それを無かった事にしようとしている。

 呆れられて、契約を切られてもおかしくない。

 ――カルデアの人々だってそうだ。

 俺のような人間にも親身に接してくれて。マスターである俺達が抱える負担を、共に支えようとしてくれている。

 

「……」

 

 自分の過ちから目を背けるように、自身の使命に向き合う彼らから逃げるように。

 同じ場所を歩いていた癖に、その目線は全く違う場所を見ていた。

 

「……」

 

 立ち止まる事は出来ない。

 仲間を騙し、自分をも見失って。

 それでも時間は淡々と、残酷に過ぎていく。

 

 

 

 

 見覚えのある街を駆けていた。

 淡い黒色のコートで身を隠して。逃げるように走る。

 

「――」

 

 見えるのは、青い空。終わりを焼却された人々に、定めは無い。

 あぁ、そうだ。魔術王は人理焼却を完遂した。俺はカルデアを裏切って、彼らを見捨てて。自身の保身に全力を尽くして。――本当に第二の生を得たのだ。

 あれほど望んでいた結末が、ここにある。だと言うのに、一向に恐怖は拭えない。

 こちらを見る人々の瞳は淀んでいて、何を考えているのかすら分からない。

 ……いや、違う。きっと考える必要が無いのだろう。

 死ぬ事は無い。苦しみも無い。だから何かをする意味が無いのだ。生殖、繁栄、愛情――その全てが不要となり、理解を捨て、ただ在るだけの肉袋になり果てた。

 これが、俺の選んだ未来。取り戻すために戦った彼らを見捨てて、掴み取った光景。

 

「違う、違う、違う……っ」

 

 こんな世界を望んだワケじゃない。

 ただもう一度、当たり前の日常が欲しかっただけ。

 

「――本当に?」

 

 彼女達が道を塞ぐように姿を現す。いつもなら嫋やかに映える白い着物が、まるで亡霊のようで。

 

「だって、貴方は彼らを切り捨てた。なら、それはこの世界を受け入れたも同然でしょう?」

「あぁ、そうだ。貴様はその上で我らを裏切ったのだろう?」

「今更、否定するつもり? もう元に戻るワケないでしょ?」

 

 違う、違うんだ。

 俺は、ただ。ただ――。

 

「ただ、何ですか? 私達に何一つ話す事もしないで。先輩を傷つけて、カルデアを裏切って」

「――その果てに掴んだ世界すらも、裏切るのかアラン」

 

 マシュと立香の声が聞こえる。

 今すぐ耳を塞いで、目を閉じたい。ここから逃げ出したい。

 でも、彼らの目線がそれを許さない。

 

「おめでとう、アラン。キミは、立派な裏切り者だ。そうしてキミは生きていくんだね」

「あぁ全く。実にキミらしいね、アラン」

 

 その言葉に、自身の何かが折れた。

 かろうじて体を支えていた力すらも無くなって。闇の奈落に落ちていく――。

 

「……っっ!」

 

 逃げ出すように飛び起きた。視界に映ったのは照明を落とした自室の天井。

 息が荒れている。まるで水を浴びたかのように、汗が体中へ張り付いている。

 時間を見た。まだ日付が変わった頃。

 

「……」

 

 このところ、眠れていない。眠れば必ず悪夢を見てしまって、嫌でも目が醒める。そしてまた悪夢を見る恐怖のせいで、眠る事すらままならない。

 ドクターから貰った睡眠薬があるが、それでも夢を見る恐怖があって、未だに飲む事が出来ない。

 中でも今のは最悪な夢だった。いつもなら自分が死ぬくらいで終わるのだが、時折今まで出会った誰かが夢に出る。

 自分一人ならばまだ耐えられるけれど――。

 

『――裏切り者』

 

 急に怖くなって、逃れるように部屋を出た。息を切らしながら、向かうのはとある工房。

 俺が頼りにしている一人の英霊の部屋。

 

「おや、いらっしゃい。夜遅くにも……。あぁ、いや、まずは着替えなさい。酷い汗だね、シャワーも浴びるといい。話はそれからだ」

「……はい」

 

 

 

 

 ダヴィンチちゃんの工房でシャワーを借りる。汗は洗い落とせたが、心に巣くう罪悪感と脳裏に焼き付いた光景が薄れる事は無かった。

 浴室から上がると、彼女はコーヒーを入れて待ってくれていた。触ると仄かに温かい。冷たい体にはちょうど良い。

 

「どうしたんだい? まるで悪い夢でも見たようだね。夢を見なくする薬があるけどいるかな」

「いえ、大丈夫です。夢が見れなくなったら、困りますから」

「そっか、キミがいいならそれで構わないけど酷い顔だよ。オルタ達が見たら、血相を変えてくるんじゃないかな」

「……どんな顔してます?」

「今にも泣きそうで、辛そうな顔をしている」

 

 硬い表情でも口元だけは何とか笑顔で。いつもこうして、何とか取り繕ってきた。

 心の底から笑う事はまだ出来ていないけれど、それでも――。

 

「無理して笑う事は無いよ。自然な笑顔は意図せずして生まれるものだ。万能の天才たる私が見抜けないとでも思ったかい?」

「……」

「話せないのなら構わない。次の特異点まで時間はある。ゆっくり落ち着いてからでも――」

「――人類は、焼却されるんでしょうか」

 

 そう呟いてしまう。

 俺の言葉にダヴィンチちゃんはゆっくりと息を吐いて、何やら工房に仕掛けを施した。

 

「遮断だよ、この部屋から音が漏れる事は無い。壁に耳ありと言うからね。

 遮ってごめんよ。さ、話してごらん」

「……俺は」

 

 言うべきか躊躇する。

 もし口にしてしまえば、今までの関係が全て崩れてしまうかもしれない。最悪、殺されてもおかしくない。

 そう思案する心とは裏腹に、口は自然と動き出していた。

 

「俺は、裏切ったんです。カルデアを、人々を、英霊達を」

「……」

「――怖くて。もう一度死ぬのが、ただ怖くて。あの冷たさと喪失に耐え切れなくて。俺は我が身可愛さに、裏切りを承諾したんです」

「……そうか」

 

 ダヴィンチちゃんはかけていた眼鏡を机に置いて、俺にゆっくりと近づいてきた。

 その顔を、表情を正面から見る事が出来ない。どんな言葉を突きつけられようと、それを受け入れる覚悟だった。今ここで殺されても、構わない。

 瞑るまいと決めていた目が、咄嗟に閉じてしまう。もうどうあっても、俺がカルデアに受け入れられる事は無いだろう。

 ――けれど、待っていたのは冷たい拒絶ではなく、温かな抱擁。

 

「え……」

「よく耐えたね。独りは、辛かっただろう」

 

 強く、抱きしめられた。そのまま頭を撫でられて。

 胸の底から、今まで抑え込んでいた感情が溢れ出す。

 

「……はい」

「誰にも言えなくて、ずっと耐えてきたのか」

「……はいっ」

「気づけなくて、ごめんね」

 

 ――初めて、人の胸で泣いた。

 ずっと震えながら泣いてばかりいる俺を、ダヴィンチちゃんは何も言わずそっと抱きしめて、怖がりな子供を寝かしつけるように頭を撫でていた。

 

 

 

 

 ダヴィンチちゃんに全てを打ち明けた。

 俺の事情も、何もかもを。

 その上で彼女はいつものように微笑んだ。工房を訪れた時の、いつものように。

 

「そうか、それは酷く辛い旅だ。孤独な闘いだっただろう。

 私で良ければ、可能な限り力になるよ。

 今日はここで休んでいきなさい。まだ目が赤いから、他の誰かに見つかるとまたややこしい事になりそうだ」

「……ありがとうございます」

「間違えたっていい。そもそも、人は自由に生きる事が出来る。だから正解なんてあるワケないのさ。突き詰めて言えば、正しさなんて人を追い詰める道具にしかならないのだからね。

 ただ、こと人生において重要なのは。その決意が本物かどうかだけ。だからキミの選択は間違いかもしれないけれど、その心は紛れも無い本物だ。

 ――アラン、どうかキミの行く末に幸せがあるように」

 

 気持ちが少しだけ楽になった。

 工房の一スペースを借りて、横になった際、ふとダヴィンチちゃんが口を開く。

 

「ところで自分のサーヴァントを操ろうとは思わなかったのかい。キミが望んでいたのなら、それだけの支援も受けられただろうに」

 

 あぁ、確かに。魔術王の手があれば、令呪に手を加えて、彼女達の力を十全に確保したまま完全な手駒にする事も出来ただろう。

 けど、それは出来なかった。出来る筈が無い。だって――

 

「俺なんかをマスターとして認めてくれましたから。それに、命懸けで俺を守ってくれた、大切な存在です」

「……じゃあ、もしも。キミのしている事が彼らに気づかれてたらどうしていたのかな」

 

 その光景を想像して、思わず笑ってしまう。寧ろ、その方がどれだけ楽だったか。

 

「頭を地面にこすりつけてでも、ただ謝るしか無いかなって。それでもダメだったら、この命を差し出すくらいは」

「……あぁ、そうか。契約した彼らへの信頼と敬愛は、それ程までに強かったんだね。

 ただ、召喚に応じてくれただけの話なのに」

「はい、それは変わりません。感謝、してますから」

「そうか……。うん、悪くないよ。

 キミは立派なカルデアのマスターだ。私が保証するよ」

 

 彼女の言葉に心が少しだけ軽くなった。

 目を閉じると、すぐに心地良い眠気がやってきた。

 

 その夜、初めて悪夢を見なかった。

 

 

 

 

 ――親友を、この刃で貫いた。

 事前にダヴィンチちゃんに調整は頼んでおいたから、致命傷に至る事は無いだろう。でも、不快感が強く手の中に残っている。

 

『そんな。君も……君も裏切っていたのかい! アラン!』

 

 あぁ、本当に話してなかったんだダヴィンチちゃん。ドクターがあれだけ声を荒げるなんて珍しい事だから。変なところで、律儀だなぁ。

 サーヴァント達が俺を見る。その視線に敵意は無く、寧ろ信じがたいと言わんばかりの物だった。

 それがただ歯痒い。いっその事、斬りかかってくれれば楽なのに。

 だからどうか、俺を罵ってください。敵だと、見限ってください。貴方達にはその権利があるんだから。

 

「アラン……! 正気ですか! 人理を燃やせば、人類は!」

 

 ジャンヌ・ダルク。俺に切欠を与えてくれた人。貴方の生き方はとても眩しかった。貴方の言葉に、俺は確かに救いを得たんです。もしそれが無かったのなら、俺は本当に裏切ったままだったかもしれません。

 

「それで終わる話では無い! 貴方は分かっていて、そちらに付くと言うのですか!」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。ブリテンの王、聖剣の担い手。終わりゆく者達にとって輝ける星。

 貴方の在り方はとても高潔で、英雄に相応しい人物だった。

 だからどうか、その剣を躊躇せず俺に向けてください。

 

「耳が痛いな、それは。だが……貴様が彼女を語るな」

 

 エミヤ――どう足掻いても救われない者のために戦った正義の味方。俺と立香に旅の秘訣や指揮のコツを教えてくれた。

 その瞳が揺れている。俺を敵として処理するべきか、真意を見定めるべきかと。優しいんだな、貴方は。

 

「……蛮勇――ではないな。貴様のその目は、欲に駆られている。己が欲のために全てを踏み躙ろうとしている。見抜けないとは、私も劣ったか」

 

 影の国の女王スカサハ。彼女の言葉は、俺の真意を呆気なく読み取った。

 この命は誰かのために。だから俺は全てを擲つと決めたんだ。

 

「■■■――――!!!!」

 

 大英雄ヘラクレス。彼の脚力を以てすれば、彼我の距離を瞬く間に埋める事も容易な筈。けれど、その眼光は真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

「悪鬼に堕ちましたか……。ならば言葉は要らず……!」

 

 沖田総司。幕末の動乱を駆け抜けた、名高き剣豪。

 立香の懐刀とも呼べる存在で、時には俺の事も守ってくれた頼もしい刃。

 

“……”

 

 自身のマスターが刺されたにも関わらず、彼らはすぐには斬りかかって来ない。

 どうか罵って、その刃を突きつけてください。貴方達のマスターを傷つけたんだから、俺は相応の報いを受けなくちゃいけない。

 戸惑わないで、迷わないで。俺を敵だと突き放してください。

 

「……マスター」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。もう一つの側面。セイバー・オルタ。最初は少し怖かったけど、話をしてみたら意外に優しいし、考えてみれば当然だ。その本質はブリテンの王なのだから。

 まだ貴方は、俺をマスターと呼んでくれるんだな。

 

「……ふざけないでよ、何で。何でアンタが……!」

 

 ジャンヌ・オルタ。時々アルトリアと口論したり喧嘩もするけれど、互いに認め合っている事は知っていた。

 ごめんなさい、俺は貴方を裏切った。だから地獄に行くのは、俺だけでいい。

 

「――最早、語る言葉などありませぬ。我が主よ」

 

 ランスロット。円卓最強を謳われる騎士。彼の剣技と心遣いは、挫けそうになっていた俺を支えてくれた。貴方がいなければ、俺は途中で折れていただろう。

 裏切りの汚名は、俺が持っていきます。貴方はどうか、忠節の騎士でいてください。

 

“……何でもっと早く気づけなかったかなぁ”

 

 脳裏によぎるのはカルデアの記憶。

 人理焼却を超えるべく力を合わせた職員達、人理を救うべく集ったサーヴァント達。

 彼らとの日々は輝いていた。時間にすればほんの僅かに過ぎなかったけれど。どうかその光景が続くようにと願っていた。

 ――ようやく、心の底から笑えるようになったのに。

 もう俺はそこにいる事は出来ないけれど。それでも、祈らせてください。

 

「どうか、その輝きを永遠に――」

 

 

 

 

 そんな光景を思い出して、少し笑う。

 最初の選択を間違えた結末。その終わりを超えて今オレはここにいる。彼女が、繋げてくれた僅かな時間。

 この身に返せるものは余りにも少ない。残ったのは大切な記憶だけ。どれもが比較しようのない、輝ける日々。

 いや、もう一つ残っていた。――この命が、まだ残っている。元より既に終わっていた筈のもの。その使い道など、既に決めている。

 眼前に相対するは魔術王。本来のサーヴァントでは太刀打ちすら適わぬクラス――ビースト。その力は強大で、今のカルデアには適う術がない。

 もし相手が何かの気まぐれであれば、見逃していたかもしれないが。今の相手を見るにその可能性は微塵も無い。

 戦えば、オレは必ず死ぬだろう。

 ……でも、それでいいかな。元々、残骸も同然の体だ。

 オレがここで終わっても、その先に彼らの道が続いているのなら。ただそれだけで。

 何より、彼女が待ってる。オレを守るために世界を巻き戻した彼女の魂が、まだ。孤独のままだから。

 

「……」

 

 首元のマフラーにそっと触れた。俺は彼女のマスターで、彼女は俺のサーヴァント。なら、運命を共にするのは当然だ。決して独りなんかにさせはしない。

 それが今のオレに出来る、彼女への感謝の証。

 

 

 さぁ、結末を迎えに行こう。

 

 





 ――彼が、遠のいていく。白い羽織を翻して。死地へと向かっていく。

 待って、待ってください。
 どうかもう一度、貴方の隣に立たせてください。
 令呪があれば、まだ私は戦えます。この重圧に抗って見せます。
 だから。

 ――そんな祈りに気づいたのか、彼は僅かに振り向いて微笑んだ。

「ばいばい、皆」

 行かないで。




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Rewrite 邪竜百年戦争オルレアン1

漫画版がとても素晴らしかったので、それに触発されるように。
アフター編は構想に苦しんでるから待ってください……。何でクリプター出したんや自分。

時期的には二週目。つまりは裏切っていない状態でのスタートです。そこから第三特異点まで書ければかと。
かなり長丁場になりそうですがよろしくお願いします。ちなみに第二特異点は舞台だけ借りて再構築しようかなと思ってます。とりあえずオルレアン編を完結出来ればいいなと言う気持ち。

あ、後アーケードなのですが、こういった感じのゲームですと言う事を紹介したいと思い、ニコニコ動画に動画上げてます。タイトルは「それ逝け、僕らのGW前線」です。下手くそプレイですがよろしくお願いします。

LB3楽しみ


 

 

 特異点Fから帰還する。

 既にカルデアの施設は酷い有様で、全滅していると言ってもいい有様だった。

 管制室――カルデアスと極僅かなコフィンだけが無事な状態。そこでドクターは俺と立香に告げた。

 

「――レフ・ライノールのテロによって、カルデア職員は百名近くが死亡。無論、それは皆作戦遂行において大きな助けになる筈だった専門家達だ。全世界からかき集めたレイシフト適正者四十八人。生きているのは、戦えるのは――たった二人。

 そして生存者はここにいる二十名。当初の人数よりも極僅かな人員。それがカルデアに残る全戦力だ。

 管制室などの主要な機能はかろうじて復旧出来たが、他は全く意味を為さない。

カルデアに残った、この全てで、これから先七つの人類史と戦わなくてはならない」

 

 悲痛な面持ちでドクターはそう告げた。

 自分の無力さを呪うように、強く両手を握りしめて。顔を伏せながら、その視線だけは俺達を見つめて。

 特異点F――そこだけで何度死にかけただろうか。アレと同じことを、後七度も繰り返さなくてはならない。

 

「マスター適正者二番アラン・フィシス。マスター適正者四十八番藤丸立香。

 キミ達に、七つの人類史と戦う覚悟は――」

 

 出来る訳が無い。

 ――それでもやらないと。

 俺はただの人だ。何の力も無い。

 ――それはここにいる皆も同じだ。

 勇気なんて無い。

 ――だから共に進めばいい。

 

 逃げようとする言葉だけが、頭の中を反芻し続けている。

 その苦悩に気づいているように。重い表情で、ドクターは言葉を差し出した。

 

 

「――人類の未来を背負う覚悟はあるか?」

 

 

 視線が集う。マシュも、特異点Fで戦ってくれたランスロットも言葉を挟まず、じっと俺達を見つめていた。

 言葉が出ない。

 それでも何とか返事をするために、乾びた口を動かそうとする。

 

「俺、は」

「――外って、どうなりました」

 

 俯いた顔を上げないまま、立香はそう口にした。

 

「……調査に行ったスタッフは、存在を消失した。――生き残っているのは、カルデアにいる僕達だけだ。ここにいる全員が、最後の生き残りとなる。

 でも、カルデアは無事だ。防壁は幾重にも張ってるからそう簡単に……!」

「電話を、しようと思ったんです」

 

 食いしばるような声だった。自分の気持ちを抑え込んだ、壊れかけの叫びだった。

 

「両親や友人には、まだ何も言えてなかったから。俺を、心配してるだろうから。

 離れたところにいるけれど、俺は元気で。優しい人達と過ごせてるって。

 ――他にも、沢山話したい事が、出来たんです」

 

 それもその筈だ。

 だって彼は。魔術とは何の縁も無い、平穏に暮らしていた筈の、ただの少年なんだから。

 

「覚悟は、まだ出来てません。魔術も、サーヴァントも、人理も、まだ分からない。

 けど、まだ可能性が残っているのなら。この結末を、変える事が出来るのなら」

 

 恐怖を押し殺して。彼は眦を振り絞って、前を向いた。

 

「――背負います。それが、今の俺に出来る事なら」

 

 ……あぁ、そうだ。

 最早俺は傍観者でも、観察者でもない。彼らと共に戦う、一人のマスターなんだ。

 なら、言葉にすべき事は決まっている。

 

「――俺も、戦います。生き残って、しまったから。

 カルデアに、生き延びたから。戦います、死んでいった彼らの為に」

 

 ドクターは、深く頭を下げた。

 俺達の決意に、ただ感謝を示すように。

 

「ありがとう……。キミ達が、最後の希望だ。

 ――これより現時刻を以て、カルデアの全権限はロマニ・アーキマンが引き継ぐ!

 作戦名をファースト・オーダーから変更! 冠位指定(グランドオーダー)――魔術世界における最高位の名を以て、我々は! 全人類の、奪われた未来を取り戻す!」

 

 

 

 

 

 ――1431年 フランス ヴォークルール地方郊外。

 

『レイシフトの完了を確認した。調子はどうだい?』

「えっと、大丈夫です」

「はい、バイタルに異常ありません」

「こっちも無事です」

 

 レイシフト直前に召喚した英霊。

 立香にはマシュとエミヤ、そしてセイバー、アルトリア。

 俺は特異点Fで召喚したランスロットと、セイバーオルタ。

 これがカルデアの全戦力だ。聖剣があると言うのは心強い。

 

「醜態を晒してくれるなよ、マスター(・・・・)? 私にとってこの特異点はお前を見定める事でもあるのだからな」

「……分かってる」

 

 セイバーオルタから重圧を感じながら、空を見上げる。

 ――空に浮かび上がる極光。どうしてかそれが、酷く見覚えのあるものに見えた。

 

『マスター』

 

 聞き覚えのある少女の声に、頭が僅かに痛む。幻聴だと、気づけるうちはまだいい。

 大分、精神が参っているようだ。

 

『まずは状況を整理しよう。そこは1431年のフランス、ヴォークルール地方だ。

 さて、ちょっと軽い授業だけどその時フランスでは何が起きていたと思う?』

「すみません、世界史はどうも……。フランスって言われるとナポレオンぐらいしか」

「勉強していきましょうね、先輩」

「……ジャンヌ・ダルクの処刑、ですよね」

『アラン君、正解。この時、フランスはイングランドとの百年戦争の真っ只中だ。最終的にはフランスが勝利するが、その代償はとてつもなく大きかった。

 けれども皮肉な事に、互いに争った両国はその後、絶対君主制――即ち絶対王権への道を歩んでいく事になる』

『ダヴィンチちゃんの言う通り、その後のフランスが生んだ政治体制は未来に大きな影響を残していくんだ。だから、もしここでフランスが消滅してしまえば、人理崩壊につながる』

「……これから、どうしていけば」

 

 何もかもが分からない。けれども少しずつ進んでいくしかない。

 

『まずは齟齬を探そう。この時代に決して無かったモノ。あり得ない存在。オーパーツではない、明らかにズレた形。

 ――まぁ、要するに情報収集ってコトさ』

「――マスターに、ダヴィンチ女史。少し歩いたところに街がある。そこに向かう事を提案しよう」

『おや、さすがアーチャー。目には自信があるね、頼もしいよ』

「何、昔の知恵だよ知恵。さて、善は急げとも言う。何はともあれ、まずは進もうじゃないかマスター」

 

 

 

 

「なぁ、アラン。ジャンヌ・ダルクってさ、具体的にはどんな事をした人なんだ」

 

 幸い街へ向かう道中はそれほど険しくも無く、まるで散歩のような感覚だった。

 その道中ふと立香が言葉を開く。

 ……あぁ、確かに。名前ぐらいしか聞いたことが無いって人もいるよな。

 

「救国の聖女。――陥落寸前だったオルレアンを取り戻して、フランスの劣勢状況を覆した少女だよ。彼女のおかげで、フランスは敗北を免れた」

『そうそう。百年戦争においてオルレアンはフランスを守る最後の防壁でもあったんだ。何しろ1415年での戦いからこのオルレアン包囲戦まで、ずっと負け戦だったんだからね』

「そんなに……」

『けれど、フランスは彼女を見捨てた。

 救国の為に戦った彼女の最期は、余りにも残酷極まりない結末だった。あらゆる尊厳と純潔を踏み躙られ、屈辱を受けて――。

 ――……あー、やめやめ。ダメだね、英雄の最期は暗くなる。ここは一つ楽しい話でも』

「俺なら大丈夫ですよ、続きをお願いします」

 

 ジャンヌ・ダルクの最期に共感したのか、立香は瞳を伏せながらそう告げた。

 

『……あぁ、そうか。余計なお節介だったね。

 フランスのために戦った少女はフランスに見捨てられるように、命を落とした。――そういう話さ』

「……」

 

 マシュはまるで理解出来ないと言わんばかりの表情だ。彼女にはまだ、その精神が理解できないのだろう。

 でも、まだ旅は始まったばかりだ。とりあえずは今やるべき事を考えよう。

 

「先輩、アランさん。ヴォークルールに着きました。手分けして情報を集めますか?」

「……うん、そうしよう」

「じゃあ、俺と立香の二手に分かれよう。また一時間後合流を」

 

 

 

 

 さっきから時折、見覚えのない顔がよぎる。

 何の変哲も無い、どこにでもいるような少年。――それが唐突に頭に張り付いて離れない。

 

「――……っ」

「おや、どうかされましたかジャンヌ?」

「いえ、別に。何でもないわ、ジル」

 

 ただただ、腹が立つ。

 名も知らない少年が、どうしてこんなにも自分を苛立たせるのか。

 八つ当たりのようにして、焼け焦げていた物体をもう一度焼き尽くす。

 もう豚のような叫び声を上げる事は無い。せめてそれが聴ければ少しは憂さ晴らしにもなるだろうに。

 あの少年を探し出して焼いてみるかと、思案した途端に酷く胸が痛む。

 これじゃあまるで――。

 

「あぁ、本当に馬鹿みたい。どうせ全部灰にしてやるのに」

「えぇ、えぇ、既にオルレアンは貴方の炎の中。この国は全て、何もかも――ただの贄に過ぎませぬ」

「……そう。そうよね」

 

 何かが違うと、叫んでいる。

 会うべき人、探すべき人がいると。

 でもそんな人間を、私は知らない。

 

「ジル、留守は任せたから。手当たり次第に焼き尽くしてくるわ」

「はい、お任せを」

 

 

 

 

「――良い街ですね、ここは」

「そういえばランスロットはフランス出身だっけ」

「ええ、この時代ではありませんが。それでも祖国の空気を忘れた事はありません」

 

 ヴォークルールにはフランス兵達がいて、ランスロットが上手く話を引き出してくれた。

 竜の魔女が復活し、この国にはワイバーンが無数に存在していると。この時代の修正点とすれば、その竜の魔女だろう。

 ドクター達には既に報告していて、後は立香と合流するだけだ。

 でもせっかく時間があるのだから、こうした街並みを目に焼き付けておきたいと思う。

 

「……妙な顔をしているな、貴様は」

「?」

「酷く懐かしいモノを見たような目をしている。そういえば私を召喚した時もそうだったな。

 まさかと思うが、故郷が恋しくなったのか」

「……いや、少し違うよ。

 俺達が生まれるずっと前から、こうして時代って存在していたんだなぁって。本の中でしか知らない世界だったから」

「……フン、呑気な事だ」

 

 ――遠くで喧しく鐘が鳴らされる。

 

「逃げろ! ワイバーンが来たぞっ!」

 

 その声が響いた途端、兵士達が一斉に武器を構え空を睨む。

 ――彼らの視線に釣られるように空を見た。

 

「え」

 

 無数の飛竜――本の中でしか語られない存在が今そこにあって。

 俺の目の前で人を襲っている。

 

『反応を感知! ワイバーン多数! アラン君、立香君と合流してそこから脱出するんだ!』

「……でもそれじゃあここの人達は」

 

 兵士達が体を食われ、苦痛に顔をゆがめながらも、残った手で剣と槍を振るい道連れにしていく。

 誰一人、ここから逃げようとしない。市民達――守るべき者の避難が終わるまで。

 

「二人で当たれ! 一人で戦おうとするな!」

「女子供を先に逃がせ!」

 

 目の前で、命が消えていく。そして、それを救う力は、俺には無い。

 ――でも、それでも。

 

“電話を、しようと思ったんです”

 

 その決意が頭から離れない。

 迷い中で答えを出しきれず、ただ黙っていた俺とは違って。

 自分に出来る事をしたいと、彼は言った。

 

『全てを救う事は出来ない。ここではキミ達の命が最優先だ。いいね、これは命令だよ』

「……でも、それでも。俺、は!」

 

 ダヴィンチちゃんの言う事はきっと正しい。この場から逃げて。情報をまとめて。特異点を修正するのが正しい選択の筈だ。

 ――どこか遠く、誰かの言葉が脳裏を駆ける。

 

“そなたが思うがままに生きよ”

 

 少しだけ心が軽くなる。

 確かに賢くは無い。正しくは無い。いや、正確にいえば最悪に近い。何の意味も無い、悪手だ。

 

「――誰かが苦しんでいる光景を! 見なかった事に出来ません!」

 

 俺を狙ってきたワイバーンを、ランスロットとアルトリアオルタが斬り捨てた。

 彼らとの間を遮るように二人が立つ。

 

「悪いな、ダヴィンチ。ここで一つ剣の具合を確かめたい所だ。満足行くまで振るわせてもらう」

「マスターが苦悩しているのなら、共に背負うがサーヴァントの務め。罰なら私も共に受けましょう」

 

 上空を矢が駆けていく。――否、射出されているのは剣だ。

 幾重の剣が、まるで矢のように打ち出されてワイバーン達を貫いている。

 

『そうか……立香君もキミも同じ答えか。スタッフ達は皆支援体制に入っているし、これは仕方ないな』

「……すみません」

『謝られても困るさ。キミが決断した事だ。なら、最後まで貫きなさい』

 

 拳を握る。

 これが、戦う事。選択するという事。もう取り消す事は出来ない。……ただ、苦しい。

 何も出来ないこの体が、ただ不甲斐無いばかりで――。

 

「これは、罰だ! 聖女を見捨てた事に対するこの国への報復だ!」

 

 突然、一人の兵士が叫んだ。誰が見ても正常な目ではない。

 誰もがそれを無視する中、一人の女性が頬を叩いた。

 

「馬鹿な事言わないで! あの子はそんな人じゃない!」

 

 腰まで届く長い金髪の女性。彼女も避難民だろう。

 でも、何かが違う。

 

『彼女は――』

「っ! 危ないっ!」

 

 ワイバーンが兵士を食い殺して、その女性にも襲い掛かろうとする。

 咄嗟にランスロットが体勢を変える。アルトリアオルタが魔力放出で駆け付けようとする。だが、間に合わない。

 

「――!!」

 

 その喉元を突如、旗で一突き――目では追えない程の速さ。

 姿はフードとマントを羽織っていてよく見えないけれど、女性という事だけ理解出来た。

 

『説明は後! 彼女と協力して、この街を守るんだ!』

 

 その旗を振るう姿は紛れも無く――。

 



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