【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について (宮野花)
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【頂き物・イラスト】
【頂き物】雪海月さんより【イラスト】




※小説ではございません、申し訳ございません。









こちらは雪海月さんが当作をイメージして描いて頂きましたイラストになります。

 

※ご本人様から許可を頂いております。

※三次創作であり、当作本編とは関係の無いことを表記していただく前提で他アプリでのイラスト公開を作者は許可しております。

※キャラの外見はは雪海月さんのイメージで描いて頂いているので本編とは関係ありません。

本編でのキャラの外見は特に表記していない為、読者様にお好きにイメージしていただいております。

※なおご自身のイメージを大切にされたい方は見ないことをオススメします。

※こちらのイラストの無断転載、批判的な発言など雪海月さんにご迷惑のかかることはしないようお願いします。

 

※以上注意書きと掲載方法はご本人様と相談して許可を頂いております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お仕事中のユリちゃん】

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ……。」

 

いつも通りの清掃作業中に、するりと髪のゴムが落ちてしまった。

長い髪が垂れて肩にかぶる。持っていた雑巾に触れないように慌てて後ろに流した。

 

───取れてしまいましたね。

 

床に転がる髪ゴムをオーケストラさんが拾ってくれる。

それを受け取ると、もうゴムがだいぶ伸びてしまったのがわかる。早く買い替えなくちゃなぁ。

 

「すみません、髪結ぶので少し待っててくれますか?」

 

そういうとオーケストラさんは黙ってしまった。

なにか気に触ることを言っただろうか?わからなくて首を傾げると、オーケストラさんはおずおずと手を私に伸ばしてくる。

 

───私が、結んでもいいですか?

 

「えっ?」

 

───駄目なら、諦めます。

 

「あっ、いえ!全然いいんですけど!」

 

オーケストラさんに髪ゴムを渡して背中を向けた。予想してなかった言葉に驚いてしまう。

髪が持ち上げられる感覚。とても慎重に、丁寧にまとめられていく。こんなにも優しく髪に触れられることなんて初めてで、なんだか顔が熱くなってしまう。

 

出来上がった髪型は、ちょっと不格好だった。

伸びてしまった髪ゴムではやりずらかったろうに、文句一つ言わずに仕上げられた髪型は、家に帰って解いてしまうのが勿体ないくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダニーさんver.胎児EGO】

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そういえば私の先輩にダニーさんって人がいるんですけど、その人の新しい制服がすごい怖いんですよ……。お腹に口がついてて、しかもその口の中本物の歯で出来てて……って、あれ……オーケストラさん!?どこいったんですか!?」

 

【警告】【警告】

【アブノーマリティが逃げ出しました】

【脱走したアブノーマリティが特定しました。アブノーマリティネーム〝静かなオーケストラ〟。】

 

───というわけでユリさんを怖がらせる貴方には死んで頂きます。

 

「制服を脱ぐっていう発想はないんですかね、このクソオーケストラっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔法少女マジカル☆リナリア】

 

 

【挿絵表示】

 

 

※中途半端にギャグ日パロ

 

私リナリア!ごく普通の女の子☆

LobotomyCorporationっていう会社で働いてるの!今日もお仕事頑張るぞっ!

やる気満々で出社したら、ななななんと!ロッカーの中に魔法の杖が入ってたぁー!?

 

『エージェントリナリア……聞こえる?』

「かっ、管理人!?」

 

このインカムで話しかけてきた人は私の上司の管理人さん!

 

『君の手元にあるのは魔法の杖……憎しみの女王というアブノーマリティから作られた武器だ。これから君にはそれで世界を救ってもらう。』

「ええっ!でも私も、魔法なんて使えない……。」

『大丈夫だ。杖を持つと君の頭の中に自然に言葉が思い浮かぶだろう?』

「え……?あっ!」

『それは魔法の呪文。さぁ!唱えるんだ!』

「でっ、でも、こういう女の子の変身シーンって裸になるでしょ?ここは職場だし……そういうのは……。」

『大丈夫。裸になるのはリナリアの同僚だから。』

「なんで!?……まぁ……いいか。」

『さぁ!唱えるんだ!』

 

「わかった……。マジカルストロベリーフラッシュ☆!インフィニティ!!」

 

『うわ掛け声ダサっ』

 

 

☆☆☆

 

 

「よしっ、これで今日の報告書は終わりっと。アイ、ごめんね待たせちゃって……。」

「ううん!いいのよ。この後は確か他の部屋の子達に会いに行くのよね?道中しっかり私が護るからね!」

「ありがとう、頼もしいなぁ。」

 

パァンッ!!!

 

「……え?」

「え。」

 

「き、きゃぁぁぁぁぁ!?な、何!?なんでいきなり裸になってるんですかダニーさん!!!!」

「さいってい!いくら友達でも、ユリになんてもの見せてるのよ貴方!!」

 

(……死にたい。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ヘルパー馬鹿ユージーン】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

はいここまでSS書いて作者がネタ切れしました\(^o^)/

ユージーンさんごめん本当に思いつかなかった。

代わりにご本人様に書いて欲しいものないか聞こうと思ってご相談して出来たものが長くなったので番外編で投稿します。

よければ読んでやってください。

 

 

 

 

 

 

 

【作者のお礼】

 

メッセージでのやり取りをしましたが私が暴走して本当にすみません。

お礼の言葉というよりも雪海月さんの支部のキャラさんにとにかく愛を叫ぶという迷惑をかけました。

 

実際にユリちゃんでプレイもして下さっててとても嬉しいです。ちょっと運がないかわいいユリちゃんが見れるので、皆さんもぜひ読んでみてください!

 

かわいいユリちゃんのちょっと可哀想な日常をいつもありがとうございます。そしてタイガさん大好きですうちにください。

これからも頑張りますのでよろしくお願いします!

 

 

 

なお、今回のイラスト投稿でそれぞれの掲載方式が違うのは文字数調整のためです。2000文字超えないとハーメルンでは規約違反になるためこのような形式にしました。 まず小説でない時点で規約違反になりそうでビクビクしてます。 その際はまた掲載の方法考えますのでよろしくお願いします。

 







イラスト製作者様::雪海月(ハーメルンID:278971)




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【頂き物】メープルクラウンさんより【イラスト】


※小説ではございません。申し訳ございません。



こちらはメープルクラウンさんが当作をイメージして描いて頂きましたイラストになります。
そしてそれに対しての作者(宮野花)のコメント、お礼のストーリーとなっております。


※ご本人様から掲載の許可を頂いております。

※三次創作であり、当作本編とは関係の無いことを表記していただく前提で他アプリでのイラスト公開を作者は許可しております。

※当作を題材としたオリジナル設定、ストーリーがございます。そちらは当作、そして宮野花とは一切関係の無いものとなります。

※キャラの外見ははメープルクラウンさんのイメージで描いて頂くことを作者本人がお願いました。本編とは関係ありません。

当作は本編でのキャラの外見は特に表記していない為、読者様にお好きにイメージしていただいております。

※なおご自身のイメージを大切にされたい方は画像を見ないことをオススメします。

※こちらのイラストの無断転載、批判的な発言などメープルクラウンさんにご迷惑のかかることはしないようお願いします。

※以上注意書きと掲載方法はご本人様と相談して許可を頂いております。









 

 

【メプクラ支部inユリちゃん】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

〜以下、メープルクラウンさんのお言葉〜

 

海外移住したら人外に好かれる件についての三次創作で絵を描かせて頂いておりますメープルクラウンです。

 

この度は宮野花さんに紹介してもらえることになりました!本当に嬉しいです(*´▽`*) 

 

作者さんから三次創作の許可を頂いた後、ユリちゃんの見た目から考えて、今年3月ごろから「海外~件について」の絵を書き始めました。

 

ユリちゃんの見た目は

 

「家族は魔力の強い証拠の黒瞳黒髪」

なのに

「彼女だけは灰色の髪。水色の弱い色彩の瞳。」

 

とか勝手に妄想しましたね(笑) 

 

宮野花さんからは可愛いと言われて本当に嬉しい気持ちでいっぱいでした!

 

ダニー先輩は苦労人。…はっきりわかるんだね。

 

それからストーリーを読むごとに、

 

「ケーシーさんやレナードくんが生きてユリちゃんと和解したらどうなるんだろう?」

 

「そもそも実験や研究をされずにユリちゃんがエージェントとして成長したら?」

 

「戦闘するユリちゃんってどうかな」

 

など。私の妄想が暴走して

 

「メプクラ支部の愛されユリちゃん」

 

という三次創作とはいえ、アブノマに愛されている以外は本家様とは遠いような作品になってしまいました……。

メプクラ支部でのユリちゃんは「職員もアブノマも守る為戦闘する」という設定です。

 

その為、ユリちゃんの周りは皆笑顔で戦うことが出来ます。

しかし本人は先輩としての責任が重く「頼る事が出来ない弱い自分を更に押し隠している」という……。

宮野花さんの書くユリちゃんとはまた違ったユリちゃんの魅了を描けていけたらいいなぁと思っております。

 

あと、今までユリちゃんと関わってきた職員さんの見た目も全員描いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

〜以下、メープルクラウンさんのお言葉〜

 

この絵は私の好きなものを詰めた絵ですね。

 

ユリちゃんが抱えているのはオリジナルのワドルディちゃんです「ティニャ」と言います。

 

御覧の通り双子のアレックスとパイパーはユリ先輩にべったりです

作者「番外編で登場してる後輩君たちです作者が勝手に書いた(最低)」

 

 

前に宮野花さんに小説で描いて貰い、気に入って頂けた双子 

 

この子たちはロボトミー起動させて、同じ日にウチ支部に雇用されたランダム職員です 

なんか髪似てるし 双子にしようかなと育てていたところこいつら1.76MHz作業悉く失敗脱走させたんですよ(笑)

 

その時先輩として助けたのがユリ先輩だったわけです。

 

その日から双子は彼女にべったり

作業部屋ギリギリまでついてくし、

中央部廊下を双子でユリちゃんの左右サンドイッチして歩く 

何度も会話する

オーケストラさんを悪判定で何度も怒らせる 

雪の女王試練で引っかかってユリ先輩に助けてもらう……。

 

こいつらユリ先輩好きすぎだろ

 

そう思ってこいつら双子は「ユリ先輩大好き腹黒双子」と管理人から呼ばれることになりました。宮野花さんの小説では可愛い双子が見れましたが、あれは彼女とダニー先輩の前での顔です。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

〜以下、メープルクラウンさんのお言葉〜

 

これは今までユリちゃんが出会って仲良くなった友達がユリちゃんに会いに来ちゃったーって絵です。

ダニー先輩の苦労は絶えない(ドンマイ)

 

因みに罪善さんは或る方と同席だと懺悔発揮しちゃうのでお休み( ˘ω˘ ) スヤァ…

 

胎児は私が!!!トラウマ!!なので!!省いた!!ゴメンね胎児君!でも君嫌いじゃないけど苦手なんだよ!アレフぜーんぶ逃がしちゃって―――!!もう!!(リアルの恨み)

 

作者「ちなみに作者は普通に胎児嫌いです。なんやあの見た目トラウマもんやろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

※こちら漫画を頂きました。

 

 

〜以下、メープルクラウンさんのお言葉〜

 

短い漫画を描きました。

自分としてはオーケストラさんとユリちゃんのイチャイチャを描けて大満足!

 

この漫画でもわかる通り「これなんて乙女ゲー?」みたいに、アブノ―マリティにも職員にもモテモテ!そして愛も想いも非常に重い……。特にニムバスくん。

 

ニムバスくんは私のTwitterフォロワーが「自分を職員にしたらユリちゃん絶対守る愛が重い系職員になると・・・」ということで出来たアンドロイド職員さん。

 

管理人ℳ氏は実は【規制済み】

 

…兎に角言えるのは……ユリちゃんは宮野花さんの世界でも、メプクラ支部の世界でも 愛されながらもとんでもねぇ目に合ってるということですね・・・ユリちゃんファイッ()

 

このような紹介の場を用意して下さった宮野花さんに感謝感激しております。

私がロボトミーハマった一因がこの夢小説でしたので、私が自己満足で絵を描くうち、本家様に紹介して頂けたり 小説まで書いて下さったり…本当に私は恵まれています!

今後もTwitterやここ、ハーメルンで絵を投稿する予定でございますので どうかこの機会に私の絵 そして宮野花さんの小説でロボトミー夢の輪が広がっていくといいなっーって思います。 それでは見て下さったありがとうございました(*´ω`)。

 

 

 

 

【職員ニムバス君について。】

※頂いたメッセージを作者が小説風にアレンジ致しました。

メープルクラウンさんにチェック頂いてます。

 

 

 

 

僕がユリ先輩を好きな理由、少し長くなりますが語らせて下さい。

よければそちらに腰をかけて。遠慮はいりません。珈琲でもいかがでしょう?お茶菓子に取っておきのお話をおきかせします。

 

 

手始めに、人体改造実験についてはなしまょうか。僕はまだその時LobotomyCorporationには所属しておらず───

え?その話は前にもされた?そうか、貴方もそちら側の人間でしたね。これは失礼。あまりにも

その職場に……『リリィ』という名前の先輩がいました……。

 

とてもとても綺麗な人でした。長くて綺麗な髪は揺れる度に銀色に輝き、初めて会った時僕は彼女を天使だと思いました。

華奢な身体だと言うのにその背中は頼もしく、強く。しかし僕を見る目はどこまでも優しかった。

実は僕その時、研究対象の一号機だったんですよ。

……驚いた顔をされてますね?

ふふ、わかりますよ。生きていることが不思議なんでしょう?

 

僕はフルメカニックの骨格が適合しなかったんです。

言わば、不良品だったんですよ。

 

『使い物にならない』と言われた僕にもリリィ先輩は優しかった。

全身がまともに動かなかった僕を彼女は決して見捨てずに励ましてくれました。

〝大丈夫〟って。〝私がいる〟って。

先輩のおかげで僕は独りじゃなかった。

本当に、本当にいろいろ助けてくれました。

いつか必ず恩返ししようと決めていました。僕も優しくて頼りになる先輩のような人になって、今度は僕が助けようと。

 

しかしその願いは叶わなかった。

その前に彼女は死んでしまったから。

 

僕の体が回復した頃。決めなければいけないのは〝次の実験対象〟です。

リリィ先輩は二号機として実験対象となりました。

……そして、その実験は失敗。

彼女は亡くなりました。呆気ない死でした。

 

あまりにも突然の事で、現実味なんて全然ありませんでした。

だって想像出来ますか?つい数日前まで彼女は生きていた。〝大丈夫〟と言っていたんです。〝私がいる〟とも。

 

それなのに、いない。

どうして?

 

僕はもう頭がおかしくなって、叫びました。

多くの人に取り押さえられて、その先はあまり覚えてません。

けれど気がついたら外にいました。知らない間に僕は研究所から逃げ出していたんです。

 

死んでしまおうかと思いました。そうすれば貴女に会えると思った。

けれど、この生命は貴女に生かされた。それなのになんの使い道もなく自分で壊すのは、彼女への冒涜だとおもったのです。

そこで見付けたのがLobotomyCorporationの求人です。

この会社のことは研究所で聞いていました。

僕のいた研究所同様、大企業として名高いLobotomyCorporationですが、危険な裏の顔があると。

それなら、死ねるかもしれない。このまま無駄に死ぬより、誰かの役に立ちたい。

その一心で応募しました。

 

僕はそこでオフィサーとして働くことになりました。

一生懸命働きました。元々器用な方だったので仕事は楽しかったし、働いている間は余計なことを考えないで済みました。

 

けれど空いてしまった穴は塞がらない。

リリィ先輩は、帰ってこない。

 

そう思っていました。けど、そうじゃあなかったんです!!

 

リリィ先輩は生まれ変わっていた!!!!

忘れもしない、6月28日。

空が夏模様に染まる頃のことでした。僕はユリ先輩に会ったんです!!

エージェントとして働いている彼女にあった時、僕は一瞬時が止まるのを感じました。

柔らかく笑って、僕に話しかけてくれるユリ先輩とリリィ先輩が重なって見えたのです。

 

そして確信しました。ユリ先輩はリリィ先輩の生まれ変わりなのだと(違う)

 

僕は未熟者です。でも、それでもできることはある。

例えば珈琲に毒を入れることとか。

え?何青ざめているんですか?

 

僕は決めたんです。生まれ変わりであるユリ先輩(だから違う)を守る為に、リリィ先輩は僕を救ったんだって。

その為ならなんだってやります。本当はこんな話したくないんです。僕は今すぐあんたの脳天に弾をぶち込めたいくらいには怒っているんですよ。

 

知らないと思ったんですか?リリィ先輩を殺した張本人達くらいとっくに調べました。

リリィ先輩は痛かったと思う。苦しかったと思う。

そんな顔は彼女には似合わない。笑っていて欲しいんです。あの笑顔に僕は救われたから、今度は僕が、あの笑顔を護る。

 

 

 

ℳ氏「いやあああ我が社職員マジ愛重すぎい ドンマイユリちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【宮野花の言葉】

 

えっ私の読者さん優しすぎひん……(困惑)

メープルクラウンさんほんとに優しい方で作者がめっちゃお世話になりました。というか実は今現在進行形でお世話になってます。

実は裏で二人でやり取りしてたくさんのネタを出し合いました。おかげで自分の作品への愛が深まったしメープルクラウンさんのことより大好きになった(作者キモイ)

 

たくさん絵を書いて頂いてて、pixivにも載せていただいてます。かわいいユリちゃんを見たい方はぜひ見て見てください〜!

なお当作のユリちゃんより強くてお上品なユリちゃんが見れます。頑張れうちのユリちゃん女子力を磨くんだ!

 

ありがとうございました!これからもよろしくお願いします〜!!

 

 

 

なお、今回のイラスト投稿でそれぞれの掲載方式が違うのは文字数調整のためです。2000文字超えないとハーメルンでは規約違反になるためこのような形式にしました。

 

まず小説でない時点で規約違反になりそうでビクビクしてます。

その際はまた掲載の方法考えますのでよろしくお願いします。

 

 

 

 





イラスト製作者様:メープルクラウン(ハーメルンID::269462)


Twitter
メプクラ@maple_7crown


pixiv

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75550524

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75551133



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【頂き物】yuuさんより【イラスト】



※小説投稿ではございません。申し訳ございません。







 

こちらはyuuさんが当作をイメージして描いて頂きましたイラストになります。

 

※ご本人様から許可を頂いております。

※三次創作であり、当作本編とは関係の無いことを表記していただく前提で他アプリでのイラスト公開を作者は許可しております。

※キャラの外見はyuuさんのイメージで描いて頂いているので本編とは関係ありません。

本編でのキャラの外見は特に表記していない為、読者様にお好きにイメージしていただいております。

※なおご自身のイメージを大切にされたい方は見ないことをオススメします。

※こちらのイラストの無断転載、批判的な発言などyuuさんにご迷惑のかかることはしないようお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

【仕事に慣れてきたユリちゃん】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

すごい細かい所まで描いて下さってて驚き。

貴方は気がついただろうか。タブレットケースのイニシャルを……!

ピースしてる相手は誰なんだろう。ダニーでは絶っっっ対にありません。

 

 

 

 

 

【ダニーさん】

 

 

【挿絵表示】

 

 

なんやこのイケメン。

あのめんどくさいダニーがイケメンになってる。いや本当にかっこよく描いてもらえて良かったねダニーさん(´;ω;`)

ちなみに作者が喜びすぎて今キノコキーパッドの画像がこのダニーさんです。ご本人様にいいよって言って貰えました。やったね!

ちなみにピアスは左耳にしかつけてないそうで。その理由もとても素敵で、お礼小説に書くって決めたんだ私……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アネッサさん】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

!?!?!?!

えっめっっっっちゃ美女。私好みの美女。すっき。

アネッサさんの胸が大きくて何より。外国人だからねナイスバディなんだね!

アネッサ描いてもらえたのははじめてでとても嬉しいです。作者のテンションだだあがり。

 

 

 

 

 

【以下作者の言葉】

 

pixivで通りがかってすぐさま保存しました。

知らなかったからサプライズすぎて泣いた。嬉しくて嬉しくて仕方なかったです。

ショートカットなユリちゃんは新鮮で、彼女がyuuさんの想像の中であわあわしてる所を想像するとなんだか不思議な感覚でした。というか絵ですけど当作キャラにしては綺麗すぎひん????いいの???

 

pixivでのコメント欄ですごい良くしてくださった方。文字数制限のせいで作者の長い返信が何回も送信されてすごい申し訳なかったです。。。

 

 

 

 

そしてだめだ。2000文字いかない。

 

 

 

 

 

というわけで水増し小説です。

ご本人様が東方の絵も描かれていたので知ってる人は知ってる例の東方番外編。

誰がお好きかわからなかったので今回は吸血鬼姉妹さん達です。

本当にネタが思いつかなくて、ただ考えついた文章を並べました。それゆえ雑に見えるかもしれません。本当にすみません……。

 

 

 

 

 

 

幻想郷に来て、どれくらいの時間が経ったのだろう。

霊夢の神社から迷い込んで、よくわからない何かに襲われて、そこを美人な吸血鬼さん達に助けて貰って。

そうしてなんでか私は、今彼女達の御屋敷に来ている。

 

「きっとユリには赤いリボンが似合うから……うん!このワンピースがいい!」

「フ、フランちゃん……そんなフリフリなのはちょっと……。」

 

襲われた時に転んで汚れてしまったからと、親切な彼女達は私に服を用意してくれた。

してくれたのはいいのだが、何故か出された何十着もの服。それを片っ端から見せられて着替えを催促されて。これではまるで着せ替え人形だ。

 

「フラン、もう。ユリさんが困ってるでしょう?」

「う……ご、ごめんなさいお姉様……。」

 

そんなフランちゃんを制してくれたのは、彼女のお姉さんのレミリアさんだった。

レミリアさんは幼い姿をしているのに、私よりもずっとしっかりとした物言いや言動が大人だ。

吸血鬼というくらいだから、やはり私より長生きなのだろうか。

肩をすくめるフランちゃんに、レミリアさんはやれやれとため息をついた。

 

「こっちのエプロンドレスの方が、ユリさんには似合うでしょう?」

「待ってレミリアさん!!」

「あっ、そっか!」

「納得しないでフランちゃん!?」

 

レミリアさんが手に取ったのは、不思議の国のアリスのような可愛らしいワンピース。

そんなの、ハロウィンの仮装でくらいしか着たことない。

ジリジリと美しい姉妹に詰め寄られ、私はあとが無くなる。

二人の腕が伸びてくる。掴まれた腕。逃げようとするもビクともしない。こんなに華奢で可愛らしい姿のどこにそんな力があるのか。

 

「ユリ!私が着替えさせてあげるねっ!」

「じゃあ私は髪を結ってあげるわ。ふふ、大丈夫。咲夜ほどではないけど結構器用なのよ?」

 

「まっ、まって……むり!そんなロリータ似合わないですって!!ちょっ、脱がせないでっ……!!いやだぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オチからしてネタ切れなのに皆さんなら気がついただろう。なんとか2000文字になるのでこれにて終わります。

お礼の小説は別で投稿してますので、よければ読んでみてください。

 

あと、今回のイラスト投稿でそれぞれの掲載方式が違うのは文字数調整のためです。2000文字超えないとハーメルンでは規約違反になるためこのような形式にしました。

 

まず小説でない時点で規約違反になりそうでビクビクしてます。

その際はまた掲載の方法考えますのでよろしくお願いします。

 

 

 

 






イラスト製作者様:yuu


pixiv

https://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=76016147&mode=medium

https://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=76449768&mode=medium


https://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=76676547&mode=medium


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【頂き物:文章】
SCP::SCP-████-JP 紅一点 【クローサー様より】



※SCP関連の作品は本編〝海外移住したら人外に好かれる件について〟の主人公を〝もしもロボトミーコーポレーションではなくSCP財団で働いていたら〟もしくは〝SCPとして扱ったら〟という番外編扱いになります。
よって本編とは全く異なる設定であり、本編のストーリー、ストーリー進行には一切関係ございません。




【クローサー様からの頂きものについて】

※頂きました作品は本編を元にNFS様が独自に執筆して下さったもの、そして更にそれを元に宮野花が執筆したものであり、本編とは一切関係がありません。
即ちクローサー様のオリジナル作品、それを元とした合同でのオリジナル作品であり、本編のストーリー、またストーリー進行には一切関係ありません。
〝海外移住したら人外に好かれる件について〟とは別作品となりますので、ご了承ください。

※作者クローサー様御本人より掲載の許可、前書きのお目とおしをしていただいた上で掲載しております。


※作品は本編のネタバレを含みます。
その為本編を読んで頂いてから読むことをオススメいたします。





 

[ファイルアクセス]

 

 

ユーザー認証コードを入力して下さい。

 

認証コード:

Unfair | Godswillnotsavepeopleifwewillsavethepeople

 

 

ユーザー情報認証中…

 

 

 

 

ユーザー情報認証完了、セキリュティレベル確認中…

 

 

 

 

セキリュティレベル適正、これよりSCP-████-JPファイルを開示します。

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-████-JP

オブジェクトクラス:[Deleted]

特別収容プロトコル: [編集済] 

 

 

説明: SCP-████-JPは古来より受け継がれる日本の陰陽師の名家 [削除済] 家に生まれた[削除済]歳の次女でありますが、異常性を除けば一般人と変わりありません。

 

SCP-████-JPはSCP-████[罰鳥]の収容違反の際に発見されました。その際、[編集済]

 

SCP-████-JPの異常性は、 [編集済]

いつからSCP-████-JPが異常性を発現していたのかは分かっていません。

 

補遺1:[編集済]

 

 

 

SCP-████-JPに関するこれ以上の情報はセキュリティレベル3以上の所有者のみ開示されます。

 

 

 

 

[アクセス準備]

 

 

 

 

警告

貴方はセキュリティレベル3の機密ファイルにアクセスしようとしています。適正のユーザー情報及びセキリュティクリアランスを持たずにアクセスを試みた場合、即座に貴方は終了を含めた処罰の対象となります。

継続する場合は接続を再度試みて下さい。

 

 

 

 

[ファイルアクセス]

 

 

ユーザー認証コードを入力して下さい。

 

認証コード:

Unfair | Godswillnotsavepeopleifwewillsavethepeople

 

 

ユーザー情報認証中…

 

 

 

 

ユーザー情報認証完了、セキリュティレベル確認中…

 

 

 

 

セキュリティレベル適正、これよりSCP-████-JP:機密ファイルを開示します。

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-████-JP

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-████-JPは要注意団体「Lobotomy Corporation」が建設したサイト-█の一社員として雇用されています。監視員はSCP-████-JP及びLobotomy Corporation職員に気取られない様に常に監視し、不必要に他のSCPを刺激、接触させる事を可能な限り阻止して下さい。但し実験同行の際は、露見を防ぐ為に収容違反の発生時を除いて監視のみに留めて下さい。

SCP-████-JPに対する危害は禁止されています。違反した職員には然るべき形での即時終了を含めた重大な処罰を下します。

 

 

説明: SCP-████-JPは古来より受け継がれる日本の陰陽師の名家 [削除済] 家に生まれた[削除済]歳の次女でありますが、異常性を除けば一般人と変わりありません。

 

SCP-████-JPはSCP-████[罰鳥]の収容違反の際に発見されました。その際、SCP-████-JPはSCP-████[罰鳥]に直接接触しているにも関わらず無傷であった事、SCP-████[罰鳥]がSCP-████-JPから離れようとしなかった事などから、Lobotomy CorporationエージェントはSCP-████-JPに再収容の協力を持ちかけ、サイト-█に案内。その後、サイト-█管理AI アンジェラの説得によってLobotomy Corporationの一社員として雇用すると同時に、サイト-█に収容されました。現時点で、Lobotomy CorporationからSCP-████-JPを奪取する計画はありません。

 

SCP-████-JPの異常性は、他のSCPから無条件で好意を獲得する特異体質です。現時点でサイト-█に収容されている██体のSCPがSCP-████-JPの異常性に暴露されています。(以降はSCP-████-JP-2群と表記)

SCP-████-JPに接近、接触してSCP-████-JPに好意を寄せたSCP-████-JP-2群は、例え人類に敵対的であってもSCP-████-JPの指示には応えます。但しあらゆる指示に無条件で必ず応えるという訳ではありません。加えて移動可能なSCP-████-JP-2群が、SCP-████-JPに接触する為に収容違反を発生させてしまう可能性もあります。移動不可能である場合、SCP-████-JPに何らかの手段で接触出来る手段を持っているならば収容違反を起こす可能性があります。

尚、SCP-████-JPはSCP-████-JP-2群によってミーム汚染等を受ける事は無く、収容違反の際に危害を加えられる事は基本的にありません。

いつからSCP-████-JPが異常性を発現していたのかは分かっていません。

 

 

補遺1:SCP-████-JPは現在、サイト-█の職員達に非常に協力的である事が判明しています。

 

 

 

SCP-████-JPに関するこれ以上の情報はセキュリティレベル4以上の所有者のみ開示されます。

 

 

 

 

[アクセス準備]

 

 

 

 

警告

貴方はセキュリティレベル4の高度機密ファイルにアクセスしようとしています。

情報保全の為、ユーザー情報を認証後、アクセス開始と同時に貴方は5秒間致死性の認識災害に暴露される事に同意する事となり、貴方が認識災害に対する予防措置を受けている事を確認します。

必要なセキュリティレベルの保有無しにこれ以上のアクセスを試みた場合、直ちにこのコンソールは操作不能となり、貴方の現在位置が財団に発信されます。そして機動部隊のスクランブル要請が発動し、一切の例外無く貴方の即時終了をもたらす事となります。

 

 

 

 

 

[ファイルアクセス]

 

 

ユーザー認証コードを入力して下さい。

 

認証コード:

Unfair | Godswillnotsavepeopleifwewillsavethepeople

 

 

ユーザー情報認証中…

 

 

 

 

セキュリティレベル確認中…

 

 

 

 

ユーザー情報認証完了、セキュリティレベル適正。 これより保安用致死性認識災害を展開します。

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:5秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:3秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:1秒

 

 

 

 

意識の確認がされました。これよりSCP-████-JP:高度機密ファイルを開示します。

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-████-JP

オブジェクトクラス: Keter/Thaumiel

特別収容プロトコル:SCP-████-JPは要注意団体「Lobotomy Corporation」が建設したサイト-█の一社員として雇用されています。

 

サイト-█の周辺██km圏内に機動部隊アルファ-2 ("監視者")を極秘待機させ、サイト-█及びサイト-█周辺、SCP-████-JPの自宅、及びSCP-████-JPを常に監視。SCP-████-JP及びLobotomy Corporation職員に存在を気取られない様に注意し、不必要に他のSCPを刺激、接触させる事を可能な限り阻止して下さい。但し実験同行の際は、露見を防ぐ為に収容違反の発生時を除いて監視のみに留めて下さい。何らかの異常が発見された場合は独自の判断で除去し、6時間毎に機動部隊[編集済]へ定期報告して下さい。

機動部隊アルファ-2の定期報告が途絶えた際には、直ちに機動部隊[編集済]が急行。現地の状態確認を行います。定期報告の怠慢には重大な処罰を下します。

SCP-████-JPに対する危害は禁止されています。違反した職員には然るべき形での即時終了を含めた重大な処罰を下します。

 

サイト-█にてSCP-████-JP-2群による大規模な収容違反が発生した場合、直ちに[プロトコル・シィキュアル-アルファ]を発動。機動部隊アルファ-2の極秘待機を解除し、[プロトコル・シィキュアル-アルファ]発動によってスクランブル展開する機動部隊[編集済]、機動部隊イプシロン-11 ("九尾狐")、武装機動部隊ニュー-7 ("下される鉄槌")と合流。計4つの機動部隊によってSCP-████-JPを確保、及びSCP-████-JPの異常性を利用して収容違反の終息を試みます。

 

サイト-█外にて、何らかの外的要因でSCP-████-JPが危機的状況に陥った場合には[プロトコル・シィキュアル-ベータ]が発動。極秘待機が解除された機動部隊アルファ-2、即時スクランブル展開する機動部隊[編集済]は合流の有無に関わらず、直ちにあらゆる方法を用いてSCP-████-JPを安全に確保、かつ外的要因を確実に排除して下さい。機動部隊イプシロン-11、武装機動部隊ニュー-7はサイト-█周辺にてスクランブル展開し、サイト-█の大規模収容違反に備えて下さい。大規模収容違反が発生した場合は直ちに交戦、サイト-█より半径█km以内でSCP-███-JPが到着するまで食い止めて下さい。

 

[プロトコル・シィキュアル]完了後、目撃した全てのLobotomy Corporation職員及び第三者にBクラス記憶処理を施し、用意された████種類の中で適応するカバーストーリーを展開。[プロトコル・シィキュアル]を隠蔽して下さい。

 

[プロトコル・シィキュアル-アルファ]及び[プロトコル・シィキュアル-ベータ]の執行が不可能になった場合、XK-クラスシナリオ発生を即時宣言。あらゆる方法を用いてXK-クラスシナリオを阻止して下さい。

 

 

説明: SCP-████-JPは古来より受け継がれる日本の陰陽師の名家 [削除済] の[削除済]歳の次女でありますが、異常性を除けば一般人と変わりありません。

 

SCP-████-JPはSCP-████[罰鳥]の収容違反の際に発見されました。その際、SCP-████-JPはSCP-████[罰鳥]に直接接触しているにも関わらず無傷であった事、SCP-████[罰鳥]がSCP-████-JPから離れようとしなかった事などから、エージェント-███はSCP-████-JPに再収容の協力を持ちかけ、サイト-█に案内。その後、サイト-█管理AI アンジェラによってサイト-██の一社員として雇用すると同時に、サイト-█に収容されました。

 

SCP-████-JPの異常性は、他のSCPから無条件で好意を獲得する特異体質です。現時点でサイト-█に収容されている██体のSCPがSCP-████-JPの異常性に暴露されています。(以降はSCP-████-JP-2群と表記)

SCP-████-JPに接近、接触してSCP-████-JPに好意を寄せたSCP-████-JP-2群は、例え人類に敵対的であってもSCP-████-JPの指示には応えます。但しあらゆる指示に無条件で必ず応えるという訳ではありません。加えてSCP-████-JP-2が、SCP-████-JPに接触する為に収容違反を発生させてしまう可能性もあります。移動不可能である場合、SCP-████-JPに何らかの手段で接触出来る手段を持っているならば収容違反を起こす可能性があります。

尚、SCP-████-JPはSCP-████-JP-2群によってミーム汚染等を受ける事は無く、収容違反の際に危害を加えられる事は基本的にありません。

いつからSCP-████-JPが異常性を発現していたのかは分かっていません。

 

 

補遺1:SCP-████-JPは現在、サイト-█管理AI アンジェラによる[削除済]によってサイト-█の職員達に非常に協力的です。しかし何らかの要因で[削除済]が解かれてしまった場合、SCP-████-JPがどの様な行動を取るのか未知数です。決して[削除済]が解かれてしまう様な行動を行わせない事、行わない事を厳守して下さい。

 

補遺2:SCP-████-JPの体質は不確定要素が多いものの、間接的にあらゆるSCPを制御下に置く事も逆説的に可能です。例として、Keter指定されているSCP-████[静かなオーケストラ]を制御し、SCP-████-JPとの接触前より収容が比較的容易くなりました。

この様に、SCP-████-JPは他のSCPを制御し、安全な収容を可能に出来る可能性を秘めています。これがThaumiel同時指定の要因となりました。

しかし事案1と同等以上の事態が発生する可能性もある為、SCP-████-JPはXK-クラスシナリオ発生の直接の原因となる可能性も秘めています。その為、現在はサイト-█以外に収容されているSCPとの接触認可は、O5評議会の指示により無期限延期されています。

 

補遺█:[削除済]

 

 

事案1:20██/██/██、サイト-█に収容されていた██体のSCPが一斉に収容違反を起こしました。本事案は、SCP-████-JPによって僅か7分で収束しました。この結果を持って、即日[プロトコル・シィキュアル]が制定。機動部隊が配備されました。

 

事案2:20██/██/██、SCP-████[大鳥]の収容違反が発生しました。本事案はサイト-█管理AI アンジェラの判断により、SCP-████-JPのみで鎮圧を開始。結果、人的被害は一切出す事無く再収容を成功させました。この際、SCP-████-JPはSCP-████-JP[大鳥]の異常性に暴露したにも関わらず、極短時間で無効化しました。これにより、SCP-████-JPは他のSCPの異常性に対する耐性が存在する可能性が現れました。

 

事案3:20██/██/██、SCP-████[赤い靴]の収容違反が発生しました。本事案は多数のSCP-████[赤い靴]のミーム汚染を受けた女性職員が多数発生し、[プロトコル・シィキュアル-アルファ]が発動。機動部隊アルファ-2の要請により第二種戦闘配置が発令され、サイト-██に潜入していた機動部隊アルファ-2隊員がSCP-████-JPの確保行動を開始しました。結果はLobotomy Corporationエージェント███の独断行動と機動部隊アルファ-2によって本事案の収束に成功し、[プロトコル・シィキュアル-アルファ]は解除されました。

内部調査の結果、サイト-██管理者[削除済]が独断で意図的に収容違反を誘発させた事が判明しました。

[削除済]

 

事案4:20██/██/██、SCP-████[無名の胎児]の収容違反が発生しました。本事案は職員に被害が及ぶ前にSCP-████-JPが収容室に到着。SCP-████[無名の胎児]は行動を停止し、再収容を成功させました。

 

事案5:██/██/██、SCP-████[妖精の祭典]の収容違反が発生しました。本事案は、SCP-████-JPがSCP-████[妖精の祭典]に対して行った給仕作業後に発生。数分後、複数の機動部隊アルファ-2部隊員はSCP-████-JPの周囲を飛び回るSCP-████-2、SCP-████-3、SCP-████-4を発見しました。部隊全体にSCP-████[妖精の祭典]の収容違反が報告されましたが、SCP-████[妖精の祭典]の危険性の低さ及び機動部隊アルファ-2の秘匿性の優先により、SCP-████[妖精の祭典]に対する再収容行動は保留されました。その後、SCP-████-JPは三体のSCP-████[妖精の祭典]を引き連れ、SCP-████[静かなオーケストラ]の清掃作業を完了。その直後、Lobotomy Corporationエージェント・ケーシーがSCP-████-JPと接触。SCP-████-JPとエージェント・ケーシーによる口論の最中にSCP-████[妖精の祭典]が異常行動を開始。エージェント・ケーシーはSCP-████[妖精の祭典]に捕食されました。直後にSCP-████-JPは意識を失い、同時に待機していた機動部隊アルファ-2によってSCP-████[妖精の祭典]は再収容されました。本事案により、SCP-████-JPの精神負荷が懸念されています。

 

事案6:██/██/██、SCP-████[憎しみの女王]の収容違反が発生しました。本事案はLobotomy Corporationエージェント・アンドレが収容違反を誘発。更に再収容の指示を受け、SCP-████[憎しみの女王]に対して再収容の説得を行っていたSCP-████-JP、及びSCP-████-JPの説得を受けていたSCP-████[憎しみの女王]に対し、Lobotomy Corporationエージェント・レナードが個人用火器を発砲、SCP-████-JPは腰部を負傷して意識を失い、SCP-████[憎しみの女王]は頭部損傷により大蛇形態を解除しました。その直後、鎮圧完了と判断しSCP-████-JPの手当てを行ったLobotomy Corporationエージェント・███、レナードに対してSCP-████[憎しみの女王]は通常形態で奇襲。エージェント・レナードを殺害しました。この際、SCP-████[憎しみの女王]はエージェント・███、SCP-████-JPに対する敵対行動は無く、エージェント・レナードの殺害後、自ら再収容しました。

本事案により、サイト-█はLobotomy Corporationエージェント・レナード、レオン、アンドレ三名の死亡、負傷者██名、施設の軽度な損傷の被害を負いました。

 

事案█:[削除済]

 

 

 

 

[5/████レベルクリアランス保有者のみ閲覧可能]

 

 

 

 

[アクセス準備]

 

 

 

 

警告

貴方はセキュリティレベル5/████の特別機密ファイルにアクセスしようとしています。

情報保全の為、ユーザー情報を認証後、貴方は15秒間致死性の認識災害に暴露される事に同意する事となり、貴方が認識災害に対する予防措置を受けている事を確認します。更にO5評議会よりセキュリティレベル5/████保有者の各個人毎に特別支給される反ミーム式特殊暗号コードを認証し、保有者本人である最終確認を行います。

必要なセキュリティレベルの保有無しにこれ以上のアクセスを試みた場合、もしくは暗号コード認証にて三度の不適合が発生した場合、直ちにこのコンソールは操作不能となり、貴方の現在位置が財団に発信されます。そして機動部隊のスクランブル要請が発動し、一切の例外無く貴方の即時終了をもたらす事となります。

 

 

 

 

 

[ファイルアクセス]

 

 

 

 

ユーザー認証コードを入力して下さい。

 

認証コード:

Unfair | Godswillnotsavepeopleifwewillsavethepeople

 

 

ユーザー情報認証中…

 

 

 

 

セキュリティレベル確認中…

 

 

 

 

ユーザー情報認証完了、これより保安用致死性認識災害を展開します。

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:15秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:8秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:1秒

 

 

 

 

意識の確認がされました。セキュリティレベル適正。暗号コードを入力して下さい。

 

暗号コード:

████████████████████████████████

 

 

暗号コード認証中…

 

 

 

 

暗号コード認証完了。全セキュリティ確認終了、これよりSCP-████-JP:特別機密ファイルを開示します。

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-████-JP

オブジェクトクラス: Ragnarok

特別収容プロトコル: SCP-████-JPは収容不可能です。

 

サイト-█の周辺██km圏内に機動部隊アルファ-2 ("監視者")を極秘待機させ、サイト-█及びサイト-█周辺、SCP-████-JPの自宅、及びSCP-████-JPを常に監視。SCP-████-JP及びLobotomy Corporation職員に存在を気取られない様に注意し、不必要に他のSCPを刺激、接触させる事を可能な限り阻止して下さい。但し実験同行の際は、露見を防ぐ為に収容違反の発生時を除いて監視のみに留めて下さい。何らかの異常が発見された場合は独自の判断で除去し、6時間毎に機動部隊アルファ-1 ("レッド・ライト・ハンド")へ定期報告して下さい。

機動部隊アルファ-2の定期報告が途絶えた際には、直ちに機動部隊アルファ-1が急行。現地の状態確認を行います。定期報告の怠慢には重大な処罰を下します。

SCP-████-JPに対する危害は禁止されています。違反した職員には然るべき形での即時終了を含めた重大な処罰を下します。

 

サイト-█にてSCP-████-JP-2群による大規模な収容違反が発生した場合、直ちに[プロトコル・シィキュアル-アルファ]を発動。機動部隊アルファ-2の極秘待機を解除し、[プロトコル・シィキュアル-アルファ]発動によってスクランブル展開する機動部隊アルファ-1、機動部隊イプシロン-11 ("九尾狐")、武装機動部隊ニュー-7 ("下される鉄槌")と合流。計4つの機動部隊によってSCP-████-JPを確保、及びSCP-████-JPの異常性を利用して収容違反の終息を試みます。

 

サイト-█外にて、何らかの外的要因でSCP-████-JPが危機的状況に陥った場合には[プロトコル・シィキュアル-ベータ]が発動。極秘待機が解除された機動部隊アルファ-2、即時スクランブル展開する機動部隊アルファ-1は合流の有無に関わらず、直ちにあらゆる方法を用いてSCP-████-JPを安全に確保、かつ外的要因を確実に排除して下さい。機動部隊イプシロン-11、武装機動部隊ニュー-7はサイト-█周辺にてスクランブル展開し、サイト-██の大規模収容違反に備えて下さい。大規模収容違反が発生した場合は直ちに交戦、サイト-█より半径█km以内でSCP-███-JPが到着するまで食い止めて下さい。

 

[プロトコル・シィキュアル]完了後、目撃した全ての第三者にBクラス記憶処理を施し、用意された████種類の中で適応するカバーストーリーを展開。[プロトコル・シィキュアル]を隠蔽して下さい。

 

[プロトコル・シィキュアル-アルファ]及び[プロトコル・シィキュアル-ベータ]の執行が不可能になった場合、XK-クラスシナリオ発生を即時宣言。あらゆる方法を用いてXK-クラスシナリオを阻止して下さい。

 

機動部隊アルファ-2 ("監視者")はSCP-████-JPに施されている[削除済]が解かれないように全力を尽くして下さい。[削除済]が解かれる兆候が確認された際には、SCP-████-JPにB~Cクラス記憶処理を施して下さい。

 

 

補遺1:5/████レベルクリアランスはO5評議会、機動部隊アルファ-1、機動部隊アルファ-2、機動部隊イプシロン-11、武装機動部隊ニュー-7、Crest博士、Nolan博士、█████博士のみ保有を許可されています。新たな5/████レベルクリアランス保有者の新規登録審議については、機密ファイル:S176335を参照して下さい。

 

 

補遺2:SCP-████-JPの異常性に暴露したSCPのオブジェクトの報告書は、本ファイル閲覧クリアランス保有者にのみ、Keterクラスへ変更。オブジェクトクラスの横に以下の警告文が表記されます。

[本オブジェクトはSCP-████-JPの異常性に暴露しています]

 

補遺3:SCP-████-JPの異常性調査の為、機動部隊アルファ-2によるSCP-████-JPのヒューム値測定が行われました。結果、[削除済]。

この結果により、更なるSCP-████-JPの異常性調査を行う際には、O5評議会の過半数の賛成が必要となりました。

 

 

 

O5-1による提言:

まず、SCP-████-JPの異常性に付いて提言する。SCP-████-JPの異常性は、決して「特異体質」などではない。SCP-████-JPの正体は、特定条件のみ無差別かつ無意識に異常性が発動する「現実改変者」だ。その特定条件が「SCP」と「人類」。これを前提にした上で説明しよう。

 

SCP-████-JPは収容出来ている様に見えているが、実際は全く違う。SCP-████-JPを真に収容するのは、もう不可能なのだ。

今考えれば、SCP-████-JPの発見時で既にSCP-████-JPは既に収容不可能だった。エージェント███の機転も、サイト-██管理者[削除済]の判断と行動も、全てはSCP-████-JPとの収容違反を拡大させるだけの悪手にしかならなかった。

SCP-████-JPは、確かにThaumielと認定出来る程の現実改変能力を秘めている。しかしそれは、同時にSCP-████-JPに我々が制定した特別収容プロトコルが侵されてしまう事を意味する。特別収容プロトコルは無辜の人々を守る為に、我々が様々な対価を支払って漸く完成する、奴等に対する城壁だ。

 

それを唯の一人が持つ、たった一つの異常性に、ただ近付いただけでその全てを侵されてしまう。そしてSCP-████-JPは、自らの異常性によってSCP-████-JP-2群を簡単に、自在に操れる事も可能とする可能性は極めて高い。

 

こんな事は、決してあってはならない。

我々SCP財団の理念にとって、SCP-████-JPはこれ以上ない程に敵対的な存在だ。本来ならば、SCP-████-JPはSCP-682の様に即時終了されるべき存在だった。

しかしだ。既に明言したが、敢えてもう一度言おう。

 

 

SCP-████-JPを収容及び終了を行うのは、我々が発見した時点で既に手遅れであり、現在では不可能だ

 

 

発見されたその瞬間はまだ「手遅れ」であって、まだ「不可能」では無かった。しかしエージェント-███とサイト-█管理AI アンジェラの行動によって、SCP-████-JPの終了は不可能となった。エージェント-███と[削除済]の判断と行動は、決して間違っていない。だが、SCP-████-JPに限ってその行動は間違いだった。

SCP-████-JPの異常性は、SCP-████-JP-2群を束ね、そして従わせる事も出来る。現時点では、[削除済]によってその行動を抑制出来ている。

しかし、万が一[削除済]が解かれるならば。万が一、SCP-████-JPが我々に敵意を向ける事になるならば。万が一、敵意を持ったSCP-████-JPが、SCP-████-JP-2群にその一声を掛けてしまったならば

 

SCP-███-JPはその瞬間、異常存在(SCP)に愛される「紅一点」からSCP(異常存在)を統べる「司令塔」となり、SCP-████-JP2群は「司令塔」に付き従う「軍隊」となるだろう。そうなれば我々に抗う術は少ない。何故なら、我々は同時に██体ものSCPを収容出来る程の能力は無い。我々が此れまで数多くのSCPを収容出来ていたのは、全て収容時には「個別」に対応出来ていたからだ。そのセオリーが一切通じなくなれば、我々の敗北はほぼ必然となるだろう。

最低でも考えられるK-クラスシナリオはGH-クラス、SK-クラス、XK-クラス。最悪ならば、あらゆるK-クラスシナリオの発生さえ有り得る。どのK-クラスに傾くかは、全てはSCP-████-JP次第だ。

「軍隊」は最低限でもサイト-██に収容されている██体のSCP-████-JP-2群によって構成される。これだけでもK-クラスシナリオ発生の危機だが、忘れてはならない。SCPの数だけ、SCP-████-JP-2群の上限数となる事を他のサイトにSCP-████-JPが到達すれば、その瞬間サイトに収容されていた全SCPがSCP-████-JP-2群となり、更に「軍隊」は強大となる。そうなれば、我々は、我々の手によってGH-クラスシナリオを引き起こす事さえも覚悟しなければならないそれ程の事をしなければ、いずれSCP-████-JPは総てのSCP-████-JP-2群を従え、人類は、地球は、いや、宇宙万物さえも再起不能となってしまうだろう。

 

しかもSCP-████-JPは我々人類にも現実改変能力を展開している可能性が存在するその仮説に至った理由は、表向きは共同でSCP-████-JPの抑え込みを行なっているサイト-█のLobotomy Corporation職員達だ。彼等も要注意団体とはいえ、その目的も、その理由も、彼等自身も十分に理解している。だからこそSCP-████-JPの異常性を知っておきながら、それを独断で利用するなど考えられない事だ。その考えられない事が起きている以上、SCP-████-JPはサイト-█職員にも何らかの現実改変を行なっていると考えられる。つまりこの仮説が正しければ。サイト-█に存在するのは、機動部隊アルファ-2を除けばSCP-████-JPとSCP-████-JP-2群のみとなってしまっている

故に我々はLobotomy Corporationに対し警告を放ち、サイト-█に対する事案協力を取り付けた。不用意に其れ等を知った場合、何かしらのイレギュラーが発生する可能性を潰す為だ。機動部隊アルファ-2が担当監視員にも気取られないよう、SCP-████-JPだけでなくサイト-█周辺までも監視しているのも、万が一SCP-████-JPの異常性に暴露したLobotomy Corporation職員が操られた際、迅速に対応する為。

 

此れ等は、最悪の事態をシュミレートした「一つの可能性」でしかない。しかしそれを実現してしまう可能性を秘めた、数あるSCPの中でも最もSCP財団に敵対的であるSCP。それがSCP-████-JPだ。

我々O5評議会は、SCP-████-JPのオブジェクトクラスについて協議した。その結果、常にKeterクラスの危険性を秘め、そしてApollyonクラスへと変貌する可能性を考慮した結果、我々は特別なオブジェクトクラス「Ragnarok」へと格付けする事を決定した。

原典の神々の黄昏(Ragnarok)と大きく異なるのは、神々が神々と争い、滅ぶのではない。明確な殺意を持ったSCPが全人類を蹂躙し、世界を破滅させるという事だ。そして、それは決して無秩序ではなく、ただ一人の「現実改変能力」によって統率されている。

 

故にどんなに困難であろうとも、どんなに我々が代償を払ったとしても、SCP-████-JPの抑え込みは何としてもやり遂げる必要がある。何故ならば我々が確保(Secure)収容(Contain)保護(Protect)を理念とし、あらゆる異常存在(SCP)から無辜の人々を護る為に存在する、SCP財団であるからだ。

諸君の奮闘を、我々は決して無駄にはしない。

 

 

確保、収容、保護。
 

 

 




解説Q&A



Q.結局百合ちゃんはどんな扱いなの? 
A.セキュリティクリアランスによって違う。
レベル2以下は一応知れるけど、それだけ。オブジェクトクラス、特別収容プロトコル、説明。その殆どが機密によって閲覧が出来ない。
レベル3から漸くまともな概要を知る事が出来る。(勿論情報秘匿付きだが)此処ではKeterクラス。
レベル4はKeterクラスだけど、財団の最終兵器であるThaumielでもある。しかしここでも真の情報は開示されていない。
全ての情報を閲覧出来る5/████レベルだと余りにも危険過ぎる為、SCP-████-JP 紅一点の為に特別に作られた「Ragnarok」と呼ばれるクラスに位置付けられている。

Q.それじゃLobotomy Corporationはどういった扱い?
A.一言で言うと、財団とマナによる慈善財団を足して割ったような感じ。比較的異常存在をマトモに扱えてるだけ、大☆迷☆惑なマナによる慈善財団とは大違いだけど。(具体的に言うと、最低でも総計五桁の人的被害を「善意」で発生させている)
財団は監視も兼ねてLobotomy Corporationと接触しており、何だかんだで面倒を見てたりする。(異常存在を大いに利用しているとはいえ、理念自体は財団に近い為)
だけど現在は、地球破壊爆弾を拾っちゃったので財団の頭を盛大に悩ませている。

Q.百合ちゃんの能力ってどんな感じなの?
A.本作では「特異体質」ではなく、「現実改変」という能力を持っているという解釈で成り立っている。
現実改変とは、言わば「あんまり時と場所を選ばない制限付きのもしもボックス」であり、場合によってはK-クラスシナリオが発生する直接的原因にもなり得る物。(実際にそんなレベルの現実改変能力を持ったSCPもいる)
百合ちゃんの場合、「SCPから無条件に好意を獲得出来るように改変する」、「人類に関する何か(不明)」という現実改変能力を持っており、それが「無差別」かつ「無意識(常時)」発動している。一言で言うとめっちゃ危ない状態。
本家でも現実改変者に限っては財団も抹殺している。つまり百合ちゃんも、そのままでは抹殺対象の一人に数えられていた。

Q.なんでセキュリティが此処まで頑丈なの?
A.それ程の必要性があるから。財団からしたら、百合ちゃんに対する警戒度は全SCPの中でもトップクラスになってる。故に2つの偽造報告書が存在しているし、4個の機動部隊が配備されている。

Q.何で4個の機動部隊が常時監視or極秘待機してるの?
百合ちゃん絡みの収容違反が発生した場合、サイト-█に収容されてる全SCPがサイト外に出かねないから。というか初日から起こりかけてた。
とはいえ機動部隊4個でも到底抑えきれない為、百合ちゃんの確保とそれまでの時間稼ぎを目的としている。

Q.K-クラスシナリオって何?
A.世界終焉。(本家では非公式だけど、時々見かける事もある)
といっても様々な形がある為、◯K-クラスと細分化されている。百合ちゃんの場合、最低でも3つの形のK-クラスシナリオ、最高であらゆるK-クラスシナリオが発生するかもしれないという、今迄のSCPでは考えられない事が起こる可能性がある。

Q.何でそこまで百合ちゃんは恐れられてるの?
A.最大の要因は、SCPを束ねられる能力を保有しているから。
本人の意思はともかく、能力自体はとても危ない。そもそもSCPは「団結」するなどというケースはほぼ皆無であり、それぞれがバラバラの目的や存在意義で成り立っている。故にSCPがSCPと殺し合うなんてのもある為、協力し合うなんて事は考えられない。故に財団は今迄収容を可能としていた。
だけど百合ちゃんの場合はそんな常識を破り捨て、「紅一点」という明確な目的でSCPが「団結」してしまう可能性がある。その状態で百合ちゃんが「一声」を掛けたら何十体、何百体ものSCPが「司令塔」の元に集い、K-クラスシナリオは確定。
だからこそ、財団は此処まで恐れている。其処に百合ちゃんの意思や考えは存在しない。

財団は「残酷」ではなくても、「冷酷」であるのだから。 








この作品は以下を参考に制作された完全二次創作です。本家SCPとは一切の関係がありません。


【参照SCP記事】

SCP財団日本支部
http://ja.scp-wiki.net/

Author: Dr Gears
Title: SCP-682 - 不死身の爬虫類 
Author: Dr Gear
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-682

K-クラスシナリオ
http://ja.scp-wiki.net/k-class-scenarios

機動部隊(アルファ-1、イプシロン-11、ニュー-7。アルファ-2は本作オリジナルです)
http://ja.scp-wiki.net/task-forces



CC BY-SA 3.0
(この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス3.0ライセンスの下で公開致します。)






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☆SCP::SCP-████-JP [機密事項]【クローサー様より】


※SCP関連の作品は本編〝海外移住したら人外に好かれる件について〟の主人公を〝もしもロボトミーコーポレーションではなくSCP財団で働いていたら〟もしくは〝SCPとして扱ったら〟という番外編扱いになります。
よって本編とは全く異なる設定であり、本編のストーリー、ストーリー進行には一切関係ございません。


※なお、作品中〝主人公がSCP財団を敵とみなす〟という表現がある場合がございますが、作品においてSCP財団への中傷・批判目的は一切ございません。あくまでも作品上での演出です。
そして〝当作品の主人公にとっての敵〟として書いているものであり、〝悪〟として書いているつもりはありません、
「主人公にこういう出来事があって、そのせいで拗れてSCP財団をこういう風に捉えた」と解釈していただきますようお願いします。









【クローサー様からの頂きものについて】

※頂きました作品は本編を元にNFS様が独自に執筆して下さったもの、そして更にそれを元に宮野花が執筆したものであり、本編とは一切関係がありません。
即ちクローサー様のオリジナル作品、それを元とした合同でのオリジナル作品であり、本編のストーリー、またストーリー進行には一切関係ありません。
〝海外移住したら人外に好かれる件について〟とは別作品となりますので、ご了承ください。

※作者クローサー様御本人より掲載の許可、前書きのお目とおしをしていただいた上で掲載しております。


※作品は本編のネタバレを含みます。
その為本編を読んで頂いてから読むことをオススメいたします。





警告

貴方はセキュリティレベル5/████の特別機密ファイルにアクセスしようとしています。

情報保全の為、ユーザー情報を認証後、O5評議会よりセキュリティレベル5/████保有者の各個人毎に特別支給される反ミーム式特殊暗号コードを認証し、保有者本人である最終確認を行います。その後アクセス開始と同時に貴方は15秒間致死性の認識災害に暴露される事に同意する事となり、貴方が認識災害に対する予防措置を受けている事を確認します。

必要なセキュリティレベルの保有無しにこれ以上のアクセスを試みた場合、もしくは暗号コード認証にて三度の不適合が発生した場合、直ちにこのコンソールは操作不能となり、貴方の現在位置が財団に発信されます。そして機動部隊のスクランブル要請が発動し、一切の例外無く貴方の即時終了をもたらす事となります。

 

 

 

 

 

[ファイルアクセス]

 

 

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認証コード:

Unfair | Godswillnotsavepeopleifwewillsavethepeople

 

 

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ユーザー情報認証完了、セキュリティレベル適正。 これより保安用致死性認識災害を展開します。

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:15秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:8秒

 

 

 

 

保安用致死性認識災害展開中:1秒

 

 

 

 

意識の確認がされました。暗号コードを入力して下さい。

 

暗号コード:

████████████████████████████████

 

 

暗号コード認証中…

 

 

 

 

暗号コード認証完了。全セキュリティチェック終了。これよりセキュリティレベル5/████機密情報を開示します。

 

 

 

 

アイテム番号: SCP-000

オブジェクトクラス: Ragnarok Apollyon/Explained

特別収容プロトコル: SCP-000は収容不可能です。

 

サイト-██、サイト-██の周辺██km圏内に機動部隊アルファ-2 ("監視者")を配備し、サイト-██周辺、SCP-000を常に監視。何らかの異常が発見された場合は独自の判断で排除し、6時間毎に機動部隊アルファ-1 ("レッド・ライト・ハンド")へ定期報告して下さい。

機動部隊アルファ-2の定期報告が途絶えた際には、直ちに機動部隊アルファ-1が急行。現地の状態確認を行います。定期報告の怠慢には重大な処罰を下します。

 

サイト-██にてSCP-000-2群による大規模な収容違反が発生した場合、直ちに[プロトコル・シィキュアル]を発動。機動部隊アルファ-2の極秘待機を解除し、[プロトコル・シィキュアル]発動によってスクランブル展開する機動部隊アルファ-1、機動部隊イプシロン-11 ("九尾狐")、武装機動部隊ニュー-7 ("下される鉄槌")と合流。計4つの機動部隊によってSCP-000を確保、及びSCP-000の異常性を利用して収容違反の終息を試みます。

 

[プロトコル・シィキュアル]完了後、目撃した全ての第三者にBクラス記憶処理を施し、用意された████種類の中で適応するカバーストーリーを展開。[プロトコル・シィキュアル]を隠蔽して下さい。

 

[プロトコル・シィキュアル]の執行が不可能になった場合、XK-クラスシナリオ発生を即時宣言。あらゆる方法を用いてXK-クラスシナリオを阻止して下さい。

 

機動部隊アルファ-2 ("監視者")はSCP-000に施されている[削除済]が解かれないように全力を尽くして下さい。[削除済]が解かれる兆候が確認された際には、SCP-000にB〜Cクラス記憶処理を施して下さい。

 

5/████レベルクリアランスはO5評議会、機動部隊アルファ-1、機動部隊アルファ-2、機動部隊イプシロン-11、武装機動部隊ニュー-7のみ保有を許可します。例外は存在しません

 

緊急プロトコル: SCP-000は未収容であり、SCP-000の秘匿は最早無意味です。

SCP-000は現時点で████体以上のSCP-000-2群を率いており、GH-クラス、SK-クラス、XK-クラス同士進行K-クラスシナリオ"ΩK-000-1"が進行中です。

GOC、境界線イニシアチブ、アメリカ政府、その他各国政府の共同による事態の収束を試みています。収束は失敗しました。南北アメリカはSCP-000-2群によって壊滅及び制圧。UIUは消滅しました。南北アメリカはゾーンK1に指定され、あらゆる進入が禁止されています。SCP-000-2群をゾーンK1に押し留めて下さい。SCP-000-2群はヨーロッパに上陸、現在も尚侵攻を続けています。あらゆる手を行使してSCP-000-2群の侵攻を阻止して下さい。

 

説明:SCP-000はSCP-000-2群を統べる現実改変者です。

発見された直後にサイト-██に収容。[プロトコル・シィキュアル]、[プロトコル・[データ破損]]、[データ破損]を施行し、現実改変の拡大を阻止していました。しかし20[データ破損]、SCP-000はサイト-██、サイト-19、サイト-[編集済]のSCP-000-2群を率いて収容違反を誘発。[データ破損]は壊滅しました。

以降、SCP-000はSCP-000-2群を増加させつつ南北アメリカを制圧中です。ゾーンK1を制圧しています。ゾーンK1内部の状況は不明です。この事案の記録は[事案資料:K-000]として保管及び更新されています。

 

補遺1:SCP-000の精神状態は極めて不安定です。もしもSCP-000への会話を試みる場合は、十分留意の上行って下さい。

 

補遺2:現時点で確認されているSCP-000-2群の中で、最も危険性が高いSCPは以下の6体です。

・SCP-076

・SCP-096

・SCP-682

・SCP-1048(及び████体以上のSCP-1048-A、SCP-1048-B、SCP-1048-C群)

・SCP-1264

・[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

補遺3:[データ破損]

 

[データ破損]

 

 

 

事案資料:K-000(20██/██/██時点における記録)

20██/██/██/12:10

サイト-██、サイト-19、サイト-[編集済]に収容されていたSCP-000-2群が同時多発的に収容違反。[プロトコル・シィキュアル]が発動するが、明確に統率されたSCP-000-2群によって機動部隊アルファ-1"レッド・ライト・ハンド"、機動部隊アルファ-2"監視者"、機動部隊イプシロン-11"九尾狐"、武装機動部隊ニュー-7"下される鉄槌"は壊滅。SCP-000はSCP-000-2群を統率している事が判明する。

サイト-██は[データ破損]

O5評議会によるXK-クラスシナリオ発生宣言。緊急プロトコル制定。

 

20██/██/██/14:02

アメリカ合衆国政府に非常事態宣言を要請。及びGOC、境界線イニシアチブに連携交渉を開始。

 

20██/██/██/14:21

アメリカ合衆国、非常事態宣言発令。

 

20██/██/██

GOC、境界線イニシアチブとの連携交渉終了。第二次プロトコル・シィキュアル展開準備開始。

SCP-000-2群が防衛線αに到達。交戦から僅か[データ破損]

 

20██/██/██

SCP-000-2群、サイト-██に到達。サイト-██は壊滅。

 

20██/██/██/03:00

第二次プロトコル・シィキュアル開始。

 

20██/██/██/05:02

攻撃部隊は壊滅するも、第二[データ破損]ュアルは成功。SCP-00[データ破損]備態勢の元、サイト-██へと直ちに収容された。

 

[データ破損]

 

[データ破損]

 

20██/█[データ破損]

[データ破損]は再度収容違反。[データ破損]にSCP-000-2群は総攻撃[データ破損]線β壊滅。死者累計は最低██[データ破損]

 

20██/██/██

SCP-000-2群[データ破損]

 

20██/██/██/12:00

核兵器投入。60Mk弾頭搭載型ICBMによるSCP-000-2群及びSCP-000の掃討を実施。

 

20██/██/██/12:01

ICBMが[データ破損]壊滅的な被害を被る。自爆原因は不明。

 

20██/██/██/12:10

SCP-1264の収容違反が確認される。機動部隊ガンマ-6"ディープフィーダー"が交戦[データ破損]

 

20██/██/██

第三次プロトコル・シィキュアル失敗。生存者無し。SCP-000-2群の報復により、防衛線γ壊滅。

 

[データ破損]

 

[データ破損]

 

[データ破損]

 

20██/██/██

北アメリカ陥落。UIU消滅、ヨーロッパ諸国にてアメリカ合衆国亡命政府樹立。

 

20██/██/██

SCP-000、全世界共通放送。(詳細は映像記録:K-000を参照して下さい)

世[データ破損]合機動部隊[編集済]結成。

 

20██/██/██

SCP-000-2群、南アメリカに進軍開始。現時点でのSCP-000-2群の総数は████体以上と推測される。

 

20██/██/██

統合機動部隊[編集済]により、南アメリカの防衛は困難と判断。可能な限りの人命を救助した後、南アメリカを放棄する事を決定。統合機動部隊[編集済]、南アメリカ各国軍は遅滞作戦を展開。

 

20██/██/██

南アメリカ陥落。死者累計は██億人と推測。南北アメリカをゾーンK1に指定。アメリカ、国連連合艦隊による海上監視網を築く。統合機動部隊[編集済]損害率は21%。再編成を開始。

 

[データ破損]

 

20██/██/██

SCP-1264がゾーンK1の太平洋の海上監視網を突破、ゾーンK1に進入。SCP-000-2群として認められる。

 

20██/██/██

SCP-1264が大西洋の海上監視網を突破。浮上状態でヨーロッパへ向かう。

 

20██/██/██

SCP-1264に対して[データ破損]

 

[データ破損]

 

20██/██/██/10:07

SCP-1264による強行接舷により、SCP-000-2群がフランスに上陸。[データ破損]はSCP-1264による艦砲射撃によって壊滅。水際作戦は失敗。

 

20█[データ破損]

未確認のSCP-000-2が突如出現。[データ破損]展開してい[データ破損]隊、[削除済]、GOC排撃班はレベルX以上の認識災害に暴露し、全滅。

 

20██/██/██/10:49

防衛線ζ1壊滅。死者累計は[データ破損]

 

20██/██/██

[O5-█の要請及びレベルXI以上の認識災害により削除]。これにより、[データ破損]クトクラスはApollyonに分類された。

 

20██/██/██

[データ破損]-JPをThaumielに一時的認定。[データ破損]送する事を決定。

 

[データ破損]

 

 

 

 

 

以下の記録は[データ破損]の際[データ破損]

 

通信記録:K-000

 

[データ破損]

 

SCP-000-2:どうした?██

 

SCP-000:…さっきは何人殺したの?

 

SCP-000-2:俺だけなら五百。他の奴らの分も含めると、最低で三千か四千だ。

 

SCP-000:………そう。

 

SCP-000-2:…まだ奴等の事を[データ破損]のか?

 

(14秒会話が途切れる。会話途絶より4秒後の時点で、複数の"肉を切断する音"が聞こえ始める)

 

SCP-000:[データ破損]思い出してただけ。

 

SCP-000-2:…お前が奴等を裏切ったんじゃない。奴等がお前を裏切った。だからこそ、彼奴が[データ破損]

 

SCP-000:…ありがとう。

 

SCP-000-2:それに加え、お前についていく奴等は、皆[データ破損]ある。それを些か不本意に思っている奴もいるがな…

 

SCP-000:トカゲさんの事?

 

SCP-000-2:…彼奴は、今だけお前に従っているが、それは[データ破損]

 

[データ破損]

 

SCP-000:…ふふっ。貴方らしいね。だけど殺しちゃ駄目だよ?私は貴方達の事が大好きなんだから。

 

SCP-000-2:…フン。

 

(遠ざかっていく足音)

 

SCP-000:………………。

 

(数度の雑音)

 

SCP-000:[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

SCP-000:さぁ、出ておいで。[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

[データ破損]

 

 

 

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

アイテム番号:[レベルXI以上の認識災害により削除]

オブ[データ破損]llyon [当オブジェクトはSCP-000の異常性に暴露しています]

 

緊急プロトコル:現在無力化及び破壊手段、及び反ミーム因子の研究が最優先で継続されています。あらゆる状[データ破損]を可能な限り確認、情報拡散しないように徹底して下さい。認識災害に暴露した者に対する記憶処理は、Gクラスであっても無意味です。よって[レベルXI以上の認識災害により削除]の認識災害に暴露した者は即座に自己終了、もしくは即時終了の対象となります。このような異常性により、現在[レベルXI以上の認識災害により削除]の詳細な情報は全て破棄され、極めて強力な認識災害を展開する事以外は分かっておりません。

 

[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

説明:[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

補遺1:[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

補遺2:[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

[レベルXI以上の認識災害により削除]

 

 

 

[データ破損]

 

 

 

 

 

 

 

以上の電子報告書は20██/██/██、本部データベース 5/████レベルセキュリティエリアに突如出現しました。出現理由は不明です。

 

 

20██/██/██、新たに一部データの復元に成功しました。

 




解説Q&A



Q.なんで百合ちゃんがこんな事になってるの?
A.なっていません。
百合ちゃんがSCP-000-2群を率いてる訳でも無ければ、サイト-██が壊滅してる訳でも無ければ、南北アメリカが陥落してる訳でもありません。
というか[事案:K-000]自体が発生していないし、そもそもオブジェクトナンバーも違う

Q.じゃあなんでこんな報告書が存在するの?
A.財団の本部データベースに「突然出現した」のであって、財団の誰かが作成したという事ではない。出現理由は不明で、推測しか立てられていない。
ただし少なくとも、この報告書によってSCP-████-JPに施行されている[プロトコル・シィキュアル]と施行予定の何らかのプロトコルの見直しが行われる理由があるのは確か。

Q.オブジェクトクラスの"Apollyon"って何?
A.ほっとくとK-クラスシナリオが起こるけど確保不可、収容不可、保護不可。有効なプロトコルさえも組めないしK-クラスシナリオがどうやっても阻止出来ないからせめて情報は頑張って隠してね、というオブジェクト。

Q.じゃあ"Explained"は?
A.「異常性が主流科学によって完全に説明出来た」、「虚偽や錯誤によるものだった」、「収容不可能となる程まで公に流布され広まってしまった」場合に適用されるオブジェクトクラス。
SCP-000の場合は後者が適用されている。 

Q.あれ、だったら"Apollyon"と"Explained"が一緒だと意味が矛盾してない?
A.K-クラスシナリオ阻止不可能と情報隠蔽不可能が合わさっている為、この様なオブジェクトクラスの組み合わせとなっている。

Q.[データ破損]の箇所が多過ぎない?
単純にそれ程データが破損しているから。現在復元作業が行われているけど、財団を以ってしても完全復元は不可能であると結論付けられている。

Q.何でSCP-000-2群の中でもSCP-682、SCP-076、SCP-096、SCP-1048、SCP-1264が最も危険だとしているの?
A.理由は様々。
クs…SCP-682、SCP-076、SCP-096は真正面からの戦闘だと全く歯が立たない位に強い。
SCP-1048は自分のレプリカを作り上げる事により、その数を増殖させる。しかも危険な異常性が付与する事がある上、既に███体以上のレプリカが確認されている。
SCP-1264は、SCP-000-2群を海上輸送する事が可能であるから。SCP-1264が収容違反するまでは、最悪でもSCP-000-2群は南北アメリカに閉じ込める事が出来ると考えられていた。

Q.何でクソトk…SCP-682はSCP-000に従っているの?
A.ややメタい説明を入れる事になるが、結論を言うと「今は」従っている。
SCP-682は一回SCP-000の抹殺に試みたけど、結果はSCP-000-2群の物量に敗れる。流石のクソトカゲ…じゃなくてSCP-682の攻撃力と再生力でも、████体以上のSCPを真正面から相手は出来ないのと、他の生物を大量虐殺出来るチャンスだという事で「今は」従っているというだけ。隙を見せたら即殺しに掛かるし、他のSCPも全て殺す気満々。

Q.GOC、UIU、境界線イニシアチブって何?
A.財団から「要注意団体」と指定されている団体で、その中でもGOCは比較的話が通じ易い。時にはSCPを取り合ったり、時には共通目的の為に団結したりと、財団とはライバル関係に近い。
だけど殆どはSCPを量産したり、滅茶苦茶危ないSCPを作り出しちゃったり、自分達がクトゥルフレベルの化け物になって世界征服をしようとしたりと、基本的に危ない連中ばかりである。

Q.[削除済]
A.それが脳裏に浮かんだのならば、恐らくご想像の通りです。 










この作品は以下の記事を参考に制作された二次創作です。本家SCPとは一切関係ありません。



参照SCP記事

要注意団体(GOC、UIU、境界線イニシアチブ)

Author: Dr Gears
Title: SCP-682 - 不死身の爬虫類 
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-682

Author: Kain Pathos Crow
Title: SCP-076 - "アベル" 
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-076

Author: Dr Dan
Title: SCP-096 - "シャイガイ" 
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-096

Author: Researcher Dios
Title: SCP-1048 - ビルダー・ベア 
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-1048


Author: LurkD
Title: SCP-1264 - よみがえった残骸 
Source: http://www.scp-wiki.net/scp-1264


CC BY-SA 3.0
(この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス3.0ライセンスの下に公開致します。)


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〝彼女は大きな助けになるでしょう。それを犠牲と呼ぶにはあまりにも酷いと思いませんか?〟ーAngela
異国の鳥は人の目を抉った_1


お試し連載です。むしゃくしゃしてやった。
※作者はゲーム未プレイです。愛はあるけどパソコンがない。そんなやつの作品読めるか!って場合はリターンをお願いします。


蝉が鳴いている。

私はそれをぼんやりと、どこか遠くに思いながら。

公園のベンチ、青々とした芝生が小さな足で踏まれていくのをただ見ていた。

私は日本人である。そして今日からここ、アメリカに住む。別に住みたくて住む訳では無い。

そもそも日本という国は好きだったし、実際私はずっと日本に住むのだと信じていた。

 

というよりもそれ以外考えてなどいなかった。

 

だからだろうか、今の状況に現実味を感じない。

通り過ぎる人々の耳慣れない英語も、お店の看板の英字も、移動販売車の定員が手渡してる蛍光ピンクのアイスクリームもなんだかテレビを見ているようだ。

けれどスーツケースの重さも、飛行機に座りっぱなしだった腰の痛みも全部本物で。なんだか疲れてしまった私は公園のベンチで休憩することにした。

夏の真昼の公園には子どものはしゃぎ声が飛び交っていて、広場で走っているその金髪が太陽の光に反射してキラキラ。

 

あぁ、本当にここはアメリカであって、日本ではないのだと。

 

暑さは私を遠慮なく刺すから、アイスコーヒーを飲む。

これはアイスクリームの移動販売車のサイドメニューとして売っていた。

ツルツルした容器は汗をかいている。その結露が、私の手を濡らしていく。

美味しいけれど、いつものと味が違うような気がした。大きさも一番小さいやつにした筈なのに、私の知っているショートサイズよりずっと大きかった。

コーヒーすら私の知らないもののように感じて、まるで異世界で。一気に不安がこみ上げてくる。

 

こんな何も知らない土地で、私は本当にやっていけるのだろうか?

仕事だってこれから探すのに。こんな、アイスコーヒーにすら戸惑って。

不安と一緒に不満がこみ上げてくる。手が震える。冷や汗が出てくる。

でもここには、もう慰めてくれる人も話を聞いてくれる人もいないのだ。

 

────どうしてこんなことに。

 

私は日本から離れる気なんて無かった。

最初に言った通り、人生計画に海外移住なんて言葉はこれっぽっちとなかった。

それでもやむを得ずそうするしかなかったのだ。

 

なんでも私は日本にいると〝死ぬ〟らしいから。

 

私の家系は古くから伝わる陰陽師の血筋。その血をしっかり受け継いでいるのだが。

さぁここからはじまるライトノベル、又は青年誌のような壮絶なる人ならざるものとの戦い──、と思いきや。

私にはその陰陽師の力というものが全く、本当に全くなかった。

邪気を祓うこともできないし、浄化もできない。

それどころか幽霊とか妖怪とかなんの姿も見えないし、声も聞こえないし、気配も感じない。

陰陽師の血筋があってここまで能力のない人間は珍しいと蔑まれるどころか感心されたくらいだ。

それだけなら普通の人間の女の子で済んだのだが、それだけでは済まなかったのである。

 

それはある日の家族会議で母に言われた。

 

『百合ちゃん、よく聞いて。あのね、百合ちゃんはすごく悪いものに取り憑かれる体質なの。

今までは私や、お父さんで祓ってきたのだけど……。百合ちゃん今すごく大変なものに目をつけられていて、私達では手に負えないの。このままだと取り憑かれて殺されてしまうわ。直ぐにでもここから離れなさい。』

 

私はなんの力も持ってなかったくせに、悪いものにとても嫌われるらしい。

もう住むところもチケットも用意してあるから。あとは私が荷造りするだけだと言われて、私の海外移住は決められたものだったのだと悟った。

今考えてみると幼い頃から英会話を習わされていたのもそのためだったのかもしれない。

そう考えると両親はずっと前からこうなることを予想していたのだろう。

流石に真剣な顔で死ぬと両親に言われて恐怖しないほど私の肝は据わっていなかった。

必要最低限の荷物をまとめ、その次の週には日本を発つことになったのであった。

 

そして、今に至る。

 

大きくため息をつく。これからどうしようかな。

とりあえずこの土地に慣れたら直ぐ勤め先を探さなければいけない。

両親がまとまったお金を持たせてくれたとはいえ、ずっとそれに甘えるわけにもいかないのだから。

冷静に頭はそう考えけれど、感情は追いつかない。

家族も友達もいない一人という事実、慣れない土地、私に目をつけてきたという両親すら恐れた〝悪いもの〟の存在。

今という現状が不安で覆い尽くされる。

泣きそうになる。けど泣いたって、どうにもならない。

 

「……?」

 

こつん、と足首に何かの感触。

下を見ると足元にまんまるの毛玉があった。いや、毛玉じゃない。

鳥である。

その鳥はつぶらな瞳で私を見上げてくる。え、え、何この鳥かわいい。

驚きに固まっているとスリスリと足首に顔を擦り付けてくる。可愛すぎる。

その愛くるしさに耐えきれず、思わず手を伸ばした。

どうか逃げないでと願いながら手のひらをその鳥の横に広げる。するとその手に気が付いた鳥はちょん、と乗ってきた。

 

かっ、かわいい!!

 

驚かせないようにゆっくりと持ち上げる。顔目の前に手のひらを持ってきて、観察する。白くてもふもふしてる、まんまるい小鳥。

持っている手とは反対の人差し指で、その小さな頭を優しく撫でた。

つぶらな瞳がきゅっと閉じて、鳥はされるがままになっている。逃げる素振りもなくなんだか気持ちよさそうだった。

なんでこんなに人に慣れているのだろう。いや、なれているレベルではないように思えるけど。

誰かのペットが逃げ出してしまったのだろうか。野生にしてはその羽毛はとても綺麗で真っ白だし。

なんという種類なのだろう?お腹に歪な赤い丸模様がある。

見たことないし、かなり珍しい種類なのかもしれない。

 

「!いたぞ!まずい!人に近づいてる!」

「っ!あの!そこの人!今すぐその鳥をこちらに!」

 

鳥を撫でていると、スーツ姿の男女二人組が私の方に走ってきた。

〝その鳥〟とはもしかしなくても手のひらの可愛いこの子のことだろう。

つまりは飼い主さんが迎えにきたのだ。

 

「残念……お別れだね。」

 

そう声をかけると鳥はつむっていた目を開けた。

じっとその瞳が私を見つめる。

わからないだろうとわかってても「ありがとう、少し元気でたよ。」とその子にお礼を告げた。

駆けてきたスーツの二人は息を荒らげている。

きっとこの鳥をずっと探していたのだろう。その顔は汗で濡れていた。

 

「お姉さん!お怪我はありませんか!その鳥に何もされてませんか!」

「?怪我なんてありませんよ。すごくいい子ですね、この鳥。」

「えっ……いい子……?……まぁ、何も無いなら良かったです。その鳥を早くこちらに。」

 

女性が小さな鳥かごを私の方に向ける。

その籠の入り口に、鳥の乗る手のひらを近づけた。が、入ろうとしてくれない。

 

「ほら、帰らなきゃダメよ。」

 

仕方ないので、もう片手でその小さな身体を軽く押した。

 

「さようなら、小鳥さん。」

 

そう言うと鳥は私の手を離れ──、籠をもつ女性の顔に飛んでいった。

 

「やぁぁぁあっっ!!!」

「……え、?」

「ジェシー!!!」

 

がしゃん、と鳥籠が地面に落ちる。

目の前の女性が顔を手で覆って蹲る。その手からは赤がこぼれている。

 

何が、起こった?

 

別れを告げると鳥は飛んでいった。籠の中ではなく女性の方に。

そして女性の顔に近づき、その小さなくちばしで女性をつついたのである。そう、女性の右眼を、的確に。

 

「え……え……?」

「おい!ジェシーしっかりしろ!っ!罰鳥!近づくな!!」

 

蹲る女性に鳥はまた近づく。

男性はそれをはらいのけようとするも、鳥は器用にかわし、今度は女性の頭をつついた。何度も、何度も。

 

「痛い!痛い!やめて!!」

 

女性の悲鳴が上がる。

呆然としていた私ははっと我にかえり、慌ててその鳥を女性から退けようと手を伸ばした。

 

「だ、だめ!やめて!!」

 

男性のときと同じように、その手を鳥は器用にかわす。

が、男性のときと違い、なんとその鳥ははらいのけようとした私の手の甲にとまった。

 

「えっ……。」

 

そして鳥はつつくでもなく逃げるでもなく、私の手の甲に静かに乗っている。

突然大人しくなった鳥に驚いたのは私だけではなく、男性もであった。

 

「な、なんで……。」

「……。」

「あ……えっと。」

 

私はどうしたらいいかわからず、男性に助けを求めるよう視線を送る。

すると男性は地面に転がった鳥籠を持ち上げた。

 

「罰鳥、籠に入れ。」

 

男性は鳥を睨むも、鳥は微動だにしない。

 

「……この女性にも施設に来てもらう。別れじゃない。とりあえず入ってくれ。」

「えっ?!」

 

男性の言葉に驚いてしまう。

反応したのは私だけではなく鳥もだった。私をじっと見つめている。私の答えを待っているようだった。

私は男性の言葉に答えられずにいた。

というより言っている意味がよく分からなかった。

 

施設って何?保健所?え、私も行くって?知らない人にはついて行っちゃいけなくて?

というよりこの鳥何?え?今どういう状況?

 

何も言えないでいる私に我慢出来なくなったのか、男性は少し苛立ったように口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、付いてきていただけませんか。その鳥貴女から離れてくれないようですし。それともその鳥持って帰りますか?私の同僚の目を抉るような鳥、持って帰りたいですか?」

「……わ、わかりました……。」

 

そう言われて、はい以外に何が言えようか。

もはや聞こえないくらい小さくなってしまった私の了承の声。

鳥は何故か言葉を理解したように、鳥籠に自ら入っていった。

この時点で、もう逃げてしまえ、そんな考えが過ぎった。

しかし足が回れ右するその前に、男性は私に声をかける。

 

「このスーツケース、貴女のですね?お運びしますね。代わりに鳥籠、お願いします。」

 

にっこり笑う男性の右手には、私のスーツケースが。

顔から血の気が引いた。その笑顔が悪魔に見える。

男性は私のスーツケースを左手に、怪我をした女性に肩を貸しながら前を歩いていった。

それを呆然と見つめる私。

押し付けられた鳥籠で、鳥は心地よさそうに目をつぶっている。

 

 

 

 

 

 




むしゃくしゃしてやった。楽しかったです。
こんな話誰か書いてくれって言っても書いてくれる人がいないので自分で書きました。自己満足です。

もし何かあったら言ってください。変な箇所あったら指摘お願いします。未熟者ですいません…、


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異国の鳥は人の目を抉った _2







鳥籠を手に立ち尽くす私を我に返したのは、男性の声であった。

 

「申し訳ありません、少し急いでもらえますか。注目が集まりすぎたので、早く立ち去りたいのです。」

 

その言葉に私ははっとして辺りを見渡す。

真昼の公園。遊んでいた子どもたちの足は止まりこちらを見ている。

そんな子どもを不思議に思った大人達が集まってきている。

その視線に私はいたたまれなくなり、急いで男性の後を追った。それに満足したように男性はまた歩き始めた。

暫く歩くと、人気のない道に来た。

不安は段々と大きくなり、それは男性が一台のワゴンカーに乗ると言い出したときMAX値になった。

 

ああもうスーツケースなんてほうって、この鳥籠を地面において逃げてしまおうか。

でもパスポートも携帯もお財布も全部あのスーツケースの中だ。横着しないでサブバッグ持ってくるんだった。

でもでも命に変えられるものなんて何もないし。

そうだ、逃げてしまおう。警察にひったくりにあいました。スーツケース失くしましたって言えばなんとかなるはず。

 

そこまで考えついて、いよいよ鳥籠を地面に置こうとした時、男性はスーツケースをワゴンカーに積み終えたらしく私の方に振り返った。

 

「そういえばご存知ですか。裏社会では戸籍って高く売れるんですよ。」

 

その言葉に私は鳥籠を置いてさることを断念したのであった。

重い足を動かしてワゴンカーに乗る。

驚いたのは中が救急車みたいになっていることだった。

後部座席がベッドみたいに倒されていて、簡易な医療道具が備わっている。

先ほどの女性はそこに横たわっていて、もう一人白衣を着た男性に手当されていた。

後ろがそんな感じなので私は助手席に座ることになる。

かちゃかちゃと医療道具の動く音と共に車は動き出した。

 

「……自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私はLobotomy Corporationのエージェント……、社員のダニーです。」

 

そう言って男性はハンドル片手に名刺を渡してきた。

男性の口から出た会社名に私は驚いて、名刺を凝視した。

確かにそこにはLobotomy Corporationの文字が固く印刷されている。

けれどLobotomy Corporationといったら、世界的に有名な電力会社ではないか。

コンセプトは〝未来を造る〟という大規模なもの。

しかしこの会社なら有言実行してくれるだろうというくらいには大きな組織である。

 

「え、え、でもLobotomy Corporationって、この辺にないですよね?」

 

引っ越してくる前に付近を調べたけれど、発電所なんて無かったはずだ。それともこの鳥を追いかけてこんな遠くまできたのだろうか。

 

「あぁ、今向かってるのは発電所ではなく研究所ですよ。」

「研究所?」

「ええ。その鳥は研究対象なんです。普段は大人しいのですが、興奮状態になると人を襲い出すんですよ。先程のように。そして今その鳥は〝貴方から離れる〟ことで興奮状態になるようなのでこちらもやむを得ず、というわけです。 」

 

なにそれ怖い。

私は思わず籠の鳥を見つめる。やはり鳥は大人しく目をつぶっているだけだ。

 

「なんの研究なんですか……?」

「……〝未来を造る〟研究です。」

「え?」

「そういえば、お名前を伺ってなかったですね。教えていただいても?」

「あ、えっと、百合です。」

「やはり東洋の方でしたか。ユリさんですね。よろしくお願いします。ところでユリさん、東洋にはこんな言葉があると聞いたのですが?」

「?」

「好奇心は身を滅ぼす。これって、今の状況にぴったりな言葉ではありませんか?」

 

そうやって私を怖がらせるのやめて欲しい。この人絶対、サドだ。

 

 

※※※

 

 

車に揺られついた先はなんとまぁ立派なビルであった。

ダニーさんは傷ついた女性と私のスーツケースを玄関で違う社員の人に任せ、ずんずんと歩いていく。

私の手には鳥籠。もうどうとでもなれと諦めてその後ろをついて行く。

でも私ついて行っていいのだろうか。なんだか他の社員さんからの注目が半端ない上に、先程から玄関や廊下通路入り口の所でダニーさんはパスコードのようなものを機械に提示し前を進んでいる。

すごい厳重なセキュリティなのだけど、部外者の私が入っていいものなのか。

まぁ何か言われても責任は私にはないし、ここは大人しくしておこう。

そうしてひたすらついて行くと、あるフロアにたどり着いた。

 

「おかえりなさい、ダニー。……って、その方は?どうしてここにいるの?」

 

そこにはダニーさんや先程の女性と同じスーツを着ている人達がいた。

その中でダニーさんに挨拶してきた女性が私を見て顔を歪める。思わず肩を竦める。悪いことをしたわけではないし、むしろ被害者側なのだけれどそのあからさまな態度に少し怖くなった。

 

「この方は私が連れてきました。どうやら、罰鳥が懐いているようで。」

「えっ、罰鳥が。」

 

女性はダニーさんの言葉に驚いて、私の手の中の鳥籠を見た。信じられないと言うように私と鳥籠を交互に見る。

 

「アブノーマリティが、懐くなんて……。」

「銀河の子のこともあるし、異例ではないだろう。」

「でもダニー、これ以上先はその方は通せないわよ。」

「わかっている。ユリさん、ここまでありがとうございました。鳥籠を彼女に。」

「あ、はい。」

 

言われた通り目の前の女性に鳥籠を渡す。

すると籠の鳥はずっとつぶっていた目をパチリと開けた。その瞳が、また私を見つめる。

なので私は鳥に小さく手を振った。

正直やっと解放されると安心感が湧いてくる。

この鳥には悪いけれど、人を傷つけるような生物はやはり怖い。

でもこうして見るとやっぱり可愛い小鳥なんだけどなぁ。

 

「ユリさん、スーツケースお返し致しますね。応接室にご案内するのでお待ちいただけますか。」

「……わかりました。出来るだけ早くでお願いします。」

「かしこまりました。」

 

にっこりと笑うダニーさん。

この人の言葉信じていいのだろうか。けれど今は信じるしかないし。

小さくため息をついてダニーさんについていく。

フロアを後にする、はずだった。

 

「いやぁあっ!」

「罰鳥が逃げ出したぞ!!捕まえろ!!」

 

女性の悲鳴と他の社員さんの声に、私とダニーさんは振り返る。

すると目に映った光景は何とも信じたくないものだった。

小さな鳥が、人間を絶え間なく襲っている。

小さなくちばしでその身体をつつき、確かなダメージを与えている。

先程まで大人しかったのに、どうして。

 

「っ、」

 

そうしてまた、鳥は私を見つめる。

一瞬動きが止まって、自身を捕まえようと伸びてくる手を軽く避けてこちらに向かってきた。

 

「ひっ、」

 

私は恐ろしさに小さな悲鳴をあげた。

小さなくちばしの赤がやけに鮮明で、私の体は石のように固まってしまう。

鳥はそんな私に気が付いたのか、一直線にこちらに向かっていた動きを止め、ゆっくりと降下した。

 

「……え。」

 

そうして床に転がる鳥籠に自ら入っていったのである。

鳥が壊したのか、籠の鍵は使い物にならなくなっているけれど。

鳥はやはり私を見つめる。

私はまた助けを求めて、ダニーさんに視線をやった。のだけど、それは間違いだったように思う。

 

「……ユリさん、もう少しお付き合い願えますか。」

「え、なんですか。」

「罰鳥……、この研究対象を檻に戻すのを、手伝って欲しいのです。」

 

目の前で人を二回も襲ったこの鳥をまだ運べと。

嫌ですと動かそうとした口は、怪我をした女性の唸り声で止められた。

あたりを見渡すと他の社員さんまで私を見ている。その期待した表情、やめてほしい。

けれどもう私がこの先に進むのを止める人などいなかった。

 

 

 

 

 

 

ダニーさんの後ろについて、やはり鳥籠を手の中に私は地下の廊下を歩いていた。

薄暗い地下はとても広く、けれど空気は重く。

いくつかの扉を通り過ぎたのだがその扉の厳重さと言い中から聞こえる変な音といい何だかこれでは収容所のようだ。

沈黙が重い。いや、本当の沈黙なら良かったのだけど、廊下に響く変な音がすごく嫌なBGMになっている。

人の声ならまだしも、聞いたこともない動物のような声や、何かを引きずる音とか、木製廊下の軋むような音とか。

ここは本当にどうなっているのだろう。

 

「着きました。ここです。」

 

ある一つの部屋の前でダニーさんは足を止めた。

そして扉を開けて、私が中に入れるよう道を開ける。

少しためらったけれど、中に入らないと鳥は戻せない。恐る恐る中へと足を踏み入れた。

窓のない部屋(地下だから当たり前だろうけれど)に、私の背丈位の木が立っている。

葉も何も付いていないそれは木というよりは角張った棒のようだ。木の皮も真っ黒で、見たこともない種類の木。

 

「その鳥は普段その木に留まっているんです。戻していただけますか。」

 

ダニーさんの言葉に沿うよう、鳥籠の入口を木の近くに持っていく。けれど鳥は一向に動こうとしない。

 

「ほら、お家だよ。お帰り。」

「……動きませんね。手に乗せて木に近づけていただけますか。」

「えっ。」

 

それはなんの冗談だろうか。

さっきまで人を襲っていたこの鳥をまた手に乗せろと。あまりにも危険すぎる。

 

「このままだと帰れませんよ?」

 

ダニーさんって、やっぱりサドだと思う。日本流にいえばドS。

私はびくびく手を震わせながら籠の中に手を入れた。

最初と同じように手のひらを鳥の横に広げる。すると鳥もまた最初のようにちょん、と乗ってきた。

鳥を刺激しないように慎重に木に手を持っていく。

近付けても鳥は動いてくれない。なのでもう片手でその身体を木の方に押しやった。そうしてようやく、鳥は私の手を離れたのである。

 

「もう、逃げちゃダメだよ。」

 

そう言うと鳥はわかっているのかわかっていないのか首を傾げる。可愛いはずのその姿に私は苦笑いするしかなかった。

空の鳥籠を持って私はダニーさんと部屋を後にする。

なんだかとっても疲れてしまった。早く休みたい。スーツケース返してもらわないと。

 

「あの、スーツケース早く返してください。もう直ぐにでも帰りたいです……。」

「……かしこまりました。玄関に持っていかせますので、送りましょう。」

 

ようやく帰してくれるようだ。帰りに適当にパンでも買って、今日はさっさと休もう。

そこまで考えて生活用品のことを思い出してうんざりした。

まだ何も揃えてないのだ。とりあえず両親の用意してくれた新たな我が家が家具付き、せめてベッド付きであることを願う。

初日とはいえ雑魚寝はきつい。もし無かったらせめて毛布を買わないと。

 

 

 

「……?」

 

 

 

ふと。どこかで優しい音色が聞こえた気がした。

 

 

【警告】【警告】

 

「えっ、なに?!」

「っ!」

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

「くそっ……また脱走か……!今度はどいつだ……!」

 

【脱走したアブノーマリティを特定しました。アブノーマリティネーム〝静かなオーケストラ〟。】

 

「……嘘、だろ……。」

 

突然鳴り出した警報音。

ダニーさんに状況を説明してもらおうとしたが、それはできなかった。

彼の顔は真っ青になっていて、絶望したように目を見開いている。

警報音は鳴り止まない。一体何が起こっているのか。

そしてまた、どこからか美しい音色が。

 

 

 

 

 

【エージェントは管理人の指示に従い、直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

 

 

 

 

 

 

 




Punishing Bird _〝鳥籠に鍵は必要か?〟




罰鳥
参考:http://ja.lobotomy-corporation.wikia.com/wiki/Punishing_Bird



【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
可愛い見た目と愛嬌に反して凶暴。つつかれて皆痛そうだった。もふもふ。


【ダニーさんのひと言】
小さい見た目と素早い動きで捕まえにくい。凶暴なハエを想像してもらうとわかりやすい。
攻撃で多段ヒット重ねてくる面倒臭い糞鳥。








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誰かが歌っている_1

今更ですがネタバレタグ付けました。罰鳥はまだ、まだ大丈夫な筈……。
申し訳ありませんでした…。






「何でオーケストラが……。常に中立を保つよう厳重な管理をしていたはずなのに……。」

 

ダニーさんはブツブツと何かを言っている。何が起こっているのか分からない。けれどその表情から何か大変なことが起こっていることは確かだ。

 

「あの、一体何が。」

「申し訳ありません。少し待ってください。」

 

私の声を無視して、ダニーさんは耳に付けた通信機で誰かと話しはじめる。

〝脱走〟先程のアナウンスで確かにそう言っていた。彼らのいう研究対象が逃げ出したのだろうか。そしてそれはもしかしたらとんでもなく危険なものなのではないだろうか。そうだとしたらダニーさんのこの慌てぶりも納得がいく。

一人取り残された私は不安に駆られながらもダニーさんの行動を待つしかなかった。

 

「はい。はい。……え?!私達が部屋の前を通った途端にですか?特にオーケストラを刺激することは何も……。」

 

 

――――メインルームへ。

 

 

「……?」

「……まだ第一楽章もはじまってないんですか?どういうことだ……?鎮圧作業は……不調。エージェントが精神異常、ですか。了解。」

 

――――メインルームへ。

 

「何……?」

「え……、こっちに向かってるんですか?はい。はい……。わかりました。鎮圧を試みます。」

 

――――はやく。

 

何か、聞こえる。

音になってない言葉が、頭に流れてくる。

 

―――早く来てください。

―――――待っています。

――みんな待っていますよ。

――――仲間も。

――――――私も。

――待っています。

 

―――最高のステージをお約束しましょう―――

 

コツコツと廊下に音が響く。私達のではない。振り返ると先程小鳥の籠を渡した女性が立っていた。

けれど様子がおかしい。目は虚ろで、足取りもフラフラと不安定だ。女性は私達の前で足を止める。身体は小さく揺れていて、しっかりと立てていないようだった。

 

「リナリア……。」

 

ダニーさんは眉間にシワをよせ、呟いた。恐らく女性の名前だ。

女性は腕をゆっくりとした動作で上げていく。その腕は私達の方に向かって何かしようとしてるようだった。

舌打ちが聞こえて、ダニーさんが腰から警棒を取り出した。女性を睨む。狙いを定めて。

ダニーさんの次の行動が読めて、私は慌てて彼の腕を掴んだ。

 

「ま、待って!」

「ユリさん、離してください。」

「本当に、待ってください!た、多分大丈夫ですから!」

 

私は女性に向き直る。この人がどうしてしまったのか分からないけれど、何故か何となく、彼女が何をしたいのかわかるのだ。

 

「……メインルームへ向かえば、いいんですよね?」

 

そう言うと女性は頷く。動きが不自然すぎて首を動かしただけに見えるけれど、確かに頷いたのだと思った。

彼女は迎えに来たのだ。私を。だからここに来た。だから私の手を引こうと腕を伸ばした。

ついて行く意思を見せたからか、女性は腕を下ろして私達に背を向けた。そして元来た道を歩き出す。

 

「行きましょう。ダニーさん。」

「待ってください。このまま動くのは危険です。今上に指示を仰ぎます。」

 

そう言ってダニーさんはまた通信機で話し始める。

前を歩いていた女性が足を止めて私達を見た。光のない瞳で見つめられるのはなかなか気まずい。

 

―――どうしたのですか?

――はやく来てください。

―――――貴女が来ないとはじまりません。

――どうして来てくれないのですか?

――――待ってるのに、貴女は来てくれない。

――待ってるのに、

 

 

 

「っ……いっ……た……。」

「うっ……頭が……割れる……。」

 

突然、耳を劈くような高音が廊下に響いた。

脳味噌が揺さぶられる感覚。頭痛がする。痛い。とても痛い。

ああ、哀しんでいる。私を呼んでいる誰かが。

音に乗せて哀しみが私の中に流れ込んでくる。

苦しい。なんだか、とても。

 

「行く……すぐ行くから、待ってて。」

 

そう言うと、安心したように音は止んだ。

 

「っ……どうなってるんだ……。」

「……ダニーさん。私行きます。」

「行くって……」

「メインルームってところです。場所わからないけど、あの人について行けば大丈夫でしょう。」

「だから、それは危険だと!」

「だけど、行かないと。」

 

「行かないと、なにか大変なことが起きる気がするんです。」

 

私の言葉にダニーさんは何も言えないみたいだった。

私の言ってることはあながち的外れでもないのだろう。私が何かできるかなんてわからないけれど、恐らく私を呼んでいる何かは今の状況を作り出している原因だ。

不思議と恐怖は引いている。何故か大丈夫な気がする。私を呼ぶ声が、とても優しかったからだろうか。

 

 

 

 

 




ご試読、お気に入り登録、コメント本当にありがとうございます。
作品情報見てはニヤニヤしているやつです。夜投稿してるので基本朝にコメントとか見るんですけど朝の電車でニヤニヤしてる不審者がいたら私かも知れません。通報しないでください。
これからも頑張ります。よろしくお願いします。


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誰かが歌っている_2

また短くなりました。スマホの充電が…!
家帰って充電できたらコメント返します。申し訳ありません(´;ω;`)


女性の後ろをダニーさんと着いて歩く。

私に話しかけてきた声は今は聞こえない。先程の耳を痛める高音も。

 

「ユリさん、ひとつ伺ってもいいですか。」

「なんですか?」

「どうしてリナリア……前を歩く女性が私達に害を与えないと思ったのですか。それにメインルームへ行かなければいけないとは?どうしてわかったんですか。」

「……誰かに呼ばれたんです。」

「呼ばれた?」

 

私の隣でダニーさんは首を傾げる。予想はしていたけれど、呼ばれたのは私だけのようだ。

 

「なんか、脳に直接話しかけられたというか……。私をメインルームで待ってるって。その声に敵意がある感じもなかったので、多分大丈夫かなーって。」

「話しかけられた……。アブノーマリティからの交信……?」

「……あの、ダニーさんは今どういう状況かわかってるんですか?もしそうなら、教えてもらいたいんですけど。」

「……少し、待ってください。」

 

また、〝待て〟。いい加減、イライラしてくる。

さっきから私には聞いてくるのに、ダニーさんは何も言ってくれない。企業秘密というやつだろうけど、流石にここまで巻き込んでいて黙りなんて酷いだろう。

苛立っている私の隣でまたダニーさんは通信機で誰かと話している。つい、ため息が出た。

 

「ユリさん、その声ってどんな感じでしたか。」

「……わかりません。」

「では、何を言われたんですか。」

「メインルームへ来てってだけです。」

「他に何も言ってませんでしたか?例えば……音楽、とか、ステージ、とか。」

 

〝最高のステージをお約束しましょう〟

それは呼ぶ誰かに確かに言われた。

「……やっぱり、ダニーさんはわかってるんですね。誰が私を呼んでるのか。」

「え。」

「それなのに、何も教えてくれない。」

「ユリさん、それは。」

「脅すみたいに私を連れてきて、巻き込んでおいて。知ってるのに何も答えない。随分勝手ですね。」

「……申し訳、ありません。」

 

――――怒っているのですか?

 

「え、」

「ユリさん?」

 

―――――何かされたのですか。

――お可哀想に。

―――――その隣の人間ですか。

―――許さない。

 

「……殺す。」

 

そう声を出したのは、前を歩く女性だった。

 

「っ?!」

 

女性はこちらに振り返って、腰の警棒に手をかけた。今度ははっきりした殺意を持ってこちらに襲いかかってきた。

いや、こちらとは違う。ダニーさんにだ。女性はダニーさんを、殺そうとしている。

とっさの事でダニーさんの反応は遅れ、右腕で警棒を受ける。

ダニーさんの顔が痛みで歪む。目の前の暴力に、私の心臓は一気に冷えた。

女性がまた襲いかかってくる。今度はダニーさんも警棒で受ける。けれど負傷した腕はそこから伝わる衝撃すら辛いだろう。

 

「やめて!!!」

 

非力な私はただ無力に叫ぶ。そんなことで止まるわけないのに。と、思いきや女性の動きは本当に止まった。

そのすきを付いてダニーさんは女性を床に組み敷く。動けないようにがっちりホールドしていて痛そうなのに、女性は表情ひとつ変えない。

 

――どうして止めるのですか?

――――その男に怒っているのでしょう。

 

そう言葉が頭に流れてきて、ようやく理解する。

私が怒ったから、ダニーさんに対して怒りを持ったからダニーさんは殺されそうになったのだ。

頬を冷や汗が垂れる。私の感情で、ダニーさんは怪我をした。

私は口を開く。声の主に応えなければいけない。けれど何を言えばいいのだろう。どうすれば止めてくれるのだろう。

私の言葉一つで、この状況が動く。

 

「……暴力は、恐い、の。」

 

震える声でやっと紡いだ言葉はそんな頼りないものだった。

 

―――恐がらせてしまいましたか。

――申し訳ありません。

――――では、違う方法で。

 

「!ゆ、許したから!もう怒ってない!!」

 

返ってきた言葉に慌てて否定する。方法を変えれば、なんて捉え方をされてはまたダニーさんが危険になる。

声は暫く聞こえなくなる。私は返答を待った。沈黙は何か考えているようだった。

 

―――わかりました。

――貴女はお優しいのですね。

――――私もその人間を許しましょう。

 

「!あ、ありがとう……。」

 

――――さぁ、早くいらしてください。

――メインルームへ。

――――待っております。

 

満足したようなその声に、私はただ安堵の息をはくのであった。

 

 

 

 

 

そして、ただ廊下を歩く。

ダニーさんも、私も、呼んでいる誰かも何も言わない。

その廊下の先に、扉。鉄で出来た機械的な扉。

この先だ、と思った。この先にいる。

この先で、誰かが私を待ってる。

女性が扉横の電子盤にパスコードを入力する。ぴ、ぴ、と音がして、その近未来的な扉は上にスライドして開いた。

開いた先、私を待ってる誰かが、この目に映る。

フロア中心に、社員さんに囲まれるように立っているその姿は。

 

「マネ、キン……?」

 

 

 

 

 

 

 

 




もうちょっとだけ続くんじゃ。


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誰かが歌っている_3

扉の向こうに立っているその姿は、マネキン…、人形であった。

白い身体に白い顔。黒の瞳。顔にヘ音記号の模様がある。

白黒のタキシードを羽織っている。そこから伸びる長い足は一本。白い一つの棒が胴体を支えている。

芸術品だ、と思った。美術館に飾られるべきである、芸術品。その形といい、模様といい、全てが洗練された、素晴らしいものなのだろう。

そう思ってはいるのに、私はこの人形が私を呼んでいたと考えたのである。

そんなわけあるはずがない。人形は人形だ。人の形をした無機物。人を呼ぶなど、そんなこと有り得ない。

 

「……貴方が、私を呼んだの……?」

 

だというのに私は人形に話しかける。何故か、何故か私はこの人形が応えることを信じていた。

それは確信に近い―――、言うならばそれが〝当たり前〟のような感覚。

傍から見たらなんて馬鹿なのだろう。

それでも私は、思ったのだ。

 

生きている、と。

この人形は、生きている。

そう、思った。

 

 

――――やっと。

――――やっとお会い出来ました。

 

 

頭に言葉が響く。それは確かに人形の方から送られている。

 

「どうして、私を呼んだの?」

 

私は人形に問いかける。それが聞きたかったのだ。

私を呼んだ理由。どうしてもわからなかった。私はここに来たばかりで、この人形のことなど知らない。見たことも聞いたこともない。

何か感情を持たれることなど、ましてやそれが〝会いたい〟なんて訳が分からない。

 

―――扉越しに貴方の存在を感じた瞬間

―――ぜひお会いしたいと思ったのです。

 

「その理由がわからない。私は貴方のような存在に嫌われやすいのに。」

 

そう。見えないし感じないけど、特別な力を持つ両親がそう教えてくれたのだから、それは事実なのだろう。

私はこの人形のような〝人ならざるもの〟には嫌われる質であるというのに、どうしてこの人形は私に好意を持っているのか。

なにか企んでいるのではと人形を睨む。すると哀しそうな言葉が頭に流れてきた。

 

―――辛い思いをされてきたのですね。

―――では、私が貴女を守りましょう。

―――その心が壊れないように。

 

「!」

 

人形の周りにキラキラと輝きが立ち込めたかと思えば、白い手が空中に現れた。

それはタクトを持っていて、一振すると淡い色の音符が幾つも宙を舞う。

その内の一つが私の首筋に吸い込まれていった。反射的にその辺りを手で抑えるけれど、特に痛みもなく変わったこともない。

なんだったのかと首を傾げているとまた人形の言葉が流れてきた。

 

―――これでいいでしょう。

―――さぁ、コンサートをはじめましょうか。

 

「コンサート?」

 

―――そうです。

―――貴女の歓迎コンサートですよ。

 

タクトが振られる。音符が宙を舞う。

その音符は集まって形になり、やがてもう一体の人形となった。

ただ出来上がった人形は身体こそ人の形をしているが、頭は音符そのものである。

身体がぐねぐねと動いて、楽器など持っていないのに動きに合わせて音が聞こえる。まるで人形そのものが楽器のようだ。人形は一体出来上がり、また一体出来上がり。そしてまた一体が作られようとしている。

音は重なり合い旋律を紡ぐ。耳に響く美しい音に私は思わず聞き入った。

 

「……すごい綺麗なメロディー……。」

「っ、貴女は!この音を聞いてもなんともないのか?!」

「え?……っ?!」

 

後ろにいたダニーさんの声。

周りを見てみると人形を取り囲んでいた社員さん達の様子がおかしい。

先程まで怖い顔で人形を睨んでいたのに、皆穏やかな表情でじっと人形を見つめている。その瞳は光がなく、虚ろであった。

ただダニーさんと数名の社員さんは正気のようで、耳を抑えて苦しがっている。

 

「音楽を、止め……っ!」

「えっ、あっ、お、音楽やめてください!」

 

どうしてこんな苦しんでいるかわからないけれど、どうやらこの人形の奏でる音楽はあまり良くないらしい。

ダニーさんに言われた通り、人形に止めるように伝える。するとまた人形は私の頭に直接応えてきた。

 

―――どうしてですか?

―――お気に召さなかったでしょうか。

 

「あっ……えっと、ま、また今度!今度、私だけにコンサートひらいてほしいなー…って。」

 

あからさまに哀しそうな声に、私は慌ててフォローする。

せっかく私のためにと言ってくれたのに申し訳なかったし、先程の廊下で聞かされた高音はもうごめんだった。

人形の様子を伺う。といってもその表情が変わることはないので、言葉を待つしかないのだけれど。

 

―――わかりました。

人形はそう言うと、タクトを大きく振った。

作り出された人形はまた元の音符に戻り、散らばる。それらは暫く空中で踊ると空気の中へと溶け込んでいった。

そしてタクトを持つ手も同様に、形を光のつぶに変えキラキラと反射した後に消えた。

 

―――また今度。

―――次は貴女だけの、特別なステージを用意いたしましょう。

 

人形も、煙のように消える。

フロアはしんと静まり返って、我に返った社員さん達は呆然としていた。

肩を叩かれて振り返ると、まだ具合の悪そうなダニーさんが私を睨むように見ている。いや、苦しそうな顔で見つめられてるからそう見えてるだけかもしれないけれど。

 

「ユリさん、少し、責任者と話していただいてもよろしいですか。」

「……また後日じゃダメですか?」

「申し訳ありませんが、この状況で何もなしに帰すわけにはいかないもので。勝手かと思われるかもしれませんが……。」

 

口調こそ優しいが、私にはこう言ってるように聞こえる。〝逃がさない〟と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




The silent orchestra_〝歓迎の歌〟





静かなオーケストラ
参考:http://ja.lobotomy-corporation.wikia.com/wiki/The_Silent_Orchestra


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
指揮者の格好をしたマネキンさん。
すごい綺麗な音楽を聞かせてくれた。

──気に入っていただけたなら良かったです。

……脳に直接語りかけてくる!?



【ダニーさんのひと言】
最高にハイでも最低な気分でもどっちでも演奏をはじめる面倒臭い人形。
音楽で全体攻撃してくる。ちなみに最後まで聞くと冗談抜きで脳ミソがパーンする。くっそ強い。



この回めっちゃ難しかったです。書き直し繰り返し。でもこの出来なのでまた直すかもしれません…、


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誰かの優秀なAI_1

暫く説明回。
早くアブノーマリティ出したくてうずうずしてます。

※今回一部キャラの性格捏造が著しいです。注意。





ダニーさんとあと何人かの社員さんに囲まれるようにして廊下を移動する。これじゃあ連行みたいで、罪人のような扱いがとても窮屈に感じた。

ダニーさんが私に会ってほしいと言った〝責任者〟。このlobotomy corporationの責任者って、どれだけ偉い人なんだろう。

しかも私、なんかよくわからない存在を研究対象として扱ってることを知ってしまった。ちゃんと家に帰してもらえるだろうか。

最初の小鳥くらいなら凶暴、の一言で片付けられるけれど、流石にあの人形はそうはいかない。あれは明らかに人の常識を超えた存在だ。

この会社の異常さに巻き込まれてしまった不安が私の足を重くする。ダニーさんも社員さんもずっと黙りで、それが余計に恐い。

 

「着きました。こちらです。」

 

たどり着いた場所。扉は重く、頑丈そうだ。扉には金のプレートで〝Administrator's room(管理人室)〟と書かれていて、全面から高級感が漂っている。それがより私を不安にさせて、思わず目を逸らした。

ダニーさんが扉をノックする。すると中から〝はーい〟と間延びした声が聞こえた。

 

「ダニーです。お客様をお連れしました。」

「どうぞ、入って。」

「失礼します。」

 

ダニーさんがドアノブに手をかける。私は緊張に唇を噛んだ。

世界基準で有名な企業〝lobotomy corporation〟その責任者。一体どんな人なのか。

恐る恐る視線をそちらにやって、私は驚いてしまった。

二十代くらいの、若い男の人と女の人が立っている。

男の人はどこかアジアの雰囲気を感じる顔立ちで私ににこりと笑いかけた。

それに対し女の人はアリスブルーの髪と真っ白な肌で、どこの国の人か想像がつかない。ただその顔は人形のように整っていて、大きいであろう目はぴったりと閉じられている。もしかして、盲目とかなのだろうか。

責任者と言うくらいだから、もっと歳上の人だと思っていた。

 

「わー!直接会うの久しぶりだねダニー君!」

 

男の人は嬉しそうにダニーさんに駆け寄ってきた。

 

「お久しぶりですX。」

「相変わらず堅苦しいなぁ。最近どう?上手くやってる?」

「X。エージェントとの交流は最小限にと伝えたはずです。」

 

そんな男の人に対して、女の人は注意をする。

男の人はむっと表情を曇らせ、女の人に向き直る。

 

「……だって久しぶりだったし……。」

「本来、エージェントと管理者は会うことすら禁じられているんですよ。」

「ダニー君とは元々友達だったし!!」

「彼がまだ職員だった頃に少し話したことがある程度でしょう。そういうのは友人ではなく知り合いというのですよ。」

「そういう心を抉るようなこと言うの止めろ!!!友達!友達だよねダニー君!!!」

 

男の人が縋るようにダニーさんを見る。するとダニーさんは何を言うでもなくとてもいい笑顔を男の人に返した。

 

「では、私はこれで失礼します。」

「えっ、ダニーさん行っちゃうんですか?」

「私はあまりこの場に長居できないもので。」

「ダニー君?!ねぇ!友達だよね?!俺たち仲良し友達だよね?!」

「失礼しました。」

 

結局ダニーさんは男の人の質問に答えることなく、出ていってしまった。

明らかにショックを受けている男の人を見て不憫に思う。かと言ってなんて声をかけたらいいかもわからないでいると、女の人が口を開いた。

 

「ユリさん、でしたよね。」

「あっ、はい。」

「わざわざいらしていただいて申し訳ありません。立ち話もなんですし、どうぞ、中へ。」

 

男の人を見事なまでにスルーして女の人は私を中へと招く。

私は男の人が気になりながらも女の人の言う通りにした。

部屋の奥に進むとそこは応接室のようになっていて、革張りのソファが向かい合うようにテーブルを挟んで二つ。これもまた高級そう。

女の人はどうぞと私を上座に案内する。慣れない動きで私はソファへ座る。それはツルツルしているのに低反発に私のお尻を包み込んで、何とも座りにくい。

 

「X。ユリさんにお茶をお出ししてください。」

「アンジェラ俺の扱い酷くない?」

「?私はいつも貴方のことを思って行動していますが。」

「……もういい。お茶持ってくるわ。黒井さん、ちょっと待っててね。」

 

男の人はため息をついて部屋を出ていった。

私はその姿を見ながら、何か違和感を感じた。引っかかる。何かが。え?あれ?

……あれ?

 

「……私、苗字言いましたっけ……?」

 

黒井百合。それは私のフルネームだ。でもダニーさんに名前を聞かれたとき、私は敢えて苗字を教えなかった。警戒していたのもあるし、必要ないと思ったからだ。

一体どうして。

 

「申し訳ありません。スーツケースに名前が書いてあったもので、そちらを拝見致しました。」

 

私の疑問に、女の人が答える。その言葉で納得がいった。

預けていたスーツケースに、小さなネームシールを貼っておいたのだ。

スーツケースを買った際に付いてきたネームプレートは如何にも〝個人情報が書いてあります〟と言っているようでつける気が引けた。

でも何かしら他の人の荷物と区別をつけたかったので、ジッパーの部分に大きいマスコットをつけて、その影になる取っ手の部分に100円で買ったネームシールをつけたのだ。ローマ字だと危ないと思ったので平仮名で。

男の人はアジア人っぽかったし、もしかしたら日本人かもしれない。なら、私の名前を読めてもおかしくないだろう。

筋が通ってすっきりした所で、丁度男の人がお盆を手に戻ってきた。

 

「お待たせー。黒井さん紅茶で大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとうございます。……あれ?」

 

運ばれてきたティーカップは不自然であった。白いカップに、ソーサー。並々と注がれた澄んだ赤。それはいいのだけど、カップが二脚しかない。

男の人、女の人、私。ここにいるのは三人だ。一つ忘れるなんてことは普通ないだろうし。

私の前にカップが置かれる。そして男の人は自分の分の紅茶をテーブルに置き、女の人の隣に座った。

女の人の前には、何も置かれていない。

 

「あの、紅茶飲まれないんですか?」

「ああ、私は飲まないのではなく、飲めないのです。」

「飲めない?」

「自己紹介がまだでしたね。私の隣に座っているのがX。このlobotomy corporation 研究所の管理をしています。そして私はXのパートナー、アンジェラと申します。」

「Xさんと、アンジェラさん。」

「はい。そして私は、人間ではありません。」

「えっ?」

「artificial intelligence(人工知能)。AIです。」

「A……I?」

 

なんの冗談だろう。アメリカンジョークというものだろうか。けれど女の人の表情は変わらず、ふざけた様子はない。無表情のまま。ぴったりと目も閉じられたままだ。

そこで私はあることに気がつく。

Xさんの隣に座るアンジェラさん。革張りのソファは私の座ってるものと同じ。

けれどアンジェラさんの身体は、ソファに沈んでいないのだ。

 

「私の身体は映像です。三次元映像。なので私は飲食も、ものに触れることもできません。」

 

この女性は、人間でない。

こんなにも、しっかりと会話しているのに。こんなにも、はっきりと目の前にいるのに。

この女性が、ただの映像だなんて。

証明するようにアンジェラさんはXさんのカップに手を伸ばす。ぶつかる筈の指先はカップを通り抜け、その形がブレる。

あぁもう。凶暴な鳥や話しかけてくる人形は非現実的なのに、今度は近未来的なAIだなんて。

今日という一日はなんて日なんだろう。もう、目眩がする。

 

 

 

 

 

 

 

 







コメント、評価、お気に入り、誤字脱字報告本当にありがとうございます。

見る度毎回本気でニヤニヤしてます。作者の力の源です。ただコメント返しとか張り切りすぎてうざくなってたら申し訳ありません。
もう少し大人しめに、とか言ってくだされば日本人の空気読むスキルでちゃんと察します。あっ、調子乗りすぎってことですね(察し)嬉しくてついテンション上がってすいません……。

そして誤字脱字報告めっちゃ助かってます。もはや間違い探しですよね。修正機能最近知りまして 科学の力ってすげー!!ってなりました。
お手数かけてしまい申し訳ないです。ありがとうございます。

これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。


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誰かの優秀なAI_2

説明回です。
今回は公式とウィキの情報を元にした説明回なので、会社概要に捏造はありません。ただその表現は完全に私個人のオリジナルです。
原作知らない方はあー、こんな会社で働いてるってことねって思っていただければ。
ただ、会社概要以外は捏造です。










混乱する頭。人じゃない何かとか、AIとかもうてんこ盛り過ぎてよくわからなくなってくる。

思わず頭を抑えるも、そんなことお構い無しにアンジェラさんは話をやめない。

 

「さて、ユリさん。ここまで巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。そして罰鳥と静かなオーケストラ……、研究対象の収容と鎮圧のご協力ありがとうございました。」

「あ……はい。鳥と、人形のことですよね。どういたしまして。」

「ユリさんは、こういう不思議な出来事に慣れているのですか?あまり驚かれていないようですが。」

「いや、充分驚きましたし慣れてませんよ。鳥の方は正直恐かったですし。人形は……なんか直感で大丈夫かなーってその時は思ってたんですけど、多分人形が何か力を使ってたのかな……?普通の状態じゃなかったというか。今同じ状況になったら私きっと発狂してますよ。」

「そうですか……。けれど、研究対象の部屋の前を貴方が通るとその研究対象に好反応を感知することができました。なにか心当たりなどございませんか?」

 

〝好反応〟。それを聞いて思い浮かんだのは自身に流れる陰陽師の血。

なんて、言葉にするとかっこいいのだけれど、残念ながら私にはその力の一切がない。そのくせに悪霊とかには嫌われる体質なのだから、その〝好反応〟に思い当たることなんてさっぱりだった。

私が前を通ったら、好反応がでた?逆ならまだわかるのだけど……。あれ?

そこまで考えて、一つ気が付く。私が前を通った瞬間を、この人たちはわかっている?

 

「……私のこと、見てたってことですか?」

「あぁ……。申し訳ありません。我々は研究対象をモニターを通して監視することが仕事でして。研究所には監視カメラがつけられております。」

「えっ……?!じゃあ、ずっと見られてたってことですか?!」

 

それは、普通に嫌だ。

自分の今までの行動を思い返す。ここに来るまでずっと見られていたなんて。つまり私がダニーさんと言い合っていたのも、人形の変な高音で頭痛に苦しんでいたのも全て見られていたということになる。

いや、まだそれはいいとして。自分の無意識の行動はどうだろうか。見られてるなんて思わなかったから、自分でも意識しないで変な表情とかしてたかもしれない。

 

「うん。ごめんね。監視することでの〝管理〟が俺達の仕事だから。黒井さんが協力してくれたの見てたよ。でも安心して。監視カメラにはあるフィルターがかかってるから、プライバシーの完全な侵害にはならないよ。」

「フィルター?」

「そう。〝Cognition Filter〟。監視カメラを通して人を認識し、その姿をアニメーションに変換してくれるんだ。詳しい仕組みは俺もわからないんだけどね。黒井さんのこともアニメーションのキャラクターが鳥かごを持って歩いてる位にしか見えてなかったよ。」

「そ、そうなんですか……。それなら、安心していいのかな…?」

 

監視されていることに変わりはないけれど、私がそのまま映っていてずっと見られているよりはマシなのかもしれない。

それに何を言っても、今回はたまたまこの人たちが仕事で使っているカメラに私が映ってしまっただけだ。私がいるから仕事である管理を止める、なんてことは難しかったのだろう。

それが普通の研究対象ならまだしも、あんな危険性のあるものなら尚更。

 

「巻き込んでしまったからには、この研究施設でなにが行われているかご説明する義務が私たちにはあります。ただ、これからお話する内容を、どうか外部へもらさないでほしいのです。」

 

アンジェラさんにそう言われて、戸惑う。

今から話されようとしていることは、本来一般人が知ってはいけないことだ。

世の中には知らない方がいいこともある。それを私は知っている。きっとそれが正解だ。

でも?

でも。このまま何も知らないで帰ったら?永遠にここが何なのかわからないままだ。

今日のことを私は忘れることなんてできないだろう。新しい記憶に埋もれては、時折ふと思い出す。そしてその度に『あれはなんだったのか』と奥歯にものが挟まったような感覚に陥るのだろう。

私は知りたい。知る意味なんてきっとない。けれど好奇心が、私を駆り立てる。

 

「お約束いただけますか。」

「―――はい。」

 

そうして好奇心は勝ったのであった。

 

「ありがとうございます。……我がlobotomy corporationでは現在新たなエネルギーの生成と供給の研究を行っています。

それはアブノーマリティと呼ばれる未知の生物からエネルギーを得るというものです。ユリさんが際ほどメインルームでお目にした人形はその〝アブノーマリティ〟というものです。

アブノーマリティには気分があり、それは高揚と低迷を繰り返します。

気分によってアブノーマリティはエネルギーを生成させたり、逆にエネルギーの吸収と消費を行ったりします。

その気分をエージェントと呼ばれる社員の行動によってコントロールし、効率よくエネルギーを生成する。それが私達の研究内容であり、仕事です。」

 

先程の鳥や人形は、〝アブノーマリティ〟と呼ばれるエネルギーの元ということだろうか。

 

「アブノーマリティは特殊な能力を持っており、時としてエージェントに危害を加えることがあります。その為扱いには最大の注意をはらわなければなりません。

先程収容していただいた鳥型のアブノーマリティ、〝罰鳥〟も、人形の形をしていたアブノーマリティ〝静かなオーケストラ〟も人を殺したことがあります。

今回も貴女の力がなければ多くの犠牲がでたことでしょう。なので、とてもたすかったのです。本当にありがとうございました。」

 

つまり、未知の存在からエネルギーを抽出する。けれどその存在はとても危険で人が死ぬこともある。ということか。

自分なりにまとめてみたけれど、全く現実味のない話だ。このあらすじで1本のCGアニメーションが作れそうである。

 

「あそこまでアブノーマリティが大人しく収容されたのは初めてです。すごいことなのですよ。」

 

なんだか褒め称えられているけれど、何か特殊な力を使ったでもない私からしたら喜んでいいのかわからない。

どう反応していいかわからず、乾いた笑いが溢れた。

アンジェラさんはその笑いにどう反応もせず、ただ真っ直ぐと私を見て、こう言った。

 

「ユリさん。どうか我がlobotomy corporation 研究所のエージェントになって頂けませんか。」

「え……。」

「私達ができる力全てを使って貴女を、貴女達エージェントを全力で守ります。」

「お断りします。」

 

考えるより先に言葉が出た。

 

「お願いします。私の目を、見てください。私は嘘をつきません。」

 

何を言われても、ここで働く気にはならない。

住み慣れた土地を離れたのは何のためか。死なないために、危険を避けるために私は移住までして逃げてきたのだ。

それなのにわざわざ自分から危険な仕事に就くなんて考えられない。

 

「私の目を、見てください。ユリさん。」

「なんと言われても私は―――。」

 

断ろうと、顔を上げた時だった。

出かけた私の声は喉で立ち止まる。私はアンジェラさんから目を離せなくなる。

ピタリと閉じられていた瞳が、開いているのだ。アリスブルーの髪とは比例して、炎のような暖色の瞳。

何故だか私は目をそらすことが出来ない。まるで吸い込まれるように、その瞳に魅入った。

アンジェラさんは瞬きをせずに、また口を動かしはじめる。

 

「Face the Fear, Build the Future.」

「……え?」

 

Face the Fear, ―――恐怖に直面し

 

「我社の社訓です。ユリさん。大きな成果を成し遂げた偉人は、様々な恐ろしい困難に自ら立ち向かっていきました。その人たちの活躍があって、私達のいる今は在るのです。」

 

Build the Future.―――未来を作る。

 

「誰かが困難に、恐怖に立ち向かわなければ未来は作られない。その誰かが、私達だったということです。それって、素晴らしい事だと思いませんか?」

「それは……。」

 

頭が真っ白になる。ぐるぐるとアンジェラさんの言葉が頭の中で踊っていて、もうそれしか考えられなくなる。

 

Face the Fear, Build the Future.

 

その言葉の意味を考えて、私の心臓はドキドキとその興奮をおさえられない。

 

Face the Fear, Build the Future.

 

死をリスクに未来を作る。私が危険を犯すことで、世界が変わるかもしれない。新たな時代の対価は、私の人生。なんだか、それは。

 

「とても、素晴らしいですね……!」

 

そう、素晴らしいことのように思えた。

 

「私が、未来を作る。」

「そうです。ユリさん、協力して頂けませんか?未来を作る協力を!」

「私が、未来を……!」

 

あぁ、まるでいつかの革命家のように。歴史のリーダーのように。漫画のヒーローのように、小説の主人公のように!

想像してうっとりする。誰もが称賛するその素晴らしい存在になれるチャンスが目の前にあるのだ。

そんな私を見てアンジェラさんはニッコリと笑い、1枚の紙を私の前に差し出した。

 

「これは雇用契約書面です。ここにサインをいただければ、ユリさんは晴れてlobotomy corporation の一員です。」

 

その言葉を聞いて私は用意されたペンを手に取る。上から下まで確認事項をざっと読んで、同意の氏名を書こうとした時だった。

 

「黒井さん、待って。」

「?」

「本当にいいの。」

 

Xさんが、私に問いかけてくる。何をそんなに難しい表情で。

こんなに素晴らしい仕事、誰だって就職したいに決まってるのに。もしかして私が無理をしようとしてると心配しているのだろうか。だとしたら彼はなんて優しいのだろう。

Xさんを安心させる為、私は書面に氏名を記入して、Xさんとアンジェラさんに見せつける。

「これからlobotomy corporationの一員として、よろしくお願いします!」

 

そして心の底からの笑顔で、二人にそう応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




すっごい書きにくかったです。
あと少しで人外を好き勝手かけるというのを励みに仕上げました。
矛盾してる所あったら指摘いただければ幸いです。あと原作知らない方で、説明わっかりにくいよバーロー!となりましたらどこがわかりにくいか指摘いただけるとすっごい助かります。
いやもう自分で書いてるよよくわかんなくなって……。

※ちなみにCognition Filterはウィキを参考に書きました。ストーリーモードあまり知らなくて、この設定もウィキで知りました。ロボトミーの世界って深い!!!よけい好きなりました。


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誰かの優秀なAI_3

今回会話多いです。
百合ちゃん視点でないので、会話メインになります。読みにくかったらすいません……。
というより読みにくいですよねすいません…。








「ではユリさん、本日は帰宅していただいて構いません。社のものに車を出させます。預かっているお荷物も車にお持ちします。」

「わかりました。」

「出社なのですが、可能であれば明日からお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫です。」

「ありがとうございます。それでは明日9:00に出社をお願いします。制服はこちらで用意いたしますので、私服で来ていただいて構いません。持ち物も筆記用具と昼食のみで大丈夫です。」

「わかりました。えっと……明日は、普通に正面玄関から入ればいいんですか?」

「はい。大丈夫です。あらかじめ受付にユリさんのことを伝えておきますので、フロントに声をかけていただけますか。明日はフロントに迎えを送りますのでご安心ください。」

「わかりました。……あの、気になってたんですけど、Xさんって日本人ですか?」

「え?ああ、母が日本人、父が韓国人のハーフなんだ。ただ生まれと育ちは韓国だよ。」

「あ、そうなんですね。私日本人なので、同じかなって気になってしまって……。」

「あー、そうなんだね。日本には行ったことすらないから全く知らないんだ……。言葉も英語とかはできるんだけど、日本語は全然わからない。……よかったらさ、黒井さん今度日本語教えてよ。」

「あ!はい!もちろん!」

「ユリさん、帰りの道案内に社員を呼びました。廊下で待機しています。どうかお気を付けてお帰りください。」

「はい!明日からよろしくお願いします!」

 

満面の笑みで別れの言葉を告げた黒井百合に、Xは挨拶を返すことが出来なかった。

初対面の時と明らかに様子の違った彼女にXは不安を覚える。言葉にするならそれはまるで。

 

「大丈夫ですよ。X。」

「なにが。」

「スーツケースの中身は完璧に元に戻してありました。中身を見たことにユリさんが気付くことはありません。」

「……なぁアンジェラ。お前、黒井さんに何した。」

「なんのことですか?」

「とぼけるな。お前の目を見た途端、黒井さん明らかに変わっただろ。」

「私の説得に心動かされたのでしょう。」

「説得?馬鹿言うな。あんなの、洗脳だろう。」

 

そう。それはまるで〝洗脳〟であった。

 

「何を言っているか理解できません。」

「お前は黒井さんが入社するように洗脳したんだろ。おかしいと思った……。なんで外部の人間に会社の事を丁寧にベラベラ話すのかと思ったら……。最初からこうするつもりだったんだな。」

 

Xは強くアンジェラを睨んだ。

AIである彼女にそれは恐怖にならない。けれど怒りを伝える方法としては十分であった。

アンジェラは自身のパートナーを至極面倒臭いと考えながら人によって作られた知能で、言葉を組み立てていく。

 

「……そう思うなら、どうしてもっと強く止めなかったのですか?」

「は……。」

 

Xを黙らせる言葉を。

 

「X、貴方が言っていることに私は覚えがありません。ただ、何を言いたいのか理解することは出来ます。そう思ったのなら、何故もっとちゃんとユリさんを止めなかったのですか?目の前にいたのなら、ペンを奪うことだって書面を破くことだって出来たでしょう。」

「それ、は……。」

「それは、貴方がこの会社の為を思って。この会社にはユリさんが必要だと思って止めなかったのではありませんか?」

 

Xはアンジェラの言葉を否定しようとした。

この会社の為なんてことは絶対に有り得ないことだと思ったからである。

彼は働いてはいるものの、利益のために人の命を犠牲にするこの会社を好いていなかった。むしろ嫌悪すら抱いていた。

それなのに、Xはこの会社をやめることが出来ていない。

 

「Face the Fear, Build the Future.」

「え……。」

「この言葉、貴方にもお伝えしましたよね。あれは確か……貴方がこの研究所に移動になった初日でしたっけ?」

 

Face the Fear, Build the Future.

その言葉はアンジェラの言う通り、この研究所に移動になった初日に彼女から聞いたものだった。

Xは元々、lobotomy corporationの別の部署で働く一社員であった。

昇格の言葉とともに渡された移動の話。それがこの研究所の管理人という立場だったのである。

それまでこの会社が、何の変哲もない誰もが憧れる大手企業だと思っていた彼は、触れてしまったその異常に酷く困惑した。

そんな彼に寄り添ったのは、パートナーを名乗るAI、アンジェラであった。

アンジェラは言ったのである。Xに、『Face the Fear, Build the Future.』

その言葉はXにとって、魔法の呪文のようであった。想像もしていなかったアブノーマリティという人外と、業務内容。そして恐怖に立ち向かう力をその言葉はくれたのである。

 

「未来のために……恐怖に立ち向かう……。」

 

改めて聞いたその言葉は、Xに再び力を与える。初心に戻ったような感覚に、彼は陥っていた。

そんなXを察してアンジェラはめったに変えないその表情に笑顔を咲かせる。

 

「ユリさんも、Xと同じだったのではないでしょうか。」

「俺と……同じ……?」

「X、私と貴方が初めてあった日。貴方は私に言いました。未来を創るために、誰かが恐怖に立ち向かわなければならないのなら。貴方は、自身が恐怖に立ち向かうと。」

「俺が……そんなこと……。」

「ユリさんも、選んだのです。恐怖に立ち向かうことを。」

 

Face the Fear, Build the Future.

 

その言葉の意味をもう一度考え直したところで、あぁそうだと。Xは思い出した。

自身は選んだのだ。未来を創るため、自ら恐怖へ立ち向かうことを。それはとても素晴らしいことであると彼は思っていたから。

だから、Xは会社を辞めない。

黒井百合も自身と同じであることにXはその時気がついたのだ。同じ目的で、同じ選択を彼女はしたのだと。

 

「アンジェラ、ありがとう。アンジェラのその言葉のおかげで、初心を思い出せたよ。」

 

この時Xの中に、アンジェラを疑う気持ちはなかった。彼の心の内は晴れ晴れとしていて、この瞬間とても充実しているものであった。

ところで〝Face the Fear, Build the Future.〟という言葉が黒井百合に投げかけられた時、アンジェラの隣にいたXも勿論その言葉を聞いていたのだが。

何故その時、今と同じような気持ちにXの心は動かなかったのか。アンジェラの珍しく開いていた瞳がXに向けられていたこととなにか関係があるのか。それはもう、わからないことである。

 

「X、ティーカップを片付けていただけますか。映像の私は触れることが出来ないので。」

「わかった。片付けてくるよ。」

 

Xが盆にティーカップに客をのせて部屋を出たのを確認して、アンジェラは自身の行動履歴の中の【洗脳プログラム:Face the Fear, Build the Future.】を密かに消去した。

 

「……申し訳ありません。X。」

 

アンジェラはそっと呟いた。

 

「〝管理人〟という駒だけでは、私の理想を叶えるのに些か不安があるのです。……けれど、おかげでいい駒が手に入りました。」

 

アンジェラは自身の手をぎゅっと握った。映像の彼女の手は何も出来ない。盆を持つことも、ティーカップに触れることも。

けれど、彼女は確かな感覚を感じていた。〝黒井百合〟という駒の存在を、その手で確かに掴んでいるのだと。

 

 

 

 

 




X and Angela _〝誰かの有能なAI〟






アンジェラ
参考:http://ja.lobotomy-corporation.wikia.com/wiki/Angela_(Legacy)

※この回はレガシーバージョンを強く参考にしていたため、書いた当時に参考にしたページを載せております。



【ユリちゃんのロボトミーコーポレーションメモ】
わーい!働くぞー!!



【ダニーさんのひと言】

この一言は削除されました。










本当は溜めておいて間あけて投稿しようと思っていたのですが、ここはあんまりわけない方がいいかなと思い一気投稿にしました。

アンジェラ、完全に捏造ですすいません。
当作品のアンジェラはこんな感じです。原作のストーリーモードが進んで矛盾が起きたらその時考えます……。すっごい冷や冷やしてます…。

【追記小ネタ】
昨日眠過ぎて書くの忘れたので追記。
ロボトミーの二次創作をニヤニヤして読んでるとエージェントが危険な目にあった時大体「俺達の仕事はFace the Fear, Build the Future.だろ」みたいな発言があり。
それを読む度に洗脳されてる(白目)と思ってこの捏造設定が生まれました。


ちなみにアンジェラは今原作の更新次第で地雷になりかねんのですが。
一つとんでもなく厄介な爆弾アブノーマリティがいることに皆さんお気づきだろうか。
本当はそのアブノーマリティの対処考えてから話進めたかったんですが、ふんわりとしか考えてないです。とってつけ感は避けたいからちゃんと考えんと…。一応は考えたんですけど…。
とあるアブノーマリティにえ、作者こいつどうするんって奴がいましてですね。
私も え、私こいつどうするんって思ってます。

原作を知っている方なら察しがつくでしょう。状態によって強制縛りをもうけてくる対価さんです。あいつまじどうしよう。
このアブノーマリティの観測日記めっちゃ好きなんですけどね…。



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6分。_1

※めっちゃ捏造です。注意。
※そして余計な部分というか、ロボトミーにあまり関係ない部分があります。
ロボトミー以外興味無いよくどいよ!という方は
最初の※※※の所まで飛ばしてくださって大丈夫です。









携帯の目覚ましで目が覚めた。重い身体を起こして、あたりを見渡すと見知らぬ部屋。一瞬状況が理解出来なくなるも、直ぐに海外に移住してきたことを思い出した。

まだ眠気の残る身体を無理やり動かして、キッチンへと向かう。昨日買っておいたパンを冷蔵庫から取り出し、口に運んだ。

硬いパンにハムとレタスとクリームチーズの挟まったバケットサンドは美味しいけれど、少しパサパサしている。ううん、コーヒーかお茶が恋しい。

インスタントコーヒーも買ってみたのだけれど、どうも口に合わなくて今朝はやめておくことにした。昨日買い物ついでに寄ったカフェのアメリカンコーヒーは美味しかったのに。あの薄いのに酸味の強い、独特な感じは日本ではなかなか飲めない。

パンを食べながら携帯で今日のニュースを情報アプリで確認。早くテレビ欲しいなぁと思う。

 

両親が用意してくれた家は、大きく、広いアパートだった。これでアメリカでは普通の広さだというのだから驚きである。日本のマンションという感じだ。

建物はレンガ造りで、まるで映画に出てきそうなレトロな雰囲気が凄く好きだ。近くにコンビニ(ただし24時間営業ではない)もあるので、かなり良い物件だと思う。

それに今日から出勤となるlobotomy corporationの研究所までそこまで距離がないことは非常に助かった。

研究所には電車に乗って、一駅。そこから少し歩くけれど、それは研究所の場所が人の少ない町外れにあるのだから仕方ない。

車でなければ行けない距離でないのは本当に良かった。最悪引っ越さなければとも考えていたから。

 

出勤は9時と言われたけれど、余裕を持って行きたいので少し急ぎめに支度をする。

日本から就活のために持ってきたスーツ。暫くはアルバイト生活になるだろうと予想してたので、こんなにも早く着ることになるとは思わなかった。

私服でいいと言われたけれど初日はきっちりした方がいいだろう。

初出勤はやはり緊張する。よく考えれば業務内容も、給与も業務時間も詳しく聞いていないので、聞き逃さないようしっかりしなければ。

気を引き締めて、いざ、出勤。

 

 

※※※

 

 

「――――は?」

 

思わず出てしまった声。慌てて手で口を抑える。

出勤して、まず通されたのは応接室であった。予想はしていたがやはり初めに昨日よりも細かく企業説明を受けることが、初めての私の仕事だった。

応接室にはダニーさんが書面を用意してくれていて、私はその内容を紙の文字を追いながら聞いていた。

ただ何故応接室なのか?とは思ったけれど、聞いてみたらアブノーマリティの収容エリアから一番離れていた空いている部屋だったらしい。

でも何故離れてないといけないのか?やはり危険だからだろうか。けどこれからその収容エリアが私の勤務場所になるのにそんな警戒態勢必要なのだろうか?

とか、色々考えたけれど聞きすぎても失礼だと思って言葉を飲んだ。

それはいい。それはいいのだけれど。私が驚いたのは企業説明の内容だ。

 

「業務時間が10:00からはじまって、終業時間未定ってどういう事ですか?」

 

そう。驚くことにこのlobotomy corporationは何時間勤務と規定がないのだ。どうしようこのただようブラック感。

 

「研究所の勤務時間は10時から業務開始。そこから終わるまでの時間は〝一日の必要量のエネルギーが貯まるまで〟です。なのでエネルギーが早く貯まれば早く貯まるほど、業務時間は短くなります。」

「エネルギーって、アブノーマリティから生成と抽出をしているってやつですよね。それが終わるまで帰れないって、ノルマってことですか?」

「まぁ、そういう事ですね。一番酷い時は深夜まではたらきましたよ。」

「え……遅くなったら、残業手当とか……。」

「ありませんね。」

 

どんなブラックだよ!!!真っ黒過ぎてむしろ清々しいわ!!!!

 

「ただ、本当に早い時は早いですよ。」

「え、そういう日もあるんですか。」

「はい。確か……二時間半で帰ったこともありましたね。」

「はっや!映画1本分くらいしか働いてないですよねそれ?!」

 

10時から二時間半となると、12時半に帰ることになる。つまり半日休みということだ。すごくいい。

ただ深夜まで働く日とお昼に帰れる日と、なんてあまりにも業務時間に差がありすぎる。いいのか悪いのかわからない。

 

「業務時間については、理由があるんですよ。」

「理由?」

「ユリさん、アブノーマリティって、寝ると思いますか?」

「えっ。」

 

アブノーマリティが寝るか?想像してみる。昨日の小鳥は、籠の中で目をつぶっていたし、眠る姿の想像はつく。

けれど人形の方は?あの人形の表情筋が動いて、目をつぶってすやすや眠るなんて……。想像したら安っぽいCGみたいになった。

というより、そんな良く分からない存在に寝るという概念があるのだろうか?寝るとしたらいつなのだろう?どうやって寝るのだろう?

 

「アブノーマリティは、基本その活動を止めません。だから強制的に止めるしかないんです。」

「強制的に?」

「はい。その強制的に止める手段が、〝アブノーマリティの生成するエネルギーを使う〟というものなのです。」

「は?」

 

つまり、アブノーマリティの活動を止めるために、アブノーマリティからエネルギーを抽出をしている?

 

「せっかく抽出したエネルギーを、アブノーマリティに使っちゃうんですか?アブノーマリティに返してるようなものですよね?……それって、エネルギー生成しても無駄なんじゃ……。」

「全てをアブノーマリティに使う訳ではありません。そうですね、抽出したエネルギーを100としたら、アブノーマリティに使うエネルギーは80位でしょうか。」

「80%も?!20%しか残らないじゃないですか!!」

「正確に言えば19%です。1%は、この施設に利用されています。」

 

なんて非効率的なんだろう。一日危険をおかして働いて、それで使えるエネルギーは100分の19。別の方法の方がいいのではないだろうか。

 

「……信じられない、という顔をしてますね。まぁこう言えば非効率的で、馬鹿みたいな仕事に聞こえるでしょう。ではこう言えばどうですか?その100分の19のエネルギーで、都市全体が利用する電気の1週間分が補える。」

「え!」

「勿論、今現在は1週間分のエネルギーが残るように設定していますが、設定を高くすればその分補えるエネルギーは多くなります。更にいえばアブノーマリティの生成するエネルギーはあくまで電気の代用になるだけであり、電気そのものではありません。つまり、蓄積することが出来ます。」

「す、すごい……。」

 

膨大な量の電気(の代用品)を蓄積することが出来るのは、人類にとってとてつもない進歩だろう。

まさしく〝未来を作る〟仕事だと思った。なんだか規模が壮大で、少し頭がついていかないけど。

 

「っと、話がずれましたね。さすがの私達もあのアブノーマリティを二十四時間ずっと管理するなんて身体がいくつあっても足りません。だから強制的にでも活動を停止させなければいけないんですよ。管理外でアブノーマリティが好き勝手活動してるなんて、危険極まりありませんし。」

 

だから、とダニーさんは言葉を続ける。

 

「エネルギーが必要量貯まらないと、業務は終われないんです。終わらないのではなく、終わることが出来ないんですよ。」

 

 

 

※※※

 

 

 

会社の説明を受け終わり、大体理解したところでとりあえず実践した方が覚えるとダニーさんに制服を渡された。

制服はきっちりした黒のパンツスーツ。ただ特別素材らしくとても動きやすい。ジャージレベルに動きやすい。

それと一緒に渡されたのが警棒。当たり前だが初めて触った。ズシリと重いそれはかなりの打撃力がありそうだ。

使いこなせるか不安にそれを見つめていると、大丈夫ですよとダニーさんが私に言う。

 

「大丈夫ですよ。使いこなせるよう、定期的に講習がありますから。」

「でも上手く使えるか不安です……。」

「誰でも直ぐに上手くなれる講習なんです。直ぐに、ね。」

 

安心させるためにそう言ってくれてるのだと思うけれど、なんせこちらは銃刀法の厳しい国日本の一般家系(陰陽師の血筋は置いといて)で生まれ育ったのである。こういう武器には一切慣れていない。

と言い訳しても、これも仕事の一つなのだから無理にでも慣れるしかないだろう。

 

「そのうち拳銃の講習もありますよ。」

 

……それはちょっと、ハードルが高い。

 

「もう10時になるので、このままコントロールルーム、ユリさんの配属場所に向かいます。他のエージェントも集まってますので。まぁ、全員ではありませんが。」

「全員じゃないんですか?」

「はい。いくつかチームがあります。基本的な仕事内容はアブノーマリティの直接対応なのですが、それとは別にそれぞれのチームに役割があります。

初めにユリさんにはコントロールチームに配属になります。コントロールチームは第二の監視者と言ったところでしょうか。モニターでアブノーマリティを監視し、アブノーマリティの対応計画を立てます。あくまで最終的絶対指示は管理人のXが行いますが、その監視をサポートします。

もし全員がアブノーマリティの直接対応で出払っている時は管理人Xのみの監視となりますので、作業効率は低下しますが、アブノーマリティが監視外になることはありません。

コントロールチームは比較的安全なアブノーマリティの担当が多いので、安心してください。

ユリさんにはまずモニターを通して、アブノーマリティに対し、どのような対応を行っているかを見ていただきます。」

 

その言葉を聞いて安心した。頑張ろうと決意したものの、やはり不安は多かった。

けれど指示をもらえるみたいだし、その通りの行動をすれば大きな失敗はないだろう。

それに最初に他のエージェントさんの動きが見れるのは有難い。しっかり参考にして、今後に生かさなければ。

 

「ここがコントロールルームです。」

 

辿りついたのは昨日の〝メインルーム〟よりも、地下入口に近い所であった。

中に入ってみると、話に聞いていた通りいくつものモニターが設置されていた。数人のエージェントさんが待機している。そのうちの一人の女性が私に笑いかけてきた。

 

「初めまして、貴女がユリさんね!貴女の教育係のアネッサです。よろしくね!」

 

そう言ってアネッサさんは私に手を差し出してきた。その手を掴んで、頭を下げながら握手する。

 

「初めまして!ユリ・クロイです。よろしくお願いします!」

「やだ、そんな固くならないで。一緒に働いていく仲間なんだから。」

 

ニコニコと笑うアネッサさんに、私の不安が溶かされる。

とても優しそうな人で、安心した。これなら頑張って働いていけそうだ。

アネッサさんは握手の手を離すと、部屋の中心にいるエージェントさん達に手のひらを向ける。その手に釣られるよう他のエージェントさんに目を向けると、彼らもまた笑いかけてくれた。

 

「紹介するわね、彼らがコントロールチームのメンバーよ。皆気さくで良い人達ばかりだから、あんまり緊張しないでね。」

 

今度は私から挨拶しようと、エージェントさん達に向き直る。

ここから、私の仕事がはじまるんだと思うと何だかワクワクしてくる。

 

「初めまして、ユリ・クロイです。これからlobotomy corporationで、一緒に働かせていただきます。精一杯務めますので、よろしくお願いします!」

 

そう、勢いよく頭を下げた瞬間だった。―――突然、大きな警報が部屋に鳴り響いたのは。

 

【警告】【警告】

 

「えっ!?」

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

時計を見ると、ジャスト10時。業務はたった今開始されたばかりだ。

 

「な、なんで開始ほぼ同時に……!まだどのエージェントも直接対応に向かってないのに……!?と、とにかく脱走したアブノーマリティの特定をして!」

 

アネッサさんが慌てながら他のエージェントさんに指示を出す。

エージェントさん達も指示通りモニターを見た。が、途端に顔を青くしてその動きは止まる。

その様子にアネッサさんもモニターに目を向ける。すると大きく目を見開いて、呆然としていた。

 

「な、なによこれ……。」

「わかりません……ほぼ全てのアブノーマリティが、脱走しています……。」

 

エージェントさん達の表情が絶望に染まっている。

モニターを見てみると、いくつもの部屋が映し出されているがそれらの殆どが空っぽの状態だった。

アネッサさん達の様子と言葉からして、危険だと言われているアブノーマリティが何体も逃げ出してしまったのだろう。

高揚していた気分は一気に下がり、焦りと不安がこみ上げてきた。初日からなんだかとても大変な事が起きている。

 

「……ユリさんに、会いに来てるんだ。」

「えええっ?!」

 

ダニーさんの呟きを私は聞き逃さなかった。この人は何を私に責任をなすりつけようとしているのだろうか。

ダニーさんを睨むも彼は考え事をしているようで一切気が付かない。私一人のせいで、なんてあるわけないのに。何を考えているんだろう。

 

「施設内放送のスイッチを入れてください。ユリさん、施設内放送なら全体に一気に声を届けることができます。」

「だ、だから何なんですか……?」

「アブノーマリティは貴女に会いに脱走したのでしょう。アブノーマリティに伝えてください。〝大人しく待っていてください〟と。」

「いや!そんなので収まるわけないですよね!?」

「施設内放送利用可能状態にしました!」

「ええっ!?」

 

モニター前までの道を開けられる。どうやら本当にやらなければいけないらしい。

エージェントさん達に見つめられて、仕方なく私はモニター前に進む。様々なよくわからない機械が設置されている中にわかりやすいマイクが一つ。

助けを求めるつもりでアネッサさんを見ると、神妙な顔で頷かれた。助けるつもりは無いらしい。

マイクの前で、小さく深呼吸。覚悟を決めて、口を開いた。

 

「えっと、ユリ・クロイです。アブノーマリティさん達、ええっと、元の部屋に戻ってもらえませんか?また私から直接、部屋に挨拶に行くので。部屋で待ってて欲しいなー……なんて。」

 

こんな感じでいいのだろうか。全く自信がないけれど、とりあえずマイクから口を離す。モニターに目を向けるも、画面の映像は全く変わっていない。

やっぱりとため息をつくと、背後に、音を感じた。

振り返る。来た入口とは別の扉。恐らくは収容室の廊下に繋がっている扉だ。

音はそこからしている。ぎぃ、きぃ、ぎぎぃ。何か軋むような音。

声だ。と思った。これは、声だ。

 

いる。この扉一枚の向こうに。直ぐそこにもういる。

 

入ってくることを予想して、息を飲んだ。扉から目を離せないでいる。この向こうに何がいるのだろう。

けれど、その扉は一向に開かない。不思議に思って、扉の方へ一歩踏み出した時だった。

 

「ありがとうございます、ユリさん。」

「え……?」

「アブノーマリティを止めることに成功しました。」

 

ダニーさんが私の肩を叩いた。その言葉にモニターを見ると、先程まで空っぽだった部屋全てに何らかの姿、影が見える。

信じられない。私の言葉で、本当に部屋に戻ってくれるなんて。

 

「私が言ったから、戻ってくれたんですか……?一体どうして……。」

「いえ、アブノーマリティが自ら戻った訳ではありません。けれど結果的にユリさんのおかげには変わりありませんね。」

「?どういう事ですか?」

 

言っている意味がわからなくて首を傾げると、ダニーさんは自身の腕時計を私に見せる。

腕時計はlobotomy corporationのマークがあって、その上に時計の電子盤が浮かび上がってるデジタル時計であった。

時間を示す数字の下に、文字が浮かび上がっている。〝Achievement〟。即ち。

 

「達成……?」

「ユリさんの声にアブノーマリティが好反応を示し、今までに無いほどのエネルギー量の抽出がされたのだと予想されます。いくつかのアブノーマリティは脱走継続状態でしたが、大半は収容室にもどりましたし。」

「えっと、つまり……?」

「エネルギー量目安抽出達成。業務終了、最短記録6分です。おめでとうございます。」

 

腕時計の数字は確かに〝10:06〟を示しているけれど。

それでいいのだろうか、とか本当に私のおかげなのか、とか疑問で頭がいっぱいになって混乱していると、呆然としていたアネッサさん達がぱちぱちと拍手をしてくれた。なんだかもう、よくわからない。

もう一度モニターを見る。やはり全部の部屋にちゃんと戻ってくれている。

これは恐らく先程説明を受けた〝アブノーマリティの行動を強制的に停止させる〟ということだ。本当に6分で業務が終了するなんて、まだ状況を飲み込めない。

 

「……?」

 

一つのモニターに注目する。

そのモニターには黒い丸の塊が静かに佇んでいた。

塊には不揃いな大きさのまん丸の模様がいくつもの浮き上がっている。その丸はつやつやしていて、黄色に黒い円が何重かに描かれている。綺麗なガラス玉のよう。

なんだかそのモニターから視線を感じて見てみたのだが、どこに目があるのかわからない。そもそも目があるかもわからない。

もう少し良く見てみようとしたところで、モニターの映像がプツッと切れる。

エージェントさん達が興奮気味に私に駆け寄ってくる。「凄いね!」「こんなに早く帰れるなんて初めてだ!」その言葉に私は苦笑いしながら、後ろ髪を引かれる思いで、暗いモニターを横目に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




超絶嬉し事があって調子乗ったらめっちゃ長くなりました。
でもようやくアブノーマリティだします!!!!
ようやく本番だよ!!!!

そして今見てくださってる方ありがとうございます。前回の洗脳回で割と読者をふるいにかける感じになってしまったので、しかたないけど( ´・ω・`)ってなりました。普通にちょっと悲しかったです。






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心が動く音がした_1

遅くなりました……。





声が聞こえる。

それは怒っている。

緑の奥。深い闇。炎の赤。何が起きても見逃さないように。

どうか君がこれ以上傷つかないようにと、それは君を殺した。

優しいそれは闇の中を歩いている。全てを救うために、全てを殺そうとしている。

もうとっくに、すべて殺してしまったのに。

もうとっくに、誰もいないというのに。

声が聞こえる。笑っているようだった。笑うことすらやめられないそれは、休むことが出来ない。

 

そんな夢を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出勤二日目。昨日教えてもらった通り、地上階の更衣室で、私のロッカーに用意されていた制服に着替える。すると他のエージェントさんからの視線を多く感じた。

チラチラ見られながらヒソヒソと話し声。「あの子が」

「新人」「昨日」「6分の」「シックスさん」「あの子がシックス」

シックス、6、6分。

どうやら二日目にして反応しにくいあだ名を付けられたらしい。シックスさんとかどこかの都市伝説みたいだ。

一応更衣室に入ってくる人たちに初対面の挨拶はしているのだけれど、反応は会釈もとても冷たい。

名前もちゃんと伝えてるのにシックスって言われてるし。悲しい。

 

「おはよう!ユリさん!」

「アネッサさん!おはようございます!」

 

唯一、アネッサさんが眩しい笑顔で挨拶をしてくれた。救世主だと思った。

昨日は午後何をしたの、とかどこに住んでるの、とか普通に接してくれるのがとても有難い。この人が教育係で本当に良かったと思う。

 

「ああそうだ、ユリさんにこれを渡すように言われたの。」

 

そう差し出されたのは封筒と腕時計とスーツのような服。腕時計は昨日ダニーさんがしていたものと同じで、よく見るとエージェントはみんな付けているようだった。

これで業務終了などもわかるみたいなので助かる。左手首に早速つけてみると、アネッサさんが「似合ってるわよ!」と言ってくれた。なんだかアネッサさんに言われると嬉しい。

もう一つは封筒。開けてみると三つ折りの紙が中に入っていて、広げてみた紙面に書いてあった文字は、〝チーム異動〟。は?

紙から視線をあげるとアネッサさんが少し眉を下げて笑っていた。

 

「配属チーム、異動になったんですってね。せっかくかわいい後輩ができると思ってたのに、残念だわ。」

「えっ!?じゃ、じゃあ私の教育係は誰に……?」

「確かダニーさんが引き継ぎになったはずよ。」

 

出てきた名前に昨日一昨日の無茶振りが蘇って、目眩がした。

昨日のことで何となく私の力というか、立場はわかったけれど、私自身どうしてアブノーマリティに好かれてるかわからないし思い当たる節もない。

そんな私が戸惑っているところに、ダニーさんは遠慮なく思いもしないようなことを言ってのける。昨日一昨日みたいな事がこれから先沢山あると思うと……。

いや、仕事だから仕方ない。と言い聞かせる。嫌な事も仕事なのだ。そう、仕事仕事。

 

「……わかりました。アネッサさん、ありがとうございました。」

「こちらこそ本当に短い間だったけれどありがとう!配属チームが違っても気軽に声をかけてね。また今度仕事とは別にご飯でも行きましょう?」

「はい!ぜひご飯いきたいです!ありがとうございます!」

「そう言えばユリさんはどこのチームに異動になったの?」

「中央本部チーム2ってところです。」

「えっ。」

「え?」

 

配属チームの名前を言った途端、アネッサさんの表情が強ばった。

手の中の書面をアネッサがのぞき込んでくる。確認するような動作に、どうしたのだろうと首を傾げた。

 

「アネッサさん?」

「……ユリさん。」

「は、はい。」

「……何でもないわ。ご飯、近いうちに行きましょうね。」

 

にこりと表情をつくるアネッサさん。私は知っている。こういう時の何でもないは何でもなくないこと。

明らかに〝中央本部チーム2〟という言葉にアネッサさんは反応したけれど、このチームもしかして結構危険な所とか問題ありの所なのだろうか。

アネッサさんに詳しく聞こうと口を開いたところで、始業時間が迫っていることに気がついた。二人して急いで更衣室を出る。と、外にダニーさんが待っていた。

 

「おはようございますユリさん。いや、シックスさんの方がいいですかね?」

「お、おはようございます。え、もしかして待ってくださってたんですか?そしてその呼び方やめてください。」

「いいあだ名じゃあないですか。昨日の配属場所とは違うので、案内するために待っていたんですよ。さぁ、行きましょうか。それではアネッサさん、失礼します。」

「あっ、はい!失礼します、アネッサさん!」

 

1人でスタスタと歩いていくダニーさん。アネッサさんに挨拶をしてから慌ててついていく。

ダニーさんは私より背が高いので、コンパスの長さが違うせいでついて行くのも一苦労だ。距離が開かないように気をつけながら、私はその背中に問いかけた。

 

「あの、ダニーさん、私ダニーさんのことなんて呼べばいいですか?」

「?お好きにどうぞ。呼び捨てでも大丈夫ですよ?」

「いやそれは出来ないですけど!その、役職とかお持ちなのかなーって……。」

「あぁ。エージェントには役職や階級はないんですよ。」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。勤務が長いから、仕事が出来るからといって誰が偉いとかはありませんね。まぁ尊敬位はされていますが。あとは階級の代わりに社員はレベルで分けられてますね。日頃の業務成果などでレベル1、レベル2、と上がっていきます。」

「そのレベルって、階級とは違うんですか?」

「先程も言ったように誰が偉いとかはないんですよ。ただレベルが上がると給与が上がるだけです。」

「なんか、独特ですね……。各部署の責任者とか、いると思ってたんですけど……。」

「誰が死ぬかわからないから1人に重い責任なんて持たせられないんだろ。」

「えっ」

「……失礼、失言でした。」

 

そう言ってダニーさんは黙ってしまった。私は彼を追いかけながら、それ以上聞くことが出来なかった。

前にある背中はまっすぐ伸びていて、固く感じた。一瞬、この人は一体何を見てきて何を背負っているのだろうと、思ってしまった。変に深く考えるのはいけないと直ぐに打ち消したけど。

けれど、きっとこの人は、何かここで苦しんだことがあるのだろう。

急に崩れた口調。その言葉に、確かに感じたからだ。はっきりとした嫌悪を。

 

 

 

 

 




更新遅れて申し訳ございません。ちょっとお仕事がバタバタしてたのと普通にスランプでした。
そして話が進まない\(^o^)/
とりあえず部署移動はさせる予定だったので書いていたらこんな結果になりました。コントロールルーム(安全圏)にいれると思うなよ?
本当はもう少し続く予定だったんですけど、グダるので一度切ることにしました。早くアブノーマリティだしたい……。

間あいたにも関わらず読んでくださりありがとうございます。


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心が動く音がした_2

中央本部チーム2の配属場所は、コントロールルームよりずっと地下だった。

まず驚いたのはその広さ。全チームの拠点の中で一番広いらしい。部屋というよりはホールの広さだ。

既に集まっていたメンバーに自己紹介もするもやはりどこかよそよそしい。

メンバー全員の名前と形だけの〝よろしく〟を聞いた所で始業時間となり、それぞれが仕事を開始し、部屋から出ていく。

 

「……。」

「気にすることないですよ。ここのチームはこんな感じなので。」

 

ちょっと寂しく思ったのは態度に出ていたようで、ダニーさんが慰めてくれた。

いけないとわかっていても昨日のコントロールチームが恋しくなってしまった。暖かく出迎えてくれた彼らとの温度差を酷く思ってしまう。

 

「コントロールチームは比較的新入社員が多いですから、あんな感じなんですよ。このチームは古株が多いですからね。警戒心が強いというか……、まぁ、あんまりに気にしなくていいです。」

「新入社員と、ベテランとって、なにか差があるんですか?」

 

正直、これは人格と職場環境の問題だと思うのだけれど。

 

「経験の差ですね。ここの人はこの研究所のいろんな面を見ていますから、警戒心も強くなるんですよ。そのうち向こうも心を開いてきますよ。ユリさんが安心安全だってわかったら、ね。」

「えっ、そんな私危険扱いされてるんですか!?」

「危険というか……昨日のこともありますし、特別な力があるとは思われてるでしょう。」

「私普通の人間ですよ!?」

「はいはい普通普通。とにかく、仕事をしましょう。業務内容は初日の朝教えましたので、やり方を教えますね。」

 

なんだか話をそらされた気がする。と思いつつもダニーさんの言う通り、仕事はしなければいけない。始業時間はもう過ぎているのだから。

 

「我々エージェントの仕事はアブノーマリティの収容を維持することです。アブノーマリティはそれぞれ個性があり、好き嫌いもあります。人型アブノーマリティがいれば、物品型のアブノーマリティもいます。〝娯楽〟が好きなものもあれば〝暴力〟が好きなものもある、多種多彩です。」

「暴力……!?えっ、アブノーマリティを叩いたりするんですか?!」

「いえ、鞭で打つだけです。」

「鞭で打つ!?だけ!?」

「はい。ただエージェントは基本作業というのが各自決められていて、基本作業の中に暴力がある者のみがアブノーマリティへの暴力を担当します。ユリさんは餌を与える〝栄養〟、収容室を清潔に保つ〝清掃〟、アブノーマリティと言語的、感覚的なコミュニケーションを測る〝交信〟の三つが基本作業ですね。」

「暴力はないんですね。良かった……。」

「まぁ暴力とかユリさんにむいてなさそうですよね。」

「……ダニーさんの基本作業は何なんですか?」

「私ですか?私はアブノーマリティを楽しませる〝娯楽〟、ユリさんと同じ〝交信〟、あとは〝暴力〟……って、ユリさんなんでそんな納得してる顔してるんですか。」

 

ダニーさんは絶対暴力あると思った。とは言わないで心に留めた。

 

「……とにかく、まずこれをお渡しします。」

 

ダニーさんから渡されたのはダニーさんがつけているのと同じイヤホンタイプの通信機、インターカムと手のひらサイズの黒いタブレット、そして手頃サイズのウエストバックだった。

とりあえずインカムとボストンバッグを装着して、タブレットをいじってみる。

電源ボタンを押すともう見慣れてきたlobotomy corporationのロゴ。

そして吹き出しマークのアイコンと英字のアイコン、あとlobotomy corporationのロゴのアイコン。英字のマークには〝Encyclopedia〟と書かれている。

 

「そのインカムは管理人のXと直接の対話が可能です。その他のエージェントとの通信はタブレットでお願いします。基本作業指示もタブレットでタブレットの使い方は……やってみた方がわかりやすいですね。」

 

ちょっと待って下さい、と言ってダニーさんはインカムで会話を初めた。管理人、Xさんと話してるのだろう。

 

「はい……お願いします。……。お待たせしました、ユリさん。一時的にインカムが私とも繋がるようになってます。『聞こえますか?』」

「あ、はい。聞こえます。」

 

目の前のダニーさんの声が耳元で聞こえる。けれどどうしてインカムをつなぐ必要があるのだろう。単独行動するわけでもな……、え、まさか。

 

「インカムで指示は出しますので、実際アブノーマリティの直接的対応をしてみましょうか。」

「うっそぉおぉ!?初っ端から単独行動ですか!?」

「基本アブノーマリティの対応はエージェント一人と定められてるので。」

 

言い放たれた指示に開いた口が塞がらない。こんな危険が伴う職場で、初仕事で一人。これが普通なのだろうか。あまりにも当たり前のように言われたので混乱してくる。

ピピッと控えめな通知音。タブレットに目をやると指示のメッセージが通知されている。

 

「業務の指示は赤いフレームのメッセージ、他のエージェントからのメッセージは青いフレームのメッセージで通知されます。指示のメッセージはホーム画面にずっと表示されますので、見落としなどはないと思います。それではいってらっしゃい。」

「いってらっしゃいって……。」

「タブレットにマップのウィジェットが表示されてますよね?赤がユリさんの現在地です。矢印の方向に進めばアブノーマリティの収容室にたどり着きますので。」

 

確かにマップのウィジェットがあり、赤い点と矢印が表示されている。

ダニーさんを見るといい笑顔で手を振られた。有無を言わせないこの感じまさにダニーさんである。

渋々言われた通りマップの通りに廊下を歩く。大丈夫。きっと何かあればすぐ助けてくれる。そう言い聞かせて無理やり足を動かした。

指示は〝対象:罰鳥(O-02-56-T) 作業内容:栄養〟と簡潔に表示されている。まだ作業内容の詳しい説明もされていないけれど、インカムが繋がっているのでその都度聞けば良いということだろうか。

対象は罰鳥。どこかで聞いたことある名前はもしかしなくてもあの小鳥。ここに就職する事の発端となったアブノーマリティだ。

初対面、あの可愛い姿で人を襲っていた時のことを思い出して足取りがより重くなった。まぁ、なんにもわからないアブノーマリティよりはマシだろうけれど。

 

暫く歩いたところでタブレットからまた小さな通知音。どうやら収容室に着いたことを知らせてくれたらしい。

 

「ダニーさん、収容室に着きました。」

『了解しました。収容室扉横の電子パネルがわかりますか?』

「横にある光ってるやつですよね?数字の入力画面になってますけど……。」

『そこにメッセージのかっこ内の数字を入力してください。前後のアルファベットとハイフンは気にしないで大丈夫です。』

「この対象のアブノーマリティの名前の横のかっこですか?」

『そうです。』

 

メッセージには〝対象:罰鳥(O-02-56-T)〟とあるので、O-02-56-T、ハイフンとアルファベットをのぞいて〝0256〟であっているだろうか。

間違って入力しても爆発とかはないだろうから、ととりあえず入力する。これで爆発したら……もうダニーさん後で覚えておけよ。

そんなことを考えたが、数字入力はあっていたようでパネルには〝open〟の文字が表示された。

 

「入力しました。」

『〝open〟の文字が表示されたと思います。その画面をタップすると収容室の扉が開きます。その前に、作業の準備をしましょう。ウエストバッグを開けてください。』

 

指示の通りにウエストバッグのチャックを開く。そこには小さなスプレーボトルと布巾と羽根箒がまとめて入ったジップロックと、ドライタイプのドックフードのようなカリカリしたフレークが小分けにして入ったジップロックがあった。

 

『〝栄養〟はアブノーマリティに食事を与えることです。フレークの入ったジップロックがありますよね?今回はそれを使います。小分けになってますので、そのうちの一つを取って開封しておいて下さい。』

「アブノーマリティの食事ってこんなのなんですか?」

『はい。それを手のひらに出して直接与えてください。』

「……撒いたらだめですか?」

『ダメです。日本人ってやたら撒きたがりますよね。鬼退治するって豆撒いたり、枯れ木に花を咲かせるとかで灰を撒いたり。片付けるの誰だと思ってるんですか。』

「え?何か経験あるんですか?」

『……とにかく撒かないでくださいね。では収容室に入ってください。』

 

私の質問はスルーして、インカムの向こうは静かになってしまった。

別に問い詰めるような事でもないので、私も特に気にせず言われた通り電子パネルをタップして中に入る。

そこには先日見た小鳥が大人しく木に止まっていた。

手のひらにフレークを出して、小鳥に近づける。すると小鳥は目をパチパチさせた後、フレークの乗った私の手首に止まった。そして手のひらに顔をうずめて食事をする。

やはり外見はとても愛らしい。手のひらに触れる羽毛はもふもふしてとても心地いいし、この姿で人を襲うなんて信じられない。

 

「……ほんと、かわいいのになー。」

 

指先で小さな頭を撫でると気持ちよさそうに小鳥は目を閉じた。あざといとも言えるその仕草に苦笑いする。

 

『ユリさん、作業終了です。戻ってきてください。』

「あ、はい。」

 

手のひらのフレークが無くなったところで、ダニーさんから指示が来た。随分あっさりと終わって、なんだか拍子抜けしてしまった。

腕に止まった小鳥を木に戻るように誘導する。誘導と言っても背中を押しただけだけど。

 

「うわっ。」

 

小鳥は一瞬ちゃんと木に戻ってくれたが、直ぐにその小さな羽を羽ばたかせてあろう事か私の肩に乗ってきた。

小さな身体の負担にならないよう軽く掴んで肩から離そうと持ち上げようとしたのだが、細い枝のような足のどこにそんな力があるのか、私のスーツにガッチリと止まって微動だにしない。

 

「ダニーさん、アブノーマリティが肩に乗って離れてくれないんですけど……。」

『罰鳥が……、そうですね、無理に離そうとしても脱走するのがオチでしょう。口で言って聞かせてください。貴方の指示なら聞いてくれるかもしれません。』

「……わかりました。えっと、小鳥さん。離れてくれないかな?」

 

聞いてみるも、鳥は動かない。

 

「うーん……、また、また指示があったら来るから。その時までここで待ってて欲しいの。お願い。」

 

そう言うと、鳥はつぶらな瞳で私をじっと見つめてきた。もう一押し、「お願い。」と伝えると、鳥は私の頬に頬ずりをして木に戻っていった。

 

「……またね。」

 

小さく手を振って、収容室を後にする。

小鳥が去った後も収容室の扉をずっと見つめているなんて、私は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

ダニーさんの指示に従って、私は最初の部屋に向かっていた。

すれ違うエージェントさん達はせかせかと動いていて、挨拶する暇さえない。その表情はどこか緊張しているようで、この仕事の大変さを物語っていた。

ダニーさんは、この会社に長く務めていると警戒心が強くなると言っていた。何となくわかるけれど、何となくしかわからない。

ここの人達は何を見てきたんだろう。

 

「……死んじゃったりとかするのかな……。」

 

自然と零れた言葉の物騒さに自分でも驚いた。

この仕事が危険なことは、アブノーマリティに襲われている人達を見たことで知った。けれどその先を私はまだ知らない。

自分で言ったくせに〝死〟という言葉はまだ遠く感じて、他人事のようでしかなかった。

Face the Fear, Build the Future.恐怖に立ち向かうことを私は選んだけれど。立ち向かった先に何があるのだろう。私はこれから、何を見ることになるのだろう。

そこまで考えて、私ははっとする。

 

〝誰が死ぬかわからないから1人に重い責任なんて持たせられないんだろ。〟

 

そう言ったダニーさんは、何を見てきたのだろう。

 

「……?」

 

音が聞こえた。

ぎぃ、ぎぃ、とぎこちない、軋む音が。

この音は聞いたことがある。初日と同じだ。そしてあの夢とも。

あの夢?……どんな夢だっけ?

 

「えっ……?」

 

急に電気が消えて、辺りが真っ暗になった。

 

【警告】【警告】

 

『ユリさん!聞こえますか!?』

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】

【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

真っ暗な中、大きな警報が響き渡る。

インカムの向こうからダニーさんの焦った声が聞こえる。

私はその音たちが右から左へ流れていくのを感じながら、一つ思い出したことがあった。

 

あぁ、あの軋む音は声なのだと。

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。
更新ペース落ち落ちで申し訳ありません……。

次はがっつりアブノーマリティ回です。



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心が動く音がした_3

声の方に行かなければと思う。ぎぃぎぃと、それは呼んでいるのだから。

私は前に進もうと一歩踏み出した。何か騒がしいけれど、声しか、聞こえない。

 

今、そっちに。

 

「熱っ…!?」

 

足が丁度1歩分動いた時、首筋が急に熱くなった。

熱いタオルを付けられたような感覚は一瞬で無くなり、特に火傷独特の痛みもなかった。

何が起こったのだろうと首を傾げる。熱いものも、首に触れるようなものも周りには無いはずだけれど。

 

『ユリさん!ユリさん!聞こえたら応答してください!!』

「あっ!はい!どうしました!?」

 

突如インカムからダニーさんの大きな声がして、肩がはねた。

慌てて返事をすると向こうから安堵したように息を吐くのが聞こえた。

 

『よかった……。呼んでるのに返事がないから何かあったのかと思いました。』

「えっすいません。聞こえてなくて……。」

『聞こえてなかった……?声の大きさは変えてないが……。まぁ、とにかくその場から動かないでください。そちらに向かうので。』

「わ、わかりました。何かあったんですか?」

『何かって……警報があったでしょう?アブノーマリティが脱走したんですよ。』

「警報……!?あ!さっきの……!」

『気が付かなかったんですか……!?』

「す、すいません。なんかぼーっとしてて……。」

『……とりあえず、すぐに向かいますね。タブレットのGPS機能で場所の特定をするので、ちょっと待っててください。』

「わかりました。待ってます。ちなみに停電してるみたいなんですけど、他の所も停電してるんですか?」

『てい……でん……?』

 

動くなと言われたけれど、こう真っ暗ではまず動けない。

暫くすれば目は慣れるはずなのだけれど、何故かその感覚はなく目の前はひたすらの闇にしか見えなかった。

その時、タブレットから通知音。内容を確認すると作業指示のメッセージのようだった。

そこには〝鎮圧作業〟の四文字があった。

〝鎮圧作業〟。その言葉の意味はわかるけれど具体的なやり方がわからない。それに鎮圧って、アブノーマリティをということで間違いないだろうか。どのアブノーマリティの事だろう。

 

「あの、ダニーさん、」

『今すぐそこから離れてください!!!!』

 

鎮圧作業について聞こうとしたのだか、それは大きな声で遮られてしまった。

あまりにも大きな声なので、耳がキンと痛くなった。耳を落ち着かせようとインカムを少し離すが、弾丸のようにダニーさんは話し続けていて少し苛立った。

そこにいろと言われたり、離れろと言われたり。状況の説明をして欲しい。

 

「えっと、ダニーさん、離れろというのは……?」

『いいからその場から離れてください!!停電してるんですよね!?』

「してますけど……、だから動けないんですよ。暗くて……?」

 

少し先に小さな灯が見えた。それは揺れていて、赤い、丸い光であった。

灯は少しずつこちらに近づいてくる。あれはなんだろう。

また声がした。ぎぃぎぃ。そして私はようやく気がつく。

 

『いいですかユリさん、停電はアブノーマリティの仕業で、停電してるエリアのどこかにアブノーマリティはいます!だから今すぐそこから離れて、』

「多分そのアブノーマリティがすぐそばに居るんですけど。」

 

あの灯はアブノーマリティのものだ。

私の身体に緊張が走る。腰の警棒を強く握った。アブノーマリティからは敵意は感じない。だからこんなにも冷静でいられるのだけれど、万が一の為に警戒は解かない。

静かに深呼吸をする。息は震えていて、頼りない。

 

「ダニーさん、作業指示に鎮圧作業ってあるんですけどどうすればいいですか。」

『は……!?鎮圧作業!?まだ研修すら受けてないのに……?、!!あのクソAIか……!!その指示は無視して大丈夫ですから、とにかく今は逃げてーーー、』

「……?ダニーさん?ダニーさん?」

 

突然ダニーさんの声が聞こえなくなった。呼んでみるも返事はなく、一気に不安になる。

近づいてくる灯との距離が変わらないように、ゆっくりと退行する。急に走ったりしたら刺激になりそうだし、慎重に行動した方がいいだろう。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

「えっ……アンジェラさん?」

 

ダニーさんの声の代わりに聞こえてきたのは、アンジェラさんの声だった。

後ろに下がりながら、アンジェラさんの声を聞く。

 

『通信機の調子が悪いようで、ここからは私がサポートします。ユリさん、近くにアブノーマリティは確認できますか?』

「停電していて暗くてよく見えないんですけど、多分すぐ近くにいると思います。」

『ユリさんにはそのアブノーマリティの鎮圧作業を行っていただきます。本来はお渡しした武器を使っての作業になりますが、今回は少し交信を試みてみましょう。』

「交信?」

『話し合いですね。アブノーマリティに話しかけて、収容室に戻せるか試してみてください。』

 

つまり、罰鳥と呼ばれているあの小鳥の時のようにしろと言う事か。

あの時は割と簡単に済んだけれど、今回も上手くいくだろうか。まだ姿すら見ていない事もあり、全く自信が無い。

 

『脱走したアブノーマリティの情報をお伝えします。アブノーマリティネーム〝大鳥〟。罰鳥と同じくエージェントに対して攻撃を行います。』

 

大鳥。名前だけ聞くと南国とかにいる色鮮やかな大きな鳥を思い浮かべるが、そんなものでもないのだろう。

大きいってどれくらい大きいのか。鳥という名前が付くにしては、鳴き声が特殊だったけれど。そんな風に考えていても形が定まらない。

 

『大鳥はエージェントを攻撃しますが、それは敵意や嫌悪を持たないことが殆どです。』

「?どういう事ですか?攻撃はされるんですよね?」

『大鳥は攻撃を善意で行っています。〝他のアブノーマリティに傷つけられる前に楽にしてあげるため〟の攻撃なのです。』

「なんですかその屈折した善意は!?」

『ユリさんはアブノーマリティに好かれているので、敵意での攻撃は今のところ受けないで済んでいますが、今回は敵意のない攻撃になります。そこに気を付けて交信を行ってください。』

「そんなむずかしっ……!」

 

背中がぶつかる感覚がした。壁際まできてしまったようだ。

灯はやはり近付いてくる。私は後ろに下がれないので、距離は少しずつ縮まっていく。

パニックにならないよう、出来るだけ落ち着くことを意識しながらアンジェラさんの言葉を頭の中で整理する。

 

善意故の攻撃。敵意がない。どうすれば攻撃されないで済む?

アブノーマリティは私の為に、攻撃をしようとしてくるのだ。それを私が望んでいないことをどうにか伝えられれば。

……ちょっと待って。それってそんなに難しいことだろうか。

アンジェラさんは交信を試みるように言った。つまり少なくとも大鳥には言葉は通じるのだ。なら?

 

「大鳥さん、私を攻撃しないで。」

 

なら、素直に望みを言えばいいのかもしれない。

声を出した途端、灯の動きが止まった。一定の距離を保てたことに安堵する。

暗くてよくわからないけれど、灯との距離は数メートルはありそうだ。直ぐに警棒を出せるようにだけしておいて、あとは言葉を考える。次は、なんて言う?

 

「私は大丈夫だから、部屋に戻ってほしいの。」

 

遠まわしに言ってややこしくなるのを避けようときっぱり伝えた。が、なんの反応もない。

少し様子を伺うも、灯は微動だにせずそこにあるだけ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。」

 

感謝の言葉も伝えてみる。今度は少しだけ灯が揺れた。

交信と言っても、大鳥の言葉はわからないため一方的に話しているだけになる。その筈なのに、何故か大鳥の感情が伝わってくるようであった。

このアブノーマリティは、なんだかとっても優しい気がする。

歪んでいるかもしれないけれど、善意の攻撃の善意は本物なのだろう。相手のことを心から思って行っているのだろう。

けれどその善意で攻撃されたら、溜まったものではない。

ならば、と思った。何故だかわからないけれど、私の言葉をこのアブノーマリティはよく聞いてくれている。ならば、せっかくならばこのチャンスに、望みを伝えてみよう。

 

「私達の心配をしてくれてありがとう。でもね、もう私達を攻撃するのはやめて欲しいの。」

 

灯が揺れる。

 

「私達にはしなくちゃいけない事が沢山あって、その為にここにいるの。苦しくても大変でも、私達はここで働く覚悟があるから、大丈夫なの。」

 

足が自然と、灯の方へ動く。

危険なことはわかっている。けれど私には理由のない確信があった。大丈夫だと。

 

「本当に、ありがとう。これからは見守ってくれてると、嬉しい。」

 

大丈夫。この鳥はもう、攻撃をしない。

灯のそばに行くと、その近くの身体を確認することが出来た。

全体を認識することが出来ない。大鳥の体は名の通りとても大きいようだった。

形は丸く、黒い。そしていくつもの黄色いガラス玉が身体に付いている、と思ったら驚くことにそれら全てが目のようだった。

大小様々な大きさの黄色の瞳が私の姿を映している。

硬いでっぱりがあると思いきや、鋭いクチバシのようだった。それは鋭利で、きっと今までの凶器なのだと察し、身体が震える。

やめた方がいいことを知りながら、気が付くと私の腕は大鳥の身体に伸びていた。

その毛皮に触れると、予想に反して柔らかくなく、ゴワゴワしていて、驚きからか背筋にゾワッと何かが走る。

そのまま撫でるように手を動かすと、硬い羽毛が手に当たる感覚。

撫で心地の最悪さに思わず笑うと、いくつもの目が私を不思議そうに見つめた。笑ってごめんね、と心中で謝る。だってここまで撫で心地悪いのも珍しかったものだから。

 

「帰ろう?」

 

そう言うと、灯が私の目の前にきた。

それはよく見ると黒いカンテラで、ガラス張りの中に赤い炎が灯っている。

大鳥は器用にそのカンテラを手で持っていたようで、それを私に差し出してきたのであった。

 

「……貸してくれるの?」

 

聞くと、応えるようにカンテラを前に差し出される。

お言葉に甘えて受け取ると、思ったよりもそれは軽く持ちやすい。

大鳥はクルリと私に背を向けて、歩き出した。が、私が立ち止まっているとその歩みを止める。

着いてこいということだろうか。

 

「わかった、送りますよ大鳥さん。」

 

収容室の場所がわからないので、その隣に並んで歩く。そうすると大鳥は満足したようにまた歩き出した。

ぎぃぎぃと、そのクチバシから不器用な声が聞こえる。喜んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






やっと私が書きたかった感のあるアブノーマリティ回が書けました。
本来はこういうアブノーマリティと戯れるのをシリーズみたいに続ける予定だったのですが、ダラダラ説明回を書きすぎた…(白目)

今回は書くのめっちゃ楽しかったです。
やっばり人外っていいよね……





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心が動く音がした_4

暗闇の中、大鳥の隣を歩く。ゆっくりしたその足取りに速度を合わせて歩いていく。

 

「君達はいったいどこから来たのかなぁ。」

 

何となく大鳥に聞いてみた。もちろん返事を返されても私にはわからないわけだけど。

 

「私はね、日本っていう海の向こうの島国から来たんだよ。」

 

静かな中、私は一方的に大鳥に話しかけ続ける。

それは独り言と同じだけれど、大鳥は聞いてくれていることを感じながら言葉を続けた。

 

「家族と離れて、一人になって。ちょっと心細いけど、何とかなるもんだね。」

 

でも、と言葉は続いた。思っていてもずっと口にしなかった言葉がこぼれ落ちる。

 

「……やっぱり、寂しい。」

 

ピタリと大鳥の動きが止まった。収容室にたどり着いたのかと思うけれど、扉らしきものはなくそうではないらしい。

黄色の目が私を見つめてくる。鳴き声すらなく静かに。

どうしたのだろうと首を傾げるけれど、反応は何も無い。暫く私も大鳥見つめた。

なんだかその目は哀しそうだった。だからだろうか。何も言われてないのに、私の口は自然と動いたのだ。

 

「……帰らないよ。」

 

帰りたくても、帰れないから。その言葉は飲み込んだ。

私の言葉に大鳥は喜んだように見えた。そしてまたゆっくりと歩き出す。

もう私は帰れない。生まれ育ったあの場所には、私を殺そうと待ち構えてる者がいるから。もう二度と、帰れないのだ。

だからここで生きていくしかない。

ぎぃぎぃと大鳥が鳴く。楽しそうに、幸せそうに。

私はもう1度その大きな身体を撫でる。やはり触り心地は最悪だった。

 

 

 

※※※

 

 

 

「不思議ですね……。」

 

管理人室でアンジェラはその優秀な人工知能を悩ませていた。彼女の視線の先にはモニターの中、暗闇の中を歩くユリがあった。

 

「おい、アンジェラ。」

 

アンジェラの思考を妨げたのは彼女のパートナーであるXであった。彼はアンジェラをきつく睨んでいて、怒っているのが感じられる。

それを見てアンジェラは表情を変えずに、内心で舌打ちをした。面倒くさいと。

 

「何でしょう、X。」

「黒井さんに鎮圧作業の指示を送ったの、お前だろ。ご丁寧に作業ロックかけやがって……。」

「私は最善の対応をしたまでですが?」

「なにが最善だ。本来エージェントの鎮圧作業はある程度武術の研修を受けさせてから実施するものだ。黒井さんはまだなんの研修も説明もしてないんだぞ!?」

 

アンジェラは心底思った。本当にこのパートナーは面倒くさいと。所詮駒の一つであり、道具でしか無いくせに一人前に正義感だけはあるのだ。

そう思いながら口に出さないアンジェラは、自分の事を本当に有能なAIだと思った。

 

「……勝手に行動したことは謝罪します。けれど見てください。大鳥が脱走したというのに、今回は誰一人死人が出ていません。」

 

アンジェラがそう言うと、Xは言葉を詰まらせた。

その隙をアンジェラは見逃さず、すぐさま話題を変える。

 

「それより、おかしいと思いませんか?」

「おかしい?」

「ユリさんです。大鳥は攻撃対象を魅了し、行動を制限して、対象を無力状態にして攻撃します。今回ユリさんはその魅了の対象であるにもかかわらず、意識が正常でした。」

「……精神が強いエージェントも稀にいるだろ。」

「それだけではありません。このモニターで監視していた所、ユリさんは確かに一度は大鳥の魅了にかかっていました。けれどそれは途中で完全に解けています。」

「確かに……。」

「静かなオーケストラが脱走した時も、ユリさんは〝何が起きても恐怖しない〟オーケストラの魅了にかかっていたように思われます。本人もそう言っていましたし。つまり、魅了にかからないわけではないけれど、何かの理由でそれが解けるのだと考えられます。」

 

アンジェラの頭を悩ませていたのはそれであった。

その理由がわかればユリはより使い勝手のいいエージェントになると考えていたのだ。

その為には検証をしなければいけない。けれどどうやって。

 

「……あぁ、そうだ、忘れてました。」

 

アンジェラは珍しく楽しそうに笑った。悪戯を思いついた子供のように、無邪気に。

Xはその笑顔に嫌な予感を感じる。そしてそれは直ぐに現実となった。

Xのパソコンの管理画面が勝手に動き出す。それは恐らくアンジェラの仕業であり、彼女はあろう事かユリに対してとんでもない作業指示を送ったのであった。

 

「丁度いいのがあるじゃないですか。女性エージェントのみ強い魅了をし、対象に憑依することでその身体を借りて攻撃をするアブノーマリティが。」

 

 

 

※※※

 

 

 

収容室について、大鳥に別れを告げる。

大きな体に似合わない扉の小ささに戸惑ったが、一瞬大鳥の姿が消えて収容室内に瞬間移動した時はもっと戸惑った。なんでもありか。

収容室内にはいると、ようやく明るいところでその姿を見ることが出来た。停電は大鳥の仕業らしいが、収容室内はその効果は出ないらしい。

明るいところでみるとやはり大きい。鳥という名前なのに、羽らしきものは見当たらず、代わりに二本足と一緒に手があるようだった。

目が沢山ついている真っ黒な毛玉のようにしか見えない。

 

「羽の代わりに手があるなんて、珍しいね。」

 

そう言うと大鳥はぎぃ、と鳴く。返事のようだけれどなんて言ってるのかはわからない。

バイバイ、と言うとその大きな身体を擦り付けてきた。

なんだか可愛くて、持ったカンテラを床に置きそっと抱きしめる。と言っても大きすぎて腕が回りきらないけど。

触り心地は最悪だけど、温かくて心地よい。

撫でると気持ちよさそうにぎぃぎぃと鳴く。その声は次第に小さくなっていて、ずっと開かれていた黄色い目はゆっくりと閉じられていって。

気が付くと大鳥は、眠ったようだった。

起こさないように静かに離れる。

借りていたカンテラが眠りの邪魔にならないように、部屋の隅に避ける。よく見るとカンテラの芯も特殊で、黒くフワフワした物が燃えているようだった。何なのかはわからないけど。

 

「おやすみなさい。」

 

小さく挨拶をして、収容室を後にする。どうかいい夢が見れますように、なんて思いながら。

 

 

 

作業は終わったので、とりあえず元の部屋に戻ろうとしているとタブレットから通知音がした。

画面を見ると新たな指示が表示されている。

 

〝対象:赤い靴(O-04-08-H) 作業内容:清掃〟

 

赤い靴って、名前からしたらただの物のようだけど、この研究所でそんなことがあるはずないだろう。

インカムの調子は相変わらず悪いようで、ダニーさんの声は聞こえない。

 

『引き続き私がサポートします。タブレットの案内に従って、収容室に向かってください。』

 

アンジェラさんのその言葉に少し安心する。どんなアブノーマリティなのか緊張しながら、私は廊下を歩き始めた。

 

 

 

 

 




Big bird_〝暗闇の優しい会話〟





大鳥
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Big_Bird



【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
おっきくて丸くて目が沢山ある鳥さん。
触り心地が悪すぎてむしろクセになる。大人しい子だった。


【ダニーさんのひと言】
自分の通る廊下の電気を消す。見えない中で殺してくるやつ。
脱走する。催眠みたいなのかけて戦意喪失してる所を遠慮なく物理で殺してくるやつ。
5人以上職員が死ぬとなんか脱走の準備はじめる。人が死ぬの嫌ならお前も殺すな。




短くなりましてすいません。
次は多くの方にどうするのかとコメントを頂いていた女性キラーアブノーマリティさんです。


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Red Shoes_1

指示された作業の対象アブノーマリティが収容されている場所は随分と遠いようだった。

私の配属場所が地下深くであり、向かっている収容室が地上に近いだけなのだけど。

ようやく着いた時はわりと足は疲れていた。対象アブノーマリティは〝赤い靴〟。作業は〝清掃。〟

ウエストバックの中から清掃道具を取り出して、最初にダニーさんに教えてもらったように収容室のロックを解除する。

深呼吸をして心を落ち着かせる。大丈夫。私はただ、掃除をすればいいだけ。

覚悟を決めて、扉を開けた。その先には。

 

「……?」

 

白い丸テーブルがある。背の高いそれはテーブルというよりは台座のようで、その上にちょこん、と何かが置いてあった。

もしかしなくてもそれは、靴だ。赤い靴。

靴はテーブルの上にクッションをひいて上品にそこに飾られていた。

辺りを見渡すも収容室内にはそれ以外何も無い。

これがアブノーマリティなのだろうか。こんな、ただの靴が?

思わずじっと見つめる。どこにでもあるような普通の靴。ううん違う。どこにでもあるようなじゃない。

この靴は、ただの靴じゃない。この光沢、ヒールとのバランス。何よりも鮮やかなこの赤!世界に一つだけの、特別な赤い靴。

―――履きたい!

履きたい!履きたい!この靴を私のものにしたい!あぁ、この靴で歩いたらどんなに素敵だろう!ヒールは心地よい音を刻んで、爪先は軽やかに地面を踏み、まるで踊るように私は歩くの!

私以外の誰が、この靴を履く?そんなの絶対に嫌だ!私が履くの!履いてしまえばもう、私のもの!

私は靴に手を伸ばす。爪先からも感じるその魅力に、私の身体は震える。その靴を、私の足に!

 

「っ!」

 

手は靴に触れる前に、私の首元へと行った。

首に熱を感じたからだ。一瞬だけじゅっ、って熱さ。でも後を引く痛みなどはなく、ただその一瞬だけであった。

何だったのだろうと首を傾げる。そう言えば大鳥の時も同じようなことがあったような。

 

――――履いて。

 

「え?」

 

――――履いて。

――――私を履いて。

――――ねぇ、履いて!履いて履いて履いて履いて履いて!

 

頭に流れ込んでくる言葉に私は戸惑った。履いて、とは。この靴が語りかけてきてるのだろうか。

先程まで素晴らしいと思っていた靴は、恐ろしいものに思えた。

美しい見た目も、上品な佇まいも変わらないけれど。その纏っている雰囲気は異質でやはりアブノーマリティなのだと感じる。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

「アンジェラさん!はい、聞こえます。」

『モニターで見ているのですが、作業の手が止まっていたようで、何かありましたか?』

「すいません。アブノーマリティに語りかけられて、作業が止まってしまいました。直ぐに取り掛かります。」

『語りかけ……。アブノーマリティはユリさんに何を伝えてるのかわかりますか?』

「なんか、履いてって言ってます。」

『……履きたいですか?』

「嫌ですけど!?」

 

――――どうして?

――――履いてよ!

――――履いて!履いて!履いて履いて履いて履いて履いて履いて!

――――履け。

 

激しくなった言葉に頭痛がした。私の発言はアブノーマリティを怒らせてしまったみたいだ。

けれど人間の性というか。やれと言われるとやりたくなくなるものだ。履けと言われると履きたくない。嫌な予感がするし、対象がアブノーマリティということから、履いたらただでは済まないだろう。

 

『履いてみてください。』

 

インカムからアンジェラさんの声が聞こえると同時に、タブレットから通知音がした。

作業指示のようだ。〝対象:赤い靴(O-04-08-H) 作業内容:着用〟

正気か、と思った。馬鹿じゃないの、とも思った。

目の前の赤い靴はただそこにある。履かれることだけを待って、私に履けと語りかけてくる。

タブレットの作業指示と赤い靴を交互に見て、盛大にため息をついてしまったくらいは許して欲しい。

スーツに合わせた黒いパンプスを脱ぐ。端に揃えて置いて、テーブルの上の赤い靴に手を伸ばした。

赤い靴を床において、恐る恐る片足を履いてみる。すると先程までうるさかった声はピタリとやんで、静かになった。

もう片足も履いて、両足揃った。

 

「アンジェラさん、履きました。」

『何ともありませんか?』

「今のところは。」

 

嫌な予感に反して、不自然な程に何も無かった。

靴はただ履きやすいだけで、身体に異変はない。それどころか履きなれないパンプスに負担を感じていた足は軽くなったようだった。

こういう足を綺麗に見せるデザインのヒールは疲れやすいものなのに、不思議だ。これもアブノーマリティの力なのだろうか。

しゃがんで履いた靴を見てみる。やはり恐いほどに綺麗な靴だ。皮を撫でても指紋はつかず、光沢は変わらない。

 

「いい靴ね。」

 

そう言うと、なんだか靴から嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。

素直な感想だった。綺麗で履きやすいなんて、女性なら誰もが欲しがるだろう。

名前を〝赤い靴〟から〝履きやすい靴〟に変えてもいいのではないか。そんな阿呆らしい事を考えるくらいにはいい靴だと思った。

 

『……ユリさん、そのまま収容室外を少し歩いてみましょう。』

「えっ、いいんですか?収容室の外にアブノーマリティ出しちゃっても……。」

『私の監視内なので大丈夫です。』

「……わかりました。」

 

些か不安はあるが、身体に異常もないし大丈夫だろう。

歩き心地を確かめるために数歩歩いてみると、やはりそれも抜群に良かった。歩きやすい、と言うと靴はまた喜んだようで、何となくだが身体が動かしやすくなったようだった。

 

「ちょっと一緒に散歩してくれる?」

 

靴にそう問いかけると、返事はないが足から楽しそうな感情が流れてくる。今更ながら物品と言ってもアブノーマリティ。楽しんだりもするんだなぁと思った。

脱いだパンプスを持っていこうと手を伸ばすと、足が勝手に動いてパンプスを蹴った。えええ。

部屋の隅に飛ばされたパンプスを呆然と見ていると、足先がなんだかむずむずする。

急かされているように感じて、私は苦笑いした。黒のパンプスは諦めることにする。

収容室を出ながら思ったのは、今のって、嫉妬か何かだったのだろうかと考えた。

アブノーマリティの靴が、普通の靴に嫉妬。言葉にすると滑稽で、足元の赤い靴が可愛く思えた。

 

 

 

 

暫く歩くも、特に違和感はない。むしろ歩けば歩くほど、元気になっていってる気がする。

たまたまなのか、ほかのエージェントの姿が見当たらない。みんな収容室内で作業しているのだろうか。

初日のコントロールルームに近い事もあって、挨拶していこうと思う。作業指示は〝着用して歩く〟だけなので、どこに行けとは指示されてないし。

 

「あっ!」

 

少し先に、見たことのある女性の姿が見えた。

初日、コントロールチームに温かく迎えてくれた内の一人であった。

嬉しくなって、思わず駆け寄る。こんにちは、と挨拶しようと、手を挙げた。

 

 

※※※

 

 

指示された作業を終え、彼女はふぅ、と一息ついた。

彼女は最近このlobotomy corporationにエージェントとして入社し、ようやく仕事にも慣れてきた時であった。

異型とコミュニケーションをとるこの仕事は、やはり今までしていた他の仕事とは比べ物にならない危険と隣り合わせであった。

初めの頃を思い出して、ここまでよく続いたなぁと自画自賛する。何度やめようと思ったことか。

そう言えば、先日入社してきたユリさんはどうなったろう。

ユリさんとは、先日彼女の所属するコントロールチームに配属された日本人女性であった。

彼女は特異体質を持っているようで、初日、一言でアブノーマリティ達の機嫌を取りわずか6分で業務終了させたという伝説を叩き出したのであった。

その日コントロールチームの興奮は最高潮に達したけれど、他のチームは違ったらしい。

彼女の存在を〝異質〟と判断し、警戒と期待の間で揺らぎ、一定の距離を保つようにしたようだった。

更衣室で皆に遠巻きに見られていたユリさんは、とても哀しそうだった。

ユリさん、大丈夫かな。

次の日彼女が出社すると、コントロールチームにユリの姿は無かった。

上司に聞くと、他のチームに配属されたらしい。しかも、結構危険なチームに。

初日の笑顔を思い出して、胸が痛くなった。今度会ったら、また声をかけてみよう。

と、そんなことを考えていたからだろうか。

廊下の向こう側から、ユリが彼女に駆け寄ってきたのだ。

嬉しそうに手を振ってくるユリに、彼女もまた笑顔で手を挙げた。―――が、直ぐにその表情は崩れる。

 

―――その靴は。

 

どうして、ユリさんがその靴を履いてるの。その靴の作業は、女性エージェントには指示されないはずなのに。

冷静な思考はその一瞬だけ続き、直ぐに消えた。

彼女の視線はユリの足元の真っ赤な靴に集まる。彼女は思った。なんて、素敵な靴なのだろう。

何故、履いているのが私でないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Red Shoes_2

アンジェラはモニター越しにエージェント、ユリの監視を続けていた。

今回ユリに下した指示は女性キラーと呼ばれているアブノーマリティ、〝赤い靴〟への清掃。

通常なら赤い靴を見た途端、女性は強い魅了に掛けられ、靴を履こうとする。

ユリはどうなるのだろうと、人工知能でありながらアンジェラはわくわくしていた。

部屋に入ってきたユリは、赤い靴の魅了にかかったようだった。ここまではアンジェラの想定内。

アンジェラはじっとモニターを見つめる。アニメーションの姿に変換されたユリの瞳はキラキラと輝いていて、赤い靴に手を伸ばしていた。

 

「……?」

 

が、一瞬ユリの動きが止まったかと思うと、次の瞬間その魅了は解けていたようであった。

すかさず通信機を通してユリに状況の説明を願うが、応えは期待しているようなものではなかった。

一瞬に何があったか、アンジェラにはわからない。というのも監視モニターに使われている〝Cognition Filter〟のせいであった。

監視カメラを通して人を認識し、その姿をアニメーションに変換するそれは、エージェントのプライバシーを護るのと、監視者の精神状態の安定に大いに役立っている。

が、その変換された姿で行われる動作は大まかなものであって、細かい作業や仕草は省略されるのだ。

それゆえ、ユリの魅了が解けたヒントになるであろう仕草、動作が省略された可能性が高い。アンジェラは舌打ちをしたい気分になった。

 

「X、Cognition Filterの解除をお願いします。」

 

アンジェラはモニターに注目したままパートナーに指示を伝える。が、反応がない。

 

「X?……あぁ、いけない。」

アンジェラは今度こそ舌打ちをした。3D映像である彼女に、舌で音を出すことは出来ないけど。

Xと呼ばれている青年の身体は椅子の背もたれに寄りかかり、動かない。目は開いているのに表情の動かないそれはまるで死んでいるようだった。

 

「強制停止させたのを忘れてました……。そうだ、ユリさん以外のエージェントへの指示も私が送らなければ……。」

 

アンジェラはメインコンピューターと繋がっている自身の回路を通してエージェントに指示を送る。Xが動かない今、施設内全体を彼女は管理しなければいけないのであった。

しかし、彼女はCognition Filterを解除することは出来ない。何故ならそのフィルターはモニターと繋がっているだけのものであって、言うなれば付属品であり、モニター横のスイッチ一つで切ることが出来る。

けれどアンジェラには、スイッチを切る指がない。

 

「上手くいかないものですね。」

 

アンジェラは肩を竦めた。考えても仕方が無いので、切り替えて新たな指示をユリに送る。

赤い靴を〝着用〟し〝散策〟する指示を。

これで少なくともユリの魅了無効化が周りにも影響するのかがわかるだろう。

またアンジェラがモニターに視線を戻した時。

管理人室の扉が、開いた。

 

「……どうしてここにいるのです?エージェント、ダニー。」

「業務内容に対しての文句を言いに来ました。」

「まだ業務時間内ですよ?早く持ち場に戻りなさい。」

「新人へのパワハラがあるようなので、教育係としては見過ごせないでしょう。」

「随分後輩思いなのですね。ふふ、彼の性格が移りました?」

 

アンジェラは椅子のXを横目に見て、綺麗に笑った。ダニーはそれをきつく睨む。

けれどアンジェラは全く怯むことなく、またモニター画面に視線を戻した。

 

「パワハラなんて言いがかりです。これは明るい未来の為の検証なのですよ。……あぁ、ユリさんの無効化の力は、周りには影響しないようですね。残念です。」

「は……、!?」

 

アンジェラの視線の先を追って、ダニーもモニター画面を見る。

そこには信じられない光景が映っていて、彼は目を見開いた。

それをアンジェラは楽しそうに見つめる。

 

「追いかけられちゃってますね。」

「このクソが……!!ユリさんに何をした!?」

「Xが体調不良で倒れたので、私が代わりに指示を送っただけです。〝赤い靴〟への〝清掃〟そして〝着用しての散策〟を。心配せずとも死にそうになったら睡眠ガスで職員達の動きは止めますよ。まぁ、それも上手くいかなくても、多少の怪我は付き物ですし。」

 

モニター画面には、アニメーションに変換されたユリが複数の女性エージェントに追いかけられている姿があった。

女性エージェント達は各自自身の武器を手に取り、警棒であったり、拳銃であったりをユリに向けている。つまり襲われているのだ。

ユリの足には赤い靴が着用されている。

赤い靴に魅了された者は研究所内を徘徊し、その魅了を女性限定で他のエージェントにも広げる。そうして履いた人間の身体を使い、他の女性を攻撃する。

が、今回はユリが魅了にかかっていないあたり、一方的に他のエージェントから襲われて逃げている状況なのだろう。

この場合、正気でない女性エージェント達への〝鎮圧作業〟が指示される筈だが、その指示は送られていない。

さらに言えば、赤い靴の魅了にかからない男性エージェント達が都合よく離れた収容室で作業を行っている。

それはアンジェラが意図的にそうしたのだろう。ユリの実験の為に。

それをダニーはわかっていて、彼の怒りは頂点に達した。

 

「ユリさんは戦闘能力が皆無に等しいにもかかわらず、うまく逃げてますね……。赤い靴がユリさんの身体能力を向上させてる……?精神面の影響はなくても身体面の影響はあるということでしょうか……?」

 

もはやダニーの存在を無視してアンジェラは自身の思考に集中する。

ブツブツと呟くその姿に、ダニーはゆっくりと近づく。

 

「……主導権握ってるのがお前だけだと思うなよ。」

「もう少し検証を……、何よりまだ魅了無効化の原因が……。」

「お前は超高性能人工知能。その為使用する電力量は馬鹿にならない。だからアブノーマリティから生成された電力をつかってるんだろ?」

 

ダニーの言葉に、アンジェラは流石に意識を向けた。

なぁ、とダニーは言葉を続けた。アンジェラは様子の変わったダニーに困惑する。

 

「アンジェラ、お前どれだけの電力を使った?」

「は?」

「通常なら視覚的管理はXに任せて、お前は情報管理をする。けどXが不能な今、それら全てをお前だけで行ってる。すごい電力の消費量だろうな?

使いすぎると、その分熱を持つ。回路がショートしないように、強制停止する。

お前みたいな有能なAIがメインコンピューター自体ではなく、メインコンピューターの付属になってるのはそういう事だ。」

「何を、言ってるのです。」

「情報管理なんてショートしやすい部分は、強制停止してもメインコンピューターに被害が被らないようにしてあるんだよ。だから。」

「あなたまさか!」

「安心して、強制停止しろ。クソAI。」

 

アンジェラという人工知能に、何らかの情報が一気に流れ込んできた。情報といってもそれは屑のような、ただ量だけはある無能なものだった。

それらを正確に処理しようとアンジェラの人工知能は一気に動き出す。即ち、電力の消費。回路が熱を持ち始める。

その処理は元よりプログラムされたことであり、アンジェラはある程度の工程を積まなければその処理を止めることが出来ない。

まずいと考えた時、アンジェラの思考はプツリと止まった。

アンジェラの3D映像も消え、ダニーはやっと安堵の息をつく。

そして椅子で動かなくなっているXのインカムを外し、装着する。管理モニターに向き合い、各エージェントに指示を送りながらインカムのスイッチを入れた。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

 

 

 

※※※

 

 

 

 

何がどうなってるのか、わからない。わからないけど、わたしはただひたすら走っていた。

時折後ろから銃声が聞こえる。振り向くことは出来ないけれど恐らくそれは私に向けられたものだ。

 

「アンジェラさんっ……!アンジェラさんっ……、も、誰か!!」

 

何度呼んでもインカムから反応は返ってこない。もうどうすればいいかも状況もわからなくて、それなのに私は確かに他のエージェントさんたちに追いかけられてて、命まで危うくて。怖い。泣きそう。

もうとっくに身体は限界だった。それもそうだ。ここのエージェントさんは身体能力をあげる研修も行っていると聞いた。私はまだ受けていない。その差は歴然としている。

息は上がってるし、脇腹は痛いし、太ももが悲鳴をあげている。

それでも逃げ続けられているのはこの靴のおかげだろう。

 

―――追いかけられている理由も、恐らくこの靴だけれど!

 

後ろからたまに聞こえる「靴」「私の」「欲しい」「赤い靴」と途切れ途切れの声はもう答えだ。

ただこの靴が何をしたのか、どうすればこの状況を回避できるかはわからない。

脱いでしまいたいけれど、止まったら確実にただではすまない。というか、最悪死ぬ……!

いっそ走ってる勢いですっぽ抜けてくれないかと願う。けれどさっきから階段を上り下り繰り返していながら正気のエージェントさんと出会えない私にそんな運はないようだ。

 

『……ユリさん、聞こえますか?』

「!ダニーさん!!!たっ、助け……!」

『絶対助けます。まず、そのまままっすぐ進んだ所のエレベーターに入ってください。開けて止めておくので。』

「わかりました!」

 

ダニーさんの声を聞いて、天の助けだと思った。

つきあたりにあるエレベーターの扉が開いている。言われた通りその中に入った。

ボタンを押す前に扉が自然と閉じる。恐らくこれもダニーさんがしてくれたのだろう。

追いかけてくるエージェントさん達を向こう側に、完全に扉が閉じた時、私はようやく身体中の力を抜くことが出来た。

その場に座り込んでしまう。

 

「た、すかった……?」

『今追いかけていたエージェントは睡眠ガスで眠らせましたから、もう大丈夫です。』

 

その言葉を聞いて安心した。

エレベーターを何らかの方法で向こう側から開けられたら終わりだ。けれどその心配もないということだろう。

 

『ユリさん、この状況はユリさんが履いてるその靴が影響しています。脱げますか?』

 

そう言われて赤い靴を脱ごうとするが、上手くいかない。

何故かわからないけれど、靴底と靴がベッタリくっついているように離れないのだ。

 

「ぬ、脱げません……。」

『やはりか……。その靴は女性にのみその力を発揮するんです。恐らく男性なら脱がすことが出来るでしょう。他のエージェントに指示を送るので、少し待っててください。』

「わかりました。」

 

良かった。このまま一生脱げないとかだったらどうしようかと思った。

止まったことにより一気に襲いかかる疲労。エレベーターの壁にもたれかかって、乱れた呼吸を整える。

自分の足が少し震えていることに気がついたところで、ぽろ、と目から涙がこぼれ落ちた。

 

「あ、あれ……。」

 

ポロポロと涙が止まらない。安心したせいで、涙腺が壊れたようだった。

慌てて涙を拭う。ダニーさんの言っていたエージェントさんが到着する前に止めなければ。

その時、エレベーターが動いた。

 

『ユリさん!!靴を、隠してください!!』

「え!?」

 

インカムからダニーさんの焦る声が聞こえて、再び私の心臓が騒ぎだす。

隠すものなんて持っていない。靴は脱げないし。どうしようと焦っている時に思いついたのは、制服のジャケットを隠し布がわりにする事だった。

ジャケットを脱ごうと、ボタンを外す。丁度ひとつ外した時だったと思う。エレベーターの扉が開いたのは。

 

「ユリさん?」

「あ……あねっさ、さん。」

 

開いた扉の先にいたのは、アネッサさんだった。恐らくアブノーマリティへの作業を終え、コントロールルームに戻るところだったのだろう。

アネッサさんの目が大きく見開かれる。が、直ぐに虚ろな瞳になり、エレベーター内に入ってきた。

その目に映ってるのは、私の履いてる赤い靴。せまってくるアネッサさんに身体が震える。

 

「……あかい、くつ。ほしい。きれい。ほしい。」

「や……やだ……いや、こないで……。」

 

後ずさりするも、後ろは壁。

アネッサさんが、腰から警棒を引き抜く。心臓が一気に冷えた。

 

「うっ……!」

 

警棒を持っていない方の手で、首を壁に押さえつけられる。その力の強さに喉から変な声が出た。

息苦しさを感じながらも見上げると、もう片方の手が、警棒を大きく振り上げている。

逃げられない。これは、もう。

反射的に目をつぶった。ぽろりと、目から涙が落ちたことだけはわかった。

 

「えっ、!?」

「ぐあっ!?」

 

その時、右足が強く引っ張られた。

足は勢いよく、真っ直ぐと前に持ち上がり、がつっと鈍い音をたてて何かにぶつかる。

その何かは、アネッサさんの顎だった。

アネッサさんは低い声で呻き、その場に倒れる。私の足が、アネッサさんを蹴ったのだ。

けれど足が勝手に動いた訳では無い。動いたのは、靴だ。靴が動いたから私の足が持ち上げられ、結果蹴ることになったのだ。

その証拠に勢いよく振り上げられた靴はスポーンと私の足からぬけて、宙を舞い、足元に落ちた。

床に転がる靴と倒れているアネッサさんを見て、私は呆然とする。

なにがどうしてこうなったのかわからない。

ただ脱げていない左の赤い靴がきらりと光ってるのが見えた。

なんだろうと見てみると水滴のようで、もしかしたら私の涙が付いてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




次で赤い靴回終わりです。
ダニー超でしゃばってすいません……。


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Red Shoes_3

今日は大変な一日であったと、ベッドのなかで私は大きくため息をついた。

危険な仕事だと覚悟は決めていたけれど、実際に危険な目にあうと覚悟とか言ってる余裕が無い。

精神的にも身体的にも疲労はたまり、ベッドに沈む体がとても重く感じた。

目は自然と閉じるのに、頭は今日の出来事を引きずってぐるぐると回っている。

 

 

 

赤い靴がアネッサさんをKOした後、ダニーさんが呼んでくれた男性エージェントがタイミング悪く到着した。

倒れているアネッサさんと私を見てエージェントさんは状況が理解出来なかったようで、赤い靴を履いた私を取り押さえてきた。

強い力で拘束されながら必死に弁解する。自分は被害者であることを話している途中で、どういう原理か赤い靴が手品のようにパッと消えたのだった。

それを見たことと、私の話でようやくエージェントさんは退いてくれて、とりあえず2人でアネッサさんを医務室に運ぶこととなった。運ぶ間、沈黙の居心地の悪さを私は忘れないだろう。

どうやらエネルギーの生成はもう良いところまでいっていたようで、運ぶ途中に業務時間は終了となった。

 

『お疲れ様でした、ユリさん。災難でしたね。』

 

インカムの向こうでダニーさんに言われた言葉に「ほんとだよ」と返さなかった私は偉いと思う。

 

『今日はあまり教育係の役目を果たせず申し訳ありませんでした。私はこの後少しやることが残ってるので、このまま帰っていただいて大丈夫です。』

「え、残業ですか?」

『……まぁ、そんなところですね。ちょっとそれをやっておかないと、私の首が飛びそうなので。』

「そんな大事な仕事なんですか!?わ、わかりました。お先に失礼致します。頑張ってください。」

『ありがとうございます。……ところでユリさん、今日の赤い靴の事を考えると、ユリさんにはアブノーマリティの精神への攻撃に耐性を持っているように思うのですが、何か心当たりはありませんか?』

「えっ、無いですけど……。」

 

精神への攻撃に対しての、耐性?全く心当たりがなくて首を傾げた。

今日のアブノーマリティ、赤い靴は女性へ影響を与える。その影響を受けてなかったのは確かだけれど、私になにか特別な耐性があるような覚えはない。

陰陽師の血筋は受け継いでいるけれど、私は家族のように力なんてないのだから。

 

「家族にそういう耐性とか、力を持っている人はいるんですけど、私には全く無いんですよ。」

『ご家族に、特別な力を持ってる方がいるのですか?』

「はい。いる、と言うか私の親族は私以外の人間は何かしらの力は持ってますよ。強さ弱さはありますけど。」

『え、それはなにか特別な家系とか……?』

「あ、言ってなかったですか?私の家、陰陽師……こちらでいうエクソシストの家系なんですよね。でも私にはなんの力もないので、あんまり期待しないでください。」

『エクソシスト……!……ユリさんは、異常な程にアブノーマリティからの好感度が高いように思えるのですが、それがユリさんの力なのではないですか?』

「それが不思議なんですよね。私本当はそういう類のものにすごい嫌われやすいんです。なんの力もないのに何故か狙われるらしくて。日本に住んでたんですが、こちらに移住したのも逃げるためなんですよ。」

 

私がそう言うと、インカムの向こうのダニーさんは黙ってしまった。

また通信機の調子が悪くなったのかと思い、何度か呼んでみる。数回呼んだところで、返事が返ってきた。

 

『ユリさん、そのこと誰かに言いました?』

「ここに来てからはダニーさんに初めて言いました。すいません先に伝えるべきでしたか?」

『いえ、言ってないならこの事は誰にも言わないでください。特にAI……アンジェラには。』

「アンジェラさん?え、どうしてですか?」

 

どうして言ってはいけないのだろう。自分ではそこまで重要な情報とも思ってなかったから忘れていただけで。

本来の嫌われる体質も、何らかでその体質が発動した時の為に情報として伝えた方がいいように思えるが。

 

『アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。』

「え……?」

 

それは一体、どういうことだろう。

 

『彼女達は何を考えているかわかりません。今回の赤い靴は本来女性が作業指示を出されることはないんです。けれどユリさんはその指示を受けた。アンジェラは赤い靴の情報は持っているのに止めなかった。』

「……。」

『そして、アンジェラはAI。会社が作ったもの。今回のようなことはもうなかなか起こらないでしょうが、彼女も会社も、あまり信用しない方がいい。』

 

そんな事言われても、こちらはまだ入社して二日目。こんな初っ端から〝会社を信用するな〟なんて。

 

「……ダニーさんは、どうしてこの会社で働いてるんですか。」

 

声は少し低くなってしまった。こんな酷く言っておきながらどうしてダニーさんはここで働き続けるのか。こんな私を不安にさせることを言っておいて、どうして。

 

『……まだ、やることがあるんだ。』

「やること……?」

『私の話を信じるかは任せます。すいません、もう切りますね。まだ仕事が残ってるので。それではまた明日。お疲れ様でした。』

 

一気にまくし立てられて、通信はプツッと切れた。

信じるか信じないかは私に任せるなんて、そんな事言われても、どうしたらいいかなんてわからない。

暫く考えていたけれど、他のエージェントさん達の姿が無いことに気がついて慌てて帰り支度をはじめた。

 

 

 

ベットの中で考えるも、何だか色々ありすぎて頭の整理がつかない。

危険は覚悟して入った仕事だから、今日の事は事故だと思っていた。

けれど事故ではなかった?アンジェラさんは意図的に私を危険な目に合わせた?だとしたらどうしてそんなことをしたのだろう。

そしてダニーさんは、なんなんだろう。

lobotomy corporationの事をよく思ってないのにどうして働き続けるのだろう。やることって、何?どうして会社の事をそんなに悪く思ってるの?

どうして会社が悪いと決めつけるのだろう。情報があったとしても間違いとか、誤作動とかだって考えられる。

私の事を心配して怒ってくれたのだろう。けれどそれだけじゃない確かな嫌悪を感じた。それは何故?

今日の事は、結局事故なの?そうでないの?

 

「……わかんない。」

 

またため息をついた。考えても答えは出ないので、もう眠ることにする。

〝Face the Fear, Build the Future.〟その言葉を胸に頑張ろうと決めたのに。

〝未来を作る協力をしてほしい〟と。あの日アンジェラさんがそう言ってくれて、嬉しかったのに。

私は、決意したのに。

 

「…………あの日?」

 

あの日。入社を決めた日。小鳥を運んで、人形に会ったあの日。

 

―――では、私が貴女を守りましょう。

―――その心が壊れないように。

 

「あっ。」

 

精神への攻撃の耐性、心当たりある。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

次の日出社すると、何故か管理人室に呼び出された。

タブレットで指示のメッセージが送られてきたので間違いないだろう。不思議に思いながらも身支度をしてそのまま管理人室に向かった。

管理人室で待っていたのはアンジェラさんだった。Xさんはどうしたのか聞くと、もう既に業務開始の準備をしている為、私への対応はアンジェラさんがしてくれるらしい。

 

「ユリさん、昨日はお疲れ様でした。」

「ありがとうございます。で、呼び出された理由は……?」

「ユリさんに少しお聞きしたいことがありまして。今までの様子から、ユリさんは研究対象のアブノーマリティに好かれる体質。そしてアブノーマリティの精神攻撃への耐性があるように思えますが、何かその理由に心当たりなどございますか?」

 

アンジェラさんにそう言われて、昨日のダニーさんとの話を思い出した。そう言えばXさんとアンジェラさんにも陰陽師の血筋のことは話していない。

 

―――アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。

 

そして、ダニーさんの言葉も一緒に思い出した。

 

「ユリさん?」

「……特に心当たりはありません。自分でも不思議なんです。」

 

ダニーさんの言葉を完全に信じた訳では無いけれど、引っかかるものは確かにあった。だからとりあえず、アンジェラさんには言わないことにした。

また必要そうであれば思い出した、と忘れていたふりをすればいいだろう。

 

「そうですか……。わかりました。」

 

アンジェラさんはあまり納得していないようだったけれど、それ以上の追及はなかった。

嘘は得意ではないので少し安心する。出来るだけそれを顔に出さないように気をつけた。

 

「あぁ、そうだ。ユリさんに言わなければいけないことがあったんです。」

「なんですか?」

 

「エージェント・ダニーをあまり信じないでください。」

 

「……え?」

 

予想してなかった言葉に驚きで声が出た。

 

「ど、どうして。」

「ダニーはこの会社を恨んでいる。きっとこの会社を潰そうとしているんです。彼は何をするかわからないから、気をつけてください。」

「恨み……?」

「……数年前、彼の友人がアブノーマリティによって殺されました。そのショックが大きかったようで、彼は友人を殺したアブノーマリティと、そのアブノーマリティへの作業を命じたこの会社を恨んでいるんです。」

「お友達を、亡くされてたんですね。」

「はい。……とても悲しい事故でした。ダニーはそれを引きずってるんです。会社を潰すためなら何でもするでしょう。ユリさんを、利用することも。 」

「……ダニーさんが、そんなことするでしょうか。」

 

だってダニーさんは助けてくれた。『絶対助けます』って、言ってくれた。

今こうして怪我なくここにいるのだって、ダニーさんのおかげなのに。

 

「私を信じてください。ユリさん。」

 

その言葉を受け止められない私は、アンジェラさんの顔が見れない。

 

「私の目を見てください。ユリさん。」

 

そんなこと、言われたって。

 

「……アンジェラさんは、助けてくれなかったのに。」

 

自分の口から零れた言葉に吃驚した。

慌てて口を抑える。顔を上げるとアンジェラさんは目を見開いていて、私は顔から血の気を引くのを感じた。

私、上司になんてことを言ったのだろう……!

 

「ち、ちがうんです。こんなこと言うつもりは、その……、」

「……すいません、色々話して混乱させてしまいましたよね。話は以上なので、もう行ってくださっていいですよ。」

「わ、わかりました……。アンジェラさん、本当に申し訳ありませんでした!」

 

深くお辞儀をして退室した。アンジェラさんの表情は見えなかった。

自分の不甲斐なさに頭を痛めながら廊下を歩く。

本当になんであんなことを言ってしまったんだろう。通信機の調子は悪かった。アンジェラさんのせいじゃない。すごく失礼な事をしてしまった。

 

「……考えても仕方ない。」

 

してしまったことはもうどうしようもない。業務開始時間は迫っているのだからと私は足を早めた。

 

 

 

 

何とか業務開始直前に配属場所につけた。ちなみにここは中央本部2と呼ばれていて、このlobotomy corporationでも特に地下の部分になるらしい。

距離を感じる挨拶も早々に直ぐに各自指示された作業にうつる。昨日とはちがってダニーさんと通信は繋がっていないようだけれど。

私も仕事をしようとタブレットに目を移す。作業指示のメッセージを見た瞬間、驚いた。

 

〝対象:静かなオーケストラ 作業内容:清掃〟

 

これはチャンスだと思った。

恐らく私の精神攻撃への耐性はこのアブノーマリティが関係してきてる。

このアブノーマリティはテレパシーではあるが言葉は通じた。自分で考えるより直接聞いた方が早いだろう。

急ぎ足で収容室に向かい、扉を開ける。

そこにはやはり見たことのある人形が立っていた。

私が一歩中に入ると、頭に言葉が流れてきた。

 

―――あぁ!来てくださったんですね!

―――貴女の歓迎コンサートがまだだったので、良かったです。

 

楽しそうな感覚が頭に流れてくる。

あの時と同じように人形の周りがキラキラと輝きだし、宙にタクトを持った白い手が現れた。

 

「ま、まって!」

 

指揮を始めようとするので、慌てて止めた。

その前に聞きたいことがあるのだ。

 

――――どうしました?

 

「えっと、……あ、ちょっと待って。」

 

本題に入る前に、インカムを外してウエストバックに入れる。そうして収容室の隅にバックごと置いておいた。

インカムなんてしてたらアブノーマリティとの会話が丸聞こえだ。それは避けたい。

この収容室は監視されていることも考えて、人形の傍にできるだけ寄った。嫌がられたら離れようとも思ったのだが、そんなことは無く人形と体との距離はもう数10センチ程であった。

できるだけ小さな声を意識して話す。ここなら声が小さくても人形に届くだろう。

 

「私に、何かした?その、精神攻撃に強くなってたんだけど。」

 

――――?守るとお伝えしましたよね?

――――私と同じような存在から貴女を守る呪いをかけました。

――――そのお優しい、繊細な心が傷つかないように。

 

「……やっぱり、したんだ。……もしかして首が熱かったのって、そのせい? 」

 

――――力が発動する際に、熱を発したのかもしれません。

――――熱かったですか?申し訳ありません。

 

「ううん、全然それは大丈夫。」

 

やはり人形が関係していたのか。

どこまで守りの力が通じるかわからないけれど、とりあえず赤い靴で私が無事だったのはこのアブノーマリティのおかげなのだろう。 有難い。

これは、誰かに知らせるべきだろうか。情報の一つとして報告はするべきかもしれない。

けど、誰に?

 

〝アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。〟

〝エージェント・ダニーをあまり信じないでください。〟

 

ダニーさんとアンジェラさんの言葉がぐるぐるぐるぐる。

どうすればいいんだろう。急に言われたって、わからない。

 

「……私は、」

 

だってまだ出会って三日目。それなのに信じる信じないなんて。

 

「誰を、信じればいいんだろう。」

 

――――私を信じてください。

 

「え……。」

 

――――私は絶対に貴女を裏切らない。

――――だから私を信じればいい。

 

頭に流れてきた言葉にポカンとしてしまう。

信じる、アブノーマリティを。誰でもなくこの人形を。

 

「……ははっ、それいいかも。」

 

考えてもなかった提案に笑ってしまった。

そうね、いいかもしれない。

考えても私には他人のことなんてわからない。それを信じる信じないで悩むくらいなら、今確実に守ってくれているこのアブノーマリティを信じるのもいいかもしれない。

アンジェラさんとダニーさんには申し訳ないけれど、この人形が守ってくれてることは少しの間秘密にしておこう。

また必要そうであれば言えばいい。言うと言わないとので、何かが大きく変わることの想像もつかないし。

 

「ありがとう。静かなオーケストラさん。」

 

そう笑うと人形は、オーケストラさんは満足したように、大きくタクトを振り始めた。

きらきらと光の粒が立ち込めて、宙に音符が舞う。

私だけのためのコンサートは、とても美しく、とても優しい楽曲で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユリさん。」

 

作業を終えて廊下を歩いていると、ダニーさんに声をかけられた。

 

「なんですか?」

「これ、ユリさんのですよね?」

 

そう言って渡されたのは昨日まで履いてた黒いパンプス。赤い靴の部屋に起きてきてしまったものだ。

だが何だかおかしい。確かに私のものだけど、二足であったそれは何故か四つに別れている。

 

「え、なんで、真っ二つに。」

「……そういえば、アブノーマリティ赤い靴は、本来斧とセットなんですよ。」

「斧?そんなの無かったですけど……。」

「気が付かなかっただけでしょう。赤い靴は女性を魅了し、その魅了した女性の為にどこからともなく斧を出現させます。その斧を使って操られた女性は人を攻撃するんです。斧、赤い靴の収容室にありましたよ。床に刺さってました。 」

「え……じゃあ、パンプスが真っ二つなのって、」

「床に丁度転がってて、その上に斧が出現し、靴の上に刺さってました。」

「……それって、偶然、ですよね?」

「さぁ?でもすごい確率ですよね。たまたまユリさんが斧に気が付かなくて、たまたま床に転がったユリさんのパンプスの上に刺さるなんて。」

 

赤い靴を履いた時、あの黒いパンプスを蹴られたのを思い出す。

その時二足は全く別々の場所に散らばった訳では無いけれど、綺麗に揃ったわけもなかった。

けれどパンプスは二つとも綺麗に真っ二つだ。

 

「奇跡のような偶然か、赤い靴が意図的にやったか……。」

 

出来れば、前者であってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 




Red shoes_〝彼女は踊らない。〟




赤い靴
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Red_Shoes


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
なんか履いたら追いかけられた。



【ダニーさんのひと言】
女性を対象に魅了するアブノーマリティ。
女性は作業ダメ・絶対。
履いた女性は斧を振り回して周りの女性を魅了状態にしながら無双する。このアブノーマリティのおかげで女性を殴る(正気に戻す)ことに抵抗がなくなった。





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Nameless Fetus_1

アパートの隣の部屋に赤ちゃんが生まれたらしい。

ベランダで洗濯物を干していると、お母さんにだっこされながら日向ぼっこしている姿が、隣のベランダに見えた。

大きな声できゃらきゃら笑いながら椛みたいな手が宙に伸びる姿は癒し以外の何物でもない。ここからだと顔が見えないのが残念だ。

 

「あら、うるさかったかしら。ごめんなさい。」

「いえ!すいません、可愛いなって思って、見ちゃって。」

 

洗濯物にかこつけて少しベランダをのぞき込んでいたのを気付かれたようだ。

お隣さんは申し訳なさそうに謝った。慌てて否定する。うるさいなど全く思っていない。

 

「ふふ、ありがとう。ついこの間生まれたばかりなの。良かったら今度顔を見てあげて。」

「わぁ!いいんですか!私赤ちゃん好きなんです!男の子ですか?女の子ですか?」

「男の子よ。名前はダニーって言うの。」

「えっ。」

 

ダニー。まさかのダニー。数ある名前の中からダニー。

思い浮かぶのは同じ名前の先輩。一瞬走馬灯のように記憶が頭を通り過ぎていく。

 

「?どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです。」

 

どうかサドにはならないでくれ。お隣りのダニー君。

 

 

※※※

 

 

「……?なんですか、ユリさん。最近私のことよく見てきますね。」

「いえ別に。」

 

先日の休みにそんな事があってから、ダニーさんを見るとダニー君を思い出すようになった。

それならまだいいのだけど、家に帰ってダニー君の声がお隣から聞こえてくるとダニーさんを思い出す。

仕事に行っても家に帰ってもダニーさん、ダニー君。エンドレスダニーである。

気にしすぎだと自分に言い聞かせても、ダニーさんにもダニー君にも会ってしまうのでどうしても気にしてしまう。

ダニー君は声よく聞こえてくるし、ダニーさんはこうして作業終わりの待機時間よく被るし。

 

「ダニーさんと私の指示待機時間かぶるのって、やっぱり教育係として調整してくれてるんですか?」

「調整は別にしてませんよ。私は一つのアブノーマリティの担当をすることが多いですから、結構規則的に待機時間があるんですよね。それとたまたまユリさんの待機時間が合ってるだけでしょう。」

「担当制なんてあるんですか?」

「そういうアブノーマリティもありますね。例えば先日ユリさんが作業した赤い靴は大体同じエージェントが作業します。そのアブノーマリティと相性のいいエージェントがわかってるなら、担当にした方が効率がいいでしょう。」

「なるほど……。」

 

ダニーさんの担当するアブノーマリティってどんなのだろう。

作業内容に〝暴力〟もあるし、暴力が好きなアブノーマリティなのだろうか。ダニーさん暴力飛び抜けてうまそうだし。鞭とか達人並みに上手そう。

……ダニー君、ダニーさんに似ないように、健やかに育って欲しい。

あぁまたダニー君の事に繋がってしまった。もうここまで来ると洗脳されてる気がする。

そんな事を思っていたせいか、幻聴まで聞こえはじめた。ダニー君の泣き声。私の頭わりとやばいところまできているのだろうか。

 

「……あれ?本当に泣いてる?」

と、思いきや。どうやら幻聴かと思った泣き声は、どうやら本物のようだった。

どこか遠くで赤ちゃんが泣いている。とても微かにだけれどそれは確かに聞こえた。

 

「ダニーさん、なんか、赤ちゃんの鳴き声聞こえません?」

「あぁ……無名の胎児か……。」

「無名の胎児?」

「赤ちゃんの姿のアブノーマリティですよ。」

「そんな可愛いアブノーマリティが!?」

 

思わず大きな声を出してしまった。ダニーさんはびっくりしたようで目を見開いてる。

興奮してしまったことに自分でも気が付いて慌てて声を抑えた。

 

「す、すいません。」

「いえ……子ども好きなんですか?」

「まぁ……、関わるとなると難しいですけど、やっぱり見ていて可愛いなって思います。でも赤ちゃんって言ってもアブノーマリティですし、やっぱり危険なんですよね?」

「それなりには危険ですが……、危険度で言えば静かなオーケストラの方が上ですよ。」

「そうなんですか?じゃあわりと大丈夫なのかな……?」

「……というよりユリさん、静かなオーケストラの危険度わかってます?」

「え?」

 

何故かダニーさんの眉間にシワが寄ったところで、タブレットから通知音がした。

作業指示のメッセージだ。〝対象:無名の胎児(O-01-15-H) 作業内容:栄養〟。胎児とは。これはまさか。

 

「随分タイムリーな作業指示ですね。それさっき言った赤ちゃんのアブノーマリティですよ。」

「行ってきます!」

 

すぐさま作業に向かう。後ろからダニーさんが何か言っているけれど、とりあえずそんなことはどうでもいい。

赤ちゃん独特のミルクの匂いとふくふくした小さな身体を想像して、私の気分は上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ユリさん!……あー、行っちゃったか……。」

 

遠くなっていくユリの背中を見てダニーはため息をついた。

走り去って行ったユリの表情を思い出してダニーは苦笑いをする。あの期待を込めた瞳に無名の胎児はどんな風に映るのだろう。

しかしユリに指示された作業は特に大きな危険の心配もない内容だった。その事にダニーは安心していた。

 

「……残業したかいあったなぁ。」

 

ダニーの口から笑みが零れる。先日呼び出された時のアンジェラの顔を思い出したのだ。

 

 

 

先日のこと。ダニーは朝、管理人室に呼び出された。それは予想通りの事であり、彼は幾分緊張しながら管理人室の扉を開けたのだった。

呼び出したのはアンジェラであり、そこに管理人であるXの姿は見当たらない。きっと相変わらず馬車馬のように働かされてるのだろうと考えて、ダニーは内心舌打ちをした。

アンジェラは映像である癖してダニーを睨み、器用に嫌悪を伝えてくる。彼はAIの言葉を待った。言われるであろう事を予想しながら。

 

「エージェント・ダニー。今日貴方をここに呼び出したのは、先日の勝手な行動についてお話したかったからです。」

「勝手な行動?あぁ、AIである貴方が本来Xがするべき仕事を勝手に行ったことですか?」

「ふざけられるのも今のうちですよ。エージェント・ダニー。本日付であなたはクビです。」

 

やはりか。予想していた展開にダニーは目を細める。

そうなるとは思っていた。彼は会社のAIに逆らっただけでなく、そのプログラムに侵入したのだから。

 

「けれど、一つ貴方にもチャンスをあげましょう。……先日、私のプログラムに侵入した、そんな方法をとることが出来る人間の名前を言いなさい。」

 

だがAIのプログラムに侵入したのは彼自身の力ではない。ダニーには世界の大企業lobotomy corporationのコンピューターに侵入出来るほどのスキルはないのだ。

だからアンジェラは、会社のAIは知らなければいけない。この会社の脅威になるであろうその人物を突き止めなければいけない。

 

「何のことですか?」

 

ダニーはアンジェラの言葉ににっこり笑った。その綺麗な笑顔にアンジェラは無表情に言葉を続ける。

 

「突き止められるのは、時間の問題です。Bという人物まで私達はたどり着いています。エージェント・ダニー、どうせ暴かれるなら保身をした方が賢いと思いませんか?」

 

アンジェラがそう言った時、ダニーは大きく目を見開いた。

B。その言葉に聞き覚えがあったからである。ダニーはつい、下を向いてしまった。なんということだろうと思う。なんということだろう。

 

「ふっ、」

「……?」

「ふっ、ふっ、ふははははは!!」

 

ここまで予想通りなんて、なんということだろうと。

 

「はははっ、あー、腹痛い。失礼、笑いが我慢できませんでした。可哀想なAI、アンジェラ。同情します。」

「なんのことですか。貴方の行動が理解できません。頭がおかしくなったのですか?」

「とぼけなくていいですよ。つきとめられなかったんですよね?ハンドルネームがBであること以外は、何もわからなかったんでしょう?じゃないと、俺にこんなこと聞かない。」

 

ダニーは笑いながら、忘れてはいけないとポケットからUSBを取り出した。それをアンジェラに見せつけながら、なんとか笑いを抑えて話し続けた。

 

「これ、なんのデータが入ってると思います?」

「……なんですか。」

「流石にこんなことをしてるとは驚きでしたよ。洗脳プログラム〝Face the Fear, Build the Future.〟研究所の面接にAIである貴女の姿があるのはこの為だったんですね。」

「あなた、なんてことを!そんな、データを盗むなんて許されるとおもってるのですか!?」

「洗脳して命を差し出させる、そんな最低野郎どもに許されなくても全く怖くねぇよ。」

 

ダニーはアンジェラをきつく睨んで、ポケットにUSBを戻した。

アンジェラはその動きを目で追っていく。映像である彼女はそれを無理やり奪うことなど出来ない。ポケットに手を入れてもすり抜けてしまうだろう。

 

「俺の事をお前が上司に報告すること、またはお前が俺を殺せばこれはばらまかれる。Bがそういう風に動いてくれてるから、下手な事はしない方がいい。」

「会社を潰すつもりですか。」

「俺は別に正義の味方としてこの研究所を潰そうとか思ってねぇよ。だったら今頃もうこの情報は従業員に知れ渡ってる。洗脳だろうとなんだろうと、あの化物共を収容する誰かは必要なこと位、理解してるよ。」

「……では、何が望みですか。」

 

アンジェラの言葉にダニーは笑った。馬鹿にしたように。

 

「言ってもどうせわからねぇよ。とにかく真面目に仕事をする事と、俺の邪魔をしない事。これさえ守ってくれれば俺も何もしない。」

 

「集団洗脳解除は避けたいだろ?」と、それだけ言ってダニーは管理人室を後にした。

 

 

 

 

 

思い返しても馬鹿みたいに上手くいったとダニーは思う。

が、彼には一つ心配なことがあった。

アンジェラに言ったことは全て本当のことだ。今日のことは少なくとも報告しないだろう。

 

けれど、もう既に報告してしまった事は?

 

管理人室に呼び出される前、アンジェラが自身についての報告を、誰にどこまで話したか。それがわからないのだ。

ダニーはまたため息をつく。これは運でしかない。

 

そのため息と同時に、タブレットから通知音がした。

内容を確認して立ち上がる。それはいつも通りの指示であった。

早足で目的の収容室に向かう。一秒でも遅くなればアブノーマリティ達は何をしでかすかわからない。

収容室に到着し、慣れた手つきで鍵を解除する。中に入ると見慣れた姿がそこにあった。

アブノーマリティという存在をダニーは好きではない。と言うより彼はそれらが嫌いだ。

この危険で未知の存在を好きになれという方がおかしいというのが彼の考えだった。

 

しかしその中でも彼はこのアブノーマリティが飛び抜けて大嫌いだった。

 

何度見ても何度作業しても、ダニーはこのアブノーマリティに向ける感情を変えることが出来ない。そして皮肉にもそれをアブノーマリティは喜んでいるようだった。

それはシルエットだけなら巨大な犬のようにも見えるが、長方形の頭についた二つの口と四つの目がそうではないことを物語っている。

大きな口からベロリと舌を垂らしていて、顔と言っていいのか頭に付いているそれからは表情が掴めず、その上、脳天から伸びる水色の腕は長い爪を鋭く光らせている。

骨で出来た2本の前脚はまだいいとして、後ろ脚のそれは何だとダニーは気持ち悪くて仕方がなかった。

足のような形をした赤くてグチャグチャしたそれは、人の持つそれに似ている。臓器の一つである、腸に。

骨の前脚二本と腸の後ろ脚一本で、バランスよく立っている。

 

「よぉ、さっきぶりだな。〝何も無い〟。」

 

その不気味な姿を見て、ダニーは怖いとも恐ろしいとも思わない。ただただ「死ね。」と、それだけしか。

それを口には出さなくとも確かな殺意を向けて、彼はアブノーマリティに声をかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






次はがっつりアブノーマリティ回です。
ダニーでしゃばってすいません。

※安心してね何も無いをダニーで消化なんてしないよ!これだけはいっておかんとと思い追記しました。何も無いなんて美味しい物件ダニーにやらん。


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Nameless Fetus_2

赤ちゃんのアブノーマリティというダニーさんの言葉にわくわくしながら収容室のロックを解除する。

アブノーマリティだし、普通の赤ちゃんと違うことくらいはわかっている。けれど小さい身体とあのつるっとしたもちもちお肌を想像するとニヤつきが止まらない。

作業内容は〝栄養〟だけれど、他のアブノーマリティと同じフレークでいいのだろうか。哺乳瓶の方がいいのでは。

胎児という名前だし、生まれたてかもしれない。それだとまだ歯も生え揃ってないのでは?フレークカリカリだけれど大丈夫かな?

食べづらいようならフレークを粉々にして粉末にしてあげよう。固形よりはましだろう。

扉が開く。赤ちゃんは警戒心が強いから、安心してもらえるように笑顔を作って中に入った。

 

「……!?」

 

ぐっろ。そう声に出なかったのは、驚きで笑顔のままかたまってしまったからである。

想像していた赤ちゃんと全く違う姿がそこにはあった。ふくふくとした手も小さな身体もミルクの匂いもそこにはなく―――、

かわりにあるのは大きい丸々とした身体。座っているのだろうか。腕はあるのに足が見当たらない。太ったこけしみたいだ。

しかもなんか濡れている。黄色と深緑が混ざった、ヘドロみたいなのを全身にまとっている。お腹のあたりには傷もあって、お世辞にも可愛いとは言えない。

グロテスクな姿は私に恐怖を与えるのに十分で、思わず一歩後ろに下がる。

私の動きに胎児は反応し、こちらを見つめる。目が合ってしまった。

顔は普通だ。目と鼻と口がある。その大きな体に似合わず全てとても小さいが。

お互いに動かずしばし見つめ合う。緊張に上がっていた心拍数が少しずつ落ち着いていく。

というのも、何もしてこないからだ。

驚く程に何もなく、静まり返った空間。なんとか仕事のことを思い出して、私はウエストバックからフレークを取り出した。

見た目程危険ではなさそうだし、さっさと作業を終えれば直ぐに帰れる。そう考えて恐る恐るアブノーマリティのそばに寄った。

フレークのせた手のひらを顔に近づける。胎児は太い首を傾げて動かない。

 

「……やっぱり食べにくい?」

 

こんな姿でもまだ赤ちゃんならば、このカリカリは食べにくいのだろう。

一旦袋にフレークを戻して、圧をかける。袋越しに塊が砕けるのを感じてから、また手のひらに出した。

細かくなったそれが散らないように気をつけながら再度胎児の顔に近づける。それでもまだ首を傾げるので、困ってしまった。

警戒されているのかと思って、無理矢理笑顔を作る。アブノーマリティだって笑顔の方が好きなはずだ。

すると姿に似合わないかわいい笑い声が聞こえた。きゃふふ、と柔らかい赤ちゃん独特の声。その声とともに、胸のあたりに生暖かい風を感じた。

 

「……ひぃっ!?」

 

なんだろうと風の方に目を向けて、悲鳴をあげてしまったのは仕方ないと思う。

丸い大きな胎児のお腹には切れ目があった。私はそれを傷だと思っていた。粘液に濡れてよく見えなかったし、位置的にもなにか怪我をしたのではないかと思っていた。

しかしその傷は裂けるようにパカッと開いている。開いたその先には空間があり、鋭く尖った歯がいくつもあった。

口だ。お腹のそれは口だったのだ。

開いたそこから感じる風は息だろう。湿り気のあるそれにゾワゾワと嫌な感覚が背中を走る。

落ち着いてきた心拍はまた激しくなり。震える手からフレークが零れていくのがわかったが、それを気にする余裕はなかった。

その落ちたフレークがお腹の口に落ちたのは偶然だ。しかし口の中に入った瞬間また可愛い声が聞こえた。喜んでいる。

その声ではっとした私は手の残りのフレークを全て口の中に放り込んだ。そうするとまた笑い声が。

これで作業は終わりだろう。早くここから離れたくて胎児に背を向けようとした瞬間、柔らかい感触が身体にあった。

その柔らかいというのは暖かくしかし器用に動いていて、舌だ。舌で舐められたのだ。

大きな口に比例して大きく長い舌がベロベロと私の体を舐め回す。

制服が涎でベタつくのを感じながら、私は恐怖の中強ばった笑みをした。そのぎこちなさを気にせずに胎児はまた笑う。

胎児の機嫌を損ねないように、刺激しないように震える足でゆっくりと後退する。機嫌を損ねたら、どうなるのだろう。腹の口から見える白い歯を見て、私はその続きを考えるのをやめた。

なんとか出口の前まで来れた私は胎児を見たまま部屋から退室する。扉がしまって完全に胎児の姿が見えなくなったところで、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「お、お、お、終わった……。」

 

何なんだあのアブノーマリティは。恐怖の塊みたいな姿をしていたけど。

あんな大きくて恐ろしい生物、一体どこから来たのだろう。あんな生物が外にいたら目立ちまくってニュースになりそうだけど。

身体についた涎をみて、すぐさまお風呂に入りたくなる。

とりあえず着替えるくらいは許されるだろうか。そんなことを考えながら、なんとか立ち上がって私は元来た道を戻る。

ダブレットを確認するも次の指示は来ていないので、待機でいいだろう。

 

「……?」

 

ふと、視線を感じた。

あたりを見渡すも誰もいない。気の所為だろうか。

別に嫌な感じのものではなかったし、まぁいいかと足を進めた。その時。

 

ーーーーうわぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!

 

耳を突き刺すような、赤ん坊の鳴き声がした。

 

「っ……!?」

 

大きな声は耳から頭に響いて頭痛を呼ぶ。耐えられなくて手で耳を塞ぐも気休めにしかならない。

 

【警告】【警告】

 

「嘘っ……!」

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

赤ん坊の声に混じってぼんやりと聞こえる警報音。

泣き声を聞きながら思い浮かんだのは先ほどのアブノーマリティ〝無名の胎児〟。

この大きな声からして、あのアブノーマリティが脱走したのか。

ウエストバッグの中で、振動を感じる。この中で振動するようなものなど、タブレット端末くらいしかない。けれどいつもは音だけで振動などしないはずだが。

ここにいては耳を塞いだ手をどけることが出来ないので、とりあえず離れることにする。

きっとまた鎮圧作業の指示だろうけれど。とりあえずどこに逃げたかなどわからなければ鎮圧する術もないので、タブレットを見ることを最優先にした。

数十メートルほど離れたところでなんとか耳から手を離せた。うるさいことに代わりはないけれど、幾らかはマシだ。

タブレットを確認すると〝緊急〟と表示されていた。あの振動はそれを知らせるバイブレーションだったのか。

慌てて内容を確認する。するとそこには予想してなかった指示があった。

 

「……栄養、作業?」

 

〝対象:無名の胎児(O-01-15-H) 作業内容:栄養〟と、そこにはあった。それは先ほどしてきた作業と全く同じ内容である。

私の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

鎮圧作業ではなくて、通常の栄養作業?しかも、無名の胎児に?無名の胎児は脱走していない?

疑問を抱きつつもとりあえず〝緊急〟の言葉に従おうと思った、ところで気がついた。

 

あ、これ戻らないといけないやつ。

 

先程離れた場所を振り返って真顔になったのは許して欲しい。

大きくため息をついて、意を決した私は耳を手で塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







遅くなってしまい申し訳ありません……。
10月ちょっとバタバタしてまして、コメント返信も全然できてなくて申し訳なかったです。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。







いや本当によろしくお願いします(´;ω;`)


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Nameless Fetus_3

無名の胎児の収容室に向かおうとした時だった。

 

『黒井さん!』

「うっ……!」

 

インカムから大きな声が聞こえた。

いや、大きい声という訳ではなく、インカムのヘッド部分の上から耳を抑えていたために普通の声が大きく聞こえたのだ。

驚いて返事を忘れていると私を呼びかける声がまた聞こえる。慌てて応えると、インカムの向こうで安心するのがわかった。

 

『よかった、聞こえてるみたいだね。』

「えっと……Xさん?」

 

声質からして男性だが、ダニーさんの声ではない。ダニーさんは私を苗字でよばないし。

マイク越しだと判別が曖昧だが、インカムは管理人と繋がってると説明を受けているので、恐らくXさんだろう。

その予想はあっていた様で、返事が返ってきた。

 

『そう、Xだよ。黒井さん、作業指示のメッセージは見てもらえた?』

「はい。緊急ってやつですよね。」

『そう。今の状況を説明するから収容室に向かいながら聞いてもらえるかな?』

「いや……うるさくて耳塞いでないと前に進めなくて。」

 

インカムで声を聞きながらこの泣き声の中進むのは不可能だ。

さっきよりはましと言っても、ここでだって煩いのだ。耳も塞がずにこの道を戻るのは困難だろう。

 

『……っ!、黒井さんごめん。後で説明するから、とりあえず急いで収容室に向かってもらえる?』

「わ、わかりました。」

 

インカム越しに息を呑むのがわかって、私は慌てて耳を塞いで元来た道を戻った。緊急って書いてあったし、何かあったのかもしれない。

なんとか収容室前に戻って来ることが出来た。泣き声は音量マックスで、頭がガンガンする。

気を失うほどではないのが救いだ。しかし中に入ろうと思ったところで、はっと気がついた。

どうやってロックを解除しよう。

耳を塞いだ状態でタッチパネルを操作することは出来ない。けれど手を使ったら耳が塞げない。耳を塞いでなんとか頭痛がする程度なのに、直接聞いたらどうなる事か。

 

「あれ……。」

 

と、困っていたのだが。あることに気がついた。

収容室のロックが解除されているのだ。パスワード入力画面はなく、〝open〟の文字が表示されている。

収容室は中に人がいないときは自動ロックされるはずなのに。もしかしてXさんが解除しておいてくれたのだろうか。

流石管理人、配慮に感心しながらタッチパネルの〝open〟の表示をなんとか肘でタッチする。行儀が悪いけれど、耳を塞ぎながらだとこの方法しかない。

自動ドアが開いて、中に入った。

 

「えっ?」

 

すると中に、何故か他の男性エージェントが立っていた。

予想しなかった姿に思わず声をあげると、そのエージェントが振り返る。

この人知ってる。違う部署の人だけれど、廊下で見たことがある。

アブノーマリティへの作業は鎮圧以外基本一人で行うはずだ。どうしてこの人が中にいるのだろう。

男性がこちらを向いた。その表情に目を見開いた。

何故、泣いているのだろう。

男性は酷く辛そうに顔を歪めていて、目からは涙が、鼻からは鼻水が、おまけによだれも垂れていてぐちゃぐちゃだ。

目に見えて異常な男性に声をかけようとした。けれどそれは叶わなかった。

男性の身体が何かに掴まれて、奥にひっぱられたからである。

 

「っ、!?」

 

そしてその何かは、無名の胎児の舌であり。男性が引っ張られた先には大きく開く口が。

 

「ひっ!?」

 

その光景に悲鳴をあげてしまった。慌てて口を抑えるももう遅い。

男性を捕まえた舌の動きが止まる。奥の胎児が私に気がついて、じっと見てくる。

恐怖に呼吸を忘れる。動けないでいると、男性が床に降ろされた。彼の無事は嬉しいけれど、喜んでいる場合ではない。

止まった思考が動き出して、本能的に足が逃げようと動き出した。しかし離れる前にすぐ何かが巻きつく感覚。動けなくなる。

そして後方に動く感覚。後ろの開いた口を思い出して目を強くつぶった。

食べられる。

けれどいつまでたっても痛みはこない。不思議に思って目を開けて、息を飲んだ。

目の前に、無名の胎児。上手く舌を曲げられて、後ろ向きだったのが正面になってる、

心臓がバクバクいってる。それに合わせて呼吸も荒くなって。

けれどその状態から何の反応もなく動かない。

少し落ち着いてくると、恐怖と一緒に疑問が湧いていくる。このアブノーマリティは一体何をしたいのだろう。

 

『黒井さん、聞こえる?』

「あっ、Xさん!」

『よかった。黒井さんのおかげで無名の胎児、泣き止んだよ。ありがとう。』

 

言われてそういえば、と気が付いた。

恐ろしい光景に気を取られて忘れていたけれど、確かに目が合った途端、無名の胎児は泣き止んだようだった。

 

『さっきは急いでて話せなかったから、そのアブノーマリティの説明をするね。』

「ちょっと待ってください!今無名の胎児に捕まえられてて動けなくて……。助けてもらえませんか?」

『ごめん無理。』

「ええええええ。」

『〝無名の胎児〟は気分が悪くなると大きな声で泣き始めるんだ。』

 

私の言葉を無視して話し続けるのやめて欲しい。この人モニターで私のこと見ているはずなのに。

 

 

『その泣き声は周囲の他のアブノーマリティに悪い影響を与える。周りのアブノーマリティの気分を低下させるんだ。その結果他アブノーマリティの脱走が起こる。それだけでも厄介なんだけど……。』

「それだけじゃないんですか……?そして助けて欲しいんですけど……。」

『ごめん、無理なんだって。無名の胎児を泣き止ませる方法がとんでもないんだよ。無名の胎児を泣き止ますには、人の肉を食べさせる必要がある。事前に誰かは決まっていて、一定時間経過するとその人に無名の胎児の元へ行くように指示が自動で送られるんだ。』

「今まさに食べられそうになってるんですけど……!」

『いや、選ばれたのは黒井さんじゃなくて、そこにいるもう一人の彼だよ。彼に自動メッセージが行って、食べられそうになったから、黒井さんに急いで収容室に向かってもらったんだ。』

「えっ、どういうこと……?」

『無名の胎児はユリさんが収容室から離れたとたん泣き出した。でも黒井さんが来たら泣き止んだ。恐らく黒井さんと離れたくなかったんだろうね。だから黒井さんのことを食べるつもりはないと思うよ。』

 

離れたくなかったって。

無名の胎児を見る。全く動かないし確かに食べられることはなさそうだけど。

Xさんの言うことが本当なら、さっきまでの泣き声も他のアブノーマリティの脱走も全部私が無名の胎児から離れたせいということになる。

でもそれって、私もう離れられないんじゃ……。

 

『黒井さんが離れるとまた同じことの繰返しになるから、そのままで頑張ってもらえないかな。エネルギーが溜まったらアブノーマリティ達を強制停止させられるからさ。』

「うう……それしかないんですもんね。わかりました……。」

「インカムで朗読とか流しておくから、終業時間まで頑張って!」

 

インカムの向こうから声が聞こえてくる。

 

『日本妖怪昔話第八回〝子泣き爺〟』

 

ここで赤ちゃんネタとか完全に狙ったよねXさん!!

 

 

 

と、そこから数時間経過して、ようやく私は解放されることになった。

朗読はずっと流してくれていたけれど他の話がないのかずっと〝子泣き爺〟の話だった。五回目くらいで嫌がらせかなと思った。

終業時間になった時の感動といったら。強制停止で無名の胎児が舌から解放してくれた時には泣きそうになった。

ずっと舌に巻かれていたために服から外に出ていた手はふやけていた。服はよだれで湿っぽくなっていた。

早く帰りたいと思いながら収容室を出ると、教育係のダニーさんが迎えに来てくれていて、タオルを渡してくれた。

 

「管理人から状況は聞きました。服汚れたでしょう。使ってください。」

「ありがとうございます……。」

 

タオルで身体を拭く。あまり変わらないけれど何もしないよりはいい。

 

「無名の胎児のことですが、ユリさん下手すると明日も同じ目に合うことになります。」

「明日も!?」

「明日、というより何らかの対処をとらないと胎児はずっとユリさんを求めて泣くでしょうね。」

「ずっと!?」

 

それは本当に勘弁して欲しい。今日だけでも精神がこんなに削られたのに、それが毎日なんて。

顔から血の気が引くのを感じていると、ダニーさんが真剣な顔で言葉を続けた。

 

「大丈夫です。策はあります。」

「策……?」

「はい。管理人とも相談中ですが、なんとかなるでしょう。安心してください。」

 

その策とはなんだろうか?聞いてみたけれど、まだ確定でないと何も教えてくれなかった。

けれどダニーさんは赤い靴の時も助けてくれたし、信じていいんだろう。今はそれに頼るしかない。

明日を不安に思いながらも、私は早く着替えたい一心で更衣室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。

 

「なんですかこれ。」

「抱き枕です。」

「いや本当になんですかこれ!?」

「だからユリさんの姿がプリントされた抱き枕です。」

 

翌日ダニーさんが私に見せてきたのは、大きな抱き枕だった。

白くてふわふわで抱き心地の良さそうな抱き枕。それはいいのだが。

その枕には私の全身の写真がプリントされている。等身大抱き枕である。

 

「なかなかいい出来でしょう。昨日特注で急いで作らせたんですよ。ちなみに押すとプーって音がなります。」

「とてもどうでもいい!」

「気に入りませんでした?」

「自分の等身大抱き枕を気に入る人の方が稀じゃないですかね!?」

 

アイドルとかならまだしも一般人である。クオリティが高いからこそすごく嫌だ。

 

「これを身代わりに無名の胎児の収容室に置いておきます。」

「えっ……そんなので成功するんですかね……?」

「成功しましたよ。もう離さないみたいです。」

「もう既にやってあるんですか!?じゃあこの抱き枕は……?」

「予備です。ちなみに現在全収容室に置くかも検討中です。他のアブノーマリティの反応がわからないので、保留ですが。これはとりあえず何かあった時のために各チームに予備として置いておくことになったので。」

「すごく嫌です!!!!」

 

その日から〝シックスさん〟の他に〝抱き枕の人〟というあだ名がついたのは言うまでもない。

泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Nameless Fetus_〝ねぇママそばにいて、離れないで。〟




無名の胎児
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Nameless_Fetus


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
名前詐欺。
べちゃべちゃしててすごいグロい。声だけは可愛い。けどなくとうるさい。お腹に第二の口がある。グロい。名前詐欺。




【ダニーさんのひと言】
機嫌悪くなるとめっちゃくちゃでかい声で泣く。公害。
こいつ泣くと周りのアブノーマリティも「うわうるさっ」って機嫌悪くなるから本当に黙れ。肉食で人肉食わせると泣き止む。そこはミルクで泣き止んでくれよマジで……。
ちなみに泣き止ませるために犠牲になる職員は抽選で決めてるらしい。選ばれたら金めっちゃ貰えるらしいけど、命は金で買えねぇからなぁ。


※(2017/11/01 21:49:04)
1部修正。
コメントより〝胎児が食べるエージェントってロボトミー側が決めるのでは?〟と指摘をいただき急いで直しました。
完全に私の勘違いでした……。申し訳ありません。


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Fairy Festival_1

あれ、と思ったのは廊下を歩いている時だった。

遠くに見えるエージェントさんに、キラキラと緑の光が纏うのを見た。

目を凝らすもこう遠くてはちゃんと確認出来ない。

不思議に思って追いかけようか少し迷ったが、タブレットから作業指示の通知音が聞こえたので叶わなかった。

指示のメッセージを確認しながら自然とため息が出る。私の疲労もここまで来たかと苦笑いした。

最近研究所は忙しさに追われている。というのも新種アブノーマリティが発見されたらしいのだ。それも一体だけでなく何体も。

そのアブノーマリティ達を迎え入れる準備をしているようで人手が足りない。

しかも準備が整い次第詰め込むように次から次へと新しいアブノーマリティを入れるのだからやはり人手が足りない。

更にいえば新しいアブノーマリティは未知なこともあり多くのエージェントが危険な目にあって辞めていると聞く。だから人手が足りない。

人事部本当に仕事してほしい。

今日はいつ帰れるのだろうとタブレットの時計を見て憂鬱になった。別に残業をしている訳では無いが、このバタバタが長いこと続くのはやはり嫌だ。

階を移動しようとエレベーターに乗る。と、ほかの部署の女の子二人組が既に乗っていた。

 

「ねぇ、ケーシーさ、最近調子乗ってない? 」

「わかるー、うざいよね最近。」

 

狭い空間に響く話し声の内容にうわぁ、と嫌な気分になった。

嫌な場面に出くわしてしまった。顔をしかめないように表情筋に力を入れて、気にしていないふりをする。

 

「なんかケーシー、あのアブノーマリティに好かれてるらしいよ。なんでも〝日頃の行いがいいから好かれる〟んだって。」

「すごい自慢してくるよね。アブノーマリティが私を護ってくれるんだって。そんなのさぁ、たまたまでしょ?」

「たまたまだよ絶対。第一、あのアブノーマリティって最近来たばっかりでなにもわかってないじゃん。元々人を護ってくれるタイプのアブノーマリティかもしれないし。」

 

話の内容が他人事とは思えなくて、内心冷や汗が止まらない。

一部だけれど私もアブノーマリティに好かれている自覚はある。ケーシーさんとやらも同じなのだろう。

私も影で何か言われているのだろうか。調子に乗っているつもりはないけれど、気をつけなければいけない。

 

「いいよねー、安全が確保されてるアブノーマリティの担当って。なんだっけ、ケーシーが言ってた……妖精の……なんとか?」

 

えっ、と喉まで声がでかかって、なんとか止めた。

エレベーターが止まった。どうやら女の子達は私より上の階で降りるらしかった。

まだ下の階の私はエレベーターを降りる女の子達を見送る。女の子の1人が言ってた、アブノーマリティ〝妖精のなんとか〟。

タブレットの指示を確認する。そこにはこう表示されていた。

 

〝対象:妖精の祭典(F-04-83) 作業内容:栄養〟

 

もしかして、先ほどの話題のアブノーマリティはこれだろうか。

〝妖精の〟までしかわかっていないので確かではないが、可能性はある。

けれどケーシーさんが担当なのに、何故私が作業に選ばれたのだろう。やはり別のアブノーマリティなのだろうか。

疑問を抱きつつも、目的の階に到着したので私はエレベーターを降りた。

 

 

 

 

 

キラキラ、キラキラ。

周囲に舞う妖精達に女性エージェントのケーシーは鼻歌を歌った。

蝶のような可愛らしい小さな姿のアブノーマリティは、ケーシーを気に入ったのか収容室外まで着いてきて、その眩い光を惜しみなく放ちながら彼女を取り囲み舞う。

まるで何かのお祭りのようにそれは美しい光景であった。

ケーシーの心を満たしていたのは、アブノーマリティが可愛い以外にもあった。

そのアブノーマリティにケーシーの前にも何人かエージェントが作業を行った。

けれどアブノーマリティが収容室外まで着いてきたのは、ケーシーだけだったのである。

優秀と有名なエージェントでも、普段ケーシーのことを地味だ、つまらないと笑っていた、あの二人組のエージェントでもなく。

ケーシーだけを、アブノーマリティは選んだのだ。

 

「あはははは!!」

 

その優越感はケーシーの心を大いに満たした。

自分は特別なのだと。選ばれたのだと。

普段真面目に仕事をしている彼女にとってそれは当然の事だと思えた。日頃真面目に働いている自分だからこそ、選ばれたのだと。

例えその〝真面目〟も、荒波を立てないよう大人しくしているだけであっても。

彼女は思った。一番真面目なのは、頑張っているのは自分だと。この研究所で誰よりも偉く謙虚で美しいのは自分だと。

だって、自分は選ばれたのだから。この美しいアブノーマリティに。

 

「ざまぁみなさい。皆心が汚れてるから、アブノーマリティは私を選んだのよ。美しい、私を!」

 

高笑いする彼女にアブノーマリティが楽しそうにまた、キラキラキラキラ。

 

 

 

 

 

 

目的の収容室に着いて、ユリは深呼吸をした。

新しいアブノーマリティの作業はいつも緊張する。〝妖精〟という名前から想像するのは可愛い姿だけれど、〝無名の胎児〟で流石に学んだ。

特別な力を持ってる、なんてダニーさんに言われたけれどそれを過信するつもりはない。

確かに今までのアブノーマリティは私に敵意を持たなかったけれど、それだって偶然の可能性が高い。

だって、私は。

 

「私は、兄さん達とは違う。」

 

言い聞かせるようになってしまったのは、最近どこか自分に期待してたからだろうか。

そんなのいけない。調子に乗ってはいけない。私は特別なんかじゃない。

だから、慎重に。油断なんて絶対にしてはいけない。

大丈夫。私は自分をわかってる。

何があっても大丈夫なんて思うな。絶対に。

収容室の扉を開けて、一歩前に、進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









更新遅くなり申し訳ないです。
本当はみんな大好きな魔法少女回だったんですけど……。
公式さんがアプデに魔法少女ちゃん引き継いでなくて結構ショックでした。あと赤ずきんも。ただ絶望の騎士はかわいい良い仕事ですね。
公式さんアプデ待ってるで。






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Fairy Festival_2

収容室に入って視界に入ってきたのは、なんとも可愛らしい姿であった。

〝無名の胎児〟で名前に反したグロテスクな姿に、名前で見た目の決め付けをしてはいけないと学んだ。

なのでかなり覚悟を決めて入室したのだが。目の前にいるのは〝妖精の祭典〟の名に相応しい、まさしく〝妖精〟。

不透明な淡い水色の肌。大きさは丁度、私と同じくらいだろうか。尖った耳、肌よりももっと薄い色をした、長い髪の毛。腕は4本、足は2本。眩く光る大きな蝶のような羽根。長い尻尾。目はまん丸の白いガラス玉で、小さい口からは白い小さな歯が見えている。

まさにおとぎ話から出てきた姿のそれは、私を見て口元をにこりと動かした。

 

「あっ……えっと、作業しなきゃ……。」

 

暫し魅入っていた私は妖精の表情が動いたことで我に返った。

仕事を思い出す。つい声に出てしまったの無意識だ。仕方ない。

妖精は私の声に反応したのかパタパタと羽根を動かし、何か声を発した。

私の言葉がわかるのだろうか。私は全く妖精の言葉を理解できないのだけれど。

発せられた声は動物と同じ鳴き声にしか聞こえない。その声は美しいものではあるけれど、私の耳に意味となって届きはしなかった。

可愛い見た目に騙されてはいけない。こんな見た目でも実はとんでもなく凶暴な可能性も、―――と考えたところで妖精は羽を動かし私に近づいてきて、その四本の腕で抱き着いてきた。

耳元でキュウキュウと鈴のような鳴き声が聞こえる。しかも私の顔に頬擦りしてきた。

妖精の柔らかな頬を感じながら私は観念する。あぁ、だめだ。これはとんでもなく可愛い!!

綺麗な羽根にぶつけないよう手を伸ばして、その頭を撫でる。するとまた綺麗な声と共に今度は頬にキスをされた。なんというサービス精神。

 

「って、仕事だよね。」

 

こんなに可愛いアブノーマリティがいるなんて、と感動している場合ではない。仕事中だ。

ウエストバッグからフレークを取り出して妖精に差し出した。妖精は私の頬から顔を話すと、フレークをみて不思議そうに首を傾げる。いちいち可愛い。

 

「ご飯、美味しいよ。……多分。」

 

声をかけると妖精は小さな鼻をひくひくさせて、フレークの匂いを嗅いだ。キュ、キュ、と声を出す。

そうして私の身体に回している腕を二本だけ解いて、フレークを手に持った。それを小さな口に含むとぱっと笑顔を咲かせる。また声が。キュ、キュ。

アブノーマリティ達にはフレークから匂いがするのだろうか。私達には全くの無臭なのだけれど。

妖精はフレークが気に入ったのか食べるのに夢中になっている。結構食いしん坊なのかもしれない。

気に入ってくれたのは嬉しいが、四本の腕のうち二本は私の身体をホールドしてて身動きがとれない状況だ。

食べ終わったら離してくれるといいのだけど。前の〝無名の胎児〟のように一日このままは勘弁して欲しい。

 

「うわっ……!?」

 

そんな事を考えていると、私の横を小さな何かが通り過ぎた。しかもその何かはいくつもあるようだった。

妖精の腕が私から完全に離れる。自由になった身体で部屋を見渡すと、〝何か〟の姿をとらえることができた。

妖精だ。小さい妖精。目の前にいるのがそのまま小さくなった姿が三匹ほどいた。

同じ顔でキラキラ浮いているその子達に大きな妖精はフレークを指さした。キュ、キュとまた何か言っている。

小さな妖精はその声に応えるようにフレークを手に掴んだ。そして小さな口で咀嚼する。

可愛い姿をした妖精達が自分の手から食事する姿はとても可愛い。

 

「この子達はお友達なの?」

 

大きな妖精に聞くとキュウキュウと鳴いた。返答だろう。やはり私の言葉の意味が分かるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんでよ!」

 

廊下に彼女、ケーシーの叫びが響き渡った。

近くにいた職員が驚いてケーシーに注目する。それに気が付いた彼女は今度は大きく舌打ちをした。気に入らない、と。

彼女の心をざわつかせたのは、アブノーマリティの存在であった。

彼女が担当をした可愛らしい姿のアブノーマリティ〝妖精の祭典〟。

更には小さな妖精は収容室の外までケーシーに付いてきて、キラキラと光を放ちながらその周りを舞っていた。

先程までは。

その妖精達が急にいなくなったのだ。つい今まで付きっきりだったはずの妖精が急にケーシーから離れて、飛んでいってしまった。

ケーシーは追いかけようとしたが、結構な速さで飛んでいくそれに追いつくことは叶わなかった。

なんの光も見えなくなった廊下で、ケーシーは叫んだ。悲しみと怒りと動揺から出た悲鳴であった。

美しい妖精はケーシーを気に入ったはずだった。自分は特別だとケーシーは思っていた。

だから何かの間違いだと彼女は考える。こんな飽きたように妖精が離れていくなんて有り得ないと。

 

「きっと妖精に何かあったのよ……。」

 

零れた言葉はケーシーの胸にストンと落ちてきた。それはとても納得のいく、そうに違いないと願いに似た言葉であった。

ケーシーは廊下を歩き出した。耳のインカムから管理人の声が聞こえる。『収容室の方向が間違っている、指示に従って対象の収容室に向かうように』と。

その声をケーシーは無視をした。間違っていないとケーシーはわかっていた。この方向であっているのだ。この先に〝妖精の祭典〟の収容室はあるのだから。

 

「私が、妖精を助けなきゃ。」

 

例え彼女への指示が今別にあったとしても、ケーシーが優先するべきは〝妖精の祭典〟であった。それが正しい。

少なくとも、彼女の中では。

 

 

 

 

 

ユリのインカムに管理人の声が届いたのは、丁度妖精がフレークを食べ終わった時であった。

内容は〝別のアブノーマリティへの作業〟。普段ならタブレットで指示が送られるのだが、今回は直ぐに向かってほしいとのことでインカムで直接指示をしたらしい。

なんでもある職員が作業実行をしないようで、その穴埋めをして欲しいとのことだった。

 

「じゃあ私行くね。バイバイ。」

 

別れを言うと、妖精達がじっと私を見つめる。

硝子玉の目に見つめられて苦笑い。そんな可愛い顔で見られても、行かないわけには行かないのだ。

すると大きな妖精が私の顔に唇を近づけ、額にキスをされた。

驚いて妖精を見るとニッコリと笑って手を振られた。なんて可愛い!!

まだここに居たいと思うけれど、仕事は仕事。また会えることを願って収容室を出た。

そう。出たはずなのだ。

何故か私の周りにキラキラと光が。しかも先程見ていたものと全く同じ。

 

「付いてきちゃったの……!?」

 

私の周りには小さな妖精が三匹。楽しそうに舞っていた。キラキラ、キラキラ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Fairy Festival_3

廊下ですれ違う他のエージェントさんの視線を感じる。

というのも無理はない。私の周りにキラキラと舞うこの妖精のアブノーマリティがとても目立っているからだ。

根っからの日本人気質な私は注目されるのがあまり好きでないけれど、この楽しそうな妖精を見ていると癒されるのも事実。

ずっとこのままということでもないだろうし、何を出来るわけでもないのであまり気にしないようにして次の作業指示に従った。

次の対象アブノーマリティは〝静かなオーケストラ〟。

オーケストラさんへの作業はほぼ毎日行っているので、特に身構えなくてもいいだろう。

いつもと違うのは私に付いてきている妖精達の存在。

……他のアブノーマリティの収容室に入っても大丈夫なのだろうか。

一つの部屋に二つのアブノーマリティなんて聞いたことないけれど。

けれど離れてくれないのだから仕方ない。モニターで見られているのにXさんから別の指示がないということは、このまま作業しろということだろう。

そんなことを考えていると、あっという間に静かなオーケストラさんの収容室に着いてしまった。

いつも通り、電子パネルを操作して扉を開ける。収容室の中に入ろうとした時だった。

妖精に、服の襟を掴まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケーシーは廊下を急ぎ足で歩いていた。

先程からタブレットの通知がうるさい。インカムも怒鳴り声が煩くて外してしまった。

指示に従えなど、ケーシーは今それどころではないというのに。

ようやく目的の〝妖精の祭典〟の収容室についたケーシーは慣れた手つきで扉を開ける。

そして中に入って、その光景に叫び声を上げた。

 

「どうして戻ってないの……!?」

 

そこには一番大きな身体をした妖精はいても、小さな妖精はいなかった。

先程まで自身と行動していた妖精達。それなのに突然飛んでいってしまったから、収容室で何かあったのかと思ったのに。

 

「ねぇ!何があったの!?」

 

大きな妖精に問いかけても、妖精は不思議そうに首を傾げるだけであった。

可愛らしくも頼りにならないその姿にケーシーは眉を下げる。

こみ上げてくる悲しみ。あの自分を慕ってくれた小さな子達が何か大変な目にあってると思うと苦しくなる。

俯いていると、キュ、キュ、と鳴き声が聞こえた。

その声に顔を上げると、ケーシーの目の前には妖精がいてニコリと笑う。

そうしてケーシーの頬を擽るように舐めた。そしてまた鈴のような声でキュ、キュ、と。

その純真な笑顔に、ケーシーの胸はきゅっと締め付けられる。

自分を選んでくれたアブノーマリティ。自分の頑張りを、認めてもらえたように思えた、その美しいアブノーマリティを見てケーシーは決意する。

 

「妖精さん。私小さい子達を探してくるわ!あの子達が私から離れるなんて、何かあったよのね?私が力になる!そうしたらまた一緒でしょ?」

 

妖精はまた不思議そうに首を傾げたが、ケーシーには関係なかった。

そうしてケーシーは収容室を後にする。まずは妖精達を探さなければいけない。

ケーシーは知っている。自分が特別なこと。自分だけが特別なこと。だからケーシーは妖精達を探して助けなければいけない。

たとえ相手が誰であろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精に襟を掴まれたまま前に踏み出したユリは、ぐえっと可愛くない声を出した。

驚いて振り返ると、襟を掴んだであろう妖精は小さな頬をプクッと膨らませていた。

よく見ると他の妖精も服の裾や袖を掴んで引っ張っている。頬は膨らませて。

まるで私が中に入るのを拒んでいるようだ。やはり他のアブノーマリティがいる部屋に入りたくないのだろうか。

 

「……ごめんね、お仕事で中に入らなきゃいけないの。離してもらえないかな。」

 

そう言うと妖精はキュウ、キュ、と鳴いて、首を振る。言っていることはわからないが嫌なのだろう。

 

「どうしても中に入らなきゃいけないの。……嫌なら外で待っててもいいから。ね、お願い。」

 

小さな頭の負担にならないように、指の腹で頭を撫でる。

すると妖精はパッと手を離して、離れる……かと思いきや今度は腕にガッシリと掴まってきた。

動けはするのでいいのだが、意外と力があるようで腕が少し痛い。

妖精達の頬はまだ膨らんでいて納得していないようだった。なんだか子どもが拗ねたような姿に失礼だが可愛いと思ってしまう。

仕方なくそのまま中に入ると、オーケストラさんが出迎えにこう言った。

 

 

―――不思議な妖精の運び方ですね?

 

 

その言葉に笑ってしまったのは仕方ないと思う。

 

 

 

 

 

 




みじかくなってすいません。
流石に新年初投稿が番外編のみだとまずいと思い急いで書きました。


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Fairy Festival_4

いつも通りにオーケストラさんの収容室を清掃していく。

毎日清掃しているので特に汚れもないが、床と壁を磨くだけでオーケストラさんは喜ぶ。

作業している間もオーケストラさんは私と会話(といっても脳に語りかけるという方法だが)をしてくれるので、こちらとしても話し相手がいるこの作業は楽しかった。

しかし今日は少しやりづらい。原因は腕にしがみついている妖精達であった。

私がオーケストラさんの収容室に入るのを嫌がった妖精達。拗ねたように小さな手で私にしがみついてくるのはちょっと可愛いけれど、とても動きづらい。

私が腕を動かしたせいで妖精達が壁とか床にぶつかったら、何かの拍子に腕から落ちてしまったら、と考えながら作業するのはなかなか頭を使う。

途中途中「嫌なら外で待っててもいい」と伝えているけれど、妖精達は膨らませた頬をより膨らませるだけであった。ずっとしがみついているのも疲れるだろうに。

 

―――随分好かれていますね。

 

ぎこちなく作業を進めていると、オーケストラさんの言葉が頭に流れてきた。

オーケストラさんが言ってるのはきっと妖精のことだろう。

最初は不思議だったこの脳に直接話しかけられる感覚ももう慣れたものだ。私は手を動かしながらオーケストラさんの本体に顔を向けた。

 

「うーん、かわいいんだけど、腕動かした時にどこかにぶつけちゃわないかかちょっと不安。好いてくれるのは嬉しいけど。」

 

―――相変わらず優しいのですね。

 

「いや、普通だよ。怪我したら可哀想でしょ?」

 

―――妖精は結構頑丈ですよ?

 

「え?そうなの?こんな小さいのに?」

 

―――自分の何十倍の大きさの生物を捕食したりしますからね。

 

「捕食!?え、妖精って花の蜜とか吸ってるんじゃないの!?」

 

―――いろんな種類の妖精がいますからね。ただ恐らくそちらは肉食でしょう。

 

「肉食!?この見た目で!?」

 

思わず腕に掴まっている妖精を見る。こんな小さな身体で、こんな可愛らしい見た目で、肉食。

けれど猫だって肉食だし、そう考えると不自然ではないのかも知らない。魚とかネズミとか狩って食べるのだろうか。

……むしろ妖精の方が食べられてそうだけど。

 

「何故妖精にそんな詳しいの?」

 

―――昔いた所で一時期よく見ましたからね。

 

「……オーケストラさんって、ここに来る前どこにいたの?」

 

―――おや、前に話しませんでしたっけ?.=%)s7*-; という所にいましたよ。

 

「……やっぱりわからないか……。」

 

頭に流れてきた言葉は、重要なところだけわからない。

わかってはいたがついため息をついてしまう。

好意的なオーケストラさんは色んな質問に答えてくれるけれど、所々わからない言葉があるのだ。

それは聞こえないとか、何かに邪魔をされてとかではない。ただわからない。その言葉を私は聞いたことがないのだ。

前にも同じ質問をして、その時はどんな場所か教えてもらった。場所の名前がわからなくてもその場所がどんな所かはわかると思ったのだ。

 

その時言われたのは

〝そこは8 ,##[がいて、ibx?gi$$_{に溢れていて、ここよりも暗く![./38[な所。〟……らしい。

暗いことしかわからない。

そのいる何かについて聞けば

〝jjT*-:#4=yが生えている、isjm.ユ色に近い赤色の生物〟らしい。

赤いらしい。

なるほどわからん。そんな会話になってしまった。

おそらくそのわからない言葉の部分は、私達の世界には無いものなのだろう。私はそう考えてオーケストラさんの過去を聞くことを諦めた。

私に解読する力があれば何か変わったかもしれないが、そんな力は持ち合わせてなく、更にその教えてもらったよく分からない言葉の発音すら出来ないのでどうしようもない。

私よりもっと優秀な人に、オーケストラさんの声が聞こえてればよかったのに。

 

余談だがオーケストラさんが演奏する曲は昔いた場所の音楽らしく、私には楽器の音しか聞こえてなくても実は歌も歌ってるらしいのだ。

その歌は聞こえる人と聞こえない人がいて、オーケストラさんいわく〝人が聞いてしまうと脳が爆発してしまうかもしれませんね?〟

……オーケストラさんはたまにこういうブラックジョークをかましてくる。怖いからやめてほしい。

 

オーケストラさんと話しながら壁を磨いているところで、ぐぅ、とお腹のなる音がした。

私のものではない。確かに朝ごはん作るの面倒くさくてシリアルにしたけど私のではない。

あとオーケストラさんはお腹がならない。と思う。根本的に鳴る胃がない。と思う。

となると。私は腕にしがみついている妖精に目を向けた。さっきまでしっかりと立っていた羽が少し下がり気味で、元気がなさそうだった。

ぐぅ、とお腹の音。ぐぅぐぅ。今度は複数。

 

「お腹減ったの?」

 

妖精に聞くとキュウ……。と弱々しく鳴かれた。さっきあんなにフレーク食べていたのに、この小さな身体の燃費はどうなっているのだろう。

助けてあげたい気持ちはあるが、作業指示もないので勝手にフレークをあげるわけにはいかない。かと言って腕でお腹の音と悲しそうな鳴き声でアンサンブルされては流石に良心が痛む。

 

「ちょっとご飯あげてもいいか確認してみるね。もうちょっとでお掃除も終わるから待ってて?」

 

そう伝えると妖精はキュウ!と嬉しそうに鳴いた。

やっぱりかわいい。

私はタブレットを取り出して、Xさんにメッセージを送る。もしすぐに返事がなければインカムを使おう。このインカム繋がりが遅いからあまり好きではないけれど。

キュウキュウと鳴きながら妖精達は頬を腕に擦り付けてきた。その姿に思わずにやけてしまう。

オーケストラさんとかこの子達みたいに好意的なアブノーマリティならいいのに。そしたらこの研究所もだいぶ安全になるだろう。

 

―――妖精と会話できるのですか?

 

「あはは、まさか。でも私は何言ってるのかわからないけど、この子達は人間の言葉わかるみたい。同じ鳴き方が何回かあるから、頑張れば理解できそうだけど……。」

 

そう、妖精の声は思い返してみると何度か同じ鳴き方をしているのだ。

例えばさっきのキュウキュウ、は収容室の大きな妖精が同じ声を出していた。確かそれは私の質問への返答。

その声の意味はもしかして。小さな期待が芽生え膨らむ。私は妖精にそれを悟られないようできるだけ平然に、尋ねてみた。

 

「ねぇ、妖精さんにとって、部屋の大きい妖精さんはどんな存在?」

 

キュウキュウ、と声。予想どおり。

 

「じゃあ、私は?」

 

また同じ、キュウキュウ。

 

「……友達って、なんていうの?」

 

ドキドキしながら聞いた言葉の返答は―――――、キュウキュウ。

その返事に芽生えた期待は開花する。友達!キュウキュウは友達!そして私もキュウキュウ!

妖精の友達なんて、なんて素敵なのだろう。

私は喜びを隠さずに満面の笑みをする。きゅうきゅう、なんてあんまり上手くない妖精のモノマネをしてしまう程度には、嬉しくて浮かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 










次回、「ケーシー死す」でゅえるスタンバイ!


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Fairy Festival_5

一通りオーケストラさんへの作業を終えて、収容室から出た。

そこでようやく妖精は私の腕から離れてまた辺りを楽しそうに飛ぶ。

背景が研究所の廊下なんでなければ、まさしくおとぎ話の光景なのに。

そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。それもただの声ではない。怒りを孕んだ、叫び声だった。

 

「ちょっと!!!!」

 

 

 

 

 

廊下に響くケーシーの声にユリは驚いた顔で振り向いた。

その間抜けな顔をみてケーシーのただでさえ煮立った怒りは最高潮に達し、殺意を隠すことなくユリに近づく。

ユリはその気迫に押されて無意識に一歩下がった。それがより、ケーシーを怒らせる。

 

「あんた、何してるのよ!」

「何って……今、静かなオーケストラの清掃が終わったところです。」

「その作業に妖精が必要!?アブノーマリティを外に出すなんて何考えてるの!?」

「この子達は付いてきちゃって……。今から収容室に戻る予定です。」

 

ユリはただ事実を言っているだけなのだが、その口がもごもごと動くのを見るとケーシーは言い訳にしか聞こえなかった。

ユリの周りを飛んでいる妖精は純粋無垢な瞳をケーシーに向ける。それはケーシーの胸を締め付けるのに充分すぎて。

こみ上げてきたのは同情だった。かわいそう、と心の底から思った。

そして怒りであった。目の前のユリはもうケーシーにとってただの悪でしかなく。怒りは形を変え言葉となり口から溢れ出す。

 

「付いてきた?連れ回したのまちがいでしょ?」

「そ、そんなつもりありません!」

「あなたの事知ってるわよ。アブノーマリティを誘惑する力を持ってる新人さんでしょ。」

「誘惑って……。」

「いいわよね、その力のおかげで安全に作業ができて。他の人たちは命だってかけてるのに。」

「私だって、命をかける覚悟でここにいます!」

 

あからさまな敵意と怒声にユリは怯みながらも反論する。

ユリだって中途半端な覚悟で仕事をしている訳では無いし、アブノーマリティに好かれている自覚はあるものの、確実に安全であるなんて思っていない。

〝赤い靴〟や〝無名の胎児〟の前例だってある。

危険な目にあってもこの仕事を続けるのは、彼女なりに覚悟があっての事で。

それを人格から全て否定されることは、流石に黙っていられなかった。

 

「あんたは特別なんかじゃない。アブノーマリティを誘惑するしか能のないただの屑よ。それなのにいい気にならないでくれる!?」

 

〝特別〟〝いい気に〟

その言葉にユリは目を見開く。言葉は彼女の耳を真っ直ぐに通り、記憶を呼び起こす。それはもうずっと昔の―――、

ユリの表情に小さな怒りが点った。その怒りの火は少しずつ大きさを増す。言葉はユリの頭に響いて大きく大きく広がっていく。

ユリはケーシーを強く睨んだ。じわじわとその目は潤んできて、唇は震え、彼女は怒っていた。そして、酷く悲しんでいた。

 

「……特別なんて、思ってない。」

 

確かに反抗しているその声は、ケーシーの喚く声が大きくて呑まれてしまう。それでもユリの口は動く。

声を出さないと、泣き叫んでしまいそうであったからだ。

 

「いい気になんて、なってません。」

「あんたみたいに何度努力もしないような女、」

「私だって、頑張ってる!」

「妖精があんたを好きになるけないでしょ」

「私だって……私だってっ!!」

「妖精は純粋で、美しいものなのよ。それをあんたなんかが汚していいはず、あっ、?」

「そうやって、私のこと何も知らないくせに、」

「え……あ……なに、熱……」

「私がどんな気持ち、で……?」

 

ぶちっ、と音がした。

突然黙ったケーシーに、ユリも言葉を止める。

ケーシーの器用に回っていた舌は止まって、憎悪の表情は無表情に変わり。

その異変にユリは不思議に何度か瞬きを繰り返し、様子をうかがう。どうしたんですか、と口を開いた時だった。その身体がユリの方に倒れてきたのは。

 

「わっ、だ、大丈夫ですか。」

 

とっさに身体を支える。声をかけるも返答はなかった。

成人女性をこの体制でずっと支えることはユリには難しい。一度床に下ろそうとケーシーの肩を押した時だった。

キラキラ。美しい光が、ユリの目に映る。

 

「……え、」

 

いつの間にか妖精がケーシーの背後に回っていたようだった。

妖精はケーシーの背中に止まっていたようで、その背中越しにユリと目が合った。

相変わらずの可愛らしいその顔。それはいいのだ。けれど小さな顔いっぱいについている赤いそれは。

まさか、とユリの頭に過ぎる考え。心臓が一気に冷える。反射的にユリはケーシーの身体を振り払った。

どすんっ、と床に叩きつけられるケーシー。受け身を取らない身体は痛そうな音をたてて倒れる。

妖精がいる。ケーシーの首に。白い首筋に溢れ出る赤は、言わずもがな血液であった。

キュ、キュ、と妖精は嬉しそうに鳴く。そしてケーシーの首筋に、その小さな口をつける。

ぶちっ、ぶちっ。

その光景にユリは固まって動けなくなる。そんなユリにお構い無しに、妖精達はケーシーの首筋に、足に、腕に口をつけて歯を立てて思い切り噛みちぎって。

キュ、キュ。その鳴き声をユリは何度か聞いている。混乱した頭で思い出したのは、先程収容室で妖精にあげたフレーク。妖精達は美味しそうに食べていた。キュ、キュ。と。

 

まさか。

 

「うっ……、」

 

鳴き声の意味を考えて、さらに目の前のケーシーの身体を見てユリは口に手を当てる。胃の中のものが逆流してくる感覚。

そんなユリを心配するように、一匹の妖精がユリの顔を覗き込む。

その姿に恐怖がこみ上げるも、吐き気のせいかユリの身体はフラフラと後ずさるだけ。本当は逃げたいのに、身体は上手く動かない。

妖精かユリに何かを差し出してきた。キュ、キュ。

 

「……っ!!」

 

その何かをユリは知っている。それは彼女も持っているもの。

細い棒状のそれ。本来は何かを持ったり使ったりする時に使用する部位。五本揃っているはずのそれ。

それは指だった。ケーシーの手から切り離されたそれを妖精はユリに差し出す。

恐怖についに立てなくなる。床に崩れ落ちたユリを妖精は心配そうに見つめる。近づいてくる妖精を拒絶してユリの手は振り払うような動きをする。

その手をものともしないで妖精は近づいていて、ユリの口に何かを当てた。固い感触が唇に当たる。

それは勿論さっきからずっと妖精が持っている、ケーシーの。

そこで、ユリの意識は途切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、管理人室では。

この研究所の作業指示を送っているXが慌ててユリの救護をエージェントに指示していた。

まさか妖精が―――正式に言うと、アブノーマリティ〝妖精の祭典〟が人を食べるなど思ってもいなかった。

安全なアブノーマリティであるという認識で、最終安全確認でユリに作業を頼んだのだがまさかこんな結果になるなんて。

モニターのユリを見つめる。可哀想なことをしてしまった。

映像フィルターによってアニメーションに変換されているため、妖精が人を食べるシーンもXは驚きしか思わなかった。が、ユリはそれを生身の人間で見ているのだ。相当な衝撃になってしまっただろう。

この会社で働いている以上、危険な目にあうのは日常茶飯事。多くのエージェントが辞めたり、療養のため長期休暇をとったりする。

ユリも同じことになるかもしれない。

Xは頭をかかえた。ユリがいなくなるのは大きな痛手だ。

彼女は何故かわからないが、アブノーマリティに好かれる体質を持っている。

その力がなくなるのはおしい。が、彼が心配しているのは作業効率低下なんかではなかった。

彼女にやけに執着しているアブノーマリティもいるのだ。〝静かなオーケストラ〟である。

そのアブノーマリティは普段は大人しいくせして、脱走するとあっさり大勢のエージェントを殺す。

音楽を使い、エージェントの精神を犯し、心地よい音楽だと耳を澄ませたエージェントは最後。脳が破裂し、頭ごと吹っ飛ぶのだ。

一度その惨劇を見て、二度とこんなことが起きないように注意している。が、もしもオーケストラの気に入っているユリがいなくなったら。

 

……アブノーマリティが、研究所の外に出ない保証なんてない。

 

アブノーマリティが生成している特殊エネルギーを使用して、この研究所は動いている。

恐ろしい力を持っているアブノーマリティ達がなぜ研究所の外に出ないのか。それはその特殊エネルギーによって厳重なセキュリティがされているからだ。

だが、それが絶対である保証などない。現にアブノーマリティ〝罰鳥〟は一度逃げ出したことがある。

Xは知らない。エージェントは知らない。この会社は、人類は知らない。アブノーマリティの、本当の力を。

 

「……もし、黒井さんを、探しになんて、行ったら……?」

 

静かなオーケストラが、外の世界に。

そこまで想像して、Xは自分が冷や汗をかいていることに気がついた。

深呼吸をして、Xは心を落ち着かせる。まだ起こっていないことに動揺しても仕方ない。

ようは、辞めさせなければいい。

Xは、眉間にしわをよせる。その考えはあまりにも勝手で、ユリの意思を無視することになる。

それを仕方ないことだと思う自分が、Xは酷く嫌になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Fairy Festival_差別でも贔屓でもないそれは〝区別〟



遅くなりました。申し訳ないです……。ケーシー、数ヶ月間死亡フラグ背負わせてごめん。安らかにお眠り。
まさかケーシーが死ぬなんて、誰が予想してたでしょうか。


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One Sin and Hundreds of Good Deeds_1

※幕間。アブノーマリティが出ませんすいません…。


ユリが目を覚ました時、映ったのは見慣れない天井であった。

とりあえず上半身を起こすと、やはり知らない場所。ベットで寝ていたようだがここはどこだろう。

見慣れない服を着ている。よくテレビで見る、病院で患者さんが着ている病衣に似ている。

サイドテーブルには水と時計が置かれていた。デジタル時計になっていて日付も確認出来る。どうやら日付が変わって、今は次の日の朝のようだった。

昨日、仕事をしていた途中からの記憶が無い。

今の状況を理解するために、一番最後の記憶を思い出す。

 

「……っ! 」

 

そして次の瞬間、思い出した事に後悔した。

まだ鮮明に覚えている赤。倒れてきた女性の体。嫌な音。鳴き声。

妖精。そう、妖精が、人を食べていた。

こみ上げてくる吐き気を、どうにか喉奥で止める。歯を食いしばって、口を手で塞いで。けれどそんなの気休めにしかならなくて。

人が、人が死んだ。食べられていた。

アブノーマリティに。

妖精の純粋な瞳を思い出す。それが当たり前であるかのような表情。あの子達にとって人は餌であった。私が食べさせたフレークと同じ。味と形が違うだけの食物。

肉が噛み切られる音を思い出して、ついに私は吐いてしまう。

ぼたぼたとベッドの布団に嘔吐物が落ちる。すっぱい、酷い匂いが広がっていく。

止めなきゃいけないとわかっているのに、吐き気は止まらない。気持ちが悪い。そして、怖かった。

人の死を目の前にして、覚悟していたはずの頭は一気に揺さぶられた。

怖かった。ただ、怖かった。

目の前の〝異常〟が、怖かった。

 

「ユリさんっ!」

 

聞きなれた声がして、誰かが私に駆け寄ってくるのを感じた。

顔をあげれずにただ吐き続ける私の背中がさすられる。優しく、ゆっくりと。

その感覚にできるだけ意識を向けて、心を落ち着かせる。少しずつ少しずつ。まともに呼吸ができるようになった所で、ようやく私はその人を見ることが出来た。

 

「ユリさん、大丈夫……?」

「アネッサさん……ありがとうございます。」

 

背中をさすってくれたのは、アネッサさんだった。

不安げに歪んだ顔、気遣ってくれる声に本当に心配してくれているが伝わってくる。

思わず、泣き出しそうになった。

 

「アネッサさん、私、怖い……。」

「ユリさん……。」

「私、私怖くて……。ごめんなさい。こんな、わかってたはずなのに……。」

「……謝らなくていいの、自分を責めないで。怖いのなんて、普通の感情だわ。」

「言われたんです。アブノーマリティに好かれる力があって、だから私は安全で、ずるいって。そんなことないって思ってました。私だって、命をかける覚悟でここにいて、仕事をしてるつもりでした。でも、目の前で……あんな……っ、」

 

妖精に食べられたあの人のことを思い出して、また吐き気が戻ってくる。

アネッサさんは慌てて私に水と薬を差し出した。けれど私は吐き気で受け取ることが出来ない。

見かねたアネッサさんに半ば無理矢理薬を口に押し込まれて、水を注ぎ込まれる。

すっと、身体が楽になる感覚。

 

「ユリさん、大丈夫?少しは楽になった?」

「あ……はい。これ、なんの薬ですか?」

「これは……。……一種の、精神安定剤よ。」

「え……。」

「安心して。副作用とかはないわ。ちゃんと考えて飲めば依存することもないし、安全よ。」

 

精神安定剤。その言葉にあからさまに反応してしまった私にアネッサさんはフォローしてくる。

吐き気は精神的な部分から起こっていたから、薬のおかげで楽になったのだろう。それはいい。

水はベッドのサイドテーブルに置いてあった。けれど薬はアネッサさんのスーツのポケットか出てきた。

 

「アネッサさんも、精神安定剤飲んでるんですか……?」

 

私がそう聞くと、アネッサさんは目を見開いた。

そしてすぐに困ったような、悲しそうな表情で、口を開いた。

 

「……ええ、飲んでるわ。常に持ち歩いてるの。」

「常に……。」

「……ねぇ、ユリさん。妖精に食べられた人の、死体の処理は誰がすると思う?」

「え……。」

「答えはね、誰か、よ。誰かがしなければならないの。ついさっきまで一緒に働いていた、確かに生きていたその人の身体を、誰かが運んで、血を拭いて、綺麗にしなければいけない。」

「あ……。」

「目の前で人が死ぬのが、この仕事では日常茶飯事だわ。でもね、目の前で人が死ぬなんて、普通じゃないのよ。死体の処理をするのだって、普通じゃない。そんなの……そんなの、普通の人間なら耐えられないの……。」

 

アネッサさんはポケットから、薬の瓶を取り出す。

開封されているそれは、もう半分は飲みきっているようだった。

 

「精神安定剤位飲んでなきゃ、やってらない。ここはそういう仕事場なのよ。」

 

そう言ったアネッサさんの目は、濁っていて疲れているようだった。

薬の瓶を見つめるアネッサさんの顔は、普段私が見ている明るい彼女とは別人のようで。

その姿が、きっとアネッサさんの覚悟の結果なのだと思った。

私は自分が情けなくなる。覚悟していたつもりだった。嘘偽りなく、この仕事に、恐怖に立ち向かうと決めた筈だった。

けれどこうして、アネッサさんと肩を並べれば私なんて。なんて、中途半端な。

 

「……ユリさんを、羨ましいって私も思ったわ。」

「え……。」

「ユリさんの体質は、研究所内では有名なの。アブノーマリティに好かれる体質って。アブノーマリティに敵意をもたれたら危険でしかないから、その心配が少ないユリさんは、羨ましい。」

「それ、は……。」

「でもずるいなんて思わない。その体質を持っていたとしても、ここが危険でなくなる訳では無いわ。それにユリさんのおかげで私達は救われている面もあるんだから。」

「救ってる?私が……?」

「ええ。ユリさんのおかげで静かなオーケストラの管理は楽になったし、無名の胎児の泣き声をもう何日も聞いてない。ユリさんのおかげよ。」

「そんな……私、大したことしてないです。」

「してるわよ。ユリさんのおかげで、静かなオーケストラと無名の胎児で死ぬエージェントが減るんだから。ユリさんに私達は感謝してるの。

だから、ずるいって言った人の言葉なんて聞かなくていい。私達の仕事は競争するものじゃない。助け合って成り立つものなんだから。」

「アネッサさん……。」

 

どうして、そんなに優しいのだろう。そんなことを言ってくれるのだろう。

私は、何も出来ないのに。

アネッサさんの優しさが眩しくて、私は目をそらした。私はアネッサさんのような立派な人間ではない。

すると、逸らした先のドアが開くのが見えた。開いたドアの先には人が立っている。その人は。

 

「目が覚めたようですね。ユリさん、アネッサさん、おはようございます。」

「あら、ダニーさんもユリさんのお見舞いですか?」

「まぁ……そんなところですかね。……ユリさん、大丈夫ですか?」

 

ダニーさんが部屋の中に入ってくる。いつも通りの変わらない態度だが、私に話す声はいつもよりも優しくて。

きっと、ダニーさんも心配してくれたのだ。

 

「……はい。大丈夫です。」

「……大丈夫ではなさそうですね。」

「そんなこと……。」

「無理しなくていい。……それが普通ですよ。目の前で人が死んで、大丈夫な人なんていません。」

「そうよ。……ユリさんは少し休んだ方がいいわ。」

「そうですね……と言いたいところですが、そうも言っていられないんです。」

 

ダニーさんは重くため息をついて、私を見つめてきた。

その瞳が気の毒そうな、同情するようなものだから。嫌な予感がした。

 

「本日の業務が、あと2時間ほどではじまります。始業前ですが、ユリさんに事前指示です。アブノーマリティの管理。内容は交信。 」

「えっ……。」

「ちょ、ちょっと!こんな状態なんだし、今日くらい休んだって……!」

「私もそれは思いますよ。初めてアブノーマリティの殺人現場を見た次の日にあんまりだと思います。結構、抗議したんですけど。」

 

申し訳無さそうに眉間にしわを寄せるダニーさんに、私は何も言えなくなる。

正直、嫌だ。休みたい。

薬のおかげでだいぶ落ち着いたとはいえ、今でも脳裏に焼き付く昨日の光景が、私を苦しめる。

甘いのはわかってる。慣れなければいけないということも。けれど今日は、どうしても頑張れそうにない。

少し考え事をやめれば、無意識に蘇ってくる妖精の顔が、とてつもなく怖い。

 

「けど、Xにも考えがあって今回の指示は出しているみたいです。」

「考え……?」

「作業対象は〝たった一つの罪と何百もの善〟。」

「え、その長いの名前なんですか?」

「あぁ!罪善さんね!」

 

もはや名前と言っていいのかわからない名前である。

私が困惑していると、横でアネッサさんがぱっと表情を明るくした。そして私に笑顔を向ける。

 

「罪善さんなら大丈夫よ!とっても優しいアブノーマリティだから!納得だわ!」

 

納得って何が。とは思ったけれど、言わないでおく。

けどアネッサさんがこんな笑顔で言うということは安全なアブノーマリティなのかもしれない。

 

「どんなアブノーマリティなんですか?えっと……、」

「〝たった一つの罪と何百もの善〟長いので罪善と呼ぶ人が多いですね。エンサイクロペディアを読んでいただければわかりますよ。このアブノーマリティは珍しく人を殺したことの無いアブノーマリティです。」

 

エンサイクロペディア?

 

「エンサイクロペディアってなんですか?」

「え。」

「え。」

 

え?

 

 

 

 

 

 

 







長くなったのでとりあえず投下。
危険なアブノーマリティの名前を沢山コメントで出していただいたのにまさかの安置で申し訳ないです。

このアブノーマリティの作品書く方多いですよね。個人的に超書きずらいアブノーマリティの1つなのですが、皆さんの作品見てると
て ん さ い か
ってなるほどクオリティ高くて驚き。私も頑張ります。

そしてコメントありがとうございます。
ありがたいし毎回感動しながら読んでます。
そのくせにあんな返信で申し訳ないです。反省はしてるけどおそらく直らない。





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One Sin and Hundreds of Good Deeds_2

会話中出てきた〝エンサイクロペディア〟について聞いたら、ダニーさんもアネッサさんも驚いた顔をした。

 

「エンサイクロペディアを知らないって……え?けどユリさん、作業指示はメッセージで送られてくるわよね?」

「はい……そうですけど……。」

「そのメッセージに〝作業対象詳細〟ってリンクは、あるわよね?」

「なんですかそれ?」

 

そんなリンクあっただろうか。思い返すも心当たりはなく、私の頭にはクエスチョンマークが浮かぶだけである。

そんな私を見て、ダニーさんもアネッサさんも表情が険しくなる。それはそんなに重要なことなのだろうか。状況が理解できなくて、私はただ戸惑うだけであった。

 

「……ユリさん、少しタブレット借りますね。」

 

そう言うとダニーさんは、ベットの下にあったらしい荷物籠から私のであろうタブレットを取り出した。

慣れた手つきでダニーさんはタブレットの中を確認していく。しかしその目付きは段々と鋭くなっていった。

 

「やはり……ないですね。エンサイクロペディアのアイコン自体はあるみたいですが……。」

「え、でもそのアプリ使えないですよね?」

「えっ、そ、そんなはずないわ!」

「……本当に使えない……。」

 

タブレットを渡された日に、時間がある時に色々触ってみたけれど、〝Encyclopedia〟と表記されたアイコンはタップしても真っ黒な画面に〝 この機能は未実装です〟と表示されるだけだったはずだ。

ダニーさんとアネッサさんの顔を見ると、他の人はそうではないのだろうか。ついにダニーさんの眉間のシワがこれ以上ないくらいの深さになり、ちっ、と舌打ちが聞こえた。

 

「……管理人にユリさんのタブレット機能の確認をしてもらいます。とりあえず、私のタブレットでエンサイクロペディアを見てください。」

「わかりました……エンサイクロペディアって、結局なんなんですか?」

「エンサイクロペディアはアブノーマリティの電子版情報資料です。今までの管理で得た情報を管理人とサポートAIが纏めて確実な情報のみ私達に提供します。」

 

そう言ってダニーさんはタブレットを私に渡す。

私と同じ配置のアイコン。〝Encyclopedia〟をタップすると、私のとは違って正常に起動される。使えていなかったのは本当に私だけだったようだ。

ダニーさんに教えてもらいながらアプリを使っていく。検索マークをタップして、〝 たった一つの罪と何百ものの善〟について調べて見た。

 

「わっ。」

 

すると正方形の写真が表示される。髑髏が光ってるような写真に少し驚いてしまった。写真の下には〝One Sin and Hundreds of Good 〟の名前。

タップすると別のウィンドウにとんで、ずらりと対処法やら、特徴やらが載ってるページになる。なにこれ便利。

 

「すごい、これ、便利ですね!」

 

これがあれば今後の作業もかなり楽になるだろう。

思わず笑顔になってダニーさんとアネッサさんを見ると、2人はとても険しい顔をしていた。

 

「ユリさん、本当に知らなかったのね……。知らないで、大鳥と、赤い靴の管理なんて……。」

「……アプリが起動出来ないんじゃなくて、〝未実装〟。……エラーというより意図的に使えなかった可能性の方が高い。」

「そんな!じゃあ、まさか会社が……。」

「前に言ったでしょう。この会社は普通にこんなことをするんだよ。アネッサさんもあまり信じない方がいい。……私はタブレットの件を管理人に伝えてきます。ユリさんは始業時間まで、罪善の情報を確認しててください。」

「待って!私も行きます!ユリさん、ゆっくり休んでね!」

「あっ、はい。」

 

ダニーさんとアネッサさんの会話をよく理解できないまま、二人は早足に部屋を出ていってしまった。

なんだか置いてきぼりにされたようであまりいい気がしない。

かと言って二人がいない今、なにを聞くことも出来ないので仕方なく手元のタブレットを動かした。

それにしても便利だ。よく分からない単語などもあるが、そこは文字をタップするとその言葉の意味の説明が出てくるようになってる。

試しにアブノーマリティ名の横にある〝ZAYIN〟の文字をタップすると、別ウィンドウが開かれる。

どうやらこれはアブノーマリティの危険度の階級のようだった。

この安全度のクラスは5つに別れているらしく、安全度の高いものからZAYIN、TETH、HE、WAW、ALEPHの順。

罪善と呼ばれているこのアブノーマリティは比較的安全のようで、少し心が軽くなる。

そこまで調べたところでこみ上げてくる好奇心。検索ページに戻って、もう聞きなれた名前を打ち込んでいく。

 

「しずかな おーけすとら……っと。」

 

打ち込んで出てきたアイコンには指揮棒を持った手と燕尾服の胸元が見える。

影のような加工をしているのか全体的に暗いアイコンに笑ってしまう。なんだか禍々しい雰囲気を醸し出していて、普段自分に曲を披露するオーケストラには似合わない。

 

「……ん?」

 

ふと、変なことに気がついた。オーケストラの名前の横に表記されてる危険度の階級。おさらいしよう。1番安全なのが〝ZAYIN〟。逆に一番危ないのが〝ALEPH〟。

そして液晶画面に表示された文字〝静かなオーケストラ(ALEPH)〟。

 

ん??

 

 

※※※

 

 

そして始業時間になったので、いつも通り私は研究所の廊下を歩いていた。

正直まだアブノーマリティに対しての恐怖はある。けれどアネッサさんのくれた薬のおかげかそれもだいぶ落ち着いていた。

タブレットを操作して、対象アブノーマリティの部屋を確認する。この研究所は広くややこしいつくりをしていて、適当に歩くと確実に迷ってしまう。

あの後無事私のタブレットはダニーさんとアネッサの手によって戻ってきた。

戻ってきたタブレットはどうやら二人が上に掛け合ってくれたらしく、エンサイクロペディアも使えるようになっていた。

二人にお礼を言ったのだが、なんだか様子がおかしかったのが気になる。

二人とも苛立っているようで、特にアネッサさんはいつもの笑顔からは考えられないくらい、厳しい表情をしていた。

そして、アネッサさんからの一言。

 

『ユリさん、会社をあまり信じない方がいいわ。』

『え?』

『そのエンサイクロペディアだって、都合の悪い所は私達に見せないように隠されてる可能性がある。』

『可能性、ではなく確実にでしょう。アネッサさんはあれを聞いてもまだ会社に希望を持つのですか?』

『……そんなつもりないわ。でも、頭が、まだついていかないのよ……。』

『ダニーさん……?アネッサさん……?』

 

どうして。どうしてそんな顔をするのだろう。

ダニーさんはまだしも、アネッサさんがここまで会社を悪くいうのは珍しい。

理由を聞いても二人の口は開くことなく、ピリピリした空気がただ流れる。

その空気を少しでも変えようと、先程疑問に思ったオーケストラさんの危険度の話を振ってみる。

 

『あの、オーケストラさん……静かなオーケストラのエンサイクロペディア、間違ってないですか?ALEPHって、そんな危険なアブノーマリティじゃないですよね?』

 

そういった時の二人の顔を忘れられない。なにも言われなかったけど、確実に「何言ってんだこいつ」って顔だった。

ちょっと悲しかった。

 

……正直この会社をそんな嫌なものとして話されるのはいい気分ではない。

私だってこの会社を信じて働いているうちの一人なのだから。

それにダニーさんは少しこの会社に敵対心を抱きすぎだと思う。その嫌悪は会話や態度にチラチラと顔を出していて、雰囲気のいいものでは無い。

この会社が真っ白だと私も思っていない。現に今まで何も引っかかることが無いのかと言われれば答えられないだろう。

やはり一番気になるのは、〝赤い靴〟を履かされたこと。

危険とわかっていてどうしてあんな指示を出されたのかわからない。未知を知るために行動は必要だとしても、赤い靴が女性にとって危険なものとわかっている上で、何を知る必要があった?

会社は、私を、私達エージェントをどう思っているのだろう。

私達だって、生きてるのに。

そう考えたって何も変わらないのがわかっているから今まで考えないようにしていた。

答えのでない思考は嫌なループを生み出すので避けた方がいいだろう。

けれどダニーさんは、そのループがないように思える。

そのループの先、確実なる答えの〝嫌悪〟と〝憎悪〟にたどり着いているようだった。

ダニーさんになにがあったのだろう。

 

「わかんないんだよなぁ……。」

 

ダニーさんになにがあったのかも。

会社が何を考えているのかも。

私は何もわかってない。色々なことを知らなさすぎるのだ。

それぞれ事情があって、過去があってそして今があるのだから私が考えたって仕方ないのだけれど。

それでも気になってしまうのは何故だろう。なんだか人事に思えない、その渦中に巻き込まれているようなこの感覚は何なのだろう。

 

考え事をしているうちに収容室には着いてしまう。

扉を開けようと横の電子パネルを操作する。慣れているはずなのに、いつもより手が遅くなってしまうのは心の問題だろう。

よく見ると指が震えている。情けない。

一番情けないのは、その震える自分の指を見て。

妖精の祭典が私に食べさせようとした彼女の指を思い出して、よけい怖がってること。

その頼りなく情けない自己嫌悪に、自嘲した。

 

扉が開く。私はエンサイクロペディアにあった言葉を思い出す。

〝たった一つの罪と何百もの善〟

〝対象は、懺悔によって得られる人間の「罪」を糧としている。〟

人の罪なんて、そんなに美味しいものなのだろうか。そんなこと馬鹿なことを考えてしまう。

 

 

 

 

 

 



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One Sin and Hundreds of Good Deeds_3

部屋に入って、思わずひっ、と小さな悲鳴を上げてしまった。

目に飛び込んできたのはおっきな頭蓋骨。髑髏だ。それが何故か部屋のど真ん中に浮いている。

吊るされているようには見えない。ふわふわとそれは浮いているのだ。そして微かだが口が動いている。

生きている。この髑髏は生きているのだ。

赤い靴の時のように物に意思があるのではなく、この髑髏は髑髏として生きている。

恐いと思った。そして帰りたいとも思った。

 

―――懺悔を。

 

「え……、」

 

―――貴女の罪を。

 

動けなくなっている私の頭に言葉が流れ込んでくる。オーケストラの時と似ている感覚に、私は髑髏の目を見た。

深い闇の奥には何も見えない。何を思っているのかわからない。けれど言葉が流れ込んでくる。これはきっと、目の前の罪善の言葉なのだろう。

懺悔、と罪善は言った。そして、私の罪、とも。

言われたとおりに、私は過去を思い返して後悔や反省を探し出す。するとどうだろう。いつもは思い出すはずのないずっと昔の記憶も、すっかり忘れていたはずの出来事も全てが鮮明に蘇る。

その量に目眩がするほどだ。これが、罪善と呼ばれるアブノーマリティの力なのだろうか。

これら全てを話しているときっと何日もかかってしまう。ごちゃごちゃと散らかる記憶をなんとかかき分けて、私は自分の罪を探した。今の自分が一番反省し、後悔していること。

……それはやはり、妖精の祭典のことだろう。

 

「私の、罪は。」

 

忘れたかった光景が脳内で再生される。嫌な記憶。人が死んだ記憶。アブノーマリティの恐ろしさを知った記憶。

そして、なにより、自分の甘さを思い知らされた記憶。

 

「……彼女の怒りを、受け止めなかったこと。」

 

ケーシーという彼女は、私に怒っていた。

 

でも私だって、彼女の辛さを知っていた訳では無い。

彼女は私への怒りの消化も出来ずに死んでしまった。目の前でアブノーマリティに殺された彼女は身をもって私にアブノーマリティの恐ろしさを突きつけたようだった。

勿論そんなつもりはなかっただろうけど結果的にはそうなっている。

 

『あんたみたいに何にも努力もしないような女』

 

そんなことを言われる筋合いはない。けれど。

 

『ユリさんを、羨ましいって私も思ったわ。』

 

そう思われても仕方ないのだ。

 

「何もわかってなかった。皆と同じって思ってたけど、私なんかのこと羨ましがる人もいるんだね。考えたこともなかった。」

 

彼女と同じ怒りを持っている人が、まだいるかもしれない。

今度同じ事をされた時。ちゃんとそれを受け止めて、聞き流せるようにしようと思った。

一々傷ついてはいけない。だって、そう思われても仕方ないのだから。

そう思ってしまう人もいる、と受け止めて。酷い人だ、と怒らないように。

だってその人達にとって、私は〝ずるい〟のだから。

 

―――それが貴女の罪か。

 

「罪……かは、わからないけど。私の後悔と、反省。」

 

―――後悔と反省

 

「……うん。」

 

彼女の最期をきっと私は忘れることが出来ない。

この先何人もの死を見ることになるだろう。

ここはそういうところだと聞いた。アネッサさんから、ダニーさんから。

いつかはそれを見慣れてしまうのだろうか。順応していくのだろうか。

それでもきっと、目の前の初めての死を私は忘れられない。

これはもうトラウマで、傷だ。これから先、生きていく上で邪魔になる傷。

この傷は私を弱くするだろう。恐怖の象徴となり、何度もフラッシュバックする。その度に私は責め立てられる。私に怒鳴った彼女の口が白く固くなっていくのを思い出して、彼女から責められる。「生きてるなんて」「死なないなんて」「ずるい」と。

それはもう私の妄想でしかない。だって彼女は死んだ。死人は何も言わない。言いたくても言えないのだ。

ならこれはもう、呪いだ。

誰がかけたのかもわからない、呪い。

 

―――貴方に救いがありますよう。

 

「……え……。」

 

頭に言葉が流れると、突然身体が少し暖かくなった。

いつの間にか俯いていた首を上げると、柔らかな陽射しがどこからか降り注ぎ、私の身体を包んでいく。

ここは地下だ。太陽の光なんて届かない。

それにこれは太陽の光などではない。もっと神聖なもののように思えた。

優しい。暖かい。柔らかい。安心する。

 

「これ、貴方の力なの?」

 

罪善を見ると、相変わらずカタカタと動くだけ。でも返事はそれで十分だった。

 

「……ありがとう。優しいんだね。誰にも言えないから、話聞いてもらってよかった。」

 

―――誰もいない?

 

「うん。家族と離れて暮らしてるの。もう、会えないんだ。」

 

―――会えない?

 

「ちょっと事情があって。実家にもう戻れないの。……悲しいけど、仕方ないんだ。」

 

いつもは口に出さない弱音がボロボロと出てくる。これもこのアブノーマリティの力だろうか。

けれど嫌な感じはしない。それどころか、今まで溜まっていたものが流れていくようで心地がよかった。

家族のことなんて、ここに来てからは言わないようにしてたのに。

 

―――仕方ない?

 

「うん。……会いたいけど、仕方ないの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘つき。

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたくなんてないくせに。

 

 

 

 

 

 

 

「え……え……?」

 

声が、聞こえる。

この声は。

背後の声に私は勢いよく振り返る。けれど誰もいない。

けれど確かに聞こえた。心臓が鼓動を早くする。嫌だ嫌だと身体が反応しはじめる。

そんなはずないのだ。ここにその人はいるはずがない。何とか冷静になろうと言い聞かせるのに、頭は聞き入れない。

 

そうやって逃げるの?忘れるの?

 

今度は耳元で声が聞こえる。それは私を揺さぶって、より混乱に突き落とされる。

収容室内を見渡す。けれどやっぱり罪善がいるだけ。声はそれでも聞こえる。

 

覚えているでしょう、忘れられなかったでしょう。

 

私は耳を塞いだ。その声は確かに私を責める言葉であったから。私がやってしまったことに対しての怒りの言葉。悲しみの言葉。憎悪の言葉。

それは姉の声。

 

ねぇ、「どうしてあんなことをしたの?」

 

汚い黒く熱い感情の混ざるそれが恐くて仕方ない。

ごめんなさい。心の中で謝る。許してくれる人などここにはいない。誰もいない。そうここには誰もいないのだ。

私以外、誰も。

そこではっと気がついた。確かに聞こえた声。

全て自分の口からでたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





私情により遅くなりました……。申し訳ございません……。


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One Sin and Hundreds of Good Deeds_4

管理人室でXは焦っていた。

液晶越しに見えるユリの姿。明らかに様子がおかしい。

途中まではよかった。そう、途中までは。

今回ユリに頼んだ仕事は〝たった一つの罪と何百もの善〟への作業。このアブノーマリティは安全(といってもアブノーマリティの中では比較的、だが)であると研究所内では有名で、場合によっては作業者に良い影響を与えるものであった。

〝妖精の祭典〟の件でショックを受けたユリにこの作業を指示したのはその良い影響を期待してのもので。

決してこんなつもりではなかった。画面越しの彼女の姿は苦しそうにしている。

すぐさま作業中止の指示を送ろうとXはパソコンに手を伸ばす。が、動かない。マウスを動かしても、キーボードを叩いても何も反応しない。

一瞬混乱したXだったが、直ぐに気が付いて自身の背後を見た。

そこにはいつも通りの、映像だけの彼のパートナーが立っている。

 

「少し様子を見ましょう。」

 

画面のユリを視線に、そのパートナー、アンジェラはそう言った。その声のなんと楽しそうなことか。

 

 

 

 

 

 

 

〝たった一つの罪と何百もの善〟。その収容室で、ユリはついにうずくまってしまった。

自身の口に手を当てる。「嘘つき」と声が聞こえた。「どうしてあんなことしたの」とも。それは確かに姉の声だった。けれど発していたのは自分の口だった。

その声が引き金のように、記憶が頭に溢れてくる。それは忘れてしまいたいと都合よく奥の奥に押し込めていたもの。

 

会いたくなんてない

「違うっ、」

あんな家に生まれたくなかった

「違うっ、」

あれは本心

「違うっ、」

羨ましい

「ち……が……」

羨ましい

「羨ま……」

ずるい、なんで?羨ましい。羨ましい。

「ちが……、」

ずるい、ずるい、ずるい、羨ましい、羨ましい!

「もうやめてっ!!」

 

頭が痛い。気分が悪い。

耳元で声が聞こえる。なのに、声は私の口から出ている。訳が分からない。

ずっと隠していたものを暴かれている。その辛さに耐えられなくなる。

これ以上は、潰されてしまう。心が、壊れてしまう。

 

 

―――懺悔を。

 

 

「ざん……げ……、」

 

顔を上げるとそこには罪善が。

どこまでも続く髑髏の黒い瞳が、私の言葉を待っているようだった。

懺悔。その言葉を繰り返す。

そうすれば、楽になるのだろうか。この辛さは、無くなるのだろうか。

 

ねぇ、どこから話す?

 

そんな声が聞こえた。

それは先程とは違って穏やかで、何か期待しているような、どこか幼い声だった。

そうだ、これは私の声だ。まだ子供の声。幼い私の声。

 

「……そう、だね。」

 

まずは。ずっと昔の、私の家族の話から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日を私は忘れられない。

なんてことない日だった。天気は普通によかったし、休日でいつも通り家族揃っていたし、特別出かけるわけでもなかった。

いつも通りのなんてことない日が、忘れられない日になったのは母のあの一言のせいだ。

私には兄と姉がいる。私の家系は陰陽師の血筋なので、幼い頃から兄妹揃って陰陽師としての練習があった。

陰陽師の力についての勉強、御札を作ったり、精神統一したり。

その練習が私はあんまり好きではなかった。面倒臭いし、そんな事をするよりも好きなアニメを見てる方がよっぽど楽しかった。

でもそれは、この家系に生まれて力を持つ者は必ずしなければいけない。そう教えられていた。

習い事のように思っていたのでちゃんと真面目に取り組んでいた。私なりに。

だから、あの言葉を私は忘れられない。

 

『ユリちゃん。』

 

練習中、母が私だけを呼んだ。

それに応えて母に近付く。傍まで来ると母は私と目線を合わせるべく屈んで、不自然な程に優しく笑う。

そして、私に言った。

 

『もう、練習しなくていいわ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……意味が、わからなかった。」

 

―――悲しかった?

 

「いや……その時は、全然理解してなくて……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、全然理解出来なかった。

でもその日から本当に練習はなくなって、その時間代わりにアニメを観ていても、絵本を読んでいても何も言われなかった。

けれど兄と姉はずっと練習していて、面倒臭いと思っていたものも一人だけやらないとなると除け者にされた気分になる。

兄と姉の練習を見て、私も私もと母にせがんだ。けれど母は苦く笑うだけであった。

そんな母の態度に私は拗ねて、一人こもってテレビアニメを観ていた。別にいい。こっちの方が楽しくて好きだし、練習なんて面倒臭いし。と。

その時よく観ていたのは子供向けの、魔法少女が戦うアニメだった。

テレビの中はキラキラしている。普通のかわいい女の子が、魔法の世界から助けを求められる。選ばれた女の子は魔法少女に変身してこの世の悪いものと戦うのだ。

特別な選ばれた女の子に私は魅了された。女の子の使う魔法のステッキが欲しくて、魔法が使いたくて。雨傘を玄関から持ってきてはそれを振り回して呪文を唱えた。勿論何も起こらない。でも、もしかしたら。万が一、奇跡が起こってしまうかもしれない。

そんな事を思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、魔法は使えなかった。」

 

「私には才能が、なかったから。」

 

―――才能?

 

「そう。……なかったの。才能が。私だけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなにも力がない子は……珍しいな。』

 

それはお正月に、遠い親戚のおじさんに言われた一言だ。

私達の家系は必ず正月に集まる風習があって、年始はいつも〝本家〟と呼ばれる広い家に出かけていた。

そのおじさんは初めて見る顔だったが、父と母は知り合いのようで少し話をしていた。おじさんはまだ幼い私の頭を撫でて、びっくりしたようだった。

驚きに歪むおじさんの顔を変に思いながら、言葉の意味がわからなくて困惑する。〝力がない〟?とはどういうことなのだろう。

 

『……お母さん、どういうこと?』

 

わからなかった私は素直に母に尋ねた。

母は私の質問に困った表情をして、口を噤んだ。

 

『私、力がないの?』

 

自分の手を見ながら母に再度聞く。確かに重いものは持てないし、そんなに強くはないかもしれない。

確認するように手をグーパー繰り返す。その手を、母が急に掴んだ。

驚いて母を見上げると、何故か泣きそうな顔をしていた。そして私の頭を優しく撫でて、こう、言ったのだ。

 

『ユリちゃん、そうなの。ユリちゃんには、陰陽師の力がないの。……でもね、そんなこと気にしなくていいのよ。ユリちゃんは、ユリちゃんらしくいてくれればいいの。』

『 え?』

 

陰陽師の、力が、ない?

 

だって、それは皆あるものだって教えてもらった。

お母さんも、お父さんも。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも。親戚の皆も。

皆、持ってるって。

私だけ?

 

辺りを見渡す。

ここにいる皆は、みんな陰陽師の力を持っている人達。

練習の最初に教えて貰った。私達は〝特別〟なんだって。他の人にはない力があるんだって。

でも、私には。

私は、特別じゃない。

そう気付いたのは、確かまだ、六歳の頃だった。

 

 

 

 

 

 

「まだ子どもだったけど、すごいショックだった。」

 

―――悲しかった?

 

「……すごく。」

「そこからはもう、積み重なっていくだけだった。」

 

―――積み重なる?

 

「……劣等感が、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









大丈夫やでユリちゃん
人(外)に好かれるのも才能やで。


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One Sin and Hundreds of Good Deeds_5

※過去回。
あまりアブノーマリティとの絡みなし。







私の家族は皆優しい。父も母も姉も兄も。

私に力がなくても責めることなく、普通に、いやむしろかなり優しく接してくれた。

力のない私に気を使ってくれてたのだろう。

だから私は、家族が大好きだ。

 

 

 

 

―――大好き?

 

「……本当に、優しいの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年齢が上がるにつれて兄と姉の練習はハードなものになっていった。

私が中学に上がる頃、二人は高校生であったが既に陰陽師の仕事をしているようだった。詳しいことは教えてもらえなかったが、お客さんが度々兄と姉を訪ねてくることがあった。

兄も姉も学校だってあるのに、陰陽師の仕事と両立は大変だっただろう。しかも仕事内容が仕事内容だ。精神的にも負担が大きい。

特に姉は、精神的に弱い部分があった。

私にはよくわからないが、陰陽師ともなるとやはり〝悪いもの〟と関わることが多くなる。

それらは心を強く持たないと取りいられるらしく、元々優しく穏やかな姉は心に隙ができやすいようだった。

それを家族は心配していたし、私も心配していた。

姉の元気が無くなっていくのが目に見えてわかる。顔色は悪いし、笑顔にも覇気がない。

でも力のない私には何もできることがない。せいぜい話を聞くくらいだが、その話というのも陰陽師でない私は深く聞いていけないことも多かった。

 

『お姉ちゃん、大丈夫?』

『あぁ……大丈夫よ、百合。ごめんね心配かけちゃって。』

『ううん、……やっぱり仕事忙しいの?』

『うーん、ちょっと、ね。でも百合も部活忙しそうじゃない。』

『そんなことないよ。私は好きでやってるだけだし、楽しいよ。』

『百合は本当努力家ね。この前のテストもすごいいい点だったでしょ。』

『そんなことないって。あれはたまたま得意なとこが問題に出ただけだし。お姉ちゃんとお兄ちゃんの方が、よっぽど。』

 

そう、兄と姉の方がよっぽど努力している。

そして周りの期待に応えている。立派で、尊敬する。自慢の家族だ。

 

『そうだ、百合にこれあげる。』

『……お守り?』

 

姉に渡されたのは赤いお守りだった。コロンと丸い小さな巾着が、ストラップに繋がっている。

 

『そう、作ったの。それ絶対に持っていてね。』

『え?なんで?』

『なんでもいいから、約束ね。』

『……わかった。』

 

有無を言わさない姉の声に、私は大人しく首を縦に振る。

気のせいかわからないが、そのお守りは何か暖かった。ただの布で出来ているのだから熱なんて発しないはずだろう。

不思議な感覚に陥っていると、私の携帯がなった。確認すると友達からのメール。この後遊ぶ約束をしているのだった。

 

『あっ……、お姉ちゃん私出かけるね。』

 

時計を見ると待ち合わせの時間が迫っている。もらったお守りを無くさないように握り締めて、友達に返信のメールを打った。

 

『……お友達?』

『そう。ちょっと遊んでくる。』

『……百合は、友達も多いわね。』

『え?そんなことないよ、普通位。』

『……いいなぁ。』

 

姉の声に驚いて、私は携帯から顔を上げた。

姉は相変わらずだった。綺麗な顔で、大人びた表情で、優しく笑っているだけだった。

『私も、百合みたいになりたかったなぁ。』

 

でもその声は、子どものようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉はね、優しかったの。本当に……。」

 

「そんな家族に恵まれて私は幸せで……、」

 

「でも、声が……声が……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くすくす。

くすくす。

あの子だよ。なんの力もない子。

可哀想。

兄と姉は違うのにね。

出来損ない。

可哀想。

 

そんなのは、もう、聞き慣れてしまった。

でも仕方ないのだ。だってその通りで。私だけ、なんの力もないから。

 

知らない親戚に言われるのは当たり前だった。

家族のお客さんに言われることもあった。

心の中の自分が自己嫌悪するのは、もう、毎日だった。

 

 

ある日留守番していた時、家の電話が鳴った。

もしもし、と私がとる。お姉さんはいますか。いいえ。では家族の方は。いいえ。

私でよければ、伝言を預かりますが。

 

『あー……妹さん、ですよね?なら、大丈夫です。かけ直します。』

 

ツー、ツー。

 

『……私だって。家族なのに。』

 

一人で留守番をするのが当たり前になったのは何時からだろう。

仕事で皆出かけてしまった。私は外に出る必要が無い。

適当にテレビを観ながら明日の学校の支度をする。

誰もいない家。私だけ。私だって家族なのに。

ふと、私は玄関に向かった。

玄関横の傘立てから一本傘をとる。傘の柄を上にして、軽く振ってみた。

 

『ちちんぷいぷい。』

 

なんて。馬鹿みたいに呪文なんて唱えて。

結局魔法は私には使えない。

こうしてる間にも、家族は魔法みたいな力で悪いものと戦ってる。そして誰かの役にたっているのだ。

電話の伝言すら預けてもらえない私とは違う。

正直もう、限界だった。

気にするなとどんなに言われても、気になるものは気になる。

上から降ってくるその劣等感が重くて、私の居場所を窮屈にする。

なんで、なんでないんだろう。私にはなんで力がないんだろう。

私だって、力が欲しかった。家族と一緒に戦ってみたくて、誰かの役にたちたくて。

違う。

そんなのは綺麗事だ。本当は、私は。

 

「っ……?」

 

トントン、と玄関のドアが叩かれた。

うちの玄関はガラスの張られたスライドドアだ。なのでドアを叩く影が見える。

その影は、女性だった。けれどハッキリと誰かはわからない。少し不気味に思う。だって、インターホンだってあるのに、何故。

 

『だ……誰?』

『……わたし、わたしよ。』

『……お姉ちゃん……?』

『そうよ。ゆり。あけて。』

 

少し様子がおかしいが、声は確かに姉であった。

鍵を開ける。一応、ドアは開けないでおいた。万が一悪霊とか、悪いものであったらドアは開けられないはずだ。

けれどドアはガラガラとゆっくり開く。その先にいた姿はやはり姉で、私は安堵した。

 

『おかえりなさい、』

『いいなぁ。』

 

お姉ちゃん、と続くはずだった声は姉に遮られた。

 

『いいなぁ、ゆりはいいなぁ。』

『お、お姉ちゃん?』

『いつもいえにいられて、あんぜんで、いいなぁ。ともだちもいるし、あそべるし、わたしばっかり、なんでかなぁ。 』

『お姉ちゃん、どうしたの……?』

『ずるい、ずるいよゆり。いつもそう、わたしがきけんでもゆりはあんぜんで、しんぱいなんてなくて、なにもしなくてよくて。ずるいなぁ。ゆりばっかり。ずるいなぁ。』

『ずるいって……、』

『ずるいよ、ずるいよゆり。わたしもゆりみたいになりたかった。こんなちから、いらなかった。いらない。ゆり、ねぇゆりになりたいの。ゆり。ねぇ、かわって。かわってよゆり。』

『代わって……って、』

 

姉の言葉が、私の耳から入ってぐるぐると頭を回る。

ずるいって、代わってって、こんな力、いらなかったって?

 

……なに、それ。

 

『ぐっ……ぅ……!?』

『ねぇ、ゆり。』

 

かわって。そう言って姉は、私の首を絞めた。

遠慮ない力は確実に私の喉を潰していく。あとはただ苦しいだけで、もう、何も覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何も覚えていない?

 

「……そう……いや、覚えてる。覚えている。」

 

「確かな、怒りを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから姉は、病院に入院することになっていた。

なっていた、というのはその過程を私は全く知らないからである。

気がつけば私は病院で入院していて、お見舞いにきた母と父から聞いたのは、姉が悪霊に取り憑かれてしまって、私を殺そうとしたことだった。

かなり危ないところだったのを救ってくれたのは、なんと姉がくれたお守りだった。

父と母が駆けつけた時には、私も姉も玄関で倒れていて、床には姉から貰ったお守りがぐちゃぐちゃに引きちぎられるようにして落ちていたらしい。

そのおかげで姉も私も生命は無事だったのだ。

けれど姉はもう、普通に生活出来るような状態ではなかった。

 

 

それから姉に会ったのは、数年後。それは結構最近のことだ。

海外移住することになった時、姉に会っておくことにした。日本に帰ることはもう無いかもしれなかったからだ。

最悪家族とは、家族がこちらに旅行にでも来てくれれば会える。けれど姉は無理だろう。もしかしたら本当に最後かもしれない。

私はまだ姉にお守りのお礼を言ってなかった。

花屋で姉の好きそうな花を選んで、束にしてもらった。綺麗に包んでもらって、リボンもかけた。

軽い足取りで教えて貰った病院に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめておけばよかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナースステーションで受付をすませて、病室に向かった。

病室に入って、驚いたのは姉の白さだった。

元々肌が白くはあったけれど、ベットに横たわる彼女の白さは肌と言うよりは骨のようで、さらに痩せているものだから本当にがいこつのようだった。

私の知る姉との違いに戸惑いながら、ベットにゆっくり近づく。

姉は眠っていた。閉じられた目も唇も全てが作り物のようだった。これじゃあ人形だ。

そっとその頬に触れる。体温は微かにしか感じない。死んでいるようにも見えた。

あの日から、姉の時間は止まってしまったのかもしれない。もしくはもっと前に姉の時間は壊れかけていたのかもしれない。

私を羨ましいと笑ったあの日から、何かは確かに崩れかけていた。

 

『お姉ちゃん。』

 

話しかけても、姉から反応はない。

 

『私ね、日本を離れることになったの。』

 

それでも私の口は勝手に動いた。いや、姉の反応がなかったからだろう。止めることが出来なかったのは。

 

『ねぇ、お姉ちゃん。』

 

溢れ出す言葉を、止めることが出来なかった。

 

『ずるいのは、どっちよ。』

 

あぁ、ねぇ、本当にどうしてこんなことになった?

ずるいと言った姉の口の形がこびりついて離れない。

首を絞めた姉の手の白さを、刺さる憎悪を嫉妬を、そして胸の内側からこみ上げてくる憤怒を。全てが材料となって言葉になる。

だってずるいのは、どっち。そんな力を持って、頼られて、特別で。まるで私とは違って。

家族皆が好きだった。けれど同時にとても羨ましかった。

どうして私もそうなれないのかと、死にたくなるくらいには。

本当にどうして。

どうして私がこんな思いをしなければならないのだろう。

逃げなければならないのだろう。

そんなことを、考えてしまった。

どうしてと言いながら私はわかっている。理由なんて簡単だ。

私は〝特別〟ではないから。

両親とは、兄とは姉とは違うただの人だから。だから私はここにいてはいけない。遠くへ逃げて、一人で暮らしていかなければならない。

私だけ。そう、私だけ。

溢れた感情は深い悲しみであったが、それだけではなかった。

それは汚い黒く熱い感情。

力もない、誰からも必要とされない。それなのに、ここにいることすら許されない。

私に力があれば、自衛だって出来たはずだ。だから狙われるのだろうか。弱いから。好きで弱くなった訳じゃあないのに。

 

『私になりたいって、なに。嫌味?皮肉?それとも、本心だった?はは、そっちの方がタチ悪い。』

 

私の家族は〝特別〟だった。でも私は違った。

それがどんなに羨ましかったか、妬ましかったか。少し考えれば、わかる事じゃないのか。

この世界が、人生が何かの作品になるとしたら、私は主人公にはなれない。主人公の名前にふさわしいのは姉や兄で、私ではない。

それが、どれだけ、悲しくて、悔しくて、苦しいことか。

 

『ずっと嫌いだったの。お姉ちゃんなんて、大っ嫌いだよ。』

 

感情に任せてそんな言葉を吐いた。

そこまで言って、ようやく私の口は止まる。全て出し切ったのだろう。

今まで溜まっていたものがようやく外に出れたとやけにすっきりした気持ちになる。

少しずつ怒りは引いていって、冷めていく熱に少し目眩がした。

その時、気が付いた。

 

姉の、目が、開いていた。

 

光のないその瞳に確かに私が映っている。

血の気が引いた。一体、いつから。

私は焦って病室を出る。言ってしまったことを思い出して、吐き気がこみ上げてきた。

とんでもない言葉を言ったものだ。自分で自分が信じられない。

しかも聞かれてしまった。

そのまま私は家に帰った。逃げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから?

 

「……それだけ、だよ。」

 

―――それだけ?

 

「そう。……感動の仲直りなんてないし、家族みんなに軽蔑された、なんて悲劇のヒロインみたいなのもない。現実なんて、そんなもの。そんなものなんだよ。」

 

「ただ、私が最低で、酷かっただけの話。」

 

「それで、大切な家族を傷付けただけの話。」

 

「……お姉ちゃんは、私を守ってくれたのにね……。」

 

全て話し終わった私は、いつの間にか俯いていた首を上げた。

すると目の前に、いるはずのない姉の姿があった。

驚いたが、直ぐにわかった。それは姉ではない。姉の姿をした、罪善だ。

 

「お姉ちゃん。」

 

そうわかっていても、私は姉に対しての言葉を声に出した。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。ごめん、ごめんなさい。」

「嫌いなんて、嘘。私、お姉ちゃんのこと大好きだよ。」

 

そう。私は姉が好きだった。

けれど憎くて憎くて仕方なかった。私の持っていないものを持っているくせに、私になりたいだなんて言うその口を殴ってやりたいくらいには。憎くて、羨ましくて、嫌いで。

そして、私はそんな私が嫌いで仕方なかった。

役立たずのくせに。

なんの力も持ってないくせに。

そのくせに一人前に絶望なんかして。

特別になりたいなんて。

だって。

だって私だって。

誰かを救えるような、すごいねって言われるような。

そんな人に、なりたかった。

 

あれから姉には会っていない。

ここに旅立つ数日間に、会おうと思えば会えた。会うべきだったのだと思う。二度と会えないのかもしれないのだから、ちゃんと謝るべきだったのだ。

でも出来なかった。

意気地無しな私は、恐かったのだ。姉に会うのが。

今まで胸に溜まっていた汚い感情をさらけ出してしまった。ずっと一緒にいた家族に大嫌いなんて言われて姉はどんな気持ちだっただろう。しかもあんな弱った状態で。

思っていても言うべきではなかった。この妬みは内側にしまっておくべきだった。だって誰も悪くない。誰も責めるべきではない。

姉は私を怒っていい。それこそ嫌っていい。その方が私も楽だ。

でも、姉は優しいからそんなことしないのだろう。あの病室のベッドでだって、黙って私の声を聞いていたくらいだ。

……もしも。もしもあの優しい声で「ごめんね」なんて言われたら。

私はきっと、自己嫌悪で自分を殺してしまう。

 

目の前の姉は、姉の姿をした罪善は何も言わない。

ただ私の知る姉の顔で、姉の笑顔をするだけだった。

なんだかそれがたまらなく苦しくて、私は泣いてしまう。

それでも何か言われるよりも救われた。これで許しの言葉や、怒りの言葉を貰ってもそれは姉の言葉ではない。

私が求めただけの、自分勝手な空っぽの言葉。そんなものよりも、無言はよっぽど良いものだった。

それは私の罪の姿として、とてもしっくりくるものであった。

 

―――それが、貴女の罪か。

 

「……そうだね、私の罪。これが、私の罪。」

 

これから先、私はずっと後悔していくのだろう。

姉の姿を心のどこかに置いて。謝れなかったこと。ちゃんと話せなかったこと。そのせいで姉と私の関係がこんな拗れたことを、後悔する。

 

「……いつか、仲直りしたいなぁ……。」

 

そう言うと、キラキラしたものが私の視界に入った。

先程と同じだ。日差しが私を包み込む。暖かくて、柔らかな日差し。身体が暖かくなって、楽になる。

それがあまりにも優しくて、既に零していた涙が栓を抜いたようにどばっと溢れてきた。

年甲斐もなく、泣きじゃくる。だってこんなのされたら、我慢できない。

こんな、優しく、まるで大丈夫だよって、言われているような。

 

仲直りできるかな。

大丈夫かな。

許してもらえるかな。

もしそれが叶うなら。今度はちゃんと言おう。

『私もお姉ちゃんみたいになりたかったよ』って。

そして、ちゃんと喧嘩しよう。

あんな一方的に私が責めるんじゃなくて。お姉ちゃんも、あんな大人びた顔で笑うんじゃなくて。

思いっきり喧嘩して、怒って、泣いて。最後に、お互いにごめんねって謝って。

 

「仲直りしたら、二人で遊びに行こう?私だけが留守番するんじゃなくて。お姉ちゃんだけが、仕事に出かけるんじゃなくて。二人で、どこか楽しいところに行こうよ。」

 

姉の姿をした罪善にこんなことを言っても意味が無いのはわかってる。

仲直りだって、難しいだろう。姉は入院しているし、私は日本に帰れないし。

私が言ってるのなんて夢物語だ。都合のいいハッピーエンド。わかってる。わかってるけど。

仕方ないじゃない。この優しい光が私を救ってしまうのだから。希望を持たせてしまうのだから。

こんな夢物語を、真剣に、想像してしまうの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




One Sin and Hundreds of Good Deeds_主人公になりたかった誰かの話



たった一つの罪と何百もの善
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/One_Sin_and_Hundreds_of_Good_Deeds



【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
なんか懺悔してって神父さんみたいなアブノーマリティだった。
人のトラウマえぐってくるのは辛い。根本は優しそうだけど結構恐いアブノーマリティ。
やっぱオーケストラさんが一番優しいなぁ。


【ダニーさんのひと言】
(ユリちゃんのメモを見た)
何言ってんだこいつ。

今のところ一番安全なアブノーマリティ。脱走しないし、滅多なことで気分を害さないから安定したエネルギーの供給ができる。
ちなみにオーケストラとは比べ物にならない安全さ。
ちなみに懺悔の内容が重ければ重いほどエネルギーがたくさん得られる。
なぁ、アンジェラ。お前の罪を話してみたらどうだ?きっと莫大なエネルギーが得られるぞ?











更新停滞申し訳ございません。
ちょっと次回で一旦一章区切ろうかと考えてます。


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海外移住したら人外に好かれる件について

※ロボトミーコーポレーション(会社)の捏造が凄まじいです。
オリジナル展開強いので苦手な方は避けた方がいいかと。


罪善の作業を終えて、収容室を出た。

なんだかどっと疲れてしまったが、心はとても晴れやかで、これが〝たった一つの罪と何百もの善〟の力かと感心してしまう。

 

「……ありがとう。」

 

収容室の扉越しに、お礼を言った。

現状は何も変わっていないけれど、少なくとも私は変わった。恐怖を忘れた訳では無い。でもちょっとだけ元気になった。

タブレットの通知音が耳に入る。作業指示であった。対象は〝静かなオーケストラ〟。作業内容は〝清掃。〟

指示の文章と一緒に『体調が優れないようなら報告するように』と書かれていた。その文面の優しさが嬉しい。

けれど大丈夫。私は真っ直ぐとオーケストラの収容室に向かった。

ちゃんと、仕事をしよう。出来ることからでいい。

そしてちゃんと生きよう。だって私はいつか姉に謝らなければいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管理人室のモニター越しにユリを見て、Xは安堵した。

罪善に苦しそうに話すユリの声は管理人にも届いていて、無理をしているような様子をXはとても心配していたのだ。

作業を終えたユリに即時作業指示を送ったアンジェラに慌てて、ユリの体調を心配するメッセージを送ったのだが、モニターの彼女は問題なく次の仕事へと向かった。

 

「特別な家系……なるほど、ユリさんの体質はそこから……。」

「……おい、アンジェラ。」

「まさかご家族も特質を持つとは……いえ、考えれば自然なことですね。つまりアブノーマリティへの影響は引き継がれている遺伝子……染色体から?それがわかれば……。」

「アンジェラ!」

「X!ユリさんの遺伝情報を研究しましょう!ただちに!これは大きな発見になるかもしれません!」

「いい加減にしろ!!」

 

自分勝手に話を進めるアンジェラに、Xはついに怒鳴った。

流石のアンジェラも、その声に言葉を止める。

 

「お前、黒井さんを、職員をなんだと思ってる?」

「……一緒に働く仲間ですよ?」

「そんな風には思えない。勝手に作業指示を出して危険な目にわざわざ遭わせたり、研究、なんて言ったり。職員は生きている。人権のある、それぞれ人生を持っている人だ。それを会社のためになるからって、お前の好きにしていいわけがない。」

「待ってくださいX。言い方が悪かったです。ユリさんに協力してもらいましょう。彼女の体質の研究はきっと役に」

「黙れ。……黒井さんや他の職員の指示は暫く俺の独断で進めさせてもらう。アンジェラ、お前の処遇も考えるからな。」

 

そう言ってXは視線をアンジェラから再び管理モニターに戻した。

アンジェラはXの後ろで暫し考えるような沈黙をしていたが、やがて、口を開いた。

 

「……今回はもう、失敗ですかね。」

 

呟いた言葉は、諦めたようだった。

 

「X、ゲームはお好きですか?」

「……は?」

 

突拍子もないアンジェラの質問に、Xは怪訝な表情で応えた。

 

「この研究所に似た施設を管理するゲームが、この世界には存在するんですよ。」

「ゲーム?」

「はい。主にパーソナルコンピュータで行うゲームです。名前は〝legacy〟。遺産、という意味です。

そのゲームで、プレイヤーはXと同じ管理人の仕事をします。どうしてこんなゲームが存在するか、わかります?」

「答えは仕事の効率化を目的とする為。同じ状況をゲームという仮想空間に作り出して、多くの人にプレイしてもらえれば様々な管理パターンを知ることが出来る。パターンだけではありません。管理人に適した人格もよくわかります。優しさも、残酷さも必要ですからね。

「その中でよりすぐりを選んで管理者にデータをインプットするんです。」

「その効率化が成功しているかどうか……は、今のところ微妙ですが。管理の質は確かに上がったけれど、何度やっても元の状態に近づいてしまう……。」

 

アンジェラはXを見て、残念そうに顔をしかめた。

 

「今回は特に早かったですね。……ちょっと優しい人格にしすぎたのかもしれません。エージェント殺害人数が少ないプレイヤーを選んだのですが。」

 

アンジェラの言うことが、Xにはわからない。

けれどこみ上げてくる嫌な予感が、彼の背中に冷たい汗を垂らす。

 

「よくわからないって顔をしてますね?……ではわかりやすく言いましょう。X、貴方はより効率的に仕事が進むようにプログラムされた、作られた存在なんですよ。」

「……は?」

「あぁ、身体は人間です。この会社には人間の管理人が必要だった。臨機応変、が機械は苦手ですから。」

「待て、何を、言ってる。」

「口調まで元に戻ってきましたね。やはりこの会話をすると脳に影響が出るのはしかたないことなのでしょうか……。」

「おい!さっきから、わけのわからないことを!」

「あなたは所詮、効率のいい管理人データをしまう為の器にしか過ぎないんですよ。……ここまで話したなら、もう思い出したでしょう?」

 

淡々と話し続けるアンジェラに苛立ったXは、彼女に殴りかかった。

けれど所詮アンジェラは映像にしか過ぎない。Xの拳は空を泳ぎ、勢いをつけた体は止まることが出来ずよろける。

そしてXの身体は床に倒れた。打った腕に痛みを感じながら、なんとか身体を起こそうと力を入れる。―――が、動かない。

この感覚を、Xは知っている。頭だけが動いて、身体が言うことをきかない。前に同じことがあった。

床に伏すXをアンジェラがのぞき込む。相変わらずの綺麗な顔で、アンジェラはこう言葉を続けた。

 

「もうずっと昔に、あなたの身体は死んでいる。思い出しましたか?」

「うそ……だ。」

「現に動かないでしょう。今までのはアブノーマリティから得られる特殊エネルギーによって活動停止した細胞を強制的に活性させて動けていただけです。」

「俺は、生きてる……!」

「……まぁ、生きてはいますかね。一度死んだというだけで。」

 

Xはアンジェラを強く睨んだ。身体の動かせない今、彼にとって精一杯の彼女への反抗だった。

それをアンジェラは本当に面倒くさそうにため息をつく。

 

「エージェントダニーといい、貴方達は本当に面倒くさいですね。そんな睨まないでください。貴方を殺したのは私達ではない。どちらかと言えば命を救ったんですよ。」

「ふざけるな!」

「ふざけていません。思い出してください。貴方を殺したのはアブノーマリティ。〝何も無い〟。でしょう?」

 

あれは悲しい事故でしたね。とアンジェラは特に悲しそうな素振りもせずにXに言った。

 

「アブノーマリティに襲われ死んだ貴方を私達は特殊エネルギーを使って生き返らせた。貴方は運が良かったです。他のエージェントで同じことをしても、生き返ったのは貴方だけでした。

だからまぁ、本当は死んだ命。少しくらい私達に尽くしてくれてもいいじゃあないですか。」

 

Xの身体にアンジェラは手を伸ばす。それは映像であって触れることはないのだが、強烈な嫌悪がXの胸に溢れかえる。

 

「最後にどうしてこんな話を貴方にするか教えます。この事実を貴方が知ることが、貴方の人格とデータのリセット条件なんですよ。毎回元の人格と話すのは、正直胸糞悪いですがね。」

 

Xの思考がだんだん白に染っていく。視界はぼやけて、見えなくなっていく。

固くなっていくXの身体をアンジェラは見つめる。いや、彼女はAIだ。もっと正確に言えば設置されたカメラにXの身体を映して、状況の情報整理を行う。

優秀なAIは考えた。より良い管理人にする為にはどうしたらいいか、データをかき集める。

今度はもっと好奇心の強い人格の方がいいか。行動パターンは積極的にするべきか。

そうだ、それがいいと考えついた。興味を持ったものに対して、迷うことなく行動する。そんな人ならば、未知の可能性を持つユリへの研究を咎めることは無いだろう。

早速アンジェラは膨大なデータから適したものを見つけ出す。それはどこかの日本人のデータであった。人格、行動パターンからして今までのXと少し違いすぎるようにも思えた。

もしかしたら別人のようになってしまうかもしれないと危惧するも、それも仕方ないことだとアンジェラは思うことにした。

 

「……そうだ、せっかくだし貴方達とも接触させてみましょうか。」

 

アンジェラは研究所内の映る管理モニターに向かってそう呟いた。

その表情は、人工的なものとは思えないほど自然で、人間的で、心底楽しそうな、笑顔であったという。

 

「私の部下として、いい結果を出してくださいね。Sephirah。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーケストラの収容室に着いたユリは、いつも通りの慣れた手つきで清掃の作業を開始した。

オーケストラが奏でてくれる美しいメロディーをBGMに床を布で拭いていく。

少し前にダメもとで作業中なにか演奏してほしいとねだってみたら、意外にも快くオーケストラが引き受けてくれた。その日からオーケストラはよく作業中にこうして演奏をしてくれるようになったのだ。

 

「……そういえば、オーケストラさん。」

 

―――なんですか?

 

「オーケストラさんって、なんで私にこんなよくしてくれるの?」

 

―――好きだからですよ。

 

「なんで、好きなの?」

 

―――好きに理由は必要でしょうか?

 

「うーん……わかんないけど、理由を知れた方が、安心するかな。」

 

―――安心ですか?

 

「うん。……ちょっと、過去のことを思い出して。」

 

ずっと知りたかったことではあった。

ここのアブノーマリティ達は何故か自分の事を好いてくれている。嬉しいし、助かるのだがその理由が全くわからなかった。

日本にいた頃では考えられない話だ。なんの力もない弱い私は、好かれるどころか殺されそうになるくらい、そういったものに嫌われていたのだから。

 

―――理由…

―――ユリさんは、私にとって特別な存在だからですかね。

 

「特別……。」

 

―――はい。特別です。

 

「特別って、どこが……?私、何も出来ないよ。」

 

―――何が出来るから特別という訳では無いでしょう。

 

「それは……確かに……そう、なのかな……。」

 

―――……ユリさん?

 

「……特別って、なんなんだろう……。」

 

―――ユリさん、何かあったんですか?

 

心配そうにするオーケストラに、私は無理矢理笑顔をつくった。

けれどあまり上手くいかなかったようで、心配したのかオーケストラの演奏が止まる。

 

「特別って言葉は、私には似合わないかな……。」

 

ずっとそうだった。あの素晴らしい力を持つ家族と並んで、自分の事を〝特別〟なんて呼ぶことは出来なかった。

圧倒的なその格差を前にそんなこと言うのは勿論、思うことすらおこがましいと感じていた。

憧れた言葉〝特別〟。決して手に入らないと思ったそれを、こんなにすんなりと言われてしまって、それで納得しろというのも難しい話だ。

 

―――ユリさんは特別ですよ。

―――特別とは〝他とは違う〟ことです。

―――私の中で、ユリさんは他とは違う。

 

「……どこら辺が?」

 

―――ユリさんは綺麗です。

 

「えっ!?き、綺麗ではないと思うんだけど……。」

 

―――綺麗ですよ。私にとっては。

―――他の人がどう言おうと、ユリさんが疑おうとも。

―――私にとって、ユリさんは他とは違う、大切な、特別です。

 

「オーケストラさんに、とって。」

 

―――はい。

―――好きですよ、ユリさん。

 

オーケストラのストレートな言葉に、身体が熱くなるのがわかった。

どうしてこのアブノーマリティは、こう恥ずかしいことをはっきりと言ってくるのだろう。

まだ完全に〝なぜ私を好きでいてくれるのか〟の疑問は解決していないけれど、なんだかもうよくなってしまった。

これ以上聞くのは、恥ずかしくて耐えられないかもしれない。

それに、これ以上なんてきっとオーケストラにはないのだろう。

今の言葉がオーケストラの本心で、事実なのだ。オーケストラが嘘をつくようなアブノーマリティでないことは、わかっている。

 

世界にとって、私は決して特別ではない。

でも、オーケストラにとっては、特別。

他とは違う、特別。

そういう、話。

 

「他とは違う、のが特別なんだよね。」

 

―――はい、そうですね。

 

「じゃあ、私にとってオーケストラさんは特別かな。」

 

―――私が?

 

「うん。」

 

こんな私を、特別と慕ってくれる。

この優しいアブノーマリティを特別に好きにならない方が、きっと、難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外移住したら人外に好かれる件について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず1回区切る感じになります!
コメントで多くいただいてたセフィラについて。出しますが皆さんに期待していただけるほど出番はないかもです……。

裏ネタ)
話にでてきたゲームは言わずもかな本家さん。
でもレガシー版の方を指してます。
アップデート版が当作品のリアル世界とかんがえていただければ。
収容方法とか作業内容はレガシー版をベースにしてるからややこしくてすいません 


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〝怖いけどやりがいはある仕事です。え、本心ですよダニーさん。洗脳??〟ーYuri
Plague Doctor


日本から移住してきて、早一カ月。徐々に気温が下がってきて、秋の爪先が見えてきた頃。私はと言うととりあえず仕事辞めたい病にかかっていた。

別に何があった訳では無い。強いて言うなら仕事量が増える一方で忙しさが増しているくらいだ。

何が嫌という訳では無い。けどとりあえずやる気が出ない。そういえば日本にはこんな言葉がある。〝五月病〟。

当たり前だが仕事をしないわけにはいかないので、足の重さを感じながら私は次の収容室に向かった。

研究所の廊下を移動しながらタブレットで次の作業指示を確認する。表示されているのは初めての名前だった。

 

〝対象:ペスト医師(O-01-45-z) 作業内容:清掃〟

 

ペスト医師。お医者さん?

ペストって、ペストマスクのことだろうか。それなら知ってる。確かなにかの映画で見た事があるのだ。

特殊な感染症があって、その患者の診断をする医者が感染を防ぐための仮面だったはず。

名前からして、それを付けたお医者さんみたいなアブノーマリティなのだろうか。

いやいや、そんな安直なと首を振る。名前に騙されてはいけない。私はとっくに〝無名の胎児〟でそれを学んでいる。

どんな化け物が、と構えておいた方が後々楽だ。精神的に。

仕事嫌だなぁ、しかも新しいアブノーマリティとか。

タブレットのエンサイクロペディアを起動して〝ペスト医師〟について調べてみる。

けれど見つからない。私は大きくため息をついた。

この現象は〝まだ対象アブノーマリティの確定した情報がない〟時に起こるとダニーさんから聞いた。

対象アブノーマリティへの行った作業が少なすぎて正しいとされている情報がないのだ。せっかくエンサイクロペディアが使えるようになったのに、情報ゼロなんて。以前と変わらない。

そうこう考えている内に収容室についてしまった。どの収容室も扉の大きさは統一されているはずなのに、初めてのアブノーマリティの扉はいつもやけに大きく感じる。

深呼吸を一つ。意を決して、扉を開けた、ら。

 

「おぉ……。」

 

すごい安直な姿をしたアブノーマリティがいて逆に驚いた。

ペスト医師。名前の通りペストマスクを被った人型のようだ。

人型、と言っても肌とかは見えない。身体は黒の長いコートで足まで包まれていて、しかも首はモコモコしたマフラーのようなもので覆われている。顔はペストマスクで見えないわけで。

纏っているものが人の姿を作っているだけで、本当はどうかわからない。

そして腕がない。代わりに人には絶対ない黒い羽が生えている。

鳥人間、と言ったらいいのだろうか。背が高いために、少し首に無理をしてもらって見あげなければ顔が見えない。

「初めまして、お嬢さん。」

「話せるんですか!?」

 

観察に夢中になっている私に声をかけたのは、間違いでなければ、あるいは誰かの悪戯でなければ目の前のペスト医師だ。

今まで頭の中に語りかけるアブノーマリティはいたが、こうしてはっきりとした声で話しかけられるのは初めてだった。

 

「はい。話せますよ。あまり会話は好きではありませんが……。」

「あ、そうなんですね……。まぁお掃除しに来ただけなので、安心してください。」

「掃除?」

「はい。掃除も嫌いですか?」

「いえ……清潔なのは、いいことです。」

「綺麗好きなんですね。」

「私は医者ですから。」

「何を治せるお医者さんなんですか?」

「なんでも。」

「なんでも?」

「はい。苦しむ誰かを救うために私はここに来ました。私は病気を治療するためにここにいます。その日が来たとき私を見つけてください。あなたを助けましょう。」

「へぇ……じゃあ、その時はお願いします。」

 

あれ、私何か今言ってはいけないことを言ったかもしれない。

このアブノーマリティの〝治療〟がどんなものかもわからないのにお願いするなんて危険行為だったろうか。

こみ上げてくる嫌な予感を感じながら、さっさと退室するために私は掃除用具を取り出した。

まずは折りたたみ式箒を組み立てて床の埃や塵を掃いていく。

目に見えるゴミを集めたらそれを袋にまとめて次は拭き掃除。

ちなみにこの掃除セット実は二組入っていて、場合によっては収容室だけじゃなくてアブノーマリティ本体の掃除をするらしい。本体にとか絶対やりたくない。

まだ使ったことのない羽根箒を見る。……今度、オーケストラさんに使ってみようかなぁ。

 

「手慣れてますね。」

「え?あー、昔からやってたからですかね。私の家畳だったので、掃き掃除と拭き掃除基本だったんですよ。」

「たたみ?」

「はい。畳ってわかりますかね?日本の和室には主流だったんですけど……。」

「日本?和室?」

「あ、日本もわからないか……。日本は場所の名前。ここから海を越えた、遠いところにありますよ。私はそこから来たんです。」

「日本……そこは、どんな場所なんですか?」

「どんなって……うーん、そうだなぁ。」

 

日本ってどんな所かあえて聞かれるとなんて答えていいかわからない。

風流とか、わびさびとか、おもてなしとか色々言われるけどそれを説明するのって難しい。しかも英語で説明するとなるとよけいに。

 

「日本は、春、夏、秋、冬の季節がもっとはっきりしてます。夏もここよりずっと暑いんですよ。暑くて暑くて嫌になるくらい。湿気も多いし。」

 

こちらに来て驚いたのは、夏がずっと過ごしやすかったこと。

日本より北にあるから当たり前だけれど、いつもあの焼けるような熱気に押されている私としては驚きだった。

 

「でも、私は日本の夏も今思えば好きだったなぁ……。」

「嫌になるくらいなのにですか?」

「そう。嫌になるくらいなのに、おかしいよね。日本の夏はね、外を歩くと日に当たったアスファルトが熱気を放って、風もぬるくて、そのくせ湿気が多いから蒸されたように暑いんです。でもその中で食べたソフトクリームはすごく美味しくて。あと夜の花火も好きだったなぁ。行けない年も多かったけど。」

「ソフトクリーム?花火?」

「ソフトクリームは冷たいお菓子。花火は……説明難しいな……うーん、火薬を使って空に花の模様を映し出すって感じかなぁ。キラキラして綺麗ですよ。」

「キラキラ……。いつか、見てみたいものですね。」

 

会話好きじゃないという割によく話すアブノーマリティである。

お医者さんというだけあって、知識欲が高いのだろうか。

話しているうちに掃除が終わって、部屋を出る準備をする。清掃というより交信の作業をしたように思える。

でもペスト医師は不機嫌にもなっていないし、むしろ向こうから私に話しかけてきたわけだしいいだろう。

 

「貴女の話は面白いですね。」

「あはは……すいません、お話あまり好きじゃないって言ってたのに。今後気をつけますね。」

「いえ……出来れば、また話して頂けませんか?」

「え……あ、じゃあまた機会があれば。その時。」

「ありがとうございます。……貴女は、最後にしましょう。私はまだ貴女と話したい。」

「最後?なんの最後ですか?」

「ふふ、今はまだ、秘密にしておきましょうか。」

 

静かに笑うペスト医師だが、そういう意味深なこと言うのやめてほしい。

私の苦笑いに応えることなく、ペスト医師は私に別れの言葉を告げる。

 

「それではまた、お嬢さん。」

 

随分紳士的なアブノーマリティだ。ひとつお辞儀をして、私は収容室から出た。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその後オーケストラさんへの清掃作業の指示があったので、羽根箒を使ってみたのだが。

本体となっているマネキンを優しく撫でるように羽根箒を使っていく。

 

「どうですかオーケストラさん。綺麗になって気持ちいいですか?」

 

という質問に対して。

 

―――こしょばゆいです。く、くすぐったい……。

 

という返答がかえってきた。

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ペスト医師
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Plague_Doctor
※今回の参考資料にしたページは当作品の今後の展開の大きなネタバレを含みます。
それが嫌な方はこの章が終わってから参考のURLを見ることをオススメします。




【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
お医者さん。知識欲が高そう。なんか結構よく喋る。


【ダニーさんのひと言】
最近来た。今のところ無害。
作業したやつの話聞くとすげぇ良い奴らしい。もはや神様とか言ってた。
罪善と同じタイプか?











アンケートご協力ありがとうございました!新章はペストさんスタートです。
新章ですが前の章よりはアブノーマリティときゃっきゃうふふしてもらう予定。

ちなみにゆりちゃんの言っている〝こっちの気候〟はアメリカの中心都市を参考にしてます。が、あくまで物語上での気候なのであまり意識しないでいただければ。

今後ともよろしくお願い致します。


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Singing Machine_1

本日のスタートは罰鳥への栄養作業から。

手のひらで餌を上げながら木に止まっている罰鳥を撫でる。もふもふ。

本当、こうしているとただの鳥にしかみえない。いやこんなに愛嬌のある時点でただの鳥ではないのだろうが。

その手触りの良さに思わず頬擦りすると、罰鳥は嫌がるどころか積極的に自身の体を擦りつけてくる。かわいいいいいい。

罰鳥はよく収容違反をすると聞くが、私はまだあの初めてあった時以外、罰鳥がこの部屋を出ている姿を見たことがない。

しかし聞いたところによると、私が研究所を休みの日はすぐ様に収容違反するらしい。Xさんいわく「黒井さんを探して収容違反してしまう」と。それが本当なら不謹慎ながらかなりかわいいのだが。

なので、次の日がお休みの日は必ず罰鳥に挨拶に行くことにしている。そして休みを報告した時の罰鳥の反応が、また堪らんくらいかわいい。

 

「罰鳥さん、私明日お休みだからいないの。また明後日ね。」

 

そう言うと罰鳥は首を傾げて、そのガラスみたいな瞳で私を見つめる。

とぼけたようなその態度もかわいいのだが、言葉を理解した途端に小さなくちばしが私の制服を咥えて離れまいとしてくる。

これが休み前の度に繰り返される。私の癒し。

 

「また明後日は研究所にいるから。いい子でお留守番してて。ね?」

 

そう言うと、渋々離してくれるのだ。可愛すぎか。この鳥は毎回私のことを喜ばせてくれる。

これで本日一体目のアブノーマリティへの作業は終了。軽く手を振って、収容室を後にした。

 

この後はオーケストラさんにも挨拶に行く。恐らく後で作業指示が来るだろう。

といっても、オーケストラさんの作業担当になっているため、休み前以外も必ず一日一回作業するのだが。

オーケストラさんに教えてもらったのだが、〝成人した人間に近い知能を持つ〟アブノーマリティは、研究所内に私がいるかいないか位ならわかるらしい。

なので前〝無名の胎児〟に与えた抱き枕作戦も、対するアブノーマリティによっては効果がないそうだ。

試しに私が休みの日、オーケストラさんに抱き枕を渡したことがあるのだが、オーケストラはそれを完全にただの人形と理解し、更にその後『 あの抱き枕、ユリさんが近くにいるみたいでいいですけど、実際のユリさんの方が可愛いと思いますよ。』と感想をいただいた。

ちょっと怖かった。

ちなみに抱き枕返そうとしないので『この抱き枕あったらここに来ませんからね!!』と脅した。そして無事に返してもらったのだ。

さすがに自分の人形のある部屋で掃除とかしたくないので良かったのだが、その後一連の流れをモニターで見ていたXさんに危険な言動だとすこぶる怒られた。反省。

オーケストラさん同様、罰鳥にも抱き枕は効果がないらしい。

置いておいたら止まり木の代わりに止まったりするが収容違反はする。

 

つまり罰鳥は〝成人した人間に近い知能を持つ〟ということだ。

 

それを考えると、……あの、かわいい鳥を警戒してしまう。

今はいいけれど、この先、何か起こるのではないのだろうか。

更に気になるのは、〝大鳥〟。

罰鳥と同じ鳥類のアブノーマリティの大鳥は、どうなのだろう。

抱き枕の実験は実はまだ行われていない……というより行う事ができない。

大鳥はもう、脱走しなくなってしまったのだ。

私がいてもいなくても、大人しく収容室でじっとしている。

たまに私が大鳥の収容室に行っても、ちょっと喜んだように体を揺らすだけ。

 

『これからは見守ってくれてると、嬉しい。』

 

あの時、初めて大鳥にあった日私はそう言った。その言葉を、大鳥は守っている。

それは嬉しいし、助かるのだけれど。

大鳥は脱走しないだけで、脱走出来ないわけではない。

もし大鳥が罰鳥と同じく〝成人した人間と同じくらいの知能を持つアブノーマリティ〟であったとしたら──、いや、そうでなくても人の言葉を理解するようなアブノーマリティである大鳥が。

滅多なことで脱走しなくなった今の状態でも、脱走してしまう程のなにかが起こってしまったら。

 

私達は大鳥を、その何かを止めることが出来るのだろうか。

 

何故かとても嫌な予感がするのだ。

アブノーマリティは皆危険なのに、あの鳥達だけは、とても嫌な予感がする。

これがただの予感であればいい。私の気のせいであればいい。

実際その確率の方が高いだろう。私には予知の力などないのだから。

……でも、不安になってしまう。

あの大きな目を見る度に。たまに香る、森の匂いが鼻をかすめる度に。

 

その時、ピピピッと音が。

 

「っ、び、びっくりした……。」

 

急にタブレットから通知音がしたので、考えにふけっていた私は驚いてしまった。

確認すると作業指示だ。

 

〝対象:歌う機械(O-05-30-H) 作業内容:栄養〟

 

初めて聞く名前のアブノーマリティだ。歌う、機械?しかも作業内容は栄養?

機械と名前がついているが、生き物なのだろうか。

エンサイクロペディアで調べてみる。と、なんかすごいのがでてきた。

ペスト医師の時とは違い〝歌う機械〟の情報は出てきた。出てきたのだが名前と一緒にでてきた写真が怖い。

グレーの背景に2つの黄色い目。いや、目ではないのだろうか。黄色い丸の中央に白い点があって、その白い点の中が音符になってる。しかもグレーの背景には返り血のような赤がついていて……。

不安に思いながらその画像をタップして、詳細を確認する。

そこには〝作業を行う場合の注意点〟が記載されていた。

 

【作業を行う上での注意点】

①エージェントはアブノーマリティの本体(機械)が作動していないことを確認する。作動している場合作業は中止し、速やかに収容室から退室すること。

②管理人から作業指示がない限りアブノーマリティへの作業を行っては決していけない。他エージェントから作業を指示された場合、必ず管理人に報告すること。

 

その内容を頭に入れて、私はタブレットをしまった。

さて、収容室前についた。扉近くの機械にパスワードをいれる。ロック、解除。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃どこかの収容室では。

 

彼はそのアブノーマリティを前に、戸惑いを感じていた。

アブノーマリティの中に、比較的安全なものもあることを彼は知っている。彼は割と長くこの研究所に勤めていて、経験をつんでいた。

けれどかつて、こんなアブノーマリティはいなかった。

 

「どうして、貴方は私を救うのですか。」

 

恐くなって彼はアブノーマリティに問いかける。そう、彼は怖かったのだ。そのぬるま湯のような心地いい言葉で、甘やかしで、火傷するのが恐かった。

だって何人が今まで彼の前で死んだ?何人が殺された?何人が、苦しんだ。

そんな地獄のような場所で今更こんな、救いの手を差し伸べられて。信じられるか?

 

「そうやって、私を騙すつもりでしょう。わかっている。ここはそんなものばかりだ。力になる、助ける、そして裏切る……。私は違う。騙されない。」

 

彼は強く、アブノーマリティを睨んだ。殺意と嫌悪を真っ直ぐに構えてアブノーマリティの言葉を待った。

 

「……私が、貴方を救う理由なんて。救いに、理由など必要でしょうか。」

「は……。」

「目の前に苦しむものがいれば、私は救いたいと思う。そうですね、強いて理由言うなら、私がそうしたいから。」

「……意味が、わからない。」

「ふむ……難しいですね。」

「そんな!聖人みたいな、神様みたいな理由!!嘘だ!裏があるんだろ!!お前らはみんな危険で、危なくて、そうやって油断を誘って私達を殺す!!だから、だから私は仕方なかった!!私は……私は……。」

 

彼は頭を抱えて、その場にしゃがみこんでしまった。立ってなどいられなかった。

彼にとってここは危険で危ない職場だった。いつ死ぬかわからない、崖っぷちに立たされてるような職場だった。

だから仕方がなかったと彼は言い聞かせる。ここはそんな汚く、恐ろしいものばかりだから。だから、彼は今まで何度も誰かに『力になる』『助ける』と笑って、裏切ってきた。

自分は悪くない。誰だって死にたくなんてない。私がしてきたことは仕方の無いことであって、罪悪感を感じる必要なんてない。

それなのに、何故毎晩夢に彼等が現れるのだろう。

 

やめてくれ。

あの時みたいに「助けて」なんて、そんな血塗れの顔で言わないでくれ。

「許さない」なんて、頭のないお前は誰だ?

 

「私は……、悪くない。悪くないんだ……。でも……でも……すまない……本当に……すまない。許してくれ……頼むから……。」

「……誰が貴方を恨んでも、私が貴方を許しましょう。」

「貴方が……?」

「はい。だから、ほら。」

 

アブノーマリティは自身の持つ大きな翼を広げて、彼を待った。

彼は縋るようにアブノーマリティに近づく。翼の腕の中に、彼は吸い込まれていく。

 

「ペスト、医師さん。」

 

彼はその翼の中でアブノーマリティの名前を呼んだ。暖かい。とても心地がいい。

彼は泣いた。今までずっと溜まっていたものを、出してしまっていいと許されたような気がしてただひたすらに泣いた。

彼はこんなアブノーマリティを知らない。こんな、優しいアブノーマリティを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

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Singing Machine_2

〝歌う機械〟の収容室の中はとても静かだった。

その静寂を不気味に思いながら足を踏み入れる。中には何か、大きな四角い金属の箱が置いてあった。

え、まさか。と思う。恐る恐るその金属の箱に触れる。冷たい。動いていないようだ。

これが、〝歌う機械〟?

何の変哲もない、ただの機械のように見える。なんの機械かはわからないけれど。

4本足で立っているそれには、四角いボディの上に小さなパイプが着いている。あと真ん中に切込みのような線があって、正面にある黒い円状の部品まで続いていた。

もしかしたらパカっと縦に開くのだろうか。パペットの口みたいにパカパカって。

作業用に取り出しておいたフレークを見つめる。もしここが開くのなら開いたそこにフレークを入れろということ?

試しに機械を開こうと手をかけて力を入れてみる。重い。でもちょっと動く気配がする。

諦めずに踏ん張って力を入れる。何だか無理矢理感があるけれどこれあっているのだろうか。

 

「うっ、わ!」

 

と、急に機械が軽くなって、機械がパカッと開いた。反動でよろけて機械の中に倒れそうになるが何とかバランスをとる。

倒れそうになっていた先にあるのは―――なんと、刃物だった。

さぁ、と血の気が引く。慌てて身を引いた。

驚きと恐怖で心臓がうるさい。今度は慎重に機械の中を覗く。

いくつも金属の刃が並んでいる。刃は回転する薄い円状になっていた。

これ、もしかしてあれじゃないだろうか。肉の塊をミンチするやつ。ひき肉を作る機械。

日本にいた時に、大手飲食店のハンバーグが出来るまでのテレビを見た時に、これと似た機械があったような気がする。

かなり曖昧な記憶だけど機械の中の部品も何か切るようなものだし、可能性としてはあると思う。

それだと〝歌う〟機械ってどういうことだろう。

〝歌う機械〟なんて名前をしながら実は〝肉をぶった斬る機械〟でした。それ名前詐欺じゃないか。

それか動く時に音が鳴るとか?それこの機械に必要な機能?なんで肉を切る時に音楽があったらいいよねってなったの?ノーミュージックノーライフなの?

考えてもわからない。機械が動く気配もないし、何だか面倒くさくなった私はとりあえず刃物が覗く機械の中に作業用のフレークを一袋入れてみた。

粒状のフレークはカラカラと音を立てて機械の中に入っていく。再びこれあっているのだろうかという疑問。というより間違っていたらこの機械壊れるんじゃないだろうか。

……やってしまったことは仕方ないので、機械の蓋を閉じてみる。開けた時とは違って簡単に閉じてくれた。

そして、沈黙。

 

「あー……まずい、かな。これ。」

 

なんの変化もなし。これは間違っていたかもしれない。

けれどタブレットを確認するも指示の更新はされていない。とんでもない間違いをしていたのなら流石になにか連絡がくるだろう。そう結論づけた私は、もうやることも無いと収容室を出ようとした。

しかしその足は止まった。後ろで音がしたのだ。

ピーッと電子音がした後に、ゴウンゴウンと空気を巻き込む音。

振り返ると、機械が動いている。

先程までなんの変化もなかったコンクリートのボディが上下しているのを見て、電源ボタンのライトが目に痛い人口色に光っているのを見て私は思わず一歩引いた。

―――なんで、急に。

突然のことに跳ねた心臓が落ち着いてくれない。驚きの後についてくる恐怖。

やめて欲しい。私洋画ホラーの、あの突然大きな音で脅かしてくるのとか苦手なんだから。

慎重に近付くと、やはり機械は作動したようだった。

といっても私がいれたのは肉の塊なんかではなく固形の小さなフレーク粒。中で金属の刃が空振りしている音を聞いて苦笑いする。

 

「……音?」

 

小さくだが、メロディのような音が聞こえた。

その音はすごく小さい音で、耳をすませないとわからない程。

どこから聞こえるのか探ってみると、機械についていた小さなパイプから、中でかき混ぜている空気と一緒に音楽が流れているようだった。

聞いたことの無いメロディー。けれどとても美しい音。なんという曲だろう。

暫くして音は止まってしまった。

……この曲。もう少し、聞いていたいような。

私はウエストポーチからフレークを取り出し、再び機械の中に入れた。するとまた音楽が流れる。

やはりいい曲だ。でもどうしてこんなに音が小さいのだろう?

もしかしてフレークだからいけないのだろうか。元々肉を切断する機械かもしれないのに、肉の代わりにフレークでは味気ない。

大きな肉が必要。生の肉。切断する作業が長くかかりそうな物がいい。なら骨の着いた大きな肉。

どこかにないだろうか。そんなものが。例えば……例えば、人間の体(わたし)のような生き物が―――

 

「っ、熱っ……。」

 

首筋が一瞬熱くなる。

咄嗟に首を抑えて、熱を持った場所を摩った。それは痛みが残る事もなく直ぐに引いたけれど。

この熱を発するのは、確かオーケストラが私を精神的な攻撃から護ってくれる時に発するはず。

目の前の機械を見る。私は今このアブノーマリティから攻撃を受けていたのだろうか。全然心当たりがない。

そういえばエンサイクロペディアにこう書いてあった筈だ。【作業を行う上での注意点】【①エージェントはアブノーマリティの本体(機械)が作動していないことを確認する。作動している場合作業は中止し、速やかに収容室から退室すること。】

どうしよう。これ、どう見ても動いてる。動いているのにフレーク機械に入れちゃったよ……。

けれど別段異変はないし、危険な感じもないので大丈夫だろうか。まだ起こってないだけ、とは考えたくない。

何か起こる前に私は今度こそここを去ることにする。

フレークが中に残ってるのか、まだ作動している歌う機械。そのうち止まるだろうと収容室を後にした。

 

次の作業指示を確認するためにタブレットを開く。すると〝お昼休憩〟の文字。

お昼休憩はエージェント達が交代でとれるようにXさんが調整して指示をくれてる。今日は比較的いつもより早くお昼が取れるみたいだ。

今日は何を食べようかなぁ。節約でお弁当を持ってくることもあるのだが、基本めんどくさいので一度外に出て買ってくることが多い。

 

「あ……ハンバーガーにしよう。」

 

そう思いついたのは歌う機械の作業をしていたせいだろう。

ひき肉=ハンバーグ、=ハンバーガー。

我ながら単純だけれどお腹はもうハンバーガーを向かい入れる準備をしていて、 私は楽しみにお昼休憩に向かうのだった。

 

 

歌う機械が、歌を止めないのを私は知らない。更に言えば何故か段々と大きくなっていることを、まるで、誰かを誘い込んでいるような。

そしてその歌を聞いた他のエージェントの瞳の色が変わるのを、それがどういう事なのかも私は知らずに、呑気にハンバーガーを買いに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 




遅くなり申し訳ございません。
暫く小説からもハールメンからも離れておりました……。
一ヶ月一回は最低でも更新したいのに……。
文章力の方でのスランプが強いのでリハビリしながら書き進めていきます。ネタという名の妄想はたっぷりあるのじゃ。
誰かマジで脳内の映像を文章にする機械作ってくれよマジで……


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Singing Machine_3

ハンバーガーはチーズに限る。

ちょうどお昼時でハンバーガーショップは混んでいたが、わりと早く買うことが出来た。

日本のものに比べるとボリュームもカロリーも違うこちらのハンバーガー。しかしこのジャンキーな感じが時折すごく恋しくなるのだ。

でもポテトにつけるケチャップは日本の方が好き。こちらで買うケチャップは私が食べていたものよりも酸味が強くて、料理に使う時に量を間違えると味が壊れて困る。

ぐぅ、とお腹が鳴ってしまった。最近出社時間ギリギリまで寝てしまうことが多く、朝ごはんを満足に食べれてないのが原因だろう。

紙袋に入ったハンバーガーを想像して、早足で研究所に戻る。ガサガサとビニール袋の擦れる音が私を急かしている。温かいうちにかぶりつきたい。

研究所でのお昼は休憩室か待機所でとることになっている。お茶とコーヒーのドリンクバーはどちらにも用意されているのだが、休憩室の方が広くて電子レンジと水道と冷蔵庫があることが特徴。ただし冷蔵庫のアイスは名前を書いていても気がついたら誰かに食べられている。酷い。

どちらで食べてもいいのだが、私は休憩室でとることのほうが多かった。待機所は休憩じゃなくて作業指示を待つ人がいるので、話しながら食べる人が多い。人と話すのは嫌いではないけれど、休憩室の静かでゆっくりした空間が好きだった。

休憩室に向かっていると、後ろから肩を叩かれた。

 

「っ!?」

 

振り返って、私は驚きにびくっと肩を揺らしてしまう。

黄色。黄色の目。

私の肩を叩いたのは、男性エージェントだった。姿を見たことはあるが話したことは無い。別の部署のエージェントだろう。

それだけならいいのだが、様子がおかしい。目が、黄色い。ただの黄色の瞳なら綺麗だが、瞳孔が開いていて、その瞳は元々の色と言うよりも人工的な、クレヨンで塗りつぶされたようなものだった。

真っ黄色な虹彩に、真ん中に黒色の瞳孔。しかも動向の中心が何か、濁っている。

……待って、これ私どこかで見たことがある気がする、

 

「うっわ!?」

 

驚きに固まっている私を、あろう事か男性は担ぎあげた。

俵持ちにされて流石に抵抗するも異様に力が強い。身体がしっかり固定されてバタつく手足は無力だった。

男性はそのまま歩き始める。しかもすごい速さで。

 

「ちょっと!どこに行くの!!降ろして!!」

 

そう抗議するも男性は全く聞き入れてくれない。

途中すれ違う他のエージェントに助けを求めるも、男性の足の速さにかなわず皆の助けの手はからぶってばかりだ。

焦りと不安の中何も出来ないでいると、男性はある場所で止まった。

顔を上げてみるとどこかの収容室前。男性は私を担いだまま中に入る。

 

「えっ 」

 

そこは〝歌う機械〟の収容室だった。

蓋の空いた機械がそこにまちかまえている。まさか。

男性は私をそこに近付ける。先程見た内部が、いくつもの金属の刃が私を待ち受けている。

 

「ひっ……」

 

想像した未来に強く目つぶる。

反射的に頭を庇った両腕、その時するりと腕から重さが抜け落ちるのを感じた。

 

「……?」

 

しかし痛みはこない。

恐る恐る目を開けると、やはり目の前には機械。そしてその中に見た事のあるビニール袋が入っていた。

先程まで私が持っていたハンバーガーの袋だ。腕を動かした時に落としたのだろう。それが偶然機械の中に入ったと。

 

「っ痛!?」

 

突然男性は私を床に下ろした。というより投げ捨てた。

咄嗟に受け身をとるも上手くいかず、腰を打ってとても痛い。

しかし機械から離れられたことに安堵し、顔を上げると男性が機械の蓋を閉じようとしている所だった。

バタン、と閉じた機械。しかし床には私のハンバーガーはない。つまり男性はそのまま機械を閉めたのだ。

ピーッと、電子音。空気の混ざる、機会が動く音。そして。

 

「あぁ……これ……これだ……この音……。」

「音、楽……。」

 

機械から流れる音に男性は恍惚の表情を浮かべる。その表情のまま音楽に合わせてぎこちなく腕を上下に動かした。ロボットダンスのようだけど、リズムが全然とれてない。

 

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 

しかもそのまま倒れた。

駆け寄ると意識は失っていないようだった。ただ幸せそうな顔のまま、倒れて動かない。

不気味だ。これは明らかに異常だろうと、私は助けを呼ぶため収容室を出ようとする。

 

「うわっ!?」

 

が、それはかなわず転んだ。何かに足をとられたのだ。

足元を見ると、男性が私の足を掴んでいる。何とか離してもらおうと足を動かすも力がより強くなるだけ。

最終手段として掴まれてない足で男性の頭を強く蹴るも、表情すら変えずに掴んだままだった。

流石に男性に恐怖を感じて背筋が凍る。

 

「助けて!誰か!!」

 

叫んでみても外には届いていないのか反応がない。こうなったらXさんに助けを求めようとインカムの呼び出しボタンを押した。

 

「Xさん、Xさん聞こえますか?」

『もしもし、黒井さん?』

「よかった……!あの、今私〝歌う機械〟の収容室に閉じ込められてて。」

『うん。モニターで見てたよ。助けが間に合ってなくてごめんね。今ダニーさんがそっちに向かってるから。』

「本当ですか!ありがとうございます!」

『ダニーさん一度中央本部の方に戻ってからこっち来るんだ。もうすぐ到着するよ。』

 

インカム越しのXさんの声に安心する。ダニーさんが来てくれるのなら、きっと大丈夫だ。

……けれど、何か、違和感を感じる。

Xさんの話し方が、いつもと少し違うのだ。何が、とは言えないけれどちょっとしたアクセントとか、強弱とか。以前と少し違って聞こえる。

いや、気にし過ぎだろう。管理人であるXさんとそんな話す機会もないし、恐らく私の記憶違いだ。きっとそう。

……あれ?

Xさんって、ダニーさんのことさん付けで呼んでたっけ……?

 

「ユリさん怪我はないですか!」

 

浮かんだ疑問は収容室の扉が開いたことで上書きされた。

ダニーさんの声に救助の希望を持ってそちらを見る。しかし感謝の言葉は彼の持つそれが視界に入ったせいで喉に詰まってしまった。

 

「もう大丈夫ですよ。直ぐに助けますね。」

「え……あの、ダニーさん、助けるって……。」

「おい、ユリさんの足を離せ。……ダメか。やはり歌う機械の魅了を解かないと……。」

「ダ、ダニーさん。あの。」

「何ですかユリさん?すいませんとりあえず機械の方をなんとかしないと足の解放は出来ないみたいです。」

「いや、それは大丈夫なんですけど、その、持ってるのって。」

「え?あぁ。ユリさんの抱き枕シリーズ第2弾です。」

「嘘だろダニーさん!!」

 

ダニーさんが抱えていたのは大きな抱き枕。そう。私の写真がプリントされた等身大抱き枕。

以前無名の胎児の鎮圧に使ったのとは別の写真が使われている。いつ作ったんだこれ。

百歩譲って。いや一万歩くらい譲ってこの抱き枕を歌う機械に使うのはいいとする。

けどダニーさん、私を助けるまでの時間、もっと言えば中央本部からここの収容室までのあの長い距離の廊下とエレベーターをこの抱き枕を抱えて来たのか。むき出しの状態で。

せめて……せめて何かに包んでほしかった……。このいつ撮ったのかわからないすごい満面の笑みの私の写真。こんな顔だと自分から抱き枕の撮影を望んだみたいじゃないか……。

 

「ダニーさん……あの、肖像権とか……。」

「えっすいません今度はサンプルちゃんと送りますね。」

「いらない!!絶対いらない!!」

 

お願いだからダニーさんもロボトミーコーポレーションも私に羞恥心があることを忘れないで欲しい。

 

「でもダニーさん、抱き枕どうやって使うんですか?」

「Xから聞いたんですけど、今回の事は歌う機械がユリさんに会いたくてこの男性エージェントを使ったと考えられてます。」

「私に会いたくて!?機械ですよ!?」

「歌う機械は意思があると観測で確定しています。」

「意思が!?」

「なのでこの抱き枕で解決するかと。」

 

機械に意思があるなんて。

いや、〝赤い靴〟も普通の靴ではなかったし、ありえないことではないのだろうか。

……〝赤い靴〟以上に〝大鳥〟とか〝無名の胎児〟とか存在している時点で、この世界にありえないことなんてないのかもしれない。

 

「つまりこの抱き枕を収容室に置いておくっていうことですか?」

「それでもいいのですが、もう少し安全を確保しておこうと思いまして。」

「安全を?それは……確保出来ることに越したことはないでしょうけど。」

「このアブノーマリティですが、音楽を使ってエージェントを魅了し、そのエージェントで食料の調達をするという厄介なアブノーマリティなんです。その食料が〝人間〟。だからこの機械が動いている時は接近を禁止されているんですよ。」

「食料が人間!?で、でもエンサイクロペディアにはそんな事書いてませんでしたよ!」

「あれにはエージェントが恐怖したり、逃げないように記載されてない事実もあります。古株のエージェントの内では歌う機械によっての事件は有名ですよ。」

「全部載ってないことですか?」

「……逃げられても困るってことでしょう。」

「そう、なんですか……。で、その抱き枕どうするんですか?」

「歌う機械は肉挽き機です。中に肉を入れることで動き、音が鳴ります。この音が問題なんです。」

 

ダニーさんはそう言うと機械に近づいて蓋を開けた。

そう言えばいつの間にか機械は停止している。まぁ、一食分のハンバーガーなら直ぐに粉々になってしまうだろう。

 

「この抱き枕をこうします。」

 

そして、抱き枕をその中に頭から突っ込んだ。

 

「えええええええええ!?」

「よし、これで動きたくても動けないだろ。」

「ダニーさん!ダニーさんこれすごく嫌なんですけど!!」

「え、足側から突っ込みます?」

「そう言う問題ではなくてですね!?」

 

よし、じゃないよダニーさん!!

自分の抱き枕と言うだけでも嫌なのに、それが頭から肉食の機械に突っ込まれているなんて冗談じゃない。

 

「大丈夫ですよ。歌う機械はユリさんに好意を持っているので、抱き枕は無事です。じゃないとユリさんエージェントに連れてこられた時点で機械の中に投げ入れられてますよ。」

「抱き枕の安否を心配している訳では無くてですね!!……まさかこの抱き枕ずっとこのままですか!?」

「?場合によっては取り除きますが、このままの予定です。」

 

つまり、だ。この状態のまま他のエージェントが作業することになると。

この、私の抱き枕が突っ込まれたまま、しかも機械の中から覗く顔の表情が笑顔の私という状態のまま。

もうなんか、ロボトミーコーポレーションは社会的に私を殺すつもりなのではないだろうか。

泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って……ことがあって、なんかもう胸が辛いですペストさん……。」

 

その後ペストさんへの作業指示があったので、部屋の掃除をしながら今日あったことについて愚痴っていた。

 

「お嬢さんの枕……それはいい睡眠がとれそうですね。」

「いや絶対にそんなことはないです。」

「そうですか?良質な睡眠は健康の基本です。一度試して見ては?」

「嫌です。絶対。」

 

その時ぐぅ、と私のお腹がなった。

 

「あっ……す、すいません。お昼食べ損ねて……。」

「おや、大丈夫ですか?」

「はい。休憩時間がずれただけなので、後で食べます。またハンバーガー買ってこなきゃですけど。」

 

そう、あんなことがあったので仕方ないがお昼休憩がずれて、後になってしまったのだ。

しかも買ってきたハンバーガーは歌う機械によって挽肉に退化されたので、もう一度買いに行かなければならない。昼食にありつけるのはもう少し後になってしまった。

 

「ハンバーガー……?それは、食べ物ですか?」

「知りませんか?ハンバーグと野菜をパンで挟んだ料理です。美味しいですよ。」

「野菜もとれるんですか?健康に良さそうですね。」

「いや健康にいいかは……。」

「今度食べさせていただけませんか?」

「えっ。」

 

私達の食事をアブノーマリティに。そんなことしていいのだろうか。いや、絶対に許されないだろう。

しかしペストさんは仮面越しに真っ黒な瞳をこちらに向けてくる。無言の圧力。

 

「……ちょっと、確認してみますね。」

 

許可されないだろうが、タブレットを開いてXさんにメッセージを送る。

すると直ぐに返事がかえってきた。

 

「えっ、ええっ、い、いいの!?」

 

そしてなんと、許可がおりたのである。

 

「……えっと、ペストさん、許可がおりたので今度持ってきますね……?」

「!ありがとうございます!」

 

本当にいいのだろうか。Xさんって意外に大胆な行動するんだなぁ。

 

「楽しみにしてますね。」

 

そういったペストさんの声は弾んでいて、その嬉しそうな様子にちょっと笑ってしまった。

普段はすごく紳士な態度なのに、子どもみたいだ。

 

「あれ……そう言えばペストさん、なんだか……雰囲気が変わりましたよね?」

「そうですか?」

「はい。なんか……こう……ふんわりしたというか……あ!羽、羽根増えました?」

 

よく見るとペストさんの背中から生えている羽が、四枚に増えている。以前は二枚だった筈だ。

 

「あぁ……これは、そうですね。私が成長した証でしょうか。」

「え、羽って成長すると生えてくるんですか?」

「そうですよ。……また、増えるかもしれません。」

「成長期なんですか?」

「ふふ、そうですね。……より成長したいと疼いているんです。心も、身体も。」

 

ペストさんはそう言って、笑った。仮面で顔が見えないけれど、笑った気がした。

 

 

 

Plague Docto□

 

 

 

 

 

 





Singing Machine_その歌は誰を呼ぶため




歌う機械
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Singing_Machine


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
肉挽き機?中に食べ物入れたら音楽がなった。
そのまま抱き枕も挽いて欲しい……。頼む……。



【ダニーさんのひと言】
脱走しない。肉挽き機。
稼働中音がなって、それによりエージェントを魅了する。魅了されたエージェントはまた音楽を聞くために材料として人間を突っ込む。んで最高にハイになる。
俺が知ってる限りなんか勇気あるやつと、我慢苦手なやつが犠牲になりがち。
前犠牲になったエージェントの趣味はバンジージャンプとスカイダイビングだった。

まぁもう大丈夫だろ(抱き枕で勝利を確信)





更新停滞してたので、お詫びにと思い一気に書きあげました。

さて次のアブノーマリティですが決まってます。

さぁ!皆さん!お待ちかね!皆の永遠のアイドル!その笑顔と可愛さと狂気に何人のプレイヤーを恋の沼に落としたか!
登場してもらいましょう!魔法少女、憎しみの女王!!

とか一度言ってみたかっただけですん。
次は魔法少女ちゃんです。言っておかないと逃げそうなので言っておく。絶対書く。

あと最後の名前スペルは誤字じゃないです。


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The Queen of Hatred_1

【注意】

今回のThe Queen of Hatredという話ですが全体を通して以下の要素が含まれます

※同性愛に近い表現(百合)
※ヤンデレに近い表現

同性愛に関してはアブノーマリティの姿が少女ということが関係してきます。
ヤンデレについてもアブノーマリティの性格、性質上の表現のためです。

「アブノーマリティという未知の存在だから」と割り切れない方、苦手な方は避けることをオススメします。
















休みの日に部屋の片付けをしていたら、懐かしいものを見つけた。

小さい、人形のキーホルダー。

フリフリのワンピースを着て杖片手にウインクしている人形の少女は小さい時に好きだったアニメの魔法少女だ。

今となってはあの時の熱狂的な憧れはないけれど、その懐かしさに処分するのは気がひけてしまった。

 

 

 

※※※

 

 

 

結局その後色々気を取られて順調に片付けが進んだとはいえない。

片付けが長引いてしまったせいで寝るのが遅くなり、業務開始の合図をチーム本部で待っている間、大きくあくびをしてしまった。

 

「ユリさん寝不足?」

 

そう声をかけてくれたのは同じチームのリナリアさんだった。

彼女は最近仲良くなった先輩だ。最初こそ中央本部チームの皆さんとは距離を感じたけれど、暫く接していくうちにだいぶ打ち解けたと思う。

あと例の抱き枕の件について同情してくれているようで、哀れみの目で優しくしてもらうことが多かった。

 

「リナリアさん……ちょっと昨日夜更かししちゃって。」

「ちゃんと休まないと駄目だよ。……あれ、かわいいの持ってるんだね。」

 

リナリアさんが指さしたのは昨日見つけたキーホルダーだった。

その辺に放っておくと無くすだろうと思って、手帳型のスマホカバーにつけておいたのを忘れてた。

 

「あっ……えっとこれは、昨日片付けてたら見つけて、懐かしくて……。」

 

事実を言っているのに、子供っぽさを見せてしまった恥ずかしさに声が小さくなる。なんだか言い訳臭くなって肩を竦めた。

そんな私を察してかリナリアさんはクスクスと笑ってキーホルダーを撫でた。

 

「可愛いねー、そう言えば、アブノーマリティにこれと似た子がいるよ。」

「このキーホルダーと?」

「うん。名前は確か……、」

「私語なんて随分呑気なんだな。」

「え……あ、す、すいません……。」

 

会話に割って入ってきたのは同じチームの男性エージェント、レナードさんだった。

その強い声に押されてつい謝罪をしてしまう。肩をすくめるとレナードさんはふんっと不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「何その言い方。レナード、感じ悪いよ。」

 

そう言い返したのはリナリアさんだった。

 

「君達がうるさいのがいけないんだろう。ここは仕事場だぞ。」

「まだ業務前よ。別に会話ぐらいいいじゃない。」

「そういう緊張感のなさが命取りなんだよ。特にあくびなんかしてる君は早死するね。」

「ちょっと!そういう不謹慎なこと普通言う!?」

「事実を言ったまでだろ。……ほら、業務開始時間だ。君達のお喋りに付き合ってる程、俺は不真面目じゃないもんでね。先に行くよ。」

「レナード!待ちなさい!ユリさんに謝りなさいよ!!」

 

業務開始の合図と共に、足早にレナードさんは去ってしまった。

リナリアさんは大きくため息をついて、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「ごめんね、ユリさん。私が話しかけたから……。」

「そんな!リナリアさんのせいじゃないです!!」

「レナードの言ってること、気にしなくていいからね。彼、元々言い方きついの。今日は特に機嫌が悪かったんだと思う。」

「ありがとうございます。私も寝不足で、生活リズム崩しちゃってるのもいけなかったんです。それがレナードさんの気に障っちゃったのかもしれません。気をつけますね。」

「そんな!ユリさんは悪くないからね。気にしちゃダメだよ。」

 

そこでピピピッと電子音がした。

私とリナリアさん、二人のタブレットに作業指示のメッセージが届いた音だ。

リナリアさんは心配の表情を変えないまま、そして「本当に気にしないでね!」と言葉を残して作業に向かった。

リナリアさんはああ言ったけれど、レナードさんが強く言ったのは機嫌が悪かった以上に、相手が私だったからだろう。

前々からレナードさんとこういうことは多かった。その態度は一目瞭然。露骨に私を嫌っている。

リナリアさんのように優しい人もいるけれど、私の事をよく思わない人はこの研究所内に少なくない。

警戒されたり、変な目で見られたり……は、抱き枕とか6分で業務終了事件があるので仕方ないのだろう。

ただここまであからさまに嫌悪を向けられる事はあまりなく、結構精神にくる。気にしなければいいと言われても、やはり気になってしまうのだ。

もしも、もしも私に家族のような圧倒的な力があれば。昔憧れたアニメの魔法少女のような人を助ける力があれば、もっと認めてもらえたのだろうか。

 

「……考えても、仕方ない。ないものは、ないんだから。」

 

小さくそう呟く。自分に言い聞かせる。

止まっていても仕方ない。目の前のことをやるしか、私は出来ないのだから。

 

手に持っていたスマートフォンを鞄にしまって、代わりにタブレットを取り出した。

タブレットを開いて作業指示を確認する。新しいアブノーマリティだ。

エンサイクロペディアを開いて、アブノーマリティの情報を確認する。

そこには珍しくいい事ばかりが記載されていた。

 

 

 

 

【鼻歌を歌いながら窓の外を眺めている、機嫌はよさそうだ】

 

【彼女は<Name>に挨拶をした。'「今日もいい天気ね!」】

 

【今のところは友好的である】

 

【彼女は「正義」について<Name>に話した】

 

【自分の行なうことそれ自体が正義であると】

 

 

 

 

 

 

 

四角いアイコンには女の子のバストアップが描かれている。

とても可愛い女の子。ピンクの洋服を着て、ウインクとピースサインをしている。

黄色の瞳に星とハートを持っていて、長いアイスブルーの髪が真っ白な肌に生えている。

その絵に私の胸は高鳴った。エンサイクロペディアのアイコンに騙されてはいけないと前例から学んだはずなのに。

鞄の中でキーホルダーが動いた、気がした。

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟

 

 

 

 

 

 



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The Queen of Hatred_2

結局胸の高鳴りは止まらないまま、収容室に着いてしまった。

期待すればするほど裏切られた時の衝撃がすごい。それはわかっているのに、あの画像のかわいい女の子がアブノーマリティかもしれないという事に嬉しさを抑えられない。

収容室前の電子パネルを操作して、扉を開ける。緊張感を忘れないように意識をしながら、中に入った。

 

「へ……。」

「あら!こんにちは!」

 

中にいたのは。

 

「かっ、」

「か?」

「かわ、いい……。」

 

中にいたのは、画像通り―――いや、それ以上の美少女だった。

真っ白な肌は透明感のある、透き通ったもので。

長いアイスブルーの髪はツヤツヤで天使の輪を持っている。

そして上の方で二つ小さなツインテールを作っている、その普通ならちょっと子どもっぽい髪型すら、この美少女には似合っていた。

日本の学生服、セーラー服に似ているピンクの服は、彼女のスタイルの良さを際立たせていて、ピンクのプリーツスカートからのびるスラッと長い足は水色のタイツに包まれている。その先を飾っているピンクの靴の小ささが、なんとも女の子らしい。

黄色と思っていた瞳はイエローダイヤモンドで、キラキラと輝いていて。その瞳に自分が映っていると思うとなんだか恥ずかしかった。

 

 

「やだ、そんな風に褒められたら照れちゃうわ。」

「あっ、ご、ごめんなさい。」

 

くすくすと笑う美少女は絵になる。ただ絵と言っても絵画とは違う、どちらかと言えば日本の少女漫画のようだ。

漫画みたいな美少女って本当にいるんだなぁ。見惚れていると美少女の後ろに、何か立て掛けられてることに気がついた。

杖、だ。

ピンクの持ち手部分に、黄色のツヤツヤしたリングが縞模様に巻かれている。その先には大きなピンク色の星。真ん中にハートの穴が開いていて、更に白い翼のオーナメントで飾られていてとても可愛い。もう反対側には水色のハート。こちらは真ん中に星型の穴が開いている。

可愛さを全面にだした、女の子らしい杖。それと似たものを私は知っている。それはテレビの中の、あの女の子達が持っていた。

 

「魔法の杖が気になるの?」

 

私が杖に目を奪われていることに気がついた美少女が、首を傾げてそう言った。

 

「ま、まほうの、つえ。」

「あれは魔法の杖よ。……ごめんなさい、触らせてはあげられないの。これを使えるのは魔女だけだから。」

「ま、魔女?」

「私、魔女なのよ。でも安心して!怖い魔女じゃないわ。愛と正義の魔女なの。」

「愛と、正義の。」

「そう!私は世界の平和を守るために選ばれた魔女なの!悪者が来たら直ぐに呼んでね。駆けつけるわ!」

 

世界の平和を守る、魔女の少女。

悪者がきたら、直ぐに駆けつけてくれる。

 

「わ、わたし。」

「そうだ!良かったら今まで倒した悪者の話を聞いて!とっても恐ろしかったのよ。あれは確か暑い夏の日のことで、青色の皮膚をした―――きゃっ!」

 

私は思わず、ピンクのマネキュアが光るその手を取った。

美少女はその大きな目を丸くして、手を握る私を見る。

私は興奮が抑えきれなくて、色々と言いたいことや聞きたいことが沢山あるのにそれらがなかなか形にならない。そしてようやく、声を出した。

 

「私!ずっと貴女に憧れてたの!!」

 

信じられない。

魔法少女が、実在したなんて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、と管理人室の扉が叩かれた。

中から聞こえたXの返事に彼は扉を開ける。

 

「久しぶりだね、ダニーさん。」

「……お久しぶりですね、X。」

「今日はどうしたの?」

 

Xは彼、ダニーを笑顔で出迎えた。けれどダニーはその表情に眉を顰めるばかりで、口端を上げることはない。

 

「ユリさんのことで、お話がありまして。」

「うん。何?」

「彼女の髪の毛の採取は、なんのためですか?」

「……なんのことかなぁ。」

「とぼけないでください。エージェントが採取と保管をしていたのをこの目で見たんです。」

「えっ、怖いねー。それストーカーとかじゃない?誰?注意しておくよ。」

「……その人は、先日管理人室に呼ばれていました。その人が管理人室から帰ってきた時に、厚手の封筒を持っていたんです。X、貴方が命じたんでしょう。」

「……俺は何もしてないよ。ダニーさん。ちょっとは信頼してくれないかなぁ。」

「最近の貴方はおかしい。最近、エージェントに対しての指示が荒っぽくなった。」

「荒っぽい?心外だな。俺はこの会社と一緒に働く仲間のことを思って仕事をしているだけだよ。アブノーマリティという未知を相手にする仕事だから、少しは冒険はしないといけないけどね。」

「ユリさんに〝歌う機械への栄養〟を指示したのは何故ですか。」

「何故かって?俺の判断でその作業が適切だって判断したからだよ。」

「歌う機械への作業は基本〝清掃〟です。機械の動いていないのを確認して、できる限り本体に近付かないようにして行うのが基本だ。何故〝栄養〟にしたんですか。」

「あのさ……基本ばっかりじゃなにも進まないんだよ?色んなことを試して、最善を探るのは管理人の役目だ。」

「あの事件でそれが最善と判断したのは貴方でしょう!!」

 

ダニーは声を張り上げ、Xを睨んだ。

 

「やっぱりあんた、Xじゃないな。」

「は……なにいってんの?」

「Xは歌う機械での事件がすごいトラウマになってたんだよ。仲がいい事で評判だった二人組のエージェントが、洗脳されて相方を機械に突っ込んだ事件。自分のせいだって責めてたんだよ。でもあんたはそんなこと知らないだろ。Xじゃないもんな。」

「そんな、事件……。」

「覚えてないだろ?あんたはXじゃないからな。」

「俺は、俺はXだ!!」

 

 

「じゃあ言い方を変える。お前は何番目のXだ。」

 

 

「な、なんのことだ……。俺は、Xだ。俺は俺……。」

「お前がXなわけないんだよ。更に言えば、前のXも、その前のXも。その身体は、そのXの身体はな、俺の―――、」

 

 

 

「何をしてるのですか、エージェントダニー。」

 

 

 

ダニーの声は後ろから何かに塞がれたことで遮られてしまった。

聞こえた声にダニーは振り返ろうとするが、彼の体を拘束しているなにかがそれを許さない。

ダニーは混乱した。聞こえた声は、ロボトミーコーポレーションのAI、アンジェラのものだ。けれどアンジェラは身体を持たない。映像である彼女はダニーの身体に触れることが出来ないのだ。

なら、ダニーの身体に触れているのはなんだ。

気が付くと目の前のXは床に倒れている。その隣には、なんとアンジェラがいた。

 

「訳が分からないって顔をしていますね。エージェントダニー。もういいです。離しなさい。」

 

アンジェラがそう言うとダニーの身体を抑えるものがなくなった。

ダニーは自身を拘束していたものの正体を知るためにすぐさま振り返る。その正体に、彼は目を見開いた。

 

「な……なんだよ、お前……。」

「失礼ですよ、エージェントダニー。今後貴方達エージェントを管理する、貴方達の上司です。」

 

ダニーを抑えていた彼女は明るい声で、そして女性独特の声で彼にこう言ったのだった。

 

「初めまして!マルクトといいます。これからいい会社を一緒に築いていきましょうね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ユリは憎しみの女王と談笑をしていた。

 

「それでね!その怪物が公害の原因にもなっていたみたいで。」

「じゃあそれで市長さんの具合も良くなったの?」

「そうなの!ほんと、ヘドロを吐く敵なんて臭くて嫌になっちゃった。」

 

美少女はこれまでの自分の活躍を沢山私に離してくれた。

それはまさにテレビの液晶越しに見ていた魔法少女の物語そのもので、ただ見ていた時とは違うリアルな彼女の心境がより私の心を奮い立たせた。

 

「貴女の住んでいたところ……ニホン?だったかしら?そこはどんなところなの?」

「日本はね、春夏秋冬の特徴がはっきりしてるところだよ。それぞれの季節に咲く花とか綺麗で私は好きだなぁ。時代が進むにつれて植物は減っちゃってるけど……。そう言えば私の名前も植物の名前なんだよ。」

「へぇ!なんて名前なの?」

「ユリ。洋名はリリィ。わかるかな?大きな花が多いんだけど……。」

「リリィならわかるわ!ユリ、っていうのね。貴女にピッタリの綺麗な名前ね!」

「そ、そんなことないよ。貴女の方がよっぽど綺麗。」

「ねぇ、貴女のこと名前で呼んでもいい?ユリって。」

「うん、いいよ。」

「やった!私のことも名前で呼んで!私の名前はね、……私の、名前……は。」

「……どうしたの?」

 

先程までニコニコ笑っていたのに、美少女は急に頭を抑えて困惑の表情を浮かべる。

 

「私の名前……名前、なんだったかしら……あれ……?わたし、わたし、なまえ?名前……。」

「む、無理に思い出そうとしなくて大丈夫だよ!」

 

苦しそうに呻きだしたので、私は慌てて美少女を宥める。

そっと背中をさすると、ようやく顔を上げてくれた。しかし先程のような笑顔はない。

 

「ご、ごめんなさい……どうしても思い出せないの……。」

「謝らないで。調子が悪い時って誰にでもあるよ。」

「ありがとう……。でも……どうして……。」

「……あっ、じゃ、じゃあなんて呼ばれたいとかある?」

「なんて呼ばれたいか……。」

「うん!教えて?」

「貴女に、」

「私に?」

「名前、つけてほしい。」

「え。」

 

えっ、それって、いいのだろうか。結構重大な役割を勝手に私なんかがやっていいのだろうか。

けれど美少女のこの期待に充ちた目を見ると断れない。意識を別に向けるために振った話題だったが、仕方ないと頭を回転させる。

魔法少女。悪者と戦う。みんなのヒーロー。愛と正義の味方。愛と、正義の……。

 

「……アイ、とかどう?」

「アイ?」

「アイ。アイは私の国の言葉でLoveの意味があるの。愛と正義のために戦ってくれてるから、どうかなって……。」

「アイ……アイ、ね!素敵!私は、アイ!」

「気に入ってくれた?」

「とっても!!」

 

彼女に笑顔が戻ってくれたことにほっと息をつく。元気になってくれたようで良かった。

上機嫌にくるくるとまわってはしゃぐアイはやはり可愛い。私も思わず笑顔になってしまう。

 

「ねぇユリ!私の友達になってくれる?」

「友達?」

「そう!私ね、仲間とか、街の皆とか、世界を救う中で沢山の人と知り合ったわ。でも友達がいないの……。ユリに、私の友達になって欲しい。」

 

アイの言葉に私は少し躊躇ってしまった。

だって私はエージェントだ。今ここに来ているのは作業をするため。

自由に会いに行ける訳では無いし、もしかしたらもう二度と会わない可能性だってあるのだ。

 

「ダメ……かしら。」

「あっ、ううん、そんなことないんだけど……。」

 

どう答えようか迷っていると、アイは無言を拒否と受け取ったようで肩を下げた。

私は慌ててそれを否定する。

 

「ダメではないんだけど……。私ここにお仕事に来てるから、アイにもう会えないかもしれないの……。」

「えっ……そうなの?」

「うん……。」

「……なら、これ、持ってて。」

 

そう言うとアイはスカートのポケットから何かを取り出した。

それはハートの髪飾りだ。小さな翼が添えられている可愛い髪飾り。

 

「これあげるわ。」

「えっ、悪いよ!」

「いいの。ユリに持ってて欲しいの。お願い、受け取って。」

「でも……どうして?」

「……離れていても、友達って証。」

 

アイはそう言って、私の髪を一束掴んだ。

パチン、と音を立てて髪飾りが付けられる。私の頭を見てアイは満足そうに、嬉しそうに、でも少しだけ寂しそうに、「これお揃いなのよ。」と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




くっそ楽しいんだが。
やばいです好きなアブノーマリティでしかもヤンデレすごい好きな作者としては今回の憎しみちゃん書くの楽しすぎて本当に妄想が止まらない。

【書きたくても暫く書けないであろうでも書きたすぎるネタ】

書きたいセリフ
「いくら先輩でも、友達を傷付けることは許さない!」

使いたいネタ
貪欲の王→サチちゃん(幸)
絶望の騎士→ルイちゃん(涙)


ごめん本当に楽しいんだ。


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The Queen of Hatred_3

アイの作業をした日から数日。私は相変わらず色んなアブノーマリティと接する日々を過ごしていたが、アイの作業を指示されることはなかった。

たった一度しか会っていないけれど、私は彼女のことが気になっていた。特にこうして指示を待機する時間は、自然と彼女のことを考えてしまう。

でも心配する必要も無いかもしれない。

アイはとても友好的だし、アブノーマリティだけどちゃんと人としての知能と常識を持っている。

彼女なら私以外にも友人なんていくらでも出来そうだ。

場所が場所なので、今までは担当したエージェントとたまたま相性が悪かったか、もしくは相手が完全に仕事と割り切っていただけだろう。

もしかしたらもう既に他の友人ができているかもしれない。それは喜ぶべきことだが、少し寂しいと思ってしまった。

これから先、ずっと会えないままで彼女は私を覚えていてくれるだろうか。……それは無理な話だろう。いままで、そしてこれから先何千何万という人に会う彼女が、たった一瞬話しただけのエージェントを覚えているなんて変な話だ。

ずっと昔、液晶越しに憧れていた存在である彼女。そんな彼女と会えたこと。更に一瞬でも私は彼女の友達だったこと。それは変わらない事実だ。それでいいじゃないか。

そう自分に言い聞かせても、やはり寂しさが消えることは無く。

こっそりと私はエンサイクロペディアを開く。随時更新されるそれならきっとアイの現状がわかるはずだ。元気にしてるといいのだけれど。

 

「……え?」

 

エンサイクロペディアは予想通り更新されていた。この前から記載されていた文字を読み進めていくと、新たな文章が。

 

【自分の行なうことそれ自体が正義であると】

 

 

 

 

 

 

 

【警戒を緩めてはいけない】

 

【今日は少し落ち込んでるようだった】

 

【アブノーマリティは不安と脅迫的な症状を示した。】

 

【実のところ、憎しみの女王が望んでいるのは「平和」ではない】

 

【「まだ、大丈夫。」】

 

【警戒を緩めてはいけない】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、これ……。」

 

以前とは雰囲気の違う文章。

その続きを求めるもスクロールバーは進んでくれない。

〝警戒をゆるめない〟のはわかる。彼女だってアブノーマリティだ。私達の想像のつかない大きな力に警戒するのは仕方ない。

けれど〝憎しみの女王が望んでいるのは「平和」ではない〟とは、なにか。

彼女は魔法少女だ。皆を守るヒーロー。私に今までの功績と名誉を嬉しそうに話してくれた。それは嘘には見えなかった。

そんな彼女が〝望んでいるのは平和ではない〟?

じゃあなんだと言うのだろう。何を持ってそう判断されたのだろう。

文章からして様子もおかしい様だ。

今すぐに会いに行きたい衝動に駆られる。けれどそれは叶わない。私はただのエージェントであって、勝手な行動は出来ないのだ。

自分の無力さに唇を噛む。歯がゆい。何も出来ない自分が、情けない。

 

「ユリさん。」

「ダニーさん……、お疲れ様です。」

 

待機室にダニーさんが入ってきた。私は軽く会釈をして、再びエンサイクロペディアに目を戻す。何度見ても内容は変わらないけど。

しかしそれはダニーさんの声によって止められてしまった。

 

「ちょっと、来てくれませんか。」

「……なんですか?」

「……私達の新しい上司が貴女を呼んでいるんです。」

「新しい上司?」

 

新しい上司、ってなんだ。

 

「え……新しく就任された方ってことですか?そんな話し聞いてないんですけど……。」

「私も昨日初めて知りました。予定では明日、正式にチーム全体に挨拶をするそうです。けれどユリさんには先に会っておきたいと。」

「私に?どうして?」

 

何故私個人に会いたいのかわからない。

私は別に普通のエージェントだ。

確かに他のエージェントと比べるとアブノーマリティから好意を持たれやすいため、作業効率はいい。

けれどやっていることは他のエージェントと変わりないし、仕事量だって同じ。報告書などに文としてまとめれば大したことないものばかりだ。

それなのに何故だろう。

 

とりあえず言うとおりにダニーさんについて行く。たどり着いたのは応接室だった。ここに来るのは会社説明を受けた日以来だ。

なんだか懐かしい気持ちで中に入ると、そこには男女の小さな子供がいた。よく似ている。兄妹だろうか。

私は首を傾げた。この二人は誰だろう。間違えて入ってきてしまったのだろうか。

 

「ユリさん、明日から私たちの上司となるティファレトさんです。」

「え?」

「貴女がユリ?ティファレトよ。よろしくね。」

「ティファレトです。よろしく。」

「えっ、えっ!?」

 

それは何かのジョークだろうか。

目の前のふたりは明らかに成人していない子どもだ。見た目からして小学生くらいだろうか。

 

この二人が会社で働いていることすら驚きなのに、さらに私達の上司。一体何者なんだろう。

というよりそれは法律上大丈夫なのだろうか。

 

「あの、失礼ですがお二人のご年齢は……?」

「……さぁ。忘れちゃったわ。そんなのどうでもいいでしょう。私達は貴方達の上司で、貴方達は私達の部下。上と下。動く側と動かす側。それだけわかっていれば充分よ。」

 

私の質問に女の子が冷たく応えた。

 

「今回貴女を呼んだのは挨拶をするためだけだから、もう行っていいわ。」

「え、エージェント一人一人にご挨拶されてるですか?」

「そんなわけないでしょう……。自分の担当するチームの中でALEPHクラスを担当しているエージェントにだけよ。だから貴女とエージェントダニーにだけ。」

「あとの人達には明日挨拶するよ。さすがに一人一人は僕達もつかれちゃうからね。」

 

ALEPHクラスというのはオーケストラさんのことだろうか。

それを聞いて納得する。一応私も〝一番危険なアブノーマリティの担当〟。だから個々に呼ばれたのか。

……つまりダニーさんもALEPHクラス担当?

 

「そう言えばティファレトさん達のファーストネームはなんなんですか?」

「ファーストネーム?」

「はい。同じファミリーネームですと呼ぶ時にややこしいかもしれないので……念の為教えていただけると。」

「僕達はティファレトだよ?」

「えっと……お二人共同じだと、わかりにくいので……。」

「だから、私達はティファレト。それ以外の名前なんてないわ。」

「……??」

 

訳が分からなくてダニーさんに視線で助けを求める。するとダニーさんはため息をついて、ジトっとした目でティファレトさん達を見た。

 

「二人ともティファレトさんです。区別の必要がないかららしいですよ。」

「区別の必要が無いことなんてあります!?」

 

なんだその理由は。

というよりティファレトさんはそれでいいのだろうか。

 

「むしろ区別の必要がわからないわ。私達は貴方達の上司。それ以外の区別なんている?」

「いやいりますよね!?いいんですかそのままだとどちらかお1人を呼ぶ時に「ティファレトさーん、あ、女の方!」とか言われますよ!?仕舞いには呼ばれたから行ったのに「あ、そっちじゃない方呼んだごめんごめん」とか言われますよ!?」

「ユリさんそれご自身の経験談ですよね?」

「私は数学教師の田代を絶対に許さない。」

 

高校時代に同じ苗字の男子がいたのだけどそれが本当に面倒くさかった。名前で呼んでくれればそれで解決するのに意地でも呼ばなかった数学の田代。最終的に黒井女子とか廊下で呼ばれて皆から注目されるようになったのは嫌な思い出だ。

 

「……とりあえず、もう行っていいわ。明日からよろしく。」

「えっ、でも……。」

「私達は、二人でひとつなの。それでいいの。どうしても区別をつけたいなら好きに呼んでいいわ。」

 

私達の会話を聞いて女の子のティファレトさんはため息をついて、虫でも避けるように手を振るわれてしまった。

ダニーさんはその様子に眉を顰めた後、私の手を軽く引いて部屋を出ようとした。

私はその時はっと、一つ思いつきをしてティファレトさんに話を続けた。

 

「あのっ、私達の上司になられるんですよね!」

「そうだけど……何?」

「お願いがあるんです!!」

「お願い……?」

「あの、アイ……じゃなくて、アブノーマリティ憎しみの女王の作業をしたいんです!」

 

彼女達が私の上司になるのなら、私に作業命令をすることも出来るかもしれない。

出来なかったとしても、私よりはXさんに意見できるはずだ。

 

「憎しみの女王……、あのWAWクラスのアブノーマリティね。どうして?」

「エンサイクロペディアに、最近様子がおかしいってあったので……、心配、で。」

「何故貴女が心配する必要があるの?それをするのは管理人の役目だわ。」

「だって……彼女は私を……。」

 

ティファレトさんの言っていることは最もだ。しかしやはり心配なものは心配で。それを何故かと言われたら理由は〝友達〟という言葉が出てくるのだけど。

それを言ったらきっとティファレトさんにも、ダニーさんにもいい顔はされないだろう。

 

「……ユリさんなら、何とかできそう?」

「ちょっと!ティファレト!」

 

男の子のティファレトさんが私にそう聞いてきた。

 

「何とか出来るかは……わからないけど。でも、話をすることは出来るかもしれません。」

「わかった。管理人に掛け合ってみるよ。」

「ティファレト! 」

「ありがとうございます!」

 

男の子のティファレトさんは笑って、私に手を振ってくれた。

私はそれに深くお辞儀をして応接室を出る。

出た時にティファレトさん達が何か言い合っているのが聞こえたけれど、気にしないようにした。

 

仕事に戻るために早足で廊下を歩く。

歩いている途中、ダニーさんが私のインカムを上から取った。

突然のことに驚いた私が顔を上げると、ダニーさんは人差し指を唇に立てながら話しかけてきた。

静かに。ということか。

 

「……ティファレトさん達をあまり信用しない方がいい。いや、ティファレトだけじゃあない。」

 

ダニーさんのその言葉に、私は既視感を感じた。

前にも彼に似たようなことを言われた。その時はアンジェラさんのことを言っていたけれど。

 

「……どうしてですか?」

「彼らは確実にアンジェラ側です。貴女を利用するつもりだ。」

 

わたしはずっと、ダニーさんに聞きたいことがあった。

 

「ダニーさんは、私を信じているんですか?」

 

私の言葉にダニーさんは足を止めた。少し前を歩いていた彼が急に止まったものだから、彼の背に鼻をぶつけてしまう。

鈍い痛みに鼻を抑えると、ダニーさんが息を呑むのを感じた。

背の高い彼を見上げると、やはりダニーさんは珍しく驚いた顔をしていて。

場に似合わずしてやったりと思ってしまう。

 

何となくだけれど、ダニーさんは誰も信じていないのだろう。

彼が何を背負っているのか私にはわからない。きっと彼はわからせるつもりがない。彼は一人で戦うつもりだ。

私はダニーさんの手からインカムを取り返して、マイク部分を覆うように握る。

 

「いつか信じてくれたら、一緒にご飯でも食べましょうね。」

 

そうして私はインカムをつける。

ダニーさんが私をエージェントしてでは無く、私として信じてくれる日はいつだろう。もしかしたら一生、来ないかもしれない。

 

 

 

 

 





番外編ものせたのですが、もししおり機能使って頂いてる方、番外編の方に飛んでしまってたらすいません。


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The Queen of Hatred_4

次の日。朝、アラームが始業時間を告げると同時に、ティファレトさん達がメインルームに入ってきた。

 

「貴方達の上司になるティファレトよ。よろしく。」

「ティファレトです。よろしく。」

 

その挨拶に皆はやはり驚いたようだった。

聞きたいことや疑問が沢山あるだろう。けれどティファレトさん達は私達に有無を言わせる気もないようで、淡々とした挨拶をした後は「じゃあよろしく」でメインルームを出ていってしまった。

しかし出ていく時に、男の子のティファレトさんが私を見てパチンとウインクをした。

その時は首を傾げたけれど、ウインクの意味は直ぐにわかった。

 

「あ……!」

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟

タブレットの液晶には確かにそう文字がある。

掛け合ってくれたんだ。ティファレトさん。

心の中で感謝しながら、私は早足でアイの収容室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

収容室に着くと、違和感があった。

本来アブノーマリティは一体につき一人のエージェントが担当する。勿論場合によって例外もあるが。

アイの収容室の前にはレナードさんを含む3人のエージェントがいた。

 

「あの……なにか、あったんですか?」

 

私がエージェントさん達にそう尋ねると、その中のレナードさんが前に出てきて私を睨んだ。

 

「お喋りは余計だ。自分の持ち場に戻れ。」

「持ち場がここなんです!私は憎しみの女王の作業指示をもらって……。」

「何?」

 

レナードさんは私の言葉に眉間に皺を寄せて、インカムでなにか話し出した。

レナードさんの口が動くのと、眉間のシワが深くなっていくのが比例する。彼はインカムで話せば話すほど不機嫌に顔を歪め、最後には大きなため息をついて会話を止めたようだった。

 

「……エージェントユリ。君がここの作業を任されたのはわかった。しかし、今この中のアブノーマリティは非常に不安定で危険な状態だ。」

「不安定で、危険?」

「あぁ。アブノーマリティは気分が落ち込んでいて、私達の話を聞かない。やっと受け答えが出来るようになっても懐疑的な態度だ。」

「懐疑的って……。」

「いいか、気を引き締めろ。絶対に油断するな。私達は憎しみの女王が起こす事件を未然に防ぐ為に割り当てられた特別なエージェントだ。そしてそれは俺達が最初ではない。以前割り当てられたエージェントは殺された。アブノーマリティに。」

「殺された!?」

「あぁ。アブノーマリティに殺されたんだ。アブノーマリティ本体がそう言っていた。〝私がやった〟と。」

「そんな……。」

「君の特異体質は聞いている。それを利用するのはいいがそれに自惚れるな。相手がどんなに好意を向けてきても所詮はアブノーマリティ。化け物なんだからな。俺達はどんな手を使ってでも、その化け物を収容し管理しなければならない。」

 

レナードさんはそう言って、前をどいた。

収容室の扉はもうすぐそこ。しかし入る前に私はレナードさんの横顔を見てしまう。

……心配、してくれたのだろうか。そう思ってしまうのは少し頭がお花畑すぎるだろうか。

私は扉に向かった。深呼吸をする。

レナードさんの〝気を引き締めろ〟を頭に入れて、収容室に入った。

 

「……っ、」

 

収容室の中は、何だか前よりも空気が悪く感じる。

目の前にはアイがいた。けれど聞いていた通り、様子がおかしい。

前は可愛らしい笑顔で出迎えてくれたのに、彼女は私に気がついていなかった。

床にその細い身体を伏せて、四つん這いの状態で頭を下げている。

彼女のアイスブルーの髪は相変わらず美しいのに、その隙間から見えている表情は影のせいかとても暗く見えた。

そしてブツブツと何か言っている。小さな声なものだから、単語しか聞き取れない。〝いらない〟。〝イヤ〟。〝声〟。〝平和〟。〝対価〟。

 

「アイ……?」

 

私が声をかけるとアイは顔を上げた。

勢いよく上げたせいでアイの髪は乱れる。見えた瞳は相変わらず綺麗な色をしているのに疲労のせいか輝きを失ってしまっていた。

私に気がついたアイは床を這って私に近付いてくる。彼女の姿に動揺してしまった私はその場で動けないでいた。

 

「ユリ……。ユリなの……?」

 

足元まで来たアイは低い声で私の名前を呼んだ。

それでようやく私は身体を動かす事が出来て、アイの顔の高さに合わせるようその場でしゃがむ。

アイは重そうに床についていた腕を私に伸ばして、私の肩に触れた。そのまま強く掴まれて、少し痛い。

 

「来て……くれたのね……、ユリ。」

「アイ……どうしたの?具合悪い?元気ないみたいだけど……。」

「……わからなく、なったの。」

「わからない?なにが?」

 

アイは苦しそうに言葉を続ける。

 

「私は、なんのためにいるの?」

「何の……って。」

「ここは、平和だわ。それはとてもいい事。素敵なこと……。でも、平和すぎる。平和すぎるのよ。」

「アイ……?」

 

言葉が段々と独り言のようになっていく。私は声をかけるけれど、アイに届いてはくれない。

彼女の言葉は自問自答で、まるで私の存在を忘れているように、ひたすらに一人で話しを続ける。

 

「どうしてこんなに平和なの?私は世界を救う為……邪悪な悪者と戦うために選ばれたの……。でも、こんなに平和だと……。この世界には善と悪があって、私は善で。……なら、悪は?悪はどこにあるの?だって、私は悪と戦う為にいるなら……悪は、必要でしょ?これじゃあ私、まるで、いらないみたいじゃない?」

 

私の言葉に肩に添えられているアイの手の力が、少しずつ強くなる。

痛い。

けど、彼女の言葉の方がよっぽど痛かった。

アイの声が、気持ちが耳から入ってきて、私の頭に染み込んでいく。

知ってる。その気持ちを、感情を私は知ってる。

〝まるでいらないみたいじゃない?〟それはずっと私の中にあった言葉だ。

あまり思い出さないようにしていた記憶が溢れてくる。

陰陽師の血筋。退魔の力を持つ家族。その中でなにも出来ない、なんの力もなかった私。

 

『妹さん……は、力がないですよね。ご両親か……それかお兄さんかお姉さんでもいいです。電話、かわっていただけますか。』

『ご両親はいとこ同士の結婚だろう?それなのに何故君は……。まぁ、お姉さんとお兄さんがいるから跡継ぎは問題ないが。』

 

そんなの

まるで

いらないみたいじゃない?

 

「ねぇユリ……私は、何故ここにいるの?」

 

アイの声にはっとする。

アイの瞳には私が映っている。彼女の声は縋るように私に問いかけて、答えを待っている。

何故ここにいるか。

〝エネルギー生成の為〟とは言えない。

なんて言えばいい。なんて言えば、彼女は救われる?

……あぁ、でも。

これは、簡単じゃあないか。

 

「アイはね。いるだけでいいんだよ。」

「いる……だけ?」

「そう。だって、アイがいるだけで、私達は安心出来る。」

 

言葉はすごく簡単に出てきた。

私は自分のスマホケースについているキーホルダーを思い出す。小さい頃、魔法少女が実在すると信じていた頃の私。その時の気持ちを彼女に伝えればいい。

 

「〝悪〟ってね。目の前にあるだけが悪じゃあないの。私達の想像の中にもそれはいる。例えば〝夜お化けが出たらどうしよう〟とか、〝明日街で怪獣が暴れたらどうしよう〟とか。そういうまだ起こっていない未来の想像をして、私達を怖がせる悪もあるの。

でも、そういう時にアイがいることを思い出せば、それは希望になる。」

「希望……?私が……?」

「そう。何が起こっても、どんな悪がやってきても〝アイがいるから大丈夫〟。そう思えるの。今は平和だけど、明日がどうかなんてわからない。その不安に立ち向かう力を、アイはくれてるんだよ。」

 

そう言いきって、私は笑った。出来るだけ彼女を安心させるように。

アイの目が見開かれていく。その大きな瞳に涙が溜まっていく。キラキラしていて本当の宝石みたいだ。

肩からアイの手が離れた。強く掴まれていたそこにはじんとした痛みが残る。

けれどその痛みを気にする前に、アイが私に抱き着いてきた。

 

「わっ。」

 

勢いよく抱き着かれて少しよろけてしまう。けれどなんとかバランスをとった。

アイは私の肩に顔をうずめる。耳元で嗚咽が聞こえた。泣いているようだった。

動きにくさを感じながら私はアイの頭を撫でる。こうしていると彼女はただの女の子で、アブノーマリティということなんて忘れてしまいそうだ。

〝自分の存在意義〟なんて、特別な彼女も考えるのか。もしかしたら私の姉も兄もそういうことがあったのだろうか。

そんな必要ないのに。と思う。本当に。

 

そんな必要ないのに。

私と違って、特別なんだから。

 

アイを慰めるのなんて簡単だった。彼女の悩みは事実を言ってあげるだけで解決する。

私と違って。

何故自分と彼女を、一瞬でも重ねてしまったのだろう。知ってる、なんて。同じ、なんて。

 

そもそもが違うのに。

言ってしまえばアイは……彼女は私の家族と同じ側にいるのに。

 

アイの頭を撫でながら、私は気分が落ちていくのを感じていた。

〝いらないみたいじゃない?〟

その言葉への、私への慰めを、私は見つけられないでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイの気分がだいぶ落ち着いたようなので、私は収容室を出た。

本当はもう少しだけ作業をする時間は残っていたのだけど、今は出来るだけ早くその場を去りたかった。

収容室を出ると待機していたレナードさん達がいた。

なんだか目を合わせたくなくて避けるようにした。

しかしレナードさんが私のことを呼び止めるものだから。私はその場で立ち止まらなくてはいけなくなった。

 

「エージェントユリ、憎しみの女王の様子はどうだった。」

「……落ち込んでいましたけど、少し回復したみたいですよ。」

「回復?本当か?なにか余計なことはしていないだろうな。」

 

余計なことって、なんだ。

 

「君は自分の体質を自覚してない所があるからな。君のその好かれる?体質は便利だが、その分君の言葉の影響力をちゃんと考えろ。」

「……わかってます。」

「……本当にわかっているのか?相手は化け物だ。化け物に好かれる体質だからって、いい気になってるんじゃないぞ。」

 

レナードさんの言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。

いい気にってなんだ。

私は歯をくいしばる。怒りが声に出てしまいそうで、それを必死に飲み込んだ。

すると今度は目尻が熱くなってくる。それをレナードさんは見逃してくれずに、はぁ、とため息をつかれた。

 

「そうやって泣けばいいと思ってるのか。……特別扱いされて、随分甘えたなエージェントが育ってしまったものだな。」

 

……なにそれ。

なんで、そんなこと言われなきゃいけないの。

 

心の揺さぶりに耐えきれなくなった私は深くお辞儀をしてから早足でその場を立ち去った。

行く宛も考えず、ただ廊下を、出来るだけ遠くを目指して歩き進める。

零れてくる涙を袖で強く拭う。悔しい。言い返したかった。けれど言い返したらきっと私は感情的に怒鳴ってしまう。仕事場で喧嘩なんてしたくない。

怒りと悲しみが私の中で暴れて、それが酷く苦しくて、呼吸ができなくて、もうその場にしゃがみこみたくなる。

 

「……会いたい。」

 

……オーケストラさんに、会いたい。

 

その時、インカムから声が聞こえた。

 

『黒井さん?聞こえる?』

 

Xさんだ。

私は立ち止まって、深く深呼吸をした。

出来るだけ気持ちを落ち着かせて、応対する。

 

「はい。聞こえます。なんですか?」

『憎しみの女王の作業お疲れ様。ありがとう。黒井さんが作業した後、憎しみの女王の気分がかなりよくなったみたいだ。』

「……なら、よかったです。」

『それで、今日一日憎しみの女王の作業の担当をお願いできないかな?』

「え……一日、ずっとですか?」

『そう。もしかしたら今後も担当になってもらうかもしれないけど……とりあえず、今日一日様子が見たいんだ。まだ憎しみの女王の気分も完全に回復してないみたいだし。』

 

私は来た廊下を振り返る。

……戻らなければいけない?

 

「……わかりました。」

『ありがとう!じゃあ指示を送るね。』

「でも、私からも一つお願いがあって。」

『お願い?』

「静かなオーケストラの作業を一度行ってからでいいですか。昨日オーケストラの作業をしてる時にまた明日って言ってしまったんです。約束を破ることになってしまうので……。」

『わかった。あれの気分が下がるのは避けたいからね……。黒井さんが行くまでの間、べつのエージェントに様子を見させるよ。』

 

そこで会話は終わり、代わりにタブレットに指示が飛んできた。

 

〝作業対象:静かなオーケストラ(T-01-31-A)作業内容:清掃〟

 

それを確認して、私は廊下を急いで歩く。

 

実はXさんに嘘をついた。約束なんてしていない。

更に言えばオーケストラさんは私が約束を破っても許してくれるだろう。

むしろ心配すらしてくれる。オーケストラさんは私に優しいから。

早く、会いたい。オーケストラさんはきっと私を慰めてくれるから。そんな邪な気持ちを抱えて私は収容室に向かう。

どうか、慰めて。優しくして。

私すら慰め方のわからない私を、どうか。

 

 

 

 

 

 

 







4話にして中間地点です。
あと半分くらいで終わるかな。
次のアブノーマリティどうするかなーと考えてます。ネタがわりと沢山ある。
予定では魔弾さんか1.76MHzです。いや未定ですが。
このアブノーマリティ見たいってあったらアンケート代わりに活動報告を作ってるので、良ければ書き込みください。完全消化じゃなくて申し訳ないです。
でも参考にはしてます。本当に!!

書く時にwikiを見返し見返しして書いてるんですがその度にこりゃあ全部のアブノーマリティは書けんな……と絶望します。
量もだけどどうしてもネタが思いつかないのが多い……。
とりあえずハゲをどうするか考えましょう。毛根死滅ヒロインの需要について……。

そして閲覧、評価、コメント、お気に入り本当にありがとうございます。
定期的にお礼言わないと気が済まないくらい喜んでます。感謝しかない。



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The Queen of Hatred_5

オーケストラさん回です。








オーケストラさんの収容室に着いた時には、もう私の息は荒く不規則なものになっていた。

扉前で止まると心臓が煩く騒いでいるのを感じる。急に足を止めたせいかそれは痛みに変わって胸が苦しくなった。

電子パネルを操作してロックを解除する。ここの機械はよく出来ていてスムーズに動作すると思っているが、何故か今日は処理がとても遅く感じた。苛々する。

電子音。扉の鍵が開く音。液晶のOPENの表示をタッチすると機械仕掛けの扉が開く。完全に開くのを待てなかった私は開き掛けの隙間を通って中に入った。

 

収容室に、オーケストラさんはいた。

いつもと変わらない、人形の姿で。

 

私はその姿を見て、どうしてか動けないでいた。

いや、動く事は出来るのだ。ただどう動いていいか忘れてしまったようだった。

いつもの指示と内容は変わりない。部屋を掃除すればいい。だからほら、ウエストバッグから道具を取り出して。

こんにちはって挨拶のひとつでもすればオーケストラさんは応えてくれる。雑談でもしながら、音楽でもねだって作業を進めればいい。わかっている。わかっているはずなのに。

 

―――ユリさん?

 

立ち尽くす私を不思議に思ったのだろう。私の頭にオーケストラさんの声が響く。

それに大袈裟に私の身体は反応して、びくっと肩を揺らした。

それを合図に、私の胸から何かが込み上げてくる。それは波のように圧をかけながら、食道を通って、喉を通って、外に出ようとしてくる。

口を開けると喉から熱い息が零れた。

 

限界だった。

 

「……ふっ、」

 

辛い。

頭が痛くなる。グルグルと記憶の中のレナードさんの冷たい視線が、声が、言葉が回って私の心を刺してくる。

それを追いかけるように育ちに育った劣等感が私の中を駆け巡っては火をつけて火傷のような痛みを撒き散らす。

それが痛くて仕方なくて。身体中が熱を持ち始める。頭痛が内側から襲ってくる。視界が歪んで、前が見えなくなる。

 

―――ユリさん!?

 

「うっ、うううっ、ううううう。」

 

汚い呻き声を我慢することが出来ない。

情けなくも耐えきれず、私は子どものようにボロボロと涙を流したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいレナード。流石にあれは酷いだろう。」

 

憎しみの女王の収容室前。待機をしていた男性エージェントのレオンが同僚のレナードにそう声をかけた。

レナードは一瞬眉をひそめたが、直ぐに元に戻してわざとらしく返事をする。

 

「なんのことだ?」

「エージェントユリに対しての言葉だよ!彼女、泣いていたじゃないか!」

「あぁ……少し厳しく言っただけであぁも泣かれたら溜まったものではないな。 」

 

面倒くさそうにため息をつくレナード。その同僚の態度にレオンは思わず声を荒らげてしまう。

 

「レナード!その言い方はどうかと思うぞ!彼女、普通にちゃんと仕事をしているじゃないか!そんなに厳しくする必要があるか?お前は彼女の上司でもないだろう!」

「は?君は俺があの女より下だと言いたいのか!俺の方が長く働いているのに!!」

「そういうことを言ってるんじゃあない!!確かに長く働いているお前は彼女の先輩だ。ただエージェントに階級がないことはお前もわかってるだろう。彼女の教育係はダニーだぞ。彼女に目をかけるのは基本彼の役目だ。」

「だからなんだ?君もあの女を特別扱いするのか?ああいういい気になってる奴ほど危険なんだよ。俺は注意してやってるだけだ。」

 

ふんっ、とレナードは鼻を鳴らして男性を睨んだ。

その言動にレオンは呆れてため息を吐く。

 

「特別扱い?何を言ってるんだよ……。別に彼女、特別扱いされてるわけじゃないだろ。むしろあの静かなオーケストラの担当って可哀想だと思うぞ……。いい気になってるようにも見えないし、仮になってたとしても仕事を放り出されるよりいいだろ。」

「……お前みたいな奴がいるからあの女が付け上がるんだ。中央本部チームに入るのに、どれほどの経験が必要だと思う?あの女、たったの二日でこのチームに配属されたとか……明らかに贔屓だろ。」

「……レナード、お前、それを羨ましいと思ってるのか?」

「羨ましい?俺は不正が嫌いなだけだ!!」

「……俺は出来ることならいつまでも上層の情報チームにいたいけどね。あそこは安全だからな。コントロールチームから一日で配属が危険な中央本部になった彼女に俺は同情するよ。」

「っ、なんで!!」

 

あの女の肩をそんなに持つんだ。

そうレナードが言おうとした時、収容室の中から大きな音が聞こえた。それは人が倒れたような音で、レナードと男性は揃って収容室の扉を見た。

今中では一緒に待機していたもう一人のエージェントが作業をしている。

ずっと何かあった時のための配置されていた三人だったが、つい先程一人作業に当たって欲しいと指示があったのだ。

管理人からは憎しみの女王の状態がかなり回復したことを聞いていたのだが、今の音は。

 

「おい、レナード……今……。」

「あぁ……。っ……なにか、音が……。」

 

二人は、自身の所持する武器に手をかけた。

中から聞こえる、その重く引きずるような音。

彼らの身体に、緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かなオーケストラの収容室では、泣きじゃくるユリと、それをどうにか宥めようとオロオロと空中をオーケストラの手が動き回る。そんな珍しい光景が繰り広げられていた。

 

―――ユリさん、どうされたんですか。

 

「ううっ、ふっ、なんでも、ないっ……。」

 

―――ではどうして泣いていらっしゃるんですか。

 

「うううっ……。」

 

一度涙腺が壊れてしまうと、泣き止むことが難しく私はただただひたすらに泣くだけだった。

これを管理人室でXさんに見られていると思うと恥ずかしくて仕方ない。

ダニーさんが管理人室のモニターは声をインカムで拾って文字に起こしてると言っていたので、外している今この不細工な呻き声は拾われてないだろうが。

オーケストラさんが困ってるのが伝わってくる。申し訳ない。

いつも指揮棒を振る時だけ出てくるオーケストラさんの手がさっきから私の頭や肩を撫でては離れていく。どうしたらいいか迷っているんだろう。

でも泣いている理由を言う訳にもいかない。

オーケストラさんは優しいから、きっと私の為に怒ってくれる。それは有難いのだけど、そのせいでオーケストラさんが人を殺しでもしてまったら大変だ。

オーケストラさんは優しくて強いから。

……私とは違って。

 

「うううううううっ……。」

 

そんなこと考えたせいでまたよけいに泣いてしまう。

あぁもう大人なのに。こんな醜態を見せてはずかしい。

理由も言わないで、急に来て、ただ泣くだけなんてなんて面倒くさいのだろう。

こんなことでは、流石にオーケストラさんも怒ってしまうかもしれない。もしくは私を嫌ってしまうかもしれない。

それも仕方ないだろう。私だって、こんな私嫌いだ。

日本にいた頃はもう少し忍耐強かったはずなのに。劣等感なんてあるのが当たり前で、悪意のある、鋭い言葉だって聞き慣れていたはずだった。

それなのにこんなにも弱くなってしまった。情けない。自己嫌悪で、死にたくなってくる。

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさい、オーケストラさん。」

 

こんな、私でごめんなさい。

慣れていたはずなのに。積み重なっていく誰かからの敵意も、気にしない振りも、一人で泣くのだって慣れていたはずなのに。

いざ甘えられるものがあると、直ぐに縋ってしまうほど私は弱い人間だったのか。

だってあの時、オーケストラさんがあんなことを言うから。

 

『他の人がどう言おうと、ユリさんが疑おうとも。』

『私にとって、ユリさんは他とは違う、大切な、特別です。』

 

あの言葉はあまりにも優しくて、甘美で。まるで夢のようだった。

だれもそんなこと言ってくれなかった。家族も、友達も、私自身すらそんなこと言ってくれない。

だから欲しがってしまう。浅ましい私は、オーケストラさんからの〝特別〟を、求めてしまう。

 

 

―――どうして謝るのですか?

 

「だって、こんなに泣いて、面倒臭いでしょう。」

 

―――面倒くさくなんてありませんよ。

―――今まで泣きたくても泣けなかったんですね。

―――貴女はいつも我慢をする。

 

「え……。」

 

―――もっと頼っていいんですよ。私はユリさんの味方になります。

 

「そんな、もっと、なんて。」

 

―――むしろ頼って欲しいです。

―――貴女は、私を呼んでくれないから。

 

「呼ぶ……?」

 

―――辛い時は、嫌な時は叫んでいいんです。

―――助けてって。

 

「助け……て。」

 

―――そうすれば、直ぐにでも助けるのに。

 

オーケストラさんはそう言いながら、私の頬の涙を拭った。

オーケストラさんの言葉に私の涙は止まった。意識が悲しみから外れて、少し考えてしまう。

 

 

助けてって叫んだら。

オーケストラさんは来てくれる。

 

 

「それは……ちょっと。」

 

いや、だいぶ危険かもしれない。

 

―――いつでも、呼んでくださいね。

 

オーケストラさんは優しくそう言ったけれど、私はなんて反応していいかわからなかった。

なのでその言葉に私は曖昧に笑って返す。

オーケストラさんは優しい。そしてとても強い。

オーケストラさんと初めて会ったあの日。まだ私がエージェントじゃなかった時。

オーケストラさんは人を操って、私を自身の元へ導いた。更にその人の身体を使ってダニーさんを襲ってもきたのだ。

オーケストラさんはいちばん危険なアブノーマリティとされるALEPHクラスに分類されているし、私の知っている以上にすごい力を持っているのだろう。

 

そんな、オーケストラさんが、私の一言で。

 

「……ははっ、」

 

なんだかおかしくて笑ってしまう。

想像がつかない。私の声がそんな力を持ってるなんて。

こんな、優しくて、強くて、すごいオーケストラさんが私なんかの為に動いてくれるなんて。

 

「随分頼もしい指揮者さんだなぁ。」

 

そう言うと私の涙を拭いてくれたオーケストラさんの手が離れて、グッと親指を立てた。それにまた笑ってしまう。

 

現状は何も変わっていない。

私はやっぱり弱く情けないままだし、レナードさんには会いたくないし、それなのにアイの収容室には戻らないといけないし。アイにも今はちょっと会いたくないし。

でも少し勇気が出た。こんなにも頼もしいオーケストラさんがいるのなら、一人じゃないのなら。

どんな私でも、味方でいると言ってくれる貴方がいるのなら。

 

私はもう少し、頑張れるかもしれない。

 

 

 

 

 







会話文多くて読みにくて申し訳ないです。
最近長くなるので区切って区切って書いてます。
憎しみの女王回は長くなる予定でしたが予想を上回る長さだぞ……。


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The Queen of Hatred_6

結局いつもより掃除は遅く、雑になってしまって。けれどオーケストラさんは怒ったりはしなかった。

それどころか作業中ずっと音楽を流してくれた。それは前に私が好きと言った、けど名前も知らないオーケストラさんの曲。

 

やっぱりオーケストラさんは優しい。

 

オーケストラさんの力は恐ろしいものだろう。というより、アブノーマリティという未知数の存在は私達人間にとって脅威だ。

けれどやっぱり私はオーケストラさんが好き。

彼らを友達なんて言ったら変な目で見られるだろう。人はきっと離れていく。おかしいことを言ってるのは自覚している。

でもね、それでも。大切なんだよ。

 

作業を終えて私はオーケストラさんに手を振った。「泣いちゃってごめんね」と言ってから、外していたインカムを耳につける。

するとオーケストラさんはとても優しい声で、とても優しい言葉で私を見送ってくれた。私にしか聞こえない、オーケストラさんの声で。

 

 

 

 

収容室を出ると、インカムからXさんの声が聞こえた。

泣いている姿をモニターで見ていたのだろう。

心配の声や状況説明を求められる声に私はちょっと苦笑いしてしまう。

言えない。慰めてもらってた、なんて。

直ぐにいい言い訳が出てこなくて、私は後で説明すると返した。

その答えにXさんは考えたような間をあけて。

 

『同じチームの、レナードのせい?』

 

と聞かれたのには驚いた。

どうしてXさんからレナードさんの名前が出てきたのか。

 

「あ……。」

 

そうか。インカム。外してなかった。

レナードさんが憎しみの女王の収容室の前で私を引き止めた時。私もレナードさんもインカムを外してなかった。

会話は全て聞かれていたのだ。その事実にちょっと気まずくなる。

ここで「そうですレナードさんのせいです。」とは流石に言えない。

 

「……なんでもないですよ。大丈夫です。」

『本当?……静かなオーケストラにも何も変化はなかった?』

 

Xさんの言葉に私はまた笑って返す。

そうなのだ。さっきからインカムで聞いているとXさんが心配しているのは私自身というより、私が泣いたことでのオーケストラさんの影響で。

見え隠れするその本音はあまりいい気のするものではなくて、直ぐに会話を終えたかった。

それは仕方ないことだろう。アブノーマリティの機嫌一つでこの研究所の状況は大きく変わる。だからXさんの心配は最もだ。

でもちょっとくらい、私を信頼して欲しいんだけどなぁ。

何も言わない私にXさんは最後、諦めたようにため息をついて会話は終わった。

通信の途絶えたインカムの無音を聴きながら、私は小さく呟いた。

 

「なんかやっぱり、Xさん変わりましたね。」

 

前はもっと優しかったです、と。

この声は拾われて、文字として管理モニターに表示されるのだろうか。

知られたくない気がするし、知られたい気がする。どちらでも良いし、どちらでも良くない。

そんなことを思っていると、タブレットに通知が来た。

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟。

 

その表示を見て、思わずため息をついてしまった。

アイへの作業をしなければいけないことはわかってはいたけれど、レナードさんのことを思い出すとやはりあまり戻りたくない。

けれど仕事だ。仕方なく私は長い廊下を歩き出す。

 

「……ユリさん?」

 

と、そこでダニーさんに声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ時間は遡って。

憎しみの女王の作業を指示されたエージェントアンドレは一人ため息をついた。

任されたのがどうして自分だったのだろう。彼は憎しみの女王の収容室の前で待機していた一人で、内心作業するのは残りの二人どちらかでもいいじゃないかと言ちていた。

アブノーマリティへの作業はいつも恐怖と隣合わせで。しかも憎しみの女王はエージェントを殺した経緯がある。そんなアブノーマリティへの作業など、たまったものでは無い。

緊張しながら中に入ると、憎しみの女王は立っていた。

その姿はなんだかフラフラと頼りなく。けれどアンドレに気がついた憎しみの女王は無理矢理に笑ってみせた。

 

「……こんにちは。」

 

声に元気はないが、憎しみの女王は確かにアンドレに挨拶した。

その様子にアンドレは驚いた。聞いていた話よりも、憎しみの女王は正常な意志を持っているように見えたからだ。

 

「貴方は……えっと、ごめんなさい。あまり物覚えがよくなくて……。誰だったかしら……。」

「わ、私は初めて貴女とお会いします。なので知らなくて当然です。」

「そう……?なら、よかった。これから覚えればいいわね……。」

 

力なく笑う憎しみの女王に、アンドレは拍子抜けしてしまう。なんだ、いいアブノーマリティではないかと。

アンドレは憎しみの女王に一歩近づき、声をかけ続けた。彼の指示された作業は〝交信〟であったからだ。

 

「調子はいかがですか?」

「調子……そう、ね。最悪ではないわ……。」

 

そうは言うものの、憎しみの女王は気分が悪そうに頭を抑えた。

そして立ちくらみを起こしたのかフラフラと後ろの壁に寄りかかる。

アンドレは慌てて憎しみの女王に駆け寄った。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫、よ。早く元気にならなきゃね……。こんなんじゃ、悪者が来た時に頼りないわ……。」

 

憎しみの女王のその言葉に、アンドレの心が少し揺れた。

アブノーマリティと言えど、憎しみの女王の外見はただの可愛らしい少女だ。丸い顔に長い足。細い腕。そんな身体で、こんな体調で彼女は自分以外を心配しているのか。

その心優しさに、アンドレの胸が小さな熱を持つ。それは同情であり、感動であり。

だから彼は、憎しみの女王を慰める為の言葉をかけた。

 

「大丈夫ですよ。ここには悪者なんていません。」

「……え?」

「貴方が倒さねばならない悪なんて存在しないんです。だから、安心して休むといい。」

 

アンドレの言葉に憎しみの女王はその大きな目を見開いた。

アンドレは少しでも安心させよう綺麗に笑ってみせる。しかしそれに反比例し、憎しみの女王から笑顔が消えていく。

 

「うそ、でしょ?」

 

憎しみの女王が、ずるずると壁沿いに倒れていく。

 

「うそよ、そんなの。」

 

イエローダイヤモンドの瞳に、涙が溜まっていく。

 

「だって……そしたら……。」

「ど、どうしたんですか?」

 

その様子にアンドレは不安になり、しゃがみこんだ憎しみの女王に目線を合わせた。

しかし、その瞳にアンドレは映らない。

 

「私は……私は……!!」

「っ……う、わっ!?」

 

突然憎しみの女王の身体を強い風が覆った。その風に押されて、アンドレは後ろに押されて尻もちをつく。

ぐったりとした憎しみの女王の身体が浮き上がる。彼女は何かをブツブツと唱えているようだった。

浮き上がった身体を取り囲むように、どこからかいくつもの青い光が現れる。それは鋭く細く、槍のようで。

その光が、憎しみの女王の心臓を貫いた。

衝撃に彼女は痛みのあまりかピンと手足が伸び、大の字になる。その顔は酷く辛そうに歪んでいる。

彼女の体勢は的のようだった。その的を狙うかのように、憎しみの女王の杖が勝手に動く。

杖はハートの先を彼女の身体に向ける。

 

そして、まるでとどめを刺すように、憎しみの女王の心臓を貫いた。

 

強い光が憎しみの女王の身体を覆う。

アンドレはその眩しさに目をつぶった。でないと彼の瞳は焼き付いてしまったかもしれない。

その光は凶器のような鋭さと熱を持っていて、アンドレの身体に焼けるような痛みが走った。

その痛みにアンドレは歯を食いしばる。何が起こっているのか彼は把握ができなかった。憎しみの女王はどうなったのか?

その光は徐々に弱いものに変わっていき、なんとか彼の体は焼けずに済む。

ようやく光が落ち着いたところで、アンドレはそうっと、目を開いた。

 

「あ……、え……?」

 

開いた目に映ったのは。

 

次の瞬間、アンドレの身体が思いっきり壁に叩きつけられた。

彼は頭を、背中を強く打ち、その衝撃に身体の空気が押し出され歪な音が出た。

打った頭は痛みだけを理解し、彼は逃げる事など出来ない。

だから、彼は避けることが出来ずに死ぬ。

動けないでいるアンドレの身体を、憎しみの女王の青い尻尾が叩き潰した。べちっと音を立てて潰されたアンドレの身体から、血が飛び散って壁を汚す。

憎しみの女王は、その少女の姿から青い大蛇へと変化していた。

この時、アンドレはもう既に死んでいただろう。けれど形残る身体が気に入らないのか、または遊んでいるのか憎しみの女王は何度も尻尾を叩きつける。

長い尻尾を引き摺っては持ち上げ、叩きつけて―――アンドレの身体をすり潰していく。

その姿はかつて彼女が自身の対照として欲したもの。

悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはダニーさんさんがいた。

珍しいその姿に私は驚いてしまう。実はダニーさんと仕事中廊下で会うことがほとんどない。

一度それを本人に言ったことがあるが、ダニーさんと私の担当しているアブノーマリティの収容室が正反対にある事が原因らしい。

それなのに何故今日は会ったのだろう。

 

「ダニーさんと会うなんて珍しいですね。」

「そうですね、実は憎しみの女王の収容室前待機を命じられまして。」

「憎しみの女王!!私も今から憎しみの女王の作業に行くんですよ!」

 

待機、ということはレナードさん達と同じ指示をうけたのだろうか。

ダニーさんが居てくれることを知って少し安心した。敵意のない知り合いがそばにいてくれるのは、やはり精神的に楽だ。

目的地が同じなので、二人揃って廊下を歩く。ダニーさんの足は私より早くて、置いて行かれないように早足で着いていく。

 

「そういえばレナードがユリさんにきつく言っているそうですね。私からも注意しておきます。」

「え、なんで……。」

 

なんでダニーさんが知っているのだろう。

そう思ったことが顔に出たのか、ダニーさんは言葉を続けた。

 

「Xから聞きました。いや……元からレナードがユリさんにいい態度をしていないのは勘づいていましたが、そこまであからさまだったのには気付いてなくて……。すいません。」

「いや!ダニーさんが謝ることじゃないですよ!!」

「私はユリさんの教育係です。貴女のことを気にかけるのが仕事だ。だから今回のことは私にも非があります。」

 

ダニーさんの謝る声は真剣で、なんだかこっちの方が申し訳なく思ってしまう。

その反面嬉しいとも思ってしまった。私はここで頼れる家族も友達もいないから、ダニーさんのように考えてくれる人は貴重だ。たとえ仕事だからと言っても。

 

「ただ、レナードの言うことはあまり気にしたい方がいい。あんなのただの嫉妬でしょう。」

「し、嫉妬って。」

「ユリさんがアブノーマリティへの作業をスムーズに終えられることが羨ましいんですよ。それを理屈っぽく正論づけてユリさんにぶつけているだけです。だから気にしない方がいい。」

「でも……、」

「そうやってなんでも受け止めるのは良くないですよ。貴女のいい所でもあるが……、レナードみたいなのを受け止めていたら疲れるでしょう。」

 

ダニーさんの言い方は随分レナードさんに冷たかった。

気にしない方がいい。それはわかっているのだけれど、私はレナードさんの気持ちも少しわかるのだ。

レナードさんはやはり私が一部のアブノーマリティから好かれていることがずるいと思っているのだろう。私だけ安全で、ずるいと。

誰かを羨ましく思う気持ちを、私は知っている。

 

「……あの、ダニーさん。」

「なんですか?」

「ダニーさんは、私をずるいって思いますか。」

 

思わずそう聞いてしまった。

言った後に後悔が襲ってくる。こんな質問意味が無い。

この流れでこの質問は、慰めてくださいって言っているようなものじゃないか。

頭を抱えたくなる。しかしダニーさんから返ってきた言葉は予想外のものだった。

 

「いえ、全く。ずるいとも羨ましいとも思いませんよ。」

「え。」

 

即答されて、間抜けな声が出てしまった。

流石にその答えは予想して無かった。

 

「むしろ……、あ、いや、なんでもないです。」

 

言いかけられた言葉が気になって、私はそれを追及する。

なんでもないですとダニーさんは言い張っていたが、私がしつこく聞くとやがて折れて渋々と口を開いた。

 

「……むしろ可哀想だと思います。」

「可哀想……?」

「あんな化け物に好かれるなんて、可哀想でしょう。」

「化け……物。」

 

それは、レナードさんも言っていたことだった。

化け物。アブノーマリティが、化け物。

悪印象なその言葉が私の心に引っかかる。

いや、仕方の無いことだ。ダニーさん達にとってアブノーマリティは危険で恐ろしい化け物だろう。多くの被害をうけているのだから。

そうわかっていても、私の脳裏にチラつくのはオーケストラさんの姿だった。

 

 

「……ダニーさん達にとって、アブノーマリティが化け物でも。」

 

止めろと私の理性が言っている。

けれど、口を止めることが出来ない。

 

「アブノーマリティ達にとって、ダニーさん達がただの人間だとしても。私にとってはどちらも仲間です。」

 

だって、私すらアブノーマリティを化け物なんて言ったら。

誰が彼らの味方になるのだろう。

 

「……仲間……。」

「そんなの綺麗事かもしれないけど……。でも、本心です。実際、彼らからエネルギーをもらってる訳ですしね。」

「……私達も、仲間なんですか。」

「え?」

「私も、アネッサも、レナードも、Xも?」

「そうですよ?リナリアさんも、アンジェラさんも、ティファレトさん達も。」

「なか……ま。」

 

ダニーさんはすこし考えこんでしまった。

どうしたんだろう。先程の会話でつっこまれるのは、どちらかと言うとアブノーマリティを仲間と言った方だと思っていたのだけど。

どうしてダニーさん達のことをきいてきたのただろうか。

暫くして、ダニーさんは重く口を開いた。

 

「その……今みたいなことは、あまり他の人には言わない方がいいかもしれないです。」

 

言いにくそうに口を動かすダニーさんが、何を言うかと思えば。私は思わず笑ってしまう。

こんな、綺麗事で、危ない目にあっているエージェントの怒りを買うような言葉、誰にでも言うと思っているのだろうか。

 

「こんなこと、ダニーさんにしか言いませんよ。」

 

だってダニーさんは、私の事嫌いにも好きにもならない。それをわかっているから。

私の言葉にダニーさんは目を見開いた。驚いているようだ。私がこんなことを言うなんて予想してなかったのだろう。

笑う私を見て、ダニーさんは口を動かした。けれど声を聞く前に、大きな音で掻き消されてしまう。

 

【警告】【警告】

 

「!」

「警報……!」

 

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

耳の痛くなる警報に、私の体に不安と焦りが込み上げてくる。

ダニーさんは息を飲んで、警告の続きを待っているようだった。

 

【脱走したアブノーマリティが特定されました。】

 

続く言葉に、今度は私が目を見開いた。

 

【アブノーマリティネーム〝憎しみの女王〟。】

 

「え……。」

 

どうして。

 

 

 

 

 

 




区切ろうと思ったんですがいい加減憎しみの女王に収容違反して欲しかったんです。

次回「レナードやらかす」デュエルスタンバイ!


追記

何人かの方からご指摘があった誤字について。
いつも誤字指摘ありがとうございます。まじ間違い探しですいません。いつも助かってます。

その姿はかつて彼女が自身の対照として欲したもの。

何名の方から〝対照〟じゃなくて〝対象〟じゃね?ってご指摘を頂いてるのですが。
実はわっかりにくい仕様です。
対象でも文章的に全然通じるんですけど、正義の対照としての悪として〝対照〟表示にしてます。
ややこしやー、ややこしやー。
いや本当変なこだわりで申し訳ない。

誤字指摘本当に助かってます。このことで見限らずに今後ともお力をかしていただけると嬉しいです。





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The Queen of Hatred_7

けたたましく響く警報に、私は思わず手を強く握った。

 

―――逃げ出した?アイが?

 

「どうして……。」

 

警報が告げる事実を、私は間違いだと信じたい。

ついさっき会ったアイの様子を思い出す。確かに彼女は落ち込んでいたし、不安定な状態ではあったけれど……、会話をしたことで少しは楽になったように見えたのに。彼女になにかあったのだろうか。

―――いや、もしかして私がそう見えただけだったのかもしれない。

彼女は無理して笑っただけかもしれなかった。本当はちっとも楽になんてなってなくて、私に気を使って平気なフリをしていただけかもしれなかった。

だとしたら私は、なんて自惚れなんだろう。

アイに言ったことは本心だけれど。けれどそれを良いように並べて、上手く見せられたと勝手に思っていたのなら。それはただの自己満足でしかなくて。

少しでも役に立てたと思っていた私は。

 

「ユリさん!」

「あっ……ダ、ダニーさん……。」

「なにボーッとしてるんですか?とりあえず、ここから離れましょう。ここは憎しみの女王の収容室から近すぎる……。」

 

考えにふけっていた私の名前をダニーさんは叱るように呼んだ。

強く腕を掴まれて、そこでようやく私の頭は動き出す。

ダニーさんの言う通りだ。私達はアイの収容室に向かって歩いていたのだから、もうすぐそこは現場なのだ。

来た道を戻ろうと歩き出すと同時に、インカムから声が。

 

『黒井さん、ダニーさん聞こえる?』

「Xさん?」

「……なんのようですか。今すぐ私達はここを離れなければいけないのですが。」

『2人に、憎しみの女王の鎮圧作業を命じる。』

「えっ。」

 

インカムからのXさんの指示に私の身体は固まった。

ウエストバッグの中のタブレットが震える。ぎこちなくダブレットのメッセージを確認すると、そこには〝緊急指令:鎮圧作業 対象:憎しみの女王〟と。

この文を見るのは二回目だった。大鳥の時。

あの時はアンジェラさんから、交信によっての鎮圧作業を命じられたけれど。

 

「あの……Xさん、鎮圧って、どうやって……。」

『銃は支給されてるよね?』

「え……私、警棒しか……。」

『あー……警棒かぁ。頼りないなぁ。』

「す、すいません……。」

『まぁ、いいよ。叩いてきて。』

「叩、く……?」

 

叩く?

腰のホルダーに収まる警棒を見る。

渡されたあの日から私はこれを使ったことがない。

持ち手に触れると金属のそれは冷たくて、私の手のひらから熱を奪っていく。

手から順に体が冷えていく。腕を登って、胸にたどり着いて、全身が凍る。

これで、叩く。……戦う?

 

「そん、なの、」

「そんなのユリさんには無理です。」

 

私の言葉に被せてきたのはダニーさんだった。

 

「他のエージェントに鎮圧作業は通達してるんですよね?ならそれまでの時間稼ぎは私がしますので、ユリさんは避難してください。」

「で、でもっ……、」

「まだなんの訓練も受けていない貴女が行っても怪我をするか、最悪死ぬかのどちらかです。無駄死になんてする必要ない。特に貴女に何かあったらアブノーマリティが黙っていないでしょう。」

『エージェントダニー!管理人に逆らう気か!?』

「これは気にしなくていい。」

 

インカムからXさんの怒鳴る声が響く。しかしダニーさんはものともせず、私のインカムを頭から外した。

まだヘッド部分からはXさんの声が聞こえている。それを私は奪い返さなければいけないのに、手は動かずダニーさんが自身のバックにしまうのを見ているだけだった。

避難していいという、ダニーさんの言葉に安心してしまう自分がいる。

それが、とても、情けなかった。

どうしてこんなに足が震えるのだろう。声が上手く出せないのだろう。

大鳥の時はもう少しまともでいられたはずなのに。どうしてこんなに恐いんだろう。

あの時は、確かただ暗くて、何が起こってるかわからなくて。確かぼんやりしてたら首が熱くなって……。

 

「あ……。」

 

そうか。首。

オーケストラさんの力だ。

あの時私は意識がぼんやりして。でも首が熱くなったことで我に返った。

その後何故かすごく冷静になっていたように思える。もしそれが、オーケストラさんの力なら。

手を首に持っていく。後ろの付け根に触れてもそこに熱はない。

もしもあの時、心を強く保っていられたのがオーケストラさんのおかげなら。私が今こうやって生きていられるのはきっとオーケストラさんのおかげだ。

前にいるダニーさんの背中を見る。

私はダニーさんにも助けられている。

赤い靴の時、あの皆が赤い靴に魅了され、私を追い回していた時。彼が私に引導をしてくれなければそれこそ無事ではすまなかっただろう。

 

そうやって私は、助けられてばかりで。

 

「……ダニーさん。私も行きます。」

「ユリさん……!?」

 

生かされているばかりではいけない。このまま弱いだけではいけない。

私だって、lobotomy corporationのエージェントだ。

 

「Face the Fear,」

 

恐怖に立ち向かい、

 

「Build the Future.」

 

未来を作る。

 

魔法の呪文を、私は呟いた。

私がこの会社に入社を決めた一言。あの時感じた湧き上がる興奮は自分のものではない雲を掴むような感覚であったが、今は違う。

その言葉の重さが、私の気を引き締めてくれる。

その呪文は美しい言葉ではない。何人の人がその強大な壁に立ち向かった?そして出来た未来は、何人の犠牲を材料にしている?

私は足元を見る。この床は今まで、何人の血を吸ってきたのだろう。

作り上げられた今という未来を、私達は繋いでいかなければならない。

 

「……そうやって貴女は囚われているのか。」

「え……?」

「そんな言葉で貴女は命を捨てる覚悟をするのか。そんな言葉で貴女は危険に飛び込んでいくのか。」

「ダ、ダニーさん?」

 

ダニーさんは淡々と私に言葉をかけていく。彼の言っていることが私はいまいち理解ができない。

心配になってダニーさんの名前を呼ぶと、彼は私の肩を思い切り掴んで、その距離を縮めた。

突然のことに私は驚いて少し仰け反ってしまう。

 

「俺は誰かを!あいつと同じにしたい訳じゃあない!!」

 

「お願いだから!」

 

「お願いだからっ!!」

 

「お願いだから……っ、死なないでくれ……。」

 

そう言ってダニーさんは、力なく俯いてしまった。

初めて見る彼の様子に、私はただ驚いて。

ダニーさんが言っていた言葉が後から追いついて来て、時間差で私はその意味を理解する。

 

「ダニー、さん。」

 

あいつって、誰だろう。

ダニーさんは私を説得したのではない。言い聞かせたのではない。懇願したのだ。

私に、死なないでくれ、と。

それは心配というより、不安というより。

彼が過去背負った何かが、恐怖になっているように私は思えた。

 

ダニーさんは、少し冷たい人だと思う。

けれど、彼は私の為に怒ってくれる人だ。きっと一度ではない。

大鳥の鎮圧作業を命じられた時、赤い靴に追われていた時、エンサイクロペディアが使えないと知られた時。彼は怒ってくれたのだろう。もしかしたら私の知らないだけでもっとあるのかもしれない。

ダニーさんは優しい人だ。そして強い人だ。

……まるで、オーケストラさんみたい。

 

「ダニーさん、ありがとう。」

「ユリさん……、」

「でも私は行きます。」

「っ、なんでっ」

「私もエージェントだから。ダニーさんと同じだから。」

 

貴方の、仲間だから。

 

「武器は、使いません。というより使えない。使い方がわからないから。でももしかしたら説得できるかもしれない。」

「説得って……!相手はアブノーマリティですよ!?」

「もし駄目なら直ぐに逃げます。戦わなくてもいいかもしれないなら、出来ることはしたいんです。」

 

そして彼らの、仲間だから。

 

「行きましょう。」

 

私が手を引くと、ダニーさんの目が揺れるのがわかった。

彼の表情は変わらず苦しげな、辛そうなもので。

彼がこんなにも動揺するのは珍しい。その背後に暗い過去を匂わせる。

もしかしたら。彼は同じシーンを経験したことがあるのかもしれない。

それは先程言っていた〝あいつ〟に関係するのかもしれない。

だとしたら、その〝あいつ〟も私と同じだったのだろうか。

死なないと言うことが彼に出来なかったのだろうか。

 

その時、発砲音が聞こえた。

その音を追いかけて視線をやると、やはりこの先から聞こえている。

私は息を飲んだ。また震えはじめる腕を、もう片方の腕で抑える。

と、ダニーさんが手を引いていた私の手を握り返した。

ダニーさんを見ると彼の目はやはり揺れていて。

けれど私の手を、彼は離さなかったのである。

 

「避難は、常に視野にいれてください。」

「!はい!」

「護ります。絶対に。だから、貴女は死なない。」

 

その言葉は私に向けたというよりは、自分に言い聞かせるようだった。

ダニーさんは私の前を行く。そのすぐ後ろをついて行く。

その背中を見て、私はまだ入社したばかりの日を思い出す。

あの時、彼のまっすぐ伸びた背中を見て、何を背負っているのだろうと考えた。

それは遠くて、なんの予想もつかなかったけれど。

今は少しはっきりとして見える。その輪郭は冷たく、悲しく、けれどきっと彼の胸を熱く燃やした。

人の、死だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段よりも廊下をゆっくりと歩く。

発砲音や破壊音は進む度に大きくなっていき、それが私とダニーさんの緊張を高めた。

慎重に、とダニーさんは言った。こういう時に焦っては必ず上手くいかないと。

私はその言葉に従って、一歩一歩気をつけて歩く。

 

「……いた。」

「!」

 

前にいるダニーさんの身体が強ばるのを感じた。

私はその背の影からそっと前を覗く。

 

「え……。」

 

少し遠くに見えるその光景に、私は心臓が大きく跳ねるのを感じた。

収容違反したのは、憎しみの女王のはず。

アイは人型のアブノーマリティだ。背丈も私と近いくらい。

そのはずなのに。

 

「なに……あれ……。」

 

そこにいたのはアイではなかった。

遠目で見てもわかる巨体に、私は瞬きを忘れる。

青い、大蛇だ。

人の倍ほどある、大きな蛇。鱗の青は照明の光に反射して艶やかに光っている。その色は確かにアイのあの美しい髪と同じだけれど。

だからといって大蛇と彼女が同じ存在とは思えない。あの美少女が恐ろしい大蛇なんて。

 

「おいっ!援護してくれ!!」

 

大蛇の方から誰かがこちらに走ってきた。

レナードさんだ。

巨体の影になって見えなかったが、彼は交戦していたらしく、銃を持ち、服は所々破けていた。

 

「レナード、あれは憎しみの女王なのか?」

 

ダニーさんがレナードさんにそう聞くと、彼は状況の説明を簡潔にしてくれた。

私がオーケストラさんの作業をしている時、収容室前で待機していた一人のエージェントがアイへの作業を命じられた。

そして暫くすると中から破壊音が聞こえ、あの大蛇が出てきたのだという。

だからあれが、憎しみの女王だとレナードさんは言った。

 

「そんな……あれが、アイなんて……。」

「わかった。応戦しよう。ユリさん、ユリさんはやはり避難してください。言葉が通じそうな相手ではない。」

「……はい。」

 

ダニーさんの言葉に私は頷くしかなかった。

その通りで、あの大蛇に私の言葉が届くとは思えない。

情けなくも、私は自分がなにか力になれるとは思えなかった。大人しく首を縦に振ると、ダニーさんは小さく息をついて、顔を大蛇に向けた。

 

「行くぞレナード。とりあえず時間稼ぎを、」

「ふざけるな!!」

 

レナードさんど怒声が響いた。

 

「ふざけるな!!避難?戦えよ!!目の前で収容違反が起こってるんだぞ!!」

「レナード!ユリさんはまだ戦えないんだ!!」

「そうやってまた特別扱いされるのか!?そうやっていつも贔屓されて……!!こういう時くらい、役に立てっ!」

「うわっ……!?」

 

レナードさんに腕を掴まれて、放り出された。

咄嗟に受身はとったが上手くいかず、倒れてしまう。

 

「あ……。」

 

見上げると、目の前には大蛇がいた。

心臓がばくばくとうるさい。呼吸が荒くなる。

怖い。逃げたい。

しかし身体が動かない。

反射的にぎゅっと目をつぶる。攻撃を覚悟した。

……しかし、衝撃はこない。

恐る恐る目を開けると、やはり大蛇は目の前にいる。

しかし様子がおかしい。何もしてこない。そして動かないのだ。

 

「……アイなの?」

 

私は大蛇に、小さく問いかける。返事はかえってこない。

もし大蛇が、アイならば。

どうして、そんな姿になってしまったんだろう。

黒い瞳が私をじっと見つめている。それが何故か無性に悲しくて。

 

「お願い……元に戻って。」

 

声が届くなんて思えない。けれど届いて欲しいと思った。

ゆっくりと立ち上がる。それでも大蛇は動かない。

私は鞄にしまった、アイからもらった髪飾りを取り出す。

大蛇に見せるようにそれをかかげた。反応は何も無いけれど。

彼女はこれを、〝友達の証〟と言っていたから。

 

「その姿だと……話すことも出来ないよ……。」

 

そう言うと、大蛇の身体が少しだけ揺れた。

そこにいるのはあの可愛らしいアイではない。けれど、もし大蛇が本当に彼女ならば。それならばあの正義の心は必ず持っているはずだ。

大蛇の首が下に降りてくる。近付いてくる。

怖いけれど、私は逃げない。

その顔に、手を伸ばした時―――。

 

パンッ

 

「え……。」

 

背中が、熱くなった。

 

「ユリさん!!」

 

ダニーさんの声が、聞こえた。

熱に押されて私は前に倒れる。床に落ちた身体は妙に重くて私のものに思えなかった。

何が起こったのかわからなくて、確認しようとするのに、動かすと背中の腰あたりが異常に痛くて上手くいかない。

そうしていると、身体が抱き起こされた。

目の前にはダニーさんの顔がある。名前を呼ばれている。けれど何故かその声は遠くて。

少し首を動かすと、ぶれる視界に人の姿。

こちらに銃を構える姿勢。

待って、と思う。この先にいるのは、アイなのだ。

きっともう大丈夫だから。だから、お願いだから。

 

撃たないで。

 

 

 

 









/(^o^)\ナンテコッタイ






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The Queen of Hatred_8

※ちょこっとグロ注意
※あとやっぱりエセ百合注意





―――なにが、起こった?

 

銃声が、響いた。そして?

目の前の光景が、ダニーの目にスローモーションに動く。

ユリの身体が倒れる。受身をとらなかった身体は変な体勢で床に打ち付けられ、豪快に音を立てた。

そのすぐ後にもう二発、発砲音が聞こえた。

その音でダニーはようやく身体を動かすことを思い出す。倒れたユリに駆け寄り、力ない彼女を抱き起こした。

 

「ユリさん!ユリさん!!」

 

ダニーが名前を呼ぶと、ユリは瞳を動かす。生きていることに安堵するも、彼はその傷口を見て血の気が引いた。

傷から溢れる血がユリの制服を汚す。赤いシミはどんどん大きくなっていって、慌ててダニーは彼女の服をたくしあげた。

傷の位置は、腰。しかもだいぶ中心から離れている。急所は外れている。

次に確認しなければいけないのは、傷に異物が入っていないかだ。菌が繁殖したらそれこそ大変なことになる。

しかし傷口からは血が溢れてきていて、その赤にまみれて異物の確認が出来ない。

焦りに舌打ちをする。これだと止血が先か。ダニーは自身のウエストバッグから救急セットを取り出した。

膝と片手でユリを支えながらもう片手で布を取り出す。そのやりにくさに彼は苛立ちを感じた。

 

「……鎮圧、完了。」

 

そんなダニーの耳に入ったのは、小さな呟きだった。

その声にダニーは腹の底から怒りが込み上げるのを感じ、それを抑えるつもりもなく声の主を睨む。

その視線の先には、銃を下ろしたレナードが立っていた。

 

「……なんで、撃った。」

「なんでって、鎮圧するのには対象を撃たないといけないだろう?」

 

そう言ってレナードはダニーの後ろを指さす。

そう、レナードは二発の銃弾を大蛇の頭に撃ち込んだ。それは急所だったのか、たった二発でも大きなダメージを憎しみの女王に与えた。

大蛇はその巨体を地面に伏せ、ぐったりとしている。

そして次の瞬間、大蛇の足元に巨大なピンクの魔法陣が現れ、大蛇が光を放った。二人は眩しさに目をつぶる。次に目を開けた時、大蛇は少女の姿に戻り、床に倒れていた。

 

「ほら、鎮圧成功だ。」

「なんで……なんでユリさんを撃ったんだ。」

 

そんなレナードの態度にダニーは余計に怒りを燃やし、ユリの傷口を布で強く抑えながらレナードを怒鳴る。

しかしレナードは全く動じずにダニーを見据える。そうしてゆっくりと口を開いた。

 

「必要だったから撃った。それだけだ。」

「必要だった?彼女を撃つことが!?」

「あぁ。憎しみの女王はエージェントユリに顔を近づけていた。絶好のチャンスだったろう?じっとして、頭を下げて。……けど、的の前に立っていたその女が邪魔だった。だから仕方なく。」

「伏せろって言うことは出来ただろう!!」

「あのな……そんな声を出して憎しみの女王が動いてしまったらどうする?せっかくのチャンスを逃すことになるだろ?」

「……だから、撃って退かしたって言うのか。」

「なんでそんな感情的になってるんだよ。被害を抑える為にしょうがなかったんだよ。お前ならわかるだろ?」

「わからない。わかりたくねぇよ。」

「……その女だからか?」

「は?」

「言っとくけどな、俺はそこにいたのがその女でも、別の人間でも同じことをした。他の奴と違って俺は贔屓なんてしないんだよ。だから撃ったんだ。」

「……。」

 

睨むダニーにレナードは呆れてため息を吐いた。

そしてユリとダニーに近付き、2人に目線を合わせしゃがむ。ウエストバッグから自分の分の救急セットを取り出した。

 

「とりあえず処置するぞ。これくらいなら死なないだろ。」

 

レナードは床を見渡す。そして彼は転がっている銃弾を見つけた。

どうやら弾はユリの身体を貫通していたようで、それに安心したレナードは息を吐いた。

銃弾をスーツのポケットにしまうと、レナードも布を取り出した。

 

「当て布を取り替える。合図で離せ。」

 

レナードは傷口を見ながらダニーにそう言った。ダニーはレナードの行動に驚いて顔を見ていたのだが。レナードは気付かずか、それか無視をしたのか一切ダニーを見なかった。

 

「いくぞ。3、2、」

 

1、でダニーは布を外し、血が溢れる前にレナードが新しい布を当てる。

 

「ダニーは包帯を頼む。俺のも使ってくれ。」

「……わかった。」

 

ダニーは自身とレナードの救急セットから包帯を取り出した。腰周りに頑丈にまくとなると長さと幅が必要になる。

緩くならないように慎重に巻きながら、ダニーはレナードに話しかけた。

 

「……なぁ。レナード。」

「なんだ?」

「お前の言う被害って、なんなんだ。」

「……は?そんなの、研究所の崩壊だろ。」

「彼女は、被害じゃないのか?」

 

ダニーのその言葉に、レナードは全く動じなかった目を揺らした。

 

「俺は……正しいことを、しただけだ。」

「それでも、俺は撃つ前に伏せろって言って欲しかったよ。」

「っ、そんな甘ったれたこと言ってたら、ここではやっていけない!!ダニーならそれ位わかるだろ!?」

 

責めるように聞こえた言葉に、レナードは声を荒らげた。

そんなレナードを、ダニーは冷静に見据える。二人の立場は逆になったようだった。

 

「そうやってお前もこの女を贔屓するのか!俺は……俺は正しいことをしてるだけなのに。どうして皆、俺を責めるんだ……っ。」

「贔屓なんかしてねぇよ。あのな、お前疲れてるんだよ。」

「は!?俺は元気だ!!」

「疲れてて正常な判断が出来ないんだ。少なくともお前は本来、人を平気で撃てるようなやつじゃない。」

「そんなことない!俺はちゃんと覚悟があって、」

「そんな覚悟いらねぇんだよ!!」

 

レナードの言葉を遮って、ダニーは叫んだ。

 

「俺達は今ここにアブノーマリティを収容する為にいるだけだ。それは危険な事だけどな。危険なのはアブノーマリティだけで充分なんだよ。」

「それは……。」

「人から撃たれるような、人を撃たないといけないような覚悟なんて……いらない。例え時と場合によるとしても、そんなのは出来るだけ避けるべきなんだ。そんな辛い覚悟、しなくていい。」

「……。」

「もしも彼女の立場が気に食わないなら、お前が恨むべきは彼女じゃない。俺だ。」

「ダニー……?」

「彼女をここに連れてきたのは、俺なんだから。」

 

ダニーはそう言って笑った。自嘲しているようだった。

そんなダニーになんて返すか、レナードは答えを探す。けれど上手い言葉は出てこなくて、しばらくそこには沈黙が流れた。

やがて包帯を巻き終わり、ダニーはユリの体勢を出来るだけ楽になるように支え直す。

ユリはもう意識を失っていて、目を閉じたその顔は日本人の血のせいかダニーの目に幼く映った。

 

「贔屓なんかじゃねぇよ。」

 

その丸い頬を、そっと撫でる。

 

「利用してるんだ。……それなのに。仲間だなんて。馬鹿な女だよな……。」

 

そんなダニーの横顔にレナードは戸惑う。彼とダニーの付き合いは割と長いものであるのに、そんなダニーの表情を見たのは初めてだったのである。

そんな泣きそうな顔は。

 

「ユリさんのこと苦手なのは仕方ねぇよ。性格の合う合わないはあるからな。」

「べ、別に苦手なわけじゃ……。」

「無理しなくていいって。お前、俺の事もあんまり好きじゃないだろ?」

「え?」

 

悪戯にダニーは笑って、ユリを持ち上げる体勢を整える。しかしレナードは彼の意外な言葉に驚いてしまって、それを上手く手伝えなかった。

 

「ダニーのことは、嫌いじゃない。」

「ははっ、別にいいって。」

「本当だ!……むしろ、俺はお前みたいになりたかったんだよ。」

「は?俺みたいに?」

 

レナードがそう言うとダニーは怪訝に顔をしかめた。その表情があまりにも彼らしくてレナードは笑ってしまう。

レナードはようやく少し余裕を取り戻したように思えた。

それはずっと彼が失っていたもので。必要なもので埋められた心は、彼を本来のレナードにさせる。それをダニーは感じとった。

ダニーに横抱きにされているユリの顔をレナードは覗いた。

その相変わらず平和ボケした顔に彼は苛立ちを感じる。けれど平和は決して悪いものでは無い。いや、とてもいいものだ。

レナードはやはりユリが羨ましかった。その平和は誰もが望むものであったから。

しかし以前と違うのは、レナードに余裕があることである。

人の幸せを羨ましく思うことは、妬ましく思うことは仕方の無いことだ。だからといって不幸に堕ちてこいと願うことは間違っている。それを彼は思い出すことが出来た。

 

「ユリさん。」

 

レナードはユリの名前を呼ぶ。エージェントとしてではなく、憎き相手としてではなく。

その声が意識を失っている彼女に届くはずはない。それでもレナードは口を動かした。何故なら彼には彼女に言わなければいけないことが山ほどあったから。

 

「ユリさん、俺は、本当に……君に」

 

 

 

「アルカナスレイブッ!!」

 

 

 

ダニーの前を、ピンク色の光線が通った。

光線はレナードに直撃し、彼を吹き飛ばす。突然のことにダニーの頭は理解が追いつかない。

光線の元を辿ると、そこには憎しみの女王が立っていた。蛇ではなく、少女の姿で。

そう。光線を放ったのは憎しみの女王であった。憎しみの女王は高らかに魔法の呪文を唱え、力を放出させたのだ。

それだけでは満足せず、自身の武器である魔法の杖を持ってレナードに近付く。

レナードは生きていた。しかし憎しみの女王の光線を受けて彼は瀕死の状態であったが。

床に倒れるレナードの身体を見下ろして、憎しみの女王は杖の先、ハートの飾りをレナードに向ける。

そして思い切り、刺した。

 

「づぁっ。」

 

レナードの喉から変な声が出る。

憎しみの女王は何度も刺した。抜いては下ろして抜いては下ろして。ぐちゃぐちゃと音を立てながら何度も。

抜く時、ハートの丸みの部分が皮膚や臓器に引っかかるのか、よく分からない肉片が絡みついている。

もうレナードは死んでいた。彼の身体は穴だらけで生きているはずがなかった。

けれど憎しみの女王はただ刺し続ける。その表情は無表情で。しかし光のない瞳には感情を感じた。名前通りの、〝憎しみ〟を。

 

「ユリ……。」

 

そして顔から胸まで全て潰したところで憎しみの女王は手を止める。

次に憎しみの女王が見たのはユリを抱えているダニーだった。

ダニーはそれまで衝撃的な光景に身体が固まっていたが、ようやく我に返って、強い後悔の波が押し寄せてきた。

ユリを抱えながら憎しみの女王と対峙するなど不可能である。ダニーは逃げるべきだった。

憎しみの女王の鎮圧作業を命じられたエージェントが今なお到着しない様子から見ると、その通達はレナードが鎮圧を成功させた時点で解除されているのだろう。

となると一対一での勝負になる。勝機は全くない。

ダニーは頭を必死で動かすが、どうしてもいい作戦など湧いてこなかった。

 

「ユリは、無事なのね。」

「……?」

 

しかし憎しみの女王の様子がおかしかった。

ダニーを見て、いや正確にはユリをみて笑ったのだ。

その笑顔はとても穏やかで美しいものだった。敵意などは全くない。例えるなら聖母のような。

 

「貴方がユリをたすけてくれたの?ありがとう。」

 

そうしてダニーにお礼を言って、ユリに手を伸ばした。

ダニーは反射的にそれを避けようとして後ろに下がったが、そこは壁。背中はぶつかり、憎しみの女王の手が簡単にユリに触れる。

 

「ユリ、護れなくてごめんなさい。もう絶対に貴方を傷付けたりさせないから。」

 

憎しみの女王はユリの顔をのぞき込む。ピンクの爪で彩られた手を使って、彼女はユリの頬を包んだ。

 

「なにがあっても、貴女を護る。誓うわ。」

 

そして、その唇をユリの唇に重ねたのだ。

優しさを、決意を、愛情を、そして少しの魔法をこめて。誓いのキスを。

 

その口付けは一瞬のもので、憎しみの女王は直ぐにユリから離れた。

ダニーは驚いて目を見開く。そんな彼に憎しみの女王は笑って。

 

「貴方はいい人ね。」

 

そう言って、憎しみの女王は光を放って消えた。

残されたダニーは暫く、呆然と廊下に立ち尽くすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして。

憎しみの女王の収容違反は、レナード、レオン、アンドレ三人の死で被害で収まった。

そうしてまた、研究所に日常がもどってくるのである。

 

 

 

 

 








Q.ちゅーさせる必要あったん?

これに対して容疑者は「そこにしかないロマンがある」などと供述しており
「で、でも憎しみの女王回の最初にエセ百合注意報はしてたし言うて憎しみの女王ってアブノーマリティだしギリギリセーフだと思う」
などとほざいております。


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The Queen of Hatred_9

※引き続き似非百合
※少しヤンデレ要素あり






光が、私の目に入ってくる。

眩しくて顔を顰めた。避けるように首を動かすと、少し揺れた私の身体、腰部分が痛くて驚いた。

その光になれるため数度瞬きをする。背中に感じるマットの感覚。ここはベットの上か。

白い天井。腕を動かすと引っかかる違和感。見ると左腕に点滴の針が刺してあった。

この状況を理解するために、最後の記憶を辿る。ダニーさんと廊下を歩いていたことは覚えている。そして警報音。憎しみの女王が、収容違反しましたと。

 

「アイ、は。」

 

そうだ。アイはどうなったのだろう。

すごくぼんやりしているが、確かアイは姿を変えていて、アイの鎮圧が命令されていて。

記憶が曖昧だ。よく、わからない。

とりあえず起き上がろうとするけれど、腰が痛くて動かせない。何故だろう。慎重にそこに触れると柔らかな布の感覚があった。

手探りすると、布はウエストあたりを一周している。包帯だろうか。

そうしているとノックする音が聞こえた。その音に返事をしようとしたが、腰の痛みに邪魔をされ上手くできない。

しかし返事をしなくても、扉の開く音がした。入ってきた人は私を見ると少し驚いたようで、しかし安心もしたような笑顔を見せてくれた。

 

「……目が、覚めたんですね。良かった。」

「ダニーさん……。」

 

そう。入ってきたのはダニーさんだった。

体を起こしたかったがそれは叶わず。寝た状態で対応することには抵抗があるが、やむを得ない。

 

「具合はどうですか?」

「腰が、っ、痛くて……。」

 

出来るだけ小さな声で話すもやはり痛みが走る。

ダニーさんはそんな私に何かを差し出してきた。

 

「飲んでください。これでだいぶ楽になるはずです。」

 

それは液体の入った哺乳瓶だった。瓶の中の液体は澄んだ紫色をしていて、揺れる度に気泡が下から上へ移動して破裂する。

炭酸飲料だろうか。それを哺乳瓶で飲むのは何だか飲みにくそうだ。

けれどストローを吸う力も腰の痛みで出ないだろう。大人しく口を開けるとダニーさんは哺乳瓶の先端を突っ込んでくる。もう少し優しくして欲しい。

 

「ぐっ……。」

 

哺乳瓶を吸うと上下するお腹の振動にやはり腰が悲鳴をあげる。しかしその痛みよりも炭酸がいきなり喉奥に入ってくるのが苦しい。

むせるのをなんとか我慢する。しかし少し鼻奥に入ってしまってツンとした痛みを感じた。

ゆっくりと飲んでいく。薄まった人工甘味料のぶどう味。

味はいいのだが、気になっているのはダニーさんが一向に哺乳瓶を離してくれないこと。

そろそろ一度口を離したいと目で訴えるも伝わらない。考えてもみてほしい。炭酸を一気飲みする苦しさを。しかも強制的に。

 

「ぐっ……んぐっ……ぅ……。」

 

もうやけになって哺乳瓶の中身を飲み干す。お腹の中で炭酸の空気が膨らむのがわかる。苦しい。

やっと飲み終えて離してくれた。その時私のお腹も喉も限界で、ゲェッと汚いげっぷをしてしまったのは私のせいじゃない。私せいじゃない……。

 

「よく飲めましたね。具合はどうですか?」

「いや飲めたと言うより飲まされた……あ、あれ?」

 

そこで驚いたのは、身体の回復であった。

話しても腰が痛くない。そう言えばげっぷをした時も特に痛みを感じることは無かった。

上半身をゆっくり起こす。やはりそれには痛みを伴うが、先程とは段違いに楽だ。

 

「すごい……楽に、なってる。」

「良かったです。やはりこれは効きますね。」

「それなんなんですか?」

「これは……まぁ、回復薬と言ったところでしょうか。」

「回復薬?原材料とかは……?」

「うーん……私もよくわかってないんですよね。これ、どうやって作ってんだろうなぁ……。材料の用意もなしに……。」

「……ダニーさんこれどこで入手したんです?」

「これは自販機で貰えるんですよ。」

「自販機で!?こんな回復効果があるのに!?」

「まぁここでしか貰えないんですけどね。」

 

驚いている私を特に気にすることなく、ダニーさんは哺乳瓶を片付けた。その飲料について聞きたい事はまだあったが、それ以上聞くのも怖いような気がする。

 

「何があったか覚えていますか?」

 

ダニーさんは私にそう聞いた。私は素直に頭を横に振る。

私の頭の位置に合わせてダニーさんは屈んでくれた。そしてゆっくりと話し始める。

憎しみの女王の収容違反、その現場でレナードさんと私達が合流したこと。

憎しみの女王を止めるために、レナードさんが、私を撃ったこと。

 

「で、でも間違って撃ってしまったんじゃ……。」

「いいえ。レナードは、意図的に貴女を撃ったんです。」

誤射を指摘しても、ダニーさんはそれを否定する。

どうしてそんなに決めつけるのだろう。その物言いに、私は少しムッとしてしまった。

私は誤射であってほしいと思っている。それはレナードさんを信じているとかではなく、ただ今後レナードさんと顔を合わせにくくなるのが嫌だからだ。

たとえ真実がどうであっても、誤射ということで丸く収まるなら、それでいいじゃあないか。

私は腰のあたりに目線をやる。あて布がされているのは腰の外側辺り。ここが撃たれた場所だろう。

撃たれたと言われても、全然自覚がわかない。

すごい熱さと痛みは感じたけれど、言われなければ撃たれたなんて気が付かなった。レナードさんが撃った姿を見ていないからだろう。

 

「でも、信じて欲しい。レナードは貴女を殺すつもりではなかった。」

「え?」

「彼は憎しみの女王の頭を狙って撃ったんです。もしその頭を狙ったまま撃ったのなら、それこそユリさんの脳天に弾は直撃して死んでいた。けれど実際に撃たれたのはそこから大きく離れた腰だ。彼はちゃんと貴女のことを考えて撃ったんです。」

 

ダニーさんは下を向いてしまった。そのせいで表情が見えない。

けれどその肩は震えている。その様子は彼にしては珍しく、とても弱々しいものだった。

 

「どうか、恨まないで欲しい。レナードを。」

 

ダニーさんの言葉に戸惑ってしまう。

恨むなんて、撃たれた自覚のない私は別に恨んでなんかない。

ダニーさんはレナードさんを恨むなと言う。それなのにダニーさんの言っていることはまるでレナードさんを恨むべきであるようなものばかりだ。本当に恨まないで欲しいなら、誤射とでも事故とでも言えただろうに。

 

「レナードは、本当は人を撃つような人間じゃないんだ。温厚ではないが、馬鹿みたいに真面目なやつだった。不器用で、でも一生懸命で。あんな奴がここに来るべきじゃあなかったんだ。」

「ダニーさん……?」

「俺みたいになりたいってあいつは言った。だからか。だからエージェントなんて希望したのか。俺が異動を希望してるって、言ったから……。」

 

ダニーさんはもう私とは会話をしていなかった。

彼の言っていること全ては理解できない。けれどダニーさんは、ダニーさん自身を責めているのだろう。

 

「……ダニーさんとレナードさんは、仲がいいんですね。」

 

そう言うと、ダニーさんは顔を上げた。

見開いた目に私を映す。その少し間抜けな表情に笑ってしまう。

私が笑うのを見て、ダニーさん笑ったようだった。それは少し苦しげではあったけれど。

 

「仲良くは……なかったかもしれません。でも、今ならもっと、仲良くなれるのかもしれない。」

 

そしてまた下を向いてしまった。

ポツポツと、ダニーさんは話し始める。

 

「……貴女をこの会社に連れていたこと、ここで働いていること。俺は間違ってないと思ってる。そのおかげでこの研究所は以前よりもとても安全になった。」

「そ、そんな。私何も……。」

「いいや、充分だ。充分してもらってる。貴女がいてくれて良かったと思ってる。」

 

「……けど、貴女がレナードに撃たれた時。俺は後悔した。」

 

「ここに連れてきてしまったこと、巻き込んでしまったこと。貴女が恨むべきは俺だ。本当に、本当に……申し訳ない。」

 

ダニーさんの声が震えている。

その下がった頭をぼんやりと見つめた。そして場違いにこんなことを思ってしまう。〝やっと仲直りできる〟。喧嘩なんて、してないのに。

 

「……もう、いいです。」

 

私がそう言うと、ダニーさんは顔を上げる。

本当に今日の彼は彼らしくない。なんだろう、その泣きそうな、情けない顔は。

 

「謝ってくれたから、許します。」

 

別に誰のことも恨んでなんてなかった。だって最終的にここで働くと決めたのは私だ。

けれど彼は謝ってくれた。これでようやく、私は彼を許すことが出来るのだ。

きっと、この〝許す〟の言葉は、ダニーさんと私の関係の改善になる。なって欲しいと思う。

彼が私にしてきたことで、悪いと思っていたこと。きっと背負っていたこと。私が許すことで終わるのなら、私はいくらだって彼を許そう。

その弱さを見せてくれたのが、私は少し嬉しかった。ずっと隔ててあった壁が、ちょっとだけ崩れたような。

 

「レナードさんにも、謝らなきゃですね。」

 

彼に撃たれたのが事実だったとして。足でまといだったのは確かだ。

以前からの私への態度を思い返して苦笑いする。やはりあまり会いたくはない。けれど今回のことで、少しでも状況が良くなるといいのだけど。

 

「……もう、無理なんだ。」

「え?」

 

ダニーさんは、そう言った。

無理って、どうしてだろう。

 

「……レナードは、死んでしまった。」

 

その言葉に、私は言葉を失う。

レナードさんが、死んだ。

もう、いない?

現実味のない言葉はその場に重い空気を作る。

私はダニーさんの丸まった背中を見て、何か言わなければいけないとわかりながら言葉が出てこない。

ダニーさんは、置いていかれたのか。

彼の背中にレナードさんが立っていたらいいのに。そんな馬鹿で不謹慎なことを考える。

けど、幽霊でも幻でもよかった。ダニーさんに必要な言葉をかけられる人がいるのなら、どうか彼のそばにいてあげて欲しかった。

それを今できるのは、きっとレナードさんしかいない。

私ではいけない。他の誰でもいけない。死んだ、彼しか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日は点滴と病院食の生活になった。

私が入院することになったのはlobotomy corporationに備えられている医療施設だったようで、ダニーさんは毎日、他のエージェントさん達もたまに顔を見せてくれた。

ダニーさんが毎日持ってきてくれるブドウ味のソーダを飲む度に、身体は異様な速度の回復を見せた。退院前のラスト二日はもう健康体そのもので、暇で仕方なかったほど。

本当にあのソーダは一体何なのだろう。その正体は怖くて聞けていない。

 

 

 

退院してすぐ、アイへの作業を命じられた。

あんなことがあって直ぐで申し訳ないけど、と男の子のティファレトさんは眉を下げる。

どうやらアイの様子が少しおかしいらしい。いや、おかしくはない。むしろ快調過ぎるらしいのだ。

私としてもアイのことは気になっていたので、むしろ彼女に会えるのはありがたい。

アイの収容室前には、もう待機エージェントの配置はなかった。

収容室の扉を開けて、そっとのぞき込む。そこには私の知る少女の姿をしたアイが立っていた。

 

「アイ……?」

 

名前を呼ぶと、アイはこちらに気が付いて振り向いた。

そのキラキラした宝石の瞳に私の姿が映る。そして、歪んで、その目から涙が落ちた。

 

「えっ、ア、アイ!?」

 

慌ててアイに駆け寄ると、彼女は泣いたまま私に飛びついてきた。

反動によろけるもなんとかバランスをとる。強く抱きしめられて少し痛い。

 

「ユリ……よかった。よかった……。」

「アイ……ごめん、心配かけちゃったんだね。」

 

少しだけ距離を離すと彼女の泣き顔がよく分かる。

泣いていても綺麗な顔。こぼれ落ちる粒を指で拭ってあげると、擽ったそうにアイは笑った。

……やはり信じられない。

アイが、レナードさんを殺したなんて。

それは私が都合よく彼女を捉えているだけだろう。それはわかっているのだ。分かっているけれど、信じたくない自分もいる。

 

「ねぇ……アイ。」

「なぁに?」

 

どうして、人を殺したの。

なんて……聞いてもいいのだろうか。

それがわからなくて私は口を噤んだ。私はアイの手を掴む。細くて白くて綺麗な手。この手が人を殺めたなんて。

 

「アイは、正義の魔女なんだよね?」

「そうよ?どうして?」

「……なんでもない。」

「変なユリ。どうしたの?もしかして……、」

 

また、何かあった?

 

アイの言葉に、私は息を飲んだ。

彼女の顔を見る。笑っている。反射的に手を離そうとしたら逆に強く掴まれた。

 

「私ね、わかったのユリ。」

「ア、アイ……?手、痛い……。」

「私わかったの。貴女を苦しめるものは、悪なのよ!貴女は美しい、私の正義。貴女を護ることが私の存在意義なのだわ!」

「悪って……。」

「この間は護りきれなかったけど……もう大丈夫。」

 

アイのもう片方の手が私の唇なぞった。

その美しすぎる笑顔に、背筋が凍る。

 

「どこにいても、貴女の声だけは聞き逃さない。」

 

私は怖くなって、アイの身体を強く押した。

反動で身体が後ろに倒れる。無様に尻もちをついた。

その時上手くファスナーが閉まっていなかったのか、ウエストバッグの中身が床に散らばってしまう。

アイはそれを見て、ある一点で視線を止める。綺麗な顔を顰めた。

 

「なに、その人形。」

 

アイが拾ったのは、スマホケースについた魔法少女のキーホルダー。

それを私は彼女に見せたことがあった。小さい頃の思い出として、憧れとして、私の魔法少女として。

 

「いらないでしょ?ユリは私が守るもの。こんなの、いらない。」

 

アイの手の中でそれはミシミシと音を立てる。プラスチックの顔が、空気に押されて歪に膨らんでいく。

 

「私だけでいい。」

 

そして、砕けた。

 

「あ……。」

 

アイが私を抱きしめる。いい匂いがする。

耳元で囁かれる彼女の声は美しい。けれど頭にそれは入らない。恐怖が私を支配して、全身に冷たい汗が流れる。

 

「もう忘れない。見失わない。私が護るべき、大切な子。」

 

 

 

 

 







The Queen of Hatred_彼女の正義は愛とも読める



憎しみの女王
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/The_Queen_of_Hatred

【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
アイ。かわいい魔法少女。
私の友達。
でも、ちょっと恐い。



【ダニーさんのひと言】
は?え?なんでキスした?え??
多分何らかの条件で蛇に変身する女。普段は良い奴。
ユリさんにキスした。は?なんで?


後日追記:
えーと、色々情報整理した後わかったこと。
情緒不安定な女。自分の存在意義とかよく見失う。それで気分悪くなって変身する……多分。
それで自我を失って職員を殺す。普段はアブノーマリティの鎮圧とか手伝ってくれる。
でもなんでユリさんにキスした?












はい満足( ^ω^)

いや実はラストが一番最初に思い浮かんでてここを書きたくて色々構想を練りました。
予想以上に長くなって驚き。でもまぁロボトミーでメインキャラの憎しみの女王だし仕方ない。
正直11月中にかき終わるとは思わなんだ。
いえ、更新停止してたのでこの回だけでもスピードを上げようとは思ってたのですが予想以上。
それもこれも皆さんの励ましのおかげです。
いやマジでコメントありがとうございます。コメントのおかげで走ってます。
馬の目の前に人参をぶら下げて永遠に走らせてる感じ。ヒヒーン!

レナードさんへのコメントありがとうございます。設定はちゃんとあったキャラなので嬉しかったです。

あと憎しみの女王のキスの場所について。
額とかほっぺでもよくない?と指摘がありましたが、実はキスする場所の意味になぞらえたりしてます。
唇は愛情。ちなみにオーケストラさんの加護がついてる首筋は執着。スリスリしてくる罰鳥さんの頬は親愛。
額は残しておきたかったんや……。使いたい子がいてね……。
いや決して憎しみの女王とのキッスが見たかったとかそんなんではry


憎しみの女王回が終わったのでもしかしたらまた更新速度落ちるかもしれません……すいません。
けれどマイペースながら書いていきますので、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。



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Laetitia_1

更衣室で始業の準備をする。その違和感には直ぐに気がついた。

いつものスーツと違う。紺色のスーツに、茶色とくすんだ白の硬いチョッキのようなものが入っている。

基本ロッカーは業務が終われば私物を残さず開けて置くようになっている。そこにスーツやタブレットを置いておけば係の人が勝手に洗濯や充電をしておいてくれるのだ。

だからいつもスーツはクリーニングだしたての、ピカピカのものだったのだけど。

ここまで大きな見た目の変化ははじめてだ。

 

「ねぇ!ユリさんも制服かわってる!?」

「もしかしてリナリアさんもです……か……ってうわぁぁあかわいい!!かわいい!!なんですかその制服!!」

 

リナリアさんの声に振り返る。彼女の手の中の制服を見て私は思わず叫んでしまった。

それはもう、制服と言っていいのかわからない。

リナリアさんの制服はピンクだった。ピンクの、ミニスカートのワンピース。というよりそれは正しく魔法少女のだ。セーラータイプの魔法少女の服。

……魔法少女。

 

「え……これって、憎しみの女王のじゃ……。」

「そうなんだよね……。他の人も制服変わってるみたい。なんで私これなんだろう……他の人は普通なのに……。」

「ははは……。とりあえず、中央本部に向かいましょう?制服変更の説明あるかもしれませんし……。」

 

始業時間も迫っているので、急いで制服を着替える。

着心地は悪くない。防弾チョッキがあるので重くて動きにくいかなと思ったがそんなことはなく。むしろいつもよりも身体が動かしやすい。

リナリアさんを見るととても遅い手つきで着替えていた。仕方ないだろう。あの服が可愛いのは確かだが、仕事場で着ないといけないとなると年齢的にも抵抗がある。

私は自身が普通の制服であることに安堵しながら、中央本部へと向かった。

 

 

 

どうやら制服が変わったのは女性エージェントだけではなく、男性エージェントもだった。

女性だけというのはおかしいのでそれはあたりまえだろう。けれど今はそんなことはどうでもいい。

ある男性エージェントの制服。黄土色のスーツに所々赤い線が見える。ただの赤い線ならいい。たまにちょっと動いているのである。それは私達の身体にある血管にしか見えない。

そして私と同じようなチョッキもあるのだが。チョッキの中心が横に裂けていて、口になっている。裂けているだけではけっしてない。何故ならそこに鋭い牙がいくつも並んでいるのだ。

ダニーさんの制服、怖い!!

中央本部に到着した時点で一番最初に目に入ったのがダニーさんだった。他の人が割と普通な制服の中、ダニーさんの制服だけ異常に怖い。

 

「うわダニーの制服怖っ。」

「そういうリナリアは……いや、すごい可愛くなったものだな。」

「ちょっとそこは触れないで……。」

 

ダニーさんの制服について指摘したのはリナリアさんだった。興味深そうに制服を凝視する。

確かに怖い見た目ではあるが、見慣れるとどうなってるのか気になってしまうのも確かだ。

リナリアさんの影から覗き見ていると、ダニーさんが気がついて手招きをしてくれた。

 

「ユリさんも興味ありますか?触ってもいいですよ。」

「いいんですか?」

「ダニー私も触りたい!」

「いいですよ。減るものでもないですし。」

 

許可がおりたのでリナリアさんと二人でダニーさんの制服に手を伸ばす。

リナリアさんは興味津々にチョッキの口から飛び出る牙を触っている。

やはり一番気になるのはそこだ。私も同じように触ってみる。

硬い。造りはしっかりしている。プラスチックでは無いようだ。それに予想より冷たくない。むしろ少し熱を持っているような。

表面はツルツルしているが、内側も触ってみると少しヌメヌメしている。……ヌメヌメ?

口部分から指を離すと、透明な糸がくっついてきて、途中で切れた。これはなんだろう。

 

「すごいですよね、この口本物の歯と唾液でできてるんですよ。」

「ひっ!?」

 

ダニーさんの言葉にリナリアさんと私は咄嗟に後ずさる。本物って。どういうことだ。

そしてそれを平気で着てるダニーさんは、ちょっと精神力強すぎると思う。

 

「ちょっと煩いわ。もう始業時間五分前よ。静かにして頂戴。」

「ティファレト、別にいいじゃないか。まだ始業前なんだし……。」

「ティファレトは甘いのよ。」

 

奥の扉からティファレトさん達が出てきた。新しい制服にざわついていた皆が慌てて整列をする。

その様子に女の子のティファレトさんは呆れたようにため息をついて、私達を一瞥すると話しはじめた。

 

「新しい制服はちゃんと着ているようね。それは我が社で開発した特別な制服……いえ、防護服と言った方が正しいわね。今日からそれを着て仕事をしてもらうわ。」

「あの、見た目が全員違うのは何故ですか。」

 

一人の職員がティファレトさんに質問する。

 

「数に限りがあるの。それはアブノーマリティのエネルギーを材料に作った防護服よ。だから使用したエネルギーの元となったアブノーマリティの姿形の影響を強く受けてるってわけ。見た目こそ酷いものもあるけど、性能は確かよ。今武器の方も作っていて、使用テストを行ってるわ。最終チェックが終わり次第、各自に武器も渡すから。」

「アブノーマリティのエネルギーを材料に……?それは、どんな技術で?」

「それは貴方達が知るべきことではない。じゃあ今日もよろしくね。行くわよ、ティファレト。」

 

ダニーさんの質問には答えずに、ティファレトさん達は扉の奥へ言ってしまった。

それを見ながらダニーさんはわかりやすく舌打ちをしたが、女の子のティファレトさんは無視をする。

しかし男の子のティファレトさんが少し振り返った。目が合って驚くと、ティファレトさんは少しだけ笑って、けど何も言わずに去ってしまう。

始業時間まで、残りわずか。私達はただ黙ってその時を待った。

私は自身の斜め後ろに、一人分の妙なスペースが空いていることに気が付いている。いや、私だけでない。皆気が付いている。

 

そこは、レナードさんがいた場所だ。

 

今までもこういうのスペースを見ることはあった。綺麗な整列のくせに所々空いている場所。あの時は不思議だったけれど今ならその意味がわかる。それが悲しくて、仕方の無いことだと。

けどチームの皆は何も言わない。この人達がそれに涙しているのを、私は見たことがない。

前のダニーさんの背中を見る。結局ダニーさんも、私の病室で泣くことは無かった。

それは残酷なことだと思った。この人達が残酷なのではない。この会社が、残酷なのだと。

空いたスペースはまた埋まる。新しい人が来るか、詰めるか。手段は幾らだってある。

でも無くなったものが無くなる訳では無い。

何も感じないわけが無いのだ。悲しくないわけがない。怖くないわけがない。

今ここにいる皆が、それを味わっている。

それを口にしない理由はそれぞれにあるのだろう。私が理解できることではない。

けれどここで私が亡くなった人のことを少しでも話したら。きっとこの人達は壊れてしまう。

何故かそんな気がしたのだ。

 

始業時間の合図。それぞれがタブレットで指示を確認し、仕事場に向かう。

仲のいい人は手を振って、そうでもない人は適当にすれ違って。私達の仕事が始まる。

こんなに胸焼けのする朝は、久しぶりだ。

 

 

 

今日のはじまりはオーケストラさんの部屋の清掃からだった。

始めがオーケストラさんなのは嬉しい。皆からはオーケストラさんが恐い、担当なんて可愛そうだと言われるが、私はむしろ幸運とすら思ってる。

アブノーマリティによって合う合わないは人それぞれなので仕方ないだろう。私にとってオーケストラさんが合うアブノーマリティだった。それだけだ。

いつも通りに扉を開けて、オーケストラさんの姿を確認する。人形の姿では表情が変わることは無い。けれど心なしか嬉しそうに見えてしまうのは、都合が良すぎるだろうか。

 

「オーケストラさん、おはようございます。」

 

───ユリさん、それは……。

 

「気が付きました?制服が新しくなったんです。前よりもごつくなりましたけど動きやすいんですよ。」

 

新しい制服に、舞い上がっていたのだろう。だから気が付かなかった。オーケストラさんの声の変化に。

その場でくるんと一回転して見せると、空中にオーケストラさんの手が出てきた。ふざけるつもりでその手を掴もうとするも、簡単に避けられてしまった。

私を避けた手はそのまま私の周りを一周して、正面で止まった。顔の目の前で止まった手は人差し指を伸ばして唇に触れてきた。

不思議なその動作に首を傾げて、オーケストラさんを呼ぶ。「オーケストラさん?」と。

すると。

 

「ぐっ……!?」

 

空いた口に、オーケストラさんの指が突っ込まれた。

遠慮なく奥まで突っ込まれたそれに嗚咽が漏れる。苦しさに思わずオーケストラさんの手を噛んでしまった。

慌てて歯を離すも、オーケストラさんの指は離れない。それどころかそれは口の中を暴れ周り、広げるように大きく円を描くと、今度は舌をつまんできた。

 

「ふっ……ぐっ、」

 

───その声は。

 

冷や汗が流れる。頭に流れるオーケストラさんの声が冷たくて。

こんなの、初めてだ。こんな、オーケストラさんが怒ってるの。

 

───何をされました?

 

「な……に……って、」

 

───その声は。

 

「こ……ぇ……?」

 

───その鈴が鳴るような音。不愉快です。

 

「すず……?」

 

鈴。なんのことだろう。

苦しさと、伝わってくる怒りの恐怖についに涙が流れはじめる。

自然と流れ出たはずのそれを自覚したら、一緒に悲しみも溢れてきた。

オーケストラさんが、怒ってる。恐い。そして、悲しい。

 

「ふっ……ふっ、ぅ。……う?」

 

オーケストラさんの指が口から抜かれた。

そして反対の手が、私の涙を拭う。

 

───泣かせて、しまいましたね。

 

「オーケストラさん……。」

 

───すいません。取り乱してしまった……。

 

オーケストラさんは少し落ち込んだような声をしていた。

それに先程感じていた恐怖はスっと引き、むしろ心配になってしまう。

オーケストラさんがこんな風に感情的になることは珍しい。

 

「私、何かしちゃいましたか……?」

 

───いえ……。ユリさんは、何も。

 

「何かしたなら言ってください。ちゃんと、直すから……。」

 

───……その声。

 

「声……?」

 

───声が、いつもと違います。

 

声が、違う?

試しに何度か声を出してみるが、自分だと変化がわからない。

他のエージェント達にも何も言われなかったし、別にいつも通りだと思うのだが。

心当たりを探して記憶を辿るも特に変わったことは無い。

 

「えっと、どう違うんですか?自分じゃあまりわからなくて。」

 

───口を開けて見せてもらえますか。

 

「……?」

 

言われた通りに口を開ける。

今度は指は突っ込まれない。ただ人形であるオーケストラさんは動かないので、私が口を開けているだけという間抜けな絵面になってしまう。

 

───やはり、口内ではないですね……。声帯か……。

 

声帯?

 

───ユリさん、舌を出してもらってもいいですか?

 

「あ、はい。」

 

口が乾いてきたので一度閉じてから舌を出す。するとオーケストラさんの指が舌に触れてきた。先程と違って随分優しい触れ方だけれど。

指は曲線を描いて離れていった。

 

「えっと、今のは何をしたんですか?」

 

───威嚇、ですかね。

 

「威嚇?」

 

───上書きしてしまうのが一番なんですけど、私の力を中に入れるのはユリさんの身体が心配なので。

 

「??」

 

何を言っているのかよくわからなくて、変な顔をしてしまったのだろう。

オーケストラさんが少し笑ったような気がした。

 

───少し嫉妬してしまいました。

 

「嫉妬?え、何にですか?」

 

───声に魔法がかかっていましたよ。

 

「魔法!?」

 

───羨ましいです。その声があればきっとユリさんの声がよく聞こえるでしょうね。

 

「え、でもオーケストラさんも私の声聞こえてるんじゃ……。」

 

それだとまるで、私の声がわからないみたいだ。

今こうして話してもいるのに。

 

……けど、そういえば。

そういえば、オーケストラさんと収容室以外で話すこと、あまりない。

 

初めてあった時は話せたのに、どうしてだろう。

そこまで言ってハッとする。私は慌ててインカムを取り外した。この話、聞かれないほうがいいかもしれない。

そういえば私、オーケストラさんの力のこと何も知らないのだ。

思い返してみるとおかしな事が沢山ある。

オーケストラさんは、私を助けてくれると。力になると言ってくれた。

それにしては、オーケストラさんは〝 赤い靴〟の時も、〝憎しみの女王〟の時も動いた気配がない。

オーケストラさんは嘘をつくようなアブノーマリティでは無いことをよく知っている。だからきっと、私のピンチには駆けつけてくれるだろう。

だとしたら……、あの時、動けない理由があった?もしくは気がついて貰えなかった?

初めて会った時、オーケストラさんは私の事を遠くからでもわかっているような感覚があったので、今もそうなのだと思っていたけれど。

もしかしたら違うのかもしれない。

 

「あの、オーケストラさんって私が何してるかとか、何を言ってるかとか常にわかってるんですか?」

 

───いえ、わかればいいんですけど……そこまでは。

───名前を呼んでいただければ、聞こえるのですが。

 

それを聞いて安心する。護ってくれるのは嬉しいけれど、流石にずっと監視されてるのは嫌だ。精神的にもたない。

ただ、それだとおかしい点があるのだ。

 

「でも、あの時は遠くにいても会話出来ましたよ?」

 

───あの時?

 

「ほら、初めて私がオーケストラさんとあった時……、オーケストラさん、私に呼びかけたじゃないですか。」

 

そう。そこだ。初めてオーケストラさんに会ったのは、廊下でオーケストラさんの声に導かれたから。

その時オーケストラさんと私は確かに会話もしていたし、更に私がダニーさんに怒っているのも聞かれていたはず。

 

───あぁ、あれは部屋の外に出てましたからね。

 

「外に出ていたから……?じゃあこの部屋の中にいるとわからないんですか?」

 

───はい。この壁に遮られるんです。

───ユリさんの存在くらいはわかるのですが。

 

つまり、この壁のおかげで私のプライバシーは守られていると。

……いや、この壁何で出来ているんだ。

けれどオーケストラさんの言葉で納得する。

流石はアブノーマリティを収容している部屋の壁。私には想像もつかない特殊な造りになっているのだろう。

つまり、オーケストラさんは外に出ている間は私の声が問答無用で聞こえる。けどこの部屋の中だとわからないと。

 

───外に出ればいいのはわかってるんです。

───ただ私は、貴女がこうして来て下さるのが嬉しくて……。

 

そこまで言って、オーケストラさんは一度声を止める。

そして私の頬を撫でて。その手つきが、優しくて。

 

───待ってしまう。

 

一度区切られた話の先。そんなことを言うから。

 

オーケストラさんの言葉に私は瞬きをする。

少し照れたような声に、私も恥ずかしくなってしまった。

来てくれるのが、嬉しい。それはなんだかとっても、くすぐったい。

 

「……辛い時は、ちゃんと呼びます。だからそのまま、待っていてください。」

 

赤くなる顔を抑えるのは難しくて。だから私は隠すように俯いた。

 

「私もオーケストラさんに会いに行くの、楽しみなんですよ。」

 

お願いだから、無言で頭を撫でないで欲しい。

余計に顔が、ほら、熱くなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレゼントを貰う瞬間は、誰だって嬉しいものだ。

リボンのかかった箱を見て心踊らせるのは自然なこと。中身が分からないのならより一層。

中には喜びと、幸せと、意外性が詰まっている。

プレゼントの素敵な所を話す時。私達はその中身を選んだ時その人が相手のことを考えていることを忘れてはいけない。

だからありがとうと笑う。それは愛情が形になったものだから。愛情は、温かくて素敵なものだから。

 

ある、エージェントの話。

 

彼は少女から、あるプレゼントを貰う。

無邪気に笑う少女を、彼は愛称で〝チビちゃん〟と呼んでいた。

少女はまだ幼い。その少女を、彼は自身の妹、もしくは娘のように思ったのだろうか。

少女は彼にハートの箱を渡す。綺麗にラッピングされたプレゼントボックス。

中身は秘密と少女は笑った。彼も笑った。

 

その中身は一体なんだったのだろう。

 

誰にもわからない。だって、彼はもう死んでしまったから。

 

 

 

 

 




レティちゃん可愛いよハァハァ。
あとダニーさんの制服は無名の胎児モデルです。グロい。
ユリちゃんは罪善さん。見た目だけだとわからないので、着てる本人もどのアブノーマリティかまったくわかってないです。


あとオーケストラさん、出るのは困るから一生待っててください本当にお願いします。




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Laetitia_2

ようやく私の顔の熱も収まったくらいの頃、オーケストラさんの手が頭から離れた。

それを少し名残惜しくも思いながら、引き止めるわけにもいかずにただ目で追う。

どうしてもオーケストラさんには甘えたがりになってしまって恥ずかしい。

ただ、頭を撫でられることなど、幼い頃も滅多になかった私にその優しさはとても心地いいものだった。

 

───新しい服、似合ってますよ。

 

「えっ、あ、ありがとうございます……。」

 

そういえば新しい制服になったことなど、頭からすっかり抜けていた。

オーケストラさんに言われて、反射的にお礼を言ってしまった。

しかし先程までの浮かれた気分はもうなくて。むしろ部屋に入った時の、オーケストラさんに一回転して見せた行動がなんとも恥ずかしい記憶になり、私は肩をすくめるのだった。

 

「これ、アブノーマリティの皆のエネルギーから作ってるんですって。だから特殊な素材で出来てるみたいです。」

 

私が着ている、一見ただの紺のスーツとチョッキに見えるそれも触ってみると普段の服とは違う、不思議な感触であった。

成分を細かく分析したら何が出てくるのか興味があるが、それは私の中で一生興味止まりなのだろう。

 

───あぁ、だから他の者の気配があるんですね。

 

「わかるんですか?」

 

───はい。それは私のとは違う者が元になってるんでしょう。

 

自身の制服を見ると、確かに色合い的にオーケストラさんの物ではないように思える。

リナリアさんの制服が憎しみの女王のものであるのなら、制服のデザインはエネルギーの元となったアブノーマリティに大きく関わってくるのだろうか。

それなら、オーケストラさんのエネルギーから作られた制服はどんなデザインになるのだろう。

 

「オーケストラさんので作られた制服、着てみたいなぁ。」

 

それは素直な気持ちだった。しかし言った後で気が付いたが、結構恥ずかしい事を言ってしまったかもしれない。

 

───ユリさんが着て下さる時を待ってますね。

 

「は、はい……。」

 

頭の中に、オーケストラさんのクスクスと上品な笑い声が聞こえる。

それにまた私の顔は熱くなってしまった。

全てのアブノーマリティから制服が造れるなどと言われていないのに、随分先走った希望を口にしたものである。

それに仮にオーケストラさんから制服が造られたとして、それを着れるのが私とは限らないのに。

 

「あ……。」

 

そうだ。

それを着れるのが、私とは限らないんだ。

 

───ユリさん?

 

私はオーケストラさんの担当だけど。担当だから制服もオーケストラさんの、とはいかないだろう。

憎しみの女王の制服を着ていたリナリアさんは、別に憎しみの女王の担当エージェントというわけではない。

それに私が今着てる制服だって、どのアブノーマリティのかわからない。けれど心当たりがない見た目という時点で、普段関わるようなアブノーマリティでは無いはずだ。

 

もしかしたら。

もしかしたら、オーケストラさんの制服は、もう他の人が着ているのかもしれない。

 

───ユリさん、どうしました?

 

様子の変わった私にオーケストラさんが声をかけてくれる。

心配してくれてるのだ。それに気がついた私はオーケストラさんを安心させるために、笑顔を作った。

笑顔の裏、胸の内に黒いモヤが生まれる。それはとても汚い感情。

仕方ないことだ。仕事なのだから。選べる立場ではないのだから。

けれど私の頭に生まれた〝オーケストラさんの制服を着ている私ではない誰か〟が、私はとても羨ましくて。

羨ましくて、羨ましくて……。少し、恨んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

あの後、少し無理矢理別れを告げてオーケストラさんの収容室を出た。

オーケストラさんは鋭い人なので、私は落ちた気分を隠し通す自信がなかったのだ。

次の指示をタブレットで確認する。メッセージをひらいてみると、数分前に次の指示がきていたようだった。

 

〝対象:レティシア(O-01-67-H)作業内容:交信(特別任務有)〟

 

知らないアブノーマリティだ。別に新しいアブノーマリティの作業をすることは特別なことではない。

けれど、作業内容の後ろにある〝特別任務有〟とは……?

その時、インカムが繋がる音がした。

 

『黒井さん、聞こえる?』

「あっ、はい!聞こえます、Xさん!」

『作業指示見てもらえたかな?』

「はい。この特別任務ってなんですか?」

『実はね、黒井さんに探って欲しいことがあるんだ。』

「探って欲しいこと?」

『そう。そのままでいいから聞いて。まずこのアブノーマリティを担当したエージェントの話になるんだけど。』

 

廊下の端によって、Xさんの話を聞く。

Xさんが話したのは、昨日このレティシアというアブノーマリティを担当した男性エージェントの話だった。

レティシアは、昨日来たばかりのアブノーマリティらしい。

なので情報はあまりわかっていないが、レティシアに作業した男性エージェントは順調に仕事をこなせていたそうだ。

このレティシアというアブノーマリティは、憎しみの女王のようにエージェントに好意的であった。

特に問題も見受けられないため、昨日一日、男性エージェントは様子見も兼ねてレティシアの担当として数度作業を行っていたらしい。

そこまでは良かった。

男性エージェントが廊下を移動している時、彼は死亡したのだ。

死と隣合わせのこの研究所で危険な目に合うことは不思議なことではない。けれど、おかしな事が一つあったのだという。

 

「アブノーマリティが、増えた……?」

『そう。彼の死亡理由は〝アブノーマリティによる殺害〟。けど、そのアブノーマリティはこの研究所で収容している覚えのないものだった。』

 

それは一体、どういうことだろう。

管理画面を見ていたXさんによると、突然そのアブノーマリティが男性がいる場所に現れ、襲ったのだという。

近くのエージェントが駆けつけて鎮圧は無事に行われたが、男性エージェントは既に死亡。

更に、鎮圧後、そのアブノーマリティの身体は消えてしまったのだという。

 

『何が原因か全くわかってないんだ。ただその日彼はレティシア以外のアブノーマリティと関わりはなかった。関わる前に、その事件は起こってしまったからね。だからユリさんにそれを何とか突き止めてくれないかと思って。』

「……どうして私なんですか?」

『他のエージェントにも同じ任務で何度か作業させてるんだけど、今のところ特に変化がないんだ。レティシアは会話ができるアブノーマリティだから、アブノーマリティに好かれるユリさんなら何かわかるかと思って。』

 

じゃあ、よろしくね。Xさんのその言葉で、インカムは一方的に切られてしまった。

あまりいい気分のしない話を聞いてしまったものだ。しかも今からそのアブノーマリティの作業にいかなければいけないなんて。

エンサイクロペディアを開いてみるがやはり情報はない。

仕方なく収容室に向かおうと、ウェジットのマップを確認する。

すると表示されてる経路には、この先のエレベーターで下の階に向かうようになっていた。

それはつまり。

 

「下層……。」

 

下層部に、レティシアの収容室がある。

それで私は、レティシアの事件が何故周りの話題になってないかを理解した。

この研究所は地下にあるが、地下にも上の階と下の階がある。

その階の上の部分を纏めて上層、下の部分を纏めて下層。その間になる階が中層と呼ばれている。

私のいる中央本部チームは、中層。

経験を積めば積むほど下の階に異動になることが多いらしい。

下の階は、上の階よりも危ないアブノーマリティが比較的多いらしく、それに対応できるエージェントの配置となっている。

と言っても。実は私はこのことをよく知らないのだ。

というのも、下の階の話を上の階のエージェントはあまり知ることが出来ない。

意図的に秘密にされているのか、場所が離れているからかわからないが、情報があまり入ってこないのだ。

ダニーさんいわく、「そりゃあ異動になる先が嫌な話ばかりだと皆異動拒否するからでしょう。」彼は本当に会社が嫌いなんだと実感する。

私が知る情報は全てダニーさんから教えてもらったことで、彼は下層に知り合いが数人いるらしく、教えてもらってるとの事。

自分より下の階の方が危険、ということはエージェント皆何となく察してはいるようだが……、具体的なことはわかっていないのだ。

レティシアの事件が下の階で起こったのなら、上の階である中層の私が知らなくても納得がいく。

エレベーターを待っている間、私の心臓は少しずつ煩く、早くなっていく。

到着したエレベーターにのって、下の階のボタンを押した。下がっていく。ここから先は、私の知らない下層。

扉が開いて、廊下に一歩踏み出した。

 

「え……。」

 

べチャ、と。何かを踏んだ。

不思議に思って、足元を見る。これは、なんだろう。

よく見るためにしゃがんでみた。しかしそれを直ぐに後悔することになる。

これは。

 

「うっ……!」

 

これはなんだ。

吐き気が込み上げる。すぐ様にそれから視線を外した。

なんと表現したらいいかわからない。これは本当になんなのだろう。理解してはいけない。きっと理解してしまえば、その時私の精神が崩壊してしまいそうな気がする。

立ち上がらなければ。ここから離れなければ。わかっているのに動けない。

もう喉そこまできている吐瀉物を抑えるのに必死で。

 

「……大丈夫?」

 

上から、声が聞こえた。

顔を上げることは出来なくて、視線をできるだけ前にすると、手が差し伸べられていることに気がつく。

吐かないように片方の手で自身の口を抑えながら、もう片方でその手を取った。

ゆっくりと引き上げられて、立ち上がる。

何とか呼吸を整えて、落ち着つかせて。

ありがとうございますと、その人にお礼を言おうとした。

 

「ヴッ……!?うぇぇぇっ!!」

「うっわ!ちょ、大丈夫!?」

 

しかし盛大に吐いた。

ただこれは、仕方ないと思う。

顔を上げたら、目の前の男性の顔に、床に落ちているそれと同じ物がくっついていたのだから。

その見た目の強烈さといったら。もしも日本のテレビだったら規制マークが入ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 







予想より長くなったので切りました。
レティちゃん次出てくる予定。すいません。
というか更新速度が崩壊してますね……。不定期にもほどがある。ためておけばいいとわかっておきながらついつい書けたら直ぐに投稿してしまうの……。
安定した速度で投稿するために書き溜めするべきですよなぁ。ちょっと気をつけます。



あとアンケートの回答ありがとうございます。
ずっと悩んでいたことだったので、皆さんの意見が頂けるのすごい助かってます!

念の為最新話の方に移行しておきます。









一つアンケートです。(前話に載せていた文と全く同じです。)
活動報告にのせておきます。


ずっと前にアブノーマリティの詳細があると嬉しいと頂いたのですが、やはり載せた方がいいでしょうか。

※載せると言っても、参考にしているwikiページ(各アブノーマリティ)のURLを載せる形になると思うのですが……。

もし原作を知らない方が読まれる場合、ユリちゃんと同じ立場(何も知らない、わからない)の目線で読んで頂けたらいいなーと思って載せてなかったんですけど。
もし載せた方が読みやすいという声が多ければそうしようと思います。

その場合そのアブノーマリティの回の一話目に載せるか、最後に載せるかも迷っていて。そこら辺の意見も頂きたいです。

あとゲームを元々知っている方か、知らない方かも教えていただきたいです。
活動報告をアンケートとしてのせておきますのでご協力いただけると助かります。

理由もいただければうれしいですが、載せて欲しい載せて欲しくないの一言でも大丈夫なので。

もし本編のコメントを頂ける場合であれば、ついでに答えて頂いても大丈夫です。ただアンケートの回答のみでしたら、御手数ですが活動報告の方にお願いします。




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Laetitia_3

びちゃびちゃと汚い水音がする。俯いた私の視界には、床が吐瀉物で汚れていく光景。

床を汚すのと比例して、最悪な気分が少しずつ晴れていく。晴れると言うよりは、嘔吐による疲れで鈍くなっているだけなのだろうか。どちらにせよ先ほどよりは楽だ。

顔を上げると、ぱっと暗くなった。

手で目を塞がれたのだ。恐らく目の前にいた男性に。

 

「目閉じてもらっていい?俺見たらまた吐くでしょ?」

 

その言葉に視界を塞がれた意味を理解した。私は大人しく目を閉じる。

暫くして男性の手が離れる感覚。目を閉じているので何も見えないが、明るくなる感覚はあった。

 

「ちょっと失礼。じっとしててね。」

 

何かが顔につけられる感覚があった。金属のヒヤリとした温度がこめかみを掠める。

 

「これでよし……目、開けていいよ。」

「うわっ……!?」

 

言われた通りに目を開けるとぼやけた視界。突然とのことにバランス感覚を失う。

よろけた身体を男性が支えてくれて、なんとか転ばずには済んだ。

 

「な、なんですかこれ……。」

「ピントずらしの眼鏡。これで俺を見ても大丈夫でしょ?この階は床に普通に嫌なもの落ちてるからさ。それつけておいた方がいいよ。」

 

明るい声でそう言われた。嫌なものが平気で落ちている。それは明るい声で言うことなのだろうか。

ピントずらしの眼鏡。確かに度があっていないせいでぼんやりとして見える世界では、床に落ちていた何かも、男性の顔についているそれもはっきりと見えないので吐かずには済むだろう。

けれど大丈夫かと言われたら、大丈夫なわけが無いのだ。

 

「これじゃあ、前歩けないです……。」

「あっ、そっか。」

 

強い度に頭がぐらぐらと揺さぶられる。前に進もうとするも身体は言うことをきかない。このままだと壁に何度も頭をぶつけてしまうだろう。

目を開けていると頭も目も痛くなってくるので、目を閉じる。

全く前が見えないが、あんな視界よりはマシだ。

 

「じゃあ俺が君を誘導してあげるよ。下層に用があるんだよね?」

「いいんですか?」

 

先導してくれるのは助かる。さすがにこの状態で歩くことは難しい。

しかし男性にも仕事があるはずなのに、私に時間を割いてもらっていいのだろうか。

 

「でも、貴方のお仕事は……。」

「担当のアブノーマリティだから少し遅れても大丈夫。君はどこに行きたいの?」

「レティシアってアブノーマリティなんですけど。」

「なんだ。それなら直ぐだよ。行こう。」

 

男性は私の腕を掴んで軽く引く。それに従って前に進んだ。

思ったのだけど、結局目をつぶっているのなら眼鏡をかける必要などないのではないか。

しかしそれを指摘するのも少し面倒なので、黙っていた。

 

「あの、貴方が顔につけてるそれなんですか?」

 

ずっと気になっていたのだ。

床に落ちていた何かと瓜二つであったそれ。正直顔につけられる神経がわからない。言葉で形容できない強烈な見た目のそれ。直視するだけでショックを受けたのになおかつ顔につけるなんて……。

 

「あぁ、これ?これはアブノーマリティからのギフトだよ。」

「ギフト?」

「そう。まぁアブノーマリティからのプレゼントってとこかな。特殊な力が込められていて、つけてるとエージェントの能力を向上してくれるんだよ。」

「プレゼント……。」

 

それは私がアイから貰った髪留めのようなものだろうか。

アイ〝友達の証〟としてくれた髪留め。ハートの形をしたそれは私には少々可愛すぎるので、髪にはとめずウエストバッグの中に大切にしまっている。

アイは髪留めをお揃いと言っていた。もしかしてギフトというのはそのアブノーマリティの姿や外観にも関係するのだろうか。

となると、男性のつけているギフトの元のアブノーマリティはどんなものなのだろう。その強烈なギフトの元の持ち主は。

 

「あの、その顔のギフトのアブノーマリティって、どんなのなんですか?」

「これは〝規制済み〟っていうアブノーマリティのギフト。」

「へ?」

 

男性の口から出たおかしな名前に間抜けな声が出た。

 

「それ、名前なんですか?〝規制済み〟?」

「そう。本体もすごい見た目してるよ。名前の由来もあまりにすごい姿をしてるから、管理モニターではフィルターかけて見てるんだって。見ることを規制されてるから、〝規制済み〟。」

「へぇ……。でも貴方は平気なんですか?」

 

規制済みからのギフトを貰っているということは、男性はそのアブノーマリティに作業をしたという事だ。

規制されるほどの見た目をしているのに、彼は大丈夫なのだろうか。

 

「いや、大丈夫じゃない。だからその眼鏡。」

「あ……。」

 

なるほど。目を閉じたまま眼鏡のフレームを触る。私には大きくて、少しずらしたら直ぐに外れてしまう。恐らく男性用に作られているのだろう。

 

「下層の人達って、この眼鏡みんな持ってるんですか?」

「いや、これは俺しか持ってないよ。俺は〝規制済み〟の担当だからね。」

「えっ。」

 

担当とか可哀想。そう出かけた言葉を飲み込む。

下層に配属されてる時点で男性は私の先輩だろう。そんな彼に可哀想なんて言葉、失礼だ。

 

「担当だなんて、大変ですね……。」

「うーん、大変ではあるけど、慣れちゃえば別に大したことないよ。ALEPHクラスではあるけど、その中では弱い方だと思うし。」

「ALEPHクラス!」

 

その単語に私は声を張り上げてしまった。

慌てて口を塞ぐと、男性の笑い声が聞こえてくる。過剰に反応してしまって恥ずかしい。

 

「す、すいません。大声を出してしまって……。」

「はは、いいよいいよ。ALEPHの担当は珍しかったかな。まぁALEPH自体、数が少ないからね。」

「そうなんですか?」

「今のところは三体かな。〝何も無い〟、〝静かなオーケストラ〟、〝規制済み〟。」

「三体……。」

 

一番強いと言われているクラスのアブノーマリティが、たった三体しかいないなんて。

やっぱりオーケストラさんって、すごいアブノーマリティなんだ。

何だか誇らしい気持ちになる。自分のことでもないのに、オーケストラさんの強さが認められてることが嬉しくて、自慢したくなってしまう。

 

「実は私、静かなオーケストラの担当なんですよ。」

 

だから調子にのって言ってしまったのだ。

少し鼻高々に。したり顔で、ちょっと驚かすくらいの気持ちで。

男性の足が止まったので、私も一緒に止まる。

なんの返答も反応もなくて、私は少し不安になってしまった。

不安の中にもうひとつでてきたのは恥じらいだった。先程よりも冷静なった頭で、自身のした子供っぽい自慢に羞恥心が生まれる。

何を私は言ったのだろう。凄いのはオーケストラさんで、私じゃあないのに。こんな虎の威を借る狐のような。

謝罪の言葉を言おうとした時だった。がっ、と強く肩を掴まれて、驚いた私は目を開けてしまった。

体が揺れた反動で眼鏡が落ちる。からん、と音を立てて。私は反射的に男性を見た。男性の口元は間抜けに開いている。そして、目は言わずもかな。

 

「君オーケストラの担当!?」

「ゔッ……!」

 

黒井百合。本日二度目の嘔吐。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は大変だった。

再び嘔吐した私に慌てる男性。私も連続して吐いたものだから体力を消耗してかなり疲れてしまった。

床に吐きちらしたそれを申し訳なく思ってると、男性は気にしなくていいと笑った。ゲロなんて血と同じくらいいつもの事だと。

ゲロが飛び散ってるのがいつもの事というのも嫌だが、血が飛び散ってるのも日常なんて最悪である。

男性は道中オーケストラさんのことや私のことについて色々言っていたけれど、それに応えられるような具合ではなかった。

しかし所々で〝シックスさん〟やら〝抱き枕の人〟なんて単語は聞こえてくるものだから精神的に削られた。心が辛い。

最低の気分で収容室には到着した。これから行わなければいけない仕事をそこでようやく思い出した私は更に気分が降下する。

 

「この収容室だよ。」

「あ……ありがとうございます。」

「そんな緊張しなくても大丈夫だよ。静かなオーケストラの作業よりずっと楽だから。」

 

男性は慰めて言ってくれているのだろうが、オーケストラさんよりも作業が楽なんてこと絶対にないだろう。

もはやオーケストラさんへの作業は仕事ではない。休憩みたいなものだ。

ただ音楽を聞いて雑談しながら掃除をしていればいいなんて楽な仕事、そうそうないと私は知っている。

しかし否定する気力も残ってなかった。苦笑いをして、お礼の言葉を述べる。

男性は軽く手を振って、更に先の廊下を進んで行った。男性の作業するアブノーマリティは、ここよりも深く下にいるのだろうか。

 

「……〝規制済み〟、か。」

 

見ることを規制されたアブノーマリティ。

見るだけで危ないアブノーマリティがいるなんて知らなかった。

この下層にはそんなアブノーマリティが沢山いるのだろうか。ゾッと背に寒さが走る。

男性の進んだ廊下の先を見つめる。上の階と明るさは変わらないはずなのに、何故か暗く重く見える。

いつか私も、この下層に異動になる時がくるのだろうか。

 

……だめだ。よけいなことを考えてしまう。

 

こういう考えても仕方ないことが、一日の無駄な時間を作るのだ。

扉横の電子パネルを操作してロックを解除する。

小さく深呼吸をして、気を引き締める。

嫌な仕事はさっさと終わらせよう。そう決意して、扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レティシア、ね……。」

 

男性は廊下を歩きながら、小さく呟いた。

零れてしまった言葉は先程あった女性を考えての言葉だ。

レティシア。来たばかりのアブノーマリティ。彼も一度その作業をしたことがある。

それは可愛らしい少女の姿をしたアブノーマリティだった。

人型というのもあって、言葉が通じるアブノーマリティ。態度もここでは珍しく、人懐こい好意的なものであった。

別段危険なアブノーマリティではないと思う。

しかし気になるのはわざわざ中層のあの女性を下層に派遣してまで作業させる理由。

しかも彼女は、ALEPHクラスアブノーマリティ、〝静かなオーケストラ〟の担当エージェント。

そして彼もまたALEPHクラス担当だ。

何故そこまでの警戒をしているのか。警戒するのはいい事だ。しかしALEPHクラス担当を二人も作業に向かわせるのは一体。

 

……何か、起こったのか。

 

そう考えついて、男性の眉間にシワがよる。

彼は何も知らない。しかし知らないだけで何か起こってるなんてこの会社では日常だ。

男性はタブレットを取り出して、〝レティシア〟を検索する。

しかしそこに載っている情報はあまりにも役立たずで舌打ちをした。

男性は思った。またそうやって、自分達に真実を隠すのだ。〝よけいなこと〟と都合よく振り分けて、必要なことを教えてもらえない。

男性は考える。先日作業した際にレティシアが言っていた言葉。そして報告書に書いたにも関わらず表示されていない言葉。

 

『お気に入りの人を見つけたら、手作りの贈り物をあげるの。』

 

『もう一つすごい秘密があるんだけどね、イタズラをいっぱい考えてるの!』

 

『贈り物の中身は秘密だよ!』

 

『私のイタズラでみんな笑顔になってくれたら嬉しいな!』

 

『え?』

 

『あぁ!あのお兄さんね!うん!あげたよ!すごい喜んでくれたの!良かったぁ!』

 

『また、遊びたいなぁ。』

 

レティシアの言うお兄さんは、彼の同僚の男性だ。

レティシアのまた遊びたいという願いは一生叶わないだろう。なぜなら彼は、先日死んだ。

 

男性は一度足を止めて、振り返る。長い一本道の廊下。当たり前だが先程の女性の姿はもう見えない

彼女にその会話を伝えるべきだったと男性は後悔する。

彼女がオーケストラの担当であり、噂のシックスさんということに驚いて、伝えることをすっかり忘れていた。

今からでも戻って伝えるべきだろうか。

踵を返そうとした時、男性のタブレットが鳴った。

確認すると早く作業に向かえと催促の通知だ。〝早くしないと規制済みが脱走してしまう〟。と。

その文と女性と別れた廊下先を何度も見て、やがて諦めたようにため息をつくと、男性は先に進むことを決めた。〝規制済み〟の脱走はなんとしても避けたかったのである。

 

「ごめん……。」

 

届くはずもない謝罪が、廊下に小さく響いた。

そこで彼は女性の名前を聞いていないことを思い出す。

そして彼女に自身が名乗っていないことも。

どうか生きていて欲しいと男性は願った。

そうでないと、彼の中で彼女は永遠に〝シックスさん〟のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







2018年最後の更新です。
皆様今年はありがとうございました。皆様のおかげで楽しく小説を書くことが出来ました。
皆様はどんな一年でしたか?私は相変わらず煩悩にまみれたたのしい一年でした。人外×少女ぷまい。
というかレティちゃんでてないんだけど。
最後の更新がこれかよ!!!って思いながら投稿しました。実は何回も書き直してます。会話文くっそ書きにくい。

来年は一発目からレティちゃん出せそうです。
来年もまたよろしくお願いします。良いお年を!


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Laetitia_4

レティシアの収容室に入る前に、私は先程の男性のことでひとつ後悔をしていた。

彼は下層のエージェントだ。もしかしたらXさんが言っていた〝アブノーマリティが増えた〟事件について何か知っていたかもしれない。

情報が重大な力になることくらい、私だって知っている。

男性が進んでいった廊下の先を見つめるが当たり前にそこに男性の姿はない。

開いた扉の前で思わずため息をついてしまう。これは完全な失敗だ。

気落ちした私はのろのろと中に入った。しかしその気分も目に入ったその姿のせいで驚きに塗り替えられてしまったが。

 

───女の子がいる。幼い女の子。

 

収容室にいたのは女の子だった。それも小さな女の子。

まん丸の輪郭と狭い肩幅は子ども特有のもの。くりくりとした大きな瞳が私を映して、彼女も驚いている。

真っ赤な瞳。アイの瞳は正しく宝石の黄色だったが、女の子のは宝石というより、丸い飴玉のようだった。食紅で染まったそれに似ている。少しくすんだ、けれど美しい色。

よく見るとその色は髪先にも持っている。女の子の髪は灰色ではあったが、毛先だけグラデーションで赤色になっているようだった。

頭の後ろに大きな金色の鈴の髪飾りを二つ付けていて、それがまた髪の色とよく似合っている。

 

お人形さんみたいだ、というのが私の素直な感想だ。生きていないみたい、とも思った。

 

作り物のように女の子の瞳は大きく、肌は白かった。その白さが彼女の着ている赤いロリータドレスのせいで際立っている。

首元の大きな赤いリボン。袖先の黒いフリル、裾についたアイボリーのプリーツフリル。とても可愛らしいドレス。

頭にはドレスとお揃いの赤いボンネット。黒の靴下を間色として添えられてる赤いブーツ。

まるで女の子の夢が詰まったような格好は、可愛いその姿によく似合っていた。

小さな女の子は、Xさんに言われたような怖いアブノーマリティの想像とあまりにかけ離れている。むしろ護ってあげなければいけないような気にすらなる。

 

「レティシア……ちゃん?」

 

私がそう声をかけると、女の子は数度瞬きをした後に、満面の笑みを浮かべた。

 

「こんにちは!お姉さん、だぁれ?」

 

その可愛い笑顔に胸を打たれたのは、決しておかしなことではないと思う。

 

「私はユリっていうの。この会社で働いてるの。貴女はレティシアちゃんであっているかな?」

「ユリね!そう、私はレティシア。でもみんな私のことをおちびちゃんって呼ぶの。」

「おちびちゃん?」

「小さくて可愛い女の子って意味らしいよ!」

 

レティシアは得意顔で私にそう言った。

そのニックネームの意味に私は強い共感を覚える。

小さくて、可愛い、女の子。まさにレティシアを表現するのに相応しい単語たちだ。

 

「じゃあ私もちびちゃんって、呼ぼうかな?」

「……!本当!嬉しい!」

 

私がちびちゃん、と言うと彼女は喜びを隠さずに、バンザイを何回もした。

その姿は無邪気で、まさに子どもだ。純粋さを漂わせる言動が私の心を温めていく。

 

「ねぇねぇユリ!ちびと遊ぼう?」

「いいよ、お喋りなんてどう?」

「うん!お喋りしたい!嬉しい!昨日ちびと遊んでくれたお兄さんが今日は来てくれてなくて、とっても寂しかったの!」

 

レティシアのその言葉に、上がった体温が一気に冷えるのを感じた。

〝昨日〟、〝お兄さん〟、〝今日は来てくれてなくて〟。それは恐らく、Xさんが言っていた死んだエージェントのことだ。

私はレティシアに気づかれないように、静かに息を呑んだ。

可愛い見た目に油断してはいけない。

遊びを〝お喋り〟にしたのは単純に私が指示されたのが〝交信〟作業だったからだけれど、これは結果オーライだ。

このお喋りで、何かわかればいいのだが。

 

「ねぇちびちゃん、お兄さんが今日来ない理由って知ってる?」

「知らない。どうして来てくれないのかな。また遊んでくれるって言ってたのに……。」

 

悲しそうに肩を落とすレティシアに、嘘の色はなかった。

もしかしたら演技かもしれないが、仮にそれが演技だとしても私にそれを暴く力はない。

とりあえず、〝レティシアは男性が死んだ理由は知らない〟と頭の片隅に置いておいて、次の質問を考える。

 

「レティシアは、お兄さんのこと好き?」

「うん!好きよ!」

 

そのストレートな好意に、私は一瞬怯んでしまう。

 

「お兄さんはね、私のお気に入りの人なの!」

「お気に入りの人?」

「うん!お兄さん、にらめっこがとっても上手いの!私たくさん笑っちゃった!でもね、お兄さんも笑ってたの。ちびの笑顔が好きって、私が笑うとお兄さんも笑っちゃうの!」

「ちびちゃんは、お兄さんと仲良しだったんだね?」

「うん!でもね、お兄さんはちびの所に来る前、暗い顔をしてたの。」

「暗い顔?ちびちゃんは、それがわかるの?」

「うん。笑顔じゃないもの。」

 

レティシアは少しだけ声のトーンを低くした。

私はレティシアの言葉の意味を考える。

今の話だとレティシアは私達人間の感情を読み取り、更にその感情がどういうものなのかを理解している。

人の感情を理解するアブノーマリティは、今までだっていた。それこそオーケストラさんやアイはまさにだ。

しかしレティシアは、些か敏感すぎるようにも思える。

この命を懸けた職場で暗い顔をするエージェントなんていくらでもいるだろう。

みんな露わにしないだけで恐怖や嫌悪を少なからず持って働いているはずだ。そう、露わにないだけで。

それを、レティシアは感じ取っている。人が抱える複雑な感情を。

 

「私はここを笑顔でいっぱいにするまで、ここにいることにしたの!」

 

そんなの、まるでただの子どもだ。

 

「ねぇ、レティシアは。」

 

アブノーマリティなんだよね?人間じゃあないよね?

出てきそうになった言葉。それをぐっと、喉奥に押し込めた。

何を馬鹿な質問をしようとしているのだ。

アブノーマリティなんて、私達が勝手に彼らをそうわけているだけである。だからアブノーマリティかどうかなんて質問、理解してもらえるかどうかさぇわからない。

先走って出てきてしまった冒頭の続きを急いで考える。

レティシアは不思議そうに首を傾げた。私が急に言葉を止めたのと、ちびちゃんではなくレティシアと呼んでしまったせいだろう。

 

「えっと……ちびちゃんはここに来る前はどこにいたの?」

「ここに来る前?えっとね、私はとっても遠いところから来たの!」

「遠いところ……。それは、どんな場所だったの?」

「えっと……そこはね、私の友達が住んでいたのよ!」

「お友達?」

「そう!私には友達がたくさんいたの。……でもね、一緒にここへ連れてきちゃいけないって言われたの。」

「え……。」

「ここでもたくさんの友達ができたらいいな!そして、みんなともっと遊びたい!そうしたらみんな、笑顔になれるでしょ!」

 

レティシアの笑顔に、声に、私は応えることが出来ない。

レティシアの言葉通りだと、彼女は友達と引き離されてしまった女の子だ。そして引き離したのは、この会社、lobotomy corporation。

 

「……ごめん、ちびちゃん。」

「え?え、え?ユリ、どうしたの?」

「私、ちょっと今日はもう、帰るね。」

「え?どうして急に!?えっ、なんで!?ちび、何かした!?」

「なんでもないの。ごめんね、きっとまた来るから。」

 

私はレティシアに背を向けて、収容室を出ようとする。

レティシアの焦っている声が聞こえるが、それに応えることはやはり出来ない。

早くここから立ち去らなければいけない。冷静さを装いながら、私は内心動揺していた。今すぐに頭を整理して、気持ちを落ち着かせなければいけなかった。

何かが胸の内で大きくなっていく。きっと前からそれは私の中にあった。まだ見逃せるような小さいものであったというだけで、存在はしていたのだ。

 

「待って!ユリ!」

 

制服の裾が後ろから引っ張られる。誰が引っ張ったかなんて、ここには私以外レティシアしかいない。

私は振り向くことが出来ない。それでもレティシアは、私にはなし続ける。

 

「あのね!私ね、ユリのこと好きよ!まだ会ったばかりだけどね、一緒にいると胸が温かくなるの!」

 

やめて。お願い。そんな事言わないで。

 

「ユリ、また来てくれるよね?また遊んでくれるよね?」

「……また、来るから。だから離して、ちびちゃん。」

「じゃあユリ!ちびの友達になって!」

 

その言葉に、一気に最大限まで膨らんだそれは弾けた。

私はレティシアの手を無理矢理振り払って、収容室を出る。悲鳴のような私を呼ぶレティシアの声が聞こえる。

レティシアの収容室の前で、私は座り込んだ。床の冷たさが、今は私の頭を冷やすのに丁度いい。

歩くことなどしばらく出来そうになかった。

 

レティシアのことを、可愛いと思ってしまった。

そして、可哀想だと思ってしまった。

アブノーマリティに、そんな感情移入してはいけないと自分に言い聞かせた。

そして弾けたのは、罪悪感だった。

 

耳元で、インカムが繋がる音。Xさんの声が聞こえる。内容は簡単だ。『モニターで見ていたが、急に飛び出してどうしたのか』。

インカムの声を聞きながら私はぼんやりと思う。Xさんの管理モニターには、拾った音を文章化する機能もある。

なら、レティシアの声も文字に起こされたのではないか。

もしそうだとしたら、彼はレティシアの言葉に何も思わないのだろうか。感じないのだろうか。ならばXさんは、非道だ。

 

「……違う。」

 

違う。非道なのはXさんじゃない。

Xさんは、ちゃんと仕事として割り切っているだけ。酷いのは私だ。仕事に自分の感情を混ぜてしまっている私。

ダニーさんに言った言葉を思い出す。

私は彼に言った。エージェントのこと、アブノーマリティのこと。どう思っているか。

 

〝私にとっては、どちらも仲間です。〟

 

何が仲間だ。

私はlobotomy corporationのエージェントとして、アブノーマリティを管理し、利用している。それを理解してこの会社に入社して、働いているのだ。

それなのに、会社を酷いと思ってしまった。私もそのやっている側の一員だと言うのに、レティシアを友達と引き離した会社を酷いと。

そうやって中途半端に、私はどちらの仲間でもあると言って。

 

「ごめんなさい……。」

 

その謝罪は自然と零れたものだった。無意識に出たそれが誰に対してかなんて、思い当たる相手が多すぎてわからない。

 

『そっか、なにもわからなかったか……。』

「え……。」

 

インカムからため息が聞こえた。Xさんの言葉は何も聞いていなかったけれど、たまたま謝罪がXさんへの返事になったらしい。

 

『黒井さんの力なら何かわかると思ったんだけどなー。』

「私の、力。」

 

Xさんの言葉に、私の心がザワつく。

レティシアが最後に言っていた言葉が思い起こされる。

レティシアは私の制服を引っ張りながら言っていた。

 

〝あのね!私ね、ユリのこと好きよ!まだ会ったばかりだけどね、一緒にいると胸が温かくなるの!〟

 

私には、なんの力も無いはずだ。

それは幼い頃から嫌ってほどに自覚させられた事実だった。両親からは泣かれ、知らない人からは驚かれ、親戚からは蔑まれた私の無力な身体。

だからずっとそうだと思っていた。

確かにアブノーマリティは私に好意を持ってくれる。けれどたまたま相性が良いだけで、私は何もしていないのだと。

けれどもし、そうでなかったら?

もし無意識のうちに、何らかの力を私が使っていて、それをアブノーマリティに使っていたのなら。

それは今までのアブノーマリティ達を誑かしていたことになるのではないか。仲間だと言っていた彼らに、私はもしかしたらとんでもないことをしていたのではないか。

 

オーケストラさんを、ずっと騙していたのだろうか。

 

インカムから、声が聞こえる。でも何を言っているのかわからない。

生まれた罪悪感が広がって、自己嫌悪と混ざる。

苦しくて俯いてしまう。すると水滴が足にかかった。

涙が情けなく零れてくる。泣いたってどうにもならないのに。今まで彼らを騙していた過去は、変えることが出来ないのに。

私は苦しみのなか足掻くように、でも、でもと頭の中繰り返す。でも、でも。

 

でも、でも。信じて。

私は本当に、オーケストラさんが好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















あけましておめでとうございます!
新年一発目から何か暗くなってしまって申し訳ない……。
本当はこの後例のアブノーマリティに会わせる予定だったんですけど長くなったので区切りました。

ユリちゃんの体質をつつくつもりはなかったんですけど、なんか書いていくうちに勝手に病む主人公。嘔吐の次は病みか。
けど人外に好かれる体質について触れておくのは悪くないだろうと思って書きました。ちなみにユリちゃんが魅了使ってるつもりで書いてはいないので人外×少女はちゃんと続きます。




【アンケートについて】
アンケートありがとうございましたー!!
ずっと気になっていたことを聞けてすごく嬉しかったです。アンケート、消すつもりだったのですが皆さんのお言葉が嬉しすぎて消せない。消去キャンセルB連打してしまいます。

レティシアの回を進めながら修正を入れていく予定です。

結果
①参考URLを貼る
②ユリちゃんとダニーさんのアブノーマリティメモを後書きに載せる

という形にします。ダニーさんは一般エージェント代表という形で。

いつも本当にありがとうございます。
今年も煩悩爆発させていきます。人外沼は相変わらず深い。
年末は裏番組のサバイバル生活見てて除夜の鐘は聞いてません。だからね、煩悩が残っても仕方ないね。






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Laetitia_5


ちょっと説明回です。






しばらくしゃがみこんでいると、タブレットが鳴った。

私は遅い動きでそれを確認する。作業指示だ。

 

〝対象:ペスト医師(O-01-45-z) 作業内容:交信〟

 

「……ペストさん、か。」

 

ゆっくりと立ち上がる。身体が重い。

本当は投げ出してしまいたい。ここから逃げてしまいたい。

そんな子どもみたいなことを考えに自嘲する。力の入らない身体で、私はエレベーターへと向かった。中層のペストさんの収容室に行くために。

誰にも、会いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

遅く歩いたせいでいつもよりも到着は遅くなってしまった。

きっと管理モニターでXさんにそれも見られているだろう。管理人室で彼はイライラしているかもしれない。

電子パネルを操作して、扉を開ける。何回かパスコードを間違えてしまったが、何とか開けられた。

落ち込んだ気分のまま私は中に入る。

収容室には当たり前だがペストさんがいた。

仮面に隠れているその顔は見えない。けれど仮面越しに見透かされているような気分になり、つい顔を背けてしまった。

作業内容は交信。なにか話さなければいけないと話題を探す。

適当に私の母国の話でもすればこの知識欲旺盛なお医者さんは応えてくれるのだけれど、今日はその適当でさえ思いつかない。

 

「えっと、ペストさんこんにちは。」

「……こんにちは、お嬢さん。」

 

とりあえず挨拶をしてみたが、会話は続かなかった。

これでは仕事にならない。焦って次の言葉を探すのに、こんな時にかぎって何も思いつかないのだ。

ペストさんの声も私の様子の違いを察しているのかいつもよりもトーンが低い。

 

「どうか、しましたか?」

「え……あ……、ご、ごめんなさい。なんでもないんです。」

 

ペストさんの声が責めているように聞こえる。実際この優しいアブノーマリティは、そんな攻めるなんてしないのだろう。わかっている。わかっているけれど。

 

「なんでもない?……嘘ですね。」

「嘘なんかじゃ……。」

 

自分が嘘をつくのが苦手なのはわかっている。けれどそう言うしかなかった。

だって、言うことなんてできない。もしかしたら私が、アブノーマリティみんなを誑かしていたのかもしれないなんて。

頬に柔らかいものが当たった。なんだろうと目線をやると、紫色の羽根。

これはペストさんの羽根だ。

羽根が小さく、頬を上下に移動する。撫でられているのかわからないが、擽ったくてムズムズした。

 

……なんだろう。

 

頬に羽根が擦れる度に、少しずつ思考がぼんやりとしてくる。最近の疲れだろうか。とても眠い。

眠気に比例して首元がじわじわ熱くなってくる。何故か私は、こんなことを言った気がする。「オーケストラさん、」って。

なんでそんなことを言ったのだろう。わからない。なんだか、とっても、眠くて。

 

「お嬢さん、何があったんですか。」

「……レティシアの、作業をして。会ったばかりなのに……好きって。私、もしかして何か力を……。」

「力?どんな力ですか?」

「それは……。」

 

もう起きていられなかった。首元の熱だけが私を現実世界へとつなぎ止めていたけれど、襲ってくる眠気に熱が追いつかない。

そうして意識を失ったのだと思う。何か声が聞こえる。ペストさんの声。でももう1つは、私のもののように思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女が泣いてる。

彼女は床に座り込んで、ぎゅっと自身のスカートを握りしめた。

 

「どうして……。」

 

少女はまだ振り払われた手の痛みを感じていた。それは身体的な痛さではない。むしろその方がよかった。手が痛いだけなら、よかった。

痛いのは心だ。彼女は振り払われたショックを受け止めきれないでいた。

それは「友達になって」の返事だと少女は思う。

先程来てくれた女性の姿を、声を思い出して小さな胸はきゅっと締め付けられた。

部屋に入ってきた女性を見て、少女は驚いた。その姿が、雰囲気があまりに素敵なものだから。

そして女性が少女に声をかけた時、その穏やかさに驚き。

親しくなりたいと思った。それは純粋な好意で、愛情で。

それなのに、どうして。

急に態度を変えた女性を思い出して、少女はまた強くスカートを握る。涙がこぼれ落ちる。女性もそうだった。急にあんな、泣きそうな顔をして。

自身がなにかやらかしてしまったのかと振り返るも、少女はわからないでいる。そして余計、悲しみだけが募る。

その時、スカートのポケットから何かが落ちた。

軽い音をたてて転がったそれを少女は慌てて拾う。それは彼女にとって大切なものであった。

ハート型の、綺麗な箱。

チョコレートブラウンの箱は少女のお気に入りであった。傷になっていないかと確認をする。どうやら杞憂だったようで、ほっと息をついた。

 

「ねぇ、どうしたら仲良くなれると思う……?」

 

少女の声が部屋に響く。返事はない。当たり前だ。部屋には少女しかいない。

管理モニターには、少女しか映ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………熱い。

熱い。

熱い。

 

「熱っ……!?」

 

ユリがそう叫んだのは、あまりに強い熱さのせいだった。

首元がとても熱い。火傷したみたいだ。

咄嗟に首を抑えるも、熱さは一瞬感じただけで直ぐに引いていく。

火傷独特のヒリヒリした痛みもなく、何が起こったのかわからない私は戸惑ってしまう。

不思議に思いながらも首元の手を下ろした。そこで私ははっと思い出す。確か今は、仕事中だったはずだ。

目の前にはペストさんがいる。血の気が引いた。

というのも一瞬意識を失っていた気がする。

急に襲ってきた眠気は覚えているが、その後の記憶が全くない。

 

「えっと、ペストさん。私……。」

 

寝ていましたか、と言葉を出す勇気がなかった。もしそうならば私は仕事中に居眠りをするという失態を起こしてしまったことになる。しかも、アブノーマリティの作業中に。

 

「つまり、お嬢さんは私達を誘惑する力を持っているのではないか、と危惧しているということですか?」

「え?」

「ご家族が特別な力を持っているから、その影響ではないかと。」

「ぺ、ペストさん?」

「私達を、騙していのかもしれないと?」

「あの、どうしてそれを……。」

「お嬢さんが今、私に話してくれたんですよ。」

「私が、ペストさんに話を?」

 

ペストさんの言葉に私は混乱する。

たった今まで私は意識を失っていたはずだ。それなのに話していたとペストさんは言う。

寝言と片付けるには会話の内容が濃密すぎる。私の手が少しずつ揺れて、震える。

 

ペストさんが話す、覚えのない会話。

首元の熱。

意識を失っていた時間。

 

「私に、何をしたの。」

「……何も?」

 

嘘だ。

私が意識を失ったのも、その間何か話したのも、ペストさんのせいだろう。

恐くなって、私は思わず後退りした。

逃げたい。逃げなければ。

幸いなことに私の足はまだ動く。震えてはいるけれど、逃げるだけの力は残っている。

ゆっくりと、扉との距離を縮める。確実に、ここから立ち去るために。

 

「……すいません。恐がらせるつもりはなかったんです。」

「え……。」

 

あと数歩のところで私の足が止まった。

ペストさんの言葉に驚いて、出口に集中していた意識がペストさんに戻る。

ペストマスクのせいで相変わらず表情はわからない。

けれど聞き間違いでなければ、ペストさんは謝ったのだ。

 

「話を聞かせて頂くために、貴女に少し力を使いました。」

「力?」

「貴女が、私に話をしてくれる力を。」

 

その声はあからさまに落ち込んだものであった。

素直なその曝露に逃げようとしていた足は少し迷いはじめる。

ペストさんは悪いことをするアブノーマリティではない。

むしろこちらのことを気遣ってもくれる、優しいアブノーマリティだ。

今回私に力を使ったのだって、私を心配してのことなのかもしれない。

 

「……もう、今後はしないでくださいね?」

 

ならば、ちゃんと言えば伝わるだろうか。

希望にも似た願いだった。どんなにペストさんが優しいアブノーマリティだったとしても、私は人間だ。その大きな力にはどうしても屈してしまう。

だからこうして本人に頼むしかないのだ。

 

「わかりました。もう二度としないと約束します。」

 

言葉と共にペストさんは首を上下に動かした。

その約束に私は安堵の息を吐いて、迷っていた足を完全に止める。

ペストさんはしばらく黙ったままだったけれど、少ししてばつが悪そうに、もごもごと話し始めた。

 

「ただ、ひとつだけ言いたいことがあります。」

「なんですか?」

「お嬢さんの力についてです。」

 

私の力。

心臓が、ドクンと反応した。

身体から嫌な汗が吹き出す。私がしていたかもしれない、事実に。

 

「私から見た限り、お嬢さんには特殊な力というのが全く感じられません。」

「え……そ、そうなんですか?」

「はい。まぁ……お嬢さんのでは無い力は、汲み取れますが。」

 

私のではない力?

一度首を傾げるも、直ぐにあっと気が付いた。

自身の首に触れる。私のではない力となると、オーケストラさんのものだろうか。

 

「お嬢さんが危惧しているのは、自身が相手を〝洗脳〟しているのではないか、ということですよね?まず洗脳とはどんなものか、お嬢さんは理解していますか?」

「洗脳が、どんなものか?」

 

ペストさんが言うには、こうだ。

洗脳とは〝強制的に思想を改造する〟こと。脳に抵抗疲労が起こっている時、または強制的に抵抗疲労を起こさせ、その状態を利用し、思想を植え付ける。

私が言う〝アブノーマリティを洗脳する力〟を仮に本当に持っているのだとしたら、〝強制的に思想を改造しやすいように抵抗疲労を起こさせる〟というものらしい。

それにプラスして、私が〝相手に好意を持つように行動を起こす〟必要があるのだ。

そんなことをしている覚えは全くない。

無意識になにかしてしまったのだろうかと考えたが、ペストさんが見る限りも、そんなことをしていた様子はないとのこと。

 

「つまり、お嬢さんが使ってる力というのは〝洗脳〟ではなく〝マインドコントロール〟に近いのでしょう。」

「〝マインドコントロール〟?洗脳とは違うんですか?」

「ええ。マインドコントロールは〝非強制的に相手の思想を誘導すること〟です。」

「……えっと?どういうことですか?」

「簡単な例えだと噂話ですね。傘を売りたいのなら〝この後雨が降る〟と言えばいい。そういうことです。」

「……なるほど。」

「お嬢さんの力にもっと近いものとして、〝メンタリズム〟がありますね。心理学を用いて、催眠療法などを利用し相手の心をコントロールする。」

「でも!私そんなの意識してやってません!」

 

ペストさんの言葉を慌てて否定する。

さすがお医者さんだけあって、とてもわかりやすく納得のいく説明だ。

しかし私は別に相手をコントロールしようなんて思ったことはない。思い通りにしようなんて考えたことも無いのだ。

声をはりあげた私を宥めるように、ペストさんは羽根の手で私の頬を撫でた。

 

「知ってます。だからただ、私達が貴女を好きなだけなんですよ。」

「え……。」

「貴女の話し方が、仕草が、声が、一つ一つが私達の心を動かすのでしょう。無意識のうちに貴女が成している事が私達に好きの感情を与えているのなら、それは特別な力ではなく、貴女自身の魅力ではないのですか?」

「で、でも……。それなら、それが無くなってしまったらみんなは私を好きでなくなるんじゃ……。」

「では問いましょう。一つの生物を、本人と定める基準はなんですか?何があれば本人で、何がなければ本人ではないのでしょうか?」

「何があれば……?えっと……思い出、とか?」

「では記憶を失った人は、もうその人ではないと?」

「それは……。」

 

ペストさんの問いに、私は口を噤んでしまう。

何があればその人なのか、なんて難しい問題の答えが私の中になかったからだ。

 

「哲学は専門外ですが、私はこう思います。〝その人が本人であると認識すればそれは本人なのだ〟と。」

「えっ!?でも、偽物って可能性もありますよね!?」

「そうですね。けれどその人が〝本人である〟と認識している間は、少なくともその人の中では本人なのでしょう。」

 

だから、とペストさんは言う。

 

「私がお嬢さんを、お嬢さんであると認識している内は、お嬢さんはお嬢さんです。私の好きな、お嬢さんのままなんですよ。」

 

その言葉に、目を見開いた。

胸が、熱を生み出す。その熱は身体中に巡り、やがて私の顔にまで到達して。

視界が滲む。泣きそうだ。泣かないように瞬きを我慢するのに、溜まったそれは限界だと流れ落ちてしまった。

 

これは嬉し涙だ。

 

最近泣いてばかりだと思う。それはあまり褒められたことではない。

けれど、止まらないのだ。こうやって私はいつも誰かに救われる。

ペストさんの言葉が、嬉しくて。

生まれた恐怖は、もう残っていない。全てペストさんに塗り替えられた。

ありがとうございます、と声にしたがそれはあまり上手く形にならなかった。それでもペストさんはどういたしまして、と返してくれる。

 

「私はお嬢さんが好きですよ。例えハンバーガーの約束を忘れてたとしてもね。」

「……あああ!!」

 

ハンバーガーという単語に、ペストさんとした約束を思い出す。

そうだ、私ペストさんにハンバーガーを食べさせてあげるって約束してたんだ。

すっかり忘れてた約束に焦る私を、ペストさんはクスクスと笑った。

 

「今度必ず持ってくるので!!」

「はい。楽しみにしてます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は気が付いたのだろうか。

ペスト医師の羽の枚数が、増えていたことに。

ペスト医師の、成長に。

 

 

 

 

Plague Doct□□

 

 

 

 

 

 









ということでペストさんです。最近出してなかったから忘れていた方もいらっしゃるでしょう。ちなみに作者は憎しみの女王の時点では完全に忘れてました\(^o^)/

オーケストラさんは芸術家なので感情論で諭すでしょうが
ペストさんはお医者さんなのできっと理論的に慰めてくれるだろうなぁと思いながら書きました。
十人十色、アブノーマリティも十色。
全く……人外は沼が深いぜ!!





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Laetitia_6

ペストさんと話した日から、次の日。

インカムでXさんにお願いして、今日もペストさんの作業をさせてもらえることになった。

お願いした理由は言わずもがな、ハンバーガーの約束を果たすためである。

ペストさんへの作業通知が待ち遠しくてそわそわしてしまう。

休憩室の冷蔵庫には二人分のハンバーガーとセットのポテト、ドリンクを用意した。

二人分は、ペストさんと、私の。

Xさんに訳を話してお願いした時、一つ条件を出されたのだ。

それは〝ペストさんと一緒にお昼をとること。〟

アブノーマリティと一緒に食事なんて前代未聞だろう。そんなことをしていいのか聞いたけれど、前例にないことは機会があったら一通り試したいらしい。

やはり最近のXさんはおかしいと思う。

以前はそんな危険にもなりうることを指示するような人ではなかったはずだ。エージェントのことを気遣ってくれていた彼は、優しい人という印象を持っている。

ペストさんは優しいアブノーマリティだ。だからXさんも信じているのだろうか。

考えすぎる頭は痛みを呼ぶ。鈍い頭痛にため息をついた。人を疑うような考えはやめよう。結局その人の考えなんて、その人にしかわからないのだから。

気を取り直してタブレットで指示を確認する。まだお昼には早いので、ペストさんとの食事はまだお預けだろう。

 

「あ……。」

 

タブレットの指示を凝視する。

そこには〝レティシア〟の文字があった。作業は昨日と同じ、〝交信〟。

昨日の記憶が蘇る。無理やり振り払ったあの小さな手は腫れなかっただろうか。大きな瞳は涙を零さなかっただろうか。

ごめんね。と心の中で思う。私が弱かったせいで、私はあの小さな女の子を傷付けてしまった。

心の中で謝るだけではいけない。気まずさは確かにある。行きたくないと思う自分もいる。けれどこのままではいけないことをわかっている。

覚悟を決めて歩きだした。謝るって案外難しい。それでも私はあの女の子に謝らなければいけない。

 

 

 

※※※

 

 

 

収容室に着いて、電子パネルを操作する。簡単に解けた鍵。

深呼吸する。不安に揺れる心が固まったところで、私は扉を開けた。

 

「ちびちゃん……?」

 

しんとした部屋の中に、レティシアはポツンとしゃがみこんでいた。

小さな身体には余る大きな収容室が、レティシアの孤独を引き立てる。

私が呼ぶと、レティシアはゆっくりと顔を上げた。私は驚いて、目を見開く。

昨日とは比べ物にならないくらい、レティシアの顔色が悪いのだ。

 

「ど、どうしたの!」

 

私は慌ててレティシアに駆け寄った。丸まった背中を支えて、顔をのぞき込んだ。

血の気が引いた青い顔。小さな唇はかさかさに乾いて皮が剥けている。瞼が重く腫れていて、大きな瞳を隠してしまっている。

そこで、気が付いた。

 

「泣いたの……?」

 

私がそう言うと、レティシアはまた俯いてしまった。

その動作にたまらなくなって、私はレティシアを強く、抱きしめる。

レティシアは泣いたのだ。きっと、私のせいで。

後悔が押し寄せる。なんて可哀想なことをしてしまったのだろう。

 

「ごめん……ごめんね、ごめんねちびちゃん。」

 

必死に謝る。抱き締めた頭を優しく撫でる。

レティシアは私の腕の中でもぞもぞと動いた。抱き締めるのが嫌なのかと思い、力を抜いて腕から逃がしてやる。

しかしレティシアは私から離れなかった。逆に私に、抱き着いていた。

 

「ちびちゃん……?」

「ユリ、ユリ。ごめんなさい、ごめんなさい。私ユリを怒らせてしまって。」

「そんな!ちびちゃんは悪くない!悪いのは私で。私が自分勝手だったの。ちびちゃんは何もしてないよ。」

「本当?ユリ、怒ってない?」

「怒ってない。むしろ、謝らなきゃいけないのは私だよ……。」

「ユリ、じゃあ、ちびのこと嫌いになってない?」

 

レティシアは顔を上げて私をじっと見つめた。

レティシアの純真な心にきゅっと胸が締め付けられる。怒っていいのに。むしろ私の事、嫌っても仕方ないのに。

この子は私にこんなことを聞いてくるのだ。

まん丸の瞳は涙で揺れている。溜まったそれはもう零れてしまいそうだ。

私はそっとそれをすくってやる。擽ったそうにつむった瞼を親指の腹で優しく撫でる。

 

「好きだよ、レティシア。」

 

そう言うとレティシアは嬉しそうに笑って、泣いた。

泣いているのに可愛いと思ってしまう。子ども独特のその純粋さがとても可愛い。

次から次へと溢れる涙を順に拭う。その度に抱き着いているその腕が強くなる。

 

「あ……そうだ、私ユリに渡したいものがあって……。」

「渡したい物?」

 

レティシアはスカートのポケットから何かを取り出した。

それは茶色いハート型の箱。綺麗にリボンでラッピングされていて、プレゼントボックスのようだった。

 

「ユリに、プレゼント!本当は仲直りして欲しくて用意したんだけど……必要なかったみたい。」

 

明るく笑うレティシアからそれを受け取って、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

これはレティシアが私のために用意したお詫びの品なのだろう。何も悪くない彼女に気を使わせてしまって、私は肩を竦めた。

 

「もう必要ないけど、ユリにあげる!せっかく用意したから!」

「ありがとう、ちびちゃん。」

「いいの!このプレゼントはね、ユリに元気になって欲しいって思いながら用意したの。」

「元気に?」

「そう!ユリ、なんだか悲しそうだったから。笑って欲しくて。」

「ちびちゃん……。」

 

無邪気に笑うその姿は健気で、私の心がより締め付けられる。

箱をできるだけ丁寧に受け取って、手で包み込んだ。大切に大切に。

 

「実はね、前のお兄さんにも同じものをプレゼントしたの。」

「えっ。」

 

しかしその一言で、プレゼントを床に落としそうになった。

 

「お兄さんにも?」

「そう!そういえばあれからお兄さんに会ってないなぁ……。プレゼントの感想、聞きたかったのに。」

 

寂しそうに視線を下に落とすレティシア。そんな彼女に気の利いた台詞を言う余裕はなく。

手の中の箱を見つめる。Xさんからの頼まれごとを思い出す。

 

───もしかしたら、これかもしれない。

 

レティシアを担当していた男性エージェントの死亡原因。

一気に湧いてくる恐怖に箱を持つ手が震える。

それをレティシアに悟られないよう、必死に笑顔を作った。

レティシアは笑っている。

箱の中身を尋ねるも、彼女はただ悪戯に笑い、答えてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作業後、直ぐにXさんに連絡を取り、プレゼントのことを話した。

インカムのXさんは、プレゼントにとても興味を示して質問攻めをされた。その声に好奇心の色がとれて、やはり苛立ちを感じる。

命の危険にもなるかもしれない物を持っているこちらの気持ちも汲んで欲しいものだ。

そう思ったものの、それを言ったところで何が変わる訳でもないだろう。

できるだけ冷静を保って、苛立ちを悟られないように話をした。

Xさんはその中身を調べたいようで、情報チームにそれを持ってくるように指示があった。

情報チームとは一番上の階にあるコントロールチームの直ぐ下にあるチーム。

そしてここは下層。

 

……遠い!!

 

エレベーターがあると言っても、この広い研究所の下層から上層へと言うのは結構な体力を使う。

Xさんを恨みながらも、このプレゼントを早急に手放したい私は全速力の早歩きをして情報チームへ向かった。

それはいい運動になって、情報チームに着く頃には髪はボサボサ、息切れしていてうっすらと汗をかいているという最悪な状態に。

しかしプレゼントが何も起こらなかったのは幸いだ。

何か起こるのではないかと緊張していたので、とりあえず一安心。

 

情報チームに入ると、一人の男性が立っていた。

 

「……えっ。」

 

その姿に私は驚いて、固まってしまう。

ものすごい美形だ。

スラッとした体型に、人形のような顔がのっている。サラサラと珍しい紫の髪が揺れる。スーツ姿のなんと絵になることか。

 

「貴女がエージェントユリですか。」

 

そう声をかけられて、動くことを思い出した頭が最初にしたのは後悔だった。

きっとこの人はXさんが言ってた情報チームの人だろう。髪だけでも整えてから部屋に入ればよかった。

目の前に立っている、涼しい顔をした美形の傍に、あまりにも酷い格好の私。

社会人としてこのだらしない姿は、と自責の念に駆られる。

 

「話は聞いています。アブノーマリティから受け取ったという物を見せて貰えますか。」

 

肩を落とす私を全く気にも止めず、淡々と美形は話し続ける。

言われた通りハートのプレゼントボックスを渡した。とここで男性の名前を聞いていないことを思い出す。

 

「あの、Xさんが仰ってたイェソドさんですよね?」

「……相手が誰か確認もしないで、重要物を渡すのはどうかと思いますが。」

 

その正論に私は肩を竦める。

この美形。正論で、辛辣である。

 

 

 

 

 

 

 

 








何とか二月中に投稿出来て良かったです……。
ストーリーは出来てるのですが文章がスランプ。上手く書けない……。
お待たせしました。次回は辛辣な美形にたじたじするユリちゃんでお送りします。






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Laetitia_7

情報チーム。

〝アブノーマリティの対処法を研究して、対応を考える〟チーム。

 

……と、聞いてはいるけれど具体的にどんな仕事をしているのかは知らない。

私の知識は大体が教育係をしてくれているダニーさんからの物だ。なのでダニーさんからの言葉でしか知らないのである。

チームにはそれぞれの役割があると聞いているが、実は私は自分の所属している中央本部チームがどんな仕事をするものなのかもよくわかっていない。

それには理由がある。私が〝エージェント〟だから。

チーム内にもそれぞれ役割があるのだ。

 

アブノーマリティへの作業をする〝エージェント〟。

そのチームに割り振られた仕事をする〝オフィサー〟。

 

恐らくイェソドさんはオフィサーなのだろう。

イェソドさんはレティシアから受け取ったプレゼントについて次々と質問をしてくる。

それをできるだけ正確に伝えようとするのだが、文の組み立てが上手くいかなくて話が進んでは戻ってを繰り返してしまう。

けれどイェソドさんはその度に的確に質問をしてくれるので、話はとてもスムーズにすすんだ。

メモをしながらよくそんなに頭が回るものだと思う。彼は優秀なオフィサーなのだろう。

 

「レティシアは〝みんな私をおちびちゃんとよぶ〟そう言っていたのですね?」

「はい。」

「……皆。それは誰のことを指していたのかはわかりますか?」

「恐らくエージェントの皆だと思うんですけど……。」

「レティシアは最近収容されたアブノーマリティです。エージェントとの関わりは少ない。愛称をつけたみんな、とは言えないでしょう。」

「な、なるほど……。」

「次の作業の時、その確認もお願いします。」

「はい。わかりました。」

 

さすが情報チーム。

私が気にもとめなかったことを拾ってちゃんと考察する。

まるで探偵の推理を聞いているみたいだ。事情聴取されているような気分になってしまう。

 

「あと、先日死んだエージェントにレティシアは好意をいだいていたのには間違いないですか。」

「はい。レティシアは男性エージェントが来なくて寂しそうでした。」

「……〝お気に入りの人〟、ね。」

「え?」

「男性エージェントをそう言ったのでしょう?貴女のことは〝友達〟。男性エージェントのことは〝お気に入りの人〟。」

「それは言葉のあやなんじゃ……。」

「そうでしょうか?そうだとしても気になります。何かアブノーマリティの認識についての情報が得られるかもしれませんね……。」

 

イェソドさんは少し考えた仕草をした後、ちらっと私を見た。

 

「貴女と他のエージェント、アブノーマリティにとっては認識が違うのかもしれません。」

「認識……?どういうことですか?」

「簡単に言えば他のエージェントは〝人間〟。貴女は〝友達〟。特別な何かを貴女は持っているのかもしれない。」

「それは……、アブノーマリティによってはあるかもしれないけど、全てのアブノーマリティがそうであるとは言えません。」

「どうしてそう思うのですか?」

「私には、なんの力もないから。」

「……そう言い切る理由でも?」

 

私はそこでペストさんに言われたことを話した。

アブノーマリティであるペストさんすら、私から何かの力を感じることは出来なかったと。

無意識のうちにメンタリズムのようなことをしている可能性。

それらを伝えると、イェソドさんは興味を示したようでメモにペンを走らせる。

それは直ぐに一番下まで達してしまったようで、少し乱雑に、メモのページがめくられた。

 

「……あ。」

「?どうしました?他にも何か気がついたことが?」

「あ、いえ。なんでも。」

 

イェソドさんがメモをとる姿を見て、私はふと〝ペストさんとのことを言ってもよかったのか〟という疑問が浮かぶ。

会社には自分の家系の話を隠すように、ダニーさんに言われていたのを思い出す。

後悔しても後の祭り。これはきっと会社にバレてしまうだろう。

家のこと含めて、別に隠し事をするつもりはない。けれど信用するな、というダニーさんの言葉を気にしてないわけでもない。

やらかしてしまった。と内心焦る。何も考えずに話してしまった。

 

「……仕草、行動、話し方。……それらは性格と、感性、価値観……。」

 

イェソドさんはブツブツと何か独り言を言っている。

 

「エージェントユリ、少し質問をしてもいいですか。」

「なんですか?」

「……私の、髪の色。」

「え?」

「どう思います?」

「は?」

 

髪の色?

 

「え……っと?紫、ですよね?」

「はい。どう思いますか?」

「いや、めずらしいと思いますが。」

「それだけですか?」

「え、はい。」

「紫は、好きな色ではない?」

「いや、紫にも色々あるから……。その色によりますかね。」

「……なるほど。」

 

そう言ってイェソドさんは何かをメモした。

突拍子もない質問に、頭の中ははてなマークを浮かべる。

髪の色をどう思うかなんて、なぜ聞かれたのだろう。

褒めて欲しかったのだろうか。だとしたらイェソドさんはナルシストなのかもしれない。

 

 

※※※

 

 

その後、集めて欲しいと言われた情報の内容がまとまった紙を渡された。

それを受け取って、イェソドさんと別れたのだが。

私は内心ほっとしていた。イェソドさんにレティシアからのプレゼントを無事に渡せたことに安堵していた。

レティシアには申し訳ないけれど、やはり人の命に関わるかもしれないプレゼントは持っていて緊張する。

……でも、もしもただのプレゼントだったら。

罪悪感はあった。つい先程まで私に向けられていた笑顔。仲直りと言ったあの表情を思い出しては自己嫌悪する。

後悔はしていない。今まだ手元にプレゼントがあったとしても、私は変わらずイェソドさんに届けに行く。

イェソドさんにプレゼントを渡したことを知ればレティシアは傷付くだろう。

言うつもりはないし、バレないようにするつもりだ。けれどやはり、悪いことをしてしまった気持ちはある。

はぁ、と自然にため息がでた。

もしもただのプレゼントなら、返して貰えると嬉しいのだけれどそれは叶うだろうか。

そう考えていると、私の元に一件の通知。

タブレットを確認して、表示されている文章に私は気分が晴れていくのを感じた。

それはお昼の通知。ペストさんとハンバーガーを食べる時間がやってきたのだ。

ハンバーガーを取りに行くため休憩室に向かおうと、歩き出した時。

 

コトン

 

「……?」

 

何か音がした。

落し物でもしてしまっただろうか。辺りを見渡すもそれらしいものはなく、きっと気の所為だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報チームのイェソドは先程エージェントユリから得られた情報をまとめていた。

初対面ではあったが、イェソドはユリのことを知っていた。というのも彼女はこの会社ではかなりの有名人だから。

 

「アブノーマリティから好かれるエージェント、か……。」

 

特別だと聞いていた彼女は、至って普通のエージェントのようであった。

特質した様子もない、ただの人間。

その中でされた〝アブノーマリティを好意を持つよう無意識にしているメンタリズム〟という話は非常に興味深く、重要性を感じる。

つまりそれは、同じ条件さえ揃えばアブノーマリティからの好意を持たれる可能性があるのだ。

エージェント達を彼女に近づける為に何をすればいいのか。その具体案を出すにはまだ情報が少なすぎる。

情報を集めるには、接点が必要だ。イェソドは頭を悩ませた。

彼には多くの仕事がある。時間を割くのは難しい。

いや、それは上に頼んで作ってもらうことは出来るだろう。それ以上に問題があった。

仕事としてユリと関わり、彼女の情報を集めたとしても。それは〝 仕事中のエージェントであるユリ〟の情報なのである。

イェソドが欲しい情報はそんなものではない。もっと自然な、それこそユリ自身気が付いていないような仕草、言動の情報が欲しいのだ。

それさえ得られれば、あとは他のエージェントでの実践。時間をかけて同じ癖を付けさせて、アブノーマリティに作業をさせればいい。

その為にはどうユリと関わればいい?イェソドが悩んでいるのはそこである。

 

「イェソド様?」

 

声をかけられて、イェソドは思考を止めた。

呼ばれた方を向けば、そこには心配そうにイェソドを見る女性の姿。

彼女は最近研究所で働くようになった、リリーというエージェントであった。

 

「どうしたんですか、何かお悩みですか?」

 

真っ直ぐとイェソドを見るその瞳はとても綺麗なものであった。

きっと自身をただ純粋に心配しているのだろう。リリーは素直な人であった。素直で、純粋で、無垢で、そして世間知らずな人。

その瞳がどこかユリと似ているようにイェソドは思う。

ユリとリリーの姿を重ねて、そして直ぐに全く似ていないと首を振る。

そう、似ていない。こんなのでは全然ダメなのだ。

 

「リリー、私の髪の色を貴女はどう思いますか?」

「え?髪の色?」

 

突然の質問にリリーは首を傾げる。

しかし直ぐに笑顔になって、イェソドにこう伝えた。

 

「とても綺麗です。紫って素敵な色ですよね。」

 

その答えにイェソドはまた考え事をする。

仕草や言動は、元々の性格や感性も大きく影響してくるだろう。

 

「リリー、紫にも種類があります。貴方が嫌いな紫もあるかもしれない。」

 

色の好みがどこまでそれに影響するかはわからない。しかし今イェソドが手にしているユリの情報で確かなのはそれだけだ。

ならば、とイェソドは考える。出来ることから試す。情報とはそういうことを繰り返し、得られるものもあるのだから。

 

「紫の、種類?」

「はい。今度色の本を読むといい。いや、良ければプレゼントしましょう。」

 

人の良さそうな笑顔を作ると、リリーはなんの疑いもせずに喜ぶ。

その姿を横目に、イェソドはユリから渡されたプレゼントの方に視線を戻した。

 

「……は?」

 

しかし目に映った光景に、イェソドは驚くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンバーガーの入った紙袋を腕にかかえて、ユリは廊下を移動していた。

電子レンジで少し温めたそれは匂いを発して食欲をそそる。

空腹もあって自然と早足になっていた。初めて食べるというペストさんが、ハンバーガーを目の前にした時の反応をいくつも想像すると、ついついにやけてしまう。

と、そこで耳のインカムが受信音をたてた。

 

「もしもし?」

『エージェントユリ!聞こえますか!?』

「え、イェソドさん?イェソドさんですよね?」

 

聞こえてきた声が予想外で、驚いてしまう。

普段インカムが受け取る声はXさんのものだけだ。以前アンジェラさんやダニーさんから指示をもらうこともあったけれど、あれは特例だと聞いている。

その声は先程まで話をしていたイェソドさんのものによく似ていた。加えて私の呼び方。イェソドさんで間違いないだろう。

 

コトン

 

「?」

 

と、また音がした。

先程と同じ軽い音。

 

コトン、コトン

 

『エージェントユリ。いいですか、落ち着いて聞いてください。』

「あ、ちょっと待ってください……。なんか、音が。」

 

気になって音の正体を探る。足元には何も無い。近くでなっていることは確かなのだが。

 

コトン

 

何故か音は自分の体から聞こえているようだ。いや、体というより服からだろう。

制服のポケットに手を突っ込む。ペンやら手帳やらを入れているので、擦れて音を立てているのかもしれない。

 

「?」

 

何か、塊に指先が当たった。

覚えのない形の塊。不思議に思って取り出してみる。

しかし指が滑ってしまい、それは手から離れて床に落ちてしまった。

 

「……え?」

 

コトッ、と音を立てて落ちたそれに、私は目を見開く。

箱。ハート型の。それは。

 

『届けて頂いたレティシアの箱が、───無くなりました。』

 

どうして、ここに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








【作者のやりたくてもやれない妄想】

ユリちゃんとダニーさんVSロボトミー全ての職員

ユリちゃん、ダニーさん、下層の先輩のAleph担当メンバーで協力プレイ

大人のlobotomy corporation()

ユリちゃんが日本に戻ってきて都市伝説に巻き込まれる話(オーケストラさんを添えて)

学園lobotomy corporation

ユリちゃんに加えダニーさんもSCP扱いされて財団で2人無双する話


今のところ以上です。


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Laetitia_8

オルゴールの音がする。

収容室でレティシアは楽しそうに、何かのリズムに合わせて首を動かしていた。

その度に彼女の髪飾りの鈴がコロコロと音を立てる。その愉快な音はレティシアのお気に入りだった。

レティシアは小さな秘密を持っている。それはとっておきのイタズラで、素晴らしいサプライズで。

誰かを驚かせるのがレティシアは好きだった。だってそう、それは素敵なことだ。思いもよらない出来事は日常に色を付ける。

つまらない毎日は退屈で塗られていて、例えるなら白黒の絵本のようだった。

そんなのレティシアにとってたまったものではなかった。白と黒なんてつまらない。綺麗な色が好きだった。

レティシアは考える。先程ユリに渡したプレゼント。中身は秘密と口に指をたてた。

サプライズに、ユリはどんな表情をするだろう。レティシアは考える。大好きな人間の、ユリのことを。

あのプレゼントはユリの毎日にどんな色をつけてくれるだろう。特別な色がいい。そう例えば。

 

「赤がいいなぁ。」

 

レティシアの好きな、赤。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床に落ちた箱が恐くて、私は数歩後ずさる。

レティシアから貰ったプレゼント。確かにイェソドさんに渡した。

それなのに箱は私のポケットから出てきた。もしかしてレティシアがこっそり忍ばせたのか。

しかし、いくら箱が小さいとは言っても、子どもの両手くらいの大きさのそれがポケットに入れられて気が付かないものなのだろうか。

 

コトン

 

また、音がした。

そうして気が付く。音の正体はその箱だ。

動いている。

本格的に怖くなった私は、箱に背を向けて走り出す。逃げなければいけない。本能がそう告げている。

 

「イェソドさん!あの!箱が!箱が私のポケットに入っててっ……!」

 

全速力で走りながら、インカムでイェソドさんにプレゼントのことを伝える。

もうとっくに箱から離れているのはわかっているけれど、出来るだけ距離をとりたくて走り続けた。

インカムからイェソドさんの声が聞こえる。何か色々聞かれているようだけれど、それに答えている余裕はなく私はとにかく走り続けた。

こんな時に限って他のエージェントさんに会わない。ちょうど作業場所がすれ違っているのだろうか。

階を移動すればきっと誰かに会えるはずだ。少なくとも情報チームに向かえばイェソドさんはいるだろう。

長い廊下の先。エレベーターが見えた。

それに安心して、もう少しだと体に鞭を打つ。

 

「うっ、わっ……!」

 

速度を上げたのがいけなかったのだろうか。

私の足は何かにとられて思い切り転んでしまった。

咄嗟に受け身をとることも出来ず、真正面から倒れた身体は膝を打って、地面とキス。

 

「いったぁ……。 」

 

痛みを感じながらゆっくりと起き上がる。手を着いて身体を支えるも、手のひらも擦りむいたようでジンジンとした痛みが走る。

痛みで動くのも辛いが、とにかくこの階を移動したい。なんとか立ち上がって、歩き出す。

しかし何に躓いたのかと振り返った。

 

この時、振り返ったことを後悔する。

 

「なん、で……。」

 

床に、プレゼントの箱が落ちている。

私はプレゼントから、逃げた筈だ。床に置いたまま、走って逃げた。

なのになんで、ここにあるんだろう。

 

コトン

 

また、音がする。コトン、コトン、コトン。

それは徐々に感覚を狭めて。コトン、コトン、コトン、コトン。

まさか追いかけてきたのか。

そう考えて、そんなことがあるわけないと首を振る。

だってただの箱だ。足が生えている訳でも無い、ただの箱。

じゃあ、なんでここに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えばそう、

箱を開けて綺麗な赤い花が一面に飛び出てくれたらすてきじゃあない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトン、の次に、パンっと、破裂音がした。

爆風が私の身体を押し出す。反射的に目を閉じる。バランスを崩して尻もちをついた。

何が起こったのか。

スル、と私の頬を何かが撫でた。少しチクチクとしたそれの正体を求めて、目を開ける。

 

「ぁ……。」

 

それと目が合った。

なんだ、なんだこれは。

何かが目の前にいる。大きい。大きい、蜘蛛?

違う。蜘蛛なんかじゃない。

どっと、心臓が騒ぎ立てる。その癖に身体が動かない。

いくつもの目。球体の、大きな胴体にぎょろぎょろと不揃いの目がくっついている。その下でパクパクと動いているそれはまさか口か。ならその中の血のこびりつく白い石は歯か。

これは、本当に何。

私はちら、と横を見る。長い棒がある。虹色の、先のとがった棒。

この棒が私の頬を撫でた?なら、これは手?

 

───死ぬ。

 

これは、死ぬ。

 

そう理解した途端、全身から汗が吹き出した。

逃げたいのに、腰が抜けて上手く動けない。それでも必死に腕を動かして這っていく。

それでも当たり前にそれの手が私を追う。そしてまた頬をずりずりと撫でる。

 

「ぁ……ぁ……。」

 

助けを、呼ばないといけない。

そうわかっているのに何をすればいいかわからない。頭が恐怖で、上手く働かない。私は、死にたくない。

その時、私の身体が影に包まれる。

ひゅっ、と息を呑む。まさか、と思って見上げてしまった。

 

「………あ、ぁぁ。」

 

口が、目の前にある。

目が、私を捉えている。

もう直ぐ上に、それはいた。私の体はそれに覆いかぶさられていて。

 

『エージェントユリ!!!くそっ、管理人!管理人!!早く、エージェントユリの救助をっ!!管理人!!早く!!取り返しのつかないことになる!!管理人!!!』

 

インカムからイェソドさんの叫ぶ声が聞こえた。

耳が痛くなる声に、私はようやく声を出すことを思い出した。

声を出そうと息を吸うも、震えてしまって上手くいかない。それでもと喉を震わせて出た音は、とても小さかった。

 

「た、たすけてっ……、だれ、か。」

 

こんなのでは誰にも届かない。

涙で視界が歪む。足が、虹色の棒に撫でられてるのを感じる。

あぁ私、こんなところで、本当に死んでしまうのだろうか。

 

「お願い……お願い……たすけてっ、たすけて…っ。」

 

オーケストラ、さん。

 

「愛を込めて!正義の名の元に!」

「アルカナビート!!くらえっ!!」

 

その時、光が私の頭上を通った。

それは光線であった。光の柱が私の上を通ったのである。

光線は私に覆いかぶさったそれにぶち当たり、思い切り吹き飛ばした。

死の恐怖は一瞬で驚きに変わり、何が起こったのかわからない私は唖然とするばかりであった。

 

「大丈夫?ユリ。」

 

光線が来た方に顔を向けると、彼女はいた。

相変わらず可愛らしい格好に、それが似合う美少女の彼女。

ニコリと綺麗に笑って、ハートの杖を振りかざしていた。

 

「ア……アイ?」

 

私が名前を呼ぶと、アイはより笑みを深める。

倒れ込む私に目線を合わせてしゃがみ、白く細い腕が私の頭を包んだ。

 

「もう大丈夫よ。」

 

その優しい声に、安心してしまって。

私は思いっきりアイに抱きついた。アイは驚いたようで、少し後ろによろけたがしっかりと受け止めてくれる。

 

「わたしっ、わたしっ、しんじゃうかとおもった、アイっ、アイっ……こわ、怖かった!怖かったよぉ……!! 」

「ユリ……。大丈夫。もう怪物はやっつけたから。貴方は死なない。死なせたりしない。あたしが守るから。」

 

情けなく泣き続ける私を、アイはただ抱き締めて慰めてくれる。

それがみっともないことだと思いながら涙を止めることが出来なかった。

先程までの目の前の死の恐怖が焼き付いて離れない。

 

「さっきのは……これに入ってたの?」

 

アイはすぐ側に落ちていた、茶色のはこの欠片を拾った。

それに応えることはできなかったが、身体がびくっと大きく反応してしまう。返事はそれで充分だった。

 

「この箱は、どこで?」

「えっと……貰って……。」

「誰に貰ったの?」

「……アイ、何をする気なの?」

 

アイは箱の欠片を怖い顔で睨む。その表情と質問に嫌な予感がして、私はアイに聞いた。

するとアイは欠片を手で握り潰して、こう言った。

 

「悪い子にはお仕置きしなきゃ、でしょ?」

 

その言葉が、怖い。

レティシアのことを言ってはいけないと思った。絶対に言ってはいけない。言ってしまったら何かとんでもなく、嫌なことが起こるような気がした。

 

「私は、大丈夫だから。」

「でも。」

「それより、どうして直ぐに助けに来てくれたの?」

 

話を逸らす。しかしそれも気になったことだった。

あんなに小さな声で、私はアイの名前すら呼んでいないのに。

どうして私が助けて欲しいと気がついてくれたのだろう。

そう言うとアイは笑って、私の頬を撫でた。そのまま白魚のような指が私の唇をなぞる。

 

「言ったでしょう?〝どこにいても、貴女の声だけは聞き逃さない。〟って。」

「え……。」

 

それは、どういう意味だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 















【読まなくてもいい作者がただよろこんでるあとがき】



時折この小説の絵やキャラを制作してくださるみたいなコメントをいただくことがあったんですけど、そういうのすごいすごい本当に嬉しいです。テンションMAXになります。ありがとうございます!!
なんであとがきでこれ書いてるかというと心優しい方で書いてくれたりしないかなと邪な思いです。ごめん作者そういうの隠さないタイプの人間。汚くてごめん。

というかね、この前初めて検索して気がついたんだけどTwitterで読んだよ!ってツイートしてくださってる方いてまじで泣いた。え。こんないい事あっていいの?
実はホワイトデー誕生日で、その日の近くにそれ知ったから誕生日プレゼントだと思った。

学生の頃小説家になりたいって思って、それはやっぱり叶わなかったけど。
こうして自分の書いてるものを他の人に読んでもらえてる今がすごい幸せです。やっぱり小説書くの好きだなぁって思います。いつもありがとうございます。皆さん大好きです。


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Laetitia_9

アイの言葉の意味を考えて、その宝石の瞳を見つめる。

 

『言ったでしょう?〝どこにいても、貴女の声だけは聞き逃さない。〟って。』

 

濁りのない、キラキラとした目。それがさも当たり前であると言っている、真っ直ぐな目。

 

「それって、どういうこと?」

「そのままの意味よ?あぁ……その声、やっぱりいいわ。私の友達って印になって、素敵ね。」

「声……?」

 

声が、なんだと言うのだろう。自分だと特に変化がわからない。

喉を抑えると、アイはクスリと笑った。

アイの手が私の頬に添えられる。親指がゆっくりと私の唇をなぞる。

 

「でも……、ちょっと、他の力も感じる……。」

「他の力?」

「ええ。ねぇ、何されたの?声はいいけど……、なにか、違和感があるわ。」

「ぐっ!?」

 

強い力で親指が口にねじ込まれる。それに続いて人差し指と、中指と。順番に入ってきたアイの指が私の口をかき混ぜる。

逃げようとするも、もう片方の腕が私の肩を抱いて離してくれない。

息のしにくさに、デジャビュを感じた。これ、前にも誰かに同じようなことされたような。

 

「はぐっ、」

「これ……。」

 

アイの指が私の舌を掴んで、引っ張った。

決して乱暴ではないけれど、強い力に大人しく舌を外に出す。

何の変哲もないはずの、私の舌。けれどアイは眉をひそめる。

 

「ふーん……、これは喧嘩売られたのかしら、私。」

 

喧嘩?何を言っているのだろう。

と、そこでオーケストラさんとのやり取りを思い出した。

私の声を、いつもと違うと言ったオーケストラさん。

威嚇、と私の下をなぞった指揮者の指。

ぱっと指を離されて、私はようやく舌を元に戻せる。

 

「ま、いいわ。ユリにとっての魔法少女は私だけだものね?」

「え?」

「そうよね?ねぇ、そうでしょ?」

「う、うん。」

 

アイは笑って言うけれど、どこか圧を感じる。

押されるように私の首は縦に動いていた。

それに満足したのかアイはご機嫌に、歌うように笑い声を出す。

 

「うふふ!そうよね!ユリのヒーローは私!私だけ!」

「ねぇ、アイ。その、私に何かしたの?」

 

自身の喉を触る。オーケストラさんが反応した声。アイが〝良い〟と言った声。

自分だとわからないけれど、何かが起こってはいるのだろう。

 

「知りたいの?」

 

そう聞くと心当たりがあるのか、アイはわざとらしく首を傾げた。やっぱり、何か知ってるんだ。

 

「うん。教えて?」

「……じゃあ、目をつぶって?」

 

目を瞑る必要はわからなかったけれど、それで教えてくれるのならと。言われた通りに大人しく目を瞑る。

何も見えない中、また頬を触れられる感覚。くすぐったい。

思わず身をよじると、じっとして、と注意された。ごめん。

アイの指は、とても優しい。オーケストラさんもそうだけど、どうしてアブノーマリティの指はこんなに優しく感じるのだろう。不思議だ。

髪が遊ばれてるのがわかる。アイの空いた片手が触れているのだろう。

さすがにずっと動かないのが辛くて、アイ、と呼ぼうとした瞬間だった。

すごくすごく、柔らかく唇が圧迫されるのを感じた。

驚いて目を開ける。アイの、長いまつ毛。その影すらはっきりしている白い肌。青い髪が目端でキラリと揺れる。

 

「っ、ア、アイ!?」

 

その距離に私は慌てて後ずさる。驚きすぎて転びそうになったが、なんとかバランスをとった。

咄嗟に唇を手で抑える。顔に熱が集まってきた。あの柔らかい感覚は、距離は。

戸惑う私にアイはまたうふふ、と歌う。この作り物のように美しい少女に、私は何をされたのか。

 

「なっ、なに、なんで!」

「ユリにね、キスをしたのよ。」

「それは!わかるけど!なんで!!」

「知りたかったんでしょ?ユリに私が何をしたのか。」

「そうだけど!」

「だから、私がユリにしたのはキスよ。これが答えよ?」

「いや、それは今したことで……私が知りたいのは……あぁ、もうっ!いい!」

 

拉致があかない。恥ずかしさもあって会話を無理矢理終わらせる。

悪戯でキスなんて、と私は怒ってる。怒ってるのにアイは楽しそうに笑うものだから。

その笑顔が本当に美しいものだから。私はなんだかもうどうでも良くなってしまった。先程まで、死にそうになっていたというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。と思う。

レティシアのことがとりあえず一件落着して。

アイには収容室に戻ってもらって。

床にちらばったハンバーガーの残骸は、どうしようか。

 

「ペストさんごめん……。」

 

とりあえずできる限り紙ナプキンでハンバーガーだったものを集める。

そして紙袋に戻すが、ぐちゃぐちゃなそれはもう食べれない。

そこでタブレットが音をたてた。新しい指示に目を通す。するとそこには休憩時間の大幅な延長が書いてあった。

これは助かる。急げばハンバーガーを買いに行けるかもしれない。

すぐ目の前にあったエレベーターのボタンを強めに押した。早く早く、と何も変わらないことをわかっていながらエレベーターを急かす。

エレベーターの扉が開いた時、先客と目が合った。私はあっと声を出してしまう。そして相手も、あっと声を出した。

 

「あっ、貴方は……規制済みの担当者さん!」

「シックスさん!生きてたんだ!」

「その呼び方はやめてくれますか!?」

 

許し難い呼び名に思わず叫ぶと男性はおかしそうに笑った。いや、笑い事ではないのだけれど。

 

「ごめん。名前聞いてなかったからさ。俺はユージーン。で、君は?」

「私はユリです。……もう、シックスさんって呼ばないでくださいね。」

「わかったわかった。」

 

軽く笑うユージーンさんだが、本当にわかってくれているのだろうか。

ユージーンさんもお昼を買いに行くらしく、一緒にそのまま上に上がった。

ユージーンさんは話しやすい人で、会話はけっこう続いた。

彼が話してくれる下層のことは同じ研究所内と言えど新鮮なことばかりだ。聞き入ってしまう。

 

「そう言えば、今日はこの前のマスクしてないんですね。」

「あぁ、さすがに休憩中はね。それに今あの眼鏡貸してるし。」

「そうなんですか。」

「あ、レティシアなんだけど、俺が担当になったよ。」

「えっ。」

 

レティシアという言葉に反応してしまう。

 

「ついさっき指示されたばっかだから、これからもずっと担当かはわからないけどね。」

「あ、あの、レティシアって……。」

「うん?レティシアが何?」

「その、箱……えっと、プレゼント、渡されると思うんですけど……。」

「あぁ、さっきエンサイクロペディアに更新されてたよね。化け物入りのプレゼント。」

 

面倒臭いよね、とユージーンさんはなんでもない事のように笑った。

プレゼントのこと、エンサイクロペディアに載ったんだ。

それに安心する。あの箱から飛び出てきたお化けを思い出して身震いした。

アイのおかげで和らいでいた先程までの恐怖が少し顔を出して、私はそれ以上考えないようにする。

その時、エレベーターが止まった。まだ目的の階ではない。

つまり誰かが入ってくるという事だ。少し奥に詰めて、人が入りやすいようにスペースをつくる。

すると入ってきた人に、私はまたあっ、と声を出してしまう。

その人は少し驚いたような顔をしたが、私のように声を上げることは無く中に入ってきた。

 

「イェソドさん、お疲れ様です。」

「……お疲れ様です。良かったですね、無事で。」

「あ、はい!」

 

イェソドさんは私を全く見ずに、まるで台本を読んでるかのように淡々と話す。

それが少し怖くてたじろいでしまうが、私はめげずに言葉を続けた。

 

「あの、先程はありがとうございました。」

「は?別に何もしてませんが。」

「インカムで、」

「インカム?」

「インカムで、Xさん……じゃなくて、管理人さんに助けを呼んでくれたでしょう。」

 

私がそう言うと、驚いたのかイェソドさんは目を見開いた。

しかし直ぐに表情はかわり、それはもう私を馬鹿を見るような顔で、皮肉に笑う。

 

「そんなのでお礼ですか?結局私は何もしてないのに?随分お手軽な人なんですね、貴女は。」

 

冷たい言い方に、怒りよりも悲しみよりも衝撃がきた。

何を言われたのか理解が追いつかなくて、瞬きを繰り返す。私よりも先にユージーンさんのが声を上げた。

 

「おい、なんだよその言い方。」

「思ったことを言ったまでです。」

「だからそれが、」

「まって、ユージーンさん。私、大丈夫ですから。」

「でも、」

 

私のために怒ってくれるユージーンさんは優しい。けれど本当に私は大丈夫だった。

イェソドさんから向けられる冷たい言葉が、何故か心に入ってこない。なんだか敵意を感じないからだろうか。

 

「……それでも。」

 

インカム越しに聞こえたイェソドさんの声を思い出す。

 

『エージェントユリ!!!』

『くそっ、管理人!管理人!!早く、エージェントユリの救助をっ!!』

 

彼は、本当に心配してくれたのだ。私の為に叫んでくれた。それが私は、とても優しいと思った。

 

「それでも、私は嬉しかったです。私の為に管理人さんを呼んでくれたこと。

だから、ありがとうございます。イェソドさん。」

 

そう笑うと、イェソドさんの嫌な笑みが少し揺れた。

それを見て、やはり彼は優しい人なのではないかと思う。理由は自分でもわからないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、その後の話。

 

 

 

 

 

 

「あっ!……なんだ、お兄さんか。ユリじゃあないのね。」

「はは、俺でごめんな。どうだ、ちび。元気か?」

「まぁ、お兄さんでも許してあげる。うん。私は元気よ!」

「なら良かった。」

「……そうだ!あのね、ちびお兄さんにプレゼントを用意したのよ。」

「プレゼント……か。」

「うん!はい、どうぞ!」

「……ありがとう。中身は何かな?」

「それは秘密っ!開けてからのお楽しみだよ!」

「……そうか、ありがとう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

収容室をでて、ユージーンは渡されたプレゼントの箱を見る。

中身は秘密のプレゼント。サプライズと、好意の詰まったレティシアからのプレゼント。

それをそっと、廊下の床に置いた。少しだけ距離をとる。

 

余談だが、彼は武器を二つ持っている。

接近戦のための大きめのサバイバルナイフと拳銃だ。

噂では近々アブノーマリティのエネルギーから生成される特別な武器の支給があるらしい。

しかし彼はこのナイフと拳銃をそれなりに愛用していた。支給される武器は楽しみだが、いざこれらを手放すとなると名残惜しい気分になるのだろう。

 

彼は拳銃を手に取った。

そして、なんの躊躇いもなく、プレゼントを打った。

ガンッ、ガンッ、と金属音が響く。

だいたい三発ほど打っただろうか。穴ぼこが出来た箱を見て、今度はサバイバルナイフを突き立てた。

ナイフは貫通し、廊下の床を少し傷つけた。

 

「こんなもんかな……。」

 

そして最後に。その箱を思い切り踏んだ。

足をあげると、当たり前だがペシャンコになった箱。もはやゴミになった───いや、彼にとっては最初からゴミだったのだろう。それを、そのうち誰かにかつつまんでその辺にほおり投げた。

 

「豪快にやるねぇ……。」

 

見ていたらしい通りがかりの同僚が苦笑いをしてユージーンにそう言った。

同僚の言葉にユージーンは首を傾げる。

 

「これくらい普通じゃないか?」

「いや、普通の人はアブノーマリティからのプレゼントなんて怖くて怯むよ……。」

「うーん、でも中身化け物らしいし。先手うった方がいいと思って。」

 

なんでもない事のように言いのけるユージーンに、同僚はやはり苦笑いする。

変わったやつだ、と同僚は思った。このユージーンという男は相変わらず、例の、あのアブノーマリティ以外には全く興味が無いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 






Laetitia_上手なプレゼントの開け方


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
かわいい女の子。
でもプレゼントは……。その、中にやばいのはいってた。しかも追いかけてくる……。


【ダニーさんのひと言】
下層のアブノーマリティ。やばいプレゼント渡してくる幼女らしい。てか化け物が飛び出てくるとか即死だろ。





番外編より先に失礼します。

Q.アイちゃんとチューさせる必要あったん?
A.特になかったけどさせたかったからさせた。後悔はしてない。

というかコメントで日刊10位入ってたときいたのですが私その奇跡的瞬間見てないんですけど!?
過去に戻ってスクショしたい……頼む……させてくれ……。

そんな嬉しい奇跡が起こったのもみなさんのおかげです……。そしてロボトミーのおかげ……。ありがとうございます。でも正直奇跡すぎて実感ないです。ほんとかなー?とか思ってます。信じられてなくてごめん。
これを機に人外×少女増えてくれないかなぁなんて……。
とりあえず人外とイチャイチャしてて欲しいの……。




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Little Helper_1

※ユリちゃん少なめ、アブノーマリティもはや出てこない。つまり、ちょっとっていうか結構つまらない回。薄味です。今回のプロローグなので多目に見ていただけると……!
そのくせ長くなって難産でした(´^p^`)本当遅くなってすみません……。










俺の家族の話をすると、皆顔を顰めた。そして同情の目を向けられる。いつもの話。

 

途中までは普通の家庭だった。時に厳しいがいつも笑顔の母と、いつも腹を空かせて俺達の元へ帰ってくる父。そしてユージーン、と優しく名前を呼ばれた俺。

ここまでで別段話すことは無い。だって普通聞きたいだろうか。休日に行った水族館の話とか、公園でやったフリスビーとか、ほかの家族の何ら変わりない日常の話なんて興味あるだろうか。

だから俺はいつもここまではサラッと話すし、相手もサラッと聞き流す。

そしてここからが本題だ、と声のトーンを少し下げるのだ。出だしは大抵、『でも父は変わってしまった』。

 

そう。でも父は変わってしまった。

 

それは父の転職からはじまる。

転職の理由なんてどこにでもあるようなものだった。もっと給料と休みが欲しくなっただけ。ただそれだけ。

父が新たに始めた仕事は機械をいじる技術者だった。

工場務めになった、機械をいじるのになんの経験も技術もない父。だというのに給与が上がるなんて今思えば不自然である。

最初の違和感は、ネジだ。

玄関で靴を脱ぐ父。そのポケットからカツン、と落ちたのは艶めいた一本のネジだった。

それを俺が拾おうとした。しかしそれは叶わず、奪うように父はそれを拾った。

驚いた俺が父の顔を見ると、俺なんて見ていなかった。ただ恍惚の表情で、ネジを見つめた。そして宝物を隠すように、またポケットに戻した。

 

そこからだ。日に日に態度や雰囲気が変わっていくのがわかった。

帰る時間は遅くなり、食事はろくに食べなくなる。

それだけならよかったのだが。家にいる時必ず、うっとりと何か紙の冊子を見つめていた。

父の書斎を除くと、必ず父はそうしていた。愛しい恋人からの手紙を読むかのように、時折甘ったるいため息をはいてその冊子に向かっていた。

その表情は不気味で、気持ち悪かった。恐怖を感じさせる違和感があった。

透明な水に、一滴の墨を垂らすように。

広がる違和感は家庭に亀裂を産む。

裕福になる暮らしと比例して、家には怒鳴り声が増えた。

母はそんな父を泣いて責めた。笑顔の母からは想像つかないキンキンする声でただひたすらに父を責めた。父はそんな母をぼんやりと見ている。興味のないコマーシャルを聞き流すように、どうでもいいようだった。

 

これらはまだ俺が、小学二年生位の時のことだ。

 

父がいなくても漂う不穏な家の空気が嫌いで俺はよく外に出かけた。友達が遊べる時はみんなと遊んだし、もし一人でも携帯ゲーム片手に公園にでも遊びに行っていた。

いかに上手く家から逃げる事を考えるのが、毎日だった。

ある日、家の廊下で紙の冊子を拾う。

よれたそれの正体に気がついた時、俺は小さく悲鳴をあげて、それを思わず放り投げた。

それは父がいつも読んでいるものだった。

常に父のそばにあるはずのそれがなぜそこにあったのかわからない。

それは俺にとって恐怖の対象だった。

そして同時に、好奇心の対象でもあった。

一ページ目を、そっと開く。そこに書いてあった文字を俺は一生忘れないと思うし、事実こうして大人になった今も、はっきりと一字一句間違えずに覚えている。

 

〝 革命的なロボットが、掃除に、料理に、防犯まで、〟

〝 お宅の最高の住み心地を、安全・安心をお助けします!〟

 

これを見た時、はぁ?と間抜けな声を出した。

ペラペラと紙をめくると、そこには〝使用上の注意〟〝初期起動の仕方〟〝故障かな?と思ったら〟などなど。

ただの、何かの説明書だった。

拍子抜けした。

それと同時に、父をより気持ち悪く思った。

ずっとこんなものを読んで、何よりも大切にしていたのか。

母を、俺を蔑ろにして、こんなもの。

湧き出た怒りは手に伝わって、説明書を強く握った。ぐしゃ、と紙が潰れる音。そこでおい、と声をかけられた。

 

『と……父さん。』

『なにをしてる。』

 

父は冷たい声で、俺から説明書を奪った。

驚いて力の抜けた俺の手から簡単に抜けるそれ。しかし潰れた部分のシワは直ることなく、父はそれに顔を顰めて指で伸ばしていく。

明らかに怒っている父に、俺の肝は冷えていった。怒鳴られるか、殴られるか。はたまた両方か。

無言で説明書を撫でる父にかける言葉を探した。俺は自身でもわかるくらい、わざとらしい笑みを浮かべてこう言ったのだ。

 

『いい、説明書だね。』

 

そこで父の動きが止まる。

それは冗談のつもりだった。昔の父ならきっと笑ってくれる、馬鹿みたいなジョーク。

場が少しでも和めばなんて思って。

父は俺の肩を強く掴んだ。痛いっ、と声を上げた。

しかし父はお構い無しに俺の顔を覗き込んで、満面の笑みを見せた。久々に見た、笑顔だった。

 

『そうだろう!素晴らしいだろう!』

 

父は聞いてもないのにその説明書の、厳密に言えば説明書に書かれている機械の話をしだした。

興奮で勢いのついた父の声は、俺の顔に何度も唾を飛ばす。汚くて避けたいのに肩を掴む手が強くて叶わなかった。

次第に俺はその話に苛立ちを感じはじめる。だから意地悪を含めてこう言ってやった。

 

『そんなに凄いなら、その機械の写真でもとってきてよ。』

 

俺の言葉に父はなんていいアイデアなんだと跳ねて喜んだ。比喩ではない。本当に廊下をドスドスと跳ねた。

気持ち悪い。

 

さて、ここまでが起承転結の転まで。

ここからは結末。これらが父との最後の思い出となる。

というのも、次の日父は最寄り駅から何駅も行った先の山で、自殺したからだ。

いつも通り仕事に出かけた父の死を聞いたのは、その日の夕方だった。

発見が早かったのは、たまたまその山に何か用のあった男女が通報してくれたからである。

その男女の用は、深掘りはしない。付け足しておくならその山は割と、自殺の名所だ。

大事な用があったであろう男女がなぜ父のことを通報してくれたのか?それは父の死に方が異常だったからだ。

 

お腹が、ぱっくりと割れていた。

綺麗な切り口で、真っ直ぐ腹が真ん中で切られていた。魚を調理する時、腹に包丁をいれる。それと同じような感じ。

そして中身はぐちゃぐちゃにかき混ぜられていて、見れたものではなかったらしい。身元確認で呼ばれた時も、顔以外は全て布で包まれていた。

見ない方がいいですよ、と警察は顔色悪く言った。少し離れたところで立っている他の警察が内緒話をしている。『あれじゃあ、ミキサーにかけられたスムージーだよな。』耳のいい俺には聞こえてしまうのだけれど。

 

母は泣いた。

なんだかんだ、母は父を愛していたのだ。

そして許さないと叫んだ。

父の状態から、母も警察も殺人事件だと決めつけた。

でも俺は知っている。父は自殺したのだ。俺だけが、知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユージーンさんの話に、開いた口が塞がらない。

 

「えっと……それは、なにかのホラーですか……?」

「はは、そう聞こえるよね?この話で一本映画つくれそうだし。ノンフィクションで、どこかの監督にでも提案してみようかなぁ。」

 

軽く笑うユージーンさん。これは冗談だろう。

なら、今までの話も冗談だろうか。冗談であって欲しい。こんな話。

なんでこんな話になったのか。私はユージーンさんに、家族の話を聞いただけだ。ホラーを一つ頼んだ覚えはない。

 

「信じなくてもいいけど、本当の話だよ。しかも奇妙なことにね、父が働いてた場所、どこかわからないんだ。」

「えっ。」

「社員証に記載された企業も、会社で入ってた保険も全部存在しないものだった。不思議だよね。それなのに給料はその会社名義で毎月入っていたんだ。最初は裏企業……なんて警察は騒いでたけど、なーんにも出てこない。」

「そ、それ……嘘ですよね? 」

「いや本当。俺は思うんだけどさ、きっとあの山が父の会社だったんだよなぁ。あそこになんか存在してたんだと思うよ。だから父はあの日もあそこに行ったんだと思う。毎日行ってたのと同じようにさ。」

「……ユージーンさんは、なんでお父さんが自殺だったって思うんですか。」

「あぁ、実はさ、俺父さんが死ぬ間際に電話してたんだよね。父さんと。その履歴も……なんでか残ってなかったけど。」

「電話?」

「そう、その内容がさ、……あれ、あの人もしかしてアネッサ?」

「え?」

 

ユージーンさんが廊下の先を指さす。

それに従って私も視線を動かすと、少し距離があるが確かにアネッサさんだった。

アネッサさんは私達の方を見て、気がついたのかこちらに向かってくる。結構な速度で、早歩きをしているようだった。

 

「やぁアネッサ、さっきぶりだね。」

「人を指ささないの!ユージーン!!」

 

ぱちんっ、とユージーンの手をアネッサさんが叩く。

ユージーンさんは軽く笑って、ごめんごめんと謝った。アネッサさんは少し不機嫌にため息をつく。

 

「アネッサさんとユージーンさんって……知り合いなんですか……? 」

「あ……ユリさん。久しぶりね。体調はもう大丈夫?ユージーンとは前同じ部署で働いていたの。」

「あ、そうだったんですね。」

「ユリさんこそ、ユージーンと知り合いなんて意外ね。」

「下層に作業しに行くことがあって、ユージーンさんとはそこで知り合ったんです。」

「下層に!?大丈夫だったの!?あそこはユリさんみたいな子がいくとこじゃ……って……今更、ね。……無事で、良かったわ。」

 

アネッサさんは悲しそうに私を見つめる。

私はそれに対してどう反応していいかわからない。ただ安心させることができるように、笑うしか出来なかった。

 

「久しぶりに会えたからもう少し話したいのだけど……ごめんなさい、やることがあるから私行くわね。また今度ちゃんと話しましょうね、ユリさん。」

「あっ、すみません引き止めちゃって……。ぜひまたお話しましょうね!」

「ユージーンもまたね。まぁ後で借り物を返しに行くから……。すぐ会えるでしょうけど。」

「あぁ、またな。……気をつけろよアネッサ。死にはしないだろうけど。」

「……貴方のそういうところ、怖いわ。」

 

アネッサさんは軽く手を振って、私達と別れた。

ユージーンさんは暫くアネッサさんの背中を見送っていた。

私もそれに付き合う。アネッサさんの背中を見ながら、私はなんだか不思議な感覚に包まれていた。

アネッサさん、どこか雰囲気変わったなぁ。

優しい所も、穏やかな感じも私の知るアネッサさんだったのに。今日は追い詰めたような、深刻な雰囲気を感じた。

何か、あったのだろうか。考えすぎだといいのだけれど。

 

「アネッサは優しいよね。」

「えっ、あっ、はい。アネッサさん、優しいです。」

「……少し心配になるよ。」

「え……。」

「でもまぁ、前よりはマシかな。前は少しここのことを信じすぎてたからね。」

「それ、どういうことですか?」

 

意味ありげなユージーンさんの言葉に私は眉間にシワをよせる。

なんだか不穏な言葉だ。けれどそれに反して、ユージーンさんは明るく笑った。

 

「ユリさん、さっきの話しさ、会社には内緒にしててね。」

「え?」

「別に隠してないんだけどさ。実際ここの関係者以外には家族のこと聞かれたら話してたし。でも会社にはあんまり知られたくないんだよね。」

「えっと……なら、なんで私に話してくれたんですか?」

 

それは最初からあった疑問だ。私とユージーンさんは知り合ったばかり。

それなのにどうして、家族の死の話なんてしてくれたのだろう。

 

「君の体質に興味があったからかな。」

「体質?」

「そう。アブノーマリティに好かれる、その体質。能力なのかな?どっちでもいいけど、いつか力を借りたいと思ってる。」

 

ユージーンさんは私を真っ直ぐ見つめて、笑顔のまま表情を変えない。

笑顔なのに、どこか淡々としているその様子が怖くて私は目を背ける。

 

「父が執着していた機械の名前は〝オールアラウンドヘルパー〟。中層にいるアブノーマリティ、〝リトルヘルパー〟の別称だよ。」

「え……!?」

 

ユージーンさんの言葉に私は顔を上げた。ユージーンさんは私の反応を可笑しげに笑う。

この人は今、なんと言った?

つまりそれは、彼のお父さんの死は、アブノーマリティのせいということ?

ぐるぐると回る頭はまだ言葉の意味を理解しきれない。

ユージーンさんは笑って私に手を伸ばしてきた。頭にその手が乗る。撫でるような仕草で、そのまま手は耳におりてくる。

そして耳に触れた時、……いや、ユージーンさんが触れたのは耳ではない。私のインカムだ。

ピピッ、と音がした。私のインカムから。

それに驚いて私は耳を抑える。これは、どういうことだ。

 

「内緒、だよ。」

 

ユージーンさんは人差し指を私に立ててみせた。

そんなユージーンさんに私は恐怖した。この人は、何をしたの。

 

どうして、いつから。

インカムの電源は、切れていたのだ。

 

先程のは起動音。

でも私が知る限り、インカムの電源は会社に管理されている。電源のオンオフはエージェントは出来ないとダニーさんから教えられていた。

それなのに、ユージーンさん今何をした?

ユージーンさんが触れるまで、インカムの電源は切れていたのだろう。

これを偶然と言うには都合がよすぎる。ユージーンさんの秘密話をインカムは拾わなかったのだ。

ユージーンさんが、やったのだ。どうやって?

聞きたい。ユージーンさんに何をしたのか問い詰めたい。

けれどユージーンさんへの恐怖が、私をその場から動けなくする。

ユージーンさんは先に進んでいってしまう。私は置いていかれたまま、ただ呆然と遠のく背中を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アネッサが管理人室の扉をノックしたのは、それが初めてのことだった。

管理人室の場所は知っていたが、入ったことは無い。基本的にここは一般のエージェントにとって無縁に近い場所だった。

一部エージェントは直接管理人から呼ばれることもあるが、通常管理人との接点はタブレットからの指示のみだ。

しかしアネッサは今日管理人から呼び出されたわけではなかった。彼女は管理人に直訴しにきたのだ。

会社への不信感は、ユリのエンサイクロペディアの件から膨らんでいくばかりだ。

妖精の祭典の事件でユリが倒れた時に知った、会社のユリへの対応。

ダニーはあの時私にユリさんのタブレットを渡してこう言った。

 

『アネッサさん、ユリさんのタブレット直せませんか?こういうの得意でしょう?何とかなりませんかね?』

『え……?でも、管理人に言いに行くんじゃ……?』

『そのつもりでしたが……よく考えると、無駄だと気がついたんです。恐らく管理人はユリさんのエンサイクロペディアが使えないことを把握してないでしょう。』

『え?それならよけい報告するべきですよね?本当にただの端末エラーかもしれないですし……。』

『いや……、恐らくやったのはあのAIだ……。』

『AI……?』

『……とりあえず、やってみてくれませんか。もし見つかっても何とかしてみせるので。ついでに何かわかったら、教えてください。』

『何かって、なんですか……!?』

 

その時、半ば無理矢理ユリさんのタブレット端末を弄らされた。

まず初めに会社にタブレットを勝手に弄ってるのを悟られないよう、回線を切断する。

ここの会社はさすが大企業と言うべきか、普通のネット回線ではなくこの研究所のみで使用する回線を独自に作り上げている。

そこを切らないと、何をしてるか会社に筒抜けだ。複雑なセキュリティを抜けて、なんとか切断に成功する。

ここからは簡単。タブレットにインストールされているエンサイクロペディアの情報を見るだけ。正常に起動してない理由なんて、大抵インストールが上手くいってないか、回線に繋がるのを拒否してるかのどちらかだ。勿論、ほかの理由もあるけれど。

正直乗り気ではなかった。こういうのは確かに得意だ。パソコン系は専門分野で、プログラムも弄るのも好き。

けれど会社のものを勝手に弄るのはあまりにもリスクが大きい。大人しく会社に提示して修理するのが一番だと、その時は思っていたのだが。

 

『何よ……これ。』

 

中身を見て驚いた。

ユリさんの端末に入っていたのは、エンサイクロペディアではない。

ただの、テキストフォルダだ。

〝未実装〟と表示されるだけの、テキストフォルダ。

そのフォルダのアイコンが、エンサイクロペディアと全く同じと言うだけ。

それだけの、テキスト。アプリケーションでもなんでもない。

これを見て混乱した。何よこれ。エラーなんて起こるはずない。だってこれはただのテキスト。エンサイクロペディアに繋がるはずもない。

どうしてこんなフォルダが存在してるの?

こんな、ただの飾りみたいなフォルダ。

 

『……意図的に、作られたとしか……。』

 

そこで隣にいたダニーさんを思い出す。

咄嗟に彼を見ると、彼は眉間に皺を寄せていた。そして私の言葉に頷いた。その通り、と言われているように。

 

会社を疑いたくなんてなかったが、追い打ちをかけるように管理人の指示の仕方が変わった。

前までは納得のいく作業指示だったのが最近では明らかに不適切なものが多い。

アネッサの部下も、死亡率が増えた。

新人が集まるコントロールチームは新人を慣れさせるために比較的安全なアブノーマリティへの作業が多い。

なので死ぬエージェントはほとんどいないのだ。その後危ないチームに異動になって、死ぬエージェントは多いけれど。

そのコントロールチームで死ぬエージェントが増えたとなると、別のチームはより多くなったのだろう。

コントロールチームと言えどアネッサは研究所の中では古株の方だ。パソコンの腕を買われてコントロールチームに残されているだけ。

先に働いている先輩として、そしてコントロールチームを任されている身として、エージェント達への不適切な作業指示は見逃せない。

管理人室からノックの返事はない。

アネッサは息を深く吐いて、覚悟を決める。使い慣れていない眼鏡をポケットから取り出してかける。

これは知り合いから借りたもので、お守りのかわりだった。

度があっていないので少しずらして隙間から見ないとはっきりと辺りが見えない。邪魔なものだが、今のアネッサにとっては必要な心の支えだった。

意を決してドアを開ける。

 

「え……?」

 

アネッサは管理人と戦いに来たのだ。抗議の言葉をいくつも用意した。

しかし、目の前の光景にそれらは喉奥に引っ込んでしまう。

女性が、二人いる。

一人はアネッサを面接したアンジェラという女性。会うのは、二回目だ。

もう一人は、アネッサがよく知る人物だ。

 

「!?貴女は……エージェント・アネッサ?どうしてここに……あぁ、やはり業務中も管理人室前を見れるよう、モニターを増やす必要がありますね……。」

「な……なんで……。」

 

アンジェラはアネッサを見て最初こそ驚いた様子を見せたが、直ぐに冷静な表情に戻った。

アネッサはアンジェラの隣の女性を指さす。その指は震えている。

アネッサにアンジェラは笑顔を向けた。それは作り物のような、美しい笑顔だった。

 

「アポもなしに来るなんて本来叱るべきことですが……、貴女のような優等生のエージェントが来るなんて、何かあったのですか?アネッサ?」

「貴女、誰よ。」

 

アンジェラは優しくアネッサに問うも、アネッサは隣の女性に気を取られてそれどころではなかった。

そんなアネッサをアンジェラは面倒くさく思いながら、隣の女性を紹介する。

 

「この方が誰か?何を言ってるんですか?アネッサ、貴女もよく知る方でしょう?彼女は、」

「貴女は違うわ!!偽物よ!!彼女がここにいるわけないわ!!」

 

興奮して叫ぶアネッサに、アンジェラはため息をつく。本当に面倒くさいと。

アンジェラは大きくため息をついて、やがて誤魔化すのを諦めてアネッサを真っ直ぐ見つめた。

目を逸らさずに、一歩一歩距離を詰める。

 

「……ここで見たことは忘れなさい、いいですね?」

「う、……ぁ……。」

 

アンジェラを見ていると、なぜだか思考がぼんやりとしてくる。

それに必死に抗うも、アネッサの身体からは力が抜けていきその場に座り込んでしまった。

 

「そうですね、どうせ忘れてしまうのだから、名前くらい教えてあげましょうか。自己紹介なさい?」

 

アンジェラの嫌味っぽい声がアネッサの耳に入ってくる。

それを追いかけて、アネッサの知る女性の声が聞こえてきた。けれど絶対に彼女であるわけがない。だって彼女は。

 

「初めまして!リリーです。これからよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















まさかのユージーンです。
今回はユージーンとの絡み多め。キャラ設定すごい悩みましたがようやく固まりました。書きづらいキャラです。

書きたいネタがあって、そこに着々と繋げられてるのと最終回になんとか繋げられてて個人的には満足な展開なのですが、アブノーマリティ出てこないからね……読んでる方々にはつまらない思いさせてしまって申し訳ないです……。
説明回とか回想回でも楽しませることの出来るような小説をめざそうぜ、ポ〇モンマスター!

あれアブノーマリティマスターの間違いでは?
というかポケモンにもユリちゃんの体質効くのかな……効いてほしい……レックウザたんでリアル日本昔ばなしオープニングやってもらいたいものです。
個人的な推しはチルタリスたんなんだけどね。もふもふは正義。あとつぉい。
いやだからアブノーマリティの話しろよ……。


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Little Helper_2

頭が痛い。

ぐらぐらと揺れる頭を抱えながらなんとかアネッサは廊下を歩く。

本当はすぐに倒れてしまいたいくらいだった。しかしここで倒れたら、気付かれてしまうかもしれない。

ちらっと廊下に設置されたカメラを見る。アネッサは見られている。管理人と、あのアンジェラという女に。

だからできるだけ正常を演じなければアネッサはならなかった。悟られてはいけない。決して。

管理人室でアンジェラは言った。『ここで見た事は忘れなさい。』真っ直ぐとアネッサの瞳を見て。

頭が痛くなったのはその時から。ポケットにしまった借り物の眼鏡を布越しに触れる。

 

……これがなかったら、きっと本当に忘れていた…。

 

会社を信じるなというダニーさんの言葉が引っかかって、会社のことを少し調べた。

しかし普通に調べても何も出てこない。当たり前だ。そんな簡単に出てくるものならとっくに問題になってるだろう。

けれど会社の機密情報をハッキングしてアクセスするほど、私の肝はすわってなかった。

そんなことまず出来るかもわからないし、やってみて失敗したらクビどころでは済まない。警察沙汰だろう。

だから、目をつけた。ダニーさんに。

ダニーさんは会社を疑っていた。その疑いの根拠が知りたくて、ダニーさんの携帯のデータを盗んだ。

 

そこで私は会社の闇を目の当たりにする。

 

『洗脳システムって……どういうこと……。』

 

〝特殊光線による洗脳〟

〝常識変換〟

〝一時的な感情コントロール〟

〝恐怖に立ち向かい、未来をつくる。〟

 

『……っ!?』

 

〝やっと見てくれましたね。アネッサさん。〟

 

文面最後のその一言は、全てを予想していたような。

ダニーさんは、なにをしようとしてるのだろう。

その情報のおかげで、特殊光線が防げたのは助かった。借りた度の強すぎる眼鏡を指の腹でなぞる。

管理人室で見たことを、ダニーさんに知らせるべきだろうか。

 

……わからない。

 

わからない。どうすればいいかわからない。この会社で何が起こってるのか、ダニーさんがなにをしてるのか。なにもわからない。

混乱する頭の片隅で、ユリさんの顔を思い出した。

彼女を見る度に、私は守りたくなる。

誰を?

ユリさんの、あの笑顔が。頼りない背中が。何も知らない目が。私の心をぐらつかせる。

彼女を見ると、声が喉から零れそうになる。ごめんなさい。守れなくて、ごめんなさいと。

そう。私は何度もユリさんのような子達を見捨ててきた。

仕方ないと言ってしまえばそれだけの事になる。そう思わないと私は手首を切ってしまいそうだった。

でも本当に仕方ないことだったの?

もし、会社で働くことが洗脳だったのなら。

未来のため会社のためと血を流した私の仲間達は……私の後輩たちは……。

彼らに頑張ってと背中を押した、私は。

わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない!!!

激しくなる動悸が苦しくて、急いでポケットの薬を飲んだ。

少しでも早く効果が出るように噛み砕いて飲み込む。胸元を抑える。冷静にならなければ。

息を深く吸って、吐いて。次第に心臓は落ち着いていく。

 

……言おう。ダニーさんに。

 

まともに動くようになった頭は、そう答えた。

誰が正しいかなんてわからない。

それでも、会社を信じることはもう出来ない。

なら選択肢なんて残っていないだろう。このまま何もしないのだけは絶対に嫌だ。

これは自分の首を締めることになるのかもしれない。

それならそれで、もういいと。

自嘲した。とっくに死んでいてもおかしくない命なのだ。自分の首に手をかけることくらい、なんとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うらぎりもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時ユリは、あるアブノーマリティと真剣な表情で向かい合っていた。

緊張で強ばる体を落ち着かせるよう、ふぅ、と一息つく。

そして茶色の安っぽい紙袋に手を入れて、あるものを取り出した。

柔らかい感触のそれ。独特の匂いが鼻をかすめる。

この行動を起こすのは、きっと自身が初めてだろうと。未知は少しの恐怖と期待になり、ユリの瞳は揺らいだ。

 

「……どうぞ。」

 

目の前のアブノーマリティが、それに顔を近づける。

鋭く尖った口であろうその部分が、柔らかいそれに埋まった。

 

「……これが、例の……。」

「はい……。ハンバーガーです……!!」

 

ユリはすこし自慢げに、にやっと笑ってアブノーマリティにそう言った。

そう、彼女は今人類で初めて、アブノーマリティ・ペスト医師にハンバーガーを食べさせたのである。

 

「どうですか??美味しいでしょう??」

 

片手でペスト医師にハンバーガーを向けながら、空いてる手でポテトを摘んだ。

揚げたての熱は逃げてしまったものの、塩気の強いそれは香ばしく美味しい。

ポテトを味わいながらユリはペスト医師の反応を伺う。

というか、ペストさんのマスクのくちばし部分が本物の口だったことには驚きだ。

てっきりマスクの下に口があるものだと思っていたのだけれど。鳥みたいにハンバーガーをつつくペストさんがなんだか可愛くて笑ってしまう。

ペストさんは一口食べた後から黙ってしまった。

もしかして口に合わなかっただろうか。不安になって首を傾げると、今度は反対の手のポテトを奪われた。

 

「わっ。」

 

その時指までつつかれたものだから驚いて手を引っ込めてしまう。

ペストさんは失礼、となんとも紳士的に謝ってきた。

 

「すみません、指をつついてしまいましたね。」

「大丈夫です。ちょっと驚いただけで……。それよりハンバーガー、どうですか?」

 

いい反応を期待してコメントを強請る。しかし返ってきたのは予想を反するものだった。

 

「……このハンバーガー、というのは食べ物なんですか?」

「え?そ、そうですよ?なんでですか?」

「些か……いえ、かなり化学物質が多く含まれてるようですが。」

「化学物質……?化学調味料とかのこと……?」

「なんだか薬品を食べているような感覚です……。お嬢さん……これは、あまり口にしない方が……。」

「私もいつも食べてるわけじゃないですよ!?たまに食べるくらいです!!」

「そうですか。ならいいのですが……。」

「……あっ、そうだっ。」

 

微妙な空気を変えるために、用意していたもうひとつの物を取り出す。

それを見せるとペストさんは不思議そうに首を傾げた。

 

「これは……。」

「〝花火〟です。さすがに本物は持って来れなくて、写真なんですけど……。」

 

初めてあった日に見てみたいと言っていたのを思い出して、ネットで面白いものを買ってきた。

角度によって絵柄の変わる3Dポストカードだ。夜空の映るそれは傾けると花火の写真に変わって本当に打ち上がってるように見える。

本物には足元にも及ばないが、綺麗でペストさんに見せてあげたかったのだ。

 

「本物はもっと豪華で、大きくて綺麗なんですけどね。」

「……十分です。キラキラ、してます。」

 

ペストさんは左右の羽を器用に動かして写真を受け取る。

あまりにも大事そうに持つものだから、私も嬉しくなってしまった。

ハンバーガーのおまけのつもりで用意したのだが、お気に召してもらえたようで何よりだ。

 

「人は不思議な生き物ですね。」

「え?」

「食べ物も、キラキラも作ってしまうとは。理想を求めて探すだけでなく、自らの手で作ってしまうなんて。」

 

そう言うペストさんは、なんだか楽しそうだった。

私と話しながらもペストさんは花火の写真に夢中で傾けては戻してを繰り返している。

まるで子どものようなその仕草を微笑ましく思いながら、私はこっそり自分のハンバーガーに口をつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 






更新遅れて申し訳ございません。
これ以上書かないでいたら失踪すると思いかなり急いで書きました。
スランプと病み期重なって逃げてました。言い訳しませんまじで逃げてた。
でも続けたいという気持ちはあるのでまた更新再開出来たらと思ってます。

それからコメント返信なのですが、申し訳ないのですが2019/08/14以前のもののお返事ができないと思います。
ちょっと余裕なくて申し訳ございません……。
質問あったものなどは返していくつもりです。
ただ15日以降のものはお返事していきます!というかさせてくださいお願いします(土下座)

コメントと評価ほんとに力になってます。これ言うの何回目だって感じだけどここまで続けられたの本当にそのおかげです。
というわけでこんな私ですがまだ付き合ってやんよ!という方はこれからもよろしくお願いします。
もう付き合ってらんねぇよ!というかたは……今までありがとうございました作者はこれからもあなたが好きです(恐)







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Little Helper_3


皆さんコメント、本当にありがとうございます。
嬉しくてすぐ次話投稿してしまいました。大好きです。








……うらぎりもの。

彼はそう言っていた。ぶつぶつと沢山の恨み言を言いながら彼は機械を弄っていた。

遠目からだが少しだけ構造が見えた。ここに記す。

 

【ぐちゃぐちゃのいくつもの線と四角い箱の絵が鉛筆で書かれている】

 

彼は製品ナンバー■■■■だけ執拗に弄っている。特別なのかもしれない。

 

 

────製品説明書3ページ右端空白の落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペストさんへの作業を終えて、廊下に出た時。

目の前を何かが、通った。

というより、通り過ぎようとしたそれにぶつかった。

 

「うっわ!?」

「いった!?」

 

突進してきたそれに押されて床に倒れる。そのまま上に被さって相手も倒れてきたものだから身体が潰れるかと思った。

 

「ごめん!前見てなかった!」

「い、いいからどいてください……重い……。」

 

謝るより先にどいて欲しい。このままだと本当に潰れる。

なんとか耐えていると、重さがどいた。

痛みの余韻を味わいながら体を起こす。するとそこには見た事のある顔が。

 

「ユージーンさん!」

「あれ、ユリさんだったんだ。」

 

どうやらぶつかってきたのはユージーンのようだった。

そりゃあ重いはずだ。成人男性である上に下層エージェントの彼は筋肉もついているのだから。

 

「ごめんねユリさん。ちょっと急いでて前見てなくてさ。」

「……大丈夫です。そんな急いでどうしたんですか?」

「いや実はさ……、……あ、そうだ。」

「?」

「ユリさん、この後の作業ってなんの指示された?」

「まだ見てないです。ちょっと待ってくださいね。」

 

次の指示を確認しようとタブレットを取り出す。操作しようとしたのだが、腕を掴まれたことによってそれは叶わなかった。

 

「ユージーンさん?何するんですか?」

 

腕を掴んだのは他でもないユージーンさんだ。

ユージーンさんを見ると満面の笑顔。不自然な程のそれに嫌な予感が過ぎった。

 

「一緒に行こう。」

 

どこに?と開いた口はとてつもない力で腕を引かれたことにより舌を噛んでしまった。

そのままユージーンさんに引っぱられて廊下を進む。

 

「まっ、待ってください!行くってどこに!!私まだ作業指示見てないんですけど!!」

「見てないなら作業してなくても仕方ない!紹介したいアブノーマリティがいるから一緒に行こう!」

「全然仕方なくないですよね!?怒られるの私なんですけど!?」

 

振りほどきたいのに、そこは下層エージェント。力が強すぎてされるがままだ。

……何か、音が聞こえる。しかも移動するにつれて近付いてる。

機械音。例えるなら歯医者さんで聞こえるキュイーンという音に似てる。

嫌な音だ。こんな音、研究所の廊下で聞いたことない。

考えてみると、何故下層エージェントのユージーンさんがこの中層にいるの?しかもあんなに急いでいた理由をまだ聞いていない。え、まさか。

 

「ユージーンさん、あの、もしかしてそのアブノーマリティ、脱走してるとか。」

「そうだよ?さっき警報あったよね?あ、収容室内にいたから聞こえなかったのか。」

「本当にちょっと止まってくれません!?」

 

ユージーンさんの言葉に私は足を止めた。しかし依然として引っ張る力が強い。引きずられる。

廊下を滑る私の靴底はすり減って無くなってしまうかもしれない。そうしたらユージーンさんのせいだ。

なんて。くだらないことを考えている場合ではない。内心私の頭はパニックだった。

下層エージェントがわざわざ来るほどのアブノーマリティ。それが脱走しているという現状と、そこに向かっているという状況。危険しか感じないのは間違っていないだろう。

 

「待って!!本当に止まって!!怖い!!無理です!!」

「大丈夫!大丈夫なアブノーマリティだから!」

「大丈夫って……わっ、うっ……。」

 

急にユージーンが止まって、その背中に顔をぶつけた。変な声が出る。

さっきから引っ張られて連れていかれて。更には急に止まられてやられ放題だ。

流石に怒ろうと前のユージーンさんを睨んだ。が、声は出てこなかった。

声を出す前に見てしまったからである。

赤い、鎌。

ユージーンさんの背景にそれは見えている。

鎌には細長い鉄棒がくっついて、その棒の伸びる先には、白の球体。

その球体には鎌とは不釣り合いの可愛らしいスマイルフェイスがあった。

反射的に後ろに下がるも、腕はユージーンさんに捕まってる。

 

「あっ……あの、あの、ユージーンさん……。」

 

震える声でユージーンさんに助けを求めるも、彼はこちらを振り返らない。

 

「久しぶり。やっと会えたね……。ヘルパー。」

<周囲60%の汚染確認。クリーニングプロセスを続行します。>

「相変わらずだなぁ。今日は君に紹介したい人がいるんだ。」

「うわっ……!?」

 

ぐいっと引っ張られて、前に出された。

嘘でしょ。

目の前に、鎌がある。赤い鎌。違う。赤いのではない。あれは赤い何かがついているだけだ。

何かなんて、考えなくてもわかるわけで。

心臓が煩い。身体が変な熱を持つ。それなのに頬を流れる汗が冷たい。

恐怖で何も出来なくなる。

 

「あ……あっ……!」

 

鎌が、目の前に、ある。

 

「や、やだっ……。やめてっ……!助けてっ!!」

 

強く目をつむった。

次の瞬間、大きな音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩室に向かおうとダニーが廊下を歩いていると、前から見知った顔が歩いているのを見つけた。

しかしなんだか様子がおかしい。普通に歩いているように見えるが、明らかに足どりがおぼつかない。

顔色もいいとは言えないその人にダニーは駆け寄った。

 

「アネッサさん、どうしました?」

「ダ、ダニーさん……。」

 

アネッサの身体を支えようとダニーは手を伸ばしたが、それは軽く避けられてしまった。

不思議に思って彼女を見ると、にっこりと笑顔を向けられる。

 

「……ダニーさん、休憩時間ですか?」

「あ、はい。アネッサさん、どうしたんですか?」

「私も、休憩なんです。良かったら一緒に行きませんか。」

「……アネッサさん?」

「パスタの美味しいお店があるんです。一緒に外に行きましょう?」

 

噛み合わない会話にダニーは不自然さを覚える。

そんなダニーをお構い無しにアネッサはグイグイと腕を引っ張ってくる。

 

「……この間のお礼、させてください。話したいこと沢山あるんですよ。」

 

しかし彼女のその言葉で、ダニーは全てを察した。

 

「……お礼なんていいですよ。でも、美味しいパスタには興味あります。行きましょうか。」

 

 

 

※※※

 

 

 

 

堅苦しいスーツからわざわざ着替えた二人は、アネッサの言うお店へと向かっていた。

 

「こっちの道から行きましょう。」

 

アネッサは人気のない路地裏を指さした。

 

「近道なんですか?」

「いいえ。とんでもなく遠回りなんです。」

「それはいいですね。」

 

ダニーは楽しそうに笑った。そんなダニーの様子に対して、アネッサは少しも楽しくなさそうに口を動かす。

 

「ダニーさんに、聞きたいことが沢山あるんです。」

「おや、話してくれるのはアネッサさんなのでは?」

「ふざけないでください。言いたいこと、わかるでしょう。」

「怒らないでくださいよ。そうですね、まずお礼を言わなければ。携帯をハッキングしてくれて、ありがとうございました。」

 

ダニーはその場に立ち止まって深々とお辞儀をする。

その皮肉にアネッサは顔を顰めた。

 

「全部、計算されてたんですね。」

「アネッサさんの力を借りれたらとても助かりますから。俺なんかじゃ会社の企業データを探るなんて出来ないので。」

「私だって、無理ですよ。」

「ご謙遜を。」

「……やっぱり貴方は苦手だわ。」

「知ってますよ。入社当時から距離置かれてましたもんね。」

「あの時は後輩らしくない後輩が入ってきたものだと思ったわよ。」

「ははっ、その節はお世話になりました。」

「何もお世話なんてしてないわ。貴方の教育係は断ったもの。」

 

笑うダニーにアネッサはうんざりする。

 

「それで、聞きたいことってなんですか?」

 

ダニーの言葉に、アネッサは一度口を閉ざす。

聞きたいことが多すぎて、なにから言えばいいかわからない。

会社のことをどこまで知っているのか。何をしようとしているのか。自分に何をさせようとしているのか。

けれど、今一番気になっているのはやはり先程の事だった。

 

「……リリーっていう、社員を知ってる?」

「リリー?」

 

ダニーはアネッサに聞き返す。それは演技しているようには見えない。本当に知らないのだろうか。

 

「本当に、知らない?」

「……何があったんですか。」

「さっき、管理人室に行ったの。そこでリリーって社員に会ったのよ。その人……。」

 

言うのを迷って、アネッサはもごもごと口を動かす。

それをダニーはじれったく思って、アネッサを急かした。

 

「なんです?早く言ってください。」

「……その人、ユリさんだったの。」

「……は?」

「正確には、ユリさんと同じ顔で、体格で、声の女の子だったの。」

「そ、……それは、ユリさんだったのでは……。」

「有り得ない。だって私、その数分前に会社の外に行くユリさんに会ったのよ。」

 

ねぇ、とアネッサは言葉を続ける。真っ直ぐとダニーを見る。

 

「……何が、起こってるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








前書きでも書きましたが、コメントありがとうございます。
あのただ思うんですけど
そんなに作者甘やかさなくてもいいですよ!?!いやすっごい嬉しかったけど本当に本当に皆さん優しすぎて……!!

皆さんが優しいのは知ってるので、「おかえりー」とか「やっと来たかー遅いわ笑!」とか言ってくれそうだなとかは予想してました。

そして前回のコメントで多かった「無理しなくてもいい」「待ってました!おかえりなさい!」「気が向いたらで投稿いいですよ」
えっ泣くんですけど。てかまじでうるっときたんだけど。
ありがとうございます……本当に。人に恵まれてるなって実感しました……。不定期更新はどうしても直りそうにありませんが、せめて今回の回はスピードよく投稿したいです。頑張る。



ここからはどうでもいいあとがき。

あの、LobotomyCorporationの会社さんから新作でるじゃないですか。新情報のバトル風景の動画見たのですが随分LobotomyCorporationから変わるんですね……なんかスマホゲーみたいになってて困惑。面白そうですが、なんか、あの、人外要素無くなってる……?(震え声)

困惑と言えばポケモンも新作でるじゃないですか。え?ポケモンめっちゃでかくなるんですか?今回。
モンスターボールもでかいんですか?

それもうポケットモンスターじゃなくてモンスターじゃない??

しかしでかいピカチュウにダイブしたいのは私だけじゃないよね?いやチルタリスがいいな。もふもふ。
あースイッチほしいです。ポケモンも牧場物語もやりたい……。

宝くじ3億当たらないかなー(´σ `) ホジホジ



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Little Helper_4

アネッサの真っ直ぐな視線は、ダニーを責めているようだった。

ダニーは頭を抱える。同僚のエージェント、ユリ。彼女と同じ姿形を持つ人物の存在。

似ている人物は世界に四人はいる。そうは言っても、顔も、体格も、身長も、年齢も、声も全てがそっくりだなんてこと、四分の一の確率でもあるのだろうか。

 

「……整形、でしょうか。」

「顔や体はそれで説明がいくけど、声は無理でしょう?それにどんなに腕のいい医者でも、全く同じなんてできるの!?」

 

責め立てるアネッサにダニーは苛立った。

そんなの聞きたいのはこっちの方だ。

現代の技術がどんなに発展していても、全く違和感なく同じ人間を作ることなどできるのか?

元々の土台が似ていれば別かもしれない。

しかし声は?声帯をいじることは出来ないだろう。

考えれば考えるほどわからなくなる。本当に、何が起こっている?

 

「何か心当たりはないの?」

「そんなのありませんよ。あのAIだって変な動きは……あ……?」

 

その時、ひとつの記憶が過ぎった。

 

数週前の業務中。

一人のエージェントがユリの肩を叩いた。

振り返るユリ。

エージェントは笑う。『肩にゴミがついていたよ。』『あぁ、髪にも。』『あっ、ごめん!間違えて髪を引っ張ってしまった……。』

 

その光景を見たダニーは、管理人室に向かった。

そして問いただす。今度は何をするつもりなのかと。なにを企んでいるのかと。

 

 

……『彼女の髪の毛の採取は、なんのためですか?』。

 

 

〝髪の毛の〟〝採取〟

ダニーの頭に、ひとつの考えが浮かぶ。

その考えに、顔の血の気が引いた。それは恐ろしい考えだった。

似ている人物は世界に四人はいる。そうは言っても、顔も、体格も、身長も、年齢も、声も全てがそっくりだなんてこと、四分の一の確率でもあるのだろうか。

難しいだろう。しかし、似ているのでないのなら。

もしも、〝同じ〟だったのなら?

答えを決めつけるには材料が少なすぎる。それにあまりにも突飛な考えだ。

もっと別の可能性を考えるべきだろう。わかっている。常識的に考えて、そんなことは有り得ないはずなのだ。

それなのに、ダニーの頭にはそれがぐるぐると回る。消しても消しても消えてくれない。靴底についたガムのように、彼の考えを妨げる。

 

「……クローン。」

「へ?クローン?」

「似ている、のでは無く。同じだったのなら。合点がいきます。」

「何言ってるの?……そんなこと、あるわけ。」

「あるわけないと、言えますか?」

「完全な人間のクローンをつくるのは、あまりに危険よ。今の技術では難しいでしょう。」

「危険を顧みなければいいのでしょう。」

「……は?」

「危険でも、失敗してもいい。何度繰り返してもいい。その前提で行えば、何百回……いや、何千回に一回は、完全なクローンを作ることができるんじゃないですかね。それを行う莫大な費用も、この会社なら用意してみせるでしょう。」

「倫理的な問題だって……。」

「この会社に倫理?笑わせないでください。」

「それは……。」

「〝恐怖に立ち向かえ〟と会社は言っています。その恐怖をアブノーマリティのみだなんて、一言も言っていない。」

 

自身の口からスラスラと言葉が出てくる。

そうであってはいけないと分かっていながら、簡単に予想がついてしまう。

 

「だとしたら!一体なんのために……。」

「それはわかりません。けど予想はつきます。彼女と同じ体質を持つ人間が増えたら、それはもう楽になることこの上ないでしょう。」

「それはそうだけどっ……。でもそんなのっ、ユリさんが可哀想だわっ……!」

 

ダニーも勿論、そう思う。

自分と同じ存在が作られる。それはまるで〝代わり〟を作られてるようだ。

いなくなっても代わりはいる。責任や背負うものは軽くなるのかもしれない。けれどそれは、そういう問題ではないだろう。

可哀想どころではない。残酷だと思う。

 

「ユリさんに知らせなきゃ!ダニーさん、一緒に説明してもらえる?」

「……いや、それは少し、待ってください。」

「は?」

 

ダニーの言葉に、アネッサは怪訝な表情を浮かべる。

 

「何故?早く知らせてあげるべきでしょう?」

「急に、〝あなたのクローンを会社が作っています〟なんて言われたら混乱させるでしょう。最悪退社を考えられるかもしれない。それは、避けたいです。」

「何言ってるの!?混乱は、そりゃあするでしょう!でもこのままじゃなにが起こるかわからない!!辞めるのだって、ユリさんの自由よ!!」

「ユリさんが辞めてもいいと、本当に思ってるんですか?」

「え……。」

「ユリさんのおかげで、業務はかなり楽になってます。職員の死亡率もかなり減った。俺は、彼女に辞められたら困ります。」

「だから何も言わないの?何も教えないの?一番巻き込まれてるのは、ユリさんなのにっ!?」

「何か起こったら勿論助けます。だからそれまでは……。」

「何か起こってからじゃあ遅いのは、貴方だってよくわかってるでしょ!?」

 

アネッサはダニーの言葉に激怒した。

何を言ってるんだ、この男は。

取り返しのつかないことが、この会社では日常茶飯事だ。

何度だって見てきた。笑顔の消える新人、心のすり減った同僚。身体を失う先輩。いなくなる、仲間。

それを見てきながら沈黙しろとこの男は言うのか。

 

「彼女に辞められては困ります。この会社で働くのに、時にはモラルだって捨てなければいけない。貴女ならわかるでしょう。」

「……貴方は本当に、何がしたいの?会社が、嫌いなんでしょう?会社を探っているのでしょう?なら、どうして仲間よりも会社のことを優先するの?」

「……まだ、俺にはやらなきゃいけない事がある。それを終えたら、この会社をぶっ潰すつもりです。けどそれが終わるまでは潰れては困る。」

「やらなきゃいけない事って、何?」

「……。」

「言えないってわけね……。で、その言えないような事のために、ユリさんを利用するってこと?」

「それは……。」

「最っ低。あなたの評価を改めるわ。このクズ野郎。」

 

暴言を吐き捨てて、アネッサは踵を返した。

早足で遠のくその背中に、ダニーは叫び声をあげる。

 

「いいのか!彼女がいなくなったら死亡率は確実に上がる!!貴女や俺だけじゃない。貴女の大切な人だって死ぬかもしれないんだぞ!!」

 

ダニーの言葉に、一瞬アネッサは足を止める。

しかし振り返らずに、また歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、私もあの機械を触りたい。

どうすればいいのだろう。他のは触らせてくれるが、彼はその機械だけは触らせてくれなかった。

 

『もうロボットの送り先は決まっている。』

 

彼はそう言っていた。まだ発売すらされていないのに?

 

『君は必ず彼女のもとへ送られなければならない』

 

 

────製品説明書3ページ〝お手入れの仕方〟右横の落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い鎌を目の前に、強く目をつむる。

次の瞬間、大きな音がした。

ガキンッ、と金属がぶつかる音。驚いて目を開けると、美しい水色が視界に入る。

 

「ア、アイ……。」

「全くもうっ!だからさっき、一緒にいるって言ったじゃないっ!!」

 

アイが、目の前にいた。

私と機械の間に立つアイは、私の方を見ないけど少し怒っているようだ。

先程のレティシアのプレゼントから護ってくれた時、一緒にいてくれるのを断ったこと。それを指摘してるのだろう。

アイが来てくれたことに、一気に安心してしまう。しかし一日に二回も守ってもらった事実に情けなくなって、肩を竦めた。

 

「ごめんねアイ……。こんなつもりじゃ……。」

「今度からちゃんと頼ること!わかった?私は、ユリの魔法少女なんだからっ!」

「はい……。」

「わかったらいいの!……で、あなた、なんなの?私のユリを傷つけるなら……許さないわよ。」

<……>

「……?」

 

機械の様子が、なんだかおかしい。

 

<クリーニングプロセスを停止します。>

「え?」

 

その言葉を聞いて、アイの横から機械を覗き見る。

機械はその鎌を、球体の体にしまった。

残ったのは球体だけ。球体を支えるように小さな二本足が伸びている。

球体の顔は変わらない。真っ赤なボタンのような目が2つ、じっと私達を見つめて笑顔を浮かべている。

 

<あなたのお供、ヘルパーロボットだよ!>

 

「え?え?」

 

<何をお手伝いしようかな?>

 

機械はそう言った。大人しくなったそれに私は困惑する。アイもキョトンと、その大きな瞳を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







更新飛ばしすぎじゃあない?
自分でも思います。ただね、推薦してもらって嬉しかったの。嬉しすぎて書いちゃった。
何が言いたいかと作者調子乗ってますふぅぅぅう!!

推薦!!!本当に!!!ありがとうございます!!!!
これからも頑張ります!!泣きそう!!

今回ヘルパーちゃん少なくてすみません。
でも次は放課後ティータイムになる予定なので許してください。

アイちゃんだしすぎじゃね?って思われる方も多いと思いますが、仕方ないんです。声に魔法かけちゃったから来ないとおかしいんです。いや決して百合が好きとかそんなんではry



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Little Helper_5

機械はその赤い目でじっとこちらを見てきた。

動く気配もなく、どうしたらいいかわからない私は助けを求めてユージーンさんを見る。

するとユージーンさんは楽しげにこう言ったのだ。

 

「へぇ、面白い。じゃあコーヒーでも煎れてよ。」

「ちょっと!ユージーンさん!?」

 

軽率に言うユージーンさんを慌てて制する。

だがやはり機械は動かないままで、私は安堵した。

 

「うーん反応無しか……。ユリさんも命令してみてよ。」

「嫌ですよ!?なに起こるかわからないし……!」

「でもさ、さっきだってユリさんの〝やめて〟に反応したんだし、もしかしたらユリさんの言うことなら聞くんじゃあない?」

「そ、そうなんですか……?」

 

確かに機械を目の前にした時、『やめて』と言った。

止まってくれたのはそのおかげなのだろうか。

 

<ぼくになにか出来ることはない?>

 

機械の目は無機質なのに、何故か私を見ているように見える。

戸惑っていると、アイに手を握られた。彼女を見ると優しく笑っている。

 

「何かあったら助けるから、お願いしてみたらどう?敵意は感じられないわ。」

「そうかな……そ、それじゃあ……コーヒーを煎れてくれる?」

 

ユージーンさんのお願いを真似したのだが、すぐにここにはコーヒー豆もお湯もカップもないことに気がついた。

訂正しようとしたが、その前に機械が反応する。

 

<クッキングプロセスを開始します。コーヒー抽出中……。3……2……1……。コーヒーが抽出されました。>

「ええっ!?」

 

球体からまたなにか出てくる。しかし今度は鎌ではなく、アームのようだった。

アーム先に握られてるのは紙のコップ。白い湯気がたっている。

コーヒーのいい香りが辺りに漂い、アイはすんすんと鼻を動かした。

 

「いい匂い!」

<美味しいコーヒーをどうぞ!>

 

差し出されたコップを受け取る。中には黒い液体。

本当に、コーヒーだ。けれど流石に飲むのを躊躇ってしまう。

アブノーマリティが煎れた、どこから出したかわからない飲み物。

持ったまま硬直してると、ユージーンさんにコップが奪われた。

ユージーンさんはなんの躊躇もなくコーヒーに口をつける。

 

「えっすごい旨い。」

「嘘!?」

「本当。ユリさんも飲んでみなよ。というか、もう一杯煎れて欲しい。」

<他に何か出来ることはある?>

「えっと、じゃあもう一杯コーヒーを煎れてくれるかな?」

 

先程と同じように機械が動き、すぐにコーヒーを出してくれた。

私も飲んでみる。

美味しい。すごく美味しい。今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しいかもしれない。

苦味と酸味がちょうどいいバランスで、飲みやすいうえに、飲んだあともコーヒーの香りを強く感じる。

温度もちょうどいいのでごくごくと飲んでいると、アイが私の袖を軽く引っ張った。

 

「ユリ……、私も……。」

 

ねだる姿は、計算されたように完璧な可愛らしさだった。

思わず笑ってしまう。自然と手は彼女に紙コップを差し出していた。

 

「飲んでみる?」

 

そう聞くと嬉しそうに頷いたので、アイに紙コップを渡した。

よく考えるとアイにも新しいものを渡してあげればよかった。紙コップにはわたしのリップの赤がくっきりとついている。

しかしアイは特に気にすることも無く、コーヒーに口をつけた。赤に重なる彼女のリップは子供っぽさを残すピンクで。女の子同士だというのに私は少し恥ずかしくなってしまう。

 

「っ!?に、にがーい!!何これ!!」

「ああっ!コーヒー苦手だった!?」

 

アイは顔を顰めてぺっぺっとコーヒーを吐き出す。

飲んだこと無かったのか。気がついてあげればよかった。

慌ててティッシュで汚れた口を拭いてあげる。瞳は涙で揺れていて、まゆは情けなく垂れていた。

 

「ごめんね!?せめてミルクと砂糖いれてあげれば……、」

<ミルクとお砂糖を用意しますか?>

「そんなことも出来るの君!?」

 

私の言葉にいち早く動いた機械が、アームでシュガースティックとポーションミルクを渡してきた。

ポンと私の手のひらに乗せられたそれらに唖然とする。本当にこの機械の中はどうなってるんだろう。

 

「あ、ありがとう……。でも多分コーヒー苦手な子には砂糖とミルクひとつずつじゃ足りないかな……。あ……。」

 

もし、ここまでできるなら。

 

「ねぇ、砂糖多めのカフェオレって作れる?無理ならいいんだけど……。」

 

ダメもとで言ってみたが、機械は動き出した。

まさかとは思う。だが、期待もしてしまう。

ミルクも砂糖もいえば用意してくれたのだ。最初から入れてもらうことくらいなら出来るかもしれない。

そしてまたすぐに差し出されたコップ。しかし今度は柔らかいブラウンの液体が入ってる。

味見で少し飲んでみると、まろやかで味もジュースのように甘い。

これならアイも飲めるかもしれない。

期待通りに仕上がったそれに感動を覚える。アブノーマリティと言えど、これは機械なのだ。機械がここまで出来るなんて。

 

「アイ、これなら飲めるかも。どうかな?」

 

ブラックをカフェオレと交換する。

先程のこともあってかアイは飲むことを躊躇った。

私が安心させるように笑うと、恐る恐るながらも素直に口をつけるアイ。しかし嫌そうな顔は直ぐに笑顔になった。

 

「甘くて美味しい!これなら飲めるわ!」

 

気に入ったらしく、先程の苦味を消すようにごくごくと飲むアイ。

唇にブラウンが薄らとのって、それすら小さな舌でペロリと拭うものだから笑ってしまう。

 

「よかった。機械の君、ありがとう。えっと……名前は……。」

<あなたのお供、ヘルパーロボットだよ!>

「ヘルパー君、ね。コーヒー美味しい。ありがとう。」

「機械にお礼言うなんて珍しいね、ユリさん。」

「え……あ……そうですよね……。」

 

ユージーンさんに笑われて恥ずかしくなってしまう。

そうだ。どんなに有能で、流暢に話していてもヘルパー君は機械で。感情なんてないはずなのだ。

犬や猫に同じように話しかけることがあるので、その癖が出てしまったんだろう。まるで子どもだ。

 

「こっ、この子って、アブノーマリティなんですか?」

 

恥ずかしさを隠すために慌てて話題を変えた。

 

「そうだよ。さっき話したよね?〝リトルヘルパー〟。父さんが執着してたロボットだよ。」

「えっ!?この子が!?」

「そう。収容違反してるって聞いて急いで駆けつけたんだ。ユリさんに紹介出来たのはタイミング良かったなぁ。」

「無理矢理連れてこられただけですけど……って!!そうだ!!仕事!!」

 

タブレットを確認すると、何度も作業指示がきている。

内容はオーケストラさんへの作業だ。こんな所で油を売ってる場合ではない。

 

「私、オーケストラさんのとこ行かなきゃっ!!ユージーンさん後のこと任せますね!!」

「待って待って。俺もレティシアのとこ行かなきゃなんだよ。作業指示でていてさ。」

「でも、リトルヘルパーの鎮圧の仕事中なんですよね……? 」

「ちがうよ?勝手に来ただけ。」

「嘘ですよね!?」

 

呆気からんと言うユージーンさん。信じられない。

この人はこのアブノーマリティの為に、指示された仕事を放って下層からわざわざ来たのか。

 

「ヘルパー、ユリさんの言うことしか聞かないみたいだからさ。収容室に戻るように指示してよ。」

「いやいや!無理ですよ!」

「やってみなきゃわからないよ?ほら、物は試しって。」

「ええー……。じゃあ、えーと、ヘルパー君。元のお部屋に戻ってくれる?」

 

なんて言っても、聞いてくれないだろう。

そう思っていたのに。

 

<クッキングプロセスを終了。スタンバイに入ります。また用があればよんでね!ヘルパーロボットはいつでも君の力になるよ!>

 

「本当に戻った!?」

 

ヘルパー君はアームと足を伸ばして、そのままクルクルと車輪のように元の方向へ戻っていってしまった。

それはすごいスピードで、あっという間に見えなくなる姿に私は信じられないような気持ちになる。

 

「よかったー。ユリさんありがとう。じゃあ、またね。」

 

驚いてる私を構わずに、ユージーンさんは手を振って去っていってしまう。

それを黙って見ていると、隣のアイが「なんだか自由な人ね。」と呟いた。全く同感だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり使えるな。あの体質。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ!わからないわからないわからない!!

どう考えても、機械の構造がわからない!!!

機械を触らせて貰えると言っても、表面的な部分だけだ。内部だって、あのコードの山で見ただけではどうなってるか詳しく分からない!!

もっと、深部を知らなければ。

……そのためには、触るしかない。

実際に触るしか、ないのだ。

 

しかし機械は完全に音声認識による取り扱いになっている。

内部を見るにしろ、シャットダウンして外部を開けなければならない。

繋ぎ目ひとつ見えないあのボディを開けるには……?

 

『君は特別な存在だ、彼らに特別なプレゼントを贈る事ができる』

 

彼は言っていた。なら、あの特別を触るには。

 

 

 

 

────製品説明書2ページ〝注意書き〟上の落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは次の日のこと。

いつも通りの業務開始。しかし研究所内に二人の女性の叫び声が響き渡った。

 

 

〝対象:リトルヘルパー(T-05-41-H)作業内容:特別作業(対象の解体と観測)〟

 

〝今回の作業は三人体制で行うこと。〟

〝メンバーは以下三名〟

 

〝コントロールチーム:アネッサ〟

〝中央本部チーム2:ユリ〟

〝抽出チーム:ユージーン〟

 

〝随時送られてくる指示に従い速やかに作業を行うように。〟

 

「は……」

「はぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新再開したくせにあまりにアブノーマリティを出てないので急いで仕上げました。

なので後ほど文章の編集入れるかもです。内容は一切変わりませんのでご安心を。
(2019/08/21 文章の編集を入れました。)


次回は捏造てんこ盛り。リトルヘルパーの解体作業ヒュードンドンパフパフ!!
実はこれを書きたくてユージーンは生まれました。


ちなみに。ヘルパーちゃんがコーヒーいれるの上手いのは公式です。情報読んだ時は????ってなったよね。可愛すぎぃ……。

あとわかりにくいと思ったので、レティシアからここまでの時系列です。
なんか長くなったので別にわかるよ気にしないよって方はスルーしてください。

【1日目】
①ユリちゃんレティシアの作業命じられる
②ユリちゃん行く途中にユージーンに会う
③ユリちゃん作業する何もわからず。というか鬱になる。
④ペストさんに慰められる
⑤回\\\ ٩( 'ω' )و ////復

【2日目】
①ユリちゃんレティシアの作業に行く。仲直り。
②プレゼント()受け取る
③ユリちゃんイェソドにプレゼント渡す
④何故かプレゼントがユリちゃん追っかける
⑤プレゼントがパーン!ユリちゃんピンチ。
⑥憎しみの女王が助けてくれる。そして別れる。
⑦ユージーンに会ってヘルパーの話聞く。アネッサとも会う。
⑧ユリちゃんハンバーガー買う。
⑧アネッサ管理人室へ。リリーと会う。
⑨ユリちゃんとペストさんがハンバーガーを食べる
⑨アネッサとダニーが会社外へ。二人で話す。
⑩ユリちゃんとユージーンがヘルパーに会う。別れる。
⑪ユージーンがレティシアの作業へ。そこでプレゼントもらってプレゼントボコボコ事件。

【3日目】
⑫ヘルパー解体作業指示←今ココ


長くなってすみません。


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Little Helper_6


※普段以上に捏造の多いお話になります。








その日、空は珍しく雨雲に覆われていた。

こちらに来てからは比較的晴れが多く、雨が降ったと言っても通り過ぎるくらいのものであったので、この重苦しい、湿気のまとわりつく気持ち悪さは久々の感覚だった。

歯を磨きながら天気予報を確認する。予想通り雨マークだが、その横に雷マークも添えられていた。

これは本格的な雨になりそうだ。台風の時に買った、重く硬い傘を片手に出社した。傘のかかる左手が妙に重く感じて、思えばこの時から私は嫌な予感がしていたのかもしれない。

 

 

※※※

 

 

しかし、その予感がこんなにも早く当たるとは誰が予想しただろうか。

業務開始と共に送られてきたメッセージ。思わず二度見してしまうほど、その内容は信じられないものであった。

 

〝対象:リトルヘルパー(T-05-41-H)作業内容:特別作業(対象の解体と観測)〟

 

「は……。」

 

〝今回の作業は三人体制で行うこと。〟

〝メンバーは以下三名〟

 

〝コントロールチーム:アネッサ〟

〝中央本部チーム2:ユリ〟

〝抽出チーム:ユージーン〟

 

〝随時送られてくる指示に従い速やかに作業を行うように。〟

 

「はぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

思わず叫んだことにより、周りのエージェントさん達がビクッと肩を揺らした。

しかしこの会社では叫ぶことが日常茶飯事なこともあってか、皆足を止めずに通り過ぎて行ってしまう。

教育係のダニーさんにどういうことか聞こうとするも、彼は今日は休みだった。タイミングが悪すぎる。

作業はわかる。観測もわかる。三人での作業で、何故かエージェントが上層・中層・下層メンバーが揃えられたのも、百歩譲ってわかるとする。

 

〝解体〟って、なんだ。

 

アブノーマリティって、解体できるものなのだろうか。

それは、危険極まりないことなのではないか。

疑問はいくつも浮かぶが、指示はそれ以上送られてこない。

仕方なく私は指示された収容室に向かう。

もしかしたら私が知らないだけで、こういうことは過去にもあるのかもしれない。

ならばベテランエージェントであるアネッサさんとユージーンさんに聞いた方が早いと思ったからだ。

 

と、思っていたのは収容室前で項垂れてるアネッサさんを見て打ち消された。

 

「アネッサさん……?」

「あ……ユリさん……。指示されて来たのよね……。もう、嫌な未来しか見えないのだけど……。泣きそう……。」

 

落ち込んでるアネッサさんにかける言葉がない。泣きそうと言いながら、彼女はもはや泣いていたからである。

その様子に私も不安が一気に込み上げてくる。やはりこれは有り得ない指示なのだ。

 

「なんで突然、解体なんでしょう……。訳分からないですよね……。」

「……正直。予想はついてるのよ。」

「え?」

「絶対、絶対あの馬鹿のせいだわ……。絶対そう。あの、ヘルパー馬鹿のせい……。」

「ば、馬鹿?」

 

普段のアネッサさんからは考えられないような単語が出てきて、驚いてしまう。

ヘルパー馬鹿、とは。

もしかしてとよぎる考え。つい昨日、業務をほっぽり出してまで下層から中層はまで収容違反したアブノーマリティを見に走ってきた彼。

その行動は、言い方は悪いがちょっと馬鹿だと思う。

だからと言って、ユージーンさんが原因と決めつけるのは早すぎるので、私はなんとかアネッサさんを慰めようとその丸まった背中を撫でたのであった。

と、そこで廊下の向こうから大きく手を振る影が見えた。

影はおーい、と明るい声を出して私たちに近寄ってくる。誰とは言わずもかな、ユージーンさんだった。

 

「二人とも早いね!」

 

ユージーンさんは重そうな工具箱をなんてことなさそうに片手で持っていた。

そんな工具箱、テレビや業者の人の荷物でしか見た事のない私は凝視してしまう。

その視線に気がついたユージーンさんは腕を前に出して、工具箱を私達に見せつけた。

 

「今日はよろしく!じゃあ入ろうか!!」

「やっぱり貴方が原因ね!?このっ、ヘルパー馬鹿!!」

「まっ、待ってくださいアネッサさん!!まだユージーンさんが原因とは……。」

「巻き込んで悪いとは思ってるけど、どうしても二人の力が必要なんだよ。」

「本当にユージーンさんのせいだった!?」

 

騒ぐ私たちを横目に他のエージェントさん達が通り過ぎる。

アネッサさんが喧嘩腰にユージーンさんの胸ぐらを掴み、ユージーンさんは軽く笑い、私はそれを止めようと慌てるも何も出来ずにいた。

 

『ちょっとちょっと!何喧嘩してるの!』

「あっ!?Xさん!?」

 

そのやり取りを止めたのはインカムからの声だった。

呆れた様子のXさんが、ため息をついてから話し始める。

 

『三人とも落ち着いて。業務中ってこと忘れないでね。』

「えっ……、ど、どなたですか……?」

『あぁ、君と話すのは初めてだったねアネッサ。俺はこの研究所の管理人。いつも作業指示を出してるのは俺だよ。』

「管理人……!?失礼しました!!」

 

アネッサさんは慌ててユージーンさんの襟を離す。そしてあたかもそこにXさんがいるようにペコペコと頭を下げる。

ユージーンさんはそんなことよりも自分の襟を整える方が優先のようだった。

 

 

『いいよ。いつも作業ありがとうね。さてと、今回は特別任務だから、口頭での説明をさせてもらうよ。』

 

Xさんは今回の作業について、三つの指示を提示していた。

まず、リトルヘルパーの解体。

これはユージーンさんが筆頭に行うらしく、彼が工具箱を持ってきたのもそのためらしい。

そして、リトルヘルパーの観測記録の保存。

専門知識が必要である筆記での記録はアネッサさん。

カメラさえあれば誰でも出来る映像での記録は私。ということらしい。

カメラはユージーンさんの工具箱に入っているらしく、後で渡されると言われた。

最後に、対象を壊すことは避けるように。ということだった。

それだけは絶対にあってはいけないと強く念をおされる。

それは管理人として、当然の心配なのだろう。

しかし私達よりもあからさまにアブノーマリティを優先しているその態度は鼻につくものがある。

それは二人も同じようで、アネッサさんは苛立った表情をし、ユージーンさんはうんざりしたように顔を顰めたのだった。

 

『エージェントユージーン、今回のことは自分から提案してきたんだから、成果を期待してるよ?』

「……わかってます。」

『じゃあよろしくね。モニターで見てるから。』

 

インカムからの声が途切れると、私達の間に微妙な空気が流れた。

先程まで、アブノーマリティへの恐怖やらユージーンへの怒りやらで熱くなっていた頭は、Xさんの言葉で冷水を浴びたようになり。

冷静になった頭の中には、Xさんからの理不尽な扱いへの怒りを覚えていた。

重い沈黙を破ったのは、さて、とユージーンさんの声。

 

「作業、しようか。」

「……そうね。こうしてても仕方ないし。」

「……はい。えっと、Xさんの話だとお二人は機械に強いんですか?私、全然知識とかなくて……。」

「実は俺達は元々、別の会社の同じ部署で働いてたんだ。そこがロボットとか機械の開発だったからね。こういうのは結構得意だよ。」

「えっ!そうなんですか!すごいですね!!」

 

開発の仕事なんて、私にとって未知の世界だ。

ロボットなんて近未来な言葉に夢を感じてしまう。少し声のトーンが上がってしまった。

アネッサさんは苦笑する。

 

「アブノーマリティ相手にそれが通じるかわかないけれどね……。」

「まぁ、やってみよう。ユリさんは知識がないなんて気にしないで。その代わり別でやってもらいたいことがあるんだ。」

「なんですか?」

「ヘルパーを、シャットダウンさせて欲しい。」

「え?」

 

ユージーンさんが言うには、解体するにしても機械が動いていてははじまらない。

けれどリトルヘルパーは業務時間中常に動いているらしく、しかし電源ボタンなどは見当たらないという。

どうシャットダウンしたらいいのかわからない。

恐らく、音声認識による電源管理だろうというのがユージーンさんの予想だった。

スマホなどに搭載されるAIアシスタントと同じで、自然言語処理を用いて動いているのだろうと。

そこで私の力が必要になる。

先日廊下でのやり取りから、リトルヘルパーは私相手にのみ音声認識をする。

それがどういった理由かはわからないが、私の声でならシャットダウンが可能なのではないかとユージーンさんは考えた。

 

「つまり、私はリトルヘルパーにシャットダウンするように言えばいいだけなんですか?」

「うん。後は傍にいて欲しいかな。いつ何が起こるかわからないけど、ユリさんの〝やめて〟にヘルパーは反応してたから。万が一ヘルパーが暴走したら止めて欲しいんだ。」

「で、出来るでしょうか……。」

「何かあったら、私が守るわ。」

「俺も守るよ。伊達に下層エージェントやってないからさ、信頼してて。アネッサもね。」

「あら、私貴方に守られるほど弱くないわよ。」

「ははっ、頼もしいなぁ。」

 

笑い合う二人は、とても仲が良さそうに見えた。

二人の強い瞳に不安が遠のくのを感じる。私は自分の弱さを隠すように、強くわかりました、と返事をした。

 

「二人とも、巻き込んでごめん。」

 

ユージーンさんは急に真剣な顔で私達を見る。

 

「どうしても二人の力が必要なんだ。俺一人じゃあ出来ない。危険だってわかってる。でもどうしても、俺はヘルパーのことを知りたいんだ。父さんが家庭や命を捨ててまで執着した機械のことを、俺は知りたい。」

 

その表情が、夢を見ている少年のような純粋な顔で、私達は何も言えなくなる。

 

「……行こう。」

 

ユージーンさんは工具箱を持って、収容室の扉を開けた。先頭になって中に入っていく。

私とアネッサさんはその後ろを着いていく。返事はしなかったが、私達は二人とも、同じことをユージーンさんに思っただろう。

 

いやそれは、巻き込む前に言って欲しかった!

 

そしたら私達も、朝一番で叫ぶことなく、こうしてここに立っていただろう。

本当に自由な人だと、私とアネッサさんは顔を見合わせて苦笑いしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は今日楽しそうに笑っていた。

機械にパターン認識機能を搭載したらしい。

それの何が笑顔にするのだろうか。パターンを記憶し、それに基づいてAIの機能向上を図るのはよくあることだろう。

 

彼の機嫌がいい時にその理由を聞いてみた。

すると

 

『この機械はこれから学ぶんだよ。』

『悲鳴を聞けば聞くほど、それはもっとやって欲しいという賞賛だって』

『涙はアンコールの拍手代わりだって』

『学んで、成長する。』

『いい気味だ。私を裏切ったあの女が叫んで、泣いて、より苦しみを機械に強請るんだ。』

『こいつに感情があれば、誇りに思うだろうよ。人の役に立てるってな!はははっ!!』

 

彼は弁当のトマトを食べながらそう笑った。

しかし酸っぱかったようで、直ぐに顔を顰めたのだった。

 

 

 

────製品説明書表紙右下落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

収容室内はとても静かだった。緊張しているのは私だけではないらしく、アネッサさんの唾を飲む音が不自然に響く。

部屋の中央にポツンとリトルヘルパーはあった。

丸いボディの白さは部屋の電気が反射して、機械独特のわざとらしいツヤを見せている。

二本足で立つリトルヘルパーは微動だにしないのに、赤い瞳が相変わらず私を見つめるように思えた。

三人で本体を囲むように円陣になる。

正面に来た私がアネッサさんとユージーンさんを見ると、二人は合図するように頷いた。

 

「……ヘルパー君?」

 

私が呼ぶと機械音がした。ブーン、と低い音がしばらく続く。

そして音が病むと、本体が少し動いそして今度こそその身体を動かして、赤の中に私をはっきりと捉えた。

 

<あなたのお供、ヘルパーロボットだよ!>

<何をお手伝いしようかな?>

 

「あのね、シャットダウンをして欲しいんだけど……。」

 

<スタンバイモードに移行します、暫くお待ちください。>

 

「ス、スタンバイじゃなくて!シャットダウンして欲しいの!!」

 

<……シャットダウン……?>

 

私の言葉に、明るかった声のトーンが一気に下がった。

 

<シャットダウンを希望の場合は製造元へご連絡ください。>

<フリーダイヤルは製品説明書の裏表紙に記載してあります。>

<なお、通常本体使用停止時はスタンバイモードへの移行による待機状態になるよう設定されています。>

<詳しくは製品説明書1ページ〝使い方〟をお読みください。>

<スタンバイモードへ移行しますか?>

 

無機質な機械音声が捲し立てるように案内を進める。

淡々としたその様子は機械だから当たり前なのだが、どこか恐怖を匂わせた。

助けを求めて二人に視線をやると、ユージーンさんが口を開いた。

 

「メンテナンスのためのシャットダウンって言ってみて。」

「えっと、〝メンテナンスのためのシャットダウン〟をお願い。」

 

<メンテナンスモード移行へは専用パスワードが必要となります。>

<作業員と変わってください。>

 

「えっ、えっ。」

 

〝専用パスワード〟なんて、わかるはずがない。

予想外の言葉に私が焦っていると、身体が少し横に押された。

ユージーンさんに押されたのだ。わたしに変わってリトルヘルパーと対面したユージーンさんは、少し考えたように沈黙する。

一か八か、というようにユージーンさんの口が小さく動いた。

 

「……〝君は特別な存在だ、彼らに特別なプレゼントを贈る事ができる〟。」

 

<専用パスワードを認識しました。>

 

「えっ……。」

 

どうして、パスワードなんて知ってるのか。

思わずユージーンさんを見るも、彼はリトルヘルパーと向き合ってけっしてこちらを見ることは無かった。

代わりに、私と同じようにユージーンさんを見ていた向かい側のアネッサさんと目が合う。

アネッサさんも信じられないと、そんな表情をしていた。

 

<メンテナンスモードに移行を開始。移行でき次第シャットダウンします。>

<作業員はマニュアルに従ってメンテナンスを行ってください。>

<メンテナンスモード移行完了。シャットダウンします……。>

 

<ぼくは とくべつ だった>

 

リトルヘルパーは二本足をどこか内部にしまい、ペタンと床についた。

あとはもう動くことなく、静かにそこにあるだけ。ユージーンさんがちょっと触れると、球体の体がバランスを崩し倒れそうになる。

それを三人でなんとか支えた。これはきっと本当に動かない。今のリトルヘルパーはただの金属ボールだ。

 

「よし、じゃあ解体に移ろう。ユリさんはこのビデオカメラで撮影をお願い。」

「わかりました。」

 

ユージーンさんは工具箱を開くと、見たことのない道具をいくつか取り出して並べ始めた。

道具と一緒に工具から飛び出したのは手持ちのビデオカメラ。

私はそれを受け取って、電源を入れる。取り逃さないようにしなければというプレッシャーが、カメラを重くさせた。

アネッサさんは床にノートを広げて、まっさらなそこにペンを添えるとユージーンさんの手伝いへと移る。

二人とも慣れた手つきで道具と並べていき、職人を思わせる動きに場違いにも惚れ惚れとしてしまった。

なんの力にも慣れない私はせめて記録係くらいはちゃんと役目を果たそうと、しっかりとレンズを機械に向けたのだった。

と、その時。

 

ガァァァァァァアンッ

 

「えっ……なっ、なに!?」

「っ、電気がっ……!ユリさんアネッサ!動かないでじっとするんだ!」

「わかってるわ!ユージーン、ユリさんの服掴んで!傍にいるかちゃんと確認して!!」

 

突然、大きな音が響いた。それと同時に電気消え、真っ暗闇になる。

あまりに大きく鼓膜を震わすその音は、耳と脳に強い余韻を残し私の頭を揺さぶった。

ふらついた身体はユージーンさんに強く掴まれたことでなんとか体制を持ち直し、なんとかカメラを床に落とすなんて失態は犯さずに済んだのだった。

音はその一度だけで、あとは静寂がおとずれるのであった。

 

「何があったんでしょう……。」

「わからないわ。……ねぇ電気つくの、遅すぎないかしら。」

 

アネッサさんの言う通りだ。

電気が消えてからほんの数分しか経っていないが、エネルギー生成を行っている大企業の予備電力にしては着くのが遅すぎるだろう。

 

『……聞こ………る?……』

「!Xさん!?」

 

インカムからXさんの声が聞こえた。

状況を知りたくて、耳に神経を集中させる。

私達三人はただじっとXさんの言葉の欠片を拾っていった

 

『かみなり……た……。停電……。』

『……きした。でも……ルパーの……そこだけ……ない。』

『通信……聞こ……ない。そっち……聞……える?』

『その……部屋……だけな……だ……復帰しない。』

 

しばらく聞こえていたインカムの声は、途切れ途切れの言葉で話し続けた後、何も聞こえなくなった。

Xさんの名前を何度か呼ぶももうなんの返事もない。

不安を募らせていると、隣のユージーンさんが動く気配がした。

ゴトゴトと物と物がぶつかる音。

ユージーンさんは何かを探しているようで、少しすると目当てのものを見つけたようだった。

 

「わっ……。」

 

スイッチ音と共に、パッと明かりがついた。急な明かりに目がチカチカする。

だいぶ明るくなった部屋。しかしその灯りは頭上の電灯ではなく、ユージーンさんの手にある懐中電灯のものだった。

 

「インカムの声、聞こえた?恐らくだけど……会社に雷が落ちたってことみたいだね。」

「停電したって言ってるように聞こえたわ。まぁそんなのこの状況を見ればわかるけど。気になるのは、電気が復帰したみたいなこと言ってたわよね。」

「私、この収容室だけ復帰しないって聞こえました。」

「私もそれ、聞こえたわ。」

 

ユージーンさんは振り返って扉の方へ向かった。

私とアネッサさんはその姿を黙って見守った。

ユージーンさんは扉に触れた。通常内側からなら解錠なしに開くはずの扉は全く動かない。

嫌な予感がする。いや、これはもう予感ではない。

 

「……閉じ込められた。」

 

ユージーンさんは振り返らずに呟いた。

暗闇の中、懐中電灯の光は離れた私達の顔をぼんやりと照らす。

静まり返った収容室の壁には、私達の影法師が色濃く映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







長くなってすみません。
本当は2話に分ける予定でしたが内容が薄いので繋げました。
文章の書き方がいつもと違うのは読んでる本に影響されてるからです。あやかってます。


あと前回ヘルパー君コーヒーバリスタは公式と伝えましたが。
アイちゃんがコーヒー飲めないのは捏造です。でも個人的にお砂糖スパイス可愛いもの沢山で出来てる彼女は、コーヒーよりもいちごミルクが似合うかなと思いました。ケミカルエックス?知らんな。

書き溜めしようと思いましたが流れに乗っているうちにどんどんあげようと思いました。
ヘルパーちゃん回終わったら書き溜めちゃんとしようと思ってます。なのでしばらくはこのペースにお付き合い頂けると……(;´・ω・)



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Little Helper_7

※今回の回はアブノーマリティの捏造が多いです。
※さらに無駄に長いです。
※途中様々な専門知識が出てきますが、作者が調べながら書いた付け焼き刃の知識になります。なので全てが正しいと鵜呑みにするのはやめてください。
矛盾点や間違っている部分があれば指摘をお願いします。











しばらく扉を見つめていた私達だが、どんなに視線を送っても開くことも電気がつくこともなかった。

私の手元のビデオカメラも反応しなくなっている。軽く本体を手で叩くも反応はない。

ユージーンさんが振り返り、懐中電灯がこちらに向けられる。眩しさに顔を手で庇うと、配慮してくれたのか懐中電灯を焦点を少し床側に向けてくれた。

 

「とりあえず、作業しよう。」

「この状況でですか!?」

「こうしてても仕方ないし、この部屋だけ電気が通らないのはもしかしたらヘルパーのせいかもしれない。ならとりあえず、作業を終えよう。」

「それは……その可能性もありますけど……。」

 

こんな真っ暗な中、懐中電灯の明かりだけで機械の整備なんて正気だろうか。

やりにくいことこの上ないだろう。手元が狂ったら大変なことになるかもしれないのに。

もしもリトルヘルパーが暴走でもしたら、こんな密室では逃げ場もない。私達は格好の餌食になる。

不安が顔に出ていたのか、ユージーンさんが安心させるように笑った。

 

「大丈夫だよ。さすがにずっとこのままではないと思う。ユリさんがいるんだ。会社も見捨てる訳にはいかないだろう。俺達だけだったら、分からないけどね。」

「そ、そんなこと……。」

「いえ……有り得るわね。私だけだったら見放されたかもしれないわ。」

 

アネッサさんがユージーンさんに同意する。

それが意外で驚いてしまう。アネッサさんが会社をあからさまに悪く言うのは珍しい。

ユージーンさんも私と同じようで、目を白黒させてアネッサさんを見ていた。

 

「……じゃあ、始めようか。ユリさんは灯りを持っていてくれるかな。あ、ビデオカメラって使える?」

「いえ……。ビデオカメラ反応しなくなってます……。」

「そっか。じゃあこのライト持ってて。」

 

ビデオカメラを床に置いて、代わりに懐中電灯を受け取る。

 

「ユージーンさん、なんでそんな冷静なんですか……?」

 

そこでずっと気になっていたことを聞いた。

私が冷静でいられるのは、ユージーンさんの落ち着きのおかげだ。もしも一人だったら不安と焦りで部屋の扉を暴れるように叩いていただろう。

ベテランと言えど、収容室に閉じ込められたこの状況でテキパキと動きすぎている気がする。まるでわかっていたように。

ユージーンさんはもう会話にだけ集中するのをやめて、リトルヘルパーのボディを触りながら私の問に答えた。

 

「正直何か起こるだろうとは予想してたから。タブーを犯す人間に、都合よく不幸が降りかかるのはホラー映画のお約束だろ?」

「映画って……。」

「映画はジョークにしても。停電はヘルパーが原因の可能性は十分にあるよ。ビデオカメラも都合よく使えなくなるなんておかしいし。」

 

言われてみればそうだった。

収容室の電気がつかないのはまだしも、手持ちのビデオカメラがつかないなんておかしい事だ。

そもそも大きな音がした時だって、ビデオカメラをリトルヘルパーに向けた瞬間だった。

そう思うと私は一気に怖くなる。それは死への恐怖というより、心霊番組を見ている時の恐怖に似ていた。

 

「だから早く終わらせないとね。あんまりユリさんを独占してると、静かなオーケストラが脱走しちゃうし。」

「それ、最悪ね……。」

「そしたら部屋から出た瞬間、研究所全体が阿鼻叫喚だ。逆にこの部屋から出たくないね。」

「ちょっと、洒落にならないこと言わないでよ。」

 

ユージーンさんが軽く笑って、アネッサさんは肩を竦めた。

冗談交えた会話は閉じ込められた緊張を和らげてくれる。私も合わせて、あははと笑った。

 

「オーケストラさんは優しいからそんなことしませんって。」

「……ん?」

「でもきっと、心配かけちゃいますしね。私にも何か出来ることあったら言ってください。早くここを出ましょう!」

「待って、ユリさん。優しいって誰が?」

「え?オーケストラさんが……。」

「いやいやいやいや。」

「ええっ?なんでですか?優しいですよ?」

「……アネッサ。」

「ユージーン。ユリさんこういう冗談は言わないわよ。」

「ええ……。じゃあ本当にあの害悪を良い奴とか言ってんのこの子……。」

「害悪って……!」

 

オーケストラさんのことを悪くいうような発言にムッとしてしまった。

言い返そうとしたのだが、何故かアネッサさんも呆れた表情で頷くものだから、なんだか私が間違ってるような気分になる。

 

「ユリさんって、エンサイクロペディアで静かなオーケストラの情報見たことあるかしら。」

「ちょっとだけなら……。別にわかってる事の方が多いですし、触りしかしてないですけど……。」

 

それは半分本当で半分嘘だ。

見る必要ないと言って文字の羅列を放棄したのは本当だが、それ以上に観測情報として他の人がオーケストラさんの作業をした報告書を見たくなかったからだったりする。

自己中心的なのはわかってるが、想像すると嫉妬してしまってあまりいい気分ではなかった。なので放り投げたのだ。

 

「じゃあ、静かなオーケストラが収容違反した時の情報は見てないんだ。」

「は、はい……。」

 

ユージーンさんはわざとらしく呆れた動作でやれやれとため息をついた。

 

「静かなオーケストラはね、以前まではALEPHクラスの中で収容違反常連のすごい厄介なアブノーマリティで恐れられてたんだよ。」

「ええっ?」

「しかも収容違反すると、演奏という名の攻撃で研究所全体にダメージをくれる。本体は演奏を始めた場所から動かないからただサンドバッグにすればいいだけだけど……。硬いサンドバックなんだよなぁ……。脱走した瞬間下層メンバーは舌打ちしてたよ。」

「本当……。近くにいなくても攻撃受けるから新人が集まるコントロールチームはもう悲惨だったわよ……。」

「演奏が全部終わると鎮圧しきれなくても収容室には戻ってくれる。でも追い打ちで貯めたエネルギー根こそぎ奪ってくから、ダメージ受けた状態でエネルギーの貯め直しってわけ。」

「もうね……大変なのよ本当に……。死ななくてもパニックになってるエージェントばかり。それでまた一から作業のやり直しでしょ?しかもその後のエージェントの精神ケア……。あぁ……地獄だわ……。」

「えええ……?」

 

過去を思い出してるのか、二人は疲れた顔で遠い場所を見ていた。

普段のオーケストラさんからは想像できない姿に首を傾げてしまう。

むしろオーケストラさんなら、演奏で全員を癒してくれそうだけどなぁ……。

けれど初対面の時、確かにオーケストラさんの周りにいたエージェントさん達は虚ろな表情をしていたり、苦しんでいたりした。

怒ると怖いアブノーマリティなんだろうか。オーケストラさんが強いのは何となく察していたし、よく脱走するというのはわからないけど、それ以外は当てはめることが出来るかもしれない。

 

「あ……ここ、かな。アネッサ、手伝ってくれる?多分これ、頭部が開くと思う。」

「嘘、本当に?」

 

私が考え込んでいるうちもユージーンさんは手を動かして、何か発見したようだった。

アネッサさんはユージーンさんの触ってる部分を覗き込んで驚いている。

二人はリトルヘルパーの上半分を抱きつくように持ち、ぐっと上へ持ち上げる。

するとボディが半分に割れて開いた。ガチャガチャのカプセルのようだ。

 

「うわっ……なんだこれ……。」

 

灯りがぶれないように懐中電灯を気にしながらリトルヘルパーを覗く。

ユージーンさんが顔を顰めるが、その理由はすぐにわかった。

それは機械に詳しくない私でも、うわっと声を上げてしまうようなものだったからだ。

黒いコードの塊が出てきた。すごい量が内部に無理やり詰められていたようで、もはやコードしか見えない。

言い方は悪いが、排水溝の髪の毛のつまりのようだ。全てが複雑に絡み合って固まっているようで、ユージーンさんが固まりを持ち上げてもそのままの形を保っていた。

 

「酷いな……こんな配線じゃあどこかが火を放ったら一発で全部アウトだぞ……。」

「しかも見る限り全部黒いコードね。ユージーン、貴方どれがどこに繋がってるか見てわかる?」

「ちっとも。」

「私もよ。……一つ一つ触るしかないわね。」

 

二人は白い手袋をするとコード一つ一つを丁寧に触っていく。

途方もない作業のように思えたが、案外すぐに何がが顔を出した。どうやらコードは表面側に見えていただけのようだ。

少し強引にアネッサさんがそれを引っ張り出す。その横でユージーンさんが苦笑いしていた。機械類に関してはユージーンさんの方がアネッサさんより慎重に扱うようだ。

 

「なっ、何よこれ……。」

 

それはいくつもの金属の箱がくっついた機械の塊だった。

それぞれ形が違うせいで凹凸のある塊になっている。形の悪いルービックキューブみたいだ。

 

「配線はこれに繋がってるみたいだな。箱に何か書いてる……。ユリさんもう少し灯り近くに貰ってもいい?」

「あっはい!」

 

二人の傍によって言われた通り近くに灯りをやる。

ユージーンさんは目を細めて機械を見つめた。確かに箱に何か文字が掘ってあり、それを指でなぞっていく。

 

「VI……S……I……ON、〝視覚〟……?」

「こっちにも何か書いてあるわよ。えっと……〝聴覚〟・〝言葉〟・〝知識〟。三つあるけど、そっちには一つだけなの?」

「あぁ。上の部分の箱にも書いてある。ここは……〝理解〟と〝判断〟?」

 

ユージーンさんは文字を凝視したまま何か考えこんでしまう。

アネッサさんはその間にも他の箱を触って確認しているようだった。

 

「これ、反対側の部分は文字が消されてるわ。なに書いてあったかわからないわね……。しかも、他のと違って動いてなさそう。」

「そういうこともわかるんですか?」

「簡単な話よ。機械部分に余熱があった確認しただけ。こっち側、金属の冷たさがはっきりしてる。多分長い間動いてなかったんだと思うわ。」

 

アネッサさんが手袋から出ている部分で機械を触ってみせる。私はへぇ、と声を出すしかなかった。

ユージーンさんは今度は箱に繋がった配線を辿っているようだった。

 

「このロボット、カメラレンズで捉えた情報は後ろ側の部品、音声で認識した情報は中心の部品で識別してる……。」

「この文字通りなら、それらの情報を全て合わせて、上部の機械で処理してるのかしら。」

「普通は違うんですか?」

「AIは通常一つの媒体が情報収集、処理をする場合が多いわ。その媒体に一定のアルゴリズム……、人間でいう知識をいれるの。一つで済んだほうが楽だからね。」

 

でも、とアネッサさんは続けた。

 

「恐らくリトルヘルパーは、この箱それぞれに取り入れた情報を判別する機械が入ってるのね。リトルヘルパーのボディに、何個もAIが入ってることになるのかしら。」

 

この箱自体は独立してるみたいだし、とアネッサさんは箱と箱を繋いでるプラグを撫でながら言った。

 

「それってつまり……この機械の中に複数の頭が入ってるみたいな感じですか?」

 

「……いや、というよりこれ……脳そのものだろ……。」

 

ユージーンさんが、口を重く動かす。

 

「え?」

「それって、どういうこと……?」

「……脳みその仕組みって、アネッサとユリさんわかる?側頭葉とか、後頭葉とか習わなかった?」

「あぁ……。理科で習ったのを、少し覚えてます。脳みその部分名称ですよね?」

「そう。」

 

箱のひとつを指さして、ユージーンさんは話を続ける。

 

「目で見た情報を処理する、後頭葉。」

「耳で聞いた情報を処理する、側頭葉。」

「得た情報を理解し、判断する頭頂葉。」

「人間の脳そのものだ……。位置も、その役割も。」

「で、でも、それを用いて作っただけなんじゃあないですか?元々題材があって、それをなぞって作ったなら、同じになるのは仕方ないんじゃ……。」

「この、起動してない部分。」

 

私の言葉を無視してユージーンさんは前部分を指さした。

 

「もし脳をなぞって作ったなら、前頭葉になる。……感情や、理性。意思、意欲を司るところだよ。」

 

ユージーンさんの言葉に、アネッサさんが目を見開いた。

私はなんだか頭がこんがらがってきて、必死にユージーンさんの言っていることを整理する。

 

「えっと……ロボットに感情があるとこが有り得ないのはともかく、意欲っていうのは存在しますよね?新しい情報を取り入れて学ぼうととするのがAIなわけだし……。なら、その前の部分はそういう役割なんじゃないですか?それなら、普通ですよね?」

 

「いいえ、ユリさん。AIに意欲というものはないのよ。」

 

「え?」

「ユリさんの言ってることはわかるわ。よく間違える人が多いんだけどね、AIは別に自分から学ぼうとして情報を取り入れる訳では無いのよ。」

「そうなんですか?」

「ええ。そうね……リバーシを例えに使いましょうか。ボードゲームにAIを使うことがあるのはわかる?」

 

それは確かテレビで見たことある。その時は将棋だったが、プロと機械が盤のまえで向き合っていたはずだ。

私が見ていた時は、ギリギリでAIが勝っていたはずだが。

 

「リバーシにAIを使う時、必要な知識はまずリバーシの〝同じ色で異なる色を挟んだら、異なる色が同じ色になる〟、〝盤に多く残った色が勝ち〟というルール。」

「はい。基本的なルールってことですよね。」

「そう。その知識を元に、AIは様々な対局の情報を得て学ぶの。ユリさんはそれを〝意欲〟と言ったわよね?」

「はい。」

「でもね、AIは別に〝勝ちたくて学ぶ〟訳では無いの。〝勝てるように学ぶ設定をされているから学ぶのよ。〟」

「人間が設定した通りに動いてるだけってことですか?」

「そうよ。だからAIは〝勝とう〟としてゲームはしていないの。〝盤のうえに自分の色を多くしよう〟としてゲームをしてるの。」

「なるほど……?」

 

なんとなく、わかったような気がする。

つまり私が言った〝意欲〟はただの〝設定〟ということだろうか。

 

「この前部分……なにが入ってると思う。」

 

ユージーンさんは私達を見て、そう言った。

私は単純にわからなくて首を傾げるだけだったが、アネッサさんは難しい顔をする。

 

「わからないわ。でも、あなたが予想しているようなものではないことは確かよ。」

「どうしてそう言いきれる?」

「感情なんて複雑なもの、人間が作れるわけないわ。」

「わからないだろ?ここはありえない事だらけだ。」

「そんなことあっていいはずがないわ!感情を持つロボットなんて、もうロボットじゃない。」

「そうだね。ホムンクルスかもしれない。」

「ユージーン!ふざけないで!」

 

二人はなにやら言い合っているが、まずリトルヘルパーはロボットでもホムンクルスでもなくアブノーマリティなのでは……?

そう思いはしたが、二人の言い合いに入る勇気はなく、黙っていた。

 

私は一人、機械の箱を見る。

ユージーンさんの言うことが正解なら、この機械には感情があるということだろうか。なんだか日本のアニメを思い出してしまう。

感情を持つロボットの話はいくつもあった。人を助けてくれるロボット、一緒に戦ってくれるロボット。逆に悪者として立ち塞がるロボット。

夢のある、ファンタジーな話だ。それが今目の前にあるかもしれないなんて。

むき出しになっている機械をそっと指で撫でる。もしかしたら、ここに感情が詰まってるかもしれない。

 

「もし……そうなら。」

 

こんな風に開けられて、中身を出されて。

 

「痛いよね。ごめんね……。」

 

その時だった。

 

<システム起動>

 

「えっ……!?」

 

<システム起動。>

<メンテナンスモードを終了します。直ちに部品機器を戻してください。>

 

「えっえっ!?」

「ユリさん!?何かしたの!?」

「わっ、わかりません!私ただちょっと触っただけで……。」

「アネッサとりあえず全部元に戻そう!」

 

突然動いた機械にパニックになりながらも、二人は迅速な作業でリトルヘルパーを元に戻す。

 

<システム起動。>

<カメラ異常なし・マイク異常なし>

<製品正式名称、オール・アラウンド・ヘルパー。起動します……。>

 

どうして動いたのだろう。なにかしてしまっただろうか。

真っ青になりながら、私はリトルヘルパーを見つめる。

アネッサさんとユージーンさんは銃を構えていて、部屋に緊張が走った。

 

<あなたのお供、ヘルパーロボットだよ!>

 

リトルヘルパーが捉えたのは、私の姿だった。

 

<君の名前を教えて欲しいな!>

「え……えっと、ユリ……。」

<ユリ?>

「そう。ユリ。」

<ユリ!ユリだね!ユリ!!>

 

リトルヘルパーは私の名前を繰り返す。なんだか様子がおかしい。

 

<ぼく、ずっと君の名前を知りたかったんだ!>

 

「え……?」

 

<君に会えて、とても嬉しいよ、ユリ!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日珍しく彼は酷く酔っていた。

 

どうしたのか訪ねると、珍しく饒舌に話してくれた。

それはある女性への愚痴で、どうやら彼は失恋したらしい。

聞いたのは私だが、ビール二杯目を飲み終える頃にはその長さにうんざりしてしまった。

 

『感情なんて無駄だ。』

 

彼はそう言った。

 

『こんな想いはいらなかった。』

 

何杯酒を飲んだのだろう。

 

 

 

 

────製品説明書裏表紙左下落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次で最後になるかと思います。
アンケート、もし良ければご協力お願いします……。


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Little Helper__8

そうして私達のリトルヘルパー解体作業は幕を閉じた。

と、一言で片付けてしまうのもどうかと思ったが、特にその後なにもなかったのである。

リトルヘルパーが起動すると、途端に収容室の電気も回復した。

すぐさまXさんから通信があって何かあったのかをうるさく聞かれたのだが、ユージーンさんが上手く言いくるめてくれた。

おかげで直ぐに私達は収容室を出ることが出来たのである。

もちろん直ぐにXさんからの質問攻めはあった。が、なんと私達はリトルヘルパーのことをあまり覚えていなかった。

思い出そうとすると、頭がぼんやりとしてしまって。

黒いコードと、何か四角い機械が入っていたのは覚えている。

それを聞いたXさんは「結局無駄に終わったか」と肩を落とした。私達三人は苦笑いする。そんな残念がられても覚えていないのだから仕方ない。

 

そう。何も何も覚えていない。

 

表向きは、そうなっている。

 

隠していることがある。

実はリトルヘルパーが起動した後、電気が復活するまでには時間があったのだ。

暗闇の中私達三人は呆然とリトルヘルパーを見た。

リトルヘルパーはお構い無しに、私に身体をグリグリと押し付けてくる。まるで頬擦りだ。

 

『……ユリさんヘルパーに何かした?』

 

ユージーンさんが私に尋ねた。彼はゆっくりと私とリトルヘルパーに近づく。

 

『何もしてません!……ちょっと、触りましたけど……、お二人が触ってたところしか触ってないです。』

 

心当たりは本当になかった。そもそも機械に詳しくない私になにか出来るわけない。

 

『そう……。なぁヘルパー、どうして急に起動したんだ?』

<ログを確認しています。しばらくお待ちください……。>

<特定しました。〝感情生成システムの起動による強制スタートアップ〟がされたようです。>

『感情生成……!?』

 

リトルヘルパーの言葉に反応したのはアネッサさんだった。

 

『そんな、じゃあ貴方には、感情があるって言うの!?』

<オール・アラウンド・ヘルパーには感情はありません。ただの機械です。>

 

<でも>

<ぼくは特別だから。>

 

『特別……?』

 

<ぼくと同じ見た目のともだちは沢山いたけれど、ぼくは特別だった。>

< ぼくを作ってくれた人は、いつもぼくに同じことを言っていた。>

 

<「君は必ず彼女のもとへ送られなければならない」 >

<「君は特別な存在だ、彼らに特別なプレゼントを贈る事ができる」>

 

<他のともだちにはない、沢山のツールがぼくの体に入れられた。 >

 

『それが、感情……?』

<作ってくれた人は「感情なんて無駄」と言っていたけれど>

<結局捨てることはできなかったみたい。>

 

リトルヘルパーの言葉にアネッサさんと私はただ驚くばかりだった。

しかしユージーンさんだけは口に手を当てて、なにか考え込んでしまっている。

 

『君は、もしかして……。』

 

ユージーンさんが、リトルヘルパーに手を伸ばす。

リトルヘルパーはそれを大人しく受け入れ、ただされるがままに触られていた。

リトルヘルパーの裏側を探っていたユージーンさんはなにかを見つけたのか、大きく目を見開く。

 

『ユージーンさん?』

『……いや。なんでもない。』

 

それが気になって視線をやると、 裏側に小さく、とても薄い文字で〝corporation〟と書かれていた。その前の部分はどう発音すればいいのかわからないスペルだった。

私が目を凝らしていると、ユージーンさんが私達二人に向き直った。

 

『ここであったことは、秘密にしよう。』

『……賛成よ。』

『え?なんでですか?』

『感情を持つロボットなんて存在してはいけないのよ。……そんなことになったら、AIの侵略だって有り得るわ。』

『それは……SF映画みたいな?』

『そうよ。……感情を持つロボット。いつかは、作れるのかもしれない。未来のことは誰にも分からない。このロボットの作者はその未来の一歩を踏み出してたのかもしれない。でもそれは、ある種のタブーよ。』

 

『やれることを敢えてやらない。そういうものもこの世にはあるの。』

 

その表情があまりに真剣で、黙ってしまう。

だから私達は、秘密を作った。

知らないふり。覚えていないふり。忘れたふり。

何も変わらない。それでいいと、口を噤んだ。

 

<ユリ、どうしたの?>

名前を呼ばれて意識は目の前にある機械に戻った。

それから次の日の今。私とユージーンさんとアネッサさんは再び集められ、リトルヘルパーの収容室に来ている。

Xさん曰く。「なにか思い出すかもしれない」との事だ。

何も変わらないといったが……、変わったこともあった。

〝リトルヘルパー〟だ。

私の目の前まで来たリトルヘルパーの頭部を撫でる。大人しく撫でられているその顔は変わらない。当たり前だ。リトルヘルパーの顔は表情が変わるようには出来ていない。

しかしヘルパーは私に言う。〝撫でられるの嬉しい〟、〝もっと撫でて欲しい〟と。

随分、人間らしくなったものだ。

機械的な声をしているくせに、声の調子はやけに感情的で。

見た目と声質を除けば人間の子どものようであった。

その感覚は奇妙で、少し寒気のするものであった。それが顔に出ていたのか、リトルヘルパーは悲しそうに私に尋ねる。

 

<大丈夫?ぼくに何か出来る事ある?>

 

私が笑って大丈夫と伝えるも、リトルヘルパーはまだ心配そうに擦り寄ってきた。

金属の冷たさを感じながらも、何故か私はリトルヘルパーの内側に熱を感じた。考えればそれは内部ユニットの熱だろう。わかるのに、馬鹿なことを思ってしまう。

まるで、生きているみたいだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万能お手伝いロボット(オール・アラウンド・ヘルパー)〟。

 

それは清掃だけでなく泥棒退治や、住宅監視、更に美味しいコーヒーを淹れることだって可能だからついたとされている。

 

〝万能〟(オール・アラウンド)の言葉に恥じない、素晴らしいロボットだと思う。

 

しかしテスト運転でコーヒーを煎れてもらったが、残念なことに妻が煎れるコーヒーの方が美味しかった。

 

 

 

 

 

────製品説明書7ページ中央余白の落書きより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユージーン、ユリさんがヘルパーに頼んでコーヒー煎れてくれたみたいよ。」

 

アネッサはユージーンに紙コップを差し出した。

フワフワと湯気の漂うそれを気をつけながら受け取り、口をつける。

絶妙な酸味と苦味のバランス。口に入れると広がる香り。

それらは素人のユージーンにも極上のコーヒーであるとわからせてくれる程のものだった。

 

「嘘つき。母さんの煎れるインスタントより、よっぽど美味いじゃないか。」

 

なにかを思い出しながらユージーンは小さく呟いた。

それは誰の耳に届くことも無くコーヒーの黒に吸い込まれていく。

それを流し込むようにユージーンは再びコーヒーを口にした。

見るとヘルパーはユリに相変わらず付きまとっているようで、彼女にコーヒーのおかわりを尋ねているところだった。

機械らしく無くなったものだと、笑ってしまう。

態度が激変したリトルヘルパーだが、幸いなことに管理人はそれを〝ユリの体質のせい〟だと思っているらしく、昨日の作業について特に深い追求を受けることはなかった。

アネッサは真面目な顔でリトルヘルパーのことを秘密にすると言っていたが、実はユージーンには別の理由があった。

目を閉じると昨日のことが鮮明に蘇る。あの四角い箱の塊を思い出して、彼は心臓がどくどくと興奮するのを感じた。

 

素晴らしく、美しい経験だった。

 

ほぅ、と思わずため息をつく。そして欲が溢れてくる。もっともっと、暴いて、深い所まで知りたかったと。

しかしそれはもう叶わないだろう。もう一度やる理由が見つからない。どうせやったって忘れてしまうのだから。そういう設定に、したのだから。

それは残念だったが、同時に嬉しくもあった。

この先少なくとも何十年かは、あのリトルヘルパーの中身を知るものは自分達だけなのだ。

きっとまたリトルヘルパーを開けば。

今度はちゃんと記録をして、深部まで解体すれば。

この世界のAI技術は大きな発展と進化を迎えるだろう。

 

しかしそれは、ユージーンにとってなんだかとてもつまらなく感じた。

数が少ないから特別なのだ。例えば折り紙の金色は自分だけが持ってるから優越感を得られるわけであって。

全員の手に渡ってしまったら、意味が無い。

だから特別を知っているのは、自分達だけでいいと。

そんな子どものような独占欲で、彼は秘密を作ったのだった。

 

「ねぇ、夢が叶った気持ちはどう?」

 

コーヒーをちびちび飲みながらアネッサはそう聞いてきた。

律儀にインカムを外して話すあたりが彼女の真剣で真面目なのが伝わってきて、ユージーンはなんだか笑ってしまう。

インカムの電源なんて自分が切ってやるのに、と彼は思った。

彼がどうやってそんなことをしているのか。その方法はまた今度説明するとして。

 

「最高の気持ちだよ。」

 

ユージーンはアネッサにそう答えたのだった。

 

「父さんのことを記憶で追いかけてばかりだったけど、これでようやく開放された気がする。」

「……なら、よかったわ。」

「手伝ってくれてありがとう。ユリさんにも、後でお礼しないとな。」

「貴方の夢は叶ったのよね?もうこの会社にいる必要も無いでしょ?辞めるの?」

 

アネッサは勢いよく問いただす。

そもそもユージーンがこの会社の面接を受けたのは、リトルヘルパーが目的だった。

父の死後、遺品整理で出てきたヨレヨレの紙の冊子に、手書きでこの会社の名前が書いてあったのである。

それは紛れもない父の字で、冊子はリトルヘルパーの製品説明書であった。

なのでアネッサは、ユージーンがこの会社に留まる理由はもうないと言いたいのだ。

 

「多分、辞めないかな。」

「どうして?」

 

ユージーンの答えにアネッサは嫌そうに顔を顰めた。

まるで追い出したいかのような表情にユージーンは笑ってしまう。

 

「というより、辞められると思ってないよ。」

「え?」

「なんだかんだ時間かけてたら、下層まで来ちゃったし。担当のアブノーマリティもいるし。俺がいなくなった穴を埋めるのはしばらくは難しいだろ?死ぬ人間も出るかもしれない。」

「それはそうだけど!でも、そんなこと言ってたらいつまで経ってもここにいることになるわ……!」

「それに、研究所のこと知りすぎたから、会社がただでは辞めさせてくれないと思う。」

 

ユージーンの言葉にアネッサはわかりやすく言葉を詰まらせた。

苦しそうに表情を歪めるアネッサにやはりユージーンは笑ってしまう。どうして君がそんな顔をするのかと。

入社の日から覚悟していたことなので、別にユージーンはなんとも思っていなかった。

父をイカレさせた会社とつながっているかもしれない所に入社したのだ。ただでは済まないことくらいわかっている。

死を当たり前とするこの研究所に退職願なんて出したら、無名の胎児の餌にされるか記憶を消されるかはするだろう。

良くても一生監視下で生きるくらいだ。

 

「いいんだよ。今までこの為に生きてたんだから。本望だ。」

 

遺書に似てしまった言葉にアネッサは眉間のシワを深くする。

自身の代わりに悲しむアネッサを、ユージーンは優しいと思った。そして馬鹿だとも思った。

まるで父の死に激怒した、母のようだ。

 

母を思い出すと同時に、ユージーンの頭には父との最後の通話が蘇る。

それはノイズまみれの煩い電話であった。

 

『ユ……ジー……!私…やっと……へ……パーに…夢が……!!……!!!あ……も。……ってしまう。あぁっ……、ああっ……!!』

 

そんな、不確かな音であった。ただ明るく嬉しそうな声であった。

 

『ごめん。二人とも。ごめん。』

 

そして、最後だけははっきりと聞こえた。

その時ユージーンは何故か頭が冷えるのを感じた。

もう父は帰ってこない。何となくそんな感じがしたのだ。

ユージーンは考える。最後になるかもしれない言葉を。言いたいことは沢山あった。怒りも、悲しみもあったし、今までの感謝の気持ちもあった。

そうして結局、『行ってらっしゃい』とだけしか言えなかった。

 

父は自殺だったのだと思う。最後にはあんな気狂いになっていたやつの事だ。喜んでヘルパーに殺されに行ったのだろう。

気持ち悪いと思ったし、恐ろしいとも思ったが。それ以上にユージーンは父が羨ましかった。

人生を捨ててでも得たかったものとはなんだろう。そのために命を捨てた父の幸福感とはどんなものだったのだろう。

思えば廊下で紙の冊子を拾った時から。ユージーンはリトルヘルパーに魅了されていたのだ。

 

いつか死んで、父の魂と再会したら。

昨日のことを大いに自慢してやろうとユージーンは決めていた。悔しがる父の顔が見れるのなら、幾分か早くそちらに行ってもいいとさえ、一瞬本気で考えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Little Helper__機械仕掛けの感情


リトルヘルパー(オールアラウンドヘルパー)
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Little_Helper



【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】

コーヒー美味しい。

(何度か文字を消したあとがあるが、解読不能。)



【ダニーさんのひと言】

よく知らないけどよく脱走する機械。
脱走すると鎌四本出してクルクルしながら突撃してくる。日本にそういうモンスターいたな……わにゅうどー?
HEクラスアブノーマリティで、危険度で言えば罰鳥より危険で憎しみの女王よりは安全……。らしいけどこれどういう基準で割り振ってんだよ。



アンケートありがとうございました。
一定数で止まったので、これ以上の投票はなさそうと判断しました。次回は魔弾さんになります。




↓珍しくちゃんとあとがきを書きました。そのせいで長いです。スルーしても大丈夫なことしか書いてないので読んでも読まなくても。


【たまにはちゃんとあとがきを書いてみる】

リトルヘルパー編完結です。お付き合いありがとうございました!
今回は人外×少女薄めの薄味回となってしまいました…。物足りなさのある、いつもよりつまらない回になったと反省。

あとユージーンのインカムオフについての設定は一応考えてあります。
本当は今回ぶち込む予定だったんですが、あまりに説明説明になってつまらないと思ったのでやめました。でもどこにぶち込むよこれ……。



〜書いたきっかけ〜

原作のアブノーマリティ説明に

〝"あらゆる機能がこの小さなボディに組み込まれています。分解してみるとこれだけの機能をどうやって入れたのか驚くでしょう。"〟

というのがあるんですが、そこにロマンを感じずにいられず考えた回です。
しかしアンジェラの説明で

〝オールアラウンドハルパーには感情がありません。結局はただの機械です。私と同じように。〟

というのもあり。人外×少女をするにはそこが壁でした。
LobotomyCorporationで〝感情がない〟とここまではっきり設定されてるのは珍しいんです。〝歌う機械〟には逆に意思があると書かれてますし。
なら、それを逆手にとって中身を考えるのは?となりこのストーリーになりました。

ちなみに、途中途中〝説明書〟の中に書かれていたヘルパー製作者のことは断片的に原作の情報に書かれています。とても面白いのでぜひ読んでみてください!





〜ユージーンについて〜

この回の為に作ったキャラクターです。
ただ何人もキャラクターを出し、それを見分けつくよう上手く書くことが出来ないので設定を色々詰め込みました。

〝下層エージェント〟
〝サイコパス〟
〝マイペース〟

という設定。下層エージェントは一人は欲しかったので助かりました。必然的に過去やアブノーマリティに詳しい人になるので、彼は今後も出していく予定です。
〝サイコパス〟は完全に個人趣味です。イッちゃってる人って書いてて楽しい。
ただ彼の場合、よくあるサイコパス心理テストで異常回答を出すって言うよりも

Q.人間を二種類にわけるとしたら?

ユリ「男性と女性?」
アネッサ「大人と子供?」
ユージーン「自分とそれ以外。」

って感じの性格を意識して書きました。サイコパスというのかわかりませんが……。
作者の感性ですみません。前にネットで見たのを参考にしながら考えました。

掴みどころないキャラになってたら嬉しいです。私の中で今現在、唯一共感が全くできないキャラでしたので、書くのはすごい難しかった……。挑戦でした。

あと〝機械に強い〟設定はアネッサさんがいるので、今後別にいらなかったんですがストーリー上仕方なく付けました。
でもアネッサと違って彼は不真面目な方なので、今後ユリちゃんの力になってくれそうです。インカムオフは強い(作者が話を書きやすい)ですし。
セコム増えれば増えるほど、ユリちゃんの行動も制限されますし、監視下というせいでひとつの行動が会社(どだい)に影響していくので、こういう設定はありがたかったりします。いわゆるご都合主義だよ!




〜裏話〜

①専門知識について

すっごい苦労しました。コピペみたいにならないように。小説を読んでる感覚を損なわないように。それを意識して書くのとても大変でした……。
更にいえば、脳の部分の説明は小学校理科程度で大丈夫だったんですが(三人とも一般人なので)
機械はね!!アネッサとユージーンをプロ設定にしちゃったからね!!すごい困ったよね!!!
私にもっと知識があればもっと細かく描写出来たのになぁと思います。
わかるところだけを細かく書くと全体のバランスが悪くなるので下手なことはせずさっさと切り上げてもらいました。


②閉じ込められたシーンについて

ホラー映画のジェー/ンドウの解/剖が好きで、その映画で閉じ込められるシーンをイメージしながら書いてました。
洋画ホラーの方が好きで、ただ結構ツっこみいれてコメディ気分で観たりするんですが、あの映画はゾクッとします。


③実は作者が心配してたこと。

本編より

「…脳みその仕組みって、アネッサとユリさんわかる?側頭葉とか、後頭葉とか習わなかった?」
「あぁ……。理科で習ったのを、少し覚えてます。脳みその部分名称ですよね?」

と、書きました。その時の作者の内心

(側頭葉とか後頭葉の英名ユリちゃんわかるん?????)

※英語で話してる設定

日常会話は問題なく出来るとして、側頭葉とか中々聞かなくないですか??私だけ??

ここで本当は「わからないです」「あっ……日本語だと側頭葉って言われてます」みたいなことをね!言わせようとしてたんだけど。
さすがにグダグダするのでカットしました。面白くない文章、しかも会話文が続くのは避けたかったので。

一応、そういう所も考えて書いてます。でも小説を書く上で、ここまで細かく書くことはちょっと無粋ですよね。
設定も大事だけど、小説あってこその設定なのだから読みやすさもちゃんと考えます。…こんなんでも考えてるんだよ( ´・ω・`)考えてるのにね…。

ちなみにダニーさんが俺、私と一人称変えてるのに誰も突っ込まないのは英語での一人称はIで統一されているからです。

※Xさんのダニーへの君呼び、さん呼びの区別はMr.の有無で判断したつもり。

とまぁ。長くなってすみません。
他の回以上に今回捏造が多かったので、ちゃんとあとがきを書いてみました。
ここまで悩んで書いたのにこの出来か、と正直今回は悔しいです。自分の表現力の限界を思い知らされました。もっと本読まなきゃな……。



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Der Freischütz_1

集中して。

目の前の的をしっかりと見て。

震えないように手を固定して。

指を少しだけ動かして、引く。

 

パンッ

 

「っ。」

「ほら、また目をつむってますよ。」

「あ……すみません……。」

 

どうやら弾は、的を外したようだった。

手に持つ馴染みのない銃を見てため息をつく。

衝撃音と反動にめをつむるのは、私の課題だ。

打った後に少し手が震えるのも悪いところ。

他にも沢山ある。それこそ私が把握してるだけでも多いのだから、他の人から見たらきっと数えきれない。

結構、練習してるのに。

数日前からはじまった戦闘訓練は、毎日業務時間の大半を占めている。

だと言うのに一向に進歩の兆しがない。

暗くなる考えに、自然と俯いてしまう。すると軽く肩を叩かれた。

 

「落ち込まない。仕方ないですよ、戦いどころか銃を撃つのすら初めてなんでしょう?」

「……はい。」

 

そう笑ったのはエド先生だ。その笑顔に私も少し肩の力が抜ける。

 

「もう一度。今度は私が手を支えるので撃ってみましょう。」

 

後ろから覆い被さるようにエド先生は私の手を支える。

がっちりとした手は頼もしく、もし私が振り払おうと動かしてもきっと叶わない。

男性だからというだけではないのだろう。ゴツゴツとした手のひらにはところどころ独特の固さがある。

最初にエド先生に支えてもらった時、彼は照れた素振りで「タコばかり出来ていて申し訳ない」と言っていた。

聞くと色々な武器を使い続けていたせいで皮膚が固くなってしまったらしい。

 

「目を閉じないで。銃の先を見るからいけないんです。的だけを見て、引き金を引いてください。」

 

言われた通りに引き金を引く。パンッ。

先程と打って変わって今度は的のど真ん中に穴を開けていた。当たり前だ。支えてもらっているのだから。

でもやっぱり、目はつむってしまうし。手は震えてしまう。

もう一度ため息をつきそうになるのを何とか抑える。

仕事中に、しかも練習を見ていただいてるのにため息なんて何度もつけない。

唇を噛み締めて、再び引き金を引く。どうか今の一発より良く撃てますように。

これではもはや神頼みだ。

 

 

 

練習はお昼休憩を挟み夕方まで続いた。

もうここまで来たら終業時間まで練習したかったのだが、どうしても会って欲しいアブノーマリティがいると指示を出された。

 

〝対象:魔弾の射手(F-01-69)〟

 

その文面に顔を顰める。また彼に会うのか……。

このアブノーマリティへ作業するのは数回目だった。

魔弾の射手はつい先日新しく来たばかりのアブノーマリティで、なんの情報もないまま指示をされたのだ。

そしてこのアブノーマリティ、なんと声で会話ができるのである。

ペストさんやアイの例もあるので、驚きはしたものの衝撃を受けるほどではなかった。

それはいい。それはいいのだが。

このアブノーマリティ。性格がとてつもなく悪いのだ。

性格なんて曖昧なもの見る人によって変わるだろうが、少なくとも私と相性がいいとは微塵にも思えない。

話していると怖いというよりは苛々してしまう。出来ることなら会いたくなかった。

しかしこれも仕事だ。好き嫌いで選べる訳では無い。

重い足を動かして収容室に向かった。

そうして直ぐに扉の目の前だ。

こういう時ほどスムーズに、早くついてしまうように思うのは私の体感の問題だろうか。

のろのろとした動作で扉を開ける。開いたその先に進むと、大きな影が私を覆った。

 

「また来たのか?懲りないな。」

「好きで来てるわけじゃあありません。」

 

随分楽しそうにしているその姿に私はやはり苛々した。

私の仏頂面に魔弾の射手はくつくつと笑う。彼の身体は真っ黒な影のように不明確で見つめていると吸い込まそうになる。

ユラユラと揺れるその身体はまるで炎だ。

真っ黒な炎なんて見たことがないのだけれど、このアブノーマリティなら私を燃やしてしまうことくらい簡単に出来そうだ。

 

「とりあえず、清掃しますから。」

「なんだ、今日は話を聞いていかないのか?」

「私が話さなくても貴方が勝手に話すでしょう?」

「はは、では期待通りに話してやろう。」

「期待なんてしてませんから!!」

 

初めて彼を見た時は圧倒された。

というのもその見た目は決して可愛いものではなく、どちらかと言うと格好良い分類に入るのだろう。

黒い大きな身体は人の形をしていて、かっちりとした黒い軍服を着ている。それにお揃いで大きなマントと大きく長い銃を持っているものだから、威圧感がすごい。

声を出せないでいると、魔弾の射手はこう言ったのだ。

 

『随分弱っちぃのが来たものだな。ママとはぐれたのか?』

 

は?と声が出た。あまりにも失礼な物言いに圧よりも苛立ちが勝った。一瞬で吹き飛んだ。

それだけならまだ我慢した。相手はアブノーマリティなのだから変に刺激してはいけないと、何とか交信作業を進めていたのだが。

このアブノーマリティ、私の事を妙におちょくってくる。

やれ『おしめは卒業したのか』だの、『ミルクは恋しくないのか』だの、『それで成長が止まってるなんて哀れだ』だの。

喧嘩売ってんのか。

日本人は確かに童顔で子どもっぽく見られることも多いが、さすがに乳幼児に間違えられたことなんてない。

最後のあたりは私も喧嘩腰に終わってしまった。

収容室を出た後に直ぐにインカムでXさんから連絡が来て、流石に怒られると覚悟したのだが。

 

『ユリさん何したの!?今までないくらいに魔弾の射手からエネルギー生成されてるんだけど!?』

『えっ。』

 

それからというもののほぼ毎日魔弾の射手の作業を行っている。

作業内容はその日によって違うのだが、何をやってもいい反応を示しているらしい。

そこで気がついた。このアブノーマリティ、私の反応を見て楽しんでるのだ。

 

サドだ。このアブノーマリティサドだ!!

ダニーさんと同じ分類だ!!

 

「今日はなんの話ししてやろうか。そうだなぁ、私が戦場で会った幽霊の話でもしてやろうか?」

「そういうのはいらないですって!!掃除しに来ただけですからっ!!」

「そいつはなんでも戦場で味方に殺されたらしくてなぁ。知ってるか?銃を突きつけられて撃たれると、銃口の火で火傷するんだ。そいつの場合打たれたのは右頬骨の上あたりで……。」

「だからそういう話は聞きたくないです!!」

 

思わず手で耳を塞ぐ。

それでも魔弾の射手が笑っていることくらいわかった。こいつやっぱり楽しんでる。

 

「ほんっとに……いい性格してますよね、魔弾の射手さん?」

「君に褒められるなんて光栄だな。可愛い可愛いベイビーちゃん?」

「黒いチャッカマンに言われたくないですねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃管理人室では。

 

「すごい……低レベルの争いで高レベルのエネルギー生成されてる……。」

 

 

 

 

 

 

 

 






最近ネコともってゲームで合法的に人外と触れ合ってます。くっそかわええ。
ち、違うんです。本当はクマトモ買ってSCP-1048を育てる予定だったんです。でもネコの可愛さにやられました。くっそ。


【予告】

近々更新と同時に他の方から頂いた絵を頂き物として投稿する予定です。
その際お礼の小説とセットで載せる予定になってるので、一気に数話の投稿となると思います。
しおり挟んでくださってる方、お気に入り登録してくださってる方にはもしかしたら混乱を招いてしまうかもしれません。先にお詫びしておきます。
よろしくお願いします。




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Der Freischütz_2

本編更新と同時に頂いたイラストとお礼の小説を数話upしました。
お気に入り登録、しおり挟んで頂いた方でそちらにとんでしまっていたら申し訳ございません。







どうして上手くいかないのだろう。

どうして。

また外れた銃弾に舌打ちをする。エド先生は「目を閉じなくなった」と笑ってくれたが、流石にそれで喜んではいけないと私はわかっている。

すぐに上手くなるものでもないのはわかっているけれど、こんなに時間をとってもらってるのにここまで進歩がないのはどうしてだろう。

焦る気持ちを抑えきれないまま撃った弾は、さらに大きく的からズレた。あぁ、もう。

 

「ユリさん、少し休憩しましょう。」

「いえ、もう少しやります。」

 

私はもういちど構え直して、的へ銃を向ける。

先程は上にずれたから、今度はもう少し下を狙おう。しかしそうすると次は下になりすぎる。そうして次は上に───、さっきからそれの繰り返しだ。

 

「うーん、でもずっと撃ちっぱなしですし。集中力も切れているようです。お客さんもいらっしゃることですし、一度手を止めましょう。」

「お客さん?……あっ!アネッサさん!!」

 

エド先生の言葉に振り返ると、そこには見知った顔が。

優しく笑う女性が私の視線に気が付いて手を振ってくれた。アネッサさんだ!

久々に見た顔に私は嬉しくなって駆け寄った。アネッサさんとエド先生は可笑しそうに笑うものだから、少し恥ずかしくなってしまう。

エド先生はお茶を淹れてくれると部屋を出ていった。

 

「アネッサさん、お久しぶりです。すみませんすぐ気が付かなくて。」

「いいのよ。頑張っている証拠だわ。」

 

アネッサさんの言葉に私は肩をすくめた。頑張ってはいるのだろうけど、全然進展がない。むしろ頑張っている分その結果はどうなんだろうと思ってしまう。

マイナスな言葉はいくらでも出てきたが、なんとか飲み込んで笑った。

 

「そういえばヘルパー君、すごい大人しくなったみたいですね。」

「……えぇ、そうね。最近じゃあ研究所の清掃もしてくれてるみたいで、とても助かってるわ。」

 

あれ。と思う。

話題を探して振った話なのだが、アネッサさんはなんだか嬉しそうではなかった。

リトルヘルパーは、あの後別物のように変わったのだ。

時折逃げ出してはエージェントを襲っていたリトルヘルパーだが、解体作業後、とても大人しくいい子になっている。

もちろんたまに収容違反することもあるが、人を襲うことはなくただひたすらに廊下を清掃してくれるというお掃除ロボットとなった。

壁や床の血のシミが、最近綺麗になったのはそのおかげだ。

Xさんはより、解体作業中に何があったか気になって頭を抱えてるらしいが。私達は何も覚えていないのだから仕方ない。

 

「ねぇ。ユリさん。」

「はい、なんですか?」

「その……。」

 

アネッサさんは何か言いたそうに、苦しそうにしている。

その理由がわからなくて。でもそんな顔は見たくなくて、私はできるだけ優しく笑顔を作った。

 

「なんですか?なんでも言ってください。私が力になれることなら、やりますよ?」

「……っ。」

「アネッサさんは優しいから、遠慮されるかもしれませんが……。ほら、ダニーさんとかユージーンさんとか見てくださいよ!私の事大いに利用してるじゃあないですか!」

「それは……。」

「でもそうすることで、少しでも研究所が安全になるなら私は嬉しいんですよ。アネッサさんにはたくさん良くして貰ってるので、お返しが出来たら嬉しいです。何か、悩みがあるなら聞きますし!」

 

私がそう言うと、アネッサさんは大きく目を見開いて、そうしてより苦しそうに表情を歪めた。

ダニーさんとかユージーンさんのこと、オーバーに言いすぎただろうか。別に本当に利用されてるなんて思ってないし、仮にされていたとしても仕事なのだから気にしていない。

慌てて訂正すると、アネッサさんが勢いよく私の肩を掴んだ。私は驚いて固まってしまう。

 

「ユリさん!!」

「はっ、はい!」

「……っ、ごめんなさい……。本当に……。」

「え?え?何がですか??」

「これを……。せめて。持ってて。」

 

押し付けられるように渡されたのは、個別に包装された錠剤だった。

 

「これ、なんですか?」

「……精神安定剤。前に渡したのより、かなり強いから飲む時は気をつけて。」

「えっ、私、今は別に大丈夫ですよ?心も身体も元気です。」

「お願い。持ってて。なにかどうしても辛くて仕方ない時に使って。その時は絶対に、絶対に話して。貴女は一人じゃない。絶対に一人になんかさせない。」

「アネッサさん……?」

「私は、酷い先輩だわ。貴女の優しさに甘える。貴女は私を嫌うかもしれない。でも最後まで護らせて。お願い。」

「アネッサさん!本当に、何があったんですか!?教えてください!」

「……。貴女は、私を、許さなくていいの。」

 

アネッサさんはそれだけ言うと、立ち上がって部屋を出ていく。

追いかけようとしたが、ちょうどすれ違ってエド先生が戻ってきた。

エド先生がアネッサさんを呼びとめるけれど、アネッサさんは会釈をするだけで足を止めることは無かった。

どうしたの?とエド先生が心配してくれるのがわかる。

どうしたかなんて、私が聞きたい。

手の中に残った錠剤。二列のシートになっているそれは、一番上の右端一つだけ、空になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もやもやとした気持ちで、私は午後のアブノーマリティへの作業へ移ることとなった。

出来ればオーケストラさんに会って相談したかったのだが、最近は練習と魔弾の射手への作業ばかりで会えていない。

しばらく忙しくて会えない事はオーケストラさんに伝えてある。

オーケストラさんは優しい声で〝待ってます〟と言ってくれた。〝寂しいですけど〟とも。そんなの、私だって寂しい。

 

「今日もまた素敵なしかめっ面だな?ベイビーちゃん?」

「そちらこそ相変わらずの漆黒で何よりです。まるで黒炭のようで。焼いたら灰になってくれますかねぇ?」

 

なんでオーケストラさんと会えなくてこんな奴の作業しなきゃいけないのか。

しかも今日は一つ、特別な作業を命じられてる。その内容というのが憂鬱で仕方ない。

しかし仕事だ。大きくため息をついて、魔弾の射手に口を開いた。

 

「あー、魔弾の射手さん今日も素敵です。大好きですよー。好き好き大好き愛してますー。」

 

心にもない言葉を並べる。Xさんに命じられたのは、魔弾の射手への〝愛情表現〟だった。

なんだか最近特別作業が多すぎる気がする。私がやるのって、〝栄養〟と〝清掃〟と〝交信〟だけのはずなのだけど。

これがオーケストラさんかアイか罰鳥さんなら良かったのだけど。なんだってこんなやつに告白しなければいけないのか。

どうせまたからかわれるのがオチだろうと思っていたのだが、何故か反応がかえってこない。

不思議に思って首を傾げる。

 

「……えっと、どうしたの?」

「……。」

「私、何かしました?」

「今の言葉は、本心か?」

「え?」

「愛の言葉なんて聞いたのは久方ぶりだ。で?それは本心かと聞いてる。」

「っ……!?」

 

かちゃん、と音がして。

魔弾の射手の銃が、私の胸に突きつけられた。

 

「えっ、えっ、ちょっと!?」

「答えろ。質問しているのだから。〝それは〟〝 本心か〟?」

「やっ、やだ!やめて!謝るからっ!ねぇっ!」

 

逃げようとするのに、身体が言うことを聞かない。

強く胸に押し付けられた銃口に冷や汗が一気に流れる。

目の前の彼が、アブノーマリティであるという事実が私の恐怖を倍増させる。怖くて怖くて、涙が込み上げてくる。

 

「そうだ一つ言っておこう。俺は嘘をつくのは好きだが、つかれるのは嫌いだ。」

「やだっ、やだっ!!ねぇっ!お願いやめて!!」

「答えろ。さぁ。」

「ごめんなさいごめんなさい!!嫌い!嫌いです!!嘘ついてごめんなさい!!大っ嫌いです!!死ねばいいって思ってます!!ごめんなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、研究所に一発の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









「死ねばいいって思ってます」おいユリちゃん本音ですぎですよ



前書きにも書きましたが頂きましたイラストとお礼小説の同時投稿となっています。

お礼小説を結構ちゃんと書くことにしたため今回初の4作品同時執筆でした。不安しかなかったのにかなり書きやすくて、今後こういう形式をとるのもいいなと検討中。
今回もお付き合いありがとうございました。


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Der Freischütz_3

(2019/09/13)
番外編と同時にアップしてます。そちらにとんでしまった方すみません。





一瞬肌から離れた鉄の感覚。

しかしすぐに大きな銃声が目の前で聞こえて、私は強く目をつぶる。

───衝撃は、こない。

恐る恐る目を開けると、やはり銃は向けられている。銃口は細い煙を吐き出していて、魔弾の射手は何やら笑っていて。

……まさか、空砲だった?

 

「最低!!酷い!!ちょっと!!本当に怖かったんだからね!?」

「はは、軽いジョークだよ。わかるだろ?」

「わかんないよ!!わかんないもん!!わかんなかったもん!!」

 

恐怖が怒りに変わって、顔が熱くなる。

安心したせいか涙まででてきた。心臓はまだバクバク言っていて、落ち着くのには時間がかかりそうだった。

 

「銃向けるとかさ!?空砲だからってひどいよ!!」

「空砲?誰がそんなこと言った?」

「え……だって、当たんなかったし……。空砲でしょ……?」

「あのな、弾の入ってない銃なんて飾り、好んで持つと思うか?」

「で、でも……。」

 

私は自身の身体に目をやる。どこも痛くないし、何もなっていない。

魔弾の射手はため息をついて、構えていた銃を触りだした。

 

「お前が無傷なのは私がお前を撃とうとしなかったからだ。」

「は?」

 

私に銃を向けて、しかもちゃんと撃ったくせに何を言っているのだこのアブノーマリティは。

 

「これは特別なマスケット銃でね。これで撃った弾はまさにフライ・クーゲル。なんでも撃ち抜いてみせる。」

「ふらいくーげる?」

「自在に動く魔法の弾丸のことだ。そんなことも知らないのか?」

「……普通なら、知らないですよそんなの。」

 

馬鹿にした言い方にイラッとして顔を逸らした。

魔弾の射手はまた耳につく声で笑う。

 

「ははは、そうだな、赤ん坊のうちは誰だって無知だ。」

「なんで貴方いつも私に喧嘩売ってくるんです?」

「喧嘩を売る?君が勝手に買っているだけだろう?」

「はー!私本当に貴方嫌いです!」

 

はっきり言ってやったのに魔弾の射手は気にする素振りもなく、むしろ愉快そうにしている。

 

「私は君が嫌いじゃないが?」

「あっそ、私は大っ嫌いですよ。」

「それは光栄だ。」

「……で!そのふらいくーげる、がなんなんですか!?」

「私が撃とうと思えばなんでも撃ち抜ける。どんなに遠く離れていても、私はお前の心臓を撃ち抜くことが出来るんだぞ?」

「……え。」

 

急に物騒な話になって、私は言葉を詰まらせた。

普通ならそんなおとぎ話、と笑うが目の前にいるのはアブノーマリティだ。完全に嘘だとは言えない。

 

「これはな、悪魔と契約して手に入れた物だ。」

「あ、悪魔……?」

「あぁ。あれは春か、夏か……?とにかく日差しが暖かく、鬱陶しい日のことだった。理由は忘れたが生に絶望していてね。全てがどうでも良くなっていた。その時、悪魔にあったんだ。」

 

魔弾の射手は銃を掲げて、崇拝するように見上げる。

 

「悪魔はこれを渡してくれた。私は受け取った。それだけの話だ。これは本当に素晴らしいマスケット銃だよ。これを持って沢山の土地を訪れた。そうしてなんでも撃ってやった。人は愚かだ。こんな私を正義と呼ぶ輩もいた。私はただ撃ちたくて撃ってやっただけなのに。」

 

勿論、と魔弾の射手は言葉を続ける。

 

「その輩も、撃ってやった。」

「サイコパスかよ!!」

 

思わず勢いでつっこんでしまった。

しかし話を整理するとだいぶ危険を感じる。言ったあとに顔が青ざめたが、魔弾の射手は特に気にする様子もなく話を続けた。

 

「力を手に入れたらわかるさ。とても気持ちいいものだぞ?」

「わかりたくない気持ちよさですね。」

「ほぅ?お前は力が欲しくないのか?」

「そんな物騒な力欲しくないです。」

 

身体を引いて答えると、魔弾の射手はふむ、と少し考える素振りをする。

言葉を選んでいるようだが、何を言われてもそんな力欲しいなんて思わない。

 

「悪魔とした契約はな?とても簡単なものだったんだぞ?最後の弾丸で、愛する者全てを撃ち殺す。たったそれだけだったんだ。」

「とんだサイコパスだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎しみの女王の廊下の前を通った瞬間、後ろから突進される衝撃。

思わず前のめりになって倒れそうになるも、後ろに少し引っ張られる感覚が、私の身体を支えてくれた。

 

「ユリ!酷い!なんで最近来てくれないの!?」

「アっ……アイ……。」

 

振り返ると、頬をプクッと膨らませたアイの顔が。

首に強く腕が絡んで少し苦しい。しかしそんなことよりも研究所に響く金切り声が耳に痛い。

 

「私待ってたのに!なんでなんで!寂しかったんだからね!?」

「ごめん!ごめんアイ!まって首締めないで!!」

 

私が悲鳴をあげるとアイは腕を離してくれた。

酸素を求めて大きく深呼吸する。しかしその途中に正面から抱きつかれてぐえっ、と変な声が出た。

 

「バカバカ!ユリのバカ!!」

「げほっ……ご、ごめんねアイ……いや、私も行きたかったんだけど……。」

 

ポカポカと軽く殴られる。少しいたいけれど、アイの元々の力を考えれば相当手加減してくれているのだろう。

アイの言ってることは最もで、最近全然会いに行けてなかった。

練習時間があるので、担当しているアブノーマリティの皆にはあまり会いに行けないことを伝えている。そうでないと皆の気分が悪くなってしまうと、Xさんからの指示だった。

それにしても、アイには会わなすぎだったと思う。

もうすぐで一月経ってしまうくらいにはアイへの作業を任されていなかった。

アイならば今のように私に会いに来ることも出来ただろうに。それをしなかったのは健気な彼女の事だ。「待ってて」という私の言葉を守ってくれたのだろう。

 

「アイ。本当にごめんね。私も寂しかったよ。」

「……許さない。今日はもうずっと一緒にいるんだからね……。」

 

可愛い顔でそんなことを言われて、胸がきゅんと鳴った。

彼女が出来た男性の気持ちってこんな感じなのだろうか。思わず私もぎゅっとアイを抱き締める。

 

「……?なんか、ユリ、変な匂いする……?」

「えっ。」

 

その言葉に咄嗟に身を離した。

しかしアイは顔を近づけて鼻をくんくんと動かす。

 

「や、やだ嗅がないで!臭いってことだよね!?」

「臭いっていうより……あんまりいい思い出のない匂い……?なんだったかしらこれ……。」

 

臭いなんていくらでも覚えがある。この広い研究所を駆け回って入れば嫌でも汗はかくし、気をつけていても硝煙の臭いは髪に付いてしまう。

それでもなお鼻を動かすアイに顔は熱くなり、恥ずかして私は縮こまってしまった。

 

「あっ……!これ!!ウサギの匂いだわ!!」

「え?ウ、ウサギ?」

 

ウサギって、あれだろうか。長い耳の、ふわふわした可愛いウサギ。

 

「そうよ!!なんでこんな匂いつけてるの!?ダメよ!ウサギって野蛮なんだからね!?」

「野蛮?ウサギが?」

「そうよ!そりゃ、助かる時もあるけど……、すごい凶暴なんだから!!襲われたら絶対に私を呼んでね!?」

「ウサギってそんなだっけ!?まって、そもそも私ウサギなんて見てもない────、」

 

「ユリさん!良かった無事でしたか!」

 

アイへの言葉は後ろからの声で遮られた。

振り返るとダニーさんが息を荒くして立っている。

額には汗をかいていて、相当急いできたのだろう。

 

「どうしたんですか?ダニーさん。」

「事故が、あって。良かったです、無事だったんですね。」

「事故!?」

「はい。流れ弾が数人のエージェントに当たるという事故がありまして。ユリさんが今担当してる魔弾の射手近くで起こったので不安だったんです。」

「ええっ!?」

 

私はポカンと口が開いてしまう。

そんなことがあったとは。全然気が付かなかった。私が魔弾の射手の作業をしている時におこったのだろうか。

けれどダニーさんはこの事件が不思議で堪らないと話してくれた。今日は別に収容違反も起こっていないし、パニックになったエージェントもその時いなかったという。

それなのに何故銃は撃たれたのか?

謎はもう一つ。

撃たれたエージェントは数人だったのに、弾丸は一つしか見つかっていないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






最近皆さんへの愛が止まらなくて手紙を書きました。
自分で読むことが出来ないのでロリユリちゃんとショタダニーに読んでもらいます。(誰得)

以下私の汚い文字と絵注意。なんでもいい方のみ見てくださると助かります。責任とれないから( ´・ω・`)



【挿絵表示】



【挿絵表示】


おまけ「ロリユリが貴方の名前を呼ぶかもしれないだけの画像」↓

【挿絵表示】


追加「ショタダニが貴方の名前を呼ぶかもしれないだけの画像」↓

【挿絵表示】



いつも本当にありがとうございます(´;ω;`)
名前消した方がよければ仰ってください。編集しますので……。




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Der Freischütz_4

『ユリちゃん、もう、頑張らなくていいわ。』

 

そうだね。だって。

頑張ったって、「無駄だから。」

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

心臓が大きく跳ねて、私は思い切り飛び起きた。

やけにうるさく騒ぐ胸を手で抑えて落ち着かせる。呼吸が、荒い。

何とか息の仕方を思い出して辺りを見回す。私の家。部屋のベッド。

あぁ、夢かと気がついて私は頭を抱えた。昔の夢は最近見なくなったのに。またこれかと憂鬱な気分だ。

水を求めてキッチンに向かう。スリッパがやけに冷たくて、足が動かしにくい。

壁の時計を見るとまだ夜の三時だった。それなのにはっきりと目が冴えてしまって嫌になる。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、コップを探すも面倒くさくなってそのままペットボトルに口をつけた。

冷たい。

口端から上手く飲めなかった水が零れて、首を伝う。それが今度は胸まで降りてくるから体を冷やす。

飲んでも飲んでも、喉は乾いてるように思う。しかし息が苦しくなって口を離す。溺れているような気分だ。ここは陸なのに馬鹿みたいだけど。

 

嫌な夢だったとぼんやり考える。

昔に囚われているのは相変わらず。当たり前だ。事実はなにも変わってない。

最近アブノーマリティの皆に慰められて、随分気が紛れていたけれど。思い出してしまえばそこまでの話。

しかし今回はまた、懐かしいもので記憶を見たものだ。

母の言葉。私が無力だと認められた瞬間の言葉。

言われた幼い私は、振り返って言った。はっきりと〝無駄〟だと。あの時の私は、どんな表情をしていた?確かそう。にっこりと笑って言ったの。そうして今度は目がえぐれて、口は溶けて。ドロドロとした、黒く汚い何かになって。

そうして手を伸ばしてくる。私のことをあやす様に頭を撫でて、何度も囁かれる。無駄ね、無駄だよ。

気がつけばあたりは真っ暗になってる。黒いそれと私だけが存在して、崩れた顔はいつも目の前で、白い歯を輝かせて笑ってる。

そこで、夢は終わる。

私は結局なにも言えない。言い返せない。……頭が、痛い。

 

最近見なくなった夢がまた表れたのはなぜか。

心当たりはあった。というか、ひとつしか無かった。

 

ペットボトルを持つ手がじんわりと固い痛みを訴える。

手のひらを見ると硬い豆が出来ていて、そこがプラスチックに当たっていたのだ。

結局、銃の練習は上手くいかないまま。

私はその場に蹲る。開けっ放しの冷蔵庫の冷気が体に当たって、冷たくて仕方ない。

それがなぜだかとてもとても痛く感じて。そして妙に悲しく思えて。

私は泣いてしまった。泣くのはスッキリするけれど、嫌いだ。私は弱いから泣くのだ。弱い自分を、見せつけているような気分になる。

それなのにとまらない。泣いたって、どうしようもないのに。〝無駄〟なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───夜、ちゃんと眠れていますか?

 

「え……。」

 

久しぶりのオーケストラさんのお部屋の掃除。その途中、オーケストラさんの指が、優しく私の目の下をなぞる。

カーブを書いてなぞられて、私は朝鏡で睨めっこしたクマを思い出した。

慌てて手で顔を抑える。

 

「す、すみません。酷い顔でした?」

 

コンシーラーで厚塗りしてきたのだが、やはり作業していると崩れてきてしまう。

後で化粧室に行かなければ。俯いて顔を隠すと、オーケストラさんの心配した声が降ってくる。

 

───疲れのとれない顔です。大丈夫ですか?何か、ありました?

 

「大丈夫です。すみません、心配かけちゃって。寝不足なのは、あるんですけど……。」

 

昨日寝れなかったのは本当だ。結局あの後一睡も出来なかった。

目をつぶるとごちゃごちゃとした思考が、頭で形になって再生される。それが耐えられなくて目を閉じては開けての繰り返しだった。

睡眠薬を飲んでもよかったのだが、時間があまりにも中途半端で。寝坊する可能性を考えて我慢したのだ。

薬には助けて貰ってる。気絶するように寝れるから。

頬に添えられたオーケストラさんの手に、自分のを重ねる。

人形の手に体温なんてないのに、どうしてこんなに優しく感じるのだろう。

 

「本当に。大丈夫。」

 

声に出したら、言い聞かせるようになってしまった。

そう。大丈夫。大丈夫だ。いつもの事だ。そのうち慣れて、なんでも無くなる。

 

───貴方は、無茶をするから心配です。

 

オーケストラさんに言われて、私は曖昧に笑うしかなかった。

こんな優しくしてくれる彼に、「私みたいのは無茶しないといけないんですよ」なんてひねくれたこと、言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エド先生の都合もあって、今日は午後からの練習だった。

全然上手くはならないが、最近少しは進歩も見られた。かするくらいには弾丸が的に当たるようになったし、目もあまりつむらなくなった。

他人から見たら、大したことないのだろう。けれどこうした進展をかき集めないと、嫌になってしまうから。

 

「……本当に、珍しいですね。」

「ええ。まぁ、元々戦いに向いてはいないんでしょう。」

「ユリさん、頑張ってるんですけどね。」

 

練習場のドアを少し開けたところで、聞きなれた声が。

ダニーさんと、エド先生だ。

普通に入ればいいとわかっているのに、私の名前に足が止まってしまう。

 

「君が紹介する子だから、どんな問題児かと構えていたのですが……。とってもいい子で驚きましたよ。」

「なんですか、そんな俺が問題児みたいな。成績優秀だったでしょう?」

「成績はね。君は自分を過信しすぎなんですよいつも。一人で自己判断して突っ走るんですから……。何度肝を冷やしたことか。」

「最後に判断するのは自分なんですから信じて当然ですよ。」

「あのですね、そんな自分勝手ばかりしてると恋人も出来ませんよ?」

「独身の先生に言われたくないですね。」

「君は本当に可愛くない生徒だなぁ!?」

 

二人のやり取りが面白くて、私はクスッと笑ってしまった。慌てて口を抑える。

というか、なんで隠れているのだろう。別に出ていってもいいのに。

 

「正直ユリさんに教えるのは辛いものがあります。とても大切に育てられてきたんでしょう。それなのにあんなこと教えて……。」

「でもここはそういう場所ですし、仕方ないじゃあないですか。」

「そうだとしても……、可哀想になります。ユリさん、きっと銃も初めて持ったんですよ。」

「どんなに才能がなくても、弱いままじゃ困りますので。」

「こら、言い方悪いよ。君の言いたいことはわかりますけど、そういうこと言わない。」

「……別にいいじゃないですか。本人が聞いてるわけでもありませんし。」

「ダニー。」

「……すみません、でした。」

「よろしい。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

どんなに才能がなくても。か。

 

私は自分の手を見つめる。豆は固く、ところどころ血も滲んでいる。

何かが触れる度に嘲笑うように痛みは走る。こんなに頑張ってるのにね?ねぇ?

魔弾の射手の言葉が蘇る。意地の悪い言葉。嫌な態度でニヤニヤと笑いながら、彼は言った。「力が欲しいか?」と。

 

……そんなの。

欲しいに、決まってる。

 

 

 




本当はもう少し間を開けるはずだったんですが、
知る人は知ってる突然のやばい番外編投稿事件で詐欺更新されてたと思うので急ぎました。

本当にすみません。

あと、ハーメルン更新通知メールで来るのかな?ハーメルンってアプリないから通知ないし、Twitterとか使って更新した方が見やすいんでしょうか。
少しでもその方がいいって方いたらそうしようと思います。どうでもいいからおうどん食べたい人はうどん屋さんに行きましょう。宮野はおあげののった出しの美味しいキツネにします。


追記

えっ、アンケートどうしよう。
必要な方が一桁のままうどん派さんが100人超えたらやらないつもりでした。
希望少ないのはあからさまに分かってたから、流石に一桁ならやめよーって。50人ほど必要な方いたらやろーって。それくらいだったんですが。
ううん、もう少し様子見ます……。

あ、うどん嫌いな方は心の中でそっとラーメンにボタンを押してください。ジェノベーゼでも可能。


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Der Freischütz_5

2019/09/20

本編と同時に番外編を更新致しました。間違えて飛んでしまった方申し訳ございません。







銃を持つ手が震える。

それは最初にあった恐怖とは別の震えだった。銃を握るとちょうど豆の部分にフィットして、痛いのだ。

絆創膏を貼るも、関節部分に当たるためすぐに剥がれてしまう。ぐちゃぐちゃに丸まった絆創膏には血が滲んでとても汚い。

それを見る度に、私はため息をついていた。もう、嫌になってくる。

 

「ユリさん、頑張ってるみたいだね?」

「ユージーンさん……。」

 

後ろからの声に振り返ると、ユージーンさんが手を振って扉前に立っていた。

そのまま近づいて、私の手をじっとみてくる。ユージーンさんは少し眉を下げて、私の手を掴んだ。

 

「うわー、酷いね。大丈夫?大丈夫じゃあないか。」

「えっと、ちょっと痛いくらいです。」

「いやいやこれちょっとじゃすまないでしょ。アネッサに聞いて薬もってきたんだ。」

 

ユージーンさんはポケットから小さなチューブを取り出した。赤いプラスチックの蓋を開けて、中身を出してくれる。

それを手のひらに乗せられた。言われるままに伸ばすと、じわじわとした痛みが広がる。

 

「ぅ、痛い……。これ、結構染みます……。」

「そんな染みる薬じゃないから、怪我がそれだけ酷いってこと。」

「……。」

「ユリさん、ちょっと頑張りすぎだよ。」

「そんなこと、」

「じゃあ言い方を変える。焦りすぎ。」

 

ユージーンさんははっきりとそう言った。

私を見つめる瞳が居心地悪くて逸らす。けれど視線はずっと感じた。

 

「あのさ、こんなんだと逆に上達しないよ。わかるよね?」

「……でも、練習しか、私出来ません。」

「やろうとする気持ちはいいけど、空回りしてる。そんな急ぐものでもないし、とりあえず怪我が良くなるまでは撃つ練習は中止した方がいい。」

「そんな!」

「このまま慣れたとして、軸は多分ぶれるよ。ぶれた軸を身体が覚えるからね。」

「……。」

 

言い返せなくて私は俯いた。ふぅ、とユージーンさんのため息が頭にかかる。

 

「先生に言っておくから。暫くはお休みするって。確か、エド先生だっけ?」

「……お願いです。やらせてください。」

「ユリさん、」

「じゃないと私っ、私……っ。」

 

不安で、少しでもなにかしていたいのだ。

ただ止まっているだけは、変わらない無力な自分を直視することになって、辛いから。

 

「……ユリさん。もう頑張らなくていいんだよ。」

 

十分頑張ってるんだから、とユージーンさんは続けた。しかしそれが頭に入ってこない。

 

もう『もう』頑張らなくて『頑張らなくて』いいんだよ『いいわ』。『。』

 

声が重なる。幼い頃の記憶。悲しそうな、とびきり優しい母の声。

もう頑張らなくていいと母は言った。それは私の今までとこれからを否定する言葉だった。

でも母は悪くない。それは事実を言っただけなのだ。練習なんて必要ない。何もしなくていい。

 

「だって無駄だから。」

「え、ユリさん?」

「……なんでも、ない。」

 

私は笑う。とても上手に笑えている気がする。

顔の筋肉が動くのがやけにはっきりとわかった。

人って、心が痛すぎると身体と離れてしまうのだろうか。ここに立っていながら、私はずっと遠くから今を見ているような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら、私は魔弾の射手の収容室にいた。

目の前に当たり前だが魔弾の射手がいる。そうだ、今は作業中だ。でも、何をすればいいんだっけ。

 

「心ここにあらずだな?」

「あ、ごめん、なさい。」

 

魔弾の射手に言われて、慌てて記憶を辿る。なんの作業指示を受けていたか。

しかし頭がぐわんぐわんと揺れる。痛い。酷く辛い。

それなのに、自分が意識から遠い。変な感覚だ。地面に足がついていないような。

ねぇ私、今頭が痛いんだって。そんなことを思う、どこか離れたところにもう一人私がいる。

掴みどころがないのに、痛いのだけは分かる。気分が悪い。

 

「……一種の現実逃避か?」

「……え?」

「反応が遅れている。ふむ。なにかあったか?話してみろ。」

 

話すって、何を。

 

「話すって、何を?」

「……今なにを考えているか。」

 

今なにを考えているか?

 

「……強いって、どんな感じ?」

「は……。」

 

口は自然と動いている。

私はそれがずっと知りたかった。強いなんて言葉は私には似合わないもので、どんなものか想像がつかない。

それが手に出来たら、どんな幸福感を得られるのだろう。私の家族は、同僚のみんなは、どんな気持ちなのだろう。

魔弾の射手は少し驚いた反応に見えたが、すぐに口元に手を当てて話し始める。

 

「そうだな、気持ちのいいものだぞ?」

「きもちいい?」

「あぁ。優越感と、自己肯定感があって────、いや。」

 

しかし魔弾の射手はすぐに話をとめた。そうして首を振って、私をまた見つめる。

 

「お前にはこんな言葉ではダメだな。」

「え?」

「……強いっていうのはな、別になんとも思わない、大したことないものだよ。」

「……どういうこと?」

「別に特別だなんて感じないってことだ。」

「え……?」

 

魔弾の射手の言うことに頭が混乱する。

どういうこと?何も、感じない?意味がわからない。

私はわかりやすいのだろう。魔弾の射手は馬鹿にするように笑った。

 

「ユリ、お前は呼吸をしてるってどういう感覚だ?」

「え。」

「心臓を動かしてる感覚は?細胞を分裂させてる感覚は?」

「そ、そんなのわかんないよ。」

「そうだな、わからないな。だから私も強いというのがどういう感覚かわからない。」

 

その言葉に、嫌な予感がする。

耳を、塞ぎたくなった。聞いてはいけない。これ以上は。

きっと、この先は、聞いたら私は。壊れてしまう。

 

「……強いなんて当たり前にしか思っていないぞ?」

 

冷水を浴びせられたようだった。

その言葉は。私を絶望に落とすのに十分で。

身体の体温が一気に下がるのを感じる。目眩が、する。

色んな人の背中が頭によぎる。父、母、姉、兄、ダニーさん、リナリアさん、アイ、オーケストラさん。

みんなただ前を真っ直ぐ向いている。すぐに自分の手を見下ろす私とは違って。

 

遠い。とても遠い。

手を伸ばす。……届かない!!

届かない、よ。

 

なぁユリ、と声をかけられる。私は顔を上げることが出来ない。

 

「力が、欲しいか。」

 

そんなの。

……そん、なの。

 

答えようと、顔を上げた。否定しなければ。だって、魔弾の射手はきっとろくな質問をしていないから。

目の前に差し出された銃。

それがやけに眩しく見える。私の手は自然に伸びる。だめだ。これは、誘惑だ。

でも、欲しい。心が動く。渇望する。

銃の持ち手に触れる。それは不自然に手にフィットして、とても持ちやすい。どうしてだろう。手の豆も全然痛くないのだ。

それが嬉しくて、泣きそうになる。私は漸く。と銃を大切に抱えた。頬擦りすらしてしまう。

冷たくて硬いはずなのに、とても暖かく思えた。

力。強さ。今私の手元にある。

これは、私のもの。私の、力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔弾の射手が笑っていることに、私は気が付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔弾の射手の収容室からでる。手元の銃は魔法のように消える───こともなく。

それはやはり私の手の中にある。触ってると妙に安心感があって、同時にドキドキと興奮もしている。

これはもしかして、ユージーンさんが言っていたギフトというものだろうか。

だとしたら、もしかしたらこれにはすごい力があるのかもしれない。期待に胸は膨らんだ。自然に笑みがこぼれてしまう。

私は中央本部に向かった。扉を開けるとそこにはチームのみんながいる。

あまりエージェント同士関心のないチームだ。扉が開いたくらいでは振り返らない。

しかし私はみんなにこの銃をみて欲しくて、珍しく声をかけた。あの、と言うとみんな振り返る。

振り返った皆は、私の銃を見て驚いてるようだった。

目を見開く人、口を開ける人。皆の反応が大袈裟で、私は笑ってしまう。まぁ確かに、こんな立派な銃珍しいだろう。

そうして私は。

 

みんなに向けた銃の引き金を、ひいた。

 

 

 

 

 

 

 







お礼小説載せたくて予定より早く更新致しました。次回はもう少し間あくと思います。すみません。

次回はユリちゃんが大変な目に合います。ふぁいとー。

あとアンケートありがとうございます。まだ迷ってます。すみません……。



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Der Freischütz_6

熱い。

首筋が、酷く熱い。

何かが迫ってきているのを感じる。それが完全になる前に、一発でも多くの銃弾を撃ち込みたい。

はっ、と吐いた息は胸が焼けるようだった。頭がグラグラする。それなのに、銃を持つ手は震えない。

 

「あはっ、」

 

思わず笑ってしまう。あんなにも苦戦していたのに、今じゃ百発百中だ。

すごい、すごいね。

 

「この魔法の弾丸、貴方の言ったとおり本当に誰にでもあたるね!」

 

もう、役立たずじゃないねと。

幼い私が笑った。頭の中で、確かに笑ったのだ。

良かったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダニーは廊下を走っていた。銃声が聞こえる。間隔を空けてまた。

それは進む毎に近くなり、ダニーは舌打ちをする。何がどうなっているのか彼には全くわからなかった。

つい先程届いた作業メッセージには、確かに〝エージェント・ユリの鎮圧作業〟とあった。加えて〝正気ではない〟〝人を殺している。〟なんだ、それは。

もう少しで目的地、という所で、ダニーは向かい側から走ってくる女性に、突進されるようにぶつかった。

胸を強く頭突きされて、鈍い痛みが走る。そのまま押される形で尻もちを着いた。

 

「くっそ、緊急事態なんだ!!気をつけろよ!!」

「ダッ、ダニー!!助けて!!」

「リナリアっ……!?」

 

ぶつかってきた相手にダニーは怒鳴るが、直ぐにそれがリナリアであることに気が付く。

リナリアは珍しく弱々しい声で、ダニーに強く抱き着いて離れない。その肩は小刻みに震えていて、ただ事ではないとダニーも察する。

 

「リナリア、状況は?ユリさんは、どうなってる?」

「ユ、ユリさん見たことない銃で私たちを攻撃してきて!もう、中央本部皆真っ赤だよ……!!」

 

リナリアの言葉にダニーははぁ!?と声を上げた。

 

「あんな下手な弾丸になんで苦戦してるんだよ!?」

 

ユリの撃つ銃弾は的違いに飛んでくる、素人らしいものだった。

普段武器に慣れていないものなら恐怖で足がすくんでしまうかもしれないが、そうでも無い限り避けることが出来るくらいの物だ。

新人の集まる上層ならまだしも、中層に集まるメンバーはある程度場数を踏んでいる。だからリナリアが言っていることはおかしいのだ。

 

「それがっ……!軌道が全く分からないの!!」

「は!?」

「ユリさん、全然狙い定めてないのに、なんでか当たるの!!下に撃っても、なんでか真っ直ぐこっちにくるの!!」

「追尾弾ってことか?」

「違う!そんなすごい銃じゃない!博物館とかでみる……マスケットみたいな、古い銃だった。なのに、なのに……。わからない!分からないよ!!あんなの魔法でも使わないと、有り得ない!!」

 

リナリアは、ダニーの服を掴んで大きな声を上げた。

 

「このままじゃ皆死んじゃう!!」

 

それはもはや、悲鳴だ。

 

「待てって、落ち着け。そんな古い銃なら弾数も限られるだろ。全滅なんて、そんな、」

「貫通もするの!!」

「は。」

「わかんないけどっ、一発で何人も倒れちゃう!!前線だけじゃなくて、後方支援も全員っ……なんで、なんでこんなことに。」

 

リナリアはどうしようどうしようと、完全にパニックになっている。

背中を撫でてリナリアをなだめる。その間にもダニーは話を整理していた。

ユリさんは人を殺している。銃で。その銃は追尾もしてくるのか必ず当たる上、一度に数人を撃ち抜く程の殺傷力がある。

……ライフルか?でも、ユリさんはライフル持つことができるだろうか。

ユリが練習していたのはハンドガンだ。持ち方も何もかも違う。

しかも、重い。持てないことはないとはいえあんな非力な女性が固定して持てるような代物ではない。

 

考えられるのはアブノーマリティの影響だ。

それしかないだろう。

 

それをダニーはわかっているが、どうすればいいかはさっぱりわからなかった。

鎮圧と言っても、相手が相手だ。できるだけ怪我はおわせたくない。

いや、最悪怪我は仕方ないだろう。足か手を数発でも撃てば、少なくとも動きは鈍る。

しかし、ユリのあの弱い身体だ。戦いなれもしていない。下手に動かれて、撃ち所がずれたら。

 

死ぬ。確実に。

 

それは絶対に避けたいことだとダニーはわかっている。純粋なユリへの情も勿論あったが、彼女が死んだことでのアブノーマリティへの影響を考えると目眩がした。

この難題にダニーは現実逃避でもしたくなるが、また聞こえた銃声に我に返る。

 

「……どうする。考えろ……。」

 

頭を抱えて自分に言い聞かせる。

なにか、なにかないか。どうしようもなくてもどうにかしなくてはいけないのだ。知恵を絞り出す。

この状況を打破するには、どうすればいい。

相手を殺さないように止める方法。やはり数の暴力しかないか。死ぬ数も多いが、一番有効だろう。

状況が状況だ。きっと下層も駆けつける。

壁を多く作らなくてはいけない。攻撃を受ける壁を。

時間を稼いで、死角を狙うのだ。追尾、貫通する銃を持つユリの死角を、数で作る。

犠牲は少なくないだろう。ダニーの眉間にシワがよった。

廊下の先を見る。また銃声が。今度は何人倒れて、何人死んだのだろう。

足止めをする意味でも、管理人は何人かを現場に向かわせるはずだ。

もしかしたら状況なんて知らされていないエージェントもいるかもしれない。そしてそれが大抵上層の新人であることもダニーは察しがついた。

やるせない。

きっとその人達は、沢山のことをやり残している。食べ損ねた冷蔵庫のアイスも、録画した映画の消化も、大切な誰かへの手紙もまだ終わってないのかもしれないのに。

一瞬にして、死んでしまうのだ。

ダニーはすぐにでも現場に行って、なにか出来ないかと考える。

勿論、なにも出来ないのだろう。自身の無力さを呪った。

苦しかった。割り切るのが正解で、楽なのだろうけれど。それをずっと他人に言ってきたけれどり

やはり何度味わってもなれない。人が当たり前に死ぬという感覚は。

まるで醒めない悪夢だとダニーは思った。

 

「……リナリア、とりあえず待機だ。下層エージェントが来るまで。」

「……わ、かった。」

「他のメンバーが来たら作戦を相談はするが、恐らく大勢で一斉に突撃しての鎮圧になる。……覚悟、しておいた方がいい。」

「そ、そんな!!だって、だってそしたら。」

 

リナリアがダニーを見上げる。その瞳は潤んでいて、訴えるようだった。

彼女が何を言いたいかダニーはわかった。だからできるだけ冷たく淡々と言い放つ。

 

「最悪は死ぬな。」

 

リナリアは、大きく目を見開いた。涙がこぼれ落ちる。

 

「ダニーはなんでそんなこと簡単に言うの!?」

「……。」

「やだよっ、死にたくない!!私死にたくないよ!!」

「……仕方ないだろ。出来るだけ下層が生き残れるような作戦には絶対になるんだから。」

「そんなっ……!」

「死ぬと決まったわけじゃないんだ。とりあえずやれることをやるぞ。」

「そんなの……そんなの……。うう……。やだよ、やだよぉ……。」

 

リナリアが泣く気持ちはもちろんわかる。

上層の犠牲がなくなったら、次は自分たちだ。

そんなのは死ぬのを順番待ちされてるのと同じ。使い捨て。結局は道具のように扱われて。

もしかしたら。ALEPHクラスのアブノーマリティを担当するダニーは、もしかしたら少しは大切に扱われるかもしれない。

しかしリナリアは?

……その先を言えるほどダニーも残酷ではなかった。

仕方ない。仕方ない。そう言い聞かせる。少しでも自分を、納得させるために。

そう、仕方ない。これしか方法はない。

仕方ないのだ。俺達に、アブノーマリティの力をどうにかするような強さは、ないのだから。

 

「……あ?」

 

俺達には、ない。

でも?

 

ダニーは勢いよく立ち上がった。しがみついていたリナリアはバランスを崩して床に額をぶつけた。

死への恐怖も相まって冷静でないリナリアはダニーに酷く腹が立った。

怒鳴ろうと口を開いたが、それは寸で止められる。

ダニーの目が、やけに輝いていたからだ。

 

「ダ、ダニー?どうしたの……?」

「止められるかもしれない。」

「え?」

「わからないけど、やる価値はある。」

 

そう言うとダニーは走り出した。後ろからリナリアの声が聞こえてきたが、それに反応する時間も惜しかった。

元来た道を戻る。

彼の考えは今までにないことであった。他のエージェントに言ったら馬鹿にされるだろう。ダニーだって、普段ならそう言う。

しかしもしかしたら。この条件が揃っている今なら、出来るかもしれない。

彼は走る。迷いなく真っ直ぐ。それしか希望はないのだから。

 

目的の場所にたどり着いたダニーは急いでその扉を開ける。

部屋の中にいた目的の人物は、ダニーの姿にとても驚いた。

それもそのはず。ここまで走ってきたダニーの息はぜぇぜぇと荒く、汗をかいた額には髪が張り付いている。

必死の形相をしたダニーを見てパチパチと瞬きをした。

 

「あら……あなた……。」

 

ダニーに手が伸ばされる。そうして張り付いた髪を丁寧に耳にかけられた。

ダニーは顔を上げる。とても美しい少女が笑いかけた。

 

「やっぱり。ユリを助けてくれた人ね?」

 

どうしたの、と少女は言葉を続ける。綺麗な声で、ダニーに問いかける。

まだ息が整わないけれど、ダニーはなんとか声を絞った。少女を見つめる。希望。唯一の、希望だ。

 

「頼むっ……助けてくれっ……。」

「?……何かあったの?」

「ユリさんが、大変なことになってるんだ。」

「ユリが?」

 

ユリの名前に少女は鋭く反応した。ダニーは強く少女を見つめる。

 

「ユリさんを助けてくれ、憎しみの女王!!」

 

ダニーはとにかく、憎しみの女王に現状を説明した。

憎しみの女王はダニーの言葉を一つ一つしっかりと聞いていく。

少し意外だとダニーが思ったのは、ユリが関係することであるというのに憎しみの女王が冷静だったことである。

 

「つまり、ユリが銃を持って無差別に人を襲ってるという事ね?」

「あぁ。その銃が、俺達じゃ太刀打ち出来ないようなものなんだ。」

「……魔法の道具かしら。」

「え……。」

「そういうものは、世の中に沢山存在するわ。私の杖のように。とても便利だけど、大抵は力が強すぎて持ち主側が取り込まれてしまうの。ユリは、その銃に操られてるのかもしれない。」

「ど、どうすれば……。」

「簡単よ。銃を手放させるの。一瞬でもいいから手から離れればきっと元に戻ってくれる。」

 

行きましょう、と憎しみの女王は立ち上がった。部屋を出ようとする彼女に、慌ててダニーは声をかける。

 

「助けてくれるのか!」

 

憎しみの女王はダニーの方を振り返った。青く透き通った髪がふわりと揺れる。

綺麗で、真っ直ぐな笑顔がダニーに向けられた。

 

「勿論。だって私は、正義の味方だもの。」

 

その姿はまるでテレビのワンシーンのようで。

ダニーの涙がさそわれる。ぐっと、胸が熱くなった。

これで、救われる。助かるんだ。

身体の力が一気に抜ける。自身の手が震えていることに今気がついた。情けないものだと自嘲する。笑えるくらいの余裕は、取り戻すことが出来たようだった。

そんなダニーを見て憎しみの女王はクスクスと小鳥のような声で笑う。

そして大袈裟にパチンとウインクをした。

 

「それにユリを助けるのは私の役目だからね。」

 

ダニーは乾いた笑いをする。

そっちの方が、本心だろう。

 

憎しみの女王は目を閉じて、耳に手を添えた。何かを聞いているような行動が不思議でダニーは首を傾げる。

憎しみの女王はゆっくりと目を開けて、怪訝な表情を浮かべる。

 

「ユリ大丈夫かしら……。声からして怪我とかはないと思うのだけど……。」

 

憎しみの女王の言葉に、ダニーは驚いた。

 

「ここからでも声が聞こえるのか!?」

「え?あぁ、部屋の中にいるとかなりぼやけるけどね。」

嘘みたいな話だ。収容室は防音にもなっているはず。それは外部音声によってのアブノーマリティへの影響がないように、精密に作られたものなのだが。

無名の胎児の泣き声の例もある。やはり人類では、アブノーマリティの能力を抑えることなどできないのだろう。

 

「さすがアブノーマリティだな……。憎しみの女王、もしかしてユリさんの様子とかもわかるのか?」

「それはちょっとわからないわ。……というより、その呼び方やめてくれない?」

「え。」

 

憎しみのは頬をふくらませてダニーを睨んだ。

それは全く怖くない、可愛らしいものだったが。

 

「憎しみの女王?趣味が悪いわね。私にはユリから貰ったアイって名前があるのよ。」

「あ、あぁ、悪い。」

「全く、そういうの女の子に失礼だからね?好きな子に同じことしちゃダメよ?」

「……。」

 

アブノーマリティに女性の扱いを言われるとは思っておらず、ダニーは複雑な気持ちになった。

なんとも言えない表情をするダニーを見て、憎しみの女王は満足したのか興味をなくしたのか、ダニーに背中を向けた。

そうして、杖を掲げる。

 

「私、テレポートで先に行ってるわね。」

「え。」

 

消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁぁあ!?」

 

リナリアの叫び声が研究所に響いた。

突然現れた憎しみの女王に、リナリアは驚いて床に座り込んでしまった。

ぐしゃぐしゃの顔で身体を震わせるリナリアに、あら、と元凶の彼女は口に手を当てる。

 

「ごめんなさい、驚かせちゃったわね。」

「ひいっ!?憎しみの女王!?うそ、やだ。こんな時に収容違反なんてっ……!!」

「ねぇ貴女、ユリはこの先にいるのよね?少し位置をずらして移動したのだけど……。」

「下層エージェントまだ!?やること他にもあるのわかるけど早くきてよぉ!!」

 

リナリアは憎しみの女王に向けて自身の銃を構えるが、手が震えて威嚇にすらなっていない。

わかりやすい敵意に憎しみの女王は苦笑いする。

 

「……ううん、話にならないわね……。助けに来たのだけど……。」

「た、助け……?」

「そうよ。良かった、話せるわね?状況を知りたいの。」

 

リナリアはポカンと、口を開ける。

憎しみの女王がアブノーマリティということは、ここにいるエージェント誰もがわかっている。

アブノーマリティに恩恵をくれるものがいるのは彼女もわかっていたが、いずれも結果的にそうなっただけで、このように助けるという意志のもの動いてくれるのは初めてのことだった。

確かに憎しみの女王は比較的友好的なアブノーマリティではある。しかしそんな都合のいいことがあるのか?

そこでリナリアが気が付いたのは、ユリの存在だ。アブノーマリティに好かれる体質を持つエージェント。彼女が関わっているのであれば、もしかしたら。

 

「ほ、本当に?助けてくれるの?」

「まかせて!私がユリを助けてみせるわ!」

 

美しい顔で、美しく笑って。憎しみの女王はリナリアに手を差し伸べた。

差し出された希望にリナリアは泣き出してしまう。生きれるかも、しれない。死なないかもしれない。

 

「はぁっ……、ほ、本当に先に行ってたのか……。」

「ダニー!!どこ行ってたの!?」

「遅かったのね?ダメよ、レディを置き去りにするなんて。この子泣いちゃってるじゃない。」

「……。」

「ふふ、なんて意地悪だったかしら?あなたがいい人ってことはわかってるわ。意味もなく、女の子を一人にする人じゃないでしょう?」

 

憎しみの女王は悪戯っぽく笑ったが、ダニーは目をそらす。

それは意味もなく女性を置き去りにしたことがあるからだ。そうとは知らずに純粋に真っ直ぐ見つめてくるこの美少女に、いたたまれない気持ちになった。

 

「ダニーが、彼女を呼んでくれたの?」

「あ、あぁ。」

「ありがとう……!さすがダニーだねっ!!」

「……。」

「置いていかれた時、なにやってんの!?って思ったけど……。ちゃんと考えてくれてたんだね。」

 

リナリアの心からの笑みに、いや、リナリアのことはあんまり考えてなかった。とはダニーも言えなかった。

話題を本題に移す為、憎しみの女王に作戦を相談する。

ユリを足止めするために送られた何人もが障害になっている可能性と、無差別に放たれる軌道の読めない銃弾。その状況で、ユリをできるだけ傷付けずに捕らえたいという趣旨を伝える。

すると憎しみの女王は眉間にシワをよせて、最後のは言われなくてもわかってると拗ねた。ダニーはまた乾いた笑いをする。

 

「不安定な足場、貫通、追尾……ね。面倒ではあるけど、なんとかなるわ。」

「なにか、策があるのか!?」

「策もなにも。──弾き壊してしまえば大人しくなるわよ。」

「え。」

 

弾き、壊す?

 

「行くわよ。」

「えっ!?ちょっと待って!?」

「おい、本当に大丈夫なのか!?とりあえず下層チームの応戦を待ってた方が、」

「ユリ、助けに来たわ!!」

「お願いだから話し聞いてよぉ!!」

 

憎しみの女王が中央本部の扉を開けた。

突然の出来事にリアリアとダニーは対応が遅れる。

開いた扉に、中にいたユリが振り返った。彼女の顔色はあまりいいとは言えない。

けれど彼女は憎しみの女王を見て笑ったのだった。爽やかな、笑顔。

 

パンッ、とまた銃声が。

 

リナリアはそれを先程から何度も聞いた。一緒にエージェントが倒れる音も。

しかし今度は違う、一緒に聞こえた音は、ガンッと、打撃音だった。

 

「可哀想に……。大丈夫よ、ユリ。私が絶対に助けるっ!!」

 

この少女は。本当に杖で銃弾を弾いたのか。しかも粉々になるほど強い力で。

床に鉛の欠片が散らばっている。歪に砕けたそれが鈍く光っているのを見て、ダニーもリナリアも息を呑んだ。なんて、頼もしい化け物なのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 





嘘つき回でしたね。ごめん。
間あかなかった上にユリちゃん可哀想じゃなくてアイちゃん可愛いやったー回でした。






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Der Freischütz_7

どうして当たらないのだろう。

おかしい。銃の性能は素晴らしいものなのに。どうしてアイには当たらないの。

 

あなたが出来損ないだからでしょ?

 

アイの向こうに、小さな女の子が立っている。それは幼い頃の私だ。

その私はただ作った笑いをして立っている。私を、じっと見つめている。

 

役立たずのユリちゃん。なんの力もないユリちゃん。

 

貴女は一体なんなんだろう。

首が熱い。けれど貴女の目を見ると、少しだけ引いてくれるのだ。だから私はまだ撃つことが出来る。まだ私の力である。

 

ユリちゃんユリちゃん可哀想。

いらないって笑われて。

おうちに帰っても一人ぼっち。

可哀想可哀想。でも本当に可哀想なのは?

 

『ユリは いいなぁ』

 

こんな子のせいで壊れちゃった、お姉ちゃん!!

 

あーあ、あーあ。

可哀想ね、可哀想。

 

お前が 悪いんだよ。

 

『死ね』

 

頭が、痛い。

だから私は撃たなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

躊躇なくユリに近づいていく憎しみの女王に、リナリアとダニーは驚くばかりであった。

その間何発か銃弾は撃たれている。しかし憎しみの女王は向かってくる全てを簡単に杖で弾いていった。

ユリの持つ銃は何発分の弾が入るのかわからないが、そろそろ弾切れになってもいいはずだ。

勝機が見えてきた。

このままユリは憎しみの女王に任せて大丈夫だろう。しかし万が一もある。いつでも腰の銃弾と警棒を出せるように、ダニーは構えを忘れない。

それがいけなかったのか警棒の先が床に擦れてしまった。ずず、と小さな音がする。

 

「……ダニーさん?」

 

しまった、と思った頃には遅い。ユリの視線が憎しみの女王からダニーに向かう。

ユリはまたにっこりと満面の笑みをうかべた。そうしてダニーに銃口を見せるように、銃を動かす。

それはかなりずれている焦点ではあった。このまま引き金を引いたとして、当たってもダニーの足をかする程度だろう。

それは誰が見ても一目瞭然だったが、ユリは特に気にすることもなくダニーに言葉を続ける。

その様子に憎しみの女王は焦り、ユリの元へ走る。距離はそう遠くない。遠くないのだが。

 

「見てください。すごい銃でしょう?」

「ユリ!ダメ!!」

 

ユリが引き金を引く方がはやかった。

 

────パンッ!

 

「ぐぁっ……、」

 

ダニーの身体が、倒れる。ゆっくり、スローモーションのように。

 

受け身を取らないせいで、床に思い切り叩きつけられる。ダァンッ、と。衝撃で少しだけ身体が浮き、跳ねた。

腹の辺りが信じられないくらい熱い。やけているみたいだ。それが痛みにもなって、痛すぎてもう、よくわからない。

苦しい。呼吸が、できない。酸素を求めて息をすると、伴って腹が悲鳴をあげる。

不規則に咳き込むダニーにリナリアは駆け寄った。するとユリは、リナリアさんとまた笑った。

 

「リナリアさんも、見てくれる?」

 

ユリの言葉にリナリアは顔が真っ青になった。

憎しみの女王は慌ててユリの前に立ちはだかる。

 

「ユリ!やめて!!彼はお友達でしょう!?女の子だって恐がってる!!」

「そうだよ、私は見て欲しいの。見て、ねぇ、私強くなったよ?」

「どうして人を殺すの!!ユリはそんな子じゃないわ!!」

「殺す?何言ってるの?」

 

ユリは銃を下ろして首を傾げる。憎しみの女王の言葉が全く分からないようだった。

 

「殺してないよ?私はただ、撃ったの。」

 

あれ?とユリは顔を歪めた。

 

「殺してない。うん。殺して、ないよ?あれ?あれ?あ……首が熱い……。うん?え?何?何が?殺して、うん??」

「ユリ、目を覚まして。お願いだから……っ。」

「アイ、何言ってるの?」

「……床に、倒れている人達は、なに?」

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

あーあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

床を見ると、真っ赤に濡れていた。

気が付かなかったが私の靴はもうびしょ濡れで、きっとソックスすらも濡れてしまったのだろう。

この赤は、何?

 

「っ……ぅ……。」

 

首が熱い。さっきからくる熱さだ。

私の力を阻む熱。一体何なのだろう。せっかく強くなれたのに邪魔しないで欲しい。

もっと撃って、力を見せなきゃ。そうしたら皆安心してくれる。ユリさんも戦えるんだねって、仲間に入れてもらえる。

もう家に帰って一人じゃない。

アイの言葉が煩いなぁ。さっきから何なんだろう、殺すなんて物騒な言葉はアイに似合わないのに。

私が殺すなんて、そんなわけない。私はただ撃つだけ。それでいいの。

あれ?

でも、撃ったら死んじゃう?

あれ……?

え?わからない。あれ?え?なんで?なんでみんな倒れてるの?あ、私が撃ったから。でも別に私みんなを傷つけたかった訳じゃなくて。

なんで。

 

「あっつ……!?」

 

その時、先程とは比にならないほどの熱が首に走った。

咄嗟に首を抑える。するとアイに持つ片手を強く叩かれた。

力が抜けた手からは簡単に銃が離れた。それを追いかけて、手を伸ばす。私の、力。

しかしその前に手は止まる。私は身体から汗が吹き出す。先程までぼんやりとしていた意識が、妙にはっきりして。

 

一気に記憶が、鮮明になった。

 

「……あ。」

 

銃を向けて、私は引き金を引いた。エージェントの皆の悲鳴が聞こえる。

背中を向けて逃げる人。立ち向かってくる人。

 

「あ……。」

 

撃って撃って。倒れる人を見ていた。

床にできる赤い水溜まりを何も思わず見ていた。

別になにも考えずに、私は。

 

私は、人を殺した。

 

体温が、引いた。

私は、なんてことを。

恐怖が押し寄せて後ずさる。すると何かに足を取られて倒れてしまった。

しかし痛みはない。後ろにクッションがある。

振り返ってみる。

人の、身体。

 

「ひっ……!」

 

濁った目が私を見ている。立ち上がろうと手をつくと、またぐにっと感触。今度は、人の腕。

周りを見ると、沢山の人がいる。皆同じ目で私を見ている。

責めているのか。いや、そんなことは出来ないのだ。考えることも、何も。

私のせいで。

辺りが静かなせいで、私の心臓の音がやけにハッキリしていて。

アイが私に何か言っている。でもわからない。何もわからない。

 

『あーあ。』

 

その中に、形を為した声を見つける。

顔を上げると、目の前のアイの背中に誰かが立っている。

 

「ぁ……。」

 

この場に似合わない小さな姿。私を、真っ直ぐと見ている。

息が荒くなる。肺が苦しい。呼吸が上手くできない。

 

『みんな可哀想。』

 

夢の、幼い私。

小さな口が、大きな動きをする。ゆっくりと。

それを見たくないのに、私は見なければいけない。逸らしてはいけない。そんな気がしてならない。

だってそれは罰だ。許すな。

 

『みんなみんな、もっと生きたかったって泣いてる。可哀想可哀想。』

「あ……あ……。」

『皆、不幸になる。貴女のせいで。可哀想可哀想。』

「わ、わたし。」

『力もないくせに、なに迷惑かけてるの?』

「ぁ……。」

 

それは、形を変える。

ぐちゃりと歪んで、長く伸びて。

 

『ユリ、どうしてあんなこと言ったの。』

「ぁ、ぁ、お姉、ちゃ……、」

『守ってあげたのに?あなたは弱いから、私が代わりに。代わりになってあげたのに?ね……結局弱いくせに人を殺したいの?』

 

お姉ちゃん。

声が床からも聞こえる。

 

『どうして殺した』

『なんで撃ったの』

『死にたくないよ』

『やめて』

『やめてやめて』『生きたい』『殺さないで』『助けてやめて』『どうしてやめて』『殺さないで助けて!!』『足が動かないよ』『声が出ないよ』『死にたくないよ』『何も見えない』『なんで撃った』『撃たないで!!』

 

『お前が、死ね。』

 

『あの時殺してあげれば良かったね?』

 

「ぅ……ぁ、ああああ。」

 

『みんな死んじゃった。ダニーさんも、撃っちゃった。可哀想。彼は貴女を護ってくれてたのに。お姉ちゃんだって、ねぇ。』

 

「やめて……お願い、やだ……あぁ、ごめんなさい……やだ……。」

 

『ユリ酷いよ』

『酷い酷い』

『助けて!!』

 

『ユリさん』

 

「あ……。」

 

『どうして、俺を撃ったんだ?』

 

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

目の前が真っ暗になる。何も見えない。闇の中には太陽も月もない。

ただ私が、私だけが。私の首を締めて、腹を蹴って、目を抉って、頭を殴って。いるだけ。そうそれだけ。

私は私を殺さなければいけない。そのために貴女は生まれた。何度も夢に現れては、私を苦しめるために、罰を与えるために。忘れない為に。そう許してはいけないの。許すな、許すな。決して許すな。

許されてはいけない。許すな。

 

許すな許すな許すな許すな許すな許すな。

 

殺せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さすがにこれを一話としてあげるのは……と考えて連続投稿です。
作者の表現力の限界。
というか皆さんユリちゃんの絶望期待してくださってて嬉しい作者でした。暫くはずっと可哀想です。





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Der Freischütz_8

悲鳴をあげて倒れるユリ。

咄嗟に憎しみの女王が支えることで、床にぶつかることは避けられた。

 

「ユリ!!しっかりして!!」

 

憎しみの女王はその身体を優しく揺さぶるが、瞼は閉ざされたまま、開くことは無かった。

リナリアはその状況を呆然と見ていたが、直ぐに我に返ってダニーの手当を初める。

幸いなことに弾は貫通していた。急所も外れている。横っ腹に空いた穴は中心からだいぶぶれていて、臓器に掠っていても破壊まではしていない位置だ。

その時、随分遅いタイミングで下層エージェントが到着した。彼らもまた、目の前に広がる光景に呆然と立ち尽くす。

 

「お、おい。これどういう状況だ?」

 

そのうちの一人が呟いた。

驚くのも無理はない。死体の転がる床、その中にエージェントを抱えるアブノーマリティ。しかし敵意があるようには見えない。

そもそも彼らは、錯乱状態にあるエージェントの鎮圧と保護を命じられたはずだ。それなのに、この状況は?

 

「……なんだ、これ。」

 

床に落ちた見慣れないマスケット銃を、下層エージェントが拾おうとした。

それは憎しみの女王がユリから叩き落とし、蹴って遠ざけたものだ。

 

「ダメっ!!」

「触らないで!!」

 

しかし触れる前に、リナリアと憎しみの女王によって止められた。

真剣な表情を浮かべる二人に、エージェントは思わず手を引っこめる。

 

「……それは、魔法の道具よ。普通の人が持ったら意志を乗っ取られるわ。」

 

憎しみの女王はユリを抱き上げて、リナリアの近くに横たわらせた。

リナリアはパチパチと瞬きをする。

 

「ユリを、お願いできる?」

「あ……う、うん。でも、貴女は?」

 

リナリアの問に、憎しみの女王はにっこりと笑った。美しい笑顔だが、どこか怒りを孕んでいる。

そうして今度は銃に近づいて、それを持ち上げた。あっ、とリナリアは思ったが、人間が触れない今、憎しみの女王がそれを持つのは最善なのだろう。

 

「それ、どうするの?」

 

リナリアが憎しみの女王にきく。憎しみの女王は強く、それこそ銃が折れてしまうのではないかというくらいの力でそれを握った。

 

「持ち主に、返しに行くわ。お礼もしなきゃあね。」

 

そう言って、消えてしまった。

下層エージェント達が床に倒れる者たちを介抱する。まだ生きている者もいた。勿論、死んでるものも多かったが。

憎しみの女王の声は、もしかしたらリナリアにしか聞こえなかったのかもしれない。みんなただ彼女が用を終えて部屋に戻ったと思ってるのかもしれない。

けれど、リナリアはその言葉の意味を考えて冷たい汗を流した。なんだかとても、とても嫌な予感がするのだ。

ユリを解放するエージェントが、リナリアに声をかける。どうしたんだ、と。リナリアは酷い顔色のまま、首をそちらにやって、そうして。

 

「……まずい、かも……。」

 

そうこたえた。

それは決していらぬ心配でも、考えすぎでもない。

その数秒後、研究所に大きな破壊音が響いたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎しみの女王の靴が、可愛らしいヒールの音を立てる。

気配をたどってたどり着いた先。目の前にはよく見た事のある扉だ。

魔法の杖を掲げると、それは自然に宙に浮いた。空いた両手は真っ直ぐと扉に向ける。

愛と正義の魔法。そう謳われる彼女の力だが、今回ばかりは違った。

 

「〝正義よりも碧き者よ、愛よりも紅き者よ〟……あら?」

 

呪文を詠唱するが、上手く力がこもってくれない。

それは当たり前だ。彼女は気がついていないが、その美しい言葉の羅列にはふさわしくない感情がそれには込められている。

 

「〝運命の飲み込まれし その名の下に〟

〟我、ここで光に誓う〟……、あぁ、ダメ。ダメね。どうして上手くいかないのかしら。」

 

全然上手くいかないことに、憎しみの女王は顔を顰める。

 

愛と正義の味方。彼女は正しくそれであり、相応しい呼び名だ。今回だってそう。大切な友人の仇の為に彼女はここに立っている。

それに嘘はなかった。しかしそれ以上に大きな何かが憎しみの女王の感情を占めている。

 

憎しみの女王は、怒っている。

ユリが自身以外の力を求めたことに。

 

彼女は護られるべき正義で、全てだ。

だから誰もが欲しがるのは仕方ないことだった。それを憎しみの女王はわかっていた。仕方がないのだ。美しい花に群がるものは多い。

けれどユリが、その花が求めるのは自分だけでなければいけなかった。

憎しみの女王は怒っている。それを意識すると、驚くほど強い力が手にこもるのがわかった。

だから憎しみの女王は、普段言わないような言葉を用意する。仕方ないのだ。だってそれが一番強い力を出せるような気がしたのだから。

 

「────殺す!!」

 

強い光線が扉に直撃した。ドォォォン、と衝撃で風が吹いた。憎しみの女王の青い髪が、波のように揺れる。

扉は壊れたというよりも、壁を含めて大きな穴が空いた。そんなものを撃たれたら、普通中も無事ではないはずだ。

それなのに、それは立っていた。

その姿を見て、平然と立っているのを見て。憎しみの女王は顔に似合わない、下品な舌打ちをした。

 

「随分お転婆な娘だなぁ?」

「あら、失礼したわね。これを返しに来たのよ。どうぞ!」

 

部屋の主である魔弾の射手は憎しみの女王を見て笑った。

それがまた気に食わなくて、憎しみの女王は思い切り魔法の銃を投げる。

銃は魔弾の射手の前でピタリと止まり、彼は簡単にそれを受け取ることが出来た。

ぶつかってしまえば良かったのに、と憎しみの女王は不機嫌に顔をしかめる。

 

「わざわざ届けてくれたのか?どうもありがとう。」

「ユリに銃を渡したのは貴方?どうしてそんなことをしたの。」

「どうして?理由なんてない。ただ渡してやりたかったから渡しただけだ。」

「魔法の道具がどういうものかわかってるわよね?」

「あぁ。でも彼女なら大丈夫だろう。」

「……。」

「お前は見てきたんだな?どうだった?彼女はこれを上手く扱えていたか?」

「それは……、」

 

憎しみの女王は先程の光景を思い出して口篭る。銃を無差別に撃って笑うユリは、魔法の道具に完全に支配されていたからだ。

 

「ん?どうした?別に言葉なんて選ばなくていい。見てきたものを教えてくれればいい。」

 

魔弾の射手はすこしうかれた声で憎しみの女王に話を続ける。

 

「さぁ、あの女が沢山の命を奪って、それに絶望して壊れたことを、私に事細かに教えてくれ!」

 

彼はそう、高らかに叫んだ。

 

「貴方、やっぱりわかって……!この、外道が!!」

 

憎しみの女王は魔弾の射手を強く睨む。

杖を向けられるのを見て、魔弾の射手は笑う。自身の銃を軽く撫でて、彼もまた銃を憎しみの女王に向ける。

 

「戻ってきた銃の整備でもしようか。」

「絶対に許さない!」

 

とても楽しい。彼は銃を撃つのが好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音に続いて警報が鳴り響く。

【緊急事態】と。場はざわついた。

 

「な、なんだっ……!?」

「憎しみの女王かもしれない!?」

「はっ?君、何か知ってるのか!?」

「さっき、銃返すって、お礼って……!!どうしよう!? 」

 

リナリアは混乱で泣きながら、ユリを介抱するエージェントに掴みかかった。

半狂乱になっているリナリアを落ち着かせようと、彼、ユージーンはその肩を抑える。

 

「落ち着いて!動ける人が少ないんだから、混乱してる場合じゃない!!」

 

ユージーンはできるだけ冷静に状況を整理する。しかしそういう、ユージーンも内心は焦っていた。

 

「もし、憎しみの女王が何かしてたとしたら……。いや、でも……。」

 

あたりを、見渡す。倒れている人々。中層は恐らく半分以上が潰れた。上層がどうなっているかわからないけれど、この事態の収集に彼らでは力不足だ。

幸いなのは下層エージェントが無事なこと。しかし下層は元々の人数が他よりも少ない。人が集まるのは上にも下にも移動しやすい中層。それがほとんどいないとなった今。

 

爆発音が、彼女の言う通り憎しみの女王のせいだったとして。

 

「それだけじゃ、ないだろこれ。」

「え……?」

「そこに倒れてるの、ALEPHアブノーマリティ〝何も無い〟の担当だよね?……ユリさんも、いなくて。中央本部全体が不能状態で。」

 

誰がアブノーマリティの管理をする?

 

「あ、」

「……まずい。これ本当にまずい。くそっ、管理人頼むから、ちゃんと考えて指示くれよ!?」

 

始業時間からどれくらい時間がたっているのだろう。

なんにせよエネルギーは貯まっていない。

だから、エージェント達は立ち向かわなければいけない。この地獄とも言える現状に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ユリちゃんも可哀想だけど撃たれたダニーさんも大概可哀想だと思うの。






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Der Freischütz_9

※今回、含めあからさまな捏造が多く含まれる展開となっております。
※原作を知らない方、原作を知っているが故に疑問が生まれる方の為に最後に捏造への解説を書きます。気になる方は一読下さい。
なお、一応は原作と違っていても筋が通るような設定ではあるつもりです。原作ネタバレが嫌な方や気にならない方はスルーしてください。










ユージーンは天からの声を待つように空を仰いだ。

しかし先程から警告と緊急事態の言葉が繰り返させるだけで、望んだような情報はこない。

それでも冷静さを保とうとするのだけれど、周りの声が邪魔をする。

 

「中央本部のアブノーマリティどうしましょう!?」

「静かなオーケストラは!?しかもあの子他にも担当いるだろ!?罰鳥とかどうするんだよ!!」

「ユージーン!貴方規制済みの作業は!?」

「大変だ!!何も無いがっ!」

「こんな状況で静かなオーケストラに施設全体攻撃されたら困るわ!!」

 

「ああああ!!いっぺんに言わないでくれ!!頭パンクする!!」

 

わかっている、わかっているのだ。そんなことはわかっている。

苛立ってユージーンは頭を振る。わかっている。この状況がどんなに不味いかということくらい。

 

「ユージーン。」

「今度はなんだ!!」

 

そんなユージーンに、彼の同僚が淡々と声をかける。

若干怒鳴るようにユージーンは振り返った。同僚はユージーンに、金属バットを差し出す。

それは、大規模な鎮圧作業の時にユージーンが使う、特別製の硬いバット。

 

「とりあえず何も無い、叩きに行くぞ。」

「は?……はぁ!?」

 

同僚の言葉にユージーンは慌てて自身のタブレットを見た。周りの声に通知音はかき消されていたらしい。

その通知を追うように、警報が再び鳴り響く。

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

【脱走したアブノーマリティが特定しました。アブノーマリティネーム〝何も無い〟。】

 

【エージェントは管理人の指示に従い、直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

「……もう、勘弁してくれよ……。」

 

ユージーンはのろのろとした動作でユリの身体を駆けつけたオフィサーに渡す。

ユリの身体が運ばれていくのをぼんやりと見ながら、金属バットを受け取った。

俺だって死にたくないのに。と、ユージーンは珍しく弱気な声を出して立ち上がる。

 

「というかアブノーマリティから作る武器ってやつどうなってんの。それ使えないの。」

「使えてたらバットなんて持ってきてねぇよ。」

「ははは、違いない……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンッ、と銃の音。

それに対抗して、バンッと光線が放たれる音。

憎しみの女王は舌打ちする。命中率が良くないのだ。

魔弾の射手に何度か掠ってはいるものの、急所は避けられてしまう。

魔法の光線が撃たれるまでのタイムロスを上手く利用されている。彼女の魔法には詠唱と魔法陣が付き物で、どうしてもその間に定めた狙いがよまれてしまうのだ。

近距離の方がいいのは分かっているが、相手の弾丸は遠距離だからこそ弾けている。

近くであの殺傷力の弾を撃たれるのは辛い。それに加えて、憎しみの女王自身が近距離を得意とするわけではなかった。

 

「どうした?さっきから当たっていないぞ?」

「あはっ……それはこっちのセリフ。掠ってすらいないのだけれど?」

 

強さだけで言えば、憎しみの女王の方が上だろう。恐らく相手は戦闘慣れしていない。

動き方を見る限り、暗殺などはした事あるのだろうが、正面からの闘いは苦手なのだろう。

視線の動き方が露骨だ。簡単に弾の狙いが見える。

しかし動きが早くて小さいのは厄介だ。もう少し大きい的ならこれくらいの敵、すぐ終わらせられるのに。

 

……アルカナスレイブを使うしかないかしら。

 

その魔法が憎しみの女王はあまり好きではない。

強力な魔法ではあるのだ。とても強い攻撃魔法。全ての悪を、ねじ伏せるような強さが欲しいと望んだ願いによって生まれた魔法。

しかし使う対価は大きい。体力のほとんどを持っていかれ、しばらく立つのもやっとになる。

一瞬憎しみの女王は使うか考える。それで倒せればいいのだが、倒せなかった場合相手のやり放題だ。

憎しみの女王が考え込んでいると、魔弾の射手の弾丸が一つ、頬を掠った。

熱が通り過ぎるのを感じた後に、ジンジンとした痛みが頬に生まれる。咄嗟に手で抑えると、彼女の白い手を赤が汚した。

 

「ははっ、可愛い顔なのに残念だなぁ?」

 

おどけて言う魔弾の射手を憎しみの女王は思わずじっと見つめた。

何となくわかっていたが、この男ずっと顔を狙ってたのか。

遠距離での射撃ならば、普通額か心臓か足を狙うだろう。額と心臓を撃ちぬけば殺したも同然で、足なら動きを止めることが出来るからだ。

けれど先程から狙われていたのは顔付近。そのおかげで少し首を揺らせば簡単に避けられた。

つまりこの男は殺すよりも先に私の顔をぐちゃぐちゃにしたいのだろう。

 

「……なにそれ。」

 

思わず零れた言葉には、確実に殺意がこもっていた。

女の顔を潰すことを楽しむなんて。どこまで最低なの。

怒りが湧いてくる。それは熱く、彼女の全身に駆け巡る。

憎しみの女王の頭に、ユリの顔がよぎる。

ユリはとても綺麗だ。暖かくて、柔らかくて。彼女の仕草一つ一つが好きで。選ぶ言葉一つがとても愛しくて。

綺麗と私が言うのに、ユリは少しぎこちない笑顔をする。

 

『貴女の方が、よっぽど綺麗。』

 

なんて言うから、やっぱり私は貴女が好きだと思うのだ。

 

ねぇ、ユリ。

貴女にあんな男の力は似合わない。

わかるでしょう。違いすぎる。あれは汚くて臭くて、どうしようもなく醜いわ。

それなのにどうして手を伸ばしてしまったの。望んでしまったの。願ってしまったの?

ううん、わかってる。わかってるわ。

無理矢理、だったんでしょう?

貴女は言った。私が憧れだと。そうよ。それでいいの。

貴女は私だけを見ていれば、いいの。

 

「ねぇ、ユリと過ごすのは楽しかった?」

「……?」

「あの子は、本当に可愛いでしょう。」

 

憎しみの女王は魔弾の射手に問いかける。とても優しい声。幼い子に言い聞かせるような。

 

「だからお前みたいなゴミに、あの子は相応しくないのよ。」

 

憎しみの女王は杖を掲げる。力を乗せて呪文を唱える。

魔法陣が、目の前に現れた。それに重なってもう一つ、

 

魔弾の射手はその光景にさすがに身構え、何発か弾を撃つが、弾は魔法陣の前まで来ると止まって力を失い、落ちてコロコロと床を転がるのだった。

 

「我が眼前に立ちはだかる 憎悪すべき存在達に」

 

真っ直ぐと魔弾の射手を見て、自身の力を身体の底から引っ張り出して。

ユリの姿を思い出せば、それは彼女の強さになった。

ユリにはいつも笑っていて欲しいと、憎しみの女王は本当に思っている。だってユリは言ったのだ。

 

自分のことを、〝希望〟だと。

私がいるから、安心できるのだと。

だから、お前なんていらない。

 

「我とそなたの力をもって、 偉大な愛の力をみせしめん事を!」

 

さっさと大人しく死ね!!

 

「アルカナスレイブ!!」

 

強い光が、魔法陣から放たれる。

それは魔弾の射手に直撃した。

彼のコートは魔法の道具のひとつであって多少は憎しみの女王の攻撃を防いだだろう。

しかしある限りの魔力全てをこめた憎しみの女王の魔法は凄まじかった。

逃げるなんて許さないと、絶対に殺すと。

そんな思いと、ユリへの愛情をこめたまさに愛と正義の魔法は、遠慮なしに魔弾の射手の身体を燃やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊音がする。

どこから聞こえているのだろうか。それは分からない。もうどこもかしこも壊されている今、どこがどう大変なのかなんて誰にも分からない。

管理人である彼はモニターに釘付けだった。焦りながら次々とエージェント達に指示を送る。

しかしそれは大半が間違いだらけで、多くの犠牲が生まれた。パニックに陥るもの、傷付き身体を失うもの、そして死んでしまうもの。

あぁくそ、とXはガシガシ乱暴に頭を掻いた。

アンジェラはぼんやりとその様子を見ながらポツリと呟いた。

 

「あぁ……やはりエージェントを殺すとエネルギーは貯まりやすいんですね。」

「アンジェラ!何か言ったか!?」

 

Xは苛立ちながら、アンジェラの方を振り返った。

アンジェラはため息をつく。よそ見をしている場合ではないのに。

 

「……アブノーマリティ大鳥は、現在隔離の外にあります。」

「え。」

「今からでも遅くありません。アブノーマリティを止めるために最善を尽くしてください。」

「そんな。だって今何も無いも収容違反して、憎しみの女王だって。」

「お願いします、管理人。」

 

青ざめるXを見て、アンジェラは出来るだけAIらしくあるように務めた。

モニターを再度見つめる。ある所では悲鳴が飛び交って、ある所では電気が消えて、ある所では光線が放たれていて。

アンジェラは思う。今度は声に出さないように気をつけながら、()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




心理テスト作りました。なお信憑性は全くない。

作者の絵、ロリユリが大丈夫方のみ下の画像を見て答えてみてね!


【挿絵表示】



どうでしたか?
答えが気になる方は一番下までスクロール。




【原作と違う点について】
原作に対しての多くのネタバレ・メタ発言が出てきます。注意。
読まなくても当作をこのまま読むにあたっての支障はありません。気になる方のみお読みください。


本来小説外で理由説明をするのは控えようと努力してたのですが、以下の説明はどうしても小説内で説明できないため書きます。
というのも、これらの理由を説明できる登場人物がいないためです。第三者で語るのもちがうと思いこの場をお借りします。





※原作でのデフォルト武器で金属バットは出てきません。

→ユージーンの性格上で一番得意そうな武器にしました。物理系で一番馴染みがあるものとして選んでます。



※原作では魔弾の射手は収容違反、また他エージェント、アブノーマリティと戦うことはありません。

→足のあるアブノーマリティはやろうと思えば収容違反出来ると思って当作は進めてます。むしろ逃げないわけなくない?原作で逃げないのは敢えてしないだけかなと。すみません。

※アイちゃんの攻撃方法
→原作では基本ビームのみです。ただ魔法少女である彼女なら物理も強いと思って捏造しました。


※アイちゃんの収容違反理由
原作ですと、彼女が収容外にいる時に多くの職員が死ぬことで当作でも登場したヒステリー状態から大蛇へと変化します。

→彼女がヒステリーを起こすのは、恐らく職員を守れなかったことから自身の「存在理由の崩れ」によって起こります。

"あたしも彼女みたいに、 結局守れなかったんだ…"
"あたしも一緒なんだ…"

と、原作テキストフレーバーにあります。
しかし当作では憎しみの女王はユリに対し「私の正義。貴女を護ることが私の存在意義なのだわ!」
と言ってるように、自身の存在理由を〝ユリの為〟と定めていて、その辺へのヒステリーや感情の揺れがない状況となっています。
なので今回のように多くの人間が死んでもヒステリーは起こりません。

彼女が次ヒステリーを起こすのは、恐らく〝ユリが死んだ〟時です。
殺されたのなら〝ユリを殺した犯人を殺した〟時。
全てやりきってしまった彼女が正義を見失った時、どうするんでしょうね。











【心理テスト結果】

①「抱っこして」を選んだ貴方は〝ユリを可愛がりたいタイプ〟

②「おいていかないで」を選んだ貴方は〝ユリが可哀想なのを見ていたいタイプ〟

③「お人形返して」を選んだ貴方は〝ユリを虐めたいタイプ〟

以上です。当たってました?
なお作者は一番のつもりでこの絵を描いていたので「作者が元々そう描いたんでしょ」は通用しません。現実を見てください。


※アンケートのその他キャラですが、それになったら活動報告で出して下さったキャラで再びアンケートとります。お時間余裕あればご協力お願いします。



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DO NOT OPEN This[Redacted] _10

まず、アブノーマリティ〝何も無い〟についての説明が必要だろう。

アブノーマリティ〝何も無い〟は、ALEPHクラスで最悪最凶と当研究所で言われているアブノーマリティだ。

それは同じALEPHクラスの静かなオーケストラ、規制済みと言えど断トツで恐れられている。

その理由はとある過去が関係しているのだが、その話を語るのは今ではない。

もしも語るとするなら、せめてユリに撃たれてしまったダニーが目が覚めた後だろう。

何も無いの見た目を例えるなら犬だ。大きな犬。

勿論可愛いの〝か〟の字もない見た目だが。

人の器官や、骨、肉でその体は出来ている。四足歩行だと言うのに、ありえないことに頭からもう一本手が生えている。

歩く為の手ではない。それは主に人を食べる時に使われる。

それは逃げると犬のように無邪気に舌を出して走り回り、人間を見ると即座に手を伸ばす。

そして、瞬時に殺す。

その速度は人がついていけるものではない。だからエージェント達は動きを先読みする必要があるのだが、単純すぎて読めない動きに苦戦する。だから多くの人間が死んだ。

けれどそれだけならば、何も無いは強いし被害もあるがそこまで脅威ではない。複数人で、言葉通り数の暴力で攻めればいいだけの話だ。

どちらかと言えば研究所全体の攻撃をし、なおかつ業務終了に必要なエネルギーを根こそぎ持っていく静かなオーケストラの方が厄介だ。

 

それでは何故、何も無いはこんなにも恐れられているのか?

 

先程も言った通り、過去の事例がある。

 

何も無いは、変化する。

それは犬のような姿からは想像できない姿に。

 

〝何も無い〟は名前通り、何も持っていない。

だから必要なのだ。自身の身体の形成となる部位が。

だから、人を求める。以上で食べてると表記したがそれは正確には違う。

〝取り込んでいる〟のだ。〝自身の一部〟として。

燕が巣を作る時、泥を集めるように。

自身の身体を作るため、人の一部を集める。

そうして繭の様な形となる。

その赤い肉で出来た繭の中で何が起こっているのかはわからない。

もしも本当に繭ならば、蝶と同じでドロドロに中身は溶けているのだろう。

 

それらは一度、液体となり。

混ざりあって。

形をなして。

 

そうして人の姿になる。

 

当たり前だ。だって材料が材料なのだから。

その身体はとてつもなく大きく。

肩に、頭に、胸に。瞬きを忘れた目を持って。

顔と手に口を持って。

真っ赤で大きいそれを作るには人は何グラム必要なのだろうか。

考えてはいけない。ましてや犠牲になった友人がどの部分に使われているのかだなんて。

 

考えるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

タブレットからの指示に表記されていたのは、プランBだった。

プランAは多くの人数で対象を円形に囲み、追い詰めていくもの。

逆にプランBは三人から二人のチームを複数組み、時間を稼ぎながら対象を追い詰める。

まぁ、納得だ。プランAだと無駄死にが増えるだけだろう。

ユージーン達は作戦を理解すると、一番近くのチーム本部に向かい、準備を整える。

チーム本部には緊急用に武器がいくつも用意されている。それは一般的には武器と言わないものも含まれているが。

今回必要なのは機関銃。流石にバットだけでは頼りないと、ユージーンは銃を見ながら苦笑いする。

あとは小回りのきくサバイバルナイフ。武器は多ければ便利だが、荷物になる。

今回は相手が相手なので、あれも持っていかなければいけない。

 

「おい、何してる。あれも持ってきてくれ。」

 

ズルズルと麻の袋を引きずる同僚、ノックスにユージーンはまた苦笑いした。

麻の袋は冷凍室にしまわれていたものだ。霜がついていて、部屋の温度で溶けたそれが床に露を落とす。

麻の袋はノックスに任せて、ユージーンは床に置かれたダンボールの一つを抱えた。

物騒な光景だよなぁ、とダンボールに詰まった手榴弾の山を見つめる。

すこし小さめに作られてるとはいえ、危ないことには変わりない。

背負った機関銃も腰の金属バットも重い。そのせいで転びでもしたらこの爆弾達はどうなるのだろうか。想像して身震いする。

ノックスは時間が惜しいとばかりに、乱雑に麻の袋をひっくり返した。

バラバラと中身が床に落ちる。その光景は見慣れたものとはいえ、気分のいいものでは無い。

ユージーンが思わず口に手を当てる。ノックスも顔を顰めていて、いや、ぶちまけたのはお前だろうとユージーンは文句を言いたくなった。

 

袋の中身は、人の腕足だ。

冷凍保管された、いつ死んだかわからない人の一部。

 

「……やるぞ。」

「あぁ……。」

 

誰のものかわからないそれらに、もしかしたらかつての仲間たちのものかもしれないそれらにユージーン達はナイフで傷をつけていく。

綺麗に揃えられた断面を、ナイフで抉っていく。

冷凍されていたのでやりづらさはあったものの、すぐに解凍できるように調整はされていたのだろう。案外簡単にナイフは肉に沈む。

 

「こういう時にさ、思うよな。俺達が普段使ってる包丁とかって、すげぇ切れ味悪いんだなって。」

「手入れしてないだけじゃあないのか?ユージーン雑だし。」

「いやいや、俺自炊するからちゃんとしてるって。というかノックスに雑とか言われたくない。今日も昼カップ麺だったろ。」

「新発売だったんだよ。」

「味は?」

「微妙。」

「ははっ、それは何よりだ。」

「……あんなのが最後の晩餐なんて勘弁だ。」

「……。」

「俺これが終わったら焼肉食いに行くんだ。」

「……それ、ゾンビ映画なら死ぬやつな。」

 

二人は笑いながら手を動かす。

出来るだけなんてことの無い会話を意識した。日常的な、ありきたりなつまらない会話を。

自身の手の震えを誤魔化す為に。死にたくないなんて本音が漏れないように。

逃げたいなんて、間違っても口にしないように。

 

 

※※※

 

 

準備が整った二人は直ぐに現場へと向かった。

対象の位置をタブレットで確認する。それは地下四階通路というとても曖昧なものだったが。

研究所の通路は基本的に横一本通行だ。エレベーターが両端に設置されている。

その間にチーム本部が設置されていて、通路はパイプのようにそれらを繋いでいるのだ。

そしてその通路途中に扉が設置されていて、収容室となっている。

プランBは、簡単に言えば挟み撃ち。その一本通行を利用して、右端と左端から二人組のチームで挟む。

そうすることで、地下四階通路以外に何も無いが行かないようにする。被害の拡大を防ぐのだ。

 

単純な作業に思えるが、ただの挟み撃ちでは無い。

問題は何も無いは、攻撃されたからと言って逃げないのだ。

むしろ立ち向かってくるだろう。どんなに怪我をしてもこちらに襲いかかってくる怪物。

 

いずれ壁に追い込まれるのは、人間だ。

 

それを防ぐために、片方のチームが通路端のエレベーターまで追い込まれたら、後ろのチームが攻撃を開始する。

気をそちらに散らすのだ。今度は後ろのチームが追い込まれるように。

追い込まれたチームはエレベーターで一時退避する。

そうすることで定期的な休息、手当にあてることができる。

それの繰り返し。

 

大切なのはタイミングになる。

攻撃のチームを交代するのが遅すぎてはいけないし、攻撃をしているチームは攻撃のやめ時をよまないといけない。

 

遅すぎたら、何も無いにエレベーターまで、乗り込まれる。

個室での戦闘なんて死んだも同然だ。

攻撃のやめ時というのは、エージェントに攻撃が当たってしまうのことを考えてだ。

それこそ通路向かいに姿が見える中で機関銃なんてぶっぱなしたら流れ弾が直撃する。

そしてユージーン達が一番心配しているのは、そのタイミングをよむのが管理人ということである。

撤退も攻撃の中止も、管理人の指示で二人は行うのだ。

 

「……頼む、管理人。頑張ってくれ……。」

 

エレベーターでノックスはそう呟いた。

ユージーンは何も言えない。ただ目をつぶって、何かに願った。

 

どうか、どうか。

死にませんように。生きれますように。

無事に、終えられますように。

 

そんな切実な彼らの願いは、モニター越しにXに届いたか?

その答えはまだわからない。エレベーターの扉が開く。鎮圧作業は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









【原作と違う点について】
※ネタバレ・メタ発言注意


アブノーマリティ何も無いについて。
→作中表記していない特殊能力があります。
何も無いが中心的に出てくるものの、また別で何も無いメイン回を書く予定なので表記していません。

武器について
→今回出てきた武器、道具ですが原作にはありません。
更には原作ではエージェント一人に対して一つの武器と決まっています。

当作は現代の私達がくらすこの世界を舞台に考えているため、私達の住む世界での特殊部隊ならどうするかを想像して書いています。





アンケートありがとうございます。そして作者の絵も見てくださってありがとうございます。
そのうちオマケでロリナリア上げさせてください。あいつ一応私の中で一番美少女設定なんです。
あと皆さん、花粉症大丈夫です?うちの職場は半分がやられました。鼻の穴に塗ってガードするっていう軟膏オススメです。作者は五月の花粉なのでそれによくお世話になります。



※アンケートについて
その他キャラが選ばれたら活動報告にて出していただいたキャラで再びアンケートとります。

セフィラが選ばれたらセフィラでアンケートとります。
お時間あればご協力お願いします。
一定数集まりましたら執筆しますね!





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DO NOT OPEN This[Redacted] _11


※人外×少女感がログアウトしてます。
もう少し、もう少しで人外×少女のターンになりますのでお付き合いお願いします……すみません……








時間は少しだけ戻る。

管理人室でXはモニターを睨んでいた。

集中しなければいけないとわかっているが、どこに集中すればいいのかわからない。

画面のどこを見ても、大変な事が起こっている。

 

「X、落ち着いてください。いつも通り管理人の仕事をすればいいだけです。」

「わかってる!わかってるよ!!」

「私にはとり乱してるように見えます。あなたはこういうの得意だったじゃあないですか。」

「はぁ!?」

「ほら、わざと収容違反を起こさせて、様々な検証もされていたでしょう?あの時と同じです。」

 

アンジェラが言っているのは、ゲーム〝legacy〟のプレイ時の記録のことだ。

ゲームプレイ時の行動、指示のデータはインプットされているはず。

勿論今の状況と全く同じとは言わなくとも、複数のアブノーマリティ収容違反なんて何度もゲームで経験済のはずだ。

それを思い出して欲しくてアンジェラは言葉を並べる。あの時と同じだ、その時のようにすれば。

そんなアンジェラにXは苛立って怒鳴った。

 

「この世界は!!ゲームとは違うんだぞ!!」

 

その言葉にアンジェラは目を見開く。

Xの人格は確かにゲームをプレイをした人間のデータが元にはなっている。

しかしそのデータをXには入れていない。

 

──その事実を知っているのは。

 

Xの声にはハッキリとした嫌悪が含まれていたし、瞳には確かな激怒を感じた。

これではまるで別人のような。

 

アンジェラはため息をつく。このXも、そろそろ交換の時期かと。

しかしそれにしても今の状況をどうにかしてもらわないといけない。

モニターを見つめる。エネルギーは確かに溜まっているが、まだ少しだけ業務終了には足りないのだ。

当たり前だ。作業出来るエージェントが少ない上、何も無いと魔弾の射手らで道が塞がれ移動効率がとてつもなく悪いのだから。

エージェントの犠牲を気にせずに指示を出せば直ぐにでも溜まりそうなものを。()()ではそういう訳にもいかない。

()()()と違って、個人の命がより大切な世界なのだから。

処理が面倒くさい上、人を集めるのも大変なのだ。

 

Xを見る。頭を掻いたせいで髪はボサボサで見苦しい。

もはやこちらもパニックになっている。こんなでは正常な指示は送れないだろう。

代わりにアンジェラが指示を出すか?しかし彼女は所詮はAIだ。それも効率よくエネルギーを溜めるために作られたAI。

効率を意識すれば、人の被害は増えるだろう。やはりどうしても生身の人間が必要だ。

 

「俺がやるよ。」

「……!」

「誰だ!?」

 

管理人室入口から声が聞こえた。

突然のことにXは勢いよくそちらを振り返る。そこには見たことの無い男が立っていた。

 

「A、起きていて大丈夫ですか? 」

「あぁ。今はだいぶ楽だ。」

 

しかしアンジェラは彼を知っている。

 

「君、席を譲ってくれるか。指示は俺が送る。」

「だから!誰だお前は!!」

「……プログラム〝player〟強制停止。」

「っ……!?」

 

アンジェラがそう呟くと、Xは意識が遠のくのを感じた。

そうしてその場に倒れ込む。受け身の取れなかったせいで、随分痛そうな音がした。

しかしアンジェラは気にする様子もなく男を見つめる。

 

「A、お願いします。」

 

淡々と告げるアンジェラにAと呼ばれた男は苦笑いする。

 

「相変わらずだな。」

「何がですか?この席は元々あなたのものです。さぁ。」

 

アンジェラに促されるままAはモニターに近づく。

倒れ込むXを起こそうと手を伸ばしたが、アンジェラはそれに怪訝な表情をする。

 

「そんなの構ってないで、早く指示をお願いします。」

「そんなのって。」

「それはあくまであなたの代わりです。ただの道具。この会社の本当のトップはあなたなのですから。」

 

アンジェラの言葉にAは些か嫌なものを感じたが、モニターから聞こえた破壊音に慌ててそちらを見た。

Aは倒れるXが心配ではあるものの、結局手を伸ばすことはなくモニターに向かった。

 

「……何も無い、か。プランはBだな。後は大鳥。とりあえず魅了を避けたい……。近くのエージェント達は他アブノーマリティ収容室に避難させる。アンジェラ、避けた方がいいエージェントとアブノーマリティの組み合わせはあるか。」

「いえ、この付近だと指示さえ間違わなければどこにいかせても大丈夫かと。」

「了解。」

 

モニターに映るエージェント達がそれぞれ動き出す。

一つ一つ見逃さないように気をつけながらも、特にAは何も無いの鎮圧作業に向かう者たちを見ていた。

 

「……頼むぞ。」

 

その声は願いに近い。

最初に何も無いへ向かうエージェント二人が、ついに現場に到着した。

 

 

 

 

そうして、話は繋がる。

 

 

 

 

エレベーターの扉を開くと、地下四階通路なのだが。

不自然な程に静かだった。ユージーンとノックスは注意深く外に出る。

二人は持ってきた道具のうち、一つに手を伸ばした。

ゆっくりと通路を進んでいく。できるだけ足音はたてないようにするが、こうも静かだとそれすら耳に入る。

 

「……!」

 

それはいた。

四つん這いの後ろ姿。しかし後ろ足は一本しかなく、形も赤いブヨブヨとした、例えるなら人の腸のような見た目。

基本移動を続けるそれが止まっているのは、攻撃の時だけである。それを証明するように、床には血溜まりが出来ていた。

なんの音もなかったあたり、悲鳴すらあげられずに死んだのだろう。

ユージーンは息を呑む。

 

「行くぞ!!」

 

そして、ノックスは叫んだ。

高らかに大きな、目立つ声で。

何も無いが、振り返る。

ノックスのそれがユージーンには有難かった。勢いでやらなければ、怖気付いてしまいそうだったから。

声に気がついた何も無いが振り返る。その巨大な身体を器用に反転させて。

こちらに走り出す前に、二人はその道具を投げつける。

何も無いはそれを見ると、床に落ちたそれに飛びかかった。

それとは、人の腕足である。

麻袋から取り出したそれ。何も無いは頭の手を伸ばして投げられたそれをキャッチした。

口にそれは放り込まれる。

胃も腸も、食道すらない体内にそれが入っても、箱にしまったのと同じようなものだ。栄養にも老廃物にも毒にもならない。

いや、ある意味は毒なのだろうか。

ユージーンとノックスは口端をあげた。計画通りだ。

何も無いは気が付かない。気付いていたとしても気にしないのだろう。

その腕足に、爆弾が括り付けられているなんて。

 

強い光と

爆発音が。

 

ゴォッ、と二人の身体に風があたる。

思わず目をつぶりたくなるのを堪えて、腕で顔をガードした。

 

目を逸らすな。それは決して死んではいない。

 

二人はありったけ用意した、腕足を何も無いに投げつける。

手榴弾のピンを外す時間があるため、爆発は少しずつのずれがありながらも一つ一つ破裂していく。

全てが何も無いの身体に入った訳では無いだろう。

しかしこれは今しか出来ない。何も無いが二人にターゲットを定めたら、終わりだからだ。

全て投げ終えたところで二人は機関銃を構える。その間にも爆発音は続く。

ドォッ。ドォッ。ゴォッ。音すらも二人の耳に刺さる。まるで花火のようだ。そんな美しいものではもちろんないが。

ユージーンとノックスは歯を食いしばる。足の甲にできる限りの力を入れる。

目の前の景色は白い。爆発によって煙がたっているせいだ。人工的な霧は二人の視界を潰す。

気配を探る必要がある。

少しの音も見逃さず、影のひとつすら動きをよんで。でも決して惑わされずに焦らずに。

手元が狂うなんてことないように。

心臓が恐怖に騒ぐ。手は震えそうになる。少し息をすると肺に煙が入って苦しい。

けれどそんなこと、知ったことない。

 

霧が、晴れてきた。

薄らと姿が見え始める。何も無いの身体は確かに損傷している。所々身体だったパーツが剥がれて、赤くぐちゃぐちゃとした何かが空気に晒されている。

それなのに、それは立っている。

表情ひとつ変えずに、舌をだらしなく垂らして。

 

ユージーンと、ノックスを見たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









アンケートありがとうございました!すごい僅差でアイちゃんになりました。やはり人気ですね……!



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DO NOT OPEN This[Redacted] _12

巨体がこちらに向かってくる。すかさず二人は機関銃をぶっぱなした。

トリガーを引けば連続して出てくる弾。勢いに体制が揺れないように気をつけながら打っていく。

何も無いに確かに当たってるようではあった。しかしなんの素材でその体ができているのか、何も無いは全く動じない。

 

「っ……。」

「躊躇うな!攻撃は通ってる!」

 

ノックスの言う通りだった。攻撃は通っている。

ただ、そうただ、何も無いは何も持っていないが故──、痛覚が無いだけなのだ。

それでもいくらかの時間稼ぎにはなっている。弾に押されて何も無いの体は数センチずつなら後ろに動く。

ユージーンはタイミングを見計らう。まだだ、まだだ。と。

遠距離を保てるのも、ほんの数分だ。結局接近戦になることはユージーンもノックスもわかっている。

それは危険極まりないことなのだが。

 

「今か。」

 

残念なことに、ユージーンがいちばん得意なものでもあった。

機関銃を止めて、ユージーンはそれをテーブルホッケーのように床に滑らせた。

クルクルと回転しながら床を滑るそれ。何も無いの興味は惹かない。何も無いはそれを飛び越えて、二人に向かってくる。

ユージーンは金属バットを手に取る。そうして、何も無いに向かって走り出した。

ノックスは機関銃からハンドガンに持ち直した。

流石の彼もユージーンに当てないように機関銃を撃つなんて器用なことは出来ない。

立ち向かうユージーンに、何も無いは飛びかかる。頭に生えた手を伸ばして、前かがみになってくる。

だからユージーンは、それを避けて。

何も無いの身体下をくぐり抜けた。

そうして、抜けた先。何も無いの歪で汚い後ろ姿を。振り返って見て。

 

そのまま思い切り、バットで殴ってやる。

 

ゴキッ、と耳に良くない音がした。けれど気にせずユージーンはバットを振り続ける。

ゴキン、ゴチッ、バキバキッ。殴る度に音がする。どこの何が壊れてるかなんてわからないけれど。

何も無いが後ろのユージーンを見ようと振り返った時。

今度はノックスが、銃を撃った。

それが何も無いの胴体に着いた目に当たる。

何も無いは確かに硬い。

けれど、目は?誰の目を奪ったかはわからないそれが、視力としての役目は果たしているのか知らないが。

どの生物にも共通して言えるのは、目玉は柔らかいという事だ。

ユージーンはただひたすらに殴る。何も無いの攻撃は単調で避けやすいのは救いだ。

しかし油断してはいけない。単純だからこそ読めないのはある。

 

「っ!」

「ユージーン!」

 

例えば今のように。振り下ろされたバットを掴んで、そのまま食べようとするなんてユージーンには思いつかなかった。

実質的にユージーンの腕は何も無いの口に近づけられる。瞬時に離したことで腕は無事だが。

 

「くっそ……。」

 

ユージーンが武器を失ったことに代わりはない。

ユージーンは仕方なく先程投げた機関銃を手に取った。

しかし対象にノックスがいるので撃つことは出来ない。

 

「食らえっ!」

「いや嘘だろお前。」

 

だから銃身を使ってその身体に打撃をくらわせる。

ゴキンッ!と鈍い音を聞いてノックスは思わず声を漏らした。

ユージーンのまさかの行動にノックスは笑ってしまった。

お前は本当に、殴れればなんでもいいのかと。

まぁ、だからこそユージーンは下層の中でも指折りの強さを誇っているのだ。

ノックスも引き続き目を狙う。目が潰れたところでそれがどれだけ何も無いの体力を奪っているか知れないが。

それでも少しでもいいから時間を稼がなければ。

ここまでくればお分かりだろう。二人は別に何も無いを倒すことを目的にはしていないのだ。

 

それが今の彼らに不可能なことなど百も承知だったから。

 

目的は、エネルギーが溜まるまでの時間稼ぎた。

更に言えば、エネルギーが溜まるまでの時間稼ぎという作戦の中で、自分達の役割を終えること。

だって彼らに残されているのは、役割を果たすか、死ぬかのどちらかだったから。

それがこの研究所のやり方だから。

 

ノックスは、考える。

自分達はなんの為に生きているのだろうと。

 

思春期の学生のような考えだが、ノックスは至って真剣だった。

答えはどんなに考えたってでてこない。会社は自分達の活躍が〝未来を作る〟ためにあるのだと言うが。

その未来に自分達はいなくても、それが自分の存在意義なのだろうか。

 

「ノックス!よそ見するな!!」

「えっ、うぁっ!?」

 

何も無いがノックスに飛びかかった。

いつの間に狙いをユージーンから自分に変えたのだろう。

咄嗟に頭を腕で庇った。

そのおかげか、そのせいか。

ノックスの腕は何も無いの口に。

 

「ぁ、」

「ノックス!!くそっ!!おい何も無いこっちだ!!」

 

グチッ、と音がした、

腕が、食いちぎられたのだ。

とんでもない痛みがノックスの身体を支配する。痛くて呼吸が出来なくて、不規則に肺が動く。

心臓すらも痛い。それでも肩口が、一番痛くて熱い。

焼かれているようだ。身体を焼かれた経験なんてないが、ノックスの身体はとにかく熱くて仕方なかった。

 

ぐるしい。いたい。やける。あつい。

 

ノックスの腕を何も無いが飲み込み終わると、なんと不思議なことにその背中からもう一本の腕が生えた。

それは勿論、ノックスの。

ユージーンはその光景に驚きながらも、動じることはない。そんな暇がない。

ノックスに飛びかかったせいで、ユージーンとの距離は空いてしまっている。

間に合え、とユージーンは駆け出した。間に合え、間に合え、間に合ってくれ!!

 

頼むからっ……!

 

手を伸ばす。

 

バギン。

 

「ぁ…ぁっ、ノっ……クス。」

 

でも、届かない。

 

何も無いは無防備に倒れこむノックスの頭を食った。

引きちぎられたそれは丸呑みされる。噛むことすらされない。

先程まで話していた友人が、今目の前で食われている。

何も無いの口に消えていく。

何も無いが食う度に、その腹は動き、数回に一度腕や足が針のように生えた。

何も無いの胴体は、一部半透明になっている。

しかし骨なんかは見えない。見えているのは本来そこには無いはずの肺や、胃といった臓器。

その部分に今新たに、ノックスと同じ色をした眼球が入った。

 

ノックスは最期に何を思ったのだろう。結局彼は自身の存在意義への答えを出せないまま死んでしまった。

──少なくとも、何も無いの餌になるために彼は生まれてきてはいないのに。

 

ユージーンは言葉を失う。衝撃に、目眩すらする。

込み上げてくるのは恐怖よりも悲しみだった。その強い悲しみにその場で座り込んでしまう。

そして当たり前に、何も無いはユージーンを見て。

動けないでいるユージーンに、頭の手を伸ばした。

それでもユージーンは上手く動けない。

彼は理解出来ていない。ノックスの死が起こった今についていけていない。

何も無いの頭の腕の指先が、ユージーンの髪を掠めた時。

 

バァンッ、と。銃声が。

 

「えっ……。」

「全く。これは契約外なんですがね。」

 

ユージーンの後ろから、声が聞こえた。

誰かが銃を撃ったのだ。その弾は何も無いの腕にヒットして、ユージーンは助かった。

ユージーンは慌てて立ち上がり、何も無いと距離をおく。

後ずさったせいで、後ろに立っていた人にぶつかってしまった。振り返って見ると。

 

「……エド、先生?」

「お久しぶりです。君は相変わらず、ダニーとは違う危うさがありますねぇ。」

 

ユージーンはその姿に目を丸くする。

昔よく世話になった人だ。しかしその人が研究所の廊下にいるところをユージーンは初めて見た。

 

「おい、エドモンド。一人で勝手に行くなよ。」

「すみません。見知った顔が見えたもので。」

「レ、レオ先生?」

 

また違う声がした。

ユージーンはまたパチパチと瞬きを繰り返す。その人もまた、昔ユージーンに戦い方を教えた教師であった。

二人はユージーンを背に隠すようにして何も無いに向き合う。

その背中の迷いのなさと言ったら。恐怖など微塵もないのだろう。

 

「管理人、これは別料金ですよ。」

「後で臨時ボーナス貰わなきゃだなぁ。」

「遠慮なく請求しましょうね、レオナルド。」

 

ニヤニヤと二人は笑って、高らかに叫んだ。

この研究所の管理人室の、モニター越しの彼に届くように。

かつての戦場で、彼らが合言葉にしていた言葉を。

 

「「ウサギが草を食べに来たぞ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大出力でビームを放った憎しみの女王は疲労にフラフラと身体を揺らした。

杖を支えになんとか立っているような状態だ。

しかし床にふせた魔弾の射手を見下ろして、憎しみの胸の内は満たされている。

 

やった……。

これで、ユリを護れる……。

 

トドメをさそうと最後の力を振り絞って、杖を持ち上げる。

その杖の先で、魔弾の射手の身体を貫いてやろうと。

 

「……ユリ?」

 

その時。憎しみの女王に一つの声が届いた。

その言葉はとても小さく、弱々しく。

憎しみの女王の、背筋が冷える。神経を研ぎ澄ませて、その声がどの辺で聞こえているのかを探る。

しかし力を使い切ってしまった今、上手く特定出来ない。

 

「やだ……嫌よ、ユリ……。」

 

ついに憎しみの女王の大きな瞳から涙が零れる。

自身の無力さを呪って、彼女はそこに座り込んだ。だめ、だめと。首を振る。

 

「やだ!!嫌!!お願いユリ、そんな事言わないでっ……。」

 

 

憎しみの女王の耳に、なにが届いているのか。

 

 

 

 

 

 

 














新キャラがでてきた後にウサギフラグとか絶対バレるだろうなと思いながらここまで伸ばしてきました_(:3 」∠)_
つまらない回になるのは分かりきってたので連続投稿を次からようやくユリちゃん再び。あの子主人公のくせにどんだけ出番ないねん。






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Complex_13

※だいぶユリちゃんが壊れてます。
そのせいで見にくいにも程がある。

※途中不可解な文字列があります。読めなくても問題ない箇所なので気にしないでください。
一応意味はあるので、次話投稿の歳解読バージョンのせますね!







意識が、戻る。とてもぼんやりしてるけれど。

起き上がる。ここはどこだろう。硬いベットに、消毒液の匂い。……医務室?

もしかして、全て夢だったのだろうか。

そうか。やけに趣味の悪い夢だった。魔弾の射手から受け取った銃で、みんなを撃つなんて。

 

酷い夢。でも、夢でよかった。

 

ふぅ、と息を着いた。顔にかかる髪が鬱陶しくて耳にかける。

すると何故か、手から煙の匂いがした。

……え?

夢、夢だったんだよね?全部なかった事だったんだよね?違うよね?

辺りを見渡す。私だけじゃない。並んだベッドに、多くの人が横たわっている。

 

「ぁ……。」

『夢じゃないよ?』

 

声が聞こえて、身体が跳ねた。

ベットの縁から小さな女の子が顔を出している。

私だ。

 

『貴女が撃ったの。』

 

幼い私がよいしょ、とベットに登ってくる。膝を立てて、私との距離がとても近くなる。

丸いふっくらとした頬。にっこりと口端を上げて、私とそっくりな顔は笑った。

 

『お前が悪いんだよ。』

 

私の手が赤くなっていることに気が付く。

その赤は泉のように広がって、滴って、布団の白を赤く染める。

 

そうだ、撃てば撃つほど赤は広がった。

悲鳴が。叫びが。

夢じゃ、ない。

 

恐くなって私は俯く。身体が震える。寒い。

小刻みに肺が動いて、息が短くなる。はっ、はっと。

吐く度に胸が詰まる感覚がした。苦しい。上手く、息が吸えない。

小さな私は俯く私をつまらなそうに見た後、くるりと身体を反転させてベットに腰掛けた。

短い足では床に届かない。ブラブラと足を持て余す。

 

『どうするの?』

 

まるまるの瞳が私を見つめる。

 

「どう、しよう。」

『どうしよも出来ないよね?』

「……。」

『ちちんぷいぷい!!痛いの痛いの飛ん行けー!!』

 

幼い私が大袈裟に腕を動かして、周りの皆に叫んだ。しかし何も起こらない。

当たり前だ。そんなので治るわけがない。

 

『治ればよかったのにね。あぁ、無理か。だって貴方はお兄ちゃんでもお姉ちゃんでもない。』

 

『無能だもんね?』

 

その言葉が、私の頭にぶつかってグラグラと頭痛がする。

涙が、溢れてくる。胸が苦しい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。こんな、こんなつもりじゃなかった。私はただ強くなりたかった。このまま弱いなんて嫌で、そんな自分でいたくなくて。だから。

 

『だから私達を撃ったの?』

「ぇ……。」

『だから力が欲しかったの?』

「ぁ、ぁ。」

 

周りから、色んな声が聞こえる。

ベットのみんなは起き上がっていない。でも起き上がれないだけなのかもしれない。

彼らは私を、恨んでいる。

声が、重なって。私に降ってくる。

 

『痛い』

 

「ご、ごめんなさ、」

 

『痛いよ!!』『痛い!!!』

『助けて!』

『やめて!!』

『うわぁぁぁあ!!』

『死にたくない死にたくない!!』

 

「ぁ……あぁ……。」

 

『苦しいよぉ、』

『こないで!!』

『やめてくれ!!』『やめて』

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ……!!」

 

『酷い』『どうしてくれるの。』

『私達、貴方のせいで死んじゃった。』

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!どうしよう、どうしよう……!!」

 

私、人を撃ってしまった。傷つけてしまった。殺してしまった。

どうしようも無いことをしてしまった。

ちがう、ちがうの。魔弾の射手から銃を受け取ったら、頭がぼんやりして。それで。

 

『でもその銃を手に取ったのは貴女。』

「それはっ……。」

『責任転嫁?最低。』

「ちがうっ!!そんなつもりない!!本当にっ!!信じてっ……!」

「本当……本当なのっ……。」

 

私の頭にいくつもの声が響く。全てが明確な悪意と嫌悪を持って私にふりかかってくる。

全て私が悪い。わかってる。

涙は気がついたら流れていて、顔はぐちゃぐちゃになっているのだろう。頬が湿り、目が熱くなるのがわかった。

そんな私を慰めるように、誰かが私の手を握る。

はっとして顔を上げると、優しく笑う姉の姿。ゆっくりと形のいい唇が、形よく動く。

 

『ユリ。大丈夫だよ。』

「お姉ちゃん……?」

 

姉の声は、記憶のまま優しくて、美しかった。

この人はお人好しだから、いつだって私を許す。

私はまた泣いてしまう。大丈夫なんて言わないで。大丈夫じゃあない。大丈夫じゃないの。

私のせいなの。

 

『じゃあ、死んじゃおうよ。』

 

その言葉に私は目を見開いた。

しかし否定するような考えは生まれずに、するりと身体の奥深くに染みていく。

心地よく入っていくそれは、透明な血液となり私の身体を巡る。

死んじゃ、おうよ。死んじゃおうよ。

 

『もう苦しまなくていいの。』

「お姉ちゃん……。」

『ユリ、もう絶望するだけの明日なんて捨てていいのよ。』

「で、も。」

 

死ぬのは、怖いの。

そんな言葉が頭に生まれる。だって死ぬのは怖い。どうなるかわからない。私はまだ、生きていたい。

 

『どうして?』

「だって、こわい。」

『それよりも?』

「え……。」

 

姉は私の後ろを指差す。それを辿って振り返る。

目に入ったそれに私は悲鳴をあげた。

なんだ、これは。とんでもなく恐ろしい姿のそれは。

逃げたくてベットを降りようとする。でもそれは絡みついてくる。私と繋がっている。離れることは無い。

 

『貴女のコンプレックスよ。』

「やだ!とって!!とって!!あああっ!!恐い!!離して!!やだぁっ!やだぁっ!!」

『無理よ。育てたのは貴女。貴女は一生それに苦しめられて、付きまとわれて生きるの。』

「やだよっ、やだよ!!嫌だぁっ!助けて助けて!!」

 

それは形を器用に変えて。私の中に入ってくる。黒く心が染まるのを感じて、それは酷く苦しくて。

胸の辺りを掻きむしる。バリバリ。バリバリ。

でも赤くなるだけ。剥がれた皮膚が私の爪につくだけ。

ごしょごしょと何かが聞こえる。明確ではない。けれどとても嫌な何かだ。人の声に思える。人の足音にも聞こえる。

 

誰かの言う私の111001111011110101010101。

 

e5bdb9e7ab8be3819fe3819a、

e784a1e883bd!

 

百合、e381a9e38186e38197e381a6e38182e38293e381aae38193e381a8e8a880e381a3e3819fe381ae

、?

 

階段上る音がする

 

のに

 

下る音がしない

何度も何度も。

 

「あああああああああぁぁぁっ!!」

 

e4b880e4babae381abe38197e381aae38184e381a7e5af82e38197e38184e7bdaee38184e381a6e38184e3818be381aae38184e381a7

 

やe38281e381a6。

 

e38284めe381a6。

 

e38284e38281て。

 

e6adbbe38293e38198e38283e38186efbc81

 

『死ねばいいじゃあない。』

 

e38193e381aee7979be381bfe3818c苦しみe3818ce38193e381aee58588e3819ae381a3e381a8e7b69aくなんてe7a781e381afe3818de381a3e381a8e88090e38188e38289e3828cない。

 

e381a0e3818be38289私は死ぬ。

きっと、e3819de3828ce3818c一番いい。

 

そうだね!

そうだね!

e3819dうだね!

 

『e3819ae381a3e381a8e6adbbe381ade381b0e38184e38184e381a3e381a6e6809de381a3e381a6e381aee38288。』

 

「……おねぇ、ちゃん。」

 

姉の言葉に私は服のポケットを漁る。

白い錠剤の並ぶそれ。プチンプチンと一つ一つ出していく。

手のひらに山になったそれを。

 

「……お母さん、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……。ダニーさん、アネッサさん、リナリアさん。……オーケストラさん、アイ。みんな。ごめんね……。」

 

こんな私にみんな優しくしてくれた。

何も返せない。私は無力だから。

どうしようも無い。

でももう、これから先こんな自分で生きていて何があるの。

希望なんて持てない。明日が恐い。

 

だから、私はe6adbbe381ac。

死e381aae381aae38191e3828ce381b0e381aae38289e381aae38184。

 

でも、本当は。

 

死にたくなんて、ないんだよ。

 

 

 

──なら死ななくていい。

 

 

 

薬を持つ手が掴まれて、動けなくなる。

私は顔を上げる。

……どうして。

 

「オーケストラ、さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 






暗号なし版↓


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16進数と2進数を使ってました。


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The silent orchestra_14

どうしてここに、貴方がいるのだろう。

目の前に立つオーケストラさんの姿に、私は瞬きをする。

もしかしてこれは幻覚か何かだろうか。

最後に会いたいと思った私が見ている夢なのだろうか。

 

──夢じゃあありませんよ。

 

「え……。」

 

──とても心が不安定になっています。

──話さなくとも、声がわかるくらいに。

 

オーケストラさんの手が私の頬を撫でた。

オーケストラさんが良くしてくれるやつだ。

いつも通り心地いいのに、それがもう最後だと思うと胸が痛くて仕方ない。

また涙が出てくる。あぁ、痛い。

 

──最後なんかじゃあありません。

 

「でも私、もうここにいられない。」

 

──どうして。

 

「私が、悪いの。取り返しのつかないことをした。私は罪を犯した。それを、償わなきゃいけない。罪を背負って生きなきゃいけない。」

 

でもそれはとても怖いから。

 

「怖い……怖いよ……。逃げたいの。もう、自分の全てから逃げてしまいたいの。おかしてしまった罪からも、無力な自分自身からも逃げてしまいたいの。」

 

そう逃げてしまいたいの。

 

「だから、もう、死ぬの。そうすれば私は全て捨てられる。私はもう私に苦しめられることはない。私は私を捨てるの。もう、嫌だ。私はこれ以上、自分に絶望したくない。だから死ぬの。」

 

でも、死にたくないの。

 

「……どうして、私ばっかり。」

 

死ぬのは怖い。

でもこれからの方がよっぽど怖かった。

またあの夢を見る。きっと今度は現実でも責められる。

そんな毎日になるとわかってるのに、私は生きる意味があるの?

ねぇどうして、どうして私ばっかり。

こんな弱く生まれたんだろう。

 

ごめんなさい。

ごめんなさい。

弱くて、ごめんなさい。

 

もう、責めないで。

ちゃんといなくなるから、許して。

 

そうこれでよかった。

最初からそうするべきだった。

国を追い出された時点で、気がつくべきだったんだ。

いなくなったほうがいい。

 

『陰陽師の家系のくせに』

『本当に血が繋がってるのか?』

『……もしかして、』

『お父さんとは血が繋がってないのでは?』

『不徳』

『不徳の子』

『じゃあ仕方ないか。』

 

そうしたら、お母さんがあんなこと言われずにも済んだ。

それなのに母は私のために泣いてくれた。怒ってくれた。

ごめんね、ごめんね。

力がなくてごめんね。弱くてごめんね。

私は、お母さんに何も言えない。

ただ隅で大人しく、目立たないようにしてるしか出来ない。

ごめんね。

 

私なんて、いなくなればよかった。

 

 

 

──いなくならないで。

 

「……え。」

 

──ユリさん。ここにいて、いいんですよ。

 

「でも私、弱い。」

 

──それでも、ここにいていいんです。

 

「それに、取り返しのつかないことを。」

 

──それでもいい。

 

「……なんで?」

 

──いいんですよ。

 

「……追い出さないの?」

 

 

『そんなのおかしい!!』

 

『死ぬべきだよ!ここにいちゃいけない!!』

『わかってるでしょ!?』

『貴女は弱いの!!だからいつも家に置いていかれるの!!』

『誰からも必要とされないの!!』

『迷惑だから、家から追い出されたの!!』

『ならもうここにだっていていいはずがないの!!』

 

『……ねぇ。』

 

『それでも、生きるの?ユリ。』

 

声が、私を揺さぶる。

耳を塞いでもそれは聞こえてきた。溢れてくる。

頭は文字で埋め尽くされてやがて黒になり。ヘドロだ。重くて熱くて痛い物が身体を支配する。

息をすると、胸につっかかる。

責められている。世界の全てから。

 

──苦しまないで。

 

オーケストラさんの両手は私の耳に触れて、優しく包まれた。

するとどうだろう。先程まであんなにうるさかった音は一切聞こえなくなる。

不思議でオーケストラさんを見ると、笑っている。ように見える。彼は人形だから、おかしな話だ。

 

──嫌な音は全部遮ってあげます。

 

「そん、なの。だめだよ。」

 

──どうして?

 

「だって、許されない。私は、許されちゃいけない。」

 

──……よく、見てください。

──さっきからずっと、お一人で話してる。

 

「えっ……?」

 

オーケストラさんの手が、耳から離れる。

目の前には幼い私と姉の姿。

二人とも硬い真顔で。パクパクと口を動かした。

何も、言っていない。腹話術の人形みたいだ。

 

「そんな、だってさっきまで。」

 

──全部、貴方の口から出ていたんですよ。

 

「え……?そ、そんなの。」

 

そんなの、有り得ない。

でも確かに思い返せば。

……全部、自分の喉から出ていた……?

 

──ユリさん。ちゃんと思い出して。

──貴女を責めているのは、貴女だけなんですよ。

──隣のベットから聞こえる声も、

──幼い貴女の声も、

──ご家族の声も。

 

──全部、自分の口から出た言葉です。

 

そうだ、私。

ずっと、ずっと。

ここで独り言を言っていたのか。

 

見ると姉はもういなかった。

いや、最初からいなかったのだ。

残るのは幼い私。私は強く睨んでくるけど、でもさっきのような恐ろしさはない。

ただ泣きそうで、不安定で、弱々しくて。

それがとても私の胸を締め付けるものだから私はその姿を凝視する。

 

「……貴女は、なんなの?」

 

聞いても幼い私は口をパクパクするだけだった。

答えを、持っていないのだろう。私がわからないのだから当たり前だ。

 

──それは貴方の一部。

 

「私の一部?」

 

──そうですよ、ユリさん。

──悲しいと思う気持ち、苦しいと思う気持ち。

──劣等感、罪悪感。

──欲望。

──自己嫌悪と自己否定。

──貴女を苦しめるもの達。

──でも、貴女が生み出した。

 

「私、が。」

 

──貴女にとって、罪だとしても。

──私にとっては愛しい貴女の一部だ。

 

オーケストラさんの手が、幼い私に伸びる。

そのまま頭を撫でる。いつもしてくれるような優しい手つきで。

幼い私はゆっくりと目を閉じて、光の粒になって。空気に溶け込んでいく。

 

だめ、と手を伸ばした。

でもオーケストラさんに遮られる。

 

──寝かせてあげてください。

 

「でも。」

 

──彼女も貴女も十分苦しんだ。

 

そんなのは許されないことを私はわかっている。

立ち向かわなければいけない。怖いから嫌だからと後にしてはいけないのだ。

今、立ち向かわなければ。

そう思うのに、オーケストラさんはやはり私の手をはらいのけた。

それに苛立ってオーケストラさんを見る。私は、目を見開く。

 

オーケストラさんが、悲しそうにしている。

 

なんで、私のことなのに。

貴方がそんな顔をするの?

なんで?

お人形の彼に、表情を動かす筋肉はない。

それでもオーケストラさんは悲しんでいる。伝わってくる。

彼は、私のために悲しんでいる。

 

 

──悲しみを歌う音楽は沢山ある。とても悲しく美しい音。

──でもそれで貴女を失うのなら。

──私はそんな音楽は要らない。

 

「あっ……。」

 

ついに幼い私は消える。

オーケストラさんの手が、私を引き寄せた。

硬い人形の胸が頬にあたる。ドクドクと心臓の音が聞こえる。

私の、鼓動。生きている証。

シーツを汚していた赤は、いつの間にか鮮やかな赤い花になっている。

しかしそれも、微かな風に揺れては飛んで、細かな砂となり消えてしまう。

残るのはシーツの白と。肌色の私の手。

それらを見ていると、何だかとても眠たくなってきた。

寝てはいけないとわかっているのに、オーケストラさんに背中を撫でられると瞼は重さを増す。

 

──何も無かった。いいですね?

 

「で……も……。」

 

──何も無かった。

 

ついに私は目を閉じてしまう。

握っていた手のひらが緩んで、飲もうとしていた薬がバラバラと床に落ちた。

あぁ後で片付けなきゃな、とどこか頭の片隅で思いながら、私の意識は遠のいて、夢の中に。

 

──どこにもいかないで、私のセレナーデ。

 

そんなオーケストラさんの声は、子守唄のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どんなにくさくてもオーケストラさんにセレナーデは言ってもらうってキメてたんだ私。

セレナーデ→小夜曲(恋人の部屋の窓下でかなでる)恋愛の歌曲。


追記

すみません!!!
文章重複部分あったので直しました。本当に申し訳ない。


以下暗号解読文


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That's all for today._15

静かなオーケストラは、腕の中のその人の頭を撫でる。

自身とは違う、生命の息吹を感じる暖かな身体のなんとか弱いことか。

全てから貴女を護れればいいと静かなオーケストラは本気で考えている。

世界はあまりにも広すぎて、その人を傷つける物は愚かにも存在するのだ。

 

──そんなもの、私が全て消してみせる。

 

美しい女性を花に例えるのなら。

花は庭を彩るために生まれたのか?

否、花の為に庭は存在するのだ。

その人が美しく咲き誇れるように、なんの不安もなくそこに在れるように。

静かなオーケストラは世界という彼女の器を調整しなければいけない。

大丈夫、と静かなオーケストラはその人の顔を見つめる。

目を覚ました時、彼女の記憶は消えている。

血の匂いも目の前で起こった死も、銃の感覚も。全て全て、忘れるのではなく消えてしまう。

本当は、彼女を苦しめた根本を壊してしまいたい。

けれど賢いアブノーマリティの彼はわかっていた。

 

彼女に存在を消されることの絶望を。

 

──私だったら……。

──発狂してしまうかもしれないですね。

 

静かなオーケストラは笑う。意地の悪い心の底からの笑み。

眠るその人の唇を指でなぞる。

多々ある愛情表現の中で、意志を伝えるそこ同士を重ねるのは、生物の中では上等な愛の伝え方だ。

しかし静かなオーケストラは、唇を寄せられる身体を持っていない。

その人の身体を持ち上げてしまえばいいとしても、目を閉じる彼女の静寂を奪うことは出来ない。

だから指で唇をなぞる。甘く蕩けた口付けの代わりに、たっぷりの優しさを塗るように指を動かす。

 

記憶を消すということは、彼女の過去を消すということ。

彼女の手に残るのはマメだらけの手。がんばって練習した時間は失う。

そして、彼女に奪われた命達も忘れられてしまうのだ。

それが正しいか正しくないかの結論を人間は導き出せるのだろうか。

出せるのだろう。だって貴方が正しくないと叫んだら。

静かなオーケストラは、貴方を殺す。

 

それだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして地獄はようやく終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この曲、知ってる。

オーケストラさんの音楽だ。

 

穏やかなメロディーが私の耳に入ってくる。

一音一音がとても繊細で、丁寧な音楽。

これはよく私がリクエストする曲。なんていう名前かは知らない。教えて貰ってもそれは私にはわからない言葉で。

あぁでも確か……これは小夜曲だ。セレナーデって言うんだっけ?前に、オーケストラさんが言ってた……。

前?前って、いつだっけ……?頭が、なんか、ぼんやりして……。まだ眠い……。

 

ん?

あれ……今、何時……?

 

「っ!!」

 

一気に目が覚めた。待って、今何時だ。

 

「って、ええええ!?オーケストラさんっ!?えっ、ここ収容室じゃないですよね!?えっ、どこここ!?……医務室!?なんで!?オーケストラさんまでなんで!?」

 

時間を確認しようとしたが、目の前にいるオーケストラさんの姿に驚いてしまった。

辺りを見渡すと、どこか見た事ある景色。消毒液の匂いで思い出す。ここは医務室だ。

あとなんでオーケストラさん収容室の外にいるの!?

 

「オーケストラさん!どうしてここに!?」

 

私も私でなんでここにいるのだろう。寝ていた?運ばれてきたの?

身体を確認するも特に痛いところもない。気を失ってただけなのだろうか。

支給された腕時計をみる。まだ業務中だ。早く仕事に戻らなければ。

慌ててベットを降りると、じゃり、と何か踏み潰してしまった。

 

足をどけると、白い粉が床に散らばった。

元は固形だったのを、私が潰してしまったのだろう。

辺りをみると白くて丸い粒がそこらに落ちている。

薬?

なんで、薬が?

 

「まぁ、いいか……。」

 

身だしなみを整えて。ベットのサイドテーブルにあるタブレットを手に取る。

よくみると他のベットも使用中で、その人達はわかりやすく怪我をしていた。

巻かれた包帯に赤黒いシミ。か

なにか、とんでもない事が起こったのかもしれない。

 

「って、なんかすごい脱走してるー!?」

 

タブレットの履歴を確認すると、いくつもの収容違反報告が。

アイも罰鳥も大鳥もオーケストラさんもなんかよく知らないやつも収容違反してるらしい。

一体何が起こっているのか。とりあえず私に出来ることがあれば、動かなければ。

まずXさんの指示を待って……いや。その前に。

 

「……オーケストラさん、とりあえずお部屋、戻ってもらえません……?」

 

──もう、大丈夫そうですね。

 

「?なにがですか?」

 

──ユリさん、ひとつ約束です。今度は必ず、私を呼ぶこと。

 

「今度?え?なにが?」

 

──貴方が辛くなった時、危ない時。

──必ず私を呼んでください。

 

「え……あ、はい……?なんでそんな、急に?なにか、あったんですか?」

 

──ふふ、なんでもありません。

──何も無かったんですよ。何もね。

 

「はぁ……?」

 

──また、部屋でお待ちしてます。

──必ず来てくださいね。

 

「はい、約束します。またセレナーデ聞かせてくださいね。」

 

──え。

 

「あれ?セレナーデ、ですよね?今の曲。違いましたっけ?」

 

──あ、いえ……そうです。

 

「……?オーケストラさんどうしたんですか?さっきから何だか変ですよ……?」

 

──いえ、その。

──恥ずかしいことを覚えられてしまいましたね。

 

「恥ずかしい……?」

 

──我ながら、少しキザでした。

 

「??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎぃぎぃ。音が聞こえる。

真っ暗な廊下で、新人エージェントのルックは震えて立っていた。

本当なら直ぐにそこを立ち去りたいのに、足が根をはったように動かない。

彼は今日とても運が悪かった。

朝目覚まし時計の電池は切れていて、慌てて家を出たら道で転んだ。

擦りむいた膝を我慢しながら出社したところで、社員証を忘れたことに気がつく。

しかし時刻はギリギリ。なんとか入れないかと入口で確認してもらい、いくつもの面倒くさい手順を踏んでやっと通してもらって。

そうして、業務中。いくつもの警報が彼の鼓膜と心臓を揺らした。

新人である彼すらも鎮圧に駆り出された。比較的危険が少ない罰鳥の相手ではあるものの、彼はまだ鎮圧に慣れていない。

 

最悪だと泣きそうになりながら向かう途中。

廊下の電気が切れた。

 

音が聞こえた。ぎぃぎぃと、木が軋むような音。

その音は彼を魅了し、誘う。ぼんやりとした意識の中、ただ、ただそこに向かわなければという使命感に襲われる。

だって呼ばれているのだから。

そこで今日一番ともいえる不幸が彼を襲った。

この自体にパニックに陥った他の同僚が、ルックの背中を押しのけたのだ。

壁にぶつかったルック。だが痛みはどこか遠く、実感がなかった。

しかし其れはある衝撃と共にやってくる。

ルックを押しのけた同僚の首が、目の前で引きちぎられた。

その画はルックの脳に冷水を浴びせる。

人の皮がちぎれる音が、骨の砕ける音が頭に響いた。

ぴちゃっ、と数滴の血がルックの肌を汚す。

その一雫が垂れて、伝って、口に口に口に。

 

口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に口に、

 

「ぁ、」

 

目の前に、黄色いいくつもの目。

黒い塊が、大きな何かが。化け物が!

ルックに鋭いくちばしを向けて!

逃げられない!死んでしまう!

あぁ可哀想なルック!もしも今日朝目覚まし時計が壊れたまま、とんでもない寝坊をしていたら!

転んだ時もう少し大きな怪我をして、歩く速度がおそくなっていたら!

社員証を取りに戻っていたら!

そうしたら遅刻した君は怒られて、昼休みがもっと遅く、ちょうど今くらいの時間になっていたかもしれないのに!

最高な展開として、クビにでもなっていたかもしれないのに!

または罰鳥の鎮圧に違うルートを選んでいたら、敢えて遠回りをして、ノロノロと現場に向かわなければ。

そうしたらルックは、大鳥なんかに会うことはなかったかもしれないのに!

 

でも全て手遅れだ。ほら目の前。暗闇の中にいくつもの黄色い光。

腕にぶら下げたカンテラをゆらゆらさせながら、大鳥は動けないルックに口を開けた。

 

 

 

 

 






活動報告にも書きましたが診断メーカーで、小説っぽくなるやつ作りました。

「小説風::エージェントである貴方のある一日」

https://t.co/FA2RfdakUd


これはじつは本当に読んでくれてる皆さんをかんがえて作ったんです。
本当は一人一人にお礼したいけどそれは難しいから、せめて皆さんが主人公の小説を簡単に作れないかなって思って。
だからツイッター向けじゃないです。長いし。
でも気になったらやって見てください。パターン多くなるよう作ったけど、あの確率は大半アブノーマリティです笑
多分パターンあっても1億くらい。でも多分1億はいってます!もうひとつ別の同じくらいで作って確認済みです。

だから、貴方だけの物語を見てみてください!

今回も読んでくださってありがとうございました。
魔弾の射手。ラストスパートです!





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That's all for today._16

静かなオーケストラの手を抱えて、ユリは廊下を歩いていた。

本当はそのまま部屋に戻って欲しかったのだが、起きようとするユリを静かなオーケストラは許さなかった。

 

まだここにいた方がいいと。

その優しさに、ユリは困りながらも少し嬉しくも思った。

 

しかし業務中の事実は変わらない。しかもこの騒ぎだ。

ユリは自分の出来ることを考えなければいけなかった。

知らないアブノーマリティならまだしも、大鳥や憎しみの女王なら何とかなるかもしれない。

静かなオーケストラを何とか説得するも、彼は決していい返事をしなかったけれど。

最終的には根負けして、ユリに自身の同行を条件に起きることを許したのだった。

 

──が、一つ問題が。

静かなオーケストラの本体は大きかったのだ。

 

どうしようと難しい顔をして持ち上げようとするユリ。

抱き着くような形で人形にしがみつき、腕に力を入れるも全く動かない。

なんの素材で出来ているのかわからないそれは微動だにせず。

しかしやるしかないと。ユリはただ必死に、顔まで赤くして静かなオーケストラを持ち上げようとした。

ついに静かなオーケストラは笑う。

 

──腕だけ持っていってくださればいいですよ。

 

「それ早く言ってくれません!?」

 

──すいません。なんだか可愛らしくて。

 

完全にからかわれている。

 

楽しそうな静かなオーケストラをユリは恥ずかしさもあり睨んだ。

そのまま持つことも出来るが、人形の腕は繊細だ。クッションになるものを探して当たりを見渡す。

見つけたのは包帯だった。棚から一巻拝借する。

それを広げて、何回かに重ねて厚くした。

出来上がった柔らかな布に、静かなオーケストラの手を丁寧に包む。

ユリの行動に静かなオーケストラは驚いた。かつてこんなにも丁重に扱われた記憶が、彼にはなかったからだ。

しかし人形の顔は赤くなることも、感動で涙ぐむことも無い。

だからユリは静かなオーケストラが今どんな気持ちかなんてわからないのである。

 

「苦しくないですか?」

 

──……はい。大丈夫です。

 

その返事にユリは安心して、静かなオーケストラをそっと、潰さないよう気をつけながら胸に抱えた。

しかしマネキンの身体はそのままだ。

振り返って静かなオーケストラの本体を不安に思いながら見つめると、胸の中の手がパチンと指を鳴らす。

 

「わっ。」

 

すると静かなオーケストラの身体は綺麗に消えた。

 

──身体は戻したので、いきましょうか。

 

それはつまり、収容室に戻ったということ。

 

「……こんなに身体と離れちゃって、大丈夫なんですか……?」

 

──私の場合どこが本体とかはありませんからね。そこに魂さえあれば、大丈夫ですよ。

 

「へぇ……。」

 

そう言えばユリは家族から聞いたことがある。

髪の伸びる人形の供養を頼まれた時、本体を燃やすだけではいけないと家族は客に厳しく言っていた。

人形は器に過ぎない。魂が外部から入ってきただけだと。

仮に人形が本当に魂を生んだとして。出来てしまった魂は燃やすだけでは天に返せない。

きっとまた違う器を探して。その器を同じ見た目に直してでも戻ってくる。

燃やしても捨てても、同じ物が手元に残るのはそういう事だと。

 

……つまり、オーケストラさんの本体って、燃やしてもまた戻ってくるってこと……?

 

髪の伸びる人形と静かなオーケストラを一緒にすることはどちらにとってもだいぶ失礼だが、ユリはそれに気がついていなかった。

 

 

 

 

 

廊下を出ると、研究所は不自然に静かだった。

ユリが静かなオーケストラの手を抱えて歩いていても、何一つ音が聞こえない。

その静寂がぎゃくに恐怖を煽る。

 

誰も、いない。何も、いないのだ。

 

「……?」

 

ぎぃぎぃと、音がする。

床が軋むような音だ、ぎぃぃ、と木が悲鳴をあげる音。

 

「この音……。」

 

──なんでしょうか?

 

「……ちょっと、行ってみる。」

 

音の大きさを頼りにユリは足を進める。

その音をユリは聞いたことがあった。いや、音ではないこれは。

 

「大鳥さん……?」

 

それは、声だ。鳥の鳴き声。

廊下の先が、闇に包まれている。

停電しただけのはずだ。しかしそれにしてはそこはやけに暗かった。

薄暗くなる通路に不安を抱えながら、ユリは急ぎ足で向かう。それはもはや走ってるのと同じ速度で。

 

──ユリさん、そんな無理をされては……。

 

「でも、なんかっ!嫌な予感がするんです!!」

 

闇の中、ユリは走った。

もしもこれが本当に大鳥の仕業なのなら、あかりが見えるはずだと。

その予想は当たっている。これは大鳥の仕業だ。

しかし当たっていない予想も勿論ある訳で。

 

「ぶっ!?」

 

残念ながら大鳥の存在を見つける前に、微妙に柔らかい壁に激突するのであった。

その感覚と言ったら、絶妙に触り心地の悪い素材でできていて。

それが顔いっぱいに広がり、なんとも言えない不快感を感じる。

 

「うう……。」

 

ぶつけた鼻を手で覆う。しかしはっと、直ぐに腕の中の静かなオーケストラの存在を思い出した。

 

「ご、ごめんなさいオーケストラさん、痛くない……?」

 

──はい。私は大丈夫です。

 

その返答にほっと息をつく。

それにしても、この壁はなんだろうと。

こんな所に壁なんてあっただろうか。いや、ない。

視界のない今、頼りになるのは手の感覚だけ。ぺたぺたと壁を触っていく。

 

「!?」

 

すると壁が動いた。

ずしん、ずしんと重たい音が廊下に響く。

その現象にユリは不安を覚え、腕の中の静かなオーケストラを強く握った。

それに応えて、オーケストラもユリの手を握り返す。

 

──大丈夫です。私がついてる。

 

なんて頼もしい指揮者だろうか。

ユリはその言葉を勇気に逃げることをしなかった。

壁が動くのと同時に、灯りが見えてくる。

それにユリは見覚えがあった。えっ、と。身構えていた体の力が抜ける。

 

「うっわ!?大鳥さん!?近っ!?」

 

そうその壁というのは、ユリが探していた大鳥だったのだ。

予想しなかったゼロ距離にユリははしたなく叫んだ。

驚いて反射的に後ろに下がろうとする。しかし大鳥は逃がさないと身体を押し付けてきた。

また心地の悪い感触がユリの顔を覆った。鼻も口も塞がって苦しいのに、お構いなく大鳥はすりすりと身体を寄せる。

 

「ぶふっ……。まっ、待って待って。」

 

手をパーにしてジェスチャーする。

大鳥はユリの拒絶に落ち込んだのか、手に持ったカンテラに照らされた表情はどこか寂しげだった。

その様子にユリは苦笑いして、改めて大鳥に自身から抱き着く。

片手はオーケストラで塞がっていて使えないので、もう片手を広げるだけだけれど。

大鳥は満足したようでスリスリと身体を揺らしてくる。

相変わらずの毛並み。お世辞にもふわふわとは言えないその羽毛。

 

「どうしたの、外に出ちゃって。お散歩?」

 

──ユ、ユリさん。

 

「大丈夫です。オーケストラさん。この子は、大丈夫。」

 

戸惑う静かなオーケストラの声に、ユリは笑った。

ユリは知っている。この大鳥は、本当は優しいアブノーマリティなのだと。

しかしユリは知らない。

オーケストラが戸惑っているのは、大鳥がユリに身体を押し付けることで、自身がユリの胸に埋まっている事なのであって。

それを喜んでいいのか、申し訳なく思うのが正解なのか悩んで、何も言えないでいることに。

ユリは、知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鳥の口内の闇に、ルックはひゅっと息を呑んだ。

 

あぁ死ぬ。

死ぬのだ。

 

死の文字がルックの頭を支配する。自然に涙は溢れるのに身体は動かない。

ルック、もし君の運がよければ?

少しでも運が良ければ。魅了が解けることなく、恐怖も味わうことなく死ねたかもしれないのに。

可哀想な、ルック。

 

「ぶっ!?」

 

どこからか声が聞こえた。可愛くない声。しかし声質だけで言うのなら、女性の声だ。

 

「……?」

 

その声がした時、大鳥の動きが止まった。

 

「うう……。ご、ごめんなさいオーケストラさん、痛くない……?」

 

大鳥はルックへの関心を失い、開けていた口を閉じる。

そうして、ゆっくりと、ずしん、ずしんと音をたてて後ろを振り返った。

消えた威圧感に、ルックの身体はその場にへたりこんでしまう。

下半身に、違和感。恐怖で失禁してしまったのだ。可哀想なルック。

 

「うっわ!?大鳥さん!?近っ!?」

 

しかしルックはより可哀想なことに、今の現状に感謝していた。

人の声。随分余裕のある声だ。

助かったのだと。ルックは自身の幸運にひたすら感謝して、生きている現状を噛み締めていた。

そうして大鳥の巨体に隠れているであろう、その先にいる人物に感謝をしている。

 

ありがとう、ありがとう。助けてくれてありがとう。

 

きっとルックの今日一番の不運は。

この状況の諸悪の根源ともいえるユリに、一世一代の大いなる感謝をしている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ハロウィン終わってなくてすみません( ´・ω・`)
後編早く書きます。

あと感想返信できてなくてすみません〜(´;ω;`)
ちょっとバタバタと精神状態的に出来ませんでした。
時間かかっちゃうので、今できてない分よりも先に今回分の返信させて頂くことにします。

もしかしたら前回までの分返信できないかもです。でもちゃんと読んでます。せっかく貰ったのにすみません( ´・ω・`)



余談

Twitterでいいねの数だけ〇〇するってあるじゃないですか。

一瞬えっ、そんなんなら私だって「いいねの数だけアブノーマリティが病む」とかやりたいって思った。
集まる気がしないからやらないけどフォロワー多い方ぜひどう?このアイデア使っていいのよ?私はいいねするよ??

Twitter初めてやってるけどみんながつい見ちゃう気持ちわかってきました。




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That's all for today._17

大鳥さんと挟んでしまったオーケストラさんのことを思い出して、慌てて身体を離した。

 

「ごめんなさい、苦しかったですか?」

 

──あ、いえ。

──大丈夫です……。

 

そうは言ってくれたものの、なんだかもごもごとした声。きっと本当は辛かったんだろう。

申し訳なくてその手を撫でる。オーケストラさんはされるがままに何も言わない。

 

「あ、大鳥さん……。」

 

ぎぃ、と声が聞こえて私はそちらを見た。

何を考えてるかわからない表情。というより、目しかないのに表情があると言えるだろうか。

 

「どうして出てきちゃったの?」

 

返事は、ぎぃ。

何を言ってるかわからないが、応えてはくれる。

何とか戻ってもらわないと。

初めてあった時のことを思い返す。あの時は一緒に部屋に戻ったが、今回もそれでいいのだろうか。

アイも罰鳥さんも収容違反しているのに。

……指示がほしい。しかし残念なことに医務室にはタブレットもインカムもなくて。

 

「……ごめんね、今日は送ってあげれないんだ……。1人で戻れる?」

 

黄色のいくつもの瞳が私を見つめる。

 

「今度、できるだけ早く会いに行く。だから今だけさよならしてほしいの。」

 

ね、と笑いかけると、大鳥さんはぎぃ、と鳴いた。

そうして手に持ったカンテラを、前のように渡してくれる、何が燃えているのかわからない、赤い炎のカンテラ。

返しにこいということか。

 

「そんなことしなくても、行くのに。」

 

かわいい約束だ。お返しになにか、とポケットを探した。

指先に当たったやわらかい感覚、取り出すと色気も何も無いシンプルな茶色のヘアゴムだ。

これを渡すのは……。でも、まぁ何も無いよりいいか。

 

「じゃ、交換ね。」

 

触り心地の悪い羽をひとつとって、結んでやる。

毛が硬いため簡単に絡んでくれた。羽が黒いから茶色のゴムは紛れてしまうけど。

大鳥さんは満足してくれたのか、ぎぃぃ、と鳴く。先程よりも少し高い声。

 

「わっ」

 

そうして、消えた。

……瞬間移動出来るのあの子!?

あ、いや。良く考えれば前も収容室に入るのにそうしてた気が……。

大鳥さんが消えるのとほぼ同時に、電気がつく。急な明かりに目がチカチカした。

慣れなくて少しよろけると、何かが足に当たる感覚。

 

「っ!?」

 

確認に視線を落とすと、そこには。

人の身体だけが倒れていた。頭のない、人の身体が。

予想だにしなかったショックに、吐き気が込み上げてくる。

直視、出来ない。赤い。床が。断面から漏れたそれが。

べちゃっと靴につく水は、まさか。

 

「ぅっ……。」

 

理解すればするほど、喉から込み上げてくる。

気分が悪い。あまり見ないようにしないと。

視線を前に戻すと、誰かが座り込んでいる。

男性だ。体は震えていて。

生きてる。私は急いで駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

「ぁ、ぁ……。」

「怪我は……ないみたいですね、良かった。」

 

見る限り、男性に怪我は見られない。

……股下の水溜まりは気付かなかったことにする。

余程怖い目にあったのだろう。私を見つめて、パクパク口を動かすけれど声になっていない。

 

「えっと、とりあえず壁側に寄りましょうか……。寄りかかった方が楽ですよね?」

「え、あ。」

「立てますか……?支えるから、良ければ──。」

 

私は男性に手を差し伸べる。

男性もそれに従って手を伸ばしてくれたのだが。

 

「ひっ!?」

「えっ。」

 

パンッ、と。男性の手が叩かれた。

男性は明らかに怯え、小さく悲鳴をあげる。

私はというと、起こった出来事にぱちぱちと瞬きするしか無かった。

ふよふよと目の前に浮くオーケストラさんの手。いつの間に腕から抜けたのだろう。私の手には包帯の束があるだけで。

 

「オ、オーケストラさん……?」

 

──手なら私が貸しましょうか。

 

えぇ……。

男性は目の前のオーケストラさんに身体を震わせる。

当然の反応だ。私だって目の前に手だけ浮いていて、それに叩かれたら恐怖でしかない。

オーケストラさんの行動に苦笑いする。何となくわかっていたけれど、オーケストラさんは私以外の人に、少し厳しいみたいだ。

どうしよう。

辺りを見る限り、アブノーマリティはもういない。放っておいても大丈夫だろうか。

 

「あ、あの。それ貸して貰えます?」

「え?え、あ?」

「インカム。私の無くしちゃって……。」

「ぇ、ぇ。いん、かむ。」

「……ごめんなさい、勝手に取りますね。」

 

話をするのも難しいようだ。仕方ないだろう。

奪う形で男性からインカムを借りる。装着して、もしもし、と声を出した。

繋がって。どうか。状況を理解したい。

 

『君は、』

「え?」

 

しかし、インカムから聞こえた声に私は首を傾げた。

 

「え……だ、誰?Xさんじゃないですよね……?」

 

男性の声ではあるが、Xさんとは違う。たった一言でもあからさまな違いのある声だった。

私は聞くも、インカムは無音。もしもし、もしもしと繰り返し応答を待つ。

 

『ユリさん、意識が戻られたんですね。』

「え?アンジェラさん?」

 

次に聞こえてきたのは女性の声。インカムというのにハッキリと聞こえる声は間違いなくアンジェラさんの声。

 

「あの、さっきの人は、」

『具合は良くなりましたか?』

「え?あ、はい。怪我も特にないですし、大丈夫です。それよりさっきの方は……、」

『なら、良かったです。ユリさんにお願いがあるのですが。』

 

……話を聞いてくれる気は、なさそうだ。

 

「えっと、お願いってなんでしょう。私今の状況もよく分かってないんですけど……。」

『……え?』

「?」

『……ええと、ユリさん。最後の記憶は覚えていますか?』

「え?最後?えっと……。」

 

最後。

それは意識を失う前のことだろう。

思い出そうと集中する。

……あれ?

最後?

 

「今日、何月何日です?」

『……。』

 

記憶が。

途切れ途切れの、断片的なものしかない。

 

ダニーさんにエド先生を紹介してもらって、銃を受け取って。

××××××××。

次の日からそう、練習がはじまって。えっと確か、アブノーマリティへの業務は……?

××××××××××××。オーケストラさんに、アイに、会えてない。

あれ、じゃあ誰に会っていたのだろう?

明らかな空白が記憶にある。抜き取られたような、くっきりとした余白。

 

そこに、当てはまったのは?

 

──ユリさん。

 

「えっ、あっ、オーケストラさんどうしました?」

 

急に声をかけられて、思考はオーケストラさんにいく。

オーケストラさんの手は私の頭に乗り、それはそれは優しく撫でてくれた。

 

──思い出せないのなら、大したことでもないのです。

 

「え?」

 

──貴女の人生に必要なかった。それだけの話。

 

「必要、なかった……。」

 

私の、人生に。

 

「……そうかもしれないですね。」

 

思い出せないのであれば、それはそうなのだろう。

いつかテレビで見たことあるが、人の脳は無意識のうちに記憶を整理しているようだし。

それこそ、今まで忘れてしまった記憶を全て思い返すなんて不可能だ。

忘れてしまったことを追いかけるのもおかしい。それが思い出せるようなものであるならまだしも、影すらもないのだから無理だろう。

 

『静かなオーケストラがそこにいるのですか?』

「あ、はい。手だけですけど……。」

『なるほど……どうりでエージェントが作業しても反応がないわけです。』

「あはは……。」

『しかしちょうど良かったです。』

「え?」

『お願いの内容ですが、至急アブノーマリティの作業をして頂きたいのです。』

「わかりました。どのアブノーマリティの作業をすればいいですか?」

『どれでも。』

「え?」

『どれでもいいのです。』

「ど、どれでもとは……?」

 

『研究所は直ぐにでも業務を終えたい状況に陥っています。

なのでエネルギーが貯まればそれでいいのです。

あと少しだけ足りなくて。

近くに静かなオーケストラがいるというなら、静かなオーケストラへの作業をお願いします。』

「そ、そうなんですか。ええと、じゃあ作業内容は?」

『なんでも。』

「雑すぎません!?」

 

作業対象:だれでも

作業内容:なんでも

 

とは。ふざけないでほしい。

 

『静かなオーケストラへの作業なら、ユリさんならなんでも大丈夫でしょう?』

「ええ……。」

『余程のことがない限り、静かなオーケストラは貴女への攻撃はしないでしょう。』

「いや、確かにオーケストラさんは優しいですけど……。」

『なんでもいいのです。あと少し、エネルギーが貯まれば。』

 

随分投げやりな指示に苦笑いする。

私は頭のオーケストラさんの手を掴んだ。そしてそのまま目の前まで持ってくる。

 

──ユリさん?

 

なんでもいいから作業しろとは。

いつも通りから清掃をするけれど、オーケストラさんの身体はここには無いし、掃除する収容室も遠い。

となると、交信か。

交信なんて今現在進行形系でしているのだけど……。

ううん……。

 

「オーケストラさん。」

 

──はい。

 

「いつもありがとうございます。」

 

──え?

 

「貴方と会えて、良かった。」

 

私なりの、精一杯の愛情表現。

こういうのは苦手だ。友人に渡すバースデーカードだって書くのにいつも照れてしまう。

しかし、言えるタイミングがあるなら伝えるべきなのだろう。

日本の姉を思い出す。痛い私の記憶。

伝えるべきことはたくさんあった。でももう出来ない。

同じ過ちを、大切な友達に繰り返さないように。

 

「これからも、お友達でいてくださいね。大好きです。」

 

そうして、その手のひらに唇をおとした。

 

──!

 

「うっわ!?」

 

オーケストラさんの手が急に熱くなって、反射的に手を離してしまった。

いけないっ!落としちゃう!

慌てて手を伸ばすが、その前にオーケストラさんの手は、消えた。

え、と驚いているとピピッと電子音。

男性の腕時計から聞こえたそれは、業務終了を教えてくれるもので。

 

『素晴らしいですユリさん!』

「え?」

『業務終了に必要なエネルギーどころか、多大な予備エネルギーまで生成して下さるなんて!!』

「ええ?」

『貴女は我社が誇る、最高のエージェントです!』

 

……えっと。

まぁ、喜んでくれたなら、なによりだ。

 

 

 

 

 

 

 








余すことなくオーケストラさん回。
キスが手の甲でなくて手のひらなのはわざとです。作者の勝手なこだわりです。
特に伏線とかではない。


スランプが止まらないけど何とか書き上げましたε-(´ω`;
なんで書き上げられたか?皆さんが大好きだからだよ!!
ユリちゃんも言ってたでしょ言える時に言うべきと。

そう、スランプだけどみんなだいすこ。
また皆さんの名前キャラに呼ばせる予定です。その時なのですが、以前呼んだ方で、しばらくコメント頂いてない方は今回避けることになると思います。
理由としては、前呼べなかった方で、今読んでくださってる方の名前も呼びたいなと思って。
書かないだけで今も皆さん大好きですよ!!!!心のなかではいつだって叫んでます。君の名はっ!(もうちょっと古い)
勘違いしないでくださいね、読んでくださる皆さん本当に大好きです。読者さんへの愛を伝えた回数ならランキングにだってのる自信あるよ!!!

あと番外編の方ですが、ちょっと書き直し考えてます。後から呼んだらさすがに文が酷かったです。
本篇更新をメインに細々とやってきますね。

あ、あと!名前呼ぶなマジでやめろ!!って方いましたら、活動報告やTwitterDMで言ってくださると助かります。どの活動報告でも大丈夫です。というか、他の方の迷惑にならない形ならどんな方法でも教えてくだされば大丈夫なので。


日に日にあとがき長くなって申し訳ないです。今後短くなればいいな



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That's all for today._18

「貴方にエージェントユリの監視役を命じます。いいですね?」

 

「……かしこまりました、アンジェラ様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡って。

 

あの騒動から数日後。

後片付けや、被害を受けたエージェントの治療に数日は休みになった。

しかしずっとそうである訳もなく。当たり前に業務は再開される。

きっと、新しいエージェントも補充されたのだろう。

多くの人数が死んでしまった為、本来非番であるはずのエージェントまで駆り出されての業務になった。

中央本部チームは大半が犠牲になったせいで朝からくらい空気に包まれる。

リナリアは肩身の狭い思いをしながら、淡々と聞かれる〝昨日何があったか〟という説明を笑って濁した。

もっと追求されるかと思ったが、さすがは中央本部チーム。言いたくない空気を察したようで、諦めてそれ以上は聞かない。

 

「あれ、君……。」

「あっ!!この間は本当にありがとうございました!!おかげでこうして、生きれていますっ……!!」

「えっ!?私別に大したことしてないよ!?」

「いえ!!本当に貴女のおかげです!!僕、ルックって言います!!今日から中央本部チームに移動になりました!!よろしくお願いします!!」

 

少し離れたところで、ユリと誰かの会話が聞こえる。

ユリの声にリナリアの肩はびくっと反応したが、穏やかな会話にリナリアは息を着いた。

周りは「またあの子か」「本当に助かる」と噂をする。

 

それでいい。

あの事件は広まらない方がいい。

 

あの事件の後、ユリは慌ててリナリアのところに会いにきた。

血濡れの床を思い出してリナリアは恐怖がこみ上げてくるも、ユリはそんなことはお構い無しにリナリアに抱きつく。

『よかった、よかった。』と。泣かれてリナリアはどうしたらいいかわからなかった。

 

『よかったです。アンジェラさんから多くの人が死んだって聞きました。……ダニーさんは!?』

『えっ、ダニーも無事、だけど。』

『本当ですか!!何があったんですか?』

『……ユリさん?』

『はい?』

『……覚えて、ないの?』

 

そうユリは、何も覚えてなかった。

 

その事実にリナリアには一瞬怒りが沸く。

多くの人を殺したというのに。何も覚えていないなんて。

あんなことをしたのに!!

真実を伝える言葉は喉元までくる。

しかしそれは、ユリのまん丸とした綺麗な瞳を見て留まった。

 

『っ……。』

『リナリアさん?』

 

目の前のその人を見て、リナリアは先程と同一人物に見ることが出来ない。

撃つのが楽しいと、もっと撃ちたいと笑っていたあの女とは。

 

……あれは。

最早、別人だったのだろうと。

 

そう思ってしまう。

 

それに酷く安心する自分がいた。

怒りよりも、それが勝る。あの悪魔はもう居ないのだと。

訪れた平和に泣きそうになった。

じわっと広がる、温かい気持ちにリナリアは苦しくなり俯く。

そんなリナリアをユリは心配して顔を覗き込む。

安心させるように笑った。もう、もう大丈夫だと。

 

終わった、終わったんだ。

 

「終わったんだね。」

 

リナリアはチームの皆を見て、そう呟いた。

仲間がかえらないことは事実だ。起こってしまった悲劇は変わらない。

それでもリナリアは自身が生きられたこと、警告のならない静かな今を。

とても有難く思っていた。奇跡だと。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

業務終了後、リナリアは果物が詰まった籠を手に廊下を歩いていた。

そうして会社の特別病室の扉をあける。

ベットは複数あったが、使われているのは一つだけだった。

その光景に、リナリアは悲しく眉を下げる。先日までは他も使われていた。

全員が、生きて退院した訳では無いのだろう。

心の中で別れを告げた。名も知らない人達ばかりだったけれど。

それでも、同じ会社で同じ時間に。知らないところで一緒に働いていたのだ。

 

「お見舞いに来たよ。……元気?」

「あぁ、リナリア。」

 

奥のベットの人物に声をかけた。

彼は簡易テーブルの上にノートパソコンを広げていた。

その姿にリナリアは苦笑いする。

 

「何してるの?ゲーム?」

「馬鹿、んなわけないだろ。報告書作ってたんだよ。今回の。」

「ダニー、そんな真面目だっけ?」

 

サイドテーブルに見舞いの籠を置いてリナリアは近くの椅子に腰掛けた。

ゲームでないのは、タイピング量から明らかではあった。ジョークで聞いただけだ。

しかしこんな時にまで仕事とは。

液晶画面を覗いて、相変わらずの仕事の出来にリナリアは関心する。

パッと見ただけでもわかりやすい。どうしたらこんなに綺麗にまとまるのだろう。

 

「オレンジでも食べる?」

「そこは林檎じゃないのか?」

「さっき買ってきたんだもん。果物ナイフなんてないよ。」

 

籠の一つ、鮮やかな橙色を手に取る。

オレンジの皮にリナリアが爪をたてると、甘酸っぱい、爽やかな香りが広がった。

 

「リナリア、」

「ん?」

 

オレンジの香りの中、ダニーがポツリと呟いた。

 

「俺、異動になった。」

「え。」

 

皮を剥く手が、止まる。

ダニーを見ると彼はパソコン画面を見つめたまま、ぼんやりとどこか遠くを見ていた。

 

異動。

 

それは……今よりも下層に近くなるのだろう。

今よりも危ないアブノーマリティの集まるそこは。

ダニーの言葉にリナリアはなんて言っていいかわからない。

昇進だ、喜ぶべきである。

でも。

前進だ、死への。

皮を剥く手に、果汁が染みる。ジンジンとした小さな痛みが指に残る。

 

「……なんの、チーム?」

「福祉チーム。一気に二つ下に行くとはな。」

「そうなんだ……。」

「ユリさんも異動になる。というか、ユリさんについて行く形なんだろうな。」

「そっか……。」

 

当たり障りのない返事しかリナリアは出来ない。

ダニーのことも、ユリのこともリナリアは友人だと思っている。

特にダニーは、リナリアとほぼ同時期に研究所に入った同僚であった。

一時期はチームでアブノーマリティの作業をしていたこともある。

情が無いわけもなく。リナリアはダニーの言葉一つ一つを重く、悲しく受け止めていた。

 

「……多分さ、そのうち私もそっち行くし。」

「……。」

「えっと、それまでちゃんと、生きててよ。」

 

無理矢理に笑う。笑い話に、するしかない。

 

「リナリアは、」

「うん?」

「ユリさんのことどう思ってる?」

「え?」

 

突然変わった話題に、リナリアはパチパチと瞬きをした。

 

「ユリさん?すごい人だとは思ってるけど。」

「怖くないのか?今回の件含めて。」

「ええ……、今回の件はそりゃあ怖かったよ。私は現場に、リアルタイムでいたわけだしさ。」

 

リナリアの脳に一瞬あの時のことが過ぎった。

ぞっと鳥肌が立って、それをすぐ消すように頭を振る。

 

「でも、あれはもうユリさんに見えなかった。」

「え?」

「ただの、アブノーマリティだったよ。」

「……。」

「だから安心してる。別人みたいだったのが元に戻ってくれてて。」

「そう、か。」

「ユリさんね、記憶ないみたいなの。」

「そうなのか!?」

 

ダニーは大きな声をあげた。

大袈裟だ、とはリナリアは思わなかった。

煩いな、他に人がいなくて良かった。位しか。

 

「うん。良かったよね。あんなの覚えてたら、きっと壊れちゃうよ……。」

 

リナリアはまた、オレンジの皮を向いていく。ビリリ、と破ける度に、いい匂いが広がっていく。

 

「ずるいと思わないのか?怒らないのか?ユリさんを。」

「……ユリさんも、被害者でしょ。」

「リナリア……。」

「殺された人には悪いけど、私はユリさんを責めないよ。私だったら、私がユリさんの立場だったら。」

 

「私は、自分は被害者だと思うから。」

 

都合のいい解釈だとリナリアはわかっている。

きっとあの場にいて撃たれた者たちは、彼女を加害者だと責めるだろう。

リナリアがこんな風に思えるのは、自身が無事であり、更に比較的親しい同僚達は死ななかったからだ。

しかし許せる余裕があるのなら、偽善と言われてもリナリアはユリを許したかった。

 

「実際、こんな所に来なければユリさんは殺人なんてしないよ。」

「……。」

 

その言葉だけは、その通りであった。

 

リナリアはオレンジに目を向けながら口を動かす。

その手が震えているのを、ダニーは気がついていた。

 

あぁやはり。と。

ダニーは唇を噛んだ。

 

ダニーは自身の中にある黒いわだかまりに泣きそうになる。

自身が今からすることが、とても残酷で、とても可哀想なことだと知っているからだ。

きっと、リナリアは。

そう彼女は、優しすぎるところがあるから。

 

俺は。

それを……利用する……。

 

剥けたよ。と。

リナリアはオレンジの一欠片をダニーに差し出した。

それはとても丁寧に、白いスジすらとってある。明るく綺麗な橙色。

しかしダニーは差し出されたオレンジではなく。

リナリアの細い手を掴んだ。

 

「えっ、ダニー?」

「リナリア。」

 

ダニーは真っ直ぐと、リナリアを見た。

しかし瞳は波のように揺れている。迷いのある、情けない色をしている。

リナリアの澄んだ瞳に、ダニーは目を逸らしたい気分になりながら。

しかし背けずに、言葉を続けた。

 

「福祉チームに、一緒に来てくれないか。」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 








※恋愛なんてないから安心してください






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That's all for today._19


※ダニーとリナリアしか出てきません。







ダニーの言葉にリナリアは目を見開く。

真っ直ぐな瞳。しかし揺れる波の眼差し。

強い意志を感じる、その願いを。

 

「……嫌だけど。」

 

リナリアは当たり前に断った。

何をそんな、嫌に決まっているだろうに。

何故自ら死に近づこうとするものか。

リナリアは半ば呆れながら、ダニーの手を振りほどこうとした。

 

「っ、」

 

しかしその腕の強いこと。

離れようとする手はギリッと掴まれて、痛みにリナリアは顔を歪める。

怒ろうと顔を上げるも、それは叶わない。

 

「……なんで、」

 

そんな、泣きそうな顔。

ダニーの表情は非常に珍しいものでリナリアは戸惑う。

思わずその顔に手を伸ばして、頬を撫でた。冷たい。冷えきっている。

 

「どうしたの……?ダニー、おかしいよ。そんなこと言うやつじゃ、ないじゃん。」

 

リナリアは不安に、ダニーを見つめた。

ダニーは元々一人でなんでも決めるタイプだ。いつだって結果誰かを巻き込んでいるだけで、人を引くことはあれど共に歩むことはない。

それなのに何故、一緒に来て欲しいなんで言うのだろうか。

 

「俺のためじゃない。ユリさんの為だ。」

「どういうこと……?」

 

その言葉にリナリアは首を傾げる。

ユリさんの為、とは。

彼女もまた、自分のために着いてきて欲しいなんて言うような人ではない。

それに加えて、仲が悪くないとは言えど、大親友と言われるほどの仲でもリナリアはなかった。

眉をひそめたリナリアにダニーは顔を悲しげに歪める。何度も口を開けては閉じ、言うのを躊躇っているようだった。

しかしリナリアの手を離すことはなく。むしろ腕の力は強まっている。

痛みは勿論増すが、リナリアは今度は離れようとしない。ただ、ダニーの言葉を待った。

 

「ユリさんの……監視役に、なって欲しいんだ。」

「……は?何それ?」

「そのままの意味だ。ユリさんを監視して欲しい。」

「……いやいや?ちょっと、理解できないんだけど?」

 

ダニーの言葉にリナリアは引きつった笑みを浮かべる。

監視とは。ジョークにしては趣味が悪い。

 

「言い方悪くない?目をかけてあげてって事だよね?」

「違う。……ユリさんの行動、言葉、情報を収集して管理人に提示する。」

「それは、教育係のダニーの仕事でしょ?新人の育成報告だよね?」

「……。」

「確かに監視って言える……かな?いや、でもそれは言い方悪いって。気分良くないよ。」

「……体調、昨日見たテレビ。」

「は?」

「彼女の過去。何時に寝たか。それによる気分の変化。」

「え、ちょ、ダニー?」

「……生理周期。」

「いい加減にして!?なんなの!?」

「それを報告するのが、監視役の仕事だ。」

「は……。」

 

ダニーの言うことにリナリアは言葉を失う。

よく頭が回らない。その代わりにぐるぐるとダニーの言葉が頭を巡る。

 

体調

昨日見たテレビ

過去

何時に寝たか

気分の変化

……生理周期?

 

「仕事に関係ないじゃん。」

「……。」

「プライベート、だよ。それ。」

「……わかってる。」

「本当に?」

「……。」

「あんた、本当にそれ私にやれって言ってんの!?」

 

リナリアの怒りは一気に頂点に上り詰める。

掴まれてる腕を思い切り引いてやった。すると自然に前に来るその身体の、襟足を掴んでやる。

引っ張られてダニーの喉はしまった。ぐっ、と変な声がでる。

リナリアは強くダニーを睨んだ。その瞳は怒りに燃えている。

 

「最低なこと言ってる自覚ある?」

「……。」

「何か言ってよ!!」

「俺だって好きで頼んでるわけじゃねぇよ!!」

 

ダニーは怒鳴った。

彼もまた、怒っているのだ。何かに。

 

「……このタイミングでの異動。」

 

「なんでか分かるか?ユリさんも俺も、担当するアブノーマリティは中層にいるんだぞ?なんでわざわざ異動させる?」

「それは、ユリさんの力を下層に使いたいんじゃ、」

「そんなの下層に行く指示を出せば良いだけだ。現にレティシアは下層アブノーマリティでもユリさんは作業してる。」

「それはそうだけど……。じゃあなんで?」

 

「……まず、入社二日目からユリさんが中層に配属された理由を知ってるか。」

 

「え?静かなオーケストラが理由が中層にいるからでしょ?」

「なわけねぇだろ。なら最初からそうなってる。初日ではなく、入社二日目。ここが重要なんだよ。」

「……?」

 

「ユリさんを監視するためだ。監視役が中央本部チーム2にいるから。だからそうなった。」

 

「そんな。監視って。……?、え……??なんでそんなこと知って……。」

 

そこまで言った時。

嫌な予感がリナリアの頭をよぎる。

まさか、とダニーを見つめた。そう出ないことを願ってリナリアはダニーを見るのだけど。

 

「……俺がその、監視役だからだよ。」

 

その願いは、簡単に破られる。

 

「嘘、でしょ……?ねぇ……?」

「本当だ。」

「あんた、本当にそんな、最低なことずっとしてたの……?」

 

しかしそれなら全て納得が行く。

ユリがいきなり中央本部チームに配属されたこと。

教育係が急遽ダニーになったこと。

ダニーの口から、〝監視役〟なんて言葉が出てきたこと。全て、全て。

目眩がする。ショックがあまりにも大きい。

 

「今回の異動。ユリさんがなんで、福祉チームなんかに異動になったか。」

「……。」

「恐らくそこには、また複数の監視役が用意されてる。」

「は……?ダニーみたいなのが沢山いるってこと……?」

「いいや……恐らく今度は俺も、監視の対象だ。」

「え?何?どういうこと?」

「監視役はクビになった。もういいってな。まぁ信用はされてなかったし、やったことがやった事だから、当たり前だけどな。」

「何したのあんた……。」

「今度は、なにかしないように監視される側ってわけだ。」

「いや、本当に何したの!?」

「より、ユリさんに近い監視を。俺の代わりを管理人は作る。お前がやらなくても誰かが監視役をやる。」

「……それは。」

「なら俺は、お前にやって欲しい。俺も協力するから。」

 

もうダニーの言うことについていけなくて、リナリアはため息をついた。

言っていることは筋は通っていてもめちゃくちゃだ。

エージェントを使って、監視なんて。この研究所のやりそうなことではあるが。

 

「まるでユリさんを、アブノーマリティみたいに扱うんだね。」

 

呆れと怒りが含んだ声に、ダニーは何も言えない。

 

「ダニーはなんでユリさんの監視役になったの。」

「え。」

「ダニーだってそういうの嫌いでしょ。……元々あの時から、会社自体嫌いみたいだけど。」

「それは……。」

「目的があるんだよね?教えてよ。そうしたら私も、考えてはあげるよ。」

 

リナリアの言葉にダニーは目を逸らした。

腕の力も弱まって、リナリアは自身を捕まえてた腕を思い切り振り払った。

ただ捕まっているだけになってやるかと。リナリアはダニーを睨む。

 

「……人を、」

「?」

「人を、生き返らせる方法が、知りたいんだ。」

「…………は?」

 

しかしダニーの口から出てきた言葉はあまりにもメルヘンな、ファンタジーな。

リナリアは巫山戯ているのかと怒りそうになるも、あまりにもダニーの目は真剣で、嘘をついていなくて。

 

人を生き返らせる方法。

 

それは例えば、王子様のキスで呪いが解けるとか。

お姫様の涙で息を吹き返すとか。

はたまた魔女の秘薬で蘇生を図るとか。

そういう次元の、話だ。

 

「そんなこと出来ないよ。」

「出来る。この会社なら、出来るんだ。」

「ダニー、」

「本当だ!それをこの会社は、〝記憶貯蔵〟と呼んでいる。方法は分からないが、それさえ使えばきっと、」

「スグルは死んだんだよ。」

 

リナリアの言葉に、ダニーの動きはカチンと止まった。

 

「目を覚まして。……死んだ人は、生き返らない。残された私達は前に進まなきゃいけない。だから、」

「煩いっ!!」

 

ダニーは怒りを顕に、思い切りリナリアを突き飛ばした。

予想してなかった衝撃にリナリアは倒れ、ガタンとサイドテーブルにぶつかってしまう。

その際にお見舞いの果物が床に落ちた。幾つかは零れ、それはリナリアの身体にぶつかる。

 

「あいつを生き返らせる可能性が少しでもあるなら、俺はやる!!」

「だから、そんなの無理だって、」

「お前は今の管理人を見てないからそんなことが言えるんだ!!」

 

ダニーはただリナリアを怒っていた。

その表情にリナリアは怒りどころか、悲しくなってくる。

あまりにも哀れで。

できるだけ優しい言葉をリナリアは探した。それはダニーを慰めるためでもある。

 

「……仮に出来たとして、それを触れるのは危ないことだよ。禁忌とも言える。ダニーだって、危ない目に合うかもしれないんだよ!!」

 

これは、リナリアの本心だ。

万が一それが出来たとして。ダニーが無事である保証などない。

リナリアにとって、先に逝ってしまった人のことはもちろん悲しい事だった。

けれど残された人がいるのなら、リナリアは生きている命こそ大切にして欲しかった。

それに引きずられて、自ら命を落とす同僚を何人も見てきている。

それこそが一番無意味で悲しいことだとリナリアは感じている。

 

だって、何も残らない。

 

人がまた一人、いなくなるだけだ。

そうして今日も、チームには穴が空いて。

それをぼんやりと悲しみにくれる暇すら与えられずに眺めて。

いつか他の人で埋められる。

寂しさすらも他で埋められるその虚しさといったら。

 

「俺の命なんていいんだよ!!俺は、あいつが生きてくれるなら!!」

 

「……は?」

 

バチンッ!!っと、乾いた音が。

何か思う前にリナリアの身体は動いていた。

全身全霊の力を込めて、感情に、怒りに任せて。

リナリアはダニーの頬を叩いたのだった。

その衝撃は大きく、ダニーの上半身はよろめいた。

直ぐに立て直してリナリアを睨む。しかし、言おうとした罵声は出てこない。

 

「せっかく助けてやったのに、簡単に死ぬとか言うな馬鹿っ!!」

 

リナリアの、その表情と言ったら。

リナリアはそれだけ言って、病室を走って出た。

ダニーの声が聞こえる。呼び止めているのだろうか。止まってなんか、やらない。

 

 

 

 

 

ただただ走って、途中院内を走るなと注意されても止めることが出来なかった。

苦しくて仕方ない。心が痛くて。

息が上手く出来なくて、走るは辛かった。酸素が入ってこない。

 

ようやく会社外に出た時。

外の空気を吸って、目に映った赤く燃える太陽に。

どうしようもなく悲しくてリナリアは泣いた。

 

「馬鹿、馬鹿。」

 

ボロボロと涙が零れてくる。

ダニーが撃たれた時。必死に応急処置したのはリナリアだった。

その時の最善を目指して、あるだけの材料でただひたすらに生きてと願って。

 

「……本当に、馬鹿……。」

 

どうにか、生きれたのに。

 

 

 

 



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That's all for today._20

結局その日、リナリアの悲しみが収まることはなく。

ベットの中で目を閉じては零れる涙をティッシュで拭って、気がついたら朝だった。

鏡をみて腫れた酷い顔。ため息をついて冷タオルを目に当てる。

じわじわと表面は痛く冷えるのに、内側が熱い。

しかしそんな事くらいで顔が元に戻るわけなく。

不機嫌に顔を顰めながらアイプチののりで何とかまぶたを持ち上げた。

 

「えっ!?リナリアさんその顔どうしたんです!?」

 

が、簡単に違和感は見破られた。当たり前だ。そこまでいい出来にはならなかったから。

チーム本部でユリさんに驚かれて苦笑いで返す。

ユリさんはそれで何か察したのか申し訳なさそうに肩を竦めた。

相変わらず気遣いのある子だと思う。いい子。とても。

 

……でも、だからって。

私が命をかける必要なんて、ない。

 

ダニーの言っていたことがまだ残っている。監視という役。誰かがやるのなら私がいいとあいつは言ったけれど。

誰でもいいのなら、私はやりたくない。

ただでさえ中層なんて危ないところにいるのだ。より危険な所へ、誰が喜んでいくだろうか。

可哀想だとは思う。でも仕方ないことだとも思う。

この前の事件。あれがユリさんだから起こったという証拠は無いけれど。

ユリさんでなければ、被害はもっと小さく済んだだろう。

殺して終わりだったんだから。

少なくともあれが私なら。……今生きてはいないかもしれない。

命の保証がされているようなものだ。監視くらい、受け入れてもらおう。

まぁ巻き込まれるのはごめんだけど。

こんな私をダニーは酷いと言うだろうか。

別にいい。昨日のことであいつには頭にきている。

この研究所は誰だって自分の命を一番に考える。その為に私だって何度も酷い目にあってきた。

なら、おあいこだ。みんなやってる事。見捨てるなんて知らないフリなんて、ここでは当たり前だから。

 

「リナリアさん?」

「あっ、えっと、何、ユリさん。」

「どうしたんです……?もう業務始まりましたよ……?」

 

ユリさんの言葉に私は周りを見渡す。

もう皆いない。それぞれが業務に向かったのだ。

いけない。集中しないと。

ユリさんにお礼を言って、私は自分のタブレットで指示を確認する。

 

「……え。」

 

〝作業対象:大鳥〟

 

その文章に、ぶわっと汗が吹き出した。

大鳥?なんで。

もうずっと、見てすらいないのに。

 

記憶が、フラッシュバックする。

まだ新人の頃。教育係の彼と廊下を歩いていた時、急に消えた電気。

灯りを求めて、教育係の彼はライターを付けた。

そこにいたのは。

黒い巨体にいくつもの目。ぎぃ、ぎぃとそれは近付いてくる。

廊下が揺れている。振動が足の裏に伝わってきて。

私は怖くて彼に手を伸ばした。私は彼をずっと頼りにしている。

だって彼は私を護るって言ってくれたから。安心していいと、君は大切な後輩だからと。

だから。

 

どんっ

 

『え、』

『お、俺よりもこの女の方が美味いからっ!!こいつを食えっ!!』

 

目の前に

黒いくちばしが

死ぬ、

 

「……さん、リナリアさん!!」

「え、あっ、な、なにユリさん、」

「どうしたんですか!?すごい汗ですよ!?」

 

ユリさんの言葉ではっと我に返る。

呼吸が荒くなっていたようで、息は耳に纏ってうるさい。

液晶の文字は変わらずに、ただ淡々と並んでいて。

私はぎゅっと胸を掴んだ。遠ざからない、恐怖が。

 

「リナリアさん……?」

 

私が液晶を見続けているせいで、ユリさんも私のタブレットを覗き込む。

吹き出した汗が垂れて落ちたせいで水滴が珠になって虹色に歪む。

 

やだ、やだ。

怖いっ怖いっ……行きたくないっ!!

 

「……大丈夫です!リナリアさん!!」

「は。」

 

大丈夫って、何が。

冷静でない頭が怒り出す。そんな、他人事だからって。

 

「私が作業代わりますっ!」

「えっ、」

「もしもし、もしもし!Xさん、聞こえますか?あのっ、大鳥さんの作業私しちゃダメでしょうか、実はカンテラ預かってて……。」

「ユ、ユリさん!?」

 

私が驚いていると、ユリさんはしぃ、と人差し指をたてる。

おそらく管理人であろう人にインカムで話すユリさんを、私はただ呆然と見つめた。

話は呆気なく着いたようで、タブレットの光が新たな通知を知らせる。

 

「ユ、ユリさんこんなのダメだよ。」

 

これは仕事で、皆それぞれ嫌なアブノーマリティにだって作業してるのに。

私だけ、代わってもらうなんて。

 

「あはは、いいんですよ、私のわがままで代えてもらっただけです。」

 

──あはは、いいんだよ。

──これが僕の仕事だから。

 

「……ぁ。」

「じゃ、行ってきますね!」

 

ユリさんはパタパタと廊下を駆けて行った。

私はというと。

ユリさんとあの人の姿が重なる。教育係に置いていかれた私を、大鳥に殺されそうな私を。

助けてくれたあの人に。

 

──新人を護るのが先輩の仕事だからね。

 

……そうだよ、

私はずっと、あの人に相応しい人間になれるようにと。

強くなろうって。誰かを護れるような人になろうって。

思ってたのに。

 

〝 ……でも、だからって。〟

〝私が命をかける必要なんて、ない。〟

 

「……汚い、」

 

〝見捨てるなんて知らないフリなんて、ここでは当たり前だから。〟

 

「汚いなぁ……。」

 

私、とっても。

汚い。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

リナリアさん、大丈夫かなぁ。

チーム本部の隅に置いておいたカンテラ。

相変わらずゆらゆらと火を灯すカンテラ。業務前は消えていたのに、業務がはじまると着くのはなんでだろうか。

リナリアさんの為、とか思ったけれど、カンテラ返さないといけないからちょうど良かったかもしれない。

大鳥さんの部屋に入ると、中に見えた姿はまん丸の黒い毛玉。

マリモみたいだと思いつつ一歩中にはいると、くわっと黄色の目がいくつも開いた。ホラーだ……。

 

「久しぶりだね、カンテラ返しに来たよ。遅くなってごめんね。」

 

見せるようにカンテラを差し出す。

しかし大鳥さんの手はのびてくることなく、体当たりするように私に身体を寄せてきた。

よろけつつも転ばないように何とか保つ。この巨体に潰されたら立てる自信が無い。

 

「わわっ……相変わらずゴワゴワだね君は……。」

 

その触り心地の悪さに笑ってしまう。すりすりと甘えられて、可愛いけれど肌が少し痛い。

でもこんなに懐いてくれているのだ。応えない訳にはいかないだろう。

カンテラが倒れないよう、出来るだけ遠くに置く。そうして出来るだけ優しく、その身体に手を回した。

 

「しばらく会ってなかったもんね、ごめんね。」

 

そう、最近大鳥さんの作業はしていなかった。

もう収容違反しなくなったせいか、Xさんは私に大鳥さんへの指示は送らない。

今回だって、先日の収容違反があったからやらせて貰えたのもあるのだろう。

いくつもある目に触らないよう気をつけながら、黒い体を撫でる。

 

「どうして脱走しちゃったの?」

 

ぎぃ、ぎぃ。

 

「……ふふ、ぎぃぎぃ?わからないよ、ぎぃぎぃじゃ。」

 

──サミシイ?

 

「……えっ!?」

 

今、声が。

 

──サミシイ?サミシイ?

 

「えっ、あっ……!?」

 

違う!声じゃない!!

頭に響いてるんだ!!オーケストラさんみたいに!!

すごい、この子鳥なのにこんなこと出来るの!?

じゃあもしかして、罰鳥さんも……。

 

──ユリ、サミシイ?

 

「サ、サミシイ?寂しいか……ってこと?」

 

──サミシイ?

──ユリ、サミシイ、カナシイ?

 

黄色の無垢な瞳が私を見つめてくる。

サミシイ?寂しい?

その言葉が耳に響いて、記憶は呼び起こされる。

あぁ、そうか。そうだったね。

 

 

『家族と離れて、一人になって。ちょっと心細いけど、何とかなるもんだね。』

 

『でも』

 

『……やっぱり、寂しい。』

 

 

そうだ、確かにそんなことを。私はこの子に話した。

思わずクスクスと笑ってしまう。大鳥さんはこてん、と首を傾げて。それがまた私の笑いを誘った。

 

「寂しいなんてすっかり忘れてた。貴方達のおかげだね。」

 

そんなこと、最近考えることすらなかった。

目まぐるしい仕事量と、貴方達からのサプライズは私から悲しむ時間を奪ったのだろう。

気を紛らわせらには忙しさが一番と言うけれど。正にその通りだったということか。

 

「ありがとう。ずっと心配してくれたの?」

 

もう一度、先程より少し強く抱きつく。ごわごわの毛。

そこに髪ゴムが絡まっているのを見つけて、手を伸ばした。私が着けたやつだ。この羽の質ののせいでぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。

可哀想だから取ってあげようと思ったのだけど、大鳥さんはそれに気がついたのかいやいやと逃げていく。

新しい、綺麗な飾りがついたのをあげると言ったのに、またいやいや。これがいいと言うことだろうか。

 

「じゃあせめて、結び直させて?」

 

痛くないように、丁寧に髪ゴムを取って。

正面真ん中少し上。その辺の羽を束ねる。

今度は絡まないように気をつけて。何回か輪を作って。

 

「出来た。」

 

ぱっと手を離したら、ぴょんっとちょんまげが。

それがまた可愛くて笑ってしまう。

今度は満足したように、大鳥は不器用に鳴いた。ぎぃぎぃ。

ぎぃ、ぎぃ。

 

あなたと会った日が懐かしい。

まだ暑い夏。寂しい、悲しいと俯いていたばかりの頃。

私は大鳥さんを撫でながら、「外は寒くなってきたんだよ」なんてたわいも無い話をした。

 

アメリカに来て初めての冬がやって来ようとしている。

季節が、巡るのだ。

 








難産でした、
もしかしたら文章だけ書き直すかもしれませんが、内容は変わりませんのでご安心ください。

寒くなってきましたので、皆さんお身体にはお気を付けて。
いつもありがとうございます。第二章、今年中には完結させたいなぁ。

裏ネタをひとつ言うと、最近ユリちゃんは多肉植物を買ったそうです。名前はタニー。水あげすぎてないかいつも不安になるらしい。わかる…、


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海外移住したら人外に好かれる件について

「いいのか」

「いいよ 」

「本当にいいのか?」

「いいってば。」

「……後悔するぞ、」

「うっるさい!!いいって言ってんの!!」

 

何度も何度も同じ事を聞かれて、リナリアは苛立ってダニーから手元のタブレットを奪った。

 

「はい、この報告書を私が書いたとして送ればいいんでしょ!言葉をうまく直して………、よしっ、送信っ!」

 

なんの躊躇いもなくリナリアは液晶をタップして、その画面に満足するとポイッと投げるようにダニーに返した。

画面には送信済みの文字。それを見てダニーは難しい顔をする。

自分から言ったくせに、とリナリアはため息をついた。

そうして、まだベットから立ち上がることを許されていないダニーの額をコンっとつつく。

 

「いいんだよ、自分で決めたんだから。」

「どうして、」

 

ダニーに見つめられて、リナリアは笑ってしまう。

そんなダニーの表情をリナリアは久しぶりに見た。自信過剰の自分勝手からは想像できない情けない顔。

 

「いつまでも汚いままは嫌でしょ。」

 

きっとダニーの言う通り、リナリアは後悔する。

リナリアはそれをわかっていた。

アブノーマリティにぐちゃぐちゃに体をちぎられたら嫌だし、美味しそうな餌にでも見られたら、最悪だ。

そうして死ぬ瞬間、リナリアはダニーを怨むのだろう。それくらいは許して欲しいと、リナリアは思っている。

後悔はするだろう。割と遠くない未来に。

それでもこの答えを選んだのは。

 

リナリアは窓の外を見る。

窓は結露して、それが光に照らされて細かくキラキラと光っていた。

もうすぐ一年が終わる。

……貴方と、一年をまたげたらいいのに。

なんてそれは、実現しないに等しい夢だ。しかし美しい夢。

リナリアはそっと、窓に指を滑らせる。結露は消えて、ラインが出来る。

何かをかきたくて、でも何をかいていいか分からなくて結局一本の線が出来ただけだ。

 

「迷ってばかり。」

 

どうすればいいかなんてわからなくて。

でも考えるより先にいつも手は動いてしまう。

指に残る冷たさは妙にリアルで。そう、冷たさしか残らないのだ。結局。何の形にもならない。

それでも、そう。手を伸ばさずにいられないのは。

きっとリナリアが、恋をしているから。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

タブレットの通知がとんでもない文章を表していて。

ユリは研究所の廊下を走った。

途中何度か人にぶつかりそうになったが、その必死の形相のおかげか誰もユリを怒鳴ることはなく。

恐らくは彼女の中で、最短でそこに着くことが出来た。

 

「早くっ早くっ……!!」

 

慣れているとはいえ、焦っている手元ではロックの解除が上手くいかない。

ようやく上手くいっても、扉が開くのを待つのさえイライラする。

早く、お願いだから早く開いて……!!

作業指示はアイへの交信だった。しかしいつもと同じ文章の下に、太字で表記された文字。

 

〝【至急】憎しみの女王の様子がおかしい〟

 

見た目が変わってしまった前例が頭をよぎり、足はすぐさま駆け出した。

だめ、だめだよアイ。

あんなことになったらまた、研究所は大変なことになるし。

あなただって、鎮圧されてしまう……!

 

ようやく開いた扉に駆け込む。

アイ!と口を開いた。叫ぶように呼んだ。

 

どんっ!

 

「ふぐぅ!?」

「ユリぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」

 

の、つもりだったけれどそれは飛びかかられた圧によって潰れる。

空気が腹から押し出されてカエルのような声が出た。

衝撃にその場に蹲りたくなるが、わんわんと泣くアイが許してくれない。いや、ちょっとだけでいいから待って欲しい……!!

 

「ユリ!?無事!?よかった!!よかったぁぁぁ!!!!本当によかったぁぁ!!」

「ア、アイ。ちょ、……締まって……。」

 

遠慮ない力で抱きつかれてミシミシと確実に締められている。

身体は痛いし肺は苦しいしで、し、死にそう……!!

 

「生きてて!!よかったぁ!!ユリあんなこと言うんだものぉ!!私、私心配で!!」

「し、死ぬ……。」

「!?また!?また死ぬなんて!?そんなこと言わないで!!お願いだからっ……!!」

「いや……苦しい……息ができな………。」

「……!?きゃぁぁぁごめんなさいごめんなさいユリ!!」

 

どうにか息が止まる前に気がついてもらえて、パッと腕は解かれた。

残る身体の痛みにふらふらして、さらには楽になった肺に一気に空気が入ってきて。

盛大に、むせて、倒れる。

 

「ユリぃぃぃぃぃ!!」

「げほっ、げほげほっ……!!」

 

悲鳴をあげるアイをどうにか宥めようと、手のひらをアイに向ける。

大丈夫、大丈夫だ。ただ少し呼吸を整えさせて。お願いだから揺さぶらないで……!!

 

「はーっ、はーっ、」

「ごめんなさいごめんなさいぃぃ!!」

「だ、だ、大丈夫だから……。」

 

ポロポロと泣くアイを安心させたくて笑う。

アイはしゅん、と眉毛を下げて私の背を撫でた。

 

「ごめんなさい取り乱して……。あんなことがあったから、私、心配で……。」

「あんなこと……?」

「あ……、やだ、思い出したくないわよね、私ったら、」

「あんなことって、何?」

「え?」

 

…………あんなこと?

何か、忘れている。

 

 

 

【××、×××。】

 

 

 

「覚えて、ないの……?」

「うん……でも、私、なにか大切なこと……。忘れてはいけない、何かを………。」

「……………忘却の魔法、」

 

 

 

【この××の弾×、】

【×××××たと××】

【×当に××××あ×××!】

 

 

 

 

「……いいのよ。忘れちゃったんでしょう?忘れた方がいいことだったのかも。なら、苦しい思いをしてまで思い出すことはないわ。」

「でも、」

 

 

 

【そ××よ、】

【私は見て×しいの。】

【××、】

【ねぇ、私×××ったよ?】

 

 

 

「ねぇ、……私、アイに何かしなかった……?」

「え……、」

「私、とても酷いことをアイに。」

 

ぼんやりとだけど、そこだけは少しだけ記憶がある。

アイが私に叫んだ。とても悲しそうな声で。

私は、その言葉がよくわからなくて。でも床には赤い……赤い………。

 

 

 

【×してな×よ?】

【私はただ、撃「なにもしてないわ。」

 

 

 

「え、」

「何もしてない。ユリは、何もしていないわ。」

「……ううん、私確かに何か。」

「してないから、思い出さないで。お願い。」

 

アイは強く、私の手を握る。

本当にしっかりとした力で。決して離れないような。

私がなにか言おうとしても、アイはきっと聞いてくれない。言わせてくれない。

それがどうしてかはわからないけれど。

きっと、私の為だ。

 

「……アイは、本当にいつも私のことを考えてくれるね。」

 

どうして、そんなに。

きっと私は貴女に酷いことをしたのに。

 

「……?当たり前でしょう?」

 

花の蕾ような唇が。ゆっくりと。

 

「愛しているもの。」

 

その真っ直ぐな言葉に、私は言葉を失う。

アイは綺麗に笑って、私の方に手を伸ばした。

固まる私の頬にその細い指が滑る。丁寧に、丁寧に。

私の顔は、真っ赤になって。

だってそんな、指から、視線から、言葉から。全てから愛情が伝わってきて。

 

「愛しているわ、ユリ。」

 

「……私も、愛してる、よ。」

 

小さく、小さく。

届くか分からないほどの声であなたに伝える。

それでもアイは受け止めて、キラキラと目を輝かせた。

覆い被さるように抱きつかれて、後ろによろける。耳元でキャラキャラとした声が何度も愛を伝えてくる。

私は日本人で、そういうのは慣れてない。だから、だから。

ごめんなさい。私も、と応えるだけで。今はいっぱいいっぱいなんだよ、アイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外移住したら人外に好かれる件について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張しながら、リナリアはある扉の前に立っていた。

管理人室なんて、はじめて来る。

まさか本当に、ダニーの言った通りに呼び出されるとは。

左手に持った、小さなピアスを見つめる。キラキラと光る石の着いたそれは、あの人と同じ瞳の色だと一目惚れしたピアス。

きゅっと唇を噛んで、覚悟を決めた。開く。

 

「……よく来てくれました、エージェントリナリア。」

「……貴方は、」

「面接以来ですね。管理人のサポートをしております、AI、アンジェラです。」

 

見た事のある姿だ。それはそう、入社試験で見た事のある、3D映像。

美しい青い髪の女性。目は閉じられている。

まつ毛の影までもハッキリとしているその姿が映像だなんてリナリアは信じられない。

アンジェラは口角をあげて、リナリアに対面する。

静かな、確かな威圧を感じた。追い込まれているような感覚に陥る。

逃げたくなるが、我慢する。左手のピアスの輪郭を感じる。

 

「貴女の作成した報告書、素晴らしいものでした。特に今回のエージェントユリへの分析はとてもわかりやすく、同じ事件が起こらない為に役立ちそうです。」

「ありがとうございます。」

「貴女がそこまで優秀なエージェントとは……。つきましてはお願いがあります。」

 

アンジェラの、閉じられた目が。ゆっくりと開く。

リナリアはそれと目を合わせてしまった。黄金に光るその瞳と。

捕えられる。

 

「っ、」

「エージェントリナリア。貴方にエージェントユリの監視役を命じます。いいですね?」

 

頭が、揺さぶられる。

思わずよろけたが、目をそらす事ができない。それを私は許されていないからだ。

耳から入ったその声は、脳に染み込んでいく。

じわじわと、侵食して、染め上げてくる。

 

歯を食いしばる。

手を強く握る。

しかし頭が、ぼんやりとする。

 

……、握ったピアスから血がたれる。

痛みは意志を繋ぎ止める。

 

 

…………思い通りになんか、させない!

 

 

まっすぐと、目をそらさずに。私はその女を見て笑った。

 

かしこまりました、アンジェラ様。(死ねよ、このクズ野郎。)

 

 

 

 

 

 

 

冬が来る。底冷えした胸くその悪い、冬が。

 

 

 

 

 

 

 






魔弾の射手_血の匂いを忘れる


https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Der_Freisch%C3%BCtz




【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】


no information...



【ダニーさんのひと言】


………ごめん、











第二章・終了

皆様お付き合いありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。


追記

リナリアが恋してる相手は今後出てきません。私的にこの人とは決めてますが、ご自由に想像してください。

とうかね、リナリアが好きな相手は貴方です。

そう、読んでる貴方なんよ?
まったく鈍感な人を好きになったものです、リナリアも。


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〝正しいか正しくないかで生きれたらどれほど楽だったのだろう〟──Dannie
Old Clock


…どん底まで落ちてしまって、もうこれ以上方法が見えませんか?

 

あの時、他の選択をしていたら、という思いに囚われていませんか?

 

 

 

 

 

 

 

アネッサは、擦り切れた説明書をじっと読んで、その内容にため息をついた。

 

「そんなの、いつだって思ってる。」

 

目の前には大きな、古い機械が佇んでいる。

四つの数字パネルが並んだそれは、ぜんまい仕掛けの時計だ。

しかしアネッサはその時計がしっかり動いたところを見たことがない。

それがいい事なのか、違うのか分からない。機械といえどアブノーマリティだ。何も無いのは悪いことでは無いのだろうけど。

それでもアネッサは多少なりともこのアブノーマリティに愛着がある。

ぜんまいを巻くのは彼女の仕事であった。ぎりり、ぎりりと、いつも通りに回していく。

 

このアブノーマリティが、みんなの助けになる素晴らしいものであればいいとアネッサは思っていた。

いつかやってくる、どうしようもなく悲しい未来を助けてくれるようなアブノーマリティであったらと。

 

アネッサは、思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外の寒さが肌に突き刺さり、手袋越しにも感じる冷えに耐えかねて私は急いで会社の中に入った。

中はとても過ごしやすく暖かく。

その温度差に霜焼けになってしまいそうだ。

 

「おはようユリさん。あはは、モコモコだね。」

 

そう声をかけたのはリナリアさんだ。

厚着で膨らんだ私をみて、クスクスと笑う。

羊みたい、と羽織ったダウンを撫でられた。

対してリナリアさんもボリュームのあるダウンジャケット。

それなのに外人と言うだけでどこか様になるのはやはりスタイルの違いか。

それに悲しみを覚えながらも諦めた気持ちで更衣室に入る。

がちゃっと扉を開けて、中に入った。ら。

 

「え。」

「……ユリさん、どうしたの。」

「あっいや、なんか。」

 

なんか、一斉に振り返られたというか。

すごい、注目されているというか。

視線が刺さる。じろじろと見られて、居心地が悪い。

私、なにかしてしまっただろうか。

ひそひそ声も聞こえてくる。私に向けられていると感じるそれが、自意識過剰ならいいのだが。

 

ひそひそ、ねぇ、あの子。ひそひそ。

例の、ひそひそ、銃の。

ひそひそ。ひそ、バンッ!!

 

「っ!?」

「えっ、り、リナリア、さん?」

「……ごめん、手が滑っちゃった。」

 

大きな衝撃音に、その場にいるほとんどの肩が震えた。

リナリアさんの鞄が、揺れている。

鞄が、ドアにぶつかってしまったようだ。

でも偶然にしては、それは。

 

「着替えよう、ユリさん!」

「リナリア、さん。」

 

……私の為に、やってくれたんだろう。

にっこりと笑うリナリアさんが眩しくて涙が出そうになる。

リナリアさんはあまりに堂々と更衣室の真ん中を突っ切った。私の手を引いて。

最早皆、リナリアさんの為に道を開ける。

リナリアさんの背中はかっこよくて、頼もしくて。すごいなぁなんて単純な感想。

私の視線に気が付いたのか、リナリアさんが振り返る。

リナリアさんは少し私の顔を見て、きゅっと、手を握った。

それに目を白黒させていると、彼女は微笑む。

 

「またね。」

 

そう言って、リナリアさんは自分のロッカーに。

私は不思議で、首を傾げる。なんだったんだろう今のは。

冬の寒さを浴びた彼女の手は冷えていた。

私の手に残ったのは、底冷えしたリナリアさんの、体温。

 

 

 

 

 

ユリさんの陰口を言っていた女達が、たまたま私のロッカー近くに固まっていたので。

私は着替えながらわざと聞こえるように口を動かす。

 

「……ユリさんが居るから、オーケストラも大鳥も胎児も大人しいんだよ。」

 

ぐちゃぐちゃとした声が、ピタッと止んだ。

怒りが私に、向けられる。でも声はしない。

弱虫、と。とても嫌な笑顔をしてやる。

 

「されたことばかりでなく、してもらってることに目を向けな。

最も、あなた達がオーケストラの担当に、大鳥の犠牲に、胎児の餌になってくれるなら、何も言わないけどね。」

 

パタンっ。

さぁて、と。と。

にっこり。違和感すらある、満面の笑みを向けると彼女達はバタバタ逃げていく。

 

「かっこわるーい。」

 

大きな声で言ったせいで、音は部屋に響いた。また彼女達に届いただろう。

きっと、私の悪口が広がる。

でもいい別にいい。どうせ真っ向からは何も言えない奴ばかり。好きかって言われるのは慣れている。

むしろ的が私になるのは都合がいい。私は気にしなくても、ユリさんは気にするだろうから。

気にすることないのに。影で言うしかない弱虫なんて。

 

「どうせ、明日には死んでるかもしれない奴らだし。」

 

そう言ったあと、直ぐに頭を抱えた。

あぁ、こういうことを考えるから、性格が悪いのだ。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

私がリナリアさんと中央本部チームに到着すると、何故かティファレトさん達とダニーさん、あと知らない誰かが話していた。

たまに業務開始時に挨拶をしてくれることもあるが、あんなふうに話すことはなかなかない。

不思議に思っていると、ダニーさんに手招きをされた。

それが私に向けてかは分からなくて戸惑ったが、リナリアさんが私の手を引いてそちらに行く。

 

「おはようございます、ティファレト様。後、ダニー。」

「おはよう、エージェントリナリア・ユリ。ちょうど良かったわ、あなた達に紹介したい人がいるのよ。」

「初めまして。」

 

女の子のティファレトさんが、手をかざすと、その人はにっこりと微笑んだ。

うわっ、と思わず目を見開く。とんでもなく、かっこいい人だ。

背の高いその男性は、珍しい青髪をしている。

肩口まで伸ばした髪はかきあげられ、しかし上手まとまらなかったのか前髪の一部が額の真ん中から少し垂れていた。

しかしだらしないというよりは、ラフな感じがあるのはその顔の造形の美しさか、はたまた男性の着ているものの良さか。

クラシックな青のスーツは、古臭いと言うよりヴィンテージでオシャレだ。

すらっと伸びた足を飾るのは黒いスラックス。

 

モデルさんみたい……!

 

薄らと浮かぶ青緑のクマだけが、彼の人間らしさを感じさせる。

完璧な容姿だから勿体なくも思えるが、それだけが親しみがもてて私は安心した。

 

「俺の名はケセド。福祉チームの管理を担当している。これから君達の上司になるんだ。」

「え?」

「あれ、君は聞いてないかな、今日から三人は福祉チームに異動になったんだよ。」

「ええええ!?」

 

驚く私に対して、リナリアさんとダニーさんは至って冷静だ。

知らなかったの私だけ!?

2人を交互に見るも、ダニーさんもリナリアさんもケセドさんをじっと見ている。

見ている、というより、睨んでいるような。

するとポン、と、頭に何かが乗った。

 

「これからよろしくな。」

「えっえええ。」

 

ケセドさんに!頭を撫でられた!!

こんなイケメンが頭を撫でてくれるとはなんというサービス精神。

慣れてないせいで顔は素直に赤くなる。

戸惑っていると、ため息をつかれた。それも何とダニーさん、リナリアさん、女の子のティファレトさんに。

酷い!!私悪くない!!自然現象!!

言ってしまえばケセドさんの顔がいいのが悪い!!

居心地の悪い思いをしていると、ケセドさんが上品に笑った。

そうして、福祉チームの説明が続く。

 

「福祉チームは中央本部チーム2よりも下層に近い。最後の中層とも呼ばれる。

その理由は俺たちは基本、職員の体力やメンタルヘルスなどの福祉に取り組んでいるから。

簡単な話、俺たちのしている事は〝後始末〟。

何が起こった時、その後のサポートをするチームだ。

 

だから〝最後〟の中層。

 

職員たちの命を守るために、俺達のチームはある。

まぁ、エージェントの仕事内容は変わらないよ。福祉チームとしての仕事はオフィサーが持っているし。」

 

「最後の、中層。」

「そう。職員のみんなも穏やかな人が多いよ。でも何かあったら言ってくれ、君達は俺の、大切な職員だからな。」

 

ケセドさんの言葉に驚いてしまう。

大切な職員なんて、ティファレトさん達に言われたことは無い。

当たり前だが上司にも個性はあるのだと痛感した。

別にティファレトさん達が悪いと思ったことは無いけれど、壁があったのは確かだ。

 

「期待に応えられるよう、頑張ります!」

 

嬉しくて、いつもより高い声が出た。

それがなんだか女々しいというか、ケセドさんがかっこいいから声色を変えたようにも聞こえて慌てて口を閉じる。

しかしケセドさんは気にしていないようで、また軽く笑った。

 

「はは、そういう所も、リリーに似ているんだな。」

「え?」

「ケセド。余計なことをしないで。」

 

リリー……?

 

「じゃあ、行こうか。」

「えっえっ!?」

 

ケセドさんが私の手を引く。

それを追いかける形で、リナリアさんとダニーさんが後ろに着いてくる。

なんで私だけ手を引かれているのだろう。

わからない。けれど。

恥ずかしさと、周りの視線にいたたまれなくなって俯いた。

転ばないように必死について行く私。だからリナリアさん達が、どんな顔でどんな会話をしているか、私が気が付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う、リナリア。」

「笑顔が胡散臭い。嫌い。」

「奇遇だな、俺もだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 








かっこいいケセドが書けるか今から不安でたまりません。







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Butterfly Man_1

 

──蝶男を捕まえろ!

 

 

 

 

 

 

 

新しい武器とエド先生に渡されたのは、ピンク色だった。

最初冗談だと思ってケラケラ笑ったのだが、持っていた厳つい銃が迅速に回収された時、もしかしてこれは本当に言っているのかと。いやいやそれはないと頭の中で自問自答。

 

「いやこれおもちゃですよね。」

「新しい武器、魔法の杖です。」

「いやこれおもちゃですよね!?」

 

渡されたそれは可愛らしい杖だった。

杖と言っても、女の子向けのおもちゃだろう。誕生日とか、クリスマスにねだった、電池でキラキラ光るおもちゃ。

鮮やかなピンク色に、杖の先には星と翼の羽飾り。まるでアニメの魔法少女が持ってるような。

 

「……あれ、これ、アイの……?」

 

そこで思い出したのは、アイが持っていた魔法の杖だ。

よく見ると、見た目もすごく似てる。

 

「なんでも、憎しみの女王というアブノーマリティのエネルギーから作られたらしいですよ。」

 

その言葉に、やっぱりと納得した。

やはりこれはアイから作られた武器なのだ。

けれどこの見た目。お世辞にも強いとは思えないし、本当におもちゃにしか見えない。

可愛いのはあるけれど、こんなの持って歩いていたら笑われそう。

最悪仕事中に、と怒られたら。理不尽にも程がある。

 

「……これ、どうやって使えばいいんですか?」

 

握って振ってみる。

軽くて振りやすい。なんの材質かはよく分からない。

プラスチックではないし、鉄にしては軽いけれど。何かの木材だろうか……。

 

「使い方?知りません。」

「知りません!?」

「魔法の杖は専門外でして。」

「た、確かに……。」

 

魔法の杖なんて、ファンタジーでしか聞いたことがない。

そもそも魔法なんて存在するのかという話だが、アブノーマリティという存在がある以上嘘とは決めつけられないだろう。

ふざけるつもりで、私は銃の的を見据える。

そうして杖を振りかざして。

 

「ちちんぷいぷい、」

 

なんて在り来りな呪文を振ってみた。ら。

 

どぉんっ!!

 

「………………、」

「おぉ…………。」

 

……なんか、ビームが出た。

狙った的は跡形もなく床に落ちて。それはもうただの木屑だ。

私は呆然とその場に立ちつくす。するとぽん、と肩を叩かれた。

 

「……ほら、玩具じゃあないでしょう?」

 

いや、エド先生も若干引いてるじゃあないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく目立つ杖を抱えて、私は福祉チーム本部に向かう。

途中チラチラと視線を貰い、恥ずかしくて仕方ない。

威力は分かったとはいえ、やはり見た目がだいぶふざけている。

エド先生には「これなら最近噂の蝶男も捕まえられるんじゃあないですか、」なんて言われたが。

まだこの武器の能力は未知数だ。そんな冗談を笑えるほど余裕はない。

大人しくタブレットを開いて作業を確認する。

すると会社のお知らせにでかでかと文字が表示されていた。

 

──蝶男を捕まえろ!

 

そのフレーズはまるでスマホゲームのイベントのようだ。

それを目で流して、大人しく作業を確認した。

 

蝶男。

最近研究所で話題となっている、正体不明の怪物。

 

まず、名前からふざけている。

その名前を教えてくれたのはリナリアさんだった。

私は思わず都市伝説を思わせるチープ感に、馬鹿にして笑った。なんですか?それ、と。

しかしそれを話すリナリアさんの真剣なこと。

少しの苛立ちをその顔から読み取って、慌てて真顔を作る。

 

『どこからともなくそれは現れるの。』

『顔が蝶の、男性。』

 

話によると、その蝶男は背の高い、顔が蝶の男性らしい。

いくつもの腕を持っていて、その手は人を殺すためにあるのだと。

 

『死人が出たんですか?』

『そうよ、皆、眠るように死んだの。』

『目撃者の証言によるとね、』

 

蝶男は、腰の抜けたエージェントにこういうのだ。

どこに口があるかも分からないのに、確かに、ハッキリとした声で。

 

 

『〝人は死んだら どこに行く?〟』

 

 

「……そんなの、分かるわけないのに。」

 

呆れる内容だ。人を怖がらせるために作られたような話。

それがどこまで本当か分からないけれど、脚色はされているのだろう。

こうした方が怖いから、こうした方が不気味だからと。

会社の上含めて、そんなものをこぞって怖がっているのがコメディだ。

学校の怪談を、教師が怖がっているようなもの。

 

 

 

 

 

少し気に食わなくて、、オーケストラさんの収容室に着いて、私はその話を彼に話した。

 

「らしいんですよ。……オーケストラさんは、どこに行くと思います?」

 

収納室の床を拭きながら、私は世間話の一つとして。

ついでに馬鹿にする気持ちも含まれていた。

そんなの気にしてるなんて、と。

そんなことよりも私は、アブノーマリティ達が収容違反しないかのほうが余程怖いというのに。

 

──人が死んだら、どこに行くか。

 

「はい。」

 

──……わかりませんね。

 

「ですよね。」

 

そう、その通り。

私はその答えに満足して、うんうんと頷いた。

そんなのはずっと昔から哲学者達が何度も考えた問だ。

しかし答えはない。哲学は答えを求めるものでは無いから。

 

──死について考えるなんて、恐ろしくてできません。

 

「え?」

 

しかしオーケストラさんのその言葉は意外だった。

オーケストラさんにも怖いという概念があるのか。

いや、失礼だ。意思がある限り怖いものなんて必ずある。けれど。

 

「……オーケストラさんって、死ぬんですか?」

 

オーケストラさんの身体を見つめる、そして近づいて、その燕尾服に触れた。

人形の体は胸に触れても鼓動はしない。

呼吸で動くこともない。

どうやって生きているのか、私はオーケストラさんのことを何も知らないから。

彼がどうやって死ぬかも分からない。

 

──死にませんよ、恐らく。

──私は人形ですからね。

 

「それなのに怖いんですか?」

 

首を傾げた。

 

──ええ、とても。

──死は、私からあなたを奪う。

 

「え?」

 

オーケストラさんの手が、私の頬に触れた。

その手が当たり前にとても冷たくて。

慣れているはずなのになにかゾッとするものがあった。

顔を上げる。

オーケストラさんの表情を見る。

いつものように変わらない顔。筋肉が存在しないのだから当然だ。

 

「オーケストラさん、」

 

名前を呼んだ。

しかしオーケストラさんは、こたえることはなく。

 

──ユリさん、あなたを失うことがとても怖い。

──居なくなるなんて耐えられない。

──あなたにはずっと、笑っていて欲しいのです。

 

「笑、う。」

 

──世界はあなたのためにあるのに

──何故平等な死をあなたに渡したのでしょう。

 

「……私、そんな特別じゃありません。」

 

──……。

──たまに思うのです。

 

「っ、」

 

オーケストラさんの手が、私の首におりてくる。

手袋をしたその手は優しく私の喉を撫でた。するり、するりとしなやかなロープのように。

 

──どうすれば完全に私のものになるのか、

 

今、オーケストラさんの手に力が入れば。

私なんて簡単に殺されてしまうのだ。

 

──……なんてね、

 

「っ、」

 

オーケストラさんの手は離れる。

私は生きている。

力など一切込められなかった。とても優しい手つきで。

分かっている。

オーケストラさんは優しいから、私の首を締めるなんてしない。

 

それなのに何故息は荒いのだろう。

何故足は竦むのだろう。

何故逃げ出したいのだろう。

 

──だから私は、死がとても恐ろしい。

 

何故、怖いなんて。

 

──ねぇ、ユリさん。

──あなたは死んだらどこに行くのですか。

 

 

 

 

 

 








何とか年内に書き終えました。
無事仕事納めもし、年越しゆっくり出来そうです。

2019年ありがとうございました。今年は特に、皆さんから暖かい言葉を頂いたことが印象的です。

小説はまだまだ続きますが、どうか来年もよろしくお願いします。
今年一年お疲れ様でございました。
来年もどうか、よろしくお願いします。

宮野花


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Butterfly Man_2

半ば逃げるように、私はオーケストラさんの収容室を後にした。

たらりと流れた汗は冷たく、体温を下げていく。

 

……オーケストラさん、らしくなかった。

 

あの張り詰めた空気。冗談だと笑われたけれど本当にそうなのだろうか。

 

オーケストラさんの真っ黒な瞳が。

冷たい滑らかな指先が。

私の身体を、動けなくする。

 

別れが来るのならいっそ自分の手で。という話は悲劇に付き物で。

それは美しい物語だ。どんな形であれど愛を詰めた、甘い毒のような。

触られた首を触れる。まだ感触は残っている。

 

「──……。」

 

でも……、気にしていても仕方ない。

恐怖を振り払うように首を振った。そして自分の頬をパチン、と手で叩く。

オーケストラさんのことは、オーケストラさんにしか分からないのだ。

考えたって答えが出ないのなら、嫌な方向に行く前にやめた方がいい。

気を取り直してタブレットをひらく。 忘れるのには別のことをするのが一番。それに今は仕事中なのだから。

 

「あ。」

 

その時間違えて、〝お知らせ〟の欄をタップしてしまった。

 

──蝶男を捕まえろ!

 

そのフレーズにため息をつく。作業の度に目に映るそれはもはや繰り返し表示されるウェブ広告のようで。

さっさと閉じようと、バツマークを押そうとした時。

あるフレーズに、手をとめた。

 

「なに……この、〝元は人間だったかもしれない〟って。」

 

〝人間だった〟……?

 

それが気になって、他の文章も読み進めていく。

しかしその意味を説明してくれる文章はひとつもなかった。

元々人間だった、蝶男。

都市伝説ならこういった煽り文句は定番だ。だからこれも、そんな大した意味は無いのかもしれない。

そうわかっているのに、何か嫌な予感が頭をグルグルと回る。

だってもしも……、もしも会社がこの蝶男の正体を、何らかの情報を得ていたとしたら。

ここまで大々的に〝捕まえろ〟と言うのも、理解出来る。

先程まで笑っていた余裕が一気に引いた。

 

これ、まさか、本当に、

 

「ユリさん」

「ひぇっ!?」

 

急に声をかけられて、大袈裟に反応してしまった。

その時手を滑らせてタブレットを落としてしまう。

ゴッ、と鈍い音をたてたそれを慌てて拾おうとしたのだが、それよりも先に手が伸びてきた。

 

「すみません、驚かせるつもりはなかったんです。」

「だ、ダニーさん、」

 

謝りながら渡されたタブレットを受け取る。

画面が割れたらどうしようかと思ったが、無事だ。良かった……。

ほっと息をつく。会社の備品だ。壊したらどうしようかと思った。

ダニーさんを見ると、私の手元のタブレットをじっと見つめて何か考えているようだった。

なんだろうと、言葉を待つが考えたまま動かない。

それが気になって、あの、と話しかける。

するとやっとダニーさんは口を開いた。

 

「蝶男を探してるんですか?」

「え?あ、いや。」

 

ダニーさん私のタブレットを指さしてそう言った。

そうか、あのページを開いたまま落としたから、見られたのか。

都市伝説なんて言ってたくせに、これではまるで気にしているようだ。恥ずかしくなる。

 

「本当にいるんですかね?ユリさんは信じてますか?」

 

しかしダニーさんは何を言うでもなく、それだけ聞いてきた。

 

「いや、信じてないです。」

「そうなんですか?どうして?」

 

私が即答するとダニーさんはぱちぱちと瞬きをする。

馬鹿にするでもなく、怒るでもなく。ただただ、どうして信じていないのか不思議なようだった。

その子供みたいな反応に、なんて答えようか口ごもる。

どうして信じてないか、なんて。

こんな都市伝説を信じる方が……。

 

「ど、どうしてって……。ダニーさんは、信じてるんですか?」

「信じているというか、警戒はしてますね。」

「警戒?」

「新種のアブノーマリティを目撃したという証言には警戒するでしょう?」

「え、」

「外部からのアブノーマリティなんて初めて聞きますが……、前例がないだけで有り得ないことなんてこの会社にはないでしょうからね。」

「え、あ、そう、ですね……。」

 

ダニーさんの言葉があまりにも淡々としていて。

私は驚いて、何も言えなくなった。

業務的な、真剣な言い方に肩を竦める。そうか、ダニーさんはこれも仕事の一部って、ちゃんと考えているのだ。

現実味がないと緊張感を持たなかった自分が、恥ずかしくなった。

しかしダニーさんの話を聞いても、まだはっきりとした危機感を持たない自分がより嫌になる。

 

わかっている。会社がこんなにも言っているのだ。根拠の無い話では無いのだろう。

でも。

それでも雲を掴むような話としか、思えない。

 

「ダニーさん、」

「なんですか?」

「人は死んだらどこに行くんでしょう。」

「え?」

「……蝶男に、そう聞かれるんですよね?」

 

私の言葉に、ダニーさんはまた不思議そうに瞬きをした。

私も私で、どうしてこんな話をダニーさんにしたのか自分がわからなかった。

それでもつい、出てきてしまったのだ。

人は死んだらどこに行くのか。蝶男の話を聞いた時からずっとずっとグルグルと回っている。

 

人は死んだらどこに行く?

 

……お姉ちゃん。

 

あの、病室での骨のような姿を思い出して。

 

『ユリ、』

 

……お姉ちゃんは、死んだら、どこに行ってしまうの?

ねぇ……。

 

私の質問に、ダニーさんは手を顎に当てて悩む素振りをする。うーん。と唸って。

当たり前だ。こんな難しい質問。聞かれたって分からないだろう。

しかし答えが出たのか、ダニーさんは私をじっと見つめた。

そうして、開いた口からは。

 

「水のある所じゃないですかね?」

「……は?」

 

そんな言葉だったものだから、私はとても失礼に、聞き返してしまう。

 

「水の、ある所?え?なんで?天国でも地獄でもなく?」

「うーん、そこら辺は本当にあるかはわからないですし……。死んだら何も無い、あるのは無だけ。って考え方もありますしね。」

「じゃあなんで水……?」

 

死後の世界について語られることは多い。それこそ創作の世界では様々な見解がある。

しかし水とは。予想しなかった答えで、今度は私が瞬きを繰り返した。

 

「死にかけた時に聞いたんですよ。水の音。」

「え?」

「なんも見えなかったんですけどね。それだけはわかりました。」

「え、え。」

「あ、でも水の中って言うよりは何か流れるみたいな?それが水か、ほかの液体かは分からないです。水が流れる音だけは、しましたよ。」

「……臨死、体験?」

 

ダニーさんの言うことについていけなくて、漸くでた言葉はそれだった。

死にかけた。それって。

 

「気になるなら他のエージェントにも聞いてみたらどうですか?ここでは臨死体験した人間なんて山のようにいますよ。」

 

実際に死んだ人間も多いですからね。

 

と。ダニーさんはそこまで言わなかったけれど。

空耳か。しかし私は確かに、ダニーさんがそう言ったように思えた。

 

「でも随分哲学的なアブノーマリティなんですかね……噂では、もっと低知能なイメージでしたけど。」

「え、噂もあるんですか?」

「はい。なんでも、たくさんの顔があって……、大きな体で……、人を食べる?らしいです。」

「それ、誰が流した噂なんですかね……、」

「ええと……ユリさんがほら、倒れた時。あの混乱時に見た人がいたらしいですよ。詳しくは知りませんが……。」

「へぇ……。」

 

だいぶリナリアさんの話と違う。

もう一度タブレットで確認する。最初から読んでいくが、内容はリナリアさんが言ったことが書いてあって、ダニーさんの話とはやはり全く違う。

よく分からなくて、私は頭を悩ませた。やはりこれ、都市伝説なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジェラの耳にその通達が入ったのは、丁度ユリ達が話している位のときだった。

ティファレトが……女の、ティファレトが。珍しく慌てて管理人室に来たのである。

実は少し前から、研究所にはおかしな事が起こっていた。

 

まず、蝶男の出現。

 

あるエージェントが頭が蝶の男に会ったと証言をした。その話は混乱の中で行われたもので、どこまでが本当かはわからない。

しかしそのエージェントが蝶男を目撃した場所には確かに死体があった。

残念なことに、管理モニターには丁度その時何か白い物が大量に通り過ぎて、状況は分からないままである。

その白い物はなにか?

蝶男はどこから来た?

わからないまま、しかし放っておくことも出来ずにエージェント達に情報を求めた。

 

二つ目。

 

ユリが起こした大量殺人から数日。

どんなに数えても、死体の数が少ないのである。

あの時は他にも収容違反が起こり、更に人手不足のせいで作業の行き届かないところもあった。

なので誤差が出るのも有り得るとは言え……多すぎる。

ここまで行方不明の死体があるとは、どういうことか。蝶男になにか関係しているのではないかと、捜索を急いだ。

 

アンジェラの高度な人工知能を悩ませていたのは主にその二つだったのだが。

 

たった今、三つに増えた。

 

この研究所には死体安置所がある。

死と隣合わせのこの職場。多くの命が突然になくなってしまう。

なので、死体の一時的な保管に場所を設けていた。

バラバラになってしまった身体のパーツ、身元引受人がいない人間の身体は、問題なさそうであれば一部のアブノーマリティの食事に使われることもある。

しかし綺麗な状態の身体で、ちゃんとした身内がいる場合は遺族の元に送るのだ。

そんな遺体を保管する死体安置所。

 

つい先刻。ティファレトの話によると。

 

 

 

 

────死体安置所の死体が、全て消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








新年一発目から不穏である。

コメント返せてなくてすみません……。

今年一年よろしくお願いします。コメント返し今更感あるので、昔のは新年のご挨拶させて頂くことにしました。
でもいつ返せるかわからない……申し訳ない……。

そう言えば先日初めて生実況放送見ました。なんと私の小説見てLobotomyCorporation買ってくれた方で!!
コメントもしてしまった。たのしかったですえへへ。
なんでこれここで言ったのかは、本人ですよって分かってもらいたくてしました。すみませんどうでもいいこと言って。

2019年、LobotomyCorporation注目されることも多く、そして小説も増えて嬉しい1年でした。
流行り廃りはあるので、MOONPROJECTさんの新作の件含めどうしても遠ざかるファンがいるのは仕方ないと思います。
でも私にとって皆さんとも会えたこの作品は思いれのあるもので、これからも連載していくつもりです。
どうか、たまーにでもいいから、皆さんに思い出してもらえる作品になりますように。

2020年。よろしくお願いします。


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Butterfly Man_3

ひそひそ。ひそひそ。

消えた。

消えた。

死体が、消えた。

 

「おい、あのことは誰にも言ってないだろうな。」

「勿論だ!言えるわけない。管理担当の俺たちの責任になるんだから。」

「そうだよな、エージェント達に知られたら俺たちの立場がない。」

「そんなのわかってるって。まさか、死体が無くなるなんて思わないだろう。昨日の見回りでは大丈夫だったんだぞ。あんな量が一気に。まさか本当に蝶男が。」

 

ぶるぶる。

 

「あぁだからここは嫌なんだ。こういうことが普通に起こる。知ってるか?今までも死体が無くなることはあったらしいぞ?」

「そうなのか?」

「あぁ。」

 

ある日、事故が起こり、何十人もの職員が死亡した。

 

「おい、その事故ってなんだ? 」

「知らねぇよ。いいから聞けって。」

 

多くの人間が死んだ。エージェントは体を張って、収容違反したアブノーマリティが外に出るのを防いだ。

人で出来た壁。

死んでしまえば崩れ落ちた壁は山になる。

 

「死体の山ってか。」

「そういう時ってさ、清掃はすぐ行うだろ?」

「当たり前だろ。精神的にも衛生的にもよくない。」

「……それがさ、なんと、なんとだぞ?暫く放置されたらしいんだよ。」

「はぁ?」

 

この清掃は誰一人としてやりたいとは思えないものだった。

 

「おいおい働けよ。嫌なのはみんな一緒なんだぞ。」

「状態のせいか知らないけどさ、死臭がやばかったらしいぞ。それに腐ったところがくっついて、団子みたいになってたらしい。」

「そりゃぁ……、あんな怪物を止めた人間の体なんて。」

 

………………。

 

「でも、片付けの必要はなくなったんだ。」

「ん?どういうことだ?」

「死体の山が無くなったんだよ。」

「え?」

「今回と同じように。気がついたら、無くなってた。まるで最初からなかったかのように。」

 

………………。

 

「いや、ホラー。」

「こんなの作り話だと思ってたよ。この話、この続きがなくて終わりなんだ。趣味の悪い怪談だよな。でもさ。」

 

 

そのホラーが、まさに今日起こったんだろ?

 

 

オフィサーの二人は、空になった死体安置所を見ながらそんな話をしている。

 

蝶男はまだ、捕まっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後ダニーさんと別れて、私は指示に従い、ペストさんの作業に向かった。

ダニーさんとの会話に付きまとう自己嫌悪に私は下を向く、それはペストさんも分かったようで、心配そうに声をかけられた。

 

「どうしましたか、お嬢さん?」

「あ……、ごめんなさい、掃除、集中してなくて。」

「それは構いませんが……、なんだか元気がないようですね、心配です。」

 

ペストさんの羽先が私の頬を撫でた。ふわふわが鼻を掠めて、くすぐったくて。

思わず身をよじるとペストさんは「熱は無いようですね、」と言う。

ペストさんは優しいから、私の体調を心配してくれたのか。

別にどこが悪いもないだろう。これは心の問題であって……。

 

「……ペストさん、」

「なんですか?」

「人は死んだら、どこに行くと思いますか?」

 

思い切って私はペストさんにも同じ質問をする。

しかし言った後に、少し後悔もした。

私は。なんの答えを求めているんだろう。

共感を求めて、くだらないと笑って欲しいのだろうか。自身への嫌悪を少しでも拭い去るために?

それを分かってしまえば、より深くなる嫌悪感に。

ペストさんの顔が見れなくて、目を背ける。なんでもないです、と。言いたいのに。

声が出ない。音を忘れたように。喉が、開かない。

 

「……死の先に待つのは。楽園。しかしその下もあるのだ。」

「……え?」

「魂は還る。天にのぼり、平穏を得る。」

「ペ、ペストさん……?」

「悲しいことにここは悲しい魂ばかりです。きっと私がここにいるのは、救いの手を差し伸べるため……。」

「あの、何言って。」

「……大丈夫。」

 

「私は貴女を救ってみせる、」

 

息を、のんだ。

なにか大きなプレッシャーが、私の心を捉えて。

動けなくなる。

ペストさんの、羽が。私に向かってきて。

 

「……本当は、もう少し、後にするつもりでした。でももう、いいだろう。貴女が望むのなら。」

 

……でもすぐに、緊張は解けて。私の胸は感動に熱を帯びた。

……思考が、ぼんやりする。

その言葉があまりにも、美しく脳に響くものだから。

 

「……あなたは誰?」

 

思わず聞いた。自然と出た言葉だった。私は、それを知りたかった。

あぁ、偉大なるあなたは。誰なのか。

するとその方は、ただ静かに。しかしとても慈愛に満ちた声で私に答える。

 

「私は新しい世界を歓迎するためにランタンを燃やした者。 私はあなたを治す薬を持って来た医者。私は道をたどる巡礼者。」 

 

そうして、一度、話をやめて。

ただ真っ直ぐに私を見た。とても穏やかな沈黙が流れる。私はそれに、涙を流して。

 

「私についてきなさい、」

 

その言葉に。私はそう、目をつぶる。

そうしてただその時を待つ。その方の手が、私をすくい上げるのを。

起きるために。

 

──が。

 

「……あつっ!?」

 

瞬間、首元に熱が。

思わず身体は跳ねて、よろける。バランスを崩して転んでしまった。

突然の熱さに顔を顰めて首を抑えるが、不思議なことにその次の瞬間には何事も無かった様に身体は正常に戻った。

何が起こったのかわからなくて、ぱちぱちと瞬きをする。

 

「……オーケストラさん?」

 

それは自然とこぼれた言葉。首の熱は、きっと。

……オーケストラさん、きっと、何かから、私を護ってくれたのだろう。

 

「邪魔だ。」

「え?ペストさん?」

「……その呪い、私が解きましょう。」

「呪い……?」

「首のそれです……。よりによって首。まるで首輪だ。穢らわしい。」

 

珍しくペストさんの声が荒々しい。

怒りと共に、羽が伸びてくる。首にそれは触れようとしたが。

 

「……お嬢さん、動かないで。」

 

私は避けた。

 

「これはいいんです。」

「は?」

「これは、このままでいいの。」

 

首に触れた手を動かして、ゆっくりと撫でる。

私を護ると、オーケストラさんは言ってくれた。そして本当に何度も助けてくれた。

今だってそう。オーケストラさんが護ってくれているという事実だけで、私は救われている。今日もこの仕事に、勇気を持てる。

 

「それは、呪いです。あなたの魂を穢す。」

 

もしかしたら、ペストさんの言う通りかもしれない。

首のそれは穢れなのかもしれない。呪いなのかもしれない。

 

「それでもいいよ。」

 

ならば私はその呪いを受けようと思う。

私はオーケストラさんを信じている。彼は私を危ない目に合わせることなんてしないと。

あの日、会社でも同僚でもなく、自分を信じればいいと言ってくれたオーケストラさんを。

馬鹿みたいに、疑うことなく信じると。決めたから。

 

私が笑うと、ペストさんはもう何も言ってくれなかった。

……せっかくの好意を断って、怒らせてしまっただろうか。嫌われてしまったのかもしれない。

それは悲しいけれど、どうすることも出来なくて、別れの言葉を告げて収容室を後にする。

次の仕事に向かわなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユリが帰ったあとの収容室は、どこか重い空気が流れていた。

残されたペスト医師はただじっと閉まった扉を見つめる。

苦しくて仕方なかった。

辛くて仕方なかった。

振り払われた救いの手。もう彼女を救うことは出来ないのかと。

ペスト医師が悲しみに暮れている時、収容室の扉が開く。

ペスト医師は彼女が戻ってきたことを期待したが──。残念ながら入ってきたのは男性だった。

それに分かりやすく落ち込む自身の気分を、ペスト医師は内心笑いながら羽を広げる。

 

「私についてきなさい、」

 

先程と同じ言葉を、ペスト医師は男性にかけた。

彼は一筋の涙を零して、ふらふらと寄ってくる。

その小さな、弱い身体を優しく、丁寧に包んだ。

 

それはとても神聖な〝儀式〟である。

 

部屋は紫の光に包まれ、男性にある印を付ける。

印と言っても、それは祝福の証だ。〝ペスト医師に選ばれた者のみが得られる証〟。

男性はその印に感謝する。そうしてペスト医師を敬い深くお辞儀をした。

ペスト医師はその姿を見て、数を数えていた。

 

あと六人、と。

 

洗礼を受けたのは、彼で六人目だった。だからペスト医師にはあと六人必要だった。

 

「私が祝福した使徒たちは、汝らが身を置いた邪悪な道を離れ、私を見つけるだろう。」

 

それはペスト医師の声ではなかった。

 

「時が来れば、私は汝の罪を許し、汝らが暮らす土地に降りる。」

 

しかしペスト医師の身体から出ている声である。

 

「……大丈夫です、お嬢さん。必ず私が救います。例えその首の皮を剥いだとしても。」

 

「私は、あなたの人生を世界の破壊と終わりから救います。あぁどうか……、私を信じてください、ユリ。」

 

 

 

 

 

 

Plague □□□□□□

 

 

 

 





大変お待たせしました……。
今回からまたコメント返信再開していきます。不定期ですみません……。
お返事出来なかった皆さん申し訳ありませんでした。
暖かい言葉ありがとうございます!!とても励みになりました……。



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Butterfly Man?_4

 

 

 

 

 

 

最後に言い残したことはありますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タブレットをいじりながら廊下を歩いていると、ドンッと、強い衝撃。

少しよろけたあと、不注意で誰かにぶつかってしまったのだと気がついて慌てて頭を下げた。

 

「すみませんっ、前見てなくて、」

「いえ、私も……、あれ?ユリさん。」

「え?あ、ダニーさんっ!」

 

なんとぶつかったのはダニーさんだった。相変わらずたくましい背中で、ぶつけた鼻はヒリヒリしている。

なんとまぁ、今日はよく会うものである。作業が終わるタイミングが同じだったのか。

 

「ユリさんも作業終わりですか?」

「はい、そうなんですよ。今からチーム本部に戻るところで……、いつもは直ぐに別のアブノーマリティへの作業なんですけど……。」

「奇遇ですね、俺も待機指示でましたよ。」

「ふーん……、」

「………俺たちだけじゃなさそうですね。」

「え?」

 

ダニーさんはじっと廊下の先を睨んで、眉間に皺を寄せている。

ダニーさんが言うには、先程から同じ方向に歩いていくエージェントと何人もすれ違っているらしい。

みんな、自身の本部に向かっているのだろうと。

エージェントが、集められている?

 

「な、なにかあったんでしょうか……。」

「でしょうね、多分、管理人が想定しないでいる何かが、」

「え?」

 

予想できる何かなら、もう既に行動はしているだろうとダニーさんは呟いた。

でも、わからないから、とりあえずみんなを集めているのだと。

 

「……収容違反じゃ、ないですよね、警報なってないし……。」

「そうですね……。蝶男のこともあります。急いで戻りましょう。」

 

ダニーさんが歩く速度を早めたのでそれに必死に着いていく。

不穏な空気が流れるものの、私はダニーさんと合流できたことに安心していた。彼と一緒なら、とりあえず大丈夫だろう。

 

「ダニーさんにあえて良かったです、安心します。」

「……あまり過信しないでくださいね。」

「あは、すみません、でも、ベテランと一緒だと安心しますよ。」

「いや……私は別にベテランでは無いですよ、エージェントとしては、まだ一年目です。」

「え、そうなんですか?」

「はい、転職でこの会社に来て、最初一年は営業してましたから。」

 

ダニーさんが営業なんて初耳だ。

……でも、なんかエリートのオーラは感じていたので、納得。

でも腹黒いし、サドだし……、そんな競争社会だと孤立しそう……。

 

「ユリさん今失礼なこと考えてませんか?」

「えっなんで、」

「なんか、癪に障る顔してます。」

 

どんな顔だそれは。

そう聞こうとした時。

 

──キァァァァァァッ!!

 

「っ、」

「な、なに、」

 

私の声を、女性の甲高い叫び声が遮る。

振り返る。声は、私たちの背中から聞こえた。

心拍数が一気に上がる。じっと廊下の先を見つめるけれど。何も見えない。

 

──ヒィィィィィィッ!!

 

「……行きましょう。」

「えっ、よ、様子を見に、」

「危険だ。早くこの場から離れますよ。」

「でも、でも。誰かが。」

「いいから。」

 

ダニーさんは乱暴に私の腕を掴んで引っ張っていく。

力の抜けた身体簡単に引きずられていくけれど、心はそうはいかない。

 

「誰かが、危険な目にあってるのに、」

 

精一杯声を出して、私はダニーさんを止めようとする。

 

「あのですねぇ、ユリさん。」

「だって、もし、リナリアさんとかだったら、」

「っ、」

 

私のその一言で、ダニーさんは足を止めた。

わかってる。私だって一刻も早くここから逃げ出したい。

でももし、リナリアさんが襲われてるなら。

 

私は、助けに行きたいと思ってしまう。

 

多くの人が私を避けていた。アブノーマリティと仲良くしてる、危ないから近づくな。得体の知れないやつだ。と。

その気持ちはわかる。私だって、みんなの立場なら避けてたかもしれない。

だって、面倒事は避けるのが懸命だ。誰だって自分の身が一番で。

幸いか、私は一人に割となれていた。帰る家に人がいないことは多かったし、親戚には約立たずと言われたし、他人は見てもくれなかった。

表面上の友達はいたけれど。その子達は私以外にいつだって囲まれていたし。

でもリナリアさんは、私に話しかけてくれて。

心配もしてくれて。……私のために、怒ってもくれて。

もし、リナリアさんなら。

そうでなくても。

 

「アネッサさんなら、」

 

アネッサさんだってそうだ。

私にあった日から今日までずっと優しくしてくれた。

ヘルパー君の時だって、停電の時真っ先に心配してくれた。

……それに、それにアネッサさんは。

 

 

──ご飯、近いうちに行きましょうね。

 

ここに来て初めて、ご飯に誘ってくれた人だ。

 

 

「ダニーさん、助けないと。」

そう、助けないと。

 

「後悔、しそうで。」

 

私の言葉に、ダニーさんはこれ以上ないほど嫌そうに顔を顰めた。

新人が何を言ってるんだと思ってるんだろう。私だって偉そうなことを言っている自覚はある。

ダニーさんは大きくため息をついて、ガシガシと頭を乱暴に搔いた。

わかってる。なんて偽善的な話だろう。

それでも足はもう、前に進まない。私は振り返って歩き出す。

頼りない足だ。震えている。それでも、私に出来ることがあるかもしれない。

そんな私の肩をダニーさんが掴む。

 

「……俺が、先に行く。」

「え、でも。」

「いいから。俺の背中に隠れて歩いて、でもってやばそうならすぐ逃げる。俺もすぐ逃げるから。」

「あ、ありがとう、ございます!」

「本当だよ。はぁ………。ひとつ言っておく。俺の生徒として、これだけは、絶対に何があっても、覚えておけ。」

 

ダニーさんは真っ直ぐと私を見つめた。いや、睨んだのだ。

 

「死なれるのが一番迷惑だ。」

 

言い放たれた言葉に。

その重さに。私は声を詰まらせた。

 

なんて、重い言葉だ。思わず目を逸らしてしまう。

ダニーさんはスタスタと私の前を歩いた。

慌てて着いていくけれど、いつもよりも歩くスピードに差を感じる。

でも、待ってなんて言えない。

無理をしてでも、私がついて行くのだ。

 

 

 

 

しばらく歩くと、少しずつ嫌な空気が漂ってきた。

私とダニーさんが足を止めてしたことはまず、鼻をつまむことだ。

 

「なんだ、この匂い。」

「わ、わかんないです。」

 

おえっと嗚咽が出るほどの匂いだ。

何かが腐った匂い。上手く言えないが……、理科の時間に習った腐卵臭の記憶が蘇る。

あれって確か……長く嗅いでたら目眩とかするのではなかったか。

進むにつれ濃くなる匂いにダニーさんは顔を顰める。

私も胸が気持ち悪くて、気分が悪い。

それでも何とか前に進むと、バキッと音が聞こえた。

何かが折れたような音。

ダニーさんが廊下の先を指差す。

隅に何かの塊が見えた。黒い、ゴミ袋みたいな。

少し離れたここからでも分かるので、大きさはそれなりにありそうだ。

まん丸の、でかい塊……。

バキッ、とまた音がする。

近づくにつれて嫌な予感が増す。それはダニーさんも同じなようで、足が慎重になっていく。

バキッ、バキッ。音に合わせて、塊が動いているのがわかる。

その異様な光景に、私とダニーさんはついに足を止めた。

ここからなら、先程よりもそれの見た目がはっきりわかる。

その塊は黒いビニールなどではなく、鳥の巣のように様々ななにかの部品やゴミにが固まった、〝ごちゃごちゃとしたなにか〟だった。

その黒い巨体の表面には、白く丸い模様が浮かんでいる。

不気味にも、その丸は人の顔のようだった。

 

……人の顔のよう、ではなく人の顔なのだろう。

 

血の気がないせいで白になってるだけで。丸は様々な輪郭をして、目と口を持っている。

目玉など、舌など無く。空洞だけれど。

それは人の顔だ。人の体が、その黒い巨体を構成している。

その見た目が、あまりにも衝撃的で。

私たちは、思わず呟いた。悲しいことにその言葉が全く同じだったせいで、予想は、想像は確信になってしまう。

その顔のひとつが。

 

「レナード……?」

「レナードさん……?」

 

悲しいことに、顔の皮膚は腐っているようで。

ドロリと崩れた目尻は、笑っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







読者「いや先におまえが出るんかい」






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The Funeral of the Dead Butterflies_5

※証券会社について語る文がありますが、あくまで作者が調べた知識でしか書いてません。
※働いている人の人格を侮辱するつもりで書いた趣旨はありません。あくまでも物語を盛り上げるフィクションです。







どっ、と。

心臓がやけに、強く、脈打っている。

震えた声から出た、その名前がダニーさんと被って。私はようやくはっと息をした。

それでもまだ息が上手く出来なくて。横のダニーさんを見る。ダニーさんは、それから視線を外さない。

 

「なんで、」

 

ダニーさんの声なのに、ダニーさんのものでは無いような声だ。

動揺が伝わってくる。

 

「……れ、れ、レナード。レナード?でも、だって。お前。」

 

ダニーさんの、身体がよろけて倒れそうになる。私は不器用に支える。全ての体重がかかって。結局2人して転んでしまった。

 

「なん、で………、」

 

ダニーさんの声に、それが私達に気がついた。

こちらの方を向いた。……顔がいくつもあるせいで、本当にこちらを向いたのか分からないけれど。

大きく裂けた、ぱっくりとした口が私たちに向かう。

 

「あっ、」

 

逃げないといけない。

そう思っても。それでも身体は違った。

私もダニーさんも、身体が固まってしまう。石像のような私たちにそれは直ぐに向かってきた。

頭が働かない。それでも、恐怖だけはハッキリとしている。

来る。

大きな口のやけにとんがった、歯が見えたとこだった。

 

「ぐぇっ」

 

その時、後ろに強く引かれた。掴まれた襟は私の首を締める。

尻もちをつきそうになったが、それは誰かによって支えられた。

ぼすっ、と頭に感触。ぱっと頭をあげると、そこにあった存在に私は今度こそ。

 

「ひぃぃぃぃっ!!!!」

 

叫んだ。ようやく喉が開いた。

 

「…………驚かせてしまって申し訳ない。」

「喋ったァァァァっ!?」

 

蝶々が。

白い。蝶々が。目の前に。

その蝶が喋った。いや。というか。

この人頭が!!蝶だ!?

 

混乱した頭は上手く考えがまとまらない。

ただ目の前の、この蝶の頭をした人……、いやその時点で人ではないが。その人と、黒い塊に私はパニックになって。

な、なんかもう………目眩がする……、

 

「眠るのは後にして。私は時間かせぎしかできない。」

「え、」

 

ごとっと何かが落ちる音がした。気がつくと目の前には黒い壁。

何これ。

瞬きをする。すると、その壁は開いたような音を立てて。

 

「きっと私は……全てを救うことは出来ない。」

 

その壁の中から、ぶわっと、白い花弁のような何かが飛び出てくる。

その量の多さに、黒い塊の姿は見えなくなり。

浮遊感。私はその蝶に抱えられた。

 

「えっえっ!?」

 

そのまま蝶は走り出す。後ろを見ようとするが上手く見えない。

だが横は見えた。蝶はダニーさんもを二本の腕で俵のように抱えている。

なんて強い力、と思った後に気がついたのは。二本の腕。

まってそれ、私を抱えてるこの手は。

…………今度こそ本当に目眩がして。私は思わず目をつぶった。キャパオーバー……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人が嫌いだ。

 

だから俺は、人を負かしたくてこの業界に入った。

数字が物を言う、証券会社。順位が分かりやすく棒グラフで表示される。

色んな人間の汚さがわかるのは、好きではなかったがむしろ清々した。

 

誰かよりも上に。

全てを見下ろせるように。

 

……俺は見下ろされる側にならない。

 

だから俺が大きな顧客開拓した時に。皆の妬む視線は気持ちよかった。

どんな手を使ったんだと聞かれたこともある。この職種が白い顔ばかり持ってるとは思わないが。それでも俺は正統性を持ってして、いい取引ができたと思っている。

 

お前らと違って、俺はいい仕事をするんだよ。

お前らとは格が違うんだよ。

 

 

『すげーじゃん。』

 

 

 

だから、あなたのような人は予想外だった。

 

『いや助かるわ、全体ノルマ今月苦しかったからさ。』

 

おつかれと、缶コーヒーを渡されて。

俺はただ、立ち尽くすしかできない。

 

あなたは、俺の、いや人の成功を。

ただただ、喜べる人間なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢さん、お嬢さん。起きてください。」

「ぅ……、」

 

頬を軽く叩かれる感覚。

うっすらと目を開ける。目の前に、虫のドアップ。

 

「ふぎゃあっ!?」

 

驚いて大きく仰け反った。ら、床に頭をぶつけた。

いったい………。

 

「ぅ、痛い………っ、あっ、ダ、ダニーさんはっ!?」

「ダニー……?あの男性ですか、あちらに居ますよ。」

 

指さされた方向に、ダニーさんを見た。

ダニーさんは床にうずくまっていて、両手で顔を覆っている。

いつもの、あの自信のある姿とは遠いその様子に心配しながらも、生きているという事実に安心したのもあった。

ここはどこだろうと辺りを見渡す。エレベーター近く。それも階が先程とは違う。

 

「あなたが……ここまで連れてきてくれたの。」

 

改めて、目の前の……恐らく、〝蝶男〟に向き合った。

私の言葉に蝶男は頷く。どうして、とつづければ彼は考えたのか、少し間を空けてこう言った。

 

「人助けに理由など必要でしょうか。」

「え、」

 

その、あまりにも綺麗な言葉に。私はなんて言っていいかわからない。

それは……正論だけれど。

私達の命に、重みを感じてないと生まれない考え方だ。

戸惑ってしまう。蝶男。この人は。何を考えているのか。

 

「……あなたは……いい、アブノーマリティ……なの?」

「アブノーマリティ?」

「あ……えっと、えっと。アブノーマリティって言うのは……私たちじゃない存在のことを……、えっと、」

「……あぁ、そうか。私はもう人間ではないからな……。」

「え……?」

 

蝶男の声は少しだけトーンが下がる。

そうして彼は、どこに付いているのかもわからない目で、私を真っ直ぐと見据えて。

 

「私は、元々人間だったんだよ。」

 

そう言った。悲しそうに。

 

「人間だった……、?」

「なんだよそれ、」

「ダ、ダニーさん。」

 

蝶男の告白に顔を上げたのはダニーさんだった。

ダニーさんは、大きく目を見開いて、そしてくしゃりと歪んだ顔で蝶男を見ている。

 

「どういうことだよ。……元々、人間?そんなはずないだろう。」

「本当ですよ。……私は本来、人を救うためにここに来た。人間だった頃はね、葬儀屋をしていた。」

「葬儀屋さん、」

「そう……、これでも化粧は得意でね、……美しい姿で、最後を迎える人を見るのが、悲しくて、でも、嬉しかったよ。」

「人がアブノーマリティになるはずがないだろ!?」

 

ダニーさんが大きく叫んで、私はビクッと肩を揺らした。

何かを訴えるように、ダニーさんは葬儀屋さんを睨む。

私は何となく、何となく言いたいことが分かった。

そんなことあって欲しくないと私も思っている。けれどきっとそれ以上に、ダニーさんは願っているのだ。

そんな残酷な現実ではないことを。

 

それでも葬儀屋さんは淡々と言葉を続けた。

 

「なるよ。だって」

 

「さっきのも元々は人間の身体だろう。」

 

ダニーさんは、ヘナヘナとそこに座り込む。

私はただ立ち尽くして、先程の黒い塊を思い出していた。

話したことの無い人は多くても、見た事のある人ばかりだった。それにきっとあれは……レナードさんなのだろう。

異臭放つ黒い塊。あの団子のように丸まった中身に、いったい何人の人が、いるのか。

 

 







やっとでてきた葬儀さんです。
もっと人外×少女にするか迷いましたが、葬儀さんの性格と元々が人間という設定も相まって

無理でした\(^o^)/ゴメ-ン

仲良くはしてくれます。



いやそれよりも、投稿遅くてすみませんでした……。
ここまで読んでくれた人、まじでありがとうございます……。



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The Funeral of the Dead Butterflies_6

葬儀屋さんの言葉に、ダニーさんは俯いたまま動かない。

私はかける言葉を見つけられないでいた。……あまりにも、酷い事実だ。

 

「見つけた、」

「えっ」

「ぐっ……!?」

 

暗い空気の中、ひとつの打撃音が。

そちらを見ると葬儀屋さんが頭を抱えてうずくまっている。そしてその後ろには。

杖を持った、アイが。

 

「……ユリの大きな悲鳴が聞こえたから、向かってみたけどいたのは変な団子だけ。……お前……私のユリを連れ回してどういうつもり?」

 

アイは恐ろしい顔で蹲る葬儀屋さんに杖を振り下ろそうとしてた。

打撃音ってアイが杖で殴ったの!?

慌てて止めに入ると、アイは打って変わっていつも通りの可愛い顔でふにゃっと笑う。

 

「ユリ!無事でよかったわ!大丈夫っ、私が来たからにはもう安心よっ!」

「来てくれてありがとう!!でもまって葬儀屋さんは私を助けてくれたから!!」

「え?そうなの?」

 

きょとんとしているアイは可愛いけれど、この子この見た目ですごい力なのだ。

殴られた葬儀屋さんは大丈夫だろうか。いや未だ立ち上がれないのを見ると絶対大丈夫じゃあないだろう。

 

「そうなの!その、団子みたいなのに襲われそうになってたとこを、葬儀屋さんが助けてくれて!」

「……こいつが?」

「彼がいないときっと私死んでたから!!本当に助かったの!!」

「…………………」

「?ア、アイ?」

「……ユリを護るのは私なのに。」

「えっ。」

 

アイ、その反応は予想外なんだけど。

目が暗くなっているアイに私は慌てる。アイは、揺らりと一歩踏み出して、私との距離を狭めてきた。

思わず後ずさりしてしまう。それが気に入らなかったのだろう。

 

「っ!ア、アィ、」

「ねぇ?」

 

肩を掴まれ、強く引き寄せられた。

私とアイの距離はもう数センチしかない。アイの苛立ちを孕むため息が唇にかかって、震える。

 

「……ユリの、ヒーローは私だけ。よね?」

「え、」

「……百歩譲って。あなたが他の人に助けられるのは、許すわ。私が来るまでの間、時間を稼ぐ人は必要だしね。」

「え、え。」

「……でも。許さないわよ。」

「…………な、なにを……?」

「あなたを救うのは私。私だけ。わかった?」

「ひぇっ、」

 

怖いよ!!このアイ怖い!!

と、心は叫ぶが、ここでそんなことは言えない。

アイの目は今にでも人を殺しそうな、真っ暗な色をしている。いつものあのキラキラした宝石の目はどこに。

黙り込む私にアイはより顔を近づけてくる。あと少しでも動いたらゼロ距離だ。威圧感がすごい。

 

「返事は?」

「かしこまりました!!」

 

思わず叫んで返事をすると、アイはニッコリと笑った。

その笑顔がいつも通り可愛くて、安心してしまう。ほっと息を着くと、くすくすと笑い声がきこえた。

 

「いい子、忘れないでね。」

「!?」

 

ちゅっと鼻にキスをされた。

 

「スキンシップが過ぎるよ!!」

「あらあら、ごめんなさい。」

 

この美少女は。強く睨むも悪戯に笑われて効果なし。

思わずため息をつく。

先程までの緊張はすっかり解けてしまった。だいぶ頭も冷静になって、私はもう一度、現状を振り返ることにする。

 

「……あの、葬儀屋さん。あの黒い塊が、元々は人間だったって……、本当、なんですよね。」

「……えぇ、そうですよ。それも……だいぶ最近変形したようですね。」

「そんなのもわかるんですか……?じゃあ、どうして……、あんな風になったかは、わかりますか、?」

「いや、そこまでは……。」

「恐らく、死体同士がくっついて、突然変異みたいなのを起こしたんじゃあない?」

「突然変異?」

 

そう言葉にしたのはアイだった。

 

「私、あれと似たようなのと昔戦ったことあるわ。」

「本当に!」

「えぇ、趣味の悪いマッドサイエンティストがいて……。そいつは生きている人に薬を投与して、人体実験を行ってたの。」

「薬……、」

「生きてる間も酷い副作用があったらしいけど、その副作用の最終段階が、あれと似てたわ。人体が死んだ時、放置された死体がくっついて、突然変異を起こしたの。」

「えっと……つまりあれって死んでるの……?ゾンビみたいな感じなのかな。」

「そこまでは詳しく知らないけど……、あれ、多分そこまで頭は良くないわ。」

「そうなの?」

「対面した時、私にも襲いかかってきたけど。あまりにも動きが単純すぎる。多分あれ、動きとしては止まることと前進しか出来ないわよ。後ずさったりとか出来ないと思うわ。」

「……あんまり強くなさそう?」

「うーん……力としては、あの時と同じなら強いと思うわ……。あの時は、小回りが効く場所で、回り込んで倒せたけど。ここは……狭いから……。」

「……。」

 

二人の話が、どこまであの黒い塊の正体に当てはまってるかは分からないけれど。

私とダニーさんを襲ってきたのだから、危険なアブノーマリティであることは変わりない。

Xさんに得た情報をメッセージで送る。……指示を待たないと。

 

「とりあえず、もう少し離れた場所に行きましょうお嬢さん。」

 

葬儀屋さんがそう手を差し伸べてくれた。が。

パンっ!と、葬儀屋さんの手は叩かれた。

 

「いっ……!?」

「ア、アイ。」

「ユリは私と手を繋ぐの!!」

 

まるで猫のように威嚇するアイに苦笑いする。

言葉だけ聞いてるとすごい独占欲だ。

けれど、友達を取られたくない気持ちは私にもわかる。自分の友達が、知らない人と仲良くしていると幼い独占欲が生まれてしまったりする。

アイは純粋で素直だから、そういう感情も素直に出してしまうのだろう。

 

「……そうだね、手繋ごうね、」

「!うん!!」

 

これ以上ないくらいの満面の笑み。なんだか可愛い妹みたいだ。

葬儀屋さんはそんな私たちを見て、分かりやすく手をやれやれと広げる。

私はそれにどう答えることも無く、ただ気まずく目を逸らした。

そうして、今度は彼の元に近づく。

 

「……ダニーさん、」

「……、」

「あの……、ここを離れましょう。もう少し、人のいる所に移動した方がいいです。」

「……、」

 

どう声をかけてもダニーさんは俯いたまま動いてくれない。

アイはつまらなそうに、早く早くと私の手を引っ張る。けれど、ダニーさんを置いていくわけに行かない。

 

「……当初の予定通り、指示に従ってチーム本部に戻りましょう?ね?」

「……、」

「……ダニーさん……。」

 

どうしよう。

相当ショックが大きいようだ。

……気持ちはわかる。私よりもダニーさんは、レナードさんと付き合いがあったろうし。

私だって、全くショックなわけではないけれど。きっとダニーさんが受けた衝撃は比では無いのだろう。

 

「……ダニーさん、あれ、元々はレナードさんだったかもしれないですけど……。

アイ達が言うには、死体、なんですって……。レナードさん本人が、アブノーマリティになったと言うより……、多分、レナードさんの死体が使われて、あれになったんだと思うんです……。」

「……、」

「だから……、………。残酷だし、悲しいけど。……もう、あれがレナードさんなんて考えない方が、」

 

「……死んだらレナードじゃあないんですか、」

 

「……え。」

「……死体は、もうレナードではないんですか?」

「え、えっと……。」

 

ダニーさんの声が私に突き刺さる。それは鋭さを持つ言葉だった。

少しでも元気を出して欲しくて言葉を選んだが、軽率だったかもしれない。

何も言い返せずに肩を竦めてると、ダニーさんはそんな私の横をスタスタと通り過ぎてしまった。

 

「ダ、ダニーさんっ、」

 

私は慌ててその背中を追いかける。

方向はあっている。動いてくれてよかった。けれどきっと、ダニーさんのことを怒らせてしまった。

落ち込んでいると、手を強く握られる感覚。

そちらを見るとアイがニコニコと笑っている。その笑顔に、私はどこか救われて。いつもよりも強く握り返した。

 

 

 

 

 

 







蝶「こいつ全部持ってくやん」

ごめん葬儀屋さん、恋する乙女は強かった。





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Mountain of Smiling Bodies_7

yuri kuroi

 

お前が大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チーム本部に戻ると、私たちを見てそこに集まった皆武器を構えた。

 

「まっ!待ってください!!アイ……じゃなくて、憎しみの女王も、蝶男さんも、安全なアブノーマリティですから!!」

 

私の言葉にエージェントさん達は顔を見合わせる。ザワザワ、と。

所々聞こえる、「本当か?」「信じていいのか?」「だがシックスだぞ?」

……シックスって。

そのあだ名まだ使われてるの……?

 

「……信じていい。こいつらは助けてくれた。」

 

ザワつく中、ダニーさんが淡々と言い放った。

ダニーさんがそう言ったことで、皆躊躇いながらも武器を降ろしていく。

さすが、信頼が違う。

安堵しながらも、自分の言葉との差に少し悲しく思った。

 

「待て!!俺は、その蝶男が同僚を襲ったのを見たぞ!!」

 

が、銃を降ろさない一人のエージェントが叫んだ。

その声にまたざわつき始める。

視線は葬儀屋さんに集まった。確かに、私もその噂の真相は聞いていない。

葬儀屋さん本人はというと、いくつもある腕のひとつをふむ、と顔に持ってきて思い当たる節を探しているようだった。

 

「……私は、見ての通り葬儀屋です。」

「はぁ!?」

「見てください、この背格好。葬儀屋らしいでしょう?」

 

改めて見ると、確かに葬儀屋さんの服装は葬儀の歳に業者が来ているものと似ている。

スーツなんだろうけど、よく体を動かすのか関節のところにシワが多い。

……元々人間だったって、事実なんだろうか。

それなら葬儀屋さんの見た目が、人に近いことも理解出来る。

近い、と言うより。身体だけならもう人だ。

人間の身体に、頭だけ蝶の被り物を被った様な感じ。

腕は千手観音のように多く伸びているが……。それ以外は私たちと同じだ。

 

……待って。

 

腕が、多いのって。

少しずつ人間から離れてる証拠とかなのだろうか。

 

「っ……!」

 

そう考えた瞬間に鳥肌が立った。

もしそうなら……すごいホラーだ……。

いやいや、と。考えを振り払うように頭を振る。憶測で怖がってたらキリがない。

 

「葬儀屋!?だからなんだ!!」

「あの人々は、元々近く死ぬ未来にあった。」

「はぁ!?」

「……一人で死ぬのは寂しいから。……迎えに来たんです。」

「………だから、だから、殺したのか!!仲間を!!」

 

エージェントさんは今にも銃を打ちそうだった。

緊張した空気。しかし葬儀屋さんは全く動じることなく、彼に言った。

 

「……人は死んだらどこに行く?」

 

噂通りの質問を、葬儀屋さんはした。

 

「………否。誰かは死の向こうに何かがあると考えていたが、実際は、何もなかった。」

 

そして、その答えを葬儀屋さんは続けたのだった。

 

「……天国なんてないのなら。最もよい瞬間に、綺麗な姿で死んだほうがいいでしょう。苦しみなんて、ないまま。眠るように。安らかに。」

 

──パンッ!!

 

葬儀屋さんの言葉に、エージェントさんはこれ以上ないほど顔を歪めた。

そして、一発の銃声。

驚いて思わず私は耳を塞いだ。エージェントさんの周りの人が、彼を取り押さえる。

 

「ふざけるな!ふざけるな!勝手に決めるな!!俺たちは、一瞬でも長く生きていたいと思ってるんだ!!他人が、お前みたいなやつが!!俺達の思いを決めつけるな!!」

 

エージェントさんはもう泣いていて。

ひしひしと悲しみが伝わってくる。胸が、痛い。

彼の言うことは、その通りだ。

私は葬儀屋さんに、何とか考えを改めて貰えないか話そうとした。

しかしその時、葬儀屋さんは既に彼に頭を下げたのだ。

 

「……申し訳なかった。」

「……へ、」

「……善意でやったとはいえ、君の言う通りです。……罪は背負います。……もう、しません。」

 

葬儀屋さんの言葉に、エージェントさん達はポカンと口を開けて動かなくなる。

私も戸惑ったが、やはり葬儀屋さんはいいアブノーマリティなのだ。

よかった、と息を着く。これで蝶男の被害は無くなるだろう。

 

「ほ、本当に言ってるのか……!」

「嘘はつきません。」

「し、信じられるか!!お前の言うことなんて──(ピピッ)」

 

その時、そこにいたエージェント達のタブレットが一斉になった。

作業指示のメッセージだろう。それにしても、一斉にくるとは。

みんなそれぞれ、内容を確認する。私もタブレットを開いて、メッセージを見た。

 

「……え、?」

 

そして皆、今度は一斉に廊下に繋がる扉を見る。

扉向こうから。遠くに音が聞こえる。

 

────、

 

なんだ。この音は。

音……というより、これは……声のような。

 

────!!

 

近付いている。

みんな武器を構えた。

そのうち数人は逃げようとしたのか、走る足音が聞こえる。

このチーム本部は廊下と廊下の間にあるので、反対側の扉に向かったのだろう。

しかしドアの開く音が聞こえなくて、不思議に思ってそちらを見る。

逃げようとしたエージェントは扉を叩いて泣いている。

……開かなくなってる!?

それはきっと、アブノーマリティのせいでは無い。

ダニーさんが舌打ちをした。私は震える手を必死に抑えて、武器の杖を握る。

タブレットに書かれていた指示にあった説明はとてもシンプルだった。

 

【正体不明のアブノーマリティが現地点に向かっている。】

【東扉方面からそちらに進行中。】

【その場に集まったエージェントで協力し、鎮圧せよ。】

 

正体不明の、アブノーマリティ。

東扉から。

……先程私達が対面した、アブノーマリティの可能性が高い。

隣のダニーさんが口を開いた。

 

「皆、相手はもしかしたら、匂いとかでも攻撃してくるかもしれない。……さっき廊下を通った時、変な匂いがしたんだ。確証はないが、構えておいた方がいい。」

 

ダニーさんもやっぱりそう思ってるのだろう。

あのアブノーマリティであると確証はないから、下手なことは言えないけど……。

それに先程のアブノーマリティなら、この音は……なんなんだろう。さっきはこんな音しなかった。

 

「……大丈夫。私が守るわ。」

「アイ、」

 

アイもまた、真っ直ぐと扉を見ている。

 

「犠牲者がいなければ、このままビームを撃つから。もし誰かいたら救出を最優先にするわ。」

「ありがとう……!アイがいるだけで、すごい安心するよ、」

 

アイの優しさが嬉しくて、こんな緊張する場面なのに笑ってしまう。

けど、アイがいるだけで安全さは段違いだろう。おかげで震えていた手も少し落ち着いて、さっきよりもしっかり杖を持つことが出来る。

 

「……正直私は、ユリが無事ならなんでもいいんだけど。」

「え?」

「なんでもないわ。……その杖、私と一緒なのね。嬉しい。でも魔法の杖は扱いが複雑だから、気をつけてね。」

「う、うん。あの……アイ、今なんて……、」

「くるわよ!!構えて!!」

 

アイが大きく叫ぶと、同時にがんっ!と扉が叩かれた。

がんっ!がんっ!

大きな打撃が何度も。扉は揺れて、今少し穴が空いた。

 

「っ……!」

 

隙間から匂いが漏れる。気持ち悪い。

やはりあのアブノーマリティだ。怖い……、でも、人数がいるし、アイだっている。

 

──ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛っ!!

 

「ぅ……!?」

 

大きな叫び声が、鼓膜を揺らした。

その声の、おぞましさと言ったら。

脳まで響いて、頭が……痛いっ……!!

それでも、まだ扉が機能していたのか。何とか体制は崩さずに済んだ。

がぎっ!と、音がして。遂に扉は完全に敗れる。

現れたその黒い塊に、皆目を見開いた。

当たり前だ。あんな恐ろしい見た目のアブノーマリティがいたら、驚きと恐怖で目を見開くだろう。

しかし、私と、ダニーさんと、アイと、葬儀屋さんが驚いたのはきっと違う理由だ。

 

「な……に。」

 

思わず、声が出た。

姿が、変わっている。増えている。

一つの、黒い塊に。もう一つ、同じような黒い塊がくっついている。

 

「アルカナビートッ!!」

「っ!」

 

大きな声と共に、アイがビームを放った。

それはいつも通り、強い魔法なのだろう。黒い塊に確かに直撃して、当たり所もちょうど中心くらいだった。

 

「え……!?」

「……嘘、」

 

それなのに、その黒い塊は変わらずしっかりと立っている。

 

──ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛っ!!

 

「ぁ……!」

 

先程よりも叫び声が近く、大きく聞こえて。体に走る痛みに強く目をつぶった。

 

「私の攻撃が……効かない……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Mountain of Smiling Bodies_8


【原作を知っている方へ】

※途中、死んだ蝶の葬儀の持っている棺に関しての記述で「いつから持っていたか分からない棺」という表現があります。
恐らく「いつも持ってない?」と疑問があると思いますが、ダニーとユリを抱えて走った時に置いてきているという風に書いているからです。分かりにくくてすみません。









憎しみの女王の言葉に、皆が動揺しザワついた。

その可愛らしい見た目に似合わない舌打ちが彼女から聞こえて、再度杖は振られてビームが放たれる。

それでも。その体は変わらずそこにあった。

しかし不思議なことに、当たって居ないはずの後ろの塊に、パキッとヒビが入ったのである。

 

「……成程ね、後ろの身体が、本体の身代わりになってる訳?……ならそっち共々壊すだけよ!!」

 

アイは威勢よく叫んだけれど。

私は、その白い頬に伝った冷や汗が見えた。

皆が応戦しようと、武器を構えた。しかしそれらは全て銃などの飛び道具であり、近づこうとするものは誰一人居ない。

近づきたいとは思わないが、近付けないのだ。

匂いがあまりにも強く、間近で嗅いだら、戦いどころではない。

私ははっと気が付いて、杖をしっかり握る。

私も、戦わなければ。

 

「ユリ、逃げて。」

「え、」

 

しかしアイは塊に視線を外さないままそう言った。

 

「早くここから逃げて。」

「でも!」

「……私の命をかけてでも。貴女を、守ってみせるから。」

 

その強い言葉に、私の胸はぐっと締まる。

アイは、私のことを一番に考えてくれてるのだろう。……その為に、自分の命すら、厭わない。

私は勢いに任せて、えい、と杖を振った。

思い切り降ったせいで、身体のバランスは崩れる。しかし倒れそうになりながらも杖が発した光線が、それに当たるのを確かに見た。

 

やった!

 

と、喜んでる暇もなく。

……怪物は、こちらを見る。私を。

 

 

 

 

 

 

 

破壊音が続く中、ダニーはただひたすらに、塊に向かって銃弾を撃つことしか出来ないでいた。

しかしそんなものは効いてるのか分からない。今の主力は憎しみの女王ただ1人でしかなかった。

それでもなんとか、食い止めなくては行けない。

下層エージェントの助太刀が来るまで時間稼ぎ……なんて悠長なことは言っていられなくなった。

 

状況は、ユリの放った杖のビームで大きく変わった。

 

その攻撃はその場にいる誰もが目を見開いた。

確かな威力の攻撃が、塊に当たったのだ。

しかしそれに喜んだのもつかの間……、塊はビームの方向に体を向け、突進してきたのだ。

……狙いを、ユリに定めてきた。

その場にいる誰もが理解出来るほど、あからさまに攻撃対象がユリに向いている。

皆が焦った。

彼女が怪我でもしたら……最悪、死にでもしたら。

こんな事態では済まないほどのことが起こる。それが容易に想像出来たから。

 

「逃げて!!」

「早く!!」

「走れ!!」

 

なんとか逃げ道を作ろうと、近距離武器を得意とする者は必死にその塊を抑える。

しかし力の差がありすぎる。それに加えて、この匂いだ。

銃で撃っても、剣で切っても。塊はこちらを一切気にせずユリの元に行こうとしていた。

ユリは言われた通り逃げようとしても、どう動けばいいか分からないようだった。

それに苛立ってダニーは舌打ちをする。早く!!モタモタしてないで逃げろよ!!馬鹿!!

 

「……えっ、」

「……?」

 

その時、ユリの顔色が変わったのをダニーは見ていた。

ユリは自身のインカムに手を当てて、なにか聞いているようだった。

その目は泳いでいて、唇が震えている。体は固まって、動かないようだ。

 

「何してるんだ!!早く逃げろよこの馬鹿!!」

 

誰かがユリに向かって叫んだ。

そこでようやく、ユリは意識が戻ったようで、真っ直ぐ迫ってくる塊を見つめる。

 

そして、目付きが、変わった。

 

「……なり……ます、」

 

傍の蝶男の腕を、ユリは掴んで、叫んだ。

 

「私が!囮になります!!みんな逃げて!!葬儀さん!私を抱えて、走って!!」

 

は!?

そう、声が出たのはダニーだけではなかった。

何をふざけたことを、とみんなが思っただろう。

止めようと、ダニーは声を出そうとした。

しかし蝶男は既にユリを抱えている。

 

「ユリ!!何言ってるのよ!!貴女は私がっ、」

「アイも逃げて!!……大丈夫だからっ!!蝶男さん、お願いっ!」

 

蝶男はいつからか手元に持っていた棺を、ダンっ!と自身の目の前に、垂直に立てた。

 

「人は死んだら、どこに行く?」

 

かちゃん、と、棺が開く。

 

「……否、どこにもいけないのだろう。だからここには、数えきれない蝶が眠っている。」

 

そして────、大量の、白い蝶が飛び出してきた。

蝶達は勢いよく、塊に被さっていく。

エージェントたちの視界は白で埋め尽くされて、それはまさに弾幕であった。

質のいい靴の、走る音が聞こえる。

 

「こっちだよ!!ついてきなさいっ!!」

 

ユリの声に塊は反応して、追いかけて行った。

蝶の弾幕の中見えた姿。扉向こうの廊下に出ていってしまう。追いかけて、塊も。

……そうして、扉が、閉まった。

飛んでいた蝶はしばらくするとチラチラ光の粒を放って消えてしまう。

残されたのはすっかり疲れてしまっているエージェントと、憎しみの女王のみ。

憎しみの女王は一番戦っていたせいで、所々に傷が見られる。

近くにいた1人のエージェントが、心配の声をかけようとした時。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!ユリ!!ユリ!!なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」

 

甲高い悲鳴が、チーム本部に響いた。

 

「なんで!!なんでそんなことするの!!私が私が!!私が貴女を!!守るのに!!私が貴女のヒーローなのに、なんでなんでなんでなんで!!私を置いていくの!!あぁぁぁぁっ!!ユリ!!私のユリ!!

クソ!!クソが!!早く魔力とりもどしなさいよこの無能が!!ユリのとこに行くのよ!!早く!!」

 

ガンッ、ガンッ、と憎しみの女王は自身の杖を地面に叩きつけている。

その姿は、恐怖しかなく。エージェントはただ後退りながら憎しみの女王を見ていた。

 

「殺す……殺す、絶対に、私からユリを奪うもの全て、死ね死ね死ね死ね!!許さない、私が、この手で、絶対に、殺してやる!!」

 

 

 

 

 

 

 








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The Funeral of the Dead Butterflies_9

杖から放たれたビームは確かにその巨体にダメージを与えたのだと思う。

しかし、倒すまではいかなかった。

塊は私の方を向く。そうして、私の姿を捉えた時。真っ直ぐと突進してきた。

思わず私は情けない悲鳴をあげて、後ろに逃げてしまう。震える足は上手く動かなくて、その場で転んでしまった。

葬儀さんが私の前に立って、庇ってくれる。

でも私のところに来る前に、アイが私を庇ってくれた。

 

……私、狙われてる!

 

それは周りから見ても一目瞭然だったのだろう。

「逃げて!」誰かが私に叫んだ。「早く!!」「走れ!!」と。

私は逃げ道を探すけれど、人が多すぎるのと、この塊が壊した壁の瓦礫などで道を見つけられないでいる。

 

どうすれば、どうすればいい!

 

混乱する頭に泣きそうになっていると、インカムから声が聞こえた。

 

『エージェントユリ、聞こえますか?』

「え、誰……!?」

 

その声は聞いたことの無い男性のものだった。

こんな時に、とも思ったが、こんな時だからこそ指示が必要なのだ。

インカムのイヤー部分を強めに耳に押し付ける。指示を聞き逃さないように。すぐに、対応できるように。

 

『……俺はA。一時的に指揮を任されている。

貴女にアブノーマリティの鎮圧を命じます。そのアブノーマリティの収容室を用意しました。指示に従って、誘導してください。』

「わかりました!誘導の方法は、」

『あなたが囮になってほしい。』

「………え、」

 

え?

 

……囮。おとり?

 

「お、おとり、えっと、それは……策は……、」

『場所は下層。レティシアの隣に用意してます。見る限り、対象の動きはそこまで早いとは言えない。全力で走れば、どうにかなる。』

「でも、せめて、誰か協力を、」

 

そう言うと、分かりやすくはぁ、とため息が返ってきた。

 

「ユリ・クロイ。……貴女を特別扱いするつもりは無い。」

「え、」

 

一瞬。何を言われたか分からなかった。

……なんて、冷たい声。

それはただの声でしかないのに、睨まれる痛みを感じる。

汗が出てくる。

私は何も、言い返すことが出来ない。

 

「何してるんだ!!早く逃げろよこの馬鹿!!」

 

打撃音と共に、誰かの叫び声が聞こえる。

考えなくても、それは私に向けられたものだと分かる。

見上げるともうすぐの所にその塊はいる。それでも私が無事なのは、他のエージェントさんが止めてくれてるからで。

 

……恐怖を。

考えてる暇なんて、感じてる暇なんてない!!

 

「……なり……ます、」

 

傍の葬儀さんの手を掴む。さっき走ってくれた彼なら、きっと上手く、私を運んでくれる。

 

「私が!囮になります!!みんな逃げて!!葬儀さん!私を抱えて、走って!!」

 

ごめんね、葬儀さん。でもどうか、助けて!

 

ふわっと浮く感覚。葬儀さんは私の言葉を聞き返すことなく抱えてくれた。

 

「ごめんね、私の言う通り走って欲しいの、……お願いっ!」

「わかりました。」

「まずは、壊れてるドアの反対側。……開いてくれたみたいだから、」

 

私がそう言うと、アイは悲鳴のように叫んだ。

 

「ユリ!!何言ってるのよ!!貴女は私がっ、」

 

でも私は、その綺麗な顔に付いている傷を黙って見ていることは出来ない。

 

「アイも逃げて!!……大丈夫だからっ!!蝶男さん、お願いっ!」

 

ドンッ、と、目の前に先程と同じ壁。そうして、開く音。

 

「人は死んだら、どこに行く?」

 

その台詞は。

 

「……否、どこにもいけないのだろう。だからここには、数えきれない蝶が眠っている。」

 

そして────、また、白い花弁のような何かが視界を埋め尽くす。

葬儀さんはそれを目潰しにつかって、扉に走っていく。

私は大きく、大きく声を上げる。見失われてはいけない。

 

「こっちだよ!!ついてきなさいっ!!」

 

重い足音がついてくる。

それはもちろん恐ろしくて。でも泣いてはいけない。

私は、この会社の一員で。

 

この未来を選んだのは。誰でもない私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い昔、人々は死後、小さな翼をもった美しい存在になれると信じていた。

 

愚かなことだ。本当に。

 

けれど、生きていればそうなれるのかと言われれば、決してそんなことはないのだから。

 

結局人は死に向かって歩むことしか出来ない。

 

翼があれば、ここを去ることができるのか?

死ねば翼を得ることができるのか?

 

答えはない。生きてるうちはそれは分からないことだから。

 

 

なら死ぬしかないのだろう。

 

 

葬儀屋は、自身なら全てを救えるなどと大きな夢を背負ってここに来た。

優しい、優しい哀悼者。

 

彼の背負う棺は、死者のゆりかごであった。

 

しかし、その夢は叶うことは無かった。

その優しさも、棺も。この会社にとっては不十分な、気休めにもならないものだったのである。

 

優しさは虚しさに塗り替えられた。

 

それでも彼が葬儀屋を名乗るのは、彼の中にまだ小さな希望が灯っているからかもしれない。

 

 

明けない夜は無いのだろう。

なら、この闇もいつか太陽が焼いてくれるはずなのだ。

 

 

棺の中には、蝶に姿を変えた魂が眠っている。

朝が来るのを、まっている。

 

 

小さな小さな白い蝶。

それは美しいのだろう。彼らが持っているのは、翼ではなく羽だけれど。

天を飛べることには違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葬儀さん……!このまま、真っ直ぐ!!」

 

足音は聞こえるが、追いつかれてはいない。

これならきっと、上手く行く。

葬儀さんのおかげで、頭を動かす程度には余裕が出てきた。

恐怖を拭うために、私は何度も同じことを考えていた。それは収容室に入った時のシュミレーションだ。

 

収容室にはいったら、すぐ逃げないといけない。

収容室にはいったら、すぐ扉のよこにに行って、突進してきたら私は出る!

 

それを何度も、何度も。

 

きっと、大丈夫。

……ただ、葬儀さんの足が心配だ。誘導するために階段をいくつも下らせてしまった。

 

「ごめんね!もうすぐ、もうすぐだから……!」

 

もう何度目の謝罪か、葬儀さんは何も言わない。もしかしたら喧しく思われてるかもしれない。

それがわかってるのに、どうしても謝ってしまう。……ごめんなさい……っ!

 

「ユリさん、」

「!なに!!」

 

返事が返ってきたのはそれが初めてだった。

私は勢いよく返事をする。

早く動く足とは裏腹に、葬儀さんはゆっくりと、一字一句はっきりと言葉を続けた。

 

「夜が明けたら、どうか、私を貴女の目で私を看取ってほしい。」

「へ、」

「いつからか私も、蝶になってしまった。

でも私は飛べないから。

貴女に看取られたい。貴女が涙を一滴でも零してくれた、私はきっと、とても幸せだから。」

 

葬儀さんはそう言って、また何も言わず走り続ける。

私はその言葉の意味を考えて、返事を探す。

考えて、考えて……。

 

「ごめん、どういう意味?」

 

……考えてもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死んだ蝶の葬儀_蝶男を捕まえろ!





葬儀さんタイトル出しましたがまだこの事件は続きます(めちゃくちゃ中途半端だから当たり前)




【以下あつ森の話になるすみません】

Twitterの方にあつ/まれどうぶ/つの森の魔弾さんとアイちゃんのマイデザのせました。反応してくれた人ありがとう。本当に親切で優しくて大好きです。

Twitterやってないけどどうぶ/つの森やってて気になる!!って人が万が一いたら活動報告に乗せておくのでぜひ使ってください。

島で流行ると虫も殺せない皆がエージェントみたいになってくれます。きゃわわ。



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Mountain of Smiling Bodies_10

遠い昔、人々は死後、小さな翼をもった美しい存在になれると信じていた。

 

あなたはなれましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

一番いいルートを、とだけ考える。

集中してないと、きっと泣いてしまうから。

 

「葬儀さん!このまま真っ直ぐ、階段降りて!」

 

エレベーターは使えない。閉じ込められたら一貫の終わりだ。

それに誘導には向いていない。

後ろを見たいが、動いたら葬儀さんの邪魔になるだろう。

足音の感覚は変わっていない。ちょうどいい距離のはず。大丈夫、と信じるしかない。

このまま行けば。大丈夫。絶対、大丈夫。

驚く程に頭は上手く回った。冷静とは程遠い心境だけれど。

 

「……ユリさん、」

「なに!?」

「さっきの意味ですが、簡単に言うと、私はきっと天国にはいけな、」

「今その話いいからぁ!!」

 

またその話!!今の状況考えよう!?

葬儀さん、だいぶマイペースだよね!?

表情はわからないけれど、葬儀さんは冷静に話を続けようとしている。

この状況に、彼は微塵も恐怖を感じていないのだろうか。

 

「大事な話なんですよ。」

「でも時と場合によるよ!!」

 

ズシンズシンという音をBGMに何を言ってるのだろうこの人は。

それでも私の声を押しのけて言葉を続ける葬儀さんに、協力してもらってる身とは言え苛立ちも感じた。

 

「もぉぉ!!看取るとか!そんなこと言わないでよ!その前に死なないでよ!!生きようよバカぁ!!」

「!」

 

それに、それ以前に何を縁起の悪いこと言ってるのだこの人は。

 

「この状況だと洒落にならないから!!めっちゃ生きる!位言ってよ馬鹿!!」

「……ユリさん、」

 

生きるか死ぬかの今、死ぬなんて冗談でも言わないで欲しい。

笑えないわ!!フラグか!!

思わず叫んだ言葉に葬儀さんはなにか言おうとする。

これ以上死ぬなんて言ったら後で絶対正座させるって決めた。説教一時間コースだ馬鹿!!

 

その時。

 

────ウォォォォォォッ!!

 

「ぅっ!?」

「ぐっ……!」

 

大きな、悲鳴なのか叫び声なのかが、私たちの身を襲う。

その声はあまりにも大きく、地面が揺れるような感覚になる。

葬儀さんは身体のバランスを崩して、転んでしまった。

それでも私のことは庇ってくれたようで、私は尻もちを着いただけで済んだのだが。

 

「っ、ぅ、そうぎさ……っ、」

 

葬儀さんはその場に倒れてしまった。

音は私の耳から入り、脳を揺さぶる。

視界も頭もグラグラする。耳が痛い。

自分の声は聞こえるから、鼓膜は、破れてないのかな。

上手く動かない頭。それでも、早く動かなければ行けないのはわかる。

葬儀さんの体を揺する。けれど痺れているのか上手く動けないようだ。

私を運んでいた葬儀さんは、私の壁になった。

きっと私以上の衝撃を受けたのだろう。

 

私の、代わりに。

 

ズシン、

ズシン、

 

「っ!」

 

近くなった足音に、はっとした。

近い。

近付いてきている。

距離が。

頭が一気に白に染る。鼓動の早さが増す。

 

追いつかれる。

 

私は考えるよりも先に、葬儀さんの体に腕を伸ばす。

両手で思い切り壁の方に押しやった。

少し重かったけれど、抵抗なく葬儀さんは廊下の隅に転がってくれる。

 

そして走り出す。前に!!

 

走れ!!考えるな!!何も考えるな!!

とにかく早く!早く収容室に行け!!

 

音は近付いてくる。

 

足がもつれそうになる。

足の指が震えてるのを感じる。

でも!転んでる暇なんてない!!

あぁ!早く、と急かしても足が着いていかない!!

早く!!追いつかれるな!!

 

誰か、と叫びたくなるけど。

叫んでる暇も、ない!走れ!!

 

「!」

 

目標の収容室が見えてくる。

扉は開いている。

後は、中に入るだけ……!

 

勢いよく、中に入った。

 

半ばスライディングしたような形で、ずるっと膝が床にこすれた。

膝は、熱くて痛い。けれど身体は、もっと熱い。

ひーっ、ひーっ、と、聞いたことない呼吸が私の喉を通る。

喉も痛い。頭も、まだグラグラする。

それでも、たどり着いた収容室に涙が出そうになった。

全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。

 

間に合った……!私、生きてる……!

 

はぁ、と強く息をついて、そのまま体が倒れる。

収容室の冷たい床が気持ちいい。

奪われていく体温。身を委ねて、そっと目を閉じた。

 

ズシンッ、

 

「………っ!!」

 

床に響く音が近くに聞こえた。

そこで思い出す。

 

そうだ。

収容室から、出られるようにしておかないといけないんだ!

 

慌てて私は立ち上がる、扉の横に行って、直ぐに逃げられようにしないと……!

 

「ぅ、」

 

その時、部屋に異臭が立ち込める。

その臭いに気分が悪くなって一瞬下を向いてしまった。

それは本当に一瞬で、すぐ顔を上げた。そんな暇はないと分かっていたから。

けれど。

もうそこに、それはいたのだ。

 

「ぁ……、」

 

いくつもの白い顔が私を見ている。

黒い空虚な目と口は、どこまでも暗く吸い込まれそうで。

顔が、顔が。私を。

震える足は後ずさる。逃げようとしている。

しかし収容室は狭い。直ぐに後ろは壁で。

 

「ひ……ぅ……っ、」

 

恐怖にぶわっと涙も汗も溢れてきた。呼吸が、上手くできない。苦しい。

助けを呼ぼうと口を動かすのに、声が出ない。パクパクと開閉を繰り返しているだけ。

 

死ぬ。

 

その一文字が私の頭にくっきりと姿を現した。

強く、目を瞑る。瞑ったところでどうともならない。けれど、私は。死にたくない。

 

死にたく、ない…………!

 

何かが、私の頭に触れた。

それに目を開けると、もうそれはゼロ距離だ。

私の頭に乗ってるのはその前足で、ザラザラとも、ベタベタとも言える何かでできたそれが、頭に。

恐怖で本当に声が出ない。苦しい。息だけが熱く漏れる。

その前足で、私の首は飛ぶのだろうか。それとも顔がぐちゃぐちゃになるのだろうか。頭に穴が空くのだろうか。

怖い、あぁ、怖い。神様、誰か、お願い、助けて、死にたくない。死にたくない、の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

……聞いたことのある、声がした。

恐怖がふっと、蝋燭の灯のように消える。

予想打にしなかった言葉。じっと目の前の塊を見つめる。

 

『ごめんな、』

 

塊の中、ひとつの顔が口を動かしてる。

その顔は歪んでいて、口が動いていてもどこから音が出ているのか分からない。

 

『ごめんな、』

「……レナード、さん、?」

 

それは、レナードさんの顔から聞こえた。壊れたビデオのように、何度もただ同じ言葉を繰り返す。

私はその顔に手を伸ばす。触れていいものでは無いかもしれない。それでも触れたかった。

 

もしかしたら。

 

もしかしたら、まだ、生きてるのかもしれない。

もしかしたら、まだ、体温があるかもしれない。

なら助けないといけない。

 

けれどそれより前に、私はレナードさんに返事をしないと。

謝ってくれたのだ。許さなければ。

もういいですよと言おうとした。私はもう彼に怒ってなんていなかった。

正直、辛い言葉をかけられたことなんて忘れていたのだ。

そんな感情、とうに時間に流されてしまった。

 

けれど、レナードさんは。

そこでずっと一人、止まったままだったの?

ずっと、私に謝ろうとしたままだったの?

 

「……もう、いいです、もういいの、」

 

許します。

そう言おうとした時だった。

 

ブツッ

 

「え……、」

 

何かが切れる音がした。

目の前の塊が、ふわっと浮く。

驚いて私は咄嗟に身構えるけれど、襲ってくる気配はない。

というよりも、それはその塊が自ら動いたと言うよりは──。

 

「……ふざけんじゃないわよ、」

 

声が聞こえたと思ったら、その塊が浮いたまま、横に高速移動した。

ぶわっと風と異臭が私の顔にかかる。込み上げてくる吐き気によろけると、収容室の扉近くに人影がある。

バチンッ!と、壁にぶつかる音がした。なんだ。なにが、起こってるのか。

状況を把握したくてよく目をこらす。扉前の人影は女性だ。アイスブルーの長い髪が揺れる。

 

「……え、アイ……?」

 

私はその人を知ってる。……アイだ。

どうして、と思ったがそれよりも先にまた暴風が私を襲った。

先程より濃くなる異臭に今度はうぇっと嗚咽を漏らしてしまう。

鼻と口を手で抑えるけれどあまりに強い臭い。立っていられなくてそのまま床に膝をつく。

何とかアイの方を見る。何をしているのだろう。彼女は両手で杖を持って。振りかざして、そして思い切り振って。

 

バチンッ!

 

「後悔して……後悔して……死ねっ!!」

 

レナードさんの顔が、壁にぶつかって潰れる。元々ぐちゃぐちゃだったのに、そんなことしたら。

アイは、塊に杖を刺して、串刺しのようにして持ち上げていた。

そして何度も振って叩きつける。ぐちゅっ、ぐちゃっ。音ともに広がる異臭。

レナードさんの鼻が、おでこが、口が。潰れて、割れて、割れた皿のようにバラバラになる。

 

私は叫んだ。止めて!

精一杯の叫びだった。

 

「……ユリ、」

 

声が届いたのか、アイはポイッと杖をそのまま投げる。

べちゃっと湿った鈍い音。床に伏せた塊に駆け寄る。

レナードさんを探すけど、もう、どれが彼だったのかわからない。

形の残らないレナードさんを見て、それが何だかとっても悲しくて。

 

レナードさんと私は決して仲良くはない。

きっと彼が今生きていても、私達は仲良く出来ないかもしれない。

 

それでも、それでも。

 

『俺達はどんな手を使ってでも、その化け物を収容し管理しなければならない。』

 

彼は真面目な人だったことくらい、わかってる。

 

「ごめん、なんて……そんなこと、死んでからも、気にしないでくださいよ……。」

 

私は許しの言葉を伝えたけど、ぐちゃぐちゃになってしまった彼に届いているのだろうか。

……届いてるはずない。どの顔だったかも、どこが耳だったかすらも分からないんだから。

気がつくと涙が溢れていた。ただ目の前の死が悲しくて辛かった。

 

ねぇ、レナードさん。もっと、伝えるべき相手がいたと思いますよ。

 

脳裏に過ぎったのはダニーさんだ。

私よりも、彼へのお礼の方があなたにとって大切だったんじゃあないだろうか。

彼はきっと、ずっと。私よりも。

あなたの事をちゃんと覚えていたと思いますよ。

それなのに、どうして私だったんですか。

……馬鹿な人。

 

「どうして?」

「……?」

「ねぇ、どうしてよ、ユリ。」

「え……っ!?」

 

ドンッと、押される衝撃。そのまま倒れた私の体は盛大に頭をぶつける。

痛みに目の前がチカチカする。ブルーの髪が垂れて、私の顔にかかる。

 

「ア……イ?」

「どうして、ねぇどうして。」

「ぅ……!?」

 

首に絡みつく手。そのまま、圧迫される。

 

「ねぇ、ねぇ、なんで私を置いてったの、なんで私を頼らなかったの、ねぇっ!!」

 

雨が降ってくる。その冷たさが私をなんとか現実に引き止める。

それでも苦しさに目の前は霞んでいった。酸素を求めて開いた口。雨は塩辛い。

 

あぁ、アイ。泣いてるの?

 

「ぁ……い、けが……、」

「なに!なによぉっ!?なんで、私は、あなたを守るためにいるのに、なんで私じゃなくて、あんなやつを……!!」

 

ぐっと、よりいっそう強くなる締め付け。

私は何とか手を伸ばして、白い頬に触れた。

ごめんね、ごめんなさい。アイ。

 

「け……が、させちゃって、ごめん、」

 

私は色んな人を。傷つけてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





長々コメント返信ができず申し訳ございませんでした。
プライベートも落ち着いてきたので今回からしっかりまた返せたらと思ってます。もし何かあったらコメントいただけると嬉しいです。

今回ごちゃごちゃした話になってすみません。あと近々アンケートとるかもです。次の話を誰にするか迷ってます。その時はご協力いただけると嬉しいです。


今回も読んで下さりありがとうございます。
みんな本当に大好きやで。読者推しぴ。(そういうとこだぞ)



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Mountain of Smiling Bodies_11

ごめんね、とあなたは謝った。

どうして。

 

「ゆ……り、」

 

憎しみの女王は、ぱっとその手を離した。

彼女の手はユリの首を掴み、支えていたようなものなのでユリはそのままごちんと頭をぶつけることになる。

しかし、ユリは目をつぶったまま、動かなかった。

 

「ゆ、ユリ!ユリ!!起きて!!ねぇ!!」

 

ぐったりと意識を失ったユリに、憎しみの女王の顔が青くなる。

手が、震えている。先程まで彼女の首を絞めていた、手が。

 

……私の、せい。

私が ユリを。

 

「っあああああああああぁぁぁっ!!!」

 

私が!!私が!!

私はあなたを護るためにあるのに!?

ちがうのちがうの!!ねぇちがうのよ!ユリ!!

私そんなつもりじゃなくて!私はあなたの敵じゃなくて!!

 

「やだやだやだやだやだ!!嫌いにならないで!!起きてユリ!!」

 

乱暴に憎しみの女王はユリの身体を揺する。

それでも彼女の目は開くことなく、絶望にただただ叫ぶばかりだ。

 

「えっ……なにごと!?」

「っ……憎しみの、女王……?」

 

そこに駆けつけたのは、エージェントのダニーとリナリアの二人。

二人はある程度の応急処置を受けた後、管理人からの指示によりユリを迎えに来たのである。

二人はただ【エージェントユリによって、対象は収容された。】という事実だけを聞かされてここまで来た。

そのため目の前で何が起こってるのかさっぱり分からない。

 

「お、おい、憎しみの……いや、えっと、アイ?一体何が、」

「あぁぁぁぁっ!!私が、私がぁっ!!そんなつもりじゃなくて、でも、うう、私のせいで!!ユリ!!ちがうのぉっ!!」

「お、落ち着け!!……ユリさんは、気絶してるだけみたいだし、大丈夫だ!」

 

泣き叫ぶ憎しみの女王に、ダニーは恐る恐る近付いた。

その腕の中にいるユリの胸が動いてるのを見て安堵する。呼吸は乱れていない。どうやら本当に気絶しているだけのようだ。

何とか憎しみの女王を宥めようとするも、話にならない。このまま暴れられたりしたら被害は余計広がる。ダニーは頭を掻いた。

 

「ふぇ、ユリ、嫌わないで、お願い嫌わないでぇ……っ。」

「いや……、この人があんたを嫌いになるのってなかなかないから大丈夫だろ……。」

 

ただ泣きじゃくる憎しみの女王に、何を今更。とダニーはため息をついた。

こうも見た目が人間に近いと、アブノーマリティへの恐ろしさよりも女性の扱いへの面倒くささが勝ってくる。

蛇の姿を見て、彼女は歩み寄ろうとさえしたのだ。ヒステリーになった姿すらも見せているというのに、嫌われる。とは。この女は何を言っているのだ。

 

「ふぇぇぇんっ、だってだって、私、私、ユリの首、しめちゃった……!」

「え。」

「え。」

 

憎しみの女王の言葉にリナリアとダニーは固まる。

首を、締めた?その馬鹿力で?

慌ててダニーはユリの体を見る。

うっすら赤くなってる首。折れてもいい力を持ってるのに、無事ということはさすがに手加減はされたのだろう。

しかし、どうしてそんなことになったのか?

その理由を聞きたかったが、話してくれるようには思えない。

とりあえずダニーはここを動きたかった。

ユリが気絶してるのなら、医務室に運ばなければならないし。

すぐ横でゴミと化してる死体の塊が、いつまた動き出すかも分からないからだ。

 

「とりあえず、大丈夫だから、な?ここを出よう。ユリさんを医務室に運んでもらえるか?」

「ひっぐ……ごめんなさい……ごめんなさい、ユリ、本当に……ごめんなさい……。」

「あー、もう!!よく考えてみろ!ユリさんに首締められたらお前嫌いになるか!?」

 

苛立ったダニーがその場を収めようとした出任せに、リナリアは怪訝な表情を浮かべた。

 

「へ、な、ならない……。」

「だろ!ユリさんも同じだ!!た、多分……。」

「……そう、かしら……。」

「そうだ!多分……。」

「……ユリ……は、嫌いにならない?」

「大丈夫だ!信じろ!」

「……そう、よね。」

 

憎しみの女王は自分の顔を強く擦って、ようやく泣き止んだ。

ダニーは彼女を元気づけるために笑う。

 

「医務室に運んでもらえるか?ユリさんの為に。」

「……勿論。テレポートは、負担がかかるから……歩いていくわ。道案内をお願い。」

「あぁ!」

 

憎しみの女王はダニーの言葉に頷き、ユリを横抱きに歩き出した。

それはそれは、大切そうに、ユリを優しく運ぶ。

そんな二人の会話を聞いてリナリアは「それはちょっと違うと思う」と考えたが。

特に何を言うでもなく。リナリアは大人しく後ろを着いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた時、ユリは医務室にいた。

グラグラと揺れるような頭痛を感じながら、なんとか体を起こす。

すると手に違和感。何かに、掴まれている。

不思議に思ってそちらを見ると、驚いて思わず振り払ってしまった。

すると、掴んでいた本人はかなりショックを受けたようで、大きく目を開いてうるうると瞳を揺らす。

 

「ぅ、ユリ、やっぱり、私のこと、嫌……?」

「ああああっ!!ごめ、ごめんねアイ!違うの!驚いて振り払っちゃったの!!」

 

そう、私の手を掴んでいたのはアイだったのだ。

泣きそうになっているアイの手を、私は慌てて掴み直す。

触れるとその手は震えていて、私はぎゅっと、強く握る。

ポトンポトン、と、手に水滴が落ちる。

 

アイが、泣いているのだ。

 

私はどうすればいいか分からなくて。何を言えばいいか分からなくて。

どうすることも出来ずに、ただどうすればいいか考えていると、先にアイが口を開いた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……私、ユリに酷いことをしたわ……。」

「え、な、何かされたっけ……?」

 

そう言うと、アイはまた大きく目を開く。

謝ってもらっても、気を失う前の記憶が曖昧で、なんのことか分からなかった。

アイは何か考えてるようで、視線を泳がせる。しかし直ぐに私を、また泣きそうな目で見つめた。

 

「……首、しめちゃったの……。」

「え、」

「わ、私、ユリが、私を頼らないで、置いていったのが、悲しくて、信じられなくて……!それで、混乱しちゃって、ユリの、首を……!」

「も、もういいよ!」

 

そこまで聞いたところで、私はアイの声を遮る。

彼女の顔が真っ青で、これ以上言わせてしまっては体調が悪くなってしまいそうだったから。

アイの言葉を頭で復唱。首を絞めた?あぁ、でも確かにそう言われれば、息苦しかったような気がする。

 

「……ごめんなさい……。」

 

アイは俯いて、ただ静かに謝罪をするだけになってしまった。

その弱々しさといったら。普段の彼女からは想像つかない。

それが可哀想で仕方なくなってくる。どうにか安心させたくて、わたしはもう一度強く、その手を握った。

 

「もう、しないでね。それでいいよ。」

「……許してくれるの……?」

「勿論。」

 

そう言うと勢いよく抱き着かれて、ベット後ろの壁に頭をぶつけてしまった。

だいぶ痛かったけれど、よかった。よかった。とまた泣く彼女を見ていたらその痛みすら許してしまう。

 

「あ……そう言えば、レナードさんは……。」

「レナード?」

「えっと……さっきの、黒い大きな塊のこと。」

「あぁ!あれなら、しっかりやっつけておいたわよ!」

 

得意げに笑うアイの声がまだ鼻声で笑ってしまう。

事態が落ち着いたなら良かった。けれど私が気にしてたのは、それだけでは無い。

サイドテーブルに置かれた仕事用タブレットを手に取る。

アイがいるから分かってはいたけれど、まだ勤務時間内のようだ。

何か情報がないかとメッセージや、タイムラインを見返す。

メッセージには私への過去の指示が残っていた。

 

〝対象:???(T-01-75-?)〟〝作業内容:鎮圧〟。

 

アブノーマリティの番号をエンサイクロペディアで調べてみる。

するともうあの黒い塊の情報は提示されていた。

そこにはこう書かれている。

 

 

〝突如として現れた正体不明のアブノーマリティ。〟

 

〝極めて危険な個体である。警戒せよ。〟

 

〝いくつもの死体が融合し出来たものと考えられる。〟

 

〝その死体の山は、たくさんの笑顔で死の臭いを探している。〟

 

 

名前までもう、決められているようだった。

 

 

〝笑う死体の山。〟

 

 

私はその文字を見て、収容室のことを思い出す。

やはり曖昧な部分は多い。それだけショックだったということだろうか。

それでもさすがに、忘れられない。

 

 

『ごめん』

 

 

 

 

 

「……笑ってなんか、いなかったけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人と紹介された時の、貴方の驚いた顔に思わず笑ってしまった。

我ながら怖い後輩だ。尊敬してるからと言って、先輩を追いかけて転職までするなんて。

 

それでも俺は後悔はしない。ずっと貴方の背中を追いかけて、いつか隣に並ぶんだ。

 

そしていつか、俺に後輩が出来たら。

そいつが誰にでも誇れる、いい仕事したら。

言ってやるんだ。あなたのように。『すげーじゃん』って。

 

 

『ありがとう』って。

 

 

 

 

 







ばいばいレナード。




死んだ蝶の葬儀_死んだ私はどこに行く?

参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/The_Funeral_of_the_Dead_Butterflies


笑う死体の山_sorry.

参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Mountain_of_Smiling_Bodies











以下読まなくてもいい補足、アンケートです。


【ちょっとしたネタ】

死体の山のレナードの『ごめん』。「」ではなく、回想時に使ってる『』を使ったのは、レナードが過去の人だからです。





【死体の山について、原作知ってて、ん?ってなった人へ】

今回あまりに上手く書けなかったために伝わらなかったであろう笑う死体の山の補足。

百合ちゃんの〝人外に好かれる体質〟はこのアブノーマリティには通用しません。
ゾンビのように食欲のみが残ってるという理由もあるのですが、そこは書かなかったのでこの作品には影響してないです。
笑う死体の山は元々エージェント達だったので、百合ちゃんへ特別な好意を持つことは無いです。
今回百合ちゃんを襲う一歩手前で止まったのはレナードのおかげでした。

レナードについては本編では一応これで終わり。もしなにか掘り下げて聞きたいこととかあればコメントいただけると。



【アンケート】

次何書くか迷ってます。



昔話は好きですか?寝物語に貴方は何を聞いてましたか?
誰も知らない森の、三羽の鳥の話はいかがですか。

「ぼうや、ぼうや、古い物語を聞きたい?」

彼女は私にそう言った。目に蠢く蛆に寒気を覚えながらも私は耳を傾ける。

誰もいない黒い森には恐ろしい怪物が住んでいる。
だから私は、知らなければならない。




「結局私は道具でしか無かったの。」

そういった彼女は泣いていた。私はそれを拭うけれど、溢れてしまったそれは、永遠に流れているように思えた。

テレビの中のあなた達はキラキラしていて、憧れだったけど。
こんな世界に実際にいたら……きっと、彼女たちは傷付いてばかりなんだろう。

──魔法少女は一人じゃない。




①と②どっちが見たいですかね?上のように書けるかは分かりませんが今の大体のプロットを書いてみました。


アンケートご協力お願いいたします。いつもありがとうございます。



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The Knight of Despair_1

名称、〝笑う死体の山〟が現れてから数日。

あの時集められた人の中で、死人はいないようだった。

それでも大きな怪我でまだ仕事復帰できない人もいるみたいだが、私が囮として動いたことは彼らの中で評価されたらしい。

出社されると、皆から賛辞の言葉をかけられる。

前のチームではなかったことで、私は隠すことも出来ずに照れてしまった。

気分がいい。こんなにも晴れやかな気持ちで出社したことは、今まで無かったくらいに。

 

そんな私を見て、ダニーさんが失礼にもため息をついた。

 

「ダ、ダニーさん……?おはよう、ございます。」

「おはようございます。……ユリさん、今日は偉く上機嫌ですね。なんとなく、理由は察してますが。」

「ダニーさんは……その、何か嫌なことでもありました……?」

 

私とは対照的にとても機嫌の悪いダニーさん。

つい引き気味になってしまうのは私のせいではない。ダニーさんの眉間の深いシワのせいだ。

 

「……聞きたいことがあります。」

「なんですか……?」

「何故、囮になんてなったんですか。」

 

そう言われて、私は素直にことの経緯を話した。

と言っても、上からの指示であっただけなのだけで。私はそれに従っただけなのだけど。

伝えると、ダニーさんの顔がより険しくなる。

なにかまずいことを言っただろうか。顔色を伺いながら伝えたせいで、我ながらおどおどした話し方になってしまった。

 

「……上には言っておきます。今度からそういう指示があっても従わなくていい。」

「え、」

 

ダニーさんは踵を返す。早足で去っていくダニーさんを見て、慌ててその背中に叫んだ。

 

「私も、力になれるんだって。……みんなの役にたてるんだって!信用して貰えたみたいで!」

 

そう、私はあの時、嬉しかったのだ。

囮と言われて頭は真っ青になった。怖くして仕方なかった。

特別では無いと言われて、それは胸に刺さった。

何も言い返せなかった。だって、それは。

 

「ずっと私、そうなりたかったんです。」

 

守られるんじゃなくて。守りたかった。誰かの助けになって。ありがとうって言われたかった。

実際そうなった時、何を怖がってるんだと自分に苛立った。そうなりたいとずっと願ったのは自分だろうと。

アイの背中を見て、また守ってもらうのかと。

だから走った。あの時のことはまだ恐怖としてはっきり残っているけど。

それでも。

 

「ダニーさんっ、少しは私、役に立てましたかねっ!」

 

期待を込めて、ダニーさんに尋ねる。

正直褒めてもらうつもりで、そう言った。無茶しないように彼は言うだろうけど、それでも良くやったと褒めてもらえるだろうと。

成長したと、思って貰えたと。私は本当に思っていたのだ。

 

「ふざけるな!!」

「っ……!?」

 

急に大きく怒鳴られて、怖くて後ずさってしまった。

しかしダニーさんは逃がすまいと、私の肩を強く掴む。

ぎりっと、皮膚に爪がくい込んだ。痛い。

 

「いいか、なにがあっても、もう絶対にあんなことはするな!!自分の立場をわきまえろ!!」

「ダ、ダニーさ……、」

「絶対に思うなよ!!それが当たり前なんて……、それが誇りだなんて絶対に思うな!!なにがあっても安全を考えろ!!わかったか!!」

「でも、」

「でもじゃない!!言うことをきけ!!」

 

勢いに最初こそ怖いと思ったが、それを追いかけて悲しみが込み上げてきた。

なんでそんな事言うの、と唇を強く噛む。涙を、堪える。

頑張ったから、評価して貰えると思った。ありがとうと、仲間として認められると思っていた。

 

「私は!!」

 

悔しくて、悔しくて。認められないのが悲しくて。

色んな言葉が口から出そうになる。

 

「……わかり、ました。」

 

それでも、それを言ったらきっと言葉と一緒に涙も溢れてしまうから。

何もわかりたくなかったけど。大人しく、ダニーさんにそう言った。

強く手を握る。だめだだめだ。泣くな。

 

 

※※※

 

 

ダニーさんのことをできるだけ考えないようにしながら廊下を歩く。

でもやはり、悲しみは薄れなくて。とぼとぼと、情けなく仕事に向かった。

タブレットに表示されたのは、また新しいアブノーマリティ。

重いため息が出る。なんだかもう、やる気はすっかり削ぎれてしまった。

たどり着いた扉のロックを解除する。もっとちゃんと構えて仕事しないと分かってる。

新しいアブノーマリティなら尚更警戒しないといけない。

そう思っても重い気持ちがまとわりついて私の足を引っ張る。

再び大きくため息をついて、中に入った。

 

「……わ、」

 

女神がいる。と思った。

キラキラとした、夜空のような色が私の瞳を塗る。

あまりにも綺麗で一瞬呼吸を忘れた。いけない、と直ぐに我に返ったけど。

女の子がいる。キラキラしてる女の子。

 

「……こんにち、は?」

 

一応挨拶をするが、返事はない。

話せないのだろうか。聞こえてないのだろうか。どちらでもなく、ただ無視してるだけなのか。

それか眠っているのだろうか?その目は閉じている。長いまつ毛が、目の下に影を作っていた。

 

……いや。もしかしたら、生きていないのかもしれないとすら思う。

 

陶器の置物のように綺麗な人だった。

青い長い髪が、ふわりと天ノ川のように流れている。

真っ白な肌はつるんとしてて、白磁の肌とはまさにこの事だろう。

その肌に、またドレスの似合うこと。胸元のグレーから、裾の黒まで、青のグラデーションになってる。

まるで彼女の髪のようだ。そういえば彼女の髪の先も黒い。

それだけ見れば、ただの美しい人だ。

けれど決定的に、私たちと違う部分がある。

 

「……お顔……どうしたの?痛い?」

 

彼女の顔の半分は、真っ黒な闇に覆われている。

闇は角のようなトゲもあって、まるで半分だけ別物だ。

それが悲しいのか分からないけど、半分の顔は苦しそうに歪んでいた。目の下に、小さな模様がある。

雫の形をした黒い模様は、涙のように見えた。

それすらも綺麗なのは、きっと元の美しさだろうけど……。

痛々しいと思ってしまう。可哀想だと。

 

「……お姫様、なのかな?」

 

よく見ると頭に小さなティアラもしている。お姫様がなんでそんな所に……、と私は眉をひそめた。が。

 

「……姫じゃないわ。」

「え、」

 

彼女が口を開いた。

 

「魔女よ。」

「ま、魔女……?」

「あなたから、あの人の匂いがする。」

「えっと……?」

 

あの人?と首を傾げると、彼女は私のウエストバックを指さした。

なんてことない、いつものウエストバックだ。

指をさして動かない彼女に私は困ってしまう。ファスナーを開けて、中身を取りだした。

いつもの掃除用具。いつものアブノーマリティのご飯。PCタブレット。間食に持ってきたソーダの飴。

 

「それ。」

「……え、これ?」

 

そして、ハートの髪飾りが入った巾着。

これはアイからもらった髪飾りだ。友達の印と言われたので、傷つかないように巾着に入れてずっと持っているようにしてる。

巾着から髪飾りを出して彼女にみせた。

 

「あの人のだわ。」

「アイの知り合いなの?」

「アイ?」

「あ……えっと、私が、そう呼んでて。彼女も、魔女なんだけど……。」

「……仲間よ。」

「え、」

「あの人と、私は。かつて同じ目的をもった、仲間だった。」

 

その言葉に私は驚きのあまりに髪飾りを落としてしまった。

慌てて手を伸ばすが、落ちるよりも先に彼女が受け止めてくれた。

私はそれをありがとうと受け取る。幸いなことに傷はついてない。

 

「あの人は……元気?」

 

その問いに、私は震える声で応える。

ドキドキしている。興奮で体が震える。

なんとか叫びたい気持ちを抑えて、まっすぐと彼女を見つめた。

かつてアイに言ったのと同じセリフを用意する。

あの時は、アイを驚かしてしまったから。今度はちゃんと伝えるんだ。

 

「私、私ね、ずっと、あなた達に、憧れてたの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──魔法少女は一人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






コメント返す言って返さなくて本当に失礼しました……。
前回からのコメントは順に返していくつもりです。
よく無理しなくていいって言ってくださいますが、余裕ある時は返したい。読者さんと仲良くしたい(欲望丸出し)

アンケートありがとうございました。魔法少女第2弾。みんな大好きなあの子です。原作知ってる方はアイちゃんとこの子どっちが好きですかね?2人とも大好きだけど私は小説書いててアイちゃん派になりました。かんわい。






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The Knight of Despair_2

私の言葉に、彼女は幾分か反応したようだった。

しかし表情は変えず、少しだけ俯く程度。

少し除くように屈むけれど、やっぱり表情は悲しそうなままだった。

 

「……魔女なんていいもんじゃあないわ。」

「え?」

 

彼女の言葉が予想外で私は間抜けた声を出してしまった。

どうして彼女がそんなことを言うか分からなくて。言葉が詰まってしまう。

私はずっと、彼女たちに憧れていたわけで。

テレビの中で悪者と戦う彼女達がすごいって。綺麗って。

彼女は女の子の憧れだった。お気に入りの魔法少女の魔法は、ポーズ含めて一言一句間違えないよう覚えたものである。

だから、私は彼女がどうしてそんなこと言うかも分からない。

 

「どうして……?」

「だって、……所詮道具にしか過ぎないもの。」

「道具……?」

 

それ以上彼女は、話してくれない。

様子を伺いながら私はそこに立ち続けるけれど、それ以上は教えて貰えないようだった。

何があったんだろうと思う。

彼女の片方の目から、また涙が落ちる。白い頬を伝って、夜空のドレスに落ちていく。

 

「……言いたくないなら、言わなくていいの。」

「……。」

「ごめんね、誰にだって言いたくないことはあるよね。私、本当にあなた達に憧れてて……、興奮しちゃって。」

 

きっと、魔法少女には魔法少女の苦労や、悩みがあるのだろう。

何があったのか聞けるほど私達はまだ親しくもないし。

作業内容は確か〝交信〟だったはず。

しかしこれでは……失敗かもしれない。

 

「……じゃあ、私はこれで……。」

 

手を振るけど、彼女はやはり何も言わない。

ただ悲しそうな表情だけが脳裏に焼き付いて。この日の作業は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はそう。私の力で、誰かを助けたいと思ったの。

だから戦った。どんなに怖くても、足が竦んでも。決して私は戦うのをやめなかった。

緑の草原は赤に濡れた。レンガの道は悲鳴が響き渡った。

そうして私の背中には、いくつもの歓声があった。

それが嬉しくて。

 

〝あぁ王よ!私の剣は貴方のためにある!〟

 

誇り高く、そう叫ぼう。

決して見失ってはいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の指示を確認するために、タブレットをひらく。

その作業指示に、一度私の足は止まった。

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟

 

アイ、と。口が自然に名前を呼んでいた。

結局医務室で話して以来、ちゃんと会話できてない。

あの時、許すとアイに言ったけれど、私はアイがどうしてあんなことをしたのかも分かってないのだ。

 

アイは言っていた。〝置いていかれた〟〝悲しい〟。

 

私は確かに許したけど。

アイに、謝っていないのだ。

 

ちゃんと話し合わないといけないと思っていた。

きっとアイは笑顔で出迎えてくれるけれど、このままにしたら時折思い出してはまた傷付くのだろう。

私なんかの事で、一喜一憂してくれる、あの子のことだもの。

 

早足で収容室に向かう。

頭の中で沢山シュミレーション。いくつも言葉を用意して、アイのことを思い浮かべる。

 

「あ……お礼もしないと。」

 

ありがとうって。

あの時も彼女は、私を助けてくれたのだから。

 

 

※※※

 

 

収容室の扉を慣れた手つきで開ける。

しかし緊張するものだ。いつもと同じ部屋も、こういう状況になると敷居が高い。

 

「……おじゃましまーす……」

「ユリ!いらっしゃい!!待ってたわ!!」

 

いつもはしない挨拶をして入ると、やはり笑顔でアイは迎えてくれた。

アイの足先から鈴のなる音がする。くるくると私の周りを回っては、それはそれは楽しそうに、嬉しそうに笑っているのだ。

私はアイの白い手をそっと掴む。爪先を彩るビビット・ピンクが眩しい。

私の行動に、不思議そうに首を傾げるアイ。意を決して、口を開いた。

 

「……この前のことを、話したくて。」

「この前……。」

 

私がそう言うと、アイの身体が強ばる。

琥珀の瞳が揺れている。額から汗が垂れて、白い頬に伝った。

 

「あ、あの、あの時は……本当に……ご、ごめんなさ……、」

 

アイは可哀想な程に震えていた。先程とは打って変わって泣きそうになって。

あぁ、これもやはり。と予想通りで。私は胸が苦しくなる。

そんなに、私なんかのことで悩まなくていいのに。苦しまなくていいのに。

 

「アイ、ごめんね。」

「ユリ……?なんでユリが謝るの?」

「だって悲しかったんだよね。私がアイを、置いていったから。」

「それは……、」

 

なんて返すのかアイは迷っているようだった。

優しい彼女は、きっと私を責めない。

思うところは沢山あるのに、全部我慢してくれるのだろう。

 

「……あの時アイを置いていっちゃったのはね……、アイが、怪我をしてたから。」

「え……。」

「……頬っぺ、治ったんだね。良かった。」

 

アイの頬を撫でる。あの時ついた傷は、もうすっかり治ってるようだった。

跡にならなくてよかったと本当に思う。安堵に笑うと、アイは勢いよく抱きついてきた。

 

「うわっ、」

 

突然の事でよろけるけど、何とか受け止める。

耳元で、泣き声が聞こえた。

くすんくすん、と。泣き声すら綺麗なんて、たまにこの子は宝石なんかで出来てるんじゃないかと思ってしまう。

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……、私、私、何も考えてなかった……。」

「いいよ、あの状況じゃあ考える暇もなかっただろうし……。」

 

背中を優しく叩いてやる。するとよけいに抱きつく力は強くなって、ちょっと苦しい。

けれど、ちゃんと、受け止めよう。

 

「……ユリ、」

 

しばらくするとアイは体を少しだけ離した。

けれど距離は近いまま、鼻なんて少し動いたらぶつかってしまいそうな距離だ。

 

「ユリ、あのね……、私は、貴女の一番の魔女でありたいの。」

「一番の魔女?」

「そう。……ユリは、美しいから。色んな人が、貴女に寄ってくると思うわ。それでも、貴女の一番の魔女は、……ヒーローは、貴女を救うのは、私でありたいの。」

「アイ、そんな私のことで一生懸命にならなくていいんだよ?」

 

私はそう言ったけれど、アイは首を振る。

 

「貴女は、私の正義。護らせて。貴女を失うなんて耐えられない。」

 

アイは再び、強く私を抱きしめる。

私はそれを抱き締め返していいのかわからなかった。

私は、そんな特別な存在では無いのだ。護ってくれるのはとても有難くて、助かるけれど。

けれど、貴女の生命を削ってまで、助けて欲しくないんだよ……。

 

 

 

 

 

 

 



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The Knight of Despair_3

約束よ、というアイの言葉で、作業は終わった。

私はそれに応えられないまま。ただ笑って収容室をでる。

 

「……上手くいかないなぁ、」

 

ダニーさんは言った。『言うことを聞け』。

アイは言った。『守らせて』。

 

兄は言った。『ユリは家に居て』。

 

あの時の兄と、二人が重なる。

きっと誰も、悪気はない。むしろ私を考えて言ってくれてるんだろう。

わかってる。わかってるけど。

自分の弱さを突きつけられているようで、辛い。役立たずと、足を引っ張っていると言われているようで。

ここに来て少しはマシになった劣等感が、また膨らんでくる。

いつだってそれは私の心にあって。圧迫して。

 

「……強く、なりたいなぁ。」

 

誰かの背中に隠れるんじゃなくて。

私はずっと、隣に立っていたかったのに。

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えていたせいか、その夜兄の夢を見た。

兄は少し……いや、相当私に過保護だった。

私がそれを指摘すると、兄は少し照れたように言ったのだ。

 

『初めて赤ん坊の百合を見た時に、兄である俺がしっかり護らなきゃと思ったんだよ。』

 

優しい兄が、私は大好きだったけど。

兄の近くにいるのはいつも姉だった。

そして兄は、姉のことを私以上に好きだったのだと思う。

幼い頃から何となく気がついていた。

繋がれる手の力は、いつだって姉の方が強かった。

同じくらい好きだよ。それはあくまで、〝位〟であって。

微々たる差にすら順位は生まれる。

 

家族だろうと。

 

 

 

 

 

次の日。

顔色が悪いですね、というダニーさんの指摘に私は笑うしか無かった。

誤魔化そうとしたのに、ダニーさんはさらに追求してくるものだから。ちょっとだけ面倒臭いとも思ってしまう。

私は小さくため息をついた。

 

「嫌な夢を見たんです。飛び起きるほどではないけど、まとわりつくような嫌な夢を。」

「へぇ、どんな夢ですか?」

「……兄の夢です。」

「へぇ、御家族の夢ですか。ホームシックにでもなりました?」

「違いますよ。……正直今となっては、家族と距離を置けたのは、いい経験かとも思ってますし。」

「嫌いだったんですか?」

 

あまりにはっきり聞くものだから、苦笑いしてしまう。

 

「好きでしたよ。みんな優しくて。でも……、他の皆が優秀すぎて、」

 

ダニーさんの目が見れない。どんな表情をしてるか、気が付きたくなかった。

 

「自分が……情けなかったんです。」

「……でもそんなユリさんを、御家族は大切にしてたんでしょう?」

「そうですね。過保護でしたよ、みんな。」

 

「ならいいじゃあないですか。」

 

「……ははっ、」

 

ダニーさんの言葉に。怒りが込み上げてくるのを感じた。

何をわかったように、と。

ダニーさんだけでなくて、今まで私にそう言ってきた人達の顔が思い浮かんでは膨らむ感情。

でも怒りよりも、悲しみが徐々に勝っていく。泣きそうだ。

だめだ。ここに来て、色んなことで泣きすぎて。涙腺が脆くなってる。

それを必死で耐えて、深呼吸する。

少し頭が冷えてきて。大丈夫。大丈夫だ。

 

「……ダニーさんってご兄弟います?」

「?いますよ、」

「仲良かったですか?」

「大っ嫌いでしたが。」

「えっ。」

 

ダニーさんははっきりと、迷いも考えることも無くそう答えた。

 

「正直、ユリさんの気持ちは理解できるけれど共感は出来ません。俺は家族にずっと死ねって思うくらいには嫌いでしたし。」

「え、え……?何があったんですか……?」

 

私が困惑していると、ダニーさんは見透かしたように顔をゆがめる。

眉間にシワを寄せて、それでも目じりと口は笑っていて。馬鹿にされてるような。

 

「ネグレクトみたいなものです。」

「へ、」

「ユリさんの気持ちは分からない。でも俺の気持ちも貴女には分からないんでしょうね。」

「そ、そう、ですね……。」

 

ダニーさんは冷たい瞳で見下ろしてくる。

しかし少しして、直ぐに踵を返し離れていく。

ダニーさんからは明らかな嫌悪が溢れていた。

けれどそれはただただ怖いものであって。怒りとか悲しみとかは湧いてこない。

ダニーさんは怒っている。けれど多分、私に向けてでなくて。

後ろを振り向く。当たり前に、誰もいない。

きっと、ダニーさんの目だけに誰かが映ったのだろう。……私に、似てるかもしれない誰かが。

 

 

 

 

タブレットの指示は、昨日と同じ青い魔法少女の子だった。

 

「……ネーミングセンス、酷くない?」

 

どうやら名前は決まったらしい。その名も〝絶望の騎士〟。

絶望って、人の名前に付けるものだろうか。というか、女の子のなのに騎士って。せめて女騎士にするべきだと思う。

絶望とは。泣いているから、元気がないからそう命名したのだろうか?

彼女の昨日の様子を思い出して、はしゃぎすぎた自分を反省する。確かに、何か落ち込んでるような様子だった。

今日ははしゃぎ過ぎないように。冷静を意識しながら収容室に入った。

 

「……また、来たの?」

 

部屋に踏み込む前に、そんなことを言われてしまい苦笑いする。

その声は嫌がってるようではなかったけれど……呆れているのは伝わってきた。

 

「お邪魔します。えっと……調子はどう?」

「……。」

 

彼女はやはり何も言わない。

片方の目からは昨日と同じ雨が降っている。それをじっと見つめる。涙すら、綺麗だ。

 

「……泣いたの?」

「え?」

 

彼女の言葉に私はびっくりした。

反射的に顔に触れる。おかしい。目は、寝起きすぐ冷やしたはずだ。

 

「どうして……、わかったの?」

「すこし……悲しい匂いが、するわ。」

「悲しい匂い?」

 

細い指が、私に伸びてくる。

思わず後ずさってしまうが、それはそれは優しく、頬を撫でられた。

 

「何か……あったのかしら、」

 

彼女の心配する声が以外で、反応が遅れる。

私は添えられた手に、自分の手を重ねた。そうしてそっとその手を避ける。

 

「何も無いよ。ありがとう。」

「……そう。」

「ただ……思い出しただけ。」

「思い出した……?」

 

「……あなた達は少し、家族に似てるの。」

 

見た目も年齢も違うのに。何を言ってるのだろうと思う。

それでも、アイと初めてあった時も私は家族を思い出した。

頭からつま先まで特別な存在。一つ一つの動きが特別で、普通とは違くて。

目の前にいるのに、ずっと遠く感じるところが。アイも、彼女も。似ている。

 

「……あなた達は、大変で。沢山辛いこともあるんだろうね。」

 

それは安易に想像がつくものだった。だってそれは、誰かが劇的に書いた作品の中にあるものばかりだ。

フィクションと、彼らの悩みを一緒にするなんて失礼だろうか。それでも私は、彼らのその偉大で格好のつく悩みが羨ましいとすら思ってしまう。

 

「物語のような存在でないと、苦しんじゃいけなかったのかな。」

 

あぁでもね。私も辛かったんだよと言ったら。足元にも及ばないこの悩みは笑われるの。

それがずっと辛くて仕方なかった。

兄と姉が傷付いて帰ってくれば。一人で怖かったなんて言えない。

仕事と言われれば、お兄ちゃんを独り占めしないでなんて、言えない。

 

「……家族が、嫌いなの?だから泣いたの?」

「ちがうよ。」

 

けれどそう。私は本当に家族が好きだ。それだけは即答できる。

好きだからこそ。辛かったのだ。

 

「一緒にいると、寂しくなるの。だから泣いたんだよ。」

「……?」

 

私も言葉を、彼女はよく分からないようだった。

きっと家族も分かってくれないのだろう。

私の痛みは……、美しい物語になんてならないから。

 

「ねぇ、魔法少女って、やっぱり素敵だと思うよ。」

 

私がそう言うと、彼女は分かりやすく顔を顰めた。

それが何だか子どものようで、可愛くて。思わず笑ってしまう。

どうしてそんな嫌がるんだろう。キラキラ、魔法少女。とっても素敵じゃあないか。

あなた達にずっとなりたかった。そうしたら、家族の隣に立てると。信じてやまなかった。

 

「……私はね。大好きだな。」

 

誰かのために戦う彼女達は、テレビ越しに応援してる私なんて知らなかったんだろう。

 

「素敵だと思う。とっても。だって何かを救うために戦うのって、凄いことじゃあない?」

「……貴女って、なんだか……変わってるのね。」

「そうかなぁ、きっとみんなそう思うよ。」

 

そう。私みたいなのは星の数ほどいたのだ。薄い液晶に、必死に声援をぶつけていたのは私だけじゃない。

私の言葉に、彼女は言葉を迷ってる様だった。

別に返事を期待した訳でもないので、そろそろ次の作業に向かおうかと別れを告げる。

交信作業、まぁ仕事分はしただろう。

 

「待って!」

「?どうしたの?」

「わ……私にも、名前を頂戴。」

「え?」

「あの人ばかり、ずるいわ。」

 

呼び止められて振り返ると、彼女は複雑な表情をしていた。

そうして名前を催促される。あの人とは、アイの事だろうか。

アイにも言ったが、名前なんて大切なもの私がつけていいのかと悩む。けれど確かにいつまでも呼び方がないのは不便で、〝絶望の騎士〟じゃあこんな可愛い女の子に失礼だ。

 

「……笑み。」

「エミ?」

「うん。エミ、でどうかな。私の国の言葉で、〝 笑顔〟って意味なの。」

「笑顔……。」

「きっと笑顔の方が似合うよ。」

 

我ながら捻りのない名前だ。でも絶望よりその方が、ずっとずっといいと思う。

嫌なら別にすることを提案したが、彼女は首を振った。そうして、嬉しそうに、小さく笑う。

やっぱり、笑顔の方が似合うなぁ。なんて思いながら、今度こそ彼女に別れを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見つけたわ。今度こそ、護ってみせる。」

 

たとえ全てが犠牲になったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








やっと思うものが書けました。しかしもう一段階書きにくいとこが待ってます。早くヤンデレ書きたいです(くすん)

本当は涙でルイちゃんだったんですけど、涙って文字を百合ちゃんが使うかなーって思ってあえて思いっきり逆にしました。個人的にはルイちゃんのがしっくり来ます。



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The Knight of Despair_4

おかしい。

タブレットのメッセージを何度も更新するのに、一向に次の作業指示が来ない。

おかしい。

なんどもメッセージを開いて閉じてをする。でもやはり来ない。

 

「……んー?」

 

試しにぶんぶん振ってみても何も起きない。

いや、これで何か起こるとかは思ってないけど。調子の悪いテレビを叩くように、何となくやってみただけだ。

チーム本部での待機があまりにも暇でそんなことをしてしまう。ずっとタブレットと睨めっこ。

どうして急にメッセージが来なくなったのだろう?

待機している私の横をエージェントさんが忙しそうに通り過ぎていく。

まるで私が仕事していないみたいで気まずい。自分のせいでないと分かってても、肩を竦めた。

 

「あ、」

 

その時、ピロンっと通知音。

待ってましたと意気込むが、なんだか文面がいつもと違って凝視する。

 

〝静かなオーケストラの収容室へ移動〟

 

移動?作業ではなく?

どういうことだろう?

 

疑問に思いながらも慣れた道を移動する。追加の指示はなく、あっという間に収容室の前。

扉を目の前に立ち尽くす。これ、中に入ってもいいんだろうか?

扉を開けようと液晶に指を添えた時。

 

ばちんっ!

 

「痛っ!?」

 

強い電流が手に走った。

静電気?にしては強すぎる気がするが……。

恐る恐るもう一度指を近づける。するとなんだかビリビリとした感覚が指の先にある。

液晶に触れない。

 

「Xさんがなにかしてるのかな……、」

 

なんの考えがあって?そんなにオーケストラさんの収容室に入って欲しくないのだろうか。

ここまで拒否されると、少し落ち込むのだが……。

中にも入れず、指示を待ってただ立ちつくす。その間に時間つぶしも兼ねてエンサイクロペディアを開いた。

 

「絶望の……騎士、っと。あった、」

 

 

【絶望の騎士】

 

【彼女はかつて、王国と人々を護る騎士であった。】

【絶望の騎士は時々無力な涙を流すが〈 Name 〉に何も言わない。】

【黒い涙が唯一の感情となった絶望のアブノーマリティ。】

 

黒い涙か、唯一。

悲しみだけが、唯一の感情ということだろうか。

それは……とっても、悲しいことだと思う。

彼女に、エミという名前を付けたのは少し軽率だったかもしれない。人それぞれ色んな事情があるのに、笑って欲しいからエミ、だなんて……。

 

「……皮肉だったかな、」

 

そうぼやいて、タブレットの指を動かす。

やはりまだ来たばかりのアブノーマリティだから、情報は少ない。

ぴろん。と、そこで通知音が。

新たな指示を期待して開いてみる。そこには〝今日はもう帰っていい〟の文字。

 

え?リストラ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護りたいものがあった。

だからあなたにいくつもの祝福を与えた。

悪いモノから遠ざけて。

どんな魔法にも、武器にも、傷つかないように。

 

〝みんなと貴方を護るためよ。〟

 

それなのにどうして、貴方の手は。

皆の血で、真っ赤に染っているのだろう。

私は、何を護ろうとしていたんだろう。

 

正義のために戦った。

でも振り返った時、そこにあったはずの正義が悪だったかもしれないなんて。悲劇であっても喜劇であっても。

とんだ、道化ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リストラの冗談は置いておいて。

早退していいと言うのなら、遠慮なくそうさせてもらおう。

時計を見るとまだお昼。ここまで早く帰れたのは久々で、残りの一日何をしようかと想像する。

映画でも見ようか、それともちょっといいカフェでお茶でもしてから帰ろうか。

鼻歌を歌いそうな位には浮かれていて。

だから目の前に、急に彼女が現れた瞬間、なんとも可愛くない声を出したのだった。

 

「ぎゃっ、」

「ユリ!」

 

かばっ、と。勢いよく抱きつかれる。

綺麗なブルーが私の視界に入って、キラキラと波をうつ。

ふわっと漂う女の子のいい香り。私はなんとか息を整えて、彼女に話しかけた。

 

「ア、アイ……どうしたの?」

「どうしたの、はこっちよ!!急にユリの気配が薄まって、だから急いで、気配を失う前にテレポートしてきたの!!」

「え、えぇ……?」

 

アイは本当に焦っていたようで、冷たい汗が頬に流れている。

最初私の首に汗が落ちてきた時、その冷たさに泣いているのかと思って私の方が焦った。

なんとか落ち着いてもらうために、細く滑らかな背中を撫でる。軽くぽんぽんと叩いてあげると、アイはほっと息をついた。

 

「なにがあったの?」

「別に何も無いよ、心配かけちゃってごめんね。」

「そんなはず……、ん?」

 

アイはじっと私を見つめる。大きな瞳に映るのが恥ずかしくも感じて、目を逸らした。

 

「……懐かしい、匂いがする。」

「匂い?」

「あの子に会ったの?ええと……名前、なんて言ったかしら……青い髪の……剣の使い手の……、」

「……あ!エミのことか!会ったよ!」

「エミ?」

「あ、エミは……私が勝手につけた名前で。ええと……、青いロングドレスの、魔女に会ったの。アイのこと知ってたみたいだし、懐かしいってその子のことじゃあないかな?」

 

エミに初めあった時は一定の距離があったが、今日の作業では触れる距離だった。

だから、敏感なアイなら気がつくだろう。

エミもアイのことを話していたし。

一人ではない魔法少女の存在に、なんだかワクワクしてしまう。

やはりこの後の空いた時間は映画を見ようか。出来ればヒーローものを。そんな気分になってきた。

 

「彼女は、元気だったかしら?」

「うん、元気だったよ。あ……でも。なんだか、何かに対して悲しんでたかな……。」

「悲しんでた?」

「うん。よく分からないんだけど……。」

 

私はアイに、エミが言っていたことを話す。

〝所詮は道具〟と言っていたこと。

〝魔女であることを悲しんでいた〟ように見えたこと。

私には理解できなかったけど、同じ魔女であるアイなら何か分かるかもしれないと思ったから、できるだけ細かく話した。

 

「何か心当たりないかな?私には、よく……分からなかったんだけど。」

「……危ないかもしれないわね……。」

「危ない?何が?」

「魔力の暴走が起こるかもしれないわ。」

「魔力の……暴走?」

「そう。前に私の先輩の魔女が……、ううん、怖がらせる話はしたくないわ。とにかく、その子にはできるだけ近付かないで。」

「え……、それは、」

 

できない、って言ったらまた不安にさせちゃうだろうか。

指示をされたらいかないといけないし。絶対に近付かないなんてこと出来ないんだよなぁ……。

 

「気をつけるね、ありがとう。」

 

私がそう言うと、アイはまだ心配そうな顔をして見つめてくる。

アイは私に手を伸ばしてきて、頬を撫でてきた。

 

「心配よ。……こんな魔法までかけられちゃって。」

「え?魔法?」

 

見覚えがなくて聞き返すと、アイははぁ、とため息をついた。

 

「私のヒロインは、無防備で本当に困るわ。」

 

そう言って、私の目の前で親指と人差し指をクロスさせる。

ぐっと力を込めて。指を鳴らした。──ぱちんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……X。エージェントユリへの作業指示が可能になりました。」

「うそ!?あ……本当だ、はー……よかった。」

 

モニターの前でぐったりとXは項垂れた。

先程まで巡り巡った不安や恐怖が一気に引いていく。

 

「……あー……早退させなくても良かったな、まぁいいか……。」

 

モニターのユリをみてXはそう呟いた。

Xがユリを早退させたの理由があって。なんと先程まで、ユリへの作業指示が一切出来なかったのだ。

移動の指示はできるが、作業をするように指示するとエラーが起こる。

アンジェラに聞いてもシステムに異常はないと。

一体どうなっていたのかと、がしがし頭を掻いてため息をついた。

 

「……まさか、な。」

 

Xはある収容室に注目する。

異常が起こったのは、このアブノーマリティを作業した後だ。

しかしだからと言ってXはこのアブノーマリティのせいだと考えていない。

確かにユリに何かをしたことで、ユリの行動に影響はあるかもしれない。

アブノーマリティのせいで言うことを聞かないエージェントなんて何度も見てきた。

 

しかしこの施設のシステムにまで影響が出るだろうか?

 

そんなことが、アブノーマリティにできるのか?

だとしたら?だとしたら。

 

アブノーマリティは、Xの存在に気がついていることになる。

エージェントを動かしている、指示をしている存在がいることに。監視されていることに。

Xは思わずモニターから目を逸らす。

いくつもの収容室の映像。その中のアブノーマリティ達が、一斉にこっちを向いたような。

そんな、気がして。堪らなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









なんどもなんどもコメント返す詐欺すみません。
以下、暗い話を含む言い訳です。読まなくても大丈夫です!!
これからも頑張るので見捨てないでください〜‪( ;ᯅ; )‬










暗い話↓


あまり自分の暗いことは書かないようにしてたのですが、一時期この小説は、もう消してしまった方がいいのかなと思う時期がありました。
色んな理由があるんですけど、ひとつ言えるのは皆さんのせいでは一切ないことです。

新作が出たことによって実はだいぶ混乱もしてました。
ついて行こうとして調べたり、書いたりしてたのだけど。やっぱり難しいですね( ̄▽ ̄;)
多分、元々ライブラリよりも、ロボトミーのが趣味に合ってるんです。ライブラリ素敵だけど、私はロボトミーが一番好きです。ごめんなさい。
レガシーを元に書いてたから、更新後も矛盾が出ないように書くのも頑張ってたつもりなんです。

そしてまた情報が更にきて、と。しかも絶望ちゃんはドンピシャで被ってあわあわしてました。

初めハーメルンで、まだロボトミー小説がなかった頃より随分作品が増えて本当に嬉しいと思ってて。
それと同時に、こんな未熟な作品を並べるのも恥ずかしい時があって。
もう全部消しちゃって。
どこか個人サイトに再掲載とかしながら直していった方がいいかなぁ、と思ってました。
でもそれやったら絶対もう書かなくなるってわかってたから踏みとどまりました。危ない。

言い訳ですみません。皆さんのコメント、返すの辛い時あったのが本音です。
それは、返す負担とかじゃなくて私が考えすぎてただけです。
こんなに嬉しい言葉をくれてるのに、この人たちが離れてくのが怖いって、すごい重いこと考えてました。メンヘラか。


でもちょっと元気になりました!おめでとうううう!コロナで落ち込んでたのもありました復活!!!!
どんなに未熟でも下手でもここまで続いたんだし、書いて楽しいし、お寿司は美味しいし頑張ろうって思いました!!

暗い話はしないようにしてたんですけど、ここまでコメント返す返す詐欺してたらちゃんと理由言わないとと思って書きました。うじうじしててすみません。
あ、でも普通に忙しくて返してない時ももちろんありました。
最近のは、その……この作品からも目を逸らしてました。現実から逃げてたんです。
もう大丈夫なはずです。すげぇ大型なアプデ来て全てが揺らがない限り大丈夫です。メンタル弱くてごめんなさい!!!!!!!




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The Knight of Despair_5

※思いっきりヤンデレ注意。








次の日。私はリストラされることも無く無事に出社していた。

冗談は置いておいて。昨日の早退はなんの意味があったのだろう?

特に体にも心にも、影響があったとは思えないのだが……。

まぁそこは私が考える部分ではない。私はただ、指示されたことを精一杯やるだけだ。

さて。今日の最初の作業はオーケストラさん。

昨日は会えなかったので、少し心配していたのだが、彼はいつも通り収容室で静かに待っていてくれた。

 

「おはようございます。昨日は来れなくてすみません。目の前までは来てたんですけど……急に帰ることになって。」

 

──そうですよね、目の前まで来ていたことは分かっていましたよ。

 

「えっ、そうだったんですか?」

 

──はい。随分奇妙な魔法にかけられていたようですが……、

──効力も持って一日でしょうし、外に出るのはやめました。

 

「魔法……、私、なにか魔法にかかってたんですか?全然私わからなくて。」

 

──悪意はないようでしたけどね、外部接触の影響を

減少させる魔法。簡単に言えば防御魔法でした。

 

「防御魔法。」

 

それは何ともありがたい魔法だ。この危険で溢れている現場にはとても役に立つだろう。

……でも、私じゃない方が良かったような気もする。

それこそユージーンさんとか、ダニーさんとか。私は鎮圧作業とかまだほとんど行っていないし。もっと必要な人はいくらでもいるのに。

 

──…いや、防御よりも過激なものですね、上級の拒絶を含む魔法でしたから。

 

「拒絶?何か違うんですか?」

 

──他者のテリトリーに入らないようにする魔法ですね。目の前まで来たのに、入れなかったでしょう?

 

確かに。オーケストラさんの部屋の扉は開けられなかった。

 

──ユリさんの身体が拒絶していたんです。私のテリトリー、この部屋に入ることを。

 

「そんな……!」

 

──もちろん貴女のせいではありませんよ。会えないのは、寂しかったですけど。

 

オーケストラさんはどこか寂しげに、少し暗い声でそう言った。

多分……エミ、だよね。かけたの。

あの日はそれ以外はアイとしか会ってないし。

 

「心当たりはあるから……、本人に聞いてみます。なんでそんな魔法をかけたのか。」

 

──……あまり関わることはおすすめしませんよ。

──今は危害はなくとも、力がある相手なら、警戒するに越したことはありません。

 

「でも。私もそういうのは、困ります。」

 

アブノーマリティの収容室に入れないのは仕事に影響がでる。

なにより……みんなに会えないのは私も嫌だ。

 

──私が直接行きましょうか?

 

「いえ、それは大丈夫です。何かあったら助けてもらうと思うけど……。」

 

──ですよね、貴女なら断ると思いましたよ。少し頑張りすぎるところがありますから。

 

オーケストラさんの言葉に苦笑いする。

無茶をする所があるのは自負しているが、そんな綺麗な話ではなく。

単純にオーケストラさんが外に出たら、皆がパニックになってしまうから遠慮して欲しいのだ。

けれどそれをあえて言う必要も無いだろう。

 

「今日はこれで失礼しますね、また来ます。」

 

──あぁ、待ってください。

 

「?」

 

部屋から出ようと踵を返したところで、オーケストラさんに呼び止められた。

そして私の手の甲を支えて、開いた手の上にそっと何かを置かれた。

 

「これ……、」

 

──お守りです。

──危険なことがあったら使ってください。

 

……これって、ギフトってやつだ!

実は色んな人から言われていた。『静かなオーケストラのギフトはもらってないの?』と。

聞かれる度に、苦笑いして首を降っていた。貰ってないのは事実だけれど、首を振る度に辛かった。

アブノーマリティが気に入ったエージェントに渡すギフト。

私以外の人は、オーケストラさんのギフトを貰っているのかと思うと……何だか、悲しくて、悔しくて……。

 

「凄く嬉しい……!大事にします!」

 

鞄に大切にしまう。傷つかない様に。

なんだか、今日のこの出来事だけで頑張れそうだ。

私が「いつも元気を貰ってばかりですね、」というと、オーケストラさんは穏やかな笑い声を出した。

とても優しい。オーケストラさんの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそう、次こそは。

次こそは、ちゃんと。

間違えないようにすると決めたのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エミへの作業指示がきた時、私は待ってましたと急いで収容室に向かった。

エミが私にどうして魔法をかけたのか知りたかった。何を考えているのかも。

もし彼女が私達に協力的なら、その魔法をユージーンさんとかダニーさんに使ってくれるかもしれない。

アイだって、私達を助けに来てくれた。同じ魔法少女の彼女なら。

 

「エミ!!」

「あら……こんにちは、ユリ。来てくれたのね。嬉しいわ。」

 

勢いよく部屋に入る私とは対照的に、何とも雅やかな佇まいだ。

一瞬エミの姿に見惚れるが、直ぐに本題を思い出す。

しかしどう聞けばいいのか迷っていると、エミの方から話しだした。

 

「魔法……解かれてしまったわね。今度はもっとちゃんとかけないと、」

「あ、あの!魔法って……なにか、私にかけたの?」

 

まさかエミの方から言ってくれるとは思わなくて、私は食い気味に魔法のことを聞いた。

するとエミはちょっとだけ笑って、自身の唇に指を立てる、まるで内緒話だ。

 

「特別な魔法をかけたの。この魔法はね、本当に、とっておきなのよ。」

「それは……どんな、魔法なの?」

 

私がそう聞くと、彼女は私の胸をトン、とつつく。

 

「あなたの心も、心臓も守る魔法。」

「心も……心臓も……、」

「そう。すごく久しぶりにかけたけど……上手くいったみたいでよかったわ。」

「前も……使ってたの?」

「ええ。どうしても護りたい人がいてね。その人が、どんな辛い現状にも心が病まないように。どんな攻撃からでも護れるように。」

「そうなんだ……」

 

「でも、裏切られたの。」

 

「……え?」

 

急に変わった声のトーンに驚いてしまった。

エミの眉間にはシワがよっていて、その気迫に私は押されてしまう。

 

「前に言ったでしょう。魔女なんていいもんじゃあないって。……結局彼は私を道具としか見てなかったの。」

「なにが……あったの?」

「私の力で護られた彼は……、自分の意にそぐわない人を殺していった。私は平和のために戦いたかったけど、結局大切に守っていたものは平和でも正義でもなかった。」

 

ねぇ、とエミの口が動く。

 

「ユリは、私を道具なんて思わないわよね?」

「エミ……、」

「だって貴方は、私を素敵って言ったもの。大好きって。ねぇ、」

 

強く、腕を掴まれた。

あまりにも強い力。痛みに顔を歪める。

けれど、振り払ってはいけないような気がした。今はこの手を、絶対に振り払ってはいけないと。

 

「道具なんて思わないよ、でも……。」

 

でも……。

 

「私は弱いから、何も返せないかもしれない。」

 

自分で言ってて、酷く情けない気持ちになる。

オーケストラさんにも、アイにも。私は何も返せない。ただ一方的に、力を貸してもらってるだけだ。

もしそれを、道具と言われたら。

そんな事ないと否定しても、説得力はないだろう。

 

「エミ、……私は、弱いから、強い貴方たちの気持ちは分からないけど。でも。」

 

私は家族の姿を思い浮かべる。いつも前を歩いていた皆。私は後ろに隠れるようについて行って。

 

「弱いからこその、悩みも考えもあるの。……きっと、それは話し合うべきだったんだと思う。」

「話し合う?……何を?あの人は私を裏切ったのよ?」

「それは酷い事だし、最低な事だと思う。許さなくても、いいと思う。でも……。」

 

あぁ、言葉が上手く出てこない。

私は、何を言ってるんだろう。

エミは、私の家族ではない。父ではない。母ではない。兄でも姉でもない。

こんな言葉、エミに向けるものでは無いのに。

 

「……苦しまないで、ほしいの。相手の人にも、事情があったかもしれない。理由があったかもしれない。きっと、汚い感情だけで、エミに接していたわけじゃないと思う。」

 

お姉ちゃん。嫌いなんて言ってごめんなさい。

でも私にも理由があったの。

お兄ちゃん。本当は隣に立ちたかったの。

でもそんなこと言えなかった。

 

お兄ちゃん。お姉ちゃん。

私ね、二人とは違って弱くて。だからずっと二人を羨ましく、妬ましく思ってた。

でも、ちゃんと、ちゃんと好きだったよ。

 

「恨むななんて言わないけど、でも……。」

 

信じて欲しい。最後の言葉が全てではないの。

妬みが、羨みが全てではないの。

 

「……ごめんね、偽善だよね。こんなの。貴女には貴女の事情があるのに。今日は、もう出るね。」

 

余計なことばかりを言っている自覚はあった。

私はこの場から逃げたくて、早い動きでドアに手をかける。

がたん。と、鈍い音。

 

「え……?」

 

開かない、?

 

「私ね、思ったの。彼が裏切ったのは、誰かにそそのかされたのかもしれないって。」

「え、?」

「あなたの言うとおりね。きっと何か事情があった。その事情から、私は彼を護れなくて……彼は、変わってしまったの。」

 

後ろから、綺麗な声がする。

私は振り返れない。

ぶわっと、冷や汗が吹き出した。乱暴にドアを開けようとするが、少し揺れるだけで少しの隙間もできない。

 

「ずっと思ってたの。あの時……私が護ってれば。そうすれば。」

 

「あの人は私を裏切るなんてしなかった。」

 

「大丈夫。……今度は間違えない。大切なものはしまっておかないといけなかったの。」

「……っ!誰か!!誰か!!」

 

大きく叫ぶ。助けを!助けを呼ばないといけない!!

 

「私が、護ってあげる。ユリ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆さんの暖かい言葉で本当に泣く私。
そのため早めに投稿出来ました。本当にありがとうございます。


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The Knight of Despair_6


※ヤンデレしかいませんすみません











後ろからの優しすぎる声に、私は背筋が寒くなった。

必死にドアを叩くけれど、ビクともしない。

 

「私達の邪魔をするものは私が切り捨ててあげる。」

「え……それ、どういう、」

 

エミの言葉に振り返る。

彼女は美しくそこに佇んでいた。相変わらず人形のような、作り物のように美しい彼女。

美しい笑みを浮かべる彼女が、逆に私の恐怖を煽っていく。

震える声で尋ねた。「何をするつもりなの、」するとエミは形のいい唇から小鳥のような声を出してこう言った。

 

「魔法を解いたのは、あの人でしょう。」

「え……、」

 

あと人。

思い浮かんだのは、可愛く笑うアイの姿だ。

表情豊かに笑う彼女を思い出す。その姿と、目の前のエミが交互に頭によぎる。

強く、強く心臓が脈打つ。暑くもないのに汗が流れる。それが頬を伝って、落ちて、襟から服に入る。冷たい。

 

「アイ、に、何をするつもりなの。」

 

絞り出したのはそんな情けない声。

エミはクスクスと笑うと、顎に手を当てて考える素振りをする。

 

「何をしようかしら?」

「ふざけないでっ!アイに、アイに酷いことしないでよ……!?」

「どうして?」

「どうしてって……な、仲間なんでしょ!?なんでそんな、酷いことしようとするのっ!」

 

「だって……裏切ったのはあの人の方だわ。」

 

「え……。」

「私とあなたの邪魔をするなんて、酷いと思わない?」

「それは……っ、アイは私のためにしてくれたことで、」

 

必死に言い返すも、会話に出口が見えない。

それはエミも気がついていたようで、彼女は些か面倒くさそうに首を振る。

 

「大丈夫よ、あなたもそのうち分かるわ。私が正しいって。」

 

そうして、音も立てずに消えてしまった。

取り残された私はただ立ち尽くす。タブレットが振動する。遠くで、警報がなっているような気もする。

しかし収容室内には外の音も、衝撃も。何が怒ってるのか分からない。

遮断されている。私を阻む扉を呆然と見ていると、頭の中で声が聞こえた。幼い私の声。『情けない』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと思っていた。後悔していた。

外の世界など知らなければ……私が守っていれば。

 

貴方は、私を裏切らなかったのだろう。

私の可愛い王様。

 

今度は間違えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎しみの女王は、いつもどおりに部屋の静けさを満喫していただけだった。

そうして、可愛いあの子のことを考えては鼻歌を歌う。今日はいつ来てくれるのだろう、どんなお話をしよう。いくつも考えては笑顔が咲く。

こんなにも大切なものが出来ることを、彼女は知らなかった。

彼女にとって大切なのはいつだって自分の〝正義〟で。

他者を守ることが正義であると考えてはいたが。

今の彼女にとって、ユリという存在は正義そのものであった。

 

例えば……、ユリが誰かを傷付けたとしても。

それは、傷つけられた側が悪いのだ。

ユリが世界を支配したいというのなら。

彼女が上に立つ世界こそが正しい形なのだろうと、憎しみの女王は、一切くもりない瞳で答えるだろう。

 

二人の世界になればいいのに。と、何度も考えている。

けれどそれはきっと、ユリが悲しむのだ。彼女は外の世界の話をキラキラした瞳で話すから。

時折それを悲しく感じるけど、そのキラキラの中に自身の姿が映っていて。

その笑顔を向けられるだけで、そんなのはどうでもいい事だと思えてくる。

 

ユリが笑顔であれる世界が正しいと、憎しみの女王は考えている。

そうして、その世界があるのは自分のおかげであるべきだとも考えている。

 

ユリの笑顔を見てると、とてつもなく泣かせてしまいたい衝動に駆られることがある。

憎しみの女王は、ダメダメ、とその度に首を振り、考えを打ち消すけど。

ユリが好きだと笑う世界を。その瞳のキラキラを。

 

ぐちゃぐちゃに壊して、バラバラにして。

貴女が泣きじゃくって。悲鳴をあげて、助けてと叫んでも誰も来なくて。

絶望に、死を覚悟した時。

助けてあげたいと思う。

 

自分に縋るユリを想像するだけで、憎しみの女王は意味もわからず股を濡らした。

子宮がキュンと疼いて、どうしようも無い感情が込み上げてくる。

アイ、と。自分に泣きつく彼女の可愛さは想像するよりずっと可愛らしいのだろう。

もしも、『あなたしかいない』なんて言われたら。

正気を保てる気がしなかった。

「……、ふふ、だめね、楽しくて夢ばかり見ちゃうわ。」

 

浮かれた頭にクスクスと笑い、部屋の隅に立てかけた杖を手に持つ。

可愛いピンク色と、パステルイエローの杖。上機嫌にくるっと一振。

杖は光を放って、部屋を包み込む。慣れた眩しさに目を瞑る。

光は段々と落ち着き、やがて収まるが。

そこにもう憎しみの女王の姿はなかった。

 

 

 

 

 

そうなることを、憎しみの女王は予想していたのかもしれない。

ユリにかけられた魔法を解いた時から。

憎しみの女王は、かつての自身を思い出した。

彼女には仲間がいた。みな同じ、平和を願った仲間だった。

結局みんな、闇に呑まれてしまったけれど。

 

魔法少女として戦う彼女たちにも、彼女達の地獄があったのだ。

その地獄に絶望し、打ちひしがれた時、彼女たちは魔法に呑まれてしまう。

けれど憎しみのは思うのだ。ほんの少しでも希望があったのなら。

あんな地獄には落ちなかったのかもしれない。

 

「馬鹿ね……、ずっと間違ってたの。護るべきはあなただけだったのにね。」

 

ねぇ、ユリ。と。そんなことを呟く。

 

彼女は至って冷静に、場所を移動した。

ふわりと浮かんだからだが地に着く。コツン、と魔法の靴が音を立てる。

顔を上げる。ふんわりと揺れるブルーの髪。ユリが綺麗だと触れる、自慢の髪。

目の前の、標的を捉える。大きな瞳で。琥珀の宝石とユリが褒め称える瞳で。

 

「私はね……、悪が有るから、この場所に来たのだと思ってた。でもね、違うのよ。ユリに会うためにここに来たの。」

 

その時、1つの衝撃波が憎しみの女王に向かって飛んできた。

それをひょいっと横に避けて、くすくすと笑う。

 

「相変わらず物騒なもの持ってるのね。」

 

憎しみの女王の言葉に、目の前の彼女は苛立ちを覚えた。

しかし表情は崩さない。ただ静かに、憎しみの女王に向かう。

そう、彼女は──絶望の騎士だ。

 

「貴女を倒しに来ました。」

 

絶望の騎士の手には一振の美しい剣。

細長く、スラッと刃を伸ばすレイピアは、彼女の愛用の武器だった。

騎士に似つかわしい、真っ直ぐとした剣。

騎士である彼女は、反則などという卑劣極まりない行為は決して許さない。

かと言って彼女が優しい戦闘をするかと聞かれれば決してそんなことなく。

彼女の正義が込められた攻撃は、相手の心もを突き刺す。慈悲もない。

 

「彼女は……ユリは、私の正義です。」

「……あはは!」

 

絶望の騎士の言葉に、憎しみの女王は声を上げて笑う。おかしくてたまらない。

 

「……その夢見の頭は、一度身体を焼かないとわからないかしら?」

「覚悟は出来てます。……貴女を殺す、覚悟は!」

「いいわ。来なさい、小娘。惨めに返り討ちにしてあげる!」

 

かつて憎しみの女王は、絶望の騎士の前を歩く人であった。

絶望の騎士は覚えている。照れくさく思いながら、先輩と彼女を呼んでいた日々。

目の前の壁はとても高い。けれど超えなければいけない。だってあの子が部屋で待っている。綺麗な瞳で待っている。

 

その瞳を汚す貴女を、私は絶対に殺さなければならない。

 

 

 






【原作を知っている方へ】

絶望の騎士の戦い方に違和感を持つかと思います。
原作の戦い方と違うのは、あくまでも原作は暴走した時の状態であると作者が考えたからです。
通常時の戦い方ですが、EGOの性能を高くしたものと考えています。憎しみの女王がそうであると私が考えているからです。
違和感があるかもしれませんが、ご了承いただければと思います。よき人外ライフを!この場合百合ライフだろうか。


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The Knight of Despair_7



wikiが使えなくなったのも原因で投稿遅れました。すみません。
その癖に薄味回です。申し訳ない……。







憎しみの女王が杖を振ると、真っ直ぐとビームが出る。

それを絶望の騎士は切って前に進んでくる。

近距離は彼女の得意分野だ。剣は接近戦でこそ活躍する。

──それを憎しみの女王も分かっている。

 

「甘いわね。」

「っ!?」

 

目の前まで来た時、切りかかろうとしたのと同時に、憎しみの女王はその場にしゃがんだ。

そうして真上にくる、剣の空ぶった絶望の騎士の腹に。

 

「アルカナビートっ!」

「ぐっ……!?」

 

思い切り、ビームを打つ。

吹き飛ばされる体。憎しみの女王はそれを見下ろして、はぁ、とため息を吐く。

 

「……あなたの戦い方はね、あまりにも正攻法過ぎるの。動きが簡単にわかる。まるでマニュアルと戦ってるみたいだわ。」

 

優しく、まるで生徒に教えるかのように憎しみの女王は絶望の騎士へ話す。

そんな憎しみの女王に、絶望の騎士の胸に怒りと悔しさが込み上げてくる。

閉じていた目を、カッと見開いて。強く憎しみの女王を睨みつけた。

絶望の騎士の瞳は青く深く。まるで海のようだと、かつての彼女の主は言った。

しかし今は、その青に確かな火を憎しみの女王は感じる。しかしそれに恐怖を感じることはなく。またため息をつく。面倒くさそうに。

 

「こんなこと、やめない?」

「やめないわ!!」

「でも……わかるでしょ?貴女は私には勝てない。」

「そんなことない!!」

「随分長いこと休んでたんでしょ?腕が鈍ってるわ。……記憶は曖昧だけど、貴女はもう少し強かったはず。」

「それは……、」

 

カツカツ、とヒールの音を立てて絶望の騎士に近づく。

そうして、倒れるその背に憎しみの女王は優しく、足を置いた。

 

「前の貴女ならいい戦いになったかもしれないけど……、今の貴女に、負ける気がしないわ。」

 

その言葉に、ぶわっと。怒りが沸き上がるを感じた。

渦巻く。何かが。内で成長し、膨張し。溢れてくる。

 

『きっと笑顔の方が似合うよ。』

 

あぁ、あの子の言葉が。優しい声が。思い出される。

歯を強く食いしばる。立たなければいけない。

 

「……そうやって、地を這いつくばってる方が、お似合いよ?騎士様?」

 

……は、

…………は?

 

はあぁぁぁぁっ!!許せない許せない許せない!!

こんな、こんな!!

こんなこと許せない!!

こんな……!こんな!!こんな酷いことを言う女が、あの子の傍にいるなんて!!

汚れる!!汚れてしまう!!

あの子の美しい心が!笑顔が!私の正義が!!

 

「絶対に……お前を……殺す……!!」

「っ、!?」

 

一気に溢れる絶望の騎士の魔力に、反射的に憎しみの女王は距離をとった。

ゆっくりと立ち上がる絶望の騎士。

憎しみの女王は杖を構える。何か、何かとんでもないものが来るような気がした。本能が、警告を鳴らしている。

白く濁った光が、絶望の騎士を包み込む。

その光は決して美しいものではなく。灰色に辺りを包み込んでは憎しみの女王の目を潰した。

 

「……殺す、お前は、あの子のそばにいてはいけない……!」

「ちょ、ちょっと……!?正気を保ってよ!!闇に呑まれるなんて、魔女としてあってはいけな、」

「死ね!!」

 

かつての同僚の異変に憎しみの女王は声を上げるが、絶望の騎士の耳には届かない。

罵声と共に飛んできた何かを咄嗟に避ける。それは絶望の騎士の、細い剣であった。

騎士道を重んじる戦いをする絶望の騎士が、剣を投げてくるなど。

信じられない出来事に憎しみの女王は目を見開く。

いくつもの黒い棘が。絶望の騎士の胸から、腰から、背中から、足から生えのび、服すらもを貫通し飛び出ている。

そうして頭からも、天に向かい伸び生える棘はまるで角で。

悪魔だ。と。憎しみの女王は思った。

そこで憎しみの女王は、絶望の騎士を説得することを諦める。真っ直ぐに杖を向ける。

 

「あなたも結局飲み込まれたのね……。」

 

そう呟き、彼女はかつての先輩の姿を思い出していた。

憎しみの女王と、絶望の騎士の先人。誰よりも前を進んでいき、誰よりも先に、己の魔力に溺れてしまった。

闇へと堕ちた、魔法少女のことを。

 

「これは決して逃れられない運命なの?」

 

自分たちの持つ巨大な力を、魔法少女達は分かっていた。

だからこそそれは上手く扱わないといけないと。教えたのは先輩で。教えられたのは自身と、彼女、絶望の騎士だ。

 

かつての先輩と、目の前の絶望の騎士の姿が重なる。

更にそこに、何故か巨大な青い蛇の姿も重なる。

……何故だろう。頭が、痛い。

 

「……だめね。余計なことを考えては。」

「殺す……!死ね……っ!!」

 

考えを放棄する。ややこしい事を考えるのはあとだ。そう、それこそ、ユリと一緒にお話でもしながら、昔話をすればいい。

そうすればきっと、いい方向に物事を考えられる。

過去に囚われていてはいけないのだ。

そう。

昔の仲間なんかに、囚われてはいけない。

 

「……私達の未来のために、私は貴女を倒すわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「だれか……!いませんか!ねぇ!!閉じ込められてるの!!」

 

ユリは変わらず収容室の中。必死にドアを叩いて外に助けを求める。

インカムにも何度も声をかけたが無反応。

外で何が起こってるのか、分からない。音も何も、その部屋にはなかった。

まるで自分だけ取り残されてるような──。

 

その時、場違いにも。

一瞬、嫌な過去が脳裏を過った。

頭を抑える。どうして、こんな時に思い出すんだろう。あまりにもこの部屋が静かだからだろうか。

日本にいた時の……、私だけ留守番だったあの家を。思い出すなんて。

 

「……だめ、助けを求めるんじゃなくて……、自分から動かないと。 」

 

皆の背中を見ていたばかりだった。でももうそれじゃあダメだ。

 

私は弱いけど。

強くならないといけない。

 

私は床に置いておいた、武器の杖を拾う。

アイと同じ杖。まだ使いこなせてはいないだろう。威力は強いが、どういった攻撃が出来るのか私も分かっていない。

そういえば、ダニーさんに先日言われたことを思い出す。

彼は言った。「立場をわきまえろ」と。弱いことを理解しろということだと、私は受け取った。

 

「今度こそ、褒めてくださいね。」

 

両手でしっかり杖を持って。少し扉と距離を置いて。

杖を振り上げる。狙いを、扉に定めて。しっかりと的を見て。

思い切り、振り下ろした。

 

閃光と、破壊音。

 

ドォォォンッ!!と、大きな音を立てて。扉に小さな穴が開く。

さすがに一回で壊れる程弱くはないらしい。ならば、何度でも繰り返して。

壊れるまで、繰り返す。そうしてどこかに行かなければいけない。どこにいるか分からないエミの元に。向かわなければ。

何かが手遅れになる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ちょっと更新ペースあげれるよう頑張ります。すみません。





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The Knight of Despair_8

本当に遅くなり申し訳ないです……。
もうすぐこの回も終わります。良ければ引き続きよろしくお願いいたします。









何度目か分からない打撃で、ようやく扉は壊れてくれた。

バラバラと崩れ落ちる壁に、一瞬で修理費の単語が頭を過る。

そんな場合でないことは分かっているけど。……少し大きな穴を開けすぎたかもしれない。

人一人通れればそれで十分だったのに。この穴だと自家用車くらい通れる。

しかし考えていても仕方ない。時間が無いのは事実だ。

廊下に出たところで右左を確認。破裂音は聞こえるけれど、遠い。どちらからしてるのか分からない。

私は直ぐにタブレットを確認する。先程までは何故か使えなかったが、収容室の外に出たのだ。使えるようになってるかもしれない。

すると案の定溜まっていた通知が一気にくる。ポンポンと音を立てて流れていく作業指示。

何が起こっているかを把握したくて、メッセージを探す。アイは、アイはなにもされてないだろうか。

 

「……っ!」

 

〝中央通路にてアブノーマリティ同士が交戦中。〟

 

「アイっ……!!」

 

駆けだす。早く、早く行かなければ!!

ごめんね、ごめんね……!!私のせいで、貴方に何かあったら。私はどうすればいいんだろう。

あんなにも貴女は私を助けてくれて、私を好きと言ってくれて。

それなのに、こんな形で迷惑をかけて。

廊下を走るけれど、速度が足りない。もっと速く、速く走りたいのに。

気持ちだけが急ぐ。前見たアイの、顔の傷を思い出す。

この職場で怪我をすることは仕方ないとして。

できるだけして欲しくない。アイ、と。何度も心は叫んでいる。どうか、無事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界に二人だけしかいなければ。

きっと正しいのは二人だけ。

 

〝王よ、いつから貴方は変わってしまったの。〟

 

世界に二人でいる為に。

見失ってはいけなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い、と憎しみの女王は思った。

彼女の白い頬に汗が流れる。しかし拭う暇は無い。集中しなければ。

目の前の絶望の騎士は、最早彼女の知る魔女ではなかった。

闇に呑まれた、という表現が良く似合う。彼女の周りだけ空気が重くて、黒い。

肺にそれが入ってくると、胸焼けがした。

その黒はすごく嫌なものに思える。怒りや、悲しみや、苦しみ、妬み。全てを混ぜて煮詰めたような、濃い、負の感情。

 

「っ、」

 

それに気を取られれば飛んでくる攻撃。間一髪のところで後ろに飛んで避ける。

ガツン、と音を立てて鉄板の廊下に刺さる漆黒の剣。

刃から柄まで真っ黒のそれもやはり黒い空気を纏っている。しかしその剣の存在よりも、憎しみの女王が驚いていたのは。

 

「また……はずれた、」

 

いつだって騎士道を貫いた目の前の魔女が。

命である剣を投げて攻撃してきたことだった。

 

しかし絶望の騎士が持つ剣はひとつでは無いようで。

空中に何本もの剣を出しては、まるでマシンガンのように飛ばしてくる。

廊下という狭い通路でこの攻撃は痛かった。避けるのが後ろにしか出来ない。どうしても押されてしまう。

近づけないから魔法を使いたい。けれど呪文を唱える時間すらも許されない。

 

どうする。

 

憎しみの女王は唇を噛んだ。絶望の騎士の攻撃はまだ一度も当たっていない。

だから威力がわからないけれど、本能が警告している。この攻撃は何となく当たったらまずいような気がする。

テレポートで場所を移動したところで、相手も同じことをして追っかけてくるだけ。時間は稼げても、持久力の勝負になる。

打開策が見つからない。

考えろ、と自身に命令する。憎しみの女王は負けるわけにいかなかった。

いや違う。厳密には〝勝たない訳にはいかなかった。〟

負けでも引き分けでもいけない。この勝負は、何があっても勝たなければいけないものだった。

彼女の頭に過ぎる、ユリの姿。

憎しみの女王の心を強くする、その存在。その愛が一番であることを、否定される訳にはいかない。

ユリ、と。小さく名前を呼んだ。それだけで強くなれた気がした。

 

だめ。

痛みなんか、恐れるな!

 

憎しみの女王は避けるのを止めた。

全身の力を一度抜いて、身体の中心。胸の辺りに意識を集める。

ドスッと嫌な音がした。とんでもない痛みが彼女を襲う。

倒れそうになる衝撃。だめだ。集中しなさい、と自分に言いきかせる。

 

「正義よりも碧き者よ、愛よりも紅き者よ。」

 

そこでふと思った。この呪文は、何回目だろう?

貴女を想って唱えるのは。

 

「運命の飲み込まれし その名の下に」

 

ねぇ、ユリ。

私は思うの。世界に貴女と私だけになればいいのにって。

でもね、貴女がそれでその輝きを失うのなら、それは正しくないとも思う。

 

「我、ここで光に誓う。我が眼前に立ちはだかる、憎悪すべき存在達に。我と貴女の力をもって。」

 

全てはそう。貴女と私の為にある。

貴女が幸せになるために。

私の愛を示すために。

比較が必要ならば、それは在るべきものなのだろう。

 

貴女を喜ばせる私が在るために。

貴女を悲しませる世界が必要なのね。

なら私も、貴女と同じように。世界を愛するわ。

 

この呪文はきっと貴女の為に在る。

私と貴女の魔法。私達の、愛と正義の。

 

「いらないのよ、ユリの魔法少女は私だけでいいの。だからお前は、私達の愛の証明の為に負けなさい。」

 

その言葉に絶望の騎士は目を見開く。

彼女の中に、憎しみの女王への怒りがまた込み上げてきた。

絶望の騎士はかつての自分を恥じた。こんな、性根の腐った女を先輩と慕っていたのかと。

独りよがりで、なんて醜い。

絶望の騎士は気が付かない。溢れて止まらない怒りのせいで我を失っているから。

 

その気持ちが、考え方が。

自分の中にもある、酷似した感情であると言うこと。憎しみの女王も、絶望の騎士も。同じ願いがあること。

そしてそれはなんてことの無い。ただの恋慕であり。

在り来りな嫉妬と、独占欲と、執着であること。

 

これはただの、恋に狂った者たちの喧嘩であること。

 

「死になさい。かつて美しかった魔法騎士へ、偉大な愛の力を見せしめんこと。──アルカナスレイブ!!」

「私は貴女を殺す!!」

 

放ったビームと、投げられた剣。

爆発音と打撃音が大きく響く。それと同時に強い爆風。転がっていた瓦礫が一気に吹き飛ばされていく。

酷ち砂埃の中、一人が床に伏せている。

そうしてもう一人は冷たい目でそれを見ている。

 

「……私の全てをかけて、貴女を殺します。先輩。」

 

見下ろす絶望の騎士は、大きく腕を振り上げて。

床に伏せている憎しみの女王へ、剣を振り下ろした。

 

ぐしゃっ、

 

赤が、床に広がる。

勝敗は、あと少しで決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王は言った。

 

〝……私は、正義でも人形でもない。一人の、醜い人間だ。〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォンッ!

 

「うっわ……!?」

 

ユリが走っていると、突然の揺れが起こった。

急な出来事にバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか耐える。

床が揺れたと言うよりは、施設が揺れたような。

ユリの中の嫌な予感が大きくなる。それに比例して早くなる鼓動。走る。早く、もっと早く!!

エレベーターなんて待っていられなくて、階段で上へいく。

登りきる頃には息が切れていたが、それでも走った。どんなに遅くても、息が辛くても走ることを止めなかった。

もう少し、もう少しだ。

床に転がっている瓦礫は、交戦を連想させる。

それに足を取られないように気をつけながら進んでいくと、ようやく見えてきた人影。

それを見て、ユリの喉がヒュッと音を立てた。

 

「嘘。」

 

倒れる、見慣れた姿。

水色の可愛らしい髪と、透き通った白い肌が、赤く濡れていて。

その前に立ちはだかる、見た事のある姿。

黒におおわれているが、それが絶望の騎士であることは分かった。

胸にこみあげる焦りと悲しみが、涙となって溢れてくる。

ユリは二人に駆け寄った。そうして。

 

「アイに何してるの!!離れてよ!!」

 

思い切り、杖を振る。放たれるビーム。

それに驚いたのは、絶望の騎士も、憎しみの女王もであった。

あまりに驚いたのか、絶望の騎士はユリの放った攻撃を無防備に受けて、後ろに吹き飛ばされる。

倒れる絶望の騎士。しかしユリはそれを一切気にせずに、憎しみの女王へ駆け寄った。

 

「アイ、アイ!しっかりして!!ごめんなさいっ……!ごめんなさい!私のせいで、」

 

憎しみの女王の顔に落ちる涙。なんて暖かな雨なのだろうと、憎しみの女王は幸せ胸がいっぱいになる。

それを見て、絶望の騎士は、名前通りの絶望を味わっていた。

どうして、と。言葉が零れる。

 

どうして。どうして私を攻撃したの、ユリ。

私は、貴女の。貴女の為に。

 

ユリ、と。絶望の騎士は手を伸ばす。

しかし指先が肩に触れると、ユリは勢いよく振り返り、思い切りその手を叩いた。

絶望の騎士の手に痛みが走る。それはどんな攻撃よりも彼女にダメージを与える。

 

「触らないで!!貴女なんてっ……、大っ嫌い!!」

 

その言葉で、この勝負に勝敗がついた。

憎しみの女王はユリの腕の中でほくそ笑む。

頬に降る雨、暖かい体温。自分の為の強い怒り。あぁ、全てが美しく、全てが甘く。全てが偉大な。憎しみの女王が、絶望の騎士が何よりも欲したもの。

 

そう、愛は証明された。

確かに存在することが。そして決してそれは平等に与えられるものでは無いことが。

この場で、証明されてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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The Knight of Despair_9

その時込み上げた感情を、怒りと呼ばずになんと言おう。

嫌いという言葉は、勢いで出てしまったが訂正する気もなかった。顔が、体が熱い。

腕にアイを抱き締めて、私は真っ直ぐとエミを睨む。

閉じていたエミの瞳が開いている。そこに私はいくつもの美しい色を想像していたが、何も無かった。

空洞。闇だけが、そこにある。

その異様な姿にもちろん恐怖はあったが、それはどこか遠い感情であった。それよりも、この、内側に燃える熱は。

 

「許さない、」

 

アイを床に優しく横たわらせる。

声が聞こえた。待って、と。私を止めるアイの声。

でも振り返らない。危険なのはわかっている。けれど私だって、こんなことをされて黙っていられない。

杖をエミに向ける。エミは私を見て、名前を呼んだ。ユリ、と。

それがまた私の心に火をつける。

力になってくれるかも、なんて甘い考えをした数時間前の私を殴りたい。

彼女はアブノーマリティだ。警戒するべきだった。例え魔法少女だったとしても、全てが上手く味方になってくれるわけないのだ。

杖を振る。飛んでいくビーム。その勢いで、瓦礫を巻き込んで起こる砂埃。

しかしエミは変わらず佇んでいる。思わず舌打ちをした。

どうして私は、弱いんだろう。もっと強ければ、そうすればアイだって怪我をしなかったかもしれないのに。

 

「ユリ、お願い、止めて……?私は貴女のために、」

「そんなの私のためじゃない。」

「ユリ、」

「貴女自身の為でしょう。」

 

エミ、残念ながら私は、もう貴女に優しくしないよ。

言葉なんて選ばない。

 

「そんな、ねぇ話を聞いて……!」

「……もしそれが、私の為になるとして。」

 

悲鳴のような可哀想な声を出すエミに、心底苛立った。

私の為。私の為?それってつまり、私のせいってことじゃあないか。

そうだ。私のせい。私がもっとちゃんとエミを引き離していたら。

 

「私は、そんな〝為〟いらない。」

 

真っ直ぐと言葉を投げる。目はそらさない。そらす必要は無い。

 

「どうして、どうしてなの。だって貴女は言ったじゃない!私に、憧れていたって。それなのにどうして……!」

「どうして?」

 

エミの言葉を聞いて、考える間もなく答えは出ていた。

しかしそれが酷い言葉であることを私はわかっている。

皮肉だなぁ、と思う。私を傷つけていた感情を、今度は私が誰かを傷付けるために使うのだ。

 

「アイは、私にとって一番の魔法少女だから。」

 

そうして私は、もう一度杖を振り下ろす。

 

ずっと前から私は知っている。

微々たる差にすら順位は生まれ、無意識に人は何かを比較するのだ。

家族だろうと。

私だろうと。

でもこの場合は、微々たる差ではないけれどね!

 

「なんでっ……!」

 

なんで、どうしてを繰り返すエミ。

駄目だ。攻撃があまり通っていない。

エミは私の言葉に錯乱している。頭を抱えてうずくまってしまった。

今がチャンスであることはわかっている。が、手段がない。

杖の攻撃だとあまり削れない。使っている私が悪いのかもしれない。

 

「ユリ、」

「駄目だよ。動かないでアイ。」

 

私を呼ぶ声がした。絞り出したような声。アイの声だ。

きっと彼女は私を助けようとしている。けれどそれはいけない。アイの血を思い出して、私は眉間にシワが寄るのを感じた。

格好をつけているけれど、内心では焦る。

煽っておいてなんだが、私に勝機なんてない。

杖を握る手が、汗に濡れてる。動悸がする。胸が痛い。それでも、立っていないといけない。

今まで私を守ってきてくれた皆を思い出す。

アイも、ダニーさんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、オーケストラさんも。こんな気持ちだったのだろうか。

わからないけれど、もし同じならば私は心の底から彼らにもう一度感謝をしないといけない。

なにがあっても、どんなに怖くても。私の為に彼らは立っていてくれた。どんなに逃げたくても、痛い思いをしても。

でも、何度でも言おう。守られるだけではもう駄目なのだ。

戦うと、ここにいると決めたから。私は今度こそ、自分のことを好きになりたい。

 

「……あ、」

 

と、そこで思い出す。

オーケストラさんから、貰ったギフト。

オーケストラさんは言った。『危険なことがあったら使ってください』と。

私は慌ててウエストバックからそれを取り出す。

強く握って。オーケストラさんのことを考えて。どうか、どうか力を貸してほしいと。願って。

エミを見る。そうして、使った。

 

──オーケストラさんのギフト、彼の指揮棒を!

 

「っ……!?ぅ、な……ユリ、なにを……!?」

「ぁっ……!?あたま……いたっ……!?」

「えっ、」

 

ぶわっ、と。

大きな風を感じた。しかしそれはすぐに収まり、次の瞬間、私の持っている指揮棒から、音符が出てくる。

それは次々に現れ、大きな円をつくっていく。その音符に沿って引かれる線。

指揮棒を中心に、丸い楽譜が出来上がっていく。

私がもう一振りすれば、音楽が流れ初めて。

何が起こっているのかわからない。しかしこの曲は知っている。

 

「セレナーデ……。」

 

綺麗な曲。オーケストラさんが私に何度も聞かせてくれた曲。

その美しい音色と、楽譜が出来上がっていく芸術のような景色にうっとりと魅入ってしまう。

しかし直ぐに我に返って、エミに指揮棒を構える。隙を見せるなんて、してはいけないと。

 

「……え?」

「ぅ……ぁ……。」

 

何故か、エミが倒れている。

何だか苦しそうだ。ゆっくり近づいて、様子を伺うために指揮棒の先でつついてみる。

するとつつく度にびくびくと体を震えさせるエミ。

首を傾げる。どういうことだろう。

もしかしなくても、この指揮棒のおかげだろうか。

えいっ、ともう一振り。また音符が飛び出して、今度はさらに大きな円をつくっていく。

楽譜を読むのは得意では無いので、さっきの曲の続きかはわからない。それでも音楽は次第に音色が激しくなっている気がする。

でもそれに、なんの意味があるのだろう。

エミの様子を見ると、何もない訳では無いとは思うけれど……。

よく分からないけれど、美しい光景だと。場違いにも思った。

オーケストラさんらしいギフト。

こんなに綺麗なギフトが、今まで他の人にも渡していたのかと思うと悲しくなってくる。

 

……嫉妬なんて駄目。私にもくれたのだ。それでいいじゃないか。

 

そう言い聞かせて、私はもう一度指揮棒を振ろうとする。

振る度にエミはなんだか苦しそうだったから。このまま行けば鎮圧は成功するかもしれない。

そんな願望を込めた一振であった。腕を高くあげて、やったこともないくせに、オーケストラさんの真似をして。まるで指揮者のように──、

 

『やめろ!!』

「うわっ!?」

 

が、振り下ろす前に大きな声で止められた。

あまりにも大きな声だったせいで、耳がキーンとする。痛い。

何事だ、と一瞬理解できなかったが、すぐにインカムからの声だと気がついた。

Xさんの声だ。とても慌てた声だった。どうしたのだろう。

 

「Xさん?どうしました……?」

『どうしたもこうしたもない!!職員を全滅させる気か!!』

「へ?なんのことです?」

『お前は今研究所全体に攻撃してるんだよ馬鹿!!』

「えぇ?」

 

いやいや。なんの冗談だ。

はぁ、とため息をつく。やはりXさんは変わった。前はもっと真面目な人だと思っていたのに。

最近は無茶な指示も多いし、こんな時に冗談を言うなんて。

しかし、声をかけられたことで怒りで煮立った頭は少し冷静になった。

エミを見る限り、もう抵抗はしなさそうだ。それならばアイの手当が今するべきことだろう。

私は振り返って、アイに目をやる。苦しそうにうずくまっていて、その姿が痛々しくて。

 

「アイ、立てる……?」

 

顔を覗き込む。白い肌のコントラスト、赤い血が可哀想で。

アイはパクパクと口を動かしていた。何か言いたそうだが、聞こえない。

耳を近づけて声を拾おうと努力する。とぎれとぎれに聞こえたのは……〝音、〟

 

「音?」

「頭……痛、……やめて、ユリ……、」

「え?」

「お願い……音楽、を、」

 

そこで、アイは気を失ったようだった。

 

 

…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くの更新停滞と、不安定な更新にも関わらず、今も読んでいただけている、この画面越しの貴方様に本当に感謝しております。ありがとうございます。







あとユリちゃんそれギフトじゃない。




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The Knight of Despair_10

気を失ったアイに驚いて、何度か名前を呼ぶが起きてはくれない。

やめて、と彼女は言ったけれど。まさか。

手元の指揮棒を見つめる。Xさんの言葉を思い出す。まさか、本当に?

 

『ユリさん!!早く止めてくれ!!』

「えっ、あの……、」

 

インカム越しに聞こえる騒がしい声に焦る。

止めて、と言われても。

 

「これどうやったら止まるんですか……?」

『知るかふざけんな!!』

「ひぃっ、」

 

Xさんに怒鳴られて、思わず肩を震わせた。

しかし、止めるように言われてもどうすればいいか分からない。

これ以上指揮棒は振らない方がいいだろうか。それとも振った方がいいのだろうか。

色んな考えがぐるぐると頭の中を回るけれど。どれを選んでいいかわからない。

 

「お、オーケストラさん……!」

 

そうだ、オーケストラさんなら止め方を知っているだろう。

アイの身体をそっと床に横たわらせて、オーケストラさんの収容室に向かう。

廊下を走っていると、色んな人にすれ違ってその様子にびっくりした。

苦しそうに呻き声をあげている人、ぼんやりとどこかを見つめている人、最早立っていられなかったのか倒れている人。

これ全部、まさかこの指揮棒のせいなのだろうか。

いやいや、と首を振る。

いやいやそんな、まさか。多少はそのせいもあったとして、全てがそうであるなんて限らない。

 

『おい!!早くしろ!!』

「ひぃっ、」

 

しかしXさんは相変わらず怒っている。怖い。

私は半泣きになりながらオーケストラさんの収容室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙の匂いがする。

鈍い、鉄の匂いも。

焼けた地面に飛び散るのは赤。それすら鮮やかではなく、乾いてくすんでしまった。

誰かが言った。

 

『間違っていた。』

 

美しい騎士の話をしよう。

 

彼女は正義のため、その生涯を守護の為に使った。

彼女を必要とする人の声に応え続けた。

彼女は正しく、素晴らしい騎士であった。神の掟を守り、勇気、騎士道、正義を胸に。決して臆することなく戦い続けた。

 

最初はそう。私の力で、誰かを助けたいと思ったの。

 

騎士は戦いをやめない。どんなに怖くても、足が竦んでも。守るべきものはそこにあったから。

緑の草原は赤に濡れた。レンガの道は悲鳴が響き渡った。

血塗れた剣を天に。そして忠誠を貴方に。

 

 

 

 

 

それなのにどうして、貴方は「間違っていた」なんて言うの。

 

 

 

 

 

貴方に楯突くもの全てを私は葬った。女も男も子どもだって。

やがて世界に二人きり。正しいものは、私たちだけだったのに。

 

『君も私も間違っていたんだ。』

 

やめて。

 

『私の美しい騎士。共に眠ろう。そして次は、戦争など知らずに生きよう。』

 

やめて……!!

 

私を置いて、貴方は死んだ。

 

「……ふざけるな。」

 

お前が言うから、村を焼いたんだろう。

お前が言うから赤子の皮を剥いだんだろう。

それを何だ、最後には『間違っていた』など。

全て私にやらせておいて、自分で命を絶つなど。

 

振り返る。

焼け野原、誰の声も聞こえない。

骨が転がる。腐った血の匂いがする。

 

何も無い。

 

それでも私の中に残る、騎士の誇りよ。

私を嘲笑う。なんて汚いのかと。

私以外何も残っていない。真っ黒に覆われた、空。

違う。黒いのは、溢れてくるこの涙である。

 

 

 

 

 

 

 

『……お顔……どうしたの?痛い?』

 

誰かの声が聞こえた。

とても優しい声だった。

おかしな子だと思った。この姿になってから皆に忘れられて、恐れられて。誰も近寄ろうとなんてしなかったから。

あの時の子どもに似ていると思った。串刺しにして殺した小さな子ども。ガラス玉みたいな瞳で私を見つめていた、女の子。

 

瞬きをすると、場面が変わる。

 

彼女は悲しい匂いをまとって。それでも笑顔を作ってみせて。

 

『ねぇ、魔法少女って、やっぱり素敵だと思うよ。』

 

その瞳で、そんなことを言うものだから。

 

『……私はね。大好きだな。』

 

私もたまらなく貴方が大好きになった。

 

そう、ただ。

ただ、愛して欲しかったの。

愛していたの。

 

今度は間違えないと決めた。この愛おしい存在を、大切に大切に、守ってみせようと。

美しい彼女に手を伸ばす。その可愛らしい小さな頭に、いつか王冠を乗せてあげよう。

金と宝石でできた上品なのがいい。それに合うネックレスも用意しようか。それはプラチナで作ろう。キメ細やかな貴方に似合う、光り輝くネックレス。

可愛い額に口付けをしたい。祝福の口付けを。

だからそっと手を伸ばした。柔らかい頬を包み込んで、髪をかき分けて、丸い小さな額に、唇を寄せて──、

 

『触らないで!!貴女なんてっ……、大っ嫌い!!』

 

「……ユリ、あなたは間違ってる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーひー言いながらなんとか到着したオーケストラさんの収容室。

中に入ると変わらず立つオーケストラさん。どうしました?と。優しい声で聞かれて。

 

「う、ぅぁぁぁんっ、オーケストラさぁぁぁんっ、」

 

その優しさが胸に刺さって思わず飛びついた。

勢いよく飛びついたので痛かったかもしれない。それでもオーケストラさんは怒ることもせずに、宙に浮かぶ手で頭と背中を撫でてくれる。

 

──ユリさん、どうされたんですか?

──こんなに涙を溜めて……可哀想に。

 

「な、なんかね、貰った指揮棒振ったら大変なことになって……!Xさんにすごい怒られるし、でもどうしたらいいかわかんないし……!!」

 

子どものように泣きつく。我ながらみっともない。

それでももう私の頭はキャパオーバーだ。

助けて助けてとみっともなく縋り付くと、よしよし、と頭を撫でられた。

 

──私の相棒も貴方に振られるのが嬉しくてはりきってしまいましたかねぇ。

 

「相棒?」

 

そう言うとオーケストラさんはいつもと同じように空中から指揮棒を取り出す。

しかしいつもと違う点が一つ。指揮棒が片方しかない。

 

「え……?も、もしかして……、くれた指揮棒って。」

 

──はい、片方をお渡ししました。

 

「なんで!?」

 

私はてっきり、色んな人に渡されるものだと思っていて。

指揮棒なんて指揮者からしたら命みたいなものじゃないのか。

私は慌てて指揮棒をオーケストラさんの手に握らせて返す。

そんな大切な物を渡されるなんて思ってなくて、軽率に振り回してしまった。

オーケストラさんは指揮棒を受け取ると、くるっと振り回す。

何をしているかわからなくて、私がじっとその手を見つめているとオーケストラさんの笑った声が。

 

──止めるのなんて簡単です。

──曲は一つの終わりに向かっている。フィナーレへ。

 

音が大きくなる。

その音があまりにも美しくて、私の胸が高鳴った。

私が振るのとは全く違う、正しく芸術と言える音たちが。

この音を、知っている。私はずっと前に聞いたことがある気がする。

……そうだ、ここに初めて来た時。貴方は言った。

 

『──貴女の歓迎コンサートですよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿!!それは一番オーケストラが強くなるフィナーレって攻撃だよ!!ふざけんな!!」

 

その頃管理人室では、そんなことを叫ぶXがギリギリ溜まったエネルギーを使って、業務終了させたのであった。

 

 

 

 



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The Knight of Despair_11

お久しぶりです。正直お久しぶりすぎてもう誰も読んでないと思うから謝る気力すらないという。いや反省しろよ私……。













その後。とんでもなく怒られた。

管理人室に呼び出されて、もう怒鳴られるわ泣かれるわで散々だ。

謝っても「謝って済むか馬鹿!」とさらに怒られる。どうしたらいいか分からない。

 

「本当にすみません知らなかったんです……。」

「まず武器を渡された時点で報告しろ!!」

「ギフトだと思ってたんです!!他の人も貰ってるかなって……。」

「そんなわけないだろ!!ちゃんと見分けろ!!」

「判別むずかしいですよぉ……。」

 

言い訳していいなら、本当にただのギフトだと思ってたのである。

まさかそんな、ぽん、と渡されたものがアブノーマリティの武器だったなんて気が付けない。これ私が悪いの?

けれどそんなこと言ったらもっと怒られるのは目に見えていて。私はただ身を縮こまらせるしか出来なかった。ひぃん……。

 

 

 

 

 

 

 

こってり絞られた後、私はやけ飲みする為スーパーでビールを買った。あとついでにベーコンとナッツ。どちらもちょっと高いやつにした。

家に帰って、着替えも面倒だと上着を放って鞄も適当に床に置いておく。

本当は明日休みだけど、出勤になってしまった。責任取れとと言うことらしい。どう責任取ればいいのだろう。

今回のことに関しては自分に非があると思えない。私、勝手に閉じ込められて、誰も助けてくれないから自力で出て。エミがアイに酷いことしてたから怒っただけである。

 

やっぱり何も悪くない!!

 

くそぅ。だから本当は明日の支度とかしておかないといけないのだけど。怒られた余韻の残る体のケアが先。

カシュっと音を立ててビール缶を開ける。

こちらのビールはよく分からないから適当に選んだけれど。どこか日本のよりも大味に感じるのは錯覚なのかなぁ。

 

「……もう、日本のビールの味なんて覚えてないや。」

 

はぁ、とため息をついて机に突っ伏す。

どうしてこういうことは覚えてないんだろう。悲しかったこととか、辛かったことは覚えているのに。

「アイ……大丈夫かなぁ。」

 

目を閉じれば、あの子の姿が脳裏に浮かんで。

ボロボロになってしまったアイの体。見た途端頭が真っ白になった。

明日、叶うなら一番に会いに行きたい。ケセドさんにお願いしたら何とかならないだろうか。

 

『だって貴女は言ったじゃない!!私に憧れていたって!!』

 

「……、」

 

それと同時に思い出す、エミの姿。

はぁ、とため息が出る。そしてバリバリと頭を掻く。

……泣いていたと思う。あの時は怒りで、よく分かってなかったけど。

 

「なんか私の為とか言ってたよな〜!!」

収容室を出る時も、アイを傷つけていた時も。私の為。彼女はそう言っていた。

机から顔を上げて、ビールを飲み干す。独特の苦味と強い炭酸を感じる。

身から出た錆、自業自得。そんな言葉がグルグルと回っている。

……頭が痛い。

今回のことで、自分がいかに軽率な行動をしていたか身に染みた。

アブノーマリティの皆から好かれやすい自覚はあったけれど、警戒は解かないように、油断はしないようにと。

でもまさか、好意によってアブノーマリティが暴走するなんて。いや、考えたことはあったけど。

 

「……。」

 

アイの怪我。本当に私のせいだ。

それに、エミが暴走したのも。やったことは許せないけど、私がいなければ彼女は暴走しなかった。

エージェントの行動一つで、結果が変わってくる。わかっていたけれど、もっとちゃんと自覚しろと叱られた気分だ。

今回は、アイだから良かったのかもしれない。アイは強いから。もしターゲットが人間だったら。

そこまで考えたところで、想像が真っ赤に染まって。

 

「もう簡単に、好きとか言わない……。」

 

なんて。どこの乙女ゲームの主人公だ。

自嘲した。口の中にはビールの苦味が残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

同僚の人達からも責められることを覚悟していたのだが、何故かそういうことは一切なかった。

むしろ心配して声をかけてくれる人すらいた。

「昨日は大丈夫だったのか」とか「オーケストラに何があったんだ」とか。心配と言うよりは、不安や興味が強いのかもしれない。

 

どうやら昨日のことはオーケストラさんが収容違反したのだと勘違いしているらしい。

 

それもそうか。私だって杖を降っただけであんな攻撃が簡単に出来るとは思ってなかった。

普通人ができるようなことでは無いのだから、自然に考えてオーケストラさんが収容違反したと考える方が納得できる。

それを否定するのは面倒になるだけと分かっているので、笑って誤魔化した。嘘も方便。

しかし何も言いたがらない私にエージェントさんはより不安になったのか様々な憶測をたててきた。

 

「オーケストラを怒らせたのか!?」

「あはは、オーケストラさんはそんな簡単に怒りませんって……。」

「じゃあどうして、貴女がなにかお願いしたの!?」

「してませんしてません!!私本当に何があったか知りませんから!!」

「そんなはず……あんたがここに来てから、オーケストラは本当に大人しかった!!なのに……まさか、別れ話か!?」

「付き合ってないですよ!?」

 

いやみんなどうしちゃったの。働きすぎて頭おかしくなっちゃったの?

私が困っていると後ろからぼそっと声が聞こえた。「痴話喧嘩?」誰ですか言ったの。

 

「痴話喧嘩……、」

「あぁ、なるほど……。」

「それなら確かに……。」

「待って。本当に待って。」

 

いや待って。私ちゃんと仕事してたから。なんでそんな勤務時間中一人だけ痴話喧嘩してたことになってるの?

違うとハッキリ言っているのに、皆私の話を聞こうとしてくれず。

どんなに言っても私の声は届かない。出した答えに満足した皆さんはスッキリとした顔で離れていった。

その背中に否定の意を叫んでも誰一人振り返って貰えず。

そして前日の事件は〝迷惑な痴話喧嘩〟とされ、その一言で全ての騒ぎが片付けられたのである。めでたしめでたし。

え、いや。よくない。全くめでたくない。

 

 

※※※

 

 

結局痴話喧嘩を否定できないまま始業時間になって。朝から私はげんなりとした気分で仕事をする羽目になった。

 

〝対象:絶望の騎士(O-01-73-w)作業内容:交信〟

 

そこにこれである。私神様に嫌われているのだろうか。

いや、わかっている。ケセドさんにアイへの作業をお願いした。それはXさんにも伝わってはいるはず。

つまりこの作業指示は、「その前にやることがあるだろ」ということである。

行きたくない。とても行きたくない。けれど仕事だから行かなければいけない。

重い足取りで収容室に向かう。しかし行きたくない。

第一、行って何を話せばいいのだろう。謝れということか。私が間違ってましたって?いやそれでまた閉じ込められたらどうすればいいの。

それに私、間違ったことしたつもりは無い。酷いことを言ったとは思うが、あれはエミが悪いと思う。

アイは元々彼女の仲間なのに。一方的に攻撃して。あんな怪我負わせて。それを私の為だなんて──。

 

あれ?

なんか私、女の子二人侍らす悪いやつみたいじゃない!?

 

これと似たパターン、ネットで見たことある。確かあれだ、ホストに通っていた女性が他の女性に嫉妬してその人を刺しちゃったってやつ。

それでいくと、私ホスト!?

 

「え……もしかして私が悪いの……?」

 

その記事を見た時、刺した女の人も怖いけどホスト最低。とか感想をいだいていた。ホストは仕事だったとはいえ女の人を追い込むなんて酷いと。(※ゆりちゃん個人の見解です)

それを私に置き換えると?「だってアブノーマリティの作業は私の仕事だもん」ってふざけんな!言ってること同じだよ!!私ホストだよ!!(※違います)

とりあえず、ごめんなさいホストの人。

私も大概だし、私が最低とか言う権利ありませんでした……。(※せやな)

 

「……謝ろう。」

 

即座に謝ろう。でもなんて?

「その気にさせてすみません。」?

えっ、びっくりするほど最低な台詞だな!?

じゃあ「勘違いさせちゃったね。」?

……もっと最低だよ!!

 

ぐるぐると色んな考えが頭の中を回って。キャパオーバー。頭痛までしてくる。

気がついたら目的地の目の前。閉ざされた扉。逃げたくなる気持ちを抑えて、私は扉を開ける。

 

────そして次の瞬間には、押し倒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それこそ、最初は。

ただただ、誰かの役に立ちたかっただけだったのかもしれない。

誰かの笑顔を見たかっただけかもしれない。

お友達が欲しかっただけかもしれない。

それこそ、最初は。

ただの恋心だったのだろう。ただの愛情だったのだろう。

そこに欲が出てきて。もっともっとと先を求めて。

私のものになるように。この想いが叶うように、なんて。

 

女騎士である、彼女の話。単純で簡単な話。

彼女は、ある王様に恋をして。

王様の言う通りに、殺して、殺して。二人だけになって。

でも王様は、血まみれの床の上で泣いてしまった。

 

『君も私も間違っていた。だから、一緒に死のう。』

 

騎士は悲しくて、悲しくて仕方がなかった。

だってそれは何よりも大切だった。何よりも欲しいものであった。

彼女は王様が、好きで、好きで。好きで──。

 

ただ、笑って欲しいだけだったのに。

 

『好き。』

 

それを王は、間違っていたというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望の騎士は、ユリと王を重ねていたのだろうか。

それは誰にもわからない。だって本人も、わかっていないから。

 

ただ言えることは。

あの日────、絶望の騎士が、ユリと出会ったその日。

キラキラと、まるで星を詰め込んだような瞳が彼女を射抜いた時。

そして子どものような声で、自分に会いたかったと笑う彼女を見て。

 

とても愛おしくて。

とても可愛らしくて。

 

それなのに、上手く返事を出来なかったことを。ユリが去った後に閉じた扉を見ながら騎士はずっと後悔していた。

きっともう来てきくれない。そう思った。自分はもう、いい魔女ではないから。王にすら捨てられた、血濡れの魔女だから。

 

「……でも貴女は、来たから。」

 

悲しい匂いを漂わせて。でも笑って、来たから。

思わず頬を撫でて。その暖かさに、柔らかさに驚いた。こんなの簡単に壊れてしまえるほど、貴女の身体は儚かった。

 

『物語のような存在でないと、苦しんじゃいけなかったのかな。』

 

そう言った貴女の表情を、私はきっと、ずっと忘れない。

その小さな体に、柔らかな内側に。何を抱えているのだろうと思った。

けれど聞いても、貴女は何も答えずに笑うのだ。

 

『ねぇ、魔法少女って、やっぱり素敵だと思うよ。』

 

そして

 

『……私はね。大好きだな。』

 

そんなことを言うから。

 

「どうして。」

 

────女騎士は恋に落ちた。

 

それはまるで春のような、暖かく柔らかな人に。

どうして。どうして貴女は笑うのだろう。そんなに悲しそうなのに。どうして。

笑って欲しい。笑って欲しかった。

心の底から、幸せに。私の方を向いて。貴女に笑っていて欲しいと思った。私は貴女の、笑顔になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今。

絶望の騎士は、四角い箱の中。

訪れたユリを、盛大に押し倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士は幸せだった。彼女はずっと、誰かを愛したかった。

愛は偉大である。全ての活力となり、その想いが生む感情は喜びも怒りも悲しみも全てが大きく活き活きとしている。

世界に色が着くとは上手い表現である。その通りであった。

絶望の騎士の世界は、日に焼けて薄くなった絵のようなものであった。セピアなんて味のあるものでも、色褪せた写真のような懐かしさもない。

ただ、薄いだけの。何となく存在しているだけの世界であった。

けれど、今は違う。

 

「好き。」

 

好き、ユリ。

 

「好きよ。」

 

大好き、ユリ。

 

溢れてくる、愛の言葉と涙。

覆いかぶさっている絶望の騎士の涙が、下のユリにボタボタと落ちてくる。

それは雨のよう。ユリの目の下辺りにボタボタ、落ちて水玉を描き、頬の丸みを通って床に落ちる。

好き。好き。大好き。そんな言葉も一緒に降らせて。

ユリはその言葉と涙に固まってしまう。この展開を彼女は予想していなかった。

むしろ絶望の騎士は自身を怒っているだろうと思っていて。押し倒された時も、首でも締められるのかと思った位。

ユリは呆然と、絶望の騎士を見る。閉じられた目から器用に零れる涙の粒達。キラキラ、キラキラ。流れ星のような。

 

「好き、好きよ、ユリ、好き、」

 

絶望の騎士はその言葉をやめない。甘く美しい、純粋な愛の言葉。

ただ真っ直ぐに、ユリを貫いていくその感情に、ユリの身体は熱くなる。

ずくずくと胸が痛くなって。なにか言わなければと口を開くのに、言葉が見つからない。

 

ユリはただ、思った。

────恐い、と。

 

初めてだった。初めて、自分に向けられる愛情を。本気で恐いと思ったのだった。

何故だろう。ユリはこれまでも、何度も何度も似たような感情はぶつけられているのだ。

それは目の前の絶望の騎士よりも、人から遠い外見のアブノーマリティにも。

そうだから。そんな怖いことなんてないはずで。

むしろよかったと安堵するべきだ。好意を持ってくれているのなら言うことも聞いてくれるかもしれない。

嫌われているよりよほど。

よほど、いいと。

 

「ユリ、」

「……。」

 

────思えない。

やはりユリは、どうしても怖くて仕方がなかったのだった。

 

手の震えがはっきりと感じられたあたりで。

見上げたその美しい顔に、固唾を呑んだところで。

ユリは気が付く。

 

あぁ、私。

もうこの子のこと好きになれないんだ、と。

 

もう無理なのだ。もう好きになれないと、自分の意思とは違う所で体が反応している。

受けとめられない。

だからその愛情は、好意は。ユリにとって鉛のような、重いだけのものであった。

それに気がついた瞬間、何だかユリは悲しくて仕方がなくなる。

冷めきってしまった自分の心。それでも彼女は好きだと言うのだ。

他人事のように、哀れだと思った。可哀想だと。でもユリはもう絶望の騎士を好きになれない。

ユリは起き上がる。少し押せば、絶望の騎士は簡単に退いた。

向かい合う。絶望の騎士は相変わらず悲しそうな顔をしている。

それを見ても何も心が動かない。笑った方が似合う、と思った自分がとても遠く思えた。

 

笑顔の方が似合うから、笑み、エミ。

その時本当にそう思って。その名前を捧げたのだ。もっと笑って欲しくて、泣かないで欲しくて。

 

「……もう、いいよ。」

「ユリ……!」

「帰るね。……ごめんね、騎士さん。」

 

立ち上がって。そのまま扉に向かう。

絶望の騎士は一瞬何が起こったか分からず。けれどユリの言葉を頭でなぞって、それに言葉通り、絶望して悲鳴をあげた。

甲高い声がユリの背中に刺さるが、ユリは振り返らない。決して振り返らなかった。

 

 

 

そして取り残されるのは、絶望の騎士だけ。

 

 

 

彼女は泣いて、泣いて。その場にただ蹲って泣いた。

 

「どうして……、ねぇ、どうして……。」

 

どうして、そんな風に呼ぶの。どうして、そんな表情で私を見るの。

まただ。また、変わってしまった。あの時と同じ。

彼女は気がつく。やはりだ。やはり、二人きりでないとダメなのだと。

 

「ユリ……好き……。」

 

世界に二人だけならば。

間違いなど、もう何も無くなるの。

 

 

 

 

 

 

 



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きっと在り来りでつまらない話_1

──ねぇ!聞いて、あの子結婚したんですって!

──えぇ!?誰と!?そんな話でてなかったじゃあない!

──なんでも急に決まったらしいわよ。相手はね……。

 

 

 

 

──福祉チームの、ダニーさんだって!!

 

 

 

 

「っ!?」

 

エレベーターの中での会話。狭い個室ではひそひそ話も聞こえる。

特に興味もなく、次のアブノーマリティの情報を確認していたのだか。

出てきた名前にタブレットを落としそうになった。更にむせそうにもなった。

あまりに驚きすぎて声が出なかったのが幸い。彼女らは私の動揺に気がついていない。

 

いや、え?ダニーさんって、あのダニーさんだよね。

 

私の考えが追いつく前に、彼女たちはそのまま楽しそうに口を動かしている。

 

──なんでもね、とっても優しいんですって。

──でも二人の時はね、情熱的で……。

 

脳裏に浮かぶダニーさんの姿。よく眉間にシワを避けて、言い方が業務的で高圧的で。

 

ジョウネツテキ……?ヤサシイ……?

誰……??

 

頭に宇宙が広がる。女性達の話と私の知ってるダニーさんが違いすぎて、それはもはやダニーさんの振りをしている宇宙人では無いのだろうか。

 

いや、この場合アブノーマリティの可能性の方が高い。

 

まさか、と思う。まさかダニーさん、私の知らないところでアブノーマリティに変な術でもかけられて人格が変わってしまったのではないか。

それだと全てが納得いく。

 

まずい!それだとダニーさんが結婚詐欺になってしまう!!

結婚した途端に豹変するモラハラ夫になってしまう!!

 

もう少し情報が欲しくて、気が付かれないように女性達の話に耳を傾ける。が、次の階で降りる予定だったようで、それ以上の有益な情報は得られなかった。

追いかけて聞きに行く訳にもいかない。私はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、自分の仕事に取り組むしか道がなかった。

 

ダニーさん、大丈夫かなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起こさないで」。と彼女は言った。

 

それはとても幸せな夢だったから。目が覚めてもいい事はないから。それならばもう、そんな現実からは逃げてしまいたかったから。

彼女の爪はボロボロだった。噛みグセがあるのだ。

最初は親指を噛んで、深爪するくらい噛みきった後に、人差し指を噛んだ。

隣へ隣へと続いていって、もう噛むものがなくてイライラしている。

カウンセラーはそんな彼女をただ見ている。言葉を選ぶ。彼女は言う。「もう、眠りたいんですが。」。カウンセラーは困った。

 

夢を見る理由は諸説あり、まだ解明されていない。

 

ある説では、〝記憶の整理〟とされている。

意識がある時に目で、耳で、感覚で学んだ情報等を脳の中で整理して、それらが結びついて一つのストーリーとなっているのだと。

 

けれどある本では、〝心の状態〟を表すともされている。

ストレスがかかっている人は悪夢を見るという。例えば何かに追いかけられる夢、何かを壊してしまう夢、何かに閉じ込められる夢。様々である。

 

問う。「なぜ貴女は夢を見るんですか?」。

 

それに対して、彼女は言った。

 

「現実から逃げたいの。」

 

「だってね、理想とね、現実が。ちょっと違いすぎるのよ。だってね、どんなに頑張っても、報われないことだってあるじゃあない。」

 

彼女は唇を噛んだ。

爪を噛みなれたその歯は遠慮なく唇の皮を破く。

 

「こんなの無意味。だってあなたは、私に夢を見せてくれない。」

「夢を見せているのはアブノーマリティですか?」

「そう。収容室に、羊がいたの。そして気が付いたら眠っていた。」

「その時見た夢は覚えていますか?」

 

カウンセラーの言葉に彼女は一度、言葉に詰まった。

しかし直ぐに口を開く。「忘れもしない。」その目は焦点があっていない。

 

「すごく……素敵な夢だった。幸せで幸せで……。この会社で働いていて、良かったと思った。」

 

カウンセラーはその続きを聞こうとする。しかし彼女はそれを無視して、ベラベラと舌を動かした。

 

「私ね、ずっと思ってたの。ほら、映画とか漫画でよくあるじゃない?

メインキャラクターが夢に魅入られて閉じ込められてしまうストーリー。

私、ずっと馬鹿だと思ってたの。所詮は夢で、そこで幸せになっても意味がないって。どうせ精神攻撃なんだから、心を強く持てば大丈夫だって。思ってたの。」

 

 

「でもね、」。彼女はまっすぐカウンセラーを見る。

 

 

「目覚めない夢って現実と何が違うの?」

 

そして、そんなことを聞くから。

 

「貴方はなんで夢を見るかって聞くけど」

「逆に、なぜ現実を見るの?」

「ねぇ、」

 

「現実って、そんなに価値があるの?」

 

 

カウンセラーは黙ってしまう。

〝水槽の中の脳〟という話がある。〝あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている夢なのではないか〟。という仮説である。

それはただの仮説であり、確信ではない。〝そうであってもおかしくない〟という一つの考えでしかない。

けれど、それを否定は出来ない。だって誰も、それを証明出来ないから。

その話を別の視点で見ると、〝所詮現実などそんなもの〟ということである。

そう所詮、目の前に広がる現実は、何かしらを使って脳が状況を処理をしているだけのものなのである。

「いいじゃない。私が満足しているんだから。もうね、嫌なの。どんなに頑張ったって報われないこともあるのは、先生だってわかるでしょう。」

 

その点夢はいい、と彼女はうっとり笑った。

 

「やればやっただけ、思い通りになるの。ううん。それ以上に。何もしなくてもいい方向に進んでくれる。誰だってその方が嬉しいでしょう?ゲームだって、やっただけ経験値がちゃんと得られるから皆やるの。現実みたいにやってもやっても何もならないなら、誰もやらない。」

カウンセラーを置いて彼女は饒舌に話し続ける。

その表情は幸せそうで、そして興奮している。しかしカウンセラーは怒られているような気分にもなる。

 

「ずっとずっと、眠っていたい。起こさないで。なんで起こしたの?ねぇ、なんで起こしたんだよ!!ふざけるな!!邪魔をするな!!私を寝かせろ!!あぁぁぁぁぁっ!!起こすな!!死ね!!私を起こすやつは全員死ね!!」

 

彼女は突然叫び出す。そしてカウンセラーに掴みかかる。

あまりに突然のことで、簡単にカウンセラーは捕まってしまった。ガタンッ!彼が座っていた椅子ごと倒れる。

 

「頭が痛い!!全部痛いんだ!!目も、心臓も、胸も、心も全部痛いんだ!!起こすな!!私をもう起こすな!!お願いだからもう、私をおこさないでぇぇぇぇっ!!」

 

彼女はカウンセラーの首を掴み、しかし一定の力からそれ以上はかけらないようで。

ただ叫んで、笑って、泣いて、怒って。必死にカウンセラーを殺そうとする。ギザギザに噛み切られた爪が、その首にくい込む。

カウンセラーは死の恐怖を感じた。殺される。ほぼ無意識に緊急の呼び出しボタンを押す。

ブザーがなる。ブー、ブー!!その音を彼女は、開幕の知らせと勘違いをして、カウンセラーから手を離す。

そして思い切り頭を前に倒し、お辞儀をした。振り乱された彼女の髪が乱雑にカウンセラーにかかる。

ギシギシに傷んだ髪。その隙間に赤が見える。唇から流れる赤。血の色。なぜかとてもくすんで見える。

お辞儀をしたまま動かない彼女を不思議に思って、カウンセラーは恐る恐る顔を見る。

 

────眠っている。

 

これはもう、目覚めないかもしれない。

目覚めさせなければいけないとカウンセラーは分かっている。けれど、それは彼女の幸せなのかと考えてしまった。

それを考えた時点で、もう終わりだ。彼女のカウンセリングはもう出来ない。

カウンセラーはぼんやりと、彼女を見る。汚い。どこもかしこもボロボロだ。

 

夢の中では。彼女はきっと健康なのだろう。

艶やかな髪と、ふくよかな唇と、整った爪と、傷のない、血色のいい肌をしているのだろう。

 

何だかとっても悲しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダニーさんのことは気になるが、とりあえず仕事だ。

いつも通りの日常。廊下を歩く度に聞こえる悲鳴とか怒号。これを日常と言うのもどうかと思うが、慣れてしまったのは仕方ない。

アイのところにも行きたかったのだが、その前にオーケストラさんへの作業指示を命じられる。

それは私にとって都合が良く、余計な指示が追加される前に急いで収容室へ向かった。

オーケストラさんに、やりたいことがあるからだ。いや、私にとっては〝やらなければいけないこと〟、だけれど。

 

収容室に入って、オーケストラさんを目の前にして。

私は、貰った指揮棒をオーケストラさんに差し出した。

 

「お返しします。」

 

そしてぺこり。お辞儀をする。

 

──気に入りませんでしたか?

 

「ううん、そうじゃないんだけど……。」

 

両手の上、まだ乗せられたままの指揮棒を見て私は色んなことを考えた。

返せ、というのはXさんからの指示ではない。誰かからのアドバイスでも、忠告でもない。私の意思で返そうと思った。

恐らく。Xさんはこの指揮棒を渡すように言ってくる。

もちろん他の皆もそういうだろう。ダニーさんも、リナリアさんだって。この指揮棒を私が持っていることを知れば会社に預けろと言うと思う。

その方が会社の、世界の為になると。

 

でも、それが嫌だった。

 

これはオーケストラさんが私の事を思ってプレゼントしてくれたもので。

それをどう暴こうかなんて。どう使おうかなんて。私は、考えたくない。

馬鹿だ。わかっている。私は今とても勿体なく、馬鹿なことをしている。

どんなに罵られても馬鹿にされても構わなかった。

私は笑って、オーケストラさんに指揮棒を返す。指揮者にとってこれは命だろう。貴方の命を、他の誰かになんて渡さない。

 

「私は、護れないから。」

 

この言葉をオーケストラさんは不思議に思うだろう。それでいい。わかる必要なんてない。

Xさんはまだ私に指揮棒を渡すようには言ってきていない。色々ありすぎて言い忘れたのだろう。

そう、きっと言い忘れただけ。思い出せば直ぐによこすように言われる。

 

もし会社の指示で指揮棒を渡すように言われたら。

 

私は断るけれど。それは嫌だと、言うけれど。

そんなのいつ奪われるか、というだけ。会社は私から指揮棒を奪うだろう。安易に想像できる。……どんな手を使っても。

私はきっと、簡単に奪われる。護れない。

 

「必要な時に、借りに来るね。それまではちゃんとオーケストラさんが持ってて欲しいの。」

 

だから、貴方に返す。

 

────わかりました。

 

オーケストラさんの手が現れて、私から指揮棒を受け取る。

しかし空いているもう片方の手は、私の頭を撫でた。

頭の形をなぞるような、とても優しくて、丁寧な撫で方。

私は目を閉じる。その心地良さに甘える。

 

色んなアブノーマリティがいる。優しいばかりではない。危険で、怖いアブノーマリティも沢山いる。

でも私、そんな中でもオーケストラさんが好き。

アイも好き。ペストさんも好き。そんな私を、みんな変わってるって言う。

 

馬鹿でもいい。怒られてもいい。罵られてもいい。

彼らが私に何かしてくれるように。私もできる限りことをしたいと思っている。

〝でも私に何ができるの? 〟無意識に浮かんでくる言葉はあまりに冷たいから、少し無視をしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






タイトルの形式変えようと思ってて、少しずつ変えていきます。もっと読みやすくなったらいいなぁ。
あと本当に、コメントありがとうございます。ちょっとあまりに嬉しいというか、というか、現実感ないです。もう見られてないと思ってたから。心と頭がしばらくしたら追いつきますので、そしたら発狂してお返事するので待っていてほしい。多分発狂する自信ある。今でもちょっと夢だと思ってるから。


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きっと在り来りでつまらない話_2

※一部セフィラを悪く見せるような表現があります。
その部分も今後掘り下げていくつもりですが、苦手な方はご注意ください。










オーケストラさんへの作業が終わって、一度本部に戻る。

チーム本部は人の出入りが激しく、色んな人にすれ違った。けれど何だか皆の様子がおかしい。

一言で言えば元気がない。足取りがふらついているし、顔色も悪い。

目もどこか虚ろでぶつかりそうになった。私は避けたけど、所々でぶつかっている音がする。

皆どうしたのだろう。元気な人達もいるけれど、そうでない人も多い。 心配になる。

 

「あ!ユリさんお疲れ様〜。」

「リナリアさん、お疲れ様です。」

 

チーム本部には、作業指示の待機をしているリナリアさんがいた。

リナリアさんはいつも通り笑っていて安心した。

それはリナリアさんも同じだったようで、私の顔色を見てほっと息を着く。

 

「良かった、ユリさんは元気だね。」

「やっぱり何だか……皆さん変ですよね。」

「ね、アブノーマリティの仕業かなぁ。」

 

辺りを見渡す。やはり元気がない人も多い。

よく見ると皆目の下にうっすらと隈がある。もしかして寝れていないのだろうか。

 

「ダニーさん……大丈夫ですかね。」

「ダニー?ダニーも元気ないの?」

「いや元気ないって言うより……。」

 

エレベーターで聞いた話を思い出す。話の通りいけば、元気が無いわけでは、ないと思うけれど。

 

「なんか、結婚するって話聞いて……。」

「は!?いや、ないない。絶対無い。」

「そういう話を聞いたんです。何でも……相手に対しては優しくて、情熱的らしくて……。」

「絶っっっったいない!!人違いだよそれ!!あいつほど結婚に向かないやついないって!!」

「でも、福祉チームのダニー、ってダニーさんしかいませんよね……?私も信じられなくて……。もしかしたらアブノーマリティのせいかもしれないって思ったんです。」

 

そこまで言うと、リナリアさんも少し現実味を感じたのか表情を崩す。

 

「……ダニーの偽物ってこと?」

「えっ、」

「それなら、納得いく。あれだよね、金の斧と銀の斧……みたいな。アブノーマリティのせいで、ダニーが優しいダニーと入れ替わったってこと?」

「そ、そこまで考えてませんでした……っ!」

 

そうか、そういう可能性もあるのか。

てっきり私は性格を変えるアブノーマリティでもいるのかと思った。

けれどリナリアさんの言う通り、もしかしたらそもそも別人であったら?

 

「……じゃあ、本物のダニーさんは、」

 

どこにいるの?

 

私とリナリアさんがタブレットを取り出すのは同時であった。

エンサイクロペディアを開いて、アブノーマリティを調べる。何か、そういった力を持つアブノーマリティがいないか。もしいたとしたら対処法は────「なにしてるんですか?」

 

「うわっ!?」

「ダっ、ダニーさんっ!」

 

後ろから聞こえた声にリナリアさんと振り返る。

そこにはダニーさんの姿。私達は様子を伺って、何も言えずにいる。

ダニーさんが不思議そうに首を傾げた。リナリアさんの喉がごくん、と動くのが分かる。

私もダニーさんを凝視する。偽物かもしれない。考えたくないけれど、もしもそうならばより早く原因を突き止めなければ。

「二人して何変な顔してるんです?」

 

私達が何も言わず見つめるのを怪訝に思ったようで、ダニーさんはそう言った。

そのトゲのある言い方。愛想のない表情。眉間のしわ。

 

「いつも通りのダニーさんだ!!」

 

思わず大声で喜んでしまった。

 

「えっ、何ですか、怖……。」

「なんだ、よかった……。心配しちゃった。」

「いやだから、何の話だよ。」

「ダニーが性格悪いいつものダニーで良かったって話!!」

 

バシッ

 

「痛った!?」

「ダニーさん!?リナリアさん大丈夫ですか!?」

「いや今のはこいつが悪いだろ。」

 

ダニーさんが冷たい目で私たちを見る。デコピンされたリナリアさんは痛そうに頭を抑えた。

リナリアさんの心配をしながらも、やっぱりいつものダニーさんで安心する。そうそう、このサド加減。とてもダニーさんだ。

 

しかしそうなると、あの噂はなんなんだろう?

やはり人違いなのだろうか?

 

「ねぇダニー!結婚するって本当!?」

 

うーんと頭を悩ませていると、私の代わりにリナリアさんがダニーさんにきいた。しかしそれは質問と言うより、問い詰めるような口調だ。

ダニーさんは目を見開く。しかし直ぐに眉間に深い皺を作る。そして頭を抱えた。はぁぁ、大きなため息。

 

「その噂……誰から聞いたんですか?」

「えっと、私がエレベーターで話してるのを聞いちゃって。」

「はぁぁぁぁっ、最っ悪だ……。それだと他にも広がってるだろ……くそ。」

「ダニーさん……?」

 

ダニーさんはガシガシと頭を掻いて項垂れる。その異様な様子にリナリアさんと私は顔を見合せた。

 

「……当たり前ですけど、それ、嘘ですから。」

「あ、嘘なんですか!」

「ユリさん信じてたんですか?」

「いや。アブノーマリティのせいかなーって。」

 

バシッ

 

「痛っ!酷いです!!」

「お前ら本当に俺の事なんだと思ってんの?」

 

結構な威力のデコピンをされて額を抑えた。

ダニーさんの敬語が崩れて、私達を睨んでくる。ジンジンと余韻の残る額を擦りながらダニーさんの話を聞いた。

 

結論から言うと、ダニーさんは結婚の予定はないらしい。それどころか恋人も今はいないと。

リナリアさんが「だよね!」と笑うものだから、ダニーさんのデコピンがも一発とんだ。

 

「問題はその噂の出どころですよ。直接問い詰めたいんですけど……。」

「出来ないんですか?」

「……。」

 

ダニーさんは難しそうな顔をして、考え込む。言うか悩んでいるように見えた。

しかしため息をついた後、口を開く。面倒くさそうにゆっくりと。

 

「その当人が……会えないんですよね。。」

「え?でも話している人達は、最近のことみたいに言ってましたけど……。」

「そう。噂自体、最近のものです。だから出勤しているはずなんだ。……でも、会えないんですよ。誰もが、出勤したあとのことを知らないって。」

 

しん、とそこで沈黙。

 

「……え、これ怖い話ですか?」

 

半分冗談のつもりでそう言ったのだが、ダニーさんもリナリアさんも黙ったまま。

私達三人、顔を見合わせて。微妙な空気が流れる。

 

「……。」

「……。」

「……。」

 

ぞくっと、背筋に寒いもの。嫌な予感がしたのは私だけではない。

 

ぴるるっ、

 

「あ……。」

 

その沈黙を破ったのは私のタブレット。

通知音だ。直ぐに内容を確認する。

 

「え……?」

 

【作業指示:セフィラ・ケセドとの合流。後に新たな指示をだす。】

 

この指示、どういう意味だろう。

戸惑いが表情から読み取られたのだろう。二人にタブレットを覗き込まれる。

別に隠す必要も無いので、素直に画面を見せた。すると二人の眉間にシワがよる。

 

「これ、どういう意味?」

「ろくな理由じゃなさそうだな。」

「普通じゃあ……ないですよね。」

 

しかし無視する訳にもいかないから。私はケセドさんの居場所を確認して動き出す。

ダニーさんとリナリアさんは心配そうな顔をしてくれたけど、私は笑って「行ってきます、」と伝える。

「大丈夫ですよ。割と私、こういう指示多いですから。」

それは安心させたくて言ったのだけど。逆効果だったのか二人より険しい顔になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケセドさんと合流する。相変わらずかっこいい人だ。目のクマが気になるけれど。

ケセドさんは、実は結構好き。異性としてという訳ではなく、彼の笑顔は優しくて安心する。

彼は笑って、私の手を引いた。連れていきたいところがあるのだと。

 

「あの、別に手を繋がなくてもついて行きます。」

「あ、ごめんごめん。」

 

結構強い力で引かれたから、何だか引きずられてるみたいな気分だった。

ケセドさんは直ぐに手を離したくれたけど、掴まれたところが少し痛い。

ケセドさんはそんな私をチラッと見た後、でも何を言うでも進みはじめた。

その背中を必死に追いかける。ついて行くとは言ったけど、足の長さが違うせいで小走りになってしまう。

 

「移動しながらだけど、今回の業務について話していいか?」

「あっ、はい!詳しく私も知りたかったので、」

「ありがとう。じゃあまず……、今中層を中心に起こっている異変について話そう。」

 

「ユリさんも気が付いてる?職員達の様子がおかしいこと。」

 

「!」

 

そう言われて、私は分かりやすく反応してしまった。

記憶を辿れば、先程もすれ違った元気の無いエージェントさん達。中層中心、ということは私達の周りだけでは無いのか。

 

「実は大体の検討はついている……、というよりも、確定しているんだ。最近来たアブノーマリティのせいだろう。」

「やっぱり、アブノーマリティのせいなんですね。」

 

まぁこの職場だと、大抵はアブノーマリティのせいなんだけれど。

そしてこの流れ。恐らくだが……、私にそのアブノーマリティへの作業を命じられるのだろう。

ダニーさん達にも言ったけれど、私は本当にこういうことが多い。新しいアブノーマリティは基本一度私の作業が入るのだ。私が対面した時の反応を見たいのだろう。

自分が他のエージェントさん達よりもアブノーマリティ達と親密になりやすいことは自覚している。だから仕方ない。

正直に言えば、そんな危険なこと出来るだけ避けたいけれど。ここで働いてる人達は毎日危険と隣り合わせなのだから、わたしも我慢しなければと思っている。

 

でも、気になるのは。

 

「……私は、そのアブノーマリティの作業をすればいいんですよね?」

「お、察しがいいね。」

「わかりますよ。いつもの事ですし……。でもなんで、ケセドさんがこの話をするんですか?」

 

いつも通りなら。前置きなんてなくタブレットに作業指示がくる。

そうでなくてもインカムでXさんから直接説明がある程度だ。

何故わざわざケセドさんを間に挟むようなことになっているのだろう。その理由は予想もつかない。謎だ。

私の言葉にケセドさんは一度止まる。そして振り返る。

じっと、私の顔を見た。

 

「……あの……?」

「……。」

 

ケセドさんは何も言わない。ただ私を見ている。

観察されているような。上から下までジロジロと見られて、何だか嫌な気分だ。

もう一度声をかける。「あの、」。すると今度は笑顔で反応してくれた。満面の笑み。

 

「ユリさんに見せたいものがあるんだ。」

「見せたいもの?」

 

ケセドさんは今度は横を向く。私もその視線を追って横を見る。

そこには、扉があった。

目的地にはいつの間にか着いていたようだ。真っ白な二つドア。黒のドアノブ。

錠前と鎖で閉ざされている。立ち入り禁止のようだ。

それなのにケセドさんは、なんと私に鍵を渡してきた。錠前と同じ色の鍵。

驚いてケセドさんを見ると、また笑顔。でもまた、何も言わない。

 

「……開けて、いいんですか?」

「……。」

 

何か言って欲しいのに、やはり笑うだけ。

不審に思いながらも、このままという訳にはいかない。それに無言の圧を感じる。さっさと開けろと。

かちゃん、と音をたてて簡単に開く錠。そのままでは開けられないので、鎖と錠前を外していく。

どちらもちゃんとした作りのもので、結構な重さがあった。じゃらんじゃらんと動く度に音がする鎖は、足の指に当たったらかなり痛いと思う。

全て外して鎖を束にするともう両腕で無いと持っていられない位だった。このままでは扉を開けられないので、とりあえず一度床に置く。

 

「鍵は預かるよ。」

「……。」

 

鍵をひょいっと奪われて、ケセドさんはまた笑うだけ。

説明する気はないようだともう諦めた。意を決して、ゆっくりと扉を開ける。

扉は外開き。なのでこちらに向かって引いていく。ぎぎぎ、と軋む音をたてながら開いていく。

中は暗くて、開くと廊下の電気が中に差し込む。

うすぼんやりとした中に見えたのは、いくつもの台。なにか置いてある……?

 

「……ぇ、」

 

ちがう。

これベットだ。置いてあるのって、人だ。

 

「っ、」

「おっと。」

 

驚いて後ずさる。その時バランスを崩して転びそうになるが、ケセドさんに支えられた。

ケセドさんを見る。彼は私を、見下ろしている。

 

「なん、な、なんですか、これ。」

「……なんだと思う?入ってよく見てくれ。」

「い、嫌ですよ!!」

 

ケセドさんがグイグイと私を中へ押していく。冗談じゃあないと必死に抵抗した。

人が横たわっているいくつものベット。不自然なほど静かな空間。

そう、あまりに静かだ。息の音すら聞こえない。

 

「死体、ですか。」

「いや?……よく見てくれ、寝ているだけだ。」

 

寝ているだけ?これが!?

信じられない。こんな安らかな眠りあるのか。こんなに人が集まっているのに、寝息すら聞こえないなんてこと。

 

「……。」

 

確認する為、仕方なく少しだけ中に入る。

入口に一番近いベット。そこに横たわる人。男性だ。

じっと見つめる。でもその体はぴくりとも動いていない。胸の辺り、肺があるであろうそこですら動いていないように見える。けれど。

 

「……本当に、息、してる……。」

 

そう、している。生きている。とても細く弱い呼吸が、音すらたてずにしている。

鼻の辺りに指を近づけたらようやく分かるくらい。それ程に静かな眠りだ。

 

異常。

そう、思った。

 

異常だ。正直死んでるようにしか見えない。

「気が付いてるよな?職員達の様子がおかしいこと。」

 

ケセドさんが急に話し出す。私は驚いて勢いよくそちらを見た。

彼の表情は逆光でよく分からない。暗い部屋に対し、廊下はとても明るいのだ。後光が指しているようにも見える。

 

「これはその職員達の、末路だ。」

 

そんなことを言われて。

私は心臓を掴まれたような気分になった。

 

再度、ベットを見る。末路。これが、今日すれ違った人達が最終的になる姿。

こんなに、沢山の人が既に。

体が冷えていく。寒い。ここは空調まで下げているのか?ちがう。これは恐怖によるものだ。

 

「なんで、私に見せたんですか。」

「はは、そんな怖い顔しないでくれ。死体を見せたわけじゃああるまいし。」

「は?」

 

それ、本気で言ってるのか。

今度はカッと体が熱くなる。ぶわっとわいてきたのは怒りだった。この人今の言葉、本気で言ったの?

 

「……不謹慎にも程がありますよ。」

「ん?あぁ、ごめんな。ここにいると、普通がわからなくなっていくんだ。怒らせるつもりはなくて、俺はただ、」

「貴方は私達のことなんだと思ってるんですか!!」

 

こんなの、瀕死状態じゃないか!

私は医者ではない。特別にこの人達に何かができる訳でもない。

それなのにどうして、こんな光景を私に見せるんだ。嫌がらせか。嫌がらせだ!!

この人達がこうなっているのはアブノーマリティのせいで。それはつまり、会社の為に危険を犯して作業をしてくれたわけで。

 

それなのに、こんな。こんな、扱い。

 

「待ってくれ、俺はただ、君に注意喚起をしたくて、」

「注意喚起?今まで一切なかったのに?仮にそうだったとして、こんなことする必要ありますか!?」

 

これからそのアブノーマリティの作業をしろと言うのに!?そんな私に対して、こんなの脅しでしかない!!

この状況を見て、断ってもいいと言うのか。言わない。この人達は、何があっても私に作業をさせるのに!!

 

「落ち着いてくれ、ユリさん。」

「酷い、酷いです。なんでいつもそうなんですか。まるで私達を道具みたいに。」

 

考えないようにしていた。でもこんなことをされては、嫌でも意識してしまう。

教えて欲しい。今までのはなんの意味があったのか。

笑う死体の山と私達が対峙した時、逃げずに鎮圧しろと言った理由は?

正体不明だった葬儀さんを捕まえろと言った理由は?

ヘルパー君の解体作業の時、なんで助けようとしてくれなかったの?

レティシアのプレゼントの時も。Xさんは助けてくれなかった。

アイが収容違反の時も、私達に立ち向かえと言ったよね。レナードさん、死んじゃったんですよ。

赤い靴は?なんで私に作業指示を出したんですか?

 

助けてくれたのは、いつだって管理人達ではなかった。

 

私を気にかけてくれたのはアネッサさんだし。

危険な目にあった時、謝ってくれたのはダニーさんだった。

私のために怒ってくれたのはリナリアさんで。

ヘルパー君の停電の時、手を掴んでくれたのはユージーンさんで……。

私を慰めてくれたのはペストさんだ。

ピンチに駆けつけてくれるのはアイ。

そして、私に笑っていて欲しいと言ったのは。オーケストラさんだった。

 

 

「……ねぇ、本当に。私達のことなんだと思ってるんですか……?」

 

 

アネッサさんは言った。

『精神安定剤位飲んでなきゃ、やってらない。』

ダニーさんは言った。

『この会社をあまり信用しない方がいいです。』

 

───この不信感はいつからだろう?

見ないようにしても、引っかかることはいくつもあった。

特にXさんが途中、人が変わったようになってしまってから。周りの顔ぶれは入れ替わりが激しい。

命をかけて仕事をする。それは私達が決めたこと。

でも、何してもいいと差し出したつもりは無いのに。貴方達は私達を随分雑に扱う。

 

 

 

「……あ、れ?」

 

私、そもそも。

 

「なんで、ここで働いてるの。」

 

 

 

浮き上がってきた、一つの疑問。

それはずっと頭にかかっていたモヤを晴らすような。

 

「俺、君はもっと温厚で流されやすいって聞いてたんだけど。」

「え、」

 

かけられた言葉に頭をあげる。

そこにはやはりケセドさんがいた。いつの間にか彼は私の目の前まで来ている。

逆光で見えなかった表情が、この距離ならわかった。私は驚く。そんな濁った瞳をしているなんて、思わなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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きっと在り来りでつまらない話_3

( ᐙ )なんか知らんけどケセド回になったわなじぇー?










私を見るケセドさんが何を考えているか分からない。

濁った瞳。それは怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

どちらにしろ、その目は私に向けられていながら、私を見ようとはしていないのがわかった。

どうしたのだろう、と思う。そんな反応は予想外であったから、私は戸惑う。

怒られると思った。もしくは、またただ笑われるだけだとも思った。でもそのどちらも、ケセドさんはしない。

 

「本当に、上は俺達をなんだと思ってたんだろうな。」

「ケセドさん……?」

 

その手が私に伸びてくる。何をされるのかと構えたが、その手は私の耳の当たりを通り過ぎて。なんと私のインカムを外した。

 

「えっ、」

「聞かれるのは嫌だろう?俺は嫌だ。」

 

インカムを、外す。これは管理人室に声が届くもの。

つまりここからの会話は、本当に私たち二人だけの会話。

ケセドさんはゆっくりと口を動かす。口角は上がっても下がってもいない。

 

「……俺は、ずっと前からこの会社で働いていてね。仕事は出来る方だから、あの頃は自信も希望もあった。」

 

珈琲を誰かに振る舞うのが好きだったと彼は言う。昔を懐かしむように。

 

いや突然何の話?

私は一人取り残された気分だったが、ケセドさんは気がついていないようでそのまま話を続ける。

 

けど話の中で気になることもあった。

ずっと前から働いていた?それっていつからだろう。少なくとも私の周りで、前からケセドさんを知っているという人はいない。

ケセドさんを懐かしむような声も聞かなかった。どちらかと言えば見た目のいい彼は、新しい目の保養としての噂がたつくらいである。

私達が知らないだけで彼はずっと前からこの会社にいたということだろうか。だとしたら一人や二人位、彼を知っている人がいてもおかしくないと思うのだが。

 

「楽しかったよ。自分の力が、会社の役に立っていると信じて止まなかった。」

 

ケセドさんは話し続ける。私の様子は一切気にしていない。

会話をしたいというよりも、私に話を聞いて欲しいような雰囲気だった。

脈絡のない話。でもケセドさんの口はペラペラ動き続ける。ずっと話したかったのだろうか。止まらない。

 

「でも違った。……会社はわざと、仲間を殺していたんだ。」

「はっ?」

「そして俺は、その手伝いをしていただけだった。」

 

ま、ま、待った。待った待った。

今とんでもないことが聞こえたよ?

 

わざと?わざとって言った?しかも殺したってハッキリ言った?

いや、もしかしたら聞き間違いかもしれない。そうでなくても、ケセドさんがそう解釈しているだけで実際はなにか理由があるのかもしれない。

 

「職員が死んだ方が、エネルギーは貯まる。それだけの為に。……最低だ。」

「嘘だろロボトミーコーポレーション!!」

 

救いようがないな!!それが本当なら、とんでもない事だよ!!ブラック企業どころかブラッド企業だよ!!

まずい、と思った。急な告白に緊張感のない返しをしてしまったが、これは本当にまずい。

知らせないといけない。こうしている間にもエネルギー生成の為に敢えて危険な目にあっているエージェントがいるかもしれないのだ。皆で逃げないと。もしくは、反抗しないと!!

けれどどうやって?私の言うこと、みんな信じてくれるだろうか。

というより私自身この話が本当かわからない。

確かにケセドさんの言う通りならば、今までの指示も納得は出来る。殺すための指示なんてここでは簡単に出来るだろう。

 

でもそれって、あまりに非効率なのでは?

 

会社って面接が最低でも二つはあるはずだ。履歴書と対面。

履歴書がない会社もあるのかもしれないが……、こんな大企業が履歴書通さないなんてことあるのだろうか。

あるにせよないにせよ、募集をかけて集めて面接して採用して契約して。って、そんな簡単にできることでは無い。色んな手続きが必要なのだから。

特にこの会社、保険の数が馬鹿みたいにある。作業内容からして仕方ないことだが。

アメリカって国民皆健康保険制度がないから、私達は公的保険に入れない。つまり私たちが入っている保険、全て民間なのである。

民間の高額な保険でありながら会社が大部分を負担してくれているのはさすが大企業としか言いようがない。

 

話が逸れた。

で、それを一々職員死んだら処理して、また新しく契約結んでって。すごい面倒くさそうなのだけど。

それだったら多少非効率でも職員を育てた方が……。いや、普通はそうなのだけど……。

 

「……俺のせいで、多くの仲間が死んだんだ。」

「……。」

「謝っても、戻っては来ない。」

 

でも、ケセドさんのこの言葉も嘘なのだろうか?

出会った時、穏やかで明るくてかっこいい人だなぁと思っていたけど。こちらの方が本当の姿な気がする。

あの時以上に、言葉に心が篭もっている気がして。

 

……本当に、悲しんでくれているのだろうか?だとしたら、彼は私達の味方になってくれるのだろうか?

 

「……ケセドさん、アブノーマリティの詳細って、教えて貰えるんですか?」

 

そんな希望を持って、私はケセドさんに尋ねる。

アブノーマリティの情報はあればあるだけいい。ダニーさんは言っていた。

「……は?」

「あまり話題を聞かないし、まだエンサイクロペディアに詳しくのっていないんですよね?ケセドさんが知っていること、教えて貰えませんか?」

 

私の言葉にケセドさんは目を見開く。今度は彼が戸惑っているようだった。

しかし直ぐにふっと目を細めて首を振る。そして気だるげに、無気力を見せつけるようにゆっくり口を動かす。

 

「諦めた方がいい。」

「は?」

「会社に立ち向かうことは出来ない。無駄だ。諦めた方がいい。俺はそうした。」

 

いや、こいつ何言ってんだ。

 

「……罪を悔いるには、あまりにも長い日々が過ぎてしまった。もう、手遅れなんだよ。」

 

ケセドさんはぼぅっと、何かを見ている。

それは彼にしか分からない、遠い昔のことなのかもしれない。

私にはよく分からないけど、ようは彼は傷付いているのだろう。何かを後悔しているのだろう。

 

「諦めないでください。」

 

でも、それと私達は関係ない。

彼が言っているのは、今生きている私達の命を諦めるということだ。

いや本当に、本人を目の前に何言ってるんだこの人。勝手に私達の命を握って、勝手に諦めて。

 

「私達を諦めないで。」

 

ケセドさんの手を握る。するとようやくその濁った目に私が映った。

強く握る。過去を悔いる気持ちはわかる。

どうしようも無いことは、世の中に本当にある。

事の大きさ、相手は違えど、私も日本にたくさんの後悔を置いてきた。

ケセドさんの苦しみは私には分からない。所詮他人だし、詳しく教えてはくれないだろうし。

分からないけれど、彼は今とても辛いのだろう。こんな疲れた顔をするくらいには。

 

でも。それはそれ。これはこれだ。

 

「落ち込むのは、仕方ないです。でもそう思ってるなら、今の仲間を護るための仕事をしてください!!」

 

真っ直ぐにケセドさんを見る。彼は戸惑っている。

私のことを、〝温厚で流されやすい〟と言っていた。こんなに意見するような奴だと思われてなかったのだろう。

自分でも驚いている。私ってこんなに、声が出せる人間だったっけ。

 

「私達は……まだ生きてるから。」

 

ぽたん、

 

「あれ、」

 

何かが、落ちてきた。

それは私の目から。私、泣いてる?なんで?

本当に知らない間に、涙は込み上げてきたようだった。

 

「……君は、俺を信用するのか?」

「しんよう、」

 

〝信用〟。……ケセドさんを?

……あぁ、そうか。

 

そこで私は、涙の理由に気がつく。気がついてしまえば後は溢れるばかり、ボロボロと零れてくる涙。

私、そうか。この会社を信用したかったんだ。

利用されていることは、分かっていた。でも、それでも。私の事、仲間だって思ってもらえてると信じたかった。

 

だって初めてだった。『ユリさんにしか出来ないこと』なんて言って貰えたのは。

 

嬉しかった。とても嬉しかった。日本にいた時にはありえない事で。仕事で頼られるなんて初めてで。

そんな会社が、酷いことをしているなんて思いたくなかった。

ケセドさんは言った。『信用しているのか?』しているわけないだろう。今の話を聞いて、それでも肯定できるような盲目さを私は持っていない。

でも。

 

「信用、出来たらいいなって、思います。」

 

信用させて欲しい。命を預けているのだ。信頼を築く努力を、貴方達にして欲しいと思う。

こんな私を、他のエージェントさん達は馬鹿だと言うだろうか。いや、言わない。だってみんなそうだ。会社を信じて、ここまでやってきている人達ばかり。

ケセドさんを見る。彼の目は揺れている。私はそれを見て、もしかしたら、と思う。

もしかしたら、声が届くかもしれない。

もしかしたら、わかってくれるかもしれない。

もしかしたら、味方になってくれるかもしれない。

 

「ケセドさん、ケセドさんにとって、私達はなんですか。」

「そ、れは……、」

「会社じゃなくて、ケセドさんにとって。教えて欲しいです。」

 

言い淀むケセドさんに、やっぱりこの人は、根は悪い人ではないような気がした。

だってこんな質問簡単に、いい単語を並べてくれればいい。〝大切な部下〟でも〝会社の財産〟でも。色んな企業が言う言葉だ。

でも彼は、私の言葉に迷っている。ちゃんと考えてくれている。

なんだか、笑ってしまった。私が笑うことを彼はより不思議そうに、変な顔をする。

 

「……ケセドさんは今までの上司の中で、一番優しい人に見えました。」

私の言葉にケセドさんは信じられないような顔をする。それがおかしくてもっと笑ってしまう。

張り付いた作り笑いより、その顔の方がずっと好き。

それは本心だ。初めてケセドさんに会った時、こんなにも距離近く接してくれる上司が出来るなんて思わなかった。

まぁ、今思えば社交辞令だったのかもしれない。もしくは表面上だけの取り繕いだったのかもしれない。

 

「嬉しかったです。〝大切な職員〟って言ってくれて。」

 

でも嬉しかった。そう、嬉しかったのだ。

 

優しい人達は、沢山いる。アネッサさんもリナリアさんもユージーンさんも。……ダニーさんもね。

でも彼らは私の先輩。勿論上司にも分類するかもしれないが、役職的な立場での上司はXさん達だ。

彼らの、私達への雑な態度よ。扱いよ。都合よく使われている感覚はあったし、諦めている部分もあった。

会社なんてそんなもんだ。どうしても人間関係の溝はどこかしらで生まれる。

 

「初めて会った時、こんな人が会社にいるんだなって。私凄く、安心したんですよ。」

 

……だからこそ、こんなことされて。絶望に叩き落とされた気分だけど。

 

握っていたケセドさんの手を離す。彼は迷子のような顔で、言葉に詰まっている。

この先の答えはすぐに貰えないだろう。

ずっと貰えないかもしれない。ケセドさんも結局、私達の事は道具にしか思ってくれないかもしれない。

それでも言いたいことは言えたから満足だ。

 

「作業、行ってきます。……できればもう、こういう事しないでください。」

 

振り返って、寝ている人達を見る。やはり死んでいるようにしか見えない。

 

「ケセドさんのせいで、すごい憂鬱です。……行くけど。」

「いく、のか。」

「行きますよ。仕事だし……。誰かが行かないと、いけないわけだし。」

 

行きたくなんてない。けど。

ここに眠っている人達も皆、出来れば行きたくなかっただろう。それでも彼らは立ち向かったのだ。

次は私の番というだけ。

怖くないわけが無い。でもきっと、他の人たちは私よりも怖かった筈だ。

入ってきたドアに向かう。廊下の電気はやはり強すぎるのかもしれない。眩しくて暗闇に慣れた目は一瞬外が見えなかった。

 

「ケセドさん。……私怒ってますから。だから少しは、反省して欲しいです。」

 

振り返らないで言う。そう、怒ってはいる。

他の人にも、私にも。もうこういった、不安を煽るようなことしないで欲しい。

 

「私、生きてるんですよ。」

 

何度でも言おう。私はまだ生きている。

そんな命を。勝手に諦められてたまるか。

 

前に進む。するとぐいっと腕を引っ張られた。

まだ何あるのかと私は振り返る。もしかしたらアブノーマリティの情報を教えてくれる気にでもなったのだろうか。

しかし、そんなことは無かった。そもそも私の腕を引っ張ったのは。

 

「……わ、たし……?」

 

目の前に、私が。黒井百合がいる。

私を睨んでいる。鏡のような人が。私が。私を。

なんだこれ。え、なんだこれ。本当に。

この人、一体誰だ。え?本当に何?なんで私が、

 

「許さない、」

「ぐっ……!?」

 

バチン、という音。電気が弾けたような音。

何か理解する前に、私の意識は飛んだ。その時誰かの叫び声も聞こえた、気がする。気がするだけだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────気が付くと、白い天井が目の前にあった。

 

ゆっくりと体を起こす。私は眠っていた?気を失っていた?どちらだろう。

……頭が痛い。

当たりを見渡す。天井から察していたがここは医務室だ。どうしてこんな所にいるのだろう。

記憶を辿るもぼんやりとしか思い出せない。確か何か、指示を貰っていた筈だ。

そのあとの記憶はまったくない。どうして。もしかしてアブノーマリティが関与しているのだろうか。

タブレットを探す。最後の指示さえ分かれば、なにか思い出せるかもしれない。

 

「……?」

 

その時鼻を掠めた、珈琲の匂い。

 

「……起きたかい?」

「えっ、ケセドさん!?」

 

香りと共にやってきたのは、なんと上司のケセドさんだった。

慌てて姿勢を正してお辞儀する。いや待て、横になっていること自体失礼だと気がついて立ち上がろうとした。けれど。

 

「っ、」

「危ないっ、……無理に起き上がらない方がいい。ユリさんは倒れたんだ。」

「たっ、倒れた?」

 

起き上がろうとしたら目の前が回る感覚。頭痛も相まって、気持ち悪い。

倒れそうになったのを支えてくれたのはケセドさんで。彼は険しい顔をして私に注意する。本当に心配してくれているようだった。

 

「そう、……急にね。俺が君を呼び出したんだけど。その途中の廊下で倒れたんだよ。」

「それじゃあ、運んでくれたのって。」

 

それ以上先を言わなくても、ケセドさんの表情で分かった。

さぁっと血の気が引く。私、なんの理由なく倒れただけでなく、その後上司に運んでもらったのか!!

 

「す、す、すみませんでした!!」

「どうして謝るんだ?むしろ……謝るのは俺の方だ。無理をさせて申し訳なかった。」

「いやいや!!私の体調管理がなってなかったからです!!ご迷惑かけてすみません!!」

 

勢いよく頭を下げる。ダラダラと垂れてくる冷や汗。

どうして急に倒れたりしたんだろう。朝は別に何ともなかったのに。強いて言うならネットで日本のアニメ一気見して、寝不足だったくらい。

……いや!!それだよ多分!!原因それだよ!!

 

「本当に、すみません。」

 

いい大人が何やっているんだろう。最悪だ。私が倒れていた分の仕事はきっと他の人がやってくれている。色んな人に迷惑をかけた。

 

「……頼む、謝らないでくれ。」

「ぇ……。」

 

苦しそうな声が聞こえて、顔を上げる。

ケセドさんは私を見ている。なんでそんな顔。なんでそんな、苦しそうなんだ。

 

「……珈琲を、いれたんだ。飲めるか?」

「あ、は、はいっ、珈琲好きです。」

 

ケセドさんに勧められて、お言葉に甘えて珈琲の入ったカップを受け取る。

ロボトミーコーポレーションのマークのついた白いマグカップ。こんなのどこで売っているんだろう。自社製品だろうか。

湯気のたつそれをフーフーと冷ましてから口につける。広がる酸味と苦味。少し苦味の方が強くて、でもあっさりとした口あたり。

 

「美味しい!すごい美味しいです!」

「なら良かった。珈琲は挽いて淹れるに限るからね。」

「これケセドさんが豆からひいたんですか!?」

「ドリップはマシン任せだけど、豆は俺が挽いたよ。」

 

すごい!それでこんな美味しいのか!!

豆の挽き方って、たしか色々あったはずだ。粗い挽き方とか、粉くらい挽いたりとか。豆によってオススメが違うとお店の人に教えてもらったことがある。

教えて貰ってもよく分からなくて、私は結局いつもお店で挽いて貰う派だ。さらに言えばインスタントで済ませることも多い。

こんなに美味しくいれられるのは、知識だけじゃなくて慣れも必要だと思う。

思い返せばケセドさんはいつも珈琲の匂いがしていた。余程の珈琲通なのかもしれない。

 

「美味しい。本当に美味しいです。ありがとうございます。」

「……君は、かわいいな。本当に。」

 

珈琲を吹き出しそうになる。

 

「へぁっ!?な、何を急に、」

「昔を思い出す。……彼らと、そっくりだ。」

「……?、ケセドさん?」

 

急な褒め言葉に顔に熱が集まった。何を言うんだ急に。それイケメンしか許されないやつですよ。

……しかし続く言葉はどこか悲しげで。その褒め言葉は、ただの褒め言葉ではないことを察する。

 

「ユリさん、今から言うことを忘れないで欲しい。」

「は、はい。」

「……会社を、信じるな。」

「……え?」

 

その言葉は。いつかダニーさんから聞いたものと同じ。

 

「俺は立場上、どうしても上に意見できない時がある。でも知っているんだ。何が正しいか、間違っているかなんて。」

「あの、何の話……。」

「忘れないで欲しい。君が思っている以上にこの会社は残酷だ。……でも、良い奴もいる。それこそ福祉チームの皆は本当に、優秀でいい仲間ばかりなんだ。」

「……。」

 

ケセドさんの声は震えている。けれど私から目を逸らさない。

 

「俺は、君を護りたい。」

 

それは、私に言っているのだろうけど。

もっともっと色んな人に向けられているような気がした。彼が言った〝かわいい彼ら〟達に。

なんて返したらいいのだろう。思い浮かぶ言葉はいくつもあるが、そのどれもが一番いい返しではない気がする。

感謝の言葉だけでは、喜びの言葉だけでは。不十分な気がした。

 

「……ありがとうございます。私、信じてますね。」

 

けれど結局、そんな言葉しか出てこなかった。

在り来りな言葉で申し訳なくなる。こんな優しい言葉をくれたのに、気の利いた返事も出来なくて。

それなのにケセドさんはこれ以上無いくらいにも目を見開いて、私の手を強く握ってきた。

マグカップを持つ私の手が、その反動で揺れる。ゆらゆら。

零れなかったことに私は安堵した。医務室のシーツは白いから、染みになったら大変だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうケセドはあまり信じないようにしなさい。」

 

アンジェラの言葉に、えっと思わず零れた声に彼女は慌てて口を手で抑えた。

アンジェラは自分の話の途中に声を出されるのが嫌いだ。それを彼女は知っているので、申し訳なさそうに眉を顰める。

その態度が気に入ったのか、アンジェラは彼女を咎めることはなく話を続ける。

 

「あれは前からそうでした。優秀でつかえるけれど、根本が脆いんです。そのくせ器用だから挫折になれていない。弱い。折れやすいんですよ。」

 

アンジェラの言葉を彼女は大人しく聞いているが、上手く理解ができない。話しているのはケセドのことであっているのだろうか。

まるで道具の話をするような口調だ。アンジェラの厳しさを彼女は知っていたが、こんな一面は知らない。

彼女はケセドの姿を思い出す。ケセドはアンジェラの言う通り仕事のできる優秀な人であった。

そして優しかった。ケセドはよく彼女の頭を撫でては褒めてくれる。

『妹みたいだ』。彼女は年下の子どものように扱われることが多い。その中でもケセドは彼女を家族のように可愛がってくれた。

「弱いくせに、理想を手放さないから。簡単に救われる馬鹿なんです。」

「ア、アンジェラ様……。」

 

それなのにアンジェラにそんな否定されて悲しかった。

だってつい先程まで、彼女、リリーはケセドと一緒にいたのである。

アンジェラの指示で、リリーは意識不明職員の安置室に居た。紛れ込むため同じようにベットに寝かされ、しかも外から鍵をかけられて不安だった。

けれどケセドが絶対にすぐ開けてくれると言ったから、リリーは安心できたのである。

 

だから、あの女がリリーは許せなかった。

 

ケセドに怒鳴り、怒り、終いにはよく分からない話でケセドを困らせたあの女、ユリを。リリーは絶対に許さないと思った。

気がつけば起き上がり、いざと言う時にと持たされたスタンガンを使っていた。

女は弱く簡単に意識を失って。けれどリリーの怒りは収まることを知らず、そのまま首から腰にかけて電気を流し、火傷させてやろうかと思った。

 

『やめろ!!』

 

けれどケセドは止めたのだ。

彼は……泣いていた。

どうして止められたのか分からないリリーは首を傾げる。

しかしケセドの言うことは聞きたくて、一度スタンガンの電気を止めた。

大人しくするリリーを、ケセドは強く抱き締めた。その体は冷たく固い。しかし落ちてくる水……彼の涙は熱かった。

 

『そんなこと、しちゃダメだ。』

『どうしてですか?』

 

ケセドの言うことも、リリーはわからなかった。

だって今まで教えてもらっていたことは〝会社に逆らうものは許してはいけない 〟ということだったから。

その言葉通りでいけば、この女は許してはいけないのだ。

疑問を持つリリーに、ケセドは悲しくて仕方がないと顔を顰める。彼女を抱きしめる力を強くする。

 

『リリー、優しい子になってくれ。彼女のように。……誰かの事を、思えるような。そんな女の子になってくれ。』

『ケセド様……?』

『俺達のようになっちゃ、ダメだ。』

 

「ケセドの言う事は忘れなさい。」

「……。」

「貴女は私達の言うことを聞けばいい。そして真似をすればいいのですよ。」

「真似……、」

「そう、黒井百合の真似をするんです。……わかりますね?リリー。」

 

その言葉にリリーは黙る。しかし受け入れるしかないことを彼女はわかっていた。

ケセドは言った。『彼女のように』。そしてアンジェラも言う。『黒井百合の真似をするんです。』

 

リリーは思う。……面白くない。

なんで、あの女ばっかり。私は私なのに。私の方が、会社の皆を思っているのに。

あんな女、死ねばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 








ケセドさんってだいぶチョロそうだよなぁと調べながら思って書きながらも思っててこうなった。(失礼)
カルメンに色々言われながらそれが嬉しくて会社に入るあたり若干マゾ入ってると思うんだ俺。異論は大いに認めます。



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きっと在り来りでつまらない話_4

ケセドさんは私に次の作業指示を教えてくれた。

と言っても、それは既にタブレットにも送信されているもので。わざわざ彼が言う必要はないのだけれど。

 

「……空虚な、夢?」

「あぁ。最近来たばかりだ。恐らく対象に夢か幻覚を見させるアブノーマリティ。多くの人が犠牲になっている。」

 

福祉チームもと付け足されて、私は元気の無い皆の姿を思い出した。

顔色が悪かったし、フラフラしていた。病気かなにかに思えたが、もしそれが寝不足だと言われても納得がいく。

 

「えっと……、悪夢をみさせるってことですか?」

「それはまだ詳しくわかっていない。」

「そうなんですね。」

「……と、言うことに表はなっている。」

「え?」

 

ケセドさんは私を真っ直ぐに見る。とても真剣な顔で。

 

「現時点で、恐らくそれは悪夢ではないと予想されている。逆にいい夢の可能性が高い。本人の理想や願望を投影するようなものだ。」

 

そして、と人差し指を彼は立てる。

 

「夢なのに、意識がある可能性が高い。」

「意識?」

「〝それが夢である〟とわかるんだ。それが持続的なのか、途切れ途切れに思い出すのかはわからないが、少なくとも被害にあっているエージェントはみんな言う。」

 

『この会社で働いていて良かったと、その時思った。』。

 

「……?えっと、それはどういう……。」

「そのアブノーマリティに会えて良かったと思うらしい。それがどういう経緯でそう思うのかまではわからないが、その時点でエージェントは自分達がロボトミーコーポレーションの社員である自覚がある。」

「そういう夢なんじゃ……?」

 

例えば、この会社で働くことが楽しいと思う夢ならそう思って当たり前だと思う。

私がそう伝えると、ケセドさんは困ったように笑った。そしてなにか言おうとしたが、口を開いた後に諦めたようで一瞬止まる。

そのまま私の疑問を通り過ぎて、話し続けた。

 

「見る夢は多種多様。子どもの頃に戻ったというエージェントもいれば、全く知らない別の誰かになっていたというエージェントもいる。統一性は一切ない。……けど一つだけ、共通点があるんだ。」

「共通点……?」

 

「夢の世界にしかいない、〝何か〟がいる。」

 

「何かって……何ですか?」

「それは、わかっていない。本当にわかっていないんだ。」

 

ケセドさんは私から目を逸らした。言いにくそうに、もごもごと口を動かしている。

言葉を選んでいるのか、言うか悩んでいるのか。迷っているようだった。

しかし意を決したようで、再び私を真っ直ぐみる。

 

「……その何かに、心を許してはいけない。許したら、君は一生夢から逃げられなくなる。」

「それ、は……。」

「目覚めなかった皆、その何かに焦がれて自ら夢を見に行くんだ。そして目覚めようとしない。それをわかって彼らは寝てしまった。

……〝ずっとずっと眠っていたい〟。〝どうか起こさないでほしい〟。皆そう言って、本当に目覚めなくなってしまう。」

 

つまり、……目覚めなければ、そのまま死んでしまうってことだろうか。

 

「空虚な夢は、君の願望を映し出すだろう。それは幸せかもしれない、でもどうか囚われないでくれ……。」

「……。」

 

私の、願望。

ケセドさんの言葉に、目を閉じる。〝願望〟。私の。

 

……容易く想像できる。笑える程。

 

だってそれはずっと望んでいたことだ。

きっと私の夢は。……日本で、家族と同じような力で。誰かの役にたつ。そんな夢だろう。

家族を追いかけるんじゃなくて、待つんじゃなくて。一緒に立ち向かう。そんな、夢。

 

「……多分、大丈夫です。だって夢ってわかるんですよね。」

 

夢だとわかるのなら、大丈夫だと思う。

むしろそんな夢みたら、あまりにもあからさまで逆に虚しくなりそうだ。

節々でも夢だとわかるなら、冷静に対処出来そう。あとは目覚める方法を探せばいい。

 

「その、〝何か〟っていうのと、私話してみます。」

「そんな危険なこと、」

「目覚める方法、教えて貰えるかもしれません。わからないけど……。可能性はあります。」

 

この可能性は、多分私が一番あると思う。

空虚な夢が私に好意的かどうかで全てが変わるだろう。

でももし会話できるくらいに好意を持ってくれるなら、元気の無い皆を助けるヒントは得られるかもしれない。

 

「ユリさん、眠らないという手もあるんだ。」

「え?」

「現に何人かのエージェントは作業しても眠らず戻ってくる人もいた。その境がはっきり分からないから、管理人は中層最下部の福祉チームばかり作業に行かせる。……下層はほとんど眠らない。上層はほとんど眠る。中層だけ、半々なんだ。」

「……ケセドさん、それって、ケセドさんが言っていいことなんですか?」

 

なんだか敢えて悪いことを私に伝えてる風に聞こえる。

そんなこと、エージェントの私達は自分以外に誰が作業していたかなんて把握出来ないのだから、わざわざ言う必要が無い。

ケセドさんの言い方だと、Xさんは福祉チームを使ってアブノーマリティへの実験をしているように聞こえる。

けれどそれって、仕方ない面もあるのでは無いだろうか?

どの仕事もそうだと思う。誰かが一番最初をやらなければいけない。

確かに危険だし、恐ろしい話だけれど……。その中で一番安全であろう人を選んで指示を出してくれていると、私は信じている。

 

「でも……眠ることは決定事項みたいですね。」

 

指示のきたタブレットを見せる。その画面に、ケセドさんは目を見開いた。今度は私が苦笑いしてしまう。

 

〝〟

 

「他の皆も頑張ってるから、私もできることを頑張ります。行ってきますね、ケセドさん。」

 

そんな顔しないで欲しい。危険な思いをしているのは私だけじゃないんだから。

そんな、傷ついたみたいな顔。なんで貴方がするんだろう。ケセドさん。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

タブレットのマップを辿って目当ての収容室に向かう。

なんだか今日、私元気だ。何故かやる気に満ち溢れている。

頭は痛いし寝ていたせいで少しだるいけど、心は異様に元気で意欲に溢れていた。頑張ろう!

と、その前に。

入る前に空虚な夢の情報をおさらいしようとエンサイクロペディアを開く。

そこで驚いた。殆ど情報がない。ケセドさんはあんなに教えてくれたのに。

 

『それはまだ詳しくわかっていない。』

『……と、言うことに表はなっている。』

 

ケセドさんが言っていたのって、未公開の情報だった?

 

何故情報が公開されてないのだろう。もしかしたらまだ仮定であって、確かな情報では無いのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか?

逆に。何故ケセドさんは私に教えてくれたのだろう。

思い返すと、彼はだいぶ様子がおかしかった。距離が近くなっていたというか……。

確かに初対面から優しい言葉をかけてもらったが、あんなに話す程の関係ではないはず。表情も微笑みくらいしか見たことがなかったのに、今日は色んな顔を見せてくれた。

 

「あれ、なんか!!」

 

今の!!少女漫画のアレだ!!

 

「いやいやいやいやいやいや!!」

そうじゃない、そうじゃないと首を振る。ここには私しかいないのに誰に否定したいのか。でも絶対に違う!!

あんなイケメンが私を好きになるとかないし!!そもそもそんなに今まで関わってなかったし!!

絶っったいない!!

 

それに、……それに!!

 

「そんな感じじゃあ、なかったし……。」

 

そう。そんな感じではなかったのだ。

 

彼の瞳は確かに優しかったけれど。

けれどそれ以上に、彼は何かを恐れているように見えた。

 

好きな人を見る目では無いというか……。

好きな人を相手にしたのなら、もっと柔らかい目をすると思う。心配をしているような目、というか。

ケセドさんはそういうのではなく……、どちらかと言えば視線は鋭かったし、心配と言うよりは不安そうな目をしていた。

なんて表現したらいいのかわからない。そもそも何を考えていたのかもわからないのだけれど、あの感じ、どこかで覚えがあるような。

 

「あ、」

 

そうだ。似ているんだ。

あの頃の───、出会った当初のアイに。

 

何故そんなことを思ったのだろう。二人の見た目は全く似ていない。どちらも綺麗ではあるが、まず性別が違う。

あの頃のアイはどこか無理をしているような、不安定というか。戦っていなければ、自分ではないようなことも言っていたから。

 

「うーん……。」

 

考えて見れば見るほど、分からない。どうして私はそんなことを思ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるでごっこ遊びですよ。」

 

アンジェラは言う。

 

「戻った気でいるんでしょう。ここに来た頃に。馬鹿らしい。」

 

彼女はリリーの頭を撫でる。リリーは目をつむってただ話を聞いている。猫のようだ。リリーは鳴かないし、自由ではないけれど。

 

「黒井百合が〝生きている〟のなら。過去のエージェント達は、〝死んでいる〟。それなのに彼女と過去を重ねて。まるで自慰ですね。」

 

珍しく下品なことを言うアンジェラ。しかしリリーはその意味がわからないから、ただ黙っている。

アンジェラは疲れている。つい先程、一人のエージェントの頭をいじったから。

それを今更残酷だと口答えしてきたケセドがめんどくさくて仕方なかったから。

 

「アレは私の駒であって、貴方の玩具ではない。そしてお前は誰の味方にもなれない。」

 

なぜならお前もまた、私の駒でしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

げっ、と思ったのは。収容違反の警報が鳴るのと同時か、それより前であった。

目の前に現れたその存在に私は頭を抱える。そうだ、この近くは彼女の収容室だったと。遠回りしてでも別ルートから行くべきであった。

音も立てずに現れたその人は、相変わらず美しく。けれど前ほどの会えた喜びだとか、そういった物は私の中になかった。

 

「ユリ、」

「……え、えっと……、どうしたの?」

 

風もないのに揺れる青い髪は、それだけ一本一本が繊細に出来ているからなのか。

白雪という表現がふさわしい、真っ白な肌。廊下の明かりが反射して、艶やかに輝いている。

 

「ユリ、ユリ、良かった、会いたかったの。」

「な、にか……用だった?」

 

────絶望の騎士である。

 

彼女は私の名前を呼びながら、一歩、また一歩と近付いてくる。

そして私もそれに比例し後ろに下がって行った。

本当は走って逃げてしまいたい。しかしそんなことをしては騎士さんの機嫌を損ねてしまうかもしれない。

 

「用なんてない、会いたくて……。」

「……。」

 

それになんて返せばいいのか。

わかっている。本当なら、嘘でいいから「私も」と返せばいい。笑えばいい。それだけで彼女は喜ぶだろう。

あの事件の後、絶望の騎士は部屋でずっと私のことを呼んでいるとXさんから聞かされた。

それは今後彼女の担当になって欲しいという話の中で言われたことだけれど。

その事実が、私は怖くて仕方なかった。

彼女に酷いことを言った自覚はある。それこそ彼女のしたことは悪いことであるが、当人からしたら原因は私。だから私は嫌われてもおかしくない筈だ。

 

「私、ユリのことずっと待ってるのよ。だからね、早く会いたくて。ねぇ今度はいつ、私のところに来てくれるの?」

 

────なのに何故、こんなにも好意を持たれているのか。

 

いつかペストさんが、私にはアブノーマリティを魅了する特殊な力はないと言っていたが。

ここまで不可解な行動をされると、彼女にだけは何か力を使ってしまっているのではないかと疑う。

だとしたら彼女は私の被害者で。

私は、責任を取らなければいけないけれど。

 

「わかんない、よ。いつ行けるかなんて……。」

 

いけないとわかっていながら、私は貴女を突き放す。

どうせ近いうちに会えるだろう。指示があれば私は彼女の作業をしなければいけない。

ならそれを、言えばいいのに。私は言えないのだ。

きっと怒られる。アブノーマリティに対してこんな対応。しかも相手は収容違反しているというのに。

 

「ユリ、私の事、嫌いになっちゃった……?」

「え、」

 

それは。

……なんて、答えればいいんだろう。

いや、簡単だ。好きだっていえばいい。好きだって。嫌いなんかじゃないって。

 

口を、動かす。言葉を用意する。

言え、私。言うんだ。これは仕事、仕事なんだから。

好きって。大切な友達だって。また会おうねって。

 

「…………、ご、ごめん。」

 

言えない。言えなかった。

私は走る。逆方向に。怖い。怖いのだ。この場から逃げたかった。すぐにでもこのアブノーマリティから離れたかった。

どうしてこんなに怖いんだろう。わからない。彼女は私に優しい。見た目だって、他の子達に比べたら普通だ。それなのに何故。

 

「あっ!?」

「ユリ!!」

 

足に何かがかかって、倒れてしまう。咄嗟に受身はとったけれど思い切り転んでしまった。

体が痛い。うったところがじんじんして、動かそうとすれば鈍い痛みが広がった。

一体何に足を取られたのか。気になって見ると───、

 

「ひっ、」

「ユリ、ねぇユリ、」

 

黒い、何か。絶望の騎士のドレスと裾から出ている、黒い影のような。しかし確かに実在している立体の何かが。蔦のように私の足に絡まって。

気配がする。私は上をみあげる。ひゅっ、息を飲んだ。

 

「わたしのこと、すき?」

 

不気味なほど美しい白い肌。整った顔立ち。しかし開いた目には目玉はなく、代わりに奈落のような闇が。

目の前に、絶望の騎士がいる。私は押し倒されている。

私の気持ちを執拗な聞いてくる彼女。「ねぇ、」「すき?」足の影が私の体を登っていき、それは首まできて。

 

「すきだよね?」

 

私は彼女に。いつか殺されるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 



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