間に合わなかったプロングズ (白アルパカ)
しおりを挟む

すべての始まり

 それは、ほんの少しの差だった。まさかそんなことで物語が大きく変わるなど、誰が予想できただろうか。

『こんなに手のかかる四人組は見たことがない』
『いつ見ても四人でいて、楽しそうに悪巧みしてるんだ』

 そんな風に言われた仲良し四人組。いつまでも続くと思っていた強い友情も、崩れる時は一瞬だ。
 予想以上に早く、その時はやってきた。



 ある満月の日、ジェームズ・ポッターは上機嫌で城内を歩いていた。癖のある黒髪を弄りながら、贔屓のクィディッチチームの応援歌まで口ずさんでいる。

「やあ、マートル!」
「あら、ジェームズ・ポッターじゃない。とってもご機嫌そうね。とっくに外出禁止時間なのに、堂々と歩いて」

 ジェームズの向かった男子トイレに居たのは、幽霊のマートルだ。この幽霊の趣味の一つに、自分のタイプの男子生徒をストーキングすることが上げられる。
 ジェームズ・ポッターもマートルの守備範囲だった。

「ああ、リリー・エバンズが僕に向かって微笑んでくれたんだ! あれは呪文学の授業中、僕がフリットウィックの上に帽子を出現させた時のことだ。フリットウィックは小さいから、すっぽり顔が隠れてね、犯人を探してキーキー怒ってた。それを見てリリーが僕の方を向いて笑ってくれたんだ。これほど悪戯が成功して良かったと思ったことはないよ!」

 ジェームズは入学した時に一目惚れして以来、ずっとリリーのことを狙っていた。マートルは他の女のことが出され、フンと悔しそうに鼻を鳴らした。

「それで、どうしてここに来たのかしら?」
「髪を直すためさ。これほどのチャンスは無いよ。身なりを整えてから談話室に戻ってリリーのところに行く。そして、今度のOWL(普通魔法レベルテスト)に向けて、優しく勉強を教えるんだ。良いアイディアだろう?」
「貴方、エバンズからは嫌われてるんじゃなかったのかしら? も・し・も、失恋したら、いつでも来てちょうだい。ずっと待っているから……」

 マートルが笑顔で擦り寄るのを、ジェームズはさらりとかわした。

「幽霊が触る時の感覚は苦手なんだ。じゃあ、またな!」

 そして挨拶がわりに糞爆弾を投げ、髪も整え終えたジェームズは談話室に去っていった。後ろから聞こえるマートルの叫び声も、今は子守唄のように聞き心地がいい。
 ただ、窓から差し込む、満月のいつもより強い光が、ジェームズの後ろに濃い影を作り出していた。



 ジェームズの属するグリフィンドール寮の談話室は、塔のてっぺんにある。寮のカラーである赤色がメインに使われた室内は、いくつもの肘掛け椅子やテーブルが無造作に置かれていて、とても居心地のいい場所だ。
 その中でも特にジェームズが好きだったのが、暖炉の前のソファーだ。チラチラと燃える炎を見ながら、親友たちと次の悪戯の計画を考えるのが、ジェームズの楽しみだった。

 談話室に戻ったジェームズが、その特等席を見ると、そこには案の定、親友のシリウスがいた。少し離れたテーブルには、必死に机にかじりついて宿題をしているピーターもいる。
 そのさらに向こう側には、友達と問題を出し合っているリリーもいた。赤毛を揺らし、微笑む姿はまるで天使のようだとジェームズは思っていた。

「よっ、プロングズ! 探してたんだぜ、お前のこと」
「パッドフットよ、どうしたのだい?」

 プロングズ、それはジェームズのあだ名だ。ジェームズが動物もどきで変身する鹿からつけられた。シリウスは犬に変身するからパッドフット、ピーターはネズミなのでワームテールだ。

「スニベルスに面白いことを教えてやったのさ」

 ジェームズ達がスニベルスと呼んでいるのは、憎っくきセブルス・スネイプのことだ。
 スネイプは純血主義を掲げるスリザリン寮に属する同級生で、闇の魔術に詳しく、いつもジェームズ達に、闇の呪文を試しに後ろから攻撃して来るのだ。
 入学前のコンパーメントで出会ったときから、二人の相性は最悪だった。闇の魔術を愛し、狡猾さを良しとするスリザリンに入ったスネイプと、闇の魔術を憎み、勇気を尊ぶグリフィンドールのジェームズでは、分かり合えるはずもない。
 それにスネイプは、ジェームズの愛する(相手は自分のことを嫌っているが)リリーの幼馴染なのだ。
 そんなことでジェームズとスネイプは互いを強く憎み合い、目を合わせるたびに攻撃し合うような仲になっていた。

「何を話したんだい?」

 ジェームズはリリーの方をチラチラと見ながら言った。スネイプを虐めることは非常に興味的だが、今はリリーの方が大切だった。

「ムーニーのことさ。暴れ柳の木の幹のコブを長い棒で突けば、中に入れるって伝えてやったんだ。これで、痛い目を見ればいい」

 シリウスは黒髪をさらりとかき上げ、ピーターのいるテーブルの上に座った。ピーターは尊敬の眼差しでシリウスを見つめ、コクコクと頷いている。
 ジェームズはそんな二人の様子を見てを見て固まった。今、シリウスは何て言った?
 二人はとてつもない馬鹿に見えた。今や、リリーのことなど気にしている暇はない。

「それでスネイプが怪我をしたら、罰を受けるのはムーニーじゃないか。君たちは正気か?」

 シリウスはまだ自分のしたことの意味がわかっていないようで、顔を青くしたジェームズを不思議そうに見つめている。しかし、構っている暇はない。ジェームズはありったけの全速力で階段を駆け下りて、暴れ柳に向かった。

 ムーニーことリーマス・ルーピンは、ジェームズ達四人組のうちの一人だ。
 彼には大きな秘密がある。というのも、ルーピンは人狼なのだ。
 人狼であるというだけで、魔法界ではひどい差別を受け、迫害される。ましてや人を傷つけたりしたら、それは大変な事態である。
 しかし、ダンブルドアはルーピンをホグワーツに受け入れた。満月の前後、隔離しておけばそれ以外の日は普通に授業に出られる、というのがダンブルドアの考えだった。
 そして、今日は満月である。ルーピンは暴れ柳の下から入ることのできる、『叫びの屋敷』で一夜を過ごしているはずだ。
 そこにもしスネイプが入ってきたら……どうなるのかは目に見えている。
 助けに行けば自分が傷つくかもしれないなど、ジェームズは全く考えていなかった。ただ、友を助けることだけを考え、ジェームズは広い城の階段をトラップに引っかからないように駆け下り、庭を突っ走り、森番のハグリッドの小屋の前を通り過ぎて、暴れ柳まで到着した。
 暴れ柳はジェームズを認識すると、近づけまいと枝という枝をムチのように振り回し始める。

「フリペント!」

 ジェームズは冷静に、見事な手さばきで近くにあった小石を吹き飛ばし、コブに当てた。
 何度もこの屋敷には来ているのだ。今さら動揺するはずがない。
 ここまでの長い距離を全力で走ってきて、息はかなり上がっていたが、ジェームズは休まずに中に入っていった。

 中に入ると、とても嫌な音がジェームズの耳に入ってきた。大きな牙で、肉を割いているような音だ。

「ムーニー、落ち着け! いつもの自分を思い出すんだ!」

 ジェームズは叫びながら、ドアを勢いよく開けた。するとそこには、血まみれの狼と、スネイプがいた。スネイプは身体中噛まれて、意識を失っているようだ。壁にまで血が飛びちって、凄惨な光景になっている。
 ジェームズは迷わず鹿に変身した。狼になっているとき、言葉は通じない。無理やり止めさせるしかないのだ。

 鹿になったジェームズは、スネイプと狼のルーピンの間に割り込み、必死に二人を離そうとした。
 基本的には人しか襲わない人狼だが、今は人を食べるのを邪魔された怒りからか、鹿になっているジェームズのことも迷わず攻撃してくる。
 ルーピンのことを心配している暇はない。早く二人を離さないと、スネイプが死んでしまう。
 そう思ったジェームズは、鹿の長い角で、思いっきり狼の腹を攻撃した。そして一瞬怯んだのを見て、ジェームズは人に戻り、スネイプを抱えて『叫びの屋敷』から逃げ出した。

「スニべ……スネイプ、しっかりしろ!」

 月明かりの下で見ると、スネイプは中で見たより酷い状態に見えた。いたるところに深く引き裂かれた傷があり、血まみれになっている。息もほとんどしていない。

「フェラーヌヴ」

 ジェームズはローブの内側から杖を取り出し、スネイプの傷口をなぞるように動かした。これは人狼の毒を抜く呪文で、ジェームズ達が独自で開発したものだ。まだまだ完成度は低いが、やらないよりはマシだろう。
 下手に傷口を塞ぐと逆によくないだろうと思い、毒抜きだけしてジェームズはスネイプを浮遊呪文でホグワーツ城に運んだ。

 ジェームズはやっとのことで医務室に着き、ノックをするのも忘れて飛び込んだ。スネイプは嫌いだが、死んでしまうと辛い思いをするのはルーピンだ。親友のルーピンを傷つけたくはなかった。
 医務室のマダム・ポンフリーは、ノックもせず夜中にやってきた生徒に、険しい顔で振り向いたが、スネイプの状況を見て飛び上がった。

「マダム・ポンフリー、助けてください! あの、その、魔法生物に噛まれたみたいで……」
「まあ、これは酷い怪我です! 彼は私が見ますから、ダンブルドア先生を呼んできなさい」
「はい、すぐに呼んできます!」

 一応言葉は濁したものの、すぐにやったのはルーピンだとバレてしまうだろう。スネイプは酷い怪我だ。ジェームズは不安で押しつぶされそうになりながら、校長室に向かった。

 校長室をノックすると、すぐに返事が返ってきた。中に入ると、ダンブルドアはいつもの様子で椅子に座っている。

「何かね、ジェームズ・ポッター」

 ダンブルドアは青い瞳でジッとジェームズを見た。

「ダンブルドア先生、あの……。スネイプが怪我をしたんです。それが酷い怪我で……」
「それは大変じゃ。すぐに向かおう」

 ジェームズは、ダンブルドアがあっさりと状況を理解してくれたことに驚きながら、早足のダンブルドアの後を追った。老人だとは思えないぐらいの機敏な動きだ。

「先生はあんな時間でも起きていらっしゃるんですね。パジャマにもまだ着替えていなかった」

 ふと、ジェームズは言った。今はちょうど日付が変わる頃だ。出て行く直前の談話室も、大きなテストを控えた五年生と七年生以外はほとんどいなかった。それなのにダンブルドアはまだ完全に仕事モード、という感じだ。

「月に一度のことじゃ。受け入れたからには、わしも責任がある」

 その言葉にジェームズは唇を噛んだ。ルーピンがやったということを隠すのはもはや不可能だ。

「ダンブルドア先生、リーマスは悪くありません。あいつが勝手に詮索しただけで……」
「君はいつからミスター・ルーピンの秘密に気がついていたのかね?」
「それは……」

 ジェームズは何も言えなかった。
 ジェームズ達がルーピンの秘密に気がついたのは入学してから二年ほど経った頃だ。ルーピンは『病気の母の見舞いに行っているんだ』などと言っていたが、いなくなる日が満月と重なる、ということに気がつくのにそう時間はかからなかった。
 それから三人は必死に勉強して、三年の時間をかけて動物もどきになった。
 人狼は人にとっては危険だが、動物は襲わない性質がある。動物もどきになった三人は、満月のたびに『叫びの屋敷』に行って、狼になっているルーピンと共に夜を過ごしたのだ。時には『叫びの屋敷』から抜け出して、校庭や村を歩き回ることもあった。
 そんなことがバレたら、ルーピンの罪はより重くなってしまうかもしれない。それに、動物もどきなのに魔法省に登録しない、というのは違法行為だ。バレると、自分達も危ない。
 しかし、ジェームズは友情に厚かった。自分が非合法の動物もどきだとバレてもまだ平気だが、ルーピンはもともと人狼という大きなハンディを背負っている。その上に罪を被せるなんて、できるはずがなかった。

「先生、全て僕たちが悪かったんです。リーマスは何も悪くありません。だからリーマスだけは助けて……」
「話は後で聞こう」

 ジェームズの言葉を遮ってダンブルドアは厳しい声で言い、医務室の扉を開けた。

「ポピー、何があった?」
「ダンブルドア先生! 生徒が怪我をして……」

 スネイプは腕、足、腰などたくさんの場所を包帯で巻かれていた。まだいたるところ血だらけで、身体中の血が抜けたのではないかとジェームズは思った。

「人狼に噛まれたとなると、私の方では治せそうにないのです。早く専門家からの治療を受けないと、死んでしまう可能性も……」
「では、すぐに聖マンゴに運ぶのじゃ。フォークス!」

 ダンブルドアが呼ぶと、途端にダンブルドアの肩の上に大きな紅の鳥が出現した。
 ダンブルドアのペットの不死鳥だ。

「不死鳥の瞬間移動は『姿あらわし』よりもはるかに安全じゃ。さあ!」

 そう言うとフォークスは舞い上がってマダム・ポンフリーの服とスネイプの血まみれになった髪を掴んだ。
 そしてダンブルドアが手を叩くと、一瞬でいなくなった。
 ジェームズは感動してその光景を見ていたが、ダンブルドアがすぐに現実に引き戻した。

「ジェームズ。何があったのか、話してくれるかね?」

 ジェームズは今までの成り行きを話した。ルーピンが人狼だと気がついていたこと、シリウスがスネイプに悪戯で居場所を教えたこと。

「それで、僕は動物もどきなので、鹿に変身して助けました」
「動物もどき……。わしの知っている限り、登録されているのは六人だけのはずじゃ」
「非合法の動物もどきです。動物になれば、狼の状態のリーマスとも一緒に居られると思って、習得しました」

 ジェームズは、『叫びの屋敷』の外に出たことは伏せておいた。

「それは、素晴らしい行いじゃ。しかし、法を破るのはいけない。いくら動物の状態でも、人狼と接するのには大きな危険が伴う。現に今、怪我人が出てしまっている」

 そう言われると、何も言い返せなかった。

「リーマスはこれからどうなるのですか? それに僕たちも……」
「聖マンゴに行けば、なぜ人狼に噛まれたのか聞かれるだろう。そうなればリーマス・ルーピンは学校に居られなくなるじゃろうな。それにわしも、責任を追及されるのは間違いない。非合法の動物もどきであった君も、もしかすると罪に問われるかもしれん。できる限り穏便に済ませたいが、少なからずダメージはあるじゃろう。わしは今から説明をしに聖マンゴに行く。君はすぐに戻るのだ。絶対に、リーマス・ルーピンのところに行くでないぞ」

 ジェームズは自分の考えを見透かされて驚いた。今ちょうど、ジェームズはルーピンのところに行こうかと考えていたのだ。
 しかし、低い声でそう言われると行く気にはなれなかった。ダンブルドアがこんなに真面目に話しているところを見るのは初めてだった。

 暗い気持ちで談話室に戻ると、そこにはもう誰もいなかった。まだ小さく燃えている暖炉の横を通り、ジェームズは寝室へと向かった。

「シリウス」

 ジェームズは自分でも驚くぐらいの低い声が出た。
 シリウスは寝室で呑気にマグルのグラビア雑誌を読んでいる。その姿を見て、ジェームズは再び怒りが込み上げてきた。

「おっ、プロングズ! さっきはどうしたんだい?」
「まだわかっていないのか? スネイプが人狼になれば、一番傷つくのはリーマスだ」
「なんでだい? 悪いのは詮索してきたスニベルスだろう?」

 シリウスの理解の悪さにジェームズはイライラとした。

「でも、事実として傷つけたのはリーマスだ。あの状態だったら、もしかしたら死んでしまうかもしれない。それを知ったらリーマスは悲しまないはずがないじゃないか!」
「そうか? 僕はスニベルスが人狼になっても当然の見せしめだと思うな」
「君はそう思うかもしれない。でも、リーマスは? リーマスはただでさえ自分が人狼だってことに引け目を感じていた。その上、狼の時に人を傷つけたとなれば、絶対に深く悲しむはずだ。たとえそれで人狼になるのがスネイプであったとしても」
「そうなのか? じゃあ僕がしたことは悪かったっていうのか? スネイプを虐めたがっていたのは君じゃないか!」

シリウスは声を荒げた。

「そうさ、君が悪い。僕は親友を傷つけてまで虐めたいなんて思っていなかった。君は、人の気持ちが分からな過ぎる。いつも思ってたんだ。君にはデリカシーが無いって」

 ジェームズは怒りと焦り、不安が入り混じり、早口でまくし立てた。シリウスは正面から悪口を言われて驚いたのか、固まった。
 ピーターは二人の言い合いを、部屋の隅で爪をかじりながら心配そうに見つめている。ジェームズはピーターの方に向き直った。

「君もだ、ピーター。いつも僕らにくっついてばかりで、自分では何もしない。君がシリウスの話から危険さに気がついていれば、あんなことにはならなかった」
「ごめん、ジェームズ。僕、分からなかったんだ……」
「もういいよ。君たちとは話もしたくない。もしもスネイプが人狼になっていたら、僕は君たちを一生許さない」

 ジェームズは怒りに身を任せ、思いっきりカーテンを引いてベッドに寝転がった。
 ほんの数時間前まで最高の相棒だと思っていた仲間たちも、今ではただのバカに見えた。
 シリウスのせいで、リーマスは大変なことに巻き込まれたのだ。カーテンの向こうから聞こえるヒソヒソ声が、より一層ジェームズの怒りをかきたてた。しかし三十分ほどすると、疲れもあってかジェームズは眠りの世界に入っていった。



 この日を境に、ジェームズの人生は大きく変化することになる。

 ──呪文学の時間、リリーがジェームズに向かって微笑んだ。

 変化はそれだけだ。しかし、それによって嬉しくなったジェームズは髪を整えにトイレに向かった。そして、シリウスから話を聞くのが遅れ、結果スネイプはリーマスに襲われてしまった。

 物語の大きな違いも、初めはいつだって些細な変化からなのである。




原作ifです。
分岐点はスネイプが狼状態のルーピンに噛まれるか噛まれないか

原作はハリー・ポッターですが、多分ハリーは出てきません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わりゆく日常

 次の日、ジェームズは起きてすぐに校長室に向かったが、そこにダンブルドアはいなかった。まだ聖マンゴにいるのだろうか。
 少し考えてから、ジェームズは職員室に向かった。

 コンコンとノックすると、ドアの向こうから、緊張した声が聞こえた。

「どなたです?」
「ジェームズ・ポッターです」

 ジェームズが言うと、ドアはゆっくりと開かれた。寮監のマクゴナガルに手招きされて中に入ると、そこにはすべての教職員が集まっていた。いつもはアットホームで和やかな空間の職員室だが、今日はやけに張り詰めた空気だ。
 皆の視線を感じ、少し気まずく思いながらジェームズは椅子に座った。

「ミスター・ポッター。良かったです。ちょうど今、あなたを呼びに行こうと思っていたところでした」
「マクゴナガル先生、リーマスはどうなったのですか?」

 ジェームズがこんなに早く起きたのは、ルーピンとスネイプの状態について知りたかったからだ。
 しかし、マクゴナガルの反応はあまり良くなかった。

「それを話していたところです。この記事をご覧なさい。わたくしは、ミスター・ブラックとミスター・ペティグリューを呼んできますから」

 険しい顔で手渡されたのは、日刊預言者新聞だった。日付は今日になっている。
『ホグワーツに現れた人狼 吊られたダンブルドア』
 内容を読むと、そこには昨日の事件の経緯が簡単に書かれている。
 しかし八割方は、人狼を入学させたダンブルドアを糾弾するような内容に費やされていた。

「ちょっとしたコネがあってね、君達のことはできる限り伏せてもらうように言ったが、さすがに記事を書かせないことはできなかった」

 魔法薬学の教授、スラグホーンが言った。

「ホグワーツは世界一安全な場所だと言われている。しかし、その信頼は今回の事件ですべて失われてしまうだろう。現に今時点でたくさんの手紙がホグワーツに寄せられている」

 ジェームズは驚いた。まだこんなに早い時間なのに、暇な魔法使いもいるものだ。

「でも、ダンブルドア先生ならなんとかして下さるでしょう? それに、人狼を入学させたことを非難しているのなら、それは間違いです」
「確かに、ミスター・ルーピンは優秀な生徒でした。しかし、外部にはそれがわからないのが問題ですね」

 呪文学のフリットウィック先生がキーキーとした声で言った。
 その時、ドアが開いてシリウスとピーターを連れたマグゴナガルが戻ってきた。
 ジェームズは、シリウスの方に意識を向けないようにした。見ると怒りがこみ上げてきそうだ。
 シリウスも、ジェームズをチラリと見たがすぐに目線を外し、乱暴に椅子に座った。ピーターは不安そうにシリウスの後ろで縮こまっている。

「さて、あなた達には話さなければいけないことがあります。しかし、どこから話していいのやら……」
「ムーニーはどうなったんだ?」

 シリウスが言った。

「ミスター・ルーピンなら、まだ学校内にいます」
「学校内のどこにいるんですか?」
「それは言えません、ミスター・ポッター。これ以上騒ぎを大きくしないためにも、あなた達は今後、いっさい彼に合わないように」
「あの……先生。今、何が起こってるのですか?」

 ピーターが心配そうに小さな声を出した。

「ミスター・スネイプは狼人間に噛まれ、聖マンゴ魔法疾患障害病院で治療を受けています。しばらくは入院しないといけませんが、どうやら狼人間にはなっていないようです」

 ジェームズはそれを聞いてホッとした。人狼に噛まれると、噛まれた相手は人狼になる。
 しかしジェームズの応急処置が良かったのかどうかはよくわからないが、スネイプは人狼にならなかったらしい。
 これで、ルーピンの気持ちは随分と楽になるはずだ。
 今までの不安な気持ちが嘘のように消え、ジェームズは今なら箒なしで空を飛べると思った。
 しかし、安心した様子の三人を、マグゴナガルは厳しい目で睨んだ。

「しかし、狼人間に噛まれたのに変わりありません。今、ダンブルドア先生が魔法省で尋問を受けています。新聞にも載ってしまい、今、ホグワーツとダンブルドア先生の評判は急激に悪くなっています。もしかしたら、逮捕される可能性もあるかもしれない事態になっているのです」
「待てよ! ダンブルドアが捕まったら、誰がヴォルデモートに立ち向かうんだ?」
「大声を出さない、ミスター・ブラック。アズカバンは今、人さらいやデスイーターでいっぱいですし、さすがにダンブルドアを有罪にすることはないでしょう。しかし、一度落ちた評判というのは簡単に取り戻せるわけではありません」

 ダンブルドアは今世紀最高の魔法使いと言われ、ヴォルデモートが唯一恐れている存在だ。
 もしもダンブルドアが捕まって、魔法界の牢獄、アズカバンに入れられれば、反ヴォルデモート側の勢力としては大きな損害になる。

「あの……僕たちやリーマスは捕まらないんですか?」

 ピーターが言った。

「ダンブルドアはホグワーツを去る前、ミスター・ルーピンを庇うとおっしゃっていましたから大丈夫でしょう。それにあなた達はきっと捕まらないでしょうね。ええ、今の魔法省は、金さえあれば簡単にそちらになびいてしまうような場所ですから」

 マグゴナガルがチクリと言った。その後ろで、スラグホーンがシリウスに向かってウインクする。
 どうやらブラック家の財産とコネで大丈夫だ、ということらしい。

「しかし、あなた達は反省しなくてはいけません。今回の事件で、わたくしは深く失望しました。少し規則破りな面はあるけれど、一線を越えたようなことはしないと思っていましたが、どうやら違っていたようですね」
「あ、あの、僕は何もやってませんマグゴナガル先生。確かに、シリウスから話は聞いたけど……それだけです」

 ピーターがソワソワと体を動かしながら早口に言った。
 こういう時の行動だけは素早いらしい。ジェームズはピーターを冷たい目で見た。

「落ち着きなさい、ペティグリュー。今、あなたがすべきなのは反省すること、それだけです。勇気あるグリフィンドールに入ったというのに、止めなかったとは嘆かわしい」
「もちろん反省しています、マグゴナガル先生。でも、あれはセブルス・スネイプにも非があります。彼はリーマスが月に一度いなくなることを気にしていました。だから……シリウスが教えていなくても、いつかきっと同じことになっていたと思います」

 ジェームズは真剣な顔をして言った。表の顔と裏の顔、それを使い分けることにジェームズは長けていた。
 ピーターほど露骨には表さないが、ジェームズだって責任は少しでも減らしたい。
 スネイプが人狼になっていなかったという事実は、落ち込んでいたジェームズを復活させるのに十分だった。

「今、このような状況になってもそんなことを言っているのですか。確かに、何も疑わずに行ってしまった彼の判断はあまり良いとは言えないでしょう。しかし、それはあなたが言うべきことではありません」

 マグゴナガルは言った。ジェームズは俯き、反省している態度を示した。

「わたくしは、大広間の様子を見てきます。あなた達はここで朝食を食べなさい。そして食べ終わったらすぐに、一時限目の授業に向かうように」
「ミネルバ、私がこの子達を見ておきましょう」

 スラグホーンが言った。ミネルバは頷いて、職員室を出た。それを合図に他の先生たちも次々と出て行く。

「さて、今回は君達を庇ったが、次は庇えないかもしれないよ?」
「スラグホーン先生、ありがとうございます」

 ジェームズは言った。

「本当に骨の折れる仕事だった。君の母上に説得したんだが、もう怒り狂っていた。最終的には、ブラック家の名を穢すことはできないと了承してくれたがね。これ以上問題を起こしたら、殺しに行くと言っていたよ」

 スラグホーンは笑った。

「僕なんかより従姉妹たちの方がよっぽど狂ってるさ」

 シリウスはぶっきらぼうに言った。

「やはり君の家は優秀だ。ブラック家──。古くから続く純血だ。今残っている中では、一番歴史が長いかもしれない。いや、しかし私はスリザリンの生き残りがイランにいると聞いたことがある。……まだ確かめてはいないが。もちろん、ポッター家も素晴らしい家だ」

 スラグホーンは砂時計をクルクルと回した。

「まあ、何にせよ私は今回の事件で君達を助けた。二人とも、非常に賢く、優秀だ。捕まるには惜しい。ほら、今の時代は荒れている。いつ狙われるかわからない……」
「この恩は忘れません。スラグホーン先生に何かあったら、一目散に駆けつけますよ」

 ジェームズは強く頷いた。スラグホーンは満足げに笑った。

「それはありがとう。ああ、パイナップルの砂糖漬けでも食べていきたまえ」

 スラグホーンは棚から瓶を取り出した。
 食いしん坊のピーターがたくさん取ったのを見て、スラグホーンは少し顔をしかめた。

「一時間目は何の授業だ?」
「闇の魔術に対する防衛術だ。全く、リトルバーンの奴の授業は退屈だよ。攻撃呪文を教えないなんてな」
「でも、僕は嬉しいなぁ。だって、簡単な呪文しかやらないから失敗する心配をしなくていいんだもん。去年の先生なんて、闇の魔術ばかり教えてきて、レベルも高いし怖いし……」

 ピーターがブルブルと体を震わせた。

「よし、じゃあそろそろ授業に向かう時間だ。闇の魔術に対する防衛術の教室は三階だったかな? 絶対に寄り道せず、真っ直ぐに向かうんだぞ」

 ジェームズは頷いて、職員室を出た。シリウスとピーターも後に続く。

 角を曲がってスラグホーンの姿が見えなくなった時、ジェームズはシリウスの方を向いた。
 そして、ニヤリと笑いあう。

「スネイプは人狼になっていなかったようだな」

 シリウスが言った。

「ああ、怪我程度なら、僕達だってたくさんさせたし、させられてきた」
「その通りだ。そしてこの事件で悪いのは、勝手に詮索してきた──」
「「スネイプの奴だ」」

 ジェームズとシリウスはハモり、ハイタッチし合った。

「やっぱりお前とは気があうよ」
「うん、そうみたいだ。人狼になるのは、人狼に噛まれた時だけだ。でも、怪我なら人狼にやられなくてもする時はする」

 ルーピンが一番恐れていたのは、自分が狼の時に相手を傷つけて人狼にしてしまうことだった。怪我は治れば大丈夫だが、人狼になると一生苦労することになると、ルーピンは心配していた。
 しかし、スネイプはそうはならなかったのだ。

「よかったよ。昨日は驚いた、急に怒ってきたもんだから」
「いや、君のあの行動は酷い。ほんとうに、一歩間違えていれば人狼になっていたかもしれない」
「でも……?」

 期待するようにシリウスはジェームズを見た。ジェームズは意地悪で無視してやろうと思ったが、シリウスの顔を見るとそうは出来なかった。

「そうはならなかった。悪いのはスネイプだ」

 ジェームズはシリウスと目を合わせ、再び笑い合った。

「でも、ダンブルドア先生が捕まるかもしれないって、マグゴナガル先生が言ってたよ……」
「おい、ピーター。そんなに気にするなよ。ダンブルドアならなんとかするさ!」

 ジェームズはピーターの肩を叩いた。

「そうかなぁ」
「きっと大丈夫さ。ヴォルデモートだって恐れた存在なんだ。魔法省なんて目じゃないはずさ」
「その名前を言わないでよ」

 ピーターは情けなさそうに言った。

「それにしても、お前の態度の切り替えにはいつも驚くな。先生の前でだけいい顔しやがって。スラグホーンに媚びる必要なんてないんじゃないか?」
「何を言ってるんだい。そうやってきたおかげで、僕達は退学にならずに済んでるんじゃないか! パッドフットは素直すぎるんだ。目の前に餌を差し出された犬みたいにさ」
「何を言うんだ。お前だって鹿みたいなところがあるぞ」
「鹿って、可愛いと思わないかい?」

 まだ人気のない廊下で、ジェームズとシリウスは大声で笑い合った。とてもスッキリとした気分だ。

「ねえ、リーマスはもう戻ってこられないのかな?」

 ピーターが言った。その言葉に、盛り上がっていたジェームズとシリウスも一瞬固まった。

「……きっと、大丈夫だよ。ダンブルドアが全て解決してくれる」
「それにもしもムーニーが退学になったら、俺たちも退学してやるさ!」

 その沈黙を取り戻そうと明るく言ったが、三人の空気は確実に重くなった。

 教室についてしばらくすると、チラリホラリと人が集まってきた。しかし、その雰囲気がいつもとは違うことをジェームズは感じていた。
 五年生は、学年末に進路にも関わる大きなテストを受けることになる。その試験勉強をしながら、友達と話したり小さな悪戯を仕掛けたりして穏やかな時間を過ごすのがいつもの日常だ。
 しかし今日は違った。皆、新聞を手にヒソヒソと話しあっている。

「……なのにさ、弟のベッドの下を探っても出てくるのは『闇の帝王』のご活躍について報じた記事ばかり! ムカついたからさ、僕のやつと取り合えてやったよ」
「ずっと言おうか迷っていたんだけどさ、君の性癖もかなり特殊だと思うよ。そりゃ、蛇ヅラで興奮してる君の弟は桁違いだけどさ」

 シリウスとのたわいない話に返事をしながらも、ジェームズは周りの話に耳を傾けていた。

『でも、リーマス・ルーピンが狼人間だなんて知らなかったわ〜』
『狼人間って、闇の生物よ。ダンブルドアは『例のあの人』の仲間だって噂もあるわ。こちらを操って、あるタイミングで一気に闇に引き込ませるんじゃないかって言われてるの。ルーピンだって、私達を襲わせるために入学させたって説が濃厚になってるわ』

 後ろにいた女生徒が小声で話しているのは、やはりルーピンの事件のことだった。
 つい昨日まで普通に接していたのに、人狼だとわかった瞬間、急に態度を変える方がよっぽど闇の生物じみていると言ってやりたかったが、ジェームズは我慢した。

「聞いてるか、ジェームズ? ああ、そうか。君はエバンズ一直線だもんな。今度、女子風呂に忍び込んで盗撮でもするか?」
「それはダメだ」
「そういうところは真面目だよな。レイブンクローの奴らなんて、しょっちゅうやってるよ」
「レイブンクローは魔境だ。僕達なんかが足を踏みいれられる場所じゃない」

 ジェームズは手短に返し、また聞き耳を立てた。

『でも、ダンブルドアがあの人の味方だとしたら、俺たちを導く人はいなくなる。そんなの、信じたくないな』
『でも、信じ続けて裏切られたらどうするの? 早くあちらの陣営についた方が、得かもしれないわ』
『でも、リーマスって普通に良いやつだったぜ。人狼だなんて、今でも信じられないよ』

 右側に座る男子生徒は、この事態に困惑しているようだ。

「レイブンクローの奴らって、極端なんだよな。真面目な人はとことん真面目で、そうで無い人は何にも考えてないぜ」
「そうだね」
「今度階段で見てみろよ。レイブンクローのドミニカ・エインズワースのスカートの中。チラ見えどころじゃ無い、普通に見えてるんだぜ。でも、あれは恥じらいが無くて好きじゃないな」

 シリウスは真剣な顔で頷いた。

「君、もっと中身のあることを考えたらどうだい?」
「何を言ってるんだ? こんなに奥深いものはないぜ。布一枚、しかしその中に込められた思いは、海よりも深く山よりもたか……」
「違う、現状のことだよ。周りの会話をちょっと聞いてみな」

 ジェームズは小声で言った。シリウスは何を言っているのか分からない、という感じで眉をひそめたが、少し聞いてすぐにわかったようだ。

「随分、まずい状況だってことか?」
「うん。予想以上にダンブルドアへの疑惑が高まってると思わないか?」
「ああ、不自然なぐらいな」
「やっぱり、人狼をホグワーツに入学させたってのが大きいみたいだ。人狼に噛まれる事件自体は数え切れないぐらい起きている。ただそれが、ホグワーツで起こったのがまずかった」
「ねえ、僕たち捕まらないかな……」

 ピーターが不安そうに言った。

「なにを心配してるんだ、さっきスラグホーンが大丈夫だって言ってただろう」
「でも、これは心配だ。僕たちに向けられなかった分だけ、ダンブルドアにヘイトが向いてる」
「きっと、スネイプが狼人間になったとかならなかったとかじゃなくて、狼人間がホグワーツにいたこと自体が問題だったんじゃないかな」

 ピーターが言った。

「そうだね。でも、人狼を入学させること自体は違法じゃないはずなんだ。なのに世間では、リーマスがスネイプを傷つけたことよりも、ダンブルドアが人狼の入学を許可したことが問題になってる」
「ダンブルドアはムーニーを庇うって言ってたんだろ? その結果じゃないのか?」
「きっとそうだ。リーマスが責められないのは僕としてもとても嬉しい。でも、ダンブルドアがいなくなれば──」
「まあ、ダンブルドアなら上手くやるだろ!」

 シリウスが言った。

 しかし、そう上手くはいかなかった。
 ダンブルドアに対する不信感は日々高まり、校長を辞めさせるべきだという手紙の数は、日々増えていった。
 さらに、ジェームズ達に対する周りの態度も変化していった。今までは、中心的存在だったのに、今ではルーピンと付き合いが一番深かったために、疑われているのだ。

 ある日、廊下を歩いている時のことだ。こんな会話をジェームズは聞いた。

「やっぱり、あの二人は『例のあの人』のスパイなのよ。だって、二人とも純血で、とても優秀だわ」
「でも、あの……ペティなんとか。ペティグリューだっけ? あの人はどうなのよ」
「さあ、知らないわ。取り巻きの一人じゃない? それより、今後について考えるべきよ。ホグワーツは安全だと思ってたのに、そうでもないことがわかったわ。最近見ていたかぎり、あの二人、とってもイライラしてる様子だったもの。きっと計画がうまく運んでなくてムカついてるのよ。八つ当たりで殺されたりしないように、気をつけないと」

 ジェームズの前を歩いていたハッフルパフの生徒の会話だ。本人の前でそんなことを話すなんて、もしも自分が本当に『例のあの人』のスパイだったら、殺されていただろう。

「やあ、君たち!」

 ジェームズは、今、走ってきたという感じで二人を追い越した。二人がハッと息を飲むのを背中で感じながら、ジェームズは心の中で嘲笑った。
 自分のことを悪くいった罰だ、しばらく殺されないか怯えるぐらいのことは当然だろう。

 談話室に帰ったジェームズは、すぐに寝室に向かった。最近は周りに聞かれないよう、寝室で話し合うのが習慣になっていた。

「もう、リーマスがいなくなって一週間だ。ダンブルドアはまだ魔法省で尋問を受けている」

 ジェームズは言った。そして、ピーターがいないことに気がついた。

「あれ、ワームテールはどこだ?」
「さあ、トイレに行くっていって、まだ帰ってきてない。きっと怖くなって、逃げ出したいんだろ」
「あいつが悪戯に失敗して見つかった時は、フォローしてあげたのに、こういうことになると逃げ出すのか。最悪の奴だ」

 ジェームズはピーターのベッドの上に置かれた杖を持ち上げながら言った。

「こんな時なのに、杖すら持たずに談話室から出るなんてな」
「あいつ、前も杖を持たずに一人で出て行ってたよな。それでスリザリンの奴らに囲まれてたところを助け出してやったのは誰なんだよ? 僕たちじゃないか」
「まあ、今回は放っておこう。いつかは帰ってくるだろうし。それより、今の状況について話し合わないかい?」

 ジェームズはさっきあった出来事を話した。するとシリウスは自分もそんな目にあったことがある、と言った。

「レイブンクローのやつが、ブラック家なんだから『例のあの人』の味方に決まってるって言ってきたんだ。ムカついたから、悪戯してやったよ」
「どんな悪戯だい?」
「ずっと耳元で虫が飛んでる音がするようになる魔法さ。確か、三年生の時に考えたやつだったか?」
「ただの嫌がらせじゃないか。でも、よくその程度のことで我慢できたな。前の君だったら、殴り殺してたんじゃないか?」

 ジェームズはシリウスをからかった。シリウスは真面目な顔をして頷く。

「ちょっとは成長したんだよ」
「まあ、ほんの少しだけどね。それにしても、ダンブルドアがまだ帰ってこないなんて遅いと思わないかい?」
「まあな。それに周りの奴らもダンブルドアの悪口ばかり言ってやがる。まあそれでも、ダンブルドアがいなくなることに対する不安もあるらしいけどな」

 シリウスは言った。

「みんな馬鹿だよな。ダンブルドアがヴォルデモートの味方なわけないのにさ。ただ、新聞がダンブルドアに否定的だからってだけでそれを信じ込んで」

 ジェームズはイライラとしながら言った。さっきのハッフルパフの少女の言っていたことはあながち間違いない。
 ジェームズはこの雰囲気をかなり不快に思っていた。

「そうだよな。ダンブルドアがあの人の仲間になるなんて魔法界の終わりだぜ」
「本当にそうだ。ダンブルドアに解決できないことなんて……あるわけがない」

 この時、ジェームズは何か悪い予感を感じていたのかもしれない。ただ、本当にそうなるのが怖くて、考えていないふりをしていただけなのだ。
 世間の恐ろしさを、ジェームズもシリウスもまだ分かっていなかった。後から思えば、これはまだ始まりだったのだ。
 自分達の引き起こしたことがどれだけ大きなことに発展していくのか、本当に実感するのはまだまだ先のことだった。

 しかしそんなことを考えてもいなかったジェームズは、あることを思いついた。

「パッドフット! もう、リーマスに会いに行こう」
「どうやってだ?」
「忍びの地図。まだ作りかけだけど、変なところにいる生徒がいないか確かめられる」

 忍びの地図は、ホグワーツの校内図のようなものだ。特別なのは、人物の動きが分かることである。最終的には人物名を出せるようにすることを目指しているのだが、今はまだ生徒と教師の区別しかつかない。

「おっ、名案だな! ちょっと大変だけど、調べようぜ!」

 シリウスとジェームズは忍びの地図を覗き込んだ。

「先生の部屋を重点的に探すんだ」
「ああ、でもそれらしいのは見当たらないな。それよりも教師の数、少なすぎると思わないか?」

 しばらく探したものの、どこにも怪しげな人物の影は見当たらない。
 ジェームズは忍びの地図を放り出した。

「ちょっと期待したんだけどなー。やっぱりダメか」
「もっと早く開発を進めておくべきだったな。寮の区別をつけられるようにしておけば、まだ探しやすかったぜ」
「今のうちにやっておくか?」
「そうだな、プロングズ。とりあえず、談話室にいる生徒はその寮だろうからな」

 シリウスは忍びの地図を拾い上げた。そして、ある点を見て固まった。

「プロングズ、この集団、変だと思わないか?」

 シリウスの指差した点を見る。すると、六人ほどの先生に囲まれて生徒が廊下を移動していた。

「ムーニーだ。これは絶対にムーニーだ。行こう、シリウス!」
「待て、先生に囲まれてるのに話せるのか?」
「わからない。でも、行こう!」

 ジェームズとシリウスは談話室を出た。

「プロングズ、外に向かってるぞ。早く行かないと、間に合わないぜ」
「走ろう!」

 その生徒がルーピンであるとジェームズは確信していた。そして、絶対にいま会わないといけないという思いに駆られていた。

「もう、一階にいるぜ!」

 知っている限りの隠し通路を使い、二人は必死にその集団を追いかけた。
 そしてホグワーツ城の外に出ると、赤い夕焼けの中、一台の馬車に誰かが乗り込むのが見えた。

「リーマス! リーマス、待てよ!」
「ムーニーなのか? そうなら返事をしてくれ!」

 二人は大声で叫んだが、その生徒は応えなかった。
 でも、あれは確実にリーマスだ、とジェームズは感じた。
 そして馬車からあと三十メートルというところで、馬車は発車した。

「リーマス!」

 ジェームズが言うと、ルーピンは一度だけ振り向いた気がした。しかし逆光で、表情はわからない。
 今、話さないといけない。その思いだけでジェームズは必死に馬車を追いかけたが、もう無理だった。

「シリウス、あれは確実にリーマスだ」

 森の入り口で、ジェームズは立ち止まって言った。

「俺もそう思う」
「なんで、止まってくれなかったんだろう」
「わからない」

 突然の出来事に呆然とする二人のもとに、一羽のフクロウが飛んできた。そして、何かを落として去っていく。

「僕の取ってる新聞だ。全く、雑なフクロウだな。地面に落とすなんて」

 ジェームズは土を払って新聞を見た。そして目に入ってきたのは、衝撃的な見出しだった。


 ──ダンブルドア辞職。新校長はアントニン・ドロホフ──


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホグワーツ

 ──ダンブルドア辞職、新校長はアントニン・ドロホフ

 ジェームズはその記事を見て、驚きより困惑が上回った。一体、何が起こったというのだろう。
 アントニン・ドロホフはデスイーターの最古参の一人で、とても残酷な人物だ。そんな人をホグワーツの校長にするなんてあり得ない。

「マジかよ? ダンブルドアが辞職なんてあり得ないだろ!」

 シリウスは新聞を読んで驚きの声を上げる。

「うん、絶対にこれはおかしい。事情を聞きに行こう」

 ジェームズは言って、ホグワーツ城に駈け戻った。
 談話室に戻っている途中、二人はピーターに出会った。

「ワームテール! 見たか、あの記事?」

 ノンビリと歩くピーターに向かって言うと、ピーターは目を丸くした。

「ううん、なにかあったの?」
「ダンブルドアが辞職した。新校長はドロホフだ」
「えっ、ドロホフってあの闇の魔法使いの?」
「ああ」
「そんなの、僕、信じられないよ」

 ピーターはポカーンと口を開ける。

「だから、聞きに行こう。さすがにこれは何かが変だ。あの程度の事件で、急にみんなが寝返るなんて」

 ジェームズは職員室に向かった。そしてドンドンとドアを叩くと、出てきたのはフリットウィックだった。

「ダンブルドアが辞職なんておかしいだろ? 何があったんだ!」

 シリウスが大声で言うと、フリットウィックは厳しい顔で三人を見た。身長はジェームズ達よりずっと低いのに、迫力はとてもあった。

「これは事実ですよ。きっとデスイーター達はこの時をずっと待っていたんでしょうね。偉大なるダンブルドア校長がボロを出す時を」
「でも、それにしてもこんなに急にバッシングされるなんて変です」

 ジェームズはフリットウィックを見下ろした。

「一般人に見せかけて、実は『例のあの人』の味方だった。きっと、そんな人が大勢いたのでしょう」

 ジェームズは納得できなかった。どうにかしてダンブルドアが戻ってこられるように出来ないものかと言ったが、フリットウィックの反応は薄かった。

「とにかく、私はもうあなた達の味方はできません。貴方のしたことは、ミスター・スネイプやミスター・ルーピンを傷つけただけではありません。『例のあの人』の勢力をより強くしてしまったのです。わかったら、出て行きなさい」
「待ってください。リーマスはどこに……?」
「あなた達に言うことは出来ません。早く、寮に戻りなさい」

 いつもはユーモラスなキーキー声も、今は真剣そのものだった。それに何より、自分達は歓迎されていないということがヒシヒシと伝わってくる。
 すべてスネイプが悪いのに。そう不満に思いながら、ジェームズは職員室を出た。

「本当にムカつくな。悪いのはスネイプなのに」
「ああ、ドロホフなんて来たら、俺達はどうなるんだ?」
「まあ、夕ご飯食べに行こうよ。美味しいもの食べたら、きっと元気でるよ!」

 大広間に向かうと、たくさんの生徒が食事を始めていた。四つのテーブルごとに、それぞれの寮のローブの色がくっきりと分かれている。
 その中でも、緑色とその他の色の間には、目に見えない大きな壁があるようだった。

「相変わらずスリザリンの奴らはご機嫌だな」

 シリウスが舌打ちする。ドロホフが校長になるという発表に、スリザリンだけが喜んでいた。

「やあ、ポッター。先日はダンブルドアを追放してくれたようだな。深く感謝するよ」

 すれ違いざま声をかけてきたのはスリザリンのエイブリーだ。癖のある茶髪に、曲がった唇をしている。ジェームズは杖を取り出し、エイブリーの首元に突きつけた。杖に魔力を込めると、ジワリと血が滲む。

「次言ってみろ、君の喉元を掻き切ってやる」
「何だよ、ずいぶん怒っているようじゃないか」

 エイブリーは面白そうに言うと、ジェームズの横をするりと抜けて、大広間を出た。そして偶然歩いていたマグル生まれの少女のカバンを切り裂いた。
 おそらく一年生であろう金髪の少女は怯えた目でエイブリーを見た。

「エイブリー! あの少女は関係ないじゃないか!」

 ジェームズはエイブリーを武装解除しようとしたが、その前にエイブリーは次の呪文を唱えた。杖の先から黒いインクが出て、少女の教科書やノートを黒く染める。

「エクスペリアームス!」

 ジェームズの武装解除呪文は当たった。動けないように束縛呪文をかけ、少女の元に駆け寄った。

「大丈夫かい? スコージファイ!」

 魔法でインクを綺麗にしようとしたが、出来なかった。どうやらエイブリーは悪質な呪文を使ったらしい。

「きっと……テルジオ!」

 ジェームズが別の呪文を使うものの、インクはまだ消えない。

「簡単には消えないように、きっとなにか仕掛けをしたんだ。大丈夫だ、順番に試していけばきっと消える……」

 ジェームズが次の呪文をかけようとした時、急に少女は立ち上がった。
 驚いて顔を見ると、ジェームズを憎々しげに見つめている。

「わたし、あなたには助けてもらいたくないわ」

 少女は破れたカバンと教科書を両手に抱えて、逃げるように去っていった。

「残念だったな」

 エイブリーは武装解除で飛ばされた杖を拾い、ニヤリと笑った。その態度に怒りが立ち込めてきたジェームズは、杖をエイブリーに向けた。

「アグアメンディ! グレイシアス! オパグノ!」

 氷のナイフがエイブリーを襲い、怯んだのを見てジェームズは失神呪文をかけた。
 エイブリーは意識を失い、頭を壁に打ち付けて倒れる。

「まったく、せっかく助けてやったっていうのに……」

 それを見て満足したジェームズは、イライラとしながらシリウス達の元に戻った。
 ここ一週間、ずっとこんな調子だ。確かに、校長がドロホフになったのは自分達の責任もあるかもしれない。しかしこんなに冷たくしてくるのは如何なものだろうか。
 シリウスは珍しく何かを考えているようで、上の空だった。

「どうしたんだ、パッドフット?」
「いや、何でも」

 シリウスはボンヤリと言った。
 大広間に入り、ジェームズ達はグリフィンドールのテーブルの空いているところに座った。
 大広間の前の教員席では、先生達が目を光らせている。最近は大広間での小競り合いが多く、常に教師が見張ることになったのだ。
 しかしまだ廊下やクィディッチ競技場の応援席、湖のほとりなどは目が行き届いておらず、さっきのような小競り合いなどしょっちゅうだった。

「美味しいね、みんな」

 ピーターは口の中をニシンのパイでいっぱいにしながら、もごもごと言った。そして大皿から、おかわりを取り分けようとする。

「待て」

 ジェームズはピーターを手で制した。
 パイの中に、紫色の大きなハエのような生物がいたのだ。ジェームズはハエを指でつまんで確かめた。

「作り物だ。たしか、ゾンゴの悪戯専門店で売ってたな。腹のところに、毒が仕込まれてる」

 それは、中に液体を入れて膨らませるとリアルに動き出すタイプのオモチャだった。普通は、幼い子供達が色水などを入れて楽しむものなのだが、これには毒が入っている。

「しっかり見てから食べろよ、ワームテール。あーあ、スニベルスがいたら面白かったのにな」

 ジェームズはつまらなく思いながらハエを消失させた。ルーピンの事件があってから、ジェームズはずっと大人しく過ごしてきた。しかし段々とその生活に飽きてきたのだ。
 もちろん、反省していないわけでは無いが、もっと刺激のある生活に戻りたいのである。

「ちょっと先に帰るな」

 シリウスは立ち上がった。さっきからずっと心ここにあらず、という感じである。食事もほとんどしていない。

「パッドフット、君はさっきからおかしいぞ」
「そうかい。いや、別に大したことじゃない……」

 シリウスはそう言って大広間から出る。
 その後、トラップをかわしながら食事をしているとき、ピーターが飛び上がった。

「僕、呪文学のレポートを出し忘れてた! 取ってこないと!」
「急がないと、きっと落第するな」

 ジェームズは言った。ピーターは大慌てで大広間を飛び出していった。

「忘れ物ばかりだな……呪文学のレポートの締め切りなんて、何週間前のことだ?」

 ジェームズはピーターの姿を見送りながら、呆れて言った。

 食事を終えて大広間を出ると、まだ人気は少なく、廊下は閑散としていた。
 数人のレイブンクロー生が階段を登っているだけだ。

「ふーん、あれがドミニカ・エインズワースか……」

 ジェームズは階段の下からその生徒達を見ながら呟いた。
 派手にカールした茶髪に、着崩した制服、下から見ると完全に下着が見えている。

「あそこまで来ると、もはや露出狂だよな……」

 ジェームズが軽く引きながら階段を登り始めると、ドミニカ・エインズワースの鞄から何かが落ちた。それはパタパタと落ちてジェームズの足元にまで来る。
 どうやら彼女は、友達との会話に夢中で落としたことに気がついていないらしく、そのまま階段を登っていく。
 ジェームズはその本らしきものを拾った。そして何気なく表紙を見ると、『日記』と書かれている。

「なるほど」

 ジェームズは、ほんの出来心で中を開いた。若い少女の日記など、何が書かれているのか気になるに決まっている。
 そこには、意外と丁寧な文字できちんと日々の出来事が綴られていた。見た目はアレだが、中身はレイブンクロー生らしく意外と真面目なのだろうか。
 ジェームズがふと開いたのは、ちょうど事件が起こった次の日のページだった。

『今日は、素晴らしい日だ。とうとうダンブルドアの悪い一面が出た。雑誌を発行している私のパパも張り切っている。普通に過ごして、こういう時だけ周りの不安を掻き立てる、それが私の役割だ。今日はその役割をしっかりとこなせたと思う。私みたいな、普段は中立の人物がどちらかに傾くと、周りは一気にそちら側に流れやすい。こんなタイプの闇の帝王の味方もいるなんて、ダンブルドアは知らないでしょうね』

 そこまで読んだところで、急に誰かに肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこにはレイブンクローの制服を着た少女がいた。奇妙なコルクのネックレスをつけ、頭の上には、フワフワとした毛並みの白くて丸い魔法生物を乗せている。

「あんた、ジェームズ・ポッターだ」

 鈴のなるような声で少女は言った。

「やあ、君は誰だい?」

 ジェームズは日記を背中に隠し、動揺を隠すように快活に問いかけた。

「あたしパンドラ・リッチ。レイブンクローの四年生だよ。あのね、気をつけたほうがいいよ。みんな、内心は何を考えてるかわかんないから。良く見える人ほど、中には悪い心が潜んでるもん」
「あの、レイブンクローについて聞きたいんだけど、いいかい?」

 ジェームズは言った。

「うん、いいよ」
「ありがとう。単刀直入に聞くけど、レイブンクローにヴォルデモートの味方は多いのかい?」

 ジェームズは言った。さっき日記で読んだことを確かめたかったのだ。

「うわー! ほんっとうに単刀直入だね。こんなに真正面から聞かれたの、久しぶり」
「ごめん、でも早く答えて欲しいんだ」
「うん、答えると味方は多いと思うよ。レイブンクローは博識だから、親が新聞社に勤めてたり、作家だったりする人が多いんだ。それで、普段は普通にしていていいから、こういう時だけはそれとなく『あの人』に味方するようにって言われてるの。そうすれば命は狙わないって」

 パンドラは言った。

「なるほど、だからあんなに早くダンブルドアへの反感が強まっていったのか……」
「うん、きっとそう。でも、あたしは違うんだ。ゼノと一緒に、ホグワーツを卒業したら本当のことを伝える雑誌を書こうって言ってるの。そして、みんなが楽しくなるような記事を載せるんだ」

 パンドラは楽しそうに笑った。それに合わせて、頭の上に乗っている魔法生物も嬉しそうに跳ねる。

「パフスケインかい?」
「うん、それに近いよ。でも、ちょっと違う。パフスケインの進化版みたいな感じかな」

 パンドラは魔法生物をポンポンと撫でる。その時、ジェームズはこの少女のおかしなところに気がついた。裸足なのだ。

「靴と靴下はどうしたんだい?」
「どっか行っちゃったんだ。あたしがドミニカのことを悪く言ったから、隠されちゃったみたい。でも、急に寝返るなんて卑怯だもん」

 パンドラはその時のことを思い出したのか頬を膨らませる。

「酷い話だな。ちょっと仕返ししてやろうか?」
「ううん、遠慮しとく。失くしたものはいつか戻ってくるもん。でも、自分から手放したものは二度と戻ってこないから」

 パンドラは魔法生物に合わせてピョンピョンと飛び跳ねながら言った。

「じゃあ、あたしはもう行くね」

 パンドラはジェームズに何か有り気に微笑みかけると、スキップして去っていった。
 ジェームズは手の中の日記を見つめた。パンドラは、ジェームズが日記を持っていることを知っていたはずだ。それなのに、そのことにはまったく触れなかった。
 この日記は大切にしようとジェームズは思った。

 グリフィンドール寮はかなり高いところにあるが、裏道を使うとかなり早く到着することができる。
 しかし、最近は、裏道というのも中々危険になってきている。人目につきにくいので、争いが起こりやすいのだ。
 スネイプがルーピンのところに行かなければ、いつも通りの楽しい生活が送れたのに、と思いながらジェームズはタペストリーの裏に入った。薄暗い細道に浮かぶ蝋燭の炎が幻想的で、ホグワーツ生にとって有名な裏道の一つだ。

「これは、ジェームズ先輩!」

 突然、ジェームズの前に誰かが現れた。頭から黒いマントを被っているので顔は見えないが、声からして学生だろう。
 ジェームズは杖を構えた。細い道ゆえに、すれ違うことはできない。声は親しげだが、油断すべきでは無いだろう。

「べ、別に悪いもんじゃあ無いんです。ただ、素晴らしい話があるもんで……」

 相手は及び腰で言う。弱そうだ。さっきは「先輩」と呼んでいたし、自分よりも年下だろう。

「僕を通してくれないかい? 退かないのなら、無理やり通るよ。コンフリン……」

 ジェームズが爆破呪文をかけようとすると、相手はすがるように腕にしがみついてきた。

「話だけでも、聞いてって下さいよ。今なら特別に、1ミリリットルにつき2ガリオンで買い取りますから……。ジッとしているだけで、あっという間に何百ガリオンも手に入る! こんなに素晴らしい話は滅多に無いですよぅ」

 相手は興奮した様子で言った。どうやら何かを売って欲しいらしい。

「何を売るんだい?」
「今や、イギリスに住む全ての魔法使いが欲しがっている……とても貴重で神秘的なものですよぅ。とても近くにあるのに、それを見ることは少ない。しかし、その恐怖と美しさは、長年魔法使いを魅了してきた……」

 全身を覆うマントの中、唯一出ている指を震わせて相手は言った。
 これは危険な香りがする、とジェームズは感じながらも、再び問いかけた。

「それは一体何なんだ?」

 ジェームズが言うと、相手はマントの下でニヤリと笑ったような気がした。

「純血」

 相手はゆっくりとそう言った。炎がゆらりと揺れる。その瞬間、ジェームズは呪文を唱えた。

「エクスペリアームズ! ペトリフィカル・トタルス!」

 そのスピードについて行くことはできず、相手は武器を取られず、石になった。

「杖は預かっておくな!」

 ジェームズは杖をクルクルと回しながら、黒マントの生徒を跨いで前に進んだ。
 血の売買が行われているらしいことは知っていたが、実際に遭遇したのは初めてだ。
 物騒な時代に生まれたものだと思いながら、ジェームズは階段を上がった。階段の途中で取り上げた杖を床に置き、談話室に戻ると、そこにはシリウスの姿があった。さっきのようにボーッとはしていない。

「パッドフット、何があったんだい?」
「ムーニーのことだ。どこに行ったのか、ずっと考えていたんだ」

 シリウスは暖炉を見つめて真面目に言った。
 ジェームズは驚いた。自分もそのことは考えていたが、結局これといった答えは見つからなかったのだ。

「それで、どういう結論に達したんだ?」
「家だと思うんだ」
「普通すぎないかい?」
「ああ、僕もそう思った。でも色々と考えると、そこが一番良いように思うんだ」

 ジェームズは首を捻った。

「僕は、違うと思うけどな」
「いや、絶対にそうだ。理屈じゃ説明できないけど、感じるんだよ。ムーニーはそこにいるって」

 シリウスは熱く語った。

「そうか……。それで、どうするんだ?」

 ジェームズは暖炉の上のオルゴールをいじりながら言った。

「当たり前だろう、謝りに行くんだ。たしかに、あの事件はスニベルスが悪かった。でも、僕達だって全く悪くなかったって訳じゃない」
「僕達? 悪かったのは君だけだ。君が謝りに行けばいいじゃないか」

 ジェームズはシリウスに背を向け、固い声で言った。本当は自分だって悪いことも知っていた。ルーピンが人狼だと知っていたのに、夜な夜な連れ出して遊んだのは、今思えばとても危険なことだっただろう。人狼だと気がついてもそれ以上何もしなければ、こんなことは起こらなかったのだ。
 でも、今はそれを認めたくはなかった。

「何を怯えているんだ。きっとリーマスだって謝れば許してくれる。一緒に行こう!」
「いや……僕達が謝りに行く必要はない。スネイプが悪いんだ。訂正しよう、君は悪くない。僕も悪くない。僕達は何も悪くない。すべてスネイプの責任だ」
「エバンズのことを気にしているのか?」

 シリウスは呟く。 ジェームズは振り返った。
 その通りだった。ここ一週間、リリーはずっと怒っているようだった。そんな中でルーピンに謝りに行けば、自分の非を認めたようなものだ。スネイプが悪かったのだと、リリーに理解してもらわなくてはいけない。謝りたくない訳ではないが、今、謝りに行くわけにはいかないのだ。

「そうだ。彼女は、スネイプが悪かったと理解しなくてはいけない。スネイプなんかと暮らしてたら幸せな人生は送れない。僕と一緒にならないといけないんだ」

 ジェームズは言った。

「きっとお前、その愛の強さでエバンズに嫌われてるんだぜ。まあ、エバンズが今でもスネイプに付き合ってるのは理解できないけどな」

 シリウスは呆れた調子で言った。

「そうだろう。あの二人は、どうやってでも引き裂かないといけない」

 ジェームズはシリウスの方を向いて力強く言った。
 今まで、望むものは全て手に入った。しかしリリーの心だけは、掴むことができなかった。それなのに、自分よりも明らかに下のスネイプがリリーに好かれている。その事実はジェームズにとって許し難いものだった。

 結局、今はルーピンのところには行かないことになり、二人は宿題を進めることにした。天文学の宿題をやるのに、夕食後のこの時間は丁度いいのだ。

「あの星がポラリスだから、あの星が多分……。そういえば、君の家系って星の名前が多いよな」

 窓のそばに行き、空を見上げてジェームズは言った。

「ああ、大昔のバカな先祖が決めた決まりらしい。星が綺麗だから名前にするなんて、その発想がありがちで下品だよな。改名してやりたいぐらい──」

 そこまで言ったところでシリウスは急に黙った。

「何があったんだい?」

 と言った時、ジェームズは窓を通して、リリーのアーモンド形の瞳が見えた。窓越しでも、怒っているのが伝わってくる。

「やあ、エバンズ! どうしたんだい?」

 ジェームズは振り向いて、大人びた調子で快活に言った。本当は、突然のリリーの登場に動揺していたが、見せないように抑えたのだ。

「私、あなたに話したいことがあるの」

 リリーはそう言うと、くるりとターンして談話室の出口に向かった。

「待てよ!」

 ジェームズはリリーを追いかけた。談話室の肖像画から外に出て、空き教室の扉の前まで来たところでリリーは突然立ち止まった。

「あなたは、満月の夜にリーマスとよく遊んでいたのよね?」
「まあ、そうだね」

 咎めるような目でジェームズを見るリリーに向かい、ジェームズはさらりと言った。

「危険なことだって思わなかったの?」
「そりゃ、十分に周りに気をつけてたよ」
「あなた達があんなことをするなんて思っていなかったわ。一線を超えたことはしないって思ってたのに」

 リリーは言う。

「よく聞いてくれ、あれは全てスネイプのせいなんだ。ずっと前から僕達のことを探ってた。きっと、シリウスが教えなくても、いつか同じことになっていた……」

 ジェームズは慎重に言った。
 しかし、間違えていたようだ。気温が五度下がったのかと思うぐらい、リリーの視線は急激に冷たくなった。

「まだそんなことを言うなんて! 私が嫌いなのは、今のあなたの態度よ! そもそもあなた達がルーピンの秘密を知った時にそっとしておけば、こんなことは起こらなかったもの。セブに非はないわ」
「いや、あるんだよ。僕達は善意でリーマスの秘密を見つけようとした。そして、親友として一緒に満月の日に遊んだ。でも、あいつは違う。悪意しかなかった」

 ジェームズは言い聞かせるようにリリーに言った。しかし、リリーは全く聞き入れてくれる様子はない。むしろ、余計怒らせてしまったようにジェームズは思った。

「もう、言い訳はしないで。あなた達のこと、時々行き過ぎた行動はあっても一線は超えないって思ってたの。でも、違ったようね。見限ったわ」

 リリーはジェームズを睨んだ。が、すぐに弱々しく視線を落とす。失望と悲しみのこもった瞳には、涙が浮かんでいた。

「待ってくれ、リリー。僕が悪かった。でも、お願いだからスネイプとの付き合いは断ってくれ。あいつといると君が幸せになれない。君を幸せにできるのは僕だけだ」
「誰といることで幸せになれるのかは、私が決めることよ。私、あなたのことは……。でも、もう良いわ。とにかく、もうあなたと付き合うことはできないの」

 リリーはローブの袖で顔を覆って走り去った。
 ジェームズは声も出なかった。後ろから見える美しい赤毛だけが脳裏に焼き付き、離れない。

「そうか。君がそういう選択をしたのなら……」

 ジェームズは呟いた。今、ジェームズの中にあるのはスネイプへの憎しみだけだった。
 リリーに幸せになってほしい。しかし、スネイプと結ばれることだけはどうしても避けたかった。

「ジェームズ」

 リリーと入れ違いに、シリウスが談話室から出てきた。ジェームズはシリウスの方を向いた。

「よし、リーマスの家に行こう。それから、スネイプのところに向かう。こうなったら、力ずくでやるしかない」

 ジェームズの言葉に、シリウスは無言で強く頷いた。

「バレないようにホグワーツを脱出するんだ」

 ジェームズとシリウスは自分自身に目くらましの呪文をかけた。裏道の数には自信がある。

「まず、隻眼の魔女の像まで行こう」
「ああ、それから外に出たら馬車を拝借してリーマスの家まで行けるな」

 音を出さないように、急いで階段を数段駆け下りた時、ジェームズの上から高笑いする声が聞こえた。
 ジェームズは一瞬立ち止まり、それから音を出さないようにゆっくりと進んだ。

「そこを動くな」

 地獄の底から響くような声だ。その瞬間、ジェームズの目くらましの呪文は解け、姿があらわになった。シリウスも驚いたようにジェームズを見ている。

「学生の行動は面白い。儚い恋、強い友情、実に笑わせてくれるな。だが──戯れはこれまでだ」

 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
 黒いローブを纏い、蛇らしき装飾の施された杖を突いている。濃い髭に、この世の悪を全て詰め込んだような黒い瞳。
 彼こそ、ホグワーツの新校長アントニン・ドロホフであった。



話が進みませんでした…
スネイプとウィーズリー家は次回こそ登場すると思います!すみません(´・ω・`)
ルシウスとエイモス(セドリック父)の出番は文字数の関係で消しました。でも、いつかは登場すると思います

物語の補足説明
エイブリー…原作でリリーに名指しで批判されてた人

ドミニカ・エインズワース…前回シリウスが話していた人。一応オリキャラ。多分もう出てこない

パンドラ・リッチ…後のルーナの母親。会話中のゼノは、ゼノフィリウス・ラブグッドのこと


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな一歩

ウィーズリー家→ジェームズとシリウス→リリー

ジェームズとシリウスの出番は少なめです
ちなみに、モリーさんの年齢は26歳。


 オッタリー・セント・ポールの『隠れ穴』に、ウィーズリー一家は住んでいる。草が茂る自然豊かな田舎の片隅に建つ、手造り感溢れる二階建ての家は、空に広がる黒々とした雲の下でも、ほのぼのとした雰囲気を醸し出していた。
 そんな中、ウィーズリー家の母親モリーは魔法を使いテキパキと家事をこなしていた。

「ママー」
「どうしたのかしら、ビル?」

 息子のビルの声に、モリーは洗濯物から目を離さずに言った。

「ほら、あれ」
「どれかしら?」

 ビルの口数が少なくなるのは決まって驚いている時だ。何があったのだろうかと振り向くと、ビルは真っ直ぐに階段の上を指差していた。

「もう、どうしたの?」

 モリーがそちらを見ると、そこには満面の笑みで箒に乗るチャーリーの姿があった。
 そして母親と目が合った瞬間、チャーリーは急降下する。階段にも天井にも当たらない絶妙な高さを保ち、チャーリーは得意げに着地した。

「チャーリー! 箒に乗っていいのは二階だけって言ったじゃない! 怪我をしたらどうするの!」

 モリーはチャーリーの元に駆け寄って抱き寄せた。チャーリーは不満そうに鼻を鳴らす。

「だって、お外につれていってくれないんだもの」
「外は危険なのよ。パパがお休みの時に、連れて行ってもらいましょう」

 モリーはなだめるように言った。
 まだホグワーツを卒業して10年も経っていないが、モリーには既に二人の子供がいた。五歳の長男ビルと三歳の次男チャーリーだ。

「パパ、いつお休みがとれるの?」

 ビルは、幼児用の柔らかい羽ペンを置き、描いていた絵から目を離していった。
 夫のアーサーはここのところずっと働きっぱなしだった。魔法省に勤めているのだが、ヴォルデモートが現れてからは魔法省内も慌しくなり、たまにの休日も体力の温存のためにあるようなものなのでとても遊べるような状況ではなかった。特に最近は、ホグワーツの騒ぎの対応に追われているようで魔法省に寝泊まりすることも多く、家にすら帰ってこない。
 いつ休みが取れるのかなんて、自分が聞きたいぐらいだ。

「そうねぇ。じゃあ、お腹の中の赤ちゃんが生まれたら、一回お休みを取ってもらいましょうか」

 モリーはビルとチャーリーに向かってニコリと笑った。実はモリーは三人目の子を身籠っていて、かなりお腹も膨らんできているのだ。
 二人は嬉しそうに飛び跳ねる。

「やった! ぼく、ドラゴンを見に行きたい!」
「ぼくは、ダイアゴン横丁で絵本を買いたいな〜」
「チャーリーは、ずっとドラゴンを見たいって言っていたものね。そうだわ、魔法で作ってみる?」

 モリーはショーをするマジシャンのように杖を取り出した。

「やったー!」

 チャーリーは目をキラキラと輝かせ、拍手した。ビルも嬉しそうに笑っている。

「さーあ、しっかり見ててちょうだいね。それっ!」

 モリーは円を描くように杖を回した。すると、杖の先から、緑色のウロコを持った可愛らしいドラゴンが出てきた。バサバサとリビングを駆け回り、チャーリーに狙いを定めると、炎を吹き出した。

「うわー、あったかーい!」

 チャーリーはキャーキャーと声を上げて部屋の中を走り回った。

「チャーリーのふくに火がついてる! 消さないと!」

 ビルはモリーの服の裾を掴み、真っ青な顔で言った。

「偽物だから、心配しなくて大丈夫よ」

 モリーはビルの頭を撫でる。チャーリーとビルの性格は全く違うので、対応が大変だ。

「ママ、ドラゴンの上にのってもいいー?」
「もちろんよ!」
「あっ、ぼくも乗りたい!」

 ビルとチャーリーは競うようにドラゴンの背に登ろうとする。
 モリーはそれを笑顔で見つめながら、登りやすいようにドラゴンを操った。

「たのしーい!」
「ほら、空の旅に出発よ!」

 モリーは天井に魔法をかけた。すると、天井はまるで本物の空のようになった。プカプカと雲が漂い、爽やかな空気が部屋を包み込む。地面も、ただのフローリングから草原に変化し、今までの狭さが嘘のように美しい世界が広がった。

「あっ、ピラミッドがある!」

 ビルが嬉しそうに歓声をあげた。

「よーし、ドラゴン、あそこまでいくんだ!」

 チャーリーがドラゴンに呼びかけると、ドラゴンは首を伸ばし、方向転換する。ビルとチャーリーはしっかりとドラゴンの背中に捕まり、落ちないように踏ん張った。ドラゴンは炎をひと吹きすると、高度を上げ、ピラミッドに向かっていく。
 楽しんでくれて良かったと思いながら、モリーはライオンに姿を変えているソファの上に座った。この魔法を使うのは随分と疲れるが、子供達が喜んでくれるなら全く気にならない。
 とその時、モリーは鳥の鳴き声に混じって、ドアをノックするような音が聞こえた。どうやら誰か来たらしい。

「あら、ディゴリーさんかしら?」

 モリーが訝しみながらドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。
 長いヒゲに、青い瞳、半月メガネ。モリーも学生時代お世話になった、ダンブルドアがいたのである。

「まぁ、ダンブルドア先生! 驚きましたわ」

 モリーは口に手を当てた。

「すまんのう、急に訪ねて」
「いいえ、ダンブルドア先生が訪ねてくださるなんて、光栄ですわ」

 それからモリーは部屋の中に呼びかける。

「ビル、チャーリー! お客様がいらっしゃったから、魔法を解くわよ!」

 杖を振ると、部屋はいつも通りの状態に戻った。ビルとチャーリーは急に現実に戻ってきたことに驚き、目を瞬かせる。

「さあ、ドラゴンから降りてちょうだい」

 二人は不満げにモリーを見た。そして、意地でも動くまいとドラゴンの背に強く抱きつく。

「ああ、二階は空いているかね? 少し込み入った話での、子供達には二階に行ってもらいたいのじゃ」

 その様子を見たダンブルドアが口を開いた。

「ええ。でも、ドラゴンに乗ったままでは二階にいけなくて……。ほら、早く降りなさい」
「その心配はいらん。ほれ!」

 ダンブルドアが杖を振ると、二階にたくさんの魔法生物が出現した。ユニコーンやグリフィン、不死鳥などの、本物よりも美しいのではないかと思うような姿に、思わずモリーも惹きつけられるぐらいだった。

「すごいや! ぼく、あの鳥に触りたい!」

 ビルがドラゴンから降りて駆け出した。

「ぼくはユニコーンにのる!」

 ビルとチャーリーはあっという間に二階に消えていった。

「ありがとうございます、ダンブルドア先生」

 モリーは改めてダンブルドアを尊敬した。

「いや、もとはと言えばわしが急に訪ねたのがいけなかったのじゃ。いやー、久々に使ったが、やはりこの魔法はいいのう。童心に戻ることができる。一つ欠点があるとすれば、食べ物を再現できないことじゃ。一度、ソーダ水のプールで泳いでみたかったのう」

 ダンブルドアは朗らかに笑う。その声は、モリーを安心させた。ダンブルドアは天才だが、同時に昔からかなりの変人でもある。その姿は、楽しかった学生時代の頃と全く変わっていない。
 しかし、懐かしいホグワーツでの生活を思い出しモリーの気は重くなった。

「そういえば、ホグワーツの校長がアントニン・ドロホフになったとか……」

 ダンブルドアに椅子を勧め、紅茶を淹れながらモリーは言った。途端に、ダンブルドアは真面目な顔になった。

「その話じゃ。新聞や雑誌に散々載っていたので知っていると思うが、まあ──書いてあることは概ね正しい。わしもどうしようもできなかったのじゃ」
「では、ホグワーツに狼人間が入学していたというのは本当なのです!? あの、危険な闇の生物が!?」

 モリーは思わず紅茶をこぼしそうになった。

「そうだ。わしが入学させたのじゃ。彼はとても礼儀正しく、ユーモラスがあり面白かった。満月の日を除けば、普通の少年と同じじゃ。狼人間は差別されやすいが、それは表面的な恐怖に囚われているだけで、中身は何も変わらないとわしは感じた」
「申し訳ありません。ただ、少し驚いてしまったもので……」

 モリーはさっきの発言を恥じた。

「いや、大半の認識はそれぐらいのものじゃ。確かに、満月の日にはとても危険だからの。だからこそ、その時だけは彼を守らなくてはならなかったのじゃが……。まさか、一般の生徒が彼の秘密を見つけていたとは」

 ダンブルドアはやれやれとため息をつく。

「ちらりと聞いた噂では、ブラック家の長男がそそのかしたとか……」

 モリーは言った。ホグワーツの事件はご近所でも話題になっていた。

「そうじゃ。優秀で人気者だったのじゃが、少々後先を考えないところがあっての……。早く気がつくべきじゃった」

 ダンブルドアは弱り切っていた。

「魔法省と交渉して上手くやったと思ったのじゃが、思った以上に世間からの批判が強くての。わしが校長を続けるべきではない、ということになってしまったのじゃ」
「ブラック家……ダンブルドア先生を辞職に追い込むなんて。彼は、何も罰を受けなかったのですか?」

 モリーは嘆いた。

「ああ、珍しく彼の両親が関わってきてのう。何を企んでいるのか知らんが、いつもの不仲が嘘のように庇っていたらしい」

 ダンブルドアは暗い表情だった。

「彼は、これからどうなるのです?」
「それは彼ら自身にしか分からないことじゃ。わしがここで救いの手を差し伸べることはできるが、それでは彼らのためにならん」
「でも、放っておけば闇に呑まれてしまうのでは無いでしょうか?」

 ダンブルドアが校長を辞めることになる原因を作った罪は重いが、もしも彼がヴォルデモート側に付けば困るのは自分たちだ。ブラック家の長男は魔法も勉学も素晴らしいと聞いたことがある。
 否定して欲しくて聞いたのに、ダンブルドアの反応は鈍かった。しばし考えた後、ダンブルドアはゆっくりと頷いてから、反応する暇も与えず話題を変えた。

「それはそうと校長を辞めたからといって家でのんびりと暮らすわけにもいかん。そのために、手を貸して欲しいのじゃ」
「もちろんです! 私でよければ、なんでも致しますわ」
「ありがとう。ヴォルデモートに対抗するためには、力を合わせなくてはならない。『不死鳥の騎士団』を立ち上げたいのじゃ」

 それからのダンブルドアの話は、モリーを大いに勇気付けた。今まで、ヴォルデモート卿の恐怖を常に感じながらも、何も出来ないままでいた自分をずっと情けなく思っていたのだ。
 対抗するための組織が立ち上げられるというだけで、この暗黒の時代の終わりが見えてくる気がする。

「ここを本部に使ってもらって構いませんわ。『不死鳥の騎士団』を立ち上げましょう!」

 モリーは力強く言った。
 雲と雲の隙間から一筋の光が射し込んでいた。



 * * *



 グリフィンドール寮のベッドにジェームズはぼんやりと座っていた。思い返せば、この1ヶ月はあっという間に過ぎていった。
 ドロホフに見つかった夜、どんなに酷いことになるのだろうかと恐れたジェームズだったが、大したことは起こらなかった。校則を守るようにと口頭で注意されただけで、すぐに談話室に戻されたのだ。

 ドロホフが来てから変わったことは、大きく分けて三つある。
 一つに、『授業外での魔法の行使の禁止』という校則を、より厳しく守らなくてはいけなくなったこと。今まで、この校則はあってないようなものだったので、ドロホフが就任直後の朝の演説でこの校則を守ることを強調した。
 これにより、グリフィンドール生の周りを盛大に巻き込む喧嘩も、スリザリン生によるマグル生まれ虐めも、ハップルパフの異物混入も、レイブンクロー生による時限爆弾攻撃もなくなり、ホグワーツの治安は大いに良くなっていた。
 二つ目は、OWL(普通魔法レベルテスト)やNEWT(めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)を含む、すべての学年末テストの廃止。
 これには、生徒たちも大喜びだった。ホグワーツのテストは、一年に一回しかないので、今まで勉強をサボっていた生徒は大変な思いをすることになる。その心配が無くなるのは、とても嬉しいことだった。
 そして三つ目は──。

「ジェームズ、早く宿題を進めたらどうだ」
「ああ、そうだね。今、やるよ……」

 シリウスがやっているのは、魔法史のレポートだ。
 なんと、ドロホフ自らが魔法史を担当することになったのである。
 どの変化にしても、あまり悪いことだと思えないのが逆に恐ろしかった。

「今日の課題は何だ?」

 ジェームズは重い腰を上げ、羊皮紙を取った。

「マグルと魔法使いの戦争の比較。数多くの戦死者を出すマグルに対し、被害を最小限に抑えて戦う魔法使いは素晴らしい、と締めれば100点満点のO評価だ。そもそも母数が違うとか、細かいことを気にしないのがボインドだな」

 シリウスはジェームズにウインクした。

「そうか。わかった。あと10分したらはじめるよ」

 ジェームズはベッドに逆戻りした。ドロホフは自分達を強く監視していて、ホグワーツを抜け出してルーピンを迎えに行くなんて到底出来そうにない。
 何も出来ない日々の中、ジェームズはリリーとスネイプについてずっと悶々と考えていた。

「なあ、そろそろ立ち直ったらどうだ?」

 ジェームズの様子を見かねたシリウスが言った。

「立ち直ってるよ」
「いや、立ち直っていない」
「シリウス。なぜ、あの二人は幼馴染なんだ?」

 ジェームズは聞いた。スネイプとリリーが仲良くしているのは、二人が幼馴染だからだ。
 もしも自分が彼女と幼馴染だったら良かったのに、とこの1ヶ月で何度思ったことか。

「逆に聞こう。エバンズがスネイプと仲良くしてあげてるのは、好意からだと思うか?」
「好意を持っていないと、仲良くなんてしないだろ」
「そう思っていたから、あんなに悩んでいたのか! 彼女がスネイプと仲良くしているのは、絶対に別の理由だ」

 それからシリウスが話した内容は、ジェームズにとって衝撃的だった。
 シリウスの真っ直ぐな物言いはトラブルになることも多いが、今回は良い方向に働いた。シリウスの言葉の一つ一つがジェームズに突き刺さり、今までのうじうじとした気持ちが吹き飛んだ。

「だから、急ぐ必要はない。スネイプとリリーがゴールインするなんて未来は絶対にないからな。それよりも早く、ムーニーを助けに行かなきゃいけないだろ」
「わかった。スネイプのことは忘れるよ。ムーニーを助けに行けるとしたら夏休みしかチャンスはない。僕の家に来て、一緒に話し合おう」

 今まで自分はリリーのことに夢中になりすぎて周りが見えていなかったのかもしれない。
 今、自分が助けるべきなのはリーマスだ。
 それにリーマスを助ければ、リリーだって見直してくれるかもしれない。
 夏休みまでもうあと三日。希望の光が見えてきた、とジェームズは感じていた。



 * * * 



 夏休みに入り、リリー・エバンズは一人で電車に乗っていた。
 白いワンピースにレースのカーディガンを羽織り、物憂げに窓の外を見つめるその姿は、何かに迷っているようだ。
 家に帰っても相変わらず姉のペチュニアは口を聞いてくれない。両親に相談できるような悩みではない。
 あの事件が起きてからリリーはずっと一人で考えてきた。そして、決断したのだ。
 駅を出ると、リリーは広い通りに向かった。たくさんの店が並び、買い物客で賑わう中をリリーは俯きがちに通り過ぎる。
 その時、排気ガスや煙草の煙の匂いに混じって、甘い香りが漂ってきた。顔を上げると、そこには花屋がある。色とりどりの花が咲く華やかな空間にリリーは引き寄せられた。

「何を探してるのかい?」

 ふっくらとした体型の店員が優しく話しかけた。

「お友達に、お見舞いの花を買いたくて……」

 リリーは店内の花を見回しながら言った。彼に合うのはどの花だろうか。

「まあ、それならいい花があるわ。明るい花が良いわよね」
「はい!」

 店員はマーガレットやガーベラの花を組み合わせて花束を作った。これを見れば元気になってくれそうだとリリーは笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます! いくらですか?」

 リリーは肩から下げていたバッグから財布を取り出そうとするが、店員は止めた。

「これは私からのプレゼントだよ。あんた、さっきまですっごく暗い顔してたからね」

 そう言って微笑む店員を、リリーは驚いた目で見つめた。 慌ててお金は払うと言ったものの、店員は首を振り、リリーに花束を渡す。

「ありがとう!」

 リリーは満面の笑みで店員にお礼を言った。
 それからしばらく歩き続けると、右手に赤レンガの大きなデパートが見えてきた。ショーウィンドウの中には埃を被った古いマネキンがみずぼらしく並んでいる。ドアには、ペンキのはげた看板が掛けられていて、『改装のため閉店中』と書かれている。
 スプラウト先生の言っていたことが正しいのなら、ここが自分の目的の場所だ。不安に思いながら、リリーは髪が抜けてボロボロになっているマネキンに近づいた。

「お見舞いに来たの。聖マンゴの中に入りたいわ」

 周りに聞こえないように小声でマネキンに話しかけると、マネキンはコクリと頷き、中に入るようにと手招きした。
 リリーはマネキンが動いたことに驚きながら、ガラスをまっすぐに突き抜けた。ヒヤリとした感覚の膜を抜けると、そこに広がっていたのは全く違う景色だった。
 そこはマグルの病院と同じように受付があり、木の椅子が何列も並んでいる。しかし、そこに座っているのは、肌が緑色に染まった人や、ずっと詩を朗読し続けている人、胸に顔が浮かび上がっている人など、奇妙な人ばかりだ。
 少し怖くなりながらもリリーはをまっすぐに通り抜けて、受付に向かった。

「セブルス・スネイプのお見舞いに来たのですが、どこにいますか?」
「ああ、ちょっと待ってね……」

 受付の魔女は棚をガサゴソと探る。

「二階の奥から三番目、左側の扉だわ。ブロテリック・ボード記念病棟。彼の見舞いに来るの、あなたが初めてよ」
「ありがとう」

 リリーは階段を上がり二階に来た。両開きの重いドアを開けると、長い廊下が続いていた。壁には有名な癒者の肖像画が並び、天井には輝くクリスタルの球が幻想的に浮かんでいる。
 遠くから聞こえる悲鳴を聞きながら、リリーはいくつもの扉を通り過ぎた。紫色の怪しいガスが廊下に漏れている扉の前を越えたところで、リリーはようやくブロデリック・ボード記念病棟に着くことができた。

 中に入ると、病室は意外と小さかった。白い壁にベッドが四床ほど並んでいるが二つは空っぽで、一つはカーテンが閉まっている。窓は一つしかなく、全体的に無機質な感じがした。
 スネイプは、一番窓側のベッドに寝ていた。まだ目を覚ます様子は無いが、穏やかそうな顔をしている。

「セブ……」

 リリーは荷物を近くの棚に置きながらスネイプを見つめた。顔や腕にはまだ痛々しい包帯が巻かれている。
 リリーは屈んでその包帯をなぞるように触り、深く息を吐いた。

 あの事件が起こってから、自分はどう行動するべきなのか、リリーはずっと考えてきた。
 スネイプとリリーは幼馴染だ。スネイプはスピナーズ・エンド出身で、リリーが姉と公園で遊んでいるときに声をかけられた初めの出会いだった。
 貧民街に住むとても綺麗とはいえない身なりに、いきなり自分のことを魔女呼ばわりしてきたこともあり、初めはただ気持ち悪かったが、日が経つごとに二人は仲良くなっていく。
 スネイプは魔法界のことをたくさん話してくれて、それを聞くのはとても楽しかったのだ。あの時は純粋に、スネイプのことが大好きだった。
 しかし、それは少しずつ変わり始めた。
 はじめに違和感を覚えたのは、ペチュニアのことだ。
 リリーが魔法学校に行けることになった時、ペチュニアは猛烈に嫉妬し、校長先生に入学させるように頼み込んだ手紙を送った。その手紙をスネイプはたまたま見つけて、リリーも興味から思わず一緒に読んでしまったのだ。
 このことで、プライドを傷つけられたペチュニアは、より一層リリーのことを嫌うことになった。そして姉との仲が悪くなったことでリリーが悲しんでいても、スネイプは大して気にしていないようだったのだ。
 ホグワーツに入学して寮は分かれてしまったものの、リリーとスネイプは友達でいた。
 しかし違和感は日々高まるばかりだった。スネイプの友人関係や、リリー以外のマグル生まれの生徒を差別していること。
 スネイプが根は優しくて、自分のことを思ってくれている気持ちは分かる。しかし、自分以外の人に対する冷たさが、リリーはあまり好きではなかった。
 その頃だ。ジェームズ・ポッターのことが気になり始めたのは。『例のあの人』が勢力を振るい、ホグワーツの雰囲気も暗くなる中で、彼は底抜けて明るかった。
 マグル生まれの自分にとって、闇の魔術を嫌い、正面から立ち向かっている姿はとても頼もしかったのだ。
 だからこそ、リリーはジェームズの傲慢な一面が大嫌いで、どんなに迫られても強く拒否してきた。そうすれば、いつかは行いを正してくれるのではないかと思ったのだ。しかし、それが無ければすぐにでも付き合っていたかもしれないぐらいリリーはジェームズに惹かれていた。

 そんなときに起こったのが、あの事件だ。
 スネイプが狼人間に噛まれたと聞いて、リリーはとても衝撃を受けた。しかもそれはシリウスやジェームズによって仕組まれていたらしい。これは、いくらなんでも酷すぎるとリリーは思った。
 そして心を決めて話しに行っても、スネイプが悪かったと繰り返すだけで特に反省している様子もない。
 こんな人ではないと思っていた。しかし違ったらしい。
 リリーはジェームズが反省してくれていることを心の奥でずっと望んでいた。そして一緒になれたら、と思っていた。しかし、あの会話でそうではないと判明してしまった。
 あの会話を聞かなかったことにして、ジェームズと付き合い始めるのは簡単だ。でも、そうすることはできない。ジェームズはリリーの望んだような人物ではなかったのだ。

「セブ……なぜあなたは闇の魔術を愛しているの?」

 リリーはベッドの横で膝立ちになって、スネイプを見つめた。闇の魔術を使わないで欲しいと何度も言っているのに、スネイプは取り憑かれているかのように闇の魔術に夢中だった。どこにそれほどの魅力があるのか、リリーには今まで全く理解できなかった。
 しかしこの事件があってから、リリーは全てを考え直し、ある結論に達した。
 スネイプはきっと、これ以外の道を知らないのだ。スネイプの両親は不仲だった。孤独な中、たまたま興味を持ってしまったのが闇の魔術なのだろう。
 グリフィンドールに必要とされるものとして『騎士道精神』があげられる。この中でも『勇気』に目が行きがちだが、実はそれ以外にもたくさんの要素が含まれているのだ。正直さや礼儀正しさ、親切心、そして寛大さ。
 悪を倒すだけが勇気ではない。悪の道に入ろうとしている者を拒絶するのではなく受け止め、正しい道に引き戻すのも大切なのだろう。それが幼馴染ならなおさらだ。ホグワーツに入学する前、嬉しそうに魔法界について話してくれたスネイプの顔をリリーは忘れられなかった。

 リリーは立ち上がり、ポケットから小さなスニッチを取り出した。ずいぶん前にもらったもので、羽はもう動かなくなり傷も多い。
 リリーはそれをクルクルと回して眺めた。この選択をすれば、どちらにせよもう後には退けない。どちらと共に行くのか、それで今後の全てが決まる。
 リリーはスニッチをポケットにそっとしまい込んだ。
 窓からの暖かい日光が、リリーの赤毛をより美しく見せていた。

「私が、新しい世界を見せてあげる」

 リリーはひざまずいて、昏々と眠りつづけるスネイプに唇を近づける。
 この空間は、完全に二人だけのものだった。
 無機質だった部屋が真っ白な光に包み込まれ、まるで天国にいるようだ。

 どれぐらいの時間が経ったのか、コンコンとノックする音が聞こえて、リリーはハッと立ち上がった。
 入ってきたのは女性の癒者だった。定期的な見回りで来ているらしい。

「あら、お見舞いかしら?」
「はい。あの、もしも目が覚めたら、この本を渡すようにしてくれませんか? あと、お花も……」

 リリーは家から持ってきた数冊の本と、さっきもらった花を渡した。

「綺麗な花束ねぇ。保存魔法をかけて飾っておきましょう」

 癒者は杖を振って花を枯れないようにしてから飾った。スネイプの表情も、前よりも心なしか明るく見える。
 リリーは幸福感に包まれながら病院を後にした。



次回ルーピン救出
ルーピンとスネイプを地の文で何と呼ぶか迷んでます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救いの手

 暑くなってきた6月の下旬ごろ、ホグワーツ特急を降りたジェームズとシリウスはオートバイに二人乗りした。

「よし、僕の家に行こう」
「すまないな、迷惑をかけて」
「迷惑? 友よ、そんな悲しいことを言うな。大歓迎だ」

 ジェームズは一気に加速した。爽やかな風が心地よい。
 人通りの多いマグル街を走り抜け(途中、マグルの警察官にスピード違反で追いかけられたが振り切った)、ジェームズとシリウスは人気の少ない道に入る。

「そういえばドロホフのやつ、何を考えてるんだろうな?」

 ジェームズは何気なく言った。シリウスは「さあ」と首を振る。

「何を考えてるのかさっぱりだぜ。魔法史の内容は偏ってるけど、それだけだもんな」
「うん。でも……なんだかとても悪い予感がするんだ」
「まあ、気にしてても仕方ない。それよりもリーマスのことを考えようぜ」

 シリウスはリーマスに対してとても罪悪感を持っているようで、前よりも随分と大人しくなっていた。
 ドロホフに対しても、前なら絶対に突っかかっただろうに、今回はスルーしている。
 スネイプのことは置いておいて、リーマスに対してはとても悪いことをしたとジェームズも感じていた。
 時間を戻れるのなら、あの頃の自分達に注意したい。調子に乗りすぎるな、と。

「リーマスはきっと一人で過ごしている。早く助けてやらないと」
「直接行っていいか?」

 曲がり角でシリウスは立ち止まった。

「いや、ダメだ。トランクを置いたり、万全な準備をしてから行こう」
「そうだな。絶対に失敗しないようにしないとな」

 二人の計画はこうだった。
 まず、箒に乗ってルーピンの家に向かう。そして見つからないようにジェームズの家に戻る。それからジェームズとシリウスはホグワーツを退学して、リーマスと共に国外に脱出する。
 これだけ見ると簡単に見えるが、今やリーマスはイギリス魔法界ではかなりの有名人だ。絶対にバレないように慎重に行わなければいけない。

 それから山を越え、橋を渡り、小道を通り抜けたところで二人はジェームズの家にたどり着いた。
 村はずれに向かう、魔法使いの家が立ち並ぶ道の端にポッター家の家はあった。その奥には美しい田園風景が夕日に赤く染まり広がっている。

「やっぱり魔法使いの家はこういう場所に建てるべきだよな」

 シリウスは気持ちよさそうに息を吸いながら言った。
 ブラック家は、シリウスの話によるとグリモールドプレイス12番地にあり、ひどく狭苦しいのだという。

「早く家に入ろう」

 ジェームズは小さくしたトランクを左手に持って、ドアの横のベルを鳴らした。シリウスもそそくさとジェームズの横に立つ。
 すぐにパタパタと足音が聞こえ、ジェームズの母、ユーフェミアがドアを開けた。クリーム色のエプロンをつけて、優しそうに微笑んでいる。

「母さん、友達を呼んだんだ」
「まあ、シリウスさんかしら? さあ、早く入ってちょうだい。疲れたでしょう?」

 ユーフェミアは二人を迎え入れた。

「お邪魔しまーす」

 中はシンプルで綺麗にまとめられている。玄関横の水槽には、カエルや小さな人魚らしきものが泳いでいて、魔法使いの家らしくなっていた。

「ずっと心配してたのよー。新聞で、私の大切な息子が大変なことに巻き込まれてるって知った時は心臓が止まるかと思ったわ。いてもたってもいられなくなってすぐに魔法省に駆けつけたわよ。良かったわ、無事に帰ってきて」

 ユーフェミアはジェームズとシリウスを優しく見つめる。

「ありがとう」

 ジェームズはまんざらでもなさそうに言った。シリウスは家の中を感心したように見回していて、話は聞いていなかった。

「まずは、荷物を部屋に置いてきましょうか。シリウスさんも、ジェームズの部屋の隣に空き部屋があるから使ってちょうだいね」
「ありがとうございまーす!」

 ジェームズとシリウスは、トランクを魔法で浮かばせて二階に運んだ。階段の壁には、ユーフェミアの趣味の生け花がいくつも飾られている。

「この家にずっと住んでたいぜ」
「そう言ってくれて良かったよ。早く、リーマスを迎えにいかないとな」
「君の親、リーマスが来ることを許してくれるのか?」
「もちろん。僕の親友なら誰でも歓迎してくれるよ」

 ジェームズは自信満々に言った。
 部屋にトランクを置いたジェームズは、必要なものだけを別の小さな鞄に詰め直す。空を飛んでいる時のためのコンパスや、透明マント、少しの悪戯グッズ。
 未成年は、学校外で魔法を使うことは禁止されている。とは言っても魔法省は魔法が使われた場所しか分からないので、大人の近くでは使い放題だ。
 しかし、いくら魔法使いが多い町とはいえ家の外では使うべきではないだろう。そのために悪戯グッズを持って行くことにしたのだ。

 部屋を出ると、準備を終えたシリウスが待っていた。

「そういえばワームテールは何をしたがってるんだろうな?」

 階段を下りながらシリウスが言った。
 ピーターは、あの事件から急に二人に距離を置くようになったのだ。

「さあ、怖くなったんだろ。無理について来いとは言わないさ」

 もともとピーターは勇気に溢れるようなタイプではない。それはそれでいいと思っていたので、ジェームズは大して考えていなかった。また、事件のほとぼりが冷めたら仲良くできるだろう。
 リビングに戻ったジェームズは、母親にもう一人友人を連れてきたいと話した。

「もちろん良いわよ。お友達が沢山いて良いわねぇ。さすが私の息子だわ。一人と言わず、何人でも呼んでちょうだい」

 ユーフェミアは笑顔で承諾してくれた。

「ありがとう! 一時間でもどるよ」

 ジェームズとシリウスは箒を持って、外に出た。

「よし、行こうぜ。目くらまし呪文をかけて、マグルに見られないようにしないとな」

 ジェームズは強く頷き、ローブの内側から杖を取り出した。
 そして呪文をかけようとした時、突然一羽のフクロウが舞い降りてきあ。
 ジェームズはクィディッチをプレーしているとき並みの瞬発力で、落とされた手紙を拾った。

「二枚あるよ。こっちは君のだ。それにしても、こんな時にどうしたんだ?」

 ジェームズはタイミング悪く入ってきたフクロウを腹立たしく思いながら手紙を解いた。

「おっ! これ、ホグワーツからの手紙だな」

 シリウスは声を上げる。ジェームズのも、ホグワーツからだった。軽く見比べると、どちらも同じ手紙のようだ。

『親愛なるポッター殿
 楽しい夏休みをお過ごしでしょうか。
 この度、ホグワーツ魔法魔術学校の校長が変わるにあたり、ホグワーツの制度も大きく見直すことに致しました。
 英国魔法界は1689年、国際機密保持法に署名した後、マグルから永遠に姿を隠すことになりました。
 しかし、そのままで良いのでしょうか。古から続く純粋な魔法族も今や減り、ほとんどがマグルと何らかの血縁関係を持っています。
 放っておけば、いつか魔法族の存在をマグルに発見されてしまい、世界中が大混乱に陥るのは間違いないでしょう。
 それを阻止するのが、我々の役割ではないでしょうか。力あるものが初めから全てを支配し、取り除くべきものを取り除き、永久の平和を築く。これこそ、これからの魔法界が取るべき行動なのです。
 その一環として、夏休みの期間中、特別な集会を開催することが決定しました。
 選ばれた生徒しか参加することが出来ない、素晴らしい時間を過ごせることを保証いたします。
 つきましては、貴殿には一週間後の午前10時に発車するホグワーツ特急に乗り、ホグワーツ魔法魔術学校の大広間に集まるよう、お願い申し上げます。
 万が一来なかった場合には、どんな手段も問わず強制的に連れ出す、ということをご承知しておくように。

    副校長 フィリウス・フリットウィック』

 手紙の内容はこうだった。

「一週間後に、ホグワーツに戻るだって?」
「僕は絶対に戻らない。もともと逃亡生活を送ることは決まってたんだ。ちょっと家に戻って荷物を取ってくるよ。リーマスを救出したら、家に戻らずにすぐに逃げよう」

 シリウスは神妙な顔で頷く。
 とうとうドロホフの本性が現れた。やはり、純血主義でホグワーツを染めようと思っているのだ。集会なんて、どうせろくでもないものに決まっている。
 予想はしていたので、ジェームズはあまり驚かなかった。
 何にせよ、自分が今やるべきなのはリーマスを救うことだ。
 ジェームズは家に駆け戻った。

「あら、どうしたの?」
「ちょっと忘れ物をしたんだ」
「それは大変! でも、戻って来てよかったわ。渡したいものがあるのよ」

 ユーフェミアはジェームズに小さな箱を手渡した。

「中にクッキーが入ってるわ。お友達に出会えたら、一緒に食べながら帰って来てちょうだい。途中で何か買えるように、お金も渡しておくわね」
「うん、ありがとう。でも、もしかしたら帰りはかなり遅くなるかもしれない。友達の家に泊まれる可能性が出てきたんだ」

 てきとうな言い訳をしたジェームズは、箱とガリオン金貨の入った袋を受け取り、二階にある荷物を持ってくると、急いで家を飛び出した。
 ユーフェミアはその背中を、悲しそうな笑顔で見送った。

「ずいぶんと小さい荷物だけど、大丈夫なのか?」
「検知不可能拡大呪文をかけてあるから、中はかなり広いんだ」

 ジェームズは荷物を肩に背負って箒にまたがった。

「よし、目くらましをかけよう」

 二人はお互いに、目くらましの呪文を掛け合った。この魔法をかけることで、カメレオンのように背景の色に紛れて見えなくなるのだ。

「さあ、行こう! リーマスを救いに!」

 ジェームズは地面を足で蹴り、大空に飛び立った。日は沈みかけ、真っ赤な太陽が下に見える。
 段々と自分の家が小さくなっていくのを眺めながら、ジェームズはゴドリックの谷に後を告げた。



 * *



 小さな町のはずれにリーマス・ルーピンは住んでいた。こじんまりとした石造りの家は、三人家族にはちょうど良い広さだ。
 ルーピンはここ1ヶ月ほど、ずっと自分の部屋に閉じこもっていた。
 この町は、割と魔法使いの割合が高い町である。
 ルーピンが狼人間なのにホグワーツに入学していて人を噛んだということは、イギリスでも大きな話題になったのだ。この町の詮索好きな魔女たちが食いつかないわけがない。
 家に戻って来た時だって、散々罵声を浴びせられ、呪いをかけられた。毎朝家の前で大声で悪口を言ってくる人も後を絶たない。
 父のライアルは魔法薬の研究所で働いていたのだが辞めざるを得なくなり、少ない貯金を切り崩してひっそりと生活する日々だった。
 カーテンを閉じきった暗い室内で、ルーピンは何をするわけでもなくぼんやりと過ごしていた。
 こうしていると思い出されることの殆どは、ホグワーツで過ごした無邪気で楽しい日々だった。
 しかし、今はその思い出も辛いだけだ。
 いつまでこんな暮らしを続けるのだろうか。
 何もしないというのは、実はとても辛いことだ。
 先の見えない暮らしにルーピンは絶望を通り越して何も考えることができなくなっていた。
 その時、部屋のベルが鳴った。誰か知らないが、また悪口を言いにきたのだろう。
 しかし、そうではなかった。ガチャリと母か父がドアを開ける音が聞こえてから数分、いつまでたっても大声は聞こえてこない。
 何があったのだろうと思ったルーピンは、部屋の扉を慎重に開けて、忍び足で玄関に向かった。
 するとそこにいたのは──ある魔法使いだった。今までの訪問者たちのように憎しみのオーラは出ていない。それどころか、むしろ自分の救世主のような気がする。
 この人こそ自分がずっと待っていた人だとリーマスは感じ、へなへなと座り込んだ。


















「リーマス・ルーピン。私はお前を迎えにきたのだ」

 魔法使いは裸足で、周りにはリーマスの両親の死体が横たわっていた。
 薄い生地を何重にも重ねた黒いローブを着ていて、その間から覗く手は骸骨のように白く、青白い血管が浮き出ている。
 ルーピンは顔を見上げた。蛇のような切れ込みを入れただけの鼻に、真紅に染まった不気味な瞳がルーピンを怪しく見つめていた。

「さあ、こちらに来るのだ。お前を救ってやろう」

 男は長い指を妖美に動かしルーピンを手招きした。

「さあ……さあ……」

 男の言葉は、それ自体に魔力があるかのようだった。あの手を掴めば、未来が見えてくる。彼に従えば、幸せが掴める。
 ルーピンはその魅力に逆らえず、手を伸ばした。

「さあ……来るのだ……」

 ルーピンは、目には見えない力に引かれているように男にジリジリと近寄り、パッと男の手を取った。
 男は満足げに頷き、リーマスの両親の死体を消失させると、マントを翻し一瞬で消え失せた。




 その数分後、ジェームズとシリウスが到着した時──家はもぬけの殻だった。




ルーピンの心情については後々もっと細かく書けるタイミングがあるので、今回はあっさり流しました
ジェームズたちの親について調べていたのですが、みんな短命すぎませんか?ジェームズの親もシリウスの親も5、60歳で死んじゃってます。
魔法使いの平均寿命は140歳ぐらいらしいのに……驚きました
原作のハリーがリリーの両親の家ではなくペチュニアの家に預けられたのから察するに、リリーの両親もハリーが1歳の頃には死んでいたのでしょうし……
伝染病でも流行ったのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

森の中で

間違えて消してしまったので再投稿しました。すみません


「よし、きっとあそこがリーマスの家だ」

 空を飛ぶこと数十分、ようやくリーマスの家に近づいてきた。

「そろそろ高度を下げるか」

 シリウスの声が後ろから聞こえる。
 ジェームズは返事をして、箒を下に向けた。
 一気に視界が開け、ジェームズの目を驚くべきものが飛び込んできた。
 空に輝く巨大な髑髏。エメラルド色の星のようなものが集まって描かれていて、口からは舌のように蛇が飛び出している。

「闇の印……あれはリーマスの家だな。まずい、リーマスのところに死喰い人デスイーターが来たんだ!」
「急ぐぞ!」

 二人は限界までスピードを上げ、リーマスの家の前にほぼ垂直に突っ込んで着地した。
 しかし、すでにリーマスはいなかった。

「まさか、殺されたのか……?」

 ジェームズは呆然と呟いた。
 シリウスは出現呪文を唱える。すると、すでに冷たくなり始めているルーピンの両親の死体が現れた。しかし、ルーピンは現れない。

「リーマスは連れ去られたのか」
「まさか。そんなことあるわけがないだろ……」

 シリウスは誰もいない室内を呆然と眺めた。

「ヴォルデモートに連れ去られたんだ。酷い連中め。早く助けに行こう。そして復讐するんだ」

 ジェームズの瞳は怒りに燃えていた。
 なぜ、もっと早くに助けに行かなかったのだろう。ホグワーツでのんびりと暮らしている間にも、危険は迫り続けていたのだ。

「ああ、すぐに追おう。でもどこに行ったんだ?」
「君、闇の陣営の本拠地は知ってるかい?」
「知らないな。多分純血の家のどこかだ。マルフォイ、ゴイル、ノット……」

 そんなことは自分でも分かる。ジェームズはイライラとした。

「君の家、そういうことには詳しいんじゃないのかい?」
「僕なんかに教えてくれるわけないだろ」
「もう、使えないやつだな。こうなったら一つずつ潰していこう」

 ジェームズはニヤリと笑った。

「でも、ずっと外にいるのは危険だぜ?」
「そんなことを心配してる場合か? 死喰い人が襲撃してきたら逆に回復できなくさせてやる」
「さすがだぜ、プロングズ。これでこそ君らしい。エバンズにフラれて落ち込んでたのが嘘みたいだ」
「あの時のことは忘れてくれないかい。もうスネイプのことなんて気にしない。もっと大きな敵に立ち向かうんだ」

 ジェームズは箒を強く掴んだ。

「まず、どこに行くか?」
「そうだな。マルフォイ邸とかはどうだ? マルフォイはヴォルデモートの側近だ。スニベリーとも入学した時から仲良くしてた」

 ジェームズは顎に手を当てて考える。シリウスは頷いた。

「よし、そうしよう。あそこなら小さい時に何回か行ったことがあるから、場所も分か──」
「話はそこまでだ」

 突然、風が吹き荒れ砂埃が立ち視界を遮った。
 ジェームズは顔を覆いながら杖を構える。砂埃が収まった時、木の陰から出て来たのは二人の死喰い人だった。
 フードを深く被っていて顔は見えないが、殺意がひしひしと伝わってくる。

「ステューピファイ! 失神せよ!」

 長身の死喰い人が呪文を放った。ジェームズは魔法で防いだが、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
 ホグワーツにいた時の敵などとは比べ物にならないほど強い。

「インカーセラス! 縛れ!」

 ジェームズは素早く立ち上がって攻撃した。
 攻撃してくるのなら望むところだ。最近は弱い奴ばかりで困っていたぐらいだ。
 シリウスもそう思っていたようで、もう一人の死喰い人に対して怯むことなく攻撃している。
 飛び交う閃光の中、二人はハイタッチしあった。

「ペトリフィカス・トタルス、石になれ!」

 ジェームズとシリウスは同時に同じ呪文を唱えた。相手は素早く避け、代わりに後ろにあった木が石化する。死喰い人はその木を根から剥がしとってジェームズに投げつけた。

「レダクト! 粉々!」

 ジェームズは一瞬慌てたが、すぐに粉砕して、地面に落とす。

「ディフィンド! 裂けよ!」

 安心したその瞬間、ジェームズの腕に呪文が命中した。ローブが裂け、血がほとばしる。

「セクタムセンプラ!」

 ジェームズはすぐに返した。ディフィンドよりも強いその呪文は、死喰い人の胸に当たり、辺りに血の海が広がった。
 もう一人の死喰い人がそれに気を取られた瞬間、シリウスは失神呪文を打った。覆いかぶさるように倒れる二人の死喰い人に対し、ジェームズは無情に忘却呪文をかける。

「さあ、シリウス早く行こう!」

 ジェームズは腕に治療呪文をかけ、地面に置いた箒を持ち上げた。

「ああ、箒を使う必要はない。僕の腕に掴まれ」

 シリウスは腕を差し出した。ジェームズが訝しみながら腕を掴むと、その瞬間、空間を捻じ曲げて無理やり作った狭い通路を通っているような感覚に襲われた。お世辞にもいい感覚とは言えない。

「パッドフット、姿くらましをするのなら初めから言ってくれ」

 嫌な感覚が消え、よく知らない森の中に着いたところでジェームズは言った。背の高い木が辺り一面に生えているが、地面は草が生えておらず土がむき出しになっている。
 姿くらましはジェームズの嫌いな移動方法の一つだ。
『どこで』『どうしても』『どういう意図で』という三つのことを考えるだけで一瞬で遠くに移動できるのだが、失敗すると『ばらけ』といって体が分離してしまう危険がある。
 そのため、この魔法は17歳以上の試験に合格した魔法使いしか使えないのだが、シリウスはひっそりと練習していたらしい。

「でも、完璧だっただろ? 箒で移動するよりずっと早い」

 シリウスは髪をさらりと搔き上げる。

「確かにそうだな。で、ここはどこなんだい?」
「いや……それがだな。少し目測を誤ったらしい。本当はマルフォイの家の近くに移動するはずだったんだが、ここは全く見覚えがない」

 シリウスは肩をすぼめた。ジェームズはため息をついた。

「さっき完璧だったって言ったじゃないか。早くマルフォイの家の近くに向かおう」
「それがだな、マルフォイ邸の位置がわからない。何回か行ったことはあるが嫌な思い出だったから忘れちまったみたいだ」
「まさか! 全くそんなことになるなんて……」

 ジェームズは舌打ちした。リーマスを助けに行くにしても、これではどうすれば良いのかすら見えてこない。
 でも、簡単に解決する方法が一つだけある。

「リーマスの居場所を特定するのは困難だ。こうなったら、ヴォルデモートを倒すしかない。闇の時代を終わらせるんだ」

 ジェームズは言った。シリウスは突拍子も無いその言葉に驚いたようで、あんぐりと口を開けてジェームズを見つめた。

「僕達だけでヴォルデモートを倒すなんて、出来るのか?」
「やろうと思えば何だって出来るさ。とりあえず今は暗くなって来ているからテントに入ろう。リーマスを助けるための計画を立てるんだ」

 ジェームズは鞄からテントを取り出した。魔法のテントで、外見よりも中が広くなっている上に、外からは見えないようになっているのが特徴だ。何回か家族とクィディッチの国際大会に行った時に使ったきりなので、汚れている心配もない。
 中は、シンプルでスッキリとした作りになっていた。部屋が三つとキッチンがあり、全体的に白でまとめられている。暖炉もあり、寒い冬でも大丈夫そうだ。ベッドは木製で温かみがある。

「居心地は最高だな」

 シリウスは綺麗に磨かれたキッチンを満足そうに触った。

「ヴォルデモートはホグワーツを手に入れた。今や安全な場所はない。捕まらないのが最優先だ」

 ジェームズはテーブルに座り、真剣に言った。
 二人は今、宙ぶらりんの状況にいる。ヴォルデモート側ではもちろんないが、ダンブルドア側でもない。
 あの事件でダンブルドアの信用は随分と落ち、味方は減った。そんな状況でノコノコとダンブルドア側に戻るわけにはいかない。
 二人だけで行動し、あの事件の借りを返してからでないと戻れない、とジェームズもシリウスも感じていた。そのためにも、二人きりでヴォルデモートを倒す必要がある。
 後になって思えばあの時、あんな意地を張らずに戻れば良かったと思うが、もう後の祭りだった。

「そうだな。とりあえずしばらくは様子を見て隙を伺おう」

 シリウスは言った。

 その夜、ベッドの中でジェームズはリリーのことを考えていた。ホグワーツに戻らないとなれば、しばらくリリーには会えないだろう。
 元気にしているだろうか? リリーの誤解を解けずにここまで来てしまったのは大きな失敗だった。
 いつか手紙を送ろうかと考えているうちに、ジェームズはいつの間にか寝てしまっていた。



 何かが焼けている臭いがする。家が燃え、中からは女性の甲高い悲鳴が聞こえてくる。
 助けに行かなくては。しかし、ジェームズの足は思うように動かなかった。いくら走っても、一ミリも前に進まない。
 その間にも炎はどんどんと勢いを増し、天にも届きそうなほどだ。早く行かないと女性は死んでしまう。
 ああ、悲鳴が聞こえなくなった。死んでしまったのだろうか。
 その瞬間、目の前に女性が現れた。焼けただれた顔は人間のものとは思えないほど醜く、ジェームズは思わず視線を逸らそうとしたが、出来なかった。女性が、骸骨のように骨だけの手でジェームズの顔を掴み、自分の方を向かせたのだ。
『お前のせいで私は殺された』
 どういうことだろうか。自分は何もしていない。ジェームズは体をよじって逃げ出そうとしたが、女性の力はあまりにも強く、全く体が動かなかった。
 そのまま女性はジェームズを火の中に引きずり込もうとしてくる。
 恐ろしかった。
 この状況から抜け出せるのなら、何だってしてもいい──。



 ジェームズは起き上がった。心臓の動悸が止まらない。あれは夢だったのだろうか。それにしてはとてもリアルだった。
 あの夢はもう忘れよう。
 ジェームズはベッドから出ると、キッチンに向かった。
 棚の中には大量の食料が蓄えられていて、5年は余裕で暮らせそうだ。
 中を物色しているうちに起きてきたシリウスと一緒に朝食を食べ、着替えを済ませた後、シリウスとジェームズは外に出た。

「まず、ここがどこなのか調べよう。もしかしたら、どこかに魔法使いが住んでいるかもしれない」

 ジェームズは木の根を踏まないように避けながら言った。

「そうだな……何か音が聞こえないか?」

 シリウスが立ち止まった。耳をすますと、誰かが走っている音がかすかに聞こえなくもない。
 ジェームズは木の幹からそっと顔を出して音のする方を見た。

「女の子だ。何かに逃げているみたいだ」

 3歳ぐらいだろうか。ぐんぐんとこちらに向かってくる。
 花柄のワンピースを着て、小さな足を一生懸命に動かして逃げている。髪の色がカラフルに変わっていて、魔法族の子供らしいとわかった。

「罠じゃないよな?」
「ああ。助けに行こう」

 ジェームズとシリウスは幼女の元に駆け寄った。幼女は二人に気がつくと、一生懸命に走って足に抱きついてきた。

「あのね、家がぼおってなっちゃったの。パチパチっていって、うわあってなって、見たらぼおってなってたの」

 泣きじゃくっていたので、なんと言っているのか聞き取りにくかったがジェームズはなんとか意味を理解した。

「家が燃やされたのかい? お父さんとお母さんはどこにいる?」
「家のなかにいるの! たすけて。あつくて、なかにはいれなかった……。パパとママ、家のなかにいるの!」

 おさげ髪は炎のように真っ赤になっていた。
 ジェームズは鞄から透明マントを取り出し、幼女に被せた。

「しばらく、ここで待っていてくれ。絶対に声を出さないで、動かないで」

 幼女は不安げに頷き、泣き止んだ。クリクリとした黒い瞳が、ジェームズをじっと見つめている。

「良い子だ」

 シリウスは幼女の頭を撫でた。

「よし、行こう!」

 ジェームズとシリウスは森の終わりに向かって走り出した。
 しかし、家に着いた時にはそこには誰もいなくなっていた。空中に『闇の印』が打ち上がっているだけだ。

「逃げられたか」

 シリウスは焼け崩れた家を見ながら、悔しそうに呟いた。家はすっかり炭になっていて、ついさっきまでここに人が住んでいたとは思えないほど悲惨な光景だった。

「この箱だけ無事みたいだ」

 ジェームズは瓦礫の中から箱を取り出した。中を開けると、手紙や、あの幼女のものだと思われる服、大量のガリオン金貨が入っていた。
 一番上にあった手紙を読むと、自分の娘を大切に育ててほしいということが書かれていた。

「これ、遺体だ……」

 シリウスが呟いた。そこには、人の形をした無残な姿の黒いものが転がっていた。

「これはあの子には見せられない……。せめて埋葬してやりたいけど……」
「一度、あの子のところに戻ろうぜ。長い間一人にはしておけない」

 シリウスは言った。ジェームズもその言葉に従った。
 戻ると、幼女は不安そうにジェームズとシリウスに抱きついた。ジェームズはかけるべき言葉が見つからず、ただ抱きつかれるがままにしているしかなかった。
 しばらく無言だったが、ふとシリウスが口を開いた。

「そういえば、君の名前はなんて言うんだ?」
「ドーラ。ニンファドーラ・トンクス」

 ドーラは小さな声で言った。

「トンクス? もしかして母親はアンドロメダって名前だったか?」

 ドーラは唇を固く結んで頷いた。

「そうか……。彼女は良い従姉だった。あの遺体は彼女だったのか……」

 シリウスは思い出に浸っているようだった。

「ドーラ。今日から僕たちと暮らしてくれるかい?」
「ママとパパはどうなっちゃったの?」
「亡くなったんだ。でも、手紙を遺してくれた。テントで一緒に読もう」

 ドーラはよく意味がわかっていないようで、素直にジェームズについてくる。
 この日から、三人の奇妙な生活が始まった。



* *


 マルフォイ邸で、ヴォルデモートとドロホフは向かい合っていた。

「わが君、ブラックとポッター以外は全て揃いました。ホグワーツ新体制の準備は完璧だと思われます」
「完璧? 二人も欠けている。それで完璧だと言うのか?」

 ヴォルデモートは手で杖をもてあそびながら言った。ドロホフは一瞬たじろいだが、すぐに言葉を続けた。

「しかし、精一杯の努力は致しました。アボット家などは、今や全員闇の帝王に忠誠を誓っています。血を裏切る者は大きく減りました。皆、子供を人質に取られて考えを改めたのです」
「俺様はブラックとポッターについて話しているのだ」

 ドロホフはヒエッと腰を抜かした。

「まあよい、いつか俺様に背いたことを後悔するがいい。ドロホフ、グレイバックを呼んでくるのだ」

 ドロホフは転がるように部屋を出た。
 あの二人、特にブラックはヴォルデモートの計画において重要な人物な人物だ。どうやってでも配下に入れないといけない。
 彼らが愛や友情を大切にしているというのなら、その愛を利用してやろう。

「グレイバック、お前に任務を与えよう。満月の夜でなくても噛めば効果は出るのか?」
「満月よりも効果は薄れますが……顔に傷を残す程度には」

 グレイバックは下唇を舐めた。

「ここに、穢れた血の髪の毛がある。この少女に変身して、セブルス・スネイプの病室に忍び込むのだ。そして噛んでこい」

 グレイバックはなぜ変身する必要があるのか分からないようで、首をかしげた。

「セブルス・スネイプはリーマス・ルーピンが噛んだ。しかし誠に残念なことに狼人間にはならぬ、というのだ。しかしそれでは都合が悪い。あの少年が、スネイプを狼人間にしたという事実を作らなければならない。そこでお前が極秘で噛んでくるのだ」
「では、わたしの手柄は彼のものになると?」
「不平を言うな。お前のようなものが俺様と直に話せるというだけで、素晴らしいことではないか。褒美はくれてやる。しかし失敗すれば命は無いと思え」

 グレイバックは神妙な顔でヴォルデモートから髪の毛を受け取ると、部屋を出た。
 日は暮れ、外は暗くなっている。
 グレイバックはニヤリと笑うと、ポリジュース薬に髪の毛を入れた。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さな幸せ

 セブルス・スネイプは突然目が覚めた。白い壁に、天井に浮かぶクリスタルの灯り。しばらく周りを確認して自分は病院にいるようだとスネイプは結論づけた。
 では、何故自分は病院にいるのだろうか。そこまで考えて、スネイプはあの恐ろしい体験について思い出した。
 あの時、自分はブラックに唆されて暴れ柳の下に入ったはずだ。
 そして──そうだ。狼人間に襲われたのだ。あの時の光景をスネイプは一生忘れないだろう。
 残忍な目、大きな爪と牙。狼人間は自分を視界に捉えた瞬間、逃げようなどと考える暇もなく襲ってきたのだ。
 杖は持っていたが使えなくては意味がない。骨に届くのではないかというほど深く皮膚を抉られ、あり得ないほど大量の血が出た。スネイプはあの時、本気で死を覚悟した。
 しかしその時──誰かが入ってきて自分を助けたような気がする。
 それからは全く記憶が無かったが、どうやら自分は助かったらしい。

 スネイプはベッドの隣の棚の上に本と手紙が置かれているのを見つけた。
 手紙の表には可愛らしい字で『セブへ』と書かれている。この文字はリリーの字だ。スネイプは心が踊った。
 ぎこちなく手紙を手に取って花の形のロウを剥がすと、そこには一枚の便箋が入っていた。

『大好きなセブへ
 この手紙を読んでいるということは、目を覚ましたということかしら? それならとても嬉しいわ。私、あなたが寝ている間もずっと心配していたのよ。変わったことがたくさんあるから、早くセブに話したいわ。本をいくつか置いておいたから、体調が良くなったら読んでね。

   愛を込めて リリー』

 手紙を読み進めるたびにスネイプの顔には笑顔が戻った。特徴的なgの文字を見るたびにリリーの優しい微笑みが頭の中に浮かんだ。

「本……。これのことか?」

 スネイプは一番上に置かれていた本を手元に引き寄せた。
 表紙には『癒しの魔法生物』と書かれていて、一頭身のうさぎのミニチュアのような魔法生物の写真が載っていた。
 ページをめくると、どうやら一ページに一枚ずつ写真が載っているようだ。下には小さく解説が載っている。
 その時、スネイプは付箋が付けられていることに気がついた。そのページをめくると『リリーのおすすめ』と書かれている。
 白いゴルフボールほどのフワフワとした球に、小さな羽が生えたその生物は写真の中でパタパタと動いていた。毛の隙間から見える金色の瞳が可愛らしい。
 スネイプは思わず吹き出した。前まで、読む本といえば専ら闇の魔術に関係するものだったというのにこんな可愛らしいものを読むようになるなんて。
 でも、リリーが送ってくれたものだ。読まないという選択肢はスネイプの中には無かった。
 可愛らしい生物に癒されていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 まさか、とスネイプはドアを見つめた。
 そのまさかだった。透き通った緑色のアーモンド型の瞳がはっきりとスネイプを見つめていた。

「セブ! 目が覚めたのね、良かったわ! ああ、でも私なんて言ったらいいのかしら」

 リリーはスネイプを見ると満面の笑みを浮かべて抱きついたが、すぐに怒ったように空を仰いだ。

「何があったんだい?」
「あのね、本当に酷い話だわ。今すぐにでも仕返しに行きたいぐらいよ。あんなことを冗談で言ったなんてどんな神経をしてるのかしら? そのせいでセブは──」

 そこまで言ってリリーは声を詰まらせた。スネイプはリリーの伝えようとしていることがわかった気がした。

「僕は狼人間になったんだね?」

 リリーは頷いた。

「ごめんなさい、セブ。私が悪かったのよ。私が彼らをもっときつく叱っていればよかったのに。そうすればこんなことにはならなかったわ」

 リリーは泣いていた。スネイプはそれを黙って聞いていた。
 自分が狼人間になっただなんてとても不思議な気分だった。今のところ全くそんな感じはしない。つい先日まで蔑んでいた狼人間は今の自分自身なのだ。

「君のせいじゃないよ」

 スネイプは優しく言った。
 ブラックやポッター、ルーピンのことは許せない。しかし今はリリーが近くにいる幸せの方が優っていた。

「でも、私が止めていたら……。5年間も同じ寮にいたのに全く彼らのことを理解できていなかったの。まさかこんな酷いことをするとは思っていなかったのよ! 本当に合わせる顔が無いわ」
「でも君はここに来てくれた。それだけで僕は十分だよ。それよりもさ、手紙に書いてあった変わったことについて教えてよ」

 スネイプが言うと、リリーは涙を拭いた。

「え、ええ。それはたくさんのことが変わったわ。どれもあまり良いことではないの。あの事件が起きてから本当に大変だったのよ。ダンブルドア校長は辞職なさって、後任はドロホフ……」
「なんだって? ダンブルドアが辞めたのか?」
「そうなの。人狼を入学させていたことがわかってからダンブルドアとホグワーツの評判は急激に落ちたのよ。これ以上ダンブルドアを校長の地位に置いておくことは出来ないってことで、魔法省に無理やり辞めさせられたみたい」
「ドロホフが校長になって君は大丈夫だったのか?」
「ええ、むしろ彼が校長になってからスリザリン生に嫌がらせされることが減ったわ」

 リリーは少し考えながら言った。スネイプは驚いた。彼は死喰い人だったはずだ。

「絶対に悪いことを考えてるに違いないよ。悪いことは言わないから、退学するべきだ」
「ううん、それができないの!」
「なぜだい?」
「この手紙を読んで」

 リリーはポーチから一枚の手紙を取り出した。

「闇の印?」

 いつもはホグワーツの校章──四つの寮のシンボルの動物が描かれている──が描かれているところには闇の印があった。

「そうなの。9月から色々と変わるみたいで」

 スネイプは手紙を開いた。退学は出来ないこと、9月に全員組み分けをやり直すこと、今なら純血の血を1ミリリットルにつき15ガリオンで売っていることなどが書かれていた。

「これは危険だ。戻るべきじゃない」
「私もそうしたいわ。でも逃げる場所が無いの。逆らったらどうなるのかわからないわ。家族に被害が及ぶかもしれない」
「そうか……。ホグワーツに行ったらできるだけ詳しく状況を教えてほしい。そしたらできる限りのサポートはするよ。僕はホグワーツには戻れないだろうから」

 狼人間を入学させたせいでダンブルドアは辞めさせられたのに同じことを繰り返すわけがないだろう。

「わかったわ、ありがとう! とっても心強いわ。それで、申し訳ないんだけどこれからペチュニアとの約束があって……」
「そうか」

 スネイプは残念そうに言った。本当はもっとリリーと居たかったが、きっともともと来ない予定だったのに無理に来てくれたのだろう。引き止める気にはならなかった。

「また三日後に来るわ。じゃあ……またね!」
「ああ」

 スネイプは手を振ってリリーを見送った。
 狼人間になったとは思えないぐらい、とても幸せな気持ちだった。


 * *


 三人はトンクスの家の近くを離れてイギリス北部に来ていた。

「シリウス! いっしょにあそぼう!」
「まだ続けるのか、ドーラ? ちょっと休憩しないか、疲れたよ……」
「あたしはつかれてないもん!」

 シリウスとニンファドーラは朝からずっとスニッチを捕まえる遊びをしていた。

「よーし、じゃあいくぞ!」

 シリウスは観念してスニッチを手から離した。ドーラはキャーキャーとテントの中を走り回った。

「シリウスもおいかけて!」
「わかった。よーし、追いかけるぞー!」

 ちゃっかり休憩を取ろうとしていたシリウスだが、そんな行動をドーラが見逃さないわけがない。
 二人がドタバタとテントの中を走り回るのを、ジェームズは地図に目を傾けつつ微笑ましく眺めていた。
 純血の家に印を付け、今後の移動場所を模索していたのだ。
 リーマスがいるのはどこだろうか。もしかしたら、捕まったのではなく自分たちと同じように逃げているのかもしれない。だとしたら、捜索箇所はもっと広がるだろう。
 もっと情報が必要だ。ジェームズは家宝の透明マントを取り出した。

「二人とも、僕はちょっと町に出てくるよ」
「いってらっしゃい、ジェームズ!」

 ドーラが笑顔で手を振った。こんなに小さな子供と暮らすなど初めてだったので不安だったが、ドーラはとても愛嬌のある良い子だった。少しは夜にぐずったりもしたが、すぐにこの環境に馴染んで今では元気いっぱいに遊んでいる。
 子供の適応能力の高さには驚くべきものがあるとジェームズはここ数日で実感していた。

 透明マントを着て町に出たジェームズはベンチに置かれた日刊預言者新聞を発見した。
 こんなに早く見つかるとは運が良い。
 誰も見ていないことを確認して、ジェームズは素早く新聞をふところに入れた。

 テントに戻ったジェームズはコーヒーを淹れてソファに座った。世間で起こっていることを知るのは大切だ。なぜならそこからヴォルデモートを倒すためのヒントが得られるかもしれない。
 コーヒーを飲みながら暇つぶしぐらいの気持ちで新聞を開いたジェームズの目に入ったのは、衝撃の見出しだった。
 ジェームズは自分の目がおかしくなっているのかもしれないと目をこすったが、文字は変わらない。
 スネイプは狼人間になったらしい。ジェームズは心の中で喜んだ。
 ホグワーツを去ることを決めたとき、リリーのことだけが気がかりだった。
 しかし狼人間になったとなれば、さすがのリリーでもスネイプとの付き合いをやめてくれるだろう。
 ホグワーツに入学したときから、スネイプはジェームズにとって目障りだった。
 性格が暗く、闇の魔術に精通しているスネイプはとても不気味だったのだ。両親にチヤホヤとされて育ってきたジェームズにとって今までに出会ったことのないタイプの人物だった。
 出会った時から最悪の相性なのは分かりきっていたが、その関係の悪さに拍車をかけた原因として、リリーの存在が挙げられる。
 ジェームズは同じ寮のリリーに一目惚れした。今まで全てのことが自分の思い通りにいっていたジェームズは、リリーとすぐに恋人になれると信じきっていた。
 しかし、そうはいかなかった。リリーはジェームズのことを嫌っていた。それなのにスネイプとは幼馴染だからという理由で仲良くしている。スネイプへの負の感情は急激に強くなり、最悪の仲になった。
 スネイプが存在しているということ自体が、ジェームズにとって耐え難いことだったのだ。

「パッドフット、スニベルスが狼人間になったんだってさ」
「そうか。まあ当然だろうな。あんなことをしたんだから」

 シリウスはドーラと追いかけっこをしながら言った。

「おおかみにんげん? それって悪い人のこと?」

 ドーラが言った。

「狼人間というか、スネイプは悪い奴だな」

 ジェームズは答えた。ドーラはふーんと頷いた。
 リリーへの心配が一つ消え、ジェームズはすっきりとした気持ちで眠りについた。



今回はスネイプが狼人間になった話でした。
満月以外の時に噛まれると、普通の人は顔に傷が残る程度ですがスネイプはすでに一度噛まれているので狼人間になりました。意識が無かったのでグレイバックに噛まれたことは気がついていません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新学期

 11時過ぎに三人はピーターの家の前に到着した。
 逃げる時に友達は一人でも多い方が良いと思ったのだ。

「ベルを鳴らしてピーターの親が出てくるとまずい。しばらくここで待ってよう」
「だれをまってるの?」

 ドーラは紫色の髪をブンブンと振り回しながら聞いた。

「ワームテールっていう僕たちの仲間さ。ちょっとノロいけどまあ良いやつだ」
「ふーん、そうなんだー。いっしょにあそぶ人がふえるならうれしい!」

 ドーラは笑顔で言うと、バレリーナのようにその場で回ってズテンと転んだ。

「大丈夫かい?」

 ジェームズがドーラを抱き起こそうとすると、ドーラはニコッと笑ってすぐに起き上がった。

「おうちではもっと転びまくってたもん。それでママが、もっとしずかにしなさいっていつも言ってた」

 ドーラは慣れた手つきでワンピースについた土を払う。

「おい、誰か出てきたぞ……。あれはワームテールだな」

 シリウスがドーラの口に手を当てた。
 ドーラは不満そうにシリウスを睨んだが、真剣そうな顔を見てすぐに大人しくなる。

 ピーターは大きなトランクを持って玄関の前で立っていた。そして溜息をつくと俯きがちに歩きだす。

「なんであんなに大荷物なんだ?」
「とりあえず話しかけようぜ。おい、ワームテール!」

 シリウスがピーターの前に出て手を振る。
 ピーターはびくりと体を震わせ、困ったような笑顔でシリウスの方を向いた。

「あ、あれ、シリウス? それにジェームズも。あと女の子……」
「ドーラだ」
「でもどうしてここに来たの? 純血の魔法使いはもうホグワーツに行ってるって聞いたけど……」
「あんな学校に戻るわけないじゃないか。それよりも早くリーマスを助けないといけない。ヴォルデモートに攫われたんだ。それか殺される直前に逃げ出して今も逃亡中なのかもしれない」

 ジェームズは手短に説明した。

「えっ、本当に? それは大変だけど……」
「来てくれるよな?」

 背の高いシリウスがピーターの目の前に立つ。
 ピーターは体を小刻みに揺らしてしばらく考えたが、気迫に押されたのか頷いた。

「う、うんもちろん行くよ!」
「ありがとう、ワームテール! よし、じゃあ移動しよう」
「いどうだー!」

 ドーラが嬉しそうにグーにした手を挙げた。

「僕の腕に捕まりな」

 シリウスはドーラを右手で抱き上げて、左腕を差し出した。ジェームズとピーターは手首のあたりを掴む。
 再び嫌な感覚がして、四人は山の上に着地した。

「うえ……気持ち悪いよ……」

 ピーターは膝に手を当てて喘いでいた。

「ワームテール、だいじょうぶ?」

 ドーラがピーターの手に優しく自分の手を重ねる。

「う、うん大丈夫だよ。ちょっと休んでればすぐ良くなると思う」
「よかった! じゃあげんきになったらいっしょにあそぼう!」
「ドーラと遊ぶときは覚悟しとけよ。かなりハードだからな」

 シリウスがニヤリと笑った。ピーターは不安そうに眉を下げる。

「そういえば何でこんなに大荷物なんだ?」

 ジェームズはトランクを指差した。

「僕、これからホグワーツに行こうと思ってたところなんだよ」
「ホグワーツ? まだ8月の初めじゃないか」
「でも手紙に書いてあったんだ。これ、ホグワーツ特急の切符だよ。座席まで指定されてる」

 ピーターはポケットの中からクシャクシャの紙切れを取り出した。
 背景には緑色のインクで闇の印が印刷されている。

「君は混血か?」
「半純血だよ。お母さんが純血でお父さんが混血。でもどうして?」
「僕たちはもっと早くに手紙が送られた。きっと細かい血筋によって学校に行くタイミングをずらしているんだ」
「そう判断するには早すぎないか?」

シリウスが言った。

「まあ、これは一つの考えだ……」

 ジェームズは呟いた。

「ここはだれの家のちかくなの?」
「クラッブの家の近くだ。聖28一族で、父親がヴォルデモートの配下なんだ」
「どういう計画でリーマスを取り戻そうとしてるの?」
「ヴォルデモートがいそうなところに行って、ひたすらリーマスがいないか見張っている。本当はもっと積極的に行きたいんだが、失敗は出来ないからな」

 シリウスは近くの木に触れた。

「何か伝言でも残せればな……リーマスにも両面鏡を渡しておけばよかったぜ」

 その夜、ベッドの中でジェームズはホグワーツで過ごした日々を思い返していた。
 四人で一緒になって遊んでいた何気ない暮らしはとても貴重なものだったのだと今になって思い知らされる。
 早くリーマスに会いたい、とジェームズは思った。


 * *


 ホグワーツの大広間には純血の生徒たちが集められていた。

「純血の者よ、魔法界は衰退した。弱々しいマグルごときに身を隠し、住む場所も追われて隅でひっそりと暮らしているなどと先代の魔法使いが知ればお嘆きになるだろう。今こそ変わらなければならない。魔法使いの血を絶やさぬよう、立ち上がる時が来た。力のある者には弱者を支配しなければいけないという使命がある。純血が中心になり、この世界に革命を起こすのだ。そして永遠の平和は訪れるだろう」

 ドロホフは教壇の前を行き来しながら語る。生徒達は恍惚とした様子でその話を聞いていた。
 集められてから二ヶ月。何人かは逃げようとしたが、すぐに捕まえホグワーツに連れ戻した。
 そして純血主義に反対する者には、磔の呪文をかけて苦しめたところで優しい言葉をかける、という作業を休みなく繰り返し、衰弱したところで純血主義に染め上げた。
 さっきの言葉は夏休みが始まってから毎日飽きるほど繰り返し繰り返し言っている合言葉のようなものだ。磔の呪文によって弱り切っていた生徒達はこの言葉をずっと聞きながら回復したことで、体に刷り込まれていた。
 今やホグワーツの純血の生徒は皆、闇の帝王に忠誠を誓っている。

「明後日から新学期が始まる。マグル生まれが入ってくる。奴らから魔法使いを守らなければならない。純血らしく振舞うようにと闇の帝王も仰っていた。言動の一つ一つに気をつけるのだ」

 生徒達は真面目に頷いた。

「では支度開始だ。寮に戻りたまえ」

 その声で、生徒達は列になって大広間を出た。
 ホグワーツの内装は一新され闇の印が至る所に飾られていた。

「早く支度をしなければいけないわ。闇の帝王のためにホグワーツを再び神聖な場所にしないと」

 地下に続く通路を歩きながらアリス・セルウィンは言った。ふっくらとした優しそうな顔だが、瞳は何かに取り憑かれているようにギラギラとしていた。

「あの方に恥じないようにしなければ」

 マルシベールは制服を正しながら言った。スリザリンのローブの着こなしも立ち振る舞いは、前とは比べものにならないぐらい上品だった。
 

 * *


 9月1日。リリーはトランクを持って家を出発した。

「また、あのイカれた学校に行くなんて。5年間も通うなんてよく飽きないわね。スネイプとかいう少年は狼人間になったんでしょう? そんな危険な場所にまた戻る気なの?」

 部屋を出ると、姉のペチュニアがリリーに突っかかってきた。
 リリーが魔女だと分かってから両親はリリーをとても可愛がった。ペチュニアはそのせいで嫉妬しているのだ。

「チュニー、まだそんなことを言ってるの? 私だって今年は行きたくないわ! でも退学することはできないの。何度も言ったじゃない」
「退学できないなんてブラック企業よりタチが悪いわ。やっぱりあの時わたしの言うことに従っていればよかったのに。退学できない訳ないじゃない。行かずに家にいればいいだけよ。それなのに行くだなんて心の底では行きたいって思ってるのよ。あの時から全然変わらないのね。偉そうにちょっと魔法が使えるからって威張って」

 ペチュニアはリリーの前に立ちはだかった。

「まだあの時のことを恨んでいるの? でも魔法が使えるからって良いことばかりじゃないのよ。もう嫉妬して私に当たるのはやめて。私だって望んで魔女になったわけじゃないわ」
「嫉妬なんて初めからしてないわ。そんな生まれ損ないに誰がなりたいのよ?」
「そう思うのなら、そうやって一生喚いていればいいわ。私はもう行く」

 リリーはペチュニアの手を強引に押しのけて家を出た。魔女だと判明してから5年間、ずっとこの調子だ。
 リリーだってドロホフが校長になったホグワーツに戻るのは不安なのだ。しかし、行かなければ家族に被害が及ぶかもしれない。家族を人質に取るのは死喰い人のお得意技だ。
 そう思って行くというのにペチュニアは未だに昔と変わらず嫉妬している。
 もう限界だった。

 キングズ・クロス駅はいつもより人が少なかった。
 そういえば今日は座席を指定されていたはずだ、とリリーはポケットから切符を取り出した。どうやら汽車の後ろ半分に乗れ、ということらしい。

「リリー、久しぶりね!」
「メリー!」

 リリーは友人、メリー・マクドナルドと抱き合った。
 メリーは柔らかな金髪に青色の瞳の美少女だ。背は少し低いがとても可愛らしく、マグル界のお嬢様育ちらしいのに気取らないところが大好きで、一年生の頃からの仲良しなのだ。

「元気にしてた?」
「うん、早く汽車に乗りましょう!」

 メリーはリリーの背中を押した。メリー特有の優しい手の感覚が懐かしい。ホグワーツ特急は、いつもと変わらずとても楽しい場所だった。



 一方で、純血の生徒はすでにスリザリンの談話室で待機していた。本を読んだり談笑したり、ゆったりとした優雅な時間が流れている。
 そんな中、レギュラス・ブラックは一人でアルバムをめくっていた。

「何を見ているのかい?」

 フランク・ロングボトムが聞いた。幼馴染がフランクの今の姿を見たら、その態度の変わりように驚くだろう。
 夏休み前まで、フランクはヴォルデモートや闇の魔術に対し強い嫌悪感を抱いていた。しかし今の彼はその正反対だ。
 それもそのはず、彼は今までの記憶を全て消され違う記憶を植え付けられているのだ。
 磔の呪文をかけても中々洗脳されなかった彼に対しヴォルデモートが直々に忘却術をかけに来たのである。
 それはとても強力でフランクは今までのことを全て忘れてしまった。その真っ白な脳に純血主義者として生きてきた過去を捏造して入れれば、ヴォルデモート卿信者の完成だ。

「家族のアルバムを見ていた。兄を正しい道に連れ戻すための方法を考えているんだ」
「シリウス・ブラックかい? 彼は困った人だ。長男なのに純血としての自覚の無さときたら……すまない」

 フランクは謝ったが、レギュラスは気にしていないようでアルバムから目を離さない。整った顔だがシリウスに比べるとやや地味だった。

「幼い頃から兄は純血主義の親に反抗していた。型通りに生きるのが嫌なんだ、きっと。周りとは違うことがしたかったんだろうな。そのことで頭がいっぱいで、闇の帝王の素晴らしさなんて理解しようとすらしていなかった」

 ブラック家のアルバムだが、シリウスが写っているのはほとんどない。焼かれてしまったのだ。

「じゃあ、彼に素晴らしさを伝えればいいじゃないか」
「そう出来ればよかったけどね。もう手遅れだ。だから別の方からアプローチするしかない」

 レギュラスが燃えているのには訳がある。
 ある日、レギュラスはドロホフに呼ばれた。何事かと思ったら、ヴォルデモート卿から直接シリウスを仲間にするように命じられたのだ。彼と直接話せるなんて滅多にない貴重な体験である。
 レギュラスは指輪に愛おしそうに触れ、その時のことを思い出していた。
 死喰い人の中枢が左腕に闇の印を刻印されているように、ホグワーツの純血の生徒には指輪が配られていた。黒い宝石のついた指輪で、表には闇の印、裏にはイニシャルが刻まれている。

「絶対に成し遂げないといけないんだ」

 レギュラスは指輪を包むように両手を握りしめた。


 * *


 リリーは大広間に入って驚いた。いつもは4列あるはずのテーブルが今は3列しか無いのだ。さらに一番奥の、昔はグリフィンドールのものだったテーブルにはすでに人が座っていて座れない。
 それに馴染みの先生は一人もいなくなり、よく知らない人が教員テーブルに座っていた。

「さあ、お前さんたちはこっちの席に座っちょれ」

 森番のハグリッドが言った。彼だけが去年から変わらない笑顔を浮かべている。

「どういうことかしら?」
「わからないわ」

 メリーは心配そうに答える。
 するとその時、大広間の扉がガチャリと開いた。
 入ってきたのはアントニン・ドロホフだ。夏休みに入る前よりも威厳が増した気がする。

「さあ、新しい一年が始まった……」

 それからドロホフが話し出したのは、魔法界の歴史だった。
 リリーは何が言いたいのだろうかと思いながらドロホフを見つめる。

「……そして間も無く、魔法使いの存在はマグルに発見されることになるだろう。マグル生まれの者の家族から。そうなった時の混乱ぶりは想像するに容易い。魔女狩りの時代を思い出すのだ。あの時、マグルを支配せずに隠れる道を選んだのは大きな過ちだった。マグルよりも魔法使いは優れている。マグルを支配するのだ。魔女狩りのような悲劇が再び起こらないように。マグル同士の無意味な戦争を無くすために。より大きな善のために」

 大広間はしんと静まり返る。
 リリーはじっとドロホフの顔を見つめた。

「では、教員の紹介に移ろう。世界史を教えるのはアブラクサス・マルフォイ」

 プラチナブロンドの初老の男性が立ち上がった。長いローブを着て、尊大そうに大広間を見回している。ルシウス・マルフォイの父親だろうとリリーは思った。

「呪文学・変身術を総合した魔術を教えるのはヴァルブルガ・ブラック」

 シリウスの母親だ。艶やかな黒髪に、目を合わせただけで死んでしまうのでは無いかと思ってしまうほどの鋭い視線を持っている。

「魔法薬学を教えるのがシアン・レストレンジ」

 白髪の老人が立ち上がった。老人だが全く衰えている感じはせず、絶対に逆らってはいけないというオーラを感じた。

「そして英国魔法史を教えるのがパトリック・エイブリー。現代魔法史を教えるのがジョージアナ・ロジエール」

 それから薬草学や天文学の教師が紹介される。教師の年齢は全体的に上がり、今までのように親しみのある人はいなくなった。
 今後の学校生活に対する悪い予感がして、リリーの気持ちはより一層重くなった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

墓参り

墓参りというよりは墓作り?


 ゴドリックの谷、ダンブルドア家。
 ホグワーツの『元』教師陣はそこに集まっていた。テーブルを囲む顔はどれも暗い。

「生徒達をおいて逃げ出すなんて教師として情けなくて……」

 マグゴナガルは絞り出すように言った。その声には後悔が滲み出ている。

「わしとしてはあの判断は正しかったと思うぞ、ミネルバ。あのまま残れば操られてただろう。共倒れになるよりもずっと良い」

 ダンブルドアはレモンキャンディーを勧めながら言う。しかしその瞳は暗かった。

「逃げ出した時の状況をできる限り詳しく教えて欲しい。フィリウス、話してくれるかね?」

 ダンブルドアは一番落ち着いている様子のフリットウィックに声をかける。

「始め、ドロホフは私達を教師として留めるつもりでした。私は副校長に任命されたのです。体が小さいから逆らわないと思ったのでしょうね、まったく」

 フリットウィックは腹を立てている。

「しかし私達が反抗的に思っていることはドロホフも知っていました。ある日、急に杖を取られ部屋に閉じ込められたのです。それから数日間は私達にとってとてつもなく苦しい日々でした。朝から晩まで拷問され続け、このまま『例のあの人』に従いたいと思ってしまうほどでした。その時、このままだと危険だ、生徒を守る前に自分が倒れてしまうと感じたのです。そして最後の力を振り絞って私達は逃げ出しました。生徒達をおいて……」
「私達の部屋の警備は緩かったのです。でも、生徒達を閉じ込めている部屋は見つけることすら出来なかった。私達が『例のあの人』に従えば大きな戦力になるし、逃げ出せば見捨てたとして生徒達に傷を与える……。どちらにせよ閉じ込められた時点で負けていたのです。ああ、もっと注意して生活していれば……」

 マグゴナガルが付け足した。

「仕方ないことじゃ。過去を嘆いても仕方ない。それよりもわしは皆が生きて戻ってきてくれたことが嬉しくてのう」
「こう言っては何ですが、相手は絶望的な強さですよ。どう立ち向かっても敵わないでしょう」

 スラグホーンが遠慮がちに言う。

「戦う前からそんなことを言っててはいかんの。何か方法を考えねばならぬ。しかし問題はわしと魔法省との溝じゃ。今こそ手を取るべき時だというのに、あの事件以来彼らはわしをヴォルデモートの仲間だと思っていての……」
「まったく馬鹿な連中ですよ」

 珍しくスプラウトが声を荒げた。

「とにかく、わしらは戦わなければならない。できるだけ多く、仲間を集めるのじゃ」

 ダンブルドアは立ち上がった。



 * *



 あれから半年が過ぎた。

「ジェームズ、かみ結ぶのうまくなったね!」

 ドーラは三つ編みにされた髪を鏡で確認して満足げに頷く。
 半年間いろいろなところを巡ったが、会うのは死喰い人ばかりでリーマスに会うことは出来なかった。
 途中からはヴォルデモートを倒すのは諦め、リーマスと再会すること一本に絞ったのにこの結果。この半年間の成果といえば、ドーラを健康にすくすくと成長させたことぐらいだった。

「ねえ、次はどこに行く?」
「そうだな。東の方に魔法族が集まっている町があるって聞いたことがある。そこに向かおうぜ」

 ピーターは地図を出して村の名前を確認した。

「マーゲル村?」
「そうだ、確かそんな名前だった。あーあ、それにしても見つかんないもんだな」
「イギリスは広すぎるんだ。そろそろ勝負に出るべきかもしれない」

 ジェームズは縄跳びの7重跳びをするドーラを見つめながら言う。

「勝負に出るって、どこかの家に無理やり侵入してリーマスを奪うってこと?」
「押し込み強盗みたいな言い方するなよ。まあ、そういうことだけど」
「でもそうするには、正確に狙いを定める必要があるな。今はまだリーマスがいる地域すら分かんないんだぜ。勘で行くにしても選択肢が多すぎる」

 それが問題だった。ここまで進まないとなると、リーマスに会うのは絶望的な気がしてくる。

「例のあの人も強くなるばかりだ」
「やっぱり、ダンブルドア先生のところに戻った方がいいんじゃないかなぁ」

 ピーターが言う。

「ダンブルドアはどこにいるんだ?」

 シリウスが聞くと、ピーターは知らない、と答えた。

「でもリーマスよりは会いやすいと思うよ」
「やっぱりダンブルドアのところに戻るのは嫌だな。何かを成し遂げて、汚名返上してから戻りたいだろ?」

 シリウスは言った。ジェームズも同意する。このまま戻っても見せる顔がない。

「そっか。じゃあ地味にやって行くしかないか……」

 ピーターはうなだれた。

「ねえ、みんなリーマスのことばっかり話してるけど、わたしのパパとママにはいつ再会できるの?」

 突然、ドーラが言った。一瞬、三人の空気が固まる。ジェームズは驚きのあまりドーラを凝視した。

「ねえ、説明してなかったの?」

 ピーターが慌てて小声で聞く。

「したよ! でも分かってなかったみたいだ」

 ジェームズも小声で返す。そのやりとりをドーラは不思議そうに見つめていた。
 ジェームズとシリウスとピーターは三人で目配せし合った。そしてシリウスが立ち上がる。

「よし、ドーラ。話したいことがあるんだ。君のパパとママはもういない。会うことは出来ない。でも、ある意味ではずっとそばにいるとも言えるな……」

 ドーラはテントの中をグルリと見回した。

「いないよ」

 ドーラは首を傾げる。

「パパとママは死んじゃって、肉体的には永久に君の元を離れたんだよ」
「でもいつかもどってくるでしょ?」

 ピーターの説明もドーラには分からないようだった。

「魔法省に死を研究しているところがある。それによると確か──死はすべての終わりではない。肉体は動かなくなろうとも、魂は永遠に残り続ける……分からないか」

 ジェームズは言った。

「そうだ、ドーラの家に戻ってみる?」
「もどりたい!」

 ドーラは嬉しそうにピーターに抱きついた。
 ドーラの家は火事で焼けている。そこに行くのは辛いだろうと思って避けていたが、本人が行きたいのなら行くべきだろう。
 それに半年も経てば誰かが墓を作ってくれているだろうし、火事直後の悲惨な状態ではなくなっているはずだ。

「じゃあ、行こうか」
「そうだな。テントを片付けようぜ」

 テントが片付けられるのをドーラは嬉しそうにニコニコとして見ていた。

「あんなに嬉しそうにしてるなら、もっとはやく戻ってやればよかったな」
「そうだな。でも、ショックを受けなければいいけど……」

 ジェームズは心配だった。家が無くなり、両親の墓だけが残っているという現実に直面すれば、ドーラは悲しむだろう。

「ドーラ、これから見に行くのは辛いことかもしれない。それでも行くかい?」
「うん、いくよ。ずっとおうちにもどりたかったの」

 ドーラは上機嫌に鼻歌を歌っている。
 シリウスはテントを片付けてバッグに入れると、ドーラを優しく見つめた。

「ドーラ、出発しよう」

 シリウスが手を広げると、ドーラはパタパタと走って手の中に飛び込んだ。ワンピースの裾に気をつけながらシリウスはドーラを抱っこする。ジェームズとピーターは腕に捕まった。

「行こう」

 シリウスが回転する。

 目を開けると、そこは森林が広がっていた。紛れもなくここはドーラと出会った場所だ。
 シリウスに降ろしてもらうと、ドーラはキラキラと目を輝かせて飛び跳ねた。

「ここで一回だけ『にわ小人』とあそんだことがあるの。ママといっしょに。お家はこっちだわ」

 ドーラの髪は興奮で明るい金色になっている。家の方向を指差して笑顔で駆けていくドーラの後ろ姿が木漏れ日で照らされる。
 その姿は今までで一番喜びに満ちていて、ジェームズは何も言えなかった。

「はやくいこうよ! 立ってないで!」

 ドーラは振り返ると、ジェームズ達に声をかける。
 この純粋で無垢な笑顔を壊してしまいたくない。3歳の子供が背負うには重すぎる真実を知らせたくない。
 今までやけに明るいと思っていたが、それは現実を理解していなかっただけだったのだ。それなら、そのままにしておきたい。
 彼女の両親は病気で死んだのではない。不慮の事故でもない。明確な殺意を持って殺されたのだ。
 その現実を突きつけるなどなんと酷いことか。

「今行くよ!」

 ジェームズは笑顔でドーラのところまで走った。ピーターとシリウスも後に続く。

「あのね、パパはおやすみの日によくお歌をおしえてくれたの。それと木でおもちゃをつくってくれたり! たのしかったな。こんどはオルゴールをつくるって約束してくれたの。もうできてるかな?」

 ドーラは両親のことを話し続ける。
 今まで、ドーラが何も言わなかったので両親のことにも触れてこなかったが、本当はもっと話したかったのだろう。きっと気を遣わせてしまっていたのだ。
 ドーラは幼く見えるけれど、本当はとても大人びていたのだ。

「オルゴールか……。なんの曲が好きなんだい?」
「お星さまのうた」

 ドーラの口ずさんだ歌は、魔法界の代表的な童謡だった。

「その歌、お星さまの歌って題名なのに、途中までずっと大鍋について歌ってるんだよね」

 ピーターは懐かしそうだ。

「ゆらゆら大なべ、けむりもくもく、ゆでたてゴブリンほっかほか〜」

 ドーラは歌いながらスキップする。

「ずいぶん不思議な歌詞だよな」

 ジェームズは言った。この歌は自分も幼い頃によく歌っていたが、今思うと謎の多い歌詞だ。茹でたてのゴブリンなんて想像するだけで気持ち悪い。確か、この歌に対しゴブリン協会が苦言を呈したと一時期ニュースになっていた。
 四人で口ずさみながら歩いていると、森の終わりが見えてきた。

「あ、あそこだー!」

 ドーラは歌うのをやめて、一目散に走った。ジェームズは心を決め、ドーラの後をついて行く。

 ドーラは焼け焦げて崩れた家を前にして固まっていた。
 家は驚くほど半年前と変わっていない。家にかけられていた保護魔法で虫も寄ってきていないので、ほとんどそのままの状態だ。
 まさか、誰も手をつけていないとは。彼らにも友人はいたはずだ。墓も作れないほど余裕が無いのだろうか。ヴォルデモート勢力の急速な成長に、ジェームズは衝撃を受けた。

「いえ、くずれちゃってる」

 ドーラは呟くと、瓦礫の上を歩いて中に進んだ。
 両親の死体は、黒く焦げて残っている。あまりに変わり果てた姿に、ドーラは理解が追いつかないようだった。

「ママと……パパ?」

 ドーラは両親の死体の上に手を置く。すると、焦げが無くなり死体は綺麗な状態に戻った。七変化のドーラは変身術がとても得意で、杖がなくても魔法を使いこなせるのだ。
 ドーラは嬉しそうに両親に抱きついた。

「良かった。パパとママ、寝てるだけみたい。早くおきないかな」

 その様子は今までで一番幸せそうだった。
 ジェームズは何も出来ずに少し離れたところからその姿を見ていた。魔法界で死を教えることはマグルよりもずっと難しい。
 というのも、死体が動き出すこともあるのだ。
 動かすためには闇の魔術を使って死体を『亡者』にする必要がある。亡者は意思を持っておらず、操られているだけなのだが、やろうと思えば本当に生きているようにも見せることもできるのだ。
 死喰い人は死人を亡者にすることで戦力を増やしているので、半年も発見されずにそのままの状態だったのは奇跡に近い。
 その他にも、ゴーストや動く肖像画などの存在もある。死んでも身近にいることが多いのだ。
 しかしドーラの両親の肖像画は残っていないし、ゴーストにもなっていない。もしも肖像画が残っていたとしても、それはただの記憶に過ぎないので過度に頼るではないだろう。ここでしっかりと説明しないと後々辛いことになるだけなのだ。
 そうは思っていても、声をかけるのがためらわれるほどドーラは幸せそうだった。

「死んだ人を動かす魔法を使ったらどうかなぁ」

 ピーターがジェームズとシリウスに向かって囁いた。

「あれは闇の魔術だぜ。それに後で本当のことが分かったときにより悲しみが大きくなる……。でも使いたい気持ちはよく分かるな」

 シリウスはやるせなく言った。

「パパもママもおねぼうなんだから。おきてくるまで、テントの中で寝かせてあげよう!」

 ドーラはジェームズ達を見た。その目は両親をテントに運べ、と言っている。

「ドーラ、ずっと待っていても二人は一生起きないんだ。土の中に埋めてあげよう」
「土にうめたら汚れちゃう。テントの中にいれてあげないと」

 ドーラは笑顔で言った。どうやら、永遠に動かないということが理解できていないらしい。普通に寝ているだけだと思っているようだ。

「そうだ。ドーラ、手をここに当てて」

 ピーターはドーラの近くにしゃがんだ。そして手を自分の胸に当てさせる。

「動いているよね?」

 ドーラは頷いた。

「今度はこっち」

 ピーターは手をドーラの胸に当てさせた。

「動いてるよね?」
「うん」
「じゃあ、パパとママの胸に触ってみて」

 ドーラは両親の胸を交互に触った。

「うごいてない」

 ドーラは驚いたようにピーターを見上げる。

「ここが動いていないと生きていられないんだよ。だから……もうパパとママの体は一生動かないんだ」
「でも、いつか起きるでしょう?」
「どんなに待っても死んだ人は生き返らない」

 ジェームズは言った。ドーラは混乱しているようで両親と自分の胸に繰り返し手を当てる。心臓が動いているか止まっているかという単純だが絶対的な違いを知り、自分と両親はもう住む世界が異なっているということに気がついたようだった。

「じゃあ、ずっとこのままなの? もうお話しはできないし、あそんでもくれないの?」

 ドーラは否定して欲しいと願うように言った。

「そうだ。体は永遠に動かない」

 シリウスの言葉はドーラに突き刺さったようで、シクシクと泣き出した。冷たくなった両親の死体に抱きついて離れようとしない。シリウスはその様子を辛そうに見つめていた。シリウスだって厳しいことは言いたくなかったのだろう。しかし、後回しにしても痛みが倍増するだけだ。
 ドーラが半年間元気に過ごしていたのは、いつかまた両親に会えるという希望があったからなのだろう。その希望が打ち砕かれればどんなに悲しいことか。

「死んだ人は自然に返してあげるんだ。その肉体に魂はもう存在しない。君の心の中に存在しているんだ」

 ジェームズは言った。ドーラの姿が見ていられなくなったのだ。どんなに話しかけても息を吹き返したりはしない。
 しかしドーラは両親から離れようとはしなかった。ここが永遠の別れなのだと分かっているのだろう。
 ジェームズは立ち上がると、家を離れた。近くに小さな池がある。

「綺麗なところだな」

 いつの間にかジェームズの近くに来ていたシリウスが言った。

「墓を作ってあげよう。魔法が使えたら良かったけど……」
「いいもの持ってるぜ」

 シリウスはポケットから黒い玉を取り出した。玉からは紐が一本飛び出ている。

「ボタンを押すと、ブラックホールみたいに周りのものを吸い込むんだ」
「よし、それで墓を掘ろう。ドーラに、どこに墓を作りたいか聞いてこないとな」

 ジェームズとシリウスはドーラのところに戻った。ピーターが優しくドーラに寄り添っている。

「ドーラ、両親をどこに埋めてあげるか決めたいんだ」
「わかった。ママとパパも地べたに放っておかれたら可哀想だもんね。はなれても、パパとママはわたしのそばにいてくれるの?」
「うん。どんな時でも心の中にいてくれるよ。最後の敵なる死もまた亡ぼされん……」

 ジェームズはマグル学で習った言葉を思い出した。

「両親からの愛は死んだ程度で終わるものじゃない。ドーラが両親のことを大切に思ってくれて、きっと喜んでいるはずさ」

 シリウスは自分の家族のことを考えたのか、一瞬顔を曇らせながら言った。

「わたしのとっておきのばしょがあるの」

 ドーラは死体から離れて、歩き出した。二十歩ぐらい歩いて着いたのは大きな木の下だった。

「ここでたまにピクニックをしてたの。ママが作ってくれたおべんとうを食べたんだよ」

 ドーラは嬉しそうに言った。家から10秒で着く場所でピクニックをするなんて普通は変なのかもしれないが、この闇の時代なりの精一杯の工夫だったのだろう。

「そうか。じゃあ、ここに埋葬しよう」
「僕が掘っているから運んできな」

 ジェームズとピーターとドーラは家に戻った。

「さあ、一緒に運ぼう」
「パパから運ぼう。パパの方がせっかちだったから」

 三人で父親の死体を持ち上げる。顔は眠っているかのように優しく微笑んでいて、茶色のフサフサとした髪はささやかだが幸せな生活を物語っていた。妻のアンドロメダは純血だ。警戒は緩めずとも、狙われる心配は低いと思っていたのだろう。

「せーの」

 ドーラの掛け声で持ち上げる。魔法の力で、六ヶ月経っても死んで間もない頃のように体は柔らかい。
 運ぶと、そこにはシリウスの作った穴が掘られていた。お墓らしく綺麗に掘られている。

「ここに埋めよう」

 ドーラは頷いた。母親の死体も運び終えると、穴の中に綺麗に横たわらせる。

「布で覆おう」

 ジェームズは荷物から白い布を取り出した。手芸の好きな母親が、テントでも出来るようにと布を棚の中に置いたまま片付け忘れていたのだ。
 ドーラはジェームズから布を受け取ると、優しく両親の上にかけた。まだ別れたくないという悲しさが伝わってくるのが、とても心苦しかった。
 風が木の葉を揺らす音以外は何も聞こえず、とても穏やかな時間が流れていく。秋晴れの空が気持ち良い。
 きっと国中でこんなことが起きているのだろう。ヴォルデモート卿は日々力を増している。メディアは殆どが乗っ取られ、ヴォルデモート卿を賞賛するような内容しか書かれていない。しかし確実に死傷者は増えていて、それに伴い孤児もたくさん生まれているのだ。
 早くこの時代を終わらせなければいけない、とジェームズは思った。

「両親の弔いは終わったか?」

 声が聞こえた。シリウスでもピーターでもドーラでもない。高い男性の声だ。嘲るように四人のことを笑っている。
 ドーラは気がつかずに両親に見入っているが、他の二人は気がついたようだ。

「ドーラ、逃げるぞ!」

 シリウスがドーラを後ろから抱き上げ、走り出した。ジェームズとピーターは同じタイミングで振り返り、木の上にいる声の主に対して失神呪文をかける。しかしそれはいとも簡単に打ち払われた。

「甘いな。その程度で私に勝とうというのか?」

 ヴォルデモートの声が響く。ジェームズは彼の顔を直接見るのは初めてだったが、とても恐ろしいと感じた。

グレイシアス(氷河になれ)

 シリウスとドーラを狙ったヴォルデモートの呪文をジェームズは盾の呪文で跳ね返す。
 狙われていることに気づいたシリウスはドーラを降ろし、保護呪文をかけた。ドーラは両親から引き離されて何が何だか分からないという顔をしていたが、ヴォルデモートの顔を見て悲鳴をあげた。

「後ろを狙うなんて卑怯なやつだ」
「あれは気づかせるだけに過ぎない。さあ、正面から三人がかりで来るがいい」

 ヴォルデモートは挑発するように三人を見下ろした。

「エクスパルソ!」
インペディメンタ(妨害せよ)

 ヴォルデモートは素っ気なく払うと、マントを翻し木から飛び降りた。

「エクスペリアームス!」
「オブスローク!」
「コンファンド!」

 三人でどんなに呪文を打っても、ヴォルデモートはその全てを一瞬で打ち消してしまい当たる気配すらない。圧倒的強さだった。
 攻撃ではなく防御しかしていないのにこれだ。もし本気を出されればすぐに殺されてしまうだろう。
 ピーターは腰が引くのを抑えて死に物狂いでヴォルデモートに呪文をかけながら、怖がるドーラを庇った。

「私に従うのだ。そうすれば大切なものには手を出すまい」
「ディフィンド!」

 シリウスはヴォルデモートの言葉には応えず魔法を打ちつづけた。しかしヴォルデモートは軽々と避ける。完全に自分達を小物としか思っていない馬鹿にした態度が腹立たしいが、実際ジェームズ達はヴォルデモートにかなわない。その不甲斐なさにジェームズは歯ぎしりした。

「もう一度聞こう。私に従うか?」
「従わない」

 ジェームズは攻撃を続けながら言う。その瞬間、ジェームズ達は倒された。軽く一振りしただけなのに、その威力は凄まじいものだった。

「仕方ない。ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)

 ヴォルデモートはドーラの両親の死体を宙に浮かせる。
 青空と死体ほどミスマッチなものはない。

「彼らはもう死んでいる! まさか……死人に手を出すというのか?」

 ジェームズは懇願するように言った。闇の魔法使いだとは知っていたが、そんなことまでするなんて。

「やめて欲しいのなら私に従え」

 ヴォルデモートは無情に言った。
 こんなに冷酷な人がいるだろうか。両親が死に、深い悲しみの中にいる子供から最後に残った死体まで奪うなんて。

「ママ! パパ!」

 ヴォルデモートの元に走ろうとするドーラを、ピーターが必死に抱き止めている。
 ジェームズの中にジワジワと怒りが湧き上がってきた。その怒りに任せ呪文を乱射したが、ヴォルデモートには小蝿が寄ってきた程度のダメージしか与えられない。
 自分が何の役にも立たないことを実感し、ジェームズは過去を悔やんだ。

「罠だとは思わなかったのか? 死体があんなにも綺麗に放置されているなんて。あれを見逃すほど私は愚かではない」
「卑劣なことをする奴め」

 シリウスが侮蔑の表情でヴォルデモートを睨んだ。

「初めから私に従っていればよかったのだ。私は純血を傷つけはしない。犠牲になるのは周りの者だ。半年間も待っていた。さあ、私の忍耐も限界だ。私に従うか、それとも従わずに周囲の人々が死んでいくのを眺めていたいか?」

 ドーラの両親を求める声だけが響く。ここで従わなければ、もっとドーラを傷つけることになるだろう。しかし、ここで屈すればヴォルデモートの力をより強めることになる。
 ジェームズはシリウスを見た。五年も過ごしてきたから分かる。考えていることは同じだった。

「従わない」

 ジェームズは静かに言った。ヴォルデモートは高笑いする。

「クックック、これ程までに愚かな人間を見るのは初めてだ。その選択の意味を知るがいい」

 ヴォルデモートは杖を振った。
 その瞬間、宙に浮いていた死体は爆発して、四方八方に吹き飛んだ。
 首が胴体から離され、断面から鮮血が吹き出す。
 頭蓋骨は砕け散って脳味噌が剥き出しになった。手、腕、足、全てがバラバラの方向に飛ぶ。
 胴体は風船が割れる時のように中から弾け、赤黒い内臓が飛び散った。骨が肉から飛び出ているのも見える。
 さっきまでの安らかさは全て消え去り、地獄のような光景だった。魔法によって死んだ直後のまま綺麗に保存されていたのが裏目に出て、生々しく血に染まった体の破片が地面に落下する。

「やめて、そんなことしないで!」

 ドーラはピーターの手から抜け出し、ヴォルデモートのところに突進した。
 ヴォルデモートは面白そうに唇の右側を吊り上げ不気味に笑うと、杖をドーラに向ける。
 閃光がドーラの左肩に当たる。ドーラは悲鳴をあげた。血がほとばしり、体ごと後ろに吹き飛ばされた。

「ドーラ!」

 ピーターがドーラを受け止める。ドーラは痛みと悲しみで弱々しく泣いていた。

「パパとママをたすけて……」

 細い声でドーラは言った。

「この子はもう十分すぎるほどの悲しみを味わっていた。それなのに……」

 ジェームズはヴォルデモートのことが許せなかった。怒りに身を震わせ、知っているかぎりの攻撃呪文は全て使った。しかし、ヴォルデモートは涼しい顔でそれを見つめている。

「従うと言っていれば良かったものを」

 ジェームズは首を振った。彼に従う訳にはいかなかったのだ。
 短時間に魔力を使い過ぎて、今すぐ倒れたいぐらいに疲れていたが、ジェームズは攻撃をやめなかった。
 このまま戦っても負けるだろうとは分かっていた。しかしドーラのためにも、何もせずに退散する訳にはいかない。
 ヴォルデモート卿への憎しみだけがジェームズを動かしていた。

「もう駄目だジェームズ!」
「このまま無傷で返すわけにはいかない!」

 シリウスの声にジェームズは叫んだ。今のジェームズには、青い空も緑の木々も見えていなかった。ただ、ヴォルデモートの姿だけを追っていた。

「もう無理だ。ドーラが死んでしまう」

 無理やり腕を掴まれる。シリウスは強引にその場で回転した。視界が歪み、吹き飛んだ死体や家の残骸、ヴォルデモートの姿が消える。そして何も見えなくなった──。





ヴォルさんは強いです。本気ヴォルです。
ダンブルドア軍は弱体化していますし、ジェームズ達はまだ学生なので状況的にはかなり厳しいですが、まあきっと誰かがどうにかしてくれるでしょう。

あと、誤字報告ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忘却術

七話以降のジェームズの心情を大幅に書き直しました。


 窓の外から見える湖を眺めながら、アリス・セルウィンは非常に思い悩んでいた。
 新学期が始まってから早9ヶ月。アリスはずっとヴォルデモートに忠誠を誓っているふりを続けている。
 開心術には偽の心を見せることで対抗していたが、いつ本心がばれてしまうのかと思うと不安で押しつぶされそうだ。
 それだけではない。アリスは非常に孤独だった。頼るべき友達は既にヴォルデモートに洗脳され、寝返っている。
 あと一年以上もこの生活を続けるなど不可能に違いない。早くヴォルデモートに従って楽になった方が良いのではないか、とアリスは思った。
 しかしその時、アリスの脳裏に急にフランクの存在が浮かんだ。
 アリスとフランクは一年前から恋人同士だった。ホグズミード村でのデートは今でも忘れられない思い出だ。
 フランクは正義感が強く、ヴォルデモートに対しても常に強く立ち向かう姿勢を見せていた。そのカッコいい姿がアリスは大好きで、付き合い始めるまでに至ったのだ。
 成績も優秀で、夏休み、死喰い人によって磔の呪文にかけられても抗い続けた。しかし、フランクはあまりにも素直で真面目すぎた。アリスのように従ったふりをする、という考えはなく、ずっと耐え続けてしまったのだ。
 その結果、磔の呪文は効かないということでフランクは忘却術をかけられてしまった。
 その後、フランクの全てが変わった。そこにもはや今までのフランクの姿は一ミリも見ることができなかった。アリスは打ちひしがれたが、ヴォルデモートの手前、決してその感情を表に出すことはしなかった。
 しかし心の中では強く決意していたのだ。絶対に記憶を取り戻さなくてはいけない、そのためにヴォルデモートを倒してやる、と。
 あと1年3ヶ月でホグワーツを卒業する。たった一年だ。そうすればもう少し自由になるだろう。
 それまで耐えなければいけない。
 アリスは立ち上がった。


 * *


 ジェームズは大きく肩で息をした。周りを見ると、岩山に来たようだ。

「ドーラ、しっかりして」

 ピーターは毛布を取り出してドーラをその上に寝かせる。ドーラは興奮とパニックでシクシクと泣き続けていた。
 そうだ、ドーラを助けなければ。
 ジェームズは急いでテントを広げて、中から魔法薬を取り出した。

「落ち着いて。もう危険は去った」

 ジェームズはドーラに優しく語りかけながら、ハナハッカのエキスを傷口に塗った。ポンと煙が上がり、それが消えると血は止まっていた。傷口も、数日前の傷のようになっている。
 もっと悪質な魔法を使っていると思っていたので、ジェームズはあまりに早く治ったことに驚いた。
 そして間髪を入れず、シリウスがドーラの口に魔法薬を流し込む。ドーラは意識を失い、首がカクンと傾いて静かになった。ドーラは衰弱していた。泣き続ければもっと体力が削られてしまうので、今は寝かせるべきだと思ったのだろう。

「戻るべきではなかったな」
「僕が戻ろうなんて言っちゃったから……」

 ピーターが申し訳なさそうにドーラを見つめながら言った。

「いや、君のせいじゃない。向こうに行ってから三人とも異変に気がつけなかったんだ。気にするな」

ジェームズはピーターの肩を叩いた。

「ドーラ、どうしてあげるのがいいのかな……」
「この子にとってあの体験は耐えきれないほど辛いものだっただろうな。僕達だってかなりのショックだっただろう?」

 シリウスとピーターは頷いた。

「記憶を消すべきじゃないか?」

 シリウスは少し考えてから言った。記憶を消す。それは大きな決断だが、ジェームズは良いと思った。

「たしかに、このままだとトラウマになってドーラの気が狂っちゃうかもしれないもんね……。でも、僕たちの判断だけで消しちゃって良いのかなぁ」

 ピーターは心配そうだ。

「それは仕方ないさ。この子の身内は全員死んでいる」
「この子は僕の従姪だぞ、ジェームズ?」

 シリウスが口を挟んだ。

「……シリウスとドーラは遠い親戚らしい。とにかく、親とか姉妹とかはいないんだ。僕ら以外の誰に判断を求めるんだ?」
「そうだよね。やっぱりそうするしかないかな」

 ピーターは納得する。

「爆発した時の記憶だけ消すんだ。誰がやるかい?」

 ジェームズは聞いた。もしも別の記憶まで消去してしまっては大変だ。誰が忘却術をかけるのかは非常に重要になってくる。
 僕がやってもいいけど、と言おうとしたところで、ピーターが口を開いた。

「あの……僕がやろうか?」
「ワームテール、お前に務まるのか?」

 シリウスが驚いた。ピーターは緊張した面持ちだったが、しっかりと頷く。

「僕が一番ドーラと仲が良かったから、やってあげたいんだ」

 我が強いジェームズやシリウスに比べ、のんびりとしていて相手に合わせるタイプのピーターはドーラとの相性が良かった。ドーラが不機嫌な時でも、ピーターがあやすと必ず笑顔になるのだ。
 そういう意味では一番良いのかもしれない。

「絶対に成功できる自信はあるかい?」
「分からないけど……きっと出来ると思う。うーん、出来るかなぁ……」

 ピーターの声は細くなっていく。ジェームズは心配だった。ホグワーツに居た頃から、四人の中で飛び抜けて成績が悪かったのがピーターだ。悪いが、今回は絶対に失敗できないことなのだ。

「今回は僕がやる。忘却術は三人の中で一番自信があるぜ」

 ジェームズと同じことを考えていたのか、シリウスが言った。

「そうだよね。僕なんかがやって失敗したら大変だもんね……」
「別に君の能力が足りないって言ってる訳じゃない。ただ、より確実にするためにはシリウスの方が良いかもな」

 ジェームズは慎重に言葉を選んだ。


 翌日の朝、シリウスは深呼吸して、準備を整えていた。今から忘却術をかけるのだ。ジェームズはその様子を見守っていた。シリウスなら成功させるだろうが、もし失敗したらと思うと少しドキドキする。

「オブリビエイト」

 シリウスが唱える。白い煙がポンと上がった。

「成功……したのか?」

 シリウスが心配そうに言った。ドーラはずっと寝たままで、特に変わった様子はない。
 その時、ジェームズはある重大なことに気がついた。

「未成年が魔法を使えば探知される。早くここを離れないと」

 すっかり忘れていたが、未成年が魔法を使えば魔法省に探知される。さらに、二回探知されると杖を折られてしまうという非常に厳しい決まりがあるのだが、今の魔法省は正常に機能していないのでその心配は要らないだろう。こういうことを取り締まるはずの部署は死喰い人への対応で精一杯なので、ここまで首を突っ込んでこないのだ。
 しかし変わりに死喰い人が飛んでくる。陥落こそしていないものの、魔法省はかなりヴォルデモートに侵食されていた。

「そうだったな。早くテントを片付けよう」

 シリウスとジェームズは立ち上がると、素早く物を集め、テントをたたみ始めた。ピーターは寝ているドーラを抱きながら、片手でそれを手伝う。
 しかし、間に合わなかった。
 死喰い人がやって来たのだ。

「インペディメンタ!」
「プロテゴ!」

 ジェームズは慌てて応戦した。相手は一人だけだ。それに別段強そうでもない。

「僕が相手をしてるから、早くテントを片付けてくれ」

 ジェームズは攻撃をかわしながら言った。
 慌ててテントを畳む音を後ろに聞きながら、ジェームズは呪文を閃光の間から、敵めがけて攻撃した。しかし相手は予想より強く、中々呪文が当たらない。何度攻撃しても、まるで次の攻撃が読めているかのように避けられるのだ。

「くっ、コンファンド!」

 ジェームズは徐々に追い詰められていった。相手は強いとは思えないのになぜこんなに苦戦しているのだろう。ジェームズは自分を奮い立たせ、さらに俊敏に動き回り相手の裏をかこうとしたが、見抜かれた。

「レダクト!」

 敵の攻撃をジェームズは反対呪文で中和させる。そして安心したその一瞬、ジェームズの手に赤色の閃光が当たった。マカボニーの杖が手から離れ、宙を舞う。相手は可憐な動きでその杖を掴むと、フードを外した。
 黒いローブの下から、プラチナブロンドの髪と冷たい灰色の目が見えた。

「ルシウス・マルフォイ……」
「やあ、御機嫌よう。ホグワーツを逃げ出してテント暮らし……。あの頃が懐かしいだろうねぇ。あの狭い世界で、君達は英雄だった」

 ルシウスは薄ら笑いを浮かべた。
 ジェームズが杖を取られたことに気がついたシリウスが攻撃するが、ルシウスはそれもスラリとかわし、逆にシリウスの杖も奪い取った。

「しかし時代は変わった。ダンブルドアは堕ちるところまで堕ちた。闇の帝王は君達を歓迎するよ。ダンブルドアを辞職させる原因を作ってくれたのだから。そういえば、大切な人狼のお友達は苦労しているようだねえ」

 ルシウスは新聞を投げる。ジェームズは思わず受け取ってしまった。

『満月に潜む闇』
 狼人間がホグワーツ校内で生徒を噛んだということで、民衆の狼人間に対する不信感はより強まった。狼人間登録室には連絡が殺到しているが、職員は「もう、例のあの人だとか色々なことで忙しいのだから、勘弁してほしい」とやる気のないコメントを残した。
 心配になるのは、今後の生活についてだろう。私からアドバイスするとすれば、満月の夜には出歩かないこと、狼人間を見つければ殺すことが有効だと思える。
 先日、マーゲル村の主婦に話を伺った。
「ええ、はす向かいに住むマイケル君が狼人間に噛まれてねぇ。まだ六歳なのに可哀想に。でも、こちらも死ぬわけにはいきませんからね。満月が来る前に駆除してしまいましたよ」
 その顔はどこか清々しい。
 皆さんもこの主婦を見習い、狼人間になった者は殺すべきだろう。ついさっきまで仲の良かった人を殺すのは心苦しいかと思う。しかし、狼人間になれば、それはもはや今までの彼ではない。自分のためにも、狼人間になった者のためにも、私達は毅然な態度で人狼に立ち向かわなければいけないだろう。


 その記事はジェームズにとって衝撃的だった。狼人間がここまで嫌われるようになるとは。マーゲル村の主婦の心の狭さにジェームズは憤った。

「闇の帝王の力は絶大だ。一度戦っただけで相手の戦い方の癖を完全に見抜いておられた。学生相手ならワンパターンの攻撃でも余裕だったのだろう。しかし闇の帝王相手には通じない。このまま自分勝手に反抗し続けても、犠牲者を増やすだけだ。いつかもっと早く従っておけば良かったと後悔する日が来るだろう」
「ステューピファイ!」

 不意にピーターが攻撃した。思わぬところからの攻撃に反応するのが遅れたルシウスは意識を失って倒れる。

「アクシオ!」

 ピーターは呼び寄せ呪文で二人の杖を取り戻した。

「ワームテール、たまにはやるじゃないか」

 シリウスが感心した目でピーターを見た。

「ありがとう、君のおかげで助かったよ!」

 ジェームズはピーターに向かってウインクした。ピーターは嬉しそうにはにかんだ。

「さあ、早く姿くらまししよう」

 シリウスの腕に捕まり、意気揚々と四人は別の場所に瞬間移動した。

 その直後、魔女が突然現れた。艶やかな黒髪に気の強そうな吊り目をしている。
 魔女は鋭く周囲を見た。そして数発呪いを放い、誰もいないことを確認したところで、失神しているルシウスに近づいた。

「エネルベート」

 ルシウスは頭を抑えながら起き上がった。

「ああ、ありがとう」

 そう言いながらもルシウスは差し出された魔女の手は借りずに、一人で立ち上がった。

「油断して学生相手に負けるなど、あの方が聞いたら嘆かれるだろうな」
「しかし、任務は果たした」

 嘲るような魔女に、ルシウスは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「そうだろうな。しかしなぜあんなことを命令するのか、私には意味がわからない」
「そもそも、君の従兄弟が闇の帝王に従わないのが悪いのだろう。そういえば、姉も穢れた血と結婚したとか。身内の管理もできないなんて嘆かわしいな、ベラトリックス」

 今度は魔女がイラつく番だった。靴のヒールで岩を蹴り、不機嫌さを隠そうともしない。

「さあ、早く闇の帝王に報告しに行かなければ」

 ベラトリックスは突然話題を打ち切ると、その場で姿くらましする。いつもこうだ。自分に都合の悪いことを言われると、すぐに怒ってしまう。ルシウスはブラック家の気の短さに呆れながらも、続けて姿をくらました。



アリス・セルウィンはネビルの母親です。旧姓が分からなかったので聖28一族から適当にとりました。
ハリーが居ないので、ネビルは超大切です!
予言の子の親の条件として、ヴォルデモートに三回抗わなければいけないらしいのですが、ヴォルデモートに従っているふりをしたまま卒業できた時点で、1ポイントが貯まります。フランクの忘却術(ヴォルデモートがかけた)を解いて2ポイント、そのあと直接戦って逃げきれたら3ポイントみたいな感じで貯まる予定です。

また、前書きにも書いたのですが、七話以降のジェームズの心情を大幅に変更しました。
ここ数話を書いている間、ジェームズのこれじゃない感があり、何故だろうかと思っていたのですが、ジェームズにしては性格が良すぎたのではないかという結論に至りました。

後から変更してしまい申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別れと出会い

今日はアルバス・セブルス・ポッターがホグワーツに入学する日ですね!





 結果から言えば、ドーラにかけた忘却術は成功していた。
 しかし、忘却術の弊害からかドーラはぼんやりとしていることが多くなり、元気さも前よりは少なくなった。

「やっぱり、孤児院に預けるべきだ」

 あれから三ヶ月が経ち、六月になった頃、シリウスは急に切り出した。シトシトと雨が天井を打つ音が響く。日は暮れて、ドーラはすっかり眠っていた。

「君の親戚なのに、そんなあっさり離れていいのか?」
「可哀想だとは思う。でも僕らといたら、また危険に巻き込むことになるかもしれないだろ? それよりはマグル界の安全なところにいた方がいい」

 シリウスはいつでも自分の意見をはっきりと持っていた。
 しかしジェームズは迷っていた。ドーラはまだとても幼い。マグルの孤児院で孤独な生活を送らせていいのだろうか。

「皆も早くリーマスに会いたいだろ? 死喰い人が襲ってきたときも、彼女がいると思いっきり戦えないじゃないか」

 シリウスが言った。死喰い人とは一週間に一度ほどのペースで戦っている。イギリス中に散っている弱い下っ端の死喰い人なので大した害はないのだが、その度に移動しなければいけないのが面倒くさい。
 死喰い人はジェームズ達を一箇所に留めたくないらしく、襲撃の度にその土地に住めないように毒をまいてくるのだ。倒しても倒しても、死喰い人は無限に湧いてくる。

「そうだな。よし、孤児院に預けよう」

 ジェームズは決めた。それがドーラにとって一番良い選択だろうと思ったのだ。

「そうだよね。魔法界にいたら危険だもんね。国外には行けなくなっちゃったし」

 ヴォルデモートは国外に行くことを禁止し、魔法使いだけに作用するバリアを国境線上に張ったのだ。

「成人したけど、死喰い人の動きから見るに姿くらましは探知されてる。箒でどこかの孤児院に行こう」
「ここからだと、この孤児院が一番近いよ。ロンドンの近くにあるところ」

 ピーターが地図を指差した。

「じゃあ、夜のうちに近くまで移動しようぜ。朝になったらドーラに説明して、孤児院に送ればいい」

 それから、三人はテントをたたみ、検知不可能拡大呪文をかけたバッグから箒を取り出した。
 シリウスが睡眠薬をドーラに嗅がせ、深い眠りにつかせたところでローブの中に入れるように抱きかかえた。

「プロングズ、方角を確認してくれ。僕は高度を調整する」
「ああ、じゃあ行こう」

 ジェームズは後ろにピーターを乗せ、飛び立った。
 暗いのでマグルに見られる心配はしなくて良さそうだ。久々の箒での飛行に、ジェームズの胸は高鳴った。
 ここ最近、ずっと逃げ続けるばかりの生活を強いられていたが、目立ちたい性格のジェームズにとってずっとつまらなく思っていたのだ。

「ここだ」

 一時間ほどでジェームズ達は目的地に到着した。
 夜ということもあってか、孤児院は陰気な雰囲気を醸し出している。鉄の門の先には高い鉄柵に囲まれた建物があり、一部屋だけ明かりがついていることをジェームズは上空から確認した。

「明日の朝になるまでどこかで待ってないとな。どこに行くかい?」
「適当な宿に泊まろうぜ。ほら、こことかどうだ?」

 シリウスは、壁一面をシダが覆っている古びれた建物を指差した。看板だけが豆電球で虚しく光っている。

「ここでいい。早く入ろう」

 ジェームズはギシギシと音の鳴るドアを開けて、中に入った。

「いらっしゃいませ」

 中では老人が一人、受付に座っていた。眠そうに目をこすっていて、ジェームズ達のローブ姿には気がついていない。

「コンファンド」

 成人しているジェームズは老人に錯乱呪文をかけた。

「さあ、二階の部屋へどうぞ」

 老人は愛想よく言う。ジェームズは引き出しを開け、紙幣を一掴み奪ってから階段に向かった。

「それにしても汚いな」

 シリウスが壁の額縁に溜まるホコリを触りながら言う。廊下には、よくわからない肖像画や表彰状が飾られていた。どれもかなり古くなっていて所々しか読めない。
 突き当たりにある部屋に入ると、ジェームズはベッドにドーラを寝かせた。

 次の日、孤児院に預けることを話すと、ドーラは嫌だと言って泣き始めた。やはり一人になることが不安らしい。

「僕たちと一緒に暮らすよりもずっと幸せになれるんだ」
「でも、わたしは魔法界でジェームズとシリウスとピーターと一緒に暮らしたいの」

 そう言い続けるドーラを三時間かけて納得させ、ジェームズ達は孤児院に向かった。ドーラはジェームズとシリウスの手を握り、トボトボと歩いている。ピーターはその後ろをついてきた。

「絶対に魔法のことを話さないで、髪の色なんかも変えないようにするんだ」

 茶髪のドーラは頷く。
 孤児院に入る前、ドーラはピタリと立ち止まった。

「わたしが11歳になったら、()()()()()()迎えに来てくれる?」

 ドーラはジェームズ、シリウス、ピーターを順番に見つめる。
 三人は目を合わせた。ドーラが11歳になるまであと7年。その時、どういう生活を送っているのか想像もつかない。しかし、言うべき言葉は決まっていた。

「もちろん、僕たちが迎えに行くよ。リーマスもいれた四人で来るさ」

 ジェームズは心からの笑顔で言った。

「ありがとう。絶対に迎えにきてね」

 それから、院長のミセス・コールに錯乱呪文をかけてドーラを孤児院に入れる手続きを済ませた。
 寂しそうにジェームズ達を見つめるドーラの視線を感じながら孤児院を出たとき、ジェームズが感じたのは後悔だった。

「ドーラはもっと幸せに暮らせたはずだ。早く別の人に託すべきだった」
「そうだな」

 シリウスが言った。シリウスは決まりが悪そうにジェームズ達から少し離れたところを歩いている。

「でも、シリウスの意見は正しかったよ。シリウスじゃないとこの決断はできなかった」

 ピーターは笑顔で褒めた。


 *


 ドーラがいなくなってからの喪失感は、思った以上に大きかった。ドーラがいることで埋められていたリーマスの存在が、三人きりになることで戻ってきたのだ。
 今の生活とホグワーツでの生活を比べてしまい、自然とため息をつくことが多くなった。
 それだけではない。状況も日々悪くなっていた。

「魔法大臣にヴォルデモートか……。まあ、いつかはそうなるだろうと思っていたが、それにしても早すぎないか?」

 シリウスが寒そうに手をこすりながら言った。今年の冬は長く、まだ外には雪が積もっている。
 テントには暖炉があるが、芯からくる寒さは防ぎ切れなかった。

「僕は逆に遅いと思ったよ。やろうと思えば、ダンブルドアが辞職した時点で魔法大臣になれたはずだ」
「それよりも、国際機密保持法を破るって言ってるけど大丈夫なのかなぁ? そんなことしたら、海外の魔法界も黙ってないよ」
「きっとその対策をしていたんだ。大臣になる前に色々なところに根回しして、反感を買わないように」

 その時、どこからか焦げ臭い匂いがしてきた。

「何だ、この匂い?」
「死喰い人が来たのか?」
「これ、テントが燃えてるよ!」

 ピーターが一目散にテントから外に出た。

「まさか、このテントには保護魔法がかかっている。部外者に見えるはずがない──」

 そこまで言ったところで、ジェームズは窓の外に炎が上がっているのが見えた。
 シリウスも気がついたようで、ジェームズと自分のコート、地図を取って、ジェームズの肩を掴むと同時に外に出た。

「ありがとう、パッドフット!」

 ジェームズはお礼を言いながら杖を取り出した。自然に発火するはずがない。しかし、このテントは強力な呪文で守られているので、そう簡単に見つけられるものではないはずなのだ。
 警戒しながら周りを見ると、そこには20人ほどの集団がいた。リーダー格らしき女性は、カールした茶髪に派手な紅色のローブを着ていた。しかし、死喰い人ではなさそうだ。

「ステューピファイ!」

 ジェームズは失神呪文を乱射することで3人ほどを倒したが、3対20の戦力差は厳しかった。呪文に当たらないようにするのがやっとで、テントの消火作業にまで手が回らない。

「ホグワーツの校長が変わったのはあなた達のせいよ。あれから、どれぐらい苦しい生活をしてきたことか。ずっと探してたのよ」
「それは無駄なことに時間を使ったな。するならスネイプにしてくれ」

 シリウスが言った。
 しかし、相手に攻撃の手を緩めるそぶりはない。自分達に、テントの火を消す暇を与えないつもりだ。このままではテントが完全に燃えてしまう。
 弾幕のように次々と迫る閃光を避け、ジェームズはどうすればいいのか必死に考えた。

「うわー、助けてー! もうだめだ!」

 突然、少し遠くで戦っていたピーターが声をあげた。そして爪先立ちになり、回転し始める。

「待て、ワームテール!」

 ジェームズが止めようとするが間に合わなかった。ピーターは姿くらましして、どこかに行ってしまった。
 シリウスは苦い顔でピーターのいた場所を見つめる。
 そのことで集中力を乱された事もあってか、結局、テントは全焼してしまった。

「これからどうするか?」

 焼けたテントを見ながら、シリウスが絶望的な表情で言った。
 テントは保護呪文が完璧にかけられていて、衣服や食料など大切なものもたくさん入っていた。このテントの中にいたからこそ、今まで余裕を持って暮らすことができたのだ。

「ワームテールが心配だな……。一度も練習したことがないのに姿くらましをしようと思える勇気があるのなら、残って戦って欲しかった」

 ピーターが勇猛果敢でないことはジェームズも知っていた。しかし、この肝心な時に逃げるのは、正直言ってやめて欲しかった。ドーラ不在で落ち込んでいるのに、そこでピーターまでいなくなればどうしようもなくなる。

「寒いから、どこかに泊まろうぜ」

 シリウスが言う。ジェームズは、ドーラを孤児院に送った時に泊まった宿から盗んできたマグル界の紙幣を取り出した。

「この金であと数回は泊まれそうだ。でも、それ以上はやめたほうがいいな」
「また錯乱の呪文をかけてかっぱらえばいいじゃないか」
「マグルに魔法をかけるのは本当は違法なんだ。ヴォルデモートが魔法大臣になっているし、気をつけたほうがいい」

 シリウスは唇を噛んで、近くにあった石を投げつけた。何もかも上手くいかないことに対する苛立ちが募っていた。


 *


 一方その頃、ルシウスは非常に困っていた。目の前の集団をまとめろなんて、闇の帝王も無茶を言うもんだ。無理な仕事を押し付けられているだけな気がしなくもない。

「で、私達にもっと大人しくしてろっていうのかい?」

 レギュラスの母、ヴァルブルガは、テーブルに肘をついて不満げにルシウスを睨む。
 ここ、マルフォイ邸の大部屋では、ブラック家の家族会議が行われていた。

「まったく呆れるな。ブラック家に命令するなど、100年早い」

 レギュラスの父、オリオンもルシウスに鋭い視線を向ける。自分が命令したわけではなく、ヴォルデモート卿の言葉を伝えただけなのにこの殺気だ。もう家に帰りたい、と思ったところでルシウスはここが家だった、と落胆した。

「闇の帝王からの忠告なら従ったほうがいい。彼に従えば、家訓も守れる」

 隅に座っていたレギュラスが静かに言った。

「私は彼にそのまま従うのは嫌だね。ホグワーツのマグル生まれに、ちょっと磔の呪文をかけただけで怒られた。穢れた血に教えるなんてもうまっぴらだ」

 ヴァルブルガは不機嫌そうにテーブルを爪で叩く。

「伯母様、きっとあの方も考えがあってなさっているんだわ」

 ナルシッサがなだめるように、しかし強い意志を持って言った。

「考え? どんな考えがあろうと、私はマグル生まれがホグワーツにいるということ自体が許せないんだよ」
「あの方は何の考えもなしに行動されるかたじゃない。何か素晴らしい考えがあってそうなさっているのでしょう!」

ベラトリックスが興奮して言った。

「ええ、闇の帝王のお言葉は全てよ。純血主義がここまで広まったのはあの方のおかげだわ。だから、これからも従いましょう」

 ナルシッサがルシウスをちらりと見た。

「私も娘に賛成だ。急激な変化は反感を呼びやすい。時には地道にやることも大切なのだろう。その結果、彼は魔法大臣になり、甥の行動も完全に把握することができた。ポッター家のテントは流石、素晴らしい保護魔法が幾重にもかかっていたが、彼らに勘付かれることなくそれらを解除できたのは時間をかけたお陰だ」

 ベラトリックスとナルシッサの父であり、オリオンの弟のシグネスが言った。この人がまともに見えてしまうのだから、ブラック家は恐ろしい。
 シグネスはホグワーツ在学中、マグル生まれの多いハッフルパフ生を大量殺人する計画を立てたのだ。直前でそれは阻止されたが、一歩間違えれば大変なことになるところだった。
 風向きが変わっているのを見て、ヴァルブルガは露骨に不機嫌になり杖を取り出した。

「闇の帝王が素晴らしい人物だと言うことに反論はしない。しかし私はブラック家としての誇りを忘れたくないんだ」
「あの方は誰かの意見を聞き入れるような方ではない。それに、貴女が勝手なことをしたせいで、ブラック家への信用は落ちている」

 シグネスはヴァルブルガに体を向ける。

「穢れた血に磔の呪文をかけて何が悪いんだい?」
「闇の帝王はそうすることを望んでいなかった」

 レギュラスは素早く言った。

「あの方は世界を支配するに相応しい力をお持ちの方だ。叔母様、私達は彼に全てを捧げなければいけない!」

ベラトリックスは闇の帝王の姿を思い浮かべ、うっとりとした目をした。

「みんな揃って私を悪者扱いしやがって。私の考えがそんなに悪いっていうのなら、もう私はここを出て行ってやるよ!」

ヴァルブルガはヒステリックに言った。

「醜態を晒すのはやめろ」

オリオンは妻に向かって冷たく命令した。

「まあまあ、皆さん落ち着いて……。穏便に話し合いましょう?」
「部外者は黙ってな。簡単に力に靡くようなマルフォイ家の輩め」
「私の夫にそんな悪口を言わないでちょうだい!」

 ナルシッサが咎めるが、ヴァルブルガは無視する。
 やはり、ブラック家をまとめるなど不可能なのだ。
 ヴォルデモート卿は純血主義を掲げ、純血が世界を支配する計画を立てている。そのために純血の魔法族を集めたものの、まとめるのは大変だった。
 ブラック家などは、特に厄介な家だ。純血主義なのだが、とにかく過激で人の話を聞かないところがある。しかし、その過激さと容姿の美しさで人気があるのも確かだった。

「とにかく今、私達がすべきなのは甥を連れ戻すことだ。ブラック家の跡取りは彼だ」
「私の方が確実に良いのにね」

 ベラトリックスが口を挟んだ。

「素質ではない、大切なのは生まれだ。闇の帝王は、あの甥もブラック家の血を引くものらしく本質はスリザリンだと仰っていた。彼を取り戻さねば」
「あの子は無力だ。あのままでは何も出来ない。あと少し待てば、確実に私達の元に帰ってくるよ」

 ヴァルブルガは思い出しながら目を瞑った。

「ブラック家のしきたりだ。役に立つものにはそれなりの態度を見せなければいけない。クリーチャー!」

 オリオンが言うと、バチンという音がして、一匹の屋敷しもべ妖精が姿を現した。大きな耳をしていて、骨に青白い皮が一枚くっ付いたような体には枕カバーを被っている。

「何でしょうか、ご主人様?」

 クリーチャーはオリオンを神々しく見上げた。

「紅茶を淹れるんだ」
「かしこまりました、ご主人様」

 クリーチャーはそそくさと部屋を出ると、紅茶の準備に取り掛かった。

「このまで急速にあの方が勢力を広められたのは、息子の起こした事件があったからだ。もちろん、あいつはそんなこと、考えてもいなかっただろうがな。彼はブラック家の長男だ。彼が戻ることを闇の帝王は期待している。彼が戻れば、ブラック家の信頼も取り戻せる」

 オリオンの言葉に、その場にいる皆が頷いた。ヴァルブルガでさえ、その事実を否定することは出来なかった。

「屋敷しもべ妖精もそうだ。彼らは役に立つ。だから大切に扱い、使えなくなれば首を刎ねる。彼らにとって、主人の役に立たないのに生き続けるなんて苦痛の日々は嫌だろうからな」

 オリオンは歪んだ笑みを浮かべた。

「私達は息子を取り戻し、そして温かく歓迎しよう。ブラック家最後の一ピースが揃った時、闇の帝王は私達を一番仲間に相応しい者として認めて下さるのだ」

 オリオンの黒い瞳には、純血主義の世の中を作るという野望だけが映し出されていた。


 *


 ジェームズとシリウスは、ついに金も使い果たし、森の中でひっそりと暮らしていた。

「保護呪文をかけてもすぐに破られる。妨害されているようで、姿くらましも出来ない。ピーターは戻ってこないし、リーマスの居場所も一向に分からない。ドーラを育てる必要も無くなった。僕は何のために逃げているのかもう分からない」

 ジェームズは木に寄りかかって呟いた。
 あの日の夜、自分がもう少し早くリーマスを助けに行っていたら、未来は変わっていただろう。
 自分を責める気持ちもあったが、それ以上に感じていたのはスネイプへの憎悪だった。あの日、スネイプがリーマスのところに行かなければこんなことにはなっていなかった。それなのにスネイプへの不幸といえば狼人間になったことぐらいだ。自分達はこんなに辛い思いをしているというのに割りに合わない。
 シリウスはジェームズの話を聞いているのかいないのか、ぼんやりと空を見つめていた。ここしばらくずっとこの調子だ。ジェームズは力を抜こうと首を回した。

「……スネイプに仕返しに行きたいな」

 その時、シリウスが言った。瞬間、ジェームズの顔色がガラリと変わった。ホグワーツにいた頃、悪戯を考えている時の笑みが戻っている。

「それだ。パッドフット、そうしよう。あいつはきっと聖マンゴにいる。こうなった責任を取らせよう」

 ジェームズはほくそ笑んだ。逃げてばかりの生活に嫌気がさしていた。スネイプを成敗すれば、少しは気持ちもスッキリするはずだ。聖マンゴはロンドンの近くにあったはずだから、そこまで遠くはないだろう。そこまで考えたところで、ジェームズは顔を曇らせた。

「それをやったら犯罪だ。きっとすぐにヴォルデモートが飛んでくる。どうにかして、見つからずに出来る方法を見つけないと……」

 今、魔法大臣はヴォルデモートだ。気をつけなければ捕まってしまう。

「魔法を使わずにナイフでも使ったらどうだ?」
「きっと駄目だ。相手が魔法で攻撃してきたときに、ナイフだけじゃ防げない。それに、相手を攻撃した時点で法律違反だよ」

 それからしばらく考えたもののいい案は思いつかず、期待した分、ジェームズは大いに失望した。どうにかして法律を破らずにスネイプを傷つける手段はないだろうか。

「もしスネイプを合法に殺せるようにしてくれたら、相手がヴォルデモートだったとしても感謝するけどな……」

 ジェームズはリリーのことを思い出していた。今頃彼女はどうしているだろうか。今や魔法界はヴォルデモートに乗っ取られてしまっている。自分がそばにいれば助けてあげたものを拒んでしまうなんて、とジェームズは憤った。
 リリーがあんな風になったのもスネイプのせいだ。彼は、リリーと幼馴染だからという理由だけで彼女を束縛している。しかしスネイプは狼人間になったので、リリーとの付き合いも途絶えたはずだ。

「それよりも、テントを燃やした奴らがいい。大人数で襲ってくるなんて卑怯にも程がある。やるならスネイプにやってくれって話だよ」

 シリウスはイライラと髪をかきあげた。

「ああ、スネイプの責任こそ追及されるべきだ。そもそもリーマスのところに向かおうって決めたのはスネイプなんだ。自分達だけが悪者になっているなんて許せない」

 逃げ続けるだけの単調な暮らし、どこにも味方がいないという状況で、ジェームズの鬱憤はこれまでにないほど溜まっていた。
 死喰い人ならまだしも、まさかホグワーツの生徒たちに攻撃され、テントを焼かれてしまうなんて。前までは味方だったのに、たった一つの出来事で理不尽に手のひらを返される。こんなことになったのも全てスネイプのせいだ。この恨みを晴らすにはスネイプのところに行くしかない。しかし行けば捕まってしまう。ジェームズはどこにぶつけることもできないモヤモヤとした気持ちに頭を抱えていた。

「君はあくまでもスネイプにこだわるんだな。正直、考える価値もないと僕は思う。しかし、君がそこまで思っているのなら、友として付いて行こう。どうせいつかは捕まるんだから、スネイプのところに行こうぜ」

 シリウスの言葉は、ジェームズの背中を押した。

「そうだな。行こう」

 半ば自暴自棄になっていたジェームズは立ち上がった。ヴォルデモートが魔法大臣になってしまった時点で自分たちの行く末は決まっていたのだ。早いか遅いか、選択できるのはそれだけだ。
 その代わり、スネイプだけはそのままにしておけない。魔法界が彼を罰してくれないのなら、自分たちでするしかないのだ。

 そんな決意とともに立ち上がったジェームズとシリウスの目に、突然、黒いフードを被った人物が入ってきた。反抗するものを捉えるためにイギリス中に配置されている死喰い人の一人だろう。こんな時に遭遇するとは運が悪い。
 杖を取り出そうとしたジェームズを、相手は手で制した。驚くほど青白い手をしていて、その傷の無さから見ても相当若いのだろうと予想できる。
 いつもの死喰い人とは違う雰囲気に、ジェームズもシリウスも一瞬戸惑ったが、シリウスはすぐに杖を相手に向けなおした。

「突っ立ってないで攻撃してこいよ」

 シリウスが面倒臭そうに言った。このような死喰い人はイギリスの至る所に配備されている分、一人一人の実力は無い雑魚ばかりだ。しかし早く逃げないと上位の死喰い人が来てしまうので、とても鬱陶しい。その対策のために、人が近づくと探知する魔法を周りにかけていたのだが、この死喰い人は運良くすり抜けたらしい。もしかすると未成年なのかもしれない。
 動く様子がない死喰い人を不審に思ったジェームズが攻撃しようとすると、なぜかシリウスが止めた。

「どうしたんだい、パッドフット?」
「いや……まさか。でも……」

 シリウスは目にかかる長髪を上げて、疑いと驚きが入り混じった顔で死喰い人に近づいた。

「レギュラス……?」

 シリウスは殆ど口を動かさずに呟いた。その言葉を聞くと、死喰い人は丁寧な手つきでフードを外す。
 するとシリウスとよく似た顔が、彼を優しく見つめていた。



シリウスの起こした事件でヴォルデモートは一気に勢力拡大できたので、ブラック家はシリウスに対して原作よりずっと優しいです。他にも理由はいくつかあります。


今更ですが、はじめにダンブルドアを追放させたことを後悔しています(´・ω・`)
11話書いてもルーピンの話す機会が一回も訪れないなんて…。
あと7話ぐらいで完結すると思うので、そしたらリメイク版でも書きたいです。
次話からは一気に展開が早くなります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去の思い

 鬱蒼とした森の中、レギュラスとシリウスは音一つ立てずに向かい合っていた。
 レギュラスはシリウスの弟で、純血主義の熱心なヴォルデモート信者だと聞いたことがあるが、この笑顔からはそのようには思えない。
 ただ、重大な何かを話しに来たような決意が瞳に宿っていた。
 それに対し、シリウスはレギュラスに対し複雑な気持ちがあるようで、どうすればいいのか戸惑っている。

「何を企んでるんだ?」
「何も企んでない。ただ伝えにきただけだよ」

 レギュラスは信じて欲しそうだった。

「早く闇の帝王の仲間になった方がいい。そう言いにきたんだ」
「今さらそうすると思うか? 命は惜しくない」
「あの方はブラック家の人間を殺したりしない。服従の呪文をかけ、忘却術で記憶を無くして従わせるよ。それか殺して、その死体に偽の魂を埋め込んで動かせるようにして悪用するかもしれない。僕はそうなって欲しくないんだ」

 レギュラスは真剣だった。それはヴォルデモートから命じられた“シリウスを仲間にする”という任務を遂行しなければいけないという使命感から来るものだ。
 しかし、同時に兄に助かって欲しいと願っているのも事実だった。

 幼い頃から、シリウスは家族に対して反抗的だった。家族だけではない。壁に飾られた家系図のタペストリーから名家同士の華やかな繋がり、そして純血主義までブラック家に関わる全てをシリウスは嫌っていた。
 両親はシリウスのことを冷たく扱い、シリウスも家族のことを無視して過ごす、それがブラック家の日常だ。レギュラスも、家訓でもある純血主義に逆らうなど冷淡な扱いをされて当然だと思っていた。
 しかし一方で、心の片隅には、シリウスと兄弟らしく仲良くしたいという淡い願いを持っていたのである。

 グリフィンドールに入ったシリウスは、レギュラスよりも成績が良く、ハンサムで人気もあった。
 レギュラスが入学した時のグリフィンドール生の失望感は今でも鮮明に覚えている。
 シリウスの存在で期待していたのに弟は典型的なブラック家だった、と思われているであろうことはレギュラスにだって分かっていて、不快な思いも沢山してきた。シリウスがいなければ無かったであろう悩みも数多くあった。
 しかし、レギュラスはホグワーツで自由にのびのびと暮らす兄の姿を見てどこかホッとしていたところもあったのだ。
 ホグワーツ入学前、シリウスはずっと両親と喧嘩しているか、自分の部屋に閉じこもっているかのどちらかだった。
 心の底からこの家にいるのが嫌なのだろう。
 魔法族はホグワーツに入学するまでの間、マグルの小学校に通ったりしない限り、ずっと家族と一緒に過ごさなければいけない。ブラック家がマグルの小学校に通わせるわけがないので、もちろん自宅学習だ。
 大嫌いな家族に囲まれて過ごす十一年間はさぞかし苦痛だったに違いない。孤独に暮らすシリウスの姿を見て、優しかったレギュラスは時々心苦しく思う時があったのだ。

 もしもレギュラスがシリウスに手を差し伸べられる勇気があれば、未来は大きく変わっていただろう。
 ダンブルドアによって守られた平和なホグワーツ城内で、兄弟で仲良く宿題をこなすなんて未来もあったかもしれない。
 しかし、そんなことは起こらなかった。
 心のどこかで兄とだけは和解したいと思いながらも、わざわざ両親に抗ってまで兄と仲良くするような真似はスリザリンの彼にとってできなかったのだ。
 さらに、生まれた時からの刷り込みで、純血主義は正しいという絶対的な思想がレギュラスの頭にこびりついていた。
 そのため、純血主義を理解しない兄とは和解したくてもできるはずがないと思いこんでいたのだ。
 そして今後も、レギュラスとシリウスは一生交わらず別の道を行くはずだった。

 しかし、それが変わり始めたのはレギュラスが四年生の頃だ。
 ホグワーツ校内で狼人間が生徒を噛むという事件が起こった時、ヴォルデモート陣営はここぞとばかりにダンブルドアを攻撃し、弱体化させることに成功した。
 この事件の裏で糸を引いていたのはシリウスらしいと分かり、ブラック家のシリウスに対する見方も一気に変わった。
 手段を選ばず目的を達成しようとする姿勢は、目指す方向が違うだけで彼にもスリザリンの素質があることを物語っていた。ブラック家には役に立つ者を大切に扱う文化がある。シリウスを勘当せずに次期当主として迎えようという風潮になったのだ。
 レギュラスは嬉しかった。これで家族みんなが一緒になれる。
 それから時間と労力を割いて居場所を探し、今ようやく見つけ出したのだ。

 仲が悪いと言いながらもシリウスはよくレギュラスの話をしていたな、とジェームズは思い出していた。兄弟ならではの微妙な距離感が二人の間にはあったのだろう。
 シリウスはしばらく考え込んでいたが、首を振った。

「本当にそう思っているのなら、ヴォルデモートに殺される前に、今すぐここで殺してくれ。お前と違ってヴォルデモートの仲間になる気はないんだ」
「死ねば、全てが許されるわけではない。でも、もし、友人を置き去りにして自分達だけは早く楽になりたいって思っているのだとしたら、僕は喜んで殺してあげるよ」

 レギュラスは挑発するような悪戯っぽい笑みを浮かべた。ここで失敗するわけにはいかない。
 レギュラスの狙い通り、二人は複雑そうな顔をした。
 友人というのはリーマスのことを指しているのだろう、とジェームズは考えた。
 煽る材料にリーマスのことを使われるのは不快だったが、その内容は否定できない。
 今死んでも、それは何の解決にもならないだろう。リーマスはこの世界で辛い生活を送り続けることになる。
 しかし、生きたいならヴォルデモートの味方になるしかない。
 それは絶対にできなかった。

「もうできる限りの努力はしたんだ。死ぬか、ヴォルデモートに従うかしかなかったんだと言えば、ムーニーだって分かってくれる……」

 シリウスは顔を歪めた。この数年間でやれることは全てやった。認めるのは辛いが、ヴォルデモートがここまで強大になった以上、このまま逃げ続けてリーマスを見つけるのは不可能だろう。
 リーマスを残すのは本当に申し訳ないが、これ以上のことは出来ない。
 弟に会えたことは嬉しいけれど、目指す方法が違う以上、再び別れるしか道はないのだ。
 レギュラスはそんなシリウスの様子を伺った。

「闇の帝王に従えと言ってもすぐに納得しないだろうとは思ってたよ。でも──闇の帝王に従うことは、様々な意味を持っているよ。純血主義に賛成するってことだけじゃない」
「他に何があるっていうんだ?」
「闇の帝王は、世の中を変えようとして下さっているんだ。今まで虐げられてきた者を助けるのが、使命だと考えていらっしゃる。マグルから身を隠して生きてきた魔法使いを表に出すことが、あの方の一番望んでいることだ。でも、それだけじゃない」

 レギュラスは力強く言った。

「今まで狼人間は危険視され、差別されてきた。あの事件だって、狼人間が差別される立場で無ければ、あんな大きな問題にはならなかった筈なんだ。あれ以来、闇の帝王は力を伸ばしたけれど、それはあの事件のせいではない。この魔法界にある、外れ者を受け入れない冷たさが自然とそうしたんだ」

 狼人間を受け入れてくれる世界だったのならば、リーマスはもっとのびのびと暮らせただろう。

「闇の帝王に従うことは、あの友人にとって暮らしやすい社会を作るための一員になることだ。魔法族の冷たい心を溶かし、守るべき人を守り、排除すべきを排除する、それがあの方の方針だ」

 リーマスを助けられる。ジェームズにとってその言葉はとても魅力的だった。
 自分達だけでリーマスを助けるのは難しいが、魔法大臣の力があれば、それは現実味のあるビジョンになってくる。
 しかし、ヴォルデモートに従うわけにはいかない。
 ドーラの両親のこと、「排除すべき人」に入っているであろうマグル生まれ──リリーのこと。
 ヴォルデモートに従うことは、リリーを排除すべきだと考えていることに繋がる。そんなことを認めるわけにはいかない。
 それに、反対する者を皆殺しにする方法は、あまりにも犠牲が大きすぎる。犠牲になるのはマグル生まれの罪なき人々だ。

「ヴォルデモートのやっていることは非人道的だ。その残酷さを僕達はこの目で見た。だから仲間にはなれない」

 ジェームズは自分に言い聞かせるように言った。

「でも、このまま逃げ続けても何ができると思っているの?」

 レギュラスは言った。
 疑問形にはなっていたが、その言葉は「何も出来ないだろ」と言っているに等しかった。
 しかし、その言葉は悔しいけれど事実だった。自分達はあまりにも無力だ。
 かろうじてリーマスを見つけ出しても、狼人間のリーマスにとって暮らしやすい世の中にするなど出来るわけがない。
 しかし、その権力になびいて仲間になるなど、愚者のすることだ。こちらにも今まで反抗してきた意地がある。

「友達を助けたい気持ちを取るか、友達を見捨てて闇の帝王に逆らってきたプライドを取るか、この選択の意味はそういうことだよ」

 ジェームズは迷っていた。
 スネイプの存在が無ければ、迷うことなく死を選んだだろう。
 今まで、ヴォルデモートに対抗し、倒すことを使命として生きてきたのだ。どんなことがあろうとその信念を今になって変えるわけにはいかない、そんなことをすればリーマスは逆に悲しむだろう、そう思ったはずだ。
 しかし、ジェームズとスネイプの因縁は他の誰にも理解できないであろうほど深く、暗かった。
 このまま死ねば、あの事件の誤解は解けずに終わる。
 悪者扱いされたまま死ぬだけでも悔いが残るのに、あのスネイプが被害者扱いされたまま死ぬなどもっての外だ。
 今ここで死にたくない、生きたい──。
 その思いが、ジェームズの心に小さく、しかし絶対に解けないほど強く引っかかっていた。
 そしてそれは、ジェームズの心を無意識のうちに、ヴォルデモートへと近づけていた。

 ヴォルデモートに従えばリーマスを助けられる。友達を救うことは何よりも大切だ、とジェームズは思った。
 それに対抗すると決意した時、ヴォルデモートはただの反魔法省組織だったが今はもう魔法大臣になっている。
 立法、司法、行政の全てが委ねられている魔法大臣は、非常に大きな権力を持つ。いくら反抗しようとも、国内にいれば必然的に法によって支配されてしまう。
 何も出来ずに死ぬよりも、せめてリーマスだけは救いたい。その思いは、親友として当然持つものだろう。

 そうヴォルデモート側につく理由を次々と考えたところで、ドーラの笑顔が浮かびあがってきた。
 あの時のヴォルデモートの行いを、決して許すことはできない。
 彼の方法では、罪のない犠牲者が多すぎる。
 それにやはりリリーの存在だ。ヴォルデモートの仲間になることは純血主義を容認していること、しいてはリリーを差別していることに繋がってしまう。それだけは嫌だった。

 ただ──自分達が死んだところで、純血主義は滅びないし、犠牲者も減らないだろう。
 自分達が仲間にならなくても、結局誰かが仲間になり、自分達がするはずだった役割をこなすのだ。
 それなら、生き残ってリーマスと一緒に暮らしたい。

 心が揺らぎ始めた時点で、勝負はついたようなものだった。
 この暮らしを終わらせられる。ホグワーツにいた時のように、周りに認められ、親友と共に過ごす楽しい日々が戻ってくる。それはあまりにも良い誘いだった。
 一度でも心が動かされれば、雪崩のように今までの決意は崩れてしまう。
 考えは悪い方へ悪い方へと進んでいった。

 ──ジェームズが生まれたのは世の中には純血主義が広まってくる頃だった。
 ヴォルデモートという人物が現れたのは、ジェームズが五歳の頃だ。
 初めは、純血、魔法族優先主義という彼の考えに賛成するものも多かった。
 マグルと魔法界はあまりにも文化が違うので、マグル生まれが魔法界に来ても馴染めず不幸な暮らしを送っているのではないかと考えていたり、マグル生まれの家族から魔法界の存在がマグルに知れ渡らないかと不安を持っていた人々が、共感を示したのだ。
 しかし、それはすぐに恐怖へと変わった。ヴォルデモートは、マグル生まれやマグルを虐殺することで、その目標を達成しようとしたのだ。
 仲間だって、いつ裏切られるか分からない。自分だって、服従の呪文をかけられれば裏切る立場になってしまう。
 なかなか子供を授かれなかったポッター夫妻は、高齢になって諦めかけた頃に生まれたジェームズを溺愛していた。
 仲間を大切にすることこそ第一である、その考えはこの頃に身につけたものだ。
 それは、防御魔法がかかった安全な家で、温かな家族に囲まれて育ったからこそできる考えだった。
 魔法界では差別される狼人間に対しても普通に接することができたのも、縛られない自由な生き方をできる環境で成長してきたからだ。
 しかし一方で、少々自由すぎる面もあった。

 ジェームズがスネイプと初めて出会ったのは、一年生のホグワーツ特急の中だ。
 連れの少女に対する「スリザリンに入った方がいい」とのスネイプの言葉にジェームズが反応したのが、初めての会話だ。
 その時、ジェームズがスネイプに対して感じたのは、気に入らない奴だ、ということだった。
 何不自由なく裕福な暮らしをしてきたジェームズにとって、脂ぎった不潔な髪にどことなく貧しさを感じる出で立ちのスネイプは、今までに接したことがないタイプの人物だった。
 さらに、彼が知り合いらしき赤毛の少女に入るように進めたのはスリザリン。純血主義の巣窟で、卒業後ほとんどが死喰い人になると言われている寮だ。
 初対面の頃から相性は最悪だった。
 それからジェームズはグリフィンドールに入り、スネイプとは対照的に学校生活を満喫していた。ジェームズには人を惹きつける力があった。成績優秀、運動神経抜群で人気者の中心人物だ。
 自分の好きに行動すれば、周りも自然と慕ってくる。
 その状況がジェームズにとって当たり前だった。
 それがあの一件で崩れ去り、ジェームズ達は打って変わって批判の的となった。
 たった一つのことでクルリと態度を変える他者への怒り。それがジェームズの感じていたことだった。
 リーマスは親友だ。それなのにこんなことに巻き込み、退学させてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。しかし、その原因を作った一番の原因はスネイプなのだ。
 思い通りに行かないことへの憤りはジェームズの中で日々高まっていた。
 幼いドーラと暮らすことで紛らわされていた黒々とした感情が渦巻き出したのだ。
 ピーターと別れる原因になったテントを燃やされた出来事。これを起こしたのはホグワーツ時代にジェームズを恨んでいた人物だ。
 誰からも認められず、ヴォルデモートに抗ってもその努力を知ってもらえず逆に攻撃されるなど理不尽すぎる。
 こんな仕打ちを受けてまで自分達がこの生活を続ける意味が無いのだ。
 今までヴォルデモートに対抗し続けてきたのは、純血主義に対する嫌悪、ドーラを守らなくてはいけないという思いや、リーマスを見つけたいという使命感からだった。
 しかし、ドーラはもう孤児院に預けている。そしてリーマスも助けられる。
 ヴォルデモートに従えば、この貧しい生活から抜け出せる。親友を探し出して、仲間に囲まれて暮らせるのだ。

 ジェームズの純血主義を憎む正義感は、衣食住が確保され、友人にも恵まれている満たされた生活を送っていたからこそ存在していたものだ。
 しかし今、ジェームズはギリギリの生活を送っている。追い詰められた時、自然と暗い感情が表に出るのは仕方ない。
 昔のような明るい生活に戻りたいという渇望。
 自分の過ちを認めたくないという思い。
 あの出来事はあまりにも大きかった。ヴォルデモートがここまで勢力を伸ばせたのは、あの事件があったからだ。
 リーマスに対する申し訳ない気持ちはあるが、自分達がヴォルデモートに加担することになったとは絶対に認めたくない。
 しかし見方を変えれば──ヴォルデモートが勢力を伸ばしたのは魔法界にとって良いことだったと思えば──自分の悩みは全て解消される。

 周りから認められたい、前のように自由に暮らしたい。
 このままヴォルデモートに逆らい続けても、誰も自分達を認めてくれない。それは前の火事ではっきりしている。
 悪いのは自分達ではない、自分達を認めなかった周りが悪いのだ。
 もう、こんな理不尽なことをしてくる人々を助ける義理はない。
 自分達はマグル生まれを守ろうとしていたのに、拒否してきた向こうが悪いのだ。あの集団がしてきたことは、死喰い人なみにひどかった。
 レギュラスは言っていたではないか「ヴォルデモートは妨げられてきた人を助ける」と。
 そうだ、妨げられてきたのはマグル生まれではない。むしろ自分達だ。
 思えばあの事件の後も自分はスリザリン生に虐められているマグル生まれの少女を助けようとしたが、相手はそれを受け入れなかったではないか。
 わざわざ助けてあげてやったというのに、あの態度は許せない。自分達には、誰にも認められないまま悪人扱いされてまで、マグル生まれを守る義務などないのだ。
 ヴォルデモート勢から嫌われていたのは、自分が相手を嫌っていたからだ。しかし他の人々は違う。自分達は友好的に接しようとしたのに、相手が拒否してきたのだ。どうなろうと自業自得だ。
 自分達を認めてくれる人々を選び、そして親友を助けよう。

「パッドフット」

 ジェームズは呼びかけた。
 マグル生まれがどうなろうと、自分の知ったことじゃない。救おうとしてやったのに撥ね付けてきた向こうが悪い。
 そんな無礼な人々を救うより、自分は親友を助けなくてはいけないのだ。
 ヴォルデモートは世の中を変えようとしてくださっている──。こうすることは、結果的にドーラにとっても良いことになるはずだ。
 自分達を受け入れない世の中など間違っている。

「プロングズ、僕は──弟と一緒に行きたい」

 シリウスはジェームズの瞳を見つめて言った。ジェームズに断られると思ったのか、少し緊張しているようだが、強い意志を持っていた。
 そんなシリウスにジェームズはにっこりと笑った。

「僕もだ」

 シリウスは驚いたようにジェームズを見た。

「当然だろ、親友を助けるのは何よりも優先すべきことだ。たとえ、その方法が今までの信条に反していたとしても」

 ジェームズは言った。
 その様子を、レギュラスは嬉しそうに見ていた。

「よかった、そう思ってくれて。じゃあ行こう。でも、その前にダイアゴン横丁にでも行く? 服がボロボロだ」

 レギュラスはシリウスの服を笑顔で指差した。魔法でも取れない赤黒い汚れがつき、ところどころ破れている。

「確かにそうだな。というか、ダイアゴン横丁はまだあるのか?」
「もちろんだよ。君達が非日常な暮らしを送っていただけで、普通に社会は回ってる」

 レギュラスの言葉通り、ダイアゴン横丁は普通にやっていた。
 それからの数時間は、思いっきり遊べてとても楽しかった。ジェームズやシリウスを責める人は一人もおらず、むしろ尊敬の眼差しで見てくる。
 こんなに幸せなら、もっと早くこうしていればよかった。
 ジェームズはそう思いながら、久々のバタービールを流し込んだ。



 *



 ダンブルドアは悩んでいた。ヴォルデモートは日々強くなっている。細々とマグル生まれを保護してきたが、勝てる気がしない。
 どうにかして、隙を見つけなければ──。

「ダンブルドア先生! どうか私に外出することを許してください!」

 “隠れ穴”の中で、アーサーはダンブルドアに懇願していた。
 妻のモリーが死喰い人に連れ去られ、アーサーが来なければ殺す、との手紙が届いたのだ。

「駄目じゃ。これは罠だ。君が行けば、服従の呪文をかけられるか、ひどい拷問にあうか……分からないが、こちらにとって不利になる」
「でも、行かなければ妻は殺されます! ずっと愛してきた……助けに行けると分かっているのに行かないなんて……」
「モリーだって、君に残って戦って欲しいはずじゃ。行けば、あいつらの仲間になる。それでいいのかね?」

 ダンブルドアは落ち着き払って言った。

「それは……それは嫌です。でも私にはモリーが……モリーの存在が必要なのです!」

 アーサーは取り乱し、息も絶え絶えだった。

「モリーとの愛は、罠だと知っていながら助けに行かないと確認し合えないほど表面的なものだったのか?」
「いいえ! どんなに離れていたって、彼女への愛は変わりません。でも、助けに行きたいと思うのは当然でしょう? もしかしたら、私を身代わりにして妻を解放してくれるかもしれない……」
「そんな生温いことはせん。行ったところで共倒れじゃ。もしも愛が本物だというのなら、行かない選択こそ大切だとわしは思う。モリーは行くことを望んでいなかったじゃろう」

 ダンブルドアははっきりと言った。
 行かない、という選択がアーサーにとって苦しい選択であろう事は分かっていた。いくら闇に堕ちようと愛する人と共にいる方が幸せなのかもしれない、とも思う。
 しかし止めるのは、ダンブルドア自身の苦い過去から来るものだった。

 昔からダンブルドアは優秀な人間だった。幾つもの賞をもらい、支持者も集めていたが、分かり合える同年代の友達はいなかった。優秀すぎて釣り合うような人がいなかったのだ。

 あの日、ダンブルドアは苦い思いで母の代わりに妹の面倒を見ていた。妹の起こした事故で、母親は亡くなってしまったのだ。
 しかし、妹のことを責めることはできない。
 妹──アリアナ・ダンブルドアは六歳の頃に魔法を使っているところをマグルの男の子に見られて襲われ、乱暴されたトラウマから魔法を制御できなくなっていた。
 母にアリアナを任せっきりにしたのは自分のせいだ。高齢だった母は魔力が爆発したアリアナを抑えきれずに、死んでしまったのだ。
 母の死によって、今まであまりにも家族に無頓着だったことに気がついたダンブルドアは、善行をしたい、という思いからアリアナの面倒を見ると宣言したのだが、内心は憤慨していた。
 自分には才能がある。輝き、栄光が欲しい。妹の世話をするなど、ただの才能の浪費だ──。

 そんな風に思っていた時に出会ったのが、たまたま近くに引っ越してきたゲラート・グリンデルバルドだ。
 彼はダンブルドア並みに優秀で、話していても楽しく、恋愛感情すら湧いていた。
 そしてダンブルドアはある大きな過ちを犯した。
 孤独だった反動からか、ダンブルドアはグリンデルバルドと火にかけた大鍋のような勢いで仲を深めていった。
 話題は“マグルの支配”だった。
 それがマグルのためになると信じていたのだ。グリンデルバルドとの愛に目がくらんでいた。
 友と語り合う時間はあまりにも楽しく、多少の良心の呵責は自分の中で押しつぶしていた。
 そしてダンブルドアは、グリンデルバルドとの話し合いに夢中になるあまり、妹を蔑ろにしてしまった。
 弟のアバーフォースは怒った。自分が面倒を見ると言っておいて、こんなことをするなど、アリアナを大切にしていたアバーフォースとしては耐えられなかったのだろう。
 そして彼は、ダンブルドアとグリンデルバルドに対し、面と向かって文句を言ったのだ。
 ダンブルドアは気を悪くした程度だったが、気の短いグリンデルバルドはそうは行かなかった。
 結局、杖を抜く三つ巴の大乱闘になり、それにパニックを起こしたアリアナは恐らく三人の間に助けに入って──死んでしまったのだ。

 “より大きな善の為に”
 それは後にマグルの支配を実行しようとしたグリンデルバルドが、スローガンとした言葉で、残虐な行為を正当化するために使われた。
 あの時、罪悪感から目を背けず、グリンデルバルドと縁を切っていれば、妹は死ななかったはずだ。
 グリデルバルドの残虐さに薄々気がついていながら、自分は自らの幸福を優先して行動してしまったのだ。

 これこそ、過去に戻れるのならやり直したい、最大の過ちだ。
 より大きな善のためだと思っていた? 家族を殺しておいて何を言う。家族すら守れなかった自分にそんなことを言う資格はない。
 自分は権力を持つべきではない人なのだ。そう思い知ったダンブルドアは、魔法大臣になってほしいという誘いを断り、ホグワーツの教師になった。
 今までの罪滅ぼしのように若い魔法使いの教育に打ち込んでいたが、結局、ダンブルドアは過ちを重ねることになった。
 あのあとグリンデルバルドはイギリスを脱出し海外で、ダンブルドアと語り合ったマグル支配の夢を叶えるために動き出した。
 逆らう者は牢獄に閉じ込め、闇の魔術を使うことを厭わず数多くの死者を出し、グリンデルバルドは恐るべき闇の魔法使いへと成り果てた。
 グリンデルバルドよりも自分は強いと知りながら、自分は彼を倒せると確信していながら、ダンブルドアはあの日アリアナを殺した事件の真相を知るのが恐ろしくて、会うのを先延ばしにした。
 その間に犠牲になった人は数知れない。

 そしてトム・リドルだ。孤児院で育った少年は、自分の幼い頃と重なった。愛を与えるべきだったのだろう。しかし自分には監視することしか出来なかった。自分に誰かを愛する資格はないと思っていたのだ。
 結果的にトム・リドルはヴォルデモートとなり、イギリス魔法界に闇をもたらした。
 ダンブルドアが愛を大切にするのは、自分がそう出来なかったからだ。出来なかったからこそ、誰よりも愛の大切さを知っていた。
 しかし、ダンブルドアはあまりにも優秀すぎた。平和の為には、何かしらの犠牲を出さなければいけないことを知っていた。
 周りには愛を解きながらも、ダンブルドア自身は非常に狡猾で策士だった。
 本当は自分も愛のままに行動したかった。しかしそれで自分は償っても償いきれないほどの過ちを犯した。
 愛は素晴らしいが、危険も伴うのだ。
 そして今、アーサーがモリーを助けに行けば、ヴォルデモートの仲間になることを強制させられるのは目に見えている。
 初めは幸せでも、いつか後悔する日が来るだろうとダンブルドアは確信していた。
 愛は大切だが、周りが見えなくなる。そのため誰かが冷静に全体を見回し、情を押し殺してコントロールしなければいけない。
 優れた人間にはそれなりの義務がある。自分は冷酷な人間だと自覚していたが、誰かがその役割を担わなければいけないのだ。その役割に一番相応しいのは自分だろう。

「愛じゃよ、愛」
「しかし……私はこの思いをどこにぶつければいいのですか? この愛と憎しみを!」
「憎しみは捨て、子供のことを考えるのじゃ。これこそ二人の愛の結晶じゃ。フレッドとジョージなど、まだ生まれたばかりではないか。彼らを健康に育てることこそ、きみが今一番すべきことじゃ」

 そう言うと、アーサーは反論しようとしたが、その気力もないようでヨロヨロと二階に上がっていった。
 ダンブルドアは大きく息を吐いた。
 この状況への打開策が思いつかないのだ。時間が経てば経つほどヴォルデモートは強くなる。唯一の弱点といえば、恐怖から従っている人も多いということだが、それにしても層が厚すぎる。
 死喰い人を何人倒そうと、ヴォルデモートを倒さなければこの時代は終わらないだろう。

「アーサー、また来るぞ」

 ダンブルドアは上に向かって声をかけると、外に出て、姿くらましした。
 “隠れ穴”には忠誠の術をかけているので、ダンブルドアが口を割らない限りここにいる子供達は安全だろう。
 そして向かったのは、弟アバーフォースのところだ。

 ダンブルドアにも一応作戦、というよりも思い描いていることはあった。
 それは、ただ可能性に賭けて願っているだけで思い通りにいく可能性は極めて低く、作戦とは言い難いのだが、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックのことだ。
 彼らはあの事件後の夏休み以来姿を消し、未だに行方不明らしい。
 あの時、自分が事件を隠蔽していれば──とダンブルドアは後悔していた。
 しかしあの時、自分は少し動揺してしまったのだ。二人は自分ほどではないが優秀だった。
 そして、自分よりはマシだが、冗談では済まされないような出来事を起こしてしまった。
 ここで自分が干渉して事件を揉み潰してしまえば、もっと悪い方向に進むかもしれない。時には反省することも大切だろう。
 自分も、アリアナが死んでいなければ、今ごろどんな暮らしを送っていたのかわからない。
 その情に流され、ダンブルドアは事件を公開することにしてしまったのだ。
 これはダンブルドアの誤算なのだが、ここまでヴォルデモートの力が及んでいるとは思っていなかった。
 そしてこんな事態になってしまったのだ。
 ダンブルドアは助けようと本気になれば、いつでもあの二人を迎えにいけた。しかしそれをしなかったのは、死喰い人を引きつけて欲しかったからだ。
 彼らは、ヴォルデモートの勢力を強めた者として今はむしろ尊敬されている。
 それなのになかなか姿を現さないのはヴォルデモートにとって不都合だ。どうにかして仲間に入れようとしてくるだろう。その間、死喰い人の矛先は彼らに向くことになる。
 そして最後、死喰い人をできるだけ道連れにして、ヴォルデモートに反抗していることを世間に示しながら死んでくれるのが、ダンブルドアの望む最高のシナリオだった。
 二人が姿を現さないことで、ヴォルデモートを好まない人々の間には、あの二人はヴォルデモートの仲間では無く、何か大きな目的があってあの事件を起こしたのではないかという希望が生まれている。
 大きな目的は無くとも、ヴォルデモート側の人間ではなかった、そして数年間生き延びたというだけで反抗する士気は高まるはずだ。
 ただ、これに関して自分は何も手出しができない。自分はただ二人の人間性を信じ、祈るだけだ。

「アバーフォース、わしじゃ」
「兄さん、ウィーズリー家はどうだった?」

 アバーフォースは杖を手入れしながら言った。

「まあ、まずまずじゃ。これからはマグルへの保護に回ろう」
「こんなことをしていて、本当に例のあの人は倒せると思っているのか? ベンジーもエメリーンもマーリンも殺された。不死鳥の騎士団はもう終わりだ。例のあの人は勝った」

 アバーフォースはやるせなく言った。

「いや、まだ終わってはおらん。小さなことから一つずつ、じゃ。まだ三人しか殺されていないじゃろう?」
「しかし、何もできていない。あの人の力は強くなり続けている」
「我々の仲間も増えている。つい先日、ラブグッドさん達が仲間になってくれた」

 ダンブルドアは陽気に言った。しかし、アバーフォースは冷たかった。

「いつもお茶目で無害な老人のフリをして。俺はお前の本性を知っている。秘密主義で、誰にも自分の過去を語らない。そりゃ、あんなことを言えば信者は離れて行くだろうからな……」
「やめてくれ、アバーフォース。あの件について話したくない。それよりも考えるべきは今後じゃ」

 ダンブルドアは笑顔を崩さなかったが、その目の奥は暗く真剣だった。アバーフォースは口を閉じた。
 あのことに触れるのを、ダンブルドアは極端に嫌う。昔からそうだ。

「アバーフォースは周りの魔法使いに説得を続けてくれ。わしはマグル街に言ってくる。そうじゃ、レモンキャンディーはいるかね?」

 ダンブルドアはポケットから大量のキャンディーを取り出した。

「俺はいらない。哀れなマグルたちに配ってやれ。もう少しで、例のあの人が侵略してくるだろうからな」
「それを阻止するためにわしらは動いているのじゃ。まだそうなるとは限らない」

 ダンブルドアはそう言うと、透明になる呪文をかけてから家を出た。
 するとそこには、いるはずのない人々が立っていた。
 随分と老け込んでいるが、それは確実に旧友であった。そして隣に立っているのは、つい数年前までホグワーツに在籍していた生徒だ。
 死喰い人が化けているのかもしれない、そう思ったが、ダンブルドアはすぐにその考えを振り払った。死喰い人が彼に化ける意味が見つからない。確実にここにいるのは本人だ。

「ゲラート……どうしてここに?」
「アルバス、こいつが私を助け出したんだ」

 ゲラート・グリデルバルドはやつれ果て、昔のハンサムさは消え失せていた。
 しかし白髪に混じる僅かな金髪と、灰色の瞳があの頃の面影を感じさせる。
 そして隣にいるのはピーター・ペティグリューだ。ジェームズとシリウスの取り巻きだった少年は、今もグリンデルバルドの陰で自信なさげに立っている。

「二人とも入るのじゃ。話をゆっくり聞こう」

ダンブルドアは静かに言った。



実際には、ヴォルデモートや死喰い人はマグル生まれをイジメてウェーイって盛り上がってるだけの集団です。
しかしそれだとジェームズとシリウスは仲間になってくれないだろうと思い、レギュラス君が必死に言葉を選び抜いて良い感じに説明しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリンデルバルド

 ゲラート・グリンデルバルド。
 北欧やアメリカを中心に勢力を振るい、ヴォルデモートが現れるまで、史上最も恐るべき闇の魔法使いとも呼ばれた人物だ。
 彼の手によって行われた大虐殺はヨーロッパの魔法使い達に大きな被害をもたらし、マグルに魔法の存在が露呈しかねない危険な事件も起きたという。
 しかし1945年、伝説的な決闘の末にダンブルドアによって倒され、かつては自分の敵が収容していたヌルメンガードに自分自身が幽閉されることになったはずだ。

 久々の旧友との再会に思考を巡らせながら、ダンブルドアは二人を家の中に案内した。

「アバーフォース、こっちに来てくれないかね。素晴らしいお客様のためじゃ」

 ダンブルドアは遠くで山羊の角を磨いているアバーフォースに向かって呼びかけた。

「お客様? また変な奴らじゃないんだろうな」

 アバーフォースはぶつぶつと文句を言う。
 先日、ゼノフィリウス・ラブグッドとパンドラ・リッチが訪れた時、二人は一言話すたびにキスをするというラブラブさを発揮し、アバーフォースはうんざりしていたのだ。

「いいや、今日は特別じゃ」

 その言葉に、アバーフォースは気乗りしないながらもリビングに向かう。
 そこにいたのは、老人と気の弱そうな青年だった。
 老人の方は、どこか見覚えがある顔だ。
 アバーフォースは今までの記憶を遡った。パブでの客ではない、魔法省の人間でもない、ホグワーツの同窓生でもない……。
 するとその時、何の前触れもなく一人の男の顔が思い浮かんだ。
 まだ若かりし頃、アルバスに近寄り、ダンブルドア家の運命を滅茶苦茶に壊した人物だ。
 自分の至った考えにアバーフォースは体を震わせた。そんなことがあって良いのだろうか。心の中に恐怖と、それ以上の怒りがこみ上げてくる。

「なぜお前がここにいる……お前はヌルメンガードに収監されているはずだ。これ以上ダンブルドア家に近づくな、グリンデルバルド。また家族を壊そうと企んでいるんだな」

 アバーフォースは詰め寄ったが、グリンデルバルドは冷静だった。

「確かに私はかつて酷い事をした。しかし変わった。三十年間というのは長い月日だ。自分が作った監獄に自らが閉じ込められる、これほどの屈辱があるだろうか? 事実、初めの頃はアルバスに志を挫かれた悔しさで一杯だった。しかしあそこでの日々は私に考える機会を与えたのだ」

 グリンデルバルドは噛みしめるように言った。
 グリンデルバルドはあの頃よりも強くなっている。アバーフォースは確信した。
 昔の横暴さが消え、若い頃のように力だけを頼りにするわけではない落ち着きが、グリンデルバルドには備わっていた。

「しかし……お前のような悪人がそう簡単に変われるわけがない。反省してるのだとすれば、何故脱獄してここにいるのだ?」

 アバーフォースは引き下がらなかった。
 妹を死なせてしまったことへの後悔。二度と同じことを起こさせまいという決意。簡単に許すわけにはいかないのだ。
 グリンデルバルドは重く頷いた。

「そう言うのも無理はない。今、どんな言葉を使ったとしても私のことを信じてはくれないだろう。しかし信用して欲しいのだ。一月、いや一週間でも良い。そうすれば私が変わったということを必ず証明してみせよう」

 グリンデルバルドの言葉は嘘ではなさそうだった。
 アバーフォースはアリアナの肖像画に目をやった。妹はこの状況をどう思うだろうか。かつて一家をバラバラにした張本人をあっさり仲間に入れて怒りはしないだろうか。
 アバーフォースはゆっくりと息を吐き出し、心を落ち着かせた。
 グリンデルバルドの冷静な態度に、自分だけが喚いていては無様だと思ったのだ。

「しかし、なぜここに来られたんだ?」
「それはこいつに聞くんだな。興味深い話を聞かせてくれる」

 グリンデルバルドはピーターを肘で突く。
 ピーターは皆の視線が集まっているのを感じ、モジモジとテーブルを爪で掻きながら話し出した。

「あれは……六年生になる夏、僕がホグワーツに向かおうとしている時にジェームズとシリウスに会ったんです」
「彼らとは仲がよかったのう」

 ダンブルドアは懐かしむように目をつぶった。

「はい、それで……」

 ピーターはそれからのことを話しだした。整理しながら慎重に話していると、自分の過去が蘇ってくる。


 ピーターは魔法使いの家に生まれ、普通にホグワーツに入学した。
 初めてのホグワーツ特急には、近所に住む年上の子が気を使って同じコンパーメントに乗ってくれたのだが、話が弾まなくて気まずい時間を過ごしていた。
 そんな時だ、廊下を通る明るい二人の声が聞こえてきたのは。
 どちらも黒髪だが、一人はとてもハンサムで、もう一人はくしゃくしゃの髪に丸眼鏡をかけている。
 きっと先輩だろう。ピーターの目には二人が輝いて見えた。ホグワーツにはこんな素晴らしい先輩がいるのとかと思うと、胸が高鳴ってくる。

 しかしそうでないことが分かったのはボートに乗った時だ。
 ホグズミード駅からホグワーツ城まで、新入生だけはボートで移動する。
 その時たまたま自分と一緒に乗っていたのが、あの二人だったのだ。
 そのことに気がついてピーターは驚いた。何か話したいと思ったがどうでもいいことを話してつまらない奴だと思われたくない。かと言って無言なのも駄目だろう。
 緊張するピーターに気さくに話しかけてくれたのは丸眼鏡の少年の方だった。

「ホグワーツはもうすぐだな。来年からはボートじゃなくて馬車で移動するから、今のうちに満喫しておいた方が良いんだってさ。そういえば君はどこの寮に入りたいのかい?」
「ぼ、僕? うーん、まだ決めてないや」

 しどろもどろに返すピーターに少年は笑顔で言った。

「僕は絶対にグリフィンドールだな。勇気あるものが住まう寮!」
「グリフィンドール……」

 現校長のダンブルドアがグリフィンドール出身だったはずだ。
 そんな素晴らしい寮が自分に合うのだろうか。

「きっとあの塔がグリフィンドール寮だぜ」

 ハンサムな方の少年が東にある高い塔を指差した。
 あそこで生活できたら気持ち良いだろうな、とピーターは思った。

「それにしてもすっかり夜になったね。僕の家はキングズ・クロス駅よりもずっとホグワーツに近いんだ。大回りも良いところだよ」
「僕の家はロンドンだから丁度いいな」
「僕はその中間」

 ピーターが言うと、二人は笑った。

「みんなバラバラじゃないか」

 ハンサムな少年が面白そうに手を叩く。
 二人と会話するのはとても楽しかった。初めて出会ったとは思えないぐらい、自然に話せるのだ。
 あっという間にホグワーツ城に着いてしまったが、もっと二人と話していたかったと思うぐらいだった。

 それから新入生を待っていたのは組み分けの儀式だった。一人ずつ名前を呼ばれ、前に出て組み分け帽子を被るのだ。
 ハンサムな少年はシリウス・ブラックというらしく、グリフィンドールに組み分けされた。
 スリザリンから溜息が漏れたのは、それだけ欲しい人物だったということだろうか。
 そして半分以上の組み分けが終わり、副校長のマグゴナガルがピーターの名前を呼んだ。

「緊張するなよ!」

 ドキドキするピーターの肩を、いつの間にか隣に来ていた丸眼鏡の少年が叩いた。
 ピーターは嬉しく思い、余計に顔を赤らめて前に出た。
 組み分け帽子を被ると、まるで直接脳に話しかけてくるような声が響いてきた。

『ピーター・ペティグリュー。君は追い詰められた時には素晴らしい決断と行動をすることができる。ただ、これを勇気というかどうかは難しい』
「僕、そもそも決断力も行動力もありません。普通だから……」
『普通と思っているのならそれは間違いだな。力は十分備わっている。生かすも殺すも君次第だ』

 ピーターの中に少し自信が湧いてきた。
 あの二人はグリフィンドールに入りたいと言っていた。
 自分も同じ寮に入ることが出来たら──。

「あの、僕がグリフィンドールに入ることは出来ますか?」
『もちろん。君が強くそれを望むのならそうしよう』
「僕、グリフィンドールに入りたいです」
『そうか。なら……グリフィンドール!!』

 組み分け帽子は叫んだ。グリフィンドールから歓声が上がる。それが新入生全員に浴びせられるものだとは知りながら、ピーターは嬉しかった。
 丸眼鏡の少年の方を見ると、嬉しそうにピーターに向かって拍手している。その姿は、心の底から自分がグリフィンドールに入ったことを喜んでくれているようだった。

「良かったな、グリフィンドールに入れて」
「あ、ありがとう!」

 シリウスの前に腰掛けながらピーターは大きな声で言った。

 それからすぐにその少年の名前は呼ばれた。彼の名前はジェームズ・ポッター。
 もちろんグリフィンドールに組み分けされ、ピーターは思いっきり手を叩いた。

 それからの夕食でジェームズとシリウスは自然と新入生の中心になっていた。何気ない動作でも、二人がするとずっと格好良く見える。
 何気ない会話で新入生達を和ませながら、たまに二人でヒソヒソと話し合う。そのミステリアスな様子が余計に周りの興味を引いた。
 夕食が終わり、寮に帰る時間帯になると、二人は輪を離れて物陰に隠れながらダンブルドアの元に近づいた。
 どうしたのだろう、と新入生達が振り返ったその瞬間、二人はダンブルドアに向けて杖を振った。
 途端に、ダンブルドアの髭、眉毛、髪、いたるところの毛がピンク色に染まる。
 その姿が面白くて、ピーターは思わず吹き出した。
 ダンブルドアもコミカルに驚いてみせ、その場がさらに大きな笑いに包まれる。

「ハゲなくて良かったと思っていたのじゃが、まさかこんなことになるとはのう」

 ダンブルドアはぺろっと舌を出した。

「ダンブルドア先生? 入学早々こんなことをした生徒は初めてですわ!」
「まあミネルバ、今回は良しとしようじゃないか。パーティーには笑いが必要じゃ」
「ダンブルドア先生がそう言うのなら良しとしましょう。ではダンブルドア先生、早く戻して頂けないですか? 私、笑ってしまいそうで……」

 マグゴナガルは厳しい表情をガラリと変え、笑いを堪える。

「いやー、わしはこの色が気に入ってしまってのう。もう少しこのままではダメかね?」
「ダメです!」

 マグゴナガルの声に、ダンブルドアは渋々魔法を解く。
 その様子がまた面白く、ピーターはホグワーツに来て良かったと深く思った。

 それから寮に戻ると、ピーターにはさらに嬉しいことが待っていた。あの二人と同じ部屋になることが出来たのだ。

「ここの部屋か? 良い眺めじゃないか」

 シリウスはカーテンを開け、ホグワーツの湖を見下ろした。
 そこはとても美しい景色だった。
 空には満天の星が広がり、まるでホグワーツに入学した自分を祝ってくれているように見える。
 ピーターは今日が一番幸せな日になるに違いないと思いながら、ニッコリと笑った。

 それから授業が始まり、二人が天才だ、ということをピーターは実感した。
 どの教科も完璧なのだ。薬草学の細かな知識から呪文学の実技まで、二人にできないことは何もない。
 ジェームズは運動神経抜群で、クィディッチのエース。シリウスはその容姿と様になる仕草で女生徒から大人気。
 ピーターは二人を尊敬しきっていた。

 五年生の終わり頃、シリウスがスネイプにリーマスの居場所を教えた時も、何も気がつかなかった自分に対し、ジェームズは直ぐにそれの意味することを察知して果敢に助けに行った。
 その後、周りの生徒から責められても「あれはシリウスのやったことだから関係ない」とは、周りに対して一切言わなかった。
 素晴らしい人物だ。
 しかし、ピーターの心は一年生の時ほど澄んではいなかった。
 このまま二人といれば、もっと責められるかもしれない。もしかしたら、退学になるかもしれない。
 あの二人なら何でも乗り越えられるだろうが、自分は無理だ。
 そしてピーターは、保身のために二人と距離を置くことにした。
 初めは上手くいっていた。ルームメイトである以上全く関わらないというのは無理だが、一緒にいる時間は確実に減った。
 校長がドロホフになったのは心配だが、二人と共に行動せず、目立たないようにすれば大丈夫だろう。
 しかし新学期が始まる少し前、ピーターの元に二人が訪れてしまったのだ。
 学校に行かずリーマスを探しに行くのだという。
 本心では断りたかったが、ピーターは二人について行くことに決めた。断る勇気が無かったのだ。

 それからの暮らしで、ピーターは自分の意外な才能に気がついた。幼い子と遊ぶのが得意なのだ。
 二人は自分よりもずっと優秀だけれど、ドーラとの繋がりはピーターの方が確実に強い自信があった。
 初めてあの二人よりも出来ることが自分にもあると分かり、ピーターはちょっぴり勇気が湧いてきた。ドーラを守ってあげたいと思うようになったのだ。
 それと同時に、自分達と一緒にいると危険なので早くどこかに預けるべきだとも薄々感じていた。
 しかし、結局それを言い出したのはシリウスだった。
 もしも預け先が酷い家だったら、もしも死喰い人がそこに襲撃してきたら……。そう思うと、そんな大きな決断が自分の言葉によって行われるなんて耐えられなかったのだ。

 ドーラを預けてから、ピーターの勇気は萎んでいき、不安だけが心に残った。
 ホグワーツにいる頃は誰よりも賢くて強かった二人だが、外にはもっと恐ろしい敵がいる。
 ピーターとしては「例のあの人」に従いたい気持ちでいっぱいだったが、二人が側にいてそんなことを言い出すのは不可能だ。
 どうしようかと悩んでいた時、ピーターはジェームズの鞄の中からある日記を見つけた。それはレイブンクロー生のものだった。
 ──今、ジェームズとシリウスは街に出ている。見るなら今がチャンスだ。
 勝手に覗いてはいけないと思いながらも、ピーターは恐る恐る日記を開く。
 すると、日記を書いているのはドミニカという少女で、彼女の家族は『例のあの人』の味方らしい、ということが分かった。
 この人と連絡が取りたい、とピーターは思った。
 名前が分かったのでこっそり手紙を書こうとも思ったが、信頼できるフクロウがいないので出来ないだろう。
 どうにか良い手段はないのかと、ピーターは時間を見つけて日記を隅から隅まで読み漁り、何か仕掛けはないのかと調べ尽くした。
 そして暫くして、ピーターは発見した。
 この日記の後ろから三番目のページに書き込むと、その文字が別の日記──ドミニカの妹の日記に浮かび上がるようになっていたのだ。
 ピーターが事情を説明して助けを求めると、ドミニカはすぐに了承してくれた。
 作戦は、ドミニカがこっそりテントに火をつけ、そのどさくさに紛れて一緒に姿くらましするというものだ。
 ピーターは自分達の居場所を日記で教え続けた。
 そして決行の日、予定通りにドミニカはやってきて、放火した。
 ピーターは誰よりも早く一目散に逃げ出したが、そこで計画は狂うことになる。
 なぜかドミニカが攻撃してきたのだ。ピーターは必死に自分が日記でやり取りをしていた相手だと伝えたが彼女の反応は薄く、「闇の帝王は裏切り者など欲していない」とだけ言った。

 結局、ピーターもドミニカに騙されていたのだ。
 ヴォルデモートの十分に力は広がっている。自分のような存在など、わざわざ仲間に入れる必要はなく、ジェームズとシリウスの居場所を知るために使われただけに過ぎなかったのだ。
 万が一、自分が二人を裏切ろうとしていたことをドミニカに言われたりすればどうなるかわからない。
 どうしようもない状況に陥り、ピーターは賭けに出ることにした。
『自分を守ってくれる強い人のところに行きたい』そう強く願いながら、姿くらまししたのだ。
 組み分け帽子の言っていることは正しかった。
 追い詰められた状況下でピーターの力は覚醒し、その決断の迷いのなさと完璧な回転姿勢で姿くらましを見事に成功させた。


 上空に姿あらわししたピーターは、10メートルほど落ちて地面に着地した。
 辿り着いたのは不気味な監獄だった。周りは崖で、姿くらましで疲れきったピーターにはとても降りられそうにない。
 目の前には黒色に塗られた冷たい独房があり、錆びれた鉄格子の中に一人の男が屈んでいる。
 彼は突然の訪問者であるピーターを獣のような眼光で睨んでいた。

「あの……僕は急にここに来てしまって……。その、助けて欲しいと思ったんですけど……」

 ピーターはしどろもどろに言った。
 この相手が救世主であるようには見えなかったが、近くにはこの人しかいなかったのだ。

「名を名乗れ」

 男は短く言った。

「あっ、ピーター・ペティグリューです! イギリス西部から来ました。『例のあの人』が魔法界を支配していて、助けて欲しいと思ったらここに来ていたんです……」

 イギリス、という言葉を聞いた瞬間、相手の口元はピクリと動いた。

「イギリスか……。私もイギリス魔法界が荒れているという噂は聞いたことがある。魔法大臣が機密保持法を破ろうとしているらしいな」
「そうなんです! 歯向かう者は皆殺しにして、それに国境にバリアを張って逃げられないようにしているんです」
「お前、ここがどこかわかっているか?」
「え……イギリスのどこかじゃないんですか?」
「違う、ここはドイツだ」

 ピーターは驚いた。まさか、そんな遠くまで来ていたなんて。

「壁の文字を見てみろ?」

 男は言った。ピーターは後ろに下がって壁を見た。さっきは気がつかなかったが、そこには大きく文字が彫られていた。

For the Greater Good(より大きな善の為に)……?」

 どこかで聞いたことがある言葉だ。
 魔法史の授業中、幽霊のビンズによる教科書丸読みタイム──ピーター達は悪戯を考える時間に使っていた──時に、そんな言葉を微かに耳に入れたような気がする。

「このスローガンを掲げていたのはゲラード・グリンデルバルドだった……。ヨーロッパで人々を恐怖に貶めた魔法使いだって教わりました。じゃあここはヌルメンガード?」

 ピーターは頭をフル回転させながら言った。

「でも、なぜここに来られたんだろう? イギリスから出られないはずなのに……」
「それはお前が国外に出たいとちっとも思っていなかったからだ。あのバリアは、国外に出たいという思いを感知して作動する」
「そうだったんですか! でも……なんであなたがそんなに詳しいのですか?」

 ピーターは首をひねった。

「それは私が昔、同じ方法を使っていたからだ」

 ピーターはその時初めて、目の前にいる男がグリンデルバルドだと気がついた。

「あ、あなたはもしかして……」
「そうだ。私がゲラート・グリンデルバルドだ」
「ごめんなさい、僕、気がつかなくて」

 それからの話で、グリンデルバルドはどうやら今までの行いを反省しているらしいと分かった。
 ピーターがヴォルデモートのやっていることを話すと、その中にはグリンデルバルドがかつて行なっていた政策に酷似しているものがいくつもあるという。

「私なら彼を止められるかもしれない。どうか、私を信用してくれないか?」

 グリンデルバルドの言葉にピーターは頷いた。
 そして共にダンブルドアの家にやって来たのだ。


 ──裏切ろうとしたことは伏せたものの、それ以外のことをピーターはすっかり話した。

「わしとしてはにわか信じられんのう」

 ダンブルドアは苦しげに言った。そこにいつもの陽気さはなく、疲れ切った老人のようだった。
 しかし本当に信じていないのなら、そもそも彼を家に入れなかったはずだ。
 ダンブルドアの心中は複雑だった。

 今、かつての友は再び帰ってきた。
 ピーターの話したことが本当ならば、それはとても歓迎すべきことなのだろう。
 しかし、あの頃から年月を重ね、簡単に人を信じるのはどんなに愚かなことかダンブルドアは身を以て知っていた。
 他人には愛を説き、自分を信じることを求めていながら、ゲラートとの失敗が尾を引いていたダンブルドアは心から人を信じたことがなかった。
 あの時のように裏切られるのが恐ろしかったのだ。その恐怖を拭うにはもう一度やり直すしかないだろう。
 ダンブルドアにとって人生の中で親友と思えた人物は目の前の彼しかいない。彼を信じなくて誰を信じるというのだ。
 
「わしは信じるとしよう。ゲラート、どうか協力してほしい」

 二人の間に言葉などいらなかった。
 ホグワーツの教師として生きてきたダンブルドア。
 ヌルメンガードで囚人として生きてきたグリンデルバルド。
 伝説的な決闘から33年。
 ホグズミード村の小さな家で、今世紀最強と言われた二人の魔法使いは強く手を握り合った。




ジェームズはピーターから見れば何でもできる天才です。
ハリーロンハーマイオニーってとてもバランスが良い三人組ですよねー。
運動神経と閃きのハリー、頭脳系はハーマイオニー、ムードメーカーのロン。
互いに補い合っているのでずっと仲良く出来ていたんでしょう(。・ω・。)
親世代の場合、この全ての役割+フレッドジョージ的要素までジェームズが持っていたので、本人は全く意図していなかったとしても中心的存在とその取り巻きみたいな構図になっているところがあったのだと思います。
ジェームズがピーターの裏切りに全く気がつかなかったのはスネイプに気を取られていたからです!
シリウスはスネイプかリリーの事しか話さないジェームズに若干イライラして自分に気を引かせたいと頑張っていたので、ピーターのことなど視界に入っていませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリモールド・プレイス

最後の方でリリーとスネイプが出てきます





 シリウス、ジェームズ、レギュラスの三人はグリモールドプレイスに向かっていた。

 シリウスの中にあるのは正義感ただ一つだった。
 リーマスにスネイプを襲わせたのは悪くないはずだ、という思いは変わっていない。
 どんな物語だって、正義が悪を倒した時に咎められたりはせず、むしろ感謝されるだろう。それと同じだ。
 それなのに、何故か批判される。その事実はシリウスにとって理解し難いことだった。
 だからレギュラスが来て、悪いのは狼人間を差別している人々だと伝えられた時、それが正しいと思った。
 シリウスは根っからのグリフィンドール生だ。
 自分が正しいと思うこと、正義だと思うことのために行動する。
 普通の人なら今まで不仲だった家族の元に戻るなど気が重いだろうが、シリウスの中にそのような気持ちは全くなかった。
 昔は家族を嫌っていたが、今は仲間として受け入れる人物へと変化したので戻る。ただそれだけだ。気まずさなど一欠片もない。

「レギュラス、君は今まで何をしてたのかい?」

 ジェームズが快活に問いかける。

「マグル界の偵察です。できる限り平和にことが進められるように情報を集めていました」
「別に敬語じゃなくて良いぜ。それにしても君が来てくれて本当に助かったよ。今まで考えてもいなかったことを気づかせてくれた。マグル生まれなんて考えてみれば別に僕達が助ける必要はないじゃないか」
「そうだな。もっと早く気付けば良かったぜ。そうすれば無駄な争いは無くて済んだかもしれない……」

 シリウスはわざと悩んでいる様子で言った。

「大丈夫、結果的に今、僕達はここにいるんだ。若い頃は誰だって間違えるものさ」

 ジェームズは自信に満ち溢れた声で言う。
 これでこそジェームズらしい、とシリウスは思った。
 ここ最近ジェームズはスネイプの事ばかり考えているようで、シリウスとしてはかなり不満だった。
 シリウスがスネイプを虐めていたのは、何となくそこにいたからにすぎない。学校を離れ、スネイプと顔を合わせる機会はなくなってからも話すほど価値のある人ではないはずだ。
 しかしレギュラスが来たことで、ホグワーツにいた頃のジェームズらしさが戻っている。
 やはりこれでこそ悪戯仕掛け人らしい。

「ここです」

 レギュラスが着いたのは、マグル街の中心部にある家だった。

「純血主義なのに、マグルの近くで暮らしているのかい?」
「先祖が美しい建物を望んだんです。ここに住んでいたマグルを追い出して住むことにしたらしいですよ」

 レギュラスは説明しながらドアを開ける。するとすぐに屋敷しもべ妖精が飛んで来た。

「坊っちゃま、おかえりなさいませ。お荷物をお預かり致しましょう」

 クリーチャーはうやうやしくレギュラスに対して敬礼した。

「今回はいいよ、クリーチャー。それよりもジェームズさんを部屋に案内して欲しいんだ」
「ジェームズ……私めはその名前を聞いたことがあります。それに……シリウス様もいらっしゃる?」

 クリーチャーは初めて二人の存在に気がつき、驚愕で目を見開いた。

「二人にも良くやってほしいんだ」
「も、もちろん、ご主人様の命令であれば何でも致します」

 クリーチャーは慌てて姿勢を正した。

「宜しく、クリーチャー。今日からここで暮らすことになったんだ」

 ジェームズは優しくクリーチャーに語りかける。
 その瞬間、クリーチャーはジェームズに何とも言えない魅力を感じた。この人とは仲良くするべきだ、と。
 容姿、クィディッチの才能、賢さ、魔法の才能……生まれ持った才能はたくさんあったが、その中でも特に優れていたことがある。周囲に、この人なら信頼してついて行きたいと思わせるカリスマ性。
 良く見せようと思えば、ジェームズはいくらでも良い人間になることができた。

「宜しく御願い致します、ジェームズ・ポッター様。お部屋にご案内致しましょう。シリウス様も」

 クリーチャーは二人に対して丁寧にお辞儀する。
 シリウスは侮蔑的にクリーチャーを見下ろした。

「ありがとう、クリーチャー。でも、部屋に行く前に他の家族に挨拶をしにいかなくていいのかい?」

 ジェームズは微笑みながら言う。

「奥様と旦那様は魔法省にいらっしゃいます。一度荷物を置いてから、すぐにそこに出掛けましょう!」

 案内された部屋はシックな雰囲気にまとめられていた。一つ一つの家具は高価そうだが、内装は黒を基調とした非常にシンプルなものだ。

「パッドフット、何で君はそんなに冷たいんだい?」

 ジェームズは部屋に入ってきたシリウスに呆れた目線を送った。

「何がだ?」
「クリーチャーに対する態度」
「昔からこうだ。しもべ妖精なんて汚らわしい生物、ひどく扱ってなんぼだぜ」
「でも、クリーチャーはとても親切で優しそうな奴じゃないか。なぜ受け入れられないんだい?」

 ジェームズは荷物を整理しながら言う。

「今までのあいつの態度を知らないからそんなことが言えるんだ。あいつが昔、僕にやった仕打ちといえば……」
「そうかもしれない。でも、そもそも君が反抗的じゃなかったら、もっとクリーチャーも仲良くしてくれていたかもしれないよ。一度白紙からやり直してみるというのはどうかい?」
「それならお前だってスニベルスの事をいつまでも──」
「とにかく、僕はクリーチャーのことが気に入ってるよ。さあ、早く魔法省に行く準備をしてきなよ」

 シリウスの言葉を遮ってジェームズは強引に会話を締める。
 シリウスは訳がわからない、という目でジェームズを見ながら部屋を出ていった。

 ドアが開き、クリーチャーは慌ててドアの裏側に隠れた。
 どうしても気になって、今までの会話を盗み聞きしていたのだ。
 ジェームズの言葉を反芻して、クリーチャーは感動に涙を堪えた。
 血筋、性格全てがブラック家の友人になるに相応しい。
 シリウスを闇の帝王側に連れ戻してくれたのは彼だろう。
 奥様はシリウスの態度に日々気を揉み、心を痛ませ、いつかシリウスがブラック家らしい人になってほしいと願っていた。
 レギュラスはシリウスが戻ってきて家族が円満に過ごせることを何よりも望んでいた。
 彼はブラック家の願いを叶え、どこかずれていた家族の気持ちを再び一つにしてくれたのだ。
 ブラック家が幸福に暮らすのを見るのは、クリーチャーにとって何よりも幸せなことだった。

 咽び泣くような声と小さな足音を聞きながら、ジェームズは満足そうに立ち上がった。
 ジェームズは目立ち、周りから一目置かれる存在になりたい、という欲求が非常に強かった。
 そのために今するべきことは、しっかりと仲間を作り自分の存在を受け入れてもらうことだろうとジェームズは考えていた。
 屋敷しもべ妖精は軽視されている存在だが、能力的にはかなり優秀な部類に入る。
 しかし性格は非常に単純──きっと、自分とブラック家にとって有利な人間を尊敬する──はずなので、味方につけるには容易いだろう。そう思って露骨に芝居を打ってみたのだが、効果は抜群だったようだ。


 *


 レギュラスに連れられ、ジェームズ達は魔法省に到着した。
 ホールには黒い石造りの像が置かれ、その場を圧している。
 苦しみもがくマグルの上に大きな石の板が乗せられ、その上に偉そうな顔をしたローブ姿の魔法使いが立っている像を、ジェームズは一瞥する。
 マグルの姿がどことなくニンファドーラと重なったことに、ジェームズは自分でも驚いた。
 なぜそんなことを思ってしまったのだろう。今していることは、結果的にニンファドーラにとってもプラスになるはずだ。

 ホールにいる魔法使いはみな足早に走り去っていくが、ジェームズ達の姿を見ると立ち止まって頭を下げた。
 悪い気はしない。

「この七階でブラック家は会議しています」
「もう早く行こうぜ」

 シリウスが早々とエレベーターの方に向かう。

「六階」

 レギュラスがエレベーターガールに向かって普段よりも低い声で言う。
 女性が天井からぶら下がっている紐を引くと、エレベーターは上がっていった。

 六階はホールよりもずっと豪華だった。シルクで出来た真紅の絨毯、煌びやかな宝石が美しいシャンデリア、壁に掛けられた偉人の肖像画。

「上に上がるほど豪華さは増します。七階より上は純血しか立ち入ることができません」
「で、このどこにブラック家がいるんだ?」
「兄上、大きな声を出さないで下さい。ブラック家以外にもゴイル家やマルフォイ家など、様々な名家が集まっているんですよ」
「兄上なんて久々だな。なんだ、カッコつけてるのか?」

 シリウスはレギュラスをからかった。

「そんな話し方をすれば純血の品位が疑われます。さっきの歩き方もですが、もっと特訓しなければ表を歩くことすら許されませんよ」
「僕は合格かい?」
「ジェームズさんはオーケーです」
「ほーらね、僕の方が優れてるんだ」

 ジェームズはシリウスにウインクする。

「いや、それはないぜ。レギュラス、こんな態度で本当にいいのか?」

 褒められたことで気分が乗ったのか、肖像画にちょっかいを出しはじめたジェームズをシリウスは指差した。

「……前言撤回です。帰ったらすぐに二人とも特訓しましょう」
「待ってくれ、さすがにパッドフットと同じにはされたくないな……」

 ジェームズは眉をひそめた。

「いや、同じようなもんさ。レギュラスがそう言ってるんだからな!」
「二人とも、大きな声を出さないで下さい」
「でも、こんなに豪華なんだから防音ぐらいしてるだろ?」

 シリウスはターンしてレギュラスの方を見た。

「それはしていますけど……そういう問題じゃないんです。さあ、着きましたよ」
「めんどくさいな、本当に顔を合わせないと駄目か?」

 シリウスは気怠そうに言った。

「ブラック家は兄上を歓迎しています。何も心配することはないですよ」

 レギュラスがドアをノックすると、すぐに番人が出てきてドアを開ける。

「パッドフット、ちょっと聞いてよ」

 部屋に入る直前、ジェームズはシリウスに囁いた。


 *


 そこはとても厳格な雰囲気の部屋だった。
 中央に置かれた大理石のテーブルを囲む人々は、ジェームズとシリウスの方を一斉に振り向く。
 その威圧感にジェームズは驚いたが、すぐに彼らは表情を和らげる。
 シリウスは家族をどことなく高慢そうに見下ろした。
 昔はあれほど嫌っていた家族も今見るとそう悪くは思えないな、などと上から目線で考えていたシリウスに対し、父親が口を開いた。

「よく来たな」
「ええ、父上」

 シリウスは自然体で言った。

「さて、闇の帝王に忠誠を誓う覚悟はあるか?」
「ええ、いつでも」

 その瞬間、オリオンは素早く立ち上がるとシリウスとジェームズのローブの袖をめくり上げ、杖を押し付けた。

「その魔法は闇の帝王しか使えないのでは?」

 ジェームズは思わず驚きを滲ませた。

「何か不都合なことでもあるのか、ミスター・ポッター?」
「いいえ、何もありません。ただ、そうなると事前に知っていればもっと手入れしてきたでしょう。ここにまだ怪我の痕が残っている」

 ジェームズは笑顔で言った。

「そうだな。しかし事前に言えば逃げ出すかもしれないだろう?」

 オリオンは嫌らしそうに口元を歪める。
 ジェームズは笑顔のまま瞬きもせずにオリオンの目を見つめた。
 十秒後、オリオンはジェームズから視線を外した。

「まあ、気変わりしないといいがな」
「もちろんですよ」

 ジェームズは頷いた。

 それからオリオンは羊皮紙に何か書き留め、立ち上がった。それが解散の合図だったようで、みな一斉に席を立ってドアに向かう。

「ジェームズさん、行きましょう」

 レギュラスが小声で言った。
 オリオンだけは部屋を出てさらに奥に向かったが、他の家族はさっきジェームズ達が来た道を無言で戻っていく。

「こんなに早く終わらせていいのか?」

 空気を読まないシリウスが言った。ジェームズはロープの下でシリウスの足を踏んだ。

「三語以内で話せっていったじゃないか。君はいつも余計なことを喋るから」
「もう話し合いは終わったんだ。いいだろ?」
「よくないさ」

ジェームズとシリウスはできる限り低い声で言い合った。

「お願いですから今は静かにしていて下さい。家に着いたら説明します」

 レギュラスは早口で言った。
 その鬼気迫る表情にシリウスとジェームズはおとなしくなって、エレベーターに乗り込んだ。



 特殊な煙突飛行ネットワークを使って家に着くと、さっきまで真剣な表情だった彼らが、一斉にリラックスし始めた。

「あーもう疲れた! 今日もまた直接会わせてくれないなんてあの方も冷淡だ」

 ベラトリックスは乱暴にソファのクッションをのけて座った。

「また一週間したらチャンスはありますよ」
「あなた方は毎週集まっているのですか?」

 ジェームズは聞いた。

「ああ、毎週土曜日にね」
「でも、なぜわざわざ魔法省に?」
「七階から上の部屋は闇の帝王が監視なさっているんだよ。純血らしく、上品に丁寧に美しく、があの方の望みだ。私達はそれに応えなければいけないんだよ」

 ベラトリックスはクリーチャーからファイア・ウィスキーを受け取りながら言った。

「お前は直接話す価値もない人間として見られてるってことだな」

 シリウスは面白そうに嘲る。

「シリウス、お前は黙ってな。急に戻ってきて、私が親愛なる従兄弟よ、なんて言うと思ったかい?」
「ベラ! シリウス・ブラックも口を慎みなさい」

 ベラトリックスの母ドゥルーエラが叱るが、二人は聞く耳持たずだった。
 シリウスは面白そうに杖を弄った。

「やるか?」
「ああ、いつでも相手してやるよ」

 ベラトリックスはファイア・ウィスキーを一口で飲み干すと、ローブの内側から大きくしなった杖を取り出した。

「決闘するのはいいが、後片付けは二人でやるんだ」

 シグナスはそう言い残すと部屋を出た。

「決闘は止めないのがブラック家のしきたりです」
「そんなことをしてたら部屋がすぐにボロボロにならないか?」
「決闘の後は元の倍綺麗にして部屋を返す、という決まりがあります。五分の決闘でも掃除は四時間ほどかかるようですよ」

 その声にシリウスもベラトリックスもピクリと反応する。
 二人はしばらく睨み合っていたが、ベラトリックスがはじめに杖を離した。

「こんなに疲れている時に掃除するのはごめんだね」

 ベラトリックスは煙突飛行粉を掴むと、暖炉に入っていなくなった。

「彼女はここに住んでいないのかい?」
「今、叔父家族は別荘に住んでいます。ずっと一緒にいるとそれだけ仲間割れも多くなるので」
「確かにそれは正しいかもな」

 ジェームズは壁に掛けられた家系図のタペストリーの焼け焦げを指でなぞった。
 ブラック家にとって不都合な人は家系図から抹消されてしまうのだ。
 ところどころ──決して少ないとは言えない数の焦げ跡が、ブラック家間の争いの深さを物語っていた。



 それから数ヶ月が経ち、秋の涼しさが顔を見せ始めた頃、ジェームズとシリウスは意気揚々と出かける準備をしていた。
 ヴォルデモートが魔法大臣になってからの数ヶ月は、マグル生まれへの反感を高め民衆をまとめるための準備期間にすぎなかった。
 今、ついにマグル生まれの一斉排除が決まったのだ。

「ベラ、僕のハンカチを知らないかい?」
「紺色のならさっきクリーチャーが干していたよ」

 たまたまジェームズの部屋に来ていたベラトリックスは言った。
 話す前は絶対に合わないと思われた人物でも、接してみれば意外と相性が良い、ということはしばしばある。
 ジェームズとベラトリックスはまさにそれだった。

「僕のなら貸してやるぜ」
「いや、予備が沢山あるから大丈夫だ」
「ジェームズ、私はルシウスのところに行ってくるよ」
「ああ」

 ベラトリックスは部屋を出た。

「それにしても、ムーニーは中々見つからないな」
「まあ、どこかで匿ってもらっているのかもしれないぜ」

 二人はリーマスが死喰い人になっていることを知らない。
 そのためどこかに隠れているのだろうと思い、合間を縫っては手紙を出したり、魔法を使ったりして探しているのだが当然見つかっていなかった。

「それより、お前はなぜアズカバンに行こうとしてるんだ?」

 アズカバンとは前まで監獄として使われていて、今はマグル生まれが収容されることになった場所である。

「あそこの看守に話してくるんだ。リリーを見つけたら連絡するようにって」

 ジェームズは何てことなさそうに言った。
 会わなくなって何年も経つが、ジェームズはリリーのことを忘れていなかった。むしろ毎晩思っていたほどだ。
 ベラトリックスは美しく色気があり素敵だが、所詮はただの暇つぶしだ。相手もそう思っているだろう。
 ジェームズが真に愛するのは永遠にリリー、ただ一人である。あの赤毛、アーモンド形の緑色の瞳、細くて柔らかい手足。全てがジェームズの心に焼き付いて離れない。
 絶対に彼女を自分のものにしてみせる。どんな手段を使ってでも。

 なぜなら、リリーを一番愛しているのは自分なのだから。


 *


 リリー・エバンズは実家近くのアパートを借りて、セブルスとともに住んでいた。
 ホグワーツでの暮らしは最悪だった。少し間違えただけで親の仇のように大量に減点される。身に覚えのない罪を着せられることや、せっかく終わらせた宿題を盗まれることも多く、マグル生まれに関われば自分の身も危険だと思ったのか周りの人も離れていった。
 しかしリリーは、セブルスに勉強を教えるためにホグワーツに通い続けた。
 そして今年の六月にやっとホグワーツを卒業し、リリーはセブルスと共にマグル界に戻ることを決めた。勉強したことが役に立たないのは残念だが、魔法界いるのはもう懲り懲りだと思ったのだ。
 しかし魔法界で暮らしてきたリリーにとって、マグル界で職を探すのは大変だった。そんな時に助けてくれたのが姉のペチュニアだ。
 リリーの疲れ切った様子を見たペチュニアは魔法界が夢のような場所ではないと知って、リリーに協力してくれるようになったのだ。
 リリーはペチュニアの知り合いが経営している本屋で働くことになった。給料は安いが優しい人ばかりの職場で、リリーはとても幸せだった。
 セブルスは狼人間なので表立って働くことはできないが、魔法薬を作ってフクロウ通販で売ることで稼いでいる。

「リリー、気をつけるんだよ」

 玄関まで見送りにくるセブルスに、リリーは微笑んだ。

「言われなくても気をつけてるわ。セブこそ、魔法薬作りで怪我をしないようにね」
「ありがとう」

 セブルスはリリーの優しさに包まれて幸せだった。
 と、その時、玄関のベルが鳴った。

「誰かしら?」
「僕が開けるよ」

 セブルスが覗き窓から外をうかがうと、そこには黄色いワンピースを着た若い女性が立っていた。色白な肌で、目は飛び出すのではないかというほど大きい。耳にはニンジンのピアスをつけていた。

「なんか怪しいな。君は奥に隠れてて」
「死喰い人なの?」
「わからない。でも普通のマグルじゃなさそうだ」
『ねえ、私は怪しいものなんかじゃないよ。パンドラ・ラブグッド。あのね、マグル生まれが次々に捕まえられてるの。例のあの人に』
「なんだって?」
『私はあんた達を助けに来たんだよ。不死鳥の騎士団ならあんた達を守れるもン。だからドアを開けて』
「セブ、誰が来ているの?」

 リリーは心配そうだった。

「彼女はパンドラ・ラブグッドだと名乗ってる」
「まあ、パンドラならレイブンクローの後輩よ」

 リリーはパッと笑顔になった。
 セブルスがドアを開けると、パンドラは握手するときのようにまっすぐ手を伸ばした。

「ホグワーツにいる時、マグル生まれには区別するための魔法がかけられていたの。早く逃げないと、すぐにここにいることを探知して死喰い人がやってくると思うな」
「どこに逃げればいい?」
「私についてきて。探知されない場所を知ってる。疑うなら、破れぬ誓いを立ててもいいよ」

 パンドラは本気だった。
 その時、部屋の窓から死喰い人の姿が見えた。こちらに向かってきている。

「その必要はない。リリー、彼女についていこう。早く!」
「待って、チュニーにこのことを伝えないと……」
「いいから早く!」

 セブルスは状況が掴めていないリリーの手を取った。

「よし、行くよ。絶対に手を離さないで」

 そして、三人は姿くらましした。


 ……ホグワーツを卒業してからの三ヶ月は、何もかもうまく行き過ぎていたのだ。幸せな時間は長続きしないものである。
 『忍びの地図(marauder's map)』、これはジェームズ達が学生時代、悪戯とスニベルス虐めを行いやすくするために作ろうとしていた地図の名前だ。

 marauder──略奪者

 どこまでいっても、どんなに関係は絶たれたと思っていても、ジェームズの姿はセブルスの前から消えなかった。今までも、そしてこれからも、逃れられない呪いのようにジェームズの存在はセブルスはつきまとう。

 恵まれない環境の中で、唯一リリーといる時間だけは幸せだった。根暗で不器用な感情表現しか出来なかったが、彼のリリーに対する思いは本物だった。
神様とは不公平なものだ。何も得られない人がいる一方で、全てを手に入れる人がいる。
 自分にとっては唯一の幸せを、自分よりも明らかに恵まれた人が颯爽と奪っていくことがある。

 セブルスにとって彼は最悪の“略奪者”であった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風前の灯

 姿くらました三人はラブグッド家の地下室に到着した。
 そこには、くねくね曲がった変な形の牙や虹色に光る魔法薬など、ファンシーな物がそこら中に転がっていた。
 リリーは好奇心に負けてその品々を珍しそうに見つめたが、すぐにセブルスに向き直って肩を強く揺さぶった。

「これはどういうことなの?」
「死喰い人がすぐ近くまで迫っていた。逃げないといけなかったんだ」

 リリーは驚いて息を飲んだ。

「大変だわ!私が居なくなれば、居場所を探してチュニーが標的になるかもしれない。戻らないと!」
「何を言ってるんだ? そんなことをしたら君が殺される。彼女は大丈夫だよ。何も出来ないマグルなんて魔法使いが気にするわけがない」
「そんなのわからないわ。私を探してチュニーを拷問するなんて、十分あり得ることよ」
「うーん、気持ちはわかるけど、やめた方が良いと思うな。それに今はあの人達もマグル生まれを一通り探し出すことに注力してると思うから、わざわざ別の場所に住んでる身内の人に居場所を聞いたりする可能性は低いと思うよ」

 パンドラはほのぼのと言った。リリーは少し笑顔になったが、まだ不安は拭いきれないようだった。

「なら、せめて手紙を送りたいわ。バレないようにマグルの方法で」
「そんなことをしたら危険だ。そこから君の情報が漏れる可能性もある。良いじゃないか、君の姉のことなんて……」
「『なんて』ですって? あなたはそう言うかもしれないけど、私にとっては大切な存在なのよ。ええ、あなたが私を深く愛してくれているのはよく分かるわ。私もセブが大好きよ。でも……」

 リリーは続ける。

「私はあなたと二人だけで生きてるわけではないのよ。私しか親友がいなかったあなたには分からないかもしれないけど、私はチュニーのこともすごく大切に思ってるの。私を愛してくれるのなら、なぜ私が愛するものを尊重してくれないの?……ねえ聞いてる?」

 リリーは上の空で幸せそうにしているセブルスの顔を覗き込んだ。
 後半の話をセブルスは聞いていなかった。リリーに大好きだと言われて、舞い上がっていたのである。
 しかし仮に聞いていたとしても、全く理解できなかっただろう。
 セブルスにとってリリーは全てだった。リリーさえ幸せでいてくれればそれでよかった。それ以外のことなど気にかけたこともない。

「ん、ああ、もちろん聞いてるよ。そこまで言うなら好きに手紙を書けばいい」
「ありがとう!」

 リリーは嬉しそうに言った。

 それからリリーは迫害を逃れる為、忠誠の術(ダンブルドアが秘密の守人だ)がかけられた地下室に隠れて暮らし始めた。
 混血のセブルスは、ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団に入って活動している。

 ある日、パンドラとリリーは二人でささやかなアフタヌーンティーを楽しんでいた。

「外の様子はどう?」
「うーん、あんまり良くない。マグル生まれはどんどん捕まってる。死喰い人が見張ってるから、悪口なんて言えないし、みんな誰がスパイなのかって疑心暗鬼になってる」

 パンドラはパクパクとスコーンを頬張りながら言った。

「でも、私達も頑張ってるよ。ラジオを使って人を集めているんだ。あのね、私達の間でも噂の域をでないんだけど、最近、海外からすごい救世主が来たらしいの」
「救世主?」
「うん。確かに最近、不死鳥の騎士団の活動がすごく上手くいってる思ってたんだ。マグル生まれの保護も順調だもん」

 パンドラは不死鳥の騎士団の作戦を話した。今のまま正面から倒すのは無理なので、ヴォルデモートがマグル界に武力で侵略してきた時を狙う方針で準備しているらしい。

「武力で侵略する? でも、魔法大臣とマグルの首相は繋がってるって習ったわ。首相を操れば、そんなことしなくてもマグル界の掌握なんて簡単じゃないの?」
「相手は純血主義の輩だもん。初めはそう考えても、最終的にはそんなみみっちいことはせずに、魔法で叩きのめしにくるだろうとダンブルドアは予想……ううん、確信してる」
「無駄な争いを増やそうとするなんて、すごく非合理的な考えね」
「うん。ダンブルドアはマグルのお偉いさんに当たって注意を呼びかけてるんだ。相手が暴力で来る前に、平和的にマグルと関係を築こうとしてるの」

 ダンブルドアは影でマグル界の指揮を取り、マグルの科学技術と魔法の融合でヴォルデモートを倒そうと考えているのだ。
 ヴォルデモートはマグルを支配すると言っているが、それは建前で、本当は虐殺したいのだろうとダンブルドアは見抜いていた。
 ヴォルデモートにとって、マグル生まれを支配したところで何も面白くないのだ。
 忌々しいマグルが、選ばれし特別な存在である魔法使いの手によって滅ぼされていく光景こそ、ヴォルデモートが望んでいるものだろう。
 そう遠くなく、ヴォルデモートはマグル界に対して侵略を開始する。ダンブルドアはそう確信していた。
 よって、その時に一部のマグルと協力してヴォルデモートを倒すのが一番成功率が高いだろうと考えたのだ。
 一部のマグルに魔法界の存在が知られてしまうが、それは仕方ない。こちらが早く勝てば、忘却呪文なり何なりでどうにかなるだろう。
 一度はマグルの支配を本気で目論んだグリンデルバルドとダンブルドアである。今回は完全な支配ではなく、一時的に力を貸して貰えばいいだけだ。そのようなことに関しては十八番だった。

「ふーん。そういえば、パンドラはなんで沢山いるマグル生まれの中で私達のことを一番に助けてくれたの?」

 ふと、リリーは尋ねた。
 パンドラは色素の薄い瞳をくるくると回し、全く関係なさそうに思える質問を返してきた。

「ねえ、リリーはセブルスのことが好き?」
「ええ、大好きよ。でも急にどうし……」
「心の底から?」
「もちろん。ずっと一緒にいたいわ。でも何で……」
「ヒュー、熱〜い。もう婚約指輪は貰った?」

 リリーの言葉を遮り、パンドラは悪戯っぽく囃し立てる。リリーは顔を赤らめた。

「もう、パンドラったら。17歳なのに結婚したあなたに言われたくないわ」
「だって、ホグワーツを退学するのに一番簡単な理由付けだったんだもん。思わせぶりな感じで報告に行ったら、すぐ退学にしてくれた。もともと変人だって思われてたから」
「なんだかあなたらしいわ。それで、どうして助けてくれたの?」

 リリーは話を戻した。自分の恋愛話をされるのが恥ずかしかったのだ。

「えー、彼氏持ちには教えてあげない!」
「なんでそうなるのよ? それにあなたは嫉妬する立場じゃないでしょう?」
「だってー、結婚しないうちは自由だけど、結婚するとそれ以上恋愛はできなくなるでしょ?」
「もしかしてあなた、不倫願望でもあるの?」

 リリーはパンドラをじっと見つめた。白くて透明感のある肌に、クリクリとした瞳。変なネックレスとピアスが無ければ、確実に可愛い方に入る顔だ。17歳、まだ全然これからである。
 パンドラはプルプルと首を振った。

「ううん、もちろんない。全然ないもーん! そういえば恋愛といえばね、ダンブルドア先生の弟のアバーフォースさんには若い頃変な噂が立ってたの。なんかね……」
「待って。あんな恥かしいことを答えさせておいて、あなたは何も答えない気? 教えてあげないってことは理由はあるのでしょう?」
「だって、秘密は秘密だもーん!」

 パンドラはティーカップを置くと、逃げ出した。リリーはその後を追いかける。
 ホグワーツにいた頃は変人としか思っていなかったが、接してみるとパンドラは優しく、面白い少女だった。
 地下に軟禁状態の生活はストレスも大きいが、楽しく過ごせているのは彼女のお陰だな、とリリーは走りながら思っていた。


 *


 ジェームズ達の暮らしは順調だった。
 仕事と言えば新聞の検閲ぐらいで、大した負担では無い。ヴォルデモートも純血主義である以上、純血に危険な任務を与えるわけにはいかないのだ。
 与えられた任務をこなす傍ら、ジェームズはリーマスのために狼人間に関する政策を進めていた。

 そんな自由な生活を送っていたジェームズ達に変化が訪れたのは十月の頃だった。
 ロングボトム夫妻が裏切ったのだ。
 それを知ったヴォルデモートはいつになく激昂し、純血の魔法使いを一人残らず集めた。

 純血主義を掲げていながら、ヴォルデモート自身は半純血だ。
 スリザリンの末裔、メローピー・ゴーンドとマグルのトム・リドル──愛の妙薬を使った偽りの関係であった二人の間に生まれ、父親と母方の祖父の名前を取ってトム・マールヴォロ・リドルと名付けられた。
 マグルの孤児院で育ったリドルは、幼い頃から自分が特別な存在であると気がついていた。
 手を動かさずに物を動かせる、気に入らない相手は傷つけることもできる、蛇と会話することもできる。
 十一歳の時、自分が魔法使いだと教えられ、リドルは歓喜した。やはり自分は選ばれし人間だったのだ。
 学生時代、リドルは自分の出生に強い興味を持った。
 母親は自分を産んですぐ孤児院で死んだと聞く。
 魔法使いならそんな簡単に死ぬ訳が無いと思っていたリドルは、父親のことを中心に調べていたのだが、魔女だったのは意外にも母親の方だった。それも、ただの魔女ではなく、ホグワーツの創始者の一人スリザリンの末裔だ。マグルの父親はそんな母をなんと妊娠中に捨てたらしい。
 それを知ったリドルは、父親を強く恨んだ。
 そして十六歳の夏、父と父方の祖父を殺害したリドルは、自分の中から父親の存在を完全に払拭すべく、平凡なトムという名前を捨て、自らにヴォルデモート──フランス語で死の飛翔という意味の名前を付けた。

 ヴォルデモートは普通であることを強く嫌った。
 凡人は死に屈する。ならば自分は不死を手に入れよう。
 そしてヴォルデモートは分霊箱を作った。
 ハッフルパフの金のカップ、レイブンクローの髪飾り、スリザリンのロケット、ゴーント家の指輪、そして学生時代の日記……それぞれに魂を分割して入れ、本体の魂が死んでもこの地上に留まれるようにしたのだ。

 実質的な不死を手に入れたヴォルデモートが次に臨んだのは、マグル生まれの排除、純血主義の世の中を取り戻すことだった。母親を捨てたマグルの父に対する憎しみが、マグル全体の憎悪へと繋がったのだ。
 美しい容姿と巧みな話術で配下を増やし、運やその時の情勢も味方につけたヴォルデモート卿は、英国魔法界の魔法大臣にまで登りつめた。
 誰よりも優れた、完璧な存在であるはずだった。
 敵がいるのは気に食わないが、それは裏返せば自らの強さの証だろう。
 しかし、裏切りは違う。
 一度は忠誠を誓ったはずの純血の者が、自らを真っ向から否定したのだ。その重さは計り知れない。
 ヴォルデモートの膨れ上がった自尊心は、ロングボトム夫妻の裏切りによって大きく傷つけられた。
 どこに裏切る要素があったというのだろう?
 もしや、自分が純血ではないと知られてしまったのだろうか?
 もちろん自分が血筋的に劣っているとは思わない。自分は偉大なるサラザール・スリザリンの血を引いているのだ。しかし、父親がマグルであるという事実は、ヴォルデモートにとって酷くコンプレックスを刺激するものだった。
 屈辱に身を塗れさせながら熟考して、ヴォルデモートは結論を出した。
 今までの自分は優し過ぎたのだ。純血だからと少しの無礼は許していた。それがいけなかった。
 どんな立場であろうと、力と恐怖によって支配しなければいけない。
 血筋など関係なく、自分に従わない者は皆殺しにしてやろう。

 ヴォルデモートはまず、監禁していた純血の魔法使い達を殺した。今までは人質にするために生かしておいたが、もはや不要。人質などという面倒な手立ては取らない。
 マグルの支配だって、初めは平和に行おうと思っていたが、こうなると話は変わってきた。
 魔法使いの圧倒的な強さを誇示し、マグルを徹底的に打ちのめしてから支配しなくてはいけない──。その時の光景を想像し、ヴォルデモートは愉悦に唇を歪ませた。

「ドロホフ、私はお前に何を命令した?」

 魔法省の地下にヴォルデモートの声が響く。
 そこには純血の魔法使いが200人ほど集い、ヴォルデモートとドロホフを囲んでいた。

「ホグワーツの生徒を全て支配するように、とおっしゃいました……」

 ドロホフは怯えた様子で言った。
 ヴォルデモートが魔法大臣になった時、ロングボトム夫妻は学生だった。そのため、校長のドロホフが責任を追及されているのだ。

「そうだ。しかしあの二人はどうした?」
「私は……私はすっかり支配したと思っておりました。あの時は確かに、服従の呪文が効いていたはずだと……」
「ではなぜ裏切ったと言うのか?」
「申し訳ございません。どうかお許し下さい。私の不注意でございます」

 ドロホフはがくりと膝をついた。ヴォルデモートは杖を振り上げた。

「私に恥をかかせたというのに、それだけで済むと思うのか?」

 磔の呪文をかけられたドロホフは苦痛に身を捩らせ、無様に悲鳴を上げた。
 ベラトリックスなど一部の者はその光景にキラキラと目を輝かせているが、殆どは凍りついた。特にボーンズ家の少女はひどく怯え、泣き出しそうになっている。母親は娘を庇い彼の視界から外そうとしたが、失敗した。
 ヴォルデモートはドロホフからその母子へと標的を変える。

「お前達はボーンズ家か……。私に出会えたというのになぜ悲壮な顔つきをしている?」
「悲しんでなどおりません。至福の喜びでございますわ」

 母親は笑顔を取り繕う。しかし子供は純粋だった。ヴォルデモートが近づいてきたことへの恐ろしさで悲鳴を上げてしまったのだ。母親が子供に黙らせ呪文をかけようとするのをヴォルデモートは止めた。

「時代が経てば、純血の中にも腐った者が生まれてくるものだ。それらは切り捨て、粛清しなければならない」

 母親は、自分はそんな存在ではありません、とでも言うように首を強く振った。

「……風の噂で、お前がマグル生まれを逃がそうとしたと聞いたが?」
「いいえ、逃がそうとなどしておりません! あの時は……逃げられたのです」
「たった11歳の坊主に負けたと言うのか? それこそ笑い草だ。成人した純血の魔女がほんのそこらの穢れた血に負けるなど、純血の価値を著しく下げてくれるな」

 今や少女は母親の後ろで泣きじゃくっていた。
 母親は少しの沈黙の後、叫んだ。

「まだ、11歳の少年です! ええ、成人したマグル生まれならまだ分かりますとも──彼らのせいで魔法族の失業率が上がっているのは確かですから。でもまだ魔法のことを知ったばかりの無垢な子供を殺すのは道理に反していると、私はそう思いますわ!」

 母親は娘を後ろ手で守りながら、果敢にヴォルデモートに立ち向かった。

「アバダケダブラ!」

 ヴォルデモートは死の呪文を放った。母親の胸に閃光が当たり、崩れ落ちる。そして間を置かずに少女にも死の矛が向かった。
 人々の間にどよめきが起こった。仲間のあまりにもあっけない死に驚き右往左往する者、ヴォルデモートを讃える者、出口に近づこうとする足音、ボーンズ親子に対する罵声……。

「静かにしろ。私は誰よりも不死に近づいた……世界中の誰よりも優れた存在だと自負しよう。私に争うなど無駄な事だ……。純血だからと我儘に振舞えば、それ相応の罰が下される」

 ヴォルデモートの声は、蛇が水を潜り抜けていくかのようにするりと地下中に広がった。
 人々は再び静まり返り、畏怖、畏敬──様々な目でヴォルデモートを見つめた。

「私とて無駄な血は流したくない……。これ以上私の期待を裏切る者が現れないことを強く望もう。どんな者であろうと敵には容赦するな」

 ヴォルデモートは蹲るドロホフを蹴り上げた。

「ドロホフ……私を満足させろ。次このような失態を犯せば、いくら寛大な私だって許しはしないぞ」

 この日から、ヴォルデモートは今までに増して弾圧的な政策を取るようになった。生まれ、性別、年齢……すべてに関わらず、反対する者は死あるのみ。もはやそこには一欠片の慈悲も存在しない。
 ヴォルデモートの脅威はこれからだったのだ。


 *


「これは、随分とまずい状況だと思わないか?」

 それから一ヶ月後、任されている村に向かう途中でシリウスが言った。
 マグル生まれの排除が一通り済み、ヴォルデモートはとうとうマグルにまで手を伸ばし始めたのだ。
 魔法界の力を誇示し二度と反抗させないようにするため、マグル界に戦争を仕掛ける、とヴォルデモートは宣言した。
 そのための実験として「何人のマグルを一度で殺せるのか」をドロホフが試すことになったのだが、その結果が大変だった。

「君と意見が合うなんて奇遇だね。ああ、まずいどころじゃない……服従の呪文がなぜ許されざる呪文に入るのか、その理由を身をもって感じられるいい機会だったよ」

 許されざる呪文とは、人に対して使っただけで終身刑が言い渡される魔法のことである。
 ヴォルデモートが魔法大臣になってからその法律は破棄されたが、名称として残っていた。
 許されざる呪文は全部で三つ。
 アバダケダブラ──死の呪文
 クルーシオ──磔の呪文
 インペリオ──服従の呪文
 上の二つは誰でも納得するだろう。殺人と拷問。魔法の有無に関わらず、絶対にしてはいけないことだ。
 それに比べると、ただ人を操るだけの服従の呪文は生温く思える。
 しかし本当は服従の呪文こそ、この三つの中で最も恐ろしい魔法なのだ。

 ロングボトム夫妻のことで一度失敗したドロホフは、ヴォルデモートの機嫌を取り戻すため必死に頭を捻った。
 そして恐ろしいことを思いついたのだ。
 ドロホフは飛行機のパイロットに服従の呪文をかけ、大都市に落下するように命令した。
 その他にも気配を消す呪文や爆発呪文を組み合わせた結果、飛行機は大量に人の行き交う街のど真ん中に墜落し、大爆発。
 死者1500人を越す大事故となったのだ。

「もしあれが魔法使いによって引き起こされたと分かったら、大変な国際問題になる。それに僕達はマグルを殺したい訳じゃないんだ。リーマスを助けたかっただけで……」

 ジェームズは重い声だ。
 思えば、マグル生まれを捕まえて牢に入れたり、殺したりする仕事は、すべて混血が行ってくれた。
 そんなつまらないことで、純血が殺人の罪を作ってはいけないという考えからだ。
 しかし最近は純血の間にもマグルを殺さなければいけない、という風潮が流れている。
 ジェームズもシリウスも今まで一度も人を殺してはいない。二人は別に虐殺がしたくてヴォルデモートの仲間に入ったわけではないのだ。そもそもと言えば、ただリーマスを助けたかったからなのである。

 マグル生まれを排除するのは分かる。マグル生まれは自分が助けてあげようとした時にそれを拒否した。そんな人を庇う必要は全くない。
 しかしマグルとなると、さすがに迷いが生じてくる。マグルは自分達に対して何もしていない。殺す理由はどこにも見当たらない。

「思うに、これはリーマスのために何人を犠牲にできるかって話だろ」
「どういうことだい?」
「ほら……このまま殺さずに済めばいいけど、いつか殺すように命令されるかもしれないだろ? その時に拒めば、僕達が殺される。それはつまり、リーマスを救える人がいなくなるってことだ。それを回避する為には、マグルを殺さないといけない」

 シリウスが真剣に話す。ジェームズは考え込んだ。

「……10人なら」
「1500人と比べたら、10人なんて誤差の範囲だろ」

 ジェームズに対してシリウスは素っ気なく返した。

「じゃあ、20人」
「10人と20人ってそんなに変わるか?」
「なら100人」
「でも、考えてみろ……その一人一人が僕達にとってのリーマスみたいな存在ってことだ。100人殺せば、悲しむ人はもっと多くなるぜ。それでいいのか? いや、でも世界の総人口は約45億人だ。そう考えると100人なんてほんの上澄みみたいなもんだな……。そうだ、スネイプみたいな奴らだけ見つけて殺すって方法もあるな」

 他人事のように考えるシリウスに対して、ジェームズは溜息をついた。

「もう、この不毛な話はやめにしないかい? もしそうなれば、その時に考えればいいじゃないか。それよりも早くムーニーを見つけ出さないと」
「そうだな」

 シリウスも同じことを思っていたのか、口を閉じた。


 それから、咎められることはなく寒さだけが増していき、新年を迎える頃。ジェームズとシリウスはマルフォイ家を訪れていた。
 なんてことない、ただ連絡を取り合うためだ。

「ナルシッサさん、これがその村の資料です」

 ジェームズは管轄の魔法村の住人一覧を手渡した。開戦の時は刻一刻と近づき、攻撃の準備が整い始めていた。
 マグルの武器をほとんど調べていないのはいささか不安だが、どうせろくなものはないだろうし、魔法界には盾の呪文という最強の防御がある。銃弾を弾くことは研究済みだ。
 どうせなら、早く終わらせて被害者を少なくしたい。
 そのためにジェームズは尽力していた。

「ありがとう、ジェームズ。なるほど、この村は子供が多いわね……」

 ナルシッサが書類に目を通す間、ジェームズは窓の外を見つめていた。雪が深々と降り積もるその光景は、ホグワーツの中庭にそっくりだ。
 一度でいいから、あの頃に戻れたら。そしてやり直すことができたらどんなに幸せだろう。
 そう思った次の瞬間、ジェームズの体に、雷に打たれたような衝撃が走った。
 雪の中こちらに向かって歩いてくる一人の姿。それはまさしく彼だった。

「パッドフット」
「どうした?」
「窓の外を見るんだ」

 学生時代、ジェームズはシーカーでエースだった。雪が降っていようと、彼の姿を見間違えるはずがない。
 シリウスは窓のそばに駆け寄った。そして目を細めて外を見ると、身を乗り出さんばかりに窓にひたいを近づけた。

「確かにそうだ。行こう!」

 そして二人は走り出した。ナルシッサの声も気にせず、マントも羽織らず、雪に足跡を残しながら全力で走り抜ける。
 リーマスは二人に気がつき、足を止めた。

「ムーニー、会えて良かったよ」

 ジェームズは笑顔で駆け寄る。
 リーマスは大人びて、学生時代よりもさらにくたびれた様子をしていた。ジェームズとシリウスの姿を、驚きと懐かしさと寂しさの混じったような目で見つめている。

「あのことは本当に悪かった。僕がもっと注意していれば……一晩中暴れ柳の前で見張っていれば良かったよ」

 そう言うと、リーマスは悲しそうに笑った。
 久しぶりに再会したのに、その距離は別れていた頃より遠くなっているようだった。

「ムーニーをあんなことに巻き込んだのは悪かった。まさかあんな大事になるとは思っていなかったんだ。また、ここからやり直そうぜ。昔みたいに」

 シリウスはニヤリとした。
 リーマスは猛烈に迷っているようで、何度か口を開けては閉じるのを繰り返してから、低い声で呟いた。

「もう状況が変わったんだ。今さら前のように戻るなんて出来ないよ」
「なぜだい? 僕はそう思わないよ」
「ああ、ムーニーのためならなんでもするぜ。今までだってずっとお前のことを探してたんだ」

 リーマスは目を伏せた。

「僕は君達に会いたくなかったよ。これ以上僕なんかと一緒にいても、君達が不幸になるだけだ」
「そんなわけないさ。君はいつでも最高だった。悪戯だってとっておきのアイディアを出してくれたのは君じゃないか!」

 その言葉には反応せず、リーマスは踵を返して歩き出した。シリウスはローブを掴んで引き止める。

「お願いだ、ムーニー。話してくれないと何もわからないんだ。前の君はそんな暗い人じゃなかったはずだ。今、何も言わずに別れたら後悔するぜ。なんでもいい、ムーニーがどう思っているのかを話してくれ」

 シリウスの黒い瞳は真剣だった。
 リーマスは複雑そうな表情で二人を見た。

「ムーニー、お願いだ」

 ジェームズはリーマスのことが知りたかった。親友なのに何年も放っておいてしまったのだ。今までのことを全て聞きたい。
 どんな暮らしを送っていたのか、どうしてこんなに変わってしまったのか。
 これまで、たくさんのものを犠牲にしてリーマスを探し続けてきた。
 このまま何も話さないまま終わるわけにはいかない。

 二人の想いを理解したのか、リーマスは話し出した。




忠誠の術…秘密の守人に情報を託すと、その情報は秘密の守人が暴露しない限り絶対に見つけられなくなる。
原作ではこの魔法を使ってポッター夫妻が身を隠した。

呪いの子だと、ジェームズとリリーは1981年の10月30日に乳母車を押して外を散歩してるんですよね。
そんなことしてたら忠誠の術をかけた意味がないじゃないですかー。
多分、舞台の演出上そうするしかなかったんだと思いますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐

ジェームズが生きている時の行動が少な過ぎて困っていたんですが、ハリーポッター序章なるものを見つけました。
短いですが、ジェームズとシリウスがマグルの警官から逃げる話で面白いです(^-^)


 マルフォイ家の庭はとても広い。
 夏には孔雀が優雅に散歩しているのだが、真冬の今は小屋に入れられていたのでみることができなかった。
 自慢の花園も雪に覆われ、一面真っ白に染まっている。

「あのことは全て僕が悪かったんだ」

 リーマスは暗い顔でうつむいた。ジェームズは眉をひそめた。

「何を言ってるんだい? 僕達がムーニーを巻き込んでしまったんだよ」
「僕がホグワーツに入学しようなんて思っていなければ、あんなことは起こらなかった」
「そりゃ、入学していなければ退学になることもないだろうね。でも、そんなことしたら本末転倒じゃないか」

 ジェームズの言葉に、リーマスはなぜか困惑した様子だった。

「退学になる?」
「そうさ。あの事件のせいで、リーマスが狼人間だってバレて退学することになっただろ。それを謝りに来たんだ」

 シリウスは真剣そのものだった。

「あのことは本当にすまなかった。君がそこまで落ち込んでいるとは思っていなかったんだ。元の関係に戻ろうとは言わない。なんでもするから許してくれ」
「僕のことで謝りに来たって言うのかい?」
「そうだ」

 シリウスは頷いた。
 それ以外にどんな理由があろう?

「でも、スネイプのことはどうなったんだい?」

 リーマスはぼそりと言った。シリウスは顔をしかめる。

「なんて言った?」
「スネイプ。スネイプのことはどう思ってるんだ?」

 その言葉に、二人は一瞬固まり、顔を見合わせた。
 スネイプのことが話に出るとは予想外だったのだ。

「……まあ、スネイプは自業自得ってやつだ。僕達のことを探ってたからね」

 ジェームズは肩の雪を払いながら思慮深げに言った。

「そうだ、あいつなんて気にする必要はない。それよりもお前に謝らないといけないんだ」
「僕のことは別にいいよ。気にする必要はない。僕は君達がスネイプのことで罪悪感を抱いているんじゃないかと思っていたんだ」
「なぜそんな風に思わないといけないのかい? スネイプは自ら危険に飛び込んで人狼になったんだ。それによって君は退学しなくてはいけなくなったんだろう?」

 ジェームズは聞いた。

「自ら? スネイプは自ら僕のところに来たのかい?」
「まあ、僕がちょっと教えてやったのは事実だな。本当にすまなかった、リーマス。あのせいで君は罪に問われて退学することに……」
「僕のことじゃない。スネイプのことを聞きたいんだ」

 リーマスはいつも真面目だが、今はいつにも増して真剣だった。
 ジェームズは不満気に眼鏡を押し上げた。せっかく親友と再会できたのに、なぜスネイプのことを話さなければいけないのだろう。
 しかしリーマスが望んでいるのなら仕方ない。

「スネイプは闇の魔術を愛していたんだ。学校中の皆から嫌われていた……同じスリザリンの奴からも。闇の魔術ばかり調べて、自分で闇の魔術を作り出したりもしていたじゃないか。あいつは危険人物だ。それなのになぜかリリーに好かれて」

 ジェームズはさりげなく最後の言葉を混ぜた。

「それで?」
「それでも何もこれが全てさ。リーマスはスネイプのことなんて気にしなくていい」
「……僕はそう思わない」

 リーマスは重く言う。ジェームズは困ってシリウスをちらりと見た。

「ムーニーは考えすぎだ。いいじゃないか、あいつのことなんて。……まあ、ちょっとやり過ぎたこともあったけどな」

 シリウスはリーマスの顔を見て付け足した。

「君達は才能も人望も何もかも持っていた。なぜ彼のことなんかを気にするんだ?」
「スネイプが僕達を嫌ってきたからさ。あいつは僕に嫉妬してた。隙あらば僕のことを背後から攻撃してきただろう?」
「君が初めにスネイプに喧嘩を売ったからね」

 リーマスは怒りを隠さずに言った。直接的な物言いにジェームズは目を泳がせる。

「まあ、少しは調子に乗ってたかもしれないな。でも、スネイプは僕を憎んでた。やり返さないわけにはいかないだろう?」
「相手が自分を憎んでいたら、何をしてもいいのかい?」
「そういうわけじゃないさ。でも、スネイプは特別だ」

 学生時代、ジェームズがスネイプに嫉妬していなかったといえば嘘になる。
 もちろん、容姿もクィディッチも勉学も、全てにおいて自分はスネイプよりも上だ。特にクィディッチにおいては類稀なる才能があった。
 だから、グリフィンドール生はもちろんのこと、レイブンクロー生やハッフルパフ生も自分のことを英雄として熱讃していたのだ──特に、スリザリン戦で相手を打ち負かした直後は。
 クィディッチは寮対抗杯獲得にも大きく関わる。ゆえに、普段の生活でジェームズが多少自惚れて減点されていたとしても、文句を言う生徒はいなかった。
 それにジェームズが狙うのは大抵スリザリン生だ。他人──それも憎っくきスリザリン生がやられている状況を見れば、周りの生徒たちも優越感が湧き、そのちょっとした悪意の混ざる“悪戯”に加担したくなるものである。
 しかし、リリーだけは違った。
 はっきりとした善悪の価値観を持ち、誰であろうと駄目なことは駄目、と言えた彼女はジェームズのことを嫌っていた。
 リリーはスネイプを愛称で呼ぶのに、自分のことは苗字で呼び捨て。好きな子が自分の嫌いな相手と仲良くしていれば、誰だって嫉妬するだろう。

 しかしそれでも、ホグワーツにいた頃は今ほどスネイプを嫌ってはいなかった。
 ジェームズの学生時代は、誰の目から見ても非常に充実していたと言えるものだった。
 友情、スポーツ、悪戯、勉強、恋愛……スネイプなど、他の様々なことの内の一つに過ぎなかったのだ。
 何においても自分はスネイプより優位に立っているという精神的な余裕がジェームズにはあった。

 しかしそれが崩れてから、ジェームズの中に残ったのは大きな虚無感とあの事件に対する恨みだった。
 そして、事件の当事者であるスネイプの存在が急にとてつもなく憎いものに見えてきたのだ。
 時を経て、スネイプは嫌悪の対象へと変化していた。

「特別、か。たしかに何故か君はスネイプを強く嫌っていた」

 ルーピンはホグワーツにいた頃を思い出したのか、険しい表情を崩して朗らかに笑った。ジェームズもその声を聞いていると昔に帰ったような気持ちになり、自然と口角が上がった。

「相手が嫌ってくるからね」
「二人の嫌い合いは酷かった。何回僕が巻き込まれたか! 三年生の時、君がスネイプに悪戯したいって言うから、僕はジンブラー先生のところからピクシー妖精の毒を盗んだんだ。そしたら見つかって、酷い目にあったよ。あいつ、男には厳しいんだ」
「ジンブラーか。確か年度末に、レイブンクローの生徒と愛を誓い合って辞職した人だったか? 『教師と生徒、禁断の恋なのは分かっている! しかし私は彼女を愛している! この一年間、彼女に変な虫がつかないかずっと監視してたんだ!』とか言ってた」
「そうだよ。だから僕には優しかったんだ。狼人間なら、彼女と付き合う心配はないだろ」

 リーマスは得意げに二人を見る。ジェームズはその時を思い出して笑い声をあげた。
 やはり自分が楽しいのはこういう時だ。
 正直、今の暮らしは時々息がつまりそうになる。

「そういえば、僕が噛まれた理由、話したことがあるかい?」

 リーマスは急に真面目になった。

「ない」

 ジェームズとシリウスは同時に答えた。

「でも、グレイバックに噛まれたんだろ?」

 シリウスはローブのポケットに手を突っ込んだ。

「そうだよ、五歳の時だ。なぜ、僕が狙われたと思う?」
「たまたまそこにいたからじゃないのかい?」
「違う、僕の父がグレイバックを怒らせたんだ」

 それからリーマスが話したのはこうだった。

 自分が五歳の頃、ルーピンの父親は魔法省に勤めていた。そしてある日、当時はまだ人狼だと登録されていなかったグレイバックを、二人のマグルを殺害した罪で取り調べしていたらしい。
 グレイバックは、自分はただのマグルだと主張し、二人の死は今知って非常に悲しんでいると供述した。
 特に怪しいこともなく、二人の陪審員はグレイバックを釈放しようとしたが、ルーピンの父だけは、グレイバックは人狼の可能性があるとして、満月の日まで拘留しておくべきだと言う。
 まさかそんなはずがないと周りから馬鹿にされた彼は、怒りから「人狼は醜悪で生きている価値のない生物だ」と言い放つ。
 それがグレイバックの怒りを買い、息子のリーマスが噛まれた、ということらしい。

「でも、息子を狙うのは卑劣だと思うな」

 しばらくして、ジェームズは口を開いた。
 あのエピソードの裏にそんな話があったなんて、思ってもいなかったのだ。
 リーマスと過ごして、狼人間の差別の実態を嫌という程知っていたジェームズにとって、リーマスの父がそんな人間だったのは衝撃だった。
 しかしやはりグレイバックのしたことは許されることではないだろう。グレイバックは抵抗できない子供達を標的にしているのだ。

「でも、僕の父が狼人間を馬鹿にしていなければ、こんなことは起こらなかった」
「それは違う!」

 シリウスが大声を出した。

「なぜ、違うと言える? 父親の行動は行き過ぎていた。グレイバックが怒るのも分かる」
「でも、だからと言ってリーマスを噛んでいい理由にはならない」

 ジェームズは憤った。
 リーマスの父親が狼人間全体に対して差別的発言をしたのは擁護できないが、だからと言って仕返しに狼人間にするのは間違えている。

「そうだ。酷いことをされたからといってなんでもしていいわけじゃない」

 リーマスはその時のことを思い出したのか目線を遠くにやった。
 そして、ジェームズとシリウスをしっかりと見据える。
 その強い目力に、ジェームズは思わず身構えた。

「相手が自分を嫌っているからだとか、自分が相手を嫌いだからとか……そんな理由で何でもしていいことにはならない」

 リーマスが何を指して言っているのか、ジェームズにはわかった。
 その言葉は、じわりじわりと心の中に染みていく。
 リーマスの言っていることはあまりにも正論だった。
 ホグワーツにいた頃の自分は間違いなく自惚れていただろう。自分の才能に酔っていたのだ。
 相手はスリザリンだからだとか、嫌な奴だからだとか理由をつけて誤魔化してきたが、もう目をそらすことはできない。
 あの頃の自分は身勝手だった。

「だから、君達のやり方は絶対に間違っている」

 ストレートな言葉は、ジェームズの胸に鋭く突き刺さる。
 過去を思い返すと、今までにどれほど間違ったことをしてきたのか気がついた。
 ホグワーツにいた頃だけではない。
 それからも、自分のしていることは全て正しいはずだと思い込んでいた。
 全て自分達が悪かったのに、なぜかスネイプやマグル生まれのせいにしてしまった。
 自分の過ちを認めなかったせいで道を踏み外し、計り知れないほど多くの犠牲者を出してしまったのだ。

「僕が間違えていた。スネイプのことも、何もかも」

ジェームズは言った。

「いや、僕だ。君はスネイプを助けにいった」
「あれはムーニーとシリウスと自身の身を助けるために過ぎなかった……」

ジェームズは苦々しく言った。
もしも、スネイプがリーマス以外の人狼に噛まれそうになっていると知ったら、自分は助けに行っただろうか?
騎士道精神に基づけば行くべきなのだろうが、実際に行くかどうかは疑わしい。
結局、自分が持っていたのは自分勝手な勇敢さにすぎなかったのだ。

「いや、違う。僕がいたから、君はスネイプに対してあんな手段を取ることを思いついたんだ。その結果、君達までホグワーツをやめ、死喰い人になることになってしまった。さっきの話は無しだ、全て僕が悪い。だから、僕は今からあの方に君達を解放するように言いに行こうと思うよ」

 突然、リーマスが焦ったように言った。

 リーマスはずっと、二人がスネイプを人狼にしたことに対して罪悪感を持っているだろうと考えていた。
 そして、自分のせいなのにそう思わせてしまって申し訳ないと思っていた。
 しかし二人は全くと言っていいほどスネイプのことを気にしていなかった。
 リーマスとしては喜ぶべきなのだろう。
 でも、どうしてもそのままにはしておけなかったのだ。あの事件で悪かったのは、人狼なのにホグワーツに入った自分だ。ただ、二人だってヘラヘラしているのはいかがなものか。学生時代から、二人は調子に乗りすぎているところがあった。親友として、悪いところも指摘しないといけない。
 そんな衝動に駆られ、リーマスはあんな話をしたのだ。
 しかし終わると、リーマスは深く後悔した。二人の苦しみを軽減するつもりで会いにきたのに、なぜ自分は二人に苦しみを背負わせてしまっているのだろう。

「落ち着くんだ、ムーニー。そんなことをしたら君が殺されるだけだ。あの事件とその後の事に関して君はなにも悪くない。僕達が起こしたことの始末は僕達でつける。君は待っていてくれ」
「待っていられない! 僕と友達になっていなければ、君達はもっと良い人生が送れたんだ」

 リーマスは激しく言った。
 しかしそれがジェームズの罪悪感をより増幅させた。
 今まで、リーマスがどれほどの苦しみを背負ってきたのか、自分がどれだけ逃げてきたのか。数分前の自分の発言が、どれだけ自分本位なものだったのか。
 ジェームズは全てを知った。

「絶対にそんなことは言わせない。悪いことをしたのは僕達の方だ。ここで出会えて、僕達は自分の過ちに気がつくことができた。今は僕達を信じてくれ」
「いや、さっきは偉そうなことを言ったけど、僕だって君達と変わらないんだ。ずっと前から僕は例のあの人の側についていた。君達が僕を探しているとは知っていたけど、会うのが怖くて避けてきたんだ。僕のせいで不幸になった姿を見たくなくて」

ジェームズは驚いた。

「君がそんなことになってるなんて。もしや、さっきの話は……?」

 今までの努力は無駄だった訳だが、そんなことは気にならなかった。
 リーマスはずっと昔からヴォルデモート陣営にいたのに放っておいたなんて、自分はとても申し訳ないことをしてしまった。
 リーマスはヴォルデモート側のグレイバックに噛まれたのだ。とても憎い相手であるはずだ。それなのに、そこに入ろうと思うほど追い詰められた暮らしを自分達は送らせてしまったのだ。

「グレイバックから直接聞いた。グレイバックも元々は別の人狼に噛まれたんだ。僕はスネイプを人狼にした。まあ、負の連鎖だ……。外で差別されるなら、人狼同士で固まって過ごすしかない。その時、仲間が多ければ多いほど生き延びやすい。それで被害者が増えていく。僕もそうさせた一人だ」
「君はグレイバックとは違う」
「いいんだ。もともとはそういう運命を辿るはずだったんだから」
「君はそこにいただけで、スネイプを人狼にしたのは僕のせいだ」

 シリウスはポケットの中で指を絡めた。

「でも、実際にしたのは僕だ。その事実は覆しようがない」

 その言葉に、重苦しい沈黙が流れる。
 今、この事件最大の問題が三人の間に高い壁を作っていた。
 この事件の原因を作ったのはシリウスだ。隔離された場所にいただけのリーマスに非は全くない。
 しかしスネイプが狼人間になってしまった以上、リーマスに罪を被せてしまうことになるのだ。

「君のせいじゃない。君にそう思わせたのも僕のせいだ。絶対にムーニーを後悔させないから、今だけは僕達に任せてくれ」

 シリウスは思いを告げた。
 リーマスは驚いて二人を見ていた。早々と闇の陣営に入っただけでなく、それからずっと二人を避けてきたというのに、そのことについて二人は怒らなかった。
 リーマスは冷静になってきた。
 よく考えれば、ヴォルデモートに直訴しても二人を解放してくれるはずがないではないか。自分には別のやるべきことがある。

「わかった」

 リーマスは言った。

「次、会うのはこの時代が終わった時だ」
「そうだね。それまでは、お互いやらなくてはいけないことがある」

 リーマスは呟いた。

「本当に会えてよかったよ」

 ジェームズは言った。
 リーマスのおかげで、自分のやらなくてはいけないことを認識できた。
 リーマスに会って、一緒に暮らす──そんな物理的な助けでは意味が無かったのだ。
 リーマスの為と言っておきながら、それはとても独りよがりな行動だった。
 本当に友情があるのなら、するべきことは別にある。
 ホグワーツにいたあの頃、自分が望んでいたのは何だったのか。自分が真にすべきことは何なのか。

 三人は抱き合い、別れた。
 友情が深ければ距離は関係ないと知りながら、雪の中を戻るリーマスの姿から目を離したく無かった。
 しかし、自分にはしなくてはいけないことがある。
 ジェームズは背を向け、マルフォイ邸の方を向いた。

「ワームテールに会うのも、この問題を片付けてからかな」
「そうだな」

 ジェームズとシリウスは静かに話した。


 *


 ヴォルデモートはマグル界の不穏な気配に気がついていた。魔法界の誰かが、マグルに手回ししてるに違いない。
 マグル相手ならば楽勝だが、相手に魔法使いが紛れ込んでいるとなると話は変わってくる。
 裏切っている魔法使いが誰だか分からないが、こちらも本気で臨まなければならない。

 今、ヴォルデモートの前に並んでいるのは分霊箱だ。
 この箱に分割した魂を閉じ込めることで、本体が壊されても生き延びるようにしている。
 逆に言えば、分霊箱が壊されると不死は消える。
 と言っても、壊すには悪霊の火、バジリスクの毒などの強力な毒性を持つものを使わなければいけないので、簡単には壊されないだろう。
 まして自分は分霊箱を五つ作っている。一つぐらいまぐれで壊されても、全てが破壊されることはあり得ない。
 しかし、用心は大切だ。
 今までは一つの場所に集めていたが、バラバラにして隠すのが懸命だろう。

 ヴォルデモートは青白い指でスリザリンのロケットを愛おしそうに目の高さまで上げた。
 ホグワーツ創始者の中でも、最も尊敬するスリザリンの物品だ。
 隠し場所も、一番厳重な場所にすべきだろう。
 孤児院にいた頃、一度だけ訪れた洞窟がある。海と崖に挟まれているそこは、湖に面したスリザリンの談話室を思わせる不思議な魅力を持った場所だった。
 ヴォルデモートは羽根ペンを取り出し、計画を羊皮紙に書き始めた。


 *


「クリーチャー、これはとても光栄なことだ。闇の帝王がしもべ妖精を必要としている。あの方に従って、迷惑のないようにするんだよ」
「ええ、レギュラス様の命令なら」

 グリモールド・プレイスで、レギュラスはしもべ妖精にとびきりの枕カバーを着せていた。
 何故かは知らないが、ヴォルデモートがしもべ妖精を求めているので、レギュラスはクリーチャーを遣いに出すことにしたのだ。

「闇の帝王のおっしゃったことは全てするんだ。ブラック家の名誉を汚さないように、反抗するなんて以ての外だよ。そして、それが終わったら僕の元に帰ってくるんだ」
「もちろんです、レギュラス様」

 クリーチャーはレギュラスに恭しく敬礼した。シリウスによく似た、高慢そうだが、華奢な体つき。シリウスに比べて華は劣るが、家族のことを一番に考えている素晴らしいブラック家の次男だ。
 レギュラスの言うことなら、何でも喜んで従おう。

 そしてクリーチャーはヴォルデモートのところに行った。

 このことが後の自分に大きな変化をもたらすことになるとは、今のレギュラスは想像もしていなかった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非魔法界

「ノクターン横丁に行こう。指輪を買うんだ」

 グリモールド・プレイスに帰ってすぐにジェームズは言った。
 本当はダイアゴン横丁に行きたいが、あそこはもう廃墟になっている。

「ああ、いいぜ」
「ありがとう。彼女は何が好きだと思う?」
「ヴォルデモート」

 シリウスは即答した。

「それ以外で」
「さあ、拷問じゃないか?」
「あいにく拷問されるのは嫌いなんだ。そうじゃなくて指輪の種類を聞いてるんだよ。形とか、色とか」
「まあ、下品じゃなければ何でも好きだと思うぜ。最近はスリランカの宝石なんかが人気だな。魔法で細工されていて、輝きがマグルのブランドの比じゃないんだ」

 シリウスは答える。普段の素行は悪いが、名家出身だけあってこういうことに関しては詳しいのだ。指輪選びはシリウスに頼むのが一番だろう。
 ジェームズはレギュラスも呼ぼうかと家を探したが、レギュラスは家にいなかった。

「君の弟はどこに行ったんだい? 今はクリスマス休暇のはずだろう?」

 レギュラスはまだ学齢期だ。週末ごとに帰ってくるが、ホグワーツの授業はしっかりと受けている。
 しかし、学校が始まるにはまだ一週間もあるはずだ。

「さあ、マグルにちょっかいでもかけてるんじゃないか?」
「そうだね」

 そして、ジェームズとシリウスはノクターン横丁に向かった。
 今までリリーの存在のせいでためらっていたが、もう未練はない。
 リリーは自分と結婚しても幸せになれない、そう結論付けることができたからだ。
 彼女を本当に愛しているのなら、自分はもうリリーを求めるべきではない。
 ジェームズはそう理解していた。


 *


 マグル街のとある孤児院。
 六歳になったニンファドーラは、そこで毎日を過ごしていた。
 金銭的に恵まれた生活とは言えず、意地悪な上級生がいるのも事実だが、精一杯楽しく暮らすように努力している。
 今いる部屋は五人部屋で、少し頑固な人もいるが基本的にとてもいい人達だ。

「ドーラ、早くご飯食べないと遅れちゃうよ」

 同い年の少女に言われ、ニンファドーラはベッドから起き上がった。
 鏡で確認すると、髪の毛の色は茶色、目は青色。いつも通りだ。
 魔法を制御するのもニンファドーラにとっては慣れたものだった。

「今日はお休みじゃないの?」
「ドーラ、今日はまだ金曜日よ! ほら、あと五分で行かないと」

 金髪の少女は、ニンファドーラにサンドイッチを差し出した。
 それをもぐもぐと頬張りながら、ニンファドーラは急いでパジャマを脱いで着替える。

 三分後、ニンファドーラは驚きの早着替えと早準備で孤児院を飛び出した。これから、小学校に向かうのだ。

「ドーラ、早く早く!」
「待ってー」

 ニンファドーラは金髪の少女を追いかけた。こうして寒さしのぎを兼ねた追いかけっこをしているうちに、いつも学校に着いてしまうのだ。

 しかし、この日は違った。
 一つ目の角を曲がった時、ニンファドーラは言い表しようの無い寒気に襲われた。もう一人の少女も同じように思ったようで、青白い顔でニンファドーラの元に戻ってくる。

「なんだかすごく気分が悪くない?」
「うん、風邪をひいたのかな……」

 ニンファドーラは体を震わせた。

「ちょっとだけ休憩する?」
「うん、ちょっとだけ」

 ニンファドーラと少女は道端のブロックに腰かけた。
 待っているうちにもどんどん寒気は増していく。少しでも暖かくなろうと互いに身を寄せ合うが、そんなのは全然効かなかった。
 その時だ、ニンファドーラの視界には恐ろしいものが入ってきた。
 マントを着た、巨大な黒い影。顔は頭巾で覆われ、隙間から見える手は水中で腐敗した死骸のようだ。滑るようにこちらに向かってくる。

「大変、逃げないと!」

 ニンファドーラは立ち上がり、少女の手を握った。

「どうしたの、ドーラ? 私、歩く元気もないわ」
「早く逃げないと! こっちに向かってくる」
「私には何も見えないわ。具合が悪いの、少し休ませて……」
「だめ!」

 ニンファドーラは無理やり手を引っ張った。
 少女は引きずられるようにニンファドーラについてくる。
 その得体の知れない何かは、ガラガラと音を立てながら氷よりも冷たい冷気を発して近づいてくる。
 ニンファドーラは力の限り走ったが、体力が尽き果ててついに転んだ。

「助けて!」
「ドーラ、何を怖がってるの? 私、恐ろしいわ」

 少女は怯えていた。

「変なものが近づいてくるの! 早くこっちに逃げて!」

 ニンファドーラは四つん這いで逃げた。しかし、少女は動く様子がない。
 そのまま、黒い影は少女に覆いかぶさった。

「逃げてー!」

 ニンファドーラの声は届かず、少女は全く動かない。気絶しているようだ。

「エクスペクト・パトローナム!」

 突如、ニンファドーラの後ろから声が聞こえてきた。
 そして次の瞬間には、美しい半透明の雌鹿がニンファドーラの横を通り過ぎ、あっという間に吹き飛ばした。

「ありがとう!」

 ニンファドーラは振り返ってお礼を言った。
 そこにいたのは若い男性で、マントを翻しながら空飛ぶ馬に乗ってこちらに向かってくる。馬を操って見事に着地した。
 遠くから見るとハンサムそうな雰囲気だったが、近づいてみると猫背で、意外と暗い顔だ。
 しかしニンファドーラが気にしているのはそこではなく、彼の手に握られた杖一本だった。

「あなたは魔法使いなの?」

 思わず言葉が口を出る。

「そうだ。でも、ここはマグル街だから、小さな声で話すんだ」

 男性は、不健康そうな紫がかった唇に指を当てた。

「ごめんなさい。でも、ありがとう、私たちを助けてくれて。あの黒い生物は何だったの?」
「吸魂鬼という幸福を吸い取る魔法生物だ。危ないから近づかないように。もしも危険だったらすぐに助けを呼ぶんだ。魔法使いの誰かが駆けつけてくる」
「うん、わかった」

 ニンファドーラはコクリと頷いた。

「最近、マグル界では変なことがたくさん起こってるの。これは魔法界のせいなの?」
「残念なことに。でも、ダンブルドア──偉大な魔法使いがそれを阻止しようとしている」
「ありがとう! ねえ、ジェームズとシリウスのことを知ってる?」
「まあ──知っている」

 男性は急に憎々しげな表情になった。もしもニンファドーラがその顔を見れば、恐怖で逃げ出していただろう。

「本当? よかった!」

 しかし、相手をよく見ていなかったため、ニンファドーラの瞳は輝いた。
 ニンファドーラはコートのポケットを探り、手紙を取り出した。手作りの便箋は形が崩れてヨレヨレだが、健気な努力は伝わってくる。

「これを渡して欲しいの。ずっとチャンスがなくて。でもいつも持ち歩いていたの」
「これをポッターとブラックに渡すのか? 私が?」
「ごめんなさい」

 不快な口調に気付いたニンファドーラは男性から目を離して、うなだれた。
 二人はしばらく向かい合っていたが、あまりにもニンファドーラの姿がいたたまれなくなったので、ついに男性が口を開いた。

「まあ、受け取るだけ受け取っておこう」
「ありがとう! 本当にありがとう!」

 ニンファドーラははしゃいだ。
 男性は手紙を潰さんばかりに握りしめると、そのまま振り返らず、馬に乗って去っていった。


 *


 1979年春、ダンブルドアは塔の上からロンドンを見渡していた。
 崩壊した橋や建物、大量の吸魂鬼、放たれる悪霊の火。
 恐ろしいのは、これらはこれから起こるであろう戦争の先駆けに過ぎないということだ。
 吸魂鬼はマグルには見えない。
 悪霊の火はマグルの水では消せない。
 故に、魔法使いが対処しなければいけないのだが、数が圧倒的に足りなかった。
 アメリカなど海外の魔法使いがイギリスに入国しようと働きかけているが、魔力を持つ者にだけ発動する防壁に塞がれ、足止めされている。
 どうやら、ヴォルデモートは魔法族を裏切ろうとする不届き者の存在に気がついたらしい。
 新たな防壁は、グリンデルバルドでも理解できないほど複雑だった。

 しかし、これはチャンスだ──とグリンデルバルドは言う。

 ヴォルデモートが権力を握ってから二年が経ち、あの集団の脆さが表面に出始めた。
 ヴォルデモート個人の力は上がっている。しかし集団としてのまとまりが足りないのだ。
 ヴォルデモートへの恐怖、個人的な利益の追求、強い者につくことで自分を強く見せたいという虚栄心……。
 ヴォルデモートと同じ信念を持つ者などほんの一握りで、あとは雑多な人々の詰め合わせだ。
 もしも海外の魔法使いが入ってくれば、海外の侵略に対抗するという共通の目的ができ、逆に団結を強めてしまうかもしれない。

 ──だから、この状況はある意味好都合なのだ。

「そうとは思えんがのぅ……」

 ダンブルドアは呟いた。
 この状況を打破するには、やはりこちらも本気で戦わなくてはいけない。
 マグルの武力を最大限に活用しても、こちらは守りに徹するしかない。勝機はほとんどないのだ。
 仮に勝てたとしても、それまでにどれほどの犠牲者が出るのか……おそらく魔法史史上最悪の戦いになるだろう。

 イギリスの灰色の空の下、一筋のつむじ風が吹いた。

「さて、お客様が来たようじゃの」

 ダンブルドアは老人とは思えない身軽さで振り返った。

「なぜ、私の存在を認識したのだ?」

 ヴォルデモートは物陰から姿を現した。
 赤い瞳は驚きで見開いている。

「トム、お主もまだ若いということじゃよ。わしのような老人から見れば、お主も知らないことだらけの若者の一人じゃ」
「私より勝る者はこの世界に存在しない。私はお前に勝った。魔法大臣になり、魔法界を統治したのはこの私だ」
「その通り。しかし、魔法大臣にならなかったからと言って、それがなれなかったと同義だとは限らない」
「何を言おうと所詮は負け犬の戯言だな」

 ヴォルデモートは馬鹿にしたように笑った。

「トム、もう一度考え直してはくれんかのう。マグルを惨殺したところで、この先に何が待っているのか。幾多の愛を切り裂いて、一体何を見出せるというのか」

 ダンブルドアは、生徒に諭す時のように言った。

「その名前で呼ぶな、私はもう貴方の生徒ではない。貴様の時代は何年も前に終わった」
「たしかにそうじゃ。しかし、わしにとってお主はいつまでも生徒じゃのう。人としての良心に従うのじゃ。お主のすることはいずれ、自分の身をも滅ぼすことになる」

 ヴォルデモートは呆れた。

「そんな脅しなど私には通用しない」
「脅しではない。これはお主に対する愛じゃ。未知のものを知るのは恐ろしいことじゃろう。しかし、勇気を振り絞り、理解するように努めるのじゃ。もう一度立ち止まって考え直してはくれんかね?」

 ダンブルドアは語りかける。
 それは教師として最後の慈悲であった。
 ダンブルドアは知っていたのだ。これから起こる戦争は、勝敗に関わらず、ヴォルデモート自身にも大きな損害を与える、ということを。
 ここで止めるのは誰でもない、ヴォルデモート自身の為なのである。マグル生まれを虐殺したヴォルデモートに対し、ダンブルドアは引き返せる最後のチャンスを与えてやったのだ。

 しかし、この程度のことでヴォルデモートが考えを改めていれば、今のような状況には陥っていなかっただろう。
 孤児院に迎えに行ったあの時から──トム・マールヴォロ・リドルという名を付けられた頃から、彼の果ては決定されていたのだ。
 想像容易く、ヴォルデモートはダンブルドアの言葉を一蹴した。

「私に未知のものなどない。私はこれから野望を成し遂げる。貴様は必要ない存在だ──アバダ・ケダブラ!」

 ヴォルデモートは音速で杖を抜いた。
 隙のない見事な手つき──闇払いでも反応出来ないであろう速さだ。
 しかし、ダンブルドアは20世紀最高の魔法使いと評された人物である。
 瞬時に呪文の飛ぶ方向を見極めると、塔に吊り下げられた鐘を自分の元に引き寄せた。
 鐘は死の呪文を打ち消しにする。
 そのまま、ダンブルドアは流れるような自然な所作で鐘を砂に変化させ、ヴォルデモートに襲わせた。
 ヴォルデモートは意外な反撃にローブで口を覆うが、すぐに体制を整えると、砂の一粒一粒に火をつけて、ダンブルドアに向かわせる。
 それに対してダンブルドアは水を膜のように張り、火を消した。
 砂はボロボロと地面に落下する。
 ヴォルデモートは砂を泥に変化させると、ダンブルドアの足元を固めた。
 一瞬の動揺を察知したヴォルデモートは、畳み掛けるように呪文を乱発し、泥でダンブルドアを包もうとする。
 しかし、ダンブルドアは冷静に姿くらましすることで対処した。
 ヴォルデモートが閃光を放つと、ダンブルドアは素早くそれを避ける。
 ダンブルドアが岩を投げると、ヴォルデモートが打ち砕く。
 凡人では確認することもできないスピードで魔法が飛び交い、火花が散る。
 互いに一歩も譲らず、二人の魔法使いは戦い続けた。

 ──勝負は一瞬だった。

 ダンブルドアの呪文によってヴォルデモートは塔の端に追いやられた。
 前にはダンブルドア、後ろは奈落。
 結界の所為で姿くらましすることもできず、ヴォルデモートは行き詰まったはずだった。
 しかし、ヴォルデモートは余裕の表情でこちらを見ている。

「ダンブルドアよ、それほどにマグルが大切だというなら好きに守るがいい。しかし私は手抜きしないぞ。数ヶ月後には、マグルの屍の前で泣く事になるだろうよ」

 ヴォルデモートはそう言うと、躊躇なく塔から飛び降りる。
 ダンブルドアはそのまま死んでくれないかと期待したが、当然そんなことは起こらなかった。

「飛行魔法……そんなものまで発明しておったとは」

 ダンブルドアはヴォルデモートの後ろ姿を見て呟いた。
 箒なしで飛べる魔法──ヴォルデモートしか使えないであろう難しい呪文だ。


 そして一時間後──。

『マグルの諸君。私はこれから、お前達に攻撃を開始する』

 イギリス中の人々の脳内に、ヴォルデモートの声が響き渡る。

 魔法使い対マグル──前代未聞の戦い。その幕が切って落とされた。

目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。