幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて (空也真朋)
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第1章 幼女衛士の誕生!
第1話 さらに過酷な転生


 気がつくと私、ターニャ・デグレチャフは彼の存在Xの前にいた。存在Xとは神のテンプレ姿の老翁である。二度と会いたくない相手ではあるのだが、遺憾ながら死ぬたびに会わなければならない相手である。

 ………うん? ということは私は死んだのか?

 あんまりである! 幼き日から生涯の安寧を夢見て戦場を飛び回り、戦果をあげ、実績を積み、確実に階級を上げてきたはずだ。安らかな老後どころか、後方での勤務すらかなわず、前線暮らしの幼女のまま死亡するとは! いったい今までの苦労は何だったのか!?

 

 「…………再び創造主を前にし、考えることがそれか? 貴様の不敬不遜はまったく治らんものとみえる」

 

 …………そう言えば私に『信仰心』というものを目覚めさせるために、こんな巫山戯た幼女にされたんだったな。こんな目にあわされ、神への『憎悪』ではなく『信仰心』に目覚める奴がいるのならお目にかかりたい。私は存在Xに文句を言うべく口を開きかけると、

 

 「だがよくやってくれた」

 

 などと以外な言葉を吐いた。

 何を? 死ぬまで戦果を上げ続けたことか? あなたに関係があるとは思えないのだが。 

 

 「おぬし自身はともかく、おぬしのまわりの者どもは大いに信仰心を培い、良く神の恩寵を知り、敬虔なる者となることができた。これもまた、ひとつの良き結果といえよう」

 

 …………何のことだ? 神への信仰に目覚めた者など、MAD技師のシューゲル博士以外思いつかないのだが。だがまあ、この難アリ老翁の機嫌を取れたのならなによりだ。恨みはあっても、この死後の世界じゃ厄介極まりない絶対権力者ではあるしな。

 

 「神への信仰を説いた覚えはないのですが、そうですか。新たなビジネスモデルを築けたのなら何よりです。以後、消費者の心理分析を徹底し、計画の検証を密に行うことをおすすめいたします」

 

 

 ――――このとき私は致命的なミスを犯してしまった。わずかでも、この邪悪極まりない存在Xに心を許してしまうとは!

 わずかでも警戒することを忘れなければ、この前世よりさらに過酷な、さらにクソッタレな世界に来ることを免れることが出来たのかもしれなかったのに!

 

 

 「そこでじゃ。そんなおぬしを見込んでひとつ、頼みがある」

 

 「微力、非才の身でありますが、役に立てるとあらば努力を惜しむものではありません」

 

 ――――私のバカバカバカ! 何故こんなことを言ったのだ!? 用心のひとつもしないで! 存在Xを信じるなど、戦時下の統制放送が全て真実と思い込むようなものなのに!

 

 

 

 「その世界は謎の宇宙生命体襲われ、それに人類滅亡の危機にさらされた世界でな。そいつらをなんとかする方法を見つけて欲しい」」

 

 「…………は?」

 

 「あとついでに、信仰心一切を否定した忌まわしき主義を掲げた者どもの勢力が生まれておる。その集団に行き、糺してもらいたい」

 

 それ、もしかして共産主義?

 

 なんだそれは!!!!!!!

 

 宇宙生命体に襲われている世界の、さらに共産主義の国にいけ!? 巫山戯ること極まりない!

 

 「異議を申したてます!そのような…………」

 

 「ああ、みなまで言わんでもよろしい。確かに普通の転生では手に余るじゃろうな。ゆえにその世界には魔術はないが、特典として魔術能力はじめ、前世の身体能力はそのままに持ち込めるよう転生させてやろう」

 

 「違う! その転生が理不尽だと申し上げているのです!そもそも………」

 

 「あともうひとつ。これがあれば、大抵の局面はどうにかなるじゃろ。ホレ!」

 

 忌まわしき存在Xがよこしたそれは………エレニウム九五式宝珠!?

 

 宝珠。正確には演算宝珠。あの世界では魔導によって三次元世界に干渉し、様々な事象を起こせる。そして演算宝珠を使用することによる演算で、より正確、自在に事象を引き起こせる。

 そしてこのエレニウム九五式宝珠は特別だ。4核の複合による宝珠で、より強力、正確に魔導を発現させることが出来るのだ。本来ならこんなことは不可能なのだが、存在Xが干渉することにより実現せしめたシロモノだ。そしてそのせいか、使用するたびに信仰心篤くなるという精神汚染があったりするのだ。

 

 「そいつはなかなかのオモチャじゃな。ちょいと手を加えるだけで次元世界の壁を越え、存在させることが出来るようになったわい。まったく、次の人生でもこれを使えるとは幸運すぎじゃな。我ながら贔屓極まりない。これで神の御心に感謝しなければ、とんだ人非人じゃ」

 

 そいつはあなたを讃えるようになる、などというとんでもない精神汚染があるだろうが!

 

 「いえ、転生が避けられぬのなら、せめて九七式を! その他、私にも希望を述べさせていただく権利を主張します!」

 

 「ではな。達者でやるが良い」

 

 

 

 

 存在Xは…………やはり変わらず邪悪であった。

 私は再び、あの懐かしい転生の渦へと落ちていった。

 

 

 

 




 過酷なる宇宙からの侵略にさらされる世界へと、転生させられたターニャ!
 彼女を待つものとは……?


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第2話 義勇兵志願

 

 

 私は二度目の転生をした。場所はドイツ民主共和国。通称は東ドイツ。ソビエト社会主義連邦を盟主とするバリバリの社会主義国だ。この瞬間、私は長くコミーに頭を下げ続けなければならない屈辱が決定したわけだ。

 名はグレース・ワイスという女の子。両親が出征した時、何故か孤児院に預けられた。だが両親が戦死した時、そのまま孤児院の住人となった。さすが社会主義国、やることに無駄がない。それから乳幼児期のお世話される屈辱も、二度目のおかげでそこそこ………慣れる訳なかろう! 

 そして容姿は前世のターニャ・デグレチャフと寸分違わず同じ。本当に体を全くそのままに転生させられたようだ。孤児院の生活は、まぁ普通に最悪だった。食い物は不味くて少ないし、社会主義国らしく人民と党への忠誠をやたら強要された。

 

 私は社会主義というのは、メンヘラ気味のお偉いさんのブスな娘だと思うことにした。『愛している』と四六時中語りかけてやらねばならず、他者への愛………父母の愛だろうと神の愛だろうと、とんでもなく嫉妬してくる頭のおかしい女。そいつをジゴロよろしく上手くつきあっていくことが仕事のひとつと割り切っていくことにする。

 無論、それと一生つきあうなど冗談じゃない。私はもうすでに、西側……資本主義陣営への亡命を決断している。私は前の前の人生から資本主義への忠実な信徒であるし、社会主義国というのは上から下まで誰も幸せにしない国だということは知りすぎているからだ。この国でどれだけ偉くなろうとも、決して安寧なぞ訪れない。なるほど、確かに平等の国だ。誰もが一律に不幸となる。

 

 なに、存在Xからの頼みはどうするのかだって? 知ったことか!!!

 前回、私はさんざん過酷な戦場を歩かされた。そして今世、今度こそは暴力のない人生を、と望んだにも関わらず、社会主義国家で宇宙生物と戦え、だ。まったく、前よりさらに酷い過酷なノルマを押しつける様はまさにブラック企業、いやブラック転生だ。暗黒神め! ヤツのために働いてなどやるものか!

 

 そしてエレニウム九五式宝珠。それはいつの間にか手元にあった。存在Xの思し召しの特典らしいが、有りがたい。感謝する気はカケラもないが。こいつがあれば前世の強力な魔術を使える。これを乳幼児期の暇にまかせて魔術の様々な使用法、応用法を研究し、学んだ。強い力を行使すると、神を讃える誓句と光が出てしまうのが難点ではあったが。

 

 九五式宝珠をかなり使える様になった頃、義勇兵の徴募が来た。だが、これは一定数の子供を軍に抽出しなければいけないという強制だ。義勇兵なのに強制というコミーマジック!

 現在この国は………いや、この世界はBETAと呼ばれる地球外起源種。いわゆる宇宙生物と戦っている。BETAの物量は凄まじく、殺しても殺しても、いくらでも湧き出してくるそうだ。結果、兵は足りなくなり、立場の弱い孤児はその穴埋めの肉壁となるべく義勇軍に行かされるのだ。

 誰もが嫌がるそれに私は志願した。ある条件と引き替えに。

 

 「ターニャ・デグレチャフ? 入隊にあたり、君はこの名にかえるというのかね? グレース・ワイス」

 

 「はい。『グレース・ワイス』という名はやさしすぎて、戦意を高めるのに難が有りすぎるのです。院長先生の許可なども取ってありますので、よろしくお願いいたします」

 

 現在、私は義勇兵徴募の面接官殿との面接の真っ最中。院長に名を変えることを条件に義勇兵に志願したのだが、面接官殿はこのことに難を示した。

 

 「手続きが煩雑になる。やめたまえ」

 

 などと怠けたい本心を隠しもせず言う始末。孤児の義勇兵ひとりに髪の毛一本分の苦労さえ厭う気持ちは分かる。しかし私としてもこれは避けたくない事なのだ。

 

 「いえ、どうか面接官殿の格別のご厚情を持ってお願いいたします。もし、私の拙い願いをお聞き届け頂けるなら、党のご恩に報いるべく最前線を希望いたします!」

 

 「…………貴君の人民と党への献身、大いに評価する。希望は受理しておこう。もっとも死亡時、関係者への通知時には元の名へと戻すことになるが………」

 

 「ありがとうございます、面接官殿。人民と党へ感謝を!」

 

 最終的には最前線送りは立場の弱い者からの強制になるとはいえ、やはり志願の方が望ましいのであろう。めでたく私は最前線と引き替えに、再び『ターニャ・デグレチャフ』となった。

 さて、何故に私は『ターニャ・デグレチャフ』の名にこだわったのか? それはこの名はどうも戦争に引き寄せられすぎる気がするからだ。前世、私は死んだ時の記憶がなく、どの様な最期だったのかもわからないため、『ターニャ・デグレチャフ』の自我が強く残っている。なので次の戦場で華々しく死に、私の中の『ターニャ・デグレチャフ』をきれいさっぱり消し去ろうという一種の儀式めいたことをするつもりだ。

 無論本当に死ぬわけではなく、死亡したとみせかけての国外逃亡をするつもりだ。普通に考えるなら、最前線からの逃亡なぞ上手くいくはずがない。だが、私にはこのエレニウム九五式宝珠がある。これさえあれば人のいない地域で空を飛んで悠々逃げられる、というわけだ。さらに支給される乾パンで道中の食料をまかなう。戦死した同胞からもいただければベストだ。

 

 

 そして出征日。

 迎えのバスが来たようだ。

 見送りの皆の表情は複雑そうでも、祝福の言葉を述べてくれる。

 死にそうなお顔のお友達と共に雄々しく出征するとしますか。

 

 

 ターニャ・デグレチャフ最後の戦いへ!

 

 

 

 

 

 

 




 義勇兵より始まる新たなターニャの戦記!
 シュヴァルツェスマーケンと交わる日はいつ?

 次回、新生ターニャ初戦闘!


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第3話 白き大空に飛ぶ

 アイリスディーナSide

 

 私はアイリスディーナ・ベルンハルト大尉。ドイツ民主共和国特務部隊第666戦術機中隊、通称『黒の宣告(シュバルツェスマーケン)』の部隊長を務めている。

 ここはコットブス県ナイセ川近郊。目前に迫るBETA大軍の、光線級吶喊の任務を受けた。雪の降る中、現在我が部隊は任務を前に、とある集積所の村で補給を受けている最中だ。

 

 ――――私がその幼女を見たのはそれが最初だった。

 

 補給を受けている我が部隊の戦術機、バラライカを見に、ここに集められた義勇兵たちが群がっている。

 本来なら我が部隊の機体をあまり一般兵に見せるのは好ましくないが、誰も特に厳しく取り締まろうとはしない。何故なら、彼らはもう間もなく全員死ぬからだ。戦術機部隊の手の回らない部分へ、ほんの少しの時間を稼ぐためだけに肉壁となってもらうだけの部隊。それが義勇兵だ。

 待機中、私は機体の網膜投影で何とはなしに彼らを見ていると、一際幼い義勇兵の制服を着た幼女を見かけた。青い目に短く切った金髪。やせっぽちな小さな体をいっぱいに伸ばし、我が部隊のバラライカを見ている。

 

 (あんな幼子までもBETAの生け贄にするのか。因果なことだな)

 

 私の中にかすかに残っている人間性が彼女に憐憫を感じていると、全機補給完了の報が来た。

 私は気持ちを切り替え、幼女のことをも頭から振り払い、全機発進の号令をかけた。

 

 「全機発進! 任務は来襲中のBETAの光線級吶喊!」

 

 最初に私が発進し、次々に決められた順番通りに機体は飛び立つ。目標の光線級目指して!

 

 

 

 

 ――――ほんの一瞬、あの幼女の、幼子らしからぬ深い知性を湛えた青い目が心に残った。

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 ターニャSide

 

 ガガガガガ! ガガガガガ!

 

 爽快な突撃銃の掃射音を白く雪降る空に響かせ、我ら義勇兵は人民と祖国のため、襲い来る人類の敵BETAをバッタバッタとなぎ倒す!

 おお、督戦官殿よご照覧あれ! かくの如く祖国愛に燃ゆる勇ましき義勇兵の雄々しき戦果を!

 

 

 ……………ウソだ。あの怪物共に、ロクな訓練さえしていない義勇兵の弾なぞ意味があるわけなかろう。いや、訓練をしたとしても、BETAに突撃銃なぞ通じるわけもない。

 

 ここはコップス県ナイセ川東岸より数キロ先にある村外れのとある陣地。雪が降る中、我々義勇兵はそこの正規兵と共に守備任務を与えられた。そしてかの有名なBETAとの戦闘をしたわけだが………結果はご想像通り。いや、多分だが多少は良い。

 陣地の人間の三分の二ほど喰われながらも、BETAの第一陣はどうにか全滅させた。義勇兵とそこそこ火砲の正規兵の混成部隊にしては大いな戦果であろう。

 実は、虎の子のエレニウム九五式宝珠を使用した。国外逃亡する時まで使用するつもりはなかったが、宇宙外来種BETAとは想定の10倍ぐらいクソッタレに強い! 味方の掃射に紛れて魔術で弾速、威力を大きく上げた弾で倒したのだ。

 もっともこれが限界であろう。正規兵はほとんど死亡し、指揮する人間がいなくなり、最後の方は私が代わりにやったぐらいだ。一番後ろにいた督戦官殿は襲われてもワザとBETAを見逃し、戦死してもらった。ヤツらの党への忠誠は本物で死んでも任務を全うしようとするので、生きていられるといろいろと面倒なのだ。

 実は私が最前線を希望したため、なぜか一緒に出征した他のみんなもここに送られた。さすが、と思えるほどの悪辣さだ。そして生き残った兵は、孤児院仲間の義勇兵がかなりいる。やはり彼らに対しては多少の情があったのだろう。無駄と知りつつも、つい助けてしまったのだ。だがまぁ、仮にも友達だ。慈悲を与える相手としては悪くない。

 さて、フィナーレを飾ろうか。

 

 「諸君、どうにか我々は生き残り、任務を遂行したがここが限界であろう。もはや次のBETAの襲撃は凌ぎようも無い。よって、全員の自決を提案する。(私以外のな)

 私からの慈悲を受けたい希望者は名乗り出てくれ。苦しみひとつ無く、御許へ送ることを約束しよう」

 

 おっと、つい神への言葉が出てしまった。九五式を使いすぎたせいだな。

 

 「そんな! 党への反抗だぞ!」

 「死にたくないよ!」

 「あきらめるのか! ここを守るのが任務なのに!」

 

 など次々否定の言葉。まあ、最期までつたない希望を持って死ぬのもいい。そんな必要もないのに、慈悲を与えるのは希望者だけだ。やがて、ずっと黙っていた壮年の理知的そうな兵士が私の前に立った。

 

 「お嬢ちゃん、お願いする。楽にしてくれ」

 

 その男の言葉がきっかけだった。孤児院仲間の皆は顔を見合わせ、大きくうなずくと私に言った。

 

 「お願いだ、グレース。みんないっしょに逝かせて欲しい」

 

 「……それはいいが、何か間違っていないか?」

 

 「……ああ、”ターニャ”って名前変えたんだっけな。ごめん、でもやっぱり最期はグレースって呼ばせてくれ」

 

 ………まあいいか。別に意地を張ることでもない。そうして次々希望者が名乗りを上げる中でのことだ。

 

 ガ―――ン!

 

 いきなり銃声が響いた。

 

 「やめろ小娘! これは抗命罪、そして煽動罪だぞ!」

 

 ジャガイモ面のとある兵士が私に短銃を突きつけ、そう言った。階級章は………伍長? なのにさっきまで私が指揮を取っても何もしなかったのか? まぁ、社会主義国なんてものは、どんなに無能でも党の忠誠心だけで上にいけるものだからな。そのあたりが未来の無い理由か。

 

 「いいか? 貴様の発言は帰還後に上層部へ報告させてもらう。処分は覚悟しておけよ!」

 

 驚いた。このジャガイモ、帰還できるつもりか? 命令通り雲霞の如く来るBETAから陣地を守り通して?

 

 

 ドドドドドドドド………………

 

 ふいに地鳴りが響いた。BETAの第二陣が来たのだ。それは遠目からでもわかる、先程の襲撃をはるかに凌ぐほどの大量の群れであった。

 

 「ヒッ! きっ、貴様ら配置につけ! 小娘、今は貴様も………」

 

 ガーン! ガーン! ガーン! ガーン!……………

 

 ジャガイモ面が怯んで何か言っている隙に希望者を一瞬で全員葬った。約束通り苦痛一切与えぬ即死だ。

 

 「なっ……何をしている………!」

 

 ジャガイモ面が震えながら私に短銃を突きつけ聞いてくる。

 本当に何をやっているのだろうな、私は。

 皆に苦痛を与えぬ慈悲を与えたいなら、全員問答無用で撃ち殺せばいい。

 同胞を殺す罪悪感がイヤなら、さっさとこの場から飛んで逃げればいい。

 わざわざ希望させてから殺すなど偽善極まりない!

 

 …………いや、これで正しいのだろう。この個人の自由の何一つない国で、最期の死に方の自由を与える。意味のないことのようにも見えるが、意味があると思いたい。

 希望者のように楽な死に方を選ぶのもいい。ジャガイモ面のように、党と祖国に最後まで忠誠を尽くし、BETAに食い殺されることを選ぶのもいい。

 

 

 

 「これで最後だ。希望者は他にいないか?」

 

 私はこの場での最後の言葉を吐いた。

 

 「わ、私も頼む!」

 「オレもだ!」

 「グレース………お願い!」

 

 ガーン! ガーン! ガーン! ガーン!

 

 私は希望を出した者に間を置かず、次々と葬ってやった。ジャガイモ面はブルブル震えて短銃を私に向けていたが、最後の一人を私が撃ち殺すと、銃を投げ捨て逃げ出した。

 

 (逃げ切れるといいな………無理か)

 

 予定通り、死体から乾パンを頂戴する。死体剥ぎでは無く、さっきの汚れ仕事の代金だ。我ながら慈善事業にも等しい良心的値段だと思う。

 ほどよく、十分なほどに乾パンを手に入れた所でBETAが迫ってきたので、エレニウム九五式宝珠を起動させる。

 

 

 前世以来、久しぶりの大空は―――――白く寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 運命の女アイリスディーナ

 遂にシュヴァルツェスマーケンと邂逅!


アイリスディーナSide

 

 

 私は現在、戦術機バラライカに乗り、部隊員の一人のテオドール・エーベルバッハ少尉の機体と共に、旧ポーランド領クロスノ・オドジャンスキエ近郊に来ている。

 テオドールは戦術機の操縦技術は高いにも関わらず、極度に人と関わることを嫌う性質がある。その為に部隊の連携に難を出してしまう。昔、密告によって家族を失い、自身も拷問された過去のためだ。お陰でさっきの任務で部下を一人戦死させた。いや、彼のせいとはいえないが、彼がもっと積極的に支援していれば避けられた事態だったと思う。

 

 さて、彼と二機部隊を離れここに来たのは、国連軍の救援信号を受けたからだ。

 私も戦死した部下、イングヒルトのことで心がささくれていたのだろう。ついテオドールと口論になってしまい、私と彼は東と西それぞれに別れ、国連軍部隊を探すことになった。

 

 

 ―――そしてそこで再びあの幼女を見た。

 

 ―――二度と見ることのないはずの彼女を。

 

 ―――信じられない光景と共に。

 

 

 その幼女は、なんと空を飛んでいた。そして追いかけてくる戦車級BETAに、果敢に突撃銃で応戦していた。本来なら突撃銃で戦えるのは小型種まで。中型の戦車級には火力が足りず通用するはずがないのだが、なんと彼女はそれで戦車級を撃ち抜き、倒しているのだ。

 

 「…………成る程、面白いものを見つけたかもしれん」

 

 

 私はニヤリと笑い、幼女を助けるべく、BETAの排除に向かった。 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 ターニャSide

 

 

 

 『”ターニャ・デグレチャフ”という名は、戦場を呼ぶ』

 

 そんな迷信じみた予感を感じながら、何故また名乗ってしまったのか?

 

 いくらこの名を葬りたいと願っても私は死んでおらず、生きている限りこの名が戦場を呼ぶ。

 そして新たな戦場の化身が私の前に立っている。

 

 

 その名を”アイリスディーナ・ベルンハルト”という。

 

 

 

 

 BETAからの絶望的な(私以外の)陣地防衛戦の後、魔術飛行で旧ポーランド人民共和国領のクロスノ・オドジャンスキエ近郊へとたどり着いた。脱出する際に拝借した通信機からの情報で、ここに西ドイツからの国連派遣軍がいる情報を手に入れたのだ。避難民のフリして西に亡命しよう!………との計画だったのだが、残念なことにそれはBETAに壊滅されてしまったらしい。

 それだけなら残念ではあるが、まあいい。最悪なのは、その救援要請で来た我が祖国の”黒の宣告”(シュバルツェスマーケン)と呼ばれる部隊の女隊長殿に見つかってしまったことだ。しかも、BETAから逃げる最中の空を飛んでいる姿を見られて!

 BETAから助けてはくれたのだが、私は彼女に捕まった。そして戦術機から降りた彼女に尋問めいたことをされている。

 

 

 「お前は………まさかラエスヴィナ村にいたあの幼女義勇兵? 何故ここに………」

 

 なっ! この隊長殿、私を知っている!? 貴女とお目にかかったことなど一度もないぞ!

 

 「逃亡兵か? しかしあそこからここに来るまでには、BETAの支配地域を越えねばならないはずだ。それに距離を稼ぎすぎる!」

 

 そう! それは貴女の見間違えで、私はどこにでもいる現地住民の子供です! と、言おうとしたが、ポーランド語でそれ、何と言うのだ!?

 

 「だがその義勇兵の制服、これだけ切り詰めて小さくしたものなど他にあるはずもない。やはりあの時の子か………」

 

 どの時!? いや、決定的証拠を着ていますね。おお!神よ………(いかん、また九五式に精神を侵食されている!?)

 

 「それに見間違えでなければ、さっき空を飛び、突撃銃で戦車級を倒していたな。あれは?」

 

 私は観念して、ある程度魔術のことを説明した。無論、エレニウム九五式宝珠のことは秘密だ。実はこれ、小さい頃から常時首からぶら下げているのだが、誰にも見られたことはない。隱行魔術で他の人間には見えない様にしてあるのだ。前の世界ならさほど通用しないこの術も、魔術のないこの世界なら極めて有効なのだ。

 

 

 

 

 「――――なるほど、いいだろう」

 

 彼女はそう言うと、ニヤリと笑った。何がいいのでしょうか? 大尉殿。

 

 「お前は私が雪中見つけ、拾って保護したとしよう。話を合わせろよ」

 

 「……大尉殿? それは無理がありませんか」

 

 貴女、ずっと部隊の指揮を執っていたのでしょう? 前世で部隊指揮の経験がある身からいわせてもらえば、指揮のまっ最中に救助活動を部下に知られずにするなどありえませんよ!

 

 「なに、これから来る部下も巻き込めば、その”無理”も”ものすごい偶然”ぐらいにすることはできるだろう。貴君の演技に期待する。デグレチャフ同志義勇兵殿」

 

 マズイ! この女、私を何かに巻き込もうとしている! そんな直感がよぎった私に、アイリスディーナはズイっと顔を近づけてきた。美人だ。前の前の人生で残っている男の魂のカケラが少しだけ疼いてしまい、体が固まってしまった。

 

 

 「お前はこれから私の共犯だ。私を手伝え、ターニャ・デグレチャフ」

 

 

 

 

 

 

―――――今思い返せば、何故アイリスディーナの隙を見て飛んで逃げなかったのかと思う。

 

 あの後、彼の麗しき隊長殿は、合流したテオドール・エーベルバッハ少尉という部下を口八丁、悪辣な狐をも思わせる巧みな弁舌で丸め込み、見事、私の立場を補完させてしまった。

 

 そして今現在。

 

 (またしても私は”ターニャ・デグレチャフ”の名が呼ぶ戦場に引きつけられてしまった)

 

 

 衛士強化装備を身につけた自分を見ると、そんな思いに駆られた。

 

 

 

 

 




 
 ターニャちゃんが衛士に!? この、大いなる謎の真相は次回に!


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第5話 私の政治将校様

 

 

 諸君、ご機嫌よう。私はターニャ・デグチャレフ。忌まわしきコミーの先兵に成り下がった私を笑ってくれ。

 あの後アイリスディーナ大尉殿にコッブス基地に連れてこられた私は、一月に渡る集中訓練の後に衛士となり、目出度く第666戦術機中隊の予備要員となった。…………何を寝言を言っているのかと思っているだろうが、本当だ。いくら衛士の速成が奨励されているとはいえ、二年は確実にかかるものだ。それも規定の年齢に達した少年少女での話だ。

 だが、大尉殿に『一月後に戦術技、戦術機操縦のテストをまとめてやる。受からなければ逃亡罪で強制労働キャンプ送りだ』などと期待されれば頑張らないわけにはいくまい。多少魔導で私や戦術機をドーピングして、見事衛士資格をもぎとった。

 そしてどういう政治マジックか、政治将校殿も上層部も説き伏せて部隊に編入。戦術機バラライカを拝領した。最も階級は上級兵曹。正規の訓練を受けていない私にはこれが精一杯なのだろう。兵曹なぞに”上級”がつくのは、”それで特別に戦術機に乗せてやる”、という意味だ。

 

 さて、我が親愛なる大尉殿と党が、まだ搭乗資格の階級さえ得ていない私にもったいなくも預けて頂いたMiGー21バラライカ。我が友であり愛馬であり伴侶たる汝。私は彼をエレニウム九五式宝珠による魔術で強化可能だ。スピード、パワー、ジャンプ力、突撃砲の威力を大きく上げることができるのだ………が、大きな問題がふたつ。

 ひとつはこれを起動する時、神を讃える聖句を唱えてしまうのだ。知っての通り、社会主義国は宗教の完全否定の国。そして管制ユニット内は常に録音され、政治将校殿がチェックしている。つまり起動の言葉で強制労働キャンプ送りだ。

 もうひとつは、私がバラライカの能力をはるかに上回る機動をしたとしよう。またまたそれを見た政治将校殿はこれを西側の陰謀に結びつけ、私をどこぞのスパイだと上に報告するだろう。自分の理解できない事は全て陰謀に見えてしまうのが社会主義国というものだから確実だ。

 結論。どこぞの育ちのいいお坊ちゃんが如く先任方の言うことをよく聞き、間違ってもヒーローになろうなどと考えてはいけない。前世の『白銀』の復活なぞもっての他だ。

 

 

 

 「来たか、ターニャ・デグレチャフ同志上級兵曹。………やはり貴様の衛士強化装備姿は冗談だとしか思えんな」

 

 そう仰ったのはグレーテル・イェッケルン中尉。第666戦術機中隊の政治将校様だ。政治将校とは国家人民軍から派遣された隊員で、部隊の思想教育、及び思想に問題ある隊員はいないかの監視役だ。彼女は(余計なお世話な)私の政治指導を担当してくださり、私は着任の挨拶に伺っているところだ。

 メガネをかけた長い髪の、まだ少女の面影を残した可愛らしい容姿。だが、その顔は気むずかしく引き締められている。もったいないことだ。

 

 「貴様が先に受けたテストは一般のそれではなく、特務部隊審査のものだ。ベルンハルト同志大尉からの提案でちょっとした”賭け”をしたのだが、まさか本当に受かるとは思わなかったぞ」

 

 だろうな。アレが一般衛士のものなら、この世界の住人はどんな超人かと思ってしまう。

 

 「ありがとうございます。これも先任方、及び政治将校殿のご指導の賜物です!」

 

 何も教わってないが、そうだ。そうなのだ!

 

 「フン、如才がないな。ところで貴様は義勇軍からの脱走の疑いがある。義勇軍は正規の軍ではない。あくまで不正規の集まりであるため、軍事法は適用されない。が、任務についてからの脱走は処罰の対象になる」

 

 「そう思われるのは自分の不徳の致すところです。救って頂いたベルンハルト同志大尉殿には感謝の言葉もありません」

 

 アイリスディーナの無理ありまくりの説明に、私にカマをかけてきてるな。そう簡単にシッポは出さんよ。

 

 「………まあいい。少々黒かろうと、一ヶ月で特務部隊審査に受かってしまう貴様の能力は貴重だ。戦死が続き戦力の低下した現在、上手く使ってやるから有り難く思え!」

 

 「は! 社会主義と人類勝利のため微力を尽くします!」

 

 政治将校殿のお言葉に力強く敬礼!

 でもウソです。逃げる気満々です。

 

 「うむ! 崇高なる社会主義理念は人類が生み出した最高の政治理念。その挺身にあたれることを光栄に思え。同志上級兵曹!」

 

 「はっ、同志中尉!」

 

 実は全然同志じゃありません! でも社会主義者っぽく見えるんでそう言っときます。

 共産主義、社会主義などというものは、国を平等にするために悪魔に全てを売り渡す、という思想であって、私のように愛も富も欲しがる欲深な普通の人間には地獄でしかないのですよ。あなたのように統制すること、されることを喜ぶ人間には楽園でしょうが。

 

 

 そうしてしばらく彼女と言葉を交わしているうちに、彼女に思うことができた。

 それは『真摯な彼女の職務精神』…………………などではなく、『この政治将校、チョロイな』ということだ。

 真面目ではあるのだろうが、言葉の矛盾点を察知する能力も低いし、問い詰める方法も威圧一辺倒で芸がない。アイリスディーナは何某か悪巧みをしているフシがあるが、この政治将校殿のお膝元ならさぞかしやりやすかろう。

 

 「よかろう、ターニャ・デグレチャフ同志上級兵曹。貴様の思想は問題ないと判断する。貴様の先の予備要員は問題有りまくりだったので、少し安心した」

 

 「はっ、 光栄であります!」

 

 私と同時にここに来たカティア・ヴァルトハイムという娘のことか。西ドイツから亡命してここの中隊に配属されたようだが、『西と東、仲良くしましょう!』という、孤児院の良い子を思い出すような理想を吐いて政治将校殿を困らせているらしい。愚かなことだ。社会主義国家なぞ、人間でいえば友達を作れない性格の筆頭の様なものではないか。

 

 

 「もう退がってよいぞ、同志上級兵曹。……ああ、最後にひとつ。我らが第666戦術機中隊は我が国最強の部隊と世界から目されている。貴様がその一員となった以上、貴様の不始末は国の不始末となる。そのことを覚えておけ」

 

 ―――――――!!

 

 …………つまり私が脱走し、亡命した場合、国の威信を賭けて地の果てまで追いかけて粛清するということか? 最強の第666部隊が?

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………愚かは私だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 





 曹長、軍曹、兵曹と、曹官の下っぱ。
 ほとんど一般兵です。

 下っぱターニャちゃんの奮闘記が読めるのは『幼シュヴァ』だけ!


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第6話 空より聖句唱う 存在X讃え

 

 カティア・ヴァルトハイム。彼女を見ると、私は孤児院のとある少女を思い出す。私以外唯一の女子の義勇軍参加者であり、戦闘の一番最後で慈悲を与えた少女だ。

 実は彼女は元々義勇兵に選ばれてはいなかった。ところが誰かの代わりにわざわざ志願したのだそうだ。何でも自分より幼い私が志願をしたのを見て、何かを感じ入ってしまったのだという。愚かなことだ。私は下心ありまくりだったのだし、彼女は戦闘などまるで出来そうにない、如何にもな女の子だった。

 要するに、カティアはその娘に似ているのだ。性格や雰囲気、容姿も多少。なので私は彼女を見ると、何とも言えないモニョッとした気分になる。

 

 さて、本日は私の第666戦術機中隊員としての初任務。戦術機に乗って、部隊の出撃に初参加だ。任務は基地に放置されたBETAの死骸片付けだ。

 

 『ではエーベルバッハ少尉。作業が終わったら航空路でヴァルトハイム少尉、デグレチャフ上級兵曹の戦術機機動の技術指導を頼む。許可は私が取っておこう』

 

 アイリスディーナはそう指示した。クリューガー中尉あたりの安定した技術の指導を受けたかったな。まあ、エーベルバッハ少尉も技術は高いが、性格が陰気で取っつきにくい。人とあまり関わろうとしないのだ。

 

 「よろしくお願いします、エーベルバッハ少尉」

 『お願いします、テオドールさん! ターニャちゃん、がんばろうね!』

 

 まったく、いくら言っても『ターニャちゃん』をやめてくれない。上官だから強く言えないが、せめて任務ではやめてほしい。

 

 『「エーベルバッハ少尉」だ。小さいのを見習え』

 

 くっ! かつてないほどに低い階級が恨めしい。前世なら魔導刃で切り裂いてやるのに!

 

 

 目的地到着寸前、突然に警報が鳴った!

 

 「全員傾注! 緊急事態だ。損傷した航空爆撃機がここに来る!」アイリスディーナが叫んだ。

 

 出撃した爆撃機隊が、緩衝地帯にて光線級BETAの照射を受けた。どうにか離脱に成功した内、損傷の激しい2機がこの基地に来るというのだ!

 

 機体はカーゴ損傷により燃料、爆弾の投棄に失敗したもよう。つまり、下手な着地をしたら大爆発、大惨事という訳だ。そして、その救助補助が初任務に変わった。はっはっはっ、なかなか心躍る初任務に変わったではないか。予備要員向けのお掃除任務とは段違いだ。

 

 私と部隊員らはアイリスディーナの誘導に従い、航空路脇にて待機。

 

 一機目………………危なくも無事着地。さすが!

 

 二機目………あ、ダメだ。遠目からでも見てわかる。操縦手逝っている。コクピットから火が出ているのだから。

 

 『総員退避! 全員その場から離脱せよ!』

 

 私はその命令に神速服従! アイリスディーナの尻を舐めるが如く、彼女の機体の後ろについていく!

 

 程よく空中で距離を取ったところで、私ら三機とも停止。……………三機?

 

 私の近くにいた機体は三機だったはずだ。アイリスディーナ、カティア、エーベルバッハ少尉。

 

 いない機体は……カティア? 周囲を探すと、さっきまでいた現場から離れていない! 何をやっている!?

 

 『07、何をしている!? 命令だ、離脱しろ!』

 『でも後ろに格納庫が! 整備班のみなさんが!』

 

 確かカティアは整備兵らの手伝いなどをしていて、彼らと仲良くなっていたな。

 だが馬鹿者! とっくに彼らも退避しているだろうに!

 

 『バカやろう!』

 

 その声と共にカティアとへと突進して行ったのはエーベルバッハ少尉だった! 以外だ。あんなにもカティアと距離を取りたがっていたのに。だが………

 

 (駄目だな、アレは。とてもカティアを庇いきれるもんじゃない。一緒に死ぬだけだ)

 

 事故機は航空路に爆発せずに降りたものの、そのまま滑り、二人の機体へと迫る!

 

 

 

 

 

 「『主よ、その大いなる朝日の如く偉大なる御姿を前に―――』」

 

 私は何故か神を称える言葉―――”聖句”を唱えていた。

 いつの間にかエレニウム九五式宝珠を起動させていたのだ。

 

 「『汝の子は唯、頭を伏して讃えるのみ――――』」

 

 『デグレチャフ上級兵曹、何を言っている!? やめろォ!』

 

 アイリスディーナが叫んでいる。

 そうだ、正気か!? 管制ユニット内の言葉は全て録音されている!

 私がクリスチャンと思われて、国家保安警察が飛んで来る!

 

 「『おお、狭く苦しき道なれど、なんと喜びに満ちたことか』」

 

 エレニウム九五式宝珠の発する魔術式は大きく高まり、爆発寸前まで機体を強化した!

 

 

 ――――――仕方ない、覚悟を決めよう。

 

 

 

 この国の社会主義理念も存在Xもどちらも甲乙つけがたい最悪のクソ。

 

 今までそう位置づけていた。

 

 だが以後、存在Xの方が多少マシなクソと昇格しよう。

 

 ―――この状況でカティアを救えるなら………

 

 「『主よ、つたなき身なれど御許に近づかん――――』」

 

 

 存在X、お前をも讃えよう!!!

 

 

 飛行機はエーベルバッハ少尉とカティア両機の前で前頭部から航空路に突っ込んだ!

 

 機体は逆さに大きく跳ね上がる!

 

 そしてそれは両機に向かい墜ちてくる―――――!

 

 私はバラライカを全速力で、大きく跳ね上がった後ろ胴体部に、向かわせる!

 

 そして倒れゆく機体の横より、両足でぶつかる!

 

 ドッゴォォォォォン!!

 

 (逸れろ迷惑なデカブツ! カティアに落ちるな!)

 

 

 グワッシャァァァァァァァ!!!!

 ズウゥゥゥゥゥン………!!!

 

 

 私のバラライカは大きくはじき飛ばされ、施設のひとつに背中から突っ込んだ!

 ………が、私は無事だ。 

 カティアと、ついでにエーベルバッハ少尉は………?

 

 ………無事か。私の方に集まって来た機体の中に、二人のものも有る。

 そしてアイリスディーナのも。

 墜落機をチラリと見ると、見事、工廠を避け、残骸から激しく火を放っていた。

 私は気が遠くなっていたのでわからなかったが、どうやら爆発したらしい。その周辺も赤々と燃えている。

 通信からカティアが煩いくらいに『ターニャちゃん、ターニャちゃん!』と叫んでいる。

 「ターニャちゃんはやめていただきたい」と言おうとしたが、背中が痛くて声が出ない。

 騒がしいカティアの声に混じり、

 

 

 『この馬鹿者………!』

 

 と、小さくアイリスディーナがつぶやく声が聞こえた――――

 

 

 

 

 




 全然、神なんて敬ってないのにクリスチャンと思われた!?
 次回、思想矯正労働キャンプへご招待!
 ターニャはそこで何を見る!?


 以上、ウソ予告でした


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第7話 ターニャ評価

 『私は事故機の突っ込んで来る様に驚き、操作を誤り、事故機にぶつかった』

 

 そういうことになった。それでいい。”二人を救ったのでヒーローになって称えてくれる”、などということはありえない。ここは社会主義国。あらゆる曲解がなされ、たちまちスパイに祭り上げられてしまうだろう。

 

 

 

 

 「体はもう良い様だな。見かけによらず、丈夫なことだ」

 

 と、私をいたわってくれるのは第666戦術機中隊の我らが指揮官アイリスディーナ・ベルンハルト大尉殿だ。魔導防殻を展開したので、私も機体も軽傷だ。

 

 「はっ、操作を誤り事故機にぶつかるなど、自分の未熟さに頭が下がる思いです」

 

 「………デグレチャフ上級兵曹、貴様はクリスチャンなのか?」

 

 「なんとまさか! 幼き頃より社会主義の理念に邁進してきたこの私が!」

 

 ………少なくとも神は敵だ。この一点だけはクソッタレな社会主義に同調できる。

 

 「今でも十分幼いがな。だがそうか? 事故の最中、ずいぶん面白いひとりごとを言っていたようだが? それに、あれだけハデにぶつかっておきながらも、その軽傷。それは何かの奇跡なのかもしれないなぁ?」

 

 「え、ええ! これぞまさしく社会主義の勝利! 崇高なる社会主義理念の優位が今、証明されたのです!」

 

 全然関係ないことでも社会主義の優位に結びつける! これぞ完璧なアホの社会主義者!

 

 「………なるほど。とりあえず安心しろ。お前の面白い独り言は政治将校殿に届くことはない」

 

 アイリスディーナは面白そうに私を見て言った。

 

 「だが覚えておけ。私は手綱の握れない駒を飼うつもりはない。肝に命じろ」

 

 「はっ、以後、精進いたします」

 

 「一応、部隊についていけるだけの技量は有ると見なし、以後、そのように扱う。このクリューガー中尉につき、指示を仰げ。ヴァルター、頼んだぞ」

 

 アイリスディーナは横に控えているクリューガー中尉に言った。何のためにいるのかと思ったが、そういうことか。

 

 「はっ、了解いたしました」

 

と、クリューガー中尉は、はじめてしゃべった。

 

 「クリューガー中尉殿、よろしくお願いいたします」

 

 クリューガー中尉は中隊にいる二人いる男性のウチのひとりで壮年の衛士。アイリスディーナの副官のような位置におり、彼女が一番信用している部下のような気がする。衛士としての能力はかなり高く、地味に安定した戦術機運用が得意なようだ。前世の私なら部下に欲しいくらいだ。

 

 「来い、小娘。シミュレーターで絞ってやる。それでお前の使い方を決める」

 

 「了解いたしました、クリューガー中尉。ですが、できればデグレチャフ上級兵曹とお呼び下さい」

 

 「長い。いちいち呼べるか。それと任務中でなければヴァルターでいい」

 

 「…………はい、ヴァルター中尉」

 

 それが流儀なら従うまでだ。いつまで続くか、わからんがな。

 

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 アイリスディーナSide

 

 

 

 ターニャの訓練が終わった後、ヴァルターを呼び結果報告をさせた。

 

 「それで? デグレチャフの衛士としての評価はどうなのだ、ヴァルター」

 

 私の問いに、ヴァルターはいつも通り姿勢一つ崩さず答えた。

 

 「まず、特筆すべきはBETAをまるで恐れない、ということです。BETA視認時における精神障害テスト。即ち、暗闇でBETAの衝撃映像を見せるというものですが、何とまるでこれに動じないのです。人が食い殺される様も、部隊が壊滅される様も、街が潰される様などを見せても、身じろぎ一つせず見ていました。そして後にした会話も、澱みなく正常でした」

 

 「……………ほう、度胸はありそうだと思ったが、それ程までとはな」

 

 彼女と初めて会った時、空を飛びながら突撃銃でBETAと戦っていた。BETAと戦うには火力不足のそれでBETAを撃ち抜き、互角ともいえるほどにわたり合っていたのでさもありなん。その時の映像は消してある。

 

 「体力は………年相応の女子としては驚嘆すべきものですが、やはり衛士としては及びません。あれでテストに受かるはずはないのですが」

 

 「実戦にしか使えない隠し玉があるんだろう。そのことはいい。で、戦術機は?」

 

 「まず、彼女を戦術機のシートに乗せるには、補助器で席を高くし、高ブーツを履かせなければなりません。でなければ操縦桿に手が届かないし、ペダルも踏めません。そして彼女の強化装備。あれは彼女が着れるよう、無理やり小さくしたものです。なので機能は十全とはいえません。

 以上、このようなハンデがあるにも関わらず私の機動に付いていけるのは大したものです。が、やはり近接戦闘は不可能です。

 次に射撃に関してですが、これは驚嘆すべきものです。シミュレーターでも確実にBETAの急所を撃ち抜き、少ない弾数で制圧しました。長距離射撃も優秀で、確実に的に当てます。彼女のBETAを恐れぬ精神力を合わせて考えますと、砲撃支援として確実に我が隊に貢献するでしょう。

 ただ、やはり年齢による体力面で不安があります。彼女が然るべき年齢に達するまで待つ、という手もありますが………」

 

 その年齢に達した時、彼女が我が隊に来る可能性は低い。然るべき教育機関で思想教育されてしまえば、私の敵になる可能性もある。それくらいならば我が隊の政治将校イエッケルン中尉殿の、ヌルい思想教育を受けさせた方がマシだ。

 彼女の裏の能力の、BETAとほぼ生身で戦える能力は貴重だ。それに、圧倒的質量の航空機を戦術機で蹴り飛ばすような魔法も魅力だ。是非、手元に置いておきたい。

 

 「我が隊も損耗が続き、余裕がない。使えるならば使う。次の出撃にはデグレチャフも連れて行く。ヴァルター、そのつもりでデグレチャフを鍛えろ!」

 

 「はっ、了解しました」

 

 

 

 

 

 ――――ターニャ・デグレチャフ。

 

 彼女は、私の道の大いなるヤマになる予感がある。

 

 それが悲願成就の鍵となるか

 

 それとも破滅の死神となるか

 

 

 今はまだ見ることはできない――――

 

 

 

 

 




 ターニャを戦術機に乗せるのは大変!
 年齢も身長も全然、衛士に届かないんだから。
 幼女じゃなく少女だったら問題は無いけど、イヤですよね? ファンの人。

 まあ、色々こじつけて、やっと衛士にしました。


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第8話 シュタージ来訪

 

 『あんた、以外と役に立つわね。こんな小娘の才能を見抜くなんて、さすがは”シュヴァルツェスマーケン”の隊長ってとこかしら。あっちのうるさいのに感化されてバカな死に方だけはしないでね』

 

 BETA退治任務の二度目の帰投途中、こう褒めてくださったのはシルヴィア・クシャシンスカ少尉だ。ちなみに”うるさいの”とは、カティアだ。彼女の素晴らしき理想の東西ドイツ友愛構想はお気に召さなかったようだ。

 シルヴィア少尉。このお方はテオドール少尉の短所をさらに酷くしたようなお方だ。すなわち、『陰気で人間不信』という部分をさらに割増し倍増。人間やめる一歩手前、『猛人注意』、とでも言うべき素晴らしきお方だ。

 そして私はもったいなくも二機一対の分隊(エレメント)の相手方にしていただいた。ベルンハルト大尉。私、あなたに何かしましたか? 

 彼女の戦い方は強気でガンガン前にでてしまうし、私はまだ戦術機の操縦が覚束ないのでてんやわんや。とにかく彼女の進路を先読みし、道中のBETAの動きを止めることに徹した。私がBETAに手傷を負わせ、少尉がとどめを刺す、という連携を殊の外お気に召してくれたようだ。

 

 『いや、失敗した。突っ込みすぎるクシャシンスカ少尉を抑えるために新任のデグレチャフをつけたが、逆になってしまった』

 

 新任を元気すぎる飼い犬の首輪にするのはよして欲しい。全くどんな無茶振りでもなんとかしてしまう我が有能さが恨めしい。

 

 「うわぁ、ターニャちゃん凄い! 私はどうです? テオドールさん!」とカティア。

 「”エーベルバッハ”だ。まだ30点」

 

 気のせいかテオドール少尉の性格が和らいでいる気がする。テオドール少尉の機体が整備不良で後方に退がった時、護衛としてカティアも一緒に退がったが何かあったのか。

 …………ふむ、我ながら実にワザとらしい。何もなかったらその方がビックリだ。

 

 危ぶまれていた私達新任ふたりも、無事に二度の出撃に耐えたので部隊の空気も軽い。

 私以外は、だがな。

 

 ―――――だが、そんな中ヤツらは来た。

 

 

 国家保安省(シュタージ)の武装警察軍戦術機大隊「ヴェアヴォルフ」指揮官ベアトリクス・ブレーメ少佐と、同職員のハインツ・アクスマン中佐だ。

 ヤツらは我々が戦術機を降りたというのに、最新鋭の戦術機『チボラシュカ』で周りを取り囲んできた。そして二人、我々の前に立った。

 ブレーメ少佐は黒髪の妖艶な美女。アクスマン中佐は褐色の髪の年若い、俳優の様な男だが、どちらも相当なクセ者に見える。まったくなにをしてきたらこんな獲物を狙うキツネみたいな目になるのか。

 

 「アクスマン中佐、ブレーメ少佐。我々を戦術機で取り囲むなど、この不当な扱いの理由をお教えください!」

 

 アイリスディーナは怒気も露わに聞いた。

 

 「もちろん、重要調査対象のカティア・ヴァルトハイム少慰とターニャ・デグレチャフ上級兵曹への尋問よ。二人を少し貸してくれるかしら?」と、ブレーメ少佐。

 

 「断る! 根拠もなしに二人を連れて、尋問行為を行うのは越権行為だ」

 

 「ほう、そうかね? 私には尋問するに十分な理由があると思うが」

 

 そう言ったのはアクスマン中佐。さらに続ける。

 

 「救助した西ドイツ衛士がそのまま亡命を希望する、など都合のいい話があると思うかね? もう一人の方はさらにおかしい。何の訓練も受けてこなかった幼女が、たった一ヶ月の訓練で特務部隊審査のテストに合格するなど! これで裏が何も無かったら正に夢のような話だな!」

 

 「二人の入隊に関しては我が隊政治将校のイエッケルン同志中尉が一部始終を見ている。これは同志の職責を犯す行為だ。そうだな、同志中尉?」

 

 アイリスディーナの言葉にイエッケルン中尉は応えた。

 

 「ええ、その通りよ。カティア・ヴァルトハイム少尉に関しては、思想、言動共に問題はありますが、私の調査、面接により、スパイの可能性は限りなく低いと判断しました。

 デグレチャフ上級兵曹に関しては、私は彼女のテストには全て立ち会い、多くの質疑質問も重ねてきましたし、彼女のもといた孤児院で追跡調査までしました。彼女の戦死したご両親も政治的に問題を起こしたことは一度もありません!」

 

 いやはや、アイリスディーナ、イエッケルン中尉共に、この国の恐怖の象徴である国家保安省の武装警察軍相手に一歩も退かずに応酬するとは! さすが我が国最強第666の中核ですな。

 それにしてもお二人、実はこんなに仲睦まじかったのですね。いや小官、思わず妬けてしまいましたよ。いっそ、ご結婚されてはいかがです? ご慶賀申し上げますよ。お二人の性別を忘れ、ついそう思ってしまいましたよ、はっはっはっ。

 

 

 

 

 「少佐、ここまでのようだ。本日はこれくらいでいいだろう。帰還するとしようか」

 

 しばらくの応酬の後、アクスマン中佐は言った。

 

 「ええ。でも最後に………」

 

 そう言うとブレーメ少佐は私の方へ歩いてきた。

 

 「ねえ、デグレチャフ上級兵曹。あなた、何者なの?」

 

 私のことなど、とっくに調査済みだろう。バカバカしいが、上官に問われれば答えないわけにはいかないのが軍人稼業。まぁ、元気な新兵思い出し、少佐殿にご挨拶といこう。

 

 「はっ、小官は第666戦術機中隊所属、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹であります! 義勇兵の任務の最中、ベルンハルト同志大尉に助けていただき、その縁で中隊に配属となりました。そのご恩に報いるべく粉骨砕身、任務と訓練に従事する者であります!」

 

 敬礼も完璧! どうだ、文句のつけようも無い完璧な新兵だろう! 

 

 「フ~~ン………あなた、本当に新兵?」

 

 なっ、どこがおかしい!? 前世知識で完璧な軍人答礼のハズだぞ!

 

 「訓練期間、入隊期間が短いにしては軍事作法が如才なさすぎるわね。それに何より……」

 

 チャキッ!

 

 いきなりブレーメ少佐は私の額に銃を突きつけた!

 アイリスディーナ、イエッケルン中尉共に猛抗議しているが、少佐は微動だにする事無く、私に銃口を突きつけたまま。

 …………本当にやる気か? いや、いかに国家保安省とはいえ、それはリスクが高すぎる。が、一応、防殻術式の展開準備をしておくか。

 

 「………………やっぱりね。あなた、私達がここに来てから、一度もおびえた目をしなかった。いえ、笑ってすらいた。この国の人間で、ここまで私達武装警察軍を怖がらない人間は初めてだわ。それとも、この国の人間じゃあないのかしら?」

 

 そういうことか。我が完璧さが仇になるとは! しかし押し通すしかない。

 私は少佐の目をしっかり見て、淀みなく言った。

 

 「小官は祖国に忠誠を誓った一衛士です。誤解を生んだことは謝罪しますが、本当にそれ以上、それ以下の人間ではありません」

 

 少佐は黙り込み、私の目をじっと見据えた。銃口はそのままで。

 

 私も彼女を見つめ返した。”撃ち気”の兆候を一切見逃さないように。

 

 

 

 

 ――――しばらくすると、彼女はニヤリ、と笑った。

 

 良い笑顔です、人狼少佐殿。何か良い獲物でも見つけましたか?

 

 彼女は拳銃をしまい、背を翻した。最後に私に微笑みかけ、

 

 「また逢いましょう、上級兵曹ちゃん。今度は二人っきり、ゆっくりと話したいわね」

 

 

 

 そんな言葉を残し、国家保安省の手先連中は悠々退いていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ―――この日はただ、目に止めただけだった。

 だが後に知る。

 この日、見据えた幼女こそ

 BETAすら超える最大の強敵だと――――


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第2章 ノイェンハーゲン要塞に幼女 立つ
第9話 お姉さん衛士ファム中尉


 ――――雪は詩人の友ではあるが、労働者の敵である――――

 義勇軍だった時の陣地構築作業をしてた時にもそう思ったが、今もそう思う。前世でも作戦中に雪が降り、大いに困った記憶がある。

 白く美しくも、冷たく厄介なそれが一面にあると、それだけで作業効率が落ちてしまう。いや、作戦行動中だと死の危険性すらある。特にBETA戦では、相手はそれによって能力が落ちたりしないので最悪であろう。

 

 そんな雪降る中、またまた生きて帰れるかわからない対BETA戦闘の任務が下った。前回、帰還の様子をまるで野良犬退治の帰りの様に言ってしまったが、実はあれも二回とも命がけだった。ただ、第666に死人が出なかった、というだけであんな軽い雰囲気になってしまったのだ。

 今回、我々の任務は地上支援。光線級吶喊で厳しく振り回された前回より楽かと思ったら、いつまでたっても戦闘が終わらない。予定時刻を四時間過ぎても現状維持のままだ。

 もちろん、前世で大隊指揮官、戦闘団指揮官などを経験した私には理由がわかる。作戦の失敗だ。そして今、司令部が次の戦略をたてている最中なのだ。

 

 

 

 『クシャンシスカ少尉、デグレチャフ上級兵曹の連携は優秀だな。これほど弾薬の消費が少ないとは。部隊として本格的に取り入れるべきなのかもしれん』

 

 「い、いえ小官のみの、特殊な技術でありまして……!」

 

 待機中、部隊の弾薬、推進剤の残りの報告をアイリスディーナが求めた。だが、そこで少々まずい事態になってしまった。私とシルヴィア少尉の弾薬の消費量が異常に少ないのだ。私が少ない弾数で確実にBETAの動きを止めるので、前の少尉がほぼ近接戦闘だけでBETAにとどめを刺すからだ。

 実は軽く魔導で弾の貫通力を上げた。また同様に軌道も小さく曲げて、死角になっているBETAの急所や足を狙い撃った。前世、こんなことは魔導師にとっては通常戦闘でも行う普通のことなので、つい自重を忘れた。もっとも、BETA相手にこれ以上手を抜く余裕がない、というのもあるが……

 

 『あ、ああ、それは帰還してからの検討としよう。現在、それどころではないしな。おっと、司令部から新たな命令が来た。全員その場で待機』

 

 アイリスディーナは私が魔導を使っていることを察してくれたようだ。そして丁度良いタイミングでオーデル軍集団司令部から新たな命令が来たようだ。司令部からの指示は隊長と政治将校しか聞くことはできない。私達はそのままアイリスディーナを待ったのだが……

 

 『な! なんですと!? いやそれは……いやしかし! そんなことをすれば―――』

 

 なんだこの不安になる言葉の数々は。戦場で聞きたくない直属の上官の言葉のオンパレードだな。精神耐久訓練がいきなり始まった。まさに存在Xに近づく感じだ。

 やがて、アイリスディーナは通信を終えると、『傾注!』と言い、説明を始めた。

 

 『光線級吶喊は失敗した』

 

 いや、それはわかっている。まさかそれを予想出来なかった、なんて言うほどアンポンタンな訳じゃないでしょう? 無いと信じたい。あなたの判断に命を預けねばならない身としては。

 

 「この事態に対処すべく、司令部は新たな命令を我々に下した。中隊を二つに分け、ノイェンハーゲン要塞陣地の支援、オーデル川付近の戦術機部隊の撤退支援を同時に行う」

 

 アンポンタンは司令部だったか。いくら上司が賢くても、その上が『畜生め』と言いたくなるようなモノでは結果は同じか。ただでさえ定員割れの中隊を二つに割るなど!

 だがまあ、その辺の反論はさっきアイリスディーナが散々やっていたし、文句は無駄か。ま、私は新任。アイリスディーナ、ヴァルター中尉ら経験豊富な者といっしょににつけられるだろう。頼りになる先任らの煌めく経験をご教授いただきながら、生き残るとしますか。

 

 『―――状況説明は以上だ。ファム中尉、ヴァルトハイム少尉、デグレチャフ上級兵曹。貴様たち三人が臨時の小隊を組み、要塞陣地支援としてこの戦区に残れ。司令部からのご指名だ』

 

 ……………『畜生め』本当にこう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 私達と別れ、遠く去って行く部隊。

 

 その中で私が見送り、背中を追うのはただひとつの機体。

 

 (―――命令とはいえ、わずかでも離れるのは本当に身を切り裂かれるようですね。

 ヴァルター中尉、あなたと離れるのが一番つらい……!)

 

 私は佇み、ヴァルター中尉の機体をせつなく見送った―――――

 

 

 いや、まさかこれで勘違いする者はいないと思うが、別に私が彼に懸想しているわけではない。念のため。

 私の小さい体はフットペダルに足が届かない。故に戦術機に乗る時は高ブーツを履いているのだが、そのために瞬間的な重心移動がどうしても遅れる。つまり近接戦闘ができない。すなわちBETAに近づかれたら………以下略。だが、そんな私を守ってくれていたのがヴァルター中尉だ。私と一緒に支援砲撃をする傍ら、私に近づくBETAを排除してくれていたのだ。

 どうだ。今の私のつらく、身を切り裂かれるような思いをわかってくれただろうか?

 さて、残された私たち臨時小隊だが………

 

 『せっかく私達三人で小隊を組むんだからコールサインじゃなくて名前で呼び合いましょうか。カティアちゃん、ターニャちゃん』

 

 正気か? このとんでもない衝撃セリフを言い腐ったのは、私、カティアと共にこの場に残ったファム・ティ・ラン中尉。この人は第666中隊の次席指揮官。戦術機の技術も状況把握、分析能力も高いレベルで備えている素晴らしい衛士ではある。が、性格が問題だ。良いお姉さんすぎるのだ。

 

 『は、はい! ファム中尉!』

 「………了解しました。ファム中尉」

 

 前世知識で考えると、こういう優しい性格の人の部下には必ず命令違反するやつが出てくる。おまけにその部下の一人が博愛精神溢れるカティアだ。彼女は今までも散々、命令違反をしている。目の前でBETAに殺されそうになった人を見ると見捨てられないのだ。

 さて、この二人が合わさると、どのような化学変化がおこるのか? 答えは二酸化炭素の生成より簡単だ。部隊崩壊だ。もう一度言おう。『畜生め』

 

 『それじゃ、私が前に出るからターニャちゃんは私の支援砲撃。カティアちゃんはターニャちゃんの直援に廻って。無理にBETAを倒さなくていいけど、ターニャちゃんに近づくのだけは確実に排除してね』

 

 「はっ、了解しました」

 『は、はい! ぜったいターニャちゃんを守ります!』

 

 さすがは次席指揮官、いい命令を出す。私の護衛ならカティアもしっかりやるだろうしな。

 

 『う~ん、ターニャちゃんはちょっと硬いわねぇ。ね、一回だけでいいから”ファムお姉さん”て呼んでみない?』

 

 軍事行動が柔らかくてどうする!? まったくこの人は、ことあるごとに私に『お姉さん』と言わせようとするのだ。仕方ない。あまり言いたくはなかったが………

 

 

 「申し訳ありません、ファム中尉。私が”姉”と呼ぶのはただ一人だけです。その人に操を立てているので、浮気はできないのです」

 

 

 

 

 

 

 




 ノイェンハーゲン要塞編開始!
 要塞にて恐るべき悪意が幼女を待つ
 そしてBETAとの激闘も!

 お楽しみに!


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第10話 ノイェンハーゲン要塞

 ウルスラ。

 私が孤児院にいた時の、押しかけ姉だ。私は大人の精神を持っていたので子供の世界では孤立しがちだったのだが、そんな私を”姉”と呼ばせて一緒にいてくれたのがウルスラだった。

 彼女のクリスチャンだった死んだ両親の教えらしく、人を信じる大切さなどを、よく私に言って聞かせた。まったく彼女の親も罪なことを教える。こんな国で人など信じたら、ロクな目にあわないだけだろうに。

 私が義勇兵になると言うと、自分まで誰かの代わりになって志願してしまった。そして最期。あの陣地でBETAの恐怖に隅で震えていた。だが他の孤児とは一緒には逝かず、一番最後に希望した。正直ホッとした。彼女を一緒に連れて行く余裕はなかった。もし希望しなければ撃つことはできず、結果残酷な最期になっていただろう。

 私など信じて、やはりロクな目にあわなかったな、ウルスラ。

 

 『グレース……でも本当はまだ死にたくない!』

 

 そんな最期の置き土産を私の耳に残して逝った。

 そしてカティアはこのウルスラにどことなく似ている。性格、容姿、何より、生き方が。故にウルスラの影に縛られ、どうにもカティアを放っておけないのだ。

 

 

 『そっか~~残念! ターニャちゃんにもそんな人がいたんだ~~。おませさんねぇ』

 

 ファム中尉のこのお姉さんなノリはどうにかして欲しい。カティアはじめ部隊のさみしい小娘には人気だが、戦場でやられては困る。やっぱりこの人はトップにしてはダメだ。網紀がゆるみっぱなしだ。

 さて、臨時小隊だ。最初は連携は上手くいっていた。私がBETAの動きを止め、ファム中尉がとどめを刺し、カティアが警戒。弾薬の消費も抑え、このままいけば長期に支援任務を行えただろう。が、やはりカティアが悪いクセを出した。

 ファム中尉が後方へ見逃すと判断した突撃級の群を『見逃せない!』と、狩りに行ってしまったのだ。小隊から飛び出して。

 確かに突撃級は要塞に大きなダメージを与えるだろう。だがその分他のBETAを多く狩れば、余裕を持って迎撃できるはずだ。

 

 お約束を外さぬ女、カティア。やっぱりBETAに囲まれた。前世の私なら確実にそのままBETAのランチに進呈している。『為せぬ無能に使う弾薬はない。対費効果だ』などと言って。

 

 が、今世先に述べたように、幼なじみの姉貴分に慈悲の鉛弾を与えたことが殊の外効いている。まったくやれやれだぜ、な気分で突撃砲を構えた。

 劣化ウラン弾の大盤振る舞いだ! 弾薬に関してはケチで有名な私が、後先考えずのおごりだ。BETA共、腹一杯食いたまえ!

 

 さらにファム中尉が前に出て退路を作った! さあ、逃げろカティア!

 

 『機体が動きません!』

 

 …………本当にお約束を外さないな、カティアよ。

 

 いい加減、見捨てたくなってきたその時だ。要塞より救援が来た。

 

 ノイェンハーゲン要塞の戦車部隊だ。

 

 援軍が戦車の一斉砲撃で大きくBETAを退がらせる!

 

 そこでエレニウム九五式宝珠起動! 機体のパワーを大きく上げる!

 

 一瞬でカティア機の前面に出て、そのままカティア機を押しながら要塞へ退却!

 

 やがて大きな被害を出したものの、戦車隊は帰還。

 

 ファム機も退却は出来たものの、ファム中尉は負傷した。

 

 対費効果? 知らない言葉だなぁ。今だけはその言葉を忘れなければやってられない。

 

 

 

 

 ノイェンハーゲン要塞―――――他の要塞陣地より切り離されているそれは、独立してBETAの攻勢に耐えるほどに頑強。内部は巨大な迷路となっており、小型BETAを引き入れ、遊兵と化すことが可能な造りとなっている。

 長時間の激戦の末、やっとノイェンハーゲン要塞周辺は小康状態になった。ここは要塞内の一室。負傷したファム中尉を寝かせており、私とカティアもそこにいる。そこに、この要塞の責任者であり、私達を救援に来た戦車大隊の指揮官、クルト・グリューベル曹長が挨拶に来た。戦車帽を被ったヒゲをのばしっぱなしの年若い男。だが、戦士の貫禄で実際よりだいぶ年がいってる様に見える。

 本来は中佐か少佐が相当のこの要塞の責任者が、曹長とか。………ああ、本来のその人はお隠れになったのですね。で、陥落を見越しているんで後任はこない、と。ええ、ただでさえ貴重な指揮官を、わざわざBETAの餌場になる予定のこんな場所に送れませんとも! 送るのは私らハンパ衛士で十分です! はっはっはっ―――

 ………これでも、前世の戦争末期よりはマシなのだ。こんなのはアレに比べれば天国だ。

 

 「………で、さっきドジこいて俺達をすり潰したのはどっちだ? まさかこの小さい方じゃないよな? もし、そうなら俺は自分を抑える自信がねぇ」

 

 曹長は私を睨んで言った。気持ちはわかる。私の衛士強化装備姿は、我ながら子供が衛士様の格好をして遊んでいるようにしか見えない。こんな子供を戦術機なんて高価なオモチャに乗せて、現場をウロチョロされ、自分の部隊に損害が出たら………以下略。

 

 「わ……私です! ごめんなさい! 私のせいであんなことに……」と、カティア。

 

 まったくだ。ここの援護に来たのに、逆に被害を拡大させてどうする。

 

 「………そうか。あんた達を何としても助けろと上から命令が来た。まぁ、いいさ。それが任務だ。上の都合で死ぬ奴が出るのは慣れている」

 

 カティアならまだ抑えることが出来るらしい。曹長の言葉にカティアはますます謝る。謝って済むことでもないだろうに。

 

 「すみません! 本当に……本当にすみません! 私のせいで、傷ついた人や死んだ人を出してしまって………」

 

 「その話を続けるなら、俺はあんたらを殴らなきゃいけなくなる。今回だけじゃねぇ。第666には何度も見捨てられ、仲間が何人も死んだ。『命の選別だ。我々はより多くの人間を救う事を選ぶ』なんて言われてな」

 

 仕方なかろう。幸せ運ぶ弾薬、推進剤も限られている。BETAの無限兵団にさらされた味方にいちいち配っていたら、光線級吶喊前に素寒貧だ。誰もが不幸になる。

 

 「だからもう言うな。俺もあんたらも任務をしただけ。本音は別でも、それが全てだ」

 

 素晴らしき社会人、いや軍人。それが組織人というものです。上の理不尽に泣くことほど無駄なことはない、という真理を知っておられますね、曹長殿。

 

 「しかしあんたら、ずいぶん若いな。いや、あんたもだが、こっちは徴兵年齢すら達してないんじゃないか? 上のことはよくわからんが、衛士ってのはこれくらいでも成れるものなのか?」

 

 ふむ、私のことはどうにも説明し辛いな。ま、『上層部の機密です』とでも言っておけばいいか。そう口を開きかけた時だ。

 

 ――――バタンッ!

 

 「邪魔をする!」

 

 いきなりノックもなしに扉が開き、三人の兵士が入って来た。真ん中の女性兵士は制帽付制服を着ており、中尉の階級章。そして皆、左腕に国家保安省の腕章を付けていた。

 彼らは要塞内の監視、政治指導をしている国家保安省麾下の保安隊だ。

 

 「チッ………何でしょうか、中尉殿」

 

 グリューベル曹長はいやそうに敬礼しながら、女史中尉に尋ねた。

 

 「要塞司令部からの要請だ。カティア・ヴァルトハイム少尉及び、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹の身柄を我々国家保安隊が預かる!」

 

 

 ――――悪名高きシュタージの尋問を私達にご馳走してくださるそうだ。

 

 

 

 

 

 




ターニャとカティア 
二人に国家保安省の魔の手が伸びる!

 はたして彼女らの運命は……?


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第11話 恐怖のメイルシュトローム

 国家保安隊。国家保安省の警察組織であり、治安維持を名目に、軍の各部隊に配備されている。そんな彼らの事務所の一室に私とカティアはご招待された。で、まあ私は強化装備を脱がされ裸にされている。カティアを尋問し、彼らの気に入る答えを吐かないと私に制裁、というわけだ。

 ふむ、やはりカティアには何か秘密があるらしい。こいつらは上から何かを指示されている。

 

 さて、私への制裁だが、確かにカティアには効果的なゲス手法だ。が、生け贄役を間違えたな。何故なら私は魔導師。ライフルの弾ですら、楽々弾じき返せる防殻を作ることができる。ましてや人間の殴る蹴るなぞ、そよ風が如し。

 

 ガス!!

 「おや、何か当たったかな?」

 

 ドガァ!!

 「いや、軽いな。ちゃんと食事を取ることをおすすめしますよ」

 

 ビシッ!バシッ!ビシシッ!

 「ムチなんて用意しておられたのですか。中々の腕前で」

 

 ボギィッ!

 「不良品ですな、そのペンチ。他の道具も見直しを」

 

 バッッッキャァァァ!!!!

 「おお、素晴らしい! 素晴らしく痒かった! 今のを一万発ほどいただければ、痛みになりそうです。まぁ、体力的に難しそうですが」

 

 

 

 「ハァ、ハァ……。クッ、貴様、何者だ! 本物の化け物か?」

 

 女史も部下二人も力尽きて座り込み、女史は恨めしそうに私を見ながら言った。

 

 「万能科学的社会主義の我が国に有り得ざる言葉ですな。これぞ社会主義精神の勝利! 優れた社会主義理念は肉体も不屈の鋼と化すのですよ。これこそ社会主義優位の証明なのです!」

 

 「ほほう……」 女史はニヤリと笑った。

 は? まさか本気にした? そんなバカな………いや、理知的に見えても、彼女もコミーだったな。社会主義で超常現象起こせると信じるほど、アンポンタンでもおかしくない。

 

 ドン!ドン!ドン!

 その時、扉を激しく叩く音がした。

 

 『ここを開けなさい! 二人を解放するのです!』

 

 それはファム中尉の声だった。

 

 「我々は二人を保護するよう命じられている! 立ち去れ!」

 

 拷問を保護というのか? ………ああ、シュタージ語ではそうか。共産主義、社会主義圏では似たような言い回しが多いのに、うっかりしてたな。

 

 『保安隊のみなさん、そんなことをしている場合ではないのです。たった今、新たな大規模BETA挺団が確認されたと要塞司令部から通達がありました。そしてこれの構成比が要撃級に大きく偏っていることから、”メイルシュトローム現象”である、と断定しました』

 

 「な、なんだと!?」

 

 メイルシュトローム現象。海の災厄に例えられるその現象は、BETA要撃級の爆発的大量発生を指す。堅物を破砕するのに特化した要撃級の大量発生は、どのような強固な建造物も瓦礫に変えてしまうのだ。、

 

 『観測では少なくとも五万以上。この大規模BETA挺団ほとんどがこのノイェンハーゲン要塞を目指していると思われるとのことです。ですが軍司令部麾下の部隊は、ほぼ全て光線級吶喊へ使うため、ここの防衛にまわせないそうです。光線級吶喊が完了するまで要塞守備隊のみで防衛せよとの命令です』

 

 「バッ、バカな……保つはずがない!」

 

 『先程襲来していたBETAは撃退し、小康状態になりました。ですがこの新たな集団の先頭が要塞に達するまで五時間程度。今のうちに防御を固め、備えなくてはなりません。二人を解放した後、あなた方も作業に参加していただくことを望みます』

 

 

 

 保安隊はあっさり私達を解放した。無線を大急ぎで準備していたことから、撤退の許可を取っているのだろう。出て行ってくれれば有難い。こんな穴蔵で政治指導など聞きたくはないのだよ。

 

 「ターニャちゃん、本当に大丈夫なの?」カティアが聞いた。

 

 「ああ、殿方に肌をさらしたことですか。確かにいい気はしませんが、部屋に閉じこもる程でもありません。まあ、終わったら少し泣きますよ」

 

 「いや、そっちじゃなくて……」

 

 「可愛そう、ターニャちゃん! 泣くなら私の胸を貸してあげるわ!」

 

 しまった、この人の前でとんでもない冗句を。

 母性ありすぎ衛士のファム中尉に抱きかかえられ、おもいっきり顔を彼女の胸にうずめられた。

 

 

 

 「………なにやってんだ、あんたら」

 

 そう言って前から来たのはクルト曹長。ファム中尉と抱き合う私をあきれて見てる。

 

 「中尉さんだけじゃ、保安隊は手に余ると思って来たんだが……無事ならいい。迎撃準備に戻らせてもらう」

 

 そう言ってクルト曹長は踵を返す。私はファム中尉をふりほどき、曹長に追いついた。

 

 「ああ、すみません曹長。せっかくなので私達にも状況をお教え下さい。迎撃準備はどのように? 遅滞防御はどれ程保ちそうですか?」

 

 私がそう聞くと、曹長はピタリと止まった。

 

 「…………悪いことは言わねえ。三人ともここから逃げろ。もう、要塞は保たねぇ」

 

 ああ、やっぱり。ざっと兵器を見た感じ、どれも限界超えて酷使されていた。おそらくいくつかはお亡くなりになったのだろう。

 

 「戦車は動くのは五台。これじゃ外で積極攻勢はできねぇ。後は中に引き入れて、要塞施設を利用してのゲリラ戦。だが、それもいつまで保つもんじゃねぇ。後は………」

 

 クルト曹長は悲しそうに言う。

 

 「後は出来るだけBETAを中に入れての自爆。みんなもう覚悟している」

 

 「クルトさん……」カティアは悲しく曹長を見た。

 

 「だが、さっきの戦いで小型種を引き入れられなかったのが悔やまれる。中にBETAがいないんじゃ、そのまま外から押し潰そうとするだろうしな」

 

 「うん? どういうことです。なぜ中にBETAがいると押し潰さないんです?」

 

 私はクルト曹長に聞いた。

 

 「ああ、知らなかったのか。BETAはBETAを殺せないんだ。例えば足が潰れて動けなくなったBETAを他のBETAはみんな避けていく。要塞内に小型BETAがいるなら、そいつが死ぬのを避けて大型も要塞を押し潰そうとしない」

 

 「なんと! それ程あのBETAは同胞愛に満ちた存在だったのですか。なんと麗しい!」

 

 「ターニャちゃん、座学が不十分だったわね。いくら実戦が重視とはいえ、もう少しやらないと」

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、準備に追われるメインゲート前に着いた。BETAの死骸でバリケードを作ったり、武器や兵器を運び込んだりで、皆忙しく働いている。

 私は要塞の防御法や戦力の状況を調べていたため、ファム中尉の後ろから迫る脅威に気づくことが出来なかった。

 

 「な……! なにをするのです、あなたたち!」

 

 「ファムお姉さん!」

 

 いきなりファム中尉を羽交い締めにしてナイフをつきつけたのは、保安隊の女史中尉。後ろ二人の兵はアサルトライフルを構えている。

 

 「黙れ、おとなしくしていろ! 全員動くな!」

 

 正気か? たった三人で完全武装のここの兵達を脅すなど。

 

 「我々は諸君らの邪魔をする気はない。カティア・ヴァルトハイム少尉、並びにターニャ・デグレチャフ上級兵曹。我々と一緒に来てもらおう」

 

 なぜカティアを? さっきの尋問といい、やけにカティアにこだわるな。さっきの通信で私とカティアを手土産に撤退許可をもらったんだろうが、そこまでこだわる理由がわからん。

 

 が、連中の思惑が何であれ、ファム中尉に危害を加えさせるわけにはいかないな。

 

 私は近くの弾薬箱からライフル弾を一つ拝借。

 

 それを女史のナイフを持つ手元を狙い、魔導術式で発射!

 

 ビシッ! 「ぐうぅ!?」

 

 女史が体勢を崩した瞬間、ファム中尉はナイフを弾き飛ばす!

 

 兵士二人がファム中尉にライフルを向けるも、クルト曹長ら守備兵が保安隊に向け、一斉に銃を構える! 勝敗は決まった。

 

 ファム中尉が弾いたナイフが私のもとに滑ってきたので拾ってみると、それは只のナイフではなかった。スペツナズナイフと呼ばれ、手元のボタンを押すと刃が発射される特殊なナイフだった。やはり国家保安省はBETA殺しより人殺しの方がお上手なようで。

 

 

 

 

 




強大なるBETA挺団迫る!

海の災厄の名を冠したメイルシュトローム現象!

海の藻屑となるか? 要塞守備兵、そしてターニャら衛士達!


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第12話 白銀の復活

 共産主義とは質量保存の法則から生まれたものだという。

 質量保存の定理が発表された時、それを人間社会にも当てはまると考えた者がいたのだ。

 すなわち、

 

 一人の仕事量×国民総数=国家の生産能力

 

 などというオモシロ算数の公式を作った。そして導き出された値を富に直し、『それを平等に国民に分ければ平等な社会になるね』、というのだ。共産主義国家、社会主義国家はこの公式に基づき運営されている。

 諸君、笑いたまえ。声を上げ高らかに!

 無能な者の仕事と、私の様な有能な者の仕事が同じである訳がないではないか!

 ……………失礼、私の仕事はそこそこだ。(あまり仕事で傲慢になると、前前世で電車に突き落とされたトラウマが甦る。あれからこの幼女戦場地獄が始まった)

 まあ、そんなわけで共産主義国家、社会主義国家は有能な人間を惜しみなくドンドンすり潰し、潰した後は党に忠実な無能を据える、というわけだ。この公式では無能な人間の仕事量も有能な人間の仕事量も等しく同じなのだから。

 化学式より生み出された社会理論なので『科学的社会主義』、『科学的経済』などと堂々と宣伝している様は、正に”冗句も極まれり”! 世界中の資本主義者を爆笑させ、腹筋を破壊する陰謀なのではないかと疑ったぐらいだ。

 ただ一つ笑えないのは、このポンコツ理論をあまりに多くの人間が大真面目に信じ、大真面目に人を殺し、政府まで立ち上げてしまったことぐらいだな。その政府は世界中にそのポンコツ理論を押しつけるために侵略だの、テロだの、粛清だのを行い、すっかり嫌われ者だ。諸外国からも自国の国民からも。にも関わらず、その政府の要人は『自分は正義を行っており、正義そのもの』などと本気で思っているのだから、全く始末が悪い。

 

 そんな世界の縮図がこのノイェンハーゲン要塞で繰り広げられている。

 女史たち保安隊とその他一般兵の皆さんだ。BETA襲来に備えなければならないというのに、険悪な雰囲気で睨み合っているのだ。

 

 「いったい何をしているのです、あなた方は! 今が非常事態だとわからないのですか!?」

 

 「黙れ、ベトナム人が! サルが人間の言葉をしゃべるな!」

 

 ファム中尉はベトナム系ですが、れっきとした東ドイツ国民であります。政治指導的に、その辺の人種差別は”アリ”なのでしょうか?

 

 「国家保安省からの命令だ! ヴァルトハイム少尉、デグレチャフ上級兵曹。貴様らは要塞より撤退許可が出た。良かったな。こいつら諸共BETAに食い殺されなくてすむぞ」

 

 「そ、そんな。行けません! それにファム中尉は!?」

 

 やはり私たちを手土産に撤退許可をいただいたか。しかし撤退を許されない彼らの前で、何てことを言うのだ! ヤケになって私たちを殺しにかかり、内乱になってもおかしくない。BETAが迫ってきているというのに余計なトラブル持ち込みおって。

 

 

 

 

 ………………仕方ない、私が泥を被ろう。

 

 このままでは、部隊が溶けてしまう。

 カルネアデスの板からは、不用な者を海に叩き落とさねばならない。

 さもなくば、全員が溺れ死んでしまう。

 私は女史のおとしたスペツナズナイフを手に、女史に近づいた。

 

 「失礼、同志中尉。落とし物を届けに参りました。あと申し上げたき件が。反革命分子に関する重要な情報です」

 

 ザワリ、とその場の空気がかわった。己の保身のため誰かを蹴落とす密告は、この国に住む人間の恐怖そのものなのだ。クルト殿のでかい「チッ」との声と共に、あちこちから冷ややかな視線を感じる。皆、私が誰を密告するのか注目している。

 

 「ほう。何だ、言ってみろ。貴君、幼いながらも、なかなか良い革命精神の持ち主の様だな」

 

 女史はスペツナズナイフに手を伸ばし、聞いてきた。

 

 「光栄です、同志中尉。実は………」

 

 さぁ、大一番だ。今だけは『白銀』に戻らねば

 

 

 「小官、『社会主義はクソだ! くたばれシュタージ! 私が革命して滅ぼす!』などと思っております。いかがです? 小官の革命精神は」

 

 

 

 ―――――ピシッ!!

 

 その瞬間、その場の全員が凍結したように固まった。

 本当にシ~~~ンという音が聞こえるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きっ、貴様ァァァァ!!!」

 

 最初に動き始めたのは、やはり女史。

 銃を懐から出し、私に向けてきた。

 私は素早くスペツナズナイフの刃を女史の心臓目がけて発射!

 

 ガスッ!

 

 寸分違わず、刃は狙い通りの場所に刺さった。

 はじめて使う武器だというのにこの精度。人を殺し慣れている自分が少し悲しい。

 女史は怒りの形相そのままに即死し、ドサッと床に倒れた。

 

 「よくも同志中尉を! この反動分子め!」

 

 ガーン! ガーン! ガーン! ガーン! 

 

 後ろ二人の保安隊員は女史の仇と、ライフルを私に撃ってきた。

 

 すぐさま魔導防殻展開! 銃弾をはじき返す!

 

 パシイッ! パチン! パチン! パチッ!

 

 「ば……バカな! アサルトライフルまでも!?」

 

 私は女史の銃を拾うと保安隊員に向け、別れの挨拶をした。

 

 「保安隊諸君、”シュヴァルツェスマーケン”を送ろう。君たちは選別された」

 

 パーン! パーン………

 

 

 

 

 

 

 

 

 血と硝煙の臭いの漂う中、ふと女史の頭から落ちた制帽が目に入った。

 私はそれを拾い、観察する。

 

 (磨き上げられた良い制帽だ。丁度いい。女史殿、拝借します)

 

 私はそれをキチッと頭に被った。これで前世のカンを取り戻せれば良いが。

 そして見回すと、やはり皆固まったまま。

 私は彼らの真正面に立ち、彼らをしっかり見据える。

 

 「傾注!」

 

 さあ、『白銀』を始めよう。

 

 

 「諸君、私は第666戦術機中隊のターニャ・デグレチャフ上級兵曹だ。

 宣言しよう。私がこの要塞の堅守防衛任務にある限り、ここが落ちることはない。

 為すべき事はただ一つ、BETAを倒せ!

 人類に勝利を!!」

 

 

 

 

 

 




ターニャ・デグレチャフ、要塞の危機に起つ!

今、再び白銀の名を胸に

強大なBETA挺団に立ち向かえ!


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第13話 BETA喰らいのバラライカ

 カティアSide

 

 

 

 ターニャちゃんがおかしくなった!

 

 いきなり保安隊員の人達に”密告”を堂々とした、と思ったら、自分がニセ社会主義者だと告白!?

 

 そしたら保安隊員の人達を全員殺害って………どうするの!?

 

 

 

 

 「………は? 衛士なのに兵曹? い、いや、それよりアンタ、こんなことして……!」

 

 クルトさんも大いにとまどっています! 私もです! 

 

 「後のことは心配するな。全てが終わったら私を告発すれば君たちは安全だ。それよりBETA迎撃だ。いいか? 諸君らはBETA退治の専門家だ。いつも通りだ。いつも通りやれ! それぞれの役割を完璧にこなせ。そうすれば………」

 

 ………ターニャちゃん、兵曹だよね? なのに何で指揮とかやってんの?

 

 「………驚いたわね。守備兵達が完全に落ち着いたわ。。部隊の掌握の仕方といい、非常に優秀な指揮官だわ。あの子がこんな能力を隠し持っているなんて………まさか本当にどこかのスパイ? 

 いえ、さっきのトンデモ宣言、全然スパイしてないわね。ホントに何なのかしら………」

 

 ファムお姉さんもビックリです! あ、ターニャちゃんの指示が終わりそうです。

 

 

 「では、私はバラライカで外の迎撃にあたる。徹底的に数を減らし、諸君らに楽をさせてやるから感謝したまえ。もう一度言う。私がこの要塞に有る限りここは落ちることはない! 以上だ。

 後ほど逢おう。勝利の美酒を持って!」

 

 ターニャちゃん、まだお酒はいけません! あ、こっちに歩いてきます。

 

 「ファム中尉。ケガ人に無理をさせて申し訳ありませんが、私との連絡を密に要塞内の状況をお教えください。ヴァルトハイム少尉は衛生兵と共にケガ人の看護を」

 

 ターニャちゃんはそう言って敬礼。完璧な軍人です。

 

 「………わかったわ。あなたも気をつけてね」

 

 ファムお姉さんはそう言いましたが、私はショックすぎて返事ができませんでした。

 

 「全てが終わったのなら、彼らと共に私の告発を。陥落寸前のこの要塞に送られたことで気づいておいででしょうが、あなた方は反動分子と目されています。それを持って保身をしてください」

 

 「…………断るわ。私は何があっても告発も密告もしない。まして、あなたはいろいろ外れてはいるけど、それでも子供だもの」

 

 「その気高い魂もこの国では報われないものですよ。では……」

 

 踵を返し、ターニャちゃんは行こうとしました。そんなあの子を私は思わず呼び止めました。

 

 「待って! どうして……どうして保安隊員の人たちを殺したの? いくらファムお姉さんにあんなことをしたって、私、あなたにそんなことして欲しくなかった!」

 

 ピタリ。ターニャちゃんは止まりましたが、振り向かず答えました。

 

 「勝つためです。保安隊員らも悪人だったわけではありません。国家保安省の正義に基づき行動しただけです。でも、その歪んだ正義はこの危機において邪魔になる。故にご退場願いました。

 ああ、それと彼らを殺すことで守備隊の信頼を得る、という狙いもありましたがね」

 

 ターニャちゃんの答えにフラリ、足元が揺れ、ファムお姉さんがやさしく肩をささえてくれました。そしてファムお姉さんもターニャちゃんに聞きました。

 

 「私も聞くわ。さっきの指示だけど、戦車等ほか戦力を全て要塞内に留めたわね。そしてあなた一人だけ、バラライカで迎撃に出るですって? いま、何が起こっているかわかっているの?」

 

 「メイルシュトローム………海の災厄に例えられる要撃級BETAの大規模侵攻が来ています。少なくとも五万以上が一斉にこのノイェンハーゲン要塞に押し寄せて来ているとか」

 

 「さっき後のこととか言っていたけど、あなた一人で迎撃しきれるつもりなの? 援軍もいつ来るか……」

 

 「来ないでしょうな。これまでの情報をまとめて考えますと、作戦本部もそんな余裕はなさそうです。ですがご安心ください。五万が十万であろうと、外のBETAは、ほぼ全て私が狩り尽くしてご覧にいれましょう。では」

 

 ターニャちゃんはそう言って、はじめて振り向き敬礼。そして保安隊の女中尉さんの遺体に制帽を返すと、バラライカのある格納庫へと向かっていきました。

 

 

 ……………やっぱり、おかしくなっちゃった?

 

 

 「ま、しょうがないか。言っていることはとんでもないけど、冷静だし、おかしくなっている様には見えなかったわ。ともかく言うとおり、私達にできることをしましょう。衛生看護、しっかりね」

 

 「はい、がんばります!」

 

 

 

 ――――ターニャちゃんのことは悲しい。

 

 でもどんなに悲しくても、ここじゃ立ち止まっちゃいけない。

 

 悲しみ、心の痛みで立ちすくむ弱さと甘さをここに捨てます!

 

 でも理想は捨てません。東と西、仲良くするという理想は。

 

 

 そしてターニャちゃん。

 

 あなたのことは悲しいけど、それでもあなたを信じます。

 

 

 どうか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

ターニャSide

 

 

 私は現在バラライカに乗り、要塞の頂上にいる。この要塞は構築当初は最大標高百メートルだったらしいが、弾着観測のために造成して百五十メートルになったそうだ。なるほど、いい眺めだ。BETAで出来た一面の海が良く見える。

 五万以上というのはBETA襲来の数としては珍しくない。だが普通は半分以上が小型BETA、全長2.8mの戦車級だ。それがこのメイルシュトローム現象において、全長12mの大型BETA、要撃級に置き換わるのだから脅威度は倍ほども跳ね上がる。

 さて、だいぶ遠回りしたが、この任務を最後にこの国を離れよう。私はこの世界唯一の魔導師。いつでも逃げることは出来た。なのに今まで付き合ってきたのは、我が隊長、アイリスディーナに魅せられたからであろう。

 彼女の統率力、指揮能力、それに何より何らかの目的に向かっている目。一体何をしようとしていたのか分からなかったのは残念だが、まあしょうがない。成功すればどこか遠い国でニュースにて答えを知るだろう。

 

 あの海がここに達するまであと一時間………いや、四十五分か。

 

 我が愛機バラライカよ、今日でお前ともお別れだ。

 

 だが、私からの餞別だ。お前に栄誉をやろう。

 

 あの海の災厄の名を持つBETAの群れ、

 

 あれを討つ。

 

 

 『ただ一機、五万のBETAを喰らいし者』との誉れを捧げよう――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 迫り来る大型BETA要撃級の群れ! 
 大海の津波の如く押し寄せる!
 だがノイェンハーゲン要塞に立つ幼女

 ターニャ・デグレチャフが愛機バラライカと共に迎え撃つ!


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第14話 メイルシュトロームに幼女は嗤う

 『東と西のドイツ仲良くしましょう。強力してBETAと戦いましょう!』

 

 カティアのこの言葉は現実的にはお笑い種でも、実は政治的方針としては正しい。

 もし私がこの国の政治指導者なら、西ドイツだけでなく諸外国との協力体制を作ることに全力を尽くしている。例え血を流すような条件と引き替えにしても、だ。人間同士の交渉で失ったものは、いつかまた取り戻せることが出来るが、BETAに破壊されたものはもう二度と取り戻せはしないのだ。

 なのにこの国の政府は社会主義の正義にこだわるあまり、諸外国との相互理解の努力さえしようとしない!

 思えば前世の国家指導者らも最悪だった。戦争を終わらせる機会は幾度もあったのに、人間を薪にくべるが如くズルズル続けていった。それでも国民のことを考え、戦う兵達に敬意を払うことだけはあったと思う。私が最後まで不断の努力で戦い続けたのもそれがあったからだろう。

 それに引き替えこの国の政治屋共ときたら、『革命精神に反した』などというくだらん理由で自国民を捕まえ、拷問し、殺しまくる始末だ。

 私がいまだクルト曹長らに付き合っているのも、そんな政府への反発が大きいのかもしれない。

 

 さて、今現在だが私はバラライカに乗り、要塞の頂上に立っている。戦術機というのはこういう高低差のある場所でも運用出来るのが強みだ。

 見下ろせば一面BETAの群れ。いや、海とでも言った方が正しいのかもしれない。なにしろ遙か彼方までBETA、BETAなのだから。いやはや『メイルシュトローム』とは良く言ったものだ。これら全てがこの要塞に向かって来ているのだから、悪夢そのものとしか思えない。

 

 「まったく、BETA共の繁殖力というのは凄まじいものだな。前世から今世に至るまで、常に戦力不足に泣いてきた身としては羨ましい限りだ。さて、では防衛陣構築といこうか」

 

 

 『BETAはBETAを殺せない。足を潰して殺さずに動きを止めれば、他はそいつを避けていく』

 

 クルト曹長に、そんなBETAの習性を聞いた時は耳を疑ったものだ。私なら味方の進軍を邪魔する、為せぬ無能など踏み潰して行く。だがクルト曹長の言葉は真実だと、ファム中尉も言った。

 いやはや素晴らしい! あのおぞましいBETAが、かくも同胞愛に満ち溢れた存在だとは! 自国民の人間狩りなどを楽しむ国家保安省よ、見習うがいい!

 しかし、ならば話は簡単だ。BETAをもって我が要塞の防壁と為せばいい。

 

 突撃砲を下に向け、構える。カティア、ファム中尉の分ももらってあるので弾は豊富だ。

 魔導術式には弾の軌道を変えることの出来る術がある。前世これで弾丸を誘導弾に変え、無邪気に敵と追いかけっこをしたりされたりしたものだ。。

 それを突撃砲にかける。かなり曲げるので弾速は削れるが、エレニウム九五式宝珠の強力魔導なら問題はない。

 弾は破裂させず、術式のみで爆裂。威力は落ちるが、足のみ破壊なのでこれでいい。そして滞空時間と貫通力増強の術式もかける。

 

 「エレニウム九五式宝珠起動。『………おお、神よ。天に虹。地に豊穣の恵みの奇跡をもたらし、我と我らを慈しみ守りたまえ』」

 

 狙い…………発射!

 

 放たれた弾は地面に着弾寸前、軌道をまっすぐ前進に変える! 倒産寸前企業の営業成績グラフの如く、地面スレスレ!

 

 軌道上のBETAの足を次々破壊し、その一直線は動きが止まった。そしてBETAの群れはそれを避けて行く。

 

 「いい感じだ。次は曲線を描くとしよう。再び起動! 『神は永遠なり。いまだ至らざる我ら、その有限の命をもって祈り、その御名を讃えよう』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっはっはっ、笑いが止まらないな。我が祖国を滅亡に誘う怨敵も、弱点がわかれば案外簡単なものだな。密集しすぎた行軍が仇になったな、虫けら諸君」

 

 大地に押し合いへし合い身動きとれず、それでも動こうともがくBETAを見下ろしながら、私は腹を抱えて笑った。

 私は足を潰したBETAで迷路を作った。いくつもの進路をいろいろ複雑に絡め合いながらも、全て行き止まり。結果、BETAは進むことも退くこともできずに、ほぼ全てその場に絡め取られている。

 

 「ファム中尉、要塞内の様子はどうです? BETAは多少漏れて行っていると思いますが、問題ありませんか?」

 

 『え、ええ。こっちにはごくわずかしかBETAは来なくて、全て余裕を持って迎撃できてるわ。でも、どうしてこんなに少ないの? ”メイルシュトローム”はどうなったの? 外の様子は?」

 

 「ああ、もちろん私の前面にはBETAが大海の如くおります。ですが、全て私が阻んでいるのでご安心を。要塞守備兵の皆には、『五万如きのBETAでは我が国最強の第666は抜くことはできぬ。心強くあれ』と、おっしゃっておいてください」

 

 「………………それは後でいろいろ問題になりそうだからやめとくわ。でも、どうやってあなた一人で……』

 

 ピ――――! ピ――――!

 

 ふいに別の方から通信が来た。

 

 「失礼、中尉。外部から通信ですのでお待ちください。これは……我ら第666のものです」

 

 そして向こう彼方から二機のバラライカがこちらに飛んで来るのが見えた。

 

 『応答せよ。こちら第666戦術機中隊エーベルバッハ少尉。そちらのバラライカに搭乗しているのはデグレチャフ上級兵曹で間違いないか?』

 

 「こちらデグレチャフ。ただいま要塞陣地の堅守防衛任務に従事中。わざわざ陣中見舞いに来ていただけるとは、そちらも大勝利だったようですな。お喜び申しあげます」

 

 『………ハァ? 勝利? ”メイルシュトローム”は……いや、下のBETAは何故進まない?』

 

 「ああ、足を潰したBETAで迷路を作り、それで絡め取ったのですよ。小官、陣地構築を少々学びましてね。このように陣を迷路にし、敵を遊兵へと誘う術も知っているのです」 

 

 『な、なんだと………!』

 

 「ただいま要塞は作戦行動中ですので大したおもてなしはできませんが、ファム中尉、ヴァルトハイム少尉らとお話でもして暖まっていってください、少尉殿」

 

 はっはっはっ、と陽気に少尉殿に語りかける私。もう離れる部隊なのに、つい上官にアピールしてしまう。我ながらパブロフの研究材料になれる程の条件反射だ。

 

 『ふざけるな!!!!』

 

 な………っ、私の上官アピールが間違っただと!? 

 

 『なんだそれは! お前らがここに取り残されたっていうからオレは……………! 大尉も!! 苦しい中、部隊の人数を割って、たった四人で光線級吶喊をしてるってのに!」

 

 大尉? アイリスディーナがどうかしたのか? いや、隊長である彼女の許可がなければ、テオドール少尉ともう一人もここに来ることはできないはずだが、どういうことだ?

 

 「と、とにかく中に入って互いの情報交換を。ただいま要塞内に連絡し、戦術機受け入れをしますので………いや、その前にやることができました。お二人が来ていただいたのは、ちょうど良いタイミングだったようです」

 

 

 彼方より、要塞級の巨体が三体こちらへ迫る姿を、遠視カメラがとらえた。

 

 

 

 

 

 




 見事、BETAの大挺団を阻んだターニャ!
 だが、未だ要塞の危機は終わらない!

 巨大BETA、要塞級を打ち砕け!


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第15話 要塞級迎撃!

 テオドールSide

 

 

 ―――カティアを救いたい

 

 ――――ただ、その想いのためだけに、俺はアイリスディーナの同志になった。

 

 カティア、ファム、ターニャが中隊と切り離され、ノイェンハーゲン要塞内に取り残されている。そしてメイルシュトロームと呼ばれる要撃級の異常発生。その現象が確認された新たなBETA挺団は、推定五万以上。そしてそのほとんどがノイェンハーゲン要塞に向かっているそうだ。だが明日、光線級吶喊を命ぜられている俺達第666戦術機中隊は彼女達を助けに行くことは許されない。

 

 ―――カティア

 

 ―――救えなかった妹を思わせるアイツを

 

 ―――助けて欲しいとアイリスディーナに乞うた

 

 そしてアイリスディーナから、カティアの父親はかつてのこの国の英雄であり、反政府グループのリーダーだったこと。彼女はその英雄の部下だった兄から意志を託されたこと。この国を絶望の運命から救うための、とある反体制派のグループの一員であることなどを聞かされた。そして俺はアイリスディーナの同志となり、カティア達を救う作戦に加わることにした。

 

 ―――そして現在。光線級吶喊の任務での出撃中だ。

 だがその途中、アイリスディーナは指揮系統の隙を突き、中隊を割ってノイェンハーゲン要塞内の仲間を救うことを決断。俺とアネットを要塞へと送ることになった。だが、アイリスディーナはたった四人で光線級吶喊をしなければならなくなった。

 後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも要塞へ向かう。だが俺達が行う三人の救出も、決して楽な任務じゃない。五万ものBETAの大規模攻勢に、援護も無しのノイェンハーゲン要塞はおそらく保たない。大量のBETAをかいくぐり、要塞内にまでたどり着かなきゃならない。そして要塞守備兵。彼らを救う余裕はなく、命運定まった彼らが邪魔をしてくる可能性もある。難易度の高さにクラクラくる。

 

 ―――――それでも、やり遂げる!

 

 ―――アイリスディーナとの決意の灯火にかけて!

 

 

 

 

 ……………と、決意して来たのだが。

 

 どうも様子がおかしい。ノイェンハーゲン要塞周辺に大量のBETAはいるのだが、それらはその場で蠢いているだけでまったく進まない。戦術機の空中機動で要塞に近づいても、要塞はBETAにとりつかれることなく静かに佇んでいる。

 用心して遠視カメラで観察すると、要塞頂上部に一機の戦術機がいるのを発見した。それの識別信号は同じ第666戦術機中隊、ターニャのバラライカだった。

 

 

 『やぁ、エーベルバッハ少尉。陣中見舞いですか。ファム中尉、ヴァルトハイム少尉らとお話でもして暖まっていってください。はっはっはっ』

 

 「ふざけるな!!!!」

 

 そんな暢気な言葉にブチ切れた。陣中見舞いだと!? このBETA大規模攻勢にさらされている最中に、どこの部隊にそんなヒマ人がいると言うのだ!? いや、仲間が無事なのは良いことのはずだ。が、昨日までの焦燥と絶望。今までの決意と覚悟を返せ、と言いたい!!!

 ………が、落ち着いて考えてみれば、任務が楽に終わりそうなのは何よりだ。急げば光線級吶喊前に中隊と合流できるかもしれない、と思ったのだが、

 

 『丁度良いタイミングで来ていただけました。あれを狩るのを手伝ってください』

 

 ターニャが言う”あれ”とは、彼方よりノイェンハーゲン要塞に向かってくる三体の、最も巨大なBETA、要塞級のことだった。要塞級は器用に細い足で足元のBETAを踏まないように歩き、ゆっくりとだがこちらに向かっている。

 

 『あれらがここに来たら迷路が壊され、BETAが一斉に中に入ってきます。今のうちに叩きますので、手を貸してくださいませ』

 

 などと、とんでもないことを言う。

 

 『わ、私達だけで要塞級を三体も相手にするなんて………』と、アネットは及び腰。

 

 「一人一体を相手にするのか? 明らかに戦力不足だろう!」

 

 と言うとターニャは、

 

 『いえいえ、お二人にはあれらの足止めをお願いして頂くだけで結構です。それで、ちゃんと私が仕留めてみせますので、お願いします』と言う。

 

 薄々だが、コイツに何か理解の及ばない未知の力が有ることを感じている。アイリスディーナが拾ってきた幼女を無理に衛士にしたこと。技術以前に体力すら及ばないはずの衛士テストに一ヶ月で受かったこと。そして今現在、五万ものBETAを足元で釘付けにしていること、などを考えてだ。

 なので、今一度こいつの力を量るために決行することにした。

 

 「アネット、とにかくこいつの言う通りにやってみよう。攻撃はせず、衝角をかわすことに集中するんだ!」

 

 『う、うん、やってみせるわ!』

 

 俺達が近づくと要塞級は足をとめ、衝角付きのムチを放ってきた。俺はアネットのためにけん制の銃弾を放ちながら、それを躱す。………が、躱したと思ったら、別の個体の衝角が迫ってきた!

 

 ガガガガガガガガ!

 

 銃弾で方向をそらしたが、やはり長くは保たんぞ。アネットも長刀で衝角を弾いているが、苦しそうだ。その時だ。

 

 パン! パン! パン! パン! パン!

 

 後ろから射撃音が聞こえた。だが、フルオートじゃなく単射だ。

 

 (何のつもりだ? 要塞級の巨体相手に、それじゃ意味ないだろう)

 

 そう思った瞬間だ。

 

 

 ドォォォォォォォォォン!

 ―――――――!?

 

 いきなり要塞級一体の片側の胴体と足の間の関節が内側から全て爆発した!

 

 なんだ、なにが起こった!?

 

 パン! パン! パン! パン! パン!

 

 再びターニャは単発で連射をした。すると先程と同じように、もう一体も片側の胴体と足の間の関節が内側から全て爆発した。さらに同じ様な連射で三体目も!

 

 ズウウウゥゥゥゥゥゥン×3

 

 要塞級の足は千切れなかったものの、要塞級は大きな音をたてながら全て横倒しに崩れ落ちた。関節が完全に破壊されたのであろう。立てなくなってその場でもがく三体の要塞級を見下ろしながら考えた。

 

 (どういうことだ? 状況からターニャの射撃がこれを引き起こしたとしか思えない。だが、なぜ爆発する? それに、あの位置は完全に死角だろう!)

 

 ターニャに聞いてみるべく通信を開いてみると、おごそかな声。

 

 『神は私を愛し、私もまた神を愛してる。汝、幾度罪にまみれようと神は全てを許すだろう』

 

 お祈り? こいつが? いや、この国じゃ国民全員宗教を持たないことになっている。これ、まずいんじゃないか? ………しかたがない。後でアイリスディーナから聞いた機内ログを消す方法で抹消しとくか。

 

 『テオドール、あれ!』

 

 急にアネットから注意が来た。うながされた方向を見てみると、要塞級の腹から数体の光線級が這い出てきている。

 

 (やれやれ、こんな所でもまた光線級吶喊か)

 

 俺はアネットと共に光線級が這い出てくる先から、片っ端に排除していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ターニャが要塞級を倒した術式は、誘導術式で関節に当て、爆裂術式で弾を爆破したものです。

 ノイェンハーゲン要塞はついにBETAからの危機を脱した。
 この後、ターニャはどうする?


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第16話 要塞守備兵の覚悟

 

 ※ ターニャのセリフは一部省略しています。実際に何と言っているかは心の声でご想像下さい

 

 

 私は一旦要塞に入り、テオドール、アネットをファム中尉らに引き合わせた。するとクルト曹長が要塞守備兵の主だったものを連れ、

 

「あんたを告発しない。これは要塞守備兵全員の総意だ」

 

 と、私にそう告げた。ハァ? 私はでっかいハテナマークが頭の周りで廻っている気分だ。

 何を言っているのだ、このヒゲモジャ戦車帽は。『これだけの人間が誰も密告しない』とでも思っているのかね。『いつかBETAが休戦協定求めにやって来る』などと言うおとぎ話でも信じていた方がマシだよ。君の頭は、その薄汚い戦車帽の台かね?

 

 だが連中は本気だった。カティア、ファム中尉も含めて。女史ら保安隊員の遺体は全員BETAに食わせたそうだ。BETAは掃除屋としては優秀だな。こんなにいらないが。さらに保安隊の事務所から、この要塞に仕掛けられている盗聴器の位置を特定。私のやらかした一部始終の記録は綺麗に抹消したそうだ。

 が、物的証拠を消しても国家保安省の尋問に全員が耐えられる、などと本気で考えているのかね? 君の戦車帽の下はお花畑でも咲いているのかね、曹長。

 

 「ああ。いつか誰かが連中に屈し、俺達全員を地獄に落とすだろう。家族がどこかにいる奴は、家族も巻き込む。だが構わない。その日が来るのを一日でも一時間でも遅らせるよう、一人一人が覚悟を決めた。そして連中に屈し、密告した奴を探しも恨みも軽蔑したりもしない」

 

 なんだその社会主義国人民にあるまじき格好良さは。上のケツを舐め、下を踏みにじり、同輩を蹴落とす。それが正しきコミーであろう。恥ずかしくはないのかね? 資本主義社会のブタどもが讃えるようなヒーローなどになって。

 まったくもって理解できんな。私ひとりのために全員がそこまでの危険を冒すなど。どう考えても無意味極まりない! 全員、国家保安省に、『反動分子に手を貸した』として殺されるだけだ。君の汚い戦車帽でも洗ってきて頭を冷やしたまえ。

 

 クルト曹長は遠くを見るような目をして言った。

 

 「どっちにしろな、俺達は死ぬんだよ。今回は凌いだが、次回はダメだろう。万一次回凌いでも、その次は終わりだ。BETAの大侵攻は何度でも来るからな。

 上に踏みつけられ、BETAに食われ、それでも国のためにって大義のために生きて、戦い、死んでいく。それが俺達だって思ってた。でもな………」

 

 うお、睨まれた!? クルト曹長だけじゃなく、後ろの守備兵全員に!

 

 「英雄を見ちまった。国家保安省を恐れず、BETAも恐れず、たった一人でBETAを押し止める、夢みたいな英雄をな」

 

 『白銀』の復活は、あの場限りだぞ。この先も続ける気はないぞ!

 

 「あんたを少しでも長く自由にすることが俺達の誇りだ。上から押しつけられたものじゃない、本当の俺達自身のな」

 

 ………………まあ、いい。英雄待望の夢に殉ずるというのなら、勝手にするといい。応える気はさらさら無いが。しかし、カティアとファム中尉はどうなのだ。BETAと戦わねばならないとはいえ、一応将来はあるだろう。特にファム中尉はベルリンに家族がいると聞く。こんないらん危険を抱え込んでどうする。無理するな。告発で作ろう、明るい未来。

 

 「さっきも言ったけど私は告発も密告もしない。それをしちゃうと、もう誰にもやさしくなんて出来なくなると思うから。家族なら大丈夫。万一の時のことは考えてあるから」

 

 ファム中尉はそう言って、いつもの優しい姉のように微笑んだ。『強くなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない』を地でいっているようなお方だ。

 テオドールも、

 

 「俺達は何も聞かなかった。ただ三人を迎えに来て、すぐに戻った。アネット、いいな?」

 

 「う、うん。ファム姉たち、みんなの為だもんね。………テオドール、あんた変わったね」

 

 まったくだ。シュタージに怯え、子犬のように吠えかかる君はどこへ行ったのかね。

 しかしな、告発した所で別に私がシュタージに引っ張られるわけでもない。その前に逃げることはできる。皆、何某か盛り上がっているが、黙って出て行くか。私がいなければ、シュタージも追求しきれないだろうしな。そう思っていた。だが、カティアがこう言った。

 

 「私ね、今みんなの決意を信じなきゃいけないと思う。そりゃあ最終的にはシュタージに負けちゃうかもしれない。でも、今のみんなのこの気持ちは本物。私もファムお姉さんとおんなじだよ。ここでみんなを信じられなかったら、理想なんて、もう追えないと思う」

 

 

 そう言ったカティアの笑顔は―――

 

 

 私の姉貴分の微笑みのようだった。

 

 

 もう、二度と見ることはないはずの、あの―――――

 

 

 

 「諸君らの言葉、嬉しく思う。ならば共に征こう。この国の明日へ。祖国万歳!」

 

 いつの間にか私はそんな言葉を吐いていた。そして、彼らに敬礼をした。

 

 「「「「「「祖国万歳!」」」」

 

 要塞守備兵の皆は一斉に私に最敬礼をした。奇妙な光景だ。私は彼らより下の階級の兵曹、それも幼女だ。なのに私に本物の敬意を表してくれる。クルト曹長、君の戦車帽の下のお花畑で、花輪でも作ってきたらどうだね。

 テオドール、アネットは私を呆気に取られて見ている。ファム中尉はいつもの様に優しく笑い、そしてカティアは拍手なんかしている。そんな彼女に私は―――――

 

 

 「これでいいか、ウルスラ」

 

 もう、逢えない姉貴分に挨拶をした。

 

 「えっ………! ターニャちゃん?」

 

 誰?とか思って随分驚いているな。だがすまん、今しばらく君の向こうにいる私の姉貴分に挨拶させてくれ。グレースだった頃の私として。

 

 「名前を変えても私は私、君は君だ。そうだろう? ウルスラ」

 

 「えっ……えええ!? 何? どうして……あああ!」

 

 このくらいでやめておくか。カティアは、私があまりに訳のわからないことを言うので、混乱している。………………混乱しすぎじゃないか? 驚きすぎて面白い顔になっているぞ。

 

 

 

 

 仕方ない、もう少しここにいるか。国家保安省の手が伸びるまで。

 

 

 

 

 

 




カティアが慌てている理由は原作ファンの人はわかりますね? 

要塞守備兵の覚悟により、もう少しだけ第666にいることを決めたターニャ。

だが、この先何が待つ………?


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第17話 チキチキ戦術機猛レース

 やあ、諸君。ターニャ・デグレチャフ上級兵曹だ。いざ、主の名を讃えよう!……………失礼、またまた九五式の使いすぎで精神汚染中。

 私は今現在、愛機バラライカで、チーム『ヴェアヴォルフ』諸君の戦術機、六機のチュボラシカとレースの真っ最中! コースはBETAがゴロゴロなので良好とはいえないが、トップをキープだ。このまま逃げ切り、優勝といこうか!

 『大規模BETA侵攻への防衛戦闘の最中、なにをやっている!? 社会主義精神欠如によるサボタージュだ、怠慢だ。くらえっ、社会主義的修正パンチ!』などと、イエッケルン中尉あたりに怒られそうだ。いや、遊んでいる訳ではない。こういうことだ。

 

 私達は基地に帰還すべく、ノイェンハーゲン要塞を出発した。カティアとファム中尉の戦術機は破損していたので置いてきた。この二機のと要塞にわずかに残っている推進剤で、帰還する三機を満タンにした。ファム中尉はテオドール少尉の、カティアはアネット少尉の機体の補助シートにそれぞれ乗った。

 が、道中背後から四機のチュボラシカが追ってきた。おそらく保安隊の女史中尉らは、彼らに私とカティアを引き渡す手はずになっていたのだろう。保安隊は失敗したので、直接確保しに来たという訳だ。

 チュボラシカはバラライカの上位機体。機体能力の全てにおいてバラライカを上回っている。そのため彼らを振り切ることは出来ず、グングン距離を詰められる!

 そこで私は先任二機と別れ、単独で逃げることにした。連中にとって私がどの程度の重要度か量る目的もあった。そこで、

 

 「こちら幼女。こちら幼女。諸君らは幼女禁猟指定に抵触している。直ちに追跡をやめよ」

 

 と、別れ際に敵方に通信を送った。追跡する四機の内、二機がこっちを追ってきた。

 

 そして途中どこかに隠れていたのか、新たな四機が前方に出現! 六機も私に使っていただけるとは光栄至極。女史に見せたパーフォーマンスで殊の外、私に興味を持ってくれた様だ。

 

 私は囲まれた………が、光学系術式によるデコイによって脱出!

 

 それでも連中は、諦めず追ってくる!

 

 包囲を突破されても、機体性能差を考えれば楽に追いつけると考えたのだろう。

 

 そこでエレニウム九五式宝珠発動! 「神は偉大なり!」

 

 機体強化によって連中と同スピードをキープ! 引き離すことも出来たが、あえてしない。

 

 やがて、前線付近へ突入!

 まばらだったBETAも増えてきた。

 襲ってくるBETAを迎撃しながら進む。なんと一体一発で完全撃破! 劣化ウラン弾に爆裂術式をかけると、素晴らしい威力になるのだよ。

 うむ、劣化ウラン弾を誘導、光学、爆裂の術式で誘導弾に変えるのもだいぶ慣れてきた。要塞でいっぱい実弾演習できたからな。

 さて、司令部より送られてきたBETA分布情報によるとそろそろだ。

 

 ピピピピ!

 

 おっと、いたな。では、目標に向かって果敢に突撃といこう。ヴェアヴォロフの諸君、しっかりついて来たまえ!

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠

 

 追跡ヴェアヴォルフSide

 

 『くそっ! なんなんだ、あのバラライカのスピードは! どうしてチュボラシカで追いつけない!?』

 

 『さっきの包囲、誰がミスしやがった!? 一機を六機で囲んで、なぜ逃げられる!?』

 

 『新任小娘の乗ったバラライカに追いつけませんでした、なんて報告は出せんぞ。ヴェアヴォロフの名にかけて、なんとしても捕まえろ! 重要指定も、ヴァルトハイムよりも上がったんだ』

 

 『あの弾、炸裂弾か? BETAが爆発してるぞ! あんな武器、配備されたという報告はない。あれも手に入れて報告するんだ!』

 

 『ちっ、そういやBETAが増えてきた。どこまで深入りするつもりだ? あいつ、俺達に逃げるのに夢中で、危険区域になっているのも気がつかないらしい」

 

 『まずいな………そろそろ前線付近だ。作戦目標の光線級がいる場所だ。仕方ない、足を撃って止めるぞ!』

 

 ピピピピッ

 

 『……………光線級の予備照射反応? だが、BETAは退いていない。故障か?』

 

 『――――!!! なっ、バラライカが消えた!? 付近のBETAまで!? 』

 

 『うあああああ! 前方に光線級が!? ま、間に合わない~~~~!!!』

 

 

 ズウゥゥゥゥゥゥン………………

 

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠

 

 ターニャSide

 

 

 種明かしなど無粋と思うが、あえて解説しておこう。光学系術式で私の機体付近に、とっくに退避しているBETAの幻影を作ったのだ。私がこの場所に来たのはとある実験のためだが、ヴェアヴォルフの諸君には面倒なのでついでに消えてもらった。もっとも連中が追っていた私のバラライカは実体だ。消えたのはこういう訳だ。

 

 私の作る魔導式防殻は、BETAに有効なのは小型まで。だが、上手く使えば大型でも致命傷は避けられる。が、光線級だけはダメだ。戦術機すら蒸発させるレーザーに対して、防殻など紙装甲一枚貼り付けただけにすぎない。。

 そして国家保安省の手先の武装警察軍。ヤツらは国家保安省に反抗的な部隊には間違った情報を渡し、光線級の潜む場所に追いやっているというウワサがある。私たち第666戦術機中隊もいつ罠にかけられるか分からない。

 そこで自衛のため、光線級から身を守るための術式を考えた。注目したのは光線級がレーザーを発射する前の予備照射。

 予備照射とは光線級がレーザーを発射する前に発する不可視の光線。もっとも予備照射の時間は2秒ほどなので、それを感知した後に退避しても間に合わない。レーザーが発射される直前には射線上のBETAは退避するので、その動きに合わせて逃げるのが確実だな。

 そこで私はこのセンサーが予備照射を感知した瞬間、機体がスピード特化に強化。レーザー照射圏から全力で退避する、という所まで自動で行う術式を作ったのだ。ヴェアヴォルフの諸君には消えたように見えただろうが、瞬間的な猛スピードのためだ。

 

 さて、新術式の実験も成功。あまり近づいては流石に躱しきれないが、二千メートル辺りまでならいけるだろう。

 

 そして照射の隙を突き、最接近! ひとり光線級吶喊の完成だ!!

 

 ノロマな間抜けがこちらを向く前に、次々と誘導弾で葬っていく!

 

 ズゥ――ン! ズガァ――ン!! ズガガァ――――ン!!!

 

 はっはっはっ、前回までのおっかなびっくり近づきながらの光線級吶喊が嘘のようだ。ここの光線級群を担当している部隊の諸君、楽をさせてやるから感謝したまえ。

 

 ズガァ―――ン! バァ―――ン! バババァ―――ン…………

 

 

 

 『ターニャ・デグレチャフ上級兵曹、応答せよ。ベルンハルト大尉だ』

 

 粗方光線級をかたづけ終わった頃、懐かしき我が隊長殿から通信が来た。ふと見ると、一キロ程先に第666戦術機中隊の機体が勢揃い。我が第666でしたか、ここの光線級の担当は。

 ああ、テオドール少尉の機体もありますね。無事に本体に合流できて何よりです。アネット少尉の機体が無いのは、カティア、ファム中尉を後方に送ったからですね。

 

 『デグレチャフ上級兵曹、状況を説明せよ。ここの光線級を殲滅したのはどこの部隊だ?』

 

 

 

 さて、どうしよう…………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チーム「ヴェアヴォロフ」を全てリタイアさせ見事優勝!

そしてゴールには、懐かしの仲間たちの歓迎が!

さぁ、いい訳だ!


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第3章 幼女の衛士と 光の空に
第18話 素晴らしきアクスマン


 

 その後の話をしよう。

 要塞では『謎のBETA行軍停止現象が起こった』、ということにした。こういうことは下手にこじつけようとしたりせずに謎現象としとけばよろしいのだ。

 武装警察軍『ヴェアヴォロフ』の件は、『向こうもこっちを捕縛しようと動いていた』など言えないのだから無視。第666の光線級吶喊も普通にやった、ということになった。無論、こんな無理のある報告に騙されてくれるほどに国家保安省は甘くない。近日中に何らかの動きがあるだろう。

 私は正式にアイリスディーナの仲間になった。彼女に無理やり衛士にされた時からそうだった様なものだが、今までは様子見。これからは正式な同志として、裏の指示にも従うこととなった。

 やはりアイリスディーナは、力による現政権の打倒を考えていた。いや、正確には、この国をあらゆる手段で支配している国家保安省の打倒だ。その為にどんな準備をしているのか、他の仲間は誰なのかは教えてもらえなかった。ま、当然だな。

 もっとも仲間に関しては、教えてもらわなくてもある程度予想はついている。まず彼女の補佐役のヴァルター中尉。私とアイリスディーナがこの話をした時、見張りをしていたから当然だ。

 あとテオドール少尉。あっさり私のやったことの秘密に同意したんだから、まあそうだろう。最近の性格の変化も、彼女の同志になったせいかもしれない。

 そしてファム中尉。多分だが、要塞守備兵の意志があれ程強固にまとまったのは、彼女の手腕によるものだと見ている。自発的にあそこまでの覚悟を持った集団意志統一は出来ない。隠蔽工作も彼女がやったのだろう。

 そしてカティア。彼女はかつてのドイツの英雄の娘だそうだ。アイリスディーナは彼女を東西ドイツの架け橋の象徴として、いがみあう東西を繋ごうとしているらしい。ただ、あまり彼女の計画を聞かされてはいないようだ。

 まあ現状、大体そんな所だ。とりあえずは事件によって動くであろう国家保安省の対策だな。

 

 

 そして今、国家保安省参謀のアクスマン中佐が、基地演習場にて整列する第666戦術機中隊の前に来ている。彼が編成したという最新鋭の機体による部隊を後ろに率いて。

 さあ、早速来たぞ。さて、標的は私のみか第666全員か。

 

 「ご機嫌よう、第666戦術機中隊の諸君。先日の任務では大活躍だったそうだね」

 

 「はっ、恐縮です。祖国のため、皆精一杯の奮闘をして任務に励んでくれました」

 

 そんなアクスマン中佐とアイリスディーナの挨拶から始まった。

 

 「うんうん、定数割れしている中隊を割っての任務遂行。少ない人数でよくあれだけの成果を出せたものだ。さすがは我が国最強と言われた第666だ。特にこの………」

 

 アクスマン中佐はチラリと私を見た。さあ、本題に入ってきたぞ。

 

 「このターニャ・デグレチャフ上級兵曹の活躍は目覚ましかったそうだね。国家保安省でも話題になっているよ」

 

 ………やはり何かつかんでいるか。国家保安省が一兵曹の私のことを話題にするなど、そうとしか考えられない。

 

 「はっ、ありがとうございます。謎のBETA停滞現象があったとはいえ、新任ながら要塞陣地防衛任務をよく勤め上げたと思います」

 

 実に不思議な謎現象なのだ。これに比べれば保安隊員とヴェアヴォロフ隊員の消失など、なんでもないのだ!

 

 「ところで上級兵曹。今日は君に素晴らしい話を持ってきた」

 

 素晴らしく最悪な話ですね! ありがとうございます、中佐殿。早速ゴミ箱へ捨てさせていただきます!

 

 「はっ、身に余る光栄であります。ですが自分には過分すぎる栄誉、謹んで辞退させていただく所存です」

 

 ……………あ、いかん。話を聞く前から辞退してしまった。確かに胡散臭すぎるこの男の、鶏を前にしたキツネみたいな顔で持ってきた『素晴らしい話』、とやらはどう考えても糞の塊だとしか思えない。が、堂々と上官の顔を潰すマネをするのはマズイ。姿勢を正し拝聴した後、戦没者慰霊墓場へ敬礼と共に埋葬するのが軍人礼というものであろう。国家保安省のお偉いさんなど、最低最悪なことをして成り上がった奴だと知っているので、つい礼を欠いてしまう。

 

 「はっはっは、幼いながら無欲だな、上級兵曹は。しかしこれは是非受けてもらわねばならんのだ。やはり徴兵年齢にも達していない幼子を前線に立たせるのは、対外的にもどうかという話が持ち上がってねぇ」

 

 その幼子を義勇兵にするのはよろしいのでしょうか?、中佐殿。

 

 「そこでとある教育機関に君を入れることとなった。然るべき年齢になった後、士官としてその才能を存分に発揮してもらいたい」

 

 実はアイリスディーナと、国家保安省対策として三通りのケースを予想して対策を立てていた。

 

 A・私を拘束尋問する。

 

 B・アイリスディーナや部隊の中核の隊員を拘束尋問する。

 

 C・第666戦術機中隊全員を拘束尋問する。

 

 まさか国家保安省が拘束尋問以外の行動を取るとは思わなかった。が、これはAケースの変則と見ていいだろう。こんなウソを吐くようにしか見えない男の教育機関など、変態拷問女になる未来しか見えない。

 

 「上申、よろしいでしょうか。アクスマン中佐」

 

 アイリスディーナが口を挟んだ。

 

 「ああ、何だねアイリス」

 

 ………アイリス? 何だか自分の女を呼ぶようなニュアンスがあったが………ああ、アイリスディーナはそうやって党の信頼を得たのか。この国では実力はあっても、党が『信頼するに価する』と認めなければ上にはいけない。いや、実力より党の忠誠心の方が上だ。忠誠心なしと判断された実力ある者は? 粛清だよ!!!

 

 「我が中隊は損耗が続き、中隊定数の十二名を大きく割っております。また、我が隊次席指揮官のファム・ティ・ラン中尉が負傷待機のため、戦力が減衰しております。この上デグレチャフ上級兵曹まで取られますと、任務達成が非常に困難となってしまいます。どうか御一考ください」

 

 「ああ、国家人民軍の上層部もそれは憂慮していたよ。向こうの事なので詳しくは知らないが、近々補充要員が来るそうだ。彼女の到着をもってデグレチャフを引き取ろう」

 

 …………よく知らないと言いながら、女性というのは知っているんですね。あなたの息がかかっているのがバレバレです。

 まあいい。Aケースの場合、私はアイリスディーナの責任の及ばない所で行方不明となる。その後、彼女の裏の人脈に身を寄せることとなる。猶予期間があるなら計画をじっくり練ることが出来そうだ。

 

 

 

 「お待ち下さい、中佐」

 

 ふいに横合いから女性の声がした。そこに目を向けると、スーツを来た人狼少佐。

 

 「ベアトリクス・ブレーメ少佐……?」

 

 アイリスディーナは驚いている。私もだ。アクスマン中佐とは別行動でここに来たようだが。

 

 「どうしたのかね、ブレーメ少佐。今日は私にまかせてもらう予定だったはずだが」

 

 「国家保安省シュミット長官から通達がありました。『ターニャ・デグレチャフ上級兵曹は今しばらく経過観察せよ』とのことです」

 

 そう言ってブレーメ少佐は書類をアクスマン中佐に差し出した。

 

 「なにぃ!? そんなハズは………クッ、どういうことだ!?」

 

 どういうことだ、は私も問いたい。この二人、対立している様な雰囲気がある。同じ国家保安省の手の者なのに? 

 後にわかったことだがこの二人、国家保安省内の対立している別の派閥にそれぞれ属しているらしい。即ち、アクスマン中佐はベルリン派。西側諸国との協調を支持する一派の代表。ブレーメ少佐はモスクワ派。ソ連との関係を強めていこうとする一派の者だそうだ。

 

 「ブレーメ少佐、長官に働きかけたのか? 何のつもりだ!」

 

 「長官のご意志です。デグレチャフ上級兵曹は実戦においての観察がさらに必要、と判断されました。命令に従いなさい、アクスマン中佐」

 

 「………いいだろう、この場は退こう。が、今日のことは高くつくぞ。ブレーメ少佐!」

 

 

 

 ゴオオオォォォォォ……………………

 

 アクスマン中佐は率いてきた部隊と共に轟音響かせ、空の向こうへと去って行った。私はそれを見送り、『現状維持か?』と考えていた。

 そしてアイリスディーナをも無視し、ブレーメ少佐が私の前に立った。

 

 「ひさしぶりね、上級兵曹ちゃん」

 

 ブレーメ少佐はにこやかに私に話かけた。

 

 「はっ、ブレーメ少佐もお変わりなく。衛士就任以来、最大の難局でしたが、どうにか生き残ることが出来ました」

 

 「さっきも言ったけど、あなたはもうしばらく第666での戦闘を観察させてもらうことになったわ。だから見せてちょうだい。その………」

 

 ブレーメ少佐は狼の眼差しで私を射貫き、言った。

 

 

 「ウチの隊員六人も葬った実力をね!」

 

 成る程。私がまだここに留まれるのは『国家保安省の意向』、というだけではなくブレーメ少佐の意趣返しも含んでいるのか。この先、いろいろ厄介になりそうだ。

 取りあえずはこれから来るであろう補充要員だな。私の能力の観察なら、同じ部隊員にでもないと、確度の高い情報は取れない。つまり間違いなく国家保安省の息がかかっている。

 

 

 

 

 

 

 ………というわけで、あれだけのことをやらかしながら、私は今しばらく部隊に留まれることとなった。

 

 その後日、ちょっとした風変わりな任務が来た。

 

 我が国の首都、ベルリンへの出張だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第3章開幕!

テオドールの義妹が来たり、海王星作戦とかです。


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第19話 ベルリンロマンス

 私は今、首都ベルリンにいる。作戦会議に出席したアイリスディーナの出張の同行として来たのだ。他の同行者はカティアとテオドール少尉。ヴァルター中尉もいたのだが、作戦会議終了後どこかへ行ってしまった。まぁ、ここは国家保安省の本拠地、中央庁舎も置かれている。何らかの手を使って情報収集でもしているのだろう。

 本来の任務の作戦会議に私達は必要ない。空き時間を利用したこの観光にこそ、本来の目的があるのだろう。

 

 

 

 「うわぁー! これがブランデンブルク門! その後ろがベルリンの壁! さらにその向こうにある森林が、ティーアガルデン! あっちのでっかいタワーが戦勝記念塔!」

 

 ベルリンの壁付近に来たカティアは大はしゃぎ。私のちっちゃなお手てを握りながらあちらこちら見て回る。『すごいねぇ~ターニャちゃん、大っきいねぇ~』などと上機嫌。全く幼児は女のペットだな。東ドイツ最強部隊の隊員同士なのだがな、私達。

 だが、はしゃいでいた彼女はふいに立ち止まり、真剣な顔で私を見つめた。

 

 「ねぇ、ターニャちゃん」

 

 「何です、カティア少尉?」

 

 何だこの真剣な顔は。初めて見たぞ。

 

 「私のこと、知っているんだよね。どこで聞いたの?」

 

 カティアは私に体を寄せて、耳元でささやくように聞いてきた。

 何のことだ? いや、彼女はかつてのこの国の英雄、アルフレート・シュトラハヴィッツ中将の娘だということはアイリスディーナから聞いた。ヴェアヴォルフのブレーメ少佐は、アイリスディーナがカティアを手元に置く何らかの理由があることを嗅ぎ付け、確保しようとしていたらしい。つまりノイェンハーゲン要塞での保安隊や、そこから帰還する際つけ回してきた奴らは少佐の手先だ。だが、そのことではないだろう。

 

 

 

 カティアは本気の真剣な眼差し。

 それに耐えきれず、私は空を見た。

 正直、カティアの顔を見続けるのは辛い。

 私が殺した姉貴分をどうしても思い出してしまう。

 寒冷化の空は、相変わらず鉛色の雲が深く覆っている。

 

 (灰色の空、か………。ウルスラを殺したのもこんな空の下だった)

 

 ふと、私はカティアをギュッと抱きしめた。

 あの日、してあげられなかった彼女の代わりに。

 

 「ターニャちゃん……?」

 

 (やはり無理だな。あの日ウルスラを抱えて飛んでも、氷点下の空で彼女は生きられない。生きることが出来るのは、術式で魔力を熱に変えられる私だけだ)

 

 

 そんな分かりきったことを、もう一度確認した。

 

 

 ―――それでも、

 

 

 空に君を連れて

 

 

 最期に少しだけでも語り合っていたら、

 

 

 何かが救われただろうか―――

 

 

 ――――ウルスラ、君は生きて何をしたかったんだ?

 

 

 「どうしたの、ターニャちゃん。寒いの?」

 

 「―――ああ。あの日から私はずっと寒い」

 

 

 ベルリンの寒空の下

 私達はアイリスディーナとテオドール少尉が迎えに来るまで抱き合った。

 言葉ではなく、体温のみでカティアに彼女を語った――――

 

 

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は次にカティアの案内で蚤の市(フローマルクト)に来た。昔、東ドイツに住んでいた彼女が父親と一緒によく来ていた思い出の場所だという。

 カティアは、テオドール少尉に小さな人形を買ってもらって嬉しそうだ。微笑ましく見ていた私にアイリスディーナが話かけてきた。

 

 「どうだ、お前にも私が何か買ってやろうか?」

 

 「よろしいのですか? 私はカティア少尉のように安くはありませんよ」

 

 「いいとも。お前一人の浪費も受け止められないようでは、最強部隊の隊長など張ってられないからな」

 

 「その言葉、飲み込まずいられたらよろしいですな。では、これを頂きましょう」

 

 私はとある商品の一つを指した。

 

 「なっ! 正気か!? どうするのだ、こんなもの!! 私を困らせる為だけに言っているのなら、やめた方がいいぞ!」

 

 「いえ、本当に欲しいのですよ。それともさっきの言葉、翻しますか?」

 

 それは、私の背丈ほどもある巨大な熊ぬいぐるみであった。といってもテディ・ベアではなく、痩せていてアレほど可愛いものではないが。

 

 「………まさか、そうくるとはな。だが値段はともかく、どうやって基地に持って帰るというのだ? 私はイヤだぞ。それ一つ持っているだけで痛い女に早変わりな、悪魔のアイテムだ!」

 

 「テオドール少尉、お願いします。『テロド~ル君』と名付けて大切にしますから」

 

 「どこに、俺がその痛い作業をやりたがる要素があるというのだ! 断じて断る!」

 

 結局押し切って熊ぬいぐるみを買って貰い、私とカティアが交代で二人で運ぶことにした。

 

 「ターニャちゃんも可愛い所があるんだね。大っきいぬいぐるみとか、小さい子の夢だもんね」

 

 カティア、君は天使だな。

 もっとも、私の考えている使い方は可愛くないがな。

 

 しかし、アイリスディーナはなかなか本題に入らないな。本当にただの観光をしているだけだ。いや、首都ベルリンじゃ、秘密の話ができる所などなかなかない。盗聴器のない場所などまずないし、盗聴器を避けても複数の人間が話しこんでいるだけでアウトだ。

 

 やがて私達はベルリンタワーの展望台へ来た。雄大なベルリン市街の全景が一望できる場所だ。いい機会なので、私は国家保安省中央庁舎、ベルリン市街の警備、その他重要施設の情報を、観測で分かる限り調べ回った。イヤイヤながらも肩車をしてくれたテオドール少尉、ありがとうございます。

 やがてそこの片隅に私達を集め、いよいよアイリスディーナは本題を話した。確かにここなら多くの人の話声で盗聴器もあまり意味をなさない。

 

 「我々の目的は一人でも多くの東ドイツの人間を救うことだ。そのために現体制を打破し、ひとりでも多くの人間を逃がす」

 

 東ドイツは、もう間もなくBETA進攻に耐えきれなくなり、崩壊する。その際、国家保安省はじめこの国の偉い奴らは、自分らの組織の生き残りのために東ドイツ三千万の人民を上手く使うつもりらしい。アイリスディーナはそれを阻止しようというわけだ。まぁ、私は現体制の打破、国家保安省の打倒だけを考えればいいか。それだけやれば後はアイリスディーナがやってくれる、ということだけは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「みんな、待たせたな。無事ヴァルターと合流できた。帰ろうか」

 

 夜の帳が落ち始めるベルリン。ヴァルター中尉を迎えに私達と離れていたアイリスディーナが、彼を伴い戻ってきた。彼女はブルリと肩を少しすくませ、空を見上げて言った。

 

 「………寒いな。雪でも降る前に急ごうか」

 

 上を向き微笑んだ彼女の青い瞳と金髪、そして白く美しい顎のラインに一瞬目を奪われた。素直に美しい、などと感じてしまった。

 ふと我に返って隣のテオドール少尉を見ると、まだ彼女に見惚れていた。次に後ろのカティアを見ると………アイリスディーナに見惚れるテオドール少尉を切なそうに見ていた。可愛そうだが、あれは無理ないと思う。がんばれ、カティア。

 

 「ふ~~んだ。いいもん。行こう、”テロド~ル君”!」

 

 カティアは抱えている熊ぬいぐるみに話かけ、早足でテオドール少尉を追い抜いた。

 

 「お、おい! 本気でその名前にする気か! やめろ、今すぐ変えろ!」

 

 「ダメです~~! もう決定!」

 

 それは私のものなんだが………まぁいい。ぬいぐるみの本来の使い方はこんなものだろうしな。

テオドール少尉を少しでも振り向かせることに役立ってくれるなら何よりだ。

冗談で言ったのだが、熊君の名前は本当に”テロド~ル君”に決定してしまったようだ。

 どんどん先へ行ってしまう二人をアイリスディーナ達と追いかけた。

 

 

 (そういえばカティアの質問の意味を聞くのを忘れたな。『彼女のことを知っている』とはどういう意味だ。まぁ、いつか聞けばいいか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数日後、アクスマン中佐の言葉通り補充要員が来た。

 

 名はリィズ・ホーエンシュタイン。

 

 テオドール少尉の義理の妹だそうだ。

 

 なんという偶然!………なわけはないな。やはり国家保安省のえげつない手だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベルリンの片隅の、幼女ハードボイルドロマンス

彼女のおもい偲ばせ、カティアと抱き合う


そしてテオドールの義妹リィズ来る!
テオドール、カティア、アイリスディーナ、
そしてターニャの運命を大きく揺さぶる!


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第20話 リィズの来た日

 「リィズ・ホーエンシュタイン少尉です。本日只今をもって第666戦術機中隊に着任いたします。よろしくお願いします!」

 

 訓練前のブリーフィングで新隊員の紹介があり、彼女はそう挨拶をした。

 金色の髪を白と水色のストライプのリボンで結んだした幼い顔立ちをした少女。彼女がが新たな補充要員であった。

 私は『国家保安省も随分可愛い娘を送り込んだものだな』、などと考えて彼女を観察した。

 だが驚いたことにブリーフィングが終わると彼女は、

 

 「お兄ちゃん!」

 

 と言ってテオドール少尉に抱きついた!

 いきなりハニー・トラップ!? しかも妹攻めだと!? 国家保安省め、何と恐るべきハイレベルなハニー・トラップを編み出したのだ! そんなものは平和な異世界の、どこかの変態国家にしかないようなシロモノだぞ! 私は驚愕した。

 電撃作戦か、面白い。だがテオドール少尉もアイリスディーナから注意ぐらい受けているはず。さて、どう切り返す―――――と見ていると、

 

 「リィズ、本当にお前なのか?」

 

 そうきたか! 流石です、テオドール少尉! こちらも生き別れの兄の如く振る舞う逆ハニートラップ! 演技も完璧! 国家保安省の手先め、さぞかしとまどっていることだろう(^o^)

 ……………などとこの時私は暢気に考えていた。だがその後の二人の会話でまたまた驚愕した。まさか本当にテオドール少尉と義理の兄妹だったとは! まずいな。テオドール少尉、半分取り込まれたようなものではないか!

 

 

 

 

 

 ブリーフィングが終わると午前はシミュレーター訓練。ヴァルター中尉より個人指導を受けた。 

 そしてシミュレーター訓練が終わり、ヴァルター中尉に評価を貰っている時だ。ふと、背中から視線を感じた。そこに目を向けると、シルヴィア少尉が物陰から私達を見ていた。表情はいつもと同じ無表情だが、何故か『羨ましそうに見ている』――――そんな気がした。

 

 「何をよそ見している! 集中せんか、小娘!」

 

 「も、申し訳ありません、ヴァルター中尉。ですがシルヴィア少尉が何か言いたそうに見ているもので」

 

 中尉はチラリ、とシルヴィア少尉を見たが、

 

 「構うな。何か言いたいことがあったら言ってくる。それより続けるぞ」

 

 ヴァルター中尉は一頻り私の技術評価を言った。そしてそれが終わると、

 

 「もう少し話すことがある。ついて来い、小娘」

 

 と言って歩き出した。『ははあ、リィズ少尉のことだな』と思い、ついて行こうとすると、さらに強烈な視線が! 

 

 「ヴァルター中尉、その前にシルヴィア少尉と話してきてよろしいでしょうか? シルヴィア少尉、何故かハンカチを噛んでて破れそうです」

 

 ヴァルター中尉、またチラリとシルヴィア少尉を見たが、

 

 「放っておけ。腹でも減っているんだろう。ハンカチくらい好きに食わせてやれ」 

 

 そう言って、またさっさと歩き出した。

 ふむ、確かに女性としてハンカチを食している姿などは見られたくないだろうな。そっとしておくのも優しさか。こんな気遣いができる辺り、ヴァルター中尉も意外と女性に優しいのだな。前世から女性であるにも関わらず、そんな気遣いの欠片すらできない自分が恥ずかしい限りだ。。

 そんなことを思いながら、ヴァルター中尉の後を追った。

 

 

 

 

 

 「坊主には大尉が訓練前に話した。その場に政治将校殿もいたので、お前は呼べなかった。お前のことは政治将校殿に知られたくない、というのが大尉の判断だ」

 

 私達は基地の片隅に来た。ヴァルター中尉はそこで私の方は見ず、周囲の警戒をしながら話し始めた。しかし人の名前を呼べないのですかね、この人。

 

 「イェッケルン中尉も? ……ああ、国家保安省対策のため手を組みましたか。彼女も大尉を狙っているようですが」

 

 イェッケルン中尉はアイリスディーナが反政府勢力の者と睨んで、彼女を捕らえる為に第666戦術機中隊の政治将校へと希望したらしい。テオドール少尉にも協力を持ちかけたが、結局彼はアイリスディーナに付いた。

 

 「かと言って排除するわけにもいかん。次に来る政治将校は彼女以下の人間である可能性が高い。操縦技術や判断はアレでも、装備、備品の陳情などは有能だしな」

 

 「わかりました。それで私への指示は?」

 

 ヴァルター中尉はぐるりと大きく周囲を見回してから言った。

 

 「『能力のことは悟られるな。任務でも要塞の時の様なハデなものは使うな。新入りとの会話では能力に繋がる話題は避けろ』、だ」

 

 「了解しました。しかしリィズ少尉は別部隊への移動などの措置は取らないので?」

 

 「単純に戦力の問題だ。お前はいつ外れるか分からん。どう転ぼうと、任務のために部隊の戦力は一定以上にしとかねばならんのだ」

 

 「成る程、分かりました。お話は以上で?」

 

 「ああ、先に行け。私はお前とずらして行く」

 

 ふむ、私と一緒の所をなるべく見られず、危険を分散させるという訳か。さすが慎重だな。

 私は急いでその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡

 テオドールSide

 

 俺はシミュレーター訓練を終えるとすぐ外に出て、基地の片隅に来た。今はアイリスディーナにもカティアにも、そしてリィズにも会いたくない。一人で考えたくて出てきた。

 訓練前にアイリスディーナに、イェッケルン中尉と共にリィズのスパイ容疑について話された。確かに俺も偶然にしてはタイミングが良すぎるとは思う。それでもリィズが国家保安省の犬になったとは考えられない。アイツは両親を国家保安省に殺された。俺にとっても大切な義理の両親だった。

 ――――それでも、疑惑が晴れないのは、国家保安省の恐怖を知っているからだ。拷問に屈し、転向しないとは言い切れないからだ。俺はギリギリ奴らへの反発が勝って情報提供者(コラボレイター)にはならなかった。たが、リィズはその道を選んでしまったのかもしれない。

 それでもリィズが生きていてくれたのは嬉しい。

 俺がシュタージから解放された後、リィズは行方不明となり、どれだけ探しても見つからなかった。もう殺されてしまったんだと思っていた。でも生きて会えた。

 だが見極めなければいけない。アイリスディーナに命じられた通りに。

 リィズが国家保安省の手先になったのか否か――――

 

 

 

 

 「おや、テオドール少尉。妙な所で会いましたね」

 

 そんな小さな女の子の声が前方から聞こえた。

 そこには軍事基地に不似合いな。それでも、まぎれもなく部隊の一員の幼女――――

 

 ターニャ・デグレチャフが立っていた。

 

 

 「ひとりにでもなりたくてここへ来たのでしょうが、残念でしたね。この先にはヴァルター中尉もいますよ」

 

 そんな俺の心を見透かしたようなことを、このちびっ子は言う。

 

 「……そうか、なら別の場所にするか」

 

 今はおっさんにも会いたくない。踵を返し行こうとすると

 

 「ああ、待って下さいテオドール少尉。私如きが確認することでもないでしょうが」

 

 俺に近寄りターニャは小声で聞いてきた。

 

 「万一の場合の覚悟はお有りですか? 厳しいことでしょうが、大尉からも言われたはずです」

 

 「………ああ。リィズが国家保安省の犬かもしれないことは承知だ。万一そうだったとしても、揺らがない」

 

 俺は努めて冷静に、あって欲しくない可能性を口にした。だがターニャはそんな俺の苦悩など、あっさり踏みつけるが如く言った。

 

 「………は? なんの覚悟をしているんです。犬に決まっているでしょう。そんな当然のこと、前提で動くべきです。私が言っているのは、リィズ少尉が我々に不都合なことを掴んだ場合の覚悟です」

 

 「てめぇ……! まだ決まっていない!」

 

 怒ってさっさと離れようとした。だが、ちびっ子はしつこくついてきた。そしてどこまでもリィズを貶めることを言う。

 

 「お怒りですか。ですが僭越ながら一つだけ忠告させてください。リィズ少尉はその内、あなたに肉体関係を迫るでしょう。いわゆる『ハニー・トラップ』ですね。ですが決して受けないでください」

 

 「てめぇ! よりによってリィズが俺にハニー・トラップ仕掛けてくるだと!? ふざけるのもいいかげんにしろ!!」

 

 「またまた当然なことを。女なら手っ取り早いこの手段、使わないわけがないでしょう。おそらく、社会主義の規範たる我が国にはないサービスで色々奉仕してくれますよ。本当に男には危険なくらい仕込まれていて、経験も豊富でしょうから注意をさせていただいているんです」

 

 本当にどこまでコイツはリィズを貶める! 首根っこを捕まえて説教しようとしたが、俺の手をヒョイッと簡単にかわした。 

 

 「落ち着いてください。私も受けたことはありますが、あれはマズイ。ヤルと皆の信用を無くします」

 

 「………は? お前がハニー・トラップ?」

 

 ターニャの意外すぎる言葉に、間抜けな格好のまま固まってしまった。

 

 「ええ、まぁ昔(前前世での会社員時代)、恥ずかしながら見事に引っかかりましてね。信用を取り戻すのに大変でしたよ。(実に高い授業料だった)」

 

 「昔? お前の?」

 

 こいつの昔など、赤ん坊の姿しか想像できないぞ。まさかママ以外のおっぱいを吸ったとかか?

 

 「まぁお怒りでしょうが、心構えだけはしといて下さい。彼女が本物のスパイなら、用心していないと必ず引っかかりますから。経験者からのアドバイスです」 

 

 「…………怒りがふっとんだ。お前がどんな状況で、どんなハニー・トラップを受けて、どんな経験したのか非常に興味があるんだが」

 

 「え?……………ああ! 私は幼女でした!!」

 

 ターニャは『てて~~~っ』といった感じで逃げ出した。

 その後ろ姿はさっきの話など想像もつかないほどに、見事なまでに、幼女だった。

 

 

 

 

 「何なんだ、あいつはいったい………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テオドールに迫るハニー・トラップの魔の手!

お兄ちゃん攻めに抗うことはできるか!?

そして次回より海王星作戦開始!

かつてない大規模作戦に、ターニャは………?


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第21話 海王星作戦

 リィズ少尉が着任した数日後、第666戦術機中隊に新たな任務が下された。それは私だけでなく、隊員全員が経験したことのないような大規模作戦であった。

 海王星(ネプトゥーン)作戦――――国連軍、米軍、欧州連合軍、そしてワルシャワ条約機構軍による、四軍合同の一大反抗作戦だ。作戦目的は、ポーランドBETA群の大規模漸減による欧州全体の戦局の安定。具体的には、ポーランド沿岸部のダグンスク湾への進攻とBETA群の誘出撃滅である。

 

 この作戦が成功すれば、東ドイツは稼ぎ出された時間を利用して防御ラインの大幅な強化を果たすことができる。西側諸国もできるだけ長く東ドイツが存命して、盾でいて欲しいようだ。そのためならこうして大軍も派遣してくれる。西の思惑がどうであれ、万年戦力欠乏症な我が国に、BETA撃滅の為の大軍はありがたいモノのはずだが…………そんな素直な国でないのが社会主義国。さんざんに西側の悪意ある下心やら、取り込まれないよう注意しろだの聞かされた。

 しかしこういう西側の悪口を聞くたびに思うのだが、東側の人間というのは、自分たちが悪意など一切ない聖人君子の集まりだとでも思っているのだろうか? いや、実際に政治将校などはそう刷り込まれた教育を受けているのだろう。でなければあんなアホになって、アホな指示を、命の掛かった戦場で出せるとは思えない。

 実はBETA戦最前線の我が国。今までも西側の他国からBETA戦闘の協力の申し出は何度もあり、いくつかは受けている。ところが西側性悪説の我が国。そのたびに戦区を厳しく制限したり、持ち込む兵器や武器などにも制限を設けたりしている。只でさえ厳しいBETA戦闘にこんな制限などをつけたら被害はさらに大きくなり、結果協力しようなんて善意の国は激減している。現場からすれば上層部のアホを叫びたい!

 

 さて、海王星作戦に話を戻そう。我々の所属はワルシャワ条約機構軍。チェコスロヴァキア軍やハンガリー軍などの東欧諸国との合同部隊だ。そこに第666戦術機中隊は東ドイツ軍唯一の戦術機部隊として参加する。

 場所はポーランド沿岸部のグダンスク湾。そこら一帯のBETAの漸減をするのが作戦目的だ。

 不運なことに、司令官付きの政治将校がイェッケルン中尉の上司様だそうだ。その縁で、ここに来る前もここに来てからも、さんざん精鋭部隊として西側にあなどられぬようにとご訓示された。まったく話を聞いてると、作戦の成功より西側との政治闘争に勝つ事の方が重要みたいだ。いや、本当にそうなのだろう。何度もいうが、そう教育されているのが政治将校というものだ。

 

 

 

 「エーベルバッハ少尉。それでは新エレメント、お願いします。ヴァルトハイム少尉も」

 

 ポーランドのグダンスク湾の仮設基地に到着し、任務に入ったものとして姓の方を呼ぶ。ファム中尉が負傷のため抜けて、この任務ではコマンドポスト。そしてリィズ少尉が入ったために新編成になったのだが、私はテオドール少尉とカティアとの三人分隊になった。部隊人数が奇数のため、三人分隊ができるのだ。

 実は私は今まで前衛小隊にいた。私は射撃特化なので吶喊役の前衛より、その支援の後衛が適任であるにも関わらずだ。これは幼女である私を無理矢理に衛士にしたアイリスディーナが面倒を見るためであったのだが、一応一人前と見なされたのであろう。後衛に移され、テオドール少尉に預けられる形となった。

 

 「ああ、お前は心配していない。とにかく実働までの訓練で合わせることに集中しろ。それよりもっとデカい問題があるしな」

 

 「……あれですか。ベルンハルト大尉の指揮に慣れた私にはこたえそうです」

 

 「あれね……ファムお姉さんが恋しいです」

 

 後衛小隊の小隊長は次席指揮官のファム中尉。だが、さっき言ったように彼女は負傷のため部隊から外れ、CPをやっている。そして代わりに小隊長になったのが、我らが隊政治将校様のグレーテル・イェッケルン中尉だ。いやぁ、どんな政治的に正しい指揮を取っていただけるのが今から楽しみで仕方がない。

 おそらくこんな感じだろう――――

 

 『突撃! 突撃だ! 社会主義的突撃でBETA共を粉砕せよ!』

 

 『BETAより西側許すまじ! 資本主義者共の司令部に社会主義的制裁を下せ!』

 

 『諸君、社会主義万歳を三唱だ。唱えた後、敵に向かって自爆吶喊せよ! さあ祖国と社会主義に忠誠を示せ!』

 

 ……………嗚呼、政治将校様万歳だ。

 

 

 

 

 「お前たち、何をやっている。強化装備に着替えたらブリーフィング、後訓練だ。さっさと着替えてきて準備をしろ」

 

 噂をすれば影。我らが後衛小隊の新隊長、イェッケルン中尉が現れた!

 

 「は、はい! 社会主義万歳! 社会主義万歳! 社会主義万歳!」

 

 「何を言っているのだ? 同志上級兵曹、勉強熱心なのはいいが後にしろ。作戦開始まで時間がなくて、訓練の時間はあまり取れんのだからな。私自身、ホーエンシュタイン同志少尉との連携は少しでもやっておきたい」

 

 「お兄ちゃん、いっしょに行こう!」

 

 イェッケルン中尉の後ろからリィズ少尉がヒョコッと出た。彼女はイェッケルン中尉とエレメントを組む。彼女が何か部隊に不利益なことを仕掛けようとするなら、すぐにイェッケルン中尉が操縦権を奪えるようにそうしたらしい。しかし私がリィズ少尉なら、何か仕掛けるなら真っ先にイェッケルン中尉を何もさせないまま潰すぞ。大丈夫か、この小隊。

 

 「一緒に行こうと言っても、お前とは男女別で更衣室は完全に別れているだろ。カティア達と行けよ」

 

 「ぶ~~! 兄妹なんだからいっしょでもいいのに!」

 

 彼女がテオドール少尉とじゃれ合う様を私もカティアも、イェッケルン中尉さえも憮然と見ている。私たちはともかく、イェッケルン中尉までも注意することなく見ているのは、彼女の無邪気な様に本当に国家保安省のスパイか見極めきれないからであろう。 

 

 だが、実は私はとっくにリィズ少尉が国家保安省の手の者だということは確信してしまっている。『国家保安省が、私のことを見のがしている現在の状況から見てもそうとしか考えられない』ということも合わせてだが、リィズ少尉が様々な場面で演技をしているのがわかってしまったからだ。

 実は私も演技をしている。心は平和主義で忠実な資本主義者であるにも関わらず、革命精神溢れた社会主義者のフリをしているのだ。

 例えばイェッケルン中尉が指導してくださるポンコツ社会主義経済理論。前前世のエリートサラリーマン的に見て、『経済破綻間違いなし、極貧国家一直線!』としか考えられないシロモノであるにも関わらず、

 

 『素晴らしい! まさに世界中の貧困を無くし、人類皆平等に幸福へと導く画期的理論です!』

 

 などと言っているのだ。頂いた『赤い本』も、ゴミ箱に捨てたい気持ちを抑え、大切に本棚にしまっている。まぁ、これは大笑いしたい時は役に立っているので、衝動的に破り捨てたくなる気持ちに気をつけて愛用しているが。

 とにかくだ。リィズ少尉には、私がイェッケルン中尉に社会主義ヨイショをしている時と同じ臭いを感じるのだ。練度は向こうが上でも、タイミングや、つい大げさな表現になってしまう辺りでわかってしまう。

 

 その時、リィズ少尉と目が合った。リィズ少尉はテオドール少尉とじゃれ合うのをやめ、ニコッと私に微笑んだ。

 

 「ねぇ、ターニャちゃんって凄く射撃が上手いよね。どうしたらあんなに当たるの?」

 

 「当てようと思ったら当たるんですよ。ヴァルトハイム少尉、先に行ってましょう」

 

 私はカティアの手を引き、更衣室に向かった。

 

 ふと、リィズ少尉がテオドール少尉とじゃれ合っていた時の笑顔を思い出した。

 

 私に向ける嘘くさい微笑みと違って、無邪気な、本物の笑顔。

 

 彼女相手にこんなことを思うのは危険かもしれないが、

 

 『テオドール少尉への気持ちだけは本物』

 

 

 

 そんな私らしくない評価をしてしまった――――

 

 

 

 

 

 




海王星作戦開始!
不安はあれど、戦いは始まる
ポーランドBETA支配地域にての激闘

幼女よ、荒野を目指せ!


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第22話 前略 幼女です

 前略、ターニャ・デグレチャフです。前世より相変わらずの幼女です。

 親愛なるヴィーシャ、レルゲン大佐、そしてゼートゥーア閣下。そちらでは戦争は終わったでしょうか? 尽力しておられた停戦工作は実を結んだでしょうか?

 こちらは遺憾ながら激戦です。それも人類ではなく、地球外起源種。いわゆる宇宙生命体、BETAと呼ばれる者たちとの、停戦なしの果てしなき戦争です。

 

 さて、私は今現在、海王星(ネプトゥーン)作戦という大規模作戦に従事しております。私たち第666戦術機中隊は出撃し、所定の戦区のBETAを次々撃滅していっている最中です。そこでの戦闘中にあなた達を思い出し、心の中でお手紙を出させてもらっております。実は今、私はどうしょうもない、最悪なことに気がついてしまったのです―――――――

 

 

 

 

 

 ああ、まったく最低だ、畜生。本当に碌でもない。そんな気分でBETAを突撃砲で次々射貫いていく。まったく絶好調だ。気づかなければさぞかしいい気分だったろうに、気づいてしまった。

 突撃砲の弾なんてものは突撃銃の10倍くらいある。つまりこれを術式弾に変えるには、魔力も10倍程いるはずだ。前世の私ならとっくに魔力切れをおこしているはずなのに、絶好調。これは私が前世とは比べものにならないくらい魔力があるということだ。

 そこからだ。前世の様々な疑問が全てわかってしまったのは。

 

 『いくら私が信仰心の欠片もない冒涜者だとしても、何故こんなにやることが大掛かりなのだ? 神にコスト意識なんてものがあるのか疑問だが、あまりに私にこだわりすぎる!』

 

 『魔力とは何なのだ? 生物学的、動物学的にみてもこんな力はおかしい!』

 

 『なぜ魔力を持った人間は軍人にしかなれないのだ? いや、この力を戦争以外に使わないのは何故だ?』

 

 『なぜ戦争が終わらない? レルゲン大佐、ゼートゥーア閣下等が懸命に停戦へと努力しているにも関わらず、帝国が泥沼から抜け出せないのはなぜだ?』

 

 ああ、畜生、成る程、今こそ理解した。おかしいとは思っていたんだ。そういえば前世の戦争中も、存在Xが干渉していると思われる強力な敵が襲ってきたりもした。あれはそのための試練だったというわけか。

 存在Xは私を『信仰心のない冒涜者』と呼び、『私の信仰心を培うためにあの世界へ送った』などと言ったがとんでもない! 私など神から見れば只の小賢しい虫けら。冒涜者などと呼ぶことすら烏滸がましい、取るに足らない失敗作のひとつ。

 真の冒涜者はあちらだったというわけだ。奴は自分を創造主だと言ったではないか。ならばそれが造りたもうたあらゆる創造物を破壊し、荒涼たる大地に変えてしまうBETAこそが本物の冒涜者! そして私はそれを討ち滅ぼす天使役として選ばれてしまったわけだ。

 つまり魔術とは、神が与えた冒涜者を滅するための力。

 そして前世のあの魔術世界、あれはいわば演習場。その力の使い方を学ばせるための場だったのだ。成る程、戦争が絶えなかったわけだ。戦争がある限り、その強力な武器である魔術は応用、発展され続け、演算宝珠なんて魔力を自在に操るアイテムまで作られた。私自身、魔術の使い方にはこんなにも長け、強力な力を自在に使いこなし、BETAを楽々葬っている。そして魔力もこちらが本番のため、大盤振る舞いで大量に与えられているというわけか。

 

 神のしょうもない絡繰りが分かったところでやることは変わらない。次々BETAを撃滅し、やがて橋頭堡から10キロほどの地点までBETAはいなくなった。アイリスディーナはここで小休止を命令したが、イェッケルン中尉はさらなる進攻を主張。要は『西側に負けるな!』ということだが、二人は言い争いになってしまった。

 

 (イェッケルン中尉は上から無茶なノルマでも厳命されているんだろうな。私達の戦力じゃ、西側と張り合うなど無理だというのに)

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドド…………

 

 ――――――――――!?

 

 ふいに謎の振動が起こった。そしてヘッドセットに警告音が鳴り響き、センサーのグラフデータが一気に展開する! そして、アイリスディーナから新たな命令が来た。

 

 『全機、警戒態勢! 新たなBETA挺団が進攻してきた。我々はルートを離れ、これを迎撃する!数は約一万。位置は南西5キロ、ワルシャワ条約機構軍と欧州連合軍の境界線上だ!』

 

 中隊の9機だけで一万を迎撃する!? しかもデータリンクを共有してない欧州連合軍も来るだろうし、フレンドリーファイアが起こる可能性大だ!

 

 『何も一万全て相手にするわけじゃない。目標は先頭を走る突撃級300だ。時速約90キロで向かってくるあれだけは、橋頭堡防衛が間に合わなくなる可能性が高い」

 

 それでも我々9機だけで突撃級を300は多い。とはいえ命令だ。目標に向かい進軍。数が多いので、前衛、後衛小隊ごとに別れ、それぞれの小隊独自に突撃級を迎え撃つこととなった。

 突進してくる突撃級BETAに向かい斉射。突撃級は全長16mと要撃級より大きいにも関わらず全BETA中最速であり、その外殻はダイアモンドとほぼ同じ硬度をしている。その質量と硬度と速度でとんでもない突進をかけてくるので近づきたくない相手だが、橋頭堡の防衛任務のためには近づかざるを得ない。遠距離射撃では効力が薄すぎるのだ。さすが第666は精鋭。近づきながらも突進を躱し、確実に撃破していく。が、敵の数が多すぎる。

 

 (ああくそ! たった9機じゃ、こんなに大きく広がる敵前衛を倒しきれるはずがない! 勢いを削ぐことさえできないじゃないか)

 

 小隊長のイェッケルン中尉は『分隊ごとに分散して叩け!』などと無茶なことを言う。そんなことをすれば、四方をBETAに囲まれたこの状態では防御が間に合わなくなり、各個撃破されてしまうだけだ。

 

 (畜生、これじゃ前世の泥沼追いかけっこと同じじゃないか! いや自分で判断し行動出来ない分、なお悪い!)

 

 イェッケルン中尉を必死にテオドール少尉がたしなめていると、レーダーが欧州連合軍の部隊が近づいてくるのを感知した。『良かった、これで少しは楽になる』などと安堵していると、カティアが絶叫しながら警告した!

 

 『欧州連合軍の場合、私たちのように戦術機部隊が単独で突撃級と戦うことは想定しておりません! 高威力のミサイル攻撃で徹底して叩くんです。そして我々は彼らとデータリンクの共有をしておりません。つまり………』

 

 ―――――戦場でよくある事故!? 私たちごと面制圧するつもりか!?

 

 『ここから一刻も早く離脱すべきです! このままでは味方の砲撃で全滅です!」

 

 とテオドール少尉はイェッケルン中尉に上申するが、

 

 『ここから逃げるだと!? 欧州連合軍の都合を優先したことになるのだぞ! ここはワルシャワ条約機構軍の戦区、奴らが我々に会わせるべきだ! それに味方とはどういうことだ!? 奴らは西側陣営、我々とは志を異にするものだ!」

 

 …………だそうだ。

 学問とは本来、人を賢くするためのもの。人が住みやすい社会をつくるためのもの。なのに社会主義、共産主義は学べば学ぶほど人がアホになっていくのは何故だろう? 主義に正しい生き方をすればするほど対立する者が増え、まわりが敵だらけになるのは何故だろう? そして今、こんな命の掛かった場面でさえ国家の面目のために逃げることもできないとは!

 本当に『イェッケルン中尉には消えてもらうか』などと考えたりもした。しかし政治将校を死なせるリスクは、計り知れない。アイリスディーナの計画も大きく狂うことになる以上、彼女も守らねばならない。

 

 バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!

 

 本当に奴らはミサイルを撃ってきた! 私たちごとBETAを殲滅する気だ!

 

 くそっ、仕方ない。『ここに私たちがいるのが悪い』という理屈が成り立つのなら、『私たちのいる場所に撃つ方が悪い!』という理屈も成り立つはずだ。

 突撃砲、及び銃弾に術式をかける。光学式術式、爆裂式術式、そして熱誘導式術式。近くの高熱を発する場所に自動的に弾が向かっていくという術式だ。

 

 バン! バン! バン! バン! バン! バン!

 

 熱誘導弾に変えた私の弾は、音速で飛ぶミサイルの噴射口へと向かい、爆破しながら撃ち落としていく!

 

 ズガァ―――ン! バァ―――ン! ズガガァ―――ン………

 

 

 ふぅ、ミサイルを全弾撃ち落として一安心………………BETAは!? 突撃級は!?

 

 突撃級の諸君、ミサイルを撃ち落として守った私に感謝の礼などするわけもなく、再び橋頭堡に向け進軍! またまた私たちは不毛な追いかけっこ。

 はっはっはっは、何と愚かな人間だ! 愚か者が愚かなことをして、愚かに走り回っているぞ! 自分で自分を笑ってしまうよ、はっはっは………ウェ~~ン。

 

 

 『後衛各機、後退するぞ! 欧州連合軍から警告が来た。浸透突破する突撃級にミサイル飽和攻撃をするそうだ。この場より離脱だ!』

 

 アイリスディーナが前衛小隊と共に戻って来て、ありがたい命令をした。が、さすがはイェッケルン中尉。

 

 『同志大尉! 自分が何を言っているのか分かっているのか! 欧州連合軍の作戦の正しさを認めることになるのだぞ! それにヤツらのミサイルは欠陥品だ。全弾、目標に届かず地に落ちたぞ!』

 

 『何を言っているのか分かっているのか』と聞きたいのはこちらだ! そして欠陥品はあんたの頭だ! 本当に社会主義者の政治優先は、想像を絶するあんぽんたんだな!

 

 どうにかアイリスディーナがイェッケルン中尉を言葉でねじ伏せ、脱出支援に来た西ドイツ軍の部隊に率いられて、その場を離脱した。

 

 

 

 

 たった1日で十戦したぐらいに疲れた。海王星作戦はまだ初戦なのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ターニャをも泣かす、残念指揮官グレーテル・イェッケルン!

この恐るべき指揮官のもと、ターニャは生き残れるのか?


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第23話 西ドイツ軍バルク少佐

 ――――深いまどろみから、私の意識は目覚めた。 

 

 

 「あ、目が覚めた? 体は大丈夫?」

 

 「ああ、セレブリャコーフ中尉。どうも頭がよく働かない。寝起きの悪い私の頭に、ガツンと濃いコーヒーでもくらわしてくれ」

 

 「……………は? 誰それ。そんな人どこかの部隊にいたっけ? 兵曹が中尉さんを小間使いにするとか………このちびっ子エンペラーめ!」

 

 「―――――!? カティア少尉!?」

 

 昼間、前世の連中に心の中で手紙などを出したせいだろう。意識が向こうの世界に飛んでいってしまっていたようだ。

 聞いてみると、私は帰還途中に眠ってしまったらしい。あの後も、無理な戦いで無茶な指示に走り回され、無意味な苦労を山ほどさせられたためだ、くそっ。

 見回すと、基地の仮設寝所で寝かされており、カティアが私に付いていてくれていたようだ。少し腹が減ったので、格納庫で配られている食事をもらいに行くことにした。

 

 

 

 「大丈夫なの? ターニャちゃん。明日の出撃、見送るようにベルンハルト大尉に言おうか?」

 

 「平気ですよ。食べて体を拭いたらまたすぐ寝ますが、体調は悪くありません」

 

 一緒に付いてきてくれたカティアにそう言った。正直、イェッケルン中尉の指揮はヤバイ。アイリスディーナのように適度な休息を取ることもないし、西側と張り合って無理な攻撃を命令したりもする。そして度々アイリスディーナと衝突する。その度に起こる危機を脱するために魔術を使い、とうとう帰還時になって倒れてしまったというわけだ。明日も無理にでも私が出ないと損耗が出るかもしれない。

 さて、ここはBETAの支配地域になってしまったポーランドのど真ん中。こんな立派な基地などあるわけがない。どういうことかと聞くと、グダンスク湾にあった放棄された基地を西側の工兵部隊が再生させたものそうだ。たった半日で戦術機基地を復旧させてしまうとは、大したものだとあきれるしかない。

 

 

 「おお!? なんでここに子供がいやがるんだ? その子、東の慰問かなんかか?」

 

 途中、野太い男の声がした。その声の主を見ると、西ドイツ部隊の制服を襟を開いて着た大柄な男が立っていた。襟元には少佐の階級章、そして部隊章はカラスを意匠にしたもの。昼間、私達を誘導してくれた、あの部隊の指揮官らしい。

 

 「ああ、自分は東ドイツ軍第666戦術機中隊所属、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹であります。階級は兵曹ですが、特別に戦術機に乗って戦うことを許されているために”上級”がついているのであります、少佐殿」

 

 そう自己紹介して敬礼。つられてカティアも敬礼した。本来、西ドイツの人間と親しくするのは東ドイツの人間としてはヤバイ。告発や密告の対象になる。しかし、とある目的のために、あえて親しく話す。

 実はアイリスディーナは、この海王星作戦においてある目的をもって臨んでいる。それは、『この作戦で西側に我々の対BETA戦闘の技術の高さを見せ、西との友好関係を築く』という方針だ。この目的ため、私もあえて危険な橋を渡る。まぁ、技術の方は逆に助けられた形になって散々だったが。

 

 「お前が? いや、東の窮状は聞いていたが、いくら何でもこれはないだろう! 確かにガキを戦場に送ることはあちこち出てきてはいるが、これは異常だろう!」

 

 「はっはっはっ、これが前線国家というものですよ。私など運のいい方なのですよ。孤児院の方じゃ、私くらいの子供を生身で銃を持たせてBETAと戦わせたりもしています。貴君の国も前線になればわかりますよ」

 

 ……………あ、”これ”呼ばわりされて、つい腹が立っていらんことを言ってしまった。いくらアイリスディーナの目的のためとはいえ、東ドイツの知られちゃマズイ裏事情など話してどうする!?

 

 「………それはオレが許さねぇ。確かにオレらの国はやがて対BETAの最前線になるだろう。だが、そちらのようには断じてさせねぇ!」

 

 しかも友好を築く方も失敗したっぽい。魔術の使いすぎで脳まで退化してしまったようだ。仕方ない、話題をそらすか。

 

 「ああ、そういえば昼間助けて頂いたお礼を言ってませんでしたね。感謝します、少佐殿」

 

 「西ドイツ軍第51戦術機機甲大隊「フッケバイン」指揮官のヨアヒム・バルク少佐だ。凄んで悪かったな」

 

 バルク少佐は私達と共に格納庫へと向かった。彼の部下が東ドイツ軍の整備区画に行っているので、呼びに行くらしい。

 

 「………なぁ、ところでお前さんの部隊、突撃砲でミサイル撃ち落としてなかったか? いやまさかと思うが、何となくそう見えたんでな」

 

 「ええ!? まさか!」

 

 「………こちらの技術に関する情報はお教えできません。ですが常識で判断して欲しいですな」

 

 「まぁ、そうだよな! いやアレが欠陥品で助かったな! あれが無けりゃ、さすがに助けることは不可能だったぜ!」 

 

 やはり今はあまりしゃべらない方が良さそうだ。寝起きと魔術の使いすぎで、頭があーぱーになっている。いらんことをしゃべりそうだ。

 そして格納庫に着いてみると、なにやら言い争いがする。

 

 

  ―――「あなた達を救い出すために、私の中隊が必要のない損害を被ったのよ。もう少しで戦死者も出す所だった。感謝して謝罪くらいしなさいよ」

 

 ―――「感謝ですって!? こっちは、あんた達の砲撃で殺されかけたのよ! それ、分かってんの?」

 

 ―――「あんた達が勝手に突っ込んだのが悪いだけじゃない。あのBETA群は私達だけで殲滅できたわ。あなた達は無駄に突っ込んで、こちらの火力の集中を邪魔しただけよ!」

 

 その争いの場所に行ってみると、アネット少尉と西ドイツの女性士官が言い争っている。その場には他にテオドール少尉、リィズ少尉もいた。

 

 「うちのキルケ・シュタインホフ少尉だ。しょうがねぇな、何やってんだか」

 

 私は、西ドイツの人間が東ドイツをどう思っているのかを知るために、あえてもうしばらく続けさせるようバルク少佐に頼んだ。言い争いは政治のことまで及んでいく。

 

 ―――「犯罪国家!? あたし達が!?」

 

 ―――「ベルリンの壁で西ベルリンの市民を孤立させたのも、数え切れない程の市民を拉致、誘拐して人質にしているのも、西側への亡命者を全て殺害しているのも、国内のドイツ赤軍でテロ破壊活動をしているのも、みんな貴方たちのやっていることよ!」

 

 それらは国家保安省が主導でやっていることだが、東ドイツ政府の意向でもある。国家保安省に被害を受けているのは私たち人民軍や市民も同じだが、そんなことは外国には関係ない。同類と見なされている。MADな全体主義者と思われているのだ!

 

 その時、カティアがシュタインホフ少尉の前へ飛び出した。

 

 「もうやめてください! そんな言い争いが何になるんですか!」

 

 「な、なによあんた。あんたも東ドイツの兵士? 何になるかですって!? こっちは何時あんた達が雪崩れ込むか戦々恐々としているのよ! それも只の避難民じゃない、共産主義思想を持ったテロリストも数多く入り混じった3千万人がね!」 

 

 アイリスディーナのやろうとしていることの難易度の高さには、クラクラくる。私が西ドイツの高官なら、確実に東ドイツからの難民は隔離、管理するぞ。東ドイツ人民をベルリンの壁の向こうへ逃がすことも目的のひとつらしいが、やはり碌なあつかいは受けないだろうな。

 ともかく、正直者のお嬢さんのおかげで西ドイツが東をどう思っているかは十分わかった。叶うならば、私もこの嘘吐きの無能国家を共に罵りたい。しかし悲しいことに、私はこの嘘吐き国家の人民。正直者の口は塞がねばならんのだ。

 私もシュタインコフ少尉を諫めるべく、出て行った。

 

 「申し訳ありませんが、政治関係の話はご遠慮願います、シュタインホフ少尉」

 

 「え………子供? なんなの、この子!?」

 

 「我々は東ドイツ軍の末端にすぎません。政治、外交関係の話を外国の方と話すことは厳しく禁じられているのです。そのような話はワルシャワ条約機構軍司令部にでも持って行ってください」

 

 「え? え? 我々って………あなたも東ドイツの兵士? 本当に!? そっちの入隊最低年齢ってどうなっているの!?」

 

 シュタインホフ少尉がとまどっている間、バルク少佐も来た。

 

 「おぅい、やめろシュタインホフ。そのおチビちゃんの言う通りだ。俺たちは軍人だ。仲間内でどこかのアホゥや上官、政府を腐すならともかく、他国の部隊にそれをぶちまけるのは感心しねぇな。後輩を何人も迎えたからって、あまりいきがるな」

 

 仲間内なら上官、政府を腐すことができるのか。なんと開放的な!

 ……………私もだいぶ社会主義国の常識に馴染んでしまったな。

 

 「戻るぞ、シュタインホフ。ああ、お前ら。こいつが悪かったな。これも何かの縁だ。今後も仲良くしてくれや。じゃあな」

 

 「ま、待ってください!」

 

 行こうとする西ドイツの二人をカティアが呼び止めた。

 

 「うん? まだ何かあるのかい、お嬢ちゃん」

 

 「その………そちらにも、こっちに不満があるのはわかります。でも、こんなことで言い争っている場合じゃないと思います! あなた方にも亡くなった人達からの託された想いがあるはずです。どうかそれを………忘れないでください!」

 

 「あ、貴方たちにそれを言われる筋合いなんて………」

 

 ――――ベチッ!

 

 なにか言おうとしたシュタインホフ少尉の口を、乱暴にバルク少佐の大きな手が塞いだ。いや、顔ごと塞いでいるな、あれは。

 

 「ああ、ご丁寧にありがとよ。しかし、国家間の不信や憎悪はどうにもならんものがある。お嬢ちゃんの意気込みは買うが、個人の力だけじゃ手に余る問題だな」

 

 

 そうバルク少佐は言い残して、二人は去って行った。

 ………………バルク少佐、せめてシュタインホフ少尉の顔を掴んで引っ張って行くのは、やめてあげませんか? 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 

 キルケSide

 

 西ドイツの区画へ戻る途中、バルク少佐はやっと顔を掴んでいる手を離してくれた。

 離す時に、

 

 『おっと、強く掴みすぎてお前の顔が歪んじまった。悪い悪い、ハッハッハ』

 

 と言われた時は本気で殺意を覚えた。冗談で良かった。

 少佐は笑うのをやめると、真顔になって言った。

 

 「なぁ、お前は奴らのことを低く見ているようだが、あまり舐めない方がいいかもしれん」

 

 「奴らって東ドイツのことですか? 何故あんな奴らを!」

 

 「あのちびっ子、第666の衛士だそうだ」

 

 「なっ………! あんな子供が!? ありえません!」

 

 本当に東ドイツの軍制度はどうなっているのだろう。あの子、まともに戦術機を動かせるのか?

 

 「人道的なことは、さておいてだ。あんな子供を戦術機に乗せて戦わせることが出来る教育技術を、東の奴らは持っていることになる。それに昼間奴らに向かっていったミサイルが、揃って目標に届かず落ちた件もそうだ。奴らに向かったミサイルが全て欠陥品だったなんて偶然、ありえるわけがねぇ」

 

 「………まさか、あれを全て東のあいつらが落としたと? 戦術機にミサイルを迎撃する能力を搭載する技術があるとでも?」

 

 「幼児教育は専門外だし、迎撃技術に関してもそれが可能なのかまではわからねぇ。だがナチの超技術を継承し、非人道的な実験でモノにしたってのはありえる話かもしれねぇ。お前は部隊に損害が出たことにお冠な様だが、案外割のいい仕事だったのかもしれん」

 

 「まさか……そんな……」

 

 ワルシャワ条約機構軍の装備は欧州連合軍のものより十年は旧式のものだった。戦術機も一世代前のものだ。あれでミサイルを撃ち落とす技術など持っているとは思えない。

 そしてもう一つ。あの旧式装備で突撃級BETAに吶喊していくなど無謀としか思えないが、それで見事に生還している。いや、戦術機単独でBETAに突っ込むこと事態、こちらの常識ではありえない。

 

 「ま、まさか今日突撃級に突っ込んでいた東ドイツ軍部隊の中にあの子もいたんですか? あの年でそこまでの戦術機機動を身につけられるなんて………ありえません!」

 

 「ま、何にしても上に報告、宿題だな。一応、諜報の奴らに調べてもらうために、第666とは仲良くやって記録つけとけ。いや、できる限りでいいぞ」

 

 

 

 ―――私は東ドイツに対し、これまで以上の戦慄を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東ドイツ軍の恐るべき超技術に戦慄する衛士二人!

果たしてナチの超技術は存在するのか!?(ありません)


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第24話 欧州連合軍の危機

 海王星作戦二日目。昨日の戦いは大軍を展開できる戦場をつくるためのもので、今日が本番。ポーランドの大量のBETA群を包囲殲滅だ。

 意外なことに、作戦開始前にキルケ・シュタインホフ少尉が昨夜の謝罪にきた。

 

 「昨夜は失礼いたしました。西ドイツ軍人として恥ずべき言動だったと反省しています。ご寛恕いただけたら幸いです。我がフッケバインは予備として控えておりますが、貴官らワルシャワ条約機構軍に不測の事態が起こった場合、助力するよう命令されております。万一の場合、よろしくお願いします」

 

 つまり昨日のようにBETAを包囲網から逃がすようなことがあれば、手伝ってやるから邪魔すんな、というわけだ。まぁ、ミサイル撃ち込まれるよりはマシだな。イェッケルン中尉は悔しそうな顔をしているが、上の方で話はついているらしく、何も言わない。ワルシャワ条約機構軍は、西側諸国より装備も劣っているし、人数も足りないのだから張り合ってもしょうがないのにな。

 それにしてもシュタイインホフ少尉は意外に下手に出ている。バルク少佐に説教でもされたのかもしれない。昨夜のように恩着せがましくイヤミを言っていたら、意地でもイェッケルン中尉は手伝いを拒否するだろうから、有難い限りだ。

 

 作戦が開始された。欧州連合軍の大量の戦術機部隊、そしてアメリカのさらに大量の戦術機部隊は、湾岸に展開する多数の艦船の支援砲撃を受けながら、左右側面より膨大なBETA群を包囲。そして激しく砲撃を叩き突ける! アメリカ軍と欧州連合軍は、水上打撃部隊と地上部隊の砲兵による面制圧、多数の戦術機と攻撃ヘリによる側面攻撃によって急速にBETAを殲滅していく。光線級の封殺も、水上打撃部隊の常時AL弾を交えた砲撃により成功している。

 我々ワルシャワ条約機構軍はBETA群の正面に防御陣地を敷いて待機しているが、いらない子だね。西側の物量攻撃だけで作戦は終わりそうだ。第666は通信映像で悔しそうな顔をしている者は何人かいるが、こうなっては仕方ない。アイリスディーナの目論見も外れてしまったな。

 

 やがて連中の猛攻を抜けてきた突撃級BETAがこちらに突進してきた。スピードに長ける奴らは、西側の側面攻撃を突破してきたのだ。やれやれ仕事かと突撃砲を構え、こちらの戦車と共に斉射の号令を待った。

 すると突然、予備であるはずの欧州のF-15が後ろから飛び出し突撃級に向かった! それらは搭載してあるフェニックス・ミサイルを一斉斉射し、そして離脱した。爆音、爆撃。その煙が晴れた後には半数以上数を減らした突撃級が、前衛の死体に足を取られながらもこちらに来ようとしている姿があった。

 

 「あいつら………!」

 

 と、イェッケルン中尉はいまいましそうに呟いた。まぁ、こちらの戦区で先に攻撃されて面白くないのはわかる。しかしミサイルを有効活用するには、攻撃の一番最初に放つのは正しい。

 問題はワルシャワ条約機構軍の面目をしたたかに踏みつけ、お寒い立場に置くこと。そして私もこちらの立場にいることぐらいだ。ま、私たちが突撃級とじゃれ合っている中に撃ち込まれるよりはマシと思っておこう。残った突撃級は楽々狩れるが、『やっぱり私達いらない子だね』という気持ちはぬぐえない。

 

 しかしイェッケルン中尉らがいらついているのは面目を潰されている、などということだけではないだろう。社会主義の敗北、それを目の当たりにしているからに他ならない。西側は物量だけではない。指揮系統の命令も我々社会主義圏より余程洗練されており、素早く的確に動いている。なにしろ我々は部隊ごとに政治将校などを置き、指揮官はいちいちそいつに判断の許可をもらわねばならない。さらにその政治将校も司令部の政治将校の許可を取らねばならない。つまりアホな鈍亀そのもの。とても果断な決断などできるものではない。

 アイリスディーナは指揮官の才の他に、この政治将校を丸め込むことに長けている。さらにイェッケルン中尉もある程度は戦局を読む才があるようで、アイリスディーナから無理矢理指揮権を奪ったことは無い。故に我が第666戦術機中隊は我が国最強なのだ。

 しかし我が隊はそれでいいとしても、やはり社会主義は人類の害悪だな。このBETAの危機にさらされた世界において、一刻も早く抹殺せねば人類全体が危うい。

 

 

 

 

 「………うん?」

 

 ふと私は、艦砲射撃のものではない振動を感じた。それは前面の戦闘に関係なく、一定のリズムで刻まれている。

 

 ――――――これは? いや、まさか!?

 

 ピ――――! ピ――――!

 

 緊急通信がCPのファム中尉から来た。

 

 『シュヴァルツ00より中隊各機。国連軍より緊急入電! ポーランド内陸部より新たな大規模BETA挺団が出現! 個体数は不明。その針路上には欧州連合軍地上部隊の先鋒が!』

 

 くそっ、昨日と同じBETAの援軍か! しかも個体数不明ということは、昨日の一万を遙かに超えているということだ。

 その新たなBETA挺団は、死と破壊の本流となって欧州連合軍を急襲した!

 

 (だが問題は数じゃない。どれだけ多くても、欧州連合軍の火力なら圧倒できるはずだ。そう、あれさえいなければ………)

 

 もちろん欧州連合軍も応戦し、支援砲撃を放った。が、無数の光線級のレーザーがミサイルを全て撃ち落としてしまった!

 

 (くそっ、やはりいるのか!)

 

 人類がBETAに押され、後退を余儀なくされている理由の多くは、この光線級の存在だ。超長距離からの強力なレーザーによって、人類の最大火力を封じられてしまうのだ。

 

 『光芒の数より推測。光線級200以上!』

 

 『BETA挺団、欧州連合に先頭接触!』

 

 『AL弾も目標との距離がありすぎて、規定濃度に届きません!』

 

 私に見られる情報など雀の涙だが、数少ない情報からでも欧州連合軍が全滅の危機だということは分かった。出現した新たな挺団のこの位置じゃ、水上打撃部隊の射程圏外だ。つまり重金属雲を張れない。ミサイルは全て光線級に撃ち落とされるので、支援砲撃は不可能。戦術機部隊の防衛戦闘だけじゃ、いずれ欧州連合軍は食い破られる。そしてそれは合同軍全体の敗北へと繋がるだろう。

 この状況を打ち破るには、我が隊が動き、光線級を一刻も早く殲滅するしかない。が、社会主義的発想だと戦場の敵より政敵を蹴落とすことを優先する。つまりワルシャワ条約機構軍司令部が私たちにそんな命令を出すはずが無い。

 さて、この状況。アイリスディーナは動くのか? 動くとしても、司令部やイェッケルン中尉を説き伏せることが出来るのか?

 

 

 

 

 戦況をじっと見つめていたアイリスディーナは、ゆっくりイェッケルン中尉に言った。

 

 『同志中尉。この危機に際し、我々がすべきことはわかるな? 今すぐワルシャワ条約機構軍へ上申しよう。”光線級吶喊”だ!』

 

 『な!……同志大尉、そんなことできるわけが………』

 

 その後、光線級吶喊の要請が、なんとワルシャワ条約機構軍司令部を飛び越えて、国連軍司令部より来た。ワルシャワ条約機構軍司令部があまりにごねるので、直接アイリスディーナに頼みに来たらしい。それに対しアイリスディーナは受諾。もちろんワルシャワ条約機構軍司令部は猛反発したが、イェッケルン中尉を味方に引きずり込んで強引に、独断で受けた。いや~~お見事!

 

 『今回の作戦において、予備を二機残す。ヴァルトハイム少尉、デグレチャフ上級兵曹は外れ、橋頭堡へ帰還しろ』

 

 

 私たちはハブですか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




欧州連合軍へと襲いかかる第BETA挺団!
怒濤の勢いで攻めかかる!

この大いなる危機を救えるか?


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第25話 幼女の衛士と 光の空に

 第103戦術機歩行戦闘隊が合流した。部隊を構成するF-14は、光線級群を殲滅するに足る多数のフェニックス・ミサイルを搭載している。第666戦術機中隊は彼らを先導し、光線級群へと導くことが任務だ。

 なんとアイリスディーナはグレーテル・イェッケルン中尉を説得し、司令部の政治将校の意向をもねじ伏せさせ、国連軍司令部の要請する光線級吶喊へと行くことに成功したのだ。

 

 『どうして! どうして私とターニャちゃんは予備なんです? そんなに私達は足手まといなんですか?』

 

 『ああ、そうだ。この光線級吶喊はこれまでのどの任務より厳しいものだ。お前達の機体制御じゃついていけないだろう。それに第666の全滅は何としても避けねばならん』

 

 私とカティアは予備として残された。おそらくアイリスディーナは、この任務に帰ってこれないと予想したのであろう。

 

 『聞き分けてくれ、カティア。お前には為すべき事があるのだろう? それとデグレチャフ。悪かったな、まだ幼いお前をここまで戦わせて』

 

 第666戦術機中隊は約20機のF-14を引き連れ出発した。確かに彼女が部隊の全滅を覚悟する程に、この任務は相当厳しい。

 まず、光線級のいる場所に十分な重金属雲が張れない。水上から離れた内陸部にいるため、艦船のAL弾が届かないのだ。そして光線級集団が固まっている地点が二カ所ある。そのため、かなり広い範囲が十字砲火を浴びてしまう地域になってしまっている。さらに光線級集団の周りには数体の要塞級がおり、ガードをしている。これで任務を達成して帰ってこられたら、本物の世界最強だな。

 これからのことをカティアに相談しようとすると、

 

 『ターニャちゃん、お願いがあるの。これから一緒にフッケバインに頼みに行って欲しいの。おそらく彼らが光線級吶喊部隊の撤退路を作る役だと思うわ。私たちも参加させてもらいましょう』

 

 と、私が言おうとしていたことを先に提案されてしまった。情報から彼らが退路の確保の役割だと結論づけたが、もう一歩進めて誘導までやってもらおう。

 アイリスディーナはじめ第666戦術機中隊は、得がたい優秀な暴力装置。こんな所で消費されて無くなってしまうのは余りに大きな損失だ。そして昨夜できた西ドイツ部隊のフッケバインとの縁。早くも使わせてもらおう。

 

 私達は予備兵力として詰めている西ドイツ第51戦術機甲大隊『フッケバイン』のもとへと進んだ。カティアの西ドイツからの亡命者としての経歴で、大隊長のバルク少佐に繋ぐことができた。

 

 『一昨日のお嬢ちゃんたちか。そっちのおチビちゃん、本当に衛士だったんだな。で、何の用だい?』

 

 『はい、貴隊は今、光線級吶喊行動中の部隊の退路を確保するための移動中と思われます。我々もそれに加えさせてください!』

 

 『お断りだな、そんなことは』

 

 カティアの交渉は難航した。ま、西ドイツに災厄ばかりもたらす東ドイツ部隊の私たちでは当然だな。では私が一枚カードを切るとしよう。

 

 「バルク少佐、共に行動すれば私の戦闘データの収集などが可能ですよ。幼い私の衛士としての能力、そのデータはそれなりに貴重と思いますが」

 

 『…………ふん、自分の身を切っての交渉まで出来るのか。いいだろう、そういうことなら遠慮なくお前さんのデータはいただく。ついて来い!』

 

 成功だ。シュタインホフ少尉が謝罪に来た時、どことなく私を見る目が妙だったが、やはり私の年齢は気になっていたようだ。

 

 『ターニャ・デグレチャフ上級兵曹』

 

 バルク少佐が私に話かけた。

 

『機密とかなら、答えなくていいが………なぜお前さんは戦っている? その年じゃ、今頃は先生にいろいろ教わってるって時間だろう』

 

 私はバルク少佐の質問に少し考えて、そして答えた。

 

 「戦場がね、私を離してくれないんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 我々はフッケバインと共にBETA群に突入! 退路予定区域内のBETAを次々葬る!

 

 『…………たいした射撃技術だな。どうやったらその年でそこまで到達できるんだ』

 

 などとバルク少佐からお褒めの言葉をいただいた。

 照準補正魔術です。言えませんが。

 やがてA集団の光線級吶喊をしている第666、第103の背中を見れる位置まで来た。

 だが、彼らは光線級の照射から逃げるのに精一杯で進めないでいる。

 

 ………………? 

 

 おかしい。もう一方のB集団光線級の照射が第666を狙っている。A集団の光線級吶喊の間、向こうは別の部隊が陽動を仕掛けることになっているはずだ。

 だが、それが機能していない。そのせいで進むことができず、足止めされている。

 

 ピ―――――! ピ――――!

 

 私が不思議に思っていると、バルク少佐から通信が来た。

 

 『お嬢ちゃんたち、すまんがここまでだ。新たな任務が入った。B集団光線級の陽動を担当している部隊が失敗したらしい。そこで俺たちがやることになった。お前さんたちは下がれ』

 

 『ええ!? じゃあ撤退路は………』

 

 『A集団殲滅の後、再び行う。このままじゃ向こうは身動きがとれん。だが、フッケバインの名にかけて必ずお仲間は生還させる。進んできた道が無くなる前に急げ』

 

 くそっ、つまり第666はこの任務でさらに生還が厳しくなったということか。

 私もこの位置ではどうしょうもない。魔術で狙撃をするとしても、要塞級の巨体が邪魔だ。

 アレを何とかするには、やはり足をへし折るのが手っ取り早い。しかし要塞級の足はダイアモンド並に強固。それに、こんなBETA共がわらわらいる場所では落ち着いて狙撃などできない。

 一発を誘導させて全ての足を折りたいが、貫通、爆裂術式を入れたとしても曲線を描く弾道では威力が落ちる。

 威力を上げるため、できるだけ近くで、射線を曲げることを最低限の場所で撃ちたいが、空を飛んだら光線級の最優先目標になってしまう。なにかないか………

 

 

 その時、赤グモの様な戦車級が一体、私に飛びかかってきた!

 反射的に私は撃とうとして………………やめた。

 当然、赤グモは私のバラライカに取り憑いた。

 

 『タ-ニャちゃん!? 待ってて、今ナイフで……』

 

 「構わないで! これでいいんです。バルク少佐、陽動は私が引き受けます。このまま撤退路の構築をお願いします」

 

 赤グモをぶら下げたまま、私はバラライカを噴射跳躍!

 

 ――――ああ、やりたくない。でも思いついてしまった。何とかできる方法を。

 

 『おい、何をしている!? レーザーの的になりたいのか!』

 

 バルク少佐が私にどなる。

 

 「ええ、あなたの部下のシュタインホフ少尉に教えたくてね。アカの中にもあなた達のために命を捧げることの出来る者がいると」

 

 精一杯の皮肉をこめ、あの時の彼女に少しだけ意趣返しをする。

 私のバラライカに向かい、AB両方の光線級集団から予備照射が来る!

 だが、赤グモ一匹ぶら下げているので撃てない!

 赤グモは逃れようとする。が、バラライカの腕を絡め、さらに拘束術式でそれを許さない!

 

 ――――はっはっはっ、いい眺めだ。人間からもBETAからも注目の的だ。

 

 そして、さすがはアイリスディーナ。全ての光線級の意識がこちらに向いている隙を逃さず、果敢に第666と第103を率いてA集団に突撃をかけている。あちらは任せていいだろう。

 ならば私は第666と別方向のB集団光線級に向かって空中突進!

 目標は光線級を守っている要塞級の足。

 

 「『おお、我らの主上におわします天の御使い。願わくば其の邪悪を討ち滅ぼす力を』」

 

 突撃銃を構え、光学、誘導、貫通、及び爆裂術式展開。

 狙撃術式に集中していると、赤グモはピョン!と逃げてしまった。

 

 ――――やれやれ、ダンスの相手に逃げられてしまったか。

 

 ――――だが、去る者は追わず。こちらはこちらの仕事をするとしよう。

 

 

 狙い――――――――――発射!

 ダァ――――――ン!!

 

 

 そしてその瞬間、全ての光線級が、一斉に私にレーザーを照射してきた。

 

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 シュカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 ――――ああ、眩しい。こいつらはいつも過剰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   それは、白い――――

 

 

 

   あまりに白い、一面の白だった

 

 

 

   眩い光につつまれながら、私は愛機バラライカに詫びた

 

 

 

 ―――すまんな、こんな使い方をしてしまった私を許してくれ

 

 

 

 ―――だが、ありがとう。君はまぎれもなく勇者だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      行こう、私と光の空に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 鎮魂歌を幼女に

 

 

 ――――たとえいくたび戦場に向かおうとも

 

     たとえいくつ悲しみを迎えようとも 

 

     ターニャ・デグレチャフ

 

     お前を忘れない

 

     真摯なるお前の祈りとともに――――

  

                 ~アイリスディーナ・ベルンハルト~

 

 

 

 

 

 アイリスディーナSide

 

 

 (デグレチャフ………逝ったか)

 

 光り輝く空を背に、私は沸き上がる感情を必死に押し殺した。そして103戦術機歩行戦闘隊のために、光線級へフェニックス・ミサイルを発射できる場を作った。

 

 

 

 

 さっきまでの私達は最悪であった。光線級が固まっている二つの集団の内の一つ、A集団へ光線級吶喊を仕掛けた。もう一つのB集団はA集団殲滅まで他の部隊が陽動を仕掛けるはずだったが、これが失敗したらしい。結果、A集団、B集団二つの光線級群から狙われ、立ち往生。絶体絶命であった。

 だが突然、両方からの予備照射が上に向いた! 

 なんと置いてきたデグレチャフの機体バラライカが、赤グモのような戦車級一体をぶら下げながら空中に飛んでいるのだ。

 そして、光線級BETAの性質としての『飛翔する機体を優先的に狙う』という性質通り、全ての光線級はそのバラライカに照準を合わせている!

 その瞬間、私はA集団光線級群に向かい、進軍を命じた!

 

 「シュヴァルツ全機、我に続けぇ!」

 

 いろいろ浮かぶ思いを全て捨てた。このチャンスをモノに出来なければ最強部隊など名乗れない! デグレチャフへの感謝すら押し殺し、BETAに立ち向かう!

 

 「総員傾注! 前方に突撃級10。掃討し、道を作る!」

 

 ヴァルターと共に突撃級集団に突進し、接触直前上空へ回避。強引に回転して盾を突き立てる! その間2秒!

 瞬殺した遺骸に後続の突撃級は玉突き状態になり、後続の部隊が銃撃で掃討。

 途中道を塞ぐ要撃級も、ほとんどが後続に吹き飛ばされて全滅していく。

 光線級集団が見え始め、第103戦術機歩行戦闘隊に道を空けようとした時だ。

 光線級全てが一斉に空へ向けて照射した!

 

 カァァァァァァァァァ!!!

 カァァァァァァァァァ!!!

 カァァァァァァァァァ!!!

 ドォォォォォン………………

 

 それはA集団だけでなく、向こうのB集団からも照射されており、空が一瞬にして眩いほどの光に満たされた。そして微かな爆発音が空中で起こった。

 それが何を照射したかは、見なくてもわかる。私は前方から目を離さず、密かに心の中で弔い祈った。

 

 (デグレチャフ………逝ったか。だが振り返ることも、涙を流すこともしてやれない。ただ任務を遂行すること。それだけが、お前への鎮魂歌だ)

 

 

 

 ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!

 

 ――――――――――!?

 

 突如、地を轟かすような巨大な轟音が響き渡った。

 

 「なんだ、今の音は!? だれか状況を説明できる者はいるか!?」

 

 私の問いにアネットが答えた。

 

 『こ、光線級B集団付近にいた要塞級がなぜか倒れました! 光線級B集団はそれに巻き込まれ、相当数潰されたと思われます! 奇跡です!』

 

 作戦のためにオープン回線になっている第103戦術歩行戦闘隊から、自重しない喜びの声が次々に上がる。

 

 『――――うおぉぉぉ! 凄ぇ、奇跡ってな本当にあるんだな!』

 

 『――――ああ、まったく今の光は光線級のレーザーじゃなく、神様でも降臨しちまったんじゃねぇか!?』

 

 

 (奇跡か……………デグレチャフ。神を愛し、愛されたお前にふさわしいな)

 

 一瞬だけそう思った。だが作戦のために第103に自重を促す。

 

 「浮かれるな、ヤンキー。次はお前達の番だ。神様にお祈りしすぎて任務を忘れるな!」

 

 『まかせておけ、赤いドイツ人。今夜一杯奢らせてくれ!』

 

 「……………ああ、感謝する。フェニックス・ミサイルに幸いあれ」

 

 アメリカ軍の人間と酒を飲むことなど許される訳がない。

 それでも、私はそんな言葉を返した。

 

 (―――いつかアメリカの人間と……西ドイツの者とも酒が飲めますように)

 

 そんな願いをこめて。 

 

 

 

 

 バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!

 

 第103戦術機歩行戦闘隊の24機のF-14から一斉にフェニックス・ミサイルが発射された!

 

  バァァァァァン!! ズガァッァァァン! ガアァァァァァァン!!

 

 大量の土砂を巻き上げ、黒煙が辺り一帯を覆う。視界だけでなくセンサーまでもきかなくなり、状況がまるで分からなくなった。

 

 (どうなった? 光線級は全滅できたのか?)

 

 やがて黒煙が晴れてきた。そして残酷な事実がさらけ出された。

 

 『そんな!』

 

 『くそっ、要塞級がいたのかよ!』

 

 『畜生!』

 

 フェニックス・ミサイルは多数の光線級を殲滅したが、いまだ数多くの光線級が生存していた。

 原因は光線級の周りに要塞級が数体潜んでいており、それが盾になってしまったようだ。

 そのあまりの事実に、私ですら心が空白になってしまった。

 だが、そんな私の空白を潰すように、男のうなり声が響いた。

 

 『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 その雄叫びと共に、一機のバラライカが光線級に向け吶喊した!

 その無謀なそれはテオドール機!?

 

 『ここで…………ここで終わってたまるかよぉ! この道は……これはターニャが開いてくれた道なんだ! あいつの死を無駄になんてできるかよぉ!』

 

 その言葉に私はハッ!とした。

 そして一瞬にして闘志を取り戻した。

 

 (―――――そうだ、任務達成をもってお前の鎮魂歌にすると決めたのだったな。

 ターニャ・デグレチャフ。私はまだお前を送る、何をも為していない!)

 

 「全機、大型弾を残している者は発射し、光線級を引きつけろ! 右翼に生き残った要塞級を盾に、潜り抜けて光線級に吶喊する! ヴァルター、アネット、シルヴィア、いけるな? テオドールに続け! イェッケルン中尉、リィズ。援護を!」

 

 任務中にもかかわらず、コールナンバーでなく名前で呼んでしまった。

 

 第103が予備のフェニックス・ミサイルを発射し、光線級を引きつけてくれる。

 

 そして私は要塞級の衝角をかわしながら、それがテオドールに向かわないよう、引きつける。

 

 ヴァルターは後衛の2機と共に援護射撃。

 

 シルヴィア、アネットも潜り抜け、先に攻撃をはじめたテオドールに続く――――――

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 キルケSide

 

 「さすがね。ミサイルで殲滅しきれなかった時はどうなるかと思ったけど、まさか強引に吶喊して、それを成功させるなんてね」

 

 私はA集団付近の様子を確認して、思わずそうつぶやいた。

 まったく、あきれる程の戦闘技術だ。A集団の光線級は壊滅させたと見ていい。

 B集団の方も要塞級の倒壊により、ほとんどの光線級が潰れた。そしてその混乱に乗じ、別の部隊が撃破に赴き、接近に成功。欧州連合軍の危機は脱した。

 私たちは退路の確保の任務に戻った。間もなく一斉飽和攻撃による反攻作戦が始まる。その前に第666と第103を退路に誘導し、退避を完了させなければならない。

 

 

 「東のあの連中。凄いけど、それでも人間よね。でも貴女はどうなのかしら? ターニャ・デグレチャフ―――」

 

 私は隣のサブシートに座る幼女に尋ねた。

 

 「私も人間ですよ。ただ、少しだけ神に呪われている。それだけです」

 

 あれで生きていたこのちびっ子はそんなことを嘯く。『神に呪われている』って何!?

 

 「じゃあ、何であれで生きていられたの!? あなたが私の機体の肩に張り付いていた時は、化け物かと思って少し漏らし…………いやゴニョゴニョ」

 

 「ヴァルトハイム少尉の機体と間違えましたね。金属雲のせいで視界が極端に悪いとはいえ」

 

 照れたように頭を掻きながら言う。

 

 「まあ、簡単に言えばこうです。管制ユニットの壁を戦車級が喰い破った時、(魔術拘束による)拘束を解きました。そして射撃の後、機体から飛び降りてその戦車級の背に飛び乗ります。さすが同士討ちのないBETA、戦車級が安全圏に降りるまでレーザーの照射はありませんでした。そして地面についた後、ここまで這って来たというわけです。少々命がけでしたが、簡単なことです」

 

 「いや、全然簡単じゃない! 今の言葉にいくつ人間離れしたことがあると思っているの!?」

 

 本当に何なのだ、こいつは! 

 東ドイツの教育って、こんな化け物を生むの!?

 

 「うん? どの辺がです?」

 

 「狭い管制ユニットの中でどうやって戦車級BETAから逃れたの!? 金属雲とBETAの溢れかえった道をどうやって窒息もせず喰われもせず、戻ってこれたの!? 地面から20mもある戦術機の肩までどうやって飛び乗ったの!?」

 

 「…………………我が国の技術に関するお話はできません。シュタインホフ少尉」

 

 「し………信じられない! あの旧式装備の東ドイツにそれほどの技術が!?」

 

 「ええ、そうなんです。我が国の技術なんです!」

 

 ちびっ子は妙な言い方で肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局は完全に安定した。私たちフッケバインは補給のために橋頭堡へ向かう。そこでこのちびっ子ともお別れだ。私は無駄だと思いつつも、こんな言葉をかける。

 

 「ねぇ、あなた西ドイツに来ない? そりゃあ下心アリだけど、待遇は保証させるわ」

 

 ついでにあのテオドールとかいう人も連れてきてくれたら。こっちは完全に私の下心。初めて会った時から妙に惹かれるのよね。

 

 「…………いえ、お断りします。私は東へ帰らねば」

 

 「そっか………やっぱり東ドイツや社会主義の忠誠で?」

 

 だとしたら、やはり東は厄介だ。こんな幼子まで油断できないとなれば、共産テロの脅威は格段に跳ね上がる。

 

 「シュタインホフ少尉、ユニット内の会話は外に漏れませんか?」

 

 彼女は私の質問には答えず、いきなりそんなことを聞いてきた。

 

 「え? ええ、大丈夫よ。通信もどことも繋いでないし、録音の類も無いわ」

 

 「信用しましょう。シュタインホフ少尉、昨夜ヴァルトハイム少尉に言いましたね。そちらでは避難民に混じった共産テロの流入に怯えていると」

 

 「……そうね、悪かったわ。貴女たちを見て、東にも信用できる人間がいるってわかったもの」

 

 「いえ、残念ながら本当に信用できる人間など多少いるだけです。そして多くの人間が党や国家保安省の命令でいくらでも非道なことができるよう教育されています。あなたが私たちを脅威に思うのは正しいのです」

 

 「なっ………!」

 

 その後に続く言葉は、さらに恐るべきものだった。

 

 「共産主義、そして社会主義。これは人類に果てしなき同士討ちを促す、この世界のもう一つの怪物。BETAという恐るべき天敵と戦わねばならない今、これを放置しておけば人類は本当に滅びてしまいます。東ドイツの崩壊時にまとまった勢力を西側に呼び込めば、また他勢力を潰そうと活動するでしょう。ですが西側の人間では巧みな政治攻勢により、正面から滅ぼすことはできません。故に………」

 

 

 ――――ああ、この子は本物の化け物だ。『東側の人間だから』では無く、真性の。

 

 こんなことを顔色ひとつ変えずに言えるんだもの―――

 

 

 

 「社会主義陣営の腹を内側から食い破るのです。社会主義国家の人民である私が」

 

 

 

 

 

 

 




 
  冒頭の言葉は忘れてくれ……
         
           ~アイリスディーナ・ベルンハルト~
          


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第27話 海王星作戦に幼女アリ

 『海王星作戦に幼女アリ。東ドイツの幼き衛士ターニャ・デグレチャフ。明るい笑顔が戦場を行く。東西の架け橋となるか?』

 

 あの光線級吶喊から三日後。私たちは基地内待機をしていたが、その東ドイツの格納庫の区画にまたまたシュタインホフ少尉がやって来た。前回と違い彼女は友好的で、西ドイツの新聞など持ってきた。そして彼女の持ってきた新聞に、そんな見出しで私のことが載っていたのだ。

 そこには3日前のBETAの漸減戦の勝利が華々しく書かれており、第666戦術機中隊の光線級吶喊の活躍が大きく掲載されているのだ。そして指揮官であるアイリスディーナと同じくらい大きく好意的に、私のことも書かれている。

 

 「凄いねぇ、ターニャちゃん!」とカティア。

 「あんた、ベルンハルト大尉並にスターじゃない!」とアネット少尉。

 「ターニャちゃん、可愛いから!」とリィズ少尉。

 

 いや自分の顔などじっくり見ることなどないのだが、新聞にこう載せられるとなんとも面映ゆいものだな。こんなひねくれた小娘をこうも可愛らしく表現していただけるとは、まったくもって恥ずかしい。かの記文を書いた記者殿の腕前には感服するばかりだ。はっはっはっ………

 

 などと言うか!! アホか!!!!!

 

 これはアレか? シュタインホフ少尉の機体内で言った『社会主義陣営腹破り宣言』を応援するという意味か? 

 バカだ! これじゃ、我々第666戦術機中隊が西側に好意的に見られていると言っているようなものではないか! 内通を疑われて、国家保安省が拘束に来てもおかしくない。

 まったく将来的には西側との繋がりも必要と思い、あえてシュタインホフ少尉に腹の内を語った。西ドイツのそれなりの立場の人間と密室で話せる機会など、この先もうないだろうからな。が、こんなにも早く目立った真似をしてくれるとは! 

 載せたヤツ、こちらの援護射撃つもりか!? 私たちの背中に銃弾が当たっているぞ! 前世でアホの友軍が、私の戦闘団を敵と誤認し、砲弾をぶち込んでくれたことを思い出したわ!

 はっ! まさかカティアのお父上、アルフレート・シュトラヴィッツ中将がクーデターを察知されたのも、このアホ記事の為では? だとするとまずいな。アイリスディーナと私は確実に彼の運命をたどっている。

 そんな私の苦悩など知らず、皆ニュースを喜んだり、あるいはとまどったりしている。

 

 「しかし………どういうつもりだ? 西ドイツの新聞がこんなに大きく俺たち東ドイツの部隊の喧伝をするなんて。戦争こそしていないが、対立している間柄だろう」

 

 テオドール少尉はシュタインホフ少尉に聞いた。

 

 「そうね………先日の戦いで東側とも上手く協調していくことも出来ると思ったんじゃないかしら。そりゃあまだまだ不信感はあるけれど、BETAという脅威に対抗するには協力できた方がいいもの」

 

 まったく意味ありげに私を見るのはやめて欲しい。だが、テオドール少尉にも意味ありげな視線を送るのは何故だ?

 

 「うん! そうですよ、きっと協力できます!」

 

 そしてそんなシュタインホフ少尉の言葉に、カティアは無邪気に嬉しそうだ。『東西ドイツの融和』という夢が一歩叶った気になっているのだろう。現実は東ドイツ内の潜在的な反体制である私たちが、東ドイツをひっかきまわしてくれそうだから応援しているだけだが。

 

 

 そんな私たちの浮かれる中、イェッケルン中尉が難しい顔をしてやって来た。

 

 「すまんな、シュタインホフ少尉。これから連絡事項の申し伝えをする。外してくれ」

 

 「あ……はい、それでは失礼します」

 

 敬礼をした後、シュタインホフ少尉は出て行った。イェッケルン中尉は難しい顔で私たちに向き、私たちは姿勢を正して彼女の言葉を待った。中尉は私をチラリと見ると、

 

 「本当に無事生きていたようだな、同志上級兵曹。まったく命冥加なことだ」

 

 「はっ、おかげさまで!」

 

 私はそう言い、敬礼。中尉は再び皆に向き直り、話しはじめた。

 

 「同志大尉は現在協議中につき、私が代わりに申し伝える。話は二つだ。ひとつはワルシャワ条約機構軍は当作戦を離れ、それぞれの国へ撤収することが決定した。無論、我々も東ドイツへ帰還する」

 

 …………は? 確か三ヶ月ほどこの地でBETAの漸減をする予定じゃなかったか? まだ一週間しか経ってないぞ。

 

 「理由は、ソ連から国連へもたらされた情報によるものだ。ベルラーシのミンスクハイヴ周辺のBETAがこれまでにない速度で増大。現在10万程だがまだまだ増大していっているそうだ。ワルシャワ条約機構軍はそれぞれの国の防御を固めるために撤収する」

 

 この海王星作戦の目的はBETAの漸減による欧州全体の戦局安定。なのに逆に増えてしまったということか? 他の3軍は情報収集とできる限りの漸減によってこちらを援護するために残るそうだが、光線級の対処は難しいだろうな。

 

 「そしてもう一つ。これは作戦本部付政治将校からの情報だ」

 

 イェッケルン中尉の上司殿か。あの光線級吶喊は彼の命令を無視して行われたもの。あの独断専行は大丈夫だったのだろうか?

 

 「東ドイツ軍の将校多数が、国家保安省にクーデター未遂によって逮捕された。国家人民軍は対応に追われ、恐慌状態らしい。帰還後の戦いは厳しいものになる」

 

 …………は? ただでさえ戦力不足の我が軍をさらに減らしたということか?

 

 何考えている、国家保安省!!!

 たとえクーデターが事実だとしても、こんな危機に部隊を減らしてしまうなど!

 …………いや、まさかこの危機だから?

 この危機に、東ドイツはもう耐えきれないと見切っての行動か?

 敵は増え、味方は減る。前世と同じ道を歩んでいるようだ。

 そしてアイリスディーナは、第666へも手を伸ばしてくるであろう国家保安省への対策を検討している、といった所か。

 

 「以上だ。我々の帰還は明日08:00の予定だ。各自速やかに行動できるよう、準備にかかれ」

 

 こうして私たちの海王星作戦は終了した。

 我々は我が国唯一の戦術機揚陸艦ペーネミュンデに乗って帰還した。しかしながらこのペーネミュンデ、西ドイツの艦船と比べると、現役なのが不思議なくらいだ。アメリカの艦船と比べると、ゴミの塊にしか見えない。

 

 『我ら不屈の社会主義精神は廃艦すら甦らせる! これぞ社会主義思想の勝利なのだ!』

 

 ……………負けてるよ。

 戦術機揚陸艦が東ドイツ海軍の根拠地のひとつ、ロストックへ入港した時だ。

 

 「やあご苦労だったね、第666戦術機中隊の諸君。大活躍だったそうじゃないか。西ドイツの新聞にも素晴らしく活躍したと載っているよ。もしかして向こうの友達でもできたかな?」

 

 そんな内通を疑う言葉と共に、アクスマン中佐が私たちを出迎えた。

 まったく余計な真似を。寒くて早く基地に入りたいのに整列なんぞさせられた。

 いや、暢気に構えている場合じゃないな。クーデターで捕まった連中の口からアイリスディーナの名前が出たか?

 このアクスマンという男。俳優のような柔和な優男といった風だが、スパイハンターの二つ名を持つほどに反動分子をいぶり出すのに長けている。決して甘く見ていい男ではない。

 秘密警察は犬。私ら反乱分子は巣穴に隠れた鼠。首を出せば囓られる。『革命精神溢れる社会主義者』という塹壕に籠もり、鼻を鳴らした『秘密警察』という猟犬をやりすごそう。

 

 「やあ、同志上級兵曹。君は西側の人間に随分気に入られたようだね。西ドイツの新聞が東ドイツの君のことをこんなにも素晴らしく好意的に書いてくれるなど、いったい何事かな? 西側の連中に、いわゆる”サービス”とやらでも実践でもしてきたのかな?」

 

 「ものめずらしさでしょう。資本主義社会の人間はめずらしいものが大好きですから。私のことを好意的に書いているのは、後で我が国を糾弾するためかもしれません。『幼子を戦場へ送る非道の国』などと」

 

 「いやはや剣呑、剣呑。君の扱いは、やはり検討するべきだろうねぇ」

 

 私はアイリスディーナに言われた通り、西側を悪し様に言いながら否定する。

 アクスマン中佐はこんな調子で部隊員ひとりひとりに声をかけていく。さすがは秘密警察のエース。こちらを持ち上げるような言葉をかけながら、こちらの失言を誘う様は老獪の一言。

 しかしこちらもアイリスディーナやヴァルター中尉から、こういった秘密警察の対応の仕方は叩き込まれている。心配だったカティアも、模範的社会主義者の言葉でやりすごして一安心。

 そして最後にアクスマン中佐はリィズ少尉に話かけた。

 

 「君が新たに第666戦術機中隊に編入されたリィズ・ホーエンシュタインか」

 

 素晴らしい白々しさです、同志中佐殿。

 

 「君は我々国家保安省のコラボレイターだとの噂があるね」

 

 ――――――――!?

 

 バカな! アクスマン中佐自らバラすだとぉ!? それにリィズ少尉はあなたの犬ではないのか!?

 

 「組織が大きくなると誰が誰の犬か把握しきれなくてね。君は私の犬ではなくても、誰かの鎖に繋がれている可能性はあるのだよ。さて、君の飼い主は誰かな?」

 

 「そ………そんな! 私はコラボレイターなんかじゃありません!」

 

 

 リィズ少尉…………本当に犬ではないのか? いや、これは何かの目的のある茶番か?

 どっちなんだ!?

 

 

 

 

 

 

 




第3章完結!
リィズ少尉の謎を残し、物語は次章へと続く!
第666戦術機中隊の新たな戦いとは?


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第4章 前線果ての幼女へ 希う
第28話 再びベルリン


読めば胸が熱くなる!
ときめきハートウォーミング幼女ロマン
第4章開幕!



 

 それからのことを少し話そう。あの後アクスマン中佐はアイリスディーナを一時的に拘束した。その間、私たちは心配したが、何事もなく帰って来た。彼がリィズ少尉を国家保安省のコラボレーターだとほのめかした件は気になるが、部隊員に関しては隊長のアイリスディーナや中尉ら幹部の領分。兵曹ごとき下っ端の出る幕ではない。それに今、私は部隊を離れて出張任務中なのだ。

 

 突然だが私の階級について少し話そう。『上級』は前にもいった通り『兵曹ではあるが戦術機の搭乗許可を特別に与える』という意味だ。では兵曹は?

 実は衛士任官前の訓練兵。厳密にそう規定されているわけではないが、兵曹待遇なのだ。つまり私は訓練兵だったのだ。散々実戦に赴き、四軍合同の『海王星作戦』にまで参加しておきながら、そうだったのだ。

 アイリスディーナは、規定年齢に達していない幼女である私を第666戦術機中隊へ入れる言い訳として、『第666が教育する訓練兵』ということにしてあるのだ。

 

 以上を踏まえ、新任務について説明しよう。

 海王星作戦から帰還した数日後、私は首都ベルリンへと出張することになった。同行者はテオドール少尉とイェッケルン中尉。目的はベルリンのお偉いさんに第666戦術機中隊を教導隊へと売り込み、我が隊の政治的立場を高めることだ。そして私はその『第666が教育した訓練兵』のサンプルモデルとして見せるために連れてこられたというわけだ。

 しかしどう教育しても私のような衛士など育てられるわけがない。詐欺ではないかと思うのが、まあいい。社会主義国でこの程度の騙しなど可愛いものだ。言葉巧みに国家に批判的な意見を言わせ、国家保安省に売り飛ばすよりは遙かに良心的だ。

 イェッケルン中尉は市内の党本部や軍の政治総本部を巡り、政治将校と会合を重ねていった。私とテオドール少尉も同行したが、大抵は室外待機。もっともその間遊んでいたわけではない。ベルリン市内の重要施設の地理を存分に把握することができたので実に有意義だった。ベルリンはいずれ事を起こさねばならない地。ここで詳細な地理を知ることができたのは大きい。

 

 私とテオドール少尉が立ち会いをしたのは、アーダベルトシュトラッセにある国防省参謀本部のとある参謀将校。私は教育関係の将校に会う時に立ち会いは経験したが、テオドール少尉は初めてだ。どうやら彼が本命らしい。

 ところがこの将校殿、国家保安省にビビリまくり。私やテオドール少尉の優秀性は認めたものの、国家保安省に睨まれるのがイヤで言葉巧みに逃げようとする。ところがイェッケルン中尉、なんとこの将校殿の不正のネタを握っていた! そして青白い顔をした将校殿から言質を取ることに成功したのだった。

 いや~~お見事! 実に素晴らしい! 海王星作戦で亡き者にしなくて本当に良かった!

 作戦本部の庁舎より舗装路に出るとき、ついはしゃいでしまった。

 

 ―――ドン!

 

 私はそこで不注意から、私くらいの男の子とぶつかってしまった。私は女、なのに倒れたのは男の子の方。魔導強化してなくても、現役軍人の私が普通の子供に力負けするわけがないのだ。

 

 「ああ、申し訳ない! うちの子の不注意で!」

 

 彼の父親らしき男性がすぐ私に詫びてきた。私が纏っている軍の高官に会うための正装のせいだろう。にこやかな顔でも、怯えた様子が見て取れた。ここは社会主義国。制服を着ている者で下手な相手だと、こんなことでも引っ張られかねんのだ。

 

 「ああ、私は大丈夫、お気になさらずに。それよりお子さんに怪我はありませんか?」

 

 「ええ、うちの子は丈夫だけが取り柄でして。………失礼ですが、軍の関係者で?」

 

 幼い私が、軍の正装を纏っていることが不思議なのだろう。そんなことを聞いてきた。

 

 「ええ、一応部隊付の雑用などをやらせてもらっています。『私のような者でもお役に立てるなら』と、志願いたしましてね」

 

 さすがに『もう戦場に出て、実戦も経験しています』などと本当のことは言えない。私の年齢から見ればこれでも無理はあるが、まぁ納得できる範囲だと思う。 

 

 「すげぇ! 君、もう軍に入って働いているんだ! ねぇお父さん、僕も入っていい? 世界最強の東ドイツ軍に入って、僕も貢献するんだ! 第666戦術機中隊『シュヴァルツェスマーケン』とかに会えたらいいな!」

 

 男の子の方が食いついてきた。もう会っているよ、坊や。ニュースの影響は凄いものだな。

 しかし東ドイツ軍が世界最強とは何の冗談だ? 『海王星作戦』じゃ、西側のどの国より装備、武装は旧式であったし、戦術機も型落ち。人数も半数以下。西側の豪華な艦船にも圧倒されていて、光線級吶喊までは”いらない子”扱いだったぞ。

 

 「こら、よさないかハンス! すみません、不躾な子で。その…………失礼とは思いますが、本当に軍ではあなたの様な子供を?」…

 

 ふむ、私のような子供が軍に行かされるなら、自分の子も…………と、心配している感じだな。しかしまずいな。あまり深く聞かれるとボロが出そうだ。ここらで会話を打ち切るか。

 

 「いや、私は軍の方に少々縁がありましてね。さすがに、普通はまだ私の様な年齢の子供が軍に引っ張られるようなことは………………あるかもしれません」

 

 「ええ!!?」

 

 いかん! なぜか急に孤児院の義勇兵に行った子達のことを思い出してしまった! 

 

 「ああいや、本当に滅多にありませんよ。それでは私はこれで!」

 

 私は逃げるように親子から離れ、待っていたテオドール少尉、イェッケルン中尉の所へと急いだ。

 

 

 

 

 「『世界最強の東ドイツ軍』、か………」

 

 イェッケルン中尉はポツリと言った。

 

 「いや、あの男の子の声が聞こえてきたものでな。あのように言われると、面映ゆいものだな」

 

 彼女はそう言って、まだ小さく見えている親子の姿を眩しそうに見た。

 

 「私もな………あの男の子と似た感じの子供だったよ。我が国はどの国より社会主義を実践した先進的な国であり、世界でもっとも優れた国家だと信じて疑わなかった」

 

 さすがイェッケルン中尉。実に模範的なコミーの子供時代だったようで……………え? 今は疑っておられるので?

 

 「幸い学才に恵まれ、政治将校の道を歩むことができた。が、同時に我が国の色々な矛盾点をも知ることになった。それを解決すべく、出世を目指すことにしたのだがな………」

 

 その優秀な頭脳を、糞みたいな社会主義思想で埋めてしまったのはもったいない限りです。

 しかし矛盾どころではないだろう、我が国の問題は。狂った思想の共産主義より発展した社会主義。それに基づいた社会制度は信じられないほど非効率な上、多くの罪のない人間を『政治犯』という犯罪者にして獄に繋いでいる。イェッケルン中尉が出世したぐらいで治るようなものではないぞ。

 

 「いや、これ以上は体制批判になってしまうな。だが、それでも私はこの国が好きだ。BETAの海に沈む運命だとしても、できる限りのことをしたい」

 

 つまり体制批判に近いことは考えているわけだ。海王星作戦以来、イェッケルン中尉は変わった。いや、正確には海王星作戦での危機に、上司の政治将校の言葉よりアイリスディーナの進言を取り、光線級吶喊に赴いてからだ。

 彼女は本来アイリスディーナを狙う立場のはずだが、どうも、あれ以来アイリスディーナ側に近い立ち位置になった気がする。この第666戦術機中隊を教導隊にして政治的立場を強めるのも、アイリスディーナに頼まれたからだ。

 さっきの言葉から考えて、我が国のあまりに政治を優先してしまう社会システムに疑問を持ったのかもしれない。思うにアイリスディーナは海王星作戦のあの時だけでなく、長い時間をかけてイェッケルン中尉を説得してきたようだ。確かに我々を監視する政治将校を引き込めれば、やれることの幅は一気に広がる。

 

「二人とも。決して振り向かないように」

 

 突然、テオドール少尉が言った。

 

 「つけられている。このままホテルに戻るのはヤバイ」

 

 尾行か! コミーの秘密警察の仕事ぶりには実に頭が下がる。

 

 

 

 

 私たちはライプツィヒ・シュトラッセの小さな公園にまで尾行者を引き連れて来た。光学迷彩術式で撒くこともできたが、一応、どこの者かを知るためにあえてしなかった。すると尾行者の一人が接触してきた。

 

 「安心したまえ。我々は君たちを捕らえるつもりはない。少し話をさせてほしいのだ。ご同行願おう」

 

 随分と丁寧だな。だが、地獄までの道のりは歩きやすく舗装されているともいう。話がどこぞの監獄で、というのなら丁重にお断りしよう。

 話は監獄ではなく、公園内に目立たず停めてある高級車の前だった。そして話相手はとある老人であった。纏っている制服は国家人民軍のものであり、幾つもの勲章があった。

 

 「何故、あなたが………」

 

 イェッケルン中尉はその老人を知っているようだった。おそらくこのご老公は国家保安省ではなく、人民軍のお偉いさん。しかし、いったい何者だ?。

 

 「驚かせて済まなかったな。私は国家人民軍のフランツ・ハイム少将だ。西方総軍隷下の教育軍総監を務めさせてもらっている。よろしければ車の中で話そうか。外でする話ではないし、暖かいコーヒーも用意してある。ベトナム産の純正品だよ」

 

 なん………だと?

 このご老公、いま何と言った?

 

 ベトナム産の純正品コーヒーだと!?

 

 くっ、爺ィ! 老獪な!

 なんと恐るべき調略を仕掛けてくるのだ!

 生唾がでてきてしまったではないか!!!

 

 

 

 

 

 

 




 希う=こいねがう

 と読みます。簡単な漢字なのに一度も使ったことがない言葉なので使ってみました


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第29話 ハイム少将とコーヒー娘

 西方総軍――――国家人民軍の主力のひとつであり、東西ドイツ国境の防衛をまかされている兵力である。もっとも有力な戦力は、度重なるBETAの襲来により東方総軍に引き抜かれ、弱体化している。

 

 「それで同志少将、西方教育軍総監が我々に何の用があるのでしょうか?」

 

 そんなイェッケルン中尉の質問から話は始まった。私はいただいたコーヒーを飲みながら黙って会話を聞く。うむ、時々アイリスディーナの部屋で貰うものより上等だな。さすがはベトナム産の純正品だ。

 ハイム少将の話はこのようなものだった。彼は第666戦術機中隊が国家保安省と戦おうとしていることを見抜いていた。そして国家保安省の内乱を予期した上で(内乱に関しては私は初耳だ)国家人民軍の中枢も西方総軍を用いて戦おうとしているらしい。国家保安省の内乱が起こった場合、ハイム少将は西方総軍を自らの責任でベルリンに向かわせる計画だそうだ。

 成る程、事実上のクーデター計画を我々に話すということは、アイリスディーナが反体制派だと気づいているな。そしてその勢力と連携しようとしている、と。

 ハイム少将とイェッケルン中尉の話は白熱しているが、私は国家保安省の内乱について考えていた。アイリスディーナの話などから東ドイツ軍の戦力を見た所、もう東ドイツは保たない。BETA襲撃に耐えられるのは、あと二、三度。頑張って四度か。思えば、孤児とはいえ私のような子供までBETAの肉壁にしようなどとは、社会主義国とはいえまともじゃない。もうとっくに限界に達しているのだろう。では、東ドイツがBETAに蹂躙され滅亡するとして、国家保安省が考えることは…………

 

 

 

 「………君たちにこの場での決断は求めないよ。中隊に話を持ち帰り、指揮官とよく相談した上で回答をよこすといい」

 

 私の考えがまとまった頃、ハイム少将は話をそう締めくくった。

 だがここで話を終わらせる訳にはいかない。いろいろ考えを巡らせてみると、もう時間がないのだ。

 

 「失礼、少将閣下。コーヒーをもう一杯おかわりさせて下さい。せっかくの機会なので、私にも話をさせて下さい」

 

 「ターニャ?」

 

 「どういうつもりだ、同志上級兵曹?」

 

 話が終わろうとした所で私は口を挟んだ。上官同士の話に入るのは遠慮していたが、終わったのなら私の番だ。決してもう一杯ベトナム産の純正品を飲みたいわけではないのだ!

 

 「君は………噂の第666の子供衛士だな。第666が育てている訓練兵というが、実際の任務もこなしているという」

 

 ハイム少将は私にコーヒーをもう一杯くれて話しはじめた。

 

 「光栄です、少将閣下。『おお、撤退戦の戦場の泥の如き苦い漆黒。熱く深く人生を語れ』」

 

 「なんだ、フランス人のワイン批評のマネか? よさんか、腐敗文化などに感化されるのは」

 

 私の言葉をイェッケルン中尉はそう窘めた。おっとコミーに文化など存在しなかったな。純正ベトナム産の味わいに、つい言葉が出てしまった

 

 「はっはっはっ、そこまで喜んで頂けるなら、このコーヒーも本望だろう。それで? 私に話とは?」

 

 「はい閣下。私なりに国家保安省の内乱の可能性について考えてみました。奴らは次のBETA進攻に合わせて動きます」

 

 「な!」 

 

 「おい、ターニャ!?」

 

 「同志上級兵曹!? うかつなことは言うな!」

 

 ハイム閣下は、私をまじまじと、じっくり見た後、口を開いた。

 

 「それは………どういう考えに基づいての発言かね? BETA進攻の最中、内乱など起こせば東ドイツは大きく混乱し、その寿命を縮めるが」

 

 「縮んでもいい、と考えているのでしょう。先日の国家人民軍の反乱者の一斉検挙。BETA進攻のことを考えるなら、あそこまでの大量の逮捕者は出さないはずです。主要な人物のみに限定し、兵はそのままBETAに備えさせるでしょうから」

 

 「ふむ、確かに」

 

 「あえて行ったということは、国家保安省は次の準備が出来ている、ということです。BETA進攻は次の一回を凌げればいい。人民軍を弱体化させ、BETAに手一杯な状況を作り、内乱時に動けないようにする。そして自分たちは素早く実権を奪い、国家保安省の名のもとに武力、人民をまとめあげ、モスクワにでも西にでも撤退するつもりでしょう」

 

 自分で解説しながら腹が立ってきた。戦場で必死にBETAと戦っている兵を、本当に何一つ思い入れのない駒としか思っていない。自分たちの都合で使い潰すことに、何一つ罪悪感を持たないようだ。

 確かに兵は駒の一つになるべく訓練する。が、こんな奴らの権力闘争の駒になるなど冗談じゃない。私は戦場の犬だが、断固としてこんな奴らの首輪は拒否するぞ!

 

 「国家保安省はモスクワ派、ベルリン派の二つに分かれており、内乱時は対立するだろう。その結果はどう見るね?」

 

 「モスクワ派の圧勝でしょう。ベルリン派の後ろ盾の西側は、社会主義国家の亡命政権を抱え込むことに消極的であろうし、援助も限定的でしょう。それに引き替え、モスクワ派の後ろ盾のソ連はワルシャワ条約機構の盟主である東ドイツの亡命政権をなんとしても受け入れたい。故にいくらでも援助は惜しまないでしょうから」

 

 私はコーヒーを飲み、少しばかり戦術を描いてみる。

 

 「閣下がこの内乱に介入するおつもりなら、高性能戦術機を擁したどちらともまともに戦うことは避けるべきです。両者が争っている中に優勢な方に一撃与えて離脱。その後ベルリン郊外に布陣すれば三者睨み合いの状態になります。そこで別の一手がベルリンに侵入し、人民議会、放送局などを押さえて宣言すれば、一応の勝利にはなるでしょう」

 

 別の一手とは、アイリスディーナの反体制勢力だがな。

 

 「……………第666戦術機中隊の教育とは大したものだな。その年でそこまでの戦局を読み、戦略、戦術をたてられるとは。教育に携わる者として、私もベルンハルト大尉に会ってみたくなったよ。コーヒーをもう一杯どうかね? デグレチャフ君」

 

 「いただきましょう」

 

 

 

 

 ハイム少将と別れ、私たちは再びベルリンのフリードリヒ・シュトラッセの街中に戻った。

 先程ハイム少将に進言した策だが、そう簡単に上手くいかないであろうことも言っておいた。理由はモスクワ派の指揮官ベアトリクス・ブレーメ少佐の存在。戦いぶりを見たことは無く、本当にただ見ただけだが、途轍もない強者の雰囲気を纏っていた。彼女なら間違いなく三者睨み合いの膠着状態を打ち破るはずだ。彼女には私たち第666が相手をするしかないな。

 BETA戦の後で戦わねばならないので厳しいが、彼女の部隊の相手をベトナム産純正品コーヒー………いや、ハイム少将がしては危うい。

 

 「あの女……西方総軍の動きを予想していたな。そこで我々をベルリンによこした。自からではなく、私をよこしたのは私の退路を断つためか………くそっ、相変わらずいけすかない女だ」

 

 ホテルのロビーでイェッケルン中尉は悔しそうに言った。

 まぁ、そうだろうな。アイリスディーナの奴、自分の潜在的な敵であるイェッケルン中尉をも巻き込んで目的に向かわせるとは、さすがの将才だ。

 

 「同志中尉。そしてどうやら運命の時間は迫りつつあるようです。俺たちも急いで帰還し、BETAと……その他に備えなければなりません」

 

 テオドール少尉は言った。それは先程からロビーに備え付けてあるTVから流れているニュースを受けてのものだ。

 

 「ああ。やはり来たか」

 

 それは、ミンスクハイヴ周辺より新たに生まれたBETA群が東ドイツ東部へ向かっていること。軍のさらなる動員や、交通規制があるであろうことを報道していた。

 

 「BETAの攻勢を予測するに、第一波が東ドイツに到達するのは2,3日後。明日には中隊に出撃が命じられるだろう」

 

 そして国家保安省も動く。国家人民軍がBETAと戦っている間に国家掌握に乗り出すはずだ。

 

 「貴様達は先にヴィスマール基地に帰れ。私はベルリンに残る」

 

 「な!」「ええ?」

 

 「もし同志上級兵曹の言う通り連中が動き出すなら、我々にも政治的に動けない状況を仕掛けてくることは十分考えられる。私は引き続きベルリンにて交渉を続ける。私は中隊付政治将校だ。ならば政治的に中隊が生き残ることができるよう、ここで全力を尽くす」

 

 迂闊にも言われて初めて気がついたが、確かに国家保安省が動き出すこのタイミングなら、第666戦術機中隊にも政治的に仕掛けてきておかしくない。ノィェンハーゲン要塞戦の時のように中隊を二つに割るとか。イェッケルン中尉はそれを防ごうというのだろう。しかし………

 

 「同志中尉、一人では危険です。ベルリンはヤツらの庭。そこでの同志中尉の活動が目障りでないわけがありません」

 

 「政治総本部のツテを頼り、護衛を頼む。この状況ならば、ヤツらは必ず政治的圧力をかけてくる! 私がここでやることは中隊存続にどうしても必要なことなのだ」

 

 そこまで言い切るということは、おそらくイェッケルン中尉には、後方の政治的な動きが見えているのだろう。現場じゃダメ指揮官でも、後方じゃ有能なお方だ。

 

 「ファム・ティ・ラン中尉も次の戦いで復帰するそうだ。戦術機、武装、装備の予備もそちらに優先的に送るよう手配しておく。しっかり戦ってこい」

 

 本当に後方支援じゃ有能だな、この人。

 

 

 

 こうして私とテオドール少尉はイェッケルン中尉を残し、ヴィスマール基地へと帰ってきた。

 しかし、基地では私たちがいない間にとある問題が持ち上がっていた。

 それは先日の海王星作戦帰還時のアクスマン中佐の言葉を巡っての噂。

 

 すなわち、『リィズ少尉が国家保安省のコラボレイターである』との噂だ。

 

 

 

 

 

 




東ドイツ崩壊は目前に迫る!
それに合わせ、国家保安省も動き出した
対決は目前!

そして、その間にいるリィズも………?


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第30話 屋上からの茶番劇

 

 リィズ少尉が国家保安省の情報提供者(コラボレイター)だと疑われている。いや、私は彼女が入隊してきた時からそう思っていたが、今は中隊の隊員全員に疑われている。

 先日アクスマン中佐が来た時、彼女がコラボレイターであることを匂わせた発言をしていったのだ。国家保安省のアクスマン中佐がそんなことをバラすということは、

 『彼女は国家保安省のモスクワ派の者。それに対立するベルリン派であるアクスマン中佐は、その妨害をしていった』

 ――――と、普通に考えればそうなのだが…………

 どうもスッキリしない。

 『我々は欺瞞情報を受け、誘導されている』

 そんな予感がしてならないのだ。

 私たちがベルリンへ出発する前にもアネット少尉から

 

 「ターニャ、いい? リィズに気を許しちゃダメよ。あの子、シュタージの犬かもしれないんだからね。もし、本当にそうだとしたら、何されるかわかったもんじゃないわ!」

 

 などと、ご忠告いただいた。彼女だけでなく、カティアまでも彼女を疑っているフシがある。この二人は性格的に素直すぎる人間。この二人にまで疑われるようでは、とてもスパイなどやれるものではない。だが…………

 ―――――いや考え過ぎか?

 『それ程までにアクスマン中佐の言葉は、彼女を刺すに効果的だった』

 そう思えなくもないのだ。どちらとも言えず、どうにも答えが出ずにモヤモヤしていた。

 だが、ヴィスマール基地に帰還した時、とうとう決定的なことをカティアに相談された。テオドール少尉がベルリンで起こったこと、イェッケルン中尉の残留などをアイリスディーナに報告に行った後だ。カティアが私を基地の片隅に呼び出し、こう言った。

 

 「ベルリンでテオドールさんに買ってもらった人形、『更衣室に落ちてたよ』って言ってリィズさんが渡してくれたの。でも、その時まで人形を落としたことなんてなかったのに………。

 それに渡してくれたとき、いろいろ”探り”をいれられたの。『どこで買ったの?』とか、『どうしてそんな所に行ったの?』とか、テオドールさんとベルンハルト大尉との関係とか。

 こんなこと考えたくないけど、もしかしてリィズさん、本当に……?」

 

 ――――――!!!

 

 成る程、確かに『本当に』決まりだ。

 明らかに彼女は自分で自分を刺している。

 だが、目的は………? 

 『陽動』だ! 彼女は自ら正体をバラすことで”本命”を隠している。

 ならばやることは決まったな。本命探しといこう。

 

 

 

 

 午後二時。アイリスディーナは中隊隊員を格納庫へと召集し、訓示を行った。

 

 「我々は再び襲い来るBETAの大規模挺団を迎え撃つため、ゼーロウ要塞陣地へと向かう。ゼーロウ要塞の背後はベルリン。ここをBETAに抜かれることは、東ドイツ壊滅を意味する!

 私を信じ、各々の戦いに全力を尽くしてほしい」

 

 その後イェッケルン中尉の離脱とファム中尉の復帰の報告。ゼーロウ要塞陣地での作戦行動や、全般状況の説明など、ブリーフィングへと続いた。

 確認されたBETAの総数は20万。これに対抗するため、人民軍はほぼ全戦力を投入する。その間、武装警察軍は後ろでクーデター。戦力の無駄遣いを堂々とする奴らを、蹴飛ばしてやりたいものだ。

 そしてブリーフィング終了後に、私は基地の屋上へと足を運んだ。現在の基地は出撃準備にてんてこまい。屋上に来るような暇人などいるはずがない、と思ったのだがいた。カティアとリィズ少尉だ。

 

 「あれ、ターニャちゃん? ターニャちゃんもテオドールさんに呼ばれたの?」

 

 「え? いえ私は自主的にここに来ました。さすがに今回の大攻勢、粟立ちましてね。気分を落ち着かせるためにきました。ああ、お話し合いの邪魔はいたしません。少しここの空気を吸ったら出て行きますよ」

 

 私はそう言ってフェンスに寄った。

 

 やがて、テオドール少尉が来た。私の後ろで三人の話が始まった。テオドール少尉の話は、やはりリィズ少尉の『国家保安省のコラボレイター疑惑』の対策についてであった。

 別に聞く気などなかったのだが、いつの間にか耳を傾けてしまっていた。人が言い争い合う声というものは、どうにも興味を引いてしまうものらしい。

 

 

 ―――「お兄ちゃんはやっぱり私を疑っているの……?」

 

 ――――「違う! でもこのままじゃまずいんだ。そのためにも………」

 

 ――――「うん、わかった。私、疑いを晴らすためなら何でもする!」

 

 ――――「待って下さい! そんな大事なこと、勝手に決めないで下さい!」

 

 ―――「………カティア?」

 

 

 ――――やれやれ、とんだ茶番を聞かされるものだ。

 リィズ少尉の疑いを晴らすも何も、彼女はわざと疑われる行動を取っている。これは陽動任務のためであろうが、狡猾なのはテオドール少尉の前ではその行動をしないことだな。そのためテオドール少尉はリィズ少尉をかばい、彼女は彼を引きつけることに成功している。

 さて、私の目的も完了した。屋上から下を観察して、施設から外れた場所の、開けた場所に軍用車が止まっているのを見た。おそらくあれは誘導員。

 

 (やはり来るのは外部からか!)

 

 基地内の人間じゃ戦力不足に見えたので思った通り。 

 外部からまとまった戦力を送るには、近くにヘリや戦術機などを着陸させるための開けた場所が不可欠。あの軍用車はそれを調べ、部隊を誘導するのが目的。

 私達はここを離れるが、万一のためにいるのだろう。そして次の基地にも同じように開けた場所を探し、地形その他を調べ、襲撃部隊を誘導するためについてくるに違いない。

 

 ――――「リィズさんが言ったら何でも信じるんですか?……それじゃ! それじゃあ………リィズさんに利用されるだけです!」

 

 ――――「カティア、まさかお前も………」

 

 さて、敵の狙いもわかったし、私は静かに去ろう。

 彼と彼女と妹の茶番劇も、今まさにクライマックス。

 話を振られたら、私まで『幼女A』の役で出演者になってしまう。

 私は足音たてず、屋上の出入り口へと向かった―――

 

 「そのまま続けなさい、カティア・ヴァルトハイム」

 

 出入り口から去ろうとした私の目の前、そこに新たな出演者が! 

 『猛人注意』のシルヴィア少尉だ! 

 ウェーヴのかかった銀髪を風になびかせ、そこに立っていた。

 

 ………………………『どいて下さい』とか言えませんね。

 『間抜けな幼女Aは石になった!』

 

 「アネット、あなたも来なさい。あなたも聞くべきよ」

 

 アネット少尉も気まずそうに出てきた。ああ、あなたまで出入り口を塞ぐ………

 

 「どういうつもりだ、シルヴィア!」

 

 テオドール少尉は、突然出てきたシルヴィア少尉に喰ってかかる。

 

 「そんなのわかっているでしょう? 結局はそういう結論になる。もうリィズ・ホーエンシュタインを信用しているのは、あなただけってこと。あなたの腰巾着だったカティア・ヴァルトハイムもこの子も。そうでしょう? ターニャ・デグレチャフ」

 

 なぜ私に聞く!?

 言いたいことはシルヴィア少尉の方にこそ多分にあるのだが、上官に聞かれたのなら答えないわけにはいかない。『幼女Aは答えた』

 

 「確かに最近リィズ少尉は我々の探りを入れるような行動を取っていますね(しらじら)」

 

 まわりに味方の誰もいない状況でも、テオドール少尉は負けじと反論。

 

 「国家保安省のコラボレイターだっていう確たる証拠はまだないだろ! これがアクスマン中佐の狙いだとしたらどうするつもりだ!」

 

 それを受け、さらにシルヴィア少尉は反論。

 

 「もう、リィズ・ホーエンシュタインが国家保安省の犬かどうかなんて、どうでもいいことなのよ! 証拠探しに手間取るより、確実にリスクを潰す方が重要だわ!」

 

 「リィズは中隊にとって欠かせない戦力のはずだ! こんなことで…………」

 

 二人の言い争いはいつまでも終わりそうにない。

 ああもう、これから準備をしなければならないのに、キリがない!

 仕方ない、くだらん茶番劇を私が締めてやろう。

 私が一番の悪役でもやるとしよう。

 シルヴィア少尉の喜ぶことでも言ってやるか。

 カティア、アネット少尉。君たちの言えないことも言いましょう!

 あとリィズ少尉。お望み通りお兄様のヒロインにしてさしあげますとも!

 私は言い争う二人に口を挟んだ。

 

 「ではこうしましょう。中隊の戦力を維持しつつリスクを減らすため、リィズ少尉の外部との接触を一切断つのです。具体的には、戦闘時以外はどこかに監禁し我々の監視下におきます。また彼女の戦術機も、一次操縦権をベルンハルト大尉、ファム中尉、クリューガー中尉まで拡大して握らせます。これなら戦闘時に不審な行動は不可能になります」

 

 「なっ………! ターニャ、てめぇ!」

 

 「あら、私もそう考えてたのよ。あんた、なかなか優秀じゃない。それでいいわね、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

 シルヴィア少尉は冷たい視線をリィズ少尉に向けながら迫る。それを受け、怯えたように小さくなっているリィズ少尉。と、突然に

 

 「い、嫌。……嫌 ァァァァァァァ!」

 

 リィズ少尉は逃げ出した。出入り口に走り、か細い悲鳴をあげながらそのまま降りていった。

 おかしいな。愛しのお兄様の胸にでも飛び込むかと思ったが。

 

 「シルヴィア! 言うに事欠いて……! くそ、カティア、離せ! アネットもそこをどけ!」

 

 カティアはテオドール少尉の腕にしがみつき、アネット少尉は彼の前に立ちふさがる。

 仲がよろしくてけっこうなことだ。

 しかし、リィズ少尉は逃げ出して、これからどうするつもりだ?

 …………………………………………………………ああ、そういうことか!

 リィズ少尉の目的がわかってしまったな。

 

 

 パチパチパチパチパチパチパチ!

 

 リィズ少尉が走り去った出入り口に、拍手を送り讃える。そんな私をシルヴィア少尉は呆れたように見た。

 

 「………あんた、何やってんの?」

 

 「喝采を。思わずしたくなりましてね」

 

 

 やれやれ、まったく私は本当につまらん企みを見抜いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 




運命の時迫る…………!


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第31話 幼女の見た暴走機関車

 

  ――――その日、私は人の形をした機関車を見た

 

      テオドール・エーベルバッハ

      彼こそは、義妹のために傷つくことを恐れず 

      見事なまでに、私の心を暴走疾駆していった

      勇者という名の機関車であった――――――

 

                 ~ターニャ・デグレチャフ~

 

 

 

 我々が人を”犬”と呼ぶ場合、本来は蔑称ではない。何故なら軍人、兵士の訓練などというものは、人が犬のようになるためのものだからだ。戦場に人の心のままに出てしまえば壊れてしまう。故に命令に条件反射で服従し、条件反射で待機し、条件反射で戦う猟犬、もしくは番犬となるべく訓練するのだ。私自身、前世でも今世でも『優秀な番犬』たらんと自負している。

 ではそんな私たちが”犬”を蔑称で使うのはどんな場合か? それは本来の”飼い主”に服従をするフリをしながら、別に”飼い主”がいる場合だ。つまりスパイだ。まぁ、私自身表向きドイツ社会主義統一党や国家人民軍へ服従しているが、実際の飼い主はアイリスディーナやその背後の反政府勢力だ。立派な”犬”だ。

 だからといって、別の”犬”と仲良くできるかといえばとんでもない! 飼い主が違えば、それは立派な敵同士。ましてや”飼い主”が国家保安省であるなら、共に天を抱く事の出来ぬ宿敵、油断すれば破滅へ墜とされる天敵だ。

 さて、そんな国家保安省の犬、リィズ少尉。残念だが、少々私情が過ぎたな。任務に乗じてテオドール少尉に迫ろうとしているようだが、演技過多だったせいで国家保安省が動き出すことが私にばれてしまった。

 

 

 ―――――そして現在。

 リィズ少尉は皆に責め立てられ、自分の個室に鍵をかけ引きこもってしまった。テオドール少尉はカティアやアネット少尉の制止を振り切り、そこに駆けつけた。

 

 ドンドンドンドン!

 

 「リィズ、開けてくれ。聞こえているんだろ!」

 

 テオドール少尉は扉の前でリィズ少尉をノックをしながら呼び続けた。

 

 「リィズ、俺はお前が国家保安省の犬だなんて思っちゃいない。だが、中隊のほとんどがお前をそう思っている以上、それなりの措置がとられるだろう。それでも………それでも俺はお前のことを……!」

 

 そんな調子でテオドール少尉は扉の向こうのリィズ少尉に話し続けた。

 けなげな呼びかけがしばらく続いた後だ。

 やがて

 

 ――――カチャリ……

 

 と、扉の鍵が開いた音が聞こえた。

 

 「入るぞ………。リィズ、なぜ照明を点けていない?」

 

 部屋に入ったテオドール少尉は、中が真っ暗なことにとまどっていた。そこにリィズ少尉は、彼の背中に抱きついた。

 

 「お、おいリィズ、いったいなにを………なっ!」

 

 テオドール少尉は驚愕している。リィズ少尉は、一糸纏わぬ全裸だったのだ!

 とまどう彼に、リィズ少尉はかすれたような声で言った。

 

 「私、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんのためなら何でもできる……。でもみんなからあんな扱いうけて………こんなんじゃ私、もう戦えない!」

 

 「リィズ………」

 

 「それでも………私はお兄ちゃんを守りたい。側にいたい。一緒にいたい。裏切り者じゃないって証明したい」

 

 「……………」

 

 「だから、お兄ちゃんが私を最後まで信じてくれるなら………今、ここでその証をくれるなら……お願いします」

 

 リィズ少尉は泣きそうな声でその言葉をだした。

 

 「抱い、て……ください」

 

 

 

 

 

 ――――そろそろいいか。

 端から見ててても、リィズ少尉の本気の気持ちは痛い程に感じられた。

 そのため、ついテオドール少尉がフルヌードになる所までやらせてしまった。

 本当にすまない、リィズ少尉、そしてテオドール少尉。

 別に貴方たちの最高のクライマックスまで待っていた訳ではないのだ。

 ついタイミングを逃してしまい、触れなば落ちんふたりの想いの交わる瞬間にまで来てしまったわけでは決してないのだ!

 息を止めて、裸で見つめ合う貴方たちを見入ってしまっただなんて、断じてないのだ!!!

 くどい程に、全裸になっている二人に心の中で謝罪した。

 そして照明を点けた。

 

 ―――パチリ

 

 「きゃあ!!!」

 

 「タ、ターニャ!!? お前、何でここに……?」

 

 なんのことはない。光学迷彩術式で姿を隠し、テオドール少尉と一緒に部屋に入ったのだ。リィズ少尉の目的がわかってしまい、こういうことになるだろうと思って手を打たせてもらった。

 リィズ少尉はシーツで体を隠して唖然と私を見ている。テオドール少尉は………すまない、体を隠してくれ。せめて象さんだけでも。幼女的に見るのはにつらい。

 

 「ま、こうなるだろうと思いまして、忍び込ませてもらいました。リィズ少尉、あなたの本気には申し訳なく思います。ですが『裏切り者ではない』というのなら、ハニー・トラップと思われるような行為はお控えください。行為を行えばテオドール少尉まで孤立してしまい、中隊が分裂してしまいます」

 

 リィズ少尉は悔しそうにシーツにくるまりながら私を睨んでいる。

 うむ、恐い目だ。女に恥などかかせるものではないな。

 彼女の人生で最低最悪、生涯最大のお邪魔虫だな、私は。リィズ少尉の目がそう言っている。

 やがて彼女はのそり、と立ち上がった。そして

 

 「………後ろ、向いて。服、着るから」

 

 と、やけに低い声で言った。体より顔を見られたくないのだろう。

 

 「申し訳ありません、リィズ少尉」

 

 私はそう言い、背中を向けた。

 別に私自身はやらせても良かった。彼女の本気の想いに、水をさすのも気が引けた。

 しかしカティアのことを考えると、止めておくべきだと思ったのだ。知ったら間違いなく泣くだろうしな。

 テオドール少尉が服を着るのを待って、一緒に部屋を出よう。そう考えていると――――

 

 

 「リィズ、やるぞ!」

 

 ――――――!!?

 

 テオドール少尉がリィズ少尉を押し倒した!?

 バ、バカな!? 私がここにいるというのに!!!

 

 『幼女が見ている前で義妹とヤル』

 

 そんな………そんなことが可能なのか!!?

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん!」

 

 ほ………本当にやっている…………!

 血が滲む程に愛し合う二人。それを見ている間抜けな幼女。

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! お、お兄ちゃん!」

 

 激しく、腰を前後に動かすテオドール少尉。

 その様は暴走した機関車のよう。

 私はクラクラしながらも確信した。

 

 ――――そうか、それがあなたの選択か。テオドール少尉……

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! あ、ありがとう、私を選んでくれて!」

 

 

 ―――どれだけ地獄を見ようと

 どれだけ自身の立場を傷だらけにしようと

 例え裏切り者と蔑まれようとも――――

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! ダ、ダメ!そんな……」

 

 

 あくまで……最後までリィズ少尉を守る決心をしましたか、テオド-ル少尉!

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! お兄ちゃん、愛してる!愛してる!」

 

 

 ――――いつかアイリスディーナも、私も……

 あなたを切り捨てねばならないのかもしれない。

 悲しい選択をする日が来てしまうのかもしれない。

 それが明日、来るのかもしれない。

 

 ――――それでも

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! あっ、私もう………ううん、何でも無い」

 

 

 覚えておきます。

 あなたの今の覚悟を。

 義妹を守る決意を―――!

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

「あん、あん、あん、あん、あん! あっ、一緒に……!」

 

 

 ………………前言撤回。やっぱり一刻も早く忘れたいです。

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あ! ああう! あああああ! お兄ちゃぁ~~ん!」

 

 

 

 知っている人間の『行為』を見るのはキツイ! はやく終われ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『たとえ裏切り者の名を受けようと
たとえ全てを失おうとも
リィズ、お前だけは守り抜く!』
その決意を胸に、
熱く猛るテオドール!

幼女よ、この揺るがぬ覚悟と決意
その無垢な瞳に焼きつけろ!


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第32話 ゼーロウ要塞へ

 

 テオドール少尉とリィズ少尉の行為を最後まで見なければならない必要などないことに気がついたのは、かなり経ってからだ。部屋からそっと抜け出して、予定の、武装警察軍の襲撃が来た場合の迎撃準備をすることにした。

 

 ああくそっ、テオドール少尉のよく動く尻だのリィズ少尉のあんあん言う声が頭から消えない。

 そして気がついた。出撃目前のこの時期、中隊の皆に知られたら偉いことになる! カティアは精神的ショックで戦うどころではなくなるだろうし、中隊からはテオドール少尉は裏切り者扱いされ、統一的行動など不可能になってしまうだろう。アイリスディーナにだけは言わないわけにはいかないが、他のメンバーには二人の行為は知られないようにしなければならない。

 

 というわけで迎撃準備を終え、アイリスディーナに報告をした後、テオドール少尉に口止めをすることにした。まったくこんな問題、前世の部隊ではなかったぞ。ヴィーシャに暴走機関車するようなアホなどいなかったし、恋愛沙汰で問題を起こすヤツもいなかった。部下は優秀な紳士ぞろいで、私は実に恵まれていたのだなぁ。

 

 さて、行為を終えたテオドール少尉と彼の部屋で二人きり。今後の善後策を話し合うことにした。

 

 「では、ともかくこの決戦が終わるまではリィズ少尉とのことは内密に、ということでよろしいですね?」

 

 「ああ。決戦が終わった後に、俺からみんなに言う」

 

 …………そうしたらとんでもない修羅場に。カティアもどうなるか。

 

 「いえ、それ以後も騙せる限界まで。いっそ永遠に秘密にしては?」

 

 「出来るか! いくら何でもリィズに不実すぎる! 大体、リィズをそこまで黙らせておくのは不可能だ。いや、無理に口を塞いでも多分ばれると思う」

 

 …………だな。多分リィズ少尉の態度や仕草でわかるだろうし、この決戦までが限界か。

 

 「わかりました。カティア少尉には、まず私がやさしくナイフで胸を抉りましょう」

 

 「なんだ、その剣呑な表現は。いくら何でも大げさだろう」

 

 本当に腹が立つな! この鈍感のために私がカティアを宥める苦労などしなきゃならんのは!

 

 「…………大げさなら良かったんですけどね。その代わり決戦の間は決してバレないよう、態度もいつも通りにしておいて下さい。リィズ少尉にも口止めを」

 

 「ああ、わかった。苦労をかける」

 

 私は最後に、どうしても気になったことを尋ねた。

 「本当に………後悔しないのですか? もし、本当に彼女が国家保安省の犬だったとしても」

 

 「……………リィズは多分本当に国家保安省の犬だろう。国から逃亡しようとした俺が、労働キャンプ送りにならずにこうしていられるのも、リィズが取り引きしたと考えれば自然だ。

 俺はリィズにも、その両親にも助けられた。なら今度は俺の番だ。俺がリィズから連中の首輪を外してやる!」

 

 彼の言葉に、少しだけウルスラのことを思い出した。

 

 私の恩人であった姉貴分の彼女。

 

 助けられないと判断し、合理的に死なせるしか私にはできなかった。

 

 ―――もし、私にテオドール少尉のような強さがあったのなら、

 最後まで彼女を助けることを諦めずにいられただろうか――――

 

 

 

 ――――それが一昨日のことだ。そして現在。

 私たちは車両の遅れや私の新しい機体の調整などに手間取り、一日遅れで移動車両にてゼーロウ要塞陣地に向かっている。ゼーロウ要塞は、ベルリンからたった20キロ先の断崖絶壁『ゼーロウ高地』の丘陵に造られた防衛拠点。『ベルリンの門』とも呼ばれ、ここをBETAに抜かれることはベルリンを失うに等しい絶対防衛の拠点だ。すでにBETAとの戦端は開かれており、到着したら直ちに出撃だ。

 

 いくつもの検閲所を過ぎ、目的地に近づくにつれ、軍用車が多くなってきた。予備駐機場の一角には、弾薬コンテナや整備車両が集っている。そして戦車や対空戦車の集結、発進している光景がいくつも見えている。さらに彼方からは重低音。砲兵の射撃による攻撃が行われているのだ。

 

 さて、車両での私たちの座席だが、カティア、テオドール少尉、そして私が並んで座っている。本来は二人しか並んで座れない座席だが、カティアは小柄で私はさらに小柄なので、三人で座れるのだ。そして真ん中はテオドール少尉。私もこの尻振り男と並んでなど座りたくないのだが、彼とカティアを会話させると何某かやらかす気がするので、フォローのために彼の隣にいる。

 車両に乗り込んでからは、リィズ少尉の件が後を引き、私たちは一言もしゃべっていない。

 

 「あ、あの!」

 

 カティアが重苦しい沈黙を破ろうと話かけてきた。

 

 「その………リィズさんは監禁を受け入れたってことですが、大丈夫なんですか? その……精神的に何かあるとか」

 

 「平気だ。お前の心配することじゃない」

 

 と、テオドール少尉は素っ気なく言った。ほぅら早速やらかしている。

 

 ――――ゴスッ!

 

 私はこの最悪アンサーを返した男に肘打ち。ちょっと魔導強化してあるのでかなり痛い。

 

 「―――っ痛ぇな! 何しやがる!」

 

 「カティアを殺したいんですか!? 気取られないよう、ちゃんと返事を返して下さい!」

 

 私は小声で叱りつける。

 

 「くっ! ああ、あいつは大丈夫だ。むしろ、お前が最後に見た時より元気いっぱいだぞ」

 

 「元気? どうしてです?」

 

  がはぁ!! 何真相に近づく一言をいっているのだ!? もし、ここに名探偵でもいたら、終わりなほどの致命的失言だぞ!! この高速尻振り男!

 

 「俺があいつを元気づけてやった。俺は―――あいつの兄貴だからな」

 

 「そう………ですか」

 

 テオドール少尉の意味深な言葉にカティアはシュンとなってしまった。くそっ、しかしこれくらいの仄めかしは仕方ないか。私もまったくの不意討ちで真実を話すのはキツイ。

 

 「その…………元気づけたって何をしたんです? ターニャちゃん、何か知っている?」

 

 ―――!!? なぜに私に聞く!?

 

 「なんかターニャちゃん、昨日からテオドールさんと仲いいみたいだし、なんか知ってんじゃないかなって。どうかな?」

 

 「――――ああ、こいつはよく知っている。こいつによく聞くといい」

 

 テオドール少尉、面倒くさくなって私に丸投げしやがった! 幼女に見せつけての変態プレイを話せとでもいうのか! くそっ、なにか適当にでっちあげてやる!

 

 「そ、そう!私とテオドール少尉とリィズ少尉で私的にシミュレーションをしたんですよ! それで仲が良くなりましてねぇ」

 

 「シミュレーション? いつの間にかそんなことしてたの?」

 

 「いやぁ、テオドール少尉のあの動きは素晴らしかった! 強く激しく、抉り込むが如く信じられない速さで動いていました! まさに『疾風の羅刹』とでもいうような。私は呆然と見ているだけだったし、リィズ少尉は『あんあん』と喘ぐだけ…………」

 

 私、架空のシミュレーションの話をしているんだよな? まさかあの時の行為をカティアに話しているなんて、変態なことしている訳じゃないよな、ターニャ・デグレチャフ?

 

 「よせ、ターニャ」

 

 テオドール少尉はイヤそうに私をたしなめた。私ももう話すのはイヤだ。

 

 「ふぅん『疾風の羅刹』かぁ。さすがテオドールさんだね。でも、だったら私も誘ってくれれば良かったのに。私も参加してテオドールさんと仲良くなりたかったなぁ」

 

 「がはぁ!!!」

 

 なんてことを言う、カティア!! 思わずとんでもない絵面が浮かんでしまったではないか!!!………………架空のシミュレーションの話だよな?

 

 

 そうこうしているうちに、車両は目的地のゼーロウ要塞陣地の後背にあるヘルツフェルデ基地へと着いた。戦闘最中の基地らしく多くの戦術機の発進、帰還が行われている。慌ただしく稼働する整備機械の騒音の中、強化装備に着替えて集合した私たちにアイリスディーナは恐るべきことを言った。

 

 「先程、いきなり本庁からの通信が途絶えたそうだ。そしてベルリンで戦闘が行われているらしい。だがBETA襲来のコード991は確認されていない。どうやらこれは内乱。国家保安省によるクーデターが始まったようだ」

 

 

 やはり動いたか、シュタージ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




大規模BETAの襲来の最中、始まった国家保安省のクーデター!
そしてこれこそが東ドイツ終わりの始まりなのだ
東ドイツ終焉に第666戦術機中隊、そしてターニャはどう動く?


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第33話 アイリスディーナに希う

 かつてないBETAの大規模進攻に合わせ、ついに国家保安省が動いた。この東ドイツの国家掌握に乗り出したのだ。

 最初に動いたのはアクスマン中佐率いるベルリン派。彼らは首都ベルリンの警護を担当していたのだが、突如主要施設を武力で押さえにかかったのだ。だがモスクワ派もベルリン派のこの動きを読んでいたらしく、反撃を開始。

 そしてまたまたこの動きを読んでいた西方総軍のハイム少将は、監視していた政治将校と保安隊を拘束し、部隊をまとめてベルリンへ進軍。ベルリンは権力争奪の泥沼と化した。

 

 さて、問題だ。私たちはとある倒産目前の企業に務めているとしよう。私たちは旧式の設備を騙し騙し使いながら、何とか業務をこなしている。その一方で、とある有力派閥が自らの出世と権力掌握のために、最新の設備をふんだんに使い、接待に贈与と予算を湯水のように使っているのを見たとしたら、私たちは何を思うだろう?

 

 答えは『今、クーデター真っ最中の国家保安省を見ている気分』だ。今すぐ『シュヴァルツェスマーケン』を下してやりたい気持ちで一杯だが、BETAの大攻勢の中で我々がベルリンへ動けるはずもない。光線級の排除が完了するまではここで戦わねばならない。

 

 そして現在、第666戦術機中隊はシュトラウスベルク郊外に集結している。すでにゼーロウ要塞陣地はBETA中央集団と激突しており、私達が戦闘に入るのも、もう間もなくだ。

 他の隊員はすでに戦術機に搭乗待機している。が、私とテオドール少尉は、アイリスディーナを前にリィズ少尉との一件での報告だ。そして私はそれとは別にアイリスディーナに話がある。強化装備の録音機能とデータリンク機能は眠らせてあるので、この会話が聞かれることはない。

 

 「ではエーベルバッハ少尉。貴様は、ホーエンシュタイン少尉をコントロールするために抱いたと言うのだな?」

 

 「ああ。リィズは……国家保安省の犬かもしれない。だが、こうすることで鎖を外せるかもしれない。だから……」

 

 リィズ少尉は国家保安省のコラボレイターである可能性が濃厚であるとし、中隊の監視下におかれることとなった。すなわち、私の提案通り戦闘時以外は監禁され、監視されることになったのだ。さらに一次操縦権をアイリスディーナほか、ファム中尉、ヴァルター中尉にも握られることとなった。

 しかし、リィズ少尉は移動前にテオドール少尉と結ばれた(豪華幼女のまなざし付き)。そのことが心強くしているのか、まるでこたえた様子も見せず厳しい監視を受け入れた。

 

 「そうか。貴様の考えを尊重する。引き続きホーエンシュタイン少尉の監視を頼む」

 

 アイリスディーナはそう言い、テオドール少尉に機内待機に行くよう言った。そして今度は、残った私と話しはじめた。

 

 「まったく、西方総軍とは慎重に協議の上で連携したかったのに、お前のおかげで碌な話し合いさえ出来ずに動くことになってしまった。事を為した後の協議は荒れるだろうな」

 

 「仕方ないんです。向こうはこの日のために入念な準備をして臨んでいるはずです。協議などしていたら、その間に向こうは全て事を終え、我々は向こうのいいなりになるしかないでしょう。

 大事なのは向こうのクーデターの動きを遅らせ、我々が介入できる時間を手に入れることです」

 

 このBETA大攻勢が確認された直後に、国家保安省が人民軍将校を大勢逮捕したのは、人民軍にクーデターに介入されるのを嫌ったため。つまり人民軍が介入すれば国家保安省を邪魔できるという訳だ。

 それをやることが可能なハイム少将が接触してくれたのは実に幸運だった。ベトナム産の純正品コーヒーを頂けたことも含めて。

 

 「それでハイム少将を焚きつけたのか。確かにハイム少将が時間を稼いでくれるなら、我々も反体制派もこのクーデターに乗じることが可能だな。国家保安省のクーデターの動きを察知したことといい、大した戦略眼だ。ついでにエーベルバッハ少尉とホーエンシュタイン少尉のことも聞いておこう。お前はどう思う?」

 

 「はい、エーベルバッハ少尉の尻がガンガンガン!と激しく動いてました。ホーエンシュタイン少尉の躰もプルンプルンプルン!と、凄く揺れてました」

 

 おや、どうしましたベルンハルト大尉? 何か不味い物を食べたことでも思いだしましたか? しかし、いつも凜々しい貴女もそんなお顔ができるのですね。

 

 「………それはいい。お前が只の幼女ではないのは承知だが、お前の口からのその説明はやはり衝撃的だな。一部始終を見ていたお前の意見を聞きたい。テオドール・エーベルバッハ及び、リィズ・ホーエンシュタインはこの戦いで、そしてこれ以後も戦力として機能すると思うか?」

 

 「エーベルバッハ少尉は大丈夫でしょう。『ホーエンシュタイン少尉を守る』という決意が良い方向へ向かうことを期待しましょう。ホーエンシュタイン少尉は……BETA戦以外で使うのは避けた方がよろしいですな。現在の厳重な監視体制も当分の間は」

 

 「やはりそうなるか。いいだろう、そのようにしよう。で、お前の方の話とは?」

 

 「はい、私の能力……魔術のことです。BETAとの戦いは今回も、そして今回以後も非常に厳しくなるでしょう。我々第666にも対応しきれない状況が来ることが予想されます」

 

 「………使わせろ、というのか? その”魔術”を」

 

 「今までも使っていました。極力知られないように、ですが。しかしさらに過酷になるBETA戦闘。今までのような自重した使い方では、間に合わなくなる日が来ます。犠牲が出るくらいなら……」

 

 「………………」

 

 「戦いが厳しくなった時、ベルンハルト大尉に符牒を送ります。もし、許可がいただけるなら、そちらも符牒で返して下さい」

 

 「いいだろう。で、どんな符牒だ?」

 

 「そうですね………”希う(こいねがう)”とでもしましょうか。適当な連絡にこの言葉を入れて通信します。もし許可がいただけるなら、少々派手な魔術を使います。で、そちらは許可の符牒は何に?」

 

 「そうだな……………うん、これにしよう。『主を讃え、希え』」

 

 「…………は? 我が社会主義国で宗教は禁止ですよ? いえ、我々ならある程度は見逃されるでしょうが、符牒でわざわざリスクを犯すこともないでしょう?」

 

 「許可する時は、そのリスクを犯してでも使わねばならない時ということだ。その力をさらしたならば、国家保安省はじめ様々な勢力がお前を取り込もうとするだろう。故に私は本当の最後まで許可を出す気はない」

 

 やれやれ。いろいろ守りすぎるな、この人は。国家保安省に関しては、リィズ少尉という犬を送り込んだ時点で今更という気もするが。

 

 「………了解しました。あと、帰還後の備えも怠りなきよう」

 

 「『リィズ・ホーエンシュタイン少尉のあからさまな動きは陽動。戦闘後、我々にも仕掛けてくる可能性』か………。だが、アクスマン中佐のベルリン派の戦力はモスクワ派の半分。それに現在ハイム少将も決起して動いたそうだ。とても我々にまで手を回す余裕などないと思うが……」

 

 「ベルンハルト大尉の拘束のみに目標を絞れば、少人数でもいけると思います。あなたを質に取り、残った第666に陽動でもやらせれば、天秤は大きくベルリン派に傾くでしょうから」

 

 「そうだな、備えておこう。話は以上でいいな? では、お前も機体に乗れ」

 

 「はっ!」

 

 敬礼をした後、新しく受領したバラライカに向かった。

 

 

 

 バラライカに乗り起動開始。起動前点検を全て終え、データリンクを繋いだ時だ。一瞬、彼方の空が眩く閃いたように見えた。そして再びデ-タリンクを見てみると…………

 

 ―――――!!?

 

 ある地点の味方のマーカーが先程見た時よりごっそり消えている!?

 そしてアイリスディーナから緊急連絡が来た。

 

 『総員、傾注! 要塞司令部から緊急連絡が来た。たった今、作戦従事していた戦術機60機以上がレーザー照射にやられたそうだ』

 

 バカな! まさかさっきの閃光で!? あれは光線級のレーザー照射だろうが、あの一瞬でそんなに!? 重金属雲も十分な濃度で散布されているのに!!

 

 『通常の光線級照射とは比較にならない熱量が観測された。そのため重金属雲による減衰が不十分なのだそうだ。現在、AL弾の再攻撃で張り直している最中だが―――――うっ!?』

 

 それは多数のAL弾混じりの砲弾だった。空を舞うそれが、光線級のレーザーを飽和させるはずだった。が、巨大な光の柱の如き光芒が全て蒸発させてしまった!

 

 「……………特定された。あれは重光線級だ。観測した限り重金属雲によるレーザーの減衰はほとんどない。そして要塞司令部の緊急指令により、これに目標が変更された。出発した瞬間、警戒態勢だ。ぬかるなよ!』

 

 重光線級!? あのハイヴ周辺にしかいないはずのアレがこの戦場にいるのか!?

 重光線級の有効射程範囲は………60キロ以上!? この重金属雲下でそんなにも届くのか!?

 そんな長距離の光線級吶喊など、可能なのか!?

 

 ―――くそっ、『国家保安省との戦いを考え、余力を残そう』なんて考えてる場合じゃないな。このBETA最強の攻撃力を持つ強敵には、全力をもって立ち向かわねば、一瞬で終わる!

 ―――光線級吶喊の激しい機動をそんなにも長距離でやったら、推進剤が保たず片道切符になりかねない。やはり出発から魔術を上手く使い、隊全体の消耗を抑えないと………!

 

 そんな決心とともにエレニウム95式宝珠を握りしめ、発進起動をする。

 

 ふと、同エレメントのカティア、テオドール少尉の機体を見て感傷が沸き上がる。

 

 私の前には、いつも通り二人のバラライカが仲良く並んでいる。

 

 ―――それでも、心の距離はかつてのそれと同じじゃない。

 

 テオドール少尉はリィズ少尉を選んでしまったのだから―――

 

 

 一瞬、カティアの泣き顔が浮かんだ

 だが、すぐにそれを振り払う。

 

 ―――戦場の犬に情は邪魔だ!!

 

 今、私は優秀なる猟犬。

 獲物を求め、敵を嗅ぎつけ、

 顎を振るい、ただ駆け抜けるのみ!

 

 

 

 『総員、機体起こせ! 狩りの時間だ!』

 

 アイリスディーナの号令とともに、第666戦術機中隊のバラライカは一斉に出撃した。

 

 

 

 

 

 




後ろには国家保安省のクーデター
そして前にはハイヴ守護の獣重光線級
光線級を遙かに凌ぐレーザー照射を放つ
恐るべき光の魔獣、ハイヴの彼方より来たる!

誇り高き幼女は今、戦いの海へ!!


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第34話 彼方より来たり 光の魔獣

 

 グレーテルSide

 

 「なんて………こと!」

 

 私は第666戦術機中隊付の政治将校グレーテル・イェッケルン中尉。現在ベルリンのリッターシュトラッセにある政治総本部庁舎に来ている。ある要件を識者と相談するために来たのだが、そのついでに作戦本部に立ち寄り、現在のBETA戦闘の情報を見に来た。だが、大型プロジェクターに映し出される戦況を見て思わず叫んでしまった。純粋な畏怖を抱いてしまった。

 

 作戦本部はかつてない程の阿鼻叫喚のパニック状態。この場にいる全ての政治将校やオペレーターが半狂乱だ。

 

 「戦術機大隊『リディア・リトヴァルク』全機消滅! 確認されました!」

 

 「さらに2個大隊からの連絡が途絶!? これで損害は100機以上だと!? アレの対処はできんのか!?」

 

 「ダメです! 多数の戦術機部隊が、進軍した先から次々迎撃されていきます! 重光線級の照射が強力すぎて、重金属雲による減衰も意味を成しません!」

 

 「砲兵や対地ミサイルも同様、撃ち落とされています! それ故に光線級集団に有効な打撃が与えられず、その被害も拡大しています! 作戦がまったく機能しません!」

 

 それが戦域に入った途端に味方の被害が加速度的に拡大。いくつもの光線級吶喊をしかけた部隊が消されていく!

 プロジェクターを呆然と見ながら、とある言葉を思い出した。

 

 『それは空を裂く巨大な光芒。巨大な流星にも似たそれが祖国の空に瞬くとき、東ドイツは確実に終焉を迎える』

 

 パレオゴロス作戦において、ミンスクハイヴから帰還したある衛士の言葉だ。そして私はその言葉が事実だと痛感した。この殲滅力、あまりに絶望的で半ば諦めさえ感じてしまう。

 

 重光線級――――ハイヴ周辺のみに存在すると言われ、光線級を遙かに凌ぐレーザーを照射する最も危険なBETA。先程のレーザーを見た限り、現在の重金属雲ではレーザーを無力化できてはいない。つまり、早期に重光線級を殲滅できなければ、戦術機部隊も要塞も全て灼かれ、我々の敗北は必至だということだ。

 絶望に息を詰まらせそうになる中、あるオペレーターがはずんだ声で報告をした。

 

 「朗報です! 第666戦術機中隊から目標との接触を示す信号弾の射出を確認! 第666は突破したようです!」

 

 おお! と、作戦本部中に歓喜の声があがった。あちこち、第666戦術機中隊の武勇を褒め称える声が沸き起こる。だが私は不審に感じた。

 

(こんなに早く重光線級群の目前まで…………? いくら第666でも早すぎる!)

 

 第666戦術機中隊には長く身を置いているため、その実力はよく知っている。

 第666は少し前に発進した。しかし重光線級と多数の光線級のいるこの戦場でのこの進軍速度。

 これは彼らの実力をもってしても、早すぎると感じている。

 

 

 いったい第666は何をしたの…………?

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 我々第666戦術機中隊は、アイリスディーナの巧みなルート選択によって膨大な数のBETA群を抜けていく。光線級のレーザー照射を避けるためにBETA密度の高い場所を抜けていかねばならないのは本当にキツイ。

 

 さて、実は私は戦術機機動に関しては本来第666戦術機中隊について行ける程の技量はない。他のみんなのようにBETAをギリギリ躱し進むことなどできず、大きく避けねばならないために本当なら大きく遅れてしまう。短い手足が災いして細かい操作ができないのだ。だが魔術によって機体のスピードを強化し、どうにかついて行っているというわけだ。

 

 ところが光線級吶喊に関しては、この『ギリギリ避ける』という技能は必須。それでもただの光線級ならばノィェンハーゲン要塞からの帰還時に開発した『自動レーザー回避』の術式で問題はない。しかし重光線級相手にそれでは間に合わない。

 重光線級の照射は高出力ゆえに照射直径が大きく、戦術機とほぼ同じ大きさの巨体であるために照射位置が高い。それ故、回避運動を行うBETAも少なくて済み、照射範囲の大きさにもつながっているのだ。

 

 そこで私は魔導射撃を自重せず使うことにした。重光線種がレーザーを撃つ前のBETAの退避運動が始まると、私は照準補正魔術の精密射撃をする。そしてそれでBETAを足を潰して動けなくし、『レーザー避け』にしながら進んでいるのだ。そしてこの大量に作った『レーザー避け』は、他のみんなの進軍をも助けている。

 

 高速で動くBETAの足をムダ弾なしの一発で撃ち抜いているのだから、すでに人間業ではない神業だ。いや、角度的にも撃ち抜けるはずの無い場所にさえ当てているのだから、物理すらもねじ曲げている。

 

 作戦前に決めた符牒も出さずにこんなことをしているのに、アイリスディーナは『自重しろ』の合図を通信で送ってこない。彼女も腹を決めたのだろう。なにしろ重光線級は、膨大なBETA群で埋め尽くされた戦場の遙か彼方の最奥にいる。そしてそこから、当たれば一瞬で戦術機を蒸発させてしまう強力なレーザーを照射してくるのだ。しかも、レーザーの威力を大きく減衰させるはずの重金属雲すらほとんど効果がない。つまりまともにそこまで行こうとするなら、激しく推進剤を消耗した機動をとらねばならず、ほとんど片道切符を覚悟せねばならない。

 

 重光線級への吶喊はそれほどまでに厳しく、帰還を望むなら私の力をさらしても仕方がないのだ。しかし問題はそれだけではない。

 

 『ターニャ、ファムとリィズがまた孤立してBETAに囲まれた! 支援に行くので援護を頼む!』

 

 「またですか、手早くお願いします!」

 

 ファム中尉とリィズ少尉の分隊はレーザー照射の回避機動をとるたびにしばしば分断してしまい、足を引っ張っている。

 無理もない。二人とも一度も共に訓練したことはなく、リィズ少尉は国家保安省の犬の疑いがあるために互いの意思疎通もできていない。

 戦力を考えるならテオドール少尉とリィズ少尉を組ませるべきだが、リィズ少尉の万一のことを考えるとそれはできない。一次操縦権を握ったファム中尉と組ませるしかないのだ。

 

 (くそっ、ここでも政治か! 本当に国家保安省は祟る!)

 

 国家保安省を呪いながらも、的確にBETAの足を潰して道を作る。殺すより足を潰して動けなくした方がレーザー対策になって有効なのだ。

 そして連携は悪くとも二人とも相当の技量はあるので、手間取らず解囲できるのが救いだ。

 

 『中隊長、後衛小隊集結しました。いつでもいけます』

 

 ファム中尉は待っていたアイリスディーナに報告。私が足を潰した大量の要撃級群の即席の陣地に、第666戦術機中隊は集結した。目標の重光線級まであと5キロほどにまで近づいた。

 さて、突入はどのように?

 

 『ご苦労、では………うっ!?』

 

 突然に、巨大で異常な振動音が感知された。素早く状況分析したファム中尉が報告をした。

 

 『前方よりBETAの高速反応! この速度、突撃級です! そしてこの振動規模だと…………おそらく300体以上!?』

 

 突撃級の足はBETA最速のため、本来は挺団の先頭にいる。こんな深奥にいること、そして目標の方向から来たということは、これがヤツらを守る最後の門番というわけか。

 

 『3個分隊が正面突撃級に砲撃、後退射撃! 一個分隊はその背後を守れ!』

 

 『『『『了解!』』』』 「了…………」

 

 ――――!!!?

 

  解、と続けようとした瞬間、私の脳内に電撃が走った! それは危機を告げる私の生存本能、気づいてしまった。

 前世、参謀将校だった頃のクセだ。部隊の位置。突撃級の位置。そして重光線級の位置。それらを三次元的に脳内で描いてみると、BETAの狙いがわかってしまったのだ。

 

 この突撃級は猟犬。我々を重光線級の絶好のレーザー照射の位置に追いやることが目的だ。それでも第666の先任方はこの罠を破ることができるかもしれない。アイリスディーナのもと、何度も光線種の照射をかいくぐってきたのだから。

 が、私はダメだ。先程いったように、私の戦術機機動は先任方のようにBETAをギリギリ躱すことなど不可能。どうしてもBETAと大きく離れてしまい、絶好の的になってしまう。

 

( ……………………ならばやるしかないな。白兵戦用脳内麻薬術式起動)

 

 私は後退せず、真正面より猛然と突進してくる突撃級群にピタリ突撃銃を合わせる。

 

 「『主よ、汝の右腕に栄光輝かん。我が骸を主への道筋、主への道標、羊の角笛となせ』」

 

 『なにをしている09!? はやく後退しろォ!』

 

 アイリスディーナの絶叫がユニット内に響く。

 

 「申し訳ありません中隊長。我、独断専行により敵中央突破を行うことを希う」

 

 『なにをバカな………デグレチャフ!!?』

 

 やれやれ、符牒など決めたが全く意味がなかったな。本当に危機が来た時、丁重に観察意見、状況説明などしているヒマなんてありゃしない。

 さて、この行動。一見無謀に見えるかもしれないが、私にとって突撃級はもっともやりやすいBETAだ。ほぼ正面にしか移動しないので足の位置を予測しやすい。

 

 ガガガガ! ガガガガガ!!

 

 貫通、爆裂術式を銃弾にかけ、向かってくる突撃級群の正面二体の足を粉砕。

 ただし、右側の突撃級は右側のみ、左側のは左側のみを。

 

 ドゴァァァァン! ゴガァァァン!

 

 二体の突撃級は左右に大きく横転する!

 

 その突撃級を避けようと、左右に針路を変える群体、間を抜けようとする群体に分かれた。

 

 そして間を抜けようとする方は、ほぼ一列に、私に向かってくる。

 

 なのでその先頭の足を完全粉砕!

 

 ガガガガガガガガガ!

 ドガァン! ドゴォン! ガガァン!

 

 ハデな玉突き事故を起こしている隙に、私の機体にスピード特化の術式をかける。

 

 「『我、主の御業をたたえ、神敵穿つ矢とならん』」

 

 ゴアアァァァァァァ!!

 

 そして玉突き事故のBETAの横を高速ですり抜け、正面突破!

 バラライカは神速の矢となり飛ぶ!!

 身動きのとれない巨大な芋虫と化した突撃級らの最後尾の尻。

 それを必ず真後ろに、目標との対角線を結ぶ位置に機体をキープ。

 あの尻こそ私の命綱。

 

 

 

 

 

 ………………………………ザシャァァァ!

 

 到着。ここは超大規模BETA挺団の深奥、前線の果て。

 その証の13体の一ツ目巨人たちが、私を暖かく迎えてくれる。

 彼らこそ目標の重光線級群。その距離10メートルも離れていない超接近だ。

 

 私ははじめて実物の重光線級を見た。それはまさしく異様。戦術機とほぼ同じ大きさの単眼の怪物。巨大な眼球と腫瘍の塊のような胴体、恐竜のような尾、そして人間のような足。まさに狂気の産物だ。

 その異様の巨大な単眼に注目され、思わず古い冗句が口に出た。

 

 

 「遙か彼方、ミンスクハイヴよりドイツ民主共和国へようこそ。一ツ目化け物の皆様、入国にあたりパスポートと観光ビザはお持ちですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




重光線級群へ単機殴り込み!
訪問の挨拶も冴え渡る!
礼儀正しい幼女ターニャ・デグレチャフ

重光線級のみなさんの歓迎はいかに?


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第35話 幼女は荒野に 踊りて

 さて、諸君は多数の注目を浴びたことはあるだろうか? 私は前世子供将校、今世子供衛士として何度かあるが、中にはいたたまれないものもある。逃げ出したいものもある。だが今浴びている視線は世界最凶最悪。これほどいただきたくない視線は他に無いと断言しよう。

 重光線級諸君の一ツ目が一斉に熱い視線を私に向けているこれだ。

 

 彼らはさらに熱いレーザー視線を私に放とうと、間合いを開けようとする。が、私はそれを許さない。巧みに彼らの間をすり抜け、彼らを巻き込まずにいられない位置をキープ。光線種は他のBETAと違いあまり足が速くないため、こんな芸当もできるのだ。

 

 最初は体当たりなども警戒していた。この近距離なら体表から発するプラズマで、かなり有効な攻撃法だろう。ところが重光線級はそんな攻撃をまったくしようとしない。どうやらBETAというのは決められた攻撃方法しかできない。決められたルールを逸脱できない存在のようだ。思えばいくらでも沸いてくるというのに、仲間のBETA一匹も自ら殺せないというのも、ルールを逸脱できない存在故ということか。

 

 しかしこんな距離であの超重撃レーザーを放とうとするなど、戦艦の巨砲を1メートル先の人間に向けるようなものではないか! これが全世界すべての軍隊をもっとも震わせる最凶BETAの行動だと思うと、実に滑稽極まりない。

 

 そしてこの状況、実は私も攻撃はできない。逃げる彼らにあわせ細かく位置を変えていかねばならないので、動きが止まる射撃などできないのだ。だがそれでいい。これで十分私の目的は達せられる。

 

 ピ―――――!!!

 

 『09、その場を動くな! 只今より重光線級への攻撃を開始する!』

 

 おっと、来たようだ。頼もしい中隊長殿の声。そして部隊の皆の顔が通信に映る。

 本来ならここまで近づいた第666戦術機中隊。重光線級の最優先目標にされ、レーザーの回避に多大な苦労をさせられる。しかし今はさらに最接近している私がここにいるので、第666はまったく無視されてここに悠々到着というわけだ。

 

 『撃てェェ!!!』

 

 ズガァァーン! ダガァーン! ドォォォン! ガガァーン! バァーン!

 

 アイリスディーナの号令に第666戦術機中隊一斉砲撃。そのまっただ中にいるこの状況。皆の腕は知っているが、実に心臓に悪い。戦場でよくある事故など起きませんように。

 やがて砲撃はやみ、その場は黒煙に覆われた。数秒後、黒煙の晴れたそこには…………

 

 『な、なに!?』『そんなバカな!』『なんだと!?』

 

 皆、一様に驚いている。私もだ。

 あれ程の砲撃にも関わらず目標の重光線級は全て健在だった。眼球部分の皮膜は閉じた状態だが、砲撃前と変わらず悠然とその場に立っていた。

 

 ―――くそっ、ヤツらの防御力は要塞級並か!

 ヤツらの体からは常時プラズマが発生している。自身のレーザーに灼かれないためのものであろうが、それが天然のバリアーになっており、途轍もない防御壁となっている。

 だが弱点もわかった。唯一防御らしきことをした眼球部分。やはりそこの部位だけはかなり脆いのだろう。

 

 ピ―――!

 

 『無事か、09?』

 

 アイリスディーナからまた連絡が来た。

 

 「はっ、流れ弾にも当たらず、私も機体も壮建です」

 

 『そうか、何よりだ。先程の命令不服従は不問にする。その代わり次の任務を成功させろ』

 

 やれやれ。どうせ厄介極まりないが、このままでは私も身動きがとれない。光線級吶喊の英雄殿の作戦に期待するとしますか。

 

 「了解。必ずや敬愛する大尉殿の期待に応えてみせましょう」

 

 応答ついでにちょっと上官アピール。さすがに堂々と命令不服従などした後だからな。実はこの社会主義国家において、命令不服従や独断専行というのは強制労働キャンプ送り、もしくは処刑にあたる重罪。これは政治将校のイェッケルン中尉がいないこと、そしてこの後反乱決起する予定なので行えたトンデモ行動なのだ。

 

 『ヤツらには射撃が効かないため、近接戦闘で倒すことにする。私、ヴァルター、テオドール、アネットが接近戦を挑む。私たちが近づくまで連中を引きつけろ』

 

 近接戦闘か。こいつらが発するプラズマを浴びれば機体は危険だが、それしかなさそうだ。今度こそ命令に服従。完璧に任務を遂行するとしよう。

 

 「了解。中隊長が迎えに来るまで、こいつらとダンスでも踊ってましょう」

 

 『ふん、どこまでも度胸のあるヤツだ』

 

 いえ、脳内麻薬を自在に分泌できるので、簡単に恐怖を沈静化できるのです。ただのドーピングを勇気や度胸と思われては、貴女のような本物の勇者の方に申し訳ありません。

 そんな私の心の声など届くわけもなく、作戦ははじまる。

 

 『作戦開始! 進めぇ!』

 

 アイリスディーナの号令一下、一斉に動く戦術機中隊。

 

 グワァァァァァァァ…………

 

 

 

 

 さて、大きなお目々の素敵な紳士諸君。天には灰色の雲。大地はどこまでもまっさらなダンスホール。吹きすさぶ吹雪はバックミュージック。

 この広大なステージで私と踊ろうではないか。

 ワルツぐらいしか踊れない不調法な娘。

 されど命をかけて、迎えが来るまでシャラシャラ舞い踊ろう。

 熱い視線、巧みにかわす。それを受けたら踊れない、心が墜ちる、命も墜ちる。

 一瞬一秒、ついては離れ、離れてはつきの繰り返し。

 永遠にも似た一秒一瞬。

 風に抱かれダンスはどこまでも激しく華麗に舞ってゆく。

 別れのその刻を惜しむかのように。

 

 

 

 

 

 グオォォォォォォォォ!!!

 

 重光線級との命がけの鬼ごっこに集中しすぎて周りが見えなくなっていた。

 ふと我に返ると、バラライカ4機がすぐ近くまで来ていた。

 

 『デグレチャフ、よくやった! あとはまかせろ!』

 

 時間だ。我らが麗しの中隊長、アイリスディーナとその他が諸君らのパートナーを務めてくれるそうだ。男もいるが気にしないだろう? 君たちには性別などないのだから。

 

 吶喊役4機は風のように前面の重光線級へ肉薄する!

 他の4機はその後ろにいる個体にレーザー照射を封じるけん制射撃。私ははじめてレーザーの目標から外れた。

 

 吶喊役はそれぞれに持った多目的追加装甲を、アネット少尉は専用に持った長刀を重光線級の眼球部に叩き突ける! 多目的追加装甲は通常は盾として使用されるが、近接戦闘時においては表面に張られた多数の指向性爆薬と下部のブレードにより、強力な打撃武器となるのだ。

 

 グシャァ! ガギィィィ! メキョ! ドオォォォ!

 

 派手に体液を撒き散らし、倒れていく重光線級!

 重光線級のレーザーは強力すぎるため、仲間に肉薄している4機に放つことができず、その場は一方的な虐殺カーニヴァルだ。

 

 『異星起源種ども、シュヴァルツェスマーケンをうけろ!』

 

 『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 『あたしの前に立つなぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 『俺たちは負けるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁ!』

 

 だがアイリスディーナが攻撃している、ある一体が角度をやや上空へ向け、レーザーを放とうと充填している。アイリスディーナのみを攻撃するつもりだ!

 

 (いかん、発射される! ならば………)

 

 貫通、爆裂術式を銃弾に瞬時に展開! すっかり手慣れた作業でWSー16C突撃砲にかける。

 発射!  

 

 バシュウ! ……………パシッ

 

 ――――不発!? バカな!!!

 

 私の放った術式弾は貫通も爆裂もせず、その重光線級の肉体に弾かれてしまった。

 そして当然、それは滾らせた閃光そのままに放つ!

 

 ―――ゴオオオオオオアァァァァァァァァ!!!!

 

 その瞬間、景色が歪んだように見えた。

 私の機体はその照射より斜め横にあり、直撃はまったく受けてないにも関わらず、起こった衝撃波と水蒸気爆発によって吹き飛ばされそうになった!

 

 ――――機体強化! 踏みとどまらず、姿勢制御に集中!

 

 ……………ザシャァァァ

 

 どうにか転倒せず、数メートル下がっただけに留めた。だが、アイリスディーナの被害は!?

 

 『ち………中隊長!』 『ご無事ですか!?』 『応答を!』

 

 アイリスディーナは瞬時に避けたらしく、機体は原型そのままに残っていた。レーザーを放った個体も体液を撒き散らし、仕留められていた。だが発生したプラズマ、衝撃波、水蒸気爆発により機体は大きく損傷し、あちこち熱で融解していた。 

 

 『無事だ………攻撃の手を……緩めるな……!』

 

 どうやら応答できるほどには無事のようだ。しかしあの機体の状況じゃ、相当ダメージを受けているはずだ。

 しかし、どうして術式は発動しなかった?………………まさか!?

 

 術式弾とは本来、事前に弾に術式をかけて運用する。だが戦術機の扱う巨大な突撃砲の弾全てにそんなことが出来るはずもない。なので今の私はユニット内から強力な魔力によって突撃砲に術式をかけ、突撃砲内の弾を即席の術式弾に変えて運用している。

 即席術式弾は前世の魔術世界では使えない。対魔術用防御をほどこした装備に簡単に打ち消されてしまうからだ。しかしこの世界に魔術は存在しなく、当然に対魔術用防御もない。故に即席術式弾とはいえ、今までは問題なく使用することができた。だが、どうやら重光線級の体から発しているプラズマは、そんな即席の術式を打ち消してしまうようだ。

 

 つまりヤツらには魔術が効かない!

 

 

 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




魔女っ子バトルアニメ定番、『必殺技が効かない!?』がターニャにも!
どうなる? ターニャ! 


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第36話 祖国に勝利を

この話、何故か『アンリミ』の方へいっちゃってました。ビックリした。


 『重光線級に魔術は効かない』

 

 その事実に大きく動揺したものの、私は前世、戦闘団指揮官。一つ二つの破綻で思考を止めるようでは部隊指揮など執れはしない。

 

―――マイナスに心を囚われるな、ターニャ・デグレチャフ! 通常弾でも眼球部には効果があるし、正確無比の照準補正魔術はそのまま使用可能だ!

 

 強制的に心を奮い立たせ、網膜投影で私が見たもの。それは部隊の動揺の隙をつき、複数の重光線級が再び重撃レーザーを放とうと充填する姿だった。

 アイリスディーナの機体を見る限り、重光線級の照射は当たらなくてもヤバイ!

 

 ――――だったら、照射させるか!

 

 魔力をすべて照準補正術式に集中。射撃開始!

 

 ガガガガガガガガガガ!!!

 

 フルオート射撃にも関わらず、銃弾は全てそれぞれの重光線級の眼球中心部に吸い込まれる!

 脆い眼球に一点集中砲火を浴びた重光線級。さすがにたまらないのか、防御皮膜を閉じる。

 その隙を逃さずヴァルター中尉とテオドール、アネット両少尉は猛然と重光線級を狩りまくる!

 さらに支援砲撃をしていた4機もアイリスディーナの防衛と戦闘支援に駆けつける!

 私も徹底的に照射を封じるべく、敵が眼球をさらした瞬間に銃弾を叩き込んだ!

 

 程なくして、第666戦術機中隊は重光線級の殲滅に成功した。

 

 

 

 

 

 ―――――ヒュオォォォォ………………

 

 重光線級の残骸が散らばる戦闘跡。付近にBETAは一匹もいなくなった。強い寒風吹きすさぶ中、私たちは疲労と感慨で何も言わず佇んでいた。

 

 『……………終わったね。ターニャ、あんた凄いね。あんなことが出来ちゃうなんて』

 

 と、アネット少尉がポツリ呟いた。

 

 『………そうね。アイリスディーナがあんたみたいな子供を戦場へ行かせるなんて何かあるとは思っていたけど、やっぱりいろいろと有るみたいね』

 

 シルヴィア少尉も不審そうに言った。大きく魔術をさらしたせいで、反体制の同志ででない隊員との関係が難しくなりそうだ。それに何も言わないが、国家保安省の犬のリィズ少尉も。

 ……………まぁ、その辺は覚悟の上だ。さて、基地に帰還して国家保安省のクーデター対策だ。

 

 

 『おい………みんな、この先…………東の方の空を見てくれ』

 

 皆が安堵する中、ふいにテオドール少尉がそう言った。それを言った彼の顔は蒼白であり、震えている。……………まさか!?

 

 『………俺たち、いま重光線級の殲滅に成功したよな? じゃあ、あれは………あれはいったいなんなんだ!?』 

 

 テオドール少尉の指し示す方向の空。そこには吹雪の中、あの巨大な光芒が砲弾を次々と撃破していく、その光景があった。重光線級特有の重撃レーザーの太い光芒。それは何十も一度に照射されており、先程の十三体よりはるかに多いことを示していた。

 

 「第二陣…………砲兵部隊が?」

 

 確かに部隊を第一、第二に分け、機動力に優れる第一陣が敵を撹乱し、陣形の崩れた敵に第二陣が当たるという基本戦術はある。しかしこれは足の遅い砲兵のやる戦術ではない。

 …………まさかヤツら、人類の戦術を意味もわからず、そのまま真似しているのか?

 

 「…………ここが前線の果てと思いましたが、さらに先がありましたか。中隊長、とにかく足を潰した要撃級の陣地まで後退しましょう。あれはこの先から発射されています。やがて程なくこちらへ向かってくるでしょう」

 

 おそらく光線種は視界にない敵を照射する時は、その敵の近くにいるBETAの目を利用する。そのBETAが見た情報をテレパシーのようなもので光線種に送り、それを元に光線種は敵を認識するのだろう。現在付近にBETAがいないため照射は受けていないが、時間の問題だ。

 

 『………そうだ……な、体勢を……立て…直そう。全機………後退!』

 

 アイリスディーナは苦しそうに命令した。

 

 

 

 

 

 

 

 第666戦術機中隊は行動不能になった要撃級付近にまで戻り、集結した。とりあえずアイリスディーナは機体を放棄し、ヴァルター中尉の機体のサブシートに乗った。そしてこれからどうするかの指示を待った。再び戦うか、撤退か。

 

 だが再び戦うには推進剤は帰還ギリギリだし、先程吶喊した機体はプラズマにやられ、機動があやしくなっている。何よりアイリスディーナが戦闘に耐えられず、死亡してしまうかもしれない。

 そして光芒の数で予想した重光線級の数は約30体ほど。この状態でそれと戦うなど、悪夢のような話だ。

 

 つまり撤退一択だが、それも難しい。全機そのままに撤退すればあの重光線級からの照射を受けてしまう。レーザーを避けることに長けた誰かを殿にして、重光線級を引きつけてもらわねばならないだろう。そして負傷したアイリスディーナ。この辺の判断はいま出来るのか?

 

 

 「クリューガー中尉、ベルンハルト大尉の容態は?」

 

 私は皆の聞きたがっていたことを代表で聞いた。

 

 『……………今は聞くな。02、次席指揮官として撤退の指揮を取れ。大尉を別の機体に移そう。私が殿を務める』

 

 やはり撤退か。あの重光線級群をどうするのかはわからないが、今はそれしかないようだ。

 

 『全機……撤退だ……急いで、戻るぞ……』

 

 その時、アイリスディーナの声が絞り出すように割り込んだ。

 

 『補給をし……急いで戻らねばならん。……あれを……ベルリンへ向かわせたら……東ドイツは終わる……!』

 

 アイリスディーナは重光線級とまだ戦う気だ。だが再び戻って戦えば、アイリスディーナは死ぬかもしれない。通信に映る隊員の顔は一様に彼女を心配している。次に出撃するとしても彼女は待機させたい。しかしアイリスディーナの指揮なしにここまで来れるかといえば、それも難しい。彼女の卓越した誘導あってはじめて重光線級の前にこれたのだから。

 

 『もう………やめてくれ! あんたは十分戦った! これ以上命を削るマネをしないでくれ!』

 

 それはテオドール少尉だった。尚も戦おうとする彼女に、悲壮な声をあげた。

 

 『そうです、中隊長! そのお体で二次の出撃は無理です。私が代わりに!』

 

 ファム中尉も叫んだ。だがアイリスディーナは決意を翻そうとしない。

 

 『テオドール、”十分戦った”じゃ………ダメなんだ。私は必ず祖国を守らねば。それにファム、これは私の役目だ。誰にも代わりなど……やらせん!』

 

 多少言葉はしっかりしてきたが、やはりかなりの重傷だ。そして彼女の決意は固いようだ。

 ………………どうするか。

 

 

 

 ピ―――――――!

 

 その時だ。突然に部隊以外からの通信が来た。そして20機前後の戦術機がこちらにやって来るのが見えた。

 

 『―――無事か第666中隊? こちら戦術機教導大隊臨時指揮官のホルンスト・ハインリツィ大尉だ。戦死した大隊長に代わって指揮を執っている。こちらの仕事は済ませてきた。この先の敵は我々にまかせ、貴官らは撤退せよ!』

 

 ハインリツィ大尉の言葉にアイリスディーナは噛みつくように叫んだ。

 

 『待て! まさかこの先の重光線級と戦うつもりか? その機体の状態では危険だぞ! それに推進剤の残量は!?』

 

 彼らも激戦を潜り抜けてきたのだろう。教導大隊のバラライカは主腕や頭部が損傷したり失っている機体がほとんどだ。だが任務を達成し、ここまで来れるということ事態、際だった技量を示している。

 

 『――――気にするな。ベルンハルト大尉、その様子だと負傷しているようだな。ならばなおさらだ。今、貴様たちに死なれては、この国は本当にお終いだ』

 

 ―――この連中、我々のために死ぬつもりか?

 

 『第666中隊。貴様たちはこの国の最後の希望だ。ポーランドで西側の連中を救い、今また重光線級第一陣を殲滅した英雄。誰もが皆、貴様たちがいればこの絶望敵な戦いもマシになると信じている。生き残れ、第666中隊!』

 

 そこまで部隊の勇名が轟いているとは知らなかった。第666戦術機中隊は反体制派の決起の際、旗頭になると言っていたが、さもありなん。市民の意識を引くのに十分な存在だろう。

 

 

 

 結局、我々は彼らに重光線級をまかせて撤退することが決定した。そして現在、情報の引き継ぎなどをしている。アレと戦ってくれるのは有難い限り。しかし教導隊とはいえ、倒すのは無理だろう。出来たらとっくに『東ドイツ最強』の肩書きは向こうに移っている。時間稼ぎがせいぜいだろうし、向こうもそのつもりのようだ。…………そうだ!

 

 私はヴァルター中尉の機体にいるアイリスディーナに通信を送った。

 

 「ターニャ・デグレチャフ上級兵曹よりアイリスディーナ・ベルンハルト大尉へ希う。我、教導隊と共に残り、対重光線級戦のアドバイスなどをすることを望みます」

 

 『なに?』

 

 『ターニャ?』

 

 『ターニャちゃん!?』

 

 皆、驚いているが、これがもっとも合理的な解決法。私が教導隊に協力してここでヤツらを殲滅すれば、アイリスディーナは再びの出撃、再びの重光線級の光線級吶喊することはなく、国家保安省のクーデターにも対処することができる。ただし私の力を教導隊にさらすことになるが、この際そのリスクは飲み込むべきだろう。

 ――――頼む、アイリスディーナ。了承してくれ!

 

 『………大尉、デグレチャフ上級兵曹の意見、自分は最も適切だと考えます』

 

 ヴァルター中尉は静かに私を支持してくれた。

 

 『……………中隊長、私もです。』

 

 ファム中尉も迷うように支持してくれた。彼女が私を残すことを支持するとは、よっぽどアイリスディーナが心配なのだろう。気持ちは分かる。彼女の危うい決意。それはどうにも死に向かっているようで、ほうっておけない気にさせてしまうのだ。

 アイリスディーナはしばらくの後、言った。それはまさに祈るように――――

 

 『デグレチャフ………”主を讃え、希え”。頼むぞ、我が国を……東ドイツを救ってくれ!』

 

 

 「任務了解。祖国に勝利を!」

 

 

 

 

 

 




魔術の効かない強敵、重光線級
だがあえて再び戦う決意をしたターニャ!

皆の思いを受け、勝利を誓う!!


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第37話 眩い空を 見て

 愛国心など欠片もないが、誓句を言った。その場のノリというやつも時には必要だろう。その時だ。テオドール少尉が割り込んできた。

 

 『中隊長、近接戦闘の仕方のアドバイスも必要でしょう。自分も残り、重光線級とのダンスの仕方をご教授いたします』

 

 なんとテオドール少尉も残留を希望した。成る程、私と同じ判断をしたか。ここで確実に重光線級を殲滅し、アイリスディーナを再びの光線級吶喊に出さないつもりだ。

 

 『…………いいだろう。確実に戦果をあげて来い』

 

 アイリスディーナは了承。私のエレメントを残してくれた、と考えるのは自惚れか。

 だが、そんな彼に想いを持つリィズ少尉が割り込んだ。

  

 『そんな………お兄ちゃん! だったら私も残ります! 私も残留に志願させてください!』

 

 『だめだ……ホーエンシュタイン少尉。……これ以上の残留は認められない』

 

 『イヤです! 私もお兄ちゃんと………あっ!』

 

 操縦しているヴァルター中尉が割り込んだ。

 

 『機体の一次操縦権を奪わせてもらった。帰還するぞ』

 

 『リィズ、帰還して待っててくれ。……お前とのことをうやむやにするつもりはない。必ず最後はお前のもとへ帰る。だが、今だけはアイリスディーナのために戦わせてくれ』

 

 ………………テオドール少尉殿、お前はそれで格好いいセリフを言ったつもりか? 立場を逆にして考えてみろ。お前は惚れた女に『あなたのことは愛している。でも、今だけは彼のために戦わせて』などと言われたらどう思うのだ? いや、あなたなら心で泣いても許すのかもしれない。

 しかしリィズ少尉は根っからの恋愛脳。その素敵なキメゼリフも火種にしかならんのだぞ!?

 

 『そんなに………そんなにあの女が大事なの!? あの女の代わりにこんな帰ってこれないかも知れないことやるの!? お兄ちゃんが戻らなかったら、全部意味ないのに!』

 

 ああ、ほらもう完全に痴話げんかだ。しかも、聞いているカテイアが泣きそうになっている。

 戦場の真っ只中だってのに、さすがに二人のことがわかってしまった。テオドール少尉、天然の恋愛トラブルメーカーか!? カティア、こんな状態でエレメントの相手が二人共いないってのに、無事帰還できるのか?

 エレメントはシルヴィア少尉、アネット少尉のエレメントを解消して、シルヴィア少尉がヴァルター中尉と、アネット少尉がカティアとの臨時編成をするようだ。

 そして第666が離脱する前、ヴァルター機が私に近づき弾倉を渡した。

 

 『ターニャ・デグレチャフ。私の弾を半分やる。必ず重光線級を全て倒せ』

 

 ヴァルター中尉がはじめて私を名前で呼んだ。アイリスディーナの機体からも貰ったので、戦闘には十分な程に余裕ができた。しかし………

 

 「よろしいのですか? 帰還時も相当厳しいものと思われますが」

 

 『かまわん。私の役目は大尉殿を無事、基地に送り届けること。可能な限り戦闘は避けるし、優先して守られる。だが、もう一度大尉を出撃させることは許さんぞ』

 

 つまりこの弾倉は彼の気持ちということか。話し方は普段と変わらず冷静だが、とてもアイリスディーナを心配していることがよく分かる。いったい彼とアイリスディーナの過去に何があったのか、少し気になる所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴオォォォォォォォ……………………

 

 第666は撤退した。私はテオドール少尉のバラライカと並んでそれを見送った。

 

 『……………孤児だった俺を引き取って育ててくれた人はな、とてもいい人だった。俺に家族を教えてくれて、幸せな日々をくれた人だった』

 

 テオドール少尉がポツリと話し始めた。

 

 『家族みんなでこの国から逃げようとして、でも捕まって………あの人の最後の言葉「リィズを頼む」ってことすら果たせなくて、ずっと自分を責めていた。

 でもリィズはもう一度帰ってきてくれた。だから俺はあの時の約束を果たさなきゃならない。「お前を選べない理由はこれだ」………カティアにそう伝えておいてくれ』

 

 

「面倒を押しつけますね、テオドール。やれやれ、カティアに泣かれますか」

 

 『………? めずらしいな、お前が階級を入れずに呼ぶのは。プライベートではいい、と言っているのに直さないのにな』

 

 「こういう話に階級など無粋でしょう。私はどうもカティアには弱くてね。まぁ、あなたの代わりにはなれなくても、側にいてあげることくらいは出来ます。精々、なぐさめるとしますか」

 

 『カティアの気持ちには薄々気がついていたし、アイリスディーナに惹かれてもいる。しかし、リィズには親父やお袋の分の責任もあるからな。どうしてもアイツを選ばざるを得ないんだよ』

 

 その時、ハインリツィ大尉から『残留した2機、こっちに来い』と、声が来た。

 

 「おっと、この話はここまでです、シュバルツ08。任務に集中しましょう」

 

 『………だな。まずは重光線級を殲滅して帰還しなきゃ話にならねぇ。シュバルツ09、お前の射撃、期待しているぞ。ヤツまでの道を造ってくれ』

 

 

 私は空を見た。

 

 眩しいほどの光芒が飛び交っている。

 

 灰色の空を、美しい光の死神が彩っている。

 

 ――――あれが敵。あれを空から消すことこそ、私の任務。

 

 

 

 

 

 

 

 私とテオドール少尉、そして戦術機教導大隊による再度の重光線級殲滅作戦が始まった。今現在、我々は行動不能になった要撃級の即席陣地で射撃体勢の準備をしている。

 さっきの重光線級との戦いを元にたてた作戦は次のようなものだ。光線種は飛翔物の迎撃を優先して行うこと。そして重光線級のレーザー照射後のインターバルは、かなり長いことを利用した作戦だ。

 

 まず部隊を吶喊役、支援砲撃役の二つに分ける。最初に支援砲撃役は大型弾を重光線級上空に発射。それに重光線級に一度重撃レーザーを撃たせる。レーザーの余波が収まった後、吶喊役が突撃する。そして近接戦闘にて重光線級を倒す。支援砲撃役は重光線級が再度レーザーを放たないよう、目玉に集中砲火だ。

 テオドール少尉はもちろん吶喊役。突撃の先頭となり、彼の発進が吶喊役突撃の合図。私はハインリッィ大尉の近くで支援砲撃役。全体の指揮をとる彼のアドバイザーのような役をやる。

 

 実はさっきの戦いで重光線級の詳細なデータを取ったのだ。なにしろ重光線級の手強さは出撃したときから感じている。これからも重光線級との戦いはあるだろうが、このデータがあれば先程より楽に重光線級吶喊を行える。そして最も重要と思い、詳細に記録したのが重撃レーザー照射の記録。発射する一連のタイミングと、発射される周囲の影響を完璧に掴み、記録したのだ。

 

 「ハインリツィ大尉、吶喊役の発進は照射より3分後。周囲にプラズマが漂っているので機体に影響がでるかもしれませんが、このタイミングがもっとも最適。次の照射までのインターバルで重光線級に接近させてください」

 

 『貴官、凄いな。貴官のような幼子が衛士となって我が国最強の第666戦術機中隊にいることが不思議だったが……これほどの分析が出来るなら納得だ!』

 

 などとお褒めの言葉をいただいた。いや、第666で分析などやったのはこれが初めてだが。

 

 そうして作戦開始。動けなくなった要撃級を背に、支援砲撃役は大型弾を篭めた突撃砲を上空に向けて待ちかまえる。私はハインリツィ大尉の隣にてアドバイザー。要撃級の後ろにテオドール少尉率いる吶喊役。これから放たれる重撃レーザーの影響を受けないよう、そしていつでも動けるよう待機している。陣形が整った頃だ。BETAを表すマーカーが、我々に向かってのBETA中規模集団の接近を示した。

 

 「射程圏内に入ったら何時でもいいでしょう。ハインリツィ大尉、準備を」

 

 『そうだな。では……………うっ、でかい!? 要塞級!? しかも集団でだと!?』

 

 ハインリッィ大尉を驚愕させたもの。それは重光線級と共にやって来た大量の要塞級。身長70メートル、体躯150メートルものその巨体を呻らせ、重光線級の後ろにピッタリついてきている。観測を担当している隊員から報告がきた。その声は悲鳴のようだった。

 

 『ぜ……前方集団の報告をします。重光線級30体と共に、要塞級50体以上!』

 

 なるほど、砲兵には接近する敵から守る護衛はつきもの。あの要塞級は重光線級の守り役というところか。しかし要塞級は多くても10体程度しか挺団にいたことはないはずだ。それが50以上もの集団を連ねるとは!

 最強の攻撃力を誇る重光線級30体と最大の防御力を持つ要塞級50体。その一つ目巨人と巨大ムカデの軍団はまさに悪夢の妖怪大行進だ。通信に映る死を覚悟したはずの教導隊員すらも、顔色が蒼白になっている。

 …………………脳内麻薬、多めに分泌させておくか。

 

 『よ………要塞級が50以上…………。デグレチャフ上級兵曹、何か意見はあるかね?』

 

 ハインリツィ大尉、声は多少震えているが、よく注意しないとわからない程におさえているのは流石だな。

 さて、彼からの質問。作戦中止か否かを聞かれているのだ。作戦通り重光線級を空に照射させて吶喊役を突撃させようとも、背後の要塞級になぶり殺しにされるだけだ。多分、一機も重光線級に届かない。

 かといって撤退も悩ましい。あの数の重光線級のレーザーから逃げられるはずもない。あれには魔術弾も効かないし。

 

 

 ……………いや、待て。思い返してみれば前世、魔術防御が厚く、魔術弾の通らない施設や敵部隊の攻略などいくつもやったな。末期には九五式の貫通すらも弾く敵も出てきた。だがその都度、私は指揮官として何とかしてきた。魔術のない世界の下っ端兵曹に馴染みすぎて、私は参謀将校としてすっかりナマっていたようだ。

 私は参謀将校に戻ったつもりで映像に映る重光線級、要塞級の位置、配置をよく観察した。そしてしばらく考えた後、彼の質問に答えた。

 

 「作戦は予定通り。ただし、吶喊役の突入を予定より30秒遅らせてください」

 

 『………………? 何故だね』

 

 

 「その30秒で、私が後ろの要塞級全てを葬り去るからです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東ドイツに審判の日来る!
重光線級と要塞級BETA最凶最悪の軍団押し寄せる!!
空を死の光で彩り、大地の全てを灼かんと邪悪の一つ目は輝く
その背後には暴威の巨大ムカデ。大地響かせ、群れをなす

灰色の空の下、幼女の番人そこに立つ!
それはターニャ・デグレチャフ
その邪悪全てを葬り去る者!!


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第38話 そして 前線果ての誓いに

 テオドールSide

 

 俺はテオドール・エーベルバッハ。ここはBETA挺団の深奥。ここに全東ドイツ軍を恐怖に落とし入れた重光線級がいるのだ。

 第666戦術機中隊が撤退する中、ターニャと共にあえてこの場に残った。そしてハインリツィ大尉率いる教導隊に加わり、重光線級の迎撃をしている。だが、そこには重光線級だけでなく、大量の要塞級までもいた。この戦力で相手にするには厳しい限りだ。

 そして現在。作戦の補佐をしていたターニャのとんでもない一言が、指揮官のハインリツィ大尉を混乱させてしまった。

 

『な………何を言っている? 貴官は正気か!? どうやって、たった30秒で要塞級を50体も倒すというのだ!』

 

 『説明しているヒマはありません。それよりハインリツィ大尉、敵から目を離さないよう。射程圏まであと少しです』

 

 『バカな! そんな与太に部下の命を賭けられるか! 説明しろ、デグレチャフ上級兵曹!』

 

 まずいな。さっきまで良い感じで作戦を進めていた二人が、言い争いを始めた。いや、声を荒げているのはハインリツィ大尉のみだ。が、BETAの最凶集団が迫ってきている中でのコレは、実に不味い。

 しかしハインリツィ大尉のことも責められない。一見、この作戦を進めてみても無駄死にだ。この状況、例え部隊が全滅しようとも、わずかでも戦果のあがる戦いをするのが指揮官の務めだ。なのに理由も話さず、あえて作戦遂行を進めるターニャに反発するのは当然とも言える。

 だが、ターニャが理由を話せない訳も予想がつく。おそらくターニャは”魔術”を使ってこの状況を打破するつもりなのだろう。魔術の予備知識などまるでないハインリツィ大尉にそれを説明するのは不可能。説明しようとしたら、たちまち戦争神経症(シェルショック)認定だ。

 

 『…………クッ、話にならん! おい、エーベルバッハ少尉、この子はどうしたんだ!? 気でも触れたのか? 同じ部隊員としてどう思うのか述べよ!』

 

 …………ターニャは気が触れてなどいない。BETAの恐怖で気が触れた奴はよく知っている。BETAを見ることを極端に避けようとするか、極端に突っかかろうとするかだ。第666で死んだ衛士には何人もいたし、最近じゃアネットもそうだった。

 いわばターニャの真逆。あいつはハインリツィ大尉と話している時ですら片時も前方のBETA集団から目を離さず、静かに機をうかがっている。魔術なんてものがなかろうと、これだけでもアイツが化け物に見える。あれ程に絶望的なBETA最凶集団を、一瞬も目を離さずにいられるなど、幼女のくせに兵士として完成され過ぎている。

 

 

 『ハインリツィ大尉、上申します! ここは殿を残し、要塞基地へ報告すべきでは? アレを殲滅不可能ならば、この危機を早急に知らせることこそ肝要と愚考します』

 

 マズイ! ターニャの見事な待機姿勢に見とれているうちに、教導隊員からもっともな意見が出てしまった!

 

 『そうだな。この危機、一刻も早く伝えるべきだろう。では………』

 

 「ま、待ってください!」

 

 俺は慌ててこれに『待った』をかけた。ターニャが何をしようとしているのかはわからない。だが一見して絶望的なこの状況もどうにかできる”何か”をコイツは秘めている。ならばハインリツィ大尉と教導隊をそれに乗せることこそ、俺がここに残った役目だろう。

 

 

 「ハインリツィ大尉、デグレチャフ上級兵曹の言う通りにやっていただきたい。彼女はベルンハルト大尉より、こういった時の策などを授けられているのです」

 

 『なに、ベルンハルト大尉から?』

 

 すまん、アイリスディーナ。お前の作り上げてきた最強戦術機部隊隊長の名、勝手に使わせてもらう! お前の勇名を借りなきゃ、説得ひとつできない小物な俺を笑ってくれ。

 ターニャのこの独断専行、第666戦術機中隊の策にして推し進めることにする!

 

 「彼女の意見、一見して無謀無策の愚行に見えるでしょう。しかし全て勝利への理論に基づいた確かなものなのです。第666中隊は幾度もこのような状況に襲われ、そのたびにくぐり抜けてきた自負があります。ハインリツィ大尉、どうか我ら第666中隊の武名と戦歴を信じ、今一度彼女の言う通り作戦を進めていただきたい」

 

 …………どっから声出しているんだ、オレ。そういやアイリスディーナから、上位の人間を丸め込む話し方なんてのを教えてもらっていたな。役に立つな、コレ。

 

 「………ベルンハルト大尉の言うことなら信用せざるをえませんな。臨時大隊長より通達! 作戦は予定通り。吶喊役は予定より30秒遅らせ、3分30秒後に発進せよ!』

 

 どうにかターニャの言う通り、作戦を進めることができそうだ。しかし教導隊の指揮官に、アイリスディーナの名を使ってとんでもない大嘘を吐いたことに今更ながら背中が冷えてきた。元凶の小娘に何か言ってやりたくなって通信を繋いだ。部隊員同士のみの回線だ。

 

 「ターニャ、本当に大丈夫なんだろうな。信用して乗ってやったが」

 

 『おやエーベルバッハ少尉、不安ですか? 幾度も危機を乗り越えてきた第666中隊の武名と戦歴。そしてベルンハルト大尉から直々に策を授けられている私をもっと信用なさってください。勝利の理論に基づいた確かなものなのですから。

 いやしかし私がそんな大役をベルンハルト大尉から頂けていたなんて、私自身まるで知りませんでしたよ。実に光栄の極み。はっはっはっ』

 

 コイツ………! それは俺がいま創作した大嘘だろう!!

 いまいましく、脳天気な返事を返す小娘の機体をにらみつけて見ると、ターニャは突撃砲の銃口を下を向けて構えている………?

 

 

 『全機、構え!』

 

 重光線級群が射程圏内に入る頃、ハインリツィ大尉は合図。支援砲撃役は一斉射撃の準備。

 

 『―――主よ、その大いなる神の御業を』

 

 ターニャの通信から神を讃える聖句が。やはり魔術か。これを知らない教導隊には神頼みしているようにしか聞こえないだろう。しかしコイツの”神頼み”は本当に奇跡を起こす。

 

 

 

 重光線級群、目標位置に侵入。

 

 『作戦開始! 放て!』

 

 ダァーン! ガガーン! ドォーン! ドドォーン! ズガガァーン!

 

 

 一斉に飛び交う大型弾。

 重光線級群はそれに向け、重撃レーザーを充填。照射準備をする。

 

 

 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!

 

 その時だ。他の者より数瞬遅れ、ターニャが撃ったのは。ただし下に向けた銃口そのままに、重光線級群の足元を狙うように低く。

 

 

 シュアァァァァァァァァァァァ……………

 

 俺はターニャの放った弾道を目で追った。

 

 大型弾は地を這い重光線級群に向かう。

 

 だが直撃はせず、全て前面にいる重光線級群の足元に着弾した。

 

 その時――――!

 

 

 

 ドゴォォォォォォ! ドゴォォォォォォ! ドゴォォォォォォォン!!!!!

 

 

 重光線級共のつま先下の地面が爆発した!

 

 重光線級共は一斉に、仰向けに倒される!

 

 そして………!

 

 

 シュカァァァァァァァ! シュカァァァァァァァ! シュカァァァァァァァ!

 

 その体勢そのままに、重撃レーザーを放った!

 

 そして、それはそのまま背後の…………

 

 

 

 ドッゴオオオ―――――――――――――ンン!!!!!!!

 

 

 近距離からの猛烈な閃光爆発。要撃級群の後ろにいるにも関わらず、凄まじい衝撃と爆風、そして閃光が届いてくる!

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『異星起源種の諸君、私からのシュヴァルツェスマーケンだ。快く受け取ってくれ』

 

 そんなターニャのつぶやきが通信から聞こえた時、我に返った。

 

 『ハインリツィ大尉、3分30秒経ちました。吶喊役を突入させてください』

 

 ターニャはそう言ってハインリツィ大尉を促す。しかし前面にいた支援砲撃役の機体はさっきの衝撃で機器に影響が出たのか、通信が繋がらない。なんでターニャのだけ………ああ、それも魔術か。

 

 「こっちもターニャ以外は繋がりそうにないな。そうだ! BETAは……………?」

 

 BETAがどうなったのかと正面のBETA群にカメラを向けると、そこは大きく様変わりしていた。禍々しく蠢き行進していたBETA最凶集団は、前面のひっくり返った重光線級以外は消滅していた。そしてそれがあった場所には、真っ黒に焼け焦げた肉の残骸が一面に広がり燻っている。

 

 「まったく、どっちが化け物だか。これを教導隊や上にどう説明したものやら」

 

 皆が混乱している中、俺は残敵掃討すべく飛び出した。何よりもまず、敵の無力化を考える辺りが経験だ。

 そして教導隊もさすがに歴戦。俺につづき、次々残敵に向かい、飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程と違い、程なく全滅させることができた。倒れた重光線級など相手にもならなかった。

 

 ――――生き残った

 

 これ程の大勝利にも関わらず、思ったのはいつものコレであった。

 勝利の感慨など少しも沸かなかった。

 

 ――――どのような結果であれ、いま自分は生きて戦える。

 ならば次の戦いに備えるだけ。

 そう、いつも通りに――――

 

 

 ふと、自分の心にいつもと違う”何か”があるのを感じた。

 

 そして、あの時のアイリスディーナの言葉を思い出した。

 

 

 ――――『頼む、東ドイツを救ってくれ!』

 

 

 あの言葉はターニャに言ったもの。

 

 それでも俺はその言葉に突き動かされた。

 

 あえてこの場に残り、戦うことを望んだ。

 

 

 ―――――アイリスディーナを守る。アイリスディーナに再びの出撃などさせない!

 

 

 そんな密かな”誓い”が果たされたことが、俺は嬉しい。

 

 「悪いな、リィズ。やっぱりお前の言う通り、思った以上に俺はあいつが大事みたいだ。約束通り最後はお前のもとへ帰る。だからもうしばらく、あの死にたがりを助けるために戦わせてくれ」

 

 

 灰色の雲が厚く覆う空の下。

 

 寒風吹き荒れ鳴り止まない音楽を奏でる荒野の只中。

 

 前線果ての

 

 BETAの残骸一面に散らばる世界に、

 

 

 俺は新たな誓いを立てた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第4章完結! 重光線級との死闘がメインの話でした。
この先はまるで考えていないので第5章は遅れます。
またの再開をお待ちください


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第5章 魔術幼女と 軍事争乱劇
第39話 革命夢見る 幼女


今日、とりあえず1話書けたので投降します


 

 「やれやれ。これでアイリスディーナの再びの出撃はなくなったな」

 

 私は、テオドール少尉ら吶喊役が残りの重光線級を屠っていく様を見ながら、そう安堵した。まったくあの英雄殿は自分の命を省みなさすぎる。まぁ、だからこそ英雄なのだろうが、彼女に死んでもらっては困る私としては、彼女を守るために苦労させられっぱなしだ。

 

 実は私がアイリスディーナを忠犬の如く助け彼女を心配するのは、ヴァルター中尉やファム中尉はじめ第666の皆のように純粋に彼女を思ってのことではない。仲間として多少の情はあるが、それだけで他部隊に私の能力をさらすようなリスクなどは犯せない。主な理由は私のライフプランに彼女が大きく関わっているからだ。

 当初、私はこの社会主義国から逃亡し、自由主義圏への亡命を計画していた。ノィェンハーゲン要塞の帰還時辺りまではそうだった。しかしBETAの脅威にさらされたこの世界、自由主義圏でも甘くはないことを知ったのだ。

 

 

 

 あれはノィェンハーゲン要塞から帰還してしばらく経った頃だ。逃亡先候補の西ドイツの状況を知るべく、西ドイツからの亡命者のカテイアから話を聞くことにした。

 場所は基地から多少離れた、人の来ない開けた場所。万一にも人に聞かれたり盗聴されたりしないためだ。

 

 「ターニャちゃん。こんな所に私を呼び出したってことは、聞かれたくない話があるってことだよね。何か危ない話かな?」

 

 「ええ、まぁ多少は剣呑な話ですね。実は私、西側諸国に興味がありましてね。向こうはどの様な国か教えて欲しいんです」

 

 「なんだ、そんなこと…………って、そういうのも危ない話になっちゃうんだっけ、ここじゃ。うん、いいよ。私が知っているのは西ドイツと、合同訓練で一回ずつ行ったフランスとアメリカで聞きかじった話だけだけど」

 

 カティアの話による西ドイツは概ね私の予想通りの国だった。前大戦の戦犯国ではあるが、地道な外交努力によってその汚名は消えつつある。そして自由主義陣営の政治らしく政治の批判も意見も自由だし、民間企業が蓄財しても政治指導など受けたりしない。うむ、健全に資本主義国に育っている。

 さて、やはり西ドイツは亡命先第一候補だが、問題は東からの亡命者の扱い。私の狙いを晒すことになるが、聞かないわけにはいかない。

 

 「いや、参考になりました。ありがとうございます。ところで、この東からの亡命者はどう扱われています? やはりカティア少尉も軍に入ることができたようですし、同一国民としての待遇を受けているのですか?」 

 

 するとカティアは沈んだ顔で答えた。

 

 「私、お父さんの、西ドイツの友人の娘ってことになっていたから、西ドイツ人だったんだよ。私が西ドイツに来た時はそうしていたんだけどね。でも東から来た人の中にテロ活動する人や、民衆の扇動をする人が出てきたの。それを受けて西ドイツ政府は東からの亡命者は監視できる場所へ隔離するようになって…………今じゃ、他の国から来た避難民の人と一緒の状態になっちゃっているの」

 

 共産テロ!? BETAの脅威ににさらされているってのに、そんなことやっているのか? そういや、共産主義というのは全世界の国に共産革命を起こして、世界全てを共産国家にするのが目的だったな。歴史で習った時は『なんじゃそりゃ!』な与太話だったが、リアルタイムの出来事だと笑えんな。そのテロ発信国の人民だし。

 

 「ち、ちなみに外国からの避難民の扱いというのは?」

 

 「うん………あんまり気持ちのいい話じゃないんだけどね」

 

 『気持ちのいい話じゃない』とは実に控えめな表現だった。実に最悪極まる気分になってしまった。ベットで布団被って寝込みたくなった。カティアの話は次のようなものだった。

 

 BETAに国を滅ぼされ、流れてきた避難民。彼らは強力なコネでもない限り、不衛生でチンピラのうろつくような、劣悪な環境の難民キャンプに送られる。そして劣悪な仕事に従事しなければならず、決められた地域から出ることはできない。そこから出て市民権を得るためには、軍に入隊し、生還の望めないような危険任務をやらねばならない。家族の市民権と引き替えにやる者も多いらしい。

 これはアメリカやフランスでも同様で、亡命したら間違いなく危険任務上等の『外人部隊』行きだ。国家の後ろ盾のない個人など、どこまでも悲惨なのだ。

 

 

 

 お分かりだろうか? つまり今とまったく変わらないのだ。いや、社会主義国からの亡命者など、共産テロの疑いをかけられ、死亡確実の任務に行かされる。もちろん絶対に出世などできず、安全な後方勤務など、甘くて美味しい夢にすぎない未来しかない。ゴミのような東ドイツとはいえ、そこの人民という立場はないよりマシなのだ。

 カティア以外からも西側の情報を集めてみたが、現実を知るほどに絶望的。社会主義国人民に希望などないことがイヤというほどわかってしまった。

 

 が、そんな絶望から希望を見せてくれたのがアイリスディーナとその背後の反体制組織だ。彼女から現体制の打倒計画を聞いたとき、前前世のとあるニュースを思い出した。

 

 『東ドイツ革命』

 

 ベルリンの壁を市民が破壊した事件のアレだといえばお分かりだろうか? ソ連が『ペレストロイカ』という社会主義否定にも似た政策をしたことにより、社会主義体制が崩れていくことを受けて起こった革命だ。これにより東ドイツも社会主義体制、一党独裁体制が崩壊した。そして東西ドイツ統一が起こるまでに繋がる。

 

 要するに私の目的はアイリスディーナとその背後の反体制組織の後押しをして、これを起こそうというのだ。成功すれば私は晴れて統一ドイツの国民。忌まわしい社会主義国家人民のレッテルも消え、自由主義国家の正規の国民として安全な仕事にもつける。その夢踊る将来のためにも、革命の中心になるであろうアイリスディーナには死んで貰うわけにはいかないのだ。

 

 とはいえ、これの成功は容易ではない。アイリスディーナの話によれば、今の反体制派組織は秘密警察の活躍によって大分弱体化させられているらしい。これにドイツ社会主義統一党と国家保安省、政治総本部等を倒させ、自由主義体制へと変革させるのは実に難問だ。

 しかし私は前世、あらゆる過酷な戦場で幾多の困難な任務を達成してきた戦闘団指揮官。私の輝かしい将来のためにも、必ずや成し遂げてみせる! 

 

 そしてもし革命が成ったら、もう軍はやめよう。前世、安全な後方任務を目指して奮闘したが、実に無駄な努力だったと痛感する。

 

 1,前線では常に指揮を執れる人間は不足しがちだ。

 

 2.私はその優秀さ故に、前線指揮官として優秀な戦果を上げるだろう。

 

 3.結論。私は軍にいる限り前線から離れられない。

 

 実に簡単明瞭な三段論法だ。否定しうる論拠など見つけようも無い。前線から離れられるのは、戦闘不可能な程の負傷をした時か? いや、戦術機でのBETAとの戦いだと、そのまま死亡する方が確立が高い。

 つまりはそういうことだ。この先ずっと軍人を続け、出世などしてしまうとしよう。そしてそれなりの部隊の指揮を執れる立場になったとする。私は仕事に手を抜くことの出来ない性分だ。結果として優秀な私は優秀な戦果を上げまくるだろう。

 するとまたまた前世のようにあちこちの崩壊しそうな前線に送られ、人員、補給のやりくりに苦労しながら、生涯を戦いに費やさねばならない。そんな人生は一度で十分だ。中尉、大尉となって指揮官などになったら、もう軍からは抜けられない。無名の下っ端の今の内でこそ、離れられるのだ。

 

 だがBETAの脅威にさらされたこの世界。生活の安定があり、戦いから離れられる仕事は限られている。そこで私が選び、目指すのは内政官僚!

 東西ドイツの統一が成った暁には、西に一方的な政治主導を取られるのを防ぐために東からも内政官僚を出さねばならないだろう。しかし19世紀そのままのポンコツ社会主義経済しか知らない東では、20世紀の自由主義経済行政について行けるはずもない。

 そこで私の出番だ! 前前世の記憶など大分抜け落ちたが、重要な部分はそれなりに覚えている。そう、21世紀の経済システムを! この最新を超えた最新の知識でガンガン業績を上げ、内政のトップに近づけば私の将来は安泰だ!

 ああ、夢が踊るなぁ。今すぐベルリンへ飛んでいって、ドイツ社会主義統一党だの、国家保安省だの、まとめて叩き潰したい!

 

 

 「早く革命になぁ~れ♫」

 

 

 

 

 

 

 




夢は東ドイツ革命!
大いなる夢を抱く幼女ターニャ・デグレチャフ
果たして成るか?

そして本当にそんなもの書けるのか? 俺!


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第40話 シュタージ 動く

 重光線級を損耗無し、全て倒しての完全勝利だ。帰還の命令をハインリツィ大尉が出すのを待っていると、意外な指示を出した。

 

 「重光線級の死骸をひとつ持って行く。損傷の少ないブツを2機で運び、それを守るよう、囲んでいけ」

 

 正気か!? ここはBETA群の最深部。2機も戦闘不可にした上、そんな足手まといを作るとは! この人もイェッケルン中尉並の『残念指揮官』か!?

 

 『不満があるのは分かる。[ここのBETA最深部からそんな足手まといを作り、帰還など冗談ではない]、とな。だが人類にとって最も恐るべきBETA重光線級が前線に出てきた以上、これの対策は必須だ。そしてそのための研究として死骸はどうしてもいる。これほど状態の良い状況で、重光線級の死骸を前にすることはどの部隊であってもこの先ないだろう。人類のため、あえて我々はリスクをおかす』

 

 こう言われてしまえば仕方ない。教導大隊から2機が運び役となり、私とテオドール少尉は先頭を頼まれたのだが………

 

 「シュヴァルツ08、バラライカは大丈夫ですか? 帰還まで耐えられそうですか?」

 

 『…………………………保たせてみせる!』

 

 「了解しました。やっぱりダメなのですね」

 

 私はため息をついた。

 テオドール少尉の機体は2回の重光線級との戦いで二十体近くの重光線級と肉薄し、その体から発するプラズマを浴びている。おそらく途中で機能停止してしまうだろう。それに引き替え、私の機体は支援砲撃に徹していたので、プラズマは一切浴びていない。

 

 「シュヴァルツ08、その機体は捨てて私の機体に乗ってください。帰還途中で停止したら、見捨てるしかありませんから」

 

 テオドール少尉のバラライカは、十七体もの重光線級を倒した前人未踏の戦果をあげた。戦果著しい機体ほど寿命が短いのは悲しいな。せめて、勇者に敬礼!

 操縦はテオドール少尉に交代し、私の方がサブシートに乗った。私が操縦すると、テオドール少尉の体が邪魔してかなり動きが悪くなる。しかし私の方がサブシートだと、私は小柄なのでテオドール少尉はほとんど影響無く操縦できる。

 

 「楽だな………いや、ノィゲンハーゲン要塞から出る時、ファムを乗せたのと比べてだが。

 で、後ろの、このバカでかいクマはなんなんだ?」

 

 テオドール少尉はユニットの座席の後ろに置いてある私のお友達。大きなクマのぬいぐるみを、イヤそうに見て言った。

 

 「以前、ベルリンで買った”テロド~ルくん”です。ユニット内では仲良く、ケンカなどしないようお願いしますね」

 

 「ふざけるな! 捨てろ、そんなもの! 戦場になに持ってきてやがる!」

 

 「ダメです。彼はイザというとき、身を挺して私を守ってくれるんですから」

 

 「………………お前の幼女らしい所、はじめて見た。まぁいい。お前が小さい分、問題は無い。それで戦争神経症を避けられるなら、安いものと思うことにする」

 

 「自分の体の小ささが役に立つ時がこようとは。機体は即席の調整でも問題無くいけそうですね。ところで、ハインリツィ大尉の示したこのルートですが、どう思います?」

 

 「BETAの密度が小さいな………。このルートは教導隊が光線級を倒した後のものだそうだから、問題は無いとは思うが」

 

 実は第666戦術機中隊の進行は、ある程度BETAの密度が大きい場所を選んで進む。BETAの密度が小さすぎると、光線級に狙われた時に回避する時間があまり取れなくなってしまうのだ。

 

 「ですが、まだ航空爆撃機の出動の合図は出ていません。全滅させたわけではないでしょう。どこからか流れてくることもありえますね」

 

 「とはいえ、BETAの死骸をかかえて密集地帯を進むのは無理だ。光線級に出会わないよう、祈るしかないな」

 

 戦場に祈りなんて届かない。運が悪ければ死ぬ。腕が未熟でも死ぬ。情に流されても死ぬ。

 万一の時は後ろの足手まといは切り捨てて、多くが生き残る判断をするしかないのだ。

 そうして私たちは出発した。

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ベアトリクスSide

 

 私は国家保安省(シュタージ)の武装警察軍所属『ヴェアヴォルフ大隊』大隊長ベアトリクス・ブレーメ少佐。現在、アクスマン中佐率いる『ベルリン派』の武装部隊との戦闘は終了した。

 ベルリン派の戦闘部隊の壊滅は成功した。なかなか良く戦力や武装を充実させてはいたけれど、こちらはモスクワ派。ソ連との交渉成功によってより充実した戦力、そして『チュボラシカ』を上回る戦術機『アリゲートル』を手にしている。さらにこちらの”誘い”にも上手く乗ってくれたのでごく短時間で壊滅させることが出来た。ハイム率いる西方総軍がベルリンに来る前にかたづけることが出来たので、三者睨み合いの状況が回避できたのは何より。

 そして今、敗北と同時に行方をくらませたベルリン派の中心人物アクスマン中佐の捜索を命じた部下が戻ってきた。

 

 「申し訳ありません。アクスマン中佐は捕らえることができませんでした。捜索は続行しますが、ベルリンより逃げた可能性が大です」

 

 「…………そう。でも捜索に力を入れるわけにはいかないわね。ハイムが迫ってきているし」

 

 ”アレ”を野に自由にしたままにしておくのは危険ではある。しかし間近に迫るハイム率いる西方総軍と、それに連動して動くであろう反体制派残党と第666。さらにミンスクハイヴからの大規模BETA挺団に備えなければならない。忌々しいけど仕方ないわね。

 そしてオペレーターの一人が、BETAとの戦闘結果を報告した。

 

 「重光線級との戦闘結果の続報が入りました。重光線級十三体のさらに奥より来た重光線級群。内訳は重光線級30体及び要塞級50体だったそうですが、臨時指揮官ハインリツィ大尉率いる教導大隊が撃破に成功したとのことです」

 

 「…………………凄いわね。本当なの? とても大隊ひとつで、どうにかなるシロモノとは思えないんだけど」

 

 「撃破した教導隊に、こちらの目標の『ターニャ・デグレチャフ』がいるそうです。そしてこの戦果には彼女が大きく関わっているようです。そして他にテオドール・エーベルバッハ少尉がいるとのことです」

 

 「………ああ、ならそのとんでもない戦果も納得ね。でもあの子とアレの執着している兄、第666から離れてそっちにいるの? なら作戦の変更が必要ね。カーフベル大尉をお呼びして」

 

 「はっ!」

 

 重光線級を殲滅できたのなら、要塞を突破される可能性はなくなった。これで心置きなく第666を潰せる。

 

 「悪いわね、アイリスディーナに第666の衛士。人類史上初の重光線級の光線級吶喊のご褒美が”コレ”だなんて」

 

 慌ただしく作戦に向けて準備をしている部隊を見ながらそうつぶやいた。

 これこそ今日この日、第666戦術機中隊と、長く監視対象だったターニャ・デグレチャフの捕獲を目的とした部隊。

 特にターニャ・デグレチャフは、特殊な能力を研究しているというソ連との交渉材料となるので特に重要。ノィェンハーゲン要塞保安隊殺害の一件ですぐに逮捕しなかったのは、彼女の能力の観察をするため。このデータをソ連に送ることにより、より高くソ連に売りつけることができる。さらに、この重光線級撃破の戦果でより価値は高まった。

 

 「………本当に惜しいわね。これだけのことができるのなら、防衛計画も楽になるでしょうに。もっとも、その分高く売りつけるのでしょうけど。

 それに収穫も厄介。忙しい中、これだけの部隊を割かなきゃならないしね」

 

 第666戦術機中隊捕獲に送る部隊は我が国最強の陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』80名。それは我が武装警察軍の特殊任務を数多く達成してきた歴戦の特殊部隊。さらに我が戦術機大隊『ヴェアヴォルフ』より中隊規模12機を割って支援につける。もちろん、これだけの部隊を第666中隊捕獲のためだけには使わせない。捕獲任務は本来の任務前の前座だ。彼らは第666を捕らえた後、ベルリンの人民議会、人民宮殿等、ベルリンの中枢の制圧任務につく。これにより、国家保安省のエーリッヒ・シュミット長官がこの国の実権を握る。

 

 

 「ブレーメ少佐、『ゲイオヴォルグ』指揮官カーフベル大尉をお呼びしました」

 

 部下の一人が壮年の軍人然とした男を伴ってきた。陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』指揮官アーノルド・カーフベル大尉である。階級こそ私のひとつ下だが、武装警察軍にて数々の任務を成功に導いた立役者であり、兵士の育成にも定評のある歴戦の武人である。故に決して下に見ていい人物ではない。

 

 「ブレーメ少佐、アーノルド・カーフベル大尉参上しました。ご用は何でしょうか」

 

 「これから襲撃予定の第666戦術機中隊。重要目標のターニャ・デグチャレフ他隊員一名が現在別行動にて、後から部隊に合流するそうです。よって作戦の変更をします」

 

 私はその場にて考えた作戦の変更を伝えた。先に第666を捕らえた後、二人をおびき出し捕らえるというものだ。

 

 「了解しました。しかし大仰ですな。たった9名の衛士を捕らえるのに我々全員だけでなく、あなた方の一部まで向かわせるとは。特に我々は80名も潜ませるのは難しい。半数は先にベルリンへ向かわせ、準備をさせたいのですが」

 

 「いいえ、無駄であろうと必ず全員で行って下さい。特殊な能力を持つという『ターニャ・デグレチャフ』は思った以上の怪物です。無力化するまでは総員で厳重な包囲網で囲み、万一にも取り逃さぬよう、そして抵抗に備えてください。これは絶対厳守の作戦命令です」

 

 ここは釘を刺しておく。彼女には以前、『ヴェアヴォルフ』の隊員6名が戦術機チュボラシカ付きで葬られたことがあった。無駄であろうと、それ程の相手に手を抜くつもりは無い。カーフベル大尉に、彼女の最新の戦果の情報を伝える。

 

 「もう一度言います。第二優先目標の『ターニャ・デグレチャフ』は戦術機にも乗せず、銃も持たせず、奇襲を徹底させて下さい。万一奇襲に失敗した場合、包囲した総員で必ず捕らえるよう。もっともその場合は損害が予想され、後の任務に支障が出る可能性があるため、出来るだけ初動で決めることを望みますが」

 

 「…………失礼いたしました。確かに甘くみていい相手ではないようですな。指示通り総員で当たり、奇襲を徹底させましょう」

 

 カーフベル大尉が敬礼して下がった後、私の部下の『ヴェアヴォルフ』別働隊の中隊長が、私に挨拶に来た。

 

 「ブレーメ少佐、『ヴェアヴォルフ』別働隊十二機、これより第666戦術機中隊捕縛の任に出発します」

 

 「ご苦労さま。カーフベル大尉の指示に従いなさい。そして第666の件が終わったら、ハイムの後背に回り待機してなさい。前後から挟撃して一気に叩くわ」

 

 「はっ、了解しました!」

 

 特殊陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』を人民宮殿及び人民議会制圧の前に、第666戦術機中隊の捕縛の任務につくよう長官に要請したのは私だ。

 本来第666には私自ら捕縛に行く予定だった。だがハイム少将の決起に備えねばならず、ここを動けない。他に第666中隊隊員とアレを確実に捕縛できる腕を持つ部隊は、ゲイオヴォルグしかいないのだ。

 

 「まったく、我々の動きを読まれるなんて、ハイムもさすが老将といったところかしらね。我々の国家掌握が遅れるだけでなく、アイリスディーナとの楽しみまで邪魔されるなんて。まあいいわ。人民軍からも見せしめが必要と思っていたし、楽しみを取られた分派手に踊ってちょうだい」

 

 第666に送った整備兵のコラボレイター。そして”狐”からの報告では、彼らは襲撃を予想しているフシがある。ただし、ベルリン派からの少数の襲撃と思っているようだ。襲撃を予想したのは流石だが、それを計画しているのは我々モスクワ派。この大部隊が来た時のアイリスディーナの顔が見れないのは本当に残念だ。

 

―――――グオォォォォォォ………

 

 豪華な第666戦術機中隊捕縛部隊は一斉に出発した。それを見送った後、私は残った『ヴェアヴォルフ』に向かい、言った。

 

 

 「では、これからいらっしゃる老将をお迎えしましょうか。我々の貴重な時間を二日も奪った罪をキッチリ償わせなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さすがに原作キャラだけだと苦しくなってきたので、オリジナルの部隊と中ボスキャラを作りました。苦しいのはこんな複雑な展開にして、この先の話が中々進まないこともですが。


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第41話 ひん死の幼女

 ※キルケのエピソードは当時刻の翌日です

 

 キルケSide

 

 

 私は西ドイツ軍第51戦術機機甲大隊「フッケバイン」所属のキルケ・シュタインホフ少尉。現在ポーランドのグダンスク軍港基地において、バルク少佐の呼び出しに応えて指揮官室に向かっている所だ。

 しかし眠い。最近の大幅に増えたBETAは、私達に寝る暇も食べる暇も与えてくれず押し寄せ続けている。

 

 (やはりBETAの圧力は増している。ここ一週間で爆発的に増加したBETAの目的は、東欧に新しいハイヴを建設するためだと予想されている。そして、そのもっとも有力な候補地と予想されるのは”東ドイツ”。そんなことになれば、我が祖国西ドイツは――――!)

 

 私はその最悪の未来の想像を断ち切り、指揮官室の扉をノック。促されて中に入った。

 

 「キルケ・シュタインホフ少尉、参上しました」

 

 「来たか。まぁ座れ」

 

 私はバルク少佐の促す通りに椅子に座った。

 現在、我々西ドイツ軍は海王星作戦に従事しているが、情勢の変化により予定よりはるかに早い撤収に入っている。

 理由は戦局の悪化だ。戦いの初め、我々合同軍は光線級により瓦解の危機に追い込まれた。その経験を踏まえ、戦略、戦術の見直しを計り、光線級に対応できるよう軍を再編した。しかしやはりAL弾の届かない内陸部の光線級には対応できず、合同軍は壊乱。さらにBETAのあまりの増加に敗退を重ね、グダンスク軍港基地をやっと守っているという状況に追い込まれ、全軍撤退が決定されたのだった。

 

 「お話というのは我々も撤収に入るということでしょうか?」

 

 「ん? ああ、確かにフッケバインはこれより撤収作業に入る。が、お前は本日今すぐ単独で帰還となる。夕方出航する補給艦に乗っていけ」

 

 「…………? 何故でしょうか。何故私だけ?」

 

 「東の第666………帰還して二週間ほどか。だがその間色々あったらしい。まず、東ドイツでの大規模BETAに対する防衛戦。そこに50体ほど重光線級が出現したらしいが、それを見事光線級吶喊で仕留めたらしい」

 

 「ええ!?」

 

 只の光線級すら、内陸部では欧州連合軍、アメリカ軍、国連軍が揃って対応できずにいる。その上位種である重光線級はさらに強力で長射程のレーザーを放つという。それを光線級吶喊で討つなど、恐るべきことだ。

 

 「ほ、本当ですか? 確かに東ドイツ軍の光線級吶喊技術は格段ですが、そこまで?」

 

 「ああ。東ドイツのニュースで派手に報道しているらしい。さらにその死骸も持ち帰ることに成功したらしい。その映像も出たそうだ」

 

 「えええええ!!?」

 

だとしたら大変な快挙だ。人類にとって最も厄介なBETA重光線級。あのハイヴの番人の研究が一気に進めることが出来る!

 

 「これにより東ドイツの重要度は大きく増した。外交部、及び情報部のお偉いさんが、東ドイツを代表する戦術機部隊第666と深く接触したお前から直接話を聞きたいと言ってきた。帰還したらそれぞれに行って、お偉いさんにうたってこい」

 

 「了解しました。あの、では西ドイツは東と協調路線をとることになるのでしょうか?」

 

 「それはまだ早いだろうな。いや、難しい。確かに西は光線級吶喊の技術と重光線級の研究素材は欲しい。そして東は戦力。互いに欲しいものを持っている。手を組むのが一番だが、こちらは向こうの共産テロに散々やられている。下手に気を許せばそれを呼び込むことに繋がっちまう」

 

 「……………そうですね。私も、友達の家族がそれに巻き込まれて死亡しました。あの子の嘆きを見ると、私も簡単に東のやつらを信用できそうにありません。反共思想を持っていると思われる第666は別ですが」

 

 バルク少佐は珍しく難しい顔をして、続けた。

 

 「それと東ドイツの現在だがな。国家保安省がBETA戦の最中、クーデターを起こして内乱だそうだ。それに対し、人民軍から国境警備の西方総軍が押さえに出て、武装警察軍と睨み合っているらしい。体制の打倒を考えている第666もそれに合流するだろうな」

 

 「内乱!? クーデター!? BETAに攻められているのにそんなことを……あ、でもその戦いで西方総軍が国家保安省を倒せば………」

 

 「ああ。俺らの国にテロを仕掛ける国家保安省。そいつを倒してくれるなら、ずっとつき合いやすくなるだろうな。だが、国家保安省の武装警察軍には、厄介な部隊が二つある。そいつらに逆にやられなきゃいいが」

 

 二つ? 私は首をひねった。武装警察軍では有名なのは一つだけだったと思うが。

 

 「一つは戦術機大隊『ヴェアヴォロフ』ですよね。警察なのに軍より高性能な戦術機を使っているっていう。でもあと一つは? 私は聞いたことがありませんが」

 

 「何だ、知らなかったのか。まぁ、BETAの掃除屋には戦術機関係しか耳には入らんか。もう一つは『ゲイオヴォルグ』って特殊陸戦部隊だ」

 

 「陸戦部隊ですか……。それってヴェアヴォロフに並ぶほど厄介なんですか?」

 

 「ああ。何しろ西ドイツ……いや、西欧の共産テロのほとんどが、そいつらの仕業だ。お前さんの友人の家族の仇もそいつらだ。ここ数ヶ月姿を消したって聞いたが、国へ帰ってこのクーデターに備えていたんだな」

 

 ―――――――!!?

 

 「破壊工作、対人戦闘、そして暗殺技術は一級品だ。むしろ第666にとって厄介なのはこちらだろう。戦術機戦闘では遅れはとらんだろうが、戦術機の乗っていない状態でこいつらに襲われたらひとたまりもない」

 

 私は不安になった。東ドイツの第666戦術機中隊は、肉弾戦にはさほど向いてなさそうな女性が多い。いや、年端もいかない幼女までいる。特殊部隊に襲撃されたら、本当にどうしようもないだろう。

 

 「おそらく西ドイツは水面下で西方総軍と接触する。正直俺もだが、お偉いさんは西方総軍に勝って欲しいと思っている。シュタインホフ、お前は西方総軍との特使役に選ばれるかもしれん。いちおう覚悟しておけ」

 

 「むしろ志願します! 私もテロを送り込む国家保安省を倒して欲しいですから」

 

 「………だとしても過度の深入りは厳禁だぜ。負けたとき目も当てられねえからな」

 

 バルク少佐は立ち上がり、私に近づき声をひそめて言った。

 

 「シュタインホフ、正直に言うぜ。この東ドイツの内乱、BETAの超大規模進攻と相まって、全ヨーロッパの命運を賭けるまでになった。いち早く勝者を見極め、そいつと協力体制を築き、BETAを押し止めなきゃならん。もちろん、こちらにとって最高なのは西方総軍軍が勝って、それと手を組むことだ。介入にならん程度に支援も考えているはずだ。

 ま、任務の重要性はわかったろう。俺もここを手早く切り上げて、東ドイツへ備える。しっかりやれ!」

 

 「了解しました。最善の未来を掴むため、全力を尽くします!」

 

 

 

 

  ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 テオドールSide

 

 出発した時は不安だったが、帰還したルートには本当に光線種はいなかった。これまで散々苦労したので拍子抜けだ。後ろの荷物のため、ある程度余計にBETAを倒していき、教導隊と共に無事にヘルツフェルデ基地に帰還した。

 重光線級の死骸を持って凱旋した俺たちに、基地の人間は喝采で迎えた。そして程なく、光線種の完全殲滅の報。それによる空軍の戦略爆撃群による絨毯爆撃の開始が伝えられ、再びの喝采が上がった。

 だが、そのとたんターニャは倒れてしまった。

 

 「お、おい大丈夫か!? どうしたんだ、ターニャ!」

 

 「どうやら魔術の使いすぎのようです。基地に着いて安心したら、一気に反動がきたみたいです。すみませんが、しばらく寝かせてもらいます」

 

 ターニャはそう言って、俺の返事も待たずに眠ってしまった。

 

 (やはり魔術というのは相当消耗するのか。ファムが見たら大変なことになるな)

 

 と考えて、ふと俺は迎えてくれる兵士の中に、第666中隊の誰もがいないことに気がついた。みんなの行方は整備兵の一人が教えてくれた。

 

 「ベルンハルト大尉の容態が思わしくないので、後方の格納庫で休んで貰っています。他の中隊の皆さんも大尉についています。軍医もいますので、そこでその子もみてもらった方がいいでしょう」

 

 ということらしいので、俺はターニャを背負い、その後方の格納庫へ向かった。

 そこは人気の無い閑散とした場所で、動くものすら何も無かった。

 本当にみんないるのか? 一人くらい誰か外にいてもいいものだが。

 

 無人とも思える格納庫内に足を踏み入れた途端―――――

 

 ガッ! ドシャァァァ!

 

 俺は屈強な男たち数人に地面に取り押さえられた。ターニャも取り上げられ、そしてどこからともなく現れた数十人もの兵士に銃を突きつけられてしまった。

 

 (バカな!こんなに大勢の人間が隠れていたのか? まったく人の気配なんてしなかったってのに!)

 

 「抵抗は無理だよ、お兄ちゃん」

 

 そしてその兵士の中に、リィズがいた!

 

 「リィズ、お前やっぱり国家保安省の犬……」

 

 「仕方ないんだよ。『国家保安省には逆らえない』私はお兄ちゃんと離れていた三年間で、そのことをイヤと言うほど思い知らされたんだから」

 

 そう言うリィズに、隣にいる指揮官らしき壮年の男が話かけた。

 

 「よくやった、ホーエンシュタイン中尉。貴官のお陰で手際よく第666中隊全員を捕縛することに成功した。ブレーメ少佐によく言っておこう」

 

 「はっ、光栄です。カーフベル大尉」

 

 そう言ってリィズは敬礼した。

 しかし中尉? リィズは只のコラボレーターじゃないのか?

 リィズは俺に向き直り、ニッコリ笑って言った。

 

 「改めて自己紹介するね。武装警察軍『ヴェアヴォロフ』所属リィズ・ホーエンシュタイン中尉。第666戦術機中隊には、潜入任務でいました。

 お兄ちゃん、おとなしく協力してね。ベルンハルト大尉は先に後方へ送ったし、ターニャちゃんもすぐに送らなきゃいけないけど、他のみんなはここの地下にいるわ。抵抗の素振りがあったら、容赦なくシュタージの尋問があるからね?」

 

 ――――!?

 

 リィズが国家保安省!? 武装警察軍の中尉だって!?

 

 クソッ! リィズ、信じていたのに………。他のみんなも捕まっちまったのか。

 いや、人質などいなかろうと、こいつら相手にはどうしようもないことは見ただけで分かる。

 俺も近接戦闘には自身あるが、こいつらは格が違う。

 一人一人が対人戦闘に恐ろしく長けた、おそらくは特殊陸戦部隊!

 リィズに裏切られ、連中に捕まったこともショックだが、それより気になるのはターニャの容態だ。ターニャは連中に捕まり、厳重な拘束をされている。なのに、グッタリ眠ったままに、まったく目を覚ます様子がない。

 

 

 魔術の使いすぎの消耗。まさか、想像以上に深刻なのか―――――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




衝撃の事実!
リィズは国家保安省の手先だった!
(原作プレイした人にはおなじみですが)
さらに頼みのターニャは、消耗して意識が戻らない!
そして全員が捕縛された第666戦術機中隊!

果たして彼らの運命は………?


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第42話 軍事争乱劇は始まった

 「確かに襲撃は予想していたが………ここまでとは考えなかったぞ! これじゃ、いくらアイリスディーナが備えても、どうしようもなかったろう」

 

 私は空より、格納庫を包囲している部隊を見下ろして驚愕した。

 50余名もの練度の高い陸戦部隊が格納庫を包囲しており、狙撃兵までも十数人も狙撃体勢で待機している。さらに軍用ヘリが付近の空を哨戒しており、さらにさらに戦術機『チュボラシカ』が12機も包囲に加わっている。当然格納庫の中にも相当数いるだろう。

 クーデターの真っ最中に、ここにこれだけの部隊を送れるとはどういうことだ?

 

 「フム、この練度。特殊作戦に使うような精鋭部隊だな。まさか、アイリスディーナの言っていたあの部隊か?」

 

 格納庫を包囲している部隊。あれは『待って、撃って、走って、歩いて』を徹底的にやるだけの歩兵とは明らかに違う。一人一人が戦術機一体と同じ予算をかけて育成されるという、特殊部隊だ。どう考えてもコイツらは、主戦場のベルリンへ行くべきだろう。いや、戦力不足のベルリン派がやれることじゃない。まさか………?

 

 さて、今現在私は格納庫の上空、哨戒しているヘリのさらに上で、光学迷彩魔術で姿を隠して待機している。もちろん突撃銃他武装を携帯している。

 では今、捕まっているはずの『ターニャ・デグレチャフ』は? 

 実はアレは以前ベルリンで買ったクマのぬいぐるみ”テロド~ル君”だ。アレには条件を満たせば認識阻害魔術を発生するよう改造しており、周囲の人間は私だと認識してしまうのだ。

 以前、ベルリンに出張したときに蚤の市で私の背丈と同じくらいのぬいぐるみを見つけ、身代わり人形にするのに丁度いいので購入した。今回のクーデターに合わせ、いよいよ私を確保に動くだろうと予想して持ってきた。そして出迎えの兵の中に第666中隊が誰もいないことに不審を抱き、入れ替わったのだ。万一の備えだったが、持ってきて良かった! 

 

 「ありがとうリィズ少尉! この部隊に囲まれていたら、いかに私でもお終いだった。演技過剰で気づかせてくれて、本っっ当~~~に感謝に絶えない!」

 

 おっと、包囲を解き集合し始めた。どうやら作戦完了。しかし速いな。またたき二つ分の時間で、あっという間に集合したぞ。

 私は彼らが特殊陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』だとアタリをつけた。アイリスディーナが話してくれた武装警察軍の情報の中に、『ヴェアヴォルフ』以外の厄介な敵として彼らの名が出たのだ。

 諸外国にて数々の悪名高い共産テロを成功させ、東ドイツをワルシャワ条約機構の盟主に仕立て上げた立役者。現在の国家保安省の隆盛は、彼らの存在あってのことと言ってもいい。なにしろ暗殺でも最高の技術を備えており、その恐怖による支配は政府関係者や議会にまでも及んでいる。

 何故彼らがここにいるのか疑問はあるが、これは好都合。『ゲイオヴォルグ』とベルリンで戦闘となれば、間違いなく多大な損失を覚悟せねばならない。それをここで殲滅できるのは何よりだ。さらに数々の共産テロの実行部隊を取り除いたとなれば、西側の好意も買える!

 

 「やれやれ、人間同士。それも同じ国の者同士が戦い、殺し合うとは愚かなことだ。君たちに恨みはないが、我々を襲った以上覚悟したまえ」

 

 私は握っている突撃銃を下に向け、全ての陸戦部隊に照準補正魔術による狙いをつける。

 久々に航空魔導師に戻った気分だ。この体勢になった以上、下の連中の運命は決まった。

 前世の魔術世界では、いくら光学迷彩魔術で姿を消しても、魔力反応で気づかれてしまう。故に狙撃で術式を組むのは必要最低限しかできない。

 しかし、ここではいくらでも時間をかけて、膨大複雑な術式を組むことが出来る。

 『下の連中一人一人に狙いをつけ、引き金ひとつで全員に等しく爆裂入り術式弾を喰らわせる』なんてこともできてしまうのだ。

 

 

「舞台開演のベルを鳴らそう。『これなるは戦鬼の惨憺、落涙の軍事争乱劇。クソッタレの神と子と聖霊の御名において』誘導爆裂術式による広域殲滅射撃、開始!」

 

 タァァァァァン!

 

 引き金一度引いただけで全弾射出! 

 それはすべて照準に合わせた下の部隊一人一人の頭上に、正確に降り注ぐ!

 

 そしてそれは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やはり航空魔導師というのはこの世界では相当の規格外だな。おそらく最高の陸戦部隊精鋭であろう50余名が一瞬で壊滅か」

 

 私は眼下一面に赤い色に彩られた地面を見て呟いた。動くのは12機の戦術機チュボラシカと哨戒ヘリのみ。周囲をせわしなくサーチし、どこから攻撃されたのかを探している。あと、指揮車両もあえて残してある。今頃中の指揮官に通信を送っているだろう。

 次は哨戒ヘリだ。慌てた様子で下のCPと連絡を取り合っているそれに、高性能爆弾をセットした後、尾翼ローターを破壊した。姿勢を安定させる尾翼を破壊されたヘリは、空中人間ミキサーとなり、物凄い勢いでグルグルその場で回転した。

 

 哨戒ヘリを救出すべく、チュボラシカが二機上がってきた。

 コレに気を取られている間がチャンスだ。

 次は戦術機。

 私は貫通術式を突撃銃にかけ、指揮官らしき機体に向かい空中滑空、突進した。

 

 タァァァァァァン!

 

 管制ユニットの壁を貫通させ、頭のある位置に射撃!

 瞬間、チュボラシカは動きを止めた。

 次だ。コレの停止に気づかれる前に、次のチュボラシカを眠らせる!

 私は一番近くのチュボラシカに向かい、またまた突進した。

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 カーフベル大尉Side

 

 私は国家保安省所属、特殊陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』指揮官アーノルド・カーフベル。階級は大尉。現在、拍子抜けな程に最初の作戦を完了し、撤収準備に入っている。ブレーメ少佐が脅威と感じ、我々『ゲイオヴォルグ』全員を向かわせた要因の幼女も、重光線級との戦いで力を使い果たしたのか目を覚まさないままだ。

 ホーエンシュタイン中尉は、エーベルバッハ少尉をファルカという彼女の副官と共におさえ、我々に触らせない。エーベルバッハ少尉は彼女の兄ということだが、彼への執着には少々危ういものを感じる。

 まぁ、気にしてもしょうがないか。我々は急いでベルリンへ出発せねばならないのだから。

 

 「総員気を引き締めろ! 本番は次だ。ベルリンはこれ程簡単に事が終わるとは思うな!」

 

 隊員の少しの気の緩みを感じた私は、緊張を促すべく号令をかける。

 

 「了解! 集団遠足でお使い任務とは思いません」

 

 「幼女の超能力とやらを拝めなかったからといって腐ったりしませんよ」

 

 「今度こそ、少しは銃を撃てるといいですな」

 

 やはり少し緩んでいるが仕方ないか。最精鋭の余裕と思っておこう。

 

 「よろしい。では………?」

 

 ふと、外から銃声と爆発音が聞こえた。そして耳をすませると、哨戒ヘリの音がおかしい。規則正しいいつものローター音では無く、まるで暴れているような音だ。

 通信をCPの指揮車両に繋いだ。

 

 「ゲイオヴォルグリーダーよりCPへ。ヘリがおかしいようだがどうした。銃声、爆発音も聞こえたが、外で何かあったのか」

 

 『か、カーフベル大尉、緊急事態です! 格納庫周囲を包囲していたゲイオヴォルグが襲われ、全滅した模様! 呼びかけに一人も答えません!』

 

 「………………? ゲイオヴォルグ00、何を言っている。銃声も爆発音も一度しか無かったぞ。それでゲイオヴォルグが全滅? 哨戒ヘリ及び戦術機部隊は何と言っている」

 

 『ほ、本当です! 潜んで射撃体勢にいるはずの狙撃手すら、誰も応答しません! 哨戒ヘリは尾翼ローターを破壊され、空中で激しく回転! 唯一無事な戦術機部隊が、ヘリの救助と周囲の警戒、敵の探査をしておりますが………』

 

 ドォォォォォォォォン!!!

 

 突然に外から激しい爆発音が聞こえた!

 

 「ゲイオヴォルグ00,どうした!? 今の爆発音は何だ!」

 

 『へ………ヘリを支えようと、戦術機2機が接触した途端…………ヘリは突然、爆発してしまいました………。ヴェアヴォロフ06に状況と原因を説明させます。

 ……………? おい、ヴェアヴォロフ06! 応答しろ! さっきの爆発について説明しろ! クッ、戦術機部隊! ヴェアヴォロフ! 誰でもいいから応答しろ! してくれ…………』

 

 まるでうわごとの様にヴェアヴォロフに呼びかけるCPの声を聞きながら、私はようやく事態がただならぬことを悟った。もし、本当に外のゲイオヴォルグが全滅したとあらば、この先のベルリン制圧作戦は完全に破綻する。特に貴重な狙撃兵十三人を一斉に失ったとなれば、ゲイオヴォルグの存続さえ………

 いや、今は謎の襲撃者の排除が先決だ。

 

 「落ち着け、ゲイオヴォルグ00。今からこちらの部隊を送る。周囲の警戒を厳にし………」

 

 ガシャン………

 

 通信の向こうで何かが壊れる音がした。

 

 ―――――――!!

 

 クソッ、襲撃者め! とうとうCPまで狙いに来たか。

 

 「時間を稼げ00! 今は…………」

 

 『なっ! お……お前はターゲット02!? 何故ここに? 大尉が捕らえたという方は!?』

 

 ターゲット02だと? バカな、ターニャ・デグレチャフはすでに捕らえて……

 

 「おい! 捕らえているターゲット02をもう一度よく調べろ!」

 

 だが私は猛烈な悪寒を感じ、そう命令した。

 そして、それは的中した。

 ターゲット02を取り押さえている部下はひっくり返ったような声を出した。

 

 「なんで………なんでこんなモノを娘だと? 一体何が………」

 

 私たちがターニャ・デグレチャフだと思っていたそれ。それは痩せたクマのぬいぐるみに化けていた。なるほど、ブレーメ少佐は、彼女がまだ能力を隠している可能性を示唆して恐れていたが、コレか。

 では、ターゲットはやはり指揮車両に…………

 

 『何で………外のアレはみんなお前がやったのか!? 他に仲間が………』

 

 『残念ですが、あなたに送る手向けは一つだけです。痛みも苦しみも無いこの慈悲の銃弾。社会主義者の天国で、偉い人達を迎える待機任務に入って下さい』

 

 マズイ! 私が呆然としている間に、通信の向こうでは事態が進んでいる!

 

 「よせ! こっちには人質が………」

 

 パァァン! ドサッ!

 

 銃声と共に何かが倒れる音。

 そして再び通信から応答したのは、長年CPに従事してくれた戦友の声ではなく、幼い女の子の声。この声の主が彼の………………いや、頼もしい数多の精鋭の部下達の仇とは、とても信じられなかった。

 

 

 『貴方たちが私だと思っていたそれ。身代わり人形の”テロド~ル君”といいます。大切なベルリンの思い出の品ですが、よろしければ私の代わりに持って帰って可愛がってやって下さい。

 私のことはよくご存知でしょうが、改めて自己紹介いたしましょう。第666戦術機中隊所属ターニャ・デグレチャフ上級兵曹であります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついに始まった国家保安省との宿命の戦い!
ゲイオヴォルグの奇襲に対し、奇襲で返すターニャ!

幼女と最精鋭部隊の軍事争乱劇、開幕!!


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第43話 シュヴァルツェスマーケンの悪魔

 ハーメルンに投稿しはじめてちょうど一周年! 去年の今頃も『アンリミテッドは無理ゲーすぎる!』の話を一生懸命考えて書いてました。
 あと、ターニャのユニット内には”テロド~ルくん”がいたはずなのに、そのことにテオドールが何も言わないのは変だと思い、40話にエピソードを書き足しました。
 


 

カーフベル大尉Side

 

 『いや、武装警察軍の方々でしたか。てっきりBETAと戦うのが恐くて集団で逃げた軍隊崩れの押し入り強盗かと思い、全滅させてしまいましたよ。

 卑劣許せぬ私の正義感が、ご迷惑をおかけいたしました。はっはっは」

 

 幼女はまるで悪びれもせず暢気な口調で、外の包囲部隊の殲滅を語った。

 この通信は我々『ゲイオヴォルグ』の指揮車両からのもの。なのに部隊員以外の人間によって、文字通り『子供のオモチャ』にされていることに、私は激しい怒りを覚えた。しかし彼女をその場にとどめるべく、平静を装い会話を続けることにした。

 さすがは我が隊員は、不穏な空気を感じ取り、撤収準備をやめて再び武装をしている。

 私は手振りと指サインで、この場の約3分の2の隊員に指揮車両に行くよう、そしてそこにいるターゲットを捕獲するよう指示を出した。彼らは音も無く、猟犬の如く素早く外に出た。

 私は彼らを接近させるため、ターゲットとの会話を続けながら注意を引く。

 

 

 『ところで、そちらは随分な人数の精鋭を送り込んだようですな。国家保安省の武装警察軍とのことですが、ベルリン派の部隊ではないのですか?

 リィズ少尉とアクスマン中佐の関係から、来るのはそちらだと思っていました。ですがベルリン派に、これ程の部隊を送り込めるはずはありません』

 

 「答える必要を認めない」

 

 『では、さよならです。形勢不利なようですし、私だけでも逃げさせて貰います』

 

 なに!? てっきり仲間を救うための交渉をしに連絡したのかと思ったが、見捨てて逃げるだと? ちっ、やむを得ん。ある程度情報を流して引きつけるか。

 

 「待て。………そうだ、我々はモスクワ派の陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』だ。そしてリィズ・ホーエンシュタインは少尉ではなく、中尉。戦術機大隊ヴェアヴォルフの部隊員だ」

 

 『リィズ少尉がヴェアヴォロフ? ………ああ、たしか諜報員の隠語には、一般的な”犬”の他に”狐”と呼ばれる者もおりましたな。飼い主を二人以上持ち、状況によって飼い主を選ぶ者だとか。成る程、彼女はコラボレイターなどではなく、生粋のスパイということですか』

 

 私は数多戦友を殺しておきながら、あまりに暢気な様子の幼女に苛ついた。命令で彼女は殺せないが、後の自身の待遇を今この場で決めさせることにする。

 

 「言葉を弄ぶのはこれまでにしてもらおう、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹。私は国家保安省武装警察軍陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』のアーノルド・カーフベル大尉だ。

 貴官はノィェンハーゲン要塞駐留の保安隊員殺害の容疑がある。さらに職務に従事していた我が隊員も多数殺害した。だがおとなしく投降し、自らここに来ればよし。貴官の協力によっては相応の待遇を約束しよう。

 だが少しでも抵抗、反抗があるとみなした場合、後の刑罰、修正は相応に厳しいものとなる。

 そして貴官が逃亡した場合、すでに捕らえてある貴官の仲間、第666中隊の命の保証はしない。よく熟考し、自らの進退を決めたまえ」

 

 『できますか? 光線級吶喊に長けた第666中隊は、この先のBETAとの戦いに備えて、国家保安省の手駒にしたいんでしょう? それを自ら消してしまうおつもりですか?』

 

 ――――ちっ、やはりこの悪魔小娘には情けは無用だな。我々の管理下にある間、食うことも眠ることも許さん! そして、その舐めた態度を修正してやる。

 

 「我々を甘く見るな! 丁度いい、ここにテオドール・エーベルバッハ少尉がいる。彼の運命を見て、我々の覚悟を知るがいい」

 

 まだ殺すつもりはない。だがこれ以上、この幼女に甘く見られることだけは我慢ならん! 耳の一つも飛ばすつもりで彼に拳銃を向けた。そして………

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 

 だが、突然に付近から突撃銃を乱射した者がいた! それは………

 

 「―――リィズ・ホーエンシュタイン中尉!? 貴様、なんのつもりだ!」

 

 ホーエンシュタイン中尉はエーベルバッハ少尉の前に立ち、突撃銃を我々に撃ちまくった! 私はとっさに物陰に隠れることに成功したが、負傷した者。そして死亡した者までも出た。

 

 「お兄ちゃんは殺らせない!」

 

 彼女はそう言い、いつの間にか拘束を解いたエーベルバッハ少尉を立たせると、共に逃げていった。成り行きにとまどっていたファルカという彼女の副官も、少し遅れてその後を追った。

 我々は体勢を立て直し、その背中を撃とうと発砲した。しかし、ボディアーマーを着ているとはいえ、至近距離からの突撃銃の乱射を喰らったダメージは大きく、取り逃がしてしまった。やむを得ず、数名に追跡を命じた。

 そして通信からは、この顛末に幼女が大笑いしている。

 

 『はっはっは、はっはっは! どうやら、リィズ中尉に叛かれたようですな。いや、予想してたとはいえ、まさか本当にやってくれるとは! あの人は、お兄ちゃん大好きですから………………くはっ、またアレを思い出した!』

 

 「クッ! 貴様、これを狙って………!」

 

 見事にしてやられた! 通信のみで我々に損害を与えるとは!

 

 『ああ、ついでに私の存念も言っておきましょう。社会主義だの共産主義だのは、国を破滅させるだけの愚かなポンコツ理論。ドイツ社会主義統一党のみが我が国の政党であることもおかしいし、国家保安省に至っては世界のゴミ。テロと粛清を撒き散らすだけの害悪でしかありません。

 これら全ては、この世から消え去るべきです、消しましょう。

 さて、私への処分についてもう一度聞きましょうか、カーフベル大尉』

 

 「………………処刑だ。ターニャ・デグレチャフ上級兵曹、貴様をはじめ第666戦術機中隊がここまでの反動分子だったとはな。いいだろう、覚悟をしておけ。捕縛した後あらゆる拷問をし、貴様らの背後を………」

 

 その時だ。ターニャ・デグレチャフ捕縛に向かわせた部下から、耳のイヤホン型通信機に緊急連絡が入った。

 

 『ゲイオヴォルグ01、指揮車両に着きましたがターゲットがいません。通信機の前にはレシーバーが置いてあり、そちらからの声はそれから受けているようです。しかし、送信は本人がいないのに、声のみがどこからか来ています』

 

 な! 指揮車両の通信を使いながら、車両にいない!? ヤツの能力はそんなこともできるのか?

 

 ――――――!!!

 

 その瞬間、激しい悪寒と共に全てが繋がった。

 逃げると言っておきながら、何故通信で私と無駄話を続けているのか。

 反射的に部下への連絡用通信機を手に取り、叫んだ。

 

 「すぐその場を離れろ!! それは―――――!」

 

 『シュヴァルツェスマーケンだ。カーフベル大尉、部下達のために祈りたまえ』 

 

 その言葉を最後に、ターニャ・デグレチャフからの通信は途絶えた。

 

 

 そして――――――

 

 

 ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 同時に爆発音が聞こえた。外と通信機とから同時に。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きっ……きっ……貴様………! 私の部下を………!」

 

 私は通信機を壊れるほどに握りしめ、誰も応えることのない相手に向かって言葉を吐く。

 

 こんな無様なことをするほどに、かつて覚えたことが無いほどに、私はとてつもなく怒り、激昂している。

 

 罠に嵌められたとはいえ、最精鋭の陸戦部隊。何人かは生き残っているだろうと一縷の望みをかけ、全員に通信を送った。

 

 だが、一人として応答する者はいなかった。

 

 ――――その瞬間、本当に理解した。

 

 『外にいる隊員は本当に皆殺しにされた。誰も生き残っていない』と―――――

 

 

 ――――ガッ!!

 

 私は通信機を思いっ切り地面に叩き突けると、逃げていったリィズ・ホーエンシュタイン中尉の方向へ向かい、怒鳴った。『負け犬の遠吠え』であることはわかりすぎるほど理解しているが、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 「ホーエンシュタイン中尉、貴様はアレのことを何も調べてなかったぞ! 全く気がつかなかったのだろう? ヤツは『本物の悪魔』だとな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




幼女が下す無慈悲な黒の宣告
それはシュヴァルツェスマーケン!


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第44話 かの兵士 幼女と戦い

 本日、幼女戦記9巻が出ました! 相変わらずターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は苦労しています。
 こっちの”フォン”のつかないターニャもよろしく!


 

 「窓から失礼、こんにちは。窓を破って、ごめんなさい。銃弾いかがです? ボディアーマーをも貫く高級術式入りの。いえ、遠慮無くどうぞ。では、お別れです。さようなら」

 

 指揮車両へ攻め込んできた20名近くの陸戦部隊兵を殲滅することに成功した私。これだけ削れば小細工は無用と、格納庫内へ攻め込んだ。

 侵入時の奇襲で3名を倒し、その後の銃撃戦にて、敵の銃弾を防殻で防ぎ、誘導術式で軌道を曲げた銃弾で物陰に隠れた敵を倒したりで、2名を葬り去った。

 こことは別の場所でも銃撃戦の音が聞こえる。あれは間違いなくリィズ中尉とテオドール少尉だな。テオドール少尉を使っての離間策が呆れるくらい見事に嵌まった。私が言うことではないが、本当にこの任務にリィズ中尉は使うべきではなかったな。

 

 さて、私が相手をしているのは、あと5名の陸戦部隊兵。だが、私の魔術にもう対応してしまって中々倒せない。弾幕で私の動きを止めた所に爆発物を投げ込んだり、巧みなヒットアンドアウェイで逃げ回ったりで、私に的を絞らせないようにしている。

 何より『足こそ歩兵の命。走れない歩兵は死んだ歩兵』などという言葉そのものに足が速く、照準が全くつけられない。

 それに私は、この地下通路に続く廊下を大きく動けない。この先には間違いなく第666のみんなが捕らえられており、私が離れれば殺しにかかるだろう。

 

 と言うわけで、現在互いに攻め手を欠いた状態。向こうは逃げようと思えば逃げられるだろう。が、この社会主義国においては中央からの任務失敗は処刑、もしくは強制労働なので、いつまでも粘っている。

 私としてもこれ程の戦闘力を持った敵はできる限り逃したくないので、それ自体はありがたい。しかし、このままでは体力的に不利だ。5名もの屈強な陸戦兵と体力勝負をするようなものだ。

 仕方ない。少々派手に連中の潜んでいる場所を吹き飛ばすか、と魔力を練っていると、

 

 カッカッカッカッカ…………

 

 ふいに無防備に敵約一名がこちらに来る足音が聞こえた。

 

 当然、私はそれを撃とうとし……………やめた。

 

 何故ならその壮年の兵士は短機関銃を持ってはいるものの、構えてはいなかった。

 

 一見無防備に見えるが、それは撃たれた瞬間、全力回避して命一つを守るため。

 

 その後、短機関銃の全弾を私に喰らわせる相打ち狙い。

 

 さらに、その隙に他の陸戦隊員からの波状攻撃へと繋げる、恐るべき捨て石であると気づいたのだ。

 

 少し考え、私も出て行くことにした。

 

 

 

 「……………以外だな、ターニャ・デグレチャフ。何故、私を撃たない?」

 

 「『精兵一人を死兵に使えば、要塞をも落とせる』なんて言葉がありましてね。丁度、あなたのことだと思いました。貴官を撃てば、おそらく私は殺られる」

 

 その男は少し目を見開き、感心したように言った。

 

 「……………正に幼女の皮を被った戦争の悪魔だな。その見切り、打って出るその判断。超能力のみにしか目を向けなかった上層部は、大きなミスをした。

 ターニャ・デグレチャフ上級兵曹、最高の戦士である貴官に名乗ろう。私はアーノルド・カーフベル大尉。私のゲイオヴォルグを壊滅させた貴官に敬意を表す。だが………」

 

 この人がカーフベル大尉? 指揮官が捨て石に?………ああ、この人はこの作戦の損害で処刑は確実なのか。それで最後の役割に打って出たというわけか。

 

「貴様はいったい何をしたかわかっているのか!? 我が国を守る………祖国の政治的優位を支える精鋭部隊を消してしまったのだぞ!!」

 

 さっきの高潔な戦士っぽい、顔と声とセリフは何だったのだ?

 一瞬で顔が”怒り”そのもの、吐き出される声も”怒声”そのものに変わってしまった。

 ハッ! もしやこれが『二面相』という芸か?

 

 「もうすぐ我が国は………東ドイツは国土が失われる! だというのに、その寸前に『ゲイオヴォルグ』が崩壊した……! この先、我々が担うはずの『役割』の大半が達成できずに、『運命の日』を迎えることになってしまった!」

 

 カーフベル大尉の嘆きを聞き、私はうんざりした気持ちになってしまった。

 だがまぁ、私は『すごく良いことをした』ことは理解した。国家保安省の『役割』など、碌なことではないのだから。

 そもそも、相手に嘆きたいのはこちらだ。こいつらが、西ドイツに数々のテロ行為を仕掛けたせいで、西ドイツの対東ドイツ感情は悪化。過剰に警戒心を抱かせ、東ドイツからの亡命者を隔離などするようになったために、私の亡命計画は断念。そして今、私がこんな苦労をするハメになったのだから。私はムカつく心のまま反論した。

 

 「他国へのテロ行為や対抗勢力の粛清。それをよくそこまで美しく言えたものです。全体主義者のたわ言は聞きたくありませんね。貴方たちはいつだって地獄を理想の天国のように言う。祖国の愛も忠誠も、テロを飾るものなら犬にでも喰わせましょう」 

 

 …………………しまった、ブーメランだ。私は戦争の犬。途轍もなくマズイ餌を喰わねばならないではないか!

 そして迂闊をやらかしたのはこの失言だけではなかった。ついカーフベル大尉と話しこんでしまい、複数の方位から狙われている。防殻については、さっきまでの攻防で知られている。しかし、複数の方向から攻撃すれば破れると踏んだのだろう。

 正解だ。さすがにアサルトライフルの連射は、一方向に魔力を厚く集中させねば防げない。故にこの状況にならないよう動き廻っていたのだが、カーフベル大尉に乗せられてしまった。

 カーフベル大尉と私は、互いに突撃銃と短機関銃を向け合ったまま睨み合う。

 

 「上層部から貴様は必ず捕獲せよと命令された。だが、我々は貴様の命を取りにいっている。何故だかわかるか?」

 

 「――――さあ?」

 

 この先、会話などしてはならない。話の間に一斉射撃。常套手段だ。

 『卑劣な不意打ちの達人』こそ戦場の強者。言葉戦につられるな。

 

 「我々は『祖国を守る最強』たらんと常に鍛え上げてきた。それが、たった一人の化け物に壊滅させられたなど、認められぬ! もはや次の任務は達成不可能。処分は免れん。

 だがその前に『最強ゲイオヴォルグ』を葬った貴様だけは連れて行く!」

 

 何を言うかと思えば泣き言か。『最強』を求めるなぞ、実に人間臭い。

 戦場では『最強の人間』など『戦場の犬』にかなわない。

 付き合ってられないし、そろそろ決めるとしよう。

 

 やはり大尉は死兵。私の攻撃を一手に受け、他の者へ攻撃をいかせないのが役割。

 

 しかたない。この状況で私にできることは、こちらのタイミングで撃たせることだけ。

 

 私はいつものクソッタレな聖句を唱えた。

 

 「『主の奇跡は偉大なり。その雄々しき御姿は…………』」

 

 

 「させるか! 総員、集中射撃!」

 

 瞬間、私は地面に伏せた。そして、背中に全力防殻展開!

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 

 くはっ! 痛い! 背中に容赦なく、銃弾が降り注ぐ!

 しかしそれでも私は心に沸き上がる信仰心のまま、聖句を唱え続けた。

 

 「『雄大なる山の如し。さあ讃えよう。全ての者に等しく慈悲はあり!』」

 

 匍匐姿勢のまま、カーフベル大尉に向け、発砲!

 

 そして………… 

 

 

 

 

 

 

 カチ!カチ!カチ!カチ!カチ!

 

 カーフベル大尉は部下全員が一瞬で倒された後も、予備弾倉まで含め、私を撃ち続けている。

 先程、迂闊をやらかして囲まれたように言ったが、実はワザとだ。

 さっきカーフベル大尉に向けて撃ったような一発。あれは引き金ひとつで全弾射出するよう、突撃銃に術式をかけておいた。そして軌道を曲げ、カーフベル大尉以外の全てのゲイオヴォルグに当たるよう、誘導術式で誘導弾にもしておいた。会話をしている間、ここまであらかじめ術式を組んでいたのだ。

 何しろ連中の動きは速すぎて中々照準できないし、時間が長引けば対応策をとられるだろう。危険だったが、あえて我が身を集中砲火にさらし、一網打尽の罠を仕掛けたのだ。

 

 私は立ち上がり、無言で弾倉を交換。

 

 そして今度こそ、カーフベル大尉を撃つ!

 

 パーン! 

 

 一発で終わらせる慈悲の弾丸のつもりだったが、急所をずらされてしまった。

 

 ドウゥゥ…………

 

 それでもカーフベル大尉は重傷を負い、その場に仰向けに倒れた。

 

 瀕死の中、彼はうわ言のように私に問いかけた。

 

 「…………貴様は……いったい何者だ、ターニャ・デグレチャフ…………。本物の悪魔なのか、それとも………?」

 

 「貴官はターニャ・デグレチャフと呼んだ。悪魔とも。それで十分。残念ですが、貴官に送る手向けは慈悲の弾丸だけです。貴官も、貴官の部下と共にあの世での待機任務へと入ってください」

 

 そう言い、突撃銃の銃口を瀕死のカーフベル大尉へ向けた。

 

 「地獄に………墜ちろ………!」

 

 「いけませんね。宗教否定の社会主義体制守護のために戦った者が地獄など。私はその体制を激しく否定する者ですが、貴官がそのために戦ったというのなら最期まで貫いてください」

 

 カーフベル大尉は私の言葉に、フッと皮肉そうに笑った。

 

 「…………どこまでも………憎いやつだ。ターニャ………デグ………祖国万歳!」

 

 タ――――ン…………!

 

 最期の力を振りしぼったであろうそれを聞いた瞬間、引き金を引いた。

 

 「この国の政府に祖国愛など受ける資格はありません。ですが貴官に敬意を」

 

 

 わずかに抱いた彼への敬意を込め、敬礼で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 かの兵士は生涯戦い、幼女の足元にて果てる。

 最後の報酬は、この世の別れを告げる銃弾と強敵の敬礼のみ。


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第45話 おひめさまになった日

 リィズSide

 

 

 ガ―――ン! ガガ-――!! ガガガガガガガガガガガ!!!

 

 私とお兄ちゃん、そして何故か私の副官のファルカが、さっきまで仲間だった『ゲイオヴォルグ』に追われ、格納庫内を逃げ回っている。

 理由はゲイオヴォルグの指揮官が、お兄ちゃんを殺そうとしたこと。それだけは絶対許さない!

 だから突撃銃を乱射して、お兄ちゃんと逃げた。ついでにファルカも。

 

 「ファルカ、どうして私たちと一緒に逃げたの? これじゃ、あなたも裏切り者よ」

 

 「だって…………先輩といたいから。私、どうなっても先輩といます!」

 

 もちろん、こんな言葉を信じるほど愚かじゃない。この子は確実に私の監視任務を受けている。ここに来たのも、その任務のためだろう。後で私たちの居場所を報告するのかもしれない。

 

 「さっき窓の外を見たが………死体が大量に広がっていた。あれもゲイオヴォルグなのか?」

 

 と、お兄ちゃんが聞いてきた。

 

 「ゲイオヴォルグは格納庫内だけじゃなく、外も完璧に包囲していたはずだよ。ターニャちゃん、あれ全滅させちゃったんだね。私達を追ってくるのも少ないし、さっき外に行った部隊とまだ戦っているみたいだね」

 

 まったく、とんだ計算違い。

 ターニャちゃんが、ここまで化け物とは思わなかったよ。

 外で骸になったやつら

 

 『ここで幼女に虐殺されて終わる』

 

 そんなこと、思ってもみなかったろうね。

 

 

 

 ガチャン!

 ガガガガガガガガガガ!!

 「ぐぁぁぁぁぁ!!」

 

 あ、向こうの方で銃撃戦が始まった。

 ターニャちゃんだね。

 すごいな。出て行った部隊、もうやっつけちゃったんだ。。

 

 そしたら、私たちを追ってくるゲイオヴォルグ、3人だけになった。

 そいつら、みんな面白い顔をしていた。

 人が絶望するときの顔はやっぱり面白い。

 

 

 お兄ちゃんに「一緒に逃げて」っていってみたけど、

 

 「ターニャがここまで減らしてくれたなら、みんなを助けることが可能だ。お前はその子と二人で逃げろ。流石にお前がここまで裏切ったんじゃ、一緒にいられない。でも、事が終わったら、必ず一緒に暮らそう」

 

 だって。

 

 やっぱり、向こうへ行っちゃうんだ。

 

 ああ、悔しいなぁ。悲しいなぁ。もっとお兄ちゃんと一緒にいたかったなぁ。

 

 ターニャちゃんって、本当にどこまでもおじゃま虫だよね。

 

 『突撃銃で兵士を死体に変えて、楽しそうに遊ぶ幼女』

 

 あはは、想像してみると、BETAとはまた違った怖さがあるね。

 

 私が騙した人達も、拷問した人達も、殺した人達も、みんな私のこと、そんな風に見えてたのかもね。

 

 きっとあの子なら、お父さんお母さんを殺した相手に抱かれるなんて、一生知らずに生きていけるんだろうな――――

 

 

 

 

 ――――ガガガガガガガガガガガガガ!!! ガガガガガガガガガ!!! 

 

 ふいに、向こうの方でひときわ激しい銃撃音が鳴った。

 それがやむと、パーン!と単発音。少し遅れてまたパーン!と鳴った。

 それを最後に銃声は一切しなくなった。

 

 どうやら向こうは終わったね。

 

 どっちが勝っても、私はただじゃすまないね。

 

 でもいいや。お兄ちゃんが側にいるんだもの。

 

 ずっと、ずっと、どんなに離れていても、大好きだったお兄ちゃんがいるんだもの。

 

 

 『今日は死ぬにはいい日』

 

 

 そう思おう。

 

 そうだね。きっとそうだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 ガガガガ!! ガガガガガ!!! ガガガガガガ………!

 

 突然、私たちを追ってきたやつらが、無防備に突入してきた!

 

 私たちはもちろん迎撃。手前の二人にたらふく銃弾をくれてやった。

 

 でも、二人は死ぬ前に、私とファルカの突撃銃を弾いた!

 

 ライフルを構えた最後のひとりが立ちはだかった。涙まで流し、その顔は悪鬼のよう。

 

 「隊長までやられちまった………! ゲイオヴォルグは全滅だ! こうなりゃ、同じ第666のお前だけでも連れていく!」

 

 ねらいはお兄ちゃん!?

 

 そいつはお兄ちゃんに銃口を向け、引き金をひいた!

 

 私はとっさにお兄ちゃんを突き飛ばし、その兵士に組み付いた!

 

 

 ―――ガガガガガガガガガ!!

 

 

 銃声と共に、私の身体中に激しい痛みが襲った――――

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 

 私は少しだけ哀れみながら、血まみれのリィズ・ホーエンシュタインを見下ろした。

 彼女は、テオドール少尉に向けられた銃口をそらすために、銃弾にうたれながら兵士に組み付いたようだ。兵士はリィズを振りほどくと、再びアサルトライフルの斉射をせんと、テオドール少尉、そしてもう一人の少女衛士に向けた。それを遅ればせながら飛んできた私が、長距離射撃で仕留めたのだ。

 私がそこへ来てみると、死んだゲイオヴォルグの横で、血まみれのリィズをテオドール少尉が抱いていた。側には彼女の友達らしき少女衛士も、「先輩……」と呼びかけながら泣いていた。 

 

 「リィズ………リィズ………!」

 

 テオドール少尉は泣きじゃくりながらリィズを抱きしめる。

 

 思えばこの一件、テオドール少尉には危険な囮約などをやらせてしまった。当初はここまでの規模の精鋭とは思わず、すぐに助けるつもりではあった。

 だが、来たのは最精鋭ゲイオヴォルグ。それに対し、私一人で戦わねばならない状況なのだ。故にテオドール少尉には、最悪捨て石になろうとも、囮を続けてもらわねばならなくなった。

 ただ、そのままでは間違いなくテオドール少尉は殺される。そこで一手を打つことにした。

 それがリィズ・ホーエンシュタインだ。

 

 『テオドール少尉の命が危険にさらされれば、必ず彼を守ろうと動くだろう』

 

 そう踏んで、カーフベル大尉を挑発。テオドール少尉の命を危険にさらし、彼女は彼を守るために離反した。

 だがこれは分の悪い賭。普通ならどれだけ大切な人間であろうと、『この国の恐怖の象徴、国家保安省を敵にまわしても守る』など、決意できるはずもないのだから。

 

 「それでも、私は確信していました。『あなたは必ずテオドール少尉を守る』と………」

 

 私は血まみれの彼女に向け、小さくつぶやいた。

 

 

 

 「………ごめんね、お兄ちゃん。でも、ありがとう。私のために泣いてくれて」

 

 なんと、リィズはまだ生きていた。

 痛々しい血まみれでありながら、なお嬉しそうにテオドール少尉に笑いかけている。

 私は無粋と思いながらも、あえて彼女に話かけた。

 

 「残念です、リィズ・ホーエンシュタイン。テオドール少尉は本当にあなたを選び、あなたを守ろうとしていました。もし、あなたが国家保安省と手を切り、戦う決意をしてくれたならば、きっとあなたはお姫様になっていたでしょう。

 ですが互いに思い合おうと、相手を信じられないのであれば決して結ばれることはないのです」

 

 リィズは苦しそうにしながらも、私にも笑いかけながら言った。

 テオドール少尉の腕の中で、本当に嬉しそうに―――

 

 「…………いいもん。私はいま、お姫様だもん。お兄ちゃんが泣いて私を抱きしめてくれてるんだから。それと感謝するわ、化け物。お兄ちゃんを助けてくれて」

 

 「ご丁寧にどうも。ですが、こっちの子のことも少しは感謝したらどうです? あなたの後輩のようですが」

 

 私は拘束したもう一人の少女衛士を指して言った。

 

 「ふふっ、そうね、それもありがとう。ファルカ、生き残りなさい。もうこの国は終わり。裏切りも大義も気にせず、生き延びられる方を選んで生きるのよ――――コホッ!」

 

 彼女は大きく血を吐いた。そしてハァハァ、と苦しそうに呼吸をしている。そろそろか。

 

 「アイ……リス……。あの女……は、ベルリン……のカウルスドルフ収容所……。好きに……しなさい。お兄ちゃん………今の……私……思い出さないで。昔の……あの頃の私………。

 私は……お父さん、お母さんと……一緒に………死んだの……」

 

 彼女の死を看取ることなく、私は背を向けた。

 それは彼女を想う者たちの仕事だ。

 テオドール少尉の慟哭、少女衛士の嗚咽を背に歩き出す。

 第666中隊が囚われている地下へと向かう。

 

 

 

 「………さよなら、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

 ―――思わずそんな言葉が出た。

 

 思いの外、私は彼女を悲しんでいるらしい。

 

 彼女が国家保安省の犬であることは最初からわかっていた。

 

 それでも私は、彼女がテオドール少尉に翻意されてくれることを願ってやまなかった。

 

 最後まで彼女を助けようとしたテオドール少尉。

 

 そんな彼の思いが届くことを、密かに祈っていた―――

 

 

 とはいえ、進めなくなった者、袂を分かった者に心を残しては部隊は進めない。

 遅れれば全滅の可能性さえある。

 故に、私はこれからも前を向いて生きていくしかない。

 

 「『戦争は進む。軍隊は進む。兵も進む』か………」

 

 

 そんなつぶやきと共に、私はさっきまでの全てを断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼女を悼む声
悲しみの歌を背中に受けて
幼女は明日へ歩む

一つの消えた命を胸に刻んで


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第46話 思い出に背を向け

 私は地下へ向かった。だが、その途中の『ゲイオヴォルグ』の死体を見て思う。

 

 ―――ああ、畜生、なんてもったいない! 『ゲイオヴォルグ』の諸君、BETAとの戦場ではどれほど人手不足に泣いていると思っているのだ? こんなにも鍛え、戦士としての技能を身につけたのなら前線へ行きたまえ! 同胞である人類の、ましてや祖国を同じにする者同士で殺し合いなど、まったくもってバカバカしい!

 ああ、いいとも。この愚かさこそが社会主義国! BETAとの戦闘にも、人間同士の醜い争いにも生き残って、『私たちはとてつもなく馬鹿でした』という生き証人になるとしよう。

 

 

 そう心の中で叫び、格納庫内の戦闘で真っ先に殺害した見張りの死体をこえ、第666中隊の囚われているであろう扉を開けた。

 そこには、ファム中尉、アネット少尉、そしてカティア他、整備兵が数名両手両足を縛られ、猿ぐつわまでされて転がされていた。他の中隊のメンバーは別の部屋か。私はまずファム中尉の拘束を解いた。

 

 「無事ですか、ファム中尉。奴らにケガなど負わされていませんか?」

 

 「ええ、私は大丈夫。残念だけど抵抗らしいことは全くできずに捕まっちゃったからね。でもいったい、どこの部隊が助けにきてくれたの? さっき戦っていたのは? ターニャちゃんが助けにきたってことは勝ったんでしょうけど、『ゲイオヴォルグ』を撃退できる部隊なんて、どこから来たの?」

 

 「…………まぁ、そのことは後で話します。ところで聞いたところによると、ベルンハルト大尉はここにはいないそうですが、本当ですか?」

 

 「ええ。残念だけど、先に後方へ送られちゃったわ。それと第666中隊の中で、クリューガー中尉だけはひどいケガをしているはずよ。ベルンハルト大尉が連れ去られるとき、ひどく抵抗したから」

 

 「それは………先に見ないといけませんね。すみませんが、ここはお願いします」

 

 「え? でも他に人は? 本当にターニャちゃん一人だけなの?」

 

 「詳しいことは後で!」

 

 

 

 ともかく第666戦術機中隊及びオットー整備主任他整備兵は解放したが、やはりアイリスディーナはいなかった。そしてヴァルター中尉も意識不明な程のひどい重傷だ。さらにシルヴィア少尉も彼の容態に、見たことがない程に取り乱している。テオドール少尉もリィズの死を受けて沈んでいるし、カティアもアネット少尉も心理ダメージは大きい。ファム中尉だけはしっかりしているのは救いだが、やはりこの先は前途多難だ。

 特にアイリスディーナを奪われたことは痛い。アイリスディーナの名声はこちらの旗頭。急いで彼女を取り戻さなければならないが、強敵であるモスクワ派とまともに戦わねばならなくなってしまったハイム少将との合流も急がねばならない。

 そんな不利な状況ではあるが、私が『ゲイオヴォルグ』を全滅させたことで有利になったこともある。多数の装備や銃器、それに戦術機チュボラシカが鹵獲できたことだ。

 さらに指揮車両。実はあの戦闘時、指揮車両は爆発させたのではなく、爆発させたような音と煙を出しただけなのだ。そこを急いで退避しようとする『ゲイオヴォルグ』を、上空から鴨撃ちにしてやった。

 私がこの指揮車両を破壊するなど、愚かなことをする訳がなかろう。これにはなんと、国家保安省の情報が満載なのだ。これをハイム少将の所へ持っていけば、状況を一気に有利にすることができる! 

 

 現在のベルリンの戦局がどうなっているかは知らないが、急ごう。急げばまだ間に合うはずだ。

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 テオドールSide

 

 

 ―――ザック、ザック、ザック…………

 

 解放された中隊及び整備兵は現在、撤収準備にかかっている。全員が忙しく動く中、俺は格納庫の片隅で穴を掘っている。これはリィズの墓を造っているのだ。ゲイオヴォルグの死体と、まとめて処分されたくはない。この忙しい中、裏切り者の墓を造ることを許すとは、ファムはやはり甘いな。

 

 すると、ここにカティアとターニャが来た。カティアはズダボロになった”テロド~ル君”というクマぬいぐるみの残骸を持っている。『ゲイオヴォルグ』が腹立ちまぎれに引き裂いたらしい。

 

 「なんだ。忙しい中、こんなことをやっている俺に文句でも言いに来たのか?」

 

 「それはいいです。テオドール少尉にとっては必要なことでしょうから。でもテオドール少尉。この先の戦い、やれますか?」

 

 そうターニャが聞いてきた。

 俺はまた穴掘りを再開しながら言った。

 

 「……………戦うさ。どう気分が沈んでいようと、戦闘になれば勝手に体は動く。そう訓練してきたからな。だがな、俺はリィズを守れなかった。中隊はアイリスディーナを奪われちまった。このまま戦い続けて、それで…………」

 

 ―――やるべきことは本当に簡単なこと。”ただ戦え”

 

 ―――例え何一つ守ることができなかろうと、やることは変わらない。

 

 ―――俺は本当に誓いを叶えられない。守ると誓ったリィズもアイリスディーナも、この様だ。

 

 

 やっとリィズを入れられるだけの、そこそこ深い穴を掘ることが出来た。俺はリィズをそっと底に横たえた。

 すると、ターニャが言った。

 

 「実は用があって来たんです。その墓に彼も入れてもらえないかと思いましてね」

 

 ターニャはカティアの持っているズダボロの”テロド~ル君”というクマぬいぐるみを指して言った。それを持ってきてくれたカティアも口添えをした。

 

 「あの………私からもお願いします。これ、ベルンハルト大尉やテオドールさん、ターニャちゃんとの思い出の品ですから。このまま捨てるのは何か忍びなくて」

 

 俺は一瞬断ろうかと考えた。だが、思い直した。

 

 「…………いいぞ、入れてやれ」

 

 するとターニャは、びっくりした顔をした。

 

 「え、本当にいいんですか? 断られるかと思って、説得を33も考えてきたんですが」

 

 「多すぎだろう! まったく忙しいのに何やってやがる。俺が言うのも何だが。

 小さい頃、リィズがそんな人形を使って人形劇を見せてくれたことを思い出した。花も添えられないことだし、それもいいだろう」

 

 カティアとターニャはボロボロのクマを丁寧にリィズの遺体の横に添えた。

 ボロボロのクマぬいぐるみと一緒のリィズを見ると、小さい頃のあいつを思い出した。

 やっぱりリィズには動物の人形なんかが良く似合う。

 

 「………私、リィズさんが羨ましい」

 

 慈しむ様にリィズを見ていたカティアがポツリと言った。

 

 「何がだ? 国家保安省のスパイにさせられて、最期は殺されて、俺たちの間でも裏切り者で。何一つ羨むことなんてないと思うが?」

 

 「リィズさん、テオドールさんを守って死ねたから。私も死ぬときはテオドールさんを守って死にたい、なんて思って」

 

 ―――なんだ、それは!そんな死に方をされても俺は困る。

 

 「やめろ。俺を庇って、死なれて。それで俺はどうすりゃいい? お前の墓でも造って、泣けばいいのか?」

 

 「そう………ですね。でもリィズさんの死に顔、すごく幸せそうに見えるんです。きっとリィズさん、テオドールさんが生きててくれて、嬉しかったんだと思います」

 

 『嬉しい』か………思えば、リィズも最期は嬉しそうな顔をしていたかもしれない。

 

 でも死んだ。親父の『リィズを頼む』って願いは、結局叶えられなかった。

 

 ―――リィズ、それに親父におふくろ。俺は生きてていいのか?

 

 

 

 すると、他の第666中隊のアネットにシルヴィア。それに拘束されたファルカというリィズの副官をしていた少女を連れて、ファムもやってきた。

 

 「良かった、間に合ったわね。撤収作業も一段落したし、この子にもリィズちゃんのお別れをさせてあげることにしたの。リィズちゃんを慕っていたみたいだしね」とファム。

 

 「甘いわね。こんな裏切り者の墓なんて造るために、作業をサボることを許すなんて。ヴァルターをあんなにした奴の仲間だってのに!」

 

 とシルヴィア。確かにそうだ。しかしそれを承知で、俺もこれは譲れない。

 

 「テオドール。あんた、我が国最強の陸戦部隊の『ゲイオヴォルグ』を全滅させた反体制派の部隊って見た? そんな凄いやつらが反体制にいるなんて知らなかったよ」

 

 と、アネット。ああ、そういうことにして、ターニャ一人でやったことは隠しておくことにしたのか。

 何のかんの、皆も手伝ってくれて、リィズを埋めて墓を造ることが出来た。

 

 

 

 

 

 「先輩…………」

 

 石を置いただけの簡素な墓。そこにファルカというリィズの副官だった彼女は泣き崩れた。

 俺はその姿を見て、少しだけ救われたような気持ちになった。

 リィズは国家保安省でも、少なくとも一人は泣いてくれる人間をつくれたのだから。

 

 そして次にカティアもそこに立った。

 

 「リィズさん。私、やっぱりあなたが羨ましい。テオドールさんにこんなにも思われているんだもの。私、テオドールさんからあなたを奪った国家保安省と戦います。どうか見てて下さい」

 

 次にファム。

 

 「リィズちゃん、あなたとわかり合えたらいい、とずっと願っていました。あなたの後輩のファルカちゃんは、私がしっかり面倒を見ます」

 

 そしてアネット。

 

 「リィズ、あんたやってくれたね! あんたに裏切られた恨みは国家保安省にしっかり返すからね!」

 

 シルヴィアまで立った。

 

 「リィズ・ホーエンシュタイン。私、あなたを許さない。でも一つだけ感謝するわ。ようやくこの国のクソ共と戦う覚悟ができた。ヴァルターをあんな姿にしたあいつらを許さない!」 

 

 そしてターニャ。

 

 「―――安らかにあれ。君は良き友人だった。君を越えて私は行く。………テロド~ル君」

 

 ………………お前だけ何か間違ってないか?

 最後に俺が立った。

 だが、俺に何か言う資格なんてあるのか。

 結局お前の側にいてやるより、アイリスディーナの理想のために戦うことを選んだ俺に。

 

 「親父もお袋も、そしてお前もこんなことは望んじゃいないって分かっている。それでも俺は、俺たち家族を歪ませたやつらを許せない」

 

 ―――この国を変えて、お前と生きるつもりだった。なのにお前はいなくなっちまった。

 

 でも、まだ―――

 

 

 「まだ誓いは生きている。終わりに何もなくても、最後まで足掻くさ」

 

 ―――アイリスディーナがくれた灯火はまだ俺の心にある。俺はまだ戦えるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 向こうの空。寒々とした遠い彼方の鈍色の景色を、目に写した。

 

 ―――本当にこの国には何もない。

 

 冷たい灰色の空と荒れた国土、そして身勝手な正義を振り回す社会主義者だけの世界だ。

 

 祈りは届かず、死者の祝福すらここには遠く。

 

 苦痛と絶望、悲哀が響くだけのこの国。

 

 それでも―――

 

 

 

 

 「そろそろ行くか」

 

 

 

 立ち止まろうとは思わなかった。

 

 弱さを隠し、涙を見せず、リィズに救われた命一つを抱え

 

 『こんな国でも残ってりゃマシになるかもしれない』

 

 そんな夢のような、儚い希望を抱いて―――

 

 

 遠い思い出に背を向け、俺たちは歩き出した。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こころに幼き日の義妹の思い出を抱くも

ふたり寄り添うはずの未来は、いまは無く

戦う意味をひとつ失う

東ドイツの冷たい風は

あの日の彼女のぬくもりを消してゆく―――

されど、凍てつく風に煽られようとも


最後の灯火は消えず―――!


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第47話 ベルリンに向かって

 撤収作業は完了した。あとは武装警察軍の手がまわる前に急いで脱出するだけだ。だがその前に、私はファム中尉と二人で善後策を話し合った。

 

 「やはりベルンハルト大尉の救出は急がねばなりません。向こうの旗色が悪くなれば当然人質にするでしょうし、場合によっては殺害もするでしょう。勝利した後の市民の呼びかけも、長くBETAからこの国を守ってきた実績のある彼女でなければおぼつきません。

 しかし、まともにモスクワ派と正面から戦わなければならなくなったハイム閣下との合流も急がねばなりません。彼が負けてしまえば元も子もありませんから」

 

 「そうね。で、どっちに行くべきだと思うの? 私は、重傷のクリューガー中尉を預けられるハイム閣下の方へ行くべきだと思うけど」

 

 「ええ、ファム中尉は皆を率いてそっちへ行って下さい。やはり向こうの方に戦術機部隊は必要ですし、指揮車両の情報を活かせるのもそちらでしょう。ベルンハルト大尉救出は私一人で行います。ベルリン行きの許可を下さい」

 

 これが私の出した結論。先程の戦闘で確信したが、やはり航空魔導師は人間相手ならば圧倒的だ。私一人で収容所に潜入し、救出することは可能だろう。

 

 「あなた一人で? あのカウルスドルフ収容所からベルンハルト大尉を………いえ、あなたなら何とかできるのね?」

 

 私は「もちろん」と答えた。彼女にはノィェンハーゲン要塞から、かなり私の魔術を見せてきたので話が早い。

 

 「わかったわ、ベルンハルト大尉の救出はあなたにまかせます。ただ、ベルリンに着いたら、先に向こうにいる反体制派の人達と接触して欲しいの。襲撃のことや、こちらの状況を知らせる手紙を届けてもらいたいから。

 それにカウルスドルフ収容所は重要な政治犯の収監所。彼らの仲間も多く囚われているので、深く情報収集を行っているわ。その情報を貰って、ベルンハルト大尉救出の役に立ててちょうだい」

 

 それはいいことを聞いた。アイリスディーナの囚われている位置を探るのに何回か潜らねばならないと覚悟していたが、いきなり突入もできそうだ。

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ベアトリクスSide

 

 

 

 「別働隊からの連絡はまだ?」

 

 「はっ、中継連絡員によれば、まだ待機地点に到着していないそうです」

 

 ……………遅いわね。第666戦術機中隊の捕獲は予想以上に迅速に完了した。損害も無しとの報告で、正に理想的にすぎる程に完璧だった。

 ところが、その後がいけない。別働隊の待機地点への移動がやけに遅いのだ。おかげで西方総軍への攻撃ができないでいる。

 ハイム率いる西方総軍は、現在ベルグ基地まで後退し、そこに陣を敷いている。ベルグ基地はベルリンから最も近い基地であり、補給の中継点の役割が強い拠点だ。我々がベルリン派と戦っている間に占拠したようだ。

 向こうは完全な防御陣形を敷いており、こちらへ積極的に攻めようとはしてこない。だが、逆にこちらの方から何の策も無く攻めれば、多大な損害が出てしまうだろう。故に挟撃作戦で一気に屠りたいのに、後背へまわる別働隊が遅れている。

 もうすぐ日が暮れる。戦闘が夜になれば、勝利したとしても敵を取り逃がす確率が高くなり、好ましくない。それにゲイオヴォルグのベルリン制圧の支援に遅れてしまう。

 

 「………これは懲罰モノね。こんなノロマはウチの部隊で育てた覚えはなかったはずだけど」

 

 私が別働隊の隊員の再教育のメニューを考えていた時だ。副官が私を呼びにきた。

 

 「ブレーメ少佐、シュミット長官から連絡です。何か不都合があったようです」

 

 「シュミット長官から? まずいわね。いまだハイムと戦端を開けないことにご不満かしら」

 

 と思ったが、事態はさらに上の深刻なものだった。

 

 『ブレーメ少佐、前作戦でなにか不都合があったのか? 予定時刻が迫っているのに、いまだゲイオヴォルグから連絡が来ない』

 

 「…………? いいえ、作戦は完璧に遂行したとのことです。第666中隊全員を損害無く捕らえ、ターニャ・デグレチャフを送り、早急にベルリンに向かうと4時間前に連絡がありました」

 

 『私のところにもその報告は来ている。だが、では何故連絡してこない? 80名もの兵士をベルリンに入れられるタイミングは一度しかない。カーフベル大尉はこんな残念な人間ではなかったと思ったがね。ブレーメ少佐、そちらの方から急かせろ』

 

 「………了解しました。ただちに連絡をつけます」

 

 ゲイオヴォルグまでもベルリンに現れず、連絡が来ない? 

 カーフベル大尉からは、確かに第666戦術機中隊及びターニャ・デグレチャフを捕らえたと連絡があった。アイリスディーナもベルリンへ送って寄こした。

 なのにゲイオヴォルグも別働隊も行方不明?

 『消えた部隊』なんて戦場の怪談によくあるけど、実際起こったら本当に冷や汗モノね。特に重要作戦の最中だと。

 私は微かな悪寒を感じ、副官を呼んで命令した。

 

 「ヘルツフェルデ基地に調査隊を送りなさい。そこからゲイオヴォルグと別働隊の足取りを追うの。おそらく何某かあったに違いないわ。両方が連絡不能の状態になる程の事態だから、腕利きを送るのよ」

 

 「はっ! 了解しました」

 

 副官が去ると、私はこの事態になにがあったのかを考えた。

 考えられるのは人民軍の妨害。基地からの撤退途中に、第666中隊の捕縛を知られてしまい、それを取り返そうとした人民軍ともめている、といったところか? だが連絡が無いのは?

 

 

 「………失う時間は、二日じゃ済みそうもないわね。一刻も早く国家を掌握し、次の段階へ進まねばならないというのに。どうしてこう、予定通り進まないのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

ターニャSide

 

 

 

 

 軍用車に荷物を入れた。私が運転できるよう座席を調節したり、高ブーツなどを用意した。これでベルリンに向かうのだ。もっとも、ベルリンの潜入は空を飛んでいくつもりだが。

 見送りはいいと言ったのだが、ファム中尉がいる。私のことなど構わず、すぐに隊を率いてハイム少将の元へ行くべきだろうに、本当にこの人は優しすぎる。

 

 「ひとりで大丈夫なの? 許可を出しておいてなんだけど、やっぱり誰かついていった方がいいと思うわ。整備兵の誰かを運転手につけるとか」

 

 「いえ、車の運転も問題無くできるので大丈夫です。整備兵の方も、少しでも早く戦術機を戦闘可能な状態にするのに必要でしょう。ベルンハルト大尉の喪失とヴァルター中尉の負傷で、戦力のガタ落ちした状態ですので、これ以上割くわけにはいきません。ベルンハルト大尉のことは私に任せて、急いでハイム少将と合流してください」

 

 それにしても、この襲撃はブレーメ少佐の指示か? あれだけの人数の精鋭を、この内戦の最中こちらに送るとは凄い手腕だ。アクスマン中佐からリィズ・ホーエンシュタインを寝返らせたことといい、アイリスディーナを捕らえたらすぐにベルリンに送ったことといい、癪なくらい有能だ。

 この才能をBETAに向けてくれれば、これほど心強い衛士はいないというのに本当に残念だ。

 

 

 「そうね。一人であの場を制圧したあなただもの。何とかするでしょうね」

 

 そう。本当に空を飛べるというのは圧倒的なのだ。これ程不利な状況に追い込まれたにも関わらず、相手を全滅させてしまった。本来は相当な手練れであろうあの特殊部隊も、高所のとれない開けた場所では頭上をまるで警戒していなかった。空から爆裂術式入りの弾を降らせるだけで簡単に殲滅できた。

 故に私が空を飛べることは仲間内にも秘密だ。いずれは知られるかもしれないが、知られて対抗策をとられるのは遅い方がいい。

 

 「もっともリィズ・ホーエンシュタインが真実を言っていれば、ですけどね。こちらを誘い込むための罠ということも考えられます」

 

 「………ターニャちゃん、ものすごく甘いことを言っていい?」

 

 「はい?」

 

 「私ね、リィズちゃんは本当のことを言ったんだと思うわ。もしベルンハルト大尉の居場所を私たちが知らないままだったら、あのファルカって子を厳しく尋問しなければいけないもの。それこそリィズちゃんに騙された分も含めて。

 リィズちゃん、きっとそのために最期に喋れる時間を使ってベルンハルト大尉の居場所を吐いたと思うのよ。本当はテオドール君と最期まで話したかったでしょうに」

 

 裏切りを受けてこんな目にあわされたというのに、相変わらずファム中尉は甘く優しい。リィズを信じるようなことを変わらず語る。

 

 「本当に甘いお伽話のようですね。現実は最期にしょうもない罠で私たちを嵌めようとしてるだけかもしれないのに」

 

 戦争はどこまでも残酷な現実だ。騙し騙され、殺し殺されの連続。勇ましいお伽話になるのは、悲惨な記憶の薄れたずっと未来のこと。

 

 「ごめんね。でも、今でも私、リィズちゃんのことを信じてあげたいのよ。ベルンハルト大尉に代わって中隊の指揮を執らなきゃいけない立場としては、失格なのはわかっているんだけどね」

 

 「そうですね、確かに指揮官としては失格です。そんな甘さはこの場限りにしておいて下さい」

 

 「………ええ」

 

 ファム中尉は寂しそうに笑った。

 

 本来、この国にはファム中尉のように優しいお伽話を語れる人間がもっと必要なのだろう。

 

 リィズ・ホーエンシュタインも、もっと早くに彼女に出会えたなら、きっと優しい人間になれたかもしれない。

 

 だがこの国のこの時代は、そんなお伽話を語る人間をたやすく踏み潰す。

 

 優しい人間の壊れた果てがリィズ・ホーエンシュタイン。

 

 

 それでも―――――

 

 

 「それでも、貴女の優しさに救われてきた人間は数多くいます。私の姉貴分も貴女に会わせたかった。では、お互い微力を尽くしましょう。我が国の未来のために」

 

 

 

 私はベルリンに向かって出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章完結!
ターニャは単独行動にてベルリンへ
そして次章はいよいよ革命編!

幼女革命戦記にご期待ください


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第6章 革命の空に幼女 雄々しく叫び
第48話 驚愕のベアトリクス


 

ベアトリクスSide

 

 

 ヘルツフェルデ基地へ送った調査隊は意外なほどに早くゲイオヴォルグ、別働隊の連絡の途絶えた原因を突き止め、連絡をしてきた。それは予想以上に最悪な答えだった。

 

 「全滅!? この映像に映っている死体は、みんなゲイオヴォルグのものなの!? まさかBETAの襲撃!?」

 

 調査隊が通信で送ってきた映像。それは捕獲作戦地点であるヘルツフェルデ基地格納庫周辺のものであるが、そこには一面に兵士の死体が映っていた。最高の陸戦兵である彼らが、こんなにも開けた場所でまとめてやられるなど、とても信じられなかった。

 

 『制服や装備は確かにゲイオヴォルグのものでした。基地の者が付近を捜索したそうですが、BETAの侵入はありませんでした。それに格納庫内の死体は銃撃戦でやられたものです。カーフベル大尉も含めて。そして外に展開していた戦術機部隊は、ユニット外から銃弾を貫通させ、頭部を撃ち抜かれてやられていたそうです』

 

 …………やはりこれはターニャ・デグレチャフか? 彼女が手強いことは予想していたが、まさかゲイオヴォルグを全滅させる程だとは! それにカーフベル大尉は一度、彼女も含めた第666中隊全員の捕縛も報告してきたはずだ。あれはいったい何だったのだ?

 気がつくと、私は副官に体を支えられていた。あまりのことに呆然となり、足元がおぼつかなくなっていたようだ。『理想的な成功』から一転、『一兵残らずの全滅による失敗』という上げて落とされた衝撃は、ひどく私の体を蝕んでいる。

 何しろ特殊陸戦部隊『ゲイオヴォルグ』は人民宮殿、人民議会を制圧するための精鋭部隊。そして我がヴェアヴォルフを割って送った中隊は、ハイムの部隊の後背を襲う挟撃作戦の一手。それら全てがゴッソリ無くなってしまったのだ。

 

 「………そこの始末は国家保安省の者にやらせなさい。人民軍には手を出させないよう。こちらからも手を打っておくわ」

 

 そう言って、通信を切った。

 ヘルツフェルデ基地の人民軍上層部には、鼻薬をかがせて『後方の格納庫周辺で装備のテスト射撃を行う』ということにして人民軍は近寄らせないようにしてある。だがもう一押し必要だろう。

 

 「私の失った時間は…………最短で6日? いえ、彼らを全滅させたのは、間違いなくターニャ・デグレチャフ。彼女の能力が把握できないなら、作戦なんてたてられない………」

 

 まずい………内乱を長期化させるのは悪手。このままでは計画は頓挫してしまう。ともかく、シュミット長官に報告だけはせねば。どのような罰がくだろうとも。

 

 

 

 

 

 

 『収穫に失敗し、第666戦術機中隊に逃げられた? 前の報告では、ターゲットを含め全員捕縛したとの報告だったはずだ。虚偽の報告だったのか?』

 

 予想通り、第666中隊捕縛の失敗の報告にに、シュミット長官はひどくお怒りだ。もっとも、この後のゲイオヴォルグ全滅の報を聞けば”怒り”ではすまないだろうが。

 

 「いいえ、シュミット長官。ゲイオヴォルグが奇襲に失敗するとは思えません。報告の時点ではその通りだったのでしょう。しかし、そこからひっくり返されたようです。おそらくは、ターゲットのターニャ・デグレチャフによって。彼女は想像以上の化け物だったようです。

 アイリスディーナ・ベルンハルトだけは先に運んでおいて幸運でしたね。彼女の名声は厄介ですからね」

 

 『それで? どうするつもりだ、ブレーメ少佐。ここからどのように収穫を為すつもりなのだ?』

 

 「デグレチャフの収穫は諦めるべきでしょう。抹殺の許可を」

 

 『バカを言うな。モスクワとの交渉で、彼女を引き渡すことを条件とした様々な案件が有る。いや、すでに幾つも見返りをもらっている。君の乗っている最新鋭の戦術機[アリゲートル]もそうなのだぞ』

 

 「この襲撃作戦には、最精鋭の陸戦部隊ゲイオヴォルグ全員と我がヴェアヴォルフを割った中隊を送り込みました。そして完全な奇襲作戦で攻め、第666戦術機中隊も無力化しました。

 にも関わらず、ゲイオヴォルグと戦術機一個中隊全てを撃破して逃亡したのです。これは事実上、彼女を生け捕ることは不可能と示されたも同然です。

 いまだ国家の全てを掌握しきれていない今、彼女の捕獲にこだわるのは愚策でしかありません」

 

 『…………特殊陸戦部隊ゲイオヴォルグの再編は可能か? 彼らにはこの後、人民宮殿や議会等のベルリン中心部の制圧をしてもらう予定のはずだが』

 

 「不可能です。責任者の処罰も必要ありません。指揮官以下全ゲイオヴォルグ隊員及び支援要員等任務に赴いた全員が殉職したのですから。故にベルリン制圧は部隊を新規に編成し、我々がハイムを撃破した後で支援に回り、やるしかありません。国家を掌握するのは非常に遅れることになります」

 

 「なっ!………なっ………!」

 

 シュミット長官は珍しくうろたえている。無理もない。

 『ゲイオヴォルグ全滅』など、言葉にした私ですら効いている。『損害なしの任務達成』から落とされた長官の衝撃は相当だろう。

 

 『………………! まったく、あの時アクスマンの提案にのっていればこんな失態などなかったものを。値をつり上げるためにデータ収集などして、結局これか!』

 

 「面目ございません、シュミット長官」

 

 『ともかくアイリスディーナ・ベルンハルト大尉を捕らえたことは評価しよう。彼女の名声が使えないのであれば、向こうも手詰まりのはずだ。ベルリンの制圧は私の方で何とかする。少佐はそのまま西方総軍及び第666を抑えていろ。ターゲットの抹殺は許可しない。そしてベルリンを制圧した後、ハイムと交渉する』

 

 「ハイムと交渉!? 国家の完全な掌握は諦めると? それにターニャ・デグレチャフはあまりにも危険です。例えソ連との約束があったとしても、抹殺すべきです!」 

 

 『落ち着きたまえ、少佐。ソ連との約束を違えて、我々に未来があると思うかね?

 それに他にも事情がある。時間が我々の敵にまわった。明日までに完全な国家掌握ができんのならば、妥協せざるを得んのだ。先程ミンスクハイヴから新たに10万のBETAが出現し、こちらに向かっているとの報告が入った。多数の光線級、そして重光線級も確認したそうだ。明日の今ごろ、再び防衛線は激戦となっていることだろう』

 

 「な! ………成る程。であれば今、光線級吶喊に長けた第666は潰せない。しかも多数の人民軍将校を粛清してしまったために反乱軍の部隊も使わざるをえない。我々は動くのが早すぎた。いえ、まさかこんなに早く新たなBETA大規模挺団が来るなど予想外。海王星作戦でも多数のBETAが殲滅されたはずなのに、驚くべきことです」

 

 『ああ、BETAにまで裏をかかれた気分だ。とにかく、あの娘が化け物なら我々が相手にするのは悪手だ。化け物には化け物の相手をさせ、我々は戦力を温存するのが最善。一時ハイムと手を組み、娘も人民軍に預けてBETAの相手をさせよう。然るべき時期、政治取り引きによって手に入れることとする。

 ハイムと交渉の後、反乱軍は恩赦と引き替えに祖国防衛にあたらせる。第666もベルンハルト大尉の命を盾にすればいうことを聞くだろう。次の準備まで今少し時間が必要だ。頼んだぞ』

 

 ――――――ピッ……………ダン!

 

 

 人生で最も情けない報告を終え、シュミット長官への連絡を終了した後、思わず拳を叩きつけた。

 何らかの処分が私にも下されるかと思ったが、それはなかった。それ程、今の状況は悪いのだろう。無理もない。長年、国家保安省の優位を支えていた特殊陸戦部隊がいきなり消失してしまったのだから。

 この、いきなりのゲイオヴォルグ消失は埋めようのない巨大な穴。この先の計画をいくつも修正、若しくは破棄しなければならないだろう。

 シュミット長官は平静を装い会話をしていた。たが、彼と同類の私にはわかる。深い怒りを心の奥底に隠している。長年に準備を費やした国家の掌握に、ハイムを入れるなど屈辱以外の何者でもないはずだ。

 

 「計画中止? 私の失った時間は………5年?10年!? いったい何なの、アレは! いかに特殊な能力を持っているとはいえ、我が国の最精鋭の陸戦隊と戦術機中隊を撃破するなど、人間離れが過ぎる!」

 

 そしてこの一件は、私自身の計画をも頓挫させた。私の計画はシュミットに東ドイツを掌握させた後、彼を抹殺して実質的に私がこの国を支配。理想の全体主義国家に作り変え、人類の防衛となる予定だった。

 が、シュミット自身、国家の完全掌握は不可能となり、ハイムと実権を分かち合わねばならないのでは諦めるしかない。

 そしてターニャ・デグレチャフ。予想以上の化け物のアレを倒してはいけないなどと、それだけで戦略段階で劣勢を強いられているようなものだ!

 ……………いや、シュミットの言う通り、彼女とは戦うべきではないだろう。彼女を抹殺するために戦力をすり減らすのは愚かなことだ。化け物とはいえ、彼女はBETAと違って政治攻勢が可能なのだから。

 と、シュミットのことを思い出した時、ふと疑問が頭をよぎった。

 

 

 「長官はどうやってベルリン中心部を制圧するつもり? 中央の守備はそれなりに強固。ただの寄せ集めには不可能だわ。

 ゲイオヴォルグも無く、私たちヴェアヴォルフも使わないとなると………」

 

 

 

 

  

 

 

 

  ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 夜間に軍用車を走らせ、ベルリンに接近。車内で明け方近くまで睡眠をとり、そこからひとっ飛び空を飛んで、厳重警備を飛び越えてベルリン市内に侵入。そこでさらに外出の解禁時間まで待機し、最初の目的地に向かった。

 そこは低所得者層や海外移民などの集う一般区。いわゆるスラムのような所だが、自由主義圏と違い路上生活者などはいない。

 なにしろここは社会主義国。国家が全ての人民に仕事と住居を与えてくれる。仕事も住む場所もないような人達は、もれなく労動キャンプへとご招待。死ぬまで生活と仕事と食事の面倒を見てくれる炭鉱掘りだ。

 

 さて、そんな裏町そのものの、この場所で私が向かう先はファム中尉から教わった反体制派の中継拠点のとある雑貨店だ。そこから反体制派の幹部へ話を通してもらう。

 その雑貨店の裏口にまわり呼び鈴を押した後、ファム中尉に教わった通りに数度ノックを叩く。

 数秒後に扉がわずかに開くと、そこにファム中尉がくれた不規則に半分に切られたトランプを差し出す。これが反体制派の同志の証だそうだ。

 しかしこんなやりとりをしていると、フランスヤオランダのレジスタンス映画の登場人物にでもなった気分だ。…………いや、似たようなものか。相手もドイツ社会主義統一党と、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)とほとんど変わらないし。

 やがて扉は大きく開き、私を入れてくれた。そこの主はファム中尉と同じベトナム系の初老の男性であった。

 

 「やあ、いらっしゃい。確かドーゼィのところのお嬢ちゃんだったね。今日はお母さんからのお使いかな?」

 

 「ええ、そうなの。お母さん、最近いろんなものがなかなか手に入らないけど、おじさんなら何とかしてくれるって言ってたわ!」

 

 「こらこら、それは国家の批判になるかもしれないよ。気をつけなさい」

 

 「いっけなぁい、国家と党と人民に忠誠を!」

 

 ……………いや、我ながら自分でしゃべっているとは信じられない裏声だ。こんな女の子っぽい声でこんな会話はしているが、格好は軍用BDU。端から見ればさぞ不気味だろう。

 いきなり初対面の人物相手にこんな茶番を演じているのは訳がある。

 主人は私の応対をしながら、手にはこんなことを書かれた紙を持っていたのだ。

 

 『盗聴されている。話を合わせろ』

 

 

 …………本当にレジスタンス映画そのものだ。

 

 

 

 

 

 




第6章開始!
カウルスドルフ収容所より始まる東ドイツ革命!
革命の戦火に幼女は何を見る?


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第49話 幼女はつらいよ

 店の主人は私を奥の部屋に案内し、ラジオの音を大きめにつけた。これでやっと『お使い幼女』の演技から解放され、主人と本当の会話をすることができる。 

 

 「どこで目をつけられたのか、鈴をつけられてしまってな。まぁ、早期に発見できたのが救いだが、裏口と電話周辺は剣呑な話はナシにしとくれ。この部屋ならどちらからも離れているので大丈夫だが」

 

 いやはやゲシュタポとレジスタンスの闘争そのもののイタチ狩り。

 主人よ、悪しき体制は必ずや打倒される。

 自由を謳歌するその日まで、革命の灯を絶やさずともし続けてくれ。

 

 「承知しました。そこでは私はお母さん思いの勤労幼女を演じましょう。勤労に関しては、私は演じるまでも無くその通りですが。では、私が反体制派の上層部に接触したい訳を話しましょう」

 

 「うむ」

 

 「ひとつは第666戦術機中隊の次席指揮官ファム・ティ・ラン中尉からの手紙を届けること。もう一つは、あなた方が持っているというカウルスドルフ収容所の見取り図を頂きたいためです」

 

 「第666からの使いか。収容所の見取り図は何のためだね?」

 

 「我らの隊長アイリスディーナ・ベルンハルト大尉が国家保安省に捕まってしまいました」

 

 「なにっ!?」

 

 「大尉はカウルスドルフ収容所にいるとの情報があるのです。真偽は定かではありませんが、当たってみるつもりです」

 

 「お前さん、カウルスドルフ収容所に挑戦するつもりか。手紙に関しては、ワシから届けることもできるが…………」

 

 「その場合は見取り図と引き替えとなります。上層部の方と会うことは出来ずとも、それだけは頂きたいのです。我らの同志ベルンハルト大尉救出のため、どうかよしなに」

 

 主人は少しばかり考えていたが、こう結論を出した。

 

 「フム………どちらにしろ、ワシではその判断は出来ん。三時間後、表通りの街頭テレビの辺りにいてくれ。上の方に連絡をとり、使いをよこす」

 

 「承知いたしました。では………」

 

 と、私は自分の格好を思い出した。軍用のBDUだ。ここまでは光学迷彩魔術を使って潜みながら来たが、待ち合わせとなるとこの格好では目立ちすぎる。

 

 「申し訳ありませんが、一般人の服を貸していただけないでしょうか? 流石にこの格好で待ち合わせはまずいです」

 

 「むしろ、幼女がその格好でよくここまで来れたと感心するわい。ここでは子供服も扱っておる。一式貸してやるから着替えて行くがいい」

 

 

 

 

 

 街頭テレビとは、テレビが各家庭に普及していないテレビ黎明期、不特定多数の人が集まる街の随所に設置された無料で視聴できるテレビ受像器である。この辺りの住人はテレビさえ購入できない人間が多いらしく、こんなものが普通に設置してある。

 放送されているのは相変わらずの党のプロパガンダ放送と昨日倒した重光線級のニュース。あの死骸を世界的スター並に写しまくり、『人類初の快挙!』と、我が国の軍の優秀性を宣伝しまくっている。

 そういえば東ドイツ軍を”世界最強”なんて言っていた子供がいたが、これを見れば私でも信じてしまいそうだ。

 クーデターや内乱のことはまるで放送してないが、代わりに別の剣呑なニュースが出た。

 オーデル・ナイセ流域絶対防衛戦に再び大規模BETAの大攻勢が来たというのだ。各要塞陣地の司令部は再び迎撃準備を開始したようだが、戦力の細った人民軍に受け止めきれるかは不明だ。

 それにもし重光線級が出たならば、その光線級吶喊をできるものなど第666戦術機中隊以外いないだろう。早急に内乱を決着してこれに備えなければならない。

 もちろん西方総軍とヴェアヴォロフとの戦闘も起こっているだろうし、アイリスディーナの救出を早めに完了させて手を打たねばならない。

 BETA進撃とクーデターによる内乱。はっきり言ってこの東ドイツは風前の灯火だ。

 

 

 「こんな大変な状況だというのに、こんな格好で何をやっているのだろうな、私は」

 

 街頭テレビをぼんやり見ながら、思わずそんな言葉が出た。

 いや、アイリスディーナ救出の準備だというのは理解しているが、この危機的状況であまりに場違いな格好の自分を見ると、そんな言葉がでてしまう。

 今の私は女の子らしいワンピースにコート。可愛いお靴などを履き、大っきなお帽子なども被って、いとけない天使の如き幼女の格好にて、とある表通りの街角で佇んでいる。

 もちろんこれは、『アイリスディーナを助ける前に、ベルリン観光!』などではない。今のベルリンに観光などするような暢気な雰囲気など微塵もない。戒厳令が敷かれており、どこへ行くにも身分証の提示が必要だ。

 一応、私も持っている。なんと我が国最強、最高の戦績を誇る、第666戦術機中隊所属という輝かしくも誇らしい身分証! これをそこらで警備している国家保安省所属の武装警察軍に提示すれば、最高級の監獄へご招待! 尋問も、贅を尽くした拷問のフルコース! 革命後の王侯貴族の如き最高級のもてなしを受けること請け合いなのだ!

 ……………はい、もちろん見せられません。今の私に身分証など存在しないのだ。不審な行動をして、そこらにいる武装警察に質問されるようなことは避けねばならない。

 この目立つ大きなリボンのついた帽子だけでも取りたいのだが、これが反体制派の使いへの目印らしいので取るわけにもいかない。

 

 それにしても指定された時刻から30分もこうしているのだが、未だに反体制派は接触してくる様子がない。おそらく私をどこからか観察して、危険がないか調べているのだろう。

 しかし戒厳令の最中、こんなところで幼女が一人で立っているのはつらい。武装警察の方は無視してくれているのだが、時々親切な人などは私を心配して声をかけてくれるのだ。まったく保護者が欲しくてたまらない。

 

 「そこの子供、こんな所でどうした。親はいないのか?」

 

 おっとまた親切なお節介様がさみしい幼女に声をかけてくれる。私はとびきりの幼女スマイル、天使の声色で、やさしいお姉さんにこう答える。

 

 「あ~~大丈夫ですぅ。お父さん、ここで待ってろって大切な用にいきましたぁ。もうすぐ帰ってくるので、心配いりませぇん」

 

 「…………同志上級兵曹か? 何だその気持ち悪い声と顔は」

 

 声をかけたその人はイェッケルン中尉!? 

 そういえば、この人はベルリンにいるんだった!

 この『幼女天使』と化した私を見られてしまった!!

 

 「い、イェッケルン中尉こそ……。中尉もいわゆるイメチェンなどもするのですね。お似合いですよ」

 

 そのイェッケルン中尉は、普段と大きく見た目を変えていた。ふわりとした、一般の大学生が着るようなコートを着ており、髪型もポニーテイル。眼鏡も外し、化粧もいつもと違う感じだ。

 

 

 ――――『いつもと違う大人びた雰囲気の彼女に、私の胸は熱く高鳴った』

 

 

 ヤバイものを見てしまった気分で、そうなっただけだが。

 

 「するか馬鹿者! そんな西側の言葉を………。政治総本部に、国家保安省のクーデター部隊が踏み込んで来たのだ。襲撃に来たのはベルリン派だが、それを駆逐したモスクワ派はそのまま本部を押さえてしまった。本部の政治将校を全員拘束しようとしたので、格好を変えて逃げている最中という訳だ」

 

 「そ、そうですか。ご無事で何よりです」

 

 確かに彼女が無事なのは良かった(半ば忘れていたが)。

 しかし、まずいところで出会ってしまった。何しろ今、私は反体制派の人間と待ち合わせなどをしているのだ。

 政治将校は正しい社会主義を愚昧な人民のみなさんにご指導、ご鞭撻していただくのがお仕事。そしてイェッケルン中尉は、この上なく仕事熱心なお方。自身も逃亡中とのことだが、もし反体制派組織の人間などを見つけたら、自分の身もかえりみず…………以下略。

 

 「どうした同志上級兵曹、顔色が悪いぞ。やはり現在、そちらの状況は芳しくないのか?」

 

 ええ、最悪です。目前にある障害物が、これからの予定を粉々に粉砕しそうなのです。

 これから起こる政治将校と反体制派組織のキャットファイトを想像すると、クラクラします!

 私がイェッケルン中尉に何と言おうかしどろもどろしていると、不審な男が私たちに近づいてきた。そして、

 

 「第666戦術機中隊のターニャ・デグレチャフ上級兵曹。間違いないか?」

 

 などと、声をひそめてその男は聞いてきた。

 まさか反体制派の使い!? 何故にイェッケルン中尉と話している最中に接触する!

 反体制派というのは、無能どもの集まりか!?

 無能とカタブツの争いからさっさと逃げよう!

 と、私が隙をうかがっていると、

 

 「ああ、間違いなくウチの上級兵曹だ。ついてこい。ああ、その目立つ帽子は外しておけ」

 

 などとイェッケルン中尉の方が答えた!?

 

 なんと、彼女は反体制派の同志になっている!!

 

 

 一体何があった、政治将校!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




忘れ得ぬ上官グレーテル・イェッケルン中尉

ベルリンの街角にて
互いに艱難辛苦を乗り越え
再び巡り会う

再会した彼女は
新たなる志を秘めていた!

共に闘う同志となるか!?


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第50話 空も飛べるはず

 前回、政治将校のお仕事の説明でまちがえたので修正しました。反動分子を見つけ、取り締まるのは国家保安省の秘密警察や武装警察軍、保安隊のお仕事でした。


 いくつもの路地をくぐったり横切ったりして進む最中、私はイェッケルン中尉と話し、彼女が反体制派の同志となった経緯を聞いた。

 

 「武装警察軍に追われている時に彼らに救われた。どうやら同志大尉が手を回してくれたらしい。そしてそのまま仲間になったのだ。

 理由は、このままでは国家保安省に東ドイツを支配されてしまうこともあるが、私自身の考えが変わったことも大きい。

 『海王星作戦』で西側の戦力を見た時から考えていたが、これからの東ドイツは社会主義の理念に拘るより、西側諸国と手を組まねばダメだろう。故に、東ドイツの状況をを変えるために彼らと行動を共にすることに決めたのだ」

 

 なんとアイリスディーナはすでにイェッケルン中尉の思想を変えることに成功していた!

 『海王星作戦』のとき、彼女に『党の理念に拘るより、自分の頭で考えて判断しろ!』などと言って上層部の意向に叛かせて光線級吶喊に付き合わせていたが、あの時から考えが私たちと同じになっていたのだろう。つまり、

 

 『思考せよ、思考せよ。己が生き残り、部隊が生き残り、国が生き残る最善を絞り出せ。

 思考の果てに最善を産み落としたならば、リスクを顧みず突き進め!』

 

 と、考えた末の結論ということか。。まぁ社会主義理念など、少し考えれば『地獄へ真っ逆さまの未来しかない』と分かるしな。故に思想統制などをするのだ。

 

 そうして私たちはある廃屋へと案内された。多分ここは反体制派のアジトではなく、外の人間との交渉用のセーフハウスなのだろう。

 

「ようこそ、ターニャ・デグチャレチャフ上級兵曹。私はここの代表のズーズィ・ツァプ」

 

 そう言って私達を迎えたのは顔の半分をを髪で隠した一人の女。隠している部分には古傷があるようだ。反体制派リーダーにしてはやけに若いが、ダミーなのかもしれない。彼女に危険を集中させ、本物は裏でしっかり采配を取るとか。まぁ私には関係ないな。

 彼女は交渉用の机を挟んで座っており、私たちにも対面に座るよう促した。

 イェッケルン中尉は『私はいい』と、椅子に座ることを拒否して立ったままだが、私は座らせてもらった。中尉を蔑ろにしているようで恐縮だが、この子供用座席椅子(何故こんなものが有るのだ?)に座らなければ、相手の顔を見て話せないのだ。

 

 「ご丁寧にありがとう、ツァプ女史。しかしよくあなた方が、政治将校である同志中尉を助けたり仲間にしたりしましたね」

 

 イェッケルン中尉はこの国の中枢の一つ、政治総本部に所属する政治将校。反体制派が招き入れていい人物ではないと思うが。

 

 「ズーズィで結構よ。ええ、確かに私たちも最初は難色を示したけど、同志大尉に強く頼まれてね。それに話してみると、この国を変えることにも積極的なようだし。現在、武装警察軍のヴェアヴォロフ大隊と戦っているハイム少将とも、同志大尉に代わって話したようだしね」

 

 ズーズィ女史の言葉にイェッケルン中尉は答えた。

 

 「ああ、私はもう党の理念に拘るつもりはない。BETA襲撃の最中にクーデターを起こし、国家を私物化せんとする国家保安省は我が国の病巣。奴らを倒さん限り我が国に未来はない!」

 

 おお、政治総本部に詳しい彼女が同志になってくれた! これは心強い!

 

 「だが、貴様たちが我が国の社会主義体制までも潰すつもりならば、容赦はしない。私の攻撃目標は、あくまでこの国の恐怖政治と監視システム。それを握る国家保安省だ!」

 

 いや、それは一番に潰さなければダメでしょう。私の攻撃目標こそ、この国の社会主義体制そのもの。故に最終的には政治将校であるイェッケルン中尉とは敵同士になるかもしれんな。

 

 「結構よ。では、イェッケルン中尉の意志も確認できたことだし、あなたと本題に入りましょうか、ターニャ・デグレチャフ上級兵曹。あなたが私達に会う目的は?」

 

 「ええ、ファム中尉から預かっている手紙があります。まずはそれを読んで………」

 

 そう言いかけて、私はピタッと手紙を出す手を止めた。

 『交渉において、相手に差し出さねばならないものでも、只で差し出すのは愚か者』か……。

 こちらは只でさえ交渉材料が少ない。相手もアイリスディーナを救出する目的が同じとはいえ、只で見取り図をくれるとは限らない。少し出し惜しんでみるか。

 

 「ズーズィ女史、その前に確認させていただきたい。そちらでは、第666戦術機中隊の現状をどこまで把握していますか?」

 

 「あなた達は前日、国家保安省モスクワ派の襲撃を受けた。襲撃は撃退したものの、部隊員は多大なダメージを受け、戦力は半減。しかも我らの同志であるアイリスディーナ・ベルンハルト大尉もさらわれた。

 カウルスドルフ収容所は私達の同志も多数収容されていて、常に監視は怠ってないのだけれど、前日の襲撃直後と思われる時間に、厳重な警備のついた護送車が重要人物らしき者を収監しに来た。 これでいい?」

 

 ほう、中々の情報力だ。思うにこれは整備班あたりに監視員がいるな。

 アイリスディーナがカウルスドルフ収容所に捕まっているという、裏を取っていることまで教えてくれるなど、中々いい幸先だ。

 

 「結構。では、こちらの目的もおわかりですね。我らの旗頭、ベルンハルト大尉を一刻も早く救い出さねば、この国の変革は大きく遅れることとなります。そちらには、ベルンハルト大尉の収監されているカウルスドルフ収容所の、詳細な見取り図があると聞いています。どうかそれの写しをお譲りいただきたい。

 ここに第666戦術機中隊次席指揮官ファム・ティ・ラン中尉の信任の手紙もあります。どうぞ我が国の未来のためによしなに」

 

 ここではじめてファム中尉の手紙を差し出した。さて、現状この手紙でやれることはやった。ズーズィ女史はどう反応する?

 ズーズィ女史は手紙をじっくり確認するよう、読んでいった。やがて読み終わると、手紙を脇に置き、再び私と話しはじめた。

 

 「話はわかったわ。ファム・ティ・ラン中尉の意志も確認した。

 でもベルンハルト大尉を救出すると言ってもどうするつもり? カウルスドルフ収容所は重要な政治犯を集めて収監しているだけあって、恐ろしく堅固。捕まっている同志たちを救い出そうと、長年狙っている私達にもどうにも出来ないシロモノよ」

 

 夜にまぎれて空中から中心部に侵入。そこで解錠の方法を入手したら、光学迷彩で姿を消してアイリスディーナのいる場所まで行く。対航空魔導師防衛のほどこされていない場所の潜入など、私にとっては『歯ごたえ熱したチーズ』だ。

 しかし味方といえど、用心のために私の魔術能力を言うわけにはいかない。こんな他人の志や思想が違うだけで、簡単に粛清など起こる国ではなおさらだ。

 そこで私はテオドール少尉の使った交渉テクニックを使わせていただくことにした。

 いや~~あれは実に見事だった! 私も倣わねばなるまい。

 

 「そこは我が第666戦術機中隊の武勇を信頼し、任せていただきたい。幾多のBETAの海を渡り、数々の光線級吶喊を成功させてきた我ら。『カウルスドルフ収容所の壁がいかに高く、警備が厳重であろうとも、必ずや我らが中隊長を救い出す!』 その信念を信頼していただきたい」

 

 「手紙には、あなた以外の部隊員はハイム少将と合流するとあるけれど?」

 

 

 ―――――――あぽーん……… 

 

 

 何と言うことだ! 東ドイツ最強第666戦術機中隊の武名で押し切ろうと思っていたのに、水の泡となってしまった!

 ファム中尉!!! あなたは良き上官ですが、今ばかりはお恨み申し上げますぞ!

 

 仕方ないので状況を整理してみよう。

 交渉事において、相手を見極めねばならない要素は二つ。すなわち、

 

 1.相手は嘘を言っていないか。

 

 2.相手に事を為す能力が有るか否か。

 世の中には信じられないアンポンタンがいて、出来もしないことを出来ると信じていたり、払えもしない金額を払えると思っている輩がいるのだ。

 前世、大戦末期の帝国最高統帥会議はそんな人間の集まりになってしまって、死ぬほど絶望したのは懐かしい思い出だ。

 

 さて、これを今の私にあてはめてみよう。1は、まぁいい。私も一応第666戦術機中隊。他の部隊員もいるよう思考誘導しようとしたのは事実だが、そう断定した訳ではないので嘘は言っていない。

 では2は? ズーズィ女史になったつもりで考えてみよう。

 

 『あら、天使みたいなお嬢ちゃん。翼の生えた本当の天使にでもなって、ベルンハルト大尉の元まで飛んでいくつもりかしら?』

 

 くっ! 幼女天使と化した今の格好が憎い!

 いや本当に飛んでいくつもりだが、実際『私一人でカウルスドルフ収容所を破れる』と信じる者など、それこそ信用できない者だろう。(正気を)

 

 

 

 「どうしたの? ターニャ・デグレチャフ上級兵曹」

 

 おっと、だいぶ長い間考えて、いや苦悩していたようだ。仕方ない、これ以上は時間の無駄だ。夜の潜入に備えて準備でもしよう。

 

 「いや、確かにお互い初対面で要求など、不躾でしたな。ともかくファム中尉の手紙は確かに渡しました。私はこれからベルンハルト大尉を助けるべく、独自に動きます。では、お互い国のために微力を尽くしましょう」

 

 そう言い残して私は去ろうと立ち上がりかけた。すると、

 

 「待ちなさい。はい、これ」

 

 ズーズィ女史は私を呼び止め、机にとある絵図面を広げた。それは、まさか………?

 

 

 

 

 



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第51話 アクスマン蠢動

 おいおい、アクスマン復活アンド悪巧みなんて俺しか喜ばないよ。自分しか喜ばないもの書いてどうすんだ、俺


 それはまさにカウルスドルフ収容所の詳細な絵図面であった。ここへ来た用件などを聞かれたが、雑貨店ですでに話してあったので用意していたらしい。

 私はそれで知能テストのようなものをやらされた。すなわち、絵図面を5分見て隠され、その絵図面に関する質問をされるというものだ。一回目は多少まちがえたものの、2回目からはもう淀みなくスラスラ言えるようになっていた。

 さらに錠の外し方や、警備などの細々した情報も教えてくれた。

 

 「なかなかに優秀ね。さすがアイリスディーナが目をかけるだけのことはあるわ。あなたの用事はこれでいいわね? じゃ、彼女のことは頼んだわよ」

 

 すると、今まで黙っていたイェッケルン中尉が口を挟んだ。

 

 「ま、待て! あえて黙って聞いていたが、お前たち正気なのか? 同志上級兵曹のみに、あのカウルスドルフ収容所から同志大尉の救出を任せるなど!」

 

 「その上級兵曹が自分で言っているのよ。何とかするのでしょう」

 

 ズーズィ女史は、イェッケルン中尉の当然の疑問をまるで意に介さず言った。いや、私もズーズィ女史が正気なのかは疑問だが、あえて問題にしないでくれたなら幸運だった。

 イェッケルン中尉は私に猛然と詰め寄った。

 

 「おい、どういうことだ!? 貴様ひとりで一体どんな勝算があるというのだ、同志上級兵曹!?」

 

 『魔術で空を飛んで救いに行きます』と言うか? 

 いや、私の安全とは別の意味で言えない。

 戦争神経症(シェルショック)を発症したとして、廃兵にされてしまう!

 イェッケルン中尉の雌獅子のような顔と声に迫られながら、何といい訳しようかと私が苦悩していると、

 

 「私が言っていいかしら? ターニャ・デグレチャフ」

 

 と、ズーズィ女史が救いを出してきた。

 いや、救われるのか? 私。

 

 「実は第666が襲撃されたことは手紙を読む前から知っていたのよ。こちらの独自の情報網でね。でもそれは、『あなたとエーベルバッハ少尉をのぞく全員が捕縛されてしまい、残り二人も間もなく捕まる』というものだった」

 

 「な! 第666が襲撃され、捕まっただと!?」

 

 おっと、イェッケルン中尉はご存知なかったか。しかしやはり、こちらの整備兵あたりに情報員を送っているな。

 

 「でも、その次の報告では、『捕縛にきたゲイオヴォルグ部隊を全滅させ、ヘルツフェルデ基地を出た』というものだった。その過程までは分からなかったけど、どうやらあなた方には我が国最強の陸戦兵すら全滅させうる手段が有るということね?」

 

 「な、なんだそれは!? 私は知らないぞ!」

 

 またまたイェッケルン中尉は猛然と私に詰め寄る。

 やっぱり救われなかったか、私。

 

 「落ち着きなさい、イェッケルン中尉。その辺の話を聞いてみたかったけど、どうやら秘密のようね。手紙にも書いてなかったし。

 ともかくファム・ティ・ラン中尉もあなたに情報を渡して欲しいと書いてきているし、何らかの成算があるのは確かなよう。

 その理由を探るのはまたにして、同志大尉のことは同志上級兵曹にまかせて私たちは私たちのすべきことをやりましょう」

 

 「そうだな…………。おい、その内ゆっくり聞かせてもらうぞ、同志上級兵曹!」

 

 やれやれ、取りあえず今は助かった…………か? イェッケルン中尉に何と答えるのか、考えておかねばな。、 

  

 ズーズィ女史は立ち上がり、言った。

 

 「私達はこれからベルグ基地に向かい、ハイム少将とこれからのことを話し合うわ。最初の予定よりだいぶ状況が変わってしまって、作戦を練り直さなきゃならないし」

 

 と、今度はイェッケルン中尉の方へ向いて言った。

 

 「ところでイェッケルン中尉、あなたは敗走したアクスマン中佐の居場所に心当たりはない? あなたなら、あいつを匿いそうな高官なんかも知ってそうだけど。

 あいつだけは………逃がさない!」

 

 ズーズィ女史は唐突にアクスマン中佐のことを聞き、思いっきり憎しみを吐いた。『スパイハンター』の二つ名を持つあの男、相当に恨みを買っているらしい。

 

 「知らんこともないが、今の状況で奴を追うのは無理だ。まずはモスクワ派に勝利すること。その事に全力を傾けるべきだ」

 

 「…………そうね。カウルスドルフ収容所の話をしたことで、あいつに捕らえられた同志たちのことを思い出してしまったわ。

 ……ねぇ、ターニャ・デグレチャフ。もし、あなたが本当にカウルスドルフ収容所からアイリスディーナを救い出せるというなら…………私たちの仲間のことも頼んでいいかしら? あそこにいる仲間を助け出すことは、私たちの悲願なのよ」

 

 「いや、それは…………」

 

 流石にそれは無理だ。アイリスディーナを救出したら、すぐハイム少将の元にいる第666中隊と合流しなければならないのだ。

 ただでさえ時間は足りないくらいなのに、とてもそんなことまで手が回らない…………

 

 

 

 

 ―――――いや、待て。本当に合流しなければならないのか?

 

 考えてみれば、ここはベルリン。革命の最終ゴール地点。

 

 倒すべき国家保安省の本部も、ドイツ社会主義統一党のいる人民宮殿、人民議会もここにある。

 

 そしてこれから行くカウルスドルフ収容所は、それらに恨みを持つ人間がいくらでもいる。

 

 もし、彼らを助け出し、上手くのせて革命に向かわせたならば…………?

 

 

 

 「……………冗談よ。あなたは同志アイリスディーナ・ベルンハルト大尉救出に全力を尽くしてちょうだい」

 

 おっと、私が考えこんで黙りこんでしまったのを、何か勘違いさせてしまったらしい。

 しかしズーズィ女史、私にそんな気遣いは無用です。

 

 「いいえ、引き受けましょう」

 

 「え?」」

 

 「私が、悪しき監獄『カウルスドルフ収容所』より、捕まっているあなた方の同志を一人残らず解放してみせると言ったのですよ」

 

 

 私は天使の如き微笑みを女史に向け、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡ 

 

 アクスマンSide

 

 「諸君、朗報だ。ゲイオヴォルグが壊滅したことは、どうやら事実らしい」

 

 私は国家保安省のハインツ・アクスマン中佐。国家保安省(シュタージ)ベルリン派の領袖である。

 ここは、とあるベルリンの地下壕。人間同士の戦いの前大戦時、第三帝国の総統殿は本土決戦を見据えていくつも地下壕を掘らせたが、これもその一つ。密かに発見したこれをモスクワ派の連中に知られぬよう確保しておいたのだ。

 

 我らベルリン派は崩壊しつつある東ドイツにおいて、崩壊後の先のために国家の主導権を握るべくクーデターを起こした。最初にもっとも邪魔なベアトリクス・ブレーメ少佐率いるヴェアヴォルフ大隊を潰すべく、奇襲をしかけた。が、我々の動きは読まれていたようで、逆撃を喰らい我が戦術機部隊ベルリン大隊は壊滅してしまった。

 だがこれは半ば予想していたことだ。私の部下達も優秀ではあるのだが、ベアトリクス・ブレーメ少佐は戦闘においては天才だ。戦術機戦闘ではかなわないことを見越して、第二の矢を用意している。

 奇襲が失敗した時点で早々に敗北を見極め、戦術機を放棄してモスクワ派を油断させた。さらに我々がベルリンを脱出した痕跡をいくつも残して、我々がベルリンにいないことを演出した。

 そして現在。特殊陸戦部隊「ゲイオヴォルグ」が壊滅したことを受け、いよいよ第二作戦を発動させる時が来たことを予感した。

 

 

 

 「アクスマン中佐、ではベルリン派陸戦部隊『グリューネハルト』を動かすのですね?」

 

 この陸戦部隊『グリューネハルト』こそ戦術機大隊『ベルリン』に代わる第二の矢。陸上戦闘の精鋭を集め、モスクワ派と西方総軍の間隙を抜く為の切り札。

 もっとも流石にゲイオヴォルグにはおよばないため、その調整に苦心をしていたのだが、いきなりその問題は無くなった。

 

 「そうだ。あのゲイオヴォルグがいないのなら、我々の動きに気づかれる可能性は限りなく低い。ブレーメ少佐がハイムと戦っている間に決めるとしよう」

 

 「了解しました。必ずや議会も人民宮殿も手中に収めてみせます!」

 

 そんな勇ましい副官ゾーネ君の言葉に、私はかぶりを振って応える。

 

 「何をいっているのかね。そんなことをしても、ヴェアヴォルフが戻ってきてたちまち制圧されるだけだ。我々の目標は別だ」

 

 「………は? いえしかし、ベルリン中枢を押さえないと、国家の掌握は出来ませんが?」

 

 「それはモスクワ派がやる。例えゲイオヴォルグが壊滅しようと、シュミットも後へは引けないはずだ。何より東ドイツには時間が無い。リスクを犯そうと、国家掌握は必ず強行するはずだ」

 

 「は? し、しかし、であるなら尚更我々は先行しないと! 東ドイツはモスクワ派の手におちてしまいます!」

 

 彼の質問にはあえて答えず、私は話を続ける。

 

 「さて、強行するしかないモスクワ派。しかしベルリンの制圧を担当するはずのゲイオヴォルグは無くなってしまった。代わりの兵を各地から集め、再編するには時間が足りない。ならばどうする?」

 

 「ヴェアヴォルフしかないのでは? 他にベルリンの制圧が可能な部隊などは有るとは思えませんし、西方総軍を撃破した後やるのでは?」

 

 「いいや、それでは時間がかかりすぎる。不都合なことは全て我々に押しつけたいのだろうが、時間がかかると無理が出てしまう。それに反モスクワ派の議員にも防衛対策の時間を与えてしまう。そんな愚はシュミットはおかさんよ」

 

 私の答えに、皆は大いにとまどい考える。

 

 「中央の守備隊を抜いて、ベルリン中枢を制圧するような練度の高い兵となると………時間を考えれば、そんな部隊などいるはずが………」

 

 私のいじわるな質問に大いにに困惑するゾーネ君はじめ部下の諸君。

 では、そろそろ核心を話そうか。

 

 「はっはっは。まぁ、分からないのも無理はない。答えを言おう。シュミットは国家保安省本部の守備隊を使ってベルリン中枢を制圧するつもりだ」

 

 「ほ………本部の守備隊ですか?」

 

 「そうだ。秘匿されてはいるが、実は国家保安省本部の守備隊はゲイオヴォルグと同じ訓練をした者で構成されているのだ。本部を鉄壁の守りにすると同時に、いざという時の切り札とするためにな。

 そして今、ゲイオヴォルグの消失した現在。シュミットも急いで国家掌握をせねばならない以上、自身の守りを薄くしてもアレを動かすはずだ。

 つまり奴らがベルリン制圧に動く時、国家保安省本部はかつてない程、警備が薄くなっているということだ」

 

 「す、すると我々の目標は…………?」

 

 「かの共産主義国家の大先輩、ソ連のかつての指導者スターリン書記長。彼は共産党の黎明時代、当時の指導者レーニンの遺体を押さえ、彼の代理人として共産党を掌握したそうだ。我々もそれに倣おうではないか」

 

 ゾーネ君は得心したようにニヤリと笑った。

 

 「成る程、さすがです、アクスマン中佐。国家掌握したモスクワ派を、そのまま我々が乗っ取るというわけですね? いや、実に痛快です!」

 

 「私の拙い策が諸君らの勤労意欲を高めてくれたのなら何よりだ。存分に働いてくれたまえ。

 陸戦部隊『グリューネハルト』の目標は国家保安省中央庁舎! エーリッヒ・シュミット上級大将の身柄は必ず確保しろ。中央庁舎の監視は怠らず、動きがあったらすぐ知らせろ。守備隊が出ると同時に、我々も中央庁舎制圧を仕掛ける!」

 

 

 

 




 ターニャ対アクスマン対シュミット!
 ベルリンを舞台に三つ巴の覇権争奪戦が始まる!

 果たして、最後の勝者は誰に…………?


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第52話 革命軍会談

 テオドールSide

 

 第666戦術機中隊、及び俺たちの同志の整備班らはヘルツフェルデ基地を出発。

 国家保安省だけでなく人民軍からも身を隠すため、大きく迂回したために一日をかけたが、どうにか翌々日には決起した西方総軍の陣地となったベルグ基地へと到着した。

 鹵獲したチュボラシカを見て警戒されたが、どうにか迎え入れてくれることに成功した。そしてヴァルターのおっさんを治癒室に預け、ファルカを捕虜として引き渡し、第666はブリーフィングルームにてこの決起の責任者、ハイム少将に挨拶をした。

 

 「ハイム閣下、お会いできて光栄です。第666戦術機中隊の次席指揮官、ファム・ティ・ラン中尉です。題666戦術機中隊はこれより閣下の指揮下に入ります」

 

 「うむ、高名な第666戦術機中隊を莫下に加えられることは実に光栄だ。ここへ来る直前、武装警察軍に襲われたそうだが、見事撃退したことはさすがの一言だ。多くの鹵獲した武器弾薬、及び戦術機は、我が軍に大いに役立ってくれるだろう」

 

 それはみんなターニャのお陰なんだが、ハイム少将にあいつのことを言うわけにはいかない。あいつはこちらの切り札のようなものだからな。アイリスディーナも、極力あいつの能力を周りに知られないようにしていた。

 

 「特に指揮車両。あれにある情報は、これからの交渉に………いや、これは彼らを交えて話そう。後にもう一組合流する。彼らが来るのはおそらく夜半すぎになるだろう。部屋を用意させるので、それまで休んでいてくれ」

 

 もうとっくに武装警察軍モスクワ派の連中と戦闘に入っているというのに随分悠長だ。

 外から見た感じだと、敵はあまり積極的に攻めてきているようには見えない。

 ウチを襲撃に来た連中が全滅させられたことの影響か?

 それにしてもハイムは不穏なことを言いかけていたな。

 『これからの交渉』とか。まさか、国家保安省と交渉などするつもりか? 

 となると、国家保安省をぶっ潰すつもりの俺たちと、方針が違ってしまうことになる。

 だとすると、まずいな…………。

 

 

 

 

 

 

 

 ハイムの使いが俺たちを呼びに来たのは、真夜中をまわっての時間だった。もう一組の勢力というのが、いま合流したらしい。第666でこの会議に出席するメンバーはファムと俺、それにカティアだ。カティアは西ドイツの状況に詳しいので出席させた。

 ブリーフィングルームへ着いた俺たちは、そこで以外な人物と再会した。

 ベルリンで別れた俺たちの政治将校グレーテル・イェッケルン中尉だ。

 

 「イェッケルン中尉! ご無事だったのですね」

 

 「ああ。政治総本部は国家保安省に襲撃され陥落したが、私は彼らのお陰で逃げることに成功した。そちらの状況は聞いている。武装警察軍の襲撃にあい、同志大尉はさらわれ、リィズ・ホーエンシュタインは裏切って死亡したそうだな」

 

 リィズを裏切り者呼ばわりされて俺の心は痛んだ。確かにその通りなのだが、最期には俺を助けたりもしたのだから。

 俺たちの政治将校グレーテルと一緒にいるのは、髪で顔を半分隠した女をリーダーとした数名のグループだった。彼らをハイムが紹介した。

 彼らこそ、この国の反体制派。アイリスディーナの裏の同志の者たちだ。

 リーダーの女の名前はズーズィ・ツワプ。彼女はアイリスディーナを奪われたことにお怒りだった。もっともゲイオヴォルグを全滅させたことで、強くは言わなかったが。

 

 俺たち第666中隊と彼女ら反体制派の紹介が終わったところで会議は始まった。

 だが、会議前から危惧していた通り、ハイムは国家保安省と取り引きし、和睦するつもりだった。その意見に最も強く反対したのが、反体制派リーダーのズーズィという女だ。

 

 「なっ! 閣下は国家保安省と取り引きなどするおつもりですか!? やつらは第666中隊の襲撃が失敗したことで弱腰です! 今ならベルリンへ突入することは可能です!」

 

 「そうだな、国家保安省に関してはその通りかもしれん。だが、ベルリンに入ったとてそれからどうする? 市民や他部隊が我々を支持し、支えてくれねば我々は立ち枯れだ。

 この革命は『市民や他部隊への呼びかけをベルンハルト大尉が行う』という前提あってのものだ。長きにわたり、困難な任務をいくつも成功させ、我が国を守ってきたベルンハルト大尉が革命の象徴になってこそ、この革命は成功する。このまま我々がベルリンに入っても、東ドイツは果てしなき内戦になるだけだ。

 そして今現在、BETAが新たな大挺団を形成し迫ってきているという情報も入った。このままでは内戦の最中、ベルリンがBETAに侵入されるという事態になってしまうだろう」

 

 正論だ。だがこの国の病巣、国家保安省を倒せるのは今だけだというのも事実だ。親父やおふくろを殺し、リィズを歪ませた国家保安省。俺はどうしてもやつらを許せない!

 

 「国家保安省と交渉など! シュミット長官はあらゆる謀略の達人です。多少有利な条件を引き出せたとしても、将来は潰されるだけです!」

 

 「だが国家保安省を潰すことに、我が国の命運を引き替えにすることは出来ん。我が国は国家保安省による恐怖政治が浸透しすぎており、国民全てが強い猜疑心に縛られている。革命にはその猜疑心を打ち消す強い象徴が必要なのだ。そしてその象徴となるベルンハルト大尉がいない以上、私は国家防衛の任を負った軍人としてこれ以上の戦闘行為に同調することはできん」

 

 「それなら! 我々がベルリンに入った後、カウルスドルフ収容所からベルンハルト大尉を救出すれば!」

 

 「彼女がすでに殺害されていたらどうする? 混乱するまま、BETAをを迎えねばならん」

 

 アイリスディーナ救出にはターニャが当たっているが、ハイムが味方になるか不明な以上、あいつのことは話せない。それに話したとしても、聞いただけでは成功の可能性はゼロだ。

 ファムや反体制派の人間、それにハイムの幕僚までもハイムを翻意させようと懸命に説得するが、ハイムの意志は硬い。

 ここまでなのか? この国を変えるというアイリスディーナの夢は………

 

 

 「待って下さい、ハイム閣下。革命の象徴が必要というのなら………シュトラハヴィッツ中将はどうでしょう?」

 

 突然にカティアがそんなことを言い出した。

 アルフレート・シュトラハヴィッツ中将。かつて幾たびもBETAの東ドイツへの侵攻を防いできた名将であり、東ドイツのみならず欧州でも知らぬ者のいない英雄であった。しかしクーデター計画が発覚し、東ドイツでは、その存在が抹殺されている人物だ。

 カティアが今、その名を出したということは…………

 

 「なるほど、生きた英雄に縋れないなら死んだ英雄にか。しかし残念ながら死者を旗頭に戦うのは不可能だ。彼は東ドイツの大いなる英雄であり、私の友人であった。しかし弔い合戦をするにしても時がたちすぎている」

 

 「―――いいえ、彼の名は………魂はまだ死んでいません。彼を象徴として甦らせる方法はあります。私の名前………カティア・ヴァルトハイムは偽名です」

 

 「なに?」

 

 「私の本当の名はウルスラ・シュトラハヴィッツ。あなたが友人と仰ってくれたアルフレート・シュトラハヴィッツ中将の娘です!」

 

 

 

 元々、カティアが『西ドイツから東ドイツへ亡命する』などというトチ狂った行動をした理由は、東ドイツにいる父親を捜すためであった。

 その父親こそ、粛清されたかつての東ドイツの英雄アルフレート・シュトラハヴィッツ中将。

 西ドイツの衛士であったカティアを、アイリスディーナが強引に第666中隊に入れたことで一時期相当怪しまれた。しかし、同時期に入ったターニャが特殊な能力を持っていることで国家保安省の注目はターニャに移り、カティアは無視されるようになったのは大きな幸運だった。

 カティアこそが西ドイツと東ドイツを結ぶ架け橋にしようと、アイリスディーナが隠し続けていた”切り札”だったのだから。

 ハイムやイェッケルン中尉が幾つか質問をして、カティアがシュトラハヴィッツの娘だというのが確かなものだと確信すると、ハイムは大きく頷いた。

 

 「ウルスラ、君は”革命の象徴”となる覚悟はあるのかね? 一度なったら降りられず、長く困難な生涯を歩むことになる。”象徴になる”とは、そういうことだ」

 

 「はい。私の名がこの国を救うために役立つのなら、私自身はどうなっても構いません」

 

 「『どうなっても』は困るな。君には革命の象徴として、生きて頑張ってもらわねばならないのだから」

 

 カティアにハイムは優しく微笑みかけた後、俺たちに向き直り大きく号令した。

 

 

 「これより我々は革命軍として動く。ベルリンへと進撃し、いまだ武装戒厳令を敷いている国家保安省から解放する。

 作戦名は”聖ウルスラ作戦”!」

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 グレーテルSide

 

 その後、おおまかな将来の設計。反体制派との意志の調整などを経て、”聖ウルスラ作戦”ことベルリン進撃作戦は計画された。

 深夜明け方近く、第666戦術機中隊は対峙しているヴェアヴォロフに奇襲。陣を大きく乱した後、西方総軍の本隊がたたみかけ、第666中隊は突破をはかる。

 戦闘の隙を縫い、別働隊である反体制派は、カティアを連れてベルリンへ侵入。国営放送局を制圧し、市民や東ドイツ軍に呼びかけを行う、というのが大体の流れだ。

 

 そして明け方。第666戦術機中隊は出撃しヴェアヴォロフの奇襲に入り、同志ヴァルトハイム少尉改め同志ウルスラ・シュトラハヴィッツとそれを守る反体制派グループも出発した。

 だが、私はまだ基地にいる。ハイム少将閣下から別に任務を受けたからだ。

 

 「すまんな、第666の戦力を削るようなマネをしてしまって。だがこの任務を任せられるほど内政に詳しい人間は君しかいないのだ」

 

 「お気になさらずに。私などいなくとも、私の仲間は立派に任務を成し遂げてくれます。こちらの任務も重要ですから」

 

 私の任務は密かに接触してきた西ドイツの使者と会って、我々の意思を伝えること。この会談で、革命後の協力体制を作り、共にBETAに当たることが目的だ。

 現在、西ドイツの使者を東ドイツに密入国させている最中なので、予定時刻まではかなり間がある。この戦いの結果の一部を見てから出発しようと待機している。

 だが、奇襲は予定よりはるかに少ない戦果しかあげられなかった。

 敵の鉄壁ともいうべき防御は崩せず、戦況は午前の半ばを過ぎても好転しなかった。

 

 「戦況はどうだ、グラーフ」

 

 ハイム少将閣下がオペレーターをしている副官に戦況を聞いた。

 

 「良くありませんね。被害はさほどでもないのですが、敵の陣形が固くなかなか破れません。第666中隊も攻めあぐねています」

 

 ブレーメ少佐は同志大尉も認める名指揮官だが、やはり攻撃はいなされてしまったか。

 

 「………連中、今まで積極的に攻めてこなかったことで気づいてはいたが、やはり時間稼ぎか。連中は、国家保安省がベルリンを武力制圧するまで、我々をここに釘づけにすることが目的のようだ。

 やむを得ん。30分後、部隊を強引に進ませ第666中隊を突破させろ。被害は大きくなるだろうが、このままではウルスラが危険だ」

 

 「はっ! 了解しました。30分後、積極攻勢をするよう、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』に指示を出します」

 

 積極策か…………。この結果を聞いたら出発しよう。西の天秤をこちらに傾けるためにも、できるだけ良い結果が出ればいいが。

 

 

 「な、何!? どういうことだ、それは!!」

 

 突然、戦況報告を聞いていたハイム少将閣下の副官が叫んだ。

 積極攻勢が裏目に出たのか?

 いや、まだ30分経っていない。積極攻勢には、まだ入っていないはずだ。

 

 「どうした、グラーフ。戦況に何か異変があったのか!?」

 

 ハイム少将閣下は副官の動揺にも泰然とし、尋ねた。

 

 「は、はい、我々と対峙していたヴェアヴォロフ大隊が突然戦闘をやめ、急速反転したと入りました! ベルリンへ引き返していったとのことです!」

 

 ――――――!!?

 

 「どういうことだ? 例えベルリンを制圧できたとしても、我々をここへ押し止めるために戦闘は継続せねばならないはずだ。…………とすると、逆か。ベルリンの状況を探れるか?」

 

 「はい、ベルリンにいる同志に連絡をとってみます」

 

 副官が指示をだし、数分後。やがて連絡は来た。

 

 「……………………………な、なんだとぉ!? どういうことだ、言っている意味がまるで分からないぞ!!」

 

 それを聞いたハイム少将の副官はまるで聞いたこともないような声をあげた。彼は泰然自若とした軍人然とした人間で、こんな取り乱した声を上げるようには見えなかった。

 つまり、ベルリンではよほどのことが起こったらしい。

 西ドイツの使者に話せる事態だといいが。

 そして、その彼とのつき合いの長いハイム少将閣下も、彼の様子に驚いている。

 

 「どうしたグラーフ! 意訳しなくていい、報告をそのまま言え!」

 

 「は、はい。国家保安省は反社会主義の声明を出したそうです! それを受けた人民政府の攻撃により中央庁舎は崩壊。シュタージ本部は消滅したとのことです!」

 

 

 …………………ダメだ。こんな事態、上手く説明する自信がない!

 

 

 

 

 

 




ベルリンに異変あり!
そこでは何が起こっている?

次回より、真相が語られる!


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第53話 革命の序曲

 ※第666戦術機中隊とヴェアヴォルフとの戦闘が起こった日の明け方に戻ります。 

 

 

 

 幼女も眠る午前1時。しかし私は眠らない。

 『イェッケルン中尉とズーズィ女史は無事にベルグ基地へ着いただろうか』などと思いながら、魔導飛行中。ベルリン郊外の軍用車より飛行してきて、カウルスドルフ収容所上空に到着。

 格好はもちろん昼間の幼女天使な一般人の格好ではなく、衛士強化装備。人の顔も私の髪も光るため、頭にはマスクとゴーグルだ。

 前世の航空魔導師時代には、このような強襲偵察任務もよくやったものだ。

 高度を下げ、事前に目星をつけた中央管理棟の屋根へと降り、その中央に立つ。

 メインコントロールルームが最上階に有るというのはいい。普通の人間ならたどり着くのが一番困難でも、空を飛んできた私には一番簡単に到着できる。

 屋根の一隅に高性能爆薬を仕掛ける。仕掛け終わったら、魔術で周囲の空気をできる限り薄くする。周囲に響く爆発音、倒壊音を消すためだ。でははじめよう。スイッチオン!

 

 ボォォォォン……………

 

 天井を爆破し、穴を開けた。

 そこから突撃銃を構え、素早く中に入る!

 付近を一瞬で見回し、その場にいる人物を射つ! 深夜のせいか、広さの割に二人だけだった。

 

 「君たちもここに入れるということは、この国の勝ち組。相当なエリートだったのだろう。まぁ、これから転落するかもしれないが、強く生きてくれ」

 

 私の使った突撃銃は不殺用に術式で仕掛けをしてある。貫通力を極限までおさえ、衝撃は体全体に拡散するように。

 大義をかかげ革命を成そうとする身には、同国人の軍人でない者を襲撃して殺害するというのは、いかにも外聞が悪い。故にこの襲撃には”ぬるい”相手はできるだけ殺さないことに決めたのだ。

 

 私は二人を拘束すると通信機、そして厳重そうな扉の電子錠を破壊。これでこの部屋は天井からしか入れなくなった。侵入者よけの”返し”などあったから、私以外の人間はさぞかし苦労するだろう。

 さて、これで作戦第一段階は終了。私は棚にかかっている全てのマスターキーを手にし、そして再び天井から外に出た。異変を知ったならば、真っ先にここへ入ろうとするだろうから大いに時間が稼げる。

 

 さて、いよいよ作戦第二段階。『アイリスディーナのお部屋訪問』だ。

 アイリスディーナのいる政治犯収容棟へと向かい、光学迷彩術式で姿を消して侵入。その棟の警備詰め所を襲撃して制圧し、看守を拘束。何とはなしに監視カメラを見てみると、知った顔が映っていた。

 ノィェンハーゲン要塞守備兵だったヒゲモジャ戦車帽『クルト・グリューベル曹長』だ。もっとも今は戦車帽もなく、ヒゲも剃られているが。

 私は早速その房へ向かった。

 

 

 

 

 「…………ターニャ・デグレチャフ上級兵曹? なんでここに? あんたも捕まった………わけじゃないよな。看守もいないし、衛士強化装備だし」

 

 そこの房の扉を開け、私が挨拶すると、クルト曹長はじめそこの囚人の方々は皆、あっけにとられた顔をした。

 深夜に男性だらけの房に訪問など、東ドイツの淑女たる私にはいかがかとも思うが、これも大義のため私の将来のため。淑女の矜持を曲げても、やらねばならないこともあるのだ。

 

 「お久しぶりですね、グリューベル曹長。私の保安隊殺害の件を知られていたのだから、当然にそれを隠匿したあなたや他の方々もここへ、という訳ですか」

 

 いい加減、これだけのマスターキーを持っているのは大変だった。肉体を魔導強化してあるとはいえ、重くてしょうがない。この棟の政治犯を解放するのはアイリスディーナを助け出した後の予定だったが、彼と彼の仲間を使って、先に解放することにした。では、改めて。

 

 「喜びたまえ、諸君! たった今、この監獄全ての囚人の刑期は満了した。刑期の終わった諸君らには新たな仕事に従事してもらう。”革命”だ!」

 

 私の言葉についていけない顔をしたクルト曹長やその他の囚人にマスターキーを渡し、まず信用のおける者を解放するよう促した。

 

 「な、なあ。あんただけでこんな………。警備のやつらはどうしたんだ? この先の勝算はあるのか?」

 

 「この棟は、地下以外の看守、警備兵は全員拘束しました。私の隊長の救出が優先ですが、ここの政治犯を全員解放してここを拠点とします。警備詰め所に拘束した警備兵がいますので、彼らの装備からあなた方の武器を調達しましょう」

 

 クルト曹長は尚も話についていけず、呆然と私についてくる。簡単に私と第666戦術機中隊が、国家保安省のクーデターに乗じて、反体制派の活動をはじめたことを説明した。

 さて、人手もできたことだし、いよいよアイリスディーナの解放といこう。 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 アイリスディーナSide

 

 ―――あれは突然の出来事だった。

 

 一昨日、第666戦術機中隊は重光線級の光線級吶喊を行ったが、その際、私はレーザー照射の余波による衝撃で重傷を負った。

 その療養のため、ヘルツフェルデ基地の後方の格納庫で休養していたのだが、突然に陸戦部隊の襲撃を受けてしまった。デグレチャフから襲撃の可能性を聞かされていたので、部隊員にはそれなりの準備をさせていた。しかし敵の数は予想以上に多く、練度も高い部隊であったために我々は為す術もなく全員捕まってしまった。

 その後、私は気絶している間に一人だけベルリンのこの収容所へ運ばれたらしい。

 要するに、何も出来ずシュタージの奴らにしてやられてしまったというわけだ。

 

 

 

 

 ――――そして現在

 

 

 猛烈な寒さに私は苛まれている。極度の低温の地下独房で全裸で座らされているからだ。

 私の前にはここの尋問官という男と、その部下数名が暖かそうなコートを着て嗜虐そうな笑みをうかべながら立っている。

 

 「なかなかに強情ですな。おとなしく協力していただけるなら、暖かい暖房器具をご進呈さしあげてもよろしいのですが」

 

 私の尋問官はそう言うが、私はそれに屈する気はない。奴らに屈する気が無い以上、ここの番人などに会話することさえ体力の無駄だ。故に彼には一切話かけず、黙り続けた。

 

 「…………まぁよろしいでしょう。『どんな手段を使っても吐かせろ』とは命令されてはおりませんし、ブレーメ少佐からもあなたは『いじるな』と言われておりますしね。

 英雄殿にここの素敵な尋問でもてなしたいところですが、実に残念です。ですが、ここにいる間はそうやってふるえていて頂きましょう」

 

 直接的な拷問などはしないらしいが、ここの独房はかなりの低温。寒さが猛烈な痛みとなって私を苛む。手足を凍傷で失うかもしれないが、それでもかまわない。私はここで果てる覚悟をきめ、目を瞑った。

 

 

 

 

 ――――『はははははははははははははは』

 

 ―――――!?

 

 突然に、独房の外から笑い声が聞こえた!

 それは一人だけでなく、何人、何十人もの人間が一斉に笑い声をたてているのだ!

 

 『アハハハハハハハハハハハハハ!』

 『ハーッハハハハハハハハハハ!』

 

 なんだ、これは。これも責め苦のひとつか!?

 

 

 「おい、何を笑っている!? いったいそこで何をやっているんだ!?」

 

 尋問官も本気であせっている。やはりこれは、彼も知らないことらしい。

 そしてその声も、彼の問いに答えることなく、尚も笑い続けている。

 

 「外を見てこい! 何かの病気かもしれん。気をつけろ!」

 

 彼は近くに待機していた部下に命じた。

 

 「はっ、ただいま向かいます!」

 

 そう言って扉の錠を外し、扉を開いた瞬間―――――

 

 ―――ガッ! ドッ!

 

 一体の子供のような影が物凄いスピードで室内に入り、瞬く間に尋問官、およびその部下を昏倒させた。

 

 

 (……………来るかもしれんとは思っていたが、こうも早いとはな。お前を中隊に迎え入れた時、私の道のヤマになると予感したが………正しくその通りになったということか)

 

 

 衛士強化装備を着たその見慣れた幼女は、私の前に立って敬礼をした。

 

 「お久しぶりです、ベルンハルト大尉。只今お迎えにあがりました」

 

 「よく来たな、同志ターニャ・デグレチャフ上級兵曹。ずいぶん早かったな。襲撃からほぼ時間を置かなかったんじゃないか? 他の中隊の皆も無事なのか?」

 

 「はい、いえヴァルター中尉だけは重傷ですが、他は無事で現在ハイム少将の元へ行っています」

 

 「…………そうか。で、外の笑い声は何なんだ?」

 

 「ああ、”策”ですよ。ここの扉を無理矢理開けたら、その瞬間あなたを殺害することも考えられます。故にこのように笑い声をたて、外へと注意を引き、扉を中から開けさせて侵入をはかったというわけです。

 グリューベル曹長、笑いをやめてよし!」 

 

 

 こうして私は救い出された。ここへ連れてこられた時は死をも覚悟していたが、大した責め苦も負わず、一日寒さに震えただけだった。もっとも、ここへ来る前に負った衝撃による負傷はそのままで、この棟の職員の部屋の一室で寝かされている。

 

 「我々はこれから他の棟と外周の警備を制圧し、カウルスドルフ収容所の完全制圧をはかります。同志大尉はここで休んで、数時間後までに声だけは出せるよう回復していてください」

 

 「逃亡はせず、ここを制圧? 何をするつもりだ、デグレチャフ」

 

 「革命ですよ。外では再びBETAの大規模侵攻が来てしまい、内乱に時間はかけられません。故に、今日中にドイツ社会主義統一党と国家保安省を倒し、我々が東ドイツの実権を握って西ドイツ軍と連携し、これに備えなければなりません。

 ベルンハルト大尉、出番が来たら休むことなどできなくなるでしょうから、今はしっかり休息をとっていてください」

 

 ――――正気か? 今日中にドイツ社会主義統一党と国家保安省を倒すなど!

 

だが、考えてみれば私の救出も困難なはずが、たった一日で成し遂げてしまった。

 

 よかろう。この地下独房で果てるはずだった身だ。

 

 ターニャ・デグレチャフ。

 

 

 お前の為す『革命』に乗ってやろうではないか――――

 

 

 

 

 

 

 

 




燃え上がる幼女革命ロマン!
今夜、東ドイツ革命の火蓋は切られた!


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第54話 ベルリンの空で真実を叫んだ幼女

 重要政治犯の集まるこの棟を制圧すると、名のある反動分子の方々が大勢いた。アイリスディーナから彼らの詳細を聞き、最も指揮能力が高いと思われる人物に他の棟の制圧は任せた。

 私は最大の戦力のある外周部警備隊の制圧だ。さすがに彼ら相手に”不殺”などぬるいことは言ってられないので、”完全殺る気モード”だ。

 

 まずは歩哨に立っている二名をナイフで一閃! 音も無く殺害した後、臨時に編成した部隊を引き入れる。警備隊の待機室へ踏み込み、混乱した警備隊員らをレッドカーペットにした。

 その後サーチアンドデストロイを徹底し、外周部警備隊を殲滅してそこの武器や装備を無傷で手に入れた。流石に襲撃者や脱走囚を容赦なく討ち取るための装備、そこらの武装警察軍と戦える程に潤沢だった。

 

 その後、制圧に手間取っている地点へと赴いた。この頃になると私たちの反乱にも気がつかれ、派手に銃撃音などをたてて抵抗してくる。

 こうなると無線を封鎖しているとはいえ、外部に知られるのも時間の問題。外部から反乱鎮圧部隊など送られる前にケリをつけるため、容赦なく抵抗勢力を消してまわった。結果、夜が明ける頃には収容所の完全制圧は成った。鎮圧部隊なども覚悟したが、静かすぎる程に何も来ない。

 最後の抵抗を処理した私に声をかけた人物がいた。

 

 「よいかね、同志デグレチャフ」

 

 「なんでしょう、同志ゲッフェン」

 

 この人は学者で、国の改革の論文を出したことからここに入れられたそうだ。私は全く知らんが、アイリスディーナはじめ多くの反体制派の者が尊敬しているので、偉い人…………らしい。

 

 「何故、君は看守や警備の者を容赦なく殺すのかね。彼らも同じ国の人間。現体制の打倒が成った暁には共に国を守る者となるべき人間だ。そこまで徹底して殺さずとも、少し時間をかければ何人かは殺さずにすむのではないかね」

 

 「その通りです。私もそう思い、最初はそうしていました。しかし今はその時間がおしい。未来の人材より、国家保安省が鎮圧に来るまでにここを完全制圧し、外に打って出なければなりません。 

 悲しいことに、現在敵である彼らの命より、時間は貴重なのです」

 

 彼はしばらく私をじっと見ていたが、やがてやさしく言った。

 

 「………すまなかった。私には君と同じくらいの娘がいてね。君が銃を取り戦うことに少し感傷的になってしまったようだ。もっとも、あの子には戦闘など無理だろうが」

 

 「違いますよ。ウルスラは私より二つも年上です。この年の二歳はかなり大きいものです」

 

 「な、なに!? おい、同志デグレチャフ!」

 

 私は彼に背を向け、看守や警備兵その他の死体からも目を背け、ここに常備してあるバラライカに向かい走った。 

 まったく痛い正論を言ってくれる。ゲイオヴォルグを全滅させたことを思い出してしまったではないか。

 それに彼のことは知らなくても、『ゲッフェン』という姓には聞き覚えがあった。ウルスラがこっそり教えてくれた彼女の本当の姓だ。ああ、畜生。名を消されるなど、かなり有名な反動分子というのは予想できたが、まさか彼女の父親がここにいたとは!

 色々な感情を振り切るように私は走った。

 思いがけずウルスラの父親に出会ってしまったこともだが、職務に正しき同国人を殺して廻っていることにも、かなりの胸の痛みを覚えている。あのゲイオヴォルグでさえ。

 

 全滅などやっておきながら、実は私はゲイオヴォルグの彼らに敬意を抱いている。彼らの掲げる『社会主義による統制』という正義は激しく否定するが、彼らの『組織の犬』という生き方だけは、私に否定することはできない。

 私自身、前世、前前性と『組織の優秀なる犬』となるべく生きてきた。『任務』という壁を乗り越えるには、人の心のままでは足りない。『人の心』などと甘えて為せるものではないのだ。『犬』に徹する者だけが到達できる領域が、確かにある。

 私が共産主義、社会主義を否定し彼らと敵対するのは、前前性で歴史を俯瞰し、その行く末が多くの悲劇を撒き散らした上での破滅しかないと知っているからだ。BETAとの戦いのあるこの世界において、人類を破滅させてしまう思想であると知っているからだ。その知識が無ければ、彼らと共に非道な行為をしていたかもしれない――――――そんな予感がある。

 心は痛めども彼らを、そしてここの看守や警備兵たちを説得する言葉を持たない私は、死をもたらすしかない。故に彼らに与えた弾丸は、憎悪でも裁きでもない、苦痛をできる限り与えない慈悲の弾丸だ。

 

 

 私が鹵獲したバラライカの前に着くと、そこにはアイリスディーナとクルト曹長がそれぞれに編成した部隊と共にいた。

 

 「ベルンハルト大尉、もう起きて大丈夫なのですか?」

 

 「ああ、国を変えることのできるこの瞬間、これ以上寝てなどおられん。

 で、私は放送局に行き、市民への呼びかけをするのだな?」

 

 「ええ、一度は潰れた計画を墓場から甦らせて再び、という訳ですね。そしてグリューベル曹長は………」

 

 「”ベルリンの壁”だな? 俺は」

 

 「貴官がもっとも適任と思い、推薦した。あれこそは、暴力と監視システムの統制国家であるこの国の象徴。あれを破壊してこそ、この国の支配体制を揺らがせることが可能だろう。東ドイツ国民を解放するための奮戦を期待する」

 

 この東ドイツには他の共産国と違い、わかりやすい弱点がある。それが”ベルリンの壁”だ。

 何故こんなものができたのか。前大戦終了後、ドイツはアメリカとソ連に分断統治されることになった。アメリカ主導の西は資本主義国。ソ連主導の東は共産国家。しかし首都ベルリンだけは、どちらの統治も受けずに東側と西側の往来は自由であった。

 ところが、東側の住人は西へ出て行ってしまう人間が後を絶たず、10数万人もの人間が行ってしまい、東ドイツは国家運営さえ困難になってしまった。その結果、国民を囲い込むためにこの壁を造ったのだ。

 この一事は共産主義など絵空事の理想であり、実際の国家運営は資本主義より劣等であるとの証明ではあるのだが、それを覆い隠すための役割が”ベルリンの壁”だ。

 これは東ドイツだけでなく、ソ連をも含めた東側の全共産国家の恐怖の象徴と弱点でもある。私の知る前前世でも、”ベルリンの壁”が崩された途端、東欧諸国の共産党は全て倒れ、ソ連さえも終焉を迎えたのだから。

 

 「まかせておけ! 俺らを踏みつけてきた鬱憤を全て、あの壁にぶつけてやる!

 あの時、あんたのことを隠蔽した罪で俺も仲間も随分な目にあった。だが、やはりあんたに賭けてよかったよ」

 

 「………そうか。では、私はこのバラライカで都市警備の戦術機の全てを引きつける囮を引き受けよう。警戒している戦術機が、私に引きつけられた頃合いで出発したまえ」

 

 「…………いいのか? このバラライカはお前に合わせての機体調整をしていない。乗っても、たちまち撃墜されるだけだぞ」

 

 と、アイリスディーナは心配そうに言った。

 

 「ご心配なく。勝算はあります。第一次操縦権は奪われないよう整備してくれましたね? では、行ってまいります!」 

 

 収容所を後にし、私は奪ったバラライカで国家保安省の中央庁舎を目指した。

 それにしても、中で銃撃戦などやったというのに外部の動きがやけに遅い。制圧部隊どころか偵察すら送ってこない。

 ………いや、今現在、国家保安省はクーデターであちこち制圧に動いているのだったな。ということは、その間隙を上手く突くことができたのか。

 途中、ベルリン警備のバラライカ、チュボラシカ等の戦術機部隊が来た。

 しかし、全て撃墜。簡単すぎるとお思いだろうが、実際簡単なのだからしょうがない。弾を魔導の爆裂術式を込めたので、当たれば一発で撃墜。さらに熱源誘導術式も込めたので、よく狙わなくても戦術機の噴射口めがけて勝手に飛んでいって当たってくれる。

 さて、そうして大した苦も無く中央庁舎付近の上空へと来た。ここに来た時にも三機ほど向かって来たが、全て撃墜。

 

 では始めよう。国家保安省など腐ったドア。思いっ切り蹴飛ばして時代を開けてやろう。

 と言っても中央庁舎を術式弾で破壊するわけではない。さすがにこれだけの建物を破壊するには火力が足りない。さらに国家保安省の建物ともなれば襲撃に備え、特別に頑丈に造られていることだろうし。それに国家保安省の職員とはいえ、非戦闘員を大量に殺したならば後の大義が大きく傷つくことになる。大義は大事だ。それを失えばせっかく悪しき現政権を倒しても、第三者に権力を奪われる。そして大罪人である私たちが銃殺されるまでがワンセット。

 

 故に私の選択した武器は銃ではなく演説。

 

 民主主義の正当たる武器の言語によって、大衆に訴えかけよう。

 

 ――――音量増幅術式展開。

 

 私の声を戦術機の外でベルリン中に響かせるほどに増幅。

 

 演説などガラではないが、コミーの面目を大きく潰せるなら政治屋の真似事もしよう。

 

 そうだ! せっかく国家保安省の本部の空なのだから、奴らの名を騙ってやるか。

 

 『国家保安省が、反社会主義宣言及び政府批判!』

 

 うむ、実にシュールで素晴らしい光景となることだろう。

 

 もはや二度と反革命罪だの国家反逆罪などで国民を逮捕など出来なくなる。素晴らしいことだ。

 

 さあ聞け。今までコミーに頭を下げ続けてきた、私のたまりにたまった鬱憤を!

 

 

 

 「全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義は糞である! 糞の塊である!!

 資本主義に遙かに及ばない、失敗の約束された愚か者の思想である! そのような思想で出来たこの東ドイツも、大いなる失敗国家である!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 と、言うわけで国家保安省の反社会主義宣言はターニャの仕業でした。
ターニャのこの暴挙に対し、国家保安省は………?


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第55話 アクスマンとシュミット

 共産主義――――

 

 それは労働者の立場が弱く、ひたすら経営者に虐げられた時代に生まれた思想の徒花。

 

 『経営者が労働者を搾取するなら、経営者がいなければいいじゃない。世界全ての人間が等しく労働者となり、平等になろう!』という思想はたちまち世界中の低所得層の共感を得て、世界中に広がった。

 

 だがその思想に基づく社会主義経済は破綻し、共産圏の国家は全て強権による独裁国家となってしまった。

 

 理由は簡単だ。組織も経済も巨大になればなるほど調整役というものが必要になる。

 

 『全てが労働者』などという頭の無いたわけた組織は、船長のいない大船と同じ。行き当たりばったりに進んだ末に沈むだけ。

 

 故に共産主義国家とは理想と真逆に、強権によって自国民を縛ることでしか存在できない、儚い夢のような国家なのだ。

 

 そして今、この国家保安省中央庁舎の上空にて、私はその夢を醒ますべく声をあげる!

 

 「全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義思想は糞である! 糞の塊である! 資本主義に遙かに及ばない、失敗の約束された愚か者の思想である! そのような思想で出来たこの東ドイツも大いなる失敗国家である!」

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠ 

 

 アクスマンSide

 

 私は国家保安省ベルリン派の領袖ハインツ・アクスマン。

 夜明け前、国家保安省本部よりベルリン中枢を襲撃する部隊が出発した後、我々は作戦を決行した。

 まず、本部の通信を統括する施設へと忍び込んだ。そこで現在の状況を調べていると、その調査に当たっていた部下が報告をしてきた。

 

 「アクスマン様、カウルスドルフ収容所より暴動が起こったそうです。その対応を求める連絡が物凄い量で来ています」

 

 「なに? 間が悪いことだ。だとしても我々の行動を中止するわけにもいかん。外部との繋がりは全てカットしろ」

 

 国家保安省の人間としては反乱など見過ごしたくはないのだが、今は最大に手が離せない。被害は多少大きくなろうとも放っておくしかない。

 その後、本部の主要な場所を押さえるべく部隊を各所へ送った。

 

 

 

 襲撃作戦は大いに成功した。本部の本来の守備はやはりベルリン中枢の制圧に出ており、二線級の者しかいなかった。そんなものが我がベルリン派陸戦部隊グリューネハルトに通用するはずもなく、易々制圧され、いくつかあった本部の警備装置も解除し、シュミットのいる長官室へとたどり着くことができた。

 シュミットは何やら電話応対の最中であった。この本部の通信は全てカットしたはずだが、どうやら長官室の電話は、ここの通信施設とは別に繋がっているらしい。

 相手の方にはご遠慮してもらい、通話を切らせた。

 さて、シュミットにはレーニンよろしく生きた道具になってもらおうと、銃を突きつけた瞬間のことだ。

 

 『国家保安省は宣言をする! 社会主義は糞である! 糞の塊である!』

 

 などと、外から大音量でとんでもない声が聞こえた!?

 そして延々と政府批判、社会主義批判の演説が始まった。

 あの幼女の声は聞き覚えがある。なるほど、とんでもないことを考えたものだ。

 国家保安省は国家の社会主義体制を守るための存在。

 それが国家の社会主義体制批判などを宣言などしては、存在することは出来ない。

 そしてたとえ幼女の声であろうと、この国家保安省本部より発せられては誰もが国家保安省の声明と信じざるを得ないだろう。

 

 「いやぁ、ヘタを打ったものですなぁ、あなたも。優秀すぎる犬は早めに躾けをするべきなのですよ。成長し、こちらに牙を向くようになってからでは遅すぎる」

 

 私は長官室にいる十数人の部下とともにシュミットに銃を向け、そう言った。

 にもかかわらず、シュミットはいつもの通りの冷酷そのものの声で答えた。

 

 「先ほどの電話はバラライカが一機、警備の機体を撃墜しながらここへ向かってくるというものだった。今、ベルリン守備についている衛士はみな二線級。相手にならないようだ。

 ブレーメ少佐を呼び戻そう。彼女でなければ対応できまい」

 

 シュミットはそう言い、電話に手を伸ばした。

 

 「おおっと、電話から手を離してもらいましょうか。彼女を呼ぶのはやめていただきたい。私とあなたの契約がまとまるまでね」

 

 シュミットは電話に伸ばしかけた手をおさめ、憮然と言った。

 

 「まったく、敗者である君まで蘇るとはな。おとなしく逃げ回ってればよいものを。

 それで? ブレーメ少佐を呼ばせないというのなら、君の方でアレを何とかできるのかね?」

 

 「ご冗談を。ベルリン派の戦術機は全て放棄しましたよ。私には、あなたを虜囚にするくらいがせいぜいです」

 

 「では、このまま国家保安省が貶められ、潰されるのを指をくわえて見ているかね?

 それと、もう一つ。カウルスドルフ収容所より反動分子共が武装をして脱走し、ベルリンの壁に向かっているそうだ。当然、目的は壁の破壊だろうな」

 

 嗚呼、それはいけない。カウルスドルフ収容所は中隊並の武装があったはずだが、押さえ込むことに失敗してそこまで火種を大きくしてしまったか。

 あれこそは我が東ドイツの恐怖の象徴。人民を囲い込む柵。

 もちろんBETAの進撃により、やがて東ドイツ人民は西へ撤退しなければならないだろう。だが人民政府の統制のもとでの撤退でなく、自発的に出て行ってしまえばそれは西ドイツの国民。

 東ドイツは消滅し、ただの武装集団に成り下がってしまう。

 どうやら、反体制派は本気で東ドイツ消滅を狙っているらしい。

 

 「まったく三つ巴というやつは! 上手く二つの勢力の間隙を抜くことに成功したかと思えば、さらに抜かれるとは! シュミット長官、恩讐を越え、手を組みましょう。このままでは国家保安省のみならず、東ドイツまでも終わりです」

 

 やれやれ、シュミットを楽しく嬲る時間をとる間も無く、国家保安省そのものの危機とは! 

 この状況では、満足に迎撃対応すらままならない。

 故に今はシュミットのご機嫌とりをしても、この男の力がいる。

 

 「フン、せっかく制圧に成功した国家保安省が潰されてはたまらない、といったところか。それで? 私に何のメリットがある。事が終わった後、君が私を殺さないという保証は有るのかね?」

 

 「あなたがソ連と手を切り、ベルリン派へとなっていただければよろしいのです。どうせ、もはやあの娘を生かしておくわけにはいかないでしょう? これを機に、ベルリン派へと鞍替えなさって下さい。

 そうすれば私とあなたは共に同じ東ドイツの未来を目指す同志。私はあなたの手腕は買っている。どうか我が国のため、我々にその力をお貸しください」

 

 もちろん嘘だ。たとえ同じベルリン派になろうと、権力の首座につくのはたった一人。そしてシュミットは、おとなしく傀儡に収まっているような人間で無い以上、最終的には殺すしかない。

 しかし、今は我々の権力基盤を守るため、この男が必要なのだ。

 シュミットは私の顔を穴が開くほど凝視した。やがて、

 

 「私は何をしたらいい?」

 

 と、聞いてきた。墜ちたか。取りあえず第一段階はクリア。

 

 「議会や人民宮殿の制圧はどうなりました?」

 

 「滞りなく制圧したそうだ。議会はいま、私の息のかかっている議員が主導を握っている」

 

 「では、都市防衛用の戦術誘導弾を数発、表で騒いでいるバラライカに向けて放っていただきましょう。誘導弾の発射スイッチを握っているのは人民政府ですが、そのあなたの息のかかっている議員の方に、あなたが圧力をかけてお願いしていただきます」

 

 「こんな庁舎に近い場所にいる対象に誘導弾? 正気かね」

 

 「他にベルリンの壁が壊される前にあの化け物をどうにかする方法はありません。ここの庁舎は対襲撃用に、特別強固に造られています。襲撃した我々が苦労したのだからわかりますよ。衝撃波で多少揺れても、十分耐えられるでしょう」

 

 シュミットはじっと私を見つめ、動かない。私は引き金をジリジリ引き絞りながら続けた。

 

 「私はね、新しい東ドイツのためにハイムやアイリスディーナとも対話をするつもりですよ。現在争っている全ての者に対して調整役を買って出るつもりです。ですが、あまりに強いカードが向こうにあるのは好ましくない。故に、どうしてもアレをここで倒しておかねばならない」

 

 もしシュミットが動かないのなら、国家保安省は諦めるしかない。シュミットを殺し、ここから撤退した後、次の策を練らねば。

 私はさらに引き金を引き絞っていく。

 やがてシュミットは観念したように電話に手を伸ばし、とある議員へと電話を繋いだ。

 

 「ザンデルリンク君、我が庭で反革命罪を堂々とやってのける愚か者に戦術誘導弾を食らわせたまえ。

 ………ああ、かまわん。このままでは我が国は終わりだ。そのためにこの庁舎は頑丈に造られている。遠慮無くやり給え。数は十二発といったところか。……………ああ、それくらいでなければ通用せんだろう」

 

 彼は人民議会の議員に指示をし終わると、憮然と電話を切った。

 

 「結構! しかし十二発とはかなり思い切った数ですねぇ。この中央庁舎は大丈夫なんですか?」

 

 「何発かは墜とされるだろう。それを見越しての十二発だ」

 

 「はっはっは。さすがは長官、隙がない。では、長官を特別室へとご案内いたしましょう。そこで我が国の未来と我々の将来について話し合おうではありませんか。それと同時に私の部隊をベルリンの壁に送りましょう」

 

 私は銃を懐にしまうと、満面の笑顔でシュミットに微笑んだ。もっとも、部下には銃を下ろすようには指示しなかったが。

 シュミットの優秀すぎる部下たちは、当然彼を取り返しに動くだろう。それに対抗するため、彼を隠さなくては。

 

 「化け物が撃ち落とされるまで待ちたまえ。行くのはそれを見届けてからだ」

 

 シュミットは憮然と答え、反逆罪を堂々と行っているバラライカの映っているモニターを見た。 

 

 

 『何度でも言おう! 諸君、社会主義は糞である! 糞の塊である! 社会主義経済は負債を只ひたすら積み重ね、国家を極貧へと誘うだけのモノである! それを平等などと戯言でごまかし、権力者は失敗をひたすら下の者に押しつけることに都合がいいだけの政治理念、それが社会主義である!』

 

 国家保安省中央庁舎の上空では、相変わらず音量も内容も耳を覆いたくなるような演説が響いている。

 

 

 

 

 

 

 




ターニャを目がけミサイルが襲う! その時、ターニャは?

次回、三つ巴のベルリン覇権争奪戦決着!


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第56話 シュタージ崩壊

 

 「以上、今日までにこの国家保安省、及び人民政府は多くの国民をさらい、収容所に閉じ込め、虐殺してきた!この国家の名に価しない犯罪をここに告発するものとする!」

 

 随分しゃべったので咽が痛くなってしまって演説を中断したが、気分は晴れやかだ。

 いや、我ながら素晴らしい名演説だった。カウルスドルフ収容所に捕らえられた人達から、人民政府の無能や国家保安省の非道を随分聞いたが、それをかなりぶちまけてやった。咽が痛くなるまで暴露したのに、まだ半分も話していない。まったくどれだけ悪の巣窟なのだ、この国は。

 そこらにいる武装警察軍の兵士も皆、私に注目し、あっけにとられたような顔をしている。

 お陰でベルリンの壁を守る兵士も、クルト曹長の部隊への対応が鈍い。あれなら程なく壁を破壊することができるだろう。

 さて、さらなる国家保安省や人民政府を追い詰める演説を再び………む?

 

 とある方向から殺気を感じた。そこにカメラを向けてみると、十発近いミサイルがこちらに飛んで来るのが見えた。

 それはおそらく音速に近いであろう速度であり、グングンこちらに迫ってくる!

 

 ――――正気か!? ベルリン市内で戦術誘導弾を使うなど!

 

 私は反射的に機体をスピード強化、真上の空へと猛スピードで上昇する!

 

 高度12000M程まで上昇した辺りで止まり、突撃砲を構えて待機。

 

 ――――銃を構えぬ相手だし、命だけは取らずにおこうと思ったが………銃どころか、ミサイルを放ってくる相手なら容赦する必要はないな。しかし、私の不殺の誓いはいつでも簡単に破られてしまう。

 

 戦術誘導弾はもちろん私を追い、下から迫ってくる!

 

 私はあらかじめ爆裂と熱誘導の術式をかけた突撃砲を放つ!

 

 パン! パン! パン! パン!

 

 ミサイルに向けて適当に放った術式弾は、熱誘導の術式によって寸分違わず噴射口に命中!

 

 ミサイルは次々噴射口を破壊されて高度を落とし、国家保安省の中央庁舎の屋上や庭に落ちていった。

 

 私は最後の一発が落ちるのを確認すると、その弾頭に銃口を向けた。

 そしてありったけの爆裂術式を銃身にかけ、

 東ドイツの暗黒の歴史に別れを告げた。

 

 「シュヴァルツェスマーケンだ、国家保安省。眠りたまえ、東ドイツの社会主義と共に!」

 

 

 全てのコミーに愛を込め―――

 

 

 ―――無慈悲にその引き金を引いた。

 

 

 数瞬の静けさの後――――

 

 

 国家保安省本部は大爆発を引き起こした!!!

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 アクスマンSide

 

 

 不埒なバラライカを追ったカメラで、私は一部始終を見た。

 

 バラライカが本部の上空へと逃げる様。

 

 それをミサイルが追跡していく様。

 

 ミサイルが失速し、こちらに落ちてきたこと。

 

 爆発せずにほっとしたのもつかの間、バラライカが銃口をこちらに向けている姿――――!

 

 「やめろォ!!!」

 

 私は反射的に叫んだが、もちろんバラライカはやめるはずもない。

 

 無慈悲な破滅の銃弾は放たれた。

 

 その時、今まで無言だったシュミットがポツリとしゃべった。

 

 「海王星作戦の時、あの小娘はミサイルをいくつも撃ち落としたという観察報告があった。やはりサイズが大きくなろうと、同じことが出来たか」

 

 「知っていたのか、貴方は! 何故言わなかった!? 貴方もあれに巻き込まれるのだぞ!」

 

 この状況であまりに冷静なシュミットに不気味さを覚え、私は思わず叫んだ。尚も彼は感情など無い人間のように話した。

 

 「スターリンは前指導者のレーニンの遺体を確保し、彼の代理人として黎明期のソ連共産党を乗っ取った。だが私はレーニンはスターリンに殺されたのだと考えている。ここに君に踏み込まれた時点で、どのような取り決めがなされようと私の命運は決まった」

 

 「……………ああ、確かにそれはソ連建国にまつわる有名な話。成る程、当然貴方もそのエピソードは知っていたわけだ。私がスターリンを目指したと読みましたか」

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオン!

 

 その時天井、そして周囲から爆発音が一斉に鳴り響き、天井がひび割れ、部屋は大きく傾き崩れ始めた。部下達は次々逃げ、私にも逃げるよう促された。が、私は断った。とても逃げ切れるものではないし、最期にシュミットに聞きたいことができたのだ。

 私は近くの家具に掴まりながら、どうしても聞きたい質問をシュミットにぶつけた。

 

 「これで国家保安省は終わりだ! 後悔はないのですか? 自ら国家保安省を終わらせたことに対して!」

 

 シュミットは、いつもと変わらず王の如く長官室の椅子に座りながら答えた。

 

 「私はね、化け物に国家保安省を潰されるより、君に国家保安省の全てを奪われることに我慢ならんのだ。私が死なねばならないのなら、全てを終わらせることにためらいは無い」

 

 その瞬間、シュミットは崩れた瓦礫に押し潰された。だが、最期に答えを言ってくれて本当に良かった。おかげで私も妙にスッキリした気持ちで逝ける。

 

 「成る程、貴方も権力の化け物だったわけだ。そして私もおそらくはそうなのだろう。化け物と化け物と化け物が食い合い、そして最も強い化け物が残った。実に正しい。

 願わくば、あれがBETAをも喰らう化け物であることを………」

 

 その瞬間、私も倒壊する部屋に飲み込まれ、意識は消え去った――――

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ベアトリクスSide

 

 私は国家保安省本部が反社会主義声明を出し、人民政府に崩壊させられたという信じられない報告を聞き、戦闘を中断して本部に急いだ。戦線には二つほど部隊は残している。が、主力のヴェアヴォルフを引き抜いては突破されるのは時間の問題だろうが、それもやむを得ない。

 おそらくはこれは何者かの策略。謀略の達人であるシュミットがそんなものに嵌まるとは信じられないが、それでも、前線をも抜けねばならない緊急事態だというのは、本能で感じている。

 

 やがてベルリンに到着し、国家保安省中央庁舎のあった場所に来てみると…………そこには一面に広がる瓦礫の山が広がっていた。

 その残骸の所々は、国家保安省の中央庁舎を造っていた物の面影がある。

 信じられないことだが、本当にこれが本部のなれの果て…………?

 

 「なっ………なによ、コレ! まさか本当に………あの巨大な中央庁舎が潰されたというの!? いったい何が………」

 

 『ブレーメ少佐、ベルリンの壁方向を見てください! 破壊している者がおります!』

 

 私がその方向を見ると、本当に壁を破壊している一団がいる!

 

 「すぐに止めなさい! この状況であれを破壊されたら…………」

 

 その瞬間、下方からものすごい殺気を感じ、反射的にその場を急加速で離脱した。

 

 すると、その場に残ったヴェアヴォルフ部隊は、噴射口を爆破させ次々落ちていく。

 

 ―――これは………! あの小娘の放った追尾する銃弾!?

 

 私は反射的に、自機の噴射口の辺りに多目的追加装甲をかざした。

 

 狙い通り追加装甲に衝撃が走り、爆発が起こった!

 

 一瞬にすべての方向にカメラを巡らせ、瓦礫に身を隠したバラライカを発見した。

 

 ―――そこか!

 

 あれはおそらく熱を追尾し、自動で飛んでいく誘導弾。撃たれるだけでまずい!

 

 再びバラライカは撃ってきたが、今度は余裕をもって予想し、追加装甲にて受け止めた。

 

 そしてバラライカに向かい、急加速!

 

 突進しながら突撃砲を斉射し、バラライカを怯ませた。

 

 逃げるバラライカに追撃はせず、それに通信を送った。

 

 「本部を破壊したのは貴様か、ターニャ・デグレチャフ!」

 

 「私が? バラライカ一機で? できるわけないでしょう。人民政府がミサイルを放って破壊したのですよ。とうとう国家保安省も粛清されたというわけですね。あなた方が、人民軍その他の組織にしてきたように」

 

 「とぼけるな! こんな………ここまでのことを人民政府がやるはずがない! あそこには我々の息のかかった人間も数多くいる!」

 

 「だとしても、もう遅い。すでに趨勢は決した、ブレーメ少佐」

 

 デグレチャフはいきなり口調を変えて言った。

 

「ベアトリクス・ブレーメ少佐。無駄かもしれないが、一応説得しよう。貴官は素晴らしい腕の衛士だ。だが狂っている。故に政治にも国民の統治にも関わらず、ただBETAとのみ戦う一衛士でありたまえ。狂っているが故に人を統治しようとすれば人を不幸にする。不幸にするのはBETAのみにすべきだ」

 

 「世迷い言を! 我々国家保安省がこの国を統治していなければ、とっくにこの国は国民全てが逃亡して崩壊している!」

 

 「国家保安省、あれはダメだ。腐敗している、という程度ならば蹴り飛ばして建て直すことも出来ただろう。だがあの組織は狂っていた。

 自覚しているか? 君は人間狩りを楽しむ異常者だ。そしてリィズ・ホーエンシュタイン。本来優しい人間であるはずの彼女は、国家保安省の命ずるままに人を嵌める人間になっていた。

 そんな人間を量産し、恐怖で人間性を歪め、支配する組織など消え去るべきだったのだ。

 故に私は行動した。ああ、これが革命精神とやらかな? 古き悪しきモノを壊す気持ちは昂ぶるものだな、少佐」

 

 ――――その言葉に、私はターニャ・デグレチャフの本質を見た気がした。

 

 

 それは我らの体制を否定し、滅ぼす――――

 

 

 もしかすると、我らにとってはBETA以上の天敵――――?

 

 

 「フ………フフフ。ハハハハハハ! ただの兵曹が政治批判の果てに国家保安省を潰したとはな! ここまでの反動分子に出会ったのは初めてだ。

 よかろう、このベアトリクス・ブレーメ。私は宣言しよう。ターニャ・デグレチャフ! 私は貴様を粛清する! 存在一つ残さず、この国の記録からさえも消してやろう!」

 

 「…………………そうか、ならば最後の国家保安省であるベアトリクス・ブレーメ少佐。貴官に『シュヴァルツェスマーケン』を下そう!」

 

 その言葉と共に、小娘のバラライカは私に向かい、突進してきた。

 『シュヴァルツェスマーケン』の言葉を聞き、宿敵を思い出した私の血は滾った。

 アイリスディーナが手に入れたあまりに強力すぎる手札のこの娘。

 私の全てが終わろうと、アレだけは倒して逝く!

 私に向かうバラライカを迎えうつ体勢をとりながら叫んだ。

 

 

 「ターニャ・デグレチャフ、汝に人狼の裁きを下す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 東ドイツの暗黒、シュタージ崩壊!

 そして己が知らぬ間に全てを終わらせた幼女に戦慄を抱くベアトリクス!

 シュタージ最後の狼がターニャに牙を向く!


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第57話 対決!ターニャ対ベアトリクス

 全体主義。

 国家において一切の批判、異論を許さず、共産主義、社会主義のように統一された思想のみを強要し、国民全てを不幸にする思想だ。国民を人民という名の家畜にし、その飼い主のはずの支配階級の人間も常に足を引っ張り合って互いを粛清しようとする。

 だが人間とはおもしろいもので、不幸を愛する人間は一定以上存在する。

 愛や信頼関係を壊すことに快感を覚える人間も。

 ベアトリクス・ブレーメ少佐、彼女のような人間が全体主義を支えているのだろう。

 

 彼女の軍人としての才能は惜しいと感じつつも、倒さねばならぬ相手とも理解している。

 故に革命最後のけじめとして、彼女に勝負を挑んだ。

 だが、衛士としての私は彼女には大きく劣る。これまで他の衛士相手に無双できたのは術式弾のお陰だ。これは相手に確実に命中させ、さらに爆破までできる。

 だが、私の戦闘データで彼女にそのタネは割れてしまった。不意打ちですら倒せないのでは勝負は見えている。さらに私の調整不足のバラライカと最新鋭機のアリゲートルでは、機体の性能までも段違いだ。

 

 故に、私が選んだのはもっとも取ってはならない攻撃方法。

 

 距離を詰めての近接戦闘! 

 

 私は機体のスピードを強化し、彼女のアリゲートルにぶつけるつもりで突進させた。

 

 この攻撃法は、やはり予想外だったのだろう。ブレーメ少佐は全力で回避。だが回避しつつも、突撃砲で私のバラライカを攻撃!

 

 まさか不意を突いたあの状況で撃ち、あまつさえ当ててくるとは思わなかった。

 機関部を損傷し、私のバラライカは行動不能。

 やはり彼女は一流の衛士だ。

 

 だが、目的は達した。私の目的は一瞬彼女の動きを止め、脱出装置で機体から離れること。

 

 衛士としての私はブレーメ少佐に遙かに遠く及ばない。

 

 なればこそ、航空魔導師として彼女に挑む!

 

 脱出したシートより空中で離れ、そのまま空中飛行。

 

 ユニット内にあらかじめ置いてあった突撃銃を構え、アリゲートルに突進!

 

 やはり空中より突撃銃で向かってくる私に、ブレーメ少佐は対応できない。

 

 アリゲートルの懐に飛び込み、貫通術式を銃身にかけ、管制ユニットの搭乗者の頭がある部分めがけて撃つ!

 

 パン! パン! パン!

 

 二発三発と撃ち込むと、アリゲートルは動きを止めた。

 

 ――――勝った!

 

 思わずそう確信してしまった時だ。

 

 アリゲートルは再び動き出し、突撃砲の銃口を私に向けた!?

 

 ――――しまった!

 

 戦術機の管制ユニットを銃弾で貫通させ搭乗者の頭のある部分を打ち抜く戦術は、ヘルツフェルデ基地格納庫襲撃の時に跡を残してある。

 あれを元に、とっさに私の狙いを読み取り、躱したか!

 

 私は回避機動もとれず、防殻術式を全力展開するしかなかった。

 

 ―――くそっ、生身で突撃砲を受けねばならないとは! せめて命一つは守れるか!?

 

 

 

 

 

 

 ――――その時だ。ベルリン放送局の拡声器から演説が流れた。

 

 『全てのドイツ市民の皆さん、革命軍のみなさん、そして国家保安省の武装警察軍の皆さん、ただちに戦闘をやめて冷静になって下さい。現在BETAが迫ってきており、内乱を終わりにして一丸となってこれに立ち向かわなければなりません。

 突然驚かせてしまってすみません。ですがどうか私の話を聞いてください。私は第666戦術機中隊の――――』

 

 この声はカティアか!? カティアもベルリンに来たのか!

 

 そして突然の放送が来たことに、アリゲートルの動きが止まった。

 

 私は銃口を潜り抜け、今度こそブレーメ少佐を撃ち抜かんと突撃銃を構えた時………

 

 『ウルスラ・シュトラハヴィッツ。この国の元第一戦車師団アルフレート・シュトラハヴィッツ中将の娘です。父から西ドイツへ送られ、今までカティア・ヴァルトハイムと名乗っていました』

 

 ――――ウルスラ!?

 

 ―――カティアの本当の名がウルスラだって!?

 

 不覚にも、私もその名前の衝撃で動きが止まってしまった。

 

 カティアの演説は拡声器だけでなく、テレビやラジオの放送にも乗せて全東ドイツに流されているようだった。

 

 

 ―――――英雄だった父に西ドイツへ送り出されたこと。

 

 

 ――――父を捜すために東ドイツへ来たこと。

 

 

 ――――第666戦術機中隊に入り数々の作戦に参加したこと。

 

 

 ――――彼らと共に、この国を支配し多くの国民を殺害している国家保安省と戦う決意をしたこと。

 

 

 そして初めて会った時からのカティアの変わらぬ理想。

 

 

 ――――今こそ西ドイツと手を取り、BETAに立ち向かうべきだということ。

 

 

 

 彼女の演説を聞き、私は過去の様々なことを思い出した。

 そういえばノィェンハーゲン要塞でカティアに私の姉貴分の面影を見てしまい、つい《ウルスラ』と呼んでしまった時に、彼女は随分慌てていた。なるほど、今更ながらその理由がわかってしまった。

 

 懸命に演説をするカティアに、私は毒気を抜かれた。

 ブレーメ少佐もそうだったらしく、突撃砲を下ろして戦闘をやめた。

 やがてどちらからともなく互いに地上に降りた。

 そしてブレーメ少佐は管制ユニットから降りてきた。

 

 「まいったわね。何かあるとは思っていたけど、まさかあの子にそんな秘密があったなんて。

 貴女に気を引かれすぎて調べるのを怠ってしまったわ。もっとも、国家保安省はあなたに潰されたのだから、それを知ったとしても結果は同じだったでしょうけど」

 

 自嘲気味に笑い、放送局の方を見上げた。

 

 「何故、私を撃たなかった? 放送に気を取られたのかと思ったが、考えてみれば貴女ほどの衛士がその程度で不覚など取るわけがない」

 

 「アレが言ってたでしょ。『BETAが迫っている』って。

 いま来ているBETA挺団は全ヨーロッパを蹂躙するに足るもの。そして誰が勝とうと、それと戦わなければならない。なら、敗者である私は勝者である貴女に道を譲ることにしたの。

 生きて戦いなさい、ターニャ・デグレチャフ」

 

 礼を言うべきか。いや、彼女の所属組織の国家保安省を潰した私が礼などしても、受けるわけにはいかないだろう。しかしブレーメ少佐はいま、サラッととんでもないことを言ったな。

 頼む! どうか言い間違いであってくれ!

 

 「あの…………いま”全ヨーロッパ”と言いました? ”全東ドイツ”ではなく?」

 

 「ええ。今回の襲来は東ドイツのみならず、全ヨーロッパ最大の試練になるはずよ。東ドイツは間違い無く消え去るでしょうけど、最後の希望として貴女を生かしておくことにしたわ」

 

 クラッと地面が揺れたような気がした。

 BETAどもめ。向こうの生産工場はいったいどうなっているのだ? 今までも10万20万と信じられない数で攻めてきたというのに、損耗の気配すらも見せず全ヨーロッパを蹂躙するに足る攻勢だと!?

 ショックで震えている私に反して、ブレーメ少佐は涼しい顔で放送を聞いている。顔だけ見れば勝者敗者が逆転していることだろう。

 これがベルリン覇権争奪戦勝者の賞品だよ。とほほ…………

 

 かつての東ドイツの英雄の娘であるウルスラ・シュトラハヴィッツの演説は、強く優しく新しい東ドイツの始まりを予感させる希望に溢れたものであった。

 だが、そこにブレーメ少佐の居場所は無い。長く人民を押さえてきた恐怖政治の担い手の一人であったのだから。

 

 「これからどうする、ブレーメ少佐」

 

 「私のことより勝者の貴女の覚悟を聞きたいわ。全ヨーロッパを蹂躙するに足るBETA。これと戦う意志はある?」

 

 「もちろんだ。革命政府は西欧諸国とも連携してこれに当たる。無論、私もだ」

 

 悲しいが、こう言うしかない。この世界、どこで何をしようともBETAはついて回る。

 

 「―――それでも苦しいでしょうね。3日前を越える数に加えて、重光線級や光線級はさらに多く来ているそうよ。私が敵である貴女たちや西方総軍をできる限り倒そうとしなかったのは、そのためによ」

 

 それを知らない私は容赦なく殺しまくってしまった。圧倒的不利のこちら側が勝つには、それくらいしなければならなかったが。

 

「ともかく、BETAのことは了解した。ただちに防衛戦に第666はじめ革命軍も向かうよう進言しよう。だがブレーメ少佐。貴女は………」

 

 「アリゲートル。いい機体よ」

 

 ふいに彼女は自分の機体を見てそんなことを言った。

 

 「え? ああ、確かに素晴らしい性能でした」

 

 戦ったのはほんのわずかだが、それでも分かる。出力も機動も旋回性もバラライカとは比べものにならないほどに圧倒的だった。だが、それがどうしたのか?

 

 「これを貴女に託すわ。これに貴女が乗れば、これからの東ドイツの絶望にも少しは希望が見えるかもしれない」

 

 いや、貴女の愛機であっても貴女の所有物ではないだろう。勝手に私と貴女の間で譲渡など出来るわけがない。それに例え私が乗ることが許されても、第666の皆がバラライカなのに、私だけアリゲートルではひどくバランスの悪い部隊になってしまう。

 

 「私がどうするかの話だったわね。――――これが私の答えよ」

 

 ブレーメ少佐は懐から短銃を出し、自分の頭に当てた。

 

 「ブレーメ少佐!? やめろ!」

 

 「さよなら。『ヴァルハラで待っている』アイリスディーナにそう伝えてちょうだい」

 

 

 パ―――――ン!!

 

 彼女は躊躇うことなく、自分の頭を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 「………………けじめ、か。『東ドイツを守る』という志は同じでも、最後まで我々と………いや、アイリスディーナと共に歩む道は拒んだか。二人の間に何があったのか」

 

 私はブレーメ少佐の遺体を見下ろし、そんな疑問を抱いた。

 

 

 その才は惜しいとは思いつつも、共に戦えるかといえばそれは否。

 

 

 己が野心の為なら味方殺しをためらわない国家保安省。そのやり方に馴染みすぎたその性分は、やはり味方にはしたくはない。

 

 

 だからこれは一つの良き結果。

 

 

 せめて強敵として敬意を持って送ろう。

 

 

 存在X、彼女の魂を迎えてやれ。くれぐれも妙なことに使おうとするなよ。

 

 

 

 そんな感傷を一頻りブレーメ少佐の遺体に送った後、これからのことを考えた。

 とりあえずブレーメ少佐の遺体とアリゲートルは、味方の拠点のカウルスドルフ収容所に持っていくか。どちらもこのまま置いておくには剣呑すぎるブツだ。

 その後、放送局へ行ってアイリスディーナとカティアと合流しよう。カティア一人でここに来たわけもないし、おそらくは反体制派の部隊もいるのだろう。連中とこれからの善後策を話し合うとしよう。

 そんなことを考えていた時だ。何者かが私に近づいてきた。

 

 「こんにちは、小さな衛士さん。なかなかの見物だったよ。よろしければ色々解説していただけるとありがたい。かわりに南方モアイ島の話や、ドードー鳥の生態などを聞かせてさしあげるが」

 

 などと奇妙なことを言うその男は東洋人であった。といっても低所得者層の移民には見えない。身なりの良いスーツなどを来ており、帽子を目深に被っている。一見して一般人に見えるが、こんな状況の私に声をかけるなど、とても只の一般人には思えない。

 

 

 ――――いったい何者だ?

 

 




原作ではベアトリクスとアクスマンが死んだらエンディングですが、『幼シュヴァ』はもう少し続きます。
そして次回、リクエストに応えて帝国より特別ゲスト登場!


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第58話 とあるスパイのベルリン探訪

 鎧衣Side

 

 私の名前は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。現在、東ドイツの東ベルリンに来ている。

 日本より遠く離れたヨーロッパは、あまり日本とは利害が絡むことは無いので重要度は低い。ましてや共産圏であるこの国は尚更だ。

 だが、もう間もなく東欧諸国はBETAに滅ぼされる。その際どの程度の戦力が西ヨーロッパへ合流できるのか、協力体制はどのようなものになるのかでヨーロッパの防衛体制は変わってくる。それにより国連やアメリカの政策も変化するので、東欧の行く末を調査しに来たという訳だ。

 現在、東欧の共産圏の中心であるこの国は内乱の真っ最中。軍と警察が崩壊後の主導権を握るべく覇権争いをしている。警察といっても、この国の警察は武装警察軍などと呼ばれており、軍に匹敵する武力を持っている。さらにその元締めの国家保安省は覇権争いの最有力だ。

 

 そしてその日、私は貧民街のこの街で、先輩のツテで得られたとある識者にこの覇権争いの行く末を聞きに行く最中だった。

 

 ――――その幼女を見たのは、それが最初だった。

 

 幼いながらもたった一人待ち合わせでもしているかのように佇んでいるその子は、派手な帽子などを被って精一杯なおしゃれをしており、街頭テレビをぼんやり見ていた。

 何故かどことなく気になったその子の顔を見た時だ。ふと、その子に”強者”の匂いを嗅いだ気がした。

 常に危険な人間と接触することの多いスパイ稼業。人物を見ただけである程度の危険度を測れなければ生き残ることは覚束ない。

 そして培ってきた私の勘が告げたのだ。『この子は強者』だと。

 

 彼女に興味を持った私は少し離れた場所で彼女を観察することにした。識者との約束まで時間は有る。30分ぐらいなら寄り道もいいだろう。

 やがて一人の女性が接触。私は会話を聞くべく指向性集音マイクを向ける。この雑踏の中、彼女たちは小声で話しているが、それでも会話を拾えるくらいには訓練している。

 会話の内容から、接触した女性は政治将校。制圧された政治総本部から逃げてきたのだろう。そしてやはりあの幼女は軍人。おそらく同業の諜報関係の者だろう――――

 そう思った。だがさらにもう一人接触した男の言葉を聞いて戦慄した。

 

 「第666戦術機中隊のターニャ・デグレチャフ上級兵曹。間違いないか?」

 

 ――――なに!? 第666戦術機中隊だと!

 

 第666戦術機中隊といえば、東ドイツ最強の戦術機部隊として有名だ。いくつもの困難な光線級吶喊を成功させ、現在まで東ドイツを存続させてきた要因の一つ。そして彼の部隊には、子供すら一人前の衛士に変える超技術の教育法の噂がある。怪談の類だと思っていたが……………まさか、あの子が?

 私がもう一度彼女に近づく間もなく、彼女らはその場を離れてしまった。そして私は任務のために彼女らを追うことは出来ない。結局、その幼女の特徴をメモに書き残すことしか、私にはできなかった。

 

 「あんな幼子が最強の戦術機部隊の一員? まさかな―――」

 

 私は沸き上がる疑問を振り捨て、識者の会合場所へと向かった。

 識者からの話は、この国の覇権は国家保安省のモスクワ派が握るだろうとのことだった。

 さて、情報というものには”ガセ”というものがある。こちらから情報料等をまきあげるために適当な情報を渡したり、あるいは敵対陣営がこちらを混乱させるために流したり、単純に情報が間違っていたり。

 そのようなものを握らされるのは諜報員として恥であり、実に屈辱なのだが、まさかこの情報をいただいた翌日に”ガセ”になるとは思いもしなかった。

 この識者に会うのも話を聞くのも相当金を使ったのだが、『返せ!』と言いたい。

 なにしろ会談の翌日、その国家保安省が倒れる様を、この私自身が見ることになってしまったのだから。

 

 

 

 

 予定の任務は済ませても、国境を越えるにはとあるタイミングを待たなければならない。今回はそのタイミングが長引いてしまったのだが、それは返って幸運であった。お陰でこの国の運命の日に立ち会うことが出来たのだ。

 その日の朝方、その謎の巨大な声は、突然にベルリン中に鳴り響いた。

 

 『全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義は糞である。糞の塊である! 資本主義より遙かに劣った失敗思想であり、それを掲げる我が国も壮大な失敗国家である!』 

 

 セ-フハウスでそれを聞いた私は、思いっきりズッコケてしまった。

 

 秘密警察の元締め国家保安省が体制批判に政府批判!?

 

 それに何故、幼い女の子のような声なのだ?

 

 ――――いや、この声。断定はできないが、昨日の街角で見た幼女の声に似ている?

 

 戒厳令のため、外へ出るのは危険であるにも関わらず、私は外に飛び出した。

 街で警戒している武装警察軍も、まばらにいる市民も、皆呆けたように街中に響く声に混乱している。私はこの声の主を捜す為、声の発信源に向かい走った。

 

 (やれやれ。やっと単独行動を許されたばかりの初仕事に、とんでもないネタが転がりこんだものだ)

 

 任務に誠実な諜報員として喜びながらも、この変事に立ち会ってしまい、予定外のリスクを負わねばならない我が身を嘆きつつも声の発信元へとたどり着いた。

 そこは国家保安省中央庁舎。シュタージの本部そのものだ。幾人もの武装警察が集まってきており、見上げると一機のバラライカが巨大な音声でそれを発している。

 

 (まさか、国家保安省が本気で体制批判?………………いや、違う)

 

 おそらくこれは、何らかの反体制派が国家保安省を潰しにかかっている。付近に幾つもの戦術機が撃墜されて落ちていることから、相当の手練れだろう。

 少々危険をおかしながらもこの映像を撮っていると、彼方から複数のミサイルが飛んできた!

 

 ―――無茶をする。国家保安省としても、それだけこれは脅威ということか。

 

 そのバラライカはこれに対して上空へと逃亡。だが、逃げるのは無理だ。事前の調査によると、あの都市防衛用のミサイルは誘導弾。音速にてどこまでも追いかける。

 

 『やがて、あのバラライカは撃墜されて落ちて来るだろう』との予想に反し、空から次々落ちてきたのはミサイルの方だった。

 

 ――――バカな! まさかあのバラライカ、ミサイルを撃ち落としたのか!?

 

 ミサイルが降るその光景に、猛烈な危機感を抱いた私はその場から急いで退避!

 

 やがて巨大な爆発と共に、国家保安省は消滅した―――――

 

 あまりの事態に、唖然としながらもその映像を撮りながらつぶやいた。

 

 「やれやれ、まさかこんなでかいネタが拾えるとはね。今日一日で十年分にも価するネタを拾えたのではないか? 少しでもこの状況を解説していただける人物はいないものか」

 

 その後、この異変にやって来た武装警察軍戦術機部隊との戦闘。

 隊長機のアリゲートルとの戦い等を見た。

 その戦いの最中、彼女の姿を見た。

 やはり彼女はあまりにも年若い幼女。その事実すら霞むほど衝撃的なことに、なんと空を飛んで戦っていた。あれは、滑空飛行能力を強化装備につけたのか?

 その戦闘は革命軍の放送によって中断。

 一人と一機は地上に降りた後、武装警察軍の隊長の自決で幕を閉じた。

 

 

 私は押さえきれない好奇心に駆られてしまい、彼女の前に出て行ってしまった。

 本来なら観察対象に接触するなどとは、諜報員としては愚の骨頂。

 だが、私は彼女に諜報員としてではない、元冒険家としての興味を抱いてしまったのだ。

 実は私、この仕事につくまでは冒険家であり、ジャングルの生態や遺跡などを調査する仕事についていた。だがBETAの脅威が強まるにつれてスポンサーは激減。さらに私が愛着を持った中国インド中央アジアの遺跡がBETAに潰されたことで冒険家を引退した。そして体力と調査能力を見込まれて現在の仕事についたと言うわけだ。

 彼女に未知の遺跡や生物と同じ興味と興奮をおぼえてしまった私は、自分を止めることができずに彼女に話しかけてしまった。

 いきなり話しかけた私に、彼女は不審そうな視線を向けた。彼女はやはり貧民街で見かけたあの幼女であった。

 

 「ああ、どうもこんにちは。あなたは?」

 

 「私は田中一郎。日本の政治研究会に所属し、東欧最先端の社会主義を勉強に来ている者です」

 

 これはこの国に入国、滞在するための仮面。共産国家へ入る時は、自身も共産主義者の仮面を被ることは常識だ。

 

 「…………名前があまりに適当すぎませんか? 偽名でも少しは工夫すべきだと思いますが」

 

 「おや、日本の名前などをご存知で? 東ドイツは日本とあまり馴染みはなかったと思いますが」

 

 今回の本来の任務はただのお使いのようなものだったので、凝ったプロフィールなどは用意していない。偽名も自分で考えたものだが、自分のセンスのなさに泣けてくる。

 

 「小官のことなど、どうでもよろしいでしょう。あの瓦礫の山でも見て、社会主義のなれの果てをご存分に勉強なさって下さい。実によく社会主義の未来を表していると思いますよ。それとも、ベルリンの壁が破壊される瞬間なんてどうです? 現在解体の真っ最中。流れ弾に当たるのが恐くないなら、我が国最大の歴史的瞬間に立ち会えますよ」

 

 「…………なるほど、実に勉強になりますなぁ。あなたの政治理念を伺いたいものです。

 ところでこの本部を破壊したミサイル、あなたの乗っていた戦術機を追っていたように見えましたが? それに先程、空を飛んでいませんでいませんでしたか?」

 

 「革命の熱狂が見せた幻でしょう。我が国の革命観光ツアーを存分に楽しんだら、急いで出国なさってください。何に巻き込まれるかわかりませんから」

 

 そう言って彼女は自殺した女性衛士をかつぎあげ、赤い戦術機に乗った。

 幼いのに随分な力が有ることだ。

 やがて赤い戦術機は機動を開始すると、どこへともなく出発した。

 私はそれを見送りながら、ため息をついた。

 

 「やれやれ、まさか生涯で革命の現場に立ち会うことが出来る日が来るとはね。

 たった一日でこの国最大の権力機構が潰れたことといい、あの幼女のことといい。報告することが山のようでクラクラしますなぁ。

 とりあえず、これから樹立される新政権へツテを作りますか」

 

 今回の任務の識者との話は全くの無駄ではあったが、この国に今現在来たことには大いに意義があった。その意味ではあの識者に感謝してもいいかもしれない。

 帝国情報省にとってはヨーロッパの大きな動きの一端を知ることができたし、私にとってもあの幼女は大きく興味を抱くに足る存在だ。

 

 

 私はベルリンの壁に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第6章完結!
締めくくりは特別ゲストの鎧衣さんでした。
国家保安省との戦いは本当に最難関でした。頭のいい人が敵に多すぎなんですよ。


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第7章 幼女の黙示録
第59話 パンツの王子様


 謎の紳士と別れ、カウルスドルフ収容所にアリゲートルを預けた後に放送局へと向かった。そこでアイリスディーナ、カティア、ズ-ズィ女史と再会し、互いの情報交換を行った。

 

 「反体制派も放送局を狙いましたか。ベルンハルト大尉もいたのに放送には出なかったのは何故です?」

 

 「国家保安省を倒すなら、市民や軍に決起を促すのに私が出た。しかし国家保安省本部が潰れ、混乱する武装警察軍を落ち着かせて武装解除させるには、ウルスラ・シュトラハヴィッツが適任と思ったのだ。

 しかしお前がバラライカで出たのは陽動のためと言っていたのに、我々に先んじて演説などした上に国家保安省本部を潰すとはな。たった半日で革命を成し遂げてしまうとは、どこまで有能なのだ、お前は」

 

 アイリスディーナに、続きズーズィ女史も私に言った。

 

 「そうね。打ち合わせじゃ、アイリスディーナと同志たちの解放のみのはずだったけど。貴女、同志たちの解放を了承した時には、そのまま革命を決行することを考えていたわね?」

 

 「ええ、まぁ。事前に説明をしなかったのはお詫びいたしますが、話しても信じられなかったでしょう?」

 

 「………………まぁね。あの時はアイリスディーナの解放すら半信半疑だったし。それを言われても誇大妄想の危険人物としか思えなかったわね」

 

 するとカティアも言った。

 

 「まぁ、ともかくベルンハルト大尉はターニャちゃんが救出したし、国家保安省も倒したし。目標は全部達成できてしまいましたけど、これからどうします? ハイム少将を待ちますか?」

 

 「そうだな……………彼が来るまでベルリン市内の混乱を押さえ、武装警察軍の投降を呼びかけよう。いや、そういえば人民政府はどうなっている? 我々に対し何と?」

 

 「議会や人民宮殿は現在、国家保安省の手の者が制圧しているわ。もっとも、本部が潰れて相当混乱しているようだけど。あと、モスクワ派の中心的人物とみなされていたザンデルリンクという議員が裏切って国家保安省本部をミサイルで潰したことで、酷い拷問を受けているらしいわ」

 

 「やめさせよう。連中が一度でも議員を殺したら、無秩序な武装集団に堕ちかねん」

 

 「そうね。投降を呼びかけ議員を解放させたら、議員とそのまま交渉しましょう」

 

 「解放はいいが、交渉はハイム閣下も交えて行うべきだ。でなければ、これから………」

 

 この後はアイリスディーナとズーズィ女史だけが会話した。ほおっておくといつまでも続きそうなので、無理矢理中断させ、議員の解放へと行動に移った。

 あと、次のBETA防衛戦が終わったら私は内政官になりたい旨をアイリスディーナに言ったのだが、『なんの冗談だ』と全員に不思議な顔をされた。何故だ!?

 

 

 ブレーメ少佐の死亡をアイリスディーナに報告すると、彼女の遺体を確認したいというのでカウルスドルフ収容所での安置している場所に連れてきた。

 ベアトリクス・ブレーメ少佐の遺体を前に、アイリスディーナは目を瞑り胸元の十字架に小さく祈った。

 

 「兄さま、いまベアトリクスが逝きました。どうか迷わぬよう、迎えてあげて下さい」

 

 と祈る彼女の顔は、まるで少女のようであった。

 アイリスディーナとブレーメ少佐は対立している間柄だとばかり思っていたが、何某か立場を越えた重いがあるようだ。気にはなるが、それを聞いて踏み込むつもりはない。

 そのまま埋葬するよう指示すると、もういつもの中隊長殿にもどりベルリン中の武装警察軍の投降の呼びかけに出て行った。

 

 その後、ファム中尉率いる第666戦術機中隊が来て、翌日にはハイム少将と、西ドイツ使者の会談から戻ってきたイェッケルン中尉もベルリンに到着した。

 各所をクーデターで制圧していた武装警察軍も、突然の本部の反社会主義声明と消失により激しく混乱しており、あっさり投降に応じた。

 議員の解放にも成功し、政権の委譲を認めさせることが出来たので、革命軍を改めて『東ドイツ修正委員会』を名乗ることになった。政府は民主投票によって新たな議員を選んでから創る予定だが、その前段階に政治を肩代わりするための組織だ。

 監視システムの撤廃、思想と言論の自由化、自由主義圏との協調等を目指しての政府を創る予定だ。理想はそうなのだが、実務面では官僚として、解放した政治総本部の政治将校を使わねばならず、またまた彼らと政治的に戦わねばならない。

 そこで私もその戦いに加わるべく、内政官への希望をハイム少将やイェッケルン中尉に進言したのだが、やはり即座に否定されてしまった。有能なのに…………

 委員会は主席委員にハイム少将。主席補佐にカティア改めウルスラ・シュトラハヴィッツ。委員にアイリスディーナとイェッケルン中尉とズーズィ女史。他にカウルスドルフ収容所から救出した反体制派の主要メンバーや政治将校の何人かが参加するらしい。

 

 新政権の建設はハイム少将、ズーズィ女史、イェッケルン中尉、そして革命の象徴となったカティアに任せ、第666中隊は前線に復帰することになった。

 だがその前に、臨時の昇格をすることをハイム少将から告げられた。

 

 「諸君、よくやってくれた。革命をこれ程短期間で成し遂げてくれた諸君には深く感謝し、称えたいところではあるのだが、現在BETAがオーセル・ナイセ絶対防衛戦を踏み込まんと迫ってきている。

 第666戦術機中隊には前線復帰してもらう。が、その前に略式ではあるがアイリスディーナ・ベルンハルト大尉は少佐に。テオドール・エーベルバッハ少尉は中尉に。ターニャ・デグレチャフ上級兵曹は正式な衛士として少尉に任命するものとする。現在はこの3名のみだけではあるが、残りの中隊各員も随時昇格の予定だ」

 

 将来的には武装警察軍を解体して只の警察にし、その余った人員を軍にいれる予定だそうだ。その人員でアイリスディーナに大隊を編成させる予定だそうだが、その前段階として少佐に昇格。

 テオドール少尉は小隊長を務めてもらうために中尉に昇格。

 実は私、今まで立場的には衛士訓練兵であった。訓練兵のまま実戦に出ていたのだが、正式な衛士になるには年齢や身長などが足りなく、衛士訓練学校にも通っていないので正式な衛士にはなれないと思っていた。だが少尉の階級と共に、革命のドサクサで正式な衛士にされてしまった。

 つまり内政官の道は完全に閉ざされ、軍人一直線だ。はっはっは。完全に前世と同じだよ………

 

 

 

 

 そして現在。昇格した3名はハイム少将と中隊皆の前で決意表明などをやらされている所だ。だが私は落ち込んだままで、アイリスディーナの決意表明も耳に入ってこない。何故なら、内政官になりたい旨を全員一致で否定されてしまったショックから抜け切れていないからだ。

 こんな茶番などやめて、今すぐバーにでも駆け込みたい。

 

 『親父、コーヒーをくれ。悲しいことがあったんだ。人生のように苦く、私の絶望のように黒いコーヒーを! 今、私の心を癒やせるのはカフェインしかないんだ』

 

 などと言ってカフェインに溺れたい。

 隣では次の順番を控えているテオドール中尉が『ヤレヤレ』といった感じで哀れんで見ているのが堪に障る。

 

 「以上。不肖の身ではあるが、全力を持って国家に尽くす所存だ。中隊の皆は変わらず私について来て欲しい」

 

 と、アイリスディーナは話の終わりに敬礼。それを皆で敬礼で返して終了した。次はテオドール中尉の番だが、出て行く前にこんなことを私に言った。

 

 「いいかげん落ち込むのはやめろ。一人でゲイオヴォルグを全滅させたり、収容所からアイリスディーナを救い出せる奴を内政官になどするはずがないだろう。死ぬほど軍人が似合っているから退役まで務め上げろ」

 

 ――――なんだと! くそっ、魔導刃で切り裂いてやろうか!

 

 などと八つ当たり気味に思ったら、本当に魔導刃が出てしまった!?

 

 

 

 

 

 「テオドール・エーベルバッハ少尉改めエーベルバッハ中尉。只今、決意をのべます」

 

 ………………………いや、何ともなっていないな。テオドール中尉は何事もなく皆の前に立って話している。

 気のせいか。気をつけよう、魔力の暴走など冗談ではない。

 

 

 ――――――パサッ

 

 なっ!! テオドール中尉のズボンが落ちてしまった!? やはり私は魔導刃を暴走させてしまい、テオドール中尉のズボンを切り裂いてしまったというのか!?

 

 「自分ごときが中尉などになり、正直不安ではある。しかし、任されたからには全力でやっていくつもりだ」

 

 ―――しかも気づいていない!? そのままパンツ姿で決意表明!? 全力で何をするつもりだ!?

 

 「知っての通り俺には妹がいた。そして彼女は中隊の皆を裏切って窮地に陥らせた。これはリィズを説得できなかった俺の責任だ。その件をここで謝罪をしたい」

 

 ―――――パンツ姿の謝罪など受けられる人間がいるのか!? 私はイヤだぞ!

 

 「これから向かう先のBETA攻勢は非常に厳しいものだと聞く。だが、与えられた役割に恥じないよう国家に忠誠を尽くすことをここに誓う」

 

 ―――十分恥ずかしいよ! パンツ姿で忠誠を誓って、東ドイツを地の底まで貶めているぞ!!

 

 「…………………どうした、カティア? 顔が赤いぞ。いや、少佐やファム、アネットもか。イェッケルン中尉まで? シルヴィア、何故俺をそんな目で見る?」

 

 

 

 

 その後のことはテオドール中尉の名誉のために割愛しよう。ただ、その夜は今日一日の悲劇を洗い流すため、私とテオドール中尉はバーで大いに迷惑をかけたことだけを明記しておく。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第7章予告

 

 

 『失ったよ。軍人としての誇りも名誉も…………』

 

絶望を見た東ドイツ青年軍人と

 

 『大切なものが胸から抜け落ちたようです』

 

人生に希望を見失った幼女

 

この日、二人の友情がとあるバーで生まれた

 

――――それはこの国の小さな奇跡の始まりであった

 

 「くそっ!この国は終わりだ! いや、もしかしたらヨーロッパも………」

 

滅亡迫る東ドイツを舞台に織りなす、究極のヒューマニズムストーリー

 

マヴラブSS最大の感動大作

 

『幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて』

 

『第7章 幼女の黙示録』ここに開幕!

 

――――「あなたも、私と希望をさがしに行きませんか?」

 

物語の終わりを目撃せよ!

 




以上、ウソ予告でした。


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第60話 喝采と祝福のキス

 

   初めてのキスは喝采の中

 

   それはあまりに苦く――――

 

   ――――ただ、ひたすら苦かった  

 

   皆の祝福に包まれ、騒がしいほどに拍手が鳴る―――

 

   それでも私たちは夢中で、互いに相手だけしか見えなかった

 

 

   後に大きな悲しみが来ることもしらずに――――

 

                  ~ターニャ・デグレチャフ~

 

 

 

アイリスディーナSide

 

 

 その後、第一回の東ドイツ修正委員会の会議が行われた。明日には前線に戻らねばならない私のための顔見せのようなものかと思ったのだが、ハイム主席はいきなり爆弾を落とした。 

 

 「我々は西ドイツとの統一を目指す」

 

 というハイム主席の言葉によって会議は始まった。

 

 「現在のBETA大攻勢を受け止めつつ国家を維持していくことは困難であり、このまま国土が失われれば国民の大半を難民に変えてしまうだろう。国家保安省が倒れ、人民政府の抵抗勢力も大きく弱まったこの時期こそ統一に向けた動きに最適であろう」

 

 もちろん反対意見も多く出た。

 

 「体制は!? 統一するとして、いったいどのような体制にするつもりです!?」

 「社会主義体制を維持したまま統一は出来るのですか!? 向こうにそれを認めさせることは!?」

 

 それに対し、ハイム主席はこう言った。

 

 「社会主義体制は捨てねばならない。もはや人類は自由主義、社会主義の対立をしたままBETAに対することは不可能だ。現在、社会主義体制の暗部をさらしたことで、大きく体制への不信が高まっている。故にこの動きに乗る形で自由主義に移行し、西との政治的な差をなくして統一を目指すものとする」

 

 会議はハイム主席の言葉に大きく揺れた。しかし、私もウルスラ(カティア)もハイム主席の決断を支持したことで、一応の決着はついた。

 この後のことは気になるが、明日には第666中隊は前線復帰する予定だ。『東ドイツ修正委員会』の委員になったといっても、前線から離れられない私は、イェッケルン中尉に委任をしてこの後の会議には出席しない。

 

 

 

 

 そしてその夜、彼女とその打ち合わせのような雑談をしている所だ。

 思えば彼女とは長く『隠れ反体制派とそれを追う政治将校』という敵同士の間柄ではあったのだが、不思議と気が合った。今は同じ陣営に属する者同士となったので、本当の友人になることができた。この一事は奇妙に嬉しい。

 

 「それで? 西側との協議はすべて保留になったと?」

 

 「その通りだ。何しろ話している間に、いつの間にかこちらは内乱の勝者になってしまった。互いの状況や上の意向を聞いた上で、後日、正式な政府の使者同士として話し合うこととなった。

 しかしよく私たちが来る前に各地の武装警察軍を投降させることに成功したな? 彼らも我々に従うことには抵抗するものと思ったが」

 

 「国家保安省本部が消滅したこととゲイオヴォルグが壊滅したことが殊の外効いたらしい。我々の実力を相当過大評価していたぞ」

 

 「ああ、人民政府がやけにあっさり我々に全権を委任したのもそれか。ハイム主席もそれで強気に出ることができたわけだ」

 

 私はそんな話をしながらも、うっすら赤くなっている彼女の顔が気になった。

 

 「……………やはりまだ顔が赤いな。エーベルバッハ中尉の件、あまりのことに私も注意が遅れてしまった。謝罪しよう」

 

 多分、私も相当赤いだろう。いきなり男性のパンツ姿を見せられた件と、部下のあまりにマヌケな醜態を同志中尉とハイム主席にさらした件。本当に汗顔の至りだ。

 

 「ああ。まったくエーベルバッハ同志中尉にはとんでもないものを見せられてしまった。革命の勝者側になったからといって気が緩み過ぎではないか? 

 現在、政治将校としての権限は協議中のため停止しているので政治指導はしなかった。しかし、この一事だけはしておくべきなのではないか?」

 

 「面目ない。私の方からよく言って聞かせたので許してやってくれ。奴は私の次の指揮官として鍛えていくつもりなので、今後このような気の緩みは糺していくつもりだ」

 

 「それにしても、奴以上にやらかした奴がいるな。まったく私は今まで何を指導してきたのか」

 

 「デグレチャフか………。やはり社会主義体制の暗部をぶちまけた件、政治総本部では問題になっているのか?」

 

 「当たり前だ! まったく、おかげで私は裏切り者扱いだぞ。今、あそこは同志少尉を憎む声で満ちあふれているというのに、『内政官を希望』とは何を寝言を言っている!

 だが結果として市民もあれで社会主義には大分幻滅したらしいし、経済的にも戦力的にもこれ以上この国を維持するのは難しい。ハイム主席の言う通り、西ドイツとの統一がもっとも市民を救う手段だろう」

 

 「ドイツ統一………か。その場合、東の市民も西と同等の権利を有するようにしなければな」

 

 「だが今回は引いたが、やはり政治将校共は反対するだろう。ワルシャワ条約機構の盟主を降りねばならなくなるし、何より政治将校の権限は社会主義体制でこそ保障される。自らの権限を失うことに賛成などするはずがない」

 

 「まぁ、その辺りは上手く調整してくれ。連中と、ズーズィはじめ元反体制派の間を取り持つのが同志中尉の役目になるはずだ」

 

 「聞いただけで難解な役目を気軽に言ってくれる。で、話は変わるが前線に来ているBETAはどうなのだ? ブレーメ少佐は相当に戦慄していたと聞くが」

 

 ベアトリクスの名が出たことに、私はすこし動揺した。彼女とは色々と因縁はあったが、結局何一つ交わることなく死に別れることとなってしまった。せめて魂は彼女が愛した我が兄の元へ届きますように。

 

 「要塞司令部から届いた情報によると、相当に広範囲に光線級が分布している。さらに重光線級の居場所は七カ所もある。作戦としては要塞に小型種を引き込んで、レーザーを撃たせないようにした後、BETAを引きつけてもらう。その間に我々や精鋭が一つずつ光線級吶喊で潰していくという具合だ。

 問題は、東ドイツだけでは戦力が足りないことだが………」

 

 「ああ、それなら西ドイツからBETA防衛の戦力を出してくれることになった。明日、要塞にくるはずだ。欧州連合や国連、米軍も戦力抽出の申し出があったので、随時送るよう手配しよう」

 

 「同志中尉はここでそれらの調整を頼む。私ももう寝よう。明日は朝イチで要塞に着いたら、そのまま光線級吶喊だ。これだけは我々がやらねばならないからな」

 

 その後部屋に戻ると、電話でファムとアネットに繁華街のバーにいるテオドールとデグレチャフを回収して寝るよう指示を出した。

 そして翌日に備えて眠りについた。

 

 

 その翌日に、とんでもない衝撃があることなど予想もせずに―――

 

 

  

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 

 「あ~クソッ! まったくなんでいきなりズボンが落ちたんだ! よりにもよってアイリスディーナやハイム主席や中隊のみんなの前でパンツ姿なんかさらして!」

 

 と、新たに中尉に昇格したテオドール中尉は、私の横で物凄い勢いで大ジョッキのビールを飲み干し叫んだ。

 ここは東ベルリンの繁華街ウンター・デン・リンデンのビアホール。革命の戒厳令が一部解除されたこの店に、私はテオドール中尉と連れだって来た。

 店の中は革命の熱狂の余熱で溢れ、これからの東ドイツの将来を熱く語る者でいっぱいだった。国家保安省が存在したら、こいつら全員監獄行きだろう。

 そんな彼らに背を向け、私とテオドール中尉はひたすら飲み続けた。私はコーヒーを。テオドール中尉はビールを。本来なら互いに昇格した目出度い日。中隊の皆と共に祝杯をあげるためのものになるはずなのだが、互いの心の傷を舐め合うためのものになってしまった。

 テオドール中尉の一件は私のせいではあるのだが、それを言う気はない。無駄な諍いを起こす気力もない。私も内政官の道を閉ざされたことで、ただひたすらコーヒーを飲みたいのだ。

 この合成コーヒーというやつは苦いだけで美味いとはとてもいえない。それでもこの苦さで今日の憂さを晴らしたいのだ。

 私とテオドール中尉は競うように大量のコーヒーとビールを飲み合った―――

 

 

 

 

 

 「まずいな…………さすがに飲み過ぎた。明日は前線基地に向かうってのに、中尉昇格の初日が二日酔いになっちまう」

 

 「私も…………飲み過ぎました。このまま戦術機に乗ったら、機体にゲロをぶちまけそうです」

 

 テオドール中尉はかなりの深酒そした後、明日の出発を思い出して青くなった。酔いは一気に覚めたようだが、完璧な酔っ払いだ。この体の軸線が定まらないふらついた状態で整列などしては、アイリスディーナとイェッケルン中尉から大目玉。中尉になった翌日に清掃員に降格だ。

 かく言う私もコーヒーの飲み過ぎで、明日の出撃はヤバイ。術式である程度は体調を整えられるとしても、それだけでは不安だ。

 

 「医局で貰った薬を飲んでおくか。帰ったら医局に直行して処置してもらおう」

 

 「私も飲んでおきます。一応同じのを頂いてましたから」

 

 実はこのビアホールに来る前、医局に立ち寄って万一飲み過ぎた場合のことを相談しておいたのだ。こういった用心深さが軍人向きと思われる由縁なのだろうな。

 私とテオドール中尉は同じタイミングで薬を出し、同じタイミングで飲もうとして…………同じタイミングでそれを落とした。なんだこの信じられない同調は。

 

 「くそっ、まずいな。思った以上に目の前がぶれている」

 

 と、テオドール中尉は床に落とした薬を拾うべく床にかがんだ。

 私も思った以上に体が動かない。早急に体を回復させるべく薬を探しに床にかがんだ。しばらく探してみると、床に一粒それは落ちていた。それを拾おうと手を伸ばすと、先にテオドール中尉が取ってしまった。

 

 「テオドール中尉、その薬は私のです。返してください」

 

 「いや、俺のだ。これは飲ませてもらう」

 

 「あ~~~~~!!」

 

 この時私はどうかしていた。私の不調はコーヒーによるものに対して、テオドール中尉は深酒。あちらの方が症状が深刻なうえに立場も重い。しかも私は術式で症状を軽くすることが可能なのだ。どう考えても薬はあちらに譲るべきだったろう。

 だが私の醜態を見せまいとする本能は、そんな理性的な判断を消失させてしまっていた。

 

 ――――その薬は私のだ!!!

 

 私はテオドール中尉の口に放り込まれる薬に向かって突進!

 

 彼の口の中の薬を吸い出すべく、口をくっつけた!

 

 ――――ブチュウ! グチュッ レロレロ………

 

 舌で薬を奪おうとするも、テオドール中尉も薬を守ろうと舌で防衛。

 

 レロレロッ グニッ クチュクチュッ………

 

 (くそっ、以外に舌の使い方が上手い。巧みに薬を転がしている。だが負けるか!)

 

 それを破るべく私もさらに舌を奥まで入れ、突破をはかる!

 

 私と彼は、口内で舌と舌をからめて激しく薬の争奪戦を演じた。が、端から見ると別のものに見えていたらしい。

 

 

 ―――「うわっ、凄ぇディープキス」

 

 ―――「相手、幼女だろ。まずくねぇか? 憲兵に引っ張られるぞ、あの兄ちゃん」

 

 ―――「いや、革命のせいでそいつらは仕事ができねぇ。それで秘密だった行為を堂々とってことだ」

 

 ―――「ガキでも女ってわけか。いいじゃねぇか、許されない恋でも、国家保安省も消えて目出たいついでに二人を祝福してやろうじゃないか。俺はあの年の差ラヴに喝采を送るぜ!」

 

 パチパチパチ、と一人の酔客私たちにが拍手を送ると、一人二人とそれに続く。

 

 熱く革命の話をしていた者もそれをやめて私たちに注目し、下品なヤジまじりに次々笑いながら拍手をし始めた。

 

 私たちは重苦しい体制の終わった象徴に見えていたのかもしれない。

 

 やがてビアホール中の客が私たちに喝采をおくった。

 

 

 惜しみない拍手と歓喜の中心で私たちは抱き合い、激しく口内バトルを続けた――――

 

 

 

 

 

 

 




ランスにはまって更新が遅れました。面白いゲームは時間を食いまくりますね。


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第61話 夜明けの雷鳴

 キルケSide

 

 「では改めて。連邦情報局(BDN)のアリョーシャ・ユングよ。お招きに応じて頂いて感謝するわ、キルケ・シュタインホフ少尉」

 

 と、その女性は自己紹介した。ここは西ドイツ領の東西国境に最も近いキルヒ・ホルスト基地。その講堂の一室に、この女性と二人きりでいる。

 私は西ドイツ軍フッケバイン隊所属のキルケ・シュタインホフ少尉。現在部隊を離れ、一足先に帰国している。理由は内乱中の東ドイツへ備えるためである。

 この人の誘いに応じたのは、グダンスク基地から帰る時にバルク少佐から『俺の同期のアリョーシャ・ユングってのが今、詰めている。会ったらよろしく言っておいてくれ』と言われたからだ。つまり、『この人と接触しろ』という意味だろう。

 

 「あなたがここへ帰還する間にも東ドイツの事態は大きく動いたわ。フランツ・ハイムを旗頭とした革命部隊。それがドイツ社会主義統一党も国家保安省も倒して、現在東のトップになったわ」

 

 ―――――――!? 

 

 「まさか、いくら何でも早すぎる! 私がグダンスクを出た時は国家保安省が圧倒的有利だったはずですよ!」

 

 「さらにその国家保安省麾下の西欧諸国を荒らし回った悪名高き共産テロ、ゲイオヴォルグ部隊も一緒に潰されていたわ」

 

 「ええ!? あれってとんでもない戦闘技術を持った特殊部隊って聞きましたよ! あれを倒せる程の力なんて革命軍にあったんですか!?」

 

 「事前の分析では無かったわね。革命軍は第666中隊以外は二線級の寄せ集めと思われていた。であるのに短期間に東ドイツの最大勢力だった国家保安省を完全に粉砕したわ。

 『我が西ドイツは国家保安省支配による東ドイツは歓迎していない。でも、BETAに対抗するため、手を組まざるを得ない』というジレンマから解放されたのは喜ばしいことよ。でも、新たな問題が出たわ」

 

 それは聞かなくても分かる。今現在、私が思っている疑問をそのまま西ドイツ中の政治家、諜報員、軍関係者が抱いているのだろう。

 

 「…………『どうやって、この短期間に国家保安省を倒す程の力を手に入れたか』、ですね?」

 

 「ご名答! 私たちの『東ドイツの反体制勢力を後押しする派』は主流派じゃなかったけど、一気に主役になれたわ。でも、それを成した過程にいろいろ不可解が多いのは、いただけないのよ」

 

 やはりバルク少佐とこの人は、東ドイツの反体制派を後押しする勢力の仲間同士だったか。彼が東ドイツの第666中隊を助けようとしたのも、私が東ドイツ軍である第666戦術機中隊に接触するのをあえて咎めようとしなかったのもそういうことだったのだろう。

 

 「『東ドイツ脅威派』ってのも大きくなっちゃってね。元は国家保安省が支配する東ドイツに警戒を呼びかける一派だったんだけど、今や謎の力を持っている革命政府を警戒し、融和をはかるのは時期尚早という声も大きいのよ」

 

 「そんな! BETAの脅威が迫っているんですよ! 東ドイツと手を組んで防衛線を構築しないと、破られて西ドイツにBETAが来てしまいます!」

 

 「ええ、だから主流派じゃない。でも、彼らの言い分にも一理あって、無視はできない。東ドイツを受け入れた途端、西ドイツも腹を食い破られないとは言い切れないからね」

 

 海王星作戦の時にターニャというちびっ子から聞いた『社会主義陣営腹破り宣言』か…………。あの時は敵陣営に良い内乱のタネが潜んでいると私も上層部も喜んだものだが、こちらの手助けもなしにこうも見事に腹破りを実現したとなると、その実力が不気味に思えてくる。

 個人としては彼らを信じたいが、やはり西ドイツの人間としては、その”力”を見極めずに手を組むのは危険すぎる。

 

 「と、言うわけで貴女の役目も当初とは変わったものになったわ。東ドイツへ行って、その力の正体を探ってきてほしいの」

 

 「何故、私に?」

 

 ユングはパサッと新聞を私の前の机に広げた。それは、かつて海王星作戦において、西ドイツの新聞でありながら東ドイツの第666中隊の活躍を大きく扱った記事のものであった。そこには第666の子供衛士の『ターニャ・デグレチャフ』の写真が大きく載せられている。

 

 「これは………そうか、第666がその力に関係していると見ているんですね?」

 

 「特にこの子がね。共産圏の子供でありながら、強い反共思想を持っていること。子どもでありながら衛士としての高い技量を備えていること。それにこの声、その子じゃない?」

 

 ユングはレコーダーを出し、スイッチを押した。すると、

 

 『社会主義思想は糞である! 資本主義に遙かに及ばない失敗思想である!』

 

 などという、共産圏では考えられないような社会主義体制の悪口が延々と流れた。

 

 「………ええ、間違い無くあの子の声です。大胆ですね。こんなことを言ってあの子、無事なんですか?」

 

 「やっぱりね。これは国家保安省が出した反社会主義の声明よ。でもやっぱり、あの子に繋がる背後の謀略だったみたいね」

 

 「謀略といっても………これを国家保安省の声明だなんて言っても、誰も信じないでしょう? 女の子の声だし」

 

 「信じたわ。何しろこれは国家保安省の本部の空を飛行していたバラライカから出されたものだもの」

 

 「―――!?」

 

 「お陰でベルリンを警戒していた武装警察軍は大混乱。さらに直後に本部は誘導弾で破壊されて、どう動けばいいかわからずにあっという間に革命軍に制圧されたわ」

 

 「…………成る程。貴女はこの子を育てた人物、若しくは組織がその背後の力と睨んでいるんですね? まさかアメリカ!?」

 

 アメリカは西側自由主義陣営の盟主ではある。しかし、その強引で他国を踏みにじるにも等しいやり方は、同じ西側陣営であっても同調できない場合が多々ある。もし、この東ドイツの革命にあの国の影があるなら、現在の革命政府に近づくのは危険だ。西ドイツまでも彼の国に取り込まれてしまうかもしれない。

 

 「やっぱりそこが一番の候補ね。この革命は東ドイツ壊滅を機に、彼の国が東欧の共産勢力を潰すために仕組んだ謀略かもしれないわ。もっとも、動きが派手すぎてそうともいいきれないけど。

 ともかく、あまり時間はないけど、この子か第666中隊隊長のアイリスディーナ・ベルンハルト大尉に当たってみてちょうだい」

 

 「当たっても何か聞き出せるかはわかりませんよ。でも、時間がないというのは?」

 

 「再びBETAの大侵攻が始まったのよ。重光線級も含めた大量の光線種も付いてきてね。ともかく最優先にしなければならないことは、現在侵攻中のBETAを防ぐ防衛線を東ドイツと強力して構築すること。その取り決めをする使者に付いて行ってちょうだい。そこでこの任務に当たって欲しいの」

 

 この人から命令されるいわれは無いし、この要請も非公式のものだ。とはいえこの話を聞いて、私もあの子のことはかなり気になった。故にこう答えた。

 

 

 「わかりました。微力を尽くしましょう」

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 アイリスディーナSide

 

 

 起床時間より一時間ほど早く、鳴り響いた内線によって起こされた。それはハイム主席からであった。

 

 『すぐ作戦室に来てくれ。前線で非常事態が発生した』

 

 内容は電話では話せないとのことなので、私とイェッケルン中尉はすぐに作戦室に向かった。

 作戦室のモニターを見た瞬間、非常事態の内容が分かってしまった。BETAを示す赤い光点が、ゼーロウ要塞の奥深くまで食い込んでいたのだ!

 

 「ま、まさか!? ゼーロウ要塞が破られたのですか!? いくら何でも早すぎる!」

 

 「その通りだ。現在詳細を確認中だが、確実なのは、もう間もなくBETAはこのベルリンへやってくるということだ。急いで市民をベルリンから西側へ脱出させねばならないが、時間が足りない。ベルンハルト少佐、次の任務はそのための時間稼ぎとなる」

 

 あまりの事態の衝撃に、私の頭の中は真っ白になってしまった。

 

 首都ベルリンを守る最大の壁がBETAに抜かれた――――

 

 「現在要塞は最大限に時間稼ぎをしてくれているという。だが、半日が限界だそうだ。イェッケルン中尉、急いで西ドイツに行き、この事態を伝えてくれ。ベルンハルト少佐、急いで隊員を起床させ、中隊をベルリン郊外の防衛にあたらせてくれ。私も今、最大限に戦力をまとめる」

 

 そう言うと、ハイム主席はまた慌ただしく各方面に指示を出しに戻った。

 ついに、この時がきてしまったのか。これだけ早く革命が実現できたのに、それでも遅かったというのか? いや、昨日連絡を取った時には『三日はもたせられる』という言葉があったはずだ。要塞の方も、我々が中央の争いを収めて各国からの援軍を集めて送る旨を連絡してあるので、無理なことはしないはずだ。

 いったいBETA共は何をしたというのだ?

 そして要塞が抜かれた以上、BETAは何もない平原を真っ直ぐ広範囲に広がりながらベルリンへ向かってくる。それを市民の避難が完了するまで押さえ続けるだと?

 

 

 それは、次の任務は中隊全ての”死”を意味していた―――― 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アリョーシャ・ユングはゲームには出てこないけど、原作キャラです。小説の方に出てきます。
 テオドールで遊びすぎて遅れましたけど、やっとBETAヨーロッパ大戦の始まりです。


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第62話 BETA総進撃

 起床時間と同時、物々しい連絡と共に第666戦術機中隊はブリーフィングルームへの集合がかけられた。まず間違いなく昨夜のバーのテオドオール中尉との不祥事の一件だろう。

 途中で出会ったテオドール中尉は憔悴して、正にこの世の終わりのような顔をしていた。

 

 「昨夜は惨々でしたね。私はバーの出入りを禁止されてしまいまいたよ」

 「それだけかよ! お前の悪魔のような所行で俺は………俺は!」

 

 と言ったが、ファム中尉とアネット少尉に何をされたのかは口ごもって何も言わなかった。

 昨夜、薬の争奪戦の口内バトルの最中、物凄い顔をしたファム中尉とアネット少尉に強制的に引きはがされ、この司令基地に帰還させられた。そしてお決まりの説教の後、私が自室で寝た後もテオドール中尉は何やらファム中尉らに責められていたようだ。彼女は母性が強く、普段は穏やかな分こういう事態では怖いのだな。初めて知った。

 私も彼には責任は感じている。何もできないが、ひとつ気合いでもいれてさしあげるか。

 

 「しっかりして下さい、テオドール中尉。まだこれからベルンハルト少佐とイェッケルン中尉の処刑が待っているんですから」

 「ああ…………」

 

 テオドール中尉は、本当に膝から崩れ落ちた。逆効果だったか。

 

 

 

 

 ブリーフィングルームにて難しい顔をしたハイム主席とアイリスディーナを前に中隊は整列。

 もっともヴァルター中尉は重傷による療養のために来ていない。それと、何故かイェッケルン中尉もいなかった。

 さて、どのような死刑判決を私らに下すのかと思ったら、違った。なんと東ドイツの死亡宣告にも等しい事態だった。

 

 「諸君、たった今ゼーロウ要塞は陥落した」

 

 ザワッ…………

 

 ………………何だと? これは何かの冗句か?

 

 「信じられないだろうが、ハイム主席の言葉は本当だ。これを聞いて欲しい」

 

 そう言って、アイリスディーナはレコーダーのスイッチを押した。するとゼーロウ要塞の司令の悲痛な声が流れた。

 

 『こちらはゼーロウ要塞陣地司令ヴァレリア・ネルリンガー少将である。国家人民軍全ての兵士に告げる。奮戦むなしく、間もなく要塞は陥落しオーデル・ナイセ絶対防衛戦は突破される。

 我々ゼーロウ要塞の将兵は最後の一兵までも戦うが、もはや猶予はない。確実にBETAはベルリンに突入する。誰でもいい。頼む、ベルリンを救ってくれ!』

 

 ゼーロウ要塞司令殿の、その叫びは我々を酷く戦慄させた。

 

 「いったいどういうことです? 確かに要塞陣地の戦力はひどく消耗しており、我々がいないことによって苦しいのはわかります。しかしBETAとは昨日、戦端を開いたばかりのはずです。それがいきなり要塞陥落など、脆すぎる!」

 

 テオドール中尉は発言の許可をとらずに叫んだが、私も同じ気持ちだ。

 

 「うむ、私も話を聞いた時は酷く戦慄したが、諸君に詳細を話そう。

 まず、BETAが要塞陣地に到着したのは今朝ではない。夜中、地中を掘り進み、ノィェンハーゲン要塞地下まで来ていたのだ。地下からノィェンハーゲン要塞を奇襲。瞬く間に要塞を占拠されてしまった」

 

 「な! 要塞が占拠される際には、要塞爆破が原則のはず………でなければ高所を取られ、周囲が危険だ!」

 

 「そう、その最悪の状況が起こってしまったのだ。ノィェンハーゲン要塞の頂上部に多数の重光線級が陣取り、BETAのレーザー照射場となってしまった。

 そしてそこからの重光線級のレーザー集中照射で、ゼーロウ要塞は瞬く間に破壊されてしまったようだ」

 

 なるほど、それならば確かにこの状況は納得できる。しかし………

 私は発言の許可を取って、疑問に思っていることを言った。

 

 「しかし今回のBETAの動き、今までとは明らかに違いますね。数とレーザーでの力押しとは違い、陽動を使っての地下からの奇襲。これではまるで…………」

 

 「そう。BETAは今回、戦術を使ってきた。前回、BETA最強ともいえる重光線級を要塞に近づけさせずの殲滅。見事だが、これにBETAが危機感を抱いてのことかもしれん」

 

 その奇襲をノィェンハーゲン要塞に使ったのは、私がそこで大規模要撃級群の進撃を足を潰して止めたことを受けてのことかもしれない。だとすると、BETAは戦闘情報を分析し、対策を練る知能があることになる。

 高所を重光線級に取られて絶望に黙り込んだ私たちに、ハイム少将はさらに衝撃的な

事実を突きつけた。

 

 「私は諸君らにさらなる絶望を伝えねばならない。先程、重光線級を最強のBETAと言ったが、それを上書きする事実が確認された。これを見たまえ」

 

 ハイム主席の言葉を受け、グラーフ中佐がスライドを写した。

 そこには巨大蛇の様なBETAが、多数のBETAを吐き出している姿が映し出された。その中には最大だった要塞級すらも混じっていた。

 

 ―――母艦級。

 後にそう呼ばれる、最大最強のBETAであった。

 

 「こ、これは何です!? 要撃級や…………要塞級までも吐き出されているなど、これはどれ程の巨大さなのです!?」

 

 「全長1500メートルは有に越えている。これが地中よりノィェンハーゲン要塞の目前に現れ、吐き出されたBETAが瞬く間に要塞を占拠したそうだ。この巨大BETAは要塞と戦車の一斉砲撃すらまるで通らない堅牢さだったそうだ」

 

 確かにこんな巨大な物体が外殻で体を支えているなら、岩が数十メートルも重ねた程の堅さかもしれない。貫通術式弾でも通らない可能性が高い。

 

 「以上だ。おそらく、このBETA本隊が来たならば東ドイツのみならず、西ドイツ。そしてその先まで蹂躙され、ヨーロッパは滅亡してしまうだろう。

 要塞を失った我々に、間もなく来るであろうBETAの大群を阻むことは不可能だ。

 それでも我々は出撃し、ベルリン手前でできる限り侵攻を遅らせ市民を逃がし、ヨーロッパ連合や国連が対策を練る時間を稼がねばならん」

 

 ハイム主席は、その言葉を言う前に酷く顔をしかめた。私の顔もそうだったろう。

 

 「すまんが、祖国のために死んでくれ」

 

 すると、アイリスディーナは一歩前に出て答えた。

 

 「了解しました。我ら第666戦術機中隊は最期まで祖国に献身いたします。東ドイツ市民の退避はお願いいたします」

 

 まるでいつもの命令に応じるよう、淀みなく答えた。

 こういう所が本当に本物の英雄なのだな、アイリスディーナは。

 私はその英雄に拍手喝采を送る市民や、彼女の活躍を描いた映画に感動する観客でいたかった。

 その『我ら』の中に含まれて英雄の一人になるなど、何の冗談だ。くそったれめ!

 ハイム主席は目を瞑り言った。

 

 「……………頼む」

 

 

 頼まれたくない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体整備のため、二時間後にここから直接機体で出撃となった。

 ああ、くそっ。何もない平原でベルリン防衛などできるわけがない。こんなことならノィェンハーゲン要塞帰還の後にすぐ反体制派の方へ行って、そこから革命を成すべきだった。せっかく革命などを起こして、将来は統一ドイツの国民になれるというのに、その目前にこんな帰還不可能の英雄的出撃などしなければならないとは!

 このBETA総進撃ともいうべき大攻勢は、現在20万。最終的には30万程になると思われ、さらには重光線級はノィェンハーゲン要塞に陣取っている群体以外にも5カ所もあり、戦場のどこにいても照射の範囲にさらされてしまう。もちろん普通の光線級も無数に点在だ。いかに歴戦の光線級吶喊の第666といえど、あれだけの光線級種からのレーザーを潜り抜けるのは不可能だ。

 そしてあの超巨大新型BETA。あれにはどのような攻撃も通用しないと思われるほど外殻が固い。どうにかなりそうな攻撃は大型ミサイルの一斉射撃くらいだが、もちろんそれはレーザーの餌食だ。

 正しい常識人なら『逃げる』の一択だが、それを軍人たる我が身は出来ない。『正しい軍人』は『戦う』を選ぶのが正しいと常識は変換されてしまうのだ。今現在、非常識なる『英雄的出撃』こそが軍人の証明。

 

 『いっそあらゆるリスクを負っても、東ドイツの避難民に紛れて西側へ亡命しようか』などと私が苦悩していると、面会の言伝がきた。

 行ってみると、それはウルスラの父のゲッフェン氏であった。

 ああ、ウルスラの行方を私に聞きに来たという訳か。気は進まないが、ウルスラの死を言わない訳にはいかない。

 基地内ではどうしても人目があるので、寒いが外の片隅にきてもらった。

 

 「忙しい中、押しかけてすまなかったね。私が君に会いに来た理由は想像つくと思うが……」

 「お子さんの『ウルスラ』のことでしょう」

 「そうだ。君は娘を知っているようだね。現在どこにいるのか、そしてなにをしているのか是非教えて欲しい」

 「彼女とは、ある孤児院で私の友達でした。そして………私が義勇兵に巻き込み、私が引導を渡しました」

 

 私はゲッフェン氏に孤児院でのウルスラのことを話した。

 

 孤立しがちな私と共にいてくれ、私の姉のようになってくれたこと。

 

 義勇兵の徴募がきたとき、私に付き合って志願してしまったこと。

 

 BETAとの戦場で震えてうずくまっていたこと。

 

 全滅するとき、私が引導を渡したこと。

 

 …………………そして、『死にたくない』と私に叫んだこと。

 

 

 ゲッフェン氏は最後まで黙って私の話を聞いていた。

 ウルスラが死ぬところですら黙っていた。

 やがて、私の話が終わると、

 

 「そうか。ありがとう、話してくれて」

 

 と、静かにそれだけを言った。

 

 「あ、あの!」

 

 背中を向け立ち去ろうとしたので、思わず呼び止めてしまった。

 ゲッフェン氏は立ち止まり、振り向かずに言った。

 

 「デグレチャフ君、そんなに自分を責めるな。娘が死んだのは君のせいじゃない」

 

 いや! そんなわけはないだろう。徹頭徹尾、私のせいでしかない。

 

 「私は娘に『誰かのため、人のためになれる人間になりなさい』と教えてきた。そしてその通りの人間になってくれた。私は娘を誇らしく思うよ。

 君がまだ娘を姉と思ってくれることは、親として嬉しく思う」

 

 ゲッフェン氏は一度だけ私に振り向いて、清々しく笑った。

 

 「元反体制派は現在、東ドイツ人の避難誘導を行っている。私も参加し、娘のいた孤児院の人間を避難させるつもりだ。

 君も……………頑張りたまえ」

 

 そう言って、今度こそゲッフェン氏は行ってしまった。

 毒気を抜かれた私は、しばらく呆然と佇んでいた。

 彼と話す前の私は、いろいろなリスクを負っても逃亡するか否かを考えていた。しかし、今はそんな気はまるで無くなってしまった。

 まったく子も子なら親も親。どこまでも人間として正しく、生きるのには不向きな親子だ。

 アクスマンだのベアトリクスだのシュミットだのがのさばったこの国に、どうやってあんな人が生きていられたのか本当に不思議だ。

 私は思わず空を見上げ、天国にいるであろうウルスラに言った。

 いや、天国などないし、空には雲しかないことは承知。ましてや神を名乗る存在Xはクソッタレだ。しかしクリスチャンである君の父に合わせてそういうことにする。

 

 ―――仕方ない。ウルスラ、もう私も逃げることは考えないことにする。

 なに、勝ち目のない戦いなど、前世でいくつも経験済みだ。

 前世と同じく、BETAをいくつか押しかえせれば生き残る確率も出るだろう―――

 

 再び灰色の空を見上げ、あの忌々しいBETA共を思った。

 

 ―――嗚呼、空よ。悲しくも恋しい空よ。汝を共に戦えない辛さよ。

 まったく、BETA相手じゃ航空魔導師の技術の大半は使えない。レーザーのせいで空は飛べないせいで…………

 

 と、ふいにとある考えが頭をよぎった。

 

 

 ――――何故、そう決めつける?

 

 

 私は灰色の空を睨み、いくつも脳内で考えを巡らした。そして結論を出した。

 

 

 「…………やってみるか。生き延びるだけじゃなく、勝利を目指して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 要塞指令の悲痛な叫びと共に運命の日来る!
 黙示録の瞬間迫る中、幼女は何を思う?


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第63話 天使たちは戦場へ行く

 テオドールSide

 

 集合の時間までは大分早いが、何とはなしにハンガーへ来てしまった。するとそこには、強化装備を着たアイリスディーナとカティアが言い合っていた。

 

 「お願いです、ベルンハルト少佐! 私も行かせて下さい。私もみんなと戦います!」

 

 「ダメだ。お前には東ドイツ市民を導くという使命がある。お前は自ら革命の、そして東西二つのドイツの象徴となることを選んだはずだ。

 ウルスラ・シュトラハヴィッツ、お前の戦いから逃げるな」

 

 カティアは結局アイリスディーナに言い負かされて、トボトボと出口のこちらに歩いてきた。

 俺を一瞬悲しそうに見た後、そのまま何も言わずに行ってしまった。

 アイリスディーナは俺に気がつくと、何事もなかったように、いつも通りに話しかけてきた。

 

 「お前か、テオド-ル。時間にはまだ早いぞ」

 

 「そりゃこっちのセリフだ。俺よりさらに早いし、もうすでに強化装備だに着替えているし、カティアと何かやっていたし!」

 

 「ははっ、我ながら落ち着いて時間を待つということが出来ん性分に笑ってしまうよ。そこに、カティアが私たちと出撃したいと言ってきた。もちろん断った。あいつはもう、革命の象徴としての役割があるからな」

 

 クスクス可愛く笑うアイリスディーナに、やはり見惚れてしまう。リィズのことはあっても、やはり俺は彼女に惹かれてしまう。

 アイリスディーナは笑った後、ふと物憂げな表情になった。

 

 「リィズ・ホーエンシュタインのこと、悪かったな」

 

 「…………? 何故あんたが謝る。あんたに頼まれていたにも関わらず、裏切りを許してしまったのは俺だ。ターニャがいなけりゃ、今ごろ………」

 

 「ああ。リィズ・ホーエンシュタインに対しては、中隊長として裏切りを前提とした想定で動くべきだったのかもしれん。

 だが…………私の感傷が甘い状況把握に繋がり、あのような結果になってしまったと、どうしても後悔してしまう」

 

 「感傷? あんたがリィズになにか感傷することがあったのか?」

 

 「私にはな………兄がいたのだよ。とても大好きで、とても尊敬していた。だが反動分子と睨まれ、反体制派組織を守るためにと、兄に頼まれて私自ら殺した。そうして私は生き延び………兄の夢を叶える亡霊になってしまった。

 ベアトリクスもだ。あれは私と同じく兄の『祖国を守り通す』という願いを叶えるために歪み、その答えが『東ドイツを強固な全体主義国家にする』という間違った答えにたどりついた果てなのだ。

 私とベアトリクスは似た者同士の歪んだ者同士だ。『お前達兄妹だけは良い兄妹でいて欲しい』そんな感傷で、万一の対応を想定することができなかった」

 

 だとしても、やはりアイリスディーナには謝って欲しくない。

 

 「謝るなアイリスディーナ。あいつの罪は俺の罪。死なせちまったのも俺の罪。あんたに背負ってもらいたくはない。あんただって、兄を殺した罪を誰かに引き受けてもらいたくはないだろう?」

 

 プッとアイリスディーナは吹き出した。

 

 「なるほど、こいつは私が悪かった。確かにそれは私が取るわけにはいかんな。ならばこの話は終わりだ。私たちは背負いたいものを背負い、思いたいことを思ってこの戦いに臨む。それでいいな?」

 

 「ああ、それでいい」

 

 俺らしくもないが、笑顔で答えた。

 

 

 今度の出撃に生還は無い。

 

 

 それでも俺たちは自由だ。

 

 

 だからこうして笑っていられる。

 

 

 少なくとも国家保安省は潰れて無くなった。夢の一つは果たした。

 

 

 何も思い残すことはない。後はカティアや、それに続く誰かがやってくれる。

 

 

 ―――だから行くさ、革命の先の未来じゃない。

 

 

 それを守るための、戦場の果てへ―――

 

 

 やがてファムにアネットにシルヴィア、そしてまだケガの治りきっていないヴァルターのおっさんまで来てしまった。

 イェッケルンは完全に後方勤務となり、現在西ドイツとの協議に出ている。そのためにいないが、あと一人が来ない。

 

 ターニャだ。

 

 『まさか来ないつもりか?』などと考えたが、こいつにしては珍しく遅れてヒョッコリ現れた。

 

 

 さて、第666戦術機中隊のブリーフィングだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡ 

 

 カティアSide

 

 やっぱりみんなと出撃することは許してくれず、帰されてしまった。部屋へ戻る途中、クルトさんと出会った。彼は囚人服から戦車兵の戦闘服へと着替えていた。

 戦車帽を被ったクルトさんは、やはり歴戦を思わせる雰囲気を持っている。久しぶりに会ったような感覚さえ覚えてしまう。

 

 「クルトさん………。クルトさんも出撃するんですか?」

 

 「ああ、志願した。そしたら戦車を4両任せてもらえることになった。それで仲間たちと部隊を編成し、東ドイツ防衛部隊の一つとして参加する」

 

 「志願したんですか。勇敢ですね」

 

 「やめろ、そんなんじゃねぇ。ただ、せっかくシュタージの糞から解放したこの国を、BETA共なんかに踏み荒らされたくないだけだ」

 

 「やっぱり…………死にたくないんですね。生きて………何かをしたい」

 

 こんなことをクルトさんに言うのは失礼なのかもしれない。それでもノィェンハーゲン要塞からのクルトさんとの話で、そんな本心を感じている。

 

 「ああ! 死にたくなんかねぇ! 俺は『死んでくれ』と言われて、まるで揺らがず了解できる英雄のあんたの隊長とは違う! 自分の中のありったけをかき集めて、やっと志願できた、ただの凡人だ!

 でも………でも、しょうがないだろ! ここで誰かがベルリンを守らなきゃ………誰かが肉の壁になんなきゃ、本当に俺たちのやってきたことが無駄になっちまう!

 死んでいった仲間も! あのノィェンハーゲン要塞には仲間の墓だってあったのに!」

 

 私は黙ってクルトさんの慟哭を聞いた。

 

 『死んでくれ』だなんて間違っていると思う。

 

 でも、それを『間違っている』なんて言う資格は私には無い。

 

 いつか、お父さんが語ってくれた理想。

 

 『東ドイツと西ドイツが手を取りあえば、BETAを倒せる』

 

 その言葉を信じて戦ってきた。そしてその理想通り、東と西が手を取り合う一歩を踏み出すことができた。

 

 それでも、戦いに出て死ななければならない人はいる。BETAへの勝利は遙かに遠い。

 

 そして東と西のドイツの象徴となった私には、BETAと戦って死ぬことすら許されない。

 

 故に、クルトさんには一番間違った言葉を贈るしかない。

 

 「クルトさん………ドイツのため……多くの市民の命ため………死んでください」

 

 

 ――――ポロッ

 

 

 言った瞬間、涙がこぼれた。

 

 やっぱり、この言葉は重い。

 

 拭っても拭っても、後から後から涙がこぼれる。

 

 クルトさんは黙って泣いている私を見ていたが、やがて言った。

 

 

 「―――ありがとう、ウルスラ・シュトラハヴィッツ。行ってくる。ちっぽけな俺を精一杯、奮い立たせてな。及ばなくても『あいつはよくやった』なんて、語り継がれるくらいの戦果は残していくつもりだ」

 

 クルトさんは戦車帽を外し、戦士の顔で敬礼をして去っていった。

 

 

 ちっぽけな英雄の背中を、ちっぽけな象徴が見送った。

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide 

 

 この状況の打開策を考えていたら、初めての遅刻などを経験してしまった。

 格納庫に着くと、イェッケルン中尉とカティアを除く第666戦術機中隊の全員がいた。アイリスディーナはじめ全員が強化装備に着替えており、出撃する気満々だ。 

 

 「デグレチャフ、来たか。遅刻だぞ」

 

 と、アイリスディーナに緩く怒られた。

 

 「申し訳ありません。しかし大分不利ですが、それでも行きますか。光線級吶喊に」

 

 「ゼーロウ要塞司令官殿は『ドイツ民主共和国軍人として最後まで撤退することは出来ない』と言って、司令官の席にて最期を迎えられたそうだ。

 そして私も一人のドイツ民主共和国軍人。後ろ身は無い。

 第666の衛士諸君。付き合わせて悪いが、一人でも多くの市民を逃がすために共に行ってもらうぞ」

 

 「もちろんです。ベルンハルト少佐、最後までお供いたします!」

 

 と、ファム中尉。迷いなく最初に声を上げた。

 

 「自分もです。少佐のバディを誰にも譲る気はありません」

 

 と、ヴァルター中尉。…………って、あなた重傷のはずだったろう!? あまりに自然にそこにいたので気づかなかったよ!

 

 「ヴァルター中尉、負傷の方は?」

 

 「もはや私に休息は必要ない。ターニャ・デグレチャフ、お前には感謝している。ここで今、皆がこうしているのはお前のお陰だ」

 

 そんな『最後だから言っておこう』みたいな礼はいらん。死亡フラグそのものだ。

 

 「俺もだ。最後までつきあう」

 

 「わ、私も! 最後まで祖国を守ります!」

 

 「一匹でも多くのBETAを倒す。私はただ、それだけよ」

 

 テオドール中尉、アネット少尉、シルヴィア少尉もそれに続く。

 本当にアイリスディーナは厄介な女だ。人を妙に引きつけるくせに、死に場所を求めるような所がある。お陰で気がついてみると、いつも地獄の一歩手前だ。

 アイリスディーナは、今度は私に向かい聞いてきた。

 

 「お前はどうだ、デグレチャフ。お前はどうする?」

 

 「私は…………」

 

 これを口にするのは、それなりに覚悟を要した。幾度も死線をくぐり抜けてきたが、これ程までに死に近づく真似は初めてだ。

 だが、やらねば私も中隊も確実に死ぬ。衛士としてではなく、航空魔導師として閃いた直感を信じて前に進もう。

 

 「祖国に勝利をもたらす道を選ぶことを望みます。ベルンハルト少佐、どうせ玉砕覚悟の出撃しかないのなら私に賭けてみませんか?」

 

 「なに?」

 

 「策を進言いたします。あの厄介な場所に陣取っている連中はじめ数カ所の重光線級群。そして無数の光線級。それらを倒す方法を」

 

 「な、何だと!?」

 

 私は格納庫の片隅のブレーメ少佐が残した赤い機体に目をやった。

 

 ―――やれやれ。使うつもりなどまるでなかったのだが、乗らざるを得ないか。

 ブレーメ少佐。死ぬほど手は借りたくないのですが、祖国を守るため尽力をお願いします。

 

 

 禍々しい赤いアリゲートルは、嘲笑うように輝いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 



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第64話 幼女衛士 空へ

 私はこの革命ではからずもアリゲートルという、『高性能だが操作性が悪い。乗りこなすには相当な慣熟訓練が必要』とのいわくつきの機体に乗った。

 そしてその評価は正しいと知った。。いや、乗り手のことをまるで考えない、社会主義国が開発したに相応しい機体だと知ったのだ。なにしろ出力が大きく上がっているのに、かかるGを軽減する措置をまるでとっておらず、火器管制も長距離射撃、連続射撃は優秀ではあるのだが、またまたそれによる大きく増した反動から、操縦者を守る措置がまるでとられていないのだ。

 ということでブレーメ少佐が私に託してくれた、このアリゲートル。『バラライカすら第666の皆に劣る機動しかできない私にこんなものが乗りこなせる訳がない』と、西ドイツへの手土産の一つにでもするつもりでいたのだが………

 この規格外の出力と火器管制が、今の絶望的な状況でBETA共に対抗するために必要なのだ。

 高機動による発生するGに関しては、私が乗るなら問題ない。魔術による防殻と防御膜で、その程度のGなど耐えることが可能だ。生身で空を飛ぶ航空魔導師はヤワではつとまらない。

 さらに操縦技術に関しても、空中ならば問題ない。主な推進以外の細かい機動は、私が空を飛ぶときの光学術式で行うつもりだ。

 と、いうわけで私はこのアリゲートルで出撃する。

 それも単独で、無数の光線種のいる戦場の真上の空に、だ。

 

 

 

 「デグレチャフ、今いいか?」

 

 アイリスディーナが、防護服を着て劣化ウラン弾を術式弾に変えている私に話しかけてきた。

 

 「ああ、いいですよ。何です?」

 

 「我々第666戦術機中隊は、一足先にベルリン防衛のために出撃する。後のことはオットー主任技師に聞け。もうすぐアリゲートルの改修は終わるそうだ」

 

 「そうですか。いえ、私も改修が終わり次第、出撃します。ベルンハルト少佐、私の話に全面的に協力してくれて感謝します」

 

 「お前の策………いや、策とも呼べないな。『アリゲートルであえて空へ行き、レーザーを回避し続けて囮になる』などな。

 無論、こんなことは上層部に話は通せない。私の現場の裁量権で許可を出している」

 

 「それは………後で問題になるのでは?」

 

 アイリスディーナは皮肉そうに笑った。 

 

 「『私が生きていれば』こそだろう。お前の魔術には私のみならず、第666の皆も何度も助けられたからな。お前がいなければ、第666の仲間が全員ここにいたかもあやしい。

 ならばこの帰還の望めない出撃。お前の話に乗って賭けるのも悪くはないさ」

 

 やはりアイリスディーナもわかっているか。

 この出撃で帰ってこれないことを。

 それでも彼女ら第666中隊は…………いや、中隊だけじゃない。他の東ドイツの全部隊が全滅必至のこの出撃に望んで参加している。

 何故、皆私のように逃げることを考えないのか?

 理由は逃げられないからだ。仮に逃げたとしても、死ぬよりつらい難民になるだけ。

 故に、この後の東西ドイツ統一に望みをかけているのだ。

 残していく家族や同胞のため、西ドイツにできるだけ好意的に東ドイツ市民を受け入れてもらうために、勇敢に戦ってみせねばならない。

 本当にこの世界の軍人や兵士にはこんなことが多すぎる。

 『軍人は勇敢に戦い死ぬまでがお仕事』というわけか。クソッタレめ!

 

 「お前の作戦が当たり、ここに全員帰ってこれたらいいな」

 

 ああ、少なくとも私は必ず帰ってくる。

 アイリスディーナは『私もお前も最期だから好きにやらせよう』ぐらいの気持ちなのかもしれない。

 だが私は本気でBETA共に勝利し、生き残るつもりでいる。

 私にとっては『軍人は勇敢に戦って勝つ』ことがお仕事だ。

 それさえ達成できたら『生きる』贅沢も許してくれるだろう?

 

 「では、行ってくる。武運を」

 

 アイリスディーナは敬礼して去っていった。

 おっと、私は敬礼を返し忘れた。

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 オットー整備主任Side

 

 

 俺は出来上がったアリゲートルを見上げて、ため息をついた。

 ベルンハルト少佐の命令だから言われた通り仕上げたが、どうにも戦術機をまるで知らねえ小娘が注文したシロモノとしか思えねぇ。

 やがて、その元凶が走ってやってきた。

 小娘衛士のターニャ。

 もっともナリはこんなちびっ子だが、過酷な光線級吶喊を幾度もこなし、革命までもやり遂げた歴戦の衛士だ。

 俺も国家保安省の部隊に捕まった時には絶体絶命かとおもったが、なんとそれを救ったのがこの嬢ちゃんだからあなどれねえ。

 それもあって、専門家として色々言いたいことがあっても飲み込んで、忙しい中こんな規格外の改修を引き受けたわけだが。

 

 「言われた通り高出力仕様に、推進剤の増装タンクを付けて長時間推進可能にしたぜ。それに銃火器は長距離射撃専用に換装しといた。

 しかしこれで何をするつもりだ? 高出力すぎてまともな戦術機機動どころか、旋回すら出来やしねぇぞ。こんなもので戦場に出るなんざ、自殺するようなモンだぜ?」

 

 「この作戦に必要なことですからよろしいのですよ。では、出撃しますので準備をお願いします」

 

 そう言って、ターニャの小娘は元気よくアリゲートルに乗った。

 しかたねぇ。

 小娘だろうと、衛士は衛士。

 出撃するというなら送り出さにゃならねぇ。

 どうか、いきなり『BETAに喰われた』なんて報告は聞きませんように。

 

 ハンガーの扉を開けさせ、誘導員にカタパルトデッキに誘導させる。

 

 アリゲートルは戦術機用カタパルトデッキに立ち、発射態勢。

 

 バラライカとは勝手が違うために、デッキを微調整。

 

 ―――発進!

 

 デッキを滑り、アリゲートルは勢いよく射出される!

 

 射出されたアリゲートルは戦場へ……………いや、上へ!?

 

 アリゲートルは高度を下げることなく、ぐんぐん上へ上へとあがっていく!?

 

 俺は思わず通信に飛びついた。

 

 「おい、高度を下げろバカヤローめ!レーザーに…………」

 

 その瞬間、はるか向こうの戦場から眩い光。

 そして下の俺たちの所へ熱風が来た!

 

 ――――ブォン!

 

 それが何を意味しているのかは見なくてもわかった。

 レーザー種がバカみたいに高度を上げたバカヤローを狙い撃ったのだ。

 

 「バカが…………っ。こんな馬鹿な死に方しやがって………」

 

 『いえ、生きてますよ』

 

 なんと、通信からターニャの嬢ちゃんが答えた!

 

 「どういうことだ? 今、確かにレーザーに………」

 

 するとまた、レーザーが複数アリゲートルを襲った!

 

 今度はレーザーの照射後、もう一度空を見上げると、やはりアリゲートルは健在だった。

 

 「ターニャの嬢ちゃん。まさか、レーザーを避けているのか? いや、まさかと思うが……」

 

 『はっはっは、どうやらいけそうです。整備班の皆さんの努力を無駄にせず何よりです。

 では、ターニャ・デグレチャフ少尉。これより光線種の陽動任務へ入ります』

 

 そう言って、通信は切れた。その後も幾度もレーザーは上空を舞ったが、どういうカラクリか、全て綺麗に避け続けている。

 

 機体をいじった限り、あんな機能などなかったハズだが………………

 

 いや、あの小娘はそういうモンだと思っとくべきか。

 

 あの調子なら多分大丈夫だろう。

 

 そしてあの調子で光線種を引きつけてくれるなら、このクソッタレに絶望的な戦場でも、少しは帰ってくるやつらが多くなるかもしれねぇ。

 

 

 そんな願いを込め、華麗にレーザーを避けながら上昇していくアリゲートルを敬礼で見送った。

 

 

 

 

 

 



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第65話 紅の流星

 光線種――――

 

 人類の航空兵器に対抗するためにBETAが生み出したといわれる、強力なレーザーを放つBETAであり、これのいる戦場ではいかなる航空機も飛ばせない。 

 私のエレニウム95式で作る強力な防殻であろうと、レーザー種の放つあまりに強力なレーザーは易々とこれを破壊してしまう。

 それに対し、私はレーザー回避の術式を編み出した。機体が予備照射を受けたなら、私の操縦無しに自動で回避機動をとるというものだ。だが重光線級の重撃レーザーは照射範囲があまりに広いため、これでは間に合わない。

 しかしそれはバラライカでの話だ。

 いま私の乗っている高機動のアリゲートルならば、光学術式と組み合わせれば回避可能だ。

 すなわち通常二割程度の速度で推進し、予備照射を受けた瞬間、自動で全速力で回避するのだ。

 さらにレーザー以外の避けなければいけない物がないこの大空ならば、大きく回避領域をとることができる。

 そして『光線種は空中の目標を優先して攻撃する』という性質がある。その性質に違わず、全ての光線種は私に狙いをつけているようだ。

 故に、現在下で光線級吶喊をしている部隊の難易度は大きく下がっているはずだ。

 

 

 「くそっ、立て直しが遅い! 飛ばされた瞬間でも、飛行を安定させないとダメだ!」

 

 数度のレーザーを躱した後に、機体を立て直しながらつぶやいた。

 レーザーを避けられることは避けられるのだが、その直後は大きく機体が揺らぐ。その立て直しに手間取ると、もう次の照射がきてしまう。

 どうやらこの新術式を使いこなすには余程の安定した滑空飛行技術が必要であり、弾き飛ばされた瞬間にたて直す技量を要するようだ。

 

 (思い出せ、二〇三航空魔導大隊時代を。乱戦の時など無数の銃弾をくぐりながら、鳥のように滑空していたはずだ。戦術機とはいえ、こんな無様な飛行など、私の飛び方ではない!)

 

 想定通りレーザーの回避には成功したが、レーザー回避時にふいに弾き飛ばされる機体を四苦八苦しながら立て直さねばならない。

 レーザーなど目には見えないので、本当に前触れもなく弾かれてしまう。

 

 (イメージは鳥ではなく水。突然発生する揺れにも、力に逆らわず受け流せ!)

 

 航空魔導師になった初期、ふいの突風に煽られた時の対処法を思い出しながら上昇していく。

 

 推進! 推進! 推進!

 

 回避! 回避! 回避!

 

 

 

 何千ものレーザーにさらされながら、それでもそれら全てを躱して上昇していく。

 ひとつ分かったことは、レーザーを躱し続けるのは思ったより難しくないということだ。

 確かに目にも映らない何千もの光速のレーザーは、全て正確に私の機体を撃ってくる。

 だが、その正確さが仇だ。

 撃たれる寸前にその場を素早く退避すれば回避は可能だ。

 要するにBETA共は、これだけ多数の光線種がいるにも関わらず、全てが私の機体を点として撃つという非効率な真似をしているのだ。

 もし私が撃つなら面制圧。

 即ちこの空域全てに満遍なくレーザーを満たして照射しているだろう。

 それをされたら私でもお手上げだったが、全ての光線種は愚直に私一機を狙い、レーザーを放ち続けている。

 回避に余裕が出て水平飛行に入った頃、ノイエンハーゲン要塞にいる重光線級からの照射と思われるレーザーが止んだ。

 

 

 やったか、アイリスディーナ。さすが仕事が早い。

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡ 

 

 

 アイリスディーナSide

 

 

 

 

 「本当に………あいつはレーザーを回避しているのか………。あの空の向こうで」

 

 この戦場の最大の脅威である光線種は、先程から幾度も天空に向けて絶え間なくレーザーを照射している。

 いつも厚く空を覆っている灰色の雲はすっかり霧散し、生涯に初めて見る青空が大きく広がっている。

 あまりに眩しく空を見上げる事は出来ないが、全ての光線種が上空にレーザーを放ち続け、結果として光線種は現在無力化している。

 

 「どうやらアイツの目論見は成功したようだな。中隊全機、今の内に重光線級を狩るぞ!」

 

 他の光線級吶喊の部隊にもこの好機を逃さず任務を達成するよう通達した後、私は号令をかけて中隊を出発させた。

 中隊はたちまち目標のノイェンハーゲン要塞に陣取っている重光線級の足元に急接近すると待機。

 ファム、テオドール、アネットら近接戦闘の得意な者らで吶喊小隊を組み、残りをヴァルターに任せた。

 

 「吶喊小隊…………突撃ィ!!!」

 

 私の号令と共に四機は一斉に噴出跳躍。首を上げて上空にレーザー照射している重光線級の喉元を次々に刃を突き立て、瞬く間に全目標を殲滅した。

 すると、デグレチャフから通信が来た。

 

 『こちらシュヴァルツ09。シュヴァルツ01、予定目標の重光線級のレーザーが止みました。殲滅に成功したのですか?』

 

 「ああ、最も難しいと思われていたノィェハーゲン要塞上の重光線級を損耗なしの短時間で排除できた。お前の陽動のお陰だ。まだこの陽動は可能か?」

 

 『噴出剤の状況から、あと50分ほどは可能です』

 

 「ではもう一つ重光線級群を狩る。目標はここから南東の重光線級の一団だ。そこらを中心に陽動をかけてくれ」

 

 『了解。目が回りそうですが、またまた派手に踊って見せましょう』

 

 「お前の華麗な踊りが見られないのが残念だ。では、またな」

 

 

 

 

 

 次の重光線級一団の殲滅にも成功した。

 他の部隊の光線級吶喊も次々成功したらしく、上空へ放たれるレーザーはかなり激減している。

 私は再びデグレチャフへ通信を送った。

 

 「シュヴァルツ09、こちらシュヴァルツ01。たった今目標Bを無力化成功。補給のために帰還するが、そちらも10分後に帰還せよ。他の部隊にも通達しておく」

 『シュヴァルツ09了解。ではその10分で、残りの重光線級群だけはこちらでかたづけておきましょう』

 「な、なに?」

 

 遙か向こうの、相変わらず連続照射する重光線級の太い光を見てみると、不意にその真上の空から光の粒が降ってきたような気がした、その瞬間だ。

 

 ――――!?

 

 派手な爆発音をたて、そこら一帯が爆発した!!

 

 『何だ!? なにが重光線級を攻撃したんだ?』

 『CP! 今の攻撃はどこのものかわかるか?』

 

 などの通信が飛び交い、各地点の部隊は喜ぶより混乱している。

 

 「…………シュヴァルツ09、これもお前が?」

 

 『ええ。大分レーザーが少なくなったので、攻撃も可能になりました。他の重光線級群や、ついでに奥まった場所にいる光線級もこちらで片づけておきます。今日中に全ての光線種を消しておきましょう』

 

 あまりの奇跡的な出来事に、何も言えずに通信は切れた。

 すると今度はテオドールから秘匿回線による通信が来た。

 

 『01。アイツ、随分派手な戦果を上げているな。 いいのか、事前に何の報告もしてなかったんだろう?』

 「まぁ、あいつの能力を説明する所から始めなきゃならんし、時間も無かったのでハイム主席には何も言わなかった。人民軍が壊滅した現在、私の上はハイム主席しかいないことでやれた私の独断だな。処分は免れんかもしれんが、それも生きていればこそだ」

 

 やがてさらに次の吉報が報告された。第四地点の重光線級群が同じ様に爆破されたというのだ。さらに第五地点も!

 次々に重光線級群が爆破されるという吉報は続き、遂に戦場に重光線級は全て駆逐されたと報告が上がった。

 作戦行動中にも関わらず、歓声が上がる中に新たに驚く声が上がった。

 

 『お、おい!赤い戦術機が飛んでいるぞ!』

 『レーザーをよけているぞ! あんな戦術機が開発されたのか!?』

 

 レーザー種の激減により、デグレチャフは低空飛行に入ったようだ。

 そして、派手な空中からの爆撃をくり返し、レーザー種を次々に駆逐していっている姿が戦術機のモニターで確認できてしまった。

 ………………どうするのだ、これは? 他の部隊に何と説明を?

 しかしこの分ならやがて全てのレーザー種を殲滅し、他のBETAも航空爆撃機の出動で駆逐することが可能だろう。

 

 「やれやれ。私らの光線級吶喊を完全に奪うつもりか、アイツは。ハイム主席にアイツをどう説明したものか。ともかくこの戦い、生き残れる可能性が………いや、戦線を押し返して勝利することも見えてきた」

 

 

 戦場の空を華麗に舞う美しい紅の流星は、眩しく輝いて見えた。

 

 

 

 



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第66話 東ドイツ軍の奇跡

 キルケSide

 

 

 

 東ドイツの革命政府の政権奪取を可能にした謎の力を探る任務を与えられた私は、東ドイツ対応の外務官へと話を持って行った。

 

 ――――レルゲン外務官。

 

 若くして幾多の難しい案件を処理した実績を持つ俊英であり、眼鏡の奥の怜悧な瞳はその知性を物語っている。

 『革命後の東ドイツ』という難題を任されたにも関わらず、冷静に調査を進め、私の難しい要請も快諾してくれた。

 ところが碌な作戦も決められないうちに東ドイツの対BETA情勢は悪化。

 オーデル・ナイセ絶対防衛戦はすでに破られてしまったのだという。間もなくベルリンは蹂躙され、BETAは西ドイツ本土に来てしまうという衝撃の情報が入ってしまった。

 

 

 

 

 そして現在。

 西ドイツ領国境近くのキルヒ・ホルスト基地において、東ドイツ代表のイェッケルン中尉が大使として来たために会談を行うこととなった。

 対応はこのレルゲン外務官。私は口をはさむことは許されないが、同席することを許された。

 

 「以上。ハイム主席及び革命政府は東ドイツの社会主義体制を終わらせ、東西統一に向けて動くことを決断いたしました。統一ドイツが成ったならば、ドイツが対BETAヨーロッパ防衛の中心となることを望んでいます。どうか前向きにご検討下さい」

 

 東ドイツの大使として来たイェッケルン中尉は、東ドイツの現状と新政権の意向を簡潔にまとめて報告した。彼女の優秀さをうかがわせる、実に良い報告だ。

 それに対し、レルゲン外務官も交渉に手慣れた様子で対応する。

 

 「成る程、それはたいへん喜ばしいことです。そのことは確かに政府上層部に伝えておきましょう。とはいえ、こちらはそちらのテロに大分やられたという経緯がある。そのことに対しては何か?」

 

 「そのテロ活動はドイツ社会主義統一党が国家保安省に命じてやらせたものです。我が『東ドイツ修正委員会』は前政府のその方針を激しく否定し、国家保安省及びテロ実行犯のゲイオヴォルグ部隊を排除いたしました。この事実はこちらの意志を示したと認識いたしますが」

 

 「政治、軍事双方に秀でた国家保安省。それを地方部隊のあなた方が実に見事に倒せたものです。人民政府から政権を取ったのも鮮やかですし、よろしければその詳細をお教え願えませんでしょうか?」

 

 さて、私からの要望を出してきた。答えてくれるか?

 

 「軍機となります。それは統一がなった後、しかるべき公聴会にて話すこととなるでしょう」

 

 やはり秘密か。しかし、向こうの機密もできるだけ引き出すのも外交官の仕事。『穴に潜ったネズミをいぶり出す』の例えの仕事が、このレルゲン外務官はお得意だ。

 

 「それは困りますな。そちらの革命政権はあまりに不可解なことが多すぎる。ある程度こちらの疑問に答えていただいた後でなければ統一の話など不可能です。

 そう、例えば彼女のことなどもね」

 

 彼はパサッと新聞をおいた。その新聞はかつて海王星作戦において東ドイツ軍部隊の第666中隊を取材した時のものであり、そこにはターニャ・デグレチャフ少尉の顔写真が大きく載っている。

 

 「デグレチャフ同志少尉ですか………。彼女に興味が?」

 

 「ええ。この年齢で高い衛士としての技量を持つ彼女。彼女に会わせていただくことはできませんか?」

 

 「…………彼女についても軍機扱いとなります。で、そちらの申し出を断るなら統一の話はできないと? こちらの軍機を明かすまでは動く気はないと?」

 

 「そちらの話を先にいたしましょう。そちらの方が現在、緊急に話し合わねばならない案件。オーデル・ナイセ絶対防衛戦をBETA群に突破された緊急事態の対処です」

 

 「はい。このあってはならない事態を起こしてしまったことはお詫びいたしますが……………援軍は送っていただけるのでしょうか?」

 

 「無論です。BETAが東ドイツを突破したならば次は西ドイツ。これは我が国にとっても防衛戦争なのですから」

 

 そう。もはや西ドイツ本土にBETAを迎えなければならないことは決定事項。

 あとは『どうやってBETAを押し止めるか、どうやって被害拡大を抑えるか』だ。

 非情だが、東ドイツ軍には西ドイツ軍が防衛体制を敷くまでの時間稼ぎをしてもらわなければならない。

 

 「――――ただし」

 

 レルゲン外務官はこの言葉の後、一呼吸置いた。

 

 「現在、貴官の言う通り状況は変わってしまった。事前ではゼーロウ要塞を要とした防衛計画でしたが、要塞は抜かれてしまい、計画は白紙となってしまいました。何もない平原で多数の光線種のいるBETA相手に防衛戦など、無駄に戦力を消耗する愚行でしかない」

 

 「では、どうすると?」

 

 「あえてBETAを東ベルリンに入れての市街防衛戦。これしかないでしょう。多数の高層ビルを利用すれば立派な防衛陣地となります。高所もとれるし、地下鉄を塹壕にすることもできます」

 

 「なっ! 東ベルリンを陣地にするですと!? そんな非道が許されると!?」

 

 「それを起こさないためのオーデル・ナイセ絶対防衛戦だったのでしょう。

 それをこうも短期に破られた以上、非情な手段を取らざるを得ないのです。

 『何もない平原でBETAの攻勢を受けるとなると、西ドイツ全軍を持ってしても一日も持たない』と我が国の参謀連中が言っておりました」

 

 「しかし…………ベルリンには今だ多数の市民が!」

 

 「急いで脱出させて下さい。こちらからもバスを送ってもいい。間に合わなかった市民は諦めて下さい。これはヨーロッパ全土の命運が掛かった一戦。非情な決断も必要なのです」

 

 「そんな………そんなことを主席も同志少佐も決断するとは…………」

 

 「彼らにはこう伝えて下さい。『もし、東ドイツ軍だけで光線種の無力化を成せたならば、ベルリン郊外で防衛戦を行うことを了承しましょう』とね」

 

 イェッケルン中尉は悔しそうに歯がみをしている。正直、私も市民を守り切れないことには悔しさを感じている。

 しかし、非情であろうと仕方のないことなのだ。

 どのような精強な軍であろうと、多数の重光線級、光線級のいるBETA梯団を何の防衛陣地もない平原で押し止めることなど不可能なのだから…………………

 

 

 ――――ピピピピッ

 

 

 と、突然にこの会議室の内線が鳴った。

 この会議室は現在東ドイツの使者との会談中のため、非常時や緊急の連絡でなければ鳴ることはない。

 つまりとうとう東ドイツ軍は破られ、ベルリンにBETAがなだれ込んだというわけか。

 

 「………………遅かったようですね。貴国の革命軍がこんなにも早く新しい体制を敷いていただけたことは評価いたしますが…………それでも遅かった」

 

そんなレルゲン外務官の声を背に、内線を取って報告を聞いた。

 

 

 

 

 「―――――――!? なんですって!! 確かなの、それは!!?」

 

 私は会談中にも関わらず、その信じられない報告に思わず声をあげた。

 私はできる限り気を静め報告を聞くと、レルゲン外務官のもとへ駆け寄った。

 チラリと見たイェッケルン中尉の顔は悲痛を必死にこらえているようだったが、これを聞いた時にどんな表情をするのか見物だ。

 レルゲン外務官の耳に口を寄せてその内容を話した時、彼は私のように叫び声など上げなかったが、大きく目を見開いて二、三度深呼吸をして気を整えた。

 

 「イェッケルン中尉、朗報です。東ドイツ軍は重光線級を含めた全光線種の殲滅に成功。航空爆撃機の出動によってBETA第一陣の殲滅に成功したそうです。

 そして我が西ドイツに追撃戦の兵力を要請し、我が政府はそれに応じるとのことです」

 

 「な!! あれだけの光線種の殲滅に成功!? いったいどうやって…………」

 

 イェッケルン中尉にとっても意外なのか。やはり東ドイツは未知の力がある。

 『防御陣地の無い平地で無数の光線種を殲滅し、BETAを押し返す』

 いったい他のどんな国がこんなことを出来るというのだ?

 まさか、本当に世界一?

 

 「イェッケルン中尉、当面の危機は脱したようなので他の議題も話しあいましょう。統一に関してですが…………」

 

 こんな信じられない報告を聞いた後だというのに、交渉を進められる所はさすがに俊英と名高いレルゲン外務官。

 しかし東ドイツ軍の光線級吶喊はどうなっているのだろう?

 こんな戦果を上げることは、世界中のどの軍も不可能だ。

 たった今、それ程の奇跡的なことを東ドイツ軍は成し遂げたのだ。

 こうなると、政府も東ドイツの対応を再び見直さねばならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 その後、政府関係者もイェッケルン中尉との会談を希望したために、休憩に入り仕切り直すこととなった。

 彼らが到着するまでの小休止の間、私は別室にてレルゲン外務官とコーヒーを飲みながら話し合った。

 

 「驚きましたね、東ドイツ軍の意外な強さには」

 

 「ああ。参謀連中は皆東ドイツ軍が全滅した後のことしか決めてなかったので、これからが大変だ。無論、政府や我々外交部もだ」

 

 「しかし、これで『革命後の東ドイツの裏にアメリカがいる』という線は薄れましたね。やはり、現在の東ドイツ軍自身が強い、ということでしょうか?

 第666中隊の一員であり革命政府の有力メンバーのイェッケルン中尉もこの結果に驚いていました。彼女も東ドイツ軍の強さの秘密を知らないように思えましたが」

 

 「…………きっと、我々が思いもよらないような理由があるのだろうよ」

 

 レルゲン外務官は私の方は見ず、先程の新聞に載っている東ドイツ軍の子供衛士『ターニャ・デグレチャフ』の写真を睨むように見ながら言った。

 

 「…………………………レルゲン外務官?」

 

 

 その子の写真を見るレルゲン外務官の目は、何故かひどく険しいもののように思えた。

 

 

 

 



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第67話 激化する欧州BETA大戦

 アリゲートルをベルグ基地へと着陸させ、多くの兵士から喝采を受ける中、アイリスディーナはじめ第666中隊の皆と再会した。

 再会の挨拶もそこそこに、アイリスディーナは私を別室へ連れて行って二人きりになった。

 

 「たいしたものだな。あの飛行機動、端から見ても相当に高度なものと分かる。戦術機の飛行訓練など実際にやることはもちろん、お手本となる資料すらないというのに、どこで学んだのだ?」

 

「あ~いやその、脳内でイメージなどをして…………」

 

 前世の航空魔導師の戦闘飛行を戦術機にやらせたものです。

 私にとっては60点程度の無様なものですが、見事に見えましたか。

 

 「…………まぁ、深く聞くのはよそう。だがデグレチャフ、ひとつ言っておかなければならないことがある。お前のアリゲートルによる陽動と空中爆撃だが……………」

 

 「『あの戦術は寿命が短い』と言うのでしょう」

 

 「さすがだな、理解していたか。

 その通りだ。戦闘記録を見た限りBETAは正確な照射だが、お前の機体を一点に狙う集中照射だった。

 だが奴らの対応能力から考えて、『お前のいる空域全てにレーザーを照射する』という面制圧の方法にたどり着くのは間違い無い。

 BETAの対応能力から考えて、一週間が限界だろう」

 

 まぁ、そうだろうな。奴らの対応能力は甘く見ることはできない。

 それにしても、説明する前に理解してくれるとは良き上官だ。

 奴らが対応してくるであろうヤバイ状況になってまで空へ行かされる心配はなくなった。

 ――――しかし、私が航空魔導師として戦えるのは一週間ほどか。

 私は切なく空を思い、そう考えた。

 それでも…………

 

 「では、この戦術はこの防衛戦のみの使い捨てにしましょう。それまでに最大限の戦果を上げます。その戦果を西ドイツや諸外国に高く売りつけて、役立たせてください」

 

 「さすが如才がないな。そうだな、そうしよう。

 それと派手な空中爆撃などをして、その説明を考えねばならなくなった。とりあえずお前のことをハイム主席に説明し、国内や諸外国への発表の対応策を考えることにする。

 三日後にハイム主席が再びオーデル・ナイセ絶対防衛線を復活させるべく、自ら指揮を執るためにこのベルグ基地へ来ていただける。そのとき私と一緒に会って、その説明をして欲しい」

 

 流石にもう私の魔術のことを隠すことは出来なくなったか。

 だがそれもこの戦場で生き延び、さらに勝利する代償と考えるならば仕方ないか。

 これに絡んだこの先の政治的なアレコレにも上手く立ち回って、生き延びるとしよう。

 幸い人民政府や国家保安省に支配されていた以前とは違い、アイリスディーナも東ドイツ中枢の近い位置にいることだし、何とかなるだろう。

 

 「了解いたしました。どうか自分を東ドイツのために上手く使ってください。自分の身はどうなっても、祖国に献身するつもりです」

 

 「ああ、上手く使ってやる。

 だが、悪いようにはしないつもりだ。お前のことは私の責任において守ってやる」

 

 

 頼みます。本当に自分の身を捨てて献身するつもりなど、毛頭ないのですから。

 

 

 

 

 

◇    ◆

 

 

 

 そして三日後。

 アイリスディーナと私はハイム主席と基地の奥にある会議室で会談し、私の魔術能力を説明した。そして私に関しての発表はハイム主席の預かりとなった。

 その話が終わった後、現在の対BETA戦の話になった。

 

 現在のBETA戦線だが、戦況は取りあえず安定している。

 重光線級を殲滅し、光線級も順次消していることによって、こちらが有利である。

 航空爆撃機やミサイルも使えるために、大規模な面制圧も仕掛けられる。

 そして有利な戦況を受けて、西ドイツ軍はじめ欧州連合軍や国連軍も加わることによりベルリン防衛線はかなり強固になった。数日後にはアメリカ軍も合流する予定だ。

 にも関わらず互角なのだ。

 これだけ好条件がそろったにも関わらず、だ。

 多国籍軍はどうにかBETAを再びオーデル・ナイセ絶対防衛線の外に押し返そうといろいろやってはいるのだが、そこまで押し切れないのだ。

 いくら倒そうと、大規模殲滅を何度やろうともBETAはまるで減らない。減ったそばから次々増援が来てしまい、結果として戦線は開戦当初から変わらぬ圧力で攻められ続けている。

 

 

 「これは、絶対制圧命令が出ているのかもしれません」

 

 アイリスディーナは言った。

 絶対制圧命令とは、戦闘において『目標となる地点を、どれほどの物質を消費しようともどれだけ味方で屍山血河を築こうとも、必ず制圧せよ』という命令のことだ。

 現場の兵士としては実にいただきたくない命令である。

 

 「BETAが、かね?」

 

 ハイム主席は不思議そうに聞いた。

 

 「現在BETAへの戦果は10万を越えました。重光線級までも相当数倒し、通常ならとっくに攻勢は止んでいるはずです。であるのに、いつまでも終わらないこの圧力の理由。

 これは私が戦って感じた勘のようなものですが」

 

 アイリスディーナの言葉に身震いした。

 ただでさえ無限にも近いBETAが絶対制圧に動いているとなると、物量のチキンゲーム。

 どう考えても先に力尽きるのは人類の方だ。

 

 「……………ベルンハルト少佐の勘はおそらく当たっているだろう。実はここへ来る前、欧州連合の代表と話をした。

 東ドイツは以前から、BETAが次のハイブの建設候補地として狙っているとの分析があった。そして今回、本格的にそれに動き出した可能性が高いとのことだ。

 もし、それを許せば欧州は瞬く間にBETAに制圧されるだろう。

 何としても死守せよとの要請だ」

 

 なるほど、それならばこの無限ともいえるBETAの攻勢も納得できる。

 しかしこちらも絶対死守命令か。

 思えば前世での戦争では、物質も人材も乏しくなる一方での戦いだったので『絶対命令』などは出されたことはなかった。しかし現在のBETAとの戦いでは、奪われた土地はほぼ奪還不可能なので絶対死守命令の連続だ。

 私は思わず発言をした。

 

 「しかし、このままではBETAとの物量のチキンゲームです。そして負けるのは兵士の育成にも兵器の生産にも時間のかかる我々人類です。

 戦況が互角の今のうちに何か決定的にBETAを引かせる方法を考えねば、その最悪の未来が来てしまうでしょう」

 

 「うむ……………だが、その方法がな………」

 

 そうなのだ。こうは言ったが、私もその方法が皆目見当がつかない。

 重苦しい沈黙が会議室を支配したが、ふいにアイリスディーナが言った。

 

 「これも私の勘のようなものですが、一つだけBETAの急所に心当たりが」

 

 「何かね?」

 

 アイリスディーナは居住まいを正して説明をはじめた。

 

 「かつてないBETAの猛進撃。現在40万にも届くかという物量に加え、多数の光線級。さらにハイヴ周辺にしか存在しなかった重光線級までも投入され、我々は攻められています。

 ですがこれらを運用するには、エネルギーも莫大なものになるはずです」

 

 「ふむ、確かに光線級など大量にエネルギーを消費するだろう。重光線級がこれまでハイヴ周辺にしかいなかったのは、あまりにエネルギー消費が激しいためハイヴからの長距離移動が不可能だからだと言われていたな」

 

 しかし、革命前の襲撃から重光線級は確認されるようになっている。

 エネルギー効率を改善したのか?

 いや、BETAの襲撃をエネルギー消費で考えると、あまりに増えすぎている。

 

 「BETAが絶対制圧命令で動いているとなると、エネルギーも無理をしているということですか?」

 

 「無理は当然しているだろう。だが、それだけでは説明がつかない。私はBETAは補給艦のようなものを持ってきており、それでエネルギーをまかなっていると考えている」

 

 BETAが補給艦か…………。あまりに意外だったが、確かに考えられることだ。ミンスクハイヴからここまではあまりに遠い。そして、重光線級がこちらで運用できるようになったのも、そのためかもしれない。

 

 「なるほど。その補給艦を潰せば、BETAはこのような大規模進行は不可能になる、というわけか。だが、それはどこにある? 地中深く隠されているのなら、見つけるのは不可能だ」

 

 「ハイム主席、我々はもう見ていますよ。その候補となるBETAを」

 

 アイリスディーナはニッと笑って言った。

 

 「なに?」

 

 …………………BETA? となるとそれは…………

 

 「――――――新型か! あの巨大BETAが、その補給艦の役目を果たしているのか!」 

 

 ノイェンハーゲン要塞に地中から奇襲を仕掛け、運んできたBETAによって制圧した超巨大新型BETA。

 なるほど、あの奇襲はイレギュラーな使い方であって、アレの本来の役割はその補給艦だったのかもしれない。

 確かにあれならその活動エネルギーを満載してミンスクハイヴからここへこれる。

 要するにアレを潰せば、とりあえずこの戦闘を収束することが出来るということか。

 

 

 途轍もない質量に加え相当強固な外殻を持つあのBETAをどうやって倒せばいいか皆目見当がつかないが、とりあえず現在位置の調査が行われた。

 しかし新型は奇襲の後に地中深く潜んでしまったようで、必死の捜索にも関わらず発見不可能との結果に終わってしまった。

 ハイム主席の言葉通り本当に地中深く隠されてしまった。

 アレが補給艦だとしたら、いくら強固でも出来るだけ隠しておくというのは理にかなっている。

 やはりアレを潰されたらBETAにとって”詰み”だというのは正しいようだ。

 

 

 確証が得られても、どうしょうもないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わりの見えない欧州BETA大戦。

その急所と思われる母艦級BETAも消えた!

果たして大戦の行方は?


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第68話 ベルリン襲撃

 防衛戦二十日目。

 いまだにBETAの急所と思われる巨大BETAの行方は掴めず、連合軍は向かってくるBETAを毎日大量に潰すだけである。

 元々無駄を嫌う性格に加え、前世にて物資と人員の欠乏に泣いて戦線を維持してきた記憶を持つ私は、毎日戦場で消費される物資や人材の消費に胃の痛くなるような思いをしている。

 もっとも私は現在戦線に出ていない。五日アリゲートルで光線種を潰してまわると、重光線級は出なくなり、光線級も少規模なものになった。

 するとアイリスディーナは通常の光線級吶喊に切り替え、私に待機を命じた。その日より私は出撃せず、温存されたままだ。

 そのことについて疑問があったので、アイリスディーナに訪ねた。

 

 「何故私を出さないのです? 東ドイツ軍でも光線級吶喊を行える部隊はもうわずかになってしまいました。損害を減らすためにも、また私が囮になるべきでは?」

 

 するとアイリスディーナはニヤリと不敵に笑って答えた。

 

 「わからないか? 奴らが開戦当初のように大量に光線級を送ってこない理由が」

 

 …………………ああ、なるほど。そういうことか。

 これは私が迂闊であった。本当にアイリスディーナはBETAによく長けている。

 

 「あの小出しにしている光線級は『アリゲートル爆撃』の攻略法を探るためのものですか。

 では、いつまでもアリゲートルが飛ばなければ……………」

 

 「そうだ。いつまでもあの調子で小出しにしか光線級は出てこない。無限の物量を持つBETAといえど、やはり光線種を大量に潰されるのは痛いと見える」

 

 光線種は『G元素』と呼ばれる謎物質を使って作られており、それが強力なレーザーを放つ元になっているそうだ。その『G元素』というのが、相当貴重なものらしい。

 

 「しかし、ならばバラライカで私も第666に加わるべきでは? 勝手の違う元武装警察軍の衛士を引き連れての光線級吶喊は相当厳しいと思われますが」

 

 現在第666中隊は激減した隊員を補うため、元武装警察軍の衛士を加えている。

 ちなみにそこにはヘルツフェルデ基地で捕虜にしたリィズの後輩のファルカ・ミューレンカンプ少尉も加わっている。

 共に訓練したことのない部隊員を引き連れての作戦は、相当に難易度を上げているだろう。

 

 「それをどうにかするのが私の役目だ。お前は政治的な意味合いでも重要となったのでしばらくは出さない。それに対BETA戦としても切り札だ。

 これはBETAにも諸外国にも手の内を隠しておくための処置だ。だが、必ずお前の力が必要となる時が来る。そのときまでシミュレーションで腕を鈍らせないようしておけ」

 

 

 

 

 

 

 そのような理由で私は現在待機中。日課のシミュレーションをやりながら、整備の手伝いなどをして過ごしている。

 

 「オットー主任、戦況はどうなると思います?」

 

 私は私の臨時の上官となったオットー整備主任に尋ねた。戦場を幾つも経験した彼ほどのベテランともなれば、機体の損傷具合や損傷した機体の数で、戦況やその行く末がわかるのだ。

 

 「悪かねぇ。だが戦線は安定してるっちゃしてるが、BETAも減る気配はまるでねぇ。つまりこの状況はまだまだ続くだろうな」

 

 やはりチキンレースか。だが、ここで戦っている間に後ろではベルリンを強固な要塞にする計画が進行中だという。それが完成すればさらにこちらの損害を減らすことができ、チキンレースに勝つことができるだろう。

 ……………………一年くらい先だが。

 

 

 「しっかしどうしても不思議なんだがな。

 アリゲートル搭乗時の記録じゃ、とんでもねぇ高Gにさらされたってのにブラックアウトもしねぇで戦闘なんざどういうことだ?

 このちっこい体でどうやって耐えたってんだ?」

 

 防殻を展開すれば加速による高重力に耐えられる。さらに酸素生成魔術で体内に直接酸素を生成し、息をせずとも呼吸が可能だ。

 オットー整備主任は経験によってユニット内の衛士の限界を想定しながら整備をしているそうだが、私がアリゲートルに乗った時の記録は彼の経験を完全に大きく裏切っているらしい。

 

 「それにいくら最新鋭戦術機アリゲートルとはいえ、ここまで加速はできねぇはずだ。しばしば機体のスペックを越えた記録が出ているのは何故だ?」

 

 魔術での機体強化だ。元が高スペックだと、とんでもない数値になる。

 しかしさすがに魔術のことは話せない。故にこう言うしかない。

 

 「機密事項です。申し訳ありませんが、話せません」

 

 オットー整備主任は大きくため息をついた。

 

 「まぁ、そうだろうよ。お前さんも大分厄介な立場になっちまったみたいだが、しっかりやんな。カティアの嬢ちゃんもお偉いさんになっちまったし、いろいろ変わっていくもんだ」

 

 カティアの名を聞くと少しだけ切なくなった。

 彼女が部隊にいないことに、私は微かな寂しさを感じているようだ。

 確か彼女は今日、ベルリンで西ドイツの高官と会議の日。

 統一に向けての協議や、行き先が決まらずベルリンに留まったままの低所得者層やアジア系市民の受け入れ先を探しているのだったな。

 

 「さて、休憩にしようか。今日はBETAが広範囲に来ちまったせいで予備兵力まで出払っちまった。帰ってきたら大忙しになるから頼むぜ」

 

 

 ……………………? 

 

 何だ? 今、オットー整備主任の言葉に妙な胸騒ぎがした。

 

 BETAが広範囲に出て、兵力が全部出た?

 

 それはもしかして…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その時だ。緊急警報が鳴り響いた!

 

 ああ、糞。繋がった!

 

 コレは奇襲の前振りじゃないか!

 

 襲撃地点を知るために作戦司令室に行ってみた。(本来作戦司令室は佐官以上しか入れないが、特例で私は入れるのだ)

 

 私は慌ただしい喧騒の最中にある作戦司令室に入り大型モニターを見上げると、呆然とした。

 

 あまりにあり得ない地点にBETAを示す赤いマーカーが点滅していたのだ!

 

 「これは…………」

 

 ――――――ベルリン

 

 なんと、最重要であるベルリン内にBETAを示す赤いマーカーが点滅されている!

 どういう事だ?

 どこかの戦線が破られたのか!?

 いや、 BETAにベルリンへの侵入を許す程やられたという連絡はない。

 そして『奇襲』と併せて考えると…………

 

 「地下からの奇襲。ノィェンハーゲン要塞制圧と同じ手でやられましたか」

 

 私はハイム主席にそう言った。

 指揮を執っている忙しい上官に恐縮だが、状況を確認せずにはいられない。

 

 「面目ない。その通りだ。防衛線を地下から潜り抜け、直接ベルリン市街へと侵入されたようだ。だが今現在、前線の圧力が強まり予備兵力すら払拭している状況だ。ベルリンの防衛部隊に任せるしかない」

 

 それを担当しているのは元反体勢派と二線級の元武装警察軍。

 BETA戦の経験なんかまるで無いのに、アテになど出来るのか?

 仕方ない。ここでベルリンをやられれば、オーデル・ナイセ絶対防衛線復活など遠い夢だ。

 

 「私が単独でベルリンへ行きます。どうか許可をください」

 

 「君が? しかし君は………」

 

 「遅滞戦闘のやり方は一通り身についています。時間稼ぎに徹し、決して無理はいたしませんのでお願いいたします。

 ここで BETAにベルリンを荒らされれば、オーデル・ナイセ絶対防衛線の復活など不可能。

 さらにウルスラに万一があっては、統一も危ういでしょう」

 

 私はどうにも過去のトラウマか、カティアの身を案じすぎてしまう。

カティアの本当の名が”ウルスラ”だと知ってからは尚更だ。

 

 「……………現在、出撃可能な機体はアリゲートルしかない。それでもやるかね?」

 

 やはりか。整備の手伝いなどをしているので、それはわかっている。

 現在アリゲートルはまた空中でレーザーに対する囮をやることを想定し、高出力のスピード特化にしてしまっている。そんなものでベルリン内で市街戦とか…………。

 だとしてもやるしかない。

 

 「それは幸運です。ベルリンにいち早くたどり着けます。被害を極小に抑えられますよ」

 

 「…………………現在、我が国にとって君の存在も重要だ。ベルリンを守り切れずとも、決して無理はしないようにな」

 

 BETAとの戦いで無理をしなかったことなど一度も無い。しかし、うなずいておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――予感がする。

 

 この『ベルリン奇襲』こそが、『欧州BETA大戦』の分水嶺になると。

 思えばBETAにとっても、このいつ終わるかわからない『物量チキンゲーム』など歓迎しているわけがないのだ。

 ゼーロウ要塞を抜き、一気に制圧領域を拡大する予定が、この状況。

 人類側にとっては大逆転で、次々各国が合流してくるが、BETA側にとっては失望の連続。

 落胆した分、精神的圧迫は向こうの方が大きいだろう。

 

 故にもう一度。

 オーデル・ナイセ絶対防衛線を破った、地下からの奇襲。

 状況を覆すため、それを再びベルリンへと仕掛けたのだ。

 そして最大限に戦果を拡大するため、再びアレを使ってくるだろう。

 ゼーロウ要塞陥落以来姿を消していた、あの巨大BETAが出てくるはずだ。

 

 ――――――おそらく、それだ。

 

 アイリスディーナの説によれば、あの巨大BETAこそBETAの戦力を支えている補給艦。

 その時、その巨大BETAを討てるかがこの『欧州BETA大戦』の…………

 いや、『BETA大戦』そのものの行く末を決める。

 

 そんな予感がする。

 

 

 

 

 

 「準備完了。機体全て正常。発進よろしくお願いします」

 

 アリゲートルに搭乗し、起動前チェックを終えると、カタパルトを準備しているオットー主任に通信を送った。

 

 整備兵の誘導でカタパルトに機体を乗せて発進準備完了。

 

 ゲートが開かれ灰色の空が見えた時だ。

 

 ふいにベルリンにいる、カティアを思った。

 

 

 ――――――『今度こそ、助けてみせる』

 

 

 偶然名前が同じだけ。カティアが私の姉貴分のウルスラでないことは承知。

 

 それでも今、私はそんな想いに駆られている。

 

 理屈に合わない決意が胸に渦巻いている。

 

 今日の空はあの日より少しだけ晴れて、雲も灰色が薄れて明るい。

 

 あの日、私は君の亡骸から逃げるように空を飛んだ。

 

 

 ―――だが、今は君の元へ。

   少しでも、あの日を埋めるために―――

 

 

 「ターニャ・デグレチャフ少尉、出ます!」

 

 

 アリゲートルをベルリンに向け、発進させた。

 

 

 

 

 

 

 




東ドイツ揺るがすベルリン襲撃

そしてカティアの身に危機が迫る

ターニャは単独にて運命の地ベルリンへ

曇天の大空とベルリンの暗黒を切り裂き

飛べ! アリゲートル!!


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第69話 懐かしのグレース・ワイス

 鎧衣Side

 

 ―――――砲声が近いな。大分BETAに接近されたか。

 

 近くから絶え間なく響く砲声、そしてBETAの群れであろう地響きを耳にしながら、私は回りで震えて蹲っている避難民の群れを見てため息をついた。

 ああ。本当にこの徐々に大きくなる戦闘音は、絶望的な気分にさせる。

 

 私の名は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。

 本来、とっくに出国して日本に帰還している私が未だにこの国に滞在しているのには訳がある。

 革命などを成し遂げたこの国の状況はヨーロッパ激動の中心地として非常に重要と上層部は判断し、私にしばらく滞在するよう要請したのだ。

 私としてもあの謎の幼女の正体が気になったので、この命令は渡りに船だった。

 一時危ういとされていた戦局も安定し、しばらくは大丈夫だろうとベルリンに留まってボランティア活動などをして情報収集をしていた。

 しかしいきなりBETA襲撃の報が出され、他の一般人と共にこの緊急避難所に集められてしまった。

 避難してきた人々を見ると、粗末な身なりをした貧民街出身と思われる人達や、ベトナムやカンボジアなどのアジア系の人間だった。これらの人々は西ドイツでの受け入れ先が難航しており、今だ危険地帯であるベルリンを出ることのできない人達である。

 悲しいことだが、この人達は『ベルリンがBETAから守られる』などという奇跡でもない限り、ベルリンと運命を共にしなければならない。

 なにしろ東ドイツ中から大量の避難民がこのベルリンになだれ込んできて、彼らが避難ができるのは数年先。いや、アジア系の人間などはどこも嫌がるだろうから、永遠に不可能かもしれない。

 

 彼らに同情などしてても仕方がないので、BETA襲撃の情報を集めてみた。

 防衛戦は当初の予想と違い、現在まで大いにBETAを防いでいる。故にこの襲撃は防衛線が破られてのことではなく、BETAが地下を掘り進み抜けて来たためらしい。

 そしてよくよく考えてみれば、ここは最も危険な場所かもしれない。

 このベルリンには優先して守らねばならない人たちはいくらでもいる。一線級の警備兵はそのような人達のいる場所に優先して送られ、ここにいる貧民などには申し訳程度の護衛しかいないだろう。

 

 

 

 ―――――そう気がついた時には遅かった。

 

 

 「BETAが侵入したぞぉ! 機械化歩兵がやられた!」

 

 そんな叫び声が起こり、声のした方から、避難民がこちら側に一斉に流れてきた。

 そして叫び声を上げて来る人間の向こうに、巨大な異形の怪物が次々と現れた。

 象の鼻のような腕を振り回す闘士級と筋肉隆々とした豪腕の兵士級だ。

 

 グシャ! ゴシャ! ベキキッ! 

 

 やつらはまわりの人間を次々惨殺しながら、こちらへと迫ってくる。

 避難民が次々赤い肉塊に変えられる光景は恐怖そのものだ。

 周囲の人達は泣き叫び、絶叫をあげながら反対側の出口へと逃げようとする。しかし何を手間取っているのか脱出は少しも進まない。

 

 まずいな………このままでは私までBETAに喰われてしまう。だが出口は人で溢れかえってしまっていて、BETAが来る前に出るのは不可能だろう。となると、探検で鍛えた身体能力で壁でも登った方がいいか。

 と壁際を確認したが、その時にはすでに、その壁際にまで人が集まる状態になってしまった。

 なにしろ反対側の出口からもBETAが侵入してしまったのだから。

 阿鼻叫喚の叫びが避難所に響き渡り、避難所はBETAの狩り場と化した。

 

 やれやれ、ここで私も終わりか、などと思った時だ。

 BETAのいる方向からパーン!パーン!と銃声が響いてきた。

 銃などを持っている者がいるのか。しかし無駄なことだ。機械化歩兵すら倒したBETA相手に銃などを向けても………

 

 ―――ドサァッ

 

 そんな重い物が崩れ落ちる音がした!? 

 そしてパーンパーン!と銃声が鳴り響くたびに、次々重い物が落ちる音がする。

 まさかこれはBETAが倒されている音か?

 馬鹿な! この音は只のライフル弾のはず。断じて機銃やバズーカのような高火力武装の音ではない!

 私は人混みをかき分け、その場所に行ってみた。

 

 

 ――――そこに、幼女がいた。

 

 

 国家保安省本部倒壊の現場にいたあの幼女だ。

 BETAが侵入してきたはずのその侵入口に突撃銃を構えて立ち、銃弾をBETAに喰らわせて次々に屠っていく。

 小型であってもBETAの肉体は頑強で生命力は凄まじい。機銃ですら相当に弾を喰らわせなければ、中々死なないはずだ。

 ところが、なんとその幼女は一体を一発で仕留めていたのだ。

 

 パーン! パーン! パーン!

 

 その幼女は無駄というものを完全に排したなめらかな射撃でBETAを撃ち抜き、軽やかに歩みながら次々とBETAを肉塊へと変えていく。

 空を飛ぶだけではなく、射撃も実にお上手だ。

 まったく、どこの者がこんな幼女を作り上げたのやら。

 やがて数分後、その場の小型BETAは一体残らず倒された。

 重火器を装備した機械化歩兵の部隊すら全滅させた小型BETAの一団が、たった一人の幼女に突撃銃で逆に全滅させられてしまった。

 

 一瞬その場だけは静かになったが、後ろからBETAに殺される人間の悲鳴が響くと、避難民は一斉にBETAの死体を避けて、幼女の後ろの出口に向かって逃げ出した。

 

 私は、BETAの死骸の側に立って無造作に弾倉を交換している幼女に、声をかけるべく近寄ろうとした。

 

 が、一瞬早く、孤児の集まりらしい一団が声をあげて彼女に駆け寄っていった。

 

 

 「「「「グレース!!」」」」

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 アリゲートルでベルリンに急行して到着。しかしベルリン市街を観測してみると、襲撃しているBETAは小型種しかいなかった。

 あれに、全てを真性の術式弾に変えたアリゲートルの弾はあまりに勿体なさすぎたので、機体から降りて突撃銃で戦うことを選択した。

 カティアのいる政治庁舎の方は、守りも厳重で順調にBETAを倒して防げている。

 しかし一般人の避難場所は、警備している機械化歩兵部隊が破られつつあった。なのでそこにいるBETAを相手にすることにした。まったく、出撃前のあの決心は何だったのだ?

 

 BETAは小型種といえど全身が筋肉の分厚い鎧で覆われており、生命力も強い。普通なら突撃銃では相当弾を集中させねば効果はない。

 しかし私は魔導師。突撃銃に貫通術式をかけ、BETAの筋肉を破り、急所を一発で貫くことが出来る。第666に入る以前にも、コレでBETAと戦ったことがあった。

 それにしても、あの頃より遙かに簡単に倒せるようになっている。

 思えば私は第666での訓練や実戦で、BETAの動きに合わせた戦い方もBETAの急所も随分学んできた。

 そのお陰でBETAの動きの瞬間の一動作を見ただけで次の動きを予想し、避けるべきか攻撃を入れるべきかを瞬時に判断し、無意識レベルで最善の行動を起こせるまでに成長していた。

 しかし実に簡単だった。ここを守っていた機械化歩兵部隊は立派な高威力火器を持っていたにも関わらず全滅していたが、いったいどうすればやられるのか本当に不思議だ。

 

 ここの入り口に押し寄せていたBETAは程なく全滅。避難民の皆さんが解放した出入り口に殺到して逃げるのを冷めた目で見ながら、『さて、反対側から来ているBETAに取りかかるか』と弾倉を交換している時だった。

 突然、BETAより厄介そうな事態に直面してしまった。

 私を『グレース!』と呼びながら嬉しそうに駆け寄る子供達の一団に遭遇してしまったのだ。

 

 

 『グレース・ワイス』

 

 

 自分でも忘れていたが、私の元々の名前である。この世界へ転生した時にはこの名をつけられていたのだが、義勇兵になる際『ターニャ・デグレチャフ』へと名前を変えたのだ。

 そしてもはや私をこの名で呼ぶ人間など、多分そこにしか存在しないだろう。

 

 「すげえよ、グレース! あれから本当の兵士になったんだな!」

 

 「BETAを倒すなんて凄い! 俺たちもなれるか!?」

 

 嗚呼、ヘフナー、カルツ、ホーフェン、グスタフ、その他諸々……………

 私の元いた孤児院のみんなだ。

 田舎孤児院のみんなが何故首都ベルリンに?

 避難してきたんですね、そうなんですか。

 

 「な、なぁ………グレースの着ているこれって、もしかして戦術機パイロットが着るアレか?」

 

 はい、衛士強化装備です。

 

 「それにこの部隊章ってやつ? 東ドイツ軍最強のシュヴァルツェスマーケン? テレビで見たのと同じだぞ!」

 

 コスプレってことにできませんかね?

 

 「ええ、まさか!? 世界初に重光線級を倒した世界最強の戦術機部隊でしょ? それにグレースはまだ子供なのよ。どうなの、グレース!」

 

 聞かないでヴィオラ。『多分世界一光線級も重光線級も倒している』なんて言えない!

 

 「ねぇ、グレースと一緒に義勇兵に行ったみんなはどうしているの? ウルスラとか久しぶりに会って話したいんだけど」

 

 孤児院の子に言われると、罪悪感も五割増しだな。流石に今は勘弁してくれ。

 

 私が孤児院の子たちに囲まれておろおろしていると、その子達をかき分け、今度は身なりの良い東洋系の大人が近づいてきた。

 あれは確か以前このベルリンで出会った田中一郎(多分偽名)とかいう奴だったか。

 奴は丁寧に私に挨拶をし、こう言った。

 

 「いや、お久しぶりですな。このベルリンでの一別以来です。

 古き仲間との再会を邪魔する野暮などしたくはなかったのですが……………反対側の入り口からもBETAが来てしまって、現在虐殺中なのですよ。あちらもお願いできませんかな?」

 

 ―――――!

 

 「みんな、すまないがBETAが先だ。行ってくる!」

 

 心の中で田中一郎に感謝しながら、BETAに向かって駆け出した。

 

 

 何故かBETAのことを教えてくれたことより、孤児院のみんなから離れる口実をくれたことに対する感謝が重かったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




運命の地ベルリンにて旧き友と田中一郎(鎧衣)と再会!
ちっとも嬉しくない再会に戸惑うターニャ

果たして彼らはターニャに何をもたらす?


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第70話 母艦級 降臨

 「こんなものなのか?」

 

 事が終わった後、私は思わずそうつぶやいた。

 もう一方より押し寄せていた小型BETAは、再びあっけない程に簡単に殲滅させた。

 そしてその後、ここのCPに連絡をとって襲撃されたベルリンの状況を聞いてみた。

 最も被害が大きかったのはここの一般人避難区だけであり、その他に襲われた場所は西ドイツ軍の増援もあって防衛に成功。

 もちろんカティアのいる中央政治庁舎は、現在西ドイツの戦術機部隊が重要警戒を敷いているそうなので行く必要はなさそうだ。

 これなら来る必要は無かった…………いや、私のいた孤児院の子たちを助けることが出来たし、無駄ではなかったとしておくか。

 

 さて、問題は私をヒーロー扱いして囲んでくるここのみなさんである。

 

 「ああ、ありがとう! あの恐ろしいBETAを簡単に!」

 「おかげで助かりました! 一同感謝をこめてお礼申し上げます!」

 

 いや、任務ですから。被害を出してしまったのにお礼を言われても。

 さらに再び私の元いた孤児院の子達も集って来て、

 

 「すげぇグレース、またあっと言う間じゃねぇかよ! なぁ、兵隊になった時のこと聞かせてくれよ!」

 「なぁ、その部隊章のことも教えてくれよ。まさか本当に最強の戦術機部隊シュヴァルツェスマーケンに入ったのか?」

 「他のみんな! 義勇兵に行った他のみんなのこと教えて! 全然手紙とか来ないから心配してたの!」

 

 さらに謎の東洋人、田中一郎まで来やがった。

 

 「いやぁ、実にお見事でした。BETA一体を倒すのに銃弾一発しかご使用なさらなかったようですが、何か特殊な銃弾でも?」

 

 避難民の皆さんや孤児院の子たち、田中一郎の対応にオロオロしていると、やがて5機の西ドイツ軍の小隊らしき戦術機F-5Gトーネードの一団が来た。

 まずいな。ここを守っていた機械化歩兵が全滅させられたBETAを、私があっさり倒したとなると、いろいろ勘ぐられるかもしれない。

 『光学迷彩術式で姿を隠して逃げるか』などと考えたのだが、

 

 『お久しぶりね、東ドイツ軍第666戦術機中隊ターニャ・デグレチャフ少尉』

 

 と、聞いたことのある声で名指しで連絡が入ってしまった。

 そしてそこから勢いよく機体から降りてきた女性衛士は、これまた見たことのある人物。

 西ドイツ軍フッケバイン大隊のキルケ・シュタインホフ少尉であった。

 彼女は私に飛びつかんばかりに駆け寄ってきた。

 

 「まさかこんな所で会えるなんてね。ああ、今夜は念入りにお祈りしなくちゃ!」

 

 くそっ、神の祈りを増やしてしまったか。しかし何をそんなに感激しているのだ?

 

 「私たちフッケバインも遅ればせながら防衛戦に参加することになったの。

 でもこうなった以上、しばらくはベルリン防衛が任務になりそうね。ウチの高官が会議で来ていることもだけど、今東ドイツの委員や高官が亡くなったら色々滞ることになるし」

 

 中央政治庁舎の防衛に来た西ドイツの部隊とはフッケバインか。

 しかし小規模とはいえ、BETAが襲撃するようになってもベルリンを離れられない東ドイツ修正委員会の委員や高官の方々も因果なものだ。

 本来ならばベルリンはBETAの襲撃が予想される危険地帯になったため、とっくに首都は移転しなければならない。

 しかし、現在の東ドイツにベルリン以外に首都としての機能を果たせる場所などあるわけも無いので、危険であっても警備を厳重にすることで、この地で政務を執るしかないのだ。

 

 「本隊の方は中枢部の守りに入っているんだけど、こちらの被害が大きいとのことで私たちの小隊が救援に来たわ。でもまさかあなたがいるなんて! 幸運だわ!!!」

 

 彼女は何故、こんなにも私に会って感激しているのだ? 

 以前彼女の機体の中で語り合った通りに、東ドイツの社会主義政権を覆したことと、国家保安省を崩壊させたことへの感謝か?

 

 「シュタインホフ少尉、自軍の部隊の任務を無闇に外国の人間に言うのは感心しませんね。確かに東ドイツは以前とは変わりましたが、少しは警戒を持つべきでしょう」

 

 「あら、いいじゃない。もうすぐ外国の人間じゃなくなるんだし。だから貴女のことも聞きたいわ。ここを襲ったBETAを倒したのは貴女なの? 見たところ戦術機は見当たらないけど」

 

 まずいな。『突撃銃で倒しました』とか言ったら、私の能力の説明をしなければならない。

 

 「まだ外国の方なので話せません。シュタインホフ少尉、統一が現実になるまでは他国人同士なのですから、けじめとして………」

 

 しかし厄介な人間はシュタインホフ少尉だけではなかった。迂闊にも私は、厄介な者達に囲まれていることを忘れていた。

 私が私の行動を知られたくなくとも、私の元いた孤児院の子達はじめここらの人間全ては、先程の一部始終を見ていたのだ。

 

 「グレースは凄いんだぜ! ライフルでBETAをみんな倒しちまったんだ!」

 

 ぐはっ! ホルツ、東ドイツでは外国人に口の軽い奴は先が短いと教わったろう! この間まで社会主義国だったのだぞ、ここは!

 

 「グレースって? もしかしてこのターニャ・デグレチャフ少尉のこと?」

 

 「え? ああ、そういえば義勇兵になる時、名前を変えたんだった。じゃあ、今はターニャって名前で兵隊やっているんですか?」

 

 「…………ふぅん、貴方達、だいぶこの子のことを知っているようね。彼女のこと、詳しく教えてくれないかしら?」

 

 シュタインホフ少尉!? 何なのです、いきなり私のことを探って!

 

 「私もご一緒いたしましょう。突撃銃でBETAを全滅させた様は、私の方がより詳しく説明できると思います」

 

 田中一郎! 何故、お前まで出てくる? 

 いや、こいつは十中八、九どこかのスパイだ。会話に加わり、私の情報を引き出すつもりか? 

 薄汚いネズミめ!

 

 

 

 

 

 

 

 「突撃銃で全滅? いくら何でもそれは……………へぇ、子供の能力じゃないとは思っていたけど、人間離れまでしてるなんて………。

 ふぅん、貴方達と孤児院の出身? え!? この子、そんな年齢だったの!? やっぱり色々おかし過ぎるわ! ねぇ、デグレチャフ少尉。ちょっと聞きたいんだけど!」

 

 耳を覆いたくなるような私の話で盛り上がっている中、私は隅の方で突撃銃の分解掃除中。

 部品一つでも無くしたら、この銃はオシャカ。

 すみませんが集中しなければなりませんので、何一つ答えられません。

 ゴシゴシフキフキ…………

 

 まったく忌々しいBETAめ。元はといえば、奴らのベルリン襲撃が原因だったな。

 その事実に焦って『この襲撃がBETA大戦の分水嶺になる』だの、『今度こそ君を守る』だの何だのと、いろいろ的外れで恥ずかしいことを考えて来た気がする。

 口に出していたら生きていられなかったぞ、私は!

 今でさえ、こいつを口にしゃぶってトリガー引きたくなる衝動でにいっぱいだ!!

 まったく、BETAはいったいどういうつもりだ?

 せっかく首都への襲撃。奇襲を行ったというのに、小型種のみの襲撃?

 小型種のみしか送れなかったのかもしれないが、それならもっと効果的な運用をすべきだろう。

 私なら首都機能の急所や兵器が保管してある場所を選び、持ちうる最大の衝撃力で………

 

 

 そこまで考えたとき、私はハタと気がついた。

 ああ、糞っ! ヒヨッ子か、私は!! ピヨピヨピヨ。

 『首都襲撃』と聞いて、無意識に人間の思考でBETAの行動を考えてしまった!

 そう、相手は人間ではなく、BETAなのだ。

 BETAにとっては重要な場所などなく、人間も等しく獲物にすぎない。

 ただ兵器のみは撃破優先度が高く、特に高性能な演算機能を持つ戦術機などはさらに優先して叩くと座学では教わった。

 ならば、優先するのは戦術機の駐機場?

 いや、BETAは兵器が稼働していないと、それが兵器と認識出来ないとも習った。

 

 ――――――と、すると?

 

 

 ドォォォォォォォン!!!

 

 私がそれに気がついた時、中央政治庁舎の方で巨大な轟音が聞こえた!

 ああ、糞っ! やっとBETAの狙いがわかった。

 あの小型BETAは”撒き餌”だ!

 戦術機を稼働させ、優先目標の戦術機の居場所を分からせるためのものだったのだ!

 そして今、最も戦術機が集中する場所に、BETA本隊が最大衝撃力で襲っている。

 そう、最大に防衛戦力を集中させてしまった中央政治庁舎に!!!

 

 

 

 

 「…………………………なに、あれ?」

 

 シュタインホフ少尉はそれを見て、呆然とした声をあげた。

 その場にいる他の者達も、ただ、ただ、唖然としてそれを見上げた。

 それはこの場からでも目視できる、小山の如き巨大な蛇の姿の新型BETA。

 後に”母艦級”の名称にて最大最悪のBETAとして知られる巨魁。

 それが突如、向こうの政治庁舎のある場所の地中より現れ、非現実な光景となってビルの間に蠢いている。

 その巨体が動くたび次々ビルを倒壊させている様を見ると、奴を探し求めて数日間費やしたが、見つからず幸運だったとさえ思えてしまう。

 そう言えば”撒き餌”とは、それによって魚を集中させ、投網漁で一網打尽にすくい上げるためのものだったな。

 中央政治庁舎の防衛にあたっている戦術機部隊は、正しくその通りの様になっている。

 それが出てきた瞬間吹き飛ばされたであろう戦術機たち。それがオモチャのように空から降ってきて、ペチャンコになったのだ。

 その場にいる戦術機部隊の命運は、あれを見れば軽く想像できてしまう。

 

 「バ、バルク少佐………!」

 

 シュタインホフ少尉が上官の名を震える声で呟いたとき、私もあそこに彼女がいることを思い出してしまった。

 そして、思わずそこに向かって駆け出した!

 

 

 「カティアぁぁ―――――!!!」

 

 

 

 

 

 




遂に姿を現した母艦級!

大地を割りベルリンに降臨する!!

ターニャはこれに挑むか?

そして、その巨体の襲撃をまともに受けることになったカティアの運命は?


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第71話 黙示録の天使

 ベルリン中央区。人民宮殿、人民議会場などがあり、東ドイツの中心部。

 一時間前までは東ドイツでも最大の建築物が建ち並び、壮麗な首都を象徴していたその場所も、今は全ての建築物が倒壊して瓦礫の山と化している。

 その無常なる光景の一つ、最大の建築物の一つであった政治庁舎。倒壊し崩れ落ちたそこの、最上階の会議場があった場所に私は立っている。 

 

 

 「間に合わなくてすまなかった。君を守るのに何かが足りなかった」

 

 そんな言葉を息絶えたカティアにかけた。

 

 一般人の避難区域より政治庁舎が倒壊するのを見た時、、私はそこへ急行した。

 そこで彼女の名を呼びながら、崩れた建物付近を飛び回って探した。

 今日は会議の予定だったことを思い出し、会議場付近を探索すると、程なく彼女は見つかった。

 だが、カティアは瓦礫の下敷きになり、息絶えていた。

 手間取らず発見できたのは幸いか。

 

 「『君を今度こそ守る』

 そんな決意で、ここに来たのにな―――」

 

 そんな私の言葉にも、もうカティアは答えない。

 ただ、無念そうに虚空を見つめているだけだ。

 私は彼女の側に座った。

 

 「ウルスラっていう君の本当の名と同じ名前の友達がいたんだ。とても優しくて、女の子らしくて、でも時々私のために無茶をして――――」

 

 ――――愚かしい。死んだ彼女に話しかけて、答えてくれるだなんて期待でもしているのか?

 

 「そういえばここはベルリン。

 アイリスディーナ、テオドールと一緒に来て、大きなクマのぬいぐるみを蚤の市で買ったことがあったな。

 あそこは君のお父さんとの思い出の場所だと言っていた」

 

 ――――やはり答えない。

 

 「今日の空は、あの日より少しだけ明るいな。でも、相変わらず灰色だ。

 あの時、ウルスラを思い出してしまって、悲しくなったんだ。

 胸を貸してくれてありがとう。君の胸は温かくて、やさしくて――――」

 

 そこまで言ったとき、私は自分が泣いているのに気がついた。

 そして、下の方で巨大BETAの破壊音、それに反撃する銃撃音が絶え間なく響いていることにも気がついた。

 

 「あの日、君と見た雪は暖かかった。今よりずっと―――」

 

 私はカティアの目蓋をそっと閉じると立ち上がり、彼女を背にした。

 

 「行ってくる。君を守れなかった駄犬にも、やることがあるんだ」

 

 

 ―――――がんばって、ターニャちゃん―――――

 

 

 ふいに、そんな幻の応援が聞こえた。

 

 でも振り向かない。

 

 そのまま真っ直ぐ空を見上げる。

 

 

 ――――ああ、あの空はいつも泣き出しそうだ。

   灰色が目に染みるじゃないか――――

 

 

 寒々とした灰色の空は変わらずだ。寒さに凍える日々は、いつまでも終わりそうにない。

 

 「灰色の空なんて、大っ嫌いだ!!」

 

 

 そう叫び、全力で空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 キルケSide

 

 

 私たちの小隊は3機を避難民の避難誘導に残し、私と私のエレメントのクリステル・ココット少尉は、巨大BETAの出現した地点へと急行した。

 幸い私たちフッケバイン大隊の隊長バルク少佐は、戦術機共に健在だった。

 だがフッケバイン大隊他護衛に集っていた戦術機の大半は無残にもスクラップにされ、その場にうち捨てられていた。

 政治庁舎のビルも大きく倒壊し、そこにいた要人たちの命運も知れたものである。

 

 『シュタインホフ、来たか! 俺たちは出来る限りコイツを庁舎から引き離す! お前らは生きている要人を何とか救出し、離脱しろ!』

 

 そう通信してきたバルク少佐と生き残りの戦術機部隊は、ほんの数キロ先で巨大BETAを相手に突撃砲を喰らわせながら逃げ回っていた。

 お伽話のファーブニルと呼ばれる巨竜を思わせる巨大BETAは、ただ体をひねらせるだけでバルク少佐たちを危機に陥れていた。

 バルク少佐らも果敢に一斉射撃を喰らわせるも、その巨体にまるで銃弾は通らない。

 悪夢だった。

 この日、東西ドイツ統一の調整のために集まった政治家や高官。それを守るために集った精鋭戦術機部隊。それらがまとめて、たった一体の巨大BETAに蹂躙され、消えてしまったのだ。

 

 

 私達は命令通り、瓦礫の中から数名の生き残った政治家や高官を救い出した。その中にはレルゲン外務官もいた。

 彼らを生きている車両に乗せ、クリステルを運転手にして離脱の準備をした。

 全員を車両には乗せることは出来なかったので、レルゲン外務官のみは私の機体のサブシートに座ってもらった。

 

 「レルゲン外務官、その体で戦術機のサブシートはこたえるでしょうが、我慢をお願いします。ここはあまりに危険で、応急処置さえできませんから」

 

 レルゲン外務官は重傷ではあるが、それでも車両に乗っている人間よりはマシなので私の機体に乗ってもらった。もっとも強化装備なしの文官がいつまでも戦術機に乗れるわけもないので、急いで安全地帯に行き、下ろさねばならない。

 

 「ああ、私は大丈夫だ。しかし防衛線を破らずベルリンに攻め込むとは、BETAを甘く見ていたということか。その代償で未来への貴重な人材を失ってしまった」

 

 その中には東西の架け橋、東ドイツの革命の象徴のウルスラ・シュトラハヴィッツもいる。

 彼女を失ったことで統一は大きく遅れる…………いや、この巨大BETAの存在が両国の不安を煽れば、十数年も先になってしまうかもしれない。

 私はかぶりを振り、考えを打ち切った。

 

 「今はそれを考えても仕方ありません。バルク少佐は未だ健在で、あの巨大BETAを引きつけていただいております。今のうち、皆さんを安全地帯へ……………」

 

 

 ――――『シュタインホフ、全速力で離脱しろ!!!』

 

 

 突如、バルク少佐から叫ぶような通信が来た。

 彼の聞いたこともないような恐怖の声色に導かれ向こうを見ると、私も一瞬固まってしまった。

 巨大BETAの前部の口より、無数のBETAが吐き出されてきたのだ!

 要撃級、戦車級、要塞級。

 それらが列を成し、幾十も幾百も次々に吐き出されている!

 

 「り、離脱します!」

 

 ここら一帯は瓦礫のせいでひどく足場が悪くなり、あのBETA共を引き離せるか分からない。

 それにバルク少佐の命運も尽きるかもしれない。

 それでも要人を守るべく、出発しようとすると―――――

 

 『エンジントラブルです! 車両が動きません!』

 

 そんな叫びが車両を運転しているクリステルから来た。

 車両は先程見たときは問題無さそうではあったのだが、やはり倒壊の衝撃をモロに喰らっていたのだろう。ここにきてエンジンが止まってしまった!

 状況によっては衛士の仲間を見捨てなければならないことは教わっていても、警護対象を見捨てることまでは教わっていない。

 だが、ここにはレルゲン外務官がいる。

 衛士の名誉を捨てても、彼だけでも助けるべきか迷った瞬間だ。

 

 

 いきなり空から―――

 

 

 無数の銃弾がBETAに降り注いだ!

 

 

 すると、湧き出るが如きBETAの進行はいきなり止まった。

 

 死んだわけではない。だがBETA群はその場から動かず、何やら蠢いている。

 

 「足が………潰されている? まさか、さっきの空中からの銃弾で?」

 

 そのBETA群は、そのほとんどがいつの間にか足を破壊されていた。その結果、それが後続のBETAの進行を妨げているため、BETA群の動きが止まったのだ。

 

 だが空中からの銃撃では、角度的にこんなことは不可能。それに降り注いだ銃弾より遙かに多くのBETAが足を潰されている。

 

 私はこんな奇跡を行った主を探すために空中にカメラを向けると、一機の赤い戦術機が空に浮いているのを確認した。

 

 「あれは……………アリゲートル!? まさか報告にあったアレ? なんでここに?」

 

 ――――Mig-27アリゲートル。

 ソ連の開発局がMig-23チュボラシカを再設計し、あらゆる性能を向上させて完成させた新世代機。東ドイツの国家保安省が運用試験に協力した関係から国家保安省がわずかに配備することを許され、革命政府はそれを接収したのだという。

 だが東ドイツ革命政府に属する、全身が赤のコレにはとんでもない逸話があった。

 

 逸話はこの欧州BETA大戦に生まれ、『深紅のアリゲートル伝説』とも呼ばれる。

 

 ゼーロウ要塞は陥落し、数十万にも及ぶBETA挺団と無数の光線種を防衛陣地もない平原で迎え撃たねばならない、絶望のベルリン防衛戦のはじまり。

 

 その機体は突如、流星の如く天空に現れたという。

 

 それは無数の光線種のレーザーが飛び交うデスゾーンの空で、自在に飛び廻ったというのだ。

 

 全ての光線種の最大目標となりながらレーザーを躱し続けたそれは、戦域全ての光線種を無力化し、奇跡の防衛線維持を導いたという。

 

 

 ――――――紅の流星

 

 

 絶望の戦場に勝利をもたらす紅の星。

 

 

 天空駆け巡る消えない流れ星。

 

 

 機体の深紅は燃える怒りのよう。

 

 

 地中より現れた邪神の如き巨大なBETAと

 

 

 地に這い回る邪悪の化身の如きBETAの群れ。

 

 

 倒壊して、一面の瓦礫の山と化したベルリンのビル群。

 

 

 そして逃げ惑うだけのちっぽけな私たち。

 

 

 それら全てを睨むが如く静かに天空より見下ろし、神々しくさえあるその姿。

 

 

 それはまるで黙示録に出てくる

 

 

 断罪の天使にも思えた――――

 

 

 

 

 

 

 

 



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第72話 光ある場所

 キルケSide

 

 

 湧き出たBETAは足を潰され止まり、巨大BETAも、吐き出したBETAに足止めされて、動けなくなっている。

 この機を逃さずクリステルは再び自分の機体に乗り換え、私はワイヤーで要人の乗っている車両を私とクリステルの機体に繋いだ。

 すると、バルク少佐ら生き残ったフッケバイン大隊の機体が集ってきた。残存部隊はBETAの群れから這い出してくる戦車級を倒しながら、私達をガードする。

 

 「バルク少佐、ご無事で何よりです」

 

 『シュタインホフ、お前もな。どうにか伝説様のお陰で離脱できそうだ。しかし、あの眉唾物の戦場伝説が実在していたとはな。

 ともかく、その要人の方々を守って離脱しよう。俺らはサークル・ディフェンスを敷いて警護を務める。お前らは中心で守られながら、しっかりその要人らを引いていけ』

 

 「了解しました。あの、あの紅のアリゲートルに連絡は………」

 

 『ふん、そうだな。礼ぐらい言っておくか』

 

 バルク少佐は通信をアリゲートルの操者に繋ぎ、連絡をした。

 

 『アリゲートル搭乗者に応答願う。こちらは西ドイツ軍フッケバイン大隊隊長のヨアヒム・バルク少佐だ』

 

 私は無数のBETAの足のみを潰し、BETAを押し止めるという奇跡的なことを一瞬で行ったアレに乗っている衛士の正体が気になり、つい出るのを遅らせてしまった。

 

 『救援を感謝する。いい腕だが、そんなに高度をとり続けるのは危険だ。すぐ地上に降りて、そちらも離脱してくれ』

 

 

 ――――『残念ですが、それはお受け致しかねます。バルク少佐』

 

 私は通信に応えた衛士を見て驚愕した。いや、バルク少佐ら他の皆も一様に驚いている。

 

 網膜投影に映るその衛士は、子供――――

 いや、東ドイツ軍の子供衛士『ターニャ・デグレチャフ少尉』その人であった。

 

 

 『デグレチャフ少尉。お前さんだったのか、それに乗っていたのは。だが”お受けしかねる”とはどういう意味だ。地上に降りることか? 離脱か?』

 

 あの子は妙に厳かな声で応えた。

 

 『両方です。

 ここは我らが首都。我らが空。我らが祖国。侵さんとする邪悪はただ討ち滅ぼすのみ。

 私はこのままこの空であの信仰無き不逞の怪物共に鉄槌を下します。

 バルク少佐、貴官らは即時の撤退をいたしますよう要請します。どうかお気をつけて』

 

 『バ、バカな!? たった一機であのデカブツを相手にするつもりか? 

 正気か、デグレチャフ!!』

 

 『ええ、私は決めたのですよ。どうしてもアレだけは倒すと。

 もう一度言いますが、バルク少佐らは私にかまわず撤退をお願いいたします。

 ホラ、どうやら向こうも奥の手を出してきたようです』

 

 デグレチャフ少尉の言葉に再び巨大BETAを見てみると、奴は多数の光線級、そして重光線級を吐き出している最中だった。

 

 『シュタインホフ、出ろ! 他の者は要人の車の盾になってレーザーから守れ!』

 

 バルク少佐の叫ぶような命令に、私たちは急いで戦術機を発進させた。

 

 

 一瞬、空中のアリゲートルを見た。

 それはあれだけの光線種にも動じず、あまりに平静に空中に留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 ターニャSide

 

 

 ああ、くそったれ。

 今現在私は存在Xを称え、讃美している糞を口からたれているに違いない。

 何故なら今、エレニウム九五式を最大稼働。

 あまりに静謐な信仰心に心が満たされていくにも関わらず、そんな無謀をやっている。

 

 戦争に仇なんてものを持ち出すのは間違っている。

 撃った者は悪意も何もなく、ただ真面目に仕事をしただけ。

 前世、私を仇呼ばわりした者がいたが、あまりに的外れな感情をぶつけられて辟易したことを覚えている。

 

 だがその立場になってみると、そんな理屈はゴミだ。

 エレニウム九五式を全力展開などという無謀。

 くそったれの存在Xに心を奪われ崇め称えようとも、カティアの仇、あのデカブツを討つと心に決めたのだ。

 

 「エレニウム九五式四核同調さらに増幅。地上目標座標把握完了。全天に広域魔導陣さらに拡大。拡張した術式に、さらに魔力充填増幅」

 

 あのデカブツを討つために、今回初めて限界までエレニウム九五式を稼働させようとしている。

 だが、コレには本当に限界が無いようだ。

 いくらでも魔力は増幅され、魔力光は眩い程に全天を照らしている。

 やはり、か。

 前々から魔力が前世より強力になっている気はしていた。

 だが、それは私自身の魔力が強まったわけではないことを理解した。

 それは、このエレニウム九五式宝珠のためだったようだ。

 本来、魔導宝珠とは術者本人の魔力を呪文や魔方陣の代わりに術式に変換し、決められた効果のある現象へと変えるためのものだ。

 しかしこのエレニウム九五式宝珠は、前世のものとは違い、これ自身が強力な魔力を発生させている。

 存在Xめ、小細工しおって!

 しかし流石に私自身には限界がある。

 忌々しい信仰などに心を白く染められる前にケリをつけねばならない。

 

 「光輝であれ。崇高であれ。荘厳であれ。祈り高く届きたまえ」

 

 糞忌々しい祈りなどを唱えながらトリガーを構え眼下を見ると、どうやら向こうも準備完了。

 十数体の重光線級及び数十体の光線級が巨大BETAより吐き出され、一面に展開している。

 そして一斉に照射準備を終え、照射口から溢れる程に光を湛えている。

 タイミングを合わせ、一斉照射とは面制圧を覚えてきたか?

 私を討つのにレーザーの集中照射など必要ない。

 ただ一発当てるだけで事足りる。

 空域全てにレーザーを放てば、それだけで私は神の御許へ送られるのだ。

 が、こちらは既に準備完了。

 光線種は確かに脅威だが、この状況に限りはこちらが先手をとっている。

 くそったれな信仰心と共に天空一面の魔導術式陣展開。

 トリガー一つで、一斉に爆裂術式入りの銃弾が地上に降り注ぐ。

 悪趣味なヤンキーの西部劇染みた真似で恐縮だが、ひとつ撃ち合いといこう。

 

 

 「遙かなる道の旅路。祈りの果てに……………」

 

 

 幾度も体に覚えさせた光線種からのレーザー照射のタイミング。

 その経験に基づき、レーザー照射より数瞬早く、

 

 

 「主の御許に至らん――――」

 

 

 トリガーを引いた。

 

 

 天の光と地の光。

 互いの光輝はベルリンを眩く照らし―――――――

 

 激突した。

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 

 キルケSide

 

 「嘘…………………何なの、アレ?」

 

 生き残りの戦術機部隊と共に、要人の乗る車をワイヤーで引いてのベルリンからの撤退途中。

 私たちは急いで最寄りの基地に帰還せねばならないにも関わらず、機体の足を止めてしまった。

 突然、あの子の乗るアリゲートルのいた天空から、眩い程に輝く光が発生したからだ。

 それはBETA光線種のレーザーとは明らかに違う、聖光の如き光。

 それはあまりに清らか。あまりに荘厳。

 幼い頃からキリスト教の洗礼を受けてきた私たちには、教会での教えを思い出させられてしまうものだったのだ。

 

 

 ――――世界の終末。審判を告げに天使来る。

 

   彼の者、地にはびこる邪悪なる者悉くを断罪し、

 

   浄火の炎は大地を大いに浄める―――――

 

 

 そんな黙示録の言葉が思い出されてしまった。

 

 「東ドイツは宗教否定の社会主義国だったハズでしょう? なのに、神様を呼び出す方法を見つけたとでもいうの?」

 

 「では、これまでの革命政府の奇跡染みた数々の事柄は、神の恩寵かな?」

 

 隣のレルゲン外務官は呟くように言った。

 

 「前々から、私はあの”ターニャ・デグレチャフ”という子の写真を見ると、妙な腹痛がしたのだよ。情報より先に、私の体は『あの子がただ者では無い』と訴えかけているようだった」

 

 「確かに……………あの子はただ者ではありませんね。あんな現象を引き起こす彼女を、連邦情報局(BDN)は全力で調べるべきでしょう」

 

 心なしか、私も腹痛がしてきた。

 

 

 

 ―――――そして

 

 

 天空の光は地上より湧き出た光とぶつかり、大きく膨らんだ。

 

 

 光はみるみる膨らみ、ベルリンを煌々と照らす。

 

 

 『審判の日』を思わせるその光景は数秒続き――――

 

 

 やがて消滅した。

 

 

 

 しばらく私たちは機体を動かすことも出来ず、その場に留まった。

 

 激しく光と光のぶつかった向こうの先は、一切の光が消えて静まり返っている。

 

 いったい、あの場所はどうなった?

 

 未だ巨大BETAと光線種、その他のBETAが蠢いているのか、

 

 それとも、何か”別のもの”でも降臨したのか――――――?

 

 異変の起きた向こうは、それから一切の動きは見せず、静かに倒壊したビルと瓦礫の影が佇むばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 やがてバルク少佐は全員に回線を開き、言った。

 

 『総員傾注。俺とラーケンはこれより引き返し、先程の現象の観測を行う。シュルドベリ。次席指揮官として要人、及び隊を率いて安全圏に到達せよ』

 

 「バルク少佐!? 正気ですか、あそこに戻るなど!」

 

 『ああ。あれは明らかにこれまでのBETAとの戦いでは見られなかったもの……………いや、おそらくはあの紅のアリゲートルが引き起こしたものだろう。

 そしてアレの所属する東ドイツとの統一を控えた我ら西ドイツとしては、危険でもアレの正体を見極めない訳にはいかない。

 なに、遠距離から観測をしてくるだけだ。帰還せねば情報を持って帰れないからな』

 

 しかし、あの場には多数の光線級や重光線級までもがいる。もし、それらが健在なら、無事に帰れる確率はかなり低くなってしまうだろう。

 

 『バルク少佐、大隊長である少佐自ら観測に行くなど! 偵察なら我々部隊員に命じ下さい』

 

 次席指揮官のシュルドベリ大尉はそう言ったが、バルク少佐はかぶりを振った。

 

 『いや、これは俺の仕事だ。俺は今の東ドイツ革命政府が反体制派だった頃から、そいつらとの協調を推進してきた。

 だが、それがあの訳のわからないものを内包しているというのなら、俺の責任としてその正体を見極めなきゃならん。

 ラーケン。付き合わせて悪いが、あれの観測に付き合ってくれ』

 

 バルク少佐は彼のバディと共に引き返して行った。

 

 

 私たちはバルク少佐らの無事を祈りつつ、ベルリンを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ターニャと母艦級との決着は如何に?

その戦いの場所には何が存在する?


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第73話 神は今日という日を大いに祝福する

 全光線種がレーザーを放つ直前、私はすでに照準を完了していた魔術弾を撃った。解き放たれた弾は狙い過たず全ての光線種の足元を崩し、なぎ倒した。

 倒れた光線種のレーザーの向かう先は、狙い通り巨大BETAへ!

 

 巨大BETAは激しく体表を融解させ、周囲のBETAを巻き込みながら身もだえる。

 

 やがて光線種は次々レーザーを止めた。

 

 だが無理にレーザーを止めようとしたためであろう、光線級は腹を大きく膨らませ

 ――――爆発した!

 

 「奴らは体内に高エネルギー体のG元素を持っている。無理に押し止めたレーザーが、それらを誘爆させているのか!? うお、ヤバイ!!!」

 

 重光線級は奇跡的に全てが未だに爆発はしていなかった。

 しかし3倍もの体積に膨らんだそれに、連鎖する爆発が迫った瞬間だ。

 私は万一の用心に展開していた25層にも重ねた防殻を全力展開。

 そして上空へ離脱!

 

 太陽の如き眩い爆発光と共に、

 全ての光線種を誘爆させた巨大な爆発が起こった――――!

 

 それは25層もの防殻すら全て粉砕。

 

 だが、私は最後の防殻が破られるまでに、全力で術式展開。

 

 「怒りの日は今。堕落の終焉を告げる鷲は来た。

 高き御空より裁きの槌は雷雲に乗ってきたる―――――」

 

 『苦しい時の神頼み』などと言うが、この時ばかりは初めて自ら聖句を唱えた。

 

 「落ちよ、吠えよ、信仰無き邪悪共の頭上へ。

 断罪する裁きの雷霆よ―――――シュヴァルツェスマーケンを下せ!」

 

 最後の防殻が破られた瞬間、全力の一撃を放った!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「収まったか。万が一を考えて25層もの防殻を用意しておいたが、それでも間に合わなかったとはな。危うく私自身がベルリンを消滅させる所だった」

 

 最後の一撃は爆発の威力を力ずくで打ち消すためのものだ。お陰で、爆発の威力をBETAのいた一帯のみに限定させることが出来た。 

 私はBETAが消滅し、すっかり様変わりした大地を見下ろした。

 大地は半円状のクレーターに抉られ、高熱でガラス化してツルツルになっており、あちこちピカピカ光っている。

 

 「『神のクソッタレ。邪悪、業悪、悪辣、悪魔な存在X。身に覚えのない難癖でねじ曲げた私の人生を返せ』…………よし、心は正常だな。正しく神を僭称する存在Xを憎悪している」

 

 私は一番心配だったエレニウム九五式宝珠による精神汚染の影響が無いことに安堵した。

 

 光線種は体内の超高エネルギー体『G元素』を自身のレーザーで灼いて自爆。

、他のBETAもそれに巻き込まれ、きれいに蒸発した。

 無論、BETAの足場を耕すだけならあれ程の魔術展開は必要無い。あれは25層もの強力な防殻や防御膜を展開するためのものだ。万一レーザーの照射を受けた時の保険であったのだが、それをしていなければベルリンは…………いや、それ以上の範囲が焦土と化していた。私はもちろん、撤退途中のフッケバイン大隊も、私の元いた孤児院の皆や避難民までも生きることは出来なかっただろう。

 さて、光線種や一般のBETAは消滅。だが最大目標の巨大BETAはというと、

 

 「まだ生きているのか。あの質量とはいえ、相当な生命力だな」

 

 巨大BETAは体表が大きく融解し、大きさも3分の一程になりながらも健在。この場から逃げようと、溶けた足を不器用に動かして大地に潜ろうとしている。

 

 「だがまぁ、それならそれでいいか。わかりやすくカティアの仇を取るとしよう」

 

 私は再び突撃砲を巨大BETAに向ける。

 そしてエレニウム九五式宝珠稼働。

 

 「『主よ。我、御許に近づかん』」

 

 デカブツの背中の損傷の激しい部分に、高威力魔術射撃開始。

 

 上空から数発撃ち込むと空洞が見えたので、そこに向かって突進。

 

 アリゲートルに装備してあるマチェットナイフを取り、そこを中心に魔導刃を展開。

 

 加速をつけた機体から魔導刃をたたきつけ、空洞の裂け目をさらに大きく切り裂く。

 

 機体が通れる程の大きさにまで広がると、私はそこから巨大BETAの体内に侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 バルク少佐Side

 

 

 

 「BETAがいない? 一匹もか?」

 

 『いえ、正確にはあの巨大BETAが一体のみいます。しかし体表は大きく融解し、体積を大きく減らしております。動きも緩慢で、大分弱っているようです』

 

 「俺も観測をする。見張りを代われ」

 

 俺とエレメントの相方のラーケンはベルリンに引き返し、遠距離からあの巨大BETAが観測できる位置まで戻ってきた。偵察任務なぞ衛士駆け出し以来だが、『戦場で学んだことは何一つ忘れない』の言葉通り問題なく成すことが出来る。

 さて、俺はラーケンと代わり問題のあの場所を観測した。

 あの巨大BETAだが、ラーケンの言葉通りの状態になっており、死骸になる一歩手前にも見える。他のBETAは死骸どころか影さえも見えない。

 そして何より不可解なのは、問題の場所はクレーター状になっていることだ。そしてそのクレーター内の土は所々溶けたようになっている。

 

 「あれは、高熱によって灼かれたのか? あそこまでの高熱をどうやって発生させたんだ?

 それに問題のアリゲートルは…………ターニャ・デグレチャフはどうなったんだ?」

 

 『謎ですね。他のBETAは全て蒸発したのでしょう。何かを語りそうなのは、あの巨大BETAのみですか』

 「ああ……………うっ!?」

 

 『どうしました、何か異常でも?』

 

 「デカブツの動きが完全に止まった。一瞬体を大きく震わせたと思ったら、一切動かなくなっちまった。多分、くたばっちまったんだろう。

 とりあえず、ベルリンをBETAに制圧される驚異は無くなったな。周囲には敵影もいないことだし、この報告をどこかの拠点へ送ったら、近づいてあの場を詳しく調査するか」

 

 『了解です。ベルリンのCPの機能は生きているので、そこから国内の司令基地へ長距離通信を行います』

 

 ラーケンが報告をしている間、俺は観測をやめて警戒に戻った。何をするにも、必ず一方は周囲の警戒を担当をするのは基本。駆け出し時代から、完全にこの習性は身についている。

 

 『え? 何ですって!? …………原因はわからない? …………了解しました』

 

 「どうした。向こうでも何かあったのか?」

 

 『はい。前線からの報告ですが、圧力を続けていたBETAが突然攻勢を止め、一斉に撤退しはじめたということです。尚、原因は不明です。

 ただ、ベルリンに謎の光が観測された直後にBETAが引いたことから、”ベルリンに神がご降臨され、奇跡をもたらした”などという噂が広がっているとか』

 

 「……………………それは先程発生した光、だな?」

 

 『はい。”BETAの脅威がないのなら、それに関しても何が起こったのか調査せよ”との命令です』

 

 「正式な命令となったか。なら命令遵守よろしく、あの穴ボコにいるバカでかい芋虫を調査に行くとするか」

 

 『了解です』

 

 

 俺たちはクレーターに向かい出発した。

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 

 「しかし恐るべきBETAだな。これが再び現れてまた挑むとなると、やはり何とか体内に入るしかないだろうな」

 

 巨大BETA体内の長い空洞を進みながら私は呟いた。戦術機が楽々進める空洞など、これがBETAの体内など信じられない。ここにあの大量のBETAを入れているのか。

 これがこの一体だけとは思えない。おそらくあと数体はいるだろう。これが再び出現した時のために、この調査で何とか弱点のようなものが見つかれば良いが。

 

 やがて終点に着いた。BETAの体内だというのに、眩く光っている場所に着いたのだ。この光はどこか光線種の放つレーザーに似ている。

 そこには一際輝く柱の元に、光る地面に20体程のBETAが蹲っていた。

 私がそこに入ると一斉に襲いかかってきたので、貫通爆裂術式をかけた弾で応戦。全滅はさせたが、いつもより手強い感触がした。いや、必死だったというべきか。

 どうやらここが巨大BETAの中枢部。ここがエネルギーの元であり、BETA群長距離遠征のエネルギーをまかなっている所か。

 私は一通りこの場所の記録を取ると、中央の柱に向けて発砲した。

 

 パァン! パァン! パァン!

 

 術式弾を3発くらいながら、尚も健在な柱を見て呟いた。

 

 「ふむ、削れてはいるが、相当に固いな。ならば!」

 

 私はより強力な貫通術式を劣化ウラン弾にかけた。

 

 そして、ヒビの大きく入った場所に精密に狙いをつけ―――

 

 

 ―――――発射!

 

 バキャァァ!! 

 

 「やった! 砕けた!……………………う?」

 

 柱を破壊した時だ。その瞬間全てが止まった。

 砕けた柱の破片は落下することなくその場に留まり、機体内の計器も同じ数値を示したまま動かない。

 光すらその場に留まり、私以外の全てが時が止まったように動かなくなった。

 

 (これは…………この現象、覚えが有る。まさかヤツが来るのか?)

 

 それは砕いた柱のすぐ近く。見覚えある老翁の姿となり、顕現した。

 

 

 

 ―――――――久しぶりだな、我が子よ。あれより信心は育んだか―――――

 

 

 「存在X!? 何故ここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




母艦級との決戦は決着。
そして欧州最大の戦いも、BETA撤退により勝利をおさめた。
だが、突如現れた存在Xの目的は?


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第74話 存在Xより愛をこめて

 私はいつの間にか機体から降りて奴に直接対面していた。

 忌々しい存在Xは、神の如く厳かに私の前に立っている。

 くそっ、全弾全力魔力で奴に喰らわせてやるつもりだったのに、見抜かれたか?

 

 「我をそのような呼び方をするとは、未だ信心は少しも芽生えておらんようだな。

 しかも我を撃とうなどとは、どこまでも救えぬ愚昧よ」

 

 「やかましい! 貴様が私にやったことを考えれば当然の感情だ。この悪魔的存在Xめ!」

 

 「おまけに今回、遠慮もせずに神力をバカスカ使いおったな。お主の使う”奇跡の力”がいかに世界の安定に必要なもの、尊きものかを理解せい。

 まぁ、これがあればお釣りがくるがな。そら、オモチャを少し貸せ」

 

 「うっ!? エレニウム九五式が?」

 

 私の胸元のエレニウム九五式宝珠は存在Xに引き寄せられ、ヤツの手元に収まった。

 ヤツがそれを柱にかざすと、柱からの発光がみるみるエレニウム九五式宝珠に吸い取られていった。

 するとこの広間の天井や地面の発光はだんだん薄まっていき、最後は完全な闇となった。(何故か光が一切なくても周りが見える)

 

 「これはな、お主達の言う反応炉。これもまたBETAの一種だが、無数のBETAを生み出し、何万ものBETAを機能させる膨大なエネルギーを発生させておる。これを設置することにより、ハイヴは建設されるのだ。

 このBETA大戦、エネルギーはいくらあっても足りん。そのための力を補充するため、我はこれを頂きに来たというわけだ。

 うむ、やはり奴らの一部に過ぎんというのに、とんでもないエネルギーであるな」

 

 火事場泥棒に来たのか!? 貴様のどこに崇める要素があるというのだ、存在X!

 存在Xは宝珠を満足そうに眺めると、それを私に投げ返した。

 

 「そら、返すぞ。お主は手に負えない不信心者だが、働きは素晴らしい。故にその不遜は許そう。これからも励めよ」

 

 存在Xの投げた宝珠は私の手元に収まった。

 

 「ではな。お主に信心が少しも生まれなんだのは実に残念だ。次に会う時までに何とかしておけ」

 

 「ま、待て存在X! 反応炉がこのエレニウム九五式宝珠に吸い取られたということ。そして戦いぶりを見ていたということは、やはりコレは貴様のいるあの空間に繋がっているということなのか!?」

 

 「いかにも。流石にBETA相手では、人間の持つ力だけでは力不足だからな。そのオモチャと神界を繋ぎ、そこからお主の言う魔力を補っている。今回のような無茶な使い方はして欲しくないがな」

 

 それを聞いた途端、私はエレニウム九五式宝珠を思いっきり存在Xへ向けて投げ捨てた。

 存在Xは驚いたようにそれを受け止めた。

 

 「……………何をする? 先程言った通り、それは神界へと繋がっておる。畏れ多き神器ともいうべき物だぞ。不敬者め!」

 

 「黙れ! それが貴様と繋がっていると知った以上、使えるか。さっさと持って帰れ!」

 

 「バカを言うな。確かに人間の兵器もそこそこやるが、BETAを相手にするにはそれだけでは力不足だ。

 一刻も早くBETAを世界より駆逐するため、この神器を振るい戦え」

 

 「うるさい! 貴様のヒモ付きとわかった以上、こんなものを使えるか! そんな物を使って戦うくらいなら、BETAと生身で戦い死ぬ方がマシだ!」

 

 私はこれまでの全ての憎しみを込めて存在Xを睨みつけた。

 存在Xはしばらく私の眼差しを受け止めていたが、やがて肩を落として言った。

 

 「仕方の無いやつじゃな。わしもお前には感謝しておる。ほれ」

 

 すると、存在Xの側に薄い人の影のようなものが現れた。あれは…………

 

 「か、カティア!? カティアなのか!?」

 

 その人影は確かにカティアの姿をとってはいた。しかし私の呼びかけには答えず、ただぼんやり、そこに佇んでいるだけであった。

 

 「存在X! 何のつもりだ、カティアの幻などを作って!」

 

 「落ち着け。これは確かにお主の執着している娘。その死後、魂のみとなった状態じゃ。この状態では周囲の状況をほとんど認識できないし、話すこともできんがな。

 さて、お主の報酬代わりにこの娘の魂、わしが責任を持って転生させてやろう。裕福な両親のいる家庭のもとにな」

 

 な、なに? くそっ存在Xめ、死んだカティアを人質に取るとは、何と言う悪魔的な! やはりこいつは神なんかではない、悪魔の化身だ!

 

 「…………………そう受け取るか。神の善意すら伝わらんとは、どこまでも救えんな。

 では、こういうのはどうだ? この娘と別れるのが辛いなら、この娘にも使命を与え、お主のように転生しようとも記憶が残るよう魂を改造してやろうか? それなら肉体は変わるが、この娘と再び巡り会うことが出来る」

 

 この悪魔ジジィ! 私の魂にそんなことをしていたのか? 確かに私だけが前世の記憶やこの邪悪の存在Xのことを鮮明に覚えているのはおかしいとは思っていた!

 

 「ふむ、お主の報酬代わりというのなら、お主に選ばせてやるのが筋だな。

 汝に問う。この娘の魂。そのままの転生か、前世の記憶を持っての転生か。さぁ、いかに?」

 

 私はしばらく葛藤した。(くそっ、存在Xなどに選択を迫られるとは!)

 

 そしてその間、何度も幾度も彼女との思い出を思い返した。

 

 やがて、もっとも理性的で正しいと思える決断をした。

 

 悲しみにも寂しさにも負けず、正しい選択が出来た自分を褒めてやりたい。

 

 

 「彼女の魂はそのまま次の転生先へ送ってやれ。できれば彼女の父親が転生したすぐ近くにだ」

 

 父を求め、地獄のような東ドイツへ亡命までした彼女。

 今度こそ彼の側で幸せになることを切に願う。

 

 「承知した。その者の家族となるよう、とりはからうとしよう」

 

 その瞬間カティアの魂は煙のように消えた。

 

 消える一瞬前、私に微笑んだように見えたのは幻か。

 

 「存在X、もう一つだけ聞かせろ。前に私が撃ち殺した孤児院の子供達。あの子らの魂は?」

 

 「全員、無事に転生した。そうだな、もう一つの報酬としてあの娘とその子らの転生先を教えるか?」

 

 ほんの一瞬答えが遅れたのは、もう一度ウルスラやカティアに会いたいと思う未練か。

 

 だがそれを振り払い、正しき兵士の流儀を貫く。

 

 「いや、いい。『良き兵士は死人の影をいつまでも踏まない』だ。

 そしてもう一つ、『使えるものは何でも使う』だ」

 

 「ふん、お主は救いようのない不信心者ではあるが、人間の作った戒めには忠実であるな。

 我がお主を選んだのはそのせいかもしれん。

 そら、これを使ってこれからも励めよ」

 

 私は存在Xが再び投げ返したエレニウム九五式宝珠を手にとった。

 

 「ああ。存分にこれは使わせてもらう。

 これを使って、この世界のBETAを全滅させて、転生した皆がまたあんな死に方をしないような世界を創る」

 

 そのためなら、この邪悪極まりない存在Xのヒモ付きにだってなってやるさ。

 

 「では善き哉。汝の行く道に幸いあれ」

 

 存在Xはそう言い残すと、厳かに消え去った。

 その瞬間、私はいつの間にかアリゲートルの座席に戻っていた。

 

 「私に不幸を押しつけているのは貴様だ、存在X。

 BETAを滅ぼしたならば、その時こそ借りを返す」

 

 もうこの場に用は無い。

 アリゲートルを発進させ、元の道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

バルク少佐Side

 

 

 

 俺とラーケンはトーネードで、高熱で蒸発して何もかも無くなり半円状に抉られているクレーターの縁にまで近づいた。そこにはでっかい芋虫の死骸の様な巨大BETAがただ一つだけ中央に鎮座している。

 周囲の状況や巨大BETAの映像を撮っていた時だ。

 巨大BETAの上部に開いている穴からいきなり赤いアリゲートルが飛び出した。

 俺達がそれに驚いていると、そこにいる彼女から通信が来た。

 

 『バルク少佐、何故ここに? 先程撤退されたのかと思いましたが』

 

 俺は務めて冷静になりながら返事を返した。

 

 「なに、見物さ。ベルリンに派手なイルミネーションがあるんで思わず戻ってきちまった。

 そう言うお前さんは神様にでも会ってきたのかい?」

 

 『何故、それを?』

 

 「………………………………………………………………………これは冗談だったんだが。

 デグレチャフ少尉、そのことについて詳しく」

 

 『あ、ああ。挨拶代わりの冗句ですか! 偶然にも真実をついていた…………………いや、つい真正直に返してしまっ…………ゲフンゲフン! 

 いや、私も冗句ですよ。お寒い返しにバルク少佐を呆れさせてしまいましたな。失敬失敬』

 

 …………………………どう考えても、さっきのは冗談などには聞こえなかったぞ。その下手なフォローの方が余程つまらん冗談に聞こえる。

 

 『バルク少佐、何か返して下さい。まるで私が余りに寒い冗句を言っているようではないですか』

 

 ”本当に冗談か?”と出かかった言葉を飲み込み、冷静に現実世界の軍人としての言葉を出した。

 

 「…………………あ、ああ、冗句。そうだな。そうだよな、悪かった。

 デグレチャフ少尉、状況を聞きたい。付近にBETAは一切いなくなっているし、唯一のBETAのそれも活動は停止していて、お前さんが中から出てきた。

 いったい何があったのか………いや、お前さんが何をしたのかを説明して欲しい」

 

 『残念ですが、これは東ドイツ軍の作戦行動です。自分はこれを現在他国の軍人である貴官ではなく、東ドイツ軍の上官に報告する義務があります。

 一連の状況は外交を通じ、東ドイツ政府よりご確認下さい』

 

 くそっ、この小娘。正論を言わせりゃ一級品だな。だが確かに他国の軍の人間には要請しかできない。先に自国の上層部へ報告すると言うなら咎める筋合いは無い。

 

 「先程、前線の方でBETAが一斉に退却し始めたという報告が来た。あちらでも随分奇跡染みたことが起こった訳だが、これについては何か? 神様が関係でもしているのか?」

 

 だが、これにも満足のいく答えは貰えなかった。

 

 『それも東ドイツ政府よりご確認下さい。多分、納得のいく答えが得られることでしょう』

 

 時間を稼いで、俺達が納得いくような上手い辻褄合わせを考えようってか?

 要するに何も話す気は無いということか。俺はせめてもの負け惜しみにこう言った。

 

 「こちらは上にお前さんのことを報告しとくよ。その説明も、お前さんの口から聞きたいね」

 

 『何やら小官を買いかぶっておられますな。小官は祖国に忠誠を誓う平凡な一軍人に過ぎませんよ。では』

 

 そう言って彼女は俺に構わずアリゲートルを発進させた。

 本当に白々しい小娘だ。お前のどこが平凡な一軍人だ。

 年齢にしろ、戦闘力にしろ、能力にしろ、何もかもが常識外れだ。

 俺は忌々しく帰還するアリゲートルの背中を見た。

 寒々としたヨーロッパの空に、赤いアリゲートルはやはり綺麗に映える。

 

 

 そんなことを思いながら赤い天使を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第75話 英雄ターニャ

 崩れた政治庁舎からカティアの遺体を回収してベルグ基地に帰還してみると、基地内はBETAの突然の撤退に歓声に沸いていた。

 第666の皆も帰っていたので、アイリスディーナのみ別室に来て貰い、ベルリンでの一部始終を話した。

 

 「……………そうか、カティアが亡くなったか。

 それにあの巨大BETAをお前が倒した? BETAが突然に撤退した理由はそれが原因か。あれが補給艦だとは予想していたが、まさか失った途端一斉に侵攻をやめるとはな」

 

 「アレの体内に入ってみましたが、確かにBETAのエネルギーを発生させているような場所はありました。私がアレと戦闘し、体内に潜った時の記録は映像に撮ってありますので、分析にお役立て下さい」

 

 「そうだな、後で見させてもらおう。だが、取りあえずはカティアの遺体を別室へ運ぼう。人手は第666を使う。言うまでも無いが、ベルリンのこと全ては黙秘せよ。説明が必要なときは私がする」

 

 「はっ!」

 

 アイリスディーナがカティアの死を皆に伝えた時、皆は悲痛に泣いた。ファム中尉とアネット少尉は抱き合い泣き、テオドール中尉は、背を向け壁を叩き、ヴァルター中尉は目を閉じ、深く瞑目した。シルヴィア少尉はカティアの遺体に何かを話しかけたが、聞き取れなかった。

 アイリスディーナは皆にそのことを伝えた後、胸元の十字架を目の前に掲げてカティアの遺体に深く祈った。それが終わると、後のことをファム中尉にまかせ、後方でやはり悲痛な顔で皆を見ていたイェッケルン中尉と共に行ってしまった。

 おそらく今後の善後策を話し合うのだろう。彼女らは悲しむ間もなく次を考えねばばらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇    ◆

 

 

 翌日、アイリスディーナに呼ばれてベルグ基地の会議室へと来た。そこにはアイリスディーナ、ファム中尉の他に、ハイム主席はじめイェッケルン中尉、ズーズィ女史等東ドイツ修正委員会の委員の方々がいた。

 東ドイツの現在の中枢を担う人達が何故こんな所に? と疑問は沸いたが、取りあえず敬礼して挨拶することにした。

 

 「ターニャ・デグレチャフ少尉、ただいま参上いたしました。ご用は何でしょうか?」

 

 するとハイム主席は敬礼を返して言った。

 

 「よく来たデグレチャフ少尉。現在我が東ドイツは危機的状況にある。この状況を覆すため、貴官に骨を折ってもらいたい」

 

 「はっ、何なりと」

 

 BETAは撤退したはずなのに随分剣呑だな、と思いつつ返事を返した。

 すると、アイリスディーナがハイム主席の言葉を引き継いだ。

 

 「デグレチャフ、後の説明は私がしよう。まずお前に現在の我々の状況を知ってもらいたい」

 

 アイリスディーナがした説明を簡単に要約するとこうだ。

 東ドイツ修正委員会は元々西ドイツとの統一を目指すための組織である。『政府』を名乗らなかったのはそのためである。

 統一は一年後を見据え、そのための協議が連日行われ、昨日もそのための会議が行われていた。だが、巨大BETA襲撃によって行政を担当する委員や官僚が大勢死亡した。

 さらに革命と統一の象徴的存在であるウルスラ・シュトラハヴィッツまでも失い、東ドイツ修正委員会はガタガタになってしまった。

 成る程。確かにここにいる残っている者は、軍事関係や治安維持を担当する警察関係の人間ばかりだ。

 

 

 「今現在、委員会の行政能力は皆無に近い。その上、東ドイツの闇は深い。産廃問題一つにしても、我々の能力を大きく越えている」

 

 「産廃問題?」

 

 「カウルスドルフ収容所で聞いただろう。党は重工業で発生した産業廃棄物をそのままあちこちに不法投棄し、その地域に深刻な土壌汚染を引き起こしていたのだ。問題にしようとした人間は全て国家保安省がさらって労働キャンプ送りにしたため、手の施しようもなくなった地域がいくつもある。

 興味があるなら、後でこのマルティン・カレルに聞くといい」

 

 アイリスディーナはイェッケルン中尉の隣にいる青年を指した。青年は嬉しそうに私に話しかけた。

 

 「同士イェッケルン委員の補佐をさせてもらっているマルティン・カレルです。革命と祖国防衛の英雄、ターニャ・デグレチャフ同士にお会いできて光栄です。

 産廃問題に関しては、学生時代それを調査したために国家保安省につかまったので、誰よりも詳しいと思っております」

 

 そう言えばカウルスドルフ収容所を開放したとき、その問題も国家保安省の上空でぶちまけた気がする。産廃問題の講義を受けるのは御免だが、学生が国家の痛い所を臭回っただけで逮捕か。

 いや、この場合逮捕ですらない。さらって労働キャンプへ送り、その者はいなかったこととして処理するのだ。本当に国家保安省は狂っていたな。

 

 「話を戻そう。このままでは追い落としたドイツ社会主義統一党の閣僚や国家保安省の残党が再び復活し、現在静かな政治総本部なども鎌首をもたげ、東ドイツは激しい権力闘争の末に社会主義体制に逆戻りしてしまうだろう」

 

 そうだな。そいつらがこの政治的空白に動かないはずがない。

 

 「それを避けるために統一を早めることにした。一ヶ月後戦勝式典を行うが、同時に統一を宣言して実行。我が国の旧体制復活の目を完全に潰す」

 

 「一ヶ月!? それで向こうの官僚体制などの調整なんて出きるんですか!?」

 

 「そこでお前の出番だデグレチャフ。お前にこの難局を乗り切るための働きをしてもらいたい」

 

 「成る程…………わかりました、引き受けましょう!」

 

 つまり足りなくなった内政官の補充として私は選ばれたわけだな。

 はっはっは、諦めていた内政官の道がここで復活するとは!

 まかせていただきましょう。21世紀の実務能力でこの難局、見事乗り切ってみせますとも!

 

 「そうか、我が東ドイツの英雄役。引き受けてくれるか!」

 

 ………………は? 英雄? 

 内政官に英雄などいるわけがない。もしかして私はとんでもない勘違いをしているのか?

 

「……………それでは私は失礼させて頂きます。幼い我が身には夢見る時間も必要なのですよ」

 

 そう背を向けた私は脳内で高速で考えを巡らせた。

 

 ――――すぐ国外逃亡しよう! 田中一郎の奴を捕まえて、奴の伝手で日本あたりに行くか? 

 

 などと考え、扉の取っ手を掴もうとした。

 が、寸前でそこにいる方々に両手を押さえられてしまった。くそ、見抜かれたか!

 

 「どこへ行く、デグレチャフ。話は途中だ。まぁ、聞け」

 

 逃げるに決まっているだろう! 『英雄になってくれ』など、猛烈にイヤな予感しかしない。『英雄として祭り上げてやるから死んでくれ』とか。

 

 「統一の形だが、東ドイツ側は政治、官僚体制などはこちらの人材が払拭したこともあり、完全に向こうへ主導権を渡さざるを得ない。修正委員会は相当国民に恨まれるだろうが、それは全てハイム主席が引き受けてくれる覚悟だそうだ」

 

 ハイム主席は無言で目を瞑り頷いた。

 

 「が、東ドイツが一方的に吸収されるだけの存在にならないためにも、軍事だけは影響力を残すことに決まった。

 デグレチャフ。今回のベルリン防衛戦のお前の活躍、英雄と呼ぶにふさわしいものだ。アリゲートルを駆っての光線種への空中陽動。巨大BETAを倒して東西の要人の仇を討ち、BETA全軍を撤退せしめたこと」

 

 ―――――!!

 

 「まさか、それ全てを発表するつもりですか? 私の名前を隠さず!?」

 

 「そうだ。『深紅のアリゲートル』はすでに有名だし、丁度良いだろう。お前を英雄に仕立て上げることで東ドイツ国民の精神的支柱にし、西ドイツも東ドイツの人間に一目置かざるを得なくする」

 

 冗談ではない! 英雄など、権力者に一番目の敵にされる存在ではないか! 暗殺の標的にもなるし、何某か不始末があったら、自分のせいでなくとも詰め腹を切らされる。

 そんなのはまっぴら御免だ!

 

 「い、いや、英雄というのならすでにベルンハルト少佐がいますし、今回の私の戦果も第666の戦果として隊長が代表で表に立つということで……………」

 

 「お前の話では、西ドイツはすでにお前に目をつけているのだろう? であるなら、お前の調査は徹底的にやるはずだ。ならばそれを逆手にとり、お前を宣伝に使う。

 元々、お前にはいつか私の代わりに英雄役を引き受けてもらうつもりだった。しかし今回の件でそれが早まることになったな。

 と、いうことでターニャ・デグレチャフ。祖国のため、英雄を演じて献身しろ。東西ドイツを救ったお前の戦果をもって、東西の架け橋とする」

 

 つまり失ったウルスラ・シュトラハヴィッツの代わりにもなれと。

 

 なんということだ! 私は何を引き受けてしまったのだ!?

 

 

 「まったく一緒の部隊で戦っていたというのに、お前の能力にまるで気がつかなかったとはな。隠していた借りは大きいぞ、同士少尉!」

 

 イェッケルン中尉、少し恐いです。

 

 「同士少尉の数々の武勇は聞かせていただきました! 新たな英雄の誕生に感動です!」

 

 マルティン・カレル青年。お前はイェッケルン中尉の彼氏か?

 いちゃつきながら話すんじゃない!

 

 「ターニャ・デグレチャフ。貴女には我々代表の英雄として反体制だった頃の私達の活動をたっぷり教えてあげるわ。それを聞いて東ドイツの精神を学びなさい」

 

 ズーズィ女史、そんな教条主義は御免です!

 赤い本を押しつけて学ばせた党と何も変わらないではないですか!

 

 「ターニャちゃん。カティアちゃんのできなかったこと、お願いね。自分が頑張ってきたことが全部ダメになるのが、あの子の一番つらいことだと思うから」

 

 と、ファム中尉。

 これには何も言えない。やるしかないのか?

 

 「同士ターニャ・デグレチャフ少尉。貴官に英雄を任じる。どうか我々東ドイツ修正委員会他東ドイツ国民の精神的支柱となり、皆の道標となってくれ」

 

 ハイム主席はそう言って私の小っちゃなお手々と固く握手をした。

 と同時、割れんばかりの拍手が起こった。

 

 ――――パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!

 

 

 何なのだ、この状況!!?

 

 

 

 

 




エタってばかりのマヴラブSSにもちゃんと最終回を迎える作品もあるのです。
次回、最終回! 最後まで頑張ります。


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第76話 幼女と式典

 アイリスディーナの話を聞いたとき、統一が一ヶ月後というのはいくらなんでも早すぎると思ったものだ。

 しかしその後、様々な事態が起きると英断だったと関心せざるを得ない。本当に彼女は先がよく見える。

 何しろその一ヶ月間、ハイム主席とアイリスディーナの暗殺を狙ったテロが引っ切りなしに来たのだから。さらに”統一反対”のデモも各地に起こった。

 おそらくは元ドイツ社会主義統一党の閣僚と元国家保安省の者が手を組んでおこしたものだろう。連中は暗殺誘拐扇動のプロ。いやはや社会主義国家の権力闘争の凄まじさを悲しいくらい実感させられた。

 幸いだったのはその間、BETAの襲撃は来なかったことだ。もし襲撃があったのなら、守り切れなかったかもしれない。ただ、BETA襲来の誤報は何度もあった。BETA襲来のコード991は厳重に管理されているはずなのに、何度も誤報が来るというのはおかしい。この辺りも東ドイツの闇の深さを感じさせる。 

 ただ、対BETAに関しては襲来が無かったことで、人類はオーデル・ナイセ絶対防衛戦を取り戻した。今現在そこに再び強固な要塞を建設中だ。今度は地中からの奇襲も感知し、対応できるモノにするそうだ。

 

 

 

 

 そんな妨害を切り抜けて一ヶ月。

 人類史上初めてBETAの進撃を押し返したことを記念してベルリンの野外会場で戦勝式典が行われた。同時に東西ドイツの統一調停も行われた。この日より東ドイツ、西ドイツは過去のものとなり、ドイツ連邦共和国が誕生した。

 この日も相変わらずデモは起こり、会場内外に不振な人物や車が出たりした。

 しかしそれにも負けずにハイム主席と西ドイツの代表が統一の調印するのを見届けて、やっと一息つけた。

 私も今日この日より念願だった自由主義国家の国民だ。まあ、『救国の英雄』などという余計な肩書きまでもついてきたが。

 

 統一調停が終わると戦勝式典。私はそこで、あらかじめ予定されていた進行通りに振る舞った。

 即ち私が壇上にて勲章をもらったり、幼い私が軍人であり成したことの大きさに驚く観客に私の能力の一部を明かしたり、そこでスピーチをしたり。

 そして一頻り私の出番が終わると、その場から逃げ出した。本来、式が終わるまで決められた席に座っていなければならないが、カティアことウルスラ・シュトラハヴィッツの死を弔う儀式は気が重かったのだ。

 式典より少し離れた場所に行くと、そこにテオドール中尉がいた。彼は一人で難しそうな顔をしながら式典を見ていた。

 そこでは大写しにされたカティアの写真を背に、神父が粛々とウルスラ・シュトラハヴィッツの弔意を述べている。ついでに両ドイツの団結を促して。

 

 「やってられないな。アイツの死をこんな茶番にするなんてな」

 

 テオドール中尉は大きく写されたカティアの写真を忌々しそうに見て言った。

 そう、これは茶番だ。両ドイツがこれから迎える難局に、国民の不満を和らげるためにウルスラ・シュトラハヴィッツの弔いを感動的に演出しているのだ。

 

 

 東ドイツは政治や官僚体制を完全に西ドイツへ譲ったために、失職する者や権益を失う者が大勢出た。

 その一方の西ドイツも、東ドイツの負の遺産を丸ごと抱えねばならない。即ち多額の財政負担を担ったり、社会主義思想を教育された国民を大量に引き受けなければならないのだ。

 それでも西ドイツは対BETA最前線になるにあたり、東ドイツがBETAと戦ってきた経験や調査記録が必要だ。さらに東ドイツが滅んだ際の難民と対BETA最前線になることの両方の難局を考えるなら、東ドイツを受け入れざるを得ないのだ。

 

 

 「確かにあいつの望み通り、両ドイツは一つになれたよ。でも、こんな白々しい政治ショーに使われるのが、あいつの弔いでいいのかよ! 

 アイリスディーナも、なんでこんなことを許したんだ………!」

 

 確かにテオドール中尉の気持ちはわかる。

 カティアは彼の妹分のようなものだった。つまりテオドール中尉は、リィズに続いて再び妹を亡くしてしまったのだ。

 しかし、私は同時にアイリスディーナの立場もわかってしまうのだ。

 彼女は指揮官であり、東ドイツの運命を担う東ドイツ修正委員会の委員だ。

 指揮官は仲間が道半ばで倒れようと、立ち止まり悲しむことは許されない。

 常に歩き続け、考え続け、最善を探し続けなければならない。

 それが上に立つ者の責務なのだから。

 

 「カティアは統一の象徴になることを望みました。故にこれは彼女の責務の一つです。

 ベルンハルト少佐も内心はどうあれ、やらざるを得ないのでしょう。統一という難題を成すには、使えるものは何でも使わねば成せないのですから」

 

 「お前を英雄なんてものに祭り上げたのもそれか? 何だあのスピーチは! きれい事が白々しくて、耳が腐るかと思ったぜ」

 

 痛いことを言う。

 私はアリゲートルで空中陽動をしたこと、巨大BETAを倒したことの功績で壇上で勲章を授与され、その際にスピーチをした。だがこのスピーチは私の言葉ではなく、あらかじめ用意されていたものだ。

 内容は『統一を望んだ聖女ウルスラ・シュトラハヴィッツの意思を継ぎ、困難にも負けず両国手を取り合って頑張りましょう』というものだ。

 確かにカティアの意思はそういうものではあった。間違ってはいない。しかし用意された言葉で私が語ると、どうしても嘘寒いものになってしまった。

 

 「私はとっくに腐ってしまいましたよ。事前に何度も練習させられましたからね」

 

 「チッ、何が”新たな英雄”だ。だったらその場でカティアも助けてみやがれ!」

 

 そんな捨て台詞を残してテオドール中尉は行ってしまった。

 

 

 「…………今のは効いたな。まったく本当にその通りだ」

 

 私は着ている立派な軍服と、それに飾られている勲章を見た。

 

 本当に滑稽極まりない。

 

 これは役割。この間抜けな衣装も勲章も、茶番の小道具。

 

 統一の痛みから国民の目を背けさせるための茶番に、大した意味など考えるべきではない。

 

 「だとしても、カティアを守れなかった私には痛々しいことこの上ないな。こんな茶番の役者になったせいで、”悲しみ”というのが何なのかわからなくなってしまったよ」

 

 まだ風は冷たかったが戻る気にもなれず、ぼんやりカティアの大写真を見ていた。

 そんな私のもとにヒョッコリ声をかけてきた者がいた。どうやら私を探しに来たようだ。

 

 

 「ターニャちゃん、どうしたの。式典を抜け出して、こんな所で黄昏れて」

 

 「ああ、ファム中尉…………ではなく、大尉になられたのでしたね。昇任お目出度うございます」

 

 彼女は大尉となり、変わらずアイリスディーナの大隊の次席指揮官を務める。

 

 「ありがとう。ターニャちゃんがここにいるのは、やっぱりカティアちゃんのこと?」

 

 「ええ。誰もが皆、私の不手際を許してくれました。しかし、やはり『守れませんでした』で済む問題ではなかったと思います。今でも自分が許せません。

 私にこれを付ける資格など、あるとは思えないのです」

 

 私は胸元の勲章を指して言った。

 この勲章の名称は『ウルスラ・シュトラハヴィッツ勲章』

 東西ドイツ統一の記念に新しく新設された勲章で、祖国防衛に多大な功績のあった者に授けられる物だそうだ。

 もっとも今の私に、二人の彼女の名を思い出させるこの勲章は重い。あまりに私が身につけてならない物のように思えてしまうのだ。

 

 「付けておきなさい。カティアちゃんならきっと、貴女に一番に自分の名を持った勲章を付けて欲しいと思うから」

 

 「……………よろしいのでしょうか?」

 

 「ええ。今は重くても、いつかそれを背負えるくらいに強くなりなさい。BETAとの戦いはまだまだ続くし、これからも貴女の力は必要だからね。

 それに私。カティアちゃんは救えなかったけど、貴女に感謝してるわ。もし貴女がベルリンに行かなかったら、私の家族やベトナム街の仲間が助からなかったかもしれないもの」

 

 「…………ああ、そう言えば一般区にはアジア系の人達も多くいましたね。あそこにファム大尉のご家族もいたんですか」

 

 「ええ。誰だって精一杯やっても助けられない人達はいる。でも、助けられる人達もいる。貴女は確かに多くの人を助けた。それを忘れないで」

 

 「ありがとうファム・ティ・ラン。行きますか。みんなの所へ」

 

 「ええ」

 

 

 この東ドイツに転生した当初、コミーの国などに生まれた不幸を思いっきり嘆き、逃亡を図った。

 だが今は、このどうしようもない国にも少しだけ愛着を持っている自分がいる。

 カティア、君の夢見たドイツの先に私達は行く。

 もし、かなうのなら、もう一度この国へ生まれてきてくれ。

 必ずこの国を守り通してみせるから。

 そしてこの国の深い闇のような部分も、灰色ぐらいには掃除しておく。

 

 

 私は大写しになった彼女の写真を一目だけ見て歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




今回で終わらせる予定だったのですが、エピローグ部分が増えすぎたので分けます。もう少しだけお付き合い下さい。


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エピローグ
Ep1 その後のターニャ


ちょっと長めのエピローグです。


 その後の話をしよう。

 私はあの時の戦功で中尉に昇格した。少尉は二ヶ月程しか在任しなかった。

 あれ以来、大規模なBETAの侵攻は無くなり、重光線級も出なくなった。

 第666戦術機部隊シュヴァルツェスマーケンは大隊へと編成された。

 ヴァルター中尉が負傷のため引退して教官となり、変わりに私がアイリスディーナのバディとなり補佐となった。

 ファムは大尉となり変わらず次席指揮官。アネット、シルヴィアは中尉となってテオドールと共に小隊の隊長となった。

 第666戦術機大隊は光線級吶喊で大いに活躍し、祖国ドイツ防衛に貢献したのだが、あるとき重大な事故が起こった。ある日の任務から小隊長のテオドールが帰還せず、行方不明となったのだ。

 必死の捜索にも彼は見つからず、皆大いに悲しんだが、私は密かに逃亡を疑っていた。私が第666に入った初期の頃に私は逃亡を計画したのだが、その時計画した状況とテオドールが消えた状況がそっくり同じなのだ。

 もっともこの計画は私が魔術によって単独でもBETA群の中を突破出来ることが前提の計画。腕は良くても、普通の人間のテオドール中尉に出来る訳がないので、邪推かと思い直しもしたが。

 

 やがてアイリスディーナが中佐となり作戦指揮官になると、私は大尉へ昇格。かつてのアイリスディーナと同じように独立中隊の指揮官となった。

 私の部隊は幾つもの難しい光線級吶喊を成功させた。私自身『世界最強の衛士』などという称号を得たのは余計だが、ドイツにBETAの侵攻を許さず守り通した。さらにヨーロッパでのイデオロギー対立にも自由主義は勝利し、共産勢力をヨーロッパから駆逐した。

 

 だが1998年、とんでもないことが起こった。第2次ミンスクハイヴ攻略作戦が発令されたのだ。

 アメリカが新しい宇宙駆逐艦を開発し、それによる宙空爆撃や宇宙降下作戦が可能になっったために立案されたそうだ。つまりアメリカは幾度もBETA侵攻を跳ね返して自信を持ったヨーロッパを新戦術の実験のために嵌めたのだろう。

 作戦名は『オーディン作戦』。当然、私の部隊も参加させられた。

 私自ら選抜し鍛え上げた部隊は、重光線級のレーザー迎撃にもハイヴ内での増援に次ぐ増援にも生き残り、史上初めてハイヴの下層にたどり着いた。その他の部隊も100名程が到達し、ハイヴ攻略も目前かと思われた。

 だが、そこでBETAも切り札を切ってきた。人類の間で”母艦級”と名付けられた巨大BETAが襲ってきたのだ。

 私はこの時出された迎撃命令を無視した。これと戦っては最深部まで弾薬も推進剤ももたないことを見極めてそう判断し、全速力で反応炉を目指した。ついてこれない部隊員が数名出ようとも無視して大広間に到達。さらに速攻で反応炉を潰して、取りあえず任務は達成した。

 作戦当初8万人いた欧米連合軍が5千人しか生き残れなかった大激戦ではあったが、史上初めてのハイヴ攻略であり、ヨーロッパでのBETAの脅威は激減した。

 

 だが、やはり明らかな命令不服従は問題となった。(反応炉を潰せばハイヴ内のBETAは全て他のハイヴへ移動するので、生き残りが出たのだ)

 さらに大広間内にあるはずのG元素も反応炉の中身も綺麗に消えていたため、それも問題になった。(例によって存在Xが全て持って行った)

 さらに私自身にも元々の問題がある。元東ドイツ国民は西ドイツの人間と同じ権利を持ったとはいえ、自由主義のシステムには中々ついていけず、落ちこぼれていくものは多い。それらの若者はネオナチなどという組織を作り、ドイツの国家社会主義体制の移行を叫び、違法デモをくり返しているのだ。そして東ドイツ出身でドイツ最大の戦果をあげてきた私はそんなネオナチのヒーローであり、私を御輿にかつごうと熱烈なラヴレターを毎日もらっていたのだ。

 我が愛機『紅のアリゲートル』よ。君は良き友人だが生まれが悪かった。君の出身は共産圏の盟主ソ連。そして共産主義者は蔑称で”アカ”と呼ばれるように、”赤”は共産主義を象徴する色。共産主義国の国旗は赤を基調にする。

 そして私自身『紅の流星』などというアカの広告塔のような二つ名をもっている。

 もうお分かりだろう、私がドイツ国内でどう思われ、どういう立場に立っているか。

 

 さて、ミンスクハイヴ攻略の功によって階級は少佐になった。

 だが作戦後の部隊編成時、私は外されてどこにも所属せず部下も一人もいない状態になってしまった。

 今までは対BETA戦の能力の高さ故に危険な信者を多く抱える私を切れなかったのだが、ミンスクハイヴ消滅によってヨーロッパのBETA脅威は大きく減衰した。

 そのため私は部隊編成から外され、購入した家で半ば蟄居のような状態になっている。

 だが、そんな私にも尋ねてくる人間はいる。

 

 

 

 「どうして何も言って下さらないのです」

 

 などと自宅で私に問いかけるこの青年はハンス・リヒター。私を英雄視する元東ドイツ人青年団のリーダーだ。(おそらくネオナチ)

 何も言わないのは、この家には連邦情報局の要請で、幾つか盗聴器が仕掛けられているためだ。今の私はこういった反体制な人間のあぶり出しに使われるぐらいしか価値はない。

 

 「『重光線級撃破』『母艦級撃破』『ハイヴ攻略』貴女は人類の誰もが成しえない業績を三っつもやり遂げた! 僕たち元東ドイツの人間には『紅の流星』は希望なんです!」

 

 『紅の流星』はヤメロ。社会主義の広告塔そのものだ。

 しかし、己の感情をそのままぶつけてくる感覚。これが若さか…………って、私とこのハンス君は同じ年齢なんだよな。何故こうも子供に見えるのだ。

 この世代の東ドイツ出身者の者達は、ドイツ統一は子供の頃であり、社会主義の理想面だけを教えられてきた世代。社会主義の理想をそのまま信じ、資本主義社会になじめない者が多くいるのだ。

 その結果がネオナチ。

 

 「覚えていませんか? 僕と貴女はまだ東ドイツがあった頃、一度会っているんです」

 

 うん? その頃はお互い年端もいかない幼女と幼児のはず。その頃から部隊で光線級吶喊に明け暮れていた私とただの子供に接点などあるはずがないが。

 

 「ベルリンの街角で立派な軍服を着ていた貴女と、子供の僕はぶつかりました。

 あの時は『部隊付きの雑用をしている』などとおっしゃっていましたが、あの頃から実戦に出ておいでだったのですね」

 

 そういえば、そんなことがあった気がする。

 

 「驚きました。統一の式典で表彰される貴女を見て。

 あの時ぶつかった彼女が憧れていた『シュヴァルツェスマーケン』の一員であったことに」

 

 そうだな。私のせいで、あの息子思いのお父さんを泣かせているなら悲しいことだ。

 

 「東ドイツ修正委員会の無能のせいで、東ドイツはあまりにも不利な条件で統一をした! これでは西ドイツに吸収されたも同然です! 今こそ歴史の自己批判をし、自己啓発をすべきです!」

 

 意味がわからん! このヨーロッパはBETAの驚異が大きく減衰したのだからおとなしく働け!

 

 「欧州のBETA戦最大の英雄の貴女が動けばこの国は変えられる! 広がる格差を糺すには、再び国家社会主義が必要なんです! 元東ドイツ人の正しき労働者の希望の光になって下さい!」

 

 労働改革は軍人ではなく政治家の領分。あと、正しき労働者はデモなどで貴重な労働時間を潰したりはしない。

 しょうがないので、私はハンス君に決まり切った返事を返すことにした。

 

 「私は動く気はない。軍人として政府の決定に従う」

 

 「どうして…………」

 

 「私はただ、ドイツを間違った方向へ導きたくないだけだよ」

 

 

 とまぁ、こんな調子でしばらくはネオナチのあぶり出しに使われていた。その過程で情報局の連中と仲良くなったのだが、やがて情報局要請の新たな任務が与えられた。

 場所はアラスカのユーコン基地。ソ連とアメリカが国境を接する地で東西の陣営を超えて技術交流を深め、戦術機開発をするそうだ。

 そこで私の歴戦の腕を買って、テストパイロットに任命したそうだ。もっともこれは表向きの話。情報局要請の裏の任務もちゃんとある。

 その後には日本へ行き、国連主導の大規模BETA反攻作戦に加われ、とのことだ。ヨーロッパ以外のBETA戦線は、人類は敗北に次ぐ敗北によって年々人類の生存圏を奪われている。その状況を覆すため、上層部は国連に私を貸し出すことを決定したそうだ。

 

 

 やれやれ。このままアカ狩りの手伝いのような真似をさせられる位なら海外で起業でもしようかと思っていたのだが、まだまだ軍との縁は切れないようだ。

 

 

 

 

 

 




長くなったのでもう一話続きます。


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Ep2 大人になった幼女はそれでも何も変わらない

 私は現在、アラスカへと向かう飛行機に搭乗している。この機体は軍用であるにも関わらず、何故か隣にスーツ姿の胡散臭い東洋人がいる。

 

 「まったく、革命の日に出会ったお前と、こんなに長いつき合いになるとは思わなかった」

 

 「いやまったく。人の縁とはわからないものですなぁ」

 

 「…………お前の面の皮を皮肉ったんだが。無駄か」

 

 私の横に座るこの男は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。

 初めて出会った時には田中一郎などと名乗っていたが、その後奴の身元を洗い、その背後を掴んだ。

 ところが奴はそれを突きつけてやってもまるで動じず、ドイツと日本帝国や国連日本支部との”繋ぎ”を買って出た。

 そして今回、国連の日本支部の要請で日本に招かれ、香月夕呼博士という者が主導で行っている計画に協力することとなった。このアラスカでの任務が終了したら行く予定だ。

 

 「ところでデグレチャフ少佐。キリスト恭順派関係のことについて一つ聞いてよろしいですかな。貴官はあの組織には随分苛烈に当たっていますね?」

 

 「ふん、神の命令など狂ったものに決まっている。それに喜んで従う連中など虫酸が走る」

 

 「はっはっは。神に最も愛されていると名高いデグレチャフ少佐にしては過激なご意見ですな。ですが、かの有力メンバーだったフォルクナー・ゲッフェン氏の減刑には随分骨を折ったようですな。これは何故に?」

 

 「他国のエージェントにタダで情報を渡すアホがどこにいる? その辺り、つき合いの長さで踏み越えられると思うな」

 

 「これは失礼。では、5千ドルでは?」

 

 「足りんな」

 

 「ふむ、ちなみにいくらのお値段をつけられるので?」

 

 「いくら出しても足りん。私はこれに答える気はない」

 

 最近ヨーロッパでは”キリスト恭順派”などというテロ組織が暴れ回っている。これはネオナチなどという違法デモ止まりの子供のお遊びとは違い、破壊活動によってヨーロッパ各地に深刻な被害を与えている。

 奴らの教義は、『BETAは神の使いであり、全世界を無に帰すことこそ神のご意志。それに逆らう者は神の冒涜者』などという、本物の神の冒涜者である私でさえ理解不能の教えである。

 テロ実行犯である恭順派の人間はBETAの恐怖に精神をやられ、避難先の国で差別などの迫害を受けて人間不信になった哀れむべき連中だ。だがこれだけの組織を作るには相当な資金が必要なハズだ。しかしこんな教義を掲げる連中に金を出す人間などいるわけがない。

 いったいどういうことだ?

 

 「もしかして奴ら、どこかの金持ちでもたぶらかしたか? 『神の使いのBETAにかしずき財を捧げれば、真のキリスト教徒として天国行きの一桁ナンバーを手に入れられる』とか何とか」

 

 「はっはっは。テロ組織に資金を流すような金持ちがいたら、欧州中の情報部がつかみますよ。それに資金があっても、奴らの使う武器や戦術機は簡単には手に入らないはずです。

 故に私は”彼の国”が関わっていると考えます」

 

 彼の国とはアメリカだ。直接国名を言わないのは一公人として特定の国家を貶める発言など出来ない私を慮ってのことだろう。

 

 「………………ふむ、”分かりやすい悪の組織を育て、諸国にダメージを与えつつ悪名を高めさせる。程よい所で彼の国はヒーローよろしく悪の組織を成敗。彼の国は一躍諸国に発言力を上げる”、か。

 確かにシナリオとしては筋が通っている。”彼の国陰謀論”が流行る訳だ」

 

 「流石ですな。私の一言だけでそこまで考えを巡らせるとは」

 

 「陰謀論としては面白い。しかしそこまでやるか? 仮にも彼の国は自由主義圏最大の大国だ。そしてそんなことをすれば人類の対BETA戦力が低下してしまう上に、下手をしたら人類同士で戦争だ。共産圏の国に仕掛けるならあり得なくも無いが、同じ自由主義国家にそこまでのことをやるとは思えん」

 

 この時、私はアメリカを甘く見ていた。この一年後、鎧衣の祖国の日本で反体制派の若手将校を使い、このシナリオ通りのクーデターを演じさせたのだから。

 

 「あるのですよ。彼の国にはそこまでのことをやる理由が」

 

 「なに?」

 

 「残念ですが、これ以上のことは私の口からは言えません。博士に会ったとき、彼女の口からお教え頂いて下さい」

 

 アメリカが現在”第5計画推進派”などという、目的のためなら手段を選ばない危険な連中が主流派となっていることを知るのは、この後のことだ。

 

 「まぁいい。それより今回の本来の仕事の話をしよう。連中、この新戦術機開発評価に必ず動くのだな?」

 

 鎧衣は私を日本へ招くための手土産に、ユーコン基地で行われる新戦術機開発テストに恭順派が介入しようとしていることを掴み、情報局に告げた。

 私の本当の任務はテストパイロットなどではなく、その恭順派の人間を捕まえることだ。

 私が情報局員のようなこの任務に当たっているのは、情報局員にテストパイロットが務まる程の腕の衛士がいないこともだが、もう一つの情報のためだ。

 

 「ええ。可能性は大いにあると思われます。いえ、それだけではなくかなりの大物も現れる可能性があるでしょう。神に愛されていると名高いデグレチャフ少佐が出られるなら、あぶり出すことも可能かと」

 

 謎の光がベルリンに現れた日、私がベルリンで母艦級を倒し、前線のBETAが一斉に引いたためにそんな噂が流れている。いや、確かにその光は私が発生させたものだが、こんな不名誉な称号が付く位なら別の方法を考えるべきだった。

 

 「そうか。ではもう一つ。私の元上官のテオドール・エーベルバッハがそこに所属しているという噂の真偽は?」

 

 テオドールはある時、任務中に行方不明となった。私は彼の義妹のリィズと彼の妹のような立ち位置だったカティアの死が、彼に何かをもたらしたことによる脱走ではないかと疑っていたが。

 

 「”獣の数字を持つ偉大なる同志”とやらが恭順派の高い位置にいるそうなのです。どうしても確実なことがわからないのは、本当にデマなのか、若しくは組織のかなり中枢にいるのか」

 

 獣の数字……………666か。第666戦術機中隊は東西の軍の編成時に解体されたが、革命と祖国防衛の中心的な存在であり多大な戦果をあげたためため、その元メンバーは半ば伝説となっている。某かのリーダーに戴くには絶好の人材だろう。

 

 「わかった。後は現地にやってくる幹部を締め上げて聞くことにする。いや、私が出るならテオドール自身が来るかもしれんな」

 

 「はっはっは。では、ご武運をお祈りいたします。私はこのまま日本へ戻ります。祖国も連中のせいで大分きな臭くなっているようですからな。私共の仕事もお忘れなきよう」

 

 「ああ。この件が終わったら、必ず日本へ行く。そこで香月という計画の責任者と会い、協力をすれば良いんだな?」

 

 「ありがとうございます。香月博士と少佐が手を携えていただけるなら、必ず計画は前進し、BETA殲滅に大きく向かいますよ。では、日本でお待ちしております」

 

 私は空港に降りて鎧衣と別れ、ユーコン基地に向かった。

 ここの気温は暑く、空は本当に澄み渡るような青さだ。核の冬で一年中寒々しいヨーロッパとはえらい違いだ。

 

 正直、祖国ドイツを長く離れらるのは幸運だ。アイリスディーナが国連に行ってしまったせいで、残った私が元東ドイツ派の領袖などに祭り上げられてしまった。

 私以上に実績も戦果もある者など存在しないので仕方ないのかもしれないが、その元東ドイツ派というのは、トップの私の意向と悉く逆方向へ進もうとするのだ。

 何しろ支持層がネオナチなどというガキ共で、私がソ連製のアリゲートルで膨大な戦果を立てたことを理由に、社会主義の優秀性を叫び社会主義体制の復活を目指しているというのだから。

 奴ら、私たちが何のために苦労して革命などを起こしたと思っているのだ?

 まったく、やはりあの機体はブレーメ少佐の呪いがかかっていたか。社会主義の亡霊を呼び起こしてしまうとは!

 

 私は情報局が発行した身分証を取り出し確認した。

 

 「ターシャ・テクレリウス少尉。今年配属の新任衛士か」

 

 テストはどこかの中尉が主導でやるそうなので、私の名前と階級は少々尊大すぎる。そのために情報局が仮の身分を用意してくれた。

 

 「思えば少尉など、英雄に祭り上げられたせいで二ヶ月しか経験しなかったな。この任務では英雄などという称号から解放されて一衛士として気楽にやるか!」

 

 本当に英雄の称号は重い。どこに行くにも英雄としての立場を求められ、危険な任務で相応の戦果を期待され、それに応えなければならない。

 だが、この任務の間だけは、私は腕はいいが実戦経験のないただの新任衛士だ。

 いや、素晴らしい! 一日十二時間、月三日は一日中私人になれるとは、何とも夢のようだ。

 

 そんな気分でユーコン基地統合司令部ビルの門をたたき、責任者の大佐へご挨拶。

 

 「ターシャ・テクレリウス少尉、ただいま着任いたしました」

 

 「うむ、デグレチャフ少佐。ヨーロッパ最大の英雄を迎えられるとは光栄だ」

 

 ………………まぁ、流石に基地の最高責任者には私の本当の素性は話してあるか。だが、現場の衛士には私のことは知られていないはずだ。

 現地の友人でも作って仲良くいこう!

 そんな気分でエントランスホールへ行ったのだが、

 

 「やぁ、貴女がヨーロッパ最大の英雄、世界最強の衛士のターニャ・デグレチャフ少左か。轟く武名に反し、本当に小娘にしか見えませんな」

 

 屈強そうなトルコ軍出身のリーダーの衛士にいきなりばらされた。

 全然仮の身分が機能してないではないか。何をしている情報局!

 

 「いやあ初めまして! ヨーロッパ伝説の衛士様がこんな可憐なお方だとは!是非、お近づきに一杯奢らせて下さい」

 

 などと軽薄そうなイタリア衛士に言われた。

 

 「あなたの戦闘経歴、初めて調べた時は驚愕いたしました。是非その伝説の腕前、生で拝見させて下さい」

 

 と、目を輝かせたスウェーデン出身の女性衛士。本当にヨーロッパじゃ顔が売れすぎた。

 

 「へっ、こんな小娘が『ヨーロッパ最大の伝説』か。面白えじゃねぇか、アタシも生で拝見させてもらうぜ。実戦でな!」

 

 君にだけは小娘と言われたくない。ネパール出身の背の低い少女衛士に言われた。

 

 「いえ、人違いです。私はターシャ・テクレリウス少尉。英雄などと呼ばれるあの方ではありません!」

 

 と私は言い張ったのだが、

 

 「あんた、まさか正体を隠しておきたかったのか? だったらその胸元の勲章くらい外したらどうだ。その年でそんなものを貰える衛士なんて、あんたくらいしかいないぞ?」

 

 などと、日系アメリカ人の青年衛士に突っこまれた。

 くっ、確かにその通りなのだが、どうにもこの”ウルスラ・シュトラハヴィッツ勲章”は私にとって離れがたいモノなのだ。そうか、コレが私の目印になってしまっていたのか! これではチャンピオンベルトを巻いていながら『ボクシング初心者です』と言うようなものだ!

 

 その後、演習中にいきなり武御雷という日本の戦術機で切りかかってきた日本のお姫様衛士も来た。

 

 私を『欧州社会主義を滅ぼした悪魔』と目の敵にするソ連の姉妹衛士も来た。

 

 

 そんなメンバーで新戦術機の起動試験をやったのだが、何故かその後、実戦の運用試験としてソ連のカムチャッカ半島へ渡った。

 いやおかしいだろう、これは!

 私は東ドイツの共産勢力を潰した一件でソ連を刺激することを懸念されたのでそこまでは行かない予定であったのに、何故か行く事になってしまったのだ!

 

 針のむしろの中で新型戦術機や電磁投射砲の実働実験をしたのだが、そこで防衛線が大きく崩壊したりした。

 

 防衛線が崩れる中を実験機の不知火・弐型で大いに暴れて押し返し、新たな英雄の称号が付いたりもした。

 

 崩壊する基地の中で、ETAの大軍のただ中に取り残された篁唯依中尉とユウヤ・ブリッジス少尉を助けに行ったりもした。

 

 またさらにキリスト恭順派のマスターになったテオドールと出会い、衝撃の真実を語られたり、悲しき別れをしたりもした。

 

 日本に渡りオルタネィテヴ計画に協力したときもまた、これまで以上の陰謀や戦いに巡り会い、幾度も窮地に陥いり、生還して逆転して新たな伝説を生んだりもした。

 

 いくら戦っても戦いは終わらず、勝利を重ね続けているのに戦いは厳しくなる一方。要は前世とまったく同じだということだ。

 

 そして現在。手伝いで来たはずなのにいつの間にか国連軍の衛士になっており、香月夕呼博士の部下になってしまっている。BETAの横浜基地襲撃で激減した彼女の直属部隊の隊長などにされてしまい、BETA最大の拠点オリジナルハイヴの攻略を命ぜられている。

 くそっ、今度こそ本当にこれで戦いがなくなる……………のは無理でも、楽になればいいな!

 

 

 私の戦いはこれからだ!!

 

 

                   〈了〉 




ご愛読、ありがとうございました! これにて『幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて』は完結です!
 マヴラブSSなのにエタらずに終わらせられて本当に奇跡みたいです!


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