トルメキアの黒い巨神兵 (銀の鈴)
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トルメキアの黒い巨神兵

目が覚めると土の中だった。

 

「うわあっ!? どうして埋まってるんだよ!!」

 

驚いて立ち上がるとあっさりと地上に出られた。どうやら軽く土をかけられていただけの様だ。

 

周りを見渡すと、森の中だった。

 

「どうして森の中にいるんだ?」

 

眠る前のことを思い出そうとしたが、何故か何も思い出せない。

 

自分が日本のサラリーマンだったことは何となく分かるが、個人的なことは何も思い出せなかった。

 

「もしかして、これが異世界転生というものなのか?」

 

……思わず口に出た言葉から察するに俺は随分と夢見がちな男だったようだ。

 

とはいっても、周囲には見た事もない不気味な虫がウヨウヨと飛んでいる。

 

自分の手足を見ても人間の物ではないように思えた。

 

もしかしたら本当に転生したのかも知れない。しかも転生先はモンスターのようだ。

 

少々、残念だがボヤいてもどうしようもないだろう。

 

とりあえず、周囲の不気味な虫共が襲ってくる気配はないから放っておくとして、これからどうするべきだろう?

 

そんな事をボーとしながら考えていると、遠くで爆発音が聞こえてきた。

 

その音の方向に目を向けると、遠くの空で飛行機が火を吹いて墜落しそうになっている。

 

「……イベント発生ってことかな?」

 

無意識に出た言葉に俺は確信した。

 

記憶を失う前の俺は間違いなく二次元寄りの男だったのだろうと。

 

 

 

 

「生存者はここに集結しろ!! くそう、こんな所で死ぬんじゃないぞ!!」

 

コッソリと墜落現場に近付いてみると、小人のような小さな少女が大剣を振り回しながら群がってくる虫共を追い払っていた。

 

「すぐに救援が来る!! 最後まで諦めるな!!」

 

小人の少女は、周囲に集まってきた他の小人達を叱咤激励しながら虫共と戦っている。他の小人達もそんな少女を守るように集結して共に戦っていた。

 

その姿は小人ながらに勇ましく好感を感じた。

 

“ああ、これは助けたくなるな”

 

周囲の小人達よりも更に小さい体なのに、彼女は必死に周りを鼓舞しながら戦っていた。

その懸命で健気でいながらも勇敢で誇り高い姿は賞賛に値する。

 

そんな事を偉そうに考えていた俺は気付くとパチンパチンと手を叩いて、小人達を襲っていた虫共を潰していた。

 

 

 

 

「き、貴公は伝説の巨神兵なのか?」

 

突然現れて虫共を潰した俺の姿に小人達は怯えて逃げていったが、流石と言うか、やはりと言うか、最初に冷静さを取り戻して話しかけてきたのは、勇敢な小人の少女だった。

 

少女が言うには俺の姿は伝説に謳われる巨神兵に似ているそうだ。

 

「似ているというよりも巨神兵そのものなのだが」

 

俺は素直に記憶がないと告げると少女は考え込むように俯いた。

 

暫くすると少女は顔を上げる。

 

「貴公が伝説の巨神兵なら、その身から世界を焼くほどの炎を放てる筈なのだが」

 

少女の言葉に俺は空に向かって両手を向ける。

 

「か◯は◯波ーーーーっ!!!!」

 

何も出なかった。

 

「いやっ、諦めるな!! もう一度、他の方法でチャレンジするんだ!!」

 

少女の励ましで俺はもう一度挑戦してみた。

 

「波◯拳っ!!!!」

 

何も出なかった。

 

「動作が同じだろうが!! 手から出ないなら目や口から出るかも知れないだろ!!」

 

少し口の悪い少女の助言に従って、俺は3度目の正直に挑んだ。

 

「(でじこ風味で)目からビーム!!」

 

何も出なかった。

 

「今の言い方は気持ち悪かったんだが……まあいい、次だ、次っ!!」

 

口の悪い少女に急かされて俺は嫌々挑戦する。

 

「(ミスター味っ子のごとく)美味いぞーーーーっ!!!!」

 

チュドーン!!!!

 

天空を焼くほどの閃光が輝いた。

 

「……味皇、貴方は偉大だった」

 

俺は偉大なる先駆者に敬意を送った。

 

 

 

 

小人の少女は、王女様だった。

 

なんでも“トルメキア”という国の王族なんだそうだ。

 

彼女が推測するに、俺は古の文明が生み出した巨神兵という人工生命体らしい。

 

恐らくは卵状態で生き残っていたのが何かの拍子で孵ったのだろうとの事だ。

 

何かの拍子って、結構いい加減な推測だな。と突っ込んだら「仕方ないだろう!! 腐海内でのことなんだから細かい事が分かるか!!」と逆ギレされた。

 

小さな少女が逆ギレする姿が意外と微笑ましくて頭を撫でたら余計に怒り出した。

 

女の子って難しいね。

 

 

 

 

「そなた、私に仕える気はないか?」

 

姫様から勧誘された。

 

「うーん、気持ちは嬉しいけど俺には探すものがあるんだ」

 

「探すもの? 記憶のないそなたが何を探すというんだ?」

 

姫様は不思議そうに首を傾げて尋ねる。

 

「お嫁さん」

 

「……」

 

「お嫁さんだ」

 

「……」

 

「もちろん、俺のサイズに合うお嫁さんだ」

 

「……」

 

「俺のサイズに合うというのは当然、ナニのサイズの事だ」

 

「……」

 

「もしも姫様がお嫁さんを探してくれるなら仕えてもいいぞ」

 

「……」

 

「当たり前だが、プラトニックなお嫁さんならいらないぞ」

 

「……うう」

 

「どうした、姫様?」

 

「うわーん!! バカー!! お前なんか何処にでも行ってしまえー!!」

 

姫様は真っ赤になったと思うと、泣きながら走り去ってしまった。

 

どうやらからかい過ぎたようだ。

 

少しだけ反省しよう。

 

 

 

 

「お嫁さんは無理だが、友達になら私がなってやる」

 

次の日、姫様がモジモジとしながらやって来てそんな事を言った。

 

なんだこれ、可愛いな。

 

俺はもちろん姫様の頭を撫でた。

 

「子供扱いするでないわ!!」

 

姫様は怒ったが、俺の撫でる手を退けようとはしなかった。

 

うん、やっぱり可愛いわ。

 

この日、姫様と俺は友達になった。

 

 

 

 

「王位継承争いか……俺が兄三人をぶち殺してやろうか?」

 

「馬鹿者!! それでは国が荒れてしまうわ!! 正当な継承をせずに王位を継げば必ず反乱分子が湧き出るぞ!!」

 

姫様に人生相談をされた。

 

なんでも“トルメキア”という国では昔から王位継承争いが激しいらしい。

 

姫様は王家の正当な血筋を引く唯一の王女らしいけど、現王の連れ子である兄達も王位を狙っているそうだ。

 

兄達は妹である姫様を邪魔に思い排除するため、姫様と姫様の配下の軍を危険な戦場に送って亡き者にしようと企んでいる。

 

俺と出会ったのも、その謀略に嵌められ、敵に囲まれ攻撃されて、腐海に墜落した時のことだったそうだ。

 

「なるほど、それなら多少は兄達に対して手加減をしてやるか」

 

「どういう意味だ?」

 

「だってあの時、姫様が腐海に墜落しなければ俺はこんなに可愛い姫様と出会えなかったんだからな」

 

俺はいつもの様に姫様の頭を優しく撫でる。

 

「うぐぐ、ここで怒鳴れば私の負けな様な気がするぞ」

 

耐える姫様も可愛いな。と思う、今日この頃だった。

 

 

 

 

俺が姫様に仕え出してから姫様への謀略が減ったそうだ。

 

うんうん。いい傾向だな。

 

「お前が私が老衰以外で死ねば、この国を滅ぼすと言ってくれたお蔭だ」

 

姫様は今日も俺のところ来ている。

 

俺以外に友達がいないのかと心配になるな。

 

「アホか!! お前が朝昼晩と私の顔が見れなければ、王城に向かって炎を放つと脅したからだろうが!!」

 

あはは、流石は姫様は記憶力がいいな。

 

「忘れたくても忘れられるか!! 本気の証拠だと言って王城を掠めるように炎を吐いたくせに!! あの後、みんなが怯えて宥めるのが大変だったんだぞ!!」

 

そうなのか? ちょっとだけやり過ぎだったかな。

 

「……いや、お前のあの行為のお蔭で私の立場は確固たるものになった。感謝している。それに一日三度のお前との接触が義務付けられたから、私を監禁して洗脳しようという馬鹿な輩を抑える事が出来た。本当に感謝している」

 

姫様は真摯な瞳で俺を見つめる。

 

姫様は可愛い。

 

これから大食いをして、俺ぐらいにデカくなってくれたらお嫁さんになって欲しいぐらいだ。

 

「あはは、流石にそれは不可能というものだぞ。まあ、あれだ。お嫁さんは無理だが、お前と私は一蓮托生だ。死ぬときは一緒だぞ」

 

うん、それこそ不可能だな。

 

「うん? どういう意味だ」

 

姫様は不思議そうに首を傾げる。その仕草が可愛かった。

 

「お前はいちいち可愛い可愛い言うな!!」

 

あはは、本当に姫様は可愛いな。

 

そんな可愛い姫様には長生きをしてもらう。そして姫様が老衰で逝くときに俺が死に水を取ってやるよ。

 

「……ふん、ならば約束だ。私が死ぬときにはお前が看取れ。その代わり、お前が逝くときには私が冥府から迎えに来てやる」

 

約束だからな。そう言って、去っていく姫様の後ろ姿を俺は一生忘れないだろう。

 

本当に姫様は可愛いな。

 

「だから可愛い言うな!!」

 

振り向いて怒鳴る姫様の顔は、夕陽のように真っ赤に染まっていた。

 

 

***

 

 

姫様と出会ってから数年が過ぎた。

 

ある日、工業都市ペジテ市で巨神兵の卵が発見されたと報告があった。

 

「俺のお嫁さんか!!」

 

「いや、それなら喜ばしいのだが、巨神兵に女性タイプがいたとは伝承でも聞いた事がないぞ」

 

「まあ、そうだよな。俺にもお◯ん◯んは非常に残念ながらついていないもんな」

 

「お前……私が年頃の淑女だということを忘れていないか?」

 

「本当にお◯ん◯んが無いかを、俺の身体を弄って調べるような奴を淑女扱いするのは難しいぞ」

 

「あれは子供の頃の話だろうが!!」

 

真っ赤になった姫様は色っぽかった。

 

「色っぽいって、お前にそういう感情が本当にあるのか疑問なのだがな?」

 

俺には巨神兵になる前の人間だった頃の知識と感情があるからな。

だから姫様も自信を持っていいぞ。

たとえお見合い100連続で断れようとも姫様は俺にとっては世界一可愛いからな!!

 

「うぐぐ、怒るに怒れぬ絶妙な言い回し、悪かったな一国の姫でありながら見合いを断られるような女で」

 

いやいや、全然悪く無いぞ。

 

姫様の結婚相手なら厳選に厳選を重ねるべきだ。

 

俺も姫様の結婚相手には条件をつけているからな。その条件をクリアした男が今のところ一人もいないから向こうから断ってくれていて助かるぐらいだ。

 

「お前が条件だと? 私は初耳なのだが、どういった条件なんだ?」

 

姫様がいつもの様に首を傾げながら尋ねてくる。

 

うん、このポーズを取らせたら姫様の右に出るものはいない可愛さだな。

 

「いや、あのな。私も本当にいい歳になっているんだ。せめて可愛い以外の形容詞にしてくれぬか?」

 

それじゃあ、プリティとか?

 

「…………か、可愛いで頼む」

 

姫様は深い溜息をつくと少し休むと言って、行ってしまった。

 

それにしても姫様の結婚相手か。

 

俺の最低条件である姫様を守れるだけの力を示せる男はいつ現れるのかな?

 

まだあのセリフを言わせてもらった事すら無いんだよな。

 

条件を聞くだけでお見合いを断る奴らばかりで誰一人挑戦しないからな。

 

ああ、早くあのセリフを言ってみたい。

 

「……どんなセリフなんだ?」

 

聞きたいのか?

 

「……ああ」

 

よし、ならば聞かせてやろう。

 

「姫様と結婚したいなら俺を倒してみせろ!!」

 

「私が100連続でお見合いを断られたのはお前のせいかーーーーっ!!!!」

 

 

その日、陽が暮れるまで姫様に追いかけ回された。

 

なぜだろう?

 

 

 

 

ペジテ市から巨神兵の卵を引き取って欲しいと打診があったそうだ。

戦力になる巨神兵なのにペジテ市で育てる気は無いのだろうか?

 

「いや、お前という前例があるからこそだろう」

 

俺か?

 

俺は品行方正な巨神兵だろ?

 

無駄に暴れたりもせずに仕事がなければ屋敷に引き篭もっているぞ。

 

「その屋敷が問題だろうが!! そのデカい図体にあう屋敷を建てるのにどれほどの資源と労力がかかったと思っているんだ!!」

 

あはは、それは適正な労働の対価というものだ。

 

敵対国家の殲滅や、腐海での焼畑農業の推進、それに土木工事では大活躍だぞ。

まさに適正な報酬だ。

それにこの屋敷があればこそ、気兼ねなく姫様とお茶も出来るしな。

 

「うむ、私もお前とのティータイムは楽しいが、そのティータイムに必要な食器を用意するのも大変だぞ。“トルメキア”だからこそお前の無茶な要望に応えられるが、ペジテ市では到底無理だな」

 

つまりペジテ市は貧乏で巨神兵に給料を払えないから、代わりに“トルメキア”で雇ってあげてということか。

 

「給料って、まあ間違いではないが、もう少し言い方があるだろう。しかしまあ、お前以外の巨神兵か……他の巨神兵もお前ほど融通は効くのか?」

 

会ったことがないから分からん。

まあ、タチの悪い巨神兵だったら俺がぶちのめして畑の肥料にしてやるよ。

 

「巨神兵同士の戦い……凄まじい被害を被りそうなんだが」

 

それなら食べ物に睡眠薬を混ぜて眠らせてから殺っちまうか?

 

「巨神兵に睡眠薬が効くのか?」

 

さあ?

 

俺には効かないけど、生まれたてのペジテ市の巨神兵なら効くかも知れないだろ?

 

「ううーん、少し考えさせてくれ。重臣達とも協議してみる」

 

姫様はブツブツと言いながら出ていった。

 

俺は一人優雅に紅茶を飲んだ。

 

良い香りだった。

 

 

 

 

巨神兵の卵を輸送していた飛行機が落ちた。

 

「私は現場に向かう。何が起きるか分からんからお前も一緒に来てくれ」

 

姫様が行くなら頼まれなくても一緒に行くぞ。

それで落ちたのは何処だ。

 

「風の谷と呼ばれている海辺の村らしい」

 

海か。

 

海水浴は初めてだな。

 

姫様は水着はあるのか?

 

「いや、ちょっと待て。遊びに行くわけじゃないぞ。それに海は毒素で汚れているから泳げんぞ」

 

泳げないのか。

 

それじゃあ、田舎でのアウトドアだな。

 

バーベキューセットを忘れないように準備しなくてはな。

 

「バーベキューか、あれは中々楽し…じゃなくてだな! 私達は仕事で行くんだぞ! 遊ぶのは仕事が終わった後だ!!」

 

うんうん、分かっているよ。

 

だから早く卵を回収してバーベキューをしよう。

 

「うう、怒鳴りつけたいのに…バーベキューを楽しみにしている私もいるとは……こ、こうなったら仕事をサッサと終わらせて盛大にバーベキュー大会を開くぞ!! 風の谷の住民も呼んでパーっとやってやるぞ!!」

 

おおっ!

 

いつになく姫様がやる気になったな。

 

じゃあ、俺も山に行って良い肉を狩ってくるとしよう。

 

「お前は出立の準備をせんか!!」

 

姫様の怒号を背中に聞きながら俺は山へと向かった。

 

 

 

 

風の谷で卵を拾った。

 

すでに孵化しかかっていたため、この場所で孵化をさせる準備を始めることになった。

 

「住民達が不安がるかと思ったが、案外と平気そうだな」

 

姫様、風の谷にも姫様と呼ばれている少女がいたぞ。

 

うちの姫様はもう年増だけど、風の谷の姫様はピチピチだった……ぞ?

 

ど、どうして刀を抜いているんだ? お、俺の可愛い姫様?

 

「ククク、貴様は言ってはならぬ事を口にした。と、年増…年増…誰が行かず後家だーーーーっ!!!!」

 

 

うわあああっ!?

 

俺はそこまでは言ってないぞおおおっ!!!!

 

 

 

 

酷い目にあった。

 

姫様も微妙なお年頃になったんだなあ。

 

俺は遠い日の出会った頃の姫の姿を思い出していた。

 

あの頃の姫様は初々しかったな。

 

いかにも一生懸命ですって感じで微笑ましかった。

 

ヨチヨチと俺の後ろを付いて回っていた姫様。

 

オネショをして泣きべそをかいていた姫様。

 

迷子になって泣いていて、俺を見つけて泣きながら駆け寄ってきた姫様。

 

本当に可愛かったなあ。

 

「貴様は思い出を捏造するなっ!!」

 

バチコーンと叩かれながらよく焼けた肉を刺した串を渡された。

 

「ほら、もうバーベキュー大会は始まっているぞ。貴様も来い」

 

姫様は言い放つとサッサと歩いて行く。後ろ姿からでも赤くなった姫様の耳が見えた。

 

うん、やっぱりうちの姫様は世界一可愛いな!!

 

「だから可愛い言うな!!」

 

姫様から食べ終えたトウモロコシの芯が飛んできてポコンと当たった。

 

 

 

 

巨神兵の卵が孵った。

 

大きさは俺と同じぐらいだが、頭が悪そうだった。

 

なんかウガウガ言っている。

 

「生まれたてだから赤ん坊のような状態なのか?」

 

いや、俺に聞かれても子育ての経験はないよ?

 

「お前は生まれた時から知性があったのだろう?」

 

個人差じゃないの?

 

「随分とすごい差だな。私と初めて会ったときはお前も生まれた直後だったのだろう。お前は今と大して変わらんぐらいの知性があっただろうが」

 

それじゃあ、俺が特別な巨神兵だったとか?

 

「特別な巨神兵? なんだそれはお前は特別な仕様で作られたのか? それとも特別な命令でも受けているのか?」

 

特別仕様も命令もないけど、運命ならあったな。

 

「運命……?」

 

姫様はいつものように不思議そうに首を傾げる。

 

「姫様と出会い、そして姫様を見守る運命だよ」

 

「なっ……!?」

 

真っ赤になった姫様は、出会った頃と同じように可愛かった。

 

 

 

 

「だから可愛いって言うなーーーーっ!!!!」

 

 

 

 




殿下に続けーーーーっ!!!!

はい、クシャナ殿下が大好きです。


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トルメキアの白い魔女〜出逢い〜

クシャナ殿下視点です。


「殿下! 周囲はドルクの艦艇に囲まれています!」

 

怒号のような部下からの報告に私は深い溜息を吐く。

 

僅かな手勢のみでの辺境視察を命じられて嫌な予感を感じていたが、ここまであからさまな真似をされるとは思っていなかった。

 

まさか、不倶戴天の敵である土鬼軍を利用してまで私を亡き者にしようとは思ってもいなかった。

 

どうやら私は自分で思っていたよりも楽天家だったようだ。

 

「全力でこの場を離脱せよ! 迎撃は最低限でいい、とにかくこの場を逃れる事に全力を尽くせ!」

 

部下へと命令を下しながらも私はここで果てることを覚悟していた。

 

それほどまでに周囲を囲む土鬼軍の艦艇の数は多く、味方の数は少なかった。

 

「第3動力機及び第5動力機被弾! 動力出力低下します! このままでは腐海へと墜落します!!」

 

強い振動を感じた次の瞬間、部下から最悪の報告を受ける。

 

現在の状況で腐海に墜落すれば蟲共の餌となるのは明らかだった。

 

「陣地へと救援の通信を送れ! 墜落予想位置を割り出して送信することを忘れるんじゃないぞ!」

 

腐海へと落ちれば土鬼軍も追撃はしないはずだ。

 

確率は絶望的だが、僅かな望みを託して部下へ命じる。

 

この絶望的な状況にありながら、私の部下達の士気は高く、私の命令を忠実にこなしてくれる。

 

私には過ぎた部下達だ。

 

だが、だからこそ私が諦めるわけにはいかない。

 

「総員っ、墜落の衝撃に備えろ! 墜落後は直ちに集結し蟲共の襲撃に対応せよ!」

 

命令を下した瞬間、凄まじい衝撃を受けて私の体は吹き飛ばされる。

 

宙に舞いながら私は何とか受け身をとろうと足掻くが上手く体を動かせなかった。

 

セラミック製の床に叩きつけられる事を覚悟した私は歯をくいしばるが、その私の体を誰かが強引に引っ張った。

 

その感触を感じた次の瞬間、私の意識は強い衝撃と共に闇に落ちた。

 

 

 

 

気を失っていたのは僅かな時間だったようだ。

 

目覚めると周囲では部下達の痛みを堪える声や状況を確認し合う声が聞こえていた。

 

私は自身の状況を確認する。

 

「で、殿下…ご無事で…よ、良かった」

 

私は息をのむ。

 

私は血みどろになった部下の腕の中にいた。

 

部下のステンレス製の全身鎧は大きく歪み、その身が受けた衝撃の強さを物語っていた。

 

「き、貴様……」

 

「ク、クシャナ殿下……そんな顔を…しないで下さい……しょ、小官は…満足して…いるのですよ……敬愛する…殿下を…この身で……」

 

部下はそれ以上の言葉は発しなかった。

 

「この馬鹿者が……」

 

私は永遠の休息を得た部下の瞼を閉じる。

 

「……貴様の忠誠を無駄にはせぬ」

 

近くに転がっていた自分の刀を拾う。

 

「直ちに艦から離れるぞ! グズグズするな、すぐに蟲共が大挙して押し寄せるぞ! 銃火器はいらん! 腐海で使えば蟲共を呼び寄せるだけだ! 剣と食料だけを持って脱出せよ!」

 

部下達は私の命令を受けてすぐさま動き出す。

 

「殿下っ、脱出準備整いました!」

 

部下の報告に頷くと私は艦内を見渡し、その惨状を目に焼き付ける。

 

これは私の甘さが招いた状況だ。二度と繰り返さぬと誓った。

 

「総員っ、速やかに脱出せよ!」

 

私と部下達は、悍ましい蟲共が蠢く腐海へとその身を投じた。

 

 

 

 

腐海に入ると直ぐに無数の蟲共が群がってきた。

 

「早く集結しろ! 単独で蟲共と戦おうとするんじゃないぞ!」

 

腐海にいる限り蟲共の襲来が尽きることはない。

 

陣地からの救援を信じて、それまでの間生き残ることだけを考えるべきだ。

 

「出来るだけ蟲は殺すな! 殺せば逆に蟲共を呼び寄せることになるぞ!」

 

命令を発しながらもそれは不可能だろうと思った。

 

艦が墜落した衝撃で蟲共が興奮していることが分かったからだ。

 

この状況では、息を殺して蟲共から逃れることなど到底不可能だろう。

 

「円陣防御体制をとれ! 負傷者を中に入れろ! 何が何でも生き残るという気概を忘れるな!」

 

私は部下達に十数人単位で円陣を組ませ、死角を無くして蟲共に対抗させる。

 

だが、部下達は互いに庇いながら必死に戦うが、一人また一人と蟲共の餌食となっていく。

 

僅かな時間で部下達の大半が犠牲となる。

 

「生存者はここに集結しろ!! くそう、こんな所で死ぬんじゃないぞ!!」

 

生き残った部下達を纏めるが、蟲共の勢いは益々激しくなっていく。

 

「すぐに救援が来る!! 最後まで諦めるな!!」

 

我ながら気休めもいい所だと思いながらも部下達を叱咤激励する。

 

「はっ! 殿下と共に剣を振るえた栄誉を自慢するまで生き残ってみせます!」

 

「ははっ、そいつはいいな! 非番だった奴らが悔しがるぞ!」

 

きっと部下達ももう助からないと分かっているだろうに、私の叱咤激励に応えて奮闘してくれる。

 

「フハハハッ、ならば生き残った者達には私自ら勝利の酒杯に酌をしてやるぞ!」

 

「うおおおおっ!!!! 聞いたか皆っ、我らがクシャナ殿下自らの酌だぞ!!!! 何が何でも生き残るからな!!!!」

 

「「「応っ!!!!」」」

 

な、なんだ?

 

異常に士気が上がったな。

 

ふふ、なんとも頼もしい奴らだな。

 

絶望的な死地にいながらも私と部下達は笑みすら浮かべて剣を振り続けた。

 

そんな時だった。

 

 

運命を共にする――

 

 

 

――戦友(友達)と出逢ったのは。

 

 

 

 

 

 




巨神兵視点とは違い、シリアスな感じの殿下視点でした。
短いですが、ここまで書いて自分では満足したので、続きは書かないかもです。
では、読んでいただきありがとうございました。


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トルメキアの白い魔女〜遭遇〜

迫りくる巨大な蟲の牙に大剣を叩きつける。

 

“ガギィン”

 

その衝撃に私の小さな身体は悲鳴をあげるが、目の前の蟲にはなんの痛痒も与えることが出来なかったようだ。

 

間髪入れずに襲いくる蟲に再度、全力で大剣を叩きつける。そこには技も何もない、ただ全身の力を振り絞り、棍棒を振り回すかのように大剣を振るだけだった。

 

“ガンッ”

 

“ギィン”

 

“ゴンッ”

 

周囲の部下達も私を庇おうとはしてくれるが、皆が自分に向かってくる蟲の相手で精一杯だった。

 

屈強な部下達ですら蟲の相手は全力を尽くさねばならないのだ。

 

訓練はしているとはいえ、まだ10歳を過ぎたばかりの私では限界を迎えるのは早かった。いや、今の時点まで生き残っている事自体が運が良かっただけだろう。

 

全身の筋肉は引き千切れそうに痛み、身体は酸素を求めて喘いでいる。それでも大剣を振るうことを止めれば、次の瞬間には蟲に喰い殺されるだけだ。

 

「部下達よりも先には死なん!!」

 

私のような小娘を殿下と呼んで慕ってくれる部下達を残して先に逝っては、今まで私を守って死んでいった者達に冥府で合わせる顔がない。

 

「指揮官が死ぬのは最後の一兵が死したのを確認した後だ!!」

 

もはや気力だけで大剣を振るっている。

 

「殿下っ、私の後ろにお下がり下さい!! 少しでも休憩を!!」

 

「いらぬ!! 余計な気遣いをする暇があるなら自分が生き残ることを考えよ!!」

 

隣で剣を振るっている部下の言葉に涙が出そうになる。この期に及んでまで私を心配してくるのか。

 

死にたくなかった。部下達と生きて帰りたかった。

 

だがそれは叶わぬ願いだろう。

 

ならば最後まで私は誇り高く戦おう。

 

冥府で待つ部下達と、これから共に冥府へと赴く部下達が、己が信じた殿下を誇りに思えるように。

 

私は気力を奮い立たせて大剣を振るった。

 

だが、その一撃が限界だったのだろう。

 

私の意識がふっと遠くなる。

 

足腰の力が抜け大剣が泳ぐ。すぐさま大剣を返そうとするが、私の意思に反して腕は動かなかった。

 

どこか遠くで部下の叫び声が聞こえた。

 

その叫び声はいつも冷静で寡黙な部下のものだった。

 

ククク、あいつでもこんな泣きそうな声を出すんだな。今度、からかってやろう。

 

 

――脳裏に照れる部下の顔が浮かんだ。

 

 

巨大な牙が迫る。

 

 

「これが……私の死か……」

 

 

私は瞼を閉じる。

 

 

“パチン”

 

 

場違いなほど、軽い音が聞こえた。

 

 

 

 

“パチン”

 

“パチン”

 

“パチン”

 

続けて聞こえる軽い音に瞼を開けた。

 

「蟲が消えた……?」

 

目の前に迫っていたはずの蟲が消えていた。

 

慌てて周囲をキョロキョロと見渡すと、周囲を飛んでいた蟲共もまとめて消えていた。

 

そのあり得ない状況に混乱する。

 

本来なら蟲共が消えたのなら喜ぶべきだが、あまりにも唐突な状況変化に思考が追いつかない。

 

ふと、部下達の様子が変なことに気付く。

 

いや、たぶん私もはたから見れば様子が変なのだろうけど、部下達は私以上に様子が変だった。

 

部下達は目を大きく開き、防毒マスクの上からでも大きく口を開けていることが分かった。

 

その視線は全て私の方に向かっていた。

 

いや、違う。

 

私の頭上か?

 

部下達の視線は私の頭上に向いている。

 

「後ろに何かあるのか?」

 

部下達の視線を追いかけるように後ろを振り向いた。

 

 

「…………ふぇ?」

 

 

信じられないほど、巨大な人型のモンスターがいた。

 

 

“パチン”

 

 

人型のモンスターが、強靭な外骨格に包まれているはずの蟲を両手で叩いて潰した。

 

冗談のようにぺったんこに潰れた蟲が目の前に落ちてくる。

 

潰れた蟲と目が合った気がした。その蟲の目も部下達と同じように大きく見開いているように思えた。

 

 

 

――腰が抜けた。

 

 

 

 

「殿下っ、ご無礼を!! 総員っ、退避せよ!!」

 

尻餅をついた私の姿に正気を取り戻した部下が、駆け寄ってきて抱き上げてくれた。

 

そして他の者達に指示を下し、素早く人型のモンスターから距離をとる。

 

私を抱き上げている部下は、いつも冷静で寡黙な奴だった。

 

そいつの首筋に抱きつきながら、今度、からかうのは勘弁してやろうと思った。

 

 

 

 

人型のモンスターは周囲の蟲共を全て潰すとその動きを止めていた。

 

「どうやら私達を攻撃する意思は無さそうだな」

 

「殿下、あれはもしかしたら巨神兵ではありませんか?」

 

「やはりそう思うか?」

 

「はい、いまいち確信は持てませんが…」

 

「うむ、私も同じ意見だな」

 

離れて人型のモンスターを観察してみれば、その姿は化石となっている巨神兵や絵物語で描かれている巨神兵そのものだった。

 

それでありながら、私達が巨神兵だと確信が持てないのは、その人型のモンスターの仕草が非常に人間臭いからだ。

 

かつて、世界を焼いたと伝えられる巨神兵と、目の前で胡座をかきながら大きな口を開き欠伸をするモンスターとのイメージが一致しない。

 

いや、モンスターと称するのは誤りだろう。

 

その目には確かに理性の光が灯っている。モンスター扱いなどするべきではない。

 

それにあの者が、私達を蟲共から救ってくれたのは紛れも無い事実なのだ。

 

ここは最大の敬意をもって遇するべきだ。

 

「よし、もう少し休憩したら私が話しかけよう。お前達は決して敵対行為を取るんじゃないぞ」

 

「ふふ……殿下。立てぬようでしたら、また私が抱き上げましょうか?」

 

「やかましいわ!!」

 

いつもは冷静で寡黙なくせして、こんな時だけ笑いやがって。

 

私は決して腰を抜かしてへたり込んでいるんじゃないぞ。

 

少し疲れたから座って休憩をしているだけだ。

 

ホントだぞ?

 

 

 

 

休憩を終えた私は一人で彼(もしくは彼女)に近付く。

 

近くで改めて観察して驚く。

 

初めて見たとき、その体表は剥き出しの筋肉を束ねたような気持ちのわる……いや、いかにもモンスターのようなものだったが、この僅かな時間でそれは変質していた。

 

その体表は硬そうな外装に覆われていた。それは我らの甲冑にも似ており、黒く輝いて見えた。

 

その外観の変化のお蔭で、実は内心で抱いていた嫌悪感が無くなった。

 

むしろ我ながら現金だが、見慣れた姿に近くなったお蔭で親近感さえ抱く。

 

彼は近付く私を静かに見ていた。

 

その気になればその大きな手で、先ほど潰した蟲共と同じように私のことも簡単に潰せるだろう。

 

いや、飛べないぶんだけ私の方が潰すのは容易だろう。

 

最悪の事態(ぺったんこになった私の姿)を考えれば震えそうになるが、部下達が見ている前で無様は晒せない。

 

「き、貴公は伝説の巨神兵なのか?」

 

少し声が震えたが、許容範囲内だと思おう。

 

ここからが正念場だ。

 

未だ腐海の只中にいる状況を思えば、ここでこの交渉に成功して彼を味方につけられなければ、我らは遠からず蟲の餌になるだろう。

 

死にたくなかった。部下達と生きて帰りたかった。

 

絶望の海に溺れかけた私の前に、希望という名の蜘蛛の糸が垂れ下がった。

 

 

――よし、頑張るぞ! わたし!!

 

 

 




はい、クシャナ殿下は10歳でした。
普段は王族として気を張って、殿下らしく振舞っています。


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トルメキアの白い魔女〜世界を焼く炎〜

私は近くで彼を見上げた。

 

やはり、彼の瞳からは知性の光が感じられる。

 

無言で私を見つめ返す彼の瞳を見て確信した。

 

我らの言葉が通じるかは分からぬが、誠意を持って接すればきっと気持ちは通じるだろう。

 

そんな根拠のない確信を抱く。

 

ふふ、どうやら私は本物の楽天家だったようだ。

 

自分の甘さがこの窮地を招き、部下達を死なせたというのにこの有様とは、本当に自分の能天気さには呆れかえる。

 

だが、どうしても目の前の彼に対しては警戒心が湧かない。

 

これでは指揮官として失格だな。

 

そんな事を思い、苦笑を漏らす。

 

ふと、彼が動いた。苦笑を漏らした私の様子を窺うように覗き込んでいるようだ。

 

まるで、私の事を心配しているようなその仕草に思わず微笑んでしまう。

 

すると彼は、私の笑みに安心したのか姿勢を元に戻した。

 

本当に警戒心が湧かぬ。

 

むしろ、好意じみたものすら感じてしまう。

 

だが、私は部下達の命を預かる指揮官だ。

 

私の命などはどうでもいいが、これからの交渉次第では部下達の命が失われるかも知れないのだ。

 

その事を思うと知らず体が強張ってくる。

 

私は後ろを振り返った。

 

部下達はいつでも飛び出せるように身構えている。

 

見るからに緊張している部下達の姿に、なぜか胸が温かくなった。

 

私は部下達を安心させるために、私に任せておけという意を込めて自分の胸を叩いた。

 

なぜか、部下達の緊張感が高まった気がした。

 

いつも冷静で寡黙なあいつまで、まるで死を決意したような真剣な顔になっている。

 

まったく、しょうがない奴らだ。

 

私を心配してくれる事は素直に嬉しく思うが、ここまでくると過保護ではないかと感じてしまうぞ。

 

私は改めて部下達を安心させるために、余裕のある笑顔を作ってみせてやる。

 

……部下達がまるで殉教者のような透明な笑みを返してきた。

 

どういう事だ? まるで理解できん。

 

もう、いいか。

 

部下達を安心させる事を諦めて、私は彼との交渉に挑んだ。

 

 

 

 

「巨神兵というのは俺の事か?」

 

どうやら彼は我らの言葉を理解できるようだ。

 

発せられた声は、思っていた以上に理性的で落ち着いていた。

 

それにしても彼は巨神兵では無いのだろうか?

 

「貴公は巨神兵ではないのか? その姿形は伝えられる巨神兵だと思うのだが」

 

「……俺には自分に関する知識がない。どうやら先ほど生まれたばかりのようでな」

 

私の疑問に対する返答に驚く。

 

このような腐海の只中で巨神兵が自然に生まれるなど信じられなかった。

しかも巨神兵が生まれた場所が、私が兄達に嵌められて墜落した場所と同じだというのだから、もはやこれは偶然を超えた運命じみたものを感じるぞ。

 

私は密かに高鳴る胸の動悸を抑えながら、努めて冷静さを演じる。

 

「恐らく、貴公は巨神兵だと思うぞ」

 

「ふむ。俺はそんなにその巨神兵とやらに似ているのか?」

 

「似ているというよりも巨神兵そのものなのだが」

 

どうも彼は、自身が巨神兵という認識が薄いようだ。

 

私が見るにどう考えても、彼は巨神兵以外の何者でもないと思うのだが。

 

私は少し考え込むが、ふと思い出した事があった。

 

それは伝説に謳われる巨神兵の逸話だった。

 

『火の七日間』

 

僅か七日間で世界を焼き尽くしたと伝えられる巨神兵の暴威。

 

巨神兵はその身からこの世の全てを焼く炎を発したと伝えられている。

 

彼が真に巨神兵ならば、その身から世界を焼く炎を放てるだろう。

 

「貴公が伝説の巨神兵なら、その身から世界を焼くほどの炎を放てる筈なのだが」

 

自分で言っときながら実際は半信半疑ではあった。

 

世界が一度滅びかけたのは真実だと思うが、それが巨神兵だけによってもたらされたとは思えなかった。

 

恐らくは世界規模の大戦によって、世界は焼かれたのだろう。そこに巨神兵が関わっていたのは間違いないと思うが、巨神兵が放つ炎だけでそれが成されたと信じるほど、私は夢見がちな子供ではなかった。

 

「そうか、では試してみよう」

 

彼は私の言葉を聞き、炎を放てるか試してくれる。

 

「おぉおおおおっ!!」

 

彼は気を高めていく。

 

近くに立つ私は、彼から放たれる無形の圧力で膝から崩れそうになるのを必死に耐える。

 

「ま、まさかこれほどとは……」

 

その目に見えぬ重圧は、歴戦の勇者揃いの部下達の表情を絶望の色に染め上げる程だった。

 

そして、彼の気の高まりが頂点を迎えたとき、裂帛の気合と共にその両手を天へと突き出した。

 

「か◯は◯波ーーーーっ!!!!」

 

私は全身が痺れるほどの衝撃を受けた。

 

そして、彼の両手からは――

 

 

――何も出なかった。

 

 

恐ろしいほどの静寂が辺りを包み込んだ。

 

私は助けを求めて部下達に視線を向ける。

 

一斉に顔を背けられた。

 

うぐぐ。

 

ここで泣いたらダメだ。

 

私は涙を堪えて必死に言葉を紡ぐ。

 

「いやっ、諦めるな!! もう一度、他の方法でチャレンジするんだ!!」

 

きっと、彼の方が辛いんだ。

 

私はそう自分に暗示をかけながら彼を叱咤激励する。

 

幸いにも彼は素直に私の言葉に従い、再び気を高め始めてくれた。

 

その気が頂点を迎えたとき、彼は両手を天に……って、さっきと同じじゃないか!?

 

「波◯拳っ!!!!」

 

掛け声こそ違うが、先ほどと同じ動作だった。もちろんその両手からは何も出なかった。

 

私は自分のこめかみがヒクつくのを抑える事が出来なかった。

 

「動作が同じだろうが!! 手から出ないなら目や口から出るかも知れないだろ!!」

 

後にして思うが、きっとこの時の私は自分でも気付かないほどストレスが溜まっていたのだろう。

 

私は彼に対して、遠慮なしに怒鳴りつけていた。

 

だけど彼は、怒鳴りつけられながらも少しも気分を害したそぶりもなく、炎を放つべく試してくれた。

 

「目からビーム!!」

 

な、なんだ?

 

それまでの大人の男を思わせる彼の声色とは違い、幼い子供を思わせる声色に私は困惑する。

 

彼なりの冗談だろうか?

 

「今の言い方は気持ち悪かったんだが……まあいい、次だ、次っ!!」

 

とりあえず、スルーすることにした。

 

私は他の方法を催促する。

 

だけど、彼の動きは鈍かった。

 

明らかに面倒臭そうな挙動をしながら、彼は私の方に目を向けてきた。

 

「……」

 

「……」

 

無言で見つめ合ったあと、彼は仕方なさそうに肩をすくめた。

 

なんだか、私が我儘を言って彼を困らせているような気分になるんだが。

 

いやいや、きっと私の気のせいだろう。

 

気分を入れ替え、私は彼へと再び視線を向けた。

 

ちなみに部下達の方には視線を向ける気にはならなかった。

 

 

 

彼は天に向かって雄々しく叫んだ。

 

「美味いぞーーーーっ!!!!」

 

数度目になる挑戦だったが、彼のふざけた叫び声に私はブチ切れそうになる。

 

怒鳴りつけようと口を開きかけた次の瞬間、天空を焼き尽くすほどの炎が轟音と共に彼から放たれた。

 

見たこともない凄まじい炎に再び腰が抜けそうになる。

 

だが、後方からの部下達の視線を感じてなんとか堪える。

 

えらいぞ、わたし。

 

「……は偉大だった」

 

彼が何かを呟いた。

 

よくは聞こえなかったが、その言葉には万感の思いが込められている事が分かった。

 

彼は本当に生まれたてなのだろうか?

 

空を見つめる彼の横顔には、私なんかよりもずっと長き時を生きてきた道程が刻まれているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




シリアスっぽい!
シリアスっぽいぞーーっ!!
と、自分では思うのですが、いかがでしょう?


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トルメキアの白い魔女〜交渉〜

「どうやら君が言う通り、俺は巨神兵のようだな」

 

天空を焼く炎を放った後、彼は静かに呟いた。

 

「うむ、恐らくはこの腐海で眠っていた巨神兵の卵が何かの拍子で孵ったのだろう」

 

「何かの拍子? 巨神兵ってそんな簡単にポコポコ生まれているのか?」

 

「いや、生きた巨神兵などそなたが初めて確認された例だろうな」

 

「ほう、レアキャラということか。それにしてもあれだな」

 

「ん、なんだ?」

 

「君は自信満々に喋っているけど、巨神兵については何も分かっていないみたいだな」

 

その物言いに私は少しカチンとくる。

 

「ほう、私はこれでも勉強家だ。誰よりも巨神兵についても学んでいるぞ」

 

「それならさっき言っていた卵が孵った何かの拍子について、推測とかないのか?」

 

「ふむ、そうだな……例えば地熱で孵ったとかか?」

 

「そんなんで孵るならとっくの昔に孵っているだろう」

 

「むむ、それなら地殻変動で地中深く埋まっていたのが地上に押し出されて孵ったんじゃないのか?」

 

「周囲を見渡してもそんな大規模な地殻変動が起こった形跡はないぞ」

 

「うぐぐ、それじゃあ、それじゃあ……」

 

「それじゃあ、なんだ?」

 

「うう……」

 

「どうした? なにも思いつかないのか?」

 

「うるさーい!! 仕方ないだろう!! 腐海内でのことなんだから細かい事が分かるか!!」

 

細々とうるさい巨神兵を一喝する。

 

まったく、大きな図体をしているくせに細い事をいう奴だ。

 

私が説教をしていると、こいつは何を思ったのか突然頭を撫でてきた。

 

「子供扱いするでないわ!!」

 

私は再び一喝した。

 

 

 

 

説教がひと段落した所で仕切り直しといこう。

 

「うむ、それでそなたの正体が分かったところで、私も自らの立場を明らかにしよう」

 

私の言葉に彼の顏がこちらに向いた。

 

彼にとって、人間世界での私の立場など意味がないかもしれないが、現状では数少ない交渉材料だった。

 

トルメキアの皇女だという事で彼の興味を引き、完全に味方に引き込めなくても、この腐海から脱出するまでは友好関係を築きたいと考えている。

 

先ほどまでの蟲共との戦闘を思い返せば、それしか我らが生き残る方法はないだろう。

 

「私はトルメキア王国第一皇女、クシャナ。先ほどは危ういところ助力いただき感謝する」

 

私は心からの誠意を込め彼に頭を下げる。

 

王族らしからぬその行為に、後ろで部下達が騒つくが黙殺した。

 

この瞬間こそ、われらの生死を分ける分水嶺となる。

 

私は深く頭を下げたまま、彼の言葉を待った。

 

それは数秒だったのかもしれないし、数分だったのかもしれない。

 

けれど、私にとっては数時間にも感じられた長い時間だった。

 

そして、ついに彼が口を開いた。

 

「皇女……つまり、姫様か! 初回イベント無事クリアって事だな!」

 

 

――意味不明だった。

 

 

 

 

ジロジロと彼に見つめられる。

 

その視線からは悪意は感じられず、純粋な好奇心だけを感じた。

 

「ほう、これが本物の姫様か。姫様なのにドリルヘアじゃないんだな」

 

ドリルヘアとは……?

 

彼の視線が私の頭に向いているようだから、髪型の事だろうか?

 

私の髪は訓練の邪魔にならないように編み込んでいる。もちろん、兜を被るためでもある。

 

「なるほど、兜を被るために編み込んでいるんだな。ところで、後ろの奴らも付けているけど、そのマスクはなんだ?」

 

「これは防毒マスクだ。これが無ければ、数分で腐海の毒で肺が腐るぞ」

 

「なんだと!? じゃあ、俺はどうなるんだ! 防毒マスクなんて持っていないぞ!」

 

私の言葉に彼は驚いたようだ。

 

慌てて、自分の口を抑える様がなんだか可愛らしく思えて笑みが零れた。

 

「ふふ、そなたは大丈夫だろう。伝説の巨神兵なのだし、それに別段体に異常は感じていないのだろう?」

 

もしも巨神兵に腐海の毒が効くのなら、彼はとっくに死んでいるだろう。

 

これまで無事だったのだ。

 

巨神兵に腐海の毒は無力だと考えていいだろう。

 

「なるほど、巨神兵は呼吸器官が強いという事だな。健康優良児でなによりだ」

 

こ、呼吸器官がつよい……?

 

まあ、たしかにそういう事なのだろう。

 

それにこやつは生まれたてのようだから、健康優良児というのも正しいのだろう。

 

だが、しかし……

 

なんというか、世界を焼いたと伝えられている存在であり、恐怖の代名詞として恐れられている巨神兵を表す言葉として、ソレが適切なのかと疑問に思うのだが。

 

少し考え込んだせいか、彼が私の顔を覗き込むように顔を寄せてきた。

 

近くで見た彼の目が、私を気遣う色を帯びていることに気づく。

 

ふふ、どうやら私は先入観とやらに囚われすぎていたようだ。

 

巨神兵にまつわる伝説など所詮はお伽話に過ぎない。正しい記録などトルメキア王国にすら残されていないのだ。

 

カビの生えた伝説などより、目の前にいる彼を正しく見て判断するべきだろう。

 

そして、私の直感は彼を優しい心を持つ者だと告げている。

 

それだけで十分だ。

 

「すまない。少し考え事に集中していたようだ。それで話はなんだったかな」

 

「いや、話は別にいいんだが、それよりも考え事ってなんだ? なにか心配事なら相談にのるぞ」

 

無視をする形になってしまった彼に謝罪をするが、彼はそんな事を気にもしていない。そればかりか私の事を心配までしてくれる。

 

 

「ああ、実は私達が乗っていた艦艇が墜落してしまってな……」

 

 

ふふ、僅かなやり取りでも分かる。

 

 

「それで、救援がくるまでこの腐海で……」

 

 

彼は善良な人間……でなく、善良な巨神兵なのだろう。

 

 

「それなら俺が救援がくるまで護衛をしてやるよ。なんならついでに国まで送っていこうか?」

 

 

魑魅魍魎が蠢く王宮で、謀略と策略と共に生きてきた私とは真逆な存在だ。

 

 

「それは助かる。国に帰ったなら必ず礼をしよう」

 

 

私はそんな善良な人間……じゃなくて巨神兵を利用することしか考えていない。

 

きっと私は碌な死に方をしないだろう。

 

憎悪と怨嗟の声を向けられながら破壊と絶望を撒き散らす最悪の魔女として、最後は朽ち果てることだろう。

 

だがそれでも、そんな魔女を信じてくれる者達がいる。

 

最悪な魔女でしか、成し遂げられない事がある。

 

血みどろの道を歩くには理由がある。

 

そう、たとえこの善良な巨神兵を……

 

 

ゴオーン!!

 

 

その時だった。エンジン音を響かせてドルクの艦艇が姿を現した。

 

「殿下っ、ドルクの艦艇が!」

 

「まさか腐海の中まで追ってきたのか!?」

 

「あれが姫様の艦を落とした敵か。なるほど、突発イベントだな。では――落ちろ! 蚊トンボ! ハイメガ粒子砲!!!!」

 

私の頭上にあった巨神兵の口から凄まじい炎が放たれる。それは二度目で慣れたのか、一度目よりも収縮された高密度の炎のように感じられた。

 

 

ドゴォオオオオーーーーッンン!!!!

 

 

その凄まじい炎が命中して、ドルクの艦艇は一瞬も耐えられずに大爆発を起こした……もちろん乗組員達は全滅だ。

 

その破壊は、一切の牽制も警告もなく躊躇なく成された。

 

 

こ、こいつ――

 

 

 

「フハハハハッ、汚い花火だぜ!」

 

 

 

――悪い巨神兵だ!!

 

 

 

 

 

 

 




ついに暴かれた巨神兵の邪悪なる本性!
その暴虐なまでの毒牙は、ついには可憐なる殿下にまで向けられる!
忠実なる部下達は殿下を守り抜くことが出来るのか!?
次回っ『進撃の巨神兵!』乞うご期待!!

注意:次回内容は予告なく変更となる可能性があります。ご了承をお願いします。


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トルメキアの白い魔女〜生還〜

自分では人を見る目があると思っていたのだが、その自信がぐらついた。まあ、今回は人ではなく巨神兵なわけなのだが。

 

こいつは善良な巨神兵だと思っていたが、そんな事はなかった。

 

確かに私達にとっては殺すべき敵であるドルクだが、こいつにとってはそうでは無い。

 

出会ったばかりの私達と、今のドルクはほぼ同じ立場のはずだ。

 

いくら先に私達と出会って、私達の艦を落とされたと聞いていたとしても、こいつがドルクの艦を問答無用で破壊する必要はなかったはずだ。

 

ドルクも巨神兵の存在に驚いていたのだろう。攻撃は一切してこなかった。

 

こいつには、ドルクと敵対する理由がなかった。

 

それなのにこいつは、私から見れば嬉々とした様子で迷いなくドルクの艦を破壊した。

 

正直、少し怖くなった。

 

言っておくが、ちびってはいないぞ。

 

ただ、その破壊の矛先が私達には向かないとは決して言えないのだ。

 

フハハハハッと高笑いを続けるこいつの事が、少し怖くなっても仕方ないだろう。

 

そんな事を考えていたら突然誰かに頭を撫でられた。

 

驚いて顔を上げると、そこには大きな指先で器用に私の頭を撫でる巨神兵の姿があった。

 

「姫様の敵は倒したから安心してくれ」

 

放たれた声は、間違いなく優しい響きを帯びていた。

 

その優しい声のお蔭で、彼の想いを察することが出来た。そして自分の浅はかな考えに羞恥を覚えて私は俯いた。

 

そう、全ては私の為だったのだ。

 

彼は出会ったばかりの小娘を、その全力で守ってくれたのだ。

 

彼は出会ったばかりの小娘の敵を、その全力をもって倒してくれたのだ

 

彼は出会ったばかりの小娘のことを、その利害も損得もなにもかもを斟酌などせずに助けることを選んでくれたのだ。

 

何故彼がそこまで出会ったばかりの小娘のことを思ってくれるのかは分からない。

 

ただ私の胸の中が、温かい気持ちで満たされていくことだけは分かった。

 

彼の指先から感じる温もりは、少しだけ母上の手の温もりに似ていると感じた。

 

ふと、彼の呟く声が聞こえてきた。

 

それは思慮深さを感じさせる響きをもち、不思議と心に染み込んでくるようだった。

 

「うんうん、これで出会いイベントと突発イベントはクリアしたな。次の護衛イベントをクリアしたら、いよいよ姫様の素顔お披露目イベントだな。ククク、きっと美少女に違いない。楽しみだな」

 

 

……前言撤回だ。

 

 

こいつの声は軽く落ち着きがない。そしてその指先はゴツゴツとしていて撫でられている頭が痛いだけだ。

 

 

「ええい、頭を撫でるでないわ!」

 

 

やはりこいつは、悪い巨神兵だな。

 

 

ふん、何が美少女に違いないだ。

 

 

勝手にハードルを上げるでないわ!!

 

 

 

 

数時間後、陣地からの救援部隊が到着した。

 

待っている間、あいつか時々、蟲共をパチンと潰すだけで特に問題は発生しなかった。

 

到着した部下達は巨神兵の姿に腰を抜かさんばかりに驚愕していた。

 

 

本当に腰を抜かせば良かったのに――

 

 

――そう思ったのは内緒にしよう。

 

 

さあ、帰還するぞ。といった際に問題が発覚した。

 

救援部隊は移動速度を重視した構成だったため、巨神兵を乗せられるほどの積載量を持つ艦がなかったのだ。

 

まったく、私は疲れて眠いというのに余計な手間を取らせる奴だ。

 

本人……いや、本巨神兵を含めて相談をする事にしよう。

 

「全部の艦にロープを繋げて、そのロープに俺がぶら下がる案はどうだろう?」

 

「ふむ、艦艇を固定するためのワイヤーを使えば可能かもしれんな」

 

「いやいや、殿下 待って下さい。確かに全ての艦艇の積載量を合計すれば数値上は可能ですが、そんな不安定な飛行は不可能です」

 

「おいおい、天下のトルメキア王国の敏腕操縦士が情けない事を言うなよ。ここは腕の見せ所だろう?」

 

「ふむ、確かに集団飛行はトルメキア空軍が得意とするところだな……しかし眠たいな」

 

「いやいや、殿下 待って下さい! 確かに編隊を組んでの飛行訓練は行っていますが、編隊で巨神兵を吊るす訓練など行っていません。どんな不測の事態が起こるかは不確定なのですよ。そんな危険は冒せませんよ」

 

「もう面倒臭いから、俺の極太ビームで腐海を焼いてトルメキア王国まで道を作るか? そうすれば歩いて帰れるぞ」

 

「ふむ、あの威力ならあながち不可能とも言えんか……そろそろ寝てもよいか?」

 

「いやいや、殿下!? ちょっとは真面目に考えて下さいよ! そんな事をすれば大海嘯が発生しかねませんよ!」

 

「ククク、大海嘯など俺が吹き飛ばしてやろう。ところで、大海嘯ってなんだ?」

 

「ふむ、頼りになることだ。大海嘯とは主に王蟲の大群による蟲共の大移動のことだ。それによっていくつもの都市が腐海に飲み込まれている。まあ、大海嘯を吹き飛ばせば問題なかろう……クゥ…」

 

「いやいやっ、殿下!! 本当に寝ないで下さい!!」

 

 

目覚めると空の上だった。

 

「あやつはどうしているのだ?」

 

自室から艦橋に向かう。そこで近くにいた部下に尋ねた。

 

「はい、自力で飛んでおられます」

 

「なに!? 飛んでいるだと!」

 

部下の想定外の言葉に私は驚く。

 

慌てて周囲の空を見渡すと、背中から光の羽のようなものを発しながら空を飛ぶあいつの姿が見えた。

 

「飛行能力まであるのか。巨神兵というのは」

 

空を飛ぶ巨神兵。

 

その圧倒的な迫力に私の思考が加速する。

 

これほどの存在が本当に私の味方についてくれたなら。

 

本当にトルメキアを……!!

 

そう考えざるを得なかった。

 

この力を得ることが出来るのなら、私は悪魔にでも魂を売るだろう。もしもこの身を欲するのなら私は……

 

「殿下、ご無礼を承知で申し上げます。我らでは不足でしょうか?」

 

突然、傍の部下から声をかけられて私は正気を取り戻す。

 

私は今、何を考えていた?

 

「殿下が進むは血に濡れた道だと承知しております。我らもその道を殿下の忠実な僕として歩むと誓いました。我らの忠誠、決して巨神兵の力にも劣らぬと自負しております。ですから、殿下はただ真っ直ぐに前へとお進み下さい。雑多な思いになどに囚われることはありません」

 

普段は冷静で寡黙な部下が饒舌に言葉を紡ぐ。

 

「それに巨神兵の力を欲するなら、我らの時と同様に殿下の想いをそのままに告げれば良いかと愚考します」

 

「貴様の時と同様にだと?」

 

はて? 私はこいつらに何か特別なことを言っただろうか?

 

部下の言葉を待つが、これ以上は何も言う気がないらしく、再びいつものように口を閉ざした。

 

ふう、仕方ない。

 

「分かった。小細工も駆け引きもなしだ。あやつとは本音で語り合おう」

 

 

 

 

――そんな皇女殿下の顔を見つめながら、いつも冷静で寡黙な部下は思い出していた。

 

 

“貴様らは国のためにではなく、

 

むろん金や名誉のためにでもなく、

 

ただ私のために死ね。

 

その貴様らの屍を踏み越えて、

 

私がトルメキアを変えてみせると、

 

ここに誓おう”

 

 

幼き皇女殿下が精一杯に胸を張って、下級国民にすぎない部下達の前で高らかに宣言して彼らを魅了したあの日のことを――

 

 

 

 

 

 

 




殿下はまだ10歳です。
おねむの時間なのです。


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トルメキアの白い魔女〜友情〜

タイトルを変更しました。


「単刀直入に言おう。そなた、私に仕える気はないか?」

 

謀略も策略もなく。

 

「この血塗られた世界を共に歩んではくれぬか」

 

私は彼に対して、己の想いを口にする。

 

「そなたとなら、私は己の望む世界を得られると確信している」

 

私は両手を広げ、彼に言い放つ。

 

「我と共に来い! さすればそなたが見たこともないこの世界の地平線を見せてやろう!」

 

ただただ私は己の心をさらけ出す。

 

「我と歩む道は茨の道だ。されど絶望はさせぬ。後悔もさせぬ」

 

小さきこの身では他に差し出せるものなど何もない。

 

「その生涯の幕を閉じるとき、笑って死ねると約束しよう」

 

私は笑みを浮かべて、自らの右手を差し出す。

 

「もう一度、言わせてもらおう。我と共に来い!」

 

彼がこの右手を握り返してくれる事を信じながら。

 

 

 

 

交換条件でお嫁さんが欲しいと言われた。

 

うう、ナニのサイズってアレのことなのか!?

 

私も王族として、将来、嫁に出されたときの為に少しずつそういった教育も受けているが、いくら何でも今の私にそんな話題を振るのは早すぎるだろう!?

 

あいつは馬鹿なのか!?

 

デリカシーは無いのか!?

 

むしろ死んでしまえ!!

 

私はハァハァと息を乱す。

 

「殿下、落ち着いて下さい。きっと彼はひとりぼっちで寂しいのでしょう。ですからあの様な言葉が出たのですよ」

 

部下の言葉に私は眉をひそめる。

 

「あの馬鹿がそんな繊細なのか?」

 

所詮は男などスケベで自分勝手な生き物だ。

 

そんな生き物が……そういえばこいつも男だったな。

 

男同士というのは、妙なところで連帯感を発揮するからな。

 

決して油断はできん。

 

私を宥めるこの普段は冷静で寡黙な部下も、一皮剥けばただのスケベだろう。

 

スケベがスケベを擁護する。

 

うむ、あり得そうな話だな。

 

おのれ! 我が部下でありながら敵に与するとは、このムッツリスケベめ!!

 

「あの、殿下? なぜか私を見る視線の温度が下がった気がするのですが?」

 

ふんっ、ムッツリスケベの言葉など聞く耳持たぬわ。

 

私はムッツリスケベを追い出して、数少ない女性兵士を呼ぶことにした。

 

「ムッツリスケベは部屋を出て行け。たしかお前の配下に女性下士官がおったな。そいつを代わりによこせ」

 

「む、ムッツリスケベ!? お待ち下さい、殿下! そのような不名誉を賜るぐらいならば無能と罵られた方がマシというもの! 私の話を聞いて…ちょ!? お前、押すんじゃない! 俺はお前の上官だぞ!」

 

どこからともなく現れた女性下士官が、ムッツリスケベを問答無用に部屋から追い出しにかかってくれた。

 

「はいはい、殿下の思し召しですよ。さっさとムッツリスケベは出ていって下さいな。いつかは何かをやらかすと思っていたんですよ。殿下、男なんて全員、どスケベですからお気をつけて下さいね」

 

どスケベ!?

 

スケべに“ど”までつくのか!

 

やはり男など油断が出来んのだな。

 

私はまだ子供ゆえにあまり気にしていなかったが、やはり気をつけるべきだな。

 

「よし、これからはそなたを側に置くことにしよう。よろしく頼むぞ」

 

「はっ、我が身命を賭して殿下にお仕え致します!」

 

私は、かつては冷静で寡黙だと思っていたが、その本性はムッツリのどスケベだったと判明した男の代わりに、この女性下士官――赤毛で凛々しい雰囲気の女性を側に仕えさせることにした。

 

「おのれえ!! 謀ったなっ、貴様っ!! 俺がこの手を血に染めてまで手に入れたっ、殿下のお側仕えの任を狙っておったな!!」

 

「ふふ、あなたが悪いわけじゃありませんよ。呪うなら己の生まれの不幸を呪いなさい」

 

「なんだとっ!!」

 

「あなたは良い上官でした。ただ、どスケベな男に生まれた運命が悪いのです。では、お達者で」

 

「おのれえーっ!!」

 

荒れ狂うどスケベな部下は、赤毛の部下につまみ出された。

 

「あの冷静で寡黙だった男が、あれほど荒れるとはこの目で見ても信じられんな」

 

「殿下、本当にお気をつけて下さいね。男など全員が飢えた狼と変わりはしないのですよ。私は前々から心配しておりました。殿下は可憐で魅力的ですから、いつかどスケベな男がトチ狂うんじゃないかと心配で心配でたまりませんでした」

 

胸を押さえながら悲痛そうな表情になる赤毛の部下。彼女の言葉からは、私を心配する気持ちが痛いほど伝わってきた。

 

「そうだったのか、どうやら随分と心配をかけたようだな。本当にすまぬ」

 

「いいえっ、私などに謝らないで下さい! 全ては殿下に無用な御心労をかけた男という生き物が悪いのです! ですが、これからは私が一生お側でお守り致しますゆえご安心下さい」

 

赤毛の部下は深く頭を下げる。

 

「うむ、そなたの忠誠を嬉しく思うぞ」

 

「はっ、勿体無いお言葉ありがとうございます!」

 

うむ、獅子身中のどスケベは排除できたが、しかしあやつのお嫁さん問題はどうすれば良いだろうか?

 

「殿下、発言をお許し願えますか」

 

赤毛の部下がビシッと右手をあげる。

 

「許そう、なにか妙案でもあるのか?」

 

「はい、あの巨神兵はお嫁さんをご要望とお聞きしましたが、生まれたばかりの巨神兵がお嫁さんを望むとは思えません」

 

「ほう、たしかに私も不自然には感じたな」

 

どんなに知性が発達した状態で生まれたといっても、あやつは本当に生まれたてだ。

 

いきなりお嫁さんと言い出すのは無理があるだろう。

 

「恐らくはあの巨神兵は仲間がおらず、寂しいのではないでしょうか?」

 

「寂しいか……そういえば、どスケベな男も同じような事を言っていたな」

 

「そうだったのですね。では、男と女の意見が一致したわけです。これはほぼ間違い無いでしょうね」

 

「うむ、そうだな。仲間がおらず寂しいと思う気持ち……私も分からぬわけでは無い」

 

「殿下……」

 

不用意な私の言葉に赤毛の部下の顔が曇る。

 

「すまぬ、今の言葉は忘れてくれ」

 

「……殿下っ」

 

赤毛の部下が突然近付き抱きしめてきた。

 

互いの身長差のため、私の顔は赤毛の部下の柔らかい胸に沈む。

 

私は黙ってそれを受け入れる。

 

彼女は私の頭を抱きしめたまま語りかけてきた。

 

「殿下が負われている運命は、とても過酷で非情なことは重々承知しております。

私達では僅かにそのお手伝いをする事が精一杯です。

殿下の運命を共に背負い、共に歩めるほどの力は今まで誰も持ち得ませんでした。

それゆえ、殿下が孤独に苛まれることを止めることもまた私達では不可能でした。

ですが、殿下……」

 

赤毛の部下は私の目をじっと見つめた。

 

「殿下が歩まれる道は、破壊と暴力に彩られたものです。

その道を殿下と肩を並べて歩めるほどに力のある人間など、この世界にはいないでしょう。

ですが彼ならば違います。

かつて世界の全てを焼いたと伝えられる邪悪なる一族。

その真偽は定かではありませんが、彼ならば殿下と肩を並べることが出来ます。

そして殿下の過酷な運命すらも容易く砕いてしまう。

私にはそう思えます……それに」

 

それまで真剣な顔をしていた彼女の表情が、悪戯を思いついた子供のような笑顔に変わった。

 

「ふふ、それにトルメキア皇女と彼――巨神兵との友情なんて、まるでお伽話みたいで素敵だと思いませんか?」

 

友情。

 

それは、私には生涯無縁だと諦めていた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

彼は一人夕陽を見ていた。

 

誰も彼に近付けなかった。

 

誰も彼と並び立てなかった。

 

私は一人、彼の元へと歩いていく。

 

彼の横に立ち、共に夕陽を見ながら告げる。

 

「お嫁さんは無理だが、友達になら私がなってやる」

 

彼は少し驚いたように私の方に顔を向けた。

 

私もまた彼へと顔を向ける。

 

彼と私の視線が絡み合う。

 

私は静かに右手を差し出した。

 

 

「私と共に生きよう。我が戦友(友達)よ」

 

 

彼は黙ってその右手を差し出して――私の頭を指先で撫でた。

 

 

 

「ええい、子供扱いするでないわ!!」

 

 

 

この日、私に生まれて初めての友達ができた。

 

 

 

 

 




信頼していた部下に裏切られて傷心の姫様でしたが、初めての友を得て立ち直れました。本当に良かったです。


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トルメキアの白い魔女〜凱旋〜

トルメキアは、辺境の諸国群が盟主として崇める強大な王国だ。

 

そのトルメキアと覇を競うは、皇帝領、7つの大侯国、20余の小侯国と23の小部族国家での計51か国から成り立つ土鬼(ドルク)諸侯国連合だ。

 

彼の国の軍事力はトルメキアと拮抗しており、決して侮ることなど出来ない存在だった。

 

だが、私にとってはそんな敵対国家よりも恐ろしい敵が存在していた。

 

私は自らが生き残るため、そしてこの国の民達を救うために命を賭してその存在と戦うことを誓った。

 

その存在とは――

 

 

――我が兄上達だ。

 

 

 

 

 

辺境視察の任務を完了した私達は本国へと出立した。

 

巨神兵の存在は本国に秘匿しているため、彼には自力で飛行するのではなく、大型輸送艦バカガラスに乗艦してもらった。

 

巨神兵は私にとって切り札になる存在だ。迂闊に露見させる訳にはいかない。

 

兄上達の影響力が強い軍の上層部に知られることになれば、未だ軍での影響力が弱い私から巨神兵を取り上げるなど容易い事だろう。

 

確実に巨神兵を私のものと認めさせる為には策を練る必要がある。

 

「その上層部の奴らを一箇所に集めて極太ビームを撃ち込んでやれば万事解決だな」

 

「なるほど、それは良い考えですね。きっと気分もスカッとすると自分も思います」

 

「そなたら、真面目に考えておるのか?」

 

巨神兵()と赤毛の部下の会話に頭が痛くなる。

 

いくら腐った上層部といえど、正当な理由なく暴力で排除すれば必ず反発を招く。

 

下手をすれば国を割るほどの事態に拡がるだろう。

 

「反発してきた国半分に俺の必殺ビームを撃ち込めば万事解決だな」

 

「なるほど、殿下に仇なす不忠者共には相応しい末路ですね」

 

「そなたら、少しは真面目に考えてくれぬか?」

 

巨神兵()と赤毛の部下の会話にお腹が痛くなる。

 

私には、私個人に忠誠を誓ってくれた多くの配下がいた。

 

だが惜しむらくはその配下達の多くは脳筋だ。

 

僅かな例外も戦略・戦術に特化しているため、政争には使えなかった。

 

この赤毛の部下も人情味溢れる気持ちのいい人間だが、問題解決の手段はやはり脳筋だった。

 

とはいっても、兄上達の配下のような謀略と策略を巡らせることが生き甲斐のような人間を配下に据える気など起きなかった。

 

「それにしてもこの輸送機の格納庫は広いな。巨神兵()が後、10人は入れるんじゃないか?」

 

「10人? もっと入ると思いますよ?」

 

「いやいや、居住空間を考えれば10人でも多いぐらいだぞ」

 

「なるほど、その巨大なベッド等を考えれば納得ですね」

 

格納庫には巨神兵()が手製した巨大なベッドとソファ、それにテーブルが置かれていた。

床には絨毯まで敷かれており、非常に居心地のいい空間に仕上がっている。

 

「戦いの事ばかり考えてちゃダメだぞ。潤いのある生活を送る事で生きる為の活力が湧くんだからな」

 

「……考えさせられる言葉ですね。確かに頭の中が戦いの事で溢れている殿下の私生活を拝見すれば納得できる意見です」

 

「友達と遊ぶこともなく、危険な謀略ばかり考えているもんな。このままだと将来が心配だぞ」

 

「あの、実は殿下の御友人と呼べるのは、巨神兵(貴方)しか居ないのです。ですからどうか、暇な時だけで構いませんから殿下と遊んであげて貰えませんか?」

 

赤毛の部下は縋るような表情で巨神兵に願いを口にする。

 

「そうだったのか……よしわかった。姫様の情操教育は俺が請け負うぞ!」

 

「ありがとうございます! 私に出来ることがあればなんでも仰って下さいね!」

 

「ああ、遠慮なく頼らせてもらうぞ!」

 

「はい、お任せ下さい!」

 

巨神兵はその右手の指先を差し出す。赤毛の部下はその指先を強く握った。

 

巨神兵と人との友情を思わせるその姿は、私の心を激しく揺さぶった。

 

「貴様っ、私が握手をしようとしたら頭を撫でるくせしてそいつとは普通に握手をするのか!!」

 

ムカついたので、私は巨神兵(馬鹿)をボコボコに殴りまくった。

 

まったく、これに懲りたら反省しろ!!

 

 

「殿下のポコポコパンチ……私もして欲しい」

 

なぜか赤毛の部下が、殴られる巨神兵(馬鹿)を羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

もうすぐ本国に到着する。

 

結局、良いアイディアは浮かばなかった。

 

所詮は私など無力な小娘ということか。

 

「ほう、高層ビルが多いな。トルメキアは随分と発展しているんだな」

 

「高層ビル? ああ、あの廃墟のことか。あの建物は遥か昔から建っているそうだが、誰も住んではおらん。ただの崩れかけた置物にすぎんよ」

 

「そうなのか……うん、良いデモンストレーションを思いついたぞ!」

 

「いや、やめろ。貴様が思いつくような事は絶対にロクでもないことに決まっているからな」

 

ポンと手を叩く巨神兵(馬鹿)に釘をさす。

 

これから苛つく軍の幹部との交渉が待っているんだ。余計なストレスは受けたくないぞ。

 

「大丈夫だ、姫様。俺の全力をもって成し遂げてみせるからな」

 

「だから待たんか! 貴様に全力など出されて堪るものか!」

 

私は全力で巨神兵(馬鹿)を止めるが、あいつは床に敷いていた絨毯を引っぺがすとマントのように纏ったと思うと私をその手で掬いとる。

 

「姫様は危ないから格納庫から出てくれ」

 

巨神兵(馬鹿)は私を格納庫の外に出すと扉を閉める。暫くすると振動と共に駆動音が聞こえてきた。

 

「まさか格納庫のハッチを開いているのか!?」

 

飛行中の機体のハッチを開く馬鹿はいないと思いながらも、心のどこかではハッチは開かれていると確信していた。何故ならあいつは本物の馬鹿だからだ。

 

ああ、お腹が痛くなりそうだ。

 

 

 

 

何処かから聞こえてきた音に男は周囲を見渡したが、特に音を発しているものは見つからなかった。

 

気の所為だったかなと、首を捻りながらも男はどこか腑に落ちない思いに囚われていた。

 

男はもう一度、耳を澄ませながら周囲を見渡す。

 

すると、男の耳は上空から聞こえる音を捉えた。

 

ああ、空からだったのかと納得した男は、深くは考えずに上空に顔を向ける。

 

 

「フハハハハハッ!! 俺、参上だああああっ!!!!」

 

 

黒い甲冑を纏った兵士が落ちてきた。

 

男は最初、そう思った。

 

聞こえてくる声はどこか愛嬌があり、男が危機感を持つ事はなかった。それには落ちてくる者が自国のトルメキア兵士に似ていたのも影響していた。

 

何かの訓練かな? そんな呑気な事を考えていた男はふと気付く。

 

落ちてくる兵士との距離はまだ随分と離れているように感じるのに兵士の姿がやけにハッキリと見えることを。

 

気になった男が観察していると、見る見る間に兵士の姿は大きくなっていく。

 

えらい大きな兵士だなあ。と此の期に及んでもその男は呑気な事を考え続けていた。

 

“ドゴーン”

 

信じられないほどの轟音はトルメキア王都全てに聞こえるほどに鳴り響いていた。

 

その轟音にトルメキア国民達は慌てて屋外に出ると轟音が聞こえてきた方角に目を向けた。

 

そして、彼等は驚愕する。

 

廃墟の天辺に立つ巨大な黒い兵士。

 

その身に纏った派手なマントが風に翻っていた。

 

腕を組み自分達を見下ろすその圧倒的な迫力に国民達の思考は停止する。

 

国民達が息を殺し見つめる中、巨大な黒い兵士はゆっくりとその顔を空へと向けた。

 

そこにはトルメキアの艦隊が飛行していた。

 

国民達は思い出す。

 

今日が自分達の敬愛する唯一の王族であるクシャナ殿下が帰還する日だった事を。

 

その時だった。

 

巨大な黒い兵士が雷鳴の如き咆哮を発した。

 

 

 

「我が忠誠を捧げるクシャナ殿下の凱旋である!! 」

 

 

 

咆哮と同時に、巨大な黒い兵士は天空に向けて大きく広がる焔を吐いた。

 

次の瞬間、国民達は息を飲む。

 

広がった焔はまるでオーロラのように天空を彩った

 

その中を悠々と飛行するトルメキア艦隊の幻想的な姿は国民達の心を魅了する。

 

 

 

魅了された心に熱い想いが届く。

 

 

 

「国民悉くは、我がクシャナ殿下を讃えよ!!」

 

 

 

再び響いた雷鳴の如き咆哮は――

 

 

 

――国民達の爆発的な喝采に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

その頃、少女は遠くから聞こえてきた歓声に自分の名が混じっていることに気付いた。

 

「あの巨神兵(馬鹿)、何をやらかしたんだ。 うう、またお腹が痛くなってきたよぉ」




クシャナ殿下の華々しい凱旋だあああっ!!


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トルメキアの白い魔女〜政争〜

仕事が再開して書き溜めも無くなりました。次からは不定期更新となります。


本国に帰還した私は巨神兵(馬鹿)と共にパレードに参加した。

 

もはやパレードでも行い、巨神兵(馬鹿)が自国の皇女の配下だと正式に喧伝しなければ、国民達の騒ぎは収まりそうになかったからだ。

 

圧倒的な熱狂に浮かされた国民達の歓声を、私は巨神兵(馬鹿)の胸の辺りに持ち上げられた彼の掌の上で、ちょこんと座りながら虚ろな目で聞いていた。

 

巨神兵(馬鹿)は愛想よく国民達に手を振る。その度に歓声が一際大きくなる。

 

「姫様も少しは手を振ったらどうだ? 王族は人気商売だろ、愛想良くした方がいいぞ」

 

頭上から小さな声が聞こえてきた。

 

知らなかった王族とは人気商売だったのか。

 

私は虚ろな目のまま手を振った。その私の動きに合わせて巨神兵(馬鹿)も手を振りやがった。

 

悲鳴のような歓声が湧き上がる。

 

「貴様、こんな騒動を起こしてこれからどう動く気なんだ。何か案はあるんだろうな?」

 

もはや完全に巨神兵(馬鹿)の存在は露呈した。

 

なぜか恐怖の代名詞ともいえる巨神兵の存在を恐れない国民達の様子に内心では安堵したが、これから軍部からの詰問が待っていると思うと気が重くなる。

 

いや、その前にヴ王から呼び出されるだろうか?

 

どちらにしろどう動くべきか方針を決めねばなるまい。

 

「姫様、何か言ったか? 周りがうるさくてよく聞こえないぞ。うーん、テレパシーとか使えないかな? 試してみるか」

 

また巨神兵(馬鹿)が何かをしようとしている。頼むからこれ以上、事態を悪化させることだけはしてくれるなよ。

 

『姫様、聞こえるか?』

 

『うわっ、頭の中から巨神兵(馬鹿)の声が聞こえるぞ!?』

 

『おう成功したな。これはテレパシー……念話といえば通じるか? 心の中で会話ができる俺の能力だな』

 

『心の中で……もう何でも有りだな、お前』

 

とんでもない能力だがもう驚く気も起きなかった。

 

『だがこれは便利だな。相手が考えている事が貴様には筒抜けだということだろう? 交渉事には圧倒的に有利になるぞ』

 

『……いや、それは無理だな。ほら、念話中は相手の心が自分の心に触れているような不思議な感覚があるだろ? これじゃあ、相手にバレるぞ』

 

『……なるほど、確かに何かが心に触れている感覚があるな。これが貴様の心ということか』

 

自分の中に感じる不思議な感覚。

 

別に不快感は感じないが、これは確かに相手に気付かれるな。

 

『うーん、それに俺は姫様以外とはあまり念話はしたくないかな』

 

『ほう、それはどういう意味だ?』

 

彼の言葉に私は心の中で首を傾げる。

 

念話を行うのは彼の負担にでもなるのだろうか? それならあまり多用はせぬ方がいいだろう。

 

『いや、腹黒いオッさんとかの心には触れたくないと思っただけだ。何だか心の汚さが感染りそうで気持ちが悪いだろ?」

 

『な、なるほど。酷い言い草だが、気持ちは分からんでもない。私もヴ王や兄上達の心などには触れたくないからな」

 

『だがまあ、これで姫様とのお喋りをいつでも楽しめるな。姫様の部屋は狭くて入れなかったからな』

 

『ククク、これほどの能力をただのお喋りで使おうとは、やはり貴様は変わっているな』

 

『そうか? だが便利だろ、寝る前のお喋りや内緒話に使えるぞ』

 

『フハハハッ、確かにその通りだな。それは便利で楽しそうだ』

 

『姫様、ちょっといいか?』

 

『どうした、急に真面目な雰囲気になったぞ?』

 

彼から伝わる雰囲気が変わった。何かあったのだろうか?

 

『もうすぐパレードが終わりそうだが、この後の方針とやらは決まったのか?』

 

『なんだと!?』

 

目の前に見えるパレードの終着点の王宮前では、軍幹部達が待ち構えているのが見えた。

 

もちろん方針など思いついていない。

 

『うう、お腹が痛くなってきた』

 

『姫様、大丈夫か? ウン◯を漏らしそうなら言ってくれよ』

 

『それが女の子に言う台詞か!!』

 

私は巨神兵(馬鹿)を殴ってやった。

 

ポカン。

 

 

 

 

地上に降りた私の前にズラリと並ぶトルメキア軍の幹部達。

 

彼らは、まるで私が親の仇だといわんばかりの凄まじい形相を浮かべていた。

 

私の背後には巨神兵が仁王立ちしている。

 

『お前はそこで待っていてくれ』

 

『分かった』

 

ここから(政争)は、私だけの戦場だ。彼を巻き込むわけにはいかない。だって、絶対にこいつは何かやらかすに決まっているからだ。

 

『絶対になにもするんじゃないぞ』

 

『大丈夫だ。俺を信じろ、俺はいつでも姫様を一番に考えているかな』

 

『……まあ、いいだろう。信じているからな』

 

『おうっ、俺に任せてくれ!』

 

非常に怪しいが、いつまでも黙っているわけにもいかない。ここはこいつを信じておこう。

 

私は幹部達に近付いていく。

 

「ただいま辺境の視察任務から戻りました」

 

幹部の一人が一歩前に出る。

 

「これはこれはクシャナ殿下。随分とでかい土産がある様ですなあ。しかし恐れ多くもクシャナ殿下の上官にあたる私めは、事前になにも聞いておりませんでしたが……まあ、いいでしょう。クシャナ殿下はまだまだ経験不足ですからな。今回の独断での行為は不問と致しましょう。後の事は私達で処理を行うゆえ、クシャナ殿下はゆるりと休暇でも楽しまれて下され」

 

やはり私から巨神兵を取り上げるつもりのようだ。だが、こいつを渡すわけにはいかぬ。

 

「それはどういう意味でしょうか? 後ろの者はあくまでも私個人が召し抱えた者です。それをトルメキア軍に引き渡せと言っているように聞こえるのですが」

 

「おやおや、どうもクシャナ殿下は公私混同をされていらっしゃるようですな。軍事行動中に現地徴用した兵士は個人ではなく、軍に所属することは当然ですぞ」

 

「何を仰るかと思えばそんな事ですか。どうやら勘違いされているようですね。彼は現地徴用した兵士ではなく、たまたま現地にて私個人に仕えたいと申し出てきた者です。そして私は彼を雇うことに決めました。ただ、王都まで来るのにトルメキア軍の艦艇に同乗させたことを公私混同と言われれば返す言葉もありません。私としては、その程度のことは現地指揮官の裁量内と認識しておりましたゆえ」

 

「ふむふむ、クシャナ殿下の言うことは分からなくもない。だが、クシャナ殿下個人で兵士を雇うと言ってもトルメキアでは個人での兵力の所有は認められておりませぬ。全ての兵力は偉大なるヴ王陛下のものです。たとえクシャナ殿下が王族であろうともそれは変わりませぬな」

 

「何を言っておる? 後ろの者は兵士ではなく、執事として雇ったのだ。うむ、どうやら根本的に勘違いされておられたようだ。しかしこれで勘違いは解消されましたな。では私はこれより休暇となりますゆえ、失礼させていただきます」

 

とにかくこの場を離れる必要があった。多少、強引にでも自分の屋敷に戻り体勢を整える時間が欲しい。

 

私は踵を返し立ち去ろうとした。

 

「待たれよ、クシャナ殿下」

 

その私の肩を幹部が掴む。やはりそう簡単に帰してはくれぬか。

 

私が再び口を開きかけたとき、

 

“ビシッ”

 

巨大な指が、私の肩を掴んでいた幹部を弾いた。

 

「…………え?」

 

吹き飛ばされた幹部は、後ろにいた他の幹部達を巻き込んで倒れた。

 

「…………え?」

 

混乱した私は呆然とその状況を眺めるだけだった。

 

「超極太ビーム!!!!」

 

そして巨神兵(馬鹿)が王宮めがけて巨大な炎を放った。

 

「…………え?」

 

轟音と共に放たれた炎は、王宮の屋根の一部を消滅させながら天空へと伸びていった。

 

それまで王宮前の広場で歓声を上げ続けていた国民達の声が止む。

 

そして巨神兵(馬鹿)が威圧感のある声を発する。

 

「誰であろうとも、我が敬愛するクシャナ殿下に汚い手で触れることは許さん。次は問答無用で吹き飛ばすぞ」

 

誰も動かなかった。いや、動けなかった。

 

かつて世界を滅ぼしかけた邪悪なる一族の末裔。

 

その言葉がこの場にいる全て者達の胸に浮かんだ。

 

静まり返る王宮前。

 

そして私は――ブチ切れた。

 

 

「貴様は!! 本当に!! 本物の!! 正真正銘の!! 大馬鹿なのか!!」

 

 

私は国民達の前だという事も忘れて、本物だった巨神兵(大馬鹿)を怒鳴りつけながら殴りまくる。

 

 

“ポカポカポカポカポカ”

 

 

「ひ、姫様っ、ちょっと待ってくれ! 俺は姫様の為を思ってだな! 決して悪気があったわけじゃないんだ!」

 

 

「悪気があってたまるか!! この大馬鹿が!!」

 

 

“ポカポカポカポカポカ”

 

 

「わ、分かった! 分かったから!」

 

 

「む? 何が分かったのだ。言ってみろ!!」

 

 

「姫様は建物を壊したから怒っているのだろう? ちゃんと次からはビームではなく蟲のときと同じようにパチンとするからな!」

 

 

「全然分かっとらんわ!!」

 

 

“ポカポカポカポカポカ”

 

 

「待ってくれ! 次は本当に分かったから待ってくれ!」

 

 

「ハアハア、じゃあ言ってみろ!!」

 

 

「姫様、大丈夫か? 息が切れているぞ」

 

 

「貴様のせいだろうが!!」

 

 

“ポカポカポカポカポカ”

 

 

「うわ!? 心配したのに殴られるのか!?」

 

 

「うるさーい!! 全部お前が悪いんだー!!」

 

 

 

 

大馬鹿を正座させて説教をしている最中に、ふと正気に戻った。

 

ソーッと王宮前の広場へ目を向けると、国民達は目を点にして呆然としていた。

 

次は王宮側にソーッと目を向けると、既に幹部達は居なくなっていた。

 

幹部達が消えたのは幸いだが、なんとか国民達を誤魔化す必要がある。

 

うーん、うーん、うーん。

 

そうだ!

 

いっその事、ここは何もなった様に振る舞おう。

 

大抵のことは堂々としていれば上手くいくものだからだ。

 

私は大馬鹿に念話で指示をした。

 

大馬鹿は立ち上がると、パレードの時と同様に胸の高さまで私を持ち上げる。

 

そして、私と大馬鹿は国民達に向かって揃って手を振った。

 

 

「国民の諸君、私の帰還パレードに参加してくれて嬉しく思うぞ! この者は私の新しい執事だ! 歓迎してやってくれ!」

 

「俺は姫様に忠誠を誓う少し体の大きい執事だ! これからよろしく頼む!」

 

 

しばらくの静寂のあと、国民達は再び大歓声を発した。

 

 

 

「うむ、上手く誤魔化せたようだな」

 

やはり堂々としていれば大抵のことは上手くいく。

 

歓声を発する国民達を見渡しながら、私は満足感と共に頷いた。

 

「いや、歓声というよりも笑われている気がするんだが?」

 

「やかましい! 余計な事を言うな、この大馬鹿が!!」

 

私は、今日何度目になるか分からないパンチを放った。

 

 

 

ポカン。

 




咄嗟の判断で窮地を乗り切った殿下は流石ですね。そして、女の子にうん◯の話題を振ったらヒンシュクを買うことが多いから気をつけようね。


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トルメキアの白い魔女〜第3軍〜

トルメキアの王都は、クシャナ殿下と巨神兵の話題でお祭り騒ぎになった。

 

もちろん、突如現れた巨神兵に恐怖心を露わにする人間も確かにいたが、パレードでの出来事の話が広まるにつれ巨神兵への恐怖心は薄れていった。

 

国民達から人気の高いクシャナ殿下に巨神兵という強大な存在が味方についた。

 

次期トルメキア王に、クシャナ殿下が大きく近付いたと歓喜した人間達で王都は溢れかえる。

 

そしてそれは王宮内でも同様だった。

 

良識のある官僚達は、以前から優れた資質をみせていたクシャナ殿下を支持していたが、彼らは兄殿下達を恐れていたため、クシャナ殿下への支持を口にはしなかった。

 

だが、今回の一件で状況は変わる。巨神兵という圧倒的な戦力を個人で保有したクシャナ殿下の立場が強まったのだ。

 

官僚達はこぞってクシャナ殿下の支持を口にした。

 

そして、元々クシャナ殿下への忠誠心を隠しもしない一部の兵士達はその熱い想いを大々的に喧伝していく。

 

加速度的に広まっていくクシャナ殿下の名声は、遂にはヴ王の耳にも届く。

 

それまでは幼い娘に対して興味を持っていなかったヴ王だったが、その高い評判に興味を示した。

 

極秘に娘について調査をさせたところ、高い能力と人望、そしてそれまでヴ王には報告されていなかった巨神兵の存在を知った。

 

実は、巨神兵をクシャナから奪い取ろうと画策していた軍の幹部達が結託して、ヴ王に巨神兵の存在を秘匿していたのだ。

 

その事実に激怒したヴ王は、この一件に関わった幹部達を全員処刑した。(この幹部達の背後にはある王族がいたが、その存在が公になる事はなかった)

 

その結果、多数の幹部を失ったトルメキア軍の再編が行われる事になる。

 

その一環として、ヴ王は巨神兵を得たクシャナを自分の親衛隊である第3軍の最高指揮官に任命した。

 

そうする事によって、ヴ王はクシャナを通じて巨神兵を己の戦力に組み入れる事を画策したのだ。

 

もちろんクシャナもそれは察していたが、彼女は自分が王位につくまではやむを得ないと割り切っていた。

 

こうしてクシャナは第3軍を手に入れ、クシャナを慕う兵士達は第3軍へと異動していった。

 

 

 

 

「なるほど、姫様は王位継承争いをしているのか。じゃあ、俺が姫様の邪魔になる腹違いの兄達を消してやるぞ」

 

「馬鹿か、貴様は。いや、貴様は大馬鹿だったな」

 

私の知らない所で巨神兵(大馬鹿)が暴走しないようにと、私が現在置かれている状況を彼に説明した。

 

その結果が先ほどの巨神兵(大馬鹿)の言葉だ。

 

まったく、こいつの常識の無さには呆れ返るしかないな。

 

「力による王位継承を行えば、今までの王と何ら変わらん。それではこのトルメキアを変える事はできんぞ。私はこのトルメキアを秩序ある平和な国に生まれ変わらせたいのだ」

 

この世界は、徐々に拡がる腐海によって人類の生存圏が狭まってきている。

 

それなのに各国を牽引すべき二大国家は互いに争いを繰り返し、トルメキアにおいては王族同士の争いが絶えない。

 

このままでは遠くない未来、人類は滅びるだろう。

 

私は人類の滅亡を食い止めるべく立ち上がる事を決意した。

 

もちろんそれは自分が生き残る為であることは否定しない。

 

だがそれ以上に私は、自分が生まれ育ったこのトルメキアを良い国へと生まれ変わらせたかった。

 

弱者でも笑って暮らせるような国にしたい。

 

きっとそれは、幼い頃から見続けてきた母上の姿から湧き出た想いなのだと思う。

 

私の母上は、トルメキア王家の正統たる血筋を受け継ぐ唯一の人間だった。

 

そしてそれゆえに母上を巡って王位を狙う男達の激しい争いが起こる。

 

王位を巡って血で血を洗う日々の中、母上の身に悲劇が襲った。

 

若き日の母上が、淡い想いを抱いていた男性が暗殺されたのだ。

 

その暗殺の犯人は未だに判明していない。

 

愛する男性を失い、無気力になった母上は血みどろの争いに勝ち残った父上と流されるままに婚姻した。

 

婚姻の日以来、泣き暮らす母上の姿を私は生まれた日から見続けていた。

 

私はそんな母上の姿を見て、幼心ながらに哀れに思った。

 

そして、母上のような女性を無くしたいと思った。

 

力ある者が強引に全てを得る国を変えたい。

 

力ではなく、公平な法によって成り立つ国にしたいと強く思うようになった。

 

そして、今の私はそれを成し遂げるだけの(巨神兵)を得た。

 

もちろん自分の矛盾は理解している。

 

力による統治を否定しながら、力による改革を行おうとしている。

 

もしも私が王となり、自分の理想を実現できたとしても、きっと後の世の歴史家は私の事を矛盾を孕む狂王と評するだろう。

 

だが、それは覚悟の上だ。

 

未来永劫に残る汚名を被ろうとも、私はこの国を変えると誓ったのだ。

 

そしてそんな私を信じて付いてきてくれる者達もいてる。

 

ならば私は前に進むだけだ。

 

たとえ、理想に向けて進む途中で倒れたとしても決して私は後悔しないだろう。

 

「ククク、姫様が倒れることなどあり得んぞ。姫様の敵は俺がこの地上から物理的に消してやるからな」

 

「だから露骨な暴力の行使はやめろと言っているんだ!!」

 

駆け引きの為の威圧や、戦争時なら兎も角、直接的な暴力の行使はダメだ。

 

そのような行為を行えば、私が死んだ後に悪影響を及ぼす。

 

法による統治など所詮は仮初めだと思われ、再び力による争いの時代に逆戻りするだろう。

 

それでは意味がなかった。

 

私は根本的にこのトルメキアを新しい秩序が支配する国にしたいのだ。

 

「貴様に言っておくが、勝手な暴力は許さぬからな」

 

「それなら安心してくれ。俺は基本的に平和主義だからな。暴力は嫌いなんだ」

 

「え……?」

 

想定外の答えに私は呆然とする。

 

何かあれば炎を吐きまくるこいつが平和主義だと?

 

「それでも俺は姫様の味方だからな。姫様の為なら暴力も辞さない覚悟はあるよ。最も暴力なんて振るった事のない俺がどこまで役に立つか分からないけどな」

 

そう言って、照れ臭そうに頭をかく巨神兵(大馬鹿)の姿をもう私は見ていなかった。

 

つまりこいつにとっては、強靭な蟲を潰したり、強力な炎を撒き散らすのは暴力の内に入らないという事なのか?

 

その恐ろしい事実に私は戦慄する。

 

こいつが意識して振るう暴力とは、どれほどの規模になるのだろう?

 

トルメキアのあった場所に広がる広大な更地。

 

それを想像した私に一つの考えが浮かんだ。

 

「そうだ。冬眠をしよう」

 

全てを忘れて、私は引きこもる事にした。

 

自室の布団はとても温かく、そして優しく私を包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

――3日後、赤毛の部下に布団を引っぺがされた。

 




殿下はパジャマ派ではなくネグリジェ派です。


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トルメキアの白い魔女〜叛乱〜

――クシャナ殿下、倒れる。

 

その凶報に、全てのトルメキア国民達は己の耳を疑った。

 

我欲にまみれた王族の中で、たった一人だけ真摯に国を想ってくれる可憐な王女殿下。

 

彼女の存在は、滅びつつある世界に怯えながら生きていた国民達にとって唯一の希望だった。

 

だが、その唯一の希望が倒れた。

 

そんな絶望的な状況に、トルメキア国民達の脳裏には様々なネガティブな思考が渦巻く。

 

終わらない戦乱。広がり続ける腐海の恐怖。蔓延る汚職。貧しく苦しい生活。減らされ続けるお父さん達のお小遣い。僅かなお小遣いを握りしめ、安酒場に通う自分達とは裏腹に、仕事の出来ない能無しで傲慢な貴族の上司達は高級酒場に行きやがる。

 

既にお父さん達の我慢は限界だったのだ。

 

その限界をギリギリで支えていたクシャナ殿下が倒れたとなっては、もうお父さん達を止めるものなどなかった。

 

 

“王都での叛乱”

 

 

それがトルメキアという国の――

 

 

――逃れられない運命だった。

 

 

 

赤毛の部下は、人生の春を謳歌していた。

 

その理由はさっぱり分からないが、なぜか自室に引き籠もられた王女殿下。そのお世話係を侍女連中との凄絶なキャットファイトの末、勝ち取ることが出来たからだ。

 

その代償として、彼女も肋骨を数本ほど折られたが得られた幸福と比べれば全く気にならなかった。

 

「はい、ア〜ンして下さいね。殿下」

 

「あ〜ん。もぐもぐ」

 

自室に引き籠もってからは、ベッドの中のみを生活の場とされた王女殿下。

 

通常はその姿は布団に包まれて見ることが出来ないが、食事時にはぴょこんと頭だけを出して下さる。

 

赤毛の部下は、まるで親鳥が雛に餌を与えるように甲斐甲斐しくア〜ンを繰り返す。

 

敬愛する王女殿下の愛らしい口元にスプーンを差し出すと、王女殿下は素直にパクついてくれる。

 

その悶えるほどに愛らしい仕草に赤毛の部下はナニかに達しかけるが、彼女は鋼の精神力でその強い衝動を抑え込む。

 

そう、ここで彼女は失態を演じるわけにはいかないのだ。

 

何故なら、僅かに開いている部屋の扉の隙間から鬼の形相をした侍女連中が彼女を見張っているからだ。

 

ほんの少しでも赤毛の部下が失敗したなら、それを理由に王女殿下のお世話係を辞めさせようと迫ってくるだろう。

 

そんな愚かな真似をするわけにはいかない。

 

赤毛の部下は、表面上は冷静を装いながら至福の時を過ごす。

 

もぐもぐと頬張る王女殿下。

 

その姿に見惚れながら赤毛の部下はふと思い出す。

 

王女殿下の唯一の友達である巨神兵の姿が今日は見えなかったことを。

建前上は、巨神兵は王女殿下の執事なので、彼は王女殿下の屋敷の庭でテント暮らしをしていた。

 

その庭に彼がいなかったのだ。

 

「……散歩かしら?」

 

赤毛の部下は小さく呟くと、愛らしい王女殿下の姿を脳裏に保存する作業に戻るのだった。

 

 

「もぐもぐ……ごっくん」

 

 

 

 

王都の大広場で、(巨神兵)はその威容を群衆の前に晒していた。

 

群衆は(巨神兵)の言葉を待っていた。

 

そう、敬愛する王女殿下が唯一、友と認めた(巨神兵)の言葉を。

 

そして、(巨神兵)は言葉を紡ぐ。

 

姫様への熱き想いを込めた言葉を紡ぐ。

 

 

『我々はひとりの英雄(姫様)を失いかけている!

しかし、これは敗北を意味するのか!?

否! これは始まりなのだ!

 

王侯貴族連中と比べ、我ら平民のお小遣いは30分の1にも満たない!

にもかかわらず、今日まで我慢してこれたのはなぜか?

諸君!

我ら平民は、懐は寂しくともその心が正義だからだ!

それは諸君らが一番知っている。

 

我々は家族のため、過酷な職場に駆り出されて酷使されている。

そして、ひと握りの王侯貴族がこのトルメキアを支配して数百年!

トルメキアに住む我ら平民が僅かな賃上げを要求して何度、踏みにじられたか!

トルメキアに掲げる平民ひとりひとりの賃上げのための正義の戦いを神が見捨てるわけがない!

 

俺の姫様、諸君らが愛してくれたクシャナ殿下は倒れ(冬眠し)た!! 何故だ!?

 

新しい時代の覇権を俺の姫様が得るは歴史の必然である。

ならば、我らは襟を正しこの難局を打開しなければならぬ。

我々は過酷なトルメキアの職場環境で仕事をしながらも共に苦悩し錬磨して今日の給料を得てきた…

 

かつて姫様は、自分が王位に就いたなら適正な給料体系を構築してくれるといった。

しかしながら他の王族どもは自分たちがトルメキアの支配権を有すると増長し姫様に抗戦をする。

諸君の父も、子も、その愚かな王族どもの無思慮な抵抗の前に減給されていったのだ!!

 

この悲しみも、怒りも忘れてはならない!

それを…姫様は…身をもって我々に示してくれた!

我々は今、この怒りを結集し、王族どもにたたきつけて、はじめて真の勝利を得ることができる!

この勝利をもって、俺の姫様を王位に就けるのだ!

 

平民よ!

悲しみを怒りに変えて立てよ、平民よ!

我らトルメキア平民こそ選ばれた平民であることを忘れないで欲しいのだ!

我慢強い諸君らこそ、俺の姫様を救い得るのである!』

 

 

(巨神兵)の言葉は、その巨体に相応しい重厚な響きを帯び、クシャナ殿下への熱き想いに満ちていた。

 

そして、不思議なことにその言葉はまるで頭の中に直接聞こえてくるようだった。

 

そして、本当に不思議なことにその言葉は大広場から遠く離れた場所にいた人々にも届いていた。

 

そして、群衆の最前列で(巨神兵)の言葉を聞いていたひとりの男が、堪えきれぬとばかりに震える拳を天に突き上げながら吠えた。

 

「クシャナ殿下に勝利を!! 我らの愛するクシャナ殿下に王位を!!」

 

男の魂からの咆哮に群衆の魂も呼応した。

 

大広場に……いや、王都中にクシャナ殿下を讃える声が、クシャナ殿下に王位を望む声が溢れかえった。

 

そして、本当に本当にほんっとーに不思議なことに、その日、王都の人々の頭の中に直接聞こえてくるようなクシャナ殿下を讃える声が途切れることはなかった。

 

人々は頭の中に響く言葉を、いつしか自分の心の声だと思い込んだ。

 

 

これが、王都での叛乱の始まりであった。

 

 

 

 

最初に咆哮をあげたひとりの男――寡黙で冷静にみえる外見をした男は、熱狂に包まれる人々を見つめながら小さく呟いた。

 

「クシャナ殿下を王位に就けるこの戦いで、俺は必ず手柄を立てる。そしてその功績をもってクシャナ殿下のお側仕えの任に返り咲く」

 

男は、拳が歪むほどに握り込みながら空の彼方を睨みつける。

 

「今のうちにせいぜいその地位を堪能するがいい。かつての貴様のように今度は俺が貴様を追い落とす!」

 

燃え上がる気迫を纏った男が睨むその先には、彼が敬愛するクシャナ殿下の屋敷があった。

 

そう、かつて男を嵌めまんまとクシャナ殿下のお側仕えの任に収まった赤毛の部下が至福の時間を過ごしている屋敷だ。

 

「ドチクショウがぁあああ!! 貴様にだけは負けぬぞぉおおお!!!!」

 

そんな男の血涙を流しながらの魂の咆哮に、遠く離れた赤毛の部下の身体がブルリと震えた。

 

「あら、今日は少し冷えるのかしら?」

 

赤毛の部下は震えた身体をさすりながらクシャナ殿下のベッドに近付く。

 

「でーんか♪ 今日は少し冷えるようですから私に添い寝をさせて下さいね♪」

 

「すぅ、すぅ……」

 

お腹がいっぱいになり、おねむ中のクシャナ殿下からは寝息しか聞こえない。

 

「……拒絶が無いということは、了承ということですよね♪」

 

添い寝の許可を受けた赤毛の部下はニンマリと笑うと、いそいそと服を脱ぎ出した。

 

それは、自分の体温を効率的に譲渡して、殿下を温めて差し上げたいという滅私奉公の心の表れだった。

 

「でへへ、今、参りますね♪」

 

「「「「させません!!!!」」」」

 

少し開かれていた寝室の扉から、クシャナ殿下に心酔する武闘派の侍女達によって結成された‘メイド特戦隊”がなだれ込む。

 

これが、屋敷での死闘の始まりであった。

 

 

 

 

「むにゅう……うるさいぞ、お前ら」

 

 

 

 

 

 




トルメキアにて叛乱勃発!?
クシャナ殿下が冬眠から目覚めるまで、トルメキアは無事でいられるのだろうか!!


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トルメキアの白い魔女〜進撃〜

――姫様が倒れ(冬眠し)た。

 

 

それを聞いた瞬間、(巨神兵)は全てを理解した。

 

それは、少し考えれば分かることだった。

 

(巨神兵)の姫様が、どれほど誇り高く可愛らしい王女だったとしても、彼女はまだまだ幼女といえる年齢なのだ。

 

幼女が軍で命懸けの任務に就き、そして年の離れた兄達と玉座をかけて争っているのだ。

 

その心労の程は、(巨神兵)の想像を絶しているだろう。

 

幼女が倒れる(冬眠する)のも当然といえた。

 

「うむ、ここは俺の出番だな。姫様が療養(冬眠)している間に状況改善をしてやろう」

 

それ故に、(巨神兵)は自らが積極的に動くことを決めた。

 

「できれば、クソッタレな兄達を消しとばしたいところだが、姫様は反対するだろうな」

 

(巨神兵)としては、手っ取り早く姫様の兄達を物理的に排除したいところだが、(巨神兵)の姫様は武力による王位は望んでいなかった。

 

「仕方ない、地道な方策をとるか」

 

生まれたばかりの(巨神兵)だが、(巨神兵)には前世の記憶というアドバンテージがあった。

 

その記憶の大半はサブカルチャーといわれるものの知識だったが、その知識は(巨神兵)の行動指針となり歴史を変える力となった。

 

 

 

 

絶対王政とはいえ、民衆の支持は蔑ろには出来ない。

 

その考えのもと、(巨神兵)は愚かな民衆を扇動して姫様の味方につけた。

 

「フハハハハ、世界は姫様に管理運営されるべきだ!」

 

(巨神兵)は、あっさりと扇動されていく民衆を前にして嗤う。

 

やはり、優秀な姫様が世界を統べなければ愚かな人間は滅ぶだろうと確信しながら。

 

とはいっても、別に(巨神兵)は特殊な思想におかされているわけではない。

 

ただ、(巨神兵)はこう思ったのだ。

 

『俺と仲のいい幼女が世界の王となる。これ、萌えね?』

 

――と。

 

 

 

 

民衆を味方につけた(巨神兵)は、すぐさま軍へとその触手をのばす。

 

「ククク、戦いは数だぞ、俺の姫様の()達よ」

 

クシャナ殿下が統括する第3軍は、(巨神兵)が動くと同時にその傘下に加わった。

 

特に寡黙で冷静に見える外見をした男が、(巨神兵)の指示を受ける前に他の軍団に対しての調略を開始していた。

 

さて、ここで思い出してほしい。

 

まず、旗頭となるクシャナ殿下は民衆から圧倒的な支持を受けている。

 

そして、第3軍の将軍となり、政治的な発言力と軍事力を手に入れた。

 

さらに、巨神兵という世界を滅ぼしえる圧倒的な“絶望”という力を個人的に所有している。

 

つまり、常識人ならクシャナ殿下に逆らう奴はいないだろう。

 

この予想通り、一部の例外を除き、各軍団はクシャナ殿下の支持、又は中立を表明した。

 

 

 

 

大地を埋め尽くすは、第3王子を旗頭とする貴族連合。

 

それが、(巨神兵)の敵だった。

 

貴族連合に対するは、クシャナ殿下直轄の第3軍と(巨神兵)のみだった。

 

その光景はまるで、巨像の群れに立ち向かう虫けらの集団にみえるほどの戦力差だった。

 

だがこれは、他の軍団が日和見を決め込んだせいではない。

 

(巨神兵)がこう言ったのだ。

 

“貴様らはただ見ているがいい。クシャナ殿下の“世界を統べる力”というものをな、と。

 

(巨神兵)から感じられる凄絶な気配とその言葉に、各軍団の将軍達は身体が震えるのを抑えられなかった。

 

そして、将軍達は理解した。

 

今日が“トルメキアが生まれ変わる日”なのだと。

 

これが後に、“トルメキアの白い魔女”と畏れられることとなるクシャナ殿下の――

 

 

 

――歴史に名を刻む、最初の戦いだった。

 

 

 

 

 

 

それは、クシャナ殿下が倒れ(冬眠し)てから僅か二日間ほどで起こった出来事だと赤毛の部下は聞いた。

 

この二日間は赤毛の部下にとって夢のような日々だった。

 

敬愛するクシャナ殿下とのキャッキャウフフな日々は生涯、赤毛の部下の脳裏から色褪せることなく残ることだろう。

 

望めるなら、この夢のような日々を続けたいと赤毛の部下は血涙を流すほどに苦悩するが、それを望むのはクシャナ殿下への不忠となるだろう。

 

赤毛の部下は決断する。

 

この王都で起こった出来事をクシャナ殿下に報告することを。

 

だが、それは明日の朝でも許されるだろう。

 

安からな寝息を立てて眠るクシャナ殿下を愛でながら赤毛の部下は呟く。

 

「せめて、今宵だけはただの子供として安らかにお休み下さい、殿下」

 

赤毛の部下は、明日の朝、心を鬼にしてクシャナ殿下の布団を引っぺがす覚悟を決めた。

 

それが、敬愛するクシャナ殿下を再び血に濡れた道へと戻すことだと知りながらも。

 

「すぅ、すぅ」

 

「うふふ、こうしていると本当に可愛い普通の子供のようね」

 

幸せそうな微笑を浮かべる赤毛の部下。だが直ぐにその微笑は苦しそうな表情に取って代わられる。

 

「殿下、お優しい殿下が苦しむと知りながら殿下を血塗られた表舞台へと引き摺りだす私達を許して下さいとは言いません。私達は恨まれる覚悟はとっくに出来ています。ですが、この呪われし世界を救えるのは殿下をおいて居ないのです。愚かで浅ましい願いだと承知しております。私の命如きでよければいつでも殿下に捧げます……ですから、どうか…どうか、お願いします。力なき我らをお救い下さい……」

 

赤毛の部下の魂からの嘆願だった。

 

だが、当然ながら深い眠りについているクシャナ殿下にその声は届かない。

 

だから、赤毛の部下が握っていたクシャナ殿下の手が、赤毛の部下の手を“私に任せるがいい”といわんばかりに力強く握り返されたのはただの偶然だったのだろう。

 

 

 

 

「しまった!? つい武力行使をしてしまったぞ!」

 

「ど、どどどうするんですか!? 巨神兵殿!!」

 

寡黙で冷静にみえる外見をした男が巨神兵に焦りながら詰め寄る。彼も知っていたのだ、クシャナ殿下が直接的な武力行使を望んでいなかったことを。

 

だからこそ、彼は数の暴力で兄王子達の権力を削ぐために尽力していた。だが、第3王子が武力決起したせいで、大軍に興奮した巨神兵が力をつい振るってしまったのだ。

 

その時、寡黙で冷静にみえる外見をした男も同じように興奮して巨神兵を嗾けるような言葉を発していたので同罪だった。

 

このままだとクシャナ殿下に嫌われてしまうと巨神兵と寡黙で冷静にみえる外見をした男は顔色を悪くする。

 

「うぐぐ、こ、こうなったら」

 

「こ、こうなったら……?」

 

何か閃いたのかと、寡黙で冷静にみえる外見をした男が一縷の望みをかけて巨神兵に目を向ける。

 

「野生の巨神兵が現れて暴れたことにしよう!」

 

巨神兵(本物のバカ)は言った。

 

「なるほど!! それなら仕方ないですよね!!」

 

驚愕の賛成だった。

 

後にクシャナ殿下は語ったと伝えられている、

 

 

「ふむ、あの時ほど、男という生き物がバカだと思ったことはないな」

 

 

――と。




あっさりと国内の敵対勢力を殲滅しました。次回からは、ほのぼの日常編が始まる……かも?


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トルメキアの白い魔女〜生誕〜

少しだけシリアスです。ご注意下さい。


「そうか、よく報告してくれた」

 

赤毛の部下に布団を引っぺがされたあと、彼女から聞きたくもなかったこの数日間の出来事を聞かされた。

 

「うむ、事情はよく分かった。では、貴様に後のことは全て任せるゆえ、よしなに頼む」

 

「殿下っ!? またベッドに潜り込もうとしないで下さい!」

 

再びベッドに潜り込もうとしたが、残念ながら赤毛の部下に引き摺り出される。

 

「私は冬眠中ゆえ、貴様に一任すると言っているのだ。思う存分に第3軍の最高指揮官代理の権限を振るってくるがよい。では、私は冬眠に戻るぞ……よいしょっと」

 

「ああ、もうっ、冬眠(それ)はもういいですから現実に戻って来て下さい! ほら、司令部にいきますよ!」

 

そそくさとベッドに潜り込んだ私だったが、再び赤毛の部下に強引に引き摺り出されたあげく、寝室(楽園)から現実(地獄)へと拐かされる。

 

「うう、儚き安息の日々よ……さらばだ」

 

赤毛の部下に抱えられながら私は、遠ざかっていく寝室(楽園)に別れを告げた。

 

 

 

「それで、トルメキア軍の損害状況はどうなっている」

 

「はい。一部の損害は甚大なれど、トルメキア軍全体としての軍事力維持には問題はありません」

 

 

「……そう、か」

 

 

――――私は赤毛の部下の腕の中で、そう呟くことしか出来なかった。

 

 

 

 

「直ちに国境周辺の警備を強化せよ。トルメキア国内の混乱に乗じて土鬼(ドルク)が攻めてくる可能性があるぞ」

 

私は司令部に到着すると、すぐさま関係者を招集して命令を下す。

 

「同盟国、属国に対する監視も怠るな。所詮奴らは薄汚いハイエナ共だと肝に命じておけ」

 

たとえトルメキアを盟主と仰いでいようとも油断は出来ない。弱みを見せれば喰われるだけだ。

 

「第3軍は貴族連合軍の武装解除と拘束を急がせろ。そして……未だ抵抗を続ける者達は全て殲滅せよ。これ以上、混乱を長引かせるな!」

 

国内の混乱は最小限に抑えなければならぬ。たとえ命令を受けているだけの者達だとしてもだ。

 

「親衛隊は今回の叛乱に加担した貴族共とその一族全てを抑えろ。もし、少しでも手向かうようなら――全員(・・)、斬り捨てろ」

 

この命令の“真の意図”に気付いた者達が一瞬息を飲むが、すぐさま覚悟を決めた顔付きとなる。

 

私は、トルメキア王国のティアラをつける。

 

「そしてこれは、第3軍最高指揮官としてではなく、トルメキア王国皇女としての命令だ。ゆえに一切の反論は許さぬ。理解したならさっさと動け!」

 

 

――――こうして私は、私が望まなかったはずの力による王位への道を歩き出した。

 

 

 

 

 

「貴族共が私への忠誠を誓っているだと!?」

 

貴族共の屋敷や拠点に差し向けた部隊から驚愕の報告がなされた。

 

殲滅する覚悟をもって突入した彼らの前に貴族共は平伏し、トルメキア国皇女――つまり、私への永遠の忠誠を口にしたというのだ。

 

「どういうことだ? 今さら命乞いのつもりか?」

 

実際に武力をもって対したのだ。負けたからといって命乞いをしても通用するわけがない。

 

それが通じるほど、この世界は甘くはない。

 

それは愚かな貴族共といっても理解しているはずだが?

 

「はい。恐らくはこういう事だと思われます、殿下――」

 

赤毛の部下が錯綜する情報をまとめてその推論を述べてくれた。

 

私が倒れ(冬眠し)た直後、巨神兵が僅か数時間で全国民を扇動し武力蜂起した。

 

その事実に危機感を覚えた貴族共は、第三皇子である兄上を旗頭として持てる全兵力を結集してその鎮圧に当たった。

 

大戦力といえる貴族側の軍隊に相対したのは巨神兵側についた軍隊ではなく、その巨神兵ただ一人だった。

 

堂々たる威風を誇る巨神兵といえど、居並ぶ戦車群の一斉砲撃を前にしては崩れ落ちるは自明の理と、貴族共は信じて疑うことはなかったという。

 

だが、実際に戦闘が始まった瞬間、貴族共は思い知ることになる。

 

『火の七日間』

 

わずか七日間で、世界は焼き尽くされたと伝えられる伝承に一切の誇張など無かったという事を。

 

 

――――今日、世界が終わる。

 

 

それが、あの場に居合わせた全ての人間が思った事だった。

 

 

蹂躙され破壊される戦車群。

 

決死の思いで反撃すれど、かすり傷すら負わせられない現実に絶望する将兵達。

 

大地は砕かれ、天は荒れ狂う。

 

見渡すは地獄のような燃え盛る世界。

 

もはや、絶望しかなかった。

 

そんな時だった。

 

その声が、地獄の世界に響き渡ったのは。

 

 

「クシャナ殿下が目覚められたぞ!!」

 

 

――――巨神兵(絶望)が止まった。

 

 

 

 

「いやあ、野生の巨神兵が突然現れて暴れ出したのには吃驚したよなあ」

 

「ええ、まったくです。あの時は本当に吃驚しましたよね」

 

「報告を受けた俺が野生の巨神兵を倒さなかったら、被害はもっと広がっていただろうなあ」

 

「ええ、まったくです。巨神兵殿が倒して下さって本当に良かったです」

 

「まあ、結果論だけど、被害を受けた貴族達が大暴れをした野生の巨神兵を倒した俺の主人である姫様に感服して忠誠を誓ったのは良かったよなあ」

 

「ええ、まったくです。私としてはクソ虫のような貴族共は皆殺しにしたいところですが、僅かでもクシャナ殿下の役に立つのならば、クソ虫が息をする事を許容する覚悟はあります」

 

「それにしても、なぜか怯えきった第三皇子とついでに他の皇子達が王位継承権を放棄してくれたのは良かったよなあ」

 

「ええ、まったくです。私としてはヘドロのような皇子達はこの地上から消し去りたいですが、クシャナ殿下の慈悲ゆえに呼吸することは許す所存です」

 

「いやまあ、何はともあれ姫様が元気になって良かったよなあ」

 

「ええ、まったくです。クシャナ殿下、バンザーイ!!」

 

「……言いたい事はそれだけか?」

 

「「……」」

 

私の言葉に黙り込む男が二人。

 

「すでに終わったことゆえ、多くは語らん」

 

「なんだ、姫様」

 

「……」

 

私の言葉に応える巨神兵(友達)と、黙したままの寡黙で冷静に見える外見をした部下。

 

「すまぬ。そなたらの罪は私が背負おう。それは本来ならば私が決断すべき罪業だ」

 

私は二人に頭を下げる。

 

「うーん、姫様が何を言いたいのか分からないが、俺が言えるのはただ一つだけだ」

 

「……」

 

巨神兵(友達)は苦笑を浮かべ、寡黙で冷静に見える外見をした部下は微笑を浮かべた。

 

「俺はこの地上で最も邪悪なる一族といわれる黒い存在だ。そんな俺からすれば、姫様はとても白くて綺麗な子供だよ」

 

「黒い巨神兵とそれを抑えるトルメキアの白い皇女。それで宜しいのではないかと小官は愚考致します」

 

「……ククク、トルメキアの白い皇女か」

 

突然、笑いだした私に二人は首を傾げた。

 

「それは余りにも虚名が過ぎるというものだ。そうだな、これより私はこう名乗ろう」

 

 

 

――――トルメキアの白い魔女、

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

 




クシャナ殿下の二つ名が決まった瞬間です!!


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トルメキアの白い魔女〜改革への序章〜

今回は説明回です。適当に読み飛ばしても大勢に影響はありません。


「最近ヒマだな。なんか知らんが、姫様は忙しそうにして俺の相手をしてくれんし」

 

貴族連合軍との争いが終結して一か月が過ぎた頃、巨神兵はヒマを持て余していた。

 

クシャナ殿下から外出禁止令を受けてしまった巨神兵は、日がな一日屋敷の中庭でゴロゴロするしかやる事がなかったのだ。

 

そんなヒマな巨神兵とは対照的にクシャナ殿下は、トルメキア国内の混乱を収めるため忙しく動いていた。

 

戦乱終結後、最終的にクシャナ殿下は、皇子派だった貴族連合軍に組みしていた貴族達の降伏を受け入れた。

 

もちろん、ただで許したわけではない。二度と反旗を翻せないように貴族達の権限は大幅に削り、その領地と財産の大半は没収した。

 

トルメキア軍にて地位を得ていた者たちもその任を全て解かれ、軍部は完全にクシャナ殿下の支配下におかれた。

 

だが、内政に関わる文官の職務に就いていた貴族達は簡単には解任出来なかった。

 

なぜなら文官はある程度の教育を受けた者でなければ務まらないからだ。

 

トルメキアという国でそのような教育を受けれるのは、貴族以外では限られた一部の裕福な者だけだ。

 

それゆえ文官には、家を継げない貴族家の次男以下の者が多かった。

 

そしてそんな状況のため、貴族だからといって文官を罷免すればたちまち内政は滞ることになる。

 

そんな愚策をおかすわけにもいかず、クシャナ殿下は文官の掌握に四苦八苦していた。

 

幸いなことは、文官を務めている貴族達は下級貴族が多く、彼らの大半は中立派だったことだ。

 

下級貴族は領地も持たない貴族であり、実質的には裕福な平民に近い立場であった。そんな立場であるから王位継承争いなどは彼らにとっては遠い世界のことであり、今回の騒乱にも殆どの者が参加しなかった。その為、下級貴族を処罰する理由がなく、彼らを解任しない理由となった。

 

だが、今回の件で貴族全体の地位がクシャナ殿下によって大幅に低下してしまった。

 

元々、大した権限など持っていない下級貴族に影響は殆どなかったとはいっても、貴族の一員である彼らがクシャナ殿下に対して好意など持てるわけがない。

 

だからといって叛意を抱くほどでもない。

 

下級貴族にとって、クシャナ殿下は雲の上の人であり、世界を滅ぼせる巨神兵の主人であり、軍部を牛耳る魔女であり、気まぐれな幼女であった。

 

はっきり言って、気にくわないが絶対に関わり合いたくない存在だ。

 

精々、彼らができるのはクシャナ殿下への不満を仕事の手を抜くという行為で発散することぐらいだった。

 

もちろん、手を抜き過ぎて自分達の評価が落ちるほどには手を抜かない程度の知恵は持っていた。

 

その結果、トルメキアの内政は理由は分からないが様々な面で動きが遅くなってしまった。

 

クシャナ殿下は薄々は理由に気付いていたが、効果的な対応策はなく不都合が生じる度に自らが動く羽目になっていた。

 

その為、クシャナ殿下は巨神兵の相手をする時間がなくなり、仕方なく巨神兵(大馬鹿)から目を離すという愚行(・・)をおかしてしまった。

 

 

 

 

「本当にヒマだな……そういえば、姫様が文官共の仕事が遅いってボヤいていたよな」

 

巨神兵は少しだけ考えた。

 

「ククク、仕方ないな。この俺が前世の知識を使って、内政チートとやらをしてやるか」

 

巨神兵はパンパンと手を叩く。

 

「お呼びですか、巨神兵殿」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男が現れた。

 

「うむ、姫様のためにトルメキア国を発展させるぞ! その為にお前の手を借りたい!」

 

「おお! それは是非とも協力させて下さい! 今度こそ功績をあげてクシャナ殿下の側近に返り咲いてみせます!」

 

「フハハハハッ!! 俺に任せろ!!」

 

意味もなく空に向かって胸を張り、高笑いをする巨神兵を寡黙で冷静に見える外見をした男は頼もしく思った。

 

 

 

 

 

 




巨神兵が頼もしい――たぶん、彼の気の所為です。


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トルメキアの白い魔女〜苦難〜

――――黒い巨神兵。

 

彼こそが、未だ幼いといえるクシャナ殿下を強大なるトルメキアを統べる存在へと導いた立役者であることは間違いないだろう。

 

黒い巨神兵が持つ、絶望という言葉すら生温く感じるほどの圧倒的なまでの破壊の力。

 

その強大すぎる破壊の力を躊躇せずに行使する非情なる精神。

 

民衆を扇動し、軍部を操り、革命をも巻き起こす悪魔的な智謀。

 

そして――世界を単体にて滅ぼせるほどの邪悪なる存在でありながらも、クシャナ殿下ただ一人にだけ向けられた慈愛の心。

 

それらのうち、たった一つでも欠けていれば、クシャナ殿下はトルメキアの闇に巣くう魑魅魍魎共に翻弄され続ける過酷な人生を送っただろう。

 

だが、現実は違う。

 

彼女が歩むはずだった血塗られた道は、黒い巨神兵によって木っ端微塵に砕かれたのだ。

 

今や、クシャナ殿下に正面きって挑める者など誰もいなかった。トルメキア王であるヴ王ですら不可能だろう。

 

権力闘争を繰り広げていた上位貴族達は排除され、兄王達も隠居した。

 

残されたのはチマチマとした嫌がらせをするのが精一杯の下級貴族の文官だけだった。

 

己が春を謳歌するクシャナ殿下。今日も王宮内に彼女の元気な声が響き渡る。

 

「また報告書が止まっているぞ! さっさと回さんか!」

 

「最近、なぜか文官達の仕事が遅いですね?」

 

赤毛の部下が不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ、どうやら気に入らない私に対する意趣返しのつもりのようだな。だがまあ、しばらくは様子をみるしかなかろう」

 

クシャナ殿下に反抗的だといっても、明確な叛意をみせない文官達を処分するわけにはいかない。また、交代させれるだけの人材もいなかった。

 

「軍から人間を出せればいいんだが」

 

「あはは、嫌ですよ、殿下。脳筋ぞろいのあいつらに事務仕事がこなせるわけないです」

 

「うぅ……やっぱりそうか」

 

笑いながら言い切る赤毛の部下の言葉に、クシャナ殿下は力無く机に突っ伏すしかなかった。

 

もちろん軍にも事務の者達はいる。だが、彼らは軍事行動に必要不可欠なため動かせなかった。

 

その代わりに兵士をと考えたが、脳筋の兵士に文官をしろなどとは無茶な話だろう。

 

「ふぅ、とにかく今は現状の人員で何とかするしかあるまい」

 

「そうですね、殿下。頑張って下さいね」

 

溜息を吐きながらもクシャナ殿下は、机の上に重ねられた書類の処理にかかろうとする。

 

そして、そんな彼女を優しい眼差しを向けながら励ます赤毛の部下。

 

「貴様も頑張らぬか!! さあ、この山盛りの書類を一緒に処理するぞ!!」

 

「ひいっ!? 私も脳筋なんですよ!! 無茶を言わないで下さいよー!!」

 

王宮内に響き渡るクシャナ殿下と赤毛の部下の元気な声。

 

今日も彼女達は元気だった。

 

 

 

 

――――黒い巨神兵。

 

姫様の執事を生業とする彼は知っていた。

 

今、姫様が必要としているものを。

 

「それがマヨネーズですか?」

 

「うむ、そうだ。内政チートといえばマヨネーズ。マヨネーズといえばお子様大好き。お子様といえば姫様だろ? それにマヨネーズを売ればガッポガッポ儲かるぞ!」

 

「ふふ、今の殿下をお子様扱いできるのは巨神兵殿だけですね。でも、そうですね。確かにマヨネーズ人気は根強いです。ですが、原材料の卵不足が深刻ですから量産は難しいですよ」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、巨神兵の言葉に理解を示すが根本的な問題点を指摘する。

 

「ほう、卵不足か……いや、ちょっと待て! お前はマヨネーズの作り方を知っているのか!?」

 

「え、まあ、流石に詳しいレシピまでは知りませんが、卵と酢、それに食用油を混ぜることぐらいは知っていますよ」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、はるか昔から存在するマヨネーズを知っているという当たり前の事に驚く巨神兵に疑問を感じながらもマヨネーズの作り方を口にする。

 

「ま、マヨネーズはやめだ! やっぱりお子様には甘いものだな! 砂糖を作るぞ!」

 

「ふふ、なるほど。殿下は甘いモノがお好きですからね。きっとお喜びになりますよ」

 

「フハハハッ、その通りだ! この世界で甘いものといえば乾燥させた果物ぐらいしか見ていないからな! 砂糖があればケーキとかを作って大儲けができるぞ!」

 

「殿下ならば、貴重な砂糖といっても望めば簡単に手に入れられるのに、御自分だけ贅沢は出来ぬと仰られてドライフルーツで我慢をしておいででした。ですが、他ならぬ巨神兵殿からの贈り物ならば貴重な砂糖をふんだんに使ったケーキでも素直に受けとって下さるでしょう。ところで、やっぱり原材料が貴重すぎて大量生産は不可能ですよ」

 

「ケ、ケーキも知っているのか!? ウググ……な、ならばプリンはどうだ!? ホットケーキは!? シュークリームにどら焼きに羊羹、ゼリーそれにアイスクリームはどうだあああっ!!」

 

「はあ、全て貴重な材料を使用するので、実際に私は食べたことはありません。ですが、名前ぐらいは知っていますよ。そうそう、ヴ王や兄王達が毎日のように食しているという噂を聞いたことがあります」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、高級菓子を知っているかと騒ぐ巨神兵に困惑しながらも素直に答える。

 

そしてその答えに巨神兵は落胆する。

 

「ウググ、甘味で大儲けするのは内政チートの定番なのに……」

 

「巨神兵殿!?」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、突然地面に両手をついて唸りだした巨神兵に驚く。

 

そう、巨神兵は落ち込んだのだ。

 

何故ならこの世界には無い甘味を流通させることで手に入れる予定だった巨額の資金で、本格的な内政チートを行うつもりだったからだ。

 

農地開拓、治水工事、道路整備、区画整理、諸々の公共工事による国力向上と失業者対策。親を亡くした子供達のための孤児院経営。将来のトルメキア国運営を担う人材確保を目的とした義務教育制度の制定。産業革命のための新技術の研究開発を目的とした研究機関の設立。軍事力強化のためのモビルスーツ基礎研究の開始。そして、メイン計画となる芸能プロダクション設立後の姫様アイドル化計画。姫様、鮮烈なるデビュー直後の全世界横断ワールドツワー企画。etc…

 

その全てが資金難で頓挫した。

 

つまり、黒い巨神兵の――――

 

 

――――生まれて初めての挫折だった。

 

 

 




悲劇だ!!
これを悲劇と言わずしてなんとするのだ!!
殿下の為、ひいてはトルメキアに住まう全ての人のために立ち上がった巨神兵を襲った苦難の嵐!!
だが、我らは今こそ彼を信じようではないか!!
我ら全てが愛した殿下が信ずる彼を!!
今こそ我らも信じようではないか!!
不屈の闘志で立ち上がる彼を!!
我らはいつまでも待っているぞ!!


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トルメキアの白い魔女〜不屈〜

ハーメルンよ、私は帰ってきた!
お久しぶりです。なんとか年内に続きを投稿出来ました。


「営業許可申請書……なんだこれは?」

 

トルメキアの実質的な統治者となったクシャナの元には、各部署より膨大な量の報告書類が上がってくる。

 

もちろん、それら報告書類は各部署にて精査・処理されたものゆえ、本来ならクシャナは最終的な決裁印を押すだけでよかった。

 

だが、現在絶賛混乱中のトルメキアでは、時折意味不明な書類がクシャナの元に上がってくる。

 

その多くは、クシャナに反感を持つ下級貴族の文官による嫌がらせであった。

 

今回の書類もその類だろうと察せられた。何故なら、たかが営業許可程度の申請書などが一国の統治者の元に回ってくるわけがないからだ。

 

クシャナは溜息を吐きながらも一応は書類に目を通す。そして、書類の申請者が “巨神兵” となっていることに気づいたクシャナの口元は楽しげに綻んだ。

 

「文官共の嫌がらせかと思えば……フフ、巨神兵()からの頼み事だったか」

 

クシャナにとって巨神兵は唯一の友であり、そして恩人でもあった。

 

彼の頼み事であれば、クシャナは大抵のことは二つ返事で了承するだろう。

 

「ほう、トルメキアの周辺の荒地を開拓して畑を作りたいのか。そして、収穫物の加工販売の許可が欲しいと――この程度のことなら態々書類にせずともいいものを。意外と律儀な奴だな」

 

皇太子となったクシャナにとっては容易い願いだった。むしろ、今朝屋敷で顔を合わせた時にでも言ってくれれば、口頭で了承をした程度の話であった。

 

「最近は忙しくて放ったらかしだったからな。あいつも暇なのだろうな」

 

クシャナは、王位継承争い後の混乱を収めるため忙しく、巨神兵()との語らいも満足に出来ていなかった。そして、自分の目が届かないところで巨神兵()に騒動を起こされたくなかったので外出も認めなかった。

 

流石に一か月も屋敷に缶詰だと息も詰まるだろうと反省した。

 

「よし、承認っと」

 

ポンッと、クシャナは気軽に承認印を押して処理をした。

 

処理済みの棚に置かれたその書類を赤毛の部下は何となく手にとった。

 

書類の隅っこには、小さな文字でこう書かれていた。

 

[社名:クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん]

 

[代表取締役:クシャナ(姫様)殿下]

 

赤毛の部下は当然のように思った。

 

 

──私も殿下のお菓子を食べたいなぁ、と。

 

 

 

 

トルメキア王都近郊には、岩石だらけで農業には適さない平野が広がっていた。そこに巨神兵と寡黙で冷静に見える外見をした男は訪れていた。

 

「ククク、岩石ごときならバルカン砲で十分だ! 喰らえっ!」

 

「なんと、あの手加減出来ず(・・・)の巨神兵殿が、程良い威力の攻撃を繰り出せるようになられている!?」

 

バルカン砲と言いながらも明らかに実弾ではなく、ビーム系の砲撃を繰り出す巨神兵。

 

その発言に虚偽ありだが、その程良い威力には偽りなしであった。

 

いつもの極太ビームだったなら、周囲一帯を吹き飛ばして巨大クレーターを作っていただろう。そうなっていたなら改めて埋め戻すのに多大な労力が必要だった。

 

だが、自称バルカン砲は岩石のみを器用に粉微塵としていた。そして、わずか数時間後には全ての岩石は消えており、その後には農業に適した広大な平野のみが残されていた。

 

「よし、まずは畑作りといくか!」

 

巨神兵は凄まじい勢いで地面を素手で耕していく。

 

「フハハハハッ、畑作りと亀仙流の修行も行えるとは一石二鳥とはこの事よ!!」

 

人生初めての挫折を味わった巨神兵だったが、彼はそれで終わるような巨神兵ではなかった。

 

――初志貫徹。

 

姫様を想う鋼の如き精神は揺るがなかった。

 

「ククク、鶏(マヨネーズの材料となる卵を産む鳥)を育てるよりは、てん菜(砂糖の原材料になるダイコンみたいなヤツ)を育てる方が簡単そうだからな」

 

ひ、姫様を想う鋼の如き精神は柔軟だった。

 

耕運機顔負けのスピードで広大な平野を耕す巨神兵。日が暮れる頃には大半の土地を耕し終わっていた。

 

「流石は巨神兵殿です。広大な平野をこの短時間で耕すとは……この目で見ても未だに信じられない偉業です」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、畏敬を込めた眼差しを巨神兵に向ける。

 

「フフ、こう見えても実家では家庭菜園をやっていたからお手の物だ」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男の言葉に満更でもないように答える巨神兵。

 

「だが、やはり専門家が必要だな」

 

「ええ、そうですね。土地を耕しただけで終わりではありませんからね。ある程度の小作人を雇う必要があります」

 

畑とは地面を耕して完成ではない。畑としての土を作る必要があり、水路なども必要だ。何よりも実際に作物を作るには巨神兵では細かい作業が出来ず、寡黙で冷静に見える外見をした男も軍の仕事があるので農業に専念は出来なかった。

 

「それに、砂糖を精製する施設も今のうちに建造する必要があるぞ」

 

てん菜を収穫出来たとしても、砂糖に精製出来なければ意味がない。そして、現在のトルメキアには巨神兵が欲するほどの量を精製できる施設はなかった。

 

つまり、お菓子を作る前段階として、てん菜畑と砂糖の精製施設が必要であり、その後もお菓子を作る施設が必要となる。

 

そして、当然ながらお菓子を販売する店舗も必要だ。

 

巨神兵が挑む道は、長く険しかった。

 

「フハハハハッ、だが心配はいらんぞ! この商売は姫様公認だからな。王室の資産は使いたい放題だ! これから人海戦術で突っ走るぞ!!」

 

「おおっ!? 殿下はそれほどの熱意をお持ちになっておられたのですね! わかりました。この私も全力を尽くしましょう。そして必ずや殿下の側近に返り咲きます!!」

 

 

 

──こうして、クシャナ(姫様)殿下を社長に据えたお菓子屋さん計画は始動した。

 

 

 




巨神兵は内政チートを諦めません!


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トルメキアの白い魔女〜躍進〜

お菓子って、砂糖だけじゃ作れないんだよ。知ってた?


「砂糖だけじゃ足りないだと?」

 

「ええ、そうです。お菓子の原材料として砂糖は重要ですが、それ以外にも小麦に豆類、バニラビーンズなどの香料。そして、洋菓子なら卵も欠かせませんよ。たしか、和菓子なら寒天とかも必要だったと思います」

 

「うむ、なるほどな。言われてみれば砂糖以外の材料のことをすっかり忘れていたな」

 

巨神兵は、今後の予定を寡黙で冷静に見える外見をした男と話し合っていた。その話し合いの最中に砂糖以外の材料調達はどうするのか? という寡黙で冷静に見える外見をした男の指摘で問題点が発覚した。

 

前世の記憶を持つといっても、所詮は凡人だった巨神兵などこの程度である。一つの事に集中したら他の事には気が回らないのだ。

 

「それで、他の材料はどっかから買えるのか?」

 

「軍事物資でもある小麦なら製造量に余裕があるので、殿下のお菓子屋さんなら格安で大量に購入できると思います。ですが、それ以外の材料は、砂糖と同じく製造量自体が少ないので商業利用は難しいでしょうね」

 

「うーん、砂糖と同じく自分達で作るしか手はないか」

 

「それも少し難しいかも知れませんね。トルメキアの気候では育ちにくい作物もあった筈ですよ」

 

「トルメキアだけじゃ無理か……うむ、それなら他国で作らせよう」

 

「えっ!? 他国にですか?」

 

「ククク、トルメキアは辺境国の盟主なんだろ? それなら必要な材料を育てるのに適した気候を持つ国に命じればいい。適正な代金を払えば文句も言わんだろ」

 

「確かにトルメキアが命じれば従うでしょうが、辺境国の多くは自国民を食わせるための畑を腐海から守るだけで精一杯ですよ。下手をすれば多くの飢餓者を生み出しかねません」

 

巨神兵の提案に、寡黙で冷静に見える外見をした男は眉をしかめる。たとえ他国の人間だとしても無用の飢餓者など出したくはなかったからだ。

 

この時代の多くの土地は、既に腐海に飲み込まれていた。各国は迫り来る腐海の侵食を阻むために多数の犠牲者を出している。

 

トルメキアが辺境の諸国群の盟主足り得るのも、その強大な軍事力にて腐海の侵食を抑える柱となっているからだ。

 

ただ、トルメキアの強大な軍事力を持ってしても辺境全てを守りきることは不可能だった。

 

「ん? 腐海など焼けばいいだけだろ。たしか焼畑農業というやつだったな。自然環境には悪いらしいが、少しぐらいなら大丈夫だと思うぞ」

 

「巨神兵殿が、他国の腐海を焼かれるのですか!?」

 

巨神兵の発言に、寡黙で冷静に見える外見をした男は驚愕する。

 

巨神兵がトルメキア周辺の腐海を焼くのは理解できる。巨神兵はクシャナ殿下と個人的な友誼を結んでいるからだ。彼女のために王位継承争いにまで力を貸したのだから。

 

だが、たとえトルメキアを盟主と仰いでいるとはいっても、巨神兵にとっては何も関係のない他国のことだ。

 

巨神兵自身は自覚していないが、巨神兵は非常に冷酷な一面を持っていた。

 

出会ったばかりのドルク艦艇を問答無用で殲滅し、王位継承争いで敵対した軍も容赦なく撃滅した。巨神兵は基本的に人間に対して冷酷な存在だと言える。

 

恐らくは、巨神兵の身体が、人間のものだったはずの精神に影響を与えているのだと考えられる。

 

しかし、そんな冷酷な巨神兵の唯一の例外がクシャナ殿下だ。

 

巨神兵が目覚めた直後に目にしたのは、小さな身体で懸命に戦う女の子の姿だった。

 

その健気な姿に、まだ巨神兵の身体の影響を受けていなかった彼の心は激しく動かされた。(念のために言っておくが、巨神兵の前世はロリコンではない)

 

特にやることも無かった巨神兵は、色々と苦労を抱えている小さな女の子を助けることにした。聞けば、彼女は王女だというし、彼女を育てて女王にするのも楽しそうだと考えた。

 

そう、あえて言うならば、巨神兵は現在、“クシャナ(姫様)殿下育成計画” をプレイ中なのだ。

 

巨神兵にとって理想的なエンディングは “世界の女王様エンド” だろう。

 

その為なら他国へ出張しての農業活動すら巨神兵にとって許容範囲だった。

 

「うむ、考えてみれば、トルメキアだけでお菓子屋さん計画を実行するよりも、辺境国全てを巻き込んでの方が、経済も活性化して良さそうだな」

 

──この決断が、“クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” を大躍進させる第一歩となった。

 

 

 

 

 




巨神兵の内政チートが冴えわたる!!


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トルメキアの白い魔女〜辺境〜

今回の舞台は辺境です。


暗く滲むような地平線に太陽が沈んでいく。

 

城塞都市ザクダを統率する年老いた都市長は、いつものように沈みゆく太陽を見つめながらとホウッと息を吐いた。

 

――今日も無事に生きながらえたのう。

 

そんな想いを抱きながら沈みゆく太陽を城壁の上から見送るのが、都市長という地位についてからの老人の日課だった。

 

老人が住むザクダは、城塞都市といえば聞こえはいいが、多くの人々が住む領域からは遠く離れた孤立した都市であった。

 

辺境の国家群を束ねる強大なトルメキアでさえ、あまりにも遠く離れたザクダに対してはその庇護を与えられなかった。

 

ザクダに住む人々は、徐々に近づく腐海に怯えながらその日その日を生きのびるだけで精一杯な、そんな都市だった。

 

「お爺ちゃん、また此処に来てたんだ。ダメだよ、ここは風が強いんだから体に毒だよ」

 

感傷にふけっていた老人の耳に聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。

 

老人が振り向くと、そこには予想通りの少女――老人の孫娘が立っていた。

 

「なんじゃお前か……ほれ、今日も夕陽が綺麗じゃぞ」

 

「夕陽なんか見飽きてるよ。ほら、早く帰らないと、またお婆ちゃんに怒られるよ」

 

「フォッフォッフォッ、なあに、うちの婆さんなんぞ怖くはないわい。だが、可愛い孫の言葉じゃからな。ここは素直に帰ろうかの」

 

「もう、お婆ちゃんに言っちゃうわよ。ほら、危ないから手を繋いで帰ろう」

 

老人は孫娘に手を引かれながらその場を後にしようとした。

 

ふと、老人の視線が地平線の彼方へと向いた。

 

そこには、地平線を滲ませる影のように腐海が広がっていた。

 

腐海は少しずつだが、確実に侵食してくる。

 

残り少ない老人の寿命が尽きるまでに腐海の侵蝕がザクダに届くことはないだろう。だが、孫娘の世代では間違いなくザクダは腐海に飲み込まれる。

 

それは逃れられない絶対的な死の運命だった。

 

ブルリと老人の身体が震える。

 

「ほら、お爺ちゃん寒いんでしょ! もうここに来ちゃダメだからね!」

 

ぷりぷりと怒りながら自分の身を心配をする可愛い孫娘。老人はその姿に涙が溢れそうになる。

 

――せめて、この子だけでも助けてやれぬものか。

 

それは老人が幾度も考えたことだったが、その度に諦めざるを得なかった。

 

何故なら他都市は遠く離れ過ぎており、その間には腐海が存在している。ザクダには稼動できる飛行艇は残されておらず、徒歩での腐海横断など自殺行為でしかなかったからだ。

 

老人は力なき己の身を嘆くしかなかった。

 

「もう、なに立ち止まっているのよ……あれ、お爺ちゃん “アレ” は何かな?」

 

孫娘の身を案じる老人の足は自然と止まっていた。そんな祖父に文句を言いながら振り返った孫娘は、地平線の彼方から飛んでくる “変なモノ” に気付いた。

 

「鳥……じゃないよね。お爺ちゃん、何か飛んでくるけど、アレって何か分かる?」

 

孫娘が遠くを指差しながら祖父に尋ねるが、残念ながら視力の衰えた老人には何も見えなかった。とはいっても長年生きた老人には実際には見えずとも空飛ぶアレの察しはつく。

 

「ふむ、儂にはまだ見えぬが、たぶん飛行艇じゃろう」

 

「うわあ、飛行艇だなんて珍しいよね! どこの飛行艇だろう?」

 

ザクダの最後の飛行艇が壊れたのは、孫娘が生まれる前だった。そのため生まれて初めて空を飛ぶ飛行艇に彼女の好奇心は強く刺激された。

 

「すごいすごい!! 飛行艇って、すごく速いよ!!」

 

「うむ、トリウマよりも速いからのう」

 

嬉しそうにはしゃぐ孫娘の姿に、老人は目を細めながら答えた。

 

「じゃが、本当にどこの飛行艇じゃろうな? こんな辺境まで来るとはのう」

 

かつて、ザクダが栄えていた頃──ザクダには前時代の遺産といえる金属製品が多量に埋まっていた。それらを交易品として、他都市から食料品等の物資を手に入れていたが、それらは全て掘り尽くしてしまっていた──なら兎も角、今では何の価値もない都市ゆえに感じた疑問だった。

 

「こんな辺境など侵略する価値もないしのう。まさか迷い込んできたのか?」

 

老人は考え込むが、正解と思える答えが思いつかない。

 

「うわあ、今の飛行艇って人型なんだあ。あっ、こっちに気付いてくれたみたい! 手を振ってくれてる!」

 

「人型の飛行艇? 何を言っておるんじゃ?」

 

思考に耽っていた老人だったが、孫娘の意味不明な言葉に意識が戻る。

 

「飛行艇が人型のわけが……なんじゃ、急に陰りよったぞ?」

 

今まで夕陽に照らされて赤く染まっていた周囲が突然陰り老人は怪訝に思った。まだ、夕陽が沈みきるには早いはずだ。

 

「まいどー、トルメキアから来ましたー」

 

「うわあ! 遠いところから態々ご苦労様ですー」

 

能天気な声が頭上から聞こえてきた。孫娘の可愛い声がそれに答えている。

 

老人はゆっくりと上を向く。

 

そこには居たのは───。

 

 




辺境都市に突如現れた謎の未確認飛行物体!!
その正体は一体何なんだ!?


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トルメキアの白い魔女〜発展〜

元サラリーマンは営業活動が得意です!


巨神兵は、辺境の国々を飛び回って営業活動と農業活動に勤しんでいた。

 

「巨神兵様の御用件とは……?」

 

都市長は、突然現れて伝説の巨神兵だと名乗った巨人を偽物だと疑うことはなかった。

 

まあ、それはそうだろう。

 

一目で分かる。

 

巨人(コレ)が巨神兵じゃなければ何なんだというのだろうか? 巨神兵じゃないと言われた方がもっと怖いだろう。そんな未知の物体よりも、一応は知識にある巨神兵の方がまだマシだと都市長は考える。

 

「うむ、実はこの国でてん菜を育ててもらいたいのだ。もちろん、収穫できたものはトルメキアで適正価格で買い取るぞ」

 

「はあ、てん菜を育てればよいのですか?」

 

都市長としては、もっと暴力的で理不尽な要求を突きつけられると思っていたため、拍子抜けした思いだった。

 

もっとも、その巨大な掌に孫娘を乗せて楽しそうに遊ばせている姿から、それほど酷い事にはならないだろうとは予想はしていたが。

 

「それで、いかほどお納めすれば良いのでしょうか?」

 

「そうだな、出来れば……」

 

幸いなことにこの辺りは、てん菜を育てるのに適した風土のため、あのトルメキアが買い取ってくれるというのなら取引に否はなかった。

 

それに、トルメキアとの縁が出来るのなら、もしかしたらこの都市が腐海に飲み込まれる前に、トルメキアへと孫娘を逃すことが出来るかもしれないという希望が持てた。だが……

 

「そ、それほどの量が必要なのですか!?」

 

巨神兵が求めた量は文字通りに桁が違った。

 

それが可能か不可能かと問われれば、ザクダの働き手が総出で行えば可能ではある。だが、その為にはてん菜以外の作物を作る余裕は無くなるだろう。畑も増やす必要があった。

 

つまり、現実的に考えれば不可能だった。たとえ収穫物を全て買い取ってもらえ、その金で食料品等をトルメキアから購入出来たとしても、肝心の収穫が出来る前にザクダの住民は餓死するだろう。ザクダの備蓄を考えればすぐに分かることだった。

 

都市長は恐る恐る巨神兵にその旨を伝える。どうか怒って暴れないで下さいと祈りながら。

 

「ああ、それなら収穫物の買取ではなく、うちの小作人として雇おうか? うちは月給制だけど、最初の一月ぐらいは何とかなるだろう?」

 

「小作人に月給制ですか?」

 

巨神兵の説明によると、このザクダに “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” の支店を置くからそこで小作人として働け。という事らしい。

 

「食料等も買えるようにトルメキアから運んでやるぞ。そうだな、社内販売ということになるから多少は社員割引もしてやろう」

 

破格の条件だと都市長には思えた。

 

国家間の貿易なら不利な条件を押し付けられる可能性がある。だが、トルメキア皇女が自ら経営する企業に雇われるのなら話は違う。トルメキア皇女が庇護者となるのだ。国としてのトルメキアも決して無体な真似はしないだろう。

 

もっとも、全てはそのトルメキア皇女が信用できるのなら、ということにはなるが。

 

都市長は悩んだ。

 

恐らく、これはザクダの行く末を決める話となるだろう。

 

この巨神兵は真実を話しているのだろうか?

 

トルメキア皇女は信用できるのだろうか?

 

“クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” は、あっさりと倒産しないだろうか?

 

不安要素は色々とあった。

 

悩める都市長を横にして、彼の可愛い孫娘は巨神兵とお喋りをしていた。

 

「それでね、最近は腐海の胞子がここまで飛んでくる日があるから、あまりお外では遊んじゃダメなんだよ」

 

「腐海の胞子? ああ、あそこに見えているな。うむ、どうせ焼畑をするつもりだったし、てん菜に胞子がついても困るからな。今から燃やしちまうか」

 

「巨神兵さんが腐海を燃やしてくれるの!?」

 

「うむ、俺はこう見えてもバーベキューでの火起こしが得意だったからな。腐海などキャンプファイヤーの代わりにもならんわ」

 

「うわあ! 頑張ってね、巨神兵さん!!」

 

巨神兵の意味不明な言葉をスルーしながら可愛い孫娘は声援を送る。

 

その声援に気を良くした巨神兵は大きく口を開けた。次の瞬間、

 

──世界が焼けた。

 

この日、城塞都市ザクダに “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” 支店 第一号店の出店が決まった。

 

 

 

 

辺境の国々は、村レベルから軍事国家と呼べるレベルまで多種多様だったが、その全ての国力を合わせてもトルメキア一国に遠く及ばない程の差が存在した。

 

それほど強大なトルメキアにおいても、彼の巨神兵の存在は別格といえるだろう。

 

“泥沼の王位継承争いを容易く制したクシャナ皇女の力の象徴”

 

“火の七日間で、世界を焼き払った地上で最も邪悪なる一族”

 

“大空を超高速で飛び回る陽気な巨神兵”

 

巨神兵を表す言葉は多々あれど、彼と実際に接した辺境の人々は異口同音に語る。

 

──巨神兵()は我らの恩人であり、紛うことなき英雄だと。

 

 

 

 

「あの巨神兵(馬鹿)は何処にいる!!」

 

クシャナ殿下は激怒していた。

 

現在、トルメキアを含め、トルメキアを盟主と仰ぐ辺境の諸国群は空前の大好景気を迎えていた。

 

始まりは各国で行われた焼畑農業だった。

 

それぞれの国々で別種の作物を一斉に育て始め、それをトルメキアのあるお菓子屋さんが適正価格で買い上げた。

 

それと同時に、各国で食品加工工場も建造された。

 

焼畑農業と食品加工工場で大量の雇用が生まれたお陰で、各国の失業率は改善され治安も回復した。

 

焼畑農業に伴い、各国周辺の腐海が焼き払われた影響で、国民達の心理的閉塞感が激減した。

 

懐事情に余裕ができ、心理的にも余裕が出来た頃、トルメキアで熱狂的な人気を誇るクシャナ殿下がお菓子業界に旋風を巻き起こす。

 

それまでは、貴族などの上流階級しか口に出来なかった高級菓子を一般庶民でも手が届く値段設定で売り出したのだ。

 

当然のように、懐と心にも余裕のある一般庶民達はクシャナ殿下のお菓子に飛びついた。

 

“クシャナ殿下のお菓子革命”

 

それは、後の世に伝えられるクシャナ殿下の偉業の一つである。

 

もちろん批判もあった。

 

皇太子としての立場を利用して、軍事用大型輸送機バカガラスを自分が経営する “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” に格安で売却するなど公私混同も甚だしいだろう。

 

ヴ王に無断で王室の資産を “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” に注ぎ込むなど言語道断でしかない。

 

巨額の利益を出している “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” に対する減税処置など発狂モノだ。

 

だが、それを表立って口にする者は皆無に等しかった。僅かな下級貴族達が騒いでいるだけだ。

 

大型輸送機バカガラスが繋ぐ、辺境の諸国群との広域輸送網は人と物の移動を容易にした。

 

それによって、空飛ぶ巨神兵一人では運搬し切れなかった大物量を運べるようになり、安定した貿易が可能となった。

 

計画当初の資金難は、クシャナ殿下の英断による王室資産の投入により乗り越えられた。

 

“クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” に対する減税処置によって生まれた余剰資金は、お菓子業界以外の分野にも投資されて新たな雇用を生み出した。

 

トルメキアを中心とした経済圏は急激な発展を続け、クシャナ殿下の名声は天井知らずに高まる。

 

そして、当然ながらトルメキアの実質的な統治者であるクシャナ殿下の仕事量も好景気に比例して天井知らずに爆増した。

 

巨神兵(馬鹿)は何処だ!! 私の名前と金を勝手に使って仕事を増やしやがった巨神兵(馬鹿野郎)はどこに逃げやがった!!」

 

 

 

 

「フハハハハッ、姫様を怒らせちゃったから、ほとぼりが冷めるまで田舎でノンビリするか」

 

「笑い事じゃないですよ!? 殿下の側近に戻れるはずだったのに!!」

 

能天気な様子の巨神兵とは裏腹に、寡黙で冷静に見える外見をした男は落ち込んでいた。そんな対照的な二人を見ていた可愛い孫娘は気遣うように声をかけた。

 

「おじちゃん達は大変そうだね」

 

「うむ、働くというのは大変なんだぞ」

 

「うむ、じゃないですよ!! 次の策を考えて下さい!!」

 

「あははっ、大変そうだけどなんだか楽しそうだね!」

 

「フハハハハッ、大変な仕事をも楽しむ。これが大人の男というものだな!!」

 

「俺は側近の仕事を楽しみたいんだー!!」

 

城塞都市ザクダを統率する年老いた都市長は、日課である城壁からの夕陽見物をしていた。ふと、遠くから聞こえてきた孫娘の楽しげな声に頬を緩める。

 

「フォッフォッフォッ、今日も綺麗な夕陽じゃな」

 

年老いた都市長が見つめる先には、美しい地平線に沈みゆく夕陽が、広大な畑を照らしている光景が広がっていた。

 

 

 

 




巨神兵が、お菓子屋さんの売り子さんをする回は機会があれば書きたいと思います。


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トルメキアの白い魔女〜統治〜

新年あけましておめでとうございます!!
今年もお付き合いよろしくお願いします!!


クシャナが、巨神兵()と出会ってから二年が過ぎていた。

 

それはまさに激動の二年間だったと言えよう。

 

クシャナが兄皇子達との王位継承争いに勝ち抜き、トルメキアの皇太子となったのは、巨神兵()と出会ってから僅か一月後の事だった。

 

そして、統治者としての実務を放棄したヴ王に成り代わり、トルメキアの実質的な統治者となったクシャナは、下級貴族の文官達の嫌がらせに耐えながら膨大な量の執務に忙殺される日々を送る。

 

そんな日々が一年ほど過ぎた頃だった。トルメキアの税収が急激に増大したのだ。

 

一年が過ぎて政務に慣れ始めたクシャナだったが、増大した税収のお陰で元々膨大だった執務の量が倍増した。

 

もちろん、国家予算に余裕が生まれたので、クシャナが以前から施行したかった国内インフラ整備、戦傷者や未亡人,孤児への支援、国防の要であるトルメキア軍の老朽化した装備の刷新など数々の政策を実施できたことは良かったのだろう。

 

ただ、その代わりにクシャナの休日が完全に無くなっただけの話だ。

 

働けど、働けど、一向に終わりのない仕事に疲弊していくクシャナ。

 

相変わらずセコい嫌がらせをしてくる下級貴族共にはそろそろ殺意が湧いてくる。

 

税収が増えたのは良かったけれど、最近は稼いでいる奴らが憎くなってきた。

 

そんなクシャナの唯一の安らぎは、最近、三時のおやつタイムに出されるようになった安価な甘いお菓子だけだった。

 

モグモグと、満面の笑みを浮かべながらお菓子を頬張るクシャナ。

 

それを見て悶える赤毛の部下。

 

何も変わらぬ日常の風景がそこにはあった。

 

「それにしてもこのお菓子は安いわりには美味しいな。どこの店の物なんだ?」

 

ふと、クシャナは以前から気になっていた事を赤毛の部下に尋ねてみた。

 

「やだなあ、殿下。これはクシャナ殿下のお菓子屋さんで売ってるお菓子じゃないですかあ」

 

クシャナ殿下の下手な冗談ですね、と思いながらも赤毛の部下は忠臣として当然のように愛想良く答えた。

 

「そっか。私のお菓子屋さんか。うんうん、流石は私のお菓子屋さんだな……って、ちょっと待て!? 私のお菓子屋さんとは一体何の話だ!?」

 

二年近くかけて漸く実を結んだ巨神兵の努力の結晶(内政チート)。それが日の目を浴びた(姫様にバレた)瞬間であった。

 

ちなみに、諸々の事情を知ったクシャナの怒りが冷めるまでの間、巨神兵は無事に逃げ続けることに成功した。

 

 

 

 

それは、クシャナが巨神兵とお茶をしていた時のことだった。

 

巨神兵が思い出したかのように言った。

 

「そろそろ、ドルクとかいう奴らを極太ビームで焼いてこようか?」

 

土鬼(ドルク)とは、皇帝領、7つの大侯国、20余の小侯国と23の小部族国家での計51か国から成り立つ諸侯国連合である。

 

そして、トルメキアと長年敵対する宿敵であった。

 

「……いや、敵対関係にあるとはいえ、問答無用で焼き払うのはどうかと思うぞ」

 

クシャナは、巨神兵のドルクを焼き払おうという提案に言葉を選びながら慎重に答える。

 

敵対しているといってもそれは政治的な問題だ。一般の国民まで戦火に巻き込むというのは最悪の手段だ。

 

可能な限り被害は小さく収めたいとクシャナは考えていた。

 

特に現在は、過剰戦力の巨神兵が味方なのだから武力行使は可能な限り控えたい。

 

開戦すれば七日も持たずにドルクという国が、この地上から物理的に消滅することが分かっていたからだ。

 

そして、現在のドルクはトルメキアに対して軍事行動を控えている。以前は日常的に行われていた国境付近での挑発行為ですら無くなった。

 

この変化は間違いなく巨神兵を警戒しての事だろう。巨神兵の圧倒的な戦力をドルク側が正しく認識しているのならば、今は拙速な行動をする必要はない。時間をかけてドルク側の勢力を削いでいくべきだと、クシャナは判断している。

 

「俺の姫様は優しいな。でも、敵まで優しいわけじゃないんだぞ。俺と出会ったときに腐海に墜落していたのは、ドルクに襲われた所為なんだろう?」

 

「それはっ……確かにその通りだ」

 

巨神兵の言葉にクシャナは、ドルクとの戦闘で命を落とした部下達の顔を思い出す。

 

一瞬だけ、クシャナは憎悪に心を染めそうになる。だが、クシャナの心は王としての信念にとっくに染まりきっていた。

 

復讐心などというものが、クシャナの心に入り込む隙間などなかったのだ。

 

クシャナは、己の心の内を巨神兵()に露わにする。

 

「我が巨神兵()よ。私は別に善人を気取るつもりはない。既に我が両手は、血に染まっているのだからな。己の歩く道が、死と破壊に彩られたものだということも十分に理解しているよ。だが、だからといって私は安易に死と破壊を周囲に撒き散らす愚物に堕ちるつもりはないぞ。私には、私の為に命を賭した者達が冥府にて誇れる者であり続ける義務と責任がある。故に私が歩む道は──王道のみだ」

 

クシャナの信念を聞かされた巨神兵は、己の居住まいを正すと、彼もまた心の内を露わにする。

 

「いやあ、姫様はまだ王様じゃないからノーカンじゃね?」

 

「うるさーい!! つべこべ抜かすなー!!」

 

ポカポカと、有無を言わさず殴りかかってきた姫様の姿に巨神兵は思った。

 

──俺の姫様が将来、Sの女王様にならないように気をつけんといかんな。

 

 

 

 

 




神社で祈ろう!クシャナ殿下が、Sの女王様になりませんよーに!!
――もしかして、Sの女王様の需要ある?


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トルメキアの白い魔女〜転機〜

物語は新たな局面を迎えます。


「お菓子を食べたい」

 

あたしは、腐海の森で残骸漁りをしながらつぶやいた。

 

この前、久しぶりに行ったトルメキアの都は凄い活気にあふれていた。

 

前はなかったお店もたくさん出来ていて、その中に甘くて美味しそうな匂いがするお店があった。

 

そのお店はお菓子という食べ物を売っているお店だと一緒にトルメキアの都に行っていた人に聞いた。

 

そのお店には、大人だけじゃなくて、あたしみたいな子供もいた。

 

その人たちは、買ったばかりのお菓子を大事そうに抱えて持って帰る人や、その場で食べちゃう人とか色々だった。

 

食べてる人はとても美味しそうに食べていた。

 

きっと、お菓子というのはとても高いのだろうなあと思ったけど、あたしが持っているお金でも買える値段だと聞いて驚いた。

 

なんでも、トルメキアのお姫様が安く買えるように頑張ってくれたそうだ。

 

お店の名前もそのお姫様の名前だったから間違いないみたい。

 

それにしても、いい匂い。あたしも食べたい。

 

でも、蟲使いのあたしは食べ物屋さんには入れない。

 

こうやって、道を歩くだけでも他の人たちからは顔をしかめられる。

 

なんでもあたしたちは臭いらしい。自分ではよく分かんないけど。

 

あたしたちが食べ物屋さんに近づけば追い払われてしまう。

 

客の迷惑だって怒られる。あたしたちは客にはなれないらしい。

 

「この部品、使えそう」

 

漁っていた残骸からまだ使える部品を見つけた。

 

こうやって見つけた部品はとても大事だ。自分たちでも使えるし、売ることもできる。

 

売るときは買いたたかれるけど、売れないよりマシだった。

 

お金がないと、どうしても自分たちでは作れないものを買えないから。

 

うん、食べ物屋さんはダメだけど、あたしたちにも物を売ってくれるお店はある。とても高いけど。

 

高くていいからお菓子も売ってほしい。

 

うんしょ、この部品は重いなあ。

 

さてと、戦利品も手に入れたから帰ろっと。

 

 

 

 

“クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” は巨大企業に育った。グループ企業と傘下の企業を合わせれば、その財力は一国にも匹敵するだろう。

 

通常、ここまで膨れあがった企業ならば、トルメキア王国から危険視されてもおかしくはないだろう。だが、そのトップが姫様ならば何も問題はなかった。

 

ククク、これで姫様のアイドル化計画を進められる。

 

早速、アイドルデビューに向けて歌とダンスのレッスンをしてもらうとしよう。

 

「歌とダンスのレッスンだと? 言っている意味がよく分からんが、私は仕事で忙しいんだ。そんな暇はないぞ」

 

姫様に計画の参加を断られた。

 

ど、どういうことだ!?

 

女の子ならアイドルになりたがるもんだろ!?

 

姫様から「プロデューサーさん♪」と呼ばれて慕われる計画はどうなるんだ!?

 

──こうして、巨神兵P として辣腕を振るう前に物語は終わってしまった。

 

 

 

 

俺は心を入れ替えた。

 

この世界は、呑気にアイドルを育てられる世界などではないのだ。

 

弱肉強食の非情なる世界だったのだ。

 

その事にようやく気付くことが出来た。いや、思い出したと言うべきだろう。俺はこの群雄割拠の世界を制し、姫様を世界の女王様にしてみせる。

 

姫様のアイドル化計画はその後だ!!

 

よし、そうと決まれば早速、天下取りを始めるとしよう。

 

まずは、この世界の情報を集めよう。情報を制する者は世界を制す。というからな。

 

まあ、本当は極太ビームで敵対国家を焼いちまった方が手っ取り早いんだけど、俺の姫様はそういうのは嫌がるからな。

 

ここは地道にやっていこう。武力行使は必要最低限だな。

 

問題はどうやって情報を集めるかだな。

 

いつもの様に、あの男を使うか?

 

うーん。あの男を使うと、最後は姫様に怒られることが多い気がするからなあ。

 

今回は別の手を考えるか。

 

そういえば、アイドル化計画の為に、若い子達の流行を “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” の情報網で集められように体制を整えていたんだが、それを使えないだろうか?

 

流石に無理だろうな。

 

だが、トルメキア軍の諜報部を使うのは面白くない。姫様には内緒で世界統一をして驚かせてやりたいからな。

 

きっと姫様は喜んでくれるぞ。そして義理堅い姫様のことだ。俺の願いにも応えてくれるだろう。

 

『私のために世界統一をしてくれるとは……友よ、礼を言わせてもらうぞ。本当にありがとう。ふふ、この恩は返さねばなるまい。よし、お前の為に世界一のアイドルになろう! スーパー美少女アイドル姫クシャナ爆誕よ♪」

 

うむ、完璧だ!!

 

ククク、やる気が漲ってきたぞ。

 

よし、情報収集といえばやはり忍者だな。

 

まずは忍者の里を作るとするか。急がば回れとも言うからな。

 

 

 

 

「なに、これ?」

 

わたしはトルメキアの都に来ていた。お菓子は買えないけど匂いを嗅ぐためだ。

 

くんくん。ああ、今日もいい匂いがする。

 

匂いを嗅いでいると、お店の近くに看板が立っていることに気付いた。

 

わたしは、お店の人に怒られないように近づきすぎないよう注意しながら看板を読んだ。

 

──忍者候補生募集中!!

 

そんな怪しい看板だった。

 

忍者って、どっかの国のお伽話にでてくるやつだよね。

 

誰がこんなものに応募するのだろう?

 

でも、一応は続きを読んでみよう。

 

募集要項

 

1.年齢、性別、身分他、やる気さえあれば全て問わず。

 

2.クシャナ(姫様)殿下ファンクラブに加入義務あり。

 

3.死して屍拾う者なし。(危険手当あり)

 

4.月給制。ボーナス年2回。週休二日制。休日出勤、夜間勤務あり。

 

5.忍者の頭目「クシャナ(姫様)殿下」

 

6.採用者には、グループ企業 “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” のお菓子無料引換券24枚綴り進呈。

 

──わたしは応募した。

 

 




アイドルへの道は、まだ遠いです。


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トルメキアの白い魔女〜候補生〜

隠密部隊を育てよう!


忍者候補生達が集められた場所は、城塞都市ザクダだった。

 

そこは、“クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” の支店 第一号店が出店された場所であり、言うなれば、クシャナ(姫様)殿下グループ企業のお膝元と言えた。

 

そして同時に、トルメキア王国から最も遠く離れた都市であるため、“クシャナ(姫様)殿下の目が届かない場所でもある。

 

「フハハハハッ、よくぞ集まってくれた、忍者候補生達よ! お前達にはこれより忍者育成訓練を受けてもらう。その訓練を乗り越えた者は晴れて正式な忍者となり、我が目となり耳となり、クシャナ(姫様)殿下の天下統一の力となってもらうぞ!!」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

巨神兵の訓示に元気よく応える忍者候補生に応募した奇特な子供達。

 

そう、子供達だ。

 

今回の忍者候補生募集に応募したのは子供達だけだった。

 

まあ、それは仕方がないことだろう。流石にクシャナ殿下が頭目を務めるといっても幾ら何でも胡散臭すぎた。

 

忍者とやらの任務内容は各国の諜報活動らしいが、それなら軍の諜報部がある。敢えて新たな部署を新設する意味が分からなかった。しかも、軍の所属ではなくクシャナ殿下が経営する企業に雇われる形だ。

 

つまり、民間企業の諜報部隊。

 

これは、誰が考えても怪しかった。こんなものに応募する大人などいないのも当然であろう。

 

だが、どんなに怪しいといってもクシャナ殿下が経営者なのだ。運営はしっかりしている。

 

そこで、大人達は気付いた。

 

忍者候補生(・・・)という意味にだ。

 

募集されているのは、一人前の忍者ではなく、あくまでも候補生だ。

 

例えば、スラムに住む子供(孤児院に入れない子供はまだまだ多い)、虐待を受けている子供、経済的に苦しい家庭の子供、社会的に差別を受けている子供(他国からの移民等)それらの子供達を候補生として集め、身分を保障をし、賃金を払いながら教育を施す。そして、当然ながら子供達の庇護者はクシャナ殿下となる。

 

この募集は、そんな様々な理由を持つ子供達(・・・)を救うためのものだったのだ。

 

──と、なぜかそう人々に思われた。

 

そんな情報が出回り、忍者候補生の募集には様々な事情を抱える子供達が集まった。(もちろん、そんな特殊な事情を持たない普通の子供も混じっている)

 

当然ながら、そんなことは知らない巨神兵はこの状況を不思議に思う。

 

「ところで、なぜ子供しかいないんだ?」

 

首を傾げる巨神兵だったが、目の前に並ぶ子供達の中から幾人かの見知った顔を見つけると、その口元に笑みを浮かぶ。

 

「まあ、別にいいか!」

 

子供なら気長に育てればいい。子供は無限の可能性とも言うからな。急がば回れというヤツだ。と考えた巨神兵は、細いことは気にしない事にした。

 

そして、次に巨神兵が何となく発した言葉は、子供達の胸に強く刻まれることになる。

 

──さあっ!! この俺にお前らの無限の可能性とやらを見せてみろ!!

 

 

 

 

その娘は、都市長の孫娘だった。

 

ある日、孫娘は看板を見つけた。

 

「えーと、忍者候補生の募集なんだ。忍者ってなんだろ? あっ、やっぱりクシャナ殿下の会社なんだ。ということは、巨神兵さんも関わっているのかな? うん、今度来たときに聞いてみようっと!」

 

妙にご機嫌になった孫娘は、軽い足取りでその場を去っていった。

 

 

 

 

少女は、蟲使いの娘だった。

 

虫使いに拾われる前は、戦災孤児だった。

 

その前は、覚えていない。

 

ある日、少女は甘いお菓子に誘われて忍者になろうと思った。

 

うん、意味が分からない。

 

募集の受付場所に行った少女は嫌がられた。

 

少女は思い出す。

 

嫌われ者の自分を思い出す。

 

甘いお菓子に浮かれていた頭は冷静になった。

 

くんくん。と、自分の匂いを嗅いでみる。

 

やっぱり、自分じゃ分からない。

 

でも、自分は臭いらしい。

 

少女は受付の人を見つめてみる。

 

顔をしかめて嫌そうだった。

 

受付はしてくれない。

 

シッシと手を振っていた。

 

少女は諦めてうな垂れる。

 

「……もう、帰ろう」

 

少女は家に帰ろうと思った。

 

家とは名ばかりの穴ぐらへ。

 

急に少女の周りが暗くなる。

 

──受付拒否をするな!!

 

頭の上から大声がする。

 

少女は頭の上を見上げてみる。

 

「おっきな、おじちゃん?」

 

──ククク、この世界じゃ初めてだな。そんな呼ばれ方されたのは。

 

少女は首を傾げてみる。

 

少し考えてポンと手を打つ。

 

「ごめんね。おっきな、お兄ちゃん」

 

雷鳴のような笑い声が聞こえた。

 

少女はビックリした。

 

そして、蟲使いだった娘は、忍者候補生の少女となった。




忍術といえば何を思い浮かべますか?
私は神風の術です。


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トルメキアの白い魔女(番外編)〜目覚め〜

今夜は風の谷のナウシカがテレビ放送されるので、映画版の設定で番外編を書いてみました。主役は黒い巨神兵なので、映画版の終盤で巨神兵が目覚める所から始まります。万が一、映画版をまだ見たことのない人は映画版を見てから読んで下さいね。


「─────────っ!!」

 

どこかから声が聞こえる。

 

「─────目覚めろっ!!」

 

誰かを呼ぶ声が聞こえる。

 

「巨神兵よ、目覚めろっ!!」

 

俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

その呼び声には、深い眠りについていた俺を呼び起こすほどの強い想いが込められていた。

 

俺はゆっくりと覚醒していく。

 

その強い呼び声に──

 

「ううん。あと……五分」

 

──応えるために。

 

 

 

 

「やかましい! とっとと起きろ!!」

 

風の谷に王蟲の大群が迫る絶望のなか、私は強制的に巨神兵を目覚めさせるという賭けに出た。

 

何度も巨神兵に呼び掛けた結果、巨神兵は反応を示した。どうやら私は賭けに勝ったようだ。

 

だが、目覚めさせるのが早かったためか、目覚めた巨神兵の反応は芳しくない。

 

あと五分だと?

 

王蟲が迫るなか、そんな余裕があるものか!

 

「起きたのならさっさと行くぞ! 王蟲はすぐそこまで迫っている。貴様の力を見せてみろ!」

 

「えーと、お前は誰だ?」

 

どうやら巨神兵は、目覚めたばかりで状況が判断できていないようだ。

 

仕方ない。時間はないが状況を教えてやる方が話が早いだろう。

 

「私はトルメキア皇女のクシャナだ。お前は我がトルメキアが目覚めさせた。現在、この場所に王蟲の大群が迫っている。お前にはその王蟲の大群を屠ってもらいたい。どうだ、状況は理解出来たか?」

 

「なっ、なんだと!?」

 

巨神兵は驚愕のあまり言葉をなくしたようだ。

 

確かに目覚めたばかりでこの危機的状況では驚くしかないだろう。

 

だが今は、巨神兵が冷静になれるまで悠長に待っていられる状況ではなかった。

 

悪いが強引にでも戦場に連れ出すしかないだろう。

 

「皇女ということは姫様なんだろ? こんな年増の姫様だなんて、この世界には夢も希望も存在しないのか!!」

 

「やかましいっ!! 誰が年増の姫様だ!! 私はまだ25歳だぞ!!」

 

一体何なんだ!? この失礼な巨神兵は!!

 

この私を年増扱いなどあのクソのような兄皇子らにすらされた事はないぞ!!

 

「あーと、すまん。たしかに今のは俺が悪かった。25歳といえば女盛りだもんな。年増はなかった。本当に悪かった。許してくれ」

 

な、なんだ?

 

最低の巨神兵かと思えば素直に謝罪をしてきたな。だが、女盛りと言われると少し恥ずかしい感じがするな。

 

まあ、見たところ本気の謝罪のようだ。今回だけは許してやろう。

 

それにしても、今までは気が逸っていたせいで気付かなかったが、この巨神兵は当たり前の様に喋っているな。

 

巨神兵が喋れるとは思わなかった。だが、意思の疎通がしやすいのは助かる。

 

早く戻らねば、全てが手遅れになるからな。

 

 

 

 

「よかろう。今回だけはそなたの謝罪を受け入れよう。ただし、次はないからな」

 

ふう、どうやら俺の失言を許してくれたみたいだな。

 

姫様といえば十代のイメージがあったもんだからつい口が滑ったが、考えてみれば王族の娘なら老婆でも姫様は姫様だもんな──結婚したら呼び名が変わるんだっけ?

 

「それで姫様……それでクシャナ、王蟲が迫っていると言ったな」

 

「なぜ姫様をクシャナと言い直した。しかも呼び捨てとはな。ふふ、だが許そう。巨神兵である貴様相手に人間世界の権威を説いても仕方ない話だからな。この私を呼び捨てにできるのだ。光栄に思うがいい」

 

「うんうん、感謝感謝。それで王蟲の話なんだが、王蟲ってどんなヤツなんだ? 強いのか?」

 

さっきのクシャナの話だと、俺に王蟲を屠ってくれという事だが、俺はそんなに強くはない……いや、俺は強いのか?

 

ここで俺は、目覚めてから初めて、自分の状況を冷静に見つめた。

 

俺は日本のサラリー……いや違う。俺は巨神兵だ。なんか妙な記憶というか、知識はあるが、俺は巨神兵だ。

 

俺は、調停者にして裁定者の巨神兵。

 

うむ、つまり俺の職業は、弁護士 兼 裁判官ということだな。我ながらエリートのようだ。

 

「貴様、その軽い返事はなんだ。本当に感謝しているのか?」

 

おっと、クシャナが少し不機嫌になったみたいだな。

 

まったく、女性の扱いが大変なのはいつの時代でも一緒だな。

 

「クシャナ、やっと自分の状態把握が完了した。王蟲とやらの処理にいくぞ。それと……クシャナとは良い響きの名前だな。凛としたお前のイメージ通りの名前だ」

 

「……そ、そうか。ではすぐに向かうぞ! グズグズするな、置いていくぞ!!」

 

クシャナはそう言い放つといきなり駆け出した。

 

「クシャナ、ちょっと待て! 俺がクシャナを運んだ方が早いぞ!」

 

俺は慌ててクシャナを呼び止めると、なぜか恥ずかしがるクシャナを無理矢理に掌の上に乗せた。

 

 

 

 

ウググ、この巨神兵め。この私を口説こうとするとは、なんという身の程知らずの奴なんだ。

 

だが今はそんな事に煩っている場合ではない。

 

私は、私を掌に乗せた巨神兵と共に戦場に急いだ……ふむ、私を揺らさない様に気遣っているな。少しポイントアップだぞ。

 

 

 

 

「お前ら逃げるな!! 殿下が戻るまで踏みとどまれ!!」

 

クロトワは逃げようとする兵達を押し留めようとするが、砲撃が全く効かない王蟲の大群に恐怖した状況では無駄だった。

 

もちろん、クシャナ殿下に命を捧げている直属の部下達は一歩も引かなかったが、それで戦局が変わるものではなかった。

 

「ちくしょう、ここまでか……なんだ、この音は?」

 

クロトワが諦めかけたとき、砲撃が響く戦場に別の音が混じった事に気付く。

 

その音はまるで巨大な生物の足音のような。

 

クロトワが耳をすませようとしたとき、それ(・・)は現れた。

 

──絶望すら塗りつぶす漆黒の甲冑を纏いし巨大なる古の戦士。その掌の上に立つは誇り高きトルメキアの皇女。

 

「──薙ぎ払え!」

 

激しい砲撃の中ですら響き渡る凛々しい声。

 

次の瞬間、大地が爆ぜた。

 

赤き光に染まった王蟲の大群が一瞬にして燃え上がる。

 

「すげえ、世界が燃えちまうわけだぜ」

 

かろうじて、クロトワはその一言だけを口にする。

 

それだけその光景は圧倒的だった。

 

絶望の具現とさえ思われた王蟲の大群が次々に燃え尽きていく。

 

抵抗さえ出来ない一方的な暴力だった。

 

兵達はその光景に口々にクシャナ殿下を褒め称えるが、何故かクロトワの目には、大きな掌の上に立つクシャナ殿下が哀しげに見えた。

 

 

 

 

「美味いぞーーーーっ!!!!」

 

腹が痛くなりそうだった。

 

王蟲の大群を容易く屠るのは良いが、その掛け声が最悪だった。

 

美味いぞって、何なんだ?

 

そんな馬鹿みたいな掛け声を私の頭上で叫ぶなと言いたい。私まで馬鹿だと思われるだろうが。

 

「貴様には、王蟲が美味そうに見えるのか?」

 

「あんな気色悪い巨大なダンゴムシが美味そうなわけないだろ。ただの掛け声だ。気になるなら変えようか?」

 

よかった。

 

こいつが蟲食だったらどうしようかと思った。食費は現地調達すればタダかもしれんが、私の精神衛生上、非常によろしくないところだったぞ。

 

「そうか、では悪いが変えてくれるか」

 

「お安い御用だ。では──ゲロビーーーーム!!!!」

 

ゲロ!?

 

皇女の私を掌の上に乗せているのにゲロ!?

 

ダ、ダメだ。

 

こいつを何とかしてくれ。

 

うう、お腹が痛くなってきた。

 

誰か、助けてくれ。

 

 

 

 

王蟲の脅威がなくなった後、微妙な顔をしたナウシカが戻ってきた。

 

「姫姉様が戻ってきた!!」

 

「姫様!! ご無事じゃったか!!」

 

「姫姉様ーーっ!!」

 

「姫様っ、お怪我はありませんか!!」

 

ナウシカの元に集まっていく風の谷の民達。その様子を(お腹をさする)クシャナは微笑みながら見つめていた。

 

その隣で巨神兵もまたナウシカを興味深そうに見ていた。巨神兵は「姫姉様か」と小さく呟いたあと、クシャナに声をかける。

 

「クシャナ、あのナウシカって子()姫様なのか?」

 

「言葉は正しく使え。私に聞くなら『あのナウシカって子()姫様なのか?』が正しい言葉だ。それでナウシカだったな。ナウシカはこの風の谷の姫だ」

 

巨神兵はクシャナの言葉に「そうか」とだけ返すとナウシカに向かって叫びながら駆けて行った。

 

「姫姉様ーーーーっ!!!!」

 

「ひっ!? 何なんですか貴方は!?」

 

突然迫ってきた巨神兵に当然ながらナウシカは逃げ出した。

 

「待ってくれ、姫姉様!! 俺は悪い巨神兵じゃないぞ!! ただ、姫姉様と仲良くしたいだけだ!!」

 

「や、やだ!? 追いかけて来ないで下さい!!」

 

ナウシカを姫姉様と呼ぶのは彼女より年下の小さな子供だけだ。それが巨大な巨神兵が姫姉様と叫びながら仲良くしようと迫ってくる様子は、流石のナウシカをもってしても恐怖を感じざるを得なかった。

 

必死になって逃げるナウシカ。

 

オロオロする風の谷の住民達。

 

巨神兵と一緒になって子供達はキャアキャアと楽しそうに姫姉様を追いかける。すでに順応力だけならナウシカを超えているだろう。

 

トルメキア側は見ない振りをしていた。

 

一人だけ腹を抱えて笑っているクロトワ。

 

クシャナのお腹はシクシクと痛んだが、ふとナイスアイデアが脳裏をかすめた。

 

「ああ、もうあんなに巨神兵と馴染むとは、流石はナウシカだな。よし、ナウシカを巨神兵の世話役として雇おう。対価として風の谷に対してはトルメキア王国として最大の支援をする事をここに誓おう」

 

「ええっ!? 勝手なことを言わないで!!」

 

その言葉にナウシカは巨神兵から逃げながらも抗議する。

 

「いや、それはダメだ。姫姉様は風の谷の姫姉様だからな。風の谷から連れ出すのはマナー違反というものだ」

 

「なに!? 貴様がマナーなどを気にするのか!?」

 

まさかの巨神兵の反対にクシャナは驚愕する。対してナウシカもクシャナとは別の意味で驚愕していた。

 

「え?……巨神兵さん、ごめんなさい。どうやら私は貴方の事を誤解していたようです。貴方は優しい方だったのですね」

 

やはりナウシカはナウシカだったようだ。

 

巨神兵に対しても友愛の心を向ける。

 

その優しい表情を向けられた巨神兵は、前言撤回をしてナウシカを連れて行きたくなるが、紳士としての鋼の自制心を総動員する事で我慢した。巨神兵は己の欲望よりもナウシカの幸せを優先した。

 

そして、この短時間で巨神兵の本質など理解したくなかったが、不本意ながら理解してしまっていたクシャナは、そんな巨神兵の心の動きに気付いていた。

 

巨神兵がナウシカに向ける優しい視線。

 

──こいつ、私のこと口説いたくせして。

 

少しだけクシャナは不機嫌になった。

 

 

 

 

トルメキアからの迎えの飛行艇に乗り込むクシャナ。

 

巨神兵はクシャナにつき合ってトルメキアに向かうことを決めていた。

 

「……本当に良いのか? 私と共にトルメキアに行けば、血塗られた道を歩むことになるぞ」

 

クシャナは巨神兵と視線を合わさぬまま語りかける。

 

「ほう、クシャナが歩むは血塗られた道か。ならば尚のこと、俺はクシャナと共に歩かねばなるまい」

 

「……同情か?」

 

「ククク、何を言っている。俺達は戦友だろ。クシャナの背は俺が守ろう。俺の背はクシャナに任せた。共に戦い、いつか互いの願いを叶えるぞ」

 

覚悟を込めたクシャナの問いに巨神兵は笑いながら平然と応えた。その巨神兵の言葉にクシャナは胸に熱いものを感じた。

 

「そうか、そうだな。私達は戦友だったな。わかった、貴様の背は任せろ。私の背は任せたぞ」

 

クシャナは巨神兵に向けて右手を差し出した。その差し出された右手に巨神兵は指先で優しく触れる。

 

皇女と巨神兵が友情を確認し合うその姿を見ていたクロトワは呟いた。

 

「こりゃあ、ヴ王に勝ち目はなさそうだ。殿下について正解だな」

 

クロトワはニヤリと笑った。

 

 

 

 

クシャナと巨神兵を乗せた飛行艇が飛び立つ。小さくなっていく風の谷を見つめながらクシャナはふと気になった事を巨神兵に尋ねた。

 

「そういえば、お前の願いとは何なんだ?」

 

「ああ、大した事じゃないんだがな。俺の願いは──」

 

──この後、クシャナの『馬鹿か貴様は!!』という怒鳴り声が、風の谷の上空に響き渡った。

 

 




このクシャナ殿下は25歳なので、巨神兵は頭を撫でずに握手をしました。呼び方も姫様ではなくクシャナと呼び捨てです。でも本編の方ではクシャナが成長しても呼び方は姫様のままです。そこは長年の付き合いがあるからですね。


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トルメキアの白い魔女〜母娘〜

クシャナ殿下の母がでます。


クシャナの朝は早い。

 

日の出前にはメイドに優しく起こされ、母と食事を共にする。

 

クシャナは、母に無理をして付き合う必要はないと幾度も伝えているが、母の方は聞くつもりはなさそうだった。

 

「私の可愛いクシャナ。あなたと一緒に過ごせる僅かな時間を母から奪わないでほしいわ」

 

「あのですね、母上。私の名を呼ぶときにわざわざ可愛いという形容詞をつけるのは、そろそろやめてもらえませんか? 私にも立場というものがあるのですよ」

 

いまやクシャナはトルメキアを率いる立場である。その彼女が母から可愛いと呼ばれていては威厳も何もあったものではないだろう。

 

「まあ、私の可愛いクシャナ。母からあなたと過ごせる時間だけではなく、あなたへの愛情表現まで奪おうと言うの? よよ、母は悲しいですわ」

 

「ハァ……全く、どこで嘘泣きなど覚えられたのですか?」

 

余りにもあからさまな嘘泣きに、流石のクシャナも呆れてしまう。

 

「巨神兵ちゃんに教えてもらったのよ。涙は女の最大の武器だって言ってたわ」

 

「やはりあいつ(馬鹿)でしたか。いえ、母上に余計なことを吹き込むのはあいつ(馬鹿)ぐらいしかいませんでしたね」

 

「もう、私の可愛いクシャナ。巨神兵ちゃんを馬鹿だなんて言ってはダメよ。あなたの数少ない……いいえ、あなたのたった一人のお友達なのですからね」

 

「ハハ……」

 

クシャナは、母からの身も蓋もない言葉にぎこちなく笑う。

 

「それにしても巨神兵ちゃんには感謝しかないわ。あの子のお陰でこうして安全に食事もとることができるもの」

 

「母上……そうですね。本当にその通りです」

 

安全に食事がとれる。

 

それは普通の人にとっては当たり前だと思うかもしれないが、つい最近までこの母娘にとっては当たり前ではなかった。

 

クシャナの母親――王妃は唯一、正当な王家の血をひく王女だった。その彼女と結婚することでヴ王は王位についたのだ。

 

クシャナは王妃の実の娘だったが、三人の王子達はヴ王の連れ子だった。

 

その為、クシャナの正当な王家の血を嫌ったヴ王や他の王位継承権を持つ者達からクシャナは常に命を狙われていた。

 

クシャナの食事に毒を盛られることなど頻繁に起こっていた。

 

王妃は懸命にクシャナを守っていたが、敵だらけの王宮での戦いは、徐々に王妃を疲弊させていった。恐らく巨神兵が現れていなければ、今頃王妃は限界を迎えていただろう。

 

その事を誰よりも理解しているのは王妃自身であり、彼女が巨神兵に向ける感謝と信頼はクシャナ以上のものだった。

 

「ごめんなさい。なんだか湿っぽい感じになっちゃったわね。これからお勤めに出るクシャナちゃんにはよくなかったわ」

 

「ちゃん付けもやめて下さい!!」

 

「うふふ、クシャナちゃんは反抗期なのかしら?」

 

ちゃん付けされたクシャナは顔を赤らめながら抗議する。王妃はそんな娘の様子に目を細め幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

 

クシャナを見送った王妃はのんびりと刺繍を楽しんでいた。今の彼女は生まれてから初めて心の底から寛げる日々を送っていた。

 

王妃の愛娘を脅かしていた皇子達には王位継承権を放棄させた。今後は死ぬまで軟禁生活が続くことになるだろう。

 

ヴ王も王としての実権は既になく。クシャナが王としての経験を積む間だけのお飾りでしかない。

 

すぐにヴ王を退位させないのは王妃の判断だった。万が一、クシャナが失政をした場合には、ヴ王に責任をとらせて退位させる為だ。

 

「それにしても本当に巨神兵ちゃんには感謝しかないわね」

 

王妃が巨神兵に感謝するのは、彼が兄皇子派の勢力を一掃しただけが理由ではなかった。

 

巨神兵は、彼が持つテレパシー能力を駆使して王宮内に潜む反クシャナ派の者達を判別してくれたのだ。

 

そのお陰で不穏な者達を一掃できた王宮内は、クシャナに心酔する者達に守られた安心できる場所になった。

 

「嫌そうにしながらも、私達に協力して下さったわ。本当に巨神兵ちゃんは良い方ね」

 

そう、巨神兵にとって他人の心を読むことは容易いが、他人の心を読むということはその心に触れることになる。

 

基本的にクシャナ以外の心に触れたがらない巨神兵にとっては、反クシャナ派の心に触れるなど嫌悪しかなかった。

 

『まあ、仕方がない。俺の姫様の為だからな』

 

そう言いながら巨神兵は嫌々ながらも協力をしてくれた。

 

「そういえば、巨神兵ちゃんから “忍者の里” 設立の為の予算要求がきていたわね。ふふ、前の “クシャナ(姫様)殿下のお菓子屋さん” は大成功だったわ。今度も頑張ってね、巨神兵ちゃん」

 

王妃は、忍者の里計画に対する王家からの支出を決めた。

 

「でも忍者の里って何のことかしら? 里芋の一種とかかしら? 美味しかったら嬉しいわね。うふふ、また完成したなら巨神兵ちゃんに持ってきて貰いましょう♪」

 

王妃はそのクシャナに良く似た容貌に楽しげな表情を浮かべてまだ見ぬ “忍者の里” を心待ちにする。

 

 

──長年のストレスから解放された王妃はその反動なのか、ちょっとだけ頭の中がお花畑になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




仕事が再開するので、次回からはまた不定期となります。今度は数ヶ月後とかにならないよう頑張りたいと思います。


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