オーバーロード ~経済戦争ルート~ (日ノ川)
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序章 ルート変更 第1話 経済戦争ルートへの舵切り

時系列的には五巻の中盤、アインズ様が金が無いと嘆いた少し後くらいです。


「金が足りない。全然足りないぞ」

 広い机の上に散らばった金貨や銀貨を数えながらアインズは幻術で作られた顔を歪めた。

 

 一般人ならば一財産、下手をすれば一生をかけても稼げないほどの額ではあるがアダマンタイト級冒険者として相応しい宿を維持するための必要経費。そして何よりも。

 

「まだまだ実験したいことは山ほどあるというのに」

 エクスチェンジ・ボックスにこの世界の物質を入れてユグドラシル金貨を生産するのに効率のよい物を探すことを始めとした、ナザリックの維持や強化の為にやるべき実験は多数存在する。

 

 しかし現状、外貨を稼ぐ手段はアインズとナーベラルが冒険者をする他に存在しない。

 これではあまりにも心許ない。

 かといってあれもこれもと片っ端から依頼を受けては他の冒険者たちから反感を招く。

 せっかく王国に三組しか存在しない最高位冒険者という地位を手に入れたのだから、評判が下がるようなことはしたくない。

 

「けど、そのせいでの出費でもあるんだよなぁ」

 アインズは愚痴をこぼしながら立派な──ナザリックと比べればあまりにも見窄らしいが──最高級宿屋の室内を見渡した。

 

 もういっそのこと、エ・ランテルに屋敷でも構えてそこを拠点にするという方法を考えたが、場合によってはエ・ランテルを出て別の都市や、何なら別の国で活動する可能性もあるため今のところは保留にしている。

 

 ため息を吐き出そうとしたアインズは扉がノックされる音を聞き、慌てて硬貨を皮袋の中に仕舞いこんだ。

 相手は分かっている、ナーベラルだ。

 彼女にナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが金欠で頭を悩ませている姿など見せるわけにはいかない。

 

 入れ。と短く告げた後、予想通りナーベラルが入ってきたことを確認し、アインズは堂々たる態度で彼女を出迎えた。

「何かあったか。ナーベ」

 随分慣れてきた作られた支配者の声で言う。

 

「はい。モモンさ──ん」

 既に彼女の癖となりつつあるそれに対してアインズは諦めにも似た感情で訂正せずに先を促す。

 ここまで言っても直らないところをみるとやはり、そうあれと作られた設定によるものなのかもしれない。

 しかし彼女は自らの失態を恥じたようで、申し訳ございませんと深く頭を下げた。

 

「よい。自分で気づき訂正したことは評価しよう。以後注意せよ、それで何かあったか?」

 おそらく無駄だろうなぁ。などと思いつつ改めて用件を問う。

 

「はっ。モモンさんにお会いしたいという者が来ております。商人だという話ですが、如何されますか?」

 

「商人? 何か注文していたか?」

 本来アインズにもナーベラルにもこの世界のアイテムなど何の役にも立たないのだが、冒険者をしている手前、消耗品などのアイテムを購入しないと怪しまれると考えて時折商人にアイテムを注文したり、またエクスチェンジ・ボックスの実験の一環として、産地による金額の差が生じるかを調べるために様々な場所から鉱物を買った際など、商人に注文することがあったが、現在そうした物を頼んだ覚えはなかった。

 

「いえ。それがどうもあの下等生物(カマドウマ)はただの使いのようで、商人のいる屋敷まで来てほしいとのことでした。下等生物(フナムシ)ごときがモモンさんを呼びつけるとは不愉快極まり無いことですが、何か話があるとのことでしたのでこうして伺いに参りました」

 

「屋敷に直接となると何か良いアイテムでも入荷したから買わせようという腹か、それとも単に接待でもして恩を売る気なのか。商人の名前は言っていなかったのか?」

 

「確か、ロフーレ商会の者と言っておりました」

 

「ロフーレ?」

 聞き覚えのある名だ。

 どこだったか。と微かな記憶をたぐり寄せる。

 

「そうか。確かこの都市で有数の商会がそんな名前だったな。確か食品関連の」

 アンデッドであるアインズが飲食ができないため、大商会であっても記憶に留めていなかったが、噂話程度で聞いた覚えがある。

 

「しかし食品関連の商会となるとな。歓迎を受けて店の自慢の品ですなんて食べ物を出されても困るな」

 食べ物を口にできないアインズとしてはそうした食品関連の歓迎が一番困る。

 

 例えば武器などを扱う商会であれば、歓迎を受けても、口を付けず先ずは商品を見せてほしいなどと言って誤魔化すこともできるが、食品を扱う商会であれば一番の売りが食べ物であり、飲み物なのだ。

 それを断ることはできない。

 

 ナーベラルだけに食べさせるという手もあるがお世辞など言えないナーベラルでは素直に不味いと言い出しかねない。

 

 やはり断るのがベターだな。

 

「ナーベ。相手にはこれから急ぎの用事があるため、申し訳ないが断ると伝えよ。時間ができたらいずれこちらから伺うとも言っておけ」

 前々から打診されていたわけではなく、いわばアポなしの話だ。断っても角は立たないだろう。

 ついでに社交辞令混じりのフォローを入れておけば問題ない。

 

「畏まりました。伝えてきます」

 深く礼をして部屋を後にしようとするナーベラルにふとイヤな予感がしてアインズは彼女を呼び止めた。

 

「いいな。あくまで私が言ったとおりに伝えるのだぞ。無理やり追い返したりせずに」

 

「……畏まりました」

 一瞬空いた間にナーベラルがどんな対応をするつもりだったのかが透けて見えた。

 呼び止めてよかった。

 ほっと胸をなで下ろしつつ、アインズは再度切迫する財政難について思いを馳せた。

 

「やっぱりスポンサーをつけるのが無難かなぁ」

 そう考えると今断ったのは早計だったろうか。

 いくらフォローを入れたとしても相手も多少なりとも不快に思ったかもしれない。大商人とは場合によっては下級貴族よりも顔が利き、権力を持つと聞いたことがある。

 

 そんな相手に失礼だったか。

 

 今更ながら不安が募る。

 ひょっとしたらアポなしでやってきたのは、こちらを試す意味だった可能性もある。

 しかし今更追いかけてやっぱり行きますと言うわけにもいかない。

 

「せめてこういうのはリーダーから言うべきだったんじゃないか?」

 漆黒はリーダーは当然モモンであり、周囲の人間もナーベは仲間あるいは従者だと勘違いしている節がある。彼女の言葉遣いなどが直らない理由付けにもなるのであえて否定はしてこなかったが、そう思われているとしたら、従者によってにべもなく断られたと相手は考えるだろう。

 

 不味い。

 

 アインズは慌ててテーブルの上に置かれた皮袋を仕舞うと立ち上がり、部屋を出た。

 

 

 

 一階に降りると、戻る途中だったナーベラルとはち合わせた。

 どうやら間に合わなかったらしい。

 

「モモンさん。お出かけですか? でしたら私も」

 

「先ほどの使いは? もう帰ったのか」

 

「はい。大変残念ですがまたの機会に、いつでも商会にお越しください。とのことでした。どうも我々が一度も商会に顔を出していないのが気になっているようです」

 周囲の人目を気にしてナーベラルが小声でアインズに告げる。

 

「そうか」

 よく考えてみれば当たり前かもしれない。

 ある程度名前が売れて金を持っている冒険者であれば、都市有数の大商会に顔を見せない方がおかしい。

 しかも武器やアイテムなどを扱う商会には顔を出しているのだから、なぜ自分のところだけ。と思っても不思議ではない。

 アンデッドであるが故につい食品や飲料に無頓着になっていたが、こちらも無駄になったとしても商会で購入しておけばよかったのだ。

 

「よし。ナーベ近々お前がロフーレ商会に赴き、携帯食や飲料を購入しておけ」

 

「畏まりました……ですが、相手は私ではなくモモンさんに近づきたいようです。おそらく私が行っても奴らは満足しないでしょう。食品以外にも様々な物を仕入れることもできると伝えてほしいとも言っていました」

 

「そうか」

 やはり本格的に飲食ができる方法を考えるべきか。

 自分が直接行くのではなく替え玉を用意するというのはどうだろう。

 

 例えば──

 

 己の黒歴史が敬礼している姿を思い浮かべ、アインズは小さく首を振った。

 ここから先のことは後でゆっくり考えよう。

 

「ナーベよ。少し出かけるぞ」

 本当は使いの者がいなくなった時点でもう用はないのだが、このまま戻っては何をしに出てきたのかと思われる。

 

「はっ。お供します」

 周囲の視線が集まるのを感じつつ、アインズは宿のスタッフに見送られながら外に出た。

 

 

 

 とはいえ別に用事があるわけでもない。

 

 さてどこに行こうか。

 冒険者組合にでも顔を出して依頼を探すか。

 

「モモンさん。本日はどちらに?」

 

「う、うむ。とりあえず」

 冒険者組合に。と続けようとしたアインズだが、その前に自分たちの真横に大きな馬車が止まった。

 

「先ほどの商会の使いの下等生物(チャタテムシ)です」

 馬車操る御者に視線を向け、小さくナーベラルが言う。

 

 わざわざ下等生物をつけなくても商会の使いでいいんじゃないだろうか。

 

 そんなことを考えていると馬車の扉が開き、中から中年の男が顔を出した。

 四十代後半ほどのでっぷりと腹の膨らんだ男で、派手すぎない品の良い服を着た間違いなく上流階級の人間だ。

 話の流れからするとこの男も商会の者。

 あるいはこの男こそが商会のトップなのかもしれない。

 

「おお。これはこれは漆黒の剣士モモン殿ですな」

 

「如何にも。私がモモンですが……貴方はロフーレ商会の?」

 

「ええ。バルド・ロフーレと申します。初めまして」

 

「貴方がロフーレ殿でしたか」

 やはり本人か。商会のトップが直接来ていると分かっていれば別の対策をとれたものを。

 使いの者が敢えて黙っていたのか、それともナーベラルが伝え損ねたのか。

 だとすればナーベラルの失態だが。

 

「申し訳ない。できればこの馬車で案内する際に、驚いていただこうと黙っていたのですが。どうにも間が悪かったようで、これからお出かけと伺いましたが?」

 サプライズを仕掛ける気だったのか。こんなオッサンに仕掛けられても苛立つだけで驚きも喜びもしなかっただろうが。

 とりあえず疑ってしまったナーベラルに心の中で詫びを入れつつ話を合わせる。

 

「ええ。実は急ぎの用がありまして。折角のお誘いを断るのは心苦しいのですが」

 

「でしたらどうでしょう。良かったら乗っていきませんか? 私も当然この後は用事はありませんのでね」

 結局のところ相手の今回の目的は、モモンと顔見知りになりたいということなので、馬車の中でも問題ないのだろう。

 しかしアインズとしては大いに困る。

 

 示された馬車は大商人らしく立派なものだ。

 その割に供回りがいないのは気になるが、貴族ではなくあくまで商人ということで敢えて連れていないのかもしれない。

 相手によっては執事やメイドを連れ歩いていると逆に偉そうだと不愉快に思う者もいるのだろう。

 生産業の者や職人などはそうした者が多そうな気がする。

 

「如何されました?」

 

「いや、失礼。実は今から行くのはかなり遠い場所でして、既に馬車も用意してあるのです。有り難い申し出ですが今回は」

 

「そうですか。依頼ですかな? 流石はアダマンタイト冒険者ともなると依頼がひっきりなしということですか」

 そうです。

 と返事をしようとして、相手の目がこちらを観察するように見ていることに気がつく。

 

 この目には覚えがある、アインズがリアルで営業をしている時に見た目だ。

 こちらが返事に窮したとき、正解らしいことを口にしてこちらを引っかけようとしてる者の目。

 

 よく考えれば相手は商人、冒険者組合に問い合わせをして、漆黒に現在依頼が入っているか確認ぐらいはしているはずだ。

 その上で今は何も用事が無いと知ったからこそ、アポなしで話を持ってきたに違いない。

 であればここで頷くのは不味い。

 何か別の言い訳を考えなくては。

 

 依頼以外でどこか遠くに行く用事。

 既に不自然なほどの間を空けてしまっている急がなくては。

 久しぶりに頭を高速で回転させながら考える。そして運良く一つの考えが思い浮かび、アインズはそれをそのまま口に出した。

 

「実はこれから王都に向かうところでしてね」

 

「王都に?」

 

「ええ。以前から注文していた商品が幾つかあったのですが最近依頼が立て込んでいて後回しになっていましてね。それが大方片づいたので改めて受け取りに」

 

「なるほど。それでわざわざ王都まで。しかしそういうことでしたら言ってもらえれば、私どもの方でご用意もできたのですが。物によっては王都よりも良い品も安く仕入れることが可能ですよ。ここだけの話ですが王都の品は見栄えばかりで中身の伴わない物が多いですからね」

 バルドはこちらが言い淀んでいたのを商人の前で別の商人に会いに行くと言いづらかったのだと勝手に勘違いしてくれたらしく、王都の商会についての苦言を述べ始める。

 

 曰く王都は品数は多いが、食品やポーションなど、質の劣る物が多々あり、それを見分けるのがとても難しいとのこと。

 

 話を聞きながらアインズは考える。

 現在王都で調査を行っているセバスからの報告書ではそうした記述はなかった。

 むしろ高い品も多いが、その分店構えも高級で丁寧な仕事をするところが多いと聞いていたが。

 商人目線では違うのか、それともこれは単に印象操作をしているだけなのか。

 

(さてどうしたものか。話が止まらん。馴染みの商人だから大丈夫とでも言えばいいか。しかしなんて店だと聞かれても困るしな。信頼できる商会があれば……ん?)

 しっかり話を聞いている振りをしながら考えていたアインズの脳裏に閃きが走る。

 

「いやロフーレ殿。貴方の心配は有り難く思いますが実は私には昔から懇意にしている商会がありまして。その商会が王都で支店を出そうとしていると聞きましてね。まだ正式に店は出していないのですが私は昔から利用しているということもあり今回話を持ちかけられたので心配は無用です」

 

「ほう。アダマンタイト級冒険者御用達の商会ですか。気になりますな、差し支えなければその商会の名前を教えていただけませんか?」

 バルドの目が一瞬だけ鋭くなったような気がした。

 離れていても商売敵になるかもしれない相手だ当然気になるだろう。しかしその問いに関する答えは既に用意していた。

 

「ご存じ無いとは思いますが。シグマ商会と言うところでして。本来は帝国のそれも極一部のみで商いをしていた店なのです」

 シグマ商会。

 それはセバスとソリュシャンが王都で調査をするに当たって作り上げたアンダーカバーである『帝国某都市から来た金持ち商人の息女とお付きの執事』という設定をさらに膨らませたもので、元々帝国で商売をしていたが王国にも手を広げるため、ソリュシャンに商人の息女としての修行もかねて下見に行くように指示を出され、一人では心配なので執事のセバスも一緒に来た。

 という設定だ。商会の名前に特に意味はなく、プレアデスの姓にも使用されているギリシア文字の一つをそのまま使用しただけだ。

 

 現在準備中なのだからバルドが知らなくても問題はなく、後で調べようとしたらセバスに適当な店を構えてもらい辻褄を合わせれば済む。

 

(我ながら良い案を思いついたものだ。これならば矛盾はないし、セバスに幾つか商品を仕入れさせておけば証拠も……待てよ? 商会を実際に開店させてナザリックの品を売れば儲けられるのでは。いや駄目だ、ナザリックの物は仲間たちが集めた大切なもの。俺が勝手に売り払って良いものではないし、この世界とはレベルが違いすぎて怪しまれる。しかしもっとレベルを落とした物をナザリックの技術で作ればそれだけでも……)

 これは良いアイデアなのでは?

 

 先ほどまで必死になって考えていた資金不足を解消する手段になりうる。とさらに深く考えようとしたアインズにバルドが水を差した。

 それもアインズの予想を大きく裏切る形で。

 

「おお! シグマ商会の。それは安心できますな。そういえば聞いておりませんでしたが店はいつ頃開店するのでしょうかな?」

 

(ええ!? なぜこの男が知っている! そもそもオープンする予定なんてないのに)

 思わず動揺してしまうが、直ぐに精神の鎮静化が発生する。

 強制的に落ち着かされながらも、アインズは慎重に確かめる。

 

「シグマ商会をご存じなのですか?」

 まさか同名の商会が存在したのだろうか。

 

「いえ。実際に取引をしたことはないのですが、シグマ商会のご息女と執事のセバスさんとはちょうど黄金の輝き亭で知り合いましてね。モモン殿もセバスさんとは顔見知りなのですか? でしたら私がよろしく言っていたと是非お伝え下さい」

 先ほどとは打って変わって友好的な笑みを浮かべてバルドが言う。

 

(そうだった! 王都に行く前にセバスにはここに立ち寄らせたんだ。確か武技を使えるゴロツキを捕まえるための餌としてここで金持ちアピールをさせたはず。こいつはその時の知り合いか!)

 きっとセバスが提出した細かな報告書にはこのことも記されていたに違いない。

 

 しかし、あの後すぐにシャルティアが何者かに洗脳されるという事件が起き、その後は蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃や、アダマンタイト級の冒険者になって様々な依頼をこなしたりとしているうちに忘れてしまっていた。

 

「ええ。セバスさんとはつき合いも長いので、彼ならば問題ないだろうと仕入れをお願いしていたのです」

 ずっと黙っていたナーベラルが後ろで僅かに動揺したような気配を感じる。

 しばらく会っていない上司の名前が突然出て驚いたのだろうか。

 

「そうですな。セバスさんなら問題は無いでしょうな。ではひょっとしてセバスさんの主人。いや、ご息女ではなくそのお父上とも知り合いなのですか?」

 にこにこと優しげな笑みを浮かべているバルドの瞳に一瞬怪しげな輝きが宿った気がした。

 

(ん? いや気のせいか。さて、どう答えたものか。流石に父親までは設定していないはずだ。かといって、商会の主ということになっている者を知らないのもおかしな話だ、ここは適当に話を合わせて後でセバスと口裏を合わせる。これだ!)

 

「ええ。まあ、何度も注文をしていましたから」

 

「それは羨ましい。私もぜひ一度お目にかかりたいと考えているのですが、帝国のどの辺りで店を出しているのでしょう? セバスさんともその辺りまでは話をしていなかったもので」

 

(これはまずい。帝国に探しにいかれたら嘘がばれる。ここは)

 

「申し訳ない。シグマ商会は会員制の小規模高級店でしてね。私が勝手に話すわけにはいかないのです」

 

「ほう。なるほど道理で帝国内でも聞き覚えがないと思いました」

 

「でしょうな」

 

「して、いかほど積めば会員になれるのですか?」

 

(しつこいなコイツ! セバスには別に何も特別なアイテムとかは持たせていないはずだが、何がコイツをそこまで駆り立てるんだ。セバスの立ち居振る舞いか、それともソリュシャンか。そういえばナーベラルにも貴族連中やらがお近づきになろうと寄ってきていたな、こいつもその類か。いや今はそんなことを考えている場合ではない。どう答えるべきだ? 金か? しかしこいつはかなり金を持っている。少なくともアダマンタイト成り立てのモモンに払える額を出せないはずはない。ならば力か? 一流冒険者にしか売らない昔気質の職人の店というのはどうだ? いやしかし、こいつが冒険者に依頼されたら困る。帝国にも冒険者組合はあるという話だし。ええい、もういい、知らん。後は明日の俺に任せよう)

 

「そんなことをしなくても、主人は近々エ・ランテルに来るそうですよ。王国での開店に先駆けてソリュシャン嬢がきちんとやれているか見に来るという話でしたからね。エ・ランテルを通るはずです。ロフーレ殿がセバスさんと懇意ならば私の方からもセバスさんに話しておきましょう。ロフーレ殿が主人と会いたがっていたと」

 

「それはまことですか!」

 

「え、ええ。もちろん。今回のお詫びも兼ねて私からしっかりと伝えましょう」

 

「それはありがとうございます。王都から戻られましたら是非是非我が屋敷にお越しください。歓迎いたします」

 バルドがアインズの手を掴み大きく揺らす。

 

「ええ。その際は是非」

 疲れは声に出さないように努めながら、アインズはどうにか返事をした。

 

 

 ・

 

 

 王都に向かう馬車の中でアインズは頭を抱えていた。

 といってもナーベラルも一緒のため、動揺を表に出すようなことはしない。

 向かいに座るナーベラルも何か言いたげにこちらをチラチラと観察している。

 

「ナーベ」

 密室とはいえ一応外に声が漏れることを考えナーベと呼ぶ。

 

「はい!」

 弾かれたように返事をするナーベラルにアインズは腕を組んだまま自分の真横を顎で指した。

 

「こちらに来い。話がある」

 

「そんな恐れ多い、私などがモモンさ──んの隣になど」

 

「御者に聞かれては困る。命令だ、来い」

 声を落とし再び告げる。

 

 それなりに高級な馬車を借りたため盗み聞きされる心配はほとんどないが万が一ということがある。

 それを防止するアイテムもあるが使い捨てのため少々勿体ない。

 

「で、では失礼いたします」

 おずおずとアインズの隣に移動したナーベラルは身を硬くし、小さくなっていた。

 

 冒険中はこれぐらい近づくこともあるのだから、別に緊張することはないと思うのだが、密室でとなると勝手が違うのだろうか。

 

 そんなことを考えながらアインズはナーベラルの耳元に声を落とす。

 

「一応<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させて御者の様子を窺え、何かあればすぐに報告しろ」

 

「は、はい!」

 上擦った声で返事をしつつナーベラルは<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させる。

 どこかサイバーなウサギの耳がナーベラルの頭から生え、それが僅かに動き出す。

 

「問題ないようです。こちらに意識を向けている様子はありません」

 

「では、これからの予定について話す。急になってしまったが、我々はこれから王都のセバスとソリュシャンに合流する」

 

「はい」

 

「それにあたりまずは<伝言(メッセージ)>を使用し、セバスにその旨を伝えよ」

 

「畏まりました。では移動手段はいかが致しますか? このまま馬車で向かいますと時間が掛かりますが」

 

「構わん。馬車で向かうとしよう。モモンが馬車で王都に向かったという話は、バルドがエ・ランテルに広めるだろう。<転移門(ゲート)>で移動しては時間の矛盾が生じる」

 なによりアインズには考える時間が必要だった。

 今頭の中に浮かびつつあるアイデアをセバスたちと合流するまでに形にしなくてはならない。

 

「なるほど、畏まりました。ではそのようにお伝えします」

 早速<伝言(メッセージ)>を発動させるナーベラルを尻目にアインズは目を伏せてアイデアを纏め始める。

 先ほどバルドに語ったデマを真実にするための作戦だ。

 

 現状で決定しているのはセバスとモモンが知り合いであり、モモンがシグマ商会を御用達にしているという点だ。

 

 これはいくつかの利点がある。

 今回のように商人たちがすり寄ってきた際の言い訳に使え、アインズの心労が減る。

 モモンがセバスの知り合いということを利用し、セバスに王都内で漆黒の名声を広めてもらう。

 

 リアルと異なり、情報の伝達を手紙や人の噂に頼るこの世界では情報が広まるのが遅い。

 アダマンタイトになったばかりのモモンの噂もまだ完全には王国に広まってはいないだろう。

 そこをセバスという品の良い執事によって広めてもらえばその情報は確かなものとして伝わるはずだ。

 セバスも王都内の冒険者との繋がりを持たせるのが容易になる。それは今よりも更に多くの情報を集めることが可能になるということだ。

 

(完璧じゃないか。思いつきだが全く穴が見つからない。そういえば必死に考え作られた商品よりも、パッと思いついた商品の方が大ヒットすると聞いたことがあったな。これがまさにそれか。となると問題はあと一つ。実際に商会をオープンさせるのかどうかだ)

 再びアインズは思案する。

 

 商会を運営するというのは大変なことだが、アインズにはすでにアドバンテージがある。

 言うまでもない、商品の質だ。

 この世界の商品はユグドラシルのアイテムに比べればガラクタも同然。

 

 適当な物でもこちらの世界では高値で売ることができるはずだ。

 例えばこの世界にあるミスリルやオリハルコンなどをナザリック内の技術で加工すれば、この世界のものとは比べ物にならない武器や防具が出来上がるのではないか。

 それならば冒険者のモモンが贔屓にしていてもおかしくはない。

 食べ物や飲み物にしても、ナザリックの食堂で出している物とこの世界の食べ物とは格が違う──アインズは食べられないのであくまでもナーベラルたちの言葉によるものだが──という話だ、そちらも売れるに違いない。

 なによりもこれは漆黒としての活動以外でこの世界の金を獲得できる方法だ。もうアインズが数少ない金とにらめっこしながら、頭を捻る必要はなくなる。

 

(これは素晴らしい! こんなアイデアが浮かんでくるなんて。今日はなんて良い日だ)

 疲れ果てていたアインズの頭は自分にとって都合のいいことばかりが思いつき、開店にあたっての初期費用や、ユグドラシルのプレイヤーに気づかれるかもしれないというリスクなどは欠片も浮かんでこなかった。

 自分の思いついたアイデアに浮かれながらアインズはニヤリとヘルムの中で笑みを浮かべた。




次は王国でのセバス達の話からスタート。


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第2話 執事の決断

王国内でのセバスの話
既に本来のルートから外れた行動を取ることになります


「畏まりました。アインズ様には心よりお待ち申し上げておりますと伝えて下さい」

 <伝言(メッセージ)>を切ったセバスの胸に宿ったのは不安だった。

 

 ナーベラルより入った緊急の<伝言(メッセージ)>。

 近日中に主が王都に来るという知らせだ。

 命じられた王都内の調査は出来うる限り細かく報告している。

 情報の精査が一人では困難だからという理由で、真偽の不明な街の噂程度のことまで記載してナザリックに送っている。

 だが、一つだけ記載していない情報がある。

 

(いや、あの程度のことはわざわざアインズ様にお伝えするまでもない。そう判断した、したが──)

 ソリュシャンは早急に知らせるべきだと告げていた。

 それを止めたのはセバス自身だ。

 

(アインズ様たちは馬車でこちらに向かうと仰られた。その間にツアレを安全な場所に連れていくべきか。しかし主がもしツアレのことを知っていてこちらに来るつもりならば、アインズ様が到着する前に逃がしたと思われるやもしれません。であるなら)

 思考を高速で回転させながら歩いていたセバスは拠点としている館の前に到着した。

 

 いけない。

 

 表情を引き締め、扉を開く。

 

「おかえりなさい。せばすさま」

 いくらかまともに会話ができるようになったツアレがいつものように出迎える。

 

「ええ。ただいまツアレ。仕事の方は問題ありませんか?」

 いつもと同じことを聞く。

 

 彼女はコクリと頷くと小さな声で、

「だいじょうぶ、です」

 と告げた。

 

 いくらかマシになったとはいえやはりまだ言葉はたどたどしく、外にも出たがらない。

 これで外に出して一人で生きていけと言っても無理に決まっている。

 

 しかし時間はない。

 いや、内心では既に決めていた。それ以外方法がないと。

 

 ソリュシャンに会いに行くと告げ、ツアレには食事の用意をしておくように伝えて遠ざける。

 ソリュシャンの部屋をノックし、セバスは返事を待たずに扉を開き中に入る。

 部屋の中ではソリュシャンは頭を下げて待っていた。

 今日はツアレが一緒ではないと気づいていたのだろう。

 

「お帰りなさいませ。セバス様」

 

「ただいま戻りました」

 いつもならばここでソリュシャンの方からツアレの処遇について聞いてくるのだが、今日はこちらから伝えなくてはならないことがある。

 

「緊急の報告があります」

 ソリュシャンの表情が変わる。いつもであればツアレのことでセバスに対し不満を露わにしているが、一瞬で表情が引き締まり、ナザリック地下大墳墓の戦闘メイドとしての顔つきになる。

 

「アインズ様が近日中にも王都にお越しになります。ナーベラルも共に冒険者漆黒としてのご来訪ですので、出迎えの際はそのようにとのことです」

 ナザリックの絶対的支配者アインズ・ウール・ゴウンとしてではなく、この世界における主のもう一つの顔である冒険者モモンとして出迎えろという命だ。

 ソリュシャンの表情が目に見えて明るくなる。

 瞳は色の無い濁ったいつものものだが、唇が抑えきれず持ち上がりかけている。

 

「畏まりました。アダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモン様と美姫ナーベとして出迎えるということですね」

 

「ええ。そしてもう一つ、こちらにはエ・ランテルより馬車で向かっているそうで到着までは今暫く掛かります。それまでの間私たちには調査を中断し、人間とは関わらずに静かに生活せよとのことです」

 

「では、歓迎の用意はどういたしますか? このような場所にアインズ様をお迎えするわけには。せめて調度品と簡素でも玉座だけは用意しなければなりません。ナザリックより送っていただけるのでしょうか?」

 ソリュシャンの言にも一理ある。

 冒険者チーム漆黒として出迎えるといってもそれは入り口での話。この館内に入った後は話が別だ。

 

(アインズ様を出迎えるには確かにここは不向き。せめて応接室だけでも何とかしなくては)

 とは言え既に外に出て人間たちと接触することは禁止されている。やはり定時連絡の際にエントマに伝え、ナザリックより調度品を運んでもらえるように話すべきか。

 

「そうですね。その件に関しては後ほど私からエントマに連絡を入れましょう」

 

「畏まりました。それで──あれはどうなさいますか?」

 深々とお辞儀をしながらソリュシャンが言う。あれが何を指すのかは言うまでもない、ツアレだ。

 セバスは唇を閉じ、一度目を伏せてから改めて口を開いた。

 考えは既に決まっていた。

 

「今夜、ツアレが寝静まった後……処理します」

 いつも通りの口調で言ったつもりであったがその声に不必要な力が籠もっているのが自分でも分かった。

 ソリュシャンの瞳が驚いたように一瞬開き、その後すっと細まる。

 

「よろしいのですか?」

 心配しているのではなく、確認しているのだ。

 ツアレを殺せるのかと問われている。

 

 もちろん本来であればそんなことはしたくない。それは己の創造主から受け継いだセバスの正義に反している。

 しかしそれでも、セバスはナザリックの執事。それ以外の何者でもない。

 本来ならばもっと早く外に出すべきだった。

 

 ある程度の金を渡し、この国の外に逃がす。そうすれば生きていける可能性もあった。

 だがもう遅い。

 

 今から外に連れ出すのは無理だ。それは主人が到着するまで大人しく生活せよという命令に反している。

 かといってこのまま主が到着するまで一緒に過ごすわけにもいかない。

 それでは主を迎えるにあたっての準備が疎かになる。執事として不完全な状態で主を出迎えることはできない。

 

 だから今夜、せめて痛みを与えずに眠ったまま静かに命を絶つ。

 

 それがセバスにできる唯一の慈悲だ。

 当然ソリュシャンも賛成するだろうと思われたが、どうも様子がおかしい。

 ソリュシャンはピンと背筋を伸ばすと真っ直ぐにセバスを見つめた。

 

「セバス様。その判断は早計かと」

 

「何故です? ツアレをここに置いておけないと言っていたのは貴女でしょう? ツアレは未だ外の世界で生活などできません。なんとしてもここに戻ろうとするでしょう。それで騒ぎを起こしてはアインズ様の命に背くことになります。ですから今夜のうちに処理をし初めからいなかったことにするのが望ましいと言っているのです」

 口にするだけで己の正義が動揺している。

 二度も同じことを説明させるソリュシャンを知らずのうちに恨みがましく見てしまうが、彼女は表情を変えない。

 

「アインズ様は既にご存じの可能性があります」

 

「まさか」

 何を言われたのか瞬時に判断が付かなかった。

 

 ツアレのことは報告していない。

 報告するでもないと判断した。

 だからこのことを主も含めナザリックの誰もが知るはずがない。

 

 可能性があるとすれば。

 

 ソリュシャンに視線を向けたセバスに彼女はゆっくりと頭を振る。

 

「私は何も告げていません。ですが我らの主、至高の御方であるアインズ・ウール・ゴウン様が私たちの隠し事に気づかないとは思えません。それに私はアインズ様が冒険者モモン様としていらっしゃるというのが気になります。確かあれは違法な娼館で働かされていたのですよね?」

 セバスが黙って頷いたのを確認後、ソリュシャンは続ける。

 

「であるならば、モモン様として何らかの依頼を受け、そのために前もって王都内を調べていた可能性があります。あるいはその娼館自体を何とかするような依頼を受けたという可能性も。でしたらあれを始末するのは得策ではありません」

 

「ではどうするべきだと? アインズ様がいらっしゃるまでただ待つと?」

 

「いえ。セバス様今こそ、今こそあれのことをアインズ様にご報告なさるべきだと思います。報告しどのように対処するのが良いかアインズ様に判断していただくのが最良かと。仮にアインズ様があれのことを知らなかったにしても、話を通しておければ利用する価値があるやもしれません。セバス様も以前に仰っていたように殺してしまった後では利用できませんから」

 このような些事でアインズ様の手を煩わせるわけにはいかない。

 そう言って報告を拒んできたのは他ならぬセバス自身だ。

 

 しかし状況は変わった。仮にソリュシャンの言うことが正解であったならツアレの存在は些事ではない。

 依頼に関係するかもしれない。

 娼館内部を知る情報源になるかもしれない。

 たとえ僅かな可能性でもある以上は捨ておけない。何故すぐに報告しなかったと叱責され、その咎を命で償うことになったとしても。

 己はナザリックのためにこそ行動するべきだ。

 そうしなくてはならない。

 

「わかりました。私から報告します。ソリュシャンは念のためツアレの動向を見ていて下さい。場合によっては即座に処理する可能性もあります」

 

「では一旦眠らせておきましょうか」

 

「何かに使用する可能性もありますので、傷など残らないよう静かに、できれば痛みもなくお願いします」

 魔法の使えないソリュシャンでは眠らせるのは巻物(スクロール)を使うか、物理的に気絶させるしかない。

 判断が降りていない以上、これ以上巻物(スクロール)をナザリック外の者に使用するべきではないのは確かだ。

 

「承知いたしました。ではアインズ様によろしくお伝え下さい」

 頭を下げソリュシャンが部屋を後にする。

 残されたセバスは深呼吸を繰り返した後、一つの魔法を発動させた。

 

「<伝言(メッセージ)>」

 僅かな間をおいて、相手が応答する。

 

『セバス。何かあったか?』

 

「はっ、アインズ様。王都にお越し下さる前に一つご報告しなくてはならないことがあります」

 背中に冷たい汗が流れる。

 恐ろしい。

 

(告げることが恐ろしい、いや。アインズ様に失望されるのが、恐ろしい)

 覚悟を決めてもなお、その恐怖だけは拭えない。

 しかし黙っているわけにはいかない。

 セバスは意を決し、ツアレについての報告を口にした。

 

 

 ・

 

 

「なるほど……事情は理解した。一つ聞こう。セバス、その娘を助けたのは何故だ」

 全ての話を聞き終えた後、アインズは緊張で声を震わせる執事に問いかける。

 

『私の愚かな判断でございます。お許し下さい!』

 

「そういうことを聞いているのではない。理由だ、お前が何故助けようと思ったのか、それを聞いている」

 再度問うと短い沈黙の後、言葉が返ってきた。

 

『助けてほしいと、言われたからです』

 

「それだけか?」

 

『困っている方に手を差し伸べるのは当然のことだと、思ったからです』

 これまでの緊張した声ではなく、きっぱりとセバスが告げる。

 その言葉にアインズは思わず浮かび上がる歓喜の感情を抑えきれなかった。

 かつて自分を助けてくれた純白の騎士の姿が思い浮かび空虚な胸に灯がともった気がした。

 

「そうか──分かった。私はその娘のことなどどうでも良いが、お前が助けたいと願うのであればそれを叶えよう」

 

『し、しかし。アインズ様に余計な手間をおかけするわけには』

 

「セバス。お前が困っているのならば、私が助けるのは当然のことだ。その娘は私がそちらに着くまで眠らせておけ、詳しい話は着いた後だ」

 

『ははっ! 畏まりました。アインズ様……ありがとうございます』

 

「うむ。何か問題が発生した際は、その都度私に<伝言(メッセージ)>を送り判断を仰げ。今回お前が反省すべきは、助けたことではなくそれを私に告げなかったことだ」

 創造主であるたっち・みーの影響を色濃く受けたセバスが、人助けをするのはある意味当たり前だ。

 それがナザリックに不利益を及ぼさないのであれば、アインズとしては特別止めるつもりはなかった。

 

 しかしそれも程度による。

 

 町中で荷物をもってやる程度ならば構わないが、そのまま面倒を見るようなことであれば上司であるアインズに連絡するべきだ。

 コキュートスの件でそのことを痛感し、あの場にいた守護者には全員伝えたが、離れていたセバス達には未だ伝えていなかった。

 それはアインズ自身のミスとも言えた。

 

『申し訳ございません。この償いは』

 

「それも私が着いてからだ。がとりあえずこれ以上問題が起こらなければ許そう。では、私の到着まで大人しく待て」

 アインズの言葉を受けたセバスが力強い返答をした後、<伝言(メッセージ)>を切る。

 隣に座っていたナーベラルがチラチラとこちらを窺っていた。

 どこか緊張しているようだ。

 

(何をそんなに。ああ、そうか。自分がセバスに<伝言(メッセージ)>を送った後、セバスが俺のところに直接<伝言(メッセージ)>を送ったせいか)

 自分が何か伝え忘れていたのか、何か不手際を犯してしまったのかと心配なのだろう。

 

 ナザリック内で着ているメイド服ではなく、冒険者ナーベの格好をしている彼女は人間全てを下等生物と見なし、当然のように冷淡で見下した態度を取っている。

 その格好のままこんなにも恐縮されると、なんだか微笑ましくすら思えてくる。

 

「心配するな。大したことではない。セバスが現在抱えているちょっとした案件に関する報告だ」

 

「なるほど。了解いたしました」

 ここで話を終わらせても、ナーベラルは特に気にしないだろう。

 

(いや、いかんいかん。報連相が大切だと言った俺自身が手本を示さなくてどうする! それに人間嫌いのナーベラルがどう反応するか気になるしな)

 ナザリックにおいて人間は総じて下らない存在というのが一般認識だ。

 しかし、ナザリックにはセバスを初めとしてカルマ値が善性に傾いている者たちも存在する。

 そうした者たちが肩身の狭い思いをするのはアインズとしては避けたいところだ。

 

「いやお前も知っておくべきだろう。ナーベ、お前の意見を聞かせてほしい」

 そんな言葉を皮切りにセバスから受けた報告をそのまま伝える。

 

 初めはアインズの言葉を聞き逃すまいと食いつかんばかりに話を聞いていたナーベラルだったが女を助け治療し匿っている。というところまで話が進んだときには、形の良い眉を寄せ明らかに不満げな顔をしていた。

 

「以上だ。どう思う?」

 

「即刻始末すべきです。その後死体をナザリックのために有効活用すべきかと」

 

(そう言うと思ったよ)

 

「そうではない。助けるのは既に私が決定を下したことだ。ではその決定に従い、その娘をどのように使えばナザリックの役に立つかを考えろということだ」

 これはナーベラル自身にアインズにただ従うだけではなく、自分で考える力を付けさせるためのものだったが、同時にアインズが考えなくてはならない問題でもあった。

 

(ただ助けると言っても守護者のみんなが納得しないよなぁ)

 他ならぬアインズの決定なのだから従いはするだろう。ただしセバスに対して遺恨が残る。

 できれば皆が納得する理由が欲しい。

 

下等生物(ダンゴムシ)風情が何をどうしようとナザリックの役に立つことなど不可能かと思いますが、あえて言うのならば」

 

「おっ、なんだ。言ってみろ」

 

「はい。その娘は違法娼館で働いていたのですよね?」

 

「う、うむ。そうらしいな」

 情報を正確に伝達するためとはいえ、違法娼館で働いていたなどと女性に言うべきではなかったと思うが既に後の祭りだ。

 

「体も治ったのでしたら、再びそこに入れて金を稼がせればよいのでは? 稼ぎなど微々たるものでしょうが、この世界の金を稼ぐにはこの世界の者を使うのが手っとり早いかと思います」

 

「それはセバスが納得しないだろう。そうしたところで働かされているのを不憫に思って助けたのだから」

 凄まじいことを考えるな。と考えつつも、なるほどと思える部分もあった。

 

 この世界の金を稼ぐには、この世界の人間を使うのが手っとり早いという部分だ。

 

 ナーベラルには最初冒険者として登録した日にこの世界の金が無いという話はしていたが、その後は特に何も言わなかったし、買い物などでは金に糸目をつけず資金はいくらでもあるなんて態度を見せていたから、気づいていないだろうと思っていたが。

 

 考えてみれば報酬を受け取る際にはナーベラルも常に一緒にいるのだからどれほど金を受けとっているか分かっていたはずだ。

 彼女も彼女なりに金欠について考えていたということか。

 

「申し訳ございません。愚かなこの身では他に考えなど……」

 

「いや良い。むしろいい案だ。そのまま使うことはできんがよく考えた。ナーベ、そうして自分で考え、提案することが重要なのだとよく覚えおけ」

 コキュートス同様、ナーベラルも自分で考えることができている。これは成長と言っていい。

 未だ<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を解除していないために頭上に生えている耳がピクピクと感情を抑え切れぬように動く。

 

「はいっ! 今後もアインズ様のお役に立てるよう努めさせていただきます!」

 

「ナーベ。モモンだ」

 

「も、申し訳、ございません」

 褒めた途端にこれだ。

 

 しかし、これはナーベラルに限らずナザリックの者に大体当てはまる。

 

 アインズに対する忠誠心の高さ故か、少し怒っただけで絶望するほどのショックを受け、逆に褒めると天にも昇るような幸福感を得るらしく、その前後で言動がおかしくなるのは何度となく見ている。

(主にアルベドだが。む、ナーベラルが落ち込んでしまったか。こうなると本当に無意識なのだろうな。しかしこのままというわけにもいかないか。うーむ、どうしたものか)

 気にするなと言っても恐らく無駄だろう。

 となると。

 

 シュンとヘタレてしまったウサギ耳を眺めながら、アインズは無言でその頭の上に自分の手を置いた。

 何が起こるか分からないため一応魔力で作り上げた鎧は解かずガントレットのまま。

 その状態で撫でると髪を巻き込んでしまうかもしれないので、ポンポンと頭を軽く優しく叩く。

 

「アイ……んん! モモン、さん」

 弾かれたように体をビクつかせるナーベラルが再度アインズと呼びかけて、慌てたように咳払いし名前を言い直す。

 

「うむ。それで良いナーベよ。反省することは大事だが、引きずり過ぎるのも良くはない」

 

「は、はい」

 消え入りそうな声で返事をしナーベラルは顔を下に向ける。

 

 ナーベラルは髪をポニーテールに纏めているため横から見ると形の良い耳がはっきり見える。

 その耳が見る間に赤みを増し、やがてこれ以上ないほど紅に染まった。

 元々肌が色白の分余計にそれが目立って見える。

 

「す、スマンな。つい」

 アウラやマーレにするような態度を取ってしまった、あの姉弟とは異なりナーベラルは二十前後の外見であり、精神年齢もそれぐらいの設定のはずだ。

 

 子供扱いされて恥ずかしがっているのだろう。

 けれど絶対的支配者であるアインズにやめてほしいとも言えずに黙って耐えていたに違いない。

 

「い、いえ。身に余る光栄です」

 明らかに無理しているのが見え見えだ。

 

 こちらを見もせずに更に顔を下に向けてしまったナーベラルに改めて謝ろうかとも思ったがこの様子では何度謝っても同じだろう。

 話題を変えるべくアインズは咳払いをする。わざとらしいが仕方がない。

 

「では私はこれよりお前の出した案を活かすために具体的な方法を考えるとしよう。ナーベよ、お前は少し休んでおくが良い」

 

「しかし」

 ナーベラルにもリング・オブ・サステナンスを与えているため、睡眠は不要である。

 そう言いたいのだろうが、アインズはそれを遮る。

 

「命令だ」

 

「……畏まりました」

 納得はしていないようだったが、それきりナーベラルは黙り込み、頭を下げて目を伏せた。

 眠っているようにも見えるが、結局その後朝まで起き続けてたらしく、アンデッドの特性である<闇視(ダークヴィジョン)>によって昼間と変わらないアインズの目には、ナーベラルの耳がずっと赤いままなのが見て取れた。




しかしオーバーロードは好きなキャラが多いのでなるべく色々なキャラを出そうとすると話の進みが遅くなりますね
じっくり書きたくもあり、話を進めたくもあり、まあ暫くは思いつくまま書いていきます
今回の話も本当は1話に纏めるはずだったのですが長くなったので半分に分けました
続きは近いうちに投稿します


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第3話 現状確認

元々前話と併せて1話の予定だったので今回は少し短いです


 王都に到着したアインズとナーベラルは、事前に<伝言(メッセージ)>で聞いていたセバスたちが逗留している館に向かった。

 大きな館は二人──現在は三人らしいが──で生活するには過剰な大きさだったが、大商人の息女というソリュシャンの設定上仕方ないのかもしれない。

 

(でもここの家賃すごい高いんだよなぁ。もう少し小さいところでも良かったんじゃないだろうか)

 金欠の一因とも言える館を前にアインズが思い耽っている間にナーベラルが扉に手を伸ばし、玄関ノッカーを鳴らす。

 

 僅かな間の後、開かれた扉の先でセバスがこちらに向かって頭を下げていた。

 ソリュシャンは少し離れたところに立ち、小さく頭を下げるというよりは小首をかしげるような礼を取っている。

 ナザリックでは決して見ることのできない態度だが、わがまま令嬢がアダマンタイト冒険者相手とはいえ、深く礼をするのは不自然だと考えたのだろう。

 その態度にアインズはちょっとした新鮮味を覚えた。 

 

「お待ちしておりました。モモン様、ナーベ様」

 セバスが礼を取りながら言う。

 

 部下であるナーベラルに対しても様付けしているのは冒険者漆黒として出迎えるように告げていたからだろう。

 セバスも、そして上司に様付けで呼ばれたナーベラルも特に反応を示さないのは流石と言うべきか。

 

 この場で余計な話をするわけにもいかず、アインズは無言で頷くと、ナーベラルの後に続いて館の中に入り込む。

 玄関の扉が閉まり、シンとした静寂が館の中を支配する。と同時にアインズは魔法で作り上げた鎧を解いて、冒険者モモンからアインズの姿に戻る。

 それに合わせるようにナーベラルとソリュシャンも、それぞれ冒険者と金持ちお嬢様の格好を脱ぎ捨てプレアデスのメイド服へと姿を変えた。

 

「改めまして。お待ちしておりましたアインズ様」

 

「うむ。セバスもソリュシャンも久しぶりだな。元気でやっていたか?」

 

「はっ。お陰様で。ですが今回は私の不始末でアインズ様にお手間を取らせてしまい、謝罪のしようもございません」

 

「その話は後でよい。では行くぞ、案内せよ」

 横柄に手を振って言葉を遮らせたアインズに従ってセバスが歩き出す。アインズがその後に続き、ナーベラルとソリュシャンはアインズの後ろに着いて歩き出した。

 応接室だという部屋に案内され、中を覗くと何やら見覚えのある調度品や、豪華な椅子やテーブルなどが並んでいた。

 

「ナザリックから持ち込んだものか」

 

「はっ。アインズ様を迎えるにはこの館はあまりに粗末でしたので」

 

「そうか。まあいい」

 床に大理石の石材を置き、一段高くなった場所に置かれた玉座に座ると三人がアインズの前に跪く。

 

「三人とも、面を上げよ」

 三人が同時に顔を上げる。

 

「先ずは王都での情報収集に関してだが、問題はあるか?」

 

「いえ。情報収集に関しては何ら問題はございません。こちらの世界にしか存在しない魔法に関しましても粗方巻物(スクロール)の収集は済んでおります」

 

「うむ。この世界ではユグドラシルと異なり新たな魔法の開発ができるというのは驚きだ。その魔法が我々でも使えるのか、あるいは開発も可能なのかについても今後実験せねばなるまい。ちなみに実際に生活してみて王都はどうだ。我々はともかく人間たちにとって暮らしやすい場所か?」

 次なる質問にセバスは僅かに間を空けた。

 

「他の都市を私はエ・ランテル以外には存じませんが、あの都市に比べ王都は光も闇も色濃く感じます」

 

「ふむ。光とは発展具合や生活水準、娯楽施設などか。では闇というのが例のあれか」

 あれと口にしたところでセバスの体が僅かに震える。

 

 完璧な執事として創造されたセバスにしては珍しいその動揺に他の二人が反応する。

 僅かだがセバスを責めるような視線だ。

 思えばコキュートスも蜥蜴人(リザードマン)の集落から敗走した後、他の守護者から同様の視線を向けられていた気がする。

 

 彼らにとってアインズの命を完璧に実行できないのはそれほどの罪深いことなのだろう。

 それもまたナザリックに対する忠誠心の高さ故のことだとアインズは目に見える問題が起きない限りは黙認することにした。

 アインズもまたいつ失敗を犯すかわからない以上、取り返しのつく失敗には多少寛容になってもらいたいのが本音なのだが。

 

「私が保護した人間、ツアレが居た場所もその一つです。王都だけではなく王国内の様々な場所に八本指と呼ばれる裏社会を牛耳る犯罪組織の影があります。王国内部にも深いコネクションを持ち、現状誰も手出しができない状況のようです」

 

「そんな者どもの息が掛かった娼館から商品を持ち出して問題にはならなかったのか?」

 ここがアインズとしてはもっとも気になるところだ。

 <伝言(メッセージ)>ではあまり詳しく聞かなかったが権力を持つ者たちは侮られ、舐められることを嫌う傾向があるのはアインズも知っている。

 たとえ商品の女一人とはいえ勝手に連れ出して問題にならないはずがないと踏んでいた。

 

「私がツアレを連れ出したことを知っているのは下っ端の男一人だけです。その男には金を握らせ冒険者でも雇って逃げるように指示を出しましたので、問題はないかと思います」

 

(いや、それはどうだろう。金握らせたって言っても相手は裏社会の人間だ、商品の女と下っ端が同時に居なくなれば調べるはず。そして不自然な金を持つ男なんてすぐ見つかるはずだ)

 ナザリック外のことを殆ど知らず、また自分の力量に絶対の自信を持っているせいなのだろう。

 ナザリックの者たちはやや短慮なところがある。

 

 これも経験不足から来るものだが仕方ないとばかりも言っていられない。結果として先のシャルティアやコキュートスのようなことが起きている。これまでは何とか皆無事に──シャルティアに関しては無事とは言い難いが──問題が解決できているが、かつての仲間が創造したNPCたちに何かあれば皆に顔向けができない。

 故にアインズは厳しい口調を作りセバスを咎めた。

 

「それは早計だなセバス。私の考えでは恐らく既にお前のこともそのツアレとかいう娘のことも知られていると見て間違いないだろう。近いうちに何らかの行動を取るはずだ」

 セバスが目を見開き、残る二人の目つきが鋭くなる。更にアインズに迷惑をかけることになったセバスを責めているようだ。

 

「私が浅慮でした。申し訳──」

 

「よい。話の度に謝られても面倒だ。謝罪も反省も全て終わってからにせよ。ではセバス、それにソリュシャンにも聞こう。実際にその娼館の者が来た場合、どう対応するのが正しいと思う?」

 アインズの問いに二人は沈黙する。

 その間も必死に頭を働かせているようだが、それはアインズもまた同様だった。

 

(実際来るよな。どうすればいいんだろう。二人が良いアイデアを出してくれれば良いが、浮かばなかったら絶対に俺に聞いてくるよなぁ。何か考えなくては。この世界のレベルは大体把握した、どうせ違法な娼館なら問答無用で叩き潰してもいいのか? いやしかし八本指とかいうのと本格的に敵対することになるのはマズいのか? デミウルゴスが居ればなぁ。いつもの方法で知恵を借りれるんだが)

 

 必死で考え続けるアインズにセバスはゆっくりと首を振る。

 その後顔を持ち上げたセバスにしては珍しく、縋るような弱々しい視線をアインズに向けた。

「私ではすぐには思いつくことができません……」

 口を開きかけてセバスは唇を真一文字に結び直す。謝罪の言葉を口にしかけたがアインズの先ほどの命令を思い出したのだろう。

 

「そうか。ソリュシャンは?」

 

「私といたしましては、あれを消して居なかったことにするのが最善かと愚考いたします。私の中に入れて溶かしてしまえば探しても見つかりません。証拠がなければ表だって動くことはできないでしょう。私が一番気に掛かるのは八本指という組織が表側、つまりは貴族や官僚などとも繋がりがあるという点です」

 

「ほう。詳しく説明せよ」

 

「はい。セバス様の行動はつまり下っ端に金を握らせ娼館の女を買ったとも取れる行動です。であるなら強引ではありますが、人身売買と言い出すことも可能ということです。王国では法律でそれが禁じられております。まして表側の権力と繋がる八本指ならばそう指示させることもできるでしょう。そうなればセバス様の行動を罪に問うことも可能かと」

 ソリュシャンの説明にセバスの体が強張る。

 

(なるほどなぁ。裏の組織なら最悪武力で叩き潰せば済むけど、表の権力を使われたらどうしようもないってことか。ソリュシャンもやるな、よく考えているじゃないか。そんな危険性を分かっているなら事前に知らせて欲しかったが)

「その通りだソリュシャン。お前の考えは私も懸念していた」

 

「流石は至高の御方。私などの考えは既に想定済みだったのですね」

 

「う、うむ。では重ねて問おう。仮にその人間を始末したとして、調べにきた役人は諦めると思うか?」

 

「いえ。ですが時間は稼げるかと。無理に捕まえることなどできないでしょう。証拠をでっち上げるにも多少の時間は必要です。その間に娼館だけでなく、八本指の頭そのものを掌握する必要があるかと」

 確かに。と再度アインズはソリュシャンの考えを聞いて納得する。

 

 たとえどんな組織でも頭を掌握すればそれで終わりだ。

 ナザリックの力ならば、捕らえて殺すことも、洗脳し自由に操ることも意のままだ。

 

「素晴らしい考えだソリュシャン。よくぞその考えにたどり着いた」

 

「ありがとうございます。アインズ様」

 

「あ、アインズ様。ではやはりツアレは始末を」

 セバスの震えた声にアインズは無言で首を横に振る。

 

「その必要はない。それの使い道は既に考えてある。何も殺す必要はないだろう。一応館の中を調べられる可能性を考慮し、ナザリックのどこかに運んでおけ」

 

「栄光あるナザリックに、下等生物(ハリガネムシ)風情をですか?」

 ナーベラルが久しぶりに口を開く。その声には不満がありありと浮かんでいる。

 

「既に死体という形で幾らでも運んでいるではないか。生きているか死んでいるかなど大した違いではない。ようはナザリックの役に立つかどうかだ。そしてその人間には使い道がある。それだけだ」

 

「畏まりました。アインズ様のお言葉に口を挟んでしまった愚かなこの身をお許し下さい」

 

「よいナーベラル。お前の気持ちも分かる。ならばアウラの造ったログハウスに運べ。この地で造った場所ならば問題あるまい」

 

「はっ! 私ごときの意見に耳を貸していただきありがとうございます」

 よいと言うように手を振り、アインズは改めてセバスを見る。

 

「では纏めよう。先ずセバスが保護した女はここより移動させ、セバスとソリュシャンはこの館にて待機。娼館の人間が来た場合、役人や軍の者など表の組織の者が一緒であればシラを切れ。その際多少強く出ても構わん。娼館の者、あるいは八本指の者だけで来た場合はこの場で捕縛し、ニューロニストのもとまで運び八本指に関する情報を取れ。その場合は八本指とは完全に敵対関係になるため二人とも一度ナザリックに帰還せよ」

 

「はっ! 畏まりました」

 

「うむ。では話は以上だナーベラル。ナザリックに<伝言(メッセージ)>を飛ばし、人間を移動させよ」

 

「はっ。輸送は誰に頼めばよろしいでしょうか?」

 少し考え、アインズは言う。

 

「シャルティアに頼め。今は特に任を与えていないはずだ。ソリュシャンはナーベラルをその女のところに案内し、その後ここに戻れ」

 本来階層守護者であるシャルティアを輸送便扱いするのは気が引けるのだが、未だシャルティアは例の失敗を気にしている様子だ。

 何か仕事をさせていた方が気が紛れるだろう。

 

「畏まりました。ではアインズ様、失礼いたします」

 ナーベラルとソリュシャンが連れだって部屋を後にする。

 残されたのはセバスとアインズのみ。

 

 

 

 しばしの沈黙の後、ずっと頭を伏せているセバスにアインズが話しかける。

「さてセバス、面を上げよ。改めてお前に言わねばならないことがある、分かるな?」

 

「ははっ。私の愚かな考えで勝手な行動をとり、あまつ報告もせずにいたこと。全ては私の不徳の致すところです」

 

「うむ。<伝言(メッセージ)>でも言ったがお前が自分の信じる正義を示し行動したことについては何も言わん。しかし」

 アインズの言葉の最中、扉がノックされる。アインズはセバスに手で合図を送るとセバスは小さく頭を下げ扉に移動した。

 

「アインズ様。ソリュシャンが戻りました」

 

「中に入れよ」

 いちいちこんなやり取りをするのは時間の無駄な気がするが、どうも支配者とは常にこうした行動を取るものらしい。

 そうしたやり取りの後、ソリュシャンとセバスが並んで礼を取る。

 

「ではソリュシャンも来たところで改めて二人に問おう。今回の件でお前たちの取った行動の問題点は分かるか?」

 

「愚かにも報告を怠ってしまったことかと」

 

「それだ! ソリュシャンお前もまたそうだ。それを知っていながら上司であるセバスの命を背くことを恐れ私に報告をしなかったな?」

 

「はい。愚かな判断をした私をお許し下さいアインズ様」

 

「アインズ様。ソリュシャンは何度となく私にアインズ様に報告を入れるよう進言をしてきました。それを聞き入れなかったのは全て私の判断。何とぞソリュシャンには寛大な措置を」

 

「信賞必罰は世の常。先だってシャルティアにも罰を下した。お前たちだけ見逃すことはできない」

 話しながら考える。さて、どんな罰を下せばいいのか。

 

 結局のところ二人とも報連相ができていなかったというだけの話であり、しかも一度それが問題になったのに二人にそのことを伝えなかったのはアインズ本人だ。

 あまり重い罰を与えるわけにはいかない。

 しかし何も無しというのはアルベドが良い顔はしないだろう。

 

 シャルティアを許そうとした際、彼女がアインズの決定を遮ってまで言ったことなのだから。

 

 となれば。

「本来王都での情報収集の任を終えナザリックに帰還した際、私はお前たちに報賞を与えるつもりでいた。今回の失敗の罪は与えるはずだった報賞を無効にすることによって打ち消すものとする。以上、異論は許さん」

 きっぱりと言い放つ。

 

 二人は短い沈黙を空けて時に頭を下げた。二人とも体が僅かに震えている。

 

「畏まりました。今後このようなことは二度と起こさないとここに誓い、アインズ様のお役に立てますよう精進いたします」

 

「もう二度とアインズ様にご迷惑をかけることがないよう努めさせていただきます」

 深い謝罪とともに頭をさらに沈める二人に対し、アインズは大きく頷いた。

 

「では二人とも行動を開始せよ。私は一度ナザリックに帰還する。守護者たちに告げることがあるのでな」

 

「畏まりました。では、アインズ様がおっしゃられたように連中が参りましたら、先の対応を取らせていただきます」

 

「うむ。対応する際はセバスが表に立ち、ソリュシャンは適当な頃合いを見計らいその場を離脱、会話を聞きつつ巻物(スクロール)を用い、すぐに私に<伝言(メッセージ)>を送れ」

 

「承知いたしました」

 尊大な態度でうむ。と一言告げて頷くと、アインズは<伝言(メッセージ)>をユリに繋げると預けていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってくるように命じた後、<転移門(ゲート)>の魔法を発動させて、ナザリックへと帰還した。




次はナザリックでの話
原作でもよくあるみんなを集めて今後の方針を告げるシーン
この手のシーンはかなり好きです


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第4話 ルート確定

いつの間にかお気に入りが千件を超えていてビックリしました
ありがとうございます


 ナザリック地下大墳墓。

 その最奥に位置する玉座の間にて、守護者各員が片膝を突き頭を垂れて主人の入室を待っていた。

 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウン様、および守護者統括アルベド様のご入室です」

 プレアデスの一人、ユリ・アルファの宣言の後、アインズが入室する。

 この静か過ぎる空間の緊張感は未だ慣れない。

 自室に呼べれば楽なんだが。といつも思うが、簡単な伝達だけならまだしも、これから話すのはナザリックの今後に関することだ。

 

 こうして玉座の間で用件を伝えるのも支配者として必要なことなのだろう。

 

 一歩一歩威厳を示すように歩を進め、玉座に腰を下ろす。

 それを確認した後、後ろに着いてきたアルベドが定位置に立つと皆に声をかけた。

 

「顔を上げ、アインズ・ウール・ゴウン様の御威光に触れなさい」

 室内に声が広がり、守護者各員が一斉に顔を持ち上げる。

 

 一糸乱れぬとはこのことだな。などと考えつつアインズは支配者に相応しい格好を、と鏡を見ながら練習したポージングでその視線を受け止めた。

 やがて手前に立つアルベドがアインズに顔を向けて告げた。

 

「アインズ様、ナザリック階層守護者各員。御身の前に揃いました。何なりとご命令を」

 うむ。と声を低くして頷くと、スタッフを床に叩きつける。大きな音が鳴り響きその音が完全に消えてからアインズは口を開いた。

 

「よくぞ私の前に集ってくれた。皆任せていた仕事もあっただろうが、今後のナザリックの方針について一つ話しておかねばならぬことができた。デミウルゴス!」

 

「はっ!」

 

「特にお前には多数の仕事を任せた上、度々呼び出してしまっている。以前も言ったがその忠勤感謝している」

 

「おおっ! アインズ様。私は貴方様の忠実なシモベ、当然のことでございます。本来アインズ様御自ら動いていただいているというだけで我々の至らなさを痛感するばかりです。仕事などいくらでもお任せ下さい」

 ナザリックの者たちの社畜属性にはいつも驚かされる。

 デミウルゴスもそうだが、一般メイドに至るまで、仕事をさせないことが最大の罰になっているらしい。

 できれば少しずつでも仕事のない休みの喜びを知ってほしいのだが、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

(ん? それが最大の罰になるのなら)

 不意に頭の中をよぎった考えを一度置いて話を再開させる。

 

「うむ。今回の召集もまたお前の力が必要となるだろう」

 

「はっ。何なりと。どのような命であれ全身全霊を尽くし、御身に最上の結果をご報告させていただきます」

 デミウルゴスの宣言と同時に他の守護者たちに僅かばかりの動揺が走る。

 

「あ、アインズ様。恐れながらわたしにも何なりとご命令を、必ずや必ずや使命を果たしてご覧に入れます!」

 シャルティアがいつもの間違った郭言葉も忘れて声を張り上げる。

 瞬間、ピリと玉座の間に緊張感が走る。シャルティアがアインズとデミウルゴスの会話に割り込んだことを不敬と捉えたのだろう。

 シャルティアもすぐにそのことに気づいたようで申し訳ございませんと頭を下げた。

 しかし、彼女の気持ちも分からないでもない。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落でシャルティアに罰を与え、彼女の罪を償わせたつもりだが、彼女からすればあれはご褒美であったらしく、その後新しい仕事も与えていない。

 そのことに不安を抱いているのだろう。

 玉座の間に漂う緊張感をアインズは笑い飛ばした。

 

「構わん。シャルティアお前も含めてだが今回は守護者全員の力が必要になるやもしれん。先ずは私の話を聞くが良い、その上で疑問があればその場で発言することを許す」

 

「はっ! 畏まりました!」

 元気の良いシャルティアの返答に満足し頷いてから、アインズは話を始める。

 

「先だって話しておかなくてはならないのはセバスとソリュシャンのことだ」

 特別騒ぎはしないが守護者たちに疑問の色が生じる。

 セバスたちが現在王都で潜入調査を行っていることは全員が承知のことだが、どのような調査をしているのかを知っているのはデミウルゴスを含めたごく少数だけだ。

 

「少々問題が生じてな。デミウルゴス、お前にはセバスの調査報告を見せていたが、その中にあった八本指という組織について覚えているか?」

 

「はっ。王国全土の裏社会を牛耳る組織であり、王国内の貴族や王族にもコネクションを持っている組織と記憶しております」

 

「その通りだ。セバスがその八本指の下部組織と敵対することになった。遠からず八本指と敵対することになるだろう」

 

「お待ち下さいアインズ様。それはアインズ様のご指示によるものなのでしょうか?」

 アルベドの質問にアインズは一瞬言葉に詰まった。

 それはあまり触れてほしくない部分だったが仕方がない。報連相の大切さを説いたアインズ自身が沈黙するわけにはいかない。

 

「いや。セバスにはなるべく目立たぬように行動し、問題が生じた場合には報告するように告げていた」

 

「確かに。セバスからの報告書には街の噂レベルの小さなことまで書かれていました。でしたらセバスはアインズ様の命に背き自己の判断で勝手に八本指と敵対したと?」

 デミウルゴスの言葉には険がある。

 アインズの命令に背く、それは守護者たちにとって大罪である。

 

 コキュートスやシャルティアは、自らの力不足や不確定要素による言ってみれば不可抗力だ。もちろんそれはそれで問題であり、二人ともそのことについて深く反省していたのだが。

 しかし、自分の意志でアインズの命に背いたとなれば捨ておけない、明らかな反逆行為だ。

 全員から殺気じみた気配が漂い出す。

 

「落ち着け。セバスは私の命に背いたわけではなく、あくまでその程度のことは報告するまでもなくその場で解決したと勘違いしていただけだ。その上で私が話を聞き、既に罰は与えてある」

 

「僭越ながらアインズ様。よろしければセバスがどのような勘違いをし、どのような罰をお与えになったのかお聞かせ願えませんでしょうか? 今後の我らが同じような失態を犯さぬ為にも是非」

 デミウルゴスの言葉に全員がその通りとばかりに頷いた。

 確かに失敗の情報共有は必要なことだ。

 

 仕方ない。と心の中で前置きをしてできる限りセバスの立場が悪くならないように、ツアレを助けた際の話をすることにした。

 

 

 

「以上だ。結果としてセバスとソリュシャンは私に報告する義務を怠った見通しの甘さが原因と言えよう。しかし、これは以前の蜥蜴人(リザードマン)との戦闘の際にお前たちに聞かせたナザリックの利になることを自分で考え、改善策があれば私に立案せよ。とした私の話をセバスたちに伝え損ねていたことが原因だとも言える。今更だが私がセバスたちにもそのことを伝えていれば、セバスあるいはソリュシャンが私に報告をしてきただろう」

 

「恐れながらアインズ様。それでもセバスの取った行動は許されるべきものではありません。セバスはそのツアレという人間を助けたいがためにわざと情報を隠していた。その時点でナザリックひいてはアインズ様に対する裏切りかと。その咎は命を以って償うべきものかと愚考いたします」

 デミウルゴスはどうにもセバスに対するあたりが強い気がする。

 これが他の守護者ならここまで言っただろうか。これも制作者であるウルベルトの性質を継いでいるためだろうか。

 

「それを踏まえたうえで私が罰を与えたのだ。同じようなことを繰り返さなければそれでよい」

 

「しかし。報賞を無しにするだけというのは罰として軽すぎるのでは──」

 

「控えなさいデミウルゴス。アインズ様の決定に異を唱えることこそ不敬と知りなさい!」

 アルベドの一喝により、デミウルゴスは頭を下げ詫びを入れるがそこに納得の色がないのはアインズでも分かった。

 感情のコントロールが巧いデミウルゴスの意外な一面を見た気がしてアインズとしては少し愉快な気持ちになったが、その感情はすぐに収まり、アインズは手を振ってアルベドを諫めた。

 

「よい。言ったはずだ、私の命を盲目的に聞くのではなく疑問があれば聞くようにと。さてデミウルゴスお前の疑問に答えよう。私としては報賞を与えないというのはそれだけでお前たちにとっては最大の罰になると考えているぞ」

 先ほど棚上げにした考えを思い出し、アインズは殆ど出たとこ勝負で話し始める。

 

「それはいったいどのような理由でしょうか? 至らぬ私にご教授いただければこれに勝る喜びはございません」

 案の定理由を問われ、アインズはゆっくりと間を空け勿体ぶったような態度をとりながらも更に必死になって頭を回転させる。

 

「う、うむ。セバス達に正確に伝えたわけではないが。報賞とはつまりセバスたちがこれまでの働きで得た成果への対価である。であればそれがないということはつまり、セバスたちの働きそのものがなかったことになるということだ。結果としてセバスたちは私が仕事を命じてから今日に至るまでの間、ナザリックの為に何もせず、ただ無為に時間を過ごしただけとなった。ナザリックに尽くすべく生み出されたお前たちにとってはこれ以上の罰はあるまい」

(おお! これは結構うまくいったんじゃないか? 普通なら大した罰にならないがNPCたちには効果絶大、今後も何かあればこれを多用して──)

 とそこまで考えたところでデミウルゴスを除く全員の体が一瞬震えたことに気がついた。

 

 セバスが命令を受けてナザリックを出立してから二ヶ月ほど経っている。その間ナザリックの、アインズの役に立つこともできずただ時間だけが過ぎていくことを想像したのだろう。

 予想以上の効果にアインズの方が困惑する。

 

(もしかして先ほどのセバスとソリュシャンが震えていたのも、罰の重さで恐怖していたせいなのか。やはりこれは多用できんな)

 

「なるほど。さすがはアインズ様。確かに我らにとってこれほどの罰はございません。私の愚かな発言を取り消させて下さい」

 

「よい。自ら考え疑問を持つのは成長する上で必要なことだ。ではこの話は終わりにしてこれから先のことを話そう」

 アインズがそう言った時を見計らっていたかのように、はい! と元気の良い声が響いた。

 

「どうしたアウラ」

 

「ようするにアインズ様に逆らったその八本指? でしたか。そいつらを殺せばいいんですよね。でしたらあたしにお任せ下さい! あたしの魔獣達にかかればすぐに全員殺してご覧に入れます」

 太陽を思わせる明るい笑顔から物騒なことを口走るアウラにコキュートスとシャルティアが反応を示す。

 

「アインズ様。何トゾソノ役目、コノ私二」

 

「あっ、ずるいでありんす。アインズ様、わたしに。このシャルティア・ブラッドフォールンに償いの機会を与えて下さい!」

 アウラ、コキュートス、シャルティアがそれぞれ申し出るがアインズはそれを制しようとして思い立つ。

(これは兼ねてから練習していたあれを試すチャンスでは?)

 

 自室で鏡を前に手を振り角度を綿密に計算しながら練習したあの支配者ロールを試すいい機会だ。

 

「そ──」

 

「三人とも黙りなさい。アインズ様のお話は終わっていないわ……アインズ様。このような無様な姿をお見せしてしまい申し訳ございません」

 アインズが言う前にアルベドの一喝でその場は静まる。

 アインズは小さく咳払いして、降り上げたまま行き場のなくなった手を揺らし、構わん。と告げて改めて話をする。

 

「んん。とりあえず八本指に関しては滅しはしない。奴らには利用価値がある。私はこれからのナザリックの方針の一つとして王国内でセバス、ソリュシャンを中心とした商会を構えることとした」

 

「商会、というと。人間どもを相手にナザリックの物を売るのでありんすか?」

 

「いや。基本的にはナザリックの物を直接商品にはしない。あくまでこの世界にある物をナザリックで生産、加工し売ることとする。この世界の外貨を獲得するのが主な目的だ」

 偉そうな態度を作り宣言しながら、アインズはアルベドとデミウルゴスのナザリック内の二大頭脳の反応を窺った。

 詳しく説明するとボロが出るため、最低限の情報だけを出し、守護者から疑問が出たら後は二人に詳しい説明をせよと言ういつものやり方をするつもりだった。

 そのためにも最低限この時点で問題がないことを確認しなくてはならなかったのだが、反応を窺った二人のうち、デミウルゴスがハッと何かに気がついたように顔を上げ、一つ頷いた。

 

「なるほど。そういうことですか。ですから八本指を殲滅しないと」

 

「うむ。その通りだ。商会を運営し成功させれば必ず奴らがちょっかいを出してくる。その前に支配下においておけば邪魔される心配はない」

 これについては既に考えていた答えを口にする。

 何度もデミウルゴスに説明させていては怪しまれる。できる限りアインズ自ら説明をするべきだ。

 

「な、なるほど。さ、さすがはアインズ様です!」

 マーレを筆頭に他のメンツもアインズを褒め称える。

 

 しかし、アインズはいつもであれば真っ先に称賛を口にするアルベドが黙っていることに不安を覚え、彼女に問う。

「アルベドはどう思う?」

 さりげなく聞くと彼女はいつも浮かべている微笑を少しだけ深くすると、チラとシャルティアたちに目を向け、小さく息を吐いてから言った。

 

「全く、あなたたちは本当にアインズ様のお言葉を表面的にしか受け止めないのですから。困ったものね」

 

「どういうことでありんすか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「ムゥ」

 

「……え?

(なんだよ表面的って。できる限り考え尽くしたつもりなんだが)

 

「そもそも資金獲得のためならば八本指を支配下に置いた時点で目的は達成されるでしょう」

 

 そうか。と続けかけた言葉を飲み込む。

 その通りだ。八本指は王国全土に網を張る言わば巨大企業、それを支配下に置けばそれだけでアインズの一番の目的だった資金不足という点は解消される。

 

(まったく気づかなかった。どうする? 今からでも商会運営は取り消すか?)

 

「恐れながら。アインズ様が守護者各員に己で考えさせようと、わざとごく浅い部分までの計画しか話さなかったことは重々承知の上ですが、申し訳ございません。皆にそれを徹底させるには今暫く時間を要するかと思われます。今回はアインズ様の真の狙いを全員に告げておくべきかと」

 アルベドの後を続けるようにデミウルゴスが言葉を紡ぐ。

 瞬間アルベドの目が細くなり、デミウルゴスを睨みつけたがデミウルゴスは特に気にした様子を見せない。

 もっともアインズにとってはそんなことを気にしている余裕もなく、デミウルゴスの言葉を頭の中で咀嚼するので精一杯だ。

 

「やはり二人には、気づかれていたか……」

(今後の方針って単に金を稼ぐための商会のつもりだったんだよ。俺の知らない間にそんな壮大な計画が立案されていたのか。適当なことを言って見当違いだったら困るし。ええい、仕方ない。あまり同じことを繰り返すと後で苦しくなるから嫌なんだが)

 

「ではデミウルゴス、そしてアルベドよ。二人で私の計画について皆に聞かせることを許そう。できる限り詳しく、細かくだ。お前たちが私の計画をどれだけ読めているかテストも兼ねることとしよう」

 デミウルゴスとアルベドの表情が僅かに強張り、二人は姿勢を正すと同時に頭を下げた。

 

「畏まりました。ですがアインズ様の深謀遠慮に私が及ぶとは思えません。理解できているのは極一部だとは思いますが全力を以って当たらせていただきます」

 

「では私から、いいわね。デミウルゴス」

 いいわね。の声が一段低い。デミウルゴスは無言で先を譲っているがこの二人の間で何か目に見えない争いでも起きているのだろうか。

 シャルティアを始めとして各守護者は悔しそうな気配を漂わせているが口には出さない。

 アインズの考えを理解する方が先だと考えたのだろう。

 

「いい? 蜥蜴人(リザードマン)の集落でアインズ様がナザリックをどこかの国に所属させて隠れ蓑とする計画を話したのは覚えているわね?」

 アルベドの言葉に全員が──アインズは心の中だけで──頷く。

 

「今回の作戦でアインズ様はその相手を王国にお決めになったということなの」

 

(なに? そうなのか。確か王国は魅力がないという話になったのでは無かったか)

 そんな話をした気がする。

 その辺りは後で検討しようと言ってそのままになっていはずだ。アインズもモモンとしての活動が忙しく、後回しになっていたのだ。

 

「え? でもその話は王国には魅力がないって話じゃなかった?」

 アウラの言葉にアルベドは頷く。

 同時にそうそうとアインズも心の中で頷いた。

 

「その通りよ、王国は毎年帝国に侵攻され徐々に国力を落としている。八本指が麻薬を蔓延させているせいでただでさえ弱い人間をさらに弱くし、そのうえトップは王閥派と貴族派に分かれて互いの足を引っ張りあっていてどうしようもない」

 聞けば聞くほど魅力を感じない。

 

 当初の予定ではどこかの国の傘下に入ったと見せかけて、今後の行動の言い訳を作るはずだったが、それが弱い国では意味がないだろう。

 だというのに、なぜアルベドたちはアインズが王国を選んだなどと勘違いをしているのだろうか。さっぱりわからない。

 わからないが、ここは乗るしかない。

 

「そこまでは正解だアルベド。ならばなぜそんな弱い国の傘下に入ろうとしているのか」

 ツイとデミウルゴスに視線を移すと彼は胸に手を当て、恭しく一礼し一歩前に出た。

 

「では続きは私が。そんなどうしようもない国だからこそ付け入る隙があるのだよ。考えてもみたまえ。仮に帝国の傘下に入ったとして我ら、そしてアインズ様が人間ごときに命令されて良いように扱われることなど許されると思うかい?」

 その言葉にハッとした。人間の国の傘下に付くというのは例え演技でも仲間達とともに作り上げたアインズ・ウール・ゴウンを貶める行為ではないのか。

 

 そんなことに気づいていなかった自分の愚かしさを呪いながら、しかしアインズはデミウルゴスの言葉に一縷の望みをかける。

 彼らの頭の中にいるアインズはそれを回避する術を知っているらしい。

 

「それは……いやでありんす。アインズ様が例え演技だとしても人間に命令されるなんて。でもそんなのわたしたちの力を見せつければよいのでないのかぇ? たかが人間、わたしたちの力を見せれば大人しくなりんしょう」

 

「傘下に入る相手が帝国の場合は恐らく、我々の力を見せつけても、表面上は大人しく従った振りをして周辺諸国に声をかけ連合を組んで敵対行動を取ろうとするでしょう。それは現在帝国に力があり成長を続けているからこそ、つまり奴らは自分たちの力を過信し、知恵を絞れば我らに対抗できると考えるが故に、心より我々に従おうとは思わないということです」

 アインズは帝国についてはあまり詳しくはない。

 冒険者として活動している時に噂を耳にしたくらいだ。

 

 しかし国外で活動しているデミウルゴスはもっと詳しい情報を持っているらしい。

 いや恐らくアインズにも報告は上がっているに違いない。ただ膨大すぎる報告書の中に埋もれてしまって見落としたか、見ていても記憶から抜け落ちているのだろう。

 

「王国ハソウデハナイト、言ウノカ?」

 

「王国は先ほど言ったようにとても弱い。だからこそ我々の力を借りなくては今後存続することすら困難だ。故に少なくとも自分たちだけで生きていけるほど国力が回復するまでは我々に盲目的に従う必要があるのだよ」

 

「でもさぁ。それだと国力が回復したら敵になるってことでしょ?」

 

「その通り、しかしそこがアインズ様の作戦の重要かつ素晴らしいところだ。アインズ様は先ほど王国に商会を作ると仰られた。当然のことながらナザリックが商売を始めれば人間たちの商会などとは比べ物にならないほど良い商品を提供でき、商会は瞬く間に王国トップの規模に成長するでしょう。そしてやがては王国の経済はすべて我々に依存しなくてはならなくなる。つまり今回の作戦は外貨獲得というのは表面的な物であり、将来的に王国を支配するための布石に他ならない」

 

「デミウルゴス。話し過ぎよ、そろそろ私に代わりなさい」

 

「これは失礼を。つい興が乗ってしまいまして、では続きをお願いします」

 やはり二人は何か争っているようだが、アインズとしてはどっちでもいいからさっさと教えてくれ。としか考えられない。

 

「ここで問題になるのがセバスが対立したという八本指、奴らは王国の裏社会を牛耳っている。先ほどアインズ様が仰ったようにたとえ私たちが真っ当なやり方で商会を成長させても、奴らは王国の貴族や王族を利用して私たちの邪魔をしてくるでしょう。だから先手を打って先に八本指を押さえておく。そうしておけば余計な邪魔をされることなく正道で王国を支配できる。そうなればもう王国は私たちに逆らうことはできない。力でも敵わず、経済も押さえられ、八本指から情報を得て王国の貴族や王族の弱みも握れる。これなら王国はアインズ様に逆らうこともできず、何かあった際アインズ様の盾となり周囲から非難を浴びるだけの存在となる。人間共の使い方としてはまさに理想的な使い方といえるでしょう」

 胸の前で手を組んだ後、それを大きく広げながらアルベドは語り、ゆっくりとアインズを振り返った。

 

「これでよろしかったでしょうか?」

 テストは合格ですか。と目が告げている。

 途中からなるほどなぁ。と感心し続けていたアインズだが、アルベドとデミウルゴス、二人に視線を向けられて慌てて支配者の態度を取り繕いアインズは手にしていたスタッフを地面に突き立て音を鳴らした。

 

「素晴らしい! 私の考えを全て理解するとは。流石はアルベドとデミウルゴスだ。お前達の知恵は私にすら匹敵するだろう」

 

「お戯れを。我々の知恵などアインズ様の足下にも及びはしないでしょう。これより先については今はまだということでしょうか?」

 アインズの称賛をデミウルゴスは正面から受け止めようとしない。きっとまだこれ以上策略があるに違いないと信じているようだ。

 

「デミウルゴス。そうであったとしても今私たちが口にすることではないわ。アインズ様が恐れ多くも私たちを褒めてくださった。今はその栄誉をただ噛みしめなさい」

 アルベドの口調はいつもと変わらなかったが、腰から生えた翼が抑えきれずパタパタと羽ばたいている。

 犬の尻尾のようだ。などとアインズが思っていると、デミウルゴスの悪魔の尻尾もまたピクピクと動いているのが目に付いた。

 

 やはりあれは感覚器官の一部なのか。

 しかしこれでどうにか乗り切った。

 

 後のことは明日のアインズが何とかしてくれるだろう。

 そんなことを考えながら、アインズは再度スタッフを鳴らした。

 

「さて。皆が今後の方針を理解したところで細かい所を決めるとしよう」

 改めて全員を見回す。

 アルベドとデミウルゴスが翼と尻尾の動きを止め、表情を固め直す。

 

「アルベドが言ったように、先ずはセバスと対立している八本指の掌握からだ。無論正面切っての戦いならばセバスとソリュシャンだけでも問題は無かろう。しかし、相手は王国全土の裏社会を牛耳る巨大組織、逃げられ地下に潜られると探すのは面倒だ。よって」

 アインズがそこまで言った時、頭の中に<伝言(メッセージ)>による通信が入った。

 全員に少し待て。と告げた後回線を接続する。

 

「ソリュシャンか。どうした」

 

『アインズ様。失礼いたします。早速例の娼館の者が参りました』

 

「そうか。予想通りだな」

 

『アインズ様のご推察どおりです。流石は至高の御方、その叡智に感服するばかりです』

 確かに予想はしていたがこんなに直ぐに、タイミングよく現れるとは。

 運が良いと言えなくもないが、これでまた周囲からのアインズに対する過大評価が高まりはしないかと冷や冷やする。

 

「世辞はよい。相手は何と言ってきている?」

 

『はい。正確には娼館の者だけではなく、もう一人、スタッファンという巡回使を名乗る王国の役人も一緒です』

 やはり役人、つまりは表側の権力を使ってきたか。

 しかし巡回使というのがどれほどの地位にあるのかが分からない。

 

「巡回使とはどのような役人だ?」

 

『王都内の治安を守る役人です。都市警邏を行う衛士の上官という役職でしょうか』

 それを聞きアインズは相手の地位が大して高くないことを理解する。

 

「それで。どのような要求をしてきた? やはりあれを探しに来たのか?」

 

『はい。ここであの人間が生活しているのを確信しているらしく、現在はセバス様が対応し、アインズ様のご命令通りシラを切っておりますがなかなか諦めず、館内を捜索させろと言っています。あの娘はいませんが目的は金銭の要求だと思われますので、応接室を見られると多少厄介かと』

 応接室にはアインズを迎えるために用意された玉座や調度品がそのまま残されている。

 どれもナザリック内から持ち出したものであり、王国でも手に入らない物ばかりだろう。

 目撃されると確かに厄介だ。

 金目的の強請ならば尚更、例えツアレがいなくとも適当な理由を付けてあれらを奪い取ろうとするかもしれない。

 

(しまった。片付けるように言うのを忘れていた。こんなに早く来るとは思わないもんなぁ。どうしたら……いやもう良いか。下っ端役人一人、いなくなったところで大した問題にはならないだろう。ならないはず!)

 自分に言い聞かせるようにアインズは決断を下す。

 

「ナザリックの財産であるあれらを、人間ごときが触れるのは我慢ならんな。ソリュシャン、予定変更だ。そいつらをその場で捕らえナザリックに送れ。<転移門(ゲート)>は私が開こう」

 

『畏まりました。即座に実行いたします』

 

「うむ。二十分後に先ほどの応接室に<転移門(ゲート)>を開ける。それまでに相手を無力化しておけ。できるな?」

 

『はい。娼館の者はどうやら用心棒のようですが、何の問題もありません』

 

「では実行せよ」

 

『はっ!』

 <伝言(メッセージ)>を切り、アインズは守護者たちを見る。

 

「早速相手が接触してきた。奴らはよりにもよってセバスを強請ってきた。これはつまりは我々ナザリックに牙を剥いたということだ。奴らを捕らえ情報を引き出し、その後本日中に奴らの店を潰す。そうなれば恐らく八本指が誘き出せるだろう」

 

「畏まりましたアインズ様。対応はセバスに任せますか?」

 アルベドの問いにアインズは少し考える。娼館一つを潰すだけならばセバスとソリュシャンがいれば問題はないだろう。

 ただ、不測の事態についても考えなくてはならない。

 ここで例のシャルティアを洗脳した者たちが現れるということはないだろうが可能性はゼロではない。

 ならばここは。

 

「いや、私自ら指揮を執ろう」

 守護者たちがざわめく。

 

「アインズ様。相手は人間のそれも八本指の下部組織。何もアインズ様御自らがお出になることはないかと」

 

「今回の作戦は時間との勝負だ。いちいち私に報告を、指示を仰いでいては時間の無駄だ。それに心配ならば……そうだな」

 守護者たちを一人一人眺めた後、アインズはデミウルゴスに目を留めた。

 

「デミウルゴス、先ほどのテストに合格した褒美だ。今回の作戦、私の副官として同行を許そう」

 アインズの言葉にいち早く反応したのはデミウルゴスではなく、アルベドだった。

 

「あ、アインズ様! 何故デミウルゴスに! 合格したのは私も一緒です! 是非私もご一緒させて下さい。必ずやアインズ様をお守りいたします。下賤な人間共には指一本触れさせません!」

 

「落ち着けアルベド。お前とデミウルゴス二人ともいないのはナザリックに何かあった際に問題が生じる」

 

「でしたら私をお連れ下されば」

 

「守護者統括殿。アインズ様は私を連れていくとご命じになったのですよ。アインズ様の命に逆らうつもりですか?」

 アルベドの言葉を遮ってデミウルゴスが言う。守護者統括という部分にやたらと力が入っている気がする。

 褒美というのは方便で何か問題が起きた際、意見を聞ける相手が必要だと思ってのことで、デミウルゴスを選んだのも単にカルネ村の時はアルベドを連れていったので、今度はデミウルゴスをと思っただけなのだが。

 

「よせ二人とも。時間がない、今回はデミウルゴスを連れていく。アルベドには後ほど別の報賞を与えよう。な……んん。では行ってくる」

 何か考えておけ。と言いかけて口を閉じる。アルベドに報賞を考えさせようものなら、どのようなことになるか火を見るより明らかだったからだ。

 

拷問の悪魔(トーチャー)を準備させておけ。では行くぞデミウルゴス」

 

「はっ! 畏まりました。アインズ様の手腕、しかと学ばせていただきます」

 玉座の間から直接<転移門(ゲート)>で転移することはできないため、一度この部屋を出る必要がある。

 デミウルゴスを連れて歩きながら、アインズはどうも後ろから負のオーラが発せられているような気がして僅かばかり歩調を速めた。




この後八本指とのバトル展開。では無くその辺りはあっさり終わらせます
次でプロローグが終わって、その後商会を開店させる下準備に入ります


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第5話 大事の前の小事

今回でプロローグは終了し、次回からは商会開店の準備回に入ります


「お待ちしておりました、アインズ様」

 <転移門(ゲート)>を繋ぎ応接室に入るとセバス、ソリュシャン、ナーベラルの三名が頭を下げ、片膝を突いた状態で待っていた。

 

「ナーベラル戻ったか、何か問題は?」

 

「ごさいません。あの下等生物(サナダムシ)は眠らせたままログハウスの中に。念のため見張りを置いています。また、もし目を覚ませば再び眠らせるよう伝えてあります」

 ナーベラルの台詞にアインズは言葉に出さず、ほう。と感心を示した。

 

 ログハウスに置いてこいとしか命令は出していなかったはずだが、ナーベラルなりに自分で考え行動するという言葉の意味を理解しているようだ。

 子供の成長を見守る親のような気持ちになり、アインズは目を細めて──瞼はないので眼窩の光が細まるだけだが──ナーベラルに頷きかける。

 

「よろしい。ではセバス、例の連中は?」

 

「はっ。外に置いてあります。私の<傀儡掌(くぐつしょう)>で操ってありますので逃げる心配はございません」

 

「うむ。ならば詳しい情報取得はニューロニストに任せるとして、最低限娼館の情報だけ聞いておくか」

 娼館にはこれから直ぐに出向く必要がある。

 

「僭越ながら。大まかな情報につきましては私の方で既に聞いております。あれはアインズ様のお目汚しになるかと」

 

「ほう。意外だねセバス、お優しい君がそこまで言うとは。その人間に少々興味が引かれたよ」

 

「デミウルゴス」

 当然セバスの目にも一緒に現れたデミウルゴスのことは映っていただろうが、主であるアインズを前に他のことに気を取られないようにしていたのだろう。デミウルゴスが自ら話したことでようやく彼に視線を向ける気になったようだ。

 その視線が何故ここに。とでも言いたげに見える。

 

「今回の作戦において、アインズ様より副官を命じられたのでね。君とも共同で作戦に当たることになる。よろしく頼むよ」

 

「それはそれは。よろしくお願い致します」

 特になんということのない会話だが、不思議な懐かしさをアインズは覚える。

 

(そういえばたっちさんとウルベルトさんも分かりやすく言い合いしてる時もあれば、こんな風に表面上は普通な顔してチクチク言い合いもしてたなぁ)

 暫く見守っていたい衝動に駆られるが今は時間が無い。

 

「では、セバス。報告を」

 

「はっ。先ず巡回使の方は問題ありません。裏で八本指と繋がっていることも既に周知の事実のようで突然姿を消しても、八本指がらみで何かあったと思われるだけとのことです」

 

「それは誰が言っていたことだ?」

 自分でそんなことを言うとは思えないが。

 

「もう一人の男です。こちらは娼館の代表と言っていましたが、どうも話を聞いたところによると八本指の警備部門のトップで六腕と呼ばれる上位六人の一人のようです」

 

「ほう! となると八本指の幹部に近い存在ということか、それは良い。手間が省けそうだ。警備部門のトップならば八本指全体の戦力としても上位に位置するはずだが、どの程度のレベルだった?」

 思っていたより上位の者が釣れた。これなら早々に八本指本体が動くに違いない。

 そして相手戦力を測る上でも役に立つ。良いことずくめだ。

 

 セバスは一瞬考えるような間を空けた後口を開く。

 

「全く問題にはなりません。六人全員でも私一人で十分かと」

 

「セバス。お前の力は信用しているが未だこの世界の全ての情報が集まったわけではない、未だ知らぬタレントや武技もあるだろう。それらを加味した上で問題がないと?」

 

「はっ。その六腕に関する情報も得ておりますが脅威となるものは存在しませんでした。ですが、慢心はしないよう心がけます」

 

「それで良い。しかし王国の裏社会を統べる相手でもその程度か」

 

「アインズ様。もう一つ重要な情報がございます」

 

「ん? 何だ」

 

「私がツアレを連れ出した例の娼館に、八本指奴隷部門のトップ、コッコドールなる者が滞在しているとのことです」

 

「ほほぅ。なるほど、実に素晴らしい。しかし出来過ぎている気もするな、罠の可能性は?」

 

「ここに奴らが訪れたのは私が先日購入した巻物(スクロール)から足が着いたためとのこと。そしてコッコドールなる者がこの地にいたのは、警備部門の中でも六腕は各部門のトップから直接依頼を受け護衛をすることもあるらしく、今回ツアレを回収するにあたり、私の戦力を考え六腕を雇い入れたと。ツアレを助ける際に少々力を見せましたので。そして現在コッコドールは六腕が戻るのを娼館で待っているというのが現状のようです」

 

「ならばほぼ確実か」

 セバスの<傀儡掌(くぐつしょう)>は<支配(ドミネート)>と同様の効果を持つスキルだ。この世界においては対抗策はほぼ無いと思って良い。

 

 もし仮に対抗するアイテムやタレントなどがあったとしても、話さないことや、あるいは情報保持のために死亡するようなことはあっても、嘘を話す可能性は無いだろう。

 

「全てがアインズ様の掌の上。計画通りということですね。感服いたします」

 デミウルゴスの称賛にアインズは小さく鼻を鳴らして首を振る。

 

「いや、私の予想よりも遙かにお粗末な相手だ。これでは私が知謀を巡らす余地が存在しないな」

 

「それは──恐れながら少しばかり残念でございます。アインズ様の手腕この目に焼き付け少しでもアインズ様に近づくことができればと考えておりましたので」

 

(良し。上手く乗り切れそうだ)

「ふふ。それはまたの機会にしておこう。時間が無い、その六腕が失敗したと分かればコッコドール、だったか? そいつが逃げ出しかねん。貴重な情報源だ、速やかに捕らえる必要がある。セバス」

 

「はっ」

 

「その娼館の立地や広さなどを知っているのはお前だけだ。デミウルゴスと協力し二人で娼館を制圧せよ。もし人手がいるのならば人選は任せる自由に使え」

 

「畏まりました。建物内部の情報も既に聞き及んでおります。入り口は二つですので二人で十分かと。隠し通路もあるそうですが六腕の男を連れていけば問題なく場所が判明します」

 この短い時間でそこまで考えて行動していた事実にアインズは少し驚き、そして満足する。

 

「見事だセバス。ではそのように実行せよ。私はここで吉報を待つとしよう。デミウルゴスお前には言うまでもないことだが、これより私たちはこの地で商会を開くことになる。余計な騒ぎを起こしたり、お前の正体がバレるような真似は避けよ」

 セバスと異なり、デミウルゴスは誰が見ても悪魔としか言えない外見をしている。大っぴらに街中を歩けば大騒ぎになるだろう。

 

「畏まりました。慎重に行動します。それでアインズ様、娼館内にいる者たちの処遇ですが、いかが致しますか?」

 デミウルゴスの顔に愉悦めいたものが浮かぶ。

 

 現在ナザリック内では様々な実験を行っている。巻物(スクロール)の作成やエクスチェンジ・ボックスによるユグドラシル金貨獲得、復活魔法の効果がユクドラシルと異なるのかなど。

 ナザリックの人員のみで行える実験であればいいが、この世界の人間や生き物を用いなくてはならない実験も存在している。

 

 デミウルゴスとしてはできれば人間を捕らえ、そちらに使用したいという考えなのだろう。

 アインズとしてもそれには賛成であり、いつかは実験しなくてはいけないと考えていたが、今回は止めておくのが無難だろう。

 

「基本的には全て殺せ。死体はナザリックで有効活用する」

 

「畏まりました。娼婦たちもそのように対処してよろしいですか?」

 ピクンとセバスの肩が揺れ、視線をデミウルゴスに向ける。

 

「アインズ様。娼婦たちはナザリックに敵対していない哀れな者たちです。できればお慈悲をいただけないでしょうか」

 

「しかしセバス。たとえ助けたとしてどうするのかね? 外に放り出すか、それとも件の人間のように君が面倒を見るのかい?」

 

「それは」

 言葉に詰まるセバスにアインズは手を振って二人を諫める。

 

「よい。その者達の使い道については既に考えてある。セバス、確認しておくがその女どもは要するに親や肉親に捨てられ、行く場が無い者たちということでよいのだな。つまり消えてしまっても何の問題もしがらみもないと」

 

「その、ようです」

 消えてしまっても。と言うところにセバスは反応したらしい。

 

「デミウルゴス。我々が商会を開くにあたってナザリックで用意するのが最も難しいモノは何だと考える?」

 問われたデミウルゴスはほんの僅かな時間で正解に辿り着いたらしく、なるほど。と呟いた。

 

「人員ですか。ナザリックの者が直接人間と取引を行うことや売り子をするのは問題があると」

 

「そうだ。我々の正体が露見する可能性もそうだが、なにより商売というものはどうしても相手の下手に出なくてはならないことが多い。栄えあるナザリックの者たちにそのようなことをさせるわけにはいかないだろう」

 更に言うならできないだろう。

 

 ジッとアインズたちの話を聞いているナーベラルをチラと見つつアインズは思う。

 基本的に人間を下等生物として見ているナザリックの者たちが商談相手の下手に出る姿など想像も付かない。

 

「確かに。そこにその娼婦たちを使用すると。背後関係のない人間であれば申し分ありません。場合によっては我々の正体を知らせて商談に当たらせる必要もあるわけですからね。何も知らない人間を雇うわけにもいかないでしょうし」

 

「そういうことだ。この世界で働くのならば、この世界の人間を使えば良い。これはナーベラルの意見から思いついたアイデアだがな」

 急に話を振られたナーベラルが、ピクンと今度は兎の耳ではなく彼女自身の耳を反応させた。

 

「いえ! 私の意見など。私は下等生物(ボウブラ)どもをそのように使用するなど全く思いつきもしませんでした。全てはアインズ様の叡智あってこそかと」

 

「そんなことはない。お前の発想を得て私が別のアイデアを思いつく。話し合うことの重要性はそこにある。今後も頼りにしているぞナーベラル」

 

「私ごときにもったいなきお言葉! 感謝いたしますアインズ様!」

 

「うむ」

 ナーベラルの忠誠にアインズは手を振って応え、その後セバスを見る。

 

「ではセバス、デミウルゴス」

 

「はっ。ではアインズ様、失礼いたします」

 

「失礼いたしますアインズ様。必ずや吉報をお届けいたします」

 

「うむ。お前たちならば問題あるまい。女たちはとりあえず全員眠らせるか操ってアウラの造ったナザリック外のログハウスまで運べ。ペストーニャを呼んでおくのでそこで傷を癒させろ。では行け」

 アインズの台詞に二人は同時に深くお辞儀をすると音もなく部屋を後にした。

 

 

 外にいた人間たちをニューロニストに預け、ログハウスにペストーニャを待機させるように指示を出した後、アインズは人心地ついて再び応接室の簡易的な玉座に座り直す。

 

 地面に膝を突いたまま、未だ頬を上気させなにやら夢想しているナーベラルと、そんなナーベラルを冷ややかに見ているソリュシャンに目を向け、アインズはんんっ。とわざとらしく咳をした。

 その音でナーベラルはハッと身を震わせた後、いつもの抜き身の刀のような鋭い表情に戻し主の命を待つ。

 

「では二人とも後はセバス達が戻るのを待つだけだが、その間に今後について話をしておこう」

 

「はっ!」

 二人の声が重なる。

 

「先ほど守護者各員には伝えたのだが、これから我々ナザリックはこの王都内で商会を開き、人間相手に商売をすることになる」

 

「商売、ですか? アインズ様、それは先日エ・ランテルにいたあの下等生物(ヤブカ)のようにですか?」

 

「うむ。当然我らがナザリックの者たちが直接前に出るのではない、先ほどの話にもあっただろう? セバスたちが持ち帰る女たちを使用する。しかし表向きはセバス、そしてソリュシャン。お前たちがここ王都で活動するために作ったアンダーカバーを使用することになる」

 

「それはわがままな大商人の令嬢とその執事という設定のことですか?」

 

「その通りだ。エ・ランテルでセバスが親交を持ったバルド・ロフーレには元々ソリュシャンは大商人である父親に命じられて、ここ王都に商会の支店を出すための視察に訪れているということにしてある。それをそのまま真実にする。そういうわけでソリュシャンとセバスにはもう暫く王都で仕事を続けてもらうことになるが、よいか?」

(と言っても、イヤだとは言わないんだろうけどなぁ。なんかNPCの忠誠心につけ込んで無理を言っているみたいで嫌な気分になるな。二人に関しては報賞もなくなってショックを受けているだろうし、この仕事が成功した暁には改めて報賞を贈ろう)

 さて、どんな報賞が良いのだろうか。

 

 以前アンケートを採った際のことを思い出していると、ソリュシャンの返答が遅れていることに気がついた。

 

 不思議に思ってソリュシャンを見ると、彼女はいつも浮かべている微笑を崩し、困ったように僅かに眉を寄せていた。

 

「失礼ながらアインズ様。一つよろしいでしょうか」

 

「許す。何だ?」

 

「私やセバス様も商売についての知識は殆どございません。アインズ様のご命令とあれば全力を尽くさせていただきますが、アインズ様がご満足いただけるような結果を示せるか不安でございます」

 僅かに視線を下に向け、ソリュシャンは悔しそうに唇を噛んだ。見たことのないソリュシャンの態度にアインズは思わず動揺するが、寸前のところで精神の安定化が起こり態度に出すことはなかった。

 

「んん! ソリュシャンよ。お前の心配はよく分かった」

 元々ソリュシャンは戦闘メイドであり、セバスは執事だ。どちらも主の側に控え主のために働くものであり、創造主からそうあれ。として造られている。

 

 それ以外のことは設定されていない。

 今回の王都調査のようにアインズからこういう仕事をしろと言われればその通りに動くことはできるが、商売とはそうではなく、その場の判断で臨機応変に行動しなくてはならない。

 

 そして現在はソリュシャンとセバスはアインズより罰を受けており、失敗を強く恐れているようだ。

 

(思えば先ほどセバスがあれほど段取りよく行動をしていたのも必死に今回のミスを挽回しようとしていたのかもしれない)

 

「申し訳ございません、アインズ様。無能な私をお許しください」

 

「構わぬ。お前達は戦闘メイドに執事、そうあれとして創造されたお前たちに合わない仕事をさせようとしているのは私の方だ。しかしながらこの仕事をこなせる者はお前たちをおいて他には……」

 誰か商売に強い、つまりは商人スキルを持った者はいただろうか。と考えたアインズに一人思い当たる人物がいた。

 

(音改さんか。パンドラズ・アクターに姿を変えさせて指揮を執らせるか。あいつの知能ならば、音改さんの商人スキルも商売の知識も使いこなせるだろうし、あいつにソリュシャンの父親ということになっている大商人の役をやらせるというのはどうだ?)

 黙り込んでしまったアインズを不思議そうに見つめるソリュシャン。

 表情はやはりどこか不安そうだ。

 

(いやダメか。ここでパンドラズ・アクターを加えれば恐らくソリュシャンは自分が役立たずだから新たな人員が配置されたと思うだろう。パンドラズ・アクターが俺が創造したNPCだと知れば尚更そう思うに違いない。となると他に商売の知識があって仕事を与えていない奴は……)

 

「あの、アインズ様?」

 

「ん? ああ、すまんな少し考え込んでしまった。どうした?」

 

「はい。先ほどのお話ですが、ナザリック配下の者として誠に情けない話ではございますが、少しの間お時間を戴き商売について学ばせていただけないでしょうか?」

 

「学ぶ? ふむ。確かに予想よりも早く八本指が片づきそうではあるから、多少の時間はあるが」

 

「何卒。今度こそ、アインズ様の御期待に添う結果をお見せしたいのです」

 力強い言葉に少々気圧されながら、アインズは再び考え込む。

 

 時間はある。

 

 だが、学ぶと言っても方法はナザリックの大図書館(アッシュールバニパル)に貯蔵されている本くらいしかないはずだ。

 あそこにリアルのものではないこの世界の文明レベルにあった経済書があるとは思えない。

 

 それにアインズの社会人としての経験上、そうした本で得ただけの知識では本物の経験を積んだ者達には敵わず、騙されて食い物にされてしまうことの方が多い気がする。

 

 失態を取り戻そうと意気込めば意気込むほど、その可能性は高くなるように思える。

 出来ればこの二人にはこれ以上失態を犯して欲しくない。

 

 それはナザリックのためでもあるが、そう何度も仲間たちの子供とも呼べるNPCたちに罰を与えたくはないからだ。

 

(やはり誰かつけるしかないか。と言っても俺以外に社会経験ある奴なんていないしなぁ……ん? 俺以外?)

 

「アインズ様?」

 再び黙り込んだアインズに今度はナーベラルが問いかける。

 

「ああ。ソリュシャン、お前の願い聞き届けてやりたいところだが、そうもいかん。今思い出したが、エ・ランテルにいる商人とこれから造る我らの商会の主を会わせる約束もしている。時間が空けば向こうからこちらに乗り込んできかねない」

 バルドのあの執着ぶりを思い出す。

 

 モモンが約束を守らなければ王都に現れセバスを探そうとするかもしれない。

 となるとあまり時間はない。

 

「申し訳ございませんでした。ではそのように、精一杯努めさせていただき――」

 

「待て。話は終わりではない、お前の心配もよく分かると言ったはずだ。しかし書物によって得た知識だけでは人間の商人どもとは渡り合えない。奴らは力が無い代わりに他の生き物にはない知恵と狡猾さを持つ。ならばこそ、ここは私自らこの地に残り商会が軌道に乗るまで指示を出そう」

 これ以上時間をかけているとソリュシャンが暴走しかねない。ほとんど思いつきでアインズは口を開いた。

 そのアインズの発言にソリュシャンが顔を持ち上げ、慌てた様子で首を振った。

 

「そのような! 我々は皆アインズ様の手足として働き、僅かでもアインズ様のお役に立つことこそが至上の喜び。その私たちのためにアインズ様の手を煩わせるようなことなどあってはなりません」

 

「構わぬ。それにお前たちは間違えている。お前たちは私のために存在しているのではない、逆だ。私が存在しているのはすべてはナザリックのため。そして我が友の忘れ形見とも呼ぶべきお前たち皆を守るためだ。そのためならば私は幾らでも手を貸そう」

 これは前々から思っていたことでもある。

 

 ナザリック内にいるものは全て、アインズのために命を投げ出すことを何とも思わず、アインズの手を借りることなど以ての外だと思いこんでいる。

 その結果無理をしてNPC達が命を落とすようなことがあればそれこそアインズはかつての仲間たちに顔向けできない。

 

「ああ! アインズ様。私の為にそんな、そんな」

 ソリュシャンの声が涙に塗れる。

 

「泣くなソリュシャン。お前を泣かせてはヘロヘロさんに申し訳が立たん」

 かつての仲間、一番最後に会った友人を思い出した。

 

 彼もこの場に来ていたら。きっとソリュシャンを泣かせた自分を怒っていただろう。とそんなことを考えてしまった。

 ソリュシャンはアインズの言葉に未だ涙声のまま、はい。と小さく返事をし目元を拭う。

 

 涙が指先に吸収され表情もいつもの彼女に近づいたが、その様子をアインズがじっと見ているとソリュシャンは──ショゴスの体でどうやっているのか不思議だが──恥ずかしそうに頬を赤らめ体を縮こませた。

 

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません」

 

「構わん。それよりも話を戻そう。私がここに残るのはなにもお前たちのことを心配しているだけではない。私にとっても必要なことだからだ」

 

「と仰いますと」

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにアインズは、少し早口で言葉を続ける。

「我々は今後王国を隠れ蓑にして行動する方針となった。商会の設立はその一歩、王国の経済を握るためのものだ。そしてそれに成功した場合、私が王国の人間や風土に触れておかなければ折角の隠れ蓑がうまく機能しない可能性がある。冒険者はあくまで独立した組織であり、一般的な人間からは離れた存在だからな」

 

「なるほど。流石はアインズ様、その慧眼には頭が下がります。ところでアインズ様。その場合モモンさーんはどうなさいますか?」

 いつもより少しだけ間が短い。

 

 ナーベラルも少しずつではあるが成長しているらしい。

 

「無論そのまま続ける。モモンがいなくなりその直後に王都で有能な商会ができれば関係を疑う者が出てくる。先も言ったが冒険者は国から半ば独立した組織。そちらにも影響力は残しておきたい」

 ようやく手に入れた最高位冒険者の地位だ。

 使い道は幾らでもある。

 

 だが確かにナーベラルの心配も分かる。<転移門(ゲート)>で行き来するにしてもアインズ一人でモモンと商会のトップを兼任するのは大変だろう。

 となると。

 

(やはり奴を使わねばならないか。仕方ない、優秀なことは間違いないし、他に俺の影武者できる奴なんていないしなぁ)

 

「モモンと商会のトップを私ともう一人で臨機応変に演じる。お前たちにはそれぞれのフォローもしてもらうことになる」

 

「もう一人、ですか? アインズ様の代わりになれるような人材がいたのですか?」

 

(そこら中にいそうだけどな!)

「うむ。かつて私が自ら創造した存在で、パンドラズ・アクターという者がいる。お前たちは知っているか?」

 アルベド、ユリ、シズの三人には見せたし、アルベドには存在を広めるように言ってあるので知っていてもおかしくはないが。

 

「以前セバス様より伺いました。宝物殿の最奥部を守護しているお方で、守護者の方々やセバス様に匹敵する力の持ち主だと」

 レベル100のNPCとして創造したパンドラズ・アクターはアインズの精神に多大なダメージを負わせるというところを除けば確かに守護者たちに匹敵する能力を持っている。

 

 ソリュシャンの言葉にアインズはうむ。と言いながら頷くとチラリとナーベラルに目を向けた。

 

「加えて言うなら、奴はナーベラルと同じドッペルゲンガーであり、私の姿を真似ることもできる。影武者にはうってつけの人物だ」

 

「なるほど。アインズ様御自らが創造したお方であれば是非もありません。下らぬ心配をしてしまい申し訳ございません」

 

「よい。セバスとデミウルゴスが戻り次第、商会の下準備を行う。お前たちはここで奴らが戻るのを待っていろ。私は……パンドラズ・アクターにことの次第を告げてくる」

 <伝言(メッセージ)>を使用してもいいのだが、パンドラズ・アクターと話すとなればアインズは冷静でいられる自信が無かった。

 

 それ以外にもいろいろと言い含めなければならないことがある。

 

 最低限、敬礼は止めさせたが他にもできれば止めてほしいところはいくつかある。

 

 そうあれとかつてのアインズが設定した人格や考え方を変えさせるのは心苦しいところではあるが、アインズの前だけならまだしも、今後ソリュシャンやナーベラルと一緒に働かさせるのならば色々と言っておかねばならない。

 

「戻る時には<伝言(メッセージ)>で伝える。それまでは自由にするがいい。久しぶりの再会だ。話したいこともあるだろう」

 何も言わなければ彼女たちはずっとここで膝を突いてアインズの帰りを待ち続けるだろうと考えてそう告げる。

 

「ご配慮感謝いたしますアインズ様。お帰りをお待ちしております」

 深く頭を下げる二人に、アインズはうむ。と大きく頷くと<転移門(ゲート)>を発動させ中に消えていった。

 

 

 ・

 

 

 残された二人は暫くの間、主無き空間に頭を下げ続けていたが、殆ど同じタイミングで顔を上げ、互いに顔を見合わせた。

 

「改めて、久しぶりねソリュシャン」

 

「ええ。久しぶり、ナーベラル」

 一応月例報告会で顔合わせはしていたが、こうして二人で話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。

 

「再会早々、失態を見せてしまったわね。プレアデスの一員として情けない限りだわ」

 

「アインズ様が気にするなと仰って罰も受けたのでしょ? 気にする方が失礼に当たるわよ」

 ナーベラルとソリュシャンはプレアデス内で互いに三女として設定されているということもあり、もっとも間柄が対等である。

 いわば双子と言ってもいいナーベラルの言葉にソリュシャンは少し気が楽になるが、やはり完全には晴れない。

 

「そうよね。でもこれからが大変、アインズ様と一緒に働くなんて恐れ多いわ」

 

「そうね。前にも言ったと思うけど、アインズ様にお仕えする以上、一時も気は抜けないわ。ソリュシャン、貴女にも直に私の気持ちが分かると思う」

 そういえば月例報告会でナーベラルが自慢混じりに言っていたことを思い出す。

 

 あの時は気疲れすると言いながらその実自慢したいだけにしか思えなかったが、案外本当に疲れていたのかもしれない。

 勿論ソリュシャンとて、主がいようといまいと仕事で手を抜くことなどしないが、それでも傍に主がいると考えると、普段より緊張してしまう。

 

 それに加えて今回のミスが痛かった。

 

 これだけ長い間、ナザリックを離れたのは初めてであり、直属の上司であるセバスがあの人間を館内に引き入れて以後は、報告するべきかどうか悩んでしまい、精神的疲労はさらに加速した。

 

 結果主より罰として今回の働きの報賞なしという裁定が下った。

 

 ソリュシャンとしてはナザリックのために働くことこそ最大の報賞であり、それ以上求めるつもりなど無かったが、それが同時にこれまでソリュシャンが行ってきた働きそのものが無かったことになるということだと気づいた時には、絶望が空虚な胸一杯に膨らんだ。

 

 主が目の前にいたからこそ、何とか堪えることができたが、そうでなければ倒れてしまっていたかもしれない。

 だからこそ、もう失態を見せることはできない。

 ソリュシャンは自分の胸の前で手を握り決意を新たにする。

 

「大丈夫。もう失態は見せないわ」

 

「そうね。これからはお互いに協力することも増えてくるでしょ。モモンさんはソリュシャンの商会のお得意さまってことになっているから」

 

「あら、そうなの? そのあたりも詳しく擦り合わせをしていないと。できる限り私たちで情報を共有しておきましょう。分からないことは申し訳ないけどアインズ様にお尋ねしないと」

 

「そうね。アインズ様はああ仰っていたけど、それでも私たちでできることは私たちの手でしないとね」

 ナーベラルの言葉で、ソリュシャンは先ほど主が口にしていた言葉を思い返した。

 

「ああ。それにしてもアインズ様が私のことをあんなに思ってくださっていたなんて」

 自分が存在しているのはお前たちを守るためだ。

 そう言った主の顔を思い出してソリュシャンはほう。と熱い息を吐く。

 

「私たち、でしょ?」

 

 ナーベラルの言葉を聞こえないふりをしてソリュシャンは続ける。

「あんなことを言われてしまっては、シャルティア様には申し訳ないけど、女としてあの方に愛されたいと思ってしまうわ」

 

「それは不敬じゃない? アルベド様もいらっしゃるのだし」

 ナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの正妻問題はかなり早い段階から、多数を巻き込み加熱している。

 

 大まかにいって、守護者統括であるアルベドと同じく守護者のシャルティアの二人が有力候補で──ソリュシャンはメイドたちくらいしか聞いていないが──大抵どちらかを推しており、ソリュシャンは自分と趣味も合うシャルティアを応援しナーベラルはアルベドを応援しているらしい。

 しかし今回主の優しさに触れソリュシャンは自分の中に宿る想いが敬愛だけではないことに気がついた。

 

「でもお二人とも正妻争いはしているけど、もう片方を妻に認めないってわけではないんでしょう? 側室なら私にも狙い目はあると思うわ」

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「ナーベラル。貴女だって例外ではないでしょう? こちらの世界に来てからアインズ様と一番長い時間を過ごしているのは貴女なんだから」

 ナザリックがこの世界に転移して大して時間も空けずに冒険者として行動を開始したため、現在のところ主と最も長い時を過ごしたのはナーベラルだ。

 

 可能性がないとは言えない。

 

「そんな! 私ごときがアインズ様となんて」

 

「ナーベラル。私ごときって言うのは良くないわ。貴女を創造して下さった弐式炎雷さまに失礼よ」

 ソリュシャンの言葉にナーベラルはハッとしたように口を手で塞いだ。

 

「そうね。私が間違っていたわ、ありがとう。ソリュシャン」

 礼を言いつつ、ナーベラルは何か思い出したように、口に当てていた手をそのまま頭の上に移動させ、切れ長の瞳をトロンと蕩けさせ目尻を下げた。

 

「……何かあったの?」

 ソリュシャンは直感的に察する。

 ナーベラルと主の間になにかが起こったのだ、と。

 

「何でもないわ。そう、なんでも」

 笑みの種類が変わり、今度はこちらに対する優越感を帯びたものになった。

 ナーベラルは月例報告会で度々この手の顔をして顰蹙を買うことがあったが、今回はその中で最も腹立たしい。

 

「なにその顔、言いなさい。なにがあったの」

 

「言えないわ。あれはアインズ様から賜った恩賞。今の貴女に言うなんてそんな残酷なことはできないわ」

 

「だったらそれらしい態度をしなさい!」

 失敗をした自分を元気づけようとしているのだとしても、その態度はいただけない。

 

 声を大きくし、ナーベラルに詰め寄るソリュシャン。

 

 二人の姉妹喧嘩はセバスとデミウルゴスが戻るまで続いていた。  




ちなみにこの後八本指は大体書籍版と同様の展開を迎えるため省きます

娼館襲撃→コッコドール捕獲(恐怖公部屋へ)→コッコドールが八本指全員を集める→その際抵抗した六腕壊滅→みんな仲良く恐怖公部屋へ

こんな感じの流れを迎えた後

次の話はこの後の話となります



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第一章 開店準備 第6話 下準備開始

ようやく今回から商会開店に向けての話になります
開店まではまだまだ時間が掛かりそうですが
とは言え祭は準備をしているときが一番楽しい派なので、ここが一番書きたいところでもあります
しばしお付き合いいただければ幸いです


 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの自室、その中にアインズとアルベドの姿があった。

 

 現在モモンが王都にいるということになっているためその間に久しぶりに自室に戻ることにし、つい先ほどまでベッドに転がって疲れ果てた頭を休めていたのだがアルベド来訪の知らせを聞き、執務室として使っている部屋に移動したのだった。

 

「それでアルベド。なにか報告か?」

 いつもの長い賛美を込めた挨拶の後、アインズが尋ねる。

 

「はい。セバスとデミウルゴスからの報告で八本指の制圧に成功したとのことです」

 

「そうか。流石に早いな」

 娼館襲撃の際、トップに近しいどころか、トップの一人を無傷のまま捕らえたのだから当然と言えば当然だが、多少肩すかしを食らった気分だ。

 

「現在ナザリック内で教育を行い、ナザリックへの忠誠を植え付けている最中です。そう時間もかからず、奴らはナザリックのために働く奴隷となるかと」

 

「うむ。これで我々の邪魔をする組織は消えた、早速王国内に商会を開く下準備を始めるとするか」

 アインズの宣言にアルベドは少しだけ拗ねたように視線を逸らした。

 完璧な美貌はそんな表情でも美しく見えるのだから美人は得という言葉にも納得がいく。

 

「夫の留守を守るのが良き妻の役目。とは言え、こうもアインズ様がお出かけばかりでは、私といる時間が殆どありません。ナーベラルはまだしも、今度はソリュシャンまで」

 

(色々と突っ込みどころはあるが、そこを指摘していては話が進まない。というかなんでナーベラルは良いんだろう。二人は仲が良かったかな?)

 NPCの設定や、かつての仲間達同士の関係性によってNPC同士でも仲が良い者や反りが合わない者もいる。アルベドとナーベラル、二人の制作者を思い出すが特別仲が良いイメージは無いためアインズは首を捻った。

 

「仕方あるまい。これは王国への強い影響力を得るために必要なこと。私自らが指揮を執る必要がある」

 

「それは納得出来ますが……でしたら私もお連れいただければ」

 結局のところアルベドの言いたいことはこれなのだろう。

 

 24時間365日お傍を離れたくありません! と力強く語っていたことを思い返す。

 

 その時はデミウルゴスが何かを吹き込んで納得させていたのだが、今回もというわけにはいかないだろう。

 考えてみると、他の者達はあれこれと外に出てナザリックのために働いているというのに、アルベドは基本的にナザリックから外に出ることがない。

 勿論理由もある。

 

 ナザリックの運営は彼女にしか任せられない大役だからだ。

 本来はアインズ本人が行うべきものなのだが、当然アインズにそんなことが出来るはずもない。

 だからアインズが外に出るから代わりにという名目でアルベドに押しつけているのだ。

 

 それを悪いとも思っているが、かと言って代案があるわけでもない。

 彼女以外の守護者達が成長し、ナザリックの運営を手伝えるようになれば良いのだが、現状ではそれも時間がかかりそうだ。

 せめてデミウルゴスに多数押しつけている仕事を他の者達に割り振れるようになれば。

 

「アルベド。お前にナザリックを離れて貰うわけにはいかん。お前にばかり負担をかけて済まないとは思っているが──」

 

「そのような! 申し訳ございません、わがままを言ってしまいました。最近アインズ様がずっと外に出てばかりでしたので、少し寂しさを感じて」

 確かにここ暫くアインズはようやく成れたアマダンタイト級冒険者としての場数を踏むべく多数の仕事を受けていたせいでナザリックに帰還する回数が減っていた。

 

「いや、うむ。そうだな」

 何を言うべきなのか、恋愛経験のないアインズは良い言葉が思い浮かばず口ごもる。

 

「お前には感謝している。今回の件が片づいたら私も少しは時間が取れるだろう。その時は仕事を抜きにしてどこかに行くか? 以前告げた褒美も兼ねてな」

 恐る恐る、口を開く。

 昔見たドラマか何かのセリフでこんなものがあった、仕事を抜きにしてというところが重要らしい。

 その意味では褒美と付けたのは余計だったかもしれないと言ってから思うが、一度口にした言葉を撤回は出来ない。

 

「っ!!」

 ビクンとアルベドの翼が反応する。

 そのまま俯いていた顔が持ち上がり、爛々と輝く瞳がアインズを捉えた。

 

「そ、そそそれは二人きりで、ということでしょうか!」

 

「う、うむ。まぁそうだな」

 守護者みんなでと言いたいところだがそんなことを言えばどうなるか、想像したくもない。

 

「アインズ様と、二人きりで、デート。デート……くふー!」

 翼をバタつかせ、そのまま天井に向かって飛び立ちかねないので、アインズは大きく咳をする振りをしてそれを留めた。

 

「あっ。申し訳ございません。私としたことが」

 

「いや、うん。ともかくそのためにも今は商会を成功させることを考えよう」

 

「そうですね。私とアインズ様の未来のためにも! 是非! 是非! 成功させましょう」

 

(早まったかもしれない)

「う、うむ。では早速商会で売る品物を決めるとするか、とりあえずナザリックの技術で生産可能で人間達が喜ぶ物を主力商品とするのが良いのだが」

 何か一つでも主力商品があるというのが重要だ。

 特に他では手に入らない物がいいが、プレイヤーの存在も考えるとユグドラシルにしか無い物はマズイだろう。

 

「やはり、武具が適当ではないかと」

 瞬時に冷静さを取り戻したアルベドが提案する。

 

「武具か、それならば鍛冶長にこの世界の鉱物を加工させれば造れるな」

 

「はい。加えて冒険者の頂点であるモモン様が使用している武具の生産者となればそれだけで宣伝となります。利幅も大きく利点は多いかと」

 素晴らしい、良いこと尽くめだ。と言いたいところではあるが、アルベドの口調は少し硬くまだ何か言いたいのだと分かる。

 アインズは顎先に手を持っていきアルベドを見る。

 

「では問題点は?」

 

「はい。やはり武具は一般に流通しづらいことかと。冒険者たちには良く売れるでしょうが王国内の冒険者は三千人ほど、いくら安く生産出来ると言っても銅や鉄、金プレートの冒険者まで買えるようにしては利益が出ません。そうなると白金以上にしか売ることが出来ません」

 

「全員買ったとしても六百人ほど、しかも武具はそうそう買い直すものでないとすると、一度売れたらその後が続かないか」

 白金クラスの冒険者の数は以前、シャルティアの事件の際にエ・ランテルの冒険者組合の組合長から聞いていた。

 

 冒険者は装備品一つを買うか買わないかで命に関わるため金のある冒険者は装備品に金を惜しまないことは知っている。

 

 おそらくモモンが使っているレベルの武具が安く手に入ると言えば挙って買いに来るだろう。

 ただしそれは一度切り。

 後は破損するまで買いに来ない。これでは王国の経済を手中に収めるなどということは出来ないだろう。

 

「やはり一般の国民も買えるモノが必要だな。第六層の果樹園や畑はどうなっている?」

 以前ナザリックの支配下に入ったドライアードに命じ第六層にリンゴの樹を植え育てさせていたはずだ。

 アインズは食べることが出来ないので味の善し悪しは分からないが、あれもこの世界にもある物には違いない。

 

「申し訳ございません。未だ味の方はナザリックに保管されている品にはほど遠く、人間達が作っている物と比べても大差ありません。また数も王国内に広く流通させるほどの量は確保出来ておりませんので」

 

「まあ、仕方ない。結局のところ果樹園にしろ畑にしろ数を揃えるには、広い敷地がなければどうにもならんからな、いずれ外の世界にも土地を持てればその時に改めて考えよう」

 これは元々ダメ元というか、もし味が良ければ高級品として売りに出すことを考えた程度だ。

 アインズの考える国民に広く売れる商品にはほど遠い。

 

巻物(スクロール)はどうだ? デミウルゴスの働きにより皮が手に入るようになったことだし、そこに魔法を込めて売れば元手はかからん。第三位階程度でもこちらでは高級品だ。高く売れるのではないか?」

 これもまた広く売るのでは無く、少数相手の商売になってしまうが仕方ない。

 

 先ずは商品の種類を揃えるところから始めよう。

 王都の魔術師組合でセバスがいくつかスクロールを購入していたが、どれも金貨を必要とし一般としてはかなり高級品だったはず。

 

 それでも込められた魔法は一位階や二位階のものが多い。

 三位階の魔法などこの世界ではそうホイホイ使えるものでは無いのだから。

 

 そう思ってのアインズの提案だったがアルベドはおやとどこか不思議そうな顔をしつつ小さく柳眉を寄せた。

 

「恐れながらデミウルゴスが持ち込んだ皮では何の皮なのか知られた際に大きな問題となるでしょう」

 

「そうか。そうだったな、失念していた。あれを使っていると人間に知られるわけにはいかないか」

 デミウルゴスが聖王国の牧場で育てているのは混合魔獣(キメラ)、もしくは混合魔獣(キメラ)の亜種だ。

 八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)などの家畜として生まれたもの以外のモンスターを家畜として飼育しているとなれば問題になる。

 人間にとってモンスターは恐ろしい敵なのだから、いつ暴れ出したらと疑われてしまうだろう。

 

 それに混合魔獣(キメラ)は王国内では見聞きした覚えがないとなれば恐らくそれは聖王国の固有種だ。

 それをどうやってここまで運んでいるのかという問題にも繋がり兼ねない。

 アルベドはそれを心配していたのだろう。

 

「ですが巻物(スクロール)でしたら魔法を込められるシモベを魔術師組合に派遣するのは如何でしょうか? 三位階程度ならばいくら使用しても大して損害はなく一日もあれば回復します。それに人間どもの巻物(スクロール)生成法が分かれば、普通の羊皮を使用することも可能です」

 デミウルゴスの牧場の皮を使用しても未だ第三位階までの魔法しか込められないと聞いている。

 

 それに対し人間達が売買している巻物(スクロール)は粗悪な皮であっても三位階以上の魔法を込められているため、何か特別な生成法があるという結論に達したはずだが、現状その方法は見つけられていない。

 巻物(スクロール)を売っている魔術師組合であれば恐らくその方法を知っているに違いないがアインズとしては少し考えてしまう。

 

「しかしあそこで働くには組合員になる必要がある。ナザリックの者を送り込むのは些か心配だな」

 ナザリックには人間が一人しかおらず、また彼女を送り出すわけにはいかないから、仮に魔術師組合に人材を派遣するにしても人間以外ということになり、正体が露見する危険性がある。

 人間に化ける魔法やアイテムもあるが、この世界にはタレントや武技と言った固有の能力が存在する。

 それらを使用して正体を見破られる可能性もあるのだ。

 

「確かにそうですね。そこまで思い至らず、己の浅慮を恥るばかりです」

 

「よせ。この手のアイデアを出す作業は数をこなすことが重要だ。例え問題点に自分で気づいていたとしても、あえて口にする。もしかしたら相手はその問題点を解決する術を思いつくかもしれない。それが重要なのだ」

 アインズの言葉にアルベドはハッと一瞬何かに気づいたような表情を見せたが、直ぐに頭を下げた。

 

「承知いたしました。私もアインズ様を見習いそのように致します」

 アインズは、うむ。といつものように威厳を示しつつ頷き、その瞬間あることを閃いた。

 

「そこで思いついたのだが、ナザリックの者達からアイデアを募ろう。中には使えるものもあるかもしれん。全員となると数が多すぎるから、よし。第四、第八、そして第七階層を除く守護者各員と、プレアデスに一般メイド達を中心に本日中に知らせ、二三日後に全てのアイデアを私の元まで届けさせよ。公平を期すため無記名で募集し、それをアルベドと直接商会の運営に関わるセバス、ソリュシャンの三名で精査し、見込みのあるものを私の元まで持ってくること。私はその間にパンドラズ・アクターとの入れ替わりに違和感が無いかを実験することとしよう」

 アインズが先ほど提案したアイデアをアルベドはいとも簡単に問題点を指摘してきた。

 これをあまりに繰り返し続けると、アインズが本当は無能なのではないか、と疑われる気がしたのだ。

 

 考えてみれば先ほど問題点を指摘した時も、どこか不思議そうだったのはそのためだろう。何故この程度のことに気づかないのだろうと思ったに違いない。

 そんな意図はなかったのだが、結果として先ほどの問題点を知りつつ話し合うことの重要性についての発言がちょうど良い言い訳になったし、アルベドもそれで納得したようだが、あまり繰り返すのは危険だ。

 

「畏まりました。デミウルゴスも除外ですか?」

 

「うむ、デミウルゴスには少々仕事を割り振りすぎた、何より今回は守護者達の成長を見るために行う。デミウルゴスが居ては気後れもしよう。同様の理由でアルベドも今回はアイデアの精査のみに努めよ」

 

「畏まりました。ですが例えば提出されたアイデアを私の方で問題点を指摘し、訂正した上でアインズ様にお出ししても問題はありませんか?」

 

「ああ、もちろん。ただしその場合元のアイデア、つまりは問題点を残したままのものと一緒に提出せよ」

 これにも狙いはある。

 アインズとしてはアイデア。と言うか思いつき程度のものはいくつかある。それを無記名ということを利用し、ナザリックの一員のフリをして提出しようと考えたのだ。

 どんな問題点があるか、それをアルベド達がどう改良したのかを知れば今後の役に立つだろう。

 

「承知いたしました」

 

「うむ。では早速取りかかれ。あまり時間はないからな」

 挨拶をした後、アルベドが部屋を後にする。

 

 再び一人になり、本来なら再びベッドにでも寝転がって休憩をとりたいところだが、セバスたちが八本指を制圧したのならば商会の方も手早く進めなくてはならない。

 そのためにもアインズはフゥと重い息を吐きながら、次なる仕事に取りかかることとした。

 

 もっとも気が重く、意図的に後回しにしていたものだが、覚悟を決めなくては。

「<伝言(メッセージ)>。パンドラズ・アクター、私だ」

 通信先から、姿勢を正し敬礼をしているような足音と気配を感じながら、アインズは再び重い息を吐いた。

 

 

 ・

 

 

 主人の部屋を後にしたアルベドは自分の足取りが軽くなっていることに気がついた。

 主人には気づかれなかっただろうか。と一瞬心配になったが、直ぐに思い直す。

 

 叡知に溢れる我が主人であれば直ぐに気がついたに違いない。その上でそれを指摘しなかったという事は、そのように浮かれた自分を認めてくれたという事だ。いや、もしかしたら可愛い奴だと思ってくれたかもしれない。

 

「くふふ。これは大きなリード。いえ、もう勝ったと言っても良いんじゃないかしら」

 正妻の座を争うライバルの姿を思い浮かべ、アルベドは頬を緩ませる。

 

「毎回毎回、アインズ様の椅子になれたことを自慢して」

 本来あれは心優しき主人が失態を犯したシャルティアに対して下した罰なのだが、あの娘にとって、いやナザリックのあらゆる者達にとってあれはご褒美に他ならない。

 

 ここのところ、シャルティアは会う度にその時のことを語ってくるのだ。

 

 主人の重み、体に伝わる感触や温度を聞いてもいないのに事細かに。

 とは言え彼女も単に自慢したいのではなく──もちろんそれもあるだろうが──結局罰らしい罰を与えられなかったことを悔やんでいるらしく、しかし主人が罰とした以上、別の罰をと言い出すことも出来ず落ち込んでいた。

 その時のシャルティアの表情を思い出し、アルベドは小さく息を吐く。

 

「まずシャルティアに教えてあげようかしら」

 主人が出した命令を思い出す。

 

 人間達が欲する商品開発、シャルティアにそんな発案が出来るとは思えないが多少はフォローしてやっても良い。

 これはシャルティアのためというより主のためだ、落ち込んだままではまた別の失態を犯すかも知れない。それでは慈愛に溢れる主が気にしてしまうだろう。

 結局のところ失態はそれ以上の成果で償うほか無い。

 

 そのチャンスくらいは与えても問題はないだろう。

 行き先を変更し、アルベドはシャルティアに<伝言(メッセージ)>を繋げることにした。

 

「<伝言(メッセージ)>。シャルティア? 私だけれど、今大丈夫?」

 ナザリックの内政を殆ど任されているアルベドには今シャルティアが特に主人から仕事を任されていないことは知っていたが、一応尋ねる。

 

『アルベド? 何の用でありんすかぇ?』

 声は普段通りだが、やはりどこか覇気がない。

 

「仕事よ。アインズ様からのご命令」

 

『……なんでアルベドが言ってくるんでありんすか?』

 声が一気に下がる。

 基本的に主人は命令を下す際、自分で本人に<伝言(メッセージ)>を飛ばす。大事な命令であれば玉座の間で直接伝えることもある。

 今回間にアルベドが入ったことでシャルティアは自分が主人にないがしろにされているように感じたのかも知れない。

 

「別に貴女だけじゃないのよ。守護者全員とプレアデス、一般メイド達にも通達が下ったのよ。私はそれを伝えているだけ」

 

『そ、そうでありんすか。それで! アインズ様はなんと! あの時の失態を償い、シャルティア・ブラッドフォールンの有益さを示すチャンス! 逃すわけには』

 ビリビリと響くような強い声には確固たる決意と意志が込められていたが、同時に何となく今回も空回りに終わりそうな予感があった。

 

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」

 淡々と告げた後、暫く間が開いた。

 

え?

 小さな呟きに対し、アルベドは再び同じ事を告げる。

 

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」

 

『え?』

 かえってきたのは再び同じ答えだった。




今回はアルベド回、商品開発に向けての準備回なのでやや短めになりました
次はシャルティアを中心とした話になる予定です


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第7話 シャルティア奮闘記

本当なら12巻を読んでから投稿しようと思ったのですが
しばらく買いに行けそうにないので先に投稿します
12巻を読んだ後矛盾等があった場合、訂正出来るところは訂正します




 シャルティア・ブラッドフォールンは考える。

 

 今日はもうずっとそうしている。

 都合の良いことに今日は休日である。

 今までであれば休日はナザリック、そして主人の為に働くことの出来ない辛い日でしかなかったが、今日ばかりは有り難い。

 他の連中より一歩リードした、と内心喜んだものだが、その気持ちは既に消え失せ焦りばかりに募っていた。

 

「ぁぁぁぁ……クソ! なにも思いつかない。大体人間どもの好みなんて知るか! あぁ、アインズ様のお役に立てない。まだこの間の失態に対する償いも出来ていないのに」

 償い。と考えて背中が熱くなった。

 

 以前主人より頂いた罰と言う名のご褒美を思い出し、シャルティアは熱い吐息を吐く。

 その時の思い出を反芻しかけたが、直ぐにそれどころではないと思い直し首を振る。

 部屋の隅に立たせている吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)がビクリと体を震わせているが気にせずに、いや気にしている余裕など無く、頭を抱え床にうずくまった。

 

 昨日アルベドから伝えられた主人からの命、王国内に作る商会で売り出す商品開発というものだが、以下の制約がある。

 

 この世界にも存在している物で無くてはならない。

 ナザリック内、およびナザリックの支配地で制作、生産が可能な物。

 あまりにレベルが高い物は不可。

 利幅が大きく利益が見込める物。

 である。

 

 そもそもシャルティアは頭を使って考えることが得意ではない。

 この世界についてもある程度は情報共有のラインによって見聞きしているが、実際に人間達に接したことがあるわけではなく──記憶が失われている期間にはあったのかも知れないが──人間そのものにも大して興味がない。

 もっと言うとシャルティアにとって人間とは自分の嗜虐心を満たすための玩具に過ぎず、その玩具がなにを望んでいるのかなど興味もない。

 

「ああ、アインズ様。折角貴方様がわたしの失態を償う機会を下さったというのに」

 抱えていた頭を持ち上げ、天井を見上げたシャルティアは祈るように目を伏せた。

 

 今回の命令は些か不思議なところがある。

 そもそもこの手の仕事は頭脳担当である、アルベドやデミウルゴスが行うべき物だ。

 更に言うのなら主人であるアインズ・ウール・ゴウン様。至高の御方にして知力においてもナザリック地下大墳墓の頂点に立つ御方一人で十分過ぎるはずなのだ。

 もちろん主人の負担を少しでも軽くするために自分たちが存在している訳だが、あのお優しい主人は、自分で出来ることは自分でこなしてしまう。

 それが少し寂しくもあるのだが、今回に限って敢えてアルベド、デミウルゴスを除いた守護者各員、そしてプレアデスと一般メイドたちにこの命令が下された。

 

 それを聞いたときにシャルティアは、初めて主人の考えが理解出来たような気がしたのだ。

 つまり今回の命令はあの許されざる大失態を犯し、現在誰でも出来るような簡単な仕事しか任されていない自分を救済するために下されたものなのではないか。という考えだ。

 シャルティア達にとって神に等しい、いや神をも凌ぐ存在である至高の四十一人によって創造された者達はそれぞれ創造主にそうあれ。と望まれた姿形、能力を有している。

 基本的に創造された立場はあれど、直接創造された者は同列の存在だが、能力に関してはそうはいかない。

 特にシャルティア達階層守護者は全員が最高レベルの能力になっており、他の者達と一線を画すレベル、能力値、装備品が与えられている。

 その中にあって知力という点では別格扱いされているのは三人。

 

 同じ階層守護者であり、主人からもっとも多くの仕事を割り振られ、その全てを完璧にこなし度々主人よりお褒めの言葉を頂戴しているデミウルゴス。

 守護者統括にして主人がいないときのナザリック内のほぼ全てを取り仕切り、シャルティアのライバルでもあるアルベド。

 そしてナザリック地下大墳墓の絶対的支配者である主人が自ら創造した領域守護者パンドラズ・アクター。

 

 この三人は知力において、主人を除いたナザリックの最高峰として創造されている。

 創造主によってそうあれと創られているのだからシャルティアも素直に相手の方が上だと認めざるを得ない。

 しかし他の者達はどうか。と言われるとシャルティアとしては全く負ける気がしないのが本音だ。

 口にしてしまえば喧嘩どころか殺し合いに発展しかねないし、それを主人は望まないだろうから口には出さないが、シャルティアとしては自分の創造主であるペロロンチーノ様こそがもっとも素晴らしく、優れた御方だと信じている。

 

 その御方に創造された自分は、特にそうあれと望んで創られた部分でなければ、他の者達より一歩優れていると考えている。

 特にアウラ辺りよりは自分の方が優れているはずだ。

 敢えて知力に優れた者達を外しての今回の命は正しく自分の有用性を主人に、そして前回の失敗以来やや自分のことを軽んじている者達に示す絶好の機会であり、主人もそれを望まれているに違いないとシャルティアは推察した。

 

 そう考えると同じ正妻の座を争うライバルであるアルベドがわざわざシャルティアに一番先に声をかけたことにも納得がいく。

 それほどまでに自分のことを気にかけてくれている主人に報いるためにもここは決して負けられない、だというのに。

 

「ぁぁあぁぁ。おい! 今何時だ!?」

 イライラが募り声を荒げてシモベに問う。

 

「夜の十時二十七分でございます」

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が僅かの間もおかずに答える。シャルティアはその返答に愕然とした。

 

 休日が終わってしまう。

 当たり前のことだが明日はシャルティアは休日ではない。

 仕事がある、それ自体は素晴らしいことだ。ナザリックのために働ける、それはナザリックの者達にとって最大の喜びに他ならないのだから。

 しかし今日は、今日だけはまだ休日が終わって欲しくないと思ってしまう。

 

「ああ、もう! ちょっと出てくるでありんす!」

 ずっと言葉遣いが変わっていたことに気がつき、シャルティアは吐き捨てるように言うと部屋を後にする。

 

 同じ場所にずっといるのがいけないのだ。

 決して自分の能力のせいではない。

 誰に言うわけでもなく頭の中でそう呟き、シャルティアは一人歩き出す。

 

 見慣れた自分の守護階層の中をどこに行くか考えながら足を進める。

 ここは自分の守護階層とはいえ、他の守護者や場合によっては主が訪れることもあるのだから感情のままに動き無様な姿を晒すことは出来ない。

 出来る限り平静を装いながらも、頭の中では未だ必死に考えを巡らせていた。

 

 以前主より、自分たちの欲しい物を考えるように言われた際も苦労したが、今回はそれ以上に難しい。

 主人に頼んで一匹くらい玩具用の人間を頂いていれば良かったとも思うが後の祭り。

 ため息を吐きそうになるも、やはり周囲を気にしてしまい、これでは何のために外に出てきたのかわからない。

 

「そうだ。あそこに行きんしょうかぇ」

 ふと落ち着ける場所を思い出し、シャルティアは早速とばかりに移動を開始した。

 

 

 ナザリック第九階層、スパリゾートナザリック。

 至高の御方によって創造されたこの場所は基本的に誰でも使用することが出来、以前アウラとアルベドの二人とともに訪れて以来、シャルティアは時折この場所を訪れていた。

 自室にも当然浴室はあるが今日は目的が違う。

 アンデッドであるシャルティアは疲労などしないが、考えすぎたせいかほんの少し頭に靄がかったようなものを感じる。

 広いお風呂に入りながらゆっくりすれば、気分転換にもなるだろう。

 そういう時にこそ、良いアイデアが浮かぶのかも知れない。

 

 そんなことを思いながら脱衣所を抜け、体を洗って湯船に入る。

 

「はぁ」

 頭の上にタオルを乗せながら体を伸ばして湯に浸かる。

 アンデッドのシャルティアはお湯に浸かることで感じる気持ちよさはさほど無い。

 アウラやアルベドがお風呂に浸かっていると妙に心地よさそうにしているのが少し不思議なくらいだ。

 しかしそれでも体にはジワジワと染み込んで来るような暖かさがあり、思考が空になっていくような不思議な安堵感に包まれる。

 

「あれ? シャルティアも来てたの?」

 明るい声が聞こえ、シャルティアは瞑っていた目を片方だけ開いて相手を見た。

 

「おや、アウラ。珍しいでありんすねぇ。ここで会うなんて」

 休みを合わせて──と言うより主の気遣いによって合わされて──一緒に来ることはあったが、こうして偶然会うのは初めてだったかも知れない。

 

「あー、うん。そうだね」

 どこか拍子抜けしたような様子のアウラも湯船に入り、微妙な距離を開けて二人で並んで入る。

 お互いに何となく気まずくなり無言になってしまった。

 

「……仕事は終わりんしたの?」

 ずっと黙っているわけにもいかず、シャルティアが問うとアウラは頷く。

 

「うん今日の分はおしまい。アインズ様からちゃんと休憩を取って夜はキチンと寝るように言われてるしね。ちゃんと寝ないと成長に悪いからって」

 ふふん。とまっ平らな胸を張りながら言うアウラに苛立ちを覚えるが、今は相手をしていられない。

 

「そう。アインズ様が仰ったのだから、ちゃんと寝るんでありんすよ」

 

「うえぇ!? ちょっと、シャルティア! 何かあったの? 今日変だよ」

 失礼な。と思いはしたが確かにいつもであれば、創造主に設定された通りに適当にからかってやっているところだ。

 それを今日は何もしなかったから戸惑っているのだろう。

 しかし今はそんな余裕は無い。

 

 折角お風呂に浸かりながらゆっくり考えようと思ったというのに。とここでシャルティアはあることを思い出す。

 目の前でこちらを訝しげに見ているアウラもまたアルベドから自分と同じ話を聞いているはずだ。

 その彼女が妙にのんびりしているというか、特に気にした様子が無い。

 

 アウラは今まで仕事をしていたはずで、その間は当然他のことを考えることは出来ないはず。

 となれば今必死になってアイデアを出そうとするはずではないのか。

 何故こんなにも落ち着いているのだろうか。

 

「ところでアウラ。アルベドから話は聞いていんすよね?」

 シャルティアの問いかけにアウラは一瞬虚を突かれたようにえ? と不思議そうに首を傾げた後、ああ。と言うように頷いた。

 

「人間に売る商品の話? 聞いてるよ。あたしなんかは手っ取り早く力で支配しちゃえば良いって思うけど。アインズ様のお考えだものきっとスゴい理由とかあるんだろうね」

 あたしもアインズ様の考えを理解出来るようになりたいなぁ。

 などと現実不可能なことを夢見ているアウラの台詞を聞きつつシャルティアはそこじゃない。と心の中で焦れながら再度聞いた。

 

「それで。もう提出はしてきたんでありんすか?」

 二、三日中に無記名で提出し、それを後ほどアルベド、セバス、ソリュシャンの三人が精査して主人の元に届けるらしい。

 つまり最低でもこの三人に認められるアイデアを出さなくては主人の目に留まることすらないと言うことだ。

 

「ん? いや、あたしはまだ。あたしは明日が休みだから、明日考えて出すよ。シャルティアは今日休みだったんでしょ?」

 

「え、ええ。勿論でありんす。もうとっくに提出してこうして休息がてらお風呂に入っていたんでありんす」

 

「ふーん。どんなのにしたの? 被るとマズいから教えてよ。コキュートスはもう考えたんだってさ」

 

「え!?」

 

「ビックリだよね。あのコキュートスがだよ! この前の失態以来デミウルゴスに色々話を聞いたりしてるみたいだから成長したってことかなぁ。こうなることをアインズ様は考えていたってことだよねぇ」

 

 コキュートスが。

 しみじみと語るアウラを前に、シャルティアは動くことのない心臓が跳ね上がるような気持ちを感じていた。

 口にしたことはないが、コキュートスとシャルティアは失態を犯した者同士、と勝手な親近感を覚えていたのだ。

 もちろん同じ守護者としてナザリックに初めて敗北をもたらせたコキュートスには怒りを覚えもしたが、同時に同情もしていた。

 

 今は支配下に置いた蜥蜴人(リザードマン)の統治を行っているらしく、シャルティアも荷物や食料の運びを手伝った際に多少会話をしたが、慣れない仕事に四苦八苦しながらも統治は問題なく進んでいるようだった。

 そのコキュートスが、多忙な仕事の合間に既にアイデアを出していると知り、シャルティアは慌てた。

 

「それでシャルティアは──」

 

「コキュートスはどんなアイデアを考えたんでありんすか!」

 

「え? ああ、うん。コキュートスは武器だってさ」

 一瞬シャルティアの強い口調に押されたアウラだったが、直ぐに気を取り直したように話を進める。

 それを聞いたシャルティアは腑に落ちた。

 確かにそれであれば納得だ。武人として造られたコキュートスは武器に対する造詣が深い。

 自分の得意分野であれば直ぐに思いつくのも当然だ。

 

「でも、ナザリックの武器は売れないんでありんすよね?」

 

「うん。この世界にある金属は今のところアダマンタイトが一番堅い金属らしいから、そんな弱い武器、ナザリックには殆どないでしょ? だから先ずは金属を手に入れるところから始めるんだって」

 

「金属って鉱山か何かを見つけるんでありんすか? それは時間が掛かりそうねぇ」

 今から商会を開店するまでどのくらいの時間があるのかは分からないが、鉱山を見つけ、掘り出し、加工するのでは時間が掛かるだろう。

 あまり良いアイデアだとは思えない。

 

「それがさ。コキュートスが統治してる蜥蜴人(リザードマン)の中に昔、ドワーフの集落に居た奴がいるらしくてさ。そのドワーフのところに行って金属を手に入れればいいんじゃないかって考えてるみたい。なんか人間の国ではドワーフの武器とか防具ってスゴい有名らしくて高く売れるんだって。そういうアイデアまで含めて提出するために今詳しく調べて纏めてるらしいよ」

 成長したよねぇ。なんて胸の前で腕組みをしながら頷いてるアウラを余所に、シャルティアは愕然とした思いを抱いていた。

 

 あのコキュートスが、戦いのことにしか興味が無く、暇さえあれば鍛錬しかしていない武人が、そんなアイデアを出してくるなんて。

 そのアイデアは、思慮深く先の先まで見通す主人好みなものに感じられる。

 

「ま、マーレは?」

 

「ん? マーレはねぇ。休憩中になんかうんうん唸ってると思ったら急に思いついた。とか言い出してさ」

 一縷の望みを抱いて聞いた最後の守護者──ガルガンチュアとヴィクティムは今回も外れているらしい──のマーレもまた既にアイデアがあると知りシャルティアは目の前が真っ暗になりそうだった。

 

「マーレは本らしいよ。あの子最近司書長と仲良くなったみたいで休みの日にはずっと本読んでるみたいだからね。図書館にある本を写して売れば良いんじゃないかって。何しろナザリックにある本は至高の御方々がお集めになったものだもんね、人間どもが作る話なんかよりずーっと面白いに決まってるよ、あたしはまだ読んだこと無いけど」

 最後は小さな声で照れたように言うアウラ。

 シャルティアはそんなアウラのことなど気にしている余裕はなかった。

 

 それもまた良いアイデアだ。

 図書館の本自体は至高の御方々が集めたものだから当然人間如きに売ることなど出来ないが、中身を写して売るのであれば問題ないだろう。

 必要なモノも紙だけ、写すのは魔法を使うなり、無理であればアンデッドあたりを使用して写させればいい。

 そこまで細かい作業が出来るかは謎だが、もし出来るのならばアンデッドは疲れ知らず。そうした単純作業は得意とするところだ。

 

「二人ともなかなかやるよねぇ。ところでシャルティアは結局どんなアイデア出したの? 教えてよ」

 

「う、うぅ」

 言葉が出ず、恥ずかしさと己の無力さを嘆き、シャルティアはゆっくりと体をお湯の中に沈めていく。

 ブクブクと口から漏れる息が──呼吸もないのに──湯面を揺らし、シャルティアは完全にお湯の中に姿を消した。

 

「ちょ! シャルティア。アンタ何やってんの、こら。出なさいよ、ちょっと!」

 腕を捕まれ引きずり出される。

 

「離しんす! アインズ様のお役に立てないわたしなんて!」

 

「やーめーなーさーい。全く、もしかしてまだ何も考えてないの?」

 

「……そうでありんす」

 自分でも聞き取れるかどうかの小さな声で言う。

 それを受けてアウラははぁと大きくため息を吐いた。

 

「なんでそんな嘘つくのよ。もー」

 

「だって」

 創造主によりシャルティアはアウラとは仲が悪いと決められている。

 もっとも実際にはそんなに仲が悪いとは思っていないし嫌いでもない。

 ただ彼女をいつもからかっているせいか、アウラ相手には弱味を見せたくない張り合いたいという思いが生まれてしまう。

 

「一応一人で考えないとダメだから、あたしは手伝えないけどさ」

 やれやれと言わんばかりに手のひらを上にしたアウラがそう言った。

 

 明確にそう決められているわけではないが、以前蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃の際、劣勢に追い込まれたコキュートスがデミウルゴスに助言を求めた時は主人より命を受けたエントマがそれを阻止したと聞いている。

 その後敗走したコキュートスに対し主人は考えることが大事と言っていた。

 それはコキュートスのみではなく守護者全員に向けられたものである。

 

 つまり今回の命令も相談するのではなく、その考える力を用いることが前提となっているはずだ。

 故に守護者たちもメイドたちも相談はせず各々で考えている。

 

「分かっていんす」

 

「……とりあえずさ。自分の好きなこととか趣味とか特技から考えてみたら? コキュートスもマーレもそうやって考えてるみたいだし」

 少しの沈黙の後、アウラがシャルティアから顔を背けて言う。

 

「アウラ?」

 

「別にシャルティアのためじゃないよ。それにこれはアドバイス、こっから先は自分で考えなよ」

 ダークエルフの浅黒い肌が朱に染まる。

 お風呂のせいだけでは無いのは明白だ。

 

「余計なお世話でありんすぇ。チビすけ」

 

「んな!?」

 立ち上がりかけるアウラに対し、くるりと背中を見せるとシャルティアは続けた。

 

「でも、一応礼は言っておくでありんす」

 

「最初から素直に言いなさいよ。全く! 世話が焼けるんだから」

 その言い方が妙に姉ぶっているようで癪に障るが、今は何も言わないでおく。

 吸血鬼の白い肌はダークエルフよりよっぽど赤が目立つのだから。

 

「それにしても趣味でありんすか。ん~わたしの趣味って人間とかあの子たちを虐めて遊ぶくらいしかありんせんのよねぇ。後はお風呂に入るくらい」

 ここのお風呂ではなく、自室での話だ。

 

 仕事が無く誰とも休みが被らないときはシャルティアは大抵自室で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちを虐って遊ぶか、ゆっくりとバスタブに浸かって過ごしている。

 あれを虐めるための道具などならいくらでも思いつくのだが、それを人間達に売ることはさすがに出来ないだろう。

 

「アンタって」

 後ろからは呆れたような声が聞こえるが無視して、シャルティアは更に考える。

 

「趣味、特技、あたしだったら、んー。あ!」

 アウラが突如として大きく声を出し、シャルティアはそれに釣られて僅かに後ろを振り返りアウラを確認する。

 

「何だぇ?」

 

「あたしも一つ思いついた」

 

「んなぁ!!」

 

「あはは、ごめんね」

 

「どうせチビすけの考えなんて大したことないでありんしょう? 分かっていんすからね!」

 

「なによ! 何も思いつかないアンタよりマシでしょ!」

 

「この! せっかく見直してやったのに!」

 

「そっちが先に突っかかってきたんでしょ?」

 互いに立ち上がり、向かい合う。

 剣呑な空気が周囲に立ちこめ膨れていく。

 もう一押し、何かがあれば爆発するというところで、アウラの視線が微かに動きシャルティアの背後を捉えた。

 

「止め止め。ここで暴れたらまたあれに襲われるよ」

 あれとアウラが指したのは精巧に作られたライオンの像、口からはドバドバと湯が流れ込んでいる。

 

「うっ」

 以前アルベドも含めた三人でお風呂に入っているときに、アルベドがお風呂に飛び込むというマナー違反を犯した為に襲いかかってきたのだ。

 その時は迎撃に出たものの、後にあれを創ったのが至高の四十一人の一人、るし★ふぁー様であると知り、三人揃って主人に謝罪をした。

 

 主人は笑って許してくれたが、至高の御方が創ったゴーレムを攻撃するのはナザリック内では大きな問題であり、あの後デミウルゴス達から冷たい視線を送られたことも記憶に新しい。

 その後主人は危険性を考えあのゴーレムを取り外す、もしくは改造し動かなくするようにすると言っていたが、至高の御方がお作りになったこの空間を一部とはいえ自分たちのために変えることなどあってはならないと皆で懇願し、風呂の中ではマナーをきっちり守ることを約束し、現状維持となっているのだ。

 

 仕方ない。と無言で再びお湯の中に入るとアウラも続く。

 気まずさに耐えかね、シャルティアは再びライオンの像に目を向けた。

 素手で攻撃力が落ちていたとはいえ守護者たちの攻撃を受けても破壊されなかったあのゴーレム。

 流石は至高の御方が創ったゴーレム。

 

(ん? 創った?)

 不意に頭の中で何かが閃光のように瞬いた。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと黙って!」

 郭言葉を使うことも忘れ、シャルティアは考える。

 遡る記憶は主人に命じられ、王都に向かう途中だったセバスと合流したときのこと。

 その後記憶が途切れてしまうため詳しくは覚えていないが、あの都市。現在は主人が冒険者モモンとして生活しているあの都市で見かけた記憶が朧気ながら存在する。

 

 見窄らしい木動像(ウッドゴーレム)だ。

 

 それが妙に仰々しく飾られていた。ゴーレムとはナザリックではコロシアムの観客にも使われている程度のものだ。あれほど大事そうに飾るとは。と改めてナザリックの素晴らしさと、人間どもの拙劣さを実感したものだ。

 

(ゴーレムクラフターのクラス持ちならゴーレムは作れるはずでありんすよね? ナザリックにもいるはず。人間どもが木動像(ウッドゴーレム)ぐらいでも喜ぶのなら、石の動像(ストーンゴーレム)鉄の動像(アイアンゴーレム)でも十分。その程度の資材ならナザリックにも負担は掛からない。そしてあれだけ立派に飾られているなら値段も高く売れるはず)

 シャルティアは浮かんだアイデアを逃すまいと必死に頭を回転させる。

 

「これでありんすぇ!」

 

「だから騒がないでよ!」

 思わず声を張り上げたシャルティアの背後から情けない声が響き、その直後。

 再び動き出したライオンの像を今度は攻撃するわけにはいかないと、必死になって逃げる守護者二人の姿がそこにはあった。




今回はシャルティアの話
シャルティアはかなり使いやすく好きなキャラなので今後もちょくちょく出すと思います
次の話は12巻を読んだ後になると思うので少し遅くなるかも? まだ分かりませんが



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第8話 精査の結果

やっと12巻を手に入れ読み終わりました
今回も面白かったー
と言うわけで特に矛盾箇所は無かったと思いますので投稿します



 アインズの執務室にアルベド、セバス、ソリュシャンの三人が集まっていた。

 

「アインズ様、商品のアイデアの件。精査が完了致しましたのでお持ちしました」

 

「うむ。流石に仕事が早いな」

 メイドたちが全員提出したと考えても五十近い数のアイデアが集まったはずだが、期日後一日を置かずして三人はアインズの元を訪れた。

 正直に言ってこの訪問は歓迎すべきものだった。

 

 ここ数日アインズは、現在使用する者がおらず空になっているセバスたちが借りていた館に籠もり、パンドラズ・アクターにモモンの姿を取らせ、細かな演技指導を行っていた。

 

 実際のところパンドラズ・アクターの演技は完璧であり──少し動きがオーバーなところは気になるが許容範囲内だ──常日頃からモモンと接しているナーベラルを以ってしても完璧と太鼓判を押す出来だった。

 しかし、問題なのは素に戻った時だ。

 

 あの口調と大げさで格好付けた動きは敬礼とドイツ語を封じてなお、アインズの精神に多大な損傷を与えられるだけのものだった。

 

 そんな時にアルベドから<伝言(メッセージ)>にて連絡が入り、渡りに船とばかりにアインズはその場から離脱した。

 

 ナーベラルにはその場に待機し、パンドラズ・アクターと親交を深めるように言っておいたが、去り際の一瞬、ナーベラルがアインズに縋るような目をしていたことが印象深い。

 やはりあいつの性格は同じドッペルゲンガーでもキツいのだなと認識出来た。

 

「いくつか話にもならない愚案がありましたが、それ以外は概ね良いアイデアが多く手直しも少なく済みましたので」

 

「ほう。ちなみにその愚案とやらはどんなアイデアだったのだ?」

 何となくイヤな予感がしてアインズは冷静を装いながら訊ねる。

 アルベドの柳眉が歪み、それに合わせるようにセバスとソリュシャンも苦い顔をした。

 

「とてもアインズ様にお聞かせ出来るものでは。後ほど誰が書いたものか調べ、その者には然るべき処置を行うつもりです」

 

「そ、それには及ばん。それではわざわざ私が無記名と言った意味がない。恐らくその者とて悪気があったわけではないだろう。必死に考えた結果であるならば私は咎めない。さ、そのアイデアを先ずは聞かせてくれ」

 

「……はい。口に出すのもはばかられるのですが、アインズ様が仰るのでしたら。アインズ・ウール・ゴウンの紋章をデザインした服を製作しそれを売るのはどうか。もう一つはアンデッドの顔を忠実に再現しお面として子供向けに売り出すのはどうか。というものです」

 見事に二つともアインズのアイデアであった。

 

 しかし、アインズとしてはどこが悪いのか分からない。

 これら二つに求めているのは要するに親しみやすさだ。

 

 紋章の方は単にデザインとして優れていると思っているし、それを売り出すことでいつかアインズ・ウール・ゴウンが表舞台に出る際に人間たちにとけ込みやすくするためだ。

 仮にプレイヤーに見つかったとしても、単に正当な商売をしているだけなら友好的に話を進められるだろう。

 アンデッドのお面に関しては大してお金が掛からない上、アンデッド=生者を憎む人類の敵という認識を子供のうちから外して貰いたい思いが込められている。

 

「ふむ。確かに愚かしいアイデアではあるが、セバス。お前はどこが問題だと考える?」

 敢えてアルベドではなくセバスに問うことで、お前を試しているんだぞ。というアピールをし、アインズは問いかけた。

 

「紋章の方は言うまでもありません。栄えあるアインズ・ウール・ゴウンの紋章を人間が正しく管理出来るとは思えません。生活の中で汚すことも、洗濯の際に色落ちさせることも、中には破損させる者とているでしょう。我々の管理が出来ないところで、紋章を汚されることなど以ての外と考えます」

 

「うむ。確かにその通りだ。もう一つはどうだ?」

 そこまで神経質になることなの? と言いたい気持ちを抑え、アインズは正解だとばかりに頷き、次のアイデアに移る。

 

「こちらは正直に申しますと、ただただ子供騙しかと」

 

「ぐっ。そ、そうだな。子供騙しだ。しかしそのアイデアはともかくとして子供を相手に商売をするというのはそう悪いことではないと思うぞ」

 

「確かに。ですがこれを商品として出してはナザリックの品位に関わりましょう」

 

「その通りだセバス。それにしてもどちらも着眼点は悪くないが今一歩詰めが甘いと言ったところだな」

 自分を慰めるために口にした言葉だったが、アルベドが直ぐにそれを切り飛ばす。

 

「アインズ様。この様な愚劣な発想に情けをかける必要などないかと。恐れながら、それではアイデアを提案した者の成長には繋がらないのではと愚考いたします」

 

「私もそれに賛成です。誰のアイデアであるか調べない代わりに、ナザリック全体に配布することで二度とこのような下等な発想に至らぬように発奮させるべきかと」

 アルベドに賛同を示したソリュシャンの提案にアインズは心中であわあわしながらも表面を取り繕い首を振る。

 

「その必要はあるまい。こうした成長は自分で気づくことが大切だ。アイデアが採用されなかった時点で察する事が出来ず再び同じような失態を犯したときに考えるとしよう。さて、この件は終わりだ。お前たちが精査したアイデアを聞こう」

 パチンと指を鳴らし、話を切り替える。

 三人同時に頭を下げ同意した。

 

「今回特に守護者の面々から良いアイデアが出ました。これもすべて彼らの成長を促したアインズ様の手腕によるものかと」

 

「私は何もしていない。成長したのは本人の資質と努力だ。ぶ……配下の手柄を奪うつもりはない」

 部下と言いかけて慌てて言い直す。

 

 しかし守護者の面々から良いアイデアが出たと聞くと喜ばしい。

 今回はアルベドを初め、デミウルゴス、そしてガルガンチュアとヴィクティムも除外している。

 となると残る守護者はシャルティア、コキュートス、アウラにマーレ。

 

 皆頭脳労働には向かない者たちだ。

 その彼らから良いアイデアが出たというのだから立派に成長していると見るべきだろう。

 

「では始めてくれ。順番は任せよう、今回は無記名だ。誰のアイデアからでもかまわん」

 本当なら守護者たちだけでもどんなアイデアを出したか知りたいところだが、それで先ほどのアインズのアイデアも調べるべきなどと言われては堪らない。

 推理しながら聞くことにしよう。

 

「では。先ずはこちらから」

 差し出された書類に目を通す。

 

「ふむ。なるほど本か、図書館の小説を複製し売りに出す。量産体制はアンデッドを使用する」

 なるほど。ともう一度口の中で呟き、アインズは思考する。

 本を売るというアイデアはアインズの中には無かった。モモンとして生活している中で、この世界の本を見聞きしているが十三英雄などを初めとしたこの世界を元とした英雄譚が多く見受けられたが図書館にあるような著作権の切れた古典小説の類は存在しなかった。

 

 かつていたらしいプレイヤーたちはそれらは伝えなかったのか、長い時の中で失われたのか、それは定かではないが、もともとリアルで広く受け入れられていた物語ならばこちらの世界でも売れるだろう。

 何より元手が殆ど掛からないのが素晴らしい。

 そう言おうとして、先にアルベドが口を開いた。

 

「ですがこちらのアイデアにはいくつか問題点があるかと」

 

「……確かに。私もそう思う」

 どこが? と聞きたい気持ちを抑えアインズは指先でテーブルを鳴らし思案しているようなポーズを作る。

 

「打開策は考えてあるのだろう?」

 アルベドが自らアイデアに訂正を加えても良いかと聞いてきたことを思い出して聞く。

 彼女は一礼した後、少しだけ困ったような顔をした。

 

「ですがそれには商会を運営していくに当たっての根幹をどちらにするか定める必要があるかと。それによりいくつかの方法があります」

 

「根幹か。ふむ、アルベドはどちらが良いかと思う?」

 話は分かっていますよ。という体でアインズがアルベドに問う。

 実際のところ彼女の言う根幹の意味がアインズには理解出来ていないため、話を進めながら考えていくしかない。

 

「どちらにもメリット、デメリットがございます。アインズ様のお好みに合わせて決定されるのが良いかと」

 

「う、うむ。では同じく商会を運営していくことになるセバス、ソリュシャンにも聞いておこう。どちらが良いと思うか? それを聞いた後私が決定を下そう」

 アルベドからの思いも寄らぬ返答にアインズは慌ててセバスとソリュシャンに問いかける。

 

「はっ! シグマ商会を単なるこの世界の商会とするか、それとも我々ナザリックと関係があることを示唆するのかという点でございますね」

 きっちり説明してくれたセバスによくやった。と内心で誉めたたえながらアインズは大きく頷く。

 

「そうだ。どちらにもメリットデメリットはあるが……因みにどのようなことが考えられる?」

 

「関係ないとした場合のメリットはこの世界にいると思われるプレイヤーから疑われる危険性が少ないこと。デメリットは完全にこの世界のものしか使用出来ないため、商品の幅が狭く、国の経済を握るまでに時間が掛かることでしょうか?」

 

「では関係があるとした場合は? ソリュシャン、答えよ」

 

「はい。その場合のメリットは様々なアイデアが使え、素早く国の経済を掌握出来ること。デメリットはプレイヤーに感づかれる可能性があることと、ナザリックの技術が僅かとはいえ人間たちに流出する危険性があることです」

 正解だと言うように頷きながらアインズはそこまで思い至らなかったことにショックを受けた。

 

 やはり商会運営という思いつきのアイデアではダメだったのではないか、しかしもはや止まるわけにはいかない。

 準備は進んでいる。

 止まることは出来ない以上、どちらかの答えを出すしかない。

 

「私としましては、将来的にアインズ様がこの世界に君臨することも踏まえまして極一部、つまりは大々的に関係を示唆するのではなく、王国内部の一部にだけ知らせておくのが良いかと」

 

(君臨って何だよ! いや、確かにいつまでも隠れてこそこそ生活するわけにはいかないし、いずれはアインズ・ウール・ゴウンの名を轟かせる必要はある。その為には今セバスが言ったように極一部に知らせておくアイデアは悪くないのでは?)

 

「失礼ながら、私は少なくともシャルティア様に害を成したという者を排除するまではこの世界の者として活動するべきかと。現在の王国では内密とはいかないでしょう。必ず裏切り外に情報を持ち出して利を得ようとする者が出てくる筈です」 

 ソリュシャンの言葉にも納得できる。

 未だシャルティアを洗脳した敵は姿を見せていない。ワールドアイテムを所持しているところを見るに相手はプレイヤーだろう。

 ただし、あれはもはや敵である。

 

 アインズは基本的にプレイヤーとは友好的な関係を築きたいと考えていた。

 そのために第六層で楽園計画というこの世界の者たちとも友好的に接していることを示す計画も発動させている。

 

 だが、シャルティアを。

 友が残した一人娘ともいえるシャルティアを操り、よりにもよってアインズに殺させた時点でもはや敵対は避けられない。

 

「いや。これ以上後手に回るのは避けたい。セバス、お前の意見に私は賛同しよう。つまりナザリックとの繋がりをはっきり見せるのではなく、商品から僅かに気配を感じ取れる程度に示す。シャルティアを狙った者たちは王国内を調べているはずだ。そうなれば網に引っかかるだろう。そこを狙う」

 

「畏まりました。では本のアイデアに関しては、現在の内から量産体制だけ確立させ、問題がないと確証が得られた後に販売するということでは如何でしょう?」

 

「そうだな。それまではこの世界の既製本を販売することにしよう。人件費が掛からない分利幅は良いだろう」

 この世界では著作権の問題はどうなっているのかも調べないといけないな。

 と考えながら次の書類を受け取る。

 アルベドたちに丸投げしつつも、それをバレないようにいくつかのアイデア精査が完了する。

 

 

「メイド達はやや似通った意見が多いようですね」

 

「種族が同じだから思考形態もそれなりに似てくるのかもしれんな。しかしだとしてもそれぞれに個性が感じられるのは嬉しいことだ。やはりと言うべきかメイドの技術を使用した商品が多いな。石鹸や洗剤を初めとした掃除用具に掃除や立ち居振る舞いの指南書、後は料理か」

 ホムンクルスである一般メイド達は種族ペナルティで食事量が増大している。

 そのためか食事に対しそれなりの思い入れがあるようだ。

 

「食材自体は外のものと大差ありませんが、それらを組み合わせて調味料や料理として売り出す。という意見ですね。これはソリュシャン、貴女としてはどうなの? 調査中に食べたものと比べて」

 

「はい。エ・ランテル、王都。どちらの料理もナザリックと比べて味は格段に落ちます。食材の差もあるでしょうが料理人の腕や、技術的な差があるのかと。特に調味料に関しては酷いものです」

 

「ではその調味料自体を売り出すこととしよう。料理をそのまま売るというのは難しいからな」

 <保存(プリザベイション)>の魔法はあるが、それでも長期間持つわけではないし、それをするならレストランを開いた方が良いだろう。今回はそこまで考えていないので、調味料や香辛料の組み合わせたものを売りに出すことで決定した。

 

「次はこちらです。ドラゴンや魔獣を使用した輸送便を出してはどうか。というものです」

 

「ほう」

 続けざまに出される意見に少々疲れていたのだが、その内容を聞きアインズは興味を示した。

 

 そしてそれが誰の発案であるかも直ぐに理解する。

 ビーストテイマーであるアウラだろう。

 

「なるほど、冒険者にも荷物運搬の護衛を依頼されることがある。強力な魔獣を運搬に使用するというのは信頼性も高くなるだろう」

 ハムスケ程度の魔獣ですら伝説の魔獣として畏れられるのならば、アウラがペットとして飼っている魔獣を使用すればこの世界では絶対的な安心感を得られるはず。

 高級な荷物の運搬などには喜ばれるだろう。

 

「しかし、ドラゴンは少し難しいか」

 こちらの世界でも伝説となっているドラゴンを輸送便にするとなればその宣伝効果は絶大だろうがこちらの世界のドラゴンについてはまだわかっていないことが多い。

 

 ユグドラシルでも強力な敵であったドラゴンは警戒に値する相手であり、仮にこの世界のドラゴンがとてつもなく強力でかつ仲間意識が高いなどということがあれば、仲間であるドラゴンを輸送便にしているということで敵対行動を取られるかも知れない。

 

 そのあたりまで考えて、先ずはドラゴン以外の魔獣を使用した輸送便を行うことで話は進む。

 

 他にもいくつかアイデアが出たが、中でもアインズがもっとも興味を引かれたのは、ドワーフの国と協定を結び、ドワーフ製の武器を販売するというものだった。

 

 アルベドは当然口にしないが、そのアイデアを出したのは間違いなくコキュートスだろう。

 

 何しろドワーフとのパイプ役はコキュートスが支配下に置いている蜥蜴人(リザードマン)の一人であり、かつてドワーフの国で世話になったことがあるのだという。

 加えてドワーフ製の武器はかなり貴重だが、帝国に少量ではあるが販売されていることから、完全に諸国と断交している訳ではない点。

 場合によってはドワーフ国から人を招きこちらで生産してもらう案まで記されていた。

 

 これをコキュートス一人で纏めたというのならば素晴らしいことであり驚異的な成長スピードであると言えるだろう。

 

「素晴らしい。このアイデアに関しては問題が無いな。直ぐに実行に移せるように人員を整えよ」

 

「畏まりました。本人も喜ぶでしょう」

 

「ああ、しかしこれは目玉になりうる商品ではあるが時間がかかる可能性が高いな。長期的に見てもナザリックの利になることは間違いない。急ぎ過ぎず確実に事を進めるように留意せよ」

 アルベドか恭しく頭を下げた後、僅かな間が空いた。

 次のアイデアが出てこない。

 

「これで全てか?」

 メイド達が重複していることもあり、実際に出てきたアイデアは二十そこそこといったところであり、アインズのものを除きほぼ全てが採用、あるいは保留扱いとなったが目玉と呼べるものは無かった。

 

「いえ、最後に一つ。こちらです」

 差し出された書類に目を通し、アインズは極自然と感嘆の息を漏らしていた。

 

「ゴーレムの販売、貸し出しか」

 

「はい。セバスたちの調査でも判明したとおりゴーレムは人間たちにとって相当な高級品。一流に近い冒険者たちでさえ容易く購入する事は難しいと聞いています」

 

「うむ。確かに個人でゴーレムを所有しているという話は殆ど聞かない、よほどの豪商か大貴族くらいなものだ。それも大抵は門番扱いでしかない。もし仮にそれらが安価で提供した場合、労働力として使用されるだろう。現在国力が著しく落ちている王国にとっては喉から手が出るほど欲しい商品のはずだ」

 アインズも一度はアンデッドの労働力販売というアイデアを思いついたのだが、人間のアンデッドに対する嫌悪感を考えるととてもではないが受け入れられないだろうと却下した。

 そのため先ずは苦手意識を解いて貰おうと思ってのアイデアがあのお面だったのだが。

 

 しかしゴーレムならば問題ない。

 そもそもゴーレムは既にカルネ村に貸し出している。

 

 アンデッドと異なり細かな作業が苦手という点は問題だが、どの村や町でも欲しい存在に違いない。

 

「ですので村の人間たちでも借りられる程度の安い金額、あるいはゴーレムの働きによって出た余剰の作物などと引き替えにゴーレムを貸し出すというものです。加えて人間たちは楽な方向に流される傾向にあります。初めはゴーレムから貸し出し、やがてもっと細かな作業をさせるためにアンデッドが必要だと知れば、アンデッドも商品として並べることが可能になるかと。そのころには我々を信用し、アンデッドに対する嫌悪感も薄れているでしょう。そうなればもはや人間どもはナザリックに、いいえ。アインズ様に依存しなくては生きていけなくなる」

 

「素晴らしい。それこそ私の望む展開だ。良いアイデアを出してくれたものだ」

 アインズが一度無理だと思ったアンデッド貸し出しのアイデアにも活かせると聞き、アインズは一度手を叩き喜びを露わにする。

 アルベドが笑顔のままほんの僅かに目を細めているが気にせずにアインズは続ける。

 

「本来は無記名のため、発案者を問うつもりはなかったが、信賞必罰は世の常、このアイデアを出した者に褒美を出そうと思うが……誰のアイデアだ?」

 アインズの問いかけに、アルベドは直ぐには答えず間を空けた。

 不思議に思い改めて目を向けると、代わりにということなのかセバスが動いた。

 確かにアルベド本人に聞いたわけではないので問題はないのだが珍しい。

 

 と思っているとセバスの答えでその理由が判明する。

「シャルティアでございます」

 

「シャルティアが?」

 アルベドとシャルティアはそれぞれ何かにつけて言い合いをしている。

 本気で仲が悪いわけでは無さそうなので放って置いているが──喧嘩の内容もアインズを巡ってということもあり口が出しにくい──アインズが手放しでシャルティアのアイデアを褒めたことが気に入らないのかも知れない。

 

 アルベドは仕事に際し公私混同はしない気がしていたがよく考えてみると、シャルティアが出立前の挨拶に訪れた際も不自然に追い出そうとしていたし、割合子供っぽいところもあるのだろうか。

 

「そうか。ではセバス、この会議が終了後シャルティアをここに呼んでおけ」

 

「畏まりました」

 

「では次に行こう」

 話を切り上げる。

 

 決してこれ以上この話を広げることでアルベドの機嫌をこれ以上悪くするのを恐れたからではなく、あくまでまだ決めなくてはならないことが多数あるからだ。

 商会を開く場所、アインズが演じることになったシグマ商会のトップというアンダーカバーの設定内容、商品の量産体制の確立、売り子として配置予定の──

 

「そう言えばセバス、例の娼館の女たちはどうなった? 傷は癒えたのだろう?」

 

「はっ! 体の方は問題なく。ですが未だ精神が安定せず、現在はまだ普通に生活するには遠いかと。今のところ先に回復していたツアレ、最初に助け出した者ですが。彼女が皆を纏めているようです」

 

「ああ、例の女か。そう言えば私はまだ会っていないな。そのうち時間を作り顔を見ておくか。アレが纏め役になるというのなら話をしておく必要がある」

 どうもメイド達に話を聞くとその女はセバスに恋愛感情を抱いており、セバスの方も満更でもないとのこと。

 

 ただの人間であればどうなっても良いが、セバスの恋人ならば人間であってもある程度の便宜を図る必要がある。

 顔も知らないとそれが出来ないため、一度面通しをしておくべきだ。

 

「ですがそのツアレもまた、完調とは言い難くアインズ様に対し粗相をしないとは限りません」

 

「よい。ある程度の無礼は許そう。なにより私も見てみたい。お前が助けたいと思った人間を」

 お前の恋人を。と続けたいところだがアルベドが居る場所で恋愛話をするのは少々危険だ。

 

「畏まりました。いつでも良いように言い含めておきます」

 

「うむ。では改めて次の話をしよう。アルベド、進めてくれ」

 

「はい。アインズ様。では商品はこれで一通り決まったと考え、次は……」

 短い時間でいつもの自分を取り戻したアルベドにアインズは気づかれないようにほっと胸をなで下ろした。




前回の話で出たアイデアの改良と詳しい説明で終わってしまった
12巻購入までは話を進めて矛盾があると不味いと思ったからですが、もうちょっとテンポ良くしても良かったかな
本当はこの後シャルティアの褒美に関する話まで入れるつもりだったのですが長くなったのでここで切ります
とりあえず今まで書き進めていたのでこの続きもほぼ出来上がっています
今週末あたりにはもう1話投稿出来そうです


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第9話 褒美

前回の続き、本来は一つの話だったので少し短めです
内容としては11巻と7巻で起こった一部のイベント先取りといった感じです



「アインズ様。シャルティア様です」

 今日のアインズ当番である一般メイドのリュミエールの言葉にアインズは通せ。と威厳を込めて命令するとリュミエールは頭を下げてその場を離れていく。

 

 斜め前の定位置にはアルベドが無言で立っている。

 本来一度目の打ち合わせが終了した時点で今日のアルベドの仕事は終了したので、セバスとともにさりげなく退出を求めたのだが、笑顔で封殺されてしまった。シャルティアが来るというのが理由なのだろう。

 やや時間を置いたのちリュミエールが扉を開き、部屋にシャルティアが入ってきた。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン参りました!」

 力強い宣言と共にシャルティアが礼を取るが妙に動きが硬い。

 以前シャルティアがセバスと合流する前に挨拶に訪れた時はもっと優雅で余裕があった気がするが、シャルティアも色々と考えるところがあるのだろう。

 そもそも用件を伝えていないせいなのか、白蝋じみた肌は更に白と言うより青白く見える。

 表情もどこか硬く、無理して笑顔を作っているような印象を受けた。

 

「シャルティア。お前を呼んだ理由だが、例の王国で開く商会に出す商品の発案についてだ。お前のものを見せてもらった」

 

「は、はい!」

 声が上擦り、体が更に硬くなる。

 

「そう硬くなるな。集めた意見の中でお前のアイデアが最も素晴らしかった。今回はその褒美をやろうと思ってな」

 アインズの言葉にピクリとアルベドが反応する。

 対してシャルティアの反応はと言うと、目を見開き驚いたような顔で固まってしまった。

 

「シャルティア。アインズ様のお言葉に対してその態度はどういうつもり?」

 反応がないことに怒りを覚えたらしくアルベドが殺気を含んだ声を漏らした。

 その瞬間、シャルティアの体が跳ねるように震え、同時に深く頭を下げる。

 

「も、申し訳ございません! アインズ様に対し不敬な態度を」

 

「よい。今日の私は機嫌が良い、お前の全てを許そう。シャルティア」

 この分だとこの後も同じような態度をとる可能性がある。先にこう言っておけばアルベドもこれ以上口を挟まないだろう。

 

「ははぁ! ありがとうございます」

 

「アインズ様が貴女に褒美を下さるとのことです。謹んで拝受なさい」

 そう告げるアルベドは態度には出さないが声が僅かに引き攣っていた。

 

「そう言うことだシャルティア、何か希望はあるか? 度を過ぎた物でなければ許そう」

 こう付け加えたのには理由がある。

 何でも良い、などと言うと性的な要求をされかねない。それはアインズとしてもまずいし、何よりアルベドが暴走しかねないからだ。

 

「アインズ様。お願いがございます」

 

「なんだ?」

 

「此度の報賞、辞退させていただきたくぞんじんす」

 きっぱりとした物言いに、アインズとアルベド共に一瞬時間が停止する。その後先に行動を起こしたのはアルベドだった。

 

「シャルティア! 貴女アインズ様のご厚意を!」

 

「よいアルベド、私が問う。シャルティアどういうことだ、説明せよ」

 

「わたしは、アインズ様に許されざる行いをしんした」

 例の洗脳を受け、アインズを攻撃したことだろう。

 しかしあれは。

 

「既にお前には罰を与えたはずだ」

 シャルティアを椅子にするという罰を既に与えてある。

 

 彼女にとってはご褒美だったらしいが、アインズがそれを罰と決めた以上、誰も異を唱えることは出来ず、アルベドもとりあえず──謎の破壊音が聞こえたがあれは気のせいだということにした──納得しているようだった。

 それをなぜ今更、とシャルティアに聞くと、彼女は漆黒のボールガウンの裾を掴み強く握りしめる。

 

「わ、わたしは今回、シャルティア・ブラッドフォールンが有用な存在であると言うことを皆に、何よりアインズ様に知っていただきたく、努力しんした」

 シャルティアの声が震え涙声になっていた。先ほどまで殺気を纏っていたアルベドも黙って話を聞いている。

 

「でも、わたしだけでは、考えつかなくて、チビ……アウラに助言を貰いんした。その上アルベドが精査の時に販売ではなく貸し出しとし、後にアンデッドを貸し出すことを見据えた方法を付け加えてアインズ様に提出したと聞いていんす。アインズ様は一人で考えるように言っていたのに。わたしはそれを守れなかったでありんす。そんなわたしが、アインズ様の報賞を授かる資格なんてありんせん」

 一人で考えるように。と言っているが、そんなことを言った覚えはなかった。

 はて、と心の中でだけ首を捻っていると、アルベドが口を開いた。

 

「シャルティア。貴女の言いたいことは分かったわ。しかしアインズ様はこう仰られていたのよ、何が最もナザリックの利益になるか考えなさいと。貴女は今回一人では考えられなかった、だからアウラの力を借り、更に私が精査の段階で付け加えてアインズ様に提出した。全てはナザリックの利益の為に取った行動、貴女は間違っていないわ。ですよね? アインズ様」

 

「うむ。その通りだシャルティア、お前がアウラの力を借りたことも、アルベドが足りない点を補ったことも、全てはお前の提案が根底にあってこそ生まれたものだ。今後同じようなことがあった場合、今度はお前が二人に手を貸せばよい。その時私は今回同様発案者に褒美を与えるだろう。今回はお前の番だと理解せよ」

 

 短い沈黙の後シャルティアの体が震え顔を持ち上げる。

 

「あ゙い゙ん゙ずざま゙」

 シャルティアの大きな瞳からポロポロと涙が流れ落ちていた。

 

「し、シャルティア?」

 うぐうぐと泣くシャルティアを前にアインズは立ち上がり、側に近づく。

 瞬間ガシリとローブが掴まれ、そのままシャルティアが抱きついてくる。

 

「み゙、身に余る光栄でず」

 シャルティアの涙を見るのは二度目だが、あの時はこれほど酷くはなかった。

 

 とりあえずアインズはあの時と同じ行動を取ることにする。

 恋愛経験のないアインズでは、多様な対応など出来るはずもない。

 

「泣くな、シャルティア。美人が台無しだぞ」

 台詞もそのままに取り出した白いハンカチをシャルティアの目元に当てる。

 

「ば、ばい゙。わたしのために申し訳ございません」

 涙を拭いたシャルティアがアインズを見上げる。

 目元が赤く染まり、ぐしぐしと鼻を鳴らしていた。

 

「シャルティア。そろそろ離れなさい。不敬よ」

 かつて自分を押し倒したアルベドがそれを言うのか。とアインズは心の中で思うが、確かに幼い外見とは言え、絶世の美少女に抱きつかれているというのは落ち着かない。

 

「も、申し訳ありんせん! アインズ様のお召し物を汚すような真似を」

 紅潮していた顔色が一気に青ざめる。

 確かにローブに涙ぐらい付いただろうが、そこまで気にする必要はない。

 

「いや、うむ。お前のためならば汚れるなどとは思わん。気にするな」

 はい。と消え入りそうな声で返事をし、ローブから手を離したシャルティアは一歩後ろに下がると深く頭を下げた。

 

「んんっ。ではシャルティア、改めて問おう。褒美として何を望む?」

 シャルティアは未だ赤くなったまま目元をもう一度アインズが渡したハンカチで押さえた後、それを握りしめたまま、顔を持ち上げ真っ直ぐにアインズを見据えた。

 

「わたしは以前の失態以後、なんとか失態を取り返したいと思い続けていんした。ですが今のわたしではアインズ様のお言葉すら満足に理解出来ないでありんす。そしてアインズ様はわたしたちに成長せよ。と仰って下さいました」

 

「その通りだ。今のお前で理解出来ないのであれば学べばよい。お前たちならばきっと成長し、私の考えを理解出来るようになるだろう」

(俺自身理解出来てないけどな! というかそれが褒美と何の関係があるんだろう?)

 

「貴女、まさか!」

 アルベドが何か言いかけ、その瞬間シャルティアの口元がいつもの悪魔じみた不敵な笑みに変わりアルベドに目をやった後、彼女はすぐにアインズに視線を戻すと両手を組んでこう告げた。

 

「なにとぞ! わたしをアインズ様の側に置いて学ぶ機会をいただきたくぞんじんす。具体的には商会の運営を手伝わせて欲しいでありんす」

 

「シャルティア!」

 アルベドからの威圧感が膨れ上がり、天井に張り付いている八肢刀の暗殺虫(エイトエッジ・アサシン)がざわりと身動ぎした。

 

「アルベド! 落ち着け。つまりなんだ、シャルティアもセバスやソリュシャンと共に商会運営に参加したいと?」

 

「はい! わたし一人ではどのように学び、成長すればいいか分かりんせん。他の守護者たちは順調に成長しているようでありんすし」

 再び目を伏せるシャルティア。

 ふむ。とアインズは顎先に手を持っていき思案する。側面からはいっそ物理的な圧力を覚えるほど強い視線を感じるがこの際無視をする。

 

(シャルティアに店の運営か。はっきり言って向いているとは思えないが、そうした思いこみこそがシャルティアの成長を妨げるのかも知れないな。それにぶっちゃけシャルティアは何をしでかすか分からないし目の届くところにいてくれるとありがたいというのはある。なにより)

 ジッとシャルティアを見つめながらアインズは思案を続ける。

 

 アインズからの視線にシャルティアは照れたようにもじもじと体を動かした。

 

 シャルティアは最強の階層守護者として生まれている。それがシャルティアの成長を妨げているのではないか。とアインズは推察していた。

 その性能を何も考えずに使用するだけで大抵の相手にはあっさりと勝ててしまう力、以前アインズと戦った際はアインズが戦術を駆使したため勝利を収めたが、シャルティアがもっと考えながら戦ってきたらアインズは確実に勝てなかっただろう。

 

 そのレベルまで成長してくれれば、再び以前のようなことが起こっても、そもそも操られる前に対処が可能なのではないか。

 そしてあのワールドアイテムを使った相手は恐らくこのまま手を拱いては居ないはず、何らかの手段を持って再びナザリックに害をなそうとするはずなのだ。

 

 その時狙われるのは誰か。

(やはり、シャルティアを狙う可能性が高いだろう)

 であるなら、シャルティアの成長はかなり優先順位の高い案件ではないか。

 

 ここまで考えて居る間に、それなりに長い時間が経ってしまったことに気がつきアインズはそれを誤魔化すように咳払いをするとシャルティアに告げた。

 

「よかろう。その願いを聞き届けよう」

 

「アインズ様!」

 シャルティアとアルベドの声が重なる。

 片方は喜色満面のもので、もう一つは悲痛さを携えている。 

 

「ただし常にというわけにはいかない。お前には第一から三階層までの警戒任務がある。なので基本的には私が認めた時のみ同行を許そう」

 シャルティアが守護する領域は最も広く、第一階層ということもあり、もしも何者かがナザリックに攻撃を仕掛けてきた場合、一番先に迎撃に出る立場だ。

 

 そこを手薄にしておく訳にはいかない。

 かといってずっと警戒任務や<転移門(ゲート)>を用いた運搬任務だけではシャルティアの成長には繋がらないだろう。

 

 これならシャルティアに成長して欲しい場面に出くわしたときのみシャルティアを呼ぶことが出来るし、常日頃から一緒ではないということで、アルベドも多少溜飲を下げてくれるだろうと期待していた。

 

「勿論でありんす! アインズ様より任じられた階層警備にも支障を来すようなことはいたしんせん!」

 

「うむ。アルベド、お前もよいな?」

 

「イヤです!」

 

え?

 問題ないだろうとアルベドに目を向けると彼女は両手を握りしめそれを震わせながらほとんど涙目でアインズを見ていた。

 

「いや、しかしだな。お前が言ったことだぞ? 護衛が戦闘メイドだけでは心配だと。今回はセバスもいるが、奴には基本的に人間の女たちに命令を下す立ち位置にするつもりだ。シャルティアならば、護衛としても申し分ないだろう?」

 

「いいえ。アインズ様、シャルティアは危険です! いつアインズ様のお体を狙ってくるか分かったものではありません」

 

(お前が言うなよ!)

 アインズの発言が原因とはいえ、主を押し倒しそのまま体を貪ろうとしたアルベドが言えた義理ではない。

 

「おや、守護者統括殿ともあろうお方が、何とはしたない」

 

「あら? 貴女には言われたくないわ。このビッチ」

 

「誰がビッチだコラァ! お前と一緒にすんな!」

 

「貴女と違って私はまっさらな体をしているのは知っているでしょうに。それに引き替え、貴女は異性経験はなくとも確か──」

 

「ワァー! やめなんし!」

 

(え? なに? 異性経験はないけど何経験ならあんの?)

 思わず動揺した心が、いつもの鎮静化で収まった後、アインズはスタッフを取り出し、地面を強く打った。

 

「二人とも、いい加減にせよ!」

 

「っ! 申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしました」

 

「し、失礼をいたしました」

 膝を突き頭を下げる二人を前にアインズはもう一度、今度は軽くスタッフを突く。

 

「面を上げよ。お前たちがそのようにじゃれあう理由は分かる。しかし今回の作戦はナザリックの今後を決める大切な任務だ。私情で互いの足を引っ張るような真似をすることこそ、私にとって最も許しがたいことだと知れ」

 

「はっ!」

 二人の声が重なり合う。先ほどとは違い、込められた意味も同じものだ。

 

「話は以上だ。シャルティア、お前は一度下がれ。詳しいことが決まり次第連絡する」

 

「はっ。畏まりました」

 来たときと異なり、優雅にボールガウンの裾を持ち上げて礼をすると、シャルティアは軽い足取りで部屋を後にしていく。

 残されたアルベドもまた表情は引き締まり、先ほどまで子供のような言い争いをしていたとは思えないほどだ。

 

「アルベド」

 

「はっ」

 

「以前も言ったが、私がお前をここに残すのはすべてお前を信頼しているが故だ」

 

「はい。申し訳ございません。ですが、私も守護者統括としてあるまじきことだとは理解しておりますが、どうしても抑えることが出来ず──」

 漆黒の羽根が頭と同じようにぺたんと垂れ下がる。

 

(もしかしなくてもこれ、俺のせいなんだよな)

 タブラ・スマラグディナが守護者統括として造り上げたはずのアルベドが、その任を無視して暴走するのはほぼ確実にアインズが彼女の設定を書き換えたせいだ。

 そのことにアインズは罪悪感を抱いており、アルベドが暴走する度、窘めはするが強く言うことが出来ずにいた。

 

「よい。反省し次に活かすのであれば問題ない。そもそもアルベド、いやシャルティアもだがお前たちは急ぎすぎるのだ。私たちには無限の時間がある。なにをそんなに焦る必要があろうか。この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名が轟き、我らに敵対する者がいなくなってからでも遅くはないだろう」

 

「そ、そそそれは。世界征服がなった暁には私を妻に迎えて下さると」

 ピンと翼が起きあがり同時にアルベドの金色の虹彩を持つ瞳が爛々と輝き、こちらを見つめている。

 

「え? んん? え?」

 そんなことは一切言っていない。アインズとしてはアプローチするのはそれからでもいいんじゃない? 位の気持ちだったのだが。

 

(いや、それ以上に今アルベドはなんと言った? 世界征服? 何だそれ、初めて聞いた。いつの間にナザリックはそんな活動目標を掲げていたんだ)

 名を広めろと言ったのを拡大解釈したのだろうか。

 いや、しかし。

 

「アルベド」

 

「はい!」

 

「いや、その世界征服の話、誰がそのようなことを?」

 アインズの問いにまったく別の言葉を期待していたのだろうアルベドは少し残念そうに肩を落としたが、直ぐに表情を引き締めた。

 

「デミウルゴスより報告がありました。アインズ様とお二人で……夜空を見上げた際にこの美しい宝石箱を手に入れるのも悪くない、そして世界征服なんて面白いかも知れないとアインズ様が仰ったと」

 

(あれかー! 言った、確かに言った。冗談のつもりだったし、あの雰囲気に酔って言っただけなのに。というかデミウルゴスもそうだと思っていたのに。そうか、そういう意図があったのか。道理でみんなやけに積極的に行動すると思ってたんだよな)

 ナザリックの強化は優先事項であるとはいえ、皆が妙に生き生きと外に出て仕事をしたがるなとは思っていた。

 単にアインズ、つまりは彼らが至高の御方と呼ぶ存在に尽くすために生まれたから働くだけで嬉しいのだろうと考えていたのだが。

 

(つまり何だ? みんな俺が今までしてきた行動は全て世界征服に繋がるとそう思って行動していたってことか? どうする? これどうすればいいんだ。今更無かったことに出来るのか?)

 今までの全ての作戦がそのためだと思われており、現在もその方向に向け邁進しているというのなら、もうこれは止められない。

 いやアインズが言えば止まるかも知れないがそれは今までアインズが存在しない胃を痛めながら必死になって努力してきたナザリック地下大墳墓の支配者という偶像を破壊する行為に他ならない。

 

(今更止まれない、か。仕方ない、考えようによってはアインズ・ウール・ゴウンの名を広める目的だけは叶えられる。後は出来るだけ正道で、悪名が立たないようにコントロールしていくしかないか)

 

「あの、アインズ様? 如何されました?」

 

「ん? いやすまない。この件は皆が知っているのだな?」

 一応確認してみる。

 アルベドとデミウルゴスだけならまだ何とか──

 

「はい。主立ったシモベは全て、アインズ様に宝石箱をお贈りするために邁進しております」

 

「そうか……嬉しく思うぞ」

 

「もったいなきお言葉! あの、それで、その先ほどのお答えなのですが──」

 もじもじと肩を揺らしながらこちらを見つめるアルベド。

 絶世の美女が頬を赤らめ瞳を潤ましている様にアインズの人間としての残滓が反応するが、例によって直ぐに鎮静化する。

 

「うむ。仮に世界征服がなった暁には、お前たちのナザリックに対する働きは最大のものとなるだろう。当然その時も褒美は与える。話はその時に聞こう」

 

「はい! 絶対に、絶対に、絶ー対に! アインズ様にご満足頂けるような働きをして見せます!」

 

「うん。いや、うむ。期待しているぞ、アルベド」

(これ大丈夫か? 乗り切った、乗り切ったよな? どうせ世界征服なんて遙か先の話だ。これなら今後この手の話は全てこの方法でかわせるし、後のことはきっと遙か未来の俺が何とかしてくれるだろう。そうに違いない!)

 

「ですが。アインズ様が御命じでしたら私は、いつでも、いつでも問題ありませんので」

 

(あ、これ意味ないな)

 獰猛な爬虫類を思わせる縦に割れた瞳孔は、まさしく獲物を狙う獣そのもので、これから先も今までと同じようなアプローチが続いていくのだろうと察するには十分過ぎた。




と言う訳でシャルティアの成長と世界征服の勘違いに気付くイベントの先取りです
また、これで王国でのメインメンバーが確定しました
アインズ様に加えセバス、ソリュシャン、シャルティアで商会運営をしていくことになりますので今後も登場回数が多くなります


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第10話 進行状況確認

会議やら話し合いばかりやっている気がしますが、もう1話か2話後決めることを決めたら初めての商談に入ります
開店するのはまだ先ですが


 紆余曲折はあったが、ナザリックの最終目標が世界征服と決定したことでアインズも覚悟を決めた。

 と言うよりもはや目の前のことだけに尽力することにした。と言うべきだろうか。

 どのみちアインズが今から世界征服に続く道のりを考えられるわけでもない。

 

 そのあたりは出来る者──いつも通りデミウルゴスとアルベド──に任せておくのが無難だろう。

 よってアインズはとにかくこの商会を成功させることだけに力を注ぐことにした。

 

 今日はセバスに言って探させた王都内にある空き店舗の物件精査を行っているところだった。

 

「ふむ。セバス、お前が選んでくれたこの物件だが周囲はどうなっている」

 何枚かある中から一枚を取り出しセバスの前に差し出す。

 

「はっ。こちらは本通りから外れていますが、治安は良く高級な店舗が並んでいる区画にある店舗です」

 セバスがハキハキと淀み無く返事をする。

 

 ふむ。と納得したような態度をとって見せたものの、アインズとしては正直何を基準に選べば良いのか見当がつかない。

 皆が考えてくれたアイデアを元にすれば、おそらく成功は間違いないだろう。

 

 だからといって初めから本通りにある一等地に店を構えて良いのか。

 初めは小さい店舗から徐々に大きくしていった方が良いのではないか。

 しかしそれでは店舗を変える度に余計な金がかかることになる。

 商品を置く倉庫を確保する必要もあるかも知れない。となると倉庫街に近い場所にした方が良いのか。

 

 何より。

(初期費用がこんなにかかるとは。高い、高すぎる!)

 アインズの現在の手持ちが一気に無くなる金額だ。

 

 セバスの選んできた店舗候補は全て本通りに面した場所か、あるいは高級店のある場所ばかりだ。

 ナザリックの、いやアインズ本人の財政状況を知らないから仕方が無いが、今更実は金がないので安い物件を探してきてくれとは言えない。

 もはや立地条件は無視し、金額の部分だけをチェックしながら書類を読み進める事にした。

 

 ふと手を止める。

 一軒だけ妙に安い店舗の情報が乗っていたからだ。

 

「セバス、この物件はなんだ。妙に安いな」

 

「はっ。ナザリックの格に合うとは思えないのですが、一応条件を満たしておりましたので候補に加えました。なんでも曰く付きの物件とのことです」

 

「ほほう?」

 興味をそそられ書類を初めから読み直す。

 

 他の物件に比べるとあまり広くは無いが、それでもエ・ランテルで見たンフィーレアの店よりは広い。

 本通りからは外れているが広い道路で直接繋がっており、周囲は店舗がいくつかあったが密集し過ぎている訳ではなく、ある程度閑散としている。

 条件は悪くない。むしろアインズとしてはかなり良いと思えた。何より値段が素晴らしい。

 

「その曰くとはなんだ?」

 

「いわゆる潰れやすい店です。この周辺には他にもいくつか店がありますが、なぜかこの店舗に入った店だけが何度も潰れているそうで、そのためすっかり借り手がいなくなり現在は別の店の倉庫代わりに使用されていましたが、その店が規模を縮小するために再び空き店舗となったようです」

 

「なるほど」

(縁起の悪い物件ではあるけど、この安さは魅力だな)

 

「よし。セバス、もう一度この物件について詳しく調べよ。周辺の状況、その曰くとやらが人為的なものである可能性もある」

 

「畏まりました」

 

「うむ。場合によっては賃貸ではなく買い取りも検討する。ナザリックの者が多数出入りをすることもあるだろうからな。その場合賃貸よりは我々の物にした方が手っとり早い」

 

「しかし、アインズ様。このような物件でよろしいのでしょうか?」

 

「構わん。そもそも人間達の造る建物などどれも同じだ、我々の足元にも及ばない。であるならせめてその曰くとやらをものともしないという点で少しでも早く名を上げる役に立たせるのが良いだろう」

 そんな曰く付きの物件ならば持ち主は賃貸よりむしろ手放したいと考えているかも知れないとの計算も働かせている。

 何より購入しさえすればいちいち引っ越しなど考えず、増築していけば済むようになり、その方が最終的には安上がりになるだろう。

 

 しかしながら購入の場合には、アインズの手持ちだけでは足りないだろうから、ナーベラルとパンドラズ・アクターの二人で冒険者漆黒として働きに出て貰おう。

 

(二人だけでちゃんと仕事が出来るのか確かめる意味でも良いだろう。決してパンドラズ・アクターをナーベラルに押しつけたい訳ではないが!)

 ここ数日、パンドラズ・アクターはアインズの模倣を完璧にするという名目で、幾たびもアインズの元に訪れていた。

 その度にアインズは存在しない胃と、がらんどうの頭脳がキシキシと痛むのを感じていたのだ。

 

「畏まりました。では、私はこれで」

 

「うむ。ああ、そうだ。例の八本指だったか? そちらはどうなっている?」

 セバスとデミウルゴスが全員を捕らえた後、マーレ発案の方法で教育しナザリックに忠誠を誓わせたと聞いている。

 デミウルゴスに任せると言った以上なるべく手は出したく無いが、もし完全にそれが完了しているならば、奴らの資金を使用して店舗の開店資金に回しても良いかも知れないと思いついての発言だった。

 

「はっ。奴らは全てナザリックに絶対の忠誠を誓っておりますが、現状は八本指としての活動をそのまま続けさせております。急激に取り潰すと大きな影響があると思われますので」

 

「そうか。だが最低限麻薬部門だけは規模を縮小し王国内に広めるのは止めさせるようデミウルゴスに伝えよ。王国は将来我らの傘下に入ることになる。これ以上国力を落とされては困る」

 

「はっ。デミウルゴスもそこは承知しているようで、現在は王国外、特に敵対している帝国を中心として流通させているようです」

 

「ならば良い。先ほどの命は取り消しだ。引き続きそちらはデミウルゴスに任せよう」

 

「はっ」

 立ち姿、口調、振る舞いにおいて完璧な対応を見せるセバスにアインズはふとイタズラ心を覚え、話を変えた。

 

「時にセバス、ツアレと他の女達の様子はどうだ?」

 動きにはなんの淀みもないが、ほんの一瞬虚を突かれたような間が空いた。

 

「はい。大きな問題はございません。精神的にも安定し、今は客前に出しても恥ずかしくない対応を学ばさせるためにペストーニャに預けております」

 

「そうか」

 若干誤魔化された気はするがあまり深く追求するのも気が引ける。

 

「一応全員に気を配れ。今は助け出したお前に恩義を感じているが、人間というのは忘れていく生き物だ。我々が台頭し巨大な商会になった暁には、他の商会やあるいは国家が探りを入れて来る可能性もある。その際ナザリックの者であればなんの心配もないが、人間は懐柔される恐れがある」

 既にツアレを初めとした人間達には顔合わせを行いナザリックに忠誠を誓わせた。

 

 しかし八本指とは異なり恐怖や拷問、痛みによる忠誠ではなく、あくまで自分達を救ってくれた恩人に報いるという恩義による忠誠だ。

 他に行く宛も無いからナザリックにしがみつこうしているだけかもしれない。ならばもっと良い条件を提示されれば、裏切る可能性もある。

 

「──はっ、その際は私が責任を持って処理いたします」

 僅かな動揺も淀みも無くセバスが言い切る。

 

 以前のセバスであればその善性故に迷ったかもしれないが、前回の失敗以降優しさを残しつつも、必要であれば非情な決断を下せるようになっていた。

 これも成長だろう。

 

「うむ。セバス、お前の優しさは甘さを含んだものだと思っていたが、今のお前であればなんの問題も無かろう。信頼している」

 

「ははっ。ありがたき幸せにございます。アインズ様のご信頼に報いる働きを誓います」

 

「ただ、そうだな。ツアレに関しては大きなもので無い限り一度だけ失態を犯しても見逃そう」

 

「あ、いえ、しかし。ツアレだけそのように特別扱いをするわけには」

 その鋼の執事が慌てるという珍しい光景を見て、今日のアインズ当番であるシクススが目を丸くしたが、直ぐに表情を戻した。

 アインズも愉快げに一度笑った後、手をひらつかせ、セバスを落ち着かせる。

 

「あれの妹には一つ借りがある。私は恩には恩を仇には仇を返すべきだと思っている。受けた借りも同様だ、よって今は亡き者から受けた借りは、その姉に返す。それだけだ」

 ツアレの顔を見て、本名を聞きそれに気がついた。かつてアインズ達が冒険者としての第一歩を踏み出した際に出会った冒険者チームの一人の顔だ。

 

 その後彼女が残した日記によってアインズはこの世界の一般知識を得ることが出来た。

 これはその借りを返すだけである。

 しかしセバスはそんなアインズの言葉にいたく感動を覚えたらしく、胸に手を当てると恭しく礼を取った。

 

「慈悲深きそのお言葉、しかと胸に刻みました」

 

「うむ。無論何もないのが一番だがな。少し話し過ぎたか。ではセバス改めて私の命を実行に移せ」

 

「畏まりました」

 部屋を後にしたセバスを見送ってから、アインズは椅子に座り直し提出された別の書類に目を通した。

 

 コキュートスより提出されたドワーフの王国との国交を結ぶための企画書だ。

 その最初に書かれていたのがドワーフの国に関する知識であり、鉱石の採れる鉱山内部に都市を構え、そこで発掘された鉱石で様々な武具を生産しているとのことで、中には超希少金属で作られたものも存在しているとのことだ。

 

 この世界で超希少金属と言えばアダマンタイトだがもしかしたらそれ以上の金属もあるかもしれないと思うと、空洞の胸が踊る気がした。

 

(これは是非とも成功させなくては)

 次のページに書かれたドワーフの国のあるアゼルリシア山脈。その名前にはアインズも覚えがあった。

 

(ここにいるのは確かフロスト・ドラゴンだったか。そう言えばドラゴンの名前を調べてもらう約束もしていたな)

 結果として果たされることの無かった約束だがそうした伝説があるのだと教えてくれた少女の顔が思い浮かんだが、それも直ぐに消えた。

 

(本当に世界征服を考えるなら、ドラゴンは是非とも欲しい存在だ)

 ユクドラシルでも最強種族の一つであったドラゴンは戦力もそうだが、コレクターとしては素材の意味でも魅力的だった。

 

「フロスト・ドラゴンであればコキュートスなら相性的にも問題はないが」

 問題になるのは交渉の際に誰に行ってもらうかだ。発案者であるコキュートスが行くのが当然というか、他の者に任せてはコキュートスの手柄を奪う形になってしまうため、出来るだけコキュートスに任せたいところだが、コキュートスは性質上交渉事に向かない。

 

 順調に成長はしているが、まだまだデミウルゴスなどとは比べものにならない。

 騙されて不利な取引を決めたり、こちらに損失を出した場合のことを考えるとやはり誰かに一緒に行ってもらいたい。

 

(そうなるとやはりデミウルゴス、か……いや、俺が直接行っても良いんじゃないのか?)

 ユグドラシルにおいてドラゴンは寿命が無いという設定であり、年を重ねれば重ねただけ強くなる。

 

 この世界に古くからいるドラゴンであればどの程度の強さなのか、アインズにも想像がつかない。

 そこにNPC達だけを送り込んで良いものか。

 臨機応変な対応に関してはまだまだアインズに分があると考えている。

 

(いや、これは重要な案件だ。幸い武器自体はナザリックでも作れる他の商品もあるし先ずはもっと詳しい情報を集めてもらおう)

 そう決めたアインズは、書類を保留の箱に入れ次の書類を手に取った。

 

 

 ・

 

 

 未だセバス達が借りたままの館内に、今回の作戦における主立ったメンバーの姿があった。

 セバス、ソリュシャン、シャルティア、パンドラズ・アクター、ナーベラル。

 ナーベラルに関しては漆黒との繋がりに関する設定を密に行うための参加である。

 

「では、運営会議を始める。進行はソリュシャン、お前に任せる」

 

「はいっ。承知いたしました」

 指名されたソリュシャンの表情は明るく、他の者達はどこか残念そうに見える。

 未だこの程度の小さな命令でも一喜一憂するのだから困ったものだ。

 

「では僭越ながら私が進めさせていただきます。まず店舗についてですが、セバス様が候補として挙げていたものからアインズ様がお選びになった店舗を買い上げることとなりましたので、当面はそちらの店舗を王国でのナザリックの拠点の一つとして活用いたします」

 以前セバスが言っていた曰く付きの物件は借りるのではなく買い上げる話を持ちかけると思いの外あっさりと持ち主が手放すことを承諾したらしい。

 曰くに関してもやはり人為的なものはなく、最初のうちは単純に運が無く、その後はその噂のせいで商売がうまく行かなかっただけだろうと結論づけられた。

 曰く付きの物件でそれなりに安くはあったが、足りない分はナーベラルとパンドラズ・アクターが多数の依頼をこなしその報酬によって賄われた。

 

「ナザリックの者が転移するための場所、周囲から目隠しになる部屋を作っておけ。我々も普段はそこから出入りすることになる」

 

「畏まりました。現在アウラ様を主導として内部の作り替えを行っております。周囲に気づかれないように作業を行っているため多少時間がかかりますが」

 

「構わん。流石にある程度の防御対策は必要だろうからな」

 本音を言うとそんな無駄な金は使いたくないのだが、何の対策もされていない場所にアインズが駐留することにアルベドを始めとして全ての守護者が反対を表明し、以前ログハウスを造った経験のあるアウラが主導となって買い上げた物件は外見はそのままに人間如きではどうしようもないほど強固な要塞へと変わりつつある。

 

「はい。では次に商品の開発状況についてですが、シャルティア様。お願い致します」

 指名されたシャルティアが立ち上がりアインズに向かって優雅に一礼してから手にした書類をジッと見ながら話を始める。

 

「では、先ずわたしが主導として発案したゴーレムについてでありんすが、取りあえず人間用に強さを調整した石の動像(ストーンゴーレム)鉄の動像(アイアンゴーレム)を二百体ずつ作成しんした。ひとまずは第六層に置いていんす。レンタルで人間どもに貸し出しする物の外見は全て同じデザインにし、後ほど商会の目印のような物を着け一目で我々の所有物だと判るようにする予定でありんすぇ。コキュートス発案のドワーフの国との国交に前提とした武器は現在のところ保留中、なんでもドワーフの国に行ったことのある蜥蜴人(リザードマン)が詳細な場所を思い出さないようでありんす」

 

「ふむ。必要であれば私がそいつの記憶を操作し場所を探ろう。コキュートスにはいつでも動ける用意だけするように伝えよ」

 交渉の結果、武具を取り扱えるようになったとしても店頭に並べられるようになるまでは時間がかかる。

 急ぎ過ぎるのも良くないが出来れば手早く進めたい。

 

「承知致しんした」

 頷いてからシャルティアが続きを口にする。

 

「本に関してはこの世界の印刷過程が未だ不明のため、こちらの方法で作成すると場合によっては面倒なことになりかねないので、製造より先に人間どもに見せても問題のない本を厳選していんす。チビすけ……アウラの魔獣による運搬業は魔獣を都市内に入れるには登録が必要とのこと、その登録者をどうするか考え中でありんすが、アインズ様、如何しんしょうか?」

 

「ふむ。取りあえずは私が登録することとしよう。魔獣選定は終わっているのか? 弱すぎても困るが、あまり強い魔獣だと騒ぎになるぞ。ハムスケより少し弱いくらいが丁度良いのだが」

 伝説の魔獣と言われるハムスケよりも強い魔獣を使役すると、相対的にモモンの評価が下がる可能性がある。

 それを危惧しての言葉であったが、シャルティアは書類のページをめくり確認してから続けた。

 

「ギガント・バジリスクがよいのではないかとのことでありんす。目を隠す兜を作成し石化の視線を使わせない状態にしておけば問題は無く、傭兵モンスターとして召喚すれば、運搬の際にはナザリックの者であれば誰の命令でも聞きんしょう」

 

「ギガント・バジリスクか。大丈夫か? モモンとして活動しているときに退治したが、あの程度のモンスターでも殆ど伝説扱いだったが」

 

「小さい頃から飼い慣らし、それが成長したという設定にするとのことでありんす」

 

「そうか。それならば問題はないか。ではそれを目玉として他にもそれなりの数を揃えさせよ、こちらはもっと弱くこの世界の人間でも飼える、八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)で構わん。では次だ」

 

「はい。後はメインではありんせんが、ドワーフの国の武具が入荷するまでの間、ミスリル、オリハルコンをベースにした装飾性に優れた武具を生産していんす。こちらは既に試作品が出来上がっていんすから、後ほどお持ち致しんすぇ」

 これはメイド達から寄せられたアイデアの一つで、武具としての性能よりも地位のある人間が飾って置くための装飾品としての武具を開発することとした。こちらはナザリックの鍛冶長を中心にあくまで装飾メインで攻撃力、防御力は低いものばかりだが、それなりの金額で売るつもりだ。ゴーレムが一般人向けなら、こちらは貴族達など地位のある人間とのパイプ作成の為の商品である。

 

「うむ。今はこんなところか。食品や調味料は店が大きくなってからだな。先ずは少数精鋭で顧客を掴むことから始めよう。後はマジックアイテムか、上位の冒険者用にこの世界にも存在しつつ珍しいまたは高価な物をいくつか用意しよう。これは私とナーベラル、我々で選定する。お前だけが見聞きした物もあるだろうからな」

 

 モモンとして活動している間、モモンだけあるいはナーベだけで活動をしたこともある。

 買い物や商人に発注するのも大抵ナーベラルに任せていたため、そうした情報はナーベラルの方が覚えているだろう。

 

「畏まりました。今後も漆黒として活動する際にはその手の情報も集めますか?」

 

「そうだな。出来れば今後は我々以外のアダマンタイト級冒険者が持つ武具やアイテムを知りたいところだ、そのあたりも調べてくれ」

 

「はっ!」

 

「さてソリュシャン。現在決定していることは以上か?」

 

「はい。これで全てとなります」

 思いの外短かった。

 もちろん、これから決めるべきことは幾つもあるのだろうが、会社を興したことのないアインズではなにを優先するべきなのか良く判らない。

 

 どうでも良いことを優先させて不思議に思われても困る。

 

(しかし、今回はデミウルゴスもアルベドもいないしなぁ。誰かに話を振ると言っても、ソリュシャンか、それとも)

 なにを考えているのか判らない埴輪顔がこちらをじっと見つめている。

 その視線はアインズに何かを訴えかけているようにも見えるが、話を振りたく無いという思いが強い。

 

(いや、仮にもあいつは俺の、息子、子供……まぁ、それに類する何かだ、あまり邪険にし過ぎるのも良くないか)

 ゴホンと咳の真似事をしてから、改めてアインズはパンドラズ・アクターを見た。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「はっ! 如何なさいました? アインズ様」

 今回は書類もあるため、全員を同じテーブルに座らせて話をしていたのだが、アインズが名を呼んだ途端、パンドラズ・アクターは立ち上がり胸の前に手を当て軽く頭を下げながら言った。

 

「いや、うむ。まだまだ決めるべきことは多々あるが、お前は何から決めるべきだと思う?」

 

「我が神のお望みのままに」

 ドイツ語禁止したせいで余計にパンドラズ・アクターの口撃力が増した様に思える。

 ドイツ語など殆ど知らないアインズは、なんか格好付けてるぐらいに感じていたものがしっかりと意味のある格好付けに変わってしまい更にダメージを負うこととなった。

 

(しかし、今更ドイツ語で良いというのも気が引ける。ええい、もういい無視だ無視。こいつのこの手の台詞は全て聞かなかったことにすればいい)

「そうではない。私はお前の成長をこそ見たいのだ。己で考え発言せよ」

 

「畏まりました! であるならば、私はアインズ様の商会でのアバターを決めるべきかと」

 

「ん? ソリュシャンの父親でセバスの主人と言うところまでは決まっているが、もっと詳しく設定をすると言うことか?」

 

「はっ! 商会が成長するに従い、すり寄る者達も増えるでしょう! で、あるならば。商会のトップであるアインズ様に近づこうと考えるはず。ここの設定を固め、皆で共有しておくことが重要かと」

 いちいちオーバーなリアクションを取りながら演説するかのごとく言い放つパンドラズ・アクターに向けられる視線は皆一様に冷たい。

 自らが作り出した存在を射抜く視線はそのままアインズの体をも貫いていく。

 

(やめてくれ。俺の造ったNPCにそんな冷たい目を向けないでくれ!)

 限界に達した羞恥心が鎮静し直ぐにまた沸き上がる。

 それを短い時間で何度か繰り返してから、アインズはやっと落ち着きを取り戻しパンドラズ・アクターに目を向けた。

 

「そうだな。ならばそこから始めるか。全員の立ち位置もキチンと決める必要がある」

 セバスは現状のままで問題ないにしても、他の二人特に急遽参加が決まったシャルティアの立ち位置は難しい。ソリュシャンは娘と言うことになっているが、外見上はそれより幼いシャルティアはどうすればいいのか。

 

 もう一人の娘か。しかしソリュシャンとは似ていない。

 ふとそこであることに気がついた。

 

(こいつら演技が出来るんだろうか?)

 ナーベラルは全くと言っていいほど出来ていない。これはもうそう言う設定なのだと諦めているが、ソリュシャンとシャルティアはどうだろうか。

 個人的にはソリュシャンは出来そうな気がするが。

 

「ところでソリュシャン。現状だとお前は私の娘と言うことになるが」

 

「はい。恐れ多いことですが、アインズ様がお決めになったのでしたらそのように努めさせていただきます」

 

「うむ。では練習だ。今から少しの間私を父と思って接して見せよ。お前自身が演じる役に合わせてな」

 ソリュシャンを除いた周囲の者達が微かに反応を示す。

 なぜか最も大きく反応していたのはパンドラズ・アクターであった。

 その埴輪顔から感情を読みとるのは困難であったが何となくショックを受けているような気がする。

 

「畏まりました。ではお側に失礼致します」

 立ち上がったソリュシャンはペコリと一礼すると椅子を持って移動する。

 

 そのままアインズの真横に椅子を置いた彼女はそこに腰掛け、にっこりと笑みを浮かべてアインズを見た。

 いつもの彼女とは異なり、瞳に光が入り輝いて見える。

 

「ではお父様。進行を続けさせて頂きます」

 

「う、うむ」

 笑顔のままソリュシャンはアインズに寄りかかるように体を預けた。

 瞬間、シャルティアとナーベラルが不愉快そうに眉を寄せたが、アインズに恋慕しているシャルティアはともかくなぜナーベラルまで反応するのだろう。とアインズが不思議に思っている横でソリュシャンは話を続ける。

 

「では、私とお父様の関係についてはこれで問題ないと致しまして、それ以外の方々とお父様との関係を決めましょう。セバス、何か意見はありますか?」

 

「私は元よりアインズ様の執事、それは商会でも変えずとも良いかと」

 あっさりとセバスを呼び捨てにして見せるソリュシャンに、セバスもまた何の問題も無いとばかりに返答して見せた。

 逆に他の者達が僅かに反応したくらいだ。

 

「うむ。セバスに関してはそれで良かろう。ではシャルティアだが」

 選択肢は幾つかある、娘か、メイドか、従業員か、その辺りだろう。

 どれもシャルティアにこなせそうな気はしないが、それはシャルティアの演技力次第と言ったところか。

 

「恐れながらアインズ様。わたしからひとつ提案がありんす」

 

「ほう。言ってみよ、お前が演じるのだ、お前が一番やりやすいものが良かろう」

 シャルティアが自分で考え提案してきたというところに驚きと共に成長を感じ、嬉しさを覚えたアインズは続きを促した。

 

 その直ぐ後、アインズは己の言葉を後悔することになる。

 

「当然、アインズ様の妻でありんす! さぁソリュシャン。その場所をわらわに譲り、貴女はわたしのことをお母様と呼びなんし」

 部屋の中に白けた空気が漂い出す。

 特に指さされたソリュシャンはあーあとでも言いたげに重いため息を吐いて見せた。

 

「恐れながら。それは流石に無理があるかと」

 真っ先にセバスが否定する。

 

「ええ。流石に私の母とは。逆ならばまだ判らなくもないのですか」

 チラリとソリュシャンがアインズに流し目を向けていることに気がつき、アインズは誤魔化しも兼ねて一つ咳を落とした。

 

「そうだな。当然シャルティアにも外見通りの年齢の人間として過ごして貰わねばならぬ。残念ながら却下だ」

 

「そんな! わたしにとってはそれが一番自然な配役でありんすのに。そもそもアインズ様ほどの御方に妻がいないと言うことこそ不自然な話。後妻ならば娘より年下でもそれほどおかしくは無いでありんすぇ」

 そうなのだろうか。と一瞬納得しかけるがアインズは心の中で慌てて首を振る。

 アインズが口を開こうとした瞬間。

 

「アインズ様! 一つご提案があります!」

 再び、今度は椅子を鳴らしながら慌てたように立ち上がり大きく手を広げ声を張り上げるパンドラズ・アクターによってアインズの言葉は潰された。

 

「……なんだ?」

 

「はい! 帝国より王国に支店を出しに来た商人と言うのが現在アインズ様が設定なされたアバターですが。これより後、王国だけでなく帝国においても商売を広げるおつもりならばそれが枷となりかねません」

 一気にまくし立ててくるパンドラズ・アクターにアインズは僅かに引きながら話を聞く。

 

「アインズ様がお作りになられた名が帝国にいなければ正体が露見すると?」

 パンドラズ・アクターの言葉を受けてセバスが反応する。

 

「如何にも! 王国で有名になればなるほど、何故帝国にいた時から名が知れていないか疑問を持たれます。ですので、私はアインズ様に余計なアバターは不必要かと考えます」

 

「ん? それはつまり、アインズ・ウール・ゴウンとして活動するべきだということか?」

 パンドラズ・アクターの言うことにも一理はあるが、ナザリックの行動の隠れ蓑として王国を裏から支配すると言うのが今回の作戦の肝だ。

 それなのにナザリックが表に出ては意味がない。

 

「いえ、正確には違います。アインズ様はナザリックの絶対的支配者と言う以外に、その尊きお名前を用いた別の顔をこの世界でお見せになったと聞いております」

 ズレてもいないのに帽子の鍔を摘み片手を後ろにあてながら帽子の位置を直す仕草を見せながらパンドラズ・アクターは続ける。

 

「カルネ村において、アインズ様は研究に没頭していて俗世を知らない魔法詠唱者(マジック・キャスター)を名乗っていたと」

 助けた見返りを金銭ではなく情報にするために、カルネ村の村長にはそう告げたし、今でもあの村の住人はアインズのことをそう認識しているはずだ。

 

「確かに。その通りだ」

 

「それを今回も使用いたします。アインズ様は世を忍び様々なマジックアイテムや新たな武具、ゴーレム等の製作法を編み出した偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)。研究がひと段落したため、その成果を世に広めるために商会を開いた。隠れていたのだから帝国に名が知られていなくとも不思議はない」

 

「ふむ。それで、セバスやソリュシャン、シャルティアの立ち位置はどうなる?」

 

「そのままで問題ないかと。つまりは偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ様の世話を行っている執事、お嬢様方につきましては、ある意味こちらも真実、アインズ様のお仲間の娘で、現在はアインズ様が親代わりを務めている。と」

 ほう。と感心を示し、アインズは息を吐いた。

 

(流石はパンドラズ・アクター。いちいちその動きを取らないといけないのかとか言いたいことはあるが、知能に関してはとても俺が作り出したとは思えない出来だ)

「面白い意見だと思うが、皆はどう思う?」

 

「アインズ様の仰せのままに。ですが、私個人と致しましては、別の名ではなくアインズ様として君臨していただいた方が、我々はもちろん、使用する人間たちも混乱せずに済むかとは思います」

 

「確かに。お前達ならばいざ知らず、人間たちでは私が複数のアバターを持っていては混乱しかねないな。そのせいで正体が露見しては目も当てられんか」

 セバスの意見に納得を示してから未だアインズに身を寄せているソリュシャンに目を向けた。

 

「私もお父様のお気に召すままに。どのような役であれ完璧にこなして見せます」

 

「う、うむ。ソリュシャン、そろそろ演技は止めて良い。お父様も止めよ、パンドラズ・アクターの案を採用するのならば、父の友人をそう呼ぶのはおかしな話だ」

 ヘロヘロさんにも悪いしな。と口に出しかけた言葉を飲み込み、アインズはソリュシャンに言う。

 彼女は一瞬、ほんの少しだけ拗ねたように唇を尖らせた後、アインズから離れ、畏まりました。と一礼した。

 

「……わたしも異存はありんせん。ですが、妻役が必要なときにはいつでも。いつでもこのシャルティア・ブラッドフォールンをご指名してくんなまし」

 

「か、考えておこう」

 力強いシャルティアの宣言にアインズは余計なことを言えずそう返すのが精一杯だった。

 視線の端でなにやらパンドラズ・アクターが小さくガッツポーズをしているのも気になったが、それにも触れることは出来なかった。 




パンドラズ・アクターがやっと登場しました
書くにあたって改めて原作の登場シーンを読み返してみましたが、思ったより普通に話してて驚きました
アニメの影響かもっと弾けていた気がしたので


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第11話 店名決定

この手の話で最も活躍するはずなのに殆ど出番のないデミウルゴスの話です


「店の名前、だと?」

 店舗内の改装や、商品として出すゴーレムの在庫等の目処がつき、そろそろ王都で開店を知らせる宣伝や商会の登録と言った手続きを開始しよう──そのあたりはセバスに丸投げする予定だが──とした矢先、セバスが妙に真剣な表情でそんなことを口にした。

 

「はい。僭越ながら、商会の登録や宣伝を行うためにもそれを決める必要があるかと」

 

「……なるほど」

 シグマ商会のままでは駄目ということか。

 セバスがここまで言うのだから何か理由がありそうだが、ストレートに聞いて良いものかアインズは考えながら椅子に深く座り直した。

 

「それについては私も懸念しておりました。シグマ商会、この名前は私とセバス様が王都で活動するために名付けた仮の名前、当初はそれを本物の商会に流用することなど考えておりませんでしたので、つい私たちの姓に因んだ名を付けてしまいましたが」

 セバスと一緒にいたソリュシャンも神妙な顔つきで言う。

 

「我々だけで活動するのならばまだしも、アインズ様がその尊きお名前を用いて商会の主として活動する以上、商会の名を戦闘メイド由来というのは失礼にあたります。ここはアインズ様に相応しい名に変えるべきかと具申致します」

 

(ああ、そう言うことか。本当にNPCたちは細かいことに気を使うよなぁ。しかし言われてみればその通りという気もする)

「確かに、それは私も懸念していた。これはアインズ・ウール・ゴウンの威光を広く知らしめる為のものでもある。ではセバス、ソリュシャン何かアイデアはあるか? 矢面に立ち直接的な運営を行うのはお前たちだ。お前たちが好きに決めて良い」

 こう言ったのには訳がある。

 アインズのネーミングセンスだ。

 かつての仲間たちの反応を見るに自分にはネーミングセンスが無いのは明白だ。

 自分が名付けた武器やアイテムのネーミングを見る度みんなが妙になま暖かい目をしていたのを思い出す。

 

(俺は良いと思うから始末におけん)

 かつての仲間たちはそれを指摘してくれたが、きっとNPCたちはその名前がおかしいと思っていても、全肯定するに違いない。

 それではマズい。

 アインズのネーミングセンスが悪く自分が笑われるだけならばまだいいが、セバスの言うとおりアインズは、アインズ・ウール・ゴウンの名前を背負っている。

 アインズが笑われるということはギルドそのものが笑われるということ、それは許されない。

 

 なのでいつもの方法を採ることにした。

 つまり出来る相手に丸投げである。それは相手に責任を押しつけるものであり申し訳なく思うのだが他に方法は思いつかない。

 

「私はセバス様の部下、セバス様を差し置いて名を決めることなど出来ません」

 ソリュシャンのきっぱりとした返答に、アインズは頷きセバスに目を向けた。

 

「恐れながらアインズ様、王国の後は別の周辺諸国にも手を広げるとのこと。であればその際は分かりやすく今回の名と同じ店名を使うと考えてよろしいでしょうか?」

 

「その通りだ。毎回別の名を付けては宣伝力が落ちる。今回決める名をそのまま全ての国で使う。そのつもりで考えてみよ」

 少し間を空けた後、セバスは腰から折って深いお辞儀を取った後発言する。

 

「申し訳ございません。私ではアインズ様に相応しき名前を創造することが叶いません。ここはアインズ様御自らに決めていただきたく……」

 

(いや、それが出来ないから言ったのに! しかしセバスは元々こういうタイプだったな。自分からの主張が薄いというか、理想の執事とはそうやって出しゃばらないものなんだろうか。たっちさんにそう創られたのなら無理はさせられないか)

「そうか……わかった、私が考えよう。ただしこれは重要な案件だ。この場で決めることは出来ぬ、後ほど知らせよう」

 

「畏まりました」

 うむ。と偉そうに頷きながら、アインズは内心かなり焦っていた。

 と言うのもここのところアインズはあの商品開発でボロクソに打ちのめされたのを皮切りに、店舗の内装や、販売価格、店内での制服、等々細かい部分について決めるための幾度か話し合い、そのいずれでもアインズがこれだと思った上で出したアイデアは──もちろんアインズが考えたと思われないように湾曲しながら提案したのだが──ことごとく却下され、元から殆ど無かった自信は木っ端みじんに打ち砕かれていた。その矢先で今回の提案だ。

 

 もうアインズは自分で決めるという選択は端から捨てていた。

 

(またみんなから意見を募るか、いやしかし時間が無い。もう決めることは残っていないんだ、後はこの名前付けで最後。となれば余計な時間はかけられない)

「では今日はここまでだ。下がって良い」

 

「はっ、失礼いたします」

「失礼いたします」

 セバスとソリュシャンが連れ立って外に出ると部屋の中にはアインズと今日の当番のメイドだけが残る。

 現在アルベドは別の仕事──と言うか彼女本来の仕事であるナザリックの内政に関わる仕事だ──を行っているためここにはいない。

 アルベドがいればこの件も丸投げ出来たのだが、別の仕事をしているというのにこんなことで呼び出すわけにはいかない。

 しばらく一人で考えてみたがやはり頭に浮かぶのは似通ったものばかりだ。

 

「外に出る。供をせよ」

 ここで一人で考えているからダメなのだと自分に言い聞かせるように心の中で唱え、じっとアインズを見つめていた今日のアインズ当番、フォアイルに告げる。

 考えが行き詰まっていたせいで口調が僅かに荒くなり吐き捨てるような物言いになってしまった。

 

「はい、畏まりました!」

 やけに気合いの入った返答にアインズがちらりとフォアイルの顔を見ると、うっすらと頬を上気させ喜んでいるように見える。

 やはり以前ハムスケに調査させた通り、メイドたちには傲慢な態度の方が受けがいいのは間違いなさそうだ。

 

(はぁ、詫びるわけにもいかんからな。偉そうな態度を取り続けるのって以外と大変なんだなあ)

 元より人を使う側ではなく人に使われる側だった社会人鈴木悟にとっては辛いところだ。

 

 やはり以前から密かに考えていた計画──王族や貴族を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を用いて観察し支配者の行動を学ぶ──を実践しておくべきだったかもしれない。

 対象となる支配者階級の人物を選ぶ必要があるが、なにを基準で選べばいいのか分からない上、今まで忙しくて後回しにしていたがもはや後の祭りだ。

 モモンに加え今後商会運営まで行うのであればしばらく時間は取れないだろう。

 別の意味でも気疲れを感じながら、アインズはフォアイルに扉を開けさせ、外へと出る。

 

 

 慣れ親しんだ第九階層の廊下を進む。

 時折、掃除を行っている一般メイドたちがアインズの姿を見ると一斉に深いお辞儀をして出迎えた。

 そんな彼女たちに軽く手を振って答えながらアインズは行く宛もなく足を進める。

 

 黙って後ろを着いてきたフォアイルは何も言わないが訝しんでいるかも知れない。

 しかし元から目的地など無い。

 かと言って部屋に戻っては何をしに外に出たのかと思われる。どこか適当な場所を見つけてそこに入るしかないと考えたアインズは何気なく周囲を見回した。

 

「ん? あそこは……フォアイル。あの店を知っているか?」

 小さなドアを見つけフォアイルに問う。アインズが入ったことはないが何となく見覚えがある店だ。

 

「はい。あそこは副料理長が管理をしているショットバーです。私は行ったことはありませんが、メイドの何名かが飲みに行ったことがあると聞いています、確かデミウルゴス様やコキュートス様、シャルティア様も利用されているそうです」

 

「ほう。副料理長のバーか」

 しかしシャルティアはアンデッドであるため毒と同じ類の効果である酩酊の効果は受けないはずだが、酔えなくても良いのだろうか。

 アインズとは違いシャルティアは飲み食いは出来、味も感じられるらしいのでそれを楽しんでいると言うことか。

 

「副料理長には、商品の一つであるドリンクのレシピ制作を頼んでいたな。まだ完成はしていないと聞いているが」

 

「はい。空き時間に試行錯誤を重ねているようです。まだ納得のいくものが作れないと言っておりました」

 

「ふむ。そう言えば以前外の世界で集めた食材で作らせた料理の試食会を行わせたがメイドたちも参加したのだったな」

 

「はい。私も御相伴に預かりました」

 

「外の食材はどうだった?」

 ソリュシャンはナザリックのものは比べものにならないと言っていたが、あれはあくまで外で作った料理と比べてだ。

 外の食材を料理長たちに作らせた物であれば味の差は食材の差のみとなる。

 

 アインズの問いにフォアイルは一考もせず、ピシャリと言い切った。

「人間たちの作った物などナザリックの食材とは比べ物にもなりません!」

 

「そ、そうか」

 ナザリックで提供している食事は第六階層で育てた野菜類も使っている。

 あれはバフ効果など無いただの野菜であり味の差はないはずだが、それともマーレの魔法によって大地の栄養素を回復させているからその影響で味が変わっているのだろうか。

 となると後々は野菜類も売りに出しても良いのかも知れない。

 

「本日のこの時間ですと副料理長は中におりますが、アインズ様如何されますか?」

 ドアをじっと見ていた為にフォアイルはここに用事があるのだと勘違いしたようで、ピンと背筋を伸ばしアインズの命令を待つ姿勢を取った。

 

(ここに用事があったことにするか。誰かいれば店名の相談をしても良いし、いなくてもドリンクの進捗状況を確かめにきたと言えば済む)

「うむ。ではフォアイル、扉を開けよ」

 

「はい。畏まりました」

 深くお辞儀をした後、扉に手をかけゆっくりとドアが開かれる。

 薄暗い店内にアインズは黙って足を踏み入れた。

 

 

 ・

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層の一室、落ち着いた雰囲気が漂う小さな室内に二つの影があった。

 

 一人はこのバーのマスターでありナザリックの料理人を努めるマイコニドの副料理長。

 もう一人はこのバーの常連である、第七階層の守護者デミウルゴスだ。

 

 彼が休日にここに来るのはいつものことであったが、今日は少し様子が異なる。

 普段デミウルゴスは一人で来るときは大抵マスターである副料理長と歓談しながらゆっくりと酒を味わっているのだが、今日は妙に無口で、ただ黙って酒を飲んでいる。

 やけ酒をしているようにも見えるが、それでも以前副料理長が心配して声をかけたが故に後悔することとなったシャルティアとは比べ者にならない洗練された飲み方だ。

 よって彼も余計な口を挟むことなく、ただ黙ってグラスを磨き続けた。

 

「ピッキー、もう一杯頂けるかな」

 

「同じもので?」

 

「そうだね。そういえば例のナザリックはどうだい? 以前はまだ味に納得いっていないと言っていたが」

 

「まだまだ満足は遠いですが。以前よりはよくなったかと」

 

「ではそれを貰おう」

 十種類のリキュールを使用したカクテル、ナザリックは見た目は良いが、その名前を冠するに足るほど味は良くはなく、暇を見つけては味の改善に努めている。

 本来ならば客に試作品を飲ませ実験体にするようなことはしたくないのだが、相手から言ってきた場合はその限りではなく、今回もデミウルゴスが望むのなら、と準備を始めた。

 やや時間をかけて完成したナザリックを差し出した後、不意にデミウルゴスが口を開いた。

 

「ピッキー。済まないね」

 その謝罪が何を意味するのが副料理長は直ぐに察することが出来た。

 酒を味わい、楽しむ場であるバーで感情のままに酒を飲む己を恥じ、マスターである自分に詫びを入れたのだと。

 

「お気になさらず、そうした飲み方もあります、元よりバーはそうした思いを吐き出す場でもありますよ」

 シャルティアの時のような面倒くさい酔い方をされるのはごめんだが、こうして常連客が日々の鬱憤を晴らし、バーのマスターに愚痴をこぼすのも、なんだかこれぞバーのマスターの仕事という気がして悪くない。

 

「では、少し聞いてくれるかな」

 ナザリックを一口飲んでからデミウルゴスは言う。

 どうぞ。と手で促すと彼はゆっくりと語り始めた。

 

「王国でナザリックが商会を開くという話は聞いているかな?」

 

「ええ。食堂で出している調味料やドレッシング、スパイスを商品として出すということでしたので、人間の国で取れるものだけを使用して作るレシピを料理長が考案中です、私はドリンク系しか作れませんので、それとは別にドリンクのレシピを考案中ですが」

 

「そうだったね」

 納得したように頷くデミウルゴスに、副料理長は驚く。あのデミウルゴスがそのことを忘れていたことにだ。

 

「今回の作戦はアインズ様に宝石箱を、この世界をお渡しするための第一歩と言っても良い。決して失敗は許されない」

 

「ええ。だからこそ、アインズ様が自ら指揮を執るのだと聞いています」

 

「アインズ様は私など足下にも及ばない、智謀に優れた御方。当然今回の作戦も何の問題もなく成功なさるでしょう」

 至高の御方に対する絶対的な信頼感、それは副料理長も同様で、その通りとばかりに頷いてみせる。

 しかしだとするとなぜ彼は落ち込んでいるのだろうか。

 

「その作戦にアインズ様は配下の者たちから広くアイデアを集め、商品を生産し、店舗の確保に内部の改装、様々な仕事を守護者やシモベに振り分けていますが、私にはお声がかからない。無論私はアインズ様よりいくつも仕事を任せられている。そのことに誇りを感じてはいます。全力で取り組まなくてはならないことだとも。しかしこれほど大規模な作戦から外されたのだと思うと……」

 小さく息を吐き、デミウルゴスはカクテルを飲み込んだ。

 

「……お気持ちは分かります」

 

「そうか君は。いや失礼をした」

 一言口にしただけでデミウルゴスはすべてを察したようだ。

 

 やはり彼の知力はナザリックでもトップクラスなのだと実感する。

 副料理長は基本的に飲食が必要なシモベ──一般メイドやプレアデスたち──の食事を提供するのが仕事だ。

 そしてナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウン様、あの素晴らしき御方はアンデッドであり飲食は不要と言うか飲食が出来ない。

 故に直接主の役に立つことが出来ない副料理長からすれば、デミウルゴスの苦悩はまさに贅沢な悩みであり、彼はそのことに一言で気づき謝罪を口にしたのだ。

 

「お気になさらず」

 

「いや。ようやくアインズ様のお役に立つことが出来るようになったせいか、焦っていたようだ」

 

「無理もないでしょう。ナザリックはこの地に来てから大きく変わりました。様々な種族が増え、より強大になっていく。アインズ様がこれまで御自らが行っていた仕事を我々を含めた皆に割り振ってくれるようになったのもそれが理由でしょう」

 

「そうだね。ならば私は自らに課せられた仕事をこなしつつ、アインズ様が私の力を必要として下さる時をお待ちすることにするよ」

 

「それがいいでしょう。ところでどうです? ナザリックの味は」

 

「うん。以前よりは大分味も良いし飲みやすくなった。強いて言うならまだ後味が良くないかな」

 更に一口カクテルを口にしてから、デミウルゴスは言う。

 もう気は晴れたようで、いつもの彼らしさを取り戻したようだ。

 

(これがシャルティア様であればこうはいくまい)

 こちらが何を言おうと、ぐだぐだ言いながら酒を飲み続けた階層守護者を思い出しながら副料理長は気分良く胸を張った。

 とその時、そんな彼を祝福するかのごとき福音が響き彼は視線をドアに向けた。

 

 そこに立っていたのは絶対者。

 

 漆黒のローブを身に纏い、一点に闇を凝結したかのようなその立ち姿はまさしくナザリックの支配者、アインズ・ウール・ゴウンその人であった。

 

「これは、アインズ様!」

 デミウルゴスが立ち上がり礼を取ろうとするのを主は手を差し出して止める。

 

「止めよ。お前は休日中でここはバーだ、そのような態度相応しくはないだろう」

 

「はっ、畏まりました。しかしアインズ様どうしてこちらに?」

 そうは言っても座り直すようなことはせず、直立のまま主を出迎えるデミウルゴスの問いに主は軽く笑いながら答えた。

 

「いやなに私も休息だよ。コキュートスとお前がちょくちょくここに来ていると聞いてな。座らせてもらうぞ」

 お供のメイドが一礼をしそのまま外に出て扉を閉める。

 主はそのままデミウルゴスの隣に腰掛けた。

 

 奇妙な静寂が周囲を包む。

 普段であればマスターである福料理長が注文は何にするか尋ねるところだが、飲食の出来ない主に何を飲みますかと聞くのはむしろ不敬に当たる気がする。

 

「……ふむ。ここではマスターと呼ぼう」

 そんなことを考えていた副料理長に、主は顔を向け告げる。

 

「はい。アインズ様」

 

「ではマスター。人が飲んでも問題なく、この世界の材料だけで作れるカクテルを出して貰えるか?」

 

「畏まりました」

 以前命令がありレシピを作っているのは、野菜や果物を使用したドリンクでありカクテルではなかったはずだが余計な詮索はせずに言われるがままに思いつくカクテルを作り始める。

 

 代わりにデミウルゴスが疑問を問うた。

「アインズ様。それは例の商会でお出しになるのですか?」

 

「うむ。第一弾としての商品は決まったが、人間は欲深く飽きやすい、同じ商品を出し続けていては飽きられよう。第二弾三弾と新たな商品を出さねばな」

 

「その彗眼流石でございます。人間は実に忘れやすい。例の八本指も今は大人しくしていますが、定期的に躾をして、ナザリックへの忠誠を忘れさせないようにすべきかと」

 

「そうだな。しかし何のミスも犯していないのに罰を与えるのはアインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。その代わり失態を犯したときは容赦せず、その様子を全員に見せてやればいいだろう」

 

「なんと慈悲深い、アインズ様のご配慮彼らにも必ずや伝わるでしょう」

 

「うむ。ところでデミウルゴス。その商会についてなのだがな。一つお前の意見が聞きたい」

 ピクンとデミウルゴスの尻尾が微かに揺れたが、副料理長はそのことに気づかぬ振りをする。

 

「私に、でございますか?」

 

「そうだ。今日の会議でこういう意見が出た。商会の名前についてだ」

 

「確か、シグマ商会……なるほど、そういうことですか」

 

「む? 分かるか、デミウルゴス」

 

「はっ。シグマは戦闘メイド達の姓を参考に付けられた名、アインズ様の御名を広める為の商会が彼女たち由来の名では確かに問題でしょう」

 

「うむ。流石はデミウルゴス。取りあえず王都に開店する店の名前を別に付けることとした。シグマ商会はあくまで帝国での店名。王国の店には別の名を付け、それをそのまま広めるつもりだ。その後シグマ商会を吸収し、こちらが本店になった設定とする」

 

「素晴らしい案かと」

 

「うむ。その名をどうしたものかと考えていたのだが、それをお前に考えてもらおうと思った訳だ」

 

「そ、そのような大役をこの私に?」

 デミウルゴスの声が震えている。

 

 無理もない、と副料理長は準備を進めながらさりげなくデミウルゴスを見た。

 主はうむ。と鷹揚に頷いた後にカウンターに腕を乗せ、半身動かしてデミウルゴスに体を向ける。

 

「以前お前には褒美として我が副官を任じたが結局お前達に任せ、私は何もせずに終わってしまったからな。その代わりではないが、何か良い案はあるか?」

 

 もはや尻尾の動きを隠しもせず、デミウルゴスは感極まったように絶句していたがやがて、僅かに震えた声で口を開いた。

「……では恐れながら、以前私とコキュートスでこのような話をしたことがあります。アインズ様がこの世界を収め、世界の王となられた時、アインズ様をなんとお呼びするのが相応しいか。と」

 

「ほう。そのような話を」

 感心したように呟いた主が続きを促す。

 

「単なる王ではその辺りの虫けらと変わりないため、もっと別のアインズ様に相応しい呼び方を考える必要があると。私はアインズ様の崇高なる賢知を讃え、賢王がよろしいかと愚考しました」

 

「……なるほど」

 

「それに対しコキュートスは多くの者達を支配し導くことになるアインズ様には、魔を導く王、魔導王が相応しいと。その意見には私も感服いたしました」

 副料理長もその時のことを良く覚えている。

 彼自身その名が主に相応しいと手を叩いたものだ。

 

「悪くない名だ。私が世界を手にした暁にはそう名乗るのも悪くない」

 

「そう仰っていただけると思っておりました。故にその名を知らしめ、尚かつこの世界、美しき宝石箱を手に入れると言う思いを込め、『魔導王の宝石箱』と言う名は如何でしょうか?」

 デミウルゴスの言を受けた主は何度か口の中でその名を呟いた後うむ。と言うように大きく頷いた。

 

「良かろう。では今後、我々の商会は魔導王の宝石箱を名乗ろう」

 

「ありがとうございます。やはり、アインズ様には何もかもお見通しのようですね。私の無様な思いを見通しこのような報賞を賜り、この上なき幸せにございます」

 メガネを外したデミウルゴスは目頭を押さえた。

 

 その瞬間、副料理長も遅ればせながら主の考えに思い至った。

 賢知に溢れる主は、デミウルゴスに仕事を与えていないことを気にして、わざわざこの場に足を運び、商会の名前付けという大役を与えに来たのだと。

 そして同時にもう一つ気づく。何故主が自分に命じていたドリンクではなくカクテル、つまりは酒を作らせたのかを。

 ならばバーのマスターとしてやることは決まっている。

 

「アインズ様、お待たせいたしました。第六階層で採れたリンゴをベースに作ったカクテルでございます。リンゴがやや酸味の強い出来となっていますので、それを最大限活かすようさっぱりとした口当たりになるようにしました」

 カウンターの上にカクテルを差しだし、さりげなくデミウルゴスの前に置かれたカクテルナザリックに目を向けた。

 

「ん? うむ。ではデミウルゴス、乾杯といこうではないか」

 流石は至高なる御方。

 ここまで見越しての注文だったとは。

 感服しつつ、副料理長は背を向けグラス磨きに戻る。

 客が一人ならば話し相手にもなるが、客同士が話しているのならば黒子に徹するのが良いマスターと言うものだ。

 

「はっ。では何に乾杯いたしますか?」

 デミウルゴスの問いに主は僅かに考えるような間を空けた後こう口にした。

 

「無論、『魔導王の宝石箱』その素晴らしき名が決定したことにだ」

 押し殺したような嗚咽が一瞬聞こえたが、それは聞かなかったことにした。




今回で決めることは大体決まったので、次回から初商談に入ります


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第12話 初めての商談・準備編

初商談。とは言え準備段階で商談相手に会うまではいきませんでした


 提出された書類に目を通し考えている振りをしながらアインズは昨夜のことを思い返していた。

 

(デミウルゴスには悪いことしたかな、いや喜んでいたし、問題ないだろう)

 

 『魔導王の宝石箱』正直に言ってアインズにはそれが良い名前なのかどうかは判断が付かないが、黄金の輝き亭のように王国の店らしくはあるし、申し訳ないが最悪責任はデミウルゴスに押しつけられる。

 

(しかし魔導王か、賢王よりはマシだから勢いで採用してしまったけど、そもそも国を持っている訳でもないのに王を名乗って良いのだろうか)

 アインズの立ち位置は研究を続けていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから、この名前では自分こそが魔導王だと名乗っているも同じことのような気がして恥ずかしいし、なにより問題にならないか心配だ。

 

 つまりは王以外の者が王を名乗っては不敬だとか文句を付けられはしないだろうか、と言うことだ。

 

 例えば冒険者の二つ名とかで王と付く名を持っている者がいれば問題はないと思うのだが、アインズはそんな大層な名前持ちは聞いた覚えがない。一応きちんと調べようと、セバスが王都で収集した大量の資料を探し出し読み返し始める。

 流し読みで王を名乗る者がいないか調べているとふと、報告書とは違う書類が混ざっていることに気がついた。

 セバスが混ぜて報告したということはないだろうからきっとアインズが入れる場所を間違えたのだろう。

 

 問題はその内容だ。

 

「なんだこれは」

 膨大な桁が並んだ数字の後には金貨の文字、今後かかるであろう金額を算出した書類だ。

 

 その内訳は、王国で店を開く際の国に支払う登録料、王都に商品を持ち込む際に掛かる税金、売買する予定の品物を扱っているいくつかの組合への加入金や商品の技量選定するための品物の納付。

 つまりは店舗そのものに掛かる金では無く、王都で商会を開くあたって必要な初期費用である。

 

 いや、勿論その存在は知っていた。しかしこんなに掛かるとは、商売を始めるためには掛かるのは建物や土地、商品そのものに掛かる費用が殆どで税金とかその辺は大した金額にはならないだろうと考えていた。

 

 だからてっきり既に払い終わったものだと思っていたのだが、この書類にはアインズが承認した証の印字が押されていない。

 

(まずい、忘れていた。いや見落としていたのか。こんな金額払えないぞ。しかもこれ期限がもう直ぐじゃないか)

 只でさえ、店舗を賃貸ではなく買い取りにしたことでアインズの個人資産だけでは足りず、ナーベラルとパンドラズ・アクターにいくつもの仕事をこなさせてその穴埋めをしたのだ。

 その残りももう僅かしかない。

 今からまた働きに出ろと言っても実際に金が貰えるのは依頼を完了してからだ。

 間に合わない。

 

(八本指か。今度こそ奴らの金を……いやしかし昨日デミウルゴスに配慮しろといったばかりだ。いきなり金を寄越すように言うのはまずいか)

 必死に頭を悩ませていたアインズの元に<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

 相手はナーベラル。現在彼女はエ・ランテルに戻りパンドラズ・アクターと共に漆黒としての活動を再開している筈だ。

 

『アインズ様、失礼いたします』

 

「ナーベラルか。どうした?」

 動揺を隠し普段の通りの態度で言う。

 まさかパンドラズ・アクターが何か問題を起こしたのだろうか。そんなアインズの心配とは裏腹に返ってきたのは全く別の用件だった。

 

『はっ。例のロフーレ商会の下等生物(ウデムシ)がアインズ様にお目通りを願っております。改めて館に招待したいとのことです。例の約束の確認も兼ねているかと』

 アインズ様を疑うなど不愉快極まり無い。と続けるナーベラルの口調からは圧倒的な殺意が滲み出ていた。

 

(こんな時に! いや、待てよ。これを利用すれば)

 苛立ちが精神鎮静化で直ぐに収まると同時に頭の中で閃くものがあった。

 

「そうか──いや、丁度良い。私もこれからそちらに向かおう、モモンとアインズを同時に見せることで別人であることをアピールしておかねばと思っていたところだ。パンドラズ・アクターにもそう伝えよ」

 思いついたアイデアとは別の理由を口にしてアインズはナーベラルに命じる。

 

『畏まりました。お待ちしております』

 賽は投げられた。もうこのアイデアを信じて進むしかない。しかし未だアイデアが完全に纏まってはいない。となると一人で行くのは不味い。

 

「セバスを呼べ。この階層にいるはずだ。その後、私の口唇蟲を持って戻れ」

 この部屋に入ってからずっとこちらを見ていた本日のアインズ当番のメイドに声をかける。

 

「畏まりました」

 お辞儀をしてメイドが部屋を後にしてからアインズは思わずため息を吐いた。

 アインズが先ほどから声を出す度にメイドは体をびくつかせて反応していたがそれは敢えて触れずにいた。

 エ・ランテルの宿に居たときは一人だったから愚痴もこぼせたし、チマチマ金勘定も出来たのだが、この執務室ではそうはいかない。ずっと見られっぱなしというのは緊張するし気を使ってしまう。

 

 現在セバスは店舗の買い付けが終了し、アインズ付きの執事としての本分を全うしている。

 とはいえ常にアインズに付き従うのはアインズ当番のメイドでありセバスは第九階層を中心とした居住区全体を取り仕切っている形だ。

 ついでに現在ナザリックで働くために最低限の礼儀や知識を学ばせている元娼婦たちの面倒も彼に見させている。

 

(あの人間たちも取りあえず順応してくれているみたいで一安心だけど、やっぱりナザリックに人間を入れることに反対している者もいるからなぁ。外に別の建物を造るべきか。店舗の改装が終わったらアウラ達に任せてみるかな。ああ、次から次へと問題が、いや頑張れ俺、休む余裕は無いぞ)

 考えすぎて靄の掛かった思考を振り切るように頭を振りながらそんなことを考えていると扉がノックされ、セバスの声が聞こえたため、入れ。と命じる。

 

 部屋の中に入ったセバスが深く礼を取った。

 

 いつ見ても素晴らしい立ち居振る舞いだ。件のバルドが取引をしたこともないのに、アインズとの邂逅を熱望していたのは、全てこのセバスの主ならばそれはそれは素晴らしい人物に違いない。と考えた故のことだろう。

 

 そう考えると今から会うのも多少怖じ気付くところだが、今回アインズにはどうしても成し遂げなければならないことがある。

 そして勝算もある。

 

「セバス、来たか」

 

「はっ、主のお側にお仕えする事こそ私の本懐にございます」

 

「うむ。ならば丁度良い。今から私はエ・ランテルに出向く、供をせよ」

 勝算とはつまりセバスの存在だ。

 ろくに相手の素性も分からないのにバルドがここまでしてアインズにコンタクトを取ろうとするのは全てセバスの存在故だ。

 今回もセバスを連れていけば上手く立ち回れるだろう。

 そんなアインズの考えなど知るよしもないセバスは僅かな間も空けず、畏まりました。と了承し再度頭を下げた。

 疑問を口にされるのも困る場合があるが、なにも聞かずに頷かれるのもそれはそれで寂しいものだ。

 

「会談の相手はバルド・ロフーレだが、確かお前は会ったことがあると言っていたな。どのような人物だ?」

 さりげなく目的を話すと少しだけセバスは考えるような仕草をしてから口火を切った。

 

「商人らしく、己の利を第一に考える者ではありますが、それとは別に弱き者を心配し、助けようとする心も持ち合わせております。信用しても良い人物かと」

 ほう。とアインズは関心を示した。

 

 セバスは属性が善に傾いていることもあって、ナザリックの内では少数派の人間に優しい者であり、公平に相手を見る目に関しては信用出来る。

 他の者ならば人間と言うだけで格下の存在としてしか見ないが、セバスは人間を脆弱な存在と認識しつつも、その内面に目を向けることが出来るのだ。

 そのセバスが信用出来ると言うのならばそうなのだろう。

 アインズが会話を交わした限りでは他の人間との違いはよく分からなかったが。

 

「そうか。食品を手広く商っている者ならば良い関係を保っていた方がいいな。セバス、基本的にお前に任せよう。私は仮面を着けて行くつもりだ。当然食べ物や飲み物を勧められても飲み食いは出来ん。その辺りもお前が対応せよ。ナザリックの商品に相応しい品があるとは思えないが、将来的には食品の販売も行うつもりだ。この世界の最高品質という奴の味を確かめておけ。そして今回は必要に応じてこちらから取引を持ちかける」

 

「取引、でございますか?」

 

「うむ。王都で開店する前にエ・ランテルでゴーレムの貸し出しか武具、どちらかを纏めて契約させる。話の中でどちらであれば可能かを探る、バルドは食品を中心に扱っているが大商人ならば他の品を扱うことも、それらを扱う者たちへのコネもあるだろう」

 これが本当の目的である。

 要するに王都で開店する前にエ・ランテルの大商人バルドに纏めて商品を購入させてその売り上げを税金その他に掛かる支払いに充てると言う計画だ。

 

「畏まりました」

 自分で言っておきながらなんだが、かなり無茶な要求をしているはずだが、セバスは疑問を挟むことなく頷き返答する。

 そんなセバスを見ながら、ふとアインズは伝え忘れていたことを思い出した。

 

「それと昨日お前が口にしていた商会の名だが」

 プレアデスの姓に関係した名前は主に失礼では。と提案したのはセバスだ。

 

「はっ」

 

「昨夜決定した。店の名は魔導王の宝石箱。魔を導く王で魔導王だ」

 

「それは──素晴らしき名かと。アインズ様を表すのにそれ以上の名はございません」

 

「うむ。であればいい。ところで一つ聞いておきたいのだが、王国でお前に命じた調査の中で、王族以外に王の名を冠した者や店、通称は存在したか?」

 今からバルドに会いに行くのだ。流れによっては店名を話すことになるだろう。その前に先ほどの疑問を解消しておかなければならない。

 

「……いくつかございました。件の八本指の警備部門の六腕の中にも一人」

 

「ほう。何という名だ?」

 

「……恐れ多くも、彼奴は不死王を名乗っておりました。その二つ名が許されるのはアインズ様お一人のみ、ご安心を。奴は欠片も残さず滅しましたので」

 

「そ、そうか。うむ、その通りだな、他にはどうだ? 裏社会ではなく表でも名が通っている者はいたか?」

 

「それでしたら王国ではございませんが、帝国の闘技場王者は代々武王を名乗ると聞いた覚えがございます。元よりアインズ様は帝国で研究をしていたということになっておりましたので、御名に王を用いていても問題はないかと」

 

「ならば問題はないか」

 頷くアインズの元に、再びノック音が聞こえ、今度はセバスが対応する。案の定口唇蟲を取りに行っていたメイドであったため、中に通す。

 

「こちらです」

 ヌルヌル君と命名した口唇蟲を恭しく持ったまま現れたメイドからそれを受け取る。

 

「御苦労。私はこれより出掛ける、セバスを供として連れていくのでお前は待機せよ」

 労いの言葉と次なる指示をメイドに与える。

 

 彼女は僅かに残念そうな顔をしかけたが、直ぐに表情を引き締め、アインズの命に従って恭しく礼を取った。

 それを確認した後、アインズはヌルヌル君を頚椎に張り付ける。

 

「ん、んん、んー」

 途端に声が変化する。

 

 モモンとアインズが同じ声では問題だと言うことで、商会のトップをする時は金貨を使用して召喚した傭兵モンスターの口唇蟲にニューロニストが選んだ声を使用することにした。

 個人的には中々渋くて良い声だと思っているのだが、アインズの元の声が良いとの意見が多く、今後アインズ・ウール・ゴウンとして表舞台に出るのであれば、モモンの方を変えるべきではないか。という意見もあったがアインズがそれらを却下し、結局この形に落ち着いた。

 

 既に周囲に名声が知れ渡っているモモンの声を変えるというのは大変だというのが表向きの理由だ。

 しかし本当の理由は録音した自分の声を聞いたことのあるアインズにとってはこちらの声の方がずっと良く思えたからだ。

 

 今後表舞台で活躍し、威厳を見せる機会が多くなるのならば尚更である。

 

「よし、行くぞセバス。これは商会を成功に導くための一歩目だ。失敗は許されないと思え」

 自分に言い聞かせるつもりで口にした言葉だったが、セバスはその言葉を重く受け止めたらしく、緊張した面もちで深く頭を下げた。

 

「畏まりました。全力を以って当たらせていただきます。決して以前のような失態は犯さないことをお約束いたします」

 重たすぎる決意を示すセバスの気迫に押され、アインズはゴクリと息を飲むが喉に張り付いた口唇蟲のおかげか動きに現れることはなく、セバスにも気づかれずに済んだ。

 

「よし。では行くぞ」

 

「はっ!」

 セバスを伴いアインズは失敗の許されない久しぶりの営業に出向くために歩き出した。

 

 

 <転移門(ゲート)>でアインズがいつも使用している黄金の輝き亭の一室に入ると、モモンの格好をしたパンドラズ・アクターとナーベラルが膝を突いて待っていた。

 

「お待ちしておりました。アインズ様」

 自分の声──改めて聞いてみると自分が思っていた以上に威厳が感じられない気がする──で自分の名を様付けで呼ばれると何だがこそばゆく感じてしまう。

 

「パンドラ……いや、ここではモモンと呼ぼう。立つが良い、無いとは思うが万が一誰かに見られると問題だ」

 商会、いや魔導王の宝石箱の主人、アインズと冒険者モモンの間柄は、モモンが強くなる以前から世話をして武具を与えていた恩人。ということになっているので、敬語を使われるのは問題ないが、アダマンタイト級冒険者が膝を突き傅いていると言うのは見た目が良くない。

 

「分かりました」

 すっと立ち上がるモモンだが、その相方、ナーベラルは未だ膝を突いたまま、頭を下げて停止している。

 こう言うところはまだ自発的に考えて行動は出来ないようだ。

 

「ナーベも同じだ。立ち上がるが良い」

 

「はっ。失礼いたします」

 モモンの従者だと勘違いされている以上、それ以外の相手に傅くのは良くないだろう。

 

「ではナーベ。これからの行動についてお前たちに説明をする。誰か上がってこないか確認しておけ」

 

「か、畏まりました」

 ナーベラルの目が、パンドラズ・アクターとセバスを交互に捉えた後、妙に小さな声で、<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させた。

 そしてそのまま部屋の出入り口付近に移動する。

 やや顔が赤く、俯きがちである。

 

(<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>ならあの位置でも問題なく外の音が拾えるはずだが……ああ、そうか。恥ずかしがっているのか、似合っているし良いと思うんだけどなぁ、まあ俺も自分で使ったときは人に見られるくらいなら死にたくなったけど)

 

 アインズと二人でいるとは特に問題なく発動させていたはずだが、他の面子、特に直属の上司であるセバスの前では見せるのは気が引けるのだろう。

 これ以上アインズが見ていると、他の二人も合わせるように見てしまうので、アインズは視線を外し、パンドラズ・アクターに目を向け直した。

 モモンの姿をあまりマジマジと見たことはないが、こうして見ると漆黒の鎧は見栄えが良い。英雄と呼ばれるだけの風格を持ち合わせているように見える。

 

(しかし、こいつただ立っているだけなのに、妙に格好良いな。俺がモモンに戻った時大丈夫かな)

 パンドラズ・アクターの立ち姿に嫉妬にも似た気持ちを抱きつつ、アインズは時間が無いことを思い出し、気を取り直しパンドラズ・アクターに話しかけた。

 

「ではモモン。現在の状況を説明してくれ」

 

「はっ。現在ロフーレ商会の使いは一度帰らせています。アインズ様と合流した後、直接館を訪ねると言ってありますから、念のためアインズ様には都市の外からエ・ランテルに入る姿を見せた方が良いかと」

 

「そうだな。では私は一度離れた場所に転移し、改めてエ・ランテルに入る。お前たちは検問所の前で待て。あそこの門番は魔法詠唱者(マジック・キャスター)を警戒する節がある。問題が起こったときはお前たちが割って入り、身元を保証せよ」

 以前、カルネ村の娘に渡したゴブリンの角笛が道具鑑定の魔法で調べられて大変なことになったことがあった。

 アインズもそんな面倒は避けたいところだが、だからといって防御系のマジックアイテム全てを外して丸腰になるのは短時間でも避けたい。

 あの時もモモンが一声かけただけで娘はすぐに解放されていたからもし調べられそうになってもモモンが声をかければ大丈夫だろう。

 

「でしたら先に私が門番に話しておきましょうか? 恩人が来るので迎えにきたと言えば検問所の中に入れるでしょうしそのまま一緒に入ればスムーズに事が運べるかと」

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは確かに。と心の中で納得する。 

 

「うむ」

 よくぞ気づいたな。とでも言いたそうな満足げな態度で頷く。

 

(確かに都市の中にいたんじゃ検問所で揉めてるかなんて分からないもんな。こういうところなんだよな、こういう時にサラッと最適な行動を思いつけるかどうかが優秀さの証明って言うか。こいつは出来る奴だと実感するんだよなぁ)

 今回の場合はどちらかというと、パンドラズ・アクターが優秀と言うよりはアインズの考えが足りないと見るべきだろう。

 

 こうした細部でアインズは自分の凡庸さを改めて実感してしまい、果たして今後も知恵者としての演技を続けられるのか心配になってしまう。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。アインズは何でもない振りをして話を続けた。

 

「次に今回の目的だが、本来はバルドとの約束を果たし大商人と顔を繋げること、そしてアインズとモモンが別人であるということをアピールすることだったが、もう一つ別の目的が加わることになる」

 セバスにはここに来る前に話していたが二人にはまだ話していなかったことだ。

 二人とも黙ってアインズの話を聞き入っている。

 

「機会があればバルドと商談を行う。その理由は……分かるな?」

 一応アインズは金策以外の理由も一つ考えていたのだが、パンドラズ・アクターを試す意味で聞いてみた。

 デミウルゴスやアルベドには良くこうやって試す振りをして話してもらうことがあるが、パンドラズ・アクターにはこの手のフリをしたことがなかった。

 

「はっ。僭越ながら、いくつか思い当たることがあります。まず第一に」

 何故かマントを翻しながら、ピッと親指を持ち上げる。

 

「纏まった資金の調達です。今回商会の店舗を買い取り、また改築するに辺り多量の資金を使用しました。当然ナザリックの資産から比べれば微々たるものですが。ユグドラシル金貨が使用出来ない以上、この世界の金を保持しておくのは当然のこと。八本指から資金を送らせるのも繋がりを見つけられないためにも現在は避けるべきでしょうし」

 いきなり本命が当てられて無いはずの心臓が跳ね上がるが、それを誤魔化しその通り、とアインズは頷いて続きを促した。

 

 続いてパンドラズ・アクターはもう一本指を持ち上げて二つ目を示した。

 

「二つ目は確認です。我々の用意した商品が王国の商人たちにとって、どれほど有益な物であるかを確認をし、今後の商談に活かします」

 

「その通りだ。パンドラズ・アクター」

 あえてここで言葉を区切る。

 アインズが考えたのはこの二つの理由だが、パンドラズ・アクターが三つ目の利点を考えているかもしれないと思ったのだ。

 そしてそれは的中した。続く指を持ち上げたパンドラズ・アクターが続けて口を開く。

 

「三つ目は、王国の商人に我々の実力を示すことです。それも王都で示すのではなく、エ・ランテルで示すことが肝心なのです」

 

「それは如何なる理由でしょうか?」

 セバスが口を挟む。

 珍しいことだが、今回はセバスに任せると言い失敗が許されないと発破をかけてしまったから力が入っているのだろう。

 これが良い方に転がってくれることを祈るしかない。

 

「王都の大商人にいきなり大口の取引を持ちかけた場合、必ずや警戒されます。何しろ我々の商品はどれも王国、いや周辺諸国の常識には無いものばかり。自分たちに勝ち目がないと悟れば必ず邪魔をしてくるでしょう。勿論その程度の妨害は我々にとって問題にはなり得ませんが、我々は未だ正式に商会を開いていない身、商売は一手目で躓くと後に影響が出かねません。王都の商人を相手にするのは商会を軌道に乗せてからの方が良いでしょう」

 

「なるほど。しかしそれはバルドも同じでは?」

 

「王都の商人にとって我々は直接戦う相手ですが、エ・ランテルの者から見ればあくまで別の地の同業者、我々の技術や商売を学ぶことはしても邪魔はしないでしょう」

 パンドラズ・アクターの説明にセバスが納得したように頷く。

 後ろの方でナーベラルがおお。となにやら感心したような顔をしていることに気がついた。

 二人の時はあまり知性を見せることはないのだろうか。どんな会話をしているのか少し気になった。

 

(おっとそんなことを考えている場合じゃないか、褒めてやらねば)

「す……」

 

「そして四つ目……アインズ様、何か気になるところが?」

 

「いや、何でもない。続けよ」

(まだあるのかよ! ビックリしたバレるところだった)

 はぁ。と何やら不思議そうに首を傾げパンドラズ・アクターは四本目の指を持ち上げ利点を語り出す。

 

「四つ目はエ・ランテル近郊にも我々の商会の名を広めておくことに繋がるからです。今回の作戦は最終的には周辺諸国にアインズ様の御威光をお示しになる必要があります。そのために三国の境目にあるこの都市で名を売ることは全ての国に我々の情報が伝わることになります。それも噂話として、ここが重要です」

 パンドラズ・アクターの台詞に頷きながらもアインズは内心では首を傾げていた。

 

 情報は正確で有れば有るほど良い。と考えるアインズとしては噂話は信用しないし、そんなものが周辺諸国に流れたとしてどんな利点があるのか想像もつかない。

 セバス、そしてナーベラルもアインズ同様ピンときていないらしく、そんな二人を見てからパンドラズ・アクターは再度マントをはためかせる大仰な動きと共に話を続けた。

 

「常識を覆すような信じられないほど商品の数々と、素晴らしく完璧な主人を有する商会が王都に誕生した。このような噂が仮に帝国と法国に流れた場合、彼らはどう対応するでしょうか?」

 

「……最初から本気では対応はしないでしょう。眉唾物だと考えつつ少し調べるか、あるいは何もしないかのどちらかかと」

 リアルと異なり、噂話や手紙でしか情報を行き来させられないこの世界では──<伝言(メッセージ)>もあるがどうもこの世界ではあまり信用されていないらしい──情報を調べるだけで多量の時間と資産が必要となる。

 よって調べる側は多数存在する噂話の中から自分たちにとっての利となるもの、あるいは本当かどうかはっきりさせたいものを優先することになる。

 

「通常であればそうでしょう。しかし人間の中にも聡い者は少数ながら存在する。つまり噂話から我々に目を付けた者たちだけが、自分だけが利を得るために接触を試みるでしょう。それが出来た者は我々にとって取り引きし取り込む価値のある存在だと言えるのです。言わばふるい落としを兼ねたテストのようなものです」

 なるほど。とセバスとナーベラルが同時に頷く。

 

 アインズも頷きたいところを我慢して、同じことを考えていましたと言うように小さく頷くだけに留めておいた。

「以上です。アインズ様、他に何か有れば是非お聞かせいただきたいのですが」

 

「……いや、現時点ではそれだけだろう。パンドラズ・アクター、良くやった」

 これがデミウルゴスあたりならばもっと褒め称えてやるところなのだが、パンドラズ・アクターはアインズが自ら創り出した存在、褒めるのは自画自賛のようで気恥ずかしいし、何より他の者たちに贔屓しているように思われては困る。

 軽く褒める程度にしてアインズはさて。と前置きをして全員を見回した。

 

(パンドラズ・アクターめ、お前のせいで四つ全てを完遂しないといけなくなったじゃないか。いや、聞いたのは俺だけども)

「しかしこれはあくまで予定であり、相手がどう動くかによって異なる。臨機応変な対応が必要となるが、お前たちならば問題なく実行できると確信している。では作戦開始だ」

 一応失敗した際の言い訳を口にしつつアインズは宣言する。

 

「はっ!」

 三人の揃った声を聞きながら、アインズはどんどん失敗が許されなくなっていく状況に、気づかれないようにため息を吐いた。

 




長くなったので切ります
続きは既に半分近く終わっているので次の話を投稿するのはいつもより早くなりそうです


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第13話 初めての商談・実践編

前話の続き、いつもより早く完成しました
長くなったので後半を更に分けようかとも考えましたが開店まで早めに進めたいのでまとめて投稿することにします


 エ・ランテルで見た中では最も立派な館と言うのが取りあえずの感想だった。

 

 予定通りモモンの威光で問題なく検問所を抜けたアインズはセバス、そしてパンドラズ・アクターとナーベラルを伴ってこの館まで移動した。

 門前にいた者に来訪を告げると直ぐに館の入り口まで案内される。玄関の前に立っていた執事らしき老年の男が恭しくお辞儀をし扉を開けた。

 開かれた扉の奥から見覚えのある顔が現れ、アインズは気を引き締め直す。

 

「ようこそお出で下さいました。私が当家の主人、バルド・ロフーレです」

 先に挨拶をされてしまったが、ここは直ぐにアインズから何か言うべきなのだろうか、と思っていたところ、パンドラズ・アクターがすっと前に出てバルドに声をかける。

 

「この度はお誘いいただき感謝します。ロフーレ殿」

 

「おお、モモン殿。以前は時間が取れませんでしたからな。お招きすることが出来て良かった。それで……」

 にこにこと嬉しそうに──それが本心であるかは別にして──笑って言うバルドがチラリとアインズの方を見る。

 異様と言っていい嫉妬マスクを見ても驚きを見せないのは流石と言ったところか。

 今度こそアインズが声をかけるべきか。と一歩足を前に出しかけたところで、再度パンドラズ・アクターがバサリと大仰な仕草でマントを翻しながら後ろ、つまりはアインズの方を振り返った。

 

「ご紹介しましょう。私が昔からお世話になっている恩人、アインズ・ウール・ゴウン様です」

 その大げさな動きは止めろと言いたいところだが今は仕方ない。

 パンドラズ・アクターの導きにより、アインズはやっと足を進めバルドの前に立つことが出来た。

 

「初めましてロフーレ殿、私がシグマ商会、いや王国では名を変える事になりました。新たな店、魔導王の宝石箱の主、アインズ・ウール・ゴウン。この度はお招き感謝します」

 口調は丁寧だが頭を深く下げることはせず会釈程度に留める。尊大な態度だがこれも会議の中で決定したアインズのキャラ付けの一つである。

 

 礼儀を重んじることも必要だが、下手に出すぎては舐められる。そもそもアインズは永い時を魔法の研究に費やした魔法詠唱者(マジックキャスター)という設定だ。

 多少礼儀知らずの方がリアリティがあるだろう。

 とのことなのだが、アインズとしては初対面のそれもこれから仕事の付き合いが出来るかも知れない相手にこんな態度を取るのは胃が痛くなる思いだった。

 気にしないでくれると助かるのだが。

 

「初めまして、ゴウン殿とお呼びすればよろしいですかな?」

 

「それで結構です。ロフーレ殿、それとセバス」

 

「はっ」

 セバスがすっと音もなく前に出てくる。

 バルドの瞳に安堵の色が見えた気がした。

 

「セバスとは顔見知りと伺っています。紹介の必要はありませんね?」

 

「おお。もちろんですとも。久しぶりだねえセバスさん。その様子だと王都には無事に着いたようだ心配していたんだよ」

 

「あの時は折角の御配慮を無碍にしてしまい、申し訳ございません。私もそして現在は王都に残っておいでですが、ソリュシャン様も無事王都に到着出来ました」

 

「いいんだよ。セバスさんが無事なら。それとナーベさんもよくぞいらっしゃいました。本日は楽しんでいって下さい」

 声をかけられたナーベラルはいつも通り相手を見下したような鋭い視線を向けて、わかるかわからないかぐらい僅かに顎を引いた。挨拶のつもりらしい。

 

「ナーベ」

 

 いつもの癖で思わず声をかけてしまい、直ぐにしまった。と自らの失態に気づく、今の自分はモモンでは無かった。

 

「も、申し訳ございません、あ──アインズ様」

 そしてナーベラルの方も、思わず反応してしまったと言うように口を開き、そのまま固まってしまう。

 二人が同時に失態を犯したことでその場の空気が凍るが、それを救ったのはまたもパンドラズ・アクターであった。

 

「いやロフーレ殿失礼した。実はナーベは幼少時よりアインズ様に世話になっているせいか、アインズ様のことを父親のように慕っていましてね、今回もアインズ様との時間が減ると拗ねているのです」

 

「おお。そうでしたか、それはそれは。悪いときに声をかけてしまったようで。その分最高のおもてなしをさせていただきますよ」

 朗らかに笑った後、バルドは今気がついたと言うように手を叩く。

 

「いつまでもこんな場所で申し訳ない。いや、私は貴族ではないただの商人ですから、礼儀作法には詳しくないもので、多少不手際をお掛けするかも知れませんがご容赦を。皆様もどうぞ力を抜いて楽しんでください」

 その言葉にアインズはどこか演技めいた態度を感じた。

 

 恐らくこの男が言っているのは嘘だろう。

 時には貴族の相手もする大商人なら相手を怒らせないような礼儀は身につけているはずだ。

 つまりこの男はアインズの言葉遣いや態度から礼儀作法を身につけていないと判断し、気を使わせないためにそのようなことを口にしたのだ。

 

(なるほど、勉強になる。セバスが信用するのも頷けるな)

「ではそうさせていただきましょう。もう一つ礼儀知らずですが、私は現在この仮面を外すことが出来ないのです。食事や飲料はまたの機会ということで」

 一瞬バルドの動きが止まるが、直ぐに元に戻る。

 

「それは残念ですな。私の店で出している自慢の品をお出ししようと思っていたのですが、ゴウン殿には別の用意をさせましょう」

 

「申し訳ない」

 

「いえいえ、急にお呼びしたのは私ですからお気になさらず。ではこちらにどうぞ」

 執事ではなく主自らが案内するところに少し驚いたがアインズは黙ってその後に従った。

 

 

 通された部屋は応接室だろうか。

 様々な絵画や調度品の置かれた部屋だ。

 当然ナザリックとは比べものにもならないが、エ・ランテルで見た中ではこちらも一番の質、量だった。

 

 その後しばらくアインズ以外の者たちが商会自慢の品で作られたという食事を取りながら歓談を続けていたが、徐々にバルドは商売に近い話をするようになってきた。

 

「ところでゴウン殿。王都に開店する店は、なにを扱うのですかな?」

 来たな。とアインズは気を引き締める。

 ここからが本来の目的、営業だ。

 

「基本的には武具やマジックアイテムを中心にする予定で考えています。見ての通り私は魔法詠唱者(マジックキャスター)ですので。ずっと僻地で研究を続けていたのですが、ようやく一息つく気になりましてね、今度はその成果を世に広めるつもりなのですよ」

 

「ほう。武具にマジックアイテムですか。ははは、私どもの商会とは扱う物が違うようで安心しました。商売敵にならずに済みます」

 

「むしろ私の研究はロフーレ殿の助けになるかも知れませんね」

 これまでの話の内容からバルドがゴーレムと武具どちらを欲しがるか察しが付いていた。

 

「と言いますと?」

 バルドの目に欲望の光が灯ったことにアインズは気付く。

 

「ロフーレ殿の商会で扱う品、これらはそれなりに豊かな土地を持った村などからの買い付けでしょう?」

 バルドは貴族ではない、ということは大規模な土地で自らの農園や果樹園を開くことは出来ないはずだ。

 つまり商品は余所から買い付けた品を扱っているはず。

 ならばアインズが狙う労働力を必要としている村と繋がっているに違いない。

 事実今までの話の中でも何度かそのような内容を口にしていた。この土地で採れた野菜は旨い、この果実はあの有名な果樹園の最高級品だ、等だ。

 

「まあ、そうですな。最近では帝国との戦争のせいで村から買う食料の買い付け価格も高騰していますが、私としては戦争が大きな儲けにも繋がっているので迂闊なことは言えませんがね」

 やはり。とアインズは内心ほくそ笑みながら話を続ける。

 

「ようは労働力不足ということでしょう。私の商会ではその労働力を提供出来るのですよ」

 

「労働力、それは……」

 男の口調が僅かに揺れる、嫌悪感を示したものだと気づきアインズは慌てた。

 いわゆる非合法の人間や亜人奴隷の売買を持ちかけられたと考えたのだろう。

 

(しまった。勿体ぶり過ぎた)

「ゴーレムです。私の研究の成果の一つで、通常の方法で作成するより遙かに早く、そして安価にゴーレムを制作することが出来るのですよ」

 慌てた様子を見せないように必死に隠しアインズは言う。

 バルドの目が開かれ、ピタリと動きが止まった。

 

「それは、本当ですか? ゴーレムを、安価で?」

 

「ええ。それらも私の成果の一つに過ぎませんがね、ただし私はゴーレムを売るのではなく安価で貸し出しを行おうと考えています。無論小さな町や村でも借りれる程度の金額でね」

 貸し出し。とバルドが声にならないと言うように口を動かす。

 

「まさか……そのような。そんなことが可能であれば、エ・ランテル、いや王国全土の商会が一変しますよ? 本当に、本当に可能なのですか?」

 声を大きくし、椅子から立ち上がるバルドにアインズは腰を引きかけるが弱みを見せるわけにはいかないと寧ろ、大きな態度を取ってみせる。

 思った以上の反応に少し驚きを覚えるがそれを隠してアインズは続ける。

 

「もちろん。先ほど言ったとおり、それらも私の研究の一端に過ぎません、容易いことです」

 

「お言葉を挟むようで恐縮ですが、我が主人の魔法はこの世の誰にも勝るものです。貸し出しのみでも私どもの商会は問題なく利益が出るとだけ言っておきましょう」

 セバスがアインズとバルドの間に入る。アインズの補足をしているのだ。

 要するに利益の入らない値段を提示し、競争相手を潰してから値上げをする、独占禁止法──この世界にはまだそんな法はないと思うが──に触れるような真似はしないと断言しているのだ。

 そしてそれはアインズが言うよりもバルドに信用されているセバスが言った方が効果がある。

 

(見事だセバス。今までのセバスなら俺の話の途中に割り込むなんて真似はしなかっただろう。成長したなぁ)

 外見的にも設定的にも、自分より年上のセバス相手にそんなことを思うのはどうかと思うが、アインズとしてはNPC全員が仲間の子供のようなものであり、そういう目で見てしまう。

 

「セバスさんが言うのなら、そうなんだろう。けど、信じられない。そんなことが……しかしゴウン殿、どうして私にその話を? これは商談と考えてよろしいのか?」

 バルドの目に宿る光が強くなる。

 これが商人としてのバルド・ロフーレその人なのだろう。

 

「無論です。しかし話は私とではなくセバス。今回の件はお前に任せると言ったな? 説明をして差し上げろ」

 椅子に深く腰掛け直し、アインズは自分の後ろに立っていたセバスに前に出るようにジェスチャーで伝える。

 

 正直に言うと無いはずの心臓が跳ね出すような緊張感がアインズを襲っていた。今のところは上手くいっていると思うがこれから先は未知の領域だ。そしてそれをアインズはセバスに押しつけようとしている。

(スマン、セバス。お前に押しつけてしまうが許してくれ。そのかわり失敗しても今回は何の罰も与えないことを約束しよう)

 

「いや、その前に。そういうことならば私たちはここでお暇させていただこう。旧知の間柄とは言え、商談の内容を聞くのは不味いでしょうからね」

 いざ商談スタート。というところで唐突に話を聞いていたパンドラズ・アクター扮するモモンが言う。

 その言葉を聞いてバルドは我に返ったようにハッと表情を変えた。

 

「いや、失礼をしました。お招きしたのはこちらだというのにそのような無礼な真似は出来ません。済まないがセバスさん、この話はまた後日にして貰えないか? 私も急な話で少し考える時間が欲しい」

 

「ロフーレ殿、それはいけない。アインズ様は忙しい身。この後直ぐ王都に向かわれます。我々はその護衛の依頼を受けることになっている。ですのでこれから私とナーベは冒険者組合に行き依頼が入った旨を報告し準備に入るつもりです。この機会を逃せばもうこのような機は巡ってこないかも知れませんよ? 王都に着いた後は直ぐに商会を開店する予定なのですから」

 パンドラズ・アクターの台詞は全て初耳であったが、ここはそれに乗ることにした。

 奴が言うのなら何か意味があるに違いない。

 

「そういうことです。本来はお誘いもお断りする予定でしたが、セバスからもモモン殿からもロフーレ殿は信用におけると聞いていたもので。少し話してみたくなりましてね」

 

「そうでしたか……モモン殿、本当によろしいので?」

 

「構いませんよ。アインズ様には昔から世話になっていますから、ナーベ、構わないな?」

 

「勿論ですモモンさん。アインズ様のお役に立てるのならば私に異論などありません」

 食事中もブスッとした顔でバルドが話しかけても素っ気なく冷たい態度で接していたナーベラルの変わり様にアインズはまた失礼なことをと慌てかけたが、バルドは特に気にしていないようだ。

 と言うより商談の方に気がいっているのだろう。

 

「では、モモン殿まことに申し訳ないが、本日はこれで。またいつでも我が館にも、商会の方にも顔を出してください。ご入り用のものがあれば今回のお詫びに安くさせていただきます。おい、お見送りを」

 バルドの背後に着いていた執事に命じ、パンドラズ・アクターとナーベラルは部屋を後にした。

 静かになった室内。

 互いに相手の出方を窺うような沈黙を挟んだ後、先に口を開いたのはバルドの方だった。

 

「ではセバスさん。詳しい話を聞かせてくれるかな?」

 

「はい。先ほど主人が申し上げました様に、我々には安価で大量のゴーレムを生成する術があります。そのため我々はあくまで販売ではなく、期間を区切った貸し出しをメインで行うつもりです」

 これは以前皆で話し合った会議の場で決まったことだ。

 幾ら安価とはいえ、その日食べる物にも困るような村民に払える額ではないだろうし、ゴーレムにはナザリックの技術も使われている。

 販売では解体され調べられてナザリックの技術を盗もうとする者たちも出てくるだろう。

 

 特に割を食うことになる今現在ゴーレムを制作している者たちは必死になるに違いない。

 そこで貸し出しにして、幾つかの禁止項目を設ける。

 解体の禁止、魔法での調査も禁止、労働作業以外──防衛以外の他者への攻撃や、兵器への流用など──を禁止。

 要するに警護や農奴作業員としての活動以外を禁止させ、それに背いた場合は即座に内部から砕けるように命令をしておくことにした。

 

 これならばナザリックの、つまりはユグドラシルの技術がこの世界に広がることは防げるだろう。

 

「なるほど、それは良い案だ。しかしゴーレムをただの労働力として使用するとは何とも豪勢な話じゃないか。だがそれで私になにを売りたいんだい? 知っての通り私は食品の流通で財を成している、買い取りを行っている村を紹介しゴーレムを入れさせれば確かに作業効率や開拓が進み、より多くの食料を得られるようにはなるだろう。しかし、セバスさんは知っているかどうか分からないが、生産物が多く採れすぎると一つあたりの値が下がるんだ。要するにそれをしたところで喜ぶのは村人だけ、私には利がないよ」

 それだけならこの話は終わりだ。とでも言うようにバルドの目はやや懐疑的なものになる。

 アインズは無言を貫きながらも内心ではハラハラとした気持ちでセバスを見守っていた。

 何か考えがあるのか、それともまさかここで後はアインズ様よりなんて振られはしないだろうか。と不安になる。

 しかしセバスは落ち着き払った様子で、一つ咳を切り話を続けた。

 

「それは当然承知しています。しかしそれは村と我々が直接契約を結んだ場合。バルド様と我々の商会が契約し、バルド様にゴーレムを貸し出した場合はそうはならないのでは?」

 

「どういうことだね?」

(どういうこと?)

 バルドとアインズの心の声が重なる。

 

 セバスは鋭い眼光でバルドを射抜き、はっきりと宣言した。

 

「つまりはバルド様が村にどれほど開拓させるか、それ以上は必要ないかを判断すれば良いのです。村人から人手が足りないと言われればそちらにゴーレムを派遣する。その際村から買い取る作物を安く仕入れさせる。ゴーレムが余ったなら別のことに使用させればよいのです。例えば備蓄庫の増設や運搬に使用している街道の整備等。後でゴーレムに命じることの出来ない禁止事項をご説明しますがそれに該当しない作業なら好きに使っていただいて構いません」

 

(そうか卸売業者か! 我々が直接村人に貸すのではなく間にバルドを入れて細かい貸付を行わせる。我々はバルドに多数のゴーレムを貸すことになるから一年分の貸し出し料が一気に入る。確かに理に適っているが、これバルドには大して利益がないんじゃないか?)

 村単位での面倒な貸し出しや、計算、場合によっては労働力を余らせてしまい、元が取れないなんてことにもなりかねない。

 そんな細々とした仕事を仮にも大商人であるバルドが引き受けるのかといった疑問が浮かぶ。

 

「一つ聞きたいんだが、そのゴーレムの力量と言うのかな。強さはどの程度なんだい? セバスさんも知っての通りエ・ランテルと周囲の村を結ぶ街道には野党や盗賊が多く出る。運搬の最中にそんな連中に後れをとるようでは──」

 バルドの言葉を遮りセバスは言う。

 

「我々のゴーレム、鉄の動像(アイアンゴーレム)の場合は最低でも冒険者で言うのならば白金級冒険者以上の実力を持っています。先ほども言いましたが積極的に攻撃させることは出来ませんが、身を守ったりまた対象者を守らせることは問題ありません。もしご心配でしたら我々は運搬の商いも行う予定ですのでそちらに頼んでいただければ安全は保障いたします」

 ゴクリとバルドが喉を鳴らして唾を飲む音が聞こえた。

 鉄級冒険者でさえ、専業の兵士と変わらない強さを誇る冒険者だが白金級は更にその三つ上、街道に現れる盗賊程度なら相手にもならず、モンスターでさえ余程の難敵でなければ問題なく倒せるだろう。

 この世界のゴーレムたちの実力は知らないが、アインズはゴーレム作成の際にそれぐらいを目安に作らせた。

 流石にミスリル級以上の強さとなると目立ちすぎると考えてのことだが、白金級でも十分すぎるほどだったようだ。

 

「そ、それが本当なら、いや、私も商人だ。現物を確認させてもらうまで迂闊な返答は出来ない、出来ないが。もし今言ったことが全て本当ならば、値段にもよるが前向きに検討したいと思う」

 あれ? とアインズは不思議に思う。

 何故バルドはこれほど乗り気なのかと。バルドには面倒が増えるばかりであまり利益がないようにしか思えないが。

 

「流石はバルド様、先見の明がございますな」

 

「何を言うセバスさん。少し考える頭があればこれぐらい当然のことじゃないか。もう一つだけ確認させて貰いたいのだが、この商談を持ちかけたのは、私が最初だろうね?」

 

「はい。当然でございます。私がバルド様ならば我々の考えを理解して下さると判断し、アインズ様にお願い申しあげたのです」

 

「それならば尚更だ。確認が済み次第直ぐにでも契約したい。これは時間との勝負になるのだからね」

 

(勝手に話が進んでいく。どういうことなんだろう。しかしここで聞くわけにもいかないし)

 二人のやりとりを半ば呆然と見つめながら、アインズは黙ってことの成り行きを見守ることにした。

 

「アインズ様、都市外に配置したゴーレムをバルド様にお見せしてもよろしいでしょうか?」

 

「構わん、お前に任せると言ったはずだ」

 

「持ってきているのかい? それならば是非見せていただきたい」

 

「これから王都に運ぶ予定でしたので。しかし数が多いので都市内には入れず外の森の中に待機させているのです。野党やモンスター程度でしたら相手にもならないのは先ほど申し上げたとおりですので」

 当然、そんなことはしていない。セバスのはったりだ。しかしナザリックから<転移門(ゲート)>による運搬が可能なので、この後直ぐに森の中に運ばせれば事足りる。

 セバスもそう考えたのだろう。

 

 その後セバスが詳しい金額の話を開始し、バルドがその値段の安さ故に目を見開き叫び声を上げる一幕などがありつつも、初めての商談は文句無しに成功を迎えた。

 

 

 ・

 

 

「えっと。ここでいいんでありんすね?」

 <転移門(ゲート)>から顔を出したシャルティアが周囲を見回す。

 近くにエ・ランテルの城壁が見えている。

 主から指定されたのはエ・ランテル近郊の森の中、転移用に作られた開けた場所であった。

 主がモモンとして活動する際の中継地点として使用しているということで、周囲には人気は無い。

 またモンスターの気配も感じられ無かった。

 

「アインズ様からの指示ではそのはずだけど。今のうちにゴーレム並べちゃおうよ適当に置いているよりきっちり配置してた方が見栄え良いし」

 共に姿を見せたアウラの後から、ゴーレムがゾロゾロと現れる。

 数は五十体。全て鉄の動像(アイアンゴーレム)であり、胸部分に商会の証となるアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれている。

 

「そうでありんすね。それはわたしがしておくでありんすからチビすけは魔獣の方を出しておくんなまし!」

 

「はいはい。なんかシャルティア張り切ってるね」

 

「それは勿論。わらわがアインズ様より受けた御勅命でありんすからね」

 御勅命に強いアクセントをつけるシャルティアの言いように、アウラは目に見えて不満を見せるが、今は時間がない。

 言い争いなどをしている間に主が到着してしまったら大変だ。

 

 急いで準備をしなくては。

 

 王都で店舗の内装工事を行っていたアウラが、シャルティアから突然呼び出されたのは三十分ほど前だ。

 シャルティアに主からエ・ランテル近郊にゴーレムと護衛の魔獣を配置せよとの命令が下ったのだ。

 現在商会で輸送用に使用する魔獣は目玉であるギガント・バジリスク以外はまだ数が揃っていない。

 そこでシャルティアと共に内装工事を行っていたアウラが直接魔獣を連れてエ・ランテルに向かうことになり、現在に至る。

 

「はーい。んじゃ出てきてー」

 <転移門(ゲート)>からギガント・バジリスクの頭が現れる。

 大きなトカゲを思わせる巨体は緑色の鱗に覆われ、八本の足を使って器用に進み、ゆっくりと姿を見せた。

 本来は頭には王冠に似たトサカがあるのだが、現在はそこも含めて凝視殺し(ゲイズ・ベイン)を加工した兜が頭をすっぽりと覆っている。

 石化の視線を防止するというより、防止していますよと周囲に分かりやすく示すための物だ。傭兵モンスターとして召喚されたこの魔獣は召喚者及び、召喚者が命令を聞くように指示した者から命令されない限り、その瞳の力を使うことはないのだが、魔獣は都市に届けを出すことで都市の中を歩かせることも出来る。

 

 この巨体故、小さな村や町などには入れないが大都市であれば宣伝も兼ねて都市内部を歩かせることもあるため、周囲の人間たちに余計な恐怖や混乱を与えないための処置としてこういう形となった。

 嗅覚さえあれば問題なく進める上、あの兜には外見からは見えづらいが隙間が開いていて内側から覗ける造りになっているので魔獣も問題なく行動出来るはずだ。

 

「後は……ああ、あれか。ちょっと早く来なさいよ、時間無いんだから」

 ギカント・バジリクスの体が完全に出た後開いたままの<転移門(ゲート)>の向こう側にいるはずの相手に声をかける。

 その後、恐る恐ると言った様子で手が現れ、次いで更にゆっくりと時間をかけて一人の人間が姿を見せる。

 金髪の若い女が胸の前で手を組んで所在なさげに周囲を見回した。

 

「あ、あの。アウラ、様。私は何をすれば」

 一応顔見知りと言うか、何度か人間目線での店舗内装のチェックをさせるために顔を合わせてるので向こうもアウラの名前を知っているらしい。

 しかし、アウラはこの人間の名前を知らない。と言うより興味がないため忘れている。

 セバスの配下となり、王国の店舗に配属されることになった人間の一人程度の認識でしかない。

 だから余計な口は聞かないし、気遣いをしてやるつもりもない。

 

「いい? あんたはここで待機してアインズ様とセバスが来るからその指示に従いなさい。アンタはアインズ様の供回りとして一緒にここに来て、この子とゴーレムの見張りをしていることになってるからそのつもりでね。あたしとシャルティアは姿を消して待機してる。後この子にはアンタの命令も聞くように言ってあるから」

 主より命じられた内容をそのまま一気に女に伝える。

 ペストーニャによってナザリックの一員としての作法を学んでいたところを殆ど無理矢理連れて来たため、未だ状況を理解していないのだろう。

 しかしセバスの名を出した途端、女の顔つきが変わる。

 

「セバス様が……わかりました。私はセバス様とアインズ様のご命令に従えばいいんですね?」

 ピクンとアウラの長い耳が反応する。

 たかが人間が自分たちの主である至高の御方の名よりセバスの名を先に出したのが不愉快だ。

 殺してやろうか。と思いかけるがこの女はアインズ様が使い道があると判断し、今回もわざわざこの女を連れてくるように指示をしたらしい。

 ゆっくりと息を吸い、更に時間をかけて吐く。

 多少落ち着いたところでアウラは一度だけ、と自分に言い聞かせてから口を開いた。

 

「アンタさ。一応セバスの配下だからあたしは勝手に手出ししないけど。その態度、次やったら許さないよ?」

 

「す、すみません。わ、私なにか粗相を」

 

「あー、わかんないのかぁ。ペスも初めにちゃんと教えてやればいいのに、こういうのは初めが肝心なんだから」

 身を守るように腕を回して震える女に、アウラはやれやれと首を振る。

 

「いい! ナザリックに属する者はなにを置いても、どんなことより、誰よりも、至高の御方で在られるアインズ様のことを第一に考えなきゃいけないの。アンタはセバスの配下だけど、セバスの命令の後でアインズ様が別の御命令を下したらアインズ様の御命令に従う。仮にアインズ様がセバスを殺せと命じられたらアンタは勝てる勝てないに関わらず全力を以ってセバスを殺しに掛かる。それがナザリックに属する者の最低限の心得。わかった?」

 セバスを殺す。というところで女が唇を強く結んだことに気がつく。

 納得してない。

 

(やっぱり殺した方がいいかも。人間はまだいるんだし……いや、あたしが勝手に判断しちゃ駄目か)

「アンタの不作法は直属の上司であるセバスの責任になるんだからね。それが嫌なら、アンタ、セバスに言って殺して貰った方が良いよ。セバスなら痛みもなく殺してくれるでしょ」

 

「っ! い、いえ。アインズ様の慈悲によって生かされた命です、何のお役に立たずに死ぬわけにはいきません」

 

「ふーん。ま、良いけど。ほかの連中にもいっときなよ。アンタたちの立場を考えろって」

 

「はいっ」

 心からの反応で無いのは明白だが、これ以上アウラが勝手にこの女に手を出すわけにはいかない。

 後はセバスに直接忠告しておけばいいだろう。

 

「んじゃ改めて。シャルティアー。終わった?」

 

「ええ。完了していんす」

 目を向ければそこには乱れなく並ぶゴーレムの姿。

 この程度の弱々しいゴーレムでも、きっちり並んでいると見られるものだ。

 

「よし。それじゃあたしとシャルティアは姿を消してここにいるから、後は任せたよ」

 それだけ言うと返事は聞かずにアイテムで姿を隠す。

 これで普通の人間にはアウラとシャルティアの姿も声も聞こえなくなる。

 

「随分と優しいでありんすねぇ。アウラ」

 

「別に……アインズ様も仰ってたでしょ。ナザリックの利益になることを最優先にしろって。あの人間は今から開く商会で使う人間だからね、あんまり数もいないし」

 

「あれでしょ? セバスが助けた人間って言うのは。セバスも変な趣味していんすね。わたしにはあの人間のどこがいいのかさっぱりわからないでありんす」

 

「ああ! あれがそうなんだ。知らなかった、人間なんて区別つかないし」

 

「ペストーニャにセバスが助けた人間を連れてくるように言ったらあれが来んしたから。そうだと思いんすけど」

 緊張しているのか、チラチラと周囲を見回す人間を改めて見る。

 確かにさっぱりわからない。

 詳しくは知らないが、セバスはあの人間を妙に気に入っているらしく、わざわざ主にあの女の助命を願い出たとの噂だ。

 一説によるとセバスとは恋人関係だとか何とか。

 

「まー、どうでもいいよ。アインズ様の邪魔になったら殺せばいいんだし、セバスだってそうなったら見逃しはしないでしょ」

 友人であろうと、恩人であろうと、恋人であろうと、ナザリックのそして主の邪魔になるのであれば誰であれ全力を以って排除する。

 それがナザリックの掟だ。

 守護者と同格の力と地位を持つセバスがそんなことも分からないはずがない。

 

「あ! アインズ様が来んした」

 

「本当だ……なんか変な人間も一緒だね。誰あれ」

 セバスを伴って表れた主の横に並ぶ人間の姿を見つけ、アウラは唇を尖らせる。

 至高の御方の隣に立つなど。

 それが許されるのは同じ至高の御方々だけだと言うのに。

 

「商売相手。と言う奴でありんしょうね。いつぞやアインズ様が言っていんした。商売とは例え自分たちが遙か格上だろうと、客には一定の礼節を持って接しなくてはならない。と」

 

「ふーん。アインズ様が仰るならそうなんだろうけど、なんかムカつく……あ、腰抜かしちゃったよあの人間」

 

「本当でありんすねぇ。無様な姿だこと。ギガント・バジリスクの石化じゃありんせんよね」

 

「あの兜は鍛冶長がアインズ様から下賜された凝視殺し(ゲイズ・ベイン)を加工して造ってるんだよ、そんなこと有るわけ無いでしょ」

 

「じゃあ何であの人間は一歩も動かないんでありんしょうか」

 

「単に驚いてるんでしょ。この世界の人間は弱っちいから、ハムスケぐらいの強さの魔獣でもビビっちゃうんだって。あのギガント・バジリスクはハムスケと大体同じくらいの強さだから」

 

「ああ、あのアインズ様のペットとかいう……アインズ様に乗っていただけるなんて、なんて羨ましい。はぁ、今度は咎ではなくご褒美としてアインズ様に座っていただきたいでありんすねぇ」

 ほぅ。となにやら頬を上気させ、吐息を吐いているシャルティアに、アウラはうわぁと思わず呆れてしまうが、シャルティアには届いていないらしくにやにや笑いながら身を捩らせている。

 

 シャルティア──アルベドもそうだが──がいったい何故あそこまで主に座っていただくという行為を望んでいるのかアウラには解らない。

 

 もちろんアウラとて、主にその場で椅子になれと言われれば喜んでその通りにするが、それはあくまで主より命を頂き、それを実行出来るのが嬉しいのであって、椅子になれることそのものが嬉しいわけではない。

 

 むしろアウラとしては主には頭を撫でていただく方がよっぽど嬉しい。

 今まで何度かその栄誉を賜る機会があり、それだけでアウラの心は満たされ、暖かい気持ちが宿った。

 しかしこの目の前で不気味に笑う同僚と、同じく時折不気味な笑みを浮かべて惚けることのある守護者統括はそれ以上の、恐れ多くも主の妻となり子を授かることを考えているのだという。

 それは不敬な考えのような気もするのだが、守護者の中で最も知恵の優れるデミウルゴスもそれを望んでいるらしいので、何か意味があるのだろう。

 ただ最近、そのことを考えると何となく胸がチクチクするのであまり考えないようにしている。

 

「シャルティア。アンタもアインズ様と一緒に店で働くんでしょ? だったらあの男とアインズ様の会話聞いて勉強しなさいよ。アインズ様がわざわざアンタに<転移門(ゲート)>使わせたのはそういう意味なんじゃないの?」

 余計なことを考えても仕方ないので、アウラは未だ妄想の中に囚われている妹分──喧嘩になるので口にはしないがアウラはそう思っている──に声をかける。

 はっ! と口に出しながら立ち上がってシャルティアは慌てたように、どうにか立ち上がり腰を引きながらギガント・バジリスクに疑惑の眼差しを向けてる男と、そんな無礼な男にも極自然に敬語を使いギガント・バジリスクの説明をしている主に目を向けた。

 

「うーん。ゴーレムより先に魔獣の方に興味を示していんすね」

 

「やっぱり人間にはあの程度でもスゴい魔獣なんでしょ。ほら、あの女の命令で操っているところ見せただけでまた驚いてる」

 

「なんか、こうしてみると本当に人間共相手にここまで力を入れる必要性がわかりんせん。もちろんアインズ様のご命令に逆らうつもりはありんせんよ?」

 慌てたように付け加えるシャルティアだが、アウラも実のところそう思っている。

 

 あの程度の魔獣に驚き恐怖する相手なら、力ずくでなんとでもなりそうな気がするのだ。

 と言うよりアウラのペットの魔獣を何体か使うだけで国の一つや二つ簡単に征服出来るだろう。

 

 アインズ様に宝石箱を。

 

 それが現在の最終目的であり、アウラもそのために力を尽くすつもりだが、未だあの深遠なる叡智に溢れた主人の考えはこれっぽっちも解らない。

 

「きっとアインズ様には深ーい考えがあるんだろうけど、解らないのはちょっと寂しいよね」

 

「まったくでありんすぇ。あの大口ゴリラちょっと頭が良く創られたからって、自分だけがアインズ様のお考えを理解出来るようなつもりになって! はっ、今はそんなことを考えている場合ではありんせん! もっと近くに行きんしょう! アインズ様のお声を聞きに」

 優雅さの欠片もない足取りで主人の元に近づくシャルティアに、アウラもはぁと一つため息を落として後ろを歩く。

 

「あ、今度はゴーレムを見た。また驚いてるね。これって単なる鉄の動像(アイアンゴーレム)だよね?」

 様々な種類が存在するゴーレムの中でも下から数えた方が早い脆弱なゴーレムだ。

 とは言えどれだけ弱かろうとナザリック内で創られた存在である以上、アウラも仲間意識のようなものはあるのだが、そうしたものが無いはずの男もゴーレムを前に両手を組んで感激を露わにしている。

 

「それにしても。いちいち声を張り上げて、アインズ様のお言葉が聞こえないでありんしょうが」

 

「アインズ様の声、やっぱり普段のお声の方が良い気がするなぁ」

 声だけではなく口調や話し方も普段と違うため何となく、アウラは違和感を感じてしまう。

 いつもの威厳がありつつも包まれるような優しさに溢れた声の方が断然いいに決まっているのに。

 何故か主は冒険者モモンの方に自分の声を使わせ、現在は口唇蟲を使って別人の声を出している。

 

「それはその通りでありんすが、これもアインズ様のお考えあってのことでしょうから、言い出し辛いのよねぇ」

 いつもの声の方が良いというのはあくまでただの感情論だ。

 きっといつもの通りこれにも深い意味があるのだろう。

 アルベドやデミウルゴスなら解るのだろうか。

 

「やっぱりあたしも勉強しなきゃなぁ」

 主ほどは無理でも少しでも考えを理解し、近づきたいとの思いが強くなる。

 今まではこんなことは無かった。ただ言われるがまま命令を聞いていれば良いとそう考えていたのだが、この世界に来てから自分の考え方も変わり始めている。

 

「チビにしては良い考えでありんすね。まぁ、チビがどんなに努力をしたところで、レディに成れる可能性はありんせんが、頭でありんしたら、ほんの少しばかり良くなる可能性があると思いんすよ」

 

「はぁ? 一生成長しない奴に言われても説得力が無いんですけどー。ナザリックのおバカ代表のくせに」

 

「あぁ? やるでありんすか、チビすけ」

 

「なによ」

 いつもの調子で睨み合うが、その感情は二人同時にたち消える。

 今は少しでも主の手腕を学び、知恵を付けるのが先だ。と同時に思い至ったのだ。

 ふん。と同時に鼻を鳴らして再度主に顔を向ける。

 そこでは男が膝が着きそうなほど腰を低くしながら満面の笑みを浮かべ、主の手を握りしめている姿があった。

 

「では商談成立と言うことで」

 セバスの宣言に主と男は同時に頷いた。

 

「あ」

 

「終わっちゃった」

 ガックリと二人は同時に項垂れた。

 




取りあえず初商談はあっさり成功
まあまだ開店前なのでこの辺りはあまり長くはせずに進めます
次はもう王都での話になるかと
次の更新はいつも通り一週間の予定です


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第14話 店舗完成と最後の仕上げ

前回からやや時間が飛んで店舗完成したところから話を始めます
今まで殆ど出番の無かったマーレが出ますが、本格的に話に関わるのはまだ先になる予定です


 <転移門(ゲート)>を使用し、中に入ると目の前には膝を突きアインズを待っている守護者二人の姿があった。

 

「出迎えご苦労。アウラ、マーレ」

 

「お待ちしておりました! アインズ様」

 

「お、お待ちしておりました。アインズ様」

 全く同じ台詞を言いながらも話し方と声の大きさが全く異なる二人の歓迎を受けながらアインズは大きく頷くと二人に立ち上がるように命令した。

 

「では案内をしてもらおうか。転移が可能なのはこの場所までだったな」

 客が出入りする表口ではなく、行商人や仕入れ業者を出入りさせる為に使われていたらしい裏口──馬車がそのまま入る作りになっているため、表の入り口よりも広い──から入って直ぐの場所に設けられた一室。

 本来であればここで荷の積み卸しや出入りのチェックなど行っていたらしいが、魔導王の宝石箱は基本的に全て自前、ナザリックから直接運ぶため関係者以外が出入りする必要が無く裏口は取り潰し代わりに店内で唯一外からの転移が可能なスペースとして活用している。

 アインズたちは常にここを経由してナザリックから出入りすることになる。

 

「はい。ここより先の部屋は転移阻害を含めまして遠視、盗聴、かなり高位までの魔法を阻害出来るようナザリックよりアイテムを持ち込んでおります。その警備として人間たちに派遣する鉄の動像(アイアンゴーレム)と同じ外見を持つゴーレムを幾つか配置しています」

 ハキハキとアインズの質問に答えるアウラに、アインズは満足げに頷くと二人を連れて歩き出す。

 今回は内装工事完了の知らせを聞いて確認と同時に開店にあたって最後の仕上げを行うための訪問だ。

 アインズも出入りする以上監聴対策は万全を期する必要があると考え、アインズが自ら視察に訪れたのが表向きの理由で、最後の調整と言う名の細かな部分に関して決めねばならないことが増えすぎて、それらを別の者に任せて逃げ出す理由が欲しかったというのが本当のところだ。

 

 扉をくぐり中に入ると店内、ではなく倉庫代わりに使用する予定の広い部屋に到着する。

 確かに部屋の四隅に胸にアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれたゴーレムが四体配備されている。

 外見こそ単なる鉄の動像(アイアンゴーレム)だが、中身というか種類そのものが異なりそれなりに高位のゴーレムである。

 店内に並ぶことになる商品は全てここに運ばれるため、一番気をつけている。

 

(マジックアイテムは勿体ないから本当は常時魔法を張っていて貰った方が安上がりなんだけど、誰かに見られたらマズいからなぁ)

 数に限りのあるマジックアイテムを使用するのではなく、例えばアインズが生み出した高位のアンデッドを常に交代で防御魔法を発動させていれば経費節約になる。

 しかし客や商人にこの場所を見られる可能性を考慮し、仕方なくマジックアイテムの使用を許可したのだ。

 現在はまだ商品を入れていないため空の棚が等間隔で並んでいる。

 アウラとマーレ──基本的にはアウラが話し、マーレはそれを補足する形であったが──の説明を聞きながら、各部屋を回る。

 アインズの指示通りナザリックの者だけでなく、例のセバスが面倒を見ている元娼婦達も使用することを考え、むしろ彼女らが使い易い作りとなっていた。

 

 

「最後にここが店内です。と言っても商品はあまり並べられないので、カタログを作り訪れた客に見せて欲しい商品を選ばせることになります。武器や防具の試着や試し切り等は別の部屋を用意させています」

 基本的にサイズの大きい者が多いナザリックの者達が裏で行動しやすいように、店舗の裏側を広く取り、客が出入りする店内は通常の店舗に比べ小さめで商品自体も殆ど並べられていない。

 

「素晴らしい出来だ。魔法対策も完璧だな。良くやった二人とも」

 最後に案内された客が入ることになる店内の内装を見ながらアインズは満足そうに頷いた。

 

「ありがとうございます! アインズ様」

 

「あ、ありがとうございます」

 二人の姉弟の頭を同時に撫でてやると、二人は嬉しそうに目を瞑り、それを享受する。

 そうやって頭を撫でながらアインズは改めて周囲の内装を観察する。

 内装の装飾品や壁面の色や材質には一般メイド達も係わっていた。

 常日頃アインズの服装を選ぶセンスを見ると少し不安だったのだが、この内装はそれなりに素晴らしいものに見えた。

 店内の内装は基本的にはナザリック内の装飾品や物質は使わず全て現地にあるものを選んで飾り付けている。

 なんとかナザリックに似せようとして努力した結果、この世界の水準としては十分な出来となったようだ。

 

「アウラ、マーレ。お前達から見て、この内装はどうだ?」

「……えーっと」

 言葉に困ったようなマーレとは対照的に、アウラは唇を尖らせて不満そうな顔をしながら言った。

 

「正直言ってナザリックとは比べものになりませんよ。アインズ様、装飾品はやっぱりナザリックから持って来た方が良かったんじゃないでしょうか」

 

「お、お姉ちゃん。それじゃあ、ナザリックのことがここの人に知られるかもしれないから駄目ってアインズ様が仰っていたよ」

 

「そうだけど。ここはアインズ様が滞在される場所なのよ! もっと豪華で、美しくて、格好いい場所じゃないと」

 以前のログハウスの時もそうだが、アウラは内装や飾りに妙に拘るところがある。

 少年のような格好をしてはいるが、やはり女の子ということなのだろう。

 

「前にも言っただろう。お前達が作り、メイド達が飾り付けたこの場所は私にとってはナザリックにも匹敵する」

 

「それは──わかりました」

 やはり納得はしていないようだが、これ以上アインズが言えることはない。

 この気まずい空気を何とかしようと考えを巡らせていると不意にマーレが口を開いた。

 

「あ、あの。アインズ様一つお聞きしたいことがあるのですが」

 

「ん。なんだ?」

 渡りに船、とばかりにアインズはマーレに目を向け話に乗る。

 

「お、お姉ちゃんから聞いたのですが、既にゴーレムを人間に売った、とのことでしたが」

 

(バルドのことか。そう言えば商談後出てきたアウラとシャルティアが妙に元気が無かったが何かあったのだろうか)

「うむ。いくつか狙いがあってな。店舗開店前にしておく必要があったのだよ」

 

「は、はい。理由はセバスさんから聞きました。で、ですがその、人間の商人がどうして直ぐに商談を決めた理由がよく解らなくて……お、教えていただけませんか」

 

「なによ、マーレ。妙にやる気あるじゃない……あ! アンタもしかして、抜け駆けする気!? シャルティアみたいにアインズ様に付いていこうって言うんでしょ!」

 

「ち、違うよ。勉強してもっとアインズ様のお役に立ちたいだけだよ。それは、そうなったら嬉しいけど」

 もじもじとスカートの裾を掴みながら身を捩らせているマーレとそのマーレを睨みつけながら顔を近づけているアウラ。

 

「やっぱり! アインズ様、あたし、あたしにも教えてください。あの時見ていたんですがよく解らなくて」

 

「う、うむ。二人とも落ち着くが良い。教えるのは構わんが、今回の人員は既に決まっているシャルティア、セバス、ソリュシャンの三名だけだ。これ以上増やすのは得策ではない」

 

「そ、そうですよね。申し訳ございません」

 シュンと花が萎れるように目に見えて落ち込んでしまったマーレにアインズは慌てた。

 と言ってもその慌ては直ぐに鎮静化したが、それでも残った気まずさを誤魔化すように顔を持ち上げると天井を見上げた。

 

「しかし、それはこの国での話だ。この国に絶大な影響力を手にした後は別の国にも出向くことになるだろう。その際は二人を供とすることも一考しよう」

 

「ほ──」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 マーレが口を開く前にアウラが全開の笑顔をアインズに向けて言う。

 出遅れたマーレは一瞬責めるように姉を見たがアウラはそれには気づかず、にこにこと嬉しそうにしている。

 マーレもまた直ぐに気を取り直したようで、はにかむように笑い喜びを隠せずにいた。

 

「さ、さて。バルド……商談相手が何故我々との取引を即座に受け入れたか、だったな。二人はどう思う?」

 実のところアインズも当初はその理由は良く解らなかったのだが、あの後実際に値段を確認し取引に関する書類を纏め終えゴーレムを渡す時に向こうから嬉しそうに理由を語ってきていたので、その理由を知ることが出来た。

 しかし直ぐに教えたのでは、二人の成長に繋がらないだろうとこうして聞いてみることにしたのだ。

 二人はうーん。と口に出しながらしばらく考えていたが、やがて先ずマーレが自信なさそうに言う。

 

「な、ナザリックの商品が素晴らしいから、ですか?」

 

「うむ、それもある。が、それは一面でしかない」

 

「じゃあアインズ様の御威光に感銘を受けてアインズ様の下僕になりたいから、とかでしょうか!」

 

「いや、それは。んん、近いとも言えるが重要なのはこの国で一番先に我々と取引をしたということなのだよ」

 説明を始めながら不意にバルドの顔が過ぎる。

 あの商談を経てバルドはアインズのことをどう思っただろうか。

 アインズとしては世俗に疎い魔法詠唱者(マジック・キャスター)のため、セバスに商談を丸投げし、今後取り引きする時にもセバスを窓口にした方が良いとバルドに思わせるようにしたかったのだが、セバスがいちいち主は自分など足下にも及ばない知恵者だという態度を取り続けていたので、世間知らずなのは擬態と思われたかもしれない。

 そうなると今後もアインズに近づいてくる可能性があり、色々と面倒になりそうなのだが、今は考えないでおこう。

 

「アインズ様?」

 つい思考に耽ってしまったアインズを不思議に思ったのだろう。アウラが首を傾げこちらを見ていた。

 誤魔化すために一つ咳払いをしてからアインズは子供にも解るようにと丁寧に説明を始める。

 

「我々のゴーレムによって、今後王国の働き方が変わるとバルドは睨んだのだよ」

 

「働き方、ですか?」

 ピンと来ていない様子のアウラにアインズはうむ。と頷いてから続ける。

 

「今後王国では各地の村で私たちのゴーレムを活用するようになるだろう。するとどうなる?」

 

「人間達が楽を出来るようになる、ですか?」

 

「その通り。とはいえしばらくは苦しい生活をしているのが、マシになる程度だろうがな。元々ゴーレムを使用して一番楽になるのは開墾や建築、道路の整備などだ」

 

「はい。ログハウスを造るときもそうしたところに使いました」

 

「ゴーレムをその様に使用する者が少なければ、その者達が得をするだけだが、我々は安価で大量にゴーレムを量産出来る。その噂が広まれば村人だけでなく、やがては皆こぞってゴーレムを借りに来るだろう。つまりゴーレムを使った働き方が当たり前になるということだ」

 金を儲けるだけならば、ゴーレムは我々で独占した方が良い。しかし国力の低下した王国では優先すべきは低下した国力をナザリックの力で戻すこと。

 そのためにゴーレムを誰でも借りられるような値段設定にしたのだ。

 

「そうなると、ど、どうなるのでしょう」

 

「値下げが始まるということだ。誰でも出来るのだから、今までと同額の人件費を請求されたら、依頼した者は別のゴーレムを使っている者に仕事を頼む。それは困るので人件費を下げて安い金額で仕事を請け負う。後は持っているゴーレムの数でどの程度まで価格を下げられるかが決まり、やがて全体的な相場が決まり出すだろう」

 結果としてこれまで人力でその手の仕事をしていた者達は職を失うことになりかねないがそんなことはアインズの知ったことではない。

 

「よく解りませんが……それはナザリックにとって良いことなんですか?」

 アウラの疑問にアインズは頷く。

 

「ナザリックにとっては問題はない。何しろ我々はゴーレムを貸すだけで金が入ってくるのだ、価格競争をするのは借りた人間達だ。我々には関係ない、もっともやりすぎては逆に国力の低下を招きかねないのでゴーレムの数はこちらで計算しながら放出する事になるがな」

(計算するのはアルベドとデミウルゴスだけどな!)

 尊敬の眼差しでこちらを見つめる二人にアインズは気まずくなって再度天井を仰いだ後、話を続ける。

 

「さて。ではバルドはどうやって儲けようとしているのか。これは一番先というところが関係している。正確にはゴーレム普及前ということだな」

 

「あ、なるほど。そういうことですか!」

 ポンと手を叩きアウラが表情を輝かせる。

 

「お、お姉ちゃん解ったの?」

 

「ほう。ではアウラ、説明してみよ」

 アウラはあまり頭脳労働に向いていないと思っていたが、よく考えてみればゴーレムの案もシャルティアはアウラのアドバイスで閃いたと言っていた。

 やはり思いこみは危険だな。とアインズはアウラにも別種の仕事を与えるべきか検討しながら話を聞く。

 

「はい! つまりそのバルド? でしたか、その人間は価格競争が起こって値段が下がる前にゴーレムを使って多数の仕事を請け負うことで儲けようとしているのです」

 

「な、なるほどー。で、でもお姉ちゃん値段が下がった後はどうするの? ゴーレムが無駄になっちゃうんじゃ」

 

「あ、いや、それは……アインズ様!」

 

「うむ。惜しいところまで行ったが、そもそもこれはバルドの情報を知らねば解らないことだから仕方ないな。良くやったアウラ」

 再度アウラの頭を撫でる。

 アウラはえへへと嬉しそうに笑いながら目を瞑りそれを受け止める。

 

「むぅ」

 小さな不満の声が聞こえたが、これは一応褒美という形なので無条件にマーレにも行うわけにも行かない。

 聞こえない振りをして話を続ける。

 

「バルドは先ず我々から借り受けたゴーレムを使用しての例えば倉庫の建築やエ・ランテル城壁の補修などの工事を請け負うのだろう。もちろん自分達が直接ではなく別の建築を専門で行っている商会にゴーレムを貸すという方法を取るのかもしれんが」

 基本的に商会はそれぞれ自分達の商っているものごとに違う組合に属している。

 マジックアイテムやゴーレム、巻物(スクロール)などは魔術師組合、水薬(ポーション)や薬草などは薬師組合といった形だ。

 別の組合が管理している仕事を大々的に奪うような真似をすればバルドの立場が悪くなる。

 しかし建築を管理している組合に人足代わりにゴーレムを貸し出すと言えば皆食いついてくるはずだ。

 

「バルドはそうして短期間のうちに大儲けをするつもりなのだろう。元々村人でも借りられる安い価格設定のため、バルドが我々に払った金額は直ぐに取り戻すことが出来、その後ゴーレムは自分が契約している村々に規定の金額で貸し出せばその後も儲けが入ってくる。なおかつゴーレムの出所を知っているのはバルドだけ。エ・ランテルで新たにゴーレムを借りたい者は全てバルドを通さねばならず、奴はあの都市で更に強い権力を持つことになる。とまあ、奴が考えているのはこんなところだろう」

 途中からは自分の推論も混ざり、段々と得意になってしまい長々と説明をしていたアインズだが、不意に我に返り二人がついてこれているか心配になって二人を見やった。

 二人とも眉を寄せむむむ。と唸っていた。

 

(しまった。ベラベラと語りすぎた。デミウルゴスとかには探り探り話す必要があるせいでこんなに自分の考えを語れるのは久しぶりだったからな)

 

「あの、アインズ様」

 

「んん。なんだアウラ、難しかったか? ならばもう少し砕いて」

 

「いえ! なんとか理解は出来ました。ですがそれですと、その人間ばっかりが得をしてナザリックの利益は少ないように思うのですが……」

 

「ほ、僕もそう思います。なんかその人間がアインズ様をその、利用しているような感じがして」

 二人の台詞にアインズは驚く。

 二人がアインズの拙く長い説明を一度聞いただけで内容を理解したこと。加えてその問題点まで見つけだしたことにだ。

 NPC達の成長を願い促したのはアインズだがそれにしても早すぎる。ついこの間まではアインズの──正確にはアインズが話を振って説明させたデミウルゴス──の作戦を聞いても内容は理解出来ず、アインズに任せておけば大丈夫。というような態度を取っていたこの双子がしっかりと自分で考え、理解し疑問を口にする。

 その成長は目覚ましく、同時にアインズは少しばかり怖くなる。

 今に二人とも完全にアインズを追い抜かしてしまうのではないかと。

 それはアインズが願ったことではあるが、ある種癒しになっていたこの双子相手でも会話に気が抜けなくなる日が直ぐ近くまで迫っているようだ。

 

「アインズ様?」

 

「ん。いや何でもない。二人の疑問はもっともだが今回に関してはその心配は不要だ。ようはこう考えれば良い。バルドは我々の下請けとして働き、我々の名声を広めるために活動してくれるのだと。奴の権力とコネを使えば我々の名は直ぐに広まる。私たちは今後王都近郊に名を広めるために活動するからエ・ランテルまでは手が回らんからな」

 

「なるほどー。流石はアインズ様です、ではその人間はアインズ様を利用しているつもりで実際はアインズ様に利用されて働かされている。と」

 正確には利用するしないではなく、あくまでどちらにも利益がある対等な取引のはずだが、それを口にしてもアウラは納得しないだろう。

 他のNPCたち同様、ナザリックこそ至高であるという考え方なのだ。

 

(やはり交渉の際には基本的にセバスかあの人間達を連れていった方が良さそうだ)

 NPC達では自分達が下手に出ることも出来ないだろうが、それ以上にアインズが下手に出て話をする光景を見せるのも危険な気がする。

 それで相手が調子に乗ってアインズに何かしようものならその場で殺しにかかりそうだ。

 もっともアインズとてこの名を背負っている以上は必要以上に下手に出てやるつもりはないのだが。

 

「そういうことだ。では確認はこれで完了だな。アウラ、<伝言(メッセージ)>をシャルティアに繋げよ。変更は無し、予定通りにことを進めよ。と」

 

「はい! わかりました」

 元気の良い返事の後<伝言(メッセージ)>を発動させるアウラ、その横でマーレは相変わらずオドオドとしたままアインズを見上げている。

 

「ん? どうかしたかマーレ」

 

「あ、あの。もう一つお聞きしたいのですが」

 

「む?」

 続きを促すとマーレはコクリと小さく頷いた後口を開く。

 

「本日は王都で最後の仕上げを行うと聞いていますが、ぐ、具体的にはなにをするんですか?」

 シャルティアと会話をしながらアウラもまた、ぶんぶんと大きく首を縦に振っていた。

 そう言えば今回の作戦は運営チームの会議で決定したものであるため、その枠から外れている二人には知らせていなかった。

 

「なに単純な話だ。この店に荷物を運ぶため、私が一度外に出て荷とともに王都に入り口から入り直す。ただそれだけだ」

 

「そ、それが仕上げ、なんですか?」

 

「うむ。要するにデモンストレーションだ。セバスがこの都市で知り合った商人達や組合連中に開店する旨を伝えてはいるが、極一部だけだ。故に人が多く存在する時間を狙い我々の商品を見せながらこの場所に向かう。それだけで十分な宣伝となるだろう?」

 つらつらと今後の予定と狙いについて話をする。

 これも考えたのはアインズではなくソリュシャンなのだが。

 

「な、なるほど。人間達にナザリックの威光を見せつけるのですね」

 

「そう言うことだ。出来れば一般人だけではなくお偉方、貴族や王族まで話がいけば申し分ないが、そればかりはやってみないとな」

 

「流石ですアインズ様!」

 いつの間にか<伝言(メッセージ)>が終わったらしいアウラも一緒になってアインズを褒め称えるがやはり自分が発案したものでないので少々心苦しい。

 

「うむ。それでアウラ、シャルティアの準備は万全だな?」

 

「はい。問題なくいつでも<転移門(ゲート)>を繋げられるとのことです。セバスも所定の場所に待機済みで後はアインズ様のご命令一つで行動を開始出来るとのことでした」

 

「よし。では早速取りかかるか、マーレは済まないがここで待っていてくれ。不測の事態に備えてアウラは私とともに。ギガント・バジリスクの登録も同時にすることになるからな」

 ユグドラシル金貨を使用して召喚した傭兵モンスターが勝手に暴れることなどあり得ないが、何事も不測の事態は存在する。

 なにより貴重なユグドラシル金貨を使用したのだ。召喚したモンスターは死亡したらそれまでなので、そんな事態になって欲しくはない。ビーストテイマーとして優秀なアウラが側にいれば何かあっても対応出来るだろう。

 

「畏まりました!」

「畏まりました……」

 はっきりと明暗の分かれた返答を前にアインズは暗の側、マーレに対し少々申し訳ない気持ちになる。

 トブの大森林内に避難所の作成やこの店舗の建設など、アウラには色々と仕事を頼んでいるが、マーレにはナザリックの隠匿後はアウラの手伝いをさせるくらいでこれといった仕事を与えていない。

 精神的に完成した大人として作成された者たちならばそうした扱いにも感情を抑えることが出来る──一部出来ない者もいるが──が、マーレはまだ子供、寂しさを感じているのだろう。

 只でさえ下がった耳が更に落ち、何故か──現在はなにも嵌められていない──左手の薬指をさすっている。

 

(何か言ってやりたいが、それをすると今度はアウラの方が落ち込みかねないしなぁ。やはり次の店舗ではマーレを優先して連れていくことを考えておくか)

 結局アインズはこれといった気の利いたセリフを思いつけず、気まずい雰囲気のまま、アウラを連れて待ち合わせ場所として決められていた場所に転移した。

 

 

「お待ちしておりました。アインズ様」

 相変わらず手本のような見事なお辞儀で、セバスがアインズを出迎えた。

 その横には先に移動していたシャルティアも同様にお辞儀して待機していた。

 

「二人とも出迎えご苦労。面を上げよ」

 

「はっ!」

 二人の背後にはそれなりに豪華な作りの荷台を繋いだギガント・バジリスクが一体、そしてその背後にずらりとゴーレムが立ち並び、その全員がアインズに向かって礼をとっていた。

 アインズを出迎えるためにわざわざ並べなおしたのかと思うと、少々無駄なことをしていると思ってしまうが、これも彼らの忠誠心によるものだ。

 余計なことは言うまい。とアインズは周囲を見回した。

 周辺からは人の気配もモンスターの鳴き声も聞こえない。当然だ、中世に近いこの世界はまだまだ発展が不十分で、都市部よりも森の方が遙かに多い。そして森の中には基本的には誰も立ち入らない。

 薬草の採取などの理由があれば別だが、そうでなければ冒険者とてわざわざ危険を冒して森の中に入る連中はいない。

 当然この場所もそうした深い森の中に作られた場所であり、王都に出入りする際の中継地点としてアウラが作り上げた場所だ。

 

「作戦は頭に入っているな? セバス、本来ならば執事のお前に御者の真似事をさせるのは心苦しいが頼むぞ」

 そもそもアインズは執事の仕事がどんなものなのか物語の中でしか知らないが、馬──今回の場合モンスターだが──を操る御者という職業がある以上、それを執事にさせるのは良くないのではと思ったのだが、他に任せられる者がいなかったのだ。

 もっともソリュシャンと王都で情報収集に向かわせたときも途中から御者はセバスが務めたらしいので今更ではあるのだが。

 

「なにを仰います。アインズ様のお側に控えご命令に従うことこそ私の本懐、お任せください」

 

「よし。魔獣もゴーレムもこの世界においては強大な力だ。入るための審査には時間がかかるだろう。その間王都の者共に舐められないためにはお前が威厳を見せることが必要だ」

 

「畏まりました。アインズ様に恥をかかせるようなことは決していたしません」

 

「うむ。ではシャルティア、そしてアウラ。お前たちは私とともに馬車に乗り込め」

 

「畏まりました」

「承知しんした」

 いつもと変わりないセバスとは対照的に、シャルティアは少々緊張しているように見える。

 なんだかんだで一時的な外出はこなしているが、きちんとした仕事として外に出るのは初めて──以前の記憶を失っているため──なのだから仕方ない。

 

「後ほど透明化の魔法をかける。場合によっては兵士によって中を覗かれるだろうがその際は二人とも声を上げないように。アウラは魔獣に何かあれば対応せよ」

 

「わかりました! アインズ様」

 全員の役割を確認した後、アインズは満足げに頷くと、事前に登録していた服装に交換する。

 いつもよりは目立たないがそれなりに高級感のある黒いローブに加え、嫉妬マスクとガントレットとローブ以外はカルネ村に現れた時と同じ格好だ。

 

「よし。行くぞ、我々……魔導王の宝石箱の威を示す!」

 ローブを大げさにはためかせて歩き出すアインズの背に三人の揃った返事が響いた。 




この後一二個片付けなくてはならないので問題をクリアしたら、ようやく開店です
今年中に開店まで行ければいいんですが、どうなるかはまだ分かりません、気長にお待ちください


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第15話 再会

店舗開店前の最後のイベント開始
ここが終わったらようやく開店になりますが
まだ何話か掛かりそうです


 王都に入るための入り口はエ・ランテルとそう変わりはないように思えた。

 最初に訪れた際も思ったが、王都というだけあってさぞかし賑やかで立派な建物が建ち並んでいるのだろうと勝手に考えていたが実際はエ・ランテルと大きな差はない。

 建物は古く無骨なものばかりで華やかさが無く、道路も舗装されていない場所が多々あり、道幅も広くは無い。

 アインズの抱いていた美しい城下町の幻想はすぐに消し飛んだ。

 

 しかしそれでも本通りだけは立派な建物が軒を連ね、道路も舗装されていて人々には活気が満ちている。

 アインズ達が今いるのはそんな本通りに繋がる門に設置された検問所だった。

 

 もう長いことここで足止めを食らっている。

 先ほどからセバスが兵士となにやら話をしている声が微かに聞こえてくるが流石に会話内容までは分からない。

 時々震えたような兵士の悲鳴が聞こえたが、それは決まって馬代わりになって馬車を引いているギガント・バジリスクが低い呼吸のような鳴き声をあげる時だ。

 

「やはりギガント・バジリスクでも強すぎたか。あるいは後ろ盾がないせいか?」

 人間達にとってはギガント・バジリスクもハムスケも強大な魔獣という点では大差がないはずだ。

 しかし初めてハムスケに乗ってエ・ランテルに訪れた際には検問所はすんなり通ることが出来た。

 

 それはモモンが冒険者組合に属していたからだ。

 仮にあの後何かあってもそれは冒険者組合が責任を負うことになる。だから魔獣の登録はエ・ランテルの自治体にではなく、冒険者組合に登録する事になるのだ。

 組合に属するとはそういうことで、要は身元の保証をしてくれるということだ。

 しかしアインズは王都では敢えてどこの組合にも属していない。

 それは冒険者組合や魔術師組合だけではなく、商業組合にもだ。

 所属する際に掛かる加入金を節約するのがその理由だ。

 もっともアインズとしては経費節約なんて恥ずかしいので対外的には別の理由を考えているのだが。

 

「後ろ盾がなければ都市には入れないのでありんしょうか?」

 アウラとの激しいジャンケンの結果、アインズの隣の席を勝ち取ったシャルティアがアインズに体をすり付けるようにしながら話しかけてくる。

 二人とも透明化の魔法をかけているので姿は見えないがシャルティアの声は上機嫌そのもので、なんならもうしばらく中に入れなくてもいいと言わんばかりだ。

 

「入れないことはないが手続きが面倒だということだ。本来組合に属していればその組合の証明書を見せればそれで済む。何かあった時は組合が責任を取ることになるからな」

 

「しかしアインズ様。それではその組合? とやらは損ばかりしているような気がしんすが、どういう見返りがありんしょうかぇ」

 シャルティアの質問にアインズは一つ頷き答えた。

 

「うむ。良い質問だ。組合とは要するに登録した者たち皆の生活の保護や仕事の安定化をはかり、相互協力を行うための組織だ」

 

「相互協力、でありんすか?」

 例えば冒険者組合であれば、組合がモンスター退治の難度や額を決定し、事前に調査を行う。その報告を元に冒険者はモンスターを退治する。

 この事前調査が組合の仕事であり、その分の費用が組合に抜かれる。

 しかし組合を通さず依頼を受ければ当然その調査や難度の決定、依頼人との交渉は自分で行わなくてはならない。

 こう考えると強ささえあれば、わざわざ冒険者組合に属する必要はなく、実際にそうした活動をするワーカーと呼ばれる者達がいると聞いたことがある。

 そんなことを思い出しながらアインズはシャルティアに答えた。

 

「その通りだ、細かな説明は省くがつまりは同じ業種の者たちが集まって皆に仕事を振り分け、みんなで儲けるのが基本的な考え方のようだな。もちろん商会ごとの規模や職人の腕により差は出るが、徒弟制度を取り最低でも一番身分の低い弟子が食っていける程度の儲けは出す。代わりに誰かが富を独り占めするようなことは出来にくいように監視し合う意味も含まれる」

 

「ではわたしたちがその組合に入らないと、目を付けられるのでは?」

 

「当然そうなるだろうな。しかし組合の奴らが出来る程度の妨害で我々が困ると思うか?」

 商業系の組合は冒険者組合とは少々異なる。

 例えば誰かが無理に金額を安く設定し一人で多数の仕事を請け負うとどうなるか、当然他の者たちに仕事が回らず暮らして行くのが困難になる。

 それでは他の者が困るので彼らはそうならないように手を打つ。

 そうした事を行なった者に対し必要な物資を流さないことや、運搬ルートを独占し使わせないようにすることなどだ。

 普通はそうなっては仕事にならないので結果として誰も抜け駆けすることなく組合そのものをみんなで大きくしようとする方向に舵が切られるのである。

 

「わたしたちは全て自らで生産、販売、運搬出来る以上、組合に属する必要が無いということでありんすね!」

 

(俺が必死になって考えた理由を、あのシャルティアがこんなにあっさり理解するとは。アウラやマーレといい、やはりNPC達と俺とじゃ基本スペックが違いすぎないか?)

 そんな動揺を隠しながらアインズはシャルティアの言葉を肯定する。

 

「それを禁止する法律もない。想定していないだけかもしれんがな。ようは本当に力がある者ならば他者と足並みを揃える必要など無い。弱者が強者に奪われるのは当然……」

 

「その通りでありんす! アインズ様こそが至高なる強者、人間どもなど全てアインズ様に蹂躙される為にこそ存在している。それは商売においてもまた同様ということでありんすね」

 それは自分達にも適応されるから油断するなよ。というようなことを続けようとしたアインズの言葉を遮り──本人にそのつもりはなかっただろうが──シャルティアはうっとりと瞳を蕩けさせる。

 心底アインズの言葉に心酔している様子のシャルティアにアインズもそれ以上続けることが出来ず、うむ。と頷くだけに留めて話を変えることにした。

 

「しかし長いな。セバスがこちらに意見を求めないということは順調に進んでいるとは思うが」

 仮に魔獣が危険すぎるので立ち入り禁止などと言われたのならばセバスが声をかけてくるはずだ。

 それが無い以上は入ることは問題はないが、なにかしらの保険や保証を求められているといったところだろうか。

 

「アインズ様、あたしが見てきましょうか?」

 透明化しているアウラが小さな声で尋ねてくる。

 

「あらアウラ。わたしとアインズ様の邪魔にならないように、この場から消えるなんて殊勝な心がけでありんすねぇ」

 

「はぁ? アンタの為じゃないんですけどー」

 

「よせ二人とも。そう慌てる必要もあるまい。問題があればセバスの方から言ってくるだろう」

 剣呑な雰囲気になりかけた二人を諫める。

 こういうところはまだまだ子供らしく微笑ましいのだが。

 最近、デミウルゴスやアルベド以外と会話をしている時も気が抜けず精神的な消耗が激しくなった気がする。

 

(まあ、みんなに任せられることが増えて俺の仕事が減ればそれはそれでありがたいのだが)

 しかし上に立つ者だけが負わなければならない責務も確かに存在する。

 全てを部下任せにすることなど出来ない以上アインズ自身も今後成長していかなければならないのだ。

 

「アインズ様。宜しいでしょうか?」

 ノック音の後セバスの声が聞こえる。

 アインズが許可を出すと馬車の扉が開きセバスが顔を出した。

 

「どうかしたか?」

 

「はっ。王都内に魔獣、そしてゴーレムを入れるために、魔法詠唱者(マジック・キャスター)による調査を行いたいとのことなのですが、いかが致しましょうか」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の調査と聞いてピンと来た。以前エ・ランテルの検問所でも似たようなことがあった、あの時は調べられたのはアインズではなくカルネ村の娘で、結果ゴブリンの角笛が見つかり大事になってしまっていた。

 

 この世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が使える程度の探知魔法ならばアインズ達の持つアイテムの詳細は分からないだろうが逆にそれが問題だ。

 正体不明のマジックアイテムを多数持ち込もうとしているなどと疑われたら更に面倒なことになる。

 探知阻害のアイテムを使おうにもそれらを無視して探知を行えるタレントが存在する可能性もある以上は避けたいところだ。

 

「セバス。兵士に相談すると告げ一度中に入れ」

 

「畏まりました」

 少し時間をおいて中に入ってきたセバスを含め全員に告げる。

 

「我々の持っているユグドラシル由来のアイテムは一時的に隠した方が良さそうだな」

 バルドと商談するためにエ・ランテルに入ったときはモモンがいたため調べられることなくすんなり中に入れたが、今回はそうはいかない。

 ならばこうするしかないだろう。

 

「恐れながらアインズ様、それでは御身に危険が迫った際に万全な対応が取りかねます」

 セバスの言にも一理ある。

 以前シャルティアを襲った世界級(ワールド)アイテムを持つ謎の敵勢力のこともある。

 ここを問題なく通り抜けられるだけの装備品となると、かなり能力を落とさなくてはならない。

 まさか都市部でいきなり襲いかかってくることなどないとは思うが、そのまさかという油断こそ大敵なのだ。

 しかし他に良いアイデアも浮かばない。

 いっそこのまま調べさせて強大すぎる力を見せつけてやるのも宣伝になるかも知れないが。

 

(うーん。どうしたものか。あまり時間をかけすぎても不審がられるし……)

 いつものように出たとこ勝負でいくしかない。と決断しかけたその時、聞いた覚えのある声が外から聞こえた。

 

「リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。何か問題があったのか? っ!」

 その声の主は言葉尻の部分で何かに気づいたような緊迫した声を出した。

 ギガント・バジリスクを確認したのだろう。

 そしてその名を聞き、アインズはマスクの中で笑みを浮かべた。

 

「運が良い──セバス、私が出る。扉を開けよ」

 アインズの命にセバスは異論を挟まず、即座にそれを実行した。

 開け放たれた扉からアインズはゆっくりと威厳を見せながら外に出る。

 やや離れた場所に立っていた先ほどまでセバスが対応していたとおぼしき兵士と、その横にはやはり見覚えのある顔が一つ。

 以前会った時のように鎧を纏ってはおらず、それなりに身綺麗ではあるが貴族の者たちの私服とは違う質素な装い、しかしその腰には市井の者には不釣り合いの太い剣が刺してある。

 

「これはこれは。お久しぶりですね。戦士長殿」

 

「ゴウン殿、か?」

 アインズの姿を確認した途端、ガゼフは目を見開くがすぐに訝しげなものへと変化する。

 

(なんだ? 名前は覚えられているようだが、何をそんなに不思議がっている?)

「その通りですが、何かありましたか?」

 

「……いや、声が違うようだが、本当にゴウン殿なのか?」

 

(しまった! 今俺は口唇蟲を付けてたいたんだ、忘れていた。どうする、口唇蟲を外すか? しかしあの声はモモンの声、もしガゼフがモモンと会うことがあればバレてしまう、いや。そうか!)

 

「ああ。これは失礼。これが私の本来の声でしてね。あの時は魔法で声を変えていたのですよ。何しろ人前に出るのが久しかったもので、用心のため知り合いの声を借りていたのです」

 

「用心、なるほど貴殿らしい。魔法とはそのような使い方も出来るのか」

 あっさりと信用するガゼフにむしろアインズの方が何か裏があるのではと疑ってしまうが、ガゼフはもう気にした様子もなく、兵士の元を離れてこちらに近づいてくる。

 

「後ほど訪ねようかと考えていたところです。ご壮健のようでなにより」

 

「ゴウン殿も。しかしなぜゴウン殿が王都に──」

 そう言いながらギガント・バジリスクの横を通る際にもチラリと目を移しただけで、怯えや恐怖を見せないのは流石戦士長と言ったところだろうか。

 恐らく単体で戦えばガゼフでも互角かそれ以上の相手のはずだが。

 

「あ、あの戦士長様。お知り合いですか?」

 歓談を開始しようと矢先に、恐る恐るガゼフを追って近づいてきた兵士が声をかける。

 自分より上の立場にいる戦士長を前にしてもきちんと自分の仕事を全うしようとする兵士にアインズは僅かに感心し、ガゼフを見た。

 

「ああ。私の──恩人と言えばいいか、以前世話になった方だ……それでゴウン殿」

 

「いや、実はこの度王国で商売を始めようと思いまして。店舗に関しては先に送り出した者たちに準備は進めさせていたのですが、何分急ぎで来たため組合等に入らないまま商品を運んできてしまったものでね」

 ちらりと後ろにいるゴーレムを眺めるとガゼフも一緒になって目を動かし、なるほどと言うように頷いた。

 

「そうなのか?」

 

「はっ。何分、ギガント・バジリスクにゴーレム五十体と言う数ですので、流石にそのまま中に入れることは出来ず、現在商品と皆様の身体調査をさせて頂けるよう、お願いしていたところなのですが……」

 

「なるほど」

 ガゼフがアインズをチラリと見る。

 眉間に皺を寄せしばらく何か考えていたようだが、やがて兵士に近づくと小さな声で告げた。

 

「彼の身元は私が保証する。問題があるのは分かっているが、出来れば魔法による調査など行わず通してもらえないか?」

 よし。とアインズは心の中で叫んだ。

 この展開を望んでこの場に姿を見せたのだ。

 

「しかし。ギガント・バジリスクは伝説とまで言われる魔獣。その力は一体で都市を滅ぼしたとも聞きます。それをそのまま中に入れるのは──」

 

「では私が共に中に入り、先導しよう。何かあれば私が対処する。ゴウン殿、宜しいか?」

 

「無論です。私が完全に支配している故、暴れることなどありませんがその時はどうぞ容赦なく切り捨てて頂いて結構。私も協力しましょう」

 

「そういうことでしたら。後は規定の税を納めて頂ければ問題ありません」

 

「そうか。無理を言ってすまない、感謝する。ではゴウン殿、手続きを」

 

「セバス。手続きを済ませよ。私は戦士長と話をする」

 

「畏まりました」

 セバスと兵士がその場を離れていくところを見届けた後、アインズとガゼフは再び向かい合った。

 

「本当に久しぶりだゴウン殿。その節は大変世話になった。すまないな、あの件は王国でも知る者は少ないためハッキリと言うことは出来んのだ」

 

「いえいえ。構いませんよ。実のところ私も困っていたところでね。調べられて困るような物は持っていないが魔法詠唱者(マジック・キャスター)に調べられると大騒ぎになりかねない」

 

「ゴウン殿の持ち物であればそうであろうな。一応確認させて頂きたいのだが、本当に危険なものは所持していないのだな?」

 ガゼフの目が僅かに鋭くなる。

 

「勿論です。ただ敢えて言うのならば私の持つアイテムは大抵が使いようによっては危険な代物ですが、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけてこの王都で騒ぎは起こさないと誓いましょう。戦士長の顔を潰すような真似はしませんよ」

 

「ならば良かった。私の立場がなどと言うつもりはないが、私の失態は王のご迷惑にもなりかねないのでな」

 ガゼフの言葉にアインズは多少動揺した。

 自分の置かれている状況を隠すこともなくまっすぐに口にしたことに驚いたのだ。

 それはいわば自身の弱点ともなることだ。普通は思っていても口にはせず隠しておこうとするはずだが、それほどアインズのことを信用しているか、それとも隠し事が出来ないだけなのか。

 

「しかし驚いた。ゴウン殿が商売とは」

 

「私もあの後、王国の村をいくつか回りましてね。そろそろ私の研究の成果を広めて回るのも良いかと考えたのですよ」

 

「そうか。貴殿の品ならばきっと素晴らしい物なのだろう。ところでゴウン殿、そろそろ敬語は止してくれないか? 命の恩人にそのような態度を取られるのはな」

 

「戦士長がそう言うのであれば、私は構わないが」

 

「是非そうしてくれ。それに戦士長も止めて欲しい。ガゼフと呼んでくれ」

 

「ではガゼフ殿、私のこともアインズで構わない」

 背後の馬車から一瞬何かの気配を感じたが気にしないでおく。それはガゼフもまた同様だったらしく一度馬車に目をやったがそれ以上は何も言わなかった。

 

「ではアインズ殿。改めてよろしく頼む」

 差し出された手を、アインズは握り返す。

 ガントレットをしたままなのでハッキリとした感覚は分からなかったが、その手から強い信頼感のような物が感じられた気がした。

 

 

 

 王都の本通りを歩くアインズ達一行に数多の視線が浴びせられていた。

 町の人間達は一目見ただけでざわめき、驚きや賞賛、恐怖、そして強大なものを見たという憧れにも似た声がそこかしこから聞こえてくる。

 

(ハムスケに乗ってエ・ランテルを歩いたときもこんな感じだったな。ここの方が人は多いからもっとスゴいけど)

 この程度の魔獣やゴーレム程度でとの気持ちがないわけでもないが、あの時とは異なり羞恥心は感じることなく、むしろ多少なりとも誇らしい気持ちになる。

 

 しかも王国戦士長であるガゼフが馬車の隣を歩いているのだから注目度は更に増している。

 ガゼフは休日だったらしく、その為服装も私服だったようだ。それでも有名人であるガゼフがいるだけで人々は安心感を得ているらしい。

 危険な魔獣がいるがガゼフ戦士長がいるから大丈夫なのだろう。と安心してこちらを見ていられるというわけだ。

 

「しかしアインズ殿は以前拝見した騎士だけではなく魔獣を操ることも出来るのか。魔法にはあまり詳しくないのだが大したものだな」

 

「あれは幼少時より育てていた魔獣が成長しただけのこと。大したことではない。どちらかと言えば私の研究の成果は後ろの、ゴーレムの方に色濃く表れている」

 

「ほう。確かに素晴らしいゴーレムだが」

 ガゼフが関心を示したのを確認し、アインズはしめた。とばかりに話を切り出す。

 

「ところで……先ほどあの後も色々な村を回ったと言ったが、その際に見たどの村も疲弊しているように見えたが、何故だ?」

 アインズの言葉に苦々しげな顔を作ったガゼフは声を一つ落とし、アインズにだけ聞こえるように囁いた。

 

「……毎年、帝国との戦争で働き手が駆り出され、収穫に間に合わないことが多々ある。今年は未だ布告がなされていないので例年よりはマシになるだろうが、やはりどの村も苦しいのは間違いないだろう」

 

「ならばなおのこと、あのゴーレム達が役に立つだろう。実はそのことでガゼフ殿に頼みたいことがあったのだ」

 エ・ランテル周辺の村に関してはバルドがゴーレムを広めてくれるだろうが、王都周辺には未だコネがない。

 セバスやソリュシャンが作り上げた商会や組合とのコネは、組合に属さないことを決めた以上残念ながら使用出来ないだろう。

 故にこの近辺に魔導王の宝石箱の名を広める為にガゼフの力を借りるつもりだった。

 

「以前約束したとおり、私が出来ることであればどのようなことでも力になろう」

 

「感謝するよ」

 

「アインズ殿は命の恩人、当然のことだ」

 ガゼフはここで言葉を切り、僅かに悩むような間を置いた。

 黙ってガゼフの言葉を待っているとやがて意を決したようにガゼフがアインズを見る。

 

「命を救って貰っておいて、更にこのようなことを頼むのは恐縮なのだが、実はこちらも頼みごと、いや聞きたいことがあるのだが」

 

「私が答えられることであれば構わないが、どのようなことだ?」

 

「実は昔の知り合いが先日強大なモンスターに襲われ命辛々王都まで逃げ込んだのだが、何分私はモンスターにはあまり詳しくないものでな。旅を続けてきたアインズ殿ならば何か知っていないかと思ったのだ。冒険者や商人にとって情報は大切なもので簡単に人に話せないということは聞いているが、話に聞いたとおりならば相手は王国の危機に繋がりかねないほどの強大なモンスター、無理を承知で頼みたい」

 

「ふむ。確かに情報は我々にとって命ともいえるものだが、それほどの相手ならば私も警戒しておきたい。ガゼフ殿の持つモンスターの詳しい情報と引き替えならば構わないが?」

 

「勿論知る限りのことを提示させていただく。その者の名は……」

 

「お話中申し訳ございません、アインズ様。そろそろ我らの店に到着しますが、よろしければお話は店内で、ということでは如何でしょう?」

 ガゼフとの話を遮り、セバスが口を開く。

 周囲を見回すとなるほど、アインズ達の店が既に遠目に確認出来る位置まで来ていた。

 

「そうだな。外では誰が聞いているとも限らない。どうだろうガゼフ殿、この後時間はあるかね? よろしければ我々の商会、『魔導王の宝石箱』の初めての客人として出迎えたいのだが」

 

「魔導王……なるほどアインズ殿らしい名だ。私は戦士であり、武具やアイテムは全て王より頂いた物以外身につける訳にはいかないので上客にはなれないだろうが、それでもよければお邪魔させて頂こう。先の話は早めに聞いておきたいところでもあるし、アインズ殿の頼みというのも聞いておきたい」

 

(まあ、王から貰った物より良いアイテムがあったからってそれを装備するわけにはいかないんだろう)

 

「決まりだ」

 アインズの言葉にセバスも無言のうちに頷いた。

 周囲の様子を眺めてみると、後ろにはいつの間にか纏まった民衆が集まっており、アインズたちの目的地を確認しようとしているのが見て取れた。

 

(宣伝は成功と言ったところか。しかし国そのものを危機に陥らせるモンスターとは、なかなか楽しみだ。貴重なものであれば捕らえるのも悪くないか、それともモモンに退治させて王都での人気を高めるか)

 ガゼフと談笑を続けながら、アインズは未だ正体の知れぬモンスターについて考え始めた。




と言うわけでガゼフの登場
ちなみにこの話のブレインはセバスともクライムとも出会わなかったので今は酒に溺れてぐたぐだしていると言う設定です


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第16話 来客 ガゼフ・ストロノーフ

ガゼフ視点の話
現地人目線の話は初めてなので少し時間が掛かりました


 今日という日が休日であったことに、ガゼフ・ストロノーフは感謝した。

 いつもは休日など特にやることもなく、武具の手入れや、稽古などにあてているのだが今日は不意の気まぐれで王都の中を出歩き、本通りに繋がる検問所で騒ぎが起きていると聞いて立ち寄った先で彼と再会出来た。

 声が以前会った時とは違ったため初めは偽物ではないか、と疑ってしまったが彼の説明を聞いて納得した、確かに強大な力を持ちながら思慮深い彼ならば用心のために声を変えていても不思議はない。

 

 王都に来た時は是非立ち寄って欲しいと告げたのは自分だが、何となく彼はここに訪れないのではないか、と考えていた。

 権力など必要とせず己の力のみを信じて行動する、ガゼフがかつてこうありたいと夢見ていた弱者を救う強者。その体現者のような男、アインズ・ウール・ゴウン。

 その彼と再会し、ガゼフは今まさに彼が王都に築いた店の前に立っていた。

 

「ではストロノーフ様こちらに。主は召し替えしてから参りますので」

 入り口前でアインズと別れ、ガゼフは執事──御者も勤めているようだが執事と紹介された──のセバスと名乗った老人に案内され、店に通された。

 

(この老人、一切隙がない。何者だ、アインズ殿の執事ということだったが、護衛も務めているのか)

 以前アインズに命を救われたあのカルネ村では見かけなかった人物だ。その時にいたのは肌を一切晒さない真っ黒な全身鎧に身を包み、その細身に似合わぬ巨大なバルディッシュを持った騎士だった。

 ただ黙ってアインズの側に立っており声すら聞かなかったが、この場にその姿は見えない。ここにはいないのかそれとも今は外に出ているだけなのだろうか。

 

「どうぞ。未だ開店前のため、人が不足しておりますが、精一杯のもてなしをさせていただきます」

 後から増築されたと思われる外から続く突き出た入り口から入った先には、塗りたてらしい汚れ一つない白磁の壁と同じく白の大理石が敷き詰められた短い廊下がありその奥、店舗への入り口は見事な細工と紋章の彫り込まれた木の扉であり、その左右に騎士風の格好をしたゴーレムが二体立っていた。

 

 そのゴーレムが扉を開く。

 ガゼフは無言のまま先を進むセバスの後をついてその扉をくぐり抜けた。

 店内はさほど広くはない。外観から見るともっと大きく見えたが、店舗部分は狭く作り倉庫を広く取っているのかも知れない。

 しかし店内に飾られている調度品は見事な物ばかりで、絵画や花瓶、観葉植物などが見事に調和し纏まっている。

 

 ガゼフ自身は単なる平民であり、審美眼は無いに等しいのだが、主である王の護衛で様々な場所に出かける機会があり、その先々でこうした美しい調度品に触れる機会が多々あった。

 しかしその何れも己の権力や財力を示すために飾り付けられたようなものばかりで美しくはあるがガゼフにとっては貴族の象徴のような印象しか持っていなかったがこの店は違う。

 

「素晴らしい店だ。落ち着くというか、失礼。無骨者故言葉が見つからないが」

 正直な感想を口にする。

 それを受けてセバスは老年に至った者のみが持つ深みのある落ち着いた笑みを浮かべ、ありがとうございます。と感謝の言葉を述べた。

 カウンターがある店舗部分には人の姿はなく、その奥に恐らくは倉庫に繋がっているらしい大きな扉が見える。

 そのままセバスはカウンターに沿って右手に進み奥にある部屋にガゼフを案内した。

 

 恐らくは客と交渉や契約を交わすためのものと思われるソファとテーブルが配置された応接室。ガゼフはそこに通された。

 勧められるがままソファに座ろうとしたガゼフだが、その前に部屋の壁に掛けられた調度品に目を奪われた。

 

 剣である。

 

 金や銀、宝石がふんだんに使われた鞘に包まれているというのに嫌みがない。

 儀式で使う宝剣や、貴族たちの見栄によって作られた大きな宝石が埋め込まれ、まともに振るうことも出来ない装飾剣とは異なり、鞘の握り手や持ち手部分には余計な細工を施さず実用性が感じられる。それでいて気品があり、見る者の目を引きつけて離さない。

 そんな美しい剣がケースにも入れられず、むき出しのまま壁から突き出した二本の棒に乗せられて飾られているのだ。

 それも鞘から三割ほど抜き出て、刃の部分を見せた状態でだ。

 いやむしろそこが一番重要なのだと言わんばかりである。

 

「やはり戦士長様ならば絵画や彫刻よりも剣の方が気になるようですね」

 

「いやお恥ずかしい。やはり私も武に生きる者として、どうしても」

 

「手にとって見ますか?」

 

「い、いや。このような宝剣、私のような男では汚してしまいかねません」

 

「構いませんよ。これはお客様に実際に見て触れて貰う為のサンプルです。やはり武具は自ら手に取らないとその価値が見えません」

 言うか早いか、ごく当たり前に素手で剣を取ったセバスは飛び出していた剣を鞘に仕舞い、そのまま鞘を握って壁から下ろすと刃の部分をガゼフに向けないように柄の方を差し向けた。

 渡し方として正式な作法ではないが、それがむしろこの程度の武器にそこまで気を遣う必要がないとガゼフに伝えているような気がした。

 とはいえガゼフから見れば間違い無く高級品と言っていい宝剣、ガゼフは家で雇っている老夫婦に身だしなみとして持たされていたハンカチで手を拭ってから、差し出された剣を受け取った。

 手に取った瞬間ズシリと重みが掛かる。想定していたよりも重い剣だ。

 

 アインズの店舗の武器とあってあるいは強大な力を持つ魔法武器かと思ったが、特別な力は感じられない。

 魔法の力が加えられた武具は身につけるだけで特別な効果を発揮し装着者にそれを理解させる。

 ガゼフが身につけることを許されている王国に伝わる四つの秘宝などがそれにあたる。

 

 予想に反しこれはそれらとは異なるが、手に持って刃を見ただけで分かる、かなりの一品だ。魔化による付加効果などはなく、熟練の職人の手によって鍛え上げられただけの剣のようだが、セバスはこれを売り物の見本と言った。

 

 つまりはこの店には魔法のみならずこれだけの武器を量産出来るだけの力もあるのだ。これは素晴らしく、そして恐ろしいことだ。

 アインズが王国のみで商売を続けているうちは良いが、仮に帝国などに引き抜かれでもしたら。

 かつて戦場の中でガゼフを勧誘したあの男ならばアインズのことを知ればすぐにでも勧誘に来るだろう。

 

(王に伝えてなんとか厚遇して貰いたいが、今の王国では難しいかもしれんな)

 剣を前にそんな雑念が混ざってしまったことを恥じガゼフは一度首を振ると改めて剣の柄を握りしめ、完全に鞘から引き出した。

 晒されていた時から気づいていたが、この独特の輝きにガゼフは見覚えがある。

 

 オリハルコンだ。

 

 一般に知られている金属の中ではアダマンタイトに次いで硬度が高く、希少価値も同様に高い希少金属であることもさることながら、その硬さに相応しく加工が難しく、全てをオリハルコンで造るより、別の金属と合わせ刃先のみをオリハルコンにしたり、刺突武器のコーティングに使用する等の使い方をする方が一般的だ。

 

 しかしこの剣は全てがオリハルコンで出来ているようだ。

 重さが違う。

 コーティングとして使用するならば、わざわざ重さをオリハルコンに合わせる必要が無く、中心を軽い金属で作り全体の重さを軽くするのが一般的だ。

 稀に全てオリハルコンだとうそぶく為に内部に重さの似た金属を使うこともあるがアインズがそんなことをするとは思えない。

 

「素晴らしい。加工の難しいオリハルコンをこれほどの一品に仕上げるとは」

 感嘆の言葉を呟いた時、静かに扉が開かれる。普段のガゼフならば外に近づいてくる足音だけで気づいたはずだが、剣に気を取られ気づくのが遅れた。

 扉の先にいたのはあの異様なマスクを被った偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 服装が替わり、ガゼフがかつてカルネ村で出会ったときと同じ格好になっている。

 これが正装なのかも知れない。

 

「気に入って貰えたかな? ガゼフ殿」

 

「アインズ殿」

 アインズが中に入る。その後ろにはメイドらしき金髪の女性の姿があった。

 立ち居振る舞いは綺麗だが、どこか自信なさげで所作の一つ一つに小さな違和感を覚える。アインズが中に入ってからやや時間を置いてガゼフに一礼すると、扉を閉めて出ていった。

 セバスが執事として完璧であるが故にそうした小さな部分に違和感を感じてしまうが、これほど年を重ね老熟した執事と若い娘を比べるのが間違っているのだろうと思い直した。

 

「気に入ったのならば差し上げよう。お近づきの印にという奴だ」

 

「いや。大変素晴らしい品だが、それは遠慮させて貰おう。私の行動は全て王に直結するのでな」

 戦士であるガゼフは政治的な判断が苦手である。

 自分の行動が主である王の迷惑になるか分かったものではないので基本的には接待や土産、贈り物の類は断るようにしている。

 

 もっともその断る行為そのものが無礼だと言われることも多々あるのだが、妙な恩を着せられるよりはよほどマシだ。

 アインズがそうしたことをする男には見えないが、仮にも商売をするためにこの地に来た以上そうした警戒はしておくべきだろう。

 只でさえ、ガゼフはこれから恩人であるアインズに頼みごとをする立場なのだから。

 

「はっきりと物を言う。しかし私もその方が気楽でいい。もって回った言い方は好まないのでね。掛けてくれたまえ」

 

「どうぞ。剣はこちらに」

 そう言われて自分が未だ剣を握りしめていたままだということに気がつき、ガゼフは慌てて剣を鞘に仕舞うと、慎重にセバスに返却した。

 

「セバス、飲み物の用意を」

 

「畏まりました」

 アインズとそしてガゼフに一礼し、セバスは剣を壁に戻した後、その場を離れた。

 護衛でもあるはずのセバスを簡単に立ち去らせるのはガゼフを信用しているのか、それとも何かあっても己の力だけで解決出来ると考えているのかも知れない。

 

 改めてガゼフはアインズと向かい合う。

 かつてカルネ村を救い、部下と自分の命も救ってくれた恩人とも言うべき男だ。

 

「改めてアインズ殿。先日はカルネ村の民を、部下たちと私を救って下さり感謝する。私が今ここにいられるのは全てアインズ殿のおかげだ」

 深く頭を下げようとして、その前にアインズが手で制した。

 

「ガゼフ殿、先ほど貴殿の行動は全て王に直結すると言った。ならば私のような一介の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にそう何度も頭など下げるべきではない」

 

「しかし、それでは」

 

「では代わりに、先ずは私の頼みを聞いて貰えないか?」

 アインズの配慮に心の中で頭を下げて感謝しつつガゼフは背を伸ばして話を聞く用意を整えた。

 

「伺おう」

 

「ガゼフ殿に頼みたいのは他でもない、王都周辺にある村の位置を教えていただきたいのだ」

 思ってもみなかった頼みごとに、ガゼフは眉間に皺を寄せる。

 

「それは一体如何なる理由で?」

 ガゼフが問うと、アインズは予想していたとばかりにすぐに答えた。

 

「無論商売をするためだ。ガゼフ殿も見たと思うが我々が作成したゴーレム。あれを村に売りたいと考えている」

 確かにあの強大な魔獣であるギガント・バジリスクだけに注目してしまったが、その後ろには数十体の鉄の動像(アイアン・ゴーレム)が隊列を組んで付いてきていた。

 王城内にもゴーレムは存在し、特に重要度の高い部屋の前に警備兵の代わりとして配置されている。

 二十四時間監視を続けられるゴーレムは警備兵として非常に優秀だ。

 他にも豪商や貴族連中が自宅などに配置しているところを見たことがあるが、いずれにしてもゴーレムとは金を持った者達だけが使用出来る高額な嗜好品のようなものだ。

 

「しかしアインズ殿、ゴーレムは製作に多額の資金と時間を要すると聞いている。わざわざ村の者達がそれを購入するとは思えんし、なにより購入したとして村のなにを見張らせるというのだ?」

 村を襲ってくるモンスターや野党の類の警戒と言うことだろうか。

 以前のカルネ村のようなことが頻発していると考えたのか、しかしあんなことは早々あるわけではなく、また警戒するにしても村人を使った方が手っとり早く安上がりだ。

 それだけのために村人達がわざわざ高額なゴーレムを買い付けるとは考えづらい。

 ガゼフの台詞を聞いたアインズが一瞬、虚を突かれたように停止した後、笑い出した。

 

「それもあるが、主な使用法は開墾や重量物の運搬、移動中の警護などだ。ようは農作業の手伝いをさせようと考えている。なので、人手が足りず税として納める分の作物すら収穫が難しい村を中心に聞きたい」

 

「ゴーレムを、農作業に?」

 そんな話聞いたことがない。

 いや、以前帝国でそのような政策が存在しているという話を聞いた覚えがある。

 結局、資金の問題で中止になったとも聞いたが、その際は貴族達が下品なゴーレムの使い方だ。などと小馬鹿にしていたが、少なくとも税を納めさせるために村人達の食う物すら切り詰めさせて働かせるようなやり方よりはよほど素晴らしいと思ったものだが、目の前の男は帝国でも成し得なかったことを可能にしたという。

 ゴクリと思わず唾を飲み込んだ。

 改めてこの男の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての強大さに触れた気がしたのだ。

 

「どうかしたのかね?」

 

「いや、すまない。私のような者には思いつかない話につい」

 

「そうか。それでどうだろう? もちろん高額な金額を要求するつもりはない。そもそも買い切りではなく期間を決めての貸し出しにするつもりだ。普通の村でも払える額でな、もし払えない場合でもゴーレムを使用して効率が上がった作物で支払って貰っても良い」

 良い話だ。とガゼフは思う。

 例年刈り入れの時期を狙って来る帝国との小競り合いの度に王国の国力は落ち、農民達の生活は苦しくなっていると聞く。

 王もいつもそのことで頭を悩ませている。

 今の話はそれを一挙に解決とはいかずともかなり楽に出来る方法なのではないだろうか。

 

 しかし。とも思う。

 

 本当にそれだけなのか。と言う疑念がガゼフを捕らえて離さないのだ。

 何か裏があるのではないか。ガゼフはアインズのことを慈悲のある人物だと知っている、だがただ優しいだけの男だとは思えない、もし仮に自分に敵対する者が現れれば容赦なく一掃する、そんな男のような気がしてならない。

 そんな彼が農民達が得をするだけの話を持ってくるとは思えない。なにか別の理由があるのだ。しかしガゼフではそれが何であるかはわからない。

 

「難しい話だ。いや、そうした村の情報は確かに把握している。しかしそれは私個人ではなく王国の持つ情報だ。それを私が軽々に話していいのか」

 だが、ここで断ればどうなるのか、アインズは別の場所で商売をするのではないか、それこそ帝国に売り込みでもされたら。

 これは王国を救える絶好の機会ではないのか。

 戦いしか知らない自分の愚かさが恨めしい。

 思わず唇を噛むガゼフになるほど。とアインズは軽い口調で頷いた。

 

「それは確かにその通りだ。で、あるならばどうだ。この話を持ち帰り王、あるいは話の分かる者に聞いてみて貰えないかね。返事はその後で構わんよ」

 

「良いのか? こちらの都合ばかりで」

 

「なに。そもそも私はただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)、国の重鎮、ましてや王に売り込みなど出来んのでな。それをガゼフ殿がしてくれるというのならそれだけで価値がある。ただ私は現状国そのものと取引をするつもりはないということを理解してくれると助かる」

 

「それは、いかなる……」

 

「無いとは思うが、王国が纏めてゴーレムを借り受け、私たちの付けた値段以上で村の者達に貸し出す様なことをやられては困るという意味だ。それでは国力が回復するどころの話ではない。故に今はまだ国ではなく村々と直接契約を交わしたい」

 軽い口調で言ってはいるが本気なのだと理解する。

 自らが仕える王が、王として民の暮らしやすい王国を作ろうとしているのは良く分かる。だから王が私腹を肥やすためにそのようなことをするはずはないと思うが、それ以外の者達は分からない。

 

 貴族派閥の連中であれば当然自分達の力を高めるためにそのゴーレムを使用するだろうし、王派閥でも貴族派閥の力を削ぐために使用するかも知れない。

 アインズはそれを心配しているのだ。

 そして同時に彼が自分などとは比べ物にならないほどの叡智を持っているのだと実感する。

 

「では申し訳ないが、一度この話は持ち帰らせていただく。しかし決して私欲を持った者には話さないと我が王の名に誓おう」

 

「信用しよう、ガゼフ殿。では私の話はここで終わりだ、次は貴殿の話だな」

 互いに頷き合った後、アインズが言う。

 だが結局アインズの頼みを確約出来なかったのに良いのだろうか。と考えてしまう。

 自分の恩人を利用しているように感じてしまい気が重い。

 そんな雰囲気を笑い飛ばすようにアインズはソファに体を預け愉快げに口を開いた。

 

「気にする必要はない。強大なモンスターの話ならば私も情報は欲しいと言っただろう」

 

「……すまない」

 目を伏せ、僅かに頭を下げる。

 もう一度気にするな。とアインズが告げたところで扉がノックされた。

 

「セバスです。お飲み物をお持ちしました」

 

「入れ」

 ソファに体を預けたまま命じる姿が妙にしっくりと来る。

 カルネ村での礼節を持った態度よりも良く似合っていた。やはりこれがこの男の本当の姿、強大な力とそれに似合う風格を合わせ持った権力者なのだろう。

 しかし不思議と嫌な気持ちにはならない。

 

 貴族連中とは異なり、弱き者に対する慈悲深さを持っているからだろうか。

 

 そんなことを考えている間に室内に入ったセバスと先ほどの金髪の女性が飲み物とグラスを運んできた。

 オレンジ色の液体の入ったデキャンターから薄いガラスで出来たグラスに飲み物が注がれる。

 そのグラス一つをとってもガゼフは王宮内でも見たことがないほど見事な細工が施された一品だった。

 

(落としたら洒落にならんなこれは)

 自分の給金などでは支払えないだろう。

 そんなことを考えてしまう。

 

「どうぞ」

 金髪の女性に礼を言い、落ち着く意味でも慎重にグラスを持ち、それを飲む。

 

「っ!」

 飲んだ瞬間全身に力が漲ったような感覚に襲われる。王国の秘宝を身につけた時の感覚に似ているが、まさか飲み物にそのような力があるとは思いづらい。単に初めて味わう美味な飲み物に体が喜んだだけだろう。

 

(何という美味い飲み物だ。このようなもの飲んだこともない。アインズ殿の店は飲み物すら最高級だというのか)

 ゾクリと背筋に冷たい何かが走った。

 武具や飲み物すら最高級の品を揃え、ガゼフですら装備を揃えねば勝てないギガント・バジリスクという魔獣に多数のゴーレム、ガゼフを以ってして底を知ることも出来ない執事、この場にはいないがカルネ村で彼が召喚したと言っていたアンデッドの騎士にアインズと二人だけで六色聖典の一つを全滅させた騎士。

 

 そして何より、それらを纏め上げその力量すら計り知れない偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウン。

 これが彼の持つ全てなのだろうか。

 いや彼ならばこれ以上の戦力を隠し持っていても不思議ではない。その力は或いは国に匹敵するのではないか。

 そんな相手が王国内部に存在する、彼が一言命じればそれらは一気に王都に攻め入ってくるのではないか。

 

(いや、アインズ殿がそのような真似をするはずが……無いとは言いきれんか)

 彼は話が分からない男ではない、こちらが礼を尽くせば恐らくそれに応じた対応をしてくれるはずだ。

 しかしこの国の上層部全員がそんな態度をとれるとは思えない。

 只でさえこの国は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位が低いのだから。

 貴族達が彼の有用性を知り近づいて口々に命令し、不遜な態度を取る姿が目に浮かぶようだ。

 

(これは何か手を考えねば)

 自分だけではダメだ。

 誰に知恵を借りる必要がある。

 あれこれと頭の中で相談すべき相手を考えていると不意にアインズから声がかかった。

 

「どうかしたのかね? その飲み物に何か問題が?」

 アインズの言葉に急に室内の気温が下がったような気がした。

 アインズかそれともセバスか、そのどちらかが飲み物を運んできた女性に対し険を向けているのが分かる。

 戦いの中で感じる殺気とまでは行かないが、それに類似する敵意のようなものだ。

 

「も、申し訳ございません。私がなにか」

 

「あ、いや。気にしないでくれ。こんなに美味い飲み物を飲んだのは初めてだったので驚いてしまっただけだ。よければもう一杯頂けないか?」

 慌てて飲み物を飲み干し空になったグラスを女性に近づける。

 はっきり言って礼儀も何もなっていない不作法だが、今はこれが正解だと感じた。

 

「それは良かった。ツアレ、客人に飲み物を」

 

「は、はい」

 室内の空気が緩む。女性は慌てた様子でしかし動きは丁寧に再びオレンジ色の液体をグラスに注いでくれた。

 それを改めて一口飲んでからテーブルに戻しアインズを向き直る。

 

「それでアインズ殿、そのモンスターの特徴なのだが」

 

「ああ。種族も分かっているのか? だとすると対処がしやすいが」

 

「相手は吸血鬼、らしい」

 

「吸血鬼……」

 ガゼフの放った言葉を不思議そうに繰り返す。

 吸血鬼とは本来さほど強力なモンスターではない。冒険者で言えば白金クラスならばさほど苦労無く倒せると聞く。

 それより遙かに強大な力を持ったアインズではいささか拍子抜けしたというところなのだろう。

 

「ただし、単なる吸血鬼ではない。私にそのことを話してくれた相手はブレイン・アングラウスと言う」

 

「……どこかで聞いた名だな」

 

「そうか。かも知れないな。奴はかつて俺が御前試合の決勝で戦った人物。今の俺とも互角の力を持っているだろう戦士だ」

 

「ほうガゼフ殿と互角、それは周辺諸国でも有数の強大な戦士ということか」

 自分より遙か格上に位置しているであろう相手から褒められてもな。とガゼフは言葉には出さず苦笑し、言葉を続けた。

 

「そのブレインが軽くあしらわれた、いや相手にすらならなかったと言っていた。自慢の剣速は指二本で受け止められ、その剣技も小指の爪一つ傷つけることは叶わなかったと」

 

「ほう」

 アインズの声が低くなり、興味を持ったことが伺える。

 かつての自分のライバルであり恐らくは今も互角に近い実力を持っているブレインをあれほど怯えさせる相手だ。

 ガゼフが相手でも同じ結果になるだろう。

 しかしアインズならばもしかしたら、という期待感があった。

 彼ならばブレインの言う人間では決して到達出来ない頂にいるその化け物を倒せるのではないかという期待が。

 だからガゼフはこの話をすることにしたのだ。

 

「その吸血鬼の名は……シャルティア・ブラッドフォールンと言う」

 瞬間、奇妙な感覚がガゼフを包んだ。

 いやガゼフをと言うよりは周囲の様子だ。誰一人微動だにしていないというのに、まるで時間が飛んでしまったような、そんな気配を感じたのだ。

 何よりも目の前のアインズから発せられている気配が今までとは全く異なる。

 それはなんと言えばいいのか、怒りのような、驚きのような、困惑のような、何とも形容しがたい雰囲気に変わっていた。

 

「アインズ殿?」

 不思議に思って声を掛けたが、返答は無かった。




長くなったのでここで切ります


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第17話 協力プレイ

シャルティアを王都で働かせるために必要なブレイン関係の話
多分現時点で分かっている情報では矛盾点は多分無いと思いますがもしあった場合、訂正出来ないところに関しては独自設定と言うことでよろしくお願いします


 奇跡だ。とアインズは実感する。

 感情を吐き出す前に、一つの魔法を発動させることが出来た。

 魔法即効無詠唱時間停止。

 対策をしている者以外、全ての時間を停止させる魔法だ。

 ピタリとも動かなくなったガゼフを睨み付けるアインズに、もう何度も襲い来る精神抑圧の波を物ともせずに次から次に怒りがこみ上げてくる。

 以前のように無様に怒りを周囲にまき散らさずに済んだのはこれが二度目だからだろう。

 

「どういうことだ! 何故こいつの口からシャルティアの名が出る! そのブレインとかいう奴がシャルティアを洗脳した連中と関係があるのか!」

 

「アインズ様、お怒りを御鎮め下さい」

 感情のままに吐き出した声に時間対策を施していたセバスが答える。

 以前同様アインズが絶対者として相応しくない姿を見せていたことを悟り、急速に落ち着きが戻った。

 

「っ! 済まんなセバス。今のは忘れよ」

 

「はっ。ご命令とあらば全て忘れます。してアインズ様、私に一つ心当たりがございます。そのブレインなる男について聞き覚えが」

 

「どういうことだ?」

 

「はい。シャルティアが我々と行動を共にしていた際、罠にかかった盗賊団がございました。後に王国で情報収集時に知った情報によりますとそのブレインなる男はその盗賊団に所属していたという話です」

 

「確か、その盗賊団自体はシャルティアが壊滅させたのだったな。シャルティアに何かあったのはその後の筈。ではそいつは関係ないのか、いやしかし」

 後に冒険者組合に上がった情報によるとシャルティアが襲ったと推定される盗賊団のアジトから複数の人間の死体が確認されており、生き残ったのはその盗賊団が慰み物にしていたらしい数人の女と、冒険者が一人。

 そのいずれも血の狂乱状態のシャルティアの姿しか確認しておらず、それがモモンの倒した吸血鬼(ヴァンパイア)ホニョペニョコだということになっている。

 要するにシャルティアはその盗賊団を壊滅させた後、逃げ出したブレインなる男を追いかけ、その途中で冒険者チームを一人を残して壊滅、更にその後で世界級(ワールド)アイテムを持つ何者かに遭遇した。と考えられる。

 

(それが偶然なのか、それともシャルティアが狙われていたのかは分からんが、現時点では情報が足りないか)

「さて、しかしそうなると困ったな。そのブレインという男は消せば済むが、問題はガゼフがどれだけの人間にシャルティアの外見を伝えているかだ。場合によってはシャルティアをここで働かせるのは難しいかもしれんな」

 

 もしガゼフが誰にも話さずアインズに一番に話したのならばガゼフの記憶をいじれば済むし、それが遙か昔のことでも最悪ガゼフを殺せばいいだけだ。

 しかし強力なモンスターとして既に王国に報告していたらその時は、例え変装させたとしてもシャルティアをここで働かせるのは危険だろう。

 

「仮に彼が我々にしか話していないのならば、私に考えがございます」

 

「考え? それはどういう……いや、そろそろ魔法が切れる。良かろうセバスお前に任せよう。失敗しても短期間の記憶ならばいじれば済む」

 怒りを覚えつつもいつもの癖で時間停止してからの時間を数えていたため、魔法の切れるタイミングが迫っていることに気づく。

 

「畏まりました。上手く進めばシャルティアの正体が知られていてもこのままここで働くことが可能となりましょう」

 自信ありげなセバスにアインズはほう。と関心を示し、元の席に座り直した。

 時間停止前と同じ格好になり、魔法が解けるのを待った。

 

「アインズ殿?」

 世界に時間が戻り不思議そうに首を捻るガゼフの姿が見えるが、アインズは何も言わない。セバスに任せると言った手前もあるが、ああは言ってももしやという思いが捨てきれずそのブレインという男に対し、そしてその話を持ち込んだガゼフにも理不尽と知りつつ怒りを覚えていたからだ。

 

「ストロノーフ様。よろしいでしょうか。そのお話は既に王国に伝わっているのですか?」

 

(直球だな! 答えるのか?)

 

「いや、実はその話を聞いたのはつい先日のことでして。ブレインは相当衰弱し、酒に溺れて夜も眠れない有様で、ようやく話してくれたのが昨日の夜のこと。私も後で情報を集めるために知人のアダマンタイト級冒険者に話を聞こうと思っていたのだが、その前にアインズ殿と会えたのでこうして話をした次第で」

 アインズは気づかれないようにほっと胸をなで下ろす。

 これなら最悪の場合でもブレインとガゼフを消せば済む。

 

(いや、昨日のことなら記憶をイジった方が良いか。出来ればこいつは殺したくはない)

 王に繋がるコネクションになるからでもあるが、同時にコレクターとしてでもあり、自分には無い輝きを持つ男に対する憧れのようなものもある。

 もちろん自分たちに害を為すのならば容赦する気はないが。

 

「それは良かった。実はその者、いえシャルティア様は我々の身内と呼ぶべき御方。アインズ様にとって娘のような存在なのです」

 

「何!?」

(ええ!?)

 ガゼフの驚きとアインズの驚きが重なる。もっともアインズは微動だにせず心の中で叫んだだけだが。

 

「それは如何なる理由か! そのような危険なモンスターを身内とは」

 ガゼフは感情のままに立ち上がりアインズに詰問する。

 

(いや、そんなこと言われても、好きにしろって言ったのは俺だけど、これ大丈夫なのか。頷いて良いんだよな)

 

「落ち着いて下さいストロノーフ様。しかし危険とはいったい何を指しているのでしょう。確かにシャルティア様は吸血鬼(ヴァンパイア)、その実力はアインズ様の護衛を任されているほどです」

 

「ブレイン、いや。彼の仲間を皆殺しにしたと聞いている」

 セバスの柔らかな口調に幾分か落ち着いたらしく席に座り直したガゼフだが、その眼光は未だ鋭いままだ。

 

「それは間違いありません。ですが、その理由はご存じですか?」

 

「いや、それは聞いていないが」

 

「シャルティア様が手を出した、そのアングラウス殿の仲間がどのような者たちかは知っていますか?」

 

「あまり質の良い連中ではない、傭兵崩れの者達としか」

 

「言いづらかったのかも知れませんね。彼らの名は死を撒く剣団。傭兵として働くのは戦時のみで、普段は野盗、街道を通る者達を襲い金品、時には女性をさらうことを生業としている者達です」

 

「まさか。いや……」

 ガゼフの顔が強ばり、次いで何かを思い出したような態度を見せる。思い当たる節があったのだろう。

 

「私ともう一人のアインズ様の娘と呼ぶべきお嬢様、ソリュシャン様は王都に来る途中、雇っていた御者の裏切りに会い、彼らに狙われたことがあるのです。その時はソリュシャン様の護衛である私が何とかお嬢様だけを連れて逃げることが出来ましたが」

 

「逃げる? 失礼だが貴方は相当な強者とお見受けする。その貴方がただ逃げたと?」

 

「シャルティア様とは異なりソリュシャン様は戦う力を持ちません。彼女を守りながら戦うより共に逃げた方が良いと判断したのですが、これが間違いでした」

 ペラペラと語るセバス、確かにいくつか本当のことも混ざっているが、確か報告ではその傭兵団はその場でシャルティアが全て片づけ、その後シャルティアとその配下だけで野盗のねぐらを襲撃したはず。そのブレインとか言う奴と会ったのもその時だろう。

 ここからどう話を持っていくつもりなのか。

 

「別件の用事があり後から追いかけて来たシャルティア様は壊れた馬車と荒らされた荷物を見て、我々がさらわれたと考えたのです。そしてそのままお一人で野盗のねぐらを襲撃しました」

 

「……」

 ガゼフは何も言わなくなり、真贋を確かめるとでも言いたげな目でセバスを見ている。

 

「そして野盗のねぐらで捕らえられていた女性達の姿を見てソリュシャン様も同様の目に遭っているのではと誤解したシャルティア様は逆上しその場にいた者を皆殺しにしてしまったと聞いています。彼女は怒りのあまりかその時のことは殆ど覚えていないそうですが……その後我々と合流し互いの無事を確認した私たちは申し訳ないとは思いましたが余計な事に巻き込まれるのは困るとその場を離脱し、王都に向かい直したのです。これについては申し訳ないとは思っておりますがシャルティア様の事が知られては我々も困りますので」

 

「私がそのように指示を出した。例えこちらからは手を出さないとしても吸血鬼(ヴァンパイア)がいると知れれば問題になるからな」

 アインズが助け船を出す。ここから先に関わってくる冒険者周りの話はセバスは殆ど知らないはずだからだ。

 

「それはそうだが。今の話、真実であるという証拠は?」

 

「エ・ランテルの冒険者がそこに捕らえられていた女性達を助け出しているはずだ。確かめれば直ぐに分かるだろう。しかしシャルティアの行動が別の問題を引き起こしてしまったのでその話も聞けるだろうがね」

 そしてもう一つ、今の話を利用出来る事を思いつきアインズはちらりとセバスに目で合図を飛ばし話を続ける。

 

「別の問題とは?」

 

「シャルティアという強力な吸血鬼(ヴァンパイア)に惹かれて別の吸血鬼(ヴァンパイア)を呼び寄せたのだよ。その名をホニョペニョコ。聞き覚えは?」

 

「……確か、王国三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒が退治したと言う吸血鬼(ヴァンパイア)の名では?」

 やはりモモンの活躍は王国まで轟いているらしい。

 これならば十分使える。

 

「その通り。漆黒のモモンを我々は昔からサポートをしている、まだ強くなる前からな。彼は強くなると思ったのでね、武具やアイテムを貸し出していた」

 

「なんと。アダマンタイト級冒険者の武具まで、いやあれだけの品が作れるのならば当然か」

 

「そう。そしてもう一つ彼が追いかけている二体の強大な力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)、その行方を探し情報を伝えるのも我々が行っていた。シャルティアが別件でセバス達と別行動を取っていたのはエ・ランテル近郊でその内の一体ホニョペニョコが目撃されたという情報を掴んだためだ。そしてホニョペニョコはシャルティアに惹かれて現れたところをモモンによって退治されたのだ」

(よし。これでスムーズにモモンとの関係も説明出来たし、矛盾もないはず。俺って意外と本番に強いのでは?)

 リアルにいたときはいつも用意を完璧に整えてからでないと緊張して仕事にならなかった自分が、この世界に来てからはぶっつけ本番で行動することが増え、なんだかんだと成功し続けて来たため自信がついていた。

 

「……一つ聞きたい」

 

「何かね?」

 

「そもそも何故吸血鬼(ヴァンパイア)を娘に?」

 

「ん? いや、それは」

(やっぱりダメだ。想定外の質問は嫌いだ。こうなったら)

 

「私の口からはとても言えんな。セバス代わりに説明を」

 すまないと心の中で詫びを入れる。

 ここでセバスが答えられなければ一度ガゼフの記憶を消してやり直さねばと思ってたのだが、セバスは慌てた様子もなく普段通りの態度で頷いた。

 

「畏まりました──シャルティア様は元人間なのです」

 

「何? しかし吸血鬼(ヴァンパイア)に血を吸われても思考能力も無い下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)になるだけの筈では?」

 

「ただの吸血鬼(ヴァンパイア)であればそうでしょう。先ほどアインズ様が仰ったモモン様が追いかけている吸血鬼(ヴァンパイア)、彼奴は通常の吸血鬼(ヴァンパイア)とは比べ者にならないほど強大な存在。その者に血を吸われると下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)ではなく、本物の吸血鬼(ヴァンパイア)となり強大な力を得る。ホニョペニョコもそうして血を吸われ奴に従っていた者。つまりは部下。その者でさえアダマンタイト級冒険者のモモン様が切り札であるアイテムを使用しなければ勝てないほどの相手だったのです。シャルティア様がアングラウス殿相手に完勝出来たのもそれが理由でしょう」

 セバスのデマカセを聞き、ガゼフはうーんと腕を組み考え込む。

 信用出来るか考えているのだろう。

 

「では証拠として今ここにシャルティアを連れてこようか?」

 

「なに? ここにいるのか?」

 

「無論だとも、彼女は私の護衛でもあるのでね、彼女は特殊なアイテムを装備させて敵の吸血鬼(ヴァンパイア)の支配から逃れている。会って話せばそれも分かるだろう」

 

「……分かった。信用するかは会ってから決めさせて貰おう」

 そう言ってガゼフは目を伏せた。

 

「セバス。シャルティアを連れてこい」

 

「畏まりました」

 ツアレではなくセバスに命じたのはシャルティアに説明をする必要があるからだ。

 セバスならばこれだけで今までの経緯を説明してからシャルティアを連れてきてくれるはずだ。

 説明の間不自然に間が空くかも知れないが、それは女性の準備には時間が掛かるとかで誤魔化せるだろう。

 

「アインズ殿」

 

「……何かね?」

 セバスが出て行ってから、ガゼフが口を開く。

 

「俺はアインズ殿に感謝している。貴殿は恩人だ。しかしもし仮にそのシャルティアなる娘が王に、いやこの国に害なす存在であるならば俺は躊躇わず剣を取る。例え勝てずともだ」

 ガゼフが目を開け、アインズに挑むような目を向ける。

 

「……その瞳は以前も見た。死を覚悟して進む男の意志を感じる強い目だ。憧れるよ」

 この場にセバスがいないため、つい絶対者としてではないアインズの素が出てきた。

 思いもよらぬ言葉だったのか、ガゼフは目を白黒させた後、困ったように苦笑した。

 

「安心して良い。私や私の仲間に手を出さない限り、シャルティアも私も手を出すような事はしないさ」

 

「信じたいところだ」

 

 

 そのまま互いに無言を貫き、やや時間を置いてから扉がノックされる。

 アインズは無言でツアレに指示を出すと彼女は弾かれたように扉まで移動した。

 

「セバス様とシャルティア様です」

 

「入らせよ」

 思ったよりも早い到着だ。

 この短時間で話が終わったのだろうか、アルベドやデミウルゴスならば僅かな説明でも状況を把握するだろうが、シャルティアでは一抹の不安が残る。

 何より彼女は格下の生物である人間、ガゼフを前にちゃんと演技が出来るのだろうか。

 なんだか子供の発表会を待つ親の気分──そんな経験は一度としてないのだが──だ。

 緊張を出さないように普段通りの態度を取りつつ扉が開かれるのを待つ。

 ややゆっくりと開け放たれたドアの向こうから、正装であるボールガウンに身を包んだシャルティアが裾を僅かに持ち上げて一礼し、中に入ってきた。

 ガゼフが一瞬息を飲む気配が伝わる。

 

「お待たせいたしましたわ。アインズ様」

 にっこりと満面の笑みを浮かべて笑うシャルティアはいつもの郭言葉でも普段の素が出たときの口調でもない、本物のお嬢様のような柔らかな話し方と笑顔でアインズに挨拶をする。

 

「よく来たシャルティア。私の客人だ、挨拶を」

 

「まぁこれは失礼を。初めまして、わたしはアインズ様の元でお世話になっております、シャルティア・ブラッドフォールンです。以後お見知り置きを」

 

「これはご丁寧に。私はガゼフ・ストロノーフ。王に仕えし王国戦士長であり、此度はアインズ殿に招かれてお邪魔している」

 シャルティアの美貌か、それともお嬢様然とした話し方のせいか、完全に出鼻を挫かれたといった様子のガゼフだが、流石に王の護衛をしているためかこの手の対応もややぎこちないながら、見れたものだ。

 

「それでシャルティア。お前を呼んだのは他でもない、ブレイン・アングラウスという名に聞き覚えは?」

 ガゼフから細かいところを聞かれても困ると先んじてアインズが問う。

 セバスから話は聞いているだろうに、初めて聞きましたとばかりに小首を傾げた後シャルティアは首を横に振る。

 

「ボサボサの髪をした無精髭の剣士だ。彼は君と対峙しそして小指一本で敗れたと言っていた。本当に君がそのようなことを?」

 半信半疑といった様子だが目には力がある。

 構えても居ないがいざとなれば直ぐに動けるようにしているのだろう。

 

「そのお話はセバスから聞きました。以前ソリュシャン姉様に危害を加えたと勘違いして乱暴してしまった方の中に居た男性だと」

 しゅんと花が萎れたように笑顔が消え、目には涙すら浮かべている。

 

(スゴい変わりようだ。演技に関しては心配いらなかったな)

 懸念材料が一つ消えたことにほっと胸をなで下ろしながらアインズはガゼフを見る。

 彼もまたシャルティアの態度に動揺しているようだ。

 

「いや、すまない。事情は聞いている。彼らは犯罪者だ、完全に君に罪がないとは言えないが、そうされても仕方がない者たちではある」

 王国の法律では野盗に襲われた場合、返り討ちにして殺してしまっても罪には問われない。無論関係ない者を巻き込んでしまった場合などはその限りではないが。

 相手が罪を犯している盗賊だと立証出来た場合は正当防衛ということで基本的には無罪なのだ。

 そうでなくては殺す気で向かってくる者達を相手に護衛の仕事など出来るはずもない。

 だから吸血鬼(ヴァンパイア)であるという事を除いてシャルティアの行動そのものにはそこまで問題はないはずだ。

 

「……改めて確認させていただきたいのだが、君が吸血鬼(ヴァンパイア)だというのは、本当なのか?」

 いよいよ本題に入ったガゼフにシャルティアは目を見開いた後、顔を伏せた。

 

「はい。仰るとおりです、わたしは人ならざる者、吸血鬼(ヴァンパイア)。そのせいでアインズ様にも皆様方にもご迷惑をお掛けしています」

 

「信じられん。いや、ブレインの奴から聞いていた容姿、名前も同じだ。しかしこうして見るとどうにも」

 

「でしたら、これでは如何でしょう」

 懐疑的なガゼフを前にシャルティアは恥ずかしそうに唇をキュッと結んで言ってから、指を口元に持っていくと唇の端を摘み横に開いていく。

 小さな唇から発達した白い犬歯が牙のように飛び出た。

 それを確認させてから、再びシャルティアは手を外し握りしめた拳で唇そのものを隠した。

 

「失礼した。いやしかし未だ信じられん。吸血鬼(ヴァンパイア)とはもっとこう」

 

「言いたいことは分かるがね、シャルティアは元の容姿のまま吸血鬼(ヴァンパイア)に変質した為だろう。しかしその力は私の護衛として足りるほどの実力を持っている、だが私が命じない限り無関係な者に手を出すようなことはしないよ。そうだな? シャルティア」

 

「勿論です! 私はアインズ様に救われ、今もこうして面倒を見ていただいている身。けっしてアインズ様のご迷惑になるようなことはいたしません。信じて下さいませ」

 両手を組んでアインズに縋りつくように身を寄せて言うシャルティア。

 

「う、うむ。信じているとも」

 

「……」

 

「そのアングラウス様にも是非、こちらにお越し下さるように伝えて下さい。わたしから直接お詫びをさせていただきたいのです」

 

「……伝えては見るが奴は、言いづらいが君にとても怯えている。難しいとは思うが」

 

「わたしはその時の記憶はなく、どのような態度をとったか覚えていませんが、あれだけのことをしでかしてしまったわたしの姿を見たのであればそれも致し方ありませんわ」

 そう言いながら涙を見せるシャルティアは本当の姿を知っているアインズから見ても演技とは思えないほどだ。

 

「アインズ殿。先の話、すべてを信じるとすぐには言えないが、少なくともそちらの彼女を吸血鬼(ヴァンパイア)として王国に伝えることはしないでおこう。これは貴殿を信用してのことだ、裏切ってくれるなよ」

 

「無論だとも、感謝するよガゼフ殿。これで対価になるかはわからんが、少なくとも先ほどガゼフ殿が気にしていた私に対する借りはなかったものと考えてくれ。よって王に先の話を伝える件も無かったことにしても構わないが?」

 

「いや、それは王国にとっても利のある話、アインズ殿さえよければこのまま進めさせてくれ」

 殆ど全てがアインズの思うとおりに進んでいる現実に、小躍りしたくなる気持ちを抑えてアインズは立ち上がり、ガゼフに手を差し出した。

 カルネ村の時と同じくガントレットは外すことは無くそのままだが、彼は気にしはしないだろう。

 

「ではこれからも互いに良い関係を築いていこうではないか」

 

「そう願いたいものだ」

 あの時と同じように両手でアインズのガントレットを握りしめたガゼフは強い眼差しと、同じほど強い声で言った。

 

 

 

 ガゼフの見送りをさせるため出ていったセバスの足音が聞こえなくなったところでアインズはようやく一息吐くことが出来た。

 と言っても未だ側にシャルティアが控えているので目に見えて気を抜くことは出来ないが、小さく息を吐いてゆっくりと頭を振る。

 

「取りあえず切り抜けたと見るべきか」

 

「恐れながらアインズ様。一つ聞いても宜しいでありんしょうかぇ?」

 

「ん?」

 お嬢様然とした話し方からいつもの郭言葉に戻ったシャルティアの問いかけにアインズは無言で頷き先を促した。

 

「あのガゼフなる人間、あのまま返して良いんでありんしょうか?」

 シャルティアの物言いにアインズは何となくホッとしてしまう。

 ここのところ守護者達の急激な成長をまざまざと見せつけられて焦っていたが、やはりまだまだ浅慮なところがあるものだ。と思えたのだ。

 

「奴は我々と共にこの店に入るところを目撃されている。奴を消しては犯人は我々だと言っているようなものではないか」

 

「あ、いえ。例えばわたしが血を吸って眷族にしてしまえばわたしの意のままに操れます。後は適当な装備品で吸血鬼(ヴァンパイア)であることをバレないようにすれば使いやすい駒になったのではないかと」

 恐る恐ると言った様子で自分の考えを語るシャルティアに、アインズは無言で立ち上がると背を向ける。

 

「アインズ様?」

 

「お前の考えは、私も一考したがやはり不確定要素の方が多い。そもそもお前はこの地に来てから人間を眷族にしたことはないだろう? 相手がどのような変貌を遂げるのか真祖(トゥルーヴァンパイア)であるお前ならば吸った相手は吸血鬼(ヴァンパイア)になるはずだがその確証もない。今はそんな賭けに出ずとも奴ならば……」

 アインズが全てを言い切る前にドアがノックされ、セバスが戻ってくる。

 早いな。と思ったがよく考えたらナザリックとは違いこの店舗はごくごく狭い、出口まで送るだけならそう時間は掛からないだろう。

 

「お帰りになられました。アインズ様によろしくお伝え下さいとのことでした」

 

「そうか。怪しんでいる様子は?」

 

「恐らくは、大丈夫かと」

 うむ。と頷いてからアインズは手を動かしてセバスを自らの元まで呼び寄せた。

 特に疑問も抱かずにセバスが近づいてくる。

 

「手を持ち上げよ」

 

「はっ。こうで、宜しいのでしょうか?」

 やや不思議そうに片手を持ち上げるセバスにアインズは、自分のガントレットを外すとむき出しになった骨格の拳をセバスの拳にぶつける。

 

「良くやった。お互いにな」

 

「っ!」

 驚きに目を見開くセバス。

 今回のやりとりがなんだか妙になつかしかったのだ。

 普段も配下の者達と共同でことにあたることはあるが、大抵はアインズが命じることが殆どで皆はその通り仕事をこなしているばかりだったが、今回ガゼフを欺くためにアインズとセバスはそれぞれが思いついたデマカセを互いに補完しあって一つのストーリーを作り上げた。

 結果としてシャルティアの件は巧く誤魔化すことが出来た。

 なんだか昔の、全盛期の頃のアインズ・ウール・ゴウンの仲間達と協力して一つの作戦を達成させたときに戻ったようなそんな気がした。

 

「あ、アインズ様」

 驚愕に声を震わせるセバスを前にアインズは何となく気恥ずかしくなって顔を背ける。

 

「かつて、私がたっちさんと協力して作戦を成功させた時はこうして喜びを分かちあったものだ」

 背後で絶句している気配を感じるが、大丈夫だろうか。

 支配者らしからぬ態度だなんて思われてはいないだろうか。

 気が気でない思いを抱きながら、それでも済んでしまったことは仕方ない。

 強引に話を切り上げてしまおうと、咳払いをしようして、その前にシャルティアに遮られた。

 

「あ、アインズ様。その、わたしも……あの」

 モジモジと体を小刻みに動かしながら、シャルティアは手を持ち上げている。

 なにをして欲しいのかは明白だが、改めて催促されると気恥ずかしい。

 しかしセバスにやっておいてシャルティアとはしないのも酷な話だ。

 今回はシャルティアの演技に助けられたところもあるのだから。

 小柄なシャルティアが背伸びをしつつ手を持ち上げてアインズからのフィストバンプを待っている。

 

(しかし女の子とやるのはなんだか妙に恥ずかしい。しかもセバスやツアレの前でとなると、後でと言ってもダメだろうなぁ。いや、そうだ!)

「その前にシャルティアよ。先ほどの話の続きだ。お前にはまだ一つやり残していることがあるのではないか?」

 

「え?」

 

「例のブレインとか言う男の件だ。このままではガゼフは家に戻り、ブレインに先ほどの話をするだろう。その時我々の説明と矛盾があれば今の成功は無意味になる」

 無事乗り切った安堵感で忘れていたが、まだ完璧に乗り切ったわけではない。

 戻ったガゼフがブレインなる男と話したら今の嘘がバレる危険性がある。

 

「ではアインズ様。その男の口封じをされると?」

 妙に力強い声でセバスが言う。

 

「その通りだ。今ならばまだ間に合うだろう。ガゼフが戻る前に奴の家に行き、ブレイン・アングラウスを捕らえ生きたまま連れてこい」

 

「アインズ様。その役目、是非私に。調査の際にガゼフ戦士長の自宅位置も調べてあります」

 

「あ。セバス、抜け駆けする気? アインズ様はわたしにお命じになられたんでありんすぇ」

 常に一歩下がり、自己主張をしない──無言の圧力と言う形ではしてくるが──セバスには珍しい言葉に慌てたようにシャルティアも言葉を重ねた。

 アインズは少し考えてから二人に言う。

 

「いや。そうだな、二人で行くが良い。どちらか一方だけで問題はないとは思うが、まだ完全にブレインと言う男が例のシャルティアを洗脳した者と無関係だという保証は無い。何かあれば即座に離脱しお前達の身の安全を第一に考えるのだ」

 

「慈悲深きご配慮、感謝の言葉もございません。必ずやアインズ様にご満足いただける働きをご覧に入れます」

 

「わ、わらわもアインズ様に最上の結果をお見せいたします。決して、決して以前のような失態はお見せいたしません」

 

(やけにやる気に満ちているが、さっきのことと関係あるのだろうか。喜んでいるのか、多分そうだよな。セバスはあまり感情を表に出さないから分かり辛いが)

 正解が掴み辛いのでアインズはそのことには触れずに頷く。

 

「よし。ではついでだ一つ実験も兼ねるとしよう。シャルティア先ほど話したこの世界における眷族作成を試してみることにしよう」

 

「──それはブレインなる男を、わたしの眷族にと言うことですか?」

 

「うむ。先ほどの話の後でブレインが消えれば証拠はなくともガゼフは我々を疑うだろう。よって、お前の眷族とした後ブレインをガゼフの元に戻し、我々と和解したという話を聞かせる。使い道があればそのままナザリックに連れていけば良いし、なければその後処分する」

 

「畏まりました」

 

「よし。ではシャルティア、セバス。我が命を実行せよ」

 

「はっ!」

 二人の声が重なり、次いで疾風の如く行動を開始した。




と言うわけでこの後の展開は省きますがブレインはweb版同様無事にナザリックに就職出来ました
次にまとめをしてその次からようやく店舗開店となりそうです
随分長くなりましたが年内に開店出来そうで良かったです


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第18話 これからについて

今回で開店前の話はすべて終わりとなります
ナザリック全体の方針ではなく、アインズ様個人の今後の方針が決定する話です


 セバスとシャルティアが部屋を後にし残されたのはアインズと、ことの成り行きを見守っていたこの店でのアインズのメイド兼従業員のツアレのみ。

 一息入れたいところだが、ツアレが居たのではそれも出来ない。

 

「──ツアレよ」

 

「は、はい!」

 そんなに緊張しなくても、と思うがどうもツアレの立場は色々と複雑らしいので無理もない。

 ユリに聞いたところ、一般メイドたちはツアレのことをあまり快く思ってはおらず自分達の仕事を奪いにきた部外者と思っているらしい。

 そもそも一般メイド達はアインズがこの店で働くのならば自分たちが供回りとして着いていくのが当然と考えていたようで、ツアレをその地位に就けたことに大変ショックを受けたようだった。

 そのせいで余計に彼女の立場は難しくなった。

 

 しかしナザリックこそ至高と言う考え方が基本の一般メイド達ではやはり商売には向かないし、なによりも危険だ。

 人間と大差ない力しか持たないホムンクルスである彼女たちでは何かあったとき対応が出来ない、常にアインズやセバスが居るわけではないのだから。

 そういう意味では元娼婦の者達は最悪何か起こって死んでしまっても問題ない存在──ツアレだけは一応セバスの恋人候補であり、妹の恩もあるので多少は目をかけるつもりだが──なのだ。

 

「間もなく開店となるが他の者達の教育は済んでいるのか?」

 実のところその話はすでにセバスからどうにか及第点まで達することが出来た。という報告を聞いていたのだが、他に話題が思いつかなかった。

 

「は、はい。セバス様を初め、ペストーニャ様、ユリ様、エクレア様、皆様に仕事を教えていただき準備は完了しております」

 確かに、やや口調が堅く緊張しているようだったが先ほどのガゼフへの対応に問題は見えなかった。

 尤もアインズは何となくスムーズに動けているな。程度にしか判断出来ないので、果たして先ほどの動きがメイドとして完璧なものなのかは分からないのだが。

 

「ならば良い。お前には皆のまとめ役として働いてもらうことになる。問題があった際は直ぐにセバスか私に報告せよ」

 

「はい! 私たちは皆アインズ様に命を救っていただいた身。決して裏切るような真似は致しません」

 妙に力強い言葉はどうもアインズに訴えかけているようにも聞こえる。

 つまりはアインズが自分たちの裏切りを懸念している。と誤解したのだろう。

 そのあたりも全てセバスに任せているので問題はないだろうが、緊張感を持たせるためにあえて否定も肯定もせずにアインズは無言で頷いた。

 話が終わり、沈黙が広がる。

 別に無理に話す必要もないかと、アインズはツアレから視線を外し、ふと先ほどのセバスの様子を思い出す。

 

「セバスか」

 

「セバス様に何かございましたか?」

 聞こえないような小声で言ったつもりだったが、沈黙によって静まり返っていた部屋の中には良く響いたらしくツアレが言う。

 セバスのことになると反応せずには居られないのだろう。

 そう言えば結局ツアレとセバスがその後どうなったのかも聞いていない。

 そのあたりを聞いてみたい気持ちになるが、この緊張ぶりを見るとそうした世間話はまだ早いだろう。

 

(もう少し打ち解けてからにするか。とすると他に何か……まあ別に隠す必要もないか)

「いや、先ほどのセバスは奴にしては珍しく感情を表に出しているように思えたのでな」

 以前ならばツアレの件に関する失態の穴埋めのために邁進しているのだろうと考えられたが、その後いくつかの仕事を与えその全てを完遂してきたことによって、落ち着いてきたように思えていたから先ほどの妙にやる気に満ちた態度が不思議に見えたのだ。

 

「あ──」

 ツアレが何かに気づいたような顔をしてから慌てたように唇を結びなおした。

 

「何か思い当たることがあるのか? 言って見よ」

 

「いえ、私の勘違いだと」

 

「構わん。言え」

 NPC達が相手ならば言いたくないことは無理に聞き出すような真似はあまりしたくないが、元からナザリックに居た者以外は多少ぞんざいな扱いをしてしまう。

 

「では恐れながら。私の勘違いかもしれませんが、先ほどのセバス様はとても嬉しそうに見えました」

 

「嬉しそう? 先ほどのあれか」

 アインズが昔を懐かしみ行ったフィストバンプのことだろう。確かに嫌がってはいないことぐらいはアインズにも分かったが、どちらかというと困惑しているような印象を強く受けたためアインズとしては首を傾げる思いだ。

 

「はい。以前よりセバス様はアインズ様が常に前線に立って指揮をしておられるのは自分達が不甲斐ないせいではないかと悩んでいらしたようでしたので、今回アインズ様と共に事に当たり、お褒めいただけたのが大変嬉しかったのではないかと。勝手ながらそう感じました」

 小さく、けれど淀み無い口調で告げるツアレにアインズは新鮮な驚きを持った。

 

「そうか。そのようなことをセバスが」

 

「いえ! 直接そう話された訳ではなく、私がその様に感じただけなのですが」

 慌てたように付け加えるツアレに、アインズは分かっていると言うように手を振り、改めて考える。

 確かに思い当たる節がある。

 元々アインズが外に出てモモンとして動くことも守護者達は反対していた。

 危険だというのがその理由だったが、主が先頭に立って行動するのは、自分達が信用出来ないからだと考えていても不思議はない。

 もちろんそんなことはなく、あくまでアインズの都合──ボロが出ないためにその方が都合が良いから──なのだが。

 

「ふむ。私がどれほど奴らを頼りにしているのか、どうもよく伝わっていないらしいな。今度折を見て話してみるか。ツアレ」

 

「は、はい」

 

「良いことを教えてくれた。礼を言おう」

 軽く顎を引き頭を下げて礼を言うとツアレは目に見えて取り乱し、わたわたと周囲を見回しながら言った。

 

「いえ、そのような恐れ多い。お止め下さいアインズ様、私のような者に頭など」

 現在この部屋には二人以外いないが、他の者が姿を消してアインズを護衛することもある。ツアレはそれを危惧したのだろう。

 要するに絶対者たるアインズが、新入りで立場の低いツアレに頭を下げたなんて知られたら、ただでさえ難しい自分の立場がもっと悪くなるというところだろう。

 

「ふむ。まあ良い、私はセバスが戻るまで一度ナザリックに帰還する。セバスが戻り次第私に連絡するように伝えよ」

 

「畏まりました」

 うむ、ともう一度頷き、アインズは転移用に作られた部屋に向かって歩き出す。

 部屋に行くまでの短い時間でアインズは思案する。内容は先ほどツアレと話をしたことについてだ。

 今回はセバスと協力し事に当たり結果として成功を収めた。

 そしてそのことをセバスもまた喜んでいるとツアレは語っていた。

 

(これはむしろチャンスなのでは?)

 これまでアインズは皆に見捨てられないために、完璧な絶対者としての演技を繰り返し見せつけてきた。

 その結果が現状の高くなりすぎた理想の支配者の姿である。

 ナザリックの者達が皆そうした理想をアインズに見ているからこそ、アインズはNPC達の計画を全て見通さなくてはならないし、作戦一つをとっても失敗することが許されなくなっている。

 しかし、今回のように何人かで協力して作戦を進めていけば、直ぐには無理でもやがてアインズがそこまで完璧な存在ではないと気づいてくれるのではないだろうか。

 ただし余りに無能だと思われるのも困るので、自分達よりは少し上、しかし自分達の得意分野においては自分達の方が優れている。

 そんな都合の良い理解を示してくれるのが最良である。

 そうなればアインズは分からないことがあっても、その分野を専門として創られたNPC達に聞いても不自然ではなくなるだろう。

 

(これだ! この作戦で行こう)

 結論が出た時、丁度転移の間と名付けた部屋に到着する。

 供回りを兼ねたツアレがいないので、自分で扉を開けようとしたが、その前に扉が自動で開く。

 そんなギミックは付けていなかったはずだが。と不思議に思っていると扉の先に頭を下げている二人の守護者、アウラとマーレが居た。

 

「二人ともここにいたのか」

 

「あ、いえ。あの」

 

「あの人間からアインズ様がお戻りになると連絡を受けましたので、こうしてお待ちしていました」

 

「ほう」

 アウラの言葉にアインズは感心した。

 ツアレにだ。彼女は当然<伝言(メッセージ)>など使えないが、現地に於ける人間のまとめ役としてそれでは困るということで、特定の相手とだけ通信出来るアイテム──アウラとマーレが付けてるドングリ型のネックレスと似たような物だ──を持たせている。

 基本的には緊急用のアイテムだが別に使ったからといって無くなるわけではないので、使用に関して制限は持たせていない。

 供回りを兼ねた自分が居なくてはアインズの身の回りを世話する者が居なくなると判断し、アウラかマーレに連絡し、二人はこうして待ちかまえていたのだろう。

 

「よし。二人とも私は一度ナザリックに帰還する。どちらか一人供を……」

 別にナザリックに戻るだけだし戻れば誰かしら居るので供は必要ないのだが、ここまで爛々と期待を込めた目で見られるとそういうわけにも行かない。

 とここでアインズは朝のことを思い出した。

 あの時はアウラを供にしたためマーレが落ち込んでいた、となれば。

 

「ではマーレ。今回はお前に任せよう。アウラはこのままここに残れ、ツアレにも伝えたが直にセバスとシャルティアが人間を捕らえて戻ってくるはずだ。それまでここの護衛を任せる」

 

「は、はい! 畏まりました! アインズ様」

 

「……畏まりました。マーレ、アインズ様に失礼のないようにしなさいよ!」

 

「わ、分かってるよ、お姉ちゃん」

 姉弟のほのぼのとした──それにしてはアウラの口調に険があるが気にしないでおく──やりとりを眺めながらアインズは先ほどまでの続きを考える。

 果たしてこの二人と何か協力して事に当たると考えたとき、どのような作戦が向いているのだろうか。

 アウラはまだ分かりやすい、以前トブの大森林で東の巨人の異名を持つウォー・トロールを殺し、西の魔蛇のナーガを配下にした事があったが、あの時は殆どアインズが一人で行った。それを二人でやればいいだろう。

 

 となると問題はマーレである。

 マーレの特技は植物や大地を操り、石材などを生み出すドルイドとしての力だ。

 ナザリックにとって必要不可欠な力ではあるが、マーレが出来ることにアインズが手を貸す余地がない。

 マーレ一人の方が効率よく事にあたれるだろう。

 そうなるとそれ以外の別系統の仕事を与え、それを手伝うしかないが。

 

「あ、あのアインズ様。如何されました?」

 軽く考えるだけのつもりが、暫く考え込んでしまった。

 動かなくなったアインズにおずおずと声をかけるマーレ、その言葉でアインズは一時考えを中断させる。  

 

「ん。いや何でもない、では行くかマーレ」

 

「はい!」

 マーレにしては珍しい元気いっぱいの返答に微笑ましさを感じながらアインズは<転移門(ゲート)>を開き、その中に入った。

 

 

 目の前に大きなログハウスが現れる。

 ナザリックには直接転移は出来ないので、アインズが<転移門(ゲート)>で帰還した場合に訪れるのはここだ。

 マーレの同行を確認した後、<転移門(ゲート)>を閉じる。

 その瞬間、弾かれたようにログハウスの扉が開き、中から現れたのはソリュシャンだった。

 王都に居る際は身につけないプレアデスのメイド服を身に纏いアインズの側まで移動すると、美しい動作で頭を下げアインズを出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

 

「うむ」

 軽く顎を引いて挨拶としアインズはチラリとログハウスの入り口に目を向ける。

 ここに指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン──を預けた時は確かソリュシャンではなくユリが居たはずだが、交代したのだろうか。

 ログハウスはプレアデスが持ち回りで担当しておりその交代のタイミングまでは知らないが、今はまだ夕方前だ。

 こんな中途半端な時間に交代とは考えづらいが。

 

「お出迎えが遅れてしまい申し訳ございません。ユリ姉様は現在、例の人間達の最終審査を行っておりますので私が代わりに。直ぐに呼んで参りますので、どうかお許し下さい」

 

「そうか。いや突然戻った私の連絡ミスでもある、気にするな」

 普段であれば戻る前に<伝言(メッセージ)>を飛ばし、プレアデスは先に入り口前でアインズを待ちかまえているのだが、皆と協力して作戦を行う計画を考えていたせいで、<伝言(メッセージ)>を飛ばさずにそのまま帰還してしまった。

 そのため直ぐに出られるソリュシャンが先に出たのだろう。

 

「ではソリュシャン、指輪を」

 

「は、こちらに」

 紫色の布に鎮座する一つの指輪。

 それを受け取り薬指にはめる。

 本来であれば直ぐに指輪の力でナザリック内に帰還するのだが、先のソリュシャンの台詞に興味が沸いた。

 

「例の者達は中か。では少し見ていくとするか」

 

「アインズ様。例の者達は人間の前に出せる程度の礼節を学ばせたと聞いておりますが、至高の御方であらせられるアインズ様の前に立たせるのはまだ」

 

「よい。なにも完璧を求めているわけではない。私の目から見て人間達に見せられるか、そして緊急時においてもそれを崩さず居られるかが知りたいだけだ。連絡は不要だ」

 ソリュシャンの言葉を遮りアインズが動き出す。

 こうなればもうソリュシャンも文句は言わない。即座に移動し、アインズのためにログハウスの入り口を開いた。

 そのままソリュシャンの案内に従って移動した先の扉が開け放たれる。

 アインズの命に従い、ノックや声がけは無くいきなりだ。

 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者、アインズ・ウール・ゴウン様、並びに第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ様のご入室です」

 玉座の間に入るときと同じような宣言──この小さいログハウスでやると妙に気恥ずかしい──の後、アインズが扉を潜り中に入る。その後ろをマーレもやや緊張した態度で着いてきた。

 

「お帰りなさいませアインズ様、お出迎えが出来ず申し訳ございません」

 まるでアインズが来ることが初めから分かっていたかのように、ユリが慌てもせずに一歩前に出て謝罪する。

 

「構わん。連絡無く戻ったのは私の方だ。そして」

 チラリとユリの後ろで固まっていた数人の女達に目を向ける。

 一般メイドと同じデザインのメイド服を身に着けた──内包するデータ量は違うが──彼女たちが今後、魔導王の宝石箱で働く元娼婦の人間達である。

 一瞬、アインズの姿を見て動きを止めた彼女たちだったが、その後即座に移動し、ユリの後ろに一列に並ぶと同時に頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様。お出迎えが出来ず申し訳ございません」

 ユリの言葉をなぞりながら全員が同時に声を出し、頭を下げる。

 完璧に一糸乱れぬとは言えないが、それなりに見ていられる動きだ。

 

「ふむ。どうやら問題はなさそうだな」

 

「恐れながら。私にはとてもアインズ様のお眼鏡に適うようには見えませんが……ユリ姉様、これでよろしいのですか?」

 アインズの言葉に反応し、ソリュシャンが眉をひそめる。

 戦闘メイドは戦闘の方が本職であり、メイドは副的扱いだ。

 それでもナザリックに生み出された存在としてメイドにおいても高い技能を誇っている。

 そのソリュシャンから見て彼女たちは合格点とはいかないようだ。

 女達もソリュシャンの言葉に身を堅くするが態度には出さない。

 しかし表情はやや強ばっている。

 仕方ないだろう、アインズの返答一つで彼女たちはこの場で殺されるかもしれないのだから。

 これまでの教育でそのように習ってきたはずだ。

 

「アインズ様の側付きとしてはまだまだですが、人間の前という意味では私は問題ないと考えましたが……アインズ様、如何でしょうか?」

 

「うむ、私も人相手という意味では問題ないと感じた。ソリュシャン、私はなにも全ての者にナザリックの者達と同様の働きを求めているわけではない。勿論努力を怠るべきではないと思うがな。気になるのならばお前が見張るが良い、何か問題が生じた際は私かセバスに伝えよ」

 

「はい、そのように。貴女達、決してアインズ様にご迷惑をおかけしないように」

 

「は、はい!」

 その顔には恐怖が滲んでいるが、まあ仕方ない。

 アインズは恐怖による支配を望んでいるわけではないが、否定もしない。

 究極的にはナザリックに利があればどちらでもいいのだ。

 

「ではこの場は終わりだ、ユリ。問題がなければこの者たち後ほど魔導王の宝石箱へと送れ。アウラがいる。セバスとシャルティアも仕事を終えたら戻るだろう」

 

「畏まりました」

 ユリが頭を下げるとワンテンポ遅れて女達も頭を下げる。

 それ以上アインズはなにも言わずナザリックに転移をすることにした。

 後ろでは同じく指輪を預けていたマーレがユリから指輪を受け取りいつものように左手の薬指に嵌めていた。

 

「ではマーレ、我々もナザリックに戻るぞ」

 

「は、はい、アインズ様」

 とてとてと子供らしい歩き方でアインズの側に近づいたマーレが指輪に触れる。

 

「取りあえず私の部屋に移動する。九階層に向かうぞ」

 頷くマーレと共にアインズは指輪の力で転移した。

 

 

 九階層の自室、扉の前で待機していた本日のアインズ当番のメイドが歩いてきたアインズの姿を確認するなり即座に頭を下げる。

 

「お帰りなさいませアインズ様、マーレ様」

 こちらも初めからアインズが来ることが分かっていたような態度だが、そんな筈はない。

 とすればこれがナザリックのメイドとしての基本技能なのだろう。

 

「うむ。何か変わったことはあったか?」

 

「はっ。現在室内でアルベド様が執務を行っております。それ以外は特にございません」

 

「……そうか。まあ良い、扉を開けよ」

 

「はっ!」

 アインズの指示に従って扉を開く。

 アルベドには自室を与えており、そこでも彼女の主な仕事であるナザリックの管理は問題なく出来るはずなのだが、アインズが留守の間こうしてアインズの部屋に籠もって仕事を行っている。

 アインズに断りを入れているし、常にアルベドをナザリックから出さずに仕事をさせていることもあり、彼女に対しやや気後れを感じているアインズとしては、特に止めさせるつもりはなかった。

 扉を開くと先ずアルベドが立っているのが見えた。

 

「お帰りなさいませ! アインズ様」

 言葉に羽根が生えたように嬉しそうな声と共にアルベドがアインズを出迎える。

 彼女がいつもいるはずの執務室は奥にあるのだが、彼女こそどうやってアインズの帰還を察知したのか謎だ。

 

(以前聞いたときは愛の力だと言われてしまったが、なにか探知系の魔法かアイテムでも使っているのだろうか)

 まあナザリック全体を管理している彼女ならばアインズが帰還した際すぐに自分に連絡が行くような連絡網を持っていても不思議はない。

 

「うむ。アルベドよ、何か変わったことはなかったか?」

 

「はい! 万全でごさいます」

 翼がパタパタと動いている。

 以前は新婚ごっこと称して妙な台詞と共に出迎えをしてきた彼女だが最近は効果が無いと気づいたのか、普通に出迎えてくれるようになった。

 しかしその喜びようは変わらない。

 ナザリックにいない時間が長くなればなるほど帰還後の彼女の喜びようと暴走率は高まるので出来れば適度に帰ってきたいのだが、これからは店に出る時間、モモンとしての活動に加え先ほど思いついた守護者や配下と共同で事に当たる作戦が実現すればますますナザリックにいる時間は減るかもしれない。

 

(大丈夫かな。また暴走しなければいいんだが)

 

「あの、アインズ様? そんな風に熱く見つめられると。とても嬉しいですが、その」

 

「ああ、すまない。問題がなければ良い。今後私もナザリックに帰還しづらくなるからな、アルベドには今まで以上に負担をかけてしまうが許せ」

 先手を取って言ってみる。

 内心はドキドキなのだがアルベドはいつもの微笑を崩すことはなかった。

 

「アインズ様、私どもはアインズ様に尽くすことこそ本懐にして存在理由、そのようなことを気にする必要はございません」

 

「そ、そうか? であれば──」

 

「ですが!」

 胸をなで下ろしかけたところでアルベドの声が鋭くなる。

 その笑顔はなにも変わっていないのに関わらず、アインズは背筋に冷たいものを感じてしまう。

 

「不測の事態に備え、私やデミウルゴス以外にも一時的にでもナザリックの運営を行える人材を育成すべきかと具申いたします」

 

「む? それは」

 必要なのだろうか。

 確かにナザリックの運営を出来る者が増えればアインズの負担は減る。

 元々アインズは運営など出来ないので正確には丸投げ出来る相手が増えると言うべきか。

 しかしとなるとそれを誰にするのかという問題が出てくる。

 確か管理ならばコキュートスにも出来るといつかナーベラルが言っていたが、コキュートスは現在蜥蜴人(リザードマン)に加え、近場に住む別の種族を取り込み湖全体の統治を行っている。

 近々コキュートス発案のドワーフの国に連れて行くことも考えると、これ以上新しい仕事を任せるのは避けたい。

 となると空いているのはアウラとマーレだが。

 共にこの部屋に来て以降、ずっと無言のまま落ち着き無くおどおどしているマーレに目を向ける。

 が直ぐに心の中で首を振る。いずれ成長していけばその手の仕事を任せることも出来るだろうが、現状では二人とも難しいだろう。

 

「しかしアルベド、現在守護者を含め手が空いている者の中に適正が在る者はいるのか?」

 アルベドに問うと彼女は目を見開き爛々と輝かせながらズイと体を前に移動させた。

 当然アインズとの距離は近くなり、アルベドから漂う香りがアインズの鼻が捉える。

 

「いえ。現状守護者達は別の仕事を行っております、それ以前に彼らには元々階層を守護する大役もございます。ですのでここは新たにシモベを生み出し、私とアインズ様で一から仕事を教え込むというのは如何でしょうか」

 腰から生える翼の動きが激しさを増す、その羽ばたきによって起こる風がアインズの顔に届くほどだ。

 

(何か狙いはありそうだが、新たに専属のシモベを生み出すのは悪くないアイデアだな。エルダーリッチあたりなら知能的にも出来そうだ。いや、もしもに備えて戦闘力もあった方が良いか)

 

「ふむ。一考に価するアイデアだ。それならば後ほど私がシモベを生み出す。それに取りあえず教育を施してみようではないか」

 

「あ、アインズ様自らがシモベを作り出していただけるのですか?」

 アルベドの翼が動きを止め、驚いたように瞬きを繰り返す。

 

「無論だ。ナザリックの運営という大役を任せるシモベだ、私が生み出さずしてどうする」

 スキルを使用してシモベを生み出すのは既にアインズの日課のようなものであるが、守護者を初めとして配下の者達から作って欲しいと頼まれることは無かった。

 そもそも配下の者達はアインズに頼みごとをすると言うのを非常に嫌う傾向にある。

 無論必要なことであれば頼んでくることもあるが、とても回りくどく下手に出ながらお願いというよりは懇願とでも呼ぶべき頼み方をしてくるのでアインズとしても困っている。

 しかし今回ばかりはそうもいかない。

 もうアインズはNPC達がアインズを見放し離反するなどとは考えていないが、それでもナザリックの管理などの重要な役回りに着く者は常に位置や行動を把握しておきたい。

 アインズが生み出した配下達とは感覚的な繋がりがあり誰がどこにいるか何となく分かる。数が多いと難しいがそれでも重要な位置に配置した者を判別するくらいは出来るだろう。

 そんなことを考えていたアインズだが、アルベドからの反応が無いことを不思議に思い目を向けると彼女は頬を紅潮させ、熱い吐息を吐いていた。

 

「アインズ様が生み出したシモベを私と二人で教育、二人の共同作業……これは将来の子育ての予行練習と言っても良いのでは。ふふ、うふふ」

 にやにやと笑いながら遠い目をしているアルベドにアインズは恐れを抱きつつ、首を傾げる。

 

「お、おい。アルベド? ──やはりストレスか、思い切って休ませるべきか、いやむしろ休ませるためにも先ほどのアイデアは実現させるべきだな」

 自分に言い聞かせるように呟きながらアインズはチラリと後ろに立つマーレに目を向けたが、マーレはしばらく視線をさまよわせた後、スッと顔を逸らした。

 

「アインズ様! ここは腐肉の赤子(キャリオン・ベイビー)等が良い練習になり良いのではないかと!」

「いや、腐肉の赤子(キャリオン・ベイビー)では言葉を覚えないだろう」

 寿命のないアンデッドでは成長することもないだろうし、そもそもあれに知能はあるのだろうか。

 そんなどうでも良いことを考えてしまうが直ぐにその考えを一蹴し、話を戻すためにアインズは一つ咳払いをする。

「とにかく! その話はまた後日だな。いよいよ魔導王の宝石箱も開店間近だ。先ずは店を軌道に乗せることを第一に考えよう」

 

「はっ。畏まりました」

 スイッチか何かで切り替えたように表情が引き締まり、アルベドが礼を取る。

 きちんと言えば公私の切り替えは問題なく出来るので、アインズとしてもこれ以上は言い辛い。

 

「ああ。そう言えば、これを報告し忘れていたな。予定通り王都を練り歩き、我らの存在をアピールしたが、その最中で少々問題が生じた」

 アインズの言葉に引き締まった表情を更に強ばらせたアルベドに、ガゼフと出会ったこと、そしてブレインなる男についても報告した。

 

「なるほど。ではその男は現在シャルティアとセバスが捕らえに向かっていると」

 

「ああ、ガゼフと接して余計なことを話されても困るのでな。まああの二人ならば問題はあるまい」

 シャルティアは血の狂乱という不確定要素があるがセバスであれば押さえられるだろうし、なにかあれば<伝言(メッセージ)>で連絡が入るだろう。

 

「流石はアインズ様。素晴らしき判断でございます」

 

「世辞はよい。この程度誰であっても同じ対応をするだろうからな」

 つまらなそうに言いながら、アインズは内心胸をなで下ろした。セバスやシャルティアからは特に何も言われなかったので問題はないだろうと考えていたが、やはりナザリックでもトップクラスの知恵者であるアルベドに太鼓判を押されると気が楽になる。

 まだ捕獲の連絡はないが、これで後顧の憂い無く、商会運営に力を入れられるというものだ。

 かつてリアルで生きていた時、プレゼンが終わった後に感じる解放感、それに似た気持ちがじわじわと湧き出てくる。

 実際本番はこれからなのだが、現状用意出来た商品や成功した商談、ガゼフとの会談での手応えを見るに、成功は間違いないだろう。と楽観しながら今は解放感に身を任せることにした。




なんかアルベドさんにはいつもオチ担当をさせてしまっているようで申し訳ないですが、彼女の担当回もそのうちあるはずです
とりあえず今年中に開店までこぎ着けられそうでよかった
次の話から店舗開店とその後の話に入ります


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第二章 魔導王の宝石箱 第19話 開店、そして

ようやく開店となりました
長かった


 アインズの前に魔導王の宝石箱で働くことになった面子が全員並んでいる。

 セバス、シャルティアを筆頭にその後ろにはこの度新たにナザリックに加わった元人間の吸血鬼、ブレイン・アングラウスと店員の纏め役としてツアレが並び、更にその後ろに七人の女が立っている。

 これらが店員として働くことになる者達だ。

 一度全員眺めてから、アインズのメイド役を兼ねて側に控えているソリュシャンに合図を送る。

 

「では、至高の御方に忠誠の儀を」

 ソリュシャンが口にした瞬間、全員がその場に跪く。

 完璧に揃っていると言えるのはセバスとシャルティアだけで残るメンバーはやはり多少動きにばらつきが見える。

 特に最近入ったばかりのブレインは周囲の様子を観察しながら、恐る恐る合わせているのが簡単に見て取れた。

 そんなブレインにソリュシャン、そしてシャルティアが刺さんばかりの視線を向けたがアインズは軽く手を振ってそれを制した。

 

 今のアインズはブレインの粗相よりこの後の挨拶に気を取られていたためだ。

 そもそもこの儀式自体アインズとしてはあまり乗り気ではなかった。

 全ての用意が終了し、本日よりいざ開店という段階になって、ソリュシャンの提案で開店前の挨拶を兼ねた忠誠の儀を執り行うという話になったのだが、何を言えばいいのかさっぱり分からなかったのだ。

 

 これは要するに会社の社長が社員達を集めて行う朝礼の挨拶で良いのだろうか。

 

 しかし絶対者であるアインズが、頑張って売り上げを伸ばしましょう。なんて言えるはずもない。

 絶対者としての威厳を保ったまま、全員に緊張感を与える言葉を考えなくてはならない。

 

(もっと早く言ってくれれば考えられたものを)

 皆がそれぞれ口にする忠誠の言葉を聞きながらアインズはこの短い時間で全員を納得させられる言葉を必死になって探し続けた。

 

「アインズ様」

 

「うむ」

 忠誠の儀が全員分終了し、ソリュシャンが声をかけてくる。

 アインズは威厳を込めて頷くと、この為だけにわざわざナザリックから運び入れた簡易玉座から立ち上がり、一歩前に出た。

 

(ええい。もう知るか! ナザリック全軍の前でやるよりはマシだ)

「皆、面を上げよ」

 一斉に顔が持ち上がり視線がアインズに突き刺さる。

 

「皆の働きにより、我ら魔導王の宝石箱はこの地で開店する。言うまでもなくここは我らナザリックの最終目的であるこの世界を手に入れるための礎となる場所、そのためにも……」

 そこで一度言葉を切ると、アインズは手に持っていたスタッフ地面に叩きつけ、音を鳴らす。

 

「魔導王の宝石箱を、いやアインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ!」

 結局相応しい言葉が思いつかず以前アインズが皆の前で口にした絶対者らしい文言を繰り返すことにした。

 セバス達は当然以前も聞いているが、今回初めて聞くことになる者もいる。

 そいつらにナザリックの指標となる指針を厳命する。という名目にすればこれでもそれほど違和感はないだろうと考えた。

 

「力で、魔法で、人材で。そして商売であっても、経済であっても変わらない。アインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであるということを、生きとし生きる全ての者に知らしめよ!」

 前回は本気で口にしていたことだが今回は突然のことであり、代案が思いつかなかったが故の台詞だ。その思惑がばれないように必死に作り上げた覇気を込めた声で言い放つ。声が震えたり掠れたりしなかったのは運が良かった。

 声が消え、静まり返った室内で全員が一斉に頭を垂れる。

 アインズはその様子に満足げな仕草を作り頷いた。

 

「よし。では行動を開始せよ」

 ふつふつと湧き出る解放感を押さえつけながらアインズは静かに宣言する。

 

「はっ!」

 全員の動きと声が初めて完璧に揃い、皆一斉に動き出した。

 

(ふぅ。乗り切った、色々あったがこれでようやく開店だ)

 叫び出したくなる気持ちを抑えつつ、アインズは玉座に座り直す。

 アインズがこんなところにいては邪魔になるとはわかっているが、今はこの解放感に身を任せることにした。

 

 

 ・

 

 

 魔導王の宝石箱が開店し、三日が過ぎた。

 アインズは店の最上階に構えたこの店舗での自室の中で、魔法を用いて店内の様子を盗み見していた。

 

「むぅ」

 思わず唸り声が漏れる。

 それも仕方ない。現在店内には客の姿が一人もなかったのだから。

 

(何故だ。あれだけデモンストレーションもしてガゼフとの会談も上手くいった。だというのに何故客が来ない。いや、全く来ないわけでないが、もっとこう、店に入りきらないほどの客が押し寄せるような状況を想像していたのに!)

 一般客は初日からちらほら訪れる。皆店内に入ると驚いたような顔になり、一般メイド達が考案した調味料や石鹸、掃除用具などを購入もしていく。

 しかしそれらも店が混雑するほどという訳ではなくこうして客が店内にゼロという時間も存在している。

 特に目玉商品であるゴーレムと装飾品として作られた武具はまだ一つも売れていないのだから、アインズとしては存在しない胃の痛みが日増しに強くなっていくような気すらする。

 これまでは絶対者たるアインズが客の有無で一喜一憂しているところを見せるわけにはいかないと黙っていたが、流石にこれ以上は捨ておけない。

 アインズは机の上に置かれた小さなベルを持つと一度鳴らす。

 

「失礼いたします! お呼びですかアインズ様」

 即座に部屋の扉が開き、奥から男が顔を出す。

 そう、男である。

 ナザリックでは供に一般メイドを付けているが、この地では危険性を考えツアレにその役を命じている。

 しかしツアレは店内の店員を取り仕切る立場でもあるため、暫定的にこの男、ブレイン・アングラウスを門番兼連絡係として使用している。

 

「ソリュシャンを呼べ」

 端的に用件のみを話すと、言われた男は即座にアインズに頭を下げる。

 

「ははぁ! 直ちに」

 そう言うと男は足早に部屋から出ていった。

 あの男はシャルティアの眷族となってまだ一週間ほどしか経っていない。

 話し方や態度はいつも接しているセバスやメイド達とは比べものにもならず、特にセバスはそのことに不満を持っているらしいが、今はセバスも忙しく、いちいち教育している時間は無い。

 連絡係であれば別に誰に見せるわけでもないのだから問題ないとアインズが命じ、現在の形になった。

 そもそもあれをここに置いているのはガゼフ対策でもある。

 セバスとシャルティアによってここに連れてこられた時のブレインは酷く怯え憔悴しきっており言葉すら満足に話せない有様だった。

 

 そのままでは埒があかないので仕方なくシャルティアが吸血し眷族とした。

 目論見通り吸血鬼となったは良いが、その忠誠はシャルティアのみに捧げられた。

 つまりはシャルティアの主だからと言ってアインズにも絶対の忠誠を誓うというわけではなく、あくまでシャルティアが主でアインズはその主であり、シャルティアに命じられて初めてアインズに忠誠を誓うと言う扱いである。

 もしアインズをより上位者として扱うのであれば使えそうな現地の人間達を眷族として増やす算段もしていたが、これではシャルティアとアインズに同時に何かあった際はシャルティアを選ぶ可能性があり、不測の事態を起こしやすい為、そのアイデアは中止とした。

 

 ブレインについては肌の色が変わり──吸血鬼らしい血の気の無い白になった──瞳も赤くなってしまったので、それを幻術をかけて誤魔化した後、ガゼフの元に戻しシャルティアと和解したことを告げさせた。

 その際ただ和解したでは怪しまれると考え、たまたま通りすがったセバスに出会い、その強さに惚れ込んで弟子入りをした後、ブレインの素性が判明、セバスがシャルティアと引き合わせ和解したという設定が作られた。

 そのため、セバスがここにいる以上、ブレインもこの地に置いておく必要があり、かと言って客前に出せるほどの教育は出来ていないので、こうしてアインズの部屋の門番と連絡係というナザリックの者以外と触れあうことのない役職に付けた──その際嫉妬したシャルティアに吹き飛ばされていたが、何故か本人は嬉しそうだった。

 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。

 

「アインズ様、ソリュシャンでございます」

 

「入れ」

 いつもであればアインズが直接対応せず間にメイドを入れているのだが、流石にその役までやらせるのは難しいということでブレインにはやらせていない。

 アインズとしてはこっちの方がてっとり早くて楽なのだが、一般メイド達に言えばショックを受けかねないので口には出さない。

 

「失礼いたします。ソリュシャン・イプシロン、御身の前に」

 

「ふむ。ソリュシャンよ。今日で開店してから三日経つが客足はどうだ?」

 アインズがこそこそ覗き見をしていたなどと思われたくはないので、知らない振りをして問いかける。

 するとソリュシャンはその場で深く頭を下げた。

 

「申し訳ございません。私どもが至らず、未だ魔導王の宝石箱、ひいてはアインズ様の御威光を王都に轟かせるには至っておりません」

 

「だろうな。混雑しているような気配がない。原因の究明と対応策は考えてあるのか?」

 基本的に王都での店舗運営はセバス、そしてソリュシャンの役目であり、シャルティアは手伝い兼アインズの護衛役ということになっている。

 よって店のことを聞くのならばセバスかソリュシャンである。

 そしてセバスは現在店内で人間達に指示を出していたのでソリュシャンを呼んだのだ。

 

「セバス様とも相談したのですが、アインズ様がエ・ランテルで蒔いた種が芽を出すまではまだ時間がかかるかと考え、現状の把握だけに努め、改善策は実行に移すのは今しばらく経ってからにするべきかと愚考いたしました」

 淡々と淀み無く語るソリュシャンに、アインズは急転する感情の高ぶりが収まるのを待つ。

 

(俺の蒔いた種って何だよ。エ・ランテルっていうとバルドのことだろうが、あの時何か……)

 急ぎ記憶を呼び起こそうとして、敬礼する我が子のような何かの姿が思い起こされる。

 

「パンドラズ・アクターの言った計画の話か。なるほど確かに道理だ」

 

「はい。おそらく現在は皆様子見の段階、やがてエ・ランテルで情報の裏を取った者が我々に近づいてくるでしょう。それは人間どもの中ではそれなりに使い道のある存在のはずです。客を増加する為の宣伝はその後にするつもりでしたが、如何でしょうか?」

 

「素晴らしい。しかと我が真意を読んだな。もしお前達が客足が鈍いことに疑念を持ち、慌てて改善策を模索していたらと思い声をかけたが余計な心配だったようだ」

(ああ。またやってしまった。こう言う見栄を張るのを減らしていくつもりだったのに。いやしかし今回は仕方ない。外にはまだあいつがいるからな、俺がシャルティアの上に立つ絶対者だと思わせておかなくては。シャルティアのためにとか考えて反抗でもされたら面倒だ)

 

 ブレインの武器や武技、タレントについても調べはついており、反抗されようがアインズに傷一つ付けられないのはわかっているが、自分の配下が暴走しアインズに牙を向けばシャルティアは自分のせいだとショックを受けるだろうし、他の守護者達からも非難されるだろう。それは避けなくては。

 

「いえ。以前あれほどの失態を犯した私たちです。信用出来ないのは当然かと」

 アインズの言葉を勘違いして受け止めたらしく、目を伏せ唇を噛んで頭を下げるソリュシャンに、アインズは苦笑しつつその場から立つとソリュシャンの頭に手を乗せる。

 

「あ、アインズ様!?」

 

「私が確認をしたのは、お前達を信用していないからではない。相手が誰であれ私は確認をしただろうし、またお前達にも私の行動に疑問を感じたら一言確認して欲しいとも考えている。反省は大事だがあまり気にし過ぎるな。急いては事を仕損じるとも言うからな」

 

「はい! アインズ様」

 声に張りが戻り、いつも淀んでいるはずの瞳もどこか輝いて見える。

 以前ナーベラルも似たようなことで悩んでいたことを思い出す。

 設定とは言え流石は姉妹。

 対応も同じようになったが、ナーベラルもあの時は気まずい思いをしているかと思ったが実際は喜んでいたらしい。と言うことを一般メイドの世間話で聞いていたので、ソリュシャンにも同じ事をしたが、効果はあったようだ。

 

「しかし、貴族やゴーレムを必要とする村の者達は別として、冒険者にはまた別の方法を用いて宣伝を行うべきかもしれないな」

 ガゼフはあの装飾のみに力を入れた武器にも大きな関心を示していた。

 だからもしかしたらガゼフが宣伝してくれるのではないかと期待していたが未だ冒険者は訪れない、やはり独立した組織である冒険者には別のやり方で宣伝をする必要があるのだろう。

 

「しかしアインズ様、冒険者に対しての主力商品となるドワーフ製の武具に関しては未だ」

 

「うむ。そちらも同時に進めるつもりだが……ここは一つモモンを使うとするか」

 ここ暫く王都で情報を集めさせたところによると、冒険者モモンの名前は王都に轟いてはいるものの、やはり王都には既に二組のアダマンタイト級冒険者がいるため、抜きんでた存在とは見なされていない。

 当然モモンと魔導王の宝石箱との関係も知る者もなく、結果冒険者が魔導王の宝石箱に訪れないというわけだ。

 ならばその関係をはっきりと見せつけてやればいい。

 

「王国の冒険者組合に依頼を出し、漆黒を護衛として雇い私が直接ドワーフの国に出向く。そこで武器を手に入れた後、戻ったモモンの口から王国の冒険者に我々の情報とドワーフ製の武器の話を広めさせればよい」

 

「なるほど。流石はアインズ様。完璧な策かと」

 

「いや、これは私ではなくコキュートスの提出した案だ。タイミングを計っていたのだが、ちょうど良い」

 

「コキュートス様の」

 ソリュシャンの口からコキュートスの名前が紡がれ、そのまま言葉が途切れる。

 武人としての側面が皆に知られているコキュートスがこの手の作戦を考えたというのは驚きに値するのだろう。

 

「おっとすまないな。いつまでも」

 ここに来てようやくアインズはソリュシャンの頭の上にずっと自分の手を置いていたことに気がつき、慌ててそれを退かして言う。

 

「いえ、アインズ様。この上なき恩賜を授かり光栄にございます」

 目を細めながら嬉しそうにアインズを見つめて言うソリュシャン。

 

「うむ。とりあえずそちらは私が進めておく。お前達は引き続き獲物が網に掛かるのを待つことにせよ」

 

「はい! 畏まりましたアインズ様」

 アインズの言葉を受けてソリュシャンはまるで鼻歌でも歌いそうなほど明るく返事をする。その様はご機嫌な子供のようだ。

 

「それとソリュシャン。今回の作戦が成功した暁にはお前にも相応の褒美を取らそう。なんでも構わん考えておくと良い」

 見た目も性格も大人っぽいソリュシャンが子供のように喜んでいるというのが珍しく、また微笑ましく感じて、ついなんでもなどと言ってしまった。

 今までこの手の言葉はアルベドやシャルティアなどアインズに恋慕を寄せている相手には特に言わないように心がけていたので一瞬焦るが、ソリュシャンはそんなことを考えはしないだろうと思い直す。

 

「はい。私はナザリック、そしてアインズ様のために働けるだけで満足ですが、アインズ様が仰るのでしたら、その際はどうぞよろしくお願いいたします。私も今から練習し精一杯努めさせていただきますので」

 

「うむ。んん? ソリュシャン、今何か……」

 聞き捨てならない単語がと続けようとしたアインズの元にセバスからの<伝言(メッセージ)>が届く。

 いつもはここで誤魔化されて忘れるところだが、今回ばかりは後でしっかり確認しようと心に決めてセバスからの<伝言(メッセージ)>を繋ぐ。

 

「どうした。セバス」

 

『はっ。アインズ様。現在店内に変わった客人が訪れましたのでご報告を』

 

「変わった、だと。何者だ?」

 

『王国のアダマンタイト級冒険者チーム。蒼の薔薇、そのメンバーです』

 

「ほう」

 モモンとして活動していた時に幾度も聞いた名だ。

 つい先ほど頭をよぎった王国に二つ──現在はモモン達を入れて三つ──しかないアダマンタイト級冒険者で女だけで構成され、これまで数々の偉業を成し遂げているのだという。

 

「五人全員で来たのか?」

 五人チームだという話までは聞いているが、一人一人の年格好など外見についての情報はあまりない。

 

『いえ、人数は三人。ですがうち一名は男性であり蒼の薔薇では無いかと思われます』

 

「……なるほど。と言うことは蒼の薔薇としての活動ではなく、新しい店が出来たから覗きに来た程度のことかも知れんな。とは言えアダマンタイト級冒険者との繋がりは無視出来ん。その者達はセバスが対応し我々とモモンとの繋がりをさりげなく伝えよ。食いついてくるはずだ。私もここから店内の様子を監視し、必要であれば出よう」

 出来ればセバスに全て任せたいところだが、今し方ソリュシャンに語った作戦を実行する上でアインズが出て対応する必要があるかも知れない。

 今からセバスに作戦を全て話している時間もない。

 

『畏まりました』

 <伝言(メッセージ)>が切れる。

 目の前にはアインズをしっかりと見据え指示を待っているソリュシャンの姿がある。

 相手が男ならば、美人であるソリュシャンがいるだけで色々とうまく進むこともあるだろうが蒼の薔薇は女、もう一人の男がどんな立ち位置なのかは知らないが、名声的に蒼の薔薇の方が主導権を握っているだろうから、今回はソリュシャンの出番は無い。

 しかしそれをそのまま告げるのもなんなので、アインズは無言で無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を取り出し中から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。

 店舗には防御対策を施しているが、それは商品が保管されている倉庫が中心であり、店内にはあまり強い対策をしていない。そのため必要に応じて防御対策を切ることが可能でこうして不可視かつ非実体の感覚器官を作成する魔法と合わせれば簡単に店内を覗くことが出来る。

 ついでに音も聞くために別の魔法も併せて発動させ万全の体制を整える。

 

「聞いての通りだ。網に掛かった獲物とは違うようだが、先の作戦に繋がる可能性もありまた上客にもなりうる相手だ。観察しておこう。ソリュシャンも見て顔を覚えておくが良い」

 

「はい。ではアインズ様そちらに移動しても構わないでしょうか? ここからでは鏡が」

 

「当然だな、我が元まで来ると良い」

 ソリュシャンのこうした臨機応変さは他のNPCたちにも見習ってもらいたいところだ。

 中にはアインズからこちらに来いと言わないと動かない者たちもいるのだから。

 軽い足取りでアインズの斜め後ろに立ったソリュシャンはうっすらと微笑みながら鏡を見る。

 

(あれ? そう言えばソリュシャンは自分でも遠視が出来たような……まあいいか。なんか嬉しそうだし)

 アインズに身を寄せながらニコニコしているソリュシャンにやっぱり自分で見ろと言うのは心苦しい。 

 

「後は」

 アインズはテーブルの上のベルを掴むと再びそれをならす。

 

「失礼いたします! お呼びですかアインズ様」

 先ほどと同じ台詞を口にした男が現れる。

 

「蒼の薔薇が来店した、お前もこちらに来て観察しろ。セバスの接客や態度が人間の目から見て問題ないか知っておきたい」

 アインズの言葉を聞いた男の顔がわずかに歪む。

 

「い、いえ。しかし俺、私はそうした作法など全く知らないのでお役には立てないかと」

 

「アインズ様がそうしろと仰ったのですから、貴方は黙って従いなさい。貴方の行動はシャルティア様の評価にも関わるという事を忘れないように」

 ソリュシャンの台詞を聞いた瞬間、バネが弾けるように背筋を伸ばしてブレインは了承した。

 

「ではお前もこちらに。お前は剣士だったな、武具を扱う者としての目線でも構わん。問題があれば指摘せよ」

 

「ははぁ! 畏まりました。全身全霊を持って努めさせていただきます!」

 シャルティアの名前を出した途端にこの変わりようとは。やはり吸血鬼の眷族化による忠誠は絶対のものであるらしい。

 そんなことを考えている間に、ブレインは壁際、アインズとソリュシャンの更に後ろに着いて鏡に目を向ける。

 一挙手一投足を見逃すものかと吸血鬼の赤い瞳が爛々と輝いていた。

 

「では早速、王国最高クラスの冒険者チームとやらを見させて貰うとするか」

 そう宣言した後、アインズは改めて鏡を操作しセバスへと視点を動かした。

 セバスの前に立つ三人の姿、一人は格好から察するに魔法詠唱者(マジック・キャスター)だろうか。黒いローブをすっぽりと被った小柄な恐らくは女の子。

 恐らくというのは額部分に朱色の宝石をはめ込んだ異様な仮面を付けているため顔が見えず年齢や性別が判断つかないからだ。

 まあ蒼の薔薇は女だけのチームなのだから、あれは女なのだろう。

 しかしここに来てアインズは首を傾げる。

 残る二人、セバスの報告によれば一人は男らしいが、残った者たちはどちらも男のように見えた。

 一人はいかにも一般人というような目立たない格好で、腰に提げたロングソードだけが辛うじて彼が一般人ではないと証明している、短く刈り上げられた金髪の青年と少年の中間に位置するような若い男。

 そしてもう一人、こちらは誰が見ても戦士というような全身筋肉の鎧を身につけたかのような大柄な男。

 四肢も首も胸板も鍛えに鍛え上げたと言う感じでいかにも歴戦の戦士を思わせる。

 

「男が二人と子供が一人に見えるが、どれが蒼の薔薇だ?」

 アインズの疑問に答えたのはブレインだった。ハキハキと切れの良い声で言う。

 

「あのローブの小さい娘と、大柄の奴です。私も噂しか知りませんが、確か名前は小さい方がイビルアイ、大柄の戦士はガガーラン、だったかと」

 言われてから改めて確認し直すと大柄の戦士は確かに胸だけが異様に発達している気がしないでもない。

 そしてその名には聞き覚えがあった。どこで聞いたのだったか、蒼の薔薇の噂を聞いたときに耳にしていたのか。

 どうもハッキリしないが今はどうでもいい、問題は別のところにある。

 

「で? 奴らはどの程度の強さなんだ」

 モモンとして活動している最中にアダマンタイト級冒険者の話は良く聞いたが肝心の強さや戦い方までは知らない。

 この世界の人間の大まかな強さは把握しているが、冒険者は様々なマジックアイテムや武具に金を惜しまず投入する。

 それが自分たちの命を救う事にもなるのだから当然と言えるが、中にはアインズの知らない特殊な物も存在するだろう。

 それがアインズ達、ナザリックの者にも通用する可能性はある。だからこそ弱者と言えど調査と警戒は必要不可欠だ。

 

「ガガーランに関しては俺、いえ私やガゼフに並ぶほどの戦士と聞いていますが、実際に立ち会ったことはないので何とも、ただあの小さな仮面の娘は少し注意が必要かと」

 

「それは何故だ?」

 ただの子供に見えるが、一流の戦士は見ただけで相手の強さが分かるという。アインズにはそうしたものは理解出来ないが、コキュートスやセバスも大体ではあっても相手の強さを見抜くことが出来ると言っていた。ただしそれは戦士として、肉体的な強さという意味であり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそうはいかないはずだ。

 探知系の魔法を使わないと相手の強さなど分かるはずがない。その意味で言うともしかしたらあの外見からは想像も出来ない肉体的な強さを持っているのだろうか。

 

「いえ。正確にはあいつではなく、私は以前蒼の薔薇の前メンバーだった魔法詠唱者(マジック・キャスター)の老婆と痛み分け……いえ負けたことがありました。あの子供はその後任らしいのですが、あの者に代わってからも蒼の薔薇はその武勇を轟かせておりますので」

 

「あの若さでその老婆とやら並の強さを持っているわけか。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の代わりならば、やはり奴も魔法詠唱者(マジック・キャスター)か」

 そもそもその老婆の強さが不明だが、この世界では有名な戦士らしいブレインに勝ったのならばこの世界でも有数の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である可能性が高い。

 それと同格の可能性がある子供。

 

「ふむ。少々興味があるな。まだこの世界の強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはほとんど会ったことがない」

 ガゼフを初めとしてクレマンティーヌ、そしてここにいるブレインと、周辺国家最強クラスと呼ばれる者達とは出会ったが、皆戦士だ。

 敢えて言うのなら、そのガゼフをしとめかけたニグンなるスレイン法国の男ぐらいか。

 あれはあまり実験出来ずに死なせてしまったのは今も惜しいことをしたと思っている。

 つまるところアインズはこの世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の上位レベルはあまり詳しくないのだ。

 なによりこの世界では新たな魔法を開発することが出来る。ならばこの世界最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)はどの程度の魔法を作れるのか、それはアインズの知らない魔法に違いない。

 コレクターとしても、未知に対する警戒という意味でも是非欲しい素材ではある。

 

「捕らえますか?」

 淡々と語るソリュシャンの提案にアインズは思案する。

 現在この三人以外の客はおらず、ここにはアインズとセバス、ソリュシャンがおり、シャルティアも呼ぶことが出来る。

 これだけの戦力ならば相手が未知数の敵だろうと容易に捕らえることが出来るだろう。

 しかし。

 

「いやダメだな。蒼の薔薇が全員いるのならば一考に値するかもしれんが、メンバーは二人だけ、いなくなれば残りの者達が探しに出るだろう。ここに来ると告げていれば尚更だ。取りあえず我々の商品を見せて宣伝役になって貰うところから始めようではないか」

 

「畏まりました。出すぎた真似を」

 

「よい。いちいち謝るな」

 これは何度言っても直らない。

 話し合うことの重要性は幾度となく説いているので、自分の考えを即座に言うようにはなってきているのだが、アインズが否定すると直ぐに引いてしまう。

 今回に関しては他に手があるとは思えないので良いが、いずれはアインズに否定されようとももっと良い方法があると強気で発言するくらいになって貰いたいのだが。

 

(まだまだ先は長そうだ。いや、それはそれで俺の無能を晒すことになるから困るか……まあ、後のことは未来の俺に託して今はこいつ等だな)

 応接室でセバスが持ち出した剣の説明を聞いているガガーラン、そしてその後ろで何やら周囲を見回している金髪の男。

 

「ところであの金髪の男は誰なんだ? 知っているか?」

 

「いえ、私は知りません。鍛え方や動きから見ても一般兵などよりは強いでしょうが蒼の薔薇よりは遙か格下、蒼の薔薇の取り巻きか何かではないかと考えます!」

 食い入るように鏡を見ていたブレインがアインズの言葉に反応し、こちらを向き発言する。

 やはり熟練の戦士は動きだけで相手の強さが分かるものらしい。

 場合によってはモモンとして活動するときに必要な技能になりそうなので今度から注意してみることにしよう。

 そんなことを考えながらアインズは改めて蒼の薔薇とセバスとの話に耳を傾けた。




次の話は多分、蒼の薔薇一行視点の話になります


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第20話 来客 蒼の薔薇+α

クライム視点の話
今回は現地人から見た魔導王の宝石箱と言う話なのであまり話は進みません


「ここか──あんまり流行ってはねぇみたいだな」

 

「ご大層な名前の割には小さい店だ。そもそもここ以前はただの倉庫じゃなかったか? 建て替えもしていないみたいだし、名前負けだな」

 

「ガゼフ戦士長の話では商品の良さもさることながら店主を初め、素晴らしい人材が揃っているという話でしたが」

 手書きの地図を見ながら現在地を確認する少年、クライムが言うと残る二人、蒼の薔薇のメンバーであるカガーランとイビルアイは鼻白むように首を傾げた。

 

「ガゼフのおっさんがそう言うならと思って来たけどよ、そもそもあれはどうした。ギガント・バジリスクは? この店で飼ってるんじゃないのかよ?」

 クライムがたまたま戦士長ガゼフ・ストロノーフに稽古をつけてもらうという幸運に恵まれた際、ガゼフが雑談の中で話したこの店の話をクライムの主、ラナーに話したところ、こちらも偶然遊びに来ていた蒼の薔薇の面々、特に戦士であるガガーランが興味を持ち、またラナーからもどんな店なのか是非知りたいと言われ、その要望を叶えるためにクライムと、同じく興味を持った──そもそも宮殿にいるのが堅苦しくて嫌だったのが本音のようだが──ガガーラン、イビルアイがこうして店を訪れたのだ。

 

「あの馬小屋では? ここからでは姿は見えませんが」

 それなりに大きい──王都の一流店と比べるとかなり規模は小さいが──店舗脇に設置されたこちらは明らかに店の規模に不釣り合いの大きな馬小屋を指す、店舗と異なりこれは新築されたようだ。

 板張りの馬小屋が裏手ではなく店の正面から見えるのは店の景観としてはあまり良くない気がするが、それだけ強大な魔獣を飼い慣らしているというのなら、むしろ見せつける方が宣伝になるということなのだろう。

 

「よし。まずそっちを見て見ようぜ。大体ギガント・バジリスクを飼い慣らすなんて眉唾物だ。バジリスクに鎧でも被せてデカく見せかけてるって方がまだ信じられるぜ」

 言うなり、こちらの意見は聞かずに歩き出すガガーラン。イビルアイも特に反対は無いようで黙って着いていってしまったのでクライムも慌てて後を追った。

 

 

「こいつか! 確かにこりゃ本物だ」

 馬小屋には見張りもなく、入口の扉もないのですんなり中を見ることが出来た。

 中央の入り口から覗くと左右にそれぞれ区分けされた部屋が並んでいる。その右側にいくつかの区画の壁を壊して造られた大きな部屋があり、中には強大な魔獣の姿があった。

 緑色の鱗に覆われた八本足の魔獣、頭をすっぽりと覆う兜を付けていて顔は見えないが、その他の特徴はまさしく噂に聞いた伝説の魔獣ギガント・バジリスクそのものだった。

 

「おいおい、あの頭の兜、ありゃ凝視殺し(ゲイズ・ベイン)じゃねぇのか? 俺の一張羅を魔獣の防具にするとは、なるほど確かに品ぞろえには期待出来そうじゃねぇか」

 先ほどまでつまらなそうな顔をしていたガガーランの顔つきが楽しげなものへと変化する。

 

「ふん。どうかな、一番目立つ店の看板だから無理をして採算度外視の防具を作らせたとも考えられる」

 

「何にせよ、あれはどうみても特注品だ。だったらそれを作れるだけの技量がある、もしくは作れる奴と繋がりがあるってことだろ。よし、さっさと店ん中に行こうぜ」

 もう満足したのかそれだけ言うと意気揚々と歩き出すガガーラン、クライムはもう少しあのギガント・バジリスクやその向かい側にいる何匹かの魔獣を見てみたい気持ちになった。

 

「おい、童貞! 行くぞ」

 

「外でその呼び方は……」

 何度も言われ慣れているとはいえ、町中でそれも大声で呼ばれるのは辛いものがある。

 

「どれ。魔導王などというご大層な名前を付けた厚顔でも見に行くか」

 イビルアイの興味もこの魔獣では無く、店主そのものにあるらしく、大人しくガガーランを追いかける。こうなるとクライムの意見など聞いてもらえないだろう。

 仕方なく最後にもう一度ギガント・バジリスクを目に焼き付けてから二人の後を追うことにした。

 悠然と立ちこちらを意に介さないその姿は伝説の魔獣と呼ばれる風格を醸し出している。

 そう言えば、王国三番目のアダマンタイト級冒険者漆黒のモモンという人物も森の賢王なる伝説の魔獣を従えているらしいが、どちらが強いのだろう。

 そんなことを考えながらクライムは離れつつある二人の背を追い駆け出した。

 

 

 騎士風の格好をしたゴーレムが開いた扉から中に入ると落ち着いた調度品で飾られた店内が一望出来る。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ魔導王の宝石箱へ」

 重心のブレを感じさせない見事な歩き方で三人の側に近づいてきた女性店員が、挨拶と共にお辞儀をする。

 宮殿にも多くのメイド達がおり、元々高貴な貴族の出である彼女たちの立ち居振る舞いも見事なものだが、目の前の金髪の女性も同じほど見事な動きを見せていた。

 なるほど。とガゼフが言った意味を理解しクライムは思わず背を伸ばす。

 

「本日はどういった品をお求めでしょうか?」

 美人というよりは愛嬌のある顔立ちをしたその女性はクライム、イビルアイを見た後、真ん中に立っていたガガーランに目を留めて人好きのする笑顔を浮かべそう問いかけた。

 

「あー、見ての通り俺たちは冒険者なんだが、金に糸目はつけねぇから取りあえずこの店で一番良い武具とかマジックアイテムを見せてくれねぇか」

 ガガーランの口調はどこか困惑気味だ。

 恐らく無骨な外観の建物に入ると別世界──貴族の屋敷のような見事な造りだ──のような場所が現れ、ついで洗練された立ち居振る舞いを持つ店員が現れたことに毒気を抜かれたのだろう。

 通常武具やマジックアイテムを扱う店というのは職人気質な店が多く、効率や機能性を重視し、店員もぶっきらぼうな態度を取る者が多いと聞く。

 冒険者の立場からすると、そうした店の方が居心地が良いのだろう。

 実のところクライムもそうだった。

 この店は貴族が買い物をする高級店の雰囲気に近い。クライムの主は滅多に外に出ることはなく、自由に買い物をするよりは宮殿に御用商人を呼んで欲しい物を選ぶ方が多いため、必然的にクライムもこの手の店に慣れていないのだ。

 

「ではあちらにどうぞ。目録をお持ちいたします」

 そう言って女性が指した先にはカウンターがあり、その向こう側にピンと背筋を伸ばした女性が立っていた。

 あそこで目録を貸し出してくれるのだろう。

 

「魔術師組合みたいだな」

 

「あそこもここまで仰々しくは無いがな。それにしても店員は全員女か。店主の趣向が透けて見えるな」

 小声で話し合う二人を気にする様子もなく、女性はどうぞ。と言って案内をする。

 店内は外から見るより狭く、奥行きも無いことから同じ建物内に倉庫も兼ねていることがわかる。

 左右の突き当たりには豪華な彫刻が施された扉が一つずつあるが、あちらは商談用の個室か何かなのだろうか。

 この二人が最高ランクの冒険者蒼の薔薇の一員だと知っているのなら初めからあちらに通されても良いようなものだが、気付いていないのだろうか。

 そんなことを考えている間にカウンターに着いた三人に別の店員が挨拶をした後、目録を差し出した。

 金糸や細かな宝石で飾られた立派な表装の目録を手にしたガガーランはそれなりに気を使いながら頁を捲る。

 武具を探しているのは一目瞭然だが、クライムとしては主が好みそうな服や装飾品も見てみたいところだ。

 これだけ高級な店ならそうした物もあるに違いない。

 

「武具は、ここからか……」

 そう言って手を止めたガガーランは今度はゆっくりと頁を眺め出す。横からクライムも覗くがイビルアイは背丈的にカウンターには背伸びをしなくては届かないためか、カウンターではなくその奥の店員たちを観察している。

 あるいは先ほど興味を示していた店主を捜しているのかもしれない。

 

「おいおい。嘘だろ、こいつは」

 

「どうしました?」

 イビルアイに気を取られていたクライムだが、ガガーランの緊迫した声に慌てて目録に目を落とす。

 載っていたのは剣である。非常に美しい細工が施された、武器というよりは飾って楽しむ装飾品のようなデザインだ。

 しかしそうした武器は別に珍しくない。

 貴族達が自分の権威を示し館に飾るために実用性ではなく外見を重視した武器を作らせるのはよく聞く話だ。

 扱えもしない飾るための武器に大枚をはたくというのはクライムにはよく分からないが、貴族としては真っ当な嗜みなのだそうだ。

 

「刀身は全てオリハルコン製だとよ」

 呆れたようなガガーランの声にクライムも目を向く。

 オリハルコンは一般に知られている金属の中では二番目、アダマンタイトの次に硬く、高価な金属だ。

 かつてクライムが主であるラナーから贈られた全身鎧(フル・プレート)はミスリルをかなり使い所々にオリハルコンが使われている。

 それでもその価値は計り知れず、冒険者で言えばオリハルコンクラスの冒険者でようやく持てる程の代物でそれは一般人ではとても手が出せないほどの金額であることは想像に難しくない。

 それを上回るであろう武器があっさりと目録に載っていることに驚いたに違いない。

 

「これは……ガガーラン、さん。どうなのでしょう、やはり簡単には手に入らない代物なのでしょうか?」

 様と言いかけて、いつも言われていることを思い出し慌てて言うが、ガガーランの方は気に止めた様子もなく、大きく頷いた。

 

「ああ。いや俺が持っている装備やラキュースの武器とは流石に比べられねぇが、すげぇのはこれが量産品でしかも新品ってところだ。要するにこの武器をいくつも作れる職人がいるってことだ。まあ俺もその手の職人を知らない訳じゃないが、俺たちが使ってるのは遙か昔に作られた武具を鍛え直したりしたもんも多いからな。姉ちゃん、こいつを見せてくれるか?」

 

「畏まりました。ではお持ちいたしますのであちらの部屋でお待ち下さい」

 

「使い心地も確かめてぇんだが、それ用の場所はあるかい?」

 

「同室内に用意してございます。お客様方はいかがでしょう? 気になる物はございますか」

 クライムとイビルアイ。それぞれに視線を移し店員が問う。

 フードと仮面を付けているとはいえ背丈的に子供にしか見えないイビルアイにもキチンと客として対応するのはやはり彼女のことを知っているからなのかそれとも高級店の店員はこうしたものなのだろうか。

 

「小僧、そいつを貸せ。私も見てみたい」

 

「あ、はい」

 カウンターの上の目録に手を伸ばそうとして目で店員に問題ないか確認する。

 これだけで一財産になりそうな目録だ、カウンターから持ち出すのは禁止かも知れないと思ったのだ。

 しかし店員は笑顔でどうぞ。と目録を手に取って三人の側に控えていた金髪の店員に渡し、そこからイビルアイに目録が手渡される。

 

「うむ」

 

「お客様、よろしければ皆様であちらの部屋にどうぞ。商品を持ち出すまで些か時間がかかりますので。ご案内いたします」

 突如、男の声が聞こえクライムは思わず体を反応させた。

 

「なっ!」

 

「っ!!」

 ガガーランとイビルアイもまた同様のようでこちらはクライムより遙かに素早く、そして隙がない。

 三人の視線の先にいたのは老人だった。 

 髪も髭も完全に白いが背筋はすらりと伸び、立ち姿は鋼で出来た剣を思わせる。

 彫りの深い顔立ちには皺も目立ち、温厚そうにも見えるがその中にあって鋭い眼光だけが獲物を狙う鷹のようだ。

 この老人がこの店の店主なのだろう、そう思わせる風格がある。

 

 しかし問題なのはそこではない。

 この老人の接近に誰も気がつかなかったことこそが問題なのだ。

 クライムは自身に才能がないことなど理解しているが、それでも冒険者で言えば金級程度の実力はあるつもりだ。

 それに応じた探知能力も持っている。

 魔法やアイテムによる探知などとは違うが、それでも人が近づいてくる気配程度ならば分かる。

 その自分が気づかなかった。

 いや、それすら問題ではない。所詮自分の気配探知は独学だ。

 問題なのは残る二人、王国トップの冒険者であるアダマンタイト級冒険者の二人が、老人の接近に気づかなかった。

 これが問題なのだ。

 何か特別なアイテムや魔法を使ったのだろうか。とも思うが店の中でそんな物を使用する意味がない。

 

「あんた、何者だい?」

 短い沈黙の後口を開いたガガーランに対し、老人は口元を持ち上げ優しげな笑みを浮かべると深く礼を取る。

 

「申し遅れました。私は魔導王の宝石箱の主、アインズ・ウール・ゴウン様より、この店舗を任せられております、セバス・チャンと申します。以後お見知り置きを」

 これが挨拶の手本だと言わんばかりの見事な礼をとりながら名乗るセバスという老人、彼が店主で無かったことに驚きつつ、クライムは取りあえず危険は無いと判断し、体に入れた力を解いた。

 

「いや、俺が聞きたかったのはそういうことじゃないんだが……まあいいか。案内してくれよ」

 

「はい。ではこちらに」

 くるりと背を向けて歩き出すセバスを追ってガガーランが続く。その視線はセバスの一挙手一投足を見逃すものかという強い視線だった。

 

「……戦士の技量は良く分からないが、あの老人、強いぞ」

 クライムに告げるというよりは自分に言い聞かせるように呟きながら、イビルアイもその後を追いクライムも続いた。

 

「では少々お待ち下さい」

 案内された部屋は手前にソファとテーブルの応接セットが置かれ、奥の壁一面には武器が飾られていた。

 その近辺は応接間より一段下がっており、そこに滑りにくそうな荒い石畳が敷かれ試し切り用の藁で作られた人形がいくつも配置されている。

 王宮内にある訓練所に似ている。

 セバスが離れた後、クライムはずっと気になっていたことを聞くためにガガーランに近づいた。

 

「ガガーランさん」

 

「言うな。分かってる、あの爺さんだだ者じゃねぇ。隙がないとか、そういう問題じゃなくただ歩いているだけで分かる。あれは動きとして一つの高みにあるもんだ。俺がどうのこうのじゃない、ガゼフのおっさんだってあんな動きは出来やしない」

 

「まあ、あの手の動きは才能云々ではなく永い時間をかけて得られるものだ。才能ある者があの年齢になるまで鍛錬を続けてようやく得られるもの……だとすると恐ろしいな」

 

「どういうことでしょうか?」

 セバスという老人が凄いのは理解したが、イビルアイの言うことが分からない。

 

「あの立ち居振る舞いだ。小僧、お前は偉そうな貴族やら王族やらを近くで見ることがあるんだろ? そいつらに仕えている執事やらメイドやらと比べてあの老人の動きはどう見えた?」

 

「それは……こういう言い方はしたくありませんが、あの方の動きや仕草、態度はまさしく執事としての極みに達しています。一流の貴族であれば誰が見てもあの方を欲しがるでしょう」

 自分に仕えている者の力量がそのまま自らの評価に繋がると貴族たちが考えているのはクライムも良く知っている。

 だから貴族たちが執事やメイドに求めるのは外見もさることながら、一糸乱れぬ動きや礼儀作法を極めた人材なのだ。

 あの老人にはそれがある。

 

「そうだろうな。しかし当然のことながら、その手の道だって才能も必要なら、訓練の時間も必要だ。あの老人は間違いなく戦士だろう、そして執事としても完璧、その二つをそれぞれ頂点と言えるほど極めているというわけだ」

 イビルアイの台詞にようやくクライムは納得する。

 

「ストロノーフ様の仰っていた意味が分かりました。確かに素晴らしい人材が揃っている」

 最初に案内をしてくれた店員の動きとて、見事なものだった。

 それらの上に立つアインズ・ウール・ゴウンなる人物にますます興味が沸いたが、ざっと店内を見た感じでは居ないようだった。

 外から見ると三階建ての建物に見えたので上にいるのだろうか。

 

「小僧。脳天気なお前の主人にこの店のことを伝える時は気をつけるんだな。この店は伝え方によっては毒にもなるぞ」

 

「それはどういう……」

 クライムが聞くより先に、扉がノックされセバスが戻ってきた。台座のようなものを持ちその上には豪華な鞘に納められた一本の剣がある。

 先ほどまで話をしていたイビルアイは、無言でその場を移動しソファに飛び乗ると途端に驚いたような顔をした後、再度座り直し、手にしていた目録を開いて読み始める。

 あちらにも興味はあるが、戦士であるクライムとしてはやはり武器の方が気になったので、セバスと共にガガーランの元に移動した。

 

「こちらです。どうぞお試し下さい」

 

「おう。ありがとうよ。セバスさん」

 受け取った剣を握りながらガガーランは鞘を外すとそれをどうしたものかと視線を動かす。

 

「お預かりします」

 セバスがそれを受け取り、改めてガガーランは剣を握った。

 それなりに幅のある長剣だが、ガガーランが持つと少々頼りなく見える。

 それをまるで小枝のように操りながら幾度か素振りをした後、ガガーランはセバスを見た。

 

「試し切りってのは出来るのかい?」

 藁の人形を指しながら言う。

 

「勿論です。ですが、あれでは物足りないでしょう。そちらの鎧をご使用下さい」

 

「いいのかい? 俺がオリハルコンの剣を使えばあの程度の鎧くらい斬れるぜ」

 

「どうぞお試しください。そのための鎧です」

 冒険者が相手にするモンスターは場合によっては金属よりも硬い外皮を持つものも存在する。よってそうしたものに通用するか試す際は鉄板や、鉄の棒に藁を巻いた物を使用するという話を聞いたことがあるが、セバスが指したのは新品の鎧だ。

 造りも見事で試し切りに使うには勿体なさ過ぎる。と思うがガガーランは特に気にした様子を見せない。

 

「なら。遠慮なく」

 よく考えればこれだけの店だ。これぐらいの損失は必要経費なのだろう。

 セバスが移動させた鎧を前にガガーランが剣を上段に構えた。

 クライムが教わった大上段からの一撃に違いない。その証拠にガガーランは一度クライムの方を見てニヤリと笑う。

 お手本にしろと言いたいのだろう。

 無言で頷き、見逃すまいと目を見開く。

 

「オラァ!」

 大上段から一気に振り下ろされる一撃は、まるで素振りをしているかのごとく、何の抵抗もなく鎧を斬り裂いた。

 ガランと大きな音を立てて鎧が崩れ落ちる。肩口から斜めにバッサリと斬られた鎧の切り口は真っ直ぐでそれがガガーランの斬撃の凄まじさを物語っていた。

 あれだけ簡単に鎧を斬り裂けるということは金属自体が薄く、硬度も低い物なのだろうが、それでもこうまで見事な斬鉄を目の当たりにすると、クライムは流石という思いとともに、自分の弱さを実感してしまう。

 

 ガガーランは武技は使用していない、ただ剣を振るっただけだ、それでこの威力なのだから。

 賞賛の声を上げようとしたクライムだが様子がおかしいことに気がつく。

 斬った側であるガガーランが驚いたような顔つきで剣を見つめていたのだ。

 

「流石は王都最高クラスの冒険者チーム、蒼の薔薇のガガーラン様。お見事でございます」

 そんなガガーランの驚きに触れもせず、セバスが拍手と共にガガーランを称える。

 やはりガガーラン達の素性には気付いていたらしい、その口調は平坦なものではあるが、それが逆にわざとらしさを感じさせない。

 

「いや、セバスさんよ。こいつぁ、本当に魔法武器じゃねぇのか? 魔化もなにもされていないただの剣なのか?」

 

「はい。魔化は後ほどでもかけられますし、そちらの品は装飾品として飾って楽しんで戴くことを目的に製作された武器です。もっともそうしたものでも武器である以上、一定以上の強さを持つように造ってはいますが」

 

「飾りもんだぁ? 冗談だろ。ならアンタ等が本気で造った武器ってのはどれだけ……」

 途中まで口にして絶句してしまったガガーランに慌ててクライムが問う。

 

「ガガーランさん。その武器はそんなに素晴らしいのですか?」

 

「あ、ああ。並の武器とは切れ味が違う。南方の国に刀っていう切れ味を究極まで磨いた細い剣があるんだが、こいつはそれに勝るとも劣らねぇ切れ味だ。斬ったこっちが驚いちまったぜ。だからてっきりこいつは魔化が施された魔法武器かと思ったんだが……」

 ガガーランの言葉の真意にクライムも直ぐに気がついた。

 ようはこの武器が魔法の力が一切かかっていないというところが重要なのだ。

 先ほどセバスが言ったように魔化とは剣が完成してからでも加えることが出来る。

 素の状態でもガガーランが驚くほどの武器に魔化を加えたらどれほどの武器になるのか、そしてそれが本気で強さを追求したものではなく、ただの装飾品だと断言するセバスの言葉もまた驚きに拍車をかけている。

 

「こっちからも一ついいか?」

 

「はい。如何なさいました?」

 クライムとガガーランが絶句している中、一人普段と変わりない口調で声をかけたイビルアイにセバスは丁寧な口調で対応する。

 

「この目録見させてもらったがこの店の店主、アインズとか言ったか? そいつは魔導王を名乗るほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだろう。その割にマジックアイテムの品揃えが大したことがないのはどうしてだ?」

 

「……我が主は間違いなく他に並ぶ者が存在しないほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)。ですがその目録は一般向けの目録です。先ほどのガガーラン様の疑問にもお答えしますが、我々が戦いを前提とした作った武器やマジックアイテムをご紹介出来るのは、失礼な言い方になってしまいますが店舗の会員と認められた方のみとなっておりますので、その目録には載せておりません」

 淡々と語るセバスにイビルアイ、そしてガガーランもピクリと反応を示した。

 

「要するに俺たちじゃ力不足だって言いたいのか? んじゃ誰なら認めて貰えるんだ?」

 蒼の薔薇は言うまでもなく王国最高の冒険者であり、彼女たちに並ぶ強さを持つ者は周辺諸国を含めても数えるほどしかいないだろう。

 その自分たちですら、この店の武具を持つには至らないと言われているも同然とあって、その声は不満げだ。

 イビルアイもまた同様なのだろう口には出さないが仮面の下でセバスを強く睨みつけているのが見えるようだ。

 

「いえ、そういうことではございません。そもそも私がそれを判断することは出来ないということです。あくまでもそれらを決めるのは我が主、以前我々が別の地で店を構えていた時よりそうした方法を取っております。現在この国にいる方の中では、そうですね……」

 セバスは一度言葉を切り、少し考えるようにしてから改めて口を開いた。

 

「皆様ならご存じでしょうが、王国で三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン様とナーベ様はかねてより我々の顧客であり会員。現在も武具やアイテムのサポートを行っております」

 セバスの口から出た名前はクライムも知っていた。他ならぬこの二人の口から聞いた話だ。

 二人組の冒険者チームで、たった二ヶ月の間に数多の偉業を成し遂げあっという間にアダマンタイト級まで上り詰めた冒険者だ。

 

「例のエ・ランテルの冒険者チームか。なるほど眉唾な偉業ばかりだと思っていたが、アンタ等みたいのが後ろに居たのならそれも納得だ。俄然興味が沸いてきたぜ。その店主様は今はいねぇのかい? 出来ればお目にかかりてぇもんだが」

 

「……少々お待ちを。確認いたしましょう」

 そう告げてセバスが部屋を出て行く。確認という言葉が気にかかるが取りあえず居ることは居るらしい。

 どのような人物だろうか、とクライムはまだ見ぬ店主の姿を想像する。

 ガゼフは帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に匹敵するのでは無いかと語っていた。帝国で最強と言えば三重魔法詠唱者(トライアッド)、ことフールーダ・パラダインだろう。

 彼の力は──どこまで信じていいものか不明だが──帝国の軍事力と個人で張り合えるとまで言われている。

 勿論話には尾ヒレが着くものであり、クライム自身その話を完全に信じているわけではないが、それでも多数に匹敵する個の力というのは間違いなく存在する。

 王国戦士長ガゼフもその一人だ。

 だからあるいは帝国全軍とはいかずとも、一軍くらいには匹敵するのではないか。と密かに考えていた。

 そしてそれに匹敵するとガゼフが言う魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン。

 出来れば会ってみたい、英雄譚を集めるのは自身の秘密の趣味なのだ。それほどの人物なら是非とも話してみたい。

 

「あまり期待しない方がいいぞ」

 そんなクライムの心を読んだかのように、イビルアイがつまらなそうに口を開く。

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「そのままだ。並ぶ者のいない魔法詠唱者(マジック・キャスター)などと言ってはいるが、魔法という奴は一人で籠もって研究していたからといって深淵にたどり着けるものではない。むしろ様々なものを見て、自分と同格あるいは格上の者に師事を仰ぐことによって成長するものだ。だから偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)は大抵名が知られている。あの逸脱者フールーダだって昔はただの優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったが帝国に永く仕え、帝国が集めた魔法の知識を調べ腕を磨き今の地位に立ったのだからな」

 

「でもよ。ほらいつかの法国の特殊部隊みたいな奴ら、アイツ等はかなりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったけど名前は知られてねぇだろ? ああいう奴なんじゃねぇの?」

 

「あれはむしろ法国と言う巨大な檻の中で成長した者だ。そのアインズとかいう奴が法国から抜け出したのならばともかく、それはありえん。そうであるならこんなところでのんびり店など構えていられないだろうからな」

 

「と言うことは」

 

「たまたま遺跡か何かで、未知のマジックアイテムの一つでも見つけてそれを応用して金儲けを企んでるといったところじゃないか? それなら知られてなくてもおかしくない」

 手にした目録をテーブルの上に放るように置き、イビルアイは手のひらを上にして肩を竦めた。

 

「ま、だとしてもこの武器を作れる奴がいるってだけで俺には収穫ありだな。お前の武器もここで買えばいいんじゃねぇの? 鎧はともかくお前武器は大したもん持ってねぇだろ?」

 

「いえ、しかし私ではこれほどの武器、手が出ません」

 金銀の細工と宝石で飾られた鞘に刀身がオリハルコンで出来た剣、その値段は計り知れないだろうし、そもそも第三王女の従者という地位の自分が王宮であれほどの武器を持ち歩けばどうなるかわかったものではない。

 貴族連中から確実にやっかみを受け、主であるラナーにも被害が及びかねない。

 確かに。とガガーランが頷いた瞬間、扉がノックされセバスが戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。主も是非皆様とお会いしたいとのこと。こちらにお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 セバスの言葉にガガーランもイビルアイも同意し、セバスの目がクライムにも向いた。

 当然クライムに異論などあるはずもなく一も二もなく頷いた。

 

「では」

 そう言うとセバスは手を持ち上げ、パチンと指を弾いて音を鳴らす。

 何かの合図だろうか、と思う間もなくクライムの視界に突如として黒い影が現れた。

 いや、それは影ではなく黒いローブだった。

 突然クライムの眼前に黒いローブを纏った人物が姿を現したのだ。

 頭まですっぽりと覆い、顔には泣き笑いのような不思議な表情をした仮面を身につけ手にはガントレット、足には足甲と素肌を晒している部分が存在しない。

 そのガントレットには如何にも高級そうな幾匹もの蛇が絡み合う姿を象った派手な杖が握られている。

 

「お初にお目にかかる皆様方。私が魔導王の宝石箱の店主アインズ・ウール・ゴウンだ」

 重々しく威厳に満ちた声が響き渡る。

 大声でもないのに不思議と良く通る声と、その存在感にクライムは圧倒されゴクリと唾を飲んだ。




次の投稿は年明けになります


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第21話 蒼の薔薇との会談

蒼の薔薇とアインズ様の会談
今回は10巻の話を先取り
ちなみに今更ですが書籍版やweb版にある話と類似した展開になることもありますので、まだ読んでいない方はネタバレ注意でお願いします


(さて。取りあえず席に着いたはいいが、なにを話せばいいのか見当もつかん。セバスに必要があれば代わるなんて言うんじゃなかったな。転移魔法にもさほど驚いた様子はないし、どうしたものか)

 

 上の階でセバスとの会話、そしてセバスがいなくなった後の様子を観察している最中に、セバスから蒼の薔薇がアインズに謁見を求めていると連絡を受け──現在の立場的に謁見という言葉はおかしい気はするが──わざわざ一時的に転移阻害のマジックアイテムを外させ、この世界では英雄と呼ばれる一部の者のみが行使出来るとされている転移の魔法で登場したというのに、驚いているのは蒼の薔薇の付き添いと思われる金髪の少年くらいで、残る二人は特に驚いた様子を見せない。

 むしろ若干警戒している節すら窺えた。

 

「さて。ご高名なアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のお二人とお会い出来て光栄だ……ところで、君も冒険者かな?」

 ソファ越しに向かい合ったアインズは未だ全員が無言のため、仕方なく自分から口火を切り蒼の薔薇の二人に軽く挨拶をした後、未だ素性の知れぬ金髪の少年に目を向けた。

 

 別に興味があったわけではないが、蒼の薔薇ばかりに声をかけて蔑ろにし過ぎるのも印象が良くない。

 この少年が貴族でお忍びか何かで、蒼の薔薇がその護衛の可能性だって無いわけではない。

 

「自分は──」

 年の割に妙に低くしわがれた声で口を開こうとする少年に対し筋肉の塊のような女、ガガーランが身を乗り出すように前に出た。

 

「こいつはクライム。俺が今面倒を見ているガキだ。冒険者じゃねぇが、まあ似たようなもんさ。それよりあんた、俺たちのことは知ってるんだな」

 

「それはもちろん。この地で商売をするからにはそのぐらいのことは調べているとも。蒼の薔薇の戦士ガガーラン殿に、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイ殿、冒険者にはそれなりに思い入れがあるのでね」

 

「例の漆黒の二人組か、そこの老人から面倒を見ていると聞いた」

 

(声を変えているのか? 子供か、老婆か、身長的には子供のようだが、舐められないようにするためにわざとそうしているということか)

「その通り。彼らは昔から私が面倒を見ている」

 

「なるほどなぁ、それでだ。俺たちがあんたに会いたかったのは、そこのセバスさんに聞いたんだが、この店じゃあんたに認められて顧客にならないと上級の武器が見れないそうじゃないか。俺としては是非ともその武器も見せて貰いたいんだが、どうすりゃいいのかね」

 グイと身を乗り出してアインズに体を近づけるガガーラン。

 全身筋肉と言っても差し支えない肉体が迫ってくると実力如何に関わらず妙な圧迫感がある。

 しかしここで仰け反るような真似は出来ない。

 

(いきなりそう来るか)

 その位置のままアインズは高速で頭を回転させる。

 ここまで唐突に真正面から話してくるとは思っても見なかった。

 

(さてどうするべきか。正直言ってここで蒼の薔薇を認めるのは悪い話じゃない。モモンに続いて蒼の薔薇も顧客になったとなれば少なくとも武具の部門においては、この都市と言わずいずれ王国全土に名前が轟くことになるだろう。しかし)

 チラリとガガーランの身につけている装備に目を向ける。

 防具は明らかに軽装であり、武器も本来の物で無い可能性もある。そして以前ナーベラルに命じた他のアダマンタイト級冒険者の装備品についてはまだ詳しく分かっていない。

 

 要するにどのレベルの武器を見せればいいのか分からないのだ。あまり強すぎると怪しまれる上、モモンの強さが武器に依存したものだと誤解される。

 しかし蒼の薔薇が持つ装備より弱い物だと顧客にはならないだろう。かと言って同等の物を知るために探りを入れても、ここで上手く聞き出せるとは思えない。

 

(やはりここは時間を稼ぐしかないか)

 きっぱりと断るのではなく、なにか条件が必要だということにして時間を稼ぎ、その間に蒼の薔薇のことを詳しく調べる。

 これが最適だろう。

 問題はどんな条件にするかだが。

 

 これもまた難しい、そもそも冒険者として最高位の彼女たちが達成出来ない条件では他の顧客が作れない、かと言って簡単なものではこの場で達成と言い出しかねない。

 

(一部の冒険者にしか達成出来ない条件を考えろってことか。やはり退治したモンスターのレベルや数にするしかないか。しかしそれだとこいつ等なら簡単に達成出来る可能性がある。こいつ等まともに冒険もしないでモンスターばっかり狩っているからそれぐらいしか条件が……待てよ)

「その前に一つ訊ねるが、君たちは今までどのような冒険を成し遂げてきたのかね?」

 

「ああ? 俺たちの功績ってことか? そんなもん冒険者組合に行けば直ぐにでも──」

 

「そうではない。どんな強いモンスターを倒したか、どれだけ多くのモンスターを退治したか、そんなことは我々の求める冒険者には不必要だと言っている。我々が求めているのは未知を切り開く者達だ」

 

「未知?」

 

「そう。私は元々僻地で己の魔法の研究に勤しんでいた。それがひと段落し、こうして我が研究の成果を広めるためにこの国に来たが、その過程で知った冒険者は私が考える冒険者とはまるで違った。既存の君たち冒険者はまるでモンスター専門の傭兵だ」

 ガガーラン、そしてイビルアイが反応を示す。

 しかしそれを無視してアインズは続けた。

 

「私の考える冒険者とは未知を見つけ出し、世界を狭める者のことだ」

 

「世界を狭めるだぁ?」

 

「そう。例えば王国の東には帝国とを隔てる山脈があるな?」

 

「アゼルリシア山脈か」

 如何にも、と偉そうに頷いて続ける。

 

「あの地にはフロスト・ドラゴンが生息しているとの噂があるが、それを確かめた者はいるかね?」

 かつてツアレの妹であるニニャがそんな話をしていた。

 現在ドワーフの国に関する調査を行わせているコキュートスによるとどうやら、今でもドラゴンが生息しているのは間違いないらしい。

 

「危険を冒してあんなところをわざわざ調査をする奴なんかいねぇよ」

 

「だがあそこには武具で有名なドワーフの国がある。帝国ではドワーフの国と国交を結び武具を仕入れていると言うではないか、つまりメリットは存在するのだ。にも関わらず王国の冒険者は手を出さない」

 

「依頼がないからな。冒険者は依頼がなければ動かんよ」

 イビルアイの台詞に確かに。とアインズは頷く。

 

「しかし、知らないところをそのままにしていては、一向に世界は狭まらない。故に私は冒険者に対し、そうした未知の部分を減らして貰いたいと考えている」

 これはアインズが初めに冒険者という言葉を聞いて想像したことだ。実際はただのモンスター退治屋であり、ガッカリしたのを覚えている。

 

 ガガーラン達が無言になり、こちらを真っ直ぐに見据えているのが分かる。

 隣にいる少年に至っては目を見開いたまま、表情が固まってしまったかのようだ。

 

「とは言えそれには危険が伴うだろう。そもそも誰もそうした行動を取らないのは命の危険があるからだ。死んでしまっては元も子もないからな」

 

「……」

 皆無言だが、その中に納得の感情を見つけ、アインズはさらに畳み掛ける。

 

「だからこそ、私の依頼を受けてくれる冒険者を顧客として専用の武具を売り、時には貸し与える。強さの問題ではなく志の問題だ。モモンも素質はあったが、かつては今ほど強くは無かった。しかし彼には目的があり、私の考えにも賛同してくれた。だから昔から彼には我ら魔導王の宝石箱の顧客として武具やアイテムの世話を行ってきた。彼はその期待に見事応えて、今ではアダマンタイト級冒険者にまで成長してくれたよ」

 話しながらアインズは頭の中で必死になって頭の中でストーリーを組み立て続ける。

 もしかしたら矛盾も出ているかもしれないが、今はとにかく話して誤魔化すことが重要だ。

 

「私は嘆かわしい。君たちが単なる退治屋であることが、そして誤解を承知で言うのなら厭わしい。君たちが冒険者を名乗っていることがね」

 ガガーランの体がピクリと反応する。

 

(ちょっと偉そうにし過ぎたか? 相手は最高位冒険者、もう少し言い方を考えるべきだったか。しかしもう止まれない)

「さて、それを踏まえ君たちが本物の『冒険者』となるのならば、その時は魔導王の宝石箱の顧客として登録しようではないか」

 

(どうだ。これなら今すぐには顧客に登録出来ないし、蒼の薔薇を調べる時間が出来る……いや待てよ、もしこいつ等にその気がなかったらどうしよう? 冒険者がみんなそう言う冒険がしたいとは限らないじゃないか! だが今更否定する訳にも)

 背筋に冷たいものが走り、出るはずのない汗が吹き出ているようなそんな気すらする。

 最近出たとこ勝負の適当な出任せが上手く行っていたからといって調子に乗っていた。

 

「話は以上だ。これで失礼する、申し訳ないがこれからするべき事があるのでね。セバス後を頼むぞ」

 

「畏まりました」

 これ以上ここにいるとボロが出続けてしまう。上では未だソリュシャンがこの様子を見ている筈だ。

 はっきり断られる場面を見せたくはない。

 後のフォローをセバスに丸投げしつつ、アインズは未だ無言のままでいる蒼の薔薇に会釈すると、転移の魔法で上に逃げ出した。

 

 

 

「お疲れさまでした。アインズ様」

 

「うむ」

 転移の魔法で自室に戻ると頭を下げたソリュシャンが出迎えた。

 ブレインもまた同様に頭を下げているがこちらは何も言わない。

 ソリュシャンにそう命じられているのかもしれない。

 

「流石はアインズ様。あの愚か者共もきっとアインズ様のお言葉に感銘を受けたことでしょう」

 

「どうかな。私としてはどちらでも良い。どちらに転んでもメリットが出るようにしたつもりだが……」

 当然メリットなど考えていない。蒼の薔薇がどう動くか確認してから考えるつもりだ。

 

「さて、ブレインよ」

 その前にソリュシャンからどんなメリットがあるのかと問われないために、先んじてアインズはブレインに声を掛ける。

 

「は、はっ! な、何でごさいましょうか!」

 体を震わせどもりながら口を開く男にソリュシャンが一瞬冷たい目を向けたがアインズが手を振ると直ぐに目線を外した。

 

「お前は冒険者ではなかったそうだが、今の私の話を聞いてどう思った?」

 

「非常に素晴らしく、魅力的なお話かと!」

 必死な様子のブレインにアインズはふむ。と顎先に手を持っていきながら考える。

 本気で言っているのか、それともお世辞なのか。どちらともとれる反応だ。

 

「ブレインよ。知っての通り私は人間ではない。ソリュシャンもそうだ。故にお前には剣士として、そして元人間としての目線で見てもらう必要があると言ったな。そこに余計な気遣いや世辞は不要、むしろ邪魔ですらある。それを踏まえてもう一度答えよ。人間にとってあの話はどのようなメリットがあるのだ?」

 ゴクリと唾を飲む音が大きく響く、少しの間目を泳がせていたブレインだが、やがて重々しく口を開いた。

 

「私が一番魅力を感じたのは強い武具が手に入るというところです。私の場合は目標があったのでそれが一番のメリットに感じましたが、冒険者になるような連中はまた少し違うと思います」

 

「ほう。どう違うと?」

 

「冒険者になるような連中は総じて子供の頃に読んだ英雄譚に憧れを持っています。もっと言えば自分が英雄になりたいと思って冒険者になります。ですが、途中で自分の実力に見切りをつけたり、命を大事にしたりで、結局は手近なところでモンスターを狩って生活するようになる。しかし心の奥では先ほどアインズ様が語られたように未知の冒険をする本物の冒険者に憧れている。それを後押ししてくれるというのは大きな魅力かと」

 つらつらと語るブレインの言葉に聞き入り、アインズは何度か頷く。

 

「では奴らは私の話に乗ると思うか?」

 

「いえ、オリハルコンやミスリルといった最高位手前の者でしたら乗るかと思いますが、アダマンタイトは少し違います。奴らにとって最高位と言うのが逆に枷になるかと」

 

「枷だと?」

 

「もちろん全員がそうだとは言いませんが、最高位に上り詰めた人間は上を目指すのではなく、今の位置を守ることに尽力するようになるのではないかと」

 

「余計なことをして失敗し、折角の名声が落ちては困るということか」

 考えてみれば、エ・ランテルの町にいたなんとかというミスリル級冒険者は確かにそんな感じだった。

 エ・ランテル最高位の地位に固執し、突如同格として現れたモモンの邪魔をしてきた。

 あれもまた自分の地位を守るための行動だったのだろう。

 

「でしたらアインズ様。蒼の薔薇を動かすにはもう少し別の……例えば他のアダマンタイト級冒険者に先を越された。等の危機感を感じさせるのが良いのではないかと考えます」

 しばらくアインズとブレインの話を黙って聞いていたソリュシャンが口を開く。

 

「ほう。具体的にはどうする?」

 

「はい。ここはやはりモモン様に活躍していただくのが良いかと。自分達より遙かに早く、そしてたった二人でアダマンタイト級冒険者まで上り詰めたモモン様とナーベにはあれらも危機感を抱いているかと思います。ですので、先ほどアインズ様のお話に出たアゼルリシア山脈、そこを既にモモン様が攻略し、ドワーフの国までの道を見つけたとの話をさりげなく聞かせるのです」

 

「ほほう。なるほど、先ほど自分達が即答出来なかった危険な冒険を漆黒が既に成功させたと聞けば自分達の名声を守る意味でも進んで我々の顧客になろうとするということか」

 納得のいく提案にアインズは満足げに頷く。

 

「ちょうどあの者達も帰るようですし、よろしければ私が下に降りてさりげなく今のお話を伝え、同時に少し煽ってまいりますが、如何でしょうか?」

 チラリと鏡を見ると確かにセバスが扉を開き、蒼の薔薇が外に出ようとしているのが映っている。

 

「ふむ。どちらでも良いとは言ったが、確かにそちらの方がメリットは大きいか。良かろう、ソリュシャンお前に任せる。やってみよ、どうせ他の仲間に相談するだろうからどちらにせよここでは即答しないだろうがな」

 

「畏まりました。必ずやアインズ様のご希望通りにあの者共を踊らせてご覧に入れます」

 そう告げるとソリュシャンは優雅なお辞儀を残し、部屋を後にする。彼女の口調や態度には蒼の薔薇への隠しきれない不満や怒りを感じたが恐らくあのイビルアイなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)がアインズを軽んじる様なことを言っていたせいだろう。

 

 残されたのはアインズとブレインの二人のみ、若干の気まずさを感じるが、アインズが話を振ってやることもない。

 無言のまま椅子に座り直し、先ほどと同様、鏡と魔法を組み合わせて監視をすることにする。

 先ずは鏡を操作して外に出た蒼の薔薇を追跡した。

 

 

「ではお手並み拝見と行くか」

(暴走しなければいいんだが。まあソリュシャンなら大丈夫だろう)

 下の階に降りたソリュシャンはちょうど蒼の薔薇が出口付近まで移動した辺りで奥の部屋から姿を見せ、初めて気がつきましたとばかりに蒼の薔薇に目をやると、颯爽と近づいていく。

 

『あら、セバス。お客様なの?』

 

『ソリュシャン様、こちら王国に三組のみ存在するアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のガガーラン様とイビルアイ──』

 

『ああ。貴女達が蒼の薔薇、アダマンタイト級冒険者の。ふぅん、そうなの』

 セバスの話を遮り、ソリュシャンはガガーランとイビルアイに対し、小馬鹿にしたようなニュアンスの笑みを浮かべる。

 

(おいおい、大丈夫か? 煽りすぎじゃないか、あの手の連中はプライドも高いはずだが)

 

『なんだぁ。俺たちになんかあるのか? お嬢様よぉ』

 案の定、如何にも喧嘩っ早そうなガガーランがソリュシャンを睨みつけている。

 イビルアイの方は特に何もいっていないが、少なくとも止めるつもりはないらしい。

 

『あら。ごめんなさい、そんなつもりはないのよ。セバス、アインズ様はどちら? モモン様から手紙が届いたわ』

 

『アインズ様でしたら恐らくは三階に。ですが用事があると仰っていましたので、時間を置かれた方がよろしいかと』

 

『関係ありません。これは最優先事項、何よりアインズ様がこの私を邪険にすることなどありえないわ』

 余計なやり取りが挟まれている気がするが、予定通りモモンの名を口にするソリュシャン。

 その瞬間、ガガーランとイビルアイの動きに微かに動揺が見えた。

 やはり彼女たちにとってライバルとも言えるモモンの存在は無視出来ないらしい。

 

『モモン様から、となりますと。例の件ですか?』

 

『そう。流石はアインズ様が見込んだ本物の冒険者、もうアゼルリシア山脈の調査を終えたそうです。ドワーフの国に通じる道も見つけたと、残念ながらドラゴンの方は存在を確認はしたけれど遭遇しなかったから討伐は出来なかったらしいですけれど、それは次回に期待しましょう』

 本物の冒険者、ドワーフの国、ドラゴン。先ほどアインズが口にしたワードを次々に口にするソリュシャン。

 すべてを知っているアインズから見ると、些か出来すぎ感があるが、蒼の薔薇はどう思うだろうか。

 

『お嬢様、それぐらいに。お客様の前です』

 

『ふふ、ごめんなさいね、ではお詫びに。近い内にドワーフ製の武具が入荷しますから、その際は是非当店でお買い求め下さいな。この国では手に入らないのでしょう?』

 最後まで皮肉たっぷりに笑って言うと、ソリュシャンはもう話は済んだとばかりに、すっと二人から視線を逸らし、足取り軽く従業員用の扉を開けて中へと消えた。

 

 残された蒼の薔薇と少年に対し、セバスが大変申し訳ないことをした。とソリュシャンの非礼を詫びている。

 ガガーランもイビルアイも一応謝罪を受け入れたようだが、明らかに気分を害しているのがここからでも良く分かった。

 

『あ、あのセバスさん。今のお話は、本当ですか? 漆黒がアゼルリシア山脈の調査をしていたと言うのは』

 クライムと呼ばれていた金髪の少年がセバスに問う。セバスは少し間を空けてからええ。と頷き答えた。

 

『我々。いえ、アインズ様がドワーフ製の武具を求め、その足がかりとして漆黒のモモン様に調査をお願いしていたのは事実です』

 流石にセバスはこれ以上煽るようなことはせず、淡々と事実のみを口にするといった様子で語っていた。

 

『それも例の未知を切り開くとかいう奴の一環か』

 イビルアイがはき捨てるように言う。

 

『アインズ様は常日頃より未知というものに対し危機感を覚えております。未知とはつまり何があるか分からない危険と同義、そうした未知を既知に変えることは安全を手に入れることにも繋がります。我々はそうした安全な未来を得るためにも、アインズ様の仰る冒険に出て下さる方を捜し求めております』

 ここで一度言葉を切るとセバスは扉の前に移動し、出口を開くと再び頭を下げた。

 

『どうぞ、またお越し下さい。皆様のご来店を我々は心よりお待ちしております』

 最後にそう告げてセバスは蒼の薔薇を送り出した。

 

「ふむ。さて、これでどう転ぶか見物だな」

 

「わ、私と致しましては」

 独り言のつもりだったのだが、反応を返して来たブレインに興味を覚えアインズは無言で続きを促した。

 

「あの手の者達は必ずや挑発に乗るかと思います!」

 

「そうか。であれば私も早々にドワーフの国に出向かねばならないな。コキュートスに伝えておくか。ご苦労だったブレイン、引き続き扉の前で待機せよ」

 

「ははぁ!」

 ブレインが部屋を後にしてから、アインズは小さくため息を吐く。

 

(ああぁ。また急いでやることが増えた)

 声にして思い切り吐き出したいところだが、ここの天井にも護衛はいるのでそれも出来ない。

 

 ようやく店が開店し、少しはゆっくり出来るかと思ったのに。という思いを封じ込め、アインズは早速ドワーフの国への案内を頼むため、コキュートスに<伝言(メッセージ)>を飛ばすことにした。

 

 

 ・

 

 

 来たときとは打って変わって、魔導王の宝石箱を出た三人の足取りは重い。

 先を行く二人の少し後ろを歩きながら、クライムは思わず肺に溜まった重い空気を吐き出した。

 

「なんだよ、童貞。辛気くさいため息吐きやがって」

 そんなクライムを笑い飛ばすように、いつもの調子でガガーランが言うが、やはりどこか元気がない。

 

「いえ、少し気疲れをしてしまって」

 

「まああれだけ色々あれば、無理もないか。小僧さっきも言ったが、あの店のことを主人に伝えるときは気をつけろ。あれは予想以上の劇物だ」

 セバスが戻ってくる前にも同じことを言っていた、あの時はちょうど良くセバスが戻ったため聞けなかったが、今は違う。

 

「先ほども伺おうと思ったのですがイビルアイ様、それはどういう意味なのでしょうか?」

 

「……少し待て」

 イビルアイがローブの下で何かを行う。

 途端に周囲の音が遠くなる。以前も使っているのを見たことがある周囲の耳を警戒し重要な話をするときに発動させるアイテムだ。

 

「あの時と今回とでは意味が違う。まさかあれほどとは思わなかった。初めの時はお前の主が周囲に漏らしてバカな貴族どもがちょっかいをかけ店自体が別の、帝国や法国に流れたらという意味で言ったが、あのアインズとかいう奴の言葉はもっと危険だということだ」

 本来声色を変化させているイビルアイの言葉からは感情を読み取り難いのだが、今回は憎々しげに言っているのが分かる。

 

「あの未知を求めるという話ですか?」

 正直に言うと、英雄譚や冒険譚を集めるのが趣味であるクライムにとってあの話は何とも胸躍るものに思えたが、現役の冒険者である二人からすれば今の自分たちを否定されたも同然であり、良い気がしないのも当然だろう。

 

「あの男は耳当たりの良いことを言ってはいたがな、既知を広げるのは同時に危険を呼び込む可能性もあるということだ」

 

「それはどういう?」

 

「……そうだな。例えば、さっき言っていたアゼルリシア山脈で誰にも知られていない巨大な金脈でも見つかったらどうなる?」

 

「それは!」

 その言葉ではっとした。

 あの山脈は帝国と王国の国境にもなっているが、明確な線が引かれているわけではない。今までは知られていなかったとしても、それが明るみに出ればどちらも自分のものだと言って譲らないだろう。

 つまり、その金脈を巡り帝国と本格的な争いになる可能性もあるということだ。

 

「そういうことだ。いやそもそもあの男の依頼の過程で見つかったのならば、奴が独り占めして私腹を肥やすのだろう。武器やアイテムがあちら持ちである以上は主導権は全てあちらにある。ようは奴は自分子飼いの兵隊が欲しいだけだろうさ。あの男の名前が知られていないのもそれが理由だろう」

 やれやれとでも言いたげにイビルアイが肩を竦める。

 

「それは本人が動くのではなく自分の部下や契約した冒険者に魔法の情報やマジックアイテムを集めさせているということですか?」

 クライムの言葉に頷いたイビルアイはフンと些か不満げに鼻を鳴らしてから続けた。

 

「転移魔法が使えるくらいだ、あいつ自身にもそれだけの才能があるんだろうが、だからこそ気をつけろと言っている。お前のところの脳天気な王女様では未知を明るみにするのは良いことだ。なんて言って簡単に信用しかねないからな」

 脳天気という言葉には些か不快さを覚えるものの、自分が全てを捧げると誓った王女は頭が回り知恵もあるが、同時に汚れを知らなさすぎる。

 そこにアインズがつけ込んでくる可能性もあると考えているのだ。

 

「分かりました。詳しいことは伝えずにおきます」

 

「それが良いだろう。ガガーラン、我々もどうするか考えねばな」

 クライムとイビルアイの話に入らずただ黙っていたガガーランにイビルアイが後ろから声をかけると、ガガーランが首だけ振り返る。

 

「うちのリーダーか、どうしたもんかね。実際あの話をリーダーに言ったら目を輝かせそうだからな」

 

「まぁ、ラキュースも貴族だ。その辺りの裏読みは私以上に出来るだろうが、あいつは元々その手の英雄譚に強い憧れを持っているからな」

 いつも自分の主と一緒に話す優雅な姿しか知らないクライムにとっては驚きの事実だが、よく考えれば王国の貴族でもあるアインドラ家の令嬢が冒険者をしているのにはそうした理由があったのだろう。

 

「どちらにせよ、店の品揃えやらの話だけはしない訳にはいかないだろうな」

 

「ま、ちゃんと言い含めれば大丈夫だろ。それにしても最後に出てきたあの女! なんだあいつは」

 ふと思い出したかのようにガガーランが声を荒げる。

 

「店主のゴウン……殿のご夫人でしょうか」

 相手は貴族でもないのだから呼び捨てでも良いのだろうが、クライムの尊敬するガゼフが敬意を持って接している相手だけに多少気を使う。

 

「いや、セバスさんがお嬢様って言ってたし娘じゃねえのか。ま、父親を名前で呼ぶのも変な話だし、見た目だけはかなりのもんだったから後妻やらの可能性もあるだろうが」

 確かに。とクライムは言葉に出さずに同意する。

 もちろん自分にとって最上の美とは主であるラナーただ一人なのだが、美醜の感覚は人それぞれ、人によってはあの女性の方が良いという者もいるのではないか、と思えるほどの美しさだった。

 

「その分性格は大分歪んでそうだがな。いや、だからこそ歪んだと言うべきか」

 こちらの意見にはクライムは首を縦に振って同意を示した。

 外見の美しさに反比例して内面が歪むというのは良く聞く話だ。

 普段クライムが接するラナーが内面も外見と同様かそれ以上の美しさを持っている為に忘れがちになってしまうが、特にわがまま放題に育てられた貴族の令嬢など──ラキュースという例外もまた存在するが──はその傾向が強い。

 あの女性もそうなのだろう。 

 

「明らかに俺たちを見下してやがったな。例の漆黒とかって奴らと比べやがって」

 

「ま、正直なところ例の二人組の偉業と比べられるとな。特に速度ではちょっと勝ち目がない」

 たった二ヶ月の間に数多の偉業を成し遂げあっと言う間にアダマンタイト冒険者にまで駆け上がった冒険者の話はこの二人に教えて貰った。

 

「しかしよ。あん時クライムも言ってたじゃねぇか、ぽっと出の奴らに俺たちが負けるはずがねぇってよ。なぁ?」

 

「勿論です。私は今でもそう信じています」

 

「ならどうする? 店に戻って顧客になりその漆黒より先にアゼルリシア山脈のドワーフ国の調査に同行してドラゴンでも倒してみるか? 話を聞く限りだと連中はまだドラゴン退治は達成してないみたいだったぞ」

 おどけたように肩を竦めて言うイビルアイに、ガガーランは答えず、口元を強く結んで無言を貫いた。

 その様子を見ながらクライムはなんだか妙な胸騒ぎを覚え、後ろを振り返る。

 ここからでは既に魔導王の宝石箱は見えない。

 

 あの店をきっかけにこの王国が大きく変わっていくのではないか、そんな気がした。

 だからこそ、とクライムは誓いを新たにする。

 何があろうと自分の主だけは絶対に守ってみせる。とそう心に刻み込んだ。




次かその次辺りからは王国と並列してドワーフの国の話
とは言え書籍版と重複している部分は極力説明のみで進めるつもりなのであまり長くはならないと思います


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第22話 ドワーフの国へ

王都の冒険者組合は詳細が不明なので大体エ・ランテルの冒険者組合と同じイメージにしました


 その日王都の冒険者組合に、二人の男が足を踏み入れた。

 一人は豪華な黒いローブを身に纏った仮面の男。もう一人はそんな男に着き従う見事な立ち居振る舞いを見せる老年の執事だ。

 普通に考えれば貴族とそのお付きの執事と言ったところだろう。

 

 組合内にいた冒険者達の目が一気に二人に集中した。

 ある意味当然だ、場違いなのである。

 冒険者組合に訪れるような者は大体が仕事を求める冒険者や冒険者志望の者、あるいはその冒険者に依頼を出しに来た者だ。

 しかし貴族本人が直接依頼をしに来ることなど皆無だと言っても良い。仮に後ろの執事が一人で来たのなら、主に依頼を出すように頼まれたのだと考えられるのだが。

 だからこそ、分からない。

 前を歩くローブの男の身なりはかなり高級なものだ、手にしたスタッフも豪華な装飾の施された立派なもので余計に人目を引く。

 

「おい、ありゃなんだ?」

 

「貴族か? いや格好からすると魔法詠唱者(マジック・キャスター)? しかしそうすると後ろの執事は何なんだ」

 冒険者たちがこそこそと話しているが、意に介さず二人は真っ直ぐに受付に向かっていく。

 カウンターの手前で仮面の男が立ち止まり、後ろを歩いていた執事が前に出ると受付嬢の前に立った。 

 

「いらっしゃいませ。とう、冒険者組合にようこそ。ご用件をお伺いいたします」

 

「依頼を出したいのですが、こちらでよろしいですか?」

 執事がその外見に良く合った鋼の意志を感じさせる強い声で告げる。

 受付嬢が微かに動揺した気配を感じさせた。

 確かに依頼の受付もカウンターで行われるが、それは小さな依頼や一般人が対象であり、貴族からの依頼や大口のものはここではなく、個室で行われることが多い。

 しかしこの二人が本当に貴族やそれに類するものであるか確かめようがないため、どう出ればいいか分からないのだろう。

 

「はい。こちらでもお伺い出来ますが、もしお時間があるのでしたら上で詳しく話を伺うことも出来ますが──」

 

「いえ、それは不要です。こちらで受けていただけるのであればお願いします」

 

「畏まりました、お伺い致します。どう言ったご依頼でしょうか?」

 周囲は未だ二人に注視してはいるがそれでも多少落ち着きが戻る。

 冒険者ではなく依頼主なら後で依頼書を見ればいいだけの話であり、今固唾を飲んで様子を見張る必要もない。

 

「はい。アゼルリシア山脈に生息するというドラゴンの討伐、それに付随してドラゴンの素材の採集を依頼したいのです」

 一時興味が薄れた冒険者たちの空気が今度は完全に停止する。

 それは受付嬢も同じだったらしく、言葉を意味を咀嚼するようにしばしの間を空けた後、彼女は言った、いや叫んだと言うべきか。

 

「はぁ!?」

 組合中に響くような声を聞いても、執事も後ろの男も微動だにしない。

 それぐらいは想定内だと言わんばかりだ。

 

「ドラゴン退治です。小竜ではなく、成体のドラゴンをお願いします。私どもの元まで持ってきていただければ、採取出来た素材に応じて追加の報酬をお支払いします」

 

「あ、いえ。そういうことではなくですね。ドラゴンというのはあのドラゴンのことでしょうか? 大空を舞い、ブレスを吐く」

 当たり前だろ。と言いたくなるが周囲の人間は誰も口を出さない。受付嬢の気持ちが分かるほど、突拍子もない依頼なのだ。

 

「無論です。現地にいるのはフロスト・ドラゴンと聞いておりますのでそれの討伐、採集となります」

 ドラゴン退治は英雄の誉れ。

 歴史上数多くの英雄たちがそれを成し遂げ名声を我が物とした。しかしだからといってドラゴンが簡単に退治出来るというわけではない。小型のドラゴンであればオリハルコン級冒険者チームでも討伐は不可能ではないが、成体のドラゴンはまず無理だ。

 過去の英雄達の何十何百倍もの者たちが英雄に憧れ、ドラゴンに挑み命を落としてきた。

 成長した強大なドラゴンによって一つの都市、一つの国が滅ぼされたなどというのも良く聞く話だ。

 

「……成体のドラゴンの討伐となりますと、アダマンタイト級冒険者の方々しかお引き受け出来ない案件となり、非常に高額な費用がかかります。アゼルリシア山脈は未開の地であり調査を行うだけでも更に高額な費用が上乗せされることとなり、そうなりますとドラゴンの稀少性を加味しても割に合わない額の依頼金となることが考えられます。また緊急の案件、例えばそのドラゴンが人々を襲っている等の場合ですと都市や国から補助金が出る場合もございますが、素材の採集が目的となりますと除外となり、なおかつドラゴンの討伐となりますとアダマンタイト級冒険者と言えど、引き受け手が見つからない場合もございますが、それでもご依頼をなさいますか?」

 淡々と語る老執事に引かれるように受付嬢も落ち着きを取り戻し、台本をなぞるように流暢な言葉を重ねる。

 明らかに実現不可能と思われる依頼の穏便な断り方も決まっているのだろう。

 

 要するに、そんな依頼は高額になりすぎて貴族と言えど簡単に払える額ではなく、例え達成出来ても元が取れないし、そもそも誰も引き受けないから依頼を出すだけ無駄だと言いたいのだ。

 受付嬢の長々しい説明を黙って頷きながら聞いていた老紳士だったが、全て話し終えたと見るや、ゆっくり落ち着いた声で返答した。

 

「お話はよく分かりました。申し訳こざいません、初めに申し上げておくべきでしたね。実は既に私どもが個人的にアダマンタイト級冒険者の方にお話をし、受けていただく算段を立てているのです。ですが冒険者の方々と我々が直接交渉するのではなく間に組合の方に入っていただくのが筋だと我が主がお考えでしたので、こうして話をしに参りました」

 再び周囲に驚愕が走る。

 冒険者が知り合いに対し格安あるいは無料で依頼を受けるというのはあり得る話ではあるが、あまり良い事ではない。

 それは組合の存在そのものを否定する行為であるし、それでは冒険者の知人ばかりが得をすることになり、組合にではなく冒険者に直接取り入り便宜を図って貰おうとする者が増えることになる。

 

 だから上位の冒険者であればあるほど、そうしたことに気を使いどんなに親しい間柄であろうと組合を通して依頼という形を作ることが多い。

 もっともそれは暗黙の了解として行われる行為であり──隠れて安く請け負う者もいるだろうが──それをはっきりと、公衆の面前で口にしたことに皆は驚いたのだ。

 これではそのアダマンタイト級冒険者が知人に便宜を図ろうとしていると明言しているようなものだ。

 

「赤か、それとも青か。どっちだ?」

 

「でも今はどっちも依頼に出てなかったか? いや蒼の薔薇はもう終わったって話も聞いたが、まさか」

 王都の冒険者組合に属しているアダマンタイト級冒険者は二組、朱の雫と蒼の薔薇、どちらも名前に色が入っていることから、色で呼ばれることも多く、そして冒険者にとって自分たちの最高位に位置する者たちが今どんな依頼を受けているのかというのは良い話の種になるので、行動を把握している者も多くいる。

 蒼の薔薇はリーダーが貴族であり、黄金と称される第三王女と旧知の仲だが、その王女からも依頼であればしっかりとお金を取るという話も聞いていたので更に驚きは増す。

 

「それと、調査に関しては不要です。と言うよりもそちらは既にエ・ランテルの冒険者組合に依頼済みであり、詳細な情報を得ておりますので、今回はその情報を元に動いて貰う予定です」

 

「いや、しかしですね。そうは言われましても、その調査内容が間違いないか分かりませんし。そのアダマンタイト級冒険者の方というのは……」

 矢継ぎ早に入っている新たな情報のせいか受付嬢の口調がやや荒くなる。

 こんなところで聞いていいのだろうか。と皆の緊張が更に一段高まるのを感じた。

 

「エ・ランテルの冒険者組合に属しているアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン様とナーベ様です。今回はドラゴンを王都に持ち込んで頂くため、エ・ランテルではなく王都の冒険者組合に依頼させて頂くことにしました」

 

「しょ、少々お待ちください! やはりお話は上の応接室でお伺わせていただきますので、どうぞ。ご案内いたします」

 

「……ふむ。どうされますか? アインズ様」

 突然老執事の口から出た最近噂になっている最高位冒険者の名前に、もはや混乱状態になってしまっている受付嬢を後目に、執事は一度後ろを向くとずっと無言で話を聞いていたローブの男に伺いを立てる。

 

「構わん。それが組合の規則だというのならば従うまでだ。では案内を頼もうか?」

 

「は、はい。どうぞこちらに!」

 よほど緊張しているのか同側の手と足を同時に動かしながら、二人を先導する受付嬢。

 

「あれ、流行っているのか?」

 ローブの男がそんな言葉を口にしたが当然意味は分からない。

 やがて受付嬢を含む三人が上の階に消えると、途端に組合の中は大騒ぎとなり、今の二人と噂に名高いエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者の話で持ちきりとなった。

 

 

 そのしばらく後、正式に依頼が受理され依頼書が冒険者組合の掲示板に貼り出された。

 その報酬額は単発の仕事においては歴代最高額に設定され、漆黒の二人組が仕事を請け負ったという話も同時に伝わった。

 また今後も定期的に頼む可能性があるため依頼書は剥がされることなく、ドラゴンさえ持ち帰ればいつでも買い取るという言葉と共に、依頼を受ける者には依頼主が武具やアイテムを全面的に支援する旨と、依頼主と買い取りを行う店舗の名前が刻まれていた。

 依頼主は『アインズ・ウール・ゴウン』そして買い取りを行う店舗の名は『魔導王の宝石箱』。

 この日を境に冒険者たちの中でその二つの名が広く知られることとなった。

 

 

 ・

 

 

「そうか。やはり他の冒険者は現れなかったか。予想通りだな」

 依頼書が張り出された数日後、アインズの姿は、蜥蜴人(リザードマン)の村の中にあった。

 かつてドワーフの国で暮らしたことがあるという蜥蜴人(リザードマン)、ゼンベルと今回アインズの護衛を任されているコキュートスを迎えるためだ。

 その最中、アインズはセバスより現在まで漆黒以外の冒険者が依頼を受けに来なかったことの報告を受けた。

 とは言えこれは予想していたことであり、落胆はない。

 寧ろほっとしたと言うべきだ。

 

 ドラゴン討伐に対する依頼金はあれよあれよと言う間に跳ね上がり、いつの間にか王都の冒険者組合で歴代最高額を叩き出した。

 もちろん安い値で依頼することも可能だが、調査もモモンが行っていたことになっているので、組合に取られるお金も最小限で済み、モモンが成功させれば大部分がそのままアインズの手元に戻る金だ。

 ならば歴代最高額の依頼を達成したという付加価値を付けた方が得だと、その場で計算しその額で依頼したのだ。

 しかし後になってもしかしたら他の冒険者たちも受けようとするのではないかと言う不安が胸に沸いた。

 もちろんこのレベルの依頼ならアダマンタイト級冒険者しか受けることは出来ず、王都にいるアダマンタイト級冒険者二組も現在別の依頼を受けて王都を離れているのは事前に調べがついていた。

 しかし何事にも例外はある。

 

 その二組が予想以上の早さで依頼を達成して戻って来るかも知れないし、別の国にいるアダマンタイト級冒険者が王都に現れる可能性だってゼロではない。

 ほぼ大丈夫だと知りつつも、未だ魔導王の宝石箱は軌道に乗ったとは言えない状況であり、店の金庫に残った金も心許ない。

 こちらに戻ってくる前提でモモンたち一組に支払う見せ金が精一杯だ。

 だからこうして他の冒険者が依頼してこなかった事を知り、アインズは人知れず胸をなで下ろしていたのだった。

 

「ではセバス、そちらのことは任せる。何かあれば直ぐに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばせ」

 

『畏まりました。アインズ様』

 セバスとの〈伝言(メッセージ)〉を終え、アインズは思わず息を吐く。

 

(しかし店の宣伝のためとはいえ、これからもドラゴン討伐の依頼を出したままにするのはやはり気が重い)

 もちろん本気で他の冒険者たちにドラゴンを討伐して貰おうとは考えておらず、これはあくまで魔導王の宝石箱と漆黒の名を王都にもっと広めるための宣伝である。

 王都の冒険者たちには後々もっと易しい依頼、それこそ蒼の薔薇に話したような未知に関する調査などを依頼──いざとなればアイテムや巻物(スクロール)で逃げ出せるため危険性は低い──するつもりであり、もしドラゴン討伐の依頼を受けたいと言ってきてもレベルが足りないとか言って追い返すつもりである。

 そうして調査の依頼を受けに来た者たちにこれから出向くドワーフ製の武具などを貸し与え、更に店の名前を売って貰う。というのが武具部門の今後の戦略なのだが。

 

(今は無い武具を前提にした作戦っていうのも何だかなぁ。俺が絶対に失敗しないと思っているからこそなんだろうが、あぁ、胃が痛い。やっぱりデミウルゴスも連れてくるべきだったか? しかしコキュートスがここを離れている間の大森林を任せられる奴も他にいないしなぁ)

 今回の作戦は全てコキュートスの発案によって出されたものである。本来ならばトブの大森林周辺の統治を任せている、いわばプロジェクトリーダーであるコキュートスをここから離れさせたくはないのだが、今回は例の失態以後必死になって己を成長させようと努力し続けてきたコキュートスがようやく形にした成果でもあるため、本人を連れていかないわけにはいかなかった。そしてこの地を一時的にとはいえ任せられるのはデミウルゴスしかいなかったため──アルベドは未だ動かせず、他の守護者は外見が子供であるため舐められる可能性があるので──こうした形になった。

 

「アインズ様、ゼンベルヲ連レテ参リマシタ」

 そんなことを考えていると、ゼンベルを呼びに行くと告げてアインズの元を離れたコキュートスが戻ってきた。

 アインズは一時的に考えるのをやめ、コキュートスと緊張しているらしい──蜥蜴人(リザードマン)の表情を読み取るのは難しいが、なんとなくそう感じた──ゼンベルを出迎えた。

 

「うむ。早かったな、デミウルゴスへの申し送りは済んでいるのか? 急ぎとはいえ申し送りは重要だぞ」

 

「ハッ! 元ヨリコノ地ノ統治ニハ、デミウルゴスノ知恵ヲ借リル機会モ多ク、オオマカナ部分ニ関シテハ承知ノ上デシタノデ早々ニ完了致シマシタ」

 

「よかろう。ではゼンベルよ、お前の方は問題ないのか? 以前報告を受けたときは正確な場所を思い出せていないという話だったが」

 

「その前に陛下、一つよろしいですか?」

 蜥蜴人(リザードマン)を含めたナザリックの支配下にいる者達はアインズのことを陛下と呼ぶことが多い。国を持っているわけでもないのに、といつも思うのだが将来的には世界征服をするのだから問題はないのでは。とアルベド達に説得された形だ。

 

「うむ? なんだ言ってみよ」

 アインズの言葉を遮ったゼンベルの態度にコキュートスは即座にゼンベルに対しガチガチと威嚇音を発する。

 アインズは手を出して無言でそれを制し続きを促した。

 

「今回ドワーフの国に行くのはドワーフの武器を仕入れに行くという話でしたが、それは本当ですかい? まさかとは思いますが問答無用で速攻滅ぼしにかかって武器を奪うなんて真似をするんじゃあ無いでしょうね?」

 蜥蜴人(リザードマン)の集落に対し、アインズ達が行った事を考えればそれは当然の反応だが、アインズはその考えを表に出さない。

 アインズが決定しナザリック地下大墳墓に属する者がした行為は全て正しい、そうでなくてはならないからだ。

 未だコキュートスの威嚇音は続き、こちらの様子を遠巻きに窺っている蜥蜴人(リザードマン)達からも緊張感が伝わってくるが、アインズはそれを笑い飛ばす。

 

「ゼンベルよ。よく考えろ、我々は武器の仕入れに行くのだ。滅ぼしてしまっては二度と手に入らなくなってしまうではないか。無論相手の出方次第では争いごとに発展する可能性が無いとは言わないが、多少金額をふっかけられたからと言って怒りに任せて滅ぼすような真似もしない。それは我が名に懸けても良い。まして何もしていない相手を問答無用で滅ぼすような真似はしないさ」

 この村に起こった事を考えれば何とも説得力のない言葉であるが、一応ゼンベルは納得した。

 ただもし約束を違えたときはあちらに付くという言葉付きではあったが。

 その場合でもこの村には手を出さないようにコキュートスに伝え話は終わる。

 

「では後は……」

 残り二人の到着を待とうとしたところで、アインズの元に近づいてくる人影を二つ見つけた。

 ちょうど良いタイミングだ。

 

「お待たせいたしましたアインズ様! 御勅命に従い、このパンドラズ・アクター到着致しました」

 

「同じく。ナーベラル・ガンマ、御身の前に」

 

「……その格好をしている時は、モモンとナーベだ。お前達が間違うとは思えないが、徹底しておけ」

 アインズの視線の先には冒険者チーム漆黒の格好を取ったパンドラズ・アクターとナーベラルの姿があった。

 

 

「はっ! ご命令しかと胸に刻みました」

 

「畏まりました。アインズ様」

 二人の声には妙にやる気に満ちている。

 それはコキュートスも同様だ。

 アインズの勅命というのはそれだけ重いものだと彼らは考えているのだろう。

 このやる気が空回りしないことを祈りつつ、アインズは頷き二人に告げる。

 

「では改めて、皆我が前に」

 

「ハッ!」

 コキュートス、ゼンベルを含めた四人の声が重なり、揃ってアインズの前に膝を突く。

 コキュートスとパンドラズ・アクター、そしてナーベラルが一列に並び、ゼンベルは一列後ろだ。

 守護者と同列というのが居心地が悪いのか、ナーベラルがやや緊張しているが、アインズにとってはNPCは皆かつての仲間達の子供という意味で基本的に同列である。

 本音を言えばその中に自分の子供のようなものであるパンドラズ・アクターを含めるのは気恥ずかしいのだが、お前は俺が作ったから一列後ろとは流石に言えない。

 

「よし。ここにいる者達が今回ドワーフの国に出向く面子だ。各員協力し、結果を示せ」

 

「ハッ!」

 再び声が重なるが、やはりどうも勢いが強すぎる。

 少し落ち着かせるか。とアインズは一つ咳払いをして全員に問いかけた。

 

「今回の作戦における目的だが、みな頭に入っているな?」

 肯定の返事が戻る。

 

「ではコキュートス。作戦の目的を言ってみよ」

 

「ハッ。先ズハ、ドワーフノ国ニ出向キ、魔導王ノ宝石箱トノ交易ヲ結ビ、武具ヲ仕入レマス」

 

「うむ。では次、ナーベラル」

 

「はっ。二つ目はアゼルリシア山脈に生息するフロスト・ドラゴンの討伐、そして素材の入手です。しかしこちらに関してはドラゴンの強さが不明のため、先ずはドラゴンの所在と強さの確認を行った後可能であればという前提です」

 

「うむ。最後にパンドラズ・アクター」

 

「はい! 最後はドラゴン討伐の依頼を完遂させ王都に冒険者モモンの名を知らしめることです。これは例えドラゴンが予想以上の強さであっても、損傷が激しかったので素材しか持ち帰れなかったこととしナザリックにストックされたドラゴンの素材、皮や爪や肉、髭等を持ち帰ることで信憑性を高めます」

 

「よし。因みに現時点で他に何か思いつく事はあるか?」

 残ったゼンベルに聞いてみようかと思ったが、蜥蜴人(リザードマン)の表情が読めないアインズですらわかるほど盛大に狼狽えていたので、ゼンベルではなく前列の三人に目を向けた。

 

「僭越ながら、私が一つ」

 声を上げたのはやはりと言うべきかパンドラズ・アクターである。

 他の二人はどことなく落ち込んでいるように見えるが仕方ない。

 アインズはパンドラズ・アクターに続きを話すように促す。

 

「はい。アインズ様からの命により事前にドワーフの国についての情報を集めている中に知ったことなのですが、先ずはこちらを」

 パンドラズ・アクターが指を鳴らすと空間に歪みが出来、そこから一つの武器を取り出した。

 模様の刻まれた剣である。そういえばここに来る前に宝物殿から一つの武器を持ち出して良いか聞かれていたことを思い出す。

 この世界に存在する程度の武器という条件の元許可したが、持ち出された剣は特になんと言うことのないユグドラシルではごくありふれた武器でしかなかった。

 それが何? と聞きたくなる気持ちを抑えてパンドラズ・アクターが続きを口にするのを待つ。

 

「この武器に刻まれております文字、これはいわゆるルーン文字というものです」

 

「ふむ」

 

「ここに刻まれたものはただの飾りに過ぎませんが、かつてドワーフの国からもたらされた武器の中に魔化技術とは異なる、ルーン文字による魔法武器の作成という技術が存在したとのこと」

 

「なんだと!」

 思わず声が出てしまった。

 直ぐに精神が鎮静化し強制的に落ち着いた頭で考える。

 この未知なる世界の所々にユグドラシルの痕跡があるのは知っている、プレイヤーの影や世界級(ワールド)アイテムなどだ。

 更にここに来て突然、もう一つ追加されることとなった。

 

 しかし。とアインズは思考する。

 パンドラズ・アクターの言うようにユグドラシルにおいてルーンというシステムは存在していなかった。

 ルーン文字は元々は鈴木悟がかつて生きていたリアルにあったとされた文字だが、ユグドラシルのシステムとしては機能しておらず、あくまで武具の飾りに用いられていただけだ。

 しかしこの世界ではそれが魔法技術として確立しているのだという。

 

「一応聞いておくが、それは単に魔化を施した武器にその文字を刻み込んでルーンという技術だと偽っていただけではないのか?」

 かつていたとされるプレイヤーが、誰も知らないだろうと考え、付加価値としてルーン文字を飾りに使用した可能性もある。

 

「いえ。それは無いかと、私が調べたところによりますと、ルーン文字の刻まれた武器に更に魔化を掛けようとすると弾かれ、無理をするとルーン文字の方が歪んでしまい力を失ってしまうそうです。つまりは魔化とは別技術の魔法的な力を持つ文字が存在しているのは明白」

 

「……その話はどこで聞いたのだ?」

 アインズがモモンとして活動している時にはそんな話は聞いた覚えが無く、武具としても見た覚えはない。

 情報収集をしておけとは言ったが帝国以外と交易のないドワーフの情報は大して集まらないだろうと勝手に考えていたのでその情報の出所が気になった。

 

「はっ! エ・ランテルの魔術師組合の組合長、テオ・ラケシルより世間話を装い聞き出しました。どうも百年ほど前から帝国に入ってこなくなったそうですが理由は不明です。そしてかつてそのドワーフの国から来た王が、ルーン工匠を名乗っていたという噂も存在する為、この世界特有の技術としてルーンが存在するのは確かかと」

 演説するかのごとくペラペラと語った後、パンドラズ・アクターはアインズに向かって恭しく礼を取った。

 

(連絡したのはたった数日前だというのに、俺の知らない情報をあっさり入手するとは)

 改めてパンドラズ・アクターの優秀さに舌を巻く。

 アインズもモモンとして行動しているとき、アインザックと共に現れるラケシルと会話をすることがあるが大抵が聞き役だ。

 と言うよりラケシルはアインズの持つマジックアイテムやその出所を知りたがるため、それをかわすので精一杯でこちらから情報を引き出すのは難しいのだ。

 教える代わりにこちらも情報を出す羽目になっては堪らない。

 しかしパンドラズ・アクターはそれをいとも容易く実行してみせた。

 どんな話術を使ったのか気になるが、今はそれを考えている場合ではない。

 

「この世界独自の技術というのは確かに危険だ、出来れば我々もそれを入手しておきたいところだな。よくやったパンドラズ・アクター、ではそれも目的に加えよう。ただしこれは未知なる技術だ、情報の入手を最優先とし無理に手に入れようとする必要はない」

 

「はっ! 我が神の仰せのままに」

 先ほどよりも大きな動きと声でパンドラズ・アクターが宣言する。

 

「……あ、うん。いや、うむ」

(不意打ちするな! 素になってしまった、本当にこいつはこれがなければなぁ)

 突如として襲う精神鎮静化の波に飲まれつつ、アインズはどこか得意げに見える埴輪顔に向かって心の中で盛大に息を吐いた。




と言う訳で次から本格的にドワーフの国編ですが、ルーン工匠周りに関しては書籍版と大体同じ展開なのでゴンドを仲間にする辺りまでは省いて次はその後から、と言う事になります


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第23話 フェオ・ジュラの入口にて

ドワーフの国編、ゴンドが仲間に加わった後から状況説明とナーベラルの話
因みにこの話でナーベラルが書籍版以上のポンコツなのはソリュシャンに色々吹き込まれたせいでアインズ様を意識しているせいです


 ドワーフの国の首都、フェオ・ジュラに繋がる地上側の砦、その前にアインズ達一行はようやく到着する。

 

「……どうやら少し遅かったようだな」

 眼下に広がる光景を前に、アインズはやれやれというように首を振った。

 元々そう急いだ訳ではないが、全滅したら困ると言うことで出来れば襲撃前に到着し、様子を窺いつつ最高のタイミングを見計らう──以前ナーベラルが思いついた作戦をそのまま使わせてもらった──つもりだったのだが、肝心の案内役、ルーン工匠のゴンドが普段地下を移動している弊害で、地上から自分達の住むフェオ・ジュラを見つけることが出来ず時間がかかってしまった。

 

 その砦からわらわらと多数のドワーフが抜け出してきているのが見える。

 既にクアゴア達が首都内に侵入し命からがら逃げ出して来たのだろう。

 ここを脱出しゴンドと出会った放棄された都市フェオ・ライゾに避難しようと言うことだろうか。

 だとするとなるほど、あの都市に別動隊として配置されていたクアゴア達の行動は確かに正しかったらしい。

 アインズ達が来なければ逃げ出した者達が襲われていたに違いない。

 

「さて、とりあえずあの逃げ出してくる者達を迎えるとするか」

 

「お、おお。早く行かんと。ルーン工匠が全滅していては困る」

 

「もちろん分かっているとも」

 慌てるゴンドを前にしてもアインズの態度は崩れない。

 チラリと後ろを窺えばそこには、コキュートス、パンドラズ・アクター、ナーベラルの姿がある。

 アインズからの命令を待っているのだ、彼らを前に慌てる姿を見せることは出来なかった。

 

 ここにいるドワーフ、ゴンドはかつてゼンベルが滞在し、現在は一時的に放棄された都市であるフェオ・ライゾにて偶然出会ったドワーフである。

 

 話を聞いたところによると彼こそがパンドラズ・アクターが調べた情報に出てきたルーン文字を武具に刻むことの出来るルーン工匠であった。

 しかしルーンは既に時代遅れで消え行く技術となっているらしく、彼ゴンドはただ一人それにあらがい、ルーン技術を残す手立てを考えるルーン技術開発家を名乗っていたが思うような成果は出ずに燻っていた。

 そんな彼にアインズは手を差し伸べた。

 自分と契約し、魔導王の宝石箱にルーン技術を独占させるのならば力を貸すという契約。

 それは必要ならば仲間のドワーフ達を裏切ることもある悪魔の契約だったが、最終的にはゴンドはそれを快諾した。

 

「うむ。では最後に流れを確認しておこうか。ゴンド、お前が前に出てフェオ・ライゾに別動隊がいたことを伝えよ。その上で我々に助けてもらったと話し、この都市に迫っているクアゴアを倒せる術があるので責任者を呼ぶように伝えるのだ」

 

「う、うむ。やってみよう」

 こちらに向かっている多くのドワーフ達は完全にパニックになっていてそこまで話を聞いて貰えるかゴンドも不安のようだが、アインズが前に出るよりは同族であるドワーフの方が適任だろう。

 

「コキュートス。済まないがお前は姿を隠しここに待機していてくれ」

 

「ハッ。アインズ様ノオ望ミノママニ」

 異形種であり体格もドワーフに比べ巨大なコキュートスが一緒では余計な混乱を招きかねない。

 

「後の者は付いてくるが良い。ゼンベルお前もだ。あの中にお前の知り合いがいれば声をかけ安心させよ」

 ドワーフの世話になっていたゼンベルはもしかしたら逃げてくる者達の中に顔見知りがいるかも知れない。

 

「了解です、陛下」

 

「よし、ではゴンド頼んだぞ」

 先ずはゴンドを一人で送り出し、アインズたちは遅れてその後に続く。

 いくらパニックに近いと言っても逃げ出す反対側から同族のドワーフが近づいてくれば多少は落ち着くだろう。

 

「おーい。止まれ! こっちはダメじゃ! フェオ・ライゾにもクアゴアが出たぞ」

 声を張り上げながら砦へと近づくゴンド、その声が聞こえたのか溢れ出るように砦から沸いて来るドワーフ達の動きが鈍る。

 その後、ざわざわと声が幾重にも重なって聞こえ出す。

 

「なんじゃと!」

「そんなバカな」

「嘘ではないのか。あれは誰じゃ?」

「ありゃ、ゴンドじゃないか? 付き合いの悪いへんてこゴンドじゃ」

「後ろにいるのは、ありゃ人間と、もう一人は? クアゴアじゃないようだが」

 

 声の中にゴンドの名前を捉えたアインズは安堵する。これなら信用されやすいだろう。

 アインズ達を人間だと思ってくれているのも幸いだ。

 ゼンベルについてはここには知り合いがいないのか特に言及はされていないようだ。

 

「待て待て、落ち着け。先ずは儂が話を聞こう」

 群衆の中から一人のドワーフが顔を見せる。

 ドワーフの顔では判別は付かないが格好から想像がつく。恐らくはドワーフの兵士だろう。ただ一人武器を持ち、防具を身に纏っている。

 恐らくはここから逃げ出す市民達を安全にフェオ・ライゾまで送るための護衛役なのだろう。

 この者ならば話が早い。

 

 早速アインズに言われた通りに説明を始めるゴンドを前にアインズは考える。

 さてここからだ。

 ここからアインズが取れる選択肢はいくつかある。

 

 一つはドワーフ達に武器を貸し出し、自分達の手でクアゴアを撃退させる。

 これはアインズ達個人の武力ではなく魔導王の宝石箱の実力を示すためであり、なおかつ多くの者にそれを目撃させることが出来る。

 しかしこの方法ではドワーフ達の武器より強い武器を貸し出すことになり、それではわざわざアインズがドワーフ達を取り込みに来た理由が薄れてしまう。

 

 もう一つはモモンとナーベによる冒険者漆黒に任せる方法。

 こちらはドワーフ達というよりは帝国にも漆黒の実力をはっきりと示す為である。

 ここでモモン達が先頭に立って行動すれば、その情報はドワーフの国と国交のある帝国にも流れるだろう。

 しかしこの方法だと二人だけでは手が足りずクアゴア退治が遅れ、多くのドワーフが犠牲になる。

 それ自体はどうでも良いがルーン工匠が居なくなられては折角の交渉が無駄になってしまう。

 となると。

 

「おーい、此奴が話を聞きたいそうじゃ」

 アインズが深く考え込んでいると、ゴンドがこちらに戻ってきた。

 一緒にいるのは先ほど見かけた鎖着(チェインシャツ)を着た兵士らしきドワーフだ。

 

「ゴンドから話は聞いた。おぬしたちにはクアゴア達を撃退する術があるのだとか?」

 

「その通り。私たちは王国で商売を行っている者だ。ドワーフの国の武具などを取り引きするためにこうしてこの地に来たが、その途中クアゴアに襲われているそちらの彼、ゴンド氏と出会い、その後この首都にもクアゴアの手が伸びていると知りこうして助けに来たわけだ」

 

「……見返りは? なにを要求するつもりじゃ」

 随分と踏み込んだ話をしに来るものだとアインズは少々驚く、しかしそれもやむなしだ。危機が迫り慌てているからといってここで安易にどんな要求でも飲むから助けてくれなどと言ってしまえば、その後どうなるか分かったものではないし、そもそもこの兵士はそれを判断出来る立場にはいないのだろう。

 

「差し当たっては特に。と言うより私は折角の商売相手が居なくなられる方が困るのでね、先ずはクアゴアを撃退してからで良いのではないかね?」

 

「しかし、それを儂が判断することは……」

 

「ではこうしよう。私が勝手に救った、君たちはそれを止めることが出来なかった。ということでどうだね? 私もわざわざこの地まで足を運んでおいて交渉も出来ずに帰るわけには行かないのでね」

 そう言うとアインズは手を持ち上げる。

 同時に後方、コキュートスが隠れている辺りから多数のゴーレムが現れた。

 今回アインズの護衛を兼ねている高位のゴーレムであり数は三十体程、魔導王の宝石箱の宣伝も兼ねており、ドワーフよりも強い武具を見せられない代わりにもう一つの目玉であるゴーレムを売り込む可能性も考慮しての選択である。

 実際に貸し出しているゴーレムより遙かに強いがドワーフ達がそれを見抜けるとも思えない。

 

「な、なんじゃ。あれは」

 

「ゴーレムだよ。君たちは知っているかな? 生物ではなく私が作り出した」

 ドワーフがゴーレムを作成出来るのかは知らないが、帝国と国交があるのであれば或いは名前くらいは知っているのかも知れない。

 

「ゴーレム! あれがか、儂の見たことがあるゴーレムはこう、鎧を着た像の……」

 どうやらドワーフの国にもゴーレムがあるか、もしくはあったらしい。

 口振りからすると当たり前に存在しているわけではなさそうなので、安心する。

 

「ゴーレムの形は様々だ。そしてゴーレムを知っているのならば分かるだろう。クアゴア達にも優位に立てるということを」

 

「あれだけおれば、確かに。しかし」

 悩み始めた兵士を無視し、アインズは傍らに立つパンドラズ・アクターこと現在はモモンに目を向けた。

 

「モモン。済まないがゴーレムを指揮しクアゴアを撃退してくれ」

 ゴーレムを使いつつ、モモンを前面に出す。

 これならドワーフの被害を最小限に押さえつつ、モモンを活躍させることが出来る。

 

「この漆黒のモモン確かに承りました。アインズ様、吉報をお待ちください」

 胸の前に手を置き、恭しく一礼するモモン、いやこれはもう完全にパンドラズ・アクターだろう。

 いろいろと言いたいことはあるが、今ここで言うことは出来ない。

 

「ナーベは、ここで私の供をせよ」

 あの程度の相手ならばナーベラルの実力でも問題は無いのだが、フェオ・ライゾで捕らえたクアゴア達の情報によると現在首都を襲っているのは先発隊であり数こそ多くはないが精鋭揃いだという話だ。

 そもそもコキュートスを隠している現在、アインズが護衛も付けず一人で残っては怪しまれるだろう。

 

「畏まりました」

 了承するナーベラルに頷きかけた後アインズはふと思いつき、未だ険しい顔をしているドワーフに尋ねた。

 

「ところで聞き忘れていたが、都市内に入ってきたクアゴアは何体ぐらいなのかな? あまり多いと我々でも市民達に被害を出さずに撃退出来る自信は無いのだが」

 乱戦の中でドワーフ達を盾に取られでもしたら厄介だ。思考能力のないゴーレムがしたことと言うのは簡単だが、遺恨は残るだろう。

 数がそれなりにいればそれも仕方ないと思って貰えるのだが。

 しかしここでアインズの予想とは異なり、ドワーフはおや? と言うように首を捻った。

 

「クアゴアは未だ都市の中には入っておらん、扉一枚でなんとか耐えておる状況じゃ。しかしそれももはや持たん。その扉の向こうには千を越えるクアゴアがいるらしい。とてもではないがそんな数は相手に出来んので、こうして儂らは皆を連れてフェオ・ライゾに避難しようと思ったのじゃが」

 兵士がこんなに簡単に状況を口にしていいのだろうか。

 と思うが、ドワーフの軍隊は人間のそれよりも規律がはっきりとしていない、どちらかと言えば蜥蜴人(リザードマン)の戦士のようなものなのかも知れない。

 

「ならば簡単だ。とりあえずそこまで彼、モモンを案内してくれ。彼の力であればその程度の数、容易に蹴散らしてくれるだろう」

 出来れば都市内に入り込まれ、ある程度被害が出ていた方が、交渉を優位に進められる為有り難かったが仕方ない。

 ゴーレムの宣伝は諦め、モモンが一人で千匹のクアゴアを撃退したと言う宣伝だけで我慢しよう。

 

「わ、わかった。ならば急いでくれ。我々の中にライディング・リザードがおる。あれに乗れば直ぐに着くはずだ」

 ツイとアインズがパンドラズ・アクターに顔を向けると最後にもう一度、恭しく礼を取り、足早にその場を離れていく。

 ライディング・リザードが何かは知らないが騎乗用の蜥蜴か何かなのだろう。

 アインズであれば乗りこなせなかったかも知れないが、パンドラズ・アクターであれば問題ない。

 

「では我々はここで彼からの吉報を待つとしようじゃないか。そこの者達も逃げる必要はない。目に付くクアゴアは討ったがフェオ・ライゾの全てを確認したわけではない。隠れている者もいたかも知れんからな」

 

「ああ、うむ。いやしかし先にこの地を脱出した者達もおる。おぬしらは会わなかったのか?」

 

「……いや、我々とは遭遇しなかったがどのくらいの数だ?」

 

「数が多いのでな、第一陣として出たのは三千人ほど、ここにおるのは第二陣じゃ」

「それほどの人数ならば気づくはずだが……」

「地下を移動したのじゃろう。儂等は地上から来たのでな」

 ゴンドの台詞にアインズは納得する。

 そう言えばゴンドは普段地下を移動しているから、地上からの道が良く分からないと言っていた。

 その為、ここへの到着が遅れてしまったのだが。

 

「地上を? では早く追いかけんと、なにも知らんままフェオ・ライゾに着かれたらまずいぞ」

 

「……そうだな。その辺りは君たちに任せよう。我々も強行軍でここまで来たのでな、とりあえず市民たちは全員外に出して、入り口付近をゴーレムで固めさせよう。何かあってもそれならば問題は無いだろう」

 

「なにからなにまでスマンのぅ。全てが解決した暁にはおぬしのことは儂から総司令官に伝えておくぞ」

 まだ解決したわけでもないのに、態度が軟化し友好的になった。

 

(総司令官とはゴンドが言っていた八人の摂政会の一人だったか。かなり上位の人物だが、このドワーフはそれなりに偉い立場の兵士なのか? 人間の貴族と平民は分かりやすいが、ドワーフでは見分けがつかんな)

 

「それは有り難い。では早々に準備を開始しよう」

 分からないことを深く突っ込んで墓穴を掘るのも嫌なのでアインズは偉そうな態度を崩さないまま頷いた。

 後はパンドラズ・アクターがクアゴアを撃退してくれるのを待つだけだ。

 クアゴアとの戦いが終わってしまうと、アインズたちの力を借りる必要がなくなり、有利な条件で契約を交わすことが出来なくなるため、全滅ではなく撃退に留めるように事前に決めていたのだが、パンドラズ・アクターならばうまくやってくれるだろう。

 しかしここからだ。

 ここからアインズは摂政会の面々を相手に有利な交渉を行わなくてはならない。

 それを考えると気が重い。

 

(えーっと。クアゴアの撃退と引き替えに、ドワーフ産の武器の仕入れに、これからナザリックで武器を造るために鉱山から金属そのものを手に入れる。後はルーン工匠を全員引き取る。その場所を確保する必要もあるな、カルネ村辺りに頼めばいいか……これ全部出来るのか? 撃退だけでは足りないな、やはり放棄したという王都奪還まで視野に入れて、あとクアゴア側にいるらしいドラゴン退治もあったか──)

 改めてやるべきことを考えてみると数が多すぎる。

 それを全て成功させなくてはならない。

 いや、アインズは実はそれほど有能ではないと皆に知らせる作戦を実行すると考えれば、そのうち半分程でいいかも知れないが。

 

「陛下、俺はどうすりゃいいですかね?」

 そんなことを考えていたアインズに、背後から声がかかる。

 声の主はゼンベルだ、とりあえず知り合いがいるかも知れないと連れてきたは良いが話が纏まってしまい、連れてきた意味が無くなった。

 

「ふむ。ではゴンドと共に市民たちのところに出向き、改めて知り合いがいないか探してくれ。そして出来れば市民たちを落ち着かせてくれると有り難い。良いかね?」

 指示を出しながら、兵士に許可を得る必要があると考え直し問いかける。

 

「あ、ああ、うむ。市民たちにも状況を説明する必要がある、ありますな、儂も同行しましょう。では……そういえばまだ名前を聞いておらなんだ。聞いても良い、ですか?」

 軟化していた兵士の態度が先ほど以上に緊張している。

 なぜだろうと首を捻りかけるがそれを無視してアインズは胸を張り堂々たる態度を作り名乗ろうとしたが、その前に。

 

「こちらの御方は魔導王の宝石箱の主にして、我ら全員の絶対的主人、アインズ・ウール・ゴウン様であらせられる。そのことをしかと他の者に伝え、失礼な態度を取ることがないようになさい」

 後ろにいたナーベラルが声を張り上げる。

 

(ええ!? 何だ突然、ナーベがモモンじゃなくてアインズを主と認めていいんだっけ? いや確かソリュシャンとか、シャルティアと似たような設定にしたんだったか? 娘同然みたいな……)

 

「う、うむ。失礼をしたゴウン殿。しかと皆に伝えましょう」

 

「いや、うむ。頼んだ」

 アインズがどこぞの貴族か王族であるかのように誤解している兵士に、アインズもまたそれに合わせた演技をし、ナーベラルと二人になったところで小声で問いかける。

 

「ナーベ」

 

「はっ! 如何されましたか、アインズ様」

 その場に膝を突く姿はもうすっかりアインズが主であると言っているようなものだ。

 つまり彼女の中ではこれが当然なのだろう。

 だとするとまっすぐ聞くのはまずい。

 

「いや、その態度だが、それはお前自身の考えか? それともパンドラ……いやモモンか、奴の意見か?」

 もしかしたらパンドラズ・アクターが何かそういう態度をとらなくてはならない理由に気がついたのかも知れない。

 

「いえ。先ほどアインズ様が私に供をせよ。と命じていただきましたので、ここは私も本来の仕事である戦闘メイドとしてお仕えするべきだと考えました」

 ハキハキとした口調で語るナーベラル。

 思わず体から力が抜けかけるが、アインズは意志の力でそれをねじ伏せた。

 

「……ナーベ。お前に自分で考え行動することの大切さを説いたのは確かだが、お前はキチンとその後の事を考えたのか? ここでの話が帝国を通じて、王国にそして冒険者たちに伝わるのかどうか、そして伝わったとしてどう思われるのかを考えた上で、問題ないと判断したのか?」

 どうやらナーベラルは深く考えずにアインズに供をせよと言われたから即メイドとして仕えるように命じられたと思ったようだ。

 その証拠にと言うべきか、自分の行為に問題があると気づいたのか、ナーベラルの顔色が一気に青ざめる。

 

「も、申し訳ございません。問題が……あるのでしょうか?」

 やはり深くは考えていない。

 しかしアインズとて、それが問題であるかよく分からない。

 問題がある気もするが、元々漆黒との繋がりは匂わせていたので問題ない気もする。

 少なくとも今直ぐには考えが及ばない。

 こういうときにデミウルゴスやアルベドなら直ぐに問題のあるなしに気づけるのだろうが、アインズにはそんな芸当は無理だ。

 

「いや、どちらにもメリット、デメリットはある。もっともどちらを選んでも挽回出来る程度の差だがな。私が言いたかったのはなぜお前がそちらを選んだのか、それにキチンとした意味があったのか問いたかっただけだ」

 多分これならいけるだろう。

 大抵この手の話題にはどちらを選んでも問題があるものだ。こう答えておけばナーベラルにそれらを考えさせることが出来、アインズはそれを聞いてから答えを考えることが出来る。

 

「申し訳ございません。そこまで考えが及ばず、アインズ様にプレアデスの一人として必要とされたことが嬉しく感じてしまい、深く考えていませんでした」

 

(しかしナーベラルってそこまで考えなしだったか? 以前注意してからはちゃんとしていたように思ったんだが……これは根深い問題かもしれん。キチンと対処しなくては)

 原因を突き止めなくては。ナーベラルだけに起こるとも限らない。

 

「何故そうした行動を取ったのか、自身で理解しているのか?」

 

「それは……」

 言いづらそうに口ごもるナーベラルにアインズは更に強く問う。

 

「これはお前だけの問題ではない、今回のような簡単な問題ならば良いが今後もっと重要な局面で己の行動を決めることもあるかも知れない、故に思い当たることがあるのならば話せ、これは命令だ」

 ここまで言ってなお、ナーベラルの口は重い。どうしたものかと考えていると、長い時間を開けてようやくナーベラルが口を開いた。

 

「恥ずかしながら……アインズ様より命じられたこの任務に、一切の不満などはございませんが、それでもナーベラルではなく、冒険者ナーベとして大半の時間を過ごすことに精神的な疲労を感じているのは事実です。故に短絡的にナーベラルに戻れる選択をしてしまったのではないかと」

 全身にガツンと殴られたような衝撃が走った。

 アインズは出来うる限り、NPC達には本人が望んでいない仕事を無理矢理やらせたくはないと考えていたからだ。

 

 それはその者を創り出したかつての仲間達に悪い気がするし、本人達もアインズには文句を言わないのだからストレスばかり溜まっていってしまう。

 だからこそ、色々な方法で皆に無理をしていないか、本人にも本人以外からも聞き取りをする形で調査していたが、アインズと最も長い時間を過ごしていたはずのナーベラルの思いに気づかなかったことが、アインズには大きなショックだったのだ。

 

「なるほど。そうだったか、それは私と行動を共にしている時から感じていたことなのか?」

 全身を襲うショックも僅かな時間でいつもの精神抑制で元通りになってしまう。

 そのことを今回ばかりはありがたく感じながらアインズは続けて聞く。

 素直にハイと言うとは思えないが、態度を見れば予想はつくだろう。

 

「い、いえ。そのようなことはありません。その、最近……アインズ様と行動を共にする機会が無くなってからでございます」

 顔を伏せ、言葉の終わりになるに従って声が小さくなっていく。

 耳はおろか、首を下げたことによって見えるようになった首筋まで赤くなっているのは余程言いたく無いことだったという事だろうか。

 だが、アインズにはその理由がはっきりと理解出来た。

 

(あー、そういうことか。要するにあれだな、パンドラズ・アクターと行動を共にするのがキツいという事だな! わかる、わかるぞ。俺も最初の頃ほどではないにしても、未だにキツいもんなぁ)

 だがこれはこれで最悪の展開では無さそうなので胸をなで下ろす。

 とは言えこの場で簡単に解決出来る問題でもない。

 現在冒険者漆黒の代わりを務められる者は存在しないからだ。

 

「そうか……よし。お前の考えは分かった、今後は私も気を使おう」

 

「あ、アインズ様にそのような、全ては私が未熟であり、不徳の致すところで……」

 

「よい。良く考えてみればお前には負担を掛けてばかりであったな。取りあえず……」

 ここまで口にしたところでアインズの脳裏にあることが閃いた。

 

「アインズ様?」

 不思議そうにこちらを見ているナーベラルに対しアインズは頭に浮かんだ閃きを形にしようと必死に考える。

 

「……取りあえず今回、モモンが戻った後は私と入れ替わり、私がモモンとして行動しよう。それでどうだ? ナーベラル、いやナーベ」

 思いついた言葉をそのまま口にする。

 一見するとパンドラズ・アクターとの共同作戦に疲れたナーベラルを気遣ったものであるが、同時にアインズ自身にもメリットのある作戦だ。

 

「いえ、私のような……あ、いえ。その、よろしくお願いいたします」

 途中まで口にしかけたナーベラルだったが、何かを思い出したように口に両手を重ねて強制的に言葉を切ると、それまでとは180度違った答えを出した。

 その変わりように些か戸惑うが、アインズとしては納得してくれたのならばそれでよい。

 

「ではそうしよう、久しぶりの冒険者だ。今回はドラゴン退治も視野に入れる、気を引き締めよ」

 

「はいっ! あ、いえ、はっ!」

 元気の良いナーベラルの返事に対し満足げに頷いた。

 

(これならパンドラズ・アクターに魔導王の宝石箱の主人としての振る舞いが出来るか確認も出来るし、交渉も任せられる。俺はドラゴン退治だけに集中すればいいというわけだ。パンドラズ・アクターには無茶ぶりになってしまうが、アイツならば上手くやってくれるだろう)

 うんうんと自分に言い聞かせるように一人頭の中で納得しつつ、アインズはパンドラズ・アクターが戻るのを待つことにした。




長くなったので切ります
ドワーフとの交渉は書籍版とあまり変わらないので、次はその後から
半分くらい書けているので次はいつもより早く投稿出来ると思います


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第24話 想定外の参戦

今回はいつもより独自設定が多くなります
特に蒼の薔薇がドラゴン退治をしたことが無い設定とイビルアイがドワーフの王都に行ったことがある設定は完全に想像です
今後も不明な部分を独自設定として入れることがあると思いますのでご注意下さい


「では吉報を待つが良い」

 バサリと仰々しくローブをはためかせ、見送りに来たドワーフ達に向かってアインズ──現在中身はパンドラズ・アクター──が宣言し、その声に多くのドワーフが雄叫びのような歓声を上げた。

 クアゴアを撃退した後、改めて魔導王の宝石箱との契約を交わすこととなり、その交渉をアインズは自分の姿をコピーさせたパンドラズ・アクターに一任した。

 

 パンドラズ・アクターの交渉術は見事なもので、自分達の力量を示しその上でドワーフと取引をすることで発生する互いのメリット──基本的に地下で生活するドワーフには第六階層で育てている人間の国にも普通にある食材が貴重でありそれがそのまま輸出出来ることが分かった──更に現在ドワーフの国と唯一繋がりのある帝国も多量に運搬する術を持たないため、それをゴーレムや魔獣を使用して行き来出来るアインズ達は非常に歓迎された。

 

 それらに加え、現在クアゴアとフロスト・ドラゴンによって占拠されているかつてのドワーフ達の王都を取り戻すのは彼らにとって長年の夢とも言えるものだったらしく、それらを上手く交渉に絡めてアインズが初めに考えていた武器、金属、ルーン工匠の引き取り、それら全てをこちらにかなり有利な形で契約することに成功した。

 

(本当にこいつは俺が作ったとは思えないほど優秀だな。俺だったら欲張って失敗することを恐れて最低限ルーン工匠の引き取りのみで終わらせていたかもしれない)

 モモンとして隣で話を聞いていた限り、アインズではあそこまで完璧な交渉は出来なかっただろう。

 

 現在モモンは護衛という形なので、前方を警戒しながら歩いているため振り向けないが、こっそりと意識を後ろに向けて自分が作り出した息子とも呼べる存在の優秀さに改めて舌を巻いた。

 後ろからの声も届かなくなり、ゴンドの案内に従って洞窟の奥へと進む。

 やがて少し開けた場所に到着するとアインズは一度足を止め、周囲を見渡し周りに誰もいないことを確認した。

 

「よし。居るな」

 

「ハッ。ココニ」

 都市内部に入ることが出来なかったため一度帰還させていたコキュートスだが、事前に都市を出る時間と集合場所を決めておりここがその場所だった。

 魔法かアイテムで姿を隠していたのだろう。突然姿を見せたコキュートスにナザリックのメンバーと同じく透明化のアイテムを持つゴンドは特に反応を示さないが、唯一ゼンベルが慌てたように姿勢を正していた。

 自分の集落を直接的に支配している相手と言うのは、更にその上に立つアインズに接する時とはまた違った緊張感があるのだろう。

 

「オ待チシテオリマシタ、アインズ様」

 コキュートスの六つの瞳が全てアインズに向けられるのが分かる。

 現在モモンの姿をしているアインズに対して何の疑問も抱かないところを見るとやはりNPC達が外見を変えてもアインズのことを見抜くことが出来るのは本当らしい。

 

 かつてデミウルゴスが同じことをして見せたときはてっきり指輪による転移がアインズしか出来ないからだと思ったのだが、後ほど聞いたところによると、彼らは皆なんとなくアインズというより至高の存在がいることが分かるらしい。何となくというところが眉唾物だと考えていたが、今の様子を見ると間違いなさそうだ。

 

「うむ。早速だが時間がない。歩きながら話すとしよう」

 

「デハ私ガ、アインズ様ノ護衛ヲ」

 護衛であるモモンの護衛というのはよく分からないが、せっかくやる気になっているコキュートスに水を差すのも悪い。

 

「……そうだな。コキュートス、お前にはこれより先の私の護衛を任せよう」

 本来ならば今回の作戦を立案したコキュートスにはドワーフとの交渉を初めとしてより多くの部分で矢面に立って貰うつもりだったのだが、ゴンドによると以前ゼンベルがフェオ・ライゾに居た時とは異なり、クアゴアが侵攻し住む場所を移した事により異形種に対する風当たりが強くなっているという事で、かつて都市を訪れたゼンベルはともかく、体も大きく見かけもドワーフや人間種から大きく外れたコキュートスでは余計な軋轢を生みかねないと判断したため一度帰還させたのだ。

 

 しかしここからは違う。

 クアゴアの撃退による王都奪還、その際に現れる可能性の高いフロスト・ドラゴンの討伐にはコキュートスにも積極的に参加して貰うつもりだ。

 作戦の立案者に対するアインズなりの敬意の払い方という事でもあるが、同時に件のドラゴンに対するコキュートスの相性がかなり良いことが判明したからだ。

 

 ドラゴンの最大の武器であるブレスはそのドラゴンの種族ごとに異なり、フロスト・ドラゴンは冷気のブレスを吐く。

 冷気に対する耐性を持つコキュートスならばその最大の武器が通用しないことになり、アインズと組めば例えユグドラシルで言うところの最高クラスの強さを持つドラゴンであっても有利に戦え、最悪でも逃げ出す時間は稼げるだろう。

 

「ハッ。必ズヤ、アインズ様ノ期待二応エマス」

 

「うむ。では取りあえず現状の確認と、これからについてだ」

 

「ソノ前二アインズ様。御命ジヲ受ケタ魔導王ノ宝石箱トノ定時連絡デスガ」

 

「ああ。何か変化はあったか?」

 アインズが不在中に店の方に変化があった場合に備え、定期的に店から連絡を受ける手はずになっていたが、先ほどまでドワーフの国との会談を行っていたためその役目をコキュートスに任せていた。

 

「ハッ。セバスニヨルト、例ノドラゴン退治ノ依頼ヲ受ケタ者ガ現レタト」

 

「何!?」

 思わず声が大きくなる。

 蜥蜴人(リザードマン)の村でセバスに確認して以降、定時連絡でもその話が一切話題に上がっていなかったため忘れていた。

 

「分かった、詳しい話は私が聞く。ナーベラル、私の代わりにコキュートスに今後の予定と目的を伝えよ」

 

「はっ! 畏まりました」

 こちらに届くほど大きく呼吸音を響かせているコキュートスと同じほどやる気に満ちたナーベラルを後目に、アインズは〈伝言(メッセージ)〉をセバスに繋げた。

 

『お待ちしておりました。アインズ様』

 

「うむ。早速だが、コキュートスから話は聞いた。例のドラゴン退治、請け負った冒険者が出たそうだが詳しく聞こう」

 

『はい。依頼を受けたのは蒼の薔薇です。以前店に訪れたイビルアイが一人で組合を訪れ依頼を受けたとのことです』

 

「モモンが既に依頼を受けている旨は聞いていないのか?」

 冒険者組合には既にアインズの護衛としてモモンがアゼルリシア山脈に行くこと、そして同時にドラゴン退治も行うつもりであることを伝え、ドラゴン退治の依頼も受けたことになっているはずだ。

 

『いえ。我々がドラゴンであれば何体でも引き取る依頼を出していることを逆手に取り、モモン様とは別のルートでフロスト・ドラゴンを狩りに行くと』

 

「宣伝として掲示板に張り続けるための戦略が裏目に出たか。店の方には来たのか? 依頼を受ける者にはアイテムや武具を貸し出す約束もしていたが」

 

『いえ、こちらには未だ。話によると王都に戻ったのはイビルアイ一人のみ。今は他のメンバーが戻るのを待っている可能性もあります』

 

「そうか。では店に来た場合だが、武具の貸し出しはするな。まだドワーフ製の武器がどのレベルなのか把握出来ていない以上、強い武器でも弱い武器でも問題になる。代わりにマジックアイテムを貸し出し、巻物(スクロール)等の消耗品もいくつかくれてやれ。言うまでもないがデミウルゴスが作成した物ではなくユグドラシルの巻物(スクロール)だ」

 

『では以前製作した貸し出しを前提とした低位のマジックアイテムの目録から選んでいただいてよろしいでしょうか?』

 セバスが言っている低位のマジックアイテムとは、ユグドラシル産の大したことのないアイテムと言う意味で、それでもこの世界では最上位クラスのアイテムとなっている。

 とある遺跡から纏めて発掘されたという触れ込みにしていることと販売ではなく貸し出しを条件にユグドラシル産のアイテムを出すことを決めたのだ。

 

「後はコキュートスが調査し製作したアゼルリシア山脈に生息するモンスターなどの資料と今回我々が通ったフェオ・ライゾまでの道を記した地図。あれも渡してやれ」

 

『畏まりました。モモン様が事前調査を行ったという証拠として、ですね?』

 

「その通りだ。フェオ・ライゾに向かって貰えば時間も稼げるからな。先に報告するがドワーフとの会談は上手く行った。後はドラゴンに占拠されている王都の解放を条件にドワーフ製の武具を多量に入荷出来るだろう」

(くそ! 万が一にも蒼の薔薇がフロスト・ドラゴンを討伐してみろ。どれほど金を払わなくてはならないと思っている! なんとしてもこちらが先に討伐しなくては)

 内心の動揺を隠し、落ち着いた振りをしながらアインズはセバスに報告する。

 例え蒼の薔薇が装備を整えフロスト・ドラゴン討伐に乗り出したとしても、ここまで来るには時間がかかるだろう。

 その前にモモンが王都を奪還してフロスト・ドラゴンを追い払わなければならなくなった。

 

『流石はアインズ様、その手腕お見事でございます』

 

「今回は私ではなくパンドラズ・アクターの手柄だがな、とにかく今は時間が惜しい。今後定時連絡は不要だ基本的にはお前とソリュシャンに任せよう、必要ならシャルティアも呼べ。緊急時はそうだな……私ではなくナーベラルに〈伝言(メッセージ)〉を送れ」

 

『畏まりました。アインズ様、御武運を』

 セバスの言葉と共に〈伝言(メッセージ)〉を切る。

 これから急いでしかも未知の強さを持つドラゴン退治を行うことになるのだ、余計なことを考えるのは避けたいとの思いから出た言葉だった。

 

 蒼の薔薇参戦によって多少複雑化してしまったが、アインズ自身が行うことは出来るだけシンプルにしたい。今回の場合はモモンに扮してドラゴンを退治する。それだけだ。それだけにしておきたい。

 きっと他の者たちならばもっと良い方法を考え出せるのだろうが、アインズではこれが限界だ。

 最近何でも出たとこ勝負で乗り切ってきたツケが回ってきているのだろう。

 今後はなるべく時間をかけて考えることにしよう、と心に刻む。

 

「よし。コキュートス、話は聞いたか?」

 ナーベラルとの会話が終了しているのは〈伝言(メッセージ)〉を繋げながらでも分かったが、一応確認する。

 

「ハッ! ドワーフノ王都ヲ解放シ、邪魔ヲスルドラゴンヲ討伐サレルト」

 

「その通りだ。特にドラゴンは我々にとっても未知の相手だ、期待しているぞ」

 

「ハハァ! アインズ様ノ配下トシテ、ソシテ一振リノ剣トシテ、恥ジヌ働キヲオ約束イタシマス」

 自身を一振りの剣に見立ててアインズの役に立とうとするのは、コキュートスが以前から口にしていることだ。

 今では自分で考えることを覚え、実際に蜥蜴人(リザードマン)の集落を恐怖に頼らず統治しているが、やはり本質的にはそちらの方が本人としてもやりがいを感じるのだろう。

 

「よし、ならば行くぞ。急ぎ足でだ」

 アインズの宣言と共に一行は改めて移動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 初めて入った店の中はガガーラン達が言うようにまるで貴族御用達の高級店のようだった。

 他の皆はともかく貴族であるラキュースには慣れたものだ。

 すでに組合から話が通っていたのか、中に入ると直ぐに仕立ての良い服を着た白髪の老人が彼女たちを出迎える。

 

「ようこそ蒼の薔薇の皆様、ご来店を心よりお待ち申し上げておりました」

 

「ご丁寧にありがとうございます。ですが本日私たちは客ではなく、依頼を請け負った立場です。どうぞお気遣いなきようお願いします」

 そう、今回に限っては蒼の薔薇は客ではない、むしろ依頼を出した魔導王の宝石箱こそが蒼の薔薇の客と言える。

 だというのに、あちらに先に挨拶をさせてしまったことを恥じ、ラキュースは慌てて、しかしそれは表に出さないようにしながら挨拶をする。

 

「ようセバスさん。早速なんだが時間がねぇ。先ずは貸し出してくれるアイテムって奴を見せて貰いてぇんだが」

 

「ガガーラン……申し訳ありません。うちの者が」

 わざわざラキュースが口に出してこちらが客と言ったというのに、ラキュースの無言の抗議を受け流すガガーランに対し、セバスは嫌な顔も見せずに口を開く。

 

「構いません。ガガーラン様、すでにご用意しております。先ずはこちらにどうぞ。ご案内いたします」

 執事でありおそらく店主の護衛も勤めている戦士だという話は聞いていたが、確かにこの老人は執事としても、そしてその歩く姿を見ただけで分かるほど最上位の戦士であることが伺える。

 この人が討伐しに行った方が確実なのでは。と一瞬思ってしまったが、モンスターを倒す技術と人を守る護衛の技術は別物だ。

 それにラキュース達には仲間とのチームワークという武器もある。一人では出来なくても皆で協力すればドラゴン討伐とて出来るはずだ。

 そう心に決めて前を歩くセバスの後を着いて歩き出した。

 

 

 

 見せて貰った目録はまさしく驚愕と呼ぶに相応しいアイテムの数々が載っていた。

 

「これは……」

 身体能力を大幅に強化する物から、魔法に対する強い耐性をつける物、複数の状態異常を同時に無効化する物など、ラキュース達の最上位の装備品と同等かそれ以上の品まで多数のアイテムがずらりと並んでいる。

 

「こちらは販売ではなく貸し出しのみとなっておりますのでご注意を。紛失の際には相応のペナルティをいただくことになります。ただし不可抗力による破損等の場合でしたら、減額や修理費のみとなる場合もございます」

 これだけのアイテムならば当然だろう。

 

「それとこちらを。事前に調査が行われたアゼルリシア山脈の地図、その写しと出現するモンスターなどの資料です」

 

「これ……ひょっとして漆黒の?」

 資料と地図を受け取ったティアがセバスに問う。そう言えば事前調査は冒険者組合ではなく漆黒が既に行っているという話だった。これがその資料なのだろう。

 

「はい。モモン様に私どもが以前依頼した際のものです。参考にしていただければと」

 

「しかし。他の冒険者が得た情報を無償で受け取るわけには……」

 これは冒険者だけではないが、情報とはそれだけで価値のある代物であり周辺国家の大ざっぱな地図でさえ購入しようとすればかなりの時間とお金がかかるほどだ。

 蒼の薔薇も自分たちが得た情報を他の者に知らせる際は仕事として有料で請け負う。

 そうでなくては最高位冒険者として示しがつかない。それ故商売敵とも呼ぶべき相手の調査で得られた情報を無償では受け取れない。

 

 そんなラキュースの考えをセバスは軽く微笑んで否定し告げた。

「いえいえ。漆黒と蒼の薔薇の皆様の間でということでしたらその通りでしょうが、これは既に我々が漆黒から買い取らせていただいたもの。今は我々の所有物です。それを今から依頼を受けていただく皆様にお渡しするのは当然のこと。どうぞお受け取り下さい」

 

「それなら。遠慮なく」

「遠慮なく」

 ティナとティアは続けざまにそう言って早速とばかりに資料を読み始める。

 止める間もないとはこのことだが、セバスの言っていることも正論だ。ここはお言葉に甘えるとしよう。

 そう決めてラキュースも目録に目を通す。

 

「待て。この巻物(スクロール)。これはどうなる? 使用したら返却は出来ないが買い取りか?」

 人数分用意された目録を見ていたイビルアイが言う。ラキュースも確認すると目録の後半には巻物(スクロール)がいくつか記されていた。

 

「そちらに関しては基本的には無償でお渡しします。使用しなければ戻していただければ。ただし数に限りがございますのでお渡しするのは数点のみとさせていただきますが」

 

「なるほど……もう一つ。この巻物(スクロール)、魔法を込めたのは店主なのか?」

 

「勿論。我が主以外にそれが可能な者は存在しません」

 これまで感情を露わにせず完璧な執事という態度を崩さなかったセバスが初めてほんの僅かだが、店主を自慢しているようなそんな気配を感じさせた。

 これは貴族として心の読み合いや化かし合いを続けてきたラキュースだけが読み取れるようなほんの微かなものではあったが。

 

「……了解した。私はどれにするか決めたぞ。後はお前たちだ」

 イビルアイが何を選択したのか気になったが、それよりも今は自分のことだ。

 装備品に自分たちの装備より上の物もあるとは言っても、使い慣れていない物を選んでは逆に普段通りの戦い方が出来ず力を発揮出来ない場合もある。

 

「ティア。その資料私にも見せて。どんなモンスターが生息しているか知りたいわ」

 

「はい。私は見終わった」

 受け取った資料を見ていると隣のガガーランものぞき込んでくる。

 出現するモンスターの特性や弱点によって必要なアイテムや装備が変わってくる。

 本来は一度これら資料を持ち帰り、しっかりと頭の中に入れてから借りる物を選択するのが正しいのだが、今は時間がない。

 この資料を製作した漆黒に大きく遅れをとっている焦りがそうさせたのかもしれない。

 

「それともう一つ、まことに申し訳ないのですが、こちらの指輪に関しては既に漆黒の皆様に貸し出しておりますので人数分の用意が出来ません。用意出来るのは二つのみとなります」

 セバスがそう言って見せてきたのは冷気に対する高い耐性を付ける指輪であり、それを聞いた瞬間全員に緊張感が走った。

 当然だろう。その指輪は既にラキュースも確認し、借りることを決めていた物だ。

 何しろ相手はフロスト・ドラゴン。

 冷気を武器にする伝説が残されている。そうした相手ならば冷気の耐性強化は絶対条件なのだから。

 

「なにぶんこちらの目録に載っているのは遺跡から発掘されたアイテムが中心となっていますので必要な数を用意出来ず、申し訳ありません。無論、依頼は随時受け付けていますので漆黒の皆様がお戻りになってから、改めて貸し出すことも可能です……」

 

 それでは遅い。

 ただでさえ漆黒に遅れをとっている現状で、漆黒が戻るまで待っていては意味がない。

 しかし危険性を考えればそれが最善だ。

 何しろ今回は今までの依頼とは違い命の危険もある。

 ラキュースが復活魔法を使えると言っても自身が死ぬ可能性もあり、皆のことを考えれば今回は見送る選択肢もあるのではないか。とラキュースが全員を見回す。

 彼女たちの表情から言いたいことは直ぐに分かった。

 ラキュースも覚悟を決める。

 

「問題ありません。でしたらその二つをお借りします」

 その後。それなりに長い時間をかけて装備を厳選し、その場で使用感を確認した後、ラキュースたちは店を後にした。

 

 

 

「ところでイビルアイ。お前結局装備品借りなかったけど大丈夫なのか?」

 

「問題ない。冷気耐性の指輪があれば十分だ。それにこれがあるからな」

 拠点に戻り最後の確認をしている最中ガガーランが一人だけ特に準備をしていないイビルアイに問いかけるとニヤリと笑いながら貰い受けた巻物(スクロール)を見せつけた。

 

「ああ。それ。結局何の巻物(スクロール)なの?」

 

「そうそう。気になってた」

 

 巻物(スクロール)は基本的に魔法詠唱者(マジック・キャスター)のみが使用出来、それも系統によって使える物が異なる。

 目録には信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもあるラキュースが使える巻物(スクロール)もあり、その中にラキュースが使用出来る中で最高位の回復魔法も存在した──流石に〈死者復活(レイズデッド)〉はなかった──一応魔力温存の一環として幾つかそれらの巻物(スクロール)を貰ってきたが、イビルアイが使える魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)用の巻物(スクロール)も同様に存在していたらしく──ラキュースはそちらは確認しなかった──彼女はそこから選んだようだ。

 そのことから店主こと、アインズ・ウール・ゴウンなる人物は魔力系と信仰系、二つの系統の魔法が使える魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだろう。

 それ自体も珍しいが仮に魔力系の魔法も信仰系と同レベルので使えるのであれば確かに強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言えるだろう。

 とは言え帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダ・パラダインは魔力系、信仰系に加えて精神系の魔法も使えるとの噂なので魔導王は言い過ぎという気もするが──

 

「あのアインズなる者が本当に一人でこれに魔法を込めたのならば恐ろしいことだがそれはないだろう。何しろここに込められた魔法は私でも使うことの出来ない転移魔法だ。特別なマジックアイテムか何かで実力以上の魔法を使っていると言ったところか」

 

「転移ならお前使えるじゃねぇか」

 

「私のは単独での転移だ。これは多数を同時に転移させられる私の転移よりも格上の転移魔法だ。いざというときはこれで全員逃げ出せる。まあ、ドラゴンは年齢を重ねれば重ねただけ強くなる恐ろしいモンスターだが、大人でも竜王クラスの者でないならそこまで問題にはならない。私一人でも何とかなる。ここにいる全員でかかればそう苦労することなく倒せるだろうさ」

 イビルアイの軽い口調に、少しほっとする。

 彼女ばかりに頼りきるのは良くはないが、それでも彼女の実力が自分たちに比べ突出しているのは事実だ。

 彼女の正体を考えればそれも当然と言えるが。

 

「問題は時間だな。ここからアゼルリシア山脈までとなるとかなり時間がかかる。漆黒の奴らは既に出発していることを考えるとやっぱり先を越すってのは難しいかもなぁ」

 ガガーランの言葉にラキュースは口には出さないが確かに。と心の中で同意する。

 漆黒が依頼を受けてからそれなりの時間が経っている。準備の時間を入れたとしても既に出立しているだろう。自分たちが直ぐに出発してもかなりの差が生じている。

 それを覆すのは難しい。

 ただし、ドラゴンがどこに生息しているのかまではこの資料にも記載がなかった。アゼルリシア山脈は広い──王国と帝国の国境になる程なのだから当たり前だが──その広い山脈から数少ないであろうドラゴンを探すと考えれば運次第だが漆黒よりも先にドラゴンを討伐するのも不可能ではない。

 

「いや。そうでもないぞ」

 ラキュースの密かな願望混じりの推察に同意したかのようにイビルアイが言う。

 仮面を付けていないイビルアイの姿は幼子のそれだが、その不敵な笑みだけは子供が出来るものではない。

 

「上手く事を進めれば奴らを出し抜くことも可能だ。何しろこちらにはこの転移の巻物(スクロール)が二枚ある」

 

「そういや何で二枚同じの貰ってんだ? 逃げるなら一枚ありゃ良いだろ?」

 

「そう。逃げるだけなら一枚で良い。しかしもう一枚は移動用だ。私の転移では一人しか移動出来ないから意味がないがこれがあれば、アゼルリシア山脈までひとっ跳びだ」

 

「でもイビルアイ、貴女の転移は一度行ったことのある場所にしか跳べないんでしょう? その巻物(スクロール)の転移なら知らないところにもいけるの?」

 

「いや、これも基本は私の転移と同じく実際に行ったことのある転移先にしか跳べないが、私はアゼルリシア山脈にあるドワーフの王都、正確には今はもう滅んだから元王都か。そこに行ったことがあるんだ。私の昔の仲間にはドワーフの王族もいたからな、と言うかそいつを仲間に加えたのがそのドワーフの王都だ」

 その言葉でハッとする。

 確かに彼女が時折話してくれる伝説の十三英雄の英雄譚の中には魔法工なる大地を激震させるハンマーを持ったドワーフがいたと聞いている。

 

「スゲェじゃねぇか。だったら追いつけるかもな。この資料にはドワーフの王都の事は載ってねぇし」

 

「まあ、その近辺にドラゴンが居るかは賭けに近い、その上今も破棄されたままだとするなら下手をすればドラゴンや他のモンスターの巣窟になっている危険性もある。どちらにするかはリーダー、お前の判断に任せよう」

 全員の視線がラキュースに集まる。

 イビルアイの言うように、ここから出発すれば時間はかかるが周囲の状況を確かめながら進めるため安全性は高い。

 しかし。

 そもそも今回の依頼をラキュースたちが受けようと決めたのは、魔導王の宝石箱の店主、アインズ・ウール・ゴウンの口にした言葉によるところが大きい。

 

 未知を切り開く本物の冒険者。

 

 その言葉は安全性を重視し、確実な依頼のみをこなすようになっている今の自分たちに対する挑戦のように聞こえた。

 昔の蒼の薔薇はいや、ラキュース自身はもっと無鉄砲だった。

 そのせいで危険に晒されたラキュースをガガーランが助けてくれた。

 命を狙ってきた暗殺者だったティナとティアを仲間に加えると言ったときもガガーランは危険だと言ったがそれを押し切り今では心から仲間だと言い合える絆が出来た。

 自分たちより遙かに強いイビルアイに戦いを挑んだことだってあった。結果勝利を収め、彼女が仲間に加わった。

 無謀とも思えることは幾つもあったが、そのおかげで今の蒼の薔薇があるのだ。

 だから、その挑戦から逃げることは出来ない。

 

 自分たちは偽物なんかではない、本物の冒険者だ。

 

「転移で行きましょう」

 簡潔に、しかし強い意志を込めて、ラキュースはみんなに告げる。

 答えが分かっていたかの様に全員が一斉に頷いた。




もう少し早く書き上がるかと思いましたが結局いつもより1日早いだけでした
次はちょっと長くなりそうなので、また木曜日更新に戻るかと思います


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第25話 それぞれの英雄

蒼の薔薇、ラキュースとイビルアイそれぞれ視点での話です


 白い布に包まれた二つの遺体を前にしてラキュースは唇を噛み締めながら、自らの不甲斐なさと愚かな判断に泣き崩れそうになる自分を必死に律していた。

 

「イビルアイ。大丈夫よね」

 自分と仲間達を救うためにあの恐ろしいドラゴンの群れに一人で戦いを挑み、時間を稼いでくれている仲間の姿が思い浮かぶ。

 

「大丈夫。イビルアイならすぐに戻ってくる」

 もう一人の生き残りであるティアが、自らの半身とも呼ぶべきティナの遺体に目を落としながら呟くように言う。

 自分の姉妹が死んだというのに取り乱さないのは彼女の前職が関係しているのだろうか。

 しかし今はそれが有り難い。

 彼女が取り乱していればおそらく自身も耐えられなかっただろう。

 

「イビルアイさえ戻れば、あの転移の巻物(スクロール)で逃げられる」

 

「そう。だからここを動いたらダメ。ボスが死んだら二人を生き返らせることが出来ない」

 ティアの口調は淡々としているが強い意志が込められている。

 ラキュースの考えを読んでいたのだろう。

 確かにラキュースは今から一人、あるいはティアと二人でイビルアイを迎えに行くべきではないか、と考えていた。

 

 あの恐ろしいドラゴン。

 一匹ならばまだしも、相手は四匹いた。

 その全てを相手取ったらいくらイビルアイでも倒すことはおろか、逃げることすら不可能ではないかと思えたのだ。

 そもそも魔法を使い逃げ出せる状況であれば既に逃げ出し、ここに来ていてもおかしくないはずだ。

 

「行くなら私が一人で行く。ボスだけは絶対にここを動いちゃダメ」

 

「……分かったわ。もう少しここで待ちましょう、貴女も直撃ではないにしろ怪我をしているのだから無理はしないで」

 二人の命を奪った四匹のドラゴンによる冷気のブレス。

 手持ちの装備や魔法で出来る限りの耐性強化はしていたというのに、まともに食らったガガーランとティナは即死、その後ろにいたティアも完全に防ぐことは出来ず深手を負った。

 ラキュースは魔導王の宝石箱から借り受けた冷気の耐性を上げる指輪のおかげで殆ど無傷で済んだ。それだけでもあの店のアイテムがどれほど優秀なのか分かるというものだ。

 

「分かった……」

 魔導王の宝石箱から貰ったアイテムと巻物(スクロール)でティアの怪我もかなり回復はしているだろうが、完全回復とは行かなかった。

 あのドラゴンの力はそれほど強力だったということだ。

 お互いに無言になると、途端に後悔が押し寄せてくる。

 なぜこんなことになってしまったのだろうか。と言う思いが胸の内から溢れて止まらない。

 

「ドラゴン退治の依頼。やっぱり受けるべきじゃなかったのよね。ごめんなさい」

 思わず口から出した言葉に反応してティアの瞳がラキュースを捉える。

 

「あれはガガーランとイビルアイが受けたがってた。最終的には私たちも賛成したし、ボスが気にすることない」

 ティアはそう言うが、正直言ってやる気になっている二人にラキュースも賛成を示していたのは事実だ。

 そしてリーダーである自分の考えがみんなにとって大きなウエイトを占めるのも分かっていた。

 事実上ラキュースが賛成したことで、決定したのは間違いない。

 

 それほどにドラゴン退治という依頼は魅力的だったのだ。

 かつてラキュースが憧れた物語の中の英雄達は皆必ずと言っていいほどドラゴン退治を経験していた。

 それが英雄の証と思えるほどに。

 蒼の薔薇として様々な偉業を成し遂げてきた彼女たちも、ドラゴン退治は達成していなかった。

 だからと言うこともあっただろう。

 

「それに。漆黒が先に依頼を受けたと聞いたら無理もない」

 

「でも十分な準備も調査もしないで受けるべきじゃなかったのよ!」

 思わず声が大きくなってしまい、ラキュースは慌てて周囲を探る。

 

「大丈夫。誰もこっちには近づいてない」

 ティアの言葉に安堵を覚えながら、ラキュースの後悔は続く。

 

「仕方ない。まさか本当にドワーフの王都をドラゴンに占領されているなんて思わなかった」

 まるでラキュースの心を読んだかのようなティアの台詞に心の中で同意する。

 イビルアイのかつての仲間にドワーフの王族と呼ばれた存在がおり、その関係でイビルアイはかつてのドワーフの王都、それも最後に訪れた、ドワーフが武器を取りに立ち寄った宝物庫がある部屋に直接転移が可能だった。

 一応イビルアイが王都跡にドラゴンや他のモンスターが居る可能性を挙げていたが、ラキュース自身可能性は低いと考えてしまっていた。

 

 加えてドラゴンは通常群れることを嫌うこと、真なる竜王と呼ばれる最高位のドラゴンでなければイビルアイ単体でもかなり優位に戦えると言う彼女の台詞、色々な条件が重なりこれは運が自分達に味方しているのではないか、そんな風に考えてしまい、漆黒への対抗心もあってろくな調査も行わないまま転移で移動することを決めてしまった。

 ドラゴンを退治して魔導王の宝石箱に持っていき、高慢ちきなあの女の鼻を明かしてやる。と息巻いていたイビルアイを思い出す。

 それを止めなかったのは少なからずラキュースにも対抗意識があったから。

 そんな考えは仲間を危険に晒す可能性が増すだけだというのに。

 

「ボス。こうなったのは誰のせいでもなくみんなで選んだこと。なら、ここから生きて出る方法を考えるのに力を使うべき」

 ぴしゃりと言い切られ思わずラキュースはティアに目を向けた。

 彼女の強い瞳がラキュースに向けられている。

 

「そうね」

 いつまでも過去を悔やんでいても仕方ない。

 自分の頬を叩き、気合いを入れると同時に切り替える。

 

「鬼リーダー、切り替えるのは良いけど強く叩きすぎ。綺麗な顔に傷が付くのは良くない」

 

「今はそんなことどうでも良いのよ。ティア、聞きたいのだけれど。貴女ならドラゴン達に気づかれず様子を見てくることは可能?」

 彼女達の前職、暗殺者集団イジャニーヤの修めている技の多くは相手に気づかれることなく近づき対象の命を奪うものだ。

 今回の場合ドラゴンを殺すことは無理でも様子を窺うくらいならば出来るのではと考えた。

 

「もちろん。優秀な忍に不可能はない」

 力強い彼女の言葉は、しかしどこか演技めいている。

 ドラゴンはその巨体故大雑把な生き物だと思われがちだが実のところ手先も器用で、何より視覚、聴覚、嗅覚と言った感覚が鋭い。

 如何に名うての忍と言えど絶対に見つからない保証はないだろう。

 本人もそれを自覚しているに違いない。

 

 ラキュースは目を閉じ、考える。彼女を行かせて良いのかと。確かにティアが言うとおりラキュースが死んでしまえばここにいる二人に復活魔法をかけられる者はいない。

 周辺諸国を回ってみても復活魔法の使い手の噂は聞いたこともないし、唯一可能性があるのは法国だが、以前法国の特殊部隊と思われる者達と交戦したこともある為、よく思われてはいないだろう。

 だからラキュースがここで死の危険を犯すことは許されない。それは理解しているつもりだ。

 しかし、もしティアを一人で行かせて彼女まで死んでしまったら、その時自分が側にいれば避けられるような状況だったとしたら、二人で行けばイビルアイを連れて逃げられるとしたら。

 そんなもしもを考えてしまうと軽々に判断を下せない。

 判断力のないリーダーなど何の役にも立たないと言うのに。

 

「ティア、やっぱり──」

 

「ボス。ちょっと待って。何か聞こえる」

 口に出しかけた言葉が遮られる。

 ティアはその場で集中し音を拾い始める。

 ラキュースも同じように耳を澄ませるが、忍として幼少時より訓練を受けてきたティアとでは聴覚を含めた感覚の差は大きく、ラキュースには全く聞こえなかった。

 

「何か、沢山の生き物の足音が聞こえる」

 

「ドワーフかしら。ここは元々ドワーフの王城だったらしいから」

 もしかしたら決起したドワーフの大群がドラゴンから王城を取り戻そうとやってきたのではないか。と言う考えが浮かぶがそれは自分達に都合の良い希望的観測だろう。

 

「いや、ドワーフとは違う。もっと大きくて尻尾のある」

 

「ドラゴン……じゃないわよね」

 ラキュースたちが見たのはあの四匹だが、群れていた以上もっと大勢いても不思議はない。

 

「違う。そこまで大きくない。逃げているような、そんな感じ。こっちに近づいている?」

 ティアがそこまで言った時、ラキュースの耳にもようやく音が届いてきた。

 確かに多数の足音と唸るような鳴き声、そして悲鳴が混ざって聞こえている。

 

「どちらにしろ、ここにいても見つかるだけね」

 足音はドンドン近づいてきている。ここはドラゴンの巨体では入れない間隔で立った柱の影の部分であり、見つかりづらいが直ぐ横を通られれば一目瞭然だ。

 相手がさほど大きくないのならなおさら。何かに追われているとしたら、その何かとは別のドラゴンという可能性もあり、ここに居続けるわけには行かない。

 

「来る」

 ティアの言葉と共に廊下の奥から盛大な足音と共にずんぐりとした体格の全身に毛を生やした亜人らしき二足歩行の生き物が大量に押し寄せる。

 

「敵?」

 

「分からない。けど武器を構えた方が良い」

 言われるまでもなく戦う準備はしている。

 しかし相手が何に追われているかによって対応が変わってくる。亜人ならば意志の疎通は可能なはず。

 向こうの敵がドラゴンならば互いが生き残るために協力体制を取ることも出来ないことではない。

 

「クソ! こっちにもいやがった」

 ラキュース達の姿を確認した亜人が声を荒げ、鋭い爪を構える。

 

「対話は、難しそうね」

 剣を構え、いざ交戦をという、その瞬間。

 

「〈電撃(ライトニング)〉」

 妙に静かで綺麗な声と共に閃光が走り、ティアに向かって襲いかかって来た亜人の腹を貫通する。

 

「危な」

 直線上の敵を貫く第三位階の魔法〈電撃(ライトニング)〉は例え目標を貫いてもその先を狙って突き進む。

 直線上にいたティアが言葉とは裏腹に余裕の回避を見せる中、その攻撃魔法を放った者の姿が確認出来た。

 

「……人?」

 ドラゴンでもドワーフでも、今し方倒れた亜人とも違う、全く予想外の存在が現れて思わずラキュースは呟いた。

 

「ん? モモンさん。前方に何やら下等生物(カトンボ)が二匹おりますが、あれも殺して良いのでしょうか?」

 冷静と言うよりは冷酷さすら覚える声を出したのは若い女性だった。

 王国では珍しい真っ黒い髪と白い肌を持った美しい女性だ。

 場違いさすら感じる美貌はラキュースの親友である第三王女、ラナーに勝るとも劣らない。

 

「こんなところに人間だと? 待てナーベ」

 続いて姿を見せたのは男、漆黒の鎧を身に纏い両手に巨大な剣を一振りずつ手にしている。

 

 モモン、ナーベ、美しい女性、漆黒の鎧、巨大な剣の二刀流。

 幾つものキーワードが頭の中を駆け巡り、ラキュースは反射的に叫んだ。

 

「漆黒の英雄! 私は蒼の薔薇のラキュースです。同じアダマンタイト級冒険者としてお願いします。協力して下さい!」

 ドラゴンのこともあるが先ずはここを切り抜けなくては。ここには仲間の遺体もあり派手な戦闘をするわけにはいかない。

 

「……だそうだ。ナーベ、取りあえず邪魔な連中を排除しろ。当てないようにな」

「畏まりました。では〈二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)〉」

 こちらとは温度差が甚だしい冷静な口調で黒髪の女性が放った魔法は広範囲に広がり、多くの亜人を一撃の元に葬った。

 

「凄い。そして、美人」

 

「自重してね。ティア」

 

「分かっている。私だって、時と場合は弁える」

 

(本当かしら)

 女性好きであり、ラキュースもそしてラキュースの友人であり第三王女と言う立場にいるラナーに対してすら妙なことを吹き込もうとする彼女だ。

 そのラナーと同レベルと思えるほど美しい女性を前に何をするか分かったものではない。

 

「終わりました。モモンさん」

 さんと呼んではいるが、そこに込められた口調や感情は仲間と言うよりは従者に近い。

 となれば礼や今後の交渉などはリーダーであるモモンとした方が良いだろう。

 短い時間で計算しながらラキュースは改めて二人の前に立ち、近づいてきたモモンに対し頭を下げた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いえいえ。貴女方であればこの程度のモンスターには手こずる事なく討ち取れたでしょう」

 穏やかな口調と態度に、ラキュースは即座に想像していた人物像を修正する。

 通常冒険者は気が大きく粗忽な者が多いが、ある程度高ランクの者はその限りではなく、ラキュースの叔父でもあるアダマンタイト級冒険者朱の雫の面々も落ち着いた人間の大きさのようなものを感じさせる。

 この人物にも似た雰囲気があった。

 ならばラキュースの頼みを受け入れてくれる可能性はある。

 

「いえ──それよりもお願いがあります! 仲間を、私たちの仲間を助けてはいただけないでしょうか!?」

 深く頭を下げて懇願する。

 同じアダマンタイト級冒険者、とは言えラキュース達と彼らでは人数が違う。

 蒼の薔薇がアダマンタイト級冒険者として活躍出来ているのはやはり、イビルアイの戦闘力によるところが大きい。

 ラキュースとティアの二人だけの対応力はオリハルコン級冒険者チームが関の山だろう。

 しかし目の前の彼らはただ二人だけでアダマンタイト級冒険者まで駆け上がった者達だ。個々の力はラキュース達より遙かに上だと思って良い。

 さすがに十三英雄の仲間であり、かつては国堕としと呼ばれたイビルアイほどとは思えないがそれでも、この二人に加え自分たち二人の計四人ならばドラゴンを倒すことは出来なくてもイビルアイを連れて逃げることぐらいは可能かもしれない。

 

「ふむ。助けとはドラゴンからですか? この城には多数のドラゴンが居ると聞いてはいましたが」

 

「はい。玉座の間と思われる広い空間に成体のドラゴンが四匹。今は私の仲間が身を挺して時間を稼いでくれていますが、彼女は転移魔法が使え、今は魔導王の宝石箱から譲り受けた多数を同時に転移させる巻物(スクロール)を持っています。彼女さえ助け出せれば、全員でここから抜け出すことが出来るのです」

 相手の情報を伝えると共に自分たちに手を貸した際のメリットも説明する。

 如何に彼らが強大な力を持っていようとドラゴン四匹を同時に相手取ることなど出来ないはずだ。

 であればここから無事に逃げることを優先させるはず。

 

 しかし、だったら直ぐに引き返すと言われてしまえばもうどうしようもない。

 それを選ぶのは当然であるし、こちらの提案はみすみす危険を冒せと言っているようなものだ。

 更なる報酬や見返りを加えなければとてもではないが動いてはくれないだろう。

 なにを見返りに差し出せばいいのか、頭の中で考える。

 お金か、地位か、それとも装備品──手にした魔剣キリネイラムを握りしめる。

 

(いざとなればこれを渡して、それでも足りなければ何を……)

 

「わかりました。ドラゴンはどこに?」

 今までとなにも変わらない軽い口調の返答に、その言葉の理解を拒否するように意味が頭に入ってこない。

 

「え?」

 

「構いませんとも。そもそも貴女方は魔導王の宝石箱から依頼を受けたのでしょう。つまりは今の私たちと貴女方は同じ依頼を受けているのですから、共同で事に当たるのはむしろ当然のことです」

 

「おお。流石はアダマンタイト級冒険者、器が違う」

 

「当然です」

 後ろでティアが言い、何故かナーベが自慢げに頷いていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 勝てない。とこんな時だというのに目の前の人物に対し負けを認めていることに気がついた。

 一個人として、そしてチームのリーダーとしても文字通り器が違うのだ。

 ラキュースたちが漆黒に対抗していたから当然向こうも同じようにこちらに対抗意識を持っているに違いないと考えていた。

 だから只では協力してくれるはずがないとばかり思いこんでいたが、そうではなかった。

 あっさりと同じ依頼を受けたのだからと言い切る様に、ラキュースは自分が憧れた強く優しい本物の英雄の姿を見た気がした。

 

「では急ぎましょう。進みながらで構いませんので相手の大きさや強さ、攻撃手段などを教えていただけますか?」

 

「はい、勿論です……ですがその前にもう一つ無理を承知で頼みたいことが。彼女たちを運ぶのを手伝っては頂けないでしょうか?」

 視線を動かした先にいるのは白い布に包まれたガガーランとティナの遺体。

 ここに置いていけば、先ほどの亜人がまた現れたら持ち去られてしまうかも知れない。

 亜人の中には人間を食料としてしか見ない者達も存在する。

 そんなところに彼女たちを置いてはいけない。

 

「死んでいるのならば置いていくしかないのでは? 戦いの邪魔になります」

 きっぱりとした冷たい物言いにそんな立場ではないと知りつつ、それを口にしたナーベを睨み付けてしまう。

 

「ナーベ、よせ」

 

「申し訳ございません、モモンさん」

 あくまでモモンに謝罪し、自分達には目も向けない。

 冷たい人だが、言っていることは間違っていない。だからこそモモンも強く咎めないのだろう。

 

「私の復活魔法でしたら二人を生き返らせることが出来ます。ですからどうしてもここから一緒に連れて戻りたいのです。ご迷惑なのは承知していますが何とぞ」

 

「復活魔法を使用出来るのか……いえ、出来るのですか?」

 一瞬口調が荒くなったというよりは驚いて本来の口調が出たという感じだろうか。

 しかし自分で言うのも何だが、自身が復活魔法を使えるというのはそれなりに有名だと思っていただけにラキュースは少しショックを受ける。本当に相手にされていない、いや、そもそも誰かと競いあうという考えがないのかも知れない。

 魔導王の宝石箱の顧客である彼らは店主の言うところの未知を求める本物の冒険者なのだから。

 自分達が冒険をすることの方が重要なのだろう。

 

「はい。ですがここでは使えません。復活には黄金が必要ですし、仮に出来ても生き返った者は大量の生命力を失いしばらくの間は体がまともに動かせないので、このままイビルアイを救出し彼女たちも共に脱出する事が出来れば」

 本当に漆黒側には一つも利点のない提案だ。断られても仕方がない。

 だと言うのに期待してしまう。この人ならば自分達の無理な頼みごとも聞いてくれるのではないかと。

 そしてその期待は再度あっさりと叶えられた。

 

「分かりました。ですが一つお願いが」

 

「何でしょうか。私に出来ることでしたらどんなことでも」

 

「戻った後で構いませんので復活魔法を使うところを見せていただけないでしょうか? 興味本位で申し訳ないが直に見たことがないもので」

 

「……ええ、勿論。構いません」

 自分達のしてもらうことを考えれば報酬にすらならないような些細な頼みにラキュースは驚き、同時に考える。もしかしたら目の前の英雄は自分が頼みごとばかりする事に負い目を感じないように、本当は興味もないのにそんな願いを口にしたのではないかと。

 考えすぎかも知れないが、そんな風に感じられた。

 

「では急ぎましょう。私が前衛を務めますので、ナーベ」

 

「畏まりました。これを運べば良いのですね」

 言うなりナーベは軽々と大柄のガガーランの遺体を持ち上げ片手で腰に抱え込む。

 持ち方にも仲間を物扱いされるのも不愉快だが、仕方ない。無理を言っているのは自分達なのだから。

 それにしてもこの細腕で大した力だ。と思って直ぐに思い直す。そう言えば魔導王の宝石箱から貸し出して貰える物の中に身体能力が高まる物があった、それを着けているのだろう。

 

「ティア。お願い出来る?」

 

「了解。ボス」

 ティアはナーベと異なりティナの体を優しく大事そうに横抱きで持ち上げる。

 彼女もまた体に似合わぬ身体能力の持ち主だ。怪我をして居ても運ぶだけなら問題はないだろう。

 

「では行きましょうか」

 

「はい!」

 案内役のラキュースに続きモモンとティアが最後尾をナーベが警戒しつつ駆け出した。

 

(待っていてね。イビルアイ)

 ドラゴンの大きさや強さ、ブレスの範囲などを説明しながらラキュースは心の中で大切な仲間の無事を祈った。

 

 

 ・

 

 

 痛みを感じない身体のアチコチに不具合が生じている。

 指先や足、腕などが上手く動かせないのはダメージを受けた箇所に欠損があるからだろうか。

 最初は肉体ダメージを魔力ダメージへと変換する魔法を使い、身体能力が落ちないようにしていたが、もう魔力の残りが少ない。

 

「クソ!」

 思わず息を吐き捨て、眼前に迫る鋭い爪を横に飛んで間一髪で躱すも着地先でバランスを崩してそのまま大きく転がった。

 

「ふん。ここまでか。よもや貴様のような小さき者がこれほどの強さを持っているとは思わなかった」

 起きあがろうとするイビルアイの上からそんな声が聞こえ、圧力と共に全身に重みが加わる。

 

「グハッ!」

 痛みはなくとも、人であった頃の感覚を捨てきれず反応してしまう。

 目の前には巨大な爪が地面に突き刺さっている。足で踏みつけられて押さえ込まれたのだと気がつくも、今の状態ではまともに動けない。

 

「私たち四匹を相手取ってこれほど粘ったんだから大したものね。小さき者の中にもこんな者がいただなんて」

 青白い角が一本長く突き出したドラゴンがそんなことを言いながら近づいてくる。

 

「フン。さっさと殺してしまえ。不愉快だ、残った者共も探さねばならないだろう」

 別の声、これは今イビルアイを押さえている雄のドラゴンと近いレベルの苛烈な攻撃を繰り出してきた者だろう。

 

「待ちなさいよ。どうせもう他の奴らは逃げているわ。だったらそいつは殺さずにどうやって急に現れたのか聞き出さないと。また同じ手を使われたら面倒よ」

 最後の四匹目。コイツが一番やっかいだった。

 ドラゴン四匹とはいえ、連携も何もない。高い身体能力と強力な爪や尻尾で襲いかかってくるだけで、当初は互いにぶつかり合ったりもしていた。だがコイツが一歩下がり指示を出し始めると途端に全員の連携が噛み合い始めた。

 指令塔のような役割を果たしているのだろう。今も一人だけ冷静な判断をしているようだ。

 

 だが、その考えは外れだ。彼女たちはきっとまだ城の中にいる。イビルアイが戻るのを待っているに違いない。

 そういう奴らだ。

 だからこそ、イビルアイは一人で逃げ出すことが出来なかった。

 今だってやろうと思えばここから転移で逃げ出す分だけの魔力は残っている。

 しかし今自分が消えればコイツ等は全員で他の仲間たちを探し出すだろう。

 そうなれば確実に彼女たちは死ぬ。ラキュースが死ぬということは先ほどドラゴンのブレスによって命を奪われたガガーランとティナが蘇ることが出来ないという意味でもある。

 それだけはどうしても嫌だった。

 だから勝ち目のない戦いをしながらこの場から離脱出来ないかと隙を伺っていたのだが、この様だ。

 

(クソ。何が伝説の国堕としだ。仲間の命も救えないとは)

 これがイビルアイの知る最強の生物、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)級の強者であれば初手から逃げ出すことを前提に出来ただろう。

 しかし戦ってみた感想は一匹ずつならばイビルアイよりも格下だった。だからこそイビルアイは逃げるのではなく時間を稼ぐと同時に一匹くらい討ち取ってやろうと欲を出してしまった。

 連携も上手くなかったので可能だと考えたのだがその結果がこれだ。

 このままイビルアイが殺されるにしろ生かされて拷問なりを受けるにしろ、やがてコイツ等か他のドラゴンがラキュースたちを見つけるだろう。

 そして待っているのは全滅という結末だ。

 

「無用だ。こいつが最も強き者ならば、ここで殺せば他の者共が再び現れようと容易く葬れる。故に貴様はここで死ぬが良い。小さくも強き者よ」

 一応敬意を示しているのか。雄のドラゴンの声が頭上から降り注ぐ。

 しかし、イビルアイとしてはここで死ぬわけにはいかない。

 こうなれば一か八か。

 ドラゴンが足を持ち上げ、今度は爪を立ててイビルアイを貫こうとするその一瞬の隙にイビルアイは一つの魔法を唱える。

 

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 瞬間イビルアイの身体がその場から消え、少し離れたところに移動する。通常イビルアイが使用する転移とは違い極近い場所にしか転移出来ないが今はそれで良い。

 直ぐに次の魔法を唱えた。

 

「〈飛行(フライ)〉」

 飛行を使った機動力には自信がある。このまま入り口まで飛び大きな扉の脇に設置された──恐らくドワーフたち用の出入り口──小さな扉まで移動出来ればここから逃げ出せる。

 あの扉の大きさではドラゴンたちは直ぐには追いかけてこれず、ラキュースたちと合流出来れば直ぐに転移の巻物(スクロール)で逃げ出せる。

 作戦としては穴がない、だが何故今までこれを実行に移さなかったかと言えば。

 

「まだ逃げる力が残っていたか」

 巨大な影がイビルアイの背後に迫る。

 これだ。コイツのスピードはその巨体の割に、いや巨体故にか小さなイビルアイの進む距離を一跨ぎで追いつき、その大きな翼が起こす羽ばたきで一瞬のうちに移動する。

 パワーだけではなくスピードも兼ね備えた最強種族であるドラゴンにはイビルアイと言えど身体能力では一歩劣る。

 逃げ出せる可能性が低いと分かっていたから実行に移せなかった。

 だがもうこれしかない。

 

(間に合え! 間に合ってくれ!)

 必死になって移動するが後少しと言うところでイビルアイの頭上に影が覆い掛かった。

 それがドラゴンの爪であることに気づいたがもう回避は間に合わない。

 逃げられない。とそう思った瞬間、イビルアイの直ぐ横を巨大な何かが通り過ぎた。

 

「え?」

 

「ぬおッ!」

 思わず振り返ると先ほどまで足を降り下ろしていたドラゴンが身体を捻り、回避行動を取っていた。

 直後に鳴り響く壁が割れる音。視線の先には天井に突き刺さる大剣があった。

 

「あれは……へぶっ!」

 後ろを見つつも、移動は止めずに進んでいたイビルアイの身体が何か大きな物にぶつかりイビルアイの口からは無様な悲鳴が漏れ出た。

 ラキュースが出たときに扉は開けたままにしていたはずなのに何故。と思う間もなくイビルアイの身体が地面に落下する。

 

「おっと」

 男の声が聞こえ同時にイビルアイの身体がふわりと宙に浮いた。そのままポスンと小さな音を立ててイビルアイの身体は硬い鎧に包まれた。

 しかしその硬い感触が妙に大きく心強く感じる。

 

「大丈夫か?」

 優しくも力強い声。

 鎧に向かって盛大に頭を打ったせいでチカチカする視界がようやく戻りイビルアイは現状を理解した。

 漆黒の鎧を身に纏った戦士に抱えられている。片手には先ほど天井に突き刺さった物と同型と思われる大剣を握りしめ、漆黒の兜に包まれた顔がこちらに向けられている。

 

「あ、ああ」

 漆黒の騎士は自分を守るように抱きかかえイビルアイの身体を半身後ろに隠しながらもう片方の剣をドラゴンへと向ける。

 強大なドラゴンを前に身を挺して姫を守る騎士。

 吟遊詩人(バード)の歌そのものとしか言えない状況にイビルアイは声も出せない。

 ただこの一瞬がまるで永遠であるかのように長く感じられた。

 同時に、どう言う訳か二百五十年間動いていなかった心臓が一つ跳ねた、気がした。

 

(なんだこれは、これが人に守られるということなのか。私を守ってくれるこの人、いやこのお方はいったい──)

 

「何者だ貴様!」

 イビルアイの疑問を代弁するかのごとく、ドラゴンが吼える。

 

「ほう。良い大きさのドラゴンだ。いい素材になりそうだな」

 物理的な圧力すら感じるドラゴンの咆哮を前にしても余裕の態度を崩さない漆黒の騎士はそう言いながらドラゴンの体を観察するように眺めた。

 結果イビルアイから視線を外すこととなったが、そんなことですら残念に思ってしまう自分に気がつく。

 

(わ、私はどうなってしまったんだ。何故こんな……いや、待て。漆黒の鎧を纏った大剣の二刀流、まさか──)

 

「し、漆黒の英雄モモン、様。か!? 私──」

 いつもの癖で名前を呼び捨てにしかけて慌てて敬称をつけたがそれこそが相応しいと感じられた。

 今まで人を様付けで呼んだことなど無かったと言うのに。

 

「イビルアイ殿だろう? ラキュース殿から聞いている。助けに来た」

 

「いつまでゴチャゴチャと。我が居城を汚す愚か者共が! 纏めて死をくれてやるわ!」

 怒りに震えたドラゴンの叫びに呼応するように他のドラゴンもその場を飛び立ちこちらに向かってきた。

 

「ま、マズいぞ。早く逃げないと」

 

「不要だ。しっかり掴まっていろ」

 その声を聞いた瞬間イビルアイの視界が一気に浮上する。

 その場でモモンが飛び上がったのだ。

 

「うわわ」

 慌ててモモンの首元に掴まり強く抱きしめる。

 

「む、ん!」

 唸り声のような小さな声と共にモモンが片手で大剣を振るう。

 その剣がドラゴンの爪とぶつかる。

 イビルアイは自分たちが弾き飛ばされるのを覚悟し更に強くモモンの首にしがみつく。

 しかし、そうはならず弾かれたのはドラゴンの方だった。

 巨大な体がブワリと浮き上がり、腹を見せて地面に転がっていく。

 

「は?」

 思わず漏れ出た間抜けたイビルアイの声。

 

「ふむ。軽いな」

 

「貴様! 何をした!」

 直ぐに起きあがったドラゴンが吼える。魔法かマジックアイテムかとにかく何か特別なことをされたのだと信じているかのようだ。

 イビルアイだってそう思う。

 どれほど鍛えようと人間がドラゴンの身体能力に追いつけるはずがない。

 

「簡単な話だ。お前が弱い、それだけだ」

 そう告げて再度モモンがドラゴンに向かって行く。

 

「お前ら、手を貸せ!」

 雄のドラゴンが後ろに下がりながら叫ぶ。交代するように直ぐ近くまで来たドラゴン二匹が同時に口を開きモモンへと向けた。

 ブレスだ。とイビルアイは瞬時に悟る。

 イビルアイは冷気に対する耐性をつけているがモモンはそうではない。と考えたのだろう。

 そうでなくても冷気のブレスは視界を奪い目眩ましとしても使用出来る。

 マズい。とイビルアイが叫ぶより早く、モモンの体は低く地を這う様に滑り、ブレスを回避するとブレスを吐いたドラゴンの懐へと潜り込む。

 

「先ずは一匹」

 そんな声が聞こえ、頭上に向けて剣が振るわれる。

 断末魔の叫びすら上げられず口を開いたまま角の生えたドラゴンの首がその場で跳ねた。

 

「二匹」

 そのまま横に移動しもう一匹の口に向けて垂直に剣を立てそのまま振り切る。

 下手な鎧より遙かに堅いはずのドラゴンの鱗を裂いて剣はそのままドラゴンの頭を左右に別けた。

 

「なんだ。何が起こった。貴様、何者……」

 

「これで三匹」

 狼狽える雄のドラゴンを前にしてもモモンは何も答えない、淡々とまるでゴブリンの群を駆逐するかのごとくだ。

 ドラゴンとして成長し切ったであろう強大な竜王に向け、モモンは手にした剣を思い切り投げつけた。

 逃げだそうとしたドラゴンの胸に易々と突き刺さった大剣はそのまま体を貫通し、向こう側へと消えていく。

 

「よし。これで依頼は完了だ」

 

「い、いえ。まだもう一匹」

 あまりの事態に気が動転しながらも、かろうじて残った魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてのイビルアイが最後の一匹を思い出す。

 あの頭の切れるドラゴンがいない。

 ざっと周囲を見回すと、こそこそと隠れるように逃げ出そうとしているドラゴンの姿があった。

 それは最強の種族としてあるまじき情けない姿であったが、それも仕方がないだろう。

 ほんの一瞬のうちに竜王を含む三匹のドラゴンが殺されたのだから。

 

「ん? ああ、あれか。おいお前。そこを動くな」

 

「ヒィ」

 情けない悲鳴と共にドラゴンが地面に頭をつける、それはドラゴンが出来る最大の敬服である服従のポーズであることは間違いないだろう。

 

「ナーベ、中へ入れ。ラキュース殿とティア殿も片づきましたのでどうぞ」

 

「はっ!」

 小さな扉の奥から真っ黒い髪をした美しい女が中に入ってくる。

 真っ直ぐにモモンとイビルアイの元に近づき、イビルアイに目を落とすと如何にも不愉快そうに眉を顰めた。

 

「イビルアイ!」

 喜色に満ちたラキュースの声が聞こえ、ラキュースとティアが中へと入ってくる。二人は手に白い布に包まれた大きな物体──ガガーランとティナの遺体だろう──を持ったままこちらに近づいてくる。

 

「二人とも、無事だったか」

 他にもドラゴンがいる可能性もあったため、五体満足な二人の姿にイビルアイは胸をなで下ろす。

 

「イビルアイこそ。良かった、本当に」

 

「モモンさーん。その下等生物(ガガンボ)を下ろした方が良いのでは?」

 仲間との再会に水を差す冷たい声に、イビルアイは思わず声の方を睨みつける。

 しかし声の主である黒髪の女はイビルアイのことなど意に介さない様子で、モモンにだけ目を向けていた。

 

「ああ、そうだな。失礼しました、ドラゴンが貴女を人質に取りにくる可能性を考慮したもので」

 

「い、いえ。気にしないで下さい。助かりました」

 下ろされるのは少しばかり残念だったが、ゆっくりと大切な物を扱うように下ろされるのはこれはこれで心地よい。

 

「この度は助けていただきまして本当にありがとうございます。改めまして私は蒼の薔薇のイビルアイと申します」

 夢見心地だった気分が地面に下ろされたことで多少落ち着き、まともに礼を言っていなかったことを思い出し深々と頭を下げた。

 

「私たちも、本当に助かりました。貴方たちが居なければ私たちは全滅していたことでしょう」

 ラキュースとティアも──遺体を抱いたままというのは不作法だが、感情的に床に置くわけにもいかないのだろう──同じように深く頭を下げる。

 

「いえいえ、先ほども言いましたが我々は同じ依頼を受けた身、助け合いは当然でしょう。同じアダマンタイト級冒険者同士これからも何かあれば協力し合いましょう」

 

(これだけの実力がありながら、なんと謙虚で器の大きなお方だ。まさに英雄と呼ぶに相応しい)

 

「いえ。私たちがモモン殿と同じ地位に並ぶ冒険者と呼ばれるのは、恥ずかしい限りです」

 ラキュースがチラリと死体となった三体のドラゴンと未だ身動き一つせずに頭を伏せ続けている生き残りのドラゴンに目を向けてから言う。

 その声には自嘲気味な響きがあったが、やがてラキュースは真っ直ぐにモモンを見つめ宣言する。

 

「ですが私たちも今後、少しでも近づけるように努力をしていきますので、これからもよろしくお願いします」

 先ほどまでの負い目を感じさせず、吸血鬼であるイビルアイには少し眩しすぎるほど生命力に溢れる瞳を向けた。

 二人の間に、いやラキュースからモモンに向けて一方的な想いを感じる。

 それが今イビルアイが感じているものと同様であるのか、それはイビルアイには分からなかった。




と言うわけで竜王退治は終了、他のドラゴンやクアゴアあたりの話は次の話で
次かその次でドワーフの国編は終了しその後はまた王国の話に戻るかと思います


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第26話 報賞式

結局殆どドワーフは出ず、蒼の薔薇編みたいでしたが
元々11巻と似た部分も多いのであまり長引かせず今回でドワーフの国編は終了です



「では私たちはこれから、他にドラゴンが残っていないかの捜索とここにある死体の運搬を手配しますので、皆さんは先に戻って下さい」

 

「はい。モモンさんほどのお方でしたら問題はないと思いますがお気をつけて」

 蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが苦笑しながらそう言い──多少打ち解けたと見るべきか呼び方が殿からさん付けに変わっていた──イビルアイの元に近づいていく。

 ここに蒼の薔薇がいられてはこれからの計画に支障を来すため、イビルアイとティアの怪我を理由に蒼の薔薇には早々に王都に帰還するようにアインズから提案し彼女たちはそれを受け入れた。

 

 結局ラキュースの復活魔法を見る機会は失ってしまったが仕方ない。ここにあるドラゴンたちがため込んだ黄金を使用させて魔法を使わせようかとも考えたが、単純に勿体ないというのと、現在アインズがモモンの姿をしているため決定権がなく──依頼の中で入手した物は全て魔導王の宝石箱のものになる契約内容になっている──ここでは使用出来ず、かといってまさかアインズ達が戻るまでガガーラン達の死体を生き返らせずに放置してくれとは言えない。

 

 そう言ったアインズに、何故かラキュースはやはりとでも言いたげな納得顔を見せていたがその理由は不明である。

 しかし王都に戻った後、復活魔法について詳しく話を聞く機会も作れるだろうからそれで良しとしておこう。

 

「ではモモン様、王都に戻った際は必ず私たちの宿に来てくれ。歓迎するぞ」

 こちらは未だに様付けの割に話し方は妙に馴れ馴れしいイビルアイに無言で頷いて返事とする。

 

「感謝する。ナーベも歓迎するから私の部屋にいつでも来てほしい」

 

「……」

 残る一人、忍であるティアはどうもナーベラルに対して深い興味を示しているらしく、先ほどからなんとかコンタクト取ろうと試みているが、ナーベラルは言葉はおろか目線すら動かさずアインズの代わりに、この玉座の間の隅で小さくなっているドラゴンを目で威嚇していた。

 何か言った方がいいのかも知れないが、そもそもティアの目的が分からないのでアインズも特にフォローはしない。

 

「では、また王都でお会いしましょう」

 最後にラキュースがそう告げて、イビルアイが手に持った巻物(スクロール)を使用して〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でこの場から離脱する。

 あの巻物(スクロール)は魔導王の宝石箱から蒼の薔薇に渡された物であり、いつものアインズなら勿体ないと考えるところだが、今はあの程度の消費ならば気にならない。

 なぜならば。

 

「さて。一気に三体もドラゴンが手に入るとは。素晴らしいな」

 体のあらゆる部分が最高級の素材として使用出来るドラゴンの死体がここに三つ。

 そしてこの王城には全部で十九体のドラゴンが居るというのだから、巻物(スクロール)の一枚程度大したことはない。

 ドラゴンハイドを使った巻物(スクロール)ならば〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉を込めることも容易なのだから。

 

「おい。そこのドラゴン。ここに来い」

 

「ははぁ! 偉大なりし御方。失礼致します」

 飛ぶのではなく、急ぎ足で駆けアインズの元に馳せ参じるドラゴン。

 ナーベラルはそんなドラゴンから目を離すことなく、アインズの斜め後ろ──いつもメイド達が立つ位置──に移動した。

 

「さて。お前はヘジンマールの母親で間違いないな?」

 

「ははぁ! その通りでございます。ヘジンマールの母は私です!」

 ドワーフの王都に繋がる洞窟で出会い、その瞬間アインズに服従を誓った為に生かしておくことにしたフロスト・ドラゴンのヘジンマール、奴からこの地に住むドラゴンの強さや使用魔法を聞いて大したことがないと分かっていたからこそ、アインズは魔法が使えない〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉状態のモモンの姿でドラゴン達の元に行ったのだ。

 

 そしてその話の最中、ゴンドの忠言でせめてヘジンマールの母親ぐらいは生かしてもいいのでは。と言われたため、この一匹だけ生かしておいた。

 特徴は聞いていたが、ドワーフよりは多少外見と大きさで見分けがつくとしても他種族の見分けに自信のなかったがどうやら当たりだったようだ。

 話しかけようとしたアインズをナーベラルがジッと見つめている。なにを言いたいのが何となく察しがついた。

 アインズは目線でナーベラルに合図を送ると彼女は静かに一礼し未だ地面に頭を付けているドラゴンに声をかけた。

 

「ドラゴン、頭を上げ拝謁することを許す」

 その場でローブを翻してナーベラルの姿が変わる。冒険者ナーベではなく、ナザリック地下大墳墓の戦闘メイド、ナーベラルの姿である。

 

「ははぁ! 失礼致します」

 その巨体故体を起こすとアインズを見下ろす様になってしまうがこれは仕方ない。

 取りあえず名前を確認しておくかとアインズはナーベラルに名前を聞く様に命じた、ついでにモモンではなくアインズの名を教えることにする。

 面倒だがいい加減この対応にも慣れ始めていた。

 

「ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン様が名を名乗ることをお許し下さいました」

 ナーベラルの言葉に僅かにドラゴンが反応する。モモンではなくアインズと名乗ったのが気になったのかも知れない。

 

「ははっ! 私はこの地の前支配者、オラサーダルクの妃の一匹キーリストラン=デンシュシュアにございます」

 聞いていた名前とも一致する、間違いないだろう。納得したアインズはナーベラルに後はアインズ自身が聞くと手で合図を出した後、気になっていたことを尋ねることにした。

 

「ふむ。オラサーダルクとはあの一番大きなドラゴンで間違いないな」

 

「ははぁ! その通りでございます。この地におけるフロスト・ドラゴンの王、霜の竜の王(フロスト・ドラゴン・ロード)を名乗っておりましたが、ゴウン様こそが絶対なる支配者にして君臨せし王にございます。なにとぞ、私めもゴウン様のシモベにお加えいただきたく存じます!」

 

「お前もヘジンマール同様、私に服従するというのだな?」

 一応息子も服従したことを伝えておく。

 

「はは! 偉大なりし御方にお許しいただけるのであれば」

 話し方や対応がヘジンマールに似ているのは流石は親子と言ったところだろうか。

 

「良かろう。我が配下に加わることを許す」

 

「ありがたき幸せ。全霊をかけてお仕えし、絶対なる忠誠を尽くします!」

 正直に言うとドラゴンの死体は何体あっても足りないため、あまり積極的に配下に加えたくはないのだが、ドラゴン同士に仲間意識がなく、中には霜の巨人(フロストジャイアント)の番犬のような扱いを受けているドラゴンも居るらしく、いずれは先延ばしにしていたドラゴンによる配達便にも使えそうなので後何匹かは生かしておいてもいい。

 もちろん全てはこの後ここに来ることになっているコキュートス達次第なのだが。

 

「……偉大なりし御方。一つよろしいでしょうか?」

 

「良い。許そう」

 

「私の息子、ヘジンマールは今どちらにいるのでしょうか?」

 やはり息子のことが気になるのか。ドラゴン同士は繋がりが希薄と聞いていたが、母子ともなれば違うのだろう。

 

「奴には仕事を申しつけた。お前達以外のドラゴンの元に案内させている。因みにこの城の中にいるドラゴンは全部で十九匹と聞いているが他にもお前の子は居るのか?」

 

「はっ! ヘジンマールの他に三匹の子がおります」

 

「そうか。しかし命があるかはそいつらの態度次第だ。ヘジンマールには我が忠臣の一人を付けて送り出した。出会ったドラゴン全員に私の配下になるように伝えさせるためだ。ヘジンマールや貴様の様に一言目から服従を誓えばよし。そうでなければ全員そこに転がっている者達と同じ末路を辿ることになる」

 アインズの言葉にドラゴン、キーリストランはブルリと体を震わせた後、口を開く。

 

「偉大なりし御方に服従を誓えぬような、愚かな者は例え我が子であろうと生きる価値などございません」

 声も僅かに震えている、それが本心とは思えない。結局はこいつもアインズの力に恐怖しているだけだろう。

 しかし今はそれで良い。

 

「そうか」

 後は何匹生き残るか知らないが、そいつ等を誰に預けるかだ。住む場所も考えなくては。

 とは言えわざわざ一匹ずつ説明するように命令したのは恐らくコキュートスの力を知らなければ服従ではなく戦いを挑んで来るだろうと言う計算からだ。

 生き残るドラゴンの数は少なくて良い。

 

「ああ、そうだ。ここに宝物庫があるはずだがどこだ? 中身は開けられていないだろうな?」

 

「はっ! 扉はドワーフのルーン技術によって閉ざされており開けられておりません。ご案内いたします」

 きびきび動き出すキーリストランを前に、アインズはナーベラルに目を向ける。

 

「ナーベラル。お前はシャルティアに頼んで、ここにあるドラゴンの死体を一旦第五階層に運ばせ腐らせないようにしておけ。コキュートスがここに来たら逆らって死んだ者達も同様にするように。その後生き残った者を含めてこの中には入れず外に待機させよ。ああ、ゴンドだけは中に入れて宝物庫に来るように伝えておけ」

 

「畏まりました」

 アインズの多数の命令にも特に動じた様子もなく了承の返事をするナーベラルに対し満足げに頷いてから、アインズはキーリストランの後を追った。

 

 

 

 ルーン技術に関する物があるかも知れないとドワーフの国に対する忠誠などどこかに投げ捨て宝物庫を漁ったゴンドと共にアインズも宝物庫からいくつかの選んだアイテムを運び出した後、玉座の間から外に出た。

 そこにはコキュートスとアインズの格好をしているパンドラズ・アクター。そしてその背後にずらりと並ぶ全六匹のドラゴンの姿があった、キーリストランとヘジンマール以外は皆小さな子供のドラゴンのようだ。

 

(六匹ということは死体は十三体、まあ十分か。生きているのもこれぐらい居れば配達便には足りるだろう)

 

「オ待チ致シテオリマシタ。アインズ様」

 

「コキュートス、選別は終わったようだな。どうだ、先の蜥蜴人(リザードマン)の様な戦士の輝きを持っていた者はいたか?」

 アインズには良く分からない感覚だが、かつて蜥蜴人(リザードマン)の村で戦った者の中にそうした者がいたらしく、コキュートスからの進言によりアインズが生き返らせた者がいた。

 その後コキュートスが実にスムーズに村を統治している所をみると、生き返らせたのは正解だった様なので今回も聞いてみる。

 あまり数がいると困るのだが、とアインズが思っているとコキュートスはカチカチと口を鳴らしながら首を横に振った。

 

「イイエ。ドラゴン共ハ己ヲ強者トシテ疑ワズニ戦イヲ挑ミ、コチラガ強イト見ルヤ命乞イヲシテ参リマシタ。強者ニモ怯エズ、戦イヲ挑ンダ奴ラトハ、比ベ者ニナリマセン」

 どうやらドラゴンたちの有りように憤慨しているらしいコキュートスに、後ろにいるドラゴンたちが微かに怯えているのが見えた。

 しかし良かった。とアインズはほっと安堵の息を出す。

 既にドラゴンたちの死体で出来る実験や取れる素材の数量を計算していたからだ。

 

「ならば仕方ないな。臆病者を我が配下に加えるつもりはない。ではドラゴン共、最初の命令だ」

 

「ハッ! ゴウン様、何なりと御命じ下さい」

 

「ヘジンマール。お前が手に入れたというドワーフの書物を全てここに持ってこい。お前の部屋以外にある本も全て探し出せ。ゴンドはそれらの本をざっと調べ持ち出してマズイ物があるか調べてくれ」

 

「ははっ! 畏まりました」

 

「了解じゃ。陛下」

 ドラゴンたちとゴンドが同時に動き出す。

 足の速さの問題でヘジンマールがゴンドを背に乗せて後は全員が一気に散り散りになった。

 これでここにいるのはナザリックの者達だけだ。

 

「パンドラズ・アクター。そちらの首尾はどうだ?」

 アインズの格好を取ったパンドラズ・アクターにはクアゴアの間引きを行わせていた。

 

「はっ。問題はございません。ご命令通り、クアゴアの氏族王を名乗る者は殺し、他の者達も広範囲魔法で数を減らしておきました」

 

「うむ。どの程度減らした?」

 クアゴアの全氏族合計は八万だという、流石にそれだけの数を養えるはずもなく、また特に養って意味がある種族だとも思えなかったので、服従させるのではなく別の使い方をすることにし──考えたのはパンドラズ・アクターなのだが──その対処を行わせていた。

 

「ハッ! 数は凡そ二万、各氏族二千から三千程度残るように致しました。一つの氏族を纏めて残すと団結する可能性が有りますので」

 

「二万か。その程度ならば危機感が残って丁度良いか。死体は全て回収しろ、アンデッド作成に使用する」

 パンドラズ・アクターが了承の返事をした後、これまで二人の会話を黙って聞いていたナーベラルが口を開いた。

「……アインズ様、一つよろしいでしょうか?」

 無言で促すと一礼した後話し出す。

 

「未だ愚かな我が身に教えていただきたいのですが、そのクアゴアなる弱小種族、何故全滅させずにわざと生かしているのでしょう? 上手い具合にほぼ全匹が集まっていたのですから逃げられないようにすれば簡単に全滅出来たはずでは?」

 ナーベラルは思い浮かんだ疑問をよく口にする。

 成長意欲が有るのは良いことだが、時々アインズにも思いつかないことをサラリと口にするため少々気が抜けないのだが、今回は問題ない。

 

「ドワーフ達に危機感を覚えさせるためだ」

 

「危機感、ですか?」

 ピンと来ていないようなので、重ねて説明をする。

 

「うむ。仮にここでクアゴアを全滅させ、ドラゴン達もいなくなれば、ドワーフ達は喜々としてこの地に戻って来るだろう。初めは我々のことも恩人として崇めるだろうが、それだけだ。いつかは感謝も忘れるだろう、そして大地の裂け目と吊り橋のおかげで人手を必要とせず防衛力を最低限しか持たなかった、フェオ・ジュラの二の舞になる」

 

「なるほど。つまりは敵対種族を残すことで、防衛にも力を入れることになると」

 

「そう言うことだ。今回のことで奴らはかつての王都であるフェオ・ベルカナに加え、一時的に放棄したフェオ・ライゾも奪還に成功したわけだ。ならばかつての住処に戻りたいと思うのは必定、しかし防衛力を初めとして人手や食料などを含め、国力が足りない。ではどうするか」

 考えたのはパンドラズ・アクターなので、アインズが得意げに語るのもどうかと思うが、奴に説明させると精神的な疲労が増しそうなので今回は譲ってもらおう。

 

「ナザリック、いえ。魔導王の宝石箱に頼る他に無いと」

 ナーベラルの言葉に正解と言わんばかりに大きく頷く。

 

「まあ他国に防衛を依存することの危険性は奴らも知っているようだが、奴らには他に頼る相手がいない。帝国とも国交はあるらしいが、人間達にこの山脈の移動は難しく極少量の取り引きしか出来ていない。その点我々ならば魔獣やゴーレムを使用すれば安全に取り引き出来る。王国前の良いテストケースになるだろう」

 

「なるほど。そこまでお考えだったとは、流石は至高の御方、感服いたします」

 

「まあ、今回は全てパンドラズ・アクターの発案だがな。全てお前の計画通りに事が進んだ。良くやったパンドラズ・アクターよ」

 流石に発案の手柄までアインズが奪うわけにはいかない。

 アインズの言葉にパンドラズ・アクターは恭しく礼を取る。

 今回最も大きな働きをしたのは言うまでもなくパンドラズ・アクターである。

 本来ならば何か褒美を取らせるところなのだが、パンドラズ・アクターが相手だと、アルベドやシャルティアとは別の意味で何でも良いとは言いがたい。

 そもそも何を言ってくるのか想像もつかない。自分で設定したはずなのに、一番行動が読めないとは不思議なものだ。

 

「……よし。では三人とも我が前に集まれ」

 一応まだフェオ・ジュラに戻って報告と改めて今後どのような交易を行うのか話をする仕事が残っているが、やるべき事はほぼ終了している。

 アインズの言葉に、コキュートス、ナーベラル、パンドラズ・アクターの三人──ちなみにゼンベルはクアゴアとの戦闘に巻き込む事を恐れて一時的に〈転移門(ゲート)〉で帰還させている──が一列に並び、膝を突いた。

 

「まだ最後の仕上げは残っているが、今回の作戦お前達が成すべき事は全て完了した。数多くの目的がありながらその全てを、更にはそれ以上の成果を上げることが出来たのは正しくお前達の力によるものだ。信賞必罰は世の常、お前達にも相応の報賞を授けよう。先ずはコキュートス、何を望む?」

 いつもならばナザリックに帰還後、自室や玉座の間にて聞く報賞式だが今回この場所で言ったのは理由がある。

 ナザリックに戻ってからでは全員の仕事の関係で三人同時に呼ぶのは難しく、場合によっては一人ずつ呼ぶ必要が出てくる。

 そうなるとパンドラズ・アクターがどう出てくるのか読めないからだ。この場で先にコキュートスとナーベラルという欲の薄い者達に報賞を決めさせることで、あまり無茶な頼みは出来ないようにさせたいのだ。

 

「イ、イエ。アインズ様ニオ仕エスル事以上ノ褒美ハ必要アリマセン」

 欲が無いとは思っていたがそれ以上の返答に、これもまた困った。

 その後、何度か押し問答を行った後、命令として欲しい物品を挙げるように言うとコキュートスは完全にフリーズしてしまったため、一週間以内に決めるように改めて命令し次に移ることにした。

 

「ではナーベラル。お前は何を望む」

 

「……本来ならば、アインズ様にお仕えする事以上の報賞など望むべきではないと思うのですが、ご命令とあらば──」

 

「うむ。命令だ」

 コキュートスとのやり取りを見ていた為か、多少スムーズに事が運ぶ。

 

「では……その……」

 スムーズに進むと思ったら、ナーベラルは顔を赤くしなにやらモジモジと身を捩らせながら口籠もる。

 

「どうした?」

 

「こ、今後もアインズ様と冒険者としての活動を続けさせていただければ。と」

 アインズが先を促したことによって意を決したという様子でナーベラルが言う。

 

「んん? それだけで良いのか?」

 元からその予定だったのはずだ、そもそもアインズとパンドラズ・アクターの二人で商会の主とモモンを交代で演じるのが元々の予定だ。

 これは難しい局面に出くわした時に、最悪パンドラズ・アクターに任せて自分は逃げることが出来るようにするためでもあり、実際今回はそうしてパンドラズ・アクターにドワーフとの交渉を任せたのだから。

 それはフェオ・ジュラに入る前にナーベラルに話したので知っているはずだがどうしてこのような褒美を求めたのか、見当もつかない。

 

「元よりそのつもりだと言ったはずだ。それでは褒美にならん。何か欲しい物などはないのか?」

 アルベドやシャルティアにはとてもいえない台詞だが、ナーベラルなら問題はないだろう。

 しかしここでもまたナーベラルは押し黙ってしまう。

 やはり物品の褒美というのは考え辛いのだろうか。だとしても今後もこの手の報賞を与える機会もあるだろうし、前例を作っておく必要がある。コキュートスには一週間の猶予を与えたが、ナーベラルも同じ事を許してしまうと、では自分もとパンドラズ・アクターも同様の返事をしかねない。

 それではわざわざここで報賞を選ばせる意味がないので敢えてこの場で決めさせる。

 しばらくの間、眉間にしわを寄せ深く考え込んでいたが、やがて思いついたように顔を持ち上げる。

 

「では、恐れながらナーベとしての活動中でも持つ事の出来る武器を一つ頂きたく存じます」

 

「武器?」

 

「ハッ。私は以前エ・ランテルの墓地であの下等生物(イモムシ)共を叩き潰した折り、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)如きに手間取ってしまい、アインズ様をお待たせする結果となってしまいました」

 ンフィーレアを救出するためにズーラーノーンなる組織と交戦した時の事だろう。

 第六位階までの魔法を無効化する骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はナーベラルにとっては大した敵でないが、通常で第三位階、奥の手としても最大で第五位階までの魔法しか使えない設定のナーベでは確かに対処が難しい。

 今後同じような場面に遭遇する事を考えれば──現地の者が側に居る可能性もある──確かにもっと強力な武装は必要だろう。

 それに魔導王の宝石箱から渡された武器ということにすれば宣伝にもなる。

 

「良かろう。では剣などの斬撃武器ではなく、打撃系の武器が良いな」

 

「ハッ」

 どんな武器が良いだろうか。と考えていたところである物を思いつく、思い出したと言っても良い。

 

「では、これをやろう」

 空間に穴を広げ手を差し込むと中から一本の杖を取り出した。

 それを目にしたナーベラルは顔には出さないがどうして杖を。と考えているのが分かる。

 確かに杖は物理攻撃にも使用出来るが本質的には当然魔法の威力強化に用いるものだ。

 わざわざ杖にせずとも、棍棒やハンマー、モーニングスターなど、打撃系の武器はいくらでもある。

 それなのに何故。という無言の疑問にアインズは答える。

 

「これは物理攻撃に特化した杖でな。かつて私が自分用に作り上げたものだ」

 その言葉を聞いた瞬間、ナーベラルだけではなく、コキュートス、パンドラズ・アクターも同時に反応を示した。

 

「あ、アインズ様、自らがお作りになった武器、そのような至宝を頂くわけには」

 

「構わん。作ったは良いが滅多に使用しなかった物だ。何よりかなり昔に作ったものであるため、大した強さはない。しかしこの世界ではかなり上位の強さになるだろう。魔法職であるお前ならば使いこなせるはずだ。受け取るが良い」

 

「いえ、ですが……」

 まだナーベラルは受け取ろうとしない。アインズの持つアイテムならば幾人かに報賞として与えたことがあるが、それは余っていた物だったり、かつての仲間たちから貰った物であり、自分が作り上げた武器は渡した事がなかったかもしれない。

 だからこそナーベラルは恐れ多いと辞退しようとしているようだが、これもまた良い前例となる。

 本当なら自らの創造主──ナーベラルならば弐式炎雷──が作った物の方が良いのだろうが、アインズの物でも普通のアイテムや装備よりは有り難がって貰えるだろう。

 それにもう一つ別の目的もある。

 

「私が良いと言っているのだ。それとも不服か?」

 この言い方は卑怯だなと思いつつ口にする。あまり時間をかけてドラゴンやゴンドが戻ってきても面倒だ。

 

「いえ、そのようなことがあるはずがございません! 有り難く頂戴致します」

 案の定、慌てたようにその場で膝を突き、恭しく杖を受け取るナーベラル。

 

「それにこの武器は炎を纏わせることも可能な物だ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)相手には使えないが、アンデッド相手には効果があるだろう、他にも……いやそれは後で良いか。下がるが良い」

 ようやく物品を報賞として与えられたことに対する安堵感から、つい調子に乗って説明を始めそうになる自分を律しアインズはやっと最後の一人、パンドラズ・アクターに目を向けた。

 

「さて。最後はお前だ、パンドラズ・アクター、今回のお前の働きによる功績は大きい、望みを言うが良い」

 これがナーベラルにアインズ製の武器を渡した理由である。自分の創造主であるアインズの作った武器は他の者たち以上にパンドラズ・アクターにとって貴重な物だろう。

 だからこういう報賞もありですよ。と言外に告げることによってパンドラズ・アクターにもそうした物を欲しがるようにし向けたのだ。

 

「はっ。有り難き幸せ! このパンドラズ・アクター。我が創造主たるアインズ様にお仕えすることこそ望み。でありますれば──」

 

「そういうの良いから早く言え」

 やはりパンドラズ・アクターには冷たくなってしまう。アインズとしても皆と同じ扱いをしたいのだが、まだ平常心で接するのには時間がかかりそうだ。

 

「はぁ。では恐れながら、アインズ様!」

 

「う、うむ」

 

「私にマジックアイテムと触れ合う時間を! 頂きたく存じます」

 

「む? どういう意味だ?」

 思ってもいなかった言葉に一瞬、脳が理解するのを拒否し、そのままパンドラズ・アクターに問い返す。

 物ではなく時間、それもマジックアイテムと触れ合うための時間を求めるというのは意味が分からない。

 

「実はですね!」

 その言葉をきっかけに溢れ出す思いの数々。曰くかつてのアインズの仲間たちが作ったマジックアイテムを磨いていない、データクリスタルの仕分けも途中で止まっている。等々。

 要するにそれはアインズがパンドラズ・アクターにつけた設定、マジックアイテムの管理が好きというような設定をつけており、その気持ちから来ている言葉だったようだ。

 全てを聴き終え、精神的な疲れを感じながらアインズは頷いて言う。

 

「そうか……良かろう、では空いた時間で宝物殿に戻る許可を出そう。指輪は……もう渡してあるか、では他には何かあるか? その程度では報賞とは言いがたい」

 いくら好きなことをするためだとはいえ、結局は仕事である。それを報賞にする事を許したら他の者たちも自分たちの趣味に応じた仕事を報賞として要求して来かねない。

 

「……ではもう一つ、少しよろしいでしょうか?」

 ちらりとパンドラズ・アクターが二人に目を向ける。

 何か気を使っているような気配を感じ、アインズはハッと気がついた。

 

(そうか。自分の創造主がいない二人の前で、創造主が作った物を強請るのは気が引けるのか。確かにその通りだ)

「ん? ドラゴン共が戻ったか、コキュートス、ナーベラル、済まないが奴らの元に行き、待っているように伝えてくれ」

 ちょうど良く遠くから足音が聞こえてきたので、これ幸いとアインズは二人に命じて人払いを行う。

 

「畏マリマシタ」

「畏まりました!」

 コキュートスとナーベラルが同時に返事をしてその場を離れていく。

 コキュートスはいつも通りだが、ナーベラルは声がいつもより高く、胸にアインズが渡した杖をしっかりと抱きかかえている。

 喜んで貰えているようでなによりだ。

 

「さて。では改めて問おうか。パンドラズ・アクター、何を望む」

 

「では……呼び方を、変えさせて頂きたく存じます」

 

「んん? 何の呼び方だ?」

 今度こそ、アインズの持ち物を欲しがるだろうと思っていたアインズの思惑はまたも外れることになった。

 感情の読めない埴輪顔がアインズに向けられ、なにやら小刻みに震え出す。

 それが先ほどナーベラルがしていた恥じらいで身を捩らせているものと同様だと気づくが、無表情な埴輪顔にされても何も感じない。

 むしろ若干怖いとすら感じてしまう。

 

「アインズ様の呼び方を、私の考えた別の呼び名で呼ばせて頂きたいのです!」

 

「む、むぅ。それが褒美になるのか?」

 

「勿論でございます! これに勝る報賞はございませんとも!」

 力説するパンドラズ・アクターに対しアインズは考える。

 呼び名を変えるとはどういう意味なのだろうか。アインズではなくかつての名前──モモンガと呼びたいというようなことなら断りたいところだ。

 少なくともかつての仲間たちの誰かが見つかるまではモモンガに戻るつもりはないのだから。

 しかしここで考えていても仕方ないと思い直し、アインズは一つ頷くとパンドラズ・アクターに対して言う。

 

「先ずは聞かせてみよ、私をなんと呼びたいのだ」

 

「はっ。では恐れながら……父上と」

 

「は?」

 

「父上と呼ばせて頂きたいと存じます!」

 

(いや、それは聞こえたんだけど。父上……なるほどそう言えばいつだったか、ソリュシャンが俺のことをお父様と呼んだときにはこいつ妙に反応してたな。確かにパンドラズ・アクターは俺が作った息子と言えなくもないが──)

 他のNPC達をかつての仲間達の子供として扱っている以上、パンドラズ・アクターは自分が創った子供として見るのは正しいことだ。

 それにこれもまた成長と呼べなくもない。

 アインズがそうしろと命じたわけでもないのに、自分で考え報賞という形とはいえアインズに頼んできたのだ。

 その気持ちに応えるのはやぶさかではない。

 

「……よし。良いだろう、パンドラズ・アクターよ、確かにお前は我が子も同然、そのお前がそう望むのであれば許可しよう」

 

「おお! アインズ様、いや父上!」

 

「うん。いや、うむ」

(予想以上にキツイなこれは。しかし今更やっぱり無しとは言えない)

 

「しかし、それはあくまで周囲に他の者がいない時だけだ。お前だけが特別だと知られれば軋轢を生みかねないからな」

 これだけは言っておかなくてはならない。

 一人だけアインズを別の呼び方で呼ばせているなどと知られれば、パンドラズ・アクターがアインズの創り出した存在ということもあって特別扱いをしていると取られてしまう。

 そんな事態は避けたい。

 

「無論でございます! 父上!」

 

(本当に大丈夫かな? ナーベラルみたいに口を滑らせないだろうな)

 何度言っても様付けをやめられないナーベラルという前例があるだけに不安だが、こればかりは信じるしかない。

 

「よし。では行くぞパンドラズ・アクター。お前には最後の仕上げとしてフェオ・ジュラに戻った後、ドワーフとの今後の交易に関する取り決めを任せよう。浮かれてミスなどしないとは思うが、心してかかれ」

 

「我が神、否。我が父のお望みのままに!」

 

「──では、凱旋だ!」

 痛々しさに、父親呼びが加わって更なる口撃力を発揮したパンドラズ・アクターにより一瞬にして精神鎮静化が起こる中、アインズは考えることを放棄しマントをはためかせた。




次は帝国とかラナー辺りの現状を入れるか、それとも留守番中のセバス達の話にするか、どちらも書くつもりなので思いついた方から書きます


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第27話 初めての店番

時間が少し戻り、アインズ様たちがフェオ・ジュラを出発した辺り
王都に残ったセバス達の話です


「御武運を」

 〈伝言(メッセージ)〉が切れたのを確認した後も、そのまま少しの間ここにはいない主に頭を下げた後、セバスは顔を持ち上げた。

 

「ツアレ。ソリュシャンを呼んで来て下さい」

 その後こちらの様子を窺っていたツアレに対して命じると、彼女ははい。と元気良く挨拶をして急ぎ足でその場を離れた。

 ツアレがこの場を離れたことで、一人になったセバスはそっと息を吐き自分を落ち着かせる。

 主から新たに下された任務。

 と言っても特別なことではない、仕事内容は今まで通りこの店を任せると言うだけのこと。

 しかし、これまでは何か問題が起きた際はもちろん、何もなくても定時連絡をして主に問題が無いことの報告をしてきた。

 それを一時的にではあるが完全にこちらに任せると言うのだ。決して失敗は許されない。

 だからこそソリュシャンを呼び、綿密な打ち合わせが必要となる。

 

(もう二度と失態を犯すわけにはいきません)

 自分に言い聞かせる。

 そもそもこの店を開くことになったのは自分とソリュシャン──ソリュシャンに関しては主に報告しなかったことが問題であり、原因そのものは全て自分にあるとセバスは考えているが──の失態によるものだ。

 それに加え、操られていたとはいえ主に牙を剥くというナザリックに属する者として許されざる行いをしたシャルティア、この三名がこの地に配属され、主が直接指揮を取っているのは、慈悲深き主は決して口にはしないが、問題が起きないように主自ら管理する意味合いがあるのだろう。

 

 それは完璧な執事であれ。として創造主に創られたセバスにとっては耐え難いことだった。

 だからこそ今回は決して失態を見せるわけにはいかない。と改めて心に決めたところで部屋の扉がノックされ、ソリュシャンの声が聞こえた。

 彼女を中に招くと途端にワガママなお嬢様から、ナザリックの戦闘メイドとしての態度に切り替わる。

 

「お呼びですか、セバス様」

 

「ええ。アインズ様からのご命令です」

 ソリュシャンの表情が更に引き締まる。

 

「アインズ様はなんと?」

 上司であるセバスからの言葉を待たずして問う。

 彼女らしからぬ態度だがそれも仕方ないだろう。

 彼女もまたかつての失態を払拭する機会を待ち望んでいたに違いないのだから。

 

「内容自体は今まで通り、この店を任せるとの事ですが、今後アゼルリシア山脈での仕事が解決するまでは定時連絡は不要であり、緊急時を除いて店の運営に関しては全て我々に一任すると」

 ソリュシャンの目が見開かれ、唇をキツく結び直す。

 彼女も今回の任務の裏に秘められた意味に気づいたようだ。

 

「これはテスト。と考えた方がよろしいですね?」

 

「アインズ様はハッキリと口にはなさいませんでしたが、恐らくはそうでしょう」

 忙しい主がこの店にいるのは、セバスとソリュシャンが問題なく店を運営出来るだけの力量が付くまでの一時的なものだ。

 今回の件はセバスとソリュシャンだけで店を運営していくことが出来るのかを確かめる絶好の機会であり、主は口にはしなかったが間違いなく、それを見極める意図があるはずだ。

 

「では、我々はどう動くべきでしょうか? 私どもの働きをアインズ様にお見せするのでしたら、こちらから動いた方が良いのではないでしょうか?」

 ソリュシャンの提案にセバスは口元に手を当てながら考える。

 確かに彼女の言も一理ある。

 今と同じようにただ店に来た客の相手だけをして主が戻るのを待つだけでは、自分たちの成長を見せることは出来ない。

 しかしだからと言ってどうすればこの店をひいては主、アインズ・ウール・ゴウンの名を広めることが出来るのか。

 それ以前に一つ懸念もある。

 

「ですがアインズ様は恐らく様々な方法を用いて魔導王の宝石箱の名声を広める手段をお考えのはず、それを我々が勝手な行動を取ってはアインズ様の邪魔になりかねません」

 ナザリックの知恵者として誰もが認めるデミウルゴスですら主の智謀知略の前には子供同然の扱いである以上、セバスやソリュシャンが何を考えようと主の上を行くことなど不可能であり、邪魔になる確率の方が高いだろう。

 

「では、せめて今まで通りの接客と並行して、一般の人間たちに魔導王の宝石箱を宣伝するための手段を考えておくのはどうでしょう。勿論アインズ様でしたら私たちが考える案など容易く思いつくでしょうが、アイデアは数をこなすことが大切だとアインズ様も仰っていたと伺っております」

 確かに。とセバスは頷いて納得を示す。

 未だ店は繁盛しているとは言い難く、一般客や冒険者、ゴーレムを借りに来るはずの村人も訪れない。

 もっとも店が開店してからまだそう時間は経っておらず、集客の為の宣伝はまだ何も行っていない。

 そのアイデアに関しても主が既に考えている可能性はあるが、だからと言ってただ主の答えを待っているだけよりは良いだろう。

 

「そうですね。では冒険者に関してはアインズ様が現在動かれており、村人に関しては戦士長の返答待ちですので、我々は一般人そして上流階級である貴族達を中心に集客する方法を考えましょう」

 

「畏まりました。ところでセバス様、シャルティア様にこのお話は?」

 シャルティアはあくまで店の運営の手助けという位置づけであり、常日頃からこの店にいるわけではない。今はナザリックで通常の警戒任務にあたっているはずだが、それは彼女の部下に頼むことも出来る仕事だ。

 

「アインズ様は必要ならばシャルティアを呼んでも良いと仰っていましたが……」

 これがセバス達に対するテストならば、同じく失態を犯したシャルティアを呼ばないわけにはいかない。

 彼女もまた以前の大失態を挽回すべく主に直訴し今回の王都での任に就いているのだから。

 

「でしたらお呼びしましょう。ゴーレムのアイデアを考えついたのはシャルティア様だと伺っていますし、数をこなすには人数が必要です」

 ソリュシャンとシャルティアは趣味が似ているせいか仲が良く、最近店に二人でいる時はなにやら親密に話をしている。

 

 内容はどうやら主の正妻の座にシャルティアを就けるための相談らしいのだが、セバスとしては主が決めた相手ならばアルベドでもシャルティアでもその他の者でも関係なく、主の伴侶として扱うつもりだが、どうやらナザリック全体を巻き込み水面下で勢力争いのようなことが起こっているようだ。

 そんなこともあってかソリュシャンはややシャルティアに甘い気がするが、そのことを踏まえても今回シャルティアを呼ぶのは正しい選択だろう。

 

「わかりました。それと当然のことですが、アイデアを考えるために通常の業務が疎かになっては意味がありません。先ずはいつも通りに仕事をこなし、考えるのはその後にしましょう。この後蒼の薔薇がアイテムを借りに来る可能性もあります。私はいつも通り店に出ますから貴女はこれから貸し出すマジックアイテムをナザリックから運んで貰う準備を整えて下さい」

 

「ではそちらもシャルティア様にお願いしても?」

 

「そうですね。その方が良いでしょう」

 冒険者達に貸し出すマジックアイテムは事前に目録を作成済みだ。

 それらも既に宝物庫から取り出し、直ぐにこちらに持ってこれるようにしてあるはず。

 シャルティアとソリュシャンにはそれらを運んでもらうことし、セバスは逸る気持ちを切り替え、今自分に課せられた仕事をこなすべく行動を開始した。

 

 

 

 営業が終了した魔導王の宝石箱の最上階、この店舗での主の執務室になっている部屋に、彼らは集まっていた。

 

「本当によろしいのでしょうか? ここは仮にもアインズ様のお部屋、勝手に使用するなんて」

 

「アインズ様には以前ご許可をいただいていんす。あの大口ゴリラだってアインズ様がご不在の際にはあろうことか、ナザリック第九階層にあるアインズ様のお部屋で執務を行っているとのこと。であればわらわが許されないはずがありんせん」

 主の椅子に腰掛け、鼻歌交じりに語るシャルティアは随分と機嫌が良さそうだ。

 セバスとソリュシャンは立っている方が気が楽ということで、シャルティアの向かい側に立っている。

 その後ろでは、落ち着きなく部屋のアチコチを見回している男が一人、人間としての目線も必要だと扉の前で門番をしていたブレインをシャルティアが中に入れたのだ。

 実のところセバスとしてはこの男に少々思うところがあり、出来ればこれを機会に一度ナザリックに属する者としての心構えを叩き込んでおきたかったということもあり、今回の話し合いに参加させることを了承した。

 

「では。ソリュシャン、始めなんし」

 コホンと一つ咳払いをしてからシャルティアが口火を切る。

 この場にいる者達の中では階層守護者であるシャルティアが名目上はもっとも上役であり──至高の四十一人に直接創造された者達は皆同格と言うのが暗黙の了解なのだが──今回の会議を取り仕切ることとなった。

 些か不安が残るが、問題があればさり気なく修正すればいい。と取りあえずセバスは彼女に任せることにした。

 

「では第一回、魔導王の宝石箱王都支店、運営会議を開始します。早速ですがセバス様、現状の説明をお願い致します」

 

「はい。では私から、現在王都における魔導王の宝石箱の評判ですが、未だ一般の者達には浸透しておらず、名を知っているのは一部の冒険者のみとなっております。それらもまだ静観の段階であり、本日店に来た蒼の薔薇の依頼の成否を見極めるつもりかと思います」

 

「でも確か、開店前にアインズ様がデモンストレーションをして人間共に御威光を見せつけてやったのではありんせんかえ?」

 

「その通りです。ですが、あの時見せつけたのはあくまでゴーレムとギガント・バジリスクのみ、どちらも一般人には縁がない物、正確にはゴーレムは使い方次第で自分たちの生活を楽に出来るでしょうが、使い方を思いつかないか思いついても、まだこちらを信用していないのでしょう」

 

「人間ごときがアインズ様をお疑いになるとは、不愉快でありんすねぇ。ま、所詮は下等で愚かな劣等種族、アインズ様の偉大さと素晴らしさを理解する知能なんてあんせんのでありんしょうね」

 カラカラと楽しげに笑うシャルティア。

 確かにナザリックに比べれば人間は弱い生き物であることは否定出来ないが、セバスはそうした者の中にも価値のある者は存在していると考えている。

 無論、ナザリックとしてはそれが少数派の意見であることは承知している、ソリュシャンも言葉にはしないがシャルティアに同意しているのは間違いないだろう。

 しかしそれは人間達の中に混ざって商会を運営していく上で、問題があるように感じられた。

 

 主ですらいつぞや会談を行った際には蒼の薔薇のイビルアイから無礼な口を利かれても、反応を示さず普通に接していた。

 であれば我々も主を見習い人間たちに対して下等生物として蔑むのではなく、対等とまではいかずとも商談相手としての敬意を持つべきではないのだろうか。

 しかし、それを自分が言ったところでソリュシャンはともかくシャルティアは納得しないだろう。

 そういう演技をすればいいのだと言うに決まっている。今のところ問題が無い以上は口に出すのは憚られた。

 

「セバス? どうしんしたの?」

 

「いえ。では次に貴族ですが、こちらも反応は今一つ。戦士長が王あるいはそれに近い者に話をすると言っていましたが、未だ音沙汰ありません」

 

「まさかとは思いんすが、あの男、口先だけでアインズ様を騙そうとしている訳じゃ……」

 

「それはあり得ません、シャルティア様」

 シャルティアの言葉を遮り声を荒げた男、ブレインに対しシャルティアは冷たい視線と殺意を向ける。

 

「──おい。お前、いつわたしが口を挟んで良いって言ったんだ?」

 創造主からそうあれとされた言葉遣いでも、慌てた時や時間がない時に出る話し方でも無い、いつかセバスも聞いたことのある荒い口調に、重低音の声と肌を刺す冷気じみた殺意を乗せて言い放つ。

 それを一身に受けた男はヒィと情けない悲鳴を上げながら床に倒れ込むがそれでも目はシャルティアから外すことなく、震えた声で続きを口にする。

 

「が、ガゼフは約束を破るような男では……」

 

「もぉ良い」

 シャルティアの真紅の虹彩から血が滲むように朱が白目に広がり完全に真紅一色に染まる。その瞬間、シャルティアは弾かれたように動き出す。がその力が振るわれる前にセバスがブレインの前に立ちシャルティアの手を掴んだ。

 

「何のつもり? セバス」

 配下の躾は直属の上司の勤めであり、セバスとしても別に止めるつもりはない。

 しかしシャルティアは今完全にこの男を殺すつもりでいた、なにより。

 

「シャルティア。ここはアインズ様のお部屋。使うことは許可されていても、貴女の眷族の血で汚して良いとは聞いておりませんが?」

 瞬間、シャルティアの目が元に戻り、同時に一気に青ざめる。

 

「わ、わたしとしたことが! アインズ様のお部屋をこのような下等な血で汚すところでしたぇ。セバス、感謝しんす。そっちのは後で殺すことにしんしょう」

 

「シャルティア様、それもお止めになった方が良いかと」

 

「んん? どういうこと」

 

「コレのやったことは大罪ですが、そもそもコレがここにいるのはそのガゼフとかいう男がこの店に来た時に怪しまれないようにするため、そうアインズ様がお決めになったのですから、如何にシャルティア様の眷族とはいえ殺すのはアインズ様に許可を取ってからの方がよろしいかと」

 ソリュシャンの言を受け、シャルティアは少しの間を空けた後、うん。と言うように一つ頷いた。

 

「……それもそうでありんすね。と言うか、殺すほどのことでもありんせんねぇ。えーっと、お前。さっきのことは許してあげんすから、ありがたく思いなんし」

 

「ははぁ! ありがたき幸せ。俺、いや私のような者に慈悲を頂き、感謝いたします!」

 主やナザリックのこと以外では、元々山の天気より変わりやすいと言われているシャルティアの性格だ。

 殺すと言ったことさえ、もうどうでも良くなっているのだろう。しっしと手を払いブレインに下がるように告げる。

 今度は大人しく従い、ブレインは頭を下げて部屋を出ようとする。

 それをセバスが声をかけて止めた。

 

「お待ちなさい。ブレイン……でしたね、先ほどの話を聞かせて下さい。ガゼフ・ストロノーフの話です。間違いないのですか? 約束を破らないというのは」

 

「はっ! いや、あの……」

 ブレインの目がシャルティアに移る。

 この男はシャルティアの眷族であり、その忠誠はあくまで彼女にだけ捧げられている。

 故にセバスも彼にとっては自分の上司ではなく、主の同僚という立ち位置であり、無礼な真似はしないが、それでもシャルティアの命令がなければ答えようとはしない。

 そうした立ち位置も実験の一つとして主から認められているのでセバスとしても特に気にするつもりはなかった。

 

「……答えなんし」

 

「はっ! 私は元々ガゼフに勝つために、奴の情報を集めており、シャルティア様と再び出会い、シモベにして頂いたあの日までガゼフの家で生活をしておりました。だからこそ分かるのですが奴は謀など出来ない男です。真っ直ぐ過ぎてどれ程に貴族たちから疎まれても、己を曲げずに愚直に王の剣で有ろうとしています。もし仮に奴がアインズ様との約束を守れなかったとしたら、その時は必ずここに現れ、約束を果たせなかったことを詫びるはずです。そうなっていないということは約束を守ったかあるいは今でもその約束を果たすために奔走している。と私はそう信じています」

 一気に言い切るブレインに対しセバスはほぅと感心を示した。

 出会った時には既に憔悴しており、シャルティアに怯えて手に持った刀を使うこともなく、まともに口すら利けずにいたあの姿を見て以来、セバスはこの男に対して不快とまでいかずとも、セバスの考える人間の素晴らしさとは無縁の男だと思っていたのだが、吸血されシャルティアの眷族となってあれほど恐れていた彼女こそを至高と崇めるようになり、絶対の忠誠を誓っていてもなお、彼女の言葉に逆らい今も自分の考えを曲げることなく意見を述べるその姿勢に感心したのだ。 

 ブレインにとってガゼフという男はそれだけ信頼出来る相手と言うことなのだろう。

 ならば信じても良い。とセバスは納得する。

 

「わかりました。では貴族に関しては戦士長が何らかの行動を見せるまで待ちましょう。如何ですかシャルティア、ソリュシャン」

 

「……まあ人間のことなら、セバスに任せても良いと思いんす」

 

「私もそう思います。ですが、何か問題が起こった際は私からアインズ様にお知らせします、今度こそ」

 今度こそ。という辺りで以前のセバスたちの失態が未だソリュシャンの胸に傷として残っていることが分かる。

 同時にかつてのセバスの軽率な判断を繰り返させないとの強い意志もしっかりと伝わった。

 もちろんです。と大きく頷き、貴族たちに対する話は終わり、続いて一般の市民に向けた宣伝を考えようとしたセバスの元に通信が届いた。

 〈伝言(メッセージ)〉ではなく、特定の相手とだけ通信出来る効果をもたらすマジックアイテムによるものであり、相手はツアレだった。

 

「失礼。ツアレから緊急の通信です」

 これを使用するのは何か緊急の用件が有るときだけだ。

 セバスは断りを入れて通信を繋ぐ。

 

『セバス様。ツアレです、少しよろしいでしょうか?』

 

「構いませんよ。どうしました?」

 

『お客様がいらしています。その、至急お店の責任者を呼ぶようにと』

 

「客? こんな時間にですか?」

 既に夜は深い。

 ナザリックとは違い、灯り一つでも高級品である人間たちにとって、夜とは活動する時間帯ではない。

 王都であってもそれは変わらないはずだ。

 万が一にもこの部屋の会話が漏れないように、周囲に音を漏らさない工夫がされているため、セバスたちでも外の音を聞くことは出来ない。

 そのため気づかなかったのだろう。

 

『はい、お店の営業時間が終了したとは告げたのですが、相手はその、貴族の紋章を持っておりまして、貴族からの使者らしいのですが』

 

「貴族」

 ツアレの声が震えているのは彼女の過去が原因だろう。

 平凡な村娘だった彼女に貴族が目を付け、殆ど無理矢理連れ去ったのが彼女の地獄の始まりだったはずだ。

 それ故か、彼女は特に貴族に対する恐怖心が強い。体を治しナザリックで療養してもそれはまだ完全には払拭出来ていないのだろう。

 

「分かりました。私が代わります。相手には直ぐに代わりの者が来ると伝えて下さい」

 

『は、はい』

 通信を切り、シャルティアに向き直る。

 

「お聞きの通りです、貴族が接触を試みてきました」

 

「セバス様、ここで我々が対応しては相手に足下を見られるのでは? 無理を言っているのは向こうなのですから、明日来るように告げて追い返した方が良いかと」

 

「そうでありんすねぇ。店が侮られるということはアインズ様が侮られるも同然でありんすからね」

 

「しかし、先ほどの話に出た戦士長が王に伝えた結果という可能性もあります。どちらにせよ店の責任者ではない私が出て話を聞き、緊急性があると判断がつけばアインズ様の娘ということになっておりこの店の責任者でもある二人を呼び、そうでないのなら私が追い返しましょう」

 セバスの提案に、ソリュシャンは一つ頷いてからシャルティアに目を向けた。

 この場に置いて決定権を持つシャルティアに任せるという意思表示だろう。

 そのシャルティアは少しの間うーん。と口を尖らせながら考えた後、大きく頷きセバスを見た。

 

「ではセバス、貴方にお任せしんす。ただ、これだけは覚えておきなんし。アインズ様は確かに商売をする上で相手の下手に出ることの重要さを口にはしていんしたが、それとナザリックが舐められることは同義ではありんせん。あくまでもナザリックの利に繋がるので有れば、多少の無礼を許す。アインズ様が仰りたいのはきっとそういう意味でありんしょう」

 

「無論、承知しています。ナザリックひいてはアインズ様に無礼を働く者があれば、私が始末します」

 そう。

 如何に人間の中に素晴らしい者たちがいると言っても、それはあくまでナザリックの敵でなければだ。

 以前の失態を経て、セバスはそう考えるようになった。自分の正義も大事だが、その為に主に迷惑などかけてはならない。

 服装に乱れなど無いかをざっと確認した後、セバスは部屋を出て一階へと向かった。

 

 

 

 灯りの点いた一階の室内には二人の男が立っていた。

 店内には椅子もあるのに、立って待っていたというだけでセバスは相手の態度に感心を示した。

 貴族は基本的には貴族以外の全ての者たちを見下しており、それは貴族に雇われている者達にも通じる。自分が貴族ではないのに貴族に雇われているというだけで主の威光を笠に着て不遜な態度を取る者もいる。

 しかし、彼らには一定の礼節が備わっているようだ。

 

「お待たせいたしました。主より当商会の運営を任せられております、執事のセバス・チャンと申します。申し訳有りませんが現在主人は外出しておりまして、戻るまでには時間がかかりますのでお話は私が伺います」

 言われた男達はほんの僅か、セバスが一瞬勘付く程度の不快感を露わにした。

 このことで理解する。礼節を弁えているのはこの者達ではなく、その上。

 彼らの主人である貴族が魔導王の宝石箱を相手に不遜な態度を取らないように言い含めているのだと。

 そちらの方が好都合だ。

 つまりその貴族は、我々の有用性に気付き友好的な関係を築こうとしているに違いないのだから。

 

(これは当たりやもしれませんね)

 例え戦士長と関係が無くても以前パンドラズ・アクターが口にした、僅かな情報からこの店に辿り着いた聡い貴族であるならば取り込む価値はある。

 

「我々はリ・エスティーゼ王国、エ・レエブル領、領主エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵の命により、この店の主、アインズ・ウール・ゴウン殿に伝言を伝えに来た。本人に直接お伝えしたいが、本人はどちらに?」

 その名を聞き、セバスは僅か眉を持ち上げた。

 王国六大貴族と呼ばれる貴族の中でも特に大きな力を持つ貴族の一人だ。

 確か王派閥と貴族派閥の間をさまようコウモリと揶揄されている人物の筈、つまりはどちらの陣営が接触してきたのか分からないということであり、セバスは使者達に悟られない僅かな間にどうしたものかと思考を巡らせた。

 

(伝言、手紙や書状などでないのならば、非公式なものということですか。アインズ様は戦士長を使い貴族達と繋がりを持とうと考えておられる、つまりは王派閥に力を貸すとお考えなのか。いや、双方に同じだけ力を貸して争わせる可能性も。どちらにしてももう少し詳しく聞いてみてから判断せねばなりませんね)

 

「申し訳ありませんが、我が主、アインズ様は現在王都を出て遠くにおりまして、〈伝言(メッセージ)〉等の手段を用いても直ぐには連絡が付かないかと。また戻るまでの時間についても現在は不明です」

 この世界で〈伝言(メッセージ)〉はあまり信用されていない──かつて嘘の情報によって滅んだ国が有るせいらしい──そのためこう言えば相手はセバスに伝言を託す必要が出てくるはずだ。

 それがこんな夜更けに現れるほど急ぎの用で有ればなおさらだ。

 

「……セバス殿、でしたか? 先ほどこの店を任せられていると言ったが、例えば大口の注文や店の営業をするしないなど、経営に関することまで自分で決められる裁量があるのですか?」

 そうした質問をしてくるということは、やはり貴族が自分達と取引をしようとしているのは明白、セバスは間を空けずに大きく頷いた。

 

「無論です。主が戻るまでの間この店に関することは全て私に一任されています」

 当然嘘だ。

 基本的には一任されているのは確かだが、判断がつかないような問題ならば、今度こそ自分の無能を晒すことになったとしても主に伝えるつもりだ。

 幸いナーベラルを通してならば主に〈伝言(メッセージ)〉を送ることが出来るのだから。

 男達は一度顔を見合わせて何かを確認し合い、改めてセバスに顔を向けた。

 

「では、我が主からの伝言をお伝えする」

 一度周囲を見回し辺りを窺った後男は話し出す。

 本来王国の民ならば、王侯貴族からの書状や言葉を受け取るときはそれ相応の態度を取らなければならないのだが、先ほどシャルティアの口にした内容と今回は非公式である点を鑑みて、セバスは膝を突くようなことはせず胸を張って使者と向かい合った。

 再度僅かに男が不快感を表したが、それ以上態度には出さずに言葉を続けた。

 

「明日一日、店を閉め貸し切りにして貰いたい。我が主、エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵がお忍びでこの店に来てみたいと仰せだ。当然それによって貴殿等が被る損害はこちらで請け負おう。返答は如何に?」

 

「それは客人として買い物に来るということでよろしいのですか?」

 

「質問には答えられない。我々はただこの内容を伝え、返答を貰って来るように言われただけだ」

 男達の態度が硬くなり、今までは隠そうとしていたものが隠しきれず溢れ出る。

 セバスの態度に気分を害したのだろう。

 貴族からの命令に平民は基本的に断ることなど許されない、疑問を持つことすら不快だと言わんばかりだ。

 貴族がそうしたものであることは分かり切っていた。

 

 しかしこれならば主に報告するまでもなく、こちらで判断しても良いだろう。

 

「分かりました。では主に代わり私から返答をさせていただきますので、お伝え下さい。侯爵閣下のご来店を心よりお待ち申し上げております、と」

 なにしろ今直ぐではなく明日、こちらに準備を整える時間を与えるのだから。

 レエブンなる貴族の態度によってはこの店から出さずにナザリックに送ることになるかも知れない、と考えながらもセバスはにこやかに使者に笑いかけた。




この話は一話で纏めるつもりでしたが長くなったのでここで切ります


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第28話 来客 レエブン候

前話の続き
今後の話に繋ぐための話なのであまり話自体は進んでいません


「ここか」

 馬車に付いた窓の向こうに覗く店を見てエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵は目を細める。

 

「レエブン候、ご指示通り先ずはロックマイアーが先行し安全を確認しますので」

 今回護衛として連れてきた元オリハルコン級冒険者チーム、そのリーダーである火神の聖騎士、ボリス・アクセルソンの言にレエブン候は無言で頷き同意した。

 ボリスは仮にも王都の中でそこまで警戒をしなくとも、と思ったかも知れないが今回は非公式の行動であり、公的にはレエブン候は現在王都には居ないことになっている。

 そのため護衛も最低限、彼を含めた元オリハルコン冒険者チームだけである以上、警戒は必要だ。

 何しろ相手はあのガゼフ・ストロノーフが自分より遙かに上の存在と認める魔法詠唱者(マジック・キャスター)が開いている店だ。

 もしもということがある。

 

(しかし、店構えはごく普通だな。手前の大きな馬小屋、あれにギガント・バジリスクがいるのか)

 ロックマイアーが馬車を出ていくのを見送りながら、レエブン候は考える。

 基本的に貴族は強さに対する知識が無い。

 正確には自分が直接前線に出ることなど無く、全て配下の者に任せているため知識を必要としないと言うべきだろう。

 しかしそんな中にあってレエブン候は、この自分の親衛隊を勤めている元オリハルコン級冒険者チームから聞いた情報を纏めた虎の巻を制作し頭に入れてある。

 例え自身が前線に赴かなくても、知識として知っておくことには意味があると考えているからだ。

 だからこそ、その虎の巻に最大級の警戒が必要な魔獣として載っているギガント・バジリスクを従えているというだけでこの店の危険度がすぐに理解出来たのだ。

 

(ガゼフ殿に言わせると、それすら店の主、アインズだったか。その者が持つ力の一端に過ぎないと言うが……)

「一つ聞きたいのだが」

 

「何でしょう?」

 

「君たち全員ならば、ギガント・バジリスクに勝てるのか?」

 

「まず不可能です。せいぜい足止めをしてレエブン候の逃げる時間を稼ぐのがやっとでしょう」

 間を置かずあっさりとそう言い切る様は潔さすら感じる。

 これがあったからこそ、レエブン候は彼らを自分の部下に引き入れたのだ。

 己の強さを正確に把握し、出来ることと出来ないことをはっきりさせる。

 しかしながら命じれば危険な任務であろうとも遂行しようとする責任感もある。

 その彼が言うのだからそうなのだろう。

 

 つまりはこの店には王国六大貴族の一つである自身の最大戦力をも上回る魔獣が存在しているということになる。

 王都内部にそれが存在していることに僅かばかりの危機感を覚えるが仕方ない。

 個人が所持し届けを出して登録する魔獣にそんな強いものが居るなど想像もしていなかったのだろう。

 

「陛下の身の安全のためだ。怒らせない方が良いというガゼフ殿の忠告は守った方が良さそうだな。お前たちにも言っておくが仮に向こうが私に無礼な態度を取ってきたとしても敵意は見せるな。この店の真偽を確かめるまではな」

 正確には今現在、後継者を決めていない段階で陛下に倒れられては困るという意味だが、そこまで口にする必要はない。

 彼らを信用してはいるが、レエブン候の考えは知る者は少なければ少ないほどいい。

 

「勿論ですレエブン候。しかし本当なのでしょうか。ガゼフ戦士長が嘘を言うとは思えませんが、あの話はとても信じられるようなものでは」

 確かに。とレエブン候はボリスの言葉に頭の中で同意する。

 今回彼がこの店を訪れることになったのはガゼフが王であるランポッサ三世に進言した事が始まりだった。

 かつてガゼフを法国の特殊部隊からたった二人で救ってくれた恩人であるアインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が王都で店を開き、商売のために王都周辺の村の位置を知りたがっているのでそれを教える許可を欲し、同時に王国として彼らと友好的な関係を築くべきだ。とガゼフが陛下に対し強く願い出たというのだ。

 

 平民であり、貴族的な作法や勢力争いに関する知識が殆どないガゼフはその手の話には関わりを持とうとせず、王から意見を求められても陛下のお望みのままにと答えるのがいつもの事だっただけに、ランポッサ三世は面を食らったらしく、今まで懐刀であるガゼフにすら秘密にしていたレエブン候との関係──レエブン候が貴族派閥と王派閥を行き来する蝙蝠ではなく、あくまで貴族派閥の動きを牽制するために行動している──を話すことにし、レエブン候も交えて三人でその店、魔導王の宝石箱についてどう扱うかを話し合った。

 とは言えランポッサ三世はこういう言い方は不敬かも知れないが、王としてはあくまで平凡であり、ガゼフは元からその手の知識すら無い状態であったため、レエブン候が主導して話を進めた。

 その結果、先ずはレエブン候が様子を窺いに行き、ガゼフの言っていることが本当であり王国にとって利になると判断された場合、王からではなくレエブン候から村の情報を伝えるということになった。

 

(しかし陛下も陛下だ。仮にこの店が本物であったなら、様子見などではなく即刻優遇、いや貴族として召し上げるべきだ。この店にはそれだけの価値がある)

 ガゼフがあれだけ言っているのだ、レエブン候としては信憑性は高いと考えている。

 しかし王は違う。

 貴族派閥との争い──王国の二分化──の火種になることを恐れて積極的な行動を取ろうとしない王に苛立ちを覚えながら、それは微塵も表に出すことなくボリスの問いに答える。

 

「確かに疑わしいのは分かるが、エ・ランテルでもまだ少数ながら強力なゴーレムを使用して開墾を行っているという話もある。そのゴーレムもここから出たものだと言うが……まあ何はともあれ全ては確かめてからだ」

 

「分かりました。ゴーレムや武具の強さに関しては私の方で確認をします。値段如何については我々では分かりかねますが」

 

「それは私の領分だ。村人でも払える額での貸し出しとのことだが、どう考えても通常のゴーレムでは採算が取れない。他の方法で稼いでいるとは思うが……」

 自分の領地でもゴーレムを購入することはあるが、あれが適正価格ならばどんなに安くしても村人が借りられるほどの値段に下げることは出来ないはずだ。

 あまり魔法に詳しくないガゼフは、店主の魔法の力で可能にしたと考えているようだが、知識として魔法がそこまで万能なものではないと知っているレエブン候としてはそれは無いと考えている。

 何しろゴーレムにかかる費用の大半は材料費だと言う話だ、人件費や手間賃ならば切り詰めることは出来るが材料費には底値が存在する。

 ガゼフから聞いた値段はその底値を遙かに下回った額であり、どう考えてもゴーレムだけで採算が取れるとは思えなかった。

 他の主力商品があり、そちらでゴーレムの赤字を補填していると考えるのが普通だ。

 それが何か分かれば友好的な関係を維持するにしろ、こちらが優位に立つことが出来るかも知れない。

 

「レエブン候、ロックマイアーが戻りました」

 

「よし。では支度をせよ、例え無名の商会であってもこれは一国との交渉にも匹敵する可能性がある。決して失礼の無いように」

 一応、貴族社会のルールや礼儀については最低限教えているが彼らも平民出身、キチンと忠告しておかないと顔や態度に出かねない。

 それほど重要な意味合いを持つのだと言外に告げてレエブン候は気合いを入れ直す。これも全ては自分の夢のため、そのためにも王国はこれからも存続してもらわなくてはならないのだ。

 しかし、彼のこの認識ですら見通しが甘すぎたと気づかされるのはこのすぐ後の話だった。

 

 

 ・

 

 

 蛇のような人間というのが取りあえずの感想であり、次に思ったのは美味しくはなさそうだ。という感想だった。

 キチンと出迎えの用意を調えながらもどこか不満げでやる気を感じない、ただ形だけ取り繕った。と相手から見える態度でソリュシャンはその貴族の男を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。本日は当商会、魔導王の宝石箱にようこそお出で下さいました。主は不在ですが、代わりまして我々一同が心より歓迎させていただきます」

 代表してソリュシャンが挨拶を述べる。

 この店の対外に向けた序列は、トップは当然主だが、その下に主の娘同然という設定のソリュシャンとシャルティアが続き、次が執事のセバス、その下の人間は同列という形だ。

 ソリュシャンとシャルティアの順番は単に外見上の年齢順であり、この場で最も立場の高いソリュシャンが挨拶をする事で貴族に対して一応の礼儀を見せている。

 

 しかし同時に少し目端の利く人間ならばソリュシャンが面倒くさそうに挨拶をしていることにも気づくだろう。

 その後ろではセバスが心配そうな顔をしているはずだ。こうすることでソリュシャンはただのお飾りであり、この店を実質的に運営しているのはセバスだと印象づける作戦だ。

 そうした上で話し相手をセバスに移行させれば相手もさほど不快には思わないだろう。

 ソリュシャンも当然この店の経営について把握しているため普通に店の紹介は出来るのだが今まで積み上げてきたワガママ令嬢の設定がある以上、そうもいかない。

 レエブンと名乗った男がソリュシャンに店を貸し切りにしたことに対する簡単な礼と、ソリュシャンとシャルティアの美貌について褒めた後、話は直ぐに店のことに移行する。

 

(今までのとは少し違うようね)

 セバスとこの王都に潜入し情報を集めていた時から、ソリュシャンの美貌は多くの面で役立ってきた。

 商人との会合や、組合への顔つなぎ、あらゆる場面で相手が男であればそれだけで優位に立てた。

 

 当然だ。

 自分は創造主よりそうあれと創られた完璧な美貌を持っているのだから。

 だが目の前の男はそれに打たれている様子がない。

 よほど冷静な男なのか、あるいは愛妻家か、単に異性に興味が無いのか、まあどれにしろ多少面倒くさそうだ。

 なにより、王国で出会った者の何れよりも目に知性がある。

 

(コレがアインズ様のお役に立てると良いのだけれど)

 使える存在ならばそれは歓迎するべきだ。

 たかが人間と言えど性能差はある。肉体的な強さは種族として上限があっても頭であれば使いようによってはナザリックの役に立てる者もいるだろう。

 この人間がそうであるなら、きっと主にも喜んで頂けるだろう。

 そう望みながらソリュシャンは男と、それに付き従うどれも美味しくなさそうな護衛らしき弱者をひと通り値踏みしてからシャルティアに目を移す。

 彼女もまたソリュシャンと同じ答えに辿り着いたのだろう。

 一瞬、誰にも気づかれないほどの刹那、唇を持ち上げ嘲笑した。

 

 明らかにこちらを警戒している。らしいが全員一度に掛かってきたとしても、セバスやシャルティアはおろか、ソリュシャン一人で一掃出来る程度の強さしか感じない。

 外に他の護衛がいないことは常に幾人か忍ばせている透明化が可能なシモベにより確認が取れているし、場合によってはこのまま全員をナザリックに移し忠誠を植え付けさせることも容易だ。

 そんなことを考えている間に、セバスがソリュシャンの前に出て話を始めていた。

 相手の貴族も特に不快感は示していないところを見ると、想定通りセバスと話した方が手っとり早いと判断したのだろう。

 

「貴族としてはあるまじき行為だが、今回は非公式であり、時間もない。済まないが余計なやりとりは抜きにして話をしたい。よろしいかね?」

 

「侯爵閣下がそれをお望みでしたら、こちらは構いません」

 

「結構。では早速だが、この店自慢のゴーレムとやらを拝見したい。今更言うまでもないことだが私はガゼフ戦士長より話を聞いてここに来ている、意味は分かるな?」

 例のガゼフなる男が主と約束した件──王都周辺の村の位置情報──を伝えるために来たということだろう。

 そして自分の眼鏡に適わなければこの話は無しにすると言外に告げている。

 人間如きがナザリックと交渉をするつもりらしい。ソリュシャンはそんな人間程度にも笑顔を見せて丁寧に接する自分の直属の上司と、失態をしないように気を張りすぎてやや緊張気味のシャルティアを交互に見た後、自分の仕事を果たすことにした。

 

 自分の役割は要するに観察である。

 やる気のないワガママ令嬢の立ち位置を利用し、一歩引いたところからこの貴族が主の役に立てるかを観察し、その結果を纏めて主に伝えるのがソリュシャンの役目で、大人しく可憐な令嬢という設定のシャルティアは場を和ませる役だ。

 セバスが案内を開始する。

 連れて行くのは事前に準備をしておいたゴーレムをはじめとして店の商品をひと纏めにした部屋であり、そこは全員を同時に転移させられる罠が張られた部屋でもある。

 そこまで入ればまさに袋の鼠、だがこの者に使い道があれば何もなく生きて部屋を出ることが出来る。さて、どうなるだろう。

 店の為には出来れば使える者であって欲しいが、好みではなく美味しくもなさそうだが活きの良さそうな護衛を食べてみたい欲求が無い訳ではない。

 どちらに転んで自分としてはいい結果になりそうだと、ソリュシャンは誰にも気づかれないように舌なめずりをして彼らの後を着いていった。

 

 

 ・

 

 

「で、では失礼させていただく。ゴウン殿にはくれぐれもよろしく伝えて欲しい。次は是非直接お会いしたいとも」

 

「畏まりました、お伝え致します。道中お気をつけ下さい。ご注文の品は契約書を作成次第、お届けに参ります」

 馬車に乗り込み、現れたときとは180度違う態度を見せるレエブンを見送った後、セバスは店へと戻る。

 

「それなりに頭の回る者だったようですね」

 店内に入ると直ぐに、セバスはどこかつまらなそうなシャルティアと満足げなソリュシャンに声をかけた。

 

「ええ。使い道がありそうでなによりです。アインズ様もお喜び下さるでしょう」

 

「それはいいでありんすが、結局わたしなにもしていなかった気がしんす……」

 確かに。と頷きかけた自分を律しセバスは一瞬の内でソリュシャンと目配せを行う。

 

「そんなことはありません。シャルティア様がその美貌と可憐さで護衛の奴らの目を引きつけて下さったおかげで、私は警戒されることなくあの男の観察が出来ました」

 実際あの護衛達がシャルティアを前にして多少気を緩めていたのは事実だが誤差の範囲な気もする。

 しかしそんなことは口にしない。

 

「うーん。それならいいんでありんすが」

 完全とは言えないが納得してくれたようだ。と言うより彼女に関しては長時間、本来の気性を見せずに深窓の令嬢らしい態度を崩さずに演じられたというだけで主には良い報告となるだろう。

 何しろこれから貴族と付き合いをしていくとなれば会談やパーティー、舞踏会などに参加する機会も増えるだろう。

 主であればそれらをこなすことも問題ないだろうが、そうしたものには同伴者が必要となる。

 立場上、ソリュシャンはシャルティアにその役目を譲るだろうから、彼女がそうした演技を長時間続けられると分かったのは良い収穫だ。

 

「ではさっさと準備をしんしょう。ようやくゴーレムの普及が出来て、これから忙しくなりんすね。アインズ様にもきっと褒めていただけるに違いありんせん」

 今回の話でレエブンは、件のゴーレムを王都周辺に広めるために必要な村の位置をその場で開示した。

 初めは自らの領地にもレエブン主導でゴーレムを流通させることを条件に王都周辺の村を開示しようとしていたらしく、高圧的ではないもののあくまで自身が上の立場ということを誇示したいようだったが話を進めていく内に態度が変わり、最後の方には完全に逆転しその話はたち消え、代わりに個人で使用する分のゴーレムと装飾品の武具だけを多数注文していった。

 だがそれも当然だろう、寧ろ己の立場を良く理解したと言うべきか、王国の上層部は腐りきっているという話だったが、まだ頭の切れる者もいたのだと認識出来た。

 

「王都周辺の村に関しては如何しましょう。アインズ様がお戻りになるまで待ちますか、それとも私どもで先に交渉を開始しますか?」

 

「そうでありんすねぇ。取りあえず近いところから順に、下働きの人間共に行かせなんし。それならアインズ様がお戻りになるまでに村で交渉した際の感触などもお知らせ出来るでありんしょう」

 

「私もそれが良いかと。ソリュシャン、交渉事に向いていそうな者を数名選んで下さい。彼女たちは貴女が評価していると聞いています」

 ツアレを含めた店で働く八人の立ち居振る舞いを最終的にユリが確認した時、不満を抱いたソリュシャンが主より彼女たちの監視と評価を任じられた話は聞いている。

 また彼女のアンダーカバーであるワガママな令嬢の立ち位置を守るためにあまり店に出ないソリュシャンが、自身の能力を使って遠視を行い店内を監視しているのはセバスも気づいていた。

 

「畏まりました。店の運営に影響が出ないように……そうですね、三人ほど選んで行かせてはいかがでしょうか?」

 

「そうして下さい。シャルティア、申し訳ありませんがゴーレムの運搬をお願いしても?」

 

「勿論でありんすぇ。全てはアインズ様のお役に立つための仕事、いちいち申し訳ないなどと言う必要はありんせん。わたしたちはチームでありんしょう?」

 

「そうでしたね、ではよろしくお願いします。私は部屋に仕掛けた罠の類を取り除いておきます」

 優雅に頷いてから、シャルティアは転移をするため部屋を後にする。

 用意した罠などは無駄になってしまったが、これはこれでいい結果に繋がった。

 主にも良い報告が出来そうだ。とセバスは上機嫌で行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 街道を馬車が駆ける。既に王の直轄領を抜け自分の領地に入っていた。

 護衛達に無理を言い、今この馬車の中には彼一人しかいない、護衛は別の馬車に乗せて遠ざけている。

 安全性は低くなるが今は一人になりたかった。

 この馬車は今まで乗っていた物とは違い外見こそ立派ではないが内密な話をするために声が外に漏れないよう窓が無く壁も厚く造られ、また執務室同様に銅板で覆い魔法による探知も阻害するようにしている。

 だからこそ、レエブン候は思い切り内に籠もった思いを吐き出すことが出来た。

 

「あぁ。なんと言うことだ。どうする、どうすればいい? こんなこと、完全に予想外だ、クソ!」

 王国内において政治手腕で右に出る者はおらず、王国で屈指の権力を持つ六大貴族にあるまじき姿を晒しながら、レエブン候は呪詛を口にするように吐き捨てた。

 まるで想定外の事態だ。

 こんなことになるなんて考えてもいなかった。

 現在の愚か者しかいない王国にとって使える手札が一つ増える。

 その程度にしか考えていなかったのに、まさかこんなことになるとは。

 

「どうする? 考えろ、私」

 あの店、魔導王の宝石箱は毒どころか、劇物だ。

 扱い方を一つ間違うだけで今までの苦労が消え去り、それ以上の大惨事になりかねない。

 

「なぜこんな力を持った者が、こんなところで店なんて」

 見せられたゴーレムの強さは一体で白金級の冒険者チームに匹敵するという。

 それが今在庫があるだけで五百、これからも数を増やせてあの値段でも採算が取れると語っていた執事の目に嘘はなかった。

 武器も外見が華美なだけではなく強さもそれこそアダマンタイト級の冒険者が持っていてもおかしくない程の代物であり、さらに現在店主が直接ドワーフの国と交渉し、武器の交易を開始する予定で強力な武器を数多く揃えることが可能だという。

 外には一匹で都市一つを壊滅させられる魔獣まで従えている。

 これだけで個人が持つ力を超えているが、問題はそれらを使用して商売をすることで得られる経済効果だ。

 

 野盗やモンスターに負ける心配のないゴーレムを使えば今まで人力でしか出来なかったことの大部分をゴーレムに任せることが出来、結果人手が余る。それらの力を別のことにつぎ込ませることによって生まれる経済効果は国力の下がった王国に必要不可欠なものだ。だが、それを成すには全てあの店に頼るしかない。

 あの豪華な装飾品のような武具もそうだ、王国のバカな貴族共はあの店のことを知れば、自分達の財力を示すために挙って金をつぎ込むだろう。

 その結果店はどんどん成長し瞬く間に王国随一の商会へと上り詰める。

 それはもはや止められない。レエブン候が王都周辺の村の位置を教えるかどうかなど些事でしかない。だから勿体ぶらずにあの場で教えたのだ。

 問題はその後だ。

 王国一の商会になって奴らは何をしようと言うのか。

 

「なんだ。なにが狙いなんだ。やはりあれか経済力で王国を影から牛耳ろうというのか? あり得る、今のバカ共しかいない王国であれだけの力があれば可能だ」

 ここに来るまでの道中で考え抜いて出した結論がそれだ。貴族でもないただの一商会が国を牛耳るなど馬鹿げた話だが、この国には八本指という、組織が表の権力に食い込んでいる前例がある。そしてその八本指もあの強大な力の前には無力だろう。

 ならば自分はどうすればいいのだろうか。