オーバーロード ~経済戦争ルート~ (日ノ川)
しおりを挟む

第1話 経済戦争ルートへの舵切り

時系列的には五巻の中盤、アインズ様が金が無いと嘆いた少し後くらいです。




「金が足りない。全然足りないぞ」
 広い机の上に広がった金貨や銀貨を数えながらアインズは幻術で作られた顔を歪めた。

 一般人ならば一財産、下手をすれば一生をかけても稼げないほどの額ではあるがアダマンタイト級冒険者としてふさわしい宿を維持する為の必要経費。そしてなによりも。

「まだまだ実験したいことは山ほどあるというのに」
 エクスチェンジ・ボックスにこの世界の物質を入れてユグドラシル金貨を生産するのに効率のよい物を探すことを初めとした、ナザリックの維持・強化の為にやるべき実験は多数存在する。

 しかし現状、外貨を稼ぐ手段はアインズとナーベラルが冒険者をする他に存在しない。
 これではあまりにも心許ない。
 かといってあれもこれもと片っ端から依頼を受けては他の冒険者達から反感を招く。
 折角王国に三組しか存在しない最高位冒険者という地位を手に入れたのだから、評判が下がるようなことはしたくない。

「けど、そのせいでの出費でもあるんだよなぁ」
 アインズはグチをこぼしながら立派な――ナザリックと比べればあまりにも見窄らしいが――最高級宿屋の室内を見渡した。

 もういっそのこと、エ・ランテルに屋敷でも構えてそこを拠点にするという方法を考えもしたが、場合によってはエ・ランテルを出て別の都市や、何なら別の国で活動する可能性もあるため今のところは保留にしている。

 ため息を吐き出そうとしたアインズは扉がノックされる音を聞き、慌ててコインを皮袋の中にしまい込んだ。
 相手は分かっている、ナーベラルだ。
 彼女にナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが金欠で頭を悩ませている姿など見せる訳にはいかない。

 入れ。と短く告げた後、予想通りナーベラルが入ってきたことを確認し、アインズは堂々たる態度で彼女を出迎えた。
「何かあったか。ナーベ」
 随分慣れてきた作られた支配者の声で言う。

「はい。モモンさ――ん」
 既に彼女の癖となりつつあるそれに対してアインズは諦めにも似た感情で訂正せずに先を促す。
 ここまで言っても直らないところをみるとやはり、そうあれと作られた設定によるものなのかも知れない。
 しかし彼女は自ら自分の失態を恥じたようで、申し訳ございませんと深く頭を下げた。

「よい。自分で気づき訂正したことは評価しよう。以後注意せよ」
 おそらく無駄だろうなぁ。などと思いつつ改めて用件を問う。

「はっ。モモンさんにお会いしたいという者が来ております。商人だという話ですが。如何されますか?」

「商人? 何か注文していたか?」
 本来アインズにもナーベラルにもこの世界のアイテムなど何の役にも立たないのだが、冒険者をしている手前、消耗品などのアイテムを購入しないと怪しまれると考えて時折商人にアイテムを注文したり、またエクスチェンジ・ボックスの実験の一環として、産地による金額の差が生じるかを調べるために様々な場所から鉱物を買ったりする際など、商人に注文することがあったが、現在そうした物を頼んだ覚えはなかった。

「いえ。それがどうもあの下等生物(カマドウマ)はただの使いの様で、商人のいる屋敷まで来て欲しいとのことでした。下等生物(フナムシ)ごときがモモンさんを呼びつけるとは不愉快極まり無いことですが、何か話があるとのことでしたのでこうして伺いに参りました」

「屋敷に直接となると何か良いアイテムでも入荷したから買わせようと言う腹か、それとも単に接待でもして恩を売る気なのか。商人の名前は言っていなかったのか?」

「確か、ロフーレ商会の者と言っておりました」

「ロフーレ?」
 聞き覚えのある名だ。
 どこだったか。と微かな記憶をたぐり寄せる。

「そうか。確かこの都市でも有数の商会がそんな名前だったな。確か食品関連の」
 アンデッドであるアインズが飲食が出来ない為、大商会であっても記憶に留めていなかったが、噂話程度で聞いた覚えがある。

「しかし食品関連の商会となるとな。歓迎を受けて店の自慢の品ですなんて食べ物を出されても困るな」
 食べ物を口に出来ないアインズとしてはそうした食品関連の歓迎が一番困る。

 例えば武器などを扱う商会であれば、歓迎を受けても、口を付けず先ずは商品を見せて欲しいなどと言って誤魔化すことも出来るが、食品を扱う商会であれば一番の売りが食べ物であり、飲み物なのだ。
 それを断ることは出来ない。

 ナーベラルだけに食べさせると言う手もあるがお世辞など言えないナーベラルでは素直に不味いと言い出しかねない。

 やはり断るのがベターだな。

「ナーベ。相手にはこれから急ぎの用事があるため、申し訳ないが断ると伝えよ。時間が出来たらいずれこちらから伺うとも言っておけ」
 前々から打診されていたわけではなく、いわばアポなしの話だ。断っても角は立たないだろう。
 ついでに社交辞令混じりのフォローを入れておけば問題ない。

「畏まりました。伝えてきます」
 深く礼をして部屋を後にしようとするナーベラルにふとイヤな予感がしてアインズは彼女を呼び止めた。

「いいな。あくまで私が言ったとおりに伝えるのだぞ。無理矢理追い返したりせずに」

「……畏まりました」
 一瞬空いた間にナーベラルがどんな対応をするつもりだったのが透けて見えた。
 呼び止めてよかった。
 ほっと胸をなで下ろしつつ。アインズは再度切迫する財政難について思いを馳せた。

「やっぱりスポンサーをつけるのが無難かなぁ」
 そう考えると今断ったのは早計だったろうか。
 いくらフォローを入れたとしても相手も多少なりとも不快に思ったかもしれない。大商人とは場合によっては下級貴族よりも顔が利き、権力を持つと聞いたことがある。

 そんな相手に失礼だったか。

 今更ながら不安が募る。
 ひょっとしたらアポなしでやってきたのは、こちらを試す意味だった可能性もある。
 しかし今更追いかけてやっぱり行きますと言うわけにもいかない。

「せめてこう言うのはリーダーから言うべきだったんじゃないか?」
 漆黒はリーダーは当然モモンであり、周囲の人間もナーベは仲間あるいは従者だと勘違いしている節がある。彼女の言葉遣いなどが直らない理由付けにもなるのであえて否定はしてこなかったが、そう思われているとしたら、相手には従者によってにべもなく断られたと考えるだろう。

 不味い。

 アインズは慌ててテーブルの上に置かれた皮袋をしまい込むと立ち上がり、部屋を出た。


 ・


 一階に降りると、戻る途中だったナーベラルとはち合わせた。
 どうやら間に合わなかったらしい。

「モモンさん。お出かけですか? でしたら私も」

「先ほどの使いは? もう帰ったのか」

「はい。大変残念ですがまたの機会に。いつでも商会にお越し下さい。とのことでした。どうも我々が一度も商会に顔を出していないのが気になっている様子でした」
 周囲の人目を気にしてナーベラルが小声でアインズに告げる。

「そうか」
 よく考えてみれば当たり前かもしれない。
 ある程度名前が売れて金を持っている冒険者であれば、都市有数の大商会に顔を見せない方がおかしい。
 しかも武器やアイテムなどを扱う商会には顔を出しているのだから、なぜ自分のところだけと思っても不思議ではない。
 アンデッドであるが故につい食品や飲料に無頓着になっていたが、こちらも無駄になったとしても商会で購入しておけばよかったのだ。

「よし。ナーベ近々お前がロフーレ商会に赴き、携帯食や飲料を購入しておけ」

「畏まりました……ですが、相手は私ではなくモモンさんに近づきたいようです。おそらく私が行っても奴らは満足しないでしょう。食品以外にも様々な物を仕入れることも出来ると伝えて欲しいとも言っていました」

「そうか」
 やはり本格的に飲食が出来る方法を考えるべきか。
 自分が直接行くのではなく替え玉を用意するというのはどうだろう。

 例えば――

 己の黒歴史が敬礼している姿を思い浮かべ、アインズは小さく首を振った。
 ここから先のことは後でゆっくり考えよう。

「ナーベよ。少し出かけるぞ」
 本当は使いの者がいなくなった時点でもう用はないのだが、このまま戻っては何をしに出てきたのかと思われる。

「はっ。お供します」
 周囲の視線が集まるのを感じつつ、アインズは宿のスタッフに見送られながら外に出た。


 ・


 とは言え別に用事があるわけでもない。

 さてどこに行こうか。
 冒険者組合にでも顔を出して依頼を探すか。

「モモンさん。本日はどちらに?」

「う、うむ。取りあえず」
 冒険者組合に。と続けようとしたアインズだが、その前に自分達の真横に大きな馬車が止まった。

「先ほどの商会の使いの下等生物(チャタテムシ)です」
 馬車操る御者に視線を向け、小さくナーベラルが言う。

 わざわざ下等生物をつけなくても商会の使いでいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると馬車の扉が開き、中から中年の男が顔を出した。
 四十後半ほどのでっぷりと腹の膨らんだ男で、派手すぎない品の良い服を着た、間違いなく上流階級の人間だ。
 話の流れからすると、この男も商会の者。
 あるいはこの男こそが商会のトップなのかも知れない。

「おお。これはこれは漆黒の剣士モモン殿ですな」

「如何にも。私がモモンですが……貴方はロフーレ商会の?」

「ええ。バルド・ロフーレと申します。初めまして」

「貴方がロフーレ殿でしたか」
 やはり本人か。商会のトップが直接来ていると分かっていれば対策をとれたものを。
 使いの者が敢えて黙っていたのか、それともナーベラルが伝え損ねたのか。
 だとすればナーベラルの失態だが。

「申し訳ない。出来ればこの馬車で案内するときに、驚いていただこうと黙っていたのですが。どうにも間が悪かったようで、これからお出かけと伺いましたが?」
 サプライズを仕掛ける気だったのか。こんなオッサンに仕掛けられても苛立つだけで驚きも喜びもしなかっただろうが。
 取りあえず疑ってしまったナーベラルに心の中で詫びを入れつつ話を合わせる。

「ええ。実は急ぎの用がありまして。折角のお誘いを断るのは心苦しいのですが」

「でしたらどうでしょう。良かったら乗っていきませんか? 私も当然この後は用事はありませんのでね」
 結局のところ相手の今回の目的は、モモンと顔見知りになりたいということなので、馬車の中でも問題ないと言うことなのだ。
 しかしアインズとしては大いに困る。

 示された馬車は大商人らしく立派なものだ。
 その割に供回りがいないのは気になるが、貴族ではなくあくまで商人と言うことで敢えて連れていないのかも知れない。
 相手によっては執事やメイドを連れ歩いていると逆に偉そうだと不愉快に思う者もいるのだろう。
 生産業の者や職人などはそうした者が多そうな気がする。

「如何されましたかな?」

「いや、失礼。実は今から行くのはかなり遠い場所でして、既に馬車も用意してあるのです。有り難い申し出ですが今回は」

「そうですか。依頼ですかな? 流石はアダマンタイト冒険者ともなると依頼がひっきりなしと言うことですか」
 そうです。
 と返事をしようとしてはたと気づく、相手の目がこちらを観察するように見ていることに。

 この目には覚えがある、アインズがリアルで営業をしている時に見た目だ。
 こちらが返事に窮したとき、正解らしいことを口にしてこちらを引っかけようとしてる者の目。

 よく考えれば相手は商人、冒険者組合に問い合わせをして、漆黒に現在依頼が入っているか確認ぐらいはしているはずだ。
 その上で今は何も用事がないと知ったからこそ、アポなしで話を持ってきたに違いない。
 であればここで頷くのは不味い。
 何か別の言い訳を考えなくては。

 依頼以外でどこか遠くに行く用事。
 既に不自然なほどの間を空けてしまっている急がなくては。
 久しぶりに頭を高速で回転させながら考える。そして運良く一つの考えが思い浮かび、アインズはそれをそのまま口に出した。

「実はこれから王都に向かうところでしてね」

「王都に?」

「ええ。以前から注文していた商品が幾つかあったのですが最近依頼が立て込んでいて後回しになっていましてね。それが大方片づいたので」

「なるほど。それでわざわざ王都まで。しかしそういうことでしたら言ってもらえれば、私どもの方でご用意も出来たのですが。物によっては王都よりも良い品も安く仕入れるとこが可能ですよ。ここだけの話ですが王都の品は見栄えばかりで中身の伴わない物が多いですからね」
 バルドはこちらが言い淀んでいたのを商人の前で別の商人に会いに行くと言いづらかったのだと勝手に勘違いしてくれたらしく、王都の商会についての苦言を述べ始める。

 曰く王都は品数は多いが、食品やポーション等、質の劣る物が多々あり、それを見分けるのがとても難しいとのこと。

 話を聞きながらアインズは考える。
 現在王都で調査を行っているセバスからの報告書ではそうした記述はなかった。
 むしろ高い品も多いが、その分店構えも高級で丁寧な仕事をするところが多いと聞いていたが。
 商人目線では違うのか、それともこれは単に印象操作をしているだけなのか。

(さてどうしたものか。話が止まらん。馴染みの商人だから大丈夫とでも言えばいいか。しかしなんて店だと聞かれても困るしな。信頼出来る商会があれば……ん?)
 しっかり話を聞いている振りをしながら考えていたアインズの脳裏に閃きが走る。

「いやロフーレ殿。貴方の心配は有り難く思いますが実は私には昔から懇意にしている商会がありまして。その商会が王都で支店を出そうとしていると聞きましてね。まだ正式に店は出していないのですが私は昔から利用しているということもあり今回話を持ちかけられたので心配は無用です」

「ほう。アダマンタイト級冒険者御用達の商会ですか。気になりますな、差し支えなければその商会の名前を教えていただけますか?」
 バルドの目が一瞬だけ鋭くなった様な気がした。
 離れていても商売敵になるかもしれない相手だ当然気になるだろう。しかしその問いに関する答えは既に用意していた。

「ご存じ無いとは思いますが。シグマ商会と言うところでして。本来は帝国のそれも極一部のみで商いをしていた店なのです」
 シグマ商会。
 それはセバスとソリュシャンが王都で調査をするに当たって作り上げたアンダーカバーである『帝国某都市から来た金持ち商人の息女とお付きの執事』と言う設定をさらに膨らませたもので、元々帝国で商売をしていたが王国にも手を広げるため、ソリュシャンに商人の息女としての修行もかねて下見に行くように指示を出され、一人では心配なので執事のセバスも一緒に来た。
 と言う設定だ。商会の名前に特に意味はなく、プレアデスの姓にも使用されているギリシア文字の一つをそのまま使用しただけだ。

 現在準備中なのだからバルトが知らなくても問題はなく、後で調べようとしたらセバスに適当な店を構えてもらい辻褄を合わせれば済む。

(我ながら良い案を思いついたものだ。これならば矛盾はないし、セバスに幾つか商品を仕入れさせておけば証拠も……待てよ? 商会を実際に開店させてナザリックの品を売れば儲けられるのでは。いや駄目だナザリックの物は仲間たちが集めた大切なもの俺が勝手に売り払って良いものではないし、この世界とはレベルが違いすぎで怪しまれる。しかしもっとレベルを落とした物をナザリックの技術で作ればそれだけでも……)
 これは良いアイデアなのでは?

 先ほどまで必死になって考えていた資金不足を解消する手段になりうる。とさらに深く考えようとしたアインズにバルドが水を差した。
 それもアインズの予想を大きく裏切る形で。

「おお! シグマ商会の。それは安心できますな。そう言えば聞いておりませんでしたが店は何時頃開店するのでしょうかな?」

(ええ!? なぜこの男が知っている! そもそもオープンする予定なんてないのに)
 思わず動揺してしまうが、直ぐに精神の鎮静化が発生する。
 強制的に落ち着かされながらも、アインズは慎重に確かめる。

「シグマ商会をご存じなのですか?」
 まさか同名の商会が存在したのだろうか。

「いえ。実際に取引をしたことはないのですが、シグマ商会のご息女と執事のセバスさんとはちょうど黄金の輝き亭で知り合いましてね。モモン殿もセバスさんとは顔見知りなのですか? でしたら私がよろしく言っていたとせびお伝え下さい」
 先ほどとは打って変わって友好的な笑みが浮かべてバルドが言う。

(そうだった! 王都に行く前にセバスにはここに立ち寄らせたんだ。確か武技を使えるゴロツキを捕まえるための餌としてここで金持ちアピールをさせたはず。こいつはその時の知り合いか!)
 きっとセバスが提出した細かな報告書にはこのことも記されていたに違いない。

 しかしあの後直ぐにシャルティアが何者かに洗脳されるという事件が起き、その後は蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃や、アダマンタイト級の冒険者になって様々な依頼をこなしたりとしているうちに忘れてしまっていた。

「ええ。セバスさんとはつき合いも長いので、彼ならば問題ないだろうと仕入れをお願いしていたのです」
 ずっと黙っていたナーベラルが後ろで僅かに動揺したような気配を感じる。
 しばらく会っていない上司の名前が突然出て驚いたのだろうか。

「そうですな。セバスさんなら問題は無いでしょうな。ではひょっとしてセバスさんの主人。いや、ご息女ではなくそのお父上とも知り合いのですか?」
 にこにこと優しげな笑みを浮かべているバルドの瞳に一瞬怪しげな輝きが宿った気がした。

(ん? いや気のせいか。さて、どう答えたものか。流石に父親までは設定していないはずだ。かといって、商会の主と言うことになっている者を知らないと言うのもおかしな話だ、ここは適当に話を合わせて後でセバスと口裏を合わせる。これだ!)

「ええ。まあ、何度も注文をしていましたから」

「それは羨ましい。私もぜひ一度お目にかかりたいと考えているのですが、帝国のどの辺りで店を出しているのでしょう? セバスさんともその辺りまでは話をしていなかったもので」

(これはまずい。帝国に探しにいかれたら嘘がばれる。ここは)

「申し訳ない。シグマ商会は会員制の小規模高級店でしてね。私が勝手に話すわけにはいかないのです」

「ほう。なるほど通りで帝国内でも聞き覚えがないと思いました」

「でしょうな」

「して、いかほど積めば会員になれるのですか?」

(しつこいなコイツ! セバスには別に何も特別なアイテムとかは持たせていないはずだが、何がコイツをそこまで駆り立てるんだ。セバスの立ち振る舞いか、それともソリュシャンか。そう言えばナーベラルにも貴族連中やらがお近づきになろうと寄ってきていたな、こいつもその類か。いや今はそんなことを考えている場合ではない。どう答えるべきだ? 金か? しかしこいつはかなり金を持っている。少なくともアダマンタイト成り立てのモモンに払える額を払えないというはずはない。ならば力か? 一流冒険者にしか売らない昔気質の職人の店というのはどうだ? いやしかし、こいつが冒険者に依頼されたら困る。帝国にも冒険者組合はあるという話だし。ええい、もういい、知らん。後は明日の俺に任せよう)

「そんなことをしなくても、主人は近々エ・ランテルに来るそうですよ。王国での開店に先駆けてソリュシャン嬢がきちんとやれているか見に来るという話でしたからね。エ・ランテルを通るはずです。バルド殿がセバスさんと懇意ならば私の方からもセバスさんに話しておきましょう。バルド殿が主人と会いたがっていたと」

「それはまことですか!」

「え、ええ。もちろん。今回のお詫びも兼ねて私からしっかりと伝えましょう」

「それはありがとうございます。王都から戻られましたら是非是非我が屋敷にお越しください。歓迎いたします」
 バルドがアインズの手を掴み大きく揺らす。

「ええ。そのときは是非」
 疲れは声に出さないように努めながら、アインズはどうにか返事をした。


 ・


 王都に向かう馬車の中でアインズは頭を抱えていた。
 と言ってもナーベラルも一緒のため、動揺を表に出すようなことはしない。
 向かいに座るナーベラルも何か言いたげにこちらをチラチラと観察している。

「ナーベ」
 密室とは言え一応外に声が漏れることを考えナーベと呼ぶ。

「はい!」
 弾かれたように返事をするナーベラルにアインズは腕を組んだまま自分の真横を顎で指した。

「こちらに来い。話がある」

「そんな恐れ多い、私などがモモンさ――んの隣になど」

「御者に聞かれては困る。命令だ、来い」
 声を落とし再び告げる。

 それなり高級な馬車を借りたため盗み聞きされる心配はほとんどないが万が一ということがある。
 それを防止するアイテムもあるが使い捨てのため少々もったいない。

「で、では失礼いたします」
 おずおずとアインズの隣に移動したナーベラルは身を固まらせ、小さくなっていた。

 冒険中はこれぐらい近づくこともあるのだから、別に緊張することはないと思うのだが、密室でとなると勝手が違うのだろうか。

 そんなことを考えながらアインズはナーベラルの耳元に声を落とす。

「一応<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させて御者の様子を窺え、何かあればすぐに報告しろ」

「は、はい!」
 上擦った声で返事をしつつナーベラルは<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させる。
 どこかサイバーなウサギの耳がナーベラルの頭から生え、それが僅かに動き出す。

「問題ないようです。こちらに意識を向けている様子はありません」

「では、これからの予定について話す。急になってしまったが、我々はこれから王都のセバスとソリュシャンと合流する」

「はい」

「それにあたりまずは<伝言(メッセージ)>を使用し、セバスにその旨を伝えよ」

「畏まりました。では移動手段はいかが致しますか? このまま馬車で向かいますと時間が掛かりますが」

「構わん。馬車で向かうとしよう。モモンが馬車で王都に向かったという話は、バルドがエ・ランテルに広めるだろう。<転移門(ゲート)>で移動しては時間の矛盾が生じる」
 なによりアインズには考える時間が必要だった。

 今頭の中に浮かびつつあるアイディアをセバスたちと合流するまで形にしなくてはならない。

「なるほど、畏まりました。ではそのようにお伝えします」
 早速メッセージを発動させるナーベラルを尻目にアインズは目を伏せてアイディアを纏め始める。
 先ほどバルドに語ったデマを真実にするための作戦だ。

 現状で決定しているのはセバスとモモンが知り合いであり、モモンがシグマ商会を御用達にしていると言う点だ。

 これはいくつかの利点がある。
 今回のように商人たちがすり寄ってきた際の言い訳に使え、アインズの心労が減る。
 セバスの知り合いと言う点を利用し、セバスに王都内でモモンの名声を広めてもらう。

 リアルと異なり、情報の伝達が手紙や人の噂に頼るこの世界では情報が広まるのが遅い。
 アダマンタイトになったばかりのモモンの噂もまだ王国には完全広まってはいないだろう。
 そこをセバスと言う品の良い執事によって広めてもらえばその情報は確かなものとして伝わるだろう。
 セバスにも王都内の冒険者との繋がりをもたせるのが容易になる。それは今よりも更に多くの情報を集めることが可能になると言うことだ。

(完璧じゃないか。思いつきだが全く穴が見つからない。そう言えば必死に考え作られた商品よりも、パッと思いついた商品の方が大ヒットすると聞いたことがあったな。これがまさにそれか。となると問題はあと一つ。実際に商会をオープンさせるのかどうかと言うことだ)
 再びアインズは思案する。

 商会を運営するというのは大変なことだが、アインズにはすでにアドバンテージがある。
 いうまでもない、商品の質だ。
 この世界の商品はユグドラシルのアイテムに比べればガラクタも同然。

 適当な物でもこちらの世界では高値で売ることが出来るはずだ。

 例えばこの世界にあるミスリルやオリハルコンなどをナザリック内の技術で加工すれば、この世界のものとは比べ物にならない武器や防具が出来上がるのではないか。

 それならば冒険者のモモンが贔屓にしていてもおかしくはない。

 食べ物や飲み物にしても、ナザリックの食堂で出している物とこの世界の食べ物とは格が違う――アインズは食べられないのであくまでもナーベラルたちの言葉によるものだが――と言う話だ、そちらも売れるに違いない。

 なによりもこれは漆黒としての活動以外でこの世界の金を獲得できる方法だ。もうアインズが数少ない金とにらめっこしながら、頭を捻る必要はなくなる。

(これは素晴らしい! こんなアイデアが浮かんでくるなんて。今日はなんて良い日だ)
 疲れ果てていたアインズの頭は自分にとって都合のいいことばかりが思いつき、開店にあたっての初期費用や、ユグドラシルのプレイヤーに気づかれるかもしれないと言うリスクなどは欠片も浮かんでこなかった。

 自分の思いついたアイデアに浮かれながらアインズはニヤリとヘルムの中で笑みを浮かべた。



次は王国でのセバス達の話からスタート。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 執事の決断



王国内でのセバスの話
既に本来のルートから外れた行動を取ることになります



「畏まりました。アインズ様には心よりお待ち申し上げておりますと伝えて下さい」
 <伝言(メッセージ)>を切ったセバスの胸に宿ったのは不安だった。

 ナーベラルより入った緊急の<伝言(メッセージ)>。
 近日中に主が王都に来るという知らせだ。

 命じられた王都内の調査は出来うる限り細かく報告している。
 情報の精査が一人では困難だからと言う理由で、真偽の不明な街の噂程度のことまで記載してナザリックに送っている。
 だが、一つだけ記載していない情報がある。

(いや、あの程度のことはわざわざアインズ様にお伝えするまでもない。そう判断した、したが)
 ソリュシャンは早急に知らせるべきだと告げていた。
 それを止めたのは自分だ。

(アインズ様たちは馬車でこちらに向かうと仰られた。その間にツアレを安全な場所に連れていくべきか。しかし主がもしツアレのことを知っていてこちらに来るつもりならば、アインズ様が到着する前に逃がしたと思われるやもしれません。であるなら)
 思考を高速で回転させながら歩いていたセバスは拠点としている館の前に到着した。

 いけない。

 表情を引き締め、扉を開く。

「おかえりなさい。せばすさま」
 いくらかまともに会話が出来るようになったツアレがいつものように出迎える。

「ええ。ただいまツアレ。仕事の方は問題ありませんか?」
 いつもと同じことを聞く。

 彼女はコクリと頷くと小さな声で、
「だいじょうぶ、です」
 と告げた。

 いくらかマシになったとはいえやはりまだ言葉はたどたどしく、外にも出たがらない。
 これで外に出して一人で生きていけと言っても無理に決まっている。

 しかし時間はない。
 いや、内心では既に決めていた。それ以外方法がないと。

 ソリュシャンに会いに行くと告げ、ツアレには食事の用意をしておくように伝えて遠ざける。
 ソリュシャンの部屋をノックし、セバスは返事を待たずに扉を開き中に入った。

 部屋の中ではソリュシャンは頭を下げて待っていた。
 今日はツアレが一緒ではないと気づいていたのだろう。

「お帰りなさいませ。セバス様」

「ただいま戻りました」
 いつもならばここでソリュシャンの方からツアレの処遇について聞いてくるのだが、今日はこちらから伝えなくてはならないことがある。

「緊急の報告があります」
 ソリュシャンの表情が変わる。いつもであればツアレのことでセバスに対し不満を露わにしているが、一瞬で表情が引き締まり、ナザリック地下大墳墓のプレアデスとしての顔つきになる。

「アインズ様が近日中に王都にお越しになられます。ナーベラルも共に冒険者漆黒としてのご来訪ですので、出迎えの際はそのようにとのことです」
 ナザリックの絶対的支配者アインズ・ウール・ゴウンとしてではなく、この世界における主のもう一つの顔である冒険者モモンとして出迎えろと言う命だ。

 ソリュシャンの表情が目に見えて明るくなる。
 瞳は色の無い濁ったいつものものだが、唇が押さえきれず持ち上がりかけている。

「畏まりました。アダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモン様と美姫ナーベとして出迎えると言うことですね」

「ええ。そしてもう一つ、こちらにはエ・ランテルより馬車で向かっているそうで到着までは今暫く掛かります。それまでの間私たちには調査を中断し、人間とは関わらずに静かに生活せよとのことです」

「では、歓迎の用意はどういたしますか? この様な場所にアインズ様をお迎えするわけには。せめて調度品と簡素でも玉座だけは用意しなければなりません。ナザリックより送っていただけるのでしょうか?」
 ソリュシャンの言にも一理ある。

 冒険者チーム漆黒として出迎えると言ってもそれは外での話。この館内に入った後は話が別だ。

(アインズ様を出迎えるには確かにここは不向き。せめて応接室だけでも何とかしなくては)
 とは言え既に外に出て人間たちと接触することは禁止されている。やはり定時連絡の際にエントマに伝え、ナザリックより調度品を運んでもらえるように話すべきか。

「そうですね。その件に関しては後ほど私からエントマに連絡を入れましょう」

「畏まりました――それで、あれはどうなさいますか?」
 深々とお辞儀をしながら、ソリュシャンが言う。あれがなにを指すのかは言うまでもないツアレだ。
 セバスは唇を一度閉じ、目を伏せてから改めて口を開いた。
 考えは既に決まっていた。

「今夜、ツアレが寝静まった後……処理します」
 いつも通りの口調で言ったつもりであったがその声に不必要な力が籠もっているのが自分でも分かった。
 ソリュシャンの瞳が驚いたように一瞬開き、その後すっと細まる。

「よろしいのですか?」
 心配しているのではなく、確認しているのだ。
 ツアレを殺せるのかと問われている。

 もちろん本来であればそんなことはしたくない。それは己の創造主から受け継いだセバスの正義に反している。
 しかしそれでも、セバスはナザリックの執事。それ以外の何者でもない。
 本来ならばもっと早く外に出すべきだった。

 ある程度の金を渡し、この国の外に逃がす。そうすれば生きていける可能性もあった。
 だがもう遅い。

 今から外に連れ出すのは無理だ。それは主人が到着するまで大人しく生活せよと言う命令に反している。
 かといってこのまま主が到着するまで一緒に過ごすわけにもいかない。
 それでは主を迎えるにあたっての準備が疎かになる。執事として不完全な状態で主を出迎えることは出来ない。

 だから今夜、せめて痛みを与えずに眠ったまま静かに命を絶つ。

 それがセバスに出来る唯一の慈悲だ。
 当然ソリュシャンも賛成するだろうと思われたが、どうも様子がおかしい。
 ソリュシャンはピンと背筋を伸ばすと真っ直ぐにセバスを見つめた。

「セバス様。その判断は早計かと」

「何故です? ツアレをここに置いておけないと言っていたのは貴女でしょう? ツアレは未だ外の世界で生活など出来ません。なんとしてもここに戻ろうとするでしょう。それで騒ぎを起こしてはアインズ様の命に背くことになります。ですから今夜の内に処理をし初めからいなかったことにするのが望ましいと言っているのです」
 口にするだけで己の正義が動揺している。
 二度も同じことを説明させるソリュシャンを知らずのうちに恨みがましく見てしまうが、彼女は表情を変えない。

「アインズ様は既にご存じの可能性があります」

「まさか」
 なにを言われたのか瞬時に判断が付かなかった。

 ツアレのことは報告していない。
 報告するでもないと判断した。
 だからこのことを主も含めナザリックの誰もが知るはずがない。

 可能性があるとすれば。

 ソリュシャンに視線を向けたセバスに彼女はゆっくりと頭を振る。

「私はなにも告げていません。ですが我らの主、至高の御方であるアインズ・ウール・ゴウン様が私たちの隠し事に気づかないとは思えません。それに私はアインズ様が冒険者モモン様としていらっしゃるというのが気になります。あれは確か違法な娼館で働かされていたのですよね?」
 セバスが黙って頷いたのを確認後、ソリュシャンは続ける。

「であるならば、モモン様として何らかの依頼を受け、そのために前もって王都内を調べていた可能性があります。あるいはその娼館自体を何とかするような依頼を受けたという可能性も。であるならあれを始末するのは得策ではありません」

「ではどうするべきだと? アインズ様がいらっしゃるまでただ待つと?」

「いえ。セバス様今こそ、今こそあれのことをアインズ様にご報告なさるべきだと思います。報告しどのように対処するのが良いかアインズ様に判断していただくのが最良かと。仮にアインズ様があれのことを知らなかったにしても、話を通しておければ利用する価値があるやもしれません。セバス様も以前に仰っていたように殺してしまった後では利用出来ませんから」
 この様な些事でアインズ様の手を煩わせるわけにはいかない。
 そういって報告を拒んで来たのは他ならぬセバス自身だ。

 しかし状況は変わった。仮にソリュシャンの言うことが正解であったならツアレの存在は些事ではない。
 依頼に関係するかもしれない。
 娼館内部の情報を知る情報源になるかもしれない。
 たとえ僅かな可能性でもある以上は捨ておけない。何故すぐに報告しなかったと叱責され、その咎を命で償うことになったとしても。
 己はナザリックのためにこそ行動するべきだ。
 そうしなくてはならない。

「わかりました。私から報告します。ソリュシャンは念のためツアレの動向を見ていて下さい。場合によっては即座に処理する可能性もあります」

「では一旦眠らせておきましょうか」

「何かに使用する可能性もありますので、傷など残らないよう静かに、出来れば痛みもなくお願いします」
 魔法の使えないソリュシャンでは眠らせるのは巻物(スクロール)を使うか、物理的に気絶させるしかない。
 判断が降りていない以上、これ以上巻物(スクロール)をナザリック外の者に使用するべきではないのは確かだ。

「承知いたしました。ではアインズ様によろしくお伝え下さい」
 頭を下げソリュシャンが部屋を後にする。
 残されたセバスは深呼吸を繰り返した後、一つの魔法を発動させた。

「<伝言(メッセージ)>」
 僅かな間をおいて、相手が応答する。

『セバス。何かあったか?』

「はっ、アインズ様。王都にお越し下さる前に一つご報告しなくてはならないことがあります」
 背中に冷たい汗が流れる。
 恐ろしい。

(告げることが恐ろしい、いや。アインズ様に失望されるのが、恐ろしい)
 覚悟を決めてもなお、その恐怖だけは拭えない。

 しかし黙っているわけにはいかない。
 セバスは意を決し、ツアレについての報告を口にした。


 ・


「なるほど……事情は理解した。一つ聞こう。セバス、その娘を助けたのは何故だ」
 全ての話を聞き終えた後、アインズは緊張で声を震わせる執事に問いかける。

『私の愚かな判断でございます。お許し下さい!』

「そういうことを聞いているのではない。理由だ、お前が何故助けようと思ったのか、それを聞いている」
 再度問うと短い沈黙の後、言葉が返ってきた。

『助けてほしいと、言われたからです』

「それだけか?」

『困っている方に手を差し伸べるのは当然のことだと、思ったからです』
 これまでの緊張した声ではなく、きっぱりとセバスが告げる。
 その言葉にアインズは思わず浮かび上がる歓喜の感情を抑えきれなかった。
 かつて、自分を助けてくれた純白の騎士の姿が思い浮かび空虚な胸に灯がともった気がした。

「そうか――分かった。私はその娘のことなどどうでも良いが、お前が助けたいと願うのであればそれを叶えよう」

『し、しかし。アインズ様に余計なお手間をかけるわけには』

「セバス。お前が困っているのならば、私が助けるのは当たり前だ。その娘は私がそちらに行くまで眠らせておけ、詳しい話は着いた後だ」

『ははっ! 畏まりました。アインズ様……ありがとうございます』

「うむ。なにか問題が発生した際は、その都度私に<伝言(メッセージ)>を送り判断を仰げ。今回お前が反省すべきは、助けたことではなくそれを私に告げなかったことだ」
 創造主であるたっち・みーの影響を色濃く受けたセバスが、人助けをするのはある種当然のことだ。
 それがナザリックに不利益を及ぼさないのであれば、アインズとしては特別止めるつもりはなかった。

 しかしそれも程度による。

 町中で荷物をもってやる程度ならば構わないが、そのまま面倒を見るようなことであれば上司であるアインズに連絡するべきだ。
 コキュートスの件でそのことを痛感し、あの場にいた守護者には全員伝えたが、離れていたセバス達には未だ伝えていなかった。
 それはアインズ自身のミスとも言えた。

『申し訳ございません。この償いは』

「それも私が着いてからだ。がとりあえずこれ以上問題が起こらなければ許そう。では、私の到着まで大人しく待て」
 アインズの言葉を受けたセバスが力強い返答をした後、<伝言(メッセージ)>を切る。
 隣に座っていたナーベラルがチラチラとこちらを伺っていた。
 どこか緊張しているようだ。

(なにをそんなに。ああ、そうか。自分がセバスに<伝言(メッセージ)>を送った後、セバスが俺のところに直接<伝言(メッセージ)>を送ったせいか)
 自分が何か伝え忘れていたのか、何か不手際を犯してしまったのかと心配なのだろう。

 ナザリック内で着ているメイド服ではなく、冒険者ナーベの格好をしている彼女は人間全てを下等生物と見なし、当然のように冷淡で見下した態度を取っている。
 その格好のままこんなにも恐縮されると、なんだか微笑ましくすら思えてくる。

「心配するな。大したことではない。セバスが現在抱えているちょっとした案件に関する報告だ」

「なるほど。了解いたしました」
 ここで話を終わらせても、ナーベラルは特に気にしないだろう。

(いや、いかんいかん。報連相が大切だと言った俺自身が手本を示さなくてどうする! それに、人間嫌いのナーベラルがどう反応するか気になるところでもある)
 ナザリックにおいて人間は総じて下らない存在と言うのが一般認識だ。

 しかしセバスを初めとしてカルマ値が善性に傾いている者達も存在する。
 そうした者達が肩身の狭い思いをするのはアインズとしては避けたいところだ。

「いやお前も知っておくべきだろう。ナーベ、お前の意見を聞かせてほしい」
 そんな言葉を皮切りにセバスから受けた報告をそのまま伝える。

 初めはアインズの言葉を聞き逃すまいと食いつかんばかりに話を聞いていたナーベラルだったが女を助け治療し匿っている。と言うところまで話が進んだときには、形の良い眉を寄せ、明らかに不満げな顔をしていた。

「以上だ。どう思う?」

「即刻始末すべきです。その後死体をナザリックのために有効活用すべきかと」

(そう言うと思ったよ)

「そうではない。助けると言うのは既に私が決定を下したことだ。ではその決定に従い、その娘をどのように使えばナザリックの役に立つかを考えろと言うことだ」
 これはナーベラル自身にアインズにただ従うだけではなく、自分で考える力を付けさせるためのものだったが、同時にアインズが考えなくてはならない問題でもあった。

(ただ助けると言っても守護者のみんなが納得しないよなぁ)
 他ならぬアインズの決定なのだから従いはするだろう。ただしセバスに対して遺恨が残る。
 出来れば皆が納得する理由付けがほしい。

下等生物(ダンゴムシ)風情がなにをどうしようとナザリックの役に立つことなど不可能かと思いますが、あえて言うのならば」

「おっ、なんだ。言って見ろ」

「はい。その娘は違法娼館で働いていたのですよね?」

「う、うむ。そうらしいな」
 情報を正確に伝達するためとは言え、違法娼館で働いていたなどと女性に言うべきではなかったと思うが既に後の祭りだ。

「体も治ったのでしたら、再びそこに入れて金を稼がせればよいのでは? 稼ぎなど微々たるものでしょうが、この世界の金を稼ぐにはこの世界の者を使うのが手っとり早いかと思います」

「それはセバスが納得しないだろう。そうしたところで働かされているのを不憫に思って助けたのだから」
 凄まじいことを考えるな。と考えつつも、なるほどと思える部分もあった。

 この世界の金を稼ぐには、この世界の人間を使うのが手っとり早いと言う部分だ。

 ナーベラルには最初冒険者として登録した日にこの世界の金が無いという話はしていたが、その後は特に何も言わなかったし、買い物などでは金に糸目をつけず資金はいくらでもあるなんて態度を見せていたから、気づいていないだろうと思っていたが。

 考えてみれば報酬を受け取る際にはナーベラルも常に一緒にいるのだからどれほど金を受けとっているか分かっていたはずだ。
 彼女も彼女なりに金欠について考えていたということか。

「申し訳ございません。愚かなこの身では他に考えなど……」

「いや良い。むしろいい案だ。そのまま使うことは出来んがよく考えた。ナーベ、そうして自分で考え、提案することが重要なのだとよく覚えおけ」
 コキュートス同様、ナーベラルも自分で考えるということが出来ている。これは成長と言っていい。
 未だ<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を解除していないために頭上に生えている耳がピクピクと感情を抑え切れぬように動く。

「はいっ! 今後もアインズ様のお役に立てるよう努めさせていただきます!」

「ナーベ。モモンだ」

「も、申し訳、ございません」
 褒めた途端にこれだ。

 しかし、これはナーベラルに限らずナザリックの者に大体当てはまる。

 アインズに対する忠誠心の高さ故か、少し怒っただけで絶望するほどのショックを受け、逆に褒めると天にも昇るような幸福感を得るらしく、その前後で言動がおかしくなるのは何度となく見ている。
(主にアルベドだが。む、ナーベラルが落ち込んでしまったか。こうなると本当に無意識なのだろうな。しかしこのままと言うわけにもいかないか。うーむどうしたものか)
 気にするなと言っても恐らく無駄だろう。
 となると。

 シュンとヘタレてしまったウサギ耳を眺めながら、アインズは無言でその頭の上に自分の手を置いた。
 何が起こるか分からないため一応魔力で作り上げた鎧は解かずガントレットのまま。
 その状態で撫でると髪を巻き込んでしまうかもしれないので、ポンポンと軽く頭を優しく叩く。

「アイ……んん! モモン、さん」
 弾かれたように体をビクつかせるナーベラルが再度アインズと呼びかけて、慌てたように咳払いし名前を言い直す。

「うむ。それで良いナーベよ。反省することは大事だが、引きずり過ぎるのも良くはない」

「は、はい」
 消え入りそうな声で返事をしナーベラルは顔を下に向ける。

 ナーベラルは髪をポニーテイルに纏めているため横から見ると形の良い耳がはっきり見える。
 その耳が見る間に赤みを増し、やがてこれ以上ないほど紅に染まった。
 元々肌が色白の分余計にそれが目立って見える。

「す、スマンな。つい」
 アウラやマーレにするような態度をとってしまった、あの姉弟とは異なりナーベラルは二十前後の外見であり、精神年齢もそれぐらいの設定のはずだ。

 子供扱いされて恥ずかしがっているのだろう。
 けれど絶対的支配者であるアインズにやめて欲しいとも言えずに黙って耐えていたに違いない。

「い、いえ。身に余る光栄です」
 明らかに無理しているのが見え見えだ。

 こちらを見もせずに更に顔を下に向けてしまったナーベラルに改めて謝ろうかとも思ったがこの様子では何度謝っても同じだろう。
 話題を変えるべくアインズは咳払いをする。わざとらしいが仕方がない。

「では私はこれよりお前の出した案を活かすために具体的な方法を考えるとしよう。ナーベよ、お前は少し休んでおくが良い」

「しかし」
 ナーベラルにもリング・オブ・サステナンスを与えているため、睡眠は不要ではある。
 そう言いたいのだろうが、アインズはそれを遮る。

「命令だ」

「……畏まりました」
 納得はしていないようだったが、それきりナーベラルは黙り込み、頭も下げて目を伏せた。

 眠っているようにも見えるが、結局その後朝まで起き続けてたらしく、アンデッドの特性である<闇視(ダークヴィジョン)>によって昼間と変わらぬアインズの目には、ナーベラルの耳がずっと赤いままなのが見て取れた。




しかしオーバーロードは好きなキャラが多いので
なるべく色々なキャラを出そうとすると話の進みが遅くなりますね
じっくり書きたくもあり、話を進めたくもあり、まあ暫くは思いつくまま書いていきます
今回の話も本当は1話に纏めるはずだったのですが長くなったので半分に分けました
続きは近いうちに投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 現状確認



元々前話と併せて1話の予定だったので今回は少し短いです



 王都に到着したアインズとナーベラルは、<伝言(メッセージ)>で聞いたセバス達が逗留している館に向かった。
 大きな館は二人――現在は三人らしいが――で生活するには過剰な大きさだったが、大商人の息女と言うソリュシャンの設定上仕方ないのかもしれない。

(でもここの家賃すごいんだよなぁ。もう少し小さいところでも良かったんじゃないだろうか)
 金欠の一因とも言える館を前にアインズが思い耽っている間にナーベラルが扉に手を伸ばし、玄関ノッカーを鳴らす。

 僅かな間の後、開かれた扉の向こうではセバスがこちらに向かって頭を下げていた。
 ソリュシャンは少し離れたところに立ち、セバスよりは小さく頭を下げると言うよりは小首をかしげるような礼を取っている。
 ナザリックでは決して見ることの出来ない態度だが、わがまま令嬢がアダマンタイト冒険者相手とは言え、深く礼をするのは不自然だと考えたのだろう。
 その態度にアインズはちょっとした新鮮味を覚えた。 

「お待ちしておりました。モモン様、ナーベ様」
 セバスが礼を取りながら言う。

 部下であるナーベラルに対しても様付けしているのは冒険者漆黒として出迎えるように告げていたからだろう。
 セバスも、そして上司に様付けで呼ばれたナーベラルも特に反応を示さないのは流石と言うべきか。

 この場で余計な話をするわけにもいかず、アインズは無言で頷くと、ナーベラルの後に着いて館の中に入り込む。
 玄関の扉が閉まり、シンとした静寂が館の中を支配する。と同時にアインズは魔法で作り上げた鎧を解いて、冒険者モモンからアインズの姿に戻る。
 それに合わせるように、ナーベラルとソリュシャンも、それぞれ冒険者と金持ちお嬢様の格好を脱ぎ捨てプレアデスのメイド服へと姿を変えた。

「改めまして。お待ちしておりましたアインズ様」

「うむ。セバスもソリュシャンも久しぶりだな。元気でやっていたか?」

「はっ。お陰様で。ですが今回は私の不始末でアインズ様にお手間を取らせてしまい、謝罪のしようもございません」

「その話は後でよい。では行くぞ。案内せよ」
 横柄に手を振って言葉を遮らせたアインズの言葉に従ってセバスが歩き出す。アインズがその後に続き、ナーベラルとソリュシャンはアインズの後ろに着いて歩き出した。
 応接室だと言う部屋に案内され、中を覗くとなにやら見覚えのある調度品や、豪華な椅子やテーブルなどが並んでいた。

「ナザリックから持ち込んだものか」

「はっ。アインズ様を迎えるにはこの館は余りに粗末でしたので」

「そうか。まあいい」
 床に大理石の石材を起き、一段高くなった場所に置かれた玉座に座ると三人がアインズの前に跪く。

「三人とも、面を上げよ」
 三人が同時に顔を上げる。

「先ずは王都での情報収集に関してだが、問題はあるか?」

「いえ。情報収集に関しては何ら問題はございません。こちらの世界にしか存在しない魔法に関しましても粗方巻物(スクロール)の収集は済んでおります」

「うむ。この世界ではユグドラシルと異なり新たな魔法の開発が出来ると言うのは驚きだ。その魔法が我々でも使えるのか、あるいは開発も可能なのかについても今後実験せねばなるまい。ちなみに実際に生活してみて王都はどうだ。我々はともかく人間たちにとって暮らしやすい場所か?」
 次なる質問にセバスは僅かに間を空けた。

「他の都市を私はエ・ランテル以外には存じませんが、あの都市に比べ王都は光も闇も色濃く感じます」

「ふむ。光とは発展具合や生活水準、娯楽施設などか。では闇というのが例のあれか」
 あれと口にしたところでセバスの体が僅かに震える。

 完璧な執事として造られたセバスにしては珍しいその動揺に他の二人が反応する。
 僅かだがセバスを責めるような視線だ。
 思えばコキュートスも蜥蜴人(リザードマン)の集落から敗走した後、他の守護者から同様の視線を向けられていた気がする。

 彼らにとってアインズの命を完璧に実行出来ないと言うのはそれほどの罪深いことなのだろう。
 それもまたナザリックに対する忠誠心の高さ故のことだとアインズは目に見える問題が起きない限りは黙認することにした。
 アインズもまたいつ失敗を犯すかわからない以上、取り返しのつく失敗には多少寛容になって貰いたいのが本音なのだが。

「私が保護した人間、ツアレが居た場所もその一つです。王都だけではなく王国内の様々な場所に八本指と呼ばれる裏社会を牛耳る犯罪組織があります。王国内部にも深いコネクションを持ち、現状誰も手出しが出来ない状況のようです」

「そんな者どもの息が掛かった娼館から商品を持ち出して問題にはならなかったのか?」
 ここがアインズとしてはもっとも気になるところだ。
 <伝言(メッセージ)>ではあまり詳しく聞かなかったが権力を持つ者たちは侮られ、舐められることを嫌う傾向があるのはアインズも知っている。
 例え商品の女一人とはいえ勝手に連れ出して問題にならないはずがないと踏んでいた。

「私がツアレを連れ出したことを知っているのは下っ端の男一人だけです。その男には金を握らせ冒険者でも雇って逃げるように指示を出しましたので、問題はないかと思います」

(いや、それはどうだろう。金握らせたって言っても相手は裏社会の人間だ、商品の女と下っ端が同時に居なくなれば調べるはず。そして不自然な金を持つ男なんてすぐ見つかるはずだ)
 ナザリック外のことを殆ど知らず、また自分の力量に絶対の自信を持っているせいなのだろう。
 ナザリックの者たちはやや短慮なところがある。

 これも経験不足から来るものだが仕方ないとばかりも言っていられない。結果として先のシャルティアやコキュートスのようなことが起きている。これまでは何とか皆無事に――シャルティアに関しては無事とは言いがたいが――問題が解決出来ているが、かつての仲間の作り上げたNPCたちに何かあれば皆に顔向けが出来ない。
 故にアインズは厳しい口調を作りセバスを咎めた。

「それは早計だなセバス。私の考えでは恐らく既にお前のこともそのツアレとか言う娘のことも知られていると見て間違いないだろう。近いうちに何らかの行動を取るはずだ」
 セバスが目を見開き、残る二人の目つきが鋭くなる。更にアインズに迷惑をかけることになったセバスを責めているようだ。

「私が浅慮でした。申し訳」

「よい。話の度に謝られても面倒だ。謝罪も反省も全て終わってからにせよ。ではセバス、それにソリュシャンにも聞こう。実際にその娼館の者が来た場合、どう対応するのが正しいと思う?」
 アインズの問いに二人は沈黙する。
 その間も必死に頭を働かせているようだが、それはアインズもまた同様だった。

(実際来るよな。どうすればいいんだろう。二人が良いアイディアを出してくれれば良いが、浮かばなかったら絶対に俺に聞いてくるよなぁ。何か考えなくては。この世界のレベルは大体把握した、どうせ違法な娼館なら問答無用で叩きつぶしてもいいのか? いやしかし八本指とか言うのと本格的に敵対することになるのはマズいのか? デミウルゴスが居ればなぁ。いつもの方法で知恵を借りれるんだが)

 必死で考え続けるアインズにセバスはゆっくりと首を振る。
 その後顔を持ち上げたセバスにしては珍しく、縋るような弱々しい視線をアインズに向けた。
「私ではすぐには思いつくことが出来ません……」
 口を開きかけてセバスは唇を真一文字に結び直す。謝罪の言葉を口にしかけたがアインズの先ほどの命令を思い出したのだろう。

「そうか。ソリュシャンは?」

「私といたしましては、あれを消して居なかったことにするのが最善かと愚考いたします。私の中に入れて溶かしてしまえば探しても見つかりません。証拠がなければ表だって動くことは出来ないでしょう。私が一番気に掛かるのは八本指と言う組織が表側、つまりは貴族や官僚などとも繋がりがあるという点です」

「ほう。詳しく説明せよ」

「はい。セバス様の行動はつまり下っ端に金を握らせ娼館の女を買ったとも取れる行動です。であるなら強引ではありますが、人身売買と言い出すことも可能と言うことです。王国では法律でそれが禁じられております。まして表側の権力と繋がる八本指ならばそう指示させることも可能かと。そうなればセバス様の行動を罪に問うことも可能かと」
 ソリュシャンの説明にセバスの体が強張る。

(なるほどなぁ。裏の組織なら最悪武力で叩き潰せば済むけど、表の権力を使われたらどうしようもないってことか。ソリュシャンもやるな、よく考えているじゃないか。そんな危険性を分かっているなら事前に知らせて欲しかったが)
「その通りだソリュシャン。お前の考えは私も懸念していた」

「流石は至高の御方。私などの考えは既に想定済みだったのですね」

「う、うむ。では重ねて問おう。仮にその人間を始末したとして、調べにきた役人は諦めると思うか?」

「いえ。ですが時間は稼げるかと。無理に捕まえることなど出来ないでしょう。証拠をでっち上げるにも多少の時間は必要です。その間に娼館だけでなく、八本指の頭そのものを掌握する必要があるかと」
 確かに。と再度アインズはソリュシャンの考えを聞いて納得する。

 例えどんな組織でも頭を掌握すればそれで終わりだ。
 ナザリックの力ならば、捕らえて殺すことも、洗脳し自由に操ることも意のままだ。

「素晴らしい考えだソリュシャン。よくぞその考えにたどり着いた」

「ありがとうございます。アインズ様」

「あ、アインズ様。ではやはりツアレは始末を」
 セバスの震えた声にアインズは無言で首を横に振る。

「その必要はない。それの使い道は既に考えてある。なにも殺す必要はないだろう。一応館の中を調べられる可能性を考慮し、ナザリックのどこかに運んでおけ」

「栄光あるナザリックに、下等生物(ハリガネムシ)風情をですか?」
 ナーベラルが久しぶりに口を開く。その声には不満がありありと浮かんでいる。

「既に死体と言う形で幾らでも運んでいるではないか。生きているか死んでいるかなど大した違いではない。ようはナザリックの役に立つかどうかだ。そしてその人間には使い道がある。それだけだ」

「畏まりました。アインズ様のお言葉に口を挟んでしまった愚かなこの身をお許し下さい」

「よいナーベラル。お前の気持ちも分かる。ならばアウラの造ったログハウスに運べ。この地で造った場所ならば問題あるまい」

「はっ! 私ごときの意見に耳を貸していただきありがとうございます」
 よいと言うように手を振り、アインズは改めてセバスを見る。

「では纏めよう。先ずセバスが保護した女はここより移動させ、セバスとソリュシャンはこの館にて待機。娼館の人間が来た場合、役人や軍の者など表の組織の者が一緒であればシラを切れ。その際多少強く出ても構わん。娼館の者、あるいは八本指の者だけで来た場合はこの場で捕縛し、ニューロニストの元まで運び八本指に関する情報を取れ。その場合は八本指とは完全に敵対関係になるため一度二人ともナザリックに帰還せよ」

「はっ! 畏まりました」

「うむ。では話は以上だナーベラル。ナザリックに<伝言(メッセージ)>を飛ばし、人間を移動させよ」

「はっ。輸送は誰に頼めばよろしいでしょう?」
 少し考え、アインズは言う。

「シャルティアに頼め。今は特に任を与えていないはずだ。ソリュシャンはナーベラルを案内し、その後ここに戻れ」
 本来階層守護者であるシャルティアを輸送便扱いするのは気が引けるのだが、未だシャルティアは例の失敗を気にしている様子だ。
 何か仕事をさせていた方が気が紛れるだろう。

「畏まりました。ではアインズ様、失礼いたします」
 ナーベラルとソリュシャンが連れだって部屋を後にする。
 残されたのはセバスとアインズのみ。


 しばしの沈黙の後、ずっと頭を伏せて居るセバスにアインズが話しかける。
「さてセバス。面を上げよ。改めてお前に言わねばならないことがある。分かるな?」

「ははっ。私の愚かな考えで勝手な行動をとり、あまつ報告もせずにいたこと。全ては私の不徳の致すところです」

「うむ。<伝言(メッセージ)>でも言ったがお前が自分の信じる正義を示し行動したことについてはなにも言わん。しかし」
 アインズの言葉の最中、扉がノックされる。アインズはセバスに手で合図を送るとセバスは小さく頭を下げ扉に移動した。

「アインズ様。ソリュシャンが戻りました」

「中に入れよ」
 いちいちこんなやり取りをするのは時間の無駄な気がするが、どうも支配者とは常にこうした行動を取るものらしい。
 そうしたやり取りの後、ソリュシャンとセバスが並んで礼を取る。

「ではソリュシャンも来たところで改めて二人に問おう。今回の件でお前たちの取った行動の問題点は分かるか?」

「愚かにも報告を怠ってしまったことかと」

「それだ! ソリュシャンお前もまたそうだ。それを知っていながら上司であるセバスの命を背くことを恐れ私に報告をしなかったな?」

「はい。愚かな判断をした私をお許し下さいアインズ様」

「アインズ様。ソリュシャンは何度となく私にアインズ様に報告を入れるよう進言をしてきました。それを聞き入れなかったのは全て私の判断。なにとぞソリュシャンには寛大な措置を」

「信賞必罰は世の常。先だってシャルティアにも罰を下した。お前たちだけ見逃すことは出来ない」
 話しながら考える。さて、どんな罰を下せばいいのか。

 結局のところ二人とも報連相が出来て居なかったというだけの話であり、しかも一度それが問題になったのに二人にそのことを伝えなかったのはアインズ本人だ。
 あまり重い罰を与えるわけにはいかない。
 かと言って何も無しというのはアルベドが良い顔はしないだろう。

 シャルティアを許そうとした際、彼女がアインズの決定を遮ってまで言ったことなのだから。

 となれば。
「本来王都での情報収集の任を終えナザリックに帰還した際、私はお前たちに報償を与えるつもりでいた。今回の失敗の罪は与えるはずだった報償を無効にする事によって打ち消すものとする。以上、異論は許さん」
 きっぱりと言い放つ。

 二人は短い沈黙をあけて同時に頭を下げた。二人とも体が僅かに震えている。

「畏まりました。今後このようなことは二度と起こさないとここに誓い、アインズ様のお役に立てますよう精進いたします」

「もう二度とアインズ様にご迷惑をかけることがないよう努めさせていただきます」
 深い謝罪とともに頭をさらに沈める二人に対し、アインズは大きく頷いた。

「では二人とも行動を開始せよ。私は一度ナザリックに帰還する。守護者たちに告げることがあるのでな」

「畏まりました。では、アインズ様がおっしゃられたように連中が参りましたら、先の対応を取らせていただきます」

「うむ。対応する際はセバスが表に立ち、ソリュシャンは適当な頃合いを見計らいその場を離脱、会話を聞きつつ巻物(スクロール)を用い、すぐに私に<伝言(メッセージ)>を送れ」

「承知いたしました」
 尊大な態度でうむ。と一言告げて頷くと、アインズは<伝言(メッセージ)>をユリに繋げると預けていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってくるように命じた後、<転移門(ゲート)>の魔法を発動させて、ナザリックへと帰還した。




次はナザリックでの話
原作でもよくあるみんなを集めて今後の方針を告げるシーン
この手のシーンはかなり好きです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 ルート確定

いつの間にかお気に入りが千件を超えていてビックリしました
ありがとうございます


 ナザリック地下大墳墓。
 その最奥に位置する玉座の間にて、守護者各員が片膝をつき頭を垂れて主人の入室を待っていた。

「ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウン様、および守護者統括アルベド様のご入室です」
 プレアデスの一人、ユリ・アルファの宣言の後、アインズが入室する。

 この静か過ぎる空間の緊張感は未だ慣れない。
 自室に呼べれば楽なんだが。といつも思うが、簡単な伝達だけならまだしも、これから話すのはナザリックの今後に関することだ。

 こうして玉座の間で用件を伝えると言うのも支配者として必要なことなのだろう。

 一歩一歩威厳を示すように歩を進め、玉座に腰を下ろす。
 それを確認した後、後ろに着いてきたアルベドが定位置に立つと皆に声をかけた。

「顔を上げ、アインズ・ウール・ゴウン様の御威光に触れなさい」
 室内に声が広がり、守護者各員が一斉に顔を持ち上げる。

 一糸乱れぬとはこのことだな。などと考えつつアインズは支配者に相応しい格好をと鏡を見ながら練習したポージングでその視線を受け止めた。
 やがて手前に立つアルベドがアインズに顔を向け告げた。

「アインズ様、ナザリック階層守護者各員。御身の前に揃いました。何なりとご命令を」
 うむ。と声を低くして頷くと、スタッフを床に叩きつける。大きな音が鳴り響きその音が完全に消えてからアインズは口を開いた。

「よくぞ私の前に集ってくれた。皆任せていた仕事もあっただろうが今後のナザリックの方針について一つ話しておかねばならぬことが出来た。デミウルゴス!」

「はっ!」

「特にお前には多数の仕事を任せた上、度々呼び出してしまっている。以前も言ったがその忠勤感謝している」

「おおっ! アインズ様。私は貴方様の忠実なシモベ、当然のことでございます。本来アインズ様御自ら動いていただいていると言うだけで我々の至らなさを痛感するばかりです。仕事などいくらでもお任せ下さい」
 ナザリックの者たちの社畜属性にはいつも驚かされる。

 デミウルゴスもそうだが、一般メイドに至るまで、仕事をさせないと言うことが最大の罰になっているらしい。

 出来れば少しずつでも仕事のない休みの喜びを知ってほしいのだが、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。

(ん? それが最大の罰になるのなら)
 不意に頭の中をよぎった考えを一度棚置きにして話を再開させる。

「うむ。今回の召集もまたお前の力が必要となるだろう」

「はっ。何なりと。どのような命であれ全身全霊を尽くし、御身に最上の結果をご報告させていただきます」
 デミウルゴスの宣言とともに他の守護者たちに僅かばかりの動揺が走る。

「あ、アインズ様。恐れながらわたしにも何なりとご命令を、必ずや必ずや使命を果たしてご覧に入れます!」
 シャルティアがいつもの間違った郭言葉も忘れて声を張り上げる。
 瞬間、ピリと玉座の間に緊張感が走る。アインズとデミウルゴスの会話に割り込みたことを不敬と捕らえたのだろう。

 シャルティアもまたすぐにそのことに気づいたようで申し訳ございませんと頭を下げた。
 しかし彼女の気持ちも分からないでもない。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落でシャルティアに罰を与え、彼女の罪を償わせたつもりだが、彼女からすればあれはご褒美であったらしく、その後新しい仕事も与えていない。
 そのことに不安を抱いているのだろう。

 玉座の間に漂う緊張感をアインズは笑い飛ばした。

「構わん。シャルティアお前も含めてだが今回は守護者全員の力が必要になるやもしれん。先ずは私の話を聞くが良い、その上で疑問があればその場で発言することを許す」

「はっ! 畏まりました!」
 元気の良いシャルティアの返答に満足し頷いてから、アインズは話を始める。

「先だって話しておかなくてはならないのはセバスとソリュシャンのことだ」
 特別騒ぎはしないが守護者たちに疑問の色が生じる。
 セバスたちが現在王都で潜入調査を行っていることは全員が承知のことだが、どのような調査をしているのかを知っているのはデミウルゴスを含めたごく少数だけだ。

「少々問題が生じてな。デミウルゴスお前にはセバスの調査報告を見せていたが、その中にあった八本指という組織について覚えているか?」

「はっ。王国全土の裏社会を牛耳る組織であり、王国内の貴族や王族にもコネクションを持っている組織と記憶しております」

「その通りだ。セバスがその八本指の下部組織と敵対することになった。遠からず八本指とも敵対することになるだろう」

「お待ち下さいアインズ様。それはアインズ様のご指示によるものなのでしょうか?」
 アルベドの質問にアインズは一瞬言葉に詰まった。
 それはあまり触れてほしくない部分だったが仕方がない。報連相の大切さを説いたアインズ自身が沈黙するわけにはいかない。

「いや。セバスにはなるべく目立たぬように行動し、問題が生じた場合には報告するように告げていた」

「確かに。セバスから報告書には町の噂レベルの小さなことまで書かれていました。と言うことはセバスはアインズ様の命に背き自己の判断で勝手に八本指と敵対したと?」
 デミウルゴスの言葉には険がある。
 アインズの命令に背く、それは守護者たちにとって大罪である。

 コキュートスやシャルティアは、自らの力不足や不確定要素による言ってみれば不可抗力である。もちろんそれはそれで問題であり、二人ともそのことについて深く反省していたのだが。
 しかし自分の意志でアインズの命に背いたとなれば捨ておけない、明らかな反逆行為だ。
 全員から殺気じみた気配が漂い出す。

「落ち着け。セバスは私の命に背いたわけではなくあくまでその程度のことは報告するまでもなくその場で解決したと勘違いしていただけだ。その上で私が話を聞き、既に罰は与えてある」

「僭越ながらアインズ様。よろしければセバスがどのような勘違いをし、どのような罰をお与えになったのかお聞かせねがえませんでしょうか? 今後の我らが同じような失態を犯さぬ為にも是非」
 デミウルゴスの言葉に全員がその通りとばかりに頷いた。
 確かに失敗の情報共有は必要なことだ。

 仕方ない。と心の中で前置きをして出来る限りセバスの立場が悪くならないように、ツアレを助けた際の話をすることにした。


「以上だ。結果としてセバスとソリュシャンは私に報告する義務を怠った見通しの甘さが原因と言えよう。しかしこれは以前の蜥蜴人(リザードマン)との戦闘の際にお前たちに聞かせたナザリックの利になることを自分で考え、改善策があれば私に立案せよ。と言う私の話をセバスたちに伝え損ねていたことが原因だとも言える。今更だが私がセバスたちにもそのことを伝えていれば、セバスあるいはソリュシャンが私に報告をしてきただろう」

「恐れながらアインズ様。それでもセバスの取った行動は許されるべきものではありません。セバスはそのツアレという人間を助けたいがためにわざと情報を隠していた。その時点でナザリックひいてはアインズ様に対する裏切りかと。その咎は命を以って償うべきものかと愚考いたします」
 デミウルゴスはどうにもセバスに対するあたりが強い気がする。
 これが他の守護者ならここまで言っただろうか。これも制作者であるウルベルトの性質を継いでいるためだろうか。

「それを踏まえた上で私が罰を与えたのだ。同じようなことを繰り返さなければそれでよい」

「しかし。報償を無しにするだけと言うのは罰として軽すぎるのでは」

「控えなさいデミウルゴス。アインズ様の決定に異を唱えることこそ不敬と知りなさい!」
 アルベドの一喝により、デミウルゴスは頭を下げ詫びを入れるがそこに納得の色がないのはアインズでもわかった。
 感情のコントロールが巧いデミウルゴスの意外な一面をみた気がしてアインズとしては少し愉快な気持ちになったが、その感情はすぐに収まり、アインズは手を振ってアルベドを諫めた。

「よい。言ったはずだ私の命を盲目的に聞くのではなく疑問があれば聞くようにと。さてデミウルゴスお前の疑問に答えよう。私としては報償を与えないというのはそれだけでお前たちにとっては最高の罰になると考えているぞ」
 先ほど棚上げにした考えを思い出し、アインズは殆ど出たとこ勝負で話始める。

「それはいったいどのような理由でしょうか? 至らぬ私にご教授いただければこれに勝る喜びはございません」
 案の定理由を問われ、アインズはゆっくりと間を空け勿体ぶったような態度をとりながらも更に必死になって頭を回転させる。

「う、うむ。セバス達に正確に伝えたわけではないが。報償とはつまりセバス達がこれまでの働きで得た成果への対価である。であればそれがないということはつまり、セバスたちの働きそのものがなかったことになると言うことだ。結果としてセバスたちは私が仕事を命じてから今日に至るまでの間、ナザリックの為に何もせず、ただ無為に時間を過ごしただけとなった。ナザリックに尽くすべく生み出されたお前たちにとってはこれ以上の罰はあるまい」
(おお! これは結構うまくいったんじゃないか? 普通なら大した罰にならないがNPC達には効果絶大、今後も何かあればこれを多用して)
 とそこまで考えたところでデミウルゴスを除く全員の体が一瞬震えたことに気がついた。

 セバスが命令を受けてナザリックを出立してから二ヶ月ほど経っている。その間ナザリックの、アインズの役に立つことも出来ずただ時間だけが過ぎていくそれを想像したのだろう。
 予想以上の効果にアインズの方が困惑する。

(もしかして先ほどのセバスとソリュシャンが震えていたのも、罰の重さで恐怖していたせいなのか。やはりこれは多用出来んな)

「なるほど。さすがはアインズ様。確かに我らにとってこれほどの罰はありません。私の愚かな発言を取り消させて下さい」

「よい。疑問を持ち成長すると言うのは大切なことだ。ではこの話は終わりにしてこれから先のことを話そう」
 アインズがそう言った時を見計らっていたかのように、はい! と元気の良い声が響いた。

「どうしたアウラ」

「ようするにアインズ様に逆らったその八本指? でしたか。そいつらを殺せばいいんですよね。でしたらあたしにお任せ下さい! あたしの魔獣達にかかればすぐに全員殺してご覧に入れます」
 太陽を思わせる明るい笑顔から物騒なことを口走るアウラにコキュートスとシャルティアが反応を示す。

「アインズ様。ナニトゾソノ役目、コノ私二」

「あっ、ずるいでありんす。アインズ様、わたしに。このシャルティア・ブラッドフォールンに償いの機会を与えて下さい!」
 アウラ、コキュートス、シャルティアがそれぞれ申し出るがアインズはそれを制しようとして思い立つ。
(これは兼ねてから練習していたあれを試すチャンスでは?)

 自室で鏡を前に手を振り角度を綿密に計算しながら練習したあの支配者ロールを試すいい機会だ。

「そーー」

「三人とも黙りなさい。アインズ様のお話は終わっていないわ……アインズ様。このような無様な姿をお見せしてしまい申し訳ございません」
 アインズが言う前にアルベドの一喝でその場は静まる。
 アインズは小さく咳払いして、降り上げたまま行き場のなくなった手を揺らし、構わん。と告げて改めて話をする。

「んん。とりあえず八本指に関しては滅しはしない。奴らには利用価値がある。私はこれからのナザリックの方針の一つとして王国内でセバス、ソリュシャンを中心とした商会を構えることとした」

「商会、と言うと。人間どもを相手にナザリックの物を売るのでありんすか?」

「いや。基本的にはナザリックの物を直接商品にはしない。あくまでこの世界にある物をナザリックで生産、加工し売ることとする。この世界の外貨を獲得するのが主な目的だ」
 偉そうな態度を作り宣言しながら、アインズはアルベドとデミウルゴスのナザリック内の二大頭脳の反応を伺った。

 詳しく説明するとボロが出るため、最低限の情報だけを出し、守護者から疑問が出たら後は二人に詳しい説明をせよと言ういつものやり方をするつもりだった。
 そのためにも最低限この時点で、問題がないことを確認しなくてはならなかったのだが、反応を伺った二人の内、デミウルゴスがハッと何かに気がついたように顔を上げ、一つ頷いた。

「なるほど。そういうことですか。ですから八本指を殲滅しないと」

「うむ。その通りだ。商会を運営し成功させれば必ず奴らがちょっかいを出してくる。その前に支配下においておけば邪魔される心配はない」
 これについては既に考えていた答えを口にする。
 何度もデミウルゴスに説明させていては怪しまれる。出来る限りアインズ自ら説明をするべきだ。

「な、なるほど。さ、流石はアインズ様です!」
 マーレを筆頭に他のメンツもアインズを褒め称える。

 しかしアインズはいつもであれば真っ先に称賛を口にするアルベドが黙っていることに不安を覚え、彼女に問う。
「アルベドはどう思う?」
 さりげなく聞くと彼女はいつも浮かべている微笑を少しだけ深くすると、チラとシャルティア達に目を向け、小さく息を吐いてから言った。

「全く、あなた達は本当にアインズ様のお言葉を表面的にしか受け止めないのですから。困ったものね」

「どういうことでありんすか?」

「え?」

「え?」

「ムゥ」

「……え?
(なんだよ表面的って。出来る限り考え尽くしたつもりなんだが)

「そもそも資金獲得のためならば八本指を支配下に置いた時点で目的は達成されるでしょう」


 そうか。と続けかけた言葉を飲み込む。
 その通りだ。八本指は王国全土に網を張る言わば巨大企業、それを支配下に置けばそれだけでアインズの目的だった資金不足という点は解消される。

(まったく気づかなかった。どうする? 今からでも商会運営は取り消すか?)

「恐れながら。アインズ様が守護者各員に己で考えさせようと、わざとごく浅い部分までの計画しか話さなかったことは重々承知の上ですが、申し訳ございません。皆にそれを徹底させるには今暫く時間を要するかと思われます。今回はアインズ様の真の狙いを全員に告げておくべきかと」
 アルベドの後を続けるようにデミウルゴスが言葉を紡ぐ。

 瞬間アルベドの目が細くなり、デミウルゴスを睨みつけたがデミウルゴスは特に気にした様子を見せない。
 もっともアインズにとってはそんなことを気にしている余裕もなく、デミウルゴスの言葉を頭の中で咀嚼するので精一杯だ。

「やはり二人には、気づかれていたか……」
(今後の方針って単に金を稼ぐための商会のつもりだったんだよ。俺の知らない間にそんな壮大な計画が立案されていたのか。適当なことを言って見当違いだったら困るし。ええい、仕方ない。あまり同じことを繰り返すと後で苦しくなるから嫌なんだが)

「ではデミウルゴス、そしてアルベドよ。二人で私の計画について皆に聞かせることを許そう。できる限り詳しく、細かくだ。お前達が私の計画をどれだけ読めているかテストも兼ねることとしよう」
 デミウルゴスとアルベドの表情が僅かに強張り、二人は姿勢を正すと同時に頭を下げた。

「畏まりました。ですがアインズ様の深謀遠慮に私が及ぶとは思えません。理解出来ているのは極一部だとは思いますが全力を持って当たらせていただきます」

「では私から、いいわね。デミウルゴス」
 いいわね。の声が一段低い。デミウルゴスは無言で先を譲っているがこの二人の間でなにか目に見えない争いでも起きているのだろうか。
 シャルティアを始めとして各守護者は悔しそうな気配を漂わせているが口には出さない。
 アインズの考えを理解する方が先だと考えたのだろう。

「いい? 蜥蜴人(リザードマン)の集落でアインズ様がナザリックをどこかの国に所属させて隠れ蓑とする計画を話したのは覚えているわね?」
 アルベドの言葉に全員が――アインズは心の中だけで――頷く。

「今回の作戦でアインズ様はその相手を王国にお決めになったということなの」

(なに? そうなのか。確か王国は魅力がないと言う話になったのでは無かったか)
 そんな話をした気がする。
 その辺りは後で検討しようと言ってそのままになっていはずだ。アインズもモモンとしての活動が忙しく、棚上げになっていたのだ。

「え? でもその話は王国は魅力がないって話じゃなかった?」
 アウラの言葉にアルベドは頷く。
 同時にそうそうとアインズも心の中で頷いた。

「その通りよ、王国は毎年帝国に侵攻され徐々に国力を落としている。八本指が麻薬を蔓延させているせいでただでさえ弱い人間をさらに弱くし、その上トップは王閥派と貴族派に分かれて互いの足を引っ張りあっていてどうしようもない」
 聞けば聞くほど魅力を感じない。

 当初の予定ではどこかの国の傘下に入ったと見せかけて、今後の行動の言い訳を作るはずだったが、それが弱い国では意味がないだろう。
 だと言うのに、なぜアルベド達はアインズが王国を選んだなどと勘違いをしているのだろうかさっぱりわからない。
 わからないが、ここは乗るしかない。

「そこまでは正解だアルベド。ならばなぜそんな弱い国の傘下に入ろうとしているのか」
 ツイとデミウルゴスに視線を移すと彼は胸に手を当て、恭しく一礼すると一歩前に出た。

「では続きは私が。そんなどうしようもない国だからこそ付け入る隙があるのだよ。考えてもみたまえ。仮に帝国の傘下に入ったとして我ら、そしてアインズ様が人間ごときに命令されて良いように扱われることなど許されると思うかい?」
 その言葉にハッとした。人間の国の傘下に付くというのは例え演技でも仲間達とともに作り上げたアインズ・ウール・ゴウンを貶める行為ではないのか。

 そんなことに気づいていなかった自分の愚かしさを呪いながら、しかしアインズはデミウルゴスの言葉に一縷の望みをかける。
 彼らの頭の中にいるアインズはそれを回避する術を知っているらしい。

「それは……いやでありんす。アインズ様が例え演技だとしても人間に命令されるなんて。でもそんなのわたしたちの力を見せつければよいのでないのかぇ? たかが人間、わたしたちの力をみれば大人しくなるでありんしょう」

「傘下に入る相手が帝国の場合は恐らく、我々の力を見せつけても、表面上は大人しく従った振りをして周辺諸国に声をかけ連合を組んで敵対行動を取ろうとするでしょう。それは現在帝国に力があり成長を続けているからこそ、つまり奴らは自分達の力を過信し、知恵を絞れば我らに対抗出来ると考えるが故に、心より我々に従おうとは思わないと言うことです」
 アインズは帝国についてはあまり詳しくはしない。
 冒険者として活動している時に噂を耳にしたくらいだ。

 しかし国外で活動しているデミウルゴスはもっと詳しい情報を持っているらしい。
 いや恐らくアインズにも報告は上がっているに違いない。ただ膨大すぎる報告書の中に埋もれてしまって見落としたか、見ていても記憶から抜け落ちているのだろう。

「王国ハソウデハナイト、言ウノカ?」

「王国は先ほど言ったようにとても弱い。だからこそ我々の力を借りなくては今後存続することすら困難だ。故に少なくとも自分達だけで生きていけるほど国力が回復するまでは我々に盲目的に従う必要があるのだよ」

「でもさぁ。それだと国力が回復したら敵になるってことでしょ?」

「その通り、しかしそこがアインズ様の作戦の重要かつ素晴らしいところだ。アインズ様は先ほど王国に商会を作ると仰られた。当然のことながらナザリックが商売を始めれば人間たちの商会などとは比べ物にならないほど良い商品を提供出来、商会は瞬く間に王国トップの規模に成長するでしょう。そしてやがては王国の経済はすべて我々に依存しなくてはならなくなる。つまり今回の作戦は外貨獲得というのは表面的な物であり、将来的に王国を支配するための布石に他ならない」

「デミウルゴス。話し過ぎよ、そろそろ私に変わりなさい」

「これは失礼を。つい興が乗ってしまいまして、では続きをお願いします」
 やはり二人は何か争っているようだが、アインズとしてはどっちでもいいからさっさと教えてくれ。としか考えられない。

「ここで問題になるのがセバスが対立したという八本指、奴らは王国の裏社会を牛耳っている。例え私たちが真っ当なやり方で商会を成長させても、奴らは王国の貴族や王族を利用して私たちの邪魔をしてくるでしょう。だから先手を打って先に八本指を押さえておく。そうしておけば余計な邪魔をされることなく正道で王国を支配出来る。そうなればもう王国は私たちに逆らうことは出来ない。力でも敵わず、経済も押さえられ、八本指から情報を得て王国の貴族や王族の弱みも握れる。これなら王国はアインズ様に逆らうことも出来ず、何かあった際アインズ様の盾となり周囲から非難を浴びるだけの存在となる。人間共の使い方としてはまさに理想な使い方といえるでしょう」
 胸の前で手を組んだ後、それを大きく広げながらアルベドは語り、ゆっくりとアインズを振り返った。

「これでよろしかったでしょうか?」
 テストは合格ですか。と目が告げている。
 途中からなるほどなぁ。と感心し続けていたアインズだが、アルベドとデミウルゴス、二人に視線を向けられて慌てて支配者の態度を取り繕いアインズは手にしていたスタッフを地面に突き立て音を鳴らした。

「素晴らしい! 私の考えを全て理解するとは。流石はアルベドとデミウルゴスだ。お前達の知恵は私にすら匹敵するだろう」

「お戯れを。我々の知恵などアインズ様の足下にも及びはしないでしょう。これより先については今はまだと言うことでしょうか?」
 アインズの称賛をデミウルゴスは正面から受け止めようとしない。きっとまだこれ以上策略があるに違いないと信じているようだ。

「デミウルゴス。そうであったとしても今私たちが口にすることではないわ。アインズ様が恐れ多くも私たちを褒めて下さった。今はその栄誉をただ噛みしめなさい」
 アルベドの口調はいつもと替わらなかったが、腰から生えた羽根が押さえきれずパタパタと羽ばたいている。
 犬の尻尾のようだ。などとアインズ思っているとデミウルゴスの悪魔の尻尾もまたピクピクと動いているのが目に付いた。

 やはりあれは感覚器官の一部なのか。
 しかしこれでどうにか乗り切った。

 後のことは明日のアインズが何とかしてくれるだろう。
 そんなことを考えながら、アインズは再度スタッフを鳴らした。

「さて。それでは皆が今後の方針を理解したところで細かいところを決めるとしよう」
 改めて全員を見回す。
 アルベドとデミウルゴスが羽根と尻尾の動きを止め、表情を固め直す。

「アルベドが言ったように、先ずはセバスと対立している八本指の掌握からだ。無論正面切っての戦いならばセバスとソリュシャンだけでも問題は無かろう。しかし相手は王国全土の裏社会を牛耳る巨大組織、逃げられ地下に潜られると探すのは面倒だ。よって」
 アインズがそこまで言ったとき、頭の中に<伝言(メッセージ)>による通信が入った。
 全員に少し待て。と告げた後回線を接続する。

「ソリュシャンか。どうした」

『アインズ様。失礼いたします。早速例の娼館の者が参りました』

「そうか。予想通りだな」

『アインズ様のご推察どおりです。感服いたします』
 確かに予想はしていたがこんなに直ぐに、タイミングよく現れるとは。
 運が良いと言えなくもないが、これでまた周囲からのアインズに対する過大評価が高まりはしないかと冷や冷やする。

「世辞はよい。相手はなんと言ってきている?」

『はい。正確には娼館の者だけではなく、もう一人、スタッファンと言う巡回使を名乗る王国の役人も一緒です』
 やはり役人、つまりは表側の権力を使ってきたか。
 しかし巡回使と言うのがどれほどの地位にあるのかが分からない。

「巡回使とはどのような役人だ?」

『王都内の治安を守る役人です。都市警邏を行う衛士の上官と言う役職でしょうか』
 それを聞きアインズは相手の地位が大して高くないことを理解する。

「それで。どのような要求をしてきた? やはりあれを探しに来たのか?」

『はい。ここであの人間が生活しているのを確信しているらしく、現在はセバス様が対応し、アインズ様のご命令通りシラを切っておりますがなかなか諦めず、館内を捜索させろと言っています。あの娘はいませんが目的は金銭の要求だと思われますので、応接室を見られると多少厄介かと』
 応接室にはアインズを迎えるために用意された玉座や調度品がそのまま残されている。
 どれもナザリック内から持ち出したものであり、王国でも手に入らない物ばかりだろう。
 目撃されると確かに厄介だ。
 金目的の強請ならば尚更、例えツアレがいなくとも適当な理由を付けてあれらを奪い取ろうとするかもしれない。

(しまった。片付けるように言うのを忘れていた。こんなに早く来るとは思わないもんなぁ。どうしたら……いやもう良いか。下っ端役人一人、いなくなったところで大した問題にはならないだろう。ならないはず!)
 自分に言い聞かせるようにアインズは決断を下す。

「ナザリックの財産であるあれらを、人間ごときが触れるのは我慢ならんな。ソリュシャン。予定変更だ。そいつ等をその場で捕らえナザリックに送れ。<転移門(ゲート)>は私が開こう」

『畏まりました。即座に実行いたします』

「うむ。二十分後に先ほどの応接室に<転移門(ゲート)>を開ける。それまでに相手を無力化しておけ。出来るな?」

『はい。娼館の者はどうやら用心棒のようですが、何の問題もありません』

「では実行せよ」

『はっ!』
 <伝言(メッセージ)>を切り、アインズは守護者たちを見る。

「早速相手が接触してきた。奴らよりにもよってセバスを強請ってきた。これはつまりは我々ナザリックに牙を向いたということだ。奴らを捕らえ情報を引き出させる。その後本日中に奴らの店を潰す。そうなれば恐らく八本指が誘き出せるだろう」

「畏まりましたアインズ様。対応はセバスに任せますか?」
 アルベドの問いにアインズは少し考える。娼館一つを潰すだけならばセバスとソリュシャンがいれば問題はないだろう。
 ただ、不測の事態についても考えなくてはならない。
 ここで例のシャルティアを洗脳した者たちが現れるということはないだろうが可能性はゼロではない。
 ならばここは。

「いや、私自ら指揮を執ろう」
 守護者たちがざわめく。

「アインズ様。相手は人間のそれも八本指の下部組織。なにもアインズ様御自らがお出になることはないかと」

「今回の作戦は時間との勝負だ。いちいち私に報告を、指示を扇いでいては時間の無駄だ。それに心配ならば……そうだな」
 守護者たちを一人一人眺めた後、アインズはデミウルゴスに目を留めた。

「デミウルゴス、先ほどのテストに合格した褒美だ。今回の作戦、私の副官として同行を許そう」
 アインズの言葉にいち早く反応したのはデミウルゴスではなく、アルベドだった。

「あ、アインズ様! 何故デミウルゴスに! 合格したのは私も一緒です! 是非私もご一緒させて下さい。必ずや必ずやアインズ様をお守りいたします。下賤な人間共には指一本触れさせません!」

「落ち着けアルベド。お前とデミウルゴス二人ともいないのはナザリックに何かあった際に問題になる」

「でしたら私をお連れ下されば」

「守護者統括殿。アインズ様は私を連れていくとご命じになったのですよ。アインズ様の命に逆らうつもりですか?」
 アルベドの言葉を遮ってデミウルゴスが言う。守護者統括と言う部分にやたらと力が入っている気がする。

 褒美というのは方便で何か問題が起きた際、意見を聞ける相手が必要だと思ってのことで、デミウルゴスを選んだのも単にカルネ村の時はアルベドを連れていったので、今度はデミウルゴスをと思っただけなのだが。

「よせ二人とも。時間がない、今回はデミウルゴスを連れていく。アルベドには後ほど別の報償を与えよう。な……んん。では行ってくる」
 何か考えておけ。と言いかけて口を閉じる。アルベドに報償を考えさせようものなら、どのようなことになるか火を見るより明らかだったからだ。

拷問の悪魔(トーチャー)を準備をさせておけ。では行くぞデミウルゴス」

「はっ! 畏まりました。アインズ様の手腕、しかと学ばせて頂きます」
 玉座の間から直接ゲートで転移することは出来ないため、一度この部屋を出る必要がある。
 デミウルゴスを連れて歩きながら、アインズはどうも後ろから負のオーラが発せられているような気がして僅かばかり歩調を速めた。



この後八本指とのバトル展開。では無くその辺りはあっさり終わらせます
次でプロローグが終わって、その後商会を開店させる下準備に入ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 大事の前の小事

今回でプロローグは終了し、次回からは商会開店の準備回に入ります


「お待ちしておりました、アインズ様」
 <転移門(ゲート)>を繋ぎ応接室に入ると途端にセバス、ソリュシャン、ナーベラルの三名が頭を下げ、片膝を突いた状態で待っていた。

「ナーベラル戻ったか、何か問題は?」

「ごさいません。あの下等生物(サナダムシ)は眠らせたままログハウスの中に。念のため見張りを置いています。また、もし目が覚めれば再び眠らせるよう伝えてあります」
 ナーベラルの台詞にアインズは言葉に出さず、ほう。と感心を示した。

 ログハウスに置いてこいとしか命令は出していなかったはずだが、ナーベラルなりに自分で考え行動すると言う意味を理解しているようだ。
 子供の成長を見守る親のような気持ちになり、アインズは目を細めて――瞼はないので眼窩の光が細まるだけだが――ナーベラルに頷きかける。

「よろしい。ではセバス例の連中は?」

「はっ。外に置いてあります。私の<傀儡掌(くぐつしょう)>で操ってありますので逃げる心配はございません」

「うむ。ならば詳しい情報取得はニューロニストに任せるとして、最低限娼館の情報だけ聞いておくか」
 娼館にはこれから直ぐに出向く必要がある。

「僭越ながら。大まかな情報につきましては私の方で既に聞いております。あれはアインズ様のお目汚しになるかと」

「ほう。意外だねセバス、お優しい君がそこまで言うとは。その人間に少々興味が引かれたよ」

「デミウルゴス」
 当然セバスの目にも一緒に現れたデミウルゴスのことは目についていただろうが、主であるアインズを前に他のことに気を取られないようにしていたのだろう。デミウルゴスが自ら話したことでようやく彼に視線を向ける気になったようだ。
 その視線が何故ここに。とでも言いたげに見える。

「今回の作戦において、アインズ様より副官を命じられたのでね。君とも共同で作戦に当たることになる。よろしく頼むよ」

「それはそれは。よろしくお願い致します」
 特になんと言うことのない会話だが、不思議な懐かしさをアインズは覚える。

(そう言えばたっち・みーさんとウルベルトさんも分かりやすく言い合いしてるときもあれば、こんな風に表面上は普通な顔してチクチク言い合いもしてたなぁ)
 暫く見守っていたい衝動に駆られるが時間が無い。

「では、セバス報告を」

「はっ。先ず巡回使の方は問題ありません。裏で八本指と繋がっていることも既に周知の事実のようで突然姿を消しても、八本指がらみで何かあったと思われるだけとのことです」

「それは誰が言っていたことだ?」
 自分でそんなことを言うとは思えないが。

「もう一人の男です。こちらは娼館の代表と言っていましたが、どうも話を聞いたところによると八本指の警備部門のトップで六腕と呼ばれる上位六人の一人のようです」

「ほう! となると八本指の幹部に近い存在と言うことか、それは良い。手間が省けそうだ。警備部門のトップならば八本指全体の戦力としても上位に位置するはずだが、どの程度のレベルだった?」
 思っていたより上位の者が釣れた。これなら早々に八本指本体が動くに違いない。
 そして相手戦力を測る上でも役に立つ。良いことずくめだ。

 セバスは一瞬考えるような間を空けた後口を開く。

「全く問題にはなりません。六人全員でも私一人で十分かと」

「セバス。お前の力は信用しているが未だこの世界の全ての情報が集まったわけではない、未だ知らぬタレントや武技もあるだろう。それらを加味した上で問題がないと?」

「はっ。その六腕に関する情報も得ておりますが脅威となるものは存在しませんでした。ですが、慢心はしないよう心がけます」

「それで良い。しかし、王国の裏社会を統べる相手でもその程度か」

「アインズ様。もう一つ重要な情報がございます」

「ん? 何だ」

「私がツアレを連れ出した例の娼館に、八本指奴隷部門のトップ、コッコドールなる者が滞在しているとのことです」

「ほほぅ。なるほど、実に素晴らしい。しかし出来すぎている気もするな、罠の可能性は?」

「ここに奴らが訪れたのは私が先日購入した巻物(スクロール)から足が着いたためとのこと。そしてコッコドールなる者がこの地にいたのは、警備部門の中でも六腕は八本指から直接依頼を受け護衛をすることもあるらしく、今回ツアレを回収するにあたり、私の戦力を考え六腕を雇い入れたと。ツアレを助ける際に少々力を見せましたので。そして現在コッコドールは六腕が戻るのを娼館で待っていると言うのが現状のようです」

「ならばほぼ確実か」
 セバスの<傀儡掌(くぐつしょう)>は<支配(ドミネート)>と同様の効果を持つスキルだ。この世界においては対抗策はほぼ無いと思って良い。

 もし仮に対抗するアイテムやタレントなどがあったとしても、話さないことや、あるいは情報保持のために死亡するようなことはあっても、嘘を話すと言う可能性は無いだろう。

「全てがアインズ様の掌の上。計画通りということですね。感服いたします」
 デミウルゴスの賞賛にアインズは小さく鼻を鳴らして首を振る。

「いや、私の予想よりも遙かにお粗末な相手だ。これでは私が知謀を巡らす余地が存在しないな」

「それは――恐れながら少しばかり残念でございます。アインズ様の手腕この目に焼き付け少しでもアインズ様に近づくことが出来ればと考えておりましたので」

(良し。上手く乗り切れそうだ)
「ふふ。それはまたの機会にしておこう。時間が無い、その六腕が失敗したと分かればコッコドール、だったか? そいつが逃げ出しかねん。貴重な情報源だ速やかに捕らえる必要がある。セバス」

「はっ」

「その娼館の立地や広さなどを知っているのはお前だけだ。デミウルゴスと協力し二人で娼館を制圧せよ。もし人手がいるのならば人選は任せる自由に使え」

「畏まりました。建物内部の情報も既に聞き及んでおります。入り口は二つですので二人で十分かと。隠し通路もあるそうですが六腕の男を連れていけば問題なく場所が判明します」
 この短い時間でそこまで考えて行動していたと言う事実にアインズは少し驚き、そして満足する。

「見事だセバス。ではそのように実行せよ。私はここで吉報を待つとしよう。デミウルゴスお前には言うまでもないことだが、これより私たちはこの地で商会を開くことになる。余計な騒ぎを起こしたり、お前の正体がバレるような真似は避けよ」
 セバスと異なり、デミウルゴスは誰が見ても悪魔としか言えない外見をしている。大っぴらに街中を歩けば大騒ぎになるだろう。

「畏まりました。慎重に行動します。それでアインズ様。娼館内にいる者たちの処遇ですが、いかが致しますか?」
 デミウルゴスの顔に愉悦めいたものが浮かぶ。

 現在ナザリック内では様々な実験を行っている。巻物(スクロール)の作成やエクスチェンジ・ボックスによるユグドラシル金貨獲得、復活魔法などの効果がユクドラシルと異なるのか等。
 ナザリックの人員のみで行える実験であればいいが、この世界の人間や生き物を用いなくてはならない実験も存在している。

 デミウルゴスとしては出来れば人間を捕らえ、そちらに使用したいという考えなのだろう。
 アインズとしてもそれには賛成であり、いつかは実験しなくてはいけないと考えていたが、今回は止めておくのが無難だろう。
 

「基本的には全て殺せ。死体はナザリックで有効活用する」

「畏まりました。娼婦たちもそのように対処してよろしいですか?」
 ピクンとセバスの肩が揺れ、視線をデミウルゴスに向ける。

「アインズ様。娼婦たちはナザリックに敵対していない哀れな者たちです。出来ればお慈悲をいただけないでしょうか」

「しかしセバス。例え助けたとしてどうするのかね? 外に放り出すか、それとも件の人間のように君が面倒を見るのかい?」

「それは」
 言葉に詰まるセバスにアインズは手を振って二人を諫める。

「よい。その者の処遇については既に考えてある。セバス確認しておくがその女どもは要するに親や肉親に捨てられ、行く場が無い者たちと言うことでよいのだな。つまり消えてしまっても何の問題もしがらみもないと」

「その、ようです」
 消えてしまっても。と言うところにセバスは反応したらしい。

「デミウルゴス。我々が商会を開くに当たってナザリックで用意するのが最も難しいモノは何だと考える?」
 問われたデミウルゴスはホンの僅かな時間で正解に辿り着いたらしく、なるほど。と呟いた。

「人員ですか。ナザリックの者が直接人間と取引を行うことや売り子をするのは問題があると」

「そうだ。我々の正体が露見する可能性もそうだが、なにより商売というものはどうしても相手の下手に出なくてはならないことが多い。栄えあるナザリックの者たちにそのようなことをさせるわけにはいかないだろう」
 更に言うなら出来ないだろう。

 ジッとアインズたちの話を聞いているナーベラルをチラと見つつアインズは思う。
 基本的に人間を下等生物として見ているナザリックの者たちが商談相手の下手に出る姿など想像も付かない。

「確かに。それでその娼婦たちを使用すると背後関係のない人間であれば申し分ありません。場合によっては我々の正体を知らせて商談に当たらせる必要もあるわけですからね。何も知らない人間を雇うと言うわけにも行かないでしょうし」

「そう言うことだ。この世界で働くのならば、この世界の人間を使えば良い。これはナーベラルの意見から思いついたアイデアだがな」
 急に話を振られたナーベラルが、ピクンと今度は兎の耳ではなく彼女自身の耳が反応させた。

「いえ! 私の意見など。私は下等生物(ボウブラ)どもをそのように使用するなど全く思いつきもしませんでした。全てはアインズ様の知謀あってこそかと」

「そんなことはない。お前の発想を得て私が別のアイデアを思いつく。話し合うことの重要性はそこにある。今後も頼りにしているぞナーベラル」

「私ごときにもったいなきお言葉! 感謝いたしますアインズ様!」

「うむ」
 ナーベラルの忠誠にアインズは手を振って答え、その後セバスを見る。

「ではセバス、デミウルゴス」

「はっ。ではアインズ様、失礼いたします」

「失礼いたしますアインズ様。必ずや吉報をお届けいたします」

「うむ。お前たちならば問題あるまい。女たちはとりあえず全員眠らせるか操ってアウラの造ったナザリック外のログハウスまで運べ。ペストーニャを呼んでおく。そこで傷を癒させる。では行け」
 アインズの台詞に二人は同時に深くお辞儀をすると音もなく部屋を後にする。


 外にいた人間達をニューロニストに預け、ログハウスにペストーニャを待機させるように指示を出した後、アインズは一心地ついて再び応接室の簡易的な玉座に座り直す。

 地面に膝を突いたまま、未だ頬を上気させなにやら夢想しているナーベラルと、そんなナーベラルに冷ややかな目を向けているソリュシャンに目を向け、アインズはんんっ。とわざとらしく咳をした。
 その音でナーベラルはハッと身を震わせた後、いつもの抜き身の刀のような鋭い表情に戻し主の命を待つ。

「では二人とも後はセバス達が戻るのを待つだけだが、その間に今後について話をしておこう」

「はっ!」
 二人の声が重なる。

「先ほど守護者各員には伝えたのだが、これから我々ナザリックはこの王都内で商会を開き、人間相手に商売をすることになる」

「商売、ですか? アインズ様、それは先日エ・ランテルにいたあの下等生物(ヤブカ)のようにですか?」

「うむ。当然我らがナザリックの者たちが直接前に出るのではない、先ほどの話にもあっただろう? セバス達が持ち帰る女達を使用する。しかし表向きはセバス、そしてソリュシャン。お前達がここ王都で活動するために作ったアンダーカバーを使用することになる」

「それはワガママな大商人の令嬢とその執事という設定のことですか?」

「その通りだ。エ・ランテルでセバスが親交を持ったバルド・ロフーレには元々ソリュシャンは大商人である父親に命じられて、ここ王都に商会の支店を造るための視察に訪れているということにしてある。それをそのまま真実にする。そういうわけでソリュシャンとセバスにはもう暫く王都で仕事を続けてもらうことになるが、よいか?」
(と言っても、イヤだとは言わないんだろうけどなぁ。なんかNPCの忠誠心につけ込んで無理を言っているみたいで嫌な気分になるな。二人に関しては報償もなくなってショックを受けているだろうし、この仕事が成功した暁には改めて報償を贈ろう)
 さて、とんな報償が良いのだろうか。

 以前アンケートを採った際のことを思い出していると、ソリュシャンの返答が遅れていることに気がついた。

 不思議に思ってソリュシャンを見ると、彼女はいつも浮かべている微笑を崩し、困ったように僅かに眉を寄せていた。

「失礼ながらアインズ様。お聞きしたいことがございます」

「許す。何だ?」

「私やセバス様も商売についての知識は殆どございません。アインズ様のご命令とあれば全力を尽くさせていただきますが、アインズ様がご満足いただけるような結果を示せるか不安でございます」
 僅かに視線を下に向け、ソリュシャンは悔しそうに唇を噛んだ。見たことのないソリュシャンの態度にアインズは思わず動揺するが、寸前のところで精神の安定化が起こり態度に出すことはなかった。

「んん! ソリュシャンよ。お前の心配はよくわかった」
 元々ソリュシャンは戦闘メイドであり、セバスは執事だ。どちらも主の側に控え主のために働くものであり、創造主からそうあれ。として造られている。

 それ以外のことは設定されていない。
 今回の王都調査のようにアインズからこういう仕事をしろと言われればその通りに動くことは出来るが、商売とはそうではなく、その場の判断で臨機応変に行動しなくてはならない。

 そして現在はソリュシャンとセバスはアインズより罰を受けており、失敗を強く恐れているようだ。

(思えば先ほどセバスがあれほど段取りよく行動をしていたのも必死に今回のミスを挽回しようとしていたのかもしれない)

「申し訳ございません、アインズ様。無能な私をお許し下さい」

「構わぬ。お前達は戦闘メイドに執事、そうあれとして造られたお前達に合わない仕事をさせようとしているのは私の方だ。しかしながらこの仕事をこなせる者はお前達をおいて他には……」
 誰か商売に強い、つまりは商人スキルを持った者はいただろうか。と考えたアインズの一人思い当たる人物がいた。

(音改さんか。パンドラズ・アクターに姿を変えさせて指揮を執らせるか。あいつの知能ならば、音改さんの商人スキルも商売の知識も使いこなせるだろうし、あいつにソリュシャンの父親と言うことになっている大商人の役をやらせるというのはどうだ?)
 黙り込んでしまったアインズを不思議そうに見つめるソリュシャン。
 表情はやはりどこか不安そうだ。

(いやダメか。ここでパンドラズ・アクターを加えれば恐らくソリュシャンは自分が役立たずだから新たな人員が配置されたと思う。パンドラズ・アクターが俺の造ったNPCだと知れば尚更そう思うに違いない。となると他に商売の知識があって仕事を与えていない奴は……)

「あの、アインズ様?」

「ん? ああ、すまんな少し考え込んでしまった。どうした?」

「はい。先ほどのお話ですが、ナザリック配下の者として誠に情けない話ではございますが、少しの間お時間を戴き商売について学ばせていただけないでしょうか?」

「学ぶ? ふむ。確かに予想よりも早く八本指が片づきそうではあるから、多少の時間はあるが」

「何卒。今度こそ、アインズ様の御期待に添う結果をお見せしたいのです」
 力強い言葉に少々気圧されながら、アインズは再び考え込む。

 時間はある。

 だが、学ぶと言っても方法はナザリックの大図書館(アッシュールバニパル)に貯蔵されている本くらいしかないはずだ。
 あそこにリアルのものではないこの文明レベルの時代の経済書があるとは思えない。

 それにアインズの社会人としての経験上、そうした本で得ただけの知識では本物の経験を積んだ者達には敵わず、騙されて食い物にされてしまうことの方が多い気がする。

 失態を取り戻そうと意気込めば意気込むほど、その可能性は高くなるように思える。
 出来ればこの二人にはこれ以上失態を犯して欲しくない。

 それはナザリックのためでもあるが、そう何度も仲間達の子供とも呼べるNPC達に罰を与えたくはないからだ。

(やはり誰かつけるしかないか。と言っても俺以外に社会経験ある奴なんていないしなぁ……ん? 俺以外?)

「アインズ様?」
 再び黙り込んだアインズに今度はナーベラルが問いかける。

「ああ。ソリュシャン、お前の願い聞き届けてやりたいところだが、そうもいかん。今思い出したが、エ・ランテルにいる商人とこれから造る我らの商会の主を会わせる約束もしている。時間が空けば向こうからこちらに乗り込んで来かねない」
 バルドのあの執着ぶりを思い出す。

 モモンが約束を守らなければ王都に現れセバスを探そうとするかもしれない。
 となるとあまり時間はない。

「申し訳ございませんでした。ではそのように、精一杯努めさせていただき」

「待て。話は終わりではない。お前の心配も良く分かると言ったはずだ。しかし書物によって得た知識だけでは人間の商人どもとは渡り合えない。奴らは力が無い代わりに他の生き物にはない知恵と狡猾さを持つ。ならばこそ、ここは私自らこの地に残り商会が軌道に乗るまでの指示を出そう」
 これ以上時間をかけているとソリュシャンが暴走しかねない。殆ど思いつきでアインズは口を開いた。
 そのアインズの発言にソリュシャンが顔を持ち上げ、慌てた様子で首を振った。

「そのような! 我々は皆アインズ様の手足として働き、僅かでもアインズ様のお役に立つことこそが至上の喜び。その私たちのためにアインズ様の手を煩わせるようなことなど」

「構わぬ。それにお前達は間違えている。お前達は私のために存在しているのではない、逆だ。私が存在しているのはすべてはナザリックのため。そして我が友の忘れ形見とも呼ぶべきお前達皆を守るためだ。そのためになるのであれば私は幾らでも手を貸そう」
 これは前々から思っていたことでもある。

 ナザリック内にいるものは全て、アインズのために命を投げ出すことを何とも思わず、アインズの手を借りることなどあってはならないと思いこんでいる。
 その結果NPC達が命を落とすようなことがあればそれこそアインズはかつての仲間達に顔向け出来ない。

「ああ! アインズ様。私の為にそんな、そんな」
 ソリュシャンの声が涙に塗れる。

「泣くなソリュシャン。お前を泣かせてはヘロヘロさんに申し訳が立たん」
 かつての仲間、一番最後に会った友人を思い出した。

 彼もこの場に来ていたら。きっとソリュシャンを泣かせた自分を怒っていただろう。とそんなことを考えてしまった。
 ソリュシャンはアインズの言葉に未だ涙声のまま、はい。小さく返事をし目元を拭う。

 涙が指先に吸収され表情もいつもの彼女に近づいたが、その様子をアインズがじっと見ているとソリュシャンは――スライムの体でどうやっているのか不思議だが――恥ずかしそうに頬を赤らめ体を縮こませた。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません」

「構わん。それよりも話を戻そう。私がここに残るのはなにもお前達のことを心配しているだけではない。私にとっても必要なことだからだ」

「と仰いますと」

 恥ずかしさを誤魔化すようにアインズは、少し早口で言葉を続ける。
「我々は今後王国を隠れ蓑にして行動する方針となった。商会の設立はその一歩、王国の経済を握るためのものだ。そしてそれに成功した場合、私が王国の人間や風土に触れておかなければ折角の隠れ蓑がうまく機能しない可能性がある。冒険者はあくまで独立した組織であり、一般的な人間からは離れた存在だからな」

「なるほど。さすがはアインズ様。その慧眼には頭が下がります。ところでアインズ様。その場合モモンさーんはどうなさいますか?」
 いつもより少しだけ間が短い。

 ナーベラルも少しずつではあるが成長しているらしい。

「無論そのまま続ける。モモンがいなくなりその直後に王都で商会が開けば関係を疑う者が出てくる。先も言ったが冒険者は国から半ば独立した組織。そちらにも影響力は残しておきたい」
 ようやく手に入れた最高位冒険者の地位だ。
 使い道は幾らでもある。

 だが確かにナーベラルの心配も分かる。<転移門(ゲート)>で行き来するにしてもアインズ一人でモモンと商会のトップを兼任するのは大変だろう。
 となると。

(やはり奴を使わねばならないか。仕方ない優秀なことは間違いないし、他に俺の影武者出来る奴なんていないしなぁ)

「モモンと商会のトップを私ともう一人で演じる。お前たちにはそれぞれフォローもして貰うことになる」

「もう一人、ですか? アインズ様の代わりになれるような人材がいたのですか?」

(そこら中にいそうだけどな!)
「うむ。かつて私が自ら創り出した存在で、パンドラズ・アクターと言う者がいる、お前たちは知っているか?」
 アルベドとユリ、シズには見せたからそこから話が伝わっていてもおかしくはないが。

「以前セバス様がその名を口にしていました。宝物殿の最奥部を守護しているお方で、守護者の方々やセバス様に匹敵する力の持ち主だと伺っております」
 レベル100のNPCとして造り上げたパンドラズ・アクターはアインズの精神に多大なダメージを負わせると言うところを除けば確かに守護者たちに匹敵する能力を持っている。

 ソリュシャンの言葉にアインズはうむ。と言いながら頷くとチラリとナーベラルに目を向けた。

「加えて言うなら、奴はナーベラルと同じドッペルゲンガーであり、私の姿を真似ることも出来る。影武者にはうってつけの人物だ」

「なるほど。アインズ様御自らが創造したお方であれば是非もありません。下らぬ心配をしてしまい申し訳ございません」

「よい。セバスとデミウルゴスが戻り次第、商会の下準備を行う。お前たちはここで奴らが戻るの待っていろ。私は……パンドラズ・アクターにことの次第を告げてくる」
 <伝言(メッセージ)>を使用してもいいのだが、パンドラズ・アクターと話すとなればアインズは冷静でいられる自信が無かった。

 それ以外にもいろいろと言い含めなければならないことがある。

 最低限、敬礼はやめさせたが他にも出来ればやめて欲しいところはいくつかある。

 そうあれとかつてのアインズが造り上げた人格や考え方を変えさせるのは心苦しいところではあるが、アインズの前だけならまだしも、今後ソリュシャンやナーベラルと一緒に働かさせると言うのならば色々と言っておかねばならない。

「戻る時には<伝言(メッセージ)>で伝える。それまでは自由にするがいい。久しぶりの再会だ。話したいこともあるだろう」
 何もいわなければ彼女たちはずっとここで膝をついてアインズの帰りを待ち続けるだろうと思いそう告げる。

「ご配慮感謝いたしますアインズ様。お帰りをお待ちしております」
 深く頭を下げる二人に、アインズはうむ。と大きく頷くと<転移門(ゲート)>を発動させ中に消えていった。


 ・


 残された二人は暫くの間、主無き空間に頭を下げ続けていたが、殆ど同じタイミングで顔を上げ、互いに顔を見合わせた。

「改めて、久しぶりねソリュシャン」

「ええ。久しぶりね、ナーベラル」
 一応月例報告会で顔合わせはしていたが、こうして二人で話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。

「再会早々、失態を見せてしまったわね。プレアデスの一員として情けない限りだわ」

「アインズ様が気にするなと仰って罰も受けたのでしょ? 気にする方が失礼に当たるわよ」
 ナーベラルとソリュシャンはプレアデス内で互いに三女として設定されているということもあり、もっとも間柄が対等である。
 いわば双子と言ってもいいナーベラルの言葉にソリュシャンは少し気が楽になるが、やはり完全には晴れない。

「そうよね。でもこれからが大変、アインズ様と一緒に働くなんて恐れ多いわ」

「そうね。前にも言ったと思うけど、アインズ様にお仕えする以上、一時も気は抜けないわソリュシャン、貴女にも直に私の気持ちが分かると思う」
 そう言えば月例報告会でナーベラルが自慢混じりに言っていたことを思い出す。

 あの時は気疲れすると言いながらその実自慢したいだけにしか思えなかったが、案外本当に疲れているのかもしれない。
 勿論ソリュシャンとて、主がいようといまいと仕事で手を抜くことなどしないが、それでも傍に主がいると考えると、普段より緊張してしまう。

 それに加えて今回のミスが痛かった。

 これだけ長い間、ナザリックを離れたのは初めてであり、直属の上司であるセバスがあの人間を館内に引き入れて以後は、報告するべきかどうか悩んでしまい、精神的疲労はさらに加速した。

 結果主より罰として今回の働きの報償なしと言う裁定が下った。

 ソリュシャンとしてはナザリックのために働くことこそ、最大の報償でありそれ以上求めるつもりなど無かったが、それが同時にこれまでソリュシャンが行ってきた働きそのものが無かったことになると言うことだと気づいたときには、絶望が空虚な胸一杯に膨らんだ。

 主が目の前にいたからこそ、何とかこらえることが出来たが、そうでなければ倒れてしまっていたかも知れない。
 だからこそ、もう失態を見せることは出来ない。
 ソリュシャンは自分の胸の前で手を握り決意を新たにする。

「大丈夫。もう失態は見せないわ」

「そうね。これからはお互いに協力することも増えてくるでしょ。モモンさんはソリュシャンが作る商会のお得意さまってことになっているから」

「あらそうなの? そのあたりも詳しく擦り合わせをしていないと。出来る限り私たちで情報を共有しておきましょう。分からないことは申し訳ないけどアインズ様にお尋ねしないと」

「そうね。アインズ様はああ仰っていたけど、それでも私たちで出来ることは私たちの手でしないとね」
 ナーベラルの言葉で、ソリュシャンは先ほど主が口にしていた言葉を思い返した。

「ああ。それにしてもアインズ様が私のことをあんなに思って下さっていたなんて」
 自分が存在しているのはお前達を守るためだ。
 そう言った主の顔を思い出してソリュシャンはほう。と熱い息を吐く。

「私たち、でしょ?」

 ナーベラルの言葉を聞こえないふりをしてソリュシャンは続ける。
「あんなことを言われてしまっては、シャルティア様には申し訳ないけど、女としてあの方に愛されたいと思ってしまうわ」

「それは不敬じゃない? アルベド様もいらっしゃるのだし」
 ナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの正妻問題はかなり早い段階から、多数を巻き込み加熱している。

 大まかに言って、守護者統括であるアルベドと同じく守護者のシャルティアの二人が有力候補で――ソリュシャンはメイド達くらいしか聞いていないが――大抵どちらかを推しており、ソリュシャンは自分と趣味も合うシャルティアを応援しナーベラルはアルベドを応援しているらしい。
 しかし今回主の優しさに触れソリュシャンは自分の中に宿る想いが敬愛だけではないことに気がついた。

「でもお二人とも正妻争いはしているけど、もう片方を妻に認めないって訳ではないんでしょう? 側室なら私にも狙い目はあると思うわ」

「それは、そうかも知れないけど」

「ナーベラル。貴女だって例外では無いでしょう? こちらの世界に来てからアインズ様と一番長い時間を過ごしているのは貴女なんだから」
 ナザリックがこの世界に転移して大して時間も空けずに冒険者として行動を開始したため、現在のところ主と最も長い時を過ごしたのはナーベラルだ。

 可能性がないとは言えない。

「そんな! 私ごときがアインズ様となんて」

「ナーベラル。私ごときって言うのは良くないわ。貴女を創造して下さった弐式炎雷さまに失礼よ」
 ソリュシャンの言葉にナーベラルはハッとしたように口を手で塞いだ。

「そうね。私が間違っていたわありがとうソリュシャン」
 礼を言いつつ、ナーベラルは何か思い出したように、口に当てていた手をそのまま頭の上に移動させ、切れ長の瞳をトロンとトロケさせ目尻を下げた。

「……何かあったの?」
 ソリュシャンは直感的に察する。
 ナーベラルと主の間になにかが起こったのだ。

「何でもないわ、そう。なんでも」
 笑みの種類が変わり、今度はこちらに対する優越感を帯びたものになった。
 ナーベラルは月例報告会で度々この手の顔をして顰蹙を買うことがあったが、今回はその中で最も腹立たしい。

「なにその顔言いなさい。なにがあったの」

「言えないわ。あれはアインズ様から賜った恩賞。今の貴女に言うなんてそんな残酷なことは出来ないわ」

「だったらそれらしい態度をしなさい!」
 失敗をした自分を元気づけようとしているのだとしても、その態度はいただけない。

 声を大きくし、ナーベラルに詰め寄るソリュシャン。

 二人の姉妹喧嘩はセバスとデミウルゴスが戻るまで続いていた。  



ちなみにこの後八本指は大体書籍版と同様の展開を迎えるため省きます

娼館襲撃→コッコドール捕獲(恐怖公部屋へ)→コッコドールが八本指全員を集める→その際抵抗した六腕壊滅→みんな仲良く恐怖公部屋へ

こんな感じの流れを迎えた後

次の話はこの後の話となります



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 下準備開始

ようやく今回から商会開店に向けての話になります
開店まではまだまだ時間が掛かりそうですが
とは言え祭は準備をしているときが一番楽しい派なので、ここが一番書きたいところでもあります
しばしお付き合いいただければ幸いです



 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの自室、その中にアインズとアルベドの姿があった。

 現在モモンが王都にいると言うことになっているためその間に久しぶりに自室に戻ることにし、つい先ほどまでベッドに転がって疲れ果てた頭を休めていたのだがアルベド来訪の知らせを聞き、執務室として使っている部屋に移動したのだった。

「それでアルベド。なにか報告か?」
 いつもの長い賛美を込めた挨拶の後、アインズが尋ねる。

「はい。セバスとデミウルゴスからの報告で八本指の制圧に成功したとのことです」

「そうか。流石に早いな」
 娼館襲撃の際、トップに近しいどころか、トップの一人を無傷のまま捕らえたのだから当然と言えば当然だが、多少肩すかしを食らった気分だ。

「現在ナザリック内で教育を行い、ナザリックへの忠誠を植え付けている最中です。そう時間もかからず、奴らはナザリックのために働く奴隷となるかと」

「うむ。これで我々の邪魔をする組織は消えた、早速王国内に商会を開く下準備を始めるとするか」
 アインズの宣言にアルベドはホンの少しだけ拗ねたように視線を逸らした。
 完璧な美貌はそんな表情でも美しく見えるのだから美人は得と言う言葉にも納得がいく。

「夫の留守を守るのが良き妻の役目。とは言え、こうもアインズ様がお出かけばかりでは、私といる時間が殆どありません。ナーベラルはまだしも、今度はソリュシャンまで」

(色々と突っ込みどころはあるが、そこを指摘していては話が進まない。と言うかなんでナーベラルは良いんだろう。二人は仲が良かったかな?)
 NPCの設定や、かつての仲間達同士の関係性によってNPC同士でも仲が良い者や反りが合わない者もいる。アルベドとナーベラル、二人の制作者を思い出すが特別仲が良いイメージは無いためアインズは首を捻った。

「仕方あるまい。これは王国への強い影響力を得るために必要なこと。私自らが指揮を執る必要がある」

「それは納得出来ますが……でしたら私もお連れいただければ」
 結局のところアルベドの言いたいことはこれなのだろう。

 24時間365日お傍を離れたくありません! と力強く語っていたことを思い返す。

 その時はデミウルゴスが何かを吹き込んで納得させていたのだが、今回もと言うわけにはいかないだろう。
 考えてみると、他の者達はあれこれと外に出てナザリックのために働いているというのに、アルベドは基本的にナザリックから外に出ることがない。
 勿論理由もある。

 ナザリックの運営は彼女にしか任せられない大役だからだ。
 本来はアインズ本人が行うべきものなのだが、当然アインズにそんなことが出来るはずもない。
 だからアインズが外に出るから代わりにと言う名目でアルベドに押しつけているのだ。

 それを悪いとも思っているが、かと言って代案があるわけでもない。
 彼女以外の守護者達が成長し、ナザリックの運営を手伝えるようになれば良いのだが、現状ではそれも時間がかかりそうだ。
 せめてデミウルゴスに多数押しつけている仕事を他の者達に割り振れるようになれば。

「アルベド。お前にナザリックを離れて貰うわけにはいかん。お前にばかり負担をかけて済まないとは思っているが――」

「そのような! 申し訳ございません、ワガママを言ってしまいました。最近アインズ様がずっと外に出てばかりでしたので、少し寂しさを感じて」
 確かにここ暫く、アインズはようやく成れたアマダンタイト級冒険者としての場数を踏むべく多数の仕事を受けていたせいでナザリックに帰還する回数が減っていた。

「いや、うむ。そうだな」
 何を言うべきなのか、恋愛経験のないアインズは良い言葉が思い浮かばず口ごもる。

「お前には感謝している。今回の件が片づいたら私も少しは時間が取れるだろう。その時は仕事を抜きにしてどこかに行くか? 以前告げた褒美も兼ねてな」
 恐る恐る、口を開く。
 昔見たドラマか何かのセリフでこんなものがあった、仕事を抜きにしてというところが重要らしい。
 その意味では褒美と付けたのは余計だったかもしれないと言ってから思うが、一度口にした言葉を撤回は出来ない。

「っ!!」
 ビクンとアルベドの羽根が反応する。
 そのまま俯いていた顔が持ち上がり、爛々と輝く瞳がアインズを捉えた。

「そ、そそそれは二人きりで、と言うことでしょうか!」

「う、うむ。まぁそうだな」
 守護者みんなでと言いたいところだがそんなことを言えばどうなるか、想像したくもない。

「アインズ様と、二人きりで、デート。デート……くふー!」
 羽根がバタつき、そのまま天井に向かって飛び立ちかねないので、アインズは大きく咳をする振りをしてそれを留めた。

「あっ。申し訳ございません。私としたことが」

「いや、うん。ともかくそのためにも今は商会を成功させることを考えよう」

「そうですね。私とアインズ様の未来のためにも! 是非! 是非! 成功させましょう」

(早まったかもしれない)
「う、うむ。では早速商会で売る品物を決めるとするか、とりあえずナザリックの技術で生産可能で人間達が喜ぶ物を主力商品とするのが良いのだが」
 何か一つでも主力商品があると言うのが重要だ。
 特に他では手に入らないと物がいいが、プレイヤーの存在も考えるとユグドラシルにしか無い物はマズイだろう。

「やはり、武器が適当ではないかと」
 瞬時に冷静さを取り戻したアルベドが提案する。

「武器か、それならば鍛冶長にこの世界の鉱物を加工させれば造れるな」

「はい。加えて冒険者の頂点であるモモン様が使用している武器の生産者となればそれだけで宣伝となります。利幅も大きく利点は多いかと」
 素晴らしい、良いこと尽くめだ。と言いたいところではあるが、アルベドの口調は少し硬くまだ何か言いたいのだと分かる。
 アインズは顎先に手を持っていきアルベドを見る。

「では問題点は?」

「はい。やはり武器は一般に流通しづらいことかと。冒険者たちには良く売れるでしょうが王国内の冒険者は三千人ほど、いくら安く生産できると言っても銅や鉄、金プレートの冒険者まで買えるようにしては利益が出ません。そうなると白金以上にしか売ることが出来ません」

「全員買ったとしても六百人ほど、しかも武器はそうそう買い直すものでないとすると、一度売れたらその後が続かないか」
 白金クラスの冒険者の数は以前、シャルティアの事件の際にエ・ランテルの冒険者組合の組合長から聞いていた。

 冒険者は装備品一つを買うか買わないかで命に関わるため金のある冒険者は装備品に金を惜しまないと言うことは知っている。

 おそらくモモンが使っているレベルの武器が安く手に入ると言えば挙って買いに来るだろう。
 ただしそれは一度切り。
 後は破損するまで買いに来ない。これでは王国の経済を手中に収めるなどと言うことは出来ないだろう。

「やはり一般の国民も買えるモノが必要だな。第六層の果樹園や畑はどうなっている?」
 以前ナザリックの支配下に入ったドライアードに命じ第六層にリンゴの樹を植え育てさせていたはずだ。
 アインズは食べることが出来ないので味の善し悪しは分からないが、あれもこの世界にもある物には違いない。

「申し訳ございません。未だ味の方はナザリックに保管されている品にはほど遠く、人間達が作っている物と比べても大差ありません。また数も王国内に広く流通させるほどの量は確保出来ておりませんので」

「まあ、仕方ない。結局のところ果樹園にしろ畑にしろ数を揃えるには、広い敷地がなければどうにもならんからな、いずれ外の世界にも土地を持てればその時に改めて考えよう」
 これは元々ダメ元と言うか、もし味が良ければ高級品として売りに出すことを考えた程度だ。
 アインズの考える国民に広く売れる商品にはほど遠い。

巻物(スクロール)はどうだ? デミウルゴスの働きにより皮が手に入るようになったことだし、そこに魔法を込めて売れば元手はかからん。第三位階程度でもこちらでは高級品だ。高く売れるのではないか?」
 これもまた広く売るのでは無く、少数相手の商売になってしまうが仕方ない。

 先ずは商品の種類を揃えるところから始めよう。
 王都の魔術組合でセバスがいくつかスクロールを購入していたが、どれも金貨を必要とし一般としてはかなり高級品だったはず。

 それでも込められた魔法は一位階や二位階のものが多い。
 三位階の魔法などこの世界ではそうホイホイ使えるものでは無いのだから。

 そう思ってのアインズの提案だったがアルベドはおやとどこか不思議そうな顔をしつつ小さく柳眉を寄せた。

「恐れながらデミウルゴスが持ち込んだ皮では何の皮なのか知られた際に大きな問題となるでしょう」

「そうか。そうだったな、失念していた。あれを使っていると人間に知られるわけにはいかないか」
 デミウルゴスが聖王国の牧場で育てているのは混合魔獣(キメラ)、もしくは混合魔獣(キメラ)の亜種だ。
 八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)などの家畜として生まれたもの以外のモンスターを家畜として飼育しているとなれば問題になる。
 人間にとってモンスターは恐ろしい敵なのだから、いつ暴れ出したらと疑われてしまうだろう。

 それに混合魔獣(キメラ)は王国内では見聞きした覚えがないとなれば恐らくそれは聖王国の固有種だ。
 それをどうやってここまで運んでいるのかと言う問題にも繋がり兼ねない。
 アルベドはそれを心配していたのだろう。

「ですが巻物(スクロール)でしたら魔法を込められるシモベを魔術師組合に派遣すると言うのは如何でしょうか? 三位階程度ならばいくら使用しても大して損害はなく一日もあれば回復します。それに人間どもの巻物(スクロール)生成法が分かれば、普通の羊皮を使用することも可能です」
 デミウルゴスの牧場の皮を使用しても未だ第三位階までの魔法しか込められないと聞いている。

 それに対し人間達が売買している巻物(スクロール)は粗悪な皮であっても三位階以上の魔法を込められているため、何か特別な生成法があると言う結論に達したはずだが、現状その方法は見つけられていない。
 巻物(スクロール)を売っている魔術師組合であれば恐らくその方法を知っているに違いないがアインズとしては少し考えてしまう。

「しかしあそこで働くには組合員になる必要がある。ナザリックの者を送り込むのは些か心配だな」
 ナザリックには人間が一人しかおらず、また彼女を送り出すわけにはいかないから、仮に魔術師組合に人材を派遣するにしても人間以外と言うことになり、正体が露見する危険性がある。
 人間に化ける魔法やアイテムもあるが、この世界にはタレントや武技と言った固有の能力が存在する。
 それらを使用して正体を見破られると言った可能性もあるのだ。

「確かにそうですね。そこまで思い至らず、己の浅慮を恥るばかりです」

「よせ。この手のアイデアを出すと言う作業は数をこなすことが重要だ。例え問題点に自分で気づいていたとしても、あえて口にする。もしかしたら相手はその問題点を解決する術を思いつくかもしれない。それが重要なのだ」
 アインズの言葉にアルベドはハッと一瞬何かに気づいたような表情を見せたが、直ぐに頭を下げた。

「承知いたしました。私もアインズ様を見習いそのように致します」
 アインズは、うむ。といつものように威厳を示しつつ頷き、その瞬間あることを閃いた。

「そこで思いついたのだが、ナザリックの者達からアイデアを募ろう。中には使えるものもあるかもしれん。全員となると数が多すぎるから、よし。第四、第八、そして第七階層を除く守護者各員と、プレアデスに一般メイド達を中心に本日中に知らせ、二三日後に全てのアイデアを私の元まで届けさせよ。公平を期すため無記名で募集し、それをアルベドと直接商会の運営に関わるセバス、ソリュシャンの三名で精査し、見込みのあるものを私の元まで持ってくること。私はその間にパンドラズ・アクターとの入れ替わりに違和感が無いかを実験することとしよう」
 アインズが先ほど提案したアイデアをアルベドはいとも簡単に問題点を指摘してきた。
 これをあまりに繰り返し続けると、アインズが本当は無能なのではないか、と疑われる気がしたのだ。

 考えてみれば先ほど問題点を指摘したときも、どこか不思議そうだったのはそのためだろう。何故この程度のことに気づかないのだろうと思ったに違いない。
 そんな意図はなかったのだが、結果として先ほどの問題点を知りつつ話し合うことの重要性についての発言がちょうど良い言い訳になったし、アルベドもそれで納得したようだが、あまり繰り返すのは危険だ。

「畏まりました。デミウルゴスも除外ですか?」

「うむ、デミウルゴスには少々仕事を割り振りすぎた、何より今回は守護者達の成長を見るために行う。デミウルゴスが居ては気後れもしよう。同様の理由でアルベドも今回はアイデアの精査のみに努めよ」

「畏まりました。ですが例えば提出されたアイデアを私の方で問題点を指摘し、訂正した上でアインズ様にお出ししても問題はありませんか?」

「ああ、もちろん。ただしその場合元のアイデア、つまりは問題点を残したままのものと一緒に提出せよ」
 これにも狙いはある。
 アインズとしてはアイデア。と言うか思いつき程度のものはいくつかある。それを無記名ということを利用し、ナザリックの一員のフリをして提出しようと考えたのだ。
 どんな問題点があるか、それをアルベド達がどう改良したのかを知れば今後の役に立つだろう。

「承知いたしました」

「うむ。では早速取りかかれ。あまり時間はないからな」
 挨拶をした後、アルベドが部屋を後にする。

 再び一人になり、本来なら再びベッドにでも寝転がって休憩をとりたいところだが、セバスたちが八本指を制圧したのならば商会の方も手早く進めなくてはならない。
 そのためにもアインズはフゥと重い息を吐きながら、次なる仕事に取りかかることとした。

 もっとも気が重く、意図的に後回しにしていたものだが、覚悟を決めなくては。
「<伝言(メッセージ)>。パンドラズ・アクター、私だ」
 通信先から、姿勢を正し敬礼をしているような足音と気配を感じながら、アインズは再び重い息を吐いた。


 ・


 主人の部屋を後にしたアルベドは自分の足取りが軽くなっていることに気がついた。
 主人には気づかれなかっただろうか。と一瞬心配になったが、直ぐに思い直す。

 叡知に溢れる我が主人であれば直ぐに気がついたに違いない。その上でそれを指摘しなかったという事は、そのように浮かれた自分を認めてくれたという事だ。いや、もしかしたら可愛い奴だと思ってくれたかもしれない。

「くふふ。これは大きなリード。いえ、もう勝ったと言っても良いんじゃないかしら」
 正妻の座を争うライバルの姿を思い浮かべ、アルベドは頬を緩ませる。

「毎回毎回、アインズ様の椅子になれたことを自慢して」
 本来あれは心優しき主人が失態を犯したシャルティアに対して下した罰なのだが、あの娘にとって、いやナザリックのあらゆる者達にとってあれはご褒美に他ならない。

 ここのところ、シャルティアは会う度にその時のことを語ってくるのだ。

 主人の重み、体に伝わる感触や温度を聞いてもいないのに事細かに。
 とは言え彼女も単に自慢したいのではなく――もちろんそれもあるだろうが――結局罰らしい罰を与えられなかったことを悔やんでいるらしく、しかし主人が罰とした以上、別の罰をと言い出すことも出来ず落ち込んでいた。
 その時のシャルティアの表情を思い出し、アルベドは小さく息を吐く。

「まずシャルティアに教えてあげようかしら」
 主人が出した命令を思い出す。

 人間達が欲する商品開発、シャルティアにそんな発案が出来るとは思えないが多少はフォローしてやっても良い。
 これはシャルティアのためと言うより主のためだ、落ち込んだままではまた別の失態を犯すかも知れない。それでは慈愛に溢れる主が気にしてしまうだろう。
 結局のところ失態はそれ以上の成果で償うほか無い。

 そのチャンスくらいは与えても問題はないだろう。
 行き先を変更し、アルベドはシャルティアに<伝言(メッセージ)>を繋げることにした。

「<伝言(メッセージ)>。シャルティア? 私だけれど、今大丈夫?」
 ナザリックの内政を殆ど任されているアルベドには今シャルティアが特に主人から仕事を任されていないことは知っていたが、一応尋ねる。

『アルベド? 何の用でありんすかぇ?』
 声は普段通りだが、やはりどこか覇気がない。

「仕事よ。アインズ様からのご命令」

『……なんでアルベドが言ってくるんでありんすか?』
 声が一気に下がる。
 基本的に主人は命令を下す際、自分で本人にメッセージを飛ばす。大事な命令であれば玉座の間で直接伝えることもある。
 今回間にアルベドが入ったことでシャルティアは自分が主人にないがしろにされているように感じたのかも知れない。

「別に貴女だけじゃないのよ。守護者全員とプレアデス、一般メイド達にも通達が下ったのよ。私はそれを伝えているだけ」

『そ、そうでありんすか。それで! アインズ様はなんと! あの時の失態を償い、シャルティア・ブラッドフォールンの有益さを示すチャンス! 逃すわけには』
 ビリビリと響くような強い声には確固たる決意と意志が込められていたが、同時に何となく今回も空回りに終わりそうな予感があった。

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」
 淡々と告げた後、暫く間が開いた。

え?
 小さな呟きに対し、アルベドは再び同じ事を告げる。

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイディアよ」

『え?』
 帰ってきたのは再び同じ答えだった。



今回はアルベド回、商品開発に向けての準備回なのでやや短めになりました
次はシャルティアを中心とした話になる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。