オーバーロード ~経済戦争ルート~ (日ノ川)
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第1話 経済戦争ルートへの舵切り

時系列的には五巻の中盤、アインズ様が金が無いと嘆いた少し後くらいです。



「金が足りない。全然足りないぞ」
 広い机の上に広がった金貨や銀貨を数えながらアインズは幻術で作られた顔を歪めた。

 一般人ならば一財産、下手をすれば一生をかけても稼げないほどの額ではあるがアダマンタイト級冒険者として相応しい宿を維持する為の必要経費。そしてなによりも。

「まだまだ実験したいことは山ほどあるというのに」
 エクスチェンジ・ボックスにこの世界の物質を入れてユグドラシル金貨を生産するのに効率のよい物を探すことを始めとした、ナザリックの維持や強化の為にやるべき実験は多数存在する。

 しかし現状、外貨を稼ぐ手段はアインズとナーベラルが冒険者をする他に存在しない。
 これではあまりにも心許ない。
 かといってあれもこれもと片っ端から依頼を受けては他の冒険者達から反感を招く。
 折角王国に三組しか存在しない最高位冒険者という地位を手に入れたのだから、評判が下がるようなことはしたくない。

「けど、そのせいでの出費でもあるんだよなぁ」
 アインズはグチをこぼしながら立派な――ナザリックと比べればあまりにも見窄らしいが――最高級宿屋の室内を見渡した。

 もういっそのこと、エ・ランテルに屋敷でも構えてそこを拠点にするという方法を考えもしたが、場合によってはエ・ランテルを出て別の都市や、何なら別の国で活動する可能性もあるため今のところは保留にしている。

 ため息を吐き出そうとしたアインズは扉がノックされる音を聞き、慌ててコインを皮袋の中にしまい込んだ。
 相手は分かっている、ナーベラルだ。
 彼女にナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが金欠で頭を悩ませている姿など見せる訳にはいかない。

 入れ。と短く告げた後、予想通りナーベラルが入ってきたことを確認し、アインズは堂々たる態度で彼女を出迎えた。
「何かあったか。ナーベ」
 随分慣れてきた作られた支配者の声で言う。

「はい。モモンさ――ん」
 既に彼女の癖となりつつあるそれに対してアインズは諦めにも似た感情で訂正せずに先を促す。
 ここまで言っても直らないところをみるとやはり、そうあれと作られた設定によるものなのかも知れない。
 しかし彼女は自ら自分の失態を恥じたようで、申し訳ございませんと深く頭を下げた。

「よい。自分で気づき訂正したことは評価しよう。以後注意せよ」
 おそらく無駄だろうなぁ。などと思いつつ改めて用件を問う。

「はっ。モモンさんにお会いしたいという者が来ております。商人だという話ですが。如何されますか?」

「商人? 何か注文していたか?」
 本来アインズにもナーベラルにもこの世界のアイテムなど何の役にも立たないのだが、冒険者をしている手前、消耗品などのアイテムを購入しないと怪しまれると考えて時折商人にアイテムを注文したり、またエクスチェンジ・ボックスの実験の一環として、産地による金額の差が生じるかを調べるために様々な場所から鉱物を買ったりする際など、商人に注文することがあったが、現在そうした物を頼んだ覚えはなかった。

「いえ。それがどうもあの下等生物(カマドウマ)はただの使いの様で、商人のいる屋敷まで来て欲しいとのことでした。下等生物(フナムシ)ごときがモモンさんを呼びつけるとは不愉快極まり無いことですが、何か話があるとのことでしたのでこうして伺いに参りました」

「屋敷に直接となると何か良いアイテムでも入荷したから買わせようと言う腹か、それとも単に接待でもして恩を売る気なのか。商人の名前は言っていなかったのか?」

「確か、ロフーレ商会の者と言っておりました」

「ロフーレ?」
 聞き覚えのある名だ。
 どこだったか。と微かな記憶をたぐり寄せる。

「そうか。確かこの都市でも有数の商会がそんな名前だったな。確か食品関連の」
 アンデッドであるアインズが飲食が出来ない為、大商会であっても記憶に留めていなかったが、噂話程度で聞いた覚えがある。

「しかし食品関連の商会となるとな。歓迎を受けて店の自慢の品ですなんて食べ物を出されても困るな」
 食べ物を口に出来ないアインズとしてはそうした食品関連の歓迎が一番困る。

 例えば武器などを扱う商会であれば、歓迎を受けても、口を付けず先ずは商品を見せて欲しいなどと言って誤魔化すことも出来るが、食品を扱う商会であれば一番の売りが食べ物であり、飲み物なのだ。
 それを断ることは出来ない。

 ナーベラルだけに食べさせると言う手もあるがお世辞など言えないナーベラルでは素直に不味いと言い出しかねない。

 やはり断るのがベターだな。

「ナーベ。相手にはこれから急ぎの用事があるため、申し訳ないが断ると伝えよ。時間が出来たらいずれこちらから伺うとも言っておけ」
 前々から打診されていたわけではなく、いわばアポなしの話だ。断っても角は立たないだろう。
 ついでに社交辞令混じりのフォローを入れておけば問題ない。

「畏まりました。伝えてきます」
 深く礼をして部屋を後にしようとするナーベラルにふとイヤな予感がしてアインズは彼女を呼び止めた。

「いいな。あくまで私が言ったとおりに伝えるのだぞ。無理矢理追い返したりせずに」

「……畏まりました」
 一瞬空いた間にナーベラルがどんな対応をするつもりだったのが透けて見えた。
 呼び止めてよかった。
 ほっと胸をなで下ろしつつ。アインズは再度切迫する財政難について思いを馳せた。

「やっぱりスポンサーをつけるのが無難かなぁ」
 そう考えると今断ったのは早計だったろうか。
 いくらフォローを入れたとしても相手も多少なりとも不快に思ったかもしれない。大商人とは場合によっては下級貴族よりも顔が利き、権力を持つと聞いたことがある。

 そんな相手に失礼だったか。

 今更ながら不安が募る。
 ひょっとしたらアポなしでやってきたのは、こちらを試す意味だった可能性もある。
 しかし今更追いかけてやっぱり行きますと言うわけにもいかない。

「せめてこう言うのはリーダーから言うべきだったんじゃないか?」
 漆黒はリーダーは当然モモンであり、周囲の人間もナーベは仲間あるいは従者だと勘違いしている節がある。彼女の言葉遣いなどが直らない理由付けにもなるのであえて否定はしてこなかったが、そう思われているとしたら、相手には従者によってにべもなく断られたと考えるだろう。

 不味い。

 アインズは慌ててテーブルの上に置かれた皮袋をしまい込むと立ち上がり、部屋を出た。


 ・


 一階に降りると、戻る途中だったナーベラルとはち合わせた。
 どうやら間に合わなかったらしい。

「モモンさん。お出かけですか? でしたら私も」

「先ほどの使いは? もう帰ったのか」

「はい。大変残念ですがまたの機会に。いつでも商会にお越し下さい。とのことでした。どうも我々が一度も商会に顔を出していないのが気になっている様子でした」
 周囲の人目を気にしてナーベラルが小声でアインズに告げる。

「そうか」
 よく考えてみれば当たり前かもしれない。
 ある程度名前が売れて金を持っている冒険者であれば、都市有数の大商会に顔を見せない方がおかしい。
 しかも武器やアイテムなどを扱う商会には顔を出しているのだから、なぜ自分のところだけと思っても不思議ではない。
 アンデッドであるが故につい食品や飲料に無頓着になっていたが、こちらも無駄になったとしても商会で購入しておけばよかったのだ。

「よし。ナーベ近々お前がロフーレ商会に赴き、携帯食や飲料を購入しておけ」

「畏まりました……ですが、相手は私ではなくモモンさんに近づきたいようです。おそらく私が行っても奴らは満足しないでしょう。食品以外にも様々な物を仕入れることも出来ると伝えて欲しいとも言っていました」

「そうか」
 やはり本格的に飲食が出来る方法を考えるべきか。
 自分が直接行くのではなく替え玉を用意するというのはどうだろう。

 例えば――

 己の黒歴史が敬礼している姿を思い浮かべ、アインズは小さく首を振った。
 ここから先のことは後でゆっくり考えよう。

「ナーベよ。少し出かけるぞ」
 本当は使いの者がいなくなった時点でもう用はないのだが、このまま戻っては何をしに出てきたのかと思われる。

「はっ。お供します」
 周囲の視線が集まるのを感じつつ、アインズは宿のスタッフに見送られながら外に出た。


 ・


 とは言え別に用事があるわけでもない。

 さてどこに行こうか。
 冒険者組合にでも顔を出して依頼を探すか。

「モモンさん。本日はどちらに?」

「う、うむ。取りあえず」
 冒険者組合に。と続けようとしたアインズだが、その前に自分達の真横に大きな馬車が止まった。

「先ほどの商会の使いの下等生物(チャタテムシ)です」
 馬車操る御者に視線を向け、小さくナーベラルが言う。

 わざわざ下等生物をつけなくても商会の使いでいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると馬車の扉が開き、中から中年の男が顔を出した。
 四十後半ほどのでっぷりと腹の膨らんだ男で、派手すぎない品の良い服を着た間違いなく上流階級の人間だ。
 話の流れからするとこの男も商会の者。
 あるいはこの男こそが商会のトップなのかも知れない。

「おお。これはこれは漆黒の剣士モモン殿ですな」

「如何にも。私がモモンですが……貴方はロフーレ商会の?」

「ええ。バルド・ロフーレと申します。初めまして」

「貴方がロフーレ殿でしたか」
 やはり本人か。商会のトップが直接来ていると分かっていれば対策をとれたものを。
 使いの者が敢えて黙っていたのか、それともナーベラルが伝え損ねたのか。
 だとすればナーベラルの失態だが。

「申し訳ない。出来ればこの馬車で案内するときに、驚いていただこうと黙っていたのですが。どうにも間が悪かったようで、これからお出かけと伺いましたが?」
 サプライズを仕掛ける気だったのか。こんなオッサンに仕掛けられても苛立つだけで驚きも喜びもしなかっただろうが。
 取りあえず疑ってしまったナーベラルに心の中で詫びを入れつつ話を合わせる。

「ええ。実は急ぎの用がありまして。折角のお誘いを断るのは心苦しいのですが」

「でしたらどうでしょう。良かったら乗っていきませんか? 私も当然この後は用事はありませんのでね」
 結局のところ相手の今回の目的は、モモンと顔見知りになりたいということなので、馬車の中でも問題ないと言うことなのだ。
 しかしアインズとしては大いに困る。

 示された馬車は大商人らしく立派なものだ。
 その割に供回りがいないのは気になるが、貴族ではなくあくまで商人と言うことで敢えて連れていないのかも知れない。
 相手によっては執事やメイドを連れ歩いていると逆に偉そうだと不愉快に思う者もいるのだろう。
 生産業の者や職人などはそうした者が多そうな気がする。

「如何されましたかな?」

「いや、失礼。実は今から行くのはかなり遠い場所でして、既に馬車も用意してあるのです。有り難い申し出ですが今回は」

「そうですか。依頼ですかな? 流石はアダマンタイト冒険者ともなると依頼がひっきりなしと言うことですか」
 そうです。
 と返事をしようとしてはたと気づく、相手の目がこちらを観察するように見ていることに。

 この目には覚えがある、アインズがリアルで営業をしている時に見た目だ。
 こちらが返事に窮したとき、正解らしいことを口にしてこちらを引っかけようとしてる者の目。

 よく考えれば相手は商人、冒険者組合に問い合わせをして、漆黒に現在依頼が入っているか確認ぐらいはしているはずだ。
 その上で今は何も用事がないと知ったからこそ、アポなしで話を持ってきたに違いない。
 であればここで頷くのは不味い。
 何か別の言い訳を考えなくては。

 依頼以外でどこか遠くに行く用事。
 既に不自然なほどの間を空けてしまっている急がなくては。
 久しぶりに頭を高速で回転させながら考える。そして運良く一つの考えが思い浮かび、アインズはそれをそのまま口に出した。

「実はこれから王都に向かうところでしてね」

「王都に?」

「ええ。以前から注文していた商品が幾つかあったのですが最近依頼が立て込んでいて後回しになっていましてね。それが大方片づいたので」

「なるほど。それでわざわざ王都まで。しかしそういうことでしたら言ってもらえれば、私どもの方でご用意も出来たのですが。物によっては王都よりも良い品も安く仕入れるとこが可能ですよ。ここだけの話ですが王都の品は見栄えばかりで中身の伴わない物が多いですからね」
 バルドはこちらが言い淀んでいたのを商人の前で別の商人に会いに行くと言いづらかったのだと勝手に勘違いしてくれたらしく、王都の商会についての苦言を述べ始める。

 曰く王都は品数は多いが、食品やポーション等、質の劣る物が多々あり、それを見分けるのがとても難しいとのこと。

 話を聞きながらアインズは考える。
 現在王都で調査を行っているセバスからの報告書ではそうした記述はなかった。
 むしろ高い品も多いが、その分店構えも高級で丁寧な仕事をするところが多いと聞いていたが。
 商人目線では違うのか、それともこれは単に印象操作をしているだけなのか。

(さてどうしたものか。話が止まらん。馴染みの商人だから大丈夫とでも言えばいいか。しかしなんて店だと聞かれても困るしな。信頼出来る商会があれば……ん?)
 しっかり話を聞いている振りをしながら考えていたアインズの脳裏に閃きが走る。

「いやロフーレ殿。貴方の心配は有り難く思いますが実は私には昔から懇意にしている商会がありまして。その商会が王都で支店を出そうとしていると聞きましてね。まだ正式に店は出していないのですが私は昔から利用しているということもあり今回話を持ちかけられたので心配は無用です」

「ほう。アダマンタイト級冒険者御用達の商会ですか。気になりますな、差し支えなければその商会の名前を教えていただけますか?」
 バルドの目が一瞬だけ鋭くなった様な気がした。
 離れていても商売敵になるかもしれない相手だ当然気になるだろう。しかしその問いに関する答えは既に用意していた。

「ご存じ無いとは思いますが。シグマ商会と言うところでして。本来は帝国のそれも極一部のみで商いをしていた店なのです」
 シグマ商会。
 それはセバスとソリュシャンが王都で調査をするに当たって作り上げたアンダーカバーである『帝国某都市から来た金持ち商人の息女とお付きの執事』と言う設定をさらに膨らませたもので、元々帝国で商売をしていたが王国にも手を広げるため、ソリュシャンに商人の息女としての修行もかねて下見に行くように指示を出され、一人では心配なので執事のセバスも一緒に来た。
 と言う設定だ。商会の名前に特に意味はなく、プレアデスの姓にも使用されているギリシア文字の一つをそのまま使用しただけだ。

 現在準備中なのだからバルトが知らなくても問題はなく、後で調べようとしたらセバスに適当な店を構えてもらい辻褄を合わせれば済む。

(我ながら良い案を思いついたものだ。これならば矛盾はないし、セバスに幾つか商品を仕入れさせておけば証拠も……待てよ? 商会を実際に開店させてナザリックの品を売れば儲けられるのでは。いや駄目だナザリックの物は仲間たちが集めた大切なもの。俺が勝手に売り払って良いものではないし、この世界とはレベルが違いすぎて怪しまれる。しかしもっとレベルを落とした物をナザリックの技術で作ればそれだけでも……)
 これは良いアイデアなのでは?

 先ほどまで必死になって考えていた資金不足を解消する手段になりうる。とさらに深く考えようとしたアインズにバルドが水を差した。
 それもアインズの予想を大きく裏切る形で。

「おお! シグマ商会の。それは安心できますな。そう言えば聞いておりませんでしたが店は何時頃開店するのでしょうかな?」

(ええ!? なぜこの男が知っている! そもそもオープンする予定なんてないのに)
 思わず動揺してしまうが、直ぐに精神の鎮静化が発生する。
 強制的に落ち着かされながらも、アインズは慎重に確かめる。

「シグマ商会をご存じなのですか?」
 まさか同名の商会が存在したのだろうか。

「いえ。実際に取引をしたことはないのですが、シグマ商会のご息女と執事のセバスさんとはちょうど黄金の輝き亭で知り合いましてね。モモン殿もセバスさんとは顔見知りなのですか? でしたら私がよろしく言っていたとせびお伝え下さい」
 先ほどとは打って変わって友好的な笑みを浮かべてバルドが言う。

(そうだった! 王都に行く前にセバスにはここに立ち寄らせたんだ。確か武技を使えるゴロツキを捕まえるための餌としてここで金持ちアピールをさせたはず。こいつはその時の知り合いか!)
 きっとセバスが提出した細かな報告書にはこのことも記されていたに違いない。

 しかしあの後直ぐにシャルティアが何者かに洗脳されるという事件が起き、その後は蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃や、アダマンタイト級の冒険者になって様々な依頼をこなしたりとしているうちに忘れてしまっていた。

「ええ。セバスさんとはつき合いも長いので、彼ならば問題ないだろうと仕入れをお願いしていたのです」
 ずっと黙っていたナーベラルが後ろで僅かに動揺したような気配を感じる。
 しばらく会っていない上司の名前が突然出て驚いたのだろうか。

「そうですな。セバスさんなら問題は無いでしょうな。ではひょっとしてセバスさんの主人。いや、ご息女ではなくそのお父上とも知り合いのですか?」
 にこにこと優しげな笑みを浮かべているバルドの瞳に一瞬怪しげな輝きが宿った気がした。

(ん? いや気のせいか。さて、どう答えたものか。流石に父親までは設定していないはずだ。かといって、商会の主と言うことになっている者を知らないと言うのもおかしな話だ、ここは適当に話を合わせて後でセバスと口裏を合わせる。これだ!)

「ええ。まあ、何度も注文をしていましたから」

「それは羨ましい。私もぜひ一度お目にかかりたいと考えているのですが、帝国のどの辺りで店を出しているのでしょう? セバスさんともその辺りまでは話をしていなかったもので」

(これはまずい。帝国に探しにいかれたら嘘がばれる。ここは)

「申し訳ない。シグマ商会は会員制の小規模高級店でしてね。私が勝手に話すわけにはいかないのです」

「ほう。なるほど道理で帝国内でも聞き覚えがないと思いました」

「でしょうな」

「して、いかほど積めば会員になれるのですか?」

(しつこいなコイツ! セバスには別に何も特別なアイテムとかは持たせていないはずだが、何がコイツをそこまで駆り立てるんだ。セバスの立ち振る舞いか、それともソリュシャンか。そう言えばナーベラルにも貴族連中やらがお近づきになろうと寄ってきていたな、こいつもその類か。いや今はそんなことを考えている場合ではない。どう答えるべきだ? 金か? しかしこいつはかなり金を持っている。少なくともアダマンタイト成り立てのモモンに払える額を払えないというはずはない。ならば力か? 一流冒険者にしか売らない昔気質の職人の店というのはどうだ? いやしかし、こいつが冒険者に依頼されたら困る。帝国にも冒険者組合はあるという話だし。ええい、もういい、知らん。後は明日の俺に任せよう)

「そんなことをしなくても、主人は近々エ・ランテルに来るそうですよ。王国での開店に先駆けてソリュシャン嬢がきちんとやれているか見に来るという話でしたからね。エ・ランテルを通るはずです。ロフーレ殿がセバスさんと懇意ならば私の方からもセバスさんに話しておきましょう。ロフーレ殿が主人と会いたがっていたと」

「それはまことですか!」

「え、ええ。もちろん。今回のお詫びも兼ねて私からしっかりと伝えましょう」

「それはありがとうございます。王都から戻られましたら是非是非我が屋敷にお越しください。歓迎いたします」
 バルドがアインズの手を掴み大きく揺らす。

「ええ。そのときは是非」
 疲れは声に出さないように努めながら、アインズはどうにか返事をした。


 ・


 王都に向かう馬車の中でアインズは頭を抱えていた。
 と言ってもナーベラルも一緒のため、動揺を表に出すようなことはしない。
 向かいに座るナーベラルも何か言いたげにこちらをチラチラと観察している。

「ナーベ」
 密室とは言え一応外に声が漏れることを考えナーベと呼ぶ。

「はい!」
 弾かれたように返事をするナーベラルにアインズは腕を組んだまま自分の真横を顎で指した。

「こちらに来い。話がある」

「そんな恐れ多い、私などがモモンさ――んの隣になど」

「御者に聞かれては困る。命令だ、来い」
 声を落とし再び告げる。

 それなり高級な馬車を借りたため盗み聞きされる心配は殆どないが万が一ということがある。
 それを防止するアイテムもあるが使い捨てのため少々勿体ない。

「で、では失礼いたします」
 おずおずとアインズの隣に移動したナーベラルは身を固まらせ、小さくなっていた。

 冒険中はこれぐらい近づくこともあるのだから、別に緊張することはないと思うのだが、密室でとなると勝手が違うのだろうか。

 そんなことを考えながらアインズはナーベラルの耳元に声を落とす。

「一応<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させて御者の様子を窺え、何かあればすぐに報告しろ」

「は、はい!」
 上擦った声で返事をしつつナーベラルは<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させる。
 どこかサイバーなウサギの耳がナーベラルの頭から生え、それが僅かに動き出す。

「問題ないようです。こちらに意識を向けている様子はありません」

「では、これからの予定について話す。急になってしまったが、我々はこれから王都のセバスとソリュシャンと合流する」

「はい」

「それにあたりまずは<伝言(メッセージ)>を使用し、セバスにその旨を伝えよ」

「畏まりました。では移動手段はいかが致しますか? このまま馬車で向かいますと時間が掛かりますが」

「構わん。馬車で向かうとしよう。モモンが馬車で王都に向かったという話は、バルドがエ・ランテルに広めるだろう。<転移門(ゲート)>で移動しては時間の矛盾が生じる」
 なによりアインズには考える時間が必要だった。

 今頭の中に浮かびつつあるアイデアをセバスたちと合流するまで形にしなくてはならない。

「なるほど、畏まりました。ではそのようにお伝えします」
 早速メッセージを発動させるナーベラルを尻目にアインズは目を伏せてアイデアを纏め始める。
 先ほどバルドに語ったデマを真実にするための作戦だ。

 現状で決定しているのはセバスとモモンが知り合いであり、モモンがシグマ商会を御用達にしていると言う点だ。

 これはいくつかの利点がある。
 今回のように商人たちがすり寄ってきた際の言い訳に使え、アインズの心労が減る。
 セバスの知り合いと言う点を利用し、セバスに王都内でモモンの名声を広めてもらう。

 リアルと異なり、情報の伝達が手紙や人の噂に頼るこの世界では情報が広まるのが遅い。
 アダマンタイトになったばかりのモモンの噂もまだ王国には完全に広まってはいないだろう。
 そこをセバスと言う品の良い執事によって広めてもらえばその情報は確かなものとして伝わるだろう。
 セバスにも王都内の冒険者との繋がりを持たせるのが容易になる。それは今よりも更に多くの情報を集めることが可能になると言うことだ。

(完璧じゃないか。思いつきだが全く穴が見つからない。そう言えば必死に考え作られた商品よりも、パッと思いついた商品の方が大ヒットすると聞いたことがあったな。これがまさにそれか。となると問題はあと一つ。実際に商会をオープンさせるのかどうかと言うことだ)
 再びアインズは思案する。

 商会を運営するというのは大変なことだが、アインズにはすでにアドバンテージがある。
 いうまでもない、商品の質だ。
 この世界の商品はユグドラシルのアイテムに比べればガラクタも同然。

 適当な物でもこちらの世界では高値で売ることが出来るはずだ。

 例えばこの世界にあるミスリルやオリハルコンなどをナザリック内の技術で加工すれば、この世界のものとは比べ物にならない武器や防具が出来上がるのではないか。

 それならば冒険者のモモンが贔屓にしていてもおかしくはない。

 食べ物や飲み物にしても、ナザリックの食堂で出している物とこの世界の食べ物とは格が違う――アインズは食べられないのであくまでもナーベラルたちの言葉によるものだが――と言う話だ、そちらも売れるに違いない。

 なによりもこれは漆黒としての活動以外でこの世界の金を獲得出来る方法だ。もうアインズが数少ない金とにらめっこしながら、頭を捻る必要はなくなる。

(これは素晴らしい! こんなアイデアが浮かんでくるなんて。今日はなんて良い日だ)
 疲れ果てていたアインズの頭は自分にとって都合のいいことばかりが思いつき、開店にあたっての初期費用や、ユグドラシルのプレイヤーに気づかれるかもしれないと言うリスクなどは欠片も浮かんでこなかった。

 自分の思いついたアイデアに浮かれながらアインズはニヤリとヘルムの中で笑みを浮かべた。



次は王国でのセバス達の話からスタート。


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第2話 執事の決断



王国内でのセバスの話
既に本来のルートから外れた行動を取ることになります



「畏まりました。アインズ様には心よりお待ち申し上げておりますと伝えて下さい」
 <伝言(メッセージ)>を切ったセバスの胸に宿ったのは不安だった。

 ナーベラルより入った緊急の<伝言(メッセージ)>。
 近日中に主が王都に来るという知らせだ。

 命じられた王都内の調査は出来うる限り細かく報告している。
 情報の精査が一人では困難だからと言う理由で、真偽の不明な街の噂程度のことまで記載してナザリックに送っている。
 だが、一つだけ記載していない情報がある。

(いや、あの程度のことはわざわざアインズ様にお伝えするまでもない。そう判断した、したが)
 ソリュシャンは早急に知らせるべきだと告げていた。
 それを止めたのは自分だ。

(アインズ様たちは馬車でこちらに向かうと仰られた。その間にツアレを安全な場所に連れていくべきか。しかし主がもしツアレのことを知っていてこちらに来るつもりならば、アインズ様が到着する前に逃がしたと思われるやもしれません。であるなら)
 思考を高速で回転させながら歩いていたセバスは拠点としている館の前に到着した。

 いけない。

 表情を引き締め、扉を開く。

「おかえりなさい。せばすさま」
 いくらかまともに会話が出来るようになったツアレがいつものように出迎える。

「ええ。ただいまツアレ。仕事の方は問題ありませんか?」
 いつもと同じことを聞く。

 彼女はコクリと頷くと小さな声で、
「だいじょうぶ、です」
 と告げた。

 いくらかマシになったとはいえやはりまだ言葉はたどたどしく、外にも出たがらない。
 これで外に出して一人で生きていけと言っても無理に決まっている。

 しかし時間はない。
 いや、内心では既に決めていた。それ以外方法がないと。

 ソリュシャンに会いに行くと告げ、ツアレには食事の用意をしておくように伝えて遠ざける。
 ソリュシャンの部屋をノックし、セバスは返事を待たずに扉を開き中に入った。

 部屋の中ではソリュシャンは頭を下げて待っていた。
 今日はツアレが一緒ではないと気づいていたのだろう。

「お帰りなさいませ。セバス様」

「ただいま戻りました」
 いつもならばここでソリュシャンの方からツアレの処遇について聞いてくるのだが、今日はこちらから伝えなくてはならないことがある。

「緊急の報告があります」
 ソリュシャンの表情が変わる。いつもであればツアレのことでセバスに対し不満を露わにしているが、一瞬で表情が引き締まり、ナザリック地下大墳墓のプレアデスとしての顔つきになる。

「アインズ様が近日中に王都にお越しになられます。ナーベラルも共に冒険者漆黒としてのご来訪ですので、出迎えの際はそのようにとのことです」
 ナザリックの絶対的支配者アインズ・ウール・ゴウンとしてではなく、この世界における主のもう一つの顔である冒険者モモンとして出迎えろと言う命だ。

 ソリュシャンの表情が目に見えて明るくなる。
 瞳は色の無い濁ったいつものものだが、唇が押さえきれず持ち上がりかけている。

「畏まりました。アダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモン様と美姫ナーベとして出迎えると言うことですね」

「ええ。そしてもう一つ、こちらにはエ・ランテルより馬車で向かっているそうで到着までは今暫く掛かります。それまでの間私たちには調査を中断し、人間とは関わらずに静かに生活せよとのことです」

「では、歓迎の用意はどういたしますか? この様な場所にアインズ様をお迎えするわけには。せめて調度品と簡素でも玉座だけは用意しなければなりません。ナザリックより送っていただけるのでしょうか?」
 ソリュシャンの言にも一理ある。

 冒険者チーム漆黒として出迎えると言ってもそれは外での話。この館内に入った後は話が別だ。

(アインズ様を出迎えるには確かにここは不向き。せめて応接室だけでも何とかしなくては)
 とは言え既に外に出て人間たちと接触することは禁止されている。やはり定時連絡の際にエントマに伝え、ナザリックより調度品を運んでもらえるように話すべきか。

「そうですね。その件に関しては後ほど私からエントマに連絡を入れましょう」

「畏まりました――それで、あれはどうなさいますか?」
 深々とお辞儀をしながら、ソリュシャンが言う。あれがなにを指すのかは言うまでもないツアレだ。
 セバスは唇を一度閉じ、目を伏せてから改めて口を開いた。
 考えは既に決まっていた。

「今夜、ツアレが寝静まった後……処理します」
 いつも通りの口調で言ったつもりであったがその声に不必要な力が籠もっているのが自分でも分かった。
 ソリュシャンの瞳が驚いたように一瞬開き、その後すっと細まる。

「よろしいのですか?」
 心配しているのではなく、確認しているのだ。
 ツアレを殺せるのかと問われている。

 もちろん本来であればそんなことはしたくない。それは己の創造主から受け継いだセバスの正義に反している。
 しかしそれでも、セバスはナザリックの執事。それ以外の何者でもない。
 本来ならばもっと早く外に出すべきだった。

 ある程度の金を渡し、この国の外に逃がす。そうすれば生きていける可能性もあった。
 だがもう遅い。

 今から外に連れ出すのは無理だ。それは主人が到着するまで大人しく生活せよと言う命令に反している。
 かといってこのまま主が到着するまで一緒に過ごすわけにもいかない。
 それでは主を迎えるにあたっての準備が疎かになる。執事として不完全な状態で主を出迎えることは出来ない。

 だから今夜、せめて痛みを与えずに眠ったまま静かに命を絶つ。

 それがセバスに出来る唯一の慈悲だ。
 当然ソリュシャンも賛成するだろうと思われたが、どうも様子がおかしい。
 ソリュシャンはピンと背筋を伸ばすと真っ直ぐにセバスを見つめた。

「セバス様。その判断は早計かと」

「何故です? ツアレをここに置いておけないと言っていたのは貴女でしょう? ツアレは未だ外の世界で生活など出来ません。なんとしてもここに戻ろうとするでしょう。それで騒ぎを起こしてはアインズ様の命に背くことになります。ですから今夜の内に処理をし初めからいなかったことにするのが望ましいと言っているのです」
 口にするだけで己の正義が動揺している。
 二度も同じことを説明させるソリュシャンを知らずのうちに恨みがましく見てしまうが、彼女は表情を変えない。

「アインズ様は既にご存じの可能性があります」

「まさか」
 なにを言われたのか瞬時に判断が付かなかった。

 ツアレのことは報告していない。
 報告するでもないと判断した。
 だからこのことを主も含めナザリックの誰もが知るはずがない。

 可能性があるとすれば。

 ソリュシャンに視線を向けたセバスに彼女はゆっくりと頭を振る。

「私はなにも告げていません。ですが我らの主、至高の御方であるアインズ・ウール・ゴウン様が私たちの隠し事に気づかないとは思えません。それに私はアインズ様が冒険者モモン様としていらっしゃるというのが気になります。あれは確か違法な娼館で働かされていたのですよね?」
 セバスが黙って頷いたのを確認後、ソリュシャンは続ける。

「であるならば、モモン様として何らかの依頼を受け、そのために前もって王都内を調べていた可能性があります。あるいはその娼館自体を何とかするような依頼を受けたという可能性も。であるならあれを始末するのは得策ではありません」

「ではどうするべきだと? アインズ様がいらっしゃるまでただ待つと?」

「いえ。セバス様今こそ、今こそあれのことをアインズ様にご報告なさるべきだと思います。報告しどのように対処するのが良いかアインズ様に判断していただくのが最良かと。仮にアインズ様があれのことを知らなかったにしても、話を通しておければ利用する価値があるやもしれません。セバス様も以前に仰っていたように殺してしまった後では利用出来ませんから」
 この様な些事でアインズ様の手を煩わせるわけにはいかない。
 そういって報告を拒んで来たのは他ならぬセバス自身だ。

 しかし状況は変わった。仮にソリュシャンの言うことが正解であったならツアレの存在は些事ではない。
 依頼に関係するかもしれない。
 娼館内部の情報を知る情報源になるかもしれない。
 たとえ僅かな可能性でもある以上は捨ておけない。何故すぐに報告しなかったと叱責され、その咎を命で償うことになったとしても。
 己はナザリックのためにこそ行動するべきだ。
 そうしなくてはならない。

「わかりました。私から報告します。ソリュシャンは念のためツアレの動向を見ていて下さい。場合によっては即座に処理する可能性もあります」

「では一旦眠らせておきましょうか」

「何かに使用する可能性もありますので、傷など残らないよう静かに、出来れば痛みもなくお願いします」
 魔法の使えないソリュシャンでは眠らせるのは巻物(スクロール)を使うか、物理的に気絶させるしかない。
 判断が降りていない以上、これ以上巻物(スクロール)をナザリック外の者に使用するべきではないのは確かだ。

「承知いたしました。ではアインズ様によろしくお伝え下さい」
 頭を下げソリュシャンが部屋を後にする。
 残されたセバスは深呼吸を繰り返した後、一つの魔法を発動させた。

「<伝言(メッセージ)>」
 僅かな間をおいて、相手が応答する。

『セバス。何かあったか?』

「はっ、アインズ様。王都にお越し下さる前に一つご報告しなくてはならないことがあります」
 背中に冷たい汗が流れる。
 恐ろしい。

(告げることが恐ろしい、いや。アインズ様に失望されるのが、恐ろしい)
 覚悟を決めてもなお、その恐怖だけは拭えない。

 しかし黙っているわけにはいかない。
 セバスは意を決し、ツアレについての報告を口にした。


 ・


「なるほど……事情は理解した。一つ聞こう。セバス、その娘を助けたのは何故だ」
 全ての話を聞き終えた後、アインズは緊張で声を震わせる執事に問いかける。

『私の愚かな判断でございます。お許し下さい!』

「そういうことを聞いているのではない。理由だ、お前が何故助けようと思ったのか、それを聞いている」
 再度問うと短い沈黙の後、言葉が返ってきた。

『助けてほしいと、言われたからです』

「それだけか?」

『困っている方に手を差し伸べるのは当然のことだと、思ったからです』
 これまでの緊張した声ではなく、きっぱりとセバスが告げる。
 その言葉にアインズは思わず浮かび上がる歓喜の感情を抑えきれなかった。
 かつて、自分を助けてくれた純白の騎士の姿が思い浮かび空虚な胸に灯がともった気がした。

「そうか――分かった。私はその娘のことなどどうでも良いが、お前が助けたいと願うのであればそれを叶えよう」

『し、しかし。アインズ様に余計なお手間をかけるわけには』

「セバス。お前が困っているのならば、私が助けるのは当たり前だ。その娘は私がそちらに行くまで眠らせておけ、詳しい話は着いた後だ」

『ははっ! 畏まりました。アインズ様……ありがとうございます』

「うむ。なにか問題が発生した際は、その都度私に<伝言(メッセージ)>を送り判断を仰げ。今回お前が反省すべきは、助けたことではなくそれを私に告げなかったことだ」
 創造主であるたっち・みーの影響を色濃く受けたセバスが、人助けをするのはある種当然のことだ。
 それがナザリックに不利益を及ぼさないのであれば、アインズとしては特別止めるつもりはなかった。

 しかしそれも程度による。

 町中で荷物をもってやる程度ならば構わないが、そのまま面倒を見るようなことであれば上司であるアインズに連絡するべきだ。
 コキュートスの件でそのことを痛感し、あの場にいた守護者には全員伝えたが、離れていたセバス達には未だ伝えていなかった。
 それはアインズ自身のミスとも言えた。

『申し訳ございません。この償いは』

「それも私が着いてからだ。がとりあえずこれ以上問題が起こらなければ許そう。では、私の到着まで大人しく待て」
 アインズの言葉を受けたセバスが力強い返答をした後、<伝言(メッセージ)>を切る。
 隣に座っていたナーベラルがチラチラとこちらを伺っていた。
 どこか緊張しているようだ。

(なにをそんなに。ああ、そうか。自分がセバスに<伝言(メッセージ)>を送った後、セバスが俺のところに直接<伝言(メッセージ)>を送ったせいか)
 自分が何か伝え忘れていたのか、何か不手際を犯してしまったのかと心配なのだろう。

 ナザリック内で着ているメイド服ではなく、冒険者ナーベの格好をしている彼女は人間全てを下等生物と見なし、当然のように冷淡で見下した態度を取っている。
 その格好のままこんなにも恐縮されると、なんだか微笑ましくすら思えてくる。

「心配するな。大したことではない。セバスが現在抱えているちょっとした案件に関する報告だ」

「なるほど。了解いたしました」
 ここで話を終わらせても、ナーベラルは特に気にしないだろう。

(いや、いかんいかん。報連相が大切だと言った俺自身が手本を示さなくてどうする! それに、人間嫌いのナーベラルがどう反応するか気になるところでもある)
 ナザリックにおいて人間は総じて下らない存在と言うのが一般認識だ。

 しかしセバスを初めとしてカルマ値が善性に傾いている者達も存在する。
 そうした者達が肩身の狭い思いをするのはアインズとしては避けたいところだ。

「いやお前も知っておくべきだろう。ナーベ、お前の意見を聞かせてほしい」
 そんな言葉を皮切りにセバスから受けた報告をそのまま伝える。

 初めはアインズの言葉を聞き逃すまいと食いつかんばかりに話を聞いていたナーベラルだったが女を助け治療し匿っている。と言うところまで話が進んだときには、形の良い眉を寄せ、明らかに不満げな顔をしていた。

「以上だ。どう思う?」

「即刻始末すべきです。その後死体をナザリックのために有効活用すべきかと」

(そう言うと思ったよ)

「そうではない。助けると言うのは既に私が決定を下したことだ。ではその決定に従い、その娘をどのように使えばナザリックの役に立つかを考えろと言うことだ」
 これはナーベラル自身にアインズにただ従うだけではなく、自分で考える力を付けさせるためのものだったが、同時にアインズが考えなくてはならない問題でもあった。

(ただ助けると言っても守護者のみんなが納得しないよなぁ)
 他ならぬアインズの決定なのだから従いはするだろう。ただしセバスに対して遺恨が残る。
 出来れば皆が納得する理由付けがほしい。

下等生物(ダンゴムシ)風情がなにをどうしようとナザリックの役に立つことなど不可能かと思いますが、あえて言うのならば」

「おっ、なんだ。言って見ろ」

「はい。その娘は違法娼館で働いていたのですよね?」

「う、うむ。そうらしいな」
 情報を正確に伝達するためとは言え、違法娼館で働いていたなどと女性に言うべきではなかったと思うが既に後の祭りだ。

「体も治ったのでしたら、再びそこに入れて金を稼がせればよいのでは? 稼ぎなど微々たるものでしょうが、この世界の金を稼ぐにはこの世界の者を使うのが手っとり早いかと思います」

「それはセバスが納得しないだろう。そうしたところで働かされているのを不憫に思って助けたのだから」
 凄まじいことを考えるな。と考えつつも、なるほどと思える部分もあった。

 この世界の金を稼ぐには、この世界の人間を使うのが手っとり早いと言う部分だ。

 ナーベラルには最初冒険者として登録した日にこの世界の金が無いという話はしていたが、その後は特に何も言わなかったし、買い物などでは金に糸目をつけず資金はいくらでもあるなんて態度を見せていたから、気づいていないだろうと思っていたが。

 考えてみれば報酬を受け取る際にはナーベラルも常に一緒にいるのだからどれほど金を受けとっているか分かっていたはずだ。
 彼女も彼女なりに金欠について考えていたということか。

「申し訳ございません。愚かなこの身では他に考えなど……」

「いや良い。むしろいい案だ。そのまま使うことは出来んがよく考えた。ナーベ、そうして自分で考え、提案することが重要なのだとよく覚えおけ」
 コキュートス同様、ナーベラルも自分で考えるということが出来ている。これは成長と言っていい。
 未だ<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を解除していないために頭上に生えている耳がピクピクと感情を抑え切れぬように動く。

「はいっ! 今後もアインズ様のお役に立てるよう努めさせていただきます!」

「ナーベ。モモンだ」

「も、申し訳、ございません」
 褒めた途端にこれだ。

 しかし、これはナーベラルに限らずナザリックの者に大体当てはまる。

 アインズに対する忠誠心の高さ故か、少し怒っただけで絶望するほどのショックを受け、逆に褒めると天にも昇るような幸福感を得るらしく、その前後で言動がおかしくなるのは何度となく見ている。
(主にアルベドだが。む、ナーベラルが落ち込んでしまったか。こうなると本当に無意識なのだろうな。しかしこのままと言うわけにもいかないか。うーむどうしたものか)
 気にするなと言っても恐らく無駄だろう。
 となると。

 シュンとヘタレてしまったウサギ耳を眺めながら、アインズは無言でその頭の上に自分の手を置いた。
 何が起こるか分からないため一応魔力で作り上げた鎧は解かずガントレットのまま。
 その状態で撫でると髪を巻き込んでしまうかもしれないので、ポンポンと軽く頭を優しく叩く。

「アイ……んん! モモン、さん」
 弾かれたように体をビクつかせるナーベラルが再度アインズと呼びかけて、慌てたように咳払いし名前を言い直す。

「うむ。それで良いナーベよ。反省することは大事だが、引きずり過ぎるのも良くはない」

「は、はい」
 消え入りそうな声で返事をしナーベラルは顔を下に向ける。

 ナーベラルは髪をポニーテールに纏めているため横から見ると形の良い耳がはっきり見える。
 その耳が見る間に赤みを増し、やがてこれ以上ないほど紅に染まった。
 元々肌が色白の分余計にそれが目立って見える。

「す、スマンな。つい」
 アウラやマーレにするような態度をとってしまった、あの姉弟とは異なりナーベラルは二十前後の外見であり、精神年齢もそれぐらいの設定のはずだ。

 子供扱いされて恥ずかしがっているのだろう。
 けれど絶対的支配者であるアインズにやめて欲しいとも言えずに黙って耐えていたに違いない。

「い、いえ。身に余る光栄です」
 明らかに無理しているのが見え見えだ。

 こちらを見もせずに更に顔を下に向けてしまったナーベラルに改めて謝ろうかとも思ったがこの様子では何度謝っても同じだろう。
 話題を変えるべくアインズは咳払いをする。わざとらしいが仕方がない。

「では私はこれよりお前の出した案を活かすために具体的な方法を考えるとしよう。ナーベよ、お前は少し休んでおくが良い」

「しかし」
 ナーベラルにもリング・オブ・サステナンスを与えているため、睡眠は不要ではある。
 そう言いたいのだろうが、アインズはそれを遮る。

「命令だ」

「……畏まりました」
 納得はしていないようだったが、それきりナーベラルは黙り込み、頭も下げて目を伏せた。

 眠っているようにも見えるが、結局その後朝まで起き続けてたらしく、アンデッドの特性である<闇視(ダークヴィジョン)>によって昼間と変わらぬアインズの目には、ナーベラルの耳がずっと赤いままなのが見て取れた。




しかしオーバーロードは好きなキャラが多いので
なるべく色々なキャラを出そうとすると話の進みが遅くなりますね
じっくり書きたくもあり、話を進めたくもあり、まあ暫くは思いつくまま書いていきます
今回の話も本当は1話に纏めるはずだったのですが長くなったので半分に分けました
続きは近いうちに投稿します


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第3話 現状確認

元々前話と併せて1話の予定だったので今回は少し短いです



 王都に到着したアインズとナーベラルは、<伝言(メッセージ)>で聞いたセバス達が逗留している館に向かった。
 大きな館は二人――現在は三人らしいが――で生活するには過剰な大きさだったが、大商人の息女と言うソリュシャンの設定上仕方ないのかもしれない。

(でもここの家賃すごいんだよなぁ。もう少し小さいところでも良かったんじゃないだろうか)
 金欠の一因とも言える館を前にアインズが思い耽っている間にナーベラルが扉に手を伸ばし、玄関ノッカーを鳴らす。

 僅かな間の後、開かれた扉の向こうではセバスがこちらに向かって頭を下げていた。
 ソリュシャンは少し離れたところに立ち、セバスよりは小さく頭を下げると言うよりは小首をかしげるような礼を取っている。
 ナザリックでは決して見ることの出来ない態度だが、わがまま令嬢がアダマンタイト冒険者相手とは言え、深く礼をするのは不自然だと考えたのだろう。
 その態度にアインズはちょっとした新鮮味を覚えた。 

「お待ちしておりました。モモン様、ナーベ様」
 セバスが礼を取りながら言う。

 部下であるナーベラルに対しても様付けしているのは冒険者漆黒として出迎えるように告げていたからだろう。
 セバスも、そして上司に様付けで呼ばれたナーベラルも特に反応を示さないのは流石と言うべきか。

 この場で余計な話をするわけにもいかず、アインズは無言で頷くと、ナーベラルの後に着いて館の中に入り込む。
 玄関の扉が閉まり、シンとした静寂が館の中を支配する。と同時にアインズは魔法で作り上げた鎧を解いて、冒険者モモンからアインズの姿に戻る。
 それに合わせるように、ナーベラルとソリュシャンも、それぞれ冒険者と金持ちお嬢様の格好を脱ぎ捨てプレアデスのメイド服へと姿を変えた。

「改めまして。お待ちしておりましたアインズ様」

「うむ。セバスもソリュシャンも久しぶりだな。元気でやっていたか?」

「はっ。お陰様で。ですが今回は私の不始末でアインズ様にお手間を取らせてしまい、謝罪のしようもございません」

「その話は後でよい。では行くぞ。案内せよ」
 横柄に手を振って言葉を遮らせたアインズの言葉に従ってセバスが歩き出す。アインズがその後に続き、ナーベラルとソリュシャンはアインズの後ろに着いて歩き出した。
 応接室だと言う部屋に案内され、中を覗くとなにやら見覚えのある調度品や、豪華な椅子やテーブルなどが並んでいた。

「ナザリックから持ち込んだものか」

「はっ。アインズ様を迎えるにはこの館は余りに粗末でしたので」

「そうか。まあいい」
 床に大理石の石材を置き、一段高くなった場所に置かれた玉座に座ると三人がアインズの前に跪く。

「三人とも、面を上げよ」
 三人が同時に顔を上げる。

「先ずは王都での情報収集に関してだが、問題はあるか?」

「いえ。情報収集に関しては何ら問題はございません。こちらの世界にしか存在しない魔法に関しましても粗方巻物(スクロール)の収集は済んでおります」

「うむ。この世界ではユグドラシルと異なり新たな魔法の開発が出来ると言うのは驚きだ。その魔法が我々でも使えるのか、あるいは開発も可能なのかについても今後実験せねばなるまい。ちなみに実際に生活してみて王都はどうだ。我々はともかく人間たちにとって暮らしやすい場所か?」
 次なる質問にセバスは僅かに間を空けた。

「他の都市を私はエ・ランテル以外には存じませんが、あの都市に比べ王都は光も闇も色濃く感じます」

「ふむ。光とは発展具合や生活水準、娯楽施設などか。では闇というのが例のあれか」
 あれと口にしたところでセバスの体が僅かに震える。

 完璧な執事として造られたセバスにしては珍しいその動揺に他の二人が反応する。
 僅かだがセバスを責めるような視線だ。
 思えばコキュートスも蜥蜴人(リザードマン)の集落から敗走した後、他の守護者から同様の視線を向けられていた気がする。

 彼らにとってアインズの命を完璧に実行出来ないと言うのはそれほどの罪深いことなのだろう。
 それもまたナザリックに対する忠誠心の高さ故のことだとアインズは目に見える問題が起きない限りは黙認することにした。
 アインズもまたいつ失敗を犯すかわからない以上、取り返しのつく失敗には多少寛容になって貰いたいのが本音なのだが。

「私が保護した人間、ツアレが居た場所もその一つです。王都だけではなく王国内の様々な場所に八本指と呼ばれる裏社会を牛耳る犯罪組織があります。王国内部にも深いコネクションを持ち、現状誰も手出しが出来ない状況のようです」

「そんな者どもの息が掛かった娼館から商品を持ち出して問題にはならなかったのか?」
 ここがアインズとしてはもっとも気になるところだ。
 <伝言(メッセージ)>ではあまり詳しく聞かなかったが権力を持つ者たちは侮られ、舐められることを嫌う傾向があるのはアインズも知っている。
 例え商品の女一人とはいえ勝手に連れ出して問題にならないはずがないと踏んでいた。

「私がツアレを連れ出したことを知っているのは下っ端の男一人だけです。その男には金を握らせ冒険者でも雇って逃げるように指示を出しましたので、問題はないかと思います」

(いや、それはどうだろう。金握らせたって言っても相手は裏社会の人間だ、商品の女と下っ端が同時に居なくなれば調べるはず。そして不自然な金を持つ男なんてすぐ見つかるはずだ)
 ナザリック外のことを殆ど知らず、また自分の力量に絶対の自信を持っているせいなのだろう。
 ナザリックの者たちはやや短慮なところがある。

 これも経験不足から来るものだが仕方ないとばかりも言っていられない。結果として先のシャルティアやコキュートスのようなことが起きている。これまでは何とか皆無事に――シャルティアに関しては無事とは言いがたいが――問題が解決出来ているが、かつての仲間の作り上げたNPCたちに何かあれば皆に顔向けが出来ない。
 故にアインズは厳しい口調を作りセバスを咎めた。

「それは早計だなセバス。私の考えでは恐らく既にお前のこともそのツアレとか言う娘のことも知られていると見て間違いないだろう。近いうちに何らかの行動を取るはずだ」
 セバスが目を見開き、残る二人の目つきが鋭くなる。更にアインズに迷惑をかけることになったセバスを責めているようだ。

「私が浅慮でした。申し訳」

「よい。話の度に謝られても面倒だ。謝罪も反省も全て終わってからにせよ。ではセバス、それにソリュシャンにも聞こう。実際にその娼館の者が来た場合、どう対応するのが正しいと思う?」
 アインズの問いに二人は沈黙する。
 その間も必死に頭を働かせているようだが、それはアインズもまた同様だった。

(実際来るよな。どうすればいいんだろう。二人が良いアイデアを出してくれれば良いが、浮かばなかったら絶対に俺に聞いてくるよなぁ。何か考えなくては。この世界のレベルは大体把握した、どうせ違法な娼館なら問答無用で叩きつぶしてもいいのか? いやしかし八本指とか言うのと本格的に敵対することになるのはマズいのか? デミウルゴスが居ればなぁ。いつもの方法で知恵を借りれるんだが)

 必死で考え続けるアインズにセバスはゆっくりと首を振る。
 その後顔を持ち上げたセバスにしては珍しく、縋るような弱々しい視線をアインズに向けた。
「私ではすぐには思いつくことが出来ません……」
 口を開きかけてセバスは唇を真一文字に結び直す。謝罪の言葉を口にしかけたがアインズの先ほどの命令を思い出したのだろう。

「そうか。ソリュシャンは?」

「私といたしましては、あれを消して居なかったことにするのが最善かと愚考いたします。私の中に入れて溶かしてしまえば探しても見つかりません。証拠がなければ表だって動くことは出来ないでしょう。私が一番気に掛かるのは八本指と言う組織が表側、つまりは貴族や官僚などとも繋がりがあるという点です」

「ほう。詳しく説明せよ」

「はい。セバス様の行動はつまり下っ端に金を握らせ娼館の女を買ったとも取れる行動です。であるなら強引ではありますが、人身売買と言い出すことも可能と言うことです。王国では法律でそれが禁じられております。まして表側の権力と繋がる八本指ならばそう指示させることも可能かと。そうなればセバス様の行動を罪に問うことも可能かと」
 ソリュシャンの説明にセバスの体が強張る。

(なるほどなぁ。裏の組織なら最悪武力で叩き潰せば済むけど、表の権力を使われたらどうしようもないってことか。ソリュシャンもやるな、よく考えているじゃないか。そんな危険性を分かっているなら事前に知らせて欲しかったが)
「その通りだソリュシャン。お前の考えは私も懸念していた」

「流石は至高の御方。私などの考えは既に想定済みだったのですね」

「う、うむ。では重ねて問おう。仮にその人間を始末したとして、調べにきた役人は諦めると思うか?」

「いえ。ですが時間は稼げるかと。無理に捕まえることなど出来ないでしょう。証拠をでっち上げるにも多少の時間は必要です。その間に娼館だけでなく、八本指の頭そのものを掌握する必要があるかと」
 確かに。と再度アインズはソリュシャンの考えを聞いて納得する。

 例えどんな組織でも頭を掌握すればそれで終わりだ。
 ナザリックの力ならば、捕らえて殺すことも、洗脳し自由に操ることも意のままだ。

「素晴らしい考えだソリュシャン。よくぞその考えにたどり着いた」

「ありがとうございます。アインズ様」

「あ、アインズ様。ではやはりツアレは始末を」
 セバスの震えた声にアインズは無言で首を横に振る。

「その必要はない。それの使い道は既に考えてある。なにも殺す必要はないだろう。一応館の中を調べられる可能性を考慮し、ナザリックのどこかに運んでおけ」

「栄光あるナザリックに、下等生物(ハリガネムシ)風情をですか?」
 ナーベラルが久しぶりに口を開く。その声には不満がありありと浮かんでいる。

「既に死体と言う形で幾らでも運んでいるではないか。生きているか死んでいるかなど大した違いではない。ようはナザリックの役に立つかどうかだ。そしてその人間には使い道がある。それだけだ」

「畏まりました。アインズ様のお言葉に口を挟んでしまった愚かなこの身をお許し下さい」

「よいナーベラル。お前の気持ちも分かる。ならばアウラの造ったログハウスに運べ。この地で造った場所ならば問題あるまい」

「はっ! 私ごときの意見に耳を貸していただきありがとうございます」
 よいと言うように手を振り、アインズは改めてセバスを見る。

「では纏めよう。先ずセバスが保護した女はここより移動させ、セバスとソリュシャンはこの館にて待機。娼館の人間が来た場合、役人や軍の者など表の組織の者が一緒であればシラを切れ。その際多少強く出ても構わん。娼館の者、あるいは八本指の者だけで来た場合はこの場で捕縛し、ニューロニストの元まで運び八本指に関する情報を取れ。その場合は八本指とは完全に敵対関係になるため一度二人ともナザリックに帰還せよ」

「はっ! 畏まりました」

「うむ。では話は以上だナーベラル。ナザリックに<伝言(メッセージ)>を飛ばし、人間を移動させよ」

「はっ。輸送は誰に頼めばよろしいでしょう?」
 少し考え、アインズは言う。

「シャルティアに頼め。今は特に任を与えていないはずだ。ソリュシャンはナーベラルを案内し、その後ここに戻れ」
 本来階層守護者であるシャルティアを輸送便扱いするのは気が引けるのだが、未だシャルティアは例の失敗を気にしている様子だ。
 何か仕事をさせていた方が気が紛れるだろう。

「畏まりました。ではアインズ様、失礼いたします」
 ナーベラルとソリュシャンが連れだって部屋を後にする。
 残されたのはセバスとアインズのみ。


 しばしの沈黙の後、ずっと頭を伏せて居るセバスにアインズが話しかける。
「さてセバス。面を上げよ。改めてお前に言わねばならないことがある。分かるな?」

「ははっ。私の愚かな考えで勝手な行動をとり、あまつ報告もせずにいたこと。全ては私の不徳の致すところです」

「うむ。<伝言(メッセージ)>でも言ったがお前が自分の信じる正義を示し行動したことについてはなにも言わん。しかし」
 アインズの言葉の最中、扉がノックされる。アインズはセバスに手で合図を送るとセバスは小さく頭を下げ扉に移動した。

「アインズ様。ソリュシャンが戻りました」

「中に入れよ」
 いちいちこんなやり取りをするのは時間の無駄な気がするが、どうも支配者とは常にこうした行動を取るものらしい。
 そうしたやり取りの後、ソリュシャンとセバスが並んで礼を取る。

「ではソリュシャンも来たところで改めて二人に問おう。今回の件でお前たちの取った行動の問題点は分かるか?」

「愚かにも報告を怠ってしまったことかと」

「それだ! ソリュシャンお前もまたそうだ。それを知っていながら上司であるセバスの命を背くことを恐れ私に報告をしなかったな?」

「はい。愚かな判断をした私をお許し下さいアインズ様」

「アインズ様。ソリュシャンは何度となく私にアインズ様に報告を入れるよう進言をしてきました。それを聞き入れなかったのは全て私の判断。なにとぞソリュシャンには寛大な措置を」

「信賞必罰は世の常。先だってシャルティアにも罰を下した。お前たちだけ見逃すことは出来ない」
 話しながら考える。さて、どんな罰を下せばいいのか。

 結局のところ二人とも報連相が出来て居なかったというだけの話であり、しかも一度それが問題になったのに二人にそのことを伝えなかったのはアインズ本人だ。
 あまり重い罰を与えるわけにはいかない。
 かと言って何も無しというのはアルベドが良い顔はしないだろう。

 シャルティアを許そうとした際、彼女がアインズの決定を遮ってまで言ったことなのだから。

 となれば。
「本来王都での情報収集の任を終えナザリックに帰還した際、私はお前たちに報償を与えるつもりでいた。今回の失敗の罪は与えるはずだった報償を無効にする事によって打ち消すものとする。以上、異論は許さん」
 きっぱりと言い放つ。

 二人は短い沈黙をあけて同時に頭を下げた。二人とも体が僅かに震えている。

「畏まりました。今後このようなことは二度と起こさないとここに誓い、アインズ様のお役に立てますよう精進いたします」

「もう二度とアインズ様にご迷惑をかけることがないよう努めさせていただきます」
 深い謝罪とともに頭をさらに沈める二人に対し、アインズは大きく頷いた。

「では二人とも行動を開始せよ。私は一度ナザリックに帰還する。守護者たちに告げることがあるのでな」

「畏まりました。では、アインズ様がおっしゃられたように連中が参りましたら、先の対応を取らせていただきます」

「うむ。対応する際はセバスが表に立ち、ソリュシャンは適当な頃合いを見計らいその場を離脱、会話を聞きつつ巻物(スクロール)を用い、すぐに私に<伝言(メッセージ)>を送れ」

「承知いたしました」
 尊大な態度でうむ。と一言告げて頷くと、アインズは<伝言(メッセージ)>をユリに繋げると預けていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってくるように命じた後、<転移門(ゲート)>の魔法を発動させて、ナザリックへと帰還した。



次はナザリックでの話
原作でもよくあるみんなを集めて今後の方針を告げるシーン
この手のシーンはかなり好きです


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第4話 ルート確定

いつの間にかお気に入りが千件を超えていてビックリしました
ありがとうございます


 ナザリック地下大墳墓。
 その最奥に位置する玉座の間にて、守護者各員が片膝をつき頭を垂れて主人の入室を待っていた。

「ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウン様、および守護者統括アルベド様のご入室です」
 プレアデスの一人、ユリ・アルファの宣言の後、アインズが入室する。

 この静か過ぎる空間の緊張感は未だ慣れない。
 自室に呼べれば楽なんだが。といつも思うが、簡単な伝達だけならまだしも、これから話すのはナザリックの今後に関することだ。

 こうして玉座の間で用件を伝えると言うのも支配者として必要なことなのだろう。

 一歩一歩威厳を示すように歩を進め、玉座に腰を下ろす。
 それを確認した後、後ろに着いてきたアルベドが定位置に立つと皆に声をかけた。

「顔を上げ、アインズ・ウール・ゴウン様の御威光に触れなさい」
 室内に声が広がり、守護者各員が一斉に顔を持ち上げる。

 一糸乱れぬとはこのことだな。などと考えつつアインズは支配者に相応しい格好をと鏡を見ながら練習したポージングでその視線を受け止めた。
 やがて手前に立つアルベドがアインズに顔を向け告げた。

「アインズ様、ナザリック階層守護者各員。御身の前に揃いました。何なりとご命令を」
 うむ。と声を低くして頷くと、スタッフを床に叩きつける。大きな音が鳴り響きその音が完全に消えてからアインズは口を開いた。

「よくぞ私の前に集ってくれた。皆任せていた仕事もあっただろうが今後のナザリックの方針について一つ話しておかねばならぬことが出来た。デミウルゴス!」

「はっ!」

「特にお前には多数の仕事を任せた上、度々呼び出してしまっている。以前も言ったがその忠勤感謝している」

「おおっ! アインズ様。私は貴方様の忠実なシモベ、当然のことでございます。本来アインズ様御自ら動いていただいていると言うだけで我々の至らなさを痛感するばかりです。仕事などいくらでもお任せ下さい」
 ナザリックの者たちの社畜属性にはいつも驚かされる。

 デミウルゴスもそうだが、一般メイドに至るまで、仕事をさせないと言うことが最大の罰になっているらしい。

 出来れば少しずつでも仕事のない休みの喜びを知ってほしいのだが、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。

(ん? それが最大の罰になるのなら)
 不意に頭の中をよぎった考えを一度棚置きにして話を再開させる。

「うむ。今回の召集もまたお前の力が必要となるだろう」

「はっ。何なりと。どのような命であれ全身全霊を尽くし、御身に最上の結果をご報告させていただきます」
 デミウルゴスの宣言とともに他の守護者たちに僅かばかりの動揺が走る。

「あ、アインズ様。恐れながらわたしにも何なりとご命令を、必ずや必ずや使命を果たしてご覧に入れます!」
 シャルティアがいつもの間違った郭言葉も忘れて声を張り上げる。
 瞬間、ピリと玉座の間に緊張感が走る。アインズとデミウルゴスの会話に割り込んだことを不敬と捕らえたのだろう。

 シャルティアもすぐにそのことに気づいたようで申し訳ございませんと頭を下げた。
 しかし彼女の気持ちも分からないでもない。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落でシャルティアに罰を与え、彼女の罪を償わせたつもりだが、彼女からすればあれはご褒美であったらしく、その後新しい仕事も与えていない。
 そのことに不安を抱いているのだろう。

 玉座の間に漂う緊張感をアインズは笑い飛ばした。

「構わん。シャルティアお前も含めてだが今回は守護者全員の力が必要になるやもしれん。先ずは私の話を聞くが良い、その上で疑問があればその場で発言することを許す」

「はっ! 畏まりました!」
 元気の良いシャルティアの返答に満足し頷いてから、アインズは話を始める。

「先だって話しておかなくてはならないのはセバスとソリュシャンのことだ」
 特別騒ぎはしないが守護者たちに疑問の色が生じる。
 セバスたちが現在王都で潜入調査を行っていることは全員が承知のことだが、どのような調査をしているのかを知っているのはデミウルゴスを含めたごく少数だけだ。

「少々問題が生じてな。デミウルゴスお前にはセバスの調査報告を見せていたが、その中にあった八本指という組織について覚えているか?」

「はっ。王国全土の裏社会を牛耳る組織であり、王国内の貴族や王族にもコネクションを持っている組織と記憶しております」

「その通りだ。セバスがその八本指の下部組織と敵対することになった。遠からず八本指とも敵対することになるだろう」

「お待ち下さいアインズ様。それはアインズ様のご指示によるものなのでしょうか?」
 アルベドの質問にアインズは一瞬言葉に詰まった。
 それはあまり触れてほしくない部分だったが仕方がない。報連相の大切さを説いたアインズ自身が沈黙するわけにはいかない。

「いや。セバスにはなるべく目立たぬように行動し、問題が生じた場合には報告するように告げていた」

「確かに。セバスから報告書には町の噂レベルの小さなことまで書かれていました。と言うことはセバスはアインズ様の命に背き自己の判断で勝手に八本指と敵対したと?」
 デミウルゴスの言葉には険がある。
 アインズの命令に背く、それは守護者たちにとって大罪である。

 コキュートスやシャルティアは、自らの力不足や不確定要素による言ってみれば不可抗力である。もちろんそれはそれで問題であり、二人ともそのことについて深く反省していたのだが。
 しかし自分の意志でアインズの命に背いたとなれば捨ておけない、明らかな反逆行為だ。
 全員から殺気じみた気配が漂い出す。

「落ち着け。セバスは私の命に背いたわけではなくあくまでその程度のことは報告するまでもなくその場で解決したと勘違いしていただけだ。その上で私が話を聞き、既に罰は与えてある」

「僭越ながらアインズ様。よろしければセバスがどのような勘違いをし、どのような罰をお与えになったのかお聞かせ願えませんでしょうか? 今後の我らが同じような失態を犯さぬ為にも是非」
 デミウルゴスの言葉に全員がその通りとばかりに頷いた。
 確かに失敗の情報共有は必要なことだ。

 仕方ない。と心の中で前置きをして出来る限りセバスの立場が悪くならないように、ツアレを助けた際の話をすることにした。


「以上だ。結果としてセバスとソリュシャンは私に報告する義務を怠った見通しの甘さが原因と言えよう。しかしこれは以前の蜥蜴人(リザードマン)との戦闘の際にお前たちに聞かせたナザリックの利になることを自分で考え、改善策があれば私に立案せよ。と言う私の話をセバスたちに伝え損ねていたことが原因だとも言える。今更だが私がセバスたちにもそのことを伝えていれば、セバスあるいはソリュシャンが私に報告をしてきただろう」

「恐れながらアインズ様。それでもセバスの取った行動は許されるべきものではありません。セバスはそのツアレという人間を助けたいがためにわざと情報を隠していた。その時点でナザリックひいてはアインズ様に対する裏切りかと。その咎は命を以って償うべきものかと愚考いたします」
 デミウルゴスはどうにもセバスに対するあたりが強い気がする。
 これが他の守護者ならここまで言っただろうか。これも制作者であるウルベルトの性質を継いでいるためだろうか。

「それを踏まえた上で私が罰を与えたのだ。同じようなことを繰り返さなければそれでよい」

「しかし。報償を無しにするだけと言うのは罰として軽すぎるのでは」

「控えなさいデミウルゴス。アインズ様の決定に異を唱えることこそ不敬と知りなさい!」
 アルベドの一喝により、デミウルゴスは頭を下げ詫びを入れるがそこに納得の色がないのはアインズでもわかった。
 感情のコントロールが巧いデミウルゴスの意外な一面を見た気がしてアインズとしては少し愉快な気持ちになったが、その感情はすぐに収まり、アインズは手を振ってアルベドを諫めた。

「よい。言ったはずだ私の命を盲目的に聞くのではなく疑問があれば聞くようにと。さてデミウルゴスお前の疑問に答えよう。私としては報償を与えないというのはそれだけでお前たちにとっては最大の罰になると考えているぞ」
 先ほど棚上げにした考えを思い出し、アインズは殆ど出たとこ勝負で話始める。

「それはいったいどのような理由でしょうか? 至らぬ私にご教授いただければこれに勝る喜びはございません」
 案の定理由を問われ、アインズはゆっくりと間を空け勿体ぶったような態度をとりながらも更に必死になって頭を回転させる。

「う、うむ。セバス達に正確に伝えたわけではないが。報償とはつまりセバス達がこれまでの働きで得た成果への対価である。であればそれがないということはつまり、セバスたちの働きそのものがなかったことになると言うことだ。結果としてセバスたちは私が仕事を命じてから今日に至るまでの間、ナザリックの為に何もせず、ただ無為に時間を過ごしただけとなった。ナザリックに尽くすべく生み出されたお前たちにとってはこれ以上の罰はあるまい」
(おお! これは結構うまくいったんじゃないか? 普通なら大した罰にならないがNPC達には効果絶大、今後も何かあればこれを多用して)
 とそこまで考えたところでデミウルゴスを除く全員の体が一瞬震えたことに気がついた。

 セバスが命令を受けてナザリックを出立してから二ヶ月ほど経っている。その間ナザリックの、アインズの役に立つことも出来ずただ時間だけが過ぎていくそれを想像したのだろう。
 予想以上の効果にアインズの方が困惑する。

(もしかして先ほどのセバスとソリュシャンが震えていたのも、罰の重さで恐怖していたせいなのか。やはりこれは多用出来んな)

「なるほど。さすがはアインズ様。確かに我らにとってこれほどの罰はありません。私の愚かな発言を取り消させて下さい」

「よい。疑問を持ち成長すると言うのは大切なことだ。ではこの話は終わりにしてこれから先のことを話そう」
 アインズがそう言った時を見計らっていたかのように、はい! と元気の良い声が響いた。

「どうしたアウラ」

「ようするにアインズ様に逆らったその八本指? でしたか。そいつらを殺せばいいんですよね。でしたらあたしにお任せ下さい! あたしの魔獣達にかかればすぐに全員殺してご覧に入れます」
 太陽を思わせる明るい笑顔から物騒なことを口走るアウラにコキュートスとシャルティアが反応を示す。

「アインズ様。ナニトゾソノ役目、コノ私二」

「あっ、ずるいでありんす。アインズ様、わたしに。このシャルティア・ブラッドフォールンに償いの機会を与えて下さい!」
 アウラ、コキュートス、シャルティアがそれぞれ申し出るがアインズはそれを制しようとして思い立つ。
(これは兼ねてから練習していたあれを試すチャンスでは?)

 自室で鏡を前に手を振り角度を綿密に計算しながら練習したあの支配者ロールを試すいい機会だ。

「そーー」

「三人とも黙りなさい。アインズ様のお話は終わっていないわ……アインズ様。このような無様な姿をお見せしてしまい申し訳ございません」
 アインズが言う前にアルベドの一喝でその場は静まる。
 アインズは小さく咳払いして、降り上げたまま行き場のなくなった手を揺らし、構わん。と告げて改めて話をする。

「んん。とりあえず八本指に関しては滅しはしない。奴らには利用価値がある。私はこれからのナザリックの方針の一つとして王国内でセバス、ソリュシャンを中心とした商会を構えることとした」

「商会、と言うと。人間どもを相手にナザリックの物を売るのでありんすか?」

「いや。基本的にはナザリックの物を直接商品にはしない。あくまでこの世界にある物をナザリックで生産、加工し売ることとする。この世界の外貨を獲得するのが主な目的だ」
 偉そうな態度を作り宣言しながら、アインズはアルベドとデミウルゴスのナザリック内の二大頭脳の反応を伺った。

 詳しく説明するとボロが出るため、最低限の情報だけを出し、守護者から疑問が出たら後は二人に詳しい説明をせよと言ういつものやり方をするつもりだった。
 そのためにも最低限この時点で、問題がないことを確認しなくてはならなかったのだが、反応を伺った二人の内、デミウルゴスがハッと何かに気がついたように顔を上げ、一つ頷いた。

「なるほど。そういうことですか。ですから八本指を殲滅しないと」

「うむ。その通りだ。商会を運営し成功させれば必ず奴らがちょっかいを出してくる。その前に支配下においておけば邪魔される心配はない」
 これについては既に考えていた答えを口にする。
 何度もデミウルゴスに説明させていては怪しまれる。出来る限りアインズ自ら説明をするべきだ。

「な、なるほど。さ、流石はアインズ様です!」
 マーレを筆頭に他のメンツもアインズを褒め称える。

 しかしアインズはいつもであれば真っ先に称賛を口にするアルベドが黙っていることに不安を覚え、彼女に問う。
「アルベドはどう思う?」
 さりげなく聞くと彼女はいつも浮かべている微笑を少しだけ深くすると、チラとシャルティア達に目を向け、小さく息を吐いてから言った。

「全く、あなた達は本当にアインズ様のお言葉を表面的にしか受け止めないのですから。困ったものね」

「どういうことでありんすか?」

「え?」

「え?」

「ムゥ」

「……え?
(なんだよ表面的って。出来る限り考え尽くしたつもりなんだが)

「そもそも資金獲得のためならば八本指を支配下に置いた時点で目的は達成されるでしょう」


 そうか。と続けかけた言葉を飲み込む。
 その通りだ。八本指は王国全土に網を張る言わば巨大企業、それを支配下に置けばそれだけでアインズの目的だった資金不足という点は解消される。

(まったく気づかなかった。どうする? 今からでも商会運営は取り消すか?)

「恐れながら。アインズ様が守護者各員に己で考えさせようと、わざとごく浅い部分までの計画しか話さなかったことは重々承知の上ですが、申し訳ございません。皆にそれを徹底させるには今暫く時間を要するかと思われます。今回はアインズ様の真の狙いを全員に告げておくべきかと」
 アルベドの後を続けるようにデミウルゴスが言葉を紡ぐ。

 瞬間アルベドの目が細くなり、デミウルゴスを睨みつけたがデミウルゴスは特に気にした様子を見せない。
 もっともアインズにとってはそんなことを気にしている余裕もなく、デミウルゴスの言葉を頭の中で咀嚼するので精一杯だ。

「やはり二人には、気づかれていたか……」
(今後の方針って単に金を稼ぐための商会のつもりだったんだよ。俺の知らない間にそんな壮大な計画が立案されていたのか。適当なことを言って見当違いだったら困るし。ええい、仕方ない。あまり同じことを繰り返すと後で苦しくなるから嫌なんだが)

「ではデミウルゴス、そしてアルベドよ。二人で私の計画について皆に聞かせることを許そう。出来る限り詳しく、細かくだ。お前達が私の計画をどれだけ読めているかテストも兼ねることとしよう」
 デミウルゴスとアルベドの表情が僅かに強張り、二人は姿勢を正すと同時に頭を下げた。

「畏まりました。ですがアインズ様の深謀遠慮に私が及ぶとは思えません。理解出来ているのは極一部だとは思いますが全力を持って当たらせていただきます」

「では私から、いいわね。デミウルゴス」
 いいわね。の声が一段低い。デミウルゴスは無言で先を譲っているがこの二人の間でなにか目に見えない争いでも起きているのだろうか。
 シャルティアを始めとして各守護者は悔しそうな気配を漂わせているが口には出さない。
 アインズの考えを理解する方が先だと考えたのだろう。

「いい? 蜥蜴人(リザードマン)の集落でアインズ様がナザリックをどこかの国に所属させて隠れ蓑とする計画を話したのは覚えているわね?」
 アルベドの言葉に全員が――アインズは心の中だけで――頷く。

「今回の作戦でアインズ様はその相手を王国にお決めになったということなの」

(なに? そうなのか。確か王国は魅力がないと言う話になったのでは無かったか)
 そんな話をした気がする。
 その辺りは後で検討しようと言ってそのままになっていはずだ。アインズもモモンとしての活動が忙しく、棚上げになっていたのだ。

「え? でもその話は王国は魅力がないって話じゃなかった?」
 アウラの言葉にアルベドは頷く。
 同時にそうそうとアインズも心の中で頷いた。

「その通りよ、王国は毎年帝国に侵攻され徐々に国力を落としている。八本指が麻薬を蔓延させているせいでただでさえ弱い人間をさらに弱くし、その上トップは王閥派と貴族派に分かれて互いの足を引っ張りあっていてどうしようもない」
 聞けば聞くほど魅力を感じない。

 当初の予定ではどこかの国の傘下に入ったと見せかけて、今後の行動の言い訳を作るはずだったが、それが弱い国では意味がないだろう。
 だと言うのに、なぜアルベド達はアインズが王国を選んだなどと勘違いをしているのだろうかさっぱりわからない。
 わからないが、ここは乗るしかない。

「そこまでは正解だアルベド。ならばなぜそんな弱い国の傘下に入ろうとしているのか」
 ツイとデミウルゴスに視線を移すと彼は胸に手を当て、恭しく一礼すると一歩前に出た。

「では続きは私が。そんなどうしようもない国だからこそ付け入る隙があるのだよ。考えてもみたまえ。仮に帝国の傘下に入ったとして我ら、そしてアインズ様が人間ごときに命令されて良いように扱われることなど許されると思うかい?」
 その言葉にハッとした。人間の国の傘下に付くというのは例え演技でも仲間達とともに作り上げたアインズ・ウール・ゴウンを貶める行為ではないのか。

 そんなことに気づいていなかった自分の愚かしさを呪いながら、しかしアインズはデミウルゴスの言葉に一縷の望みをかける。
 彼らの頭の中にいるアインズはそれを回避する術を知っているらしい。

「それは……いやでありんす。アインズ様が例え演技だとしても人間に命令されるなんて。でもそんなのわたしたちの力を見せつければよいのでないのかぇ? たかが人間、わたしたちの力をみれば大人しくなるでありんしょう」

「傘下に入る相手が帝国の場合は恐らく、我々の力を見せつけても、表面上は大人しく従った振りをして周辺諸国に声をかけ連合を組んで敵対行動を取ろうとするでしょう。それは現在帝国に力があり成長を続けているからこそ、つまり奴らは自分達の力を過信し、知恵を絞れば我らに対抗出来ると考えるが故に、心より我々に従おうとは思わないと言うことです」
 アインズは帝国についてはあまり詳しくはしない。
 冒険者として活動している時に噂を耳にしたくらいだ。

 しかし国外で活動しているデミウルゴスはもっと詳しい情報を持っているらしい。
 いや恐らくアインズにも報告は上がっているに違いない。ただ膨大すぎる報告書の中に埋もれてしまって見落としたか、見ていても記憶から抜け落ちているのだろう。

「王国ハソウデハナイト、言ウノカ?」

「王国は先ほど言ったようにとても弱い。だからこそ我々の力を借りなくては今後存続することすら困難だ。故に少なくとも自分達だけで生きていけるほど国力が回復するまでは我々に盲目的に従う必要があるのだよ」

「でもさぁ。それだと国力が回復したら敵になるってことでしょ?」

「その通り、しかしそこがアインズ様の作戦の重要かつ素晴らしいところだ。アインズ様は先ほど王国に商会を作ると仰られた。当然のことながらナザリックが商売を始めれば人間たちの商会などとは比べ物にならないほど良い商品を提供出来、商会は瞬く間に王国トップの規模に成長するでしょう。そしてやがては王国の経済はすべて我々に依存しなくてはならなくなる。つまり今回の作戦は外貨獲得というのは表面的な物であり、将来的に王国を支配するための布石に他ならない」

「デミウルゴス。話し過ぎよ、そろそろ私に変わりなさい」

「これは失礼を。つい興が乗ってしまいまして、では続きをお願いします」
 やはり二人は何か争っているようだが、アインズとしてはどっちでもいいからさっさと教えてくれ。としか考えられない。

「ここで問題になるのがセバスが対立したという八本指、奴らは王国の裏社会を牛耳っている。例え私たちが真っ当なやり方で商会を成長させても、奴らは王国の貴族や王族を利用して私たちの邪魔をしてくるでしょう。だから先手を打って先に八本指を押さえておく。そうしておけば余計な邪魔をされることなく正道で王国を支配出来る。そうなればもう王国は私たちに逆らうことは出来ない。力でも敵わず、経済も押さえられ、八本指から情報を得て王国の貴族や王族の弱みも握れる。これなら王国はアインズ様に逆らうことも出来ず、何かあった際アインズ様の盾となり周囲から非難を浴びるだけの存在となる。人間共の使い方としてはまさに理想な使い方といえるでしょう」
 胸の前で手を組んだ後、それを大きく広げながらアルベドは語り、ゆっくりとアインズを振り返った。

「これでよろしかったでしょうか?」
 テストは合格ですか。と目が告げている。
 途中からなるほどなぁ。と感心し続けていたアインズだが、アルベドとデミウルゴス、二人に視線を向けられて慌てて支配者の態度を取り繕いアインズは手にしていたスタッフを地面に突き立て音を鳴らした。

「素晴らしい! 私の考えを全て理解するとは。流石はアルベドとデミウルゴスだ。お前達の知恵は私にすら匹敵するだろう」

「お戯れを。我々の知恵などアインズ様の足下にも及びはしないでしょう。これより先については今はまだと言うことでしょうか?」
 アインズの称賛をデミウルゴスは正面から受け止めようとしない。きっとまだこれ以上策略があるに違いないと信じているようだ。

「デミウルゴス。そうであったとしても今私たちが口にすることではないわ。アインズ様が恐れ多くも私たちを褒めて下さった。今はその栄誉をただ噛みしめなさい」
 アルベドの口調はいつもと変わらなかったが、腰から生えた羽根が押さえきれずパタパタと羽ばたいている。
 犬の尻尾のようだ。などとアインズ思っているとデミウルゴスの悪魔の尻尾もまたピクピクと動いているのが目に付いた。

 やはりあれは感覚器官の一部なのか。
 しかしこれでどうにか乗り切った。

 後のことは明日のアインズが何とかしてくれるだろう。
 そんなことを考えながら、アインズは再度スタッフを鳴らした。

「さて。それでは皆が今後の方針を理解したところで細かいところを決めるとしよう」
 改めて全員を見回す。
 アルベドとデミウルゴスが羽根と尻尾の動きを止め、表情を固め直す。

「アルベドが言ったように、先ずはセバスと対立している八本指の掌握からだ。無論正面切っての戦いならばセバスとソリュシャンだけでも問題は無かろう。しかし相手は王国全土の裏社会を牛耳る巨大組織、逃げられ地下に潜られると探すのは面倒だ。よって」
 アインズがそこまで言ったとき、頭の中に<伝言(メッセージ)>による通信が入った。
 全員に少し待て。と告げた後回線を接続する。

「ソリュシャンか。どうした」

『アインズ様。失礼いたします。早速例の娼館の者が参りました』

「そうか。予想通りだな」

『アインズ様のご推察どおりです。感服いたします』
 確かに予想はしていたがこんなに直ぐに、タイミングよく現れるとは。
 運が良いと言えなくもないが、これでまた周囲からのアインズに対する過大評価が高まりはしないかと冷や冷やする。

「世辞はよい。相手はなんと言ってきている?」

『はい。正確には娼館の者だけではなく、もう一人、スタッファンと言う巡回使を名乗る王国の役人も一緒です』
 やはり役人、つまりは表側の権力を使ってきたか。
 しかし巡回使と言うのがどれほどの地位にあるのかが分からない。

「巡回使とはどのような役人だ?」

『王都内の治安を守る役人です。都市警邏を行う衛士の上官と言う役職でしょうか』
 それを聞きアインズは相手の地位が大して高くないことを理解する。

「それで。どのような要求をしてきた? やはりあれを探しに来たのか?」

『はい。ここであの人間が生活しているのを確信しているらしく、現在はセバス様が対応し、アインズ様のご命令通りシラを切っておりますがなかなか諦めず、館内を捜索させろと言っています。あの娘はいませんが目的は金銭の要求だと思われますので、応接室を見られると多少厄介かと』
 応接室にはアインズを迎えるために用意された玉座や調度品がそのまま残されている。
 どれもナザリック内から持ち出したものであり、王国でも手に入らない物ばかりだろう。
 目撃されると確かに厄介だ。
 金目的の強請ならば尚更、例えツアレがいなくとも適当な理由を付けてあれらを奪い取ろうとするかもしれない。

(しまった。片付けるように言うのを忘れていた。こんなに早く来るとは思わないもんなぁ。どうしたら……いやもう良いか。下っ端役人一人、いなくなったところで大した問題にはならないだろう。ならないはず!)
 自分に言い聞かせるようにアインズは決断を下す。

「ナザリックの財産であるあれらを、人間ごときが触れるのは我慢ならんな。ソリュシャン。予定変更だ。そいつ等をその場で捕らえナザリックに送れ。<転移門(ゲート)>は私が開こう」

『畏まりました。即座に実行いたします』

「うむ。二十分後に先ほどの応接室に<転移門(ゲート)>を開ける。それまでに相手を無力化しておけ。出来るな?」

『はい。娼館の者はどうやら用心棒のようですが、何の問題もありません』

「では実行せよ」

『はっ!』
 <伝言(メッセージ)>を切り、アインズは守護者たちを見る。

「早速相手が接触してきた。奴らよりにもよってセバスを強請ってきた。これはつまりは我々ナザリックに牙を向いたということだ。奴らを捕らえ情報を引き出させる。その後本日中に奴らの店を潰す。そうなれば恐らく八本指が誘き出せるだろう」

「畏まりましたアインズ様。対応はセバスに任せますか?」
 アルベドの問いにアインズは少し考える。娼館一つを潰すだけならばセバスとソリュシャンがいれば問題はないだろう。
 ただ、不測の事態についても考えなくてはならない。
 ここで例のシャルティアを洗脳した者たちが現れるということはないだろうが可能性はゼロではない。
 ならばここは。

「いや、私自ら指揮を執ろう」
 守護者たちがざわめく。

「アインズ様。相手は人間のそれも八本指の下部組織。なにもアインズ様御自らがお出になることはないかと」

「今回の作戦は時間との勝負だ。いちいち私に報告を、指示を扇いでいては時間の無駄だ。それに心配ならば……そうだな」
 守護者たちを一人一人眺めた後、アインズはデミウルゴスに目を留めた。

「デミウルゴス、先ほどのテストに合格した褒美だ。今回の作戦、私の副官として同行を許そう」
 アインズの言葉にいち早く反応したのはデミウルゴスではなく、アルベドだった。

「あ、アインズ様! 何故デミウルゴスに! 合格したのは私も一緒です! 是非私もご一緒させて下さい。必ずや必ずやアインズ様をお守りいたします。下賤な人間共には指一本触れさせません!」

「落ち着けアルベド。お前とデミウルゴス二人ともいないのはナザリックに何かあった際に問題になる」

「でしたら私をお連れ下されば」

「守護者統括殿。アインズ様は私を連れていくとご命じになったのですよ。アインズ様の命に逆らうつもりですか?」
 アルベドの言葉を遮ってデミウルゴスが言う。守護者統括と言う部分にやたらと力が入っている気がする。

 褒美というのは方便で何か問題が起きた際、意見を聞ける相手が必要だと思ってのことで、デミウルゴスを選んだのも単にカルネ村の時はアルベドを連れていったので、今度はデミウルゴスをと思っただけなのだが。

「よせ二人とも。時間がない、今回はデミウルゴスを連れていく。アルベドには後ほど別の報償を与えよう。な……んん。では行ってくる」
 何か考えておけ。と言いかけて口を閉じる。アルベドに報償を考えさせようものなら、どのようなことになるか火を見るより明らかだったからだ。

拷問の悪魔(トーチャー)を準備をさせておけ。では行くぞデミウルゴス」

「はっ! 畏まりました。アインズ様の手腕、しかと学ばせて頂きます」
 玉座の間から直接ゲートで転移することは出来ないため、一度この部屋を出る必要がある。
 デミウルゴスを連れて歩きながら、アインズはどうも後ろから負のオーラが発せられているような気がして僅かばかり歩調を速めた。



この後八本指とのバトル展開。では無くその辺りはあっさり終わらせます
次でプロローグが終わって、その後商会を開店させる下準備に入ります


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第5話 大事の前の小事

今回でプロローグは終了し、次回からは商会開店の準備回に入ります


「お待ちしておりました、アインズ様」
 <転移門(ゲート)>を繋ぎ応接室に入ると途端にセバス、ソリュシャン、ナーベラルの三名が頭を下げ、片膝を突いた状態で待っていた。

「ナーベラル戻ったか、何か問題は?」

「ごさいません。あの下等生物(サナダムシ)は眠らせたままログハウスの中に。念のため見張りを置いています。また、もし目が覚めれば再び眠らせるよう伝えてあります」
 ナーベラルの台詞にアインズは言葉に出さず、ほう。と感心を示した。

 ログハウスに置いてこいとしか命令は出していなかったはずだが、ナーベラルなりに自分で考え行動すると言う意味を理解しているようだ。
 子供の成長を見守る親のような気持ちになり、アインズは目を細めて――瞼はないので眼窩の光が細まるだけだが――ナーベラルに頷きかける。

「よろしい。ではセバス例の連中は?」

「はっ。外に置いてあります。私の<傀儡掌(くぐつしょう)>で操ってありますので逃げる心配はございません」

「うむ。ならば詳しい情報取得はニューロニストに任せるとして、最低限娼館の情報だけ聞いておくか」
 娼館にはこれから直ぐに出向く必要がある。

「僭越ながら。大まかな情報につきましては私の方で既に聞いております。あれはアインズ様のお目汚しになるかと」

「ほう。意外だねセバス、お優しい君がそこまで言うとは。その人間に少々興味が引かれたよ」

「デミウルゴス」
 当然セバスの目にも一緒に現れたデミウルゴスのことは目についていただろうが、主であるアインズを前に他のことに気を取られないようにしていたのだろう。デミウルゴスが自ら話したことでようやく彼に視線を向ける気になったようだ。
 その視線が何故ここに。とでも言いたげに見える。

「今回の作戦において、アインズ様より副官を命じられたのでね。君とも共同で作戦に当たることになる。よろしく頼むよ」

「それはそれは。よろしくお願い致します」
 特になんと言うことのない会話だが、不思議な懐かしさをアインズは覚える。

(そう言えばたっちさんとウルベルトさんも分かりやすく言い合いしてるときもあれば、こんな風に表面上は普通な顔してチクチク言い合いもしてたなぁ)
 暫く見守っていたい衝動に駆られるが時間が無い。

「では、セバス報告を」

「はっ。先ず巡回使の方は問題ありません。裏で八本指と繋がっていることも既に周知の事実のようで突然姿を消しても、八本指がらみで何かあったと思われるだけとのことです」

「それは誰が言っていたことだ?」
 自分でそんなことを言うとは思えないが。

「もう一人の男です。こちらは娼館の代表と言っていましたが、どうも話を聞いたところによると八本指の警備部門のトップで六腕と呼ばれる上位六人の一人のようです」

「ほう! となると八本指の幹部に近い存在と言うことか、それは良い。手間が省けそうだ。警備部門のトップならば八本指全体の戦力としても上位に位置するはずだが、どの程度のレベルだった?」
 思っていたより上位の者が釣れた。これなら早々に八本指本体が動くに違いない。
 そして相手戦力を測る上でも役に立つ。良いことずくめだ。

 セバスは一瞬考えるような間を空けた後口を開く。

「全く問題にはなりません。六人全員でも私一人で十分かと」

「セバス。お前の力は信用しているが未だこの世界の全ての情報が集まったわけではない、未だ知らぬタレントや武技もあるだろう。それらを加味した上で問題がないと?」

「はっ。その六腕に関する情報も得ておりますが脅威となるものは存在しませんでした。ですが、慢心はしないよう心がけます」

「それで良い。しかし、王国の裏社会を統べる相手でもその程度か」

「アインズ様。もう一つ重要な情報がございます」

「ん? 何だ」

「私がツアレを連れ出した例の娼館に、八本指奴隷部門のトップ、コッコドールなる者が滞在しているとのことです」

「ほほぅ。なるほど、実に素晴らしい。しかし出来すぎている気もするな、罠の可能性は?」

「ここに奴らが訪れたのは私が先日購入した巻物(スクロール)から足が着いたためとのこと。そしてコッコドールなる者がこの地にいたのは、警備部門の中でも六腕は八本指から直接依頼を受け護衛をすることもあるらしく、今回ツアレを回収するにあたり、私の戦力を考え六腕を雇い入れたと。ツアレを助ける際に少々力を見せましたので。そして現在コッコドールは六腕が戻るのを娼館で待っていると言うのが現状のようです」

「ならばほぼ確実か」
 セバスの<傀儡掌(くぐつしょう)>は<支配(ドミネート)>と同様の効果を持つスキルだ。この世界においては対抗策はほぼ無いと思って良い。

 もし仮に対抗するアイテムやタレントなどがあったとしても、話さないことや、あるいは情報保持のために死亡するようなことはあっても、嘘を話すと言う可能性は無いだろう。

「全てがアインズ様の掌の上。計画通りということですね。感服いたします」
 デミウルゴスの賞賛にアインズは小さく鼻を鳴らして首を振る。

「いや、私の予想よりも遙かにお粗末な相手だ。これでは私が知謀を巡らす余地が存在しないな」

「それは――恐れながら少しばかり残念でございます。アインズ様の手腕この目に焼き付け少しでもアインズ様に近づくことが出来ればと考えておりましたので」

(良し。上手く乗り切れそうだ)
「ふふ。それはまたの機会にしておこう。時間が無い、その六腕が失敗したと分かればコッコドール、だったか? そいつが逃げ出しかねん。貴重な情報源だ速やかに捕らえる必要がある。セバス」

「はっ」

「その娼館の立地や広さなどを知っているのはお前だけだ。デミウルゴスと協力し二人で娼館を制圧せよ。もし人手がいるのならば人選は任せる自由に使え」

「畏まりました。建物内部の情報も既に聞き及んでおります。入り口は二つですので二人で十分かと。隠し通路もあるそうですが六腕の男を連れていけば問題なく場所が判明します」
 この短い時間でそこまで考えて行動していたと言う事実にアインズは少し驚き、そして満足する。

「見事だセバス。ではそのように実行せよ。私はここで吉報を待つとしよう。デミウルゴスお前には言うまでもないことだが、これより私たちはこの地で商会を開くことになる。余計な騒ぎを起こしたり、お前の正体がバレるような真似は避けよ」
 セバスと異なり、デミウルゴスは誰が見ても悪魔としか言えない外見をしている。大っぴらに街中を歩けば大騒ぎになるだろう。

「畏まりました。慎重に行動します。それでアインズ様。娼館内にいる者たちの処遇ですが、いかが致しますか?」
 デミウルゴスの顔に愉悦めいたものが浮かぶ。

 現在ナザリック内では様々な実験を行っている。巻物(スクロール)の作成やエクスチェンジ・ボックスによるユグドラシル金貨獲得、復活魔法などの効果がユクドラシルと異なるのか等。
 ナザリックの人員のみで行える実験であればいいが、この世界の人間や生き物を用いなくてはならない実験も存在している。

 デミウルゴスとしては出来れば人間を捕らえ、そちらに使用したいという考えなのだろう。
 アインズとしてもそれには賛成であり、いつかは実験しなくてはいけないと考えていたが、今回は止めておくのが無難だろう。
 
「基本的には全て殺せ。死体はナザリックで有効活用する」

「畏まりました。娼婦たちもそのように対処してよろしいですか?」
 ピクンとセバスの肩が揺れ、視線をデミウルゴスに向ける。

「アインズ様。娼婦たちはナザリックに敵対していない哀れな者たちです。出来ればお慈悲をいただけないでしょうか」

「しかしセバス。例え助けたとしてどうするのかね? 外に放り出すか、それとも件の人間のように君が面倒を見るのかい?」

「それは」
 言葉に詰まるセバスにアインズは手を振って二人を諫める。

「よい。その者の処遇については既に考えてある。セバス確認しておくがその女どもは要するに親や肉親に捨てられ、行く場が無い者たちと言うことでよいのだな。つまり消えてしまっても何の問題もしがらみもないと」

「その、ようです」
 消えてしまっても。と言うところにセバスは反応したらしい。

「デミウルゴス。我々が商会を開くに当たってナザリックで用意するのが最も難しいモノは何だと考える?」
 問われたデミウルゴスはホンの僅かな時間で正解に辿り着いたらしく、なるほど。と呟いた。

「人員ですか。ナザリックの者が直接人間と取引を行うことや売り子をするのは問題があると」

「そうだ。我々の正体が露見する可能性もそうだが、なにより商売というものはどうしても相手の下手に出なくてはならないことが多い。栄えあるナザリックの者たちにそのようなことをさせるわけにはいかないだろう」
 更に言うなら出来ないだろう。

 ジッとアインズたちの話を聞いているナーベラルをチラと見つつアインズは思う。
 基本的に人間を下等生物として見ているナザリックの者たちが商談相手の下手に出る姿など想像も付かない。

「確かに。それでその娼婦たちを使用すると背後関係のない人間であれば申し分ありません。場合によっては我々の正体を知らせて商談に当たらせる必要もあるわけですからね。何も知らない人間を雇うと言うわけにも行かないでしょうし」

「そう言うことだ。この世界で働くのならば、この世界の人間を使えば良い。これはナーベラルの意見から思いついたアイデアだがな」
 急に話を振られたナーベラルが、ピクンと今度は兎の耳ではなく彼女自身の耳が反応させた。

「いえ! 私の意見など。私は下等生物(ボウブラ)どもをそのように使用するなど全く思いつきもしませんでした。全てはアインズ様の知謀あってこそかと」

「そんなことはない。お前の発想を得て私が別のアイデアを思いつく。話し合うことの重要性はそこにある。今後も頼りにしているぞナーベラル」

「私ごときにもったいなきお言葉! 感謝いたしますアインズ様!」

「うむ」
 ナーベラルの忠誠にアインズは手を振って答え、その後セバスを見る。

「ではセバス、デミウルゴス」

「はっ。ではアインズ様、失礼いたします」

「失礼いたしますアインズ様。必ずや吉報をお届けいたします」

「うむ。お前たちならば問題あるまい。女たちはとりあえず全員眠らせるか操ってアウラの造ったナザリック外のログハウスまで運べ。ペストーニャを呼んでおく。そこで傷を癒させる。では行け」
 アインズの台詞に二人は同時に深くお辞儀をすると音もなく部屋を後にする。


 外にいた人間達をニューロニストに預け、ログハウスにペストーニャを待機させるように指示を出した後、アインズは人心地ついて再び応接室の簡易的な玉座に座り直す。

 地面に膝を突いたまま、未だ頬を上気させなにやら夢想しているナーベラルと、そんなナーベラルに冷ややかな目を向けているソリュシャンに目を向け、アインズはんんっ。とわざとらしく咳をした。
 その音でナーベラルはハッと身を震わせた後、いつもの抜き身の刀のような鋭い表情に戻し主の命を待つ。

「では二人とも後はセバス達が戻るのを待つだけだが、その間に今後について話をしておこう」

「はっ!」
 二人の声が重なる。

「先ほど守護者各員には伝えたのだが、これから我々ナザリックはこの王都内で商会を開き、人間相手に商売をすることになる」

「商売、ですか? アインズ様、それは先日エ・ランテルにいたあの下等生物(ヤブカ)のようにですか?」

「うむ。当然我らがナザリックの者たちが直接前に出るのではない、先ほどの話にもあっただろう? セバス達が持ち帰る女達を使用する。しかし表向きはセバス、そしてソリュシャン。お前達がここ王都で活動するために作ったアンダーカバーを使用することになる」

「それはワガママな大商人の令嬢とその執事という設定のことですか?」

「その通りだ。エ・ランテルでセバスが親交を持ったバルド・ロフーレには元々ソリュシャンは大商人である父親に命じられて、ここ王都に商会の支店を造るための視察に訪れているということにしてある。それをそのまま真実にする。そういうわけでソリュシャンとセバスにはもう暫く王都で仕事を続けてもらうことになるが、よいか?」
(と言っても、イヤだとは言わないんだろうけどなぁ。なんかNPCの忠誠心につけ込んで無理を言っているみたいで嫌な気分になるな。二人に関しては報償もなくなってショックを受けているだろうし、この仕事が成功した暁には改めて報償を贈ろう)
 さて、どんな報償が良いのだろうか。

 以前アンケートを採った際のことを思い出していると、ソリュシャンの返答が遅れていることに気がついた。

 不思議に思ってソリュシャンを見ると、彼女はいつも浮かべている微笑を崩し、困ったように僅かに眉を寄せていた。

「失礼ながらアインズ様。お聞きしたいことがございます」

「許す。何だ?」

「私やセバス様も商売についての知識は殆どございません。アインズ様のご命令とあれば全力を尽くさせていただきますが、アインズ様がご満足いただけるような結果を示せるか不安でございます」
 僅かに視線を下に向け、ソリュシャンは悔しそうに唇を噛んだ。見たことのないソリュシャンの態度にアインズは思わず動揺するが、寸前のところで精神の安定化が起こり態度に出すことはなかった。

「んん! ソリュシャンよ。お前の心配は良く分かった」
 元々ソリュシャンは戦闘メイドであり、セバスは執事だ。どちらも主の側に控え主のために働くものであり、創造主からそうあれ。として造られている。

 それ以外のことは設定されていない。
 今回の王都調査のようにアインズからこういう仕事をしろと言われればその通りに動くことは出来るが、商売とはそうではなく、その場の判断で臨機応変に行動しなくてはならない。

 そして現在はソリュシャンとセバスはアインズより罰を受けており、失敗を強く恐れているようだ。

(思えば先ほどセバスがあれほど段取りよく行動をしていたのも必死に今回のミスを挽回しようとしていたのかもしれない)

「申し訳ございません、アインズ様。無能な私をお許し下さい」

「構わぬ。お前達は戦闘メイドに執事、そうあれとして造られたお前達に合わない仕事をさせようとしているのは私の方だ。しかしながらこの仕事をこなせる者はお前達をおいて他には……」
 誰か商売に強い、つまりは商人スキルを持った者はいただろうか。と考えたアインズの一人思い当たる人物がいた。

(音改さんか。パンドラズ・アクターに姿を変えさせて指揮を執らせるか。あいつの知能ならば、音改さんの商人スキルも商売の知識も使いこなせるだろうし、あいつにソリュシャンの父親と言うことになっている大商人の役をやらせるというのはどうだ?)
 黙り込んでしまったアインズを不思議そうに見つめるソリュシャン。
 表情はやはりどこか不安そうだ。

(いやダメか。ここでパンドラズ・アクターを加えれば恐らくソリュシャンは自分が役立たずだから新たな人員が配置されたと思う。パンドラズ・アクターが俺の造ったNPCだと知れば尚更そう思うに違いない。となると他に商売の知識があって仕事を与えていない奴は……)

「あの、アインズ様?」

「ん? ああ、すまんな少し考え込んでしまった。どうした?」

「はい。先ほどのお話ですが、ナザリック配下の者として誠に情けない話ではございますが、少しの間お時間を戴き商売について学ばせていただけないでしょうか?」

「学ぶ? ふむ。確かに予想よりも早く八本指が片づきそうではあるから、多少の時間はあるが」

「何卒。今度こそ、アインズ様の御期待に添う結果をお見せしたいのです」
 力強い言葉に少々気圧されながら、アインズは再び考え込む。

 時間はある。

 だが、学ぶと言っても方法はナザリックの大図書館(アッシュールバニパル)に貯蔵されている本くらいしかないはずだ。
 あそこにリアルのものではないこの文明レベルの時代の経済書があるとは思えない。

 それにアインズの社会人としての経験上、そうした本で得ただけの知識では本物の経験を積んだ者達には敵わず、騙されて食い物にされてしまうことの方が多い気がする。

 失態を取り戻そうと意気込めば意気込むほど、その可能性は高くなるように思える。
 出来ればこの二人にはこれ以上失態を犯して欲しくない。

 それはナザリックのためでもあるが、そう何度も仲間達の子供とも呼べるNPC達に罰を与えたくはないからだ。

(やはり誰かつけるしかないか。と言っても俺以外に社会経験ある奴なんていないしなぁ……ん? 俺以外?)

「アインズ様?」
 再び黙り込んだアインズに今度はナーベラルが問いかける。

「ああ。ソリュシャン、お前の願い聞き届けてやりたいところだが、そうもいかん。今思い出したが、エ・ランテルにいる商人とこれから造る我らの商会の主を会わせる約束もしている。時間が空けば向こうからこちらに乗り込んで来かねない」
 バルドのあの執着ぶりを思い出す。

 モモンが約束を守らなければ王都に現れセバスを探そうとするかもしれない。
 となるとあまり時間はない。

「申し訳ございませんでした。ではそのように、精一杯努めさせていただき」

「待て。話は終わりではない。お前の心配も良く分かると言ったはずだ。しかし書物によって得た知識だけでは人間の商人どもとは渡り合えない。奴らは力が無い代わりに他の生き物にはない知恵と狡猾さを持つ。ならばこそ、ここは私自らこの地に残り商会が軌道に乗るまでの指示を出そう」
 これ以上時間をかけているとソリュシャンが暴走しかねない。殆ど思いつきでアインズは口を開いた。
 そのアインズの発言にソリュシャンが顔を持ち上げ、慌てた様子で首を振った。

「そのような! 我々は皆アインズ様の手足として働き、僅かでもアインズ様のお役に立つことこそが至上の喜び。その私たちのためにアインズ様の手を煩わせるようなことなど」

「構わぬ。それにお前達は間違えている。お前達は私のために存在しているのではない、逆だ。私が存在しているのはすべてはナザリックのため。そして我が友の忘れ形見とも呼ぶべきお前達皆を守るためだ。そのためになるのであれば私は幾らでも手を貸そう」
 これは前々から思っていたことでもある。

 ナザリック内にいるものは全て、アインズのために命を投げ出すことを何とも思わず、アインズの手を借りることなどあってはならないと思いこんでいる。
 その結果NPC達が命を落とすようなことがあればそれこそアインズはかつての仲間達に顔向け出来ない。

「ああ! アインズ様。私の為にそんな、そんな」
 ソリュシャンの声が涙に塗れる。

「泣くなソリュシャン。お前を泣かせてはヘロヘロさんに申し訳が立たん」
 かつての仲間、一番最後に会った友人を思い出した。

 彼もこの場に来ていたら。きっとソリュシャンを泣かせた自分を怒っていただろう。とそんなことを考えてしまった。
 ソリュシャンはアインズの言葉に未だ涙声のまま、はい。小さく返事をし目元を拭う。

 涙が指先に吸収され表情もいつもの彼女に近づいたが、その様子をアインズがじっと見ているとソリュシャンは――スライムの体でどうやっているのか不思議だが――恥ずかしそうに頬を赤らめ体を縮こませた。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません」

「構わん。それよりも話を戻そう。私がここに残るのはなにもお前達のことを心配しているだけではない。私にとっても必要なことだからだ」

「と仰いますと」

 恥ずかしさを誤魔化すようにアインズは、少し早口で言葉を続ける。
「我々は今後王国を隠れ蓑にして行動する方針となった。商会の設立はその一歩、王国の経済を握るためのものだ。そしてそれに成功した場合、私が王国の人間や風土に触れておかなければ折角の隠れ蓑がうまく機能しない可能性がある。冒険者はあくまで独立した組織であり、一般的な人間からは離れた存在だからな」

「なるほど。さすがはアインズ様。その慧眼には頭が下がります。ところでアインズ様。その場合モモンさーんはどうなさいますか?」
 いつもより少しだけ間が短い。

 ナーベラルも少しずつではあるが成長しているらしい。

「無論そのまま続ける。モモンがいなくなりその直後に王都で商会が開けば関係を疑う者が出てくる。先も言ったが冒険者は国から半ば独立した組織。そちらにも影響力は残しておきたい」
 ようやく手に入れた最高位冒険者の地位だ。
 使い道は幾らでもある。

 だが確かにナーベラルの心配も分かる。<転移門(ゲート)>で行き来するにしてもアインズ一人でモモンと商会のトップを兼任するのは大変だろう。
 となると。

(やはり奴を使わねばならないか。仕方ない優秀なことは間違いないし、他に俺の影武者出来る奴なんていないしなぁ)

「モモンと商会のトップを私ともう一人で演じる。お前たちにはそれぞれフォローもして貰うことになる」

「もう一人、ですか? アインズ様の代わりになれるような人材がいたのですか?」

(そこら中にいそうだけどな!)
「うむ。かつて私が自ら創り出した存在で、パンドラズ・アクターと言う者がいる、お前たちは知っているか?」
 アルベドとユリ、シズには見せたからそこから話が伝わっていてもおかしくはないが。

「以前セバス様がその名を口にしていました。宝物殿の最奥部を守護しているお方で、守護者の方々やセバス様に匹敵する力の持ち主だと伺っております」
 レベル100のNPCとして造り上げたパンドラズ・アクターはアインズの精神に多大なダメージを負わせると言うところを除けば確かに守護者たちに匹敵する能力を持っている。

 ソリュシャンの言葉にアインズはうむ。と言いながら頷くとチラリとナーベラルに目を向けた。

「加えて言うなら、奴はナーベラルと同じドッペルゲンガーであり、私の姿を真似ることも出来る。影武者にはうってつけの人物だ」

「なるほど。アインズ様御自らが創造したお方であれば是非もありません。下らぬ心配をしてしまい申し訳ございません」

「よい。セバスとデミウルゴスが戻り次第、商会の下準備を行う。お前たちはここで奴らが戻るの待っていろ。私は……パンドラズ・アクターにことの次第を告げてくる」
 <伝言(メッセージ)>を使用してもいいのだが、パンドラズ・アクターと話すとなればアインズは冷静でいられる自信が無かった。

 それ以外にもいろいろと言い含めなければならないことがある。

 最低限、敬礼はやめさせたが他にも出来ればやめて欲しいところはいくつかある。

 そうあれとかつてのアインズが造り上げた人格や考え方を変えさせるのは心苦しいところではあるが、アインズの前だけならまだしも、今後ソリュシャンやナーベラルと一緒に働かさせると言うのならば色々と言っておかねばならない。

「戻る時には<伝言(メッセージ)>で伝える。それまでは自由にするがいい。久しぶりの再会だ。話したいこともあるだろう」
 何もいわなければ彼女たちはずっとここで膝をついてアインズの帰りを待ち続けるだろうと思いそう告げる。

「ご配慮感謝いたしますアインズ様。お帰りをお待ちしております」
 深く頭を下げる二人に、アインズはうむ。と大きく頷くと<転移門(ゲート)>を発動させ中に消えていった。


 ・


 残された二人は暫くの間、主無き空間に頭を下げ続けていたが、殆ど同じタイミングで顔を上げ、互いに顔を見合わせた。

「改めて、久しぶりねソリュシャン」

「ええ。久しぶりね、ナーベラル」
 一応月例報告会で顔合わせはしていたが、こうして二人で話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。

「再会早々、失態を見せてしまったわね。プレアデスの一員として情けない限りだわ」

「アインズ様が気にするなと仰って罰も受けたのでしょ? 気にする方が失礼に当たるわよ」
 ナーベラルとソリュシャンはプレアデス内で互いに三女として設定されているということもあり、もっとも間柄が対等である。
 いわば双子と言ってもいいナーベラルの言葉にソリュシャンは少し気が楽になるが、やはり完全には晴れない。

「そうよね。でもこれからが大変、アインズ様と一緒に働くなんて恐れ多いわ」

「そうね。前にも言ったと思うけど、アインズ様にお仕えする以上、一時も気は抜けないわソリュシャン、貴女にも直に私の気持ちが分かると思う」
 そう言えば月例報告会でナーベラルが自慢混じりに言っていたことを思い出す。

 あの時は気疲れすると言いながらその実自慢したいだけにしか思えなかったが、案外本当に疲れていたのかもしれない。
 勿論ソリュシャンとて、主がいようといまいと仕事で手を抜くことなどしないが、それでも傍に主がいると考えると、普段より緊張してしまう。

 それに加えて今回のミスが痛かった。

 これだけ長い間、ナザリックを離れたのは初めてであり、直属の上司であるセバスがあの人間を館内に引き入れて以後は、報告するべきかどうか悩んでしまい、精神的疲労はさらに加速した。

 結果主より罰として今回の働きの報償なしと言う裁定が下った。

 ソリュシャンとしてはナザリックのために働くことこそ最大の報償であり、それ以上求めるつもりなど無かったが、それが同時にこれまでソリュシャンが行ってきた働きそのものが無かったことになると言うことだと気づいたときには、絶望が空虚な胸一杯に膨らんだ。

 主が目の前にいたからこそ、何とか堪えることが出来たが、そうでなければ倒れてしまっていたかも知れない。
 だからこそ、もう失態を見せることは出来ない。
 ソリュシャンは自分の胸の前で手を握り決意を新たにする。

「大丈夫。もう失態は見せないわ」

「そうね。これからはお互いに協力することも増えてくるでしょ。モモンさんはソリュシャンが作る商会のお得意さまってことになっているから」

「あらそうなの? そのあたりも詳しく擦り合わせをしていないと。出来る限り私たちで情報を共有しておきましょう。分からないことは申し訳ないけどアインズ様にお尋ねしないと」

「そうね。アインズ様はああ仰っていたけど、それでも私たちで出来ることは私たちの手でしないとね」
 ナーベラルの言葉で、ソリュシャンは先ほど主が口にしていた言葉を思い返した。

「ああ。それにしてもアインズ様が私のことをあんなに思って下さっていたなんて」
 自分が存在しているのはお前達を守るためだ。
 そう言った主の顔を思い出してソリュシャンはほう。と熱い息を吐く。

「私たち、でしょ?」

 ナーベラルの言葉を聞こえないふりをしてソリュシャンは続ける。
「あんなことを言われてしまっては、シャルティア様には申し訳ないけど、女としてあの方に愛されたいと思ってしまうわ」

「それは不敬じゃない? アルベド様もいらっしゃるのだし」
 ナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの正妻問題はかなり早い段階から、多数を巻き込み加熱している。

 大まかに言って、守護者統括であるアルベドと同じく守護者のシャルティアの二人が有力候補で――ソリュシャンはメイド達くらいしか聞いていないが――大抵どちらかを推しており、ソリュシャンは自分と趣味も合うシャルティアを応援しナーベラルはアルベドを応援しているらしい。
 しかし今回主の優しさに触れソリュシャンは自分の中に宿る想いが敬愛だけではないことに気がついた。

「でもお二人とも正妻争いはしているけど、もう片方を妻に認めないって訳ではないんでしょう? 側室なら私にも狙い目はあると思うわ」

「それは、そうかも知れないけど」

「ナーベラル。貴女だって例外では無いでしょう? こちらの世界に来てからアインズ様と一番長い時間を過ごしているのは貴女なんだから」
 ナザリックがこの世界に転移して大して時間も空けずに冒険者として行動を開始したため、現在のところ主と最も長い時を過ごしたのはナーベラルだ。

 可能性がないとは言えない。

「そんな! 私ごときがアインズ様となんて」

「ナーベラル。私ごときって言うのは良くないわ。貴女を創造して下さった弐式炎雷さまに失礼よ」
 ソリュシャンの言葉にナーベラルはハッとしたように口を手で塞いだ。

「そうね。私が間違っていたわありがとうソリュシャン」
 礼を言いつつ、ナーベラルは何か思い出したように、口に当てていた手をそのまま頭の上に移動させ、切れ長の瞳をトロンと蕩けさせ目尻を下げた。

「……何かあったの?」
 ソリュシャンは直感的に察する。
 ナーベラルと主の間になにかが起こったのだ。

「何でもないわ、そう。なんでも」
 笑みの種類が変わり、今度はこちらに対する優越感を帯びたものになった。
 ナーベラルは月例報告会で度々この手の顔をして顰蹙を買うことがあったが、今回はその中で最も腹立たしい。

「なにその顔言いなさい。なにがあったの」

「言えないわ。あれはアインズ様から賜った恩賞。今の貴女に言うなんてそんな残酷なことは出来ないわ」

「だったらそれらしい態度をしなさい!」
 失敗をした自分を元気づけようとしているのだとしても、その態度はいただけない。

 声を大きくし、ナーベラルに詰め寄るソリュシャン。

 二人の姉妹喧嘩はセバスとデミウルゴスが戻るまで続いていた。  



ちなみにこの後八本指は大体書籍版と同様の展開を迎えるため省きます

娼館襲撃→コッコドール捕獲(恐怖公部屋へ)→コッコドールが八本指全員を集める→その際抵抗した六腕壊滅→みんな仲良く恐怖公部屋へ

こんな感じの流れを迎えた後

次の話はこの後の話となります



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第6話 下準備開始

ようやく今回から商会開店に向けての話になります
開店まではまだまだ時間が掛かりそうですが
とは言え祭は準備をしているときが一番楽しい派なので、ここが一番書きたいところでもあります
しばしお付き合いいただければ幸いです



 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの自室、その中にアインズとアルベドの姿があった。

 現在モモンが王都にいると言うことになっているためその間に久しぶりに自室に戻ることにし、つい先ほどまでベッドに転がって疲れ果てた頭を休めていたのだがアルベド来訪の知らせを聞き、執務室として使っている部屋に移動したのだった。

「それでアルベド。なにか報告か?」
 いつもの長い賛美を込めた挨拶の後、アインズが尋ねる。

「はい。セバスとデミウルゴスからの報告で八本指の制圧に成功したとのことです」

「そうか。流石に早いな」
 娼館襲撃の際、トップに近しいどころか、トップの一人を無傷のまま捕らえたのだから当然と言えば当然だが、多少肩すかしを食らった気分だ。

「現在ナザリック内で教育を行い、ナザリックへの忠誠を植え付けている最中です。そう時間もかからず、奴らはナザリックのために働く奴隷となるかと」

「うむ。これで我々の邪魔をする組織は消えた、早速王国内に商会を開く下準備を始めるとするか」
 アインズの宣言にアルベドはホンの少しだけ拗ねたように視線を逸らした。
 完璧な美貌はそんな表情でも美しく見えるのだから美人は得と言う言葉にも納得がいく。

「夫の留守を守るのが良き妻の役目。とは言え、こうもアインズ様がお出かけばかりでは、私といる時間が殆どありません。ナーベラルはまだしも、今度はソリュシャンまで」

(色々と突っ込みどころはあるが、そこを指摘していては話が進まない。と言うかなんでナーベラルは良いんだろう。二人は仲が良かったかな?)
 NPCの設定や、かつての仲間達同士の関係性によってNPC同士でも仲が良い者や反りが合わない者もいる。アルベドとナーベラル、二人の制作者を思い出すが特別仲が良いイメージは無いためアインズは首を捻った。

「仕方あるまい。これは王国への強い影響力を得るために必要なこと。私自らが指揮を執る必要がある」

「それは納得出来ますが……でしたら私もお連れいただければ」
 結局のところアルベドの言いたいことはこれなのだろう。

 24時間365日お傍を離れたくありません! と力強く語っていたことを思い返す。

 その時はデミウルゴスが何かを吹き込んで納得させていたのだが、今回もと言うわけにはいかないだろう。
 考えてみると、他の者達はあれこれと外に出てナザリックのために働いているというのに、アルベドは基本的にナザリックから外に出ることがない。
 勿論理由もある。

 ナザリックの運営は彼女にしか任せられない大役だからだ。
 本来はアインズ本人が行うべきものなのだが、当然アインズにそんなことが出来るはずもない。
 だからアインズが外に出るから代わりにと言う名目でアルベドに押しつけているのだ。

 それを悪いとも思っているが、かと言って代案があるわけでもない。
 彼女以外の守護者達が成長し、ナザリックの運営を手伝えるようになれば良いのだが、現状ではそれも時間がかかりそうだ。
 せめてデミウルゴスに多数押しつけている仕事を他の者達に割り振れるようになれば。

「アルベド。お前にナザリックを離れて貰うわけにはいかん。お前にばかり負担をかけて済まないとは思っているが――」

「そのような! 申し訳ございません、ワガママを言ってしまいました。最近アインズ様がずっと外に出てばかりでしたので、少し寂しさを感じて」
 確かにここ暫く、アインズはようやく成れたアマダンタイト級冒険者としての場数を踏むべく多数の仕事を受けていたせいでナザリックに帰還する回数が減っていた。

「いや、うむ。そうだな」
 何を言うべきなのか、恋愛経験のないアインズは良い言葉が思い浮かばず口ごもる。

「お前には感謝している。今回の件が片づいたら私も少しは時間が取れるだろう。その時は仕事を抜きにしてどこかに行くか? 以前告げた褒美も兼ねてな」
 恐る恐る、口を開く。
 昔見たドラマか何かのセリフでこんなものがあった、仕事を抜きにしてというところが重要らしい。
 その意味では褒美と付けたのは余計だったかもしれないと言ってから思うが、一度口にした言葉を撤回は出来ない。

「っ!!」
 ビクンとアルベドの羽根が反応する。
 そのまま俯いていた顔が持ち上がり、爛々と輝く瞳がアインズを捉えた。

「そ、そそそれは二人きりで、と言うことでしょうか!」

「う、うむ。まぁそうだな」
 守護者みんなでと言いたいところだがそんなことを言えばどうなるか、想像したくもない。

「アインズ様と、二人きりで、デート。デート……くふー!」
 羽根がバタつき、そのまま天井に向かって飛び立ちかねないので、アインズは大きく咳をする振りをしてそれを留めた。

「あっ。申し訳ございません。私としたことが」

「いや、うん。ともかくそのためにも今は商会を成功させることを考えよう」

「そうですね。私とアインズ様の未来のためにも! 是非! 是非! 成功させましょう」

(早まったかもしれない)
「う、うむ。では早速商会で売る品物を決めるとするか、とりあえずナザリックの技術で生産可能で人間達が喜ぶ物を主力商品とするのが良いのだが」
 何か一つでも主力商品があると言うのが重要だ。
 特に他では手に入らないと物がいいが、プレイヤーの存在も考えるとユグドラシルにしか無い物はマズイだろう。

「やはり、武器が適当ではないかと」
 瞬時に冷静さを取り戻したアルベドが提案する。

「武器か、それならば鍛冶長にこの世界の鉱物を加工させれば造れるな」

「はい。加えて冒険者の頂点であるモモン様が使用している武器の生産者となればそれだけで宣伝となります。利幅も大きく利点は多いかと」
 素晴らしい、良いこと尽くめだ。と言いたいところではあるが、アルベドの口調は少し硬くまだ何か言いたいのだと分かる。
 アインズは顎先に手を持っていきアルベドを見る。

「では問題点は?」

「はい。やはり武器は一般に流通しづらいことかと。冒険者たちには良く売れるでしょうが王国内の冒険者は三千人ほど、いくら安く生産できると言っても銅や鉄、金プレートの冒険者まで買えるようにしては利益が出ません。そうなると白金以上にしか売ることが出来ません」

「全員買ったとしても六百人ほど、しかも武器はそうそう買い直すものでないとすると、一度売れたらその後が続かないか」
 白金クラスの冒険者の数は以前、シャルティアの事件の際にエ・ランテルの冒険者組合の組合長から聞いていた。

 冒険者は装備品一つを買うか買わないかで命に関わるため金のある冒険者は装備品に金を惜しまないと言うことは知っている。

 おそらくモモンが使っているレベルの武器が安く手に入ると言えば挙って買いに来るだろう。
 ただしそれは一度切り。
 後は破損するまで買いに来ない。これでは王国の経済を手中に収めるなどと言うことは出来ないだろう。

「やはり一般の国民も買えるモノが必要だな。第六層の果樹園や畑はどうなっている?」
 以前ナザリックの支配下に入ったドライアードに命じ第六層にリンゴの樹を植え育てさせていたはずだ。
 アインズは食べることが出来ないので味の善し悪しは分からないが、あれもこの世界にもある物には違いない。

「申し訳ございません。未だ味の方はナザリックに保管されている品にはほど遠く、人間達が作っている物と比べても大差ありません。また数も王国内に広く流通させるほどの量は確保出来ておりませんので」

「まあ、仕方ない。結局のところ果樹園にしろ畑にしろ数を揃えるには、広い敷地がなければどうにもならんからな、いずれ外の世界にも土地を持てればその時に改めて考えよう」
 これは元々ダメ元と言うか、もし味が良ければ高級品として売りに出すことを考えた程度だ。
 アインズの考える国民に広く売れる商品にはほど遠い。

巻物(スクロール)はどうだ? デミウルゴスの働きにより皮が手に入るようになったことだし、そこに魔法を込めて売れば元手はかからん。第三位階程度でもこちらでは高級品だ。高く売れるのではないか?」
 これもまた広く売るのでは無く、少数相手の商売になってしまうが仕方ない。

 先ずは商品の種類を揃えるところから始めよう。
 王都の魔術組合でセバスがいくつかスクロールを購入していたが、どれも金貨を必要とし一般としてはかなり高級品だったはず。

 それでも込められた魔法は一位階や二位階のものが多い。
 三位階の魔法などこの世界ではそうホイホイ使えるものでは無いのだから。

 そう思ってのアインズの提案だったがアルベドはおやとどこか不思議そうな顔をしつつ小さく柳眉を寄せた。

「恐れながらデミウルゴスが持ち込んだ皮では何の皮なのか知られた際に大きな問題となるでしょう」

「そうか。そうだったな、失念していた。あれを使っていると人間に知られるわけにはいかないか」
 デミウルゴスが聖王国の牧場で育てているのは混合魔獣(キメラ)、もしくは混合魔獣(キメラ)の亜種だ。
 八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)などの家畜として生まれたもの以外のモンスターを家畜として飼育しているとなれば問題になる。
 人間にとってモンスターは恐ろしい敵なのだから、いつ暴れ出したらと疑われてしまうだろう。

 それに混合魔獣(キメラ)は王国内では見聞きした覚えがないとなれば恐らくそれは聖王国の固有種だ。
 それをどうやってここまで運んでいるのかと言う問題にも繋がり兼ねない。
 アルベドはそれを心配していたのだろう。

「ですが巻物(スクロール)でしたら魔法を込められるシモベを魔術師組合に派遣すると言うのは如何でしょうか? 三位階程度ならばいくら使用しても大して損害はなく一日もあれば回復します。それに人間どもの巻物(スクロール)生成法が分かれば、普通の羊皮を使用することも可能です」
 デミウルゴスの牧場の皮を使用しても未だ第三位階までの魔法しか込められないと聞いている。

 それに対し人間達が売買している巻物(スクロール)は粗悪な皮であっても三位階以上の魔法を込められているため、何か特別な生成法があると言う結論に達したはずだが、現状その方法は見つけられていない。
 巻物(スクロール)を売っている魔術師組合であれば恐らくその方法を知っているに違いないがアインズとしては少し考えてしまう。

「しかしあそこで働くには組合員になる必要がある。ナザリックの者を送り込むのは些か心配だな」
 ナザリックには人間が一人しかおらず、また彼女を送り出すわけにはいかないから、仮に魔術師組合に人材を派遣するにしても人間以外と言うことになり、正体が露見する危険性がある。
 人間に化ける魔法やアイテムもあるが、この世界にはタレントや武技と言った固有の能力が存在する。
 それらを使用して正体を見破られると言った可能性もあるのだ。

「確かにそうですね。そこまで思い至らず、己の浅慮を恥るばかりです」

「よせ。この手のアイデアを出すと言う作業は数をこなすことが重要だ。例え問題点に自分で気づいていたとしても、あえて口にする。もしかしたら相手はその問題点を解決する術を思いつくかもしれない。それが重要なのだ」
 アインズの言葉にアルベドはハッと一瞬何かに気づいたような表情を見せたが、直ぐに頭を下げた。

「承知いたしました。私もアインズ様を見習いそのように致します」
 アインズは、うむ。といつものように威厳を示しつつ頷き、その瞬間あることを閃いた。

「そこで思いついたのだが、ナザリックの者達からアイデアを募ろう。中には使えるものもあるかもしれん。全員となると数が多すぎるから、よし。第四、第八、そして第七階層を除く守護者各員と、プレアデスに一般メイド達を中心に本日中に知らせ、二三日後に全てのアイデアを私の元まで届けさせよ。公平を期すため無記名で募集し、それをアルベドと直接商会の運営に関わるセバス、ソリュシャンの三名で精査し、見込みのあるものを私の元まで持ってくること。私はその間にパンドラズ・アクターとの入れ替わりに違和感が無いかを実験することとしよう」
 アインズが先ほど提案したアイデアをアルベドはいとも簡単に問題点を指摘してきた。
 これをあまりに繰り返し続けると、アインズが本当は無能なのではないか、と疑われる気がしたのだ。

 考えてみれば先ほど問題点を指摘したときも、どこか不思議そうだったのはそのためだろう。何故この程度のことに気づかないのだろうと思ったに違いない。
 そんな意図はなかったのだが、結果として先ほどの問題点を知りつつ話し合うことの重要性についての発言がちょうど良い言い訳になったし、アルベドもそれで納得したようだが、あまり繰り返すのは危険だ。

「畏まりました。デミウルゴスも除外ですか?」

「うむ、デミウルゴスには少々仕事を割り振りすぎた、何より今回は守護者達の成長を見るために行う。デミウルゴスが居ては気後れもしよう。同様の理由でアルベドも今回はアイデアの精査のみに努めよ」

「畏まりました。ですが例えば提出されたアイデアを私の方で問題点を指摘し、訂正した上でアインズ様にお出ししても問題はありませんか?」

「ああ、もちろん。ただしその場合元のアイデア、つまりは問題点を残したままのものと一緒に提出せよ」
 これにも狙いはある。
 アインズとしてはアイデア。と言うか思いつき程度のものはいくつかある。それを無記名ということを利用し、ナザリックの一員のフリをして提出しようと考えたのだ。
 どんな問題点があるか、それをアルベド達がどう改良したのかを知れば今後の役に立つだろう。

「承知いたしました」

「うむ。では早速取りかかれ。あまり時間はないからな」
 挨拶をした後、アルベドが部屋を後にする。

 再び一人になり、本来なら再びベッドにでも寝転がって休憩をとりたいところだが、セバスたちが八本指を制圧したのならば商会の方も手早く進めなくてはならない。
 そのためにもアインズはフゥと重い息を吐きながら、次なる仕事に取りかかることとした。

 もっとも気が重く、意図的に後回しにしていたものだが、覚悟を決めなくては。
「<伝言(メッセージ)>。パンドラズ・アクター、私だ」
 通信先から、姿勢を正し敬礼をしているような足音と気配を感じながら、アインズは再び重い息を吐いた。


 ・


 主人の部屋を後にしたアルベドは自分の足取りが軽くなっていることに気がついた。
 主人には気づかれなかっただろうか。と一瞬心配になったが、直ぐに思い直す。

 叡知に溢れる我が主人であれば直ぐに気がついたに違いない。その上でそれを指摘しなかったという事は、そのように浮かれた自分を認めてくれたという事だ。いや、もしかしたら可愛い奴だと思ってくれたかもしれない。

「くふふ。これは大きなリード。いえ、もう勝ったと言っても良いんじゃないかしら」
 正妻の座を争うライバルの姿を思い浮かべ、アルベドは頬を緩ませる。

「毎回毎回、アインズ様の椅子になれたことを自慢して」
 本来あれは心優しき主人が失態を犯したシャルティアに対して下した罰なのだが、あの娘にとって、いやナザリックのあらゆる者達にとってあれはご褒美に他ならない。

 ここのところ、シャルティアは会う度にその時のことを語ってくるのだ。

 主人の重み、体に伝わる感触や温度を聞いてもいないのに事細かに。
 とは言え彼女も単に自慢したいのではなく――もちろんそれもあるだろうが――結局罰らしい罰を与えられなかったことを悔やんでいるらしく、しかし主人が罰とした以上、別の罰をと言い出すことも出来ず落ち込んでいた。
 その時のシャルティアの表情を思い出し、アルベドは小さく息を吐く。

「まずシャルティアに教えてあげようかしら」
 主人が出した命令を思い出す。

 人間達が欲する商品開発、シャルティアにそんな発案が出来るとは思えないが多少はフォローしてやっても良い。
 これはシャルティアのためと言うより主のためだ、落ち込んだままではまた別の失態を犯すかも知れない。それでは慈愛に溢れる主が気にしてしまうだろう。
 結局のところ失態はそれ以上の成果で償うほか無い。

 そのチャンスくらいは与えても問題はないだろう。
 行き先を変更し、アルベドはシャルティアに<伝言(メッセージ)>を繋げることにした。

「<伝言(メッセージ)>。シャルティア? 私だけれど、今大丈夫?」
 ナザリックの内政を殆ど任されているアルベドには今シャルティアが特に主人から仕事を任されていないことは知っていたが、一応尋ねる。

『アルベド? 何の用でありんすかぇ?』
 声は普段通りだが、やはりどこか覇気がない。

「仕事よ。アインズ様からのご命令」

『……なんでアルベドが言ってくるんでありんすか?』
 声が一気に下がる。
 基本的に主人は命令を下す際、自分で本人にメッセージを飛ばす。大事な命令であれば玉座の間で直接伝えることもある。
 今回間にアルベドが入ったことでシャルティアは自分が主人にないがしろにされているように感じたのかも知れない。

「別に貴女だけじゃないのよ。守護者全員とプレアデス、一般メイド達にも通達が下ったのよ。私はそれを伝えているだけ」

『そ、そうでありんすか。それで! アインズ様はなんと! あの時の失態を償い、シャルティア・ブラッドフォールンの有益さを示すチャンス! 逃すわけには』
 ビリビリと響くような強い声には確固たる決意と意志が込められていたが、同時に何となく今回も空回りに終わりそうな予感があった。

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」
 淡々と告げた後、暫く間が開いた。

え?
 小さな呟きに対し、アルベドは再び同じ事を告げる。

「ナザリックの技術で作れて人間達が喜ぶ商品のアイデアよ」

『え?』
 帰ってきたのは再び同じ答えだった。



今回はアルベド回、商品開発に向けての準備回なのでやや短めになりました
次はシャルティアを中心とした話になる予定です


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第7話 シャルティア奮闘記

本当なら12巻を読んでから投稿しようと思ったのですが
しばらく買いに行けそうにないので先に投稿します
12巻を読んだ後矛盾等があった場合、訂正出来るところは訂正します




 シャルティア・ブラッドフォールンは考える。

 今日はもうずっとそうしている。
 都合の良いことに今日は休日である。
 今までであれば休日はナザリック、そして主人の為に働くことの出来ない辛い日でしかなかったが、今日ばかりは都合が良い。
 他の連中より一歩リードした、と内心喜んだものだが、その気持ちは既に消え失せ焦りばかりに募っていた。

「ぁぁぁぁ……クソ! なにも思いつかない。大体人間どもの好みなんて知るか! あぁ、アインズ様のお役に立てない。まだこの間の失態に対する償いも出来ていないのに」
 償い。と考えて背中が熱くなった。

 以前主人より頂いた罰と言う名のご褒美を思い出し、シャルティアは熱い吐息を吐く。
 その時の思い出を反芻しかけたが、直ぐにそれどころではないと思い直し首を振る。
 部屋の隅に立たせている吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)がビクリと体を震わせているが気にせずに、いや気にしている余裕など無く、頭を抱え地面にうずくまった。

 昨日アルベドから伝えられた主人からの命、王国内に作る商会で売り出す商品開発と言うものだが、以下の制約がある。

 この世界にも存在している物で無くてはならない。
 ナザリック内、およびナザリックの支配地で制作、生産が可能な物。
 あまりにレベルが高い物は不可。
 利幅が大きく利益が見込める物。

 そもそもシャルティアは頭を使って考えることが得意ではない。
 この世界についてもある程度は情報共有のラインによって見聞きしているが、実際に人間達に接したことがあるわけではなく――記憶が失われている期間にはあったのかも知れないが――人間そのものにも大して興味がない。

 もっと言うとシャルティアにとって人間とは自分の嗜虐心を満たすための玩具に過ぎず、その玩具がなにを望んでいるのかなど興味もない。

「ああ、アインズ様。折角貴方様がわたしの失態を償う機会を下さったというのに」
 抱えていた頭を持ち上げ、天井を見上げてからシャルティアは祈るように目を伏せた。

 今回の命令は些か不思議なところがある。
 そもそもこの手の仕事は頭脳担当である、アルベドやデミウルゴスが行うべき物だ。
 更に言うのなら主人であるアインズ・ウール・ゴウン様。至高の御方にして知力においてもナザリック大墳墓の頂点に立つ御方一人で十分過ぎるはずなのだ。

 もちろん主人の負担を少しでも軽くするために自分たちが存在しているのだが、あのお優しい主人は、自分で出来ることは自分でこなしてしまう。
 それが少し寂しくもあるのだが、今回に限って敢えてアルベド、デミウルゴスを除いた守護者各員、そしてプレアデスと一般メイドたちにこの命令が下された。

 それを聞いたときにシャルティアは、初めて主人の考えが理解出来たような気がしたのだ。
 つまり今回の命令はあの許されざる大失態を犯し、現在誰でも出来るような簡単な仕事しか任されていない自分を救済するために下されたものなのではないか。という考えだ。

 シャルティア達にとって神に等しい、いや神をも凌ぐ存在である至高の四十一人によって創造された者達はそれぞれ創造主にそうあれ。と望まれた姿形、能力を有している。
 基本的に創造された立場はあれど、直接創造された者は同列の存在だが、能力に関してはそうはいかない。
 特にシャルティア達階層守護者は全員が最高レベルの能力になっており、他の者達と一線を画すレベル、能力値、装備品が与えられている。
 その中にあって知力という点では別格扱いされているのは三人。

 同じ階層守護者であり、主人からもっとも多くの仕事を割り振られ、その全てを完璧にこなし度々主人よりお褒めの言葉を頂戴しているデミウルゴス。
 守護者統括にして主人がいないときのナザリック内のほぼ全てを取り仕切り、シャルティアのライバルでもあるアルベド。
 そしてナザリック大墳墓の絶対的支配者である主人が自ら創造した領域守護者パンドラズ・アクター。

 この三人は知力において、主人を除いたナザリックの最高峰として創造されている。
 創造主によってそうあれと創られているのだからシャルティアも素直に相手の方が上だと認めざるを得ない。
 しかし他の者達はどうか。と言われるとシャルティアとしては全く負ける気がしないと言うのが本音だ。
 口にしてしまえば喧嘩どころか殺し合いに発展しかねないし、それを主人は望まないだろうから口には出さないが、シャルティアとしては自分の創造主であるペロロンチーノ様こそがもっとも素晴らしく、優れた御方だと信じている。

 その御方に創造された自分は、特にそうあれと望んで創られた部分でなければ、他の者達より一歩優れていると考えている。
 特にアウラ辺りよりは自分の方が優れているはずだ。
 敢えて知力に優れた者達を外しての今回の命は正しく自分とそして自分を創造して下さった御方の有用性を主人に、そして前回の失敗以来やや自分のことを軽んじている者達に示す絶好の機会であり、主人はそう望まれているに違いないとシャルティアは推察した。

 そう考えると同じ正妻の座を争うライバルであるアルベドがわざわざシャルティアに一番先に声をかけたことにも納得がいく。
 それほどまでに自分のことを気にかけてくれている主人に報いるためにもここは決して負けられない、だと言うのに。

「ぁぁあぁぁ。おい! 今何時だ!?」
 イライラが募り声を荒げてシモベに問う。

「夜の十時二十七分でございます」
 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が僅かの間もあけずに答える。シャルティアはその返答に愕然とする。

 休日が終わってしまう。
 当たり前のことだが明日はシャルティアは休日ではない。
 仕事がある、それ自体は素晴らしいことだ。ナザリックのために働けるそれはナザリックの者達にとって最大の喜びに他ならないのだから。
 しかし今日は、今日だけはまだ休日が終わって欲しくないと思ってしまう。

「ああ、もう! ちょっと出てくるでありんす!」
 ずっと言葉遣いが変わっていたことに気がつき、シャルティアは吐き捨てるように言うと部屋の入り口に向かって歩き出す。

 同じ場所にずっといるのがいけないのだ。
 決して自分の能力のせいではない。
 誰に言うわけでもなく、シャルティアは頭の中でそう呟き、シャルティアは一人外に出た。

 見慣れた自分の守護階層の中をどこに行くか考えながらシャルティアは歩を進める。
 ここは自分の守護階層とはいえ、他の守護者や場合によっては主が訪れることもある。
 出来る限り平静を装いながらも、頭の中では未だ必死に考えを巡らせていた。

 以前主より、自分たちの欲しい物を考えるように言われた際も苦労したが、今回はそれ以上に難しい。
 主人に頼んで一匹くらい玩具用の人間を頂いていれば良かったとも思うが後の祭り。
 ため息を吐きそうになるも、やはり周囲を気にしてしまい、これでは何のために外に出てきたのかわからない。

「そうだ。あそこに行きんしょうかぇ」
 ふと落ち着ける場所を思い出し、シャルティアは早速とばかりに移動を開始した。


 ナザリック第九階層、スパリゾートナザリック。
 至高の御方によって創造されたこの場所は基本的に誰でも使用することが出来、以前アウラとアルベドの二人とともに訪れて以来、シャルティアは時折この場所を訪れていた。

 自室にも当然バスはあるが今日は目的が違う。
 アンデッドであるシャルティアは疲労などしないが、考えすぎたせいかほんの少し頭に靄がかったようなものを感じる。
 広いお風呂に入りながらゆっくりすれば、気分転換にもなるだろう。
 そういう時にこそ、良いアイデアが浮かぶのかも知れない。

 そんなことを思いながら脱衣所を抜け、体を洗って湯船に入る。

「はぁ」
 頭の上にタオルを乗せながら体を伸ばして湯に浸かる。
 アンデッドのシャルティアはお湯に浸かると言うことで感じる気持ちよさはさほど無い。
 アウラやアルベドがお風呂に浸かっていると妙に心地よさそうにしているのが少し不思議なくらいだ。
 しかしそれでも体にはジワジワと染み込んで来るような暖かさがあり、思考が空になっていくような不思議な安堵感に包まれる。

「あれ? シャルティアも来てたの?」
 明るい声が聞こえ、シャルティアは瞑っていた目を片方だけ開いて相手を見た。

「おや、アウラ。珍しいでありんすねぇ。ここで会うなんて」
 休みを合わせて――と言うより主の気遣いによって合わされて――一緒に来ることはあったが、こうして偶然会うのは初めてだったかも知れない。

「あー、うん。そうだね」
 どこか拍子抜けしたような様子のアウラも湯船に入り、微妙な距離を開けて二人で向き合う。
 お互いに何となく気まずくなり無言になってしまった。

「……仕事は終わりんしたの?」
 ずっと黙っているわけにもいかず、シャルティアが問うとアウラは頷く。

「うん今日の分はおしまい。アインズ様からちゃんと休憩を取って夜はキチンと寝るように言われてるしね。ちゃんと寝ないと成長に悪いからって」
 ふふん。と未だまっ平らな胸を張りながら言うアウラに僅かに苛立つが、今は相手をしている余裕はない。

「そう。アインズ様が仰ったのだから、ちゃんと寝るんでありんすよ」

「うえぇ!? ちょっと、シャルティア! 何かあったの? 今日変だよ」
 失礼な。と思いはしたが確かにいつもであれば、創造主に設定されたされた通りに適当にからかってやっているところだ。
 それを今日は何もしなかったから戸惑っているのだろう。
 しかし今はそんな余裕は無い。

 折角お風呂に浸かりながらゆっくり考えようと思ったというのに。とここでシャルティアはあることを思い出す。
 目の前でこちらを訝しげに見ているアウラもまたアルベドから自分と同じ話を聞いているはずだ。
 その彼女が妙にのんびりしているというか、特に気にした様子が無い。

 アウラは今まで仕事をしていたはずで、その間は当然他のことを考えることは出来ないはず。
 となれば今必死になってアイデアを出そうとするはずではないのか。
 何故こんなにも落ち着いているのだろうか。

「ところでアウラ。アルベドから話は聞いていんすよね?」
 シャルティアの問いかけにアウラは一瞬虚を突かれたようにえ? と不思議そうに首を傾げた後、ああ。と言うように頷いた。

「人間に売る商品の話? 聞いてるよ。あたしなんかは手っ取り早く力で支配しちゃえば良いって思うけど。アインズ様のお考えだものきっとスゴい理由とかあるんだろうね」
 あたしもアインズ様の考えを理解出来るようになりたいなぁ。
 などと現実不可能なことを夢見ているアウラの台詞を聞きつつシャルティアはそこじゃない。と心の中で焦れながら再度聞いた。

「それで。もう提出はしてきたんでありんすか?」
 二、三日中に無記名で提出し、それを後ほどアルベド、セバス、ソリュシャンの三人が精査して主人の元に届けるらしい。
 つまり最低でもこの三人に認められるアイデアを出さなくては主人の目に留まることすらないと言うことだ。

「ん? いや、あたしはまだ。あたしは明日が休みだから、明日考えて出すよ。シャルティアは今日休みだったんでしょ?」

「え、ええ。勿論でありんす。もうとっくに提出してこうして休息がてらお風呂に入っていたんでありんす」

「ふーん。どんなのにしたの? 被るとマズいから教えてよ。マーレとかコキュートスはもう考えたんだってさ」

「え!?」

「ビックリだよね。特にコキュートス! この前の失態以来デミウルゴスに色々話を聞いたりしてるみたいだから成長したってことかなぁ。こうなることをアインズ様は考えていたってことだよねぇ」

 あのコキュートスが。

 しみじみと語るアウラを前に、シャルティアは動くことのない心臓が跳ね上がるような気持ちを感じていた。
 口にしたことはないが、コキュートスとシャルティアは失態を犯した者同士、と勝手な親近感を覚えていたのだ。
 もちろん同じ守護者としてナザリックに初めて敗北をもたらせたコキュートスには怒りを覚えもしたが、同時に同情もしていた。

 今は支配下に置いた蜥蜴人(リザードマン)の統治を行っているらしく、シャルティアも荷物や食料の運びを手伝った際に多少会話をしたが、慣れない仕事に四苦八苦しながらも統治は問題なく進んでいるようだった。
 そのコキュートスが、多忙な仕事の合間に既にアイデアを出していると知り、シャルティアは慌てた。

「それでシャルティアは――」

「コキュートスはどんなアイデアを考えたんでありんすか!」

「え? ああ、うん。コキュートスは武器だってさ」
 一瞬シャルティアの強い口調に押されたアウラだったが、直ぐに気を取り直したように話を進める。
 それを聞いたシャルティアは腑に落ちた。
 確かにそれであれば納得だ。武人として造られたコキュートスは武器に対する造詣が深い。
 自分の得意分野であれば直ぐに思いつくのも当然だ。

「でも、ナザリックの武器は売れないんでありんすよね?」

「うん。この世界にある金属は今のところアダマンタイトが一番堅い金属らしいから、そんな弱い武器、ナザリックには殆どないでしょ? だから先ずは金属を手に入れるところから始めるんだって」

「金属って鉱山か何かを見つけるんでありんすか? それは時間が掛かりそうねぇ」
 今から商会を開店するまでどのくらいの時間があるのかは分からないが、鉱山を見つけ、掘り出し、加工するのでは時間が掛かるだろう。
 あまり良いアイデアだとは思えない。

「それがさ。コキュートスが統治してる蜥蜴人(リザードマン)の中に昔、ドワーフの集落に居た奴がいるらしくてさ。そのドワーフのところに行って金属を手に入れればいいんじゃないかって考えてるみたい。なんか人間の国ではドワーフの武器とか防具ってスゴい有名らしくて高く売れるんだって。そう言うアイデアまで含めて提出するために今詳しく調べて纏めてるらしいよ」
 成長したよねぇ。なんて胸の前で腕組みをしながら頷いてるアウラを余所に、シャルティアは愕然とした思いを抱いていた。

 あのコキュートスが、戦いのことにしか興味が無く、暇さえあれば鍛錬しかしていない武人が、そんなアイデアを出してくるなんて。
 そのアイデアは、思慮深く先の先まで見通す主人好みなものに感じられる。

「ま、マーレは?」

「ん? マーレはねぇ。休憩中になんかうんうん唸ってると思ったら急に思いついた。とか言い出してさ」
 一縷の望みを抱いて聞いた最後の守護者――ガルガンチュアとヴィクティムは今回も外れているらしい――のマーレもまた既にアイデアがあると知りシャルティアは目の前が真っ暗になりそうだった。

「マーレは本らしいよ。あの子最近司書長と仲良くなったみたいで休みの日にはずっと本読んでるみたいだからね。図書館にある本を写して売れば良いんじゃないかって。何しろナザリックにある本は至高の御方々がお集めになったものだもんね、人間どもが作る話なんかよりずーっと面白いに決まってるよ、あたしはまだ読んだこと無いけど」
 最後は小さな声で照れたように言うアウラ。
 シャルティアはそんなアウラのことなど気にしている余裕はなかった。

 それもまた良いアイデアだ。

 図書館の本自体は至高の御方々が集めたものだから当然、人間如きに売ることなど出来ないが、中身を写して売るのであれば問題ないだろう。
 必要なモノも紙だけ、写すのは魔法を使うなり、無理であればアンデッドあたりを使用して写させればいい。

 そこまで細かい作業が出来るかは謎だが、もし出来るのならばアンデッドは疲れ知らず。そうした単純作業は得意とするところだ。

「二人ともなかなかやるよねぇ。ところでシャルティアは結局どんなアイデア出したの? 教えてよ」

「う、うぅ」
 言葉が出ず、恥ずかしさと己の無力さを嘆き、シャルティアはゆっくりと体をお湯の中に沈めていく。
 ブクブクと口から漏れる息が――呼吸もないのに――湯面を揺らし、シャルティアは完全にお湯の中に姿を消した。

「ちょ! シャルティア。アンタ何やってんの、こら。出なさいよ、ちょっと!」
 腕を捕まれ引きずり出される。

「離しんす! アインズ様のお役に立てないわたしなんて!」

「やーめーなーさーい。全く、もしかしてまだ何も考えてないの?」

「……そうでありんす」
 自分でも聞き取れるかどうかの小さな声で言う。
 それを受けてアウラははぁと大きくため息を吐いた。

「なんでそんな嘘つくのよ。もー」

「だって」
 創造主によりシャルティアはアウラとは仲が悪いと決められている。
 もっとも実際にはそんなに仲が悪いとは思っていないし嫌いでもない。
 ただ彼女をいつもからかっているせいか、アウラ相手には弱味を見せたくない張り合いたいという思いが生まれてしまう。

「一応一人で考えないとダメだから、あたしは手伝えないけどさ」
 やれやれと言わんばかりに手のひらを上にしたアウラがそう言った。

 明確にそう決められているわけではないが、以前蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃に失敗したコキュートスに対し主人は考えることが大事と言っていた。
 そしてそれはコキュートスのみではなく守護者全員に向けられたものである。

 つまり今回の命令も相談するのではなく、その考える力を用いることが前提となっているはずだ。
 故に守護者たちもメイドたちも相談はせず各々で考えている。

「分かっていんす」

「……とりあえずさ。自分の好きなこととか趣味とか特技から考えてみたら? コキュートスもマーレもそうやって考えてるみたいだし」
 少しの沈黙の後、アウラがシャルティアから顔を背けて言う。

「アウラ?」

「別にシャルティアのためじゃないよ。それにこれはアドバイス、こっから先は自分で考えなよ」
 ダークエルフの浅黒い肌が朱に染まる。
 お風呂のせいだけでは無いのは明白だ。

「余計なお世話でありんすぇ。チビすけ」

「んな!?」
 立ち上がりかけるアウラに対し、くるりと背中を見せるとシャルティアは続けた。

「でも、一応礼は言っておくでありんす」

「最初から素直に言いなさいよ。全く! 世話が焼けるんだから」
 その言い方が妙に姉ぶっているようで癪に障るが、今は何も言わないでおく。
 吸血鬼の白い肌はダークエルフよりよっぽど赤が目立つのだから。

「それにしても趣味でありんすか。ん~わたしの趣味って人間とかあの子たちを虐めて遊ぶくらいしかありんせんのよねぇ。後はお風呂に入るくらい」
 ここのお風呂ではなく、自室での話だ。

 仕事が無く誰とも休みが被らないときはシャルティアは大抵自室で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちを虐って遊ぶか、ゆっくりとバスタブに浸かって過ごしている。
 あれを虐めるための道具などならいくらでも思いつくのだが、それを人間達に売ることはさすがに出来ないだろう。

「アンタって」
 後ろからは呆れたような声が聞こえるが無視して、シャルティアは更に考える。

「趣味、特技、あたしだったら、んー。あ!」
 アウラが突如として大きく声を出し、シャルティアはそれに釣られて僅かに後ろを振り返りアウラを確認する。

「何だぇ?」

「あたしも一つ思いついた」

「んなぁ!!」

「あはは、ごめんね」

「どうせチビすけの考えなんて大したことないでありんしょう? 分かっていんすからね!」

「なによ! 何も思いつかないアンタよりマシでしょ!」

「この! せっかく見直してやったのに!」

「そっちが先に突っかかってきたんでしょ?」
 互いに立ち上がり、向かい合う。
 剣呑な空気が周囲に立ちこめ膨れていく。
 もう一押し、何かがあれば爆発すると言うところで、アウラの視線が微かに動きシャルティアの背後を捉えた。

「止め止め。ここで暴れたらまたあれに襲われるよ」
 あれとアウラが指したのは精巧に作られたライオンの像、口からはドバドバと湯が流れ込んでいる。

「うっ」
 以前アルベドも含めた三人でお風呂に入っているときに、アルベドがお風呂に飛び込むというマナー違反を犯した為に襲いかかってきたのだ。
 その時は迎撃に出たものの、後にあれを創ったのが至高の四十一人の一人、るし★ふぁー様であると知り、三人揃って主人に謝罪をした。

 主人は笑って許してくれたが、至高の御方が創ったゴーレムを攻撃すると言うのはナザリック内ではそれなりに問題であり、あの後デミウルゴス達から冷たい視線を送られたことも記憶に新しい。
 その後主人は危険性を考えあのゴーレムを取り外す、もしくは改造し動かなくするようにすると言っていたが、至高の御方がお作りになったこの空間を一部とはいえ自分たちのために変えることなどあってはならないと皆で懇願し、風呂の中ではマナーをきっちり守ることを約束し、現状維持となっているのだ。

 仕方ない。と無言で再びお湯の中に入るとアウラも続く。
 気まずさに耐えかね、シャルティアは再びライオンの像に目を向けた。
 素手で攻撃力が落ちていたとはいえ守護者たちの攻撃を受けても破壊されなかったあのゴーレム。
 流石は至高の御方が創ったゴーレム。

(ん? 創った?)
 不意に頭の中で何かが閃光のように瞬いた。

「どうしたの?」

「ちょっと黙って!」
 郭言葉を使うことも忘れ、シャルティアは考える。
 遡る記憶は主人に命じられ、王都に向かう途中だったセバスと合流したときのこと。
 その後記憶が途切れてしまうため詳しくは覚えていないが、あの都市。現在は主人が冒険者モモンとして生活しているあの都市で見かけた記憶が朧気ながら存在する。

 見窄らしい木動像(ウッドゴーレム)だ。

 それが妙に仰々しく飾られていた。ゴーレムとはナザリックではコロシアムの観客にも使われている程度のものだ。あれほど大事そうに飾るとは。と改めてナザリックの素晴らしさと、人間どもの拙劣さを実感したものだ。

(ゴーレムクラフターのクラス持ちならゴーレムは作れるはずでありんすよね? ナザリックにもいるはず。人間どもが木動像(ウッドゴーレム)ぐらいでも喜ぶのなら、石の動像(ストーンゴーレム)鉄の動像(アイアンゴーレム)でも十分。その程度の資材ならナザリックにも負担は掛からない。そしてあれだけ立派に飾られているなら値段も高く売れるはず)
 シャルティアは浮かんだアイデアを逃すまいと必死に頭を回転させる。

「これでありんすぇ!」

「だから騒がないでよ!」
 思わず声を張り上げたシャルティアの背後から情けない声が響き、その直後。
 再び動き出したライオンの像を今度は攻撃するわけにはいかないと、必死になって逃げる守護者二人の姿がそこにはあった。



今回はシャルティアの話
シャルティアはかなり使いやすく好きなキャラなので今後もちょくちょく出すと思います
次の話は12巻を読んだ後になると思うので少し遅くなるかも? まだ分かりませんが



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第8話 精査の結果

やっと12巻を手に入れ読み終わりました
今回も面白かったー
と言うわけで特に矛盾箇所は無かったと思いますので投稿します



 アインズの執務室にアルベド、セバス、ソリュシャンの三人が集まっていた。

「アインズ様、商品のアイデアの件。精査が完了致しましたのでお持ちしました」

「うむ。流石に仕事が早いな」
 メイドたちが全員提出したと考えても五十近い数のアイデアが集まったはずだが、期日後一日を置かずして三人はアインズの元を訪れた。
 正直に言ってこの訪問は歓迎すべきものだった。

 ここ数日アインズは、現在使用する者がおらず空になっているセバスたちが借りていた館に籠もり、パンドラズ・アクターにモモンの姿を取らせ、細かな演技指導を行っていた。

 実際のところパンドラズ・アクターの演技は完璧であり――少し動きがオーバーなところは気になるが許容範囲内だ――常日頃からモモンと接しているナーベラルを以ってしても完璧と太鼓判を押す出来だった。
 しかし、問題なのは素に戻った時だ。

 あの口調と大げさで格好付けた動きは敬礼とドイツ語を封じてなお、アインズの精神に多大な損傷を与えられるだけのものだった。

 そんな時にアルベドから<伝言(メッセージ)>にて連絡が入り、渡りに船とばかりにアインズはその場から離脱した。

 ナーベラルにはその場に待機し、パンドラズ・アクターと親交を深めるように言っておいたが、去り際の一瞬、ナーベラルがアインズに縋るような目をしていたことが印象深い。
 やはりあいつの性格は同じドッペルゲンガーでもキツいのだなと認識出来た。

「いくつか話にもならない愚案がありましたが、それ以外は概ね良いアイデアが多く手直しも少なく済みましたので」

「ほう。ちなみにその愚案とやらはどんなアイデアだったのだ?」
 何となくイヤな予感がしてアインズは冷静を装いながら訊ねる。
 アルベドの柳眉が歪み、それに合わせるようにセバスとソリュシャンも苦い顔をしている。

「とてもアインズ様にお聞かせ出来るものでは。後ほど誰が書いたものか調べ、その者には然るべき処置を行うつもりです」

「そ、それには及ばん。それではわざわざ私が無記名と言った意味がない。恐らくその者とて悪気があったわけではないだろう。必死に考えた結果であるならば私は咎めない。さ、そのアイデアを先ずは聞かせてくれ」

「……はい。口に出すのもはばかられるのですが、アインズ様が仰るのでしたら。アインズ・ウール・ゴウンの紋章をデザインした服を製作しそれを売るのはどうか。もう一つはアンデッドの顔を忠実に再現しお面として子供向けに売り出すのはどうか。と言うものです」
 見事に二つともアインズのアイデアであった。

 しかし、アインズとしてはどこが悪いのかわからない。
 これら二つに求めているのは要するに、親しみやすさだ。

 紋章の方は単にデザインとして優れていると思っているし、それを売り出すことでいつかアインズ・ウール・ゴウンが表舞台に出る際に人間たちにとけ込みやすくするためだ。
 仮にプレイヤーに見つかったとしても、単に正当な商売をしているだけなら友好的に話を進められるだろう。
 アンデッドのお面に関しては大してお金が掛からない上、アンデッド=生者を憎む人類の敵と言う認識を子供のうちから外して貰いたいと言う思いが込められている。

「ふむ。確かに愚かしいアイデアではあるが、セバス。お前はどこが問題だと考える?」
 敢えてアルベドではなくセバスに問うことで、お前を試しているんだぞ。と言うアピールをし、アインズは問いかけた。

「紋章の方は言うまでもありません。栄えあるアインズ・ウール・ゴウンの紋章を人間が正しく管理出来るとは思えません。生活の中で汚すことも、洗濯の際に色落ちさせることも、中には破損させる者とているでしょう。我々の管理が出来ないところで、紋章を汚されることなど以ての外と考えます」

「うむ。確かにその通りだ。もう一つはどうだ?」
 そこまで神経質になることなの? と言いたい気持ちを抑え、アインズは正解だとばかりに頷き、次のアイデアに移る。

「こちらは正直に申しますと、ただただ子供騙しかと」

「ぐっ。そ、そうだな。子供騙しだ。しかしそのアイデアはともかくとして子供を相手に商売をするというのはそう悪いことではないと思うぞ」

「確かに。ですがこれを商品として出してはナザリックの品位に関わりましょう」

「その通りだセバス。それにしてもどちらも着眼点は悪くないが今一歩詰めが甘いと言ったところだな」
 自分を慰めるために言った言葉だったが、アルベドが直ぐにそれを切り飛ばす。

「アインズ様。この様な愚劣な発想に情けをかける必要などないかと。恐れながら、それではアイデアを提案した者の成長には繋がらないのではと愚考いたします」

「私もそれに賛成です。誰のアイデアであるか調べない代わりに、ナザリック全体に配布することで二度とこのような下等な発想に至らぬように発奮させるべきかと」
 アルベドに賛同を示したソリュシャンの提案にアインズは心中であわあわしながらも表面を取り繕い首を振る。

「その必要はあるまい。こうした成長は自分で気づくことが大切だ。アイデアが採用されなかった時点で察する事が出来ず再び同じような失態を犯したときに考えるとしよう。さて、この件は終わりだ。お前たちが精査したアイデアを聞こう」
 パチンと指を鳴らし、話を切り替える。
 三人同時に頭を下げ同意した。

「今回特に守護者の面々から良いアイデアが出ました。これもすべて彼らの成長を促したアインズ様の手腕によるものかと」

「私は何もしていない。成長したのは本人の資質と努力だ。ぶ……配下の手柄を奪うつもりはない」
 部下と言いかけて慌てて言い直す。

 しかし守護者の面々から良いアイデアが出たと聞くと喜ばしい。
 今回はアルベドを初め、デミウルゴス、そしてガルガンチュアとヴィクティムも除外している。
 となると残る守護者はシャルティア、コキュートス、アウラにマーレ。

 皆頭脳労働には向かない者たちだ。
 その彼らから良いアイデアが出たと言うのだから立派に成長していると見るべきだろう。

「では始めてくれ。順番は任せよう、今回は無記名だ。誰のアイデアからでもかまわん」
 本当なら守護者たちだけでもどんなアイデアを出したか知りたいところだが、それで先ほどのアインズのアイデアも調べるべきなどと言われては堪らない。
 推理しながら聞くことにしよう。

「では。先ずはこちらから」
 差し出された書類に目を通す。

「ふむ。本かなるほど。図書館の小説を複製し売りに出す。量産体制はアンデッドを使用する」
 なるほど。ともう一度口の中で呟き、アインズは思考する。
 本を売ると言うアイデアはアインズの中には無かった。モモンとして生活している中で、この世界の本を見聞きしているが十三英雄などを初めとしたこの世界を元とした英雄憚が多く見受けられたが図書館にあるような著作権の切れた古典小説の類は存在しなかった。

 かつていたと言うプレイヤーたちはそれらは伝えなかったのか、長い時の中で失われたのか、それは定かではないが、もともとリアルで広く受け入れられていた物語ならばこちらの世界でも売れるだろう。
 何より元手が殆ど掛からないと言うのは素晴らしい。
 そう言おうとして、先にアルベドが口を開いた。

「ですがこちらのアイデアにはいくつか問題点があるかと」

「……確かに。私もそう思う」
 どこが? と聞きたい気持ちを抑えアインズは指先でテーブルを鳴らし思案しているようなポーズを作る。

「打開策は考えてあるのだろう?」
 アルベドが自らアイデアに訂正を加えても良いかと聞いてきたことを思い返して聞く。
 彼女は一礼した後、少しだけ困ったような顔をした。

「ですがそれには商会を運営していくに当たっての根幹を定める必要があるかと。それによりいくつかの方法があります」

「根幹か。ふむ、アルベドはどちらが良いかと思う?」
 話は分かっていますよ。と言う体でアインズがアルベドに問う。
 実際のところ彼女の言う根幹の意味がアインズには理解出来ていないため、話を進めながら考えていくしかない。

「どちらにもメリット、デメリットがございます。アインズ様のお好みに合わせて決定されるのが良いかと」

「う、うむ。では同じく商会を運営していくことになるセバス、ソリュシャンにも聞いておこう。どちらが良いと思うか? それを聞いた後私が決定を下そう」
 アルベドからの思いも寄らぬ返答にアインズは慌ててセバスとソリュシャンに問いかける。

「はっ! シグマ商会を単なるこの世界の商会とするか、それとも我々ナザリックと関係があることを示唆するのかと言う点でございますね」
 きっちり説明してくれたセバスによくやった。と内心で誉めたたえながらアインズ大きく頷く。

「そうだ。どちらにもメリットデメリットはあるが……因みにどのようなことが考えられる?」

「関係ないとした場合のメリットはこの世界にいると思われるプレイヤーから疑われる危険性が少ないこと。デメリットは完全にこの世界のものしか使用出来ないため、商品の幅が狭く、国の経済を握るまでに時間が掛かることでしょうか?」

「では関係があるとした場合は? ソリュシャン、答えよ」

「はい。その場合のメリットは様々な商品を使え、素早く国の経済を掌握出来ること。デメリットはプレイヤーに感づかれる可能性があることと、ナザリックの技術が僅かとはいえ人間たちに流出する危険性があることです」
 正解だと言うように頷きながらアインズはそこまで思い至らなかったことにショックを受けた。

 やはり商会運営と言う思いつきのアイデアではダメだったのではないか、しかしもはや止まるわけにはいかない。
 準備は進んでいる。
 止まることは出来ない以上、どちらかの答えを出すしかない。

「私としましては、将来的にアインズ様がこの世界に君臨することも踏まえまして、極一部、つまりは大々的に関係を示唆するのではなく、王国内部の一部にだけ知らせておくのが良いかと」

(君臨って何だよ! いや、確かにいつまでも隠れてこそこそ生活するわけにはいかないし、いずれはアインズ・ウール・ゴウンの名を轟かせる必要はある。その為には今セバスが言ったように極一部に知らせておくと言うアイデアは悪くないのでは?)

「失礼ながら、私は少なくともシャルティア様に害を成したという者を排除するまではこの世界の者として活動するべきかと。現在の王国では内密とはいかないでしょう。必ず裏切り外に情報を持ち出して利を得ようとする者が出てくる筈です」 
 ソリュシャンの言葉にも納得できる。
 未だシャルティアを洗脳した敵は姿を見せていない。ワールドアイテムを所持しているところを見るに相手はプレイヤーと見るべきだろう。
 ただし、あれはもはや敵である。

 アインズは基本的にプレイヤーとは友好的な関係を築きたいと考えていた。
 そのために第六層で楽園計画と言うこの世界とも友好的に行動していることを示す計画も発動させている。

 だが、シャルティアを。
 友が残した一人娘とも言えるシャルティアを操り、よりにもよってアインズに殺させた時点でもはや敵対は避けられない。

「いや。これ以上後手に回るのは避けたい。セバス、お前の意見に私は賛同しよう。つまりナザリックとの繋がりをはっきり見せるのではなく、商品から僅かに気配を感じ取れる程度に示す。シャルティアを狙った者たちは王国内を調べているはずだ。そうなれば網に引っかかるだろう。そこを狙う」

「畏まりました。では本のアイデアに関しては、現在の内から量産体制だけ確立させ、問題ないと言う確証が得られた後に販売すると言うことでは如何でしょう?」

「そうだな。それまではこの世界の既製本を販売することにしよう。人件費が掛からない分利幅は良いだろう」
 この世界では著作権の問題はどうなっているのかも調べないといけないな。
 と考えながら次の書類を受け取る。
 アルベドに丸投げしつつも、それをバレないようにいくつかのアイデアの精査が完了する。


「メイド達はやや似通った意見が多いようですね」

「種族が同じだからか、思考形態もそれなり似てくるのか。しかしだとしてもそれぞれに個性が感じられるのは嬉しいことだ。やはりと言うべきかメイドの技術を使用した商品が多いな。石鹸や洗剤を初めとした掃除用具に掃除や立ち振る舞いの指南書、後は料理か」
 ホムンクルスである一般メイド達は種族ペナルティで食事量が増大している。
 そのためか食事に対しそれなりの思い入れがあるようだ。

「食材自体は外のものと大差ありませんが、それらを組み合わせて調味料や料理として売りに出せば。と言う意見ですね。これはソリュシャン、貴女としてはどうなの? 調査中に食べたものと比べて」

「はい。エ・ランテル、王都。どちらの料理もナザリックと比べて味は格段に落ちます。食材の差もあるでしょうが料理人の腕や、技術的な差があるのかと。特に調味料に関しては酷いものです」

「ではその調味料自体を売り出すこととしよう。料理をそのまま売るというのは難しいからな」
 <保存(プリザベイション)>の魔法はあるが、それでも長期間持つわけではないし、それをするならレストランを開いた方が良いだろう。今回はそこまで考えていないので、調味料や香辛料の組み合わせたものを売りに出すと言うことで決定した。

「次はこちらです。ドラゴンや魔獣を使用した輸送便を出してはどうか。と言うものです」

「ほう」
 続けざまに出される意見に少々疲れていたのだが、その内容を聞きアインズは興味を示した。

 そしてそれが誰の発案であるかも直ぐに理解する。
 ビーストテイマーであるアウラだろう。

「なるほど、確かに冒険者にも荷物運搬の護衛任務が出ることもある。強力な魔獣を運搬に使用するというのは信頼性も高くなるだろう」
 ハムスケ程度の魔獣ですら伝説の魔獣として畏れられるのならば、アウラがペットとして飼っている魔獣を使用すればこの世界では絶対的な安心感を得られるはず。
 高級な荷物の運搬などには喜ばれるだろう。

「しかし、ドラゴンは少し難しいか」
 こちらの世界でも伝説となっているドラゴンを輸送便にするとなればその宣伝効果は絶大だろうがこちらの世界のドラゴンについてはまだわかっていないことが多い。

 ユグドラシルでも強力な敵であったドラゴンは警戒に値する相手であり、仮にこの世界のドラゴンがとてつもなく強力でかつ仲間意識が高いなどと言うことがあれば、仲間であるドラゴンを輸送便にしていると言うことで敵対行動を取られるかも知れない。

 そのあたりまで考えて、先ずはドラゴン以外の魔獣を使用した輸送便を行うことで話は進む。

 他にもいくつかアイデアが出たが、中でもアインズがもっとも興味を引かれたのは、ドワーフの国と協定を結び、ドワーフ製の武器を販売すると言うものだった。

 アルベドは当然口にしないが、そのアイデアを出したのは間違いなくコキュートスだろう。

 何しろドワーフとのパイプ役はコキュートスが支配下に置いている蜥蜴人(リザードマン)の一人であり、かつてドワーフの国で世話になったことがあるのだという。
 加えてドワーフ製の武器はかなり貴重だが、帝国に少量ではあるが販売されていることから、完全に諸国と断交している訳ではない点。
 場合によってはドワーフ国から人を招きこちらで生産してもらう案まで記されていた。

 これをコキュートス一人で纏めたというのならば素晴らしいことであり驚異的な成長スピードであると言えるだろう。

「素晴らしい。このアイデアに関しては問題が無いな。直ぐに実行に移せるように人員を整えよ」

「畏まりました。本人も喜ぶでしょう」

「ああ、しかしこれは目玉になりうる商品ではあるが時間がかかる可能性が高いな。長期的に見てもナザリックの利になることは間違いない。急ぎ過ぎず確実に事を進めるように留意せよ」
 アルベドか恭しく頭を下げた後、僅かな間が空いた。
 次のアイデアが出てこない。

「これで全てか?」
 メイド達が重複していることもあり、実際に出てきたアイデアは二十そこそこと言ったところであり、アインズのものを除き、ほぼ全てが採用、あるいは保留扱いとなったが、目玉と言えるものは無かった。

「いえ、最後に一つ。こちらです」
 差し出された書類に目を通し、アインズは極自然と感嘆の息を漏らしていた。

「ゴーレムの販売、貸し出しか」

「はい。セバスたちの調査でも判明したとおりゴーレムは人間たちにとって相当な高級品。一流に近い冒険者たちでさえ容易く購入する事は難しいと聞いています」

「うむ。確かに個人でゴーレムを所有しているという話は殆ど聞かない、よほどの豪商か大貴族くらいなものだ。それも大抵は門番扱いでしかない。もし仮にそれらが安価で提供した場合、労働力として使用されるだろう。現在国力が著しく落ちている王国にとっては喉から手が出るほど欲しい商品のはずだ」
 アインズも一度はアンデッドの労働力販売と言うアイデアを思いついたのだが、人間のアンデッドに対する嫌悪感を考えるととてもではないが受け入れられないだろうと却下した。
 そのため先ずは苦手意識を解いて貰おうと思ってのアイデアがあのお面だったのだが。

 しかしゴーレムならば問題ない。
 そもそもゴーレムは既にカルネ村に貸し出している。

 アンデッドと異なり細かな作業が苦手という点は問題だが、どの村や町でも欲しい存在に違いない。

「ですので村の人間たちでも借りられる程度の安い金額、あるいはゴーレムの働きによって出た余剰の作物などと引き替えにゴーレムを貸し出すというものです。加えて人間たちは楽な方向に流される傾向にあります。初めはゴーレムから貸し出し、やがてもっと細かな作業をさせるためにアンデッドが必要だと知れば、アンデッドも商品として並べることが可能になるかと。そのころには我々を信用し、アンデッドに対する嫌悪感も薄れているでしょう。そうなればもはや人間どもはナザリックに、いいえ。アインズ様に依存しなくては生きていけなくなる」

「素晴らしい。それこそ私の望む展開だ。良いアイデアを出してくれたものだ」
 アインズが一度無理だと思ったアンデッド貸し出しのアイデアにも活かせると聞き、アインズは一度手を叩き喜びを露わにする。
 アルベドが笑顔のままほんの僅かに目を細めているが気にせずにアインズは続ける。

「本来は無記名のため、発案者を問うつもりはなかったが、信賞必罰は世の常、このアイデアを出した者に褒美を出そうと思うが……誰のアイデアだ?」
 アインズの問いかけに、アルベドは直ぐには答えず間を空けた。
 不思議に思い改めて目を向けると、代わりにと言うことなのかセバスが答える。
 確かにアルベド本人に聞いたわけではないので問題はないのだが珍しい。

 と思っているとセバスの答えでその理由が判明する。
「シャルティアでございます」

「シャルティアが?」
 アルベドとシャルティアはそれぞれ何かにつけて言い合いをしている。
 本気で仲が悪いわけでは無さそうなので放って置いているが――喧嘩の内容もアインズを巡ってと言うこともあり口が出しにくい――アインズが手放しでシャルティアのアイデアを褒めたことが気に入らないのかも知れない。

 アルベドは仕事に際し公私混同はしない気がしていたがよく考えてみると、シャルティアが出立前に挨拶に訪れた際も不自然に追い出そうとしていたし、割合子供っぽいところもあるのだろうか。

「そうか。ではセバス、この会議が終了後シャルティアをここに呼んでおけ」

「畏まりました」

「では次に行こう」
 話を切り上げる。

 決してこれ以上この話を広げることでアルベドの機嫌をこれ以上悪くするのを恐れたからではなく、まだまだ決めなくてはならないことが多数あるからだ。
 商会を開く場所、アインズが演じることになったシグマ商会のトップと言うアンダーカバーの制作、商品の量産体制の確立、売り子として配置予定の――

「そう言えばセバス、例の娼館の女たちはどうなった? 傷は癒えたのだろう?」

「はっ! 体の方は問題なく。ですが未だ精神が安定せず、現在はまだ普通に生活するには遠いかと。今のところ先に回復していたツアレ、最初に助け出した者ですが。彼女が皆を纏めているようです」

「ああ、例の女か。そう言えば私はまだ会っていないな。そのうち時間を作り顔を見ておくか。アレが纏め役になるというのなら話をしておく必要がある」
 どうもメイド達に話を聞くとその女はセバスに恋愛感情を抱いており、セバスの方も満更でもないとのこと。

 ただの人間であればどうなっても良いが、セバスの恋人ならば人間であってもある程度の便宜を図る必要がある。
 顔も知らないとそれが出来ないため、一度面通しをしておくべきだ。

「ですがそのツアレもまた、完調とは言い難くアインズ様に対し粗相をしないとは限りません」

「よい。ある程度の無礼は許そう。なにより私も見てみたい。お前が助けたいと思った人間を」
 お前の恋人を。と続けたいところだがアルベドが居る場所で恋話をするのは少々危険だ。

「畏まりました。いつでも良いように言い含めておきます」

「うむ。では改めて次の話をしよう。アルベド、進めてくれ」

「はい。アインズ様。では商品はこれで一通り決まったと考え、次は……」
 短い時間でいつもの自分を取り戻したアルベドにアインズは気づかれないようにほっと胸をなで下ろした。



前回の話で出たアイデアの改良と詳しい説明で終わってしまった
12巻購入までは話を進めて矛盾があると不味いと思ったからですが、もうちょっとテンポ良くしても良かったかな
本当はこの後シャルティアの褒美に関する話まで入れるつもりだったのですが長くなったのでここで切ります
とりあえず今まで書き進めていたのでこの続きもほぼ出来上がっています
今週末あたりにはもう1話投稿出来そうです


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第9話 褒美

前回の続き、本来は一つの話だったので少し短めです
内容としては11巻と7巻で起こった一部のイベント先取りといった感じです



「アインズ様、シャルティア様です」
 今日のアインズ当番である一般メイドのリュミエールの言葉にアインズは通せ。と威厳を込めて命令する。

 畏まりました。と頭を下げてリュミエールはその場を離れていく。

 斜め前の定位置にはアルベドが無言で立っている。
 本来一度目の打ち合わせが終了した時点で今日のアルベドの仕事は終了したので、セバスとともにさりげなく退出を求めたのだが、笑顔で封殺されてしまった。

 シャルティアが来るというのが理由なのだろう。
 リュミエールが扉を開き、部屋にシャルティアが入ってきた。

「シャルティア・ブラッドフォールン参りました!」
 力強い宣言と共にシャルティアが礼を取る。
 妙に動きが堅い。

 以前、シャルティアがセバスと合流する前に挨拶に訪れたときはもっと優雅で余裕があった気がするが、シャルティアも色々と考えるところがあるのだろう。
 そもそも用件を伝えていないせいなのか、白蝋じみた肌は更に白と言うより青白く見える。
 表情もどこか堅く、無理して笑顔を作っているような印象を受けた。

「シャルティア。お前を呼んだ理由だが、例の王国で開く商会に出す商品の発案についてだ。お前のものを見せてもらった」

「は、はい!」
 声が上擦り、体が更に堅くなる。

「そう堅くなるな。集めた意見の中でお前のものが最も素晴らしかった。今回はその褒美をやろうと思ってな」
 ピクリとアルベドが反応する。
 対してシャルティアの反応はと言うと、目を見開き驚いたような顔で固まってしまった。

「シャルティア。アインズ様のお言葉に対してその態度はどういうつもり?」
 反応がないことに怒りを覚えたらしくアルベドが殺気を含んだ声を漏らす。
 瞬間、シャルティアの体が跳ねるように震え深く頭を下げた。

「も、申し訳ございません! アインズ様に対し不敬な態度を」

「よい。今日の私は機嫌が良い。お前の全てを許そう。シャルティア」
 この分だとこの後も同じような態度をとる可能性がある。先にこう言っておけばアルベドもこれ以上口を挟まないだろう。

「ははぁ! ありがとうございます」

「アインズ様が、貴女に褒美を下さるとのことです。謹んで拝受なさい」
 そう告げるアルベドの声は僅かに引き攣っている。

「んんっ。そう言うことだシャルティア、何か希望はあるか? 度を過ぎた物でなければ許そう」
 こう付け加えたのには理由がある。
 何でも良い、などと言うと性的な要求をされかねない。それはアインズとしてもまずいし、何よりアルベドが暴走しかねない。

「アインズ様。お願いがございます」

「なんだ?」

「此度の報償、辞退させていただきたくぞんじんす」
 きっぱりとした物言いに、アインズとアルベド共に一瞬時間が停止する。その後先に行動を起こしたのはアルベドだった。

「シャルティア! 貴女アインズ様のご厚意を!」

「よいアルベド、私が問う。シャルティアどういうことだ、説明せよ」

「わたしは、アインズ様に許されざる行いをしんした」
 例の洗脳を受け、アインズを攻撃したことだろう。
 しかしあれは。

「既にお前には罰を与えたはずだ」
 シャルティアを椅子にするという罰を既に与えてある。

 彼女にとってはご褒美だったらしいが、アインズがそれを罰と決めた以上、誰も異を唱えることは出来ず、アルベドもとりあえず――謎の破壊音が聞こえたがあれは気のせいだということにした――納得しているようだった。
 それをなぜ今更、とシャルティアに聞くと、彼女は漆黒のボールガウンの裾を掴み強く握りしめる。

「わ、わたしは今回、シャルティア・ブラッドフォールンが有用な存在であると言うことを皆に、何よりアインズ様に知っていただきたく、努力しんした」
 シャルティアの声が震え涙声になっていた。先ほどまで殺気を纏っていたアルベドも黙って話を聞いている。

「でも、わたしだけでは、考えつかなくて、チビ……アウラに助言を貰いんした。その上アルベドが精査の時に販売ではなく貸し出しとし、後にアンデッドを貸し出すことを見据えた方法を付け加えてアインズ様に提出したと聞いていんす。アインズ様は一人で考えるように言っていたのに。わたしはそれを守れなかったでありんす。そんなわたしが、アインズ様の報償を授かる資格なんてありんせん」
 一人で考えるように。と言っているが、そんなことを言った覚えはなかった。
 はて、と心の中でだけ首を捻っていると、アルベドが口を開いた。

「シャルティア。貴女の言いたいことは分かったわ。しかしアインズ様はこう仰られていたのよ、何が最もナザリックの利益になるか考えなさいと。貴女は今回一人では考えられなかった、だからアウラの力を借り、更に私が精査の段階で付け加えてアインズ様に提出した。全てはナザリックの利益の為に取った行動、貴女は間違っていないわ。ですよね? アインズ様」

「うむ。その通りだ、シャルティアお前がアウラの力を借りたことも、アルベドが足りない点を補ったことも、全てはお前の提案が根底にあってこそ生まれたものだ。今後同じようなことがあった場合、今度はお前が二人に手を貸せばよい。その時私は今回同様発案者に褒美を与えるだろう。今回はお前の番だと理解せよ」

 短い沈黙の後シャルティアの体が震え顔を持ち上げる。

「あ゙い゙ん゙ずざま゙」
 シャルティアの大きな瞳からポロポロと涙が流れ落ちていた。

「し、シャルティア?」
 うぐうぐと泣くシャルティアを前にアインズは立ち上がり、側に近づく。
 瞬間ガシリとローブが掴まれ、そのままシャルティアが抱きついてくる。

「み゙、身に余る光栄でず」
 シャルティアの涙を見るのは二度目だが、あの時はこれほど酷くはなかった。

 とりあえずアインズはあの時と同じ行動を取ることにする。
 恋愛経験のないアインズでは、多様な対応など出来るはずもない。

「泣くな、シャルティア。美人が台無しだぞ」
 台詞もそのままに取り出した白いハンカチをシャルティアの目元に当てる。

「ば、ばい゙。わたしのために申し訳ございません」
 涙を拭いたシャルティアがアインズを見上げる。
 目元が赤く染まり、ぐしぐしと鼻を鳴らしていた。

「シャルティア。そろそろ離れなさい。不敬よ」
 かつて自分を押し倒したアルベドがそれを言うのか。とアインズは心の中で思うが、確かに幼い外見とは言え、絶世の美少女に抱きつかれているというのは落ち着かない。

「も、申し訳ありんせん! アインズ様のお召し物を汚すような真似を」
 紅潮していた顔色が一気に青ざめる。
 確かにローブに涙ぐらい着いただろうが、そこまで気にする必要はない。

「いや、うむ。お前のためならば汚れるなどとは思わん。気にするな」
 はい。と消え入りそうな声で返事をし、ローブから手を離したシャルティアは一歩後ろに下がると深く頭を下げた。

「んんっ。ではシャルティア、改めて問おう。褒美として何を望む?」
 シャルティアは未だ赤くなったまま目元をもう一度アインズが渡したハンカチで押さえた後、それを握りしめたまま、顔を持ち上げ真っ直ぐにアインズを見据えた。

「わたしは以前失態の後、なんとか失態を取り返したいと思い続けていんした。ですが今のわたしではアインズ様のお言葉すら満足に理解出来ないでありんす。そしてアインズ様はわたしたちに成長せよ。と仰って下さいました」

「その通りだ。今のお前で理解出来ないのであれば学べばよい。お前たちならばきっと成長し、私の考えを理解出来るようになるだろう」
(俺自身理解出来てないけどな! と言うかそれが褒美と何の関係があるんだろう?)

「貴女、まさか!」
 アルベドが何か言いかけ、その瞬間シャルティアの口元がいつもの悪魔じみた不敵な笑みに変わりアルベドに目をやった後、彼女はすぐにアインズに視線を戻すと両手を組んでこう告げた。

「なにとぞ! わたしをアインズ様の側に置いて学ぶ機会をいただきたくぞんじんす。具体的には商会の運営を手伝わせて欲しいでありんす」

「シャルティア!」
 アルベドからの威圧感が膨れ上がり、天井に張り付いている八肢刀の暗殺虫(エイトエッジ・アサシン)がざわりと身動ぎした。

「アルベド! 落ち着け。つまりなんだ、シャルティアもセバスやソリュシャンと共に商会運営に参加したいと?」

「はい! わたし一人ではどのように学び、成長すればいいか分かりんせん。他の守護者たちは順調に成長しているようでありんすし」
 再び目を伏せるシャルティア。
 ふむ。とアインズは顎先に手を持っていき思案する。側面からはいっそ物理的な圧力を感じるほど強い視線を感じるがこの際無視をする。

(シャルティアに店の運営か。はっきり言って向いているとは思えないが、そう言う思いこみこそがシャルティアの成長を妨げるのかも知れないな。それにぶっちゃけシャルティアは何をしでかすか分からないし目の届くところにいてくれるとありがたいと言うのはある。それに)
 ジッとシャルティアを見つめながらアインズは思案を続ける。

 アインズからの視線にシャルティアは照れたようにもじもじと体を動かした。

 シャルティアは最強の階層守護者として生まれている。それがシャルティアの成長を妨げているのではないか。とアインズは推察していた。
 その性能を何も考えずに使用するだけで大抵の相手にはあっさりと勝ててしまう力、以前アインズと戦った際はアインズが戦術を駆使したため勝利を収めたが、シャルティアがもっと考えながら戦ってきたらアインズは確実に勝てなかっただろう。

 そのレベルまで成長してくれれば、再び以前のようなことが起こっても、そもそも操られる前に対処が可能なのではないか。
 そしてあのワールドアイテムを使った相手は恐らくこのまま手を拱いては居ないはず何らかの手段を持って再び、ナザリックに害をなそうとするはずなのだ。

 その時狙われるのは誰か。
(やはり、シャルティアを狙う可能性が高いだろう)
 であるなら、シャルティアの成長はかなり優先順位の高い案件ではないか。

 ここまで考えて居る内に、それなり長い時間が経ってしまったことに気がつきアインズはそれをごまかすように咳払いをするとシャルティアに告げた。

「よかろう。その願いを聞き届けよう」

「アインズ様!」
 シャルティアとアルベドの声が重なる。
 片方は喜色満面のもので、もう一つは悲痛さを携えている。 

「ただし常にと言うわけにはいかない。お前には第一から三階層までの警戒任務がある。なので基本的には私が認めたときのみ同行を許そう」
 シャルティアが守護する領域は最も広く、第一階層と言うこともあり、もしも何者かがナザリックに攻撃を仕掛けてきた場合、一番先に迎撃に出る立場だ。

 そこを手薄にしておく訳にはいかない。
 かといってずっと警戒任務や<転移門(ゲート)>を用いた運搬任務だけと言うのではシャルティアの成長には繋がらないだろう。

 これならシャルティアに成長して欲しい場面に出くわしたときのみシャルティアを呼ぶことが出来るし、常日頃から一緒ではないと言うことで、アルベドも多少溜飲を下げてくれるだろうと期待していた。

「勿論でありんす! アインズ様より任じられた階層警備にも支障を来すようなことはいたしんせん!」

「うむ。アルベド、お前もよいな?」

「イヤです!」

え?
 問題ないだろうとアルベドに目を向けると彼女は両手を握りしめそれを震わせながらほとんど涙目でアインズを見ていた。

「いや、しかしだな。お前が言ったことだぞ? 護衛がプレアデスだけでは心配だと。今回はセバスもいるが、奴には基本的に人間の女たちに命令を下す立ち位置にするつもりだ。シャルティアならば、護衛としても申し分ないだろう?」

「いいえ。アインズ様、シャルティアは危険です! いつアインズ様のお体を狙ってくるか分かったものではありません」

(お前が言うなよ!)
 アインズの発言が原因とは言え、主を押し倒しそのまま体を貪ろうとしたアルベドが言えた義理ではない。

「おや、守護者統括殿ともあろうお方が、何とはしたない」

「あら? 貴女には言われたくないわ。このビッチ」

「誰がビッチだコラァ! お前と一緒にすんな!」

「貴女と違って私はまっさらな体をしているのは知っているでしょうに。それに引き替え、貴女は異性経験はなくとも確か――」

「ワァー! やめなんし!」

(え? なに? 異性経験はないけど何経験ならあんの?)
 思わず動揺した心が、いつもの鎮静化で収まった後、アインズはスタッフを取り出し、地面を強く打った。

「二人とも、いい加減にせよ!」

「っ! 申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしました」

「し、失礼をいたしました」
 膝を突き頭を下げる二人を前にアインズはもう一度、今度は軽くスタッフを突く。

「面を上げよ。お前たちがそのようにじゃれあう理由は分かる。しかし今回の作戦はナザリックの今後を決める大切な任務だ。私情で互いの足を引っ張るような真似をすることこそ、私にとって最も許しがたいことだと知れ」

「はっ!」
 二人の声が重なり合う。先ほどとは違い、込められた意味も同じものだ。

「話は以上だ。シャルティア、お前は一度下がれ。詳しいことが決まり次第連絡する」

「はっ。畏まりました」
 来たときと異なり、優雅にボールガウンの裾を持ち上げて礼をすると、シャルティアは軽い足取りで部屋を後にしていく。
 残されたアルベドもまた、もはや表情は引き締まり先ほどまで子供のような言い争いをしていたとは思えないほどだ。

「アルベド」

「はっ」

「以前も言ったが、私がお前をここに残すのはすべてお前を信頼しているが故だ」

「はい。申し訳ございません。ですが、私も守護者統括としてあるまじきことだとは理解しておりますが、どうしても押さえることが出来ずーー」
 漆黒の羽根が頭と同じようにぺたんと垂れ下がる。

(もしかしなくてもこれ、俺のせいなんだよな)
 タブラ・スマラグディナが守護者統括として造り上げたはずのアルベドが、その任を無視して暴走するのはほぼ確実にアインズが彼女の設定を書き換えたせいだ。
 そのことにアインズは罪悪感を抱いており、アルベドが暴走する度、窘めはするが強く言うことが出来ない。

「よい。反省し次に活かすのであれば問題ない。そもそもアルベド、いやシャルティアもだがお前たちは急ぎすぎるのだ。私たちには無限の時間がある。なにをそんなに焦る必要があろうか。この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名が轟き、我らに敵対する者がいなくなってからでも遅くはないだろう」

「そ、そそそれは。世界征服がなった暁には私を妻に迎えて下さると」
 ピンと羽根が起きあがり同時にアルベドの金色の虹彩を持つ瞳が爛々と輝き、こちらを見つめている。

「え? んん? え?」
 そんなことは一切言っていない。アインズとしてはアプローチするのはそれからでもいいんじゃない? 位の気持ちだったのだが。

(いや、それ以上に今アルベドはなんと言った? 世界征服? 何だそれ、初めて聞いた。いつの間にナザリックはそんな活動目標を掲げていたんだ)
 名を広めろと言ったのを拡大解釈したのだろうか。
 いや、しかし。

「アルベド」

「はい!」

「いや、その世界征服の話、誰がそのようなことを?」
 アインズの問いにまったく別の言葉を期待していたのだろうアルベドは少し残念そうに肩を落としたが、直ぐに表情を引き締めた。

「デミウルゴスより報告がありました。アインズ様とお二人で……夜空を見上げた際にこの美しい宝石箱を手に入れるのも悪くない、そして世界征服なんて面白いかも知れないとアインズ様が仰ったと」

(あれかー! 言った、確かに言った。冗談のつもりだったし、あの雰囲気に酔って言っただけなのに。と言うかデミウルゴスもそうだと思っていたのに。そうか、そういう意図があったのか。道理でみんなやけに積極的に行動すると思ってたんだよな)
 ナザリックの強化は優先事項であるとは言え、皆が妙に生き生きと外に出て仕事をしたがるなとは思っていた。

 単にアインズ、つまりは彼らが至高の御方と呼ぶ存在に尽くすために生まれたから働くだけで嬉しいのだろうと考えていたのだが。

(つまり何だ? みんな俺が今までしてきた行動は全て世界征服に繋がるとそう思って行動していたってことか? どうする? これどうすればいいんだ。今更無かったことに出来るのか?)
 今までの全ての作戦がそのためだと思われており、現在もその方向に向け邁進しているというのなら、もうこれは止められない。
 いやアインズが言えば止まるかも知れないがそれは今までアインズが存在しない胃を痛めながら必死になって努力してきたナザリック地下大墳墓の支配者と言う偶像を破壊する行為に他ならない。

(今更止まれない、か。仕方ない、考えようによってはアインズ・ウール・ゴウンの名が広まると言う目的だけは叶えられる。後は出来るだけ正道で、悪名が立たないようにコントロールしていくしかないか)

「あの、アインズ様? 如何されました?」

「ん? いやすまない。この件は皆が知っているのだな?」
 一応確認してみる。
 アルベドとデミウルゴスだけならまだ何とか……

「はい。主立ったシモベは全て、アインズ様に宝石箱をお贈りするために邁進しております」

「そうか……嬉しく思うぞ」

「もったいなきお言葉! あの、それで、その先ほどのお答えなのですが――」
 もじもじと肩を揺らしながらこちらを見つめるアルベド。
 絶世の美女が頬を赤らめ瞳を潤ましている様にアインズの人間としての残滓が反応するが、例によって直ぐに鎮静化する。

「うむ。仮に世界征服がなった暁には、お前たちのナザリックに対する働きは最大のものとなるだろう。当然その時も褒美は与える。話はその時に聞こう」

「はい! 絶対に、絶対に、絶ー対に! アインズ様にご満足頂けるような働きをして見せます!」

「うん。いや、うむ。期待しているぞ、アルベド」
(これ大丈夫か? 乗り切った、乗り切ったよな? どうせ世界征服なんて遙か先の話だ。これなら今後この手の話は全てこの方法でかわせるし、後のことはきっと遙か未来の俺が何とかしてくれるだろう。そうに違いない!)

「ですが。アインズ様が御命じでしたら私は、いつでも、いつでも問題ありませんので」

(あ、これ意味ないな)
 獰猛な爬虫類を思わせる縦に割れた瞳孔は、まさしく獲物を狙う獣そのもので、これから先も今までと同じようなアプローチが続いていくのだろうと察するには十分過ぎた。



と言う訳でシャルティアの成長と世界征服の勘違いに気付くイベントの先取りです
また、これで王国でのメインメンバーが確定しました
アインズ様に加えセバス、ソリュシャン、シャルティアで商会運営をしていくことになりますので今後も登場回数が多くなります


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第10話 進行状況確認

会議やら話し合いばかりやっている気がしますが、もう1話か2話後決めることを決めたら初めての商談に入ります
開店するのはまだ先ですが


 紆余曲折はあったが、ナザリックの最終目標が世界征服と決定したことでアインズも覚悟を決めた。
 と言うよりもはや目の前のことだけに尽力することにした。と言うべきだろうか。
 どのみちアインズが今から世界征服に続く道のりを考えられるわけでもない。

 そのあたりは出来る者――いつも通りデミウルゴスとアルベド――に任せておくのが無難だろう。
 よってアインズはとにかくこの商会を成功させることだけに力を注ぐことにした。

 今日はセバスに言って探させた王国内にある空き店舗の物件精査を行っているところだった。

「ふむ。セバス、お前が選んでくれたこの物件だが周囲はどうなっている」
 何枚かある中から一枚を取り出しセバスの前に差し出す。

「はっ。こちらは本通りから外れていますが、治安は良く高級な店舗が並んでいる区画にある店舗です」
 セバスがハキハキと淀み無く返事をする。

 ふむ。と納得したような態度をとって見せたものの、アインズとしては正直何を基準に選べば良いのか見当がつかない。
 皆が考えてくれたアイデアを元にすれば、おそらく成功は間違いないだろう。

 だからといって初めから本通りにある一等地に店を構えて良いのか。
 初めは小さい店舗から徐々に大きくしていった方が良いのではないか。
 しかしそれでは店舗を変える度に余計な金がかかることになる。
 商品を置く倉庫を確保する必要もあるかも知れない。となると倉庫街に近い場所にした方が良いのか。

 何より。
(初期費用がこんなにかかるとは。高い、高すぎる!)
 アインズの現在の手持ちが一気に無くなる金額だ。

 セバスの選んできた店舗候補は全て本通りに面した場所か、あるいは高級店のある場所ばかりだ。
 ナザリックの、いやアインズ本人の財政状況を知らないから仕方が無いが、今更実は金がないので安い物件を探してきてくれとは言えない。
 もはや立地条件は無視し、金額の部分だけをチェックしながら書類を読み進める。

 ふと手を止める。
 一軒だけ妙に安い店舗の情報が乗っていたからだ。

「セバス、この物件はなんだ。妙に安いな」

「はっ。ナザリックの格に合うとは思えないのですが、一応条件を満たしておりましたので候補に加えました。なんでも曰く付きの物件とのことです」

「ほほう?」
 興味をそそられ書類を初めから読み直す。

 あまり広くは無いが、かと言ってエ・ランテルで見たンフィーレアの店よりは広い。
 本通りからは外れているが広い道路で直接繋がっており、周囲は店舗がいくつかあるが密集し過ぎている訳ではなく、ある程度閑散としている。
 条件は悪くない。むしろアインズとしてはかなり良いと思えた。何より値段が素晴らしい。

「その曰くとはなんだ?」

「いわゆる潰れやすい店。と言うことのようです。この周辺には他にもいくつか店がありますが、なぜかこの店舗に入った店だけが何度も潰れているようです。そのせいですっかり借り手がいなくなったようです。現在は別の店の倉庫代わりに使用されていましたが、その店が規模を縮小するために再び空き店舗となったと言うことのようです」

「なるほど」
(縁起の悪い物件ではあるけど、この安さは魅力だな)

「よし。セバス、もう一度この物件について詳しく調べよ。周辺の状況、その曰くとやらが人為的なものである可能性もある」

「畏まりました」

「うむ。場合によっては賃貸ではなく買い取りも検討する。ナザリックの者が多数出入りをすることもあるだろうからな。その場合賃貸よりは我々の物にした方が手っとり早い」

「しかし、アインズ様。このような物件でよろしいのでしょうか?」

「かまわん。そもそも人間達の造る建物などどれも同じだ、我々の足元にも及ばん。であるならせめてその曰くとやらをものともしないと言う点で少しでも早く名を上げる役に立たせるのが良いだろう」
 そんな曰く付きの物件ならば持ち主は賃貸よりむしろ手放したいと考えているかも知れないと言う計算も働かせている。
 何より購入しさえすればいちいち引っ越しなど考えず、増築していけば済むようになり、その方が最終的には安上がりになるだろう。

 しかしながら購入の場合には、アインズの手持ちだけでは足りないだろうから、ナーベラルとパンドラズ・アクターの二人で冒険者漆黒として働きに出て貰おう。

(二人だけでちゃんと仕事が出来るのか確かめる意味でも良いだろう。決してパンドラズ・アクターをナーベラルに押しつけたい訳ではないが!)
 ここ数日、パンドラズ・アクターはアインズの模倣を完璧にすると言う名目で、幾たびもアインズの元に訪れていた。
 その度にアインズは存在しない胃と、がらんどうの頭脳がキシキシと痛むのを感じていたのだ。

「畏まりました。では、私はこれで」

「うむ。ああ、そうだ。例の八本指だったか? そちらはどうなっている?」
 セバスとデミウルゴスが全員を捕らえた後、マーレ発案の方法で教育しナザリックに忠誠を誓わせたと聞いている。
 デミウルゴスに任せると言った以上なるべく手は出したく無いが、もし完全にそれが完了しているならば、奴らの資金を使用して店舗の開店資金に回しても良いかも知れないと思いついての発言だった。

「はっ。奴らは全てナザリックに絶対の忠誠を誓っておりますが、現状は八本指としての活動をそのまま続けさせております。急激に取り潰すと大きな影響があると思われますので」

「そうか。だが最低限麻薬部門だけは規模を縮小し王国内に広めるのは止めさせるようデミウルゴスに伝えよ。王国は将来我らの傘下に入ることになる。これ以上国力を落とされては困る」

「はっ。デミウルゴスもそこは承知しているようで、現在は王国外、特に敵対している帝国を中心として流通させているようです」

「ならば良い。先ほどの命は取り消しだ。引き続きそちらはデミウルゴスに任せよう」

「はっ」
 立ち姿、口調、振る舞いにおいて完璧な動作を見せるセバスにアインズはふとイタズラ心を覚え、話を変えた。

「時にセバス、ツアレニーニャと他の女達の様子はどうだ?」
 動きにはなんの淀みもないが、ほんの一瞬虚を突かれたような間が空いた。

「はい。大きな問題はございません。精神的にも安定し、今は客前に出しても恥ずかしくない対応を学ばさせるためにペストーニャに預けております」

「そうか」
 若干誤魔化された気はするがあまり深く追求するのも気が引ける。

「一応全員に気を配れ。今は助け出したお前に恩義を感じているが、人間というのは忘れていく生き物だ。我々が台頭し巨大な商会になった暁には、他の商会やあるいは国家がスパイを送り込んでくる可能性もある。その際ナザリックの者であればなんの心配もないが、人間は懐柔される恐れがある」
 既にツアレニーニャを初めとした人間達には顔合わせを行いナザリックに忠誠を誓わせた。

 しかし八本指とは異なり恐怖や拷問、痛みによる忠誠ではなく、あくまで自分達を救ってくれた恩人に報いると言う恩義による忠誠だ。
 他に行く宛も無いからと言うことでナザリックにしがみつこうしているだけかもしれない。ならばもっと良い条件を提示されれば、裏切る可能性もある。

「――はっ、その際は私が責任を持って処理いたします」
 僅かな動揺も淀み無くセバスが言い切る。

 以前のセバスであればその善性故に迷ったかもしれないが、前回の失敗以降優しさを残しつつも、必要であれば非情な決断を下せるようになっていた。
 これも成長だろう。

「うむ。セバス、お前の優しさは甘さを含んだものだと思っていたが、今のお前であればなんの問題も無かろう。信頼している」

「ははっ。ありがたき幸せにございます。アインズ様のご信頼に報いる働きを誓います」

「ただ、そうだな。ツアレニーニャに関しては大きなもので無い限り一度だけ失態を犯しても見逃そう」

「あ、いえ、しかし。ツアレだけそのように特別扱いをするわけには」
 その鋼の執事が慌てると言う珍しい光景を見て、今日のアインズ当番であるシクススが目を丸くしたが、直ぐに表情を戻した。
 アインズも愉快げに一度笑った後、手をひらつかせ、セバスを落ち着かせる。

「あれの妹には一つ借りがある。私は恩には恩を仇には仇を返すべきだと思っている。受けた借りも同様だ、よって今は亡き者から受けた借りは、その姉に返す。それだけだ」
 ツアレニーニャの顔を見て、名を聞きそれに気がついた。かつてアインズ達が冒険者としての第一歩を踏み出した際に出会った冒険者チームの一人の顔だ。

 その後彼女が残した日記によってアインズはこの世界の一般知識を得ることが出来た。
 これはその借りを返すだけである。
 しかしセバスはそんなアインズの言葉にいたく感動を覚えたらしく、胸に手を当てると恭しく礼を取った。

「慈悲深きそのお言葉、しかと胸に刻みました」

「うむ。無論何もないのが一番だがな。少し話し過ぎたか。ではセバス改めて私の命を実行に移せ」

「畏まりました」
 部屋を後にしたセバスを見送ってから、アインズは椅子に座り直し提出された別の書類に目を通した。

 コキュートスより提出されたドワーフの王国との国交を結ぶための企画書だ。
 その最初に書かれていたのがドワーフの王国に関する知識であり、鉱石の採れる鉱山内部に都市を構え、そこで発掘された鉱石を様々な武具を生産しているとのことで、中には超希少金属で作られたものも存在しているとのことだ。

 この世界で超希少金属と言えばアダマンタイトだがもしかしたらそれ以上の金属もあるかもしれないと思うと、空洞の胸が踊る気がした。

(これは是非とも成功させなくては)
 次のページに書かれたドワーフの王国のあるアゼルリシア山脈。その名前にはアインズも覚えがあった。

(ここにいるのは確かフロスト・ドラゴンだったか。そう言えばドラゴンの名前を調べてもらう約束もしていたな)
 結果として果たされることの無かった約束だがそう言う伝説があるのだと教えてくれた少女の顔が思い浮かんだが、それも直ぐに消えた。

(本当に世界征服を考えるなら、ドラゴンは是非とも欲しい存在だ)
 ユクドラシルでも最強種族の一つであったドラゴンは戦力もそうだが、コレクターとしてのアインズにとっては素材としても魅力的だった。

「フロスト・ドラゴンであればコキュートスなら相性的にも問題はないが」
 問題になるのは交渉の際に誰に行ってもらうかだ。発案者であるコキュートスが行くのが当然と言うか、他の者に任せてはコキュートスの手柄を奪う形になってしまうため、出来るだけコキュートスに任せたいところだが、コキュートスは性質上交渉事に向かない。

 順調に成長はしているが、まだまだデミウルゴスなどとは比べものにならない。
 騙されて不利な取引を決めたり、こちらに損失を出した場合のことを考えるとやはり誰かに一緒に行ってもらいたい。

(そうなるとやはりデミウルゴス、か……いや、俺が直接行っても良いんじゃないのか?)
 ユグドラシルに置いてドラゴンは寿命が無いという設定であり、年を重ねれば重ねただけ強くなる。

 この世界に古くからいるドラゴンであればどの程度の強さなのか、アインズにも想像がつかない。
 そこにNPCたちを送り込んで良いものか。
 臨機応変な対応に関してはまだまだアインズに分があると考えている。

(いや、これは重要な案件だ。幸い武器自体はナザリックでも作れる他の商品もあるし先ずはもっと詳しい情報を集めてもらおう)
 そう決めたアインズは、書類を保留の箱に入れ次の書類を手に取った。


 ・


 未だセバス達が借りている館の中に、今回の作戦における主立ったメンバーの姿があった。
 セバス、ソリュシャン、シャルティア、パンドラズ・アクター、ナーベラル。
 ナーベラルに関しては漆黒との繋がりに関する設定を密に行うための参加である。

「では、運営会議を始める。進行はソリュシャン、お前に任せる」

「はいっ。承知いたしました」
 指名されたソリュシャンの表情は明るく、他の者達はどこか残念そうに見える。
 未だこの程度の小さな命令でも一喜一憂するのだから困ったものだ。

「では僭越ながら私が進めさせていただきます。まず店舗についてですが、セバス様が候補として挙げていたものからアインズ様がお選びになりました店舗を買い上げることとなりましたので、当面はそちらの店舗を王国でのナザリックの拠点の一つとして活用いたします」
 以前セバスが言っていた曰く付きの物件は借りるのではなく買い上げると言う話を持ちかけると思いの外あっさりと持ち主が手放すことを承諾したらしい。
 曰くに関してもやはり人為的なものはなく、最初のうちは単純に運が無く、その後はその噂のせいで商売がうまく行かなかっただけだろうと結論づけられた。
 曰く付きの物件でそれなりに安くはあったが、足りない分はナーベラルとパンドラズ・アクターが多数の依頼をこなしその報酬によって賄われた。

「ナザリックの者が転移するための場所、周囲から目隠しになる部屋を作っておけ。我々も普段はそこから出入りすることになる」

「畏まりました。現在アウラ様を主導として内部の作り替えを行っております。周囲に気づかれないように作業を行っているため多少時間がかかりますが」

「構わん。流石にある程度の防御対策は必要だろうからな」
 本音を言うとそんな無駄な金は使いたくないのだが、何の対策もされていない場所にアインズが駐留することにアルベドを始めとして全ての守護者が反対を表明し、以前ログハウスを造った経験のあるアウラが主導となって買い上げた物件は外見はそのままに人間如きではどうしようもないほど強固な要塞へと変わりつつある。

「はい。では次に商品の開発状況についてですが、シャルティア様。お願い致します」
 指名されたシャルティアが立ち上がりアインズに向かって優雅に一礼してから手にした書類をジッと見ながら話を始める。

「では、先ずわたしが主導として発案したゴーレムについてでありんすが、取りあえず人間用に強さを調整した石の動像(ストーンゴーレム)鉄の動像(アイアンゴーレム)を二百体ずつ作成しんした。ひとまずは第六層に置いていんす。レンタルで人間どもに貸し出しする物の外見は全て同じデザインにし、後ほど商会の目印のような物を着け一目で我々の所有物だと判るようにする予定でありんすぇ。コキュートス発案のドワーフ国との国交に前提とした武器は現在のところ保留中、なんでもドワーフの王国に行ったことのある蜥蜴人(リザードマン)が詳細な場所を思い出さないようでありんす」

「ふむ。必要であれば私がそいつの記憶を操作し場所を探ろう。コキュートスにはいつでも動ける用意だけするように伝えよ」
 交渉の結果、武具を取り扱えるようになったとしても店頭に並べられるようになるまでは時間がかかる。
 急ぎ過ぎるのも良くないが出来れば手早く進めたい。

「承知致しんした」
 頷いてからシャルティアが続きを口にする。

「本に関してはこの世界の印刷過程が未だ不明のため、こちらの方法で作成すると場合によっては面倒なことになりかねないので、製造より先に人間どもに見せても問題のない本を厳選していんす。チビすけ……アウラの魔獣による運搬業は魔獣を都市内に入れるには登録が必要とのこと、その登録者をどうするか考え中でありんすが、アインズ様、如何しんしょうか?」

「ふむ。取りあえずは私が登録することとしよう。魔獣選定は終わっているのか? 弱すぎても困るが、あまり強い魔獣だと騒ぎになるぞ。ハムスケより少し弱いくらいが丁度良いのだが」
 伝説の魔獣と言われるハムスケよりも強い魔獣を使役すると、相対的にモモンの評価が下がる可能性がある。
 それを危惧しての言葉であったが、シャルティアは書類のページをめくり確認してから続けた。

「ギガント・バジリスクがよいのではないかとのことでありんす。目を隠す兜を作成し石化の視線を使わせない状態にしておけば問題は無く、傭兵モンスターとして召還すれば、運搬の際にはナザリックの者であれば誰の命令でも聞きんしょう」

「ギガント・バジリスクか。大丈夫か? モモンとして活動しているときに退治したが、あの程度のモンスターでも殆ど伝説扱いだったが」

「小さい頃から飼い慣らし、それが成長したという設定にするとのことありんすが」

「そうか。それならば問題はないか。ではそれを目玉として他にもそれなりの数を揃えさせよ、こちらはもっと弱くこの世界の人間でも飼える、八足馬(スレイプニール)鷲馬(ヒポグリフ)で構わん。では次だ」

「はい。後はメインではありんせんが、ドワーフの国の武具が入荷するまでの間、ミスリル、オリハルコンをベースにした装飾性に優れた武具を生産していんす。こちらは既に試作品が出来上がっていんすから、後ほどお待ち致しんすぇ」
 これはメイド達から寄せられたアイデアの一つで、武具としての性能よりも地位のある人間が飾って置くための装飾品としての武具を開発することとした。こちらはナザリックの鍛冶長を中心にあくまで装飾メインで攻撃力、防御力は低いものばかりだが、それなりの金額で売るつもりだ。ゴーレムが一般人向けなら、こちらは貴族達など地位のある人間とのパイプ作成の為の商品である。

「うむ。今はこんなところか。食品や調味料は店が大きくなってからだな。先ずは少数精鋭で顧客を掴むことから始めよう。後はマジックアイテムか、上位の冒険者用にこの世界にも存在しつつ珍しいまたは高価な物をいくつか用意しよう。これは私とナーベラル、我々で選定する。お前だけが見聞きした物もあるだろうからな」

 モモンとして活動している間、モモンだけあるいはナーベだけで活動をしたこともある。
 買い物や商人に発注するのも大抵ナーベラルに任せていたため、そうした情報はナーベラルの方が覚えているだろう。

「畏まりました。今後も漆黒として活動する際にはその手の情報も集めますか?」

「そうだな。出来れば今後は我々以外のアダマンタイト級冒険者が持つ武具やアイテムを知りたいところだ、そのあたりも調べてくれ」

「はっ!」

「さてソリュシャン。現在決定していることは以上か?」

「はい。これで全てとなります」
 思いの外短かった。
 もちろん、これから決めるべきことは幾つもあるのだろうが、会社を興したことのないアインズではなにを優先するべきなのか良く判らない。

 どうでも良いことを優先させて不思議に思われても困る。

(しかし、今回はデミウルゴスもアルベドもいないしなぁ。誰かに話を振ると言っても、ソリュシャンか、それとも)
 なにを考えているのか判らない埴輪顔がこちらをじっと見つめている。
 その視線はアインズに何かを訴えかけているようにも見えるが、話を振りたく無いという思いが強い。

(いや、仮にもあいつは俺の、息子、子供……まぁ、それに類する何かだ、あまり邪険にし過ぎるのも良くないか)
 ゴホンと咳の真似事をしてから、改めてアインズはパンドラズ・アクターを見た。

「パンドラズ・アクター」

「はっ! 如何なさいました? アインズ様」
 今回は書類もあるため、全員を同じテーブルに座らせて話をしていたのだが、アインズが名を呼んだ途端、パンドラズ・アクターは立ち上がり胸の前に手を当て軽く頭を下げながら言った。

「いや、うむ。まだまだ決めるべきことは多々あるが、お前は何から決めるべきだと思う?」

「我が神のお望みのままに」
 ドイツ語禁止したせいで余計にパンドラズ・アクターの口撃力が増した様に思える。
 ドイツ語など殆ど知らないアインズは、なんか格好付けてるぐらいに感じていたものがしっかりと意味のある格好付けに変わってしまい更にダメージを負うこととなった。

(しかし、今更ドイツ語で良いというのも気が引ける。ええい、もういい無視だ無視。こいつのこの手の台詞は全て聞かなかったことにすればいい)
「そうではない。私はお前の成長をこそ見たいのだ。己で考え発言せよ」

「畏まりました! であるならば、私はアインズ様の商会でのアバターを決めるべきかと」

「ん? ソリュシャンの父親でセバスの主人と言うところまでは決まっているが、もっと詳しく設定をすると言うことか?」

「はっ! 商会が成長するに従い、すり寄る者達も増えるでしょう! で、あるならば。商会のトップであるアインズ様に近づこうと考えるはず。ここの設定を固め、皆で共有しておくことが重要かと」
 いちいちオーバーなリアクションを取りながら演説するかのごとく言い放つパンドラズ・アクターに向けられる視線は皆一様に冷たい。
 自らが作り出した存在を射抜く視線はそのままアインズの体をも貫いていく。

(やめてくれ。俺の造ったNPCにそんな冷たい目を向けないでくれ!)
 限界に達した羞恥心が鎮静し直ぐにまた沸き上がる。
 それを短い時間で何度か繰り返してから、アインズはやっと落ち着きを取り戻しパンドラズ・アクターに目を向けた。

「そうだな。ならばそこから始めるか。全員の立ち位置もキチンと決める必要がある」
 セバスは現状のままで問題ないにしても、他の二人特に急遽参加が決まったシャルティアの立ち位置は難しい。ソリュシャンは娘と言うことになっているが、外見上はそれより幼いシャルティアはどうすればいいのか。

 もう一人の娘か。しかしソリュシャンとは似ていない。
 ふとそこであることに気がついた。

(こいつら演技が出来るんだろうか?)
 ナーベラルは全くと言っていいほど出来ていない。それはもうそう言う設定なのだと諦めているが、ソリュシャンとシャルティアはどうだろうか。
 個人的にはソリュシャンは出来そうな気がするが。

「ところでソリュシャン。現状だとお前は私の娘と言うことになるが」

「はい。恐れ多いことですが、アインズ様がお決めになったのでしたらそのように努めさせていただきます」

「うむ。では練習だ。今から少しの間私を父と思って接して見せよ。お前自身が演じる役に合わせてな」
 ソリュシャンを除いた周囲の者達が微かに反応を示す。
 なぜか最も大きく反応していたのはパンドラズ・アクターであった。
 その埴輪顔から感情を読みとるのは困難であったが何となくショックを受けているような印象を受けた。

「畏まりました。ではお側に失礼致します」
 立ち上がったソリュシャンはペコリと一礼すると椅子を持って移動する。

 そのままアインズの真横に椅子を置いた彼女はそこに腰掛け、にっこりと笑みを浮かべてアインズを見た。
 いつもの彼女とは異なり、瞳に光が入り輝いて見える。

「ではお父様。進行を続けさせて頂きます」

「う、うむ」
 笑顔のままソリュシャンはアインズに寄りかかるように体を預けた。
 瞬間、シャルティアとナーベラルが不愉快そうに眉を寄せたが、アインズに恋慕しているシャルティアはともかくなぜナーベラルまで反応するのだろう。とアインズが不思議に思っている横でソリュシャンは話を続ける。

「では、私とお父様の関係についてはこれで問題ないと致しまして、それ以外の方々とお父様との関係を決めましょう。セバス、何か意見はありますか?」

「私は元よりアインズ様の執事、それは商会でも変えずとも良いかと」
 あっさりとセバスを呼び捨てにして見せるソリュシャンに、セバスもまた何の問題も無いとばかりに返答して見せた。
 逆に他の者達が僅かに反応したくらいだ。

「うむ。セバスに関してはそれで良かろう。ではシャルティアだが」
 選択肢は幾つかある、娘か、メイドか、従業員か、その辺りだろう。
 どれもシャルティアにこなせそうな気はしないが、それはシャルティアの演技力次第と言ったところか。

「恐れながらアインズ様。わたしからひとつ提案がありんす」

「ほう。言ってみよ、お前が演じるのだ、お前が一番やりやすいものが良かろう」
 シャルティアが自分で考え提案してきたと言うところに驚きとともに成長を感じて嬉しさ覚えたアインズは続きを促した。

 その直ぐ後、アインズは己の言葉を後悔することになる。

「当然、アインズ様の妻でありんす! さぁソリュシャン。その場所をわらわに譲り、貴女はわたしのことをお母様と呼びなんし」
 部屋の中に白けた空気が漂い出す。
 特に指さされたソリュシャンはあーあとでも言いたげに重いため息を吐いて見せた。

「恐れながら。それは流石に無理があるかと」
 真っ先にセバスが否定する。

「ええ。流石に私の母とは。逆ならばまだ判らなくもないのですか」
 チラリとソリュシャンがアインズに流し目を向けていることに気がつき、アインズは誤魔化しも兼ねて一つ咳を落とした。

「そうだな。当然シャルティアにも外見通りの年齢の人間として過ごして貰わねばならぬ。残念ながら却下だ」

「そんな! わたしにとってはそれが一番自然な配役でありんすのに。そもそもアインズ様ほどの御方に妻がいないと言うことこそ不自然な話。後妻ならば娘より年下でもそれほどおかしくは無いでありんすぇ」
 そうなのだろうか。と一瞬納得しかけるがアインズは心の中で慌てて首を振る。
 アインズが口を開こうとした瞬間。

「アインズ様! 一つご提案があります!」
 再び、今度は椅子を鳴らしながら慌てたように立ち上がり大きく手を広げ声を張り上げるパンドラズ・アクターによってアインズの言葉は潰された。

「……なんだ?」

「はい! 帝国より王国に支店を出しに来た商人と言うのが現在アインズ様の設定されたアバターですが。これより後、王国だけでなく帝国においても商売を広げるおつもりならばそれが枷となりかねません」
 一気にまくし立ててくるパンドラズ・アクターにアインズは僅かに引きながら話を聞く。

「アインズ様がお作りになられた名が帝国にいなければ正体が露見すると?」
 パンドラズ・アクターの言葉を受けてセバスが反応する。

「如何にも! 王国で有名になればなるほど、何故帝国にいた時から名が知れていないか疑問を持たれます。ですので、私はアインズ様に余計なアバターは不必要かと考えます」

「ん? それはつまり、アインズ・ウール・ゴウンとして活動するべきだと言うことか?」
 パンドラズ・アクターの言うことにも一理はあるが、ナザリックの行動の隠れ蓑として王国を裏から支配すると言うのが今回の作戦の肝だ。
 それなのにナザリックが表に出ては意味がない。

「いえ、正確には違います。アインズ様はナザリックの絶対的支配者と言う以外に、その尊きお名前を用いた別の顔をこの世界でお見せになったと聞いております」
 ズレてもいないのに帽子の鍔を摘み片手を後ろにあてながら帽子の位置を直す仕草を見せながらパンドラス・アクターは続ける。

「カルネ村において、アインズ様は研究に没頭していて俗世を知らない魔法詠唱者(マジック・キャスター)を名乗っていたと」
 助けた見返りを金銭ではなく情報にするために、カルネ村の村長にはそう告げたし、今でもあの村の住人はアインズのことをそう認識しているはずだ。

「確かに。その通りだ」

「それを今回も使用いたします。アインズ様は世を忍び様々なマジックアイテムや新たな武具、ゴーレム等の製作法を編み出した偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)。研究がひと段落したため、その成果を世に広めるために商会を開いた。隠れていたのだから帝国に名が知られていなくとも不思議はない」

「ふむ。それで、セバスやソリュシャン、シャルティアの立ち位置はどうなる?」

「そのままで問題ないかと。つまりは偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ様の世話を行っている執事、お嬢様方につきましては、ある意味こちらも真実、アインズ様のお仲間の娘で、現在はアインズ様が親代わりを努めている。と」
 ほう。と感心を示し、アインズは息を吐いた。

(流石はパンドラズ・アクター。いちいちその動きを取らないといけないのかとか言いたいことはあるが、知能に関してはとても俺が作り出したとは思えない出来だ)
「面白い意見だと思うが、皆はどう思う?」

「アインズ様の仰せのままに。ですが、私個人と致しましては、別の名ではなくアインズ様として君臨していただいた方が、我々はもちろん、使用する人間たちも混乱せずに済むかとは思います」

「確かに。お前達ならばいざ知らず、人間たちでは私が複数のアバターを持っていては混乱しかねないな。そのせいで正体が露見しては目も当てられんか」
 セバスの意見に納得を示してから未だアインズに身を寄せているソリュシャンに目を向けた。

「私もお父様のお気に召すままに。どのような役であれ完璧にこなして見せます」

「う、うむ。ソリュシャン、そろそろ演技は止めて良い。お父様も止めよ、パンドラズ・アクターの案を採用するのならば、友人の父をそう呼ぶのはおかしな話だ」
 ヘロヘロさんにも悪いしな。と口に出しかけた言葉を飲み込み、アインズはソリュシャンに言う。
 彼女は一瞬、ほんの少しだけ拗ねたように唇を尖らせた後、アインズから離れ、畏まりました。と一礼した。

「……わたしも異存はありんせん。ですが、妻役が必要なときにはいつでも。いつでもこのシャルティア・ブラッドフォールンをご指名してくんなまし」

「か、考えておこう」
 力強いシャルティアの宣言にアインズは余計なことを言えずそう返すのが精一杯だった。
 視線の端でなにやらパンドラズ・アクターが小さくガッツポーズをしているのも気になったが、それにも触れることは出来なかった。 



パンドラズ・アクターがやっと登場しました
書くにあたって改めて原作の登場シーンを読み返してみましたが、思ったより普通に話してて驚きました
アニメの影響かもっと弾けていた気がしたので


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第11話 店名決定

この手の話で最も活躍するはずなのに殆ど出番のないデミウルゴスの話です


「店の名前、だと?」
 店舗内の改装や、商品として出すゴーレムの在庫等の目処がつき、そろそろ王都で開店を知らせる宣伝や商会の登録と言った手続きを開始しよう――そのあたりはセバスに丸投げする予定だが――とした矢先、セバスか妙に真剣な表情でそんなことを口にした。

「はい。僭越ながら、商会の登録や宣伝を行うためにもそれを決める必要があるかと」

「……なるほど」
 シグマ商会のままでは駄目と言うことか。
 セバスがここまで言うのだから何か理由がありそうだが、ストレートに聞いて良いものかアインズは考えながら椅子に深く座り直した。

「それについては私も懸念しておりました。シグマ商会、この名前は私とセバス様が王都で活動するために名付けた仮の名前、当初はそれを本物の商会に流用することなど考えておりませんでしたので、つい私たちの姓に因んだ名を付けてしまいましたが」
 セバスと一緒にいたソリュシャンも神妙な顔つきで言う。

「我々だけで活動するのならばまだしも、アインズ様がその尊きお名前を用いて商会の主として活動する以上、商会の名を戦闘メイド由来というのは失礼にあたります。ここはアインズ様に相応しい名に変えるべきかと具申致します」

(ああ、そう言うことか。本当にNPCたちは細かいことに気を使うよなぁ。しかし言われてみればその通りという気もする)
「確かに、それは私も懸念していた。これはアインズ・ウール・ゴウンの威光を広く知らしめる為のものでもある。ではセバス、ソリュシャン何かアイデアはあるか? 矢面に立ち直接的な運営を行うのはお前たちだ。お前たちが好きに決めて良い」
 こう言ったのには訳がある。
 アインズのネーミングセンスだ。
 かつての仲間たちの反応を見るに自分にはネーミングセンスが無いのは理解している。
 自分が名付けた武器やアイテムのネーミングを見る度みんなが妙になま暖かい目をしていたのを思い出す。

(俺は良いと思うから始末におけん)
 かつての仲間たちはそれを指摘してくれたが、きっとNPCたちはその名前がおかしいと思っていても、全肯定するに違いない。
 それではマズい。
 アインズのネーミングセンスが悪く自分が笑われるだけならばまだいいが、セバスの言うとおりアインズは、アインズ・ウール・ゴウンの名前を背負っている。
 アインズが笑われるということはギルドそのものが笑われるということ。

 なのでいつもの方法を採ることにした。
 つまり出来る相手に丸投げである。それは相手に責任を押しつけるものであり申し訳なく思うのだが他に方法は思いつかない。

「私はセバス様の部下、セバス様を差し置いて名を決めることなど出来ません」
 ソリュシャンのきっぱりとした返答に、アインズは頷きセバスに目を向けた。

「恐れながらアインズ様、王国の後は別の周辺諸国にも手を広げるとのこと。であればその際は分かりやすく今回の名と同じ名前を使うと考えてよろしいでしょうか?」

「その通りだ。毎回別の名を付けては宣伝力が落ちる。今回決める名をそのまま全ての国で使う。そのつもりで考えてみよ」
 少し間を空けた後、セバスは腰から折って深いお辞儀を取った後、告げた。

「申し訳ございません。私ではアインズ様に相応しき名前を創造することが叶いません。ここはアインズ様御自らに決めていただきたく……」

(いや、それが出来ないから言ったのに! しかしセバスは元々こういうタイプだったな。自分からの主張が薄いというか、理想の執事と言うのはそうやって出しゃばらないものなんだろうか。たっちさんにそう創られたのなら無理はさせられないか)
「そうか……わかった、私が考えよう。ただしこれは重要な案件だ。この場で決めることは出来ぬ、後ほど知らせよう」

「畏まりました」
 うむ。と偉そうに頷きながら、アインズは内心かなり焦っていた。
 と言うのもここのところアインズはあの商品開発でボロクソに打ちのめされたのを皮切りに、店舗の内装や、販売価格、店内での制服、等々細かい部分について決めるための幾度か話し合い、そのいずれでもアインズがこれだと思った上で出したアイデアは――もちろんアインズが考えたと思われないように湾曲しながら提案したのだが――ことごとく却下され、元から殆ど無かった自信は木っ端みじんに打ち砕かれていた。その矢先で今回の提案だ。

 もうアインズは自分で決めると言う選択は端から捨てていた。

(またみんなから意見を募るか、いやしかし時間が無い。もう決めることは残っていないんだ、後はこの名前付けで最後。となれば余計な時間はかけられない)
「では今日はここまでだ。下がって良い」

「はっ、失礼いたします」
「失礼いたします」
 セバスとソリュシャンが連れ立って外に出ると部屋の中にはアインズと今日の当番のメイドだけが残る。
 現在アルベドは別の仕事――と言うか彼女本来の仕事であるナザリックの内政に関わる仕事だ――を行っているためここにはいない。
 アルベドがいればこの件も丸投げ出来たのだが、別の仕事をしているというのにこんなことで呼び出すわけにはいかない。
 しばらく一人で考えてみたがやはり頭に浮かぶのは似通ったものばかりだ。

「外に出る。供をせよ」
 ここで一人で考えているからダメなのだと自分に言い聞かせるように心の中で唱え、じっとアインズを見つめていた今日のアインズ当番、フォアイルに告げる。
 考えが行き詰まっていたせいで口調が僅かに荒くなり吐き捨てるような物言いになってしまった。

「はい、畏まりました!」
 やけに気合いの入った返答にアインズがちらりとフォアイルの顔を見ると、うっすらと頬を上気させ喜んでいるように見える。
 やはり以前ハムスケに調査させた通り、メイドたちには傲慢な態度の方が受けがいいのは間違いなさそうだ。

(はぁ、詫びるわけにもいかんからな。偉そうな態度を取り続けるのって以外と大変なんだなあ)
 元より人を使う側ではなく人に使われる側だった社会人鈴木悟にとっては辛いところだ。

 やはり以前から密かに考えていた計画――王族や貴族を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を用いて観察し支配者の行動を学ぶ――を実践しておくべきだったかもしれない。
 対象となる支配者階級の人物を選ぶ必要があるが、なにを基準で選べばいいのか分からない上、今まで忙しくて後回しにしていたがもはや後の祭りだ。
 モモンに加え今後商会運営まで行うのであればしばらく時間は取れないだろう。
 別の意味でも気疲れを感じながら、アインズはフォアイルに扉を開けさせ、外へと出る。


 慣れ親しんだ第九階層の廊下を進む。
 時折、掃除を行っている一般メイドたちがアインズの姿を見ると一斉に深いお辞儀をして出迎えた。
 そんな彼女たちに軽く手を振って答えながらアインズは行く宛もなく足を進める。

 黙って後ろを着いてきたフォアイルは何も言わないが訝しんでいるかも知れない。
 しかし元から目的地など無い。
 かと言って部屋に戻っては何をしに外に出たのかと思われる。どこか適当な場所を見つけてそこに入るしかないと考えたアインズは何気なく周囲を見回した。

「ん? あそこは……フォアイル。あの店を知っているか?」
 小さなドアを見つけフォアイルに問う。アインズが入ったことはないが何となく見覚えがある店だ。

「はい。あそこは副料理長が管理をしているショットバーです。私は行ったことはありませんが、メイドの何名かが飲みに行ったことがあると聞いています、確かデミウルゴス様やコキュートス様、シャルティア様も利用されているそうです」

「ほう。副料理長のバーか」
 しかしシャルティアはアンデッドであるため毒と同じ類の効果である酩酊の効果は受けないはずだが、酔えなくても良いのだろうか。
 アインズとは違いシャルティアは飲み食いは出来、味も感じられるらしいのでそれを楽しんでいると言うことか。

「副料理長には、商品の一つであるドリンクのレシピ制作を頼んでいたな。まだ完成はしていないと聞いているが」

「はい。空き時間に試行錯誤を重ねているようです。まだ納得のいくものが作れないと言っておりました」

「ふむ。そう言えば以前外の世界で集めた食材で作らせた料理の試食会を行わせたがメイドたちも参加したのだったな」

「はい。私も御相伴に預かりました」

「どうだった外の食材は?」
 ソリュシャンはナザリックのものは比べものにならないと言っていたが、あれはあくまで外で作った料理と比べてだ。
 外の食材を料理長たちに作らせた物であれば味の差は食材の差のみとなる。

 アインズの問いにフォアイルは一考もせず、ピシャリと言い切った。
「人間たちの作った物などナザリックの食材とは比べ物にもなりません!」

「そ、そうか」
 ナザリックで提供している食事は第六階層で育てた野菜類も使っている。
 あれはバフ効果など無いただの野菜であり味の差はないはずだが、それともマーレの魔法によって大地の栄養素を回復させているからその影響で味が変わっているのだろうか。
 となると後々は野菜類も売りに出しても良いのかも知れない。

「本日のこの時間ですと副料理長は中におりますが、アインズ様如何されますか?」
 ドアをじっと見ていた為にフォアイルはここに用事があるのだと勘違いしたようで、ピンと背筋を伸ばしアインズの命令を待つ姿勢を取った。

(ここに用事があったことにするか。誰かいれば店名の相談をしても良いし、いなくてもドリンクの進捗状況を確かめにきたと言えば済む)
「うむ。ではフォアイル、扉を開けよ」

「はい。畏まりました」
 深くお辞儀をした後、扉に手をかけゆっくりとドアが開かれる。
 薄暗い店内にアインズは黙って足を踏み入れた。


 ・


 ナザリック地下大墳墓第九階層の一室、落ち着いた雰囲気が漂う小さな室内に二つの影があった。

 一人はこのバーのマスターでありナザリックの料理人を努めるマイコニドの副料理長。
 もう一人はこのバーの常連であり、第七階層の守護者デミウルゴスだ。

 彼が休日にここに来るのはいつものことであったが、今日は少し様子が異なる。
 普段デミウルゴスは一人で来るときは大抵マスターである副料理長と歓談しながらゆっくりと酒を味わっているのだが、今日は妙に無口で、ただ黙って酒を飲んでいる。
 やけ酒をしているようにも見えるが、それでも以前副料理長が心配して声をかけたが故に後悔することとなったシャルティアとは比べ者にならない洗練された飲み方だ。
 よって彼も余計な口を挟むことなく、ただ黙ってグラスを磨き続けた。

「ピッキー、もう一杯頂けるかな」

「同じもので?」

「そうだね。そういえば例のナザリックはどうだい? 以前はまだ味に納得いっていないと言っていたが」

「まだまだ満足は遠いですが。以前よりはよくなったかと」

「ではそれを貰おう」
 十種類のリキュールを使用したカクテル、ナザリックは見た目は良いが、その名前を冠するに足るほど味は良くなく、暇を見つけては味の改善に努めている。
 本来ならば客に試作品を飲ませ実験体にするようなことはしたくないのだが、相手から言ってた場合はその限りではなく、今回もデミウルゴスが望むのなら、と準備を始めた。
 やや時間をかけて完成したナザリックを差し出した後、不意にデミウルゴスが口を開いた。

「ピッキー。済まないね」
 その謝罪が何を意味するのが副料理長は直ぐに察することが出来た。
 酒を味わい、楽しむ場であるバーで感情のままに酒を飲む己を恥じ、マスターである自分に詫びを入れたのだと。

「お気になさらず、そうした飲み方もあります、元よりバーはそうした思いを吐き出す場でもありますよ」
 シャルティアの時のような面倒くさい酔い方をされるのはごめんだが、こうして常連客が日々の鬱憤を晴らし、バーのマスターに愚痴をこぼすと言うのも、なんだかこれぞバーのマスターの仕事と言う気がして悪くない。

「では、少し聞いてくれるかな」
 ナザリックを一口飲んでからデミウルゴスは言う。
 どうぞ。と手で促すと彼はゆっくりと語り始めた。

「王国でナザリックが商会を開くという話は聞いているかな?」

「ええ。食堂で出している調味料やドレッシング、スパイスを商品として出すと言うことでしたので、人間の国で取れるものだけを使用して作るレシピを料理長が考案中です、私はドリンク系しか作れませんので、それとは別にドリンクのレシピを考案中ですが」

「そうだったね」
 納得したように頷くデミウルゴスに、副料理長は驚く。あのデミウルゴスがそのことを忘れていたと言うことに。

「今回の作戦はアインズ様に宝石箱を、この世界をお渡しするための第一歩と言っても良い。決して失敗は許されない」

「ええ。だからこそ、アインズ様が自ら指揮を執るのだと聞いています」

「アインズ様は私など足下にも及ばない、知謀に優れた御方。当然今回の作戦も何の問題もなく成功なさるでしょう」
 至高の御方に対する絶対的な信頼感、それは副料理長も同様で、その通りとばかりに頷いてみせる。
 しかしだとするとなぜ彼は落ち込んでいるのだろうか。

「その作戦にアインズ様は様々なシモベたちから広くアイデアを集め、商品を生産し、店舗の確保に内部の改装、様々な仕事を守護者やシモベに振り分けていますが、私にはお声がかからない。無論私はアインズ様よりいくつも仕事を任せられている。そのことに誇りを感じてはいます。全力で取り組まなくてはならないことだとも。しかしこれほど大規模な作戦から外されたのだと思うと……」
 小さく息を吐き、デミウルゴスはカクテルを飲み込んだ。

「……お気持ちは分かります」

「そうか君は。いや失礼をした」
 一言口にしただけでデミウルゴスはすべてを察したようだ。

 やはり彼の知力はナザリックでもトップクラスなのだと実感する。
 副料理長は基本的に飲食が必要なシモベ――一般メイドやプレアデスたち――の食事を提供するのが仕事だ。
 そしてナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウン様、あの素晴らしき御方はアンデッドであり飲食は不要と言うか飲食が出来ない。
 故に直接主の役に立つことが出来ない副料理長からすれば、デミウルゴスの苦悩はまさに贅沢な悩みであり、彼はそのことに一言で気づき謝罪を口にしたのだ。

「お気になさらず」

「いや。ようやくアインズ様のお役に立つこと出来るようになったせいか、焦っていたようだ」

「無理もないでしょう。ナザリックはこの地に来てから大きく変わりました。様々な種族が増え、より強大になっていく。アインズ様がこれまで御自らが行っていた仕事を我々を含めた皆に割り振ってくれるようになったのもそれが理由でしょう」

「そうだね。ならば私は自らに課せられた仕事をこなしつつ、アインズ様が私の力を必要として下さる時をお待ちすることにするよ」

「それがいいでしょう。ところでどうです? ナザリックの味は」

「うん。以前よりは大分味も良いし飲みやすくなった。強いて言うならまだ後味が良くないかな」
 更に一口カクテルを口にしてから、デミウルゴスは言う。
 もう気は晴れたようで、いつもの彼らしさを取り戻したようだ。

(これがシャルティア様であればこうはいくまい)
 こちらが何を言おうと、くだくだ言いながら酒を飲み続けた階層守護者を思い出しながら副料理長は気分良く胸を張った。
 とその時、そんな彼を祝福するかのごとく福音が響き彼は視線をドアに向けた。

 そこに立っていたのは絶対者。

 漆黒のローブを身に纏い、一点に闇を凝結したかのようなその立ち姿はまさしくナザリックの支配者、アインズ・ウール・ゴウンその人であった。

「これは、アインズ様!」
 デミウルゴスが立ち上がり礼を取ろうとするのを主は手を差し出して止める。

「止めよ。お前は休日中でここはバーだ、そのような態度相応しくはないだろう」

「はっ、畏まりました。しかしアインズ様どうしてこちらに?」
 そうは言っても座り直すようなことはせず、直立のまま主を出迎えるデミウルゴスの問いに主は軽く笑いながら答えた。

「いやなに私も休息だよ。コキュートスとお前がちょくちょくここに来ていると聞いてな。座らせてもらうぞ」
 お着きのメイドが一礼をしてそのまま外に出て扉を閉める。
 主はそのままデミウルゴスの隣に腰掛けた。

 奇妙な静寂が周囲を包む。
 普段であればマスターである福料理長が注文は何にするか尋ねるところだが、飲食の出来ない主に何を飲みますかと聞くのはむしろ不敬に当たる気がする。

「……ふむ。ここではマスターと呼ぼう」
 そんなことを考えていた副料理長に、主は顔を向け告げる。

「はい。アインズ様」

「ではマスター。人が飲んでも問題なく、この世界の材料だけで作れるカクテルを出して貰えるか?」

「畏まりました」
 以前命令がありレシピの作っているのは、野菜や果物を使用したドリンクでありカクテルではなかったはずだが余計な詮索はせずに言われるがままに思いつくカクテルを作り始める。

 代わりにデミウルゴスが疑問を問うた。
「アインズ様。それは例の商会でお出しになるのですか?」

「うむ。第一弾としての商品は決まったが、人間という奴は欲深く飽きやすい、同じ商品を出し続けていては飽きられよう。第二弾三弾と新たな商品を出さねばな」

「その彗眼流石でございます。人間は実に忘れやすい。例の八本指も今は大人しくしていますが、定期的に躾をして、ナザリックへの忠誠を忘れさせないようにすべきかと」

「そうだな。しかし何のミスも犯していないのに罰を当たるのはアインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。その代わり失態を犯したときは容赦せず、その様子を全員に見せてやればいいだろう」

「なんと慈悲深い、アインズ様のご配慮彼らにも必ずや伝わるでしょう」

「うむ。ところでデミウルゴス。その商会についてなのだがな。一つお前の意見が聞きたい」
 ピクンとデミウルゴスの尻尾が微かに揺れたが、副料理長はそのことに気づかぬ振りをする。

「私に、でございますか?」

「そうだ。今日の会議でこういう意見が出た。商会の名前についてだ」

「確か、シグマ商会……なるほど、そういうことですか」

「む? 分かるか、デミウルゴス」

「はっ。シグマは戦闘メイド達の姓を参考に付けられた名、アインズ様の御名を広める為の商会が彼女たち由来の名では確かに問題でしょう」

「うむ。流石はデミウルゴス。取りあえず王都に開店する店の名前を別に付けることとした。シグマ商会はあくまで帝国での店名。王国の店には別の名を付け、それをそのまま広めるつもりだ。その後シグマ商会を吸収し、こちらが本店になったと言う設定にする」

「素晴らしい案かと」

「うむ。その名をどうしたものかと思ってな、それをお前に考えてもらおうと思った訳だ」

「そ、そのような大役をこの私に?」
 デミウルゴスの声が震えている。

 無理もない、と副料理長は準備を進めながらさりげなくデミウルゴスを見た。
 主はうむ。と鷹揚に頷いた後にカウンターに腕を乗せ、半身動かして体をデミウルゴスに向ける。

「以前お前には褒美として我が副官を任じたが結局お前達に任せ、私は何もせずに終わってしまったからな。その代わりではないが、何か良い案はあるか?」

 もはや尻尾の動きを隠しもせず、デミウルゴスは感極まったように絶句していたがやがて、僅かに震えた声で口を開いた。
「……では恐れながら、以前私とコキュートスでこのような話をしたことがあります。アインズ様がこの世界を収め、世界の王となられた時、アインズ様をなんとお呼びするのが相応しいか。と」

「ほう。そのような話を」
 感心したように呟いた主が続きを促す。

「単なる王ではその辺りの虫けらと変わりないため、もっと別のアインズ様に相応しい呼び方を考える必要があると。私はアインズ様の崇高なる賢知を讃え、賢王がよろしいかと愚考しました」

「……なるほど」

「それに対しコキュートスは多くの者達を支配し導くことになるアインズ様には、魔を導く王、魔導王が相応しいと。その意見には私も感服いたしました」
 副料理長もその時のことを良く覚えている。
 彼自身その名が主に相応しいと手を叩いたものだ。

「悪くない名だ。私が世界を手にした暁にはそう名乗るのも悪くない」

「そう仰っていただけると思っておりました。故にその名を知らしめ、尚かつこの世界、美しき宝石箱を手に入れると言う思いを込め、『魔導王の宝石箱』と言う名は如何でしょうか?」
 デミウルゴスの言を受けた主は何度か口の中でその名を呟いた後うむ。と言うように大きく頷いた。

「良かろう。では今後、我々の商会は魔導王の宝石箱を名乗ろう」

「ありがとうございます。やはり、アインズ様には何もかもお見通しのようですね。私の無様な思いを見通しこのような報償を賜り、この上なき幸せにございます」
 メガネを外したデミウルゴスは目頭を押さえた。

 その瞬間、副料理長も遅ればせながら主の考えに思い至った。
 賢知に溢れる主は、デミウルゴスに仕事を与えていないことを気にして、わざわざこの場に足を運び、商会の名前付けと言う大役を与えに来たのだと。
 そして同時にもう一つ気づく。何故主が自分に命じていたドリンクではなくカクテル、つまりは酒を作らせたのかを。
 ならばバーのマスターとしてやることは決まっている。

「アインズ様、お待たせいたしました。第六階層で採れたリンゴをベースに作ったカクテルでございます。リンゴがやや酸味の強い出来となっていますので、それを最大限活かすようさっぱりとした口当たりになるようにしました」
 カウンターの上にカクテルを差しだし、さりげなくデミウルゴスの前に置かれたカクテルナザリックに目を向けた。

「ん? うむ。ではデミウルゴス、乾杯といこうではないか」
 流石は至高なる御方。
 ここまで見越しての注文だったとは。
 その英知に感服しつつ、副料理長は背を向けグラス磨きに戻る。
 客が一人ならば話し相手にもなるが、客同士が話しているのならば黒子に徹するのが良いマスターと言うものだ。

「はっ。では何に乾杯いたしますか?」
 デミウルゴスの問いに主は僅かに考えるような間を空けた後こう口にした。

「無論、『魔導王の宝石箱』その素晴らしき名が決定したことにだ」
 押し殺したような嗚咽が一瞬聞こえたが、それは聞かなかったことにした。



今回で決めることは大体決まったので、次回から初商談に入ります


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第12話 初めての商談・準備編

初商談。とは言え準備段階で商談相手に会うまではいきませんでした


 提出された書類に目を通し考えている振りをしながらアインズは昨夜のことを思い返していた。

(デミウルゴスには悪いことしたかな、いや喜んでいたし、問題ないだろう)

 『魔導王の宝石箱』正直に言ってアインズにはそれが良い名前なのかどうかは判断が付かないが、黄金の輝き亭のように王国の店っぽくはあるし、申し訳ないが最悪責任はデミウルゴスに押しつけられる。

(しかし魔導王か、賢王よりはマシだから勢いで採用してしまったけど、そもそも国を持っている訳でもないのに王を名乗って良いのだろうか)
 アインズの立ち位置は研究を続けていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから、この名前では自分こそが魔導王だと名乗っているも同じことのような気がして恥ずかしいし、なにより問題にならないか心配だ。

 つまりは王以外の者が王を名乗っては不敬だとか文句を付けられはしないだろうか、と言うことだ。

 例えば冒険者の二つ名とかで王と付く名を持っている者がいれば問題はないと思うのだが、アインズはそんな大層な名前持ちは聞いた覚えがない。一応きちんと調べようと、セバスが王都で収集した大量の資料を探し出し読み返し始める。
 流し読みで王を名乗る者がいたりしないか調べているとふと、報告書とは違う書類が混ざっていることに気がついた。
 セバスが混ぜて報告したと言うことはないだろうからきっとアインズが入れる場所を間違えたのだろう。

 問題はその内容だ。

「なんだこれは」
 多数の0が並んだ数字の後には金貨の文字、今後かかるであろう金額を算出した書類だ。

 その内訳は、王国で店を開く際の国に支払う登録料、王都に商品を持ち込む際に掛かる税金、売買する予定の品物を扱っているいくつかの組合への加入金や商品の技量選定するための品物の納付。
 つまりは店舗そのものに掛かる金では無く、王都で商会を開くあたって必要な初期費用である。

 いや、勿論その存在は知っていた。しかしこんなに掛かるとは、商売を始めるためには掛かるのはハコモノ、つまりは建物や土地、商品そのものに掛かる費用が殆どで税金とかその辺は大した金額にはならないだろうと考えていた。

 だからてっきり既に払い終わったものだと思っていたのだが、この書類にはアインズが承認したと言う証の印字が押されていない。

(まずい、忘れていた。いや見落としていたのか。こんな金額払えないぞ。しかもこれ期限がもう直ぐじゃないか)
 只でさえ、店舗を賃貸ではなく買い取りにしたことでアインズの個人資産だけでは足りず、ナーベラルとパンドラズ・アクターにいくつもの仕事をこなさせてその穴埋めをしたのだ。
 その残りももう僅かしかない。
 今からまた働きに出ろと言っても実際に金が貰えるのは依頼を完了してからだ。
 間に合わない。

(八本指か。今度こそ奴らの金を……いやしかし昨日デミウルゴスに配慮しろといったばかりだ。いきなり金を寄越すように言うのはまずいか)
 必死に頭を悩ませていたアインズの元に<伝言(メッセージ)>が届いた。

 相手はナーベラル。現在彼女はエ・ランテルに戻りパンドラズ・アクターと共に漆黒としての活動を再開している筈だ。

『アインズ様、失礼いたします』

「ナーベラルか。どうした?」
 動揺を隠し普段の通りの態度で言う。
 まさかパンドラズ・アクターが何か問題を起こしたのだろうか。そんなアインズの心配とは裏腹に返ってきたのは全く別の用件だった。

『はっ。例のロフーレ商会の下等生物(ウデムシ)がアインズ様にお目通りを願っております。改めて館に招待したいとのことです。例の約束の確認も兼ねているかと』
 アインズ様を疑うなど不愉快極まり無い。と続けるナーベラルの口調からは圧倒的な殺意が滲み出ていた。

(こんな時に! いや、待てよ。これを利用すれば)
 苛立ちが精神鎮静化で直ぐに収まると同時に頭の中で閃くものがあった。

「そうか――いや、丁度良い。私もこれからそちらに向かおう、モモンとアインズを同時に見せることで別人であることをアピールしておかねばと思っていたところだ。パンドラズ・アクターにもそう伝えよ」
 思いついたアイデアとは別の理由を口にしてアインズはナーベラルに命じる。

『畏まりました。お待ちしております』
 賽は投げられた。もうこのアイデアを信じて進むしかない。しかし未だアイデアが完全に纏まってはいない。となると、一人で行くのは不味いだろう。

「セバスを呼べ。この階層にいるはずだ。その後、口唇蟲を持って戻れ」
 この部屋に入ってからずっとこちらを見ていた本日のアインズ当番のメイドに声をかける。

「畏まりました」
 お辞儀をして部屋を後にするメイドにアインズは思わずため息を吐く。
 アインズが先ほどから声を出す度にメイドは体をびくつかせて反応していたがそれは敢えて触れずにおいた。
 エ・ランテルの宿に居たときは一人だったから愚痴もこぼせたし、チマチマ金勘定も出来たのだが、この執務室ではそうはいかない。ずっと見られっぱなしと言うのは緊張するし気を使ってしまう。

 現在セバスは店舗の買い付けが終了し、アインズ付きの執事としての本分を全うしている。
 とはいえ常にアインズに付き従うのはアインズ当番のメイドでありセバスは第九階層を中心とした居住区全体を取り仕切っている形だ。
 ついでに現在ナザリックで働くために最低限の礼儀や知識を学ばせている元娼婦たちの面倒も彼に見させている。

(あの人間たちも取りあえず順応してくれているみたいで一安心だけど、やっぱりナザリックに人間を入れることに反対している者もいるからなぁ。外に別の建物を造るべきか。店舗の改装が終わったらアウラ達に任せてみるか。ああ、次から次へと問題が、いや頑張れ俺、休む余裕は無いぞ)
 考えすぎて靄の掛かった思考を振り切るように頭を振りながらそんなことを考えていると扉がノックされ、セバスの声が聞こえたため、入れ。と命じる。

 部屋の中に入ったセバスが深く礼を取った。

 いつ見ても素晴らしい立ち振る舞いだ。件のバルドが取引をしたこともないのに、アインズとの邂逅を熱望していたのは、全てこのセバスの主ならばそれはそれは素晴らしい人物に違いない。と考えた故のことだろう。

 そう考えると今から会うのも多少怖じ気付くところだが、今回アインズにはどうしても成し遂げなければならないことがある。
 そして勝算もある。

「セバス、来たか」

「はっ、主のお側にお仕えする事こそ私の本懐にございます」

「うむ。ならば丁度良い。今から私はエ・ランテルに出向く、供をせよ」
 勝算とはつまりセバスの存在だ。
 ろくに相手の素性も分からないのにバルドがここまでしてアインズにコンタクトをとろうとするのは全てセバスの存在故だ。
 今回もセバスを連れていけば巧く立ち回れるだろう。
 そんなアインズの考えなど知るよしもないセバスは僅かな間も空けず、畏まりました。と了承し再度頭を下げた。
 疑問を口にされるのも困る場合があるが、なにも聞かずに頷かれるのもそれはそれで寂しいものだ。

「会談の相手はバルド・ロフーレだが、確かお前は会ったことがあると言っていたな。どのような人物だ?」
 さりげなく目的を話すと少しだけセバスは考えるような仕草をしてから口火を切った。

「商人らしく、己の利を第一に考える者ではありますが、それとは別に弱き者を心配し、助けようとする心も持ち合わせております。信用しても良い人物かと」
 ほう。とアインズは関心を示した。

 セバスは属性が善に傾いていることもあって、ナザリックの内では少数派の人間に優しい者であり、公平に相手を見る目に関しては信用出来る。
 他の者ならば人間と言うだけで格下の存在としてしか見ないが、セバスは人間を脆弱な存在と認識しつつも、その内面に目を向けることが出来るのだ。
 その彼が信用出来るというのならばそうなのだろう。
 アインズが会話を交わした限りでは他の人間との違いはよく分からなかったが。

「そうか。食品を手広く商っている者ならば良い関係を保っていた方がいいな。セバス、基本的にお前に任せよう。私は仮面を着けて行くつもりだ。当然食べ物や飲み物を勧められても飲み食いは出来ん。その辺りもお前に任せよう。ナザリックの商品に相応しい品があるとは思えないが、将来的には我々も食品の販売も行うつもりだ。この世界の最高品質という奴の味を確かめておけ。そして今回は必要に応じてこちらから取引を持ちかける」

「取引、でございますか?」

「うむ。王都で開店する前にエ・ランテルでゴーレムの貸し出しか武具、どちらかを纏めて契約させる。話の中でどちらであれば可能かを探る、バルドは食品を中心に扱っているが大商人ならば他の品を扱うことも、それらを扱う者たちへのコネもあるだろう」
 これが本当の目的である。
 要するに王都で開店する前にエ・ランテルの大商人バルドに纏めて商品を購入させてその売り上げを税金その他に掛かる支払いに充てると言う計画である。

「畏まりました」
 自分で言っておきながらなんだが、かなり無茶な要求をしているはずだが、セバスは疑問を挟むことなく頷き返答する。
 そんなセバスを見ながら、ふとアインズは伝え忘れていたことを思い出した。

「それと昨日お前が口にしていた商会の名だが」
 プレアデスの姓に関係した名前は主に失礼では。と提案したのはセバスだ。
 
「はっ」

「昨夜決定した。店の名は魔導王の宝石箱。魔を導く王で魔導王だ」

「それは――素晴らしき名かと。アインズ様を表すのにそれ以上の名はございません」

「うむ。であればいいが、ところで一つ聞いておきたいのだが、王国でお前に命じた調査の中で、王族以外に王の名を冠した者や店、通称は存在したか?」
 今からバルドに会いに行くのだ。流れによっては店の名前を名乗ることになるだろう。その前に先ほどの疑問を解消しておかなければならない。

「……いくつかございました。件の八本指の警備部門の六腕の中にも一人」

「ほう。何という名だ?」

「……恐れ多くも、彼奴は不死王を名乗っておりました。その二つ名が許されるのはアインズ様お一人のみ、ご安心を。奴は欠片も残さず滅しましたので」

「そ、そうか。うむ、その通りだな、他にはどうだ? 裏社会ではなく表でも名が通っている者はいたか?」

「それでしたら王国ではございませんが、帝国の闘技場王者は代々武王を名乗ると聞いた覚えがございます。元よりアインズ様は帝国で研究をしていたということになっておりましたので、御名に王を用いていても問題はないかと」

「ならば問題はないか」
 頷くアインズの元に、再びドアのノック音が聞こえ、今度はセバスが対応する。案の定口唇蟲を取りに行っていたメイドであったため、中に通す。

「こちらです」
 ヌルヌル君と命名した口唇蟲を恭しく持ったまま現れたメイドからそれを受け取る。

「御苦労。私はこれより出掛ける、セバスを供として連れていく、お前は待機せよ」
 労いの言葉と次なる指示をメイドに与える。

 彼女は僅かに残念そうな顔をしかけたが、直ぐに表情を引き締め、アインズの命に従って恭しく礼を取った。
 それを確認した後、アインズはヌルヌル君を頚椎に張り付ける。

「ん、んん、んー」
 途端に声が変化する。

 モモンとアインズが同じ声では問題だと言うことで、商会のトップをする時は金貨を使用して召還した傭兵モンスターの口唇蟲にニューロニストが選んだ声を使用することにした。
 個人的には中々渋くて良い声だと思っているのだが、アインズの元の声が良いと言う意見が多く、今後アインズ・ウール・ゴウンとして表舞台に出るのであれば、モモンの方を変えるべきではないか。と言う意見もあったがアインズがそれらを却下し、結局この形に落ち着いた。

 既に周囲に名声が知れ渡っているモモンの声を変えるというのは大変だというのが表向きの理由だ。
 しかし本当の理由は録音した自分の声を聞いたことのあるアインズにとってはこちらの声の方がずっと良く思えたからだ。

 今後表舞台で活躍し、威厳を見せる機会が多くなると言うのならば尚更である。

「よし、行くぞセバス。これは商会を成功に導くための一歩目だ。失敗は許されないと思え」
 自分に言い聞かせるつもりで口にした言葉だったが、セバスはその言葉を重く受け止めたらしく、緊張した面もちで深く礼を取った。

「畏まりました。全力を以って当たらせていただきます。決して以前のような失態は犯さないことをお約束いたします」
 重たすぎる決意を示すセバスの気迫に押され、アインズはゴクリと息を飲むが喉に張り付いた口唇蟲のおかげか動きに現れることはなく、セバスにも気づかれずに済んだ。

「よし。では行くぞ」

「はっ!」
 セバスを伴いアインズは失敗の許されない久しぶりの営業に出向くために歩き出した。


 <転移門(ゲート)>でアインズがいつも使用している黄金の輝き亭の一室に入ると、モモンの格好をしたパンドラズ・アクターとナーベラルが膝を突いて待っていた。

「お待ちしておりました。アインズ様」
 自分の声――改めて聞いてみると自分が思っていた以上に威厳が感じられない気がする――で自分の名を呼ばれると何だがこそばゆく感じてしまう。

「パンドラ……いや、ここではモモンと呼ぼう。立つが良い、無いとは思うが万が一誰かに見られると問題だ」
 商会、いや魔導王の宝石箱の主人、アインズと冒険者モモンの間柄は、モモンが強くなる以前から世話をして武具を与えていた恩人。ということになっているので、敬語を使われるのは問題ないが、アダマンタイト級冒険者が膝を突き傅いていると言うのは見た目が良くない。

「分かりました」
 すっと立ち上がるモモンだが、その相方、ナーベラルは未だ膝を突いたまま、頭を下げて停止している。
 こう言うところはまだ自発的に考えて行動は出来ないようだ。

「ナーベも同じだ。立ち上がるが良い」

「はっ。失礼いたします」
 モモンの従者だと勘違いされている以上、それ以外の相手に傅くのは良くないだろう。

「ではナーベ。これからの行動についてお前たちに説明をする。誰か上がってこないか確認しておけ」

「か、畏まりました」
 ナーベラルの目が、パンドラズ・アクターとセバスを交互に捉えた後、妙に小さな声で、<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させた。
 そしてそのまま部屋の出入り口付近に移動する。
 やや顔が赤く、俯きがちである。

(<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>ならあの位置でも問題なく外の音が拾えるはずだが……ああ、そうか。恥ずかしがっているのか、似合っているし良いと思うんだけどなぁ、まあ俺も自分で使ったときは人に見られるくらいなら死にたくなったけど)

 アインズと二人でいるとは特に問題なく発動させていたはずだが、他の面子、特に直属の上司であるセバスの前では見せるのは気が引けるのだろう。
 これ以上アインズが見ていると、他の二人も合わせるように見てしまうので、アインズは視線を外し、パンドラズ・アクターに目を向け直した。
 モモンの姿をあまりマジマジと見たことはないが、こうして見ると漆黒の鎧は見栄えが良い。英雄と呼ばれるだけの風格を持ち合わせているように見える。

(しかし、こいつただ立っているだけなのに、妙に格好良いな。俺がモモンに戻った時大丈夫かな)
 パンドラズ・アクターの立ち姿に嫉妬にも似た気持ちを抱きつつ、アインズは時間が無いことを思いだし、咳払いをしてからパンドラズ・アクターに話しかけた。

「ではモモン。現在の状況を説明してくれ」

「はっ。現在ロフーレ商会の使いは一度帰らせています。アインズ様と合流した後、直接館を訪ねると言ってありますから、念のためアインズ様には都市の外からエ・ランテルに入る姿を見せた方が良いかと」

「そうだな。では私は一度離れた場所に転移し、改めてエ・ランテルに入る。お前たちは検問所の前で待て。あそこの門番は魔法詠唱者(マジック・キャスター)を警戒する節がある。問題が起こったときはお前たちが割って入り、身元を保証せよ」
 以前、カルネ村の娘に渡したゴブリンの角笛が道具鑑定の魔法で調べられて大変なことになったことがあった。
 アインズもそんな面倒は避けたいところだが、だからといって防御系のマジックアイテム全てを外して丸腰になるのは短時間でも避けたい。
 あの時もモモンが一声かけただけで娘はすぐに解放されていたからもし調べられそうになってもモモンが声をかければ大丈夫だろう。

「でしたら先に私が門番に話しておきましょうか? 恩人が来るので迎えにきたと言えば検問所の中に入れるでしょうしそのまま一緒に入ればスムーズに事が運べるかと」
 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは確かに。と心の中で納得する。 

「うむ」
 よく気づいたな。とでも言いたそうな満足げな態度で頷く。

(確かに都市の中にいたんじゃ検問所で揉めてるかなんて分からないもんな。こういうところなんだよな、こういう時にサラッと最適な行動を思いつけるかどうかが優秀さの証明って言うか。こいつは出来る奴だと実感するんだよなぁ)
 今回の場合はどちらかというと、パンドラズ・アクターが優秀と言うよりはアインズの考えが足りないと見るべきだろう。

 こうした細部でアインズは自分の凡庸さを改めて実感してしまい、果たして今後も知恵者としての演技を続けられるのか心配になってしまう。
 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。アインズは何でもない振りをして話を続けた。

「次に今回の目的だが、本来はバルドとの約束を果たし大商人と顔を繋げること、そしてアインズとモモンが別人であるということをアピールすることだったが、もう一つ別の目的が加わることになる」
 セバスにはここに来る前に話していたが二人にはまだ話していなかったことだ。
 二人とも黙ってアインズの話を聞き入っている。

「機会があればバルドと商談を行う。その理由は……分かるな?」
 一応アインズは金策以外の理由も一つ考えていたのだが、パンドラズ・アクターを試す意味で聞いてみた。
 デミウルゴスやアルベドには良くこうやって試す振りをして話してもらうことがあるが、パンドラズ・アクターにはこの手のフリをしたことがなかった。

「はっ。僭越ながら、いくつか思い当たることがあります。まず第一に」
 何故かマントを翻しながら、ピッと親指を持ち上げる。

「纏まった資金の調達です。今回商会の店舗を買い取り、また改築するに辺り多量の資金を使用しました。当然ナザリックの資産から比べれば微々たるものですが。ユグドラシル金貨が使用出来ない以上、この世界の金を保持しておくのは当然のこと。八本指から資金を送らせるのも繋がりを見つけられないためにも現在は避けるべきでしょうし」
 いきなり本命が当てられて無いはずの心臓が跳ね上がるが、それを誤魔化しその通り、とアインズは頷いて続きを促した。

 続いてパンドラズ・アクターはもう一本指を持ち上げて二つ目を示した。

「二つ目は確認です。我々の用意した商品が王国の商人たちにとって、どれほど有益な物であるかを確認をし、今後の商談に活かします」

「その通りだ。パンドラズ・アクター」
 あえてここで言葉を区切る。
 アインズが考えたのはこの二つの理由だが、パンドラズ・アクターが三つ目の利点を考えているかもしれないと思ったのだ。
 そしてそれは的中した。続く指を持ち上げたパンドラズ・アクターが続けて口を開く。

「三つ目は、王国の商人に我々の実力を示すことです。それも王都で示すのではなく、エ・ランテルで示すことが肝心なのです」

「それは如何なる理由でしょうか?」
 セバスが口を挟む。
 珍しいことだが、今回はセバスに任せると言い失敗が許されないと発破をかけてしまったから力が入っているのだろう。
 これが良い方に転がってくれることを祈るしかない。

「王都の大商人にいきなり大口の取引を持ちかけた場合、必ずや警戒されます。何しろ我々の商品はどれも王国いや周辺諸国の常識には無いものばかり。自分たちに勝ち目がないと悟れば必ず邪魔をしてくるでしょう。勿論その程度の妨害は我々にとって問題にはなり得ませんが、我々は未だ正式に商会を開いていない身、商売は一手目で躓くと後に影響が出かねません。王都の商人を相手にするのは商会を軌道に乗せてからの方が良いでしょう」

「なるほど。しかしそれはバルドも同じでは?」

「王都の商人にとって我々は直接戦う相手ですが、エ・ランテルの者から見ればあくまで別の地の同業者、我々の技術や商売を学ぶことはしても邪魔はしないでしょう」
 パンドラズ・アクターの説明にセバスが納得したように頷く。
 後ろの方でナーベラルがおお。となにやら感心したような顔をしていることに気がついた。
 二人の時はあまり知性見せることはないのだろうか。どんな会話をしているのか少し気になった。

(おっとそんなことを考えている場合じゃないか、褒めてやらねば)
「す……」

「そして四つ目……アインズ様、何か気になるところが?」

「いや、何でもない。続けよ」
(まだあるのかよ! ビックリしたバレるところだった)
 はぁ。と何やら不思議そうに首を傾げパンドラズ・アクターは四本目の指を持ち上げ利点を語り出す。

「四つ目はエ・ランテル近郊にも我々の商会の名を広めておくことに繋がるからです。今回の作戦は最終的には周辺諸国にアインズ様の御威光をお示しになる必要があります。そのために三国の境目にあるこの都市で名を売ることは全ての国に我々の情報が伝わることになります。それも噂話として、ここが重要です」
 パンドラズ・アクターの台詞に頷きながらもアインズは内心では首を傾げていた。

 情報は正確で有れば有るほど良い。と考えるアインズとしては噂話は信用しないし、そんなものが周辺諸国に流れたとしてどんな利点があるのか想像もつかない。
 セバス、そしてナーベラルもアインズ同様ピンときていないらしく、そんな二人を見てからパンドラズ・アクターは再度マントをはためかせる大仰な動きと共に話を続けた。

「常識を覆すような信じられないほど商品の数々と、素晴らしく完璧な主人を有する商会が王都に誕生した。このような噂が仮に帝国と法国に流れた場合、彼らはどう対応するでしょうか?」

「……最初から本気では対応はしないでしょう、眉唾物だと考えつつ少し調べるか、あるいは何もしないかのどちらかかと」
 リアルと異なり、噂話や手紙でしか情報を行き来させられないこの世界では――<伝言(メッセージ)>もあるがどうもこの世界ではあまり信用されていないらしい――情報を調べるだけで多量の時間と資産が必要となる。
 よって調べる側は多数存在する噂話の中から自分たちにとっての利となるもの、あるいは本当かどうかはっきりさせたいものを優先することになる。

「通常であればそうでしょう。しかし人間の中にも聡い者は少数ながら存在する。つまり噂話から我々に目を付けた者たちだけが、自分だけが利を得るために接触を試みるでしょう。それが出来た者は我々にとって取り引きし取り込む価値のある存在だと言えるのです。言わばふるい落としを兼ねたテストのようなものです」
 なるほど。とセバスとナーベラルが同時に頷く。

 アインズも頷きたいところを我慢して、同じことを考えていましたと言うように小さく頷くだけに留めておいた。
「以上です。アインズ様、他に何か有れば是非お聞かせいただきたいのですが」

「……いや、現時点ではそれだけだろう。パンドラズ・アクター、良くやった」
 これがデミウルゴスあたりならばもっと褒め称えてやるところなのだが、パンドラズ・アクターはアインズが自ら創り出した存在、褒めるのは自画自賛のようで気恥ずかしいし、何より他の者たちに贔屓しているように思われては困る。
 軽く褒める程度にしてアインズはさて。と前置きをして全員を見回した。

(パンドラズ・アクターめ、お前のせいで四つ全てを完遂しないといけなくなったじゃないか。いや、聞いたのは俺だけども)
「しかしこれはあくまで予定であり、相手がどう動くかによって異なる。臨機応変な対応が必要となるが、お前たちならば問題なく実行できると確信している。では作戦開始だ」
 一応失敗した際の言い訳を口にしつつアインズは宣言する。

「はっ!」
 三人の揃った声を聞きながら、アインズはどんどん失敗が許されなくなっていく状況に、気づかれないようにため息を吐いた。



長くなったので切ります
続きは既に半分近く終わっているので次の話を投稿するのはいつもより早くなりそうです


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第13話 初めての商談・実践編

前話の続き、いつもより早く完成しました
長くなったので後半を更に分けようかとも考えましたが開店まで早めに進めたいのでまとめて投稿することにします


 エ・ランテルで見た中では最も立派な館と言うのが取りあえずの感想だった。

 予定通りモモンの威光で問題なく検問所を抜けたアインズはセバス、そしてパンドラズ・アクターとナーベラルを伴ってこの館まで移動した。
 来訪を門前にいた者に告げると直ぐに館の入り口まで案内される。玄関の前に立っていた執事らしき老年の男が恭しくお辞儀をし扉を開けた。
 開かれた扉の奥から見覚えのある顔が現れ、アインズは気を引き締め直す。

「ようこそお出で下さいました。私が当家の主人、バルド・ロフーレです」
 先に挨拶をされてしまったが、ここは直ぐにアインズから何か言うべきなのだろうか、と思っていたところ、パンドラズ・アクターがすっと前に出てバルドに声をかける。

「この度はお誘いいただき感謝します。ロフーレ殿」

「おお、モモン殿。以前は時間が取れませんでしたからな。お招きすることが出来て良かった。それで……」
 にこにこと嬉しそうに――それが演技であるかは別にして――笑って言うバルドがチラリとアインズの方を見る。
 異様と言っていい嫉妬マスクを見ても驚きを見せないのは流石と言ったところか。
 今度こそアインズが声をかけるべきか。と一歩足を前に出しかけたところで、再度パンドラズ・アクターがバサリと大仰な仕草でマントを翻しながら後ろ、つまりはアインズの方を振り返った。

「ご紹介しましょう。私が昔からお世話になっている恩人、アインズ・ウール・ゴウン様です」
 その大げさな動きは止めろと言いたいところだが今は仕方ない。
 パンドラズ・アクターの導きにより、アインズはやっと足を進めバルドの前に立つことが出来た。

「初めましてロフーレ殿、私がシグマ商会の主、アインズ・ウール・ゴウン。この度はお招き感謝します」
 口調は丁寧だが頭を深く下げることはせず会釈程度に留める。尊大な態度だがこれも会議の中で決定したアインズのキャラ付けの一つである。

 礼儀を重んじることも必要だが、下手に出すぎては舐められる。そもそもアインズは永い時を魔法の研究に費やした魔法詠唱者(マジックキャスター)と言う設定だ。
 多少礼儀知らずの方がリアリティがあるだろう。
 と言うことなのだが、アインズとしては初対面のそれもこれから仕事の付き合いが出来るかも知れない相手にこんな態度を取るのは胃が痛くなる思いだった。
 気にしないでくれると助かるのだが。

「初めまして、ゴウン殿とお呼びすればよろしいですかな?」

「それで結構です。ロフーレ殿、それとセバス」

「はっ」
 セバスがすっと音もなく前に出てくる。
 バルドの瞳に安堵の色が見えた気がした。

「セバスとは顔見知りと伺っています。紹介の必要はありませんね?」

「おお。もちろんですとも。久しぶりだねえセバスさん。その様子だと王都には無事に着いたようだ心配していたんだよ」

「あの時は折角の御配慮を無碍にしてしまい、申し訳ございません。私もそして現在は王都に残っておいでですが、ソリュシャン様も無事王都に到着出来ました」

「いいんだよ。セバスさんが無事なら。それとナーベさんもよくぞいらっしゃいました。本日は楽しんでいって下さい」
 声をかけられたナーベラルはいつも通り相手を見下したような鋭い視線を向けて、わかるかわからないかぐらい僅かに顎を引いた。挨拶のつもりらしい。

「ナーベ」

 いつもの癖で思わず声をかけてしまい、直ぐにしまった。と自らの失態に気づく、今の自分はモモンでは無かった。

「も、申し訳ございません、あ――アインズ様」
 そしてナーベラルの方も、思わず反応してしまったと言うように口を開き、そのまま固まってしまう。
 二人が同時に失態を犯したことでその場の空気が凍るが、それを救ったのはまたもパンドラズ・アクターであった。

「いやロフーレ殿失礼した。実はナーベは幼少時よりアインズ様に世話になっているせいか、アインズ様のことを父親のように慕っていましてね、今回もアインズ様との時間が減ると拗ねているのです」

「おお。そうでしたか、それはそれは。悪いときに声をかけてしまったようで。その分最高のおもてなしをさせていただきますよ」
 朗らかに笑った後、バルドは今気がついたと言うように手を叩く。

「いつまでもこんな場所で申し訳ない。いや、私は貴族ではないただの商人ですから、礼儀作法には詳しくないもので、多少不手際をお掛けするかも知れませんがご容赦を。皆様もどうぞ力を抜いて楽しんでください」
 その言葉にアインズはどこか演技めいた態度を感じた。

 恐らくこの男が言っているのは嘘だろう。
 時には貴族の相手もする大商人なら相手を怒らせないような礼儀は身につけているはずだ。
 つまりこの男はアインズの言葉遣いや態度から礼儀作法を身につけていないと判断し、気を使わせないためにそのようなことを口にしたのだ。

(なるほど、勉強になる。セバスが信用するのも頷けるな)
「ではそうさせていただきましょう。もう一つ礼儀知らずですみませんが、私は現在この仮面を外すことが出来ないのです。食事や飲料はまたの機会と言うことで」
 一瞬バルドの動きが止まるが、直ぐに元に戻る。

「それは残念ですな。私の店で出している自慢の品をお出ししようと思っていたのですが、ゴウン殿には別の用意をさせましょう」

「申し訳ない」

「いえいえ。急にお呼びしたのは私ですから。お気になさらず。ではこちらにどうぞ」
 執事ではなく主自らが案内すると言うところに少し驚いたがアインズは黙ってその後に従った。


 通された部屋は応接室だろうか。
 様々な絵画や調度品の置かれた部屋だ。
 当然ナザリックとは比べものにもならないが、エ・ランテルで見た中ではこちらも一番の質、量だった。

 その後しばらくアインズ以外の者たちが商会自慢の品で作られたと言う食事を取りながら歓談を続けていたが、徐々にバルドは商売に近い話をするようになってきた。

「ところでゴウン殿。王都に開店する店は、なにを扱うのですかな?」
 来たな。とアインズは気を引き締める。
 ここからが本来の目的、営業だ。

「基本的には武具やマジックアイテムを中心にする予定で考えています。見ての通り私は魔法詠唱者(マジックキャスター)ですので。ずっと僻地で研究を続けていたのですが、ようやく一息つく気になりましてね、今度はその成果を広く世に広めるつもりなのですよ」

「ほう。武具にマジックアイテムですか。ははは、私どもの商会とは扱う物が違うようで安心しました。商売敵にならずに済みます」

「むしろ私の研究はロフーレ殿の助けになるかも知れませんね」
 これまでの話の内容からバルドがゴーレムと武具どちらを欲しがるか察しが付いていた。

「と言いますと?」
 バルドの目に欲望の光が灯るのをアインズは気付く。

「ロフーレ殿の商会で扱うこれらの品、これらはどこからか買い付けた物と言っていましたが、それなりに豊かな土地を持った村などからの買い付けでしょう?」
 バルドは貴族ではない、と言うことは大規模な土地で自らの農園や果樹園を開くと言うことは出来ないと言うことになる。
 つまり商品は余所から買い付けた品を扱っているはず。
 ならばアインズが狙う労働力を必要としている村と繋がっているに違いない。
 事実今までの話の中でも何度かそのような内容を口にしていた。この土地で採れた野菜は旨い、この果実はあの有名な果樹園の最高級品だ、等だ。

「まあ、そうですな。最近では帝国との戦争のせいで村から買う食料の買い付け価格も高騰していますが、私としては戦争が大きな儲けにも繋がっているので迂闊なことは言えませんがね」
 やはり。とアインズは内心ほくそ笑みながら話を続ける。

「ようは労働力不足と言うことでしょう。私の商会ではその労働力を提供出来るのですよ」

「労働力、それは……」
 男の口調が僅かに揺れる、嫌悪感を示したものだと気づきアインズは慌てた。
 いわゆる非合法の人間や亜人奴隷の売買を持ちかけられたと考えたのだろう。

(しまった。勿体ぶり過ぎた)
「ゴーレムです。私の研究の成果の一つで、通常の方法で作成するより遙かに早く、そして安価にゴーレムを制作することが出来るのですよ」
 慌てた様子を見せないように必死に隠しアインズは言う。
 バルドの目が開かれ、ピタリと動きが止まった。

「それは、本当ですか? ゴーレムを、安価で?」

「ええ。それらも私の成果の一つに過ぎませんがね、ただし私はゴーレムを売るのではなく安価で貸し出しを行おうと考えています。無論小さな町や村でも借りれる程度の金額でね」
 貸し出し。とバルドが声にならないと言うように口を動かす。

「まさか……そのような。そんなことが可能であれば、エ・ランテル、いや王国全土の商会が一変しますよ? 本当に、本当に可能なのですか?」
 声を大きくし、椅子から立ち上がるバルドにアインズは腰を引きかけるが弱みを見せるわけにはいかないと寧ろ、大きな態度を取ってみせる。
 思った以上の反応に少し驚きを覚えるがそれを隠してアインズは続ける。

「もちろん。先ほど言ったとおり、それらも私の研究の一端に過ぎません、容易いことです」

「お言葉を挟むようで恐縮ですが、我が主人の魔法はこの世の誰にも勝るものです。貸し出しのみでも私どもの商会は問題なく利益が上がるとだけ言っておきましょう」
 セバスがアインズとバルドの間に入る。アインズの補足をしているのだ。
 要するに利益の入らない値段を提示し、競争相手を潰してから値上げをする、独占禁止法――この世界にはまだそんな法はないと思うが――に触れるような真似はしないと断言しているのだ。
 そしてそれはアインズが言うよりもバルドに信用されているセバスが言った方が効果がある。

(見事だセバス。今までのセバスなら俺の話の途中に割り込むなんて真似はしなかっただろう。成長したなぁ)
 外見的にも設定的にも、自分より年上のセバス相手にそんなことを思うのはどうかと思うが、アインズとしてはNPC全員が仲間の子供のようなものであり、そういう目で見てしまう。

「セバスさんが言うのなら、そうなんだろう。けど、信じられない。そんなことが……しかしゴウン殿、どうして私にその話を? これは商談と考えてよろしいのか?」
 バルドの目に宿る光が強くなる。
 これが商人としてのバルド・ロフーレその人なのだろう。

「無論です。しかし話は私とではなくセバス。今回の件はお前に任せると言ったな? 説明をして差し上げろ」
 椅子に深く腰掛け直し、アインズは自分の後ろに立っていたセバスに前に出るようにジェスチャーで伝える。

 正直に言うと無いはずの心臓が跳ね出すような緊張感がアインズを襲っていた。今のところは上手くいっていると思うがこれから先は未知の領域だ。そしてそれをアインズはセバスに押しつけようとしている。
(スマン、セバス。お前に押しつけてしまうが許してくれ。そのかわり失敗しても今回は何の罰も与えないことを約束しよう)

「いや、その前に。そういうことならば私たちはここでお暇させていただこう。旧知の間柄とは言え、商談の内容を聞くのは不味いでしょうからね」
 いざ商談スタート。と言うところで唐突に話を聞いていたパンドラズ・アクター扮するモモンが言う。
 その言葉を聞いてバルドは我に返ったようにハッと表情を変えた。

「いや、失礼をしました。お招きしたのはこちらだというのに。そのような無礼な真似は出来ません。済まないがセバスさん、この話はまた後日にして貰えないか? 私も急な話で多少考える時間も欲しい」

「ロフーレ殿。それはいけない。アインズ様は忙しい身。この後直ぐに王都に戻らなくてはならないのです。我々はその護衛の依頼も受けることになっている。なのでこれから私とナーベは冒険者組合に行き依頼が入った旨を報告し準備に入るつもりだ。この機会を逃せばもうこのような機は巡ってこないかも知れませんよ? この後王都に戻った後は直ぐに商会を開く予定なのですから」
 パンドラズ・アクターの台詞は全て初耳であったが、ここはそれに乗ることにした。
 奴が言うのなら何か意味があるに違いない。

「そういうことです。本来はお誘いもお断りする予定でしたが、セバスからもモモン殿からもロフーレ殿は信用におけると聞いていたもので。少し話してみたくなりましてね」

「そうでしたか……モモン殿、本当によろしいので?」

「構いませんよ。アインズ様には昔から世話になっていますから、ナーベ、構わないな?」

「勿論ですモモンさん。アインズ様のお役に立てるのならば私に異論などありません」
 食事中もブスッとした顔でバルドが話しかけても素っ気なく冷たい態度で接していたナーベラルの態度にアインズはまた失礼なことをと慌てかけたが、バルドは特に気にしていないようだ。
 と言うより商談の方に気がいっているのだろう。

「では、モモン殿まことに申し訳ないが、本日はこれで。またいつでも我が館にも、商会の方にも顔を出してください。ご入り用のものがあれば今回のお詫びに安くさせていただきます。おい、お見送りを」
 バルドの背後に着いていた執事に命じ、パンドラズ・アクターとナーベラルは部屋を後にした。
 静かになった室内。
 互いに相手の出方を窺うような沈黙を挟んだ後、先に口を開いたのはバルドの方だった。

「ではセバスさん。詳しい話を聞かせてくれるかな?」

「はい。先ほど主人が申し上げました様に、我々には安価で大量のゴーレムを生成する術があります。そのため我々はあくまで販売ではなく、期間を区切った貸し出しをメインで行うつもりです」
 これは以前皆で話し合った会議の場で決まったことだ。
 幾ら安価とは言え、その日食べる物にも困るような村民に払える額ではないだろうし、ゴーレムにはナザリックの技術も使われている。
 販売では解体され調べられてナザリックの技術を盗もうとする者たちも出てくるだろう。

 特に割を食うことになる今現在ゴーレムを制作している者たちは必死になるに違いない。
 そこで貸し出しと言うことにして、幾つかの禁止項目を設ける。
 解体の禁止、魔法での調査も禁止、労働作業以外――防衛以外の他者への攻撃や、兵器への流用の使用など――を禁止。
 等と言った要するに、警護や農奴作業員としての活動以外を禁止させ、それに背いた場合は即座に内部から砕けるように命令をしておく。

 これならばナザリックの、つまりはユグドラシルの技術がこの世界に広がることは防げるだろう。

「なるほど、それは良い案だ。しかしゴーレムをただの労働力として使用するとは何とも豪勢な話じゃないか。だがそれで私になにを売りたいんだい? 知っての通り私は食品の流通で財を成している、買い取りを行っている村を紹介しゴーレムを入れさせれば確かに作業効率や開拓が進み、より多くの食料を得られるようにはなるだろう。しかし、セバスさんは知っているかどうか分からないが、生産物が多く採れすぎると一つあたりの値が下がるんだ。要するにそれをしたところで喜ぶのは村人だけ、私には利がないよ」
 それだけならこの話は終わりだ。とでも言うようにバルドの目はやや懐疑的なものになる。
 アインズは無言を貫きながらも内心ではハラハラとした気持ちでセバスを見守っていた。
 何か考えがあるのか、それともまさかここで後はアインズ様よりなんて振られはしないだろうか。と不安になる。
 しかしセバスは落ち着き払った様子で、一つ咳を切り話を続けた。

「それは当然承知しています。しかしそれは村と我々が直接契約を結んだ場合。バルド様と我々の商会が契約し、バルド様にゴーレムを貸し出した場合はそうはならないのでは?」

「どういうことだね?」
(どういうこと?)
 バルドとアインズの心の声が重なる。

 セバスは鋭い眼光でバルドを居抜き、はっきりと宣言した。

「つまりはバルド様が村にどれほど開拓させるか、それ以上は必要ないかを判断すれば良いのです。村人から人手が足りないと言われればそちらにゴーレムを派遣する。その際村から買い取る作物を安く仕入れさせる。ゴーレムが余ったなら別のことに使用させればよいのです。例えば備蓄庫の増設や運搬に使用している街道の整備等。後でゴーレムに命じることの出来ない禁止事項をご説明しますがそれに該当しない作業なら好きに使っていただいて構いません」

(そうか卸売業者か! 我々が直接村人に貸すのではなく間にバルドを入れて細かい貸付を行わせる。我々はバルドに多数のゴーレムを貸すことになるから一年分の貸し出し料が一気に入る。確かに理に適っているが、これバルドには大して利益がないんじゃないか?)
 村単位での面倒な貸し出しや、計算、場合によっては労働力を余らせてしまい、元が取れないなんてことにもなりかねない。
 そんな細々とした仕事を仮にも大商人であるバルドが引き受けるのかと言った疑問がでる。

「一つ聞きたいんだが、そのゴーレムの力量と言うのかな。強さはどの程度なんだい? セバスさんも知っての通りエ・ランテルと周囲の村を結ぶ街道には野党や盗賊が多く出る。運搬の最中にそんな連中に後れをとるようでは――」
 バルドの言葉を遮りセバスは言う。

「我々のゴーレム、鉄の動像(アイアンゴーレム)の場合は最低でも冒険者で言うのならば白金級冒険者以上の実力を持っています。先ほども言いましたが積極的に攻撃させることは出来ませんが、身を守ったりまた対象者を守らせることは問題ありません。もしご心配でしたら我々は運搬の商いも行う予定ですのでそちらに頼んでいただければ安全は保障いたします」
 ゴクリとバルドが喉を鳴らして唾を飲む音が聞こえた。
 鉄級冒険者でさえ、専業の兵士と変わらない強さを誇る冒険者だが白金級は更にその三つ上、街道に現れる盗賊程度なら相手にもならず、モンスターでさえ余程の難敵でなければ問題なく倒せるだろう。
 この世界のゴーレムたちの実力は知らないが、アインズはゴーレム作成の際にそれぐらいを目安に作らせた。
 流石にミスリル級以上の強さとなると目立ちすぎると考えてのことだが、白金級でも十分すぎるほどだったようだ。

「そ、それが本当なら、いや、私も商人だ現物を確認させてもらうまで迂闊な返答は出来ない、出来ないが。もし今言ったことが全て本当ならば、値段にもよるが前向きに検討したいと思う」
 あれ? とアインズは不思議に思う。
 何故バルドはこれほど乗り気なのかと。バルドには面倒が増えるばかりであまり利益がないようにしか思えないが。

「流石はバルド様、先見の明がございますな」

「何を言うセバスさん。少し考える頭があればこれぐらい当然のことじゃないか。もう一つだけ確認させて貰いたいのだが、この商談を持ちかけたのは、私が最初だろうね?」

「はい。当然でございます。私がバルド様ならば我々の考えを理解して下さると判断し、アインズ様にお願い申しあげたのです」

「それならば尚更だ。確認が済み次第直ぐにでも契約したい。これは時間との勝負になるのだからね」

(勝手に話が進んでいく。どういうことなんだろう。しかしここで聞くわけにもいかないし)
 二人のやりとりを半ば呆然と見つめながら、アインズは黙ってことの成り行きを見守ることにした。

「アインズ様、都市外に配置したゴーレムをバルド様にお見せしてもよろしいでしょうか?」

「構わん、お前に任せると言ったはずだ」

「持ってきているのかい? それならば是非見せていただきたい」

「これから王都に運ぶ予定でしたので。しかし数が多いので都市内には入れず外の森の中に待機させているのです。野党やモンスター程度でしたら相手にもならないのは先ほど申し上げたとおりですので」
 当然、そんなことはしていない。セバスのはったりだ。しかしナザリックには<転移門(ゲート)>による運搬が可能なので、この後直ぐに森の中に運ばせれば事足りる。
 セバスもそう考えたのだろう。

 その後セバスが詳しい金額の話を開始し、バルドがその値段の安さ故に目を見開き叫び声を上げる一幕などがありつつも、初めての商談は文句無しに成功を迎えた。


 ・


「えっと。ここでいいんでありんすね?」
 <転移門(ゲート)>から顔を出したシャルティアが周囲を見回す。
 近くにエ・ランテルの城壁が見えている。
 主から指定されたのはエ・ランテル近郊の森の中、転移用に作られた開けた場所であった。
 主がモモンとして活動する際の中継地点として使用していると言うことで、周囲には人気はない。
 またモンスターの気配もなかった。

「アインズ様からの指示ではそのはずだけど。今のうちにゴーレム並べちゃおうよ適当に置いているよりきっちり配置してた方が見栄え良いし」
 共に姿を見せたアウラの後から、ゴーレムがゾロゾロと現れる。
 数は五十体。全て鉄の動像(アイアンゴーレム)であり、本来は胸部分に商会の証となる紋章を刻む予定であるが、現在はまだその紋章自体が決まっていないため、空白状態だ。

「そうでありんすね。それはわたしがしておくでありんすからチビ助は魔獣の方を出しておくんなまし!」

「はいはい。なんかシャルティア張り切ってるね」

「それは勿論。わらわがアインズ様より受けた御勅命でありんすからね」
 御勅命に強いアクセントをつけるシャルティアの言いように、アウラは目に見えて不満を見せるが、今は時間がない。
 言い争いなどをしている間に主が到着してしまったら大変だ。

 急いで準備をしなくては。

 王都で店舗の内装工事を行っていたアウラが、シャルティアから突然呼び出されたのは三十分ほど前だ。
 主からエ・ランテル近郊にゴーレムと護衛を配置せよと言う命令が下ったのだ。
 現在商会で輸送用に使用する魔獣は目玉であるギガント・バジリスク以外の魔獣はまだ数が揃ってはいない。
 そこでシャルティアと共に内装工事を行っていたアウラが魔獣を率いてエ・ランテルに向かうことになり、現在に至る。

「はーい。んじゃ出てきてー」
 転移門からギガント・バジリスクの頭が現れる。
 大きなトカゲを思わせる巨体は緑色の鱗に覆われ、八本の足を使って器用に進み、ゆっくりと姿を見せた。
 本来は頭には王冠に似たトサカがあるのだが、現在はそこも含めて凝視殺し(ゲイズ・ベイン)を加工した兜が頭をすっぽりと覆っている。
 石化の視線を防止すると言うより、防止していますよと周囲に分かりやすく示すための物だ。傭兵モンスターとして召還されたこの魔獣は召還者及び、召還者が命令を聞くように指示した者から命令されない限り、その瞳の力を使うことはないのだが、魔獣は都市に届け出を出すことで都市の中を歩かせることも出来る。

 この巨体故、小さな村や町などには入れないが大都市であれば宣伝も兼ねて都市内部を歩かせることもあるため、周囲の人間たちに余計な恐怖や混乱を与えないための処置としてこういう形となった。
 嗅覚さえあれば問題なく進める上、あの兜には外見からは見えづらいが隙間が開いていて内側から覗ける造りになっているので魔獣も問題なく行動出来るはずだ。

「後は……ああ、あれか。ちょっと早く来なさいよ、時間無いんだから」
 ギカント・バジリクスの体が完全に出た後開いたままの<転移門(ゲート)>の向こう側にいるはずの相手に声をかける。
 その後、恐る恐ると言った様子で手が現れ、次いで更にゆっくりと時間をかけて一人の人間が姿を見せる。
 金髪の若い女が胸の前で手を組んで所在なさげに周囲を見回した。

「あ、あの。アウラ、様」
 一応顔見知りと言うか、何度か人間目線での店舗内装のチェックをさせるために顔を合わせてるので向こうもアウラの名前を知っているらしい。
 しかし、アウラはこの人間の名前を知らない。と言うより興味がないため忘れている。
 セバスの配下となり、王国の店舗に配属されることになった人間の一人程度の認識でしかない。
 だから余計な口は聞かないし、気遣いをしてやるつもりもない。

「いい? あんたはここで待機してアインズ様とセバスが来るからその指示に従いなさい。アンタはアインズ様の共周りとして一緒にここに来て、この子とゴーレムの見張りをしていることになってるから。そのつもりでね、あたしとシャルティアは姿を消して待機してるからこの子にはアンタの命令も聞くようにしてあるから」
 一気に主より命じられた内容をそのまま女に伝える。
 ペストーニャによってナザリックの一員としての作法を学んでいたところを殆ど無理矢理連れてきたため、未だ状況を理解していないのだろう。
 しかしセバスの名を出した途端、女の顔つきが変わる。

「セバス様が……わかりました。私はセバス様とアインズ様のご命令に従えばいいんですね?」
 ピクンとアウラの長い耳が反応する。
 たかが人間が自分たちの主である至高の御方の名よりセバスの名を先に出したのが不愉快だ。
 殺してやろうか。と思いかけるがこの女はアインズ様が使い道があると判断し、今回もわざわざこの女を連れてくるように指示をしたらしい。
 ゆっくりと息を吸い、更に時間をかけて吐く。
 多少落ち着いたところでアウラは一度だけ、と自分に言い聞かせてから口を開いた。

「アンタさ。一応セバスの配下だからあたしは勝手に手出しできないけど、その態度。次やったら許さないよ?」

「す、すみません。わ、私なにか粗相を」

「あー、わかんないのかぁ。ペスも初めにちゃんと教えてやればいいのに、こう言うのは初めが肝心なんだから」
 身を守るように腕を胸の前で組んで震える女に、アウラはやれやれと言うように首を振る。

「いい! ナザリックに属する者はなにを置いても、どんなことより、誰よりも、至高の御方で在られるアインズ様のことを第一に考えなきゃいけないの。アンタはセバスの配下だけど、セバスの命令の後でアインズ様が別の御命令を下したらアインズ様の御命令に従う。仮にアインズ様がセバスを殺せと命じられたらアンタは勝てる勝てないに関わらず全力を以ってセバスを殺しに掛かる。それがナザリックに属する者の最低限の心得。わかった?」
 セバスを殺す。と言うところで女が唇を強く結んだことに気がつく。
 納得してない。

(やっぱり殺した方がいいかも。人間はまだいるんだし……いや、あたしが勝手に判断しちゃ駄目か)
「アンタの不作法は直属の上司であるセバスの責任になるんだからね。それが嫌なら、アンタ、セバスに言って殺して貰った方が良いよ。セバスなら痛みもなく殺してくれるでしょ」

「っ! い、いえ。アインズ様の慈悲によって生かされた命です、何のお役に立たずに死ぬわけにはいきません」

「ふーん。ま、良いけど。ほかの連中にもいっときなよ。アンタたちの立場を考えろって」

「はいっ」
 心からの反応で無いのは明白だが、これ以上アウラが勝手にこの女に手を出すわけにはいかない。
 後はセバスに直接忠告しておけばいいだろう。

「んじゃ改めて。シャルティアー。終わった?」

「ええ。完了していんす」
 目を向ければそこには乱れなく並ぶゴーレムの姿。
 この程度の弱々しいゴーレムでも、きっちり並んでいると見られるものだ。

「よし。それじゃあたしとシャルティアは姿を消してここにいるから、後は任せたよ」
 それだけ言うと返事は聞かずにアイテムで姿を隠す。
 これで普通の人間にはアウラとシャルティアの姿も声も聞こえなくなる。

「随分と優しいでありんすねぇ。アウラ」

「別に……アインズ様も仰ってたでしょ。ナザリックの利益になることを最優先にしろって。あの人間は今から開く商会で使う人間だからね、あんまり数もいないし」

「あれでしょ? セバスが助けた人間って言うのは。セバスも変な趣味していんすね。わたしにはあの人間のどこがいいのかさっぱりわからないでありんす」

「ああ! あれがそうなんだ。知らなかった、人間なんて区別つかないし」

「ペストーニャにセバスが助けた人間を連れてくるように言ったらあれが来んしたから。そうだと思いんすけど」
 緊張しているのか、チラチラと周囲を見回す人間を改めて見る。
 確かにさっぱりわからない。
 詳しくは知らないが、セバスはあの人間を妙に気に入っているらしく、わざわざ主にあの女の助命を願い出たとの噂だ。
 一説によるとセバスとは恋人関係だとか何とか。

「まー、どうでもいいよ。アインズ様の邪魔になったら殺せばいいんだし、セバスだってそうなったら見逃しはしないでしょ」
 友人であろうと、恩人であろうと、恋人であろうと、ナザリックのそして主の邪魔になるので在れば誰であれ全力を持って排除する。
 それがナザリックの掟だ。
 守護者と同格の力と地位を持つセバスがそんなことをわからないはずがない。

「あ! アインズ様が来んした」

「本当だ……なんか変な人間も一緒だね。誰あれ」
 セバスを伴って表れた主の横に並ぶ人間の姿を見つけ、アウラは唇を尖らせる。
 至高の御方の隣に立つなど。
 それが許されるのは同じ至高の御方々だけだと言うのに。

「商売相手。と言う奴でありんしょうね。いつぞやアインズ様が言っていんした。商売とは例え自分たちが遙か格上だろうと、客には一定の礼節を持って接しなくてはならない。と」

「ふーん。アインズ様が仰るならそうなんだろうけど、なんかムカつく……あ、腰抜かしちゃったよあの人間」

「本当でありんすねぇ。無様な姿だこと。ギガント・バジリスクの石化じゃありんせんよね」

「あの凝視殺し(ゲイズ・ベイン)は鍛冶長がアインズ様から下賜された鎧を加工して使ってるんだよ、そんなこと有るわけ無いでしょ」

「じゃあ何であの人間は一歩も動かないんでありんしょうか」

「単に驚いてるんでしょ。この世界の人間は弱っちいから、ハムスケぐらいの強さの魔獣でもビビっちゃうんだって。あのギガント・バジリスクはハムスケと大体同じくらいの強さだから」

「ああ、あのアインズ様のペットとか言う……アインズ様に乗っていただけるなんて、なんて羨ましい。はぁ、今度は咎ではなくご褒美としてアインズ様に乗っていただきたいでありんすねぇ」
 ほぅ。となにやら頬を上気させ、吐息を吐いているシャルティアに、アウラはうわぁと思わず呆れてしまうが、シャルティアには届いていないらしくにやにや笑いながら身を捩らせている。

 シャルティア――アルベドもそうだが――がいったい何故あそこまで主に座っていただくという行為を気に入っているのかアウラには解らない。

 もちろんアウラとて、主にその場で椅子になれと言われれば喜んでその通りにするが、それはあくまで主より命を頂き、それを実行出来るのが嬉しいのであって、椅子になれることそのものが嬉しいわけではない。

 むしろアウラとしては主には頭を撫でていただく方がよっぽど嬉しい。
 今まで何度かその栄誉を賜る機会があり、それだけでアウラの心は満たされ、暖かい気持ちが宿った。
 しかしこの目の前で不気味に笑う同僚と、同じく時折不気味な笑みを浮かべて惚けることのある守護者統括はそれ以上の、恐れ多くも主の妻となり子を授かることを考えているのだという。
 それは不敬な考えのような気もするのだが、守護者の中で最も知恵の優れるデミウルゴスもそれを望んでいるらしいので、何か意味があるのだろう。
 ただ最近、そのことを考えると何となく胸がチクチクするのであまり考えないようにしている。

「シャルティア。アンタもアインズ様と一緒に店で働くんでしょ? だったらあの男とアインズ様の会話聞いて勉強しなさいよ。アインズ様がわざわざアンタに<転移門(ゲート)>使わせたのはそういう意味なんじゃないの?」
 余計なことを考えても仕方ないので、アウラは未だ妄想の中に囚われている妹分――喧嘩になるので口にはしないがアウラはそう思っている――に声をかける。
 はっ! と口に出しながら立ち上がってシャルティアは慌てたように、どうにか立ち上がり腰を引きながら、ギガント・バジリスクに疑惑の眼差しを向けてる男と、そんな無礼な男にも極自然に敬語を使いギガント・バジリスクの説明をしている主に目を向けた。

「うーん。ゴーレムより先に魔獣の方に興味を示していんすね」

「やっぱり人間にはあの程度でもスゴい魔獣なんでしょ。ほら、あの女の命令で操っているところ見せただけでまた驚いてる」

「なんか、こうしてみると本当に人間共相手にここまで力を入れる必要性がわかりんせん。もちろんアインズ様のご命令に逆らうつもりはありんせんよ?」
 慌てたように付け加えるシャルティアだが、アウラも実のところそう思っている。

 あの程度の魔獣に驚き恐怖する相手なら、力ずくでなんとでもなりそうな気がするのだ。
 と言うよりアウラのペットの魔獣を何体か使うだけで国の一つや二つ簡単に征服出来るだろう。

 アインズ様に宝石箱を。

 それが現在の最終目的であり、アウラもそのために力を尽くすつもりだが、未だあの深遠なる英知に溢れた主人の考えはこれっぽっちも解らない。

「きっとアインズ様には深ーい考えがあるんだろうけど、解らないのはちょっと寂しいよね」

「まったくでありんすぇ。あの大口ゴリラちょっと頭が良く創られたからって、自分だけがアインズ様のお考えを理解できるようなつもりになって! はっ、今はそんなことを考えている場合ではありんせん! もっと近くに行きんしょう! アインズ様のお声を聞きに」
 優雅さの欠片もない足取りで主人の元に近づくシャルティアに、アウラもはぁと一つため息を落として後ろを歩く。

「あ、今度はゴーレムを見た。また驚いてるね。これって単なる鉄の動像(アイアンゴーレム)だよね?」
 様々な種類が存在するゴーレムの中でも下から数えた方が早い脆弱なゴーレムだ。
 とは言えどれだけ弱かろうとナザリック内で創られた存在である以上、アウラも仲間意識のようなものはあるのだが、そうしたものが無いはずの男もゴーレムを前に両手を組んで感激を露わにしている。

「それにしても。いちいち声を張り上げて、アインズ様のお言葉が聞こえないでありんしょうが」

「アインズ様の声、やっぱり普段のお声の方が良い気がするなぁ」
 声だけではなく口調や話し方も普段と違うため何となく、アウラは違和感を感じてしまう。
 いつもの威厳がありつつも包まれるような優しさに溢れた声の方が断然にいい気に決まっているのに。
 何故か主は冒険者モモンの方に自分の声を使わせ、現在は口唇蟲を使って別人の声を出している。

「それはその通りでありんすが、これもアインズ様のお考えあってのことでしょうから、言い出し辛いのよねぇ」
 いつもの声の方が良いというのはあくまでただの感情論だ。
 きっといつもの通りこれにも深い意味があるのだろう。
 アルベドやデミウルゴスなら解るのだろうか。

「やっぱりあたしも勉強しなきゃなぁ」
 主ほどは無理でも少しでも考えを理解し、近づきたいと言う思いが強くなる。
 今まではこんなことは無かった。ただ言われるがまま命令を聞いていれば良いとそう考えていたのだが、この世界に来てから自分の考え方も変わり始めている。

「チビにしては良い考えでありんすね。まぁ、チビがどんなに努力をしたところで、レディに成れる可能性はありんせんが、頭でありんしたら、ほんの少しばかり良くなる可能性があると思いんすよ」

「はぁ? 一生成長しない奴に言われても説得力が無いんですけどー。ナザリックのおバカ代表のくせに」

「あぁ? やるでありんすか、チビ助」

「なによ」
 いつもの調子でにらみ合うが、その感情は二人同時にたち消える。
 今は少しでも主の手腕を学び、知恵を付けるのが先だ。と同時に思い至ったのだ。
 ふん。と同時に鼻を鳴らして再度主に顔を向ける。
 そこでは男が膝が付き添うなほど腰を低くしながら満面の笑みを浮かべ、主の手を握りしめている姿があった。

「では商談成立と言うことで」
 セバスの宣言に主と男は同時に頷いた。

「あ」

「終わっちゃった」
 ガックリと二人は同時に項垂れた。
 



取りあえず初商談はあっさり成功
まあまだ開店前なのでこの辺りはあまり長くはせずに進めます
次はもう王都での話になるかと
次の更新はいつも通り一週間の予定です


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第14話 店舗完成と最後の仕上げ

前回からやや時間が飛んで店舗完成したところから話を始めます
今まで殆ど出番の無かったマーレが出ますが、本格的に話に関わるのはまだ先になる予定です


 <転移門(ゲート)>を使用し、中に入ると目の前には膝をつきアインズを待っている守護者二人の姿があった。

「出迎えご苦労。アウラ、マーレ」

「お待ちしておりました! アインズ様」

「お、お待ちしておりました。アインズ様」
 全く同じ台詞を言いながらも話し方と声の大きさが全く異なる二人の歓迎を受けながらアインズは大きく頷くと二人に立ち上がるように命令した。

「では案内をしてもらおうか。転移が可能なのはこの場所までだったな」
 客が出入りする表口ではなく、行商人や仕入れ業者を出入りさせる為に使われていたらしい裏口――馬車がそのまま入る作りになっているため、表の入り口よりも広い入り口だ――から入って直ぐの場所に設けられた一室。
 本来であればここで荷の積み卸しや出入りのチェックなど行っていたらしいが、魔導王の宝石箱は基本的に全て自前、ナザリックから直接運ぶため関係者以外が出入りする必要が無く裏口は取り潰し代わりに店内で唯一転移が可能なスペースとして活用している。
 アインズたちは常にここを経由してナザリックから出入りすることになる。

「はい。ここより先は転移阻害を含めまして遠視、盗聴、かなり高位までの魔法を阻害出来るようナザリックよりアイテムを持ち込んでおります。その警備として人間たちに派遣する鉄の動像(アイアンゴーレム)と同じ外見を持つゴーレムを幾つか配置しています」
 ハキハキとアインズの質問に答えるアウラに、アインズは満足げに頷くと二人を連れて歩き出す。
 今回は内装工事完了の知らせを聞いて、確認と同時に開店にあたって最後の仕上げを行うための訪問だ。
 アインズも出入りする以上監聴対策は万全を期する必要があると考え、アインズが自ら視察に訪れたと言うのが表向きの理由で、最後の調整と言う名の細かな部分に関して決めねばならないことが増えすぎて、それらを別の者に任せて逃げ出す理由が欲しかったというのが本当のところだ。

 扉をくぐり中に入ると店内、ではなく倉庫代わりに使用する予定の広い部屋に到着する。
 確かに部屋の四隅に胸にアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれたゴーレムが四体配備されている。
 外見こそ単なる鉄の動像(アイアンゴーレム)だが、中身と言うか種族そのものが異なりそれなりに高位のゴーレムである。
 店内に並ぶことになる商品は全てここに運ばれるため、一番気をつけている。

(マジックアイテムは勿体ないから本当は常時魔法を張っていて貰った方が安上がりなんだけど、誰かに見られたらマズいからなぁ)
 数に限りのあるマジックアイテムを使用するのではなく、例えばアインズが生み出した高位のアンデッドを常に交代で防御魔法を発動させていれば経費節約になる。
 しかし客や商人にこの場所を見られる可能性を考慮し、仕方なくマジックアイテムの使用を許可したのだ。
 現在はまだ商品を入れていないため空の棚が等間隔で並んでいる。
 アウラとマーレ――基本的にはアウラが話し、マーレはそれを補足する形であったが――の説明を聞きながら、各部屋を回る。
 アインズの指示通りナザリックの者だけでなく、例のセバスが面倒を見ている元娼婦達も使用することを考え、むしろ彼女らが使い易い作りとなっていた。


「ここが店内です。と言っても商品はあまり並べられないので、カタログを作り訪れた客に見せて欲しい商品を選ばせる作りになっています。武器や防具の試着や試し切り等は別に部屋を用意させています」
 基本的にサイズの大きい者が多いナザリックの者達が裏で行動しやすいように、店舗の裏側を広く取り、客が出入りする店内は通常の店舗に比べ小さめで商品自体も殆ど並べられていない。

「素晴らしい。魔法対策は完璧だな。良くやった二人とも」
 最後の部屋である客が入ることになる店内の内装を見ながらアインズは満足そうに頷いた。

「ありがとうございます! アインズ様」

「あ、ありがとうございます」
 二人の姉弟の頭を同時に撫でてやると、二人は嬉しそうに目を瞑り、それを享受する。
 そうやって頭を撫でながらアインズは改めて周囲の内装を観察する。
 内装の装飾品や壁面の色や材質には一般メイド達も係わっていた。
 常日頃アインズの服装を選ぶセンスを見ると少し不安だったのだが、この内装はそれなりに素晴らしいものに見えた。
 店内の内装は基本的にはナザリック内の装飾品や物質は使わず全て現地にあるものを選んで飾り付けている。
 なんとかナザリックに似せようとして努力した結果、この世界の水準としては十分な出来となったようだ。

「アウラ、マーレ。お前達から見て、この内装はどうだ?」
「……えーっと」
 言葉に困ったようなマーレとは対照的に、アウラは唇を尖らせて不満そうな顔をしながら言った。

「正直言ってナザリックとは比べものになりませんよ。アインズ様、やっぱりナザリックから装飾品は持って来た方が良かったんじゃないでしょうか」

「お、お姉ちゃん。それじゃあ、ナザリックのことがここの人に知られるかもしれないから駄目ってアインズ様が仰っていたよ」

「そうだけど。ここはアインズ様が滞在される場所なのよ! もっと豪華で、美しくて、格好いい場所じゃないと」
 以前のログハウスの時もそうだが、アウラは内装や飾りに妙に拘るところがある。
 少年のような格好をしてはいるが、やはり女の子と言うことなのだろう。

「前にも言っただろう。お前達が作り、メイド達が飾り付けたこの場所は私にとってはナザリックにも匹敵する」

「それは――わかりました」
 やはり納得はしていないようだが、これ以上アインズが言えることはない。
 この気まずい空気を何とかしようと考えを巡らせていると不意にマーレが口を開いた。

「あ、あの。アインズ様一つお聞きしたいことがあるのですが」

「ん。なんだ?」
 渡りに船、とばかりにアインズはマーレに目を向け、話に乗る。

「お、お姉ちゃんから聞いたのですが、既にゴーレムを人間に売った、とのことでしたが」

(バルドのことか。そう言えば商談後出てきたアウラとシャルティアが妙に元気が無かったが何かあったのだろうか)
「うむ。いくつか狙いがあってな。店舗開店前にしておく必要があったのだよ」

「は、はい。理由はセバスさんから聞きました。で、ですが人間の商人がどうして直ぐに商談を決めた理由がよく解らなくて……お、教えていただけませんか」

「なによ、マーレ。妙にやる気あるじゃない……あ! アンタもしかして、抜け駆けする気!? シャルティアみたいにアインズ様に付いていこうって言うんでしょ!」

「ち、違うよ。勉強してもっとアインズ様のお役に立ちたいだけだよ。それは、そうなったら嬉しいけど」
 もじもじとスカートの裾を掴みながら身を捩らせているマーレとそのマーレを睨みつけながら顔を近づけているアウラ。

「やっぱり! アインズ様、あたし、あたしにも教えてください。あの時見ていたんですがよく解らなくて」

「う、うむ。二人とも落ち着くが良い。教えるのは構わんが、今回の人員は既に決まっているシャルティア、セバス、ソリュシャンの三名だけだ。これ以上増やすのは得策ではない」

「そ、そうですよね。申し訳ございません」
 シュンと花が萎れるように目に見えて落ち込んでしまったマーレにアインズは慌てた。
 と言ってもその慌ては直ぐに鎮静化したが、それでも残った気まずさを誤魔化すように顔を持ち上げると天井を見上げた。

「しかし、それはこの国での話だ。この国に絶大な影響力を手にした後は別の国にも出向くことになるだろう。その際は二人を供とすることも一考しよう」

「ほ――」

「本当ですか! ありがとうございます!」
 マーレが口を開く前にアウラが全開の笑顔をアインズに向けて言う。
 出遅れたマーレは一瞬責めるように姉を見たがアウラはそれには気づかず、にこにこと嬉しそうにしている。
 マーレもまた直ぐに気を取り直したようで、はにかむように笑い喜びを隠せずにいた。

「さ、さて。バルド、商談相手が何故我々との取引を即座に受け入れたか、だったな。二人はどう思う?」
 実のところアインズも当初はその理由は良く解らなかったのだが、あの後実際に値段を決め取引に関する書類を纏めゴーレムを渡す段階になって向こうから嬉しそうに理由を語ってきていたので、その訳を知ることが出来た。
 かと言って直ぐに教えたのでは、二人の成長に繋がらないだろうとこうして聞いて見ることにしたのだ。
 二人はうーん。と口に出しながらしばらく考えていたが、やがて先ずマーレが自信なさそうに言う。

「な、ナザリックの商品が素晴らしいから、ですか?」

「うむ、それもある。が、それは一面でしかない」

「じゃあアインズ様の御威光に感銘を受けてアインズ様の下僕になりたいから、とかでしょうか!」

「いや、それは。んん、近いとも言えるが重要なのはこの国で一番先に我々と取引をしたと言うことなのだよ」
 説明を始めながら不意にバルドの顔が過ぎる。
 あの商談を経てバルドはアインズのことをどう思っただろうか。
 アインズとしては世俗に疎い魔法詠唱者(マジック・キャスター)のため、セバスに商談を丸投げし、今後取り引きする時にもセバスを窓口にした方が良いと思わせるようにしたかったのだが、セバスがいちいち主は自分など足下にも及ばない知恵者だと言う態度を見せていたので、世間知らずなのは擬態と思われたかもしれない。
 そうなると今後もアインズに近づいてくる可能性があり、色々と面倒になりそうなのだが、今は考えないでおこう。

「アインズ様?」
 つい思考に耽ってしまい、不思議に思ったのだろうアウラが首を傾げこちらを見ていた。
 誤魔化すために一つ咳払いをしてからアインズは子供にも解るようにと丁寧に説明を始める。

「我々のゴーレムによって、今後王国の働き方が変わるとバルドは睨んだのだよ」

「働き方、ですか?」
 ピンと来ていない様子のアウラにアインズはうむ。と頷いてから続ける。

「今後王国では各地の村で私たちのゴーレムを活用するようになるだろう。するとどうなる?」

「人間達が楽を出来るようになる、ですか?」

「その通り。とは言えしばらくは苦しい生活をしているのが、マシになる程度だろうがな。元々ゴーレムを使用して一番楽になるのは開墾や建築、道路の整備などだ」

「はい。ログハウスを造るときもそうしたところに使いました」

「ゴーレムをそうした使い方をする者達が少なければ、その者達が得をするだけだが、我々は安価で大量にゴーレムを量産出来る。その噂が広まればやがて皆こぞってゴーレムを借りに来るだろう。つまりやがてはゴーレムを使った働き方が当たり前になると言うことだ」
 金を儲けるだけならば、ゴーレムは我々で独占した方が良い。しかし国力の低下した王国では優先すべきは低下した国力をナザリックの力で戻すこと。
 そのためにゴーレムを誰でも借りられるような値段設定にしたのだ。

「そうなると、ど、どうなるのでしょう」

「値下げが始まると言うことだ。誰でも出来るのだから、今までの人件費と同額を請求されたら、依頼した者は別のゴーレムを使っているところに仕事を頼む。それは困るので人件費を下げて安い金額で仕事を請け負う。後は持っているゴーレムの数でどの程度まで価格を下げられるかが決まり、やがて全体的な相場が決まり出すだろう」
 結果としてこれまで人力でその手の仕事をしていた者達は職を失うことになりかねないがそんなことはアインズの知ったことではない。

「よく解りませんが……それはナザリックにとって良いことなんですか?」
 アウラの疑問にアインズは頷く。

「ナザリックにとっては問題はない。何しろ我々はゴーレムを貸すだけで金が入ってくるのだ、価格競争をするのは借りた人間達だ。我々には関係ない、もっともやりすぎては逆に国力の低下を招きかねないのでゴーレムの数はこちらで計算しながら放出する事になるがな」
(計算するのはアルベドとデミウルゴスだけどな!)
 尊敬の眼差しでこちらを見つめる二人にアインズは気まずくなって再度天井を仰いだ後、話を続ける。

「さて。ではバルドはどうやって儲けようとしているのか。これは一番先と言うところが関係している。正確にはゴーレム普及前ということだな」

「あ、なるほど。そういうことですか!」
 ポンと手を叩きアウラが表情を輝かせる。

「お、お姉ちゃん解ったの?」

「ほう。ではアウラ、説明してみよ」
 アウラはあまり頭脳労働に向いているとは思わなかったが、よく考えてみればゴーレムの案もシャルティアはアウラのアドバイスで閃いたと言っていた。
 やはり思いこみは危険だな。とアインズはアウラにも別種の仕事を与えるべきか検討しながら話を聞く。

「はい! つまりそのバルド? でしたか、その人間は価格競争が起こって値段が下がる前にゴーレムを使って多数の仕事を請け負うことで儲けようとしているのです」

「な、なるほどー。で、でもお姉ちゃん値段が下がった後はどうするの? ゴーレムが無駄になっちゃうんじゃ」

「あ、いや、それは……アインズ様!」

「うむ。惜しいところまで行ったが、そもそもこれはバルドの情報を知らねば解らないことだから仕方ないな。良くやったアウラ」
 再度アウラの頭を撫でる。
 アウラはえへへと嬉しそうに笑いながら目を瞑りそれを受け止める。

「むぅ」
 小さな不満の声が聞こえたが、これは一応褒美という形なので無条件にマーレにも行うわけにも行かない。
 聞こえない振りをして話を続ける。

「バルドは先ず我々から借り受けたゴーレムを使用して自分達の例えば倉庫の建築やエ・ランテル城壁の補修などの工事を請け負うのだろう。もちろん自分達が直接ではなく別の建築を専門で行っている商会にゴーレムを貸すという方法を取るのかもしれんが」
 基本的に商会はそれぞれ自分達の商っているものごとに違う組合に属している。
 マジックアイテムやゴーレム、巻物(スクロール)などは魔術組合、水薬(ポーション)や薬草などは薬師組合といった形だ。
 別の組合が管理している仕事を大々的に奪うような真似をすればバルドの立場が悪くなる。
 しかし建築を管理している組合に人足代わりにゴーレムを貸し出すと言えばみな食いついてくるはずだ。

「バルドはそうして短期間のうちに大儲けをするつもりなのだろう。元々村人でも借りられる安い価格設定のため、バルドが我々に払った金額は直ぐに取り戻すことが出来、その後ゴーレムは自分が契約している村々に規定の金額で貸し出せばその後も儲けが入ってくる。なおかつゴーレムの出所を知っているのはバルドだけ。エ・ランテルで新たにゴーレムを借りたい者は全てバルドを通さねばならず、奴はあの都市で更に強い権力を持つことになる。とまあ、奴が考えているのはこんなところだろう」
 途中からは自分の推論も混ざり、段々と得意になってしまい長々と説明をしていたアインズだが、不意に我に返り二人がついてこれているか心配になって二人を見やった。
 二人とも眉を寄せむむむ。と唸っていた。

(しまった。ベラベラと語りすぎた。デミウルゴスとかには探り探り話す必要があるせいでこんなに自分の考えを語れるのは久しぶりだったからな)

「あの、アインズ様」

「んん。なんだアウラ、難しかったか? ならばもう少し砕いて」

「いえ! なんとか理解は出来ました。ですがそれですと、その人間ばっかりが得をしてナザリックの利益は少ないように思うのですが……」

「ほ、僕もそう思います。なんかその人間がアインズ様をその、利用しているような感じがして」
 二人の台詞にアインズは驚く。
 二人がアインズの拙く長い説明を一度聞いただけで内容を理解したこと。加えてその問題点まで見つけだしたことにだ。
 NPC達の成長を願い促したのはアインズだがそれにしても早すぎる。ついこの間まではアインズの――正確にはアインズが説明させた振りをしたデミウルゴス――の作戦を聞いても内容は理解出来ず、アインズに任せておけば大丈夫。と言うような態度を取っていたこの双子がしっかりと自分で考え、理解し疑問を口にする。
 その成長は目覚ましく同時にアインズは少しばかり怖くなる。
 今に二人とも完全にアインズを追い抜かしてしまうのではないかと。
 それはアインズが願ったことではあるが、ある種癒しになっていたこの双子相手でも会話に気が抜けなくなる日が直ぐ近くまで迫っているようだ。

「アインズ様?」

「ん。いや何でもない。二人の疑問はもっともだが今回に関してはその心配は不要だ。ようはこう考えれば良い。バルドは我々の下請けとして働き、我々の名声を広めるために活動してくれるのだと。奴の権力とコネを使えば我々の名は直ぐに広まる。私たちは今後王都近郊に名を広めるために活動するからエ・ランテルまでは手が回らんからな」

「なるほどー。流石はアインズ様です、ではその人間はアインズ様を利用しているつもりで実際はアインズ様に利用されて働かされている。と」
 正確には利用するしないではなく、あくまでどちらにも利益がある対等な取引のはずだが、それを口にしてもアウラは納得しないだろう。
 他のNPCたち同様、ナザリックこそ至高であると言う考え方なのだ。

(やはり交渉の際には基本的にセバスかあの人間達を連れていった方が良さそうだ)
 NPC達では自分達が下手に出ることも出来ないだろうが、それ以上にアインズが下手に出て話をすると言う光景を見せるのも危険な気がする。
 それで相手が調子に乗ってアインズに何かしようものならその場で殺しにかかりそうだ。
 もっともアインズとてこの名を背負っている以上必要以上に下手に出てやるつもりはないのだが。

「そういうことだ。では確認はこれで完了だな。アウラ、<伝言(メッセージ)>をシャルティアに繋げよ。変更は無し、予定通りにことを進めよ。と」

「はい! わかりました」
 元気の良い返事の後<伝言(メッセージ)>を発動させるアウラ、その横でマーレは相変わらずオドオドとしたままアインズを見上げている。

「ん? どうかしたかマーレ」

「あ、あの。もう一つお聞きしたいのですが」

「む?」
 続きを促すとマーレはコクリと小さく頷いた後口を開く。

「本日は王都で最後の仕上げを行うと聞いていますが、ぐ、具体的にはなにをするんですか?」
 シャルティアと会話をしながらアウラもまた、ぶんぶんと大きく首を縦に振っていた。
 そう言えば今回の作戦は運営チームの会議で決定したものであるため、その枠から外れている二人には知らせていなかった。

「なに単純な話だ。この店に荷物を運ぶため、私が一度外に出て荷とともに王都に入り口から入り直す。ただそれだけだ」

「そ、それが仕上げ、なんですか?」

「うむ。要するにデモンストレーションだ。セバスがこの都市で知り合った商人達や組合連中に開店する旨を伝えてはいるが、極一部だけだ。故に人が多く存在する時間を狙い我々の商品を見せながらこの場所に向かう。それだけで十分な宣伝となるだろう?」
 つらつらと今後の予定と狙いについて話をする。
 これも考えたのはアインズではなくソリュシャンなのだが。

「な、なるほど。人間達にナザリックの威光を見せつけるのですね」

「そう言うことだ。出来れば一般人だけではなくお偉方、貴族や王族まで話がいけば申し分ないが、そればかりはやってみないとな」

「流石ですアインズ様!」
 いつの間にか<伝言(メッセージ)>が終わったらしいアウラも一緒になってアインズを褒め称えるがやはり自分が発案したものでないので少々心苦しい。

「うむ。それでアウラ、シャルティアの準備は万全だな?」

「はい。問題なくいつでも<転移門(ゲート)>を繋げられるとのことです。セバスも所定の場所に待機済みで後はアインズ様のご命令一つで行動を開始出来るとのことでした」

「よし。では早速取りかかるか、マーレは済まないがここで待っていてくれ。不測の事態に備えてアウラは私とともに。ギガント・バジリスクの登録も共にすることになるからな」
 ユグドラシル金貨を使用して召喚した傭兵モンスターが勝手に暴れることなどあり得ないが、何事も不測の事態は存在する。
 なにより貴重なユグドラシル金貨を使用したのだ。召喚したモンスターは死亡したらそれまでなので、そんな事態になって欲しくはない。ビーストテイマーとして優秀なアウラが側にいれば何かあっても対応出来るだろう。

「畏まりました!」
「畏まりました……」
 はっきりと明暗の分かれた返答を前にアインズは暗の側、マーレに対し少々申し訳ない気持ちになる。
 ドブの大森林内に避難所の作成やこの店舗の建設など、アウラには色々と仕事を頼んでいるが、マーレにはナザリックの隠匿後はアウラの手伝いをさせるくらいでこれといった仕事を与えていない。
 精神的に完成された大人として作成された者たちならばそうした扱いにも感情を抑えることが出来る――一部出来ない者もいるが――が、マーレはまだ子供、寂しさを感じているのだろう。
 只でさえ下がった耳が更に落ち、何故か――現在はなにも嵌められていない――左手の薬指をさすっている。

(何か言ってやりたいが、それをすると今度はアウラの方が落ち込みかねないしなぁ。やはり次の店舗ではマーレを優先して連れていくことを考えておくか)
 結局アインズはこれといった気の利いたセリフを思いつけず、気まずい雰囲気のまま、アウラを連れて待ち合わせ場所として決められていた場所に転移した。


「お待ちしておりました。アインズ様」
 相変わらず手本のような見事なお辞儀で、セバスがアインズ、そしてアウラを出迎えた。
 その横には先に移動していたシャルティアも同様にお辞儀していた。

「二人とも出迎えご苦労。面を上げよ」

「はっ!」
 二人の背後にはそれなりに豪華な作りの荷台を繋いだギガント・バジリスクが一体、そしてその背後にずらりとゴーレムが立ち並び、その全員がアインズに向かって礼をとっていた。
 アインズを出迎えるためにわざわざ並べなおしたのかと思うと、少々無駄なことをしていると思ってしまうが、これも彼らの忠誠心によるものだ。
 余計なことは言うまい。とアインズは周囲を見回した。
 周囲に人の気配もモンスターの鳴き声も聞こえない。当然だ、中世に近いこの世界はまだまだ発展が遅く、都市部よりも森の方が遙かに多い。そして森の中には基本的には誰も立ち入らない。
 薬草の採取などの理由があれば別だが、そうでなければ冒険者とてわざわざ危険を冒して森の中に入る連中はいない。
 当然この場所もそうした深い森の中に作られた場所であり、王都に出入りする際の中継地点としてアウラが作り上げた場所だ。

「作戦は頭に入っているな? セバス、本来ならば執事のお前に御者の真似事をさせるのは心苦しいが頼むぞ」
 そもそもアインズは執事の仕事がどんなものなのか物語の中でしか知らないが、馬――今回の場合モンスターだが――を操る御者と言う職業がある以上、それを執事にさせるのは良くないのではと思ったのだが、他に任せられる者がいなかったのだ。
 もっともソリュシャンと王都で情報収集に向かわせたときも途中から御者はセバスが務めたらしいので今更ではあるのだが。

「なにを仰います。アインズ様のお側に控えご命令に従うことこそ私の本懐、お任せください」

「よし。モンスターもゴーレムもこの世界においては強大な力だ。入るための審査には時間がかかるだろう。その間王都の者共に舐められないためにはお前が威厳を見せることが必要だ」

「畏まりました。アインズ様に恥をかかせるようなことは決していたしません」

「うむ。ではシャルティア、そしてアウラ。お前たちは私とともに馬車に乗り込め」

「畏まりました」
「承知しんした」
 いつもと変わりないセバスとは対照的に、シャルティアは少々緊張しているように見える。
 なんだかんだで一時的な外出はこなしているが、きちんとした仕事として外に出るのは初めて――以前の記憶を失っているため――なのだから仕方ない。

「後ほど透明化の魔法をかける。場合によっては兵士によって中を覗かれるだろうがその際は二人とも声を上げないように。アウラはモンスターに何かあれば対応せよ」

「わかりました! アインズ様」
 全員の役割を確認した後、アインズは満足げに頷くと、事前に登録していた服装に交換する。
 いつもよりは目立たないがそれなりに高級感のある黒いローブに加え、嫉妬マスクとガントレットとローブ以外はカルネ村に現れた時と同じ格好だ。

「よし。行くぞ、我々……魔導王の宝石箱の威を示す!」
 ローブを大げさにはためかせて歩き出すアインズの背に三人の揃った返事が響いた。 



この後一二個片付けなくてはならないので問題をクリアしたら、ようやく開店です
今年中に開店まで行ければいいんですが、どうなるかはまだ分かりません、気長にお待ちください


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