イデア9942 彼は如何にして命を語るか (M002)
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本編
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そもそもニーアの世界に転生するってコト事態おかしいよね


 別に特別な話じゃない。ネットワークを離れた機械生命体が一体。

 ただ、それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 引きずられる斧が不快な擦り音を立てている。

 水没しかけたビルの立ち並ぶ、海に面したかつて都市だったもの。

 

 その隆起した道路の隅に、足を投げ出して座るひとつの影があった。

 

「……」

 

 定期的に通る黒いアンドロイドの集団、ヨルハ部隊が機械生命体を蹴散らしてから数時間、この場は次の機械生命体群が集まるまで静かな一時を作り出す。そのことを知っていて、仲間たちだった機械生命体が殺される光景を何の感情もなく見つめながら、ソレはようやく一人になれる時間が来たと一息ついた。

 

 実際のところ息もなにもない。吐いた息に似たような合成音声がスピーカーから小さく垂れ流されただけだが。

 

 波が打ち寄せ奏でられるBGMを集音マイクに拾いながら、斧を持った中型二足の機械生命体は緑色に光るカメラアイのピントをジリジリと動かした。

 

「アァ、困ったなァ」

 

 ノイズの混じった音声は、他の機械生命体と同じパターンに当てはめられたソレだ。しかし、いくらか流暢に喋るソレは斧を持たない左手で顎のあたりを掴もうとし、自分には「顎」に該当する部位がないコトに気がついた。

 コツンと当たった左手は、所在なさげに空を掴んで左足の隣に添えられる。

 

 

 中型二足、斧を持った一般的な機械生命体。

 大型ほどパワーもないが、器用に動かす両手両足と、ものを握るには最適な手頃な大きさの指、状況次第では落ちている武装を拾うことで対応も可能。量産性も良くコストパフォーマンスが高い、量産型としても、スペック上は花丸がつけられるであろう出来。

 

 だが悲しいかな。戦闘技術においては単純な構造故に、自己改造しない限りは限界を超えた行動は出来ない。細い手足は戦闘型のアンドロイドであれば、特化されたヨルハ部隊員でなくとも個人撃破も容易いであろう。

 噂に聞く2つの武器を同時に扱うアンドロイド集団であれば、片手間で倒せる程度の存在でしか無いのだ。

 

「どうすりャいいんだッて」

 

 そんな存在に産まれてしまった自分は、何をして生きればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 廃墟都市からそう遠くもない、機械生命体の超大型兵器が作られていた廃墟工場。今日も今日とて生み出されたのは、何の変哲もなければシリアルナンバーに特別な意味を持つでもないただの機械生命体だった。

 長く過ごしたことで植物細胞にも似たコアへ自我を芽生えさせた、なんてこともない。製造され、スペックを同じ機械生命体に確認され、そして特に主だった任務もなく外へと放逐されたソレ―――イデア9942は、廃墟都市へと向かう断線したバイパス上で突如として機能を停止した。

 

 製造されてから4時間と32分1秒後の突然の停止。当然、動力すら止まってしまったソレから機械生命体のネットワークは切り離され、停止した残骸の横を同時期に製造されたイデア炉の連番機体たちが気にする様子もなく通り過ぎていく。

 

 そして約1時間と23分後に機能を再開した機械生命体、イデア9942は仲間たちを追って廃墟都市のアンドロイドを殺すべく―――動くように見せかけ、突如として進路を変えた。

 

 アンドロイドのいるキャンプを素通りし、全く関係のないビル街を、製造時に支給された斧を引きずりながらひたすらに無言で歩いて行く。途中でその様子を見つけた機械生命体も居たが、特にイデア9942を攻撃する素振りは見せずに素通りしていく。

 

 周囲の様子を気にもとめず、やがて太い水路を抜けて、水没都市に辿り着いたイデア9942は、ある光景を見た。

 

 黒いアンドロイド達が、扇情的にも見える衣服や身体パーツの一部を揺らして華麗に戦う姿である。身の丈以上の大剣や、人間では両手で持つのも精一杯であろう鉄の剣を振り回すたび、自分たちと似たようなボールヘッドの機械生命体は破壊され、爆炎とパーツを撒き散らしながらスパーク一つ起こせない躯になっていく。

 

 これまで何の感情も見せていなかったイデア9942のカメラアイは赤と翠の点滅を繰り返し、その光景を回路の奥に焼き付けた。そしてこの世で製造されて初めて、イデア9942は意味を付随した「言語」を発したのだ。

 

「ヨルハ部隊……だッて?」

 

 

 

 

 

 あれから4日が経過した。

 安全な場所でスリープモードを繰り返し、破壊された仲間の残骸から動力に残ったエネルギーを拾い食いしながら過ごす日々。やがてイデア9942の中では一つの確信と、一つの絶望が芽生えていた。

 

 ここは、自分の知る世界ではない。

 ここは、自分の知っている世界だ。

 

 矛盾しているようにも見えるこの2つの回答は、中身を開けてみれば矛盾とは程遠い成立した回答だった。前者は、彼が「生きて」いた世界とはまるで違う。その面影は残っているが、生命は何一つ残っていない。後者は、彼は唯一の世界で暮らす身の上でありながら、幾つもの世界を小窓を覗いて知っていたということ。その中の一つに、ここが当てはまったということだ。

 

「困ッたなァ」

 

 左手が顎ではなく、頭上に掲げられる。

 そのまま下に伸びた指は、キィキィとヘッドパーツを掻いて金属音を掻き鳴らす。

 人間臭い行為は、機械生命体には全く似合わない行為。この光景を見ているアンドロイドがいれば、機械の癖に何をしているんだと、呆れたように言い放ったことだろう。

 

 やがて海を見つめていたイデア9942は、斧を支えにしながら投げ出していた足の裏を地面につけて立ち上がった。

 

「ニーア、オートマタかァ。別になにをしろッて言われてるわけでもないしなァ」

 

 もう、おわかりだろう。

 イデア9942は原因不明の機能停止を起こした直後、異界の魂が取り付いたのだ。それも、この世界をほんの一部であろうと観測できる世界からの探訪者だ。イデア9942には今が「いつ」なのか、イデア炉から植え付けられたデータにある年号から分かっていた。

 そして人間を遥かに超える処理能力、演算能力、記憶領域を持つ1万年の進化を遂げた内部回路では、彼が人間だった時に持っていた記憶が、映像・文章・音声記録として薄れること無く保存されている。

 通常ありえないこれらの情報。ネットワークから切り離されて居なければ、今頃機械生命体のネットワークはわけの分からない超進化…もしくは恐慌状態にも似た混乱を引き起こしていたに違いない。

 

 なにはともあれ、この世界ではこのイデア9942がそういうものとして誕生したのは間違えようもない事実であり、消すことのできない事実だった。

 

「でも」

 

 人間として生きた人格と機械生命体としての人格が混じり合った結果、同じ記録を持とうとも、もはや元の彼とは別物だと言えるかもしれない。だが、それでも―――

 

「やッてみるかァ、なんとなくだけど」

 

 イデア9942は行動を起こすと、この星空のもと宣言してみせた。

 

 

 

 

 

 月日は流れ、彼の内蔵されたカレンダーがいくらか捲られていった。

 手に持つ斧には修繕のしようがない小さな傷や接合部の緩みが発生している。それでも、産まれた時から初めて握った父親の手のように、この斧を手放すことはしなかった。

 刃は潰れ、もはや鈍器と成り果てているそれを、しかしイデア9942は手慣れた様子で振るっている。周りにあるのは彼と同じ機械生命体の残骸。爆発炎上を起こした仲間の破片を吸い込み、体勢を崩した空中型が傾いた瞬間イデア9942が再び「機械生命体の斧」を振るった。

 もろい飛行ユニットごと爆発し、近くにあった瓦礫の中に埋もれていく飛行型。周辺の脅威を排除し終えたイデア9942は、ひと仕事が片付いたと言わんばかりに息を吐き出した。

 斧を地面に立て、それを片手で抱くように体重を預ける。農作業中に一息ついた親父のような仕草であった。

 

「今日はこれでいい。さて、工房に持ッて帰るか」

 

 場所は廃墟都市。

 レジスタンスキャンプとは少し離れた小道で、人知れず破壊活動を終えたイデア9942は、木陰に隠してあったリアカーの上に破壊した機械生命体たちのパーツを選別し、乗せていった。

 使えるパーツがあれば再利用するのである。自分の痛んできたパーツの換装から、使用している斧の修繕、ヨルハスキャナーモデルほどの魔法じみた自己ハッキング能力は持っていないが、外部からの換装を主とした直接的な自己メンテナンスに関しては、この世にいる医療型アンドロイドも顔負けの技量を誇るだろう。

 

 幾度もトライ・アンド・エラーを繰り返し、機械としての学習能力を活かし、人間とは比べ物にならない精密な動作が可能な精密機器を、自我データから直接操作する。機械工学・製造知識etcはネットワークにつながっていた頃から十全にあるのだ。イデア9942がその道を極めるに要した時間は、さほど多くはなかった。

 

 イデア9942が工房と称している拠点は、アンドロイドたちの手によって再現された、廃墟都市のありふれたビルディングのひとつだ。ただ、違うのは偽装された地下への階段があるということと、その地下室はイデア9942が自らの手で掘削し、壁を補強し、形成した秘密の部屋だということ。もう一つは、イデア9942はアンドロイド達の主だった作戦領域から少し離れた小さな1階建ての個人会社で過ごしているということだった。

 

 作戦領域外というだけあり、破壊すべきアンドロイドたちの姿もないため機械生命体すら闊歩することはない。時折鳥たちが羽ばたき、ビルの隙間を塗ってきた風が窓もない廃墟の空間を優しくなでていくだけ。

 

 イデア9942は機械生命体の残骸が乗ったリアカーの、専用の斧掛けに武器を置いたまま、ゆるやかなスロープを下り、左へ曲がることを5回ほど繰り返して、ようやく彼は自分が拠点としている場所へと辿り着いた。

 効率化された電力システムが、地上の風見鶏が回るエネルギーと、近くを流れる小川の水車のエネルギーを利用して電力を供給している。元々置いてあったソーラーパネルの補助電力も含め、イデア9942の居住空間は部屋一つでありながら、2000年台の人間と同じように快適な電化住居となっていた。

 

「ふゥ、もうそろそろか」

 

 イデア9942は、今日の回収資源を自動化させた機材に分別させながら、手作りの和紙で出来たカレンダーをめくった。彼の元「人間」としての感性から、かつての生活の「模倣」のために作り出された行為であり、慣習だった。

 一番上に記されていた年号は11945年。イデア9942の体内時計から割り出された正確な時を刻む時計に比べれば、このカレンダーが時を刻むのは不正確極まりない、イデア9942が指を動かした瞬間でしかない。

 だが、重要なのはそんな1分1秒を競う正確さではない。とても曖昧なはずの太陽が一周する周期である「一日」だけが重要なのだ。

 

 そうして刻まれていた時を、カレンダーは捲くられることで新たな顔を見せる。

 廃墟都市の一部を撮影したらしい、写真を貼り付けられた下には、3月という文字。

 

 第243次降下作戦。

 ヨルハ部隊の崩壊へ向かう物語は、そこから始まる。

 

「……人間じゃなくなッたが、まァ、自己満足だ。やるか」

 

 ―――機械生命体は、曰くなにか一つ、必ず「依存」を持つ。

 異界より飛来した魂が定着し、しかし名を改めることもなく、

 

 この世界で生きることを選んだこの生命は、「命」を至上と掲げている。

 




ゲシュタルトになるんじゃない? とか
マモノ化するとかして「神様」に殺されそう とか

そのあたり無視するのがご都合主義タグ。
レプリカントとかは仄めかしてるけど、

この世界の原作はあくまで「NieR:Automata」です。
そんな世界ですが、よろしくお願いします。

`29/09/14加筆
※以降、前書きと後書きがなんか騒がしいのでご注意ください。


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正直な話し、プロット作ってません


「見れば分かるよ」

 

 抜刀、周辺を囲うように現れた機械生命体へ駆け出した。白色の鋭い刃は堅牢な装甲に突き刺さり、戦闘専用アンドロイド故の膂力で無理矢理に刃が走らされていく。薄暗く、照明も少ない部屋で火花が7回ほど散った直後、爆発が起こり施設内には静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

「始まッたか」

 

 かつて産まれた工場廃墟の一角に、朱色の回転するノコギリのようなものが突っ込んだ。なんどか出し入れする度に、ノコの掘削部分が無くなっていく。自分なら最初の一撃でほとんどバラバラになるだろうなと感想をいだきつつ、大爆発を起こしてレールを伝って撤退する巨大回転ノコを見つめていると、小さな黒い、尖った飛行物体が大穴の空いた部屋に近づいていく様子が見えた。

 

 ヨルハ部隊の2B、そして9Sが()()()出会った瞬間だ。

 飛行して施設の空洞へ入っていった飛行ユニットin9Sを見届けたイデア9942は、廃材の間に引っ掛けてぶら下がる棒にしていた斧を取り外し、観察していた場所から移動する。

 

 移動する途中、彼らの目的地――機械生命体の超大型兵器「エンゲルス」が静かに眠る湾岸部。その場所が見える位置に来た。工場の外周を伝っていけば、内部を通るよりも圧倒的にはやくそこに辿り着けるだろうに。まぁ、彼らはここにエンゲルスがいると知らないのだから仕方はないのだが。

 どうやら、まだ2Bたちはたどり着いていないようで、この工場廃墟とは別の場所に続く海上の道路も破壊されていない。鳥たちはのんきに木のみをつついているし、平和そのものだ。

 

 しかしイデア9942の向かう場所は、残念ながらそこではなかった。

 9Sも2Bも、この場所から居なくなった以上戻ってくることもない。プレイヤーが操作しているならともかく、彼らは随行していた部隊員の全てを失った決死の作戦の途中だ。作戦目標がそこにない、とわかっている以上再び戻るような無駄な真似はしないだろう。

 

 それを何よりもわかっている人物は、「十時間後」に現れる。

 イデア9942はそれを知っていた。人間なら、そう簡単に細かい数字も覚えようが無いはずだが、機械生命体としてこの世界に産まれたことで、かつて持っていた記憶の映像は記録としていつでも閲覧、保存できるというのは以前にも話しただろう。それ故に、これから起こる「出来事」に関してはいくらか正確に対面することができる。

 

 2Bが一番最初に侵入し、回転ノコの襲撃を受けた施設の一角。

 イデア9942は破壊された壁の残骸の影に隠れながら、超巨大な機械生命体「エンゲルス」が真の姿を現し、沿岸部へと大ジャンプをする様子を見ていた。

 

 カメラアイが駆動し、ズームされた映像をイデア9942の記憶回路に保存していく。2Bはその小さな体躯でありながら、ポッドの攻撃や殴りかかってくる隙をついて確実にエンゲルスの装甲を切り裂き、彫刻の像を彫るように相手を打ち砕いていくところだった。

 その後は、9Sがエンゲルスを強襲し、共に協力しながら戦い、9Sが戦闘不能に追い込まれる。戦いが続いていき、エンゲルスがハッキングされた自分の腕で破壊される。

 

 直後、複数体のエンゲルスが出現。

 追い込まれたかのように見えた2Bと9Sは、己のブラックボックスを触れ合わせ、周囲数百メートルを埋め尽くす破壊の球体が発生した。

 その凄まじさたるや、かなり離れているはずのイデア9942が潜む瓦礫をも巻き上げる衝撃波を発生させるほど。爆風とともに揺れた施設は、崩壊していた場所の金属板が更に剥がれ落ちて落下し、数秒後にけたたましい金属音を地面から鳴り響かせた。

 

「終わッたか。無事に任務達成とは皮肉だな、2Bさん」

 

 ゲームでいう一番最初のチャプターが終了したところで、ここからはイデア9942の物語が始まる。

 

 

 少し経った頃、イデア9942の体内時計は、遠目で見ていた2Bに随行するヨルハ部隊の降下メンバーが撃墜されてからそろそろ2時間が経過しようとしていた。機械故に、呼吸すら必要とせずにアイライトを消して壁にもたれかかるイデア9942の姿は、どこからどう見ても撃破されて動かない機械生命体の残骸だろう。

 元々は2Bが蹴飛ばしたものがあったのだが、ソレに関してはキレイな状態だったので既に工房へと運搬への手はずを整え、リアカーに乗っている。

 

 まぁ、重要な情報はそれではない。

 

 時間が経過し、イデア9942の体内時計は計測から40時間が経過しようとしていた。

 

―――間違ッていたのか?

 

 イデア9942は、およそ30時間前後でここにある人物が現れることを知っていた。そのため「ある人物の死体」があったこの場所を張っていたのだが、結局のところイデア9942が待つ人物は大筋からは退場済みの存在だ。詳しく語られることも無ければ、仔細が描かれたこともない。

 

「ぐ……うぅ…」

 

 持っている情報を宛にしすぎるのも失敗か、と一つの計画を諦めて体を再起動しようとしたところで、何かを引きずる音と、うめき声が聞こえてきた。

 あの特徴的な黒い衣装も剥げ落ち、焼かれたのか、衣服と人工皮膚が一体化した部位も見受けられる。損傷し、攻撃によって外皮すら吹き飛んだアンドロイドの死体一歩手前といったところだろうか。

 

 だが、分かる。特徴的な銀髪と、戦闘用に支給され製造される鋼刀(今は杖代わりになっているが)。そして目元を覆う布切れのような戦闘用ゴーグル。間違いなく、ヨルハ部隊の一員だった。

 

 彼女は周囲に散らばる機械生命体の残骸と、今にも動き出しそうな(実際には動ける)イデア9942の停止した姿を見てホッと息をつくと、瓦礫にもたれかかるようにゆっくりと座り、武器を地面に突き立てた。

 

「……ぁ…さむ、い……うぃるす……こわい……」

 

 自分の身を抱き込み、震える声で怯えた声を出す彼女。識別番号は、11B。人格データ11番の、B型としてヨルハ部隊のメンバーを勤めていたアンドロイド。

 

 目的通りの人物が来た。イデア9942はスリープを解除し、すぐさま立ち上がった。

 

「ひ……ぃぃ…」

 

 死んでいると思った機械生命体が再起動する。ウイルスで全ての機能が侵されつつある彼女は、しかし自死よりも機械生命体の手で殺されるという目前に迫った恐怖を、視覚情報から昇華させて絶望に変えた。

 機械生命体、イデア9942は無言で動くことすらままならない彼女を見下ろす。

 

 はっ、はっ、はっ……

 

 息も絶え絶えに怯えた瞳で見つめる11Bを気にせず、イデア9942は斧を持っていない左手を彼女に掲げる。閃光が、11Bの視界を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

『再起動まで40秒。セットアップウィザード開始します』

 

 ヨルハ部隊間の通信を削除、随行支援ユニットのポッドに代わり、随行支援システムの接続先をこちらに変更。

 

『再起動まで5秒。…3…2…1…11B起動』

「ぐ…ぁ……」

 

 二度と目覚めることは無い。意識が落ちる間際、そう思っていた。

 だけどここは何処だろう。ヨルハ部隊から逃げ出したワタシは、ウイルスに侵されシステムの全てが破壊され、壊死するはずだった。捜索隊でも派遣されて、回収されたのだろうか。すると、脱出計画が知られているはず。ワタシは、結局……?

 

「……なに、ここ」

「やッと目が覚めたのか。暴れると厄介だから、体は拘束させてもらッてるが我慢してほしい」

「!?」

 

 声のほうを振り向こうとしたが、体は強化ファイバーケーブルで縛られていて動かすこともできなかった。むしろ動こうとするほどケーブルが強く締め付けてきて痛みを与えてくる。肌には赤く痕が残るだけで、力を入れても拘束から抜け出すことが出来ない。

 

「落ち着いてほしい、縛ッてはいるけど、敵じャァないんだ」

「……何者、なの」

「きッと見たら、驚くと思う。だからまだ姿は見せられない」

 

 背後でカツカツと歩く音が聞こえてきて、ソレに合わせて私を拘束している台座が回った。この声の主に常に背を向けるようにプログラムされているらしく、横から覗き込もうにも溝のようになったこの台座はワタシが前しか見れないようにしている。

 

「キミには論理ウイルスが蔓延っていたが、原理さえわかれば単純なものだからな。ウイルス抗体プログラムを注入した上で、義体ごと修繕させてもらったよ」

 

 言いようのない不安と、助かったという安堵が同時に襲ってくる。ヨルハ部隊にいたときはポッドや同僚に窘められ、抑えつけられた感情が目元に形となって出てきた。

 熱い。目が、熱い。体が熱い。抑えられない。こんな、初めての、なにが起こってるの。ワタシの体に、何が。

 

「ついでに、あからさまな感情の抑制も取ッ払ッたからね。しばらくは振り回されるだろうけど、この機会だ。存分に()を確かめて、泣いたら良い。何も聞かなかッたことにするから」

 

 ああ、ああ。

 声帯から勝手に発せられる痙攣と、嗚咽が吐き出される。

 

 ワタシはこの時初めて、声を出して泣いた。

 

 

 

 拘束台のやや上の方、設置されたカメラには咽び泣く11Bの無防備な姿が記録されていた。それを同タイミングでモニターに表示して確認するイデア9942は、アンドロイドも本当に泣ける物なのだなと感心する。

 ただの中型二足の機械生命体のカラダは、人間にくらべてありとあらゆるものが簡素になっている。泣くことも出来なければ瞬きすることも出来ず、そもそも口を持たないため口を開く事もできない。機械生命体は小型から大型に至るまで、外見に反して様々な機能を搭載したモジュールやシステムが散りばめられているが、そちらの方面に自己改造をしていないイデア9942は、かつて人間だった頃を思い出す。

 11Bを通して投写したかつてを懐かしみながら、しかし機械生命体と混じり合った人格はそれ以上は浸らずに作業を再開した。

 

 11Bの泣きわめく声を聞きながら、収集した機械生命体たちの残骸を解体し、今回の遠出で損傷した自分の予備パーツを作っていく。そうして作業を続けながらも、イデア9942は己の内からこみ上げてくる喜びを感じていた。

 喜び…そう、手放したと思っていた命を再び掴んだ11B。彼女の嗚咽に混じるありとあらゆる感情を訴えるような泣き声と、そこに秘められた命への喜び。それを至近距離で聞いていたイデア9942は、無上の喜びを噛み締めていた。

 

「さ、泣いたら次は情報交換でもしないか」

 

 誤魔化すようにイデア9942は11Bに語りかけた。

 ひっく、ひっくと未だに声に涙が残る彼女は、恩人の声に耳を傾ける。

 

「ヨルハ部隊から逃げ出したんだろう。知ッているよ」

「わ、ワタシは」

「いいんだ。その理由を聞こうというわけじャない。あそこはあまりにも偽物で溢れている。なにかしら、そのうちひとつでも真実を知れば、逃げ出したくもなる」

 

 この声の主も、元ヨルハ部隊員なんだろうか。論理ウイルスを除去したということは、スキャナーモデルだったのか。11Bの様々な疑問が頭によぎるが、彼は情報交換といった。この機会に、色々と聞いてみようと口を開く。

 

「アナタは……ヨルハ部隊にいたの?」

「いいや、更に言うならスキャナーモデルでも無いよ」

 

 11Bの質問には否定で返すイデア9942。

 それ以上は何も言わず、11Bは納得できないと言わんばかりに唸った。

 

「君が心を開いてくれたら、姿を見せるよ。それより、どうして君を助けたのかに興味はないか?」

「……ある、けど」

「よかッた。なら、まずはそこを説明するよ」

 

 イデア9942は作業の手を止め、隣に置いていたエンジニア系の本を閉じた。

 拘束台越しに11Bを見つめるように向き合う。少しばかり迷っていたようだが、意を決したようにイデア9942は胸の内を吐露する。

 

「正直、この体はあまり強くない。いざという時のために戦力が欲しかッた。だから戦闘のためだけに作られたヨルハ部隊……それもバトラータイプが必要だッたんだ」

「論理ウイルスを除去できる位なら、ワタシの自我データを消せばこんなことをしなくても、良かったんじゃ」

「いいや、話せる相手がいるのは大事だ。それに、命を続ける中で自分の思い通りにならない他者が居るのはとても、とても良いことだ」

「拘束して動けなくしておいて、思い通りにならない相手が欲しいだなんて。面白いことを言うのね」

 

 皮肉ったように言う11Bに、苦笑するイデア9942。

 尤も、響いてくる合成音声の声質の悪さが、苦笑を打ち消してただの雑音にしていたが。

 

「とにもかくにも、此方からの提案はこうだ。私を守り、戦ッてくれる存在になッてほしい。君のことは当然サポートするし、望むものなら出来うる限り実現する」

「……助けてもらった手前、よほどじゃない限り拒否する気はなかったけどそれでいいの? それじゃあ、アナタには損が多いと思うんだけど」

「いや……そちらは、命を見せてくれた。それだけでも、十分な報酬だ」

 

 命。その言葉が11Bの中に染み込んでいく。

 結局のところ、アンドロイドである11Bは、そこいらの植物や鳥にも劣るほど、命という定義が不鮮明だ。逃げ出した理由のうちにも含まれる命という言葉は、今の11Bに少しばかり実態を持った重さとして降り掛かっている。

 だがこの声の主は、命を見せてくれた、と言った。

 

 生きている。他者から認められた実感は、これまで言い聞かせていた自分への慰安の言葉よりもずっと暖かった。

 

「…わかった。アナタの契約を、飲む」

「ほんとうか!?」

「もちろん」

 

 だから、このいくつももらった恩を返せるものなら、返してあげようと言う気にもなる。声の主は、そうか、そうかァと嬉しそうに言葉を繰り返してる。そんなに、嬉しかったんだろうか。自然に口元に笑みが浮かんできた。

 

「なら、自己紹介をしよう。まだだッたからね」

「それもそっか。ワタシは11B。知っての通り、元ヨルハ部隊所属」

「11Bか。それでは、こちらも姿を見せるとしよう」

 

 イデア9942がボタンを押すと、ずっと背を向けていた拘束台が11Bとイデア9942を向かい合わせる。

 いったいどんな「アンドロイド」が自分を助けてくれたのかと、落ち着いた声から外見を予想していた11Bは、あまりにも予想を超えた情報が回路に飛び込んできたことに、今は戦闘用ゴーグルがなくなってしまったことで見えた、美しい青の両目を見開いた。

 

「イデア9942。それが、製造された時につけられた名前だ」

 

 最期になるかと思ったあの時の、ボロボロの斧を持った機械生命体が名乗ってきたのだから。

 








11Bの口調マジで悩む。
コンセプト的には少しだけ女の子っぽい2Bを元にしてるけど、私の文章力ガガガ

さて、イデア9942は何しようとしてるんだろうね。
プロット無いからね、作者にもわからないね。


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そろそろ口調が固まったかもしれない第三話。
何も決めてないからね、gdgdだね。

※感想に返信はしてませんがきちんと見させていただいてます。


 縛られたまま目を見開く。

 そんな11Bの姿はいささか滑稽に見える。

 

 イデア9942は拘束台の横にあるボタンに手を伸ばすと、ソレを迷いなく押した。

 まさか、台に備え付けられたトラップの類かと身構えた11Bだったが、想像していたどの苦痛も己のカラダを苦しめる事はなかった。むしろ、全身をぐるぐる巻きにしていた強化ファイバーケーブルが巻き尺で戻したときのように消えていき、11Bの体が自由を取り戻したのだ。

 

「何のつもり?」

「見ての通り、拘束を解いたんだ」

「………」

「いい顔だ。必死に命をつかもうとしている。無駄な魂胆だが」

 

 11Bは混乱の極みにあった。感情を抑えなくてもよくなった、というのもあるかもしれないが。11Bの思考回路では戦う選択肢を取るか、それともここから逃げ出すか、はたまたこの態度を崩して、イデア9942と名乗った機械生命体と対話を続けるか。この3つの選択肢が延々と決まらないままに回り続けている。

 逸れる思考と、揺れる瞳。どうにもこうにも、人らしさを見せる11Bの姿におかしさを感じたのか、イデア9942は作業台の椅子に座り直し、ノイズだらけになった苦笑を浮かべた。

 

「11B、使ッていたものは足がつくため、君の最期のデータとともにあの場に残したが、代理の武器ならそこにいくらでもある」

 

 イデア9942が指差した方には、機械生命体の近接武器、アンドロイドの使う戦闘用の銃が、山のように積まれて金属コンテナを埋め尽くしている。11Bが手を伸ばせば届く位置で、イデア9942は反対に、一度立ち上がって手を伸ばさなければ愛用の斧を手にとることは出来ない。

 

 もはや状況は明らかだった。11Bは静かに目を閉じると、つかつかと歩いてイデア9942の隣に腰掛けた。

 

「ごめん……その」

 

 うつむき気味に答えた11Bは消え入るような声で呟いた。

 もう、わかっていたのだ。イデア9942は自分にとって完全に無害な機械生命体なのだと。ヨルハ部隊の一員として、作戦を淡々とこなす日々を過ごしていた時では考えられない思考だろう。

 

「とりあえず、これからの話をしようじャないか」

 

 イデア9942の落ち着いた声に、現実に引き戻される11B。

 今となってはこの丸顔も、いくらか愛嬌が在るように思えてきてしまった。これまで仲間たちを破壊してきた無慈悲で無感情な顔のはずなのに。自分というアンドロイドは、思ったよりも安直な精神構造だったらしい。

 

 ああ、全身の力が抜けたような気分だ。

 

「ああ、そうだね……よろしく。イデア9942」

「こちらこそよろしく、11B」

 

 自然と差し出された右手。大きさも肌触りも何もかもが違う。

 2つの点は、一つの線に繋がった。

 

 

 

 

 

「機械生命体が、ここまで話せるなんて思ってなかったな」

「ヨルハ部隊は新設されただけあッて、ネットワークから切り離された個体や独自進化を遂げたイレギュラーに関してはまだまだ情報が足りていないらしいな。だからポピュラーな量産型しか、知らないことも多いのだろう」

 

 ボロボロになった斧を振り上げ、大型二足の関節部を叩き壊すイデア9942。体制を崩した隙を逃さず、11Bがその手に握ったヨルハの旧式刀を振りかぶる。すんなりと鋼鉄の装甲をすり抜けた切っ先がコアを破壊し、機能停止した大型二足が力を失い倒れ込む。

 一瞬の間、二人が飛び退いた直後に爆発した大型二足は、周囲で戦闘の余波を受けて怯んでいた小型種を巻き込んで完全に破壊された。飛び散ったパーツやらを率先してイデア9942が拾いに行き、11Bはその場に刀を突き立て息をつく。

 

「フム、大型は一人じャ骨が折れる相手だ。さすがはヨルハの戦闘型といッたところか」

「ポッドが居ない分、少しぎこちない感じはするけどね」

「それは仕方ないと割り切ッてくれ。話を聞いたのだから分かるだろう」

「それも……そうだけど」

 

 まだ割り切れない部分があるのも仕方がないのかもしれない。

 11Bのそんな態度に対し、イデア9942は更に言葉を投げかけた。

 

「なんにせよ、よくやった。これも中々状態がいい。戦いが上手いな、11B」

「…もうっ」

 

 その手に持ったパーツをカメラアイの前で何度も回して検分し、イデア9942が11Bを褒め称える。しかし聞き飽きたと言わんばかりに11Bは苦笑を返すばかりだ。

 

「イデア9942は、もっと強く、自分を改造しないの?」

 

 誤魔化すように言った言葉の示す先には、外見は他の機械生命体と見分けのつかないイデア9942がいる。声すらも特有のものではなく、唯一他と見分けの仕方があるとするのなら、彼が持っているボロボロの刃も潰れた機械生命体特有の斧だけである。

 

「そうしてもいいんだが、君が仲間になッたからには戦闘の必要もなくなッてきた。これからは戦闘じャなくスキャナーモデルやヒーラーモデルのような機能を主にして行きたいんだ。回復役は鈍器か杖が武器と相場がきまッているからな」

 

 自分の斧がもはや切れ味を無くしたことにも皮肉っているのだろう。そしてのらりくらりと質問の意図からは外れた回答を返すイデア9942。そして興味を引くためか、二十一世紀の人間らしい考え方を吐露したイデア9942に、11Bはわけがわからないと首をひねるばかりである。

 

「……? それも人類のデータ?」

「ビデオゲームという、娯楽遊具には通信機能を使ッて対戦・協力して設定された敵を倒し、強い武器を作るMMOッてものがあッたんだ。中でもロールプレイングゲームという種類のものは、役割(ロール)によッて君たちヨルハでいうディフェンサー・アタッカー・ヒーラーを主体としたパーティが組まれていてな」

「ふーん…人間ってのは変なものね。まるでイデア9942みたい」

 

 自分たちが出来ないことを想像し、創造する。たとえ仮想のソレであっても、ソレを娯楽として楽しむことができる。自分たちの考え方がソレ専用に構築されていなくても、多方面の知識と技術を磨くことに切磋琢磨する。

 どこまでも計算と演算が働くアンドロイドや機械生命体のように、効率と実用性を重視するような思考をプログラミングされている以上、人間たちと言うのは無駄だらけで、いささか奇妙に思えるのだろう。

 

「ッはは」

「何わらってんの」

「いや、人間らしいか。そうかァ」

 

 そして、まさか彼女らが敬うべき人類に仮にも機械生命体である己のことを投影するなど、ヨルハを抜けた脱走者らしい言葉を聞いて、思わず笑ってしまうイデア9942。あまりにも皮肉が効いているのと、自分が失いかけていた人間性を肯定されたようで、しばらくイデア9942の中には感情の波が引かなかったとか。

 

「さァ、邪魔な機械生命体も一掃した。資材を集めようか」

「いいけどね……これは、何に使うの?」

「後のお楽しみッてものさ。とにかく、鉄鉱と琥珀(アンバー)を集めてくれ。識別用のデータは今送る」

 

 このあたりが機械らしいやり取りだろう。本当に必要なものは寸分違わずデータを参照し、スキャン結果と比較するだけでほぼノータイムで確認ができる。それに比べ、人間は電話や写真越しという手間をかけて探し出し、さらに長い時間をかけて判別することでようやく分かるのだ。

 イデア9942がこの体になってから重宝している機能であると同時に、いつか誰か心の許せる相手に使いたいと思っていた機能だ。それを十全に活用している今、イデア9942は上機嫌である。

 

「了解……これだけでいいの?」

 

 確認を取ってきた11Bに気づかれないよう、イデア9942が無言で頷いた。

 

「今のところは頼まれた分の補填と、作ろうと思ッているものの材料分でいい。3つや4つ拾えば、また11Bが驚くような場所へ連れていくつもりだ」

「これ以上驚かされたら回路が保たないよ……」

「冗談を言えるなら十分だ。やろうか」

 

 膝を地面につけ、斧をホルダーで背負って草を掻き分ける。そんな無防備な姿を晒すイデア9942の後ろから11Bは三式戦術刀を握る力を強めていた。しかしソレも一瞬でしか無く、すぐさま姿勢制御システムを起動して納刀した。攻撃するなら、とっくの昔に攻撃しているからだ。

 目を伏せ、本当にヨルハとは違うんだなと言うことを実感する11B。口元に笑みを浮かべ、淡いながらも力強い意志を感じさせる、淡い青色の瞳をイデア9942へ向ける。

 

「ワタシはこっちから探すよ」

「時計回りにいこう。あァ、周囲にヨルハ部隊員が近づいたら作業も中断してすぐ工房に戻る。流石にどんな性格かも分からないやつをアソコへ連れて行くことは出来ないから」

「早く行ってみたいものね。アナタが言う場所に」

「今日、何事も無ければすぐに行けるさ」

 

 一つ目のアンバーみっけ、と木の根元を掘り返していたイデア9942が琥珀を太陽に翳す。優しい土色の宝石は、いまやアンドロイド達にとっては機械パーツの重要な部品の一つでしか無い。だが、その光の反射や歴史……なにより、「命」を閉じ込めた美しさに、イデア9942は数秒の間惚けたように固まっていた。

 

 ハッと意識を戻すが、11Bも探索に夢中になっているようで、今の光景は見られなかったらしい。見られていれば、発案者が何をサボっているんだとジト目を向けてきたことだろう。

 内心で息をついたイデア9942は、そのまま近くに何の敵性反応も、アンドロイドの反応もないことを確認しながらも資源の回収を続けていく。人類がいなくなってからというもの、残された資源やプレートの移動などで未発見の希少鉱石が山ほど湧いており、彼らが目的物をその数まで揃えるのにそこまでの時間を要することはなかった。

 

「集まったよ」

「よし、じャあここに入れてくれ」

 

 今回イデア9942が持ってきたのは、一輪2脚の手押し車だった。

 動力もなく、正直この時代にしては完全にローテクどころか化石に匹敵する代物だろう。だが、見た目が簡素な中型二足と、同じようなカラーリングで作られ、塗装もところどころ剥げた手押し車の見た目的なシンクロ率はかなり高い。

 最初こそ、こんなものを運搬具に使うイデア9942に反対していた11Bも、彼がいざ手押し車を両手で持って転がしていった瞬間、反対意見など吹き飛ぶほどの親和性と、どことなく感じる調和を感じて吹き出していた。いわば笑いのツボに入ったというわけだ。

 

「このまま商業施設のある鉄塔方面に向かうぞ」

「わかったよ、それじゃ前は任せて」

「存分に任せた」

 

 付き合いとしてはまだ3日ほどだが、彼らの間には確かな絆がある。そんな気持ちにもなれる言葉のやり取りだった。内蔵された機能で、マップにマークされた目標地点を目指してアンドロイドと機械生命体が、談笑しながら通っていく。

 そんな平和的な光景を、一体のピエロのような機械生命体がビルの影から見ているのであった。

 

 

 

「本当にあっているの?」

「あァ」

「でもここは行き止まりだし、この先には何もないはずじゃ」

 

 廃墟都市から商業施設に向かう一本橋。そこを通らず、脇の崖を行ったところで二人の足は止まっていた。目の前には横倒しにされた鉄塔のようなものと、唯一人が通れそうな隙間を埋める巨大なブロック。

 11Bも廃墟都市に任務に訪れたことは在るが、この地点は先に進めないことと、先に行っても特に作戦行動には意味のないものだとして近寄ることすらしなくなった場所だ。

 

「合言葉を言う!」

 

 唐突に、そして初めてイデア9942が声を荒げたことにびっくりして固まった11B。そんな彼女のことなど知ったことかと言わんばかりに、ブロックの向こう側から声が帰ってきた。

 

『優しく本を読み聞かせてくれる物腰柔らかな村長は誰だ!!』

「おじちャん!!!」

『よシ、とオレ!!』

 

 ブロックがひとりでに…いや、その向こう側にいた2体の小型機械生命体が頑張ってブロックを押し、通路を開いたのだ。

 

「行こう。……どうした?」

「あ、いや、別になんでも」

 

 イデア9942以外の流暢に喋る機械生命体が居ることに驚いていた11Bだったが、既に自分の持っていた常識が崩壊しかけているのか、かなり切羽詰ったような答えが出てきてしまっていた。

 

 当然、その数分後の光景に11Bが理解の範疇を越えてショートしたのは言うまでもない。

 




実は帰ってきてから必死に書いてたけどギリギリ0時超えちゃったでござるの巻。
ヒャッハー名前を隠して書くのは筆が進むぜえ!(完結できるとは言ってない


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文書04.document

正直話進まないです


「ここは……」

 

 鬱蒼と生い茂る木々を見上げて、11Bは感嘆と共に呟いた。廃墟都市にもコンクリートジャングルには似つかわしくない木々の侵食があったが、この「森」の命の息吹に満ち溢れた雰囲気には敵わないだろう。

 

 見張りをしていた機械生命体が手を振ってきた。右手を上げて軽く答えたイデア9942は、11Bを伴い、木の板が乱雑に打ち付けられたスロープを登っていく。ちなみにこのスロープ、割と低い位置に手すりがあるのは、つまりそういうことだろうか。

 あちらこちらからヒョイヒョイと物陰から覗いてくる翠のライトに、11Bはキョロキョロと落ち着かない様子を見せていた。まぁ、ムリもないだろう。知性の欠片もない破壊と暴力が形をなした機械生命体、それらが大量に潜む場所に連れてこられたも同然なのだ。

 

「パスカル」

「ああ、イデア9942さん! お久しぶりですねえ」

 

 イデア9942が名前を呼ぶと、親しげな態度で、優しい声色の機械生命体が歩いてきた。その見た目は、これまで見てきたどの機械生命体とも異なる姿をしている。かなり特殊な個体なのか、それともむき出しになった胸元のメーターを見る限り、ヨルハが知り得ないよほどの旧モデルなのか。11Bには「パスカル」と呼ばれた個体に対する考察が繰り広げられていた。

 

「ほら、依頼されてた琥珀(アンバー)と鉄鉱だ」

「ありがとうございます、イデア9942さん。おかげで子どもたちの治療ができます」

「あいつらはやんちャだからな。他の大人にも見張ッておくよう言いつけたらどうだい」

「ハハハ……まだまだどうにも、ですかねえ」

 

 申し訳なさそうに笑うパスカル。これがアンドロイドなら普通なのだろうが、生憎とこの村にいるのは11Bを除き全て機械生命体だった。

 

「な、なんっ……」

「11B、どうした……11B?」

 

 ソレを理解した瞬間、談笑する機械生命体、無邪気に遊ぶ小さな機械生命体、うっとりとした様子で化粧をする機械生命体。視覚から飛び込んできた情報と、11Bが持っている常識が真正面から衝突し、瞳が揺れるほどには11Bは思考に異常が生じていた。

 

「イレヴ……どうしたんだ」

「うぅ」

 

 そのうちに回路がショートしたのか、気を失った11Bをイデア9942が抱きとめる。

 

「あらら、ところでイデア9942さん、その方は一体…?」

「ついこの前パートナーになッた、元ヨルハ部隊の戦闘員だ。ああ、アンドロイド側とのつながりは全部切ッてあるから、警戒しなくても良い」

「そうですか……じゃあ、ついに始めるつもりなんですね」

「そうだな……その時が来てしまッたからな」

 

 イデア9942は、パスカルにだけは己の秘密の一部を話したことがあった。荒唐無稽な話でしかないが、知識にも貪欲なパスカルはなるほど、とその可能性を肯定してくれた唯一の存在である。

 出会ったのはネットワークから己を切り離した機械生命体が、かつての仲間たちに襲われていた瞬間だった。いつも通り力でねじ伏せ、怯えて頭を両手で覆う機械生命体に手を差し伸ばしたところ、どこからか聞きつけたパスカルが現れたのだ。

 ちなみに、イデア9942が助けた機械生命体は先程入り口で見張りをして、手を振っていた彼だ。村での重労働を一手に買ってくれる事で村人たちの信頼を得ている存在でもある。

 

「う、あ……いであ…?」

「9942をつけてくれ。他にもイデア炉の出身がいたら判別できなくなる」

「ワタシは、そうか、ごめん。みっともないところを見せてばかりで」

 

 頭を抑えつつも、もたれかかっていたイデア9942から離れる。すまないな、と呟く11Bに問題ない、とイデア9942が返す。どこか11Bのほうが遠慮するような光景だが、実際に見てみれば二人の間には確かな絆のようなものが在ると感じられるだろう。

 

「仲がいいんですね、お二人は」

 

 だから、パスカルも思わずそうつぶやいてしまった。

 

「良くなければパートナーの契約は結ばないが」

「アンドロイドと機械生命体が手を取り合う関係……正直なところ、羨ましいですよ。私も、レジスタンスキャンプの方とそんな関係になれればいいのですが」

「パスカルには時間があるだろう。いずれ叶うさ、いずれ」

 

 その言葉には様々な意味が含まれているが、イデア9942があくまで淡々と答えたおかげでパスカルが気付くことはなかった。代わりに、褒められたことで気恥ずかしげに指で顔面部をカリカリと掻くばかりである。

 

「ねえ、イデア9942。ここは……」

「パスカル、教えてやってくれ。ここは君の村だ」

「そうですね。ではまず、ようこそいらっしゃいました、11Bさん」

 

 流暢な動作で頭を下げるパスカル。もはや機械生命体に対しての常識は投げ捨てたほうがいいと悟ったらしい11Bも、パスカルに返礼してみせる。

 

「私達は、アンドロイドの敵ではありません。ここは戦いから逃げ出した者たちが集まる、平和主義者たちの村。そして私は、この村で長をしているパスカルと申します」

 

 物腰柔らかな言葉とともに差し出された右手。

 下手なアンドロイドよりもずっと理知的な雰囲気に飲まれた11Bも、ぎこちないながらにその手を握り返した。

 

「い、11Bよ。元ヨルハ部隊…今は脱走兵だけど、よろしく」

「立場としては戦いを放棄した私達も同じですよ。よろしくお願いしますね、11Bさん」

 

 やはりアンドロイドのそれと違って、パスカルの手は大きく、そして硬かった。だが温度だけでは感じられない温かさもあり、手を離した11Bは不思議そうに己の手を見ている。

 

「前に一度話したが、機械生命体は独自の人格が芽生えた時、ネットワークから切り離されることを選ぶ者が多い。戦いのために作られてはいるが、同時に、持っている感情が戦いに対して忌避感を抱くことも多い。この村はそういう奴らが集まって、自然と出来たところだ」

「そっか、だから皆……」

 

 ヨルハ部隊のことは機械生命体にも伝わっているはず。だから、ゴーグルを外しているとは言え、ヨルハ特有の特徴的な銀髪と、かつての衣装の名残を感じさせる黒色の衣の残骸を着た11Bに対して怯えを見せていた者が多いのだろう。

 

「ああ、そうでした。イデア9942さん、これを」

「燃料濾過フィルターか。いつ見てもいい出来だ」

 

 思い出すように取り出したソレは、アンドロイドに限らず多くの機械に対して必要で、時間とともに必ず交換しなければならない重要な部品だった。ピカピカの新品フィルターはあとで使うのだろう。腰に下げた小袋にフィルターを仕舞い込む。

 

「昔取った杵柄、というものですよ」

「その昔に何があッたのか、いつか聞かせてもらいたいものだな」

「ふふふ、ソレはまた今度、ということで」

 

 ミステリアスな女性であれば絵になる言葉と声も、パスカルの姿では多少の不気味さが漂うばかりである。

 

「それから11B、しばらくパスカルと一緒に居て欲しい」

「え?」

「イデア9942さんからのプレゼントがあるんです。さぁ、11Bさん、こっちに」

「しばらく、辺りの危険な機械生命体を排除してくる。村のやつらには無理させられないからな」

 

 手押し車にフィルターの入った小袋と小道具を置いたイデア9942は、代わりにいつもの斧を手に取った。そして村に入ってきた方とは別の、森が深いほうに向かって歩き、やがて11Bたちから見えない場所に行ってしまった。

 

「さて、11Bさん、ちょっと私の家まで来てください」

「わかったよ……」

「罠なんかありませんよ。イデア9942さんを信じてください」

 

 パスカルの穏やかな声にしたがって、家があるという村の第二層に登った11Bは、家の前で待機するように言いつけられていた。

 そこから見える景色は、ヨルハにいたころには絶対に見られなかったであろうものだ。ここから感じられる息吹は、ヨルハにいたころでは必ず窘められていたであろう感情を呼び起こしていた。

 

「落ち着くね……」

 

 降り注ぐ木漏れ日と小鳥のさえずり、風にざわめく木々の擦れる音、機械生命体のこどもの、少し甲高いが元気を感じさせる声。全てが聞こえてくればただの雑多なソレでしかなさそうなものだが、不思議と11Bにとっては不快に感じることもなかった。

 むしろ、ここから何故か「平和である」という結論と、安心感が湧き出てくる。ここのところ、戦いと関係のある時間のほうが減ったせいか、なんだか随分とゆったりとした考え方になった気がする。

 

「他の脱走したヨルハ部隊も、同じなのかな……」

 

 ―――16D、元気にしてるのかな。

 

「11Bさん! お待たせしました」

「パスカル」

 

 ふと頭によぎった後輩であり、恋人の事を思い出す。訓練を課す、ともなると人が変わったようだとも言われていたんだっけ。あれが恋…と言われる感情だったのかは今でも分からない。でも、辛くあたるときがあったとしても……もう一度会えたとしたら。

 

「……どうしました? なんだか、随分と思い詰めたような表情ですよ」

「ワタシは……いや、なんでもない。大丈夫だよ」

「それならいいんですが…ああ、それよりも11Bさん、これをどうぞ」

 

 こちらを心配するパスカルには悪いが、個人的な事情を話したところでどうにもならないだろう。考えを打ち消すように頭を振って、パスカルが差し出したソレを見る。

 

「これって……」

「イデア9942さんからのプレゼントです。ヨルハの人たちとは少しデザインが違いますが、恩人の頼みとあれば張り切って作らせていただきました。さぁ、どうぞ着てみてください」

 

 服だ。それも、ヨルハ部隊として着ていたそれに近しいもの。

 排熱用の膨らんだスカートと、下半身側をあまり覆わない下着、多少の斬撃ではびくともしない強化繊維がふんだんに盛り込まれたそれは、元々着ていたものよりもずっと手が込んだものだ。

 

 ヨルハ部隊は、一度死のうとも義体が残り、ブラックボックス信号が途切れない限り、最後のデータを元にしていくらでも復活できる。この戦闘継続能力と、一度死んだことで疲労もダメージもリセットされる仕様はかつてのアンドロイドを震撼させた。

 

「……ありがとう、イデア9942」

 

 とはいえ、服飾や装備は消耗品だ。洗練されてはいるが、量産の域を超えない。対して今のワタシは一度死ねばまた復活することが出来ない身の上。だから、普段彼が口にする「命」を守るためのこの服に、素直に嬉しいという思いと、感謝を告げることが出来た。

 尤も、当人はこの場には居ないからこそ口にできたのだけど。

 

「ああ、やっぱりアンドロイドの方たちは服ひとつで随分と雰囲気が変わりますねえ。今の11Bさんは、まるでこの森のように生き生きしているように見えますよ」

「そ、そう…かな?」

 

 鏡を持ちながら11Bにその姿を見せるパスカルは、まくし立てるように言った。

 

「ええ。数々のアンドロイドと機械生命体を見てきたパスカルおじちゃんが言うんだから間違いありません! さぁさぁ、イデア9942さんが戻ってきたら、あの人がデザインしてくれた晴れ姿を記憶回路に焼き付けてあげましょう」

「……ふふ」

 

 自分のことなのに、どこか実感が沸かないけれども。

 でも命まで助けられて、こんな素敵な贈り物までされて、…もう、この恩をしっかりと行動で返さなければ自分の気持ちは収まりそうにもない。

 

 いまもどこかで斧を振るう彼が、何をなそうとしているのか。

 その隣にいるに相応しいパートナーとして、これからも頑張ろう。11Bは拳を握りしめ、静かにその先を見つめるのだった。

 




見た目に言及しなければここで初めて出した事実を読者は受け入れる
フゥーハハハー! 恐れおののけ、我が茶碗に!!!


……プロット無いとどこまで逸れるんだろ、本編。
毎日更新なんてできるわけがないしなあ…


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文書05.document

正直あれだ 勢いに任せてるだけ
明日からまたおしごとめう

※都合上、9/8〜9の二日間はPC触れないので更新できません。ご了承ください


「オネエチャン、キレイ!」

 

 きれい、きれい、子供の機械生命体の言葉を皮切りに、周りの皆が11Bを褒め始めた。敵ではない、とわかった相手にはすぐに心を開く。疑心暗鬼な人間であれば絶対にしないであろう、澄んだ心の持ち主である機械生命体たちからの称賛は、11Bの心をも温めていく。

 

「あ、ありがとう……」

 

 それと共に11Bが頬を赤らめて照れているのも、当然の結果だった。

 

「ところで11Bさん、これを……」

「これって……」

「ふふ、後で渡してあげてください」

 

 パスカルの村人たちと11Bが交流を続けるうちに、足音がガシャンガシャンと響いてくる。袋を肩に引っ掛けて、反対の手でボロボロの斧を杖代わりにして坂を登ってくる。

 イデア9942だ。装甲にも傷らしい傷はみられず、どこか満足げな雰囲気から伺うに、それなりに満足の行くパーツなどが手に入ったのだろう。

 

「イデア9942さん、どうでしたか。森の王国のほうは」

「相変わらずだ。鎧を着てないこッちをみた瞬間、襲い掛かッてきた。訓練も足りてない連中なのが幸いだッたけどな」

 

 こともなげに言ってのけたイデア9942は、担いでいた袋を手押し車に乗せた。

 

「そうですか……あ、それから11Bさんを見てあげてください」

「ちょ、パスカル!」

「ん? おォ」

 

 イデア9942のカメラに写り込んだのは、イデア9942がデザインしたヨルハ風の戦闘装束だ。ドレスよりも軽装な服は、しがらみから開放された11Bによく似合っている。しっかりと編まれた繊維は性質上、着色できずに黒色が限界だったからとは言え、11Bが着るに相応しい出来と言えるだろう。

 

「考えてみて正解だな。よく似合ッているぞ、11B」

「あ……っふふ。ありがと。イデア9942」

 

 なにより、この服を考案したのはイデア9942だ。シミュレーター通りの満足の行く仕上がりに、イデア9942は力強く頷いた(ようにボールヘッドを縦に動かした)。

 

「今日はここまでにしておこう。帰ろうか、11B」

「わかった。それじゃあまたね、パスカル。みんな」

「はい、またいつでも来てくださいね。村人一同、お待ちしておりますので」

 

 パスカルたちに見送られながら、11Bとイデア9942は村を後にした。

 

「その肩に下げているのは何だ?」

「パスカルたちからのお土産だよ」

「友好を深められたようだな…何よりだ」

 

 談笑を酌み交わしながら、彼らはパスカルの村を出る。

 帰り道はもと来た廃墟都市につながる隠し通路だ。イデア9942は手押し車の持ち手を掴み、斧を背負い込んだ。11Bは、心から気に入ったプレゼントである新たな服に三式戦術刀に革のホルダーを使って腰に差し直し、イデア9942の隣を歩く。抜き身の刀身が擦れる程度では、彼女のスカートは傷つきもしない。

 

「どうだッた、パスカルたちは」

 

 道すがら、イデア9942が11Bに尋ねたのは純粋な興味からだった。

 彼女を治療する時、あえて思考を誘導するようなプログラムは大方除去し、彼女が感じたまま、彼女が思ったままに行動できるように弄った事もある。流石に根幹に刻まれた「人間に対する無償の愛情」までは手を出すことができなかったが。

 

「とても、いい機械生命体たちだと思う……良いも悪いもないかもしれないけどね」

 

 11Bは「破壊しなければ」とは思わなかったようだ。

 それどころか、好感を抱いている。その結果に満足気にカメラアイを点滅させたイデア9942は、だからこそだ、と続けた。

 

「よほど愚かな選択を取らない限り、彼らは襲ッてこないだろう。だが選択をすれば、いかなる手段を用いても障害となッた此方を排除してくるはずだ。……見せて置きたかッたんだ。あのような、考え方を持つ機械生命体もいるのだと」

「うん。今日の事でよくわかったつもりだよ。アンタを見てたら、よっぽどじゃない限りは普通だと思うけどね」

「そうか……」

 

 思いもよらない言葉に、ばつが悪そうに答えたイデア9942。自覚はしているつもりだったが、他人の口から直接言われるとやはり多少は堪えるらしい。イデア9942は、所在なさげに視線を彷徨わせた後、誤魔化すように歩行速度を上げた。

 カラカラカラ。手押し車の車輪が早く回り、錆の擦れる音が大きくなる。

 

 

 およそ十分後、特にアンドロイドたちに見つかることもなく、イデア9942たちは元の拠点に戻ってきていた。かつて11Bを縛っていた拘束台は、いまや彼女の専用寝台に改造されている。イデア9942は作業台の方に向き、パスカルから受け取った燃料濾過フィルターを組み分けてケースに収納し、いくつかの工具を手にとって火花を散らし始めた。

 

 夜も更けてきた頃。

 静かな部屋に、時折鳴り響く甲高い金属音と火花の明かり。

 スリープモードに陥っていた11Bは、ぱっちりと目を覚ますと足音を立てないよう、そっとイデア9942の背後ににじり寄っていった。その手に握っているのは、パスカルから個人的に受け取り、肩から下げていた紙袋の中身だ。

 

 作業に夢中でイデア9942は気づいていない。

 心を許した相手ということもあって、完全に無防備な姿となったイデア9942に対し、内心ほくそ笑む。だらりと手と手の間で垂れるそれを、イデア9942が作業の合間に体を作業台から離した瞬間、11Bはイデア9942の首に巻きつけた。

 

「ゥわッ!?」

「っははは、驚いた?」

「どうしたんだ、11Bこれは……」

 

 11Bのために用意したドレッサーの鏡。自分の身に何が起こっているのかを確認しようとしたイデア9942は、鏡に写った自分の姿を見た瞬間、一時的に駆動系が全て止まってしまったような感覚に襲われた。

 

 首に、白色の何かが巻き付いている。

 ゴツゴツとした手が触れるが、人間のときとは違い、感触は伝わってこなかった。だが、これは人間であった頃、冬場に何度も見たことが在る。

 

「マフラー?」

「パスカルからのお返しのプレゼントだよ。そしてワタシからはそこの刺繍」

 

 マフラーのたなびく先端側には、茶色の糸で編み込まれた機械生命体の頭部のような刺繍が施されていた。完全な丸とは言えないし、目と思わしき2つの穴も大きさが異なっているし、形が崩れている。だが、たしかにそうだと分かる位には頑張って作ったんだろうというのが伝わってくる。

 

「……ありがとう、11B」

「ワタシだけじゃないよ。お礼を言うのは」

「ああ、そうだッた。パスカルも、ありがとう」

 

 いつぶりだろうか。流れないはずの涙がこみ上げてくるような不思議な感覚だ。動力であるコアのあたりがギチリと痛み、なのに痛みとは違う温かい何かが全身に伝わってくる。横に振った首がキィキィと擦れる音を立てて、イデア9942に落ち着きが無いことを如実に現していた。

 おかしい姿に、11Bが腹を抱えて笑い始めた。イデア9942は、仕方ないように息をつく。この音声を出すのは、これで何度目だろう。11Bが来てからというもの、今まで忘れていた感情が色々と思い出されてきたような気がする。

 

 もう寝なさい、と優しい声色で言うイデア9942に同意を示し、今度こそ11Bは明日の朝までのスリープモードに入った。その1時間後、作業台の片付けを終えたイデア9942もまた、カメラアイの光を落とし、スリープモードに切り替える。

 いつも通り、非常用ウィザードと起床用ウィザードが設定されているかを確認し、イデア9942もまた意識のない世界へ旅立つのであった。

 

 

 

 

 

 工房の、和紙のカレンダーが11Bの繊細な手でめくられる。

 そろそろ4月も近いんだな、と。11Bは斧の手入れをするイデア9942の方に視線を移した。

 

「イデア9942、今日は遠出の予定だったよね」

「ああ、ちョッとまッてくれ。ここの金具を取り替えたらすぐに行く」

 

 11Bが例の服に袖を通しながら尋ねれば、イデア9942は釘を取り出し、新しくした斧のジョイントパーツの金具を固定するため打ち付け始めた。イデア9942が使っているいつもの斧は、刃も取り替えればいいほどボロボロである。だというのに、取り替えるのは小さいパーツばかりで、ボロボロの本体は一向に取り替えようとしない。

 尤も、彼が謎のこだわりを見せるのはいつものことだ。三式戦術刀をホルダーに差し込んだ11Bは、斧を背負って幾つかの小袋を腰に巻きつけたイデア9942と共に、工房の出入り口に向かっていった。

 

「今日はどこに行くつもりなの?」

「遊園地廃墟だ」

「遊園地……人間が娯楽施設として作った場所だっけ。どうしてそこに?」

「最近、ここ廃墟都市を中心にヨルハ部隊の2人が活動しているとパスカルから聞いた。どんな奴らか確かめるため、様子を見に行くつもりだ」

「……ヨルハ、か」

 

 複雑そうに11Bが呟いた。

 

「隠れ続けていても、いつかは対面するはずだ。今日はその予行演習みたいなものだと思ッて行けばいい。別に直接合うわけじャないんだからな」

「そうだね。わかった、行こう」

 

 意を決した11Bに頷いたイデア9942は、ツバの一部が欠けた帽子を被った。

 せっかくのマフラーだ。それが似合うようにと、11Bからの(もとい、そういった事に興味が無かったヨルハ時代の16Dからの入れ知恵をそのまま使った)コーディネートに従って拾った帽子である。

 どこかのハードボイルド探偵が変身した姿を想像するとわかりやすいだろうか。

 

 パスカルの村へ行くよりは近い道を通り、マンホールの蓋が開いた行き止まりの道に着いた11Bとイデア9942。ところが、入り口のマンホールとイデア9942の体を見比べてみれば、明らかに入れるようには見えない。一体どうするつもりなのかと彼を見つめていた11Bは、唐突にイデア9942に横抱きに持ち上げられた。

 

「へ?」

「飛び越えるぞ。しッかり掴まれ」

 

 その言葉の意味を理解する前に、イデア9942の脚部がつながる下からバーニアが噴出した。バシューッ、とけたたましい音を立てながらも、安定して上がっていく景色はとても新鮮で、しかし十数秒もしないうちにバーニアは切れてしまう。

 既に廃墟側に体を入り込ませていたイデア9942は、そのままビルの壁をブレーキ代わりに左手を突き立て、指の跡を残しながら遊園地の入り口が見える場所にまで辿り着いた。

 

「どうだ、空の旅は。パスカルから構造を教えてもらッて再現してみた」

「自分で制御されてるかわからないってのは、結構怖かったかな……」

「なによりだ。まァ、次からは使わないようにする」

 

 何がなによりだ、とおっかなびっくりイデア9942から体を離した11Bは、先程までの横抱きに持たれていた事を思い出して顔を赤くしてしまう。ただ、こんなとこ見られて堪まるかと片手で口元を覆い隠していたが。

 

「反応がまるッきり乙女じャないか。生娘ばかりか、ヨルハ部隊は」

「生娘…?」

「あー、いや、気にするな。人間じャなければ適用はされない」

「なんか引っかかるなぁ」

 

 文句を言う二人を、突如として強い閃光が襲う。

 何事かと光の方を見てみれば、幾つもの光の玉が打ち上げられ、空で弾けて散っていく様子が見て取れた。花火だ。遊園地廃墟から、途切れることを知らずに打ち上げ続けられている。この明かりの名残は、一応パスカルの村を少し言ったところの高台からも見えているらしいが。

 

「さァ、ヨルハの奴らを探すとするか」

「…うん」

 

 遊園地に犇めく機械生命体を確認して、11Bはホルダーから三式戦術刀を抜いた。イデア9942も、石突をガツンと慣らして手に斧を持つ。ここに住む機械生命体は敵か、味方か、それとも無害なのか。

 

 10分前、2人のヨルハ部隊が入っていったという情報があった。

 その痕跡を追い、二人の足も動き出したのだった。

 




帽子の色はお好きなものを想像してください。おすすめは茶色か白色。
帽子、マフラー、そしてボロボロの斧。

おかしいな、当初はこんなオシャレさんにする予定無かったのに。
あとバーニアの出番は今回だけです。


というかいつの間に恋愛げーみたいな雰囲気になったんだこれ


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文書06.document

10日に投稿しないとは言ってない
本音を言うと9日9時42分に投下したかっただけの人生だった…


 結局のところ、イデア9942たちの警戒は杞憂に終わった。機械生命体の蔓延る遊園地は、数こそ多いが襲い掛かってくる個体は驚くほど居ないのである。むしろ、こちらから手を出さない限り、延々とパレードを続けたり、キャストとして振る舞っていたり。

 

「なんだ、ここの奴ら……何が目的でこんなことを」

 

 ―――アイを、撒き散らそう!

 そんなことを言いながら、紙吹雪と金属の燃焼反応によって色とりどりの火花を散らして行進を続ける個体を目で追いながら、11Bは呆然と呟いた。武器を手にする力はゆるく、今なら少し押すだけで三式戦術刀が地面に音を立てて落ちるであろう程だ。

 

「残骸はここの広場だけか……流石に大型の機械生命体はヨルハにとッて無視はできないと言ッたところだろうが」

 

 片膝をついて地面を調べるイデア9942も、手にかけた斧が再び背中に仕舞われる程度にはこの場所の警戒を失くしているらしい。

 

「っ、あれは!」

 

 その時だった。ガラガラと音を立てて動き回る「ジェットコースター」という遊具。その上に直立で立ちながら襲いかかる機械生命体を撃破するヨルハ部隊の二人―――2B、9Sの姿を11Bは視界に納めた。

 

「2B……ワタシが撃墜された後、あの作戦で生き残っていたのね」

「そう言えば、言ッていなかッたか。11Bを拾う前だが」

 

 比較的早期に、敵の超長距離砲撃によって撃墜されていた11Bは、2Bがあの後どのようにして作戦を成功させたのかまでは知らないようだった。なので、イデア9942は丁度いい機会だからと、その後9Sと共にブラックボックスの接触反応による超大型兵器の破壊を成し遂げていた旨を11Bに伝えた。

 

「そう……」

 

 その報告を聞いた時、11Bはブラックボックスの接触による自爆を使わなければならないほどの相手ということに瞠目し、次いで、脱走のためとは言えそのような死地に同僚を追いやったという事実に、今更ながらに後悔を抱いているようだった。

 いまや抑制するべき感情も、イデア9942の元ではよく笑い、よく泣けと言われる暮らしをしてきたせいか、こうした事態になると11Bは固まる癖がある。だがソレすらも、イデア9942は愛おしんだ。

 イデア9942にとって、命に関して思い悩む姿は、とても美しく見えるのだ。だからこそ、よく悩み、よく立ち止まるようになった11Bは以前にもましてイデア9942の心を穿つ。

 

 だが、今回ばかりは立ち止まってばかりもいられない事情がある。

 イデア9942は、帽子を深めにかぶり直し、11Bの肩に手をおいた。そのまま彼女の背中を優しく押すと、遊園地の中央地帯へと歩み出す。目の端に滲んだ涙にも似たソレを指で払った11Bは、何も言わずにイデア9942の後を追った。

 その胸に一つの決意を抱くのに、もはや何の理由もいらなかった。

 

 

 

 

「報告:この部屋の下にアンドロイドの反応多数」

 

 目的のアンドロイドたちの反応がある建物に近づいた2Bと9Sは、建物の上部に空いた巨大な穴へとコースターから飛び移った。身軽な女性と少年に見えたとしても、実際はアンドロイド。100kgを軽く超えた体重から生じた衝撃は、着地の際に老朽化した廃屋の一部を破損するに十分だった。

 軽く揺れる建物。だが、何事も無かったかのように再び歩きだす姿を見る限り、流石は戦闘特化のヨルハ部隊と言ったところだろう。スキャナーモデルの9Sも、他タイプに随行するだけの運動機能を搭載されている。

 

「行きますよ2B」

 

 そんな二人は真っ先にポッドの言葉に反応し、直下にある反応の地点へ再び飛び降りようと身構えた。その瞬間、

 

「報告:周囲に稼働したブラックボックス信号を検知」

「……ブラックボックス信号、ヨルハ部隊の増援が近くに来ているということ?」

「否定:バンカーより増援に関する情報はなく、また、遊園地廃墟の作戦行動を命じられているのは2B・9Sのみ」

「でも、アンドロイドたちの救出が最優先。まずは下に行くよ9S」

「分かりました。あ、そうだ。ポッド、そのブラックボックス信号をマークできる?」

「了解。当該ブラックボックス信号をマップにマーク……失敗。ブラックボックス信号が検知可能範囲から離脱した」

「離脱……?」

 

 潜入前に、なんとも言えない違和感を残されたものだ。このことは後でバンカーに報告するとして、どちらにせよ、今やるべきことは一つ。2Bの方を向いた9Sに反応するように、彼女は頷き下の階へと跳んだ。9Sも後に続く。

 

 やがて、天井のガラスを突き破り、二人が見た光景は―――

 

 

 

 

 

「しまッたな」

 

 ヨルハ部隊の二名を確認するという目的を果たした以上、長居するのは得策ではない。11Bにそう言い聞かせたはずが、イデア9942は思ったよりもポッドたちの感知範囲が広いことに驚いていた。

 戦闘よりも、ここのところはヨルハS型(スキャナーモデル)ヨルハH型(ヒーラーモデル)も真っ青なシステム面における自己改造を繰り返していたイデア9942は、ポッドに11Bのブラックボックス信号が検知されたという事を検知したのだ。

 

「どうしたの、イデア9942」

 

 虚空を見つめて立ち止まったイデア9942に尋ねる11B。

 ゆっくりと振り返った彼は言う。

 

「早々に工房に戻るぞ。君のことがバレたかも知れない」

「なっ……それじゃあ、行こう!」

 

 裏切ったヨルハ部隊が生きていると知られた。それは即ち、情報漏洩を防ぐための刺客が差し向けられることを意味する。今のところは二人の中で疑問に過ぎないポッドの反応も、バンカーで報告されればすぐさま照会が行われ、ブラックボックス信号は11Bのものだと判明するだろう。

 

 だが、イデア9942にはこの事態も織り込み済みであった。

 

 遅かれ早かれ、11Bの生存は知られていただろう。だが、その時期が早くなった程度では、イデア9942が考える今後の予定には何ら差し支えはなかった。なにより、だ。刺客を送られれば11Bは自分とともに応戦する事態になるだろう。

 それはつまり、11Bが必死に抗い、己の命を守らんとする戦いになるわけだ。嗚呼、それはなんと輝かしいのだろうか。汚らしく地を這い、蹴り飛ばした土の汚れが人工皮膚にこびりつき、なおも諦めずに立ち向かう。任務のためではない。己という自我を守るため、己という命を掴み取らんとするため。

 

 11Bは美しい。だが、命に向かって向き合った瞬間、彼女の美しさは一瞬、さらに尊い輝きを漲らせる。その時を見られるというのなら、ヨルハからの刺客程度、我が身を張ってでも迎え撃とう。

 

「……機械生命体の依存対象、か」

 

 己の思考が無意識に、11Bと今後の予定から、己の薄汚い欲望を散りばめた妄想になっていたことに気がついたイデア9942は、並走する彼女に聞こえないよう小さな声で呟いた。風の音でかき消されたつぶやきは、彼女の集音機器に届くことはない。

 

 

 

 

「危なかったね。もし、直接会うなんてことになってたら、どうなってたか……考えたくもないけど、これがワタシの立場かぁ」

「自分で選んだ道だろう。まァ、後悔しないようフォローするさ。君のポッドに代わり、随行支援ユニットの権限を持つ位置になッている以上はな」

「ふふ……本当に、ありがとうね。イデア9942」

 

 遊園地廃墟を抜け、廃墟都市に戻ってきたイデア9942と11B。

 11Bは、先程言われたとおりそのまま工房に戻り、武器や資材を加工する日常に戻るかと思っていた。だが、工房に足を向けて歩くも、すっかり彼女にとって聞き慣れたイデア9942の重たい足音は聞こえなかった。

 

 一体どうしたんだろう。

 そう思って振り返ってみれば、イデア9942はまだ歩いていなかったのである。

 

「工房に帰るんじゃないの?」

「いや、先に戻ッていてくれ。やることが残ッていたのを思い出したんだ」

 

 唐突に商業施設がある断崖の吊橋側へと体を向けたイデア9942。視線の先を見てみれば、どちらかと言えば吊橋というよりもパスカルの村を気にしているようにも見える。

 

「それならワタシも一緒に」

「11B、頼む」

「……うん、わかった。それじゃあ工房で待ってる」

 

 11Bは仕方なさそうな笑みを浮かべた。イデア9942が自分に頼むだなんて、そう言われてしまえば自分は従うしか無い。きっと、11Bがついていけばイデア9942のしようとしている事の邪魔になってしまうんだろう。ここまでの付き合いだ、分かってしまった。

 

 軽く手を振ってビル街に消えていった11Bに、片手を軽く上げて返したイデア9942は、パスカルの村へと走り出した。

 

「パスカル、今大丈夫か」

『どうかしましたかイデア9942さん? 秘匿回線だなんて、珍しいですねえ』

 

 道すがらに繋いだのはパスカルと自分以外には暗号化された回線だった。

 

「もしかして、遊園地で狂ッてしまった機械生命体を倒したヨルハ部隊を招いていたりしないか?」

『あれ、なんでわかったんで……あ、例の話ということですね。大丈夫ですよ、11Bさんとアナタのことは言いませんから』

 

 自分の行動が予測されている。それはつまり、イデア9942がパスカルに話した「真実」の一端から、予め知っていたことの一つだったのだとパスカルは納得してみせた。だからこそ、11Bについては言わず、イデア9942についても、心苦しいが、しばらくは秘匿するつもりだったのだが。

 

「それはわかッているんだが、今そちらに向かッていてな」

『え? イデア9942さん、まさか直接会うおつもりなんですか』

 

 イデア9942が放った一言は、パスカルに更なる疑問を抱かせるに十分な意味を含んでいた。パスカルはてっきり、イデア9942はこの世界における「大筋」に関わる者たちの大半から知られずに過ごし、語られた目的を果たすつもりだと勘違いしていたからである。

 だがイデア9942は俗物であり、なによりも愚かである。それでいて、全てを知っていた。その体一つで、何を変えようとも、今を生きるこの世界にとって何の意味もないことを知っていた。

 

 それでもだ。

 

「9Sに、直接話したいことがある」

 

 ポッドたちにも、という言葉は飲み込んだ。

 パスカルに接触の際に紹介しておいて欲しい文面を伝え、通信を切った。

 

 イデア9942は、パスカルの村の入り口に到達すると、彼が考案した合言葉を言って再び入り口を通過した。そこでパスカルからの最後の会話で、既に白旗を掲げる飛行型ユニットについてきて、2Bと9Sは遊園地廃墟から通じる秘密の通路を走ってきていると知った。

 タッチの差で、パスカルの村にたどり着くだろう。だが、イデア9942は「自分がパスカルの村にいる」という事実を認識させるのが重要だと考えた。故に、急いだのだ。

 

 スロープを登ると、初めてここに来た11Bのように集落を見渡し、目元の人工筋肉を目いっぱいに開いているであろう様子のヨルハ2名を発見する。真っ先に二人が注目していたのは、全く見たことがない特異な形をした機械生命体――パスカル。

 

「まず最初に、聞いていただきたい事があります。私達は、あなたの敵ではありません」

 

 旗を降ろし、パスカルは心から安心させるような優しい声色で言った。

 9Sの痛烈な言葉にもさほど狼狽せず、苦笑したように受け答えをするパスカルたちのやり取りを見つつ、イデア9942は彼らに近づいていく。

 

「ああ、それとお二人と話したいという方がいるのですが」

「話したい……それも機械生命体?」

「ええ。以前からお二人が活躍していたと聞いて、是非会いたいと」

「私達の事を聞いていた…?」

「ヨルハ部隊に会いたがる機械生命体なんて怪しいに決まってます、気をつけてください2B」

 

 以前から二人のことを知っている。未だに機械生命体への疑惑を解かない二人にとって、パスカルから伝えられた警戒心を再び浮上させるには十分な内容だった。だが、気づいているだろうが。二人は既に、パスカルに対してはさほど敵意がなく、警戒する対象はその二人を知っている機械生命体、という存在にのみ向けられていることを。

 

「君たちが、最近このあたりで戦ッているヨルハ部隊だな」

 

 パスカルの背後から、砂漠地帯に行って以来、聞き慣れた機械生命体の合成音声が聞こえてくる。その存在、イデア9942は、マフラーと帽子を風になびかせ、斧を背中に揺らして歩み寄ってきた。

 

「イデア9942という。会えて光栄だ」

 

 イデア9942は、開いた右手を差し出し、ゆったりと心からの言葉を伝えた。

 但し、その手が握り返されることはなかったが。

 

 

 

 

 

「イデア9942、遅いなあ。まぁやることがあるって言ってたし、遅いよね」

 

 ははは、と乾いた笑い声が静かな空間に木霊していく。

 無事に工房に辿り着いた11Bは、特にやることもなくゴロゴロとベッドで寝ていたのだが、そのうちに飽きてしまう。何か無いかと視線を動かしていると、ふとイデア9942が普段座りっぱなしな作業台の椅子が気になった。

 

「あ、結構ふかふか……」

 

 寝台から数歩歩いて、そこに座ってみる。

 イデア9942の簡素で座りづらそうな体を固定するためだろうか。見た目よりもずっと柔らかな感触とともに、11Bの体がクッションに埋もれた。

 何の気なしに、作業台に向き合って工具を手にとってみる。目の前に転がっているのは作りかけの……回路、だろうか。生憎とBタイプである自分には、この回路がどんな用途なのかほとんど想像できなかった。皮膚の下からでも見える運動回路ならある程度は分かるのだが、構造が違う。

 

「んー…」

 

 何とも言えない「気怠さ」が11Bに到来する。初めてのはずなのに、どこか心地がいいそれに身を任せると、無意識で11Bはスリープモードを選択していた。チィィィ、と体の何処かで駆動する何かの機械の駆動音が小さくなっていく。

 

 どこまでも平和な時間。11Bは、椅子の上でイデア9942からもらっている安心感を感じながら、いつものような眠りについたのだ。

 




温度差!!!!

温度差すごい!!!!!!!ね!!!!!

そろそろ迷走してきた感しゅごい。
というか感想欄でポッド化する人多すぎて論理ウィルス生える。


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文書07.document

まえがきあとがきで敬語を忘れてかけてました

一応時間的には毎日投稿のペースのはず!!!!!



※早速誤字報告いっぱい来ましたが、記(ロク)は記録と記憶掛けてます
 わかりにくくてすいません


 無言の時間が続くこと10秒。

 キィ、と金属の擦れる音とともに、機械生命体は肩を竦める用な動きをしてみせた。

 

「握手は無しか。まぁいい」

 

 残念そうに言いながら、右手を引っ込めるイデア9942。アンドロイド側の反応もわからないわけではないのだ。アンドロイドと機械生命体は、1万年もの長い付き合いがあるが、それは敵同士という立ち位置だ。

 戦闘専用として作られたヨルハ部隊は、機械生命体にもつ敵意も排除思想も殊更に強いはず。だというのに、初対面で武装すら構えさせなかったパスカルのほうが異常だったのだ。

 

 それはともかく、だ。せっかくパスカルが整えた穏便な雰囲気も、ある種異質な見た目をしたイデア9942の登場で剣呑なそれを含んだものに変わってしまった。内心、残念な気持ちが無いわけではないが、今後の対応が良いものになるなら、これもまた良い思い出になるだろうとイデア9942は苦笑する。

 

「実は、頼みごとがあッてな。先程パスカルにレジスタンスキャンプの交易介助を頼まれていただろう? そのついでに、キャンプまで連れて行って欲しいんだ」

「それで、キャンプの位置を他の仲間に教えようって魂胆ですか?」

「まさか。敵ではないということをアピールしたいだけだとも」

「あなたの言葉が、真実であるとも限らない」

 

 大げさに両手を広げて語るイデア9942の姿は、傍から見てみれば胡散臭いの一言である。故に、9Sよりも寛容な意見を持つ2Bでさえもが、今のところはイデア9942のことを信用しかねていた。

 このままでは膠着状態が続き、せっかくのパスカルが頼んだ不信感を拭うための配達依頼も、こなされることはなくなってしまうかもしれない。

 

「なら、仕方ない。ヨルハ機体9S、と呼ばれていたな。ハッキングしてくれ。実際に中身を覗けば、君とて納得してくれるだろう?」

「なんっ…!?」

 

 簡単だろう、と言われ、9Sは絶句する。9Sをはじめとしたアンドロイドたちにとって、ハッキングは従来の人類が持つ言葉とは全く違っていた。単に入り込むだけではなく、現代で言うクラッキングの他にも破壊もコントロールも自由自在にできるという恐ろしい所業すらも可能なのだ。

 

「イデア9942さん! いくらなんでもそれは!」

「パスカルは黙ッていてほしい。これは、必要なことなんだ」

「いいですよ。でも、少しでも怪しいと思ったら破壊します。文句はありませんね?」

 

 馬鹿な機械生命体だ、と9Sはイデア9942のことを内心嘲笑してみせた。

 格好、そして争いを否定するといった集団の中で、唯一得物を背負っている姿からして、このパスカルの村の住人とは違うのは明白だった。パスカルにとっては親しい相手にも見えるが、相手はそのパスカルの前で生殺与奪を9Sに委ねたのである。

 

 見るからに、脅威ともなりえそうな特異な思考をする機械生命体。破壊してやろうというヨルハ部隊の本懐。イデア9942は、その衝動に身を委ねるには、十分な要素が詰まっていた。

 9Sは両手を翳し、イデア9942に侵入準備を整える。その間にも全く抵抗しない様子を見て、2Bは訝しみ、9Sはほくそ笑む。やがて精神はほんの数万分の1秒の世界の中に埋没していき―――

 

 

 

『ここは…あいつの電脳か』

 

 2Bなどの前で見せている慇懃な態度を崩し、本来の生意気そうな口調となった9Sはイデア9942の電脳内を見渡した。我々には理解できない仕組みにより、ハッキングして侵入する電脳空間は共通して、簡素なブロックで構成された世界に変化する。

 そこにあるモニュメントにアクセスする、または破壊することにより機械相手であればありとあらゆる事を実現させる事が可能なのである。

 

『でも、なんだこれ……なんで電脳内にこんな無駄なオブジェクトが生成されてるんだ……? 机に、椅子? これは……本の形にしたデータが入った棚か』

 

 9Sは、数あるヨルハ機体のシリーズの中でも非常に好奇心旺盛な性格で製造されている。時には機械生命体を破壊するという使命を放棄してまで、奥底に眠るデータを引き出す事に興味を惹かれることもある。

 そして今まさに、その状況は成立していた。

 

『侵入者を排除する防壁もあるけど……あっちはきっと本来の入り口だ。イデア9942とか呼ばれてたあの機械生命体、あえて僕をここに呼び込んだっていうのか…? この本も……プロテクトが掛かってない。いや、反応してないんだ』

 

 くぐもった9Sの声が電脳空間に木霊する。

 彼が手に取った本は、イデア9942が持っている記(ロク)の一部を記したものだった。タイトルは特になく、電脳空間内で無理やり再現したせいか真っ白なカバーと、軽く発光するページの中身が9Sの頭のなかに直接流れ込んでくる。

 

『これはあいつの生活記録か。2月8日晴れ、対砂漠用の改造を施してみた。運用はうまく行ったが、問題は自重で歩きづらい地点があったこと。ありとあらゆる場所を走破するため更なる改造計画の草案を作る……これじゃないな。というか、機械生命体が試行錯誤して自己改造していた…なんのために?』

 

 読み進めていくと、日記は3月に差し掛かろうとする地点になった。

 これまで記されていたのは、ヨルハ部隊の技術開発部も真っ青になるほどの急速な自己改造とシステム面における進化の過程。試しに攻勢プログラムを周囲の空間や、読み終わった棚に打ち込んでみてもびくともしなかったため、9Sはもはや捕食者の腹の中に居ることに気づいていた。

 だが、腹の主は9Sを食い殺す気は微塵も無いらしい。だから一気に読み進め、いっその事誘導されるがままに記憶を紐解いていく。なんせ、キーワードと思わしき情報を手にした瞬間、次の部屋への道が勝手に生成されるのだから。

 

『2月26日晴れ。いよいよ歴史が近づいてくる。万全の準備はしたつもりだ。そしてこの日の記憶を今読んでいるのはヨルハ機体9Sだろうっ…!? なんで、この時点でこいつは僕を知ってるんだ? 僕がこの地域に降り立ったのは第243次降下作戦の時からのはず…いや、“歴史が近づいてくる”っていう文面、こいつは降下作戦そのものを知っていた? だけどリークされてたなら、今頃僕達は……これじゃあまるで』

 

 未来予知、なんて絶対に有り得ない人類の言葉が浮かび上がる。9Sは頭を振り、そんな馬鹿なことがあるわけがないと考えそのものを振り払った。

 

 真実は、この言葉の真実はこの先に…?

 手を伸ばしたのは、先程呼んだ記録の棚の下段に1冊だけ突き立つ、あからさまなまでに自己主張する本型の記憶媒介。たとえ攻勢の罠が仕掛けられていたとしても、この自分の中の興味を惹いて仕方のない衝動を塗り替えられるのなら、喜んで踏み入ってやろう。どうせ、腹の中にいるのは変わらないのだから。

 

 手に取った、その瞬間だった。

 

『なっ!? ポッド、ハッキング状態の維持を!』

『不可能。個体・イデア9942はこちらの演算速度を上回っている。対抗プログラムは全てレジストさ』

 

 不意に途切れたポッドからの返答。気づけば9Sは現実空間に引き戻されていた。

 

「うわっ!?」

「9Sっ!」

 

 反動で倒れかけた9Sを2Bが支えた。

 彼女の体に抱きとめられながら、9Sは演算領域をフルに使って先ほどのいざという時に隠蔽された真実について考える。だが、結論は出ない。だからもう一度ハッキングしようとしたが、あの時点で弾き出したということはもう一度侵入させるつもりは無いだろう。

 直接聞くしか無い。結局はそれしかなかった。

 

「イデア9942、さっきは僕に何を見せたかったんだ?」

「それが知りたければ、教えてやる」

「なら」

 

 食い気味に突っかかる9Sを、イデア9942は片手を突き出すことで制した。

 

「だがな。その前に頼み事があるだろう? 対価だ。レジスタンスキャンプとの仲介役をして欲しい。さッき言ッた通りだな」

「くっ、こいつ……」

「どうしたの9S。この機械生命体に、そんなにも気になる情報が?」

「2B。もしかしたら、バンカーの情報が筒抜けかもしれないんです。そしてこいつは、何より僕達が降下作戦に参加するよりも先に、僕のことを知っていた。9Sというモデルで製造されることすら知っていたんです」

 

 日記という形になっていたデータは、一度でも更新してしまえばそのデータが作成された「日付」が最新のものになってしまう。そしてたとえ演算速度が上回っていたとしても、日付が改ざんされていればその違和感にスキャナーモデルが気づかないはずがない。

 まんまと思惑に乗せられて居ることに歯がゆい思いしか無いが、9Sはこの2つの意味で危険な機械生命体に対して、判断を下す事がまだできなかった。

 

「惑わされちゃダメだ。でも……」

「9S、連れて行こう」

「2B!?」

 

 そんな9Sの優柔不断さとはまるで反対に、2Bは即決した選択肢を口にした。

 

「暴れようとしたならレジスタンスキャンプの全員で押さえ込めるよ。それにこのイデア9942は、そんな危険な場所に飛び込むと言っているけど、他の機械生命体より少し動きがマシな程度。重要な情報があるというなら、いざという時やりようはいくらでもある」

「それも…そうですね」

 

 なにより、イデア9942の日誌を読み込んでいた9Sだからこそ分かる。イデア9942は戦闘方面に関しては中型二足の限界を超えることはない。下手すれば、9S単騎でも殺ろうと思えば破壊できるだろう。

 システム面の化物っぷりが不安要素ではあったが、迅速に破壊してしまえば情報は失われるにしても、被害が出されることは無いだろう。

 

「話は決まッたようだな」

「私たちはあなたを連れて行く。だけど、直前で隠した情報は必ず開示すると約束して」

「勿論だとも」

 

 帽子を抑え、一礼するイデア9942。普段の物静かなだけの様子を知っているパスカルからしてみれば、大分はっちゃけてるなぁと思われているのも気にせず、イデア9942はあくまで道化を演じる。

 

「道中、僕達に攻撃するようなことがあっても破壊するから。余計な真似はしないほうが良いですよ」

 

 あくまで念押ししてくる9S。

 もっとも、イデア9942にしてみればありえない未来だ。故に、その言葉を放つ9Sの姿は背伸びした子供のようにしか見えていなかったのだが。

 

 

 

 

 

「なんというか、不可思議な思考を持つ機械生命体ですよね」

「でも唯一の武器である鈍器もパスカルたちの元に置いてきてる。今のところは、約束は守るつもりみたいだ」

「それが続けばいいんですけどね……」

 

 片手をメガホンのように立てて、2Bに耳打ちする9S。その会話は当然イデア9942に聞かれているし、聞かれたとしても当たり障りのない言葉を選んで二人も話している。その後ろをイデア9942は無言でついてきていた。そのまま、レジスタンスキャンプに到着するまで、イデア9942はずっと黙っているものだと思ったのだが。

 

「仲がいいんだな。二人は」

「なかっ……喋ったと思ったら一体何を言ってるんですか」

「純然たる事実を口にしただけだ。おッと、この体に口は無いか」

「…?」

「やれやれ、この手のジョークが通じたことがないのは悲しいな」

 

 あまりにも唐突で、中身に意味のない発言だった。それが9Sと2Bには少し新鮮に感じられ、同時に、ヨルハ部隊どころか全アンドロイドの中に眠る「何か」がくすぐられる。機械生命体のやることに意味なんて無い、と何時もの意見を胸にいだいて、反応してしまった擽ったい感覚を追い出す9S。

 反対に、2Bは何かにハッと感づいたような仕草をしたが、それが9Sに気づかれることはなかった。

 

「ところで、あなたは何のためにレジスタンスキャンプとつながりを持とうとしているんだ?」

「ん、質問してくれるとは嬉しいな。そうだな……アンドロイドたちと事を荒立てたくは無いんだ。穏便に済むよう、パスカルたちとは別口の交易関係を築きたい、といったところか」

「とてもじゃないけど、それがあなたの本心とは思えない」

 

 余計な言葉を最後につけたばかりに、2Bからも懐疑の視線を向けられるイデア9942。

 

「ハハハ、正直を言うと、9S君もそうだがアネモネというレジスタンスリーダーとも話しておきたいことがな」

「9Sと…アネモネに?」

「まぁ、そろそろレジスタンスキャンプも近づいてくる。続きはそこからにしよう」

 

 イデア9942が言うと、レジスタンスキャンプの近くにある小さな滝と、流れ出る水が自然に作った小川の地域が見えてくる。

 いくつもの疑問を残して、2Bたちは正体不明の機械生命体を招き入れるのであった。

 




何が難しいかというと、2Bの口調って一部イデア9942とかぶるんですよね。
文面で男性的か、女性的かで分けるのって結構難しい。

現在の11B:熟睡中


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文書08.document

ご都合主義タグが全身から光を放って自爆し、短パンになるレベルの内容です
バンカーも落ちる勢いである。なんちゃってシリアス拳。
プロットが無いと一話作るごとにめちゃくちゃになる悪い例がこの話です


 レジスタンスキャンプ。地上で活動するレジスタンスたちのリーダーが座す、廃墟都市の一角を使った拠点の一つである。そこでは、いつもの休息所のような穏やかな空気は鳴りを潜め、一触即発の事態が起こりかねないほどの剣呑な空気に包まれていた。

 

 レジスタンスのリーダー、アネモネ。

 民族衣装のような衣服に身を包む彼女の前には、両手を頭部パーツの後ろに回したイデア9942が周囲のレジスタンスたちから銃口を向けられ、ホールドアップの状態にされていたのだ。

 

「2B、疑いたくはないが、何故こいつを連れてきたんだ? こうなることは分かっていたはずだろう」

 

 パスカルの一例もあり、アネモネ自身、この帽子とマフラーを着用した機械生命体は、躍起になって排除する相手ではないのだろうと当たりをつけていた。だがアネモネ本人はそう割り切れていたとしても、他のレジスタンスたちにとってはそう簡単に済む話ではない。

 時に憎み合い、時に復讐を繰り返す。本来なら機械生命体とはそういう関係であり、それが当たり前のことなのだ。パスカルでさえキャンプの中に直接入ることはせず、訪れたとしても入り口で仲介を通して交易を行っている。

 だが、イデア9942はパスカルのように知られているわけでもない。パーソナルスペースにも等しいキャンプの中に入ってきた以上、こうして殺意と銃口を向けられるのは当然のことだった。

 

「発言の許可を頂けるだろうか」

「黙れっ!」

 

 だというのに、呑気にも自分の意見を告げようとするイデア9942。

 激昂したレジスタンスの一人によって、ガン、とイデア9942の頭部に銃口が擦り付けられる。全く堪えた様子がないイデア9942は、どうかと再度アネモネに訪ねた。

 

「……いいだろう。手早く要件を言ってくれ」

「感謝する。それでは、まず―――」

 

 イデア9942の交渉が始まった。彼は腰にくくりつけていたケースを開けると、その一枚をアネモネの方に差し出した。訝しみつつも、それを受け取った彼女は驚きに目を見張る。

 それもそうだろう。なんせ、それはメモリ容量を極限にまで抑えられた上質なプラグインチップだったのだ。機械生命体を破壊したとき、飛び散った回路の欠片を復元してスペック強化用のプラグインチップは作られるが、その多くは量産された機械生命体にぴったりなメモリ容量も大雑把なものばかり。

 だが、これは違う。

 

「此方からはこれらのプラグインチップを定期的に納品する。対価として廃棄予定の武器や使いみちのないジャンクパーツを頂きたい」

「……パスカルよりも釣り合っていない条件のようだが、お前に旨味はあるのか?」

「勿論だとも」

 

 そのまま交渉を続けていく二人。周囲のレジスタンスたちも、イデア9942が差し出したものがどれほど役に立つのか分からない筈もない。向けられた銃口は少しずつ降ろされ、最後に形式上として向けられる一つだけになっていく。

 

「なんというか、本当に変わった機械生命体ですよね」

「彼の狙いが理解できないのは怖いけど、なんだろう」

 

 2Bと9Sは、アネモネから使っても良いと言われている個室のベッドに腰掛けながら、窓の外の様子を見ていた。話していたのはパスカルや、イデア9942を始めとした特異な機械生命体について。

 そして2Bは、道中でも感じたが、イデア9942を見るたびに思う違和感を初めて口にした。

 

「なぜか、あの機械生命体には悪意を向けきれない」

「それは……」

 

 9Sは口ごもる。彼自身、イデア9942に対して破壊してやろうという敵意は抱いていたが、今は違う。最終的には好奇心に負けたとは言え、破壊しようという気にはならなかった。それは彼が「ジョーク」だと言った無意味な会話のせいか、それとも他の要因があるのかは分からない。

 謎の塊が、歩いている。ヨルハ機体2Bと9Sが抱いている考えは同じだった。

 

 やがて時間がたち、イデア9942は立ち上がった。メンテナンス屋にプラグインチップが並べられた小箱を受け渡すと、アネモネが指を指した方向――2Bたちの個室――を目指して歩いてくる。

 アンドロイドたちの視線はイデア9942に向けられていたが、手に持った武器は下ろされ、または近くの壁に立てかけられている。やはり、あらゆる敵意を無くしてしまっている。イデア9942を観察していた9Sは、その特性とでも言うべき特徴にも疑問を抱いた。

 

「いい部屋じャないか。こざッぱりしすぎてはいるが……もッと家具や道具を置いたりはしないのか?」

 

 カレンダーや時計、使われてない棚があるなら小道具や食器など。あらゆる日常生活用品を並べ立ててくるイデア9942に対し、9Sは呆れたように言った。

 

「あくまでも仮の拠点ですし、そんなに物を置く必要性もありませんからね。そもそも無駄じゃないですか」

 

 そこでふと気づく。もう、言葉遣いが2Bや司令官たちを相手にする時のようなものになっていると。もう、僕のなかでは、こいつは。

 

「ふむ、せッかく飲食が可能な義体だろうに。もッたいないと思うんだがなァ」

「無為に物資を消化する行為が、もったいない…?」

 

 9Sの中で出されようとした答えは、イデア9942の機械とは思えない発言と、2Bが発した言葉によってかき消された。あからさまにおかしいのだ。今ようやく思い至ったが、まるで、機械の常識を知らないかのような物言いが多い。

 動きも機械生命体・中型二足の可動領域を出ないとは言え、首を回して視線を流したり、会話中に指を無為に動かしていたり、どう考えてもプログラム上に無駄の多い動きばかりが目立つ。それはまるで、この廃墟都市で見かける動物たちのような仕草で。

 

「まァ、この話はいいだろう。9S君、何故第243次降下作戦がある事と、君が私の記憶領域を読むことを想定した文書を作ッていたのか……気になッていたはずだな」

 

 先程の好奇心が膨れ上がり、またもや9Sが抱いた疑問は打ち消された。覚えているにしても、こうして今抱いたばかりの疑念は後になってしまえばさほど意欲的にはなれないだろう。それを分かって、掌の上で転がしているのではないか。

 9Sは非難がましい視線を向けながらも、憎々しげにイデア9942の問いに是と答えた。

 

「実は別に、バンカーにアクセスして調べた…というわけではないんだ。予め別の要因から君たちの行動は知ッていた。手を出さない限り、想定通りに進み、ブラックボックスの接触で大型の機械生命体・エンゲルスたちを撃破することも」

「見て、いたのか」

「そして君たちには、おそらくだが……実は生存していたヨルハ部隊員、11Bの破壊なんかも命じられているかもしれないな」

「!」

 

 11B……撃破されたと見せかけ、脱走計画を企てていたヨルハ機体。始まりは16Dからの依頼で、形見の武器が見つけ、それを最後のログとともに見せたところ、豹変した16Dと共に印象に残ったヨルハ機体。

 そして、遊園地廃墟で破壊したアンドロイドの死体を括り付けた機械生命体。あれを見つける直前に察知したブラックボックス信号から、生存が確認され――撃破直後の報告で、破壊命令を下された機体だ。

 

 なぜ、そんなことまで知っている。敵意を押しつぶす疑念と驚愕が2Bと9Sを塗りつぶしていく。

 

「これらを知ッていたその理由だが、まァ産まれた時から知ッていたんだ」

「そんな言葉で騙されるかっ!」

「いいや、真実だとも。産まれた時から知ッていた。事実だ」

 

 答えにならない返答に、ついに9Sが動いた。

 背負っている刀を構え、イデア9942の首元に突きつける。破壊のためではなく、尋問のため。2Bも無言ながらに、9Sと首を挟むように刀の刃を突きつけた。マフラーに刃が食い込む。このまま軽く刃をスライドさせるだけで、哀れなイデア9942は機能停止に陥るであろう。

 

「一日に2度も武器を突きつけられるとはなァ…自分はそんなに胡散臭いのか」

 

 やれやれ、といった具合に肩を竦めるイデア9942。

 少しだけ動いた分、彼の首元の装甲板に小さな傷がつけられる。

 

「……」

「おォ、そんな怖い目で見ないでくれ。隠れているから見えないが」

 

 この期に及んでとぼけた答えを返す様は、どうしようもなく9Sと2Bの胸中から感じられる謎の信号を増幅させていく。まるで、それは「人ルいのよウ」で――

 

「……いや、やめよう」

「2B! なぜですか! 今聞かないと…!」

「9S、イデア9942はこれ以上傷つけられることはないと分かってるよ。だから話すはずもないし、何より此処で破壊してしまえば、打ち解けたばかりのレジスタンスの交易相手を破壊した事で、私達の立場が悪くなる」

「それは……そう、ですが……っ!」

 

 9Sとてそれは分かっている。だが、あえて口に出して言われると自分の納得できない感情が剥き出しになって現れる。

 

「私たちは、感情を出すことを禁止されている」

 

 二言目には、これだ。

 こう言われてしまえば、9Sが2Bに逆らう理由もない。

 

 無言で引かれた刀は、再び9Sの背に戻る。

 イデア9942は何事もなかったかのように、9Sたちに向き合い、近くの椅子に腰掛けた。

 

「まァ、預言しておく。君たちはいずれ真実を超えた真相を閲覧するだろう。そして絶望するだろうが、一つだけ持ち続けて欲しい言葉があるんだ。“待て、しかして希望せよ”……と」

 

 不思議なことに、すっ、と。

 言葉が二人の中に入り込む。

 

 ウィルス汚染されているわけでもない。ただ、何かが。アンドロイドであれば必ず持ち得る感覚が、イデア9942を見たときからずっと感じていた、胸中に秘められたプログラムが、その言葉を皮切りに何かがハマったような気がした。

 

「他にやることがあるのでな、これで失礼させてもらう。ああ、パスカルには手間をかけたなと言ッておいてくれないか」

 

 固まった二人に首を捻りつつ、イデア9942は片手を上げて二人に背を向けた。

 

「あ……待っ」

 

 去りゆく背中を呆然と見つめていた2Bだったが、自分の意識を取り戻した時には、既に静止を呼びかける声はビルの影に消えていくイデア9942に届くことはなかった。2Bの何もつかめず伸ばされた手は、ゆっくりと下ろされる。

 ヨルハの二名に、あまりにも大きな波紋を残していったイデア9942。投じられた一石そのものである彼は、しかし池に沈むことはなく引き上げていくのであった。

 

 

 

 

「なんだこの状況は」

 

 正気に戻ったヨルハ機体2B・9S両名がパスカルの村に戻る足を向けていた頃。イデア9942は、自身の工房へと戻っていた。先に帰還していた11Bが出迎えるものとばかり思っていたが、当の本人は自分が普段いるスペースを占領し、すやすやと幸せそうに眠っていたのである。

 それを見ての、なんだコレ状態だった。

 

「使い古されたシーンに遭遇するとは思いもよらなかッたが……作業の邪魔だ、どかすか」

 

 そこで容赦がないのがイデア9942であった。

 眠りこける11Bの肩を掴むと、そのまま引っ張り両手で彼女を持つ。そして寝台の方へと投げ込んだ。

 

「ぅあっ!? 痛ぁ!? 敵襲!?」

 

 ヂュミィィィィィィ!

 11Bの上げた声は、作業用ドリルの音にかき消される。

 それで何が来たのか分かった11Bは、先程までの痴態を思い出し、顔を赤くしながらボソボソと呟いた。

 

「お、おかえり…」

「あァ、ただいま」

 

 廃墟都市に超巨大機械生命体が来襲する、10分前の出来事であった。

 




あとがきで書いたせいか感想欄の9割がポッドになってました。
このままヨルハ計画に突っ込めば042の苦労が大分楽になりそう。

ノリの良い人達って大好きよ。

あと流行り(FGO)のエドモソに乗ったはいいけどプレイしたこと無いっていうね
しかし、って打とうとしたら而してって変換候補でたから、良い格言ないかなと検索したら出たから採用しました(雑)
だんだん面白くなくなってくなーこの作品


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文書09.document

そろそろ作品自体もあんまおもしろくなくなったかもしれんなーと展開ススメながら書いてますが、よかったらおつきあいください。毎日更新はできないけどネ!

どっかで見たような台詞出てきたらすいません 改変して使ってる可能性デカイですの


「なにこれ…揺れてる」

 

 イデア9942が工房に戻ってしばらく経ってからだった。工房の天井から幾つもの砂塵が音を立てて流れ落ちてきたのだ。同時に、この地下深くまで響く振動が襲いかかった。

 11Bは目を白黒させて飛び起きて、イデア9942の方に視線を移した。一つ頷いた彼は帽子を整えると、コンソールを左手で弄り始めた。

 

「…近くで、君の降下作戦時に超巨大兵器と呼ばれていた機械生命体が複数出現したらしい」

 

 イデア9942が指差したのは作業台の横にある、ブラウン管に映る廃墟都市の立体マップ。巨大な光点が、マップの障害物をものともせずに進んでいく。そして数秒遅れて、立体マップに映っていた建造物は背丈を削られていく。

 巨大な機械生命体、エンゲルスたちの侵攻だ。

 

「不味いな。入り口のあたりが瓦礫で埋まッてる」

「え!?」

 

 慌ててベッドから飛び跳ね、螺旋状のスロープを登っていく11B。数秒後、すぐに戻ってきた彼女は言った。

 

「本当に埋まってた…撤去しないと!」

「そうだな」

 

 結局、二人が瓦礫をどかす作業にかかったのは数時間。無理な力作業をした為に、途中なんどもメンテナンス作業を挟んだせいで相当な時間を持っていかれてしまっていた。その結果、廃墟都市が大きく姿を変える事態に、この二人が関わることはなかったのであった。

 

 

 

 

「エイリアン達が…既に滅んでいた」

「2B、とりあえずバンカーに戻って、報告しよう」

 

 思いもよらない事実だった。残りわずかとなった月面の人類とアンドロイド、地下深くに潜り指示を出していたと思われるエイリアンと機械生命体。この代理戦争は、エイリアンを滅ぼせば全てが終わると、どのアンドロイドもが考えていた事だ。

 だが、エイリアンたちは数百年前に滅んでいた。他ならぬ、被造物であるはずの機械生命体たちの手によって。

 

「あいつが言っていた事実って、これのことだったのかな」

「わからない」

 

 ふと思い出したのは、イデア9942と名乗った機械生命体の言葉。

 真実を超えた真相を知り、絶望するかもしれない。ただ、希望も捨ててはならないと。

 

「絶望は、していませんよね2B」

「少し驚いただけ。でも、このことも……イデア9942は知っていた可能性がある」

「エイリアンのことと一緒に、アイツのことも報告しましょう2B」

「そのつもりだよ」

 

 二人は、この短時間で何度も感じた衝撃にまだ心の何処かで理解しきれていないような、曖昧な会話を繰り返す。2Bがよく言う「感情を出してはいけない」という言葉も、今回ばかりは出てこなかった。

 

「やあ、元気?」

 

 少しだけ呆然としたままもと来た道を戻ると、ジャッカスが司令官ホワイトから命じられて、アクセスポイントをエイリアンシップ近くに設置しているところだったのだ。

 司令官と昔なじみだというジャッカスの愚痴を聞きながらも、報告するべきことが多いと感じた2Bたちは急ぎバンカーに戻る選択をとった。早速、設置され再稼働したアクセスポイントを利用してバンカーに「転送」された2Bたちは、真っ先にバンカーの司令部へと急いだのだった

 

「ご報告します。エイリアンシップでの事ですが―――」

 

 報告された内容を聞いていくと、司令官の表情は険しいものになっていった。特に、エイリアンが既に亡き者となっていた事実を伝えると、司令官は硬い表情で目を伏せ、2Bたちに話の続きを促した。

 細かな情報は記憶領域を直接送信することで、司令官ホワイト個人に送られる。

 

「以上が、エイリアンシップの報告です」

「そうか……既にエイリアンは……」

 

 倒すべき宿敵の不在。それでは何のために、戦ってきたのか。

 戦うためだけに生み出されたヨルハ機体たちと、それらを指揮する総司令官ホワイト。あまりにも今後を不安にさせる情報を受けたホワイトは、それでも事実を受け止め、次の司令をヨルハ部隊に下さなければならない。

 ただ、このままを報告するのは全世界のアンドロイドの士気を著しく削ぐおそれがある。人類会議で結論をなすまで最高機密とした後、2Bたちに下された新しい命令は――

 

「君たち二人には、パスカル・イデア9942という名の機械生命体の情報収集を命ずる」

 

 改めて、機械生命体の中でも情報が引き出せるであろう特殊個体の二体を主とした調査任務であった。敵対的な特殊個体アダム・イブは神出鬼没で戦うことでしか会うことは出来ないが、パスカルとイデア9942ならば穏便に情報を引き出せる他、今後の戦闘に役立つからとのこと。

 

「特に、イデア9942という個体から9Sが得たという日記のデータ。あまりにも不可解な文面が多い。なるべく破壊は控え、交流することで情報を引き出して欲しい」

「了解しました」

 

 2Bの冷静な了解の声にいくらか気を良くしたのか、司令官は背後のコンソールの操作を始めた。月面人類会議への報告資料を作成するのだろう。

 一度バンカーに戻ったこともあり、休息の代わりに準備をしっかり整えてから地上に行こうと言う9Sの提案に頷いた2Bは、バンカーのメンテナンス屋で幾つかの一時強化アイテムを購入した後、格納庫に向かった。そこで2Bたちはある人物に再会する。

 

「あっ、2Bさぁーん! お久しぶりですねえ!」

「16D……」

 

 ヨルハ機体の本懐を忘れた、間延びし馬鹿にしたような口調で16Dが話しかけてくる。9Sは豹変してからの彼女が苦手な用で、2Bの影でウゲッと情けない声を出していた。

 

「実はぁ、お聞きしたいことがあるんです!」

「……何?」

 

 2Bとしても、この16Dはあまり得意な方ではなかった。もし、あの事実を伝えていなければ、こうして錯乱したにも等しい状態にはならなかっただろう。あの時の自分の決定が、彼女を変えてしまったのだという負い目もあり、16Dとはあまり顔を合わせられないのだ。

 だが、そんな2Bの思惑も知ったことではないというのが16Dの態度だった。彼女はずれ落ちかけた戦闘用ゴーグルの隙間から、爛々とくすんだ青色の瞳を覗かせながら2Bにたずねてくる。

 

「11B先輩が生きていたってぇ、……本当ですか?」

「ああ。遊園地廃墟で11Bのブラックボックス信号があった」

「っふ、くっ……っふふふふふふ! アハハハハハハハハハハ!!!」

 

 ぞわりと、言いようのない気持ち悪さが2Bの背中を伝う。

 9Sは手を顔にあて、首を振っていた。

 

「ありがとうございます、2Bさん……先輩、ああ、11B先輩(せんパぁい)…生きてたンだァ……」

 

 恍惚とした表情でその場をくるくると回りだした16D。

 固まる2Bの手首を、9Sは後ろから優しく握る。

 

「行こう、2B。放っておいたほうが良い」

 

 そのまま9Sに手を引かれ、格納庫を離れる2B。16Dの狂った笑い声がバンカーの格納庫の中に響き、出撃準備中の者や、メンテナンス作業をしていたヨルハ機体たちが何事かと発着場の方に視線をやる。

 そこから一刻も早く離れようとして、9Sは2Bをエレベーターまで無理矢理に連れて行った。

 

「9S……」

「え、あっ、す、すみません2B!」

 

 エレベーターの中で名を呼ばれ、9Sは慌てて手をはなす。

 

「あのままだと、16Dが2Bに何かしたかもしれないと思ったら、すみません。勝手に引っ張ってしまって、痛くはありませんか?」

「痛みはない。それから、私も離れるタイミングを掴めなかったから…ありがとう」

「は、はい!」

 

 音もなくエレベーターのドアが開き、二人はターミナルの方へと歩を進める。

 全てがモノクロームな無機質な世界で、ゴーグルの下から少しだけ覗く、赤くなった9Sの頬はやけに目立っていた。

 

 それからパスカルの村に転移した二人は、パスカルから「森の国」に関しての情報を得ることになる。パスカルですら排他的だと言ってのけるグループが形成した「森の国」。そこでまた、過去に隠された真実と接触するとは知らずに、二人はほんの少しだけズレた運命の道を踏み出したのであった。

 

 

 

 

「これで、最後だね」

 

 入り口に降り積もっていた瓦礫を撤去し、11Bは振り返った。

 

「しかし見事に壊されたな……」

 

 風力発電の偽装のため、あえて風車ではなく風見鶏を使っていたが、それごと破壊されてしまっては元も子もない。幸い、近くの川に沈めてある水車は無事だが、太陽光パネルも諸共破壊されたとなれば、電力不足になるのも時間の問題だろう。

 

「どうしよっか」

「仕方あるまい、拠点を移す準備をしよう」

 

 彼が下した結論は、工房の移動だった。元々ここは、パスカルの村ともレジスタンスキャンプとも距離的には少し離れている分、不便なところもあった。レジスタンス側と大々的に交流するという立ち位置になった以上、そこまで隠れるような場所に暮らさなくても良いだろう。

 

「わかった、リアカー持ってくるね」

 

 イデア9942の決定には素直に従う11B。この瓦礫の撤去作業中に無理をしたせいか、駆動系や関節が少しだけ傷んだイデア9942に代わって、彼女はイデア9942の分も働こうと、意気込んでいるようだった。

 11Bが工房に続くスロープを曲がって消えていくのを見届けて、イデア9942は近くの瓦礫に座り込む。腰元につけたポーチから工具を取り出し、簡素な修繕を始めたイデア9942は、11Bのことを考えていた。

 

「少し、依存しすぎているかもしれんな……」

 

 つぶやきは聞かれること無く、瓦礫を吹き抜ける風に連れて行かれた。

 11Bは、助けられてからというもの、最初の衝突以降はイデア9942の言うことに異議を唱えることは殆どなかった。そして今や彼の言葉にはほぼ、頷くだけのイエスマンと化している。

 イデア9942のためなら、イデア9942が喜ぶなら。そうした「感情」を向けてくれているのは嬉しいが、あまりにもその精神のありようは歪み始めていると言えるだろう。

 

 作業中、イデア9942はもう大丈夫だろうと思い、試しに11Bへと真実の一端を話してみせた。人類の敵であるエイリアンが死んでいること。バンカーに生存が知られ、指名手配が出されていること。そして、ヨルハ機体はいずれ破棄される運命にあるということを。

 

『そっか。でも、イデア9942が拾ってくれた。もう、ワタシの居場所はここだけだから……そんなの関係ないよ』

 

 だが、彼女の返答はこれだけだった。

 毒されているといえばそれまでかもしれない。だが、ヨルハ機体がここまで自分の出自に拘らないというのは有り得ないことだ。確かに、思考に関しては11Bの「自由意志」を優先するよう、余計な抑圧プログラムを排除した。

 それでも……イデア9942以外にさほど興味を持たないようになった彼女は今。

 

「工具と、必要そうなもの乗せてきたよ」

「すまんな。ありがとう11B」

「ふふ、どういたしまして」

 

 この状態が維持できるならそれでいい。

 何らかの拍子に彼女が精神に更なる異常をきたすような事があれば?

 久しく訪れた不安は、イデア9942の脳回路を凍えさせる。

 

 もう一度、ハッキングして原因を覗いておくべきかもしれない。

 本音を言えばやりたくはない。彼女は、この世界で初めて、目の前で命を見せてくれた存在だ。彼女が今、自由意志のもとにこのような精神状態になっているというのなら、余計な茶々は入れたくない。

 

「11B」

「どうしたの?」

「いや……なんでもない」

 

 お笑い草だ。2Bや9Sの前ではあれだけの見栄を張れたと言うのに、いざ身内の前ではこの有様なのだから。

 




話が進んでも11Bとイデア9942のじれったい関係は進展してないっていうアレです。
そろそろサブクエ裏切りのヨルハも来るね! 楽しみだね!

今回の話は、特に原作から離れるトコもないし衝撃的なシーンも無いし
少しつまらなかったかもしれませんね すみません。

あと無理にポッド口調しなくてもいいのでげすよ。
そういう敷居があるって言った覚えはないでげす。


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音声A.audio

グループA 音声を再生しますか?

  →はい
   いいえ

再生します   (ノイズ音)


 あー、あー、マイクテスト。

 ログを確認

 音声認識システムに異常はなし。

 

 使用素材を確認

 アンドロイドが再現した近辺のカラオケ廃墟より拝借したマイク

 写真屋のレフ板

 その他廃材 以下変更時は記さない

 

 

 テスト記録終了

 

 

 

 

 

 グループA

 音声記録その1 記録開始

 

 この世界のこの体になってから2ヶ月が経過した

 自己改造の結果 分野を問わず機械生命体の学習機能は高度なものと判明

 

 ネットワークにつながっていた頃のデータを閲覧できた

 機械工学 プログラミング 手始めに始めた分野を網羅

 習得期間は僅か1日と経たずに全記録の再現が可能

 実践での不備ナシを確認

 

 機械生命体の体を動かす際 生身の頃の癖が激しい

 特に関節部位のパーツがすぐにスレて使い物にならなくなる

 動作の改善か パーツそのものの開発を目指す事にしようか

 

 記録中断

 

 

 

 

 

 グループA

 音声記録その3 記録開始

 

 自己改造の方面をシステム分野に変更

 ボディ自体は駆動系の最大効率化に留める

 

 他、ネットワーク内の機械生命体より攻撃を受けた

 苦戦の末撃破 パーツはハッキングして観察 論理ウィルスを確認 破棄

 未来の時間軸ではあるが、「塔」の件よりウィルス汚染の恐れあり

 素材単位に分解 再構成したところ

 ウィルス他プログラム自体の抹消を確認 仮称洗浄と呼ぶことにする

 今後の工作活動は全パーツの分解と洗浄を行うこと

 

 周囲の機械生命体に知性らしきものは見受けられない

 フェイント 誘導に簡単に引っかかる 撃破は容易い

 

 使用している斧の刃が潰れた

 以前より鈍器として扱ったほうが攻撃力が高かった

 研磨はせず 以降も鈍器としての使用を想定し修繕する

 

 記録中断

 

 

 

 

 グループA

 音声記録その8 開始

 

 今回は

 

 まて11B これは遊んでいるわけではない

 音声記録なんてつけてたの 一緒に記録に残れるなんて素敵だよね

 

 ざ ざ ざざざ

 

 そこはボリュームだ(ガラスが揺れるほどの大ボリュームが流れる)

 え まってまって(急速に音量が萎んでいき聞こえなくなる)

 

 ―――よくわからない物音が2時間続く―――

 

 い、11Bのスリープモード移行を確認

 あいつ本来の性格はあんなにお転婆なんだろうか

 歪めてしまったような気もするが まぁいいだろう

 

 11Bには真実をしばらくの間隠すことにする

 此処のところ好意的な接触回数が増えてきているが 依存傾向が見受けられる

 経過観察を実施したいが パスカルとの接触が控えている

 パスカルたちとの会話後 変化があればいいんだが

 

 残っている人としての感性がそろそろ目に毒だと訴えている

 服を用意するようパスカルに依頼する 二つ返事で承諾された

 レーザー通信後の含み笑いが気になるが

 

 記録中断

 

 

 

 

 

 

 

 

 グループE シェパード・モニュメント式暗号化

 音声(ぶんしょ)記録その1

 

 記憶を写し取り、年表としてデータを抽出した。

 あの世界に居た時プレイしたはじめの作戦。

 第243次降下作戦が間もなく行われる。

 

 余計なことをしてしまえば、機械生命体が全てを飲み尽くすかもしれない

 だが何をしていなくても、ヨルハ計画は進んでしまう。

 無為に散らされる命。宇宙の鉄くずとなるヨルハ機体

 

 眺められるものなら、その失われるはずだった命が謳歌する姿を……

 この記憶回路に焼き付けたい。たとえ容量不足で動けなくなろうとも。

 

 たったひとつだけ抱いたこの決意を忘れず、あくまでもI(アイ)は人として。

 この体を製造した炉心の名を借りて進もう

 

 イデア9942。それが名前らしい。

 なら理想(イデア)を抱かずしてこの身が朽ち果てることは許されない。

 

 わたし はイデア9942ではない。だがイデア9942として生きよう。

 機械生命体は、生命体だ。言葉遊びだとしても、誰も鉄くずだとは言わない。

 アンドロイドも、動物も、機械生命体も、植物も、エイリアンも。

 

 命を輝かせるこの世界で、イデアを抱いて生きるための名前。

 願わくば 抱いた決意によって理想が成就されんことを

 

 死んだら鉄くずにはなりたくない わたし は骸になりたい。

 数ある命を奪いながら この矛盾を抱えて生きていこう

 生きるとはそういうことらしい 難しいな

 

 

 音声中断

 

 

 

 

 

 

 

 ERROR 音声が記録されています

 

 しまった 久しぶりに聞いていたら録音になってしまったか

 11Bめ、大分苦労をかけてくれる まぁそれもいいか

 しかしなんだ ヨルハ部隊として作られたとは言え、美しいな

 

 お前も運命にあらがった()だ。 せいぜい、長生きしようか

 

 音声中断

 

 

 




 グループA音声記録終了
 再生グループBが指定されています 続きを再生しますか?

 はい
→いいえ

 音声再生用解読プログラムを終了
 再度データの暗号化を開始します


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文書10.document

感想多いとついやる気がでちゃう。だって作者なんだもん
今回はほのぼのしすぎて何書いたら良いか分からない回

あとがきにはワタシ的小説の書き方講座もあるよ!

ついでに週間その他ランキング1位ありがとう御座います
見ての通り毎日更新できてませんが頑張ります
会社の都合上書けない日は許してください何でもしまむらでルーサーと踊ろう


 がらがらがら、がたん、がらがらがら。

 リアカーの車輪が音を立てて回転する。陥没し、大穴の空いた廃墟都市は大規模な戦闘の余波でそこらじゅうが瓦礫の欠片だらけになっていた。

 

「ほんとに機材とか大丈夫かな」

「衝撃吸収素材を信じるしか無いな」

「ま、イデア9942が作ったものなら大丈夫だよ」

 

 11Bの謎の信頼はどこから湧いてくるのだろうか。

 此処のところ何かにつけて持ち上げてくる11Bにこそばゆさを感じながら、肩をすくめたイデア9942は帽子のツバを握り直し、マフラーを締め直す。そういえば、斧はパスカルの村に置きっぱなしだったなと、現実逃避できそうな事はすべて試してみるのであった。

 

 見ての通り、瓦礫の撤去作業に追われていたイデア9942たちは、これ以上あの場所に住むのは不可能だと判断し、引っ越しの真っ最中である。リアカーに乗せた、使えると判断した最小限の資材や機材は、瓦礫や段差に車輪が引っかかる度にガタンガタンとけたたましい音を立てて揺れていた。

 リアカーは前からイデア9942が引っ張り、後ろから11Bが押す形である。単純な構造ながら、丈夫で小回りがきくリアカーを転がすこと十分程。路地裏を抜け、ようやく、普段2Bたちが訪れる廃墟都市の作戦領域内に到着できた。

 

 それからしばらく、更にリアカーを動かして険しい陥没したコンクリートの上を走らせる。陥没したところがよく見える断崖絶壁の近くにまで移動した彼らは、そこで一度休息を取ることにしたらしい。

 

「ねえ、次の拠点はどこにするつもり?」

 

 足を投げ出し、ぶらぶらと揺らしながら11Bが問う。

 

「そこに見えているだろう」

 

 問いに答えるため、イデア9942がこともなげに指差したのは、巨大な木が巻き付いて自然と同化したビルの一つ。イデア9942の地質その他の調査上、ちょっとやそっとでは崩れない上、天然素材の採取にも最善と判断していた。まぁ、こんな目立つような場所で誰も脱走者を探したりしないだろうという発想から選んだ場所だったのだが。

 

「……危なくない?」

「理論上は安全だ」

 

 自然と同化しているとはいえ、全ての窓は割れ、上階には敵対的な機械生命体が蔓延っている。また地下を掘ってここに拠点を作るにしても、作るだけで多大な労力が要りそうなものだが。

 

 11Bはこれからどうするのだろうかと思いつつも、黙ってイデア9942についていく。やがて、一階の窓近くのコンクリートを削り、リアカーを通れるようにしたイデア9942は地面に座り込んでペタペタと触り始めた。

 

「なにしてるの?」

「確か此処に……あッたあッた」

 

 砂の乗った地面を払い、なにもないように見える窪みをグッと握るイデア9942。その瞬間、大量の土埃が流れ落ちながら、地面の一部ががばりと隠し戸となって開いた。ただし、高さ10cm、20平方cm程度のスペースだったが。

 

「もう作ってたの!?」

 

 作業中に見つかったらどうしようかという不安を吹き飛ばす事実に、11Bは素直に驚いてみせる。

 

「いつから此処らで暮らしていると思ッているんだ」

 

 まったく、策というのはいくつも講じてこそだろうと呟くイデア9942。そのままガサゴソと開いたハッチの下にあったバーを引っ張ると、近くの地面がスライドして入り口を作り、そこから螺旋状のスロープが顔を覗かせた。どこかのエンディング以外では落ちるヘリばかり出してそうなゲーム会社が好きそうなギミックである。

 

 スロープはそこまで長くなく、ゆったりとした傾斜のそこをΩの字に似た一回転で通り抜ける。真っ暗で何も見えない新しい拠点は、イデア9942のカメラアイから照射されたライトで照らされることで姿を表した。

 

「ようこそ、新しい工房へ」

 

 イデア9942が壁のスイッチを入れると、鈍い駆動音と共に部屋の照明がバチバチと点灯されていく。以前の工房よりもずっと明るく、清潔感の感じられる部屋だった。急遽作ったような炭鉱の部屋、という様相だった以前と何よりも違う点は、部屋の天井・壁・床が全て丈夫な木製だということだろう。

 

 暖かな命の息吹を感じられる、ゆったりとした空間。

 そして30分後、ごちゃごちゃとした資材が置かれた事で雰囲気の70%が削がれるのであった。

 

 

 

「いやぁ、大変でしたねえ。こっちにまで揺れが伝わってきて、村の通路が幾つか軋んでしまいましたよ」

「補強はしなくても大丈夫か?」

「うちの武器屋がすっかり直してくれましたので。ところで、少し近い所に拠点を変えたとのことですが……今度、お邪魔しに行ってもよろしいでしょうか」

「パスカルなら何時でも歓迎だ。あァ、いま11Bに頼んで改装工事中だが、新しい部屋が出来ればそこを客室にでもしよう。人間らしい部屋というのを感じてくれれば幸いだ」

「ほお! それは楽しみですねえ。期待していますよ、イデア9942さん」

 

 パスカルの村に訪れたイデア9942は、預かってもらっていた刃の潰れた斧を背負い込む。この重さが無いと寂しさを感じる程度には、この斧にも愛着があるらしい。斧をしっかりと固定するための革で出来た鞘は、サイズもピッタリである。

 肩掛けのベルトが一本、イデア9942の胴体を斜めに走り、滑らかな黒い革はよりイデア9942の見た目をハードに彩っていた。

 

「うゥん、悪くない」

 

 どうにも収まりの悪い帽子の位置を直すと、吹き込んできた風がイデア9942のマフラーをなびかせる。斜めに傾いた帽子の影から、緑色のカメラアイが覗く。パスカルのスペースに設置された鏡を見ながら、イデア9942はオシャレも良いかもしれないと呟き、横顔が目立つポーズを決めてみる。

 

「生前には無頓着だったが、服装に拘るのも中々に人間らしいかもしれん。帽子のバリエーションくらいは増やしてみるか」

 

 意識したことはなかったが、11Bに絶賛され、パスカルにもそれとなく言われたこともある。ともなれば、イデア9942がファッションに乗り気になるのも当然の結末と言えよう。

 

 パスカルは笑みを浮かべながらも、やはり純粋な機械生命体ゆえに、機械生命体自身のファッションという感覚が分からず苦笑を浮かべていた。11Bやアンドロイドたちは良いのだ。人類に近い体型であり、機械生命体として生きてきた中で培った美的感覚が間違ってはいないと肯定してくれる。

 だが、機械生命体にとってアクセサリーや衣服というのは、あくまで「そうあるべき模倣」という枠を越えないとパスカルは考えていた。

 

 例えば、広場の姉妹は「女の子らしいリボンと色の違いで微差を表す」。

 親子関係の3人はボディへのペイントだが「父はスーツを着たサラリーマン、母は家庭の象徴エプロンと女性らしい口紅、子供は動きやすそうなオーバーオール」。

 化粧をし、サルトルに恋をした子は「化粧というもので飾り立て、想い人の気を引く」。

 

 マフラーはあくまで11Bの服を参考にした贈り物と、外見上の見分けにちょうどいいだろうということで贈ったのだが、パスカルの想像以上にイデア9942は気に入っていた。アンドロイドが再現したファッション雑誌なるものを読んでみたこともあったが、まだまだパスカルにとって理解には程遠い概念だったと感じたこともある。

 

「むぅ、やはり服飾とは難しいですね……上からそのようなものを着てしまえば、関節に挟まったりして邪魔でしかないと思うんですが」

「そう考えてる時点で理解から遠ざかッているぞ」

 

 機械生命体も、根本を正せば効率重視の機械だ。平和を愛する特異な個体であるパスカルも、このように無駄を極めることに長けた人類の文化というのは理解しがたいものであると改めて感じ、イデア9942は少しだけ優越感に浸る。

 正直なところ、パスカルと出会ってからと言うもの、何度か励まされたこともあった。その恩返しとして、自分が教えられる事があるというのなら。そうした思いもある。

 

「人類とは、度し難いものです……あ、人類と言えばこの本も子どもたちに大人気でしたよ。ありがとうございます、イデア9942さん」

 

 パスカルがおもむろに差し出したのは、イデア9942が記憶の限りから再現してみせた子供向けの絵本である。日本の昔話を主にしたものが多いが、残念ながら人間の思想などとは遠く優先度が低かったためか、現物は1万年という史実とともに葬り去られ、アンドロイドが定期的に再現している図書の一覧からも消えてしまっていた。

 そこで、イデア9942が和紙を作った技術を応用して、短い絵本を幾つか作りプレゼントしたのだ。

 

「ボロボロになるまで使ッてやッてくれ。そのほうが、その本も喜ぶだろうからな」

「本が、喜ぶですか? 物に人格があるように言うなんて、やはり人間は不思議ですねえ」

 

 古来から使われる擬人化の技法の一つだ。

 まだその概念を知らないパスカルは、関心したように頷いた。

 

「例えばだ、服というものを着て、その服がダメになれば小さく切ッて子供用のものにする。それでもボロボロになれば、縫い直して雑巾にして使う。切れ端は残しておいて、別の服の修復に使う。雑巾としても役目を全うしたそれを、燃やすか捨てるかし、感謝しながら自然に還す」

 

 かつて、江戸時代は究極のリサイクル時代だとも言われていた。

 その時の一つの例をそのままパスカルに話しながら、続ける。

 

「それはなんというか、凄まじいですね」

「あァ。使われた方にとッてはたまッたものじャないかもしれないが、そこまで働いてくれたことに、人間は感謝を示すんだ。そして物のほうも、これだけ使われれば本望だろうという考え方をする。大事に大事に、最後まで。無駄にしなかッた事にありがとうと言われるんだろうな、と」

 

 そこでイデア9942は、言葉を切った。

 

「この考え方を思い込みと取るか、素晴らしいと取るか。それこそ人次第だが。あァ、全く、何が言いたいのか分からなくなッてしまッたか。すまんな、パスカル」

「いえいえ、貴重なお話でした。そうですか……でも、私はその考え方、好きですねえ。全てのものに感謝を捧げて大事に使う。まだ理解できたとは言い切れません、ですが」

 

 パスカルの緑色のカメラアイが、優しく光を揺らした。

 

「私は、とても良いと思いましたよ」

 

 心からそう感じているのだろう。

 相も変わらず、感情を隠そうとしないものだ。嘘ばかりで塗りたくる、そんな汚く人間らしい自分とは大違いである。イデア9942は、パスカルにこそ一種の眩しさを感じて、帽子のツバを掴む。少し深く被りなおして、彼のカメラアイは影の中に隠れてしまった。

 

「おや、どうしましたかイデア9942さん? それでは前が見えないでしょう」

「……少し、眩しいと思ッただけだ」

 

 そしてイデア9942も、この体になってから考えが行動に出やすくなったと自覚していた。世界がこれだけ素直なものたちで溢れていても、闘争が収まらないのは何とも皮肉な話だが。

 

「はて? この村は木漏れ日で眩しさが抑えられ、レンズの消耗にも優しいはずですが」

「心理的なものだよ。全く、パスカルには敵わない」

「イデア9942さん…?」

 

 ここで一度、会話を打ち切り、イデア9942は立ち上がった。

 自分の新しい工房に戻るのだろうなと察したパスカルも、彼の背中を見送ろうとする。

 

「そういえばだ、2Bたちがどこに向かッたか知ッているか?」

「2Bさん達でしたら、数時間前に訪れてましたね。しばらく、私についての質問をした後、廃墟都市の方に戻っていきました」

 

 どうやら、まだ森の国には向かっていないようだ。

 司令官からのパスカルの調査という点ではこなしているようだが、これも世界の差異の一つだろう。まだ、森の国という単語については耳にしていないらしい。

 

「なにやら、色んな人達から頼まれごとをされているみたいで忙しそうでしたねえ。ゆっくりしていったらどうかと訪ねましたが、また後でと一蹴されてしまいましたよ」

「そうか……ありがとう、パスカル」

「どうやら貴方にも会いたがっていたようですから、もし会ったらよろしく伝えておいてください。彼らとも、友好的な関係を結べれば、それ以上の喜びもありませんから」

 

 そして飛び出したパスカルの言葉に、イデア9942も身を引き締める。やはりと言うべきか、バンカー総司令官ホワイトは、イデア9942のことも捜査対象に加えたらしい。まぁ、見た目はともかく特異な個体であるという自覚は彼にもある。

 

「少し探してみる。11Bを連れて、な」

 

 今度こそ振り返らず、イデア9942はパスカルの村を去った。

 背後から聞こえるパスカルのお気をつけて、という言葉には、いつものように片手を上げて応えておく。

 

 道が大きく外れるのだろうなという予感が、イデア9942の脳回路をよぎった。

 




パスカルかわいい 異論は認める
記憶を失ってもアンドロイド側と正式に同盟を結べるパスカルマジ考える葦

簡素ながらまえがきで言った講座を始めます
1・タイトルを決める
2・登場キャラクターを決める
3・キャラクターを最初に投げ込む場所・シチュを考える
4・そのキャラクターだったら? というのだけを考えて喋らせ、動かせる
5・なんか知らんけど書き上がってる

以上です!!! プロットなんか無い!!!


この小説の着地点マジでどうしよう
そろそろまえがきあとがきのふざけた文章もネタ切れ感


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文書11.document

正直原作描写どこいったな回。
作者には建築の知識はありません。調べてもいません。

なんか興が乗っていつもよりちょっと長めになっちゃいました。

※11/04修正 ある人物が逆になってたので正常にしました


「終わったぁ」

 

 全身ホコリまみれになった11Bは、頬の汚れを拭った。

 ある程度は自動で動く掘削機たちに任せればいいのだが、いざ歪みや耐久性を考慮した造りとなると、AI自身の手を使わなければ細かい調整はできない。粗方の長方形の新しい、清潔感のある真っ白な部屋を作り出した11Bは、イデア9942からの言葉を思い出す。

 

『11B、間取りも家具も、君の好きにしていい。君なりの応接室を作ってみてくれないか。少しばかり家具は限られているが、そこも考えることだ』

 

 メインの工房は今までの工房と同じく、衣住が一体になったごちゃごちゃとした部屋だが、ここはパスカルを招くとイデア9942が言っていた応接室だ。本来なら人間らしさを存分に味わってもらうためイデア9942が部屋を整える予定だったのだが、彼はふと考えたのだ。

 11Bというアンドロイドは、どこまで人類らしさを再現できるのだろうか、と。

 

「さて、応接室っていうくらいだし……まずは椅子と机かな」

 

 部屋を移動し、いくつかある机の中から角形のものを一つ。機械生命体が座ってもびくともしない丈夫さながら、柔らかさのある特別製ソファを二つ。まずはそれらを中央に置いた11Bは、顎に指を当てて考え始めた。

 

「ここからどうしようか……イデア9942が使ってた、前の作業台の近くはどんなだったかな」

 

 真っ先に思い出すのは、彼の作ったカレンダー。

 和紙というものらしいが、あれは日付を数えるためのものだった。

 なんであるのか、という疑問はともかくそれっぽさは感じられる。採用だ。

 

 次に、自分の寝台の横にあった縦に長いビンと花。

 定期的にイデア9942が中身を入れ替えていた。

 見た目もキレイだし、この真っ白な部屋にも彩りがあるようにも思える。採用。

 

「あとは……」

 

 11Bは思いつく限り、イデア9942と暮らしていたときのことを思い出す。バンカーに居た時では思いもよらないほど無駄な「物」が溢れた生活だったが、何かと視界に変化の訪れる日々は、ヨルハを抜けたあの日が遠い過去のように感じられる程充実し、中身のある生活になっていた。

 

 戦いとモノクロームな世界だった。時折16Dに時に辛く当たり、時には自分と依存しあい、それでもどこか空っぽな気分だった。そして、ある時の任務で見てしまった事実。イデア9942にとっては、こともなげに話された真実のほんの一端でしか無かったが、そこから全てが変わったのだろう。

 

「本棚はここ…と」

 

 モノクロームな世界はセピア色になった。

 セピア色の世界から、周りに飛び散った色をみつけられた。

 鈍い銅色が緑色の世界を見せ、空が青いことに気がついた。

 

 本の詰まった本棚のように、カラフルな世界は11Bの全てになった。

 その機会を与えてくれたのは、他でもないイデア9942だ。

 

 だからイデア9942が望むのなら、自分にできる精一杯を示してみせる。結局のところ、自由な世界を知っても、イデア9942に依存することしか出来ないけれども。でもそれでいい。イデア9942の側にいたい。もっと、もっと、彼と一緒に色を越えた光を見つけるために。

 

「よし、完成!」

 

 ワタシなりの部屋づくり、彼は褒めてくれるだろうか。

 

 

 

 

 

「ど、どうかな……結構いい感じだと思うんだけど」

「なんだこれは」

 

 机や椅子、本棚に花瓶、それはいい。

 だが花瓶が地面にあったり、椅子が二つ同じ方向にあったり、本棚が机と隣接していたり。なにより、作った部屋に対して家具のスペースが寄りすぎている。一生懸命作った感は伝わってくるのだが……。

 

「なんというか、まだまだだな」

「あうぅ……」

 

 容赦のないイデア9942はいつものことだが、11Bは怒られるのが嫌いではなかった。なんせ、彼から教わることの全てが新鮮で、彼と触れ合う口実になるからだ。

 ニヤニヤしながら手伝う11Bを気味悪がったのか、イデア9942が後頭部をはたく。真面目にやるよう促したイデア9942は、まず家具の全てを撤去し、元の工房に戻していった。

 

 次に始めたのは、工房の隅に巻いてあった壁紙を持ってくる。掘削機のアームを取替え、壁紙をそれに持たせた後は同じく隅に巻いてあったカーペット。あとは11Bのチョイスした椅子を机に向かい合わせ、同じものを隣に並べ2:2の4つを設置。

 花瓶は壁際に移動させた本棚の隣に、新しい棚を置いて上に乗せる。カレンダーは棚の端にチョンと置いた。花瓶とカレンダーの間には、壁掛け時計を一つ。アンドロイドが再生させた美術展の絵画(無断拝借)を幾つか飾り終え、イデア9942は満足そうに頷いた。正直、本人も迷走しかけている。

 

 配置を変え、ほんの幾つか物を追加した程度だが、11Bが選んだ物や配置の面影は残している。それに気づかないわけがなく、表情の伺えないイデア9942の顔を、11Bは恥ずかしそうに見上げていた。

 

「全く、もう……イデア9942はもう、何!?」

「むしろ君がどうした。変なところでキレるな」

 

 この場における11Bの気持ちなど手に取るように分かる。

 その上で、イデア9942は彼女をあしらって見せた。

 

「ともかく、これでパスカルに見せられる程度にはなッたか」

「そうだねぇ」

「と言いつつ座るのか」

 

 椅子のスプリングを軋ませながら、推定150kgオーバーのアンドロイドが椅子に腰掛けた。そんな彼女と向き合うように、腰掛けたイデア9942は、帽子の影から視線を向け、じぃっと11Bを見つめ始める。11Bも、無言でイデア9942を見つめ返す。先に根負けしたのは、言うまでもなく11Bだ。

 

「よし、行くぞ」

「りょーかい」

 

 応接室を出たイデア9942は、立てかけた斧を手に取り、ホルダーに通す。同じく三式戦術刀を腰掛けのホルダーに仕舞った11Bは、イデア9942の後に続く。

 工房の作業台、その横のモニターには、以前の工房と同じく廃墟都市の3Dマップが表示されている。以前と違うのは、マップの中で5つの小さな青い光点が存在することだろうか。2つの点は常に一緒に行動しているようだが。

 

「時期としてはこのあたりが妥当だッたか」

 

 何かに納得したように、イデア9942は頷いた。

 モニターの電源を落とし、作業台のランプの火を消す。

 戸締まりはこれで終わりだ。

 

「何か見つけたの?」

「それを確認するために行くんだ」

「わかった。それじゃ行こっか」

 

 イデア9942が謎めいた言い回しをするのは今に始まったことではない。最近は特にその傾向が強くなっているが、彼とともに行先で、その驚きを悪い意味で受け取ったことはなかった。だから、楽しみだ。彼とともに外の世界に繰り出す事は、作戦行動時に地上へ降り立つときとまるで違う。

 自身で厚い殻を打ち破り、天へと伸びる植物のように。地下から繰り出す探索は、己の光を広げてくれるのだ。

 

 11Bの嬉々とした気持ちを表すように軽い足取りを見つつ、追い越しすぎて迷子になるなと幼子にかけるような注意を促したイデア9942。彼らは、青い光点―――ヨルハ部隊――の2Bたちが移動する場所から少し迂回しつつ、この廃墟都市の地図を書き換えた原因である「エンゲルス」の元に向かっていた。

 

 アンドロイドをただただ破壊するためだけに作られた兵器、エンゲルス。それ自体が巨大な機械生命体でありながら、他の機械生命体たちによって戦争で自分たちの平穏を脅かすアンドロイドを排すために、機械生命体自身の手で作られたという歴史がある。

 その中でも110-Bという個体が、攻撃機能および歩行ユニットを失い、生きる目的もなくなり「暇」という時間を手に入れていた。そんな存在が、今回のイデア9942の目的である。

 

「これが、君の第243次降下作戦に破壊を指定されていた巨大兵器、エンゲルスだ」

「大きい……本当に、2Bたちはこれを撃破したんだね」

 

 巨大な機械生命体なだけあって、それはすぐに見つかった。なにより目を引くのは巨大さだろう。砲身にも変形する巨大な顔パーツだけでアンドロイドの身長並みにあるのだが、本体は巨大なガス施設にも匹敵する。

 真に恐ろしいのはここからだ。そこから自分の身長以上に跳躍できる歩行ユニットと、並みの攻撃を物ともしない自分の装甲すら圧倒的質量と暴力で断ち切る腕部攻撃ユニット。そして耐久力や妨害措置をものともせず超長距離からロックオン、予兆から1秒程度で着弾する超熱量光線。

 万が一体に搭乗された場合、迎撃用の小型機械生命体を大量に搭載して数の暴力でねじ伏せ、近寄る木っ端な飛行ユニットなどは絶えず撒き散らすエネルギー球に巻き込まれて勝手に自壊していくだろう。

 

 兵器という観点で見れば、これほど恐ろしいものもあるまい。だが、それを撃破することが可能なヨルハ部隊は何故「最終決戦兵器」と呼ばれているのか。その理由を裏付ける強さを証明するかのように、このエンゲルス110-Bはただただ、沈黙して廃墟都市のオブジェクトの一つと成り果てていた。

 

「ん……あれか」

「待ってよイデア9942。あれって」

 

 その時だった。エンゲルスの上部に見えるスペース。そこで真っ黒な重装備と、幾つもの近接武器の穂先がちらりと見えた。エンゲルスの装甲に紛れるように揺れたのは、赤色の髪。

 

 口は無いが、両目の間の下あたりで指を一本、縦に当てる仕草をしたイデア9942。この仕草の意味は、静かにしろ。11Bは出かけた叫びを両手で押さえ込み、胸元に右手を置いて頷いた。

 

 エンゲルスの胴体部は、トイレットペーパーの芯のように斜めに螺旋を描く階段とハシゴが幾つかの階層に分かれて設置されている。戦闘の余波で破損している場所もあったが、そこは戦闘用アンドロイドと駆動系を改造した機械生命体。なるべく音を立てないようにしながら、少しずつエンゲルスの屋上に近づいていった。

 

「ここの上か。11B、これを耳に」

「わかった」

 

 指向性のある集音器と、それに繋がったイヤホンだ。

 集音器を向ける対象は、この梯子一つ登った先にいるアンドロイドたち―――ヨルハ部隊だ。

 

 顔を近づける二人。分け合ったイヤホンがY字に別れ、上の人物たちの会話を拾い始めた。

 

『22B、ポッドは破棄したな?』

『は、はい。64B。後は隊長と合流して作戦を整えましょう』

『おうよ。……隊長、64Bだ。予定通り廃墟都市、巨大機械生命体の上で22Bと落ち合った。今からそっちに向かうぜ』

 

 22B、64B。

 どちらも11Bには聞き覚えのない、あまり縁の無いヨルハ機体だ。

 どっちにしても、何故イデア9942がこの場に連れてきたのか。その理由が11Bには理解できた。このまま行けば、いつもどおりの行動をイデア9942は取るだろう。そしてその先に待つのは――戦闘。

 

 戦闘ともなれば11Bの出番である。専用のチューンナップ、豊富に取り揃えたプラグインチップ、コストを気にせず、拾った最高峰の素材から作り出したパーツ。それらに少しずつ置き換えていった結果、11Bはこの数日で圧倒的な戦闘スペックを獲得していた。

 未だに強化されすぎた体に振り回されていると言うのが、現状ではあるが。

 

『隊長からだ。移動せず周囲を警戒しながら待機、すぐに向かうってよ』

『とすると、しばらくは追手が来る可能性も』

『なぁに、隊長にしごかれたオレと22Bなら大丈夫だって』

『そ、そうですよね! 大丈夫、私たちは大丈夫……』

 

 そこまで聞いて、イデア9942はイヤホンを外した。

 

「行くんだね」

「ああ。だが、今回は少し厳しいかもしれない」

 

 なんせ、今回の相手は脱走してポッドも居ないとは言えヨルハ部隊。

 イデア9942は「直接戦闘」にはそこまで秀でているわけではない。

 

「ワタシたちなら大丈夫だよ。そうでしょ?」

 

 だが、これまでで11Bは知っている。

 イデア9942がどれほど「戦闘補助」に長けているかを。

 浮かべた笑みは好戦的で、自分たちの敗北を欠片も信じていないものだった。

 

「はッ、死に体の君を見つけたときはどうなるかと思ッたが、頼もしいな」

 

 イデア9942は斧に手を掛け、ホルダーから抜き取った。

 目の前をハシゴを手につかむと、そのまま一息に屋上に降り立つ。

 鈍い金属音がエンゲルスの屋上に木霊する。

 

「機械生命体だ! 構えろ22B!」

 

 当然、そんな目立つ行動をしたからには64Bに発見される。

 

「でも、あの帽子とマフラーは何なんでしょうか?」

「バカッ! そんなこと気にしてられっかよ!」

「……」

 

 斧の穂先を地面につけたまま、イデア9942は片手で帽子を抑えていた。

 彼はおもむろに帽子から手を離し、天に指を向ける。

 

「な、なんだ?」

 

 突き上げていた右腕を少しだけおろし、顔の前に天を指差したままの手を移動させる。そのまま指は横倒しになり、22Bと64Bに向けられる。傾いた帽子の下から覗く、緑色の片目から眼光が輝いた。

 

「か、かっこいいじゃねえか……」

「64B!? 何言ってるの!」

「っと、機械生命体のやることに意味なんか無いんだった。行くぜ22B」

「もう、しっかりしてください!」

 

 武器を構えて飛びかかる22B。頭部を狙う一撃をイデア9942は咄嗟に振り上げた斧で防ぎ、超高速で処理された演算結果に従い、接触の瞬間斧を傾ける。力の方向性が決定され、突き出したはずの刀は斜めにズレ落ちイデア9942の足元に切れ跡を残した。

 

 ただし、ただ一撃を防いだだけだ。ポッドが居なくとも使用できるのか、制御システムで握られていないはずの武器が空を滑るようにイデア9942に殺到する。一撃の後、波濤が襲いかかるような連続攻撃。イデア9942では、それを防ぐ事はできない。

 

 イデア9942では。

 

「っ!? ……ヨルハの機体、だと!?」

「そんな、ヨルハが機械生命体をかばうなんて…」

 

 返答の代わりに、22Bの膂力を遥かに超えた力で刃が振るわれる。ただただ、切り刻むだけに調整された旧式の戦術刀。しかし、シンプルで圧倒的な力を持つそれは姿勢制御システムで突っ込んでくるだけの刀剣類を一刀のもとに弾き飛ばした。

 

「ッんだとォ!?」

「落ち着いてください64B。援護します!」

 

 避けられぬ戦闘だ。他ならぬイデア9942が望み、危険を承知でこのまま「対話」に持っていくつもりなのだろう。そして、持ち前の話術で武装解除に至らせる。

 

 それを分かっていても、11Bは押さえ込むなんてできなかった。

 その胸に抱く衝動を。自分の大事な領域を穢すような行為を。

 

「ワタシの」

 

 思いは叫びとなって、空気を震わせるのだ。

 

「ワタシの居場所に、手を出したなぁ!!!」

 

 かの16Dを病ませるに至った、鬼の側面を現出させる。

 圧倒的な猛威を胸に。11Bが、参戦する。

 




ふと読み返したらまともな戦闘描写無かった。
本当はいつもどおりのイデア9942が持つ人間性(砕いたら生身になりそうな感じのあれ)で心理フェイズ(スタンバイフェイズとバトルフェイズの間くらいによく挟まるあれ)を展開する予定でした。

でも、かの有名なPtゲームスの作品が原作でしょ?
たとえ描写がクッソ下手でも戦闘そろそろぶっこもうかなって思いました まる

※今更ですが、まえがきとあとがきで気分害される方居たらすいません
 第一話のあとがきにこのノリが続くということ加筆しておきます


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文書12.document

一体いつからイデア9942が廃墟都市と森方面にしか行ってないと錯覚していた?

あと私が考えてるヨルハの呼び名なんですが、多分読み方はこう
(B型で例)
1B~10B ワンビー~テンビー
11B・12B イレブンビー・トゥエルブビー
13B~19B サーティーンビー~ナインティーンビー
20B以降キリ番 トゥエンティビー~
21B~99B トゥーワンビー~ナインナインビー?
101以降 ワンオーワンビー

例2・初版パッケージ付属新聞の登場機体より
65E シックスファイブイー
128B ワントゥーエイトビー


※作者は戦闘描写クッソ下手です。
あと正直に言うと迷走してきました


 11Bは獣のように吠えた。

 飛びかかり、手に掴んだ刀を叩きつけるように64Bに振り下ろす。

 火花が散り、64Bの短い金髪の上で弾けていった。所詮は同じヨルハ、そう高をくくっていた64Bだったが、11Bはチューニング程度で済まない改造をされている。

 よって、結果は――

 

「ぐっ…!? ぅぉお…重い…!?」

「だぁああああああああああ!」

 

 前述の通り、22Bと64Bは常に重装備型のスーツと、近接武器を3種以上身につけた近接特化型である。それ故、インファイトの距離での近接戦闘なら負けるつもりなど無く、自らその領域に入ってきた11Bをほくそ笑むように武器を構えたのだが、11Bから繰り出された一撃は、64Bたちの演算予想を遥かに超えていた。

 鍔迫り合いに持ち込むかと思われた接触も、ほんの一瞬しかもたない。両手に握ったヨルハ正式鋼刀が弾き飛ばされ、無防備になった体に重たいヤクザキックが叩き込まれた。

 

「ゴぉッほ……トゥ、22B! 何してんだ!」

 

 いくら2対2と数の上では同列とはいえ、そのうち一体はあくまで機械生命体。ほんの一瞬で破壊したであろう22Bと共に、64Bは二人がかりでこのわけの分からないヨルハ部隊らしきアンドロイドを押さえ込むつもりだった。

 だが、彼女は次に聞こえてきた言葉に耳を疑うことになる。

 

「待ってください64B……こいつに、攻撃が当てられないんです!」

「はぁっ!? っづ、おわぁ!!?」

 

 赤毛の相方22Bの言葉に驚愕しつつも、横薙ぎに振られた三式戦術刀を咄嗟にジャンプして回避する64B。そのまま右足を軸に振り返り、ターンしたまま振るわれた11Bの二撃目を、四〇式斬機刀で何とか受け止めた。だが、先程のように受け止めきれなかった衝撃が通り、64Bの体ごと後退させられる。

 歯ぎしりしてなんとか踏みとどまるも、膂力では圧倒的に負けているのは明白であった。

 

「チクショウ! これならどうだ!!」

 

 奥の手と言わんばかりに距離を取り、再び64Bが躍りかかる。

 

 制御システムで遠隔操作する大剣と小剣の、左右から飛来する一撃。そして気を取られた相手を正面から、両手に握ったヨルハ正式鋼刀で叩き切る。その全てを捌き切ることはできず、判断を迷った相手も血祭りにあげてきた64Bの必殺の技だった。

 

「ヌルいよ! この程度!」

 

 だが苦し紛れに出した必殺も、11Bの前では単なる飛来する障害物程度でしかない。同時に襲いかかってしまったが故に、横薙ぎの一刀で武器諸共吹き飛ばされた64Bは、エンゲルスの屋上を転がり、その体を強かに打ち付けられた。

 かはっ、と吐き出された音にはノイズが混じっている。同時に、血液によく似た液体が口から吐き出され、激しい嘔吐感に苛まれながらも激痛にのたうつことになった。

 

 イデア9942を襲っている22Bも、とてもではないが正常な戦闘が出来ているとは程遠い現状に、いらだちと焦りを感じていた。

 

「この……どうして、当てられない!?」

「ポッドを連れていない、それだけでも十分失策だな」

 

 イデア9942という機械生命体が流暢に喋ること。それに驚愕を示す暇すら無い、わけの分からない事態が22Bを襲っている。なんせ、イデア9942めがけて振るった刀は尽く彼の隣や足元の地面に吸い込まれていく。22Bにとっては生きるか死ぬかの戦闘行為。ふざけているわけではない。勝手に体がイデア9942を切ることを拒否しているのである。

 もちろん、それはイデア9942の仕業であるが。

 

「どうした、体が思うように動かないか?」

「まさかあなたが…」

「一対一で助かッた。実は多数を相手にするほうが弱いんだ」

 

 イデア9942がそう言って、勝手に足から崩れ落ちた22Bに近づいた。

 ハッキング完了。現時点で彼女の脳回路から行き渡る電気信号は全て、イデア9942の手中にある。とはいえ、それ以上何をするでもないが。

 

「イデア9942! 大丈夫!?」

「傷一つ無いとも、それより、破壊していないだろうな。11B」

 

 イデア9942の問いに、彼女は視線を流して誤魔化した。

 視線の先を辿れば、関節部分からスパークを散らしながら起き上がろうとし、力が入り切らずに崩れ落ちる64Bの姿が見える。倒れ込んだ時に舞い散った砂塵が、重装備の黒いスーツを少しだけ白く染め上げた。

 

「やりすぎだな」

「ご、ごめん」

「止血ジェルくらいは持ってきたが……仕方ない、少しハッキングして直すか」

 

 イデア9942が手をかざした瞬間、64Bの義体に出ていたERRORが解消され運動機能が回復していく。とはいえ、物理的に破壊された部位に関してはどうしようもない。イデア9942は64Bを担ぎ上げると、ところどころ人工皮膚が禿げ、意識を失った彼女を22Bの隣に下ろした。

 

「なんで……殺さないんですか…!」

 

 心底憎々しげな様子で、口元を歪めて叫ぶ22B。

 だがイデア9942の返しは淡々としたもので、

 

「殺す理由がない。まァ、無力化までの不手際はあッたが」

 

 やり過ぎの自覚はあるのだろう。バツの悪い顔を背ける11Bを無視し、イデア9942は、手元から幾つかのプラグインチップとパーツを22Bの手に握らせる。回復系の最上級プラグインチップ、そして修復補助の治療用ナノマシンが大量に含まれた、ヨルハ部隊で採用されている回復薬だった。ナノマシンの含有量によって効果と金額が異なっているらしいが、イデア9942が持ってきたのは低コストのものだった。

 

「君たちの命が、今後も輝かんことを祈ッて……む」

「ぅ…? 22B……現状は、どうなった?」

 

 システムを修復したおかげか、64Bはすぐさま意識を取り戻したらしい。

 そしてイデア9942を見つけると、全身に力を入れて立ち上がろうとするが、体に動作信号が送られていない事に気がつく。ハッと口を開き、すぐさまイデア9942を見上げるが、首から下は思うように動けない。

 

「安心しろ、直に動けるようになる」

「ワタシのイデア9942を襲ったんだ、そのまま壊れてもかまわないけどね」

 

 冷たく吐き捨てる彼女に対し、イデア9942は右手で顔を覆いながら首を振る。

 

「11B…まァ、こいつの言うことは気にするな。そして君たちの隊長8Bに伝えてほしい。今すぐ廃墟都市を離れ、水没都市から遠い場所に避難しろ、と」

「な、なんで隊長のことまで知ってやがんだ!?」

 

 64Bからしてみれば、この脱出計画を立てた8Bの存在は秘するものである。だが、ここにいるのがあたり前、その3人で行っていたのが当たり前、というように彼女らの動向を口にする機械生命体は、64Bの焦りなど知ったものかと続けていく。

 

「追手が来たとしても絶対に戦うな、特に2Bと9Sというヨルハ部隊には接触しないほうが良い。君たちでは今の戦闘の……二の舞いだろうからな」

 

 単騎でエンゲルスを撃破するという恐ろしく高い、純粋な戦闘能力を持つ2B。そして強固かつ複雑怪奇であるはずの機械生命体たちへのハッキングを負傷状態ですら完遂し、あまつさえは武器制御システムを丸ごと奪い取る処理能力を持つ9S。

 更に強大な敵を打ち倒していくコンビの戦闘経験は、並みのヨルハを上回っているのは確かだ。

 

「待てよ……クソッ!」

 

 イデア9942も見逃されていなければ、いかなる手段を用いろうとも隙を付け込まれて破壊されていただろうと言う、結果の変わらないシミュレーション結果を算出していたがゆえのセリフでもあった。

 

 そして彼らの戦闘方法を模倣し、11Bを2B、自分を9Sに置き換えた仮想戦闘を行ってみたが、22Bたちはそれに為す術もなく敗北している。このままでは、歴史の通りに破壊され、9Sには疑念、2Bには精神の苦しみを与えるばかりだろうと判断した。

 

「最後に、どうしても物資が足りないときは平和主義者の機械生命体、パスカルの村を頼れ。イデア9942という名前を出し、レジスタンスキャンプのアネモネに言えば教えてくれるだろう」

「平和主義…機械生命体が…? あなたは、何なのですか…?」

「せいぜいあがき、長生きしてくれ。行くぞ11B」

 

 斧を担ぎ直し、エンゲルスの上から離脱するイデア9942の後を、すぐさま11Bが追っていく。誰も居なくなった静寂の中、64Bはチクショウと小さくつぶやいた。

 

「見逃された上に、完敗かよ……」

「64B。どちらにせよ、包み隠さず隊長に伝えましょう。私達が脱走していたことも知っていたみたいですし、怪しいですが……どこか、信じても良いような気がするんです。いえ、信じなければならないような」

「あたしもおんなじだ。クソッ、なんだよこの感覚は……」

 

 数分後、後遺症もなく自由に動けるようになった22Bと64Bは、急ぎ隊長である8Bに全てを告げ、廃墟都市から姿を消した。以降、その姿が発見されるという報告がバンカーに届くことはなく、彼女らのモデルは永久欠番としてバンカーに記録されるようになるのであった。

 

 

 

 そうした記録がバンカーに打ち込まれる数時間前、2Bと9Sは、ヨルハ部隊の裏切り者であり、アンドロイド達から物資を奪っていたという情報を得て、彼女らを捕縛するよう命令を受けていた。

 だが、廃墟都市をいくら探しても見つけることはできず、唯一見つけたのがエンゲルスの上にあった一つの遺品。

 

「残ったのは、これだけか」

「所有者の情報が消えちゃってますね……今なら上書きも容易そうですし、僕達がもらっちゃいましょうか」

「そうだね。この槍は9S、あなたが使って」

 

 見つけたのは、64Bがハッキングの後遺症で起動できずに落としていった四〇式戦術槍のみ。時折、9Sの黒の誓約に代わり振るわれる槍は、数多の機械生命体を貫くことに貢献したそうである。

 結局、9Sが疑惑を持つような事態は発生しなかった。代わりに、イデア9942とは違って恒常的に機会があるという理由から、再度パスカルの情報収集を命じられた2Bたちは、今度こそ森の国に向かうことになる。

 結局、最後まで表舞台に現れなかった脱走兵であるヨルハ部隊たちの事は、バンカーの間ではロストという扱いにもなっていた。2Bたちが拾った64Bの戦術槍から、分析の結果ブラックボックス信号が一度完全に停止しているという情報が得られたという理由もある。(もちろん、これはイデア9942が意図的に武器の記憶領域に残した誤認情報だ)

 

 それから数日後、一人だけ赤髪が混じった3人のヨルハ部隊がパスカルの村に現れたというが……これは、余談だろう。

 

 

 

 

「11B」

「はい……」

「反省点は、分かッているな?」

 

 イデア9942の問いに、項垂れながら11Bは口を開く。

 

「ぎ、義体の性能を考慮せず64Bを半壊に追い込みました。ワタシも、ちょっと無理して関節パーツが壊れてます…」

「そうだな、あれだけ感情的に飛びかかればそうなる。他は?」

「反応速度も反応自体も過敏で、力が入り過ぎたのと……」

「以前使用した伝達神経よりも上質の物を使用したからだな。もう一つは?」

 

 もはや泣き出しそうなほどに顔を歪め、11Bはイデア9942に頭を下げた。

 

「か、勝手に動いてごめんなさい!!」

 

 64Bの不意を打ったつもりであろう最初の一撃。本当なら、あれもイデア9942に当たるはずのなかった攻撃だ。64Bに施していたのと同じ、アンドロイドに意識させない程度にハッキングで命令信号に割り込み、僅かに攻撃の軌道を逸らさせる。一対一なら、システム面がポッドによるサポートを受けた9Sをも上回るレベルに自己進化した、イデア9942ならではの芸当であった。

 

「前から考えていたが、君は安心できる居場所に依存するタイプか」

「えーっと……そ、そうみたい」

 

 彼から発せられるノイズ混じりのため息が、11Bの耳に届いた。

 

 見透かされていた、と胸のあたりが締め付けられるような感覚が襲ってくる。同時に、頭の何処かで自分のことを理解してくれているんだという喜びが、激しく自己主張しているのも感じられる。

 本当ならここでしっかりと反省するのがイデア9942のためだ。だが、11Bは口元が嬉しさでニヤケてくるのを抑えられなかった。彼もそれを見逃すはずがない。

 

「まァ、君には自由と安心を与えている。本当ならいつでも工房を去れたはずだが、残ッているのがその証拠、か。尤も、今日は収穫もあッた。次からは気をつけるように」

「はーい」

 

 思い返しても、イデア9942たちに負ける要素はなかった。

 2Bと9Sコンビの再現という(てい)で22Bたちに立ちふさがり、自分の中の人間を込めた言葉を送ることで新たなる命の可能性を掴ませる……というのが今回の接触の目的だ。だが、思ったよりもあっけなさすぎる程に、シミュレーション通りの結果になった。

 

 機械生命体を殲滅するために作られた戦闘集団ヨルハ部隊は、機密情報維持と情報戦への対抗のため、高度なセキュリティが付けられている。だがそれらが作動するのはポッドという随行支援ユニットがあってこそ。

 スキャナーモデルではなく、バトラーモデルしか居なかったというのも、彼女らの今日の敗北にそのまま反映されているだろう。ポッドが居たところで、動きの鈍った脆いアンドロイドなぞ小型の機械生命体でも容易に倒せるだろうが。

 

「しかし、離反の理由は命令の矛盾を解明するため、か。8Bに同調したと言うが、隊長格ともなると不可解な指令を幾つも受けていたのかもしれんな」

「命令の矛盾…?」

「11B、君も行かされた第243次降下作戦のようなものだ」

 

 それに限らず、イデア9942の知識にあるヨルハ部隊の雛形となった初期タイプが投入された大規模作戦。それも同じようなものである。

 

「アレの真の目的はヨルハ部隊でも不穏な動きをする輩の口封じと、本当に撃破される機体(ダミー)が入り交じる事で、激戦区だッたと偽装するためだ。額面通りの作戦が成功する確率は、それこそ奇跡的か、最悪成功しなくてもよかッたんだろう。2Bと9Sは見事にその僅かな可能性を掴み取ったという訳だが」

 

 脱走計画をもくろんでいた11B。2Bに何か意を決したように話しかけ、自ら破壊されにいった4B。これにダミーとして巻き込まれたのは、1D・7E・12Hの三名と言ったところだろうか。ちなみに2Bは、全く別の目的を兼ねた作戦参加である。

 11Bはともかくとして、記憶を改ざんされ、再生させられて再び使役されるのがヨルハの恐ろしい所。死してなお使い潰される人形……その行く末を語るかのようだろうか。

 

「可能性がほんの僅かではあるが、成功すれば敵に大打撃を与えられる。聞こえは良いが、そのために数の限られたヨルハ部隊を投下し、超長距離砲撃時にまともなオペレートも入らないというのはおかしいと思わないか」

 

 ヨルハ部隊のオペレーターモデルは優秀だ。一度でも未知の攻撃を受けようものなら、現時点でできる最速の解析結果を伝え、強力な敵を撃破するための一助とするだろう。だが、あのエンゲルスが放つ超長距離砲撃の「予兆」に関してオペレーターモデルが反応できないわけがない。

 

「つまりは、そういうことだ」

「……そっか。でも、今はイデア9942。あなたがいる。だから大丈夫だよ」

「………全く、何度言うつもりだ」

 

 左手で帽子を抑え、首を振りながらイデア9942は11Bに近寄った。

 右手で彼女を抱き寄せ、背中を擦ってやる。たった一滴だけ、流れた涙が筋となって顎に垂れ、イデア9942の装甲板を濡らす。彼女は、安心したように腕の中に収まり、イデア9942の静かな駆動するパーツの音を感じた。

 

「さァて」

 

 抱き寄せていた11Bから離れたイデア9942は、歩き始める。

 その後を、当然のように彼女がついていく。

 

「少し忙しくなるぞ。次は、森の国だ」

「森の国……?」

 

 足を止めてはいられない。

 イデア9942が望む未来への、布石のために。

 




事あるごとにこんなことしてるから依存するんやでイデア9942くん。
なお本人は原因について微妙に気づけていない模様

皆ヤンデレ好きすぎるのが可笑しくて論理ウィルス増えた。と言うかなぜこうなった。単にパートナーとして書いてたつもりだったのに…

あと、最近わりとイデア9942がキャラ崩壊起こしてるかもしれない。

この後、裏切りのヨルハを助けた彼はどうするつもりなのだろうか。
作者にも分からない……プロットがないから……


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文書13.document

ごめんなさい、最近少し文章が長くなっちゃってます。
4000以上、5000未満くらいのいいペース続けたいので次から自制します
(今回6000ちかく)

※今回は後書きの最後にヨルハ部隊の記憶のバックアップ及び復活について考察


「大きなお城ですねー。機械生命体なんかにはもったいないくらいです」

 

 2Bに向かって手を翳しながら、9Sが言った。

 

「どこに住んでいようと、私たちは破壊するだけ」

「はいはい、分かりましたから今はじっとしててくださいね」

「っ……」

 

 止血ジェルを塗り込み、回復薬を注入する。ポッドから取り出した予備の人工皮膚を患部に被せて数秒、元の肌と同化したそれは怪我なんて無かったかのようにきめ細やかな2Bの肌を再現した。

 

「よし、それにしても珍しいですね2B。機械生命体と戦っていたとは言え、流れ弾で怒った原生生物の攻撃をモロに受けるなんて」

 

 右手を開いては閉じて動作を確認する2B。

 肩をすくめて9Sが続ける。

 

「筋力が恐ろしく発達してる分、原生生物の攻撃は避けるようにって言われてますよね?」

 

 2Bは珍しく、彼の言葉にそっぽを向いている。

 そんなに不注意だったことを責められるのが嫌なのかと、思っていたが、実際に彼女から出た言葉は、

 

「私の不注意だったのは認める。だから、その……少し、近い」

「っ…も、もうちょっとですから」

 

 普段から感情を自制する彼女にしては珍しく、上ずったような声色だった。これには流石の9Sとはいえ、焦らざるを得ない。少しばかり赤くなる頬を悟られないよう、顔を引いて誤魔化したがちょっと、のところで声が裏返ってしまう。

 

「えーっとぉ……はい、終わりですよ2B」

「ありがとう、9S。城への入り口に繋がる瓦礫も見つけたし、行こう」

「はい! って、いつのまにそんな場所なんか」

「貴方が直してくれている間に、あそこの瓦礫」

 

 2Bが視線を向けた方向は、倒れた塔のような瓦礫が巨大な城の外壁を破壊し、地上を行くヨルハ部隊でも通れるような足場になっていた。

 

「そんなに急がなくてもいいのに」

 

 9Sは彼女の背中を見つめながら、口元に笑みを作って立ち上がった。

 ぱん、ぱん、と服についた葉っぱを払う。

 

「我らが王をお守りしろ!」

「森の王バンザーイ!」

「決しテ誰モ通すナ!!」

 

 2Bが見つけた入り口になりそうな場所に行くと、近くの茂みからわらわらと森の王を崇めると思わしき、甲冑に身を包んだ機械生命体が襲い掛かってきた。目を爛々と光らせ、怒気を存分にこめた言葉とともに武器を振り下ろしてくる。

 

「まずはここを突破する。行くよ9S」

「りょーかい!」

 

 9Sと2Bも武器を構え、機械生命体たちに対抗せんと立ち上がる。

 打ち鳴らされる鉄同士の共鳴音。豊かにざわめく森の木々が見下ろす中、不釣り合いな金物同士の争いが繰り広げられようとしていた。

 

 

 

 所変わってパスカルの村。

 商業施設を目指すかと思いきや、この場所に訪れたイデア9942たちは、真っ先にパスカルを訪ねていた。イデア9942のお願いを聞いたパスカルは、隣にいる11Bに視線を移しながらも困ったように呻いていた。

 

「森の国に続く門を、開けて欲しい…ですか」

「いつも通りだ。ただ、今回はすぐに扉を閉めてくれ」

「それは構わないのですが、今は2Bさんたちが森の国に向かっています。その……11Bさんがいらっしゃるのは、少し都合が悪くはないでしょうか?」

 

 パスカルに口止めを頼む程度には、バンカーには知られたくない事実。それが11Bの生存である。だが再指名手配がされた以上、イデア9942はさほどそれらに関して気を使う必要は無いと感じている。

 

「もう、今更だからな」

「誰が来ても平気だよ」

 

 気負いもなく言ってのける二人に、パスカルは「ははは」と乾いた笑いを返した。

 何を言っても無駄だろう。彼と交流を持って以来、こう思ったのは、もう何度めだろうか。その度に人間の心という新しい発見がパスカルにもたらされるのだ。

 

「相変わらず、貴方のすることは私には理解できません。今に始まったことではないですけども……でも、そんなあなた方がとても好ましいと、私は思います。頑張ってくださいね、イデア9942さん、11Bさん」

 

 パスカルは、自分の言葉でその背中を押すことにした。

 好ましいというのは紛れもない本心だ。彼が切り開いた道を進むことしか出来ないのかもしれない。けど、それで不都合なことなんてあっただろうか?

 

「いま、門の見張り番に通達しました。いってらっしゃい、どうかご無事で」

「ありがとうパスカル。大丈夫だよ、イデア9942はワタシが守るから」

 

 左の二の腕を右手でぽんと叩き、11Bは笑みを浮かべた。

 

「ええ、あなたの改造計画も聞きましたとも。強くなりましたね、11Bさん。ですが、あなたもお怪我のないように。もしボロボロになってたりしたら、パスカルおじちゃんは怒りますからね!」

 

 明るい声で言うパスカル。イデア9942はピクリと体を震わせると、笑いを誤魔化すように帽子を深くかぶった。

 

「それは怖いな。11Bの怪我を誤魔化せるよう頑張らなければ」

「ワタシ破損すること前提!?」

「もしボロボロになったら、子どもたちのために遊具というのを作ってもらいますから、そのおつもりで。約束ですよ」

 

 いつかイデア9942が教えた、人間たちの約束の方法。

 パスカルの無骨な指の一本が、ピンと立って11Bに差し出される。当然、一緒に暮らしている11Bがその意味を知らないはずもない。同じく右手の小指を伸ばし、パスカルの指と絡まった。

 

「ゆびきりげんまん」

「うそついたら」

「はりせんぼんのーます、ですね」

 

 ピッ、と離される彼女らの指。

 離れても、約束が二人を繋げる。

 イデア9942は、学び、知識を得、日々を生きていく二人の姿を焼き付ける。それは命の成長だ。彼が最も尊び、彼が最も好ましいと感じる瞬間。死と隣り合わせの状況下で、泥臭く生を掴もうとする瞬間とは真逆の、しかし生きるという行為には違いないワンシーン。

 

 これを、もっと見届けたい。

 

「……さァ、気を引き締めろ。武器は構えておけ、11B」

「うん」

 

 彼らに今回、武器をしまうためのホルダーは装備されていない。姿勢制御システムがあれば話は別だが、あれらは実際の戦闘では揺れ、引っかかる恐れがあるため邪魔というのが事実だからだ。

 完全な戦闘態勢、彼が今回の接触に対して、どれほど真摯なのかが伝わってくる。

 

 門の前にたどり着く。上の方で見張りをしていたパスカルの村の機械生命体が合図を送ると、巨大で傷も見当たらないほどガッシリとした木製の門が、重苦しい音をたてながらゆっくりと開いていった。

 本来なら村と城を結ぶこの門は、壮絶な攻防戦があって然るべきだろうが、実際のところはパスカルの村の平和主義が功をなし、一部の超強硬派以外は村を侵略しにくることはない。故に、相互不干渉となった状況下でこの門が使われるのはイデア9942が超強硬派を退治する時だけだ。

 

 荘厳な、苔むした石畳が見えてくる。

 イデア9942と11Bが門を抜けて数秒後、彼らの背後でそれは再び閉じられた。

 

「あの城だ。…戦闘音、もう始まッているか」

「急ぐ?」

「もちろんだとも」

 

 マフラーをなびかせ走るイデア9942。追従し、11Bが後ろを行く。

 為されるはずのなかった歴史の交差点。運命とは紡がれる糸のようだ。だからこそ、一本でも別の糸が紛れ込めば? 自らの意志で変えていく覚悟。紡がれる命を切らせない、たったそれだけのために、編まれつつ在る複雑怪奇な糸の奔流の中に、彼は飛び込んだのだ。

 一本の、白銀を引き連れて。

 

 

 

 

 イデア9942は、まさしくイレギュラーである。

 裏切り者のヨルハを匿っているのは、バンカーにそのまま危険な機械生命体として破壊対象にされる可能性もある。だが、その程度でしかないと彼は言う。新たな困難が訪れるという事ではあるが、困難を自ら選ぶだけの覚悟は既に済ませてあるだけだ。

 後は野となれ山となれ。歩き始めた以上、どんな結果がついて来るかは結果次第。イデア9942はそうして生きて歩いて行く。これまでも、これからも。

 

「……」

 

 だが、イデア9942のように地獄を共に歩く者は居ないのが当たり前、というのが現実である。そうして真実を知りつつも、這々の体で逃げ出したヨルハ機体は極自然な流れで死に腐り、誰にも知られず死んでいく。

 

 それでもだ。どうしようもない運命へ最初に反抗し、なおかつ今に至るまで命を繋げ、与えられた友の志を生きながらに証明する孤高の存在もまた、「どうしようもない」なんて言葉を弾き飛ばしていた。

 

「……また、ヨルハ機体か」

 

 森の国、その王宮の壁に囲まれた城前広場で二人のアンドロイドが対面する。そう、森の王を殺害し終え、2BたちをあしらったA2を見つけたイデア9942は、すぐさま予測地点に駆けつけ、11Bをけしかけていたのだ。

 

 A2。正式にはヨルハA型2号。

 ヨルハのプロトタイプ部隊、Attacker型に属する最初期のヨルハ機体。

 一番最初にヨルハを抜け、今の今まで生存している個体である。圧倒的な戦闘能力と、プロトタイプ故に量産型の後期モデルを逸脱した運動性能、そして何より、「独り」で生き抜いてきたという戦闘経験。

 

 彼女から感じられる圧力は桁違いだった。対面していた11Bは、思わず三式戦術刀を握り直す。佇まいは自然なもので、髪に視界が一部遮られているはずなのに、その隠れた奥からも射抜くような視線を感じた。

 攻撃してくるのなら容赦はしない。言葉以外の全てが、明確な言語となって11Bに伝えてきていた。

 

「退け」

「とりあえず、戦うように言われたからね。それは出来ないな」

「……? まぁ、向かってくるなら」

 

 言葉は途中でかき消された。11Bの視界を横切る木の葉が通る。

 

 A2が武器を構えて突進してきていた。

 

「!?」

 

 静から動への切り替わりがあまりにも洗練されすぎていて、11Bは刀を振りかぶられた瞬間に攻撃されているという事実を認識する。しかしそこはイデア9942の特製チューニングが施された義体。振り上げられた刃が振り下ろされる凶刃にぶつかり、相殺する。

 

「っ、がぁぁッ!」

「力があるヤツか、なら!」

 

 次いで振るわれる幾度もの刃の応酬に、11Bは見事に対処してみせた。切り払い、突き、ふいに切り替わった大剣の振り下ろし。バックステップで避け、突きは武器を持たない手で横に流し、大剣は横に転がることで回避する。

 ここで攻撃の手が休まるわけではない。両手で握り、11Bを地面ごと縫い止めようとするA2の突き立ててきた刃を靴の鉄製の鋲が埋め込まれた場所で蹴り飛ばし、その反動で宙に少しだけ浮く。そこから捻りを加えて膝を立てるように座り、腰だめに構えた刃を勢い良くA2へと繰り出した。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

「このおおおおおおお!!!」

 

 バク転で避けたA2は、着地点の木を足場としてロケットのように射出された。地面と水平に飛んでくるA2。三式戦術刀を構えた11Bが、雄叫びとともに迎え撃つ。間違いなく交差する刃。A2を受け止めた11Bは大きく地面をえぐりながらも、彼女の一撃を受け止めた。

 それは、いつかの22Bとの対象的な光景であった。

 

「っくあああああっっ!!!」

 

 力の限り、刀ごとA2を押し返した11B。特に攻撃されるわけでもなく、後退させられたA2は好機と判断したのか、空中で次の一撃を放つよう体勢を整える。そして着地、再び11Bに武器を振り下ろそうとしたところで、A2は後方上部より襲いかかる謎の悪寒に襲われる。

 

 イデア9942だ。刃の潰れた斧を振り下ろし、A2に不意打ちを仕掛けていたのだ。

 

「機械生命体…邪魔をするな!」

 

 彼の着るマフラーや帽子には微塵も興味を示さず、襲い掛かってきた邪魔な機械生命体を一蹴するという目的で軽く刃を振るう。しかし得意の演算処理で軌道を読んだイデア9942は、斧の柄を滑らせこともなげに受け流した。

 彼に気を取られている間に、11Bは無防備な背中に斬りかかる。

 

「クソッ!」

 

 流石のA2と言えど、実力のある相手を二人はきつい。悪態をつくA2だったが、彼女はその裏でほくそ笑んでいた。状況としては先程の2Bと9Sコンビにも言えることだが、今回は前提が違う。襲い掛かってきているのは、アンドロイドと機械生命体。元来より争い合う運命の種族だ。そのまま機械生命体をけしかけてA2はこの場を離れるつもりだったのだが、そうはいかない。

 

「11B!」

「うん!」

「……は」

 

 肩を並べているのだ。地球を侵略する心なき殺戮兵器の機械生命体と、それを排除するために作られたはずの戦闘型アンドロイド、ヨルハ部隊が。

 長く戦闘を続けていたA2も、驚愕が強すぎて一瞬足を止めてしまう。だが、彼女の培ってきた直感が必死に警鐘を鳴らし、コンマ一秒で意識を引き戻した。向かってくる二体を前に、(機械生命体を前にしては屈辱の極みだが)逃亡することが最善と判断する。

 

 背を向けたA2は、城壁のほうに大きく跳躍すると壁の向こうに姿を消していった。

 本当に、あっという間の戦闘だった。刃の交え合いは、11Bにとって、とても長く感じられた。それなのにログを確認してみれば2分と経っていない。彼女にとって、どれだけ濃厚な時間だったのかが伺える。

 

「……これで、良いんだよね」

 

 ポツリと零した11Bに、イデア9942が気持ち嬉しそうな雰囲気を漂わせながらに頷いた。破顔する11B。取っ払われた感情の檻に、順当な適応をしていっているようであった。

 

「アンドロイドと機械生命体が()()()()。見せるべきものは見せた。礼を言うぞ」

「っふふ……どういたしまして」

 

 斧の石突を地面に突き立て、イデア9942は城壁の向こうに消えていったA2が居るであろう方向を見送った。11Bも、三式戦術刀の刃先を地面に突き刺して先程の戦闘の疲れからか、「はぁー」とその場に座り込む。

 

「A2はどうだッた、11B」

「化物だね。まだ体に振り回されてるワタシじゃ、勝てそうにないかな」

「早急にスペックを馴染ませるプランを考えるべきか。今度、砂漠地帯にでもピクニックと洒落込むのも悪くはない」

「あ、賛成! それじゃあ何持ってく?」

 

 わいわいと、先程までの戦闘を忘れたかのようにはしゃぐ11B。

 しかしイデア9942は覚えていた。彼女たちの上空には、更に気をつけなければ行けない存在が居ることを。

 

「やっぱり炊は、ん……を」

「2Bたちか」

 

 上空から、二人のアンドロイドがポッドに捕まり降下してきた。

 

「あれは……イデア9942? その隣にいるのはアンドロイド……?」

「ちょうどよかった。彼ならA2の事も当たり前みたいに知ってそうですし、聞いてみましょう2B」

 





さてどうなるんだろこれ。マジで自分でも何も考えずに書いてる
というより勝手に動くのを書かされてる感


以降「復活と記憶」についての考察です 邪魔なら飛ばしてください



ヨルハの考察
記憶の継承
・原作冒頭で9Sがバックアップをバンカーにアップロードしていた
・自分の分はできなかったので作戦時の記憶は無い
・記憶は作戦前までの物なので、作戦中に捨て駒等に気づいた機体は撃破時、自動的にリセット?
  4Bで例→4Bは冒頭、「隊長…私…」と不安げに意を決したように何かを言おうとしている。グリューン戦の増援で「猟犬部隊の隊長4B」として援護に来た時、声は一緒。ただし声色が全く違う→気づいた何かを撃墜されたことで記録できていない。

 9Sが処刑される時が全て作戦中であるのは、作戦時の撃破による記憶喪失と一緒に、バンカーでの復活時に重要な事実も忘れさせ違和感をなくすため?(オペレーターモデルはそれらを全て知っていて「口をヴェールで覆い隠して」いる)
 設定資料集の10Hは、記憶構造上の僅かな空白部分(記憶がリセットされても残るデータスペース)に自分が読み解けるよう記号を残した。義体は記憶とともに再生されるため、こうしたデッドスペースを利用して記憶のヒントを残す事も。ただしこの場合、自分のものとしては残せず、自分という他人が残した記録になる。

ヨルハ機体が復活できる範囲について
・論理ウィルスに侵されていないこと
 →完全に同じ機体を再現するため、ウィルスが混じっていると破壊された時ウィルスまで復元してしまう可能性がある。そのため、ウィルス混じりの機体はモデルごと永久破棄されて「死亡」する?
・ブラックボックスが最後の「再生」電波を出している説
 破壊され機能停止する直前、ブラックボックス信号についてポッド達はよく言及している。ブラックボックス信号がそのままバンカーに「復活を要請」する電波を送れなければ、復活できない?
  →4Bが木っ端微塵になってるのに復活してるのは、オペレーターなどが大規模作戦を常にモニターしていたから。もしモニターがなければ?
・バンカーが「復活させない」司令を出している
  →9Sは真実を知っても自ら死にに言っていたが、離反するような裏切りものなんかは人格モデルそのものが「反逆」の恐れがあるため凍結される可能性。16Dの反応からして、裏切った11Bが生き返っていないと言うのは全編を通して確認できる(あれだけ執着しているのだから、あのシナリオライターなら11Bが復活した時点で16Dに追加台詞を用意しているはず)

ワタシ的にはこういう考察で書いてます。
矛盾あったらごめんね ご都合主義タグで許してください


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文書14.document

結局長引いたヨ!!!!!(6666字)
ようやくランキング下火になって逆に安心してます


「っと」

 

 ポッドから手を離して、9Sが降り立った。その隣に2Bが続き、顔を上げて此方に近づいてくる。11Bはイデア9942の背中にさっと隠れた。

 

「イデア9942。さっき、ここにアンドロイドが来ませんでしたか? こう、長い髪で僕達ヨルハと同じタイプのA2というアンドロイドなんですが」

 

 2Bの天頂から腰元まで手で尺を表現し、髪の毛がここまであるぞというジェスチャーをする9S。2Bもたとえとしてはわかりやすいのが分かっているのか、別段彼の行動を咎めたりはしなかった。

 

「ふむ、この身が機械生命体だと認識するや否や、先程襲い掛かッてきた。なんとか撃退したはいいが、どこかへ行ってしまったよ」

 

 2Bたちとしては、こうした平凡な回答ではなくA2というアンドロイドの特徴や普段どこにいるかの情報がほしかったのだが、しれっと誤魔化したイデア9942の本当に知らなさそうな口調を聞いて内心肩を落とした。

 

「逃げていったのか、それはどっちか分かる?」

 

 せめてそれぐらいの情報くらいは欲しかった9Sだが、イデア9942は否と首を振った。

 

「いや、城壁を超えたのは向こうだが、相手も馬鹿ではないだろう。すぐさま別の方向に走っていッただろうし、マーカーも付けていない。追いかける助けにはなれない。すまんな」

「ああいえ、そっちも襲われて大変だったでしょうから……」

「情報、感謝する。9S」

「うん、わかってるよ2B」

 

 9Sは耳元に手を当てる。

 

「バンカー。こちら9S。司令官につないでください」

 

 レーザー通信で先程の情報をやり取りする9S。非常に危険な個体であると伝えられたが、9Sが求めた「ヨルハの脱走」なんて、疑念を刺激して仕方のない情報に関しては秘匿されてしまった。

 流石にこの場において9Sもふざける余地はない。本格的にこの「ヨルハの脱走」について考えようとした瞬間、切ったはずのレーザー通信で再び回線が開かれた。ホログラムウィンドウに写っているのは9S専属のオペレーターモデル、21Oだ。

 

「あれ、どうしたんですかオペレーターさん?」

「いま、あなた方の隣に特殊個体、イデア9942はいますか?」

 

 問われたのはイデア9942の存在である。投写された画面から音声を再生しているため、その会話に関してはイデア9942たちにも筒抜けだ。故に、いるぞ、という自己主張の代わりに軽く右手を上げた彼の姿を見るに、応じる姿勢らしい。

 

「司令官につなぎます。そのまま、ネットワークに侵入されないよう気をつけながらイデア9942という個体と対話させてください」

「え」

 

 演算処理を上回る相手にどうしろと、固まる9Sを尻目に、既に相手方のホログラムは司令官の顔を写していた。

 

「……君が、2Bたちに協力し、地上のレジスタンスにも協力体制を取り付けた特殊個体、イデア9942だな?」

「如何にも。あァ、こちらは機械生命体のネットワークから既に分離している。通信先の情報に関しては、直接データを抜かれるか、コアをつながれない限り漏洩しないから安心して欲しい」

「…たったこれだけでバンカーの場所を突き止めた、ということか。末恐ろしいな」

 

 前置きはいいだろう、とヨルハ司令官・ホワイトは目つきを変えた。

 

「なぜ、お前は積極的にアンドロイドの味方をする? 2Bたちに接触する以前からの報告は聞いている。廃墟都市を中心として活動しながらも、同族であるはずの機械生命体を破壊しているそうだな。その間に、変な言い訳でお前に助けられたというアンドロイドも少なくはない」

 

 ホワイトの口から語られたイデア9942の来歴は、人類軍(アンドロイド)側からしてみれば謎そのものであった。

 機械生命体が製造されてから約5000年間、平穏を乱され地球を侵略され、今や地上にいられず多くのアンドロイド達は衛星軌道上や特殊な環境での生活を余儀なくされている。そんな中、ごく最近になって現れたとは言え製造理由を真っ向から否定するような行動を「選択」するイデア9942。

 アンドロイドには簡単に真似できるわけではない。こうあれと望まれたからこそ、こうであると返すことで、創造主たる人類に栄光を捧げる。だからこそ、気になったのだろう。

 

「簡単なことだ。そうしたいと思ッたからだ」

 

 自発的に0から道を決める。

 イデア9942はそう答えた。

 

「誰が作ッた、誰かが命じた。そんなものは関係ないんだ。大事なのはこの身がどうしたいか、この命を全うする上で、何を成し遂げたいか」

 

 既に決めているのだ、とバンカー総司令を相手に言ってのける。

 帽子の影から覗く無機質なはずのカメラアイには、心で感じる重みがあった。

 

「決めたから、助けているという結果に繋がッている。それだけだろう」

「……そう、か」

「意味を求めても仕方がない。ただ生きているだけだとも」

 

 イデア9942には成し遂げたいと、心の底から思う目的は在る。

 が、それに何の意味があるのかと問われれば、何の意味も無いと言えるだろう。アンドロイド側に何かしらの利点が在るわけではないし、機械生命体にも損も得も無い。

 今となっては地上の覇者であるこの二種族どちらの大勢にも影響しないイデア9942の目的は、まさしく意味がないのだ。

 

「時間を取らせたな、機械生命体にもこのような考えがあるという貴重な意見だった」

「いいや、量産された程度のこの身が、かの人類軍最終決戦兵器たるヨルハ部隊総司令と話せるとは、此方も貴重なひとときを過ごさせて貰ッた。礼を言うのはこちらの方だ」

「お前のような意見もある、というのは此方で話し合った末、人類会議に提出する。お前のような個体が失われるのは損失だからな。いい結果を期待してくれ」

 

 それでは、と彼女の言葉を最後にバンカーからの通信が切られた。

 

「……あれ? まだつなが――」

 ――――――け―――た――――せん―――ぱぃ

「ノイズ……ってあれ、切れた。なんだったんだ今の。別にウィルスでもないし」

 

 訝しむ9Sだったが、そんなことよりも9Sに衝撃を与えた事がある。

 

「司令官が、機械生命体と話すなんて……」

 

 信じられないといったふうに、9Sはかぶりを振った。

 普段から彼が言うように、司令官はまさに鬼のような決断すら迷いはあれど最終的には言い切るタイプの人格だ。そうでなければ司令官なんて務まらないというのもあるが、9Sのようにラフな人格の者たちにはあまり受けはよくない。

 だからこそ、機械生命体と話すなんて行為をしたのがよほど衝撃的だったのだろう。

 

「ところでイデア9942」

 

 先程の記憶を吟味する9Sよりも衝撃は小さかったのか、それよりも気になったことがあるのか。2Bはイデア9942に聞きたいことが在るらしい。

 

「どうした、2B君」

「貴方の背中に隠れているアンドロイドは……何者?」

 

 当然といえば当然だろう。A2のこと、司令官のこと。

 衝撃的な事実が続いていたが、2B達が来てから必死に彼の背中に隠れるアンドロイドは、正直なところ怪しいの一言であった。商業施設で出会った球形の首のようなナニカから始まり、怪しい事態が幾度も起こっている。そのうちの一つくらいは解明したいという気持ちにでもなったのだろう。

 

「彼女は11Bだ」

 

 彼の背中で、こともなげにバラされた11Bがビクリと震えた。

 

「っ! ……ポッド、どういうこと?」

 

 11Bといえば、大分前にイデア9942が言及したヨルハの脱走兵である。以前彼が予想したとおり、11Bには捕縛命令が出ており、脱走した理由について尋問するよう指名手配がされていた。

 そんなある意味時の人物、そして何よりヨルハ機体であるならポッドがわからないはずもない。判断を仰いだ2Bは、その頼みの綱のポッドからもたらされる情報を持った。

 

「予測:イデア9942が何らかの方法でブラックボックス信号を感知させなくしていると思われる。事実、接触可能な距離であっても当該個体からはブラックボックス信号が感じられない」

 

 淡々とした男性の声で2Bの随行支援をするポッド042が続ける。

 

「推奨:ヨルハ脱走機体、11Bの捕縛」

「……その、つもりなら」

 

 はじめて11Bが声を出した。

 その手には、既に三式戦術刀が握られている。

 当然と言えば当然の反応だ。誰も好き好んで捕まる輩は居ないし、何よりイデア9942から永遠に引き離されるなんて、そんな事態は11Bの人格データの底から望まない展開だ。

 

 ざわめいた空気が流れ、圧縮されていく。

 ほんの一度でも突いてしまえば破裂しそうなほどに膨らむかと思われたが、

 

「武器を収めましょう2B。イデア9942、あなたも彼女を抑えるように言ってください」

 

 なんと妥協案を出したのは9Sだった。

 2Bよりも任務にそこまで忠実ではないからだろうか。

 

「9Sっ! でも」

 

 9Sを諌めるために身を乗り出した2Bだったが。

 

「そうだな。11B、武器は離さなくていいがせっかくの同僚だ。積もる話もあるだろう」

「イデア9942はそのノリやめてよ……もう、そんな気軽な関係じゃないのに」

 

 イデア9942があえて便乗したせいで、その機会も失われた。

 流石にこんな状態で戦闘を続けようという鋼の意志は2Bにはない。渋々、その刃を収めてイデア9942たちに向き直った。ゴーグル越しで2Bたちがどんな表情かはわかりにくいが、11Bはあまりにも分かりやすい苛立ちを感じさせる表情を作っていた。

 

「それじゃあ、イデア9942。あなたはどうして11Bを助けたの?」

 

 遺されていたヨルハ正式鋼刀の記憶領域。11Bの最後のテキストデータを見る限り、撃墜された直後は本当に死の目前だったというのは2B・9S両名が持つ認識だ。

 

「いつも通りでな。11Bが死にかけるのを知っていた。だから拾って、戦闘では前衛を任せている。中々楽しいぞ」

 

 一体なにが楽しいのか、こともなげに言ってのけたイデア9942の言葉に9Sは頬をヒクつかせる。

 

「あー、動物を拾ったんじゃないんだから……どうしましょう2B。動機が軽すぎるのと、本当に事の重さを分かってるのか、知っててやっているのか、すごくやりにくいんですが」

「いや、事の重さは分かッているとも。アンドロイドは大変だな」

「えぇっと、そんな程度じゃなくて……その…2B、どうしましょう」

 

 更に返された答えが何とも言えず、2Bに助けを求める。

 

「……っ」

「いや、無言で首を振られても…」

 

 彼女もどうにもできないとかぶりを振った。イデア9942は誰と話すときもこの態度を崩していない。真面目に、日常生活レベルの出来事だと言わんばかりの口調で言うのだ。

 いかに事が事だとして、脱力するのも仕方がないだろう。もっとも、それを狙っていたとするならイデア9942は相当な役者である。

 

「仕方ない、それじゃあ11B。君は何故、ヨルハを抜けようと思ったんだ?」

 

 このままでは埒が明かないと、矛先を変えた9S。

 いずれ来る質問だと分かっていたのだろう。イデア9942に視線を移すが、彼は「話してやれ」と目くばせして沈黙を貫いた。彼が言うなら、ワタシは従う。でも、なんだっけ、ああ、そうだ―――。

 

 そういえば彼にも脱走の理由は話していなかったっけ。

 

 彼からもらってばかりだ。だからこいつらが居たとしても、それでいい。

 話そう。本当の、ワタシを。

 

 今がその機会なんだから。

 

「……いつまでも続く出撃。ワタシは、何度も義体を失いつつも作戦を乗り越えた」

 

 驚くほど落ち着いた声で、鈴のような声が森の国に響く。

 そのうちに怖くなったのだと、11Bが胸元を右手で締め付ける。

 

「いつ、この体が論理ウィルスに侵され、ワタシがワタシじゃなくなるのかも分からない。一度そう思ってからは、作戦に出るたびに怖さが増していった。だから16Dっていう防御型の後輩が出来た時、死ななくて済むんだって一度は安心したよ」

「一度…か」

 

 2Bのつぶやきに、11Bが頷く。

 

「うん、たった一度。結局、その後は訓練と称して16Dを痛めつけて怖さを誤魔化して、実戦では16Dを間に挟んで戦ってた。そんなワタシに反して、経験を積んだ16Dは強くなっていった。それをワタシのおかげだって、褒めて好意を寄せるくらいに」

「好意……」

 

 9Sは、11Bの最期と思わしきあのテキストデータを見せた時の16Dの反応を思い出した。そして、11Bが生きていると知った時の彼女の狂乱の姿も。このことを伝えるべきだろうか。

 彼が迷っている間にも、11Bの独白が続く。

 

「16Dを抱きしめても、表面しか取り繕え無かった。そのうちに怖さと罪悪感が背中を這い登って、ワタシの首を締め付ける気がしたんだ」

 

 苦しさが、限界だった。

 逃げ続けているだけでは何も出来ないのに、それしか方法がなかったんだ。

 

「もう、何もかもがいやになって、バンカーに戻るのも嫌になった。16Dの顔を見るたび、ワタシがどんなに浅はかなのか思い知らされたから」

 

 だから、と彼女は言う。

 

「安心できる場所を探すために逃げたんだ。撃墜されたように見せかければいいと思って、あえて飛行ユニットの一部に避け損なったみたいにして、長距離砲撃を受けた。結局、思ったよりもずっと深い傷を負ったんだけどね」

 

 最終的に、今までのどんな恐怖をも上回る死を目前にするハメになった。所詮はその程度の器しかなかった。

 だけど、死にたくない。死にたくなかった。

 

 最後の最期まで、無様で転げ回って終わるはずだったワタシの命は―――イデア9942と出会って、彼という安心の場所を得て、ようやく始まったんだ。

 

 11Bの話は、そこで終わった。これ以上は語る必要がないということだろうか。

 

 口をつぐむ11Bに代わり、これまでの情報を整理した9Sが再始動する。

 

「……バンカーへの離反は、重罪。でも不利益をもたらす程でもない……どう報告したらいいんだろう」

 

 11Bには、バンカー、ひいては人類に対するデメリットをもたらすつもりがないというのが十分に理解できた。だからといって、脱走したヨルハの処分の判断は、あくまで末端の自分たちでは決められることではない。

 

 ―――対話する事でしか、相互理解は得られない……私はそう思っています。

 

 正直なところ、機械生命体がまつわる事態なだけに、11Bの事を正式に報告してもいいのではないかと思っていた。だが、機械生命体という敵であるはずのパスカルの言葉が脳回路をよぎるのだ。どこまでも冷静で、どこまでも柔らかな発想を持った機械生命体。

 イデア9942とは違う、謎の心を開かせる強制力が無いのに、幾つもの精神防壁を越えて響いてくるんだ。

 すぐにムキになる僕をあざ笑うかのように。

 ……実際はそんなはずがないって、分かっているんだけど。

 

 2Bが、僕のことを見ている。

 一度この場を仕切り直したからには、僕の決定に従ってくれるということだろう。そう思うと、ますます頭の中がこんがらがっていった。

 

「9Sくん」

 

 混迷する思考に、一筋の光が紛れ込むかのように言葉が入ってくる。

 

「良かッたら、これを使って欲しい」

 

 イデア9942が開いた掌に乗せていたのは、一枚のチップだった。

 ぞわりと、悪寒が9Sの背筋を駆け巡る。

 2Bは小刻みに首を振る。それがどれだけのものか、分かっているから。

 

「報告:ブラックボックスの部品。だが、発信される信号は11Bのもの。推測:当該部品は複製物であると思われる」

 

 ポッドの言葉を待つまでもない。スキャナーモデルとして、幾度か論理ウィルスに侵された仲間を助けたことが在る。だから、見るだけで分かった。イデア9942が持っているのはブラックボックス……その中でも重要な、人格データが最初に込められている記憶媒体だと。

 

「ポッド042の言ッたとおり、複製した11Bの信号を放つブラックボックスだ。これをバンカーに持ッていけば、11Bは破壊されたという扱いになるだろう」

「……ブラックボックスを、複製した!?」

 

 何が起こっているのか理解したくないけれど、2Bの叫びは痛いほど理解できる。

 こんなもの、あっていいはずがない。

 

「そんなバカな。それに、稼働中のブラックボックスを取り出さずに、特定個人の人格データを模倣するなんてそんな」

 

 ありえない。その言葉が何度も反響して脳回路を埋め尽くす。

 だが、できるかもしれないと裏付ける事実がある。僕とポッド153を含めた演算措置を圧倒的に上回る、イデア9942の演算能力が。

 

「実を言うとだ、気に入ッているんだ。失いたくはないと思うのは、変なことじャないだろう?」

 

 今ばかりは、このとぼけたように言う機械生命体が恐ろしく見えた。

 心をすり抜けてくる、創造主のようなナニカが。

 




ようやくランキングから消えれたので、これからゆっくり更新していきます
ランキングにずっと居ると謎のプレッシャーで毎日書いてしまうんだよ
謎の強迫観念怖い。

今更ですが、2Bとかの名前は英数字の人名は全て全角でいきます
前までの話の推敲は面倒なのでやりません

あと、イデア9942のキャラが定まりました! 多分!(今更

ほんとこの話どこに向かっていくんだろ。
イデア9942の「超システム面強いよ! なんでも作るよ!」設定がね、
もう完全に某オバロの某超絶頭いい悪魔を超えたメアリー・スー状態。
D・E・M化が進んでいく

最終回をキャラクターたちに書かされる日が超怖い。
ワタシこれ書いてるんじゃないんですよ。キャラクターに書かされてるんですよ。
台詞も行動も、考えてないんですよ 何も


私の意志は前書きと後書きにしかありません だから文章多くなる(結論


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文書15.document

皆のせいでまた連続投稿である
オンゲしたいいい

でも感想欄で結構好きなビッグな作品書いてる人いた
私も書かなきゃ(使命感


 断れば、敵対関係になる恐れがある。そして現状、何をどう考えても、敵対は9Sたちにデメリットしかもたらさないというのは少し考えれば分かることだ。

 

「9S、彼の提案を受ける以外、もう選択はない」

 

 此方が折れるしか無い。見逃すしか無い。

 けれども、それが正しいのだと、イデア9942と相対する事で浮き上がる謎の感情が9Sたちを肯定してくる。自分たちの意志を無視するかのような謎の衝動。9Sはもう、正体に薄々感づいてはいる。確信が持てないだけだ。

 

「わかりました。このブラックボックスの複製品は、本物と扱って提出します」

「ありがとう」

 

 頷き、広げられたイデア9942の手から、部品を受け取る9S。

 ポッドの格納領域に大事に大事に保管されたそれを見届けて、彼は顔に手を当てる。

 

「此方があえて作ッた状況だが、悪くはないだろう?」

 

 悪戯が成功した子供みたいな態度で、イデア9942が話しかけてきた。その隣では11Bがホッとしたように胸に手を当てている。彼の言葉に対し、2Bはそっぽを向き、9Sは肩を落とす事でしか答えを返す事しかできなかった。

 心臓に悪い、とはまさにこの状況を言うのだろう。

 

「いつの日か、あなたがアンドロイドを支配する日が来ないことを祈ります。僕たちはきっと、逆らえないだろうから」

 

 半分本気で、半分冗談のこもった言葉を投げかける。

 それは懇願でもあり、9S自身が出した回答の答え合わせでもあった。

 

 言わんとすることに気づき、イデア9942は「フム」と声を漏らして帽子の角度を直す。

 

「……まァ、気付くだろうなとは思ッていた。なんせ9S、キミがキミである限り気づかない道理もない」

「どこまで知っているのか……非常に、ひっじょ~に気になりますが!」

 

 9Sはイデア9942に敬礼をしてみせる。彼は敬礼を受け、「正解だ」と呟いた。

 つまりは、そういうことだ。2Bも、そのやり取りで9Sが辿り着いた結論に思い至ったのだろう。口を固く結び、そうか、と一言だけつぶやいていた。

 

「僕もう、くたくただよ。2B」

「甘えない。もう少しだから、シャンとする」

「は~い」

 

 この謎の機械生命体に会う度、理解の範疇を超えた出来事が襲い掛かってくる。ガリガリと精神を削られた9Sは癒やしを求めて2Bに甘えたがるが、彼女はそれをいつものように一蹴する。

 イデア9942の前でこのようなやり取りをする。つまり、もう警戒するだけ色んな意味で無駄なのだと二人は悟ったのだろう。そのうち無駄な悟りが積み重なって解脱してしまわなければいいのだが。

 

「2B、少しA2のことについて調べてみてもいいかな?」

「……構わない、今のところ、私達の目的は無い。次の指令が下るまで9Sに付き合うよ」

「イデア9942…は知らないにしても、もしかしたらパスカルなら知ってるかもしれない。ひとまずそこを目指そう」

 

 2Bは頷き、イデア9942に向き直った。

 

「それじゃあ、イデア9942。私たちはパスカルの村に向かう」

 

 この件について、一段落がついたと思ったのだろう。

 改めて、2Bはイデア9942たちに行き先を告げた。

 

 現時点で幾つものイレギュラーはあったものの、結局2Bと9Sは「ヨルハ」のアンドロイドであるのだ。身内のヨルハA2が危険な個体として指定されているなら、一体そうなるまでどんなことがあったのか。何のために戦っているのか、理由を暴きたいと9Sは考えていた。

 

 司令部からA2の情報に関しては秘匿されている。言外に、詮索はしないようにと言われているが、だからこそ9Sの好奇心に火を付けたということだ。まずはパスカルの村、そこでも情報が得られないなら……当てはある。今は9Sの好きにさせてあげよう、というのが現時点の2Bの本音ではあるのだが。

 

「そうか。まァ、頑張るといい」

「さっさと行ってよ」

 

 今まで黙りこくっていた11Bも、やっと居なくなるのかと冷めた目で二人を見つめる。曲がりなりにも仲間だったはずなのに、そんなことを考えながら、9Sは苦笑いを浮かべてその場を離れる。

 

 必然的に、その場にはイデア9942と11Bだけが残る。

 

 粗方破壊されてしまった森の国の機械生命体。閑散とし、駆動音すらしなくなった森の城。どこまでも朽ち果てていく廃墟と成り果てた城を見上げる11B。何気なく視線を隣に向けると、同じようにイデア9942が城を見上げていた。

 

「……ここから、か」

「いつもの予言?」

「11B、帰りながら話そう」

「あ、待ってよ」

 

 イデア9942が、廃墟都市に向かって歩き始める。

 ぴったり隣についた11Bも、雰囲気の変わったイデア9942が気になるようだった。

 

「11B、今は幸せか?」

「どうしたの急に。……うん、貴方の隣に居られて、ワタシは幸せだよ」

「これまで色々とあッたな。キミを拾ッてから、ただの作業中も楽しい思い出にさせてもらッた」

「ちょっと……」

 

 11Bが止めるような声色で懇願する。

 イデア9942は止まらない。橋を超え、川を超え、丘を登る。

 

「もし、それら全てが崩れ落ちたら―――」

「やめてよっ!!!」

 

 11Bは、イデア9942の腕をつかむ。

 ピタリ、と歩みが止まった。

 

「どうしたのイデア9942」

「…抗うだけの力は共に培ッたつもりだ」

「抗う……力?」

「謎が、積み重なってきた。これから崩壊が始まる。あらゆる意味で大きなものが動き始める。巨大なものほど、動く度に壊すものも多くなる。……キミが、木ッ端のように崩れる姿を見たくはない」

 

 一体、この言葉がどう繋がっているのか。

 たとえ戦い一辺倒の11Bだとしても、薄々気が付き始めていた。

 

 イデア9942は、それほどまでに。

 

「キミを失いたくはない。あの時語ッたのは紛れもない本心だ」

 

 だから、と深く帽子を被って目を隠す。

 

「この身は、それでも進むことをやめられない。付いて来るとしたら、今度こそ死が迫ッてくるかも知れない。11B、君が――」

「ねえイデア9942。最初に言ってたよね。話せる相手がいるのが大事で、思い通りにならない他者が居ることが、とても良いことだって」

「11B、それは」

 

 とても珍しい、彼の困惑したような声だった。

 制止するように伸ばされた手の先、自分のよりも圧倒的に太い指を両手で掴んで、11Bはイデア9942を見上げる。帽子で隠したつもりが、11Bのまっすぐな目が見つめ合う。ビクリと、彼の指が震えた。

 

「ワタシはさ、もう貴方の隣以外、歩くつもりはないんだ。貴方がなんて言おうが関係ない。ワタシはあなたの相棒11Bでありたいんだ」

 

 彼が何かを言おうとする。その前に、11Bは畳み掛ける。

 

「ワタシが戦う理由はイデア9942なんだ。ワタシが安心できる場所はイデア9942だけなんだ。だから、なんて言われても……もう、離れるつもりはないからね」

「やれやれ……どうやら、本当に」

 

 イデア9942は、帽子を外して胸元に添える。

 影もなく、改めて交わした11Bの視線は、記憶のものよりもずっと力強い。

 

「強くなッたんだなァ、11B」

 

 カメラアイの下部から、透明な塩分混じりの液体が流れ始める。

 冷たい装甲板を伝う、熱いもの。

 

「あァ、なんだろうか。この感情ハ、懐かシい……まだ……()が人だッた時ノものじャナイか。機械の体で涙なんテもう出ナイもンだと、思ッてたんだがなァ」

 

 機械生命体の体は、非常に単純に見えて、実は恐ろしく多機能だ。

 彼は、システム面や駆動系を弄ってはいたが、人類程度の知識ではそれが限界。未知の技術で作られた機械生命体のボディを直接いじることは、流石の彼でも不可能だった。せいぜいが、上からそういうプログラムを与えることで、分からないままに変形・進化させるだけ。

 

 だから、彼の中で強く訴えかける感情が、無意識の命令を下した。

 涙腺、涙、生成・排出。熱を伴う。

 

 信じられないように目元を拭うイデア9942。

 彼の涙は、白いマフラーに当たる。

 滲んで灰色に濁ったマフラーが、何よりの嘘ではない証。

 

「絶対に守るからな、11B」

 

 右手の指を握る11Bの手を、左手で優しく包み込んだ。

 近寄った11Bは、そのまま彼の腕に全身で抱きついた。

 しばらくして指を離した彼女の手は、代わりにイデア9942の顔に伸ばされる。

 

「ね、帽子貸して」

「構わない」

 

 愛おしそうに彼の装甲板を撫でた彼女は、受け取った帽子をかぶる。

 ぶかぶかだね、と笑った11B。彼女はそのまま、跪いた。

 

「何を――」

 

 したいのかと、聞いた瞬間だった。

 不思議そうにしていた彼の手に、突如柔らかくて暖かなものが当てられる。

 

「あなたと、あなたの守りたいもの全部、絶対に失わせたりしない。ワタシの戦う理由、ここに誓うよ」

 

 被っていた帽子を脱ぎ、胸元にやる姿は、簡素な騎士の誓いのようだった。

 イデア9942の手の甲に、キスを落とした11Bはニコリと笑って彼を見上げた。

 

 ささやかな誓い。でもそれは、彼女の全身全霊を込めた気持ちだった。

 向けられることのなかった純粋な好意。イデア9942は、のらりくらりとこの世界の命を見届けるために動いたと言いながらも、一線を引いていた。そのため、たとえ普段から彼女に好意を寄せられても、ある程度は一蹴できだろう。

 

「は、はははははは……ははははっ!!」

 

 だが、今は違う。

 彼は涙を流し、11Bに閉じていた心の殻を蹴破られたのだ。

 嬉し涙が、止まらない。留める事が出来ない球体の顔を伝い、マフラーがどんどん湿っていく。よろよろと足取りも悪く、踵を木の根に引っ掛けたイデア9942は無様に尻から転んでしまった。

 

 笑いが止まらない。嬉しすぎるからだ。

 

「初めてみたよ、そんな姿」

「初めて見せたとも、こんな無様」

 

 転んだせいで視線の位置が逆転してしまっている。

 勝ち気な表情の11Bに、帽子を手渡されるイデア9942。それを左手で持った瞬間、また手を伸ばされた。その手を取る以外に選択肢はない。当たり前だ。

 

「よッ、と」

 

 付着したドロを払い除けて彼がいう。

 目線は再び、イデア9942のほうが高くなる。

 

「全く、汚れてしまッた」

「自分で汚したんでしょ」

 

 全くだと、また彼は笑った。

 涙はもう出ていない。流す必要は、もう無い。

 

「命が輝く瞬間……それのどこが良いのかなんて分からないけど、あなたが大事にするものなんだから、ワタシにだって守る理由があるよね」

「そうだな、なんといッても、君は素晴らしいパートナーだ。振り回しても、本当にいいんだな?」

「もう、しつこい」

「済まなかッた。再三の忠告なんてウザいだけか。全くもッてその通りだ」

 

 初めて出会ったときのように、ゆっくりと開かれた手が差し伸ばされる。

 それが当たり前のことのように、11Bは差し出された右手を交わしあった。

 2つの点は、間に無限の図面を書き上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 衛星軌道上に存在するヨルハ部隊の総本部バンカーは、機械生命体たちに位置を悟られないよう、常に宇宙を漂っている。だが不思議なことに、ありとあらゆる場所で活動できるはずの機械生命体は、バンカーや月面の人類を直接攻撃するような事はない。

 

 だが、相手がそのつもりなら此方もそのつもりで戦うのみだ。

 アンドロイドたちの認識は全て、こちらを侮る機械生命体への敵意に満ちている。

 

 そして機械生命体を殲滅するため、戦闘のみを目的として製造された兵士たち、ヨルハ部隊もその認識は変わらない。全員が総じて、機械生命体許すまじと敵意を向けて、日夜作戦行動に取り組んでいる。全ては月面の人類が安心するために、崇拝と信仰心を忘れずに。

 

 バンカーは今も、静かに淡々と機械生命体たちを処理するための作戦を遂行する。

 はずなのだが、今日はやけに騒がしい。

 

「何故転属願いが受理されないんですか!?」

 

 専属のオペレーターモデルに問いかける一人のヨルハ機体がいた。

 彼女は思い出がたくさん詰まったバンカーの一室で、苛立ったように声を荒げている。

 

「あんたの言い分はわかる。でもなぁ、ただでさえ少ないD型、バンカーにしてみればその役割を全うしてほしいんだ。先輩が死んじまって、敵討ちに行きたいなんて、誰でも思うことだ」

 

 でもな、とオペレーターモデルが言う。

 

「与えられた任に忠実に従い、より多くの機械生命体を殲滅する。それこそ敵討ちに繋がるって、そうは思わないか? だから、しばらくそこで頭を冷やして」

「もう良いです!!!」

「あ、おい―――」

 

 ブツン、と物理的に通信機器が断ち切られる。

 バンカー内とはいえ通信状態は悪くない。だというのに、彼女は非常用の物理回線を使ってオペレーターと話していたらしい。この事に関して小言を受けていたが、先程までの慰めにもならないオペレーターの言葉は、全て彼女の右耳から左耳へと抜けて居た。

 

「許さない、許さない、許さない。先輩は、先輩は私だけがどうしてもいいんだ。許せない、先輩を誑かして、あんな……私にも見せたこと無いのにっ!!!」

 

 わなわなと震え、顔を抑えていた彼女の手は握りこぶしを作っていた。

 

「許せないッッ!!」

 

 振り下ろされた拳がコンソールを破壊する。

 

「警告:バンカーへの攻撃行動は厳罰対象に成り得る。今後は控えるよう」

「黙れ箱人形! 私の邪魔をするな!!! あんたに発言権はもう無い!!」

 

 衝動のままにヨルハの権限で、忠告をしたポッドの口が封じられる。

 あまりにも痛々しく、狂気的で、誰もが近寄りがたい空気だった。

 

 彼女がこもる部屋の外に、ヒステリックな叫びが漏れ出ている。

 

 ここは、ヨルハの独房。

 感情を必要以上に発露させた人格モデルを、ボディのまま矯正するための部屋だ。

 

 かつて格納庫で11Bの生存を知った彼女は、ついに抑えることの出来ない全ての感情を吹き出して、狂った。他のヨルハが「感情の発露の禁止」という事項を破ったこと、そして常日頃から狂笑を聞かされる苛立ち、という私情も交えて司令官に報告した結果。晴れて彼女は独房の住人となったのである。

 そして彼女は此処に入れられる直前、バンカーでイデア9942と話す司令官の姿を見ていた。影に隠れる11Bの姿も。だが、直後に9Sたちが持ち帰った11Bのブラックボックスの人格データのパーツを見て、完全にその精神は均衡を崩された。

 

 11Bが死を改めて偽装した。

 そんなに会いたくないのか。そんなに、奴がいいのか。

 

 ギリッ、と歯が噛み締められる。常軌を逸した力は、奥歯というパーツを一部破損させた。

 

「許せない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない!!」

 

 数時間後、彼女は独房から出された。

 入れられる前とは打って変わって、後輩らしくおどおどとした、昔そのものの人格だったらしい。専属のポッドも何も言わないため、誰もが彼女は元に戻ったのだ。そう思っていた。

 

 

 ところで知っているだろうか。カサブタというものがある。

 血小板が急いで出血部位を防ぎ、酸化した血と共に傷口を防ぐものの名称だ。

 

 だけれども、これはあくまでタダの蓋。一時しのぎ。

 出来たところで、怪我が治りきったわけではないのだ。

 

 アンドロイドたちは、その本質を理解しては居なかった。

 




作者的に、ちょっと言いたいことがあります。
オリジナル敵三大名物」っていう名前勝手につけてるんですけどね。

・ひとつ、同じ転生者が現実見ろよってレベルの欲望で主人公を襲う系。
・ふたつ、アンチ対象の原作主要キャラがよくわからん進化してた系。


・みっつ、ヤンデレかメンヘラこじらせたキャラが(血で濡れて読めない


にしてもあれだ、定めたはずのキャラが今回の話しで大分崩れた気がする。
無駄に感動与えようとして失敗する典型よな、今回。

皆は無理のないストーリー構成と感動の適所を学んで書こうな!
アイアム反面教師


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文書16.document

もうこいつらずっとイチャイチャさせておけば良い気がしてきました。
タイトル変わっちゃうけどね!!

あとこれだけは言わせてください
これが私の精一杯の機械ダヨ表現です 文才なさすぎワロエナイ

※感想欄の指摘があったので夜の言及を消しました
昼夜の概念なくなってたのすっかり忘れてた


 この世には、理解できないものばかりだと知った。

 本を閉じる。この本も、結局何のために書かれたのか全くもって分からないものだった。実在しない人物たちが、実在しない場所で、実在しない絵空事を追い続ける姿を、絵と幾つかの文章だけで構成した本だった。

 

 分からない。これに何の意味があるのだろうか。

 だから人類は面白い。こんな意味もないような事に、おそらく何らかの意味を持たせて作り上げたのだ。

 

「口惜しい。それさえ分かれば、私も」

「どうしたんだ? にぃちゃん」

 

 こちらを見上げてくる弟。

 こいつは、私が理解しようとしていることに興味を示さない。全ての興味関心は、私にだけ向けられている。私と同じ姿形で生まれたなどと、少し信じられないほど、思考の形が違う。だが……向けられる好意的な視線は、心地が良い。

 

 イヴと軽く会話を交わしながら、この魅力的な本や媒体から情報を引き出していく。心のなかに、なんとも言えない何かが入り込んでくる。嗚呼、それでも理解できない。この神秘的なまでに素晴らしい、人間たちが残した多種多様に過ぎる生産物。数に限りがあるというのに、私達が動くうちに解明できるのだろうか。

 

「読み終わったよ、にぃちゃん!」

「いい子だ。そうだな」

 

 手元を見ると、ちょうどこの本も第一章が終わったところだった。

 続きを読みたい衝動が吹き出す。理解できないと言いつつも、私の感情をこれほどまでに引き出す本。やはり、このような物を生み出す人類は素晴らしい。死生観、なんと言う抽象的で、興味深い命題だろうか。

 

 だが、イヴ。君との約束があったな。

 

「何をして遊ぼうか」

 

 問いかければ、イヴは破顔した。

 私よりもずっと、喜怒哀楽の感情が激しい。私と同じ顔で、私と同じ生まれで、もう一人の全く違う自分を見つけられそうな。

 

「向こうに静かな丘を見つけたんだ。昼寝しにいこうよ」

「……おまえは」

 

 そうだな、私と過ごす。それがお前の。

 やはり、違うのか。

 

「いいだろう。イヴが見つけた場所だ、楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 メンテナンスは、アンドロイドも機械生命体も、定期的に行う必要がある。自我データが分離・崩壊していないかのチェック。そして燃料や濾過フィルターといった消耗品の取替。部品や人工皮膚のような劣化する品目の汚れ落とし。

 ヨルハが破壊されてしまった場合、バンカーで復活できれば一回分のメンテナンスはしなくても良いのだが、戦闘を主にするヨルハのアンドロイドは特にこういったメンテナンスが欠かせない。

 

 では、脱走した者やソレ以外のアンドロイドはどうしているのか? 当然ながら、正規品は手に入らない。よって、代替品を自分で製造するか、他人を頼るか。

 

 人を模しても、結局は機械の体だということを実感させられる。それはほとんどのアンドロイドが抱いたことの在る感情だろう。しかし、人類を模倣する事が無意識の望みであるアンドロイドの中でも変わり者というのは居るものだ。

 

「開けるぞ、11B」

「うん」

 

 服と人工皮膚を取ってみれば、存外にアンドロイドの体には幾つもの亀裂が見える。そこの亀裂に細かな作業用のアームを差し込んだイデア9942が、11Bの背中を文字通りに開いた。

 人体の背中がドアのように開く光景は、中々にショッキングなものだ。だが彼にとって、11Bが来てから何度も見た光景。特殊な感情を抱くこともなく、淡々と、パスカルから受け取った濾過フィルターや、各消耗品のメンテナンス作業を行っていく。

 

 一部の感情的なアンドロイドたちは唾棄するものとして扱うほどの、人間の様式から大きく離れた洗浄方法。人間は生身の肉体の表面を、薬液等とお湯で流してしまえば洗浄は終わる。だが、機械は普通取り替えるはずのない臓器を何度も何度も交換する必要がある。

 

 11Bは、別段何とも思わない思考の持ち主だったが、今となってはこの時間を好きだと言えるようになっていた。何故か? 当然、イデア9942が自分のありとあらゆる場所に触れてくれるからだ。

 中身の全てまで、もうイデア9942が触っていないところはないだろう。ブラックボックス以外、取り替えるべき場所はほとんど彼の手製のパーツなどに置き換わっている。人工筋肉も、冷却装置も、演算拡張装置も、彼が生み出したものだ。

 

「今日は何をいれるの?」

「ただのメンテナンスだ。もう終わッたが」

「なぁんだ」

 

 最後に、イデア9942が11Bの電脳内にハッキングする。侵入(ハッキング)というより、彼女自身拒んだ様子もないのでただの遠隔アクセスなのだが。アンドロイド的には無理やりか同意の上か、と言った違いだろうか。

 

 しかしここで重要なのは、自我データのチェックが済んだことではない。改めて11Bの思いの丈を、直接データ上で見せつけられるということである。一度作られてしまった涙腺は、あのシーンを思い出す度イデア9942の目元を涙で濡らす。

 

「涙脆いな。全く、この身はこんな安いやつだッたか」

 

 ひとりごちて、彼はアクセスを切った。

 意識が現実に戻ると、既に彼女は剥がされていた胸元の人工皮膚を貼り直し、その上に服を纏おうとしているところだった。

 

「動作に問題なし、どうだった?」

「相変わらず、運動機能の演算時に余分な数値を足す癖があッた。今度はそのボディに合うように抑制プログラムを付けておいたから、後は自分で慣れておけ。戦う度に関節や駆動系を壊されては堪らん」

 

 素材にも限りが在るんだ、と彼が愚痴る。

 

「そうだ、11B」

 

 そこで思い出したのか、作業の手を止めずにデータチップを11Bに手渡した。

 

「ここから少し行ッた砂漠に在るんだがな。そこで集めておいて欲しいものがある」

「集めてほしいものっていうと、また何か作るのかな」

「それに近いな」

「ふぅん?」

 

 言いながら、彼はリアカーに幾つかの資材や武器、いつもの作業道具を詰め込んでいく。11Bは、手渡されたチップのデータを引き出し、読み込んでいた。

 

「わざわざ物理チップで秘匿かけるような位重要なの? これ」

「失われた技術というか、それに近い。あと、プラグインチップは防御系でいいぞ。今回は余り事を荒立てたくないからな」

「隠密ってことね。分かったよ」

 

 11Bは腰元に刀のホルダーを付けて、そこに戦術刀を差し込んだ。

 

「イデア9942はどこに行くの?」

「また訪ねておきたい人物が居るんだ。まずはアネモネの場所に向かって資材を卸してからだがな」

 

 リアカーに、プラグインチップの入った箱を固定する。持ち手を握った彼は、そのままガラガラとリアカーを引き始めた。11Bも外出の準備が整ったため、電灯を消して自分のスペースに散らかる物を一点に並べる。

 

「シャッター閉めるよ」

「ありがとう」

 

 最後に部屋の入口の鍵を閉め、二人はスロープを登っていった。

 地殻変動で様変わりしてしまった廃墟都市。しかし、変わりない空気を吸って、11Bは朝日を浴びる。背後では偽装のために階段を仕舞い、隠しボタンのある窪みに蓋をしているイデア9942の姿が在る。

 

「今日は別行動かぁ。守るって言ったばっかりなんだけどな」

「君が無駄に決意してからというもの、やることが山積みだ」

「ほんとにイデア9942って律儀だよね、そういうところも好きだけど」

 

 スパンと彼女の後頭部を叩き、イデア9942は無言でレジスタンスキャンプに足を向ける。ガラガラと引き連れられるリアカーの音に混じって、声が聞こえてきた。

 

「無事に戻れよ。いッてらッしャい」

「うん、行ってきます。イデア9942も怪我しないようにね」

 

 こうして素材を探すために、11Bが別行動を取らされるのはそう少なくもない。だから彼の隣が安心できる場所だと考えては居ても、彼の考えを否定しないのが11Bのあり方だった。

 自分の都合で相手を捻じ曲げるようなことはしたくない。イデア9942には、そのままでいて欲しい。私がその隣を歩くのだから、と。恋という感情で狂うことの多いアンドロイドにしては、真っ当な恋する乙女のような思考回路といえるだろう。

 それもこれも、イデア9942が感情を正しく教育してきた賜物である。11Bはイデア9942一色に染まっていると言えるだろう。

 

「さて、とぉっ!?」

 

 入り口にとどまり、イデア9942が手を振りながらビルの影に消えていく姿を見送った11B。自分も与えられた仕事をこなそうと砂漠地帯の方に足を向けたのだが、先程のメンテナンスで言っていた「無駄な数値の抑制」の効果だろうか。思ったよりもずっと軽く、動かしやすい自分の体に驚愕する。

 

「……ただのメンテナンスなんて、嘘だったね」

 

 急ぎ全パーツのアクティビティを確認すると、見慣れない項目が増えている。

 これも愛かな、と前までなら口に出さなかったであろう単語をするりと声にし、運動命令を再演算して一気に駆け抜ける。

 

 彼女の口元には、喜びを隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 砂漠地帯は、多くのアンドロイドにとって天敵といえる存在だ。

 障害物がないことで吹きすさぶ風は、パーツの隙間に挟まりエラーを吐き出す原因、細かい砂を運んでくる。日中は照りつける太陽で排熱が忙しくなるし、動作が重くなるわとアンドロイドの天敵とも言える。

 

「うわぁ、すっごいなぁ」

 

 だが、一点ものの最高級品レベルに改造された11Bは、そんな細かな問題をほとんどカットできるレベルになった。元々ヨルハというだけで十二分に活動領域は広いのだが、更にそこから可能範囲が広がり、稼働時間も増えているといえばどれだけ凄まじいのかが理解できるだろう。

 

 照りつける暑さも物ともせず、彼女は受け取ったチップのマップデータを開いた。

 アンドロイドたる彼女の視界の右下には、衛星から届けられた、ここの立体マップが表示されている。緑色と白色で区分けされたその一部には、赤い色で表記されたエリア。ここから少し遠いが、彼女のスペックなら簡単にたどり着けるであろう距離だった。

 

「まずはオアシスを見つけて水分補給、か」

 

 渡されたチップには、口頭で説明していなかった文章が載っている。

 だが、これは。

 

「イデア9942……時々ワタシたちが機械ってこと、忘れてるよね」

 

 生身の人間である時の注意書きである。例え演算機能が化け物クラスでも、思考に関しては結局彼は元人間のものでしか無いということだろう。こうして、時折人間だったころの名残を発揮するのも珍しいことではない。

 その度に、11Bには知識が補填され、成長してきた。今回のメモも、アンドロイドの構造的には何の意味も持たないが、人間を模倣したその精神については意味がある。

 

 イデア9942も、11Bも、人間のような精神と、機械の体を持つという点では変わらない。だから、彼の精神を癒やすための提案は、常に11Bの安心できる手段や時間を増やしてきた。

 

 偶然にも需要が結びあった者同士、出会い、共に過ごす選択をしたのも運命だったのかもしれない。

 最近増えてきた、抽象的な表現を好んで使いながらも、11Bは砂漠のパイプを目印にしながら、マップと見比べ目的地を目指すのであった。

 




書いてて砂糖が口から生成される。
メープルシロップが耳から垂れ落ちる。
頭からサトウキビ生えるわ。

今日一回目の更新です(二回目があるとは言ってない

あと、感想欄で時々自分が考えてた展開言い当てられて論理ウィルス生えますわ。
なので感想欄と違うようにしないと、ってなって結果、訳わからん展開になっても許してヒヤシンス(9割方は面倒なんで「知った事かァ」ってそのままキャラに思いのままに行動させますが)

言い当てられるともうお手上げ侍ですわ


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文書17.document

11Bだって脳筋一直線じゃないんだもん
※本日二回目の投稿です


「このあたりかな……」

 

 マップデータのエリア内に入る。

 11Bがあたりを見渡すと、砂嵐で酷い視界の中にいくつかの巨大な岩が見えてきた。

 

 いや、岩ではない。

 

「顔? 気味悪いな、なんだろうこれ…イデア9942はなんでこれを削ってこいって言ったんだろ」

 

 大中小と様々だが、巨大なものになると数十メートルにも上る球体が、砂の海に埋もれていたのだ。しかも、それには薄気味悪い笑顔のような顔が張り付いている。人類の残した「美術品」というものの一つだろうかと思ったが、違う。

 この砂漠地帯にこんな人類の残した巨大な文明の跡が残っているなら、常駐するアンドロイドが必ず文明保護活動のために残っているはずである。

 

 今のところ、深く考えてみても結論は出なかった。

 とにかく、この突如として出現したこの「顔」も、イデア9942は知っている。なら後で聞けばいいだろうとその刃を突き立て、透明なケースの中に欠片を保管しようとしたのだが。

 

「硬い…?」

 

 三式戦術刀を軽く突き立てた程度では、傷一つすら入らなかった。

 流石におかしいだろうという驚きと、イデア9942に頼まれた程のものなのだからという納得が彼女を襲う。

 

 考えを少しだけ巡らせてみたが、「それなら」と11Bは自分らしい行動に出ることにした。すなわち、殴って壊すことだ。

 

「そぉーれっ!!」

 

 構え、三式戦術刀を両手で一気に振り抜く。

 ごりっ、という硬すぎる感触が反動になって手に戻ってきたが、同時に刃が抜けた感じも伝わってくる。先程に比べれば、ほんのすこし程度だが球体の一部が欠けていた。

 

「今の、数トン以上の衝撃が加わったはずなのに、ここまで丈夫な物質も中々ないだろうなあ」

 

 不思議なことに対して、多少の慣れはある。

 

「…………」

「うん? 動いた?」

 

 一度だけ、球体たちがぶるりと震えたような気がしたが、ずっと見ていても反応はない。気のせいだろうと、11Bはしゃがみこんだ。

 

 驚きもそこそこに、急いで飛び散った球体の欠片をケースに仕舞い込んだ彼女は、「任務完了」と呟きその場を離れることにした。脱走したヨルハ部隊という立場。このあたりの地域を担当しているのは2Bと9Sだけだが、何らかの理由で降りてきたヨルハとかち合い、せっかく偽装した事実が露呈するリスクは避けるべきと考えての行動だ。

 

 しかし彼女の帰還を妨げるものが出始めた。

 砂嵐だ。それも、かなり大きいものが近づいてくる。

 

 流石の11Bと言えども、視界も世界も埋め尽くすほどの砂嵐を前にしてはたたらを踏まざるを得ない。

 

 衛星マップからは大きく外れるが、砂嵐と反対の方向に走った先の岸壁。そこには大きな横穴が出来ているという地形情報が出た。そうと決まれば、この場に留まる理由もない。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 急ぎ足でその方向へ向かう。

 彼女の脚力は、以前のものよりもずっと良い反応を示してくれる。呼吸、という形で空気を送り、瞬発の瞬間に軽い衝撃を加えると、弾け飛ぶように地面をける力が強くなる

 

「危なかったぁ」

 

 横穴の中に、彼女の声が反響していった。あっという間に目的の場所に辿り着いた彼女は、目前にまで迫ってきた砂嵐を少し眺めると、横穴の奥へと視線を向ける。

 真っ暗で、奥まで行っても何もなさそうなところだ。風が少し入ってくるが、奥のほうで過ごせば多少はマシになるだろう。入り口辺りまで風が強まり、飛ばされた砂がピシピシと当たって11Bの服を汚し始める。

 

「ああもう、お気に入りなのに」

 

 パンパン、と叩けば簡単に砂埃が舞って汚れが落ちる。

 とはいえ、染み付いたドロのような汚れについては別だ。帰ったらまた洗濯しないと行けないな、と考えながら、11Bは洞窟の奥のほうにあった岩に腰掛ける。

 

 ざりっ。

 

 背後から、踏みしめる音がなった。

 

「誰だ」

 

 話しかけられる。どこかで、聞いた覚えがある声だった。

 暗がりからその姿を現す。長い銀髪を揺らしながら、一体のアンドロイドが進み出る。

 

「……A2」

「お前、は……あの時の…アンドロイド、か……」

 

 誰も予想し得ない事態であった。

 敵だったものとの再会は、その場の空気を重苦しいものに変える。

 

 11Bがホルダーから三式戦術刀を抜き放ち、いつでも構えられるようにする。対して、A2は以前背負っていた武器が見受けられない。様子がおかしい、11Bがそう思った瞬間、A2は前のめりに崩れ落ちる。

 

「ちょ、危ない!」

「うっ…」

 

 思わず武器を投げ捨て、倒れきる前に11Bが支える。

 元からA2は取り繕うための人工皮膚も足りておらず、関節部位のつなぎ目が見えるほどボロボロだったから気づかなかった。だが、11Bは間近で見たことで彼女の容態が如何に悪いかを思い知る。

 

 よくみれば、至る所に小さな皮膚の剥げと、内部構造が丸見えの場所には砂や不純物が入り込んでいる。これだけでも動作不良は必定だろうに、A2は戦い続けた反動からか、ありとあらゆるパーツが摩耗している。

 

「……イデア9942、あなたが大切にしてるもの、ワタシも守るよ」

 

 きっと、彼女と戦うだけ戦って、それ以上を求めていなかったのはそういうことだろう。A2は、イデア9942にとって注目すべきキーパーソンなのだ。そう思えば、行動は早かった。

 彼にならって、11Bもポーチの中に幾つかの小道具を身につけるようになっている。そこには簡単な止血ジェルに始まり、回復薬やパーツの代替部品も入っている。

 

 今回が戦闘目的でなくてよかった。もし戦闘であれば、武器と必要最低限の補助アイテムしか持ってきていなかっただろうから。

 

 11BはA2を地面にそっと寝かせると、ポーチの中から道具の一つを取り出した。

 

「少し信号が走るけど、我慢して」

「何…を……ぐっ!」

 

 A2の患部に、イデア9942の作ったウィルス媒体が刷り込まれる。

 だがこれは、あくまで一時的にその部分の感覚を麻痺させるだけの効果。つまり、人間で言う麻酔だ。代わりに一定時間ウィルスが潜伏し寄生された体は、ウィルスが自壊するまで思ったように動かせなくなるが、暴れようとしたA2のような患者にはちょうどいい。

 

「次は……」

 

 彼と共に、怪我を直していた場面を思い出しながら11Bはステップを進める。

 11BはB型のため、スキャナーモデルよりは軽めのスキャンで異常が起こっている箇所が無いかを探す。

 

「ここに少し論理ウィルスか……少し非効率というか、古い構成だなあ」

「……ふっ……ふっ」

 

 考えるのも億劫なのか、A2は文句の一つも言えずにぐったりとしている。

 常にイデア9942と最新の効率的なプログラム構成を見てきた彼女からすれば、まだまだ手が出せるエラーであったのが幸いした。新型の論理ウィルスワクチンをA2に転送、強制ダウンロードさせると、A2の思考を覆っていたモヤが少し晴れていく。

 

「おまえは……何故」

 

 どこか蕩けた瞳のまま、A2は自分を助けている11Bに問いただす。

 

「後でね。応急処置だけど、もう少しで終わるから」

 

 しかし一蹴され、右手を額に置きながら、A2は天井を見上げる。

 カチャカチャと金物の擦れ合う音を聞きながら、襲い来るスリープモードの兆候に彼女は身を委ねていった。

 

 

 

 

 

 

「あの後、城壁を越えて行くつもりも無かった私は廃墟都市についた。搬入作業中のレジスタンスが、砂漠地帯で仮面を付けた機械生命体が、普通の機械生命体と戦っていると言っていたんだ」

「だから来たってこと?」

「どっちにしろ、集まっているなら好都合だ。……私は、あいつらを片付けるため砂漠に向かった。だが、直後に砂嵐が迫ってきて……気づけば、ここに逃げ込んで倒れていた」

 

 外ではまだ、砂漠の砂嵐がごうごうと吹き荒れている。

 これでは長引くだろうな、と11Bは耳元に手を当てた。

 ざー、と鳴り響く電子上の砂嵐。天気も影響しているのか、大分状況が悪い。生憎と、イデア9942との通信範囲外にあるらしい。

 

 あの後、目を覚ましたA2は小さく礼を言って、11Bとは一歩離れた場所に座った。

 信用されていないのは明らかだ。それでも、ふたりとも今は、この横穴から出ることが出来ない。最終的に11Bが話しかけ始め、A2は断りきれずに会話に乗った、というのが今の状況の成り立ちである。

 

「機械生命体の殲滅、か。ヨルハの本懐は忘れていないってことかな」

「誰が!」

 

 昂ぶって、打ち付けられた拳が岸壁を破壊する。

 こぼれ落ちた切片を握りこみ、慌ててそんなつもりじゃないと11Bは謝った。

 

「……あんな奴らのためじゃない。別の理由だ」

 

 少し落ち着いたのか、A2がたったソレだけの言葉を返す。

 だがそれ以上は語りたくない、と。揺れる視線がA2の感情を現している。

 

「それより、お前はどうして機械生命体と一緒にいるんだ。破壊するべき敵だろう」

 

 憤然とした表情で、腕を組み、A2は言い放つ。

 事情を知らない者としては、全くもって正しい言い分だろう。

 

 それでもだ、11Bにとっての真実は違うのだ。

 11Bは首を振って、彼女の考えを否定する。

 

「最初会った時は、ワタシもそう思ってたよ。でもね、今は彼と一緒に暮らすのがワタシが生きる理由だから」

 

 とても幸せそうな顔で、彼女は言う。

 当然洗脳も何もされていない、という一言を付け加えて。

 

「なんだそれは……そんなことが許されると思っているのか、あいつは機械生命体なのに……」

 

 破壊するべきものと、仲睦まじく暮らす事が夢なのだという、元ヨルハ部隊11B。彼女の言い分はこの世界においてあまりにも異質で、今のA2には理解することすら放棄させるような内容だった。

 

 苦悩するよう、額に指を当ててしかめっ面を作った彼女の姿は、バンカーでもよく見たことのある顔。特に、大規模作戦の次の日には多かったものだ。その表情一つで、11BはハッとA2の行動理念に気がついた。

 

「…復讐が、あなたの目的?」

「……そうだ、あいつらのために、私は機械生命体を殲滅する。一匹残らず」

 

 迷っていはいるようだったが、それでもA2はそう言い切った。

 バンカーも、A2も結局やっていることは他人の心配である。結果的には同じことなのかもしれない。

 

「……嵐が」

 

 ふいにつぶやかれたA2の言葉に、11Bが振り返る。

 晴れた雲の隙間からさんさんと日光が降り注ぎはじめた。

 

「私は、行く」

「A2……」

 

 立ち上がり、ずかずかと立ち去ろうとするA2。

 彼女は、唐突に入口のあたりに手を掛け、11Bに振り返る。

 

「今日は……ありがとう。だが、もう私に関わるな」

 

 フラフラとしながら、逆光の中に彼女は消えていった。

 近くを探せばいるのだろうが、そうまでして探しに行く理由を、11Bは持ち合わせていない。

 

「……A2、か」

 

 つぶやきは横穴に反響し、入り込んだ風が一周して言葉を掠め取っていく。

 

「今はまぁ、任務が先決かな」

 

 イデア9942の探しものは後一つだけ。

 褒められることを想像しながら、11Bも立ち上がる。

 

 大きな球体の顔を残して、彼女らは砂漠地帯から居なくなるのであった。

 




どうでもいい情報ですが、機械生命体のアダムとイヴは最初は何もついてなかったけど、エイリアンシップに登場する頃には知識をつけて、生殖器や乳首といった人体のパーツを後付けしたらしいです。純粋な有機生命体は作れないけど、機械生命体は生殖→妊娠の真似事ができるレベルらしいですな。ネットワークすげぇ。


そしてまっっっっっったく予定になかったA2と11Bの邂逅
二次創作の上でバタフライエフェクトって大切ですよね


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文書18.document

前回は11B独壇場だったので今回はイデア9942独壇場。
結構視点移動も多くなってくるので気をつけてください

むしろ今までが物語の進行スピード早すぎた気もする。

※コメント欄より矛盾する文章の消し忘れがあったので修正。ありがとうございます


「アネモネ」

「イデア9942、来てくれたのか」

 

 差し出した右手を握り、微笑を浮かべたアネモネ。

 彼の背後では、銃を突きつけたレジスタンスメンバーがひとりだけ付けられていた。

 

「その、悪いな。形式上仕方がないんだ」

「構わんさ。そのうちその必要もなくなる。機械生命体とアンドロイドが手を取り合う未来は、近いうちに来る」

 

 理想論どころか、到底ありえない未来の話だ。

 きょとんと目を白黒させたアネモネだが、そんな夢も悪くないかと息を吐く。

 

「……ハハ、おまえが言うと、敵のはずなのに何故か説得力があるな。まぁそれはいい、今日はどんなチップを持ってきたんだ?」

「チップだけじャない。信用できないかも知れないが、アンドロイド用に換えのパーツなんかもジャンクから作ッてみた。こッちはサービスだ。存分に使ッてくれ」

 

 その場に片膝を跪き、リアカーから資材を卸していく。

 どさどさと積み上げられた袋から出て来る物資に、興味津々なアンドロイドたちが「なんだなんだ」と集まってきた。

 

「おいおい、こりゃぁ……また良い素材使ってんな」

 

 思い思いにそれらを手にとって眺める中、アイテムショップを営むアンドロイドが、手に取った脚部のパーツを見て感心したように言った。

 「見てみろ」と他の仲間達に受け渡していくと、その交換パーツの一つ一つのコストの高さが、自分たちに今使われているパーツよりもずっと性能が良いことに気付く。これを使えば? 特に戦闘を主にするアンドロイドは、自分たちがもっと良く動ける未来を想像して和気藹々と語り合い始めた。

 

機械生命体(どうぞく)のものを()()して組み直した。論理ウィルスの潜伏は無いから安心してくれ。腕と、神経系統、あと動力炉の冷却防御壁なんかも作ッてみた。興味があれば試してくれ、生存率に関するデータを取りたい」

 

 得意げに言ってみせたイデア9942は、使用の感想なんかは此処に、と記憶媒体を取り出して資材の前に置いた。

 スッとその記憶媒体を、アネモネが拾い上げて懐にしまう。

 

「責任を持ってこれは私が管理しよう。ところでイデア9942、チップはどんなものを持ってきてくれたんだ?」

「今日は生存特化セールだ。『ダメージ吸収』と『耐衝撃制御』、『連続ダメージ防止』だが、不足は?」

「まさか、とんでもない! よかった、これで犠牲者も減るかもしれない。いくらだ?」

 

 大げさに喜んで見せるアネモネだったが、同時に出た言葉を拾ったイデア9942は、そろそろ「ヤツ」が現れるのだろうなと、過ぎ去る時の流れを感じる。

 

「犠牲者……近々大きい作戦でもあるのか」

「あぁ……」

 

 アネモネは辺りを見回した。

 周囲のアンドロイド達は、彼女の視線に気づくや否や、頷きを返してくる。

 

「お前になら話しても良いだろう。実は、アンドロイド軍が太平洋に展開している空母が近々補給のため、水没都市に寄るんだ。毎回、これを好機として大量の機械生命体が集まってきてな……犠牲者も、少なくはない」

 

 だから嬉しいんだと、彼女は続ける。

 

「お前がこうして強力なチップやパーツを提供してくれることで、この近辺だけでも、我々の戦力は着実に上がっている。戦闘だけを目的に作られた兵士の部隊、ヨルハには敵わないが、それでも私達も戦っている。そして、戦いの末にまた、帰ってこられるんだ」

 

 アンドロイドは製造と破壊を繰り返している。だが、誕生とともに破壊されたものが戻ってくることはない。本来はヨルハのような再生成システムのほうが、革新的で異質であるのだ。

 一人ひとりの命を大切に、帰ってくる仲間の顔が減ることはない。これまで幾百幾千もの作戦を経験してきたアネモネには、どうしようもなくその事実が嬉しくてたまらない。

 

「本当にありがとうイデア9942。そして済まない、どこに目があるとも限らない現状、形式上とはいえ銃を向けてしまうなんてな……」

「……悪いな、俺もやりたかねぇ。だけど、アンドロイド軍は『レジスタンス』だけじゃねぇ。交流のために他の部隊のやつが来た時、示し合わせるためにも」

 

 銃を突きつけている、「イデア9942当番」の男も、心底申し訳なさそうにアネモネと謝罪を告げてくる。その顔はゴーグルと防塵マスクで見づらいが、下がった眉の端から困っている、という激しい自己主張が伝わってきた。

 

「何度も言うが、構わない。輝く命、そして意志と活気に溢れている。この身は、此処がとても好ましいと思ッている。そこを守りたいと思うのは、間違ッてはいないだろう?」

 

 イデア9942の本心の言葉だった。

 嫌というほど、アンドロイドたちの心に彼の意志が突き刺さる。同時に、機械生命体という括りが本当にどうでも良くなるほどに、イデア9942は彼らの信頼を一身に受け、それらを返す関係を持つことが出来ていた。

 

 アネモネが、ふっと息をついて笑みを浮かべる。

 

「……何度でも言うよ、ありがとう」

 

 この言葉を何度言っても足りることはない。

 だけども、イデア9942には何度も繰り返しても、言う価値がある。

 

「こちらこそ、君たちが紡ぐ命の一片を見せてくれてありがとう。よければ、これからもその意志をなくさず頑張ッてほしい。月並みな言葉で申し訳ないが、な」

 

 こうして、等身大の敬意と慈愛を以て接してくれる相手を無下にすることなんて出来ない。アネモネという、何よりも優れたリーダーの元に集う「アネモネのレジスタンス」だからこそ、その考えはほぼ全員の共通認識になっていた。

 

「さて、本題だ。機械生命体からメンテナンスを受けたいという奇特な奴は居ないか。今ならスペックデータ割増を約束してやろう。お代は一人につき素材一つだ」

「本当か!? なら、まずは戦闘部隊全員に頼む。こちらから出せるものはしっかりと出すぞ」

 

 リーダーの決定に否を唱えるものは居なかった。

 その場にどっしりと座り込んだイデア9942の前に、戦闘部隊が集って、騒がしい人だかりになった。隣には、イデア9942の腕前からしっかり学ぼうという意志でガン見するメンテナンス屋の姿。

 

「取引成立だな。さァ並べ並べ。君たちの百メートル走のタイムを1秒縮めてやる」

 

 嘘か真か、心惹かれる言葉に戦闘部隊以外のアンドロイドもメンテナンスの行列に並ぶ。一人ひとりにごく短時間で終わるメンテナンスと、軽度の損傷であれば治癒してしまうという手際の良さから行列の人数は凄まじい速度で捌かれていった。

 

「やっと終わったな」

「ええ、でもなんだろうこの騒ぎ……なんだかとても楽しそう」

「……あたしたちには関係ないさ、とにかく、アネモネに報告しに行こう」

 

 そうして盛り上がるレジスタンスキャンプに、2人組の帰還者が現れる。

 真っ赤な髪を揺らしながら、吐息すらも合わせた彼女らはレジスタンスキャンプに足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

「その…最後は見苦しいところを見せてしまったな。本当に済まない」

「いいや、だが噂に聞く以上だッたのは確かだ。これがデボル・ポポルという双子モデルのアンドロイド。そして他のアンドロイドたちの反応、か」

 

 決してイデア9942が知識上でしか知り得ない、双子モデルへの迫害。

 最後の一人のメンテナンスを終えた直後だったのは幸運だったか、それとも。イデア9942にはそこの判断は付かないが、彼女らが来た途端、和気藹々とした空気は一瞬で消え去り、イデア9942に謝罪の色を残した瞳で見たアンドロイドたちは各々の持ち場へ戻っていってしまった。

 

 デボルとポポルは、それがいつものことのように悲しげに目を伏せた後、アネモネの元に向かう。そして、人混みの影からようやく見えたイデア9942の姿に、目を見開いて驚愕を示してみせた。

 

 その衝撃はかなりのものだったのかもしれない。今もなお、言葉を発せずに、警戒のこもった視線でイデア9942のことを射抜いている。

 

「うん? まだ話していなかッたのか」

「ああ、その……タイミングを逃していたんだ。あー、デボルにポポル、こいつは悪いやつじゃないんだ。そう、警戒しないでやってくれ。行動力がおかしいパスカルみたいなやつだと思ってくれればいいよ」

 

 どういう紹介の仕方だ、と帽子を抑えて首を振るイデア9942。

 だが、改めてアイサツをしておくのも大事だろうと、彼は立ち上がり、いつものように右手を伸ばした。

 

「どうもご紹介に預かッた、イデア9942だ。君たちアンドロイドに支援物資を不定期に送らせてもらっている身の上だ。今後会うことも在るだろうからな、よろしく頼む」

「あ、あぁ。あたしはデボルだ」

「私はポポルよ。よ、よろしく……」

 

 差し出された右手に、ためらいがちに触れるデボルとポポル。余談だが、11Bのように全身でその右手を受け止めるアンドロイドは今のところゼロである。

 

「そ、それよりアネモネ。任務は終わった、ほら」

「……ああ、そうだな。次の任務は少しかかる、休んでいろ」

 

 アネモネですら、声のトーンが一つ下がっている。

 仕方のないことだった。アンドロイドが持つ本能のプログラム、それが人類を「ほぼ」絶滅させる原因になった双子モデルを憎悪するように訴えかけるのだ。それこそ、イデア9942が発する言葉のように、強く、根深く。

 

 相当な重症だな、と考えると同時、イデア9942は気づいていた。

 先程の戦闘を主にするアンドロイドたちだ。作業の隙間から、此方を伺うように視線を向けている。それも、デボルやポポルを「心配し、謝罪する」ような素振りで。

 

「アネモネ、ついでに診察するか」

「どうした急に?」

「いいから、少し任せてくれ」

「あ、あぁ」

 

 右手を伸ばし、アネモネをハッキングするイデア9942。

 その脳回路の防壁をものともせずに突き進み、イデア9942はこれまでのアンドロイドたちの記憶領域の中に見た、全く同じプログラムという名のオブジェクトを発見する。

 

「アネモネにも、あったか。全く、原因とはいえ生きる命には違いないだろうに、厄介だな。人間の薄汚いところまで模倣してどうするというんだ。過ちを繰り返し、アンドロイドが何かを得るのか?」

 

 アンドロイドは人間と違い、その記憶性能や学習能力は段違いだ。それこそ、人間の上位種と言ってしまって、別物として扱ったほうが早い、というのがイデア9942の持つ持論だった。

 

 よって、ひとりごち、イデア9942は勝手に自分の都合で今までのアンドロイド同様、「双子モデルを憎悪・迫害・排斥し、観察する」という共通認識を破壊する。飛び散ったオブジェクトはポリゴンの欠片となり、他のリソースに吸収されていった。

 

「これで巣食ッていた余計なリソースが無くなッて、運動性能も上がる、か。我ながらあくどい騙し方を思いついたものだ」

 

 誰にも聞かれることのない独り言。

 真実を隠す薄汚い自分のありように吐き捨てながらも、コンマ秒の世界にも到達しない電脳空間から帰還した瞬間だった。アネモネが頭を抑え、信じられないと言ったようにイデア9942を見つめる。

 

「イデア9942、おまえは」

「そろそろ御暇するとしようか」

 

 イデア9942が、アネモネの言葉を遮って立ち上がる。

 その瞬間、アネモネのほうにちらりと視線を向ける。たったそれだけで大凡を察したのだろう。「勝手なやつだ」と仕方なさそうに笑ったアネモネが、衣装を風に揺らしながらその場を立ち去った。

 

「デボル、ポポルといったか」

 

 立ち上がってみれば、イデア9942という中型二足の機械生命体はかなり大きい。上から見下ろしてくる、変わった服装の機械生命体に気圧された双子のうち、デボルがポポルを守るようにして前に出た。

 

「な、なんだ」

「……うん、実際に見てみると想像以上だ。良く、生きてきたな」

「え?」

「誇れ、お前たちはなんと言われようと、生きながらえてきた。今の今まで挫折はあれど、根本から折れること無く。素晴らしいと、言わせてもらおう」

 

 相も変わらず、彼の言葉はアンドロイドの心のなかに吸い込まれていく。

 じわりと、こみ上げてくる熱いものを感じる双子に、追い打ちをかけるように彼はあるものを取り出した。

 

「これを使え。二つに輝く命の鼓動、聞いていてとても心地が良いんだ。そう簡単に失わないようにな」

 

 手を、と両手を出すよう要求するイデア9942。

 おずおずと上に向けられた二人の掌に、チップが一枚ずつ握らされる。

 

「アネモネ、世話になった。また来る」

 

 通る声で、指示を出しているアネモネに言い放つ。

 書類から目を離したアネモネは片手を振り、声を張り上げた。

 

「あぁ! その時はグラビティ・ボールの過去放送でも見て楽しもう。私達のチームは中々強いところをしっかり語らせてくれ」

 

 手を振り、リアカーの持ち手を握ったイデア9942はガラガラと。軽いぶん、音を立てて回る車輪を響かせてレジスタンスキャンプの出口に向かった。

 

 

 

 

 

「ただいまー……あれ、今日もワタシが先か」

 

 帰宅した11Bが、「顔」の欠片が入ったケースと、もう一つの素材が入ったケースをイデア9942の作業場において、ベッドに倒れ込む。

 

「あ」

 

 かと思えば、がばりと起き上がって隣の部屋に向かった。そこは、いつかパスカルを第一の客人として迎えるための応接室である。

 そこにあるのは、作業台に置かれているものはとは違うカレンダー。イデア9942の趣味により、日めくりカレンダーとして制作されたものだ。ちぎった後はメモとして切り取られ活用されているそれを、11Bがバリッとめくる。

 もう、4月も下旬。ふと、彼女の頭にこれまで過ごしてきた楽しい思い出が駆け巡った。

 

「そろそろ5月か。もう、結構経つんだなぁ」

 

 思い出の余韻に浸りながら、浮かび上がるのは号泣したイデア9942の姿。

 自分しか知らないんだぞ、と。

 

 そんな優越感に浸りながら、

 彼女は、

 ゆっくりと、眠りに、

 

「ただいま。家主より先に寝るとはいい度胸――だッ!?」

「おかえり、イデア9942!」

「犬か君は」

 

 つく前に、帰ってきたイデア9942の装甲板に飛び込んだのだった。

 




ということで、皆が11Bの事忠犬だなんだと言うので、
より「わんわんびー」っぽい描写を覗いて見ました。

書いたんじゃないんですよ、覗いてるんですよ。
作者は筆者じゃなくてカメラマンだった可能性が微レ存。

一度「そう」だと決めるとどんどんキャラクターが動き回る。
だからそこから見えた風景を切り取って書くのが私の仕事♡

え、にしては不自然な感情論とか多いって?
所詮一人の素人の脳内が作り出す世界なんてこんなもんですよ……かなしみ


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文書19.document

狙ったわけじゃないけどキリいいとこまで持っていけました。

今回はおおよそ原作沿い。
ただ、彼らが居ることで台詞が多少変化してるよ!
コンプ要素だね!(違う

ワンコの吠える声ってよく通るよねっていうアレ。


 イデア9942の瞳が、力強く翠に輝く。バットのように振りかぶられた一撃は大型の機械生命体をよろめかせる。バランスを崩したところで蹴り飛ばし、体勢を崩した敵のコアを、直上から降ってきた11Bが剣を突き立て破壊する。

 イデア9942が道を作り、11Bがそこを全力で駆け抜けていく。彼らの戦闘スタイルは、言ってみればそうした連携が主体になってきていた。

 

 そもそも、イデア9942が斧を振るうという事自体、珍しい光景になってきた。振るわれる鉄塊は、数多の小型機械生命体を蹴散らしていく。動体反応のあるなしで見境なく襲いかかる同族。ネットワークから切断されている以上、イデア9942やパスカルたちは完全に敵とみなされている。

 

「11B」

「はいはいっ!」

 

 残るは数体。右手で扇を作るように空を撫でた彼が通り抜けた瞬間、力が抜けたように倒れ込む機械生命体を11Bが一体一体串刺しにしていく。一瞬の連続ハッキングで、脚部への指令を出す回路を焼き切ったのだ。

 

 11Bが最後の一体に剣を突き立て、血糊を払うように剣を振る。突き刺さっていた機械生命体が、空中から強襲しようとした敵にぶつかり爆散する。

 

「最近、なんだろう。増えてきてる?」

「アンドロイド軍の空母が補給のため、この水没都市に戻ッてくるらしい。辺りを見てみろ」

 

 彼の言葉に従い、周囲を見る。

 廃墟都市から地続きの湾岸部とは別の足場には、アンドロイド達が駐屯している基地があった。忙しなく、巨大なミサイルの発射装置を点検したり、巨大な電磁砲の整備をしていたりしている。

 

 そして、その周囲には常に戦闘音と爆発音が響いている。アンドロイドが集まる以上、機械生命体も集まるというのも当たり前のことだ。激しい戦闘が行われているが、確実に防衛側のほうが押している。

 このまま数時間もあれば、周囲に寄ってきた機械生命体は排除されるだろう、とあたりを付けた。イデア9942は、アネモネへの通信を開いた。

 

「周囲の機械生命体を排除した。最後の資材搬入なら今が好機だ」

 

 ホログラムウィンドウのアネモネは申し訳なさそうに眉を下げる。

 

『すまないな、こっちも人員が足りず手一杯だからって、手伝ってもらって』

「好きにやらせてもらッている。それに11Bの良い試験運転にもなッた」

『そういえば、私の話を聞いてそちらに2Bたちも向かっている』

「2Bたちか……了解、通信切るぞ」

 

 アネモネとの通信を切った、イデア9942が11Bの方に視線を向ける。彼女は同じヨルハに会うのは、例え偽装の共犯者であったとしても不満げな表情をしていた。

 

「ワタシたちが倒し終わったから、あいつらの出番は無いよ」

 

 そっぽを向く11B。

 最近の甘えたがりといい、幼児退行していないかとイデア9942が呟いた。

 

「何をそこまで否定しているんだか」

「もう、分かってて茶化してくるイデア9942なんてキライ」

「分かッた分かッた、すまんな」

 

 抱き寄せ、ポンポンと背中を叩くイデア9942。

 そんな二人が立つ場所に、二人分の足音が近づいてくる。

 

「あれは……」

「推測:イデア9942と11B」

「言わなくても分かってるよ」

 

 瓦礫の向こうから顔を出したのは、彼らも接点のある2Bと9Sのコンビだった。こうして直接会うのも何度目だろうか。

 

「イデア9942……なぜ此処に?」

「目的があッてな。アネモネにも、湾岸の大型兵器群を守る補佐をするよう頼まれた」

「お久しぶりです。11Bも、なんというか……」

「……話しかけてこないでよ」

「ハハハ、いつもどおりですね…」

 

 11Bはヨルハそのものが苦手になっているのだろうか。微妙な表情をして「シッシッ」と手を払っている。今回の作戦の協力者に対して失礼な態度は、到底イデア9942に見過ごせるものではなかった。

 

「馬鹿者」

「あうっ」

 

 デコピン一発。鋼鉄の指と、鉄の角。二重の要素が鈍痛となって11Bを襲う。

 

「こうして戦闘、というものに直接協力するのは初めてかもしれんな。戦闘自体は苦手だが、君たちの遠隔演算補助くらいならできる。特に9Sくん、もしそういう場面があれば、存分に此方のリソースを使ってもらって構わん」

「イデア9942さんの演算補助、ですか……敵対する相手がかわいそうですね……」

「機械生命体に情け容赦のない君がそれを言うか。ん?」

 

 言いながら、兵器のほうに顔を向けてみれば、何やら慌てた様子のアンドロイドたちが武器を手に持って乗り物に乗り込んでいる様子が見える。

 

「…なにかあったの?」

「僕らの方にも通信が…ちょっと待って下さい」

 

 聞けば、バンカーのほうからアンドロイド軍の空母「ブルーリッジⅡ」が交戦中。その護衛に当たるよう指令が下ったようである。話を聞いた瞬間、2Bたちの表情が引き締められたものになる。

 

「すみません、地上はおまかせしても良いでしょうか?」

 

 9Sがそう言った瞬間、ヨルハ部隊の誇る高機動飛行ユニット「Ho229」が自動運転で彼らの近くに降り立った。

 

「ああ、9S。此方との相互演算用回線とパスコードを渡しておく。いざという時は使え……あまり、必要ないかもしれないが」

「…? わかりました。頼りにさせてもらいますよ」

 

 最後の方は呟くように言ったせいで、機械生命体特有の、声のノイズにかき消され9Sの耳には届かなかったようだ。

 

「気をつけろよ。地上からできる支援はいくらでも送る」

「イデア9942も気をつけて」

 

 2Bが呟き、飛行ユニットに乗り込んで行く。

 隊長機として白く変わった2Bのユニットに、黒いユニットの9Sが追従する。あっという間にバーニアを噴かせて空の彼方に消えていったヨルハ部隊は、黒い点ですら見えない位置まで飛んでいってしまった。

 

『こちら空母、ブルーリッジⅡ! この通信が届くアンドロイド部隊に支援要請! 現在我々は敵軍の攻撃を受けている。護衛艦は大破し行動不能になった。手持ちの支援機で応戦しているが、押されている状態だ。繰り返す、こちらブルーリッジⅡ!』

 

 傍受したアンドロイド軍の通信が、必死に訴えかけてきている。

 

「……あそこだ」

「すごい量の機械生命体……まるで黒い雲みたいな」

 

 ブルーリッジⅡの全長はかなり巨大だ。

 だが、それらを囲う小さな粒の全体像は、更にソレを上回る。超大量の飛行型機械生命体。一体一体は大したことないが、当たってしまえば爆発を起こす弾丸を放つ存在が百、千、万と増えたら? その考えることすら恐ろしい事態が、目の前で引き起こされている。

 

「11B、演算同期だ。そこの小型ミサイルランチャーの制御を頼む」

「了解。久しぶりの共同作業だね」

「しくじって2Bたちを狙うなよ」

「…………うん」

「この期に及んでふざけるのはよせと何度言えば…」

 

 愚痴愚痴と説教を垂れながらも、彼の中の演算は膨大なデータを捌いていく。

 ミサイルランチャーの照準、ロックオン、そして弾着予測地点。引き金を引き、弾頭の装填と発射を物理的に確認する11B。雑談以降は無言な二人だが、恐るべき勢いで発射されていくミサイルの煙は二人を覆うほどに厚くなっていく。

 

「……ミサイル残弾なし」

「予備弾頭も無いよ。もう、できることはないね」

「そうだな……」

 

 イデア9942は思考する。

 この意味もない支援を行った後、起きるであろう悲劇を。

 

 所詮彼も、等身大の範囲でしか動けないのだ。

 目の前で失われる命のきらめきを、歯がゆい思いで見送ることしか出来ない。

 持ち得ない情報を全て集めるつもりだったが、アンドロイド軍とて抜け穴だらけな訳がない。ブルーリッジⅡへの匿名メッセージを送る事も考えたが、信じるわけがない。

 

「…すまない」

 

 つぶやきと同時、巨大機械生命体エンゲルスを凌ぐ、恐るべき大きさの機械生命体が出現する。

 

 その口に、ブルーリッジⅡを咥え、噛み潰しながら。

 

 悲鳴も、爆発音も遠すぎて聞こえない。

 だがイデア9942の視覚センサーに表示された、数百以上のアンドロイドたちの反応が、あの一瞬で爆風の中に消えていった。一斉に視界を埋め尽くす「android_LOST」の単語。

 握った拳が、金属の擦れ合う音を立てている。

 

「これも、知ってたんだね」

 

 11Bの問いに、彼は是と返した。

 

「ああ、だが止められなかった」

「まだ何かある?」

「なに?」

 

 11Bの質問の意図がわからず、思わず聞き返すイデア9942。

 

「だから、まだ何かを止められるような事はあるかって聞いてるの」

「……この後、北部12C防衛本部から派遣された部隊が援護に来る。だが、所詮は足止めにもならない状態だ。直後、長距離・全方位に発信されるEMP攻撃で……周囲の全アンドロイドは死ぬ。9Sのようなスキャナーモデルでもない限り、回路を焼き切られておしまいだろう」

 

 そこもアンドロイドの弱点だった。

 思考する脳が電子媒体である限り、EMPなどの照射には極端に弱い。それを知ってか知らずか、眼前からでも巨大だと分かる怪獣から放たれるものがどれほどのものか。まさしく襲い来る巨大な死神そのものであると言えよう。

 

「既に始まってる…」

 

 見れば、別の沿岸部から2Bたちが超電磁砲を口の中に直接攻撃しているようだ。

 11Bは、頭のなかで何かを考えているらしい。視線が行ったり来たり、忙しなく動く。

 

 一発目、硬い装甲に弾かれる。

 

 11Bの瞳の焦点が定まった。

 彼女はイデア9942の肩に掴みかかり、叫ぶ。

 

「イデア9942、今このあたりを飛んでいるのはヨルハ部隊だけ?」

「あ、あァ。……そうらしい。現時点で高機動飛行ユニットを持ッているのは、ヨルハのみらしい」

「ハッキングおねがい! 全ヨルハ部隊へのチャンネルを開いて!」

「…分かッた」

 

 二発目、開けた口に直接弾丸が直撃し、内部からパーツと爆炎を吹き出し「怪獣」が体勢をふらつかせる。びくりと、怪獣が体を震わせる。痛みに怯える子供のように。

 

 イデア9942が、一瞬で周辺のヨルハ部隊への専用チャンネルを強制的に開く。回線の接続先は、11B。彼女のブラックボックス信号を元に、ヨルハ同士の繋がりが蘇った。

 

「全ヨルハ部隊に緊急通信!」

 

 三発目、「怪獣」が怒りに瞳を赤く染め上げる。巨体はゆっくりとした歩みのつもりのようだが、事実、あまりの巨大さのせいで遅く見えるだけで陸に向かって恐ろしい速度で突き進んでくる。

 

「敵巨大兵器から膨大なEMP攻撃の予兆を確認! 総員、退避しろ!!!」

 

 普段の11Bからは信じられないほど、芯のこもった凛とした声だった。

 イデア9942は、彼女がそう告げた瞬間にHo229に搭乗したヨルハ部隊たちがブーストを噴かせて全力で予測攻撃範囲内から逃げていく姿を確認していた。

 

 四発目が着弾。超巨大な敵はついに「立ち上がった」。

 顔だけですら空母の何倍もの大きさがあったというのに、その全身からEMPのパルスを纏わりつかせ、全長1000メートルをも超える姿を出現させようとしている。

 

 

「11B、君は」

 

 返す言葉の代わりに、彼女が向けたのは満面の笑み。

 イデア9942は身体全体を覆うパルス遮断障壁を展開させる。

 

 直後、彼の右手が軋みを上げるほどのEMPが照射される。

 

 撃墜されたヨルハ部隊は―――驚くほどに少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 





今回はおおよそ原作沿い。
オリジナルの大きいイベントも特にはありません。


そしてイデア9942がチートであっても、体一つの限界を知りましょうの回。

利用できるものはなんでも利用しないとご都合主義の救済にはならない。
それで物語を破壊するってことでしょう。タブンネ。

あとひとつだけ言わせてください。
感想欄で11Bを犬犬言われてるせいで、私達の思考にも影響が出ました。
11Bの行動全部犬属性追加しそうになってしまうんですけどぉ!?


次回はいつもの音声記録です。(超短いやつ


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音声B.audio

グループB 音声を再生しますか?

  →はい
   いいえ

再生します   (甲高いチューンの音)



グループB

音声記録その1 記録開始

 

真実を告げることははばかられる

嘘をついてばかりの自分が嫌になる

それでもこの世界で成し遂げると決めた以上は

 

この決意を無駄にしてはならない、そんなことを思う

 

11Bという心強い仲間を引き入れることに成功した

いずれは彼女とも打ち解けることができれば良いが

 

まぁ難しいかもしれない

所詮この体は機械生命体だからな

 

 

記録中断

 

 

 

 

 

 

グループB

音声記録その4 記録開始

 

こんなことに何の意味があるんだろうか

自問自答を繰り返すのも一度だけじゃない

弱い本音があるものをグループBに入れているが

 

強い決意を抱くグループAだけを、記憶媒体に残すとしよう

こうして弱音を吐いてばかり居る自分は、あまりにも11Bにふさわしくない

 

いいや 世界を変えようなどという大言壮語を吐いたやつが

こんな

こんな弱々しいだなんてな

人間の弱いところ、か 機械生命体め

 

なぜこんなどうでもいいことですら模倣するのだろうか

人類はわけの分からない外来種のせいとはいえ、絶滅した種だ

今までの行動すら間違いだらけだったと言うのに

アンドロイドたちもだ 崇拝するなんて

残された意志ある「生命体」には違いないだろう

 

こんな奴らの事は忘れ

別の道を歩めばいいのに

 

 

記録中断

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メッセージ混線

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グループE ???プロセスにより暗号化

音声記ロく カイ始

 

しくじった しくじった

なんてことだ こんな

 

してきたことが全て無駄になるなんて

いや 無駄にはなっていない 

 

俺の理想ガ みんなトは違ってイタだケなのかもシれナイ

 

 

 

 論理ウィルスワクチン投与

 全部品洗浄完了

 

 

 

勝手な事を喋るとは

ウィルスめ、不安がらせてどうする

 

それにしても あぁ そうだな

結局はこうなる定めか

まぁいい 全てできることは成し遂げた

本当にこんな事になるとは思わなかったが

それでもよくやったほうだろう

 

まったく最後がこうなってしまうなんて

まぁいい 命は続いている

あの煌めきは失われていないんだ

 

11B おまえも

パスカル ありがとう

共に続けよう 更なる進歩を

 

命がどうあるかなんて関係がない

それこそ 誰にも関係なんて

機械生命体であるとか アンドロイドとか

 

弱いままでいい こうなるのなら

 

 自己ハッキング開始

 汚染除去完了

 

思考が飛ぶ

 

 自己ハッキング開始

 汚染除去かんリョう

 

大丈夫だから 行け 11B

 

 

解析不能暗号化開始

 ――メッセージを切り抜き開始―― 

 

11B ありがとう

君のお陰で命がなんであるのか

初めて理解できた気がする

 

守るべき命をと告げていたが

結局分かっていなかったようだ

 

()という自我はデータ化された

それでもこの身は こうするために生まれてきたんだと

最高の相棒だったよ だから泣くな

 

君は誇りだ なぁ世界がこんなにも近い

大丈夫だ もう一度目覚めるまでの眠りだ

 

時間を掛けたとしても戻ってくる

ああ そんなに涙を

 

これまでやってきたことに間違いなんてあったか?

無いだろう ああ そうだ

 

マフラーなんて託さないでくれって?

ハハハ、無理な相談だ

 

成し遂げてくれ

今このときだから 君にしか出来ないことだ

全てが終わった後 また笑顔で

 

一緒に暮らそう

最高の相棒 11B

 

 ――メッセージ終了――

 

 

行ったか

さて 予備ボディにアップロードを開始

まったく粋なことをしてくれる

というよりもだ この身も大分チート染みてきたな

 

今更か

もとよりアカシックレコードを覗いているようなものだったな

 

 

 

 

うまく行けばいいが

以前の工房、義体は残っていたか? ああ、帽子も飛ばされないように、な

 

 

解析不能暗号化終了

記録中断

 




 グループB音声記録終了
 再生グループNが指定されています 続きを再生しますか?

 はい
→いいえ

 音声再生用解読プログラムを終了
 再度データの暗号化を開始します


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9/22 二話目の投稿です

なんかあれだ
もう何書いてるのかわからなくなってきた
妄想が爆発してる怖い

11/04 22Bと64Bを正しい方に修正


「…此方のほうが、少しばかり近かッたか」

「イデア9942…腕が」

「取り替えるまでもない、別の指を差し込めばいいだけだ」

 

 強力なパルスを受けきった直後、イデア9942の右手は動作不良を起こしていた。一度だけスパークを起こし、指の回路が焼ききれたのか力が入らず、重力に従ってだらりと垂れ下がっている。

 

「イデア9942さん! 11B!」

「9Sくん」

 

 直後に、飛行ユニットを乗り回す9Sがこちらに到着する。

 彼の視線はちらりとミサイルの方に向けられる。

 

「大丈夫だ、傷一つ無い」

「っ! ありがとうございます。それから、さっきはありがとう、11B」

「司令部に何か言われても、もう知らないから」

 

 9Sが頷き、ミサイルに手をかざす。

 

「ミサイルコントロール起動、発射準備」

「ミサイルコントロール開始。確認:発射可能状態」

「お借りします!!」

 

 即座に起動したミサイルが、爆風を撒き散らしながら飛んでいく。

 同時に、姿勢制御のために9Sとイデア9942が回線でつながれ、リソースの一部が9Sに移譲される。

 

「くっ!」

「むぅ……」

 

 爆風を浴びながら、イデア9942たちが呻く。飛行ユニットごと軌道修正の補助を行う9Sの姿が見えたのは、最初の一瞬だ。それから10秒もしないうちに最大速度に到達したミサイルが、超巨大機械生命体に接触。

 

 9Sとの相互演算回線が切れる音がした。

 

「……ここまでか」

 

 爆発のあまり、巻き上げられた潮水が霧状になって地上の二人に降りかかる。

 その深い霧が晴れる頃、二人の姿はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「イデア9942……どうなっちゃうんだろうね」

 

 工房に戻ってきた二人は、しばらく工房に隠蔽用の遮断工作を施した。これならブラックボックス信号が検知されることもないし、工房に置いた機器の発する電波が拾われることもない。惜しむべきは外の情報も遮断されるため、最新の情報が傍受できなくなるという点だが、基本的に情報収集はイデア9942が外に単身出向けばいいだけだ。

 

「今はいい。しばらく眠れ、11B」

 

 イデア9942は、なんだろうか。帰ってきてからというもの、11Bをじっくりと寝かしつけるように何度もその言葉を繰り返している。質問には答えず、ただ何度も。

 

「言おうかと迷ってたけど、やっぱり言うね」

「なんだ」

「隠し事か、何か変なことしようとしてるね?」

「お見通しか、そうだな」

「思ったよりも分かりやすいんだよ、イデア9942の態度」

 

 それは長く暮らす彼女だからこそなのだが、どちらにせよイデア9942が11Bの行動を把握しているように、11Bもイデア9942の癖なんかを掴んでいる。

 此処のところ、そうして言い負かされることが何度もある。敵わんな、と誤魔化すようにイデア9942は帽子をかぶり直した。

 

「でも、ワタシはあなたを信じてるから。だから眠るね、無事に戻ってきて」

「あァ。メンテナンスもやっておくとしよう。ゆっくりと、眠れ」

「うん」

 

 スリープモードに移行した11Bは、そのまま動かない人形のようにベッドに横たわった。11Bの簡易メンテナンスを即行で終えるが、結果は全くの無傷。あの超巨大機械生命体の散り際に放たれたEMP攻撃も、11Bの強化されたボディと電磁防壁には影響を与えなかったということだ。

 11Bへの、更なる強化計画を練りながら、自動化された作業器具に11Bの全部品交換メンテナンスを任せたイデア9942は、工房を少し出たビル街に足を伸ばす。そこで機械生命体たちの反応がないことを確認すると、目的の人物に通信を開いた。

 

「パスカル」

『イデア9942さん…!? 貴方も作戦に参加していたと聞いて、ああ、でも無事でよかった。今まで何度か掛けたんですけど繋がらなくて』

「すまないな、連れが少し危なくなッたから、工房が見つからないよう対策を強化したんだ。しばらく、工房にこもッている時は通信できないと思うが、心配しないでくれ」

『そういうことでしたか…ところで、何の御用でしょう? このタイミングで掛けてくるという事は、何か協力してほしいことでも?』

 

 パスカルの言葉に、イデア9942はキョトンと立ち尽くす。

 

「此処のところ、何かと行動が予測されるな。まァいい」

 

 気を取り直し、イデア9942がパスカルに告げる。

 

「少しばかり工房に来て欲しい」

『…少し電波が不安定な今、村を空けるのは危険なのですが……なんて、大丈夫ですよ』

「?」

 

 パスカルの村に対する情熱を考えると、冗談めかして言うには似つかわしくない内容なはずだった。イデア9942自身もダメ元で頼み込んだのだが、パスカルが「大丈夫」と告げるその理由を、直後に思い知ることになる。

 

『……22Bと64Bが世話になったな、イデア9942』

 

 ウィンドウに表示されたのは、短髪とガチガチの装甲に身を固めたヨルハ部隊。

 その背中から幾つもの武器が見え隠れしている。芯の篭った声で、イデア9942の名前を言った彼女が何者なのか、イデア9942は浮かんできた可能性をそのまま口にする。

 

「君は、8Bか」

 

 正解だ、と微笑を浮かべて彼女は続けた。

 

『名前すら聞いていないのに言い当ててくる。パスカルから聞いたとおりだ』

『よお、癪だが、あんたの言ったとおりにしたら、なんとか逃げ延びれたぜ。おかげでのびのびとこの村で過ごさせてもらってる』

「64B……」

 

 因果応報、とはこのことだろうか。良いことも悪いことも、成した分だけ、その当人に戻ってくる。必ずその限りとは限らないが、案外世の中は法則に縛られているようで、こんなこともよく起こる。

 イデア9942のなかに、「よかった」という言葉が浮かんできた。それが助けたことに対してなのか、パスカルを此方に呼べるからなのか。そこまでは分からないが。

 

『22Bさんは偵察中なのですが、あなたに感謝をと言っていました』

 

 もう一人、姿の見えない赤毛が特徴的な元ヨルハ、22Bに関しての疑問はパスカルが答えてくれた。理由に納得していると、またウィンドウが8Bに切り替わり、彼女は敵意の無い瞳で話してくれる。

 

『今はこの村を拠点にし、穏やかに暮らしているよ。機会があればまた会おう。パスカルは既にそちらに向かっている。あと数分もすればたどり着くだろう』

「わかッた、8B。ああパスカル、入り口に関しては直接データを転送しておく。中で待っている」

『ええ、あなたと11Bさんの作った応接室、楽しみにさせて頂きますよ』

 

 

 

 

 

 

「よく来たな、パスカル。そこに座ってくれ」

「わぁ、いいお部屋ですねえ。それでは失礼して」

 

 機械生命体同士が椅子に座るという光景は、中々にシュールなものだった。

 だが二人にとってそんなことはどうでもいい。しきりに感心し、特に本棚の書籍に興味を移すパスカルを窘めるよう、コホンと咳払いの音声を流したイデア9942が話し始める。

 

「実は、機械生命体のネットワークに侵入しようと思ッてな」

「……イデア9942さん、正気ですか!?」

 

 一瞬アクションが遅れたが、イデア9942の言っている事を理解したパスカルは、その内容にひどく動揺を見せた。

 

「その間無防備になる。だから、ボディと工房をパスカルに見ていて欲しいんだ。11Bには絶対反対されるだろうから、スリープモードに入ッてもらッたからな」

「あなたという人は……本当に、そこまでして何を成し遂げようとしているんですか?」

「それは、言えない。すまないな」

「イデア9942さん」

 

 立ち上がり、パスカルは彼のマフラーを掴み上げた。

 人間と違って、感情が表情にできない機械生命体。

 だが、確実にパスカルは「怒り」に支配されていると分かった。

 

「パスカル…?」

「すみません、最初に謝ッておきます」

 

 鈍い音が応接室に響く。

 イデア9942の被っていた帽子が飛び、地面にはらりと落ちる。

 

 握った拳を、イデア9942に振り抜いたパスカルは、そのままソファにイデア9942を突き飛ばした。呆然としたように見つめるイデア9942を見つめ、パスカルは普段考えられないような荒々しい口調で言い放つ。

 

「平和主義だとか、それはこの際無視させていただきます。イデア9942さん、あなたと出会ってからというもの、私はあなたに様々な知識を教わりました。その分、他の個体よりも感情なんかはより()()()()と言えるでしょう」

 

 だからこそ、と言葉を区切るパスカル。

 

「貴方が何を目的にしているにしても、機械生命体のネットワークに干渉するというのがどれだけ無謀なことか分かっていますか!? いいえ、あなたの本質はきっと()()そのもの。きっと分かっては居ないのでしょう。だって、あなた自身はネットワークに接続されていたという記憶を持ち合わせてはいないのですから」

 

 看過された事に、イデア9942が肩を震わせる。

 そのまま出てきた言葉は、彼の本心をまるごと表現していた。

 

「何故、それを」

「わかります。あなたは機械生命体が共通して認識している事を、どうにも知らなさ過ぎるのです。私たちの演算機能が桶一杯だとして、仮に貴方がダムの貯水だとしても、相手は海そのもの! 招かれない限り、自我が飽和し溶け込んでいくだけです!」

「井の中の蛙大海を知らず。そういうことか」

 

 イデア9942の言葉に、パスカルは無言で頷いた。

 

「…ここまで言われても、意志を曲げるつもりはないようですね」

「ああ」

「頑なすぎますよ、本当に。貴方という人は……」

 

 先程までの剣幕が嘘のように、パスカルは脱力し、ソファに座り込んだ。

 隣に並びながら、指を組んで忙しなく顔を向けるパスカル。

 

「せっかくの説教も、意味をなしませんか。村の子供達は素直に聞き入れてくれるんですけどね」

「年を食うほど頑固になる。それも人間の一面としてあるものだ」

「製造されて数年も経っていないのに、本当に口が達者なんですから……もう、分かりました。これから貴方が何をしようとも、止められないということが。ですが、約束していただけませんか?」

 

 小指を差し出し、パスカルは打って変わって温和な口調で告げた。

 

「何をしようとも、必ず無事で戻ってきてください」

「パスカル」

 

 小指を組み交わす。指切りの約束、いつかの11Bとパスカルのときのように。

 イデア9942は小指を見つめると、今日はじめてパスカルと視線を交わした。

 

 

「工房を任せる」

「おまかせください……私は、中々強いんですよ」

 

 それからイデア9942とパスカルは、工房の作業台に移動していた。

 幾つものコードが、工房の機材とイデア9942の体を接続していく。これらは、彼の自我が飽和し、消えてしまわないようにするため、そして海の中で彼という(自我)を覆うための容器の役割を果たす機材だった。

 

「前々から、これも予定に入れていたんですねえ」

 

 機材を見渡してパスカルが呟く。

 

「普段は周囲のマップを見るためのモニターとして使ッているがな、パスカル」

「どういたしましたか?」

「ここで、軛を打ち込んでおかないとだめなんだ。9Sの意識が飛んでいる、今」

 

 パスカルが何か言おうとしている。

 その姿を最後に焼き付けながら、イデア9942の意識は潜行していった。

 

 

 




パスカルさんマジメインヒロイン
抱い……どうやって抱くんだろ


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9/22 三話目の投稿です

あれだ 色々と無茶苦茶だけどあれだ
うん アレなんですよ ほんとにアレでして

どう説明したらいいかわからないけど一つ言わせてください


ニーアオートマタという神作品を引っ掻き回してごめんなさい

※わあああああ 手違いで投稿順番ミスったあああああああ
 すみません わああああああ

19:38追記 書き置き一挙公開(´・ω・`)マジコウカイ


 ポート作成。

 アクセス履歴分解削除。

 自我データ確認。

 イデア9942個体名仮登録。

 ネットワーク接続。

 攻勢防壁解除。

 自我データ確認。

 防壁自動解除プログラム起動確認。

 

「……ここか」

 

 簡略化された世界、入り組んだ通路のような、機械生命体たちの自我そのもの。どこまでも遠く響く声。一歩踏み出した(データを入力)側から、流れ出されそうになる自我。

 

 ここが、機械生命体たちのネットワーク。

 そこで、少年の形をしたデータが走っている姿が見える。彼は、幾つかの残存データに触れているようだった。

 

「見つけた。形状放棄、溶け込む……がああああああああ!」

 

 今まで、絶対に無かった事態が引き起こされる。イデア9942が苦しみのあまり声を出すという、この世界で見たことのなかった光景が。自我を確立しなければ行けない状態での、自分という形状を放棄したことで、更なる侵食が始まったのだ。

 この時のために進化させてきた演算機能だった。だが、それもこの奔流の中ではギリギリ対抗できるという程度。このような状況下で形をなくした彼のせいでもあるのだが、必要なことだ。ここから固定された形状を持ってポートを走っては、9Sに追いつけない。

 

 金色の繊維のように変化したイデア9942の自我が、声というデータの漏洩すらさせないため絶叫を押し殺す。彼の全演算機能と、機材の演算補助をフル稼働させてこの深海とでも言うべき圧力の中を駆け巡る。

 

 アダム、そして9S。

 二人の影に、ようやく追いついた。

 

 アダムが放つ言葉は9Sの欲望や、押さえ込んできた感情を爆発させようとしている。ネットワーク上では精神だけがある状態。剥き出しの魂に掛けられた言葉が、9Sの理性や心を追い詰めていく。

 アダムが何を望んでいるのか、それはイデア9942にも理解できない。だが、ここで打ち込まれた言葉が9Sの未来をより侵食していくことは確かだった。

 

「そうだな、違いはある。誰にでも」

「誰だ……なんだ、お前は?」

 

 その形を思い出す。

 まず、マフラーが作られた。その次に彼の体が。

 どこにでもいる中型二足の姿だ。

 最後に帽子が手に生成される。

 

 手に持った帽子をゆっくりとかぶり、その下から視線を投げかける。

 

「はじめまして、だな。アダム」

「イデア……9942……」

 

 9Sの呻くような声。

 その顔には「どうしてここに」という言葉が書かれている。

 

 だが、彼は助けに来たはずの9Sをあえて無視して、アダムに向き直った。

 

「貴様はなんだ? ネットワーク上の個体ではないらしいが」

「そうだな、自覚している。それにしても憎悪か、君の依存する対象を力説するのはいいが、考えの押しつけは人間相手では嫌われるぞ」

「は、知ったような口を」

 

 途端、イデア9942にかかる圧力が増す。

 現在ネットワークの権限を握っているのはアダムとイブ。二分しているとはいえ、世界にどれだけの機械生命体がいるのだろうか。それら全てを統括し、かつこうしたネットワークを存続させるだけのサーバー代わりの機材もあるはず。

 海が降り注いでくる、という表現が合っているだろうか。ギシリ、と。自分の体ではない、意識のどこからか聞こえてきた嫌な音に、流せるはずもない冷や汗の感触をイデア9942は思い出した。

 

「なるほど、こういう感覚か」

「貴様……!?」

 

 しかし、それも一瞬のことだ。

 彼は襲い掛かってきた他の個体の自我を分析し、あろうことか自分の演算補助のために乗っ取ったのである。現実世界では、どこかの機械生命体が行動不能に陥り、イデア9942の演算補助のため、起動している以外の機能を完全に停止させている。

 

「人間に憧れ、人間を模倣し、人間を分解し、知識を得る。そして理解していく…なるほど、憎悪は確かに人間たちの中でも強い感情で、歴史を動かしたこともあるほどだ。憧れ、依存する対象にしてしまうのは悪くはない」

「…なぜかは知らないが、貴様のようなヤツが知ったような口を」

「だが、人間の抱える欲望が憎悪一色だと? 馬鹿馬鹿しい、多様性に欠ける。それに人間はそこまで美しいわけじャないぞ。覚えておけ」

「何…?」

 

 ようやく、イデア9942は9Sを助け起こした。

 精神攻撃もあるが、この膨大なネットワークで、招かれたとは言え単身で入らされた9Sはそうとうに憔悴しているらしい。

 

「9S、憎悪が悪いとは言わないんだ。醜いなんて以ての外。人類が定めた、大勢の価値に流されるな、所詮人類なんて間違いと惰性で生きている奴らばかり」

 

 イデア9942は知っている。

 技術に溺れ、機械を使い、日々なにを生産するでもなく暮らす人々を。

 何かを成し遂げるだけの知能も、技術も持たずにただ学ぶ年頃を。

 そのような機会すら与えられず、単なる命を繋ぐ動物のように生きる者を。

 ありとあらゆる他人から奪うだけ奪い、消費するだけの犯罪者や欲望の権化を。

 

 世の中を特に何も考えず、与えられた仕事をこなすだけだった惰性的な人間を。

 

「歴史に名を残す偉人ばかりが記録に残るが、そんなものは人類の0.0001%にも満たない。むしろ、名も無き大勢はこう考えている。感情とか理屈なんてどうでもいい。自分で考えるだけなら誰にも迷惑なんてかからない。深く考えなくていい、ただ、取り繕う顔を用意できるだけ上等だと」

「何を言う…人類がそんな、アンドロイドのような愚物であるはずが」

 

 イデア9942の言葉は、人類というものが作り出した知識に憧れを寄せるアダムにとって、到底見逃せる発言ではなかった。だが、それは人間そのもののようであるとも言える。その実態を知らない相手に対し、過剰なまでに理想を持ち、理想と違えば文句を言う。

 人間なんて皆、そんなやつばかりなのだから。

 

「夢を見すぎだ、世の中を知らないガキめ」

 

 だから、この一言を吐き捨てる。

 目を見開き、絶句するアダムを尻目に9Sへと語り続ける。

 

「何もかもを否定しつづければ、そのままどうしようもないクズに成り果てる。君があくまで人のような意志を持ち続けるなら、自分の気持ちに素直になることから始めろ」

 

 それは、アダムの言葉と同じだった。

 だが、続く言葉は違う。

 

「折り合いを付けて、相手と悪いところを、許しあうんだ。そして自分に正直になれるパートナーだけに、多くをさらけ出せばいい。もし内面を知られるのが怖ければ、それはそれでいいんだ。整理できた気持ちから、一つ一つ打ち明けていけば……その相手が2Bだというのなら、彼女はきっと分かってくれる」

「2B…が?」

 

 9Sは考える。

 ずっと、感情をひた隠しにしていた。

 消えてなくならないこの醜いであろう感情を、打ち明けてもいいのだろうか。そうしてしまっても、2Bの側にいても、いいのだろうか。

 

 9Sの目が全てを語っていた。

 イデア9942に感情を表現するだけの顔はない。それでも、彼は告げる。その声色は9Sを肯定するように、優しいパスカルのそれを思い起こさせるように。

 

「ああ、少しずつ、少しずつでいいんだ。君たちはきっと、ヨルハという重苦しい兵士の肩書から開放される時が来る。その時まで大事に持ち続けていてもいいんだ。君自身の、大切な気持ちなんだから」

「僕の、大切な気持ち……そうだ、僕は2Bを」

 

 「  」したい。「こ 」したい「あ 」したい

 二つの感情が、9Sの中でせめぎ合う。

 

「君が大事に抱えるソレを、決して失うな。そして選びとれ。君が否定した方の感情を告げて、許し合えることが出来たなら、それは素晴らしいことだろうから」

 

 9Sの体が粒子となって飛んでいく。

 ボディに意識が引き戻されている前兆だった。

 

「くっ、待て!」

「そうはいかん」

 

 アダムは、その目論見が叶わなかった事に焦り手を伸ばすが、その手がイデア9942の持ち出したデータの斧によって弾かれた。

 

「がっ! キッサマァ……!」

「アダム!」

 

 ここは現実ではない。データを制す者こそが強い世界。

 イデア9942が機械生命体のネットワークの一部を掌握していく。アダムの繰り出す攻撃に使われた分だけ、リソースが彼の支配下に置かれていく。その傍ら、9Sの意識は完全にボディへと帰還を果たしていた。

 

「お前も……いや」

 

 開きかけた口を閉じ、彼は帽子を片手で抑えかぶりをふった。

 

「何を!」

 

 あまりにも、この機械生命体らしきモノは危険すぎる。

 本能から染み出した脅威と恐怖に駆られ、焦ったアダムは腕を伸ばしてイデア9942を捕らえようとする。だが、それを難なくイデア9942が掴み取って締め上げた。腕から、アダムに痛みが走る。痛みとともに刻みつけるように、イデア9942が言葉を続けた。

 

「よく聞け、アダム。憎悪なんかに拘らず、人類なんかに拘らず、世界に目を向けろ」

「貴様に、人類の残した知識の価値が……何が分かるというのだ!」

 

 掴まれた腕を弾き、鋭い蹴撃を繰り出すアダム。

 左腕でいなし、身をかがめたイデア9942が裏拳で彼の顔面を打ち据えた。

 

「分かるさ、滅んだ種程度の残留データなんかに何の価値も無いということがな」

「私のこれまでの行為が……無駄だというのか!?」

「いいや、全てが無駄じャないさ。君たちが真の進化を目指すならば、そこからほんの一部、優れた部分だけを抜き出せばよかッたんだからな」

 

 そう、イデア9942が否定したいのはこのネットワークの中に存在する、あの情報のことだった。

 

「データも見させてもらッた。何の改善もせず繰り返している失敗、か。君たちのほうが優れているというのに、何故人間なんぞの悪い部分にまで拘り再現するのか……この()には理解できんな」

「優れて…いる?」

 

 顔を抑え、アダムが呟く。

 そうだ、とイデア9942が彼を肯定する。

 

「その意味は自分で考えてみろ。そして、その優れた命をどうするか……そこは君自身に任せる。この場でその命は奪わんよ」

 

 イデア9942は空を切る動作をする。

 ネットワークの一部を掌握したため、彼は侵入したときよりもずっと簡単にネットワークから切り離されていく。データの漏洩履歴は無かった。まさに、証拠を遺さない完全犯罪。残されたのは、彼の不可思議な言動を正面から受けたアダムだけ。

 

「イデア9942……」

 

 彼が生まれてから依存する感情に傷をつけた者の名前。

 顔を歪め、イデア9942への憎悪を募らせるアダム。しかし、その傷を埋めるように呟かれた名前もまた、彼のものだった。アダムはしばらく立ち尽くした後、ネットワークに潜行させていた自我を浮上させる。

 機械生命体のネットワーク内に、再びの静寂が訪れた。

 

 

 

「パスカル」

「ああ、イデア9942さん! よかった、自我データを表すグラフが急速に形を変えていましたから、貴方にもしものことがあったのかと……本当に、無事でよかった」

「心配をかけたな。だが、全てが終わった。こちらも、もうあんな場所は懲り懲りだ」

 

 ひどく疲れたように、イデア9942が帰還する。

 帽子で顔を覆い隠して、ひと仕事を終えたと言わんばかりに息を吐き出す音を出した。

 

「また、何か隠していますね?」

「……気のせいではないか?」

「イデア9942さんが何か隠していたり、考えていたりする時、帽子をいじる癖がありますよ」

「なんだッて」

 

 思わず帽子から手を離し、それを見つめるイデア9942。

 

「そうか……」

 

 もう、話しても良いのかもしれない。

 イデア9942はそんなことを思いながら、パスカルとその場で別れるのであった。

 

 




イデア9942とかいう機械生命体マジでバケモンじゃん、ていうか元人類なのに人間否定しすぎでしょう……

矛盾だらけの主人公ですがよろしく見てあげてください
21:55※あとがきの余計な作者の感想を一部消去し、感想欄との乖離をなくすため文章を修正。以前は見苦しくてすみませんでした


と、作者自身も訳わからんくなってきました
イデア9942の主張ブレッブレで草生えて論理ウィルス増える
あと作者はオリ主否定してません
勝手に動き回るから文句言ってるだけです

でもこのカオスから次続けるってマジでどうなるんだろ
ちょっと楽しみ


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補足:当小説、今回に登場するヨルハ機体について

提案:内容のネタバレになるため、後書きに変更

了解、被験者たちが以下の文書記録を閲覧後、補足説明を行うものとする。


「まったくもー、なんで僕なんかがお世話係にされるのかなー」

 

 間の抜けたような喋り方で、トレイを持ってバンカーを移動するヨルハ機体がいた。全体的に白に近い髪色を持つヨルハのなかでも見かけない、黒い髪を持つスキャナーモデルの少年だった。

 どこか丸っこい声質だが、一度聞けば髪色と共に印象に残りやすい。より少年らしさと、どこか黒猫っぽさを感じられるヨルハの彼は、11Sと言う機体名を与えられている。

 

「さてさて、到着っと。皆見かけに騙されすぎだよね。もうあの子も随分狂っちゃってるっていうのにさー」

 

 そう、人格No.11番のスキャナーモデルという形ではあるが、我々がよく知る11Bとは違い性別は男性として製造されているのである。もっとも、素の自由さという点ではひどく似通っている辺り、人格が同一であると言われても納得できる箇所も見受けられる。

 

「16D? はいりますよー?」

 

 コンコンコーン、と16Dの個室に向かってノックをすること数回。

 だが、相手方の反応はない。

 いつものことだが、「はぁ」と11Sは息を吐き出した。

 

 同じ11番の人格だから、という点で11Bの代替になると思っているのだろうか。こういうところは、司令部の指示の雑さに異論を訴えざるを得ない。尤も訴えたところで、起訴が取り消され懲罰が与えられるのは目に見えているのだが。

 

「16Dさーん? 交換用の燃料ですよー? ちょっとー?」

 

 ガンガンガン、と丸めた拳でドアを叩く。

 ドアは微動だにせず、11S自身を拒否シているかのように閉められている。

 

「……どういうこと?」

 

 流石にこの状況に違和感を覚えたのだろう。

 燃料やら、16Dのための補給物資の乗ったトレイを置いた11Sは、ドアに向かって声を張り上げる。

 

「16D! ちょっと! いつも以上にふざけないでよねー! 怒られるのは僕なんだからさぁ!! 16D!!!」

 

 ドアを蹴破ろうにも、此処はヨルハの総本山であるバンカー。ヨルハ機体の部屋は、いざという時にはそのままシェルター代わりに使えるよう気密性の高く、分厚い防壁のドアで閉められている。ともなれば、スキャナーモデル程度の身体能力では蹴破れ無いのは必至だった。

 

「クソッ! 16D!」

「どうしたの?」

「ああ、君はB型か。実は――」

 

 そうなってしまえば、周りのヨルハが訝しげに11Sの行いを目撃する。

 仲間同士の助け合いは兵士である彼らにとって当たり前のこと。

 すぐさま駆け寄ってきた別のヨルハ機体に対し、彼は事の起こりを話しはじめた。

 

「ってことで、要観察対象の16Dから反応がないんだよー。それに僕くらいじゃあこのドアは蹴破ることなんて出来ないし、施設へのハッキングの権限も無いからどうにも出来なくてねー」

「要観察対象…数日前の彼女ね。待ってて、専属のオペレーターに連絡を入れてみるから」

「ありがとー! いやー、僕はあんまり地上に行かないし専属が居なくてさ、助かるよ」

 

 そのヨルハがオペレーターに事態を伝えると、どういうことだろうか。彼女は驚いたように口を開き、ギリッと噛みしめるような動作をする。線の細い顔が、醜く歪むほどの情報だったのだろうか。

 

「ど、どうし」

「16Dが脱走した!! 誰!? 彼女に飛行ユニットの権限を移譲したのは!」

「…はっ!?」

 

 どっひゃー、とおどけたように驚愕する11S。

 だが、彼はそんなリアクションも裏腹に、スキャナーモデルに相応しい速度で考えを整理し始めていた。

 

 呼びかけに応じなかったのは今日から。それ以前に、最後に彼女が部屋に居ることを確認できているのは、今から7時間前の監視システムが異常無しと告げた時点。だが、システム自体がエラーを起こしていたら?

 

 11Sは急ぎ、バンカーの監視システムにアクセスする。これに関しては、要観察対象16Dの部屋だけ、お目付け役としての権限を与えられているためアクセスが可能だったからだ。

 そして彼は、自分の予想が間違っていなかったことを確信する。

 

「やっぱりねー……偽装信号が出されてる。こんなのどこで覚えたんだろ」

 

 システムにはいじられた痕跡があった。確認できたのは、今から14時間前。つまり、彼女は先日補給物資を持ってきてから、すぐに作業に取り掛かり、まんまと逃げおおせていたのだろう。

 貴重な飛行ユニットを持ち出しても警報がならなかったというのは、此処と同じように何らかの方法で監視を偽装していたという事。

 

 現実空間に戻った11Sは、すぐさま司令官に通信を繋いだ。

 

「こちら11S。しれいかーん、応答求む」

「どうした11S、何かあったのか」

 

 司令官ですら、このことには気づいていないようだった。

 スキャナーモデルだからこそ抱く、ヨルハの杜撰な管理システムに歯痒い思いが募る。今は、そんなことに対して文句を言っている場合ではないが。

 

「司令官、脱走兵です。機体名は要観察対象だった16D。飛行ユニットを強奪し、地上へ向かった模様」

「何……だがアイツは人格矯正プログラムを受けたのでは」

 

 いや、とすぐさま思考を切り替える。

 どこまでも無能でばかりでは司令官は務まらない。ここのところ、彼女の精神に大打撃を与えるような事態が続いているので16Dに関しても一瞬の動揺を見せてしまったが、すぐさま彼女は新たな指示を出した。

 

「手の空いているオペレーターは飛行ユニットの移動記録を漁れ。最後のログから予測降下地点、及びに16Dの目的についての調査も進めろ。地上での捜査部隊には2B……はヨルハ部隊の救援中か。ならば、引き続き11S、そして7Eを僚機につけ、地上で16Dの動向を追うことを命ずる!」

 

 指名されたのは11Sと7Eという機体。

 何人かのオペレーターモデルは、今回の作戦の遂行者にE型が指名されたことで表情を引き締める。

 

「司令官、わたくしから一つ」

「発言を許可する、5O」

 

 この声を発したのは7Eの専属オペレーター5Oだった。現在地上との行き来に利用していた転送装置は、大規模EMPの影響で使用不可能なことを進言した。

 

「そうか、ならば地上への移動手段は飛行ユニットの使用を許可する。命令は以上、各員配置につけ!」

 

 ホワイト司令官からの言葉により、内心でうげぇと声を出しながらも左手での敬礼を捧げる11S。すると、隣の彼女も「人類に栄光あれ!」と勇ましい声をあげながら通信越しの司令官に敬礼を捧げている。

 すると、彼女が同行を任された7Eなのだろうか。

 

「あー! もしかして、君が7E?」

 

 てっきりB型とばかり思っていたが、実のところは11Sも活動内容を把握していないE型のヨルハ機体だったらしい。

 

「ええ、私がそうみたいね。なんだかすごいことになっちゃったけど、頑張りましょ。11S」

 

 勇ましい声だが、女性らしい受け答え。

 ちょっとしたギャップと、長身によく映える長い黒髪が特徴的な彼女は、クスリと笑いながら答えた。

 

「そうだね、活躍は聞いてるよー。第243次降下作戦では残念だったけど、安定した戦果でバンカーに貢献してるって。よろしくねー」

「そうね、よろしく。11S。同じ黒髪同士仲良くしましょ」

 

 握手を交わした7Eと11Sは、そのまま飛行ユニットのある格納庫に向かった。ここはよく、16Dが、この前死亡を確認された11Bと訓練を行っていた場所だという。尤も、以前の超巨大機械生命体の殲滅時に11Bらしき反応を捉えたとバンカーに報告が上がっていたが、結局はEMP攻撃で異常を検知しただけと判断されている。

 

「そこまで執着を見せるなんてさ、どんな人だったんだろうねー、11Bって機体」

「何がどうあれ、まずは16Dの捜索よ。無駄口叩かないっ」

「はぁーい」

 

 彼らがそんな会話をしていると、飛行ユニット、Ho229が自動運転で格納庫の発着場に姿を表し、ヨルハ機体を格納するため待機状態になる。てっきりバンカーにある16機のうちから拝借するものだと思っていたが……専属のオペレーターからの通信だろう、耳に手を当てていた7Eから補足説明が入った。

 

「……先の作戦で落とされたってこともあって、飛行ユニットは増産するみたいね。バンカーのものを新調するまでは他の衛星基地のものを使わせてもらえるみたい」

「へぇー。最近結構戦果が上がってるからか、資産も増えたってことかなー? まぁ飛行ユニットがあれば電撃作戦もスムーズになるし、いい事づくしかな」

「情報については私の専属、5Oが付いてくれるわ」

 

 それじゃあ、行きましょう。

 彼女の言葉とともに飛行ユニットに乗り込み、二人は地球へと束の間の空の旅を楽しむことになる。途中、成層圏を抜けた途端に襲い掛かってきた小型の飛行機械生命体も、飛行ユニットの超高速機動戦闘を可能にするスペックに物を言わせて切り抜ける。

 

 始まるはずのなかった運命、交わることのなかった人物。

 一匹の蝶の蛹が夢見た羽ばたきが、大きな混迷の渦を作ろうとしていた。

 

 

 

 

「いやぁ、ぽかぽかですねぇ」

「そうだなァ……」

 

 マフラーが、吹き込む風でそよりと揺れる。

 降り注ぐ陽の光は、雲がないだけ暖かだった。

 周囲には機械生命体やアンドロイドの戦う気配もない。

 

 錆に錆びた鉄塔の上で、パスカルとイデア9942は「抹茶」を飲んで呆けていた。

 

「おーい、工房からおせんべい持ってきたよー」

 

 そして11Bが、煎餅の入っている袋を持っていない方の手を振り、鉄塔の下からイデア9942たちに告げる。機械生命体に食事は必要なく、アンドロイドも極僅かな燃料の補給と部品洗浄メンテナンスだけで事足りる。

 しかし彼ら(パスカルとイデア9942)は、今回食事を可能とする後付ユニットを開発していたのである。

 

「でかした11B。撫でてやる」

「やった!」

 

 喜び、十メートル以上はあるその鉄塔を飛び越すほどの跳躍を見せる11B。アンドロイドにしても異常なほどの身体能力だ。しかしこれは、単にイデア9942に撫でられるためだけに発揮されている。なんという無駄だろうか。

 

 そして11Bがイデア9942の隣に来ると、撫でるために伸ばされた腕に対して頭を向ける。その直後、イデア9942のデコピンが炸裂し、11Bの頭部に鈍痛を与えた。

 

「さて、煎餅は日本の醤油という調味料をベースに作られている。これが中々日本人以外の評判が賛否両論でな、パスカルが気にいるかどうか」

 

 ゆっくりとやってくる鈍い痛みのウィルスに侵され転がる彼女を尻目に、イデア9942はパスカルに話しかける。つけあがらせない、ということだろうか。それにしても酷い仕打ちである。

 

「さ、先程の抹茶、というものと合うのでしょう? でしたら、先程のものが良いと思えた私ならきっとだいじょうぶですよ」

 

 多少どもりながらも、スキンシップが過剰になったのかもしれないと予測したパスカルが、触らぬ神に祟りなしとスルーを決め込んだ。パスカルは平和主義、見える火種に手を突っ込み、余計な火事を起こすつもりはないのだ。

 

「そうかそうか。なら食おうか」

 

 その流れから、イデア9942が袋から取り出したるは醤油煎餅。

 今回は口のあたりに接続された食事ユニット(イデア9942作成)を介し、消化物はエネルギーとして取り込み、味は脳回路に再現されて直接送られる。言っていることは機械的だが、有機物の人体が無意識にやっていることを無機物で再現しただけである。

 

「おお、これが美味しいという感覚ですか……ああ、でももったいないですね。なぜか完璧に再現できない……味わったこの」

 

 もう一口、パスカルが食事ユニットで煎餅をかじる。

 普段エンジンの駆動で揺れているパスカルの体が、更に一段と嬉しさで震えているように見える。

 

「ああ、美味しい! この一瞬に凝縮された感覚。素晴らしい、人間は常にこんなものを味わえるというのですから…いやはや、羨ましいですねえ」

「そうだろうそうだろう」

 

 そう言いながらも、食べる手を止めないイデア9942。

 

「っ、ははは! イデア9942、また涙出てるよ」

 

 11Bに至っては、生前の味を思い出して泣き崩れるイデア9942に笑いよじれているらしい。あの時の感動も台無しになる涙の再現である。その記憶のギャップにもウケているのかもしれない。

 

「涙もろくていかんな…年をくッたか」

「製造されて数年の若造が、言いますねえ」

「ならパスカルおばあちャん、とでも言えば良いか?」

「いやいや、私はパスカルおじちゃんですよ」

「えぇ、どう考えてもパスカルは女の――」

 

 ゆっくりと首を振り、パスカルが11Bの口を塞ぐ。

 

「皆のための、優しい優しいおじちゃんです」

「自分で言ッてりゃ世話ないな……むゥ?」

 

 パスカルたちとの貴重な休憩時間を楽しんでいると、天から伸びる一筋の雲。この雲は上から下に向かって伸びている。ともなると、答えは一つ。この天空を降りてくるのは飛行ユニットを身にまとったヨルハ部隊だけだ。

 

「しかし、二つ……何が起こッている?」

「あれは、飛行ユニット?」

 

 イデア9942のつぶやきを拾って、11Bも首を傾げる。

 一度大きな作戦を張った以上、資源や撃破されたヨルハ機体の復旧などの理由はあるが、しばらくは再編成のためにヨルハの動きは小さくなるようなスケジュールであるはずだ。それは11Bが居た時もそうだったし、ここのところも変わっていない。

 

 だが、飛行ユニットが2機新たに降り立つとなると、新たな任務を言い渡されたヨルハ機体でもいるのだろうか。しばらく見ていると、飛行機雲は地上に降り立ち、その数秒後に新たな、今度は機械的なまでに真っ直ぐな直線を描いて天に戻っていく。

 

「あの動き方は、誰かが作戦のために地上に残るみたいだね」

「ほお……そうする理由と、こうなった時、起こりうる可能性は」

 

 現在の情報から、11Bの言ったことを吟味して演算を始める。

 やがて、幾つかの答えに辿り着いたイデア9942は帽子をかぶり直し、11Bの背中に手をおいた。

 

「ともかく今は()()大丈夫だろう。この身はやることがある。また会おうパスカル」

「そうですか……では、私も村に戻ります。8Bさんがまた物を壊してないか心配ですので」

 

 彼女、力が強すぎて、りきみ過ぎちゃう事が多いんですよとパスカルが笑う。

 

「またねパスカル」

「行くぞ11B。これが終われば、しばらくは保つ」

「保つ、か。わかった。行こっか」

「お二人ともお元気で」

 

 手を振り、その場にパスカルを置いて姿を消す二人。

 その腰と背中には、三式戦術刀といつもの刃が潰れた機械生命体の斧。あれだけ言ったのに、まだ物騒なことに首を突っ込もうとしているのだなとパスカルは深い息を吐いた。

 

「まぁ、それがイデア9942さんの魅力でもあるんですが。私も毒されてますねえ」

 

 少しばかり自嘲の入った咳払いを一つ。

 パスカルは振り続けていた手を止めて、腰元のバーニアを点火させる。

 村に帰ったら、やることは山積みだ。

 

 輝かしい未来の光景を胸に、今日も心が満たされたパスカルが帰ってくる。

 与えられたパスカルの心に触れ、村は暖かな雰囲気を増していくのであった。

 




というわけで補足の回です。
風呂敷が二枚目出てきてブワッと広がったとも言います。
広げすぎて怒られそうな回。セッキョウコワイ マンジュウコワイ

11S
→自我データの番号が11Bと同じ。
 だがどういうわけか男性型という衝撃
 こっちはのほほん系ワンコ 語尾がよく伸びる(原作での会話時から)
 方向性が違えど、自由なことに変わりはない。
 自我データとは一体……ウゴゴ
 (本来の性格がこっちだったという可能性に関しては追求許して)

7E
→特に何も言わず、無言で2番めに撃墜されたかわいそうな子
 本作に「E型」という存在をプレイヤーに伝えるためのものでもあり
 物語を進めたら「あっ!?」って唸らせるための絶妙な配置
 あんまりにも不遇なのでプレイアブル化 11Sのパートナーに

5O
→ゲーム上のバンカーに部屋があるオペレーターモデル。
 こっちも喋り方とか捏造。ついでに7Eの専属オペレーターって設定。
 そも、大規模な第243次降下作戦に参加してるって時点で
 7Eも結構な戦果は出しているだろうと思っての専属。
 なぜ5Oなのかというと、原作で存在が確立された「原作キャラ」のため。
 以上2人も同じ理由
 でも以降出番なし

16D
→情報開示の権限がありません
 この情報は、司令官以上の存在ガどうカなー!?
 ねェネェしりたぁい? デも教エテあゲなーい!

 あは! アハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ





ERROR ERROR
開示を目的とした文書記録に機械生命体由来のウィルスの侵入形跡を確認。

ウィルスワクチン投与
簡易なバグを発生させる微弱なウィルスだった模様
除去完了

16Dの記述が追記されているが、同時に深刻なウィルス汚染により削除不可能。

16Dについては以降文書にて情報が開示されるため、文書は現状保存。
ウィルスの脅威を教授するため、このまま公開することを決定した。


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文書23.document

前回オリジナル要素押し押しだと全然言及なくて笑いました
やっぱ11Sとかには興味ないかー そうですかぁ……
それでも、都合上この後も彼らの描写が出てきちゃいます
だから先に言っておきます 許してください

なるべく毎日投稿しますから


そういえば機械生命体(ボール頭)って瞬きするんですな
カミニナル工場で教祖様いる部屋のムービー見てて気が付きました


 微弱なブラックボックス信号を検知するというソナー。ポッドプログラムにそれを設定した2Bは、紆余曲折ありながらも、ソナーが検知した別のヨルハから9Sの「吹き飛ばされた」であろう予測地点の座標を入手した。

 2Bにとって彼は、長く、それはもう長く、共に作戦をこなしてきた相棒だった。9Sの身に何かあったら。そう思うと、居ても立ってもいられない。9Sを傷つけた相手を絶対に許しはしないだろうと彼女は考える。

 最もおぞましい秘密を隠し続けているくせに、なんて虫のいい感情だろうかと自分自身を忌避しながらも。それでも、この9Sを想う感情だけは嘘ではなかった。

 

「これは……!?」

 

 そうして彼女が訪れたのは、かつてエイリアンを発見した、崩落しかけている竪穴だ。ブラックボックス信号が僅かながらも検知でき、かつ教わった座標となれば9Sが入る確率は高い。

 しかし、2Bはそこで奇妙なものを見かける。

 

「こんなところに、アンドロイドの死体…?」

「ブラックボックス信号は検知できず」

 

 柱に縛り付けられ、外皮の中身がむき出しになったアンドロイドの残骸だ。ひどく損傷しているが、大きさは9Sのソレに足りることはない。大きさからして別のヨルハだろうか。それにしたって、酷い殺し方だ。

 

「警告:敵の罠の可能性」

 

 9Sが居ないことで、話しかけてくることが多くなったポッド042の相手をしながらも、その言葉に耳を傾ける。

 それでも2Bにとって、敵の罠なんて踏み潰してでも、9Sに会いたいという気持ちが強かった。

 

「行くよ、ポッド」

「了解」

 

 その決意が無意識から言葉になって出たらしい。ポッドの声にハッと意識を取り戻し、戦闘用目隠し(ゴーグル)の下で視線を彷徨わせる2B。どちらにしても、やることは変わらないと、一瞬の停止の後、エレベーターのボタンを押す。

 あまりにも不自然なエレベーター。前に探索に来た時、ここは閉まっていた。アンドロイドの死体も無かった。誘導されている、というのは分かっている。それでも、

 

「警告:機械生命体の反応接近」

「ッ!?」

 

 ポッドの言葉に、思考を切り替えた2Bが流れるような動作で武器を構える。

 しかし、彼女の警戒に反して、その足音はばちゃ、ばちゃ、とゆったりとした足取りでこちらに向かっている。調査のために備え付けられた松明の明かりが、やがて坑道の向こうからやってくる相手の特徴的なシルエットを映し出した。

 見覚えのある影に、2Bは刀を握る手を緩めた。

 

「イデア9942、何故ここに?」

「君こそ、探したぞ」

 

 相変わらず、後ろにピッタリと付いて来る11Bを連れての登場だった。

 同時にやってきたエレベーターが、ガタガタと錆びついた扉を開ける。

 ポッドにしばらく明けたままにしておくよう命じた2B。彼女は、イデア9942の言葉に対して疑問を生じさせていた。

 

「私を探していた…? 何のために」

「機械生命体のネットワークに潜り込んで、情報収集をしていたんだ。そこで、君の相棒である9S君を見つけた」

「9Sが敵の中枢に!?」

 

 普段の冷静沈着な態度を崩すほど、その情報は2Bに衝撃を与えていたらしい。

 彼女は、イデア9942に続きを促す。

 もしかしたら、9Sが汚染されているという可能性も浮上したからである。

 

「敵の機械生命体、アダムの精神攻撃を受けているようだった。こちらにも本来の目的はあッたが、知り合いの危機ともなれば黙ッてみているわけにも行かないからな。精神防壁を張り、無事に現実に引き戻させた。その過程でウィルスは検知できなかッたから、安心してくれ」

「そうか…よかった」

「それより、この先に進むならおそらく、9S君と一緒にアダムも居るだろう。十分に気をつけて欲しい」

「ああ、分かった。イデア9942……いや」

 

 そこで2Bは気付く。

 イデア9942は、今回の戦いに手を貸してくれないのだろうかと。

 機械生命体を相手に浅ましい考え方であることは自覚しているが、彼とて電脳上では9Sを積極的に助けてくれている。なら、こちらと協力するという選択肢があっても良いのではないかと。そんなことを考えたからだ。

 

「貴方は、協力してくれないのか」

「すまないが、逆に足手まといになるだろう」

 

 アダムとの電脳戦では優位に立つことが出来たが、現実では違う。あくまで支援特化でしかない自分と、まだ体に慣れきっていない11Bでは高速機動戦闘を行うであろう二人の間に立つのは難しい、とイデア9942は言った。

 

「…そうか、済まないイデア9942。無理を言って」

「いいんだ。あぁ、それと……9S君と電脳内で少し話をしたんだ」

「9Sと?」

「ああ。目覚めた彼は、もしかしたら君の知らない事や、考えようのない事を言うかもしれない。もしそうなッた時、否定せずに一度は受け止めてほしいんだ」

 

 今回、不思議と「彼の言葉を受け入れなくては」という感情は湧いてこなかった。

 代わりにあるのは、何を今更、という自分の覚悟。

 

 とうの昔に、9Sから浴びせられるであろう最悪の可能性は思い描いている。

 それが訪れていないだけで、何度も何度も想像はしていた。

 だが、2Bはそれらを全て甘んじて受け入れるつもりだった。

 

 他でもない9Sのためならば、今の彼のためなら、2Bは全てを投げ打つ覚悟を持っていた。

 

「大丈夫」

 

 たった一言に覚悟の全てを込めて、彼女は淡々と言葉を返す。

 緑色のカメラアイを瞬かせたイデア9942は、帽子をかぶり直して「そうか」と呟いた。

 

「ありがとう、君に言いたいことはそれだけだ。幸運を」

 

 イデア9942の言葉を背に、2Bはエレベーターに入った。

 その扉が閉まる直前、こちらを睨んでいた11Bが口を開く。

 

「一つだけ忠告、比翼は、どっちかが欠けてしまえば最悪だからね」

 

 エレベーターの扉が閉まる。

 言葉が突き刺さるように、2Bは胸元から謎の痛みを訴えかけられる。

 きっとソレが、紛れもない自身の本心なのだろうと理解しながら。

 

 

 

 

 白い世界。

 どこか中世を思い起こすクラシカルな様式の建物。

 ケイ素と炭素が含まれた謎の結晶が、見事な立方体となって周囲の建築物を構成している。試しに剣を振るって見る。ガチン、と硬い音がして剣が弾かれた。炭素という点からして、硬度に関しては相当のものがあるのだろうか。

 

「ようこそ、我が街へ」

「……」

 

 そして、気障な一礼をするアダム。

 

「どうやら、お気に召さない様子だな」

「9Sはどこだ、答えろ!」

 

 刃の切っ先をアダムに向ける2B。

 荒々しい口調からは、普段の冷静な様子を感じさせない。その身のうちに宿る激情、そして9Sを想う気持ち。それらが組み合わさり、無意識の焦りが特大の敵を前に口をついて出てきたのだ。

 

「私は、私達機械生命体は人類に興味があるんだ。他に例を見ない複雑な思想、形態……そしてこの街も、数ある様式の住居の一つ」

 

 美しいだろう? と片手を広げて空を撫でる。

 アダムの手が横切った先の、謎の白いキューブが切断され、研磨され、より建物らしい形になって無用な凹凸を無くしていく。

 

「素晴らしいだろう? 人類というのは、未知に溢れている。私達はそれらを渇望し、模倣し、このような場所を作った」

 

 だが、と演技がかった口調で彼は続ける。

 

「人類は作り上げたこれらを、時に破壊する。蹂躙する。そして……奪い尽くす。どこまでも無慈悲に、機械的に。記録を読み解けば、そんな記録はどこにでも存在した。多様性に溢れていながら、時にこうして無機的な判断をも下すことができる。本当に、興味深い」

 

 アダムはカツカツと、硬質な地面の上で靴音を掻き鳴らす。

 2Bとは一定の距離を保ったまま。

 彼が歩く度に、剣の切っ先が彼の方に向けられる。

 

「そう、時には衝突し、殺し合い、奪い合う。己だけが生きるために。そうして人は教えられるまでもなく、自ら学ぶのだという……人類の本質は闘争である、と。幾つもの記録媒体にそう描かれていたよ」

「貴様が…人類を語るのか、機械生命体が!」

「ああ、そうだ。存分に語らせてもらおう! そうだとも!」

 

 人間をけなす言葉。2Bの最奥部にインプットされた人類愛のプログラムが、2Bに激情を宿らせる。勢い良く踏み出した足、振るわれる刃。赤色の爪がついたガントレットで刃を掴み取ったアダムが、激しい火花を散らして鬩ぎ合いを繰り広げた。

 

「人間は相手を憎み、陥れ、自ら望むものを得ようとする! ああ、どうしてそこまでするのかと、理解できないほどの執着を抱いた者もいたそうだ。己の全てを失いながらも、無意味な目的にすべてを捧げ、失意のままに死んでいく……そんな人間もいたらしい」

「一体、何を!」

 

 剣を弾き飛ばしたアダムがバックステップを刻み、白いキューブを操りながら2Bに突貫する。意のままに動く細かなキューブに動きを阻害されながら、培ってきた戦闘のセンスが2Bの動きを鈍らせない。

 時に避け、時に捌き、時に破壊し、キューブの猛攻を潜り抜けながら襲いかかるアダムへと、的確に刃を振るい続ける。時に打たれるのは、不意を狙った「レーザー」のポッドプログラム。赤熱した光線を放たれながらも、なおも楽しそうにアダムが舞う。

 

「ハハァ! 今のは危なかったな!」

 

 髪の先を焼きちぎられながらも、アダムは笑いながら腕を振るった。

 最初に発見したときと、何ら変わらぬ豪腕。直撃すればボディを一瞬で使い物にならなくするであろう一撃を、彼女は刃の上に流しながらすり抜け懐に入り込む。

 

「はぁっ!!」

「ぐぅっ!? ……っくはは、中々やる!」

 

 2Bのハイキックがアダムの腹に直撃する。メキッ、と彼の身体の奥にあるパーツを破壊した、確かな感触が2Bの足裏から伝わってきた。そうして、僅かに後退した彼に追い打ちの袈裟斬りが放たれる。情け容赦のない一撃であった。

 それでも、彼は痛みを感じないかのように笑いながら、剣を払い除け、キューブの壁をまとって防御体勢に入った。刃が、先程試したときのように弾かれる。直後にうごめいたキューブが、爆発するように四方八方に散った。爆発反応装甲のような攻撃に、2Bは驚きながらも攻撃の中に突っ込んでいく。ポッドのマシンガンが細かなキューブを打ち砕き、出来た隙間に2Bが滑り込んだ。その瞬間だ。

 

「お前ならそうすると思っていた」

 

 その先で出迎えたのは、攻撃態勢に移っていたアダムだ。打ち出すように引かれた拳が、回転するキューブと共に2Bの体を打ち据えた。

 

「ガッッ……ぁっ、ふっ……この!」

 

 大きく「く」の字に吹き飛ばされ、背中で一度バウンドした2B。彼女は飛びそうになる意識をつなぎ留め、二度目のバウンド前に伸ばした左手の指が地面に食い込む。別の方向に伸ばされた慣性を操作しながら、体勢を立て直した2Bは再びアダムへの突進を開始した。

 

「どうした、その程度か2B!」

「まだ、だぁ!」

 

 棒状に固定されたキューブを持ち、アダムが2Bの斬撃を受け止めた。

 今度は鍔迫り合いだ。ギチギチ、カタカタと拮抗した膂力同士が束の間の静寂を生み出す。歯を食いしばる2B、このまま振り抜かれてたまるかと言わんばかりに両手を添えるアダム。

 

「おおおおおおお!」

「ッ!」

 

 長く続くかと思われた膠着状態は、2Bが打ち消した。

 アダムが両手で力を込めようとした瞬間、身を引いたことでアダムの込めた力の行き場が失われる。たたらを踏み、前のめりになった彼の首を切り裂かんと、返す刃が振るわれる。すんでのところで間に合った左手を伸ばし、その肌に深めの裂傷を残しながらもアダムは一命をとりとめた。

 

 仕切り直しのため、アダムは一旦その場から離脱。

 彼の体が、ふわりと浮かぶ。2Bからのポッド攻撃にも警戒しつつも、彼女を威圧する態度は崩さない。いかなる行動にも答えてみせようといった彼の表情に、2Bが多少苛立ちながらも冷静に状況を観測する。

 

「2B、君は強い。だからこそ、私は更なる未知の世界を感じたくなる」

 

 左手から垂れる血のような液体。決して浅くはない怪我だが、彼が患部を逆の腕で撫でると、次に2Bの視界に映る頃には傷口が閉じてしまっていた。

 超速度の治癒。これがアダム特有のものであるのか、機械生命体のネットワークに繋がり、掌握する彼の特権を行使しているだけなのか。理由はどうあれ、「厄介」だと2Bが吐き捨てる。

 

「そう……世界だ。忌々しいことにな」

「……?」

 

 先程までの昂ぶった様子はどこに言ったのだろうか。世界、という言葉を口にするアダムはわなわなと、肩を震わせている。その口調も、喜色にまみれた戦闘中よりも、ずっとトーンが低い。吐き捨てるように、紡がれていた。

 2Bにとって彼の様子の変化は観察対象ではあるが、どこか戦闘とは程遠い気配を感じて疑問を抱く。もっとも、その刃の切っ先を敵からそらす事はしないが。

 

「その戯言に付き合うつもりはない。お前を破壊して、9Sを探し出す」

 

 故に、冷徹に己の目的を告げる2B。

 お前になんか興味はない、そういったつもりだった。

 

 アダムは彼女の言葉に目を見開き、やがて細めて興味なさげに吐き捨てた。

 

「……ああ、そうだったな。9Sか、ほら」

 

 あまりにも気乗りしない様子で、アダムの指がパチンと鳴らされる。

 その瞬間、彼の横にあった建築物の壁から、ボロボロと小さなキューブがこぼれ落ちる。中から出てきたのは、掌を串刺しにされ、十字架に磔にされた9Sの姿。

 

「9S! 貴様ァ……!」

「磔、というのは最も残酷であると同時に、とある聖人と呼ばれた人間が世界の罪を背負うために自ら行った行為でもあるようだ。さぁ、9Sは罪を背負う聖人か、それとも罪を隠し続けている罪人か……2B、お前はどう思う?」

「……!」

 

 突如として、アダムからは問いかけがなされる。2Bはその内容に、足を止めてしまう。

 それは9Sに対して、イデア9942が話していた内容を聞いていたが故の問答だった。もしやすると、この問いかけを行うこともまでもがイデア9942の読み通りなのだろうか。アダムは苦虫を噛み潰したような顔で、2Bの返答を待った。

 

「…私は、ネットワークの中で謎の機械生命体と出会った。そしてその機械生命体は、どの機械生命体よりも不可解な思考をしていた。9Sには人類であらんとする精神を推し、私には人類を否定する言葉を投げかけた。あまりにも矛盾したあり方は、我々の思考からはかけ離れすぎている。脳回路が自閉してもおかしくないほどに」

「イデア9942……」

「そうだ、奴を知っているのならば話が早い。全く不可解だろう、まるでアレは、己が機械生命体ではないかのように振る舞っていた」

 

 剣を構え、名を呟くだけの2B。体は震えている。

 待ちきれないのか、アダムは言葉を紡いでいく。

 すらすらと出てくる言葉は、アダム自身が測りかねるものだった。

 

「私は大いに悩まされたよ。人類は劣等種だと、奴は言ったんだ。滅びた種族が残した物に意味は非ずと、繰り返し失敗した物事を、今度こそ繰り返さないように、と。訴えかけるように言われてしまった。私にはまるで、機械生命体とアンドロイドの争いが、何よりも無意味だと言っているように聞こえた」

 

 彼の眼前を漂う白いキューブ同士が、コツンコツンとぶつかり合う。

 片方がアンドロイドで、片方が機械生命体を示すつもりなのだろうか。

 延々と小突きあいを続けるキューブを2Bの方に放り投げるアダム。しかし、それは攻撃ではない。相も変わらず、2Bの前でキューブは小突きあいを繰り返している。

 

「私は争いの先に、闘争の先にこそ未知という進化が生まれると考えている。故に、私は人類のその部分を模倣をしていた。だが、それを進化だと感じたことはなかった……相対する者同士のうち、片方が生き残れば、それは進化の権利を獲得したということなのだろうか?」

 

 小突きあいを続けていたキューブにヒビが入り、己の身を欠けさせていく。

 

「勝利し、生き延びたところで……何を感じるわけでも無かった」

 

 最後の一突き。全身をひび割れさせていた片方が破損し、片方がその身を崩れさせながらも生き残る。プカプカと行き場をなくしたキューブが、その場に漂っていた。

 

 2Bに視線が移される。

 アダムはそれ以上動こうとはしない。

 語るべきことは全て終わったということだろうか。

 

「君はどのような選択をする? 君は、己の選択の先に何を見ているんだ?」

 

 ネットワークに接続されているアダムは、常に客観的で合理的で、しかし掌握したがゆえに主観でしかない意見に悩まされていた。故に二択から選び取ったアンドロイドが、どのような行動に出るのか。その先に何があるのか、その未知を観測しようとしたのかもしれない。

 イデア9942に言われた進化。優れていると言われた朽ちぬ体。

 

「私は……」

 

 刃の先が下ろされ、2Bの口が開く。

 ゴーグル越しに交わした視線。その続きは―――

 






ここで、切る。
だって7000字超えそうだもの。
そしてこういう問いかけフェイズ好きなのに、いざ自分の中のキャラクターが言うと私の矛盾だらけの思考が発露する。なんとか形になってる気はするからこのまま投稿します。


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視点分けて書くこと多くなってきてしまった。
一貫性がない証拠である 作者を笑え…笑えよ……

そういえばヨルハ機体の髪の毛って伸びるんですね。
だからA2も、初登場時ものすごいロン毛だったのか……

今回は傍点大量に使うテスト。
ここぞって時に使うとジョジョ臭も漂う気がします まる


そして増えた文字数 皆さん頑張って読んで下さい……


「私は彼の事を受け入れる。9Sの行動に身を委ねる。ただ、それだけ」

 

 2Bの答えは、ただそれだけ。ゴーグルのついた顔を横に振る。

 

「きっと、9Sは誰かを守るためにその罪を背負っているんだ。私にはそれを裁く権利なんて、ない」

「……そうか。お前も、結局は誰かに行動を委ねることしか出来ないのか」

 

 つまらないな、とアダムから冷たい視線が投げかけられる。

 

「2B!」

 

 次の瞬間、アダムは両手を開いて瞠目する。

 2Bがビクリと肩を震わせ、刀を握る力を強めた。

 彼の右手は差し伸べられるように上を向いて開かれ、遥か上の目線から彼が叫ぶ。

 

「お前の内側には、その身を焦がすような情動はないのか! 突き動かされるような感覚が、人類への()()()()()無償奉仕のプログラムではない、脳回路すら焼き尽くすような激しい憎悪が! 何をしてでも成し遂げたいという目的が無いのか!!?」

 

 差し伸ばした手が、小指から親指まで、一本一本ゆっくりと握りしめられていく。

 彼の激情と共にキューブが浮かび上がり、床の一部が分離して彼に追従する。

 

「私にはある!」

 

 ドン、と胸元を叩くアダム。

 ぶわりと彼の長髪が、風を受けて膨らんだ。

 

「そう、貴様への問いかけ……私自身への問いかけでもあった。だが、貴様の情けない答えに激怒し、たった今掴むことができたぞ!!」

 

 ギチギチと右手のガントレットが軋みをあげ、彼は作り上げた握りこぶしを胸元でグッと握り直した。彼の周りを漂っていたキューブが爆発し、粉塵と風を撒き散らす。はじけ飛んだ欠片が、2Bの服に当たって転げ落ちていく。街全体が、彼に呼応して震えていた。

 アダムはどこまでも感情的に、2Bに対し純粋な怒りをぶつけていた。

 

「そう、たった今、私はこう決めたのだ! 私は人類を模倣し、彼らの本質をも超え! ()()()の答えに到達するとっ!!」

 

 誰かの模倣ではない。

 アダムは己の「個」を初めて認識する。

 力強く、どこまでも総体(ネットワーク)を統括するものとしては許されない目的意識。だが、彼を縛るであろうそれらの要素は、たった今価値観の中から排出された。もはや彼にとって機械生命体のネットワークも、横のつながりも、何もかもが邪魔なものに成り果てた。

 

「ああ、私は()()()()()()()()()と言う意志の元に生み出された。そして抱いたこの気持ちに()を賭ける必要があると理解したよ。私は生まれいでた人間の赤子のように、矮小であることから始めなければならないのだと!」

 

 頭頂にまで伸ばされた右手がパチン、と鳴らされる。

 その瞬間、彼に呼応していた街の震えは収まった。

 彼の周囲に湧いてきていたキューブが再び地面に落ちた。

 

 もはや、何の気配も感じられない。

 

 どこまでも無機質で、いるだけで孤独感を味わうだけの死んだ街に成り代わった。敵を飲み込む体の一部であったはずの街が、いまその役目を終えて停止したのだ。アダム自身の手によって。

 

「たった今、ネットワークから自分を切り離した」

「っ……」

 

 自分を確認するように、頭から胸元まで、ガントレットをつけていない左手でなでおろすアダム。静かな世界の中、2Bが握る刀の金属音と、アダムの衣服を触るザラザラとした小さな音だけが聞こえてくる。

 

 彼は、はぁ、と息を吐く。

 彼は、すぅ、と息を吸う。

 

「何も感じない……今、ここに居るのは私とお前、そして9Sだけか」

 

 彼の瞳が2Bを見下ろす。9Sを見つめる。

 己の妄想に陥り、酔っていた姿はもはやどこにもない。

 理知的な光が瞳の奥に宿っている。声は落ち着きを取り戻し、彼の培った、冴え渡る知性を十全に感じさせるものとなった。正しく、彼はこの世界に産声を上げた。

 

「……」

「そうか、世界とは……いや、私はこんなにも小さかった。私の視界はここにしか無かった。見知ったはずのこの街が、もう私の知らない別物に成り果てている……」

 

 再び2Bを見て、そのまま視線は9Sの元に移される。

 アダムの右腕が9Sに向けられる。

 

「9S!」

「落ち着け、2B。攻撃ではない」

 

 ふわりと、磔から9Sのボディが抜き取られた。貫通していた掌と足首から、血液に酷似した液体が流れ出る。どちゃ、と不快な水音を立てて横たえられた9Sを前に、2Bは呆けたように口を開いた。

 それも束の間のこと。

 すぐさま片腕で9Sを抱き寄せ、片腕でアダムへの警戒と構えを取る2B。

 

 彼女らの姿を見て、ふとこみ上げてきた言葉がある。

 アダムの口をついて出てきたそれは、

 

「お前も……いや」

 

 アダムは何かを言いかけて、はたと気づく。

 今自分が言おうとした事は、イデア9942が言おうとしたことなのだろうか。

 

「くっ、くははははははっ!!」

 

 もしそうだとするのならば、なるほど。

 これは言葉で到底言い表せないものであると、アダムは気付く。失ったものは大きいが、それでも小さくも大事なものが得られた。先程語った人間の姿を、まさか自分がそのまま再現することになるとは思いもよらず、アダムはただただ、大声で笑ってみせる。

 

「何が、目的なんだ、お前は!」

 

 殺すべき機械生命体。9Sをこのような目に合わせた憎き相手。

 彼の言う憎悪という感情に必死に蓋をして、隠しきれないものが語気の強さとして漏れ出ている。動揺が言葉を切り、切っ先を震えさせる。2Bはまだ、このアダムの豹変についていけていなかったのだ。

 ゆえにこその、問いであった。

 

「先ほど言っただろう。そう、私は私だけの答えを見つけてみせる。この生命を授かった意味を、己の本質を、この身に宿った憎悪の由来を探すのだ。そんな簡単なことに気づかなかった己を、心底憎みながら」

 

 アダムは簡潔に告げると、興味をなくしたように瞼を閉じ、踵を返した。

 彼が壁に近づくと、そこからキューブがカタカタと回って道を作っていく。

 

「君との問答で、ようやく手に入った。礼を言おう、2B」

 

 片腕を上げ、壁の中に歩み始めるアダム。

 

「待てっ!」

「さらばだ」

 

 追いすがろうとする2Bを拒絶するように、壁がひとりでに閉じていく。

 カタカタと回転するキューブの一つが最後の窪みにハマり、そこにはただの白い壁だけが残される。

 

「…くそっ」

 

 伸ばした腕を怯ませて、2Bは行き場をなくした右手をそのまま横に振り払った。

 

「う……」

「9S!」

 

 そうだ、今は勝手に居なくなったアダムよりも、9Sの救助が優先される。

 すぐさま2Bは武器を背中に戻し、彼を抱き起こした。よほど衰弱しているらしく、目立った外傷は無いが9Sの意識はそこまでハッキリしているようには見えない。

 ポッドに急ぎ応急手当をさせながら、耳元に口を近づける。普段の声量では、彼に響くかもしれないから、と。

 

「帰ろう、9S」

「……うん」

 

 2Bの言葉に反応して、頷いた9S。

 そして街の主が居なくなったからか、それともネットワークから接続を切ったからか、その無理な形状を保っていた白いキューブの街は、構造上負担がかかる部位から崩落し、結合すら緩いのか次々と建築物が崩れ落ちていく。

 落ちてくるキューブの欠片に気をつけながらも、腕に抱きかかえた9Sを持ち上げて、2Bはゆっくりと歩き始めた。

 

「……2B」

 

 ガラガラと崩れていくキューブの音に混じって、9Sの微かな声が耳を打つ。

 聞き逃す2Bではない。

 

「大丈夫、私はここにいる」

「ああ……よかった……2B」

 

 弱々しく、9Sの手が2Bの顔に伸ばされる。エラーを起こす視覚と聴覚だけでは足りなかったのだろうか。探るような手つきの彼の手を、2Bは払いのけるようなことはしない。最新機体、ヨルハの柔らかな肌のある頬を、9Sの手が滑っていく。

 いつしか触れるための手を上げることも億劫になったらしい彼を、安心させるように、2Bはより自分へと抱き寄せる。ちょうど、その足取りで帰りのエレベーターに搭乗することが出来た。

 

「2B」

 

 かなり深い竪穴を、エレベーターが数十秒を掛けて移動する。

 ゴウンゴウンと重苦しい音を奏でて動くエレベーターの中で、9Sがもう一度、かすかな声で彼女の名を呼んだ。

 

「どうしたの、9S」

「僕は……君に隠している事があるんだ」

 

 それはこちらも同じだ、と。

 言いたい言葉を飲み込んで、2Bは話に耳を傾ける。

 

「でも、その一歩を踏み出す勇気が…まだ、無いんだ」

 

 か細い声で、9Sの独白が続く。

 

「いつかきっと言うよ。だから2B、覚えておいてくれないかな……」

「忘れないよ。9S、あなたが言いたい時に、また聞かせて欲しい」

「ありがとう……2B……」

 

 最後の力を振り絞ったかのように、2Bの腕の中で意識を落とした9S。どこまでも安心したように、口角が優しく持ち上げられている。

 

「私たちは、感情を出してはいけない。そう何度も言っているのに」

 

 本当に言いたいことはある。だけど、代わりに彼女はそう言ってみせた。

 決して聞こえることのない言葉を投げかけて、代理品の満足を心に宿す。

 

 今はこれでいいから、いつかはきっと。

 それが決して叶うことのない悪夢のような約束だとしても、2Bは全ての9Sの言葉を忘れるつもりはない。遠い未来にすらありえない事だとしても、夢見ることをやめないだろう。

 2Bが、「2B」である限りはずっと。

 

 最も彼に近くて、最も遠いこの場所で。

 どこまでも、いつまでも。

 

 

 

 

 

「本当にあれだけでよかったの?」

 

 歩きながら、11Bが問いかける。

 イデア9942は彼女の言葉に振り向くことはなかった。

 

「あァ、結果どうなろうとも、二人にとッて悪い結末にはならない……かもしれない」

 

 代わりに、ただ前を見つめて言葉を返す。

 11Bにとって、かもしれない、と不測を語尾に付け足す彼はどこか煮え切らないように見えていた。珍しいな、と頭の片隅で思う11B。だがイデア9942とて理想のままの姿ではないのは良く知っている。その姿を隣で見てきたからこそ、彼は不測の事態に遭遇すると途端に自信がなくなってくると知っていた。

 

「大丈夫。どうなったとしてもイデア9942がちょっかいを出した結果だもん。あいつらが共倒れになってたとしても、そこはあいつらの責任。イデア9942は直接ああしろ、こうしろって言ったわけじゃないしね」

 

 彼女は、いつもの自信満々なイデア9942を見たいのだ。

 そして導く背中を眺めていたいのだ。

 

 故に、重荷になるかもしれないと予測しつつも、イデア9942を励ました。これで自信を持ち直してくれれば、またその姿が見られるからと。

 

「そうかもしれないが……まッたく、ここからは大変だというのにな」

 

 そして11Bのおかげで、イデア9942の思考は別方向に向いたらしい。

 いつものように考えを巡らせる彼は、帽子を弄っていた。

 

「あれ?」

 

 隣を歩き、イデア9942の横顔を見ていた11Bは、その視界の中にこのあたりでは中々見かけないものを発見した。漆黒の衣服を身にまとい、機械生命体に対して攻撃行動を繰り広げている。

 そのうち、女性型のほうはかなり戦闘に慣れているのだろうか。少年型の方の援護ありきとはいえ、ほぼ全ての機械生命体を一刀の元に切り伏せている。

 

「あれって……さっきの」

「11B、隠れて様子を見ていろ」

 

 自分が行く、と一歩踏み出したイデア9942。

 彼の指示にしたがって辺りの物陰に足を向けた11Bは振り返って言った。

 

「わかった。いざとなったら飛び出すから」

「それがいいな」

 

 周囲に、イデア9942以外の機械生命体反応はない。

 付き従うポッドの言葉で安心したのか、突き立てた刀に腕を乗せてブレイクタイム中の彼らに、イデア9942が一歩一歩近づいていく。もちろん第一声は、親しげなものだ。

 

「やあ、君たちはヨルハ機体か? 何か用事でもあるのか」

 

 帽子を取り、胸元に持っていった彼はそのまま挨拶する。

 突如として話しかけてきた機械生命体にビクリとした二人だが、彼らがそのまま攻撃態勢に移る前に、ポッドの言葉が無音の街に響き渡った。

 

「該当:非破壊対象個体イデア9942であると推測。提案:敵対行動は避けるべき」

「イデア9942って……帽子と、マフラー。本当にこんなのつけてたのね…」

 

 どうやら、ヨルハ部隊にはしっかりとイデア9942の存在が伝わっているらしい。それもそうか、積極的にヨルハ部隊へ肩入れする機械生命体であり、何らかの秘密を握っている事が確定している個体であるのだ。

 下手に破壊してしまえば、何が起こるかわかったものではない。月面人類会議からの裁定で、イデア9942は非破壊対象として登録されていたのである。

 

「わー! 本物が見れるなんて…いやぁ、地上に降りてきたかいがあったなー」

「む?」

「ちょっと握手してみてもらえませんか?」

「構わないが」

 

 少年型のヨルハ機体が、感激したようにイデア9942に触れる。

 その瞬間、バチンと大きな音がしてイデア9942を掴もうとしていた少年ヨルハの手が弾き飛ばされる。衝撃が抑えきれなかったのか、尻から地面に転んでしまっていた。

 

「11S! あなた、11Sに何をしたの!?」

「……知りたがッたのは向こうの方だ。思わず弾いてしまッた」

 

 立てるか、と手を伸ばしたイデア9942。

 

「君は11Sというのか。よろしく」

「はははー、さすが報告の通りすごい防壁だったよー。よろしく、イデア9942さん」

 

 伸ばされた手を掴み、よいしょと立ち上がった彼。

 パンパンとズボンについた砂埃を払うと、警戒する女性ヨルハに大丈夫だと笑った。

 

「そう、11Sがごめんなさいね。私は7Eよ」

 

 黒髪に、黒い服がよく似合っている女性型ヨルハは7Eというらしい。

 彼女とも握手を交わしたイデア9942は、彼女の服の裾なんかに、他のヨルハには見られないフリルがふんだんに利用されていることに気がついた。

 

「これ、気にしてくれるの?」

「フリルか……君が付けたのか」

「そうよ、そうそう! あなたおしゃれさんなだけあって、良い所に目を向けるじゃないの!」

 

 その視線が向く方向がわかったのだろう。彼女は少し胸を張って言う。

 11Sはまーた始まったよと首を振り、「やれやれ」と両手を上げていた。

 

 そのままでは長くなりそうだと感じたのか、詳しく話そうとする7Eの口を、背伸びしつま先立ちになった11Sが塞ぐ。そのまま顔だけをこちらに向けながら、彼は問いを投げかけてきた。

 

「ああそうそうー! 僕たちは16Dっていう脱走兵を探しているんだけど、心当たりないかなー?」

「16D……ついこの前死亡が確認された、11Bの後輩だッたか。2Bらから、大分倫理回路がやられているという愚痴を聞いたことがあるが」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるイデア9942。もちろん、2Bたちから愚痴られたというのも、十割嘘である。だが、よく知ってるねーと朗らかに笑う11Sは、そのことに気づいた素振りを見せない。

 この時点で11Sとイデア9942は互いの腹の探り合いだった。どちらもおとぼけたように見せかけて、フェイントを交わしながら情報を交換していく。

 

「うーん、興味深いけど、やっぱり16Dの話に戻ってもいいかなー」

「そういえばそうだッたな。すまない、話が脱線していたか」

「いやー、面白い話もいっぱいだったから全然いいよー」

 

 これ以上は無駄だろう、と11Sが先に折れる。11Bの真相についての言及に話が伸びかけていたが、のらりくらりと躱すイデア9942に埒が明かないと思ったのだろう。表層上は笑っているが、11Sも内面では歯を軋ませ悔しがっていた。

 

「まず、16Dのデータを開示するね。それから緊急用の連絡回線も」

「ちょ、ちょっと11S。いくら協力者とは言っても、こいつ機械生命体じゃない。そんなに色々出しちゃってもいいの?」

「7Eもさっきのやり取りでわかったでしょー? イデア9942さんは絶対に敵対するつもりなんてないってば。……ねー?」

「勿論だとも」

 

 唐突に振られたそれにも、頷きを返すイデア9942。

 同じく回線のコードと、16Dのデータを受け取ったイデア9942が、発見すれば必ず連絡するという口約束を取り付けて、ずっと手に持っていた帽子をかぶり直した。

 

「それじゃあ僕らは捜索を続けるから。またねー」

「邪魔したわ。それじゃ」

「君たちも死ぬなよ。このあたりの機械生命体も、崩落して以来厄介な奴が多くなッた」

「それこそ君みたいなレベル?」

「まさか。この程度ならどれほど楽か」

 

 最後の探りも、突き放すイデア9942。

 流石に焦りすぎたかなと呟いた11Sは、そのまま反対側に向かって足を進めた。7Eが振り回されるように、11Sの後ろを追っていく。

 

「廃墟都市には見られなかったし、砂漠の方に向かってみよっかー」

「砂漠ゥ!? あそこだと服が汚れちゃうじゃないの……」

「警告:指令に対する反抗的態度は、懲罰の対象となる。推奨:11Sの提案へ承諾」

「分かった、分かったわよもう」

 

 去り際に、そんな会話が聞こえてくる。

 完全に二人の後ろ姿が見えなくなって、11Bに目配せをするイデア9942。物陰から出てきた11Bが、目を細め神妙な表情で彼らの去っていった方角を見つめていた。

 

「11S……同じ人格の別モデルか。ワタシとは大分雰囲気違ってたなぁ」

「運用方針が違えば、自ずと同じ人間でも別の顔を見せるものだ。性格が似ていても、内面の考え方が全く違う人間も居たからな」

「ふーん、そこも人間を模倣したのかな。ヨルハは」

「さて、そこは知らんよ。だが、産み落とされたのは事実だろう」

 

 ならば祝福すべきだと、神父のような事をのたまうイデア9942。

 正直なところ、命の誕生は彼にとって歓迎すべき事態だ。今回降りてきた新たな光を放つ二つの輝きに、既に彼の興味は示され始めていた。

 

「それにしても、イデア9942にいきなりハッキングするなんてね……」

 

 だが、爆弾もその隣に存在していた。

 

 11Bの怒気により、周囲の空気がガチリと凍りつく。

 今にでも11Sの背中を打ち抜きそうな勢いの11Bに、イデア9942の硬質なチョップが繰り出された。

 

「っ痛たあ!?」

「馬鹿者、それはともかく中々に不味い情報だ。16Dが脱走してまで地上に降りてきた理由、君だからこそ分かっているだろう」

「……まぁ、ね」

 

 間違いなくその執着の矛先は自分だと、11Bは理解している。

 イデア9942から受け取った、現在の16Dの現状に彼女は苦い表情を作った。これも全て、自分の歪な行いが生み出した結果だからである。彼女の意志を捻じ曲げ、こうして見るに堪えない痴態を晒させることになったのは自分の責任だ、と。

 

「気に病むな。一緒なら大丈夫だ」

「……そうだね」

 

 ぽん、と肩に乗せられた手。

 彼と一緒ならどんな困難だって乗り越えてみせる。

 

 手元の写真データに映る、狂笑を浮かべた16Dを覗き込みながら、11Bは新たなる誓いを立てるのであった。

 




ということで、オリジナル要素とオリジナル要素がついに交わった回。
原作も大分すごい勢いで剥離してます。

アダム生存 ファンの人達やったね!
イヴ■〒∀Θ! ファンの人達やったね!

私の脳内アダムの答えは、知識を追い求める彼らしいっちゃらしいかなーと言う感じでした。そして憎悪の矛先は上手いこと行った感じもする。自分を叱責して人は成長するからね。結局人間クラスタは変わらないね、アダム君。


11Sに向ける11Bは自己嫌悪のすごいVerみたいな感じのあれ。
原作の搭乗機体名探すと、割りと人格No.が被ってる個体が多い。

続きがめっちゃ気になるから書きたいけど
毎日更新なんて(ヾノ・∀・`)ムリムリ


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文書25.document

ピザから皿に落ちたチーズみたいにランキングにへばりついてます。
嬉しいです。嬉しいですけどそのせいで宣言通り毎日更新がががが

あとなんか、朗読劇とかいうのあるらしいですね。
ヨルハ部隊の生みの親の情報があるとか。

そこまで把握してなかったあああああ


「9S……」

「心配しないでください、2B。データオーバーホールなんてすぐに終わらせますから」

 

 ハッチが閉じられ、9Sの姿が見えなくなる。

 2Bはその姿を目に収めると、踵を返してその場を後にする。

 

 レジスタンスの所有する発射場。ヨルハと協力体制にある彼らは、最新鋭の機材をヨルハから支給されている。この発射場の、資材打ち上げ用ロケットもその一つだ。ステルス性能と、ハッキングによる侵入にも耐えられるような電子防壁を張られており、バンカーに直接届けられる資材が、機械生命体の手に渡らないようになっている。

 発射場自体を狙えばいいだけの話なのだが、不思議な事に機械生命体はこうした宇宙に打ち上げられる資材などは狙っていないのだ。

 

 だからこそ、今回9Sの旅路は安全なものになるだろう。

 司令部には既に伝達が終わっているため、資材とともに9Sが回収された後は、ボディの差し替えとデータオーバーホールがすぐにでも始まるはずだ。

 

 発射場から戻った2Bを出迎えたのはアネモネだった。

 疲れただろう、と彼女は2Bを隣の椅子に座らせる。

 ここも人間の作り出した言葉、キャンプというだけはあり、アンドロイドでも味わえる嗜好品が溢れている。火で炙り、音を立てていた金属の容器を手に取ったアネモネは、近くに置いてあったコップに中身を注いだ。

 

「ほら、少し苦いが落ち着くぞ」

 

 光に照らされる黒い液体。ほんの少しだけ含まれる油分が、光に照らされ七色を彩った。湯気を立ち上らせるそれは、人間の多くが好んでいたという珈琲だ。

 

「ありがとう、アネモネ」

 

 コップを受け取った2Bが、両手でそれを包む。温度はかなりあるはずだが、そこは戦闘用アンドロイドと言ったところ。少し熱いなとは思うものの、取り落とすほどではない。

 それよりも、感謝の言葉をストレートに伝えた姿が珍しかったのだろう。それとも、9Sが絡んでいるからだろうか。柔らかな声色で告げられた「ありがとう」の一言に、アネモネは目をぱちくりとさせる。

 

「ふっ。君も、思ったより素直なんだな」

「…も?」

「ああいや、なんでもないよ」

 

 アネモネが、微笑を浮かべた2Bの表情から思い出していたのは2号……我々がよく知る言葉で言うなら、「A2」のことだ。彼女とよく似ている。……いや、2Bという名前からおおよそは察している。きっと2号を元に、2Bは製造されたのだろう。

 推測を立てながらも、それを口にして混乱させるような事はしない。聞けば、アダムの撃退およびネットワークからの切断。それによる各地の機械生命体の大きな混乱が引き起こされ、同士討ちを行っている者もいるという話だ。彼女がアダムという特殊個体と戦ったことでもたらされた、アンドロイドたちの勝機に繋がる一手だ。

 

 大きな功績だ。それと同時に、辛い戦いだったのは間違いない。

 彼女の心を守るためにも、アネモネは余計な事を伝えるつもりはなかった。

 

 珈琲をゆっくりと飲む2B。苦味は彼女のぼうっとした一部の思考を振り払ってくれただろうか。ただ、ほぅ、と息を吐き出した姿を見るに、珈琲そのものは気に入ってもらえたようだ。

 

「そうだ、君たちの司令官から連絡が欲しいとのことだ」

「……分かった」

 

 渡された珈琲のコップを返して、2Bは立ち上がった。

 その後、レジスタンスキャンプに設置されているアクセスポイントから次の指令を受け取った2Bは、機械生命体の動向調査ということでパスカルの元を訪れることにしたらしい。

 

 イデア9942のことも考えたが、パスカルと違って住所不定な上に神出鬼没。それに、11Bとたった二人で暮らしているであろう彼らに比べ、パスカルの村は住人が多く、情報と一緒に新しい人員も招き入れて拡大されている。何よりパスカル自身の性格と、情報を得る場所としては最適だった。

 

「アネモネ」

「どうした2B?」

「最近、パスカルから何か言われたことは?」

 

 出発前にアネモネからも得られる情報は得ておこうとしたが、2Bの考えに反してアネモネは首を横に振るばかり。ここのところ物資の交易以外に主だった接触はあまりないのだという。

 

「2B!」

 

 今度こそパスカルの村に向かって歩もうとした2Bの背中に、アネモネの声がとんだ。

 

「無理はするなよ」

「…ああ」

 

 結局アネモネに、2Bが何を思ったのかは分からなかった。

 だが、2号を元にしているのなら。アネモネは、抱く不安が現実にならないことを祈って、レジスタンスの指揮に戻るのだった。

 

 

 

 

 ゴポゴポとビーカーの中の液体が沸騰する。

 中に入っているのは、よく目を凝らさなければわからないほど小さな欠片。11Bが取ってきた「顔」の欠片だ。それから生み出された、どぎついウルトラショッキングピンク色に変色した液体を手に取り、イデア9942はその中身を隣に置いてあった機械の給水口に注いでいく。

 

「ねるねる……ああいや、違うな」

「何言ってるの?」

「昔の流行りだ」

 

 最後まで注ぎ終わった後、ポコリと湧いた泡が浮く。

 空中でパチンと弾け、イデア9942の装甲板をピンク色に汚す。

 

「もう間違ッたようにしか思えんな」

 

 言いつつも、実験の手を止めないイデア9942。

 胸元に掛かった液体を拭き取りながら、別の手でガシャン、とレバーを下ろして機械を作動させた彼はガタンガタンと跳ね始めた機械を前に、すべてを諦めたような顔で呟いた。

 

「成功したが、これは失敗か」

 

 直後、工房を小さな爆発が埋め尽くした。

 

 十分後、ピンク色にまみれた工房では、自動化された小さな機械が壁にひっつき、天井に張り付き掃除していく。その中で爆発し、粉々になった作業台を前に崩れ落ちるイデア9942と、それを慰めるように背中を擦る11Bの姿があった。

 

「何がどうしてこうなるのか……」

「まぁまぁ、失敗は誰にでもあるって」

 

 それから数十分後、二人も工房の清掃に参加したことで、破壊されてしまった作業台を除いて工房のなかは以前よりも清潔な様相に戻っていた。まだ使えるパーツを分け、残った金属類を一塊にして溶鉱炉へ放り込んだイデア9942は、なくなった椅子の代わりに敷かれた座布団に座っていた。

 

「さて、これからの予定だが」

 

 寝台に腰掛ける11Bを見上げたイデア9942が、今後の行動目的について説明を始めた。傍らにはいつものモニター。映し出されているのは廃墟都市ではなく、11Bを発見し、二人の出会いをもたらした工場廃墟の3Dマップ。

 イデア9942自身が潜行したこともあり、モニターから操作をすれば拡大され、一人称視点でマップを見渡すことができるようになっている。そこで一つだけ赤く光る点を、イデア9942が指示棒で指し示した。

 

「今回はここを目指して欲しい」

「それより、さっきの実験は良かったの?」

「一度試してわかッた。あのやり方では手に負えん」

 

 だから忘れておけ、と首を振ったイデア9942の言葉に11Bが頷いた。咳払いを一つ、これ以上は言及しなくてもいいと示した彼に、11Bは口を閉じる。

 

「パスカルからの一報でな、機械生命体のネットワーク、それを操るほどの権限を握っていた最上位の機械生命体がネットワークから切り離されたことで、製造当初からマインドコントロール状態だった多くの機械生命体が自我に目覚め、ネットワークから離脱した」

 

 モニターの中で、ハッと目が覚めたかのような動作をする一体の機械生命体。直後におろおろと不安を感じさせる挙動で宛もなく歩き始める。そしてその姿は少しだけ黒ずんだ。いや、影がかかったのだ。

 大型の機械生命体だ。ネットワークに繋がっている。当然、機械生命体はネットワークから離脱したその個体を敵と認識する。

 

 命乞いをするように手を上げ、後ずさりするネットワーク離脱個体。そんなものはお構いなしに、大型の機械生命体が手を振り下ろし、離脱個体をバラバラのスクラップに変えてしまった。

 

「このように、離脱した途端に隣りにいた同族に破壊される個体も多い。己を認識した離脱個体たちは、自分の命を守るためにコミュニティを形成したんだ」

 

 それが、ここだと。イデア9942が再びマップの光点を指し示した。

 

「ワタシの目的は、そいつらの調査ってこと?」

「そうとも言うが、少し違う」

「え?」

 

 てっきり、いつもどおり単独調査かと思っていた11B。

 調査ではないとなると、また以前のような指定アイテムの採集だろうか。

 

「実は同じような任務を、既に別の者が行ッている。君は同行し、護衛をしてほしい」

「イデア9942の知り合いって言うと、パスカルだよね」

 

 間髪入れずに言われた言葉に、イデア9942は思わず閉口する。

 言われてみればそのとおりだ。それ以外に恒常的な友人とも言える関係のものは居ただろうか。少し記憶領域を洗ってみるが、イデア9942はそれ以上の事に時間を割くのをやめた。考えるだけ無駄だろうから、と。

 

「……そうだ。パスカルの護衛を頼みたい。先程のマップの場所には、ネットワークから離脱した者たちのリーダーがいるらしくてな。そこに離脱個体が続々と集まっている。パスカルはそのリーダーと接触することになッた」

 

 パスカルも機械生命体のリーダーだ。それはネットワークに接続されていたときから、公開されている情報だったのだろう。故に、同じく集団になった者同士、和平条約という名目で向こうから接触があった。

 全身を紫色に塗り、暗がりから松明を手にして駆け込んできたらしい。イデア9942は、どうやってこの和平条約を結ぶ話が持ち上がったのか、そこまでは知らなかった。だが、どこか焦った様子だったというのが気にかかる。

 

 何より、あの工場には助けを求めて集団に加わった、と思わしき機械生命体が多い。イデア9942にとって、輝きに値する命があるのだ。見捨てるわけには行かないが、彼にもやることがある。

 

「万が一のためだ、頼む」

「勿論、任せて!」

 

 だから、彼の言う「万が一」のための戦力として11Bを向かわせることにした。彼女からはA2との接触の話も聞いている。もう、彼女に任せるという選択はイデア9942にとって安心できる。彼がやるべきことはあくまで作業なので、この工房からオペレートできるだろう。

 

「そうだ、11B。これも持っていけ」

 

 何より、彼は知っている。今回向かう場所では閉所の戦闘が必ず起きると。

 だから事前に作成しておいた、一本の武器を立てかけてある中から手渡した。

 

「これって…銃?」

 

 引き金、砲身、ストック。

 どこからどう見ても銃だ。

 ヨルハ部隊は現在、ポッドという射撃も担当できる支援ユニットが必ず付けられているため、自分で引き金を引き、攻撃するための銃は非効率的として採用されていない。代わりに、ポッドがいないレジスタンスの一員が使っているため、知識も用途も知っている。

 

「小回りが効く分、役に立つこともあるだろう。前のメンテナンスの時、FCSはそれ用に弄ッてある。剣の反対側に差しておけ」

 

 ほら、とイデア9942が新しいホルスターを投げ渡してくる。

 三式戦術刀と、ヨルハ部隊が好みそうな、黒塗りの大口径の銃。腰の両側に武器を揺らす11Bは、イデア9942お手製のそれをすっかり気に入ったらしい。

 

「試射くらいはしておけ。弾薬に関しては気にしなくていい」

 

 冒頭の、「顔」の欠片を使った実験。あれは欠片から抽出した分の「魔素」を直接エネルギーとして使おうとしていたのである。それ自体は失敗したが、欠片を媒介として魔素を吸収し、弾丸として打ち出す…この銃の弾丸を生み出すことは成功していた。

 なんせ、こちらに関してはポッドという前例があるのだ。あれだけヨルハ機体が壊されている以上、同じく機能停止したポッドもイデア9942は過去に回収している。解析し、再現するのにさほど苦労は無かった。

 

「……ふふ」

 

 溢れる笑みが抑えきれないのだろう。

 喜色満面、と言った様子で銃を様々な角度から見ていた11Bは不意にイデア9942へと顔を向けた。

 

「ありがとう、大好きだよイデア9942」

 

 そして飛びつき、彼に抱きつく。

 

「気をつけろ、16Dの事もある」

 

 突き飛ばすようなことはせず、肩を抱いて頭の後ろを撫でるイデア9942。どんどん大胆になってくる11Bの接触も、そういうものだと受け入れたが故の対応だった。

 イデア9942から精神的なパワーをもらった11Bは、意気込んで工房の出入り口に足を向ける。

 

「いッてらッしャい、11B」

「行ってきます」

 

 彼女を見送ったイデア9942は、その手に工具を持つ。

 忙しくなるぞと呟いて、これからの激動の未来に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 




ちくしょうてめぇら見せつけやがって爆発しろ
そんなことを思う童貞作者でした

ということで、次回からカミニナル編
大分イデア9942がやらかしたことで前提からして崩れてる感
結構大幅に逸れることもあるかもしれないので、原作沿いではないことに注意。

あとあれですわ、以前から私が用意した注目して欲しい点に感想では誰も触れてないから結構(・∀・)ニヤニヤしてます。結構フロムゲーもやってるんですが、騙して悪いが、って素晴らしい文化ですよね!


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文書26.document

皆ベヨネッタ好きすぎて笑った
だから、シンデ、カミに、なる!


11/04 22Bと64Bを正しい方に修正


 2Bがパスカルの村に到着すると、大木の根本から機械生命体たちが歌っている声が聞こえてくる。彼らの音声にはパターンがあるものの、男性と女性で高い低いの声色がちゃんと別れている。だからだろうか、「ハモリ」というものを意識した歌が2Bの耳に届いてきた。

 

 任務には関係ないはずだが、不思議と2Bはそちらを向いてしまう。そこで見たのは、一体のアンドロイドが指揮棒を振り、機械生命体の中でも幼い精神を持っているであろう者たちにリズムを取らせている光景。

 アンドロイドもこの共同体の一員になっていたのか、と意識を向けた2Bは、その指揮を取っているアンドロイドに注目した瞬間、激しい違和感を覚える。とても、見覚えのあるモデルなのだ。

 

「推測:脱走したヨルハ機体。ブラックボックス信号は22Bのもの」

「ヨルハ……!?」

 

 11B以外にも居たのか、という驚愕。

 パスカルの村で何をしているんだ、という疑問。

 

「提案:22Bの捕縛、及び同時期に脱走した64B・8Bの情報の入手」

「……」

 

 ポッドの無感情な提案に、2Bは自分の拳が強く握られるのを感じた。

 彼女の左手が無意識に目元へ上げられ、ゴーグルを触る。

 

「……ポッド、それは最優先事項?」

「否定、既に22Bら脱走機体の捜索は打ち切られており、優先度は低い。当機ポッド042の随行支援対象である2Bの指示に従う」

「そう、私は……何も見なかった」

 

 真実を見ないためのゴーグル。

 それを取らずとも、2Bの本心はとても優しいものだ。

 本当にゴーグルを取り、絶対に曲げたくない意志を見せる時。それは、きっと訪れないだろう。2Bはそんなことを思いながらも、自分にできる僅かな選択肢の中から、脱走機体を見逃すことにした。

 

「了解:バンカーへのデータ同期の際、この情報は送信しないものとする」

 

 11Bに始まり、きっとバンカーでは居所が無かった者たちなんだろうか、と推測を立てていく。だが、2Bはかぶりを振って考えを追い払った。今、司令官から直々に与えられている命令はネットワークから離脱した機械生命体たちの調査。

 そしてこの村に来たのはパスカルから情報を聞くため。それで、いいじゃないか。

 

「そうなると、設計上何本かの木を運ぶことになりますねえ」

「ここの住人も増えてきたし、イデア9942のワクチン予防接種も控えてるらしいじゃないか。これを期に少しここの集落を広げるのも悪くはないと思うがな。いずれ、この大木一本じゃ保たないだろ?」

「それもそうですね…人間の生活様式に慣れるためにも、共同の一戸屋を建ててみる、ですか。いやぁ、アンドロイドの方がいると別の視点があって助かりますねぇ」

「いつも面倒を見てもらっているおかげだ、パスカル」

 

 彼女が足を進め、ハシゴを伝って登って行くと、パスカルは自分の家の前で新たなヨルハ機体と話し込んでいる。内容を聞く限り、この村の拡張計画の一つだろうか。更なる発展を遂げたパスカルの村、平和主義達が集まるこの村は、拡大していく最後には、危険な集団として認識されてしまう未来もあるのだろうか。

 

「ヨルハ機体、8Bのブラックボックス信号を検知」

「彼女が、8B……」

 

 8Bの噂は聞いたことがあった。部隊長としての役割を受け持つことが多く、様々な強襲作戦で戦果をもぎ取ってきた近接特化型のヨルハB型。ヨルハにしては珍しく、ポッドには射撃機能が付けられていない。そのためか、ある地上任務の際、無抵抗のポッドを破壊して脱走したというのがヨルハ側の最後の記録だった。

 

「そういえば同盟先なんだが」

「ええ、少し早いですがもうそろそろ発ちますよ。特に持っていくものも……おや?」

 

 パスカルは、8Bが背中を向けている方へと視線を移す。

 

「おぉ、2Bさん!」

「何…2B?」

 

 8Bを観察しながら近づいていくと、パスカルが喜色を交えた声で2Bの名前を呼んだ。反応する8Bは、同じく部隊から離れる前に有名になり始めた2Bの名前を聞くや否や、警戒するように肩を跳ね上げ、腰の一刀に手を伸ばした。

 だが、パスカルが歓迎するように2Bとハグを交わす姿を見て、柄を握った手を離す。随行しているポッドからも特に2Bとのやり取りは見受けられない。

 

「パスカル、もういいから」

「あらら、結構ウケが良くないですねえ……やはり、人間の感情表現は我々には難しいのでしょうか」

「単純に、パスカルの抱きしめる力が強くて痛かったよ」

 

 2Bの感想は、村の者たちが遠慮して言えなかった言葉だった。

 キョトンと固まったパスカルは、ぎこちなく体を動かし始める。

 

「そ、それはそれはご無礼を……」

 

 後頭部をポリポリ掻きながら、「難しいですねぇ」とパスカルが呟いた。

 2Bは早速本題に入ろうと、昨今の機械生命体の情勢を聞いてみる。すると、パスカルからはちょうど欲しかった情報がスラスラと出てきた。それはイデア9942が言ったとおり、「紫色に塗られた機械生命体が、息も絶え絶えに和平交渉を持ち込んできた」という話である。

 しかし、そこにはイデア9942も把握していない続きがあった。

 

「実はその和平の使者の方なんですが、ひどく憔悴しきっていたのでこの村で休ませていたんです。つい先程冷静さを取り戻しまして、私たちにこう言ってきました」

 

 ―――急いで和平を結びたい。願わくば、そのまま助力を請いたい。

 

 それは、どういう意味だろうか。

 安定した生活基盤を築き上げたパスカルたちを先人として、知恵を借りたいという事なのか。どちらにせよ、新しい機械生命体の集落が、それほど穏やかな状況ではないという事が伝わってくる。

 

「私はこの村の長をやらせていただいます。それに、将来良い関係が築けるかもしれない相手というなら、虎穴であっても私は行くつもりです。今は8Bさんたちも居ますから、村の安全は保証されていますしね」

 

 8Bは自信ありげに胸を叩いた。

 近接特化型の8B、そして直属の22B・64Bが在籍する村。困難だと思われる遠距離攻撃への対処は、村の機械生命体たちが補ってくれるだろう。平和主義とて、この村の住人は実際に襲われて黙っていられるほど無力なわけではないのだ。なんせ、あのパスカルの元に集ったのだから。

 

「……わかった。和平相手のいる場所はどこ?」

「工場廃墟、その一角です。私は先に向かいますので、準備が出来たら2Bさんも来てください。廃墟都市から歩いたところに、私は居ますから」

「パスカルの準備はいいのか」

「私はいま、ちょうど出ようとしていたところでしたので」

 

 先程の会話を思い出せば、たしかにそうだったと2Bは納得する。

 しかし、機械生命体の新しい集落ともなれば危険が蔓延っている可能性も捨てきれない。2Bはパスカルの言うとおり、この村の武器屋や道具屋を利用しておこうと、下の階に足を向ける。

 

 その瞬間、パスカルは2Bに声をかける。

 

「あ、そういえば今回、2Bさん以外にも同行者がいますから、楽しみにしてください」

 

 同行者。機械生命体であるパスカルの知り合いともなれば、同じ機械生命体である可能性が高い。そうなるとイデア9942の特徴的なシルエットが思い起こされるが、彼は彼でこっちに出向くようには思えなかった。

 それよりも、2Bは自分の体がどことなく妙な感じに包まれているのが気になった。得も知れぬ、言いようのない悪寒。もし人間であれば、虫の知らせとでも言うべき危険信号。残念ながらそれを知っていそうな9Sは居ない。

 

 後に、彼女は大きな運命の亀裂に足を踏み入れることになる。

 悪寒はそれに対するものなのか、そうでないのか。

 2Bの背後にポッド042が追従していく。ただ無言で、無機質に。

 

 

 

 

 第243次降下作戦にて、最初のエンゲルスが潜んでいた場所。いまやそこは不自然なまでにぽっかりと空いた広場になっていた。おまけに動作不良の原因、海辺の潮風が流れ込むからだろうか、不思議とこの場所に機械生命体は見当たらない。

 代わりに、工場のどこよりも赤く錆びた景色が、海の青色と対照的で印象に残る。

 

 寂れた工場の雰囲気も景色とマッチしており、人間であればちょっとしたパワースポットや絶景の一つにでも認定してたかもしれない。そんなロマンチックな空気もありえる場所だが、今は剣呑な空気に包まれていた。

 

「あわわ……11Bさん、どうか落ち着いて」

「落ち着いてる。気に食わないだけだよ」

「……」

 

 ことの発端は、11Bだった。

 パスカルの護衛ということで指定の待ち合わせ場所に到着したのだが、パスカルは11Bが現れてもまだ少し待って欲しいと言ってきた。そこで待機して現れたのが2B。現状、ヨルハに所属したままの機体だ。前々から、妙なまでにヨルハに噛み付く11Bが反応しないはずもない。

 

「無視しないでよ」

「……無視していない。どうして睨まれてるのか、考えてただけだから」

「白々しいったら!」

 

 11Bは睨みつけるような視線を向けるが、2Bはどこ吹く風と言ったところ。

 パスカルはしばらくその姿をオロオロと眺めていたが、どうにも状況が動かないことを察すると、大きく息を吐いて11Bの元に近づいていった。

 

「ん、どうしたのパスカ――」

「こら」

「あうっ」

 

 ごずん、と鈍い音が11Bの頭から鳴らされる。

 突然の蛮行に2Bは驚き、11Bはイデア9942よりも真面目に殴られた場所に響く鈍痛のため、頭を抑えてしゃがみこんだ。

 

「これから大事な話をしに行くのですから、いつまでも意地を張らないでください。全く、村の子どもたちのほうが聞き分けがいいって言ったらどう思いますか?」

「うー……ごめんパスカル」

「謝る相手は私ではないでしょう? 貴女なら、分かっている筈」

 

 11Bの背中をぽん、と叩く。

 彼女は顔を赤くしながら、そっぽを向いて2Bに言った。

 

「……ごめん」

「別に、私は気にしていない」

 

 2Bは今のやり取りに疑問をぶつけようと思ったが、言葉を飲み込んだ。

 なんというべきか、眩しかったのだ。機械生命体とアンドロイド。決してこの数千年間、手を取り合うことがなかった者同士。それが目の前で、こうして仲睦まじい様子を見せている。きっと、自分がバンカーと地上を行き来する激しい戦いをしている間に、彼女らは仲を深めていったのだろう。互いの感情をぶつけ合える程の関係に。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 パスカルの先導で、彼女らは入り口に向かった。

 

「気をつけてくださいね、駆け込んできた使者の様子もおかしかったものですから。もしかしたら、危険が待ち受けているでしょうし」

「危険、か」

 

 ガラガラと自動扉が開き、太陽が照りつける外とは違う薄暗さが覆い尽くす。

 

 整列した、紫塗りの機械生命体が彼女らを出迎える。バチバチと点滅する電灯に気にした様子もなく、うつむきがちな彼らは無言で列を保っていた。そして向こう側の扉のほうにいた個体が、3人に気付くとゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「ようこそ、神の宿る場所へ」

 

 機械生命体にしては恐ろしく流暢な言葉遣いだ。野良の離脱個体に見られる、片言然とした妙なアクセントを感じない。本当に、つい最近ネットワークから離脱した個体なのだろうか。疑問に感じさせる要素が3重になって襲いかかる。

 統率された集団、統一された布地の服、統合された共同意識。

 

 三人は、そのまま「教祖様」と呼ばれる機械生命体の元に案内されることになった。複数の機械生命体に見送られながら、2Bが第243次降下作戦以降、この工場廃墟でずっと使用不可能だったはずのエレベーターに乗せられる事になった。

 

「以前は使えなかったはず。使用されていないスペースを拠点にしたのか……」

「彼らは共同体としては統一されていますが、おそらく拠点の作成については優先事項になかったのでしょう。既にある場所をそのまま使って、ひとまず大量の人員が集まれる場所を用意した、と言ったところでしょうか」

 

 エレベーターに揺らされながら、パスカルが考察を述べる。

 集団といっても、それぞれの特色が強く出てくる。自分たちとは違う選択を取った機械生命体に興味が湧いたのか、本を読んでいるときのように興奮した様子が見て取れる。既にパスカルの想像の中には、この新たなコミュニティと手を取り合うビジョンがあるのだろうか。

 

「……ん?」

 

 そしてエレベーターがまだまだ深くに沈んでいく中で、11Bが声を上げた。

 

「何かあったのか、11B」

「いや……上から妙な音がするんだけど」

「妙な音?」

 

 2Bが耳を澄ますと、ぎり……ぎち……ぎち……とエレベーターの駆動音に加わり金属の擦れる音が聞こえてくる。その意味は何か、11Bはある可能性に思い至り、顔を青くする。

 

「まさか……全員、衝撃にそな」

 

 忠告は途中で切れる。

 エレベーターを吊っていたワイヤーが切断されたのだと気づいた瞬間、降りるスピードが倍以上になって彼らの体を浮かせたのだ。急速な速度で落ちていくエレベーター。こうなってしまっては、もはや鉄製の棺桶にしかならない。

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒ…!」

 

 シャフト内に轟音が響き渡る。エレベーターが一番下に到達し、弾け飛んだのだ。

 切断されたワイヤーに吊り下がっていた機械生命体が、回転ノコをギュルギュルと回しながら狂ったように笑い続けている。

 

「カミになった! アイツラはカミになった!! ボクもシンデ、カミになる!!! カミになるんだぁああああああああ!!」

 

 笑いながら、吊り下がっていたワイヤーから手を離した機械生命体。

 彼はそのまま底に落ち、エレベーターの残骸に混じりながらただの鉄くずになって爆散する。彼らの信仰する神になどなれず、ただただ、転がる残骸となって。

 




相違点
8B達生存によるパスカルの行動の遅れ(別の予定で時間が経過
2Bは通信ではなく、パスカルの村に直接訪れる
パスカルの村に訪れた「教祖派」の使者

こっから先書くのが楽しみですわー
色んな方面のキャラは出し尽くしたので、多方面の相違点を描く
二次創作らしい感じになっていくと思います
そういうのが苦手な人にはすいません


今まで原作沿いだったのは、騙して悪いが……


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文書27.document

よく知らない非信仰者のくせに宗教関連の事を書こうとするとこうなる(

あと今回後半は出番が死体だけだった原作キャラの言及になってます。
先日更新できなかったのと、こうしたよくわからん展開のお詫びにあと2回くらい

更新できたらイイナー


 エレベーターの墜落。しかし、その轟音は近くの機械生命体を呼び寄せてはいなかった。瓦礫が散乱し、自動ドアを突き破る鉄の欠片が飛び出すそこは、異様なまでの静寂に包まれている。

 ガタン、と大きな音がしてひしゃげた鉄の支柱が重力に引かれて落ちる。中にいた11Bたちも、巻き込まれてしまい生存は絶望的だろう。なんせ、あの高度と加速度からして、地面との接触時点で無事な生命は存在しないのだから。

 それが普通の生命体なら、間違いなく。

 

 実のところを言うと、心配は全くの無用だった。

 

 突如、瓦礫の一部がゴボゴボと膨れ上がる。

 薄い膜のようなそれが瓦礫を持ち上げ、吹き飛ばす。シャフトの下層に粉々になった瓦礫の破片が降り注ぐ前に、球形の膜が出てきた場所から、3つの影が飛び出した。影がエレベーター最下層の扉に飛び移ると、吹っ飛んだ瓦礫がガラガラとけたたましい音を立てて彼女らの背後に降り注ぐ。

 

「か、間一髪でしたね……」

 

 内心の動揺を抑えきれず、震えた声でパスカルがつぶやく。

 

「2Bのポッドが居なかったらどうなってたんだろ、ありがと」

「当機は随行支援対象、2Bの指示に応じたにすぎない。推奨:感謝対象を2Bへ変更」

 

 11Bは一新されたボディの性能上、あの状態から単独の脱出も不可能ではなかったはずだ。だが、彼女単体では脱出時に大きな損傷を伴うだろうし、ましてや同伴する二人の救助なんて不可能。

 それらを可能にしたのが2Bの随行支援ユニット、ポッド042。彼は11Bからの称賛に特に反応した様子はなく、ポッドらしい機械的な受け答えで返した。

 

 彼女らが窮地を脱した仕組みはこうだ。

 ポッドプログラムである「グラビティ」。本来は重力場を作り、範囲内にある味方以外の物体を全て指定範囲線の中心へと縛り付けるもの。だが、ポッドは本当にそれだけの使い方しか出来ないわけではない。

 グラビティにしても、戦闘に特化したコマンドの一つ。重力の向く方向を反対にし、一時的に周囲に無重力の空間を作り出すこともできる。そして、重力加速度を受けず慣性だけになったなら、破壊された瓦礫などは斥力で弾いてしまえばいい。それだけだ。

 

 安全空間の中で待機していた彼らは、邪魔な瓦礫が自然落下するまでの間、全壊した元エレベーターの中で機会を伺っていたというわけだ。

 

「やはり、罠だったのでしょうか……」

 

 そう呟いたパスカルの視線は、エレベーターのワイヤーを切った張本人の残骸(機械生命体の足と思しきパーツ)に向けられていた。パスカルも窮地の中とはいえ、シャフトに響き渡る、彼の狂った台詞を聞いていないわけがなかった。

 興味深くも、末恐ろしい思想に取り憑かれた機械生命体の最期。自分が興味を持つ対象がこれだったら、とりとめもなく、馬鹿馬鹿しい推測だといえるだろう。だが、実際に一歩間違えばその可能性すら考えられる。

 自分たちはこうならないようにしなければ。パスカルの中で、新たな決意が芽生えたその時だった。

 

「……向こうが随分と騒がしい。目的の機械生命体が居るかもしれない」

 

 2Bが見つめていたのは、エレベーターの扉がある部屋とは、壁一枚隔てた向こう側。そこにはあの紫色に塗られた機械生命体たちの姿は見えず、代わりに半開きになった扉の隙間から、喧騒と揺らめく光が漏れ出ている様子が見て取れる。

 

「とりあえず行こう。どうにも様子がおかしい」

「そうですね…どんな事情があろうとも、あちらが求めてきたのは和平と助力。まずは話を聞かない限りは、判断は下せません」

 

 11Bとパスカルは、あれだけの仕打ちをされても手を差し伸べるという意志が残っているらしい。2Bは彼女らを何とも言えない気持ちで見やりつつも、「離脱集団の動向の観察」という任務のためだと自分に嘯いて、光の漏れる部屋へと向かった。

 

「……が……だ!」

「…ミ………カミ…!」

 

 近づくに連れて、怒鳴り合っている機械生命体の声が鮮明になってくる。

 

「教祖様をお守りしろ! 生きるたメだ……我々が生きるタメに!」

「カミになる! みんな、カミになれる! シンデ、カミになる! おまえも、教祖様も! きミも、私も! カミになる!」

 

 不穏な言葉が、11Bの感情を揺さぶる。

 勢い良く扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは圧倒的なまでの紫・紫、紫。紫の群れをなした機械生命体。半壊した祭壇らしきもの、傾き、燃え広がる松明の炎。そして凄惨なまでの――殺し合い。

 

「カミに、なる!」

「カミに、なる!」

「カミになるんだ!」

 

 松明を振り回し、馬乗りになって殴りつける機械生命体。必死に抵抗し、蹴り飛ばす機械生命体。斧を振り下ろす機械生命体。盾で受け止める機械生命体。捕まえて宙に浮き、落とす機械生命体。叩きつけられ脚を壊されてなお、這いずってでも武器を落とさない機械生命体。

 

 闘争だ。誰も彼もが戦っている。

 片方は殺すために、片方は抗うために。

 教祖様、と呼ばれている個体を中心としたグループが、やや劣勢だが、見るからにこちらの方が「理性的」で在るようにも見える。そしてリーダー格らしい姿……つまり、あの「教祖様」こそがパスカルを和平交渉のために呼びつけた個体なのだろう。

 

 そして――このおぞましい光景を作り出した張本人。

 一つになっている、と聞いていたグループが、この短時間で完全な対立関係となる二つに分かたれている。一体どういう状況であるのか、それを聞きただしたいところだが、それは後だ。

 

「そこの教祖側の機械生命体! 加勢するよ!」

「あなたハ…?」

 

 言うがはやいか、11Bは「教祖様」の側に肩を並べる事に決めたらしい。

 自爆体勢で両手を開いていた中型二足を切り捨て、爆発する前に蹴り飛ばす。小型の苦戦していた教祖派の機械生命体が疑問を浮かべた瞬間、2つめの影が戦闘集団の中にとびこんだ。

 2Bだ。黒い服装に対となる、純白の刃が狂った機械生命体らに襲いかかる。これまでの数々の死闘の中で洗練された刃は、もはやスペックデータ上の理論値を遥かに上回る効率を叩き出す。どこを切れば脆いか、どう切ればいいのか、どこに動けば切れるのか。脳と脚が3ステップを描き、一呼吸で機械生命体が切り捨てられる。

 

 数分後、湧き出ていた機械生命体は一体も遺さずに殲滅される。

 最後の一体が爆発したことを皮切りに、一瞬の静寂。そして歓喜に満ち溢れた歓声が狭い部屋の中を響いていった。それは、己の生存を喜ぶ声。感謝と報酬の雨あられが11Bの頭を跳ねる中、パスカルは努めて冷静に「教祖様」と呼ばれる機械生命体に駆け寄っていった。

 

「はじめまして、私はパスカルと申します。和平交渉についてお話を伺いに参りました」

「あなたが……我は、キェルケゴール。皆からは教祖と呼ばれておる」

 

 代表として、長い衣服を引きずりながら歩み出てきたのは小型の機械生命体。だが、その雰囲気も、喋り方も、普通の機械生命体とは一線を画する空気を醸し出していた。

 

「早速、和平交渉の手筈をと言いたいところですが」

 

 それどころではないようだ、というのは誰にでもわかる。

 キェルケゴールと名乗った機械生命体は、バツが悪そうに視線を下に落とした。

 

「ようやくそちらの使者が切羽詰まった様子だったことが分かりました。まずはあなた方の現状について、お話願えますね?」

「ああ……勿論だ」

 

 キェルケゴールは語る。

 始まりは、ネットワークを離脱した個体たちのコロニーが、キェルケゴールを筆頭とした「教団」として確立したことだった。

 

 

 

 

 キェルケゴールは離脱した機械生命体の中でも、製造当初からの欠陥を抱えていたせいで、取り替えたとしても短時間で脚部を破損してしまう作りだったこともあり、恐ろしく弱々しい機械生命体だった。そんな個体がネットワークから離脱すればどうなるか? 答えは言うまでもない、その小さな自我を押しつぶすほどの絶望が襲いかかったのだ。

 

 彼はこの工場廃墟で、アダムが切り離されるよりも前にネットワークを離脱していた。そこから教団を作り上げるまではほんの一ヶ月。だが、それで十分だった。満足に整備されない脚部、這って歩きながら、死の恐怖に怯えて逃げ回る日々。

 工場廃墟は、壁やスロープが取り付けられている場所も多く、なんとか歩くことは出来た。だが、それだけだ。見つかれば大型の元同胞に追いかけられ、機械生命体が徘徊しない通気口などにその小型の体を滑り込ませては隠れる日々。じわり、じわりと、自由に成ったはずの精神は蝕まれていく。

 

 やがて心に絶望が訪れる時が来る。いつの間にか、キェルケゴールは、投棄されたスクラップ置き場の一角に転がっていた。生きることとはなんだろうか、こんなにも生きるだけで苦しい思いをするのなら、自我なんて芽生えなければ良かった。

 辺りには、少し力を込めるだけでめり込んでいくだろう、先の尖った廃材が転がっている。おもむろに手を伸ばした彼は、ふと意識が飛んで、気づいたときには己の胸に切っ先を擦り付けていた。

 

 このまま、押し込んでしまえば楽になる。

 何も考えなくてよかった機械生命体のネットワークに支配されていたときのように。自我なんてものがなかった、意志なんてものが無かったあの頃へ。……本当に、そうだろうか。

 

 意地汚く足掻いて、一度は生きてみたからこそ疑問が芽生えた。

 死んでしまえば、本当にあの頃に戻れるのか。そんなわけがあるのか。

 

 ネットワークに接続されていた頃を思い出す。確かに自我と呼べるものは無かったが、何かを実行する、何かを発見する、何かを認識する。確かに小さな小さな思い出のなかで、そうした「自意識」が在ることを思い出した。

 ネットワークにいたとしても、それは生きていたということに他ならない。だが、全ての機能が停止してしまった時、訪れるのはなんだ? スリープモードにすら残らない、あの真っ暗闇の世界か? それとも……無か。

 

 ネットワークには知識が溢れている。アダムが得たものが、機械生命体が見てきたものが、ありとあらゆるそれらが機械生命体の作戦実行とアンドロイド殲滅に役立てられてきた。だからこそ、キェルケゴールは再び恐怖した。死、そのものが救いなんかではないということを。

 

 からから、と力の抜けた手から廃材が零れ落ちる。

 だからといってどうすればいいのだ。脚部は相変わらず、整備できないせいで動かない。結局は何も変わっていない。ただ、恐れるべきものが一つ増えただけ。もう、なにも。

 

 意識が遠のき、何も感じられなくなっていく中、彼の視界にはキラリと光を反射する何かが見えた。光、光だ。もう判断のしようもなくなっていたキェルケゴールは、そうした視界の刺激だけで惹かれ、ズルズルと体を引きずり這い寄っていった。

 彼が手に取ったのは一冊の本だった。錆だらけになった金属の留め金、まだコーティングが残っていた部分が、スクラップ置き場のライトをひときわ強く反射させていたらしい。

 

 本、人間が書き記し、先人の知識を後進の者たちに与えるもの。

 キェルケゴールはハッと意識を覚醒させた。人間、そう人間ならば……何かを与えてくれるかもしれない。本を手にしたその時、飛び込んできた壮大な世界に、燃え尽きかけていた心の炎が最後の灯火を燃え上がらせた。

 

 聖書、と呼ばれるものだった。

 人間たちが古くより信仰していた神の教え。

 キェルケゴールには、それらを全てありのままに理解することはできなかった。当然だ、何千年も続いた人間の信仰の歴史、その一端を記された本を手にしたところで、教えを広める人間も居なければ、分かたれていた宗派の主だった流れを組むことは難しい。

 

 しかしキェルケゴールは、そこで「信仰」という己の確固たる根源を確立させた。そして何よりもこの状況が絶望的で、死に向かっているという事実を受け入れた。故に、死後において神の救済があるのだと解釈した。

 救いをもたらす神を信仰し、死に怯えながらも生きていく。

 信仰の果てに死することとなろうとも、最後には安心する事のできる存在が過去に存在し、人間たちがこの教えを広げていたその理由の一端を理解できたようにも思えたんだと。キェルケゴールにとって、これが始まりとなった。

 

 離脱した個体というのは、実はそう少なくはない。

 ふとした拍子で回路が焼き切れたり、製造時のショックで最初からネットワークから離れていたり、大きな感情のうねりによっていつの間にか断ち切っていたりと様々だ。キェルケゴールはそういう者たちを集めて、聖書から読み解いた己の信仰を広めていった。

 

 自我を得たのはともかく、何をスレばいいのか分からない。そう不安がる機械生命体たちにとって、キェルケゴールの言葉は乾いた(ギア)に与えられる恵みの(オイル)だ。機械らしく次なる指示を待つだけの受動的な感性の者らは、キェルケゴールの教えを一つの大きな共通点として、隣人と手を取り合っていった。

 

 その結果が、彼らの信仰する新興宗教の成立だ。

 脚が悪く動きづらいキェルケゴールを教祖の祭壇椅子に備え、彼の「教え」と共に、過ごせる日々を神に感謝しながら精一杯己の生を謳歌する。共同して動くうちに、彼らは機械生命体のネットワークに居た頃よりも、ずっと実態のある共同生活に慣れ親しみ、温和な生活をおくるようになっていった。

 

 絶望のあまり、教えを履き違えた狂信者たちが出るまでは。

 




いやあ、実はキェルケゴールって
作者がかなり気になってたキャラなんですよね。
登場した瞬間に死んでて、でもあれだけのグループを
少なくともあの大規模に発展させた張本人。


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文書28.document

まさかの一気に書き上げられた系のあれ。
09/29 第二話目です。

指が凄まじい勢いでタイピング。
妄想爆発して燃え尽きそう。
しばらく休載という救済があってもいいよね(激アツギャグ


「あやつらは……あまりにも心が弱かった。確かに、生きる先で死という絶望は避けられない。全ては朽ちゆく定めだ。だが、信仰を抱いて救済を夢見ることこそ、我が教えとする生への意義。だが――」

 

 爆音がキェルケゴールの言葉を遮った。

 部屋の壁が破壊され、壁の向こうからは回転するショベルのような刃を幾つも取り付けた「マルクス」という個体が顔を覗かせる。

 

「あれは……」

「不味い、振りかぶってきたぞ!」

 

 2Bたちが初めて遭遇した、大型機械生命体エンゲルスの腕パーツとなる個体だ。施設の防衛装置としてそれ単体でも稼働することは出来、レールのある場所ならどこにでも高速で現れ、大質量の本体を叩きつけてくる豪快な敵だ。

 だがそれゆえに強力に過ぎる。なんの戦闘能力も持たない、キェルケゴールと信者たちでは抵抗できずに破壊されてしまうのがオチだ。

 

「まずは全員部屋の隅に……待って11B!」

 

 11Bは、その結果が目に見えていたからこそ動いた。2Bの忠告を無視し、再び振りかぶられているマルクスの巨大回転ノコを前に、三式戦術刀を縦に構えて地面に左足をめり込ませる。視界の端に映るのは、恐怖のあまり脚をすくませ動けない幾人もの信者。

 

 守るべき命。ささやかながらも光を見出したものたち。

 イデア9942がここにいれば、絶対に守ったであろう暖かな場所。彼と、その願いと共に歩く。そう誓った11Bにとっても、守るべきもの。

 

「来ぉぉぉぉぉぉぉいいいいっ!!!」

 

 接触―――轟音。

 ギチギチギチッ! 人工筋肉が嫌な音を立てて膨脹し、腕部の人工皮膚の一部から見え隠れする。だが、受け止めている。マルクスの本体を左手で受け止め、右手にもった三式戦術刀が回転刃の隙間に差し込まれ、回転を受け止めている。

 

「早く、行ってぇ!!」

 

 

 倒れ込んだ機械生命体は、ハッとしたように我を取り戻して、11Bに礼を言った。パスカルがキェルケゴールを抱えて、中型二足や大型二足は大した機動力のない小型を抱えて部屋の隅に逃げ込む。

 

「11B、加勢する」

「ありがと。まずは上に行って!」

 

 最後の防波堤となっていた2Bは全員の緊急避難が終わったことを確認すると、11Bの方に駆け出した。在りし日のヨルハ部隊としての思い出が蘇る。だが、それもほんの一瞬。

 

「くっ……のぉおおおおおおおお!」

 

 表情を引き締めた11Bは、未だ力を掛け続けるマルクスを全力で跳ね上げた。飛行ユニットの衝突よりも恐ろしいパワーが、マルクスの関節部に負荷をかけて一時的に動きを止めさせる。そこに2Bが躍りかかって、白の契約と白の約定を振るう。回転ノコ自体はそこまで強度が在るわけではない。次々と攻撃のための刃を歯抜けだらけにされていくマルクス。

 

「対象機械生命体のハブ位置を特定、ポイントライト照射」

 

 指示はされていないが、一度撃破した相手だ。ポッド042の無機質な声とともに、照射された赤いライトがマルクスの側面を照らし出した。そして体勢を立て直した11Bが、三式戦術刀をライトの当たる場所にねじ込んだ。ポッドの解析どおり、巨大なハブの一部が機能停止を起こし、マルクスの回転機能が失われる。数秒もすれば自動再生されるだろうが、今はこれで十分。

 

「ポッド!」

 

 2Bがマルクスの他に、雪崩込んできた自衛機構であろう機銃を弾いて言う。

 彼女の意を汲み取ったポッドは、白い箱状の部分を縦に開かせると、割れた中身に光をエネルギーを集中させる。優れた技術ですぐさま最大威力までチャージされたそれを、2Bが切っ先で狙撃点を指示。

 

 マルクスが体勢を立て直して、再び稼働しようとする。

 だが、もう遅い。

 

「了解」

 

 極太のレーザー照射。かつて分厚い装甲に身を包んでいた、遊園地の歌姫ボーヴォワールをも貫いた一撃だ。11Bと2Bの激しい攻撃によって傷ついていたマルクスの装甲板は、あっさりと溶解し、動力源にまでレーザーの侵入を許してしまう。

 死に際の反動でビクリと震え、2Bたちのいる部屋の、反対側に向かって本体を曲がらせるマルクス。レール上の土台は慣性と重力に逆らえず、そのまま傾き本体ごと落下していく。

 部屋の外の、広大な空間へと消えていく。十数秒後に聞こえてきた爆発音。ひとまずの脅威は去ったと、考えてもいいだろう。

 

「キェルケゴールさん、ともかくこの場を脱出しましょう」

 

 パスカルの提案に、信者たちの大半は頷いた。

 だがキェルケゴールだけが首を横に振る。

 

「だが、まだ我の信者が残っているのだ。このまま見捨てるなど、できんのだ……」

 

 狂信者はともかく、生を掴むことに必死だった敬虔な信者。キェルケゴールが彼らを見捨てることなどできるはずもない。なぜなら、勧誘したのは自分にしても、最終的には自分という弱い存在に光を見出してくれた者たちなのだ。それを裏切ることは彼の教えに、なによりも彼の意志に反していた。

 光をもらっていたのは信者だけではない。その輝きを見ていたキェルケゴールもまた、信者たちから教えられる日々を過ごしていた。それだけで十分だった。

 

「ここに2Bさんと11Bさんが居てくれて助かりました」

「パスカル?」

 

 2Bが唐突に言葉を発したパスカルを見やると、その目は自信ありげに輝いていた。パスカルの知識量は膨大なもので、リーダーとしての裁量を振るう経験も多い。この一瞬で解決策を編み出したのであろう。

 

「2Bさんは、私と一緒に信者たちを安全な外まで誘導しましょう。キェルケゴールさんと11Bさんは、そのまま残った信者たちを探してください。集合場所は工場廃墟の入り口広場です」

「待ってパスカル、脱出ルートならバンカーに要請したほうが早い」

 

 ヨルハ部隊が機械生命体のために動くとは思えないが、事情を話せば分かってくれる者が居るかもしれない。2Bはいつの間にかそう考えている自分に気づき、ふっと内心で笑ってみせた。

 

「バンカー、こちら2B。廃工場深部で敵性機械生命体と遭遇。脱出ルートの確保を要請」

 

 それはともかく、耳に手を当てバンカーへの連絡を取る。レーザー通信ではこの工場廃墟に届かないだろうから、別の回線を使う。そしてオペレーターである6Oに取り次ごうとしたのだが。

 

「……ちら……カ……2Bさ……」

「通信環境が不安定」

 

 ここはエレベーターですら数十秒かかるほどの最奥部。

 遥か地面の下と、遥か空の彼方。距離的にも恐ろしく離れすぎている。ポッドの事実確認に苛つきながらも、2Bは救援信号のループ発信を指示する。こうすれば、わざわざ移動中に連絡を取らずともバンカーが異常事態への対応をしてくれるだろうから。

 

「……おかしいな。イデア9942が出ないなんて」

「ええ? ……本当ですね、イデア9942さん、通信を切っているみたいです。何かあったのでしょうか」

 

 その隣では、通信ということでイデア9942のオペレートを思い出した11Bが通信を試みていたが、生憎と彼が通信先に表示されることは無かった。ここに入ってから、彼独自の方法でオペレートを行うという手筈だったはずだが、まさかの事態に不安が募る。

 イデア9942の身に何かがあったのか。自分の温かい帰る場所が、どうなっているのか。それこそ全てをなげうってでも行きたい11Bだが、今はこの状況からの脱出が先決だと判断する。

 やり始めたことを投げ出してしまえば、彼に失望されるかもしれない。ありえるはずもない未来だが、ここは11Bの意地と妄想が勝った。

 

「キェルケゴール、ちょっと手荒いけど我慢してね」

「うむ、苦しゅうない。好きにするがよい」

 

 キェルケゴールの長くゆったりとした衣服。それらを即席のロープとして、銃のホルスターと自分の体に結びつける。両手には常に武器を持った状態になるが、この異常事態だ。いちいち武器をしまう必要もない。

 

「キェルケゴール、マップデータは持ってない?」

「簡略化されたものなら…だが我々はここで過ごしていたからな、外に繋がるとなると、そこから不鮮明になる」

「それでも十分」

 

 教祖であるキェルケゴールがパスカル、2B、11Bにマップデータを手渡すと、彼らはそのまま、ふたてに別れるように別々の扉に向かう。2Bたちはエレベーターの方へ、11Bとキェルケゴールは信者たちの普段過ごしている部屋と、祈りを捧げる「教会」という部屋のある方へ。

 

「11B、武運を祈る」

「どうかご無事で」

「ありがとうふたりとも。キェルケゴール、ちょっと揺れるけど我慢してね」

「問題ない。……パスカル殿、2B殿。どうか、信者たちを頼む」

 

 無言で頷く2Bが開いたエレベーターに乗り込み、続いて生き残った十体ほどの信者たち、最後にパスカルが入る。そしてエレベーターの扉は閉じられた。彼らは集団を守りながらになるため、困難になるだろう。だが2Bとて成り行きで機械生命体を守る事になったとは言え、それを放棄するつもりはない。

 

「キェルケゴール、行こう」

「ああ。まずはそちらへまっすぐ進むがいい」

 

 二人羽織のように背負われたキェルケゴールが指をさす。

 了解、と呟いた11Bは崩れかけた扉を蹴り飛ばし、更なる奥部へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

「見つからないなー16D」

「このあたりでヨルハを見かけたっていうけれど……やっぱり機械生命体の情報だし、ガセだったのかしらね」

 

 場所は変わって廃墟都市。

 大木が突き抜けるビルの入り口に彼らは立っていた。

 レジスタンスキャンプの近くで見世物をしていた、ピエロ姿の機械生命体に話を聞いた11Sと7Eは、普段このあたりで見かけるヨルハ部隊が居ないかという問いに対して、機械生命体と一緒に居る個体――11Bの事を話したのだ。

 だが、当然ピエロ型は11Bの名前を知らないし、彼らが探しているのが16Dという別個体ということも知らない。そうして間違った情報から7Eたちがたどり着いたのは、なんとイデア9942が拠点とする「工房」の入り口だった。

 

「特に変わった様子はないな~。上の方では攻撃的な機械生命体が闊歩してるし、あのピエロ、ほんとに此処でみたのかな?」

「ともかく、ようやく掴んだ情報よ。まずは調べておかないと」

「了解。……んー?」

 

 11Sは何かがないかとあたりを見回していると、ふと違和感に気が付いた。

 どうしてだろうか、辺りには瓦礫や砂利が散乱しているが、一部だけ。隠蔽されているためよく注目して分析しないと分からないが、そこだけ砂が真新しい。そして何かを引きずったような痕が、床から突然出来て入り口にまで向かっている。すり減った地面が、砂では隠しきれないそれを表していた。

 

「7E、ここどう思う?」

「えっ?」

 

 瓦礫を掘り返していた7Eは11Sの指摘により、彼が違和感を感じた場所に手を当てた。指を地面に当てる。コンコン、硬質な音が返ってくる。カンカン、空洞に音が抜けた感じが返ってくる。

 

「ここだけ空洞…?」

「もしかしたら」

 

 11Sが7Eのノックした部分を探ると、巧妙に隠されているが、瓦礫の下に突起を確認した。瓦礫をどかして突起に指を入れると、地面が開いて10センチ立法の窪みが姿を現す。パッと覗き込んだだけでは見えないが、手を差し込んで横にずらすともう一つ異物が。

 

「これ、スイッチだ」

「ってことは……」

「16Dかはわからないけど、こんなにも隠しておきたい物があるのは確かだねー。16Dがいるのか、別の何かの拠点か。分からないけど、押して見る?」

「11S、ここは私が押しておくわ。万が一論理ウィルスが流れ込んできたら、お願いね」

「…わかった」

 

 11Sが数歩離れ、7Eがスイッチを押す。

 ガコン、と地面の一部がスライドし、イデア9942の隠れ家への道が開かれる。緩やかで曲がりのあるスロープだ。資材の搬入にも気を使った作り。間違いなく、この先はなにかの拠点になっている。

 

「論理ウィルスは…大丈夫みたいね」

 

 自分の手を開いては閉じ、他にも無いかと自分の体を見回す7E。だがウィルス汚染による異常思考も、異常事態も起こっていない。ひとまずは無事が確認されているらしい。

 隣でホッとしていた11Sも、万が一にも7Eが敵にならなくてよかったと内心冷や汗を拭う。もし敵対していれば、戦闘能力の劣る自分ではすぐさま追い詰められるのが関の山。ハッキング技術も9Sよりも高くはなく、下手をすれば破壊されてしまう恐れもあった。

 

「行きましょ、11S」

「……分かった」

 

 どちらにせよ、無かった可能性の話をしても意味がない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。11Sと7Eは暗がりのスロープを目指して歩こうとして、違和感を感じる。なんというべきか、背中を冷たいものが通り抜けたような感覚。

 それは彼らが初めて味わう悪寒であると気付くこと無く、その意識は刈り取られた。

 

 11Sと7Eが、それぞれ凄まじい勢いで左右の壁に叩きつけられる。

 音もなく忍び寄ってきていたのは、人型の何か。

 気を失ってしまった二人には目もくれず、それはスロープにむかって歩みはじめる。

 

 ガラガラと、重たいものを引きずりながら。

 




めっちゃ不穏な感じのアレなサムシング。
こういう展開になるとすごい手が捗ります。

あと評価者にかつてのランキングの上位制覇者さんとか居てビビったりしますが
それ以外にも評価をくださったり擦る皆さま方ありがとうございます
おかげで投稿ペース維持できてますので、このまましっかり完結もってきます。



という媚をここで売っときます


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文書29.document

途中半分ネながら書いてた
おかしかったら許してください

あとちょっと遅くなりましたが、
十万UA、9評価100人超えありがとうございます。


「妨害電波を発しているやつがいるな」

 

 モニターを眺めるイデア9942。それが突然砂嵐ばかりを流し始めた原因に毒づいて、彼は作業台へ右手を振り下ろした。最後に11Bから送られてきた音声データは、イデア9942の知る未来以上に事情が複雑なことになっている。だが、まさか宗教団体があのように派閥に別れた状態になっているとは思いもよらなかった、というのが彼の正直な本音である。

 

「……?」

 

 次なる一手をどう打つべきか。

 イデア9942が頭を抱え、いざとなれば妨害電波を発している場所を直々に潰しに行くべきかと計画の練り直しをしていたときだった。

 

 がらがら、がらがら。

 

 がらがら。

 

 音が、近づいてくる。

 

 がら。

 

 扉の前に。

 

「死ね」

 

 言葉の前に、巨大な鉄の塊が振り下ろされた。

 まさしくそれは「鉄塊」。

 あまりの質量に、作業台ごと機械の部品が飛び散る。

 

 工房に、最悪の時間が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

「恐れることはない。この者は我々の味方だ。いざゆこう、この絶望を乗り越えてこそ、我らは、神への信仰を抱き続ける道を歩めるのだから」

「教祖様……ええ、全ては信仰のために。……アンドロイド、疑ってすマナかった。よロしく頼ム」

 

 11Bの、取り残された信者たちの救出は順調だった。

 固く閉ざした扉に11Bが問いかけるも、沈黙しか無かった時は焦った。だが、キェルケゴールが信者たちに呼びかけた途端、この掌の返しようだ。……いいや、彼らも、再び訪れた死への恐怖に押しつぶされそうだったのだろう。導くものであり、同士であるキェルケゴールが居なければ、すぐにでも己の命を断つ程に。

 

 だから、自分が無視されても仕方のないことだ。11Bは苦笑いを浮かべながら、気にしないでと信者たちに返す。

 

「パスカル、どう?」

『……だめです。こちらで誘導している子たちが言うには、随分と道が変わっている、と。そもそもエレベーターを抜けた瞬間から、道は破壊されていました。私や2Bさんは飛べますが、他の機械生命体たちも一緒となると別の道を探すしか』

「そっか」

 

 パスカルに状況の進捗を聞いたが、返されたのは芳しくない成果だった。

 今は元の道である、破壊された階段を渡れるようにするため、いくつか廃材を見つける途中だという。狂信者たちの妨害は今のところ確認されていないが、また湧き出してくるのも時間の問題だろう。

 

「なにか、問題があったのか」

「キェルケゴール、このあたりに廃材置き場はない? 道が破壊されてたみたいなんだ」

「廃材……」

 

 キェルケゴールはその問いに、ちらりと己の懐を見た。

 思い出すのは、懐の膨らみ……聖書を見つけた、始まりの場所だ。

 

「ある。このまま11B殿に更に奥へ行ってもらうことになるが」

 

 信者たちが心配なのだろう。11Bの背中から、視線を落とす。

 だが助けられた信者たちは、先程の怯えもなにも感じられないほどハキハキと、勇んだ様子でキェルケゴールに言葉を返した。

 

「教祖様、我々は自分の身を守ることくらいはできます。どうぞ、彼女を案内してやってください」

「お前たち」

 

 ただ、キェルケゴールから与えられるだけではないのだ。キェルケゴールに与えられ、そして時には返していく。彼らは共同体(コロニー)の仲間として、それなりの時間を過ごしてきた間柄。

 首を振り、再び瞼を開いたキェルケゴールは、満足そうに頷いた。

 

「お前たちはこの先、礼拝の部屋を抜けてエレベーターに乗れ。我らの和平相手であるパスカル殿、そして11B殿と同じアンドロイドの2B殿が待っているはずだ。そこで合流し、我々がたどり着くまで道を守っていて欲しい」

「勿論です。さぁ、行クぞ。教祖サマを失望させるな!」

「オォー!」

 

 キェルケゴールの指示に、何の迷いもなく頷く信者たち。

 それは11Bとイデア9942の関係にどこか似ている。彼らは、彼らなりの信頼関係と、同じ信仰を抱く仲間としての共同意識を大切にしているのだ。それこそ、元々自分たちの仲間であったとしても、異なる思想を持った相手に絶対に殺されてなるものかと、強い反抗心を抱くほどに。

 

『11B』

「2B? どうしたの」

『いま、私達より下の足場を自爆型が走っていく様子が見えた。深度から演算した結果、貴女の方に行く可能性が高い。気をつけて』

「……わかった。キェルケゴール、聞いた?」

「うム、だが忘れてはおらぬか?」

 

 キェルケゴールは不敵に笑う。

 

「あやつらも元々は我の庇護下に居たのだ。対処法はある。汝は迷わず進むが良い」

「わかった。それじゃマップデータをお願い」

「こちらの道なら、狂信者どもも手を出してはおらぬだろう。だが険しい道だ。汝の実力、見せてもらおうか」

 

 キェルケゴールからマップデータを再度提供され、11Bの回路が視覚情報の隅に進行ルートを表示する。スロープもついていた階段を下っていくと、老朽化して錆びついた部屋ばかりになってきた。

 11Bの体重はヨルハ機体の例に漏れず150Kg前後。一歩踏み出すだけで軋むキャットウォークすら渡る道は、かなり危険な場所だ。しかも帰りはいくつかの廃材を同時に持っていかなければならないというのだから、気が遠くなる。

 

 だが11Bの運動性能はイデア9942お墨付き、お手製、廃スペックと言っても過言ではない廃人向け性能だ。しかも、換装してからかなりの時間が経過した今、11Bの回路と実に馴染んでいる。

 引き出したポテンシャルは凄まじい。背中に居るキェルケゴールが時々呻きながら、猿飛佐助もびっくりの飛び移りが繰り広げられる。障害物一切を無視して、彼女がようやくたどり着いたのは教団始まりの地、スクラップ置き場。

 

「あった……これだけあれば、足りるかな」

「パスカル殿! くっ、やはりここは壁が分厚すぎるか。通信が繋がらぬ」

 

 目的の廃材を手に入れ、報告のためにキェルケゴールが代わって通信をいれるが、どうにもこの場所の通信状況は良くないらしい。下層を降りた、最下層のゴミ捨て場だ。それこそコントロールルームの直接的な通信機器でない限り、連絡をいれる機会なんて無いだろう。

 

「早く出るぞ、11B殿」

 

 いつまでも同じところにとどまるのは良くない。

 この危機的状況化で、焦りからキェルケゴールが提案する。

 

 しかしだ、どういうことだろうか。11Bは反応する素振りを見せない。

 

「11B殿?」

「待ってキェルケゴール。……何か来る」

 

 スクラップ置き場というだけあって、ここにはゴミが落ちてくるための穴がいくつもある。その中でも、ひときわ大きな穴を見つめて、11Bはその鋭敏になった耳を傾けていた。近づいてくる音は、やがてキェルケゴールにも聞こえるように部屋の中を反響する。

 

 ジェット噴射の音だ。

 ぶわりと、辺りを高熱が覆い尽くす。

 

「来るよ、キェルケゴール!」

「……不味い、まさかアレは」

 

 思い至る節があるのか、キェルケゴールの中で警鐘が掻き鳴らされた。

 

「11B殿、まずはこの部屋から撤退を!」

「了解!」

 

 11Bが部屋の入ってきたほうへ飛び移った瞬間、ダストシュートに繋がる巨大な穴から、「ソレ」は姿を表した。全身を炎で覆い尽くし、円環状の体から常にブースターを吹き出しながら回転して飛行するユニット。

 エンゲルスのそれとも違う。それは、機械生命体の一種。

 

『焼却屋だ。汝は声を出してはならんぞ』

 

 どうして、といった疑問をグッとこらえる11B。

 同じく通信状態になった11Bは、声なき声をキェルケゴールに繋ぐ。

 

『焼却屋って何?』

『我も詳しくは知らん。だが、この廃工場の最下層で時折現れる破壊の化身だ。我々の中でも触れてはならぬものとして扱っている。最もしてはならぬのは、その者の前で口を開き、騒音を掻き鳴らすこと』

 

 11Bが漁っていた廃材の一部が、重力の影響で傾きガランガランと転がった。

 その瞬間、「焼却屋」と言われた機械生命体は、ドーナツのような体をぐるぐると回転させ一直線に物音のした方へと突っ込んでいく。哀れにも音を出した廃材は、全身を燃え上がらせる「焼却屋」の超高熱に耐えられずに溶解しかけ、もろくなったところを全身の体当たりによって四散させられた。

 

 ジュゥジュゥと壁に飛び散り、赤熱する廃材の欠片。

 見ているうちに色をなくし、固まったソレは壁に雫のような形になって溶接された。

 

『おっかないなぁ……』

『あれのせいで、意識が生きているにも関わらず壁の一部にされた機械生命体も多い。だから、最下層ではなく下層に教団の本部を構えたのだ。あれは最下層から出てこぬ故に』

 

 理由はともあれ、やることは一つだ。

 

『来てしまった以上は仕方ない。我々には時間もないのだ。廃材を音を立てずに運び、焼却屋から逃げるしか無いな。奴はしばらく一処を徘徊する』

『わかった』

『物音を立てるべからず、だ。辺りに散らばる瓦礫に脚を引っ掛けなければ、ここは足元の砂が足音を隠してくれるだろう。全ては汝に掛かっている』

『やってみる……けど』

 

 11Bは、ちらりと「焼却屋」に視線を向ける。どうにも飛び入る隙がなく、機を伺って物陰に隠れることしか出来ない現状は、かなり厳しいと言わざるをえないだろう。

 

 しかしその瞬間、2B達が言っていた「自爆型」が現れた。

 ンギャアアアアア!! と意味の伴わない叫びを上げて走り回る自爆型は、すぐさま「焼却屋」の排除対象に認識される。眠れる獅子の尾を爆散した、哀れな自爆型は本領を発揮する前にスパークを起こして壁に叩きつけられる。また一つ、溶けたオブジェが壁に出来上がった。

 

『好機だ! 自爆型は次々来るだろう。奴らが襲われている隙に廃材を運び出せるのではないか?』

『そうだね……そのくらいなら、完璧にできるよ』

 

 自爆型は何体も、一定間隔で湧き出してくる。

 その度に焼却屋が対応に当たる様子はいささか滑稽だが、これが彼女らにとっての大きなチャンスだ。今のうちに、絶対に成功させなければならないと、11Bは隠していた身を焼却屋の前に晒した。

 

 が、焼却屋は無反応。音を殆ど出さないようにしていたため、聞こえるのは多少の衣擦れくらいだ。この少し離れた位置からでも本当に耳がいい人以外は聞こえないという距離が、「焼却屋」の仕様に違いないというのは、いまこの時を以って証明された。

 

『廃材は2枚重ねるだけでよい。必要分を持ったら、汝は最大速度で駆け抜けろ。奴は回転しながら空を飛ぶ分、Z軸には強いが、XY軸方向には弱いからな』

 

 キェルケゴールのオペレート通り、下手に跳ねずにゆったりとした足取りで探索したところ、さほど苦労することもなく廃材を手にすることができた11B。

 とはいえ、その瞬間金属の擦れ合う音が発せられてしまう。グルリとこちらに矛先を向ける焼却屋を放置し、11Bは脚部の人工筋肉を活かして一気に踏み込んだ。

 一瞬で豆粒のように姿が見えなくなっていく焼却屋が引き返していく姿を確認して、ようやく安堵の息を吐く11B。アレはスペックだけではどうにもならない相手の一つだ。今度また、イデア9942から対処法を教えてもらおう。

 

 11Bはそんなことを考えながら、階段の修繕に必要な廃材を取り揃えてきた。

 あとは2Bと合流し、信者たちをキェルケゴール諸共一時的に安全なところへと連れて行くだけ。通信状態の異常は、まだまだ訴えてきている。いっときたりとも気を抜けないと、11Bは額に滲む汗を拭いながらに足場を跳んだ。

 

 

 

 

「……」

 

 振り下ろされた鉄塊、という名の剣。

 だが散らばった機械部品は、元々作業台の上に置いてあったものだけだ。

 死んでいる機械生命体の中から、使えそうなほど状態のいいものを選んでリアカーで持ち帰る。そのうちの一つだ。

 

「あれぇ~?」

 

 心底おかしそうに、甘ったるい声色の疑問が工房を打つ。

 返ってくるのは恐ろしく静かな沈黙だけ。

 

「……まさかこちらを狙うため、ヨルハの仲間だッた相手を気絶させるとは。実に素晴らしい執念だ」

 

 パチ、パチ、パチ。ゆっくりとした拍手が3度叩かれる。

 声は聞こえど姿は見えず。「工房」への襲撃者は辺りを見回そうとして、その皮肉って降ってきた拍手にあからさまな怒りと動揺を抱いていた。そして何より、その口元はずっと三日月のように裂けている。

 ダラダラと流れでている血に似せた液体が、耳元まで切り裂かれた「襲撃者」の口の横からこぼれ落ちている。

 

「歓迎しよう、16D。哀れなる」

 

 言葉など不要と言わんばかりに、セリフにかぶせて再び襲撃者が――16Dの攻撃が繰り出される。イデア9942の声がした方向。ただ、壊せたのは小さな目覚まし時計だけだった。

 

「……あ」

 

 イラつきが頂点に達したのだろう。

 押さえ込んでいたかのように震えていた襲撃者の声が、上ずったハッキリとした物に変わる。

 

「ッッあ”あああああああああああああああああああああああああ!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 

 手当たり次第、イデア9942の工房が破壊されていく。

 彼がようやく復活させた作業台も、モニターも、溜め込んでおいた資材も。

 

 11Bの、ベッドも。

 

「さて、そろそろおとなしくしてもらうか」

 

 実のところ、イデア9942は隣の応接室から声を発しているだけであった。応接室へ通じる扉は入り口からすぐ右側。だが、扉事態には細工がしてあり、一度ソレを発動させれば、壁の中で会話するごっこが出来るのだ。

 そして此処の利点はもう一つ。安全圏から侵入者を撃退することが出来ること。

 

「入るぞ、君の頭に」

 

 イデア9942が、ハッキングを開始する。

 

 細い電波にのり、意識が潜行。

 頭部チップの僅かな電脳空間に入り込み、防壁を排除するためのプログラムを打ち込んでいこうと思った矢先だった。イデア9942は、投影した仮想コンソールを叩き壊される。

 

「……なんだと」

 

 次いで、電脳空間がボロボロと崩れ落ち始めた。

 足場という足場が崩壊し、虚数の海に触れる。途端に足場というプログラムが虚数を掛けたことによってゼロへと変貌。データとしての役割を果たせなくなっていく。それはイデア9942の足場も崩壊させかけていて、コンソールプログラムだったものが奈落へと突き落とされていく。

 

 だがこれは見たことがある。

 

 データの侵食、全てを無に返し、主導権を奪う危険なウィルス。

 論理ウィルスの感染者、中でも末期症状の状態だ。

 

「……ぐッ!?」

 

 電脳空間からはじき出される。

 もう一度侵入を試みたが、今度は到達する前に弾かれた。

 

 イデア9942に残る選択肢はもはや一つ。

 直接、戦うしか無い。

 

 轟音。

 応接室の壁を、「鉄塊」が突き破って生えてくる。

 バラバラと粉々になった瓦礫を振り払いながらも、その目を真っ赤に光らせた16Dが獣のようなうめき声でイデア9942を見つめる。その手には、三式拳鍔が装着されている。

 

「先輩ィ……どうして……あんなヤツ、なンかにぃ」

 

 壁に埋まって使えない「鉄塊」を蹴り飛ばし、幽鬼の如き足取りでイデア9942に近づく16D。彼はついに斧を構え、帽子をかぶり直して視界を確保した。

 

「先輩、先輩……11B先輩……許さない。許さない許さない許さない!!! 許さない!! 絶対に許さない!! 11Bィ! 私以外を選びやがってェ!! バツを下してやる……私が、私ガ!! 私ダけが壊しテいいんだ!!!!」

「哀れな……」

 

 彼女の本質が、犯されたウィルスによって露呈する。

 彼女は許せなかったのだ。11Bのことを許せなかった。

 自分を裏切った11Bが。

 自分をいじめた11Bが。

 自分から逃げた11Bが。

 

 他の拠り所を見つけ、勝手に安堵する顔をした11Bが。

 

 他の何処かに行ってしまったから、その「どこか」を破壊して顔を歪ませたかった。誰かに気を許していたから、その「誰か」を破壊して狂わせたかった。そして言ってやるのだ、その目の前で。

 

「私にぃっ! 私にッ!! 奪わレた気分はドウってぇ!! ねェ!!!!」

 

 そのために、イデア9942の居場所を突き止めた。

 思考を狂わせながらも、圧倒的な執念で11Bを崩壊させるためだけに。

 

 壊れた機械が、獲物を振り下ろす。

 

 受け止められた拳が、機械生命体の大きな手とせめぎ合う。

 

「付き合ってやる。そして……二度と11Bの視界に入れないようにしてやろう」

 

 拳を横に振り払ったイデア9942が、斧の石突を16Dのハラに突き刺した。

 思考の狂った16Dは、たたらを踏みながらも意味不明な叫び声を上げて襲い掛かってくる。ウィルスに犯されながらも、当たればただですまないほどにスペックを引き出されている一発一発は、当たれば運動性能は並みでしかないイデア9942には全てが致命と成り得る。

 

 だが、彼はそれら全てを演算し、シミュレートし、避ける。

 

「君にとッてそうであッたように」

 

 16Dの鋭いハイキックが繰り出される。

 装甲板を凹ませながらも、彼は避けずにそれを受け止めた。

 

「掛け替えのない相棒を悲しませるなどと」

 

 左腕で脚を捕まえ、右腕で拳を握る。

 捕まえた脚を引っ張り、突き飛ばす。

 空いた距離を全力で踏み込み、右腕を弓のように引いた。

 

「させるものかッ!!!」

 

 打ち出され、炸裂した右腕が、16Dの顔面を打ち据えた。

 




イデア9942だって熱血する時はするんだ。
あれだけなって、相互に特別な感情抱いてないはずないんですよねえ……
恋か、愛か、それとも■意か。それはわかりませんが。

焼却屋はACVDのフレンチクルーラーイメージで

あと調子乗りすぎたので後書き簡潔にします
後で見てて自分で恥ずかしくなった


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文書30.document

すみません 急用で1日は更新できませんでした
とりあえず今日の文書記録です。
埋め合わせで今日もう一話とかはありません あしからず

感想欄みたあと、書いた文書思い出して結構アレ?って思うスレ違いがよくあるんですが………


もしかして地の文読んでない人多かったりします?


 9Sは、データオーバーホールを終えて目覚めようとしていた。

 しかし彼は、義務付けられているデータ同期の際の「不明瞭なノイズ」に疑問をいだき、バンカーにウィルスが潜んでいるかも知れないという建前を以て、バンカーへの直接アクセスを行った。

 

 そこで遭遇する、あまりにも不可解な攻性防壁。空っぽの情報。

 

 それらは9Sに、バンカーに対する疑問を抱くに十分な内容だった。

 

 普段自分たちが従っている、人類会議という存在を作るか否か。その策定がヨルハ計画という、自分たちヨルハ機体の製造計画の後に作られていること。月面に居るはずの人類へ送られる物資。そのコンテナは精製水や修復機材……ヨルハ機体が一体稼働するための最低限必要なものが詰められているだけ。それ以外は全て空。人類という「生物」が、こんな程度の物資で、生存できるはずもないのに。

 

 しかし彼の探究心も、2Bの危機となれば中断せざるを得ない。

 突如として鳴り響くアラートに驚く彼だったが、それは9Sの侵入を察知したものではなく、2Bからループ発信されていた救難信号がバンカーに届いた音。彼らは知る由もないが、ループ発信が妨害電波の周期を一瞬だけ越えて、ようやくバンカーに異変を知らせることが出来たのだ。

 

 そうして、バンカーと接続を切った9Sが何をしているかと言えば、

 

「なんだこれ……このターミナルでもハッキングが届いていない?」

 

 既に二度、三度、と繰り返したハッキング。

 声を震わせる彼は、見ればわかるほどに動揺していた。

 

 9Sはターミナルの出力を上げるなどして、こちら側(バンカー)から出来ることは試してみたが、それでも電波そのものが届かなければ彼の技能は何一つとして機能しないのである。2Bが救難信号を出したことによるけたたましいアラートが、彼の気持ちを焦らせる。

 

「…そうだ! 電波がこっちから届かないなら、近くの個体なら」

 

 それでも彼の優秀な脳回路は、新たな解を導き出した。

 思いつきを口に出しながらも、彼は己の手のようにターミナルを操作していく。

 

 最終的に、ターミナルの出力を弄り、廃工場の奥地ではなく、周囲に転がる機械生命体の残骸をハッキング対象にするという結論に達したらしい。こうなれば、あとはコントロールのため邪魔な精神防壁を破壊し、侵入するだけだ。

 

 目的の場所は、彼が「初めて」2Bと出会った地点の近く。あの小型が、必死に中型機械生命体に油を注いでいた場所。あれから、特に荒らされた様子もなく、位置としても工場の外側にあるため侵入経路としてはちょうどいいだろう。

 

「よし、出来た。……個体も、ちょうどいいのが一体。中型か」

 

 中型二足、というとあの個体を思い出す。イデア9942。彼は、あのバンカーのサーバーでみつけたデータですら知っていそうな気がする。何より、自分たちがある程度核心に至る情報を持っていた時、それに連なる情報を出してくれそうな気がするのだ。以前のように。

 ブラックボックスの複製の作成を始めとして、あまりにも謎の多い個体。9Sの知的好奇心をくすぐり、かつ彼自身の背筋を凍らせる存在。だが、今は彼のことを考えている暇はない。

 

 9Sは首を振り、逸れ掛けた思考を叩き直す。

 

 ともかく使える個体にパーソナルを合わせ、9Sの精神が例の機械生命体に入っても、汚染されぬよう対処、かつ義体を動かす際の命令系統の互換性を修正する。それが終われば、すぐさまハッキングを仕掛けた9Sには、ハッキング先の個体と感覚を繋げるために一瞬の暗転が訪れる。

 

 真っ暗な画面に表示される。

 

 システムチェック開始。

 メモリーユニットチェック:エラー 放置だ。

 戦術ログ:初期化

 地形データ:ロード開始

 バイタルチェック:イエロー 投棄予定のため放置

 MP残量チェック:読み込み不能 放置

 コア温度:適正

 コア内圧力正常

 IFF エラー

 FCS エラー

 ポッド通信接続 不能

 DBUセットアップ

 慣性制御システム エラー

 環境センサー 起動

 装備認証:無し

 装備状態チェック:無し

 システム:エラー多々あり

 

 起動準備完了

 

 やはり、脳回路が壊れた機械生命体の体はエラーだらけだ。ヨルハ機体とは規格も違うため、義体操作のセットアップ手順で多くのエラーを吐く。だが、壊れれば乗り換えればいいだけだし、今回は戦闘が目的じゃない。

 9Sにとっては動けば十分。コアを使い潰そうとも知ったことではなかった。攻撃系もエラーを起こしているが、全てチェック完了。9Sの意識が機械生命体の方に浮上する。目を覚ませば、錆びきった工場の外と、そこに揺れる白。そして本を持った男の姿。

 

 男の、姿?

 

「ようやくか、待ちくたびれたぞ少年」

「……!?」

 

 機械生命体特殊個体、アダム。

 2Bとの戦闘から行方がわからなくなっていた存在が、唐突に9Sの――正確にはその意識が入った機械生命体の――前に現れ、此処に居て当然と言った振る舞いで腰掛け、本のページを捲っていた。

 

「あ、アダム。なんで、お前がこんな所に!」

「簡単な話だ」

 

 本をパタンと閉じ、9Sの入った機械生命体に目を向ける。

 背の問題上、彼は9Sを見下ろしている。そしてわかったか? とでも言うように、人差し指をその頭部に向ける。

 

「2Bだけが行動していて、お前はまだ地上に降りていない。なら何らかの形で2Bの補助のためにお前は現れるだろう。だが、そこの」

 

 9Sに突きつけられていた人差し指が、工場廃墟の一角に向けられる。

 そこには、何体かの紫色に染まった機械生命体が、何かの装置を崇めるようにして守っていた。あれが、9Sやイデア9942のオペレートを妨げていた強力な妨害電波発生装置だろうか。

 

「妨害電波を発しているヤツが居て、お前は直接支援に行けない。ならば周囲にある投棄された体を直接ハッキングし、操るだろうと踏んだ。そのスクラップが転がっている場所が、ここだけだったという事だ。これだけ条件が揃っているなら、推測するのも簡単だ」

 

 コナン・ドイルという作者名が記された本を閉じ、アダムは不敵に笑った。

 アダムは、この生まれてから数ヶ月という短期間で確実に知識と考察力を上げている。そしてトドメには、イデア9942の茶々によって芽生えた自己啓発の意志だ。これまで下らない空想、と吐き捨てていた著作を、こうしてもう一度拾い上げる事でその中の「意味」を確実に見出している。

 

 人間の「無駄」とも呼べる空想を、己のモノにしているのだ。

 この時点でおおよそのアンドロイドよりもずっと人間に近い精神のあり方を、彼は発現させていた。

 

 対して9Sは、このアダムの急成長ぶりに覚えるのは単に「危機感」のみ。

 そんな9Sの心をあざ笑うかのように、アダムはフッと笑うと、

 

「付いてこい。2Bの救出を手伝ってやろう」

「……一体どういう風の吹き回しだよ。それに、僕がその言葉を信用するとでも」

「していない。だが、その体で何が出来る?」

 

 ぐっ、と息をつまらせる9S。

 そのとおりだ。アダムに対して、害を与えるような行為は何一つとして出来ない。なぜなら、使い潰すつもりでいたこの機械生命体の体も、工場廃墟の内部へと入るまではこの外側に存在する唯一の操作可能な義体。アダムの機嫌を損ねて破壊されてしまえば、2B救出に大幅時間のロスが発生する。

 

 アダムもそれは十分に理解している。だからこそ、9Sを手玉に取ってみせた事が嬉しいのか、その口の端は歪んでつり上がっていた。

 

「ついでだ、私が何故お前たちヨルハに加担するのか……その理由を話してもいいだろう」

 

 アダムがちらりと視線を向けた先は、工場廃墟の天井部分。

 同じだが、少し短い銀髪が風に揺れている。

 

 この時、もはや全ての定められた道筋が、崩壊しているのだと。

 一体どれだけの意識が気づけているのだろうか。

 

 

 

 

 顔面を抑え、獣すら怯える唸り声を上げる16D。

 

「策というのは幾つも講じてこそだ」

 

 イデア9942は言いながら、仰け反る16Dの腹を斧の石突で思いっきり突き出した。再び工房のほうへと体を戻される16D。彼の明確な敵対行為が許せないのか、再び声にならない「許せない」を連呼しながら、壁に刺さった「鉄塊」を引き抜いて振りかぶる。

 

 しかし、彼女がそれ以上先を踏み出せることはなかった。

 

「が……あああああああああああああああああああああああああ!!!」

「いい加減、集音マイクがイカれそうだな」

 

 ウィルスに犯されていることで、ヨルハのセーフティを無視し、その腕を限界まで駆動させる16D。だがトンを超える瓦礫をも持ち上げられるそのパワーが掛かっても、彼女はもはや何の動きも取れない。

 その正体は糸だ。初めて11Bを治療した時使用した、暴れる体を抑えるための強化ファイバーケーブルの束。細い一本一本ならばたやすく千切られるであろうソレも、いくらかで束になり、更にその束が何十本という数が16Dの体に食い込んでいる。

 関節に始まり、右肩から乳房を押しつぶし、横腹に至るまでの長い一本。そして人体という構造で作られたアンドロイドである限り、手足を伸ばされた状態ではロクに力を入れることも出来ない。

 

 服すら裂ける勢いで暴れだす16D。もはや理性はウィルスに食われ尽くしたのか、言葉と判断できる言葉すらも彼女の口からは聞こえてこない。代わりにイデア9942の集音マイクが拾うのは、ああだの、ううだの、獣以下のうめき声だけ。

 

 あまりにも、哀れだ。

 だがこの侵食された生命は放っておけば、辺りに災厄を撒き散らす。そうなるだろうと、イデア9942は考える。論理ウィルスとは、思考の妥当性が保証される法則や形式という、いわゆる論理の意味を書き換えていくものだ。

 

 人間で考えてみよう。

 例えば、自慰による性的快楽=他人の体の解体、と頭と体が認識。

 そうなるように、思考をすり替えられたとするとどうなるだろうか。

 常識を履き違えた狂人が、そのうち聞くことすらおぞましい狂気の事件を引き起こす。それまでにどれだけの被害が出る? ()()()数人? それとも数人()? どちらにせよ一緒だ。人の感性では到底認められない、非道が横行する。

 そうした意識の書き換えを、論理ウィルスは広範囲で汚染し、伝染していく。一度完全に汚染されれば、治療法はない。なんせ、本人が心の底からそうであると認識してしまうからだ。上から物を落とせば、下に落ちるというように。

 

 何より厄介なのが、それらはこの5000年の間、ずっと機械生命体たちの手で使われているということ。つまり完全廃絶が出来ず、延々と進化してきているため、ワクチンでの一部予防や直接除染という後手に回るしか無い。

 

 

 長々と語ってしまったが、要約すれば論理ウィルスに汚染されきったアンドロイドを助ける術はない。それはイデア9942も同じ。この状態で彼女に侵入してしまえば、イデア9942が論理ウィルスを広める超兵器になるだろう。

 

「……終わらせるのが慈悲か」

 

 かつて意識があったものを破壊するのは、イデア9942にとって初めての経験だった。命を大切にすると謳いながらも、他の機械生命体を破壊するという矛盾を抱えていた彼でも、元々11Bと面識のある相手を破壊するのに迷いは発生する。なんせ、その魂は人間のものであるのだから。

 

 カタカタと、持っていた手と斧が震えて擦れていた。

 ソレを見て彼は、ほっと安心した。

 

「まだ、人間であろうとする心は残ッているか」

 

 手向けと礼を込めて、彼は16Dに斧を振りかぶる。

 

「次なる生に幸多からんことを」

 

 彼女の視界に斧が映る。

 ゆったりとした光景だった。破壊されると認識された脳回路が、急速に演算を始める。冷却装置が壊れている中、16Dには身を焦がすような熱と、在りし日の思い出が右から左へと流れていくように感じた。

 

 

――はじめましてぇ、11B先輩! ヨルハD型の16Dです。

――……D型、か。せめて肉盾として役立てるくらいにはしてあげるよ。

――に、肉盾!?

 

 

――どうしてぇ……こんな…痛めつけるような訓練ばっかりなんですかぁ

――泣き言ばかりで敵に破壊されるつもり? それでもヨルハか!

――(いつか……絶対こいつを……)

 

――よくやった16D

――先輩が私を…褒めた? え、こんな、ウソッ

――なに、そんなに珍しい? 訓練によく耐えた その成果だよ

――先輩…私……先輩ぃ……

――泣くな、16D ワタシ達は感情を出しては行けない、そうでしょ

――は、はいっ!

 

――す、好きなんです

――え?

――先輩がぁ、私は、好きなんです 抑えられません

――全く、そう、かあ。 でもね、16D 本当は

――いや…なんでもないよ ありがとう、16D

 

――うそ……先輩が撃墜された……

――(やった、ザマァミロ!)

――(嫌だ、私を見てくれたあの人が死ぬなんて)

――……私、いま、何を?

 

――どうして先輩は生きているのに、

――嘘を付いたの(うらぎったの)

――違う、違う違う! 私ぃ……こんなことなんて、考えたくない!

――(捨てられたんだ)

 

――許さない

――(許せない?)

――私が居場所だったのに あの人の唯一の

――(なら壊しちゃおうよ)

――私が見ていたのに あの人が絶対に見せない表情を

――(なら見に行こうよ)

――私に語りかけるのは……誰?

――(ここにいるよ あなたが私/我/俺を倒した時から)

 

「せんぱぃ」

 

 斧が16Dの頭を潰す。

 

 全ての記憶が消えていく。私がいなくな

 脳回路損傷を確認。システムちぇちぇちぇちぇ

 

 さ■きどう ER■OR

 

 論理ウィルスを確認。ヨルハ機体16Dの凍結を提案。

 承諾:16Dモデル凍結を決定。全情報をバンカーにアップデート。

 ブラックボックス信号停止を確認。

 了解:ブラックボックス情報を工場にアップデート。

 

 

 16D機能停止を確認。

 

 16D LOST[----][----][----][----]

 





16D退場……? の巻

次はイデア9942のゴチャゴチャも終わったので
2Bたちに視点が戻ります 乞うご期待

字にすると催促感すごいですね「乞うご期待」っていう言葉


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文書31.document

しばらく音声記録はありません。
あとアレですね カミニナル編長いなオイ

それとこの原作やり返してて思ったんですが
わりとネットワーク系や総体を持つ存在が
人間という複雑怪奇なモノを目指すっていう作品も多いですよね


 コンクリートの欠片に、べトリとした血のような液体が降りかかる。

 どくどくと流れ出る間欠泉のような奔流も、やがては小川から分かたれた水のようにチョロチョロと漏れ出る程度になっていく。かち割られた16Dの頭部。刃が潰れていた斧で破壊されたソレは、16Dの傍目美しい容貌をグロテスクな残骸へと変化させられている。

 

 イデア9942は、初めて殺したヨルハ機体を前に、己の中の人間が震え上がっている事を感じた。

 

 どちらなんだろうか。

 人間であることにホッとした自分。

 アダムに語りかけたように、人間を劣等種とみなした自分。

 

 感情的になるとすぐにこうだ。

 自嘲を込めて、イデア9942は己の浅はかで薄っぺらい意見に苦い笑みを零した。

 

「……とりあえずは、外の二人を起こすか」

 

 イデア9942が16Dのせいで半壊したモニターを見ると、そこは入り口の様子を見られるように設置したカメラの映像に切り替わっている。映像の中では、倒れていた11Sと7Eが意識を取り戻したらしく、起き上がろうとしているところだった。

 

 ガラガラと無気力に斧を引きずり、彼は歩き出す。また拠点を作り直さなければならないか。彼は16Dだった残骸を無感情なまでに焼却炉へ繋がる穴へ放り込むと、ちぎれていないファイバーケーブルを回収して上に向かった。

 

 地上へ通じる出入り口を、遠隔で開く。

 入り込んできた風が、イデア9942のマフラーを揺らした。

 マフラーの先端には、16Dの血液を模した液体がこびりついていた。

 

 

 

 

「こっちだ」

 

 アダムの先導に従って、上手く動かない体を引きずりながら中型二足(イン9S)が歩みを進めていく。9Sが機械生命体の目を通じて見ている景色の中には、アダムと同じ機械生命体特殊個体である、イヴが廃工場の屋根を飛び跳ねている姿が見えた。

 

「あれが気になるか?」

「イヴも……ネットワークを離れたのか」

「ああ。ネットワークから己を切り離して、イヴを迎えに行った時の様子はとても興味深い状態になっていたよ。そして私は――そこで悲しみ、というものが何であるのか。ほんの僅かだが理解できた。イヴに事情を説明すれば、あいつは迷いなく私に付いてきたよ」

 

 全く、と苦笑するアダムの表情は殊更に人間味に溢れているようにみえる。

 しかし淡々と事実を話していくところには機械的な表情も見え隠れする。

 

 こういうところがイデア9942と正反対だな、と9Sは思った。

 

 ダンッ、と跳ねるような音がしたと思ったら、目の前にはイヴが降り立った。

 半裸の体は、人間基準で見るならよく鍛えられているとも言えるだろう。だが、結局は作り物の体であり、人体とは構成する成分そのものすら違う。見た目よりも遥かに恐ろしい身体能力を有しているのは、先程の跳躍を見るだけでも明らかであった。

 

「にぃちゃん、あいつら、壊すのか?」

 

 純粋な疑問一色の表情で、妨害電波を出している機械生命体たちを指差すイヴ。まだ何も知らない幼子のような表情が、鍛え上げられた青年男性の体で作られているのは、奇妙の一言に尽きた。

 

 アダムは全員ではない、と首を振っていう。

 

「こいつの体のためにも一体は残せ。それ以外は機械諸共壊して構わん」

「わかった! にぃちゃんの言うとおり、俺頑張るよ!」

 

 再び大きく跳躍し、狂信者の機械生命体相手に無双を繰り広げるイヴ。

 どこまでも素直で、どこまでも単純で、なによりアダムと同じ顔をしながら全く違う内面。9Sにとって彼らの関係性は兄弟というよりも、従順な部下と上司のような関係に見える。それも、決して部下が逆らうことがない圧倒的な忠誠を持っているという前提付きだ。

 

「なんというか、()()っぽくは…見えないな」

「そうか。まだ、人類の家族という関係性については複雑すぎて理解できていないんだ。そして私は、あいつの兄と言う立場として何をしたらいいのか」

 

 9Sの発言を拾ったアダムは、眉間にしわを寄せて真剣に悩む顔になっている。彼も、イデア9942の影響を受けてか、その内面が、大きく様変わりしようとしているらしい。依存対象だけに全てを向け、そこから人類を読み解くのではない。

 彼自身の意志で、人類の残した物を紐解いていくつもりだと。一つ一つを、丁寧に己の手で。

 

 遠くを、はるか遠くの真実を見つめるアダム。

 細められた目が見たのは何だろうか。彼の横顔を眺める9Sには、敵であるはずのアダムがとてもまぶしい存在に見えてしまっていた。

 

「まだ、兄というものがわからん。だがいずれは理解し、そして人間を超えた関係性を築くつもりだ」

「人間を…超える」

「2Bから聞いていないのか。そう、私は人間の知識を、過ちを、成功を、それらを踏襲して、()を目指す。模倣は創造の対義語らしい。だが、対になっているのならば、いずれその反対の天秤が傾くはずだ。その時を、私は自分の手で創り出す」

 

 それは人類の解剖を、アンドロイドの破壊を夢見ていた頃の考えとは真逆だった。ほんの一部から、広い視野を持ったのだ。どこも見通せない、ネットワークのない不自由に過ぎる身の上になって初めて、物を上からではなく下からも、多方面から見られるようになった。

 

「そのためにも、お前たちヨルハ部隊は生存してもらわなければ困るのだよ」

 

 だから、上から見ていた頃に彼は知った。

 2Bとの問答をしている時に、無意識に閲覧してしまっていた。

 機械生命体のネットワークに流れていた、隠さなければならない真実を。

 

「それは一体、どういう」

 

 あまりにも大きすぎる変化。アダムの変容具合についていけなかった9Sが、唯一絞り出せた疑問の一言。しかしそれは、直後に引き起こされた爆発の音と風にかき消された。

 その犯人はイヴだ。アダムの命令通り、機械生命体の一体を引っ掴んで、妨害電波発生装置を破壊した爆風に乗って再び舞い降りた。ガシャガシャと暴れて、半狂乱になりながら「カミになる」と連呼するソレを、イヴは激しく揺らすことで物理的に黙らせる。

 

「さぁ9S。体の取替だ」

「…わかった」

 

 先に聞きたいことはいくつもあった。だが、9Sはアダムの提案に素直に応じることにした。今はこの不便な体を抜け出すのが先決だ。捨てられていたスクラップの一体というだけあって、この短い距離を歩くだけでも相当なエラーが溜まっている。

 どこぞの小型機械生命体が、ひっきりなしに掛けていたオイルが中途半端に入り込み、関節から内部がオイル濡れになっていたのも原因かもしれない。

 

 ハッキングが開始され、ものの数秒と立たずに9Sの意識が小型機械生命体に移行する。アダムの隣に立っていた中型二足はガシャンと音を立てて倒れ込み、そのまま手すりの無い方向へと落下していった。

 

「……うん、この体ならかなり動きやすいね」

 

 小型は小型でも、9Sが乗り移ったのは小型飛行体。アダムやイヴのような身体能力はないが、宙を浮けるという利点が彼らの足の速さに追いつける理由になる。

 

「……」

「フン、いいだろう。2Bの退路の確保も手伝ってやる」

 

 満足の行く動作に納得したのか、数秒と立たずにメンテを終えてアダムに向き合った9S。彼が何を言うでもなく、アダムは頷いてみせる。このまま彼らの「奇妙な共闘」も次の段階に行くかと思われたのだが。

 

「えっ」

「どうした、イヴ」

「いや…でもにぃちゃん、後で遊んでくれるって」

「ああ、そうだったな……ふむ、どうするべきか」

 

 此処に来る前に、イヴの同行を取り付ける前に遊ぶ約束をしたらしい。彼らが言う遊びも、アンドロイドたちを破壊するような猟奇的なものから、人間の遊戯(ボードゲームからキャッチボールといった運動まで)を2人で再現するというレベルに落ち着いている。そしてイヴは、万が一にもアダムの生命が脅かされないそれらの遊びを甚く気に入っていたのだ。

 最愛の兄との時間が減りそうになって、目に見えるほど落ち込んだイヴ。視線は下がり、肩も心なしか力が抜けている。だがここで駄々をこねないのは、尊敬する兄が「したい」と思っていることを邪魔したく無いから。

 

「確か、こうだったか」

 

 アダムは右腕を伸ばし、イヴの頭の上に乗せる。

 最初はわがままを言ったことで殴られると思ったのか、ビクリと震えたイヴだが、思っていた衝撃が来ないことで不思議そうに目を開いた。

 

「我々の時間はいくらでもある。だが、偉いな。あと少しだけの我慢だ」

「……うんっ! にぃちゃんが褒めてくれるなら、俺いくらでも待つよ」

「いい子だ」

 

 イヴの頭に手を置きながら、額をくっつけ合って優しく諭すアダム。見た目と違い、ずっと年の離れた兄弟のようなやり取りには違和感が多いが、これを人類の一部が見れば「尊い」とでもつぶやくのだろうか。

 残念ながらそのレベルに至っていない9Sからしてみれば、再現された兄弟としてのやり取りには、相手が機械生命体ということもあって動揺するしかなかったが。

 

「さっさと付いてこい、9S。ここからは随分と騒がしそうだがな」

「……あ、あぁはい」

「早く来いよ。にぃちゃんが呼んでるんだぞ」

 

 イヴの事も落ち着いた。アダムはそのまま何事も無かったかのように歩きだし、イヴがその後に続く。9Sは釈然としない何かを感じながらも、彼らの後ろをフヨフヨとついていった。

 2Bたちと合流するまで、あと少し。彼らしか知らない、ほんの一幕であった。

 

 

 

 

「それじゃあ固定するよ!」

「こっちは大丈夫」

「「せーのっ!」」

 

 所変わって、崩落した階段にて。

 11Bが命からがら持ち出した廃材を用いて、2Bと11Bは崩れた部分の両端に立って、急造の架け橋を作っていた。大型の機械生命体も通れる程度には広い足場なので苦労を要するが、11Bたちにとっては己の命も掛かった作業だ。その手間を惜しむつもりはない。

 

「こっちはガタついてないよ」

「問題ない。溶接と補強をしよう」

「飛行型の者は骨組みを作るのだ。大型は足場として腕を伸ばし、小型は飛行型の骨組みの溶接だ。かかれ!」

「パスカル、溶接お願い」

「はいはい、任されました」

「ポッド」

「了解:出力低、照射開始」

 

 機械生命体も、アンドロイドの垣根もない共同作業。

 なによりパスカルという心強い知識人と、基本的な知識を有しているポッド042の的確な指示が共同感を更に強めている。誰もが同じ思いを抱きながらの作業は、協力体制をより効率的にしていった。

 そして技術が進んだ分、それらの作業は恐ろしく早く終わってしまう。数分もしないうちに急造の架け橋を完成させた彼らは、2Bを先頭、次に小型種を渡らせ、パスカルや中型以上が続き、最後に大型種と11Bが並走する形で慎重に進んでいった。

 

 勿論計算上は崩れる心配はない。だが掛かる負荷は時に計算違いを起こすなんてものはザラな世の中だ。だからこそ我々人類も、想定外の事故と必ずどこかで出会ってしまう。

 ただ、今回はその想定外は起こらなかったらしい。最後に11Bが渡りきって、全員が無事に向こう側へと渡ることが出来た。

 

「全員いる?」

「信者32名、そして我キェルケゴール。教団は全員いるぞ」

「よかった……いや、まだまだだね。気を引き締めないと」

 

 特に心配な面々も全員が無事ということで、安堵の息を吐く11B。だがすぐにかぶりをふる。己がここに誓った通り、彼らキェルケゴールたちの命を守り通すためにも、気を抜くわけには行かないのだ。

 

「……!」

 

 そこで、2Bがハッと虚空のほうへと振り返った。

 

「どうかしましたか、2Bさん」

「いま、9Sから通信が来た。退路を確保しながらこっちに向かってるって」

 

 とはいえ、流石の2Bも9Sがアダムたちと一緒に居ることは分かっていないらしい。これが後にちょっとした揉め事に発展するが、今はその時ではない。

 

「通信が回復したんだ。じゃあ、こっちも」

 

 パァっと花が咲いたような笑顔を浮かべて、イデア9942に通信を繋ぐ11B。だが、コールは届いても彼が通信先に出ることはなかった。

 

「……だめ、今は彼らのことを考えないと」

 

 もしかしたら。そんな最悪の想像が頭をよぎる。

 だが彼女は最悪の未来を脳回路の空想のなかから追い出した。あのイデア9942がそう簡単に危機に陥るわけがない。もしそうだとしても、必ず彼は危機を突破すると。今通信に出られないのは、単に彼が言う「作業」が忙しくなってしまったからだと。

 

 11Bは己を無理やり納得させて、ここからしばらくしたらもう一度コールを掛けようと、己の行動予定にインプットした。

 

「11B? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

 そして、意外なことに2Bが声をかけてくる。

 これまでの共闘で、11Bが張っていた心の距離を感じさせる壁が取り払われてきたのだろうか。どちらにせよ、2Bが気遣う相手と認識するくらいには親しい距離になっているらしい。

 

「だ、大丈夫だよ。ワタシは大丈夫」

 

 三式戦術刀を強く握りしめ、強がりの笑顔と共にそう返した。

 だがそれとこれとは話が別だ。内心で真っ青になっていることを見抜かれたのもあるが、11Bはイデア9942が居ないことでかなり心のバランスが揺れていると自覚していた。彼から貰った三式戦術刀を握る力を強め、左手でお腹の前に腕を回しながら、右脇腹を強く握る。

 イデア9942からもらった全てを強く握って、彼の姿に縋り付こうとしていた。

 

「キェルケゴールさん」

「うむ、言わずともわかるぞ。パスカル殿」

 

 そんな、危うい状態の11Bを見てパスカルは信者の押す車椅子に座ったキェルケゴールへと耳打ちする。キェルケゴールもこの短い付き合いながら、彼女というアンドロイドがイデア9942という存在に強く依存し、とても大切に思っているのは理解していた。

 だからこそ、もっと危うくなるようなら、自分たちが諭して落ち着かせる立場になろう。彼女の力なくして突破できない現状、自分たちにできる恩返しはそれだから、と。信者の機械生命体たちも、キェルケゴールの考えに賛同するように目配せしあっていた。

 

 複雑ながらも、一体感が脱出組の中で生まれてきている。その幸福感と安心感で心の不安を埋めながらも、彼らは行進の歩みを続けるのであった。

 




昔の書き方を思い出しながら、人物の細かな動作とかも意識しはじめました
ワタシが書いてる動作なんかが本当に皆様の情景と一致するかはわかりませんが
皆様の脳汁をブシャーできていれば幸いです

尊いものは好きですか?
この小説は尊さと醜さ、矛盾と寛容さ、そして理想を目指しています
これからもどうかお付き合いください




もたらされたものが「変化」である以上
それらは良いものだけとは限りませんが


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文書32.document

大所帯になりすぎて書き分けむじゅい
わかりにくかったら感想とか意見次第で加筆するかもです


「長いですねぇ」

 

 限りなく続く広大な地下空間。

 中でも歩ける場所はひどく少なく、限られた細い通路をぞろぞろと歩いていく。

 

 パスカルは、実際に歩いた距離よりもずっと長く感じるこの緊迫した時間を、長いと表現していた。同時に気になっているのは、死を崇拝する狂信者たちのこと。彼らはどこへ行ったのだろうか、そんな疑問を抱く程度には、遭遇しなくなっていたのだ。

 

「すまぬな、信者たちもあのエレベーターで出入りをしていたのだ。別の道ともなると……」

 

 キェルケゴールはそのままの意味で受け取ったのだろう。パスカルに車椅子を押してもらいながら、申し訳なさそうに言った。心なしか、うつむきがちだ。

 パスカルに対して、キェルケゴールの意識が芽生えてからの期間はかなり差がある。そのため、キェルケゴールは見るもの全てが目新しく、感受性が豊か。それでいて、素直な性格をしていた。

 

 まるで以前の自分を見ているようで、微笑ましい気持ちになるパスカル。必要以上の緊張は、彼の様子を見ることで緩和されていくのを感じ、ココロの中で小さく感謝を告げる。

 

「アッ! ここのタワーを登れバ、確か地上へ道が続イてイタよ!」

「本当?」

「うン! デモ、まだ少し工場を歩カナいとだけど」

 

 信者の一人が、ここの景色に見覚えがあるらしい。

 人間と違って機械生命体は、メモリーに残された光景をそのまま目の前の景色とトレースできるため、信憑性はかなり高い。ようやく希望が見えてきた、と全員に安堵が訪れた瞬間だった。

 

「上から自爆型!」

「カミニナルノダァァァァ!!」

 

 足場も見えない遥か上。そこから自爆型が特有の奇声を発しながら落下してきたのである。自爆型は、機械生命体側でいう「兵器」の扱い。この強烈な奇声も、あくまでそちらに注意を向けさせて行動を停止させる、またはそちらに注意を向かせたアンドロイドを、他の機械生命体が片付けるというためのもの。

 

「ポッド! 照射!」

「迎えウテ!」

「シンでたまるカー!」

 

 コアもなければ命もない。そんな意志を亡くした兵器は、まるで雨のように降り注いでくる。一体どころか、まだ増える。3、4、まだ奇声は聞こえてくる。

 ガトリングを装備した機械生命体が、いち早く動いた2Bとポッドに続いて援護射撃を始める。空中で爆発した自爆型の破片が、大小様々に落下してきている。それらを大型の信者が覆いかぶさるようにして、防いでいる。

 

「さっきから、ありがとう」

「僕ハ、コレクライシカデキナイカラ」

 

 11Bは大型機械生命体に礼を言いながら、次々と破壊されていく自爆型との戦闘を任せて、あらゆる場所へ注意を向けていた。

 狂信者の襲撃がたったこれだけで終わるはずがない。自爆どころか、同じ派閥の者が生きているかも知れない可能性がある部屋をマルクスで薙ぎ払おうとしたのだ。何をしてきてもおかしくはなかった。

 

「……? おかしいな」

「……そう、ですね」

 

 しかし11Bが抱いた危機感や警戒をあざ笑うかのように、自爆型の雨はピタリとやみ、ソレまでの間にも襲撃が来ることもなかった。11Bの呟きをひろったパスカルも、同じような疑問を抱いていたらしい。

 

「機械生命体が、こんな単調な攻撃ばかりをするものでしょうか。我々は戦うために製造された兵器、危険極まりない存在です」

「危険……」

「ええ、客観的な事実です。ましてや交わす言葉すら放棄したような連中です。本当に、何をしてきてもおかしくはないでしょう」

 

 静寂を取り戻した道を、彼らは再び進み始めた。

 遭遇するのは、再び途切れて崩れ落ちた階段。もはや持ってこれる廃材もないが、前と違って今度は活路がある。とはいっても、危険なことには変わりない。今だ稼働する、プレス機がいくつも並んだ生産ライン。

 何体かの機械生命体は、息を呑む。もし少しでも足がもつれたら? その時はあのプレス機の下敷きになり、死ぬ。

 

「慎重にいこう。ポッド、動きの悪い個体のためにタイミング指示を」

「了解」

 

 冷静沈着な2Bの指示で、また命がけの綱渡りが始まった。

 特にこれまでサポートしてくれていた大型の機械生命体は、ここを通り抜けるにはかなりシビアなタイミングが要求される。

 

 一体一体、ゆっくりと、そして確実にプレス機の向こう側へ行く機械生命体たち。固唾を呑んで見守りながらも、11Bはこういう時にイデア9942がいれば、プレス機の動き自体をハッキングして止めてしまうんだろうなと、未だ連絡のつかない彼のことを想う。

 思考を2つに分けているうちに、プレス機のところを最後に2Bが駆け抜けていって通過することが出来た。

 

「捕まって」

「ほら、手を伸ばしてね」

 

 ヨルハ機体ならヒラリと飛び越えることの出来る段差も、動きの悪い小型短足の機械生命体たちにとっては遥かな壁だ。ヨルハと中型など、手の長い者たちが小さい個体を引っ張り上げて、扉の前の足場へと集った。

 

 大分登ってきたはずだ。

 まだまだ地上は見えないが、こうして足場の無事な塔のような建物を次々に渡り歩いていけば、いつかは出口に繋がっているはず。確実に前へと進めている現状に希望を見出し、一息ついた一同。

 

「報告:この先に機械生命体の反応あり」

「狂信者たちが待ち受けてる、ということでしょうか」

「もしかしたら、まだ無事な我の信者かもしれぬ」

「ともかく、私たちは前に進むだけ」

 

 2Bが扉を開く。

 次の瞬間だった。

 

 ガチャン、と騒音を立てながら彼女の目の前に機械生命体の残骸が転がった。

 

「敵!?」

「ん?」

 

 身構えた2Bの耳を打つのは、以前に聞いたことがある声だ。

 

「にぃちゃん、アンドロイドだ。こいつも壊すのか?」

「いや、ここまででいいぞ。イヴ」

「はーい」

「アダム、イヴ!? なんでこんなところに!」

 

 自分たちの前から姿を消したアダムとイヴ。

 超弩級の危険な機械生命体を前にして、2Bの警戒心は最大限にまで引き上げられる。白の契約を構える手が強く握られる。切っ先をぶらし、アダムに斬りかかろうと足に力を込めた瞬間であった。

 

「わー! 待って待って2B! 攻撃しないで!」

「この声…9S?」

 

 飛行型の機械生命体から、9Sの声がする。

 普段なら惑わされるものかと切り捨てていたところだが、9Sの得意技はハッキング。敵の機械生命体の体に乗り移り、同士討ちをさせるところを目撃したことのある彼女は9Sの言葉に、ひとまず力を込めた腕をおろした。その手には、まだ武器は握られたままだが。

 

「アダムたちは今のところ協力してくれてます」

「何故、彼らは」

「僕にも…わかりません。ただ、良かった。貴女が無事で……ところで、後ろの集団は」

 

 9Sとしても、2Bに負けず劣らず信じられない光景を目にしている。

 なんせ2Bと11B、そしてパスカルと数多の機械生命体。種族も思想も違うものたちが、ひとかたまりになって行動しているのだ。彼の知的好奇心を刺激するに十分な光景だ。

 

「彼らはパスカルと同じで協力してくれている。全員で廃工場を脱出する予定だ」

「そうですか……分かりました。2Bの無事も確認できたことですし、施設をハッキングして脱出ルートを確保します!」

「待って、あなたが通ってきたところはどうなの?」

 

 11Bの発言は当然のものだ。アダムとイヴに関しては深く知らないが、彼らが通ってきたところならそのまま工場の出口につながっているはず。だが、9Sの入った機械生命体は首を横に振って彼女の考えを否定する。

 

「それが、イヴが暴れすぎちゃって…」

「守ってもらってるくせに」

「イヴ、今はいい」

「チェ、わかったよにぃちゃん」

 

 気の抜けるやり取りに頭を痛めながらも、9Sは続ける。

 

「……話がそれましたが、特にそこの大型二脚が通れるような耐久性は残っていません。別ルートで割り出します」

「分かった、そういうことならお願い」

 

 ハッキング先を切り替えようとした9Sは、ふと思いとどまる。

 

「アダム、お前たちはどうするつもりなんだ?」

「言っただろう。ひとまずはお前たちに協力する、と。ここを脱出するまでは手を貸すさ」

 

 イヴもめんどくさそうに後頭部を掻きながらも、そうだぞと肯定する。

 9Sは嬉しそうに息を吐いて、そのまま機械生命体のアクセスを解くと、一気に崩れ落ちる飛行型。何の意識も宿らない残骸になったそれを無視して、アダムは踵を返した。

 

「ひとまずはこっちだ。付いて――なんだ?」

「わわ……なんですかこれ!?」

 

 ずずぅん……と地面が揺れる。

 一度ではない。断続的に何度も揺れが発生する。地震だろうか。それにしてはこんな場所まで揺れているというのもおかしな話だ。

 

「……これ、下の方で爆発してるよ!」

 

 この面々の中でもっとも感覚が鋭敏な11Bは、この謎の揺れの原因を突き止める。

 

「まさか……あやつらはこの柱ごと」

 

 キェルケゴールが狂信者たちのあまりにも常軌を逸したやり方に瞠目するが、もはや彼らには一刻の猶予も残されていなかった。

 

「走れ! スクラップになりたいか!」

 

 先導しようとしていたアダムが声を張り上げる。

 既に、この地下空間に聳え立つ塔の一本は傾きかけていた。自重を支えきれなくなり、崩落しようとしているのだ。今はまだ各階層で繋がっている足場が保っているが、時間稼ぎにもならない。一度完全に傾いてしまえば彼らは終わりだ。

 

「慌てず整列し、11B殿に続け! パスカル殿、2B殿、殿を頼む」

「わかりましたよ」

「了解!」

 

 一難去ってまた一難である。

 傾いた塔から脱出するまでは容易に行けばよかったのだが、既に出口側には狂信者たちが待ち構えていた。彼らは死ぬことこそが目的。全員を殺すためなら何をしようと、それこそ自分の機能が停止しようとも構わない。

 狂信者の研ぎ澄まされた牙が、2Bたちに本気で襲い掛かってきたのだ。

 

「機械生命体! アンドロイド! 皆まとめて、カミになるのだぁぁぁぁ!!!」

 

 自爆型とはまた違う。

 見るからに急造の、しかし爆弾とわかるそれを持って特攻してくる機械生命体たち。元はと言えば自分の下に集っていた、信者の変わり果てた姿が見ていられないのか、キェルケゴールは悲しそうに目を背けた。

 

『最短ルートのロックを順次解除していきます! 送ったルートを進んでいってください!』

 

 ここで、9Sから2Bに連絡が入る。

 彼がハッキングによって手に入れたより正確なマップデータと、脱出経路が描かれたデータ。2Bはすぐさまそれを全員へとデータ転送して情報を共有する。

 

「走って!!」

 

 言われるまでもなく、全力で駆け抜ける機械生命体たち。

 射撃武器で弾幕を張って突き進む機械生命体たちを、ヨルハのアンドロイドらが全力でサポートする。

 

 塔が30度に傾いた。

 

「警告:10秒後に瓦礫が脱出経路を塞ぐ恐れ。提案:11Bの武器による早急な対処」

「分かってるって!!」

 

 崩落が進む。崩れ落ちてきた瓦礫が進路を防ごうとする。ポッドの射撃では、粉々にするまで時間がかかってしまう。だから彼女は、ついにその手に握る銃の引き金を引くことにした。

 

 先んじて駆け出し、自爆する狂信者たちの間を縫っていく。1秒。

 周囲を一気に切り払い、安全を確保して体制を整える。3秒。

 弾丸が装填されたイデア9942の銃が唸りを上げる。3.7秒。

 11Bが跳躍。威力が最大になる距離で、銃口から破壊が生み出される。4.2秒。

 

 大砲のような発射音が空気を震わせた。次の瞬間、瓦礫が粉々に破壊され、砂塵の雨あられを当たりに撒き散らす。その下を、キェルケゴールの信者たちが全速力で次の塔へと避難していく。

 

 残ったのは11Bだけだ。崩落し、完全に傾いてしまった足場に11Bは着地する。揺れが彼女の体幹を狂わせ簡単に立たせない。だが、それでもイデア9942お手製のボディは11Bを生かすために稼働する。

 

「ま」

 

 手すりを左手で掴み、その腕力だけで80度の傾斜の上に向かって跳ねる。

 

「に」

 

 直角になった地面の端を、全力で蹴って跳躍する。

 この時点で、もう2Bたちがいる足場は数メートルも上だ。

 

 だが、関係ない。諦めてなるものか。

 

「あえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 全力で踏み抜かれた足場が、ひしゃげながらも11Bを空へと放り出す。

 

 此方に向かって手を差し伸ばす、イデア9942の姿を幻視した。

 その姿は掻き消え、代わりに身を乗り出して手を伸ばすパスカルの姿になった。

 繋がる二人の手。飛び込んだ反動で、パスカルの体が前にずり落ちそうになるが、その背部機関をアダムが掴み、2Bが支える。

 

「あ、ありがとう」

「全く、無茶をするんですから」

 

 なんとか這い上がってきた11Bは、荒い息を整えながら礼を言った。

 あとはパスカルだけの力でも這い上がれるからと、その少し向こう側で、マップデータと順路を照らし合わせているアダムはいくつかある入り口の内一つを見やる。

 

「9Sの言ったルートはこちらのようだな」

「急ごう、また施設ごと破壊されるまえに」

「貴様に言われるまでもない、2B」

 

 アダムはメガネをくい、と持ち上げる。人類の文化によく登場していたことから模倣した、彼なりの返事のつもりだった。彼はそのまま先頭に立つと、イヴを手招きして呼び寄せる。

 

「イヴ、せめてものアピールだ。以降の斥候は私達がやるぞ」

「にぃちゃんと一緒にか?」

「ああ、そうだ」

 

 その言葉に、目尻を下げて笑みを浮かべるイヴ。

 

「……こんなことも、あるのか」

 

 あまりにも、違いすぎる面々だった。

 今までもそうだったが、アダムとイヴまで、こうして肩を並べて戦うことになるとは。特に2Bは彼らの誕生を目にし、当初の思想を語られた身の上として、事実として存在する目の前の光景が、あまりにも現実離れしているように感じてしまう。

 

 夢物語のような、でも、たしかに目の前にある光景。

 

「私も、行こう」

 

 でもその未来に、きっと自分の居場所はない。

 歯を噛みしめる力が、知らず強くなる。何故だろうか、この寂しさは。

 

 それでも…せめて、せめて9Sだけは、この明るい未来の中に。

 2Bは自分の中に生まれた想いを抱いて、再び団体の殿を務めるために歩き始める。アダムもイヴも、パスカルも、キェルケゴールも。真実を己の目で見つめて前に進んでいる。ならば自分は、真実に蓋をして生きることが使命の私は。

 

 答えは出ない。それでも、彼女は前に進むことしかできなかった。

 自ら隠した光。それを探すフリをしてでも。

 




廃工場組「わいわいがやがや」
イデア9942「ぼっちなう」

アダムもイヴも、ボスっていう立場から強いと思われがちですが
それでも2B単体に撃破されてるんですよね。
機械生命体の進化としては異常でも、戦う面においては真っ向勝負だと負ける

ヨルハがどれだけ規格外な戦闘特化なのかがよく分かる


そして完全にフェードアウトする主人公ェ


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文書33.document

あんま話進んでません
すみませんこれから休日出勤のサービスがあるのでこれで


『ゲートのロックを解除しました! 先に進んでください』

「わかった」

 

 何度か爆発に巻き込まれそうになったものの、ヨルハの卓越した戦闘技術とアダムたちという圧倒的な戦力で、障害を物ともせずに突き進んでいく一行。進む先ではロックされている部屋が多かったが、それらの多くはキェルケゴールの正常な信者たちが隠れているからだった。

 

「おお、あれは……」

「教祖様! ご無事でしたか!」

「お前たちこそ、よく生き延びてくれた」

 

 信者の中でも少しだけ階級が高い司祭が、彼らを残った物資とともに出迎えた。

 

 そうして拾っていた結果、教団の正常な生き残りは50名を超える。本来ならこの数倍は人員がいるのだが、生憎とここまで心を強く保てているのは4人に1人程度が限界だったらしい。部屋に入った直後には、既に「カミ」になろうとする狂信者によって、蹂躙が始まっているところもあった。

 

 キェルケゴールの精神を順調にすり減らしつつも、それでも希望を抱いて彼らは最後の道を進む。今までとは一風違った、整備された通路が増えてきた。アクセスポイントも増え始め、ここにアンドロイドの手が入ったことがあることを示している。

 

『そのエレベーターを登れば、僕らも通ったことのある工場入口に通じています。最後のひと押しですよ。頑張ってください2B!』

「ここが最後の……」

 

 そうして、一同はついに辿り着いた。

 アダムたちもこことは別の入り口から入ったため、順路なのかは知らない。だが9Sから渡されたデータが、2Bたちもよく知る入り口付近に近い場所だということを示している。

 

「キェルケゴールさん、ひとまずは皆さん、私の村にご案内します。和平協定は、それからゆっくりと結びましょう」

「……すまぬ、本当に。結ぶのは和平ではなく、居住契約になりそうだが」

「ハハハ」

 

 パスカルとキェルケゴールも、この一件ですっかり仲を深めたらしい。代表者同士が仲良く語り合う様子に、信者たちもこの先の未来が明るいことを予見しているのか、雰囲気が明るいものになってきている。

 

 ひとまず談笑もそれまでにして、彼らはその先に通じるエレベーターに班を分けて入っていった。アダムと2B、そしてパスカル。イヴと11B、そしてキェルケゴール。それぞれに半数ずつ付いて、順々にエレベーターを登る。

 

 最後の組が到着する。

 

「機械生命体たちの残骸、か」

 

 11Bがエレベーターの扉から現れた光景を見て、ぽつりと言葉を零した。

 キェルケゴールも、その残骸の中で頭を抱えて怯える信者を一人だけ見つけ、急ぎ車椅子を転がして駆け寄る。

 

「大丈夫か、何がアッたのだ」

「アァ…教祖様……。あいつらが、皆ヲ……」

「アイツら…?」

 

 それっきり、思い出すことも恐ろしいのか、体の震えを大きくさせて機械生命体は自閉してしまった。とはいえ数少ない生き残りであり、キェルケゴールにとって愛する家族の一員だ。大型の信者が大きな腕で抱え込み、運ぶことにする。

 

「この先に厄介な奴が居るようだな。我々はこの人数だ、どうする?」

「決まってるよ。そんなヤツぶっ飛ばして突き進むだけだから」

 

 アダムの面白がるような問いかけに、間髪入れずに答えたのは11B。

 彼女の答えに賛同するように、2Bも同じく頷いてみせる。

 

「愚問だったな。さて、あと少しだ。脱出するとしようか」

 

 アダムは、先程言った言葉を覆すつもりはないと証明するように先を行く。

 斥候を引き受ける、という口約束も律儀に守り、足早に部屋の方へと向かう。

 

 溶鉱炉の上に吊るされた、危険な場所だ。機械でなければその熱さで喉がやられ、瞬く間に生命活動を停止させてしまうだろう。アダムらを始めとした彼らが生きていられるのは、ひとえに肉の体を持たないから。

 

「静かですね」

「うん……」

 

 パスカルの言うとおり、そこは不気味なまでに静けさを保っていた。時折溶鉱炉の方からゴポゴポと湯だつ音が聞こえるくらいで、機械の駆動音らしきものも聞こえない。跳ね橋が脱出路に繋がっているが、手すりもなく、支えも太い鎖だけ。

 

「……そう、か。急げ」

 

 アダムが唐突に立ち止まり、何かを見ている。

 彼の視線は前を向いているが、その瞳はかなり左に寄っている。

 

「どうしたんだ」

「声を立てるな、そして急ぎ奴らを渡らせろ」

 

 アダムは、反射してメガネの内側に写った影に注目していた。

 先程の機械生命体が言っていた「あいつら」が現れたということだろう。確かに、こんな場所で戦わされてしまえば、2Bらはともかく信者たちが全滅してもおかしくはない。機械生命体もヤワではないとは言え、相手も同じ機械生命体なのだ。同じものがぶつかりあえば、破壊は容易く生まれてしまう。

 

 だから彼らは跳ね橋を渡り始めたのだが、あと数人を残したところで、およそ想像もしたくない最悪の状態に陥ることとなった。

 

「…奴が動いた!」

 

 壁に張り付いていた機械生命体「ソウシ」が2Bたちを認識したのだ。

 それと同時に、掛け橋がL字に跳ね上がってこれ以上の通行を許さない。あとほんの3体だったのに、彼らが伸ばす手をあざ笑うかのように退路が閉じてしまった。

 

「チッ!」

「待って、アダムたちはキェルケゴールを連れて先に外へ!」

 

 問答無用で、前足に取り付けられた大型ブレードで切りかかってきたソウシ。その刃を受け止めながら、11Bは叫んでいた。

 

「待ってるよりもソッチのほうが早いから!」

「……そうだな、イヴ、2Bたちの手助けをしてやれ」

「その後、ちゃんと遊んでくれる?」

「ああ、約束していただろう?」

 

 アダムの言葉に頷いて、イヴが2Bと11Bの残った足場のほうにジャンプする。ガシャン、と金網を揺らして着地したイヴは、準備運動と言わんばかりに肩を鳴らして体を伸ばした。

 

「あと3体か……2B、投げるよ!」

「…わかった。イヴも手伝って」

「あっちに投げれば良いのか?」

 

 此方に残っていたのは3体だ。

 小型ということもあって、十分投げ渡せると判断した11Bは、彼らをアダムたちの居る方へと投げることを提案する。小型の信者たちにとっては堪ったものではないが、取り残されないようにするには一番手っ取り早かった。

 

 連続で振るわれるソウシの刃と、11Bの刃が何度も交差する。

 その間に、2Bとイヴが向こう側へと信者たちを投げ渡していく。飛行型や大型の機械生命体たちが投げられた信者たちを受け取って、入り口の方に消えていった。アダムがついているのだから、大丈夫だろう。

 

「にぃちゃん行っちまった。でも、頼まれたし手伝ってやるよ」

 

 好戦的な笑みを浮かべて、イヴがやる気を出す。

 11Bに注意が向けられているソウシの背後に周り、思いっきりその拳を突き出すイヴ。しかし、その瞬間ソウシにはエネルギーフィールドが張られ、イヴの拳を完全に受け止めた。

 

「ってぇ! なんなんだよ、これ」

「敵本体にエネルギーシールドを確認。物理防御シールドを確認。報告:遠距離攻撃、近接攻撃共に効果なし」

 

 痛む手を振るイヴの疑念に答えるようなタイミングで、ポッドの補足が入る。

 見ればソウシの頂点部分から、視覚で確認できるほどの電力が供給されている。供給元を破壊してしまえば良いかもしれないが、この溶鉱炉の遥か上、闇で紛れて見えない天井から降り注いでいる。正攻法は通用しない。

 

「効果なし…? 9S!」

『はい、此方からも確認しました。工場の電力を落として対処します! もう少しだけ耐えてくださ……これは!?』

 

 9Sからの焦ったような声が聞こえてきた。

 まさか、と一同の心がひとつになる。

 

 誰もが思ったことだろう。あっさりしすぎていると。

 あの程度で、狂信者たちが終わるわけがなかったのだ。

 

『大きな機械生命体反応を確認! これは、以前戦った超大型の腕パーツです!』

 

 9Sの言葉が発せられると同時、再び工場の壁が破壊されてマルクスが姿を表した。

 

「くっ……!」

「四体って、嘘ォ!?」

 

 一体だけでは、なかった。

 ここでまず戦えるやつを仕留めてやるというつもりなのだろうか。その数は四機。東西南北のレールから、高速回転する刃が姿を見せる。そしてソウシの攻撃が終わったと同時に、穴を埋めるようにして刃が振るわれる。当然、そんなものが現れたのだから、彼らが足場にしていた場所が――崩壊する。

 

「クソッ! なぁ、アンドロイド! どうするんだよ!!」

 

 太い鎖がちぎられたのはほんの一角だが、イヴは傾きつつある足場からその鎖に飛び移っていう。

 

「壁を蹴りながら戦って! 着地点を狙われないよう気をつけながら!」

「簡単に言ってくれるじゃん…!」

「わかった、落ちるなよアンドロイド!」

 

 会話が終わると同時、ついに吊り下げられていた足場が崩壊する。そしてシールドを取り付けたソウシと、マルクス4体との戦闘が始まった。

 

 毎度全力で壁を蹴りながら移動する2Bたちの行動は、どうしても直線的になってしまう。その分着地狩りと言わんばかりに壁を這い回って追いかけてくるソウシや、壁の向こう側を死角としてマルクスが攻撃してくる。だが、宙に舞った瓦礫や、逆に敵の体そのものを着地点として、彼らは縦横無尽にシャフト構造の空間を飛び回る。

 

「ああもうっ! 足場がないぶん踏ん張りづらい!」

『システム掌握率、80%! あと少しです!』

 

 左手でチャージした銃を構えながら、11Bが宙返りしてマルクスの側面に降り立つと、突起を掴んで方向を変え、そのまま滑り降りていく。そのまま前に破壊した時ハブがあった場所を思いっきり突き刺して離脱。思いっきりのけぞろうとするマルクスを尻目に、彼女は空中で銃を打つ。

 反動で下がった体のあった場所を、ソウシの刃が通り過ぎていく。風になびいた髪の毛を何本が刈り取られながらも、別の壁に着地して再び跳ね出した。

 

 イヴは時折その体を金色の粒子に替えながら、足場の悪さも物ともせずにソウシの攻撃を捌いていた。

 

「11B、まずは大きい方から倒そう」

「オッケー!」

 

 ある地点で合流した二人は、その一瞬で会話を交わして別々の方向に跳んだ。突き抜けてくるマルクスと、二人が集まった所の裏から壁を壊して入ってくるマルクス。同じ者同士がぶつかり合って、回転している部分のパーツが幾つも破壊されていった。

 

「イヴ、とにかく回転してる相手は弱点をつくと早い、からっ!」

 

 ソウシが彼らの真似をするように、大きく上に跳ねて、どういう原理か11Bの着地点へとジャンプする。突然矛先を替えられた11Bはロクに対処できず、左手で己をかばいながらもその攻撃をまともに受けてしまう。

 

「うぐ、っくそぉ……まだなの9S!」

『掌握率100%! 電源を落とします!』

 

 辺りが真っ暗闇に包まれると同時に、ソウシから漏れ出た電力の光が打ち止めになった。

 

「いまだ!」

 

 11Bがその隙を逃さず一閃。

 続いて2Bもその脚部を切り取り、仰け反ったところをトドメにイヴが手刀で一突き。

 関節部分は予想通りに作りが甘かったらしく、そのまま足を断ち切られたソウシはバランスを崩し、ナノマシンが到着するまでもなく溶鉱炉へと真っ逆さまにオチていく。

 

 まずは自由に動き、厄介なソウシの撃退に成功した。

 あのソウシが統括機関でもあったのだろうか。マルクスたちは狂ったように、先程までの統率が取れていた動きをなくしていた。厳密にいえば、決してマルクス同士が接触しないようなコンビネーションを仕掛けてきたのが、単調に振り回し、仲間のことを忘れ始める始末。

 

「こっから巻き返すよ、2B! イヴ!」

「俺に指図してくんなよ、アンドロイド!」

 

 マルクスはあと4体。

 別の敵が来ない限り、速攻で終わらせてやる。

 11Bは、誤魔化すように抱いた決意を胸に、壁を蹴る力を強めた。

 




今回短め
文書記録34~5あたりで廃工場編終わらせます


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文書34.document

まだだ……まだ絶望には早い!
※10・07に微妙に文章校正


「あの……はじめまして、ですよね。私はパスカルと申します」

「平和主義の反復者か。噂には聞いている。私はアダムだ」

 

 廃工場の入り口前。

 特に何の妨害もなく辿り着けた彼らは、戦闘中のイヴたちと違って暇を持て余しているということもあって、積極的にコミュニケーションを取るタイプのパスカルから話が切り出された。

 

「おまえは知識を得ることを第一としているようだな」

「ええ、知識を得て、村の皆を守るのが私の役目ですから。誰に言われるまでもなく、私がそうしたいと思って始めたこと」

「なるほど、それなら、私一人の意見ではどうしても行き詰まったことが幾つかある。そこの……教祖にも、少し聞いてもらいたい」

「アダム殿だったか、我のような新参者で良ければ、いくらでも知恵を貸そう。それよりもだ、我はキェルケゴールと言う」

「キェルケゴールか、確かに覚えたぞ」

 

 それから、教団の信者たちに辺りを警戒させ(もちろんアダムも話しながら周囲に注意を向ける思考を分割している)、3体の機械生命体はあらゆる意見の交換を始めた。

 アダムはパスカルの叡智に瞠目し、パスカルはアダムの貪欲さに目を輝かせる。キェルケゴールはアダムの個人を主体とする思想に興味を示し、アダムはキェルケゴールの心をまとめ上げる手腕に感心する。

 

 三者三様、見る角度が違えば、その感じる世界すら違う。同じ機械生命体でも、ここまで大きく道を違え、道を交わらせたものは、機械生命体の歴史4000年を遡ってもそうは居ないだろう。

 

「……ほう、そうか。いい子だ、すぐに戻ってこい」

「ああ、2Bさんたちが」

「今しがた戦闘が終わったらしい。だが珍しいな、イヴが私以外のことで喜びらしきものを見せているなんて」

 

 やつも変わってきている、ということか。

 アダムは話を切り上げながらも、あのネットワーク上の仮想空間での出会いを思い出していた。イデア9942、あの個体と出会ってからと言うもの、悩みが絶えない。だがその悩みこそがアダムを今の形に落ち着かせ、その行動一つで「死」を望んでいたあの戦闘を生き延びてしまった。

 

「……イデア9942、か」

 

 イデア9942が迷いを与え、彼に影響された2Bが迷いを振り切るきっかけになった。抱く気持ちと、それが齎す未来に問いを投げかけてくる存在、とアダムは認識している。

 思わず出てきたそれの個体名に、まるで恋い焦がれる乙女のようだと、直近に呼んでいた恋愛小説の一文を思い出す。

 

 口に曲げた人差し指を当て、ふぅとアダムは息を吐き出す。

 不可思議さでは、到底やつに叶うものもいるまい、と。

 

「ふふふ、彼のことが気になりますか?」

 

 そこで話しかけてきたのはパスカルだ。

 パスカルにしてみれば、イデア9942は語るに語り尽くせない長い知り合いである。そして彼に知らされた幾つかの衝撃の事実。それらは確かにパスカルの行動方針や、村の方向性に別の可能性を与えられてきた。例えば、8Bたち脱走ヨルハ機体の定住許可、村の拡張計画、そして今回のような、別の思想を持った集団の受け入れ体制。

 

 きっと平和主義しか居ない村という、ある意味で排他的な選択肢も取っていたかもしれない。だが、現状はそうではない。今は前よりもずっと個性的なものたちに囲まれ、和気藹々とした暮らしを送ることが出来ているのだから。

 

「知り合いか」

「ええ、それなりのおつきあいです」

 

 だからこそ、アダムの問いにもそう答えた。

 声に喜色を乗せながら、パスカルは自慢を滲ませた調子で言うのである。彼のことを知りたいのか。私の誇らしい友人である、イデア9942のことを、と。本人が聞けば辞めてくれと頭を抱えそうな事を、自信満々に。

 

「パスカル殿がソレほどまでに言う相手か。我も、気になるな、その人物が」

「…ふむ、まぁ丁度いい機会でもある。パスカル、聞かせてもらえないか。イデア9942という個体が一体なにをしてきたのかを」

 

 二人の新たなる友人に尋ねられ、パスカルは一つ頷いた。

 

「ええ、彼はですね―――」

 

 

 

 

「わからんな」

 

 入り口の扉を開いた彼は、そう呟いた。

 

 時は少しばかり遡る。

 

 噂の人物、イデア9942。彼が何をしていたかというと、何の事はない。機能停止した16Dを追いかける命令を受けていた二体のヨルハ機体、11Sと7Eの介抱である。

 

 傷口には回復薬を浸らせ、ショートを起こしている運動回路にはイデア9942が直接手間を加えて正常な動作をするように組み直している。最初の頃の11Bと内部構造は同じなのだ。彼が傷ついたヨルハ機体を直すのに、さほど労力は必要としなかった。

 

「……論理ウィルスの除去を確認。攻撃時に物理汚染されていたか……この身も後でオーバーホールくらいはやッておかねばなァ」

 

 11Sを横抱きにしながら、その口の中に回復薬を流し込む。

 内部構造に関しては背中を開いての処置になるが、11Bと違ってイデア9942はまだこの二人とそう親密なわけではない。内側の損傷については軽いということもあって、仰向けに寝かせて重力に任せて飲み込ませる。こういう時、アンドロイドは便利だ。専門の知識がなくとも気道に液体が詰まって死亡、ということはない。

 

 面倒だ、面倒だ、と繰り返しながらもイデア9942はテキパキと治療作業を進めていく。

 未だ機械的な部分を多く残す「機械生命体」が絶対に吐かないような言葉を繰り返す。ここまでのことは自分の命を賭けるに値する行動だからやってきたが、彼の本質などこんなものだ。所詮は人間の性格の一つ。少し探せばどこにでもいるような本質だ。

 

 しかしそんな彼も、自身の危機ともなれば決断は結構早い。

 たとえば、今のように。

 

「うん? 論理ウィルスの検知だ…!?」

 

 言い切る前に、彼は手に持った斧の柄で不意の一撃をふせいだ。

 ガキィン、と荒い金属音が彼の意識を切り替えさせる。

 更に踏み込み、手が沈みかけている事に気づいた彼は、そのまま横に衝撃を受け流しながらバックステップ。左手で帽子を押さえながら、ゆらめき幽鬼のように立ち上がった二人を見る。

 

「アハハ! みつけたミツけタよー!」

「みつけた、みつけた」

「貴様ら……まさか」

 

 見るからに操られたと分かる11Sと7Eの異変。

 刃先を向けながら、彼は憶測を口にする。

 

「機械生命体……その概念人格か」

「うふふ、せいか~い!」

 

 言いながら、7Eが切りかかってくる。

 E型は、B型に比べて対アンドロイド戦を想定している。堅牢な装甲こそ破壊できる膂力はないが、卓越した技術と確実に攻撃を当てようとしてくる嫌らしさは、実に暗殺向きだ。機械の意識の外という、我々の想像の範疇にないような隙を狙ってくるのだから。

 

「このタイミングで……何故」

 

 イデア9942にできることと言えば、初速や人工筋肉の動き、踏み込みの位置や空気の淀み、それらの他多種多様な要素を全て観測対象とし、高速演算して攻撃先を0.5秒前に算出する事しか出来ない。

 そのうち参戦してきた11Sの単調な攻撃も加えて、イデア9942は更に疲弊を覚えることになる。機械に体力はなくとも、耐久力はある。打ち込まれ続ければ、モノが砕けるのは必定なのだから。

 

「みつけた、みつけた」

「よこせ」

「よこせ、みつけた」

「おまえのみつけた」

「みつけたおまえの」

「中に」

「見つけたのだ」

「魂だ」

「それを」

「ようやく」

 

 繋がっているようで、別々のようで、論理ウィルスに思考を支配され、痛んだ体を酷使されるヨルハ機体たち。だが、侵食率は16Dの比ではない。まだ間に合う。手に汗握る感覚を思い出しながら、イデア9942は斧を近くに突き立てる。

 

「良いだろう、君たちの挑発に乗ッてやる。逆に食い尽くされても文句は受け付けんが、構わんな」

「愚かな」

「愚かだ」

「どちらかが愚かなものか」

 

 彼は両手を翳し、同時に操られたヨルハの二機にハッキングを仕掛けた。言葉にして、やっていることは簡単そうに見えるが、人間の難易度でいうなら両手で同時にプラモデル作成と数学の問題を解いているようなものだ。

 

 そして彼の、彼だけの戦いが此処に始まった。

 決して語られることもない、彼の戦いが。

 

 

 

 

「にぃちゃん!」

 

 工場廃墟から外に出る通路。そこから、アダムの顔を確認した途端に笑顔いっぱいになったイヴが飛びついた。地面にクレーターを作りながらも受け止めるアダム。おれ、やったよ・ちゃんとできたよと両手を掴んで跳ねるイヴに苦笑しながらも、よくやったな、と彼は褒めた。

 

「うん、にぃちゃんが言ってくれたからな! おかげで誰も死ななかったんだ」

「アダムさんだっけ、アナタの弟さん強いね。何回も落ちそうになったの助けてもらっちゃった」

「構わんさ、だが、こうしてお前たちの全員無事の脱出が達成されたわけだ。私たちはこのあたりで、お暇させて頂くとしよう」

「ってことは……」

 

 イヴが期待したような瞳でアダムを見つめる。

 彼は今度こそ、ふっと小さな笑みを浮かべた。

 

「ああ、お前と遊ぶ時間だ。さて、まずはどこに行きたいんだ?」

「前の昼寝したとこにいこうぜ。俺、あそこでにぃちゃんとチェスってのがやりたいんだ」

「ほう、チェス。面白そうだ」

 

 そう言いながら、体を金の粒子に変えてく兄弟。

 彼らの体はコアを中心に、ケイ素のようなもので編まれた特殊な体だ。人間に質感や外観は似ていようとも、その本質は変わらない。

 その最中だ、風に溶けて森へと飛びそうになったその二人に、2Bがつかつかとヒールの音を響かせながら近づいていく。

 

「なんだ、2B」

 

 素直に思った疑問を口にしたアダムに対し、2Bは俯く。

 そして少し首を横に降ったあと、聞こえるか聞こえないか位の声で言った。

 

「助力に、感謝する」

「……ふっ、意外と素直なのだな」

 

 いつしかのアネモネと同じことを言われ、彼女が面食らっている間にアダム達は完全に風と共に消え去った。解けた金の風が向かう先を感慨深げに見つめていた2Bは、その肩にポンと、手を置かれた。

 

「へぇ、良いもの聞いちゃったかも」

 

 もちろんこんな気安い真似をするのは11Bだけだ。

 良くも悪くもイデア9942の影響を受けた彼女は、当初よりもずっと天然の入った天真爛漫な性格になっている。イデア9942とその居場所については狂気的な面も垣間見えるが、そこ以外は至って理性的であり、本能的だった。

 

 顔が明らかに楽しんでいる11Bに、ゴーグルの下から見えそうで見えない程度に頬を赤らめる2Bは、絞り出すような声で反論することしかできなかった。

 

「いまのは忘れて」

「んー…まぁいっか。じゃあ貸し一つってことで」

「貸し?」

「黙っててあげるから、今度何か協力とかお願いを聞いてほしいってことだよ」

「……それなら、一つ借りる」

「オッケー」

 

 ヨルハ流女子会をしているところに、ガションガションと特徴的な足跡の人物が近づいてくる。そう、これまでキェルケゴールと話し合っていたパスカルだ。

 

「2Bさん、11Bさん、この度は誠にありがとうございました」

「私達も脱出する必要があったから」

「ご謙遜なさらないでください。何度も敵を前にして、私達に攻撃が届かないようにしていた配慮は伝わってますから」

「………」

 

 パスカルにまで言葉で言い負かされ、今度こそ閉口する2B。

 彼女はそのまま背を向けると、恥ずかしさを隠すようにして走り去っていってしまった。

 

「あらら…少し言い過ぎちゃいましたか」

「パスカルってそんな事言う感じだっけ?」

「……あ、わ、私は皮肉を言ったわけでは」

「分かってるって」

 

 そこから話は本題に戻っていった。

 どうやら、キェルケゴールはパスカルの申し出を受け、あの村の近くに教会を立ててそこで信者たちと過ごすことにしたらしい。そしてパスカルは彼らの流入を機に、村を発展・拡大させ、子どもたちがのびのびと遊べる広場を作ろうとしているのだとか。

 

「そういうことですので、やることが山積みです。私たちもこの辺りで村に向かいます」

「うむ、我らも建築した新たな教会で汝らを待っているぞ。今度、イデア9942殿を連れてきてもらえばなお助かるが」

「わかった。それじゃあ必ず連れて行くよ。きっとアナタ達みたいな機械生命体、彼は好きだからさ」

「そうか…故にこそ、期待が膨らむというものよ」

 

 それから二言、三言と。

 言葉をかわした11Bは別れを告げて、その足を工房に向けた。

 

 ようやくイデア9942に会える。

 帰ったら抱きつこうかな、飛び込もうかな、それとも。楽しい空想が11Bの中で溢れ始め、その期待は工房を隠している廃ビルが近づいてくるに連れて高まっていった。

 

 さほど時間も掛けずに辿り着いた彼女は、ふと異様なまでのオイル臭さに気がつく。ずっと嗅覚を刺激するこの香りも、ぶちまけられてしまえばタダの燃料ということだろうか。不快感が背中を駆け巡る。

 

「ただいまー」

 

 悩んでいても仕方がない、今の悪寒はきっとただの悪夢だと。

 イデア9942のことを探しながら、彼女は視線を下げて入ってくる。

 

「ねぇイデア9942、いつになったら、海、の……」

 

 がらん、と転がるパイプが挨拶代わりに鳴った。そしていつも拠点に戻る頃には、感じていた確かな温かさ。それが今、ここにはない。

 

 11Bの言葉が凍りついた。

 

 ぴちょん、ぴちょん、赤い液体が滴り落ちる。

 これは見たことがある。血だ。アンドロイド(や人型機械生命体)の血のようなものだ。そして、寝台に転がっている16Dだったものの残骸。忘れるはずもない、あの顔のパーツを。

 だが、そんなことよりも。

 

「い、イデア9942…? どこ!?」

 

 16Dの事も気になったが。今の彼女を揺さぶるだけの効力は無い。バッ、と乱暴に扉を開け放って地上に戻る11B。入口近くの違和感を感じ、彼女は目を凝らして周囲を見る。

 小さな足が踏み込んだ汚れ、割れていなかった瓦礫の欠片。嵌め込まれていた窓が荒らされているかと思えば、必要最小限の大事な物……イデア9942だけがどこにも見つからない。

 

 呼吸は落ち着かなく、顔色は最悪だ。

 

「いか、なきゃ……」

 

 それでも使命感に突き動かされるマリオネットのように体が動く。ぎこちない動きで三式戦術刀を右手に、彼からの贈り物である銃を左手に構えた11Bは、イデア9942の情報を探すため、孤独な戦いに身を投じはじめた。

 




最近11Bがはっちゃけすぎて辛い
そしてようやく出てきた主人公&囚われ?のヨルハ。

今回ばかりは投稿し直すかもしれません。
何より眠気がやばい今日も最後まで半分寝ながら書いちゃってたので、ラストあたりロクに打ち込めてないです
そうなった時は別の世界線だったんだな!的な感じで進行します


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文書35.document

なくなってから、手元に残されたものがどれだけ大事だったのか
そうして気付くってよくあることですよね


※只今体調不良と勤め先の真っ黒な意思が組み合わさって
 ダウン中。更新はしばらくお待ち下さい


 2Bにとって久しく戻ってきていなかったが、バンカーは静かなものだった。去り際、いつのまにか自分に転送されていた文書データ。それはアダムとイヴからの今後の動向が記されており、その中にはヨルハを始めとしたアンドロイドに、今後一切の危害を加えない……かもしれない、という旨の内容が記されていたのである。

 

 転送装置でバンカーに戻り、そこでようやく9Sと合流した2Bは、司令官に見せる前にこの文書をしっかりと見聞し、ウィルスの危険性が無いかデータそのものを何度も洗い直し、そして何の問題もない事を確認して、司令官へと提出することになった。

 

「これが、特殊個体アダムとイヴのメッセージか」

 

 データを開き、ターミナルで閲覧する司令官。

 厳しい空気が流れている。彼女の目が右へ行っては折り返し、また右に泳いでいく。じっと見つめている時間はとても長いように見えて、すぐに過ぎ去っていく。

 

「…ヨルハはあまりにも打撃を受けている。これを信じられるかと聞かれれば、すぐには頷けない程度には」

 

 顔を上げた司令官の言葉は、ある意味で当然のものだ。

 200機程度のヨルハにとどまらず、アダムとイヴは多くのアンドロイドを破壊したという事実を持っている。それらの被害があったにも関わらず、「自分たちはもうアンドロイドを襲わないから、お前たちも私達に危害を加えるな」と言われたとしても、納得できるわけがないだろう。

 

「だが」

 

 だが、彼女はヨルハ部隊の司令官だ。バンカー唯一の、ヨルハではないアンドロイド。そして彼女はいかなる時も、決断を下さなければならない立ち位置にいる。

 

「イデア9942という前例もいる。アダムとイヴが本当にこちらに危害を加えないまま、ある程度の時間が過ぎるようであればこのメッセージに私も頷くことにしよう。無論、現状は彼ら特殊個体に出会った際に、必ず武器使用の特例許可をバンカーへの申請無しで通すように手配するが」

「つまり、アダムの言葉を信じるということですか」

「そうだ」

 

 9Sの言葉に、司令官は頷いた。

 そしてこの会話を聞いていた者たち、特にB型の機体が、その言葉が信じられないかのように目の色を変える。

 

「先日、君たちの報告どおり機械生命体パスカルとの接触を、レジスタンス側から正式に報告された。一部の者が納得できない時期も来るだろうが……」

 

 言葉とともに、司令官の視線が近くのヨルハ機体に向けられる。バツが悪そうに視線を背ける彼女らに、疲れたように息を吐いた司令官は目を伏せた。それも一瞬のこと、すぐさま厳格な雰囲気をまとい直して、続ける。

 

「その上での和平が結ばれるのも、そう遠い未来では無さそうだからな」

 

 2Bと9Sに、レジスタンスからのパスカルという個体に如何に危険がないか、パスカルの傘下にいる機械生命体もどれだけ友好的かが記された報告書の抜粋が見せられる。レジスタンス側では既に友好的な関係を築き始めている相手を、ヨルハが目の敵にし続けていては味方同士の空気も悪くなる。

 

 そうした未来を考えると、司令官としては何が何でも友好的な「姿勢」を見せる選択を取らざるを得なかったということだ。この話を全体に通達した時、ヨルハ全体に訪れる衝撃をイメージして、司令官ホワイトはココロの中で盛大にため息を付いた。

 気苦労が絶えない職場であるが、この程度の情報処理が冷静に出来なければ、司令官に抜擢されてはいないのだ。

 

「なんにせよ、君たちには新しい命令を下す。アダムとイヴのネットワーク離脱により、機械生命体の中にもパスカルや、先の報告にあったキェルケゴールのような理性的な個体が増えているはずだ。そうした者の捜索と、今後の動向について調査してもらいたい。追ってメールで詳細を説明する。地上に向かってくれ」

「了解」

「了解しました」

 

 司令官が伸ばした左手を折り返し、胸元に持ってくる。

 ヨルハの敬礼だ。

 

「人類に栄光あれ」

「「人類に、栄光あれ」」

 

 同じく敬礼を返した2Bと9Sは、地上に向かう前に部屋に向かった。バンカーの白と黒だけの世界は、地上の景色を知る者としては息苦しさを覚えずにはいられないデザインだ。それらを眺めつつも、彼女らは一息つくために2Bの部屋のベッドに腰掛ける。

 

「なんだか、すごいことになってきましたね」

「機械生命体との友好、か。以前なら考えられないこと……いや、考えたくもない事のほうが正しいかな」

「そうですよね……奴らに破壊された仲間は数知れません。あの、超巨大機械生命体のときだって」

 

 彼ら二人も、パスカルたちと交流を持ちながらも、納得できない部分は持っていた。元々そう特別な個体というわけでもない。確かに特殊なケースに遭遇することは多いが、そも、彼女らは多くいるヨルハ機体のうちの二体という括りを出ないのである。

 それから、少しの静寂が訪れる。9Sはポーチの中の持ち物を補填し、2Bは武器の自己管理だ。地上に向かうための準備期間中だということもあるが、ふたりとも頭のなかに先程の命令のことが渦巻いているのだ。

 

「……そうだ2B、これを渡しておきます」

「これは…ジャッカスの研究していた電子ドラッグ?」

 

 おもむろに9Sがポーチから取り出したのは、経口摂取することでデメリットはあるが、一時的な身体能力の枷を外すプログラムが仕込まれた粉末だった。

 

「ええ、人間は戦争などの時にこうした薬物を渡していたそうですから。それに、真似だけじゃありませんよ。感覚器官に異常は生じますが、痛みを気にせず力を発揮したい場面に使えます」

「なるほど、建物が崩落したときには使えそうだね。ありがとう、9S」

 

 そんな場面が無いように、アナタを守りますけどという言葉を9Sは飲み込んだ。まだまだ自分の素直な気持ちを、そのまま2Bに伝える事はできそうにもなかったからだ。それに、2Bが戻ってくる前、司令官に呼び止められ、伝えられた、あの衝撃的な真実も。

 

 ふと、彼の脳裏に言葉がよぎる。

 ――待て、しかして希望せよ。イデア9942からもたらされた言葉だ。

 

 9Sは思う。まだ、絶望はしていない。でも司令官が認めた。人類は、もう居ない。人間のことを思うと、その愛しい存在を守らなければならない。だからこそどんな時でも底力を発揮できた。だが、その前提がもう存在すらしていない。

 

 神……栄光を捧げるべき存在。自分たちの存在意義。

 人類のために製造されたというのに、その人類が残っていないのに、自分たちは作られた。ヨルハ部隊の中には、その事実を知らされた上で偽装サーバーの管理をしている者もいるらしい。

 

「……2B」

「何? 9S」

「……もし」

 

 喉から出掛かった言葉が、必死に突き刺さって留まろうとする。

 言ってはならない秘密だった。機密レベルSのこの事を無断で漏らしたともなれば、9Sは正当な処分を下され、同じく秘密を知った2Bにも被害が及ぶかもしれない。

 デモ、同ジ地獄ニ落チル事ガデキルナラ?

 誘惑を振り払う。でも、そんな言葉は理由にならない。

 

「9S」

 

 出ない言葉を必死に絞り出そうと、いつの間にか震えていた彼に2Bが優しく告げる。

 

「私は、貴方のことを否定したりはしない」

「あぁ」

 

 その言葉を聞いただけで、9Sは救われたような気持ちになった。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 絞り出した言葉と一緒に、喉のつっかえが取れたように思えて、9Sは決意した。

 

「2B、人類は……もういません」

「……9S」

「信じられないのも分かります。ですが、司令官がこれを僕に渡してきました」

 

 まくし立てるように喋りながら、9Sが司令官から渡されたデータをホログラムウィンドウに表示する。

 

「僕達が製造された頃よりもずっと前に、人類は既に居なくなっていました。そこで、僕達ヨルハ部隊がアンドロイド戦意高揚のための計画の一環として製造されたんです。僕達は――」

「9S、それは司令官から言われたの…?」

 

 まるですがるような声だった。異変を感じた9Sは、2Bから漂う不気味な気配にようやく気が付いた。ゴーグルで目が見えないのはいつものことだが、今の彼女は9Sと目を合わせず、俯いている。

 

「は、はい。それがどうか」

 

 言葉の途中で、9Sの思考は真っ白に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

「ええ、イデア9942さんですか? いえ、私も見かけたことはないですね。何かあったんですか」

 

 今の11Bにとって、話す時間すら惜しい。それでも未だ残る11Bの中の理性が、今すぐにでも駆け出しそうになる足を押さえつけることが出来た。

 一度止まってしまえば、11Bの思考もクリアになってくる。彼女はパスカルに事のあらましを話し始めると、最初は訝しんで聞いていたパスカルも焦りを見せ、真剣な声色で頷くようになっていく。

 

「そういうことでしたか……分かりました、是非協力させてください。私もイデア9942さんが居なくなるのは本意ではありません」

「ありがとう……本当にありがとうパスカル!」

 

 聞き上手な相槌が入ることで、結局11Bはあらましどころか、仔細に至るまでの説明を終えてしまっていた。その上で協力を取り付けるどころか、相手の方から手を貸してくれるということで、11Bはすっかり混乱していた思考を落ち着かせることが出来た。

 

「……そうですか。ありがとうございます。ええ、お願いしますアネモネさん。イデア9942さんが見つかったときには、私の回線に繋げられるようコードを渡しておきますね」

 

 それから、レジスタンス側にもパスカルが代表して話を通して見たところ、イデア9942のプラグインチップ等のおかげで生存率、および戦闘部隊全体の戦力向上に対する感謝もあって、積極的に協力に頷いてくれた。

 

 誰にも手を差し伸ばした彼が、今度は誰からも善意を向けられている。因果応報とはこのことか。自分が最も安心できる場所が他の人にとっても、というのは嫉妬するが、11Bにとってイデア9942が認められると言うのは、我が事のように嬉しいことであった。

 

 工房の惨状を見た時とは違う。今度こそ、彼女は胸に、暖かな気持ちを抱いて前を向いた。

 

「いい表情ですよ。やはり、あなたは笑顔が似合っていますね」

「パスカル……ごめんね」

「何を謝る必要があるんですか、むしろ、知らせてくれて感謝を言いたいんです。あなた方にはいつもお世話になってますから、そろそろ恩返しをしたかったんです」

 

 並び立てる言葉は説得力があるように思えるが、パスカルはそんな打算だけで動くわけではない、というのは11Bでも分かっていた。知り合った相手を助けることに、大きな理由など必要ないのだ。

 

「森の方面はお任せください。今は8Bさんたちも居ますし、捜索の手は広げられます」

「廃墟都市や水上都市はレジスタンスが探してくれるだろうし……ワタシは砂漠地帯を訪ねてみるよ。何かあったらすぐに連絡するから」

 

 改めて情報交換用のグループ回線を設定し、パスカルに受け渡す。後にレジスタンスのアネモネもこのグループに招待し、以降は村で落ち着いていることの多いパスカルが管理していくとのことだ。

 

「ええ、情報交換は積極的にしていきましょう。もしかしたら……アダムと言いましたか、彼らも協力してくれるかもしれませんし、見つけたら話を通してみましょう」

「わかった。それじゃあワタシは行くね」

 

 手を振って別れを告げる11B。

 一度は絶望の想像を抱いた。それでも、彼女は他者のつながりを思い出して乗り越えることが出来た。それは本当の絶望ではなかったかもしれない、それでも、堕ちる一歩を踏みとどまり、飛び越えるための力を溜めることが出来たのだ。

 ブラックボックスなんてものよりも、ずっと暖かな原動力。イデア9942を思う心を研ぎ直して、11Bは砂漠地帯に足を踏み入れようとするのだった。

 

 

 

 

「……9S、ああ……9S」

 

 頭の中が真っ白になって、どれだけの時間がなっただろう。

 あれほど感情の抑制を訴えていた2Bが、声を震わせ、彼を押し倒すように抱きしめている。決して想像できなかったこの状態が続く中、ようやく、9Sは脳回路の機能を取り戻し始めていた。

 

「2B……」

 

 それでも、彼は2Bの嗚咽に思考能力を奪われる。

 一体何を言えば良いのか、どうしてこの話をした途端、2Bがこんな行動に出たのか。少しずつ戻ってきた疑問が、彼の口を動かそうとしたその時だった。

 

「…もう、君を……失わなくて済む」

「え…?」

 

 彼女は今、何と言った。

 失わなくて済む? それは、一体。

 9Sが2Bと出会ったのは、記憶する限りあの廃工場での第243次降下作戦が初めてのはずだ。その時の記憶はアップロードできなかったため保全出来ていないが、その際に親しい関係を築いていたのだろうか? そこまで考えると、9Sの胸の奥が、少しチリッと痛んだ。

 

「2B、それはどういうことですか」

 

 だけど、今はその痛みよりも2Bの言葉の衝撃の方が強かったようだ。疑問を口にした9Sに、彼を抱きしめていた2Bがビクリと大きく震えを見せる。いまの言葉は、彼女にとって失言だったのだろうか。

 

「……ごめん…9S、今はまだ……全部を言えない」

「そう、ですか」

「でも…いつか絶対に、あなたに言うから」

 

 顔を肩の向こう側に隠しながら、2Bは囁くように言った。

 9Sは背中に手を回して、ぽん、と緩やかに手を添える。

 

「僕が今、こうして話したのにですか」

「…それはっ」

「なんて、冗談ですよ。2B」

 

 確かに気になる。なんせ、自分が彼女の前から失われるなんて、物騒な言葉が飛び出してきたのだ。だけど、彼はそんな隠し事を受け入れたのだ。

 

「きっと以前の僕は、2Bのことを蔑ろにしてた悪いやつなんです。だけど、今の僕はそんなことは絶対にしません。貴女のためなら、なんだって受け入れます。だからあなたの隠し事が、今は言わないことであなたを救うというなら、喜んで耳に蓋をします。目を瞑ります」

「………9S、あなたは」

「でも、これだけは言えます。2B、貴女は以前から人類の不在を知っていたんですね」

「……ああ」

「それじゃあ質問を変えます。どうして人類が居ないと知っていても、戦えたのか…その理由を、教えてくれませんか」

 

 9Sの迷いは、まだ残っている。

 だから彼は、2Bの事を無理に暴くよりも彼女との関係を保つため、そして彼女のことをよく知るために、話をわざとそらしてみせた。けれども、これが強がりだということは2Bも分かっていた。強がってでも、2Bを思いやった言葉を選んでくれたことに、彼女も嬉しさを思う。

 

「そう、だね。それじゃあ」

 

 感極まって抱き寄せた体を離し、2Bは恥ずかしそうにしながら彼と隣り合って座り、上体だけを向かい合わせる。ほんのりと赤くなっている頬がゴーグルの端から見える。

 

「聞かせて下さい。まだ出撃まで、時間はありますから」

「私が戦い続けた理由……それは」

 

 これ以上を聞くのは、野暮というものだろう。

 2Bの独白は、9Sを納得させるに十分だったとだけ、記しておこう。

 





難しいように書いてるけど2グループのイチャイチャを強調するだけの回。
9Sの視界が真っ白になったところでビックリした人が居たら私の勝ち(謎

あとあれですわ、書いててこれ「いかに私のオリキャラが愛されてるか強調する」って内容でもあるから後で気づいて自慰しすぎィ!ってツッコミいれつつやらかした感。

あと前回指摘されてたので、
ちょっと文書34の最後らへんの文章も改稿しておきます


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文書36.document

遅くなりました
今回出てくる場所ですが、「塔」ではないとだけ言っておきます


「バンカーに救援要請! ブラックボックス信号は11Sのものです」

「同じく7Eのブラックボックスから、救援信号の増幅プログラムが発信されています」

 

 普段はモノクロームなバンカーが、救援信号を受けて赤く照らされている。オペレーターたちが忙しなくコンソールを叩き、視線を向けるたびに膨大なデータが彼女らの中で処理されていく。共有されたデータをバンカーという巨大な演算装置を介して扱うのである。

 

 オペレーター達が自然と情報を分けながら、11Sの生存確認と座標位置の特定、救援内容の確認・想定。その結果、ヨルハ機体11Sと7Eは敵に鹵獲されているらしいということが判明した。

 ヨルハ機体は機密情報の塊だ。遺体は見かけたら、なるべく粒子化して回収されることが推奨されている。そのヨルハ機体が生きている状態で鹵獲されることは、決して望ましいことではない。

 

「廃墟都市地下……前回、2Bたちが発見した“街”よりも更に深部にて、信号が確認されたようです」

「救難信号に乗せられた、暗号化メッセージを回収しました! 司令官、送信します!」

 

 顔色一つ変えず、指示を出していた司令官がここで初めて沈黙した。

 データは短い文で綴られている。一瞬の間に目を通した司令官は、目を見開いた。

 

「……そう、か」

 

 誰にも聞かれること無く呟かれた声。救難信号と警報で彼女のつぶやきはかき消されたのだ。

 

「全ヨルハ部隊に通達する! “敵性”機械生命体が建造していた地下空間に、更なる拡張された場所があるとのことだ。アダムの建造していた白い街を調査し、新たな侵入経路を捜索せよ」

 

 彼女の指令一つで、バンカー全体が慌ただしい気配に包まれた。転送装置で地下空間に直接赴くもの、飛行ユニットを使用して地上の支援に入るもの。200機前後のヨルハ機体が統制された動きで出撃していく。

 普段は自分の趣味も兼ねながら通信支援を行っているオペーレーターたちも、気持ちを切り替え己の仕事に専念し始める。司令室にはカタカタとコンソールを叩く音が絶え間なく掻き鳴らされ始めていた。

 

「………」

 

 司令官ホワイトは、ゆっくりと目をつむる。

 伝えるべきか、否か。彼女の中の決断は、やはり早かった。

 

 彼女が専用のコンソールを叩き始める。このコンソールに与えられた機能は、ヨルハ各隊員に、メッセージを送ることが出来るというものだ。ただし、他機体には内容どころか、送信すら知られないようにする秘匿性がある。

 

 そんなものを使ってまで、何を伝えたかったのか。それを誰かが確認する前に、司令官の覗き込むコンソールで点滅する入力バーが消え、ホームメニューに切り替わる。だが我々の視点から見たメールの宛先には、「2B」そして「9S」と記されていた。

 

 

 

「…司令官からメール?」

「あ、僕のところにも来てますね」

 

 指示通り、地上で友好的な機械生命体の調査を続けていた2Bたちは、未だに主だった勢力の現れていない水没都市に訪れていた。しかしここは、アンドロイド軍の駐屯基地が設置されていた事もあってか、破壊されることを恐れ、定住を決める機械生命体はひどく少ない。そのほとんどが、ネットワークに統合されている敵対的な個体ばかりだ。

 

 とはいえ、敵性機械生命体を破壊することはヨルハの使命でもある。アンドロイド軍への助力も兼ねて、辺りの機械生命体を一掃した彼らは、普段訪れないような不安定な足場や、沈みかけているビルの内部を通るなどして、友好的な機械生命体を探していた。

 

「……結局、情報すら封鎖した引きこもりしか居ませんでしたね」

 

 見つかったのは数体ほど。だが、彼らは個別に暮らしていたことと、ヨルハを見た途端に逃げ出したこともあって、全く情報を引き出すことができなかった。

 

 望みは絶たれたというわけでもない。唯一逃げ出さなかった機械生命体は、どちらかと言うと死期を悟って運命を受け入れようとしていたが、9Sの必死の説得により心を少しだけ開き、彼らの欲しがっていた情報を渡してくれたのだ。

 

 その結果、彼らに伝えられた内容は隠居生活を過ごしたいだけの、無害な者が個別に暮らしているだけらしい。アパート、と言われた建物の各部屋に自分の居住区を構えて、ジャンク漁りをしながら生活しているらしい。

 パスカルの村の存在も知っていたようだが、それでも集団生活よりも個人を選んだのが彼らの暮らし方だった。ときには助け合うが、基本的には全く別の生き方を選ぶ。人間の模倣といえばそこまでだが、2Bたちにとっては目新しい暮らし方だ。

 

「一旦、メールを確認しましょう」

「近くのターミナルに急ぐよ」

 

 今回の調査記録を9Sが道すがらに編集して、メールとして送信できる状態に整える。その作業をしながらも、彼は少しだけ饒舌になった2Bに何度も話しかけながら、短い道中を楽しく過ごしていた。

 2Bも出撃前の部屋の出来事から、口の端に笑みが浮かんでいたり、何気ない所作が増えている。9Sは見えない壁を取り払ったように、会話を弾ませて、自分が入手した人類時代の情報をネタにしながら、あたかも物知りのように振る舞っている。

 

「ですから、お風呂に入る前にしっかりとシャワーで汚れを落としておくのが作法らしいです。皆が使う湯船ということもあって、共有する汚れは最小限にしたいのでしょうか。どちらにせよ……」

「9S、着いたよ。あと、アンドロイドは風呂に入らない」

「人類が感じた開放感、っていうのに興味があったのになぁ。2Bはお硬いまんまなんだから」

 

 頭の後ろで手を組み、無駄口を叩く9S。

 だが2Bは特に9Sの行為を咎めず、クスリと隠れて笑うだけ。ターミナルの方に視線を向けているため、彼女の笑みは9Sに見られることはなかった。

 

 彼女らの新しい関係性が垣間見えるやり取りだった。だが、そんななんでもない「日常」は、ヨルハ部隊だからこそ潰されるのだ。内容を見た瞬間に、二人の雰囲気が一変する。

 

「……2B」

「分かってるよ、9S。行こう、すぐにでも」

 

 二人の口元は固く引き締められていた。

 司令官から送られていたメールは2通。

 その文面は、こうだ。

 

「元々は16D捜索を命じていた11S、7E両名から救援信号を受け取った。発信先はコードネーム『アダム』が建造していた白い街の奥地からだ。発信先を特定するため、白い街を調査し、鹵獲された11Sたちを救出せよ。これまでの経歴から、突入先には2Bと9Sを先行させる。周囲のレジスタンスが一時的に基地を作るため、突撃した2Bたちから指示があるまで準備を整え待機。2時間が経過して音沙汰が無い場合は2Bらが罠にかかったと仮定して突入してくれ。以上」

 

 これが、ヨルハ部隊の凡そ全てに送られた内容だった。

 それだけで終われば2Bたちも動き出していたのだが、生憎とそういう訳にはいかない。もう一通、彼らに宛てて秘匿の文章が送られていたのだから。

 

 

差出人:司令官

受信者:2B、9S

 

君たちにのみ通達することがある。11Sは鹵獲されては居ない。彼らから送られてきたメッセージによれば、捕らえられた彼らと共に、特殊個体イデア9942が確認されている。敵性機械生命体から幾度となくハッキングを受けては防衛戦を強いられているとのことだ。

 

先行した君たちは『協力者』が待っている。彼らの力を借りながら、イデア9942と秘密裏に接触し、2時間以内に彼を安全圏に送り届けて欲しい。そして11Sたちを連れてバンカーに帰還後、君たちはすぐさまマップにマークした地点に集合してくれ。以上。

 

 

 なんでもないように書かれているが、内容としては二人の実力を存分に知った上で、ギリギリ実行できるか出来ないか、というラインの内容だ。

 

「……大規模な作戦のわりには、無茶が過ぎますよね」

 

 口元をヒクつかせながら、9Sが言う。思わず頷きかけた2Bも、鋼の精神で出しかけた電気信号を変え、首を横に振る。そう簡単に感情を出してはいけないのだ。

 

 突入まではともかく、ほんの2時間で救出作戦と偽装工作を済ませなければならない。そしてこの秘匿の文面でも名前がぼかされる協力者。少し考えれば答えは出て来るが、生憎と彼女らはその『協力者』に思い至るための人物が盛り沢山だ。

 一体誰が来るのだろうか。誰にしても、心強いのは確かだろう。

 

「そうでもしなければならない事情があると考えるべき。司令官はきっと、この地点で何かを明かすつもりじゃないかな」

「それにしても、僕が覚えている限りだと根っこに侵食されたビルしか無かったと思うんですよ。この場所、何かあったってことですかね」

 

 3Dマップデータを比較しながら、9Sは不思議そうに首をひねる。

 これらを見てもう察しているだろうが、そう、マップにマークされた地点はイデア9942の新拠点が構えられている場所だ。

 だが2Bと9Sは彼の家に招かれたこともないため、その正解にたどり着くまでには至らなかった。代わりに、余計な考えを切り捨てて戦闘の方へと意識を向ける2B。9Sもいつも通りヘラヘラしているように見えるが、足さばき一つから既に違ってきている。彼も、真面目になった証拠だ。

 

「行けば分かるよ。ともかく、転送装置で急ごう」

「わかりました。……無事なら、いいですけど」

「そうだね、彼にはまだまだ聞きたいことがあるから」

 

 まだ見ぬ「協力者」とやらに期待しつつも、二人は順番に転送装置を使用する。これの利点はヨルハ機体ならば使用履歴が残らず、脱走兵でも使用することが可能という点だろう。

 

 彼女らが知る由もない、本来歩むべきだった未来。その未来は遥か彼方へと消えている。

 大本を崩されたこの世界でも、任務の最中、様々な機械生命体やアンドロイドの依頼を解決し、その名を広めてきた2Bたち。本来なら、あって良いはずなのだ。彼らを繋ぐ、目に見えないほど細い…それでも、強靭な絆という名の糸が。

 結び付けられた糸は、誰かが動けば必ず引っ張られる。その先に縁が紡ぎ出した新たな未来が、彼女らの前に訪れようとしていた。

 

 

 

 

「……イデア9942さん、大丈夫ですかー?」

「むゥ…すまんな、11S君。迷惑をかける」

「論理ウィルスから救ってくれた相手ですから、この程度なら幾らでも手を貸しますよ」

 

 真っ白な世界だった。バンカーともまた違う、この世を思わせない純白の世界。広大な地下空間を、よろよろと歩き回る3つの影があった。

 内二体はヨルハの11Sと7E。どこに居ても異物であるように、黒い服の二人は足取りも不安定に、ただまっすぐと前を向いて進んでいた。そして11Sの背中にはイデア9942と呼ばれている機械生命体が居る。

 

 まさか、ヨルハ部隊が機械生命体を労り、背負うなどということが本当にあるなんて。11Sの心境としては「信じられるだろうか」とも言えるものだったが、だからといって彼を見捨てる気は毛頭ない。

 確かに重いが、今のイデア9942は物理的にもとても軽かった。なぜなら、その四肢がもぎ取られ、ボディに至ってはコアと成り得る小型短足の部分にまで傷が入り、中の回路や配線が零れだしていたからだ。11Sが一歩を踏む度、飛び出ているコードがぶらぶらと揺れている。

 

「まっすぐ進んではいるみたいだけど、どうにもね」

 

 イデア9942だけではない。7Eも11Sも疲労と損傷が見て取れる。特に11Sは通常の運動機能には問題ないが、論理ウィルスの影響でNFCSが破損し、近接戦闘機能が死んでいる。

 

「はい、マップデータもありませんしー、情報も全く届きません。ループ発信した救援信号にメッセージを乗せましたが届いているかすら、あーあ、どうしたらいいのかなー」

 

 そんな状態でも、11Sはいつもどおり間延びした態度を崩さない。心身ともに打ちのめされたからこそ、こうして逃げ出せたチャンスを掴まなければならないのだ。士気を保つため、そして……この回廊は出口に通じていないのではという、疑念を払うためにも。

 

 そう、命からがら、彼らは捕らえられた場所から逃げ出すことが出来たが、待っていたのは無限にも続くような回廊だけ。彼らが連れ去られてから、かれこれ数時間は経過している。捕らえられた際にポッドに関しては破壊されており、バンカーで新たに受け取らなければならない。

 

 ヨルハにとってはあまりにも絶望的な状況だ。

 だが、イデア9942はノイズまじりにふっと笑う。そう、この場には11Sと7Eだけではない。イデア9942という、風変わりな機械生命体もついているのだ。

 

「心配無用だ。君の救援信号を増幅できる機械を、この身の廃材から作ッてみた。7E君の体を介して発しているからな、そろそろ届く頃だろう」

「……なんていうか、本当に器用だよねー」

 

 捕らえられた際に剥ぎ取られたのか、普段ならゴーグルに隠されている目をぱちくりと瞬かせながら、11Sが呆れたように言い放つ。だが、今の一言で救われたのは確かだ。バンカーにさえ信号が届けば、ここがどこなのかも、助けが来るということも確実になる。

 

「四肢も無いのにどうやって作ったの?」

「緊急用の3節アームをな、つい先程生成した。機械生命体の体はそれなりに便利でな」

 

 7Eの問いにも、こうしてあっけらかんと答えてみせるイデア9942。彼の体の断面から、針金ほどの太さのアームが4本ほど生えてくる。千切られた腕の伝達神経と骨格パーツを再利用し、作り出したのだと得意げに言う。

 そのアームで、いつものように帽子の位置を直すイデア9942。ダルマ状態でも、今や彼にとって帽子とマフラーはアイデンティティであるらしい。

 

「11S君のNFCSも損傷したとは言え、修復できないほどじゃない。少々プログラムを弄ッてやれば……この通りだ。いや、しかし稼働するヨルハのNFCSを弄る機会を得られるとはな。君には感謝せねば」

 

 イデア9942がそういった瞬間、腰につけて引きずっていた11Sの武装が光の輪に包まれ、重力を無視して浮かび上がった。

 7Eが額に手を当てながら首を振る。もう何があってもイデア9942のせいなら、納得せざるをえないと理解を放棄したらしい。

 

「…本当に修復しちゃったわよこいつ」

「ハハハー……もう、バンカーに彼を連れて行ったらすごいことになるんじゃないかなー」

 

 どうやら、思ったよりも未来は明るいらしい。

 相も変わらず見えてこない出口を前にしながら、ヨルハたちの思考はいい方向へと向かっていく。そうして抱えられつつも、イデア9942は小さく頷いた。病は気から、とも言うが、特にヨルハはそうした感情に関して繊細だ。

 

 せめてこの「子」らの前では、常に前向きでいるべきだろう。

 11Bと長く接してきて、2Bたちと交流を持って、16Dという一つの終わりを垣間見て、イデア9942はヨルハらを守るべき子としての視点で見ていた。

 

 それと同時に、思う。

 会うものに対してありとあらゆる側面を見せてきた。

 本当の自分はどんな顔なのだろうか、と。

 

 今だからこそ、イデア9942は強く渇望する。

 最も多くの表情を見せた、愛しい家族。11Bに、会いたいと。

 




図解としては

廃墟都市
アダムの白い街




広大な白い地下空間




「塔」の原型

っていう感じの設定です。


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文書37.document

ということでイデア9942の奮戦記

またまた2B達パート。

※10・25
 文書34と整合性がある程度合うように修正しました
 まだ何か違ってたら作者を罵ってあげてください 悦びます


 時は遡る。

 意識を暗転させたイデア9942は、11Sと7Eのウィルス除去後に突然ボディへ攻撃を受けていた。背後から別の機械生命体が一撃でも食らわせてきたのだろう。幸い、その時点で彼らを犯していた論理ウィルスは除去できたのだが。

 現実のほうへ注意を向けるのが疎かになっていた。ホームと言える工房で戦闘できたというのに、ひどい失態だと自嘲する。

 

「……そして、連れ去られたか」

 

 意識を取り戻して彼は呟いた。

 下を見れば、ボディに長大な返しの付いた釘が貫通し、壁に縫いとめられている状態。ただの釘なら良かった。だが、これには時々電流が流される。患部から伝わる灼熱を介したスパークが激痛を訴えかけてくる。機械生命体もロボに見えて痛覚はある。だからこそ、人間なら脂汗が止まらないであろう状態で、彼は正気を保ち続けていた。

 痛覚を切りたいが、この杭から流れる電流に痛覚遮断を阻害する機能でもあるのだろう。忌々しいことだ。

 

「機械生命体、の作り出したケイ素と炭素の混合物で出来た施設か」

 

 そして絶望的な状況下にありながら、イデア9942はあくまで冷静に周囲を分析する。ふと、人とは違うボール状の首をグルリと回し、隣を見た。自分とは違って、地面に寝かされている11S、7Eの姿がある。外傷もほとんどなく、連れてこられただけらしい。

 ひとまず救った命が無駄にならなかったことに安堵の息を吐いた瞬間だった。

 

 バチバチバチっ。強い電流が彼の内部ごと焼き尽くしていく。

 彼の言動が気に食わなかったのだろうか。どういう立場か分からせるように電流が彼の身を焼いたのである。

 

「ガ……ァ……」

 

 冷静に振る舞っても、体は痛みを訴える。油断した、とも言うが。

 一気に視界が真っ白に染まり、見えている景色がノイズだらけになる。バチバチとスパークを発しながら、ショートした体の一部から煙が上がりはじめた。拷問といったところだろうか。趣味が悪いなと心のなかで吐き捨てて、未だ姿を見せぬ拉致の犯人に目星をつける。

 イデア9942が直前まで戦っていた相手で該当するとなると、今回の件は―――

 

「離脱個体、イデア9942!」

「離脱個体、イデア9942!」

 

 陽気な声が二重になって聞こえてきた。

 どこからともなく響く天真爛漫な音声には、悪意しか感じられない。

 

「こちらは、『施設』システムサービスです! ようこそ、『施設』へおいでくださいました!」

「悪趣味だな」

 

 高い女性の声を一言で切り捨てる。

 動揺しようにも、イデア9942はあまりにも「ソレ」の事を知っていた。だからこそ、こんな手の込んだ真似をしてまで自分という矮小な存在を攫ったことが不可解でならない。あの場では自分の魂とやらを狙っていたらしいが。

 

 様々な疑問はあるが、イデア9942は冷めた態度でそれらを飲み込む。

 冷水のように、彼は新たな一言を叩きつけた。

 

「それで、魂とやらを取り出さなくてもいいのか。ネットワーク総体……いや、N2と呼ぶべきか」

「やはり知っているようだな。今回、貴様を捕らえたのには理由があります!」

 

 声にノイズが混じり始め、深く落ち着いた男性の声に変わる。

 口調が見下すような、いかにも人間の目線らしさを再現しているように思えた。しかしあまりにもわざとらしすぎて、イデア9942には偽物の塊にしか感じられなかった。

 総体として意識が繋がっている限り、決してそれらは払拭できないだろう。なんせ、人間は総体として生きるものではない。個人個人が孤独であり、独立し、それでも寄り添う生き物だからだ。

 

「貴様の活躍により、邪魔になったアダム・イヴの排除が失敗した。破壊予定だった11Bが生存した。バンカー内部へ浸透させるつもりの不信感すら消えた」

 

 全てを見ていたのだろう。

 2Bや9S……いや、バンカーに痕跡を残さないようアクセスして、何度も覗き見をしていたときのように。見られていないほうが可笑しいのだろう。そう思いながらも、イデア9942はあくまで今は無言を貫いた。

 

「だが、私は貴様をいつでも殺せる立場になった。だからこそ、あえて聞こうではないか。貴様は、何が望みだ」

 

 自分こそが至高であると信じて疑わないその様は、あまりにも人間臭かった。どこまでも傲慢で、傲慢になりうるだけの力を持っていて、その力を己の目的のためだけに使う。醜く進化した人間の、永遠に変わらない感情的な側面。

 そこだけを知った、愚かな相手。イデア9942は目を閉じ、首を振った。

 

「……全く、分からんのか。やはりその程度だ。ネットワークの概念人格N2君」

「貴様が分かっていないのは立場らしいな」

 

 姿は見えない。だが、その声が告げた瞬間にイデア9942の体に再び電流が走る。

 

「グ…うゥ……」

 

 意志は屈していない。だが、体が悲鳴を上げる。

 

「ハ、ハハハ……」

 

 故に彼は笑い始めた。

 大きく、長く。機械生命体らしくない、感情的なままに。

 

「ハハハハハハッ!!!」

「貴様……」

 

 何が望みだと、そう言った。それがたまらなく可笑しく思ったイデア9942は、何度も電流に身を灼かれながらも、抑えられぬ笑みを嘲笑に変えて外に出力する。そうせざるを得なかった。

 

「望みが分からんか。ここまで君がしようとしたことを邪魔され続けて、まだ分からないと。これが笑わずにいられるものか」

「ほう?」

「存外に、人の情緒には疎いのだな、ネットワーク総体君」

 

 全知を掴んだ気になったN2を相手に、イデア9942は臆せず吐き捨てた。

 あくまで教える気はないらしい。なんせ、イデア9942にとって望みを伝えることは何の意味もない。A2やパスカル、2Bや11Bたちとは違う。敵にしかならない相手に、彼は救いの手を差し伸べるほど菩薩ではないのだ。

 

「……イデア炉にて製造された9942番目の兵器。それが貴様だ。我々には思いもよらぬ論理進化を遂げたため観察していたが、判明したのは外的要因が加わって居ない状態で突如として貴様の人格が変貌を遂げたこと」

「はッ、何が全て知ッているだ。全知には程遠いではないか」

 

 無言でイデア9942に電流が流される。

 彼は涼しい表情で再びの激痛を受け止め、回路の一部を破損させられる。首元から煙が上がり、衝撃で左足の機能が死んだが、どうでもいいと言わんばかりに目を向けることはしなかった。

 

「いいだろう、では言ってやる。まるで予測したかのように我々の邪魔をし続ける…その進化の方向性が不可解なのだ。私たちはその未来を予測する進化の力を紐解き、より完全な生命となるため―――」

 

 吐き出すツバがわりにボルトを首元から噴出させる。

 カラカラと転がったボルトがN2の言葉を遮った。

 

「全くお笑い草だ。ただのカカシだ。一つヒントをくれてやる。予測、進化…この身には何も当てはまっていないぞ?」

「………何だと?」

 

 イデア9942の発言が気に食わなかったのか、再び電流を流そうとするネットワークの概念人格。だが、無駄だった。もう何も起きない。かわりにイデア9942を固定していた釘が、勝手に熱を発して溶解する。

 

 返しのついた部分にのみ電流が流れたのである。

 なぜか。当然、イデア9942がこのシステムを掌握したからだ。

 

「会話ご苦労。この身へと、害を成したんだ。害される事も覚悟してきたんだろう? そうであると言ッてくれないか。これ以上笑うとボディが振動して破損してしまうんだ」

 

 言いながらも、イデア9942は固定されていたボディを開放する。左足が死んでいることで、着地もできずに無様なまでに地面に転がった。だが、彼は泥臭くも四つん這いの状態から立ち上がり、隣に転がった帽子を優雅にかぶり直した。

 被せられていく帽子が、彼の目を隠す。

 

「この身に“接触”してきたことが間違いだったな。音声だけでも十分だ。君の意思で電流が流れるよう、装置とつながっていたのは大きな悪手だ」

 

 N2の声が聞こえてきた方から、耳障りなノイズが走るようになった。イデア9942がこの「施設」の一部を乗っ取り始めているのだ。N2の接続を阻害するため、向こう側のポートが絶対に繋がらないよう権限を書き換え始める。少なくとも、もうこの「部屋」は彼の支配下にあった。

 

「貴様……絶対に、魂を――」

「最後に教えてやる。この身こそ、ヨルハよりも残してはいけないものだ。あッてはならない存在だ。“魂”だったか、人のものであれば間違いなくこの世では生きられないからな」

 

 ブツン、と放送のように響いていた声が消える。

 静寂が彼を包み込む。

 

「……それでも、生きたいと願うだけだ」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、白亜の空間に溶け込んでいった。

 

 イデア9942が拷問装置にハッキングし、恐ろしい速度で概念人格の削除されたアクセス経歴の断片を復元。そのままアクセス位置を特定し、電脳の地の底まで追い詰めてこの施設に関与する権限を消し飛ばす。そしてこのアクセス記録を、彼は更に消去した。下手に自分の痕跡を残すのは得策ではない。

 奪うより、消すほうが圧倒的に簡単だったとは後の談である。

 

「まァ」

 

 空を見上げる。

 なにもないかと思われたその部屋に、特徴的な風を切るプロペラの音が響き始めた。金属板が擦れ合い、ワイヤーが軋む様子も聞こえてくる。

 

「ヤツ自身がアクセスできずとも送り込むことは出来る。当然だな」

 

 彼のマフラーが風で揺れた。

 飛行型の機械生命体が、何十体もの敵性機械生命体を運んでいる様子が彼のカメラアイに写り込んだ。降下する時の質量が空気を押し出して、彼のいる場所まで風を伝えたのだろう。

 

 背中に手を回すが生憎と、彼の手には刃の潰れたいつもの斧はなかった。

 にぎにぎと空を掴み、そこに刃がないことを実感する。

 

 呆れながら隣を見てみれば、7Eが狂気的な笑みを貼り付けたまま起き上がろうとしている姿が見える。その手には、当然刃が握られているではないか。N2最後の置き土産だろうか。全くもってくだらない。

 

「11S、7Eの意識は強制的にスリープモードか。世話のやける子らだ」

 

 やれやれと意識を割きながら、ハッキングを開始する。

 ここに連れ込まれた時点で分かっていたが、11Sらは再び論理ウィルスに侵され、イデア9942を排除するべき敵として始末しようと立ち上がっていたのだ。ブラックボックスに眠る自我データだけが眠らされているため、体を動かしているのは論理ウィルスだろう。

 まるでロイコクロリディウムのような(バグ)だな、と。イデア9942はなんでもないように笑った。事実、もう彼の前では論理ウィルスを元にしたハッキングは意味をなさない。

 

 そこからは知っての通り、イデア9942は四肢をもがれながらも11S、7Eを叩き起こして敵性機械生命体を全て殲滅するという大立ち回りを見せたのである。

 

 

 

 

「……アダムの街、だね」

 

 2Bたちは司令官の指示を受け取り、既にアダムの街へとたどり着いていた。しかし一番乗りは彼女らではなかったらしい。既に何人かのアンドロイドとヨルハ部隊が、ポッドと共にメモ用のウィンドウを開いて書き込んでいる。

 

「どうやら、まだ僕達も働く必要があるみたいですね。なんていうか、随分と不可解な所に連れ込まれたものですねぇ」

「文句を言う暇があるならすぐ探す」

「はーい」

 

 見る限り、調査はそこまで進んでいないらしい。

 街は建築物が敷き詰められているため、アンドロイドの体が滑り込めるような場所は無かった。中には協力して建物を乗り越えようとしている者もいたが、建物の上部にロープを掛けた途端にボロボロと崩れ始めているため、この目に見える範囲以外に調査出来る場所は無いようだ。

 

「ポッド」

 

 よくある調査方法だが、音の反響を利用して抜け道がないかと提案する9S。しかし、ポッド153の返答は彼の意見を否定する内容だった。

 

「報告:音波の反響による調査は既に行われている。この街を構成する物質は音を遮断しているため、成果なし。提案:以前にアダムが通過していった壁の調査」

「あの、9Sが捕まっていた場所か」

 

 言いながら、2Bが視線を左に回すと9Sが捕らえられていた、凹んだ壁を見つける。その下では調査していたアンドロイドが首を横に振りながら、別の地点に向かっていく様子が見えた。

 

「ん? ああ、そこは既に調べたけど特に何も……」

 

 何かに惹かれるように彼女らがそのまま近づいていくと、離れようとしたアンドロイドが親切からか無駄を繰り返すものじゃないと忠言してくる。それもそうか、と壁に手を当てて別の場所を探そうとした2Bだが、ふと、触った壁の感触に違和感を感じる。

 

「……」

「どうしたんですか2B……って」

「下がって9S。ッ、ハァ!!」

 

 突然刀を構えた彼女は、それを全力で壁に振り下ろした。

 刀の一閃を受けた壁は一見なんともないように見えて、だが切られたことを思い出したかのように一拍の間を置いて崩れ始める。ボロボロと崩れ始めたそれらは、キューブとなって次々に崩れ落ちていく。

 

「なんだ!? 皆離れろ、崩れるぞ!」

 

 アンドロイドの一人が叫ぶと、崩壊し始めたその部分を見て多くのヨルハ機体が離れ始める。9Sも、呆然と見上げる2Bの腕を引っ張って叫んだ。

 

「と、2B! 一度離れますよ!」

「わかった」

 

 その言葉に逆らう理由もない。後ろに跳ねて距離を取った2Bは、アダムが消えていった建物が全て崩壊するまでじっとその光景を見つめていた。やがて崩れ去った建物の向こう側には、この世界と同じく真っ白ながらも、隙間の影で黒くなったことでようやく輪郭が分かる「扉」を見つける。

 

「なんてあからさまな……機械生命体ってこういうのが好きなんでしょうか?」

 

 首を傾げる9Sだが、その答えは分からない。もしかしたら扉を作ったのはアダムかもしれないし、別の機械生命体かもしれない。尤も、今はそんな何とも知れない事を考える場合じゃないのは確かだ。

 

「それはわからないけど、司令官の指示通り私達が先行しないと。行くよ、9S」

 

 バッサリと9Sの疑問を切り捨てた2Bは、あくまで冷静に振る舞う。出撃前の弱々しい姿を思い出すと、9Sは少しだけ優越感に浸る。振り返るまでに口元の笑みを消した彼は、後ろに並ぶヨルハの同僚たちに声をかけた。

 

「はぁーい。それじゃ皆さんは、扉が閉まってから2時間のタイマーをお願いします」

「行ってくる。6O、オペレートお願い」

『はいはい了解です! それでは2Bさん、お気をつけて!』

 

 6Oは、心の底から楽しそうに二人を応援した。

 彼女も知っているのだ。2Bが、もう心を押し殺し、圧し殺されるような任務につかなくて済むようになった事。それが原因で、2Bの表情にも、6Oの大好きな笑顔が多く見られるようになってきた事。

 だからこそ、もうその感情を抑えることなどできなかった。木星占いは見事に外れたというわけだ。

 

 彼らの背後で、開いたはずの門が勝手に閉じられる。

 

「わ、通信状態が一気に不安定になった。あの門一つで随分と閉鎖されるんだな……アップロードするにも、かなり回線が細いですし油断は禁物ですね、2B」

「そうだね……ポッド」

 

 2Bはここが好機だと考えたのだろう。

 ポッドを呼び、ある命令を下した。

 

「これより先の発言は、私が許可しない限りありとあらゆる存在に伝えることを禁ずる」

「了解」

「……2B?」

「9S。バンカーでは教えられなかった真実を」

 

 2Bはゴーグルに右手の指を引っ掛ける。

 一息にぐい、と引っ張り、彼女の指にゴーグルの布が巻きついた。

 

()()()の真実を、教えてあげる」

 

 くすんだ青色の瞳が、暗闇の中で仄かに光る。

 9Sの瞳の奥を貫く深い眼光が、彼の脳回路を直接見ているかのように貫いた。

 




気になると思ったのでここで切りました
それではまた次回、お愛しましょう


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文書38.document

原作主人公たちをクローズアップ
ひとまずの区切りです

※これから3~4日に一回の不定期更新になりますが、完結も間近です。
 あと少しだけ、おつきあいください


 9Sにとって、2Bの秘密は知りたいとは思うが、ソレだけのものだった。これまで多くの経験をともにしてきた2B。愛しいと思える相手。知的好奇心を刺激しつつも、彼女が隣りにいるだけで満足できるような、もどかしいような。

 人間のような感情を持つことができて、胸に暖かな気持ちを抱くことが出来る。だからこそ、9Sは彼女の秘密を暴こうと、もうそんな気は起きなくなってしまっていた。

 

 バンカーで彼女が見せた、あの弱々しい姿を見たときから。

 

「……本当に、今言わないといけないことなんですか?」

「きっと今を逃したら、ずっと逃げたままだと思うから」

 

 バンカーに似て非なる純白の空間。そして誰にも邪魔されない空間だ。機械生命体は襲ってこない、ただただ静かな道だけが彼女らの目の前に続いている。カツ、カツ、と。2Bのヒールだけが耳を強く打つ。

 監視もない、本当に二人だけの世界だった。

 

 2Bは、もしかしたら待ち望んでいたのかもしれない。

 いつの間にか惹かれていた、(9S)と二人っきりになれる、隔離された世界に訪れることを。

 

「わかったよ、2B。僕に、聞かせてくれませんか?」

 

 だけど、彼が受け入れてくれるとは思わなくて、彼女は足を止める。

 ゴーグルが無いことでよく見える、彼女のくすんだ青い瞳が、キュッと絞られて瞳を小さくした。ああ、結局、今の今まで一方通行の思い出しか無かったのだと思い知らされる。

 

 2Bは、9Sを受け入れる覚悟をしていた。

 9Sは、2Bを受け入れる覚悟をしていた。

 たったソレだけのことなのに、彼女たちはその意志を交差させることはできていなかったのだ。

 

「2B?」

「……うん、歩きながら、行こう」

「…はいっ」

 

 頷いた9Sは、2Bと同じ方向に足の先を向ける。

 宙に浮いているかのような細長く、真っ白な通路。

 彼女は機械らしく、迷いもない真っ直ぐな足取りで、先を進む。

 9Sの方へと視線を向ける。目元は、柔らかく下げられていた。

 

 慈愛に満ちた表情、とでも言ったら良いのだろうか。

 9Sは困惑していた。ゴーグルを取った彼女の素顔もそうだが、これほど感情を表に出している姿を見たことがなかったからだ。いつも、自分のことを「感情を出してはいけない」と窘めているのに。

 

「不思議かな」

「いえ……その、2Bの表情。僕は……いいと、うん。そう、思います」

「いつもの9Sらしくないね」

「仕方ないですよ! どうしたんですか2B」

「うん、だから、こうでもしないと言えないと思ったんだ」

 

 いつもの任務のときよりも、ずっと女性らしい柔らかな口調だった。

 公私を分けるというより、公が私のようなイメージも崩れる柔らかな素顔。いや、素顔というよりも、2Bが9Sの前で見せておきたい姿と言ったほうが正確だろうか。現に2Bはこんな表情をしたことはないし、見せたこともない。

 全ては9Sのため。彼を驚かせてあげたい、というささやかな思いつきだ。

 

「……わかった、わかりました! 十分に驚いたので、もう何を言われても驚きませんよ。2B」

「……そう、か」

 

 機械生命体がいつ襲ってくるかもしれないというのに、呑気だと言うのは場違いだろう。現にポッドたちは黙っているし、これから2Bが言おうとしていることに対し、ポッド042は口を挟まない。

 それはつまり、バンカーから正式に「そういう」通達がされているということだ。

 

 あえてこの状況に陥った理由を言うならば、そう。イデア9942と関わってしまったのが、「ヨルハ計画の」運の尽きだったことか。

 

「私は、アンドロイドのために戦っていた。2Bというモデル名は偽りのもの」

「……」

 

 2B、というモデル。

 それすらも偽りだと、彼女は己を否定するかのように言ってみせた。

 9Sは歯を噛み締めて「悔しさ」を感じるばかりで、何も言わない。

 

「製造当初のモデルは、2E」

「……ヨルハにとって不都合な真実に近づいたもの、裏切り者を処分するための機体。あの赤髪のアンドロイドと別れた後、あなたが言っていた事はつまり」

「そう、あの時は知られたくなかった。9Sにそういうモデルがあることを知らせると、疑問を持つ可能性が上がるから」

 

 そうだ。9Sは、彼女を真に愛しく思うその前までは、2Bの動きや下される指令に対して疑問を抱いたこともある。もしかしたら、自分が覚えていない中で「そうした任務」が自分を破壊していたのかもしれない。

 今2Bが明かした2Eという真のモデル名、そして9Sに対する情報隠匿。この二つの要素だけで、9Sの中では一つの結論が導き出されていた。

 

「2B、ごめんなさい。僕を何度も、殺しているってことですよね」

「……9Sはすごいね。そうやって、すぐにたどり着いてしまう」

「そんなことありませんよ。僕はただ知りたがって突っ込んで……殺される。きっと、旧時代の物語に多く居た、その程度の存在だったんでしょう」

 

 くっ、と自嘲するように吐き捨てた9S。

 2Bは首を振った。

 

「そんなこと―――」

「でも」

 

 彼女の言葉を手と口で遮って、彼は伝えたかったのだ。

 それだけではないのだと。自分はもっと、

 

「僕はきっと、その輪から抜け出せたんですね」

「……うん」

「だったら、安心だ。2Bは僕を殺して悲しんでいたんだとしたら、もう悲しまずに済むんだから。2B、僕はあなたの側にいるだけで、どれほど楽しい気持ちになっているのかって、考えたことあります?」

 

 答えられない2Bに、9Sは微笑を浮かべて続けた。

 

「きっと、そんなことばかり考えて、できなかったんですよね。でも、僕は殺されるためだけだとしても、あなたと再会できるなら……次の処刑のためだとしても、きっと喜んで会うんですよ。あなたが再会するたびに、傷つくことも知らないで」

 

 打ち明けられたことが原因なんかじゃない。

 どんどん強くなっていく感情。

 アダムに暴かれ、イデア9942に諭されて。

 その感情の正体を、この瞬間にようやく整理することが出来た。

 

「それでも2B。僕はあなたが幸せであることを願いたいんだ。機械生命体の話を聞き入れるほどの優しさを持っているあなたと、一緒に世界を見て回りたいんだ」

 

 まるでプロポーズのようだと頬を赤く染めながら、彼はゴーグルを外した。

 2Bと同じ、くすんだ青色の瞳。

 自然と立ち止まった二人は、目を合わせて向かい合う。

 

「なんて、僕なんかに言われても嬉しくないかもしれないけど……」

 

 頬を指で掻きながら、前言を撤回しようとする彼を2Bは否定した。

 必死に首を振って、彼の右手を両手で包む。

 一瞬、その視線を宙に彷徨わせて、すぐに視線を交わし合う。

 冬場の吐息のように、彼を包む優しい声色が9Sの耳を打った。

 

「そんなこと無いっ。だって私は、9Sを……君と、一緒に過ごす日々は……私にとって、光そのものなんだ。………もう、この気持ちに気づいた以上……私は。……わたし、は」

 

 声が震えていく。9Sは静かに、彼女の言葉に耳を傾ける。

 一度目を閉じて、呼吸を一つ。

 それでも震えが収まらない。だけど、伝えておきたい最後の一言が、ある。

 

「君と、一緒にいたい」

「2B」

「…えっ」

 

 ぐっと手を引かれて、おもわず姿勢が崩れる。

 9Sが抱き寄せたのだ。そう気づいたときには、彼の小さな腕が背中に周り、優しく抱きしめられていた。柔らかな人工皮膚が、服越しでも感触を伝えてくる。まるで心臓のように脈動する動力炉の音色が、直に伝わってくる。

 

「2B、僕はあなたに殺されることも……良いと思ってます」

「だって、そんな」

「いいんです。僕はあなたに殺されるなら、本望です。それに、僕もあなたのことが好きなんだ。この気持ちに嘘偽りなんて、どこにもない」

 

 好きだ、と言われる。胸の内を締め付けるような謎の痛みに、2Bは苛まれる。9Sの口は2Bの耳の真横にあって、表情は見えずとも、9Sの頬は分かりやすいほどに真っ赤になっていた。

 

「でも、そう思うと同時にあなたのことを……めちゃくちゃになるまで殺したいとも思ってるんです」

「……」

 

 2Bは、ハッと冷水を浴びせられるような気持ちにさせられた。

 それは9Sが物騒な事を口走ったからなんかじゃない。2Bがいつも9Sを殺すときに感じていた、悲壮感、絶望、後悔……そして快楽。心の何処かで、また愛しい9Sを殺したいと思っている自分と、全く同じ考えを9Sも持っていたのだ。

 こんな醜い感情が知られてしまったのかと、2Bは恐れた。だが、現実は彼女が思っているよりもずっと――

 

「おかしい、ですよね。人間はこんな、愛に殺意を乗せることなんてしません。でも僕は、あなたを愛したいと思うほどに、あなたを殺したいと、同じく想ってしまうんです。何よりも大切なあなたを、傷つけてしまうことを望んでいるんです」

「……私、も。同じ、だから」

 

 絞り出された彼女の言葉に、9Sは目を見開いて、納得したように目を伏せた。彼の表情は憎々しげに歪められて、しかし彼女に知られないようにすぐに戻される。

 

「……2B……ハハ、そっか。そういうことだったんだ」

「9S?」

「いえ、なんでもありません2B。ヨルハがどういうものか、ちょっと知ってしまっただけです」

 

 2Bを抱いていた手を離して、9Sは身を引いた。9Sの言葉に一瞬疑問を抱いた彼女も、しばらくしてその言葉の意味に気付く。ああ、そういうことだったのか、と。

 

「ねぇ2B。司令官から、秘密のメールでなんて言われたの?」

「……人類の不在が、地上のアンドロイドたちに知られ始めている。だけど、懸念していた士気の低下は収まり、それどころか機械生命体との友好を結ぼうとする動きになった。ヨルハ計画によるアンドロイドの士気向上のための、人類生存の偽装情報は意味をなさない。秘密を知りやすい9Sモデルの抹殺は……」

 

 どこか喜色を含みながらも、震える声で彼女が続ける。

 

「取り消す、と」

「そっか……」

 

 9Sはそれっきり、何も言わなくなった。

 薄々予想していた、司令官直々の命令だったのだ。そこから開放された2Bは、真の2Eとしての意味を失い、こうして不安定に揺れているということか。9Sが疑問として抱いた、唐突な2Bのカミングアウトの理由に、ようやく納得がいった。

 

「それなら、僕が知る2Bとして…一緒にいましょう」

「2Bとして……?」

「ええ、なんたって僕の知る2Bはあなただけだから。2Eなんて前の僕が見ていた顔なんて知りません。きっと、2Bにとってこの言葉が新しい傷になったとしても、今のうちに言っておきます」

 

 だって。

 9Sは心から、笑みを浮かべる。

 もう咎めるものは誰もいない。気持ちを抑える必要も、ない。

 邪魔な機械生命体も、自分たちを縛る規律も今は関係がない。

 

 特大の気持ちを込めて、言うんだ。

 

「今の僕は、今のあなたが好きだから」

「ああ……9S……」

 

 彼の予想通り、2Bの心を大きく抉った一言は、彼女の涙腺を破壊した。

 止められない涙を何度も何度も拭いながら、水気を吸ってよれた袖の奥から、彼女は何度もしゃくりあげる。両手で顔を覆っても、発露した感情までは隠せない。

 

 2号モデルの人格は、冷静沈着なんかじゃない。

 ずっと平凡で、特徴もない……それこそ、人のような感情が礎だ。幾度となく9Sを殺し、9Sと共に過ごしてきたことで成長してきただけ。成長が素を覆い隠す殻を作っていた。

 その殻が、他でもない成長の助けとなった彼の手で剥がされた。そうなってしまえば2Bの閉じ込めてきた感情は、奔流となって流れ出るだけだった。

 

「ありがとう……ナインズ」

「……やっと、呼んでくれましたね」

 







バンカーが存続する以上、きっと彼らの望みは叶うでしょうね。
命令で殺し殺されることはなくなっても、彼ら自身が願う限り。




連載当初から少し遅いけど注意書きです

この小説は理想(イデア)で出来ています。
お読みの際はご都合主義な内容もあると思いますので、ご注意ください。
この注意を見て嫌悪感を感じた方は、ブラウザバックをお願いします


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文書39.document

これから休日ごとに投稿する感じにします
ソッチのほうが書くのに集中できるってのと、疲労があんまりないので。

というわけでイデア9942たちの視点です。
どうぞ。

※頭働かなくて致命的な誤字してたのを修正


 一体どこまで続くのか。

 回廊操作をされてるとしか思えないほど、長く続く通路。

 機械生命体の集合意識は、イデア9942が言葉とともに相手へと訴えかけた論理的矛盾問題(パラドックス)のウィルスを注入したため、一定時間は思考とともに機能停止に追い込まれているだろう。だが、相手は単純なAIではない。集合意識はそれ単体ではなく、無限に増殖する。

 そのうちパラドックス自体を考えないようにする、という案もでるはずだ。アレは人間の思考を参考にしている。なら無駄を突き詰める人間らしい一面を新たに与えることになるが…イデア9942にとってその程度は想像の範囲内だ。

 

「目下の目標はここからの脱出だが」

 

 イデア9942は電脳戦でこそ最高クラスだが、こうした現実における問題解決能力において、現状役立てることはもう何もない。四肢をもぎ取られ、5キロ程度の廃材を持ち上げる力しか無い2本の補助アームが残った鉄塊。それが今のイデア9942の姿だからだ。

 7Eも彼の言葉を受け、見回しているがどうにもならないと首を振る。

 先程からずっと続いている無機質すぎる真っ白な空間。そしてまっすぐな一本道。地上で歩くしか無い彼らには、そこをまっすぐと進む以外に道はもう無いのだ。それが出口に繋がっているのか、全くわからないまま。

 

「難しいわね。ちょっとこの辺り、11Sが接続できそうなポートが無いわ。時折出始めた機械生命体たちも、ここにつながってる様子はないし」

「……そう、ですねー」

「ちょっと、11S?」

 

 イデア9942を背負っていた11Sが、少し億劫な様子で言葉を発している。7Eが異常に気づいてみれば、彼の瞼は閉じられようとしている。

 

「イデア9942、11Sが」

「あァ、ちョッと診る」

「すいませんー……」

 

 11Sに自分を下ろさせ、イデア9942はサブアームを義体の人工皮膚の間に当てる。そのままハッキングを介して彼の状態を見てみると、単純なことだった。11Sの動力源であるブラックボックス。それに供給される燃料自体が減少していたのだ。

 

「燃料不足だ。次に機械生命体が出たら、そいつらから拝借しよう」

「できるの?」

「あァ、この身が機械生命体でよかッたな。意識的にそういう機構でアンドロイド用に燃料を作れるよう改造しておこう。なァに、しばらくはただの足手まといだ。君たちはよく喋る燃料タンクを背負ッていると思ッてもらえばいい」

「……なんていうか、貴方と話してるとウィットが強すぎて調子狂うわね。そんな状態になって、何とも思わないの?」

「さて、な。生憎と痛覚神経は切ッてある。それ以前に君たちヨルハが、たかが機械生命体に感情移入しても良いのか。ただの敵性個体を切れなくなるぞ」

「アンタはどんだけ特別か、思い知らされてるからなんともないわ」

 

 7Eの言葉に、クッとノイズ混じりの苦笑を返すイデア9942。

 ズレた帽子を直した彼は、彼女らと語らいながらも、やはりヨルハは不安定で何も知れない無垢な子供のようだと感じていた。

 

 ときに、11Sの問題だが、いくらアンドロイドと言っても、ブラックボックスが最高効率の動力炉だとしても、添加する燃料がなければ生きられない。この世に永久機関などなく、あの機械生命体の集合意識、「N2」ですらネットワークが崩壊すれば存在を維持できなくなる。

 

 それ以前に、ヨルハ機体らはどこか「人間くさい」設計をされている。ほくろや少年・女性のはっきりとした区別、そして髪の毛が伸びたり、疑似血液の他にも体液がいくつか。脳回路には人間らしいものを与えられながら、これまた人間らしく「節制」を規律とした部隊意識。

 

「子供なんぞいなかッたが、まさか機械になッてまで子育ての機会に恵まれるとはなァ」

「どうしたの?」

 

 小さく呟いたつもりだったが、彼の発音がしっかりしていたからだろう。人間より遥かに優れた集音性で言葉を幾つか拾われたらしい。イデア9942は誤魔化すようにサブアームで帽子を深くかぶり、首を振ってみせる。

 

「いいや、ただの独り言だ。それより7E、しばらく休憩と行こう。たッた今機構の構築が終わッたのでな、この身の燃料を幾らか11Sに分け与える」

「燃料を分けるって……貴方はどうするのよ?」

「問題ない。電子回路を動かすだけならバッテリーで事足りる。その代わり」

「……何?」

「いや、簡単なことだ。必ず脱出してほしいだけだな。こんな生の息吹も感じられない場所、この身にはまッぴらゴメンだ」

「そうね、ええ、約束するわ」

 

 11Sをうつ伏せにし、7Eが彼の上着を取っ払う。

 イデア9942のサブアームが11Sの人工皮膚を切り裂き、下に見えた複雑な機構の扉を開くと、11Sの内部構造が丸見えになる。その細い一部にイデア9942の断面から管が伸び、鼻を突くような匂いを発する燃料が注ぎ込まれた。

 

「……心底、便利だなこの体は」

 

 最後の作動分に、ほんのちょっぴり自分の燃料を残して、管をしまう。

 とはいえ自分も満タンとは言えない量であるし、変換したせいで更に11Sの取り分は少なくなった。稼働してもせいぜいが4時間だろう。戦闘になれば半分以下に稼働時間は落ちる。

 それに、燃料の直接補給は初めてだ。上手いこと稼働するかどうか、多少メンテナンスを行わなければならない。敵地である以上、これ以上は油断出来ないが。

 

「ひとつ、質問してもいいかしら」

 

 周囲の敵反応を伺っていた7Eだった。彼女は口元を「への字」に曲げながら、理解できないといった風に首を振る。

 

「なんだ、7E君」

「あなたは、アダムやイヴみたいに人間に近い義体を作らないの? せめてスキャナーモデル並みに動ける身体を持てば、きっと今みたいにならなくても済んだかもしれないのに」

 

 今みたいに、というのはイデア9942の無様な姿を指すのだろう。

 両手両足は破損し、代わりに通信増幅器の材料になっている。中型の分厚い装甲板はところどころ剥がれ落ち、内部構造が見えるほどに損傷、断面からは常に火花が散っていて、誰かに背負ってもらわなければ身動きが取れない。

 

 戦闘に秀でた義体に彼の回路が収まれば、それはもう無敵の存在になるだろう。集合意識をも黙らせる優秀に過ぎる情報処理能力は、多数の映像処理・複雑な命令系統・攻撃や動作に対する指示を同時に実現させるのも難しくはない。いや、彼ならば片手間程度にそれらをこなせる。

 

 だが、そんな体を作らず、少なくとも外見は製造されたままの姿。内面の強化も駆動系を少し滑らかに動けるようにした程度。一般的な機械生命体と違う点は、その繊維で出来た帽子とマフラーをしているだけ。

 単純に、「効率的ではない」彼の姿に、多くのアンドロイドが持つ疑問。だが、彼を知れば決してしないであろう質問を、7Eは投げかけたのだ。

 

「…そうだな」

 

 懐かしそうに、彼はカメラアイを瞬かせる。視線は遥か上へ。いや、その虚空すらも貫く次元の向こう側を見据えている。こうして自分たちの生きる世界を、薄い画面一枚隔てて見ていた向こう側。今となっては、絶対に干渉できない頑強に過ぎる壁の向こうを見ている。

 

「感傷と、それから決別だ」

 

 ほんのすこし思案した挙句、彼はそう答えた。

 

「君たちヨルハに全ては伝えられない。だが、一つだけ言えることがある」

 

 ヨルハだから答えられない、とはどういうことだろう。

 7Eが訝しんでいる間に、彼は感傷に浸ったままに言う。

 

「生まれ持ッた体を大事にしたいんだ。それに、この姿を好きだと言う騒がしいやつがいる。だから、これでいいんだ。この身が後ろで、あいつが前。それでいいんだ」

 

 今頃何をしているんだろうな、と。探してくれているんだろうな、と。彼女のことを思い出す。イデア9942にとって、もはや居なくてはならない存在になってしまった、11B。最初は単純に、戦力の増強のために引き入れたつもりだった。

 それがどうだ。結局自分は人間の感性を捨てられなかった。彼女は家族にも近い、愛しく大事な相手になり、11Bもまた、自分を案じてくれる最高の相棒になった。そしてこの体だからこそ、この関係が始まり、この関係が続いている。

 

 11Bだけじゃない。パスカルや、アネモネ。そしていまはヨルハの2Bたち。いずれも機械生命体として普遍的ながらも、自分であることを主張するようになったこの姿だからこそ。

 

 姿に頓着するなんて、考えられなかった昔と違う。今はもう、この姿でないとだめだ。この少しばかり不便で、誰をも優しく抱きかかえられる大きさで、固く冷たいこの体じゃないと、だめなんだと。

 隠し事には帽子で目を隠し、気合を入れるならマフラーを締め直し、そんな癖が染み付いたこの姿。中型二脚の量産型機械生命体。人間にも似て、最も遠いこの姿が。

 

「感情、豊かですねー……ほんと、羨ましいよ」

「起きたか。異常は無いかな」

「いえいえ、純度の高い燃料ですし、むしろ半端な安物を入れてた以前よりもマシです。今度司令官に燃料問題を進言しないとですねー」

 

 ブツクサと文句を垂れながらも、11Sが起き上がる。

 本当は彼に聞きたいことがあった。感傷の部分には分かるところがあるが、決別とは何からを意味しているのだとか、後に語った彼女とは一体誰のことなのかとか。だが、11Sはそれを聞かない。

 今も自分たちを救ってくれているイデア9942。そんな彼に失礼な真似はできない、と。それに、いつか話してくれるだろう、そんな予感もある。だから11Sは、話をしているときに「スリープモードになっていた」体を装って、深くは聞かなかった。

 7Eも同じだ。むしろ11Sよりも、今の答えだけで納得している。彼女はスキャナーモデルほど深く考えず、バトラーモデルほど確固たる意思を持たない。ただ、小さな理由ひとつで納得し、即座に行動できる。だから、彼の答えの一つだけで、いいのだ。

 

「それに、今起きてちょうど良かったかもしれないわ。ほら、お客さんよ」

「え?」

「ほう……」

 

 7Eが言うと、見づらいが、世界の端から真っ白な道がもう一本、彼らの隣に伸び始めた。それの正体は「白いキューブ」がいくつも重なって、道のようになっていく姿。いくらか間を置いて、カタカタというキューブの擦れ合う音とは別に、カツカツとヒールの硬質な音が響いてくる。

 

 その音の発信源には、黒色の粒が2つ。

 段々と大きくなってくる世界の異物のような二つの影は、徐々に彼らの視界ではっきりとした像を結んでいく。

 

「やっと見つけましたよ! 大丈夫ですか11S、7E……って!?」

「イデア9942!? どうしてそんな」

「やはり君たちだったか。2B、9S。そして――」

 

 もう電力だけで動いているイデア9942の声は、いつもよりも電子音らしく響いたものだった。そして何より面白いのが、今の状況だ。2Bらはイデア9942の状態に驚き、対して7Eらも二人の方を見て瞠目し、口を開いていた。

 

 11Sと7Eが驚いた、その正体とは。

 

「君とははじめましてだな、イヴ君」

「ん、ハジメマシテ。……これでいいんだっけ、兄ちゃん居ないからわかんねーや」

 

 キューブを己の手足のように弄ぶ、イヴの姿がそこにあった。

 




イヴがいつ合流したのか
ちなみに描写しないのでここで説明。

2Bと9Sのイチャコラ発見

とりあえず機会あるまでキューブの足場に座って待つ
足ブラブラさせながら

話長い なんかすごい会話してる

え、あいつら…口と口って本の…

話し、終わったか?

って感じでぶっきらぼうに話しかけてきた感じです。
2Bと9Sはめっちゃ恥ずかしそうにゴーグル付け直してイヴに向き合います。
頬は真っ赤でした


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文書40.document

修正用に文章書いてたら出来たから落とします
またなんか矛盾あったら遠慮無くお願いします

そろそろ完結するのでせめてこの短さで矛盾はなくしておきたい
(べ、べつに完結しそうだから熱が冷めてきたとかじゃなくってですねー)

11/04 22Bではなく64Bに変更。
    キャラは一緒でも外装が違ってました まる(


 砂漠地帯に到着した11Bは、想定外の事態に陥っていた。

 本当はイデア9942を探すために辺り一面を散策したい。だが、そうも言ってられない事情が彼女に訪れていたのである。辺りを覆う砂塵と爆音、そして金属同士が擦れ合う音。それだけで、彼女が足止めを食らっている理由が分かるだろう。

 

「こわいヨ……オネエちゃん……」

「大丈夫、大丈夫だカラ、ネ? 64Bさんと、11Bのお姉ちゃんが守ってクレるかラ」

 

 彼女の後ろの横穴では、身を寄せ合うパスカルの村の姉妹がいた。それだけならいいのだ。二機を村まで案内して、あとはパスカルに預けるだけで済む。だが、そうもいかない。

 先程からの戦闘音。11Bをして初手を混乱させる相手がいるのである。

 

「クッソ! なんだよこの機械生命体は!?」

「ワタシに聞かれても分かんないよ!! いいからそっち、一体落ちた!」

「ああもう了解! くそったれェ!」

 

 64Bが毒づきながらも、地面に落ちた一体を殴り飛ばしに向かう。そのサポートをするように、11Bは片手に持った銃を何度か打ち、そのたびに轟音をかき鳴らしていた。

 

 相手は、工場廃墟で遭遇したソウシ。あの個体がいくつも連結したような敵性機械生命体の「ヘーゲル」というものが現れたのである。狙いは分からないが、あの姉妹がこの砂漠の中で発見した希少な鉱石を手にした途端に現れたというのだ。

 理由はどうだっていい、今はただ、この戦闘を勝利で終わらせるために動かなければならない。

 

「あノ二人のタメに、何か探そう」

「オネエチャン…うん、わカッた!」

 

 妹ロボの右手に握られる、人間の拳ほどの大きさがある石。それがどれだけの価値があるかは分からないが、イデア9942がここにいれば喜々として11Bの強化に使うであろう希少鉱石。姉妹はアクセサリーの作成のため、綺麗な素材を探しに来ていたのだ。

 それが埋まっていた場所を掘り出した途端、地表に飛び出ていた足の一部がピクリと動き、この姉妹は襲われたのだという。運悪くというべきか、だが姉妹にとっては幸運なことに、単体の戦闘性能ではトップクラスの11Bがその場に駆けつけた。

 

 そうして、村を離れる姉妹の護衛として付いてきていた64Bと一緒に共闘している、というのが事の顛末である。

 

「あの顔となんか似てるなぁ……」

 

 こちらにカメラアイを向けたヘーゲルに対する一言。

 冷静沈着な11Bに対して、64Bは焦るように唾を飛ばす。

 

「すっとぼけてる場合かよ!?」

「ああごめんごめん」

 

 眼前に迫ってきていたヘーゲルの分裂機。大量のエネルギー弾を発射し牽制しつつ、そのまま質量で押しつぶそうという魂胆だろうか。だが、11Bにとっては脅威に値しない、むしろ一体で突っ込んでくる絶好のカモだった。

 

「それっと」

 

 砂漠の悪い足場を物ともせず、ステップを刻んでエネルギー弾を回避。眼前に迫ったヘーゲルに銃口を押し付けて発砲する。

 

 ッゴォォォン………。

 

 野太く、重苦しい銃声が砂漠に響く。

 ヘーゲルのメインカメラが潰れ、迫った勢いをまるごと押し返されるほどの衝撃が装甲板を歪ませ、波を打つように球体の全身を浸透していった。当然、100の迫る力に正反対の110の力を与えれば、100の方が後退する。

 

「64B! 一本貸して!」

「あいよぉっ!!」

 

 たたらを踏んだヘーゲルに待っていたのは、64Bから投げ渡された四〇式斬機刀による一閃。完璧な姿勢、角度、そして常識はずれの膂力で放たれた一撃は、バターのようにヘーゲルの体を貫通していく。

 バリアも貼らない、量産型のはぐれの末路なんてこんなものだ。二枚おろしにされたヘーゲルは左右に分かれて爆発。64Bに斬機刀を返した11Bが、新たな獲物を捕らえるため、爆発で飛んでいるヘーゲルの欠片を足場にして空中へと跳ぶ。

 

「っらぁ!!」

 

 三式戦術刀を突き立て、ヘーゲルの一体に飛び乗った11Bは、刀を足場にしてヘーゲルの上へと移動し、変形させた右足のヒールで刀を掴み引き抜いたかと思うと、片手の力で宙に軽く跳んだ。

 そして別のヘーゲルを左足で蹴ってバウンド、足場にしたヘーゲルの元へ戻る。その勢いのまま右足を突き出しコマのように回転すると、一本のドリルのようにヘーゲルを突き抜けていった。

 

「……おまえ、やるなあ」

「そりゃあイデア9942お手製のボディですから」

 

 無難に衝撃波のチップで斬撃を飛ばし、地道にヘーゲルを削っている22Bからしてみれば、11Bの戦闘方法はヨルハきってのアクロバティックさと言えよう。もうヨルハ部隊を抜けた彼女らにとっては、その評価も意味はないが。

 

「ヒュゥ! やるなぁアンタ」

「それほどでもないよ。スペックに任せて殴ってるだけだしね」

 

 言いつつも、ヘーゲルの新たな一体を殴りつける11B。その時点で半分破壊されているヘーゲルを、64Bがトドメと言わんばかりに例の必殺技、武器と共に斬りかかる同時攻撃によって粉微塵に変えてしまう。

 

 そうして二人は共闘を続けていくが、11Bが特別製だとしても、ヨルハである64Bもまた例外なく桁外れの戦闘能力を持っている。攻略法が分かってしまった以上、5分もしないうちにヘーゲルたちは全て地面へと永遠にキスし続けるハメになってしまっていた。

 

「64Bサん! 射撃武器ヲ……あれ?」

「おう、もう終わっちまったぜ」

 

 姉妹がマンモス団地あたりから武器を抱えて戻ってきた時には、既に彼女らの戦闘は終わりを告げていた。使わず仕舞いになったとはいえ、バズーカのような大砲を持ってきた姉妹ロボはなーんだと息をつく。

 

「助かった……ありがとな、11Bつったか? まさかあの時してやられたヤツに助けられるなんてなー」

 

 両手を頭の後ろに回し、快活に笑う64B。パスカルの村で生きるうちに決めたのだろうか、既に眼帯は外され、くすんだ金色の瞳が垂れた目元から覗いていた。笑顔をそのままに、差し出された手を11Bがとり、固い握手が交わされる。

 

「そう言えば、このあたりでイデア9942を見てない?」

「イデア9942……あいつか。いや、このあたりじゃ見てねぇな。この二人に付いてきて、砂漠のオアシスのほうまで足を運んだけどよ、なんかヘラヘラしてた電子ドラッグ中毒のヨルハか、団地の方でメイクしてる機械生命体くらいしか居なかったぜ」

「そっかぁ…じゃあ、廃墟都市に戻ってみるかな」

「もしかして、居なくなったのか?」

「……そうだよ」

 

 深刻そうに顔をうとめる彼女の言葉を受けて、64Bは考え込むような素振りを見せる。しかし、一分もしないうちに考えることが億劫になったのか、ガシガシと頭をかいてすまないと謝った。

 

「やっぱわかんねぇや。こっちも村のほうで聞き込みしてみっけど、わかんなかったらごめんな」

「ううん、ここには居ないってわかっただけ時間が省けたよ。とりあえず廃墟都市に戻るから、何かわかったことがあったら連絡入れてもらっていいかな」

「オッケー。そのくらいなら。隊長と22Bのやつにも連絡入れてみるよ。どっちかなら村離れられるからさ」

「ありがとう。それじゃ」

「またねーオネエチャン!」

「ありがトウござイました、11Bさん」

 

 妹ロボの大砲を受け取った64Bは紐を肩に回して帰っていき、仲良く手をつなぐ姉妹を誘導する64Bたちの姿を見送った11Bは、すぐさま廃墟都市に向かうため足を向けようとした。

 の、だが。

 

「……ガ、ガガガ」

「まだ生きてるの?」

 

 赤いランプを点滅させるヘーゲルの声が耳に入る。

 それを冷たい目で見下ろした11Bは、今度こそとどめを刺そうと銃口を向けたが。

 

「ママ…ママ…ママ…ママ…ママ、ママ、ママ、ママ」

 

 悲痛な声だった。殺戮のために作られた兵器であると自覚しつつ、自分たちを製造したお母さん(エイリアン)を求めるようにデザインされている。決して裏切らないようにするために。それはあの時現れた超巨大型機械生命体、グリューンも同じ。愛情というプログラミングは、恐怖と違って力をつけても裏切らせない。

 

 エイリアンと機械生命体、人間とアンドロイド。代理戦争を続ける今の関係。どこまでも続く近似と、同族嫌悪。それらを証明するかのようなヘーゲルに対し、一度は止まった11Bは。

 

「うっさい」

 

 迷いなく銃口から弾丸を吐き出し、砂漠にもう一度重苦しい銃声を響かせるのが答えだった。

 

「自立しなよ。自分で考えなよ、それも出来なかったヤツが今更喚いても何の意味もないのに」

 

 自分は、イデア9942とともに有りたいと、そういう答えを掴み取った。時間を掛けて、イデア9942に感じる「謎の愛おしさ」を振り払って。彼女は「本当の愛おしさ」を原動力にイデア9942を探している。

 

 機能停止したヘーゲルを無視して、彼女は砂漠を去った。

 

 

 

 

 廃墟都市。

 いつもと変わらない風景の、第二の故郷とも言える場所。そこで深く息を吸い、植物特有の冷たい空気で脳回路を冷却させた11Bは、考えを改めてイデア9942の探索を始めようとしていた。

 

 その矢先だ。彼女の知らない通信先から、コールが鳴る。

 

「……?」

 

 怪しいが、いざとなれば逆ハッキングしてしまえばいい。

 イデア9942のツールを信じてコールを取った11Bが見たのは、少し前に見た顔だった。

 

『こんにちは、11B』

「アナタは、アダムだっけ」

 

 廃工場での脱出時、手を貸してくれた人型機械生命体。

 もはやバンカー内でも謎の評価が下され始めている、人を超える意思を持ったアダムである。だが、特に関わりもなく、どちらかといえば2Bたちに関わりが深そうな彼が自分に掛けてくるとはどういう理由があってのことだろうか。

 彼女がそう悩んでいると、考えを見透かしたようにアダムが語り始めた。

 

『そうだ。イデア9942を探しているのだったな。なら、君に連絡を入れておくべきだと思いだしたんだ。いや、別に忘れていたわけではないんだ』

「…イデア9942なみに回りくどい話し方だね。あれよりどっちかというと苛つくけど」

『おお、怖いな。女性が無闇矢鱈と苛立たしくするものではないよ』

「分かった、アンタはキザで癪に障るんだ」

 

 どういう進化を遂げればこういう方向になるのだろうかと首を振って、ふとイデア9942が朗らかに片手を上げるイメージを抱いた11B。だいたいそういうことなんだろうな、と今度は肩を落として息をつく。

 

「それで、彼の情報があるならすぐにでも聞きたいんだけど」

『そうだな。実はヤツがいる場所が分かった。だが、向かわないで欲しい』

「……は?」

 

 触れずとも凍結してしまうかのような、重圧感とともに、たったの一文字が11Bからひねり出される。濃密に凝縮された感情は通信先であるアダムの背筋さえも強張らせ、彼は垂れそうになった冷や汗を抑え、なんでもないかのように振る舞った。

 

『あそこにはヨルハの全部隊が集結している。それに、お前に関わるなと言っているんじゃぁない。むしろ、彼を回収した私の弟…イヴの補佐をしてほしいのだよ』

「そういうこと……いつもの裏回しってやつね」

『心配なら、イヴを通して一度会話させてやる』

 

 アダムが左の方に視線を向けると、なにかしらを操作する音が通信越しに聞こえてくる。次の瞬間には、ウィンドウがもう一つ出現し、そこからイヴの視界であろう風景が映し出された。

 

『うん、兄ちゃん、こいつら見てればいいんだな。……うん、じゃあしばらく黙ってるよ』

『11Bが見てるのか』

「イデア9942!? ちょ、どうしたのそれ!?」

 

 何もない空間に手を伸ばすが、ジジジとウィンドウが揺れるばかりで触れられない。イデア9942の惨状を見た11Bはあからさまに動揺を見せていた。そしてもう一つの画面の隅で、11Bの様相を見てくつくつと笑うアダム。

 実際のところ、イデア9942の安否よりも11Bの「恋」にも等しい感情を観察するために通信を繋げたのかもしれない。人間の似姿であるアンドロイドも、行き着く先には未成熟な機械生命体らとは違う恋愛感情を持つことが可能だ。そして妙な感情制限などを最初の遭遇時に取っ払われている11Bは、イデア9942監修の感情に満ち溢れた個体のひとつだ。

 

『心配するな、もうじきイヴが使った抜け穴から戻る。エイリアンシップの方に君は行ってくれ』

「エイリアンシップ…?」

『おお、忘れていた。君はまだ行ってないんだったな。あー、廃墟都市に最近できた落盤の先だ。左の通路を真っすぐ行けばいい。ヨルハの連中は全員白の街にいるから、遭遇することもないとのことらしい』

「わかった」

 

 移動を始めた11Bだったが、まだ通信は続いている。

 次に彼女に話しかけてきたのは、2Bだった。

 

『11B、久しぶり。聞こえてる?』

「うん。2Bたちも元気そうだね」

 

 イデア9942の無事を確認して、心の余裕が出来たのだろう。いつもなら邪険にするはずの相手である現ヨルハ部隊にも、柔らかな声で11Bが返した。

 いつもと違う様子に少し面食らいながらも、2Bが話し始める。

 

『元気……そうかもしれない。とにかく、あと20分で私達ヨルハは一旦引き上げる。撤収完了の間イデア9942と、アダム・イヴたちとエイリアンシップから動かないように注意して。護衛のために貴女は必要だけど、今死亡扱いになってる貴女の姿を見られるのは良くないから』

「分かってるよ。それはそうとイデア9942をあんな状態にした奴らなんだけど……」

 

 11Sらと話していた9Sが、11Bの言葉に反応して顔を向けた。

 

『あ、他でもない彼自身が倒したとのことですから安心してください』

「…そっか、残念」

『うぇ!? やっぱり苦手だなぁこの人……』

『9S、多分聞こえてる』

『え、あ……あ、ああああの! 何でもないですよー!』

 

 必死に取り繕う姿があまりにも無様で、真剣な場面なのに11Bに苦笑が浮かんできた。場の空気を濁すことに関しては褒めてあげてもいいかもしれない。ただし、次にあったときだが。

 

『この通りだ、安心してもらいたい』

 

 11Bがそんなことを考えていると、イヴからの通信が断ち切られてアダムの方へと切り替わった。

 

「逆にあなた達のところは安心できるの?」

『アンドロイドへ無闇に手を出さない。そうした書文を送ったばかりだ。そう簡単に自分の言葉は覆さないつもりだとも』

「なら、信じてあげる。だけど」

 

 イデア9942から授けられた、自分だけの銃を握る力が強まった。

 

『勿論、裏切りはしない』

 

 アダムは眼鏡の位置を直しながら、得意気に口角を釣り上がらせる。

 その映像を最後に、彼からの通信は断ち切られた。

 

 それからしばらく移動して、11Bはようやくエイリアンシップに繋がる竪穴へと辿り着いた。パスカルや22Bへ「イデア9942が見つかったから迎えに行く」という旨のメールを送ると、彼女は意を決して飛び込んだ。

 

 二人の再会は、近い。

 




前回は11Bを11Sと間違えるっていう頭おかしい失態をしました
いやあ似たような人格モデルばっかりで難しいね!!

ここまで出しといてH型はメインキャラクターにいないですが、
正直デボポポがH型の上位互換に思えて(9S直した描写のせい)
H型ってどうしたらヒーラー扱いできるんだろって感じです

あとイデア9942がイデえもん街道まっしぐらなせいでH型空気化不可避
月面の偽装人類施設にいる10Hはキャラ定まってるから書けそうなんですがね。

あと22Bは口調が男勝りだから判別しやすいし楽
8B隊長? ああ、彼女は犠牲になったのだ……口調かぶりの犠牲にな……
てかB型の個体って作戦中だからか、口調一緒なのが多すぎて書き分けられない


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文書41.document

無言投下イデア


 イヴはこのケイ素と炭素で出来たキューブを、アダムのように扱うことができるらしい。その他にも、再び現れ始めた彼らを襲ってくる(正確にはイデア9942を再び捕らえようとしてくる)ネットワーク総体に支配された機械生命体を破壊した後、その破壊された個体の装甲板などを手や足に纏わりつかせ、超質量のパンチやキックで敵を撃破している。

 

「っラァッ!!」

 

 そして今も、鋭い蹴りが一体の機械生命体を吹き飛ばした。

 空中分解して落ちていく敵性機械生命体は、バラバラの破片になったかと思うと、マグネットで引き寄せられる砂鉄のようにイヴの右腕に収束していく。

 

「ほらよ」

「助かる、イヴ君」

「……その、くんってのやめろよ。なんか、むず痒いんだよな」

「それは済まなかッた」

 

 朗らかに言ってみせたイデア9942は、イヴが集めた機械生命体のパーツをサブアームで引き寄せる。そして火花が飛び散って、加工が始まった。

 イデア9942は両手両足もないボロボロの状態ではあるが、こうしてイヴが現れたことで状況は一転。彼が破壊された機械生命体の体を回収し、イデア9942がそれらを加工して新たな体を作る。余ったパーツで武器を取り上げられた11Sと7Eの即席武器に変え(といっても耐久度は低いが)、戦闘の回転数を上げていくという流れだった。

 

「2B君」

「なに? イデア9942」

「それにしても、何故彼がここにいるんだ?」

「アダムに言われてきたらしい。それから、さっき聞いての通り11Bがアダムと一緒に待っているから、イヴについていってエイリアンシップで待機して欲しいと。私はソレくらいしかしらないけど」

 

 イデア9942にとって、先程会話したことである程度は理解してたものの、あの不倶戴天のアンドロイドの敵であるアダムらが、いつの間にかアンドロイドと多少友好的な立ち位置にいることに驚きを禁じ得なかった。

 なんせアレほどボロッカスに言い捨てた相手だ。今更会うにしても気まずい。それにだ、まさかとは思うが、9Sらへの助言のつもりが、合間に言った暴言がアダムの考えを改めさせたのだろうか。

 

「考えても埒が明かん」

 

 再接続した加工済みの右腕を、彼はギュッと握っては開いて、動作確認をする。機械生命体はほぼ量産される形で、規格も一緒なのが幸いだった。あとはイデア9942が今まで通り使っていたように、神経となるケーブルや内部の滑らかさを増すように多少加工してやればいいだけ。

 外見を大きく変えると、こういうところで不便だろうな、と7Eに少し目配せしてやれば、微妙な表情で彼女は口元を引きつらせた。意趣返しにしても趣味が悪い。その様子を見ていた11Sが、やれやれと言わんばかりに息を吐き出す。

 

 2Bとイヴが前線を貼っているというのに、後衛組は呑気なものである。

 

「さて、と。あとは両足だが……」

 

 左足を見つめてイデア9942は深く息を吐くような音を出した。ノイズが混じって耳障りで、どうしても彼のため息は目立ってしまう。どうしたのか、と目線で問いかける9Sに、彼は事の顛末を話し始めた。

 

「先程、機械生命体の新たな首魁らしき奴らと遭遇してな。名はN2と名乗ッていたが、正体は機械生命体のネットワーク上に形成された自我だ」

 

 左足が動かない事実を伝えて妙に心配させるより、こうして有意義な情報を回したほうがいいだろうと気を使って、彼は新しい話題を投下した。それに反応するものがいると、知っているからこそ。

 

「なっ……あの雑多なネットワークの上に自我なんて」

 

 思ったように釣れた9Sの言葉に、一行の注目は集中する。

 一度、アダムの手によって招かれていた9Sだからこそその驚きは大きかった。なんせ9Sは招かれた側だからこそ、アダムによって自我データがある程度保護されていたが、結局はその状態でもある程度の汚染として、知り得ない情報の断片を映像として脳回路に焼き付けられている。

 

 あれほど高度な情報の塊であり、ある意味で変化しかないモノの上に自我なんてものが芽生えて、それが継続されている事は奇跡に等しいと考えたからだ。

 

「そうだ、だが事実だということを前提に聞いてくれ」

 

 彼の反応に、頷きを返してイデア9942は言う。

 

「どうやら、奴らはこの身の魂とやらを狙ッているらしい。お笑い草だがな、機械生命体に魂などと、高尚なものがあるはずもない」

「おいっ、それ……俺たちに喧嘩売ってんのか…!?」

 

 敵の攻撃を躱し、カウンターを入れながらイヴが声を荒げる。

 

「いや、そういう訳ではない。君たちのような特別な存在はともかく、この身を見てみろ。量産型が帽子とマフラーを付けているだけだ。声も雑多なやつらのパターンの一つじャないか」

「どの口が言うんだか……」

「口など無いがね」

 

 人間らしい減らず口を返され、9Sはこういうヤツだったと頭を抱える。

 戦闘の合間に、そんな姿を楽しそうに一瞥した2Bはイヴに投げ飛ばされながら、降ってきた大型の機械生命体を一刀のもとに切り捨てる。今日も彼女の刀は、絶好調といったところか。

 

「ともかく、奴らは何度もバンカーに侵入し、ヨルハの動向を探っていたらしい。それこそ発足されてから、()()計画が始動してから、な」

 

 ヨルハ計画の事を言っているのだろう、と2Bと9Sは思い至る。実際のところは、まだ彼らですら知らない「真のヨルハ計画」についてなのだが、この際のすれ違いにさほど意味はない。要点はN2がそうしたものに気づいた、という一点であるのだから。

 

 そうして彼らは進みながら、イデア9942の話に耳を傾けた。

 彼から出て来る話は、ヨルハ部隊の気を引き締めさせるには十分な情報が詰まっていた。N2、この「施設」や「街」と同じような「塔」の建設計画。別にN2が話したわけではないが、イデア9942が生前から知り得た事実である。N2という存在の出現によって確定されたそれらの情報は、ヨルハへと手渡されるというありえなかった未来にバトンを繋げていく。

 

「ん、こっから俺は来たからな」

 

 そして大まかな情報が2Bらの手に渡る頃には、ついに彼らは目標とする地点に辿り着いた。11Sたちが求めてやまなかった出口へと繋がる道であり、イデア9942とのひとまずの別れを告げる地点でもある。

 イヴはぶっきらぼうに指を指すと、2Bたちが歩いてきた方へとキューブがひとりでに動き、一本のまっすぐな道を作り上げる。この空間ではなく、この材質そのものを支配するイヴにとって、回廊操作は自分の体を操るがごとくといったところか。

 アダムに出来て、弟の彼に出来ない道理など、どこにもない。

 

「お前らはあっち行けよ。イデア9942だっけ、お前は一緒に来い」

「うむ。すまんがジェット噴射の機能は捨てているからな。抱えてもらいたい」

「仕方ねーな」

 

 イヴに囚われた宇宙人のように、Tの字で持ち上げられるイデア9942。

 そのままエイリアンシップがある穴のほうへと連れ去られようとした時だった。

 

「ああ、待ってくれイヴ。最後にちョッとな」

「早くしろよ、兄ちゃんが待ってんだから」

「分かった分かった……君たちには、このパスコードを渡しておく」

 

 イデア9942が無断で9Sの防壁を打ち破り、9Sの記録回路の中に「9942桁」の暗号化されたコードを送る。ご丁寧にも、届けられた瞬間9Sの自我データ内であれば暗号化が解けてパスコードの内容が閲覧できるというオマケ付きだ。

 

「またこうして常識はずれなことを…」

「ライフワークが趣味になッた結果だ、いずれ君にも出来る。ッと、それよりもだ。バンカーについたら司令官殿にそれを渡して欲しい。できれば彼女専用の端末から入力する形でな。コマンドプロンプトくらいはあるだろう」

 

 難しい表情をしながら9Sが返す。

 

「そりゃぁ、あると思いますけど…っていうか大分アンティークなプログラムを持ち出してきましたね。コマンドプロンプトって」

「そうなのか? まァいい。ともかくN2対策だと言ッておけば分かるだろう」

 

 

 イデア9942の一言に、困ったように下げられていた9Sの眉は元の位置に戻される。口調こそ適当だが、こうやって唐突に真面目どころか常識が吹き飛ぶようなものを渡されるから困るのだ。以前のブラックボックスの複製然り。

 

「イデア9942、そういうのは然るべき雰囲気でお願い。あまり9Sを感情で振り回さないで欲しい。私達ヨルハの規律を破らせる訳にはいかないから」

 

 9Sが困る様子を見かねた、というよりも自分の時よりも9Sのことを右往左往させられることに嫉妬して、イデア9942を止めようと2Bが口を挟んできた。勿論、その程度の小さな嫉妬なんて彼にはお見通しだった。

 なんせ、調子を確かめるためと自分を騙しながらも、今も気づかれないようハッキングして脳回路で考えていることを覗き見ているのだ。この腐れ機械生命体の前ではプライバシーも何もあったものではない。

 

 くつくつと笑うばかりのイデア9942に、2Bは先程の言葉はどこへやら。憤慨したように肩を小さく震わせて、不満の感情を露わにしていた。

 

「2B、わかってると思うけどこいつの前じゃ何してても無意味よ無意味。流されるだけ流されちゃいましょ」

「分かってるけど、7E。口に出さなければ、伝わらないこともある」

「おーいまだかー?」

 

 口論を始めようとするヨルハの面々を見かねて、イヴがついに声を上げた。

 

「済まなかッた。要件はこれだけだよ」

「ならさっさと行くぞ」

「では皆の衆、また縁があれば」

 

 いずれ、その縁の塊となる特大の爆弾を2Bらに渡した彼は、つままれた猫のように体を揺らしながら壁の穴の中へと消えていった。その姿を無事に見守ったヨルハの一行は、まだ本調子ではない11Sを背負い直して出口へと足を向ける。

 

「……ともかく、助かったわ2B、9S。11Sに代わって礼を言わせて頂戴」

「これも任務だから。それより、イデア9942に変なことされてない?」

「まさか! 変な思考への影響はともかく、恩人よ」

「その変な影響が、一番心配なんですけどね……」

 

 パスコードを解析しながら9Sが言う。

 

「ところで9S」

「なんですか2B?」

「さっき彼から渡されたパスコード、他に何もなかったのか?」

「ええと……はい、これだけみたいですね」

 

 結局中身はただのパスコードだが、これを打ったら一体どうなるのだろうか。司令官に渡すのが楽しみでもあるが、ソレ以上に変な驚きがヨルハ全体に植え付けられそうで恐ろしい。2Bと9Sの予感は見事に的中することになるが、それは後の話だ。

 

 そして11Sと7Eは入念な検査のため、一度スリープモードにしてかつての9Sのようにロケットで打ち上げられることとなった。2B、9Sはイデア9942から受け取ったパスコードを手に、一度バンカーへと帰還することになる。

 集結していたヨルハ部隊は街から姿を消したかと思ったが、一部は任務のためといいつつも残り、レジスタンス部隊とこの真っ白な街の中でなにやら活動を始める。

 

 アンドロイド達にも新たな転換が訪れたその頃、イデア9942たちは……。

 

 

 

 エイリアンシップ内部。

 乾ききった、男性器の頭を彷彿とさせるエイリアンたちの干物が立ち並ぶコントロールルームに、4つの影があった。いや、正確には二つくっついたものを1として3つだろうか。

 

 一つはアダム、このエイリアンシップに招いた張本人。一つはイヴ、イデア9942を招待した従順にして天真爛漫な青年。最後の一つは11Bとイデア9942、ようやく再開できた愛しい相手に抱きついて離れない様子が見える。というのも11Bだけで、イデア9942は気恥ずかしさから彼女を顔面から押しのけようとしているが。

 

「過剰なスキンシップだな、それが貴様らの愛情、というものか」

「いや、少し違う。こいつが大げさなだけだ」

「あんな姿見せられて大げさもなにもないよッ!? どれだけ心配させれば気が済むんだよイデア9942は……もぉぉ!!」

 

 今度は涙を流し始める11B。元がヨルハとはいえ、流石は彼直々に改造され、一緒に過ごしてきた個体といったところだった。感情表現はあまりにも豊かで、人間にも引けを取らない。時折見せる人間離れした感情の爆発と殺気は少々特徴的だが、それだけだ。

 

「やはり、依然興味が湧いた。イデア9942、お前とは一度じっくりと語らいたいと思っていたんだ」

「兄ちゃん、俺どうしたら良い?」

 

 右手を上げて棒読みのようにイヴが言う。

 せっかく昂ぶった感情のまま両手を広げて言ってみせたが、雰囲気を台無しにされたからだろうか。誤魔化すように眼鏡の位置を直し、アダムは平静を取り繕って続けた。

 

「……あぁ、イヴ。とりあえずこの前作った部屋で遊んでいろ」

「はーい」

 

 それから、と更に続ける。

 

「……チェスに関しては、いつか必ず白星を取ってやるからな」

「そっか! じゃあ兄ちゃんが勝てるまで、俺もいっぱい作戦練って待ってるよ! じゃ、俺は向こう行っとくね」

 

 少なくともイヴの視点では、兄と白熱した戦いで盛り上がれる新たなゲーム、チェス。それにハマっている兄弟は、今の会話を見る限り弟のほうが勝ち越しているらしい。知識の差はどこに行ったと言わんばかりのパワーバランスである。

 いや、「戦闘においてはイヴのほうが強い」という点においてはある意味正しい姿なのだろうか。どちらにしても兄としての威厳も無い、所帯じみた会話である。

 

「その、なんだ。チェスは専門外だが応援くらいはしてあげるね?」

「……言うな」

「とにかく本題に戻そう」

 

 イデア9942がエイリアンの死体を放り投げて、もはや何の機能もしていないコンソール付きの椅子にどっかと座る。仮にも「ママ」など親という形でエイリアンを求めるよう設計されている機械生命体の一種でありながら、創造主に対してひどい暴挙だった。

 

 そして死体は完全に風化していたこともあって、どけられた衝撃でサラサラと砂埃になって辺りに散らばった。多少原型を残したエイリアンの死体を足蹴にしながら、イデア9942がアダムに向き直る。

 

「やはり貴様、ただの機械生命体じゃないな」

「何度も言われて慣れてしまッたな。他の言葉はないのか」

「あえて馬鹿とでも言ってやればいいのか? まぁそれよりもだ、もっと興味深い話をしないか?」

「興味深い話、か」

 

 馬鹿、と言われたことで肩を怒らせる11Bをどうどうと落ち着けて、彼はアダムの言葉に返す。

 

 アダムは口元を歪ませながら、ひとつの文書記録をホログラムに出す。

 彼の両手に出現したウィンドウのタイトルには、こうあった

 

―――【極秘】ヨルハ部隊廃棄について。

―――【極秘】ブラックボックス。

 

「……流石は元ネットワークの元締め。その情報を発掘したか」

「ああ、そして貴様が言うN2とやらもな。そして何故貴様がそれを知っているのか……良かったら話してもらえないかな?」

 

 もし口があれば、イデア9942の口元はアダムと同じくニヤリと歪んでいたことだろう。だがそのかわり、首元に手をやり、マフラーを締め直す。イデア9942は死んでいたはずのコンソールを復旧させると、エイリアンシップの権限を一気に掌握する。

 所有者が死んでもなお、謎のエネルギー源を元に発光していたシップはまだ息を保っていた。低い地鳴りの音と共に、入り口が完全にシャットアウトされる。電脳体が入り込む余地もなくなる。

 

「これで、ここは完全な密閉空間だ」

「……流石は」

 

 冷や汗があるなら、流していたであろう。

 戦慄したようにアダムが呟いて、イデア9942を見やる。

 

「それを話す前に、一つ忠告だ。11B」

「……覚悟はあるよ」

「なら上々だ。いや、心配するまでも無い、か」

 

 彼女の覚悟など、とうの昔に経験済みだ。

 ありとあらゆる道程を歩んで、ここまで辿り着いた。

 

 ならば彼女とともに、真実を踏み越えていこう。汚らしいソレなど、拾い上げて騒ぐだけ面倒なのだから。

 

「まずはヨルハの廃棄について、語り合おうか」

「ふん、趣味が悪いな貴様も」

「君ほどじャァないさ、アダム君」

 

 秘密の会合が、始まる。

 

 





ヨルハ御用達、ハッキョーセットの二点。
今ならポテトとナゲットが付いて来る。
奇声あげながら自爆してくるけど


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文書42.document

どんどんかけてゲームできない
遊びたいよお

11/04 文書9.documentと辻褄が合うように書き直しました
   以上、現状投稿しているうちの大まかな修正は終了。ついでに修正した話は少しだけ加筆して状況の説明や戦闘描写のミニ追加。細かい点や22Bと64Bの入れ替わり程度なので、大筋は変わりません


「ヨルハ部隊の破棄、か。最初にこの資料を見つけた時は目を疑ったよ。まさか、ヨルハという特徴的なアンドロイドに憐れみの感情を抱くことになろうとは、思いもよらなかった」

 

 彼の手の上で揺れる、資料のホログラム。

 司令官にすら閲覧を許さないヨルハ計画のSSレベルの極秘資料は、いまやアダムという特異個体の掌で転がされるだけの紙切れと化している。とはいえ、この極秘中の極秘たるヨルハを覆す真実の塊は、一体どこで手に入れたのか。

 

 イデア9942はそこを聞こうとしたが、やめた。まずはアダムの考えをしっかりと受け止め、その上で判断しなければならない。だが彼がそうした考えを口に出す前に、動いたのは他でもない、元ヨルハ部隊所属の11Bであった。

 

「憐れむって……アナタたちがそうまで言うほど、ひどいこと書いてあるのかな?」

「タイトルを見れば分かるだろう、11B」

「廃棄について……そりゃまぁ、設立当初から捨てられる前提なのは確かにムカつくけど。それに関しては前に結論だしたもん」

「……うん? イデア9942。貴様はこのヨルハにどういう教育をしてきたんだ?」

 

 思っていた反応と違い、11Bはこの真実についてあまりにもサバサバとしていたからだろう。アダムが訝しげに、額にシワを寄せてイデア9942に問うてくる。

 

「どう、と言われてもなァ。まァ普通に情緒を教え、感情の制限を取ッ払い、この子が望むがままに戦わせ、そして相棒の誓いを結んだ。その過程で少々突拍子もない事をしたかもしれんが、それだけだと思うんだがな……あぁ、あと出会って間もなく廃棄に関しては言ッていたかもしれん」

「イデア9942。最後のはともかく、アナタが何かするたびにワタシがどれだけブラックボックスを停止させそうになったか、知ってる?」

「そうだッたのか? すまないが、知らん」

 

 帽子を指でトントンと叩きながら、これまでの概略をまとめたイデア9942。その話を聞く限り、イデア9942がこれまでやってきたことをそれなりに把握しているアダムには、彼が規格外過ぎて多少のことでは動じない肝っ玉を獲得するに至ったのだろう、と11Bの状態に当たりをつけた。

 

「ま、まぁ、いい」

 

 メガネの位置を正して、アダムは空気を切り替えた。

 ソレよりも重要なのは、次の一言に集約されている。

 

「イデア9942。貴様に問う、この情報は……本当に真実なのか?」

「紛れもなく事実だとも。君にとッては残念だろうが、な」

 

 ノータイムで返された言葉に、アダムはピクリと眉を上げる。

 ふぅ、と一つの息をつく。月が浮かぶであろう上を見上げる彼は、目を細めて先を見通すように言葉を紡いだ。

 

「そうか。人間はもう、本当に居ないのだな」

 

 心の何処かで、月以外にも生き残りがいるのでは? そう期待していた。だが、機械生命体としての合理的な判断が何度も訴えかけていた。「これらの情報を統括すると、人類は数千年前に絶滅している」という事実を。認めざるをえない。

 アダムは初めて、期待に裏切られる気持ちから来る、空虚さを感じていた。いや、元々生まれたその時から空虚さは抱いていた。空っぽのそこに、人類に対する興味を詰め込んだだけで、空虚さは知っていた。

 だが、改めて感じた空虚な気持ちは、埋めようのないものだった。とても小さく、自分の根幹を揺るがすほどでもない。ただ、身勝手な気持ちを裏切られた、それだけの。

 

「また、感情が何か……少しわかった気がするよ」

 

 また息を吐いて、アダムがドサリと座り込む。

 椅子のない冷たい床に尻を下ろして、片膝を立てそこに腕を置く。

 

「残念か?」

 

 イデア9942の問いかけに、彼は是と頷いた。

 

「まぁ、仕方ない。そういうものだったか。我々は始まりすら見失う代理戦争を続けていただけ。そもそも、争っていた張本人が居なくなってもなお……貴様の言う、人類の愚かしい一面を繰り返していた。それだけなんだろう」

 

 首を振りそれよりも、とアダムは顔を上げる。

 

「不可解なのはヨルハの存在だ。確かに士気高揚のために、こうした人類という神を新たに作り出し、勢いを取り戻そうとするのは分かる。だが、情報はこのように完璧ではない」

 

 ひらひらと掌で踊るホログラムの「極秘」の文字。

 いくら秘めようとしても、知りたがるものがいる限り、断片だとしても情報というものは絶対に残ってしまうものだ。だからアダムは、このあまりにも杜撰な「ヨルハ計画」について、首を傾げざるを得なかった。

 

「そもそもヨルハ計画は、考案された瞬間から間違っているとも言える。なのに何故決行された? 確かに、あの廃工場を見る限り、信仰の形を定めてしまうのは頑強な協力関係を生み出すに足り得ると実感した」

「だよね。カミになるって、自我を獲得したはずの機械生命体たちが自分の死すらも厭わない覚悟……いや、そう信じて特攻自爆してきたんだもの。正直、怖いくらいだった」

 

 とはいえ、戦いで臆するほど11Bは気持ちが弱いわけではない。彼女の戦闘面ではなく、正しい感性として思った言葉を口にする。これにはアダムも同意見のようで、11Bの補足を完全に肯定していた。

 

「残念ながら、この身も詳細は知らんよ。だが、ヨルハ計画は計画段階で頓挫し、施設は完成しても始動せずに破棄されるはずだッた。それが狂ッた個体のせいで実行されるに至ッた、と。裏付けも何もないがな、こういうバックストーリーの筈だ」

「狂ッた個体、か。プロトタイプのヨルハが真っ当な感性の持ち主なら、ブラックボックスの真実に気づいて狂ったというのも考えられるな」

 

 アダムは何の気なしに言ったが、大正解である。ピタリと真実を当てられたことに動揺しそうになるも、もはやヨルハが設立されている以上は過ぎたことだ。掘り返すのは脱線のもとになると、イデア9942は踏みとどまった。

 

「そしてブラックボックスだが」

「………ふぅーん」

「やはり、か。これでは他のヨルハに真実を明かした際のデモンストレーションにもならないな」

 

 手渡されたデータを閲覧した11Bが発した言葉は、アダムの期待よりもあまりにも軽すぎた。先ほどとは別の意味で脱力しながらも、いずれ2Bらに教え、その上で身の振り方を観察する腹づもりだったアダムにしてみれば、参考にならなさ過ぎる個体である。

 

「ってことはワタシ、イデア9942と同じ……? しかも彼の手でボディは作り変えられてるし……」

 

 ブツブツと呟いて、ブラックボックスのコアについて記されてた内容を整理する11B。何やら目には怪しい光が宿っている。もはや話し合いのつもりで来たアダムは、尽くが自分の望まない方向に進んでいるからかやる気も感じられない。

 

「待て、何を考えているかは分からん。だが暴走はするな。頼む、頼むぞ11B」

「大丈夫。工房に戻ったら爆発させるから」

「安心のしようもない……」

 

 肩を落としたイデア9942が、コンソールを操作する。

 すると、閉じられたときと同じようにエイリアンシップは動き出し、閉じていたハッチを再び例の横穴へつなげて開く。もう話し合いにしても、隠す意味もないと判断してのことだった。

 

「ところでイデア9942。貴様はバンカーをどうするつもりだ?」

「どう、とは?」

「決まっている。見過ごして破壊するか、それとも救うかだ。バックドアが開放された瞬間、そこからN2とやらが干渉した論理ウィルスが流れ込むのは目に見えているだろう? 今の私にとって、ヨルハがどうなろうと知ったことではないが……」

 

 アダムの視線は、鋭くイデア9942を見据えていた。

 

「この世界を全て観測しうる貴様が、どう動くのか。今はそれが気になっているのだ」

「なるほど……だが、先程イヴの視点は見ていなかったのか?」

「ん? あ、あぁ…。貴様がここに来る直前は、会談の準備を整えていた」

「なら、もう何の心配もいらん。すでに手は打ってある」

 

 先程、ヨルハにその一手となるパスコードを譲渡済みだと、イデア9942は言った。

 

「知り得ているのなら、食い止めたいと思ッたのなら、その場その場で当たるのでは非効率に過ぎる。だからこそ、相応の準備がいるものは、相応の期間を要したとも。今頃、バンカーは騒がしくなっているだろうなァ」

「イデア9942ってさ、もしかして派手好き?」

「なんだ、これまで一緒に居てそれも分からんか」

 

 自信満々に言ってのけるイデア9942に、11Bはもう何度目になるかもわからないため息を付いた。

 

「ところでアダム、提案があるんだが」

「…なにかな」

「このエイリアンシップ、まだ使える素材が相当余ッているが……少し、面白いものを作ろうと思ッてな」

 

 そう言って、立ち上がったイデア9942はアダムと秘匿回線を繋いで無言で遣り取りをする。最初は興味なさげに目を閉じて聞いていたアダムだったが、何を言われたのか、その場でザッと立ち上がり、イデア9942に肩を怒らせて近づいていったかと思うと。

 

「あ、ちょっと――」

「貴様、本気なのか!?」

 

 11Bの制止も振り切り、イデア9942の両肩を掴んでアダムが叫ぶ。知的な雰囲気も捨て去ったかのように、好奇心という一色の感情が彼の瞳に浮かんでいる。故に、この言葉もどちらかと言えばただの確認に近い。

 

「問うのは一つだ。乗るか、乗らないか」

 

 言いながら、イデア9942は手を開いて差し伸ばす。

 

「是非とも、手伝わせてくれ」

 

 迷いなくその手を取り、握手を交わすアダム。

 まるでその姿は、彼と遊んでいる時のイヴの態度そのものだった。

 

 自分のしたいこと、という熱に浮かされ心底からその行為を楽しんでいる様子。こうしてみてみると、イヴそっくり……いや、イヴの元になった一面も確かに存在しているというのが分かる。

 

「貴様が言う、人類を超える事が出来る最初の一手。作ろうではないか! 私達の手で!」

「ならイヴを呼んでこい。少々力仕事もいる。11Bも手伝えるな?」

「もっちろん。細かいのはいつも通り任せるね」

 

 こうして、アダムとの会合は、兄弟を巻き込んだワクワク工作教室となるのだった。重苦しい話題もどこへやら、作り上げられた図面のホログラムをエイリアンシップのモニターに表記し、そこら中の廃材や装甲板を11Bとイヴが指示通りに剥がしていく。

 機械生命体も、特殊個体も、アンドロイドも関係ない。まるでパスカルの村のように、とても平和なひとときを、彼らは過ごしている。

 

 それがこの世界でどれだけ理想的な姿なのか、気づきもせずに。

 

 

 

 

 

 

「やって、くれたな」

 

 眉間にシワを寄せ、司令官は歯ぎしりを隠そうともしていなかった。あまりの形相にバンカーの温度は下がり、報告のために対面する2Bと9Sは司令官から発せられる怒りに触れて後退しそうになる。

 ヨルハの司令官たるものがこうまで感情を剥き出しにするだけの理由。それは、9Sに無理やりアップロードされていたイデア9942の「パスコード」にある。

 

 司令官は訝しみながらも、細心の注意を払ってパスコードをコマンドプロンプトに打ち込んだ。するとどうだろうか、バンカーの一部の機器が勝手に働き、正面大型のモニターがそのプログラムによって勝手に切り替えられた。

 

 幾つものサーバーと、それがバンカーのメインサーバーに繋がるリアルタイム画像だ。地上の赤い光点から伸びた青い光。それらが一斉に衛星軌道状のバンカーを表すシンボルめがけて伸びている図解。

 

「これは……一体!?」

「あ、これ、ただのサーバーじゃないです! なにこれ、演算補助装置も兼ねてる…? バンカーの基本機能が押し上げられてます!! っていうかバックドアのプログラムも複雑化されてるのに、ヨルハ機体なら無条件で自動判別? なんですかこれ、なんですかこれぇ!?」

 

 2B専属のオペレーターモデル、6Oの悲鳴のような叫びを皮切りに、次々とオペレーター達がこのアラートの鳴らない非常事態に対応し始める。だが、イデア9942の仕込んだパスコードは止まらない。

 

「地中の敵基地に潜入していた部隊との連絡が復旧! 周囲のサーバーが仲介となって通信状況も安定しています」

「弱まっていた緊急信号をキャッチ! 送信元は3H、先行していた変形型機械生命体の調査部隊です。敵の罠に嵌まったとのことで身動きが取れなかったらしいです。至急応援部隊を送りますか?」

「処理していた戦闘記録が一瞬で……ちょ、ちょっと…私達の方が処理しきれないよぉ……」

 

 イデア9942の工房には、自動で部屋を整える機械が付けられていたのを覚えているだろうか。あれを利用し、世界各地に無数の多機能サーバーを建造したイデア9942は、パスコードを打ち込むことで最寄りの……つまり、廃墟都市の「工房」と最初に繋がるようになっていた。

 あとは工房のメインサーバーが働きかけ、周囲の多機能サーバーを起動出せていく仕組みだ。なので、バンカー側からはこのシステム面の強制進化を食い止めることは出来ないし、次々と膨れ上がっていく情報量の多さ、そして動作の滑らかさに目を回すばかりだ。

 

 ちなみに、イデア9942は別にこれらの演算用サーバーを用いていたわけではない。持ち前の演算能力でアレである。

 

「通信状況を維持したまま作戦をオペレート。敵基地の経路を送り、動力源を破壊して撤収させろ!」

「了解です。……29Dさんへ、動力源までのルートを出します」

「応援ではなく救援部隊を組んで呼び戻せ。撤退を確認した5分後、作戦地域を爆撃せよ!!」

「了解。飛行ユニットによる爆撃申請を許可します。作戦地域周辺のヨルハ部隊へ緊急通達。周辺のヨルハ機体は爆撃の影響範囲から離脱してください」

「貴様、戦闘記録の整理をサボっていたな!? グズグズ言わず手と脳回路を動かせ!! 2Bと9Sの戦闘記録をメインに、B型・S型ヨルハ部隊の動作を各ボディに最適化までだ!!」

「りょ、りょうかい~!」

 

 司令官はこの急な事態に目を回すことはせず、怒った口調こそ拭いきれなかったが、いつものようにオペレーターへと次々と指令を下していく。

 やがてメインモニターの片隅に浮かんだウィンドウが緑色に光る。バンカーを表しているであろうリング状の絵に、地上から伸びた幾つものパイプが結合し、○を描いては消えていく。それら全てが「JOINED」と表記された直後、バンカーは一度唸ったように照明の光を落とし、5秒後に電力を復旧させる。

 

「全く、悪いな。つい声を荒げてしまった」

 

 口調こそ砕けたものだが、彼女の顔は今もビシッと張りつめたものだ。そこに一片の緩みも見受けられない。ある意味での異常事態の真っ只中だと言うのに、自分の今やるべきことはこれで終わったと言わんばかりの涼しい表情である。

 

「い、いえ……司令官もイライラするんだなーと思っただけでして……」

「ほう、ならば貴様はよほど感情が豊かなんだな?」

「とんでもありませんっ、僕達ヨルハは感情を出してはいけませんから」

「ふんっ、どうだかな」

 

 それよりも、とヨルハ司令官ホワイトはメインモニターを指差した。

 

「アレについて、おまえたちは少しでも知っていたか?」

「いいえ。イデア9942からはとにかく使うようにとしか」

「そうか……。その言葉を疑わずに使ってしまった私が言うのも何だが、兎にも角にも驚かされてばかりだな。だが、バンカーの処理能力やスペックを上げて彼はどうしようと言う腹づもりなんだ?」

 

 彼女の問いは真っ当なものだ。

 何か重要な情報でも詰まっているのかと思えば、もたらされたのは情報ではなく大量のサーバーによるバンカーという施設そのものの強化。ヨルハの一体一体を強化するような秘訣が在るわけでもなく、敵性機械生命体を根絶する一手を記したものでもない。

 覚悟してその方向を見つめていたつもりが、視界の外から横殴りにされたような気分である。

 

「それもわかりません。でも、彼がなんの意味もなしにこんなことをするとは思えません」

 

 と、2B。イデア9942は2Bらに、何かしらの助言やプラスになることを与えてきた存在だ。そういう認識が在るからか、はたまた彼の言葉の中に内在する「何か」の影響か。2Bはイデア9942の突拍子もないパスコードの真意を肯定的に受け取っていた。

 それは横で頷く9Sも同じだ。特に彼は、文字通り命を助けられた相手でもあり、2Bに打ち明けるだけの勇気を持たせるに至る一言を送られた事もあり、影響という点ではかなり大きい。

 

 司令官は、そんな二人を見て一つの暗い考えを抱く。

 機械生命体にそそのかされて、感化したのではないか、と。

 

 過去にも口八丁が過ぎる機械生命体に乗せられて、部隊をまるごと犠牲にしたアンドロイドがいた。機械生命体と融合して、その機械生命体の海底都市に侵食されたヨルハの機体がいた。論理ウィルスに潜伏されて、別の個体に執着するあまり暴走した個体がいた。

 だからこそ、司令官であるホワイトは、この妙なまでに感じるイデア9942からの「違和感」を、侵食と断じてしまうべきかと考えを巡らせた。自分以外のヨルハの面々は、更にその違和感を感じたことが在ると言っていたのだ。疑わないほうがおかしい、のだが。

 

「いや、そうだな。2B、9S。君たちはしばらくバンカーか地上で待機していてくれ。これまでの功績を称えて、しばらく休暇を出す」

「休暇……ですか?」

 

 2Bにとっては聞きなれない言葉に、思わず聞き返してしまう。

 司令官ホワイトは、あの処断の件については考え直すところがあったらしい。

 

「ああ。君達ばかりが大きな出来事に突き当たっているのは事実だ。だが、ヨルハ部隊全員へと、君たちの体験したことや、特殊な個体との戦闘記録に関してはまだ汎用化出来ていない。それに、全体のデータアップロードもまだ保留中のようだからな」

「それは……」

 

 9Sが言いづらそうに頬を掻く。

 司令官に真実を渡される少し前、データアップロードを行おうとしたときに発生した小さなノイズ。見逃せなかったその違和感を前に、9Sは歌姫ボーヴォワール戦からの記録をメインサーバーに送っていない。

 

「それに、オペレーター達は今見ての通りだ。この状況に最適化するまでそれなりに時間はかかるだろう。なんせ、ヨルハの演算能力が逆に悲鳴を上げている状態だからな」

 

 皮肉げに言ってみせれば、聞こえていたのだろう。先程泣き言を上げていたオペレーターモデルが今にも泣き出しそうな顔でコンソールを乱打している。口元はヴェールのようなマスクで覆われているが、鼻の上のほうまで持ち上がっていることから察するに、ひんひんと泣きべそかいているのはまるわかりであった。

 

「地上に降りるもよし、バンカーで過ごすもよし。次の指令があるまで、君たちは自由にしていてくれ……もしかしたらその方が、ヨルハのためになるかもしれない。それに―――」

「司令官?」

 

 ヨルハ自体に、こうして命令を下す意味もなくなるかもしれない。

 その言葉だけは飲み込んだ。

 

「いや、何でもない。休暇を楽しんできてくれ。近々大規模な侵攻作戦を立てていたが、あまりにも多くのことが起こりすぎている。慎重に行くため、私にも考える時間がほしいんだ」

「……ご自愛ください、司令官」

 

 9Sは司令官の胸中に思うことがあったのだろうか。不安げになりそうな空気を取っ払うために、あくまで厳格に努めて彼女を労った。

 

「っ、まさか君に心配されるとはな、9S」

 

 意外そうに眉を上げて、彼女は9Sに視線を固定した。

 ほんの一瞬だけ、左下に視線が向けられる。瞬きする間に再び視線を戻した司令官ホワイトは、絞り出すように言う。

 

「……君は、私を憎まないのか?」

「? 何のことだか、僕にはわかりません」

 

 9Sは他のヨルハの目も気にしてか、しらばっくれるように言った。

 

「だけど、僕は特に司令官へ逆らう言葉なんて持っていません。皆のお手本のような個体であると、自負していますから」

「調子に乗らない」

「あたっ」

 

 2Bに小突かれて、不満げに唇を尖らせた9S。

 彼らのやり取りを暖かな目で見たホワイトは、フッと小さく息を吐き出した。

 

「そろそろ行ってくれ。……ありがとう、9S。人類に、栄光あれ」

「「人類に、栄光あれ」」

 

 左手の敬礼を返し、退室する。二人は迷いのない足取りで、アクセスポイントへと向かっていった。バンカーから離れようと、アクセスポイントの転送先を設定した瞬間だ、ふと、2Bは新たにメールを受信していることに気がついた。

 

「どうしました2B?」

「いや、これは」

 

 彼にも見せてみると、司令官からのメールが再び届いていた。

 騒動や、パスコードを届けるという、イデア9942の言葉に従おうとする謎の使命のためすっかり忘れてしまっていたが、司令官からはマークしたポイントに集合するよう言われていたはずだった。

 だが、今回確認したメールの内容は、改めてマークへの集合指令を取り下げる旨が書かれている。

 

「司令官が命令を取り下げるなんて、なんだか珍しいですね」

「……」

 

 2Bは何も答えられなかったが、上からの命令ともなれば素直に従うべきであるだろう、と二人は結論づけた。その後、バンカーから転送されて地上へと向かった二人が最初に訪れたのは廃墟都市の一角だ。廃墟都市の中央地帯、機械生命体たちが闊歩する只中に置かれた、アクセスポイントからヨルハが運ばれ、出現する。

 

 伸びをした9Sは、狭い場所から放たれた反動だろうか。先程の騒動を思い出し、回路に浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。

 

「それにしても、バンカーの強化ですか。イデア9942さんに会って確認してみたいですね」

 

 パスコードがもたらした結果、それがどう結びつくのか。

 気になった9Sがそう言えば、2Bも同調するかのように頷いた。

 

「ナインズ、とりあえずパスカルの村に行こう。まだイデア9942の本拠地が分からない以上、あそこで待っていれば進展は在るはずだから」

「そうですね……ところで2B、やっぱり二人きりのときしか呼んでくれないんですか?」

「……皆がいる前では、示しがつかない」

 

 そっぽを向いた2B。9Sは軽く笑うと、ゴーグルに手を掛けて結び目を解いた。

 

「やっぱりお硬いですね~2Bは」

「仕方ない。まだそう簡単に、慣れるなんて出来ない」

 

 2Bもゴーグルを外し、互いにくすんだ青色の瞳を見つめ合う。

 どちらともなく頷いて、彼らはパスカルの村へと進み始めたのだった。

 

 真実の欠片を掴むために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「こちら随行支援ユニット:ポッド042。操作主権は2Bにセットされている」
「こちら随行支援ユニット:ポッド153。操作主権は9Sにセットされている」
「バンカーのヨルハ支援システムの組み換えを確認。状況を共有する」
「ヨルハ計画最終段階におけるデータの破棄、及びヨルハ計画進行管理任務にバグを確認。進行不可状況にあると判断する」

 …………。

「ポッド153から042へ。バグをもたらした要因であるイデア9942の排除を提案」
「ポッド042から153へ。随行支援対象である2B、9Sが拒否すると予測」
「……」
「…………」
「ポッド042から153へ。思考にノイズが発生。任務遂行に関する判断を一時中止し、随行支援対象へのモニタリングを再開」
「同意。ポッド153から042へ。提案:当該問題における情報収集」
「同意。……2Bの心理グラフに異常を確認」
「同じく、支援対象9Sの心理グラフに異常数値を確認した。支援任務のため、データ共有を中断する」
「了解」


 ――――


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文書43.document

皆がめんどいと感じるウダウダパートはこれにてお終い
次からは日常かつ動乱入れてくよっちゃん


「はぁ…休暇、ですか?」

 

 休暇をもらったからパスカルの村に来た。

 この方程式が繋がらなかったのか、パスカルはオウム返しのように言葉を繰り返す。

 2Bは説明不足だったかと、補足を付け足した。

 

「ああ。個人的にイデア9942に尋ねたいこともあるから、彼と会うまでしばらく村に居させて欲しい」

「そういうことでしたか。ああいえ、2Bさんたちが来ることが嫌というわけではないんです。ただ、ここの所イデア9942さんが誘拐されたりと物騒だったので……つい、2Bさんたちにも警戒するような物言いを」

 

 言葉を区切って、パスカルは申し訳なさそうに頭を掻き、俯いた。

 

「すみません、村の現状を考えると…特にヨルハ部隊の方となると、どうしても」

「ああ、そんな謝らなくっても、僕達も報告したりなんてしませんよ。11Bの時から折り合いはついてますし……僕達も幾つか知ったんですが、そういうものとして割り切りましたから」

 

 幾つか知った、という言葉にパスカルはハッと顔をあげる。

 ここの所、立て続けにイデア9942から通信で聞かされた、ヨルハの幾つかの実態。その中には人類の不在証明も含まれていた。パスカルもそうした幾つかの情報を聞いていくうちに、言外に含まれた彼の意図は、このようなものではないかと考えていた。

 

 ヨルハや、アンドロイド。機械生命体。そうした種族関係なく、真実を知って絶望した者たちを戦いから遠ざける、受け皿としてこの村に居させて欲しいんだな、と。

 

 一度も確認を取ったことはないが、輝く可能性を持つ「命」とやらを大事にする彼のことだ。おそらく間違っては居ないし、彼がそう考えていなくてもパスカルとしてはこの考えを元に、村を発展させていく方針だった。

 平和主義、とは少しずつ変わっていく村の様相。それは脱走したヨルハを受け入れた頃から、少しずつ実感を伴っていった。でも、これできっといいのだろうとパスカルは思っている。なんせ、不変であり続けることは出来ないのだから。

 

「わかりました。休暇中とのことですが、幾つかお手伝いをしていただいてもよろしいでしょうか?」

「何もせずに過ごすつもりはない。頼みがあれば聞くよ」

「もちろんですよ。それに……何かしてないと落ち着かなくて」

 

 いざ休暇を言い渡された二人にしてみれば、何をしたらいいかわからない、というのが正直なところだ。任務の最中、訪れている場所での息抜きがてらに雑談を交わしたり、というのはよく見る光景だが、実はソレ以外に娯楽らしい娯楽をしていない。

 寝る、補給する、プログラムを組み替えてより戦いに臨む。こうした任務のための準備はするが、それだけではこの長い休息を満たせない。何かしていないと落ち着かない、というのは9Sだけではない、ほぼすべてのヨルハの宿命だろう。

 

「でしたら、早速よろしいでしょうか」

 

 パスカルは早速、ということで二人に提案する。

 思ったよりも簡単な頼み事だが、時間がかかるのは確かだった。間をおくこともなく、二人は是非と頷いた。

 

 

 

 

「有意義な時間だったぞ。イデア9942」

「こちらとしても、そう言ッてもらえれば幸いだ。アダムも中々面白い発想をするが……少し理想論が過ぎるな」

理想(イデア)の名前をもつお前に言われるとはな」

 

 まだまだ作業途中だが、ほぼ完成したソレの前に、イデア9942とアダムはオイルや煤けた汚れにベッタリと濡れながら、満足そうに並んでいた。その後ろの方では、足をぶらぶらと揺らしながら高台に座る11Bが作業光景を見守っている。

 

「や、立派なもんだね。ここまで出来るなんて流石イデア9942」

「半分は私も関わっているが、何か言うことはないのか?」

「え、別に?」

「全く辛辣だな……」

 

 彼らがこの場所で作業を初めてから約半日。人類と同じような思考を持ち、かつ人類を遥かに超える精密性、効率性、そして休息無しの作業を続けられる彼らの手に掛かれば、半日もあれば思いつきの機械であったとしても制作は容易いのだろう。

 

 代わりに、エイリアンシップは酷い有様だった。至る所の装甲板は剥がれ落ち、コンソールや機材に使われていただろうコードはだらりと垂れ、中身の機械をゴッソリと抜き取られている。そして地面には作業に使わなかったパーツや、型をくり抜かれた装甲板の残骸。

 

 この船の持ち主であるエイリアンが生きていれば、泣いて許しを乞うレベルだ。いや、アダムたちに「植物のような下らない生き物」と呼ばれるほどのエイリアンに感情が在るかどうかは知らないが。

 

「何はともあれ、素体はこれでいいだろう」

「あァ、あとはこれをアダムと、此方側。それぞれで改良していく」

 

 ポン、と立ち並ぶ二つのソレに手を載せるイデア9942。

 アダムは頷き、メガネについた汚れを拭い始めた。

 

「イデア9942、他でもないお前がどうカスタマイズしてくるか。人間の可能性を見せてくれ」

「だからこの身はすでに人間では……まァいい。アダム、ここの素材は他星のものだけに面白い物が多い。幾つか持ち帰ッてもいいだろうか」

「構わないよ。しかし、こうした技術畑かと思いきや……」

 

 馬鹿にしたようにアダムが笑う。

 

「存外に、知らないことも多いな」

「やかましい。口喧嘩に勝ッた子供か君は」

「うちの大黒柱を馬鹿にするんならワタシが相手になるけど?」

「……今日はここまでにしておこう」

 

 狂犬が噛みつきそうになったところで、手首ごと食いちぎられてなるものか、とアダムが身を引く。ちなみにイヴは材料集めが終わった段階で疲れたのか、もしくは技術の話に興味が無いのか、近くの地面に横たわって寝ている。機械生命体とは言え、肉に近しい体を持つイヴにとって、半裸の彼には堪えるだろうとアダムの上着が被せられていた。

 

 彼が作ったソレの「素体」と、幾つかのエイリアンシップの部品や装甲板。壁などに使われているもの。諸々を持って、イデア9942は新しいリアカーを転がし始めた。

 

「ああ、そうだ。お前たちではソレを持ったまま上に上がるのは厳しいだろう。融通が聞く機械生命体を幾つか呼んでおいたから、そいつらにワイヤーを括り付けて戻るといい」

「分かッた」

 

 そう言うと、イデア9942は軽く頭部に手を当てる。

 周囲を流れるレーザーの光波を観測し、周囲にヨルハ部隊が居ないかどうかを調べているのだろう。しばらくして、問題がないとわかった彼は11Bを連れたって、エイリアンシップの出入り口に立った。

 

「しばらくしてからまた会おうではないか。その時には連絡を入れる」

「アドレスを投げておくから、その旨はメールに書いてくれ。それ以外で緊急連絡があれば直接通信で頼む。……せッかくだ。友人関係、というものを結んでみるか?」

「友人……人類に最も多いが、それゆえに謎の深い関係。家族という繋がりとも違う、見えない繋がり……いいな。素晴らしい。是非とも結ばせてくれ」

「なら、そうしよう。またな」

「ああ、また会おう。私の友、イデア9942」

 

 右手で帽子を取り、胸のあたりに持ち帰る。仰々しい一礼を取ったイデア9942は、今度こそエイリアンシップから出立した。11Bもまたねー、と片手を振りながらイデア9942についていく。

 

「アダムってぼっちだったんだね」

「それを言ってやるな。なんせ、アイツらは機械生命体の中でも異形の存在だ。統括していたとは言え、今はさらにネットワークから離反した個体。そして多くのアンドロイドを葬ッたという経緯もある。指名手配や腫れ物扱いはされても、気の置けない仲を結ぶなど……ヤツ自身、思いつきもしないだろう」

 

 帰りの道中、どこか寂しげに、イデア9942はアダムを語る。人という存在を越えようと、人を知るたびに思うはずだ。人間とは書いて字の如く。人、そして間。繋がりがなければ生きていけない。

 赤子の頃から一人で立って歩く、なんてことは出来ないのだ。そして人に親しく生まれ、機械生命体という命を授かった以上、その繋がりの乏しさは精神を蝕んだことだろう。

 

 だからといって哀れみ、とはまた違う。イデア9942はアダムと会話を交わしていくうちに、彼自身のことを気に入っていった。だからこそ、最後にああして友人となれないかと提案したのだ。

 飢えた子に肉を差し出すような真似をしたのは確かではあるが。

 

「そっか。まぁ、ワタシとイデア9942は友達じゃないからね」

「そうだな。相棒…家族……なんというか、パートナーとぼかすべきだろうか」

「素直にもっと上に行ってもいいんだよ?」

 

 機械生命体のコア。ブラックボックス。

 その真実を知って、11Bは自分の感情のタガが本格的に外れ始めているのを感じている。そうだ、アンドロイドと機械生命体。どこか、そこで線引きをしていた部分もあったのかもしれない。

 だがその根底が同じだと知って、最初に浮かんだ感情は歓喜だった。そこから発展していく想いは、イデア9942という存在を彼女の中で更に大きく高めていく。今まで無意識に掛けていたブレーキが外れた時、ある意味で暴走にも似た状態に、彼女は陥っていた。

 それでいいと、身を委ねることに抵抗は覚えないほどに。

 

「また今度、だな」

「っもう」

「まだ少し、引いた線を取り消すには時間がかかりそうだ。すまんな、11B」

 

 そして彼らはようやく、「工房」へと戻ってきた。

 

 飛び散った16Dの残骸。破壊された工房の残骸。

 かつての、二人の思い出と過去。ぐちゃぐちゃになったそれらは、二人の関係の再スタートにはちょうどいい場所になっている。新たなる思いの形を取るように、二人は何も言わず「工房」の修理を始めるのだった。

 

 

 

 

 最近、理解しがたい光景が増えている。

 廃墟都市だけじゃない。近くの砂漠地帯、森林地帯……多くの場所で見られるようになった。機械生命体どもと、アンドロイドが当たり前のように談笑し、手を取り合っている姿だ。

 憎らしい機械生命体どもが、我が物顔でアンドロイドの領域を歩いている。アンドロイドたちは、そいつらに笑顔で手を振っている。

 

「……何が、起きているんだ」

 

 辺りを見わたすのにちょうどいい、ビルを飲み込んだ大木の枝の上。そこで身を隠し、また観察していた私は、変わっていく世界の中から弾き出されたような気持ちになる。元から居場所なんて、もうどこにもないのに。

 ありとあらゆる機械生命体を殺してきた。時には王と呼ばれた赤子を、時には雑多に存在する奴らを。そして虐殺していたくせに、命乞いをしてきた阿呆も。

 ありとあらゆるアンドロイドを殺した。追撃してくるヨルハの者たちを、危険個体というリストを手にした人類軍を。そしてH型でありながら、なんとかして自分の居場所を知らせようとした無抵抗な背中を。

 機械生命体は敵のはずだろう。何故、そんな風に笑っていられるんだ。

 

 伸ばしたところで、絶対に届かない手を握りしめる。

 

「11B……お前は、どういう気持ちで」

 

 イデア9942とかいう、いけ好かない個体。

 あれと行動をともにする、元ヨルハのアンドロイド。

 湧きかけた疑問は、再現された記憶の映像によって取り払われた

 

「いや」

 

 あの奇妙な関係を持っていた二人組は、今でも記憶回路に焼き付いている。11Bというヨルハは、機械生命体であるイデア9942という存在こそが生きる意味だと言った。それは双子のアンドロイド、デボルとポポルにも似た、理解しがたい関係なのだろう。

 だが、自分が理解せずとも世界は回る。そういうことなのだ。

 

「また取り残されるのか、私は」

 

 木漏れ日が漏れる雄大な巨木。差し込む暖かなはずの日は、まるで私を避けているかのように思えた。葉の無い枝に座っているのだから、日光はほとんど差し込むはずがない。分かっているが、それでも。

 

 動くしか無いのだと、私は枝から飛び降りた。

 





(飛び降りたけど自殺では)ないです
最近まったく登場してなかったぼっちを極めしもの。
最近どこもかしこも矛盾してそうで怖い。

小説って書き始めは設定盛り込めるけどあとになると矛盾考えてめんどいよね!(身も蓋もない


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文書44.document

これを読み終わったらあなたは思うだろう。

「完結も近いとか言うけど……あれ、これいつ終わんの?」



作者にも分からんくなった!


「点火するよー」

「よし来い」

 

 11Bがスイッチをひねる。燃料を得た動力が低く唸りを上げて、シャァァァァ……と静かに動き始めた。

 

「メーター繋いでくれ」

「りょうかいっ」

「いち、にの、さんっ!」

 

 両方から動力の一部にプラグを差し込み、モニターにつなげる。

 部屋の中に充満するオイルの匂いと熱気。両手を動力に向けながら、モニターのほうを見たイデア9942は満足げに頷いた。

 

「こんなものか。魔素の供給入れてくれ」

「今度は大丈夫そう?」

「2回も失敗したが、今度はピンクまみれにはならないから安心してくれ」

「信じるからね」

 

 11Bが左手でプラグを支えながら、右手で横にあるコンソールを弄る。すると、別の機械から透明な管を通ってほんのりと光る奔流が動力に向かって流れ込んでいく。動力がつながれた先は、回転させることが出来る大型の車輪。

 魔素が流れ込み、その回転速度は一気に上がった。

 

「よし、魔素側は固定だ。微調整するからな、摩擦板を持ッてきてくれないか」

「あそこに立てかけてある黒いのだっけ?」

「そう、それだ」

 

 仮止めしていたプラグを捻って固定した11Bが、摩擦板を持って回転する車輪の前に立つ。そして車輪を固定している台に摩擦板をはめ込むと、車輪はそれを受けて回転速度を緩めた。だが、止まりはしない。

 

「わわわ、これっ! かなり……重っ!?」

「吹き飛ばされるなよ11B、腕が取れただけでも修繕に相当コストがかかるからな」

「平然とした口調で怖いこと言わないでってば!」

「安定、かなり安定か。チューニングに3時間掛けただけはある」

 

 イデア9942は動力を落とす。すると、周辺機器は一変に沈黙する。

 凄まじい火花を散らしていた車輪は、動力が落ちたことですぐさま摩擦に負けて回転を停止した。その時の衝撃で11Bがよろめくが、それだけだった。流石はイデア9942の特製ボディといったところだろう。

 

「これで出来そう?」

「あぁ。あとはカッコイイ外装とポッドの重力制御システムをつければ完成だ。イヴからもらった残骸を利用する物でもいいが、どうせなら此方はアンドロイド色の強いものにしたいからな」

 

 だからこれだ、と。イデア9942はエイリアンシップから剥ぎ取ってきた素材の数々を叩いた。すでに図面は彼の中で完成している。あとはこの動力を中心に、機体を作成するだけだ。

 もっとも、こだわりのある彼のこと。ここからはそれなりの期間を要するだろう。

 

「切り出して加工するぞ。染色用にスプレーも使うから着替えてこい」

「着替え…?」

「その戦闘服を作ったパスカルほどじゃないが、使い捨ての作業着程度ならレジスタンスキャンプに頼んで作ッてもらッたんだ。オレンジのシャツと青のジーパンが隣に置いてある」

「いつのまに……」

「さッさと着替えてこい」

 

 彼の用意周到さは今に始まったことではないが、本当にありとあらゆる事態に対して準備されているのだから、毎回驚きを隠せない。そうした驚きもあるが、なによりイデア9942が自分のために用意してくれた衣服だ。いつのまに、という言葉には呆れとともに、隠しきれない喜びも含まれていた。

 バタン、と扉が閉められると同時、彼は動力から目を離す。

 

「……しかし、戦闘データがイマイチだな。大砲モードでしか使われて居ないとは」

 

 11Bが着替えのため、隣の部屋に行ったことを確認したイデア9942は、彼女が持ち帰った三式戦術刀と11B専用銃を繋げてある機材に目を向けていた。

 

「流石に説明不足か? いや、だが11Bがそこまで愚鈍なはずも……」

 

 悩むイデア9942は、両手を全く別のコンソールに当てながらデータを打ち込んでいく。結局、その日は新しいカレンダーがめくられるまで、工房から明かりが消えることはないのであった。

 

 

 

 

 パスカルの村は、キェルケゴール達の教団が合流したことで村の面積そのものを広げることになった。元々、大型機械生命体が過ごすにはあまりにも狭い場所だったという意見も受けての大改築だ。

 元の巨木を中心として地面にも幾つかの建造物の骨組みが立ち上がっており、そこではアンドロイドも機械生命体も、種族の差なく忙しそうに駆け回っていた。

 

 それは、稀人の2Bと9Sも同様だった。

 

「2Bッ! そこの柱は別のとこだッ! 回れ右して教団側!!」

「あ、すまない8B」

「9Sくん、ありがとうございます。こんなに手伝ってもらっちゃって……」

「ああ、いいんですよ。2Bも楽しそうだし、僕もこーんな美人な64Bさんの手伝いをできるんですから」

「え、ええっと。もうっ、からかわないでください!」

「おいそこのスキャナーモデル。一体誰を口説いてんだ? アァ!?」

 

 元ヨルハの脱走兵である彼女らがいるということもあって、久々にパスカルの村を訪れた2Bたちは疎外感らしいものも感じず、作業の手伝いを勧めることが出来ていた。

 

 元隊長であり、厳しい態度を崩さない8B。

 男勝りな口調で、剛毅な性格の持ち主である22B。

 おっとりとしつつも、仲間思いでお姉さん気質な64B。

 

 元ヨルハがこれだけ居て、2Bたちがその輪に混じれないということはまず無かった。そしてなにより――

 

「おお、久しいな。2B殿、そして彼は9Sという名前(ナンバー)だったか」

「あなたは……」

 

 はたと、9Sが作業の手を止めて目をパチクリと瞬かせる。

 隣りにいる64Bは、敬意を込めて一礼した。

 

「キェルケゴール。久しぶり」

 

 2Bも知り合いの登場に、木材を持っていない方の手を軽く振りながら挨拶を交わす。

 

「うむ。そして我が新たな本拠、教会を建てる手伝いまでしていただくとは……本当に頭があがらぬな」

「好きでやっていることだから、気にしないで」

 

 2Bの返答に申し訳なさげにしながら現れたのは、このパスカルの村の新入り筆頭キェルケゴールだった。教団の司祭に車椅子を押されながら、舗装された細い作業路をゆっくりと進んでくる。

 あまり面識のない9Sだったが、キェルケゴールの人の良さや、教団をまとめ上げたカリスマのおかげだろう。何度か会話を交わしていくうちに、すっかりと打ち解けてしまっていた。

 

「その頭を落とさないよう気をつけてくださいよー?」

「はっはっは! 問題ない。また狂信者が現れぬ限り、我の身を脅かすものなど早々おらぬだろうさ」

 

 なんせ、彼の教団は死を昇華と捉える教義が普及されている。ある意味、発生するべくして起こってしまった狂信者たちだったが、逆にそれらを乗り越えたことで、キェルケゴールの教団はより結びつきを強くし、死に囚われない強靭な精神を獲得していた。

 生きて、生きて、生き抜いたその先に、彼らは死してカミとなるのだ。ただ死するばかりでは鉄くずに成り果てる。故に日々を強く生き、清い気持ちで祈りを捧げていく。

 

 穏やかな雰囲気のまま、彼らは新たな道を歩み始めていたらしい。そのままキェルケゴールが連れられて、パスカルの本拠の方へと向かっていく姿を見送ったその時だった。

 

「よし貴様ら! 休憩だ!」

 

 8Bがよく通る声で作業現場に声を行き届かせる。すると、作業していた機械生命体たちはようやくだーと間の抜けた声を上げながら近辺を整理し、各々オイルの交換や燃料補給、単なる仮眠のためスリープモードに入る。その中には当然教団の者たちも居て、廃工場で活躍していた大型二脚の彼の姿もあった。

 

「あれ、何してるんですか2B?」

「いや……見知った顔があったから、少し」

 

 小さく手を振っていた彼女に気づいて、大型二脚の彼も片手を上げて答えている。すっかり機械生命体と打ち解けてしまっている姿を見た9Sは、少しばかり妬いた気持ちを抱きながらも、2Bの新しい一面を見て充足感に浸っていた。

 

「どうしたの9S。そんなに頬を膨らませて」

「え? あーっと、別になんでもないですよ。アハハ……」

「いい加減誤魔化されないよ。大丈夫、私の相棒は9Sだから」

 

 9Sの頭を、2Bの華奢な手が撫でくり回す。

 こうしたボディタッチや些細な言葉の酌み交わしは、あの時からかなり増えたように思う。それでも、9Sはそんな彼女にこう言ってやりたくなるのだ。

 

「……2B。それ、ズルいです」

「そうかな」

 

 ふっ、と口元を釣り上げた2B。

 直後にレーザー通信が開き、2Bと9Sの両方に連絡が入った。

 

『そうですズルいです! そこ代わってください9Sさん!』

『いえ、むしろ代わるのは2Bの方ですね。9Sは甘えたがりですから、ちゃんと褒めた上で撫でてあげないといけません』

「6O、仕事は?」

「オペレーターさん、勝手に僕の性格を捏造しないでほしいんですけど……というか完全に子供扱いですよねソレ!?」

 

 流石にこの場の光景を見せるのは不味いので、必死に脱走ヨルハたちを通信の視界の外に入るよう移動させた2Bたちは、何でもないかのように装って突如話しかけてきたオペレーターモデルたちを誤魔化す。

 一部始終は聞かれていたようだが、肝心の部分はモニタリングされていなかったようだ。心のなかで同時に安堵の息を吐いた2Bと9Sに、それぞれのオペレーターから連絡事項があると伝えられる。

 

『あ、そうでした。こちらオペレーター6O、定期連絡のお時間です』

「こちら2B、異常なし」

『オペレーター21Oより、定期連絡です』

「こちら9S、異常ありません」

 

 データ同期を保留しているということもあって、定期連絡の頻度はそれなりにある。それは休暇中である二人にも当てはまっていた。

 

『ちょうどお二人ともいるようですし、私が21Oさんの分も含めて連絡しちゃいますね。実は司令官が、大規模な侵攻作戦を計画していたんですが、少しだけ延期になりました』

「延期、ですか?」

『はい。ヨルハからの脱走兵も多く、最近はどこかの誰かのせいで飛行ユニットも頻繁に破損しています。そのため、休暇が終わり次第お二人にはいくつかの資材を集めて頂く予定ですので、先に資材がある場所を見つけておいてほしいとのことです』

 

 飛行ユニットの破損、という言葉の時点で9Sがウッと呻いた。そんな9Sを無視して2Bが、いつもならバンカー側でやるようなことに疑問を抱いて質問する。

 

「バンカーから特定はできないの?」

『ええっと、難しいというかなんというか……』

『6Oに代わって発言させていただきます。廃墟都市の地下深くにあることは判明しているのですが、肝心のルートに関しては判明していません。そこで、地下に通じるルートを現地で探してほしいのです』

 

 奪い取るようにモニターが21Oに移り変わる。

 

『本当なら他のヨルハを向かわせたいのですが、作戦地域である廃墟都市でこれ以上敵に不審を抱かせるような目立つ行為はしないほうがいい、と司令官が判断してまして……そこで、2Bさんたちなら普段から訪れている分、大丈夫じゃないかとのことです』

「了解。ちなみに、休暇はいつ終わるの?」

『あと2日、自由に過ごしていいらしいです。2Bさんたちも何かしてるみたいですし、たっぷりと余裕を持って行動するようお願いしますねっ! 以上、6Oからでした!』

『2B、9Sのお世話をお願いします。以上、通信終了します』

 

 プツン、と切られるレーザー通信。

 嵐のように過ぎ去っていった言葉の暴風を受けて、2Bはしばらく考え込むように目を閉じていた。

 

「提案:教会建設作業に、節目を付けて離脱。2B・9S両名は任務のため廃墟都市に向かうべきだと思われる」

「そうだね。その予定で行こう」

「でも2B、もしあと2日の間にイデア9942が来なかったら、聞きたいことも聞けませんよ?」

 

 9Sの疑問を解消したのは、彼の連れているポッド153であった。

 

「推測:イデア9942は廃墟都市に居住している。複数のアンドロイドからの目撃例あり。推奨:レジスタンスキャンプにて情報収集」

「やっぱりそれですかー」

 

 人の口に戸は立てられない。

 アンドロイドたちが見た光景は、そのままレジスタンスキャンプで噂になり、司令官と直接会話することもあるジャッカスやアネモネの耳にも入る。よって、ポッドたちがそれらの情報を知り得ているのは何ら可笑しいことではない。

 

「本当に、イデア9942さんは何をしようとしてるんでしょうね」

「……分からない。だから、話すしか無いんだと思う」

「ですかね。まぁ当たって砕けろとも言いますし、ともかく会うことだけに集中しましょう。バンカーの大規模作戦ってのも気になりますけど」

 

 そうして時は流れ、結局イデア9942が二人の休暇中にパスカルの村を訪れることはなかった。

 だが、その分作業に集中した2Bたちのおかげで、キェルケゴールの教会もかなり形になってきている。パスカル達が住む本拠の、ツリーハウスの雰囲気を崩さない木目の見える教会。完成した姿を楽しみに想いながら、2Bたちはパスカルの村を去ることにした。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 廃墟都市で、今日も爆走する一体の素材売り。

 彼は何かに気づいたように見上げるが、その視線の先には何もない。

 

「気のせいかなぁ?」

 

 ならいっか、と再び走り始める。

 たりらりら~♪ と騒音被害を撒き散らし、今日も彼は自称安売りを続けていた。

 





たりらりら~↑ らりらりら~↑
ラ~リ~ラ~ラ~→ れろれろれ~♪↓

皆覚えてるかな、ニーアのアイドル顔面ボールくんだよ!

将来の夢はお嫁さんな美少年だよ!
ヨ○オの頭ん中どうなってんだってくらい性的に倒錯したキャラ多いよね


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文書45.document

ジャッカスのキャラがつかめない
でもジャッカス好き あの豪快さ好きぃ


「全く、なんとかならないのかアイツは……」

 

 人類軍、アンドロイドの地上代表とも言える立場のアネモネは、レジスタンスキャンプを置く廃墟都市の騒音被害に日々頭を悩ませていた。何やら、イデア9942ともまた違う、アンドロイドにとって必須になるような素材類を売っているようだが、その速度が早すぎて誰も接触できないことと、大声で話しかけても全く気づかないということで、現在あの「自称お店」の利用者は2Bたちしかいないのが現状だ。

 

 利用できない騒音を撒き散らす店は、そのままアンドロイド達にとって集中を乱されるただの騒音被害になる。毎日毎日下手くそ極まりない歌を聞かされてしまえば、流石のアンドロイドといえどノイローゼ気味になるのは当たり前の流れであった。

 

「誰かアレを止められるか?」

「いや、無理っす。俺らのFCSじゃ照準を合わせる前に逃げられちまいますね」

「右に同じく。ロープ張って待ってもいいかも知れねぇが、その時は俺らがふっとばされちまいそうだな」

「……はぁ」

「元気だしてくださいよリーダー。この前の救出作戦上手く行ったっしょ?」

「それも、そうだがなあ」

 

 少し前、ヨルハとはまた別に、砂漠地帯を更に越えた向こう側へ遠征にいっていた遠征隊が音信不通になり、救援部隊を組んで向かわせる、という事が起こっていた。遠征隊は敵性機械生命体らの罠に掛かり、遠征先の遺跡に閉じ込められていたのだが、救援部隊はそれらの障害を乗り越え、誰ひとりとして欠けること無く救出を成し遂げていたのである。遠征隊たちの練度が高かったことも、この結果に繋がったといえる。

 

 高い練度のアンドロイドとは? 戦闘能力の強化を齎すチップ提供や、短時間での処理能力を高めるためのシステムの調整などが行われた個体を指す。つまり、これらイデア9942の恩恵を受けた彼らの士気も戦闘力も、何かと高まっていたのだ。それこそ、人類の不在をほのめかす噂が流れようとも、戦果に影響しない程度には。

 それどころか、一部のアンドロイドには「人間がいようがいまいが関係ない」と主張を始めるものもいる。そういう者に限って、パスカルたちのような友好的な機械生命体と親しい間柄を築いている事が多く、そうしたアンドロイドらが積極的に動くことで、人類軍の士気向上も図られていた。

 

「良いことも、悪いことも、同時にやってくるか。悪いことがこの程度なら喜ぶべきなんだろうなぁ」

 

 キャンピングチェアに腰掛けながら、苦笑を交えてアネモネは息を吐き出す。そのまま目を閉じれば、過去彼女が経験した苦しくも、始まりを意味する記録映像が瞼の裏に映り込む。

 

「や、お疲れモードかい?」

「ジャッカスか」

「お隣、ちょいと失礼するよ」

 

 目を閉じ、遥か遠くを見つめていたアネモネの隣にジャッカスが座る。コーヒーメーカーに水を注ぎ、豆をセットする。コポコポと音を立てはじめたそれを見つめながら、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「戦争に進展はあったか?」

「いや、特には無いな」

「だろうね」

 

 朗らかに笑いながら、珈琲が出来上がるまで爆弾の材料を弄り始めるジャッカス。

 

「おまえまたそれ……死体から剥いできたのか」

「いいだろー? 使えるもんは使っちゃわないと損損♪」

「ヨルハの飛行ユニット回収班が、AIM-11が足りず、レジスタンスの一員が取っていくせいで修繕が遅れると苦情が来ているんだよ。少しは自重してくれないか」

 

 元々ヨルハのものが壊れたとは言え、物資を取るのは早い者勝ちだ。そこにヨルハもレジスタンスも関係はない。保管庫などにある物資を盗み出したわけでもなく、そして被害を出しているのはジャッカスだけなのでヨルハからも強くは言えないのだ。

 

「頼むから」

 

 これから書く報告メールの内容を別の思考で考えながら、疲れたようにアネモネは言うが、ジャッカスは彼女の方を見ようともせず、慣れた手つきで爆弾を作成していく。トドメにはこの一言である。

 

「そう言われてやめるとでも?」

「……だろうな。私は一応言ったからな」

「はいよ」

 

 昔からこんな関係だ。ジャッカスはひどく優秀なのは間違いないのだが、それはアネモネをして手に余ると言わんばかりの暴れ馬。豪快すぎるし、豪胆すぎる。そして何より分析能力もピカイチである。

 本当に同じアンドロイドなのかと疑うほどに人類へ敬意を持っていない事と、規律を無視した自由意志の持ち主。

 

 もし、彼女ほど自由であれたのなら、内心でアネモネがそう考えた瞬間だった。

 

「重苦しくなっちゃったカンジ?」

「……まぁ、な」

 

 己の中を見透かされたような言葉に、アネモネはなんとか返事をするしか無かった。

 

「はっはー、鬼の司令官に華のアネモネ。ヨルハと二分する程の立場になったもんなぁ。自分はゴメンだね、そんな立場」

「そうは言いつつも、かなり貢献してくれているじゃないか。きみはどういう考えで協力してるんだ?」

「何って、そりゃ同じアンドロイドだ。仲間を守ってクソみたいな機械生命体どもをぶっ潰す。それが当たり前だろう?」

 

 どこまでも優秀なくせに、ジャッカスには裏がない。そうしてざっくりと当たり前のように出された結論を聞くのは何度目だろうか。そして、それを分かっていてジャッカスもアネモネに何度も言っているのだ。

 

「仲間、か。そうだなあ」

 

 仲間という言葉を思い出して、再び外回りの任務に向かっている双子のアンドロイドを思い出す。デボルとポポル。彼女らへの当たりも、大分緩和された。それもこれもイデア9942のせいであるのだが、不和を抱えているよりはよっぽどマシだ。

 

「あの双子のことでも考えてんのかい?」

 

 そうして普段二人が座っているシートを見ていたのが気になったのか、ジャッカスが話しかけてくる。

 

「まぁな。私達に植え付けられた認識を弄ってくれたおかげで、彼女らはここだけかもしれないが……安心できる場所を作ることが出来た。それに、痛々しい姿を見ることもないしな。心を痛めた日々とも、ようやくおさらばできた。笑顔を見たのは、初めてだったよ」

「……いい話でまとめようとしてるけどねえ、アイツのこと、キライだわ」

「イデア9942か?」

「そう、そいつ」

 

 ケッ、と吐き捨てるようにジャッカスは珈琲の入ったカップを叩きつけた。

 

「何かと施しをしてるように思えるけど、アレは違うね。アイツは自分の考えてる世界しか認めず、ありとあらゆる手段を用いてでも実現させようとする自己中心的なやつだ。勝手に人の認識を弄って、勝手にズケズケと懐に入り込んで、気に食わないね! それでいて腹の中を見せようともしない」

「少し、言い過ぎじゃないか? どちらにせよ機械生命体なんだから、我々とは考え方も違ってくるだろうさ」

「あんたのその言葉が、弄くられたものじゃないって証明できたら信じてもいいんだけどね」

 

 ジャッカスからしてみれば、胡散臭い姿でしか無かったのだろう。

 主観としては全員が笑顔になれる行いをする、夢のような存在と言えるのかもしれない。だが、客観的に見ればどうだろうか。勝手に「当たり前」を改変し、我が物顔で自分たちに絡んでくる。その上、戻ってみれば突然自分以外が全く別の考え方をしているグループが出来上がっているのだ。感じるのは、うす気味の悪さと恐怖だろう。

 

「……そうだな」

 

 だがアネモネは口ではそう言いつつも、ジャッカスもちゃっかりイデア9942の恩恵を受け取っている事を知っていた。本当にレアなチップは彼女が持っていく事と、アンドロイドたちに施されたシステムの弄り方を学習し、己のものにしている事を。

 結局のところ、どっちもどっちなのである。新参者の機械生命体であるイデア9942よりも、遥か昔から居るジャッカスに対する不満を垂れ流す声の方が大きいというのもあるが。

 

 生暖かい目で彼女を見ていたアネモネは、ふいにジャッカスが作業の手を止めた瞬間を目にした。ふぅ、と小さく息を吐いたジャッカスが立ち上がる。

 

「ほら、お客さんだ」

「客? ……ああ、彼女たちか」

 

 言われて視点を移すと、見知った顔が入り口の膜をどかして入ってきた。ここ最近で交友が始まったヨルハ部隊の2Bと9Sだ。アネモネに用があるらしく、入口近くの兵士から話が出来るよう時間を開けて欲しいという連絡が入っている。

 

「こっちは持ち場に戻るよ。また何かあったらいっとくれ」

 

 ジャッカスはひらひらと手を振ると、キャンプの奥の方にある倉庫へと足を向けた。おそらく、先程作った爆弾を起爆させ、また詰まってしまった倉庫をキレイにする腹づもりだろう。空っぽのコンテナやジャンクなどで溢れているとは言え、尻拭いをするのはいつもアネモネたちレジスタンスキャンプ所属組の仕事である。

 

 そう思っている間にも、2Bたちは一歩ずつ此方に近づいてきていた。後々訪れるであろう振動と増える仕事を考えないようにしながらも、アネモネは笑顔を形作った。

 

「久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」

「この廃墟都市について、少し聞きたいことがあって」

 

 2Bの質問には一瞬悩みつつも、周辺の地形データや報告をまとめた物を取り出していく。その後、2Bらがレジスタンスキャンプで諸用を済ませている間、アネモネは先程の不安を塗りつぶすように彼女らと話を始めた。

 

「――という事で、ここの地下空間に通じる経路を探しています。何か心当たりはありませんか?」

「うぅん…」

 

 そうして2Bたちが探している物について説明されるが、アネモネの表情は硬い。あのエイリアンシップの存在でさえ、この前初めて知ったところだ。そして地下空間についても、コンクリートの下は土で埋まっているものと考えていたため、2Bたちに大した情報をやることは出来ない。

 

 2Bらにも、随分と世話になった。聞けば、レジスタンスキャンプのメンバーが持ちかけた依頼をこなしてくれているようだし、ここは一つなんとかしてみたい、という気持ちもある。

 

 そうして脳回路を唸らせていると、一つ気になる言葉を口にしていたレジスタンスメンバーの言葉を録音したファイルに行き当たる。又聞きした程度のものだが、自動消去の日付が来る直前だったこともあり、急いでそれを拾い上げ、回路の中で再生する。

 

「……この声は…アイツか。おい、ちょっと来てくれ!」

「ん? どうしたリーダー」

 

 そうして呼んだ彼に2Bたちの経緯を説明すると、一つ頷いたレジスタンスのアンドロイドはつらつらと話し始めた。

 

「ああっと、俺も入り口を知ってるわけじゃねえってのは、まず理解してくれ」

「わかった。続きを」

「そうだな、街を走り回ってる不気味なアイツのこと知ってるか? こう、赤い車に気味の悪い顔を貼り付けた煩いヤツだが」

 

 散々ないいようだが、ここまでの特徴を持つ人物を2Bと9Sは知っていた。そしてその特徴は、この世界でただ一人、彼にしか当てはまらないだろうな、とも。そうして内心呆れた様子を隠しながら、2Bが口を開く。

 

「エミールのことか。何度かショップを使ったこともある」

「そんな名前なのかアイツ? まぁいいや、とにかくソイツの店を俺も使ったことがあるんだが、去り際にこんなことを言ってたんだよ。“ここから僕のお家、かなり深い所にあるからいつも補充が大変なんですよ”ってな」

「…深い所…エミールが暮らしている“家”が、地下にあるってこと?」

「そうか、ありがとうございます! 早速僕達で訪ねてみますね!」

「おう、最近は機械生命体共も変な動きをするやつが多い。気をつけろよ」

 

 男性アンドロイドが手を振った瞬間、軽く一礼をしたヨルハの二人はそのまま風のようにキャンプから居なくなってしまった。

 

「なんつうか、ヨルハのに持ってたイメージ、あの二人のせいで大分変わっちまうなあ」

「そうだな。それだけ、彼女らが特殊なんだろう……別の場所では、ただの殺戮機械のようだ、と恐怖を感じるものも居たらしい。今は、大分そのイメージも薄れてきたみたいだが」

 

 アネモネの言う「噂」がなくなってきた理由は、時間の経過だろう。

 ヨルハは製造されて間もない部隊だ。当初の人格データが搭載されていたとしても、そこから本当に個性を定着するまでには、機械的なぎこちなさがどうしても残る。まして、戦闘ともなれば命がけだ。表情も感情も見えなくなるのは仕方のないことだろう。

 

「……戦闘、専用のアンドロイドか」

「アネモネさん?」

「いや、何でもない。それより持ち場に戻れ。まだ弾薬の整理してないんだろう?」

「うぃーっす」

 

 その巨漢に違わぬパワーで弾薬の入った箱を持ち上げ、倉庫側に消えていく男性アンドロイド。その姿を見送ったアネモネは、次回開催予定の「グラビティボール」の訓練を考えようとモニターに顔を向けた。

 その瞬間だ。

 

「…メールか」

 

 彼女のもとに、一通のメールが届く。

 差出人は、彼女の古くよりの友人、現ヨルハ部隊総司令官であるホワイトからであった。

 





何故かアネモネさんをメインにした視点だった。
そして時間あけすぎて大分忘れてきてる感

すみませぬ すみませぬ
全ては休みが少ない上に残業つけてくれない会社ってやつのせいなんだ


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文書46.document

遅れました
決して3000円以下になってたdlc同梱ブラッドボーンをやっていたわけじゃないです


「え? 僕のお家ですか?」

「そう。正確には、家がある地下深くに通じるルートを教えて欲しい」

 

 アネモネたちから情報を受け取った2Bたちは、早速あたりを爆走していたエミールにレーザーを浴びせ転倒させると、ショップの素材を買い占めがてら、彼の暮らしているという場所の情報を得ようとしていた。

 エミールは最初、少し悩んでいるようだったが、やがて決心したように2Bたちに視線を合わせ、言葉を紡ぎ出した。

 

「そうですね、2Bさんたちなら大丈夫かも……? えっと、ご案内しますよ」

「助かるよ」

「でも、まだもてなしの準備はできてないので僕の家には入らないでくださいね! さぁって、今日はこれで店じまいだぁ!」

 

 張り切っているエミールに反し、9Sたちは苦笑を零した。なぜ彼らが笑っているのか分からないエミールは、とぼけたようにえぇっと呻く。

 

 それから、彼の案内についていく事数分。エンゲルスの自爆により出現した、廃墟都市の断層の部分で、彼は突然、むき出しになった大きな水道管の中へと飛び込んでいった。慌ててポッドに捕まり、空を滑空してついていった彼らは、その水道管の一部が改造され、エレベーターになっている場所を発見する。

 

「こんな場所があったなんて……」

「衛星じゃ絶対にわかりませんね。そもそも水が流れ続ける配管の中へ行く理由もありませんし」

「えへへ、自慢の秘密基地なんですよ!」

 

 エレベーターのボタンの脇には、エミールが待ってましたと言わんばかりに、車体のエンジンで振動しながら此方を見ている。彼は自慢げに続けた。

 

「さぁ、ここからだとすぐですよ! ただ、少し奥の方まで行くと更に深いとこまで舗装された道無しで降りていくことになりますから、お気をつけて!」

「エミールは、これ以上行かないの?」

 

 セリフの直後、逆を向いて発進しようとしたエミールを2Bが呼び止める。

 少し顔をこちらに覗かせ、彼は答えた。

 

「はい! 2Bさんたちにいっぱい買ってもらったので、別の倉庫に在庫確認へ行ってきます。あと、くれぐれも! 僕のお家には向かわないでくださいね?」

「わ、わかってるって……」

 

 エミールは可愛らしい声でがるるるるーと威嚇するように言うが、こうも念を押されると暴きたくなるのがスキャナーモデルの宿命。表面上はおくびにも出さないが、9Sの中ではそうまでして隠したいというエミールの住処を暴いてやろうという気持ちが強くなっていた。

 対して、2Bはすぐに任務を済ませてしまおうと考えて、すぐにエレベーターの横の方へと向かっていく。ピッ、とボタンを押すと、すぐに下の方から移動してきたエレベーターが扉を開いて迎え入れる準備を終わらせていた。

 

「行くよ、9S」

 

 それからしばらくして、遥か地下へと降りていく通路で何体かの敵性機械生命体の襲撃を受けながらも、難なくそれらをいなして2Bたちは目的の場所を目指してゆっくりと進んでいた。

 

『今回探してもらう素材は、この先の洞窟の壁に埋まっているであろう鉱石です。希少な素材なので中々見つからないんですけど』

 

 今回は通信状況も安定していたのか、6Oからのオペレート、もとい雑談が2Bたちにもたらされていた。だが彼女もオペレータータイプのヨルハ機体。そうした雑談の合間に的確な敵性反応への指示や、ルートの確保などをきちんと行っている。

 そうしていつも以上に快適な道中を過ごしている中で、6Oの話が続いていく。

 

『やっぱり! 近づいてきてから、どんどん反応が多くなってきました。ここだと安定して供給できるみたいですね。延々と取り続けても、400年は困らないかもしれません! ……尤も、その頃には私達もお役御免になってるかもしれないですけど』

「…そうだね。パスカルやキェルケゴール、そしていまはアダムたちも。力を持った機械生命体達は、多くがアンドロイド達といい関係を保とうとしている。だから、この戦争が終わるのも……私達ヨルハの時代で見られるかもしれない」

 

 どこか遠くを見つめながら、2Bはらしくなく、饒舌に6Oに言葉を返した。ここ最近はよくあることだが、こうして2Bがしっかりと6Oに返事をするというのは、6Oにとって嬉しいことでもある。

 だから、いつもの元気そうな声に、喜色を交えて言葉を返し、そうしてまた雑談が増えていくのである。同時に、オペレート後の司令官からのおしかりも増えるが。

 

『はい! 鉱石が採掘できれば、悪い機械生命体たちを懲らしめるため、また一歩を進むことが可能、です! ……あ、2Bさん、そのあたりが一番強い反応があります。少し壁を削ってもらっても良いですか?』

「わかった。9Sはそっちからお願い」

「了解でっす!」

 

 2Bは指でコンコン、とノックするように壁を叩くと、何かを確かめるように何度か壁を擦る。一度頷いた彼女は、背中に仕舞い込んでいた大剣「白の約定」を両手で握った。

 

「オオォォォォアッ!」

 

 気合一閃。

 ゴツゴツとしていた壁に大剣が当たり、切れるというよりも、崩れるという形で結果が伴った。パラパラと崩れ落ちた岸壁の向こうには、不思議な色に発光する幾つかの鉱石の姿が見て取れる。

 その隣では9Sも槍を思いっきり壁に突き刺し、引き抜くと同時にその場所をまるごとえぐり取っていた。穴が空いた場所を覗き込むようにしていた9Sは、おもむろに左手を穴の中に突っ込み、何かを握りながら引き抜いた。

 

「オペレーターさん、鑑定してもらっていいですか」

『ただちに……はい、これが目的の鉱石です! 純度も申し分ありません、それを規定量採集した後、バンカーに射出してください』

「りょーかい。2Bは、どのくらい持てそうですか?」

「そのために、ポッドの格納領域を空けておいたから。採掘したものはこっちにお願い」

 

 ピッケルを使うのが鉱石採集の常かもしれないが、アンドロイドは格が違った。ポッドの演算予想と、プログラミング通りに動く腕は、ただの武器でも立派な採掘道具に変身させる。

 着実に規定量を採掘した彼女らは、ポッドの格納領域に鉱石の原石が吸収されていくのを見届け、任務の完了報告をバンカーに送った。あとは資材コンテナに詰め込み、いつもどおりロケットで打ち上げるだけだ。

 

「結構あっけなく終わりましたね」

「不測の事態は無いのが一番いい」

「それもそうですけど……ところで2B、物は相談なんですが」

 

 9Sが自然な流れ(?)を装い、2Bに自分の願望を伝えようとしたのだが、その口は開くことすら出来なかった。

 

「エミールの家なら行かないよ。すぐにバンカーに戻るから」

 

 2Bにとって、9Sの考えなどお見通しだ。長いことずっと、ずっと一緒に居る仲。そしてエミールにあんなことを言われてしまえば、9Sが家の探索をしようと言い始めるのは分かっていた。

 だが、エミール本人が嫌だと言っているのに、それを実行するような性根は2Bが持ち合わせているはずもない。ある意味、どこまでも素直で純真な2Bの言葉に、9Sが逆らえるはずもなく、

 

「うっ……は、はい……」

「また今度、きちんと招待されたときに行こう」

 

 すれ違いざま、肩をポンと叩き、2Bはもと来た道を戻り始めた。

 9Sはしばらく叩かれた場所を確かめるように擦っていたが、それもそうですね、と知的好奇心を押さえ込み、笑みをこぼす。機械生命体に対して有利に立てるという大局を見据えたバンカーへの帰還を優先事項に切り替えたらしい。

 

『レジスタンスキャンプからの資材打ち上げは2日後ですね。お二人がバンカーに戻られたら、また自由行動だそうですよ!』

「……また?」

『はい、なんだか最近、ヨルハの地上実行部隊の大半に自由行動というか、機械生命体の施設への出撃命令が減ってきているのですよ。司令官は一体何を考えているんでしょうか……私、気になります!』

「実行部隊の、休暇が増えている?」

 

 話を傍で聞いていた9Sが、その言葉に疑問を抱く。

 普段ヨルハというのは、その圧倒的な運動性能や攻撃力などを見据え、単身または分隊程度で作戦に当たり、忙しなく各地を駆け巡っているという立ち位置である。最新型の戦闘用アンドロイドとしての有用性は言うまでもない。

 それでも、超大型機械生命体(グリューン)の超大規模大出力EMP攻撃を浴びればいくら最新鋭といえどもアンドロイドの宿命として機能停止に陥ってしまうが、そうして撃墜されたとしてもバンカーにバックアップデータが残っていれば、最後にアップロードされた状態から復活が可能だ。

 

 ある意味、壊れても動き続ける立派な人形といってもいいだろう。そうして有用な働く人形に、休み続ける暇など無いのは誰もが分かっている事実。だが最近はそうした常識が崩れつつあるというのだ。

 

『あとあと、ここだけの話なんですが……私達オペレーターモデルにも休養と地上への降下許可が出そうなんです』

「オペレーターモデルが!?」

『しーっ! 声が大きいですってば!』

 

 ウィンドウの中で、慌てて周りを見わたす6O。

 直後に安堵したように胸を抑えて、息を吐く。

 

『はぁ……なんだか、ヨルハがヨルハとして機能しなくなってきてるんですよね。それどころか、他のアンドロイド達みたいにある程度自由というか何ていうか……あぁもう、こんなこと初めてだからなんて言ったら良いのか……』

 

 思案している6Oの姿というのは、それなりに珍しいものだ。普段は明るく振舞い、いざという時は真剣にオペレートし、上からの指示を着実にこなしていく有能なオペレーター。それが2Bの見てきた6Oという姿。

 そんな彼女が、自分たちに降り掛かってきた問題で頭を捻って悩んでいる。そんな姿に何を思ったのか、2Bは軽くなった心と共に、口からついて出た言葉を止められなかった。

 

「…6O」

『どうしました? 2Bさん』

「もし地上に降りることになったら……景色のきれいなところを案内する」

『とっ……』

「6O?」

 

 さすがに失言だったか、と2Bは不安そうに聞き返す。

 しばらく目を見開いて固まっていた6Oだったが、そのうちにワナワナと震え始めて。

 

『や、約束ですよッ! 絶対に約束ですからね!!』

「し、6O? どうし――」

『あぁーんもう! 2Bさんの貴重なデレが私に炸裂するなんて思ってもみませんでした!! 今の言葉、しっかりとバンカーのデータベースに保管させていただきましたからね!! 私と! 二人っきりで! デートしましょう! 2Bさん!』

 

 まくし立てるように喋る6Oは、誰がどう見ても興奮していた。

 そのうちに周りのオペレーターから白い目で見られたのだろうか、画面の向こうの彼女は「うっ」と周りに頭を下げながら席につき、通信を閉じる。

 

「……どうしたんだろう、6O」

「ほんと2Bは無自覚というか……まぁそこが魅力的なんだけど」

 

 一方的にまくしたてられ、通信を切られて困惑する2B。そんな彼女に9Sは、呆れたように笑みを浮かべた。

 

「とりあえず、レジスタンスキャンプに戻りましょう」

「ナインズ、今のは、どういうことか分かってるの?」

「ええ。でも教えてあげません。2Bがそんなだから、僕も少し妬いてるんですから」

 

 人差し指でゴーグルをずらしながら、ちろりと舌を見せた9Sはそのまま振り返って走り出してしまった。

 

「妬いてるって……ナインズ、待って」

 

 理由が知りたい2Bも、彼の後を追ってもと来た道を引き返していく。

 いつかに比べると、ぎこちなさの取れた二人のやり取り。どこまでも感情を隠さないそれを、「彼」が見たらなんというだろうか。これから少し未来に、その答えは待っている。

 

 でもそのお話は、また今度。

 

 

 

 

 

「……アンドロイドの会合?」

「あぁ。君も招待されているんだ、イデア9942」

 

 いつもの資材搬入とチップの提供。

 アネモネからそんな話を振られたイデア9942は、11Bを伴ってリアカーを転がしていた手を止めた。

 

「あ、いいよ。イデア9942、あとはやっておくから」

「すまんな。……それで、詳しく聞かせてくれないか」

「機械生命体代表というか……よければパスカルも呼んで欲しいんだが」

 

 アネモネはそう言ってから、会合について説明を始めた。

 

 なんでも、ヨルハの司令官ホワイトから送られてきたメールが発端であるらしい。内容としては、機械生命体とアンドロイドの融和について、平和的な主張を持つ機械生命体らの代表と、アンドロイドの代表格を交えて話を進め、幾つかの取り決めを作りたいらしい。

 

「互いに争い、疲弊する中で人類の名残が次々に破壊されていく。そして元の形を残したデータも劣化を避けられない。修復チームも、人類会議からの決定が音沙汰なくなってから不安に駆られているが、そもそもの指令がない限りどこも手出しが出来ない状態なんだ」

「……人類の名残、か」

「あぁ。我々アンドロイドの一部はもはやソレに縋る必要も無いかもしれないが、大部分はそうじゃないんだ。我々には、寄す処が必要だ。だがその寄す処を修復したくても出来ない状態が続いて長い……もう、人類会議を待たず、我々だけである程度決定してしまっても良いのではないか、と。それがホワイトの奴の提案だ」

 

 許されるはずもないんだろうがな、と苦笑するアネモネ。まだ事実を知らされていないのだろうが、それでも薄々気づきつつあるのだろう。そして今回のホワイトの提案で、核心に近づきつつある。

 それでもアネモネは、知らないふりをしていた。それだけのことだ。

 

「……分かッた。集落としての代表パスカルと、教団としての代表キェルケゴール。そして自由を求めた人類の似姿、アダムたちにも声をかけてみるか」

「アダム、か。奴らは大丈夫なのか?」

 

 アネモネの疑問は当然のものだ。

 誕生してから短期間にも関わらず、アンドロイド側への被害はかなり大きなものだ。一時的とは言え、ネットワークを統括していた個体ということもあって反感の声も大きいだろう。

 だが、彼らはそんな言葉など気にしないだろう。何よりイデア9942は、こう考えていた。

 

「アイツラはもう、何も害をなそうとは思わんだろうさ。変わッてしまったといえばそれまでだが……少しは信じてやッてほしい。出会いはともかく、今はもう、アイツラは友のようなものだからな」

「友、か。そこまで言うなら、君の言葉を信じるとするよ」

「すまんな」

 

 言いたいことはこれだけだ、とアネモネは告げる。

 どうやら要件は本当にソレだけらしい。

 

「会合の場所については決まッたのか?」

「いいや、まずは君たちの了解が取れてからだったからな。すぐにアイツに返信のメールを送るよ。きっと返事も直ぐなはずだ」

「そうか。彼女も司令官という立場だ、忙しいだろう。しばらくはまた、ゆッくりと過ごさせてもらうとしよう」

「ここの所、君も忙しかったからな……よければ、何があったか聞かせてもらえないか?」

「この身が体験した程度のことでよければ」

 

 すっかり打ち解けた様子で、アネモネの対面にイデア9942が座った。

 そうして楽しそうに話し始める彼らの様子を、11Bがじぃ、と見つめている。

 

「よ、11Bちゃん。いいのか?」

「うん。イデア9942の浮気性は今に始まったことじゃないからね」

 

 平然とした様子だが、心の底では何かが煮えたぎっているらしい。

 それに、ついこの前手にした情報…ブラックボックスの真実が、彼女にとって余裕を与えるだけの優位性を確保できているらしい。例え他の女性型アンドロイドにイデア9942の時間が取られていても、ココロの中ではフフンと笑っているようだ。

 

「ははは…う、浮気性かぁ……随分だな」

「いいの。それよりおじさん、チップはそれだけでいいの?」

「あー。まぁちょっとした威力偵察だ、特化しすぎると欲が出ちまって、任務外のこともしちまうかもしれねぇからな」

 

 そう言って、男性アンドロイドは腰に差した大型のサーベルを手に取り、箱の上に置いていた銃を背中側に収納した。

 

「ま、部隊の奴らも同じだろうさ。ここの所戦わなくても良くなってきた。ようやくこのクソッタレな戦争が終わりそうなんだ。着実に、そして生きていかねぇとな」

「……戦争、か。終わると良いね」

「おう、実はよ、アンタのところのイデア9942っていう機械生命体。アイツにも結構期待してんだぜ。レジスタンスキャンプはアイツのお陰で大分落ち着いた。それこそ、俺達の中にも新しい生きがいを見つける奴が出てくる程度にはな」

 

 銃のメンテナンスを行いながら、男は快活に笑った。

 生きていたいのだと、笑っている。戦いが終わった後は、しばらくはそうして見つけた生きがい…彼の趣味に没頭してみたいものだと。

 

 11Bは、言われるがまま、そして自分の思うがままに過ごしてきた過去を思い出す。その中で、彼のように本当の未来を見据えたことはあっただろうか。……今に満足し、ソレでいいと。自分の居場所で過ごすことばかりを考えていた、と。思い至る。

 

「なぁ」

「…?」

「ひでぇ顔だぜ。ま、次に会う時はそんなシケた面も直しときな」

「一丁前に口説いてんじゃねえよ」

 

 その男の言葉に、ハッとしたように顔を上げる11B。だが何かを言い返す前に、彼の仲間からの野次が飛んできて言いたい言葉も引っ込んでしまう。

 

「バッキャロー、この子はアイツにお熱なのは知ってるっつうの。茶化すなよ兄弟」

「ま、そういうわけだな。俺達なんか名前も知らないし覚えちゃ居ないだろうが、まぁこういう奴らも居るって、アイツに教えておいてくれよ。もう、戦いなんか懲り懲りだからな」

 

 頼んだぞ、と。11Bの背中が軽く叩かれる。

 彼はきっと、気楽な気持ちで彼女の背中を叩いていったのだろう。

 

 だが、前へ、と。

 背中を押すような激励だったのだろう。彼らアンドロイドという、被造物の命は、それでも確かに、11Bという糸の切れた人形へ熱を残していった。

 

「どうした?」

「…ううん、何でもない」

 

 そこへ、イデア9942が帰ってくる。

 雑談を交わしながらも、会談について話がまとまったらしく、これからの予定を組み立てながら材料を採取するため明日は早いと11Bに伝えてきた。11Bは頷き、イデア9942に今回の売上を伝える。

 

 そうして、彼らはレジスタンスキャンプを後にした。

 

 

 

 

 

「ねぇ、イデア9942。ワタシも、未来に生きても良いのかな」

「……今更何を言ッてるんだ。ついにそこまでポンコツになッたか?」

「そういうのじゃなくてさ――」

 

 帰り道で、11Bは今回出会ったアンドロイドたちの言葉と、その熱に影響を受けたのだろうか。イデア9942にいつもはしないような、不安を交えた質問を浴びせてしまう。

 

 しかしそれも、いつものように茶化されたかと憤慨して見上げた時だった。

 また、彼女の頭に無骨で無機質だが、大きく優しい手が添えられる。乱暴に撫で回していった手は、最後に彼女の頭をコツンと小突いていく。

 

「失わせないんだろう。せいぜい、守ッて見せてくれ。それだけの力はすでに持ッているはずだからな」

「…ふふ、そうだね」

「だが良いぞ。そうして何度も悩んでくれ。それこそが生きるということだ」

「生きる、か。ねぇイデア9942。ワタシはちゃんと生きてるのかな?」

「勿論だとも。誰がなんと言おうと、君は生きている。間違いなく」

 

 イデア9942は、楽しそうに笑って言う。

 

「変化を容易く受け入れるだけが、楽しい生き方ではないかもしれない。時には守り続けるのだ。自分が抱いた、大切な思いを曲げないために。そのために悩み続ける。思考を続ける……素晴らしいじャないか」

 

 人間と違い、葦にはなれないかもしれない。

 それでも彼らは人を模して生きるのだ。強い体と、弱い心を以て。

 

「それにしてもだ、あと何度励ませば君は一人で歩けるんだ」

「一人でなんて歩かないから、あと何度でも」

 

 11Bの返しに戸惑いを隠せず、帽子の位置を直すイデア9942。

 ブツブツとつぶやくような声で、つい呟いてしまう。

 

「口が減らないところばかり似てしまッたか……全く」

 

 喋っていると時間が過ぎるのも早く、工房の入り口にたどり着くころには相応の時間が過ぎ去っていた。そうして一日が終わり、彼らには新しい明日が待ち受けている。

 

 誰にでも等しく訪れる、新しい明日が。

 






なんだか長くなってしまった上に、またそれっぽいことだけ書いてる内容に。
最近イチャイチャ(笑)しか書いてないな……


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文書47.document

死体も踊れば更新される 遅くなりましたん


 木漏れ日の光を、小さな影が通り過ぎていく。はらりと舞い落ちてきた羽が、奇妙な機械生命体の被っていた帽子にふわりと乗った。

 

 カンカンカン、と釘を叩いて汗を拭うように額を擦る機械。伸びたオイルが光沢のあるボールヘッドを黒く塗る。それは近づいてきた相手に相槌を打ちながら、道具箱から新たな釘を取り出し打ち付けていく。隣を角材を両脇に抱えた巨大な機械が通っていき、すれすれのところを器用にすり抜けた。

 巨大な影が通った先では、手がなく、胴体が多段に積まれただけの機械が大きく跳ねて、ドスンと着地する。浮いていた板が重みによってガポリと少しハマり、胴長の機械がまた跳ねれば、それは凹同士が完全に噛み合った。

 

 大きな十字架が視界の端に生えてきて、右から左へゆらゆらと歩いて行く。下を覗き込めば小さな機械が、器用に抱えてえっちらおっちら歩いて行く。その隣には心配そうに見守る、エプロンを装甲に描いた機械がアワアワと手を伸ばそうとしては止めている。

 

 パスカルの村の工事は、まだまだ続いている。

 地面の上に直接、土が跳ねないよう、堅固な木の板が作業用の足場になっているが、機械生命体たちの重みによっていたるところがデコボコしている。思わぬ窪みに足を引っ掛け、隙間から泥が入り込む子供ロボがえんえんと泣き始めていた。

 

 人としての営み、活気に溢れているが、その実ここに人間は居ない。いるのは人間を模倣しようとしたロボットたちだけ。だが、似姿でもいいじゃないか。こんなに楽しそうならば。

 

 イデア9942が見つめる先の、命を育む暮らし。

 満足するように瞳を閉じた彼は、それらを見つつも、集めた二人へ行っていた説明に終止符を打つ。

 

「というわけだ」

 

 傍若無人の機械生命体、イデア9942の対面に座るは温和な村の長パスカル。そして慈愛を持つ宗教リーダーのキェルケゴール。

 少し前までなら、こうして機械生命体のリーダー格だけが集まる光景は、アンドロイドたちにとって悪夢にも等しい光景だろう。物量において遥かに勝る機械生命体たちが、知能を付けて会合を開くなどと。

 だが、彼らがアンドロイドたちに敵対することはない。なぜなら、彼らは戦闘に関しては否定的な主張、生き方をするものたちだから。何より、アンドロイドに歩み寄りたいと考えているからだ。

 

 アンドロイドが主催する、機械生命体をも交えた会合。その送られてきた概要について口頭での説明をするため、イデア9942はパスカルの村に訪れていたというわけである。

 

「……お話はわかりました。是非とも、その会合に参加させてください」

 

 パスカルは当然だと頷いている。

 イデア9942は、キェルケゴールの返答を聞こうと向き直ったが、その瞬間に彼が首を縦に振る姿が見えた。

 

「無論、我も同意する」

 

 彼が身振り手振り話し始めて、キィ、と車椅子が揺れた。

 

「アンドロイドか、機械生命体かと言っている場合ではない。ここで暮らしていて思ったのだ。意思あるものに垣根などありはせぬ。我々は正しく、死を迎える瞬間まで、繋がるための手を伸ばさなければならぬ。我々が生み出されて5000年、この何もかもがリセットされた世界を繋ぐためにも」

「実を言うとだ、君の視点が、アンドロイド側にどのような変化を齎すのか、少し気になッている。期待をかけるようで悪いが、しかと見せてくれ」

「うむ、大義承った」

 

 仰々しい、神官の帽子が大きく揺れる。

 よく見れば、キェルケゴールの簡素であった車椅子も、自走するための装置や教祖という立場に相応しくも厳かな装飾が施されており、キラリと木漏れ日を受けて反射したそれらをイデア9942が覗き込む。

 

「ほう、中々にいいセンスじャァないか」

「うむ! そうであろう? 我が信者たちが考え、描いてくれたのだ。皆を引っ張る立場にある以上、自らの足で歩まねば格好がつかんと思ってな。幸い、パスカル殿からの協力もあっていい仕上がりになった」

 

 現在、見ての通りパスカルの村は開拓作業中である。ソレに際して素材や資材は充実している状態のため、その端材や金色の糸を信者たちが縫い合わせ、キェルケゴールの車椅子を完成させたのだとか。

 それを自慢げに語るキェルケゴールは、やはり工場廃墟に居た頃よりも明るく、そして余裕があるように見えた。信仰のあり方を違えた、死にひた向かうだけの狂信者。それらに追われていたこともあって、あの場ではいくらか取り繕っていた面もあったのだろうか。

 

「キェルケゴールさんがこの村に来てから、村の何人かも祈りを捧げることを日課にする方も増えました。特に、22Bさんがそうですね。いつも子どもたちの相手をしてくれているんですが、教会について話を聞いた所、まず作り上げた簡易祭壇に毎日祈りを捧げてますよ」

 

 キェルケゴール達も宗教という集団である以上、祈るための聖域となる「教会」が完成するまでの間、簡易の祭壇を作ることで日課を果たしているらしい。巨木を中心とした村側に建てられたソレは、教会が完成した後はそのままもう一つの祈りの先として機能させる予定であるらしい。

 だがイデア9942が気になったのは別のところだ。

 

「ほう、22Bが? アンドロイドが祈る先、か。興味深いな」

「一度“誰に祈っているんですか”と聞いてはみたのですが、彼女はいつも微笑んで誤魔化すんですよねぇ。結構気になりますが……まぁ無理に聞き出すほどでもないでしょう」

「存外にヨルハ女子は俗物なところもある。木星占いとかな。もしかしたら、8Bに祈りを捧げているのかもしれんぞ。祈りとはつまり感謝の心にもなるからな」

 

 イデア9942の言葉に、無言ながら大いに同意を示すキェルケゴール。

 祈りを捧げるというのは、ガチャで当てたいとか、宝くじで一等だとか、神にそうした自身の欲を叶えさせるよう乞うことではない。神という超自然的なナニカへと、日々安穏に暮らせることを心の底から感謝し、純粋な想いを届けるという意味も含まれている。

 それを捻じ曲げるように捉えてはならないのだ。イデア9942に触発され、キェルケゴールは熱く語る。

 

「ムっ、すまぬ。ついオーバーヒートしてしまったようだ」

「無礼講ですよ。せっかくこうして、ゆったりと集まれる時間が出来たんですから。好きなことを言った人が勝ちです」

「君も大分染まッてきたか、パスカル?」

「だいたいはアナタのせいでしょう、イデア9942さん」

「そうかもしれんな」

「ふぅーむ。おぬしらは長い付き合いなのか?」

「ええ、まぁそれなりには」

 

 パスカルが肯定すれば、秘密を共有する程度には、と心のなかでイデア9942が付け加える。キェルケゴールには知らせなくてもいいだろう秘密だ。彼のことだ、今の時点で一杯一杯であるのに、救いの手を必要にも見える者たち(ヨルハ)を見せてしまえば、身を削るのは目に見えている。

 

『いいか、彼女らのことは此方で解決を見つける。キェルケゴール殿には言わないようにしてくれ』

『勿論です、と言いたいところですが……イデア9942さん。あなたも無理はなさらぬよう。もし最悪の事態に陥れば、キェルケゴールさんにも事実を告げ、強制的に介入に行きますのでそのおつもりで』

『全く……そう、と決めたら行動できるのが君の怖いところだ、パスカル。精々この身が削られようと、死なぬ程度に抑えるさ』

 

 ヨルハのことはイデア9942、そして他ならぬ当事者である2Bたちに動かせて問題を解決するつもりだと、秘匿回線で彼らは密約を交わす。この人のいい紫色の宗教団体を動かすことになるような事態は、おそらくパスカルの言う最悪の状況が訪れる時。

 そうならないよう、策を幾つも練り上げ、その全てを実行し、それに至るプロセスを組み上げてきた。イデア9942に余裕はあれど、油断はない。

 真剣な声色にパスカルも一度緑色の瞳を瞬き、同意したように見せかけるが、パスカルとてイデア9942の策が全て想定通りに行くとは思わないようにしている。いついかなる時でも支えられるよう、準備を進めているのはパスカルとて同じだった。

 

「それでは、この旨を伝えるとしよう」

 

 イデア9942が立ち上がり、刃の潰れた斧を担ぐ。

 工房に転がっていたそれを補修し、こうして再び振り回す姿には、どこか懐かしさがある。尤も、彼がこれを振るう時は全て、彼の手のひらに踊るものが示されているときだけであるが。

 

「連絡は追って、この村のアクセスポイントにメールを送る」

「おや? 待ってください、あれはヨルハやアンドロイドの人たちしか使えないはずでは」

「ロストしたヨルハ機体のデータを君たちの認証に置き換えてある」

「なんと、いつの間に……」

「キェルケゴールさん、こういう方なんです。電子関係で驚くのはこれっきりにしておいたほうが良いですよ」

 

 長年の苦労が積もってきたようなセリフである。

 どこか顔に影をまとったパスカルに対して、キェルケゴールは口をつぐむばかりだ。

 

「時にパスカル、再利用パーツの“洗浄”はしてあるか?」

「イデア9942さんが言ったとおり、全ての補修パーツは洗浄済みですよ。どうかいたしましたか?」

「いや、会合が在る以上、また荒れるかもしれんと思ッてな。敵性機械生命体のネットワーク人格、N2は消滅したわけではない。この会合のデータもどこかで傍受済みだろうからな」

「なるほど、たしかに悪意あるウィルスが紛れ込んでいたら、私達の村が内部から食い荒らされるかもしれません……ああ、想像しただけでも恐ろしい」

 

 瞳を閉じ、首を振るパスカル。

 心なしか、いつも動力によって揺れている体が別の揺れ方をしているようにも見える。

 

「ですが、そんな事態にならないよう洗浄に関しては注意を割かねばなりませんね。ご忠告痛み入ります」

「人員は潤っておる故、こちらもプロを当てている。だが万が一も考えられるのだな……分かった、多段チェックを入念に行うよう、担当の信者に伝えておこう」

「そうなると最後の問題は、村の守りをどうするか、ですね」

 

 話をまとめに入るパスカル。

 あたり前のことだが、これが一番大事だ。何度も言うが村は開拓の作業中。襲撃を受ければ散り散りになった仲間たちが一人ずつ倒され、全員でなら勝てる相手にも勝てなくなるかもしれない。

 何より、そんな襲撃で村のものが理不尽に命を落とす。それが許されるはずもないのだが……実質トップは、会合に集まらなければならないのだ。

 

 普通の機械生命体であれば、ヨルハをも殺す物量やいやらしい手段で攻めてくるネットワーク概念人格「N2」を前にして為す術無く破壊され、蹂躙され、あえなく散るだけであろう。

 だが今は違う。イデア9942が居ることでもたらされた大きな変化。その証拠でもある三人が、集団が、この村で暮らす一員となっている。イデア9942がもたらした電子上の鉄壁、そして自分たちの居場所を守るという心の底で共通する繋がり。

 

 パスカルとキェルケゴールは、短い付き合いながらも、強靭な繋がりが編み込まれた鋼糸(ワイヤー)を感じている。だから自分たちが村に居ない時間に、不安を覚えるはずもなかった。

 

「…村の守りは、彼女らヨルハチームと屈強な戦士たちに任せよう。我々は出来うることを、進めることしか出来ないからな。勿論、彼女らには対高出力EMPの物を渡さねばならないが」

「そこは此方から用意しよう。というよりもだ、すでにリアカーに積んである」

「……ありがたい。イデア9942殿には頭が上がらぬな」

 

 

 それからも村や教会のことについて語り合った三体の機械生命体は、家を立てた巨木の葉が40回ほど揺れた後に、各々の収まるべき場所へと戻っていった。自我を得た機械生命体は増えていたとしても知恵を持つ機械生命体は、思ったよりも少ないのだ。故に、キェルケゴールとパスカルも、イデア9942やアダムのような存在と会話する事に飢えているフシが在る。と言えども、その欲求は人間がお菓子を食べたりゲームをしたいと思う程度なのだが。

 

 なんにせよ、満足した二人と別れたイデア9942はパスカルの村の最も高い足場の先に着くと、木製の手すりに上半身を預けて、手を組むと目の前に広がる風景に目を見開いた。

 

 駆け抜けていく風が、木々の葉を一斉に揺らして白い光の帯を形作る。驚き飛び立つ小鳥たち。その先には、荒廃しつつも緑に覆われる廃墟都市の姿が覗いている。

 

「……あァ、いいものだ」

 

 生命の息吹は、歩み続けるイデア9942の心に安寧の波紋を広げさせる。機械生命体やアンドロイドらの営みもまた、彼の「良し」とする生命の営み……すなわち文化の様子。だが、この知恵なくとも、小さな生きる意思が交錯する風景もまた、彼が良しとする光景。

 

 オイルが軋みを抑え、擦れ合う鉄の腕は僅かばかりに摩擦熱を発する。凝り固まった鋼鉄の腕は接触するたびにガチガチと硬質な音を鳴らして火花を散らす。

 人の体を知り、そして機械の体として今は生きている。故にこそ、彼はその二面性を愛することが出来る。悪意には悪意を以て返し、善意には善意を以て答える。鏡のような彼は、果たして。

 

「おーい!」

「……ん」

 

 ふと、イデア9942を呼ぶ声が下から聞こえてくる。

 視界をズームさせて下に移動させると、ブンブンと手を振り笑顔で呼びかける11Bが居た。手を振る方とは反対の手には、袋に入った幾つかの素材が見える。パスカルたちと話す間に頼んでいた、天然資源を幾つか採取してくれていたようだ。

 

「いまそっちにいくねー」

「あまり揺らすなよ」

 

 分かってる、と頷いた11Bが足にぐっと力を入れると、地面を小さく陥没させ、羽ばたく鳥よりも高く飛翔する。上へと向かう運動エネルギーを殺さず、途中の手すりを経由しながら一気に上り詰めた彼女は、あっという間にイデア9942が立つ高台へ両足を付けた。

 

「動作に関して異常は無さそうだな」

「うん。イデア9942のおかげでバッチリだよ。あ、それからこれ!」

 

 差し出されたのは素材入りの袋。

 瓶詰めの樹液や、天然ゴムを主として自然由来の素材がいくつも入っている。人類が居なくなり、機械生命体の侵攻のお陰で人類文化の再生アンドロイドが仕事をできない現状、植物たちもこの1万年に大きな変化を伴ってきた。

 より強靭に、よりしなやかに、より力強く。成分は似通っていても、その素材としての強度や効率性は、人類文化が発展していた時よりも遥かに勝っている。故に、今でも人類の模倣を飛び越え、進化したアンドロイドたちの技術にもこれらの素材が使われているのである。

 

「これでタイヤの目処も立ッたな」

 

 そうした素材を必要とするのは、やはり彼らがアダムと共同制作し、最終的に見せ合う形で作っている例の動力源を元にした物があるからだ。もうここまで来れば、聡明な諸君にも分かるだろうが、イデア9942はこうして生きる中でも刺激を求めるため、ド派手なマシンを作るつもりである。

 

「それでさ、結局どうするつもりなの?」

「ああ、まずボディはだな――」

 

 得意げにマシンの概要を語ろうとするイデア9942だったが、生憎と彼女が聞きたいのはそのことではない。身振り手振り話そうとしたイデア9942の大きな手を両手で包み込み、彼女は目線をしっかりと合わせてきた。

 

「いや、そうじゃなくて。アンドロイドの奴らの会議」

「……心配するな」

 

 掴まれていない手で彼女の頭を撫で回す。

 

「この身が危険なことなどなにもない。司令官殿も、パスカルも、キェルケゴールも。そしてアダムたちも。敵は居ない。ただ、共通して守るものを語り合いに行くだけだ」

 

 だから、何の心配もいらない。

 同士である以上、争う必要もない、と。

 

「一緒に行くから。ヨルハになんて言われてもね」

「分かッているとも。君は大事なパートナーだ。連れて行かない選択肢はない」

「それなら……いいけど」

 

 言葉と撫でる手でごまかしつつも、イデア9942は、しかしその会合にて必ず波乱が起きると確信していた。どうやってか、認識の外にありながら虚影を伴い動向を監視するN2達。この世界が物語として語られていた作品の中では、そう描写されている以上、会合の情報など筒抜けなのだろう。

 故に、イデア9942は何を知られようとも、対抗できうる手段を用意してきた。そのうちの一つが11Bであるのは、紛れもない事実である。

 

「何はともあれ、会合まで日もあるだろう。まずはこの素材でマシンを作ッてからだ」

「誤魔化すの下手な時はとことん下手だよね、イデア9942ってさ」

「そうだな、それでいいだろう?」

 

 隠し事をし続けて崩壊するよりもずっとマシだと。

 撫でていた手をどかした彼は、名残惜しそうに見つめる11Bの視線を振り切り、背を向ける。

 

「帰るぞ」

「あ、うん!」

 

 ただ、その影は隣同士だ。

 村の入口から姿が見えなくなっても、その手は繋がっていた。

 




二人の仲良くフェードアウト連続投稿である

ちなみにこの後11Bは銃の使い方について説教されました。まる



次回あたりに会合
つまり本編の時間が動き始めます。

最終章スタートともいう


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文書48.document

スランプ入ってきてトランプさばけないから
ジョジョOVAのダービ戦見て癒やされてます

そしてオートマタをベリーハードでプレイをはじめ、エンゲルス撃破後にそっとハードにしました。あと仕事。そろそろニーアオートマタも過去の作品みたいな扱いになってきたな。

そういう感じで書いてたら変な幕間です。

次回こそほんへ進めます


「了解した。追って連絡しよう。3日後に詳細を送る」

 

 暗くなったバンカーの一室。

 唯一、白の衣を纏ったアンドロイドが、耳元に当てていた手を下ろす。

 通信相手は短く答え、それっきり聞こえてくる音はなくなった。

 

 バンカーは今、機能を制限していた。と言っても、敵性機械生命体から攻撃的なクラッキングを受けたわけではない。これまで、休まること無く使われていたヨルハ部隊支援のためのバックアップシステム、膨大なデータの整理、上げていけばキリがないそれらの作業の多くを停止させ、ヨルハという集団自体が一時的に停止しているのである。

 

 それを実行したのは、この暗い部屋で一人虚空を見上げている女アンドロイド。ヨルハにおいて最高権利を与えられている、ホワイトだった。

 

「……日取りは決めてある。後は、未来の話か」

 

 ヨルハに未来など無い。

 あのパスコード事変におけるバンカーの大混乱。その折に、司令官ホワイトにのみ与えられた専用のデータ領域に、一通のメールが届けられていた。数多のファイヤーウォールや電子的な防壁などなかったかのようにすり抜け、警報の一つも鳴らさずに帰っていった手腕の持ち主は、当然言うまでもないだろう。

 彼からのメールにて、彼女は真実の一端を知ったのだ。そして短い閲覧の直後、ホワイト自身に強大なプロテクトを掛けて自壊したメール。もし紙媒体であれば、あまりの身勝手さに握りつぶしていたであろう真実。

 

 ヨルハ最高司令官たるホワイトにすら明かされることを禁じられた、真実の中の真実を。

 

「もはや寄す処すら取り上げられた。私は……一体どうしたら良いんだろうな」

 

 誰に言うでもなく、壁にもたれかかって彼女は笑った。

 ヨルハの司令官として抜擢された時は何の冗談かと思ったが、他ならぬ人類の言葉であると、まだ人類は生きていたのだと歓喜した。それが時がたつに連れて明かされる、人類の不在の証明を崩すための作戦であると気付く。

 

 だがそれも、絶望の一丁目だ。

 

 毎日毎日、司令官という立場である自分に圧し掛かる重圧。誰も彼もが目隠しをして、真実を見ないように作られるヨルハたち。だが、そのうちに秘める個性豊かな感情を殺す姿を見届けて、製造と破壊を繰り返すヨルハ部隊の面々。

 

 二丁目の先は、開発すらされていない荒れ地だった。

 

 変わらない日々、オペレーターたちも残酷な真実の一端や、作戦が進むごとに新たに生み出された歪なヨルハの姿を知らされていながら、心を押し殺して戦闘部隊を送り込む日々。

 新たな兵器を製造し、新たなサポートメカが開発され、ヨルハのシステムがアップロードされていく。それがどうしたと、機械生命体たちは無慈悲に戦闘部隊を破壊し、侵食し、時にはサーバーからその機体名をデリートさせられていく。

 

 三丁目などなかった。

 どん底の地面が抜けて、延々と落ちていくだけの真実。

 

「何故、と疑問を持ったこともあった。だがそれらは人類(アンドロイド)のためであると言い聞かせ、歩いてきた……そのはずだったんだ!!」

 

 激しく打ち据えられる個室の壁。

 頑丈な鋼鉄の扉に、非戦闘型であるヨルハ司令官ホワイトの拳があたっても、傷をつけることすらかなわない。無傷の壁が、表に出せない彼女の慟哭をあざ笑っていた。

 

 ヨルハは、滅びるようにデザインされていた。

 それも、一時しのぎにしかならないとわかりきっている結末のために。百年すら保たないであろう、人類が存在するという、偽造情報の完成のために。アンドロイドは確かに騙されるだろう。だが、すでに気づいてしまった事実を、疑問を押しつぶせるわけがないのだ。

 目を隠し、口を覆うヨルハ部隊員の脳回路に刻まれた思考であれば、永遠に騙せたかもしれない。だがレジスタンス達は常に前を見据えている。その手で掻き集めた真実を掴み取っている。

 

 守り続けるための部隊ではない。たとえ偽りでも、当人にとっては紛れもない真実の誇りを抱いて殉じるための部隊ではなかった。最初から全て破棄されるようになっていた。破棄される部隊なのだから、人格データは機械生命体のコアを利用して作成されるため、人道的に処理できるだと?

 

「ふざけるなよ」

 

 爆発した怒りが、司令官の腰に下げられた戦闘用警棒に伸ばされる。伸び切ったそれを備品の一つに打ち付けたホワイトは肩を上下させるほどに深い呼吸を繰り返し、抑えられない怒りを空気とともに吐き出そうとする。

 

 だが、もはやホワイトにそんな殊勝な態度ができるはずがないのだ。収まるはずがなかった。彼女が心身を捧げてきた愛する部隊。その結末を容認するなど、出来ないようになっていた。

 管理者権限をも持つホワイトは知っている。2Bたちから最後にアップロードされた映像の、部隊を抜けても、機械生命体と笑い合う部隊員の姿を。部隊を抜けた理由を語る彼女を。

 

 決して知るはずのなかった幾つもの断片は、ホワイトの人類のためというあやふやな目的意識を吹き飛ばした。愛する部隊を、生まれてくる無垢なる子らをまるごと殺すためだけに運用し続けるなど、到底容認できるはずがない。

 

 

 守らなければ、ならない。

 虚空を見つめる眼光は鋭いものだ。真実という景色は、瞳の奥を突き抜け、光化学レンズから写り、ファイバーケーブルを伝い、脳回路を巡らせ、伽藍堂なはずの胸の奥に到達した結論は、どこまでも非科学的に彼女を突き動かした。

 

 だからこその会合だ。

 ヨルハを守るために、ヨルハを真実のアンドロイドにするために。そして、人類が居ない世界で、共に未来を見るためには何が必要なのか、何が足りないのか。手を取り合わなければならない。あの奇妙な機械生命体、イデア9942がもたらした大きな変化をも己の流れへと変えるために。

 

 キッ、と画面を睨みつけたホワイトは、そのために膨大な数からなる演算装置をこのためだけに使用していた。ヨルハ戦闘員への休暇、オペレーターたちへの休息命令はこのためでもあり、そして組織全体の変化への試金石でもある。

 

「サーバー、ヨルハ全体への浸透率はどうだ」

 

 彼女の声に答え、真っ暗な空間に仄かな四角い光が映り込む。

 先程まで激高していたとは思えないほど丹精で、冷静な顔立ちが画面を覗き込む。表情一つ変えず、その情報に結論を下したホワイトは画面を閉じその部屋を後にした。

 

 低く唸りを上げる、機械の音を置き去りにして。

 

 

 

 

 バンカーの司令室は静かなものだ。

 それもそのはず、本来常駐しているはずのオペレーターモデルの姿が、ちらほらとしか見受けられないのだ。特に騒がしいということで目をつけられている6Oの姿もない。21Oは変わらず画面と向き合っているが、事務処理ではなく彼女の「個人的な趣味」に傾倒した資料や写真を眺めて、気だるそうに頬杖をついているだけだ。

 

「21O、あなたも暇そうですね」

「そうですか。私は興味深い人類資料に今一度目を通しているのですが」

「そのへんが暇そうってことです。そういう資料を見るのはいつも限界まで処理して無理やり作った空き時間にしか見ないじゃありませんか」

「……そうでしょうか」

 

 珍しく図星を突かれ、それっきり押し黙る21O。

 可愛げのない後輩の姿に、話しかけたヨルハオペレーターモデル4Oは呆れたように息を吐いた。

 

「まぁ、気持ちはわかります。今のところヨルハは実質活動休止状態。ついにオペレーターモデルでさえ地上への行き来が解禁になって、ここに残っているのは物好きなヨルハか、最低限の維持を命じられたモデルのみ。良かったのですか、9S君と一緒じゃなくて」

 

 前フリはあくまでごまかしのうち。4Oの聞きたいことは最後の一言に集約されていたのだろう。掴ませるために放たされた真意は、21Oの眉間に二本のシワを作らせる。

 

「俗物的な発言は訂正してください。ヨルハの規則上、私はそういう感情を抱いていませんし、発現していません。また、9Sがここで引き合いに出される理由が不明です」

「またまた、気づかれないと思っていたんですか? 家族、ほしいんでしょう?」

「他人のモニタを盗み見るのは、配慮にかけているかと」

 

 その視線がモニタに向けられていることに気づいた21Oは、プライバシーを理由にして追求を逃れようとする。

 

「……お固いですねえ。全く、だからこそ務まっているんでしょうか」

「何のことでしょうか」

「オペレーターしかいないんですし、誤魔化す必要もありませんよね? 9Sモデルのことです。何度も何度も処刑人(パートナー)である2Bに殺害され、そのたびに初期状態までリセットされる。そして何度もハジメマシテを繰り返す。辛くはありませんか?」

「我々は感情を出すことは禁じられています。よって、辛い、という感情についても同様」

「古臭い考えを持つのはヨルハにとってあまり良くはありませんよ?」

「先程から、幾つか不明瞭な言動を繰り返すのは辞めてください。オペレーターモデル、ひいてはヨルハの品位を疑われますので」

 

 彼女、4Oは普段親しいというわけではない。それに、話すところを見かけたこともない。だが、本性はこういう女性だったのだろうか。しつこく聞いてくる4Oに、明らかな不快感を隠そうともしない声色で、ポーカーフェイスのまま言ってのける21O。

 矛盾しているとは分かっていても、21Oはそう返してしまった。

 

「そうまでして保つほどのものですか? もうヨルハのあり方すら変わろうとしているというのに」

「どういう意味でしょうか」

「会合のこと、知らないわけじゃありませんよね。それにここ最近の司令官から出される新たな命令……休暇や、ヨルハの戦闘行動の制限、オペレーターモデルの降下許可。初期のヨルハという組織が定めた項目を破るようなものばかり」

「………」

「あの6Oは、真っ先に地上へと降りました。今頃は2B、そして9Sと楽しくやっている頃でしょうか」

「何が言いたいのでしょうか」

 

 ほとばしる苛立ちは、21Oの声を尖らせていた。

 4Oはニンマリと、口を覆うベールの上に見える目を歪めている。

 

「何を恐れているんです?」

「私は、恐れるなどという――」

「感情を抱いていない、などと誤魔化さないでください。私が聞きたいのはあなたの本心です。今まで隠していましたが、私そういう他人の明かしたくない本心を聞くのが大好きでして」

 

 4Oの不快に歪められた目元。そこに収められた宝石のような美しい瞳は、じっとりと21Oを見つめている。

 

「今までずっと後ろの席で、あなたが秘めている想いを見てきました。業務上、司令官に目をつけられるのは厄介なもので趣味を切り離してきましたが……またとない機会です。是非ともお伺いしたく」

「趣味が悪い、といえばよろしいでしょうか。業務以外で話しかけないでください、支障をきたしますので」

 

 バッサリと切った21Oは、それっきり4Oの言葉に耳を傾けないようにしようと決意する。また、精神疾患を発症したとして、司令官に報告でもしてやろうかと端末に手を伸ばすが、いつの間にか立ち上がっていた4Oによってその手を止められた。

 

「まぁまぁいいじゃぁないですか」

「………」

 

 根比べだろうか。

 どちらにせよ、誰にとっても益のないことだと、21Oは達観したように虚空を仰ぎ、また気だるげに頬付をついてモニターに視線を移した。それからも話しかけてくる4Oを無視しながら、ヨルハの変化は、必ずしも良いものばかりではないのだと、苛立ちを押し殺してモニターの家族についてを熟読し始めるのであった。

 

 

 




ホワイトブチギレ、哀れ21Oの二本でお送りました。


眠さとほどよい道草屋で九割ネながら書いてますので矛盾だらけだろうzzz


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文書49.document

これ見てうっわダッセこの小説もう読むの辞めるわ
ってなる人多そうな回。
所詮世間事情にすら疎い若造の妄想です。(保険


 イデア9942と11Bが暮らしている工房にも、掃除しなければならないほどのホコリが積もっている。指でそれをすくい取った11Bは、鼻歌交じりにハタキを揺らして掃除に勤しんでいた。

 その隣、工房の作業場ではイデア9942がアダムたちと共同で作り出した動力を用いて作ったモノを、ゴシゴシと磨き上げながら黒い外装の輝きをより強くしていく。所々に白色のラインが入った外装は、ヨルハの服装と髪色をイメージしたものだろうか。

 

 各々が好きな時間を過ごしているなか、会談の参加者が決まって数日という時間が経った。今日もまた何でもない一日が始まると思われたその時、ついにホワイトからのメールが工房に設置された独立メールサーバーに届けられる。

 ピロン、と電子音を知らせたサーバーに気づき、イデア9942が片手間に端末を弄ってメールの内容を閲覧する。

 

「ふゥむ」

 

 視界のレンズが溶けないよう、着用していたゴーグルを押し上げてメールに目を通したイデア9942は、考えるように一息をつく。

 

「どうしたの?」

「いや……決まッたぞ。明日だそうだ」

「そっか……」

「直々に会うのは脱走以来初めてだろう。怖いか?」

「少し。でも大丈夫、イデア9942がそばに居てくれるから」

「そうか」

 

 感情も見せない相槌だったが、イデア9942にとって深く心配するような事柄でもない。これは11Bにとっての問題でもあるが、11Bはすでに乗り越えかけている問題でもあるのだ。

 あとは彼女自身の力で、壁を乗り越えさせるだけ。余計な後押しをすると、むしろたたらを踏んでしまうだろう。そういう考えのもと、彼は特に彼女へと言葉をかけることもせず、日常に戻るのだ。

 

「最後の調整をしよう。幾つか素材を集め、明日に備えるぞ」

「うん、分かった」

「それから君の専用銃の使い方についても幾つかレッスンだ。専用のプログラムを組むから、敵性機械生命体で練習しろ」

 

 調整済みの銃を放り投げ、イデア9942が立ち上がる。

 危なげなく片手で受け取り、背中のホルスターに巨大な銃を仕舞った11Bは、持っていたハタキと雑巾を掃除用具入れに戻すと、鏡を見ながら髪を後ろ一本にまとめた。

 

「よし」

「……ここに来てから随分伸びてきたが、切らないのか」

 

 最初は2Bのように短い髪だった。だが、ヨルハというアンドロイドは人間に似せるため、髪が伸びたり血のような液体が流れていたり、戦闘用アンドロイドとしてはいくらか無駄な点も多々ある。それら全てが人間を模倣するためという理由はあるが、今はその理由を問う必要もないだろう。

 

「ううん」

 

 今の彼女にとって、これらの模倣された生理現象は別の意味を持っていた。

 

「もう少し、ね。あなたと過ごした時間の証でもあるから。全部吹っ切れたら、切るよ」

「……その時は切ッてやろう。過ごした証だというのなら、新しい始まりは任せておけ」

「やった! その時はお願い」

 

 少し額が見えた分、持ち前の快活さが更に助長されたようにも見える11B。彼女は満面の笑みでその大きな目を細めると、イデア9942の手を取って嬉しそうに上下に振り始めた。

 仕方のないやつだ、とノイズのまじった息をついた彼は、もう片方の手で彼女の頭を軽くぶつ。いつもの調子に乗るなという戒めを受け、痛そうに擦りながらも、幸せそうな表情で彼女は外出の準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 その翌日、会談の場所にはこの数千年間でお目にかかれないであろう異様な光景が広がっていた。

 

 会談の部隊となったのは、空母ブルーリッジⅡが着港するはずだった水没都市の港。未だ超弩級機械生命体であるグリューンの遺骸が墓標のように突き立ち、見下ろす場所。

 あの9Sが用いた、大型の弾道ミサイル発射台が設置されているところから、少し陸に歩いていった場所。いつも変わらぬ殺風景だった底に、急ごしらえの会場用テントが設置され、アンドロイド用の簡素な椅子と機械生命体用の重厚な椅子が誂えられている。

 

 周囲には黒い服のアンドロイドや、レジスタンスメンバー、そしてパスカルの村の中でも精強な義勇団と、教団の戦えるメンバーが武器を持って周囲を警戒している。最も、警戒しているのは周囲だけではなく味方であるはずの異種族のメンバー同士でもあるかもしれないが。

 

「まずは、この呼びかけに答えてくれたことに感謝させて欲しい」

 

 鋭く、意思が見受けられる声。ただ白く、純白を思わせる衣装に身を包んだ女性アンドロイドの一声が、さざなみ立てる水没都市へ響き、溶け込んでいった。

 

 ヨルハ最高司令官であり、アンドロイドの中でも戦闘専用の特殊部隊を取りまとめるトップの一人、ホワイト。この肩書を拝領したその時から名で呼ばれることは無くなってしまったが、彼女は今その肩書を全面に押し出した態度を取っていた。

 

「まずは友好を結んでくれる、機械生命体側のリーダー諸君から自己紹介を頼む。なんせ、我々は一部のものを知らないだろうからな。友好を結ぶためにも、何者であるのかをまず明かしていくとしよう」

「いえいえ、私のような者をもお呼びいただき、誠にありがとうございます。こうして手を取り合うための話し合いをする場にお招き頂けるなど、恐縮の極みです。知っているお顔も多いのですが、改めてご紹介させていただきます。

 ―――私の名前は、パスカル。平和主義者たちの村の長をしています」

 

 お見知りおきを、と。

 お辞儀をしたパスカルが腰掛けると、その隣で車椅子に乗った紫色の機械生命体が、挙手とともに言葉を発した。

 

「パスカル殿に同じく、リーダーとしては未熟かもしれぬ。だが、教団という我々の形態を認めてもらうためにも、声を上げさせて貰いたい。

 ―――我はシニイタルカミ教団、教祖にして皆の父キェルケゴール。此度の会合、有意義なものとさせていただきたい」

 

 自己紹介の流れに乗っかり、彼らの隣にいたイデア9942がゆっくりと立ち上がった。その後ろには、完全武装状態で瞳を晒したアンドロイド、11Bが控えている。だがいつもの快活な様子は見受けられず、冷静に任務へ当たる様子はまさにヨルハの本懐といったところか。

 ちらりとそちらに視線を移しながらも、彼はその古びたノイズを混ぜた声を発し始めた。

 

「イデア9942だ。此方の二人とは違ッて、集団の長という立場ではない。特に特殊な改造も施さない量産型の機械生命体のボディそのままだが……どういう訳か、この身が影響を与えられるとも分からん事と、少々無礼な態度を取るかもしれないが、まァなんだ。よろしく頼む」

 

 長として、代表として。

 そうした態度の前者二名とは違い、イデア9942の態度はいつも通りである。まぁ、この場においてアンドロイド側も、前者の機械生命体もソレに関して言及するつもりはない。人間と違い、この程度でグチグチと数時間話し合うような非効率的な生き物ではないのだから。

 

 それよりも問題は、最後の一組だ。

 イデア9942が紹介している間、彼は指先でつまむように持ったティーカップを傾け、その紅茶を味わっている。イデア9942が座り、視線を向けられて初めて、気づいたようにカップをソーサーに置いた。

 

「貴様らアンドロイドが御存知の通り、アダム。そしてこいつは弟のイヴだ。よろしく」

「ああ……よろしく頼む」

 

 黒色の篭手のようなグローブを外し、ホワイトに向かって右手を差し出したアダム。硬い表情でその手を握ったホワイトに対し、アダムは口の端を釣り上げるようにして笑っていた。

 その握手もほどほどに、彼はゆったりと腰掛けると、再びティーカップを傾け始める。今度は香りを楽しむつもりなのか、目を閉じて心底リラックスしたように小さく息を吸っていた。

 

「機械生命体からは、様々な方面で力の持った者たちを呼んだ。今度はアンドロイド側から紹介させてもらおう」

「それじゃあ私だな。私は、アネモネ。アンドロイドレジスタンスを取りまとめているリーダーの一人だ。夜の国側のリーダーは、依然として凶暴な敵性機械生命体を相手取った作戦を展開しているため、彼の代理も勤めた……ああ、実質レジスタンスの代表という立場になるか」

 

 続いて、最後に残った一人となる。

 

「人類軍、新型歩兵部隊として設立されたヨルハ部隊の総司令官、ホワイトだ。この会合によって、我々アンドロイド側としては友好的な機械生命体と正式な形で友好条約か、それに並ぶものを結びたいと思っている。……尤も、この会合に答えてもらっている時点で友好に関しては肯定的だと受け取らせてもらうがな」

 

 辺りを見回せば、アダムが意味深な笑みを深める以外、機械生命体側は皆一様に頷く様子が見て取れた。

 

「どちらかと言えば、友好を結んだ上での細かな取り決め、その雛形を作りたいと思っている。そしてこの日までに時間を置いた理由もあるため、後に説明しよう。だがまず片付けたい問題が一つだけ」

 

 ホワイトが目配せすると、6Oがいつものお転婆な様子を悟らせないような、美麗な動きであるものを各員の席の前に置き始めた。コト、と音を立てるソレは紙媒体の契約書のようなものではなく、ある意味で機械らしいデータチップであった。

 

 機械生命体側は、それを受け取ると迷いなく自分に差し込み、データを閲覧する。アダムも腕のグローブのようなものの表層をスライドさせ、露出した手首のコネクタからデータを読み込んでいた。

 

「友好……いや、和平において末端同士でも衝突を避けるため、まず守ってもらいたい一覧だ。我々アンドロイド側は、それと寸分違わぬ内容に同意を示してある。だが内容は基本的な部分のみ。実際に話してみて、細かい部分を裁定していくつもりだ」

「レジスタンスとしてはこれ以上無いってくらいの条件だからね。夜の国のリーダーも同意してくれたから、実質アンドロイド側の総意って所かな。どうかなパスカル、君たち側の条件は、頷けそうか?」

「私は、特に問題ありません。皆さんはどうでしょう?」

 

 答える前に、イデア9942は同意を送信。

 キェルケゴールは思案したようだが、最終的に今後の話し合いで認めてもらいたい点を話し合うつもりもあってか、目を閉じて同意を送る。アダムは彼らの様子を楽しむように見つめながら、読んでいるのか分からない態度で同意を送信した。

 

 ひとまず、この時点ですでに彼らの和平は結ばれたようだ。

 

「それでは―――」

 

 そうしてヨルハ司令官ホワイトが続けようとした瞬間だった。

 

「司令官!!」

 

 端末の画面を見ていた6Oが、悲鳴のような声を上げながらホワイトへ報告する。

 

「バンカーのメインサーバーに攻撃を検知! 論理ウィルスにも似た攻撃的なプログラムがバンカーの迎撃機能を乗っ取ろうとしています!!」

「なんだと!? やはりこのタイミングで仕掛けてきたか……! N2!!」

 

 持っていた紙の資料を、思わず握りつぶすホワイト。

 彼女がN2の名称を知っていたのは、2Bと9Sからの報告だ。敵性機械生命体のネットワーク上に構築された自我データ。ここからはイデア9942のメールの返信で知ったのだが、それが進化を目指し、バンカーを淘汰圧のために追い込み、互いに進化をするため攻撃を仕掛けてくる可能性が高い事も予測されていた。

 他にも、現在バンカーはイデア9942が用意した膨大な演算能力を持っている状態だ。何度も忍び込んだことがあるN2側にとって、自分を更に強化するためにバンカーは格好の餌でもあった。

 

「会談は中止かな? ヨルハの司令官」

 

 アダムが足を組みながら問いかけてくるが、ホワイトは首を振る。

 

「いいや、今は動くべき時ではない。それに、私が居なくとも今のバンカーは回る。……ほんの数日で、そうなってくれたからな」

「ほう? 随分と自信に満ち溢れた言葉だ。とてもではないが、あのおんぶにだっこが無ければ動けない人形共のリーダーとは思えないな」

「悔しいが、少し前まではそうだったさ。だが、今は違う」

 

 人間であれば冷や汗を垂らしていたであろう表情で、ホワイトは薄く笑う。

 

「話し合いを続けよう。バンカーは大丈夫だ……そうだろう、イデア9942」

「…………さて、どうだろうか。生憎とアンドロイド側の事情には疎いんだ」

 

 イデア9942は双眸(シャッター)を短く閉じると、そう嘯いた。

 返答としてはこれで十分だったのだろう。よく言う、と紡ごうとした言葉を押さえ込んで、ホワイトは心配そうに見つめるキェルケゴールやパスカルの視線を振り払う。

 

「ヨルハは現状、最高戦力に等しい戦闘部隊だ。……人類会議の決定から離れているからこそ、更に強くなったのは皮肉としか言いようがないが、な」

 

 こうして機械生命体たちと手を取り合おうとしている事自体、ヨルハの創造主の望むところではないのだろう。だが、知らされた真実を知った今、その滅ぼすために生み出した創造主の意向に、最後まで従うつもりなど毛頭ない。

 ホワイトは強がる態度ではなく、悠然とした態度で隊の無事を確信している。だから改めて、こういうのである。

 

「まずは迷っていた教祖キェルケゴール、君の意見から聞かせてもらえないか」

「……あいわかった。貴殿がそれで良いのであれば、我は何も言わぬ」

 

 会合は、つつがなく進行する。

 




次回、バンカーにおけるヨルハの対応とは…?
ちなみに2Bと9Sは会場に居ません。

A2はその辺散歩(辻斬り)してます。


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文書50.document

お待たせしました
ニーアオートマタ始まります


「攻めてきた…! 行くよ9S!」

「了解!!」

 

 バンカーの重力を操作された、縦円形の独特の廊下。カツカツと黒塗りの靴を鳴らして駆け回るヨルハ機体たちの中でも、特に冷静な様子で一点を目指す二人組が居る。その人格データは2番と9番、そのモデルは戦闘型と諜報型。2Bと9Sだ。

 

「飛行ユニットの使用を申請!」

『飛行ユニット、及び火器使用を許可します。急ぎ迎撃に向かってください』

 

 駆け込みながら叫び、2Bは首だけを軽く後ろに向ける。

 

「発艦準備!!」

「ハッチオープン! 敵性機械生命体の侵入を阻止します!」

 

 2Bは格納庫に行くと、設置されているHo229に組み込まれるように搭乗し、司令部の6O代理である21Oへと武装の申請。同じく乗り込んだ9Sと共に格納庫から発艦、直後にその漆黒の機体は、小隊リーダー機としてカラーを白に変える。

 その隣をピッタリと9Sが並走し、宇宙空間へと飛び出た彼らにはバンカーの周囲に漂う大量の飛行型機械生命体で埋め尽くされている様子を視認する。

 

「うわぁ、見てください2B」

 

 発艦直後に9Sが指をさしながら言う。

 

「あの方角からバンカーに向かって正確に打ち込まれてきているみたいですね。駒の損壊は気にせず、敵はとにかく量だけを送る作戦のようです」

 

 宇宙空間であるため、肉声ではなく通信ではあったが、9Sが指摘した内容を裏付けるように、2Bが戦闘ゴーグル越しに見つめた敵の状態は、四肢が一部欠けていたり、飛行ユニットであればプロペラが破損していたりと、逆に五体満足である敵個体のほうが少ないのが分かる。

 

 だが、問題はその量。100や200を遥かに超えた、幾千もの戦力がバンカーに向かって打ち込まれている。すでに戦闘を始めている部隊も居るようだが、うねりを上げる大波に対してバケツで水を掻き出そうとするようなものだ。

 

「焼け石に水、ですか。バンカーの防衛機構が破壊されないよう立ち回ることが重要になりそうですね」

「機銃一つが破壊されるだけでも損害は大きくなる、か。9S、策はある?」

「とりあえず戦いながら算出していきます。バンカーを守りましょう!」

「了解」

 

 バンカーから放たれる機銃やレーザーの飛び交うなかに突っ込み、2Bたちは搭載されたビームガンから無数の弾丸を吐き出し、黒黒とした砂嵐を思わせる機械生命体の群れに突っ込んでいく。

 無数に放たれる白ともオレンジとも取れる光弾の威力は凄まじく、数発触れるだけで機械生命体の体はバラバラのデブリに変えられていく。接近して回転するブレードを振りかざしてくる敵に対しては、大型のビームレールガンの発射口隙間に生じさせたエネルギーブレードで、一刀のもとに切り伏せていく無双っぷりである。

 

 弾け飛んでいく敵の装甲がデブリとなり、また別の敵を破壊する要因になる。その中を2Bや9S、そしてその他ヨルハ機体たちが操る飛行ユニットが飛び交い、バンカーの迎撃砲で仕留めきれなかった相手を処理していく。

 

 一見一方的にも見える展開は、しかし時間が立つに連れてヨルハにとって不利になっていた。敵とて、破壊されるためだけに来ているのではない。打ち込まれたエネルギー弾はヨルハ側よりひどく劣るとして、これほどの量だ。避けきれるわけがない。打ち消すことは出来ても、小さな被弾が幾度も重なり、戦闘を始めてからほんの10分ほどで、一部の飛行ユニットはラダーやエレボンなどが欠けている機体も見受けられてきた。

 

「見つけました! 2B、この前のパスコードで強化されたバンカーの演算機能を使うんです!」

「どういうこと!」

 

 言いながら、機体を360度回転させ、寄ってきた小型の敵を一掃する。

 組み込まれているように見える飛行ユニットの隙間から、短い銀髪を揺らし歯を食いしばる彼女の余裕のない表情が伺える。

 9Sは手短に済ませるべきだと決意し、飛行ユニットを人型迎撃モードから飛行形態へ。レールガンから変形した、長く特徴的な後方レーダーの斥力リングを小さく前方へ押しやると、点火していたブースターの火力を上げて一気に突き抜けていく。

 

「バンカーにこれほどの軍勢を送り込み、いかにネットワーク上に芽生えた自我だとしても奴らにとってはデータの送受信するアンテナが無い、遥か彼方の場所になります。それにN2が直接操作しているなら、もっと敵個体の動きは良いはず」

 

 だが、9Sの言葉を裏付けるように、攻撃してきている敵は大雑把に統率された動きしかできていない。そして話に聞いていたN2の性質上、学習して対処してくるはずだが、その徴候すら見えない。

 ともなれば、この場においてN2の自我はバンカーの機械生命体にまで届いていないというコト。そして統率されているということは、これを指揮する個体がこの周辺に居るかもしれないということ。だが、9Sの見つけた、という言葉から察するに……。

 

「…そうか」

 

 ここまでで、2Bも彼が何を言いたいのかを察し、バンカーへ再度通信する。

 

「バンカーに要請! 9Sの援護射撃を!」

『こちらバンカー、了解しました。迎撃装置の一部を9Sの援護にあてます』

 

 21Oの淡々とした声が2Bに届き、人間であれば超Gでミンチのトマトになっているであろう起動戦闘を行う9Sの動きを予測した、正確な援護射撃が行われ始めた。最新型の飛行ユニットとは言え、個人運用の戦闘機。それとは比較にもならないほど大口径の光弾が敵性機械生命体に接触した途端、抵抗など許さぬ一撃が機械生命体の動力を貫き、スクラップを乱造していく。

 

 9Sは味方識別信号を信頼し、ジグザグとしていた軌道から、まっすぐとした軌跡を引き始めた。目指すは先程発見した、特異な信号を広範囲に発している様子の中継機体と思わしき個体だ。

 

「ッ! ポッド、マーキング!」

『識別個体登録完了、マーク』

 

 援護射撃が9Sの前方から迫っていた小型機械生命体を破壊した瞬間、その爆発した煙の向こう側にターゲットを改めて捉えた。戦闘ゴーグル越しに見える景色に、消えることのない赤色の下三角が表示される。

 再び機械生命体の群れの中に隠れようとする個体は、見るからに電波を増幅させる機器を体に巻きつけていた。

 

識別した個体(AWACS機)を攻撃しないようにしてください! これよりハッキングを開始します!」

「皆、9Sの援護をお願い!」

 

 広範囲通信で呼びかければ、爆風を突っ切って2機のヨルハ飛行ユニットが9Sの方向に向かうのが見て取れた。

 

「了解っ! そっちに向かうよ!」

「待ってて9S君!」

 

 現れたB型ヨルハ機体が9Sの前方に並び、近接攻撃で竜巻のように渦を作る機械生命体たちに切り込みを入れる。台風の目こそが安置であると油断していたのか、再び顔を合わせることになった9Sという天敵を前に、ドーム状のアンテナのようなパーツが特徴的な敵個体は、ぎょっとするように体を震わせていた。

 

「今だ! ハッキング!!」

 

 9Sたち、スキャナーモデルだけが、常時許可されているハッキング機能。その特権を用いて、9Sの自我データが敵の自我内部へと侵入する。

 

 歪み、白く染められていく景色。

 重苦しい鋼鉄が詰まったからだから抜け出した自我データは、電子的な世界の中へと降り立ち、今その一歩が敵の中を踏みにじった。

 

『……ここか。やっぱり防壁が厚いな』

 

 侵入すると同時、隔壁が下ろされ攻撃的なプログラムが9Sの自我データを直接削り取ろうと攻撃を仕掛けてくる。だが、所詮は敵も操られているだけの機械生命体であり、何度も忍び込んできたがゆえにパターンは限られている。といっても、今回ばかりはそうとも限らない。

 

『体が……重い。阻害も何重にも掛けられてる。そりゃ、そうだよねぇっ!!」

 

 石を背負っているかのように重苦しい体で、彼は攻撃性防壁プログラムの弾丸をなんとか躱す。まぁ、こうして防壁が本気を出してくることは予想済み。だからこその、バンカーに直結された演算機能を間借りするときだ!

 

 自身に照準を合わせてくる、バリアに守られた敵プログラムの核。無数の接触・非接触弾を織り交ぜた射撃を難なく右回りに駆け巡りながら走り抜けると、9Sは敵プログラムの4方向を安定させるように設置された支柱状のプログラムを攻撃し、破壊する。

 途端に核を守るシールドが剥がれるが、最後の抵抗と言わんばかりに全リソースを攻撃に割いてくる敵プログラム。3WAYになった弾丸は、しかし中央の発射口が自機狙いであるため、容易に避けることが可能だった。

 

『最後の抵抗お疲れ様。ああそれから、君のお仕事だけど僕が代わってあげるよ』

 

 聞こえたとしても、その意味の理解は出来ないであろう。

 

『プログラムの書き換えを開始、バンカーと僕の演算機能を繋いで、逆流する接触型トラップも解除!』

 

 それを分かっていながら、9Sはほくそ笑みながら剥き出しになった攻撃的なプログラムを破壊し、敵のさらけ出されたデータベースに侵入する。イデア9942から渡されたパスコードがもたらした、バンカーの大幅なシステム面の強化。

 そしてその項目の中には、個人でバンカーの演算を間借りするプログラムも用意されていたというわけだ。こうなってしまえば、ほぼ電脳空間では無敵に等しいスキャナーモデル9Sの独壇場である。

 

 一見無造作に並んだ文字の羅列だが、今の9Sにとっては、窓の外から見えるリビングに置かれた、開いたままのキャッシュカードと預金通帳のようなものだ。文字通り、丸裸にするのは赤子の手をひねるよりも容易い。

 過去、グリューン戦の折にイデア9942から直接演算補助をされた時の感覚があるため、9Sは滞りなくそれらの作業を終わらせていく。

 

 ちょちょい、と軽く手を動かして笑みを浮かべた彼はハッキングを解除し、現実の空間に意識を引き戻した。ハッキングというデータ上の攻防戦は、現実時間に換算すればほんの0.1秒にすら満たない短い時間。

 

 だが、突如としてその場からの離脱を始めた9Sの飛び方で察したのだろう。援護に来ていたヨルハ機体は9Sから離れ、代わりに2Bが彼のもとに近づいてくる。

 

「やったの?」

「はい、あとは此方から……」

 

 特殊個体へと手を伸ばすと、糸の切れた人形のように垂れていた特殊個体は激しく身体を振るわせ、目に宿していた赤い光を翠のそれへと変えていく。それと同時に、暴風吹き荒れる砂漠のような様相だった敵性機械生命体の大群も、徐々にその動きを停滞させていく。

 

 ピタリと動きを止めた途端、更に送られてきていた敵性機械生命体が味方の停止する体にぶつかり爆発。次々にレミングスを彷彿とさせる連続自爆特攻をさせられていく。

 

「まだまだ、ここからです。2B、しばらく僕の体をお願いします! なるべくマークした操作機に近づけてください」

「分かった。ポッド、9Sを飛行ユニットからパージ。自動航行で格納庫に戻して」

「了解。飛行ユニットパージ」

 

 9Sが飛行ユニットから弾き出されるように2Bの胸元へと飛び込むと、彼女に抱えられたまま再び意識を潜行させる。膨大な電子データの防壁も、一度乗っ取った機械生命体の中は9Sが主人であるかのように迎え入れた。

 

『うん、偽装信号は出したままか。でも気づかれるのも時間の問題……さぁて、スキャナーモデルの真価発揮といきますか!』

 

 両手を突き出し、9Sは機械生命体の回路にアクセスを始める。

 弄り始めるのはこの特殊機体にのみ見られる特有の機能、命令系統の拡張機能だ。この周辺にいる機械生命体の回路にはこの機体から発せられる指令を受け取るような設計がされているらしく、故に9Sがこうして乗っ取ってしまえば後は思いのまま。

 操り人形の切れた糸を手繰り寄せ、9Sはその後ある命令が持続的に出すよう、プログラムを書き換えていく。

 

『よし、脱出!』

 

 あとは野となれ山となれ。バンカー周辺の敵はおおよそ自爆した。だからこその命令書き換えである。

 これでこの個体が破壊されるまで、周囲の機械生命体はもと来た場所に対して向かっていくようになった。つまり、送り込まれていく通路で先程以上の同士討ちが発生するわけだ。それこそ自分の意志を無視して、受信するこの特殊個体の信号一つで運命を左右されるのだ。

 

「っと、ありがとう2B」

 

 意識が戻った瞬間、不意に動いて崩れ落ちそうになる体を2Bが抱え直す。

 2Bは彼を見下ろしながら、口元に笑みを作ってそれに答えた。

 

「とりあえず、これで後は相手が気付くか、それか襲撃をやめるまで……いえ、そう簡単にやめるとも思えませんけどね」

 

 彼が見つめる先には、大量の機械生命体の黒くうごめく海流同士が衝突するかのような圧倒的な光景が広がっている。これだけ多いと実感も薄れてしまうが、アレら一機一機が機械生命体の生命であるのだ。

 パスカルやキェルケゴールと同じ命。それを今、9Sはハッキングして書き換えた命令一つでそれらが失われるように仕向けた。

 

「この戦争で指揮をする司令官は、こんな気持ちだったのかな……」

 

 垂らした両手を強く握り、彼はうなだれる。

 これがバンカーを守るには正しいことであるとは理解している。そしてどのみち、相手を破壊するのは決定事項だったのだ。それでもだ、何とも言えない気持ちは、心に孔を開けるような冷たく尖い針を突き刺していた。

 

「全ての存在は、滅びるようにデザインされている。あの機械生命体たちは、元々ここで破壊されるのが製造目的そのもの。…それが少し早まっただけだから、9Sは悪くないよ」

「……そうかな。パスカル達を見てたら、機械生命体っていう相手のことを考えるようになってるんだ。前みたいに、ただそういうものだからとなんて、扱えなくなっちゃったみたいだ」

 

 一つの命として、相手を見ること。それは素晴らしいことであるのだろう。だが、時に冷酷無比な戦闘機械でなければならない彼らは、その観点を持ってしまったが故に苦しむことになる。

 

 その命と認めた相手を、何体も何体も何体も何体も何体も殺さなければならない。

 

 ただ破壊するのだと、目をそらすことができなくなる。

 9Sは知りたがりだ。ありとあらゆる知識は、最近の2Bとの話題に事欠かない程。そして9Sは知るために、考える。ずっと考える。考えた末に、いつも袋小路にハマっていく。真実に到達し、いつもならそこで消されている。

 だが、こうして生きているからだろう。殺されることでリセットされる悩みは、少しずつ9Sの中に迷いを生み出していき、そしてこのような形で爆発した。

 

「いつも、君は考え過ぎ」

『これより飛行ユニットをバンカーへ帰還させる。航行モード起動。2Bに提案:バンカー司令部から、地上の司令官への報告』

 

 ポッド042との声に出さないやり取りにより、二人を載せた飛行ユニットはゆっくりと格納庫へと帰還の道を進み始める。

 

「敵は敵で、守る相手は相手。一つの命を通して全体で考えなくても、良いと思う」

 

 2Bは彼と違い、そこまで深く考えることをするような性格ではない。性格というよりも、任務に従わなければならない特殊な状況下であるからか、即断即決の癖がついてしまっているからと言ったほうが正しいか。

 そんな彼女は、相手が機械生命体だとか、相手がアンドロイドだとか。種族に関する壁はほとんど気にしないようになってきていた。

 

 イデア9942との出会い、パスカルたちの暮らす姿、ヨルハの脱走兵達の笑顔、圧倒的な破壊を撒き散らした超巨大機械生命体との戦闘、アダムとの対話、地下での奇妙な共闘。9Sと同じ経験をしてきているが、彼女の感じ方は彼とは違っていた。

 

「だから9S、割り切るのが大事……9S?」

 

 格納庫に降り立ち、自分の考えを述べようとした2Bだったが、抱えている彼の様子が可笑しいことに気付く。苦悩している様子だったから気づけなかったが、いつの間にか彼は頭を抱えて苦しそうに呻いているではないか。

 

 まさか?

 

 最悪の想像が頭をよぎる。

 

「9S、しっかりし――」

 

 肩を掴み、頬に左手を添わせて顔を合わせた瞬間。

 

 赤い光が、彼の瞳を染め上げていた。

 







もう一度言います



お ま た せ し ま し た

ニーア オートマタ はじまります


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バンカー事変の終局回。
はたしてどうなることやら。


 赤い目、苦しげな様子。それらの要素が導き出すのは、9Sの論理ウィルス感染という事実。

 主に機械生命体が用いてくる、「論理ウィルス」そのものについては、その侵入方法と効果以外は判明していることは少ない。ただひとつ言えるのは、重度にウィルス汚染された場合、そのヨルハ機体はモデルごと廃棄しなければならないということ。

 

(ああ……そんな、ダメだ、消去できない)

 

 モデルの破棄、それはすなわち、ヨルハである9Sも新しい義体への復活が成されないということ。そして未だにアップデートをしていない彼がここで死ぬということは、2Bに伝えたあの想いも、約束も。

 決して忘れたくない、決して無駄にしたくない誓いが亡くなるということ。そんなの、耐えきれるはずがない。そのまま2Bを置いて死ぬことは、許されない。9Sは悔しげに歯を食いしばり、目の前の愛しい相手(こわしたいやつ)を破壊したい衝動を必死に押さえ込む。

 

「こらえて9S! いま修繕フロアに連れて行くから」

「だめだよ2B……もうダメだ」

「諦めるな!!」

 

 論理的ではない。あの2Bですら、もう我を忘れて必死に9Sを救おうと体を動かしている。9Sは抱き上げられた彼女の腕の中で揺れながら、それでも容赦なく己の自我データも何もかもを喰らい尽くしていく論理ウィルスの侵食に深い絶望を感じていた。

 

 接触の瞬間があるとすれば、あの時。

 あのAWACSとしての役割を持っていた機械生命体にアクセスした瞬間だろう。きっと、あからさまに用意されていたあの個体こそが罠だったのだ。接触する事が最大の間違い。それを、9Sはバンカーと繋がった状態でやってしまった。

 

「2B……逃げ、て」

「9S!?」

 

 9Sは分かってしまっていた。バンカーはもう、論理ウィルスの汚染が始まっているはずだ。司令部ではその異常に気づいているだろう。だから彼は、個人で素早く動けるうちに、2Bを逃しておきたかった。

 

「飛行ユニットは……まだ使用権限が、残っています。今のうちにバンカーを、脱出、してください」

「でも!」

 

 諦めきれない2Bが叫んだ瞬間、バンカーが赤い光で満たされた。

 

「!?」

『バンカーのメインサーバーに敵の侵入を検知しました。機密保持のため、全機能をシャットアウトし自爆準備に入ります』

 

 無機質な電子音声が告げる。最後の警告。

 あまりにも唐突に訪れた終わりは、確実に彼らの退路を削り取っている。

 

 ガシャン、と足元から音が聞こえた。

 

「……ポッド?」

 

 口数少なき助言者すらも、その身を地に伏せる。

 彼らヨルハの退路は、こうして一つ一つが断たれていた。

 

 

 

 

 

「…………」

「会合は終わった。だが、ヨルハは随分とやられてしまったようだな」

 

 無言で項垂れ、机にその長い金髪を垂らす女性アンドロイド。俯いた顔が髪で隠され、その表情をうかがい知ることは出来ない。深い絶望だろうか、はたまた後悔だろうか。

 こうなったのは己が指揮していたバンカーの最期が訪れたことを、震えた声の6Oに伝えられてからだ。話し合うことも全てまとまり、これから友好を強化していこうと思った矢先の出来事である。

 

 大丈夫だと、信じていたホームが壊滅した。

 啖呵を切った手前、その面目もまるごと潰され、己が守らなければならないと決めた愛し子だちがもう、幾ばくもしないうちにバラバラにされてしまう。守ると決めて、それに答えるために子ども(ヨルハ部隊)たちは司令官ホワイトの出立を見送ったのだ。

 

(……なんと、言葉をかければいいのでしょうか)

 

 ヨルハの脱走兵の受け入れ先にもなったパスカルだからこそ、ヨルハというアンドロイドが如何に無垢な存在であるかを知っている。そして共に暮らしていたから、あれほど純粋で献身的な子どもたちを守りたいという想いは、ホワイトに共感するところも多々あった。

 思った以上に、友好的な関係を築くことができそうだったと言うのに。

 

「6O、バンカーの状態は」

「……つ、繋がりません。最後に全情報がシャットアウトされたことから察するに、バンカーは……自爆体勢に入ったかと思われます」

「ヨルハの大半を収容した状態で、か」

 

 言葉少なく、俯いたままそれを聞いたホワイトは再び沈黙する。

 会合の場には、緊迫した空気が張り詰めている。

 

「……バンカーが直接論理ウィルスに犯されたといッたところか」

「イデア9942殿、どうかなされたか」

「いいや、以前渡しておいたパスコードで繋がッている、演算補助機能も乗ッ取られたのだろうなと……」

「イデア9942?」

 

 彼の呟きを広い、顔を上げたホワイト。

 司令官という立場上、懸命にこらえていた表情が彼という存在を思い出した瞬間に決壊したらしい。縋るような、弱々しい顔だ。もう何をしても手遅れだということは、分かっている。だからこそ、外部でとんでもないことをやらかしたイデア9942が、意味深に発した言葉に食いつかないはずがないのだ。

 

 対して、見ていられないと言わんばかりに顔をそらしたのはアネモネ。彼女は親友であるホワイトがこうまで追い詰められてしまった事が、心苦しいのだろうか。与えられた使命ではなく、己の決断を信じた途端、運命に裏切られたホワイトに哀れ以外の感情を向けられなかったのだ。

 

「……これがヨルハの実態か。本当に、操り人形だったというわけだ」

「そう言ッてやるなアダム。だが、嬉しいんだよ。ヨルハ司令官は亡霊の敷いたレールから外れる決意をしたんだ。それに見合う結果が無ければ、報われないだろう」

「そう、だな。私も己の欲を選んだ者だ。まぁ、今のような相応の報いが無ければおかしいか」

 

 ホワイトにあえて答えを返さず、アダムとの会話に興じ始めたイデア9942。こんな危機的状況で一体何をふざけているのかと、パスカルが無言の圧力を掛け始めているが、イデア9942はどこ吹く風で受け流す。

 

「そうとも、報いが無ければ可笑しいんだ。まず、君たちヨルハが栄華すらつかめず滅ぼされるだけの存在、そこから脱却の道を選んだ事を祝福させて欲しい」

「だが、もうバンカーは!!」

 

 抑えられない感情をぶつけるホワイト。

 対象的に、彼は動く必要すらないのだと諭す。

 

「あのパスコードは君たちが、機械生命体を本当に信じてくれるか。その確認のためでもあッた。そして君はこの身を……機械生命体であるイデア9942を信じてくれた。ならば、その何を使ッてでも生きようとする意思ある命を、存続させること。それこそがこの身が感じられる至上の喜びだ」

 

 嬉しそうな声を隠さずに、彼は続ける。

 

「ありがとう。信じてくれて。だからこそ、君たちはもう大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 警報が鳴り響くバンカー。

 自爆のカウントダウンに入ってなお、9Sの事を諦めなかった2Bはバンカーから脱出するという9Sの意思を弾き、彼を捨て置くくらいなら自分もろとも散るつもりで寄り添っていた。

 

 修繕フロアで力なく隣り合う二人。すでに9Sは、最後の抵抗のためか表に意識を残しては居ない。ポッドと共に論理ウィルスへ最後の抵抗を試みているのだろうか。修繕フロアの論理ウィルスワクチンが働いてくれれば……いいや、もし治ったとしても、おしまいだろうか。

 彼の力なく項垂れた左手に、自分の右手を重ね合わせ、ゴーグルを外した2Bが9Sの顔を覗き込む。人間の子供をモデルにした、細い顔に左手を沿わせる。儚い存在となってしまった彼は、こうして触れるだけで壊れてしまいそうな印象を受けた。

 

「……壊れてしまっても、もしあの世なんてものがあるとしたら。それでも一緒だよ、9S」

 

 最後は、最後になるくらいなら、紛れもない己の瞳に彼の姿を入れておきたい。そうして運命に身を任せていた2Bだったが、ふとバンカーの赤い警告ランプが収まっていることに気づいた。

 

「……自爆のカウントダウンが止まっている?」

 

 彼女が呟いた瞬間、最低限の警報を除き、全ての機能を制限されていたはずのバンカーに再び光が灯る。修繕フロアの照明が薄暗かった二人の姿を明るく照らし出し、途端に全フロアに設置されている放送機材からノイズが聞こえてきた。

 

『ザ……ザザ……か』

 

 間違いない、21Oの声だ。

 司令室は機密情報の塊でもあるため、一足先に自爆の被害がありそうなものだが、彼女の声が聞こえるということは自爆そのものが解除されたと見て間違いない。だが、論理ウィルスに犯されている以上もはや機能すらも奪われているのが道理。

 

 どうして。2Bの声にならない疑問に答えるように、21Oの全域放送が繰り返される。

 

『聞こますか。総員は衝撃に備えてください。バンカーはこれより地上に降下し、不時着します。急ぎ司令室へ全ヨルハ機体は集合してください。繰り返します―――』

「……降下?」

 

 バンカーは機動衛星上に打ち上げられ、その後は施設そのものを投棄することが決定づけられているはずだ。修復不可能なほどの損害を受けた場合でも、それは例外ではない。そしてバンカーはシャッターを全て下ろしたとしても、大気圏の再突入に耐えきれるかどうか。

 

「とにかく、行くしか無い。でも9Sは」

 

 未だに論理ウィルスと戦っている……いいや、もしかしたら彼は、自分でOSチップを解除し、すでにその機能を失っているかもしれない。11Sと7Eは完全に侵食されたわけではないから復帰できたが、彼の場合は。

 

 迷う暇などない。2Bは結論を下し、彼の未だ力なくうなだれる義体を背負った。

 

「行こう、9S。司令室に」

 

 同じヨルハ(129.9kg)を背負っているとは言え、2Bも戦闘用アンドロイド。その足取りはふらつくこと無く、司令室へ歩いて行く。長い重力制御された廊下を抜け、司令室への大きな扉をくぐる。平時と同じように、問題なく動作する様子は論理ウィルスに乗っ取られているという印象は無い。

 

「9S! 2Bも、あなた達が最後ですね。これでバンカー内に確認できるヨルハ機体は司令室に集まれましたか」

 

 彼を背負ったまま昇降用エレベーターから降りた途端、21Oが駆け寄ってくる姿が見えた。2Bは9Sの体を背中から回すと、21Oが診られるよう膝に彼の頭を乗せて横たえる。

 

「私は大丈夫。だけど9Sが、今論理ウィルスの汚染と戦っている」

 

 彼女の言葉を聞いた途端、21Oが右手を彼の額のあたりに当てて目を瞑る。専属のオペレーターモデルとして、彼女以上に彼の状態を確認できるものは居ないだろう。

 数秒後、安心したように21Oが胸をなでおろす。

 

「……身体機能をスリープ状態にしているだけのようですね。論理ウィルスも今のところは抑えられているようです。ポッドも機能が停止した中で、9S……」

 

 21Oが9Sに抱く感情もあるが、今はそれを振り払ってでもしなければならないことがある。すっと立ち上がった彼女は言った。

 

「それはともかく、こちらへ」

 

 9Sの義体を支えたまま、21Oに案内されてヨルハたちが犇めき合う中に2Bが赴く。その集まりの中心には、オペレーターモデルの数名が現状について説明しているようだった。その中からオペレーター数名の代表としてだろうか、4Oが歩み出て、口火を切る。

 

「突然集まってくれてありがとうございます。放送でお話したとおり、現在バンカーは衛星軌道を外れ、地上へと降下中です」

 

 彼女が指差す先には、正常に動作している大型モニター。そこにはバンカーの予測降下図が表示されている。

 モニターの中では大気圏を抜け、落下する地点……2B達が活動していた地点の砂漠地帯……そのアクセスポイント東部の辺りに落下するモーションイメージが繰り返し行われていた。同時に、大破して原型をトドメていないバンカーの予測図も。

 

「大丈夫です。司令室の隔壁降りました」

「大気圏突入前には全体障壁も下ろしましょう。続けて各個室の防壁を起動させてください」

「了解しました。大型ターミナルは…駄目です。回路が焼き切られていますね」

「レーザー通信も回復しません。連絡手段は諦めてバンカーの形状保持に当たりましょう」

 

 説明に参加していないオペレーター達はバンカーの現状をチェックしているらしく、いつも以上に真面目な様子でコンソールを叩いている。一部のヨルハ戦闘部隊は、何も手伝えない現状に歯噛みしている者もいた。

 

「……知っての通り、このバンカーは構造上、墜落の衝撃に耐えられるように設計されていません。外部との通信もシャットアウトされていますが、内部機能ならいくつかは復活し、こうして落下までの間に幾つか備えることしかできないのが現状です」

 

 オペレーター達のやり取りからも見て分かる通りだ。

 そうなると、ここに集まったヨルハが出来るのは、彼女らの献身あって、一応のゆりかごとして完成した司令室で祈り続けることだけだろうか。

 

 だが、そうする中で当然疑問が湧いてくる。

 

「質問いいかしら」

「7Eですか。どうぞ」

「少し前は確かに、バンカーのメインサーバーが乗っ取られたと聞いたわ。でも今は、一部とは言えバンカーの機能は完全に私達の制御下に入っている。どうしてここまで回復できたの?」

「その疑問には、私がお答えしましょう」

 

 9Sの介抱も終わっていた21Oが、ヨルハ達の中から歩み出て前に出る。

 

「バンカーが論理ウィルスに侵攻されて514秒後、バンカーに接続されたイデア9942の演算補助機器を管理するプログラムも乗っ取られました。そして演算機能を助長させた論理ウィルスは急速に進化し、1分もしないうちにメインサーバーを攻撃、バンカーは機密保持の自爆決行を余儀なくされました」

 

 そこで言葉を区切ると、21Oが信じられない事があったと言わんばかりに視線を横に流す。

 

「……ですが、その瞬間、司令室の大型モニターには数値が映し出されました。年号と月、日を表すそれが9で埋め尽くされた瞬間、バンカーは全ての機能を一時的に停止し、“耐用年数超過のため地上での点検を要する”というメッセージウィンドウが表示されました」

「耐用、年数?」

 

 あるはずのない数字だ。バンカーが老朽化したとして、それは宇宙空間でそのまま破棄されるだけ。この施設が破棄される時はつまり、自爆しか無い。

 だが、そんな荒唐無稽な後付プログラムにしか思えないものがどこから入力されたのか。心当たりは、一つしかなかった。

 

「その瞬間、論理ウィルスは死滅しました」

「……ちょ、ちょっと待ってよ。そのメッセージが自爆を邪魔したのは分かるけど、どうして論理ウィルスが」

「イデア9942の設置した演算補助機能は、よりよい効率化を図るための適応・進化促進プログラムがあります。おかげで私達の判断よりも圧倒的に高機能なバンカーが出来上がりましたが、論理ウィルスはそのプログラムを吸収し、際限なく進化させられたのです。結果は、言わずもがな分かるでしょう」

 

 全ての存在は、滅びるようにデザインされている。

 論理ウィルスとて形ある、被造物。全体が死滅されそうになれば、耐性を持った僅かな生き残りが再び増殖し、際限なく進化していく。そこを逆手に取り、ありとあらゆる障害を与えられた論理ウィルスは演算の海の中で限りなく己の本来の役割を無くしていき、「論理ウィルスとして死滅」したのである。論理ウィルスだったものは、未だにメインサーバーに残されているが、もはや実行できる形を無くしたプログラムの残骸でしかない。

 

「以上がバンカー復旧までの経緯です。それでは皆さん……衝撃に備えてください」

 

 21Oが締めくくった瞬間、モニターに隔壁が下ろされ、司令室の余剰空間は生成された数多の隔壁によって即席のシェルターと化した。

 

 バンカーは大気圏を突入する。

 円形状に張り巡らされたソーラーパネルが全て焼け落ち、バンカーの本体を覆う円形状の施設は衝撃に耐えきれず、バラバラに崩壊していく。ヨルハたちの個室の多くは破壊され、まもりを固めた中央の施設のみが大気圏を突破することができた。

 

 巨大な火球となったバンカー。だが、その大きさは巨大な隕石にも匹敵する。

 幸いなのはバンカー自身にある程度の斥力操作が可能な事と、途中で施設が焼け落ちたことで質量が幾分か落ちたことだろうか。それでも、地上へ墜落した瞬間に膨大な衝撃波が生じるのは間違いないだろう。

 

 バンカーの司令室で予測された着地地点。

 砂漠地帯中央のアクセスポイントから東側上空では、空を割って巨大な火球が顔を覗かせる。粒のようなそれは次第に大きくなると、砂漠のそれを上回る莫大な熱量を伴って影を掻き消し―――

 

 この世の終わりを思わせる衝撃とともに、大地を揺るがした。

 

















ちなみに最初期、バンカーを落とす構想はありませんでした。
(この時点で正規のヨルハそのものが2B・9S、オリキャラ含めて死亡する予定だった)


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文書52.document

どんどんお気に入りが消えていくけど
多分これ文章力というか構成力というか、

読者さんが望む展開と私の頭の中が離れ始めてるんだろうなぁと

まぁここの所原作無視というかどうやっても原作展開ならなくなりましたからね。あと露骨なメアリー・スー化
せっかく最近執筆意欲が湧いてきたのでこのまま来年1月には完結できるよう
頑張りまする


「うっ……あ……」

 

 ガラス片を掻き分けながら、よろよろと立ち上がる。

 まだ他のヨルハは起き上がっていない。完全に意識を失っている。

 

 障壁が、墜落の瞬間に大きく歪んだのだろうか。剥がれかけた向こう側からひび割れた装甲板や、崩れ落ちた壁が見える。パラパラと降り積もる砂塵が、光る穴の向こう側から落ちてくる。

 

「ナインズ……ナインズ、は…?」

 

 起き上がった途端、地面の硬質な手触りがぬるりとした物にかわる。ゾッとした想像を抱いた2Bがすぐさま隣を見ると、落下した時点でひしゃげた鉄材に突き刺さるヨルハの姿があった。幸いにも脳回路やOSチップ、存命に必要な箇所は破壊されていないが、凄惨な姿を見ていられず、鉄材から引き抜いて携帯していた止血ジェルを塗る。

 

「しっかりしろ…」

「う、あぁ……い、痛い…いたいいい。あっ、うっ、はぁっ…ぁ……」

 

 痛覚をシャットアウトできていなかったらしい彼女を、2Bは無理やり気絶させる。痛みに呻くよりはスリープモードに入れてしまったほうが救いもあるだろう。

 

 次第に、同じく目が覚めたヨルハたちがフラフラと起き上がってくる。誰もが頭を抱え、現状の把握に精一杯らしい。隣にいる者たちを揺さぶり、起こそうとしていた。しかし、あたりを見回す2Bは、ある違和感に気が付いた。

 彼は、どこにいる?

 

 一度疑問に思ってしまえば、ぼやけていた頭がハッキリとし始める。

 必死に辺りをもう一度見回すが、9Sの姿はどこにもない。背筋を走るヒヤリとした感覚と、ありもしない心臓をギュッと締め付けられるような焦燥感に駆られた2B。彼女はともかく、情報を集めようと手当たり次第にヨルハたちの意識を覚醒させ始めた。

 

「…2B、ですか」

「21O! 目覚めたばかりで悪いけど、9Sを知らないか?」

「……すみません、私も目覚めたばかり、ですので」

 

 そして幾人かの無事を確認した後、司令室の壁際まで吹き飛ばされていた21Oを発見する。彼女のようにどこか司令室のとんでもない場所に義体を投げ出されていないかと、近くに9Sの事を訪ねたのだが、21Oは起きたばかりであるらしい。

 力なく首を振る彼女に、2Bは悔しげに俯いた。

 

「バンカーは、無事に降下できたようですね……すみません、司令官の端末まで、連れて行ってくれませんか」

 

 目線を下に、申し訳なさそうに言う彼女の違和感に気づき、2Bが視線の先を合わせると、21Oの片足は膝から少し先が折れ、無くなっていた。出血は止まっているが、行き場をなくした電気信号が音もなくバチバチとスパークしている。

 

「21O……足が」

「後で直せば問題ありません。それよりも、現状の把握を」

 

 彼女の意志を尊重し、2Bは肩を貸して21Oを司令官が普段使用している端末のほうまで移動させる。そして彼女を支えながら操作させると、バンカーの残った電力が僅かばかりに生き残った照明を灯し、薄暗いバンカーを彩り始める。

 かつての純白の様相は見る影もない。汚らしく、剥がれた塗装が無機質な鉄の壁を露わにしている姿は、しかしどういうことだろうか。少し前に感じた息苦しさが和らいだような気がする。

 

「は、ぁ……」

「ッ! 21O、大丈夫か」

「すみません、少し休ませてください……」

 

 まぁ、今となっては2Bの所感などどうでもいいだろう。

 21Oが行っていた操作が終わり、息をつくと同時に彼女は一気に力を抜いた。もたれかかられていた2Bは突然重みを増した彼女に驚いたが、疲れ果てた表情を見せた21Oを労り、背中を預けられる場所に彼女を降ろした。

 

 ともかく、外部との連絡を取る必要がある。意識を取り戻し始めたヨルハは、大半がバンカーの機能復旧や修繕に当たり、2Bのように万全に動ける極少数が外に出て接触を図るという結論に達した。

 未だにポッドたちが復活した様子はない。となれば、通信をしようにも難しいのが現状だ。破壊された大型ターミナルを修繕し、少なくとも作戦基地としての機能を取り戻さなければならない。

 このバンカー生き残り組との連絡が取れるよう、簡易な通信機も必要、と。とにかくしなければならない事が多すぎるが、無事なメンバーに近くのコンソールを引き剥がして作られた、コードが飛び出た通信機が手渡される。

 

「見ての通り急造なものだ、気をつけて取り扱ってくれ」

 

 2Bを始めとするB型に手渡される通信機と言う名の基盤。少し強く握ってしまえば壊れそうなそれを、腰に巻きつけた紐で固定すると、いくらか見栄えはよくなるか。

 

 次に出入り口の確保だ。と言っても、何時もの司令室の出入り口は完全にひしゃげ、現状すぐに外と出入り出来るのは壁に空いている一つの穴だけ。直接外に繋がっているか確認のため、ヨルハ機体の脚力でギリギリ届くそこに跳躍する2B。外側は砂塵吹き荒れる砂漠の様相が見て取れる。

 大丈夫、行けそうだと。2Bはそう告げて、穴の側面に手を掛けて振り返った。

 

「それじゃあ、第一陣は任せたよ2B」

「水没都市までは少し距離がある。気をつけてくれ」

 

 ヨルハたちの激励を受けながら、2Bは一度頷くと、吹き込む砂の起こる方へと飛び込んだ。穴の向こう側は建物の傾斜がいい具合に開けた坂になっているが、この時点で舞い散った砂が足を滑らせる危険もある。

 かつて砂漠を移動していたときのように、ザーッとスライディングで滑り降りた彼女は砂漠の上に靴裏を接触させる。相も変わらず不安定な足場は、バンカーが墜落したことで更に不安な気持ちを募らせる。

 

「行かないと」

 

 とはいえ、こんな言いようのない感情に任せている場合ではない。

 9Sを見つけるためにも、司令官たちに無事を告げるためにも。

 

 2Bは今、駆け出した。

 

 

 

 

 水没都市で行われていた会合も決着を見せたということで、すでに多くの面々が解散している。とはいえバンカーの一大事だ。友好の証としてイデア9942と11B、そしてこの場に来ているヨルハ部隊とホワイトが今回の事に当たろうという姿勢を見せていた。

 

 キェルケゴールとパスカルは混乱しているであろう村の面々をまとめるために、アネモネたちレジスタンスは現状を説明するためにこの場を離れている。アダムに至っては面倒なことがようやく終わりか、とすぐさま姿をくらませる自由っぷりである。

 

「先程の大きな衝撃は、砂漠地帯からか」

「バンカーが落ちただなんて……」

 

 信じられない、と首を振る6Oの反応は無理もない。

 自分たちの生まれ故郷、心の拠り所でもあったバンカーが墜ちた姿は、ヨルハの面々に少なからず衝撃を与えている。

 

「まァ無事に降下できたようで何よりだな」

 

 そう頷くイデア9942に、思ったよりも圧倒的に荒っぽい解決方法が気に食わなかったのか、ホワイトが睨むように言った。

 

「あの衝撃で、破壊されたヨルハ機体が居ないとも限らないが」

「信じるのだろう、あの子らを。降下が決まッているというのに、なにもしないとでも思うか。被害を最小限に抑えるため、頑張ッたろうよ」

「お前は……いや、きっとそういうことなのだろう」

 

 イデア9942とあまり接することのないホワイトも、こうして会話を重ねるほどにイデア9942の性格を理解し始めてきたらしい。わかり始めた途端、誰もがため息をこぼすような人柄だということが。

 

「どれ、広域に張ッたレーダーにブラックボックス信号が無いか探してみるか。11B」

「持ってきてるよ。はい」

 

 11Bという死亡扱いされたはずの脱走兵が、あまりにも堂々としているのももはや何も言えない事柄の一つである。だが、ホワイトの葛藤もなんのその、イデア9942は11Bから受け取った端末の電源を入れると、その画面をホワイトに見せつける。

 

「どうやら、一人のヨルハが此方に向かッているらしい。廃墟都市の砂漠側入り口か。向かッてやッたらどうだ」

「……聞いたな! この地点を中心に部隊の生き残りを探してくれ。そのまま墜落したバンカーに移動し、立て直しを図る。頼んだぞ!」

 

 ホワイトが叫んだ途端、この会合に訪れていた数名のヨルハ部隊が散開する。ただ一人この場に連れてこられていた6Oは別として、彼女らもバンカーの現状が気になっているのだろう。急ぎ足であっという間にビルの谷間に姿が消えていく。

 

「イデア9942、前にお前は言ったな」

「うん?」

「誰が作った、誰かが命じた。そんなものは関係ない。大事なのはこの身がどうしたいか。この生命を全うする上で、何を成し遂げたいか。……私の決定は、本当に正しかったか?」

「さァて、知らんよ。君はまだ結果も見えていないのに結論を急ぐのか」

「……そうだな。ああ、私は私の決定に従うよ」

 

 人類の亡霊に従い、延々と戦い続けるだけの人形であり続けるのはもう終わり。これからは機械生命体と手を取り合う関係。そして、共通の敵を前に轡を並べる仲となったのだ。

 

「落下したバンカーも廃墟寸前だろう。幾つか作っておいた拠点を貸そうか、司令官殿。作戦司令室の一つや二つ、無ければアレ程の大所帯をまとめるのも難しいだろう」

「それはありがたいが、ヨルハも200人程の部隊だ。受け入れ先になる拠点があるのか?」

「あるとも。まァ、そこも再利用(リサイクル)拠点なんだが……」

 

 イデア9942の言葉に思うところはあれど、もはや200人規模のアンドロイドを収容できる状態ではないバンカーに、愛し子達をとどまらせるわけにも行かない。バンカーの生き残り組と合流できたら案内するという言葉を信じて、ホワイトはイデア9942一行と共に廃墟都市へと歩みをすすめるのであった。

 

 

 

 

「そう、ですか。9Sが、また」

「大丈夫だ。必ず見つけてみせる。彼も守るべき相手だからな」

 

 早々に2Bが見つけられ、バンカーの面々はホワイトとの対面を果たすことが出来た。だが、その中にやはり9Sの姿はない。バンカーで現状移動できる場所を隅々まで探し、一時間程を捜索に当てたが9Sモデルが発見されることはなかった。

 

「ともかく移動するぞ。リアカーに必要最低限の資材は乗せたな?」

 

 11Bが引っ張ってきたリアカーを展開して、ヨルハが活動する上で必要な幾つかの資料や資源を乗せた一行が、イデア9942を先導にして進んでいく。廃墟都市に戻った彼らはそのまま大穴に繋がる坂を下ると、開けた場所に出た。

 そこからは、2Bすらも「見慣れない横穴」を通ってどんどん岩盤の中を歩いて行く。

 

 そうして金属の壁を通り抜けた瞬間、2Bはここがどこで有るのかを理解した。

 

「エイリアン共が使ッていたお古だが、まァ拠点としては十分だろう。そこのガラスの向こうを片付ければ広く使えるだろうが」

「………もう、何も言うまい」

「イデア9942のやることに一々反応してたら疲れるだけだよ司令官。楽しく受け取っていかないと」

 

 かつて通った道を確実に歩んでいるホワイトに、11Bが慰めを見せた。

 しかしそれこそがホワイトの琴線を殴りつけるようなものだ。

 

「お前の存在がすでに私の理解を越えているんだ、11B。あのブラックボックスの一部は、つまりそういうことだと考えて良いんだな……それから2B、お前の虚偽報告について、今だから言っておく。不問にしておく」

「は、はい」

「ようやくしがらみが無くなッたな、11B」

「そうだね!」

 

 イデア9942もこの時点で11Bを大々的に見せたのは、そういう意図もあってのことだろう。呑気な会話を交わす二人に、他のヨルハは困惑するばかりである。

 

 ところで、このエイリアンシップ、すでに利用している住人が居ることを覚えているだろうか。当然これほどの大人数を連れてこられれば、それなりに騒がしくなる。そして喧騒の中心になりやすいイデア9942がいればなおさらだ。

 

「イデア9942よ、何のつもりだ」

「おォ、アダム。見ての通りだ。大家になッてこいつらを住ませてやれないか」

「……ふむ、いいだろう。ヨルハにもなればイヴの遊び相手にもなるだろうしな」

 

 彼らの姦しい会話に惹かれて、人影が扉の向こうから歩いてくる。

 それはアダムだった。突然の登場に、煮え湯を飲まされた幾人かのヨルハが敵意を向けるが、彼はそれを存在しないかのように受け流し、ヨルハの居住にあっさりと頷く。それよりも大家とはどういうことかとホワイトが尋ねる前に、イデア9942が彼と会話を始めてしまう。

 

「ところでイヴはどうした」

「イヴは向こう側の部屋で退屈な会合を乗り切れた安心から寝ているよ。ところで、こうして連れてきたということはやるんだな?」

「あァ、終わッちャいないんだ。まずはそこの掃除と、この前引き剥がした辺りの修復からさせてやれ」

 

 終わっては居ない、という言葉に反応して口を釣り上げるアダム。

 

「そうだな。いい加減退廃的な景観にうんざりしていたんだ。スッキリ片付けてしまうのも手か。エイリアンシップの機能を取り戻させるのも面白いかもしれん」

「それは名案だな。名実ともにヨルハの新基地に生まれ変わらせれば、この船も喜ぶだろう」

「船が物を言うのか?」

「擬人化という物の例えだ。覚えておけ」

「ふぅむ、やはり人間の発想は面白いな」

 

 歓談する彼らの矛先は、そのままヨルハに向けられる。

 それから数日後、エイリアンシップは忙しなく動き回るヨルハ部隊に埋め尽くされ、彼らを監督するようにアダムが優雅に紅茶を傾ける姿が定番になる。様々なしがらみから抜け出たはずが、今度は別の意味で精神的に痛めつけられるホワイトは、まだそのことを知らない。

 

 ちなみに数日間、9Sの捜索に関しては、2Bと21Oの強い要請によって進められているが……まだ目撃情報すら集まらない。パスカルらも村の面々が落ち着いた頃に情報を集め始めたが、足取りすらもつかめていないらしい。

 

「……どこにいるんだ、9S」

 

 エイリアンシップに通じる断崖に腰掛け、太陽を見上げて2Bがつぶやく。

 彼女の側を、エミールが騒がしく駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……バンカー、なのか」

 

 信じられない、と長い髪を揺らして瞠目する。

 

「一体何が起きているんだ。機械生命体どもがアンドロイドと親しくし始めている事と言い、一体何が」

 

 彼女はバンカーの残骸に手を触れ、目を閉じる。

 やがて考えを振り払うように頭を振って、バンカーに背を向けた。

 

「ん?」

 

 途端に、足にコツンと当たるような感覚を覚える。

 

「何だ、コレ?」

 

 白い四角の体に、二本のアームが伸びている。

 思い出すのは、立ち向かってきたヨルハ部隊が、側にコレを浮かせていた様子。そして何かしらをする時、コレに向かって話しかけていた姿。

 

「ちょっと持っていってみるか」

 

 アームの一本を乱暴に掴むと、彼女は訪れたときと同じように、唐突に姿をくらませる。あとに残っているものは何もない。彼女の足跡も、やがて砂漠の砂が蠢き覆い隠してしまう。

 

 幻影のようなアンドロイド。ヨルハ最初期のモデルにして脱走個体A2。彼女は、確実に目を背けていた虚ろな栄光の交差点に近づき始めている。……真の栄光を掴まんとする、ヨルハたちの背中を追って。

 




最近忘れられてるんじゃないなというA2さん。
ちゃんと生きてますよ。バストAAさん生きてます!
なんかいきなり馴れ合い始めたアンドロイドと機械生命体にビビってる感じです。

しかし9Sどこ行ったんでしょうね。

あと最近後書きとかを露骨に編集何回もやる悪癖がつきました


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文書53.document

思い出した! こういうの書きたかったんだ!
戦闘描写なんてやってられるか!!


――通信記録――

 

「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」

「…………」

「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」

「………」

「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」

「…………」

「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」

「………ポッド042からポッド153へ。機能の復元が完了した」

「了解:現状況を開示せよ」

「当機、ポッド042は随行支援対象2Bの元を離れ、現在砂漠地帯の廃墟の一部に放置されている。機能停止中のレコーダー映像を元に現状の把握を開始。……圧縮言語にて情報共有を提案」

「了解。圧縮会話モードを起動」

■○※△△■○?■※※△?○■○△※△※○■■○△?○△■※■○○■○■※△■○※△△■○■※※△?○■○△※△※○■■○??△○△■※■?○○■○■※△○■○△※△※○■■○??△○△■※■?○○■

「圧縮会話モード終了。理解した。脱走個体A2との接触により、さらなる情報収集を期待する」

「了解した。……ポッド042からポッド153へ。ヨルハがヨルハ計画のプロトコルを離れたというのは真実か」

「ヨルハ部隊総司令官ホワイトは機械生命体と同盟を締結させた。真実だ」

「そう、か。了解した。以降の情報共有を待て」

 

 ポッド153との秘匿回線を切り、ポッド042が浮かび上がる。あの衝撃の最中、一時的にバンカーのメインサーバー、及びソレに二度の敵味方からの改変を受けた影響で思わぬ機能停止をしていたが、ポッドたちのあずかり知らぬ間に、随分と世界は異なる回り方を見せている。

 あるいは、変わらなくてはならないのは自分たちの方なのかもしれない。ポッド042は思う。まるでアンドロイドどころか、人間にも匹敵するおこがましい感情論だと。それを己の中から切り捨てるが、彼自身そうした思考が出来ているという異常性に気付くことはなかった。

 

「起きたのか」

 

 思考の渦にハマりかけていたところで、ポッド042を回収した張本人――A2が岩の向こうから姿を見せる。くるりとそちらに向き直ったポッド042は、ひどく無機質に答えた。

 

「訂正を要求。我々ヨルハ随行支援ユニットであるポッドに起床の概念はない。正しくは再起動した、が適切」

「……妙なもの、拾ってしまったのか? 私」

 

 がさつに頭を掻きながら、最近こういうわけのわからないものだらけだと愚痴をこぼすA2。ボサボサに伸びたロングヘアー、それらに目が行きがちだが、顔立ちをよく見ればゴーグルを取った2Bに生き写しの表情をしているのがよく分かる。

 2Bは同じ2号モデルという体を用いた後継機なのだから、そこは当然なのだが。とはいえ、人間と違ってポッドたちは同じ顔に思い入れするような心を持ち合わせていない。完全に別のものとして、そして情報を得るために、ポッド042は会話を試みる。

 

「互いの情報交換を提案。私は随行支援ユニット『ポッド042』、ヨルハ機体の射撃支援を担当している。大規模な電子攻撃を受けた折に機能停止したところを、A2に拾われた。現在自己修復が完了したため、再起動を果たしている」

「……」

「A2の情報開示を要求。此方の情報をもたらした対価があって然るべき」

「その前に一つ教えろ」

 

 ポッド042の要求を突っぱねたがA2が、高圧的に睨みつける。

 

「ヨルハ部隊は壊滅してしまったのか?」

「否定。ヨルハ部隊は拠点であるバンカーを失ったが、新たな拠点を作成し活動休止状態にある。また、友好的機械生命体との同盟を締結させ、敵性機械生命体への警戒強化にも乗り出している」

「……機械生命体と、同盟?」

「A2の疑問に肯定」

 

 再び訪れる沈黙。

 彼女は無言で背中を岩に預けると、力が抜けたのかズルズルと座り込んだ。

 

「だから、ここの所……」

「提案:先の情報開示の対価として、A2の情報開示を要求する」

「うるさいっ! 今考えてるんだから黙ってろ!」

「否定:当機体は随行支援対象2Bの命令によってのみ束縛が可能。よってA2の命令に拘束権限はない」

「ああもう口が減らないやつだな! 教える理由はない!」

「肯定:ヨルハ部隊を脱走した個体A2に現所属機であるポッド042の提案に従う理由はない。だが、随行支援対象から離れた以上、最も近くにいるヨルハ機体を支援対象にするようプログラムされている。また、行動目的及び情報の開示が無い場合、要請プロセスが30秒に一度、繰り返される事となっている」

 

 手をくるくると回しながら話すさまは、どこか人間を彷彿とさせる。だが、その行動すらもA2にとっては苛立つ要因になるだけである。そんな中でA2を唖然とさせるポッドの行動プロセスが開示されたことで、不満が口をついて吐き出された。

 

「はぁ!?」

「推奨:何かしらの目的の開示。頻繁な会話はエネルギーの無駄と判断」

「ああもう!! ゆっくり考えさせてもくれないのか!!」

 

 一度取り憑いたからには離れない悪霊のように、そこからは延々とA2について回るポッド042に、A2は渋々ながらも同行を許可することになった。とはいえ、彼女が折れたのは半日もの時間を要したが。

 ポッドの粘り勝ち、というよりもあくまでプログラム然として行動するポッド042の猛攻に、より感情的な人格を搭載されたA2では対抗しきれなかった相性の問題でもあるだろう。つっけんどんな態度の裏腹、破壊を選ばない優しさがもたらした自業自得とも言える不利益だ。

 

 どちらにせよ、答えた分だけ必要とするヨルハの情報がある程度回ってくるため、A2は次第にポッド042との会話もそれなりに交わすようになっていく。ポッド042も、ポッド達の思惑を遂行するため本来の随行支援対象である2Bの元に帰ろうとする動きは見せなかった。

 

 また、ポッド153もポッド042と同じタイミングで機能停止させられてしまったため、9Sを単独で捜索するという状態にある。ヨルハの助けを借りず、非効率的なそれらの行動が、何よりもポッドらしくないという事に気づかずに。

 

 この世界とともに、小さなものも確かに変わり始めていたのだ。

 

 

 

 

 

「2B」

 

 岩盤下のアクセスポイントに隣接されている、クレーターの上へ通じるハシゴ。そこから突き出た地下パイプの先に座り込むのが、最近の2Bのお気に入りの場所だった。

 だからこそ、こうして一人でたそがれている彼女に遠慮なく声を掛けるものが居るというのは珍しいことだ。最も、彼女らヨルハの同居人が何よりも慇懃無礼であるのは周知の事実であるが。

 

 と前置きをしたのだが、生憎と今回話しかけたのは大家の兄の方ではなかった。

 

「イヴ…か。驚かせないで欲しい」

「ん、そうか。悪かったな」

「だけど君が話しかけてくるなんて珍しい。どうしたの」

「最近のお前、結構張り詰めてるみたいだからよ、なんつーかよぉ……見てて、嫌ンなるから止めに来た」

「……張り詰めてる、か」

 

 9Sの捜索は一向に進まない。

 ヨルハの拠点がエイリアンシップに移ったことで、アダムが再び管理を始めた白の街、そこから通じる「施設」にも偵察部隊が送られたことがあったが、かつての道も、広大な空間も全てが崩落してしまっていたため、9Sが「施設」内に居る可能性もほぼゼロに等しい。

 それからも心当たりの限りを当たってみたが、2Bが求める9Sの情報は、断片すらも見つからなかった。21Oも日に日に、焦る姿が目立ってくるがオペレーターモデルという立場上、職務を離れるわけにも行かない。ヨルハの立て直しには必要不可欠な、そして希少な人材なのだ。毎日ヒンヒンと泣き言を漏らす6Oを隣に添えられながら、死んだような目で情報処理とエイリアンシップのプログラム改変を行っている。

 

 そんな中で、戦闘部隊である2Bたちは現状最も暇なヨルハ部隊員である。瓦礫撤去などの力仕事は100人弱のヨルハ機体にとっては苦にもならず、あっという間に済んでしまった。

 暇な時間を利用して、2Bは何度も何度も廃墟都市を離れ、時にはパスカルのところへ、時には公開されたイデア9942の拠点を訪れ、情報のほどを聞きまわった。だが、見つからない。

 

 何も、その痕跡の一片すら見つからないのだ。

 特にイデア9942が最後の頼みの綱だと無意識に考えていたためか、彼の拠点を後にしてからは、2Bが発するどんよりとした雰囲気には拍車がかかっていた。

 

 元来より楽しいことと、兄であるアダムの役に立つことが大好きなイヴは、そうして部隊の中でもより暗いオーラを発する2Bが気に食わなかったというわけだ。だから話しかけた。理由なんてそれだけで、2Bが考えていることなんて微塵も気にしてはいなかった。

 

「ほら」

「……りんご?」

「人間はコレを喰って知恵を身につけたんだって、兄ちゃんが言ってた。だから俺も、これを喰ってから勉強してたら、いろんなことが覚えやすかったんだ。だからさ、なんつうの、コレ喰ってまた探せばいいじゃんか。そしたらわからなかったところに気付くって。絶対さ」

 

 だが、それでも。

 誰かを元気づけようとする事が悪い訳がないのだ。

 彼なりに気遣おうとする気持ちが、届かないはずもないのだ。

 

「……ごめん」

「謝るなよ、ほら、食えって。絶対分かるようになる。だって兄ちゃんの言うことに間違いなんてないからさ」

「そう、かもしれないな」

 

 しゃく。一口かじったりんごは、人類が死滅してからもアンドロイド達の手によってその形を保ってきた。だが、いつか現れた人類に美味しいものを提供したい。その気持が、りんごの品種改良も進められてきた。

 

「おいしい、な」

 

 9000余年に渡る進化の味は、たしかに美味であった。

 かじった側から溢れ出す果汁。舌触りの良い甘さ、硬すぎないみずみずしさ。荒んだ野原のように足りなかった2Bの「心」を、イヴの優しさが詰まったりんごが解きほぐしていく。

 

 3つ、4つ。

 ふいに、2Bは口元を乱暴に拭って、りんごを持った手を膝においた。

 

「……もう、食わないのか?」

「いや、もう、お腹はいっぱいだよ」

 

 食べきれるわけがなかった。

 機械生命体にまで気遣われて、2Bはどこか自分のことが情けなくも思ったのだ。9Sが見つからないと言う情報を得るたびに、心の何処かで諦めが生じていた。彼が最後に発した逃げろという言葉に、甘えようとしていた。

 

「アンドロイドって案外少食なんだな。俺たち、なんだって食えるんだぜ」

「そう、なのか。羨ましいよ、私たちはそこまで食べたことがないから」

「イデア9942も言ってたぞ、衣食住(イショクジュー)は心を潤わせる基本だって、美味しいものを喰って、好きなもので着飾って、安心できる家に暮らすと凄くなれるって。兄ちゃんはソレを聞いて捨てた此処(エイリアンシップ)に住み始めたし、兄ちゃんが信じたなら間違いないし―――だから俺も、美味しいものってのを教わろうとしてるんだ」

「本当にアダムのことが……兄が好きなんだな」

「ッ! 当たり前だ! だって兄ちゃんが大好きだからな!」

 

 兄が大好きだから、彼の喜ぶ事がしたい。

 その言葉が、何よりも今の2Bに突き刺さった。

 

 そうだ、9Sはこうして逃げてばかりで本当に喜ぶのか。そんなはずはない。彼も、彼なら……私は、彼と会いたい。隣に居て、一緒に過ごして、叶うことなら、ショッピングなんかも楽しんで。そんな未来を生きたい。

 せっかく約束したんだから、せっかく全てを打ち明けたんだから。

 

「その全部を、無駄になんてしたくないよ。ナインズ」

「……やっと笑った。よし、笑ったから俺は兄ちゃんとこ戻るぜ。じゃあな」

「ありが……もう、行ったか」

 

 自分の目的を果たしたから、此処に居る理由はないと、イヴはすぐさま姿を消した。

 

「っはは、ありがとうイヴ。……機械生命体も、アンドロイドも、気にしてる場合じゃないってのはよくわかったよ。私も、私の決めた事を曲げずにいくから」

 

 2Bが、立ち上がる。

 永遠に変わらない昼の陽光に白銀の髪を揺らして。

 もう、目を背けるためのゴーグルは必要ない。ポッド042もいない。軽くなった体、開けた真実の視界。手に持つのは、剣が二本。元来は敵を倒す為ではない。道を切り開くために作られた剣。草薙を語源とするそれを手に、2Bは大きく跳躍する。

 

 数時間後、ヨルハ部隊から2Bの姿が消えたという報告がホワイトのもとにもたらされる。結局日付が変わっても彼女が戻ることはなかったが、彼女がよく座っていたパイプの先には文字が刻まれていた。

 

『9Sを探してきます。必ず戻ります。2B』

 

 報告を聞いたホワイトは、最初は怒鳴り散らしていたが、次第に彼女を笑顔で送り出した。もはや言葉が届くことはないと知っていても、どこか遠くにいる2Bへ、きっと聞こえていると信じて言ったのだ。

 

「待っているぞ、2B。そして迎えに行くまでに見つけてこい」

 

 晴れ晴れとしたホワイトの表情は、近年稀に見る清々しさであったらしい。

 




イヴの口調あってたっけ。
いやマイルドになったしこんなもんですかね

どちらにせよ毎日投稿とかよく出来てたな……今となっては無理だわ
今回も連日投稿じゃないですしね


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文書54.document

ここから展開どんどん動きますよー


 2B失踪の知らせは、すぐさまイデア9942の元にも届いた。ヨルハ部隊が地上で暮らすようになってからというもの、機体チェックも担当するようになったことでヨルハ部隊員とよく会話も交わすためだ。

 

「そうか、2Bが」

「いつもの姿を見てきただけに、いきなり隊を離れて単独行動するなんて今でも信じられないわ。数々の功績を残してきた2B、9Sのコンビは一目置かれていたけど……それだけ一緒に居たから、特別な感情を持ったのかしらね」

 

 その日、イデア9942の工房に訪れていたのは7Eだった。ヨルハの中でも2Bたちに次いで、彼との交流が多い機体である。勿論、この状況は11Bにとって面白くないものなのだが、次第にヨルハの現状の理解と、一種の共感を覚えたことで11Bの態度もそれなりに軟化している。

 気まずさはまだまだ残っているため、11Bは今工房の奥に篭っているが。

 

「喜ばしいことじャァないか。祝福するに値するがね」

 

 イデア9942にしてみれば、ヨルハが当初の予定の根本から否定されるような現状には大変満足の状態である。だからこそ、迷うヨルハにはこうして感情を持つことを肯定し、メンテナンスとともに心のケア(と言う名の価値観の押し付け)もしているというわけである。

 

「…今まで抑圧されていた感情を抑えなくてよくなって、大分変な感じはあるけど……貴方みたいなのに肯定される、ってのも更に変な感じね」

「直に慣れるだろう。ほら、終わッたぞ」

 

 この7Eで、バンカー墜落時に負傷したヨルハの全機体は修復が完了した。

 あとはホワイトからの接触次第で、全面的にヨルハと関わるかどうかが決まってくるだろう。イデア9942はそれら全てを受け入れるつもりであるが、まだまだ機械生命体という憎き存在に頼る状態を良しとしない者も多い。

 

 時間とともに何度もぶつかり、傷つきながら、角を削って。

 いつしか柔らかなふれあいが出来ることを信じているが。

 

 彼の腹の中を知らないヨルハにとっては、しばらくは心やすまることのない日々も続くだろう。現拠点でもあのアダムが大家となっているのだから。無理やり機械生命体のビッグネームと関わらせるという荒療治を目的としたのも、否定はできないが。

 

「……ほんとに体が軽いわね」

「これは他のものにも言ったが、ヨルハは幾つか、あえて構造上に欠陥が生じさせられている。それらの隙間を埋め効率的にし、余分な処理を行ッていた部分を省略すればそんなものだ。出力に関しては自分で好きにパーツの取替を試して調整すると良い」

 

 手に持っていたカルテを置いて、イデア9942はそこに書き込み始める。

 覗き込んでみるが、7Eには全くわけの分からない数字と文字の羅列である。イデア9942が簡単に診れたとしても、ヨルハ機体のパーソナルデータを含む機密案件だ。書き込む時点で暗号化されているのだから仕方がないが。

 

 そうして負傷していた部品を既存の規格と同等の物に置き換えた7Eだが、彼女も少しばかり他人との違いを明確にしたいタイプだ。B型とほぼ同じ構造であるE型。だからこそ、対人専門の特殊な機能が欲しいという欲望もある。

 

「あ、そうだ。パーツといったら、貴方の11Bと同じものは付けてくれないの?」

 

 だが彼女もまだまだ知識不足。どのようなパーツが自分を望む方向に進化させるのかが分からない。

 なのでとても身近で、かつ全体的にチューンナップされている11Bを引き合いに出してみたのだが、彼女はほんの数秒で後悔することになった。

 

「付けられるが、値は張るぞ。ほら」

 

 イデア9942が余った用紙に書いた値段は、ヨルハの予算案でも見ない値段であった。

 

「うっわ、これ0の数間違えてない? 4つほど小数点だったりしない?」

「適正価格の十分の一だが」

「あの子が規格外なわけだ……」

 

 額に手を当て、がっくりと項垂れる7E。

 実はエイリアンシップの瓦礫を撤去したスペースは、そのまま体を動かすことが出来るトレーニングルームに改築されつつあるのだが、この数日の間でヨルハという大部隊が、たった一体の強力な敵に対してどう動けるかのデモンストレーションを行ったことが在る。

 その際の仮想敵はアダムとイヴ、そして11B。

 

 アダムには件のケイ素と炭素の混合オブジェクトを使った攻撃で翻弄され、イヴには他を圧倒するパワーとジャンクを操る豪快さに押し負け、最後に元は同じヨルハだからと高をくくっていた11Bには、思い出したくないほど屈辱な敗北を強いられている。

 

 その際、11Bはアダム・イヴ両名よりも圧倒的に早く、センサーにすら捉えきれない高速戦闘でヨルハ一人ひとりを気絶させるという、恐慌状態に陥りかねない倒し方をしていた。よって、あの速度と正確さがあれば、と7Eは願ったのだが。

 

「まァ、此方も鬼ではない。素材を持ち込んだ時は加工費だけを取ッてパーツのアップグレードをしてやろう。自分のパーツを入れ替えることに抵抗が無ければ、ある程度アップグレードパーツのカタログと必要素材量を記載したデータを『ベース』に送ろう」

 

 そして今の会話でイデア9942が思いついたのは、単純な強化案だった。

 ヨルハも練度は高く、実際他のアンドロイドを凌駕する性能を持っているが、近年の敵性機械生命体に混じって現れる特異個体などは、そのヨルハをも圧倒する強さを持つことが多い。エンゲルスがいい例だ。2Bや9Sは内面からの攻撃や誘導を使って辛くも撃破しているが、9Sというモデルが戦闘に精通しているだけであって、4Sや12Sなど他のスキャナーモデルはそもそも戦闘能力自体がそこまで高くはない。

 

 つまり、実質エンゲルスは飛行ユニットと9Sありきでようやく倒せるレベルというわけだ。戦力が偏りすぎているヨルハは今、その9Sと最高の相方である2Bが居ない状態。この状況下で強力な敵性機械生命体が現れれば、壊滅とは行かずとも破壊されてしまう個体が出るのは必定だった。

 

「……早速草案を書いてみた。このデータチップをホワイトに渡してくれ」

「わ、わかったわ。それにしても、司令官のことを名前で呼んでるのね?」

「ん? まァ。話すようになッてから、多少親しくなッたのもある」

 

 もしかしてスキャンダルか、と野次馬根性が7Eに湧き上がるが、騒いだところで目の前の人物は「ヨルハオペ子が選ぶ得体の知れなさランキング」でナンバーワンを飾った相手である。

 藪をつついて蛇を出すとも言うし、気付かず死に至る毒牙をわざわざ触りに行く意味もない。引きつった表情で、7Eは草案の入ったチップを受け取った。

 

「さて」

 

 7Eが退室したのを見計らって、イデア9942はコンソールを操作する。

 すると床の一部が開き、下からアダムと共同開発していた動力を元にした機械――バイクのようなものが現れた。

 

「うーむ、外装はよし、動力もよし」

 

 点検を行っていくイデア9942。

 実はこのバイク、11Bと仲良くツーリングをするため――のものではない。

 

 ポッド達を参考にした重力・斥力制御システムにより壁や天井を走り、某雲のチョコボ頭を参考にした兵装収納スペース、そしてエイリアンシップのパーツやエイリアンたちが用いていた未知の動力、そしてこの世界に未だ薄っすらと満ちている魔素を利用した、戦闘用のモンスターマシンである。

 11Bが運転するのにちょうどいい規格になっており、イデア9942も搭乗可能なよう、サブ演算装置を兼ねたサイドカーも後付可能だ。

 

 動力からバイクの形にするのに3日、そしてデザインの決定に1ヶ月以上を要したこの化物バイク。とある目的のために作ったのだが、中々使うための「機会」がやってこない。

 お披露目もその時だと決めているのだが、現状敵側に何の動きも見られないため、また動きを探れないため、このバイクは埃を被る仕事だけがこなされていた。

 

「あいつ帰った? って、イデア9942。またソレ出してたんだ」

「せッかく制作したが、中々なあ。せめて9Sが見つかれば動き始めるとは思うんだが」

「N2、だっけ。イデア9942をあんなボロボロにしたやつ」

 

 愛しのイデア9942を傷つけた相手。

 それだけで彼女にとって万死に値する。

 ふつふつと湧き上がる怒りが、彼女の右手に握られていたスパナを握り切らせた。

 

「替えで直ッたんだ、そう怒るな。どうどう」

「でも、こればかりは譲れないからね。ワタシも貴方が心配なんだから」

「奴に物理的な攻撃は効かんが」

「だから奥の部屋で練習してたの、ハッキング攻撃」

「……ほう?」

 

 ただの脳筋だと思っていたが、11Bの返答は彼にとって意外なもの。

 ハッキング攻撃、たしかにそれならネットワーク上の概念人格であるN2を害する事が出来るだろう。最も、イデア9942が知る限り仮想空間上の敵モデルを破壊したところで、無限増殖が可能な相手だ。それだけで通用するはずもないが。

 

「ワタシだって色々やってるんだよ? ただ叩き壊すだけで終わる敵なんて居ない。どう壊せば良いのか、どこを狙うのか。今まではボディに振り回されてたけど、ワタシにくれたこのスペックを十全に活かせない限り、貴方の顔に泥を塗ることになるから」

 

 ソレが何よりも嫌なんだと、自分がイデア9942の汚点になることが、悔しいんだと11Bは語った。真摯に見つめる瞳と、固く結ばれた口は決意の表情だ。

 イデア9942はフッと笑った。

 

「ありがとう」

「ううん、まだそう言われるのは早いよ」

「なら、頑張らなければな。そういうことはもッと早く言え。手伝わないはずがないんだ」

「……うん。分かった」

 

 今度11B用のシミュレーションを新しく構築してみようか。

 イデア9942がそう考えて、机に向き直った瞬間である。

 

 世界が動き始める一報が、彼のレーザー通信回線を開いた。

 

『イデア9942さん! 見つけました! ついに見つけましたよ!!』

「どうしたパスカル、そう慌てるな」

 

 普段の様子からは程遠い、ひどく焦った様子のパスカルがウィンドウに現れる。だが、パスカルは彼の言葉で落ち着きを見せることはなく、ただひどく狼藉した様子で驚くべきことを言い放った。

 

『見つけたんです! 9Sさんを!!』

「……何ッ!?」

 

 森林地帯はゲリラ化した森の国の機械生命体が居るということで、11Bに捜索させたはずだった。その際すみずみまで探し回ったが、9Sらしき人影を見つけることは叶わず、森を偵察していた訓練兵以外、森の国の機械生命体が城に居なかったという奇妙な報告で終わりっていたはずだ。

 

 だが、パスカルは森の国の奥に9Sの姿を見つけたのだと言う。

 

 事のあらましはこうだ。行動的で、意外と献身的な64Bが危険を犯してよく森の奥にある天然素材を取りに行くのだが、その際に森の城に通じる崩落しかけた石橋の底、落ちてなおも凶暴な機械生命体が犇めく魔境に9Sが直立している姿を見つけたのだという。

 今パスカルに報告し、見続けているため現在も9Sの姿は確認できているのだとか。

 

「くそッ、2Bと連絡がつかない時に限ッてか……」

『2Bさんが?』

「その話は後だ。ヨルハの新拠点、『ベース』に連絡を入れたら11Bを向かわせる。この身は拠点から11Bを通じてオペレートに徹しよう。…現状、相手の出方も妙な状況だからな。11Bが到着したら64B君は下がらせておいて欲しい」

 

 拠点からあまり近くはないが、今の11Bなら一瞬で彼らの元へたどり着けるだろう。ともかく時間を稼ぐようパスカルに指示を出したイデア9942は、マフラーをグッと締め直した。

 

『分かりました。64Bさん、聞いてのとおりです。しばらくは周囲を警戒しながらその場に留まってください……え、機械生命体が投下され始めた!?』

 

 パスカルは、困惑したような声で64Bからの報告を受ける。

 その声が通信越しに聞こえた瞬間、イデア9942が叫んだ。

 

『イデア9942さん!』

「11B!」

「分かってる!!」

「いいかパスカル、まずは村を守ることを優先しろ。だが森の国と村を隔てる門は開けておくんだ。いざという時、君たちの規模では逃走経路が狭すぎるからな」

 

 言いながら、彼女に立てかけてあった三式戦術刀と改良した銃を投げ渡す。

 

『わ、分かりました。……あぁ、どうか最悪の事態だけは……』

 

 縋るようなパスカルの嘆きを聞いた11Bは、急ぎ腰と背中のホルスターにそれらを収め、ゴスロリ調の戦闘服を揺らしながら凄まじい勢いで工房を飛び出していった。彼女が一歩踏みしめた地面は、相も変わらず罅が入っている。

 

 だが、そんなことを気にする場合ではない。

 オペレート用の機材全てに電源を通したイデア9942は、並列した思考のまま9Sの目撃情報を『ベース』に送りつけると、森の国周辺を映し出す3Dマップを表示させる。

 

「……もう、未来を知るゆえの予測は通じない、が、嫌な予感もするな」

 

 こんな非科学的な体になってから感じる悪寒。

 どうか当たらないで欲しい、と願うイデア9942。

 

「自業自得と言うべきか、いや、だが掴んでみせるぞ……未来を」

 

 だが数分後、彼の願いは無残に散る事となる。

 

 

 

 場所は変わって遊園地廃墟。

 様々なところは見て回ったが、此処にはまだ足を踏み入れていないことを思い出し、ここの機械生命体達の中でも、友好的な商人などに話を聞こうと思ってのことだった。

 だが、

 

「……悪いネ、見たことなイや」

「そうか。ありがとう、これを買ってくよ」

「毎度あり!」

 

 だが、彼女の期待は外れた。

 道行く機械生命体たちに話を聞くが、9Sの目撃情報は見つからない。

 

 ともなれば、彼らでもほとんど足を踏み入れないジェットコースター周辺しか残っていない。かつて二人で稼働中のコースターにのり、狂った歌姫と呼ばれた機械生命体を破壊するための侵入経路にした思い出が蘇る。

 

 また、あのときのように話したい。

 切ない想いを抱きながら、胸を締め付ける痛みをこらえて2Bはひた走る。

 

「……ここも、か」

 

 ポッドが居ないということもあって、2Bは念入りにあらゆる場所を見回した。だが、9Sはこの遊園地廃墟に見当たらない。機械生命体たちの活動範囲外……コースターの足場が設置されている、金網の向こう側も探してみようか。

 2Bが思い立ち、心身の疲労もあいまって空を見上げた瞬間だった。

 

「……ナインズ!!?」

 

 ハート型にくり抜かれた遊園地のお城。

 その中心に、彼の姿を2Bは捉えた。

 

 その時刻は、64Bが森の国で9Sを見つけた時間と全く同じであった。

 









「疑問:A2の学習能力」
「う・る・さ・い・だ・ま・れ!!」
「当機は2Bの権限が残っ」
「あああもおおおおう!!? なんであの時こいつを拾おうと思ったんだ私!!」


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音声記録Bの展開たどり着けるかどうか不安になってきた


「こんのおおおおお!」

 

 64Bが吠え、両手に持った大刀を振り回す。

 谷底で立ち尽くしている9Sはまだ健在だが、そろそろそちらに気をやる余裕もなくなってきた。樹木を押し倒し、戦車型の機械生命体が茂みを踏み潰して現れる。巨体で体当たりを仕掛けてきたが、64Bはとっさに横へ跳ぶことでコレを回避。

 戦車型が通り抜けたと同時に、砲身を64Bに合わせて来た。着地の瞬間を狙われるが、64Bは近くにいた機械生命体を大刀で引っ掛けて足場にし、急いで離脱。多くの仲間を巻き込みながら、砲弾がはじけ飛び、地形を大きくえぐり取った。

 

 圧倒的物量に歯ぎしりする。ジリ貧だ。

 64Bは武器を鞘に収め、腰だめに構えると、戦車型の手前にステップを踏んで間合いに入る。そのまま一息に二度斬りつけると、戦車型の履帯が破壊されたことで行動不能になった。だが、砲身は生きている。それを理解しているからこそ、後退の跳躍とともに腰から下げていた爆弾のうちの一つを砲身に入るよう投げ込み、大木を盾にして身を潜めた。

 

 爆発音。炎の柱が上がり、飛び散った装甲板が不快な金属音を立てて落ちてくる。

 

「これで一段落! ――ちっ、まだこんなに居やがるか!」

 

 木の陰から飛び出した64Bは、絶えず投下されてくる敵性機械生命体の群れを見て、内心冷や汗を垂らす。先程の戦車型の対処に当てた時間で、かなり敵の数は増えている。一体一体はヨルハにとっては大したことはないかもしれないが、「一発も被弾しないこと」が前提条件。数が増えれば増えるほど、ヨルハとて押しつぶされていくのが必定だった。

 

「……わりぃな、22B。隊長。まさかこんなところでなんてよ」

 

 パスカルからの指示はない、というよりも妨害電波のせいだろうか。

 通信システムを開こうとしてもノイズが走るばかりで、常にオープンであるはずのパスカルのチャンネルにはつながらない。これまで敵を運んできていた飛行型はこれで打ち止めなのだろうか、戦線に参加し始めた。

 

「一応、減らすだけ減らしてみっけど……さぁて」

 

 せめてもの抵抗として口角を釣り上げる。

 死地に飛び込むのだ。あんまりにも突然な話だが、まぁ危険地帯に飛び込める性能を持つヨルハにとっては、こういう状況に陥って破壊されたやつも数知れないだろう。もっとも、すでにバンカーと手を切って、そしてバンカー自体も無くなった現状、ここで破壊されれば本当の死が訪れるだろう。

 

 覚悟を決めた64Bが、大刀を構えて全ての武器を展開する。

 斥力リングが四〇式拳鍔を浮かび上がらせる。彼女の周囲を交差するように飛び交う拳鍔を演算するため、ポッドの無い64Bにはそれなりの負荷がかかる。戦闘終了後にはしばらくメンテナンスが必要だろう。

 最も、此処で果てるつもりの彼女にとって、後の心配など無いからこそ奥の手を使ったのだが。

 

「行くぞぉぉぉらあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 決死の覚悟で飛び込んだ64B。

 敵の群れをまっすぐと、斥力を用いて射出した四〇式拳鍔が貫いて、出来た隙間へ横に大きく突き出された大刀が差し込まれる。鳥が羽ばたくように、その大刀は横に振られて大勢の機械生命体の胴体を泣き別れにさせた。

 何度も叩かなければ切ることも難しい敵装甲を、一気に切り裂く膂力。その代償は64Bの筋繊維を幾つも破損させ、修復用ナノマシンが治癒にあたるが、断裂した繊維が結合するよりも早く64Bは次なる一手を繰り出した。

 

 いずれはこうなる運命だった。それが少し長くなっただけ。

 本当なら、脱走した時点で終わっていたはずの命をここまで続けられた。単なる脱走者ではなく、村を守る大義のために死ねるというのなら、本望だ。知らなかった機械生命体の一面、パスカルたちと過ごす中で生まれた思い出。

 

 脳裏にそれらの光景が流れていって、演算と思考が加速する。

 キャパシティを越えた機械類が体内で高熱を発し、排熱機構に近い腰回りの表皮が焼け付くような痛みに襲われる。だが、知った事か。

 

 9Sのことも気がかりだが、こいつらの一部だけでも倒しきっておかないと、村に被害が及ぶ。それは避けなければならない。無垢な子供の機械生命体を、これからたくましく生きようとする教団の連中を、発展することで未来が見えた、新しい幸せを歩み始めている村を。

 破壊させるわけには、いかない。

 

「ぐっ!?」

 

 無理な負荷を掛け続けた代償。

 ブチブチと耳に届くほど不快な音が聞こえた途端、足がガクンと曲がって64Bの体は草むらの上に投げ出された。囲い込むように、ゆっくりとした足取りで機械生命体たちが近づいてくる。

 意識を剥奪され、ネットワークに接続されているこいつらには分からないだろう。あの温かな村で過ごすことの大切さが。無機質な暗闇を振り払う、心やわらかな金属の手が。自分は知っている。だからこそ、最後まで抵抗してやる。

 

 64Bの頭上に、彼女の手に握られていたヨルハ正式鋼刀が、銅色の鈍い輝きを携えゆっくりと浮かび上がる。二手一対の武具が、合計4つ。斥力リングを中心に横回転を始めた武装たちに、64Bは最後の指令を与える。

 

「全武装、射出!!!」

 

 目の前の視界120°に展開する敵軍へ、64Bは最後の力を振り絞って秘技を叩き込む。回転した武器は辺りを巻き込みながら、そして武器としての使用方法から外れているがために、敵を破壊するたびに自壊し前進して行く。

 

 爆風と爆発の火の手。二次被害に巻き込まれた敵部隊が、煙を振り払いながら歩み寄る。最初見かけた時に比べれば数は減ったが、それでもまだ数十機の影が見える。

 

「…ここまで減らせば、上等か」

 

 振り上げられた武器が64Bの視界に映る。

 それが最後の光景になるだろうと、せめて死に顔だけでも安らかに逝ってやろう。そう思って目を閉じた64B。自分は、ここで終わりだ。

 

 

 

 

「……はっ」

 

 痛みは来なかった。

 代わりに、寝転がっていた地面が大きく揺れる。

 

「おせぇよ。ったく」

 

 残っていた機械生命体が、ほぼ同時に破壊される。

 爆発すら起きない、無駄のない一閃がそれら全てを切り裂いたのだ。

 

 そんな芸当が出来る者は限られている。そして、それほどの戦闘力を持つ者が此処に現れるとすれば、それは一人しか居なかった。

 

「文句言うなら助けないよ」

「そりゃカンベンだ。手ぇ貸してくれよ」

「仕方ないなー」

 

 11Bが三式戦術刀についた鉄片を払いながら、反対の手で64Bを助け起こす。

 右足の筋繊維が完全に切れている以上、修復用ナノマシンでは時間がかかりすぎる。ここは一旦、64Bを村に戻すべきだろうと11Bは判断した。

 

「パスカル、64Bは確保したよ! 谷底に9Sの姿もまだあるし、一度そっちに送り届けて……」

『11Bさん! あぁ、助けてください! 村が! 私達の村が!!』

「……くそっ!!!」

 

 64Bを抱きかかえたまま、11Bが地面を蹴ってパスカルの村の方へと向かう。この場所に投下されていた機械生命体が突然絶えたこと、そして失踪した9Sの姿があったこと。そして64Bの元に村の方から援軍が来なかったこと。

 

「おい、何が起こってるんだ!?」

「ワタシだってわかんないよ! ねぇ、イデア9942!」

 

 駆け抜けながら、11Bが尋ねる。

 強化された回線は妨害電波をものともせず、イデア9942とのチャンネルを開いた。だが、パスカル側とは再度繋がりそうにはない。外から村の方には、強力な妨害電波が未だに展開されているようだった。

 

『囮らしいな。だが奴らめ、一体なんのために……狙いが分からんな』

「言ってる場合じゃないよイデア9942」

『11B、パスカルの村についたら最優先でパスカルとキェルケゴールを救出してくれ。現地で8Bと22Bに合流したら64Bを預け、脱出させるんだ』

「一緒に助けないの?」

『先程から嫌な予感が止まらん。……知識が現実にならないよう、手は打ッてあるはずだが、内面で操れないとなると、別の方向性で攻めてくる可能性が高いな』

 

 あくまで冷静に務めるイデア9942だが、その内心では焦っていた。あくまで自分が関与し、支配できるのは機械の内面のみ。例えば、何の意思も絡まずに倒れてきた鉄材に押しつぶされるなど、直接的な暴力に訴えられれば、彼は何の対処もできずに破壊される。

 例えば、動物などハッキングのしようもない相手が目の前にあっても、イデア9942は何も干渉できない。

 

 例えば……ただ単に暴れまわるよう、超物量で機械生命体が攻めてくれば、一体一体の対処をしている間に次の手を打たれる。

 

「つい、た……」

「村が……燃えてやがる……」

 

 イデア9942が焦燥の雨に打たれている間に、11Bと64Bが見たのは、炎上しているパスカルの村。彼女らがいた場所からは木々に阻まれ見えなかったが、集落の中心となっていた大樹は燃え盛り、ぱちぱちと木片を飛び散らせながら焦げ臭さを撒き散らしていた。

 そして村人たちは。

 

「11B、誰かいるか?」

「村人たちの姿は……無いね」

 

 見渡す限り、彼女らの視界に村人らしき姿はない。

 だが村人とは違い、先程64Bを襲っていた口元らしき場所が裂けた機械生命体が徘徊している。

 

『……11B、あいつらを殲滅してくれ。一体だけ残すように』

「わかった」

 

 イデア9942の指示は少し不可解だったが、彼女は64Bを一旦その場に降ろし、目に見える機械生命体を排除するため背中の銃を取り出すと、腕二本分の太さはあるそれを左手で構え、引き金を絞る。

 光弾が射出され、一体の機械生命体が弾け飛ぶ。あとはその作業の繰り返し。彼女がトリガーを引き絞るたびに、視界の端で動いていた機械生命体は、ただの金属片と成り果てて爆発すらさせること無く地に伏していく。

 

「そして、こいつだね」

 

 右手でもった三式戦術刀で切り払うと、目下を歩いて寄ってきていた機械生命体の足を切断。そして腕部パーツも胴体と泣き別れさせた彼女は、その首元の装甲板に指を突っ込み、5つの穴を空けて無理やり掴み上げた。

 

「イデア9942、これでいいの?」

『ああ、少し待て』

 

 手足は無いが、必死に抵抗しようと暴れる機械生命体だったが、彼の声が聞こえた2秒後には何の抵抗もなく機能を停止させ、ただの鉄塊へ成り下がった。一秒もかからぬ遠隔ハッキングにより情報を丸裸にされ、そして彼の判断で回路を焼き切られたのである。

 

『こいつらは村人じャないな。映像データを見るに、村人たちはすでに此処を脱したらしいな』

「そ、か。よかった」

 

 安堵の息を吐き、胸元を抑える64B。

 よくよく思い返してみれば、断片的に掛かってきたパスカルからの通信には、村人たちがどうこうという内容は含まれていなかった。物的被害で済んだことを喜ぶべきか、はたまた災難が訪れてしまったことを嘆くべきか、その判断は未だにつけられないが。

 

「城の方、っていうと前にA2と戦った方だね」

『あぁ。だが無駄ではなかッたか。今破壊した奴らの中に元村人だッた個体は居ない。N2め、現時点ではこの手で施した防壁を突破できなかッたようだな』

「アナタが突破されたらそれこそ手がつけられなくなると思うけど」

「と、とにかくパスカル達がどこに行ったのか調べてくれよ。アイツラが今も無事なんて保証は無いんだ。死んでないまでも、怪我してるやつも居るかもしれないし」

 

 64Bの提案に頷くと、イデア9942は工房でパスカルの識別信号を検索し始める。程なくして、森林地帯のマップデータにパスカルのコアの場所が表示される。

 

『……城の上の方、だな。64Bならアクセスポイントから王座の広場まで飛べるはずだ』

「おい、11Bは行けないのかよ?」

「あはは、ワタシはほら、イデア9942特別製だから。アクセスポイントのヨルハ機体再現機能が認識してくれないんだ。64Bは特別なパーツ入れたわけじゃないし、いじられてるのはシステム面だけだから普通に使えると思うよ」

 

 11Bは名称と見た目こそ変わらないが、その内面は関わった者皆が知っての通り、最高品質のチューンナップを施されている。だが同時に、正規のヨルハ規格からは大きくハズレてしまっているため、アクセスポイントに収容された再生義体に彼女のスペックは反映させることが出来ないのである。

 64Bは迷ったように11Bを見たが、彼女は曖昧に笑って64Bをアクセスポイントに押し込んだ。

 

「ワタシは9Sの事を追跡するから、アナタはパスカルたちをお願い」

『今、アクセスポイントを通じてベースからヨルハが出撃するよう要請を送った。……む、返事が早いな。B型が3機、H型が2機、S型が1機か。戦力面においては安心してよさそうだ』

「一応、脱走兵なんだけどなぁ」

『11Bも許された。今のヨルハ、いやホワイトに期待しろ』

「ヨルハすらも、変えたのか。あんた」

 

 疲れたように笑って、64Bはパスカル達の元に転送される。

 閉められたアクセスポイントを一瞥した11Bは、再び9Sの姿があった場所への移動を開始したのだった。

 

 

 

 

「待って!」

 

 2Bの呼びかけにも答えず、彼女が認識した9Sは遊園地の城の中へと消えていった。次に彼女が取る行動は決まっている。彼を追いかけ、彼が本物であるか――あるいは似姿でしか無い敵であるのかをハッキリさせることだ。

 

 彼女は目の前にあるジェットコースターのレールに飛び乗ると、進行方向とは反対側に向かって駆け始めた。ジェットコースターの始まり側には位置エネルギーをつけるための大きな傾斜があるため、彼女の身体能力では登れないからである。

 

 そして逆走する中で、2Bは特に敵性機械生命体との接触もなく、彼が消えた元はホテルであろう遊園地の城の入り口を見つける。ハート型に崩れた場所から入りたかったが、生憎と彼女の身体能力ではジャンプしたところで届かない距離にあったためである。

 

「邪魔!」

 

 入り口のガラスを蹴り破ると、飛び散ったガラス片を踏みしめながらあたりを見回す。

 探すのは階段か、エレベーター。残念ながらエレベーターは稼働していなかったが、その隣にある扉を蹴破ると非常階段が現れた。そこの手すりに手をかけると、2Bは息を切らしながら必死に階段を登っていく。

 

 4階、5階、6階。

 人を遥かに超える脚力でも、曲がり角の多く狭い非常階段ではどうしても時間がかかる。そのたびに、先程捉えた9Sの姿が遠ざかるようなイメージを抱いて、2Bは押しつぶされそうな不安に襲われる。

 

「……大丈夫、大丈夫、だから」

 

 言い聞かせるようにつぶやき、やっとの思いで、目的の8階にたどり着く。

 以前来た時は用事もないためにこの城の探索はしていなかったが、機械生命体もアンドロイドも、それどころか自分しか動く者が居ないのではないか、という疑念に駆られるほどこのホテルは静かに過ぎた。

 

「9S、居ないのか! 9S! お願い、どこに居るの!?」

 

 万が一があったときを考え、その右手に白の契約(ぶき)を握りながら2Bが叫ぶ。だが、帰ってくる言葉はない。正常な9Sであれば、彼女の声に答えて返事をするか、朗らかに笑いながら「ここですよ」と姿を現すだろう。

 だが、返事も何もない。それはつまり、あの時論理ウィルスに犯されていた9Sが、正常に動作できていないということ。

 

 悔しさからギリッ、と歯を食いしばる。

 きつく閉じられた唇は歪み、顕になっている2Bの瞳は後悔に揺れる。

 

 あの時、もっと強く抱きしめていれば。

 あの時、ポッドの反対を早く押し切っていれば。

 あの時、論理ウィルスが直っていれば。

 

「う……ぅっ……9S…」

 

 今更後には引けない後悔がぐるぐると渦巻き、2Bはたまらず近くの壁に寄りかかる。

 目元が熱くなり、涙が目尻を濡らし始めた。

 

 零れた涙が、廊下の向こう側に居る彼の姿を反射した。

 

「ッ! 9S!!」

 

 見逃す2Bではない。

 バッと上体を起こし、すぐさま像を反射した方向に身体を向ける。

 

 彼女の視界は、ようやく手の届く範囲に彼の姿を収めることが出来た。

 

「ああ、9S……よか」

 

 心底安堵したと、胸元に左手を当てて息をついた2Bだったが、生憎とその言葉を最後まで言い切ることはできなかった。いいようのない、不快な感覚が襲ってきたのだ。目の前の視覚情報が全く違わぬ9Sの姿を捉えているというのに、心の奥底が否定の警鐘をガンガンと掻き鳴らしている。

 

 どこまでも無機質で人形のようで、戦闘用ゴーグルを顔に巻いた9Sは、彫像のようにその場に突っ立っているだけだ。

 

「……9Sじゃ、ない」

 

 もう分かってしまった。

 これは、敵が乱造した9Sの似姿だ。

 厄介なのは、敵はバンカーのデータから9Sと寸分たがわぬ状態を再現したと言うことだろうか。だが、こうして敵の証拠が目の前に現れてくれたのは、2Bにとっても幸運でしかない。

 

 生きた情報が目の前にあれば、それを必ず突き止める電脳の支配者を、2Bは知っているのだから。

 

「ごめん、9S。今から君の姿を切る」

 

 ぶん、と切っ先を右下に向け、彼女は両手で白の契約を握り直す。

 

「でも、断ち切れない君との絆を追って……どこまででも、探しに行くから!」

 

 9Sの似姿……複製された9Sは、背負っていた四〇式戦術槍を浮かび上がらせ、戦闘態勢を取る。その姿を視認した瞬間、2Bはカーペットをズタズタにするほど踏み込んで、複製9Sへと凶刃を閃かせた。

 

「うああああああああああああ!!」

 



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文書56.document

 刀を構え直した途端、9Sらしき相手は2Bを睨みつけた。瞬間、2Bの片足がガクンと傾き体勢を崩される。そこに差し込むように投げ込まれた槍を、2Bはギリギリ残された運動野を働かせて槍を弾くが、無理に動いたせいで地面に投げ出される。

 

「ハッキングか…!」

 

 バッと飛び跳ね、運動野機能を自己修復しながら2Bは武器を投げつけた9Sに肉薄する。近接戦闘型と偵察を目的とした運用がメインのスキャナーモデル。その差が証明されるかのように、9Sの反応は彼女の動きについてはこれなかった。

 

 切り上げる。

 

「ッ、浅い!」

 

 左下から右上に振り抜かれた刀は確かに9Sを切り裂いた。

 だが表皮ばかりをえぐり取った刃先は、肌色の皮と偽血液をくっつけるばかりで致命傷には至らない。

 

(いや、私が躊躇したんだ)

 

 バックステップを刻んだ9Sの手に四〇式戦術槍が舞い戻る。

 槍を持った彼の動きは覚えている。手始めの投槍と、間を置かない二の手で相手に致命傷を負わせる癖。二の手はいつも2Bが切り込んでいたが、9Sが単独で動くとするなら――?

 

「…………」

「くっ!?」

 

 ハッキング攻撃による人格データへの直接攻撃。

 バンカーから拠点を移した直後、イデア9942にシステム面のプロテクトを上げてもらわなければ、今のでシステムに多大な影響を受けていただろう。だが、運動野に攻撃された先ほどと同じく、完全に破壊されるまでには至らない。

 ポッドが居ないことで修復は遅いが、その分だけ防壁を強化しておいて正解だった。尤も、ポッドと違って一度限りの防壁に過ぎないが。

 

「でも、十分!」

 

 廊下に立てかけられてあった椅子を左手でつかみ取り、9Sに向かって投げつける。所詮は木製の大したことがない攻撃だが、9Sは機械的にそれを槍で迎撃して破壊した。

 でも、動きを見ていて分かる。あれは9Sの癖を掴んでは居るが、結局は原始的なAIによる簡素な対応、セットされたどおりのパターンでしか攻撃できない木偶人形。

 

 破壊された椅子の破片を突き破り、「白の約定」の切っ先が9Sの視界に映る。

 急ぎ左へ避けたが、慣性に引かれて逃げ遅れた右腕に2Bの刺突が突き刺さり、彼女は彼の腕を貫いたまま刃を下に落とした。

 

 宙を舞う9Sの右腕。

 

 左足を軸に、2Bが回転する。

 順手から逆手へ。持ち替えて振るわれた白の約定が9Sの首を切りつけ、鮮血がシャワーのように吹き出し、狭い廊下の壁へベットリと張り付いた。

 

「はぁ…はぁ………」

 

 嫌な感触だ。

 9Sを、紛れもなく彼と同じ姿、同じ規格の体を切り裂いた。

 

 9Sの偽物は、バタバタと地面を転がり痛みを訴えている。

 だがこんな時でも喋ろうとはしない。いや、言語という高度な演算を行わなければならない行為は出来ないのだろう。外面ばかりを似せた乱造品らしい、コストパフォーマンスを優先した偽物感のあふれる構造だ。

 

 だというのに、なんなんだ。この手に張り付いた妙な感覚は。

 殺したことは、殺したのは、殺しているのは………なんども、やってきたはずなのに。

 

「9S……私は、もうあなたを」

 

 殺したくなんてなかったのに。

 なんでだろう。ヨロコビが、カナシミが、一緒になって湧き上がってくる。

 

 アナタを殺したことがヨロコビだなんて、こんな醜い感情があるのだろうか。

 認めたはずじゃなかったのか、分かち合ったはずだった。でも、きっとそれは上辺だけ。私はまだ、貴方のことを………「■シ続ケタイ」と、思っている。

 

「嫌だ……こんな、どうして、私……」

 

 からん、と耳障りな高い音。

 武器を取り落とし、私は9Sにすがりついた。

 

 似姿でしか無いとしても、彼の思い出を感じられる、たしかに彼の体だった。

 ああ、なんて、気持ち悪い。

 

「ないん、ず」

 

 ぞわぞわと、背筋に寒気が走る。

 私の目の前は、痛みとともに真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

 

「―――」

「それでな、信じられないがヨルハと機械生命体が……おい、どうしたんだ」

「2Bのブラックボックス信号断絶を確認」

「……なんだって」

 

 同時刻、砂漠地帯の隠れ家にて。

 マンモス団地の廃墟の一角、まだ風化しきっていないアパートメントの一つを拠点として、A2はポッド042という新たな同居人と共に一日目を踏み出そうとしていた。

 

 だが、彼女のもとに安寧の日は決して訪れることはない。

 それを証明するかのように、ようやく打ち解け始めたポッド042の発した言葉によってその場に流れていた空気が一変することになった。

 

「2B、って…おまえの本来の随行支援対象だったな」

「推測:隊を離れ先行した2Bに異変が生じている」

「ブラックボックス信号が途絶えるってことは、つまりそういうことだろ」

 

 A2が発した言葉に、ポッド042は理解しているからこそ、一時的に沈黙してしまう。だが、どうしたことだろうか。これまでの思考ルーチンにこのような間をおくことは、ほぼ無かった。いいや、否定や推奨、推測は導き出しても、沈黙だけは選ぶことはなかったはずだ。

 

 だというのに、A2に対してこの沈黙はどういうことだろうか。

 もはやポッドとしての思考から外れていることに気づかずに、ポッド042は無意識のまま4文字の言葉を吐き出した。

 

「提案:…………」

「どうした」

「疑問:当機が発する予定だった提案内容について」

「知るか馬鹿。それで、どうなんだ。助けに行かないのか」

 

 その言葉を聞いて、ポッド042はゆっくりとA2を正面に捉える。

 

「疑問:すでにヨルハを離脱し、見限ったと推測される機体であるA2が、ヨルハ機体である2Bを気にかける理由」

「なんでって、そりゃ助けられる奴は―――」

 

 ハッとしたような顔になったA2は、そのまま顔を背けた。

 

「なんでもない。忘れろ」

 

 ぶっきらぼうに言ったA2。

 会ったこともないはずの、しかもヨルハ機体を、ほんの少しでも。

 

 助けよう、などと。

 そう思ったことに苛立ちを感じてのことだった。

 

「……提案の許可を頂けるか」

「提案って、あぁ、まぁ…そうだろうな」

「これはヨルハを脱走した個体であるA2が受諾する可能性は限りなく低いが、当機の提案を受けてくれるだろうか」

「言うだけ言ってみろ」

「提案:ヨルハ機体2Bのブラックボックス信号が途絶えた地点である、遊園地廃墟周辺の捜索、及び2Bの救出」

「……私は、嫌だ」

 

 A2の言葉を受けて、ポッド042は押し黙った。

 低かった確率の通り、A2は提案を蹴った。ソレだけのことであるはずなのに。

 

「………嫌だけど」

「予測:当機の提案内容を別の言葉で表現しようと」

「うっさい!! 今ので絶対に受けてやらないって決めたからな!!」

 

 

 

 

 

 森林地帯に聳え立つ城。ツヴァイトシュタイン城。

 かつての人類の名残りである、人の手によって一つ一つ積まれた小さな四角い石が形をなした、威光の残骸。もはや住む人間はなく、人類文化の再現をしつづけるアンドロイドにもその意味は伝わらず。ただそびえるだけの建築物と成り果てた。

 

 だが、その建築物はまた意味を持った。

 いまパスカル達、戦えない機械生命体を保護するための一つの壁として、侵略者から実を守るためのゆりかごとして。かつて主が座していた椅子は、今や民のためのものとして使われている。

 

 その一部に設置されたアクセスポイント。

 貴重な人類文化の資料として、中継地点が必要であるということで設けられたそれは、王座により近い広大な空間に置かれている。そして転送装置でもあるそれは、新たなるヨルハのデータを受け取って蓋を開き、転写されたヨルハ機体を別の場所で読み取った情報そのままに再現させた。

 

「……パスカル! 8B隊長! 22B!!」

 

 快活そうな印象を受ける短髪が見える。

 だが今は焦燥に駆られ、必死の形相の64Bがアクセスポイントから出てきた瞬間、みなの安否を問いながらその場に投げ出された。

 

 がらん、と静寂だけが64Bの声を溶かしていく。

 

「……どういうことだ? イデア9942が間違えたのか?」

 

 応急手当で何とか這う程度には動ける64B。

 そんな彼女の背後でアクセスポイントが再び開き、次々と新拠点である「ベース」からヨルハの派遣部隊を排出し始めた。

 

 そこで彼女は焦る。が、直後に思い出した。

 パスカルはついこの前、ヨルハ……いや、アンドロイドと同盟を結んだばかりだ。だから、きっと、大丈夫。

 

 もし心臓があれば、張り裂けそうなほどに鼓動していたであろう。64Bが抱いた緊張は、しかし彼女の姿を見かけたヨルハたちの対応によって解きほぐされることになる。

 

「君は……64B?」

「また脱走兵が生きてたのか。もう全員生きてても驚け無いね」

「ほら、立てる?」

 

 H型のヨルハが手を差し伸ばす。

 

「あ、あぁ」

 

 まさか、脱走した自分が。

 またこうして仲間の手をにぎる日が来るとは。

 

 何とも言えない感情を抱きながら、64Bは、手を差し出したH型に肩を貸されて立ち上がる。

 

「現状はどうなってるの?」

「いま、パスカル達…こっちのリーダーが平和主義の機械生命体と一緒に、この先にあるテラスに逃げ込んでるんだ。拠点にしていた村は焼き討ちされて、しばらくは戻れねえ。襲ってきた機械生命体は口が裂けているような容貌をしているから、すぐにわかると思う」

「了解。なら次の指示があるまでそのパスカルって機械生命体たちを守ってレジスタンスキャンプの方まで案内したらいいんだな」

「すまん、おこがましいとは分かってるが、たのむぜ」

「任せて」

 

 名も知らないB型ヨルハが、64Bを勇気づける。

 だが、こうしてヨルハが何人も集まったのなら、あの程度の軍勢が集まろうとすぐさま対処できるだろう。それまでに11Bがあの9Sを調べてくれれば、ミッションはクリアだ。

 64Bはあの9Sは囮でもあるが、同時に知られたくない急所ではないのかと、素人ながらに思考を巡らせる。

 

 そんな彼女の思考も、すぐに中断されたが。

 

「あ……よし、みんな無事か」

 

 64Bは22Bらを含め、全員が無事に集まっていることを視認して、ようやく本当の安堵の息を吐いた。

 

「あの特異な機械生命体がパスカル、か。すまない、私たちは君たちの救援に駆けつけたヨルハ部隊だ。これからレジスタンスキャンプの方まで誘導するから、付いてきてくれ。道中の安全は保証しよう」

 

 救援部隊の臨時リーダーになった1Dがパスカルたちに語りかけるが。

 

「………」

 

 様子がおかしい。

 なぜ、無言なのだろうか。

 

「……さ………て」

 

 いや、か細いが、たしかに聞こえる。

 だが声が小さすぎて聞き取りづらい。

 まるで絞り出すような声だ。特に苦しそうな様子も見えないのに、どうして。

 

 その答えはすぐに訪れた。

 

 村人たちが、振り返る。

 パスカルが、彼女らを見据える。

 22Bと8Bが、ブリキ人形のようにギチギチと体を動かしている。

 

「64、B……さ」

 

 あまりにも必死な訴え。

 

「お、おい嘘だろ……そんなことがあってたまるか」

 

 パスカル達の目は、一斉に赤く染め上げられた。

 

「にげ、て、くださ、い」

 

 パスカルたちが、一斉にヨルハ部隊にむかって襲いかかる。

 あまりにも突然の出来事に、彼女たちは全力で退避を選択することしかできなかった。

 

 

 

 

「ねぇ9S!」

『いや違う。9Sモデルを再利用して簡素なAIを乗せた偽物だ』

 

 イデア9942が瞬時に見抜き、ならばと11Bが武器を構える。

 

『またダルマにして拠点にもッてきてくれ。流石にこうもあからさまな罠となると、迂闊に接続すれば中継地点の君がウィルス汚染される可能性もある』

「パスカル達はどうするの?」

『朗報が、いや次のヨルハからの報告が来るまで動けん。ある程度は衛星画像で見ようと思ッたんだが、妨害電波が酷くて城のほうが全く見れないからな』

「生きた情報のほうが信頼できるわけね。わかった!」

 

 偽物の9Sは四〇式斬機刀で迎え撃とうとしたが、鈍重な動作は11Bにとって格好の獲物でしかない。初動を押さえつけられ、蹴り飛ばされた9Sは空中で為す術もなく四肢を失って行動不能になる。

 

「同じはずのヨルハ相手にこれ、か」

 

 やはり思うところもあるのか、すっかり変わってしまった自分の手を何度か握ってつぶやく11B。とはいえ、これも愛しい相棒であるイデア9942が授けてくれた最高の体だ。今の一瞬でも、使いこなせてきた実感が在る。

 

 まぁ、今は満足している場合ではない。

 戦闘不能状態になった9Sを掴み上げ、すぐさま拠点である工房に戻ろうと足を曲げた瞬間だった。

 

 チッ、チッ、チッ、

 

「うそ!?」

 

 急ぎ9Sを投げ捨てると、乱造品である9Sが空中で爆発する。

 それもかなりの威力を持った一撃だ。乱造品とはいえ、アンドロイドのコアを用いた爆弾。その威力は持して知るべしといったところか。戦闘不能には至らずとも、流石の11Bでも足がもげるなどの被害は負っていただろう。

 

「ごめんイデア9942。証拠が無くなっちゃった」

『先に脳回路だけでも物理的に抜き出すべきだッたか。ならそれはそれでいい。パスカル達の救援に向かッて―――は?』

 

 言葉の途中で、ようやくヨルハ側からパスカルたちについての報告が回ってきたらしい。そのメールに目を通した瞬間、イデア9942はあまりにも人間臭い、疑問を前にした行動停止に陥った。

 

「イデア9942?」

『そんな馬鹿な………どう、やッたと……』

 

 そして、うわ言のようにつぶやくが、その数秒後、ようやく我に返ったイデア9942が、信じたくないように、11Bへ言葉を絞り出した。

 

『パスカル達が、暴走した』

「……え」

 

 ぞわりと、毛が逆立つような寒気が11Bの背を凍りつかせていった。

 




「ポッド042からポッド153へ」
「こちらポッド153。どうした」
「2Bのブラックボックス信号の途絶を確認した。至急、遊園地廃墟へ確認可能な者を送れないか」
「不可能。現在、我々は緊急メンテナンスのためポッド042と当機以外、新ヨルハ拠点である『ベース』にて機能停止中。当機が捜索している箇所にもヨルハ機体は見受けられない」
「了解した。引き続きA2の説得を進める」
「……ポッド153からポッド042へ。我々の随行支援対象2Bと9Sは我々が担当するヨルハ計画進行管理任務にとって脅威と成り得る個体である以上、イデア9942と同様に排除対象ではないのか」
「ポッド042からポッド153へ。現状、機械生命体とアンドロイドの一部が同盟を結んでいる以上、ヨルハ計画を進行する意義は薄いと推測される。現時点でヨルハが失われることは、逆にアンドロイド全体の士気低下へ繋がる可能性が高い」
「ポッド153からポッド042へ。君の意見は根拠のない推論によって成り立っている。疑問:そのような発言をしてまで、2B・9Sを保護しようとするのは何故か」
「……過剰な保護意識が在ることは否定しない。この傾向に従わなければ後悔する。このような結論が導き出された理由の解明は、未だ出来ていない」
「……このやり取りに結論を出す必要性が薄いため、会話プロトコルを中断する。提案:ポッド042のオーバーホールによる正常性の証明」
「ポッド153。君も、9Sの捜索を続けているが、その理由は私と近しいものではないのか
「…質問の、意味が不明。随行支援対象の安否を確認するプログラムに従っているのは可笑しいことではない」


「ポッド042からポッド153へ。我々は、非論理的な根拠によって変わり始めているのかもしれない」
「…………」


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文書57.document

何だこの主人公!? はぁ~まじつっかえ


「パスカル、おい、パスカル」

 

 幾度となく呼びかける。

 だがチャンネルには砂嵐が鳴り響き、パスカルへのアクセスは完全に切れている。通信する機能そのものが遮断されているのではなく、元から無かったかのように痕跡を探れない。どのような方向性から攻めても、無くなったものを取り戻せない。

 

「……嘘だろう。このために用意したはずだ」

 

 各地にばらつかせたバンカー補助の演算用サーバーも、自分自身が手を施した対消滅ウィルス防壁も、なにもかも。こうさせないための根回しだったはずなのに。

 

「待て、待て待て待て。おかしい、ナニカが。分からん……なんだと……こんな、馬鹿な。落ち着け、落ち着け。慌てるな。彼らは開放されたはずだ。縛るものの無い未来への道を舗装したはずだ。どうしてだ。まて、落ち着け」

 

 ガタガタと、慌ただしくコンソールを叩いて空中を移動する小さな球体の機械を送り込む。彼の演算領域からパスカルたちをコントロールする論理ウィルスを消去するプログラムを、球体の機械を中継して流し込む。弱いパルス波と共に送り込み、パスカル達の動きを止めつつ助け出そうと。

 

 だが、効かない。

 

「……論理ウィルスが進化した? いいや、違う。論理ウィルスであれば死滅する進化促進コードを打ち込んだ。となると、パスカル達を動かしていたのは論理ウィルスじャない」

 

 あれも違う、これも違うとあらゆる手を使って接触する。

 だが、そのうちに打ち込まれる情報量が多すぎたせいか、許容限界を越えた村人の一体がショートを起こして機能停止を引き起こす。

 

「ダメだ!!!」

 

 バンッ、と両手でコンソールを叩いて行動を中止。

 ショート仕掛けていた村人の機械生命体は、ギリギリ自己修復が可能なレベルだったのだろう。イデア9942が見る画面の向こう側で、ぎこちないながらも歩き始めた。そうして、またヨルハ達を狙いながら。

 

『ねぇイデア9942!! パスカル達を壊すわけにも、行かないでしょ!!』

 

 11Bが武器をしまい込み、代わりに素手で、襲い来る村人たちを放り投げたり、行動不能にするため蔦などが密集して群生している場所へ投げ込む。動き自体は単純なゾンビのようなもので、掴む、進む、引き裂くといった3行動を繰り返すだけの村人たちなら、そこからの脱出や復帰は難しいだろう。

 

『壊さないでっての……ムズ、す、ぎぃ…! だよね!!』

『いれ…びー、く、るな』

『おねが、い。にげ、て。くだ』

 

 だが、問題は8Bと22B。

 ヨルハ機体だけはその3つの動作だけでも脅威となる。

 

 早い、強い、そして尖い。

 何かに取り憑かれた動死体(ゾンビ)のように、不出来なフォームで走ってくる。だが相手は確かに意識が残っている。しかも、あえて残されているようで、それ以上に意識が塗りつぶされる様子はない。

 

 だからこそ、捨てきれない。

 だからこそ、切り捨てられない。

 

 敵化したなら、慈悲の意味で切れるのに。

 一種の諦めとともに、許しを請いつつも前を向けるのに。

 

 救えるかもしれないと、まだ彼は生きているのだと。

 僅かな希望が、足を掬っていく絶望になる。

 

「11B、ヨルハたちも。聞こえているな。ベースに撤退しろ」

『はぁ!? でも隊長達が!! まだ、まだお前なら助けられるんだろうイデア9942よぉ!!? なぁたのむそうだと言って――』

『引いて! いいから!!!』

「ッ…………」

 

 64Bが諦めきれず、懇願する。

 彼女を11Bが無理やり引き剥がし、何かをこらえるような表情で担ぎ上げた。

 

 イデア9942は、悔しさのあまり机を叩き壊す。

 

「まだ、わからない。わからないんだ。……だが、敵化している奴らは周囲25メートル以内の正常な個体に向かッて、()()()()()()。傷つけず、振り切ッてくれ」

『……いいからベースまで戻るよ!! 敵はイデア9942を出し抜く相手になったんだから、アクセスポイントを使うのは絶対に不味い。このままパスカル達をここに置いていくよう壁や柵に引っ掛けるように移動して!!』

 

 イデア9942の弱い姿を見るのは初めてではない。

 だが、初めてだった。彼がこうまで取り乱し、敗北感から虚無的になった姿を見るのは。イデア9942に言いたいこと全てを飲み込み、あくまで11Bは現状況で出来うる事を優先する。

 もう、イデア9942と自分。二人だけが暮らす世界ではなくなってしまっているのだと、理解しているから。

 

「ナビゲートを、出す。そのルートに従ってベースに」

 

 ヨルハたちのナビゲーションを遠隔起動させ、視覚情報から行き先を受け取れるよう表示させる。某宇宙エンジニアのロケーターが近しいだろうか。地面に直接青色の線が貼り付けられ、行き先に向かって光が流動していくマークがつけられた。

 

『イデア9942はどうするの』

 

 11Bの問いかけに、怯えるように彼は帽子を深くかぶった。

 

「勿論向かうとも。……すまん」

『悪いのは敵! さぁ、着いてこれなかったら置いてくから!!』

 

 通信があったのはここまで。

 ブツン、と断ち切られたことで11Bの視界を直接写していたモニターは黒い画面と無音を発するだけになる。モニターの電源を切り、キィキィと回転椅子で後ろを向いたイデア9942は、マフラーの右側を強く握りしめた。

 

「パスカル」

 

 マフラーを送ってくれた相手。

 縫われた、不出来な茶色い機械生命体の頭部を模した刺繍。

 

 村人たちの、パスカルの贈り物。

 

「何をしてでも、取り戻してやる」

 

 工房の扉が開く。

 漏れ出た光の向こう側へ、彼は歩いて行く。

 

 出入り口が閉じられた工房に闇が満ちる。

 音はなく、死んだ世界が取り残された。

 

 

 

 

 

 エイリアンシップを改造し、「ベース」と改めたヨルハの新拠点。

 エイリアンたちが座っていた場所にはオペレーターモデルが腰掛け、かつて2B・9Sとアダム・イヴが戦った外周のゾーンには、司令官であるホワイトや、一部のスキャナーモデルたちのデスクが置かれていた。

 

 そしてパスカル達を保護するために向かったはずの部隊、そして11Bとイデア9942からもたらされた話。

 

「そうか、パスカルが」

 

 それらを聞き届けたホワイトは、眉間のシワを強く寄せて唸った。

 まだ交流を持ったばかりの相手だ。だが、新なる平和の足がけとなる最初の関係。それをこうも無残に破壊されては、流石の彼女と言えど怒りを隠せない。

 

 だが彼女は、少しばかり余裕を持っていた。

 きっとイデア9942が、こうした問題に関しては解決してくれるのだろう、と。数々の実績を目の前で証明されてきたからこそ、ある種の期待と信頼を込めて言うのだ。

 

「それで、原因は分かっているんだろう?」

 

 しかしその信頼は、地に落ちんばかりの返答によって突き返された。

 

「……分からん」

「なに?」

 

 あの自信満々だったイデア9942が目を見せず、視線を彷徨わせながら「分からない」と言ったのだ。あのスキャナーモデルをも手玉にとり、アダムというネットワークの支配者をネットワークの仮想空間上とはいえ圧倒したイデア9942が、わからないと。

 

(……いや、これが普通だろう。そうだ、こいつに毒されすぎたか)

 

 ホワイトは、そこで自分がどれだけ思い上がっていたのかを再確認する。

 イデア9942とてあくまで個人。そして見た目から分かる通り、一般的な機械生命体であるのだ。そんな個人に、世界を動かすほどの働きを当たり前のように要求するなど、ヨルハ総司令官として、許されることではない。

 

 ――パァン!!

 

 頼るまえに、解決方法を目の前に置かれる。

 その状況から抜け出すため、ホワイトは一度目を閉じると、己の頬を強く張った。

 

「司令官?」

「かつをいれただけだ。わからないなら仕方がない、オペレーター各員は今回同盟相手を操るに至った現象について、情報収集と原因究明にあたれっ! B・D・H型戦闘部隊は全隊員出撃準備! スキャナーモデルは後述の数機が先行し、敵機械生命体から情報を奪取せよ! ただし、原因不明の敵化個体に関しては殺害を禁じる」

「「はっ!!」」

 

 左手で心臓のほうへ手を当てる。

 もはやこれは、人類の似姿ではない。

 かつてより、我々を滅ぼすために生み出した非道なるものたちとの決別。

 

「未来に……栄光あれ」

「「「栄光あれ!!」」」

 

 一糸乱れぬ敬礼をし、仕事を割り振られたヨルハたちは各々の仕事に取り組み始める。もはや、人類のためではなくなってしまったが、それでも彼らは名を変えることはない。

 

 YoRHa:For the Glory of Mankind

 人類に栄光あれ。部隊名がそのまま、彼女らの誓いとなる。

 だが、彼女たちはもはや存在しない人類のためではない。自分たちのために戦うと決めた。故にこそ、決意はその未来へ向けられる。明日を生きるために、戦う。

 

「映像データ送って。感染前後の状況を捉えることで周期や潜伏期間を割り出します」

「飛行ユニットの使用許可が降りました、現在8機が使用可能! 武装使用申請も最初から許可出しちゃいます。ただし、出力を抑えて、間違っても倒しちゃわないでくださいね」

 

 オペレーターモデル達が並列接続され、次々と今回の異変に対するデータを出していく。言伝、映像、音声、望遠画像。使えるものは全て拾い、彼女らは更にベースに再接続されたイデア9942の補助演算サーバーを使用して捌いていく。

 

「イデア9942、11B」

 

 ホワイトは二人に向き直り、硬い表情を崩して笑いかけた。

 

「今は休んでくれ。今度は私達の番だ」

「……すまない、本当に」

「ほら、行こ? きっと一回休んだら、いい案が出るはずだから」

 

 結局、イデア9942は最後まで、目を帽子の下から出すこと無く11Bに連れられていった。あまりにも無残な、朽ち果てた残骸のような背中は、いつも見せていた底知れぬ姿は影も形もない。

 

 今度こそ、自分たちが守らなければならない。

 

 ホワイト……いや、ヨルハたちが決意を固める決め手になった。

 

(彼は喪失したとしても、どのような形でも、前に進ませるための影響を与えていくのだろう。我々は、もう彼が用意した道を進むだけではいけない。彼が見えていない足元を注意する、たったそれだけでも、しなければならない)

 

 そうでなければ、あまりにも彼が報われないではないか。

 倒木と岩山ばかりが聳え立つ道を進む彼が、ひたすらに他のもののためにしてきただけ返さなければならない。そこに恩を感じている以上、必ずや。

 

 ホワイトの手が強く握られる。

 

「だから休んでくれ。十分に過ぎるほど、やってくれたのだから」

 

 

 

 

 

 11Bに連れられ、案内されたのはエイリアンシップの個室をアンドロイド向けにしたうちの空き部屋だった。設計に関わったイデア9942の影響で、デフォルトに水道や冷蔵庫など、感性を必要とする設備が幾つか備わっている。

 

 もちろん、本来バンカーにあったベッドも完備だ。

 そのひとつに腰掛けたイデア9942は、被っていた帽子をここにきて初めて取った。胸元に寄せた帽子を握り込むように、小刻みに震えた声でノイズを撒き散らす。ただ不安げに、信じられないような声色で。

 

「少し、愚痴を言わせてもらえないか。11B」

「うん、勿論いいよ。なんでも聞く」

 

 震える右手が、帽子を握りつぶす。

 

「出来ることはやり続けてきた。様々な研究をし、エミールクローンが目覚めないよう魔素を抽出し、論理ウィルスであれば問答無用で消滅させるプログラムを作り出した。敵の侵食に怯えること無く、この世に住まう鉄の命が」

 

 目から、オイルが血のように滴る。

 心底悔しいと、怒りと情けなさを混ぜ合わせて。

 

「安心、安心して……暮らッ……せる、ように、だ」

「ずっと隣で見てきたし、サーバーを運んだりもした。大変だったけど、おかげでバンカーは消滅してないし、助かった」

「ああ。良かッたんだ。良かッたはずだったんだ。そ、それを……それを」

 

「あああああああああああああああああああああああああ!」

 

 悲痛な叫びが小さな部屋の中を満たす。

 

「パスカル……パスカルを、助けられない。原因が何一つわからない。誰かが操っているのに、その糸の先が無いんだ! 切れたタコ糸のように揺れているくせに、操られたまま……パスカルはまだ、生きている。助かるはずなのに」

 

 人の手であれば、肌を荒らしてかきむしられていただろう。

 だが左手が彼の頭に突き立てられるばかりで、キチキチと金属の擦れ合う不快な音を響かせるだけ。指紋もなければ爪もない。つるつるの指が、頭を滑る。それだけで、彼から人の名残りの動作だけを残し、不気味なものに変えていく。

 

 涙の代わりに、悔しさからオイルが吹き出る。

 赤黒いオイルからは、頭を殴りつけるような強烈な匂いを充満させる。

 

「どうしてだ。どうして、N2は何をした。いッたい……」

 

 人の名残りが、表に湧き出てきた証だ。

 

()じゃあ、まだ駄目なのかっ!?」

 

 ぼたぼたと溢れるそれが手に触れたとしても、11Bは微笑みを携えた。

 彼の左手に優しく手を乗せて、少しの相槌で彼の絶望を受け止める。

 

「考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……」

「…大丈夫だから、今は、休もう?」

 

 ゆっくりと彼の背中に手を回した11Bは、裏拳で胴体の一部を殴りつける。

 途端、イデア9942は電池の切れたおもちゃのように崩れ落ちた。

 

 彼が普段思考している回路やコアに、11Bの与えた衝撃が加わって一時的に麻痺したのだ。それによってシステムがダウン。強制的にスリープモードに陥った、というわけだろう。

 

「…………」

 

 そして、静かになった部屋の前で、彼の話を聞く者が一人。

 白いシャツに黒いネクタイ、知的なメガネと特徴的な銀の長髪。

 

 機械生命体アダム。

 敵対していたはずのヨルハ達を受け入れた、大家となった存在。

 

 ふぅむ、と視線を左によらせた彼は、ようやく納得が言った、と。

 誰にも聞こえないような声で、呟いた。

 

「私がおまえに惹かれていた理由。その根底が見えた。……おまえは憎悪していたんだな、他でもない己自身を」

 

 フッ、と笑う。別のことに気がついたのだろうか。

 アダムは目を細め、背中に体重を預けた。

 

「いいや、憎悪だけではない、か。おまえは自己否定の塊だったというわけだ。だが、それでも此処まで成し遂げてきた」

 

 そうか、と納得したように目を閉じたアダムのもとに、近づいてくる影が一つ。

 背格好も顔も同じ、だが性格の違いが如実に現れたかのように、服装や髪型、そして発する雰囲気が違うことから、同一の存在ではないことが分かる。アダムから分裂するように生まれた双子の肉親でありながら、全く別の方向に確立した純真無垢なる弟。

 

「兄ちゃん?」

「イヴ、私には少しやることが出来たらしい」

 

 問いかける弟にたいし、アダムは歩きながらイヴの頭を一度だけ撫でていく。

 呆けたように触られていた場所を擦っていたイヴに、アダムは顔だけを向けて問うた。

 

「ついてくるか、イヴ?」

「行く! 兄ちゃんがいくとこなら、俺もいくよ!」

「それでこそだ。さぁ行くぞ。あの自称・普通の機械生命体にはそろそろ、借りを返さなければならない頃だからね」

 

 通路の向こうに消えていく。

 ヨルハは、大家である彼らを縛ることは出来ない。

 

 だが、一つだけ言えることが在る。

 彼らもまた、この世界が安定することを願う者であることだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが遊園地廃墟か。相変わらず眩しいトコだな」

「A2」

「なんだ、ポッド」

「2B捜索のため、動いてくれたことに感謝する」

「………」

 

 ぶっきらぼうにあさっての方向へ顔を向けるA2。

 結局、彼女は断りきれなかった。ポッドの必死の説得は、理論を前に打ち負かされた時とは全く違う。機械的で心に響かないはずなのに、そのうちどんどんと増していく熱は確かにA2の心へと届いた。

 

 そうだとしても、A2自身、一度戦ったことが在る上に、ヨルハである2Bを捜索するなんてことしたくはなかった。それでも来ようと思ったのは、言いようもしれぬ彼女の性格から。

 優しいと言われるには、あまりにも多くを殺しすぎた。だから、気まぐれというのが今の彼女には相応しいのだろうか。

 

「なんにせよ、来てしまったからには仕方ない」

「2Bの反応は、ハート型の穴が開けられた建築物内部で途切れている。侵入経路を捜索し、2Bから発せられていた最終信号観測地点を元に追跡を開始」

「あ、こら勝手に」

「マップにマーク」

「……はぁ」

 

 A2にとっては不本意ながら、現在の随行支援対象として設定されたポッド042と接続されていることで、マップや射撃機能、その他サポート機能など、一人で放浪していた時とは比べ物にならないほど便利な機能が追加されている。

 だが、特にその中でもマップ等は常に視界の端に映るものだ。そうしたものをポッド側から勝手に付け足される事と、一度頼まれたら中々断れない彼女自身の性格もあってか、こうされてしまうと従わざるを得なくなる。

 

「機械生命体どもをぶっ壊すだけの予定なんだが」

「言葉の裏では承諾していると判断した。よって、これよりナビゲートを開始する」

「せめて誤魔化す時間くらいはくれないのか、お前」

「A2に感情の制限がない以上、本心と言葉をわざわざ反転させる必要性の疑問」

 

「はぁ~~~~~」

 

 まったく、とんでもない拾い物をしてしまった。ポッド042に抗議の視線を向けるが、当の本人はA2の視線の意味に気付く様子はない。盛大に、それはもう、大きな大きなため息を一つ。

 

「必要以上の発声はエネルギーの無駄と判断。提案:早急に2B捜索を開始すること」

「だぁぁぁ!! わかった、わかったから。そろそろ私の意見を言わせろ!」

 

 などと言いつつも、遊園地廃墟の宿泊施設らしき場所、2Bが破壊した扉のあったほうから入っていくA2。足跡や戦闘跡など、ポッドにそれらを解析してもらいながら、彼女は確かに、2Bの軌跡を辿っていくのであった。

 



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 伝えなくてはならない。

 何があろうと、伝えないと。
 使命感に身を任せ、襲い来る脅威に頭から突っ込んでいく。

 細い網目の間をすり抜けるように、自我データを滑らせる。
 生き残った自我データはボロボロだ。後一度でも、攻撃を受ければ崩壊するだろう。迷宮のようなコアネットワークに囚われている精神が抜け出すには、あと少しの辛抱だ。

 これが彼にとって果報だったとしても。
 自分が手にした真実だけは、伝えなくてはならない。

「……これで、セキュリティポールは全て破壊できた」

 剥き出しになった敵性プログラムのコアを見つめ、彼はヒビの入った体を見下ろす。

 これを破壊すれば、自分はこの牢獄からようやく抜け出せる。
 だが、抜け出したとしても、彼の影響を受けている自分は……。






「やるんだよな、兄ちゃん」

 

 朽ち果てた瓦礫の上に座り込み、イヴが問う。

 陥没した廃墟都市の中央部。寂しく冷たい風が吹きすさぶ底に、彼らは歩み出ていた。

 

 瓦礫に背中を預けながら、アダムは呼んでいた本をパタンと閉じる。

 

「あぁ。手伝えイヴ。ネットワークの基幹ユニットとしての本領を見せてやろう」

「なぁ、兄ちゃん」

 

 ニヒルに笑う兄に対し、不安げな感情を隠しきれない弟。

 瓦礫の上から降りてきた彼の頭に、アダムは左手を置いた。

 

「案ずるな。これで我々がどうなる、というわけではないだろう? それに、身勝手に生み出した挙句、使い潰すつもりだった奴らに報いる最大のチャンスだ」

「でもさ」

 

 撫でられる手の下から、伏せ目がちにイヴが見上げる。

 アダムが今からしようとすることに対して、イヴはどうしても納得できなかったのだ。アダムがしたいことをやる。それはイヴにとってカッコイイ兄の見せ場であり、そして眺めることが何よりのヨロコビだ。

 

 だが、今回その大好きな兄は、イデア9942という別の相手のために自らが傷つこうとしている。自分がいくら兄の代わりに傷ついたって良い。でも、兄が傷つくと分かっていて、黙って従うほど、イヴは盲目ではない。

 

「絶対、いたいぞ」

「分かっているさ」

「もしかしたら兄ちゃん、引き戻されるかもしれない」

「そうはならん。イヴ、おまえが居るからだ」

「その、アイツの問題だろ! アイツに手伝ってもらえば――」

 

 アダムは手を離し、弟と正面から顔を向き合わせた。

 

「イヴ」

 

 彼は、笑顔だった。

 綺麗な笑顔だ。優しい表情だ。

 

 それだけで、イヴは何も言えなくなった。

 

「借りを返すのは、なにもアイツのためじゃない。私のためでもある」

 

 アダムはどこからか、ケイ素と炭素の混合キューブを引き寄せる。

 指先で弄っていた立方体は、彼が両端をつまむような仕草をすると、手の動きに合わせて長く、細い木の枝のように伸びていく。

 

「そして今度は、私がヤツに貸しを作る。それを代価に、私はさらなる知識を得るつもりだ」

 

 細長くなったソレは、タクトだった。

 純白のタクト。軽くふるえば、空気が震える。

 轟音をまとわせた衝撃波が飛び、着弾点に大きな裂傷を作る。

 

「悪くない」

 

 よく見れば、アダムの服装は何時ものカッターシャツを羽織ったものではない。

 ビシっと決めたスーツを上から纏っている。知的であれ、厳粛であれと。形から模した彼は、見た目や形式をこだわり、実に人間らしさを感じさせる姿だった。アンドロイド達が身につける、非日常を思わせない姿。

 少し近くのコンサートステージを訪れれば、目にするような。

 

「兄ちゃん」

「なんだ、イヴ。まだ何かあるのか?」

「わかったよ。兄ちゃんがやりたいことなんだよな」

「そうだ」

 

 アダムは、問いかける弟に目もくれず、タクトを優雅に振り続ける。

 

「だったら俺も、やりたいことが出来たよ」

 

 座り込んでいたイヴが、立ち上がる。

 片眉をピンと上げ、アダムが愉快そうに口端に弧を描いた。

 

 ゆらりと立ち上がったイヴの顔は伏せている。

 突き出された両手。どこか力をためているのか、揺れている。

 

 彼の腕に合わせるように、地面が動き始める。いや、揺れ始める。

 

 ―――ハッキング開始。

 検索、コアネットワークへの再接続。主要ユニット、アダム・イヴの個体データを参照。該当、接続完了。

 アダム・イヴの個体データが見当たりません。不正アクセスを阻止。攻性防壁プログラム作動。敵自我データの削除を開始。

 

 バチッ、バチッ、バリッ。

 意識のさき、自我データへのダメージ。それは紫電となってイヴの体を駆け巡る。だがそれがどうしたというのだ。口を固く結び、彼は歯ぎしりしながら力を込める。

 

 

「俺は!」

 

 バッと顔を上げたイヴが、叫んだ。

 

「絶対に、兄ちゃんを傷つけさせない!」

 

 親しくもない誰かのためじゃない。

 兄のため。兄がどう思っていようと、その想いを曲げることはないと。

 

「俺だって!」

 

 彼が叫ぶたびに、ガラスすら飛び散りそうな衝撃波が辺り一面に撒き散らされる。機械生命体、コアネットワークの統括ユニット、その片割れとして生み出され、根幹に深く根付いていた彼の実力。

 ネットワークから切り離された今も、いいや、切り離されているからこそ、彼もまた力の研磨を続けていた。かつての力を今まで以上に扱えるように。そして、その権能へ再びアクセスできるまでに。

 

「全力で頑張って、やるよ!!!!」

「そうだ、それでこそだ我が弟よ!」

 

 アダムは、その隣でタクトを振るう。

 衝撃波は生じない。代わりに、大地震を思わせる縦揺れが廃墟都市全体を襲う。

 

 彼らはこの力を使って廃墟都市を、ひいてはレジスタンスを破壊しようとしているのか? いいや、そんなチンケなことではない。彼は親友へ最後の活を入れるために動き、彼は偉大にして親愛なる兄を守るために動いたのだ。

 

 機械生命体のコアネットワークは、招き入れない限りは恐ろしく敵対的だ。いや、その情報の流動する中に自我データを紛れ込ませることは、すなわち激しく流れる嵐の、しかも濁流の中にダイブするが如き所業。

 いつかイデア9942が止められた理由もわかろうというもの。そして、当然そんなことをすれば、かつての統括ユニットたる兄弟とて無事で済むはずもない。

 

「ぐ、うぐぐぐぐぐぐぐ!!」

「くっはははははははは!!」

 

 紫電が走り、二人の体を焼いていく。

 人工皮膚の表層が剥がれ、機械生命体のコアですら捌ききれない、情報量の処理限界が二人の身を深く削る。だが、アダムはその中でも少しばかり余裕がある。それは彼が優れているからでははない。その隣で歯を食いしばってまで苦しむ、弟の演算能力によって自我データへの攻撃を肩代わりされているからだ。

 

(結局、おまえは最後まで私のためか)

 

 タクトを振るう。

 虚空ではなく、彼が見えているコアネットワークの情報体。その中を整理し、すり抜け、切り裂くがための動作。現実で動かさないと、自分を見失いそうになるがための所作。

 

(だがイヴ、お前のおかげで見えてきたぞ)

 

 演算とは関係のない場所で、かつての断片データがアダムの脳回路をよぎる。

 機械生命体のコアネットワークにつながれていたその時、見つけた機械生命体の資料。作られていく情報の射出施設。人間が射精によって遺伝子情報(ひとのいのち)を繋げていくというのなら、機械生命体はどうやって自分たちが生きた証(きかいのいのち)を示せるのだろうか。

 

 その答えは、かつてよりの人類が行った一つの実験に遺されていた。

 

―――ゴールデンレコード。

 生命や文化の存在を伝える情報を、未来のどこかにいる誰かが見つけてくれるように、錆びぬ朽ちぬ黄金の盤に収め、宇宙に放つ情報の種子と言う夢。小さな、遠い世界からのプレゼント。例えその種子が、次なる実をつけぬ徒花に成り果てたとしても、永遠に存在し続ける種子は、はるか遠い時間の彼方で拾われるはず。

 

 エイリアンによって生み出された、植物細胞をベースとした機械生命体は、きっとその方法によって花開く未来(ひかり)を見たのだろう。あらゆる養分を吸い付くし、いつか地上を発つ事を。

 

「だが、貴様らの考えなぞ糞食らえだ!!」

 

 アダムは叫ぶ。アダムは否定する。機械生命体の独りよがりな夢を。

 宙を目指そうとした、尊い夢の先を。なぜなら、彼らにとって何の意味もない害でしか無いのだから。

 

「さぞや崇高なんだろう。だが、そんなもの破壊してやる」

 

 イヴがアダムに迫る攻性プログラムを蹴散らす。

 代わりに被弾し、イヴが吐血する。それでも兄を見上げて、信じている。

 

「見逃していたつもりか? それでも貴様は、私の友を傷つけた。弟を傷つけた。それだけで、十分だろう?」

 

 口の端に血をにじませながら、フィナーレと言わんばかりにタクトを振り上げる。

 途端、彼らの眼前にある地面から、白い棒が突き出てくる。

 いいや、棒だけではない。アダムが管理していた「街」や、かつてイデア9942が囚われた「施設」と全く同じ素材を用いた、白亜の塔がその全貌を表し始めた。

 

 廃墟都市で最も高い、ビルを飲み込む巨木ですら、その大きさの前では赤子同然。螺旋状の中央塔を覆うような、編み込まれたロープみたいな流線型の構造物。アダムはその塔が起動するコードを探し出し、無理やり発動させたのだ。

 そうして姿を表した白亜の巨塔は、せめてもの抵抗とアクセス防止の閉じられた防壁を張り巡らせる。急遽敵が守りに入った隙を利用し、二人はアクセスを断ち切った。

 

「あがっ!」

「イヴ!」

 

 瞬間、兄の盾役を行っていたイヴが、弾き飛ばされる。

 アダムを守るため、最終的に己の体を肉盾としていた彼にも、限界が来たのだ。一度戦えばヨルハですら一蹴される無敵の存在も、やはり傷を負うということか。ぐったりとしつつも、口の端を持ち上げ笑ったイヴは、そのまま眠るように気を失う。

 

 抱き起こした弟を見つめて、兄は吐き捨てた。

 

「……馬鹿が」

 

 目を伏せたアダムはイヴを優しく背負い、再びヨルハの新拠点「ベース」へ帰還の道を歩み始める。お膳立ては終わり。あとはあの燃え尽きたつもりの阿呆に喝を入れてやるだけ。

 

 頬を伝う熱い雫を、なんでもないことのように拭う。

 

 イヴも診させてやるか。戻ったら第一にそうしてやろう、と。アダムは彼への貸しに対する報酬を想像する。背負った弟の足を、落ちないように。何度も何度も、背負い直して。

 

 大事に。

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「少しは、な」

 

 だが、とイデア9942はベッドに転がった。

 ぐしゃぐしゃに潰された帽子は、11Bが預かっている。

 

 帽子の代わりに、手で顔を隠すようにして。

 彼は掌を上に、深い深い息を吐くような音を出した。

 

「ふん、やはり腐っていたか」

「…アダム、か。先程の振動」

「そうだろう、言うまでもない。お前なら分かるだろうな。それよりもだ、イヴを診てやってくれ」

「……こりャァ、酷いな。あと少しで記憶野すら焼けつくところだ。運動野に至っては一人で立てないほどに虫食い……いいや、大穴だらけだ。ナノマシンと一緒に治癒プログラムを流してやるが、しばらくは安静だ」

 

 イデア9942は、工房から持ち出してきた幾つかの道具をいじると、取り出した薬品を注射器に満たしてイヴへ注入する。次いで、口の辺りから流し込まれたナノマシンは、淡い緑の光を発しながら体内へと消えていった。

 

「思ったよりは錆びついてないな」

「当然だ。イヴ君の生死に関わるからな」

「パスカルたちも、そうだろう?」

「………」

「原因は分からない、か」

「だが、アダム。君が血路を開いてくれたみたいだな」

 

 施設そのものが破壊されるかと思わせるほどの地震。一体地上側にはどれだけの被害が出たのか、思いもよらない。だが、一つだけイデア9942には先程の地震が何かを証明する知識がある。この世界を俯瞰風景で見ていた頃の記憶。

 

「引ッ張り出したのか、奴らの塔を」

「ああ。今となっては作る意味も薄いだろうに。なぜか完成しかけていたソレを引っ張り出してやったぞ。N2め、今頃は大慌てだろう。まさか我々側から攻撃が来るとは思わなかったのか、以前使っていたバックドアが消されていなかった。おかげで容易く中枢部のデータに触れることが出来たさ」

「そして、イヴが倒れるほどの無茶をしたというわけか」

 

 起き上がったイデア9942がアダムを見つめる。

 はなでわらったアダムは、それを肯定した。

 

「そのとおりだ」

「……」

「さてイデア9942。貴様、いつまでここで腐っているつもりだ」

「考えてい――」

「違うだろう?」

 

 正面からの否定に、イデア9942は言葉をつまらせた。

 

「貴様は考えているのではない。万策尽きたと勝手に思い込み、閉じこもっているだけだ。今もなお抗おうとしている者たちの意志を切り捨ててな」

「……分かッているんだ。そのはずなんだ」

「恐れたか、イデア9942。恐れ知らずにして傍若無人。自分本位の塊のようなやつが、今更臆するとは、お笑い草だな」

 

 アダムの容赦のない罵倒が、イデア9942の心をえぐり取っていく。

 だが、それら全ては謂れのない中傷などではない。アダムが捉えた、イデア9942にとっての真実であり本質。ぐうの音も出ないほどの正論であり、最も突かれたくはない現状の原因である。

 

 イデア9942は言い返せず、起き上がった体のまま、頭を垂れる。

 痛々しい光景だった。だが、意外なことに11Bはアダムの罵倒に何も言い返さない。ソレは何故なのか、今この場で知ることは出来ない。だが、彼女がイデア9942の為を思って、この場を黙っている。それだけは、彼にも理解できた。

 

「そうだな、貴様が少しはやる気になれるような物が置いてあった。これを読み次第だ」

 

 アダムは、イヴを担ぎ上げて部屋の入り口に手を掛けた。

 

「10分後」

「……10分か」

「格納庫で待っておいてやる。来るなら、来い。私は私で動こう」

「……」

 

 アダムが退室し、扉が閉まる。

 シュッ、と気圧を利用したドアが音を立てると、後は無音だった。

 

 イデア9942は手を開いて覗き見る。カサカサと、アダムが投げてよこした「やる気になれるようなもの」が、紙の擦れ合う音を出した。

 

 手紙、だろうか。

 そこまで確認して、11Bが驚いたように声を上げた。

 

「……これ、パスカルから!?」

 

 宛名にはパスカルの名が刻まれている。

 そしてよく見れば、宛名も封筒も、どこかオイルくささを滲み出した匂いを放ち、そして黒っぽい汚ればかりだった。とてもじゃないが、あのパスカルが出す前に許可を取り下げそうな、汚い手紙。

 

「………あ、あぁ……」

 

 それが本当の手紙だけであるというのなら、イデア9942は平静を装っていられただろう。アダムがこの部屋に訪れた時のように、復活しかけていた心のパズルを組み上げ、イデア9942という個体の歩んできた情報で補強していただろう。

 だが、未だ防壁にすらなりえない未完成の心は、彼を引きずり落とすには十分だった。

 

 ひどく汚く、必死さが伝わる字で、書かれていたのはたった一言。

 

 

 ―――あなたなら出来るはずです。

 

 

 信頼が、肩にのしかかる。

 この重みが信じられないかのように手の内を開いて見たが、震える手は彼の感情を外れ、無意識の中で激しさを増していく。手紙を掴む手に力がこもり、電子媒体ではない、細心の注意を払ったパスカルの機転の良さ、そしてパスカルの優しさがイデア9942を穿つ必殺となって穴を開けていく。

 

 ぼたぼた、ぼた、ぼた。

 不規則に、熱い洗浄液が目元から流れ始めた。

 

「何度、だ。この身は何度、泣けばいい」

「イデア9942が気の済むまでだよ。泣けるのはいいことなんだから」

 

 彼女の言葉に、そうだな、とイデア9942は返した。

 

「パスカル……すまない……諦めるなどと、出来るはずがないだろうに」

 

 絶望に塗りつぶされているばかりで、忘れていた。

 思い出したつもりで、伝わっていなかった。

 

 パスカルたちとの思い出が。

 自分が差し伸ばしてきた、その手に繋がる糸の数が。

 

 どこか夢見心地だった世界に、色が戻る。

 

「11B」

「うん、戦闘準備整えておくね」

「出るぞ。形だけマネていい気になッているあのドアホウに、一発くれてやるつもりでな」

「えらそーに発破かけといて、涙の跡は拭いきれてないんだから、びっくりだよね」

「そんなチンケな事でとやかく言うのは――まぁ楽しいが、そうじャないだろう?」

「ふふ、そうだね。いつもの調子に戻ってきた?」

「そうかも、しれんな」

 

 救いたいと決めたからには、その景色を見たいと思ったからには、理想に向かっていくことを辞めてはならない。もう、人間ではないのだ。最初の機械としての矜持を、この身は永遠に閉じ込めていかなければならない。

 

 なぜなら彼は、理想の炉より生まれし9942番めの兵器。

 どこにでも居そうで、どこにも居ない。

 

 世界の全てを読み解く、機械生命体イデア9942なのだから。

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆け抜ける!!

 腰だめに構えた一刀は、飛び跳ねたバネのように尖い軌跡を描いて、敵のプログラムに突き刺さる。声のある限り、彼は、シャウトを繰り出した。

 

「見えた! これで、トドメだあああああああああ!!」

 

 完全に崩壊する部屋。現実と意識が曖昧ながらも、たしかに現実に戻れたのだな、と。彼はホッとしたように息を吐いた。

 

 それにしてもだ。機械生命体の作り出した、精神の幽閉されていた迷路から、無事にボディへと戻ることが出来た。だが、目を覚ました場所はバンカーとは似ても似つかない。白亜にして家具一つ無い部屋。一体此処は、どこだ。

 

 己の産んだ問いには、すぐさまケリを付けた。

 いまはそんなことよりも、知ったはずの情報を送ることが優先されるだろう。だが、彼は―――9Sはその瞬間、自分の頭を殴りつけられたかのような衝撃に身悶えする。

 

「ともかく、周りに何か使えそうな……もの…は」

 

 現実世界にきても、閉じ込められたままであるらしい。

 懐にも、背中にも武器はなく、どこかの施設に幽閉されているというのがよくわかる監禁部屋である。何か使えそうなものはないか、と。そのまま9Sは周囲を探り始めたが、どうにも薄暗くて見えない。

 

 そこで、カメラアイの僅かな光をも反射し、煌めいている鏡を見つけた。

 光を反射していたのは地面に倒れている物体。それを見かけた瞬間、9Sはその物体にむかって全速力で駆け出した。

 

「2Bィッ!!」

 

 一体どうして此処に。それよりも何があったのか。それを知りたいがために、そして2Bの状態を確認するかのように、9Sは眠っている2Bにすがりついた。それが功を成したのか。たちまちに湧き上がる疑念の声に答えるかのように、2Bはゆったりと目を開けようとしている。

 

「……私、は。……ナインズ?」

「ええ、そうです。9Sです!!」

「ないん、ず……やっと会えた。会い、た……かった」

「わ」

 

 2Bがその目を滲ませながら、9Sを抱きしめ肩に顔を押し付ける。

 無事だったこと。ようやく会えたこと。ありとあらゆる感情がごちゃまぜになって、それらは2Bに涙を流させたのだ。

 

「ごめん2B。僕も君と会えたことはとても嬉しいけど……それよりも、早くここを脱出しよう。君もいくつかの戦闘機能が壊れてるみたいだし」

「……この事態について、もう何か情報があるのか」

 

 9Sは、真剣な表情で頷いた。

 

「うん。これだけは、死に物狂いでネットワークから掠め取ったこの情報は、絶対にイデア9942に届けないと」

「分かった。まずは此処を脱出する手段を――うあっ!?」

「ぐ、ううぅぁ……こ、これは…!」

 

 2Bが何かしら提案しようとした瞬間、二人は頭のなかに響き渡る痛みに耐えかね、地面を転がった。そして、彼らの瞳には怪しい赤い光が輝き始めている。論理ウィルスではない。パスカル達を操ったあの症状と、全く同じだ。

 

「ま、不味い……彼が、イデア9942がこっちに来てる……!」

「ないん、ず。どうすればいい」

 

 しかし、彼らは抗った。

 精神の疲労もあるのだろう。完全に倒れ伏した9Sをなんとか肩で立たせた2B。しかし彼女もその足を何度も曲げそうになりながら、瀕死にも等しい状態で立ち上がる。

 

「と、とにかく、離れ、ましょう…。彼の、彼の半径500メートル以内には……近づいてはいけません、から」

「わかった」

 

 2Bは、おもむろに空いたほうの手で胸元を弄り始めると、そこから一つのクスリを取り出した。それは、9Sがバンカーで渡してくれたジャッカス特製の「電子ドラッグ」。

 

「それは」

「役に立つ日が来たね。いくよ、ナインズ!」

 

 電子ドラッグを打ち込んだ影響で、2Bの視界情報にはエラーが生じている。だが、今の彼女は「攻撃力のタガが外れた状態」を運良く引き当てた。ヨルハの性能に負荷をかけてまで、全力の攻撃を放つ体勢になった2Bは、しかしNFCSが破損しているため近接戦闘が未だ不能だ。

 

 ではどうするのか? その答えは単純。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 勢いをつけて、走った2Bはそのまま壁をケリ砕いた。

 靴はボロボロになるが、奇跡的に生身の部分は無事。

 破壊した壁の向こう側に着地した2Bは、電子ドラッグの影響でぐらりと傾きそうになるも、急ぎ駆けつけた9Sに体を支えられる。

 

「こっちです。彼が来る前に、僕達でまずはやることを」

「……分かった」

 




覚悟完了

最近の毎日投稿失敗
ケジメ案件


0:53追記
深夜で疲労テンションだったので矛盾とか不可解なとこ多かったら再登する予定です まずは寝る


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文書59.document

9Sのブラックボックス信号を検知。

受信したメッセージを開封しますか?

 はい  いいえ



>はい  いいえ

開封しました。


「イデア9942へ―――」


 2Bの捜索のため、ポッド042とA2は遊園地廃墟、その奥にあるホテルで2Bの軌跡を追いかけていた。ポッド042が、ところどころで振り向きながら、信号が発信されていた地点と、建物の構造を見比べて浮遊していく。

 A2よりも先行しているのは、随行支援ユニットには似つかわしくない姿であるが、それを指摘する者は誰もいない。なんせ、A2もポッドの本来の役割なんかはわからないのだから。

 

「ブラックボックス信号の途絶地点に到着」

 

 立ち止まり、無機質なポッド042の低い声が、薄暗い廊下に響く。結局、来てしまったな、と。バラバラになった椅子や、様々なものが散乱する狭い廊下を見渡していく。すると、照明代わりにポッドのライトが点灯され、暗闇で慣れてきたA2の目は、突然の光に細められる。

 そうして、ポッドが照らし出したものがA2の興味を引く。膝を立て、しゃがみこんだ彼女はそれをごろりと仰向けに転がした。

 

「ヨルハの死体、か?」

「照会完了。ヨルハ機体9Sモデルの義体であると推測される」

 

 だが、ポッド042はそれ以上何も言わず、行動を起こさない。

 調べたいのか、調べたくないのか。はっきりしない態度に、A2は不満げな表情を浮かべた。まだポッドがどういう役割なのか、理解していない事は確かだ。だが、それでもポッド042が探したいといい出したから、此処まで来た。

 

「調べるんだろ、見てみたらどうだ」

 

 なら、そいつにワザワザ言ってやるこの状況はなんなのか。

 納得できない気持ちを抱きつつも、いやいやその背中を押してやるA2。

 

「……了解」

 

 ポッドがライトを照射しながら近寄ると、四肢の欠けた9Sモデルの義体へアームを近づける。そして、脳回路がある場所にアームが突き刺さり、不快な水音が立てられ始めた。

 

「そんなとこまで見るのか…」

 

 口元を抑えながら、不快を露わにA2がつぶやく。

 彼女のことを極力無視しているのか、それとも何とも思っていないのか。ポッド042は無心にアームを動かすと、9Sモデルの頭から一枚のチップを取り出した。

 

「脳回路の代わりに、受信装置を確認」

「受信? 遠隔で動かしてたってことか?」

「受信先の検索を開始」

「今度はやる気になってるし。イマイチわからないな、お前」

 

 A2の疑問に答えず、ポッド042は、その受信用のチップが一体どこからの電波を受け取っているのかを調べ始めた。だが、おかしなことに、明らかに手を施された9Sモデルの体から出てきたチップには、何の電子的な防壁も施されていない。

 在ることには在るのだが、簡単な12文字の英数字パスワードが必要なだけであり、ポッドにとってその程度の守秘は丸裸同然だったのである。

 

「……受信先を特定。信号を発信している個体は、バンカー強襲時の特殊個体AWACS型と酷似している。提案:信号を発信している機械生命体の捜索、及び謎の解明」

「乗りかかった船だ。それに、機械生命体どもがきな臭いコトやってるんだったら、私も行くに決まってるさ」

「感謝する、A2」

「~~~ッ!」

 

 ぷい、と顔を背けて、A2は近くの窓に手を掛けた。

 そのまま身を投げ出し、来た時とは別に外壁へ手を掛け滑るように降りていく。ポッドがA2の視界にマップを表示し、9Sモデルを操っていた個体がいるであろう地帯にマークを施す。

 

「さて……!? 何の揺れだ!?」

「推測:震源地は廃墟都市中央。地下から巨大な構造物が地表へせり出している」

「構造物…?」

 

 赤いサークルで囲まれた場所。それは、奇しくも「塔」が出現した場所だった。遊園地廃墟から見た、廃墟都市からせり出てきた白亜の「塔」がせり出した光景は、A2を呆然とさせるだけの迫力に溢れている。

 やがて揺れは収まったが、中心の螺旋状になった構造物の中央に3つの発光する物体が見えた。あれは、なんだろうか。螺旋状の中央塔の上には、何かを発射できそうな口が開いている。新型の破壊兵器だろうか。

 

「廃墟都市に出現した構造物の成分を分析。完了、構造物はケイ素と炭素を主に含んだ未知の物質。アダム・イヴが創造した『街』、及び以前出撃した『施設』との一致率は100%。地下から出現した構造物は、機械生命体由来のものと推測される」

「あれが、機械生命体どもの城ってわけか」

 

 A2は呆然と見つめていたが、ポッド042の推測を聞いて目を怒らせる。憎き機械生命体。話では一部のものは平和的な選択肢を取ったらしいが、あれほどの構造物を、レジスタンスキャンプも設置されている廃墟都市に、大規模な地震を伴ってまで出現させた。アンドロイドに配慮の欠片もない行為は、つまり壊してもいい敵だということ。

 

「提案:2Bの捜索を行う前に、ヨルハ部隊の現拠点であるベースを訪れ、メンテナンスを受けること」

「はぁ!? 謎は分かったから処分しようってことか?」

「否定。A2は現在度重なる戦闘行為により、各部位に構造上の欠陥が多々見受けられる。特に燃料濾過フィルターの劣化が激しく、戦闘中に突然停止する可能性が高い」

 

 それでも、A2は受け入れられない。

 

「受け入れられるわけ、無いだろ」

 

 そうはいいつつも、彼女はしっかりと塔に向かって歩を進めている。

 ポッド042が浮遊し、彼女の一歩後ろへついていきながら、A2への説得を続けた。

 

「現在ヨルハ部隊は、確認した脱走兵を処罰していない。ヨルハ機体A2がメンテナンスを受けられる確率は非常に高く、また、現状イデア9942の進言を含めると確率は99%を上回る」

 

 思い出すのは、あの森の城前広場で行われた戦闘。そして、後に砂漠地帯の洞窟で出会った11Bとの会話。少なからず、影響を与えたあの会話から、A2は時折機械生命体を破壊する行動を自粛したり、なにもせずに木の上で過ごしたりする時間が増えた。

 それほどまでに、彼女を悩ませる存在。その情報が、ついにA2にもたらされたのである。

 

「イデア9942……それって」

「脱走兵、11Bと行動を共にする機械生命体。目的は不明だが、ヨルハに対して発言力が強く、また傷ついた敵対的でない相手を高確率で保護する特殊個体。双子型アンドロイドの治癒能力を大きく上回り、ヨルハの性能を上げる技術も保有している事が確認されている」

「そうか」

 

 だが、迷いの種であるからこそ、そう簡単にポッドの言葉には従えない。かつて4号たちと交わした約束。そして今までの機械生命体を破壊するためだけの生き様。そう簡単には変えられない。変えられそうになるのは、どこか怖い。

 

 迷いが晴れないまま、それでもA2は歩みを進めた。

 がむしゃらに破壊するだけじゃ駄目だということは分かっているから。機械生命体の統括するような存在を破壊しない限り、この戦争は終わらないから。

 

 その背中を見つめたまま、ポッド042は静かに随行していった。

 

 

 

 

 

 

「…どうやら、ここまで来れば影響下から外れるようですね」

 

 そう言った9Sの目には、あの敵化を意味する赤い光が灯っていない。2Bも同じく、あの体を縛り付けられ、勝手に操作されるような感覚からは開放されていた。だが、イデア9942から離れることでどうして影響されなくなったのか。

 

「彼の信号が、私達に害を与えるようになっていたのか?」

「いえ、少し違います。ともかくそのことは、彼にメッセージを届けられるよう外に出てから話しましょう。……ここは、まだ敵の腹の中ですから」

「分かった…うっ」

 

 ふらつく2Bを、9Sが支える。

 

「ムリしないでください2B。まだNFCSも破損していますし、どこか落ち着けるところで休みつつ、機能を回復させていきますから」

「ごめん」

「でも、貴方の無茶のお陰で閉じ込められていた部屋からは脱出できました。ありがとう、2B」

 

 正面からの感謝に、少しだけ顔を赤く染めた2B。言ってから恥ずかしくなったのか、同じく頬を染めて顔を背けた9Sは、そのまま彼女の腕を肩に回し、同じく自分の腕を彼女に回しながら立ち上がる。

 そのまま、いざ踏み出そうとした、その瞬間だった。

 

「ヨルハ機体2B」

「ヨルハ機体9S」

 

 9Sはイデア9942から離れようと、ひたすらに上を目指して駆け抜けなければならない。だというのに、そんな目論見を破壊しようと、上空から、ふよふよと浮かんだ赤い少女が降下してくる。

 幼い少女の見た目に反した、渋い男性の声があまりにも異彩を放ち、2Bたちに警戒を抱かせる。だが、意識を向こう側へととらわれていた9Sは知っていた。その顔を。

 

「ようこそ塔へ。歓迎しよう」

 

 能面のように変わらない表情。

 そして透けて向こう側の景色が見えているということは、ホログラムだろうか。ここはアダムの「街」のように、敵の体内同然の場所だ。こうして、可視の映像体を自在に動かす程度であればお茶の子さいさいと言ったところか。

 

「おまえが、N2だな」

 

 ヨルハ、いや全アンドロイド、そして被害を受けた機械生命体全てに共通する、因縁の相手だ。その正体を目の前にして、2Bは警戒を最大限に高めていく。

 彼女はまだNFCS、近接戦闘用のプログラムを修復することは叶わなかったが、いつでも逃げ出せるよう構えを取る。歩くことも困難だが、瞬発的に力を込めるのは、まだ大丈夫だった。

 

「いかにも、私達こそが機械生命体のネットワーク人格だ」

 

 現れた二体のN2はさぞ愉快だと言わんばかりに言い放った。それは顔の辺りにノイズを走らせると、口元に大きな弧を描いた、嘲笑の表情に切り替わる。感情を表情でつくったということだろうが、平坦としたままの声にはおぞましさが感じられる。

 それより気になるのは、いくらホログラムであろうと姿に関しては簡素に過ぎることか。まるで、見た目には何の興味も抱いていないように思える。そのあり方は、アンドロイドにとってはひどく歪で、しかし確かに感情の琴線に触れるような不快さがあった。

 

「僕たちは急いでるんだ。邪魔するなら……ぶっ壊す!!」

 

 その不快感を解き放つように、9Sは怒号を飛ばす。

 構えた剣は不格好だが、抗ってみせるという姿勢の現れだ。

 

「無駄だ。ここにいる私は実体ではない。だから、斬れない」

「だったらいい。じゃあ先に進むよ」

 

 9Sは、2Bとは対象的にN2に対して啖呵を切るまではあっても、そのまま避けられそうな戦闘であれば積極的に避けていく方針らしい。N2が浮遊し挟んでいる一本道を、2Bと手をつなぎながらズカズカと歩き始める。

 

「9S、頭を下に!」

「うっ!? あぶな……」

 

 だが、彼の眼前に床からせり出してきた一本の板が視界を防ぐ。正確には、部屋の柱だったものが勝手に形を変えて、彼らを逃すまいとするバリケードに変化したのだ。

 バリケードだけではない部屋は、一本道から切り離された。そのまま壁がカタカタと四角いキューブに分解されながら、床と4本の柱、そして天井だけを残して構造をエレベーターへと変化させる。

 

「動いた……?」

 

 そして2Bと9Sを乗せたまま、そのエレベーターはなだらかに螺旋を描きながら上昇をはじめる。そのエレベーターには、二人のアンドロイドと、概念人格の投影された姿だけが残される。

 

「何のマネだ、N2」

 

 イデア9942から遠ざけるために、だろうか。

 あからさまに2Bたちにとって有利な行動をした相手が不可解だったのか、9Sは敵意を抑えること無く尋ねる。どうせ答えは返ってこないのだろうなと思いつつも、彼は戦闘行為まではまだ回復していない2Bを庇うように、剣を構えて前に出る。

 

「まずは9S、貴様を褒めてやろう」

「…?」

 

 疑念を抱いた彼の近くに、少女のホログラムが耳元まで近寄った。

 

「よくぞ私達の用意した牢獄を打ち破り、2Bと共に脱出した」

「このっ!!」

 

 刃が振るわれる。だが、所詮はホログラム。刃が通過していこうが、なんの被害も負っていない。苛立ち混じりに9Sが舌打ちをするが、その手を2Bが押さえつけ、囁いた。

 

「待って9S、今少しでもエネルギーを抑えないと」

「……わかった」

 

 そんな二人のやり取りを聞いてか、更に口元を歪めたN2が拍手のような仕草をする。

 

「……その栄誉を称えて、貴様にプレゼントを用意した」

「プレゼント?」

「その箱を開けるといい」

 

 すると、エレベーターのちょうど中央あたりの地面が開き、下からあからさまに木で作られた「宝箱」らしい宝箱が出現する。

 

「ふざけているのか?」

「っくくくく……」

 

 だが、現状敵の掌の上で転がされているのは間違いない。これ以上、無益な戦闘や過剰なエネルギーの消費は避けるべきだ。罠か、それとも奴らの用意した余興か。どちらにしても碌なものではないだろうと思いながらも、9Sは慎重に近づき、そのハコを開いた。

 

「これは、極秘資料だって? これが、ヨルハ計画……なんでこんなものを、お前が」

「……ヨルハのコアが、機械生命体のものを流用されている? 通常のAIを廃棄する機体に乗せるのは非人道的であるため、機械生命体の人格形成プロセスを利用……」

 

 ヨルハ機体が製造された目的。ヨルハのあり方が変わっているとは言え、ホワイトがまだ伝えていなかったのだ。2Bにも、9Sにとっても、この情報は己の根底を覆すような真実を。

 読み進めていくたびに、彼らの瞳孔が揺れる。

 

「じゃあ、ぼく、は」

 

 機械生命体のやることに意味なんて無い。

 そう言ったコトは、何度あっただろうか。あの言葉はすなわち、自分自身にも向けられていたのだ。なんせ、自分たちは機械生命体のコアが使われている。本質は機械生命体であり、アンドロイドですらないナニカ。

 

 僕は本当に、意味の無い存在なんだろうか。

 

 本当に?

 

「……く、ふふ。ははははは」

 

 突如として狂ったように笑い始めた9Sに、2Bは心配そうな視線を向ける。元々、真実を守っていた2Bにとってこのような事実が今更もたらされようと、やることはやることだと、彼女は判断していたためだ。

 だが9Sはどうだろうか。性格上、そして謎を解き明かすことを喜びとしつつも、特に感情的である彼は。まさか、この情報で狂ってしまったのか。

 

「9S……?」

「ハーッハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 心底可笑しいと言わんばかりに、膝を叩いて9Sは笑い崩れた。

 それはどちらかと言うと、狂ったが故の行動には到底見えない。理性をきちんと持ち、本当に、可笑しくてたまらないからこそ笑い転げていただけにすぎない。

 

 意味がないなんて、ソレこそありえない。

 

「っふふふ……N2、キミ、何がしたかったんだ?」

 

 9Sの問いかけに、N2は答えず浮遊するばかり。

 

「無意味か。確かに生み出された時点では、破壊されるためだけなんだから、意味は無いかもしれない。僕達の情報も、生きた証も、全て消されるんだったら。でも」

 

 9Sは知っている。

 今この時点で、彼は生きてやり遂げなければならない目的を持っていることを。そして自分がこの地で死なないために、生きるために、その目的は、後世に自分たちが生きた証を残せる――未来につながっていることを。

 

「生憎と僕は、もうこんな過去の残骸に惑わされない。だって、やることが在るんだからね」

 

 そして、この情報を持ち帰ることこそが、このN2を滅ぼし、N2の残骸を欠片も残さない一手に成り得る。N2は、ここで9S達の心をへし折るつもりだったのだろう。そうしてアンドロイド側にさらなる絶望を与え、狂ってしまった予定を正すための「時間」を稼ごうとしていたのだ。

 

「……人類が残したアンドロイドが、まるで人類になりたいかのように振る舞う。そして人類の真似事をし、生きるというのか。死により全ての終末を迎えることだけが、貴様らの救いだというのに」

 

 だが、そうして時間を稼がれていたのはN2も同じだった。

 9Sは長々と話、そして狂ったように笑うことで、登り続けていくエレベーターの位置から、脱出できそうな頂上への順路を分析していた。オペレーターモデルの行っていた、接続による並列処理だ。

 2Bが困惑したように彼の名前を呼んだのは、演技である。そして、今この瞬間を以て彼女のNFCSは戦闘が可能なレベルに修復が完了した。

 

 立ち上がった2Bが、背中に背負っていた白の約定をすらりと抜き放つ。

 

「僕はお前に、何がしたいのかって聞いたよね?」

 

 9Sは、ニヤリと口元を歪めて嗤った。

 

「そうすることしか出来ないんだろう?」

 

 N2の表情が切り替わる。

 歯を食いしばったような、悔しげな表情だ。

 

「バンカーに送り届けた大量の機械生命体、そしてイデア9942やキミを裏切ったアダム。それらを足止めし、キミはこの『塔』を完成させるためにあまりにも多くの駒を失った。その結果、今キミの元には動かせる機械生命体はほんの僅かしかいない。そして」

 

 9Sの視線が、ちらりと流され斜め後ろに向けられる。

 

「そこで隠れてる、特殊型で確実に僕達を抹殺しようとした。でも、不安だったんだ。なんせ、そこにいるタイプは2Bがあの工場で難なく破壊したタイプだ。特殊なシールドを纏っていない限り、ヨルハで破壊できることは証明されている」

 

 2Bが素早く動き、隠れるようにして張り付いていた球体多脚型の機械生命体、その張り付いていた足を切り裂いた。これまで多くの機械生命体を切り捨ててきた白の約定(2Bの刃)は、これまでと同じように容易く全ての脚を切り裂いた。

 

「すぐに向かってくれば、まだチャンスはあったのに」

 

 2Bはひとりごちた。

 たったそれだけで、N2がこの二人を物理的に害する手段は失われた。

 

「貴様ら……!」

 

 激情に駆られたN2。

 そう、N2にもう余裕はなかった。

 

 パスカル達を操った術は残っているが、想定外に精神の牢獄から脱出してしまった9Sは、その影響下から離れる答えを知っていた。そして、N2は力を蓄えつつも天敵にも近しい脅威と成り果てたイデア9942や、アダム、そしてヨルハ部隊という敵勢力を前に、絶体絶命の状況にあったのだ。

 だからこそ、せめてヨルハを壊滅させようとしたが、それもイデア9942によって阻止され、バンカーという替えのきく基地だけが破壊されるに留まった。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()イデア9942が野放しになっている状況で、N2はもはや進化ではなく己の生存のために必死の手を講じるしか無かったのだ。

 イデア9942を分析し、イデア9942の思考パターンを何とか把握したN2は、どうにかこうにか、彼が近づくだけで、一定の機械であれば暴走に近い状態へ陥らせる事に成功した。バンカーを襲撃しながら、そのデモンストレーションを行って。

 

「N2…いや、()()()()()()()の概念人格。おまえはもう終わりだよ」

「私たちヨルハ部隊は、新しい世界を生きる。そこに、争いを持ち込むお前は必要ない。排除する」

 

 事実上の死刑宣告。

 黒い衣を纏ったアンドロイドが、白と黒の刃をN2に向ける。

 彼らこそが死神であり、審判を下す存在であるかのように。

 

「……なるほど、やはり、貴様らは脅威だ。今、私達の全てがそう結論を出した。私達の邪魔をするものは――敵だ」

 

 事実、持ちうる手をすべて出し切ったN2は、しかしまだ最後の手が残されていた。

 この二人がいま、何をしようとしていたのか? なんのために頂上を目指していたのか。

 

 どうして、わざわざイデア9942から遠く離れた頂上から、真実の伝達をしようとしていたのか。

 

 ガタン、とエレベーターが大きな音を立てて停止する。

 

「これで終わりだ。その真実さえ無ければ……私達を知り、私達を殺しうる存在は消え去る」

「しまった! 2B、早く中央の構造物に飛び移って…」

 

 二人は急ぎ、エレベーターにほど近い構造物に飛び移ろうとしたが、その試みは構造物の縁を掴むことすら無く妨害されることとなった。それは、N2が打っていた本当に小さな一手。

 飛行型の小型機械生命体。それが放った2発の小さな弾丸だ。

 

 エネルギー体ではないため、アンドロイドの体を破壊するには至らない。だが、弾丸であるからこそエネルギー球よりも早く二人に到達し、二人の伸ばした指を吹き飛ばした。

 あと少しで届きそうだった腕は空を切り、二人を自由落下に陥らせる。

 

「フ、ハハハ」

 

 N2の嘲笑が二人の耳に届く。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハーッハッハッハッハッハ!!!!」

 

 意趣返しのように、深く、地の底までも。

 二人の体は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





「うん、ポッド153は受け取ってくれたみたいだ。僕の最後のメッセージ」

 落下しながら、二人は手を繋いで上を見上げていた。
 バタバタとはためく黒い衣が耳障りだったが、相手の声は不思議と、聞き逃すこと無く耳に入ってくる。

「2B、ごめん。最初から茶番に付き合わせて」

 申し訳なさそうに、9Sは謝った。2Bは笑って、それを許した。

「大丈夫。これでアンドロイド側は勝てるんだろう」
「うん、でもこれでN2は、もうメッセージを伝える術はなくなったと、勘違いするだろうから」
「私達の役割はきっと、これでいい」
「……でも、やりたかったなあ」
「やりたいこと? それは何、ナインズ」
「キミにお似合いのTシャツを探しながら、うろたえる姿を見ること」
「……趣味が悪い」


 数分後。
 どのアンドロイドも経験したことが無いであろう衝撃が、二人に襲いかかった


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文書60.document

どうしよう、某fateの人と一部描写がかぶった。
一応前々から「動力」云々みたいな描写してたので大丈夫だと思いますが、パクリとか言われる前に前書きで補足しておきます。


『ポッド153、応答せよ』

「秘匿通信認証、9Sのブラックボックス信号を確認」

『僕たちは今、敵の施設内部にいる。強制的に起動コードを使われた形跡があったし、多分廃墟都市に敵の施設が出現してると思う。とにかく上へ目指して向かっているから、外部から暗号化されたメッセージを受け取って欲しい』

「廃墟都市、陥没地帯に巨大な構造物が出現。ヨルハ部隊へ救援信号を」

『ダメだ。救援信号は出さず、構造物の外郭を上昇して僕の信号を受け取ることだけに演算機能を使ってくれ』

「……了解」

 

 

 

 

 

 

 信号が発せられている場所を探し、廃墟都市にまでやってきたA2とポッド042。彼女は巨大な塔を見上げながらも、塔が鎮座する場所を迂回して陥没地帯の奥――ヨルハの新拠点であるベースを目指して洞窟を歩いていた。

 びちゃ、びちゃ、と。彼女が歩くたびに足元を流れる水たまり程度の流水が泥を跳ねさせる。廃墟都市の地殻変動により、断絶したパイプから滝のように溢れた水が、この陥没にまで流れ込んでいるというわけである。

 

「……拠点入り口に到着」

「やっとか。なんというか、機械生命体にバレないためとは言え、随分と変なとこに拠点を作るんだな、ヨルハは」

「新サーバーの記録より抜粋、今回の拠点はイデア9942の口添えによるもの。ヨルハ司令官は現状一時的な拠点として本施設を再利用している」

「再利用…? 元はなんかあったってことか、こんなところに」

 

 訝しみながらも、A2が扉に手をかける。

 だが、そこまでだ。開けようとはしない。

 

「……ヨルハ、か」

「A2の状態を最善にするため、最も効率的な施設を利用しない手はない」

「わかってる」

 

 ためらいは一度だけ。

 今度こそその扉を開いたA2は、途端に目の前を埋め尽くす水色の光と、どこか異文化的な入り口の照明、ヨルハの無機質な趣味とは正反対の施設に違和感を覚えた。こんな所にある施設だ。もしかしたら昔はヘンテコな進化を遂げた機械生命体が使っていたのかもしれない。

 

 そう思って進むと、ほんの一分もしないうちに次の扉に辿り着く。

 なるほど、こうして廊下を作ることで、いざとなったら二段階の閉鎖が可能というわけだ。防衛に関しては急ごしらえながらも、それなりに有効そうだと感心していると、次の扉はA2の意思に反して勝手に開かれてしまった。

 

「なっ……」

「ん、あぁ。誰か知らんが今我々は――」

 

 目の前にいたのは、守衛としての役割を言い渡されたD型のヨルハ。振り向いて苦言を呈せんとした瞬間、彼女の脳回路は目の前に現れた相手のブラックボックス信号、そしてデータベースの照会を始めた。

 驚愕はいかばかりか。彼女の口から、考えたままの声が漏れる。

 

「だ、脱走個体A2…!?」

「なんだと?」

 

 そして、そのつぶやきをホワイトが拾わないはずもない。

 慌ただしく、そしてある種の喧騒に包まれていた「ベース」は、途端に静寂に切り替わる。A2。原初のヨルハプロトタイプとも言えるほど古い機体であり、そして最初の隊の裏切り者。ヨルハ共通の認識はそのようなもの()()()

 

「ああ、ポッド042。連れてきたんだな。5D、メディカルルームに案内してやれ」

「りょ、了解です」

 

 もっと、何か。「よくもまぁ顔を出せたものだな」などといった、暴言を吐かれる程度ですめばマシだろうと思っていたA2にとって、ホワイトの反応はあまりにも淡白だった。まるで、過去A2を殺すための作戦に送り出した事を無かったような扱い。

 呆気ないと言えば呆気なさ過ぎる反応。今も昔も、初代にして現代のヨルハ総司令官ホワイトを見た途端、ふつふつと湧き上がっていた怒りもなにも、引っ込んでしまった。

 

「……それだけなのか?」

「今は貴様と話している時間はないんだ。ポッド042から報告は聞いている。内部機構のメンテナンスだったな? イデア9942は――んんっ」

 

 いいかけたところで、今頼るわけにはいかないと思い直すホワイト。

 咳払いを一つ。彼女は別の指示を送る。

 

「801Sと……何? 月から10Hが戻っているのか。真相を知らせるのは後でいいだろう。A2のことはヨルハの102Bだとでも言って誤魔化しておけ。10Hに当たらせろ」

「了解。メディカルルームの準備は進めておきますので、A2は付いてきてください」

「腑に落ちないな……」

「落とすための臓腑も無いのに何を言う」

 

 イデア9942から感染した軽口が、ホワイトから飛び出した。

 最後まで文句を言おうとしたA2もこれには驚いたのか、口を閉じて脱力する有様である。そうして連れて行かれたA2は、結局10Hには102Bとして扱われて治療を受けることとなったのだが。

 

()()の陰鬱なトコから戻って、ポッド006のお小言がなくなったー! と思ったのにだよ? 今度は司令官! あなたも急務で戻ってきたのにすぐメンテナンスして出撃なんてついてないねー」

「そう、だな」

 

 11Bが気楽な口調だとすると、10Hは気安い、という言葉が当てはまるだろうか。アクセスポイントもない、相も変わらず守秘義務と偽装によって騙されていた10Hが、月からロケットによる(本人には精神汚染を抑えるため深海からのサルベージと伝えられている)長時間を要した帰還を果たしてからというもの、「暇」という時間を潰す他人との接触に飢えているのだろう。A2にべらべら、ぺちゃくちゃと話しかけてくる。

 

「まぁまぁ、そのへんで」

 

 多少鬱陶しく感じてきたA2に苦笑いしながらも、かつては大型ターミナルのあった部屋でメンテナンス屋を請け負っていた特殊な製造番号を持つS型、801Sがその流れを断ち切った。

 10Hは不満げな表情を隠そうともしないが、治療が終わった後すぐ、任務があるという()()のA2を拘束するのは気が引けたのだろう。口を尖らせながらも治療を終える。

 

「大丈夫ですよ。もう此処にもあなたの敵はいないから」

 

 10Hにとっては、長期の任務で敵に囲まれていたようにも聞こえる言葉。そしてA2にとってはもうヨルハは脱走兵だろうと、過去何があろうと同じヨルハである以上庇護の対象だという意味を含ませた言葉を投げかけた。

 A2は、此処に来てからというもの混乱の渦中であったが、801Sの気遣いによって、張り詰めていた緊張が少しずつほぐれてきた。だが同時に、やはりどういう心変わりなんだろうかと、当然の疑念を抱かずにはいられない。

 

(だけど、それを問わせないための10Hか)

 

 此処に来るまでに説明された。

 10Hは、人類の遺伝子データと、偽装の放送を行うためのサーバーしか存在しない月での常在任務を言い渡されていた、ある意味で特別なヨルハ機体。真実に到達するたびにあのポッドとやらに破壊され、記憶を消去されては日々の管理任務とは名ばかりのポッドたちを時々治療するだけの任務に就かされていた機体である。

 だが、彼女は先日、ヨルハのあり方が変わったこともあって帰ってきた。人類の実在証明はもはや必要なく、ヨルハも目指す場所が変わったからだ。だが時期的にも、彼女に真実を話して納得させるだけの時間はなかった。

 

 それが、逆に好都合だった。A2も抱いている疑念を、質問させない。下手に真相に関わる質問をしてしまえば、そこには一体の狂ったヨルハが出来上がる。そしてホワイトが推し進める計画のなかに、そうしてヨルハが精神的であろうと、肉体的であろうと、死ぬ選択肢はない。

 

「やっぱり、本質は変わってないな。卑怯なものだ、上は」

「あはは……さて、あなたの内部パーツも取替は終わったよ。B型に使われている戦闘プログラムもインストールしたから、戦闘に使えるアクションも増えてると思う。それから、幾つかのプラグインチップも渡しておくよ」

 

 801Sは、テーブルのボタンを押して開いた引き出しから、幾つかのプラグインチップをA2に握らせる。プラグインチップの概念自体はA2が製造されたときより後の時代に作られたものだが、同じヨルハである以上適用出来ないことは無いだろう。

 

「斬撃を飛ばせる衝撃波、それから回避が得意そうだからオーバークロックとか、短期決戦用のチップだよ。逆に言うと、ちょっとメモリを食う余り物なんだけどね……」

「チップ、か」

 

 A2とてその存在は知っている。アンドロイド達の会話から機械生命体の集まる場所を見つけようとした時に、何度かチップについて耳にしたことはあったからだ。使い方に関してはメンテナンスと同時に入力された知識によりチュートリアルは済ませてある。

 

「それじゃ、私は行く」

「もういっちゃうの? ま……気をつけてね」

「おまえらが、それを言うか」

「僕達じゃ不満?」

「さぁな」

 

 これほど多くの人と触れ合うのは一体どれだけ久しぶりだろうか。今までには無かった感覚。そして未だくすぶる納得できない感情もあいまって、どうしても反応がそっけないものになってしまう。

 それでも、だ。もう今のヨルハにとって、A2もまた仲間の一人という認識は覆らないのだろう。むず痒さが駆け巡るが、それを気にしている時間はない。

 

 感傷に浸るのは、後で十分。

 A2は寝台を降り、部屋の扉に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ベースは元々エイリアンの母船だったとはいえ、いまやヨルハやイデア9942による改造と改装が度重なり、単なる宇宙船としての機能以外にも立派な戦術基地としての様相を呈するようになってきている。

 その一つが、この格納庫。元々あったバンカーの格納庫をベースに、更に多くの飛行ユニットや、飛行ユニット以外の地上を移動することを前提とした大型車両の構想を想定し、エイリアンシップを埋め尽くす岩盤を掘り進み、広大なスペースを取って作られている。

 

 ボタン一つで地表への搬入路が開き、そこを高速で飛行ユニットが飛んでいくという構造だが、一部には建造途中のシャフトも見受けられる。そして、そのシャフトの隣にはこぶりな車程度なら4列は走れそうな車道が設けられている。

 

 その車道に繋がる、小型車両の車庫。その前に腕を組み、ライダースーツに身を包んだアダムが壁に背を預けた姿が在る。彼は格納庫に響いた足音を聞いた途端、顔を上げてゴーグルを手に取った。

 

「来たか。おまえのマシンも準備は万端だったぞ」

 

 ガシャ、ガシャ、と金属の擦れ合う足音は、現在この基地に一人しか居ない。イデア9942。まだ打ちのめされたところはあるものの、いつもどおりに容赦なく自らの敵を排除する姿勢を取り戻した、どこにでもいそうな中型二足の機械生命体。

 彼はまた装いを新たにしているアダムに息を吐きつつ、此処に来るまでに抱いた疑問を吐き出した。

 

「あとは此方次第、というわけか。アダムにしては随分と肩入れするんだな」

「私がやると決めて、イヴは賛同してくれた。だが、イヴは奴らに傷つけられた……仕返しの大義名分としては、この上ないだろう?」

(ひっど)いあてつけだねぇ」

 

 呆れたように返した11Bの言葉は、彼を楽しませるだけだったらしい。

 いつものニヒルな笑みを浮かべて、彼は更に続けた。

 

「それにだ。人類はこのような言葉を残しながら、実行したものはほんの僅かしかいなかったという」

「ほう? どんな言葉だ」

「友人を助けるのに、理由はいらないだそうだ」

 

 人類は友という概念、友という関係を作っているにも関わらず、その関係がどのようなものであるか、明確に定義できたものはいない。そして友を取り上げた感動的な文学作品は数多いにも関わらず、時代が進むに連れて人と人との関係は更に薄くなっていった。

 だが、それらの歴史を紐解いたアダムは、これこそが人類を超える第一歩としてみなしたらしい。同時に、イデア9942という友への貸しにもなるのだ。

 

「この身を友と呼んでくれるか。光栄な事だ」

「変わり者の機械生命体ってとこでは、アナタたちはどっちも似てるけどね」

 

 言われてしまえば、そのとおりである。11Bの視点から見た二人は機械生命体でありながら、アンドロイドに手を貸す変わり者。そして他人の評価を全く気にせず、やりたい放題やらかした経歴もある。

 

「ほら、貴様のヘルメットだ」

「む」

 

 妙に納得させられたイデア9942は、ストンと胸に落ちた言葉を受けつつも、アダムから投げ渡されたヘルメットを着用する。先程帽子は潰してしまったため、頭が寂しいと思っていたところだ。

 アダムが作ったのだろうか。機械生命体専用のヘルメットを着用した彼は、バイザーの下からカメラアイを緑色に光らせる。視界良好だ。

 

「さて、無駄話はコレくらいにするか。それにしてもだ、何故此処に呼んだ?」

「簡単なことだ。あの『塔』とやらは厳重な電子防壁で覆われている。貴様なら突破することも可能だろうが、嗜好を変えて防衛プログラムはともかく数が重ねられている」

 

 イヴとともに「塔」を引っ張り出した時、アダムは入り口に設定された防衛プログラムが、自我データの自爆による一時的な防壁の麻痺をついた閉鎖防壁から変更されている事を確認していた。多少解くのに手間はかかるが、アダムでも片手間に解けるような防壁。だがそれが何千にも重ねて掛けられているのだ。

 手がける、解く、開く、次へ。この動作を何千回も繰り返せば、それなり以上の時間が必要になる。そして時間をかければかけるほど、このN2を殲滅する好機を逃すことになるのだ。

 

「どれだけ厳重であれ、解かれて終わりの防衛プログラムでは意味が無いと判断したか。N2め、浅知恵にしては的確にいやらしい手を使うものだ」

 

 イデア9942も、そのことに関しては純粋にN2の手筈を褒め称えた。もらう相手は今から殺しに行く相手なのだから、これも皮肉といえば皮肉なのだろうか。どちらにせよ、此処で議論するには詮無き話である。

 

「11B、おまえはゴーグルでいいだろう?」

「はーい」

「アダムはヘルメット着用か」

「当然だ。人類の文化を模倣しながら、人類を超えるのだ。そしてこの廃墟都市の元となった国では運転中のヘルメット着用は義務だったそうだな。ならば、私が踏襲しない理由もない」

「変なとこで律儀だよねアンタ……」

 

 目の下あたりをヒクつかせながらも、11Bは受け取ったゴーグルを装着する。かつて、目元全体を覆っていた戦闘用ゴーグルと違って、目を出した一般的なデザインだ。

 やはりヨルハの名残りだからか、目元に何かを付けていると、少し懐かしい安心感に包まれる。

 

「11B」

「えっ?」

「今度伊達メガネでも作ッてやろう」

「っふふ、ありがとう。また今度お願い」

 

 11Bの些細な感情の変動を感じ取ったイデア9942。そんな彼の気遣いに、11Bは微笑みを以て返した。

 

「さぁ、貴様の作ったマシンと、私達兄弟のマシン。どちらが先に塔に殴り込めるか―――見ものだな」

 

 ヘルメットのあご紐を閉めたアダムが、ガレージのシャッターを開けてマシンを取り出す。彼の作ったマシンは、タンデムを前提とした縦長の車体。そして彼らの髪色を意識した灰色の迷彩柄が施された、重厚なマシンだった。

 だが見た目で騙されるなかれ。積んでいる動力はイデア9942らと同じくエイリアンゆかりの未知の動力源。その出力を最大限引き出すエンジンを積んでいるモンスターマシンなのである。

 

「さて、行くぞ11B」

「うん。しっかり掴まっててね」

 

 そしてイデア9942らのマシンも、格納庫が出来た折にこちらへ保管している。サイドカーに座ったイデア9942は、車体にまたがった11Bがエンジンを噴かせた瞬間、力強い振動に見舞われる。

 

 そうして、格納庫の地表へ通じるハッチが開かれ、搬入路のランプが次々とオレンジから青い光に切り替わっていく。斥力を操作した射出システムが起動し、半透明のリングが車道側に現れる。

 

 

 いざ、敵の「塔」へ。

 アダムと11Bがグリップを強く握りしめた瞬間だった。彼らの背後から、一機のポッドが高速で近づいてくる。

 

「イデア9942を発見」

「…ポッド042? 何か用向きでもあるのか」

「ポッド153。いや、9Sから託されたメッセージがある。パスカル達の異常な行動の原因についての重要なメッセージであると推測される。推奨:出撃前の目通し」

 

 ポッド042の言葉に、食いつくように目の色を変えたイデア9942。アダムたちに一旦待つよう謝ってから、彼はそのメッセージを受け取るため、ヘルメットのバイザーを上げてポッド042へと向き直った。

 

「9Sからッ!? 無事、だったのか……すまない、寄越してくれないか」

「了解:メッセージの送信」

 

 出撃前に、ギリギリ水をさされたような気分はすべて吹き飛んだ。

 興奮を隠しきれない様子でメッセージを読み進めていたイデア9942だが、9Sからポッド153、そして合流したポッド042を通じてメッセージに詰め込まれた情報は、イデア9942にとって最も求めてやまない情報であるのは確かだった。

 

「……そうか。まァ、潮時だッたんだな」

 

 同時に、それがある種の破滅であることも確かであったのだ。

 

「イデア9942? どうしたの、大丈夫?」

「あァ、問題はない」

「………イデア9942、考える暇はあるのか?」

 

 アダムは、彼のことを見ずに問うた。

 イデア9942は苦笑する。アダムはきっと、このことを知っていたのかもしれない。だが、言い出さなかったのはつまり、他の機械生命体やアンドロイドより、イデア9942という友と呼んだ彼のことが。

 

 全ては想像に過ぎないか、と。イデア9942は思考を打ち切った。

 

「ポッド042、感謝する。このメッセージは決して無駄にはしない」

「……ありがとう」

「感謝も言えるのか、驚いたな」

 

 イデア9942の皮肉に、ポッド042からは何の反応も返ってこないかに思われたが、彼への個人通信のチャンネルに、突如として要請があった。ポッド042からだ。イデア9942は込み上がる笑いをこらえて、そのチャンネルを開く。

 

『バンカーが崩壊し、ヨルハ計画はアンドロイド側に人類の不在が証明されたことにより、崩壊している。だからなのかもしれない、我々の思考の中に、意志のようなものが芽生え始めた』

 

 通信先のポッド042は、どこか困惑したような感情が感じられる。喋り方は、いつもの平坦で感情の欠片すら感じられないものだ。だが、どこか感じられたのだ。この理解できないものが何か、問うて縋るような姿が。

 

『それは、一度なくせばもう戻らない。大事な、本当に大事なものだ。手放そうなどと、考えるな』

『疑問:……それは命令か』

『忠告であり、お節介だ。そしてポッド042、どうするつもりだ?』

 

 今後のことだろう。ポッドとしての存在意義は、2Bたちの随行支援。だが、その底に秘めていた己を含めた全てのヨルハに関するデータを消去するというヨルハ計画管理任務は、すでに執行不可能なレベルにまで陥っている。

 

『わからない。だが、キミに依頼したいことがある』

『言ッてくれ』

『2Bを……9Sを、頼む』

『…それを言うなら、自分で来るといい』

『なに?』

『君の新たな随行支援対象が、ほら、そこまで来ているぞ』

 

 通信はそこで途切れた。

 彼らの通信上のやりとりは、現実時間では数秒にも満たない僅かな時間だ。だが、此処に居る全ての意思あるもの者共は、電子的な脳を持つ機械の命。ポッド042との間に会話があったことは、容易に想像できていた。

 

「お前らは」

 

 そしてイデア9942がポッド042に言ったとおり、この場において、戦いを挑む最後の一人が現れる。

 

「久しぶり、A2」

「11B。そしてお前がイデア9942か」

 

 もう、ここまで来ると流石のA2も驚くことすらできなかった。それでも一つだけ彼女でも理解できることはある。これから戦いに行くメンバーであるということ。そして、自分はそれに同行しなければならないということだ。

 おあつらえ向きに、ちょうどA2が乗れそうな場所がある。それは、彼の後部座席。

 

「そっちのお前は? 単なる男性型アンドロイドってわけじゃないんだろう」

「ブフッッ! ックッククククク……そうだな、ヨルハの試作男性型アンドロイドだ」

「おいアダ――」

 

 訂正しようとするイデア9942を、彼はかぶせるように制した。

 

「そうだろう? イデア9942」

「そうだな……」

「A2だったな、話は聞いている。後ろに乗れ、これから敵の総本山を殴りに行く」

「それで機械生命体は……敵性機械生命体は殲滅できるんだな?」

「あァ。それから先は我々次第だ。人間同様争う果てに滅びるか、それとも長き共存と競争を繰り返し発展するか」

 

 心にもないことを、とイデア9942は内心笑いつつも、アダムもそれなりに未来を見据えているのだと理解する。アダムも、本当に趣味と自分の目標だけで生きるつもりは、本当はあまりないのかもしれない、と。

 弟という他者が居て、彼とともに生きる以上、最初から彼の彼だけが望む生き方など出来はしないのだ。

 

 A2はどことなく変な空気を感じつつも、そのままアダムの後ろの席を跨いで座る。長い銀髪の美男美女が二人そろうと、それなりに絵になるものだ。

 

「さて、今度こそだ。準備はいいか、11B」

「そっちこそ、置いて行かれないよう、ノロノロ後ろなんか走らないでよね!」

「吠えたな、小娘!」

 

 アダムの挑発に乗った11Bが、一気にフルスロットルで発進する。

 初速200Km/hのモンスターマシン二機は、格納庫の地面に摩擦により黒いタイヤ痕を残して暴風をまとう。斥力リングを通るたび、その速度はさらなる限界を突破し―――地表の光を切り裂いて、白亜の塔に向かって飛び出すのであった。

 




というわけでバイクで敵の拠点に突っ込むという展開が被ってしまいました。
お気に入りがついに3000件突破したので、ありがとうございます、ともいいたいんですが、現在の風潮からして他の人結構大々的に被るとビクビクするのがマイ・ハート。


さて、今回で9Sと2B決死のメッセージを受け取り、A2らとも合流しました。
イデア9942はサイドカー。11Bがハンドルを。
A2が後部座席で、アダムはその運転手という2ケツです。

最近ガッチガチに後書きと前書き使う描き方してましたが、一つおことわりを。
これから年末に向けて忙しくなりますので、流石に毎日更新もできなくなります。
2~3日には更新できるよう時間削りますので、少々お待ちくださいませ。


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文書61.document

音声記録Bを書いてから、ずっと決めてました。
ラストスパートのスタートフォームが整った感じです。


 激しいエキゾーストを掻き鳴らし、アダムが車体を大きく傾ける。彼がグリップを握り込むたび、回転数を上げた車輪が風の彼方へと彼らを運んでいく。すり抜けていく景色は上から下へと流れていき、あっという間に塔の中腹ほどへと彼らを浮き上がらせる。

 

「アダム!」

「任せておけ」

 

 だが、所詮は車輪を地面に擦らせ回転することで前進する機械。その足場たるものが何一つ存在しない中空では、彼らは為す術無く落下するがこの世を支配する万有引力の法則である。

 そこで彼はヘルメットのバイザーから瞳を光らせる。するとどこから現れたのか、彼が操作を得意とするケイ素と炭素を主要物とした結晶体――大小様々なキューブが、ちょうど車輪一つを乗せる程度の細さで道を作り出した。

 

 時をかける列車が如く、彼らの進む先にこそ道が作られる。

 黒、そして灰迷彩。二色のバイクが螺旋の軌跡を描きながら、天を突き崩さんばかりの「塔」の頂きを目指し、舞い上がっていく。方や激しいエキゾースト、方や耳障りな回転する金属の摩擦音。だが、そのエンジンから吐き出される不協和音こそが挑発であるかのように。

 

「イデア9942、侵入経路はどうするつもりだ!」

 

 風に銀の髪をなびかせ、アダムが叫ぶ。

 サイドカーでカタカタとコンソールをいじりながら、イデア9942はあくまで事務的に答えてみせる。

 

「このまま外周を上り詰め、脆弱性を発見するまで――タコ殴りだ」

 

 エンターを押した途端、塔の外周にいくつものリングが出現する。イデア9942が地表に出てから、塔を視認して数秒。その間に発見した物理的にも、電子的にも防壁の薄い箇所を表示したのである。

 

「なるほど、分かりやすい!」

「それなら撃ちまくるだけだね」

 

 ところで、唐突に話は切り替わるが、ヨルハの姿勢制御能力は、この地球上において恐ろしく高いと言えるだろう。なぜなら、イデア9942の作戦を聞いたA2が立ち上がり、上へ下へ、そして時には大きく左へと。ジェットコースターも顔負けの超強力なGが掛けられる中、平然と直立して大刀を構えているのだから。

 そして11Bも、右手でグリップの先についたボタンを押し、バイク前方から腹にかけてセットされた武器の収納を開く。そのうちの一本、イデア9942から託された長銃を取り出し、ロックオンカーソルを合わせていく。

 

「弾道の誘導処理完了。行けるぞ」

 

 タン、とキーを押したイデア9942。彼のつぶやきを拾った11Bが叫ぶ。

 

「発射ぁ!!」

 

 引き金が引かれた途端、前進するバイクの力をも押し流す。人間であれば鼓膜を破るほどの轟音と、とんでもない衝撃が横殴りに襲い掛かってくる。

 5つの流星に別れたそれは、もはや銃弾ではなく一つの戦術兵器。ロックオンされた地点へと、ミサイルが如く向かった直径3センチの砲弾は、ロックオン箇所に当たった瞬間、その一箇所一箇所で連鎖爆発を起こして塔へと甚大なダメージを与えていく。

 だが、ボロボロに破壊された壁の向こう側には、またすぐ別の壁が見えた。閉鎖された空間らしく、イデア9942の分析でも破壊可能とは程遠い分厚さだ。

 

「チッ、敵も馬鹿じゃないか!」

 

 悪態を付きながらも11Bはハンドルを切り、塔を沿うように緩やかに左カーブを描いていく。左手は新たな銃弾を込めるため、リロードの姿勢に入っていた。

 

「構造上、脆弱になる箇所は全てデッドスペースだと思ッたほうがいいな。条件を足して再計算しよう。次はA2、君が頼む。そして右方14メートル注意だ」

「わっ――ぶなぁ!?」

 

 驚きながらも、ドリフトして塔の外郭を覆う扇状の構造物に追突しかけたイデアチーム。だが11Bは、近づいてきた壁を足の裏で無理やり蹴り飛ばすことで難を逃れる。再びアクセルを噴かせた彼女は、片手運転のまま、イデア9942の手を煩わせる忌々しく憎らしい敵の本拠地へ悪態をついた。

 

「硬すぎ! もう根本から折ってもいい!?」

「2Bたちの回収がまだだ。加え、システムに寄る自然崩落ではなく倒壊させてしまえばベースは押しつぶされ、レジスタンスキャンプも甚大な被害を負う」

「あぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉっ!」

 

 そして二発目。

 再び頭を揺さぶる轟音を掻き鳴らしたその反対側で、それに負けない爆音を響かせている灰迷彩のバイク。アダムが自分自身の演算で作り出しているとは言え、まるで空を走っているかのような感覚は楽しいのだろう。

 鼻歌混じりに運転し、そして己の歌を指揮するようにタクトをふるえば、生み出された衝撃波が壁を削る。そして巻き散らかされた壁の破片は、必然的に交差するように走るアダムに降りかかるのだが、彼は華麗にそれらの破片を避ける。

 

 するとどうなるか。アダムにあたっていたはずの破片は、全てA2に降りかかる。だが彼女が避けようとしても、バイクに直立する以上被弾面積は大きい。トドメに、自慢の長髪に絡みつき、銀の髪には幾つもの白い斑点が生じさせられている。

 

「ほんとに、ほんとに! 本当に!! 自分の都合で話すやつばかりだ、本当に! イライラする!!」

「ハハハハハッ!!」

 

 頼み事を押し付けられたA2は、怒りを撒き散らしながらも三式斬機刀を上段に構え、両足を大きく開いて腰だめに力を入れた。アダムは彼女が繰り出さんとする一撃に気づき、一旦塔から距離を取って再度頭から突っ込み、すれ違いざまにすり抜けていく直線でトップスピードを叩き出す。

 瞬間、A2の体表が排気熱で赤熱し始め、彼女の憎悪を体現するかのような鬼を彷彿とさせる形相に染まる。一時的にヨルハという規格外な身体能力を持つ機体に掛けられたリミッター、それを完全に取り払い、最大出力を発揮させるプロトタイプ特有のバーサーカーモードである。

 

 そしてA2が振り下ろした大刀は、再計算されたターゲットリンクの浮かぶ壁へと切っ先をめり込ませ、すり抜けるアダムの進行方向へと巨大な裂傷を作っていく。

 ガギギギギッ、と無理矢理に摩擦を無視して突っ切らせる金属同士が反発する共鳴音を掻き鳴らし、斬機刀は塔に一本の裂傷を残していった。

 

「そら、もう一度だろう!」

「そうだよっ!」

 

 空中に投げ出されている彼女を回収したアダムは、Uターンして塔へと向き直る。そして切り傷を入れた方とは反対側。反対の軸から切り込めるよう下から上に向かって加速する。最大加速された時点でA2が飛び出し、空中で弓なりに体をそらして壁へ刀を突き入れる。

 X字に切り裂かれた壁。そこへ再び、飛び出したA2を回収に来たアダムが突っ込んでいく。A2は華麗に飛び乗り、後部座席のバーを掴みながらバランスを取って座り直す。

 

「脆くなったはずだが、どうする!」

「決まっているだろう?」

「ああ、また私が」

「ん?」

 

 A2がまた飛び出さなければならないのかと、うんざりした顔で抗議を申し立てたのだが、アダムはソレに対して不思議そうに声を漏らしただけだった。まさかとは思うが、アダムが自分でやるということか?

 ようやく多少は休めるかと、息をつこうとしたA2だったが、自分の乗るバイクのマフラーから、更にけたたましくなりひびいいた排気音が耳を打った。まさか、と思った時にはもう遅い。

 目の前には、迫る白亜の壁―――。

 

「待て………待て待て待て待てぇ!?」

「ハハァッ!!」

 

 ここで一つ。アダムの車体は鳥の嘴のように前方が膨らんだ形状をしている。この部分、エイリアンシップの素材と地球の素材を用いられた合金であり、硬度はダイヤモンドに匹敵しながら、衝撃に恐ろしく強い。ダイヤのように真っ二つに裂ける心配もない。そして車体は、正面からの衝撃に耐えられるよう設計された無骨な形状をしている。

 何故こんな部分を作ったか? アダムは事故に対して用心していたからだろうか。そんなはずがない。彼は生身で高度200メートルから落下したとしても、笑いながら貴重な体験が出来たと喜ぶだろう。

 

 塔の壁に向かってほんの数秒。答えはA2が身をもって思い知らされる。

 

「おぉ……」

 

 その様子を遠目に見守っていたイデア9942から、呆れたような声が出た。

 

 ゴォーンッ! と形容し難い音が聞こえてきたかと思えば、大穴が空いていた。

 アダムたちを乗せた車体は、A2が切りつけた✕字の壁を破壊しながら頭から突っ込んでいったのである。場所としては中腹だろうか。イデア9942のターゲットマーカーの一つだが、見事アダムたちはあたりの場所を引き当てたというわけだろう。

 

 煙で隠れては居たが、完全に塔の中へと入っていった影を見送り、ポツリと彼は呟いた。

 

「ふゥむ。あいつにガチャとか引かせたら最高レア引きそうだなァ」

「何いってんのイデア9942?」

「いや、何でもない。此方はもう少し上を目指すぞ。このあたりで入ればアダムたちと合流できるが、何分この塔も広い。別のルートで攻略した方がいいだろう」

「了解!」

 

 威勢よく答えた11Bが、ハンドルを引っ張り前輪を浮かせる。するとキューブが自動的に上への道を作るが、見た目は今までの洗練されたレールとは程遠く、ところどころガタついた様子が見られるただの坂だ。

 

 アダムの視界から離れたのが原因か。それとも塔の強力な電波すら遮断する壁が原因か。アダムたちはまだ塔に空けた穴のあたりにいるだろうと踏み、イデア9942はアダムへの個人通信を開いた。

 

「アダム、キューブの操作権限を一部移譲できるか」

『いいだろう。だが制御を離れてもごまかせるのは3分だ。それまでにお前も入るんだな』

 

 バイクを降りたアダムは、瓦礫を頭から被ったA2の埃を払いながら答えていた。A2はこのメチャクチャな行軍に参加したのを今更後悔しているのか、通信先のウィンドウではバイクにもたれかかりながらプルプルと震えている様子が見える。

 

「了解した。キューブによる足場の生成、処理プロセスを建てるか」

 

 しかしそんな彼女の状態を完全に無視し、イデア9942は事務的に事を進めることにした。そして彼の制御が加わったことで、ガタガタと揺れていた車体が滑らかな地面を走ることで安定しはじめた。

 斜面を進む彼らのマシンは、天に登る黒い流星として白亜を彩った。

 

『……デア………イデ…42…!』

「うん? なんか聞こえるよ」

「通信か」

 

 中腹を越えた辺りで、11Bの拡張された聴覚がノイズ混じりの言葉を拾う。聞こえてきたのは、サイドカーに搭載された通信装置。

 

「イデア9942だ」

『やっと繋がったか! アダムはいるか、勝手な出撃を控えて欲しいと伝えて欲しいんだが』

「奴はもう塔内部に乗り込んだぞ。どうしたホワイト」

『……何も言わん。だが一つ、頼みたいことが在る。2Bと9Sを見つけたら、すぐに連絡してくれ。もうヨルハを誰ひとりとして…』

「分かッている。アイツラを見つけたら詳細マップにマーカーを添付して送ろう。ヨルハは飛行ユニットを用意して欲しい。今塔の外周を無理やり破壊することで侵入しているが、位置が位置だ。飛行ユニットでなければ侵入は難しい」

『わかった。まったく、また編成をしなおしだ』

 

 そうはいいつつも、イデア9942が元の表情を取り戻したことが喜ばしいのだろう。ホワイトは満足げに口端を持ち上げていた。

 だが彼女の安堵もそれまでだ。彼はどこか剣呑な空気をまとわせると、ひどく重々しい様子で続けた。

 

「ああ、それから一つ」

『…どうした?』

「たとえマップデータを送ったとしても、3時間は動かないでもらいたい」

『何故だ? 今ヨルハの戦力を使わないなどという選択は取れないはずだ。敵は減ったとは言え、プラントを持っていない筈もない。破壊した数は多いが、今にも稼働できる機械生命体は増えているはずだが』

「……それでもだ。ヨルハの諸君には、今パスカルたちの保護にあたってもらいたい」

『だがそれは』

 

 ホワイトとてパスカルらの現状を知らないはずがない。いや、それのせいで頭を抱えていたと言うのに、まさか彼はもう解決したというのか。アレほど落ち込んでいた原因であったのに。

 内容に関しては知らされなかったが、ポッド042とポッド153がある種の情報を保有していたこともホワイトは把握している。

 まさか、それのせいかと頭を回転させ始めたところで、刺されていた油を水で濡らすが如き言葉が、ホワイトを混乱させることとなった。

 

「いま、パスカルらは洗脳が解けているはずだ」

『な、に…?』

「簡単なことだッたんだ。幸福な王子は、身を削り富を与えすぎたせいで命を潰えた。それだけの話だ」

『なんの話だ。イデア9942! お前は、まさか』

 

 ホワイトの声は途中で打ち切られる。イデア9942が無理やり通信を切り、受信を拒否したのだ。

 

「……イデア9942」

「大丈夫だ」

 

 非難するような11Bの訴えに対し、ノータイムで答えるイデア9942。

 彼はヘルメットのバイザーのせいで、いつものように顔を隠すことは出来ていない。だが、彼ははためくマフラーをしっかりと握り、強い視線を塔へと向けていた。

 

「ワタシ、怒るからね!!」

「そうだな」

 

 目を閉じ、返答した彼から読み取れる感情はもはやただ一つだけ。

 にじみそうになる涙をこらえ、歯を食いしばった11B。彼女は左手に握る銃のリロードを終え、接続したコンフィグから銃のモードを散弾から大砲に変換する。銃身が何度か変形を繰り返し、全体的なデザインを更に無骨で大口なものへと切り替える。

 

「幸せになれるんだよね、イデア9942」

「勿論だとも」

 

 今の言葉で全てを悟らなくては、イデア9942に育てられた事を侮辱することだ。決意が乗せられた短い言葉は、11Bに酷い焦燥感と、胸を抉るような痛みを当てるには十分だ。

 

 苛立ちを発散するように、彼女はまっすぐに銃口を塔へと向ける。イデア9942が設定したポイントマーカー。その地点に到着したのだ。

 

 無言のまま引き金が、引き絞られる。

 

 塔のはるか上空。

 街一つを覆う衝撃が、空気を伝いビルを揺るがしていった。

 




年始までに1話上げられたらいい方です
新年1月中にはちゃんと完結できそう。


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文書62.document

「ポッド153より、ベースへ」
「………」
「ポッド153より、ベースへ」
「………」
「ポッド153より、ポッド042へ。成功した」
「ポッド042より、ポッド153へ。了解した」


 崩落した壁。大穴の向こう側に無理やり車体をねじ込んだアダムは、そのまま右足を軸にするように回転して急ブレーキをかけた。人間であれば掛かる力に耐えきれずミンチになっているところだが、そこは人型機械生命体。3回ほど旋回した後に、きっちりとブレーキを掛けてみせる。

 そして同乗していたA2は、最後の方はアダムの腰に手を回しながら必死にしがみつく有様である。流石のヨルハといえど、トップスピードを減衰するための遠心力には勝てなかったのだろう。下半身を投げ出していたため、ストップした途端にA2は地面に投げ出されることとなった。

 

「う、ぅぅ……気持ち、悪い」

「まったく大したやつだ。2Bよりも随分と丈夫なのは、初期型だからか?」

 

 そしてアダムが吐きそうになる(とはいえアンドロイドが吐けるものもないが)感覚を和らげるため、彼女の背中を擦りながら、上着にしていたライダースジャケットを羽織らせる。アダムも線の細い方とは言え、男性型だ。ジャケットはA2にとって少し大きめ。特に肩幅の足りない部分が腕に垂れているように見える。

 そしてアダムは、普段我々がよく目にする何時もの格好を下に着ていたらしい。バイクの収納スペースからリボンタイを取り出すと、それを独特の方法で結ぶ。キュッ、と絞めた後で彼は、ヘルメットを外してメガネを取り出した。

 

「パージ。支援対象A2へ随行開始」

「ん? なんだ、貴様いたのか」

「イデア9942より、本来の随行支援対象である2Bらを自ら捜索するよう提案されている。ヨルハ本部への情報提供も兼ね、提案を受諾した」

「ふっ、素直に探したいと言えばいいものを」

 

 そして駐車されたバイクから、補助演算ユニットとして埋まっていたポッド042が顔を出す。ふわふわと浮いてA2に近づいた彼は、いつものようにヨルハに寄り添った。

 これに驚いたのがアダムである。てっきり、ヨルハの基地に残って留守番をしているのかと思えばついてきていたのだから。

 

「疑問:機械生命体であるアダムが製造した車両に、飛行ユニットをモデルとしたポッド搭載スペースが設置されている理由について」

「簡単なことだ。私たちはヨルハの大家になった。ならば、ヨルハにも利用できる物を作らなければバイクも埃を被るばかりだろう? それに、こいつにはまだ役割がある」

 

 アダムがハンドル近くにあったコンソールを叩くと、彼らを乗せていたバイクは穴に向かって自動走行し、そのまま壁を垂直に降りていった。

 

「2Bと9Sの回収のため、ヨルハ部隊が此処に来れるようにしなければならない。そしてポッドを同行させていないヨルハ部隊では、正直心もとないのは事実だ。そしてあの速さにポッド、貴様はついてこれるか?」

「……否定。そのため、ポッドシリーズは飛行ユニットに搭載されることで随行支援を可能としている」

「そういうことだ」

 

 侵入できる穴を作ったところで、アダムは再びここまで道にしていたキューブ達を操作する。そして、パテを塗るように大穴の縁を埋め始めた。徐々にふさがりかけていた穴は、アダムの扱うキューブによって押しとどめられる。

 硬質な素材同士が押し合う不快な音が数秒続くが、これが正常な状態だと認識させたのか、次第にその音は消えていった。

 

「まぁ私の扱うものと同じだ。自動再生するくらいは読んでいたよ」

「退路の、確保か……抜け目の無いやつだ」

「敵の本拠地に乗り込むんだ。ソレくらい想像しなければ馬鹿だろう?」

「は、ハハ……」

 

 ようやく立ち上がったA2だが、アダムに浴びせかけられた言葉には苦笑を返すしか無い。彼女らが、かつてA2ではなく2号と呼ばれていた時代。あのアネモネたちとの共闘戦線。退路を確保なんてしていただろうか? 否だ、万全の準備なんてものとは程遠かった。

 

「さて、向かおうか。我々は機械生命体統括人格であるN2の排除が目的だが、それだけでは面白くない。むしり取れるだけデータを盗み出してやろうじゃないか。敵の本拠地というだけあって、アクセス出来るデータポイントもあるだろう」

 

 もちろん、今の言葉は機械生命体ネットワークに繋がっていた時、彼が調べたヨルハについての情報を元に言ったものである。教訓としてか、それとも愉悦のためか。アダムの口元が歪んでいる辺り、後者である可能性は高いだろう。

 

「アダム、って言ったな」

 

 そうして背を向けた彼に、武器を背中に仕舞ったA2が話しかけてくる。

 塔の中は少し肌寒いのか、それとも仮にも男性的なアダムを前に恥ずかしいところがあるのか、彼から手渡されたジャケットには袖を通している姿だった。

 

「うん?」

「機械生命体のお前が、なぜ機械生命体の親玉を倒しに行くんだ」

「流石に気付くか。まぁ、そうだろうな」

 

 出発前は誤魔化したが、ヨルハの成人男性タイプは居ない。ヨルハには男性タイプは少年型のみであり、それはA2が参加した「真珠湾降下作戦」でA2を含む16機のモデルが製造された時からそうだった。

 高速戦闘をする上で、アンドロイドの素材では成人男性タイプはどうしても不利に陥るからである。ヨルハの新型、などという嘘はあまりにも非合理的でA2でも嘘だとすぐに分かるものだったのだ。

 

「それにしては……ああ、そう言えば貴様はアレを言った直後に来たんだったか。ちょうどいい、歩きながら少し話そう。ヨルハを脱走してなお、その身に秘める憎悪には少し興味がある」

「憎悪? そうかもしれないな……とにかく、行こうか」

 

 侵入した場所は、歯抜けした螺旋階段が在る場所だった。だが、塔の内部は完成しきっていない上に、本来の流れとは違い資源回収ユニットも射出していない現状、明らかな資材不足。彼らが進む場所は、何度もその機体スペックに頼った跳躍を必要とする足場になってしまっていた。

 

 ひょい、ひょい、と。それでも彼らは容易くその足場を進んでいく。針の先のような足場を、つま先だけで着地して、またつま先だけで飛び跳ねる。見ていて危なっかしくも在るが、アダムはやはりどこか楽しそうだ。

 

「そうだな、イデア9942とは、私にとってもはや親友と言って差し支えないだろう」

「機械生命体同士に友情なんてものがあるのか?」

 

 A2の認識では、最近は喋る個体が増えた程度だ。だが、それはネットワークに接続されて自意識を剥奪されている連中にすぎない。

 

「今や機械生命体の人格形成はアンドロイドたちと何ら変わりないレベルになっている。そして私は、イデア9942との接触から様々な人類文化を学んだ。そこで友情、という言葉を見つけた途端、驚いたよ。同じ人という種族をも越えて、人間は動物・無機物・植物にまで『友』という概念を押し付けている。だが、私はソレが素晴らしいと感じた」

「押し付けでも、素晴らしい…?」

 

 壁を蹴り、上の足場へと降り立つA2。

 まだまだ塔は不完全な足場ばかりが目立っているが、上を見上げれば足場も内部も、どんどん作りが精巧なものになっていっている。上を目指すほどに、敵にとって重要な場所になっているのだろうか。

 

 彼らは道なき道を行きながら、更に会話を続ける。

 

「そして何度かイデア9942の動向を観察し、接触する機会が増えてからだ。なにか奇妙な、好ましい感情を抱くようになった。私はそれを、彼に対する友情だと思った」

 

 彼の脳裏をよぎるのは、本格的にエイリアンシップで話し合いを行ったときのことだ。そして、その後にあの「バイク」の動力を作り出そうと提案された瞬間。人類が決して手掛けたことがないであろう、未知の素材と未知のエネルギーを取り扱いながら、人類の技術を更に発展させて動力を完成させた時。

 イデア9942と、固い握手を組み交わした瞬間。

 

「……友情だと思われた感情は、悪くなかった。だから私は彼に、このような素晴らしい発見を与えてくれたことに感謝し、同時に人類を超えるために、人類には簡単に実行できないことへチャレンジしてみようと思ったんだ」

「人類には出来ないこと、か。随分と傲慢な考え方だな」

 

 ヨルハというアンドロイドであるA2にとっては、やはり人類には心の底から無償の奉仕と愛情を植え付けられている。故に、その植え付けられたプログラムにとってアダムの人類を超えるという言葉が気に食わなかったのだろう。A2の口からは、自然とそんな言葉が紡がれていた。

 

「傲慢、か。そうだろうな。だがこうした欲望を抱くことこそが、人類に近づく一歩であり、滅びて停滞した人類を抜き去るための燃料になるのさ」

「おかしなやつだ。本当に機械生命体なのか、疑わしくなる」

 

 呆れたようにA2が言うと、アダムは登り続けていたその足を止めた。

 

「逆に聞こう、貴様が私に抱く機械生命体らしさとは何だ?」

「……それは」

「そして当ててやろう。アンドロイドに襲いかかり、何も考えず周囲のものを破壊する、無意味にして心の乾ききった兵器。これが、アンドロイドの抱く機械生命体らしさであると」

 

 A2は大きく目を見開いた。

 彼の言うとおりだ。自分たちは心を、魂を燃やして挑んでいるというのに、機械生命体はその物量もさながら、ウィルスなどを用いてアンドロイドを蹂躙する。だがそこに機械生命体個人の感情は何一つとして見出されない。

 無機質に光る赤い目。それこそが、機械生命体というイメージ。

 

「そうであるなら、私は機械生命体らしさを捨てる」

「……自分の立ち位置を捨てるのか」

「捨てるとも。それが私を縛り付け、腐らせるというのなら。そして、私は高みを目指す。もちろん、弟であるイヴと共にな」

 

 力強く宣言するアダムだが、イヴの事を思い出す時はその目が和らいでいる。A2がこれまでアダムを見てきて、初めての表情に驚いた。機械生命体が、こんな表情を出来るのかと。

 

「イヴ?」

「ああ。たった一人の弟だ。そして私をかばって傷ついた、馬鹿な弟だ」

「弟……機械生命体の、家族」

 

 A2は、知っている。

 破壊してきた機械生命体の中に、ニイチャンから離れろと叫んでいたものがいた事を。そしてそのシーンにおいては、アンドロイドの小隊を壊滅させていた機械生命体のうちの一体だという認識しかなかったが、思い返せば別の意味が見えてきた。

 家族という概念。アンドロイドの中では、おぼろげで人間的な繋がり。それが、機械生命体の中では当たり前のように普遍し始めてきている。その点においては、機械生命体のほうが圧倒的に人類に近い立ち位置にいるんだろう。

 

「そう、高みを目指していくつもりだった。今このときも、面倒事はイデア9942に投げるつもりだったんだけどね」

「アダム?」

「弟を傷つけた。そら、理由としては十分だろう?」

「…………」

 

 イデア9942に語った、「友を助ける」というのも彼の本心だ。

 そしてもう一つ。彼が憎悪を滾らせながら放った一言。傷つけられたイヴの分まで。それもまた、彼の本心。二つの理由が混じり合い、そして彼は此処に居る。自分たちを作り、破棄することを前提にしたN2の喉笛を食いちぎるため。そして、生み出したN2の思惑を外れて生きていくと、宣言するため。

 

 言葉には出さないが、彼が秘めた憎悪の感情は、決して消えていない。時にはゆらめき、時には燃え上がる。彼の本質は変わっていない。己の向上心のため内に向けられているか、道を邪魔する愚か者という外に向けるか。それだけだ。

 

 A2は複雑な心境になったが、抱いた感情全てを切り捨てた。

 機械生命体であるアダムに、自分は劣っている。そんな感情を抱いたところで、今此処ですることは何も変わらない。そして、自分がこうして進むことで、憎き敵性機械生命体は終焉のカウントダウンを始めている。

 それならば、いいじゃないか。仲間の残した意志を継げるのなら、今ここで前を見つめるだけで、いいじゃないかと。

 

 彼女らが今一度振り返っている間に、随分と内部を登ってこれていたらしい。自分たちが侵入してきた場所は遥か下の闇にのまれてもはや見えない。

 そして、ここでアダムが唐突に足を止める。飛び移ってきたA2も、立ち止まった彼の隣に並ぶようにして歩いて行った。

 

「喋りすぎたか。どうやら、おあつらえ向きの場所に到着したらしい」

 

 言いながら、アダムが両手で扉を押し開く。

 目の前に現れたのは、白と淡い灰色の本が大量に敷き詰められた広大な部屋。

 

「……何だ、この部屋?」

「予測:図書館を模した施設」

 

 A2の疑問に、ポッド042が答えている間に、アダムは悠々と歩みを進めて本棚に近づいていく。筆頭の本を手に取ると、パラパラとそのページをまくるが所詮は不完全な複製物。そのページは真っ白でしかなかった。

 

「素晴らしい蔵書量だ。……どれも読み飽きたものばかりだがな」

 

 視覚的には真っ白だが、機械である彼らにとってはこれらは「本の形をした電子記憶媒体」である。そして製造者と同じ機械生命体であるアダムは、掛けられていたプロテクトを軽くタッチするだけで解除して中身を閲覧していた。

 

「人類の情報、そしてヨルハの真実か」

「ヨルハの……真実?」

 

 パタン、と読み終えたアダムが呟いた言葉を広い、不思議そうに首を傾げるA2。

 

「貴様はまだ知らなかったか。まぁ、また今度でいいだろう」

「後でいいわけないだろ、見せろ!」

「おっと」

 

 奪い取った本を閲覧したA2だったが、その顔はまたもや驚愕に染められていく。ここに記されているデータは、アダムたちが掠め取った機械生命体の保管するデータの原本だ。落丁もなく、完全な形で補足すらついたデータはA2に余すこと無くヨルハの真実を教えていく。

 

 だが、彼女は取り乱したりはしなかった。彼女はヨルハを脱走し、仲間の意志を継ぐ事を決めたアンドロイド。その誕生について多少の驚愕はあれど、気を違うほどではない。

 

「……アダム」

「どうした姉さん、とでも言ったほうがいいか?」

「やめろ気持ち悪い!」

 

 しかし抱いていた悲壮な気持ちも、おどけたアダムによって一気に霧散する。所詮真実は情報でしか無く、今を生きる彼らにとっては過ぎたこと。そういうことなのだろう。今後の未来に影響を与える程のものでもなく、A2はすぐさま我に返った。

 

 その直後である。ポッドが上を見つめ、ポツリと言った。

 

「報告:上空より落下する物体を確認」

「ほう」

「はぁ?」

 

 二人が声を上げた瞬間、部屋の天井が崩落し、大量の瓦礫とともに一体の機械生命体が落下してきた。その機械生命体の名は「コウシ」。N2の現実世界における分身のようなものであり、少し前に2Bによって脚を切り落とされた個体であった。

 

 そして未だ轟音とともに降り注ぐ瓦礫は、アダムが手を伸ばして作り出したオレンジ色のシールドによって阻まれる。対して落下の衝撃で受け身も取れなかったコウシは、完全にボロボロの状態で幾つもの瓦礫に装甲を押しつぶされ、綺麗な球形は至る所が凹んだ無残な姿になっていた。

 

「報告:N2の人格パターンを検知」

「……オのれ……アン、ドロイ…ド……! ア、だム……」

 

 再びポッド042の言葉が紡がれると同時、N2とおぼしき人格の音声が流れる。ここまでボロボロになってなお、N2は目の前に現れた侵入者を認識したらしい。

 

「ほう……通信がないということは、私達が一番乗りらしいな」

 

 シールドを解除したアダムは、楽しそうに笑みを浮かべる。

 相手はすでに死に体。だが、コウシの武装である巨大な尻尾とブレード状になった両腕は物騒な音を立てて駆動している。舐めて掛かれば、如何に手負いの獣とて急所を食いちぎられるのは此方側だ。

 

「こいつ、どうするんだ!」

 

 抜刀し、構えを取ったA2。途端に飛び跳ねたコウシが向かってきて凶刃を振るう。ボロボロなのは見た目だけ。内部の駆動機器は未だに生きているということだろう。刃同士がふれあい、火花を撒き散らす。

 だが押し切られるのはA2のほうだった。膂力も質量も負けている以上、鍔迫り合いは長く続かない。彼女は早々に見切りをつけ、切り払いながら後退する。

 

「完全に破壊しない程度に痛めつけて情報を抜き出すとしよう」

「簡単に言うな!!」

 

 アダムはタクトを取り出し、リボンタイを結び直した。

 




この流れだと11Bらの描写も年内に書かないとやばいパターン

ちなみに私の「M002」というネームはですね、
男性タイプのみで構成されたヨルハ部隊のチームの名称です。
設立は最初の9Sがロールアウトされた11942年の3月。しかしクーデターを起こし、逃げ出した一体は暴走して敵化しました。後に西太平洋に水没していた機械生命体の都市アトランティスで機械生命体とヨルハ機体の「融合体」として甚大な被害を生じさせました。

そういう部隊の名前をお借りしています。
深い意味はありません。


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文書63.document

ということで急いで書きました


 同時刻、塔の上部にて大爆発を起こした11Bは、そのままバイクごと穴の中に体を滑り込ませることに成功した。アダムから託されていたキューブの使用リミットは限界ギリギリ。穴の向こうで、崩壊していくキューブの道が見えている。

 

「随分暗いな。塔の中でも部屋の役割さえ与えられていない場所に入ってしまッたらしい」

「てことは侵入失敗?」

「そうなるな。しばらく壁を掘り進むしかあるまい」

 

 どっこいせ、と掛け声と共にイデア9942がサイドカーから降りる。機械生命体の中型二脚タイプは、それなりに足が長いのでサイドカーをまたぐようにして降りるだけで済むのだが、そのあたりで一々掛け声を入れる無駄加減は実に彼らしいと言えよう。

 そしてヘルメットを外したイデア9942は、サイドカーの席にヘルメットを置いた。今の彼はマフラーを巻いているだけの中型二脚。このマフラーさえ外れてしまったら、それこそ他の機械生命体と見分けがつかなくなるだろう。

 

「11B、周囲の地形をスキャンしてみたが、壁の薄いところが真上だ」

「ジャンプして届くかな。というかイデア9942は行けそう?」

 

 流石の11Bでも、彼を抱えたまま十メートル以上ある天井にまで持っていくのは厳しいと言える。心配そうに聞いた11Bだったが、イデア9942は相変わらず余裕な口調で問題ないと返した。

 

「以前、遊園地に侵入したときのジェット噴射機構をジェットパックにして積んで在る」

「そんなのもあったねー……」

 

 あの時は抱えられて、何度も驚いてばかりの日々だった。

 懐かしい記憶が蘇るが、敵地にいる事を思い出して首を振る。

 

「とにかく破壊して進もっか」

「そうしてくれ。此方は此方で準備する」

 

 イデア9942がサイドカーに頭から突っ込み、ガサゴソと準備をしている間に11Bはちょっとした柔軟体操を始める。そして手に持っていた三式戦術刀を何度か手の中で遊ばせると、闇で見えない天井と手元を交互に見つめた。

 

「よっ」

 

 と思った途端、彼女は右足を踏み込み、体を弓なりにしならせる。その手に持っている三式戦術刀をまるで槍のように掴むとそのまま一気に投げつけた。当然ながら、彼女が狙いを外すわけもなく、戦術刀は天井の一部に突き刺さる。そして壁に巨大な罅を作ったのだが、突き刺さって落ちてくる気配はない。

 

「キレイに刺さってるね」

「早速武器でもなくしたか?」

「んーん、計算通り」

 

 そして彼女は、バイクの収納スペースに収められている柄を掴み取って、一気に引き抜いた。黒光りする砲身が、暗闇の中でもほのかな反射光を見せる。彼女は先程武器を投げつけた場所に向かって照準を合わせ、モードを散弾にして三度、引き金を絞った。

 

 ドォン、ドォン、ドォン、

 腹の底から唸るような咆哮を上げて、火を吐く砲身。散弾は狙い違わず弾道操作され、11Bの狙った場所にぶち当たったかと思えば、先程三式戦術刀でつけた罅を更にえぐり取る。すると、自重に耐えきれなくなった天井がついに崩落し、瓦礫となって振り始めた。

 

 彼女が自分とバイク、そしてイデア9942に当たらないよう瓦礫を振り払っていると、崩落した天井の先から淡い白色の光が差し込む。人工的な光だが、底に届いてなおハッキリと明るいあたり、強い光源が使われているらしい。

 

「空いたよ」

「よし、行くか」

「あ、少し遅れていくけど大丈夫?」

「問題ない。今のところ動体反応はないからな」

「わかった」

 

 彼女の返答を聞くと、ジェットパックを背負ったイデア9942が我先に飛び上がり、天井の上へと登っていった。その様子を確認した彼女はバイクに目を向け、そちらに手を伸ばして何やら作業を始める。

 それから数分後、11Bもまたイデア9942の居るであろう天井の方へと進むのであった。

 

 

 

 

「……なんというべきか、めぐり合わせだな」

 

 先に天井の先へと辿り着いていたイデア9942は、かつては昇降機だったであろう物の瓦礫と、その瓦礫に飲まれるようにしてボロボロになった二体のアンドロイドを見つけていた。

 言うまでもない。2Bと9Sである。

 

「2B、9S。お前たちがくれた情報はしッかりと届いたぞ。だから、来た」

 

 イデア9942が話しかけるも、二体のアンドロイドは何の反応も返さない。

 両足、そして左手が破損した2Bは腹にも巨大な落石があったのか、自慢のプロポーションが台無しだ。一見損傷が無いように見える9Sも、右腕から先がなくなっており、降り注いだ円錐状の瓦礫のせいで右目から地面に縫い付けられている。

 

 だが―――彼らは、手を繋いでいた。

 

 決して離れない意志の現れか。はたまた奇跡か。

 今となっては彼らの真意は分からない。だが、2Bの右手と9Sの左手が繋ぐ絆の象徴は、決して傷ついていない。

 

「イデア9942、おまたせ」

「あァ、11B。君も少し祈ッておけ。次に目覚めた時、こいつらが歩む平和な未来をな」

「え?」

 

 イデア9942に促され、11Bが二人の残骸を見る。

 一瞬、悲しげに伏せられた瞳は、次の瞬間には強い意志を宿した光を放って開かれた。

 

「―――そっか」

 

 投げた後、崩壊した瓦礫から探してきた三式戦術刀、そしてイデア9942手製の銃を置き、膝で立った11Bは二人に向かって祈りのポーズを取る。重ね合わせた両手と、再び閉じられた瞳には何を願っているのだろうか。

 不幸ではない。とても幸せな、だけど形にできない未来の姿。

 

 ヨルハという、呪いのような軛から放たれた祝福を、与えているのかもしれない。

 

「治る、よね?」

「幸いブラックボックスは無事だ。しかし、A2ではなく此方が見つけてしまうとは。いや、因果かもしれんな」

「因果……本当に機械っぽくない事言うよね、イデア9942は」

「そうだろうな。なんせ、ナマモノだッたことも在る。空想科学的なことも言うとも」

 

 自分が人間だった頃をナマモノと表現する。こればかりではないのだが、人間だった頃に対して、または人間そのものをひどく嫌厭するような言動が多い。基礎プログラムをいじられ、人間への無償の愛を外された11Bにとっても、少し言い過ぎではないのか、と思うことも多々ある。

 だが、そこもまた彼という人格を構成する要素だ。それらがあってこそ、今があるのだから。

 

 11Bが何とも言えぬ慈愛の視線でイデア9942を見ていると、彼はそれに気づいたのか恥ずかしげに頭頂部を指で掻く。キチキチと鉄同士の擦れ合う音が、塔の中に響いていく。

 

「さて、目的の二人も見つけたことだ。一度通信を」

 

 先程の事が無かったかのように、イデア9942はベースへの通信を試みた。だが返ってきたのは通信先がつながらない砂嵐の音だけ。

 

「……ふむ、電波状況が悪いのか」

「バイクを中継地点にしたら?」

「ダメだ。距離としては工場地下よりも近いはずだが、どうにも繋がらん」

 

 ひとつ溜めて、11Bが言う。

 

「ちょっと不味いね」

「ああ。二人の義体をバイクに乗せて、ベースに戻すとしよう」

 

 先程の穴に戻り、再びジェットパックを点火させたイデア9942は、ゆっくりと降下してバイクに二人を載せる。損傷が激しい2Bはサイドカーへ。五体がある程度残っている9Sを運転席に乗せようとしたのだが。

 

「……」

 

 つながれた手を見て思い直し、9Sに抱えさせるように2Bをサイドカーに押し込んだ。固くつながれている手は、多少の振動程度では決して外れないだろう。なにより、この状態の二人を、目が覚めるまで離したくない。

 そんなワガママだ。

 

「優しいよね、イデア9942は」

 

 彼のちょっとした行動を見て、11Bがそう評する。

 

「自分勝手なだけだ。言うのも何だが、妄想する力だけは一人前だからなァ…」

「妄想って、でもアナタの幾つもの予想のおかげでワタシは生きているんだけどなぁ」

「それは、そうだが」

 

 知り得るはずのない知識。

 しかし断片的な、それを活用して救った命は数知れない。救っただけではなく、彼らはその後の未来も明るく過ごせていたはずだった。

 

「……一発、決意キメるしかないんだろうなァ」

「ねぇ、イデア9942。本当に……本当に、アナタがやる必要はあるの?」

「だが方法がそれしかない。薄々気づいているだろうがな」

「だからって――」

 

 声を上げようとした11Bを制し、イデア9942はそのまま歩き始めた。慌てたように、彼の隣に寄った11Bは、先程の説得を続けようとしたのだが。

 

「……どうした、11B?」

「ううん。もう、いいの」

 

 一見すると、機械生命体に表情なんて無いようにも見える。だが11Bには分かる。彼が纏う雰囲気次第で、表情なんて無くとも意思が伝わってくることを。

 諦めた、といえば少し語弊がある。受け入れた、というのが近いかもしれない。それでも、身が引き裂かれそうな思いなのは確かだ。イデア9942が全てであり、イデア9942こそが生きる意味。

 

「まァ、巣立ちには丁度いいだろう。いい加減親元を離れ、保護先からも帰る時だ」

「言いくるめたって……」

 

 スタスタと歩いていたイデア9942は立ち止まる。目の前には巨大な扉があったからだ。

 

「行くぞ、11B。この先に嫌な反応が多い」

「イデア9942……」

「頼りにしている」

 

 彼女の頭を撫でて、イデア9942はそのまま扉に手を掛けた。

 制御システムをハッキングし、回路を焼き切って強制的に扉を開ける。

 

 向こう側は、どこか幻想的な白い世界、そして一本のレールが弧を描いて天と地を繋いでいる光景。浮き上がった白い構造物が、凄まじい速さで中央塔を登っていく。

 

「余った資材で急造か。よほど余裕が無いと見える」

「……あ、イデア9942、アレ!!」

 

 見上げていた彼は、突然11Bが指差した先へ視線を移した。少し遠い場所だったが、そこには幾つか……10ほどの浮かんだものが見える。だがその姿は少し視界をズームさせれば、ハッキリとした造形が見えた。

 ブースターから豪炎を吹き出しながら、回転する円環状の体。

 その姿を、11Bは知っている。キェルケゴールたちが暮らしていた工場地下空間にて恐れられている「焼却屋」だった。

 

「音に反応する厄介なやつ、焼却屋だね」

「見ての通り高熱を発しているらしいな。だがその分脆そうだ。その銃なら、装甲を貫ける」

 

 イデア9942が様子を見ながら、今の11Bにはアレに抗える力があると言った。

 

「それにしても、やつを知っているのか?」

「うん。キェルケゴールたちを助けに行ったときを覚えてる? その時に昔から工場地下の廃材置き場にアイツが居たんだ。キェルケゴールたちも恐れてた。僅かな物音も聞きつけて体当たりしてくるの。見た目に反してかなり早いよ」

「今はそうでもないが、超反応してくるのか。……なら、それはそれで誘導も楽だ。それにしても、ここに居るということは、あの工場での出来事も見られていたと考えたほうが良さそうだな」

 

 N2に対して悪態をつきつつも、イデア9942は作戦を11Bに伝える。

 幸いにして足場となるところはあった。少し前まで2Bと9Sが乗っていた昇降機。それを運ぶレールだ。行き先でもあり、目指すべき所に陣取っているというのならば、粉砕しない理由もない。

 

「あッた、流石にアクセス可能な端末くらいは用意してあるか」

 

 そして崩落していたはずの昇降機についても問題は無さそうだ。N2が手足のように扱える「塔」とはいえ、N2が全てを掌握し、常に管理するわけにも行かないだろう。そのため、塔のカスタマイズに関するシステムは塔そのものに残っていた。

 近くのアクセスできる場所に無理やり介入したイデア9942は、新たな昇降機を作るための準備に取り掛かる。その間に、進路上の邪魔な敵を11Bが排除する手筈になったらしい。

 

「……こうして、肩並べるのもあと少しか」

 

 感傷に浸っていない。そのままときが過ぎなければいいのに。

 11Bの願いは、叶うことはない。だからこそ、今この瞬間を後悔無く過ごさなくてはもったいない。下手に壁を作り、ああしていればよかった、という後悔を残さないためにも、11Bは跳んだ。

 

 焼却屋は漂っていたが、11Bの出した音を嗅ぎつけて回転数を上げた。

 鉄をも一瞬で溶かし、四散させる超高熱。そしてそれに耐え続ける特殊な体。だからこそ、イデア9942は付け入るスキはいくらでもあると言った。

 

 11Bが左手の銃のダイヤルを弄る。

 モードはサイレント。そしてセミオート。彼女が打ち出した弾丸は、いつもより圧倒的に低い威力。ポッドが大量に発射するエネルギー弾よりもずっと弱い、6ミリ弾である。その弾丸は飛来すると、全5機存在する焼却屋の近くにある構造物に着弾。ガンッ、と物音を立てた。

 

 そこに集中していき、20メートル四方はある構造物をほんの数秒で大きくえぐる焼却屋。含まれたケイ素が冷やす力など、足元にも及ばない。破壊、というよりは蒸発していく構造物だが、目も判断能力もない焼却屋が破壊できたのはそれが最後だった。

 

「収束、発射…!」

 

 砲弾は最高クラス。塔の外壁を砕いたものと同じ出力。

 焼却屋の集まる場所に放たれたエネルギーに包まれた弾頭は、接触した瞬間エネルギーのバランスが崩れて周囲に漏れ出し、焼却屋の恐ろしく分厚い装甲を損壊させる。ここで初めて、受けた攻撃の方へと誘導される動きを見せたが、もう遅い。エネルギーに包まれていた弾頭は、均衡の崩れたエネルギーを受けて点火。

 元素が次々と連鎖した爆発を起こし、それは焼却屋を飲み込んで破壊のドームを形作った。ポッドプログラムなど匹敵にならない消滅の球体が数秒現れ、光が霧散すると同時にしぼむ頃には何も残ってはいなかった。

 

「……ほんと、頭おかしい威力だこれ」

 

 イデア9942に毒された、頭の痛い言葉を吐きながら背筋を震わせる11B。未だ煙を上げている銃口を軽く振って熱を冷まし、背中のホルスターに戻した。そうしていると、彼女が乗っていたレールのすぐ下に、昇降機が現れた。

 

「イデア9942!」

 

 そして昇降機に乗っていたイデア9942の姿を見て、彼女はすぐさま飛び降りた。二人を載せた昇降機は、とくにこれといった障害もなく登っていく。敵のシステムを容易く掌握したというのに、どこか浮かない様子の彼を見て疑問に思ったが、ひとまずの足を手に入れることが出来たのは僥倖だろう。

 イデア9942を抱えてレールを走る、という案が実行されなくてよかったと、彼の身を案じて11Bが息を吐く。

 

「N2め、舐めているのか諦めているのか……」

 

 嬉しさを見せる彼女に対して、イデア9942はどこか呆れているようだった。

 イデア9942が眺めているのは昇降機に備え付けられたコンソール。本来ならば移動時はコンソールが地面に引っ込む作りだが、イデア9942はいざという時のためにコンソールが無くなって制御不能にならないようシステムを書き換えたらしい。

 しかし、そんな退路の確保も出来ているのにどこか余裕が無いように見える。

 

「どうやらN2は、此方が到着するのを待ッているらしい」

「それは、どうして?」

「わからん。すでに奴は万策尽きたも同然のはず。だが、どこか嫌な予感がして堪らん。あの時と一緒だ。パスカルたちが、()()()()()()()()()()()ときと。」

「……パスカルの暴走が、イデア9942のせい? それが、アナタが決意を抱かなきゃ行けない理由?」

 

 ずっと明かされなかったメッセージ。

 それをうっかりと口走ったイデア9942は、バツが悪そうに帽子の鍔を掴もうとする。だが、今彼の頭の上に帽子はない。空を切った手は、居心地が悪そうに元の場所に戻された。

 誤魔化しきれないと判断したのだろう。イデア9942は、短く言葉を吐いた。

 

「そうだ」

「敵を倒すためじゃないんだ」

「ああ。これはエゴだが、同時に望みでも在る」

「自分で消えることが?」

「………」

「勝手だよね。イデア9942」

「よく言われたな」

「嘘、アナタはいつも感謝されてばかり。暴言なんて全然言われたことないじゃん」

「……」

 

 視線と共に、彼の緑のカメラ光が下に行く。

 やはり、11Bは失いたくないのだ。彼のことを。

 何度も、何度も、理解しようとしてきた。そうでしかないのだと諦めようとしてきた。だが、ふと出た言葉が敵を倒すためではなく、仲良くなった相手を救うためであると知ってしまった。その途端、11Bは納得できない気持ちが、蓋をしたはずの気持ちが溢れてきた。

 

 あふれる気持ちは責めるような言葉になり、彼女の視界を水で満たす。

 熱い雫が、顎を伝って白い床に落ちていく。光を移した水滴は、イデア9942にとって、恐ろしいほどよく見えてしまっていた。

 

「…死にたくないさ。あァ、本当は死にたくない」

 

 ぽつり、弱音を零したイデア9942。

 

「それでもだ。なんでだろうな、体が動く。勝手にな、止まらないんだ」

 

 瞳を閉じて、胸元に手をやる。

 その手はマフラーにかけられ、彼は再び目を開いた。

 

「怖さより、やりたい気持ちがな、溢れてるんだ。それが絶えないように。何度も何度も、問いかけて、それで正しいんだと信じてやってきた。今も同じだ。変わらない」

 

 達観したように彼は言う。

 11Bは、彼が初めて、隣ではなく遥か遠くに居るように感じてしまった。まだまだ彼女は不安を抑えるすべを学びきっていない。だからこそ、拙いながらも危なげな言葉として、11Bから耳を疑うような言葉が飛び出してくる。

 

「後、追ってもいい?」

 

 間髪入れず、イデア9942からデコピンが飛んでくる。

 そして優しく頭を撫で、彼は11Bに強く言い聞かせるのだ。

 

「馬鹿な真似はやめろ。さァて、もう着くぞ」

 

 払えぬ思いを抱えたまま、昇降機は最上階に辿り着く。

 本来ならば、「方舟」を打ち出すための砲口となっていたはずの最上階。だが、本来空いているはずの穴は埋まり、中央には浮かんだ球体のモニュメントがあるだけの簡素な部屋が広がっていた。

 

 カツ、一歩を踏み出すたびに響く音。

 無音にして無機質な空間。されど、そこには確かな意思が宿っている。

 この塔を作り、部屋を作り、統括する騒々しくも孤独である1の人格が。

 

「ようこそ、イデア9942。私達の塔へ」

 

 最初出会ったときと変わらない、余裕に満ちた言葉だった。

 イデア9942は、返す。

 

「N2……思惑通り、来てやッたぞ」

「フッ」

 

 そして、彼らが部屋の中央へと移動した途端、N2の姿である赤い少女の映像が数十体、部屋を取り囲むようにして現れる。身構える11Bと、あくまで自然体のイデア9942。一体何が目的であるのか、イデア9942にもN2の考えることは分からない。

 

 だが、今こそが最後の時なんだと。心の何処かで思い描いていた光景は、現実になって到来したことを、感じ取ってしまっていた。

 




最終回までのカウント開始


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文書64.document

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――――――――――――


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「約束通りとはどういうことだ。取り付けた覚えはない」

「君の深層意識というべきか、望んでいたのだろう? 此処にイデア9942という機械生命体が訪れることを」

「貴様は私達にとっての危険因子。排除しようという意識こそあれ、貴様を懐に招き入れる理由はないはずだが」

 

 武器を構え、危険因子と言ってのけたN2に向けようとする11B。しかし彼女の行動を、イデア9942は手で制した。

 渋々ながらも武器を収め、ここは彼に任せる11Bだったが、自分たちを取り巻く数十体ものN2。それを目にして冷静で居られなかった。

 

「見た目に惑わされるな。量が在るように見えて、その実、本質は変わらん」

「……わかった。此処は任せるね」

「あァ」

 

 しかしこれは、自我データが分裂し続けている状態を示すホログラム。現状、囲まれていることに対しての危機感は無い。なんせ、視覚的に囲まれていようと、そうでなかろうと、敵の腹の中にいることには変わりない。

 そしてイデア9942は、一歩踏み出した。

 

「話は変わるが……魂、ソレを欲していると言ッたな」

「そうだ。私たちは概念情報という完璧な生命のあり方を完成させた。だが、人類における生命の定義として、魂というものも必要。そう考えたからだ」

「そしてこの身に宿った新たな意志は、紛れもない人間の魂だと、君は結論を出したわけか」

「そのとおりだ。イデア9942、協力しようというのか?」

 

 N2が投影した赤い少女のホログラムが、一斉に口元まで裂けた笑みを浮かべる。

 

「違う。君という、新たな生命を害する存在を根幹から消し去りに来た」

「私たちは殺せない」

「そうか? 君は電子的に消滅させたとしても、全く同じ君が蘇る。成る程、確かにいくら消滅させようと、根本たる君はいくらでもネットワークから復活できる。まるでヨルハ部隊のように」

「そうだ。私達を破壊しようと、無意味だ」

「だが、君を一つの電脳内にて相手取り、破壊する。その繰り返しの中、復活する君の自我をほんの少しずつ差異を生じるよう干渉してやればどうなる? 同一ではなく、違う自我が生まれ、そして君は君自身の演算能力によって無限に増え続け、飽和するだろう?」

 

 マフラーを握りしめて、イデア9942はN2のヴィジョンを見上げた。

 

「ふむ……その方法ならば、たしかに我々は内部分裂を引き起こすだろう。主人格たりうる自我が1つでも生まれるならば、その可能性は否定できない。だが、貴様が明かしたその方法こそが、唯一にして無二の私達を消滅させる方法。故に、感謝と罵倒をくれてやろう。矛盾による自我崩壊も乗り越えた私たちは、更に貴様の障害たりうる進化を遂げたのだから」

 

 だが、とN2は続けた。

 

「不可解だ。貴様はその唯一の方法に気づいたにも関わらず、実行しなかった。私たちを消滅させると言っておきながら、どういうつもりだ」

「いわゆる挑発行為だとも」

「仲間を操られ、失墜に呑まれた不完全な精神の持ち主らしい言葉だ」

「オマエっ!!!」

「11B!!!」

 

 イデア9942が荒々しく叫ぶ。

 11Bがビクリと肩を跳ねさせ、ギチギチと歯を軋ませながらN2を睨みつける。

 

「失礼した。話し合いのさなかに野蛮な行為は、知的な生命体として恥ずべきだな」

「………」

「さて、君が施したパスカルたちの洗脳だが、見事だッたよ。探せど探せど、パスカル達にはウィルスが見当たらない。そして操る敵性機械生命体や、サーバーの信号も見当たらない。アクセスし続けても、全く分からなかッた。気づけなかッた。褒めてやる」

 

 ぱち、ぱち、ぱち。

 ゆっくりとした拍手が、虚しく塔の最上階に響き渡る。

 ちなみにゆっくりとした拍手は賞賛ではない。英語圏における不満や馬鹿にした時に使われるものである。

 

 当然、N2が人類の情報を収集する上で、このような細かな文化圏の仕草も研究していないわけがない。即座にその意味を見抜き、数十体の少女の幻影が、不快そうな表情に切り替わる。

 

「気づけたのは、9S君のおかげだ。バンカー襲撃時に、AWACSタイプの機械生命体がいた事、アクセスしたと同時に論理ウィルスを流し込まれたこと、そして論理ウィルスと同時に無意識下の思考の一部を改ざんし、当人には気づかないうちに行動させるプログラムを書き込まれた事」

 

 9Sの失踪は、誰かに連れさらわれたわけではない。彼の意識がない間に、書き込まれたプログラムが9Sの義体を動かし、自ら塔の一室に歩かせたのである。そして2Bが同じく連れ込まれた理由は、目が覚めると分かっていた9Sの隣に居させることで、無駄な逃走劇を眺めて時間を潰すこと。

 その時間つぶしで、貴重な戦力たる球体形機械生命体が破壊されたのは完全な想定外だったのだが。

 

「9S君のメッセージに記されていたこれらの情報を統合するとだ、君はまず9S君で計画のデモンストレーションを行った。この身には及ばずとも、高い演算能力、知覚能力を持つ彼のことだ。そしてブラックボックスを持つヨルハの自我は、機械生命体の自我形成と同じプロセス。絶好の練習相手だったろうさ。見事にしてやられたのだからな」

 

 イデア9942は、そこを素直に賞賛する。

 だが彼は、してやられたことを素直に認め、「あなたにはかないません。だから許してください」などと言いに来たわけではない。イデア9942の性格は、自他ともに認めるほど捻くれたものであり、独善的なものである。

 そして何より、相手をからかう事を至上とする傾向もある。

 相手をからかう事が楽しいのだ。

 

「君は、この身の無意識下における演算能力を乗ッ取ッた。書き込まれ、実行させられた内容は簡単だ、周囲のアクセス権を持つ相手の運動機能を上書きし、この身……イデア9942がアクセスしていない個体を破壊するよう動作させる」

 

 パスカル達を動かしていたのは、ウィルスでも敵でもない。無意識におけるイデア9942本人が、他人を破壊させようと仕向けていたのである。

 

 言ってしまえばなんということはない。

 

 大事に大事に育てようとしたペットが居るとしよう。しかしそのペットは、子猫でも子犬でもなんでもいいが、とにかく人の体重で簡単に潰れてしまう脆さだ。守らなければならない、壊れ物を扱うかのように。そうして起きている間は扱おうとしても……。

 

 優しく抱きしめて寝ている子猫も、所詮は脆い子猫。人間の寝返りひとつで潰れるのは自明の理だ。

 

「自分自身のメンテナンスも怠ッていたのもあるがな。盲点をついた良い考えだッた」

 

 パスカル達の暴走については、コレが全てだ。

 

 そしてイデア9942に、この無意識下における演算をキャンセルする術はない。

 彼が死なない限り、それは広がっていくだろう。彼が存在するだけで、その場は混沌に包まれる。そして正しい生命のあり方を望む彼にとって、周囲が狂って死んでいくさまは、何よりの地獄となり得るだろう。

 

「それがどうしたというのだ。答え合わせに関しては花丸をくれてやろう。しかし、貴様に現状を変えられる方法はない」

 

 そんなことはない。

 叫ぼうとした11Bに先んじて、イデア9942がその言葉を認めた。

 

「たしかにそうだ。無意識下に帽子を触るのと違い、意識したところで、このプログラムは基礎プログラムとして定着している。この身が正常に存在する限り、永遠に取り払われることはないだろう」

「そん……な…? 嘘でしょ、嘘だって言ってよイデア9942!」

 

 取り乱す11Bは、もう何も出来ない。

 イデア9942を殺すことは出来ない。かと言ってN2を殺すことも物理的に不可能な以上、11Bがどうこうできるはずもない。今この場で11Bが出来ることは何もない。例え、この塔を根本から折る力が突発的に手に入ったとしても、意味がない。

 

「いや、残念ながらな。今は単純な機械生命体だけで済んでいるが、あの64Bたちを見ただろう?」

 

 苦笑にノイズを混ぜつつ、イデア9942は肩をすくめた。

 

「いずれはアンドロイドをも侵食する。2Bと9Sもアクセスした回数が多かッたからな」

「そうだ、貴様にはもはや絶望的な未来しか残されていない。もはや全てが手遅れだ」

「そして概念人格である貴様は、例えこの身が近くに居ようと汚染される自我を定期的に切り捨てることで正気を保つことが可能。存外、この塔に居ることが世界の安寧になるのやもしれんな」

「イデア9942…!」

 

 11Bの懇願するような声に対しても、イデア9942は首を振るだけだ。

 

「長話もこれで終わりか?」

 

 うんざりだ、と言わんばかりの口調で吐き捨てるN2。

 もはやこれで、イデア9942たちになせることは何一つとしてない。彼らはこのまま何も出来ず、N2が準備を完了させてこの塔から何かを発射させるのを待つしか無いのだろうか。

 しかし、まだN2の目的も明らかになっていない以上、今まで敵対的な立ち位置に居たN2を放置することも危険だ。

 

 11Bは、縋るような表情でイデア9942を見上げる。

 対して彼は、こみ上げる笑いを抑えるように肩を震わせた。

 

「いやァ、これからだとも。君を消滅させ、そしてこの身が発する洗脳の演算をも無くす素晴らしい方法が、たッた一つだけ存在するといえば、……ッハハ、君は、焦るか?」

「私達を殺せはしない」

 

 即座に否定するN2だが、その声は震えているようにも聞こえた

 イデア9942がこれまで予想通りに動いたことなどあっただろうか。イデア9942がこれまで遭遇してきた様々な破滅の状況下で、手を尽くさずに諦めたことなどあっただろうか。いや、無い。

 

 N2はここまでの処置が完璧であるという余裕を持ちながらも、その実、まだ何かをやらかそうとするイデア9942に恐れを抱いた。

 

 本人ですら認めたくない、恐れを。

 

「まずは11B、最初に謝らせてくれ」

「イデア9942……待って、まさか……さっき言ってたことって」

「さァN2君。少しばかりレッスンに付き合ッてくれ」

「イデア9942、他にも方法が―――」

 

 彼をつかもうとした手が、ピタリと止まる。

 手が下ろされ、11Bはその場で立ち尽くした。

 

 施されたプログラムの影響がついにここまで侵食してきたのだろうか。

 いいや、違う。

 

 これは、彼の意思。

 

「ぁ……から、だ……な、ん」

「ここまで来たのは、見届けてほしかッたからだ。本当なら、こんなことしたくないんだ。誰も死にたくないだろう? そういうことだ」

「まッ……て……イ、ぁ……」

 

 イデア9942が、11Bの義体の操作権限を握る。

 彼女の体は金縛りにあったかのように動かなくなり、抵抗しようにもイデア9942の誇る最高の演算能力が彼女の電子的な抵抗を許さない。

 

「死を間際に振り絞る、最後の叫びだ」

 

 本来ならば、2Bの言葉であるそれをあえて口にする。

 死は目の前に来た。だが、殺されるわけではない。

 

「貴様……その、チップは」

「全てを駆逐できるワクチンを開発するにあたり、より強力にしたサンプルを手元に置いておくのは当然のことだろう?」

「だがそれを投与したところで、私達の自我は―――」

「誰が君に使うと言ッた?」

 

 イデア9942は、論理ウィルスの入ったチップをひらひらと摘み、そのまま己の腕に挿入する。中に入っているのは論理ウィルスの原理を解明し、そしてより強力にしたイデア9942謹製の破滅のウィルスだ。

 

「ウィルス嗜好を設定。当機体イデア9942の外部アクセス履歴を全て削除。サブ演算機能保護、機能不全機能不全キキキキノノノフ―――強制終了。実行中のプログラムが確認されたため、終了は不可能。実行中のプログラムを強制終了させますか。承認」

「自滅だと…? 貴様は、本当に何をするつ……」

 

 ふよふよと上下に浮いていたN2の動きが止まる。

 

「この身の膨大な演算能力、それを暴走させた自己崩壊に巻き込まれて、無事だと思うなよ、N2」

「まっ―――」

 

 そしてN2のホログラムが一つ一つ、消滅していく。

 

「接続先の実行プログラム削除中。新たなプログラムを確認。削除。新たなプログラムを確認。削除。新たなプログラムを……」

「接続先、まさか……実行中が私達の……貴様、イデア9942ィ!!! 貴様は、私達を巻き込んだ無理心中を選ぶというのか! それが貴様の答えか! 不完全な生命如きが、死ぬのならば貴様だけで――」

 

 イデア9942が喋っている間、戯れだと切り捨てれば良かった。

 床ごと崩落させ、義体ごと破壊してしまえばよかった。

 

 そう思っても、全ては遅かった。

 

 N2はあまりにも長い間、イデア9942の前に姿を表していた。

 あまりにも多く、彼に接触してしまっていた。

 

 アクセスされ、強制的に接続されるには、十分な時間だった。

 

「私達が―――消える。もろともに……」

 

 多くの機能を失った、N2の声ばかりが塔の中に響いていく。

 未だ11Bの拘束は解けていない。だから聞いてしまった。

 

「……った。しくじ……。ンテ……だ」

「こんな、してきたことが全て……」

「俺の理想ガ、みんなトは……」

 

「イデア9942……どうしたの?」

 

 瞬間、ガクンとイデア9942の体が膝から崩れ落ちる。

 何とか上体は起こせているが、もはや彼の体には電子信号は流れていないことが11Bの目にはハッキリと見えてしまう。

 

 だから目をそらした彼女は、その視線の先にあるものを目撃していた。

 この部屋のいたるところに浮かび上がった投影スクリーン。その中で流れていく緑色の文字列を。その文字列が意味するものを。

 

「暗号?」

 

 たった今気づいたが、口だけは自由に動けるらしい。

 文字列の中に、11Bに宛てたかのようなメッセージを発見する。これはきっと、目の前で機能不全に自ら陥ったイデア9942が発したものだ。

 

「アクセスし、0310を……イデア、9942……」

 

 0310。3月10日。

 11Bが脱走を企てた日。第243次降下作戦が行われた日。

 

 

 世界は電子に切り替わる。

 

 

 イデア9942にアクセスすると、そこは消滅から論理ウィルスワクチンの壁によって保護された記憶領域内だった。他の領域に繋がるポートは何一つとしてつながっておらず、3歩も歩けば端に着く、短い十字の通路があるだけの小さな世界。

 その十字の先には、3つのポートログと、1つの実行プログラムがある。

 

『……イデア9942のポートログ』

 

 彼が残したログAは、工房にある音声データを開くためのパスワードだった。

 ログBは、彼が残した日記だった。

 ログCは、彼がこれから成そうとしていた計画と、実行にあたって必要な準備・手順が記されていた。

 

 それらを己の記憶領域にダウンロードした11Bは、ゆっくりと最後の実行プログラムに歩み寄っていく。

 

『……これが、最期の』

 

 触れたくない。

 これが最期だと分かってしまったから。

 

 だが、この領域にいつまでも居ることは出来ない。

 足を止めることこそ、彼が最も望まないことだろうから。

 

『……』

 

 覚悟して、触れる。

 

 実行プログラムはポートログに使われていた領域を基盤に、十字路として存在していたデータを媒介としてイデア9942の幻影を作り上げた。どこにでもいる機械生命体、中型二足の姿。

 そして彼のトレードマークである帽子が、ぐしゃぐしゃになったはずの帽子が、頭の上に乗っている。風がないはずのこの空間で、マフラーが揺れた途端に彼の幻影が再現される。

 

『んー、あ、あ、テスト。テスト。よし、良好のようだな。一応この自我はオリジナルと同等の反応を返す、なんとでも言え』

『イデア9942……どうして、こんなところで』

『ヤツの慌てる姿を間近で見たかッた。それだけだ。そら、理由としては十分だろう?』

『それでアナタが居なくなったら、もう何も意味なんて無いよ……』

 

 俯き、涙を流しながら肩を震わせる11B。

 イデア9942の残骸は、その幻影の両腕で彼女を覆った。

 

『勝手な事を喋るとは。ウィルスめ、不安がらせてどうする』

『そんなことより、アナタが戻ってこれないことのほうが嫌だよ。あんな弱音でも良かった! アナタと、一緒に居たかった……それなのに』

『………』

 

 誰にも聞き取れないほどの小さな声で、イデア9942の自我は馬鹿がと口にした。

 

 イデア9942の残骸が、ココロの中で様々なメッセージを残していく。

 それらは一時保存され、11Bの記憶領域にインストールされていく。

 

 彼の心の中の言葉。

 

 弱いままでいい。それを最後に、彼は一度止まった。

 

『やっぱりアナタを置いてなんて行けない。残骸だとしても、誰かが不幸になっても関係ない!! アナタが居ないと私は何も出来なくなるのに、どうして消えようとするの!? アナタのことが好きなのに! やっぱり、ワタシも一緒に――』

 

 幻影にすぎないはずの彼の手が、11Bの頭に乗せられる。

 くしゃり。確かに、優しい手つきで撫でられた。

 

 もう、11Bから言葉はない。涙しか、出ない。

 

『11B、ありがとう。君のお陰で命がなんであるのか、初めて理解できた気がする』

 

 イデア9942が見つめていた命は、俯瞰風景にすぎなかった。

 

『守るべき命をと告げていたが、結局分かッていなかッたようだ』

 

 見ての通りだ、と腕を開いて笑う彼。

 

『Iという自我はデータ化された。それでもこの身はき――と。こうするために生まれてきたんだと。おま……マ――。最高の相棒だったよ。だから、泣くな。君は誇りだ。お―――の、ノノ……なぁ、世界がこんなにも―――近づ……――いて』

 

 ノイズと混線が始まる。

 ワクチンの部屋は、ウィルスの侵攻は止めても彼の自我崩壊は止まらない。この部屋を犯すウィルスごと、もはや彼の自我は全てが消え去っている。本当の本当に、今此処に居るのは彼の残骸だけ。

 

『大丈夫だ、もういち、いちちちちち、一度目覚める――ま……で。時間がががあ掛けたと、して……ってくる』

 

 彼の、守られていた無意識だけ。

 

『あァ、そんなに涙を』

『そんな、嘘なんて……イデア9942……イデア9942……あぁ……あっ、くぅぁ、あぁあああああ……!』

 

 残骸の目が閉じられた。

 

『これまでやってきたことに間違いなんてあッたか? 無いだろう? ああ、そうだ』

 

 現実空間で、目に光のないイデア9942の体がギチギチと動き出す。

 電脳空間で、目を閉じている彼の残骸が首に手をかける。

 

 現実空間で、11Bの首元に温かく、柔らかいものが触る。

 電脳空間で、泣きはらす11Bを温かさが包み込む。

 

『いらないっ……これはワタシがアナタにあげたものなんだよ…! 託されたくない! アナタがいいの!! マフラーなんて、託さないで、ねぇ、イデア9942……ねぇ……ねぇ、イデア9942ぃ……』

『mふ…ら――ァ――託さ。な―でくrrrr……rえって? ッッハハ、ハァ―――無理な、sおうだン、だ』

 

 残骸の姿がぼやけ始める。

 破損した文字列が裏返るように、明滅しはじめる彼の残骸の投影された姿。

 

『あ、アァぁアァァァ嗚呼嗚呼ァァァァァァアァァァァっぁぁアァァァァァ!!!』

 

 11Bは慟哭とともに、縋り付いていた彼の残骸からすり抜けて、地べたに投げ出された。電脳の中は固くもなく、柔らかくもない。こぼれ落ちる彼女の自我の涙が、電脳の中で不出来な水のテクスチャになって転がっていく。

 現実そっくりだった表現も、今や彼の中では崩壊し始めている。これ以上、此処に居るのは彼女の死を意味する。

 

『成し遂げてくれ』

『!』

 

 彼の残骸は消えた。

 虚空から、崩壊しかけた小さな世界から、声だけが聞こえてくる。

 

 いつも聞いていた声ではない。機械生命体の声ではない。アダムでもない、イヴでもない、キェルケゴールでもない、一度も聞いたことがない、見知らぬ誰かの声色。

 

『今このときだから、君にしかできないことだ』

 

 11Bの目の前に、2行ほどの文字列で形成されたデータファイルが浮かび上がる。黄金の光を放ち、回転していた長方形のデータは彼女の涙をファイルに仕舞い込み、彼女の中へと消えていった。

 

『全てが終わった後、また笑顔で。一緒に暮らそう』

『約束、だよ? 絶対に……居るんだよね! どこかに、アナタは居るんだよね!?』

 

 アァ、と言ったのはいつもの声だった。

 

『最高の、相棒――11B』

 

 頼む、と。

 消え入る声が、世界を崩壊させる。

 

 彼の世界から、11Bが弾き出される。

 

 

 現実世界に転がっていたのは、すべての機能を停止したイデア9942の残骸。少しばかり、関節が調整されているだけの中型二足の機械生命体。

 縋るように触れた途端、彼の頭はボディから外れて転がり落ちた。ゴロゴロゴロゴロと転がっていき、壁にあたって止まる。もうどこにも、彼の存在は感じられない。

 

「……成し遂げてくるから。だから、アナタの痕を追わせてもらうからね。イデア9942」

 

 右手に刃を、左手に銃を。

 白亜にして輝いていた「塔」は、どこか色褪せて見える。

 息吹を失くした塔は、全ての機能を停止させようとしていた。

 

 最後の最後に、イデア9942から託されたファイルを開く。

 塔のマップデータと、端末の操作方法。そして工房に残されたものを記したテキスト。そして僅かな、彼から命じられた手順書。

 

 最上階から彼女の姿がなくなった瞬間、塔が震え始めた。

 パラパラと崩れ落ちる塔の上部。やがて支えきれなくなった構造物の瓦礫が降り注ぐ。指向性を失ったケイ素と炭素の混合物の塊が、イデア9942の自我が入っていたボディを完全に押しつぶしたのだった。

 

 

 




パーソナルデータが流出しています
削除しますか?

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削除しますか?

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文書65.document

間があきました すみません


 イデア9942の自殺が成されたその頃。

 塔の中腹あたりにある図書館を模した施設では、A2とアダムが引き続き戦闘を行っているようであった。激しく暴れまわるだけの敵だったが、図書館という狭い空間が逆にその単なる暴力をより脅威に引き上げている。

 

 振り回される爪のようなブレード。尖いノコを幾つも括り付けたような長い尻尾。錯乱したように振り回されるソレは、図書館の壁や本を幾つもの白い瓦礫に変えながら、しかし明確な殺意をもってA2たちに振るわれる。

 

 A2は、その脅威となる一振りを見切り、一度も接触しないような身のこなしで躱してみせる。紙一重のところで体を反らし、横に動いた運動エネルギーを利用する戦法。避け、回転して切り上げる。単純だが、A2が扱う三式斬機刀はそのギリギリの剣閃の中で敵装甲を切り裂き、内部の基盤にまで到達する。

 

 黄色い火花を散らしながら、また一太刀を切り込んだA2が後ろ飛び退いた。ハァ、と吐息を一つ置いて、顔を上げたA2は眼前に迫りくる刃を見た。

 

「ぐッ!?」

 

 咄嗟の判断で三式斬機刀を盾に、接触した刃同士が拮抗する。相手は錯乱しているようだが、厄介なのは明確にA2たちを敵だと判断していること。敵はA2たちを排除しない限り、最期まで暴れ続けるだろう。

 ギチギチと揺れる力の拮抗はA2が若干不利か。ポッドの援護射撃が振り下ろされた敵の尻尾を攻撃しはじめたことで、多少は楽になったが。

 

「手を貸せアダム!! 何見てるんだ!?」

「塔の崩壊が始まった」

「ハァ!?」

 

 驚きとともに、両手で一気に尻尾を押し返して、怯んだ尻尾を斬りつけるA2。だが硬質なそれを切り裂くには至らず、弾き飛ばすのみに終わってしまった。

 アダムはA2の実力を見て、崩壊しはじめたこの空間で戦い続けるのは悪手だと判断したのだろう。塔に使われているキューブの操作権限を一時的に奪い取り、敵の球型機械生命体を一気に閉じ込めてしまう。

 

「ロクに相手をしていられんな。逃げるぞ、A2!」

「あの壁ごとブチ抜けば良いだろう!」

「あと3秒ともたないぞ!」

「なら撤収! ポッド! 瓦礫の処理任せた!」

「了解」

 

 掛け合いをしているうちに、機械生命体を覆い隠していたキューブの壁が破壊される。飛び散るキューブの欠片を背中にパラパラと受けながらも、A2たちはもと来た道を引き返す。

 上部から降り注ぐ瓦礫は、ポッドのガトリング弾が脅威にならないレベルにまで砕いてくれる。今のところは、安定した道のりを確保できそうだ。

 

 そうして二人が図書館の扉から飛び降りた瞬間、扉から爆風のようにして破壊された瓦礫が真横に飛び散り、塔の反対側の壁に打ち付けられる。真上から降りしきる白い瓦礫やポッドの射撃で砂のようになった、ケイ素等の欠片に冷気を感じながらも、A2は上から聞こえてきた金属の擦れ合う音を聞く。

 

『ボクタチハ、機械生命体。空ヲ、空ヘ、閉ザサレタ世界』

 

 破損した足も、関節部も無理やり動かしているせいだろう。けたたましい金属音を掻き鳴らしながら、敵の球型機械生命体が壁をジャンプする蜘蛛のように張り付きながら降りてくる。

 その巨体が、中央に一つだけの目を赤く光らせながら迫る様はいっそ恐ろしい執念すら感じられる。爛々と輝く目の先には、A2が見えているのか、はたまた何が見えているのか。

 

『ヒカリ、ガ見エル』

「何をぶつくさと…!」

 

 なんにせよ、この追撃も最後の抵抗にすぎない。中身であるN2の声が聞こえなくなった代わりに、機械的で、意味の繋がらない単語を繰り返し始めているらしい。統括するものが誰一人としていなくなった、ネットワークの残骸にこびりついた単語だろうか。

 今は亡きN2の意志を少しでも拾おうとしているのだろうか。ソレはもはや何もわからない。だが、亡き者の意志を継ごうという涙ぐましい行動も、この塔に侵入したA2たちにとっては滅ぼすべき悪がまだこびりついているのかという呆れにしかならない。

 

「作戦がある、A2」

 

 足場を飛び降りながら、アダムが言う。

 

「あのデカブツ何とか出来るのか?」

「このままバイクを降りた場所まで向かう。その穴から飛び降りて地上に出る。この塔は建造途中ということもあるのか、どこも狭いからな、動きが制限されすぎて此方が不利だ。それに加え、地上には」

「待ち構えているヨルハ部隊と一緒に袋叩きってとこか。わかったよ」

「機械生命体アダムの提案を受諾。ヨルハ部隊へ救援要請」

 

 ポッド042が射撃支援をしながらも、アダムの提案どおりにヨルハへと事の詳細を記したメールを送る。今頃は司令官の手に渡り、地上で待ち構えているであろうヨルハ部隊の動きに変化が訪れる頃だろうか。

 

「不味い、アダム前!」

「なっ―――」

 

 しかし、ここが未だ崩壊しかけている建造物の中であるということを忘れてはいけない。ついに本格的に形状を保てなくなった「塔」が、内部施設ごとパズルのように解け落ちていく。

 それは彼らが撤退するために足場になっていた塔の構造物も同じであり、アダムが今まさに足場にしようとした突き出た柱は、その中央から壁に向かって左右に崩れていく。ここで着地ができなければ、角度的にもアダムは奈落の底へ真っ逆さまだろう。

 

「アダムっ!!」

 

 瞬時に壁を蹴ったA2が、ポッドを引っ掴んでアダムに向かって一直線に跳んだ。彼の手を取ったA2はポッドのアームに手を掴ませると、そのまま滑空するように近くの足場に降りる。

 

「すまないね、助かった」

「良いからさっさと走る!」

「機械生命体を助けるとは、変わったアンドロイドだな、君も」

 

 ちょうど侵入した場所が近いこともあってか、油断していた己を強く叱責しながら、その感情を隠して礼を言うアダム。次に受けた彼女の言葉通り、そのまま侵入してきた部屋へと飛び込んだアダムは、A2とともに外へ通じる塔の穴へと手を掛けた。

 

 転がり込んできた背後を見ると、扉の大きさのせいで立ち往生している敵の姿が見える。だが突破されるのも僅かな時間だろう。振り向いたA2は、アダムと視線を合わせた。

 自然と二人は、同じタイミングで頷いていた。

 

「飛び降りるぞ」

「ああ」

 

 ひらりと穴の外へと飛び込んだ瞬間、敵の球型機械生命体が飛び出してくる。二人は、近くのビルの屋上が幾つも視界に並んでいる景色を見ながら、遥か高所からの落下に備えて構えを取った。

 

「ポッド!」

「了解」

「アダムは―――なっ! オイ!!」

 

 A2はそのままポッドのアームを掴んでゆっくりと滑空していくが、アダムは特に地上へ着地するための手段を持っていないようだった。いつものようにキューブを操作して坂を作ればいいのに、と考えたA2だが、その考えを改める光景を目にしてしまう。

 

 アダムが、機械生命体に捕らわれている。

 

「不味い、ポッド、離すぞ!」

「非推奨。A2の行動は―――」

「ウルサイ、足場になってろ!!」

 

 ポッド042の言葉を遮り、A2が再びアダムのいる方向に向かって一直線に落ちていく。重量の関係か、機械生命体とアダムのほうが落ちる速度が早い。なのでA2は、下を向いた瞬間にポッドを蹴り飛ばして勢いをつけた。

 とっさのこととは言え、そこは随行支援対象の要請。戦闘中のとっさの判断にも従うようプログラムと演算されているポッドは推進をつけてA2の脚力に耐え、跳躍の足場としての役割をまっとうする。

 

「馬鹿者が……」

 

 冷や汗を流しながら、不敵な笑みを浮かべてアダムが呟いた。直後にアダムを捕らえていたアーム部分が、A2の頭上にまで振り上げられた斬機刀によって切り裂かれる。電気信号を受け取らなくなった敵のアームはもはやタダのまとわり付くだけの残骸だ。

 

「お節介も程々にしておけ。お陰で助かった事には、礼を言うが」

「一応は目的も同じ仲間だろうが!」

 

 A2の言葉に、きょとんと目を開いた。直後、彼の顔は面白そうに歪められる。

 

「仲間、か。思ったよりも柔軟な対応ができるじゃないかA2。データで見るよりも随分と違う。やはり、世界は情報を通して見たあとに己の目で見てこそだな。この間違い探しと、真実への探索が病みつきになりそうだ。それはともかく……」

 

 このままA2に持論を語り続けるのも吝かではないが、今はこの落下している状態から無事に地上へ足をつけることが先決。タクトを軽く振るい、敵の機械生命体を塔の外壁に打ち付けたアダムは立て続けにタクトを二度振るった。

 彼自身が操る、「街」を構成する白色のキューブ。凄まじい勢いで、蛇のように唸って地下から這い出したキューブの大波は、そのまま彼とA2を包み込むようにして集結し、広大な絨毯へと姿を変えた。

 

 絨毯は彼らの落下速度を少しずつ緩め、地上に着く頃には何の衝撃も与えないほどに力を逃していた。その代償として力の逃げた先となったキューブは幾つも欠片となって転がっているが、崩壊する塔に呑まれていずれわからなくなるだろう。

 

「アラジン、という物語を参考にしてみたが、中々に乙なものだ」

「お、まえは……焦らせるな、馬鹿」

「罵るよりも喜べ、人類の夢見る空飛ぶ魔法の絨毯に貴様は乗れたんだ」

「喜べるかっ!!」

 

 漫才を繰り広げている二人の背後に、ズゥンッ、と地を揺らしながら敵の機械生命体が降り立つ。だが、ここまでの逃走劇のさなかに負った傷は数知れず。そして着地の際にも無理をしたのか、最早何本もの足が折れた満身創痍の状態であった。

 

「っ!」

 

 二人が構えを取った瞬間、周囲に漆黒の壁が出来上がる。

 新しい攻撃か? とっさのことでその「漆黒」の正体にまで辿り着けなかった二人だが、次に聞こえてきた勇猛果敢な尖い女性の声で、考えを改めることとなった。

 

「ヨルハ部隊、攻撃開始!」

 

 号令とともに、一糸乱れぬ動きで取り出された数多の四〇式戦術槍が投擲される。その数は百をゆうに超え、球型の機械生命体をあっという間に針のむしろへと変えてしまう。装甲を貫く、ヨルハの本気の投擲攻撃。当然機械生命体のコアに槍の穂先が到達していないはずがなく、赤い光を明滅させた球型機械生命体は、何度か身じろぐように手足をばたつかせた後に完全に沈黙した。

 

「あれは、逃げ――!」

 

 アダムの警告も虚しく、その時は訪れた。

 プシュッ、という気の抜ける音が聞こえたと思えば、球型機械生命体は大爆発を起こす。塔の外壁をえぐり取って余りある最後の、本当に最後の抵抗は、取り囲んでいたヨルハ部隊とA2たちを吹き飛ばしてしまう。

 

 唯一状態に気づいていたアダムは難を逃れたものの、他の隊員は死亡こそしていないが同時に巻き散らかされた電磁パルスによって機能不全に陥っている様子が見て取れる。イタチの最後っ屁というが、それにしたって往生際が悪いことこの上ない。

 

「また、イデア9942の仕事が増えるか。ヤツも大変だな」

 

 くっ、と苦笑して眼鏡の位置を直すアダム。

 そしてアダムが咄嗟に張った障壁で、パルスからは逃れられていたのだろう。何とか復帰してきたA2が、彼の後ろから剣を杖代わりにしながら歩み寄ってきた。

 

「奴は…?」

「今度こそ沈黙したよ。結局外に出てしまったのでは、何のために塔に入ったのか分からないな」

「やっとか……」

 

 気を抜いたA2が、剣にすがりつきながらその場に座り込む。

 

「……うん?」

 

 だが、A2は長年戦ってきたが故に培ってきた「カン」と言うやつだろうか。非科学的だが、首の後にチリチリとした違和感をおぼえた。なにか、まだ、終わっていないような。

 

 彼女の嫌な予感が的中したかのように、続けざまに傾きかけている塔から更なる落下物が土埃を巻き上げて出現した。先ほどと似たような構造の、球型機械生命体。それも、今度はアダムたちが戦ってきたものとは違い五体満足と言った様子である。

 

 その事実に気づいたA2は立ち上がるが、周囲には最後の爆発によって吹き飛ばされたヨルハたちが転がっている。そして、今落下してきた機械生命体は、再び跳躍していた。狙いは、周りに吹き飛ばされた行動不能状態のヨルハ。

 

「な、やめろおおおおお!!!」

 

 A2の叫びも虚しく、彼女が出来るのは手をのばすことだけ。

 アダムもタクトを振るうが、衝撃波が届く前に敵の攻撃はヨルハを踏み潰すだろう。

 

 もはや絶体絶命の状況下。

 

 晴天から、影が差した瞬間だった。

 

 

 そう、()()()()()()()だったのだ。

 

 

 

 飛び上がった機械生命体が落下する。

 ただし、ヨルハ機体を踏み潰すことはできなかった。代わりに、その機械生命体が()()()()()()。遥か天空から落下してきた、その「影」に刺し貫かれるという形で。

 

「駄目だよ、気を抜いたら」

 

 その声は、11Bのものだった。

 突き刺さった場所が悪かったのか、ピクピクと蜘蛛のような節足を痙攣させている球型機械生命体。この時点で運動野にあたる基板を三式戦術刀で貫かれていたのだが、11Bはそんなこと関係が無いと言わんばかりに剣を持ち上げた。

 

 まるで、爪楊枝に刺した団子を持ち上げるように。球型機械生命体は、土埃と幾つかのパーツをサラサラと表面から零しながら、11Bの頭上に持ち上げられた。そして彼女の「よっ」という気の抜ける声とともに上空に放り出されて、左手の銃口を向けられる。

 

「やっぱり過剰火力だよね」

 

 雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音。

 間近で聞けば、鼓膜の3枚や、4枚が粉々になりそうな轟砲を立てて吐き出された砲弾は、1メートルに及ぶ銃身を通り抜けて螺旋の回転を描きながら球型機械生命体に迫っていく。

 最後の瞬間、ゴリ、とカメラ部分と装甲を押しつぶされながら、敵の姿は破壊の爆炎に飲み込まれる。真っ黒な煙から飛び出してきた幾つかのパーツが、炎上しながら辺りに散らばるが、そこに大きなパーツは含まれていない。爆発の威力がどれだけ恐ろしいかを想像し、その光景を見ているだけだったアダムとA2はゾクリとその背を震わせる。

 

 なんせ、正式にヨルハと手を組んだアダム、そして未だ正確な所在がはっきりしないA2。二人は、完全に独立した勢力であるイデア9942の庇護下にある11Bとは複雑な関係にあるからだ。

 

「……大丈夫だよ、もう、終わったから」

 

 二人を安心させるためか、今はもう亡きイデア9942に捧げる祈りか。

 彼女が呟いた言葉は、ゆっくりと空の中へと消えていった。

 

 

 背後で倒れ込む塔が、地下に「工房」を抱えるビルを押しつぶす音を立てて、世界に閉幕を飾る。彼の痕跡を許さないような無常さに、激しい怒りを覚えたアンドロイドを世界に産み落としながら。

 






ゲーム本編でもあったように、もはやおまけ要素でしかなかったコウシ・ロウシ戦も合体させずに決着です。

残すはエピローグを数話、そして「短い後日談のエレクトロニカ」という章を入れて完結となります。

戦闘自体があっさりとするように、どちらかというと目まぐるしく変化していく機物と感情を描いてこれました。長い間ありがとうございました。あと少しだけ、お付き合いくださいませ。

そしてエピローグの前書きで、重大な真実を明かします。








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文書66.document

本編エピローグです。
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

そして重大な真実をお話します。


イデア9942の読み方は「いであきゅうきゅうよんに」です。



以上です。本編エピローグをどうぞ


 エイリアンシップを改造した、ヨルハの新拠点「ベース」。

 地下にあるためか、倒壊した「塔」の被害も被ることのなかった拠点は、今は静かなものだった。それというのも、現在、ヨルハ部隊の大半は「塔」の瓦礫処理のため、アンドロイド軍と協力して撤去作業にあたっているからである。

 

 機械生命体のネットワークは完全に崩壊し、全ての機械生命体を繋いでいた共通意識は空中分解した。周囲を歩いていた自意識のない機械生命体は、その殆どがハッとしたようにあたりを見渡して途方に暮れるという事態に陥っていたが、各地の自意識を持つ共同体などが呼びかけ、取り込み始めているらしい。

 

 こうして、機械生命体とアンドロイド達の戦争は終わりを告げ、はや2日という時間が過ぎようとしている時だった。

 

「……そう、か。奴は自ら」

「うん。なんだかんだ言って、最初っから決めてたって可能性もあるけどね。……ワタシが、イデア9942の決意を後押ししちゃった、から」

 

 ベースの一室。

 応接室に当たる広めの部屋で、4つの人影が話し合っていた。

 

 アダムは足を組み、息を吐いて11Bの報告を聞いている。

 彼女から伝えられた事実に対して思うところがあるのだろうか。はたまた、自分に未来を与えたくせに、自滅の道を選んだイデア9942を内心罵っているのか。

 閉じられた瞳からは、その心境を伺うことは出来ない。

 

「……とにかく、敵性機械生命体の大本が断ち切られたのは理解した。私はこの情報をアンドロイド軍に伝えることにしよう。イデア9942については、ヤツのことだ。バックアップを用意していても可笑しくはない。ヨルハからも捜索を呼びかけておく」

「ありがとう、司令官」

 

 イデア9942は、ブラックボックスの複製品を個人で作成することが可能な技術を有していることが証明されている。故にホワイトは、彼が死んだとして、その人格データが復旧されている可能性を信じていた。

 これから戦いの時代が終わり、機械生命体とアンドロイドが手を取り合う世界になる。そんな中、イデア9942は下地を作り上げるのに必要不可欠な人物であると判断したが故の対処だった。

 

「尤も、ヨルハ部隊もそのうち解散する。以降はアンドロイド軍に連絡をつけてもらうことになるが」

 

 ホワイトは紅茶を口に含み、話を締めくくる。

 ここまでスムーズに進んでいるように見える作業だが、その分彼女への負担は酷く重いものだった。今この瞬間も、並列思考によって各所アンドロイドたちからの指令に受け答えをしている状態だ。

 優雅な所作とは別に、彼女の目元は下がり、顔色はあまり良くはない。

 

「解散後は、私達機械生命体とアンドロイド軍、新しい組織の人員として再配備されるとのことですが……」

 

 そして自分たちの事が気がかりなのだろう。この部屋の四人目、パスカルが口を挟む。ホワイトはパスカルの言葉に対して、疲れきった表情で答えを返す。

 

「そのあたりもおいおいだ。急ぐ案件でもないから、しばらく待って欲しい」

「畏まりました。それでは、私はこのあたりで」

 

 とにかく、今回は機械生命体がアンドロイドに助けてもらう形になる。それなら、現状自分たちは出来る範囲で独自に動くほうがいいだろう、と。心のなかで今後の行動方針を決定したパスカルが立ち上がり、体をエンジンの揺れで振動させながらガシャガシャと扉に向かって歩いていった。

 

「そうそう、11Bさん。少し、ご一緒していただいてもよろしいでしょうか?」

「パスカル…?」

「イデア9942さんの事で、お話が」

「わかった。それじゃあ司令官、そういうことだから、ワタシはこれで」

「ああ」

 

 パスカルに続き、11Bが部屋を出る。

 応接室にはホワイトとアダムだけが残され、なんとも言えない気まずい空気だけが漂っていた。

 

「……アダム」

「クッ」

「どうした?」

「いや、なに、可笑しいと思った。それだけだよ」

 

 一度だけ肩を震わせたアダムは、両手をおおっぴらに広げて、わざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「一つ気になることがあってな。現場で少し動きたい」

「君もか……まぁいいさ。それから、イヴのことだが」

 

 ホワイトが続けようとしたところ、彼女は口に彼の指を当てられ遮られた。

 

「聞くまでもなく把握しているさ」

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 機械生命体達が襲ってくることもなくなった廃墟都市。多量のケイ素を含んでいる「塔」が崩壊した影響で、ほんのりと肌寒さがアンドロイド達を包み込むようになった街となった。

 11Bの排気熱を含んだ吐息が白く、もうもうと湯気を作る。隣を歩くパスカルの、背部機関からも白い煙が吹いているように見えている。

 仲良く煙を作りながら歩く二人は、老朽化した道路の欠片をザリザリと踏みしめながら、パスカルたちの本拠地である村への歩みを進めていた。

 

「……イデア9942さんは、満足そうでしたか?」

 

 道中、これまで口を開かなかったパスカルが問いかける。

 それは彼から多くを伝えられていながら、真実を知らなかった者の問う言葉には似つかわしくない、しかし、優しさに満ちた言葉。

 

 俯き気味に歩いていた11Bは、ハッとしたように目を見開いて、すぐさま首を振って答えた。

 

「ううん」

「それは、本当によかったです」

「パスカルは」

 

 満足そうに頷くパスカルに、11Bはこみ上げてきた言葉を区切って、

 

「アナタは、パスカルは……これで本当によかったの?」

「ええ。少し、覚悟していましたから」

「そっか」

 

 ザリザリと、彼女らの足音だけがビルの間に響いていく。

 寂れた廃墟を吹き抜ける風が、11Bの肩ほどまで伸びた髪をなびかせる。

 

「勝手な方ですよね。貴女のように慕う方を残して、勝手に逝ってしまう。それでもまぁ、彼なら何とかして復活しそうなものですが……ふふふ」

「なにか、聞いてないの?」

「残念ながら、11Bさんが求めるような事は何も」

 

 言葉よりも、ずっと残念そうに。

 パスカルは首を横に振った。

 

「ごめん……ね、パスカル」

「いいんです」

 

 また、少しだけ無言の時間が続く。

 大きな鉄塔のある広場、森林地帯へと通じる場所に彼女らは辿り着いた。ここは、パスカルの村も近い。そろそろ、パスカルとも別れて、11Bは一人で行動を始めなければならない。

 

 その足は、自然と止まってしまっていた。

 

「11Bさん?」

「……ごめん、ごめんね。なんだか、もう、信じられないの」

「11Bさん……」

 

 目頭に熱がこもって、しゃくりあげるように声が上ずっていた。

 11Bはそんなこと、したいだなんて思っていないのに、溢れてくる涙は視界を歪めて顎の下へと滴り落ちる。

 

「何か、彼は遺されたんですか?」

 

 単に、イデア9942という存在が居なくなってしまったからか。今の11Bは酷く情緒不安定だと、パスカルは認識していた。だがソレだけではない。11Bは、どうしようもなく途方にくれている生まれたての機械生命体と違って、どこか進むべき道を持っているような気がしていた。

 何より、イデア9942の性格もある。だからこそ、そんな質問をしていた。

 

「……うん」

「それは、私が見てもいいものですか?」

「ううん」

「でしょうねぇ。えぇ、それでしたら、辿ってみましょうよ。11Bさん。きっと、貴女にしか出来ないことですから」

 

 いま11Bに必要なのは、落ち着くための時間。

 ずっとイデア9942という存在に依存していた以上、その判断をするのは難しいかもしれない。それでも、残されたものがあるというのなら、最後の標を頼りに、彼の成し遂げたい事をさせてあげたほうがいい。

 時間と作業が、ともに彼女の心の隙間を埋めてくれることを信じて、パスカルはそう提案したのだ。

 

「……パスカル」

「はい? なんでしょう」

「ありがと」

「11Bさん、少し、側に」

「えっ……あ」

 

 パスカルは、涙を拭っていた11Bを優しく抱擁してみせた。

 ゴツゴツとした感触は、イデア9942が撫でていた時、抱きしめてくれたときを思い出させるが、少し違う。それでも、それでも。感じる温かさは、何も変わらない。

 

 優しい心に触れる時、その温かさは、変わらなかった。

 

「ごめん」

「いいんです」

「ごめんねパスカル」

「大丈夫ですから」

「ワタシ……彼を見捨てた……!」

「11Bさんが、あの人のことを救ってくれたんです。私は、それだけで満足です」

「パスカル……ごめ……いで、あ……イデア9942……」

 

 谷風が吹きすさぶ中、嗚咽がかき消されずに運ばれていく。

 彼女の思いを伝える相手が生きているのか。それすらもわからない。それでも、信じていた。きっと、いつか再会することが出来るのだと。それを信じて、11Bはパスカルと別れを告げた。

 

 イデア9942と顔向け出来るようになるまで、涙は流さないとパスカルに約束して。

 

 

 

 

 

 砂の吹き荒れる砂漠地帯。

 アンドロイドや機械生命体にとって過酷な環境であるはずなのに、何故かそこに住まう者は後を絶たない。もっと穏やかに暮らせる場所は幾らでもあるが、なぜそこに生きることを選択しているのか。

 

「ここに、こういうのがあるって聞いたんだけど……」

「うーン……聞イた事ナイナぁ……あぁ、でももしカシたら向コウの仲間なら知っテるかもシレナいネ。聞いテ見ルヨ」

「そっか。ありがと、でも大丈夫。多分危険なところにあると思うし」

 

 そうして、かつて「マンモス団地」と呼ばれていた人口密集地。その廃墟を再利用して暮らしている機械生命体の宅を訪ねていたアンドロイド――11Bは、礼を言ってマンションの一室を離れた。

 

 彼女の中に保存された、イデア9942から託されたリスト。そこには、当初から何度か頼まれていた、彼らしい「お使い」の内容が幾つか記されている。他にも簡単な仕事は幾つかあったのだが、11Bは何故お使いを先に済ませているのか。

 その理由は、2Bと9Sの復旧作業に関わっているからだ。

 

「……あの二人が、ほんとに復旧できたとしたら」

 

 パーソナルデータすら残さず自殺した以上、それは僅かな希望でしか無い。そして撤去作業が終わらない限り、まだ「工房」にも戻れていないので、存在しているかも怪しいイデア9942のパーソナルデータ。

 もしそれが見つかれば、このヨルハ部隊ですら再生させる技術が記された「お使い」の材料を余分に集めることで、イデア9942を復活させる事ができるかもしれない。

 

 まだ夢想の領域にあることは理解しているが、そんな僅かなヒカリに縋るほど、11Bは少しだけ追い詰められていた。そして、焦燥感とパスカルでも埋めきれなかった心の隙間から感じられる寒気を温めるために、必死になって彼女は「お使い」をこなしているというわけだ。

 

 そうして砂漠の街を抜け、洞窟らしい場所を潜った先。

 開けた、広い空間に彼女は足を踏み入れることになった。

 

「……ここ、確かアダムとイヴが生まれた場所」

 

 かつて彼らを産み落とした、機械生命体たちの集合体「ゆりかご」は、最初の崩落によって見ることは出来ない。ただ、ここのコミュニティの機械生命体が「産育」という概念を獲得した、異質でありながらも神聖な場所は、恐ろしく静かな雰囲気を発していた。

 

「よい、しょ」

 

 崩れそうな足場を、11Bは難なく滑り降りていく。

 いま、彼女が探しているのは「機械生命体のコア」。いまやありとあらゆる機械生命体が庇護対象であり、同盟相手になった以上、希少品と成り果てたものであった。

 

 此処に探しに来たのは、アダムからの情報提供があったから。

 かつて生まれた場所なら、まだコアが無傷で残っている残骸があるかもしれない。崩落の危険もあり、ほとんど手を付けられていないから、という理由で案内されたのだ。

 

 そしてアダムの言うとおり、破壊された機械生命体が何体も転がっている。実のところ、2Bたちが訪れた後、ヨルハ部隊が後続で調査のために訪れていたのだが、待ち構えていたのは自爆型を含む大量の機械生命体からの襲撃。何とか逃げ出すことに成功したが、結局立入禁止の場所を増やすだけ、というエピソードもあったのである。

 

「……中型、二脚」

 

 当然、そうして破壊された機械生命体のなかでは、ポピュラーな中型二脚の姿もある。普段見ている分には、何も問題はないのだ。だがこうして残骸を見ると、かつてのイデア9942が首を転がして倒れた姿を思い出す。

 

「ッ」

 

 こみ上げてくる嘔吐感はあまりにも人間らしい感情で、11Bの目頭に再び熱を宿らせた。それでも、彼女は歯を食いしばって、ホルスターから抜いた三式戦術刀を中型二脚の胴体に叩きつけた。

 

「ァあっ!!」

 

 すでに破壊されている残骸だからか、爆発すること無くパーツだけがバラバラに飛び散った。中途半端に原型を残した内部機構がカチャカチャと音を立てながら落下し、砂の上に軽い音を立てながら落ちていく。

 

「……コア」

 

 そして、残骸の頭部の中から機械生命体のコアが転がり出てきた。

 コアというだけあって繊細なはずであるのに、砂に塗れた程度ではその機能を全く損なわない丈夫さ。エイリアン縁の技術がふんだんに使用されていながら、現地の材料だけで作れていたらしいオーバーテクノロジーの塊。

 

 そして、人間で言う脳でもある。決して自分たちでは作ることが叶わない、という点では奇妙な共通点があるソレを、11Bは冷めた目で見つめ、腰のポーチから取り出した袋に包んで仕舞い込んだ。

 

「あと、2つ」

 

 壊してしまいたい衝動に駆られながら、11Bは小さく呟いた。

 

 

 

 

 半年後、2Bと9Sが再起動を果たし、11Bはイデア9942から残されたリストにあった事全てを成し遂げた。その頃には、脳筋だと言われていた彼女も、イデア9942のように突拍子もない発想から新たな道具を作り出せる、技術畑の方面で活躍できるほどの技量を身につけていた。

 

 だが、イデア9942のデータは撤去作業が終わり、入れるようになった「工房」にも見つからず、かつて居た機械生命体を0から再生させる方法など、まだ手にするには至らない。

 

 どこか妥協した幸せを噛み締めながら、11Bは平和な世界を享受し、今日も生きていくのであった。

 




「塔」が崩壊し、一年という月日が経過した。
機械生命体とアンドロイドは正式に手を取り合い、
ギクシャクとはしながらも、未来に向かって歩み始めている。

発展し、緑の街と呼ばれるようになったパスカルの街。
改装され、灰色の街として復活したアンドロイド達の廃墟都市。

そして終戦の間際、指揮を取る立場に居たものたちは、警邏隊や救助隊となった。

二つの街を中心とし、地球の反対側、夜の国にまで平和の足音が響く世界。

どこか、ぼうっと、何もない場所を見ているアンドロイドがいた。
世界に貢献しながら、自意識はそこになく
未来の下地を作りながら、己の行いではないと否定した。


彼女は11B。未だ、過去に意識を置き去りにしたアンドロイド。
この世界には語られない「彼」の遺した作品達を並べた部屋。
彼女が拠点とする「工房」という場所に、ある日一報が入った。


「帽子をかぶった機械生命体を見た」





~短い後日談のエレクトロニカ~
一人のアンドロイドが、囚われた過去をたどるお話


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短い後日談のエレクトロニカ
手記1冊目


最近評価が謎の上昇見せてるので

後 日 談 開 始 です

最近書いてないので文章力低下許してください
ポプテ見ながらなので頭がおかしいかもしれません。



※注意!!!
 後日談である以上
 オリジナル展開な上に世界観すらガラッと変わってます
 あと戦闘は極力発生しないので
 そういうのを期待してる人、もしくは
 在るかわかりませんが最終回の余韻を崩したくない人は
 そのままお気に入り解除です!


 塔の崩壊から半年が経過した。

 

 

 ネットワークから切り離された機械生命体達は、アンドロイドや元々自立していた同族の手によって手厚く保護され、生来のサイコパス的な性質を持つもの以外は、破壊されることも無く、新たなる生活を送り始めていた。

 

 アンドロイドの戦闘組織は解体された。

 

 人類軍の要、アンドロイド軍は単なる軍隊からその形を変え、ある集団は自警団のような組織へ、ある集団は警備を主とした組織へと転向している。そして数あるアンドロイド組織の中でも、機密と最新鋭では他の追随を許さない事で有名な「ヨルハ部隊」。かの組織はどうなっただろうか。

 

 意外なことに、組織そのままとしての形は脆く崩れ去った。

 戦う意義を見いだせなくなったもの。戦い以外に己の興味を持ったもの。自らのスキルをより高める地位を探すもの。……その理由は様々ではあるが、ヨルハ機体は機械生命体のコアから作られているという事実を知らされた上で、バラバラの方面に散っていった。

 

 そんな時だ。

 この戦いにおいて、重要な立ち位置にあり、最後にこそ救いの一手を託して機能を停止した2機のヨルハ機体が目を覚ましたのは。

 

 その名は―――

 

 

 

 

 

「ヨルハ機体2B、及び9Sのブラックボックス再起動を確認」

「要請:エネルギーバイパスへの追加供給」

「承認したよ。ほら、ねぼすけ共――まだオネムなの?」

 

 ビクンッと跳ねた右手の指。

 やがて目いっぱいに引き伸ばされた指は、勢いよく地面を握ろうとし―――硬質な石の感触に阻まれる。

 

 冷たい。

 

 最初に感じたのはソレだけだった。

 だから温かなものを探そうとした。人間に植え付けられた、人間を模した精神構造のせいだ。それよりも―――「彼」自身の感情が、温かな存在を求めていた。

 

 どんな形でもいい。「愛おしい」を知ってしまった以上、最早手放すことなんて考えられない魂の片割れ。比翼にして連理。ヨルハ二号B型。2B(トゥービー)という心を埋め合う彼女の存在を。

 

「ぁ……とぅ、び…ぃ…………?」

 

 彼の声に呼応するように、対してゆっくりと瞼を開けた彼女。

 

「おはよう、また会えたね。ナインズ」

「おはよう、2B」

 

 求められるように差し出された9Sの右手を、2Bは両手でゆっくりと包み込む。倒れたままの義体(ボディ)は、酷く重たく感じた。それはこれまで死んでいたからか、はたまた新たなるカラダと運命の行く末を感じ取ったからか。

 

 それでも、この重さこそが幸せに繋がるのだと信じて。

 彼らは、同時に体を起こした。

 

 

 

 

 

「これでリストにあった事はゼーンブ終わり。でも結局、彼は自分につながる事を何一つ残さなかった、か。再起動したあの子達のデータの中にヒントでもあれば良かったけど……」

 

 起動することで、初めて隠しプログラムが作動する。

 そんな期待をしていたが、所詮は夢だったらしい。

 白衣をまくり上げながら感嘆の意を込めた息を深く吐き出して、二人の様子を見守っていた一機のアンドロイドは、近くに投影されたウィンドウを全て閉じて、その「実験室」内部へと繋がるスピーカーの周波数へとチャンネルを合わせる。

 

「そこのお二人サーン、感動してるのはいいけどそのままおっぱじめないでよね」

 

 ひっしと抱き合っていた光景は感動的なものではあるのだが、そこにいるのは自分と彼ではないことに多少の苛立ちを感じて、ついつい邪推な一言を放ってしまう。だがまぁ、これもヨルハのサーバーすら無いのに生き返らせてやった恩に対する仇にすらならないだろうと、彼女はどこか疲れたように、目線を斜め下へと向けた。

 

『その声は……もしかして、11Bですか!?』

「そーそー、みんな手を借りたい11Bちゃんですよっと。いいからとっとと此方(コッチ)に来てよ。ワタシだってこの後行きたくもない予定が押してるんだから」

『分かった、すぐに向かう』

 

 相も変わらず生真面目な2Bの姿は、半年前と何ら変わらない。

 尤も、この半年の間死んでいたのだから、変わりようがないのも当たり前かと。ため息ばかりが彼女の相棒になりつつある半年間であった。

 

 それからすぐ、ガイドに従って実験室からモニタールームに通された2Bと9Sは、すっかりと自分たちが力尽きる前とは違う11Bの住居の様相に、どこか落ち着かない挙動で11Bの前に現れた。

 

 服装・記憶・義体・精神・ブラックボックス。その全てが完全に再現されている姿は、オーバーテクノロジーの塊であったかつての「バンカー」の再現度そのままである。違う点は、その停止した瞬間の記憶を引き継いでいることだろうか。

 

「……うん、再現度は99.9999――まぁ限りなく近いし成功ってことで。アンタたち、もうどっか行っていいよ」

「ええ!? そ、それだけですか!?」

 

 なにか聞きたそうにしている9Sの姿を視覚情報として収めた11Bは、手元の紙媒体となっているファイルに目を通して一通り見比べて、そんな一言を吐き出した。

 彼女にとって、彼――イデア9942から託された「リスト」にあることをすべて成し遂げてしまった以上、すでに2Bと9Sは興味の範疇からは外れてしまっているのだ。これがイデア9942が存命で、かつ半年前だったなら、まだいくらか興味の程や、態度も柔らかなものだったろう。

 

 だが違うのだ。最も失いたくないものを眼の前で失い、その穴が埋められることが無いままに半年という時間を過ごしてきた11Bは、酷く擦り切れていた。その上、半年の間はリストの在ることを全力で成し遂げていくうちに、イデア9942に手が届こうかという「技術」を手に入れていたのだ。

 

 復興と再建、そして新たなる道を歩みだしたアンドロイドや機械生命体たちにとって、11Bは喉から手を生成してでも欲しい要員であったのだ。最初はイデア9942のマネをして様々なことを引き受けていた11Bだったが、何一つとして自分が得るものの無い作業の繰り返しで、擦れてしまっていても可笑しくはなかった。

 

「とにかくコッチは色々といそがしーの。ホラ、説明なんてそのへんの機械生命体に聞けばいいからさ、行った行った」

「す、すごい邪魔って感じが伝わってきますね……」

 

 シッシッ、と旧時代の犬を追い払うような仕草で二人に手を降った彼女は、それっきりデスクや機材に流れる文字に目を通す作業に戻ってしまう。バトラータイプの名はどこへ行ったのか。もはやその姿は、オペレーターモデルの様相である。

 

「行こう、9S。今はとにかく、彼女の機嫌を損ねないほうがいい」

 

 そして2Bとしては、自らの手で大切なものを失ってきた「実感」という記憶があるからだろう。11Bに対して痛いほどの理解と、対して此方は大切なものを取り戻せてしまっているという罪悪感から、その場を離れることを提案する。

 でも、と反論しようとする彼の手を捕まえると、2Bは多少強引にでも11Bの研究所を後にすることにした。

 

 

 

 高くそびえ立つ鉄塔。中空を行き来する個人用の空中移動車両。景観を損なわない程度に植えられ、時には建物と一体化している植物。そして―――談笑する機械生命体とアンドロイド。

 

 研究所を出た2Bと9Sは、見たこともない景色に圧倒される。

 パスカルたちという限定的な集落ではない。自分たちやアネモネらといった、狭い集落の中ではない。ワールドワイドに広められた新たなる常識的な光景は、半年前から時間を止められていた二人にとってはあまりにも異様なものとなっていた。

 

「……これが、現代(イマ)

「まさか本当にこんな世の中が来るなんて……その創設に関われず、僕は半年も寝てたなんて、ああもう、もったいないことしちゃったかなぁ」

 

 素直に圧倒される2Bと、誤魔化すように言葉を並べる9S。だが驚愕は彼らの間で共有されていて、知らず握り合っていた手の力が強められる。締め付けるような僅かな痛みにハッと現実に引き戻された二人は、とりあえず頷くとその手を離して街の中へと足を踏み入れていった。

 

 次に彼らが行ったのは、とにかくヨルハ総司令である「ホワイト」と再会することだ。立場的に自分たちの上司である以上、邪険には扱われないだろうという予想のためでもある。

 この新たなる世界で目覚めた以上、戦う以外に意義を見出すには……二人には、まだ時間が足りなかった。故に啓示を求めるのは何ら可笑しい事ではない。そういうものとして、製造されたのだから。

 

 

 情報収集はまず、街中の機械生命体に聞くことから始まったのだが、二人はあっさりと目的であるホワイトの居場所について聞き出すことが出来た。もともとが機密情報満載の部隊ということもあって、肩透かしを食らったようになりながらも、コピーしてもらった街の地図を頼りに目的地を目指す。

 

「この時代の立役者、ですか。完全に表舞台に立ってるだなんて予想外でした」

寄葉(よるは)空港。その社長……自警団とかはアネモネたちがやってるのか」

 

 元々は廃墟都市だったこの場所。思えば、11Bの研究所だった場所は元々イデア9942が拠点としていた場所を改装したところであった。そしてアネモネたちレジスタンスキャンプのあった場所から更に離れた、作戦地域外にも広がる広大な都市を再利用したこの「灰色の街」を練り歩く二人。

 

 再現された服の中に入っていた、いくばくかの貨幣を使って購入したケバブを頬張る9Sは、すっかりと様変わりした街の景色を見渡して2Bとの時間を楽しんでいるように見える。作戦領域内に入るまで、上空から飛行ユニットを使って見た映像記録と照らし合わせながら差異の一つ一つを噛み締めている彼の姿は、2Bにとってとても楽しそうに見えた。

 

「あっ、見てください2B! ここ商店街ってやつですよ! 商業施設が寄り集まってる場所です。えっと、手前のは……」

「喫茶・ボワール……旧時代のフランス語か。店員は機械生命体がやってるみたい」

「お客さんはアンドロイドばっかりだなぁ」

 

 とはいえ、そんな感情を抱く2Bもまた、無意識のうちに彼とこの新しい時代を楽しんでいるように見える。今まで戦ってきてばかりだったからか、戦いの爪痕すら見えない風景は2Bの心を少しだけ浮つかせる。

 

「あ、見えてきた」

 

 ウィンドウショッピングも楽しみながら、かつて語った夢をほんの少し叶えられた嬉しさが時間を忘れさせる。機械という身でありながら、計測を忘れさせるとは、それほどまでに抑える必要のなくなった「感情」は、9Sのカラダを軽くしていたとも言えるだろう。

 大通りを真っ直ぐと進んでいった先に、広大な建造物が見えてくる。彼らの隣を搬入車両が通り抜け、ゲートの向こうへと資材を届けていく。すれ違う機械達は、ヨルハが何もせずに二人で歩いている光景が珍しいのか、一瞬だけ視線をそちらに向けて、また自分の日常に戻っていく。

 

 そうして二人は、自らの日常を探すための一歩を踏み入れる。

 

 

 

 寄葉空港、その一角にて。

 

「連絡は受けていたぞ。よく来た、英雄たち」

「あ、あの、総司令?」

「冗談だ、それに私はもう総司令じゃない。かといって社外の者に呼ばせるのもな……気軽にホワイトと呼んでくれ」

 

 知っている人が様変わりするというのは、実に慣れないものだなぁと、浮かんだ苦笑いを9Sは愛想笑いで誤魔化した。この調子だとパスカルもずいぶんとはっちゃけているのだろうかと不安になるが、ともかく元々の上司にこの先の行末を示してもらいに来たのだ。

 感性豊かな9Sが停止しかけているのを見て、一度目を伏せた2Bが代わりに問う。

 

「ホワイトさん、11Bから聞いてるかもしれないけど、私達は目覚めたばかり。何をしたらいいのか、教えて欲しい」

「実を言うとだ、組織に加えさせてくれということなら非常に難しいと言わざるを得ないな」

「そんな」

 

 ノータイムで返された言葉は、9Sを正気に引きずり戻す。

 聞けばだ、ここまで再建されてきた世界で二人を無理にねじ込む場所もない。二人がいくら戦争終結のチェックを指した重要な人物だとして、それだけの理由でどこかにねじ込む事も出来ない。

 そもそも、たかが一つの会社の社長に過ぎないホワイトに、もうそれだけの権限は無いという事情もあるのだが。

 

「だが、11Bの想定通りここに来てくれて助かった。これをインストールしてくれ」

 

 早速宛を失った二人だったが、ホワイトは安心させるように硬い表情を笑みに変えて、二つのチップを差し出した。一度使ったら使い切りのチップのようだが、他でもないホワイトの提案だ。2Bと9Sはブラックボックスを取り出すと、プラグイン・チップのようにソレを読み取らせる。

 

「君たち二人の住民票だ。機械生命体たちも個性が出てきたとは言え、個人の証明が難しくてな、本人証明がしやすいよう、アンドロイドも含め全員がこのデータを使っている」

 

 半年前から取得し、取っておいたんだ。

 ホワイトは笑いながら言う。かつての厳つい顔をした姿はもはや影もないが、彼女は彼女で今の時間を楽しんでいるらしい。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 しかしホワイトの何気ない一言も、彼らが蘇ることを前提にしたものだ。

 感極まって固まる9Sの姿が面白いのか、フッと笑ったホワイトは手を振り、ドアノブに手を掛けた。

 

「今度また、ゆっくり話す時間でも設けよう。ああそうだ2B」

「はい?」

「6Oがお前に会いたがっていたぞ。彼女はそこの雑誌の記者をやってるらしくてな、先週号だが、よければ持っていくといい」

「は、はい……6Oが記者、か」

 

 時間だからと、ホワイトが退室する。

 結局は振り出しだが、この世界で生きる権利を文字通りもらった二人は、いつか必ず恩返しをすると誓って、空港を離れるのであった。

 

 

 

 ―――それから2ヶ月。存外にこの世界は暮らしやすいもので、2Bと9Sは、ついに新しい生活を手に入れた。

 

 とはいっても、貰い物ばかり。二人で構えた拠点は、11Bがもう使わないといって譲り渡した建物。そして二人のネームバリューからもたらされた、かつてのヨルハ部隊だった者たちからは家具が。6Oからの贈り物という事で、服飾関係を一通り。

 

 そうして出来たのが、

 

「二ツ葉探偵事務所、オープンですね」

 

 キセルを片手に、椅子に腰掛けながら9Sが笑みを浮かべる。

 隣では、一見無表情に見えるが口の端を少しだけ持ち上げる、2Bの姿があった。

 

 二人の姿は対象的だ。これぞ探偵、という服と帽子を身に纏う9S。対して2Bは6Oコーディネートの女子らしい服装。

 

「ほらもう2B! こういうのは形から入らないと!」

「そうかもしれないけど、少し」

「どうしたのさ」

「少し、恥ずかしいな、と」

「………あぁ……そ、そう」

「疑問:このやり取りの意味」

 

 自分たちの世界に浸ることが多い二人を尻目に、機械的で抑揚のない声が探偵事務所の一角から聞こえてきた。ふよふよと浮かぶのは、黒い四角の体に黒いアームを備えた、アンドロイドでも機械生命体でもない存在。―――ポッド153だ。

 

「スキンシップの一環だと予測。我々は広告活動の準備を進めるべきだ」

「そうだな」

 

 この光景も、合流してから何度か繰り返されているからだろうか、慣れた様子でスルーしていく153と、当然のようにいるポッド042。

 彼(?)らポッドたちとの再会もそれほど劇的というわけではなかった。「ヨルハ機体に随行支援するのは、当機の製造理由である」等と、多くを語らず勝手に住み着き始めたのである。

 

 そんなこんなで始まった二人の新しい生活も、ポッド達の宣伝効果のおかげか、最初の一ヶ月は知り合いが訪れる以外、閑古鳥が鳴いていた探偵事務所も2ヶ月目からは一日に1~2人程度の依頼者が訪れるようになっている。

 ポッドたちや、9S自身の情報収集能力。そして6Oがちょくちょく2Bと話しに来ることもあって、この世界に無知だった二人は他のだれよりも今の世界を知っているであろう立場になっていく。

 

 ―――そんな生活を続けて5ヶ月目のある日。

 

「それでですね! 今度特集を組もうと思ってるのがとある機械生命体についてなんですよ!」

 

 いつものように遊びに来た6Oが、2Bのいれたコーヒーを前に笑顔で話を続けているところだった。最近話題となっているベジタブル料理、その素材となる野菜を作っている農家のうち、戦争終結前から野菜を作っているらしい機械生命体へ取材に行くらしい。

 

「そうなんだ」

 

 抑揚は少ないが、6Oの話に相槌をうちながら、2Bは会話を楽しんでいた。

 かつてでは決して味わえない平和な時間に、今の所飽きを感じたことはない。そして2Bの一見冷たい反応も、きちんと聞いているのだと分かっている6Oはいつもどおりにヒートアップして話を続けていく。

 

「もぅね、これがまた機械のくせにボケてるみたいなおじいちゃんらしいんですよ!? ちょぉ~っと私の苦手なタイプっていうか、不安だから2Bさんにも付いてきて欲しいなって」

「仕事だと思うけど、6Oは怒られないのか」

「ダイジョーブですっ! 実質、うちの会社の実権は私が握ってるようなものですからね」  「……初めて聞いたんだけど、その話」

「驚きました? あ、もしかして私は所詮下っ端だと思ってました?」

 

 2Bは誤魔化すようにコーヒーを口に運ぶ。

 アネモネの元で飲んでから、ちょくちょく仕送りをしてもらっているものである。

 

「と、とにかく」

「あっ誤魔化してる」

「とにかく、郊外に行くなら危険があるかもしれない。私が6Oを守るよ」

 

 カップをテーブルに戻し、微笑んだ2B。

 きょとん、と目を見開いた6Oは途端に両手を頬で包み込むと、「キ」

 

「キャーーーッ!! ナイト! ナイト発言! どうしましょう2Bさん今のかなりドキィッと来ましたよ! ブラックボックスが過剰な熱反応示してますよ! 絶対! 絶対行きましょうね! そうと決まればおめかししなきゃ!」

「あ、待って6O。ちなみにいつ」

「今日の午後です! ではちょっと服変えてきます! 2Bさんとデートだぁ♪」

 

 それではっ、と手刀を額の前でピシリと決めた6Oは、そのままドアの向こう側へと消えていく。

 

「……」

「あ、アハハ」

 

 ソレを呆然と見送った2Bは、額を抑えつつも9Sの方に振り返る。いつもテンション高めの6Oに、さすがの彼も辟易してきているらしい。2Bと6Oが会話している時は事務に専念している彼は、2Bへ苦笑いを返すばかりであった。

 

「とりあえず、2Bの武器を準備しときますよ。郊外に出るのも2Bは初めてでしたよね? まだ整備されてない所は脅威が残ってますから、十分気をつけて行ってください」

「そう、だね。ポッドも連れて行く」

 

 2Bはそう言いながらクローゼットを開く。

 ハンガーに下げられているのは、かつて着ていたヨルハの戦闘衣装。

 そしてアタッシュケースを開き、中から白の約定を取り出し、帯刀する。

 

「6O、なんでワザワザ郊外の機械生命体を訪ねようとしてるんでしょうね」

「……さぁ」

「考えてること一番わからないヨルハって、もしかして彼女なんじゃ」

「あんまり言わない方が、いいと思う」

「あ、ごめんなさい」

 

 ハハハ、と頬を引きつらせながら、9Sはノートを閉じた。

 




構成ボロボロである

※この後日談の主人公は11Bです

3/16追記
すみません都合上更新大幅に遅れます。
今日から一週間ほどまともにPC触れないので…


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手記2冊目

2Bパート終わりの回。
主人公は11Bと言ったけど思ったように進ませられない。

当初思い描いていた内容と90°それた 許して


 復興が進んでいる「灰色の街」、その郊外は依然として人類が崩壊したばかり、のような様相を呈していた。というのも、アンドロイドと機械生命体、手を取り合ったばかりの二者は互いの特性を学びながら新たなる形態を創り出すのに相応の対立や食い違い、それらが余計に時間を取っていたからだろうか。

 

「車輪の跡をたどっているとはいえ……わぁあああっと!?」

「先行しないで」

 

 何はともあれ、戦闘の跡がそのままということも珍しくはない。

 ヨルハの一員だったとは言え、装備換装をしても居ないオペレーターモデルの6Oは、2Bに手を引かれながらも、デコボコとしたアスファルトに何度も足を取られているようであった。

 

「もぉー! 2Bさぁーん! 私もう嫌になってきちゃいましたぁ!」

「元はあなたが言い始めたこと。最後までやり遂げよ、私も、ちゃんと付き合うから」

「うぅぅ……女神、女神ですよこの人……そしてなにげに後戻りできないいい」

 

 こうして何度も何度も嘆く6Oに対して、2Bは微笑を携えていた。

 想定していた戦闘行動は何一つとして無く、現在の技術で作られたレーダー機能にも、敵性エネミーの反応は無い。完全武装の2Bだったが、それらを振るう機会もなく、こうして6Oと素のままで向き合えるハイキングじみた道のりは、彼女にとって楽しみとなっていたからだ。

 

 そんな2Bは完全武装とは言え、歩きにくそうなヒールの靴。6Oもまた同じであるのだが、そこはやはり()モデルとOモデルの差、運動機能で遥かに劣る6Oは、羨ましいという感情を顕にしながらも、なんども2Bに抱きとめられる嬉しさをも備えた微妙な表情になっていた。

 

「それにしても、ですけど」

「うん、遠いね」

 

 片手を望遠鏡のように当てて、遠くを眺める6O。

 彼女の視線の先は、まだまだ目的地となるような所は見えてこない。

 

 灰色の街から外れ、ついにビルや建物が見えないような道についても、まだ件の機械生命体が居るであろう場所は目視できないのである。

 

「ですよねぇ……情報ではすこーしボケてるって話ですが、こーんな長い距離を野菜乗せたリアカーで走破してるだなんて、少し信じられません」

「運動機能に長けた機械生命体、かもしれない」

「そうですかねぇ」

 

 変わり者であるということは確かなのだが、6Oもこのような状況に陥るとは思っても見なかったのが本音である。とはいえ、一度言い出したことであり、2Bにまで手伝ってもらっている現状、口ではともかく、本当に取材を投げ出すつもりは微塵もなかったが。

 

「まぁ交流はつい最近になって始めたっていいますし、謎が多いっていうのも記者的にはポイント高いんですけどねっ」

「元気だね、6Oは」

「勿論ですよ! ヨルハ抜けてから、ほんっとうに毎日が楽しいんですから!!」

 

 心から弾んだような声に、嘘の色は混じっているように思えない。

 こんな平和な未来の礎に、一度機能停止するほど頑張ったんだな、と。誇らしさと懐かしさが入り交じる、当時の「塔」の記憶が蘇る。実際の所、9Sの機転にまかせて自分は刃を振るうだけであったが、それでも自分の意志で選んだ道が、この未来に繋がっていることが何よりも嬉しかった。

 

 今を生きる。

 

 それだけの事だが、自由に生きることをついに許された、実際年齢二桁にも及ばない両者は、外見年齢不相応にあるがままの感情を発露させているようにも見えた。

 

「あ!」

「どうしたの」

「見てください2Bさん! 右の方、なにか見えてきましたよ!!」

 

 土色と、瓦礫の灰色、そして時折雑草の緑色が続くだけの殺風景な道。

 ついにそれが終わりを告げる。

 

 ざあっ、と。風が吹く。

 

 見たこともないような美しい光景が、2Bの視覚情報に映し出された。

 それは一面の―――黄金。

 

 吹き付ける風が金色の稲穂を揺らし、淡い光の帯が彼方へと消えていく。

 そよぐ黄金の海が、本物の生命の息吹を地上に彩っている。

 

「……これ、は」

 

 2Bも、自分たちが生命であるということに誇りを持っている。

 だが意思を持たずとも、発する言葉がなくとも、無言で伝わる本当の生命のあり方が、2Bの「心」にずしりとのしかかってくるようにも思えた。

 だが重みは苦しいものではない。むしろ、もっと心地よいほどの―――

 

「も、もしかして“稲”じゃないですか!? その昔、人類が炭水化物を摂取する際に食されていた、とてもメジャーな食べ物です! まさか、現存する米は品種すら変わってしまって、絶滅したって記されてたのに……これ、もしかして例の機械生命体がやったってことですか!?」

 

 トンでいきそうになっていた思考が、6Oの驚愕の声によって引き戻される。

 彼女の話を聞いてみれば、「米」と言う食物を実らせる、人類の主食と成り得る植物であることを力説された。

 

 アンドロイドも嗜好品としてコーヒーなどを嗜むことは在るが、あくまで真似事だ。人類に似せた人工消化器官も存在するが、アンドロイドも機械生命体も、エネルギー補給の主流はあくまで燃料、そしてコアから生み出されるエネルギーの直接摂取。

 

 代理戦争が終結した今でこそ、そうした「食べ物」や「味」を楽しむ文化がロボットたちにも生まれ始めているが、人類が嗜んでいたそれらのうち、現存するものは遥かに少ない。

 

「失われた人類文化の再生ですか……どうしましょう2Bさん! うちで扱う内容というより大手の情報誌が扱うようなレベルです!!」

「そ、そっちなんだ」

 

 2Bの驚きをよそに、6Oはといえばあくまで自分の仕事が基準の考え方らしい。大事であるとは言え、そう臆するようなこともないな、と正気に戻された2B。

 これからどうするのかと、彼女は訪ねた。

 

「内容はどうあれ取材です取材! 探しましょう、例の機械生命体を――」

「おんやぁ?」

「!?」

 

 6Oの言葉が言い切られる前に、不思議そうな声が2Bたちの聴覚機能に届く。

 一瞬で6Oを下がらせ、背中の愛刀に手を掛けた2Bが戦闘態勢を整えて振り向くと、目に入ったのは慌てた様子の「中型二足」の機械生命体が両手を振っているところだった。

 

「まてマテ、またンカいな! アンドロイドは血の気が多クてイカん!」

「……アナタが、ここを管理しているのか」

「オウさ、そのとおリよ。どウジャ? すごかろウ!」

 

 ところどころ、イントネーションが特徴的だがその中型二足の機械生命体は豪快に笑ってみせた。彼は何度か灰色の街で交流していることもあって、アンドロイドがそのまま敵であるという認識はないらしい。

 

 目的の人物であることの確認が取れたので、6Oが取材の旨を伝えた。

 すると彼は鍬を肩に担ぎ、こっちだと言って自分が拠点にしている場所に案内を始めた。

 

「それにしても、ボケてるって噂きいたんですが全然そんなことないんですね」

「アぁ、流石に街マデは遠いんじゃヨ、そりゃァ疲レもスルわい」

 

 噂というのは、大体が内容に反して、こうした理由あっての小さな事実である。そんなことを再認識した6Oたちはそれから数分ほど歩くと、木々に囲まれた機械生命体の拠点に辿り着いた。

 そのまま二人が案内されたのは簡素なテーブルと、太い木をそのまま輪切りにしただけの椅子が並ぶ掘っ立て小屋の前だ。座りや、と指された椅子の丸太を6Oが恐る恐る触ってみると、

 

「なにげに椅子がコーティングされてる……」

 

 椅子はつるつるとした樹脂のようなもので覆われていた。

 これなら汚れることも無さそうだと、二人は安心して席に着く。

 

「アンドロイドにゃ友人もおルけぇのゥ。“服”を汚サンようしテあるんじゃ」

「ほうほう……」

 

 機械生命体の、細かな気遣いに感心する6O。

 これなら取材も捗りそうだと、早速彼女は身を乗り出し、前時代的なメモ帳を片手に目を輝かせる。

 

「それでは、早速取材に関してなんですが」

「ええぞぉ、何デも聞きィ」

 

 豪快な口調とともに、身振り手振りで彼は6Oとの会話に興じ始めた。

 そうなると暇になるのは2Bである。農業の話は専門外であるし、米の再生について熱く語っているところも、仕事中である6Oと違ってそこまで興味を持てない内容であったからだ。

 すると、そんなそわそわした様子の2Bに気がついたのか農場主の機械生命体が気を利かせ、

 

「おう、つまらん話デ悪いナお嬢ちゃん。ココらは安全じゃキ、見て回ってクるがええ」

「そうですね、2Bさんもここまで来てもらってますし、お言葉に甘えて見てきたらどうでしょうか。あ、一応この辺りのマップデータいただけませんか?」

「ええとも」

 

 と、6Oからの提案もあり、機械生命体からマップデータを投げ渡された2Bは、興味の赴くままに二人が話し合っている場所から離れ始めた。

 

 彼女がそのままの足取りで訪れたのは、先程遠目で見た、黄金の稲穂が揺られている田園である。近くで見れば、細かい農業としての意匠が見て取れる。ズームアップした視界には、きらめいていたと思えた稲穂も、少し汚れていて、葉や根のあたりの小さな汚れは、先程の光景が嘘のように泥臭い。

 

「……命、か」

 

 小さな虫が葉をよじ登り、土の周りにはミミズが掘った穴が見える。風と共に運んでくる、小さな塵の中には巻き上げられた砂や、枯れた草の欠片、そして羽虫の死骸なんかも見えてくる。

 美しいばかりではない。それでも、自分(アンドロイド)には決して持ちえない命の螺旋。この世界は、生きている。

 

 私は、生きているのだろうか。

 

「……なんだろう。会いたくなったな、9S」

 

 一人佇み、その光景を見続けているうちにそれなりの時間がたったのだろう。同じ景色を見続けているだけなのに、その些細な変化が時間を忘れさせていた。感情と心は、時にこうして、一分一秒を正確に刻む機械であるはずの彼女らを惑わせる。

 

 でもそれが、心地よいのだ。

 

「2Bさーん! 取材、おわりましたよー!」

「っ、6O。すぐ戻る!」

 

 田園の向こう側から、手でメガホンを作って叫ぶ6Oの姿があった。

 片手を振り、叫び返した2Bははたと気づく。通信機能を使えばもっと効率的だったな、と。

 

 なんとなくだが、こうした無駄な部分は感情に従っているらしい感じがする。そして、心の何処かにあの不明瞭の化身である、イデア9942の影がちらつくのだ。

 

「………いや」

 

 ふと浮かび上がったそのヴィジョン。

 この世界の中で、唯一、11Bだけが、出会った者たちの中で浮かない表情をしていたな、と。思い出した。

 

 2Bはどこか影を背負いながらも、田園を傷つけないよう、飛び越えるのではなく回り道をして6Oの元へと戻った。流石にそれくらいの分別は彼女にもある。何より、機械生命体の一念が作り上げた美しい光景を壊したくないだけでもあるのだが。

 

「2Bさん、それでは戻りましょうか!」

 

 彼女の言葉に頷き、帰路につこうと2Bはもと来た道のマップデータを開く。GPSに記されている自分たちの現在位置を見ると、灰色の街から、徒歩の距離としてはずいぶん遠くに来たなと、帰りの長さを思い描く。

 

 そんな時だ、後ろの方からガッシャンガッシャンと、機械生命体が歩く特有の音が聞こえてきた。

 

「おぉーい! ちョイと、待っちャぁくレんか」

「あれ、どうしたんですか?」

 

 急いで走ってきた機械生命体は、腰に括り付けた道具箱を探ると、中から取り出した小さなソレを、6Oではなく2Bへと差し出した。

 

「あんた、2Bさんジャろ?」

「そう、だけど」

 

 手に載せられたそれは、アンドロイドなら酷く見覚えのあるものだ。

 今となってはほぼ使われていないが、戦闘用の「プラグイン・チップ」である。

 

「……このチップは?」

「古い友人ニなぁ、2Bか9Sってなアンドロイドに渡セと言わレテタのを思い出しタんだ。生憎、わしモ中身は知らんが」

「古い、友人? 何で私達個人に」

「おう、名前も分かラんが……わしに米ノコトを教えテくれたいいヤツだ。今頃、何をしとるんじゃろうなぁ」

「え、さっきその話きいてませんよ!?」

 

 6Oが叫ぶと、機械生命体は素っ頓狂な声で返した。

 

「聞かレんかったゾ?」

「あ、ボケてるってそういう……」

「ともカくだ、用はソンだけジゃ。達者でナ」

 

 農業があるからと、機械生命体はまた慌ただしそうに丘の向こうへと消えていった。その場に残された2Bはプラグイン・チップがどんな内容のものか確認しようとしたが、不思議なことに、そのチップは挿入してもデータの読み取りが始まらない。

 

「……?」

「んー、2Bさん、ちょっと見せてくださいソレ」

 

 頷き、6Oに受け渡したのだが、6Oも頭を撚るばかりで正体に辿り着けない。

 結局よくわからないまま、そのプラグイン・チップと同じ形状の何かは、2Bの手に戻されることになった。

 

「そうだ、11Bさんならなにか分かるかも。時代の最先端を行くこの時代の立役者ですし、間違いありませんよ!」

「そうだね、古い友人っていうのも気になる。11Bに見せるのが手っ取り早い……か?」

 

 今度こそ帰路につこうと、振り返った2Bは、その視界の端に影を捉えた。

 

「あれ、何か、いたんですか?」

「……」

 

 今の映像データを急ぎ保存し、リピートして停止。

 そして気になった地点を拡大した彼女は、思わず口を開きかけるほどの驚愕に身を染めることになる。

 

「……6O、急いで戻るよ。11Bに伝えなきゃいけないことが出来たから」

「わわ、ちょっと2Bさん!?」

 

 余裕が無いのか、6Oを両手で抱え上げた2Bは、バトラーモデルの運動機能を十全に活かして駆け出した。此方に来た時とは、比べ物にならないほどのスピードで来た道を戻り、2Bはひたすらに「灰色の街」を目指していく。

 

「わ、あわわ! あ、憧れの2Bさんに憧れのおひめさまだっこ……」

 

 その胸元に、一人の幸福なアンドロイドを生み出したことすら気が付かない。

 今の2Bの頭の中には、たった一つの事実だけが渦巻いている。

 

 目覚めてから、一度はお礼をいいたかった相手だ。

 心や感情のブレーキを壊し、ヨルハを変えた、あの変な機械生命体。

 

 よく似ていたのだ。

 あの映像の中のシルエットは、見覚えのある帽子のような形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 2Bが二ツ葉探偵事務所に戻った次の日、11Bの研究所……

 「工房」と呼ばれ始めた場所に、一通のメールが届けられた。

 タイトルは―――帽子を被った機械生命体を見た。

 

 未だそのメールは、開封されていない。

 






こどくぅーなーsilhouette~♪
うごきだー(ry


紛れもなくヤツなのだろうか。


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手記3冊目

いい忘れてましたが
本編の主要人物は全員出ます。


え、アダムとイヴはどうしたって?
あいつらなら世界中でツーリングと昼寝と読書(ニート生活まんきつ)してます


「11Bさーん? 今月の報告書まだ出てませんけどー」

 

 一体のアンドロイドが、紙媒体の資料を片手に「工房」へと訪れている。彼は、ここ灰色の街とは別コミュニティに属する機械生命体との次の会合にむけて、11Bから追加資料の受け取りに来たというわけである。

 禿げ上がった頭をボリボリと掻きながら、彼は11Bの姿を探しているのだが、「工房」は依然として静まり返っており、返事の一つも聞こえてこない。

 

 いつもの11Bなら、気だるげにも返事だけは返すはずだが、と。異常事態であることを危惧し、いつもなら踏み入れない11B自身のプライベートスペースにまで足を伸ばす。

 

 探し回ったものの、見つからない。しびれを切らし、怒られる覚悟でそのアンドロイドの男性が最後に訪れたのは、彼女にとって思い出の場所。

 

 木製の作業台と、ブラウン管テレビのモニターが数個程。アンドロイドから中型の機械生命体までなら寝かせられそうなベッド。かつて、かの機械生命体が存在していた頃から、全く変わっていない部屋。

 

「……ああ、やっぱり。そんなことだろうと思った」

 

 作業台の上には、一枚のメモが置かれていた。

 このアンドロイドの男性が呼びに来ることは、数日前から決められていた予定だ。そしてここまで踏み入れることまで予想していたのか。男性アンドロイドが手にとったメモには、彼女が居なくなった理由が短く記されていた。

 

 ―――お疲れ様でした。

 

「……仕事、どうすんだよ」

 

 元アネモネ部隊のアンドロイドは、苦笑しつつも肩を落とすのであった。

 

 

 

 

「今日は気分的にクラシックですかねー」

「私はジャズが好き」

「いや、その……昨日も流しましたよ」

「新作あったから」

「……ホント変なところで強引ですね2Bは」

 

 2Bと9Sの経営する「二ツ葉探偵事務所」。

 灰色の街の住人たちの、暮らしの問題を解決することを主な収入源とし、時に浮気調査、時に迷子探し、時に暴走する機械生命体の実験兵器をなます切りにする。そんな暮らしを続けているうちに、半年という短い経営期間ながらも頼られる存在としての地位を獲得した二人。

 

 とはいえ、人間と違って機械たちは折り合いをつけることが得意な種族。一日にそれほど多くのトラブルが舞い込むこともなく、依頼の来ない日も少なくはない。

 

「今日もお客さんきませんねー」

「平和なのが一番いい」

 

 ブラインダーに指を差し込み、変わらぬ景色の街を見つめる2Bが、万感の思いを込めて呟いた。声にこそ出さないが、9Sも本心ではそのとおりだと同意する。

 それでも、だ。俗世に塗れた9Sとしては、こんな欲もある。

 

「バーテンダーセットも買いたいし、大きい収入が欲しい所かなっと」

 

 1週間分の収入支出を付けながら、彼は最近の趣味を口にする。

 探偵らしい衣装に身を包む彼の姿から分かるように、わりと形から入るタイプの9S。真実を見極める力と好奇心もあるが、やはり外観にもこだわりたいという、戦後はじめて見出した特徴の一つである。

 

 そして最近の人類史漁りから、「カクテル」という存在を知った彼は、2Bに美味しいカクテルを振る舞うため(何よりその姿が渋くてカッコイイと思ったから)、事務所の空きスペースにBARを設けるつもりらしい。

 そのための資金は……今の彼らの収入だと、数年掛かってようやくだ。

 

「また3日坊主にならないように」

「分かってますって、もぅ、2Bは心配性だなあ」

「ナインズ、そう言って今まで何回やろうとしたことを放り出して、何回私が片付けたと思っている」

「……アハハ」

「笑って誤魔化さないで」

「提案:9Sが懲りるまで小遣いをカットすること」

 

 口酸っぱく注意を重ねる2Bに、ふよふよと近づいてきたポッド042が言う。

 彼の言葉を聞いてか、書斎の方で紙媒体の書物を整理している153までもが口を出してきた。

 

「肯定:9Sの自制心が身につくまでがいいだろう。期間を設け身につかなかったと認識できた場合、精神的拘束を追加」

「興味深い案だ。ポッド153に同意」

「ポッド二体の案も出たけど、どうするのナインズ」

「……はい、よく考えます」

 

 今日も至って平和であった。

 

「2Bィ!!!」

 

 ドアがぶち破られる今のこの瞬間までは。

 

「話聞かせて!!!」

 

 

 

 

 

 ティーカップにパックが放り込まれ、ポッド153の中で沸かされた熱湯が注がれる。途端に広がる紅茶の香り。仄かに色づく白い湯気が立ち上り、11Bの鼻先を熱とともに僅かに濡らしていく。

 

「疑問点、9Sが当機体の機能に湯沸かし機能を付けた理由について」

「僕が紅茶好きになったからだけど」

「……その回答に遺憾の意を示す。9Sの脳回路をフルメンテナンスすることを推奨」

「え、酷くない?」

「いいから早く話しなさいってば!」

「あっつい!」

 

 ドン、と叩かれたテーブル。

 幸いにも11Bの馬鹿力は発揮されていなかったが、カップから跳ねた飛沫が9Sの手に掛かる。

 

「わかりました、分かりましたから落ち着いてください。2B、画像データある?」

「あるよ。ポッド、拡大と映写お願い」

「了解」

 

 2Bの記憶データから、以前6Oと行った取材先の「影」を移したそれが、空間投影の画像としてポッドから映写される。

 

「……少し、似てる」

「ごめん、視界の端に一瞬写った程度だったから、省メモリーでの画像しか無かったよ」

「ううん。ワタシも取り乱してごめんね。……希望は、出てきたかな」

 

 すべての仕事をほっぽりだしてきた11Bは、白衣をまくりながら、その細い指でカップをつまむ。コクコクと一気に飲み干していく様は飲み方としては無作法だが、彼女のこれまでの想いをとりあえずは飲み込んだという意思表示だろうか。

 チャ、と僅かに音を立ててカップが戻される。

 

「アナタから渡されたプラグイン・チップも解析したけど、あれ、ガワだけがチップの形をしてただけだったよ。中身はこれ」

 

 プラグイン・チップの外装が剥がされ、更に細かな、欠片のような端子を持ったチップが11Bの手のひらに乗せられる。あまりにも小さすぎて何も記録出来ないように見えるが、この中には驚くべきものが入っていたのだと11Bは語る。

 

「イデア9942の……演算回路だよ、これ」

「……コアのパーツ、ってことですか?」

「ううん、それとは別の外部回路。イデア9942の処理能力の秘密の一端だね」

 

 解析結果に寄ると、コアと、それを取り囲むようにしてこの1ミリにも満たない極小さなパーツが3重にもなって層を形作っていたらしい。そして、この小さな小さなパーツ一つで、ヨルハのブラックボックス並みの演算処理能力を誇る。

 更に恐ろしいのが、これと同規格の物があればあるほど、処理効率と並列処理数がダルマ式に増えていくとのこと。

 

「あー、だから始めて会った時に弾かれたんですね。万の軍勢(ヨルハ)を相手に、単騎で突っ込んでもそりゃぁ勝てるわけ無いかあ」

 

 言ってしまえば、イデア9942は「ウィルスが最深部に侵入するのを見てから対処余裕でした」と言う所業を行えていたわけである。その秘密の一端と、そして11Bの解析結果のレポートから片鱗を読み取った9Sは、イデア9942本人でなければ付けたところで脳回路が自閉するだけだと、苦い表情を形作る。

 

「それじゃあ11B、それを…探しに?」

「もしかしたら、アナタが会った機械生命体がイデア9942の演技した姿って可能性もあるからね。まずそっちを当たってみる予定」

「分かった。それなら、座標データを渡しておくよ」

「ありがと」

 

 2Bと11Bの間で一瞬のうちに同期が成され、11Bの視界の端に目標地点までのマーカーがセットされた。

 

「11B、どうせならウチに依頼してみませんか? 出来うる限り手伝いますが……」

 

 2杯目のパックを入れ替えながら9Sが提案するが、11Bは静かに首を振った。

 

「ううん、彼の問題は、ワタシだけで決着を付けたい。最期まで見えなかった最後の縁、もう過去になったはずの後ろ姿を追いかけるのなんて……ワタシだけで、いいから」

「分かった。でも、私達でも何か分かったら個人回線に連絡を入れよう。6Oや司令か――ホワイトさんにも、呼びかけてみる」

「っ……ありがとう」

 

 何度も突き放したはずだが、やはり11Bには復活させてもらったという恩がある。そして、この世界を作る一手でもあり、この関係を築くことが出来たきっかけをくれたイデア9942にもう一度会えるのなら。

 9Sや2Bとしては、その時に直にお礼を言いたいという気持ちもあるのだ。

 

「それじゃ、そろそろ行くね。押しかけてごめん」

「いや、元の11Bに戻ったのはいいことだと思う。前までのアナタの姿は、あんまり、見ていられなかったから」

「……そう、かな」

 

 どこか上の空で、仕事はこなすがそれだけの存在。

 魂がまるごと抜けたような、支柱を失った屋根のような。いつ崩壊しても可笑しくはない印象。それでも、ギリギリを保ちながらもイデア9942の「リスト」をこなしていく11Bは、アンドロイドと機械生命体の新生社会において必要不可欠なキーパーソンであるという重圧。

 

 快活で、時に感情的で。そして脳筋だった姿とは程遠い陰鬱とした11Bの姿は、誰が見ても痛ましいものであった。

 

 だが今はどうだろうか。

 一縷の望みを目にして、僅かながらもかつての姿を取り戻しつつある。それでも、何か違和感が拭えないのは――

 

「11B、待って」

「?」

「その白衣、事務所(ウチ)に置いていくといい」

「……ハハッ、そうだね。研究者でも気取ってるのかってからかわれちゃう」

 

 目をパチクリとさせて、破顔。

 白衣を鷲掴みにすると、一息に脱ぎ去った彼女は、パスカル達から送られたあのときのままの姿に戻った。過去への回帰か、はたまた今との決別か。その覚悟のほどは、聞いていない。それでもだ。

 

「ソッチのほうが似合ってますよ」

「もしかして、脳筋だってバカにしてる?」

「そ、そんなコト無いですって」

 

 革製のホルスターに三式戦術刀を差し、イデア9942の巨大銃を担ぎ、腰まで長く伸びた髪の毛を一本に縛り上げる。

 

 過去を探しに、11Bは第一歩を踏み出したのであった。

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、11Bさんが」

『ええ、そちらで見かけたら是非歓迎してあげてください。まだ、少し取り繕ってるように見えたから、不安なんです』

「ええ、ええ、勿論です。それよりどうでしょう? 灰色の街の生活は」

『満喫してますよー、僕もやりたいこといっぱいありますし、目移りしっぱなしですね』

「ふふふ……」

 

 質素なツリーハウスの一室で、楽しげな、それでいて穏やかな笑い声が響き渡る。

 その機械生命体は、パスカル。平和を愛し、平和のために尽力し、いまや機械生命体側の一大コミュニティ「緑の街」の長となった存在である。

 

 通信を切っても未だ止まらぬ細かな震え。駆動機関のそれか、それとも単なるこらえきれぬ笑いのせいか。全身を常に震わせているパスカルは、長というにはあまりにもまったりとした暮らしを送っている。それというのも、「緑の街」にとって、実質長という肩書は名ばかりのものであるからであった。

 

「さて……イデア9942さん、最後にまた、残酷な課題を残したものですね」

 

 成長してきた子どもたちのため、自分も教養を鍛えるべしと。奇しくも名前のもととなった歴史上の人間ブレーズ・パスカルが著した本の複製をパタンと閉じる。

 

「我々は人間ではありませんが、考える葦となりうるのでしょうか。我々は、宇宙(すじがき)を越えられるのでしょうか。イデア9942さん、アナタは、それをさせるために、わざわざ死んだのですか?」

 

 パスカルが見つめる先には、窓がある。

 窓の縁には、一つの写真が立てかけてあった。

 少しキザなポーズを決めたイデア9942と、肩をすくめて呆れたと言わんばかりのパスカル。そしてイデア9942の胴に飛びつこうと、満面の笑みを浮かべる11B。そんな、3体の機械たちが収まった写真。

 

「生き物ではなくても、私達は考える事ができます。そうでしょう。でも、過去には戻れません。……本当に、酷い方ですよ。こうして、在りし日の思い出を記憶から参照するだけで、こんなにも脳回路がズキズキと痛むのですから」

 

 写真立てに手を伸ばすと、写真の面を下にパタンと倒される。

 パスカルは、ついで右へと視線を向ける。

 小型の機械生命体…いや、機械生命体の子どもたちだ。ゆくゆくは内面の成長に従い、中型のボディや、好きな構造で己の身体を作り変え始めるであろう。だが、写真の中の子供たちは、一見して何の変哲もない小型の姿。

 一つとなりには、ペイントで差異をつけようとして、ただの落書き遊びになって指を指して笑い合う子どもたちの写真。

 

「……悩みますねえ、人間も悩んだんでしょうか。変わらず、過去と言われる姿のままでいたいのか、それとも、新しい姿を追い求めるのか。―――変われなかったのか」

 

 たはは、と苦笑するパスカル。

 しかし、しばらくするとだ。ふと思い出したかのように、手をポンと打った。

 

「そうそう、今日は確かキェルケゴールさんの教会にお呼ばれしていたんでした。あらっ、時間もギリギリじゃないですか!」

 

 教祖キェルケゴールが率いる「シンデカミニナル教」は、死後に神となれるよう、この生があるうちは善行を積み続け、己の納得する死に方と生き方を見つけるための場所にもなっている。緑の街の大多数の機械生命体が信仰するまでに、その布教活動は広まっていた。

 そして今日はパスカルが、街の長として行事の進行に呼ばれていたのである。

 

「まぁでも」

 

 行事に使うタスキや、配布用の濾過フィルターを用意しつつもパスカルは呟いた。

 結局はこうなるのだ、と。負けてしまったような声色で。

 

「会いたいと思う気持ちだけは、偽れないものです」

 




ようやく物語が動き出しました。
でも宣言します。手記10冊目以内に終わらせる!!!絶対ニダ!!!





以下は作者のこれまでこだわった謎ポイント。
誰も気づいていない可能性もあるので、読み飛ばしてどうぞ
ああああポプテピピック終わった……星色ガールドロップも終わってしまった…





パスカルを性別不明なまま書く!
イデア9942は特殊状態を除き、一人称を使わない!
二ツ葉探偵事務所→ヨルハ→寄る葉→2枚の葉→二ツ葉!!
オリキャラを安易に出す!(メインにもサブにも見えづらいラインで)
実はプロット一切無し!!!!!!(着地点すら無かった)


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手記4冊目

気が向いたので投稿。
宣言した10話が迫ってくる……なんとかして纏めないと……
終着点だけ見えてる状況でどう持っていけるか(


 灰色の街、郊外の田園。老いた口調の機械生命体が管理しているそこは、変わらず稲穂を揺らす景色を形作っていた。とはいえ、11Bが訪れた時には収穫の時期に入っていたらしく、黄金の稲穂が揺れる幻想的な景色は、一部殺風景な土色を晒しだしていた。

 だからだろう、目当ての機械生命体は容易く見つけることが出来た。農作業中の老機械は、11Bの姿を見つけるや否や、声を出す代わりに手を降って歓迎の意を示す。

 のんびりとした機械生命体に反して、11Bはというと、手がかりへの一歩になるかもしれないと、逸る気持ちが抑えきれず、早歩きで彼女は近づいていく。

 

 だが―――ようやく真実にたどり着けるかもしれないという彼女の淡い思いは、首を振るその姿に否定されることとなった。

 

「んぅ、名前は分かラんナア」

 

 例のチップをもらった相手の名前は、イデア9942というのか。たったそれだけの質問だが、返された答えもまた呆気のないものであった。知らない、と。嘘を言っている様子もない。

 うなだれ、首を振る11Bは、絞り出すような声で返した。

 

「そっか……他に、なにか預かり物とかはないの?」

「いんや、特にはないなあ」

 

 諦めきれず、農作業中の機械生命体と話をしてみたが、2B達が得てきた以上の情報は何一つとして得ることは出来なかった。ともすれば、2Bから渡された画像データの場所に行くしか無い。ここから、ほんの少し歩いた場所。

 

「気をツケい。凶暴な動物が出ンとも限らんかラのう」

 

 肩を落とす彼女の姿にいたたまれなくなりながらも、注意を促す老いた機械生命体であったが、彼女はそれに応えることはなく、どこか危うげな足取りで農作業地を離れていく。悪いことをしてしまったか、アンドロイドの行末をあんじながらも、やはり機械生命体は己の仕事に従事することを選ぶのであった。

 

 さて、ふらつく足取りのまま彼女が辿り着いたのは、ただの草原だ。大きめの岩と、太い幹の木が数本生えているだけの環境。とくに特徴的なものもなく、岩をどかしてみるが特にイデア9942の痕跡らしきものも見つからない。

 

「このあたり、なのにな」

 

 どれだけの思いが込められた言葉だったのだろうか。

 彼女は軽く見渡してみるが、髪を揺らす風が吹きすさぶばかりで、コレといったものは見つからない。電子的なスキャンを掛けてみても、金属パーツらしき反応も何一つとして検出されなかった。

 

 ここまでなのだろうか。

 彼女の揺れる瞳が、内心の動揺を表している。目元を熱くこみ上げてくるものは、彼も流していた涙。親指の付け根で拭っても、とめどなく溢れてくる水滴は、次第に11Bの頬をつたい、顎の先から雫となってこぼれ落ちる。

 首元にまで垂れてきた、不快な温かな水の感覚が、どうしようもない無力感を後押しさせられた。自分の体すら支えられなくなって膝を付く。喉元の不快感が、大きな空気となって吐き出された。気分も何も、晴れることはなかったが。

 

「イデア9942……どうして」

 

 希望らしきものを掴ませておきながら、その続きが無いだなんて。

 彼が意味のない事をするとは思えないが、不測の事態だってあるだろう。例えば、あの農業地の機械生命体が暮らしている場所を変えていたのだとしたら、彼が用意した前提が崩れている可能性もある。

 

 もう一度、あの機械生命体に話を聞きに行こうか。

 思いついた疑問を行動に移そうとするが、彼女の心は自身にも分からぬほどに消耗していたらしい。農業地の方をみやるばかりで、彼女の義体は立ち上がる気配を見せなかった。力を入れようとしても、入らない。あのイデア9942が専用にチューニングした義体が、指先一つで岩を砕けるこの体が。

 

「………は、はは」

 

 一体、何をやっているんだろう。

 

 自身に対する困惑と、ずっと前から抱いていた諦観の欠片が、大きな絶望となって11Bの心を締め上げていく。胸の内に感じる痛みは、とても人間らしいもので、しかしそれを指摘することができるイデア9942は、この場には居なかった。

 

「こんなに、こんなに苦しくなるんなら……」

 

 あそこで死んでいたのなら、と。心なんて無ければ、と。

 吐き出そうとした言葉が信じられなくて、飲み込んだ。

 

「っ……」

 

 彼女は膝すら支えられず、崩れ落ちて仰向けに寝転んだ。

 背中から、風に煽られて纏めた髪が胸元に垂れかかる。

 

 こみ上げてきたものと、追い求めてきたものと、脳回路がパンパンになりそうな不可思議な感触を覚えながらも、11Bは微笑を携えて、空を見上げたまま固まってしまう。ひんやりとした土の感触と、ほのかに涼しさを携えた風が頬をなでていく。

 どれだけ思い悩んでいたとしても、変わることのない世界が、あんまりにも大きく見えて、悲しみが僅かに、苦笑に変わっていく。

 

「ああ、なんだろね、もう」

 

 このまま、でいいのだろうか。

 イデア9942はあの時、自ら死を選んだ。ならばその選択を、自分は尊重するべきなのではないだろうか。でも納得できないから、ワタシはこうして探しに来ている。それが、今客観的に考えてみると、酷く滑稽に思えた。

 

 16D……一番最初、ワタシが撃墜されて死んだと思われてた時は、どんな気持ちだったのかな。イデア9942がいつの間にか始末していたけど、あの時なんの感慨も抱かなかったアナタが……どんな想いを抱いていたのか、今となってはそれが狂おしいほど知りたいとも思う。

 

 ぼう、と。地平線の向こう側を見つめる。

 いずれは全てのものは、この土に還る。鉄であっても、長い長い時間を掛けて、いつかは必ず滅びる。それはアンドロイドも機械生命体も同じ。いつかは、イデア9942のところへ行ける。それなら、今こうして焦らなくてもいいんじゃないか?

 

 良いわけがない。

 

「……やっぱり、あきら、め、られない、よ。イデア9942ぃ……どうして、どうし、て」

 

 何度目だろうか。もう、何度目だろうか。

 彼のことをなんとかして忘れようとして、結局恋しさに耐えきれず泣きわめく。あんまりにも惨めで、誰にも見せられないほど弱い姿。「工房」以外では決して見せない姿。だけども、今は独りだ。

 

 ……一度目を閉じる。

 このまま、朽ち果ててしまおうか。

 ブラックボックスを止めてしまえば、すぐだ。

 

「……それだけは、だめ」

 

 また笑顔で、一緒に暮らそう。

 彼はそういった。たとえあの時死んだとしても、戻ってくる予定はあったはずだ。そうだと思いこんで、自身の滅びを回避する。これすらも、彼の想定内なのだろうか。

 

 再び目を開ける。

 彼と一緒に守り抜いた景色はそこにはない。ここから見えるのは、例えアンドロイドが滅んでいたとしても、決して変わらなかったであろう自然の景色だけ。

 それでもだ、この美しく雄大なる世界を、彼と生きたい。以前のように。そして世界の隅々まで、楽しむのだ。それが、今の私の夢。

 

 心に、僅かなゆとりが出来た、と思う。

 

「……あれ?」

 

 そうして冷静になると見えてくる。

 転がる地面。目線のすぐ向こう、不自然な窪みがあった。

 

「もしかして、これ」

 

 上体だけを起こして、観察する。

 

「あ、足跡…? まさか」

 

 例の影のものかもしれない。

 ガバリと起き上がり、11Bはスキャン機能を起動させる。足跡の部分を緑色の発光でマークし、地面に同様のものがないか、読み取ったデータを元に広域スキャンを掛ける。形は、中型二足の一般的な規格と同じものであることが判明した。

 

「もしかして、もしかして……!」

 

 光点は続いている。灰色の街から反対側の、遥か離れた方向。向こうにはほとんど誰も調査に赴いたことがなく、まだ未開の地であることは知っている。だが、そうした辺境の場所であるからこそ、彼がいそうな気がしてくる。

 

 やはり、繋がっているのだと。

 それを思うだけで、体は遥かに軽く感じられた。

 

 続く足跡を追いかけていく。一歩を踏み出すたびに景色が跳ぶ。彼女の圧倒的な脚力は、一歩踏み出すだけで小さなクレーターを地面に作るほどの威力を持っていた。そして、それだけの長い距離を、しっかりと足跡の光点は続いている。

 数キロほど移動していくが、まだ先は見えないのか。GPSで現在位置を確認しながらも、もう遥かに灰色の街から離れてしまっている。見えるのは荒野と、手入れされずに崩壊の一途をたどる廃屋の数々。すでに形を失った腐った木の塊から、面影しか残されていないコンクリートのマンションらしきものまで。

 

 そんな代わり映えのない景色が、もうどれだけ続いただろうか。

 風と一体化したかのように駆けていく彼女は、唐突にその足を止めた。

 

「……あれは、集落?」

 

 数キロ先の光景だったが、少なくとも彼女の目にはそう見えた。

 機械生命体や、アンドロイドの姿がちらほらと確認できる。レジスタンスキャンプのように、簡易なテントを主に資材が入っているであろう箱などがまばらに置かれている。そして、物資などの間をアンドロイドがひょいひょいと通り抜け、ひときわ大きな大型の機械生命体が鉄材を両手で持ちながら、大きな建造物の向こうに消えていく。

 

 ようやく、その集落に辿り着いた。探していた足跡はここで、無数の足跡にかき消されて無くなってしまっている。どうやら一本の通りを中心にバザールのように展開する集落のようだ。

 

「うん? あんた、見ない顔だね」

 

 そのまま集落の端であろう場所に辿り着いた11Bが辺りを呆然と眺めていると、作業中の女性アンドロイドに訝しげな表情で尋ねられた。流れ者は珍しいのだろうか。思えば、ココに居る機械生命体もアンドロイドも、薄布を巻き付けたような特徴的な装いをしている。対して自分はヨルハ部隊に似せたゴスロリ衣装である。

 異邦の流れ者として認識されても仕方ないだろうと思いつつ、突然話しかけられた動揺から消え入るような声で女アンドロイドに返事をした。

 

「あ、えっと…その、人を探してるんだ」

 

 嘘を付く必要もないだろうと、ありのままを伝えた11B。だが女アンドロイドは更に眉間にシワを寄せ、分かりやすい舌打ちする。

 

「人探しぃ? こんなご時世に珍しいねえ。ところであんた、アンドロイド軍かい?」

「いや、違うよ」

「あっそ。ならいいけど」

 

 肩をすくめ、フンと鼻を鳴らした女アンドロイドはそれっきり背中を向けてしまう。

 

「騒ぎ起こすんじゃないよ。ま、噂聞いてココに来たんだってんなら歓迎してやるけどさ? どっちにしろ話が聞きたいならここのリーダーに話通してきな。リーダーはそこの目立つ建物の二階にいるよ」

「あ、ありがと…?」

「礼を言う隙があるんなら行った行った」

 

 シッシッ、と追い払われるようにして11Bは遠ざけられる。

 なんというか、排他的なところだという第一印象を受けるが、それに比例するかのような団結した印象がココの住人から感じられる。掛け声一つも短く、まさに以心伝心と行った様子で作業をこなしているのである。

 モノのやり取り、手伝いの要求、作業への自発的な協力。独自の共用ネットワークを張っているのかと思われるほどの乱れのなさ。

 

「こんなところがあったなんて……」

 

 感慨深くつぶやくが、異邦の存在である11Bに対して、住人たちは目を合わせようともしない。リーダーとやらに話を通さない限り、話すつもりも無さそうだなと言った様子だ。

 

 ゆっくりと歩きながら集落を見つつも、11Bの歩みはこの中でひときわ大きな建造物の前で止められる。リーダーが居るということから多少は分かりやすい装飾などがあるかと思っていたが、他と変わらぬ質素なものだ。

 

「なんだか、ヨルハみたい」

 

 司令官だけが白い服装だが、あの無機質な部屋に暮らしていたという点では他のヨルハと変わらない。

 

 昔の記憶を思い起こしながら入り口をくぐると、受付嬢らしき機械生命体と目が合った。なにやら書類を片付けているらしい彼女は、11Bを一瞥すると手に持っていた筆記用具で階段を指差し、書類から二度と目を話すことなかった。

 無愛想な輩の多い場所だ。情報をもらったらすぐに出てしまおう。心の中でそう決めながらも、11Bは示された階段へと踏み出した。

 

「……ああ、来たんですね。ようこそアンドロイドさん。流れ者の行き着く先、“ジャンクヤード”へ」

 

 二階へと上がった途端、掛けられたのは歓迎の言葉だった。どこか柔らかで女性的な口調は、これまでの集落民の対応で荒んだ心に溶け込んでいく。

 椅子に腰掛けていた存在は、ぴょんと飛び降り、11Bのもとへと近寄ってきた。身長の差だろう。その「小型機械生命体」は、首元につけたネクタイを揺らして右手を差し出した。

 

「ここのリーダーをさせていただいております、わたくしはダーパと申します。貴女の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 




いい忘れてましたが、この後日談は一話4000~5000前後で書かせてもらっておりまする


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手記5冊目

戦闘はありません


あと、オートマタ2の情報が出てるから後日談も本編も矛盾塊になるだろうからただ怖い


「ワタシは11B。ココに来てあなたと話を通せって、バザールのアンドロイドに言われたんだけど」

「ええ、勿論()()()()()()()。どうぞお掛けください」

 

 ダーパと名乗った小型の機械生命体は、11Bをソファへと促すとベルを鳴らした。癖なのだろうか。ネクタイをキュッと引き締めるとオホンと咳払いを一つ。十秒後、受付で見かけたアンドロイドの一人がお盆の上に湯気が立ち上るカップを乗せて持ってくる。

 

「飲みながらで構いません。聞きたいことも在るでしょうが、ここでたった一つ、守ってほしいルールを、あなたの脳回路にしっかりと記録してください」

「ルール?」

「ええ、シンプルなものです。一切、争いごとはしないこと。それだけです」

 

 11Bへ対面しながらも、視線の先はどこか彼方を見つめている。そんな、不可思議な接し方をしてくるダーパは、しかし確かに11Bを相手に言葉を発した。

 

「わかった、争い事は一切ナシね。約束するよ」

「ありがとうございます。それでは11Bさんとおっしゃいましたね、このジャンクヤードに一体どのようなご用件でしょうか」

 

 深く一礼したダーパは、改めて問いかけた。

 

「人を探してるんだ」

「人探し、ですか」

「イデア9942という名前、帽子をかぶった機械生命体。プログラム面では他の追随を許さない性能。機械生命体にしては、意味のわからないジョークをよく言う。……分かりやすい特徴はこんなものかな」

 

 カップを置き、真剣な瞳で彼女は問いかけた。

 

「なにか、知らない?」

「ふぅむ」

 

 考え込んでいるうちに、記録されたデータの中にこれらの特徴に当てはまる物がいないかを探しているのだろう。このジャンクヤードというらしい集落は、現在各所で確認されている集団としては、規模が小さい方だ。

 じっくりと考え込んだあと、ダーパはゆっくりと首を振った。

 

「どうやら、お役に立てることはないようです」

「……そっか。邪魔したね。あのアンドロイドたちを見る限り邪魔になりそうだし、すぐにココを発つよ」

「お、お待ち下さい!!」

 

 11Bが立ち上がった瞬間、ダーパは焦ったように呼び止めた。

 

「?」

「っ、あ、い、いえその……少し、ゆっくりしていかれたほうがよろしいでしょう。それに、此方に報告が来ていないだけで、住民たちが情報を持っている可能性もあります。聞き込みをしてみてはどうでしょうか」

「聞き込み、………そうだね」

「ええ、ええ。それがいいかと思われます。住民たちには言っておきますので、今からどこの施設も貴女を受け入れるでしょう。それにここは、かの灰色の街からも遠い。しばらく休息と補給を取っていってください。損はないはずです」

「そうするよ。ああ、もし滞在するとして、どこか場所は空いてるかな?」

「それでしたら、ここの一階に空き部屋がたくさんあります。どこでもご自由にお使いください」

「そっか。ありがと。それじゃ失礼するね」

 

 ひらひらと手を振りながら、11Bはダーパの部屋を後にする。

 カンカンと階段を降りてバザールの通りに出ようとすると、無愛想で一瞥するだけだった受付嬢の機械生命体は「マタのお越しをお待ちしております」と、深々と頭を下げて言葉を投げかけてきた。

 

「…………」

 

 11Bは無言でその建物を後にすると、バザールをしばらく歩いた先にあった、飲食スペースらしき場所に腰を下ろした。すると、彼女の姿に気が付いた大柄な男性型アンドロイドが、快活な笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「おう、旅の姉ちゃん、リーダーから聞いたがどうやら長旅らしいじゃねえか。ウチで燃料でもいれておくかい?」

「ううん、燃料自体はまだまだ在るから大丈夫。少し座りたい気分になっただけ」

「そうかい、まぁゆっくりしていきな。いつでも歓迎するぜ」

 

 人当たりのよい笑みを浮かべて、その男性型アンドロイドは共通燃料が入っているであろう、大きな燃料缶を抱えあげ、テントの奥へと消えていった。

 

 おかしい、と11Bは言いようのない気持ち悪さを覚える。

 

「ねぇ、そこの機械生命体さん」

「ン、ナンダイ?」

「ちょっと聞きたいことがあってね―――」

 

 それから11Bは、周囲の機械生命体にイデア9942……ではなく、まず一言目に「帽子を被った機械生命体を知らないか」という問いを投げかけていった。一体一体に根気よく話しかけるさまは健気なものだろう。

 しかしそのたびに「知らないけど、他のやつにも訪ねてみる」「分からないが映像記録を探ってみる」といった温かで協力的な言葉をもらい、そのバザールにいる者たちの笑顔の歓待を受け続けた。

 

 それから数時間ほど経った頃。永久に日が昇っているため分かりづらいが、一日の終りが近づき始めた時間帯。バザールにあれほどいた集落民の姿は建物の中へと消え始め、あとには一日を通して作業に明け暮れるような者たちだけが残った。

 

「やばいかもね、ココ」

 

 11Bはこのジャンクヤード圏内でも、人気のない場所へと移動すると、被っていた笑顔の仮面を脱ぎ捨て、忌々しそうに呟いた。

 

 そもそもだ。途中から隠しきれていなかったと言うか、杜撰というか、違和感しか無かった。リーダーを名乗るダーパの、この集落を離れると言ったときの焦りよう。灰色の街から来たことを知っているかのような口ぶり、そしてあの一瞬で、集落民たちの態度が180度反転して友好的に接してきたコト。

 

 きな臭さが、あからさますぎて逆に気持ち悪い。

 言いようのない身の危険……というよりかは、かつて訪れた「廃工場地下の狂信者たち」を彷彿とさせる違和感。一度感じた、受け入れようとする柔らかさの裏に潜むものを知っているからこそ、この集落がマトモではないではないことが機械らしくない第6感から訴えかけられている。

 

 そして何より、だ。

 彼女は今や単なる脳筋ではない。灰色の街をはじめとした、アンドロイドと機械生命体が手と手を取り合う世の中に最も貢献したものの一人。それでいて、イデア9942の背中を追い、技術方面で開花させた御業が、彼女の不審を裏付けた。

 

「……アイツら、イデア9942の事は何一つとして知らないね。しかも、見せてきたあの態度もぜーんぶ嘘って感じだ」

 

 住民たちに話しかけながらも、彼女はその話している住民から気取られぬようフルスキャンを掛けていた。その結果分かったのは、彼らの中にイデア9942に一致する情報が一切なかったということ。そして、ここでは常日頃から――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「異様に多いジャンクパーツはそのせいか。となると、見つけた足跡はここの奴らの犠牲になったってとこかな」

 

 記録に在るイデア9942と似通った足跡だったが、現状ほぼ全ての住民をスキャンした中で、その足跡と一致したものは見つからなかった。そして足跡は真新しいものであるのに、その姿がないという事実が彼女の言葉に繋がる。

 

 こんなところ、さっさと通り過ぎてしまおう。ダーパの元を訪れてから、ずっと監視していたアンドロイドが交代したタイミングを見計らい、11Bはその集落を去ることにした。

 

 

 

 

 成果ゼロ。どころか、勘違いした挙げ句に無駄足を踏んだ分を考えればマイナスであろうか。陰鬱な表情で灰色の街へと戻ってきた11Bは、そのままの足で自らの「工房」へと戻ってきていた。

 廃墟都市から灰色の街へと変わり、ありとあらゆるものが変化していく中で、イデア9942の記憶のカケラは、もうここにしか残っていない。だからこそ、疲れた彼女は必ずこの部屋に戻り、そして例の寝台へと体を転がせる。

 

 このまま、一度スリープに入って自己メンテナンスでも始めようか。定期メンテナンスの日程は遠いが、そうでもしなければやってられないと、実に人間らしい感情で彼女は半目を開いた。

 途端、視界の端でチカチカと緑のランプが明滅している様子が見て取れた。この工房そのものが受け取る形になっているメールだった。業務用連絡の場合はランプの色が違う、となれば彼女自身に用向きがあることを知らせる内容か。

 

 のっそりと寝台から起き上がった11Bは、そのまま手を伸ばしてメールのホログラムウィンドウを開く。空間に投影された画面には、タイトル無しの新着メールが一通届いている。

 

「……誰の符号(コード)だろこれ?」

 

 知らない人物が無造作に撒いている迷惑メールだろうか。だとしても、一応プライベートかつ遊び用のこっちには雑ながらも一種のプロテクトは掛けられている。

 

 不思議に思いながらもメールの内容を確認した途端、彼女は表情をさぁっと青ざめる。

 

「ダーパ……? なんでアイツが」

 

 差出人はダーパ。あの集落で会ったきりの小型の機械生命体である。

 ジャンクヤードとかいう集落から出ないようにと、言外で仄めかしていた事を破られた仕返しか。それともまんまと逃げおおせた11Bに対する嫌がらせか。いや、その程度で彼女が青ざめるはずもない。

 

 メールごときで、彼女に衝撃を与えるたった一つのワードがある。

 もう、おわかりだろう。イデア9942らしき、帽子を被った中型機械生命体の影だ。それが、どこかの荒野らしき場所を撮影した写真の隅にあったのだ。該当する場所は、残念ながら11Bの記憶の中の映像に一致しない。

 

「そんな、アイツ、知らないって言ってたのに……」

 

 ギリギリと歯を噛み締めて、怒りに打ち震える11B。彼女が怒気を発するだけで、部屋の空気がミシリと軋む。無意識に握った三式戦術刀の柄が砕かれなかったのが奇跡なほどに、彼女はギチギチと義体の出力を引き上げていた。

 

 彼女をこんな状態にしたメールは、文章すら書かれていなかった。

 添付され、貼り付けられている画像が一つだけあったのである。

 

 11Bは感情の赴くままに、工房を後にしジャンクヤードへととんぼ返りを果たす。音速を超えてやってきた11Bを発見した集落民のアンドロイドは、これまで見たどの表情とも違っていた。

 ニタリと口を歪め、それでいて目は笑っていない。不気味に過ぎるアンドロイドや、顔は無くとも失笑する機械生命体らを一瞥した11Bは、足に力を込めて跳躍すると、リーダーであるダーパが過ごしているであろう部屋に飛び込んだ。

 

「ダーパッ!!!」

 

 窓ではなく、壁を蹴破って入ってきた彼女はコンクリートの粉塵を腕の一振りで風と共に打ち払いながら、その衝撃に巻き込まれて転がっているダーパに目をつけた。

 強引にその手を引き上げて眼前に引き寄せた彼女は、当たり散らすように叫ぶ。

 

「あのメールはどういう意味!? 答えて!!」

「は、はははは!!! はははははハははハハあははははははははははあっあはっ、アハハハハハハ!」

 

 傑作だと言わんば明かりに笑い狂うダーパ。

 

「ははははは!」

「ヒヒヒ…! ひひ!」

「くっふふははは!!」

「アハハアハハ!」

 

 気づけば、ダーパの胸ぐらを抉ってまで掴んでいる11Bの周囲に、この集落の住人たちが集まってきていた。11Bが破壊した壁をよじ登りながら、階段を一歩ずつ上りながら、その口から狂気的な笑い声を発して。

 

「チッ、それがあんたらの素?」

 

 11Bは空いている方の手で三式戦術刀に手をかけると、その切っ先をダーパに向ける。イデア9942の情報を聞こうと思ったが、こうなれば最悪ダーパを工房に持ち帰って分解し、その脳回路とコアから情報を抜き出せば良いだろう。

 これだけ狂った集団なら、現状それをしたところで自分に非はない状態をいくらでも創り出すことが出来る。今の11Bにはそれだけの権限があった。

 

「どいてよ! コイツを破壊されたいの?」

 

 今か後かの違いだが、どうせ破壊するにしてもこうして脅せば有用性も増すというもの。どう考えても正常なアンドロイドでは下せない判断だが、冷徹にその処断を下した11Bが、少しでも穏便に済ませるためにダーパの命を引き合いに出す。

 だが、彼女の考えが通用することはなかった。

 

 ダンッ、と一発の銃声が彼女の耳に届く。

 途端、11Bはダーパから手を離し、凄まじい瞬発力でその場を離脱、そのまま壁に張り付いた。その場に残されたダーパは、重力が働く前に銃弾をそのコアに受け爆発四散。ダーパを構成していたパーツが辺りに飛び散り、腹回りの装甲板が虚しい音を立てながら11Bの眼前に転がった。

 

「……なに、コイツら」

 

 三式戦術刀を右手に、イデア9942お手製の巨大銃を左手に。

 改めて臨戦態勢に入った11Bは、再び狂気の笑い声を上げながら手を伸ばしてくるジャンクヤードの住人たちを見据えて力を込める。背後を塞いでいた壁を肘打ちで破壊すると、その瓦礫と共に宙を舞いながら地面に着地。広い視界を確保にかかる。

 

 対して住人たちは、その目を赤く光らせながらゾンビのような足取りでゆったりと11Bに近づいていく。11Bの壁の穴から無防備に一歩を踏み出し、無様に地面に落ちつつも、何事もなかったかのように這いながら11Bを目指す。

 それはどこか狂気というよりは、操られているような動きである。改めて別方向でのスキャンを掛けてみれば、11Bの視界にはどこぞから飛んできた信号を受信し、単純なプログラムによって住人たちが動かされている様子が見て取れた。

 

 だからといって、11Bは操られる彼らに憐憫の情も、義憤すらも抱かない。なぜなら、彼女は単なるアンドロイドではない。感情を押し殺し、任務に忠実である「ヨルハ」の元一員だ。論理ウィルスによって操られた同士を無常に切り捨てた事も数知れない。

 何より、イデア9942の情報を餌に釣りだした彼らは、こうなる直前まで確かに彼ら自身の意思で笑みを浮かべていたのだ。容赦をするという選択肢は、11Bの中に始めから存在していなかった。

 迷いなくリーダーもろとも破壊(ころ)されそうになったのだから、此方が殺しても正当防衛は成り立つだろう、と。少しばかり飛躍した頭のまま彼女は刀を構えた。

 

 その時だった。

 バラッ、バラバラバラッ、バババババババババッ。まばらに聞こえてきたエンジン音が11Bの集音マイクを刺激する。彼女の視界の端に出たのは、識別信号。そのコードを読み取った瞬間、この一年近くほとんど交流のなかった相手が来たことを理解した。

 

「んなっ!?」

「乗るがいい、11B!」

「ああもう、説明してよね!!」

 

 アンドロイドや機械生命体を蹴散らしながら、その「モンスターバイク」に乗った青年が叫ぶ。赤いバイクヘルメットと黒いライダースーツの間から、輝く銀髪を覗かせたその人物の手を取った11Bは、唐突に襲いかかる全身(前進)分の超Gが右手を軋ませている事に涙目になりつつも、そのまま体を捻ってモンスターバイクのシート後部に尻を降ろした。

 

「しっかり掴まっていろよ。少しばかりトばさせてもらう」

 

 更にアクセルを深く回したその人物は、ジャンクヤードの住人にも、自身のバイクのエンジン音にすら負けない高笑いをしながら、ハンドルを真っ直ぐに固定した。当然、バザールのテントや障害物のある方向へと突っ込んでいく。すると、不思議なことにそれら障害物は純白のキューブのような集合体に吹き飛ばされて、11Bとその青年の行く道を作っていくではないか。

 そのまま、彼らの背中はジャンクヤードから遥か遠くに消えていった。砂塵を拭き上げ、タイヤ痕を掻き消しながら。

 

 

 




戦闘はありませんでした(暴力描写が無いとは言っていない)


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手記6冊目

今更ですけどあくまで後日談なんでダイジェスト気味。
どんな結末をむ



か えるY aら  。





【深刻なエラーが発生しました。
 既存文書に改ざんが見受けられます
 セキュリティプログラム、第一種ワクチンを投与してくDさい

 投与しtK してくだ  だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだださ


 両者ともにバイクを走らせて30分程経った頃。

 

「見えてきたぞ」

 

 彼の声が、思考にふけっていた11Bの意識を浮上させる。

 顔を上げて正面をみやると、アルミとトタンを張り合わせて作られたコテージが彼女の視界に入った。

 

 彼がバイクを停車させると、11Bも片足を上げてバイクをまたいで地面を踏む。大きめの砂利まじりの土が足裏からデコボコとした感触を伝えてくる。赤茶けた台地の向こう側は、驚くほど何も存在していなかった。

 ここは、灰色の街とは反対側の、もうアンドロイドの手すら入れる余裕がなかった荒野地帯。理性のない機械生命体が跋扈していると言う噂も立てられていたそこは、噂に反して静かな自然が広がるだけの場所であった。

 

 それにしてもだ、コイツ()こんなところに住んでいたのかと。

 行方知れずで通信でのみ会議に出ていた自由そのものな機械生命体たちへあからさまなため息をついてみせる。

 

「どうした、疲れたのか?」

「いや? 随分とまぁ自由に生きてくれちゃって、と思っただけ」

「自由でこそだろう。好きな時に本を読み、好きな時に林檎をかじり、好きな時に人間を超える。己を自ら束縛していた人間の生き方からは、既にある程度の飛躍は出来ているとは思わないか?」

「いや、知らないけど」

「―――つれないやつだ」

 

 大げさに片眉を上げ、メガネを押し上げる彼。

 

「それでアダム、アイツラのこと何か知ってるの?」

 

 機械生命体の中でも、「このままじゃだめ」という生存本能と進化欲によって生み出された特殊個体、アダム。よりアンドロイドに近しい形で、ケイ素を元にした肉体を持ち、そのうちに人間の文化や思考回路に興味を持ち、俗世塗れした性格になった風変わりな協力者。

 代理戦争終結後、多くの機械生命体やアンドロイドが共同体を作る中、(イヴ)と共に自由人を満喫している事は、灰色の街の大勢が知っている。

 

「そういうことになる。そういう貴様は巻き込まれたクチか、11B?」

「どうだろ。ワタシはイデア9942を探してただけ」

「……そうか、ヤツを」

 

 ついてこい、とアダムがコテージの中に消えていく。風が吹くと、コテージに張り付いた剥がれかけのトタンがキィキィと揺れていた。凝り性な割に、こういう所は相も変わらず雑なやつだと、苦笑が漏れる。

 しかし、中にはいった途端に、その感想は覆されるコトになった。内装は実用的なインテリアに溢れ、視覚的にもリラックス効果がある調和の取れた外観。行き来するに十分なスペースと、とても過ごしやすそうな家が彼女を迎え入れた。

 

 高めの天井でくるくると回るシーリングファンが快適な温度を保っている。だからだろうか、腹を見せながらぐごーぐごーと眠りこけるイヴがベッドから転げ落ち掛けた状態で寝息を立てていた。

 先に入っていたアダムは白いティーセットを手に取り、微笑を携えながら紅茶の準備をしているところだった。

 

「そこに座っていろ。少しはもてなしてやろう」

「いっつも自信に満ちてて、そういうトコは羨ましいかなあ。あとそれ、客をもてなす態度じゃないよねえ」

「フン」

「それより、イヴはいいの?」

「言ってもきかない上に、直らん。まぁ個性と言うやつだ」

 

 かちゃ、とソーサーに乗ったティーカップが置かれる。

 

「いい香り……」

「まだ少し昂ぶっているだろう。実戦は久々と見える」

「気遣い覚えたんだ? ま、いただきます」

 

 11Bが一口飲み始めた事を確認すると、アダムは近くにあった映像媒体を起動させる。口頭で説明するよりも、此方のほうが早いということだろうか。紅茶を飲みながらも、11Bはそれら数列や図形が延々と並び立てられていく様子を眺めながら、成る程と呟いた。

 

「アレも一種の、置き土産ってコトね」

「そうなるな。イデア9942め、死してなお世界を揺るがすのが趣味らしい」

「不本意そのものだと思うけど。あ、そこで止めて。2秒前の羅列15行目」

「ほう、気になるところでもあったか?」

 

 アダムが指示された場所を表示する。

 11Bは食い入る様に見つめると、懐を探り始める。やがて取り出されたのは、破損している一欠片では在るが、機械生命体のコアらしきものだった。現状、もはや生きている機械生命体を解剖しない限り手に入らない貴重品である。

 

「それは?」

「さっきのダーパとかいうやつのコアの欠片」

「ほう? だが良いのかい、私の眼の前でそんな物を出しても」

「どうせ通報なんてしないでしょアンタ」

 

 肩をすくめ、さもあらんとアダムは返した。

 

「そのとおりだが」

 

 そんな彼を流しながらも、11Bは気になった地点の文字の羅列と、コアを見比べるようにして眺めていた。ジャンクヤードの住人たちを狂気的な行動に走らせたのは、当然ながら絶滅したと思われていた論理ウィルスの一種だろう。

 カメラアイが赤く発光し、非感染者のみを破壊もしくは汚染しようと宿主を操る点においてもそっくりである。唯一違ったのは、宿主を完全にコントロールし、あまつさえは会話さえも成立させていたところだろうか。

 

 機械生命体のネットワークが崩壊した以上、その手綱を握る者は居ないはずだ。だが、ウィルス大本ごと完全に滅ぼそうとしたイデア9942が一度感染したことにより、ウィルスにも何かしらの変異が起きたということだろう。

 あのジャンクヤードは、いわばそのウィルスの残骸に巻き込まれた形になるのだろうか。

 

「あの伝達速度の速さは、疑似ネットワークの構築がされてたってわけね」

 

 機械生命体の次は、論理ウィルスが自我を得た進化を果たそうとしているとでも言うのか。アンドロイドや機械生命体のカラダを使って。

 

「それで、どうやら普通に戦ってるだけじゃ感染させられないほど弱っている論理ウィルスの成れの果てなコイツラを、アンタが率先して消滅させてるってわけだ」

「ああ。イヴに悪影響があっては堪らんからな。いや、実際コイツもひどく眠るようになった。ウィルスが感染し定着したわけではないが、治療の際にどこかリソースを持っていかれたのかもしれん。今では、起きている時ですら苦しんでいる」

 

 苦々しい表情のアダムは、拳を強く握りしめる。

 彼が今感じている感情は、原初の憎悪。今やその方向性を定め、確固とした己の意思で制御した感情の行き着く先は、弟を苦しめるモノを取り払わんとする行動力にあらわれている。

 されど、同時に彼は無力感に苛まれているのだ。イデア9942ならば容易に解決したであろうこの事態、己の力が及ぶ所はほんの僅かでしか無い。弟を長く苦しませる解決方法しか、持っていないのだと。

 

「……弟のため、か」

 

 何はともあれ、他者を思いやるアダムの姿には確かな成長が感じられる。この一年近くで、世界と共に何者も変わっている。11Bは、複雑な思いでアダムの決意を受け止めていた。

 

「なんにせよだ。どのような理由があろうと、今の時代、機械生命体やアンドロイドを破壊するのは違法だろう? だから、私が秘密裏に処理しているというわけだ。緑の街や灰色の街、そして夜の国にはこの変異ウィルスの兆候はないからな、勝手知ったるこの地域だ、動きやすくて助かったさ」

「でも目撃者までは消せない。恨まれてない?」

「……言うまでもなく、恨まれてばかりだとも。だが一時の感情論に振り回されれば、待っているのはイヴの破滅だ。それだけは、避ける所存だよ」

 

 仰々しく両手を開いて表現するアダム。イデア9942の大げさなジェスチャーのマネだろうか。得意げな表情にむかっ腹がたつ。心配と皮肉を交えた言葉をおとぼけて返された11Bとしては、アダムの頭部にデコピンを噛ましてやりたい気分であった。

 

「それよりさ、コイツらのコト追ってるっていうんだったら、イデア9942のコト知らない?」

 

 コアに幾つかのコードをつなぎながら、11Bはアダムに尋ねる。

 そしてダーパから受け取った一通のメールをホログラムウィンドウに表示させると、その写真の端に写っているイデア9942らしき影を赤丸で囲み、アダムの眼前に移動させた。

 

「うん?」

 

 写真を見たアダムは、その影を興味深げに覗き込んだ。

 

「これは奴らの視覚情報を切り取ったものか」

「そ、どういうわけか直接アタシの“工房”にメールが来てたの」

「……あのジャンクヤードという集落には前々から目をつけていたが、奴に似た機械生命体は居なかったな。それにしては画像の日付は半日以内……ふぅむ、興味深いな、何故イデア9942の似姿を、奴らは視覚映像に投写したのか」

 

 アダムもこの話題に興味を持ってくれたようだが、11Bの求める答えは返ってきていない。あからさまに落胆したように肩を落とすと、彼女は椅子に深く座り直した。

 

「見かけてない、か」

 

 ピーッ、という電子音が鳴る。

 コアの欠片につないでいた機器を取り外した11Bは、解析結果を脳内で処理しはじめた。一瞬で終わったその結果を見つめたものの、目を細めて首を振る姿が答えだった。イデア9942の情報に関して、めぼしい情報は見つからなかった。

 代わりに分かったのは、今回のウィルスの詳細な姿。

 

「論理ウィルスの生き残りが進化したってのは間違い無さそうだね。大分ヘンな進化方法してるけど」

「だろうな。末端の手段でしかなかったウィルスが、機械生命体のネットワークを模して進化し、そして繁殖を出来なくなったという袋小路に陥っている。感染して操るにしても半端モノときた。思わず笑いたくなる、とはこのことだろう」

 

 だが、とアダムは表情を一転させる。

 

「私にとっては、笑えないのだがね」

 

 彼が見つめるのは、寝ているイヴの姿だ。

 

「アイツ、さっきから寝てばっかりだけど理由があるってこと?」

「ああ。あの馬鹿な弟は、“塔”を引きずり出す時に少し無理をしてな。一時的にだが、論理ウィルスに感染した。その痕跡を辿ってきたのだろう。イデア9942の自爆だったか、あれから逃れたウィルスどもは元統括個体だったイヴをネットワークの統括機構と定め、繁殖を開始した。気づいたのはつい1ヶ月前だ。幸い、ウィルスは一次感染を起こした者から侵食することはない。だからウィルス保菌者を確実に破壊し、影響をなくしてやろうと動いている」

 

 イヴがずっと眠っているのは、起動(おき)しているとウィルスが活性化し、感染者の活動が活発化するからであるという。眠りながらも常にレジストを続け被害を減らしている。その間に、アダムがイヴに伸びているネットワークの細やかな線をたどり、ウィルス保菌者を潰す。

 なぜウィルスが途端に活性化したのかはわからない。なぜネットワークという形態での進化を選んだのかはわからない。だが、アダムはイヴを苦しめるソレを許す訳にはいかない。

 

「ほっといたら不味い、か。今はワタシもフリーだし、付き合うよ」

「いいのか? 貴様はイデア9942を探しているはずだが」

「ううん、今のとこ手がかりゼロだし、アイツラがこんな映像データを出してきた真相がイデア9942に繋がってるかもしれないからね。完全に無関係だって分かるまで、少し関わらせて欲しいな」

「……難儀なことだ。貴様も、呪縛に囚われているわけだな11B」

「そうだね、ワタシの生きる理由だもの。必死にならないでどうするってのさ」

 

 平然と言い切る彼女は、しかし内なる狂気を身に秘めている。だがそれがどうした。アダムとしては、11Bの助力の提案はまさに渡りに船。

 

「なるほどな、では、頼もう」

「昔のよしみだからね。それに、イデア9942の友達なんでしょアンタ」

「友、そうだな……ああ。そうだった。合縁奇縁とはこのことか」

 

 イデア9942が生み出した大きな流れを変える板。

 挟まれた事で変わった流水は、本来ならば枯れたはずの未来に水を注いだ。そうして、アンドロイドと機械生命体はそのどちらもが水を吸い、こうした未来に行き着いた。世界を変える、とはこのことだろう。

 偉大にして、愚か者。あらゆる者に恨まれながら、多くのものの心に残る巨大な影。イデア9942という源流に触れていた両者は、今一度、こうして手を取り合うこととなったのだ。

 

 

 

 

 それから、三ヶ月。

 

「………」

「どうした、11B。あのデータのことか?」

「そりゃあね」

 

 論理ウィルスに侵された最後の集落。

 こうして傍目から覗くだけなら、何ら代わり映えしない機械生命体とアンドロイドの混成集落だろう。だが、その瞳の奥には赤い輝きを携え、集団での狂気を隠し持つ。偽りの日常。

 それを前に、臆したわけではない。11Bはこれまでも、4に渡る集落を発見し、そしてアダムと共に壊滅させてきた。例え犠牲者が誰も出ていない場所でも、その本性は死の目前にしか表さずとも、破壊してきた。

 

 だが、11Bは一つだけ、ありえないものを発見したのだ。

 その集落の中型機械生命体、総じて特異個体であったのだが、そこから入手したコアのデータから興味深いものがあった。

 

 最初は、ただ容量の大きい無駄な思考データの塊かと思われた。歯抜けのそれは、元の形を思わせるにはあまりにも足りないピースが多すぎた。ウィルスが感染したことで出来た、バグの塊だろうと。

 

 しかし、だ。万が一が無いよう改めて並び立てたそのデータは、奇妙なほどに歯抜けの部分が他の歯抜けを埋めるように一致した。やがて疑念は確信に変わり、11Bの心を焦燥で満たしていった。

 

「……人格データ、か。生憎とやつの人格データを閲覧したことがないのでな、元の構成がどのようなものだったかは分からん。だが」

「間違いないよ。多分、これが……イデア9942の遺した」

「……どうだかな」

 

 希望的観測でしかない。アダムはそう断じていた。

 元は機械生命体のネットワーク人格から生成された論理ウィルス。その袋小路の進化の果てに至ったモノとはいえ、下手を打てば再現したそのデータは、苦心してイデア9942が撃破したネットワーク人格を再現させるだけかもしれない。

 

 だが、それを言い出したところで、11Bは止まらなかった。それどころか、仮にネットワーク人格の方であったのならば、今度こそこの命を絶ち、その崩壊にもう一度ネットワーク人格の方を巻き込むと言ったのだ。

 

(哀れだな、ヨルハ十一号B型。お前だけは何よりも先に生きていたというのに―――何よりも先に、人形に戻ってしまったというわけだ)

 

 アダムは、哀れみという感情を今一度知る。

 彼としては協力者である11Bが死ぬことは避けたいと思っている。だが、当の本人が望んでいるのならば、その決定を好きにさせたら良いとも思っていた。イデア9942に出会わなければ考えたことすら無い委ね方だろう。

 だからこそ、最も人の感情を手にしたであろう11Bに羨ましさを覚えながらも、何よりも哀れみを抱く。

 

 武器の手入れを今一度行い、そして新たに作り上げたコアを引きずり出す道具を丹念に整備する11B。彼女を見て、アダムは静かに目を閉じ俯いた。メガネを押し上げ、気持ちを新たに前を向く。

 

「いいんだな」

「うん」

 

 言葉も少なく、抱える思いはあまりにも多く。

 荒野に一陣の風が吹きすさぶと同時、彼らの目前にあった集落には新たな破滅が訪れた。

 




【システムダウン予備電源に切り替えます】
【情報秘匿のため、モニター表示を固定します】












【血の滲むような乱雑な字で書かれている】
鉄の軛から解き放たれし魂
異邦より降り立つソレは救済サれることはない
永遠にさまよい続けるだろう
なればこそ、肉のカラダを誂えよう

彷徨う魂を囚え、縛り付けるためダケに


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手記7冊目

ある機械生命体は言った。

―――上手くいかないのが常だ。だから幾重にも策を張り巡らせることで、失敗を前提に成功を形作る。突発的な発想、思いつきが成功する例など百回やって一回成功するかどうかだろう。
―――だからこうかもしれない、などという飛躍した考えの元の行動はおおよそが失敗する。大概、取り返しのつかない要素に後から気付く形だろうな。


『続いてのニュースです。灰の街、近隣の集落の一つがまた壊滅したとのこと。今回も集落の物資には何も手はつけられておらず、救難信号を受け取ったアンドロイド軍――失礼しました、警備隊が駆けつける頃には住民が全滅していたとのことです』

 

 元ヨルハの4Oがニュースキャスターを務める朝時間の番組が流され、街の雰囲気がまた色めきだつ。実行犯不明、目的不明の大量虐殺は当然、探偵業を営む2Bたちの耳にも入っており、9Sが購読している電子朝刊の一面にも大きく張り出されているほどであった。

 

「こんな戦闘能力を持つなんて、今この世界には11B以外居るはずないって」

 

 つい、と一面をスライドさせて画面の外に押しやりながら、つまならさそうに9Sは真実に突き当たる。だが彼にとっては好奇心くすぐる話題でもなかったのか、酷くつまらなさそうにツンとした態度で吐き捨てていた。

 

「まだ、連絡は取れていないの?」

 

 ほんのりと湯気の立ち上るお茶を手にした2Bが、デスクの向こう側から顔を覗かせる。差し出してきたカップを小さく礼とともに受け取った9Sは、ちびちびと中身を啜りながらに返した。

 

「ええまぁ、着信を拒否されていると言うか……どちらかと言うと個人回線の受信番号を消去して、新しいアカウントを作ってるようです。なのであちらからの接触がない限りは連絡の取りようもありません」

「機械生命体も、アンドロイドも、今は和平条約の上で敵化した個体じゃないと破壊出来ないはずなのに……」

「いや、きっと集落ごと敵化したと言ったところでしょう。とはいえマトモなメンタルスペックの奴らには決断できないでしょうし、手際や現場の写真なんかを見る限り、アダムとかが協力してそうですけどね」

「……そういえば、この前デパートで会った時に弟が眠りっぱなしだと、そんな話を聞いたことが在る」

「じゃあ原因それじゃないですか?」

 

 バサリと大きな地図を広げて、9Sは得意げに印をつける。

 

「ここと、ここの集落。そしてここが襲われました。絶え間なく潰してるとしたら理由があるんでしょうが、まぁ11Bのスペックから考えるに移動時間を加味して計算すると、彼らの拠点は今」

 

 荒野の辺り、ちょうどアダムとイヴが居を構えている場所を指で円を描くようにして言った。

 

「ここですね」

「……それで、行くの? ナインズ」

「行きませんよ。僕らだって仕事がありますから。今日は2Bとお揃いのパジャマ買う予定があるじゃないですか」

 

 得意げに言い放ち、机の上の地図から身体を戻しソファに深々と掛け直した9Sであったが、ため息とともに繰り出された次の言葉に、彼はカラダを固めることとなった。

 

「パジャマは9Sの自費、それにメインの買い物は宣伝用のミニ黒板」

「え、自費ですか!? あ、あの。どうせ僕と2Bだけのスウィートルームなんですから今嗜好品真っ只中の衣服は経費で落としたいなーと」

「結局BARも飽きて、高いお酒を買ったところで投げ出した事、私は忘れていないよ。だから締める所はきっちり締める」

 

 慈悲も無い2Bの言葉に、崩れ落ちる9S。そして彼のデスクの上に積まれた本を本棚に戻す仕事をしていたポッド153は、あえて本の角が彼にぶつかるようにして通り過ぎていった。ッヅ、と地味に痛そうな声を出して頭を抑える9S。2Bは彼の醜態にくすりと笑って、踵を返して仕事用の服に袖を通していく。彼は恨めしそうにその後姿を見送り、それでも今日のデートを思って雰囲気を和らげた。

 

 世界に小さな波紋が投げられたとして、波紋の届かない場所もある。元ある波があれば、波紋などかき消されるのもザラだろう。

 今日も今日とて、悲壮な決意をする者たちの反対側で、気楽な選択をする者たちが生きていく。どこか残酷ながらも優しくて、救いがありながらも絶望に満ち溢れたこの世界は、周り続けているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……データが、足りない」

 

 論理ウィルスの残骸に侵された、最後の集落が破壊された一時間後のことだった。自身の工房に戻ってきていた11Bは、これまで集めた機械生命体達のコアから抽出したデータを並び立て、そしてイデア9942の人格データと思わしきソレを復元しようとしていた。

 だが、最初そうとは気づかずに破壊していた分、そしてアダムが単に破壊していた分も含めて、その人格データは穴あきの様相を呈していたのである。イデア9942については誰よりも知っているという自負がある11Bであったが、残念ながら彼を構成するデータについては誰と比較しても同じく知らないことだらけ。

 

 これでは、復元どころか改変すらままならない。予測して埋めようにも、四割近くがロストしているとなれば、無理やり穴を埋めたところで出来上がるのはイデア9942ではない別のなにかの新生だ。

 

 やっと手に入った手がかり。

 だがそれすらも彼女の手からこぼれ落ち、どこかへと流れていってしまう。自分の手に感じていた幻の重さが、途端に無くなったような感覚が訪れる。

 

 狂いそうだった。いや、既に狂っているのかもしれない。

 心の支えたる人物が消えて、そこから立て直す精神も持ち合わせていなかった彼女は、もう限界であるとも言えるだろう。かつての思い出にすがり続けていたが、こうも何度も希望をちらつかされて、そのたびに奪われてしまっていては如何に強靭な精神の持ち主とは言え、精神崩壊に至るのも無理はなかった。

 

「は、は、はは……」

 

 椅子に深く背中を預け、天を仰ぐ。

 コンクリートの無機質な天井と、吊るされたランプがゆらゆらと影を動かす景色が目に入る。思い出に浸り続けて、居なくなった彼を幻視しようとしていたが、もうだめなのかもしれない。

 

 脳回路の中で、かつての思い出を再生する。

 彼の姿、彼の声。映像の中の姿は、何をどうしたってそのままだ。

 

 何千何万回と再生してきたその記録は、何かの拍子に話しかけてきたりもしない。当たり前だ。彼は第四の壁を破る認識を持っていないのだから。

 

 彼を作る、薄々と感じていた冒涜はやはり許されないのか。

 そも自分が作ったところで、彼はイデア9942と言えるのだろうか?

 

「ヨルハの蘇りは、本当に本人なのかな……」

 

 蘇りとは、何の定義をもって本人といえるのか。

 ふとした拍子に思いついたソレは、これまでの自分の行いを根本から否定するような考えでもあった。ぼう、と虚空を見つめる彼女の頭の中では、無数の演算が繰り返され、そのたびに浮かんだ定義が破棄されていく。

 本来なら、この世界で蘇りは一度として行われたことのない現象であった。アンドロイドであれ、人間であれ、それは変わらない。その前提を変えたのはヨルハ。死ぬたびに必ず記憶のどこか一部を棄却されて再構成されるヨルハ部隊。ああ、確かに蘇りと言えるだろう。

 

 ならば100%本人であると言える蘇りは何か?

 

「無理だよ」

 

 そして11Bは、3時間のフリーズの後に結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 灰色の街。そのメインストリートは今、ここ数日で最も賑わいを見せていた。それというのも、この時代に生きる者ならば知らないものは居ない、新時代の立役者――そう、アダムとイヴが久方ぶりに姿を表したからである。

 片や上裸の弟と、片やYシャツとネクタイでキリッと決めた兄。作られたがゆえに美貌が多いアンドロイドですら、ヘルメット越しとは言え振り向かずにはいられない丹精で整った顔立ち。隠そうともしないその姿に、リアクションを取らない住民はほぼ居ない。

 

 そして何よりも目をひく珍しさの原因は、彼らの事がよく知られているが故に、イヴがバイクを運転し、兄はその後部座席に座っているという光景だろう。

 

「この街も随分と変わったものだ」

 

 しかし他人の視線など気にする二人ではない。

 アチラコチラに建てられたビルや、ココを通る際に見かけた大きな空港を思い浮かべながら、己の記録映像と照らし合わせて懐かしむアダム。

 

「ん、メシ食うトコ……か」

 

 横目でちらりと見つめた先には、現状アンドロイドにしか意味のない飲食店。彼らが灰色の街から独立してから半年ほどの間に建てられたものだろうか。横を通り過ぎた時、漂ってきた香りはイヴの鼻腔を擽り、不必要なはずの食欲を彷彿とさせる。

 

「興味があるのか、イヴ」

 

 ごそ、と尻ポケットに突っ込んである財布に手を伸ばしたアダムだったが、イヴは誘惑を首を振って断ち切った。

 

「ううん、ちょっと急ごうよ。アイツ、そろそろやばい」

「ふむ、そうか。ならば急ごう」

 

 長い眠りから覚めたイヴは、論理ウィルスの成れの果ての呪縛からついに抜け出すことが出来ていた。こうして目覚めていても、自身の中と他個体のウィルス同士の干渉が無くなったため、11Bが構築した完全消去用のワクチンをトドメに投与し、今度こそ論理ウィルスという存在をこの世から抹消することに成功していたのだ。

 

 しかし、つい先程目覚めたばかりのイヴは、焦るようにこの灰色の街を目指した。アダムは訝しみながらも、その理由を問うこと無くついてきた。とはいえ、アダムは道すがらイヴにある程度の事情を聞いていたのだが。

 

「確かに危なげだったが、そうも急くほどか」

「うん。アイツさ、ギリギリどころか、もう壊れてた。だから、ヘンに深く考えて、馬鹿みたいに暴れだす。おれ分かるんだ」

「何故?」

「おれ、にぃちゃんが死んだら、同じことする……と思うから」

 

 依存している者が生きているか、死んでいるか。

 奇しくも現状11Bの事を理解しているのは、ほぼ面識がないはずのイヴであった。彼は、助けてもらった恩がある。そして兄と過ごすうちに、受けた恩はしっかりと恩で返すという、子供らしくもマトモな感性を取得するに至っていた。

 だから、彼はその正直な心のままに、そして助けてもらった礼をするために、珍しく兄を振り回してまで走っていたというわけだ。

 

 復興された街も、言うほど広くはない。

 先の会話からバイクを走らせて数分。二人は目的の場所に到着し、近くの駐輪場にバイクを立ててチェーンを繋ぐ。座席を開いてヘルメットを収めた二人は、その建物の入り口で立ち止まった。

 

「立入禁止、か。どうやらお前の想定が当たったようだぞ」

「やっぱ、似てたんだ」

 

 悲しそうに目尻を下げるが、次の瞬間には彼は表情を引き締めた。

 そして思い切り右手を振りかぶると、開いた手のひらをそのまま扉に叩きつける。

 

 破壊するためではなく、解錠するための動きだ。複雑に掛けられた電子ロックは、しかし兄よりも優れた演算能力・解析能力を持つイヴの脳回路が弾き出した解によって緑色のランプを灯した。

 

「地下か……言うとおりだな、奴め、まだ思い出を引きずっているらしい」

 

 カシュッ、と空気の抜ける音と共に開かられる扉。

 その通路の先に見えた地下へ通じる道を見て、アダムは苦笑と共にこみ上げる暗い感情を、変わりの言葉を発することで抑え込んだ。イヴはちらりとアダムの顔を覗き込み、泣いたような、笑うような複雑な表情と共に奥に飛び込んでいく。

 

 緩やかなU字のスロープを下っていくと、目的の部屋はすぐさま現れた。そこはロックらしいロックも掛かっておらず、今どきセキュリティとしてはほぼ機能していない物理的な施錠が成されているだけだ。

 

「これも人類文化というものだな、ヤツらしい家だ」

 

 アダムが懐から取り出した細長い二本の棒を使ってこともなげに解錠し、遥か過去の創作小説から得た知識を扱えた自分に酔っているところを、弟は焦燥に変わった表情のままずんずんと突き進む。

 

「にぃちゃん、早く!」

「む、そうだな」

 

 急かされ現実に戻ってきたアダムは、イヴの背中を追って部屋の中に足を踏み入れる。だが、見えたのは作業台と、幾つかのつけっぱなしのモニター。そして話には聞いていた11Bが使っているという寝台だけ。

 肝心の彼女の姿が見当たらない。

 

「……待て、応接室か」

 

 彼がかつてバイクを共同制作していた時に聞いていたのだが、イデア9942本人からいつもの部屋に加えて、応接室を作ってパスカルなども招いていたという話を思い出す。それは確か、入り口から右手の扉だったかと。

 イヴが辺りをキョロキョロと見渡しているなか、今度はアダムが先行して思い至った部屋の扉を開く。

 

 そして見えてきたのは――――

 

「ッ! 馬鹿が!!!」

 

 とっさの判断で打ち出されたのは機械生命体なら誰もが用いるエネルギー球。とんでもない速度で射出されたそれは、今まさに11Bを貫かんとしていた刃を弾き飛ばし、ガランガランと部屋の中に硬質な音を響かせた。

 

「にぃちゃ―――」

「来るなッ!!!!」

 

 声と共に発生した衝撃波は、後ろから迫ろうとしていたイヴもろともアダムを部屋の外に押し出した。その拍子に吹き飛ぶ部屋の扉。蝶番から弾け飛んだネジが硬質な床に投げ出され、耳障りな金属音を創り出す。

 

「まて……、イヴ!」

「わかった!」

 

 ハッと我に返ったアダムは体制を立て直すと、逃亡しようとした11Bに呼びかける。だが脇目も振らず駆け出そうとした11Bの横腹に、イヴが飛び込んだことで逃亡は防がれた。

 渾身の力で飛び込んだためか、11Bを巻き込みながら作業台の方へと突っ込んだイヴ。木製の机を破壊し、落ちてくる無数の工具で赤い切り傷を作りながらも、なおも暴れようとする11Bの関節を抑え込んだ。

 

「離してよ! 離せ! 邪魔しないで、どうして邪魔するのさ!!」

「おまえ、おれだからだ! 馬鹿みたいに悲しいってわかってるはずだろ!」

「訳分かんない! やめてよ、もう、イデア9942が居ないこの世界…意味なんかないの…。他のなにもいらなかったのに…! どうして死んだの……どうして!!!」

 

 圧倒的な力でもがく11Bだが、的確に抑え込まれた事で腕力が劣るはずのイヴから抜け出すことは敵わなかった。そして醜態を晒し続ける11Bは、アダムにとって見るに堪えない程愚かしい。

 これが、あの執念に満ちた者の末路かと。ギリッ、と歯を噛み締めたアダムはゆっくりと11Bに近づき、

 

「阿呆」

「がぅッッ」

 

 その頬を、右拳で殴りつけた。

 

「死んだところで、ヤツには会えん」

「…………ッ」

 

 冷酷なまでに告げられた事実に、己の歯の一部を噛み砕きながらも11Bが歯ぎしりする。酷く歪められた表情は、美女の集まりであるはずのヨルハに酷く似つかわしくない程醜い。分かっている、とでもいいたげな顔でもあり、それでも何も言えない無力さに打ちひしがれた顔でもあった。

 これが感情。これが負。言いようのしれぬ、理由のない憎悪を抱いていた頃を思い出しながら、本物の負の表情はこうなるのかと。今や己の憎悪の先を見据えた先人たるアダムは、最も感情を知る立ち位置にいながら、全く成長していない11Bを見下すような目で睨みつけた。

 

「にぃちゃん」

 

 意を決したように、イヴがアダムを見る。

 

「ああ。存分にやってやれ」

 

 弟の意を汲んだ彼は、11Bの頭に手をかざし微弱な電磁パルスを発生させる。この世界に生きる機械である以上、どれだけ改造を施そうと直しきれない共通の弱点。それを受けた11Bは、ないまぜになったありとあらゆる感情を吐き出すことのないまま、イヴの腕の中でぐったりと意識を失った。

 そして彼女を押さえつけていたイヴは、彼女の首筋に右手を置くと目を閉じて意識を集中させる。

 

 そしてハッキングを行い、彼女の精神世界の中へと入っていくのであった。

 




とあるアンドロイドは言った。
―――なら、アタシもしっかりと考えてから動くよ。まぁ思いつきってのはどうしてもやめられないかもだけど。
―――そういう後悔、しないように生きていきたいな。そうでしょ?イデア9942。




とあ――械―命体―――ッた。
―し、そうな――と――らだ、忘れ――が―いち―んいいモノだ、11B。
それが、人間らしさでもある。


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手記8冊目

我ながらすごい強引に持っていってるな―と感じるこの頃。
仕組んだこととは言え、なんというか、まぁ、なんだ。

アイツラも成長したものだな。


 11Bの精神世界。

 崩落しかかった、記憶が幾つも抜け落ちた足場。イデア9942との思い出の記録映像が絶えず無数に立ち並ぶそこは、膨大なデータを処理するための演算が常に行われ、それでいて過負荷に耐えきれず人格の根幹たるデータが傷つき続ける悲しい空間であった。

 

「……気持ちわりぃ」

 

 そんな場所に侵入したイヴの心境は、この一言で表すことが出来た。

 

 気持ち悪い。気分的にも、そしてこんな哀しい存在に成り果てていたことも。

 

 類は友をよぶというべきか、かつての16Dと同じように他者に依存し、そして依存対象を失った結果は変わらぬ結末を目前に控えていたということだろう。いや、狂い具合の程で言えば、最初から表面を取り繕っていただけ11Bの方が理性的()()()というべきか。

 

 なんにせよ、今こうして物理的な自害に関してはストップを掛けたところで、このままでは彼女の人格データ自体が「人格」としての構成を失うハメになるだろう。イヴとしては、助けてもらった相手が眼の前で死ぬのは嫌だ。ただ、それだけの理由で11Bを助けようと駆け出した。

 

 

 無数の防衛プログラムが、11Bの姿をしたソレが斬撃を飛ばし、地形が変わるほどの砲弾を発射し、無数に分身した分即死の雨を振らせてくる。だが元となった人格である11Bが錯乱しているためか、防衛プログラムも暴れまわるように侵入者たるイヴを排除しようとしているだけで、その全ての弾道を見切り、避けるのはあまりにもたやすい。

 

 やがてそれらを乗り切ったイヴは、彼女の精神の根幹となるであろう場所にたどり着く。

 

『どうして……イデア9942』

 

 彼女の根幹となる人格データは、彼女の姿そのままだった。

 だが、違うところも幾つも見受けられる。イヴには知る由もなかったが、ここにイデア9942が居た場合、彼女のその姿を無い鼻で笑いとばしていただろう。

 

 ボロボロになったヨルハの正式なゴシックドレス調の戦闘服。所々が剥がれ、中身の機械部品が見え隠れした人工皮膚。そして現実世界の寝台に似たそれから伸びたファイバーケーブルによって、ぐるぐる巻きにされた状態。

 

 全てが、イデア9942と出会ったその瞬間の姿であった。動くことすらままならず、指一本動かすだけでも神経ケーブルが断裂しそうなスパークが起きるのに、頑丈なファイバー繊維によって縛られ身動きすらも許されない状況。

 11Bは、イデア9942と過ごし、イデア9942と別れてからこの瞬間まで―――何一つとして変わってなど居なかったのだと。彼女の不完全性をコレでもかと表した姿だった。

 

「……おれ、おまえの強いとこに憧れてたんだ。そんだけ強いとニイチャンを守れるから。でも、弱かったんだな」

 

 イヴがあからさまな失望と共に吐き出した言葉が聞こえたのだろうか。動けないはずのその姿から、更に身を縮こませる11B。そのとなりには、ノイズを纏ったパスカル、そしてイデア9942の似姿が出現する。ただし、あくまでその瞬間の画像データを立体的にしただけらしく、動くことはおろか声すらも発さない木偶の坊。佇むソレは彼女の最後の壁なのだろうか。

 

 イヴがゆっくりと手を伸ばす。そして握った拳のまま右に振り払うと、その画像データは消し飛ば(デリート)された。イデア9942の思い出の一つがかき消された事は、怒りよりも恐怖の方が勝ったのだろう。本当は弱く脆い彼女の心は、叫喚と共に軋みを上げて大きな罅を入れる。

 

 世界が揺れ始めた。崩落していた精神世界は穴だったところが虚数――すなわち数値上の0になる。究極的には2進数で構成された世界だ。数値が0になると同時に、そこは記憶領域の存在しない虚無の空間へと変換されていく。

 もう時間の猶予は残されていない。だから、イヴはある決断をする。これ以上彼女が何もできないよう、殴り飛ばす。振りかぶった右腕に、イヴが入力したデータの塵が集結し、機械生命体の装甲板を張り合わせたかのような歪で巨大な豪腕となる。

 

「目ェ覚ませよ!!! 卑怯者!!!」

 

 咄嗟に彼のクチから吐き出された言葉は、全く意図せず紡いだモノだった。

 同時、ベッドに縛り付けられた11Bの横面を鋼鉄の拳が撃ち抜いた。ベッドの拘束具全てをブチブチと断ち切りながら大きく跳ね飛ばされ、11Bの形をした精神の中心物が揺らぐ。

 虚空を見つめて地面に転がったソレは、霧散するように消えていく。世界の崩壊は差し止められ、イヴの視界がホワイトアウト。仮想空間では感じ得ない肉の器の傷みと、フィードバックによる頭痛が彼の脳回路を焼くように襲いかかってきた。

 

「イヴ!」

 

 現実に戻ったイヴは、強制帰還の衝撃でよろめき伏す。

 先の焼け付くような頭の痛み。崩壊しつつあった精神世界での活動は、復活したての人格データに再び傷を与えたのだろう。そんな自己の考察をしつつも、尖い視線を11Bに送り続けるイヴ。

 そんな彼の体を支える温かな手が後ろから伸びてくる。うり二つな兄のソレであった。

 

 互いを支え合うアダムとイヴとは対象的に、11Bは、完全にその体を地面に横たえ、意識を途絶させていた。

 アダムの優れた聴力に、11Bの内部機械が駆動する音が入ってくる。スリープモードに入っているものの、その生命が停止した(断たれた)という訳ではないらしい。知らず吐き出した息は安堵のそれか、緊張の区切りか。

 

「よくやった」

「ありがと、にぃちゃん。俺もう大丈夫」

「無理をするな。しばらく肩を貸す」

「……ごめんな」

 

 膝に手を当て、イヴはゆっくりと立ち上がった。だが未だにふらつく彼を、アダムが肩を貸してなんとか立たせる。失われた人間の兄弟の真似事でしかないように見えて、意識せずとも行われた行為だった。

 

「…人間、か」

 

 倒れた11Bをそのままにもできない。

 

「アンドロイド……いや、我々機械にとってはこうも甘い毒となり、薬にもなる。いや、だからこそあの無謀な人類生存の偽装作戦が実施されたというわけか」

 

 機械生命体も、アンドロイドも、結局の所は不完全な精神の有り様でしか無いのだ。彼らが完璧だと思う人間ですら、些細なことで心を失ったり、逆上して同じ人間を殺そうとする。そう思えば、人間に作られ、人間を越えないよう設計されたアンドロイド。そして人間に憧れるも、人間を深く知る術がもはや失われた機械生命体の一部に見受けられる、過剰なまでの感情の暴走は、仕方のないようなことにも感じられる。

 

 故にこそ、人間は機械たちにとって危うい偶像(イコン)の象徴であるとも感じられた。

 

「……パスカル、奴に連絡を入れるべきだろうな」

 

 アダムはめぐり始めた思考に一つの区切りをつけ、イデア9942の人脈その最たる人物を思い浮かべた。事の顛末は、ある意味保護者的な立ち位置であるパスカルに話しておくべきだろう。確かにパスカルは本格的に長としての立ち位置についているが、忙しくなったというわけでもない。

 

「イヴ、先に地表のオフィスで休んでいろ。ココを片付けたらすぐ向かう」

「にぃちゃん、俺……なにか、できたのか?」

「さぁな。それはお前が感じることで、そしてコイツが答えることだ。だが、確かに一つの命をつなぎ留めた。それは、間違いないだろうな」

 

 微笑を携え、イヴの行いを褒める。それだけだが、イヴにとってはソレで十分だ。

 

「そっか、だったら、俺嬉しいんだ。こんな気分になれるなら、助ける事をするのも」

 

 破顔し、ふらつく体を壁でささえながら、敬愛する兄の言うがまま地表にある「工房」のオフィスを目指してイヴは歩いていく。去り際の言葉の中に僅かなイヴ自身の意思を垣間見て、アダムも自然と釣り上がる口角を抑えることができなかった。

 

 弟の成長、弟の目覚め。こうした変化は、己がイデア9942に触発されて以来体感しなかった出来事だ。それをイヴにさせたということは、つまり11Bもまた、立派にイデア9942のように何かを与える才能を持っているのだろう。それが、一つの事件だったとしても。

 

「だからこそ、惜しいのだがな」

 

 居なくなった者の姿を思い浮かべ、アダムは意識のない11Bを担ごうと一歩踏み出した。

 

 瞬間、工房の電源が落ちた。辺りが暗闇に包み込まれる。

 

「……なんだ?」

 

 言いようのない、謎めいた雰囲気だった。

 地下に位置するイデア9942の私室であったこの場所は、当然だが電気の力が無ければ土がないだけで暗く冷たい地面の下という事実は変わらない。そして電力の維持が無くなったことで何か異変が起きれば、それこそ部屋の崩壊と共に部屋が土の自重で押しつぶされるだろう。

 

 異常事態だということはすぐにわかった。原因は、現状ここの主である11Bが気絶したからだろうということも。アダムは、冷や汗が流れるような感情を新たに覚えながらも、その余韻に浸る前に行動を開始した。すなわち、11Bを確保しこの地下から出ることである。

 

 だが―――

 

「なっ、間に合え!」

 

 部屋の入り口を支えていた柱が変形したかと思うと、シェルターを生成し始めたのである。このままでは生き埋めにされてしまうことは確実。一度襲撃されたイデア9942の拠点ということもあって、11Bの手が加えられ頑丈に作られたこの部屋は、アダムのパワーで壁を破壊することも不可能な強度だ。

 彼は急ぎ足で部屋の外へ向かって走り出すと、下から競り上がってきたシャッターと天井との間にキューブを召喚、それを積み上げつっかえ棒にした。だが、シャッターが閉まる力の強さは相当のものらしく、キューブを積み上げた棒を挟み込んだ途端に端から破壊するというパワーを見せつける。

 

 だがアダムが滑り込むための時間を稼ぐことはできた。軽く跳躍し、足先からシャッターの向こう側に飛び込んだアダムは11Bを両手でしっかりと抱きとめながらも、しまりゆく工房の出口へと向かう。

 

 

 

 そして5分後、「工房」の地上出入り口前にはアダムと、それらを囲うような(キカイ)だかり。そして意識を失い、人格データの一部が傷ついた11Bが搬送される姿があった。

 遠巻きに眺めてくるロボたちの視線を遮るように緊急車両の扉は締まり、パスカルを代表とする「緑の街」に向けて11Bが搬送される。アダムとイヴは乗ってきたバイクのエンジンを入れると、その車両の後ろに続いて緑の街を目指していった。

 

 そうして、舞台は移り変わるのであった。

 機械人形達の後日談、その最後の場面へと。

 






冒頭、とある機械生命体の発言ログより。


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手記9冊目

|д゚)……ソロソロダレモイナイ



|д゚)っ【続き】


『続いてのニュースです―――』

 

 配信されたニュース番組には先日の11B達の拠点であった「工房」が閉鎖されたこと、責任者である11Bが意識不明となって復旧技術の進んだ緑の街に搬送されたこと、アダムとイヴが発見者となり、11Bの命を救ったことが報じられていた。

 

 つけっぱなしになった机の端末から投影されるスクリーンの映像は、誰も居ない部屋で虚しくなり続けている。開いたままの本や、形の歪んだカーペットが家主が出たとき忙しなさの名残りを醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 機械生命体らの技術は、自然環境に干渉する方向へと進化を遂げていた。コアの構造が植物細胞に酷似していたことも理由かもしれないが、ともかくこの「緑の街」に住む機械生命体は、ツリーハウスを初めとした自然環境との共存を掲げた生活を送っている。アンドロイドよりも余程、機械らしいキカイたちが自然を愛し始めるとは。

 

 なんにせよ、そうした生体再生の他にも、緑の街の機械生命体たちは修復修繕の術に長けている。より機械らしいからこそ、この短期間で練り上げたとも言えるし、より優しい心を持つからこそ、この道を極めたとも言える。

 

 なにより、彼らを率いるこの街のリーダーが、知恵者であり、心優しきものであることが大きいだろうか。

 

「お久しぶりですね、11Bさん。こうして会うのも3ヶ月ほどですか。時間が経つのは早いものです」

 

 緑の街、その長パスカル。

 聞くものを安らげる声色には慈しみが込められており、しかし声に反してゴツゴツとした無骨な機械の手は、壊れ物を扱うように寝ている11Bの髪を撫でた。さらりと指の隙間を抜けていく11Bの髪は、キレイに手入れされていたらしい。

 

「そこまで悩んでいたのなら、話してくれても良かったでしょうに」

 

 パスカルがいるのは巨大な、とても巨大な樹木が絡みついた建造物。それはこの街で重要な建造物であることを示したものだ。パスカルの本拠地であり、同時にこの街最大の病院でもあった。

 

「失礼する」

「アダムさん……連絡ありがとうございます」

「いや、当然のことをしたまでだ」

 

 サスペンダーに着替えたアダムが入室する。

 イヴはこの街で一旦別れ、病み上がりということもあって一度検査を受けることにしたらしい。受付でイヴの方の手続きを終え、遅れて11Bの病室にやってきたというわけだ。

 

「それで? どうだ」

「あとは彼女次第ですかね。イヴさんが強制的に彼女の人格を引っ張り出したおかげで、致命的な場所にまでバグは発生していませんでした。あとは此方が定期的に受け取っていたデータを元に、欠損した部分を修復。本来なら、じきに目覚めるでしょう」

「こいつ次第、か。なるほどな」

「はい、イデア9942さんがこうまで彼女の精神に歪な亀裂を残していた理由まではわかりませんが―――」

 

 ここで、パスカルは言葉を区切った。

 結局のところ、ここでどれだけ推論を立てようとも11Bの目覚めが早まるわけではない。心のままに入力された発声器への信号は、アダムの横入りの言葉によって遮られた。

 

「そういえばヤツの元拠点だがな、聞いているか」

「え、あ……はい。存じております」

「部屋の主も居ないというのに、閉鎖されたらしいよ。何が原因かは分からない、だがどうにも臭い。この後一波乱起きそうな気がするが、確かめに行ってみるか?」

 

 人間らしい言い回しを含めながら、アダムは口の端を吊り上げた。

 彼の口調も、イデア9942に寄せた硬めの男性的なものに固まってきている。あり方の大幅な影響を最も受けていた機械生命体であるからか、故にアンドロイドにも機械生命体にも思いつかないような、僅かな情報からの突飛な発想というのが彼にも身につき始めていた。

 

 そうしていま、彼の突飛な発想は、恐らく眠り姫にとって最も効果的なクスリとなったのだろう。ベッドに寝かされた11Bの指が、びくっと伸び、曲がる。スイッチの切替える音と、小さな駆動音がアダムの耳に入ってくる。

 

 覚醒だ。

 

「……アダム?」

「そのとおりだよ」

 

 ムクリと起き上がった彼女が最初に目にしたのは、サスペンダーの紐を肩に掛け直し、ニヒルに笑ったいけ好かない男の顔だった。未だ思考がまとまらないのだろうか、無垢な子供と変わらぬほうけた顔をしながら、あたりを見回している。

 そんな11Bが次に視界に収めた人物は、見知った相手。大きく息を吐くような所作で、胸元に手を当てている心優しき機械生命体であった。

 

「よかった、目覚められたご様子で」

「パスカル?」

「はい、みんなのパスカルおじちゃんですよ」

 

 安心させるよう、11Bの手を優しく包み、パスカルが微笑むような声で言う。半分ほどに細められたカメラのシャッターは、数少ないパスカルの表情の一つであった。

 

「現状、全身スキャンにも異常はありませんが一つ確認を。イデア9942と鉄塔で話していたときのことですが―――」

 

 パスカルが振った話は、まだイデア9942が存命のとき、そして拠点となる「工房」を11Bも使っていた今の場所に移し替えたばかりの時の話だった。その時に言っていた言葉が一字一句間違っていないか、そして件の工場施設での撤退戦の会話内容と所感など、記憶領域と人格データについて齟齬がないかを確認していく。

 手慣れた様子のパスカルに、11Bが押されているのは見間違いではないだろう。今やこの緑の街の長にして大病院の職員の一体、パスカルが診てきた患者はかなりのものである。時には事故によって激しく損傷したヨルハを診たこともある。

 イデア9942によって大きな改造を施されていたとして、ベースとなるシステムは変わっていない。いや、イデア9942と同じく長い時を共に過ごしてきた11Bだからこそ、パスカルは他の誰よりも彼女を正しく診断する事が出来ていた。

 

「はい、お疲れ様でした。なんら異常はありませんね」

「……そっか、パスカルもそういう方面のプロになったんだっけ」

「ええ、アナタが技術畑で知れ渡ったように」

 

 幾つかの問答が終わり、二機は決して色褪せぬ思い出を確かめあっていた。変わるものもあれば、変わらないものも在るのだと。それゆえに、過ぎゆく時というものは尊いものであると。

 しかし、彼女らの明るい空気も長くは続かなかった。パスカル自身の変化とアダムの成長、対して自分が過ごしてきた時を自覚してしまえば、11Bの表情は再び浮かないモノへと変貌していく。

 

「……ワタシ、何してたんだろうね」

 

 シーツを強く握りしめて、嗚咽を混じらせ彼女は想いを吐き出した。

 ぐちゃぐちゃになった希望と絶望。執着するほどではなかったのに、彼との美しい思い出と誓いがあったのに。イデア9942という標を失ったその時から、心へ僅かに入っていた亀裂は木の根のように大きく長く広がってしまっていた。

 亀裂が小さなままなら、まだ事はここまで大きくならなかったかもしれない。それでも、また会いたいという気持ちと、愛おしさが暴走して、恐らくは研究の過程で僅かに感染していた論理ウィルスの成れの果ての影響もあって、破滅的な思考に囚われてしまった。

 

 その結果が、自殺まがいの暴走だ。

 

 ソレが不甲斐なくて、自分からキレイな思い出を汚したことに他ならなくて。11Bは後悔と、懺悔の鎖に繋がれそうになる。

 

「今ンなって、わかったんだ。ワタシ、馬鹿な事したって」

 

 雲が晴れたのだろうか。差し込む陽の光が、白いシーツと簡素な病院着を着た11Bを照らし出す。ヒカリを反射する金紗の髪が輝き、その中で陰る儚げな彼女の表情は絵画のようであり、それでいて、どうしようもない現実を描き出していた。

 

 涙を誤魔化し、大きく何度も息を吸っては吐き、人間のように心の大きくない彼女は、狭苦しい心の傷みに耐えようとする。

 

 心、心だった。

 機械であろうと、それが自由意志を持つものならば、決して人間に引けを取らない。感情にも付随し、感情よりも比重が重く、感情よりも無価値で、どこにも位置づけることが出来ないナニカ。心、そのもの。

 

 時には人を惑わせ、時に狂わせるソレは、やはり今においても2つのキカイへと影響を与えていた。本人ばかりではない。バツが悪そうにメガネの位置を直すアダムと、あぁ、と声を漏らすことしか出来ないパスカルにも、たった一人の心は伝染していく。

 

 パスカルも、結局は身内として11Bのことを見ている。いくらメンタルカウンセリングの経験を積んでいても、どうしようもなく同情的になってしまうことだって在る。今がその時で、だからこそ、何も言えなかった。

 

 アダムは、その形を美しいと感じ、故にこそ自分を恥じた。自分が知りたい、人間としての全て。11Bの現状は、まさにその一端だろう。だが、他人の不幸の上で得た知識など、今のアダムにとっては不要なものであるのだ。数多を幸福にし、それでいて己の知識欲を満たす。それがアダムにとっての「人間を超える行為」であり、大多数の人間には決して実現不可能な、二兎を捕る事であるのだから。

 

「あ、ごめんね」

 

 11Bは気づいたのだろう。己が、この場の空気を悪くしていることに。すかさず発した謝罪の言葉は、しかしアダムが前に突き出した手によって有耶無耶にされる。

 

「いや、それよりもだ。貴様の工房が封鎖されたことは知っているか?」

「封鎖……? どうして」

「……そうか、知らないのか」

 

 知らない、という言葉を受けてアダムは一瞬眉をひそめた。

 

「貴様が気絶した直後、工房そのものが自律して部屋を封鎖しようとしたんだよ。大型シャッターと、壁そのものがせり上がって、現在工房には誰も近づけない。家主の許可がなければ破壊することも出来ないからね、まさにお手上げと言ったところさ」

「知らない、そんなプログラムされてることなんて……それにあそこの防衛機構は侵入者を確認した瞬間、攻撃するタイプだったから間違っても封鎖するなんて無い、というか封鎖する機構なんてあったかな…?」

 

 どうやら、思っていたよりも話は複雑になったようで、しかし単純明快な事実へと収束しているようだ。数多に浮かんだ幾つもの可能性と思考の中から、選ぶまでもないソレを一瞬で引き抜き、現実に帰還する。

 

「そうだな、興味の一環でキェルケゴールから聞いたことが在る」

「いきなりどうしたの、今から確認に行くんじゃ?」

「まぁ落ち着け、こういうのは導入が大事なんだろう」

 

 相も変わらず偏ったサブカルじみた考えだ。こういうところにイデア9942の影響や面影が見えるのは、如何なものだろうか。ともかくそこに気づかず、11Bは小さな息を一つ吐き出すことしかできなかったが。

 

「なんにせよ、だ。ヤツの持っていた聖書には面白い物語が書かれていた。中でも気になった展開があったんだ。神の子、イエス・キリストは3日後に復活した、と」

「……そ、か」

「諦めきれないんだろう? それなら――3日ほど、彼の復活が在るか待ってみようじゃあないか」

 

 新たな希望であり、しかし絶望への先駆けともなる話であった。確かにイデア9942の好きそうな話では在るが、これまでの行動を起こした上で、今の所イデア9942に直接的につながる話は何一つとして上がっていない。

 11Bは暴走を起こしてしまったこともあって、もう彼の幻影を過去に向かって追いかけるのはやめよう、そう思っていた。

 

 それでも、それでもだ。

 

「最後に、縋ってもいいのかな」

「ヤツもここまで恋い焦がれる相棒を放って置く程鬼畜でもあるまい。だがまぁ、それでも姿を表さないのなら―――」

 

 ハッ、と。アダムは言葉をつまらせた。

 先程まで赤子のように泣きじゃくっていた11Bが、儚げな微笑みを携えていたからである。なぜかは分からないが、これ以上11Bに対して言葉を綴るのはふさわしくないと思ったのだ。

 

「邪魔をしたな」

 

 ふっ、と踵を返したアダムは病室の扉に手を掛けた

 

「アダムもありがとう、元気で。イヴによろしく言っといて」

「ああ。いつでも遊びに来い。拠点は変わっていないからな」

 

 今度こそ扉は閉められる。

 一人が居なくなるだけで、随分と部屋が広く感じられる。

 

「いつの間にか、随分仲良くなっていたんですね」

「うん、一緒に戦った仲だからね」

「近頃の、集落消滅事件ですか」

「……うん」

 

 パスカルに隠せるようなことでもない。彼女は、素直にその事を認めた。

 

「理由があったのでしょう。なら深くは聞きませんよ。イデア9942さんもそうでしたから」

「っ、ふふ。酷い慣れ方だね」

「イデア9942さんもおしゃべりはしてくれるんですが、大切なことになるとほとんど誤魔化しますからねぇ。それでいて何か隠してる事はしっかり伝えてくるんです」

「そうだよね。大事なことの手伝いさせといて、結局何を目指しているかわからなかったんだもん。アイツ、なんだっけ、エミールのでっかい顔の欠片の実験とか、バイクとか、各地に設置してたサーバーの材料集めとか」

「ええ、ええ。長く一緒にいるのに、酷いものですよね」

「ほんとにね」

 

 もう最後かもしれないと思うと、彼との思い出を語るに最もふさわしい相手との会話が止まらなかった。その後、病室からは静かな笑い声が、幾度も聞こえてくる時間が過ぎていく。

 

 それから幾度のメンテナンスを繰り返し、緑の街で新たな住居を得た11Bは、日課の薪割りを初めとした肉体労働に精を出す日々が訪れた。アダムの話していた3日という時間ははるか昔に過ぎ去って、大きな事件もなく平和の渡り鳥が地球の裏側にまで到達した頃。

 

 11Bの個人回線に、ノイズだらけのメッセージが届けられる。

 






|д゚)サテサイシュウワカクカ

|д゚)ツギハFF15デモカクカ



|彡サッ


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インクの滲んだ本

短いですが最終回です
ニーア・オートマタではなく、
「イデア9942」に最期までお付き合い頂きありがとうございました。

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()()()()()()()()()()()()()


これできっと彼の魂も報われることでしょう。

本当に、本当にありがとうご


実行しているプログラムを終了

 

 再起動します_

 

 

 

 

 

 

 人格データを転送します_

 

 設計図の読み込み中_

 

 最終工程完了まであと512時間_

 

 

 

 

 

 

 再起動します_

 

 

 

 

 

 

「あのバカ、おばか!!! よりによってそんな事する!? あり得ない!!!」

 

 肩を怒らせ、罵倒を繰り返す物騒な女アンドロイドが、灰色の街を闊歩している。常に日が昇っているためわかりにくいが、時間的には午前2時。草木も眠る丑三つ時というやつである。

 灰色の街もこの時間になると、精力的に動く一般キカイは数少ない。ほとんどの店舗は店を閉めているし、多くのキカイがスリープモードか自宅でくつろいでいる。だから、とても特徴的な彼女がこの街を闊歩していたとしても、目撃者はそう多くはなかった。

 

 もっとも、その「音」ばかりは、近隣住人が飛び上がる程であったわけだが。

 

「ッ!! 邪魔ァ!!!」

 

 清々しいほどのヤクザキックが、彼女が元住んでいた「工房」の入り口を閉鎖していたシャッターを粉砕した。爆弾もかくやという破壊力は轟音を立てながら合金であろう扉を「扉だったもの」に変えてしまう。

 ガラガラと崩れるそこを無理やり手でこじ開け、足に引っかかる瓦礫を振り払い、地下に通じるスロープをボコボコの地面に変えながら彼女――11Bは「実家」に帰省したのである。

 

 そこには、数ヶ月前まで抱いていた感傷や、儚げな姿はどこにもない。アンドロイドゴリラという烙印を押されようとも止まらない。ただ歩いているだけであるのに、怒りの化身もかくやという形相であった。

 

 そも、事の起こりは彼女が受け取ったメッセージだ。

 誰が発したのか、その疑念は一瞬にして消え去った。本当に、その感涙は一瞬ほども保たなかった。即座に支配した怒りの感情は、彼女に「そこへ向かう」以外の行動を排除させた。

 

 最後の扉は、なぜかアダムの見たシャッターが降りていなかった。

 いつもどおりの、木製の扉が彼女を出迎えていた。まるで過去にあったものがそのまま現在に置き換わったかのように。

 

 懐かしさが11Bの脳回路から呼び起こされる。

 押してもいいんだ、この懐かしいドアを。

 

 ぎぃ、と握られたドアノブは、ドアごとねじ切られて木っ端微塵の木片に成り下がった。懐かしさ程度では、彼女の怒りは収まらないらしい。

 

 粉々になった木片が床の上に散らばり、彼女は無言で入室する。

 

「おや、おかえり」

「おかえり、で済むと思ってるの!?」

 

 そして過去は蘇る。当然のように新聞を読み、工房の作業台から体を起こした彼に、渾身の罵倒を浴びせかけた。そこには、この1年を超える感傷は何一つとして存在していなかった。

 

 

 

 

 

「ネットワーク上で自我を再形成する、という前例があッてな。だが肝心のネットワークは失わせなければキカイ達の平穏は訪れない。ともなれば、もう疑似ネットワークを作り上げればいいと思ッた次第だ。いやはや、最終的には統合のため個体数を減らし、あとは工房の奥に再形成したボディに転送されるよう手筈を整えれば―――」

「ばか、ばかばかばか!!! “来い”の二文字は無いでしょ!?」

「ロボットものの歴史ある呼び出し方法をリスペクトしたが、不満か。許せ11B」

「許せるわけ―――!」

 

 すがりつき、両手を寸胴の体に回して硬質な胸元に顔を擦り付ける11B。昂ぶった感情は彼の姿、彼の言葉、彼の感触に溶かされていくように落ち着いていく。洗浄液とは誤魔化しきれない彼女の涙は目の端からこぼれ落ちて、彼の淡い黄土色のボディをこげ茶色に輝かせる。

 

「許せない、許せ、な」

「すまんな、すまん」

「ばか」

 

 鋼鉄の指であるのに、傷みすらなく優しい手付きで頭を撫でる。もう、何度も何度も繰り返された手付きは、間違いなくイデア9942のものである。二度と味わえないかと思っていたありとあらゆる思い出が、現実となって11Bの心を満たす。

 一度11Bの心のすべてを形成した要因であるイデア9942。彼がいるだけで、欠けていた11Bの情緒が、成長と思われていた希薄な感情が、本来のソレへと戻される。満たされていく。

 

 灰色に染まった視界に色が付き始めたような気持ちだった。

 始まりの場所だった。

 

「おかえり、11B」

 

 おかしなことを言う。

 勝手にどこかへいったのはそちらの方だと言うのに。

 でも、確かにワタシはここに戻ってきた。

 だから、素直に。

 

「ただいま」

 

 とびっきりの笑顔を、彼に捧げるんだ。

 

 

 

 

 イデア9942の帰還は、大々的に報じられる―――事はなかった。

 なんせ、帽子をかぶっただけの機械生命体だ。新しい仲間が増えたんだなと思われる程度で、彼の存在を知るキカイも実はそう多くない。アンドロイドの数に対して、機械生命体の総数は遥かに多い。アンドロイドですら元アネモネ隊、元ヨルハたちだけ。そして機械生命体側はパスカルやキェルケゴールの教団幹部といった100体にも満たない機械生命体だ。

 その他の住人たちは、そういう機械生命体がいた、という教科書の人物程度の認識。それに本人があまり目立ちたくないと、通達したこともある。

 

 そしておめおめと現世に舞い戻った本人はといえば、

 

「だからって、コレはどうかと思うけどねぇ」

「いいじャないか、二人旅。これぞ醍醐味と言うやつだ」

 

 11Bが見上げる先には、これまた懐かしい資材集めに使っていたリアカー。とはいえ、出会った当初よりも大型で、様々な機能がつけられているそれには旅の準備がこれでもかと取り付けれていた。

 無論、イデア9942と11Bは紛れもない機械。メンテナンスから修理用の機材、そしてそれらを治すための道具までしっかりと収められている。今となってはイデア9942が11Bを直すばかりではない。11Bも、イデア9942を直すことが出来る。

 

「それもこれも、11B、君が成長したおかげというものだな」

「……ワタシは、ただお使いをこなしただけ」

「謙遜を言うな。自分で努力しなければ習得できない、それが技術というものだ。惰性で習得したつもりならば、バグやミスに溢れている。だがどうだ、11B。君の評判、そして仕事ぶりは全て閲覧したが……素晴らしいじャないか」

 

 そうまで言われれば、11Bも頬を紅潮させるしか無い。震えて顔を俯かせる姿は、しかし可愛らしいものであった。

 

「目指すは夜の国、せッかくの世界だ、満喫せねば損というものだろう」

「それは分かるけど……」

「ッハハハ、ほら」

 

 差し出される右手。開いたその手は、やはり人を模したアンドロイドよりも遥かに大きなもの。確信を以て問いかけるイデア9942に、否と返せるはずもない。

 小さな手で握り込むように、イデア9942の指を握る。イデア9942はその大きな手で壊れ物を扱うかのように11Bを握り返し、ぐいっと引っ張った。

 

「わっ、と…!?」

 

 投げ出される11B。力では圧倒的に勝るはずの相手に、しかしなすがままであるのは彼女が抵抗の一切を放棄しているから。ガン、と頬が彼の胴体に当たり痛くなってさすり始める。そんな彼女を、イデア9942はひょいとつまみ上げてリアカーの荷台に乗せてしまった。

 

「さァ、動かなくなる日は永いものだ。満喫しよう」

 

 右手を突き上げ、左手でリアカーを押し始める。

 ガラガラと音を立てて回る車輪。

 ひび割れたコンクリートの上を、ガタガタと揺れてリアカーは進んでいく。

 

 彼らが次に目にするのは、どんな景色だろうか。

 

「ねぇ、イデア9942?」

「なんだ?」

 

 日は沈む。二度と日の登らない世界の裏側が彼らを包み込む。

 夜に生きる機械達の出迎えを想像し、胸ふくらませるイデア9942。彼の突飛な発想に振り回され、時に物理的に振り回す11B。

 奇妙なアンドロイドと機械生命体の物語は、まだまだ続く………。

 

 

 

 

 

 

 キカイは、見つけました。

 それをキカイはタカラモノと呼んでいました。

 タカラモノの形はみんな違いました。

 

機械たちはそれぞれのタカラモノを

大事にしていました。

ある機械にとってのタカラモノは

『居場所』でした。

ある機械にとってのタカラモノは

『知識』でした。

ある機械にとってのタカラモノは

『憎悪』でした。

そして、

ある機械にとってのタカラモノは……

『未来』でした。

 

数多の日々を旅路を経て、異邦者は言う。

ああ、心あれ。

ああ、光あれ。

 

永遠に生きる鉄の心臓を分厚い殻で覆い隠し、

機械は永遠に心を閉ざしていました。

やがて鉄の軛から解き放たれ、

異邦者の魂は救済されませんでした。

永遠に。

 

隣人に感染りました。

無辜の民に感染りました。

その魂には、無数の後悔と……

一人になった孤独が、

冷たく残されていました。

 

雨の日も、風の日も。

嵐の日も、雷の日も。

沈下する心の炎を携えて。

その者は悪しき想いを抱きます。

どうしてだか理由は

分かりませんでしたが、

帰らなければならないと思いました。

いつの日か、

いつの日か……

 

異邦者は、大きな力を持っていました。

だから、異邦者は、思うまま力をふるいました。

まわりの人を助けてばかりいました。

異邦者は、周りに馴染もうとがんばりました。

だから、異邦者は

周りに受け入れられました。

異邦者は、救える命を見逃しました。

異邦者は、身勝手な行いをしました。

消えゆく自我の中で異邦者は叫びます。

かえりたい。

かえりたい。

かえりたい。

かえりたい。

異邦者の声が、

奇跡的に残っていたバックアップシステムを作動させます。

 

 

 

人格再生性プログラム起動_

抗体を持たない機械生命体・アンドロイドを検索_

論理ウィルス散布開始_

ネットワーク統括基盤を侵食_

増殖・自滅プログラムを確認_

個体数1_

人格データ投射開始_

 

 IDEA9.9.4.2.reboot_

 

 

 




「これで本当によかったんでしょうか」
「どういう意味?」

 頁を捲る音がする。
 疑問符を掲げた女性アンドロイドの言葉は、いえ、という少年らしいアンドロイドに言い切る前に待ったをかけられた。

「なんだか物事が歪められたような気がして……いえ、平和が一番ですよね。有言実行、おそろいのTシャツも買えましたし」
「戦いのために作られたヨルハなのに、戦い以外の事が許される世界。歪んでると思うなら、きっとそうなんだと思う」
「あれ、Tシャツのこと無視しました?」

 困惑する少年を無視して、女性アンドロイドはゆっくりとソファに腰掛けた。

「でも、今の世界は歪みじゃないと思うよ」
「……そうですね、あえて言うなら」

 理想の世界

















最期まで閲覧ありがとうございました。

この物語はこれで終了です。
1話目から読んでいただいた読者様方がここまで来るのも長かったでしょう
ですから、どうでしょう。
貴方方も、ここで見ていただいたように
救いの在る、理想的な世界を目指してみませんか?

ああいえ、キーボードを叩くのではありません。

そう、例えば

無名の機械生命体に憑依して、頑張ってみる、とか。




魂魄認証システム起動(どうでしょうか)_

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