世界に痛みを(嘘) ー修正中ー (シンラテンセイ)
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序章
目醒め


 意識を覚醒させ、目を覚ませば周囲に広がるは広大な自然

 大気はとても澄み、空は暗雲の一つもない快晴だ。

 耳を澄ませば遠方から海水のさざ波の音が聞こえる。

 

 どういう術を用いて自分はこの島へと辿り着いたのだろうか。

 意識が覚醒する前後の記憶が非常に曖昧だ。

 これは一体どういうことだろうか。

 

 しかし、幾ら熟考しようと納得がいく答えが見つかることはない。

 故に、先ずは現状の確認を取るべくこの島の散策へと繰り出すことを決意した。

 

 

 

 やはり自分は現在、何処かの島にいるようだ。

 数刻に渡る探索の結果、導き出した答えである。

 

 この絶海の孤島は外界からは完全に隔離され、地平線を見渡せば壮大なる大海がどこまでも続いている。

 この島の大きさも然したるものではなく、散策を開始して僅か数刻で海岸を歩き終えることができた。

 

 しかし、島内を万遍無く散策したにも関わらず、然したる成果を得ることが出来なかったことも事実

 加えて、この島には今では完全に廃れ、埃まみれと化したもぬけの殻の住居しか存在していない。

 

 絶海の孤島にて己一人、外界からは隔離され、助けを呼ぶ術など存在せず、現状を打破することも出来ず、途方に暮れることしか出来ない。

 

 これが現在自分を取り巻く状況である。  

 

 普通に詰んでいた。

 泣きそうである。

 

 発狂しそうになったが幾ら嘆いたところで現状は変わらないのも事実であり、泣こうにも泣けない

 

 探索を終えた頃には太陽は地平線の彼方に沈み、日没の刻を迎えていた。

 住む家を持ち得ない現在、自分はもぬけの殻の廃虚にて一夜を明かすしかない。

 

 カビ臭いが文句など言っていられない。

 この世の全ての毛布に感謝し、探索の一日目を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日目

 

 鼻を突くのはカビと埃の臭い

 既に外では朝日が昇り始め、早朝特有の肌寒さが感じられる。

 

 肌を容赦無く刺す寒さが意識を現実へと叩き付ける。

 どうやら自身に降りかかった出来事は夢では無かったようだ。

 

「─」

 

 先ずは体を清めることにしよう。

 身体は汗やカビの臭いで酷い異臭を放っている。

 

 

 

 廃虚の近くにて綺麗な湖を発見した。

 当然、シャンプーやボディーソープなどの近代の文明の利器は存在しない。

 

 だが現状、水洗いだけでも十分であり、身体に蓄積した疲労と汚れが浄化される。

 精神的疲れも吹き飛びそうだ。

 

 何と無しに水面を見れば、漂うようにぼんやりと映る自分の姿があった。

 今更だがこの島にて意識を覚醒して以降、自身の姿を確認していなかったことに気付く。

 

 過労により酷い顏になっていないだろうか。

 白髪が増え、髪も抜け落ちているかもしれない。

 非常に心配だ。

 

 水面を見下ろせば随分と幼い少年が映っていた。

 一体誰であろうか。

 

「─」

 

 右手を動かし頬に触れば、水面の少年も同じように頬を触れる。

 左手を動かせば左手を

 首を傾げれば同じように首を傾げる。

 

 どうやらこれが現在の自分の姿のようだ。

 

 顔立ちは以前よりも端正に、身体は何故か若返っている。

 これは一体どういう現象なのだろうか。

 

 しかし、結局、詮無きことに変わりはない。

 孤島に放り出された時点で、自分は考えることを止めていた。

 

 

 

 身体を清めた後は廃虚内を探索することにした。

 だが、やはり価値ある物は見つからず、その場で嘆息せざるを得ない。

 

 事態が好転することはなく、落ち込む自身の横目に新聞を見付けた。

 昨夜、横になったベッドの下にて隠れている。

 

「─」

 

 どうやらかなり昔に発行された新聞のようだ。

 今にも崩れ落ちそうなほどボロボロの状態だ。

 

 使用言語は英語

 異国の言語にて記事が記され、記事を彩っている。

 この孤島は英語圏の大陸の傍に位置する島なのだろうか。

 

 更に新聞を読み進めていくと一際目を引く欄を発見した。

 大層に、記事を埋め尽くすかの様に大きく描かれている。

 

 記事名は「海軍・海賊王捕縛、海賊王G(ゴールド)・ロジャー処刑」というものであった。

 

「─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海賊王G(ゴールド)・ロジャー?G(ゴールド)・ロジャー……

 

あれ、この世界ワンピースじゃね?平和な国で過ごしてきた自分が生きていくのは不可能じゃね?

 

 絶海の孤島にて一人の男が絶望に暮れた。



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この世界で生きる

 3日目

 

 異世界に転生していたことが発覚した。

 空いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。

 

 まさか自分は死んでしまったのだろうか

 身体が若返り、絶海の孤島に放り出されたのもそれが影響しているのか

 疑問が尽きることはない。

 

 この世界は自身の記憶が確かならば、海賊が蔓延る世界であったはずだ。

 何と危険な世界であろうか。

 加えて、この島の正確な位置も分かっていない。

 

「─」

 

 こうなれば嫌でも自分が置かれた状況を理解せざるを得なかった。

 

 

 

 落ち着いたところで現状の把握に移ろう。

 

 現状、この絶海の孤島にいるのは自分ただ一人

 今や世界では海賊と海軍による抗争が絶えず起きている。

 この世界を唯一踏破し、大海の果ての島であるラフテルへと到達した伝説的な海賊海賊王G(ゴールド)・ロジャーの存在

 

 彼の死後、幕を開けた大海賊時代

 世は正に大海賊時代

 

 急激に増加した荒くれ者の集団である海賊達と世界の秩序を守るべく奮闘する海軍という集団の存在

 正に弱肉強食の世界、力がものを言う世界だ。

 

 仮にこの島を脱出することに成功したとしても海賊達に遭遇する可能性は極めて高い。

 そうなってしまえば自分の命はいとも簡単に散ってしまうことは想像に難くない。

 

 ならば先ずは、この波乱万丈な世界で己の身を守るべく、心身を鍛えることが当面の最優先事項であろう。

 

 しかし、先ずは食料と清潔な寝床、衣服の確保が最優先だ。

 前途多難である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を開始して1年の月日が経過した。

 

 走り込み、筋力トレーニング、寒中水泳、思いつく限りの修行方法を模索し、身体を苛め抜いた。

 勿論、食糧は自給自足

 

 最優先事項はこの世界で生き抜くことだ。

 強くなければ自由に生きていけず、己の意志を貫くことも出来ない。

 故に、身体を鍛え、強さを追求する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を開始して半年が経過した際に、珍妙な果実が海岸に流れ着いていたのを発見した。

 

 その果物は薄い紫色をしており、実全体に波紋が如き模様が広がっている。

 お世辞にも美味しそうにも見えないが、貴重な食料だ。

 文句など言ってられない。

 

 その日の修行を終え、食卓にデザート風に薄くスライスしたその果実を口に運んだ。

 その瞬間、美味とは程遠いこの世の不味さを凝縮したかの様な不味さが口内に広がる。

 

 完全に失敗であった。

 しかし、貴重な食料を無駄にするわけにはいかない。

 その日は、不味さとの戦いであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を開始してから2年の月日が経過した。

 

 どうやらこの世界は鍛えれば鍛えるほど飛躍的に身体を強化することが可能らしい。

 2年前と比較し、肩幅や足腰は逞しくなり、筋肉も相当付いた自信がある。

 

 現在、自分は悪魔の能力者

 約1年前、死ぬほど不味い実を食すことで能力者となった。

 

 食料が尽き、心身共に疲れ切っていた時に足元に転がっていた奇妙な実を食し、珍妙な能力を手にした。

 海から流れ着いたのか、最初からその場に落ちていたのか分からなかったが、とにかくその実を貪った。

 

 途端、口内に広がる不味さ

 涙腺は崩壊し、余りの不味さに嘔吐してしまいそうであった。

 だが貴重な食料を捨てるわけにはいかず、根性と気力で全て食べ終える。

 

 身体から珍妙な力が湧き上がる。

 能力は引力と斥力を自分を中心に発生させる能力

 

 

 しかし、悪魔の実の特異な能力が発現してから数多の苦難が始まった。

 

 身体から微力に発生する斥力と引力の力に翻弄され、身動きもままならない。

 出力を抑え切ることが出来ずに、足元が陥没し、何度も地面をバウンドする。

 

 ある時は斥力の出力を誤り、上空へと吹き飛び、受け身を取ることが出来ずに墜落した。

 ある時は能力込みの疾走に失敗し、顔面地滑りをすることにもなった。

 

 引力の出力を誤り、引き寄せた物体に逆に激突し、吹き飛ばされた。

 感情の高まりにより能力が発動し、周囲の物体が軒並み引き寄せられ、身体を潰された。

 

 ある時は大気を踏み締め、宙を駆ける最中、能力の持続に失敗し、湖へと落下し、命辛々生還した。

 そして、ふとした行動が周囲の森林を破壊し、自身の家までも破壊した。

 

 四六時中、能力が発動し、全身がズタボロへと早変わりする毎日

 傷は癒えず、生傷も絶えることはなかった。

 

 絶海の孤島に放り出された影響か、生物の本能とも呼ぶべき生存本能に突き動かされ、能力を切ることが出来なかった。

 就寝時にも能力が発動し、自身に迫る脅威を排除していた。

 

 目を覚ませば、周囲が更地と化していたことも珍しくない。

 嵐が去った後か、ふとした拍子に能力が暴走したかの二択であったが 

 

 こうして悪魔の実の能力の制御には予想以上の時が要されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を開始して更に1年が経過

 ただ切実に人肌が恋しい。

 

 万全を期すべくこの島で何年も心身を鍛えてきたが流石に限界が近付いてきた。

 否、当の昔に限界は訪れていたが、目を背けていただけだ。

 

 このやるせなさをただひたすら修行へと打ち込むことしか今は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近頃対人戦の訓練の必要性を感じた。

 修行へと励み始めてから更に1年経過

 

 遇にこの島を強襲するモーガニアと呼ばれる海賊達を実践の的にしているが、それだけでは圧倒的に経験が足りない。

 金品や食料を巻き上げた後、奴らをこの島の近隣に位置する海軍本部へと輸送する日々

 稀に捕まえた賞金首である海賊を換金するのだがいかんせん使い道がない。

 

 初めて海軍本部を訪れた折に正義の門の門番と一悶着あったが、今では顔パスで賞金首の換金に応じてもらえている。

 自分1人の換金のために正義の門を開けるわけにはいかず、門の前での換金という形であるが特に問題はない。

 

 しかし、食料には困らないが、金品は増えていく一方である。

 今では、以前、この島にて発見した摩訶不思議な貝に収納し、ネックレスとして加工することで首から下げている。

 

誰でも良いから話相手になってくれないだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に1年経過

 

出会い、出会いが欲しい

 

 誰でも構わないから自分の話し相手になって欲しい。

 このままでは心身共に死んでしまいそうだ。

 

 水面に映る自分に話し掛けたり、エア友達と言葉を交わしたりしたことも一度や二度ではない。

 末期の症状だ。

 

 しかし、この島を遇に訪れるは荒くれ者の海賊のみ

 奴らに対話の意志を有しているわけもなく、交戦以外の選択肢など存在しなかった。

 

 現実は非情

 神は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に1年経過

 最早自分は修行の虫である。

 

 ただ無心に拳を鍛え、能力に磨きを掛ける毎日

 身体を効率良く動かし、能力を併用する。

 

 修行に真摯に励む最中、前方に海賊船を発見し、何時もの様にこの島へと上陸した海賊達と交戦した。

 

 だが即行で敗北

 どうやら相手は自分より圧倒的に格上だったらしい。

 後悔先に絶たずである。

 

 目を覚ませば先程、交戦した男と彼の仲間達が此方を覗き込んでいる。

 聞けば彼らはただこの島を活動拠点とするべく上陸しただけとのこと

 

 完全に此方に非があった。

 素直に謝罪し、頭を下げる。

 

 眼前の男は気さくに笑い、許してもらえた。

 器がとても広い。

 

 名前を尋ねてみたところ眼前の隻腕の男は

 

 

─シャンクス─

 

 

 と名乗った。

 

 どうやら彼らは「四皇」と呼ばれる世界でも4本の指に入る海賊とのこと

 

 彼らにこの世界について尋ねてみたところ海賊と海軍に加え、政府公認の「七武海」という三大勢力が存在することが判明した。

 

 この島は偉大なる航路(グランドライン)の前半の海である最終地点・シャボンディ諸島から少し離れた場所に位置しているらしい。

 

 この島にて生を受けてから数年、漸くこの島の位置を知ることができた。

 

 彼らは約3年の間、この島を拠点として活動するらしい。

 この折角の好機に便乗し、自身の修行に付き合って欲しい旨を伝えると、心良く了承してくれた。

 

 それ以上に話し相手に出会えたことが純粋に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャンクスに頼み込み、修行を開始して1年

 惨敗、相手にすらならなかった。

 

 攻撃は当たらない。

 能力は断ち切られる。

 身体能力、戦闘経験、全てが別次元であった。

 

 シャンクスの身体能力が高過ぎる。

 反射速度、見切りの早さ、咄嗟の時の対応能力、全ての戦闘力が別次元だ。

 

 疲労困憊の状態で地面に転がり、空を仰ぐ。

 井の中の蛙、それを実感した。

 自身の能力の更なる可能性を模索し、貪欲なまでに力を求める必要性を感じた。

 

 

 修行2年目

 またしても惨敗

 

 だがシャンクスの攻撃に反応することが出来るようになった。

 対処することは未だに出来ないが

 

 能力の発動時間も延び、戦闘のノウハウを掴むことに成功した。

 

 

 修行3年目

 

 何とかシャンクスの相手がつとまるようになってきた。

 能力込みの話ではあるが

 しかし、自分にとっては大きな進歩である。

 

 だが、自分が対処出来るようになったことがシャンクスは嬉しかったのか、本領を発揮してきた。

 「覇気」と呼ばれる不思議な力を用い、自身の能力を完全に無視してきた。

 五臓六腑に染み渡る痛みを感じ、即座に意識は暗転する。

 

 悪魔の実の能力の特異な力というアドバンテージを完全に無視する力に触れ、新たな自身の可能性を感じた。

 まだまだ自分は強くなれることを確信し、修行に明け暮れる日々を過ごした。

 

 こうしてシャンクスとの長いようで短く感じられる修行は瞬く間に終わりの刻を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 天気は良好

 空には一切の雲が存在せず、太陽の光が爛々と照り付ける。

 

「これまで大変お世話になりました、師匠」

 

 アキトは感謝の意を伝えるべく、シャンクスに頭を下げる。

 これは一種の礼儀であり、別れの意志を込めたものだ。

 

「気にするな。こっちもお前の住んでいた島使わせてもらったんだからよ。あと、師匠はむず痒いから普通にシャンクスで良い。敬語も止めてくれ」

 

 らしくねぇぞ、と朗らかに笑い、シャンクスは此方を見据える。

 

「分かった、シャンクス」

「この3年でお前さんずいぶん強くなったな。師匠として鼻が高いってもんだ」

 

 シャンクスはどこか得意気な表情だ。

 

「これから俺は世界を見て回るつもりだ。シャンクスはこの島を出るつもりなんだろ?」

 

 本当にここまで強くなれたのはシャンクスのお陰だ。

 戦闘ド素人の自分では鍛え続けたとしても限界があっただろう。

 

「ああ、まあな」

 

何か悲しくなるな……

 

 どうやら自分はシャンクス達とこの島で過ごす日常を思っていた以上に気に入っていたようだ。

 感傷に浸るアキトに背を向け、シャンクスは仲間達と共に船に乗り込み、出航する。

 

 アキトは彼らの姿が消えるまで目を逸らすことなく、シャンクスの姿を目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 シャンクス達と別れたアキトは今後の行動方針について考える。

 身体は良好、体力は充足している。

 活力は漲り、一人でも生き抜く力を身に付けた。

 

 この島を出る時だ。

 シャンクス達同様、船出の刻である。

 

 偉大なる航路(グランドライン)に止まるか、それとも赤い土の大陸(レッドライン)の向こう側の海に行くか、否か

 

 新世界に行くという選択肢は初めから存在していない。

 今のアキトの実力では新世界の強者達と渡り合えないことは分かりきっている。

 

 アキトはふと今は原作においてどの時期に当たるのか気になった。

 この島で過ごして今年で9年、これまで原作について考えたことはなかった。

 身を粉にして修行に励み、強くなることに精一杯であったからだ。

 

 少なくともルフィは現時点では海賊にはなっていないはずである。

 シャンクスからルフィのことは聞いている。

 頻繁に彼の口から語られ、その度にルフィに対するアキトの興味は膨れ上がっていた。

 

 これから世界を見て回る予定であるアキトはルフィ達に会ってみるのも良案ではないかと思い始める。

 

 折角、この世界に偶然にも生を受けたのだ。

 彼らに会ってみるのも悪くはないだろう。

 

 ならば方針は決まった。

 アキトは先ず、ルフィがいる東の海(イーストブルー)に向かうべく上空へとその場から飛翔(・・)する。

 瞬く間にアキトの姿は虚空へと消え、島々の上空を跳んでいく(・・・・・)

 

 

 アキトのこの世界での時間が進み始めた。




賞金首の換金の仕方は本編オリジナルです。
原作とは全く関係ありません。

[ 設定 ]
10歳 : 孤島に転移
10~19歳 : 修行に明け暮れる
16歳 : シャンクスと邂逅
19歳 : 旅にでる

シャンクスはルフィとの別れから7年の月日が経過しています。
主人公と邂逅した場所はシャボンディ諸島の近くの島であり、シャンクスは偶々偉大なる航路に戻っていた設定です。


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ココヤシ村編
泥棒猫ナミ


 跳躍、飛翔、加速を繰り返し、宙を闊歩する。

 

 引力と斥力の力を足下に同時に発生させ、宙に擬似的な足場を作ることで跳躍(・・)する。

 跳躍後は飛翔(・・)して更に加速

 

 これを幾度も繰り返すことで偉大なる航路(グランドライン)をかなりの速度で移動する。

 

 アキトは現在、偉大なる航路(グランドライン)を逆走していた。

 世界広しと言えど偉大なる航路(グランドライン)をこんな方法で逆走するのは自分くらいではなかろうか。

 

 だが、船を要さずに航海が可能だが、少しでも加減を間違えてしまえば海に落ちかねないので気を抜くことはできない。

 正面から吹き荒れる強風を能力によって弾く必要もあるため、かなりの重労働だ。

 

 

 

 アキトが島を出発してから数刻

 

 漸く前方に世界を両断する赤い土の大陸(レッドライン)の姿が現れた。

 天を貫くが如くそびえ立ち、途轍もない標高を誇っている。

 

 アキトは常識を無視し、空中を闊歩することで赤い土の大陸(レッドライン)を楽々と突破する。

 

 アキトは漸く東の海(イーストブルー)へ辿り着いた。

 

 長時間の能力の使用に負った疲労を回復すべく、アキトは眼下の島に降り立つことを決意する。

 能力を解除し、重力に逆らうことなく大気を突き抜け、アキトは落下するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 島の沿岸へと降り立ったアキト

 

 周囲は人気がなく閑散としている。

 海から吹く微風がアキトの頬を静かに撫でた。

 

 前方を見れば一人の女性が歩いてる。

 先ず、アキトは彼女にこの島の食事処について尋ねてみることにした。

 

 

 

「すみません。少し尋ねたいことがあるのですが……」

 

 背を向けて前方を歩く女性にアキトは声を掛ける。

 

「あんた、ここでは見ない顔だね?今、この島に来たのかい?」

 

 此方に振り返った女性は、女性として理想的なプロポーションを誇る美人であった。

 日光を反射する褐色の肌が彼女のショートヘアの青色の髪と合わさり大人の色気を醸し出している。

 

「俺の名前はアキトと言います。今、この島に来たところです」

 

 アキトは警戒されることがないように当たり障りのない言葉で話す。

 

「そう、私の名前はノジコっていうんだ、よろしく。それで私に何か用かい?」

 

 どうやら掴みは悪くなく、此方の受け答えに応じてくれるようだ。

 笑顔で此方に話し掛けてくれている。

 

「この島には食事を取るつもりで来たのですが、良い食事処を知りませんか?」

 

 簡潔に自分がこの島へと赴いた目的を告げる。

 

「そういうこと。じゃあ、あんたはこの島の現状を何も知らないってことかい。……取りあえず私の家に来てくれない?食事は出すからさ」

 

 有り難い申し出だ。

 

 アキトは彼女のご厚意に甘えることを決意する。

 だが、初対面の男を自身の家に招き入れるのは少し不用心ではないかと、アキトは逡巡せざるを得ない。

 無論、アキトに手を出すつもりなど毛頭なかったのだが

 

 こうして彼女の申し出を受けたアキトはとある一軒家へと案内されるのであった。

 

 

 

 

 食事を食し終えたアキトは感謝の言葉を述べ、手を合わせる。

 

 食事を食べ終えた後の感謝の言葉は忘れない。

 当然のマナーだ。

 

「ん、お粗末さん」

 

 彼女の食器を片付ける様子も様になっている。

 思えばこうして女性と話すのは久方ぶりの経験であり、何か感慨深いものが沸き上がってきた。

 

 思わず瞳が緩み、涙が出てきそうである。

 

 

思考が完全におっさんである。何か悲しくなってきた……

 

 

 思考はオヤジそのもの、アキトは違う意味で泣きそうになった。

 湧き上がる相反する感情を抑え、アキトは早速本題に入る。

 

「それで本題なのですが、フーシャ村という村をご存知ですか?」

 

 ルフィが故郷であるフーシャ村のことはシャンクスから聞き及んでいる。

 

「フーシャ村?悪いけど知らないわね。此処ははココヤシ村っていうのよ」

「ココヤシ村ですか?」

 

 いまいち要領を得ることが出来ない。

 

「それでは、ゴア王国という国をご存知ですか?フーシャ村はその王国の辺境に位置する村なのですが……」

「ゴア王国?……悪いけどそのゴア王国という名前の国も知らないわね」

 

 状況に進展はなし

 まあ、この島には食事を取ることを目的に赴いたのだから仕方ない。

 

「……そういえば俺をノジコさんの家に招いてくれた理由は何ですか?」

 

 この家に招いてもらった当初から気になっていたことだ。

 今日初めて出会った男を家に招き、食事もご馳走してくれる理由とは何なのだろうか

 

「そういえばまだ話してなかったわね……」

 

 途端、彼女の雰囲気が重苦しいものに変化する。

 真剣な面持ちとなった彼女が向かいに座り、言葉を紡いでいく。

 

 彼女の口から語られる内容は他人が軽々しく踏み込んでいいものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「魚人であるアーロンに、魚人至上主義のアーロン帝国の建国。そして、この村はそのアーロンの支配を8年も受けているわけですか……」

「そういうこと。だからあんたも悪いことは言わないから、早くこの島から出て行ったほうが良いわよ」

 

 アキトの身を案じ、早くこの島から出ていくことを勧めるノジコ

 余程アーロンという存在は恐れられているようだ。

 

「その支配もナミの手によってもう少しで解放されるわけですか」

「あともう少しで1億ベリーが貯まるってナミから聞いているからね」

 

 1億べリー、途方もない金額だ。

 とても1人の少女が稼ぐことができる金額ではない。

 

 自分も賞金首を海軍に引き渡すことで漸く億単位の資金を得たのだ。

 戦士ではないナミという少女は一体どれだけの重荷を背負っているのだろう。

 

 当人であるナミはノジコの隣で静かに寝息を立てている。

 彼女との会話の最中に帰還したナミはアキトの存在に目もくれず窓を粉砕し、疲れ果てたように伏してしまった。

 

 余程心身共に疲れ果てていたのだろう。

 まるで死んだように眠っている。

 

 まだ二十歳でもない少女が身を削り、奮闘せざるを得ない状況を作り出しているアーロン一味に憤慨せざるを得ない。

 しかし、あくまで部外者である自分がこの島を取り巻く状況に物申せる立場でもないのは事実であり、アキトはこれ以上踏み込むことは出来なかった。

 

 

 

「食事ありがとうございました。美味しかったです」

「構わないよ。それよりも早くこの島から出ていくんだよ」

 

 再度ノジコはアキトに忠告する。

 自分達が生きるか死ぬかの瀬戸際でもあるにも関わらず、赤の他人を気遣うとは優しい女性だ。

 

「ええ、分かっていますよ」

 

 無論、最初からアキトは素直にこの島を出ていくつもりはなかった。

 海賊と呼ばれる輩に碌な奴がいないことは知っている。

 まだ推測の域を出ないが、ナミとアーロンの取引は失敗に終わる可能性がかなり高いだろう。

 

 アーロンという魚人が金の約束を守ることが事実であったとしても、それはあくまでナミとアーロンの2人の間で交わされた約束だ。

 そこに第三者が介入してしまえばナミの8年の頑張りは無に帰してしまうだろう。

 

「……外が騒がしいわね?」

 

 蜜柑畑しか存在しない外が騒がしい。

 来客か、それとも村人の誰かが足を運んできたのだろうか。

 

 ノジコはアキトにこの場で静かにしているように言いつけ、外へと足を進める。

 先程まで眠っていたナミは既に起き、ノジコと共に外へと出ていった。

 

 アキトは沈黙した様子で佇み、ノジコ達を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 蜜柑畑にて海軍とナミ達が衝突する。

 ナミとノジコ、ゲンさん、それと対面する形で睨み合う。

 

「まさかあんた達、アーロンの指示で!?」

「チチチチ、何を言っているのか分からないな」

 

 海軍大佐ネズミは笑う。

 その顔にあくどい笑みを浮かべながら

 

「何をしている、お前達!1億ベリー(・・・・)だ!1億ベリー(・・・・)なんて大金、簡単に見つかるはずだろう!」

 

 そう1億ベリー(・・・・)1億ベリー(・・・・)

 ネズミ大佐はさも当然の様に告げた。

 

「おい貴様、何故その金額を知っている!?」

「そのことを知ってどうする?我々は海軍として然るべき対処をしているだけだ」

「貴様らまさか!」

「貴方達、アーロンと繋がって……!?」

「まさか、アーロンが……ッ」

 

 間違いない。

 奴はアーロンの指示でこの場に足を運び、この様な横暴に走っているのだ。

 

 血が滴る勢いでナミは悔しさと憎悪で手を握り締め、般若の如く表情を浮かべる。

 

「君達はどうやら我々海軍に歯向かうつもりのようだ。それならば仕方ない。即刻、この場からお引き取り願おうか」

 

 手を上に掲げ、ネズミは部下に銃を構えさせる。

 銃の照準はノジコへと向かう。

 

 放たれる銃弾

 本来ならば治安を脅かす海賊へと放たれる銃弾が、無抵抗の民間人へと牙をむいた。

 

 迫りくる銃弾に思わず目をつぶるノジコ

 だが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る瞳を開けたノジコの前には彼女を庇う様にアキトが佇んでいた。

 

「あんた……」

 

 ノジコは信じられないとばかりに大きく目を見開き、冷や汗を流す。

 アキトは彼女に背を向け、海軍と向かい合う。

 海軍の畜生にも劣る蛮行に静かに怒りをその胸に抱きながら

 

「随分と危ないな。何故、民間人の味方であるはずの海軍が彼女に銃口を向けているんだ?」

 

 握りしめていた掌を開き、アキトが淡々と口を動かす。 

 手からは無数の銃弾がこぼれ落ち、足元へと落ちていく。

 

 驚くことにアキトは素手で銃弾を掴み取っていた。

 突然のアキトの登場にネズミ大佐は驚きを隠せない。

 

「おいお前達、何をしている!奴を即座に始末しろ!」

 

 だがそれも一瞬、すぐさま部下に始末する旨を伝える。

 トップの命令に部下達は銃を構え、抜刀し、一斉にアキトへと襲い掛かった。

 

 ある者は銃弾が底を尽きるまで打ち続け、ある者は一切の手加減なく刀を振り下ろす。

 またある者は素手でアキトへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 数秒後、周囲には凄惨たる光景が広がっていた。

 

 その身に自身が放った無数の銃弾(・・・・・・・・・・・)を受けた者、腕が有り得ない方向(・・・・・・・)にへし折れた者が崩れ落ちていた。

 皆一様に血を流し、悲鳴を上げている。

 

 対するアキトは全くの無傷であり、その場に佇んでいた。

 終始アキトは億劫な様子で目を瞑っていただけにも関わらず、この惨状である。

 

 ナミを含めたこの場の誰もが眼前の光景に言葉が出ない。

 ネズミ大佐は部下達が全滅したことに足が竦み、無様に尻餅をついてしまっていた。

 

「理解できないと言わんばかりの様子だな?」

 

 冷え切った声音で語り掛けるアキト

 その瞳はどこまでも冷たく、冷え切っていた。 

 

 

 

「何故、無抵抗の人間を攻撃したにも関わらず、自分達が血を流しているのか」

 

 

 

「なに、簡単な話だ」

 

 

 

「攻撃が直撃した瞬間に、弾き返してしまえば良い」 

 

 

 

「言ってしまえば反射の要領だな」

 

 無論、ただ弾き返しているわけではない。

 直撃した瞬間に能力を遣うことにより、威力を数倍に増幅させている。

 

「つまりお前達はわざわざ自分から自滅しに来ているということだ。理解できたか?」

 

 最もアキトの説明は既にネズミ大佐に届いてなどいない。

 ネズミ大佐は生まれて初めて心の底から震え上がっていた。

 真の恐怖と、決定的な挫折に

 

 余りの恐怖と絶望に涙を流したことも生まれて初めてのことであった。

 既に自分を取り巻く部下達はいない。

 戦闘力が皆無なネズミ大佐には打つ手がなかった。

 

「さて、次は此方の番だ。少しは意地を見せてくれよ」

 

 アキトは血に沈む海兵を踏み付けながら足を進め、遂にネズミ大佐の下へと辿り着く。

 続けて放心し、恐怖に慄くネズミ大佐の顔面を踏み付け、地へと陥没させた。

 

 歯は折れ、砕け散る。

 出血し、ネズミ大佐は為す術無く地に這いつくばった。

 

本命は生け捕りの方が処罰を下す際に、都合が良いのだが、本当にコレは生きているのだろうか?

 

 既にネズミ大佐からは反応がない。

 まるで死人のようだ。

 

「最後だ。誰の指示でこの場に来た?」

 

 海軍の恥晒しが

 

「ア、アーロン氏だ。アーロンの指示で我々は……」

 

 弱々し気に、遂にネズミ大佐は白状する。

 やはりアーロンの指示であり、ナミの予想は正しかった。

 

 言質は取った、もうこいつに用はない。

 アキトは容赦無くネズミ大佐を踏み潰し、地面の染みとする。

 

 見ればナミがノジコの制止を振り切り、アーロンパークへと一心不乱の様子で走り去っていく姿が見えた。

 アキトは彼女をどこか悲し気な様子で見据えていた。




ネズミ大佐というド底辺の屑・畜生
原作でノジコを打ったのはマジで許さん

< 補足 >
→ アキトの移動方法はBleachの死神の瞬歩をイメージしてください。
流石にBleachほど速くはないですが

※ 今作はアキトの存在によって正史と異なる展開と時間の流れを歩んでいます
→ ナミは原作通りバラティエでルフィ達と別れており、現在ルフィたちはクリーク一味と交戦中です。
→ ゲンさんがアーロンに襲われているシーンはこの物語では存在しません。


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交錯する意志

 アキトは眼下のココヤシ村を上空から見下ろし、島全体を俯瞰する。

 豊かな自然、何気ない日常、人々が求める幸せがそこにはあった。

 

 ただ一つ、島に大きくそびえ立つアーロンパークがその幸せを穢している。

 住民達は8年もの間、アーロンの支配に苦しめられている。

 アーロンの支配から解放されない限り、彼らが心からの笑顔を浮かべることはない。

 

 ネズミ大佐を潰した後、アキトはノジコから半ば強制的に彼女の家から押し出され、この島から一刻も早く立ち去るように強く念を押された。

 アーロンが卑劣な手段でナミのお金を奪うことを画策してきた時点でこの島に安全な場所など存在しない。

 アーロンはナミ以外の人間に価値を置いておらず、ココヤシ村を解放するつもりなど毛頭ないのだ。

 自分達の村の事情に巻き込まれる前にアキトをこの島から立ち去らせる、それが彼女なりの精一杯の部外者であるアキトへの思いやりだったのだろう。

 

 その場ではアキトは素直にこの島から出ていく姿勢を見せ、彼女の下から立ち去った。

 しかし、ノジコとナミ、そしてこの村の事情に関わった時点でアキトにこの島から立ち去る、という選択肢は存在しない。

 

 島の海岸にまでたどり着いたアキトはその場から一息に上空へ飛翔し、走り去ったナミの跡を秘かに追跡していた。

 脇目を振ることもなく、ナミはアーロンパークへと向かっている。

 

 ナミはアーロンパークへの扉を蹴り開け、アーロンと思しき魚人へと詰め寄った。

 アキトはその場の誰にも気取られることなく、建物の陰に隠れる形で事の成り行きを見据えた。

 

「……」

 

 ナミが必死の形相でアーロンの襟首を掴み上げ、問い詰める。

 

 あの海軍は何なのか

 お前はお金の約束は死んでも守るのではなかったのか

 ネズミ大佐はお前の差し金ではないのか

 

 しかし、アーロンは涙を流すナミを嘲笑い、ナミの顔をその大きな手で鷲掴みにした。

 

 

()がいつ約束を破った?

 

 

 ナミがこの島から逃げ出せば、村の住民は皆殺しであり、退路など存在しない。

 1億ベリーなどまた集めればいい、アーロンの言葉に涙を大量に流したナミはその場から駆け出した。

 

 魚人達は嘲笑と高笑いを浮かべながら、得意げに豪語する。

 

 ナミ程、優れた測量士は存在しない。

 お金の約束は死んでも守る。

 

 だが、それはナミとアーロンとの間に結ばれた契約であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 世界の海の全ての測量を終え次第、ナミを解放してやる、とアーロンを含む魚人共は笑い続けた。

 

「……」

 

 

……そういうことか

 

 

 アーロンの思惑を目の当たりにし、ナミを取り巻く状況の全てを理解したアキトは静かにアーロンパークから飛翔した。

 

 

 

 

 

 アキトの前方で村人達が集まっている。

 誰もがただならぬ雰囲気を出しながら武器を持ち、険しい表情を浮かべていた。

 

 村人達を必死に止めようと立ちふさがるはオレンジ色の髪の少女

 件の少女、ナミだ。

 

 

「私、またお金集めるから!頑張るから!」

 

 ナミは今にも泣きそうになりながらも微笑む。

 誰の目に見ても無理をしているのは明らかだ。

 

 長年の必死の取り組みが無駄に終わったにも関わらず、今なお彼女はこの村を救うべく気持ちを奮い立たせている。

 

 その身を犠牲にし、精神が張り裂けそうになっても彼女は笑っている。

 無理をしているのは一目瞭然であり、痛々しくて見ていられなかった。

 目元には泣いた跡が薄っすらとだが残っている。

 

 自分が一番辛く、逃げ出しても誰も文句など言わないことを分かっているはずなのに笑っている。

 全ては大好きなこの村を救うために……

 

 この村が抱えている問題は自分が出張れば簡単に解決できるという自信があった。

 だが、村人達は8年という長い間ナミのことを信じて耐え忍び、魚人達の支配を戦ってきたのだ。

 最初は部外者である自分が出張るべきではないと考えていた。

 

 しかし、その希望はもはや潰え、ナミの手でこの村が解放されることはもうない。

 

 

 

─ これでは余りにも彼女が報われない。あんまりだ ─

 

 

 

 ナミの儚く、今にも崩れてしまいそうな笑顔を見て、アキトはこの問題に直接的に関わることを決意した。

 

 何より彼女の必死の努力を踏みにじったアーロンをアキトは許さない。

 断じて許してはならない。

 

 アキトは決意を固めた顔で村人達の方へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ココヤシ村を殺気が支配する。

 今ここにココヤシ村の村人達による魚人への反逆が始まろうとしていた。

 

「もはや、やつらの横暴を許すわけにはいかん!武器を取れ、戦うぞ!!」

 

 彼の掛け声により村人達の士気が跳ね上がる。

 ナミの必死の制止を振り切り、村人達はアーロンパークへとアーロンを倒すために進んでいく。

 

 血濡れのナイフが足元に転がり落ち、ナミは途方に暮れることしか出来ない。

 

 

止められなかった

 

ゲンさん達を止められなかった

 

皆が行ってしまった

 

魚人との戦力差は明らかなのに

 

このままでは死んでしまう

 

アーロンに殺されてしまう

 

 

「……っ」

 

 怒りと憎悪、自責の念により歯ぎしりを抑えられないナミ

 

「畜生……」

 

 悔しくて堪らない。

 何度も項垂れる形で地面に両手を振り上げ、叩き付ける。

 

「畜生ッ……!」

 

 自分がもっとアーロンとネズミの動向に目を見張っていたら

 もっと自分に力があったら

 アーロンの非道な手口にもっと早く気付けていたら

 

「チクショウ……!!」

 

 爪が剝がれそうになるのも構わず、ナミは爪を地面の砂に食い込ませる。

 

「お前は、おまえは、オマエは……ッ!!」

 

何度、私を踏みにじり、ココヤシ村を、村の皆を苦しめば気が済むんだ!!

 

 

 

俺は約束を守る男だぜ?

 

1億ベリーだ、1億ベリー、俺の下に持ってこい

 

俺は金の約束を守る男だぜ?

 

チチチチ、何を言っているのか分からないな

 

1億ベリーだ!1億ベリーなんて大金、簡単に見つかるはずだろう!

 

あ?海軍だぁ?

 

とぼけるな!お前が海軍を差し向けたんだろうが!

 

俺がいつ約束を破った?

 

そりゃぁ不運だったな

 

また1億ベリーを集め終えた時に村を返してやるよ。俺は約束を守る男だからな

 

シャハハハ!

 

知っていたよ、全て。ナミ、お前が私達のためにアーロン一味に入り、お金を集めていたことも

 

どきなさい、ナミ!!

 

駄目、殺されちゃう……

 

 

 

 ココヤシ村の解放こそが自分の全てだった。

 どれだけ村の皆に無視されようとも、無垢な子供に罵倒されようとも、1億べリーが集まれば村が解放されると信じていたからこそ、頑張ってこれた。

 8年間、命懸けで生き、お金を集めてきた。

 

 だが、それも最早叶わぬ夢に過ぎない。

 幻想は儚くも散り、残るは残酷な現実だけ

 

 やっと、やっと1億ベリーを揃える目処が付いた。

 これで、このお金でココヤシ村を解放することが出来ると信じて止まなかった。

  

 しかし、理解した。

 理解してしまった。

 

 アーロンは最初から約束を守るつもりなどない。

 奴にとって大切なのは航海士である私のみ

 

 ココヤシ村などおまけに過ぎない。

 自分を縛り付ける枷としか思っていない。

 

 アーロンは最初から自分を解放する気など毛頭ないのだ。

 これまでの8年の頑張りは水泡に帰してしまった。

 

 その残酷な現実を聡明なナミが理解し、どうしようもない現実に打ちひしがれた時、遂にナミの心の防波堤が崩れ去ってしまった。

 

 その瞬間、ナミのナニかが壊れた音が聞こえた。

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ"ぁ"あ"ぁ"あ""あ"あ"ア"ア"ア"ア"!!!!」

 

 心身ともに限界を迎えたナミの絶叫が鳴り響く。

 一人で戦うと決意し、もう泣かないと決めた一人の少女の心が決壊した。

 涙が溢れ、絶叫は止まらない。

 

 ナミの絶望の咆哮に村人達が振り返る。

 嫌な予感を感じたノジコが目にしたのはナイフで自分の肩を突き刺そうとするナミの姿だった。

 

 ナミにとってアーロンは憎くて、憎くて仕方なかった。

 アーロン一味の象徴であるタトゥーが憎くて仕方がなかった。

 

 ノジコが必死の形相でナミの奇行を止めようと声を張り上げるも、ナミは止まらない。

 そして、遂にナイフがナミの肩に突き刺さる瞬間……

 

 

 

 後方から伸びた手によってナミが振り上げたナイフが止められた。

 

「あんた、さっきの……」

「……」

 

 涙で視界が曇る中、ナミは突如としてその場に現れたアキトを睨み付ける。

 どういう原理かナイフを握り締めるアキトの手から血は流れていない。

 

 ノジコはとっくにこの島から立ち去ったと思っていたアキトの登場に驚きを露わにしていた。

 

「あんたこの島から立ち去ったんじゃ……」

「……」

 

 ナミの射抜く視線とノジコの問いに応えることなく、アキトはナイフを握る左手とは逆の右手を前方へと振りかざす。

 状況の理解が追い付かないノジコ達の前に血だらけの再起不能と化した2人の魚人が投げ出された。

 

「あんた、それどうしたのよ……」

 

これ(・・)、魚人じゃない

 

 辛うじて息をしているが、瀕死の状態の魚人に驚愕を隠せないノジコと村人達

 

「俺はアキトという者です」

 

 当人であるアキトは当たり障りのない言葉を選び、簡潔に伝える。 

 

「アキト君か……。私はこの村の駐在のゲンゾウという者だ。それで私に何の用かな?」

「これからあなた達はアーロン一味に反旗を翻すつもりですよね?その件ですが俺にアーロンのことを任せてくれませんか?」 

 

 どこまでも真剣な表情で話すアキト

 先程までノジコと喋っていたアキトとはまるで別人だ。

 

「あんた……」

 

 ノジコはアキトの突然の提案に驚きを隠せない。

 

「……アキト君といったか。君の提案は嬉しいが、部外者である君を私達の問題に巻き込むわけにはいかん」

 

 アキトの言葉には譲れない強い意志が感じられた。

 予想通りの返答だ。

 

 当然の返答だろう。

 あくまでアキトは部外者に過ぎず、偶然、この島に立ち寄った人間に過ぎない。

 しかし、アキトも譲るつもりなど毛頭なかった。

 

「いえ、無関係ではありません。ノジコさんには先程、食事をご馳走になりましたからね」

 

 信じられない。

 一度限りの食事の振る舞いで救いの手を差し伸べてくれる人間がいることにノジコは驚愕を隠せなかった。

 

 アキトにとってはアーロンを潰す理由としては十分過ぎる程だ。

 目の前で理不尽に苦しんでいる人がいる。

 例え、海軍がアーロンの非道を黙認していようが、看過するなど有り得ない。

 どうやらアキトは理不尽に晒される人がどれだけ大層な理由を抱え、部外者の手助けを望んでいなくても見逃すことが出来る人間ではなかったらしい。

 

「俺は既に魚人を2人手に掛けてますから、残党の魚人を潰すことに躊躇う理由なんてありません」

 

 同朋である魚人に手を掛けた時点でアーロンはアキトを許しはしないだろう。

 

「無理よ!そうやってアーロンに挑んでいった誰もがアーロンに殺されたわ!!」

 

 誰よりもアーロンの恐ろしさと強さ、その力の強大さを知っているナミが悲痛な面持ちで叫ぶ。 

 

「いや、しかし……」

 

 ゲンさんが部外者であるアキトを巻き込んでいいのか決めかねる。

 

 アキトの実力は未知数

 先程銃弾を素手で受け止め、海兵達を一掃し、足元に転がる魚人を撃破しているが、その実力がアーロンに通用するかは分からない。

 

「心配しないでください。俺は俺の勝手な意志でアーロンを潰すだけです」

 

 アキトは絶対に譲らないとばかりに畳み掛ける。

 ゲンさんは想像以上の意思の固さに思わず躊躇わざるを得ない。

 

「……それに、彼女の頑張りを無駄にしたくないんです」

「ナミの頑張りを……?」

「はい、彼女は貴方達が魚人達に戦いを臨むことを望んでいません。だったら……」

 

 

 

「俺が、代わりに戦います」

「それでは君が……」

 

 アキトはゲンさんを強い意志を宿した目で見据える。

 その瞳に迷いはなく、絶対に譲らないという意志で満ち溢れていた。

 

「任せてもいいのか、本当に……?」

 

 アキトの強き意志に気圧され、ゲンさんが遂に折れる。

 自分達だけでは魚人に勝つことは実質不可能であることは分かっているが故に、アキトの申し出を受けるざる得なかった。

  

「勿論です。それではアーロンパークへ行きましょう」

 

 アキトはもちろんその提案に快く即決し、歩き出す。

 

「ああ……」

 

 彼は未だ納得のいかないようだが、現状アキトに頼るしか手はない。

 今はアキトをアーロンパークに案内することしかできなかった。

 

 こうしてアキト達はアーロンパークに向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 アーロンパークの前に着いたアキト達

 前方には天を貫くが如くアーロンパークがそびえ立っている。

 

「皆さんは直ぐにこの場から立ち去ってください。戦いの巻き添えは俺の望むものではないですから」

「ああ、分かった……」

 

 ゲンさんを含めた村人達が渋々と直に引き下がる。

 やはりこの島の人達は優しい方達だ。

 

 部外者である自分をこんなにも心配してくれる。

 誰かの為に命を懸け、尽くす少女がいる。 

 

 アキトが悠々とした足取りでアーロンパークへ向けて歩き出す。

 アキトは表面上は表情を取り繕っているが、内心ではアーロンに対して殺意にも似た感情がこみ上げていた。

 

 魚人至上主義だが何だか知らないが利己的な理由で他人を苦しめるやつを許すつもりは毛頭ない。

 何より一人の少女を心身共に追い込み、あんな姿になるまで苦しめる奴らは生かしておくわけにはいかない。

 

 アキトはアーロンパークを手元の魚人を投げ飛ばすことで轟音と共に吹き飛ばす。

 

 

「何だ!」

「何者だ!!」

 

 魚人達が騒ぎ、臨戦態勢へと移行する。

 中には青筋を浮かべている者までいた。

 

 そして、彼らが取り囲む形で居座るあの巨大な魚人がアーロンだ。

 貫禄が周囲の魚人とは一線を画している。

 

 前方に座するは2メートルを優に超え、人間など容易く捻ることが可能な巨大な体躯を持つ男

 

 顔から延びるギザギザの鼻が目を引いている。

 その様は正に魚人至上主義を掲げる絶対強者

 

「おいおい、手前ェは誰だ?」

「……」

 

 アキトは手元に残ったもう一人の魚人をアーロンの足元に乱暴に投げ飛ばす。

 血の放物線を描き、その魚人はアーロンの前へと瀕死の状態で転がった。

 

 同朋の満身創痍の血だらけの状態にアーロンは青筋を浮かべ、今にも怒りが爆発しそうでだ。

 

「ニュ~、待ってくれ、アーロンさん!あんたがこんなやつらに出張る必要はねェ!」

「あんたに暴れられちゃこのアーロンパークが粉々になっちまう。そこで大人しくしててくれ、チュッ♡」

「ここは幹部である俺達に任せてくれ」

 

 幹部である魚人3人が今にも怒りが爆発しそうなアーロンを宥める。

 

 周囲の魚人達はアキトに射殺しそうな視線を飛ばしている。

 対するアキトは鋭い眼光でアーロンだけを睨み付ける。

 

 正に一触即発の雰囲気

 ナミと村人達は固唾を呑み、遠方から状況を見守ることしかできない。

 

 こうして多対一という状況でアキトは魚人達と対峙した。




ナミの痛みを知らずとも立ち上がり、ナミの助けに応じたルフィ
ナミの痛みを知り、ナミに助けを求められずとも立ち上がったアキト

アーロンがナミのお金を卑劣な手段で奪うシーンで"ハチ"も他の魚人と一緒に笑っているんだよなぁ……
よくナミはハチを許したなぁ、切実に思う


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アーロンパーク

「お前なんか俺達幹部、ましてやアーロンさんが相手にする必要があるかァ!!出て来い、巨大なる戦闘員モームよ!!」

 

 タコの幹部の魚人が声高らかに叫ぶ。

 長く突き出た口を右手で掴み、空に向かいラッパの如く辺り一帯に音を響かせる。

 

 それは合図

 この島の誰もが恐れを抱く破壊の怪物の呼び出しの合図だ。

 

 途端、アーロンパーク内の海の水が大きく盛り上がり、巨大な生物の姿形を形作っていく。

 海水の盛り上がりは止まるところを知らず、既にアキトの身長を優に越えていた。

 

 村人達が皆一様に騒ぎ出す。

 この尋常ではない動揺の様子からしてモームとはかなり恐れられている存在のようだ。

 

 

 

 

 

 やがてその全貌が現れる。

 

 海王類には劣るが30mを優に超す巨大な体躯

 頭部から延びる殺傷力の高そうな鋭利な角

 

 成程、怪物と言われるだけのことはある。

 

「さあ!殺ってしまえ!モーム!!」

 

 その掛け声と共に雄叫びを上げ、モームはアキトへと突進する。

 村人達はただ見ていることしか出来ない。

 

 しかし、アキトは突進してくるモームを見据えるだけでその場から動こうとしなかった。

 まるで眼中にないとばかりにその場に余裕の態度で佇み、依然としてアーロン唯一人を見据えている。

 

 ナミはモームが突進してくるにも関わらずその場を動こうとしないアキトに対して叫ぶ。

 

 当たり前だ。

 モームの恐ろしさはナミが誰よりも知っているのだから

 

 あの巨大な体躯で体当たりされてしまえばたちまち並みの人間など肉塊に変えられてしまうことは想像に難くない。

 

 やがてモームの巨大な体躯がアキトに回避不可能な距離まで迫る。

 村人達が悲鳴を上げ、ある者はこれから起こる惨状に目を瞑り、ある者は必死の形相で避けるようにアキトに叫んだ。

 そして遂に、モームの攻撃がアキトに直撃したように見えた。

 

 しかし、予想を裏切りアキトは吹き飛ばされてはいない。

 見ればモームの突進はアキトの直前で止まっており届いてなどいなかった。

 一体何が起きているのか。

 

 アキト自身何かをした様子はなく、ただその場に立っているだけである。

 理解が及ばない現象が目の前で起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、アキトを中心に突風が吹き荒れ、モームは先程の突進とは比較にならない速度で後方に吹き飛ばされる。

 

 轟音、爆風、モームの悲鳴

 

 モームはアーロンパークの塀を突き破り、木々を砕き、島の沿岸まで地面を抉りながら吹き飛んでいった。

 象表である周囲の魚人達も同様に吹き飛ばされ、アキトを中心に何もかも一掃されていた。

 

 この光景に周囲の魚人を含め、誰も声を出すことが出来ない。

 

「何だ今のは!?まさか、貴様能力者か!?」

 

 魚人の1人が驚愕を隠せない様子で叫ぶ。

 周りの魚人達も皆一様に目の前で起きた奇怪な現象に驚きを隠せない様子だ。

 

「─」

 

 アキトは何も答えない。

 今なお鋭い視線で射抜くはアーロンただ一人

 

 アキトは最初から周囲の魚人など眼中にもない。

 

 そんなアキトの様子に激怒した魚人たちが攻撃を仕掛ける。

 だが、幹部でもない彼らがアキトに倒されるのに数分もかからなかった。

 

 

 

「ニュ~、やるな~お前~。幹部以外の魚人だけじゃなくモームまで簡単に沈めるとは」

 

 モームを呼び出したタコの魚人が、静かな怒りを携え、アキトへと歩を進める。

 腕をくねらせ、魚人の特性を活かした6本の手の全てに剣を有している。

 

「さあ、死ね!"蛸足奇剣"!!」

 

 先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けてくるタコの魚人

 

 6本という腕の数の利を活かし変則的な動きで敵を翻弄するこの技は確かに奇剣であり、理にかなっている。

 

「ニュアッ……!?」

 

 しかし、アキトの身に届くことはなく、手刀によって6本の剣は全て砕け散った。

 タコは呆然と自身の全ての剣が砕け散る様を見ていた。 

 

 余りにもその刀身は脆く、余りにも技巧がお粗末過ぎた。

 言ってしまえば6本の剣を力の限り振り回しているだけであり、そこに剣士としての姿は存在しない。

 

 だが、敵もさるもの

 幹部クラスと言うのも伊達ではないらしい。

 己の剣が使えないと分かるやいなや剣を捨て去り、拳で攻撃を仕掛けてきた。

 

「タコ焼きパーンチ!!」

 

 どうやら剣士であるのと同時に拳闘家でもあったらしい。

 

 だが、アキトには通じない。

 6本の腕によって繰り出される猛攻を全て躱し、顔面を掴んだ後モームと同じ方向に能力を用いて勢いよく投げ飛ばす。

 波紋状の衝撃波を宙に描き、タコの魚人は地の放物線と共にアーロンパークから遠ざかっていく。

 

 加えて、為す術無く吹き飛ぶ魚人の身に止めの一撃として一点に集束した衝撃波を飛ばし、コノミ諸島からモーム諸共遠方の彼方まで吹き飛ばした。

 轟音と爆風を伴いタコの魚人は海面を幾度もバウンドしながら跳ね、大海の藻屑と化していく。

 

 

「貴様よくもハチを!究極正拳"千枚瓦正拳"!!」

 

 格闘家を連想させる魚人の正拳がアキトへと迫る。

 狙いはアキトの心臓

 だが、アキトは眼前の魚人の正拳を難なく左手で受け止める。

 

「何ッ……!?」

 

 自身の必殺の正拳をいとも簡単に受け止められたことに魚人は驚きを隠せない。

 人間よりも10倍の力を持つ魚人の自分がどれだけ力を入れようともピクリとも動かないのだ。

 

「─」

 

 能力を使っている様子も見受けられない。

 つまり自分は素の能力で目の前の人間に劣っていることになる。

 その事実が自分の魚人としてのプライドを傷つけ、考えるよりも先に体を動かしていた。

 

「舐めるな!!究極正拳"千枚瓦正拳"!!!」

 

 先程と全く同じ技である正拳

 

 渾身の威力を込めて放った正拳は先程の正拳の威力を凌駕した。

 しかし、依然としてアキトに届くことはない。

 

 渾身の力を込めて放った正拳はまたしてもモームの時と同じようにアキトの眼前で止められた。

 まるでアキトの周囲に不可視の壁が存在しているかのようだ。

 

「─」

 

 アキトは構えを取らずにただ見ているだけである。

 皮肉にも全力で放った正拳が止められたことにより拳が無残にも破壊され、魚人は痛みで体勢を崩されることになる。

 魚人は何が起きているのか理解できなかった。

 

「潰れろ」

 

 アキトは相手に休む暇を与えない。

 続けて不可視の衝撃波を魚人に向けて加減することなく放つ。

 

 体勢を崩された魚人に避ける余力などあるはずもなく、アキトが放った衝撃波が無防備な魚人の体に直撃した。

 

 途端、魚人の身体に走る激痛

 

 動作無くして放った威力とは思えないほどの衝撃波が魚人を地面へと叩き付ける。

 地面にはクレーターができあがり、魚人の意識を暗転させ、地面一面に血のカーペットが広がった。

 

 

「"水鉄砲"!!」

 

 最後の幹部の魚人による攻撃

 

 銃弾にも匹敵する水が散弾銃のように発射された。

 どうやら近接戦では不利と考えたうえでの遠距離攻撃らしい。

 

 しかし、アキトは動じることなく、その場からその魚人へと突貫する。

 水の散弾銃はアキトの身体に届く前に霧散し、ただの水へと成り果てた。

 アキトは驚愕に大きく目を見開く魚人にラリアットを直撃させ、アーロンパークの城壁へと叩き付ける。

 

 巨大なクレーターが出来上がり、アキトはその魚人の頭部を鷲掴み、強く押し付ける。

 意識が朦朧とし、血だらけの状態と化した魚人の顔面を掴み、タコの魚人と同じく大海へと投げ飛ばし、衝撃波で遠方の彼方へと吹き飛ばす。

 

 満身創痍のその魚人は大海に沈み、二度と浮き上がってこなかった。 

 これで魚人の残党はアーロンただ一人

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に倒れるはアーロンを除く幹部を含めた魚人達

 全員がアキトの手によって瞬殺された者達だ。

 

 アキトとアーロン達との戦いが始まってから数分

 終始、戦いはアキトの有利に運び、誰もアキトに手も足もでない。

 

 これで実質残るはアーロンただ一人

 

 村人達は今なおアーロンに対して悠然と佇むアキトの背を呆然と見つめていた。

 彼らの顔に浮かぶは驚愕の表情

 

 ある者は口を大きく開け、ある者は瞳孔を大きく見開いている。

 

「我々は夢でも見ているのか?」

「何という強さだ。あの魚人達が手も足も出ないなんて……」

 

 村人達は誰もが目の前の光景に驚愕を隠せなかった。

 

「……凄い」

 

 ナミも眼前の光景に言葉が出なかった。

 これまで自分を苦しめてきたあの憎きアーロン達がアキトの手によっていとも簡単に潰され、血の池に沈んでいく。

 アキトはまるで作業の様に淡々と魚人達を殲滅し、容赦することなく魚人を撲滅していく。

 恐らくアーロン以外の魚人は生きてはいないだろう。

 

 ナミは眼前に広がる光景が真実なのかを何度も心の中で反芻する。

 だが、幾度確認しても目の前の現状は事実であり、本当にアーロンによる支配が終わるのだとナミは確信にも似た思いを感じずにはいられない。

 

「─」

 

 未だ眼前の光景を受け止めきれないナミは呆然とするしかない。

 アーロン達を凌駕するアキトの想像以上の実力に驚嘆するほかない。

 

 だが、それよりも─

 

 

 

─何故、初対面である自分の為にここまで彼は尽くしてくれるのだろうか─

 

 

 

 ナミはそう思わずにはいられなかった。

 

 聞けば彼、アキトは偶然この島へ訪れた外部の人間であるとのこと

 

 ノジコは彼に食事を振る舞い、この島の現状を説明したらしい。

 勿論、ノジコはこの島から即刻立ち去るように忠告し、実際にアキトはその場から立ち去っていた。  

 しかし、彼は何を思ったのかこの島を立ち去ることなく、魚人達と対面している。

 

 恐らく彼が自分達をアーロンパークから立ち去るように忠告したのも、これ以上村人に被害が及ばないようにするためだろう。

 

 これまで求めた救いの手は全て潰され、アーロンに服従するしかなかった。

 頼みの綱の海軍でさえあの始末

 あの日、突如として訪れた絶望は、突如として一人の少年の手によって覆されたようとしている。

 

 

─本当に人生は─

 

 

「本当、人生って何が起きるか分からないものね……」

 

 ノジコがナミの気持ちを代弁する。

 見ればどこか呆れた表情を彼女は浮かべていた。

 

「ノジコ……」

 

 そうだ。

 ノジコの言う通りだ。

 

 偶然この島を訪れたアキトの手によっていとも簡単に魚人達の支配が終わろうとしている。

 驚くなというほうが無理な話であろう。

 

「ええ、そうね。本当に何が起こるか分からないものね」

 

 ナミはそう答えることしか出来なかったが、どこか憑き物が落ちたような表情をしている。

 

 ナミとノジコの2人は今はただアキトと魚人達の戦闘の成り行きを見守ることにした。

 

 これで残るはアーロンただ1人─

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「これで幹部とやらは片付けた。残るはアーロン、お前だけだ」

「ハチ、クロオビ、チュウ、よくも俺の大切な同胞達を……!手前ェ!死ぬ覚悟はできてんだろうなァ……!!」

 

 アーロンは怒りを隠そうともせずに立ち上がる。

 表情はまるで般若の様だ。

 

「お前達は8年もの間、ナミとこの村の人達を苦しめてきたんだろう?だったら報いを受けるのは当然、因果応報ってやつだ。自分達だけが搾取するだけとは都合が良すぎるんじゃないか?」

 

「舐めるな!下等種族が!!」

 

 その言葉を合図に両者は同時に駆け出した。

 

 先に攻撃を仕掛けてきたのはアーロン

 成程、幹部や下っ端の魚人たちとは違い、一線を画す実力だ。

 魚人至上主義を掲げるだけのことはある。

 

 アーロンはその剛腕をアキト目掛けて振り下ろす。

 魚人の力によって繰り出された攻撃は並みの防御を破壊するだろう。

 

 だが、言ってしまえばその程度に過ぎない。

 アキトには通じない。

 

「下等種族が!くたば……!?」

 

 アーロンが口を開けたのはそこまでだった。

 いつのまにか自身の眼前にいたアキト

 

 まったく認識できなかったことにアーロンは驚きを禁じ得ない。

 

 次の瞬間、激痛を体中に感じた。

 余りの痛みに立ち止まってしまうほどである。

 

 アキトはアーロンの攻撃を掻い潜り、アーロンの顎・心臓・腹・膵臓の位置に掌底を叩き込む。

 能力なしの唯の掌底だ。

 

 しかし、長年己を研鑚してきたアキトの攻撃は並みの掌底の威力を凌駕する。

 

 アーロンは意識を保つだけで精一杯である。

 それに加えて顎に掌底を叩き込まれたことにより軽く脳震盪を起こしかけていた。

 

 朦朧とした意識の中、受け身を取ることもできずにアーロンは後方に吹き飛ばされる。アキトはそれでもなお攻撃の手を止めるつもりはない。

 

 後方に吹き飛んでいくアーロンに一瞬で追い付き、回し蹴りの要領で横に蹴り飛ばす。

 

 水しぶきが勢い良く上がり、アーロンが海水の中へと沈んでいく。

 

 アーロンは浮き上がってこない。

 暫くその場に静寂が続いた。

 

「死んだのか?アーロンは……?」

 

 村人達がアーロンが死んだのではないかと騒ぎ出す。

 ナミとノジコもアーロンが死んだのではないかと思い始めた。

 

 それに反してアキトはただじっと水面を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、アーロンが水の中から勢いよく飛び出してきた。

 途轍もない速度だ。

 

「"鮫・ON・DARTS"!!」

 

 魚人の特性を活かした正にアーロン必殺の攻撃

 狙いはアキトの心臓

 

 食い千切る勢いでアキトに突っ込む。

 アーロンにはアキトの心臓を食い破るイメージが出来ていた。

 

 アーロンの強靭で鋭利な鼻がアキトに迫り……

 

 

 

「何!?」 

 

 しかし、アーロンの必殺の攻撃をアキトは左手でいとも簡単に受け止める。

 アーロンは自身の必殺の一撃が容易く防がれたことに驚きを禁じ得ない。

 

 アキトはアーロンの長鼻をへし折り、アーロンパークへとアーロンを蹴り飛ばす。

 轟音が轟き、爆風が吹き荒れ、煙が巻き上がる。

 

 アーロンとの戦いも終盤に差し掛かってきた。




ナミの過去が重過ぎる……
物語を書いているこっちも辛くなってくる


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支配の終わり

 蹂躙

 圧倒的暴力による蹂躙劇が続く。

 

 アーロンとアキトの戦闘はもはや戦いと呼べるものではなかった。

 アキトによるワンサイドゲームが変わらず続いていた。

 

 長年ココヤシ村を恐怖に陥れ、苦しめてきたあのアーロンが為す術なくやられていることにナミ達は信じられなかった。

 

 煙が晴れると満身創痍のアーロンと無傷のアキトの姿があった。

 アーロンの姿は酷いもので至る所から血を流し、自慢の長鼻は途中で折れ曲がっている。

 

 これでは傷の無い箇所を探す方が難しい。

 両者の間には埋めようのない絶対的な実力の差が存在しており、勝敗は誰の目に見ても明らかだ。

 

 奇しくもアーロンがココヤシ村を偶然、襲撃した時と同じ状況がナミの前で起きていた。

 予期せぬアーロンの8年前の襲撃、アーロンの予期せぬアキトの襲撃

 

 ナミはアーロンを圧倒するアキトの姿に愛するベルメールさんの姿が重なって見えた。

 ただ一つ異なることは圧倒しているのはアーロンではなく、アキトであることだ。

 

 アーロンの剛腕による攻撃を躱し、アキトがアーロンの顎を蹴り上げる。

 軽い脳震盪に襲われ、ふらついたアーロンの顔面を掴み地面に叩き付け、アキトはアーロンパークへと放り投げた。

 

 冷めた目でアーロンを見下ろすアキト

 魚人至上主義を掲げるアーロンにとって、自分達魚人を見下すように見下ろすアキトの視線が我慢ならなかった。

 

「舐めるんじゃねェ、下等種族風情が!!」

 

 吠えるアーロン

 口だけは達者であり、アーロンの身体は傷だらけで説得力は皆無である。

 

「どんな気分だ?これまでこの島の人達に行ってきたことが自分に返ってくる気分は?」

 

 アキトはアーロンに淡々と語り掛ける。

 

「っ……!!」

 

 自分の今の状態に何も言えないアーロン

 ただ、目の前のアキトを睨みつけることしか出来ない。

 

 推測の域を出ないが、アーロンがここまで人間を憎むのには何か理由が有るのかもしれない。

 だが、アキトは彼の過去を何も知らない。

 ここまで人間という種族を憎悪し、狂気に身を落とすような悲惨な出来事があったのかもしれない。

 

 しかし、だからと言って何の罪もないナミやこの島の人達を苦しめていい理由にはならないはずだ。

 

「吠えるな! 人間!! 俺達はこの東の海(イーストブルー)を足掛かりにアーロン帝国を築き、魚人至上主義の国を作り上げるのだ!!」

 

 アーロンは魂の叫びを上げる。

 

 叫ぶと同時に眼前の敵に向かい満身創痍の体とは思えないほどの速度で駆け出す。

 これまでのアローンとは思えないほどの速度だ。

 

 しかし、いくら速くても所詮は東の海(イーストブルー)レベル

 アキトにとって歩いているのと大差なかった。

 

 どのような形であれお互いに譲れないものを胸に両者は対峙した。

 

 アキトは強く踏み込むのと同時に背後の斥力の力を爆発させ、アーロンでは認識できない速度でアーロンの懐に忍び込む。

 

 アーロンが気づいた時には既に遅すぎた。

 アキトは手の平に斥力の力を圧縮させ、速度を落とすことなく全体重をかけた掌底をアーロンの心臓部に叩き込む。

 

 途轍もない威力の掌底だ。

 尋常ではない衝撃がアーロンの体を貫通し背後に暴風が吹き荒れる。

 

 血を大量に口から吐きながら、声にならない言葉を吐き出すアーロン

 

 だが、想像を絶する痛みのせいで声を出すことも出来ない。

 その場に踏みとどまることすら出来ずにアーロンは吹き飛ばされる。

 

 もはやアーロンに意識はなく、力なく背後のアーロンパークに轟音を立てながら激突した。

 アーロンパークはそれがとどめを差す形となりあっさりと崩れ落ちる。

 

その様はアーロンによる長年の支配の終わりを示しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に湧き上がる歓声

 

 長年のアーロンによる支配がついに終わりを迎えたのだ。

 人々の魂の叫びである。

 見れば嬉しさの余り互いに抱き合う者や泣き出す者までいる。

 

 そんな中1人だけ前方のアキトを見つめる者がいた。

 ナミである。

 

 ナミはアーロンによる支配が終わったことを未だに実感出来なかった。

 

 アーロンに子供の頃から8年という長い間縛り付けられてきた日々

 どうあがいてもアーロンを倒すことは出来ず、死んでも嫌だったにも関わらずアーロン一味に加わった。

 

 その後、アーロンの指示で海図を描き、村を解放するために8年の間死に物狂いでお金を集めてきたのだ。

 そんな日々が唐突に偶然この島を通りがかったアキトの手によっていとも簡単に終わりを迎えた。

 ナミはまだ現実を直視出来なかった。

 

「終わりましたよ、ナミ」

 

 呆然としているナミにアキトが声をかける。

 アーロンを圧倒していた時とは雰囲気が和らぎ、ナミに優し気な表情を浮かべている。

 

 ナミはそんなアキトを見上げることしか出来ない。

 

「これでナミを縛り付けるものは何もありません。だからもうこれ以上ナミが苦しむ必要はないんです」

 

 アキトはナミの不安を取り除くように優し気な表情でゆっくりと話し掛ける。

 

「終わったの……?本当に……?」

 

「ええ」

 

「本当に……?」

 

「ええ、終わったんです」

 

 肩を震わせ静かに泣くナミを自分の胸に引き寄せ、軽く抱きしめた。

 

 ナミはここが限界だった。

 アキトの胸を力一杯抱き締め、これまで溜めこんでいたものを全て吐き出した。

 

 先程まで騒いでいた村人達はそんな2人のやり取りを温かい眼差しで見守るでのあった。

 

 

 

「落ち着きましたか、ナミ?」

 

 ナミは皆の前で泣いてしまったことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。

 

 ナミは無言でアキトから距離を取る。

 羞恥心で前方のアキトの顔を直視出来ない。

 そんな様子を周りの村人達は微笑ましそうに見ていた。

 

「ナミ、少し聞きたいことがあるのですが構いませんか?」

「えっと、何?」

 

 しどろもどろになりながらもナミは答える。

 心なしかその顔はまだほんのりと赤いままだ。

 

「アーロンパーク内にナミの私物はあったりしませんでしたか?」

 

 アキトは頬を右手の人差し指で困ったように掻き、ナミに苦笑いを浮かべて尋ねる。

 恐らくナミの私物をアーロンパーク諸共破壊してしまったことに後悔しているのだろうとナミは推測する。

 しかし、それは取り越し苦労だ。

 

「えっと、その、私がこれまで書いてきた海図があったけど、大丈夫。むしろアーロンパークと一緒に壊してくれてすっきりしたから……」

 

 憎きアーロンパークは崩壊し、アーロンに無理やり描かれた海図に心残りなどない。

 むしろ手加減なく破壊してくれて清々している。

 

 アキトは彼女のその言葉にどれだけの意味が含まれているのかと考える。

 それはきっとナミ本人にしか分からないことだとしても、考えずにはいられなかった。

 

 だが、今の彼女は笑顔を取り戻しつつある。

 その事実がアキトには嬉しかった。

 

 村人達がそんな2人の輪に入ろうと駆け寄ろうとし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身血だらけの状態でアーロンがアーロンパークの残骸から立ち上がり、再びナミ達の前に立ち塞がった。

 

「アーロン……ッ!」

「まだ、生きていたのか……ッ!」

「この死にぞこないが……!!」

 

 ゲンさん達は即座に臨戦態勢に移り、憎々し気にアーロンを睨み付ける。

 彼らはいつでも攻撃出来る様にアキトの背後で武器を構えた。

 

 アキトはナミを庇う様に再びアーロンを見据える。

 

「……」

 

 憎々し気に睨み、止めを刺そうとするゲンさん達をアキトは手で制し、この場から避難するように促す。

 村人達は渋る様子を見せたが、アキトに再びアーロンを任せることにしたのだろう。

 ゲンさんの指示に従い、即座に出来る限り遠くまで非難を開始した。

 

 見ればアーロンはまるで怨念と執念に憑りつかれた様に口を動かし続けている。

 アーロンの口から溢れるは人間への憎しみか、それとも別の何かか

 何という執念と生命力だろうか

 

 だが、正直、アキトにとってアーロンの人間への憎しみなど至極些細なことだ。

 

 アーロンはやり過ぎた。

 どれだけ大層な理由があろうとも、どれだけ人間への憎しみを正当化する過去があったとしても、アーロンのココヤシ村の支配を肯定する理由になどなりはしない。

 人の命を奪い、弄んだ者が支払うべき対価は命だけだ。

 命は命でしか償えない。

 

 アキトはここでアーロンを生かしておくつもりなど毛頭ない。

 人の命を軽々しく奪っておきながら、アーロンが今後も生きているなど虫唾が走る。

 ここで確実にアーロンの息の根を止め、長きに渡る魚人によるココヤシ村の支配に終止符を打つ。

 

 アキトの足元に微風が吹き、宙に浮き上がっていく。

 満身創痍のアーロンを見下ろし、アキトは天へと昇っていった。

 

 アーロンパークは無残にも崩壊し、既にその場に立っているのは朦朧とした意識の状態のアーロン一人のみ

 魚人海賊団はアーロンを除き、全滅した。 

 

 ナミ達の避難は既に完了し、島の端から此方を見ている。

 この距離ならば彼女達が被害を被ることはないだろう。

 

「彼は一体何をするつもりだ」

「信じられん、宙に浮いているぞ」

「アキト……」

 

 アキトはアーロンパークを一望し、斥力の力を高めていく。

 コノミ諸島の全域を一望出来る高さまで浮き上がり、アキトは宙に制止した。 

 

 

 

 

 

 

 

 両手を天へと掲げ、コノミ諸島を、アーロンパークを、アーロンを見下ろす。

 その紅き瞳はどこまでも冷徹で、アーロンを鋭く射抜いている。 

 

 

 

痛みを感じろ

 

痛みを考えろ

 

痛みを受け取れ

 

痛みを知れ

 

痛みを理解し得ない者がこれ以上彼女を苦しめるな

 

 

 

 アーロンパーク

 

 魚人による支配の象徴

 天へと突き立つ様にそびえ立つ白亜の城はこの島に根を張っている。

 

 この忌々しい支配の象徴をアーロン諸共、完全に破壊する。

 姿も残しはしない。

 

 風が吹き荒れ、アキトを中心に不可視の力が集束していくのを眼下のナミ達は無意識に感じ取った。

 吹き荒れる風も強まり、コノミ諸島の森林を揺らす。

 空を覆いつくす暗雲から一条の光がアキトを照らし出した。

 

 アーロンはただアキトを見上げることしか出来ない。

 哀れで、愚かな罪人の処罰の刻だ。

 

 そして、ナミ達は視た。

 天より降り注ぐ暴力の化身を

 

 

 

 

 

 

 途端、アーロンパーク全土に暴風が吹き荒れ、景色が一変した。

 不可視の衝撃波が大地を抉り、アーロンパークの残骸を一瞬にして粉微塵と化していく。

 

 その力は天を突き破り、暗雲を吹き飛ばす。

 太陽の光が降り注ぎ、コノミ諸島を神々しく照らし出す。

 

 その光に照らされ、今なお宙に浮遊するアキトの姿を捉えることは出来ない。

 その姿はどこか神々しく、破壊の化身にすら見え、それがアーロンが生涯にて見た最後の景色であった。

 

 大地が抉られ、砂が巻き上がり、地面が剝き出しの大地と化していく。

 瞬く間にアーロンパークの姿は消失し、見渡す限りの更地が広がる。

 

 爆風が止み、全てが消し飛んだ後には何も残ってなどいない。

 アーロンパークがそびえ立っていた大地は更地と化し、アーロンパークは文字通り消滅していた。

 

 ナミを、ココヤシ村を縛り付けてきたアーロンパークは存在しない。

 

 

 

 

 

いつでも笑っている強さを忘れないで

 

何があっても憎しみに囚われず、生きて、生き延びて、笑っていて……

 

ノジコ、ナミ、大好き

 

アーロン一味に入って、測量士になるの

 

もう泣かないと決めたの

 

一人で戦って、ココヤシ村を解放する

 

そりゃぁ不運だったな

 

また1億ベリーを集め終えた時に村を返してやるよ。俺は約束を守る男だからな

 

シャハハハ!

 

知っていたよ、全て。ナミ、お前が私達のためにアーロン一味に入り、お金を集めていたことも

 

……あ

 

あ、あ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ""あ"あ"ア"ア"ア"ア"!!!!

 

誰か助けて、助けてよ……

 

あんた、さっきの……

 

あんたこの島から立ち去ったんじゃ……

 

その件ですが俺にアーロンのことを任せてくれませんか?

 

彼女の頑張りを無駄にしたくないんです

 

生きていれば楽しいことが沢山起こるから

 

最後まで諦めなければ、きっと救われる

 

きっと救いの手が指し伸ばされるから

 

ノジコ、ナミ!女の子だって強く、逞しく生きなくちゃならない!!

 

 

 

「……」

 

ベルメールさん、見てる?

 

 ナミは宙に浮遊するアキトを見据え、アーロンの支配が遂に終結したことを実感していた。

 眼前には倒壊したアーロンパークの姿があり、既に長年ココヤシ村を苦しめてきたアーロンは存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

良く頑張ったね、ナミ

 

流石は私の自慢の娘だよ

 

「……っ」

 

 涙を流すナミの肩に手が置かれた気がした。

 背後を振り返るも誰もいない。

 

「ベルメールさん……」

 

うん、私、頑張ったよ、ベルメールさん

 

 

- こうして長きに渡るアーロンの支配は終わりを告げた -




※主人公がナミに対して堅苦しい言葉遣い別に親しい仲ではないからです。
以前、主人公がナミに対して馴れ馴れしいという指摘を頂き、このような言葉遣いに変更しました。
主人公は距離感がある相手や初対面の人とは堅苦しい言葉遣いを遣う癖があります。
実際に、初対面のゲンさんやノジコ、赤の他人であるナミには敬語を遣っています。

ですので別に主人公のキャラがぶれているわけではありません
主人公が時と場合、相手に応じて言葉遣いを使い分けているだけです


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Epilogue ーナミの決意ー

 一隻の小舟が大海を進む。

 ウソップとジョニーが必死にオールを漕ぎ、アーロンパークへと向かう。

 

 彼らは現在ルフィ達より一足早くココヤシ村に向かっていた。

 ゾロは鷹の目に受けた傷の影響で満身創痍の状態であったが

 

「じゃあ、ナミはそのアーロンと何かしらの関係を持っているってことか?」

 

 ウソップがジョニーに疑問の声を上げる。

 

「ええ、恐らく……。今思えばナミの姉貴はアーロンの手配書を特に気にしているように見えました。そして、今回のメリー号を持ち逃げした件がアーロンの件と何の関係もないとは思えません」

 

 ジョニーは重苦しそうにナミのことを語る。

 自分とヨサクがもっとしっかりしていればメリー号が奪われることはなかったのだ。

 後悔しているのだろう。

 

「あの女やっぱり猫をかぶっていやがったか」

 

 ゾロが気に食わないとばかりに呟く。

 

 そんな彼らの前についにアーロンパークが現れる。

 この島の支配の象徴のように天高くそびえ立っていた。

 

「あ、あれがアーロンパーク……」

 

 ウソップは既にアーロンパークの迫力に圧倒され、冷や汗を流している。

 ジョニーもウソップと同じく冷や汗を流し、足が震えている。

 

「あそこに本当にナミの姉貴がいるんすか?」

 

 弱腰ながらもジョニー―はナミのことを探すべく、周囲を見渡す。

 今にも魚人が現れるのではないかとビクビクしていたが

 

「おい、ちょっと待て……。そのアーロンパークだが、既にボロボロじゃねえか?」

 

 今気づいたとばかりにウソップがゾロとジョニーに語り掛ける。

 彼の言う通りアーロンパークは今にも崩れ落ちそうなほどボロボロの状態であった。

 

 アーロンパークは所々穴が空き、地面は抉れ、周囲には多くの魚人が倒れており、ただならぬ様子だ。

 

「おい、宙に誰か浮いてるぞ」

「やだなー、ゾロ君。人が宙に浮くわけ……」

 

 冗談キツイゼ、とばかりにウソップがゾロの背中を叩き、宙を見上げた。

 余りの重傷に幻覚を見たゾロの戯言だと一蹴したウソップの目が点になる。

 

「あ、あれも魚人すかね?」

「トビウオの魚人だったり……?」

「冗談言ってる場合じゃねェだろ。あと、ウソップ、後でお前は殺す」

 

 興奮の余り背中を力の限り叩かれたゾロは咳き込みながらウソップを睨み付ける。

 

「やだなぁー、ゾロ君。ちょっとしたジョークだよ、ジョーク……!?」

「「……!?」」

 

 次の瞬間、アーロンパークは轟音と共に吹き飛び、途方も無い衝撃波が周囲に波及した。

 ゾロ達の小舟も当然ひっくり返り、ウソップは後方に大きく吹き飛ばされる。

 

 アーロンパークの大地が抉られ、剝き出しの大地が現れていく。

 暗雲が消え、輝かしい太陽の光がコノミ諸島を照らし出した。

 

 それはアーロンの支配が終えた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 島の沿岸でナミ達は憎き海軍を取り囲む。

 ネズミ大佐とその部下達は一人の例外もなく、意識を失っていた。

 

「こいつらをどうする、ナミ?」

「そうね、こいつらに言いたいことは山ほどあるわ。でも、先ずは……」

 

 ナミは意識のないネズミ大佐に近付き、手元の棒で思い切り頬を叩き付け、海へ吹き飛ばす。

 ネズミ大佐は水切りのように何度もバウンドして海に吹き飛んでいった。

 

「ぶはァ……!?ここは、私は一体……!?」

 

 ネズミ大佐がナミの重い一発で目を覚まし、困惑・驚愕の表情を浮かべながら周囲を見渡す。

 ネズミ大佐はナミ達を見て自分の身に何が起きたのかを理解し、憤怒の表情を浮かべた。

 

「貴様らァ……!海軍支部の大佐である私にこのような狼藉を働いてただですむと思っているのかァ!!」

 

 権力による脅迫

 ナミは奴の小物さに呆れ果てながら、歩を進める。

 

「今のはノジコを撃とうとした分、次はベルメールさんの畑を荒らしてくれた分……」

 

 一切の手加減なく二発目が叩き込まれる。

 頬が凹み、血を撒き散らしながら、ネズミ大佐は再び吹き飛んでいく。

 

「ぶぱァ……!?きざまら本当におでに手ェ出してただでずむとおぼうなよぉ?」

 

 ネズミ大佐は顔がパンパンに腫れ上がり、満身創痍の状態で岸へと命辛々手を伸ばす。

 だが、先程までのまくし立てるような迫力は全く感じられなかった。

 

「最後に……」

 

 

 

「くたばれ、下衆野郎!!!」

 

 ナミは怒声を上げ、ネズミ大佐を力の限り吹き飛ばす。

 頬の骨に罅が入ったネズミ大佐は部下に何とか岸へと引き上げられた。

 

「良いぞ、ナミちゃん!」

「もう何十発お見舞いしてやれ!」

 

 背後の村人達はもっとやれだの、今度は自分がやるのだと言っており容赦の欠片もない。

 無論、この場にナミを止める者など存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「憶えてろ、貴様らァ!この俺を敵に回したことを後悔させてやる!!」

「特にあの小僧だけは絶対に許さんからな!」

「無論、貴様らも同罪だ!」

 

 ネズミ大佐は憎悪と怒りの余りアキトだけでなく、ココヤシ村への復讐を声高に叫ぶ。

 海を部下の手助けを借りながら、海軍船へと泳いでいく。

 

「今に見ていろ!俺にたてついたことを後悔させてやる!」

 

「は───っはっはっは!!」

 

 ネズミ大佐のしぶとさと狡猾さ、下衆さに再び怒りを覚え、村人達は武器を構え始める。

 今すぐにでもネズミ大佐に止めをさそうとする者まで現れた。

 

 だが、愉快に高笑いを続けるネズミ大佐の眼前にアキトが降り立った。

 海面の上に立ち、ネズミ大佐をその紅き瞳で見据え、冷めた表情で見下ろす。

 

「は……」

「……」

 

 ネズミ大佐は恐怖の化身が現れたことで言葉を失い、得意げな顔を一変させ、全身に冷や汗を垂れ流す。

 トラウマを植え込まれた相手の登場に身体が弛緩し、ネズミ大佐はアキトを見上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの高笑いはどうした?

笑えよ

 

 交錯する視線

 一方は冷徹な瞳で、もう一方の哀れなネズミは絶望にまみれた瞳で

 

 アキトは呆然とするネズミ大佐の顔面を蹴り飛ばし、宙へと吹き飛ばす。

 為す術なく空中へと蹴り飛ばされたネズミ大佐が海軍船の上空へと差し掛かった瞬間、アキトも同じく宙へと跳んだ。

 

 アキトは無防備なネズミ大佐の背後へと高速移動し、右肘を振り上げ、奴の背中へと力の限り肘を叩き込む。

 許容量を超えたダメージを受けたネズミ大佐は吐血し、眼下の海軍船へと身を投げ出す形で落下していった。

 

 ネズミ大佐は海軍船の甲板に受け身も取ることが出来ずに落下し、無様な姿で沈み込む。

 甲板にひび割れが広がり、海軍船が大きく揺れる。

 木片を周囲に撒き散らし、ネズミ大佐は今度こそ再起不能の重傷を負った。

 

 残党の海軍兵を睨み、アキトはナミ達の下へと向かう。

 残る海軍兵達は恐怖の余りネズミ大佐と共に支部へと帰還していった。

 

「ありがとね、とてもスカッとする一撃だったよ」

「すまないな、アキト君。奴らの掃除まで任せてしまって」

 

 島の大地へと降り立ったアキトはノジコとゲンさんの感謝の言葉を受けとる。

 アキトは首を横に振る形で彼らの感謝の言葉を受け取った。

 

「ゲンゾウさんはこの村の代表として、今回の件を海軍本部に連絡していただけますか?俺の名前を引き合いに出せば邪険に扱われることはないと思いますから」

 

 ネズミ大佐には厳正な処分を受けてもらう。

 既に全治何ヶ月の重傷をアキトの手によって負わされているが、容赦などしない。

 奴が意識を取り戻した時には既に牢獄の中であろう。

 

「ああ、分かった。そうしよう」

 

 ゲンさんにアキトの提案を断る理由がなく、軽い足取りで村へと戻っていた。

 

 後日、ネズミ大佐は階級が剥奪され、これまで犯してきた罪の数々が白日の下に晒され、海軍本部へと連行されることになった。

 ネズミ大佐に加担していた海兵達も連行され、投獄された。

 奴らが日の目を見ることはないだろう。

 

 しかし、最早そんなことは些細なことだ。

 アーロンの支配は終わりを告げた。

 

 コノミ諸島全土では今や宴への準備が行われている。

 人々の魂の叫びだ。

 

 今ここにココヤシ村の8年に渡る支配が終わり、止まっていた時間が進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終結した後、ゾロ達がコノミ諸島の沿岸へと停泊した。

 それに少し遅れ、新たに一味に加わったサンジと共にルフィ達もココヤシ村に無事到着することになる。

 

 彼らがココヤシ村に到着した頃にはアキトの手によってナミが抱える問題は解決されており、皆一様に乾いた笑みを浮かべることになったのは余談である。

 また、ゾロとナミの間にちょっとしたいざこざがあったが、アキトの仲介もありルフィ達との間の確執は無事取り除かれた。

 

「それより手前ェ!ナミさんとはどういう関係だ!?」

 

 和気あいあいとした雰囲気の中、サンジが我慢ならないとばかりに終始ナミの隣に立っているアキトへと突っかかる。

 今にも飛びかかりそうな勢いだ。

 

「俺の名前はアキトといいます、初めまして」

 

 アキトはそんなサンジに動じることなく名乗りを上げる。

 

「こ、これはご丁寧にどうも、俺の名前はサンジだ」

 

 アキトの丁寧な挨拶に反射的にサンジも名乗り返してしまう。

 完全に毒気を抜かれ、サンジはどこか申し訳なさで一杯の様子だ。

 

「その麦わら帽子、もしかして貴方がモンキー・D・ルフィですか?」

 

 アキトは続けてサンジの横に立っているルフィへと声を掛ける。

 シャンクスからルフィの帽子のことは聞いている。

 再会するときのために自分の帽子を預けていることを

 

「俺のことを知ってんのか?」

 

 ルフィは心底不思議だと言うばかりにアキトに疑問を投げかける。

 

「シャンクスから貴方のことは何度も伺っていますからね。一度会ってみようと考え、東の海(イーストブルー)に来たんです」

 

 ルフィのことは耳にタコができるレベルでシャンクスに自慢された。

 東の海(イーストブルー)に赴いた理由もルフィを一目見るためだ。

 

「へー!アキトってシャンクスのこと知ってんのか!?」

 

 ルフィはアキトがシャンクスのことを知っていることが分かるやいなや喜色満面の表情を浮かべる。

 

「なあ、アキト!アキトはシャンクスとはどういう関係なんだ!」

「シャンクスは俺の師匠です」

 

 アキトはどこか誇らしげにシャンクスの名を口にする。

 

「そうなのか~!」

「あのシャンクスの弟子──!?」

「あの四皇の……!?」

 

 ウソップとナミは驚愕の事実に驚くしかなかった。

 ウソップにいたっては顎が外れそうなほど口を大きく開けている。

 

「なあ、アキト!俺の仲間にならねェか?」

 

 ルフィが唐突にアキトに誘いをかける。

 

「?」

 

 突然のルフィからの誘いに戸惑うアキト

 

「一緒に海賊になって冒険しよう!!」

「……」

 

 興奮気味に此方に詰め寄るルフィにアキトは過去を回顧する。

 

 

 シャンクスの下で修行に励むこと数年

 これまでただ純粋に己を鍛え、この過酷な海賊時代で生き延びることを目標に強くなってきた。

 

 大恩あるシャンクスの仲間になることも一考したが、今の自分のレベルでは足手まといになることは事実

 それにシャンクスに教えを乞うた本来の目的は、誰にも縛られることなく自由気ままに生きることだ。

 シャンクスの仲間になることが、恩を返すことではないと考え、彼らには付いていかなかった。

 

 正直な話、世間一般で悪とされる海賊になることには余り抵抗感はない。

 立場が変われば正義は悪となり、悪は正義にもなる。

 世間に悪行を成す海賊もいれば、自由気ままな冒険を目的とする海賊もいる。

 

 それに今の問答で理解した。

 ルフィは後者の海賊だ。

 

 ならばこの魅力的な提案を断る理由があるのだろうか。

 折角、力を付け、一人立ちすることが出来たのだ。

 ルフィの提案に乗り、海賊になるのも悪くない選択肢なのかもしれない。

 

 規律に縛られ、自由を謳歌出来ない海軍に所属することは論外

 己の人生に刺激を、生きがいを求めている自分にとってシャンクスから聞き及んでいたルフィからの仲間への誘いは正に天啓だ。

 

 それに実に勝手な思いだが、ナミをこれから少しでも支えたいと思っている自分がいることも事実

 

「……?」

 

 当人であるナミはアキトの視線の意図を理解し得ず、首を傾げる。

 アキトはそんなナミから目を離し、ルフィと向き直る。

 

 ルフィと出会うべく東の海(イーストブルー)に赴き、まさか本人から仲間になるように誘われることになるとは実に予想外だ。

 

 だが、それ以上に心の底で喜んでいる自分もいる。

 海賊となり、ルフィ達と一緒に世界を見て回る、とても魅力的な提案だ。

 

 この瞬間、アキトの意志は決まった。

 

「ああ、分かった。これからよろしくルフィ」

「おう!よろしく、アキト!」

 

 もう他人ではなく、これから仲間となるルフィへの言葉遣いを改める。

 アキトはルフィと向き合い、満面の笑みを浮かべるルフィと握手を行った。

 

 こうしてアキトはルフィの一味へと加わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ココヤシ村にて盛大な宴が行われる。

 

 人々は笑い、歌い、踊り、飲み、食べて自由を嚙みしめる。

 ココヤシ村には活気が戻り、笑顔が溢れている。

 

 8年をかけて掴み取った自由を人々は今、心の底から謳歌していた。

 そんな彼らに混ざってルフィたちも宴に参加している。

 

 そんな中、アキトとノジコの2人はある一軒家のベランダに座り、言葉を交わしていた。

 

「まったく本当にあんたがアーロンを倒すとはね。未だに信じられないわよ」

 

 ノジコは未だにアーロンがアキトによって倒されたことに実感が湧いていなかった。

 そんな彼女の横ではアキトがジョッキを片手に彼女の話を聞いている。

 

「だてに偉大なる航路(グランドライン)から来たわけではないってことですよ」

 

 事実、そうだった。

 アーロンは所詮強くても東の海(イーストブルー)レベル

 偉大なる航路(グランドライン)で己を研鑚してきたアキトの足元にも及ばなかった。

 

「それでもよ。この8年間、私達はただナミの頑張りを見守ることしか出来なかったから……。どんな経緯であれあの子を救ってくれてありがとう」

 

 そう言ってノジコはアキトに頭を下げる。

 真摯な女性だ。

 

 彼女からはアキトに対する感謝の念を強く感じた。

 

「気にしないでください。俺は当然のことをしただけです。それに、俺はただ力によるごり押しでこの問題を解決したにすぎません。お礼ならナミに言ってあげてください」

 

 そう、結局自分は力による解決をしたに過ぎない。

 

 それは皮肉にもアーロンがナミとこの村人達に強いていた支配と何ら変わらない。

 アキト自身そのことは理解していたが、力を振るったことには何ら後悔はしていなかった。

 ナミが救われないのは間違っているし、何より自分が納得出来なかった。

 

「そう言ってもらうと助かるよ。だけど、私達が救われたのは事実だからありがとう」

 

 ノジコはアキトに改めてお礼を告げる。

 ここまで彼女に言われて彼女のお礼を受け取らないわけにはいかない。

 

「ええ、どういたしまして」

 

 アキトはどこか照れくさそうにノジコからのお礼を受け取った。

 恥ずかしいのかジョッキに口をつけている。

 

「こんなところにいたの、アキト」

 

 そんな中、ナミがジョッキを片手に近付いてきた。

 ナミの頬はほんのりと赤く染まっており、酔っていることが伺える。

 

「……ちょっといい、アキト?」

 

 ナミはどこか躊躇っている様子を見せながらも、アキトへと声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ナミに手を引かれる形で、アキトが辿り着いた場所は島の最端である丘

 その場所からは海が一望でき、潮の音が時折肌を刺す微風と共に聞こえる。

 

「ここは……」

 

 アキトはこの島から見える眼前の光景を目に収める。

 

 宴会の騒音は消え、この場にはナミとアキトの2人しかいない。

 そんな2人の目の前には誰かの墓標が静かに佇んでいた。

 

 先程からナミの視線はその墓標へと注がれ、黙り込んでいる。

 アキトは彼女にどう話しかければいいのか分からなかった。

 

『……』

 

 お互いに無言の時間が流れる。

 ナミは変わらず視線を眼下の墓標に注ぎ、アキトはそんな彼女を黙って見詰めていた。

 

 その場に静寂が広がる。

 

「……このお墓は、私のお母さんのベルメールさんのものよ」

 

 ナミが絞り出すように力なく口を動かす。

 無意識にアキトの手を握る力を強める。

 

 ナミは顔を下に伏せ、表情を窺い知ることは出来ない。

 

 彼女の声音からこの場にはいない母への慈しみ、愛しみ、そして悔恨という強い感情だった。

 一層アキトの手を握る力を強めるナミ

 

「……」

 

 アキトはナミから視線を外し、目の前の墓標を何となしに見つめる。

 

 ベルメールという女性についてはノジコから聞いていた。

 アーロンがこの島に上陸した時にナミとノジコのことを守るために命をかけ

 

 

───殺されたことを

 

 

「ナミの母親ですか……」

「うん」

 

 ナミは弱々し気に首肯する。

 

「素敵な人だったんですね」

「うん」

 

 きっと、素敵な人だったのだろう。

 

「大好きだったんですね」

「……っ!うん!」

 

 アキトの問いに力なく一つ返事で答えるナミ

 今なお彼女は顔を伏せている。

 

「……」

 

 今、彼女の心中に渦巻くは母であるベルメールへのこの島が解放されたことへの喜びか、それとも母への止めどない愛情か、アキトには推し量ることしか出来ない。

 

 アキトはナミの手を優しく解き、ベルメールの墓標の前に膝をつき、手を合わせ黙祷を捧げた。

 愛する娘達を守るべく、命を張った一人の女性への安らかな眠りを祈る。

 

 

 

「……」

 

 ナミは黙祷を捧げるアキトをじっと見つめる。

 その瞳には真摯に祈りを捧げる一人の少年の大きな背中が映っていた。

 

 この島を偶然訪れた少年の手によって長年続いた支配は終わりを迎えた。

 自分はこの少年のことを何一つ知らない。

 何故、自分にここまで尽くしてくれたのかも知らない。

 

 途端、ナミの中に何とも言えない不明瞭な気持ちが湧き上がる。

 何かモヤモヤとしたような、納得がいかないような気持ちが広がる。

 推測の域を出ないが、恐らく自分はまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。

 

 ナミは今なお黙祷を捧げるアキトへと呼び掛ける。

 

「……ねえアキト。1つ聞いてもいい?」

 

 アキトが此方に向き直ったのを確認したナミは気になっていたことを問いかけた。

 

「アキトはどうして赤の他人である私のためにここまで尽くしてくれたの?」

 

 我ながら酷いことを聞いていると思う。

 アキトに何故、村を助けてくれたのかを無神経にも尋ねているのだ。

 

 だが、それ以上にナミは自身の胸のしこりを残したくなかった。

 

 自分はアキトとは仲間でもなく、旧知の中でもなく、この島の住民といわけでも、ましてや自分と恋人というわけでもないのだ。

 そう、全くの赤の他人に過ぎない。

 

「……」

 

 アキトは逡巡した様子を見せ、黙り込む。

 

「ねえ、どうして?」

 

 ナミはそんなアキトに構わず畳み掛ける。

 

 

 

 

 

「許せなかったからです。ナミの8年もの頑張りを否定した、アーロンが」

「……」

 

 ナミは静かにアキトの言葉に耳を傾ける。

 

「初めは部外者である自分はこの村の事情に関わるべきではないと考えていたことは事実です。ですが、ナミの頑張りは無常にもアーロンよって踏みにじられ、この村の希望は潰えてしまいました」

「……」

 

「それではあんまりです。余りにもナミが救われない」

「……」

 

「……言ってしまえば今回の件に手を出したのは俺の勝手なエゴです」

「……」

 

 結局、それは一人の少年のエゴに過ぎない。

 ナミを助けたい、ナミの願いを叶えたい、一人の少女の頑張りを無駄にしたくない、アキトという少年の勝手なエゴだ。

 

「俺は自分の意志のもと行動したに過ぎません。ですから、ナミは今回のことに対して俺に恩義を感じる必要も、必要以上に考え込む必要はありません」

「……そっか」

 

 ナミはアキトの答えに微笑む。

 アキトの言葉が真実かどうかはまだ分からない。

 

 しかし、此方に気を遣い、言外に気にする必要はないと言っているのだとナミは理解した。

 

 ならばこれ以上の問いかけは無用だろう。

 ナミはアキトの優しさに救われたような気がした。

 

 ナミはアキトに微笑み……

 

「ねえ、アキト……」

 

 

──心からのお礼を──

 

 

「私の村を救ってくれて本当にありがとう」

 

 彼女本来の満面の笑みでアキトに述べた。

 

 対するアキトの答えは当然……

 

 

「ええ、どういたしまして」

 

 これ以上の答えは持ち得ていなかった。

 

 

 

 

「よし、今日は飲むわよ!付き合いなさい、アキト!」

 

 ナミが先程とは違い、憑き物が落ちたような笑顔でアキトに提案する。

 

「それにその堅苦しい言葉遣いはもう無しよ!もう赤の他人じゃないんだから!」

 

 こんな顔で誘われたら断ろうにも断れない。

 故にアキトの答えは既に決まっていた。

 

「わーったよ」

 

 アキトは呆れた表情で頷いた。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 ナミは上機嫌にアキトの手を引き、宴に引き返していく。

 

「よう、兄ちゃん!生ハムメロン、どうだい!」

「こっちは酒だ!」

「これも受け取ってくれ!」

「ナミちゃんも受け取ってくれ!」

 

 道行く人からアキトとナミは大量に食糧を受け取る。

 混雑した道を抜け、ナミは自分の家へとアキトを案内した。

 

 ナミは早速ジョッキを口に運び、笑顔を浮かべた。

 

「アキト、改めてココヤシ村を救ってくれて本当にありがとう」

 

 ナミは真摯に頭を下げ、アキトにアーロンを倒してくれたことに対するお礼を述べる。

 

「少し私の話に付き合ってくれる、アキト?」

 

 アキトはナミが宴から離れた場所に自分を連れてきた理由をここで理解した。

 彼女の独白はまだ終わっていなかったのだ。

 

「私ね、この8年間、ココヤシ村をアーロンの支配から解放するためにお金を集めてきたの。決して楽な道じゃなかったわ」

 

 アキトは静かにナミの独白に耳を傾ける。

 

「勿論、命を狙われたこともあった。でも結局その努力はアーロンに踏みにじられて無駄に終わっちゃったけど……」

 

 ナミは己の心情を吐露するようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「さっきまでココヤシ村が解放されたことに喜んでいたんだけど、冷静になったときにふと思ったの。私の8年間は何だったのかなって……」

 

 アーロンによるココヤシ村の支配

 それはナミの手ではなく、偶然この島を訪れたアキトの手によっていとも簡単に終わりを迎えた。

 それはナミの頑張りではなく、アキトの力による解決だ。

 今、彼女はそう考え、故にこれまでの自分の8年間の意義を探し続けている。

 

「私の8年に意味はあったのかな?」

 

 ナミはどこかアキトに縋るような眼差しでアキトを見つめる。

 アキトは真摯に彼女の問いかけに耳を傾け、ナミに応える。

 

「……意味ならあったさ。ナミの必死に頑張る姿はこの村の人達にとって希望だったはずだ。最後は俺が解決してしまったが、村の人々はナミの頑張る姿を見て今日のこの日まで耐え忍ぶことが出来たのだと思う。それに、お金を集めるために海を渡っていなければルフィ達には出会いもしなかっただろ?」

 

 アキトはナミの不安を取り除くように優しく語りかける。

 

 

─そうだ。自分は自身の身を犠牲にし、この村を救おうとするナミの姿に己には持ち得ない輝きを見た。彼女の頑張る姿が自分の背中を押したのだと言っても過言ではない─

 

 

「それに……」

「……?」

 

「誰かの為に命を懸けるナミの姿はとても美しいものに見えた」

 

 幼少期から理不尽な目に遭わされ、愛する者を奪われたにも関わらず、身を削って村の人々を守ろうとしたナミの姿は本当に美しいもの見えた。

 アーロンを憎んでも誰も文句など言わない、言えるはずもない。

 憎しみに縛られても不思議ではなかった。

 

 事実、ナミはアーロンを憎くて、憎くて仕方なかったのだろう。

 だが、彼女はアーロンの憎しみに縛られることなく、村の解放を誰よりも求め続けた。

 

 憎しみよりも愛情を、憎悪よりも誰かを想う愛を

 ナミは最後まで憎しみに縛られることはなかった。

 その姿の何と美しいことか

 

「ナミのそんな姿が結果的にアーロンの支配の解放に繋がり、今に繋がっているはずだ」

「……」

 

 我ながらくさいセリフを吐いていると思う。

 しかし、ナミの姿が自分をココヤシ村の問題に関わることを決意させたのは事実なのだ。

 ここで自分の本心を告げなければ、ナミはずっと悩み続けてしまうかもしれない。

 

「うん。そうね、そうよね」

 

 見ればナミはアキトの言葉を嚙みしめるように微笑んでいる。

 決して納得したわけではないのかもしれない。

 これから納得のいく答えを探していくことになるのかもしれない。

 

 だが、自分とナミはこれから同じ船に乗って海に出るのだ。

 彼女が悩んでいるときは少しでも彼女の助けになろうとアキトは決意した。

 

「それに、ナミには仲間であるルフィ達がいるんだ」

「ルフィ達もきっとナミの助けを求める声に応えてくれたはずだ」

 

 ナミを大切に想う人は数多く存在する。

 ココヤシ村のゲンさん然り、ルフィ達然りだ。

 

「それでも、私の村を救ってくれたのはアキトよ」

 

 ルフィ達がアーロン一味を倒す可能性もあったかもしれない。

 しかし、結果的にアーロン一味を殲滅したのはアキトだ。

 

「誰も傷付くことなく、無傷でアーロンを倒すことが出来たわ」

 

 ゲンさん達の誰一人として死ぬことなく最高の結果を掴み取ることが出来た。

 

「ノジコも守ってくれたし、あのネズミ大佐()も潰してくれたじゃない」

 

 アキトは海軍からノジコを守り、ネズミ大佐を含む海軍の連中が可哀想に見えるレベルで殲滅していた。

 ざまぁ、としか思わないが

 それにベルメールさんの蜜柑畑を最低限の被害に抑えることが出来たことは感謝している。

 

「アーロンパークも今となっては存在していない」

 

 アーロンパークはアキトの手によって文字通り跡形も無く消滅した。

 ナミにとって忌まわしき過去の象徴であるアーロンパークが存在しないことはとても嬉しいことであった。

 

「だからね、私、本当にアキトに感謝しているの」

「……」

 

 アキトは静かにナミを見据える。

 

「アキト、本当にありがとう」

「どういたしまして」

 

 今のナミの笑顔に曇りはない。

 本当に心から笑顔を浮かべ、今を生きている。

 

 アキトはナミの感謝の言葉を再び受け取り、もう一度乾杯し、夜を明かした。

 外ではゲンさんとノジコが静かに笑っていたことは終ぞナミが気付くことは無かった。

 

 その後、意外にもナミは酒豪であることが判明した。

 

ナミには勝てなかったよ……

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 出発の朝

 

 ナミはこれまで集めてきた1億べリーはココヤシ村に置いていくことを決意する。

 

 ココヤシ村の村人達はルフィ達とナミの見送りをすべく海岸に集っている。

 しかし、未だにナミの姿は見えない。

 

 

 

 

 そして、漸くナミが姿を現した。

 

「船を出して!」

 

 ナミは村の方から全力疾走で村人達の間をすり抜ける。

 村人達はナミの奇行に動揺し、何もすることが出来ない。

 

 やがてナミは助走の勢いを殺すことなく桟橋から思い切りメリー号に向けて飛んだ。

 

 メリー号に降り立った途端服の中から多くの財布を取り出すナミ

 それらはココヤシ村の全員分の財布であった。

 

 途端、沸き上がる村人たちの怒声

 だが彼らは笑っており、笑顔でナミを見送っていた。

 

 

 

「じゃあね みんな!行ってくる!」

 

 アキトが初めてナミを見たときの作りものの笑顔ではない。

 彼女本来の笑顔だ。

 

 彼女を縛るものはもう何もない。

 今、彼女は心の底から笑顔でいられるのだ。

 

「出航だー!!!」

 

 ルフィの掛け声と共にメリー号は進み始める。

 ナミの止まっていた時間が今、進み始めた。

 

 

 

To be continued...




ネズミ大佐という海軍の面汚し
間違いなく赤犬に殺される人物

< アキトの存在による原作との差異 >

・ルフィ達のアーロンパークへの到着時刻
・プリンプリン准将の死亡(恐らく原作でも死亡している)
・ウソップを庇うために負ったナミの左手の掌の負傷
・ネズミ大佐によるノジコの負傷
・蜜柑畑の崩壊
・ネズミ大佐含む海軍の殲滅・粛清
・ナミのナイフによるタトゥーを突き刺す行為の阻止
・ウソップ達を襲った海岸で見張りをしていた2人の魚人の駆逐
・ルフィ一味とアーロン一味との戦闘
・アーロン一味の皆殺し(ハチとモームを除く)
・アーロンパークそのものの消滅


・ネズミ大佐が海軍本部に連行された件ですが原作で同じ処罰が下されたかは不明です。本編オリジナルです。
→ 今作では本部から要請を受けた他の支部がネズミ大佐とその部下を逮捕しています。海軍は今回の件でココヤシ村に海軍の不手際で8年もの間アーロンの支配を野放しにしてしまったことを悔い、その謝罪の一環として盗んだものとはいえナミの1億ベリーの件は見逃しているという設定です。そして、海軍の全面バックアップの下、復興に力を入れています。

アキトとナミが帰った後ゲンさんがベルメールのお墓に来た際に、原作でのルフィとの約束を交わしております。


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Profile
プロフィール


名前:暁 晃人 → アキト

 

身長:178cm

 

容姿:黒髪の短髪

   瞳の色は紅色

   端正な顔立ち

 

年齢:19歳

(ナミより1つ年上)

 

服装:上下共に黒の和服

 

好きなもの:仲間・甘い物

 

嫌いなもの:偽善者・苛烈な思想を有する者・モーガニアの連中全般

 

※ 原作知識は皆無であり、ルフィが海賊王を目指していることくらいしか知識がない

 

 

 

< ステータス >

・武装色の覇気 : C

・見聞色の覇気 : C

 

→ シャンクスから手ほどきを受けたが、当時は悪魔の実の能力の修行に手一杯であったためこのランク。覇気の熟練度は中将には遠く及ばない。

 

・覇王色の覇気の資質 : 0

 

 

 

< 能力 >

・悪魔の実 : "ジカジカの実"(磁界人間)

 

→ 自身を中心に磁界という空間を一時的に定義し、引力と斥力を発生させる能力

(能力の本質は引力と斥力であるが、悪魔の実の能力の本質は磁界の操作)

 

→ 重力の操作は不可能。重力とは地球内部に引き込もうとする「引力」と自転によって生じる「遠心力」が合わさることによって発生する力であるため、重力は操作することは出来ない。

 

→ 電磁力(静電力と磁力)には引力と斥力の両方が存在しているが、ジカジカの実は自分を中心に磁界という空間を定義することで引力と斥力を発生させる能力であるため、電気と磁気の操作に長けているわけではない。ただ、あらゆるものを引き寄せ(引力)、弾き(斥力)返すのみである。

 

→ 電気と磁力を引力で引き寄せたり、斥力で弾き返すことで力の方向を大まかに操作・拒絶したりすることは可能

 

 

能力1 : 引力・斥力

 

→ イメージとしてはナルトの神羅天征と万象天引。本作のようにインターバルは存在せず、本人の意思と体力、精神力によって連発が可能である。とあるの一方通行のように周囲に能力の膜を張ることも可能。ただ、単純に攻撃を防御するだけで一方通行のように反射することは出来ない。加えて、この膜の維持には多くの体力と精神力が必要であるため常時張っているわけではなく、有事のとき以外は使用していない。

 

 

能力2 : 身体能力の強化

 

→ 斥力を自身の体から放出し、Fateのアーサー王の魔力放出のような爆発的な起動力を出すことが可能。この能力無しでも素の身体能力はかなり高い。

 

 

能力3 : 浮遊能力

 

→ 引力と斥力を同時に発生させ、自分を宙に固定することで空を飛ぶことが可能

 

 

能力4 : 空中・水面歩行能力

 

→ 引力と斥力を同時に足下に発生させ、擬似的な足場を一時的に作ることで空中及び水面での歩行を可能とする。だが、多くの体力と精神力、集中力を必要とする。

 

 

能力5 : ?

 

 

 

< 経歴 >

・前世は大学生。両親は幼少期に蒸発し、唯一の親戚である祖母は大学に進学後に亡くなり、天涯孤独の身となる。

 孤島で覚醒した後は、生き延びるべく強くなることを目標にしている。島を発つまでは修行と賞金稼ぎとしての日々を過ごしていた。シャンクスとの修行を終えた後は、以前から個人的に興味を抱いていたルフィに会うことを決意する。先ずは、東の海(イーストブルー)を目指し、偉大なる航路(グランドライン)を逆走した。その後、ルフィに誘われ、麦わらの一味となることになる。

 

 

 

< 性格 >

・人並みの正義感・道徳心・常識・礼儀を弁えているが、両親からの愛を受けずに育ったため他人からの好意には疎い。祖母を第一主義としていたため恋愛経験は皆無。精神的成熟性故に年齢に合わぬ達観性、落ち着きぶり、物事を客観的に見る性格である。人を殺めることは生きる上で必要なことであり、信念を貫くには必要なことだと割り切っている。悪人には容赦がなく情をかけることはほとんどない。ただ、一方的に相手を否定するのではなく、相手の考えや信念を納得はしないが理解はしようとする性格である。

 

 

 

< アイテム >

・賞金稼ぎとして稼いだ大金は偶然、島で拾った貯蓄貝(ストレージダイアル)へと収納している。推定3億ベリー。普段はネックレスとして首にかけている。

※本作オリジナル(ダイアル)



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ローグタウン編
始まりと終わりの町


 現在、ルフィ達はココヤシ村を出発し偉大なる航路(グランドライン)に向けて船を進めていた。

 

 メリー号の甲板の上ではそれぞれが各自の時間を過ごしている。

 アキトもその1人であり、仲間と共に航海することを楽しんでいた。

 

「また値上がりしたの、貴方のとこの新聞?今度値上がりしたら買わないからね」

 

 お金を払いながらニュース・クーに抗議をするナミ

 ニュース・クーは申し訳なさそうに羽で頭をかいている。

 実に礼儀正しい鳥だ。

 

「新聞の1部や2部ぐらい別に払ってもいいだろ」

 

 ウソップはそんなナミにもの申す。

 彼は現在、特性"タバスコ(ボシ)"を開発していた。

 

 だが突如、得意げに"タバスコ(ボシ)"について語っていたウソップの前にルフィが落ちてきたことによりその効果をその身で味わうことになる。

 

 目が火だるまだ。

 これはヒドイ。

 

「ナミさんのみかん畑には何人も触れさせん!恋の警備万全です、ナミさん♡」

 

 どうやらナミのみかんの木に手を出そうとしていたルフィをサンジが蹴り飛ばしたらしい。

 

 取りあえずルフィはウソップに謝るべきである。

 ウソップは未だに甲板の上を目が火だるまの状態で転げ回っている。

 

「ありがと、サンジくん♡」

 

 サンジは都合良くナミに使われていた。

 だが、残念なことにサンジがそのことに気付くことはない。

 

 アキトは社畜の姿をサンジに幻視せざるを得なかった。

 ナミもなかなかイイ性格をしているようだ。

 

 そんなナミは今、デッキチェアに腰掛けている。

 ニュース・クーから購入した新聞に目を通しているのだ。

 

 そして、1枚のちらしが新聞からこぼれ落ちる。

 途端、メリー号に寝ているゾロとアキト以外の叫び声が響き渡った。

 

 

 

「3千万ベリーだってよ!俺たちお尋ね者になったぞ!」

 

 ルフィは心底嬉しそうに自身の手配書を掲げる。

 

 初頭から3000万ベリーとはかなり高額なのではないだろうか。

 ナミは海軍にこれから狙われることを嘆くばかりであったが

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィ達の前方に新たな島が姿を現した。

 

 その名をローグタウン、別名"始まりと終わりの町"

 

 あの海賊王G(ゴールド)・ロジャーが生まれ、処刑された町である。

 そして、この世界を制したあのG(ゴールド)・ロジャーが死刑台から最後に見た光景だ。

 

 海賊王を目指すルフィは前方の島に好奇心を隠せない。

 今、彼の目にはローグタウンしか映っていなかった。

 

 こうしてルフィたちはナミの提案のもとローグタウンを訪れることになった。

 

 

 

 ローグタウンの入り口から町の景観を見回すルフィ達

 

「ここが海賊王が処刑された町か。よし!俺は死刑台を見てくる!」

 

 海賊王を目指すルフィにとって海賊王G(ゴールド)・ロジャーが処刑された死刑台は見逃せないのだろう。

 

 既に死刑台を見に行く気満々の様子だ。

 

「俺は食料の調達のために市場に行くか」

「俺は武器の強化のための装備集めだな」

「俺も買いてェもんがある。ナミ、金を貸してくれないか?」

「良いわよ。ただし利子3倍ね」

 

 サンジは食料の調達、ウソップは装備集め、ゾロはナミにお金を工面してもらっていた。

 だが、3倍の利子を要求されていたが

 

 アキトもルフィと同様に死刑台を見ることが目的である。

 

「なあ、ルフィ。俺も死刑台を一緒に見に行ってもいいか?」

「ん?ああ良いぞ!一緒に行こう!」

 

 ルフィからの了承も得たのでルフィと一緒に死刑台へと向かおうとするアキト

 

「アキト!一緒にこの町を見て回りましょ!」

 

 ナミからの買い物へのお誘い

 

 アキトを買い物に誘うナミの笑顔に曇りは無い。

 彼女は今、心の底から笑顔を浮かべていることが伺えた。

 

 アキトは彼女のそんな変化がとても嬉しく思う。

 ならばアキトにナミの誘いを断る選択肢はなく、アキトはナミの用事を優先することにした。

 

「すまない、ルフィ。死刑台には1人で行ってくれないか?」

 

 アキトは快くナミの誘いを受けることを決意する。

 ルフィへの断りも忘れない。

 

「ん?おう、分かった!」

 

 ルフィは対して気にしていないようだ。

 そんなことよりも早く死刑台に行きたいのだろう。

 

「よし、じゃあ行くわよ!」

 

 ナミは待ちきれないとばかりにアキトの手を引っ張りながらローグタウンの市街地へと繰り出していく。

 

 そんな彼らの後ろでは血涙を流すサンジを羽交い締めにするウソップの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 現在アキトの目の前ではナミによる服のファッションショーが繰り広げられていた。

 

「どお?」

 

 多くの服を試着し、様々な角度でアキトに感想を求めるナミ

 美人であるナミにはどの服もよく似合っていた。

 

「良いんじゃないか?」

 

 最初は真剣に感想を述べていたアキトであったが次第に雑な感想になってきた。

 それもこれもナミの試着する服がアキトの予想よりも多かったのが原因だ。

 

 そんなアキトに反してこの店の店員は考え得る全ての言葉でナミを褒めていた。

 正に店員の鑑である。

 

「こちら全てお買い上げで!?」

 

 店員はにっこりとナミに問いかける。

 荒い呼吸を繰り返し、ナミに購入の旨を尋ねる疲労困憊の店員

 

 そんな店員の傍にはナミが試着した服が山積みになっていた。

 

「ううん、いらない」

 

 満面の笑みで断るナミ

 その言葉を最後に崩れ落ちる店員

 

 アキトはそんな店員の姿を痛々しくて直視出来なかった。

 

 

 

 店員という犠牲を生み出した後、アキトとナミは共に並んで人混みのなかを歩く。

 本人達は気付いていなかったが2人とも美男美女であるため多くの人々の視線を集めていた。

 ナミの傍にアキトが佇んでいたため誰もナミに声をかけることはなかったが

 

「1着くらい買えばよかったんじゃないか?あの店員最後には力尽きてたぞ」

「ん~、さっきも言ったけど私はもっとラフな格好の服が欲しいのよね」

 

 あれだけ試着していたというのに気にいった服がなかったのか。

 アキトは未だに女性の買い物が理解出来なかった。

 

「かなりの数の服を試着してただろ?おしゃれな服や露出の多い服とか。気に入った服はなかったのか?」

「何アキト?ひょっとして私が試着していた露出の多い服に見とれちゃってた?」

 

 ナミはニヤニヤと意地の悪い笑顔をアキトに向ける。

 サンジならば鼻の下を伸ばしてしまうだろうがアキトはその程度で動じることはない。

 

「ん?ああ、見とれてたよ」

 

 アキトはナミの予想を裏切り淡泊な反応を見せる。

 照れの様子は皆無で、変わらずナミの隣を歩いている。

 しかし、そんなアキトの返答が不満だったのかナミは小さく口を尖らせてしまう。

 

「何よ、もっと良い反応してくれたっていいじゃない」

 

 どうやら拗ねてしまったようだ。

 私、拗ねてますとばかりにナミはそっぽを向き、こちらに顔を合わせてくれない。

 

 アキトはそんなナミの年相応な態度が素直にかわいいと思う。

 

「ナミ、俺が悪かった。お詫びとして今回の買い物の代金は俺が支払うから、それで機嫌を直してくれないか?」

 

 困ったように頬をかき、ナミの機嫌を取ろうとするアキト

 

「……それは本当?」

「勿論」

「その言葉に嘘はない?」

「当然」

「ふ、ふーん。仕方ないわね、それで許してあげるわ」

 

 お金のことになるとナミは意外と簡単に機嫌を直してくれた。

 アキトはそんなナミに苦笑するしかない。

 

「よし!それじゃあ次の店に行くわよ、アキト!」

 

 アキトの手を引き次の店を探し始めるナミ

 自分に奢らせる気満々だ。

 

「はいはい」

 

 アキトはため息を吐きながらもどこか呆れた様子でナミに引っ張られていった。

 

 ナミは今の時間をとても楽しんでいるようで終始笑顔である。

 対するアキトの表情も満更でもなく、ナミとの買い物を楽しんでいるように見えた。

 

「それで、次はどの店に行くんだ?」

「あの真向かいの店よ!」

 

 アキトを力強く引っ張った状態でナミは真向かいの店へと入店する。

 

 これまでアーロンによる支配の影響で満足に自分の時間を作ることも出来なかったのだろう。

 ナミは今の時間を目一杯楽しみ、心の底から自由を謳歌している。

 

 ならばナミがこの時間を目一杯楽しむことができるよう自分は彼女に付き合うことに徹しようとアキトは密かに決意する。

 

 その後、店内では1人の男性が笑顔を浮かべる1人の女性に振り回される姿が目撃された。

 ナミは年頃の女性らしく楽しそうに服を試着し、アキトに感想を求める。

 

 こうして、ナミの買い物は何と1時間にも及ぶことになった。

 

「これ くだ…さいっ!」

 

 ナミは腕一杯に抱えた服をカウンターに置く。

 

「随分選んだな」

「これくらい女の子なら当然よ」

 

 これでこれくらいなのだろうか。

 ちょっとどころではないと思うのだが

 女性の買い物を少しばかり舐めていたかもしれない。

 

「あんたお金ちゃんと持ってんのかい?」

 

 店員のおばさんの当然の質問

 

「失礼ね。ちゃんと持ってるわよ、アキトが」

 

 アキトの奢りとはいえナミは遠慮することはなかった。

 どうやらナミは随分神経が図太い性格のようだ。

 

「お兄さんが支払うのかい?」

「ええ、まあ」

「気前が言いね。ところでお兄さんは彼女の彼氏だったりするのかい?」

 

 ニヤニヤしながらアキトに尋ねる店員

 

「うぇ……!?」

 

 途端、狼狽し、どもるナミ

 

「まあそんなところです」

 

 対してアキトは表情を崩すことなく店員のおばさんの質問に答える。

 こういった手合いは冷静さを欠いては負けであることをアキトは知っている。

 

 ナミは言葉が出ないのか口をパクパクさせ、顔は真っ赤になってしまっている。

 対するアキトは表情を変えることなく支払いを済ませる。

 

 そんな対照的な2人の様子を見て店員のおばさんは何かを察したのかニヤニヤと含み笑いを浮かべていた。

 

 

 

「またよろしくねー!」

 

 店員のおばさんの声を背後にアキトとナミは店を出た。

 ナミは服を買うことができご満悦の様子である。

 まだ頬が赤く染まっているままだが

 

「ナミ、荷物なら俺が持つ」

 

 女性への当然の配慮である。

 女性であるナミに荷物を持たせるわけにはいかない。

 

「ありがとう。アキトって紳士なのね」

 

 アキトさんは女性に対してジェントルマンなのである。

 

「……ねえアキトてっさ、女性と交際経験とかあったりするの?」

「……?」

「さっきの店員の質問にアキト冷静に答えてたじゃない?だからアキトはああいったことは慣れているのかと思って……」

 

 ナミはどこか躊躇うような様子でアキトに質問を投げかけてきた。

 ジト目でアキトを見ていたが

 

「いや、俺は女性とそういった関係になったこともないし、恋愛経験もないぞ?」

「え!?そうなの?てっきりアキトはそういった経験があるものかと……」

「いや、自分はそういった経験は皆無だ」

「そ、そう……」

「?」

 

 ナミはどこか安心した様子を見せる。

 アキトは彼女の質問に要領を得ることができず首をかしげるしかない。

 

「……ところでアキトって昔、お金を稼いでいたりしていたの?私の服の代金を肩代わりしてくれたけど」

 

 この話はこれでお終いとばかりにわざとらしく話題を変えるナミ

 アキトは別段気にすることなくナミの質問に応じた。

 

「昔、賞金稼ぎをしていたんだ。だから、そこそこお金は持っている」

「そうなんだ。そういえばアキトって偉大なる航路(グランドライン)から来たって言ってたけどどこ出身なの?」

偉大なる航路(グランドライン)前半の最後の島であるシャボンディ諸島の近くの島だな。島の名前は知らないんだが」

「ふーん、シャボンディ諸島ね。じゃあそのシャボンディ諸島の近くの島でアキトの師匠であるシャンクスに鍛えてもらったわけ?」

「まあ、そうなるな」

「へえ~、じゃあさ……」

 

 彼らはナミが話題を振る形で会話に花を咲かせながら人ごみのなかを歩いていった

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「あ……」」」」」

 

 アキトとナミ、ゾロ、サンジ、ウソップの5人は死刑台の広場の前で遭遇する。

 

「んナミさァ──ん!」

「何だお前らもここに来たのか」

「ルフィがいる死刑台の広場ってここだよな?」

 

 アキトはナミたちの会話に参加することなく前方の死刑台を見据える。

 

 あれが海賊王G(ゴールド)・ロジャーが処刑された死刑台

 ここからこの世界の全てが始まったの。

 

 処刑台を見据えるアキトの視界にこの広場でも目立つ麦わら帽子が映る。 

 押さえつけられたルフィの上に跨る赤鼻のピエロの男が高笑いしている。

 

「どうしたの、アキト?」

 

 アキトの視線を追い、ナミもルフィの姿を見つけた。

 同じくウソップもルフィの存在に気付き、悲鳴を上げる。

 

「何、やってんだ、アイツはァ!?」

「「はァ!?」」

「はァーっ」

 

 ゾロとサンジ、ウソップは絶叫を、ナミはため息を吐く。

 アキトもため息を吐きたい気分だ。

 

 死刑台を見に来ていたルフィがなぜ処刑されようとしているのか、そして処刑の当事者になっているのか理解出来なかった。

 

 ナミはその場を取り締まるべきアキトたちに指示を出す。

 

「皆聞いて!もう少しで嵐がやってくる!だから、今すぐこの島から出航しなくちゃいけないの、だから……」

「俺達はルフィを一刻も早く確保して船に連れていく必要があるってことか」

 

 アキトがナミの言いたいことを代弁する。

 

「そういうこと!私とウソップは先に船に戻って出航の準備をしておくからアキトとゾロ、サンジくんの3人はルフィの救出に向かって!」

 

 アキトから荷物を受け取ったナミはウソップと共にメリー号に向けて駆け出した。

 

「成程、了解だ」

「分かったぜ、ナミさん」

「ウソップはナミのこと頼むぞ」

 

 アキトとゾロ、サンジの3人は死刑台に向き直る。

 彼らの前ではルフィの処刑が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は!!海賊王になる男だ!!!」

 

 ルフィが広場全体に響き渡るほどの大音量で叫ぶ。

 それは正にルフィの一世一代の魂の叫び

 

「言いたいことはそれだけか、麦わらァ!」

「「「待て!」」」

「来たなロロノア・ゾロ、他の2人は知らないが……もう手前ェらの船長は手遅れだ!!」

 

 バギーがルフィをついに処刑すべく剣を振り下ろす。

 ゾロとサンジはルフィを助けるべく死刑台に向けて駆け出すが2人の前に立ちはだかるバギーの部下達

 

 奴らに邪魔されゾロとサンジの2人は容易に死刑台に辿り着くことが出来ないでいた。

 

「ゾロ、サンジ、ウソップ、ナミ、そしてアキト……」

 

 

 

「わりい、俺死んだ」

 

 

 

 自分が処刑されそうになっているというのに満面の笑顔を浮かべるルフィ

 途端、上がる民衆の悲鳴

 

 ゾロとサンジは未だに足止めを食らっている。

 誰の目に見ても間に合わないのは明らかだった。

 

 そんな中、アキトはその場から動くことなく現場を見据えていた。

 

 アキトはルフィを確実に救出する策を模索する。

 この距離ではたとえ能力であの死刑台に向かって()んだとしても間に合わない可能性が高い。

 

 ならばあの赤っ鼻を直接吹き飛ばすしかない。

 

 アキトは左手をバギーに向け、周囲に影響を与えない威力の衝撃波をバギーに向けて放つ。

 アキトからバギーに向けて放たれる不可視の衝撃波

 

 直後、アキトの周囲に吹き荒れる微風

 アキトから放たれた不可視の衝撃波は民衆の上空を越え、大気を越え、今まさにルフィを処刑しようとしていたバギーに直撃した。

 

 バギーは何が起きたのか理解できずに吹き飛ばされ後方の建物の壁に激突する。

 続けて空からルフィを断罪するがごとく死刑台に落雷が降り注ぎ、ルフィ諸共死刑台を炎上させる。

 

 正に一瞬の出来事

 民衆を含め誰も声を出すことが出来なかった。

 

「なはは、やっぱ生きてた」

 

 ルフィはゴム人間であるためか落雷の影響を受けることなく、五体満足の状態で倒壊した死刑台の傍に立っていた。

 自分が処刑されようとしていたのにのんきなものである。

 周囲は信じられないとばかりに呆然とするしかない。

 

「おいおい、お前処刑されようとしていたのにのんきすぎるだろ」

「はー良かった、生きてて」

「おい無駄話してねェでさっさとこの場から離れるぞ。ナミから早く船に戻るよう言われてるんだからな」

 

 ゾロの掛け声と共に死刑台から走り始めるルフィ達

 ルフィは無事救出されたようだ。

 

 ルフィが無事助かったことを後方から確認したアキトはナミとウソップのもとに一足早く駆け付けるべく、大気を踏みしめることで跳躍(・・)し、メリー号へと飛翔(・・)していった。

 

 

 

 アキトは瞬く間にメリー号の甲板の上に辿り着く。

 ナミとウソップはすでに出航の準備を終えていた。

 

「ナミ、ウソップ出航の準備は?」

「アキト!?」

「アキト、ルフィは無事か!?」

「ああ、ルフィは無事だ。今、ゾロとサンジと一緒にメリー号に向かってるはずだ」

 

 ルフィが無事だと分かり安堵するナミとウソップ

 

「後はルフィたちを待つだけだな」

 

 今やナミの言う通り嵐の影響で天候が荒れ、船のロープが切れるのは時間の問題であった。

 一刻も早く出航しなければならない。

 

 

 

「来たぞルフィたちだ!」

「早く乗って!一刻も早く出航するわよ!」

 

 ルフィ達がメリー号になだれ込む。

 メリー号はナミの指揮のもとローグタウンを背に出航した。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィたちは荒れ狂う波のなか船を進める。

 やがて彼らの前方に灯台の光が現れる。

 

「あれが"導きの()"よ。あの先に偉大なる航路(グランドライン)の入り口がある」

 

 遂に偉大なる航路(グランドライン)が見えてきたのだ。

 皆一様に期待に満ちた顔をしている。

 

 ウソップだけは足が笑っていたが

 

 サンジの提案により6人全員が円を描くように樽を囲む。

 甲板の上で各自の目標を叫び足を樽の上に1人1人載せていく。

 

 今こそ船出の時だ。

 

「俺は海賊王!」

「俺は世界一の大剣豪に」

「俺はオールブルーを見つけるために」

「私は世界地図を()くために!」

「俺は生きてこの世界を見て回るために」

「お、お…俺は勇敢なる海の戦士になるために!」

 

 

「「「「「「行くぞ!!"偉大なる航路(グランドライン)"!!!」」」」」」

 

 

 

 ルフィたち一行は荒れ狂う嵐のなか偉大なる航路(グランドライン)の入り口に向けて進み始めた。

 

 

 

To be continued...




→ ルフィの賞金額は原作通り3000万べリーです。
今作ではルフィはアーロンを倒していませんが、1500万べリーのバギーと1700万べリーの首領・クリークを倒しているので十分な戦果だと考え、懸賞金は変更しておりません。

→ アキトが能力込みの跳躍を行えばルフィを助けることが出来たかもしれませんが、原作を見る限りゾロとサンジから死刑台までの距離はかなり離れています。
加えて、バギーはその時点で既にルフィに剣を振り下ろしており、衝撃波の救出がより確実な手段だと考えた上でのアキトさんの行動です。


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導きの灯編
偉大なる航路へ


 導きの()の光を道しるべに荒れ狂う嵐の中、ルフィ達はメリー号の舵を切る。 

 船内のキッチンでは偉大なる航路(グランドライン)を目指し、ナミ達が今後の方針について話し合っていた。

 

偉大なる航路(グランドライン)への入り口は山よ」

 

 左手で机の上の海図を押さえつけ、ナミは右手を右腰に当てルフィ達に説明する。

 

「「「「山……?」」」」

 

 ルフィ達は皆一様に理解できないとばかりに首を傾げる。

 アキトも同様だ。

 

 アキトは偉大なる航路(グランドライン)から東の海(イーストブルー)に来たとは言え、正規のルートを通ってきたわけではない。

 故に、ナミの言っていることはルフィ達と同様に理解出来ていなかった。

 

「そう!"導きの()"が指してたのは間違いなくこの赤い土の大陸(レッドライン)にあるリヴァース・マウンテンよ。海図にもそう書いてあるわ」

「おいおいそれじゃ山にぶつかっちまうぞ」

 

 ウソップが正論を言う。

 

「違うわよ。海図にもあるようにここに運河があって、そこから山を登るってことよ」

 

 どうやらナミ自身も理解出来ているわけではなく、依然として偉大なる航路(グランドライン)への航路は不明であるようだ。

 その場に静寂が広がり、ルフィ達が疑問の声を上げる。

 

「そういや、ローグタウンの処刑台でバギーが突然吹き飛んでいたんだが、ありゃアキトの仕業か?」

「そう言えば、あの赤っ鼻突然吹き飛んでいたな。まさかアキトはルフィ同様悪魔の実の能力者だったりするのか?」

 

 ゾロとサンジが今思い出したとばかりにアキトに尋ねる。

 彼らなりにこの場の何とも言えない空気を変えようとしたのかもしれない。

 

「そういえば言ってなかったな。ゾロとサンジの言う通り俺は悪魔の実の能力者だ」

「何ー!?そうなのか!?」

「そ、それで……?な、何の実を食べたんだ?」

 

 ルフィとウソップが興味津々とばかりにアキトに尋ねる。

 ナミ達も好奇心を隠せず、アキトを凝視している。

 

「俺が食べた悪魔の実はジカジカの実だ。能力は自分を中心に引力と斥力を発生させること。つまり磁界人間ってことだ」

 

 アキトは大まかに自身の悪魔の実の能力の説明を行う。

 ルフィ達は引力と斥力という言葉だけではいまいち要領を得ていないようであったが

 

「それじゃあ、アーロンパークでモームや魚人達が吹き飛んでいたのは……」

 

 聡明なナミはアーロンパークでの魚人達を襲った不可解な現象のからくりを即座に理解する。

 

「俺の能力に興味を持つのは分かるが、今はそれよりも偉大なる航路(グランドライン)に入ることを優先すべきだと思うんだが……」

 

 アキトは困った様子で頬を掻き、ルフィ達を見据える。

 

「そ、そうよね……!もう一度言うけど偉大なる航路(グランドライン)に入る方法は赤い土の大陸(レッドライン)にあるリヴァース・マウンテンを登ることよ」

「で、そこからどうすんだ?」

 

 ウソップの疑問の声にナミは再び口を閉ざし、話しは振り出しに戻ってしまう。

 

「そ、そういえばアキトは偉大なる航路(グランドライン)から来たって言ってたわよね?何か偉大なる航路(グランドライン)へ入る方法について知らない?」

 

 ナミは偉大なる航路(グランドライン)出身のアキトに助けを求め、偉大なる航路(グランドライン)への突破口を見つけようとするも……

 

「悪い、ナミ。俺は船で偉大なる航路(グランドライン)を突破してきたわけではないから、詳しいことは何も知らないんだ」

 

 アキトは正規のルートで偉大なる航路(グランドライン)から来たわけではなく、空を越えて東の海(イーストブルー)へと来ている。

 そんな彼がリヴァースマウンテンについて知る由もなかった。

 

「じゃあ、どうやってアキトは東の海(イーストブルー)に来たの?」

「空を飛んで来たんだ」

 

 キッチンの天井を指差し、アキトはさらっと信じられないことを口にする。

 

「空を……!?」

 

 ナミは空いた口が塞がらない。

 

「能力の応用だ。詳細は省くが、俺は空を飛ぶことで赤い土の大陸(レッドライン)を越えて来たんだ」

 

 ナミだけでなくこの場の全員が驚きを隠せなかった。

 どこの世界に赤い土の大陸(レッドライン)を空を飛んで越えて来るやつがいると思うだろうか。

 

「おい!?嵐が止んだぞ!」

「おーっ、いい天気だな!」

 

 ウソップとルフィがキッチンの窓から顔を出し、満天の空模様を見渡す。 

 

「え、そんなまさか……。このまま進めば偉大なる航路(グランドライン)の"入口"まで行けるハズなのに……」

 

 船外の嵐による暴風雨は静まり、先程までの悪天候が噓のように消えている。

 明らかな異常事態でもあるにも関わらず、ルフィ達はナミの気も知らないではしゃいでいる。

 

「しまった……!"凪の帯(カームベルト)"に入っちゃった……」

「「「「カームベルトってなんだぁ?」」」」

「……」

 

 全くこいつらは、とナミは呆れながらも説明する。

 

「"凪の帯(カームベルト)"。偉大なる航路(グランドライン)の両側を無風の領域である2本の海域が挟み込んでいるの。それが今私たちがいるここ"凪の帯(カームベルト)"よ」

 

 ナミの言う通り凪の帯(カームベルト)の向こう側では今なお嵐が続いている。

 対する此方の領域は無風であり、この領域の異常性を際立たせていた。

 

「"(カーム)"ねェ。つまりどういうことだ?」

「つまりこの海域には……!?」

 

 途端、メリー号全体を大きく揺らす振動が響く。

 

 ただならぬ事態だ。

 次の瞬間、メリー号そのものが動き始めた。

 

 いや違う。

 とてつもなく巨大な何かにメリー号そのものを()()()()()()()()()()()

 

 海底からメリー号の下に現れる()

 

 見れば眼下にはあのアーロンパークのモームが可愛く見えるほどの超大型の海王類がいた。

 人がゴミのように見える大きさである。

 

「「「「「「……!!?」」」」」」

 

 驚愕・愕然・唖然・呆然

 

 ルフィ達は皆一様に目の前の光景に言葉を失っていた。

 ウソップにいたっては口から泡を吹き出し、気絶する寸前だ。

 

「でか……!」

「う、嘘だろ……」

「もうダメだ、おしまいだぁ……」

「か、海王類の巣なの……。大型のね……」

 

 ナミはメインマストに抱き着きながら泣き崩れる。

 超大型の海王類がメリー号の下に現れ、正に絶望的な状況が広がっていた。

 しかし、幸いなことに海王類達は未だにルフィ達の存在に気付いておらず、周囲を見渡している。

 

「いいか……!この海王類が海へ戻っていく瞬間に船を思いっきり漕ぐんだ!!」

「「しょ、承知!!」」

 

 ゾロの提案にルフィとサンジの2人が冷や汗を流しながらも頷き、オールを力強く握りしめる。

 

 だが、物事は決して予想通りには進まない。

 メリー号を持ち上げる海王類が突然のくしゃみを炸裂し、ルフィ達が天高く吹き飛ばされてしまった。

 加えて、超大型の蛙の海王類が水面から空高く飛び上がり、メリー号へと突貫する。

 

「蛙が飛んで来たぞ!」

「アイエエエエ!カエル!?カエルナンデ!?」

「おい!ウソップが奇声を上げながら、メリー号から投げ出されたぞ!?」

「ウソップ───!」

「いやああああああっ!!」

 

 しかし、予想を裏切り、その蛙はメリー号の直前で不自然にも止まる。

 まるで不可視の壁に阻まれたかの如く、空中で勢い良く跳ね返された。

 

 無論、それはジカジカの実の能力であり、アキトは反射的に特大の威力を秘めた衝撃波を放ち、蛙の巨体を吹き飛ばしていた。

 巨大な図体を誇る蛙は眼下の海の水面に直撃し、大きな水しぶきを上げながら沈んでいく。

 

 続けて、ルフィがウソップを救出し、アキトがルフィ達が船外に飛ばされないように能力で船内に引き付ける。

 こうしてルフィ達は命辛々、凪の帯(カームベルト)を抜け出すことに成功した。

 

 

 

「これで分かったでしょ?入り口から入る理由……」

「ああ、痛いほど分かった」

 

 ルフィ達は甲板上で脱力し、力無く横たわる。

 アキトも平静を装ってはいるが、どこか疲れた表情をしていた。

 

「アイエェェ……」

「おい、ウソップ大丈夫か?」

「蛙、怖い、怖い……」

 

 こりゃ暫くウソップは駄目だ、とサンジは感じ、深く嘆息する。

 メリー号は船員の気力も復活しないまま嵐の中を進んだ。

 

 

 

 やがてメリー号の前方に赤い土の大陸(レッドライン)が現れる。

 

 赤い土の大陸(レッドライン)は眼前に天高くそびえ立ち、雲が頂上を隠す形で頂きの高さが窺い知れない。

 アキトを除いたルフィ達が赤い土の大陸(レッドライン)の迫力に圧倒されていた。

 

 反してアキトの赤い土の大陸(レッドライン)に対する認識は軽いものだったが

 

 "ああ、あの山、空を飛んで越えたな"程度の認識である。

 アキト自身、かなり神経が図太くなってきている。

 

「見て!あそこがリヴァース・マウンテンの運河の入り口よ!」

「野郎ども!面舵一杯だ!!吸い込まれるぞ!」

 

 リヴァース・マウンテンへと海流が逆流するがごとく山を流れている。

 あれこそが偉大なる航路(グランドライン)へと続く入り口だ。

 

「「面舵一杯だ──!」」

 

 サンジとウソップが力一杯舵を切り船を安定させようとする。

 しかし、不幸がとどまることはなく船内に鈍い音が響き、メリー号の舵が折れた。

 

「舵が折れ……!?」

「嘘でしょ……!?」

「「「「「ぶ、ぶつかる────っ!!!」」」」」

 

 メリー号に迫りくる運河の門

 

 メリー号が海の藻屑と化してしまうことを防ぐべく、アキトが能力を発動するよりも早くルフィが動く。

 

「ゴムゴムの~……風船っ!!」

 

 ルフィの尽力によりメリー号は無事、運河を登り始める。

 ゾロの手に掴まりメリー号に無事戻るルフィ

 

 メリー号は逆流に乗り途轍もない速度でリヴァース・マウンテンを登り、山頂に近付いていった。

 

「入ったぞ!偉大なる航路(グランドライン)!」

「あとは運河を下るだけよ!」

「なあ、ナミ。前方に山が見えるんだが」

「山?そんなはずないわよ、アキト。この先の双子岬を越えたら海しかないはずなのよ」

「いや、ナミさん。確かにアキトの言う通り前方に山が見えるぜ」

 

 前方に山が姿を現す。

 それは山などではなく鯨であったが

 

 その鯨はルフィ達を見下ろす形で咆哮を上げ、その巨大な体躯でリヴァース・マウンテンの運河の入り口を塞いでいた。

 

「山じゃなくて鯨だったかぁ……」

 

 アキトは一本取られたぜとばかりに右手を額に当て嘆息する。

 

「何吞気なこと言ってんのよ、アキト!このままじゃぶつかってしまうわよ!!」

「おい、舵切れ!!」

「舵、左だ~!!」

 

 ゾロ達が眼前の鯨を回避しようと折れた舵を切る。

 

 ただ一人、ルフィは船内に入り、大砲をぶっ放した。

 砲撃音が轟き、メリー号のスピードが減少する。

 しかし、完全にメリー号のスピードが消えるわけも無く、鯨との衝突の影響でメリー号の船主がへし折れ、ご臨終を迎えた。

 

「よし、船止まったか?」

 

 不幸は終わらない。

 喜色満面の顔で船内から姿を現したルフィは船主の無残な姿に衝撃を受け、あろうことか鯨の目に直接攻撃を仕掛けた。

 

「嘘でしょ、何やってんのよ、ルフィ……」

 

 ルフィの常軌を逸した愚行にナミが涙を流し、アキトにもたれ掛かる。

 私達、死んだ、とばかりにその姿は絶望に暮れていた。

 

 案の定、メリー号の存在に気付いた鯨が大口を開け、ルフィ達を海水ごと飲み込まんとする。

 既にナミ達に鯨から逃げる術など持ち得なかった。

 舵はもはや意味をなさない。

 

「いやああああああっ!飲み込まれるー!!」

「あーあ、食われちまうな、俺達」

「だから、何でアキトはそんな呑気でいられるのよ!?」

 

 抵抗虚しくメリー号は鯨に飲み込まれた。



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ラブーン

 鯨にメリー号ごと飲み込まれてしまったアキト達

 現在、彼らの前にはみすぼらしい一軒家と晴天模様の空が広がっていた。

 

「俺達、鯨に飲み込まれたはずだよな?」

「ええそうね、ウソップ。確かに私達は飲み込まれたはずよ」

「じゃあ一体全体ここはどこなんだよ?」

 

 サンジが最もな疑問を上げる。

 

 アキト達の眼前には鯨の胃袋とは思えない光景が広がっていた。

 此処がとても鯨の胃のなかだとは信じられない。

 

「そういやルフィはどこに行ったんだ?」

 

 アキトは先程、蹴り飛ばしたルフィがいないことに気付く。

 船内のどこにもルフィの姿は見られない。

 

 この場にいるのはルフィを除いた自分とナミ、ゾロ、サンジ、ウソップの5人だけだ。

 

「ルフィなら船からはじき出されるのを見たわ」

 

 どうやらルフィは船外に吹き飛ばされてしまったらしい。

 能力者なのに大丈夫なのだろうか。

 

「大丈夫か、ルフィのやつ?あいつも俺と同じで悪魔の実の能力者だろ?」

「まー大丈夫だろ、ルフィなら。あいつ何かと悪運強いからな」

 

 ルフィのことを毛ほども心配していないウソップ達

 

 アキトはルフィに対する扱いの雑さを垣間見た気がした。

 だが、現状ルフィの安否を確認する術はない。

 

 今はアキトはルフィのことはいったん頭の隅に置いておくことにした。

 

 やがて雑談を交わしていたアキト達の前に人が現れる。

 一軒家の中から姿を現わしたのは豊かな顎髭を蓄え、眼鏡をかけた初老の男性であった。

 

 鋭い目つきでこちらを見据えている。

 何より頭から生える10枚の花弁にも似た髪が目を引いていた。

 

 交錯する視線

 お互いに無言のまま睨み合う。

 

 

 

「いや、何か言えよ!」

 

 我慢できずにサンジが叫ぶ。

 それでもなお初老の男性は此方を睨みつけてくる。

 

「こ、こっちには大砲があるんだ!や、戦るなら戦るぞ、おっさん!!」

「少し落ち着け、ウソップ。先ずは、此処がどこなのかを知るのが先だ」

「うっ、そうだな。すまねェ、アキト」

 

 アキトの一言で冷静さを取り戻すウソップ

 

「すいません、俺達は麦わらの一味というものなのですが、此処が何処なのかご存知ですか?」

 

 警戒されないよう当たり障りのない言葉で話し掛ける。

 初老の男性は今なおデッキチェアに腰掛け新聞を読んでいる。

 

「……ふん、人に質問するときは先ずは、自分の名前を名乗るのが礼儀じゃないのか?」

「……確かにそうですね。失礼しました。俺の名前は……」

「私の名前はクロッカス、この双子岬の灯台守をやっているものだ。そしてここは私のワンマンリゾートだ」

「………」

 

 沈黙するアキト

 

 名乗れと言っておきながら此方の言葉を遮り、初老の男性は勝手に名乗り始めてしまった。

 アキトは気を取り直してもう一度質問する。

 

「……クロッカスさんですね。それで質問ですがここは鯨の胃のなかで間違いありませんか?」

「ここが海に見えるか?周りの空も全て描かれたものだ。よく見てみろ」

 

 確かに周囲の空は全て人為的な手が加えられていることが伺える。

 だが、何故鯨の胃袋に絵心が加えられているのか依然として謎である。

 本当に此処は何なのだろうか。

 

「や、やっぱり俺達、鯨に食われちまったのか」

「い、一体どうなっちゃうの、私達……!?」

「先ずは、メリー号がこの鯨の胃液に溶かされ、次に俺達の番だろう」

「現実を叩き付けないでよ!何とかなんないの、アキト!?」

 

 アキトの服の襟を掴み揺さぶるナミ

 とても必死な様子である。

 

 現状、手段が無いわけではない。

 アキトの能力を全力で使えばこの鯨の胃袋を突き破ることは容易であろう。

 ただそうしてしまえば鯨の肉塊がその場にできあがることになってしまうが

 

「出口ならあそこだ。あそこから出ていくがいい」

 

あるんかーい

 

 アキトは突っ込まざるを得ない。

 

 彼は此方の心配を軽い調子で吹き飛ばす。

 確かに彼の言う通り向こうには出口らしき門が見える。

 

 どうやら出口も完備されていたようだ。

 彼は何の意図を持ってこの場所を作り上げたのだろうか。

 

「とりあえずこんなところから脱出するぞ!」

「そ、そうね!?行くわよ、皆!」

 

 途端、大きく揺れるメリー号

 

「な、何だ!?」

「今度は一体何なのよ!?」

「始まったか。……この(・・)鯨が赤い土の大陸(レッドライン)に頭をぶつけ始めたのだ」

「「「赤い土の大陸(レッドライン)に!?」」」

 

 そこから語られるこの鯨の長年の執念による行動

 その無謀とも言えるこの鯨の試みに皆一様に言葉が出ない。

 

 呆然とするアキト達の前でクロッカスさんはいきなり前方の島から胃液の海に飛び降りた。

 

「おい、あのおっさん胃液の海に飛び込んだぞ!」

「そんなことよりも早くこのなかから脱出するぞ!」

 

 一刻も早くこの場から脱出を試みるべくメリー号を出口に向かわせる。

 そしてまたしても現状に変化が訪れた。

 

「ああああぁぁぁ~!落ちる~!」

「今度は何なの!?」

 

 出口に取り付けられている小さな扉から飛び出してきたのはルフィであった。

 背後に謎の2人組を引き連れていたが

 

「て、ルフィじゃねーか。何してんだあいつ?」

「ん?おおゾロじゃねーか。とりあえず助けてくれ」

 

 ルフィは重力に逆らうことなく眼下の胃液の海に落ちた。

 途端、上がる3つの大きな胃しぶきが上がる。

 

 

 

 その後、ルフィと謎の2人組はアキトの手によって無事救出された。

 ルフィと2人組の男の方はメリー号へ適当に放り投げ、水色の髪の女性はお姫様抱っこでの救出の方法だったが

 

 男女によるこの扱いの差である。

 

 鯨の暴走も既に治まり、今甲板上では謎の2人組をルフィを含めたアキト達が囲んでいる。

 サンジは片割れの水色の髪の女性にメロメロである。

 

「この2人組は知り合いか、ルフィ?」

「いんや、知らん。初対面だ」

 

 ルフィの知り合いではなく、手元にバズーカを持っているとなると一応取り押さえとくべきなのだろうか。

 

「私の目の前ではラブーンに好き勝手なことはさせんぞ!小童ども!」

「あのおっさん戻ってきたぞ」

 

 クロッカスさんが出口から姿を現す。

 どうやらこの2人組のことを知っているらしいがとても険悪な雰囲気を醸し出している。

 ただならぬ様子だ。

 

「フフフ、舐められたものね、Mr.9?」

「そうだな、ミス・ウェンズデー。我々はすでに鯨の胃のなか……」

「「つまり、この胃袋に風穴を開けることだってできるぞ!」」

 

 突如、謎の二人組のバズーカから砲弾が放たれる。

 

 狙いは鯨の胃袋

 捕鯨目的であろうか。

 

 正に怒涛の急展開である。

 

「奴らめ……!」

 

 クロッカスさんは鯨を守るべく砲弾に向けて走り出す。

 自身が身代わりになるつもりだろう。

 

「おい……!?あのおっさん、まさか……!?」

「まさかあの鯨の盾になるつもりなの!?」

「ははは!この鯨は我々の町の食料にするのだ!」

「死にたくなければ大人しくしてなさいっ!」

 

 彼らは本気でこの鯨を捕獲するつもりのようだ。

 あの砲弾がクロッカスさんに被弾すればただでは済まないだろう。

 

 無防備なクロッカスさんに砲弾が迫る。

 

─まあ、当たればの話だが─

 

 無論、アキトは眼前の砲弾を見逃すつもりはない。

 

 能力を瞬時に発動させることで砲弾の(たま)は勢いを殺し、眼下の胃液の中に落とすことで爆発させる。

 水面に砲弾とクロッカスさんの胃しぶきが上がる。

 クロッカスさんは完全に飛び込み損であった。

 

「な、砲弾が!?」

「ど、どうなってるの!?」

 

 彼らは目の前の奇怪な現象に理解が追いつかず狼狽える。

 腕を振り抜き、ルフィが件の二人組を鎮圧する。

 

「何となく殴った」

「いやナイスだぞ、ルフィ」

「ん?そうか、アキト?」

「ああ、取りあえずこいつらは縄で縛っておくか」

 

 その後、謎の2人組は縄で縛られ、クロッカスさんの案内のもとルフィ達は出口へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー!脱出だー!」

 

 鯨の胃から無事脱出することに成功する。

 

 前方には偽物の空ではなく、本物の空が広がっている。

 天気は快晴、清々しい天気だ。

 

「で、どうすんだ、こいつら?」

「捨てとけ、捨てとけ」

 

 件のゴロツキの連中はメリー号から放り投げられる。

 

「な、何だ!?胃酸の海か!?」

「いや、違うわっ!本物の海よ、Mr.9。どうやら私達はまんまとあの海賊達に嵌められたらしいわ」

「どうやらそうらしいな、ミス・ウェンズデー。だが……」

 

 何か喋っているようだが無視である。

 最早彼らの存在などどうでもいい。

 今はこの鯨、ラブーンのことを考えるのが先である。

 

 捨て台詞を残し謎の2人組は泳いで逃げていく。

 本当に彼らは何だったのだろうか。

 

「いいのか、おっさん?あいつら逃がしても?」

「構わん。あの小童どもを捕まえたところで他のやつらが来るだけだ」

「ん、何だこりゃ?」

 

 その後、ルフィ達はメリー号を双子岬の沿岸に停泊させることにした。

 

 

 

「はーん、この鯨は50年もそいつらを待っているわけか」

「そうだ、すでに彼らを死んでいるというのにだ。……ラブーンは恐らく待つ意味(・・)を失うことが怖くて、今なおこの赤い土の大陸(レッドライン)に挑み続けているのだろう」

「そんな……」

 

 それは何と悲しい話しだろうか。

 信じていた存在に裏切られ、それでもなおこの鯨は50年もの間彼らを待ち続けているのだ。

 これではこの鯨が余りにも浮かばれない。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 ルフィが静寂を破り、突っ走る。

 ラブーンの巨大な口の裏側を山登りの要領で走り抜けている。

 右手にはメリー号のメインマストを担いでいた。

 

「なあ、あれ俺達の船のメインマストじゃないか?」

「ええ、そうね。私達の船のメインマストね……」

 

 呆れた声のウソップとナミ

 本当にルフィの奴は何をやっているのだろうか。

 

「ゴムゴムのォオオオ~"生け花"!!」

 

 ルフィはラブーンの東部の新たな傷に容赦することなくメインマストを振り下ろす。

 能力込みの攻撃である。

 

 ラブーンの絶叫が響き渡り、血しぶきが上がる。

 

「「「何やってんじゃ、お前~っ!!」」」

「船壊すなァ!!」

 

 外野の当然の突っ込み

 アキトは額に右手を当て思わず天を仰いでいた。

 

 ルフィはどこまでメリー号を破壊すれば気が済むのだろうか。

 船首然り、メインマスト然りである。

 

 まだ、偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりであるにも関わらず、メリー号は散々たる有様だ。

 しかもその原因が全て船長となると世も末かもしれない。

 

 ルフィはラブーンに頭上から振り落とされ地面に叩き潰される。

 クロッカスさんが悲鳴を上げるが、ルフィはゴム人間であるため問題はないはずだ。

 

 

 

「引き分けだ!!」

「俺達が偉大なる航路(グランドライン)を一周したらまたお前に会いに来るから……」

「そしたらまた喧嘩しよう!!」

 

 どうやら全てはラブーンのことを思っての行動だったらしい。

 ラブーンは嬉しさで涙を流している。

 

 アキトはルフィの性格を何となく理解した。

 時には無茶な行動をするが、締めるところはしっかり締めるのがルフィなのだろう。

 

 ただそれでメリー号のメインマストを壊すのは切実に止めて欲しい。

 少しは周囲のことを考えてほしいものである。

 

 ラブーンの嬉しさによる叫び声が辺り一面に響いた。

 

 

 

「んんっ!よし!これが俺とお前の"戦いの約束"だ!!」

 

 ラブーンの頭には拙くも麦わらの海賊旗のマークが描かれている。

 ラブーンの頭部を傷全体を隠すほどの大きさだ。

 

 後方ではその様子をアキトとウソップが眺めている。

 

「たく、ルフィも無茶なことをするな」

「そうだな、ウソップ。取りあえずメインマストの修理をする必要があるな」

「そうだよっ、チクショー!あいつ勝手に船を壊しやがって!」

 

 ウソップはメインマストを修復すべくメリー号へ駆け出していく。

 ナミはクロッカスさんからルフィから受け取った記録指針(ログポース)の説明を受けている。

 

「んナミさァ──ん!エレファント・ホンマグロの料理ができました~!!」

 

 相変わらずナミにメロメロなサンジが料理を皿に盛り付け、此方に駆け寄ってくる。

 

「おお、飯か?美味そうだな。」

「てめェのために作ったんじゃねーぞ、クソマリモ。この料理はナミさんのために作ったんだ。そのことを理解してありがたく食いやがれ」

 

 ゾロには淡泊な反応を見せる。

 実に分かりやすい性格だ。

 

「これが記録指針(ログポース)……。これが偉大なる航路(グランドライン)を航海するうえで必要となってくるのね」

 

 左手の手首に巻き付けた記録指針(ログポース)を覗き込む。

 ナミの背後には興味深そうに記録指針(ログポース)を眺めるアキトもあった。

 

「これが記録指針(ログポース)なのか。初めて見た」

「そうなの、アキト?」

「ああ、前も言ったけど俺は船なしで偉大なる航路(グランドライン)を越えて来たからな」

 

 アキトは能力で空を飛ぶことが可能であるため、これまで一度も船や記録指針(ログポース)を必要としてこなかった。

 

 アキトは感慨深けに記録指針(ログポース)を見つめる。

 これからこの記録指針(ログポース)を要に偉大なる航路(グランドライン)を航海することになるのだ。

 

「ふー、一旦船の修理を休憩するか」

「おお~!飯か!美味そうだな~!!」

 

 ペンキを落としたルフィが料理の匂いにつられてこちらに駆け寄ってくる。

 既に口から涎を垂れ流している。

 

 後方にはメリー号の修理を一時中断したウソップの姿もあった。

 

「ルフィ、ウソップ、てめェらもだ。少しは自重して食えよ」

 

 サンジは何よりナミに自分の料理を食べてほしいのだろう。

 ルフィ達は料理を食しながら今後の方針を話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

「よし!じゃあ出航だ!」

「ってちょっと待て!何でこいつらもいるんだよ!?」

「ああ、何かこいつら故郷に帰りたいんだとよ」

「いいの、ルフィ!?こいつらラブーンを殺そうとしていたのよ!?」

「船長であるルフィの決断だ。そこまで気にする必要はないんじゃないか?」

「アキト……」

「まあ、もしも何か妙な真似をすれば俺がこいつらを船外に吹き飛ばすから問題ない」

 

 アキトの言葉で押し黙るナミ

 当事者である2人組は驚愕の表情を浮かべていたが

 

 次なる目的地はウイスキーピーク

 ラブーンの叫び声を背後にメリー号はリヴァース・マウンテンの麓である双子岬を出航した。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 双子岬から出発し、メリー号はウイスキーピークに向けて舵を切る。

 未だにこの2人を信用しているわけではなかったが

 

 偉大なる航路(グランドライン)の予測不可能な気候がルフィ達を苦しめる。

 偉大なる航路(グランドライン)は正に未知の領域

 ナミの航海術も意味をなさない。

 

 甲板の上ではルフィとウソップが雪遊びをしている。

 雪が降っているにも関わらず、軽装のままであったが

 

 サンジはナミにイイように使われており甲板の雪かきをしていた。

 以前もどこかで見た光景である。

 

「あいつらこの寒いなかなんであんなに元気なのよ……?」

「まあ、気持ちが天候の過酷さを凌駕してんだろ」

 

 適当に答えるアキト

 アキトとナミの2人はキッチンで指針のことを話し合う。

 傍には謎の2人組もいたが

 

「船で航海するのって思った以上に大変なんだな」

 

 アキトは船で航海する大変さを嚙みしめる。

 

「……!?天候がいきなり変わった!さっきまで晴天のなか船は進んでいたのに!?」

偉大なる航路(グランドライン)の季節と天候は正にでたらめだな」

「そんなことより、アキト!船の進路を正すわよ!」

「分かった」

「皆、聞いて!メリー号が今逆走してしまっているの!だから今から進路を正すわよ!!」

「「分かった!!」」

「了解だぜ!ナミさん!」

 

 この騒ぎのなか2人組はテーブルでのんきにコーヒーを飲んでいる。

 

「貴方達、本当に偉大なる航路(グランドライン)のこと何も知らないのね」

「おい君。この船には暖房設備はないのかね?」

 

 乗せてあげているにも関わらずこの態度

 実にイイ性格をしている。

 

 今すぐ船外に叩き出してやりたい気分だ。

 

「偉そうにしてないでさっさと手伝え!」

 

 ナミが彼らを容赦なく蹴り飛ばす。

 ナミはなかなかにアグレッシブのようだ。

 

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)の航海は困難を極めた。

 

 天候・季節の全てがこれまでの常識が通用しない。

 唯一信用できるのはナミが持つ記録指針(ログポース)のみである。

 

「前方に氷山の一角が!」

「何ですってっ!?アキト、よろしく!」

「任せろ!」

「帆を今すぐたたんで!風の勢いに耐えられないわ!!」

「了解だ、ナミさん♡おい、てめェら何ちんたらしてやがる!さっさと手伝いやがれ!」

「ナミ、指針はどうなってる?」

「またズレてる!?」

「何ィィ!?」

「「春一番だ」」

「何で!?」

「おいゾロ!!おめェはいつまで寝てんだよ!」

「そうよゾロ、いつまで寝てるのよ!?さっさと起きなさい!」

「おい、また気候変わったぞ!」

「うそっ!」

「おいクソマリモ、てめェはいつまで寝てやがるんだ!さっさと起きやがれ!」

「何なのよこの海はァ!」

 

 ナミの指示を受け荒れ狂う天候のなか舵を切り、メリー号を舵を切るのであった。

 

 

 

 

 

「ん~、よく寝た。……て、おいおいいくら進路が安定しているからって全員ダラけすぎじゃないか?」

 

 ふざけたことを(のたま)うゾロ

 

 とても気持ちよさそうに寝起きの伸びをしている。

 周囲には皆が疲労で倒れている。

 

 この2人組よりも先にゾロをメリー号から吹き飛ばしてやりたい気分である。

 

「ん?何でこの2人も船に乗ってんだ?」

「こいつらの故郷に乗せていくことになったんだよ。船長であるルフィの決断だ」

 

 アキトがゾロの問いに答える。

 

「ふーん、そうなのか。こいつらもねェ……」

 

 怪訝な表情で、思案気な様子のゾロ

 

「何かを知っているのか、ゾロ?」

「いや、どうもこいつらの名前を聞いたことがあるような気がするんだが……」

「そうなのか?」

「ああ」

「まあ、取りあえず後ろには気をつけろよ、ゾロ」

「あァ……!?」

 

 ゾロに拳が振り下ろされる。

 容赦の欠片もなかった。

 

 ナミ()の顕現だ。

 

「あんた、今までよくものんきに寝てたわね。何度あんたを起こそうとしたことか……!」

「あァ!?そりゃどういうい…みィ!?」

 

 続けての拳骨

 ゾロは余りの痛みに声が出ない。

 当然の報いである。

 

「皆、聞いて!今やっと偉大なる航路(グランドライン)の海の怖さが理解できた!だけどこれからは私が航海士として何とかしていくわ!!」

 

 ずば抜けた航海術を有するナミなら今回のことを活かし、今後の航海を何とかしてくれるだろう。

 周囲は未だに疲労で甲板の上に倒れていたが

 

「おいおい、それで大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。その証拠に偉大なる航路(グランドライン)に入ってからの1本目の航海が終わったわ」

 

 巨大なサボテンが島を囲む歓迎の町ウイスキーピークが姿を現す。

 見れば島の住民達が大々的に歓迎している。

 

 途中、2人組がメリー号から飛び降りていったが無視である。

 最後まで彼らは何だったのだろうか。

 

 こうしてルフィ達偉大なる航路(グランドライン)に入ってからの1本目の航海が終わりを迎えた。

 

 

 

To be continued...



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B・W編
歓迎の町ウイスキーピーク


 ウイスキーピークの住民から熱烈な歓迎を受けたルフィ達

 現在、メリー号はウイスキーピーク島を2つに分かつ沿岸の側に停泊されていた。

 

「「「ようこそ、歓迎の町ウイスキーピークへ!!」」」

偉大なる航路(グランドライン)へようこそ!!」

「ようこそ我々の町へ!」

「海の勇者、海賊に万歳!」

「宴の用意を!」

 

 老若男女問わずこの島の住民はルフィ達をまるで英雄のごとく歓迎する。

 サンジは可愛い女の子に夢中になり、ルフィとウソップは自分達の英雄の如き扱いに有頂天になっていた。

 

 

 

「よぐっ……!!ゴホンッ、マーマーマーマ~♪よくぞ、このウイスキーピークにお越しくださいました。私はこの町の町長のイガラッポイというものです。今夜はぜひ我々のおもてなしを受けてください」

 

 姿を現すは髪を左右に均等にロールケーキのように巻いている長身の男

 左手にはトランペットを有し、髪のことも合わさりとてもインパクトのある特徴をしている。

 彼はこの島の代表として此方に歓迎の意志を示している。

 

 見るからに怪しい。

 何処の世界に海賊をここまで大々的に歓迎し、ましてや宴をもてなす島があるのだろうか。

 流石にここまで見え透いた罠にかかるやつはこの一味にはいないだろう。

 

「「「喜んで~っ!!」」」

「「「……」」」

 

 訂正、いた。

 

 警戒心も無しに歓迎を受けるルフィ・サンジ・ウソップ(3バカ)

 彼らは生き生きと肩を組み町に繰り出していった。

 そのメンバーにサンジがいることは驚きものである。

 

「……なあ、ナミ」

「何、アキト?」

「サンジはこの一味のなかでも比較的常識人だと思ってたんだが。そこんとこどうなんだ?」

「……サンジくんは女に弱いのよ」

「あっ(察し)」

 

 サンジと出会った時も、ナミの隣に立っているだけで威嚇してきたことを覚えている。

 船上ではナミにイイように使われ、意気揚々と恋の奴隷と化していた。

 流石に女好きであるとは思っていたがここまでとは想定外だ。

 

サンジィィィ……

 

 現状この島を疑っているのは自分とナミ、そしてゾロの3人のみ

 自分達がしっかりしなれば

 

「ねェ、イガラッポイさん。この島の"記録(ログ)"はどれくらいでたまるの?」

「"記録(ログ)"?そんな堅苦しい話はさておき我々の宴を受けてください」

 

 ナミがこの島のログについて尋ねるも華麗にスルーされる。

 あからさま過ぎる。

 この時点で完全にこの島は黒だとアキトは確信する。

 

 やがて太陽が沈み、ウイスキーピークの歓迎の宴が月光の下のもと行われた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「そこで俺は凪の帯(カームベルト)の海王類どもに堂々と言ってやったんだ。『俺の仲間に手を出すな!』ってな」

 

 ウソップは捏造した物語を饒舌に語る。

 周囲の女性達は彼の熱弁に心を打たれている。

 酒の勢いもありウソップの語りは止まらない。

 

 いや、海王類をメリー号から一掃したのは俺だから、アキトは心のなかで呟く。

 空気を読んで口には出さなかったが

 

「まあ、あの海王類どもの大きさにはさすがにビビったね」

 

 確かに、ウソップの足は震えていた。

 海王類の存在に気圧され、終いには気絶していたが

 ウソップを馬鹿にしているわけではないのだが、事実だ。

 

 その後もウソップの語りは止まらない。

 ここまでくると彼の嘘付きとしての語りに尊敬の念を抱かずはいられない。

 将来、ウソップの嘘は皆を救うことになるのではないかとアキトは思った。

 

「うおおっ!すごいぞ10人抜きだ!」

「こっちのねーちゃんは12人抜きだぞ!酒豪たちの勢いが止まらない!」

 

 向こうではジョッキを片手に酒を豪快に飲むナミとゾロの姿があった。

 周囲には飲み比べにて潰れた敗者が倒れている。

 ゾロもナミに劣らずの酒豪であるようだ。

 

「こっちでは船長が何人ものコックを相手に暴食してるぞォ!」

「こっちのにーちゃんは20人の娘を一斉にクドこうとしている!何なんだこの一味はァ!?」

 

 ルフィは料理を食って食いまくる。

 腹が大きく膨れ上がるまで食し、ゴム人間の特性を活かした暴食に走るルフィの姿があった。

 対するサンジは数十人の女性を口説いている。

 

「うおおっ!こっちのにーちゃんは10人の娘を相手にしているぞ!」

 

 アキトは周囲を10人の女性たちに囲まれていた。

 女性達の距離は近く、少し動けば肩が触れ合いそうなほどの距離である。

 

 むしろ彼女たちからアキトにグイグイ接近してくる。

 先程から幾度も肩だけでなく、太腿や上半身による接触が起きている。

 アキトは表情を崩すことなくジョッキを口に運んでいたが

 

 海賊を歓迎する怪しさ満点の町で気を許すなどどうかしている。

 ジョッキに酒を注がれながらもアキトは警戒を怠らなかった。

 

 だが、アキトが女性に囲まれている状況に我慢ならない人物もいた。

 

「……」

 

 ナミである。

 アキトをジト目で見据えている。

 

 全く動じていないとはいえアキトが自分以外の女性に囲まれている光景はナミにとって気分の良いものではなかった。

 ナミは無意識にジョッキを握る力を強める。

 

「アキト!そっちで飲んでいないでこっちで飲みなさい!」

 

 酒の影響で普段より大胆になっているのかもしれない。

 ナミの行動はアキトの周囲の女性達に嫉妬しているのは一目瞭然であった。

 本人は無意識による行動で気付いていなかったが 

 

「ん?ああ、分かった。」

 

 対するアキトはいつもの調子で答え、ナミに向こう側の席に引っ張られていく。

 

「一緒に飲むわよ、アキト!」

「酔っているな、ナミ」

「酔ってらいわよ!」

「いや頬も赤いし呂律も回ってないぞ?」

 

 ナミは酒の影響で呂律も回っておらず、頬がほんのりと染まっている。

 

「そんらことらいわよっ!」

「いや、明らかに酔ってる……!?」

「わたしの酒を飲みらはい!」

「いや俺自分のジョッキ持って……!?」

 

 その後、宴ではナミに酒を無理矢理飲まされるアキトの姿が目撃された。

 腕を肩に回され、ジョッキを口に押しあてられている。

 

 アキトにナミを止める術はなかった。

 この後、延々とアキトはナミに酒を飲まされることになった。

 

 こうして賑やかな宴は瞬く間に過ぎていく。

 

 

 

「あ~も~むり」

 

 遂にナミがダウンする。

 演技であることはアキトは気付いていたが

 

 ナミは此方にしなだれかかる形で頭を預けてくる。

 ナミを胸で抱きとめることで受け止め、アキトもソファーにダウンする。

 

 ルフィとゾロ、サンジ、ウソップの4人も見事にダウンしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ナミ。そろそろ起きてもいいと思うぞ」

 

 アキトはナミの左頬をペチペチと軽く叩く。

 ナミはアキトの上着を手で軽く引っ張り、頬を赤らめながらジト目で睨み付ける。

 

 酒の勢いに押されたとはいえ、この状況はとても恥ずかしいのだろう。

 アキトの腕の中に包まれていることに嬉しさを感じていたのも事実だが

 

 今のナミは羞恥心と嬉しさの板挟みの状況であり、アキトの顔を直視出来ない。

 対するアキトは動じず、普段と変わらぬ様子だ。

 

「ナミ、取りあえずここから移動するぞ」

「う~、分かってるわよ」

 

 アキトは未だに頬が赤いナミのを引き連れ、外に出る。

 因みにルフィ達は放置である。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡る。

 

 宴が行われた建物の外ではゾロがこの島の全住民と対峙していた。

 彼らの正体は偉大なる航路(グランドライン)に入ってきた海賊達を稼ぎとする賞金稼ぎであった。

 

 屋上からゾロが意気揚々と見下ろす。

 

「つまり、こういうことだろ?この島は"賞金稼ぎの巣"。偉大なる航路(グランドライン)に入ってきたばかりの海賊達を宴でもてなし、眠ったところをカモろうってわけだ。……相手になるぜ"B・W(バロックワークス)"?」

 

「き、貴様!?なぜ我が社の名を!?」

 

「昔、俺も賞金稼ぎをしていたことがあってな。そのときにお前らの会社にスカウトされたことがある。社内ではコードネームでお互いを呼び合い、社長(ボス)も含めたあらゆることが謎に包まれている犯罪集団、それがB・W(バロックワークス)。へへ、秘密だったか?」

 

「まさか我々のことを知っているものがいようとは……。秘密を知られた以上消すしかあるまい。また1つ、サボテン岩に墓標が増える」

 

 ウイスキーピークのサボテン岩の刺は全て墓標によって形作られている。

 しかし、海賊達の墓標を作っているとはかなり律儀なものだ。

 

「まあ、アキトとナミはお前らのことを最初から疑っていたと思うぜ。今ごろなかで起き上がっているころだろ。で、どうする?俺を()るか?」

 

 彼らの応えは応戦

 銃・刀・ラッパを構え始め、ゾロへと牙を向く。

 

 

『殺せっ!!!』

 

 

「単純だねェ。……さてと俺も新しく手に入れたこいつらの試し切りをお前らでさせてもらうとするか」

 

 ゾロは新たな刀である"雪走(ゆばしり)"と"三代鬼徹(さんだいきてつ)"を抜刀する。

 

 こうしてゾロとこの島の全住民が対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

「まっ、こんなもんだろ。」

 

 ゾロと賞金稼ぎの間の戦いは瞬く間に終わりを迎える。

 

 突出した戦闘力を持った手合いはおらず、ゾロの敵ではなかった。

 所詮は数だけを集めた烏合の衆であり、ゾロの足元にも及ばなかった。

 

「ふー、やっと静かになった。これで安心して酒を飲める」

 

 ゾロは屋上から眼下のウイスキーピークの街並みを見ながら酒を飲む。

 眼下には賞金稼ぎ達が地に伏している。

 

「ん?……何だあいつら?」

 

 地上では新手が登場していた。

 2人組の男女のペアだ。

 

 女性は帽子を被り、雨が降っていないのもかかわらず傘を差している。

 男性はサングラスをかけ、の数字が描かれた服装に身を包む。

 

 見たところB・W(バロックワークス)の手の者だが、決して友好的な雰囲気ではない。

 どういう状況なのだろうか。

 仲間割れだろうか。

 

 

 

 どうやら話を聞くに組織の裏切り者を始末する命を受け、この島を訪れたようだ。

 

 組織の裏切り者はこの島の町長であるイガラッポイとミス・ウェンズデー

 そこから始まる2人の抵抗

 

「裏切り者の名はアラバスタ王国王女……」

「くたばれ!"イガラッパッパ!!"」

 

 イガラッポイによる散弾銃(ショットガン)が炸裂する。

 爆発が起き、爆煙が周囲に吹き荒れる。

 

 しかし、被弾したにも関わらず依然として男は無傷

 時間を稼ぐことも叶わずイガラッポイは倒れ伏す。

 

「裏切り者の名はアラバスタ王国護衛隊長イガラム、そしてアラバスタ王国王女"ネフェルタリ・ビビ"」

「……!?よくもイガラムを!!」

 

 Mr.9はミス・ウェンズデーを庇うべくアクロバットな動きで特攻する。

 だが、抵抗虚しく鼻くそでMr.9は爆発を伴い吹き飛ばされていった。

 

「おいおい何て恐ろしい鼻くそだ……」

 

 何という鼻くそであろうか。

 世界一汚く、受けたくない攻撃だ。

 とても鼻くそとは思えないほどの威力を誇っている。

 

「ったく、何なんだよ。それよりもルフィを運ぶか。……ん?」

「剣士殿、お願いがありまする!王女をあの2人組から守ってくださるまいか!?」

 

 ゾロの足元に縋りつき懇願するイガラッポイ、改めてイガラム

 藁にも縋る必死の形相をしている。

 

「知るか!?それはてめェらの事情だろ!?それにその王女様ならもう1人で逃げちまったぞ!?」

「あの2人は両者とも能力者ゆえ王女が捕まるのは時間の問題!それに、もし王女を救い出してくださればあなたに莫大な恩賞を約束……ゴホッ!!」

「莫大な恩賞って本当?」

「んァ?」

「その話のった♡恩賞は10億ベリーでいかが?」

 

 騒ぎ立てるゾロの頭上からナミの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「その話のった♡恩賞は10億ベリーでいかが?」

 

 屋上ではナミが得意げな顔で足を組み、此方を指差している。

 彼女の背後でため息を吐くアキトの姿も

 

「お前かなり飲んでいたように見えたが、大丈夫なのか?」

「問題ないわよ。私がこんな海賊を歓迎する町で酔うなんてヘマ犯すわけないでしょ。演技よ、演技」

「そのわりには俺に絡み酒をしてきたし、最後には抱き着いてダウンしていたが……」

「余計なこと言わないでよ、アキト!?」

「へ~」

 

 ゾロは両者の遣り取りにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 またナミに殴られたいのだろうか。

 

 ナミは既に頬を少し赤く染めながら拳を握りしめているのだが

 

「こ、こほん。それよりもその王女様を無事助けることが出来れば10億ベリーを約束してくれるの?」

 

 ナミは先程の発言を無かったことにし、交渉を開始する。

 

「じゅ…10億ベリー!?」

 

 イガラムさんは余りの巨額の大金の要求に狼狽え、口籠ざるを得ない。

 

「まさか一国の王女の救出にお金を出し渋るなんてことないわよね?」

 

 ナミは畳み掛ける。

 この迷いの無さには尊敬の念を抱くほどだ。

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

 王女を助けるためとはいえ己の一存で巨額の大金を工面すべきか迷っているのだろう。

 

「おたくの王女死んじゃうわよ。い・い・か・ら・出・せ」

「恐喝じゃねェか」

 

 だが、ナミは恐喝まがいのことを平然と行う。

 当然のゾロの突っ込みだ。

 

 アキトはお金のことになるとどこまでもぶれないナミに少し引いていた。 

 

「な、ならば無事、王女を救出し、国へ送り届けてくださればこの話は確約いたしましょう!」

「なるほど。まずは王女を助けろってことね」

 

 取引は無事成立する。

 しかし、お金のことになると途端、人が変わるナミには毎度驚かされるものである。

 

 

 

『さァ!行きなさい、ゾロ!!』

 

 ゾロが行くんかーい、心のなかで突っ込むアキト

 

「行くか!?手前ェが行けや!!」

「ナミが行くんじゃないのか?」

「行かないわよ。そういう力仕事は私の仕事じゃないもん」

 

 いや"もん"って

 少し他力本願すぎではないだろうか。

 

「ちょっと待てや、手前ェ!何で俺が行かなきゃならないんだよ!?」

「あんた忘れてない?私にローグタウンでお金を借りたこと」

「……!?あのお金ならお前にそのまま返したんだからいいだろうが!」

 

 どうやらゾロはローグタウンにてナミからお金を借りていたようだ。

 思えばそんなことを言っていたような気もする。

 

「駄目よ。私はあんたに前もって利子3倍(・・)って言ったはずよ。まだあんたから20万ベリー返してもらってないわ」

「そりゃ屁理屈だろうが!?」

 

 屁理屈にもほどがある。

 ただナミが言うと不思議と屁理屈と感じられない。

 

「屁理屈と言ってもらっても結構……」

「認めてんじゃねェか!?」

「それよりもあんた、男のくせに"約束"の1つも守れないの?」

 

 ゾロの心にナミの言葉が深く突き刺さる。

 アキトはナミの詐欺まがいのゾロへの要求に引いていた。

 否、ドン引きしていた。

 

 無意識にナミから少し距離を取る。

 

「分かったよ!行きゃいいんだろ、行きゃ!?手前ェろくな死に方しねェぞ!!」

「そうね、私はろくな死に方しないわ。それよりもさっさと行きなさい」

 

 遂に折れるゾロ

 

 憤慨しながらも王女ビビの救出のためにこの場から離れていく。

 アキトはナミにドン引きだ。

 

「よし、これで何とかなるでしょ。……ってアキトどうして私から距離を取るの?」

「いや、ナミに少し引いた」

「……!?勿論、アキトにはあんなことしないわよ!?」

 

 ナミはとても狼狽えた様子でアキトに詰め寄った。

 とても必死な様子である。

 

「いや、分かってるけど。ちょっと引いた」

「アキトに本気でそんなこと言われると結構傷つくから止めてくれない!?」

 

 本気で傷ついた顔を浮かべるナミ

 先程、ゾロと話していた彼女とはえらい違いだ。

 

「いや、まあ、うん」

 

 困ったようにアキトはそっぽを向き、頬を掻く。

 ナミに今なお視線を合わさない。

 

「何その曖昧な返事!?」

「いや、冗談だから、冗談。だからそんなに必死にならなくても……」

 

 ナミの予想外の必死な反応に今度は此方が狼狽えてしまう。

 

「冗談じゃ済まないわよ!?」

 

 ナミは余程ショックだったのかえらく取り乱していた。

 今もアキトの服の袖を繊維が伸びるほど強く引っ張っている。

 

「ナミ、お、俺が悪かった。俺が悪かったから服の袖を引っ張るのは止めてくれ」

「そう思っているなら早く、私の傍に寄りなさいよ!」

 

 まるで痴話喧嘩を繰り広げる2人(アキトとナミ)

 眼前の光景にイガラムは言葉が出なかった。

 先程までの緊迫した雰囲気は何だったのだろうか。

 

 

 

「お心遣い感謝する。私にもっとあの方を守る力があれば……。あの方にもしものことがあれば我らの王国は終わりだ……!」

「「……?」」

 

 彼は自身の力の無さを懺悔するが如く、唇を嚙み締める。

 余程王女のことが心配なのだろう。

 

「……ナミ。俺も最悪のケースに対処するために王女のもとへ向かおうと思うが、構わないか?」

「……そうね。アキトも王女のもとに向かってくれる?」

「分かった」

 

 アキトは大気を踏みしめることで跳躍(・・)し、飛翔(・・)し、王女のもとへ向かう。

 

 ウイスキーピークの騒動はこれで終わりではない。

 此処よりB・W(バロックワークス)という秘密結社とルフィ達の壮絶な戦いは幕を開けるのだ。




ナミは可愛い(正義)
異論は認めない(´・∀・)

ゾロとウイスキーピークの賞金稼ぎとの戦いはカット


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王女ビビとの出会い

 王女を救出にきたアキトの眼前ではルフィとゾロが戦闘を行い、理解出来ない状況が広がっていた。

 2人の傍にいる水色の髪の彼女も困惑している。

 

 水色の髪にカルガモを引き連れている女性、彼女が王女だろう。

 見覚えがあると思えば彼女は双子岬でラブーンの腹に穴を開けようとしていた謎の2人組の片割れではないだろうか。

 どうやら犯罪者から王女にジョブチェンジしたようである。

 

 アキトはルフィとゾロの2人の戦いを止めるよりも先に王女の確保を優先するべく上空から眼下に降り立った。

 

「貴方が王女で合っているか?」

「あっ…貴方は!?」

 

 彼女は双子岬で鯨の捕鯨を妨害したアキトの突然の登場に狼狽える。

 空からアキトが現れたことにも驚いているのだろう。

 

「警戒する必要はない。イガラムさんからあんたを守るように頼まれている」

「イガラムが……」

 

 未だ警戒心を解いてはくれないが、一応話は聞いてくれるようだ。

 イガラムの名前を出したことでアキトに対する警戒心を薄めてくれたのだろう。

 

「ああ。それで貴方が王女で間違いないか?」

「……ええ、そうよ。私が王女ビビよ」

 

 彼女は躊躇いながらも自身が王女だと肯定する。

 名前はビビというらしい。

 

 やはり彼女が王女で間違いないようだ。

 これで一応自分の任務は達成である。

 しかし、まだ事態は収束したわけではない。

 

「ルフィとゾロの2人は何故、戦っているんだ?」

 

 アキトは当初から気になっていたことをビビに尋ねる。

 

「えっと、確か飯を食わせてくれたこの町の人達をMr.ブシドーが斬ったからって彼は言ってたわ。その後、問答無用でMr.ブシドーを攻撃して……。ただ、彼らのおかけでB・W(バロックワークス)の追っ手を倒すことが出来たのも事実なんだけど……」

「Mr.ブシドーというのはゾロのことか?」

「ええ、貴方の仲間の剣士のことよ」

 

 アキトは嘆息し、空を見上げる。

 彼女の話しを聞くに恐らくゾロの言い分をまともに聞かずにルフィは感情の赴くままゾロに飛びかかったのだろう。

 ゾロとは違いルフィは宴の後も爆睡していたためこの町の人達の正体を知らないということもあるのだろうが

 ルフィには少しぐらい人の話を真面目に聞いてほしいものである。

 

 今なお眼前ではルフィとゾロが拳と剣による応戦を続けている。

 2人からは手加減というものが一切感じられなかった。

 

 辺りを見渡せば組織の追っ手である2人も倒れていた。

 彼らは酷い有様であり、何故か焦げている。

 ついでとばかりにルフィとゾロに吹き飛ばされたのだろう。

 アキトは彼らに敵とはいえ同情せずにはいられなかった。

 

 事態の収束を図るべくアキトはまず眼前で今なお続く無謀な戦いを止めることを決意する。

 

「まだまだ動けるだろ、ルフィー!!」

「おおォ!決着をつけるぞ、ゾロー!!」

 

 決着をつけるべく同時に駆け出す2人

 両者は雌雄を決するべく互いの必殺の一撃を打ち出した。

 

「"鬼"…切ッ!?」

「ゴムゴムのーっ!?"バズッ…!?」

 

 2人の間に突如上空から降り立つアキト

 

「アキト!?」

「おい、アキト!危ねェぞ!?」

 

 アキトへ忠告するルフィとゾロであったが、アキトは動じることなく対処する。

 勢いよく突っ込んできた2人の右手首を掴み取り、突進の勢いを殺すことなく両者を逆方向へと投げ飛ばした。

 

 ルフィとゾロはアキトに投げ飛ばされ建物へと激突する。

 建物の壁は轟音を伴い崩れ落ち、瓦礫の山を積み上げた。

 無論、当然その程度で止まる2人ではなく、すぐに倒壊した建物の残骸から立ち上がる。

 

「アキト、てめェ何しやがる!?」

「そうだぞ、アキト!何すんだ!?」

「やめなさい、あんた達!!」

「あァ!?ってナミじゃねェか?」

「んァ?おお~ナミ、どうしたんだ?」

 

 その場に到着したナミの一喝により事態は無事収束し、ルフィとゾロの2人は互いに矛を収めた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 無事に王女であるビビを救い出したルフィ達は彼女の話に耳を傾けていた。

 ルフィとゾロはナミの拳骨の跡が残っていたが

 

 彼女の口から語られる内容は壮絶の一言に尽きた。

 

 彼女の祖国であるアラバスタ王国では現在革命による内乱が起きていること

 加えて、裏で手を引いているB・W(バロックワークス)の組織の真の目的がアラバスタ王国の乗っ取りであること

 故に、ナミの要求である10億べリーは実質払うことは出来ないこと

 聞けば聞くほど彼女が戦っている相手の強大さが理解せざるを得ない。

 

 ナミは祖国のために必死で戦うビビの姿を自分と重ねて見ていた。

 この世界の人間は誰しも自分の大切なもののために命を懸けている。

 彼女達のそんな姿はアキトにはとても眩しいものに見えた。

 

「そのB・W(バロックワークス)社長(ボス)って誰なんだ?」

 

 興味津々な様子でルフィが無邪気にビビに尋ねる。

 ビビは焦った様子で動揺をあらわにする。

 

社長(ボス)の正体!?それだけは絶対に言えない!社長(ボス)があの王下七武海の1人であるクロコダイルだなんて!!」

 

 言わないどころか本名まで暴露した。

 この王女しっかりとしていると思ったら全然大丈夫ではなかった。

 うっかりどころの騒ぎではない。

 

「言ってんじゃねーか」

 

 ゾロの当然の突っ込み

 普段、仏頂面のゾロが呆れながら突っ込みを入れるレベルである。

 ナミは両手で自身の体を抱きしめ、絶望していた。

 

 そんな眼下の彼らを屋上から様子を伺っていたラッコとハゲタカはルフィ達の前から悠々と飛び去っていく。

 ルフィ達はその光景を呆然と見上げることしか出来ず、辺りに静寂が広がった。

 

 

「ちょっとあれ何!?もしかして私達のことを社長(ボス)に伝えに言ったんじゃないの!!?」

 

 最初に再起動したのはナミであった。

 ナミはビビに詰め寄り、首が折れそうなほどの勢いでビビを揺さぶる。

 ナミは半狂乱の状態であった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ほ、本当にごめんなさい……!」

 

 ビビはナミに謝ることしか出来ない。

 

「冗談じゃないわよ!偉大なる航路(グランドライン)に来た途端に七武海に命を狙われるなんて……!!ぐすっ…!」

 

 ナミは目に涙を浮かべ、その場に泣き崩れ、右手の甲で涙を拭っている。

 ナミはマジ泣きをしていた。

 

そんなに七武海が嫌なのだろうか。いや嫌か

 

「……ナミ?」

 

 ナミは突如、アキトの手を掴みこの場から離れ始めた。

 この手は絶対に離さないとばかりに強く握られている。

 

「ここから今すぐにでも逃げるのよ!七武海なんて冗談じゃないわ!!アキトなら空を飛べるでしょ!?私を抱えて2人で誰にも見つからない場所に逃げるのよ!!!」

 

それは新手の告白だろうか?

 

 アキトは不覚にもときめいてしまった。

 だが、ナミの顔はマジである。

 

「何処に逃げるつもりだ、ナミ?」

「どこでもいいわよ!まずは一刻も早くこの場から離れ……!?」

 

 ナミが突然、立ち止まる。

 どうしたのかとアキトが前方を見れば、謎の生物2匹が自分達の歩みを阻むように前方に立っていた。

 

 ラッコとハゲタカだろうか。

 2匹ともサングラスをかけている。

 ラッコに関しては二足歩行であり、もはや意味不明である。

 

 呆然とするナミの前でラッコはペンを走らせ、この場にいるナミを含めた全員分の似顔絵を描き始めた。

 どうやらラッコは画家でもあり、会心の出来とも呼ぶべき似顔絵を完成させた。

 

 ラッコとハゲタカはアキトと未だに呆然とするナミの前から悠々と飛び去っていった。

 

「これで逃げ場もないってわけね!!」

 

 ナミは逃げ切ることを諦めたようだ。

 もはや彼女からは投げやりな気持ちが感じられた。

 

 

 

 しかし、アキトはここで彼らを逃がすつもりは毛頭なかった。

 

「待て」

 

 アキトが声を発した途端、ラッコとハゲタカは空中で不自然に停止した。

 否、正確には自分達の体がアキトの方に引き寄せられていた(・・・・・・・・・)

 

 ラッコとハゲタカは空中でアキトの能力から逃れようとジタバタするが無駄無駄ァである。

 その程度の力ではアキトの引力の力を打ち消すことは出来ない。

 

 アキトはラッコから似顔絵を奪い取り、ラッコとハゲタカの首根っこを引っ掴む。

 そして、足元の地面を足で陥没させ脅しをかけた。

 

「もしお前達の社長(ボス)に俺達のことを伝えてみろ。これがお前達の未来の姿だ。俺の言いたいこと……分かるな?」

 

 アキトの脅しに全力で首を縦に振る2匹

 見ていて可哀想になるほど彼らはアキトに怯え、冷や汗をダラダラ流していた。

 

 その後、アキトはすんなりと彼らを解放し、ラッコとハゲタカは逃げるように飛び去っていく。

 

 一仕事を終えたアキトが背後を振り返るれば、ウルウルと涙を浮かべたナミが両手を胸の前で握り締めながら立っていた。

 

「やっぱり、私の味方はアキトだけ!!」

 

 ナミは感極まった様子で手を広げ、力の限り抱擁する。

 ナミのたわわに実った果実が自分の胸に当たっている。

 

うむ、ベリーグッド

 

 無論、アキトは表情にはおくびにも出すことなく、アキトはナミを優しく抱きしめ、頭を撫でる。

 

「そう言えば七武海はその地位を得る前に懸けられていた懸賞金が剥奪されると聞いているが、クロコダイルの元懸賞金はいくらなんだ?」

 

 アキトは純粋な疑問をビビに投げかける。

 

「えっと、確かクロコダイルの元懸賞金は8000万ベリーって聞いているわ」

「8千万ってアーロンの4倍じゃない!!」

 

 叫び声を上げることしか出来ないナミ

 しかも元懸賞金額があのアーロンの4倍であり、驚くなというのが無理な話であった。

 

「それはあくまで七武海に加入した当時の懸賞金の数値だ。現時点では更に跳ね上がる可能性があるな」

 

 アキトは冷静に分析し、現実を叩きつける。

 この男、以外と容赦のない男であった。

 

「尚更笑えないわよ!」

 

 ナミはもはや冷静ではいられなかった。

 ム〇クの叫びのごとく両手を頬に当て泣き叫んでいる。

 

「じ…ゴホッ!マ~ママ~♪心配なさらずとも大丈夫です」

「イガラム!?無事だったのね、良かった!」

「うおおーっ!おっさんその恰好面白いなー!」

「え、イガラムさん?」

 

嘘ぉ……。この女装している人がイガラムさん?

 

 何てインパクトのある姿をしているのだろうか。

 少し王女様を助けるために彼から目を離していた僅かな時間に女装してきたらしい。

 何の意図で女装したのだろうか。

 

 アキトは思わず息を呑む。

 見れば周りのゾロ達も言葉には出さないが引いていた。

 ルフィだけは見当違いのことを述べていたが

 

「ところでビビ様をアラバスタまで送り届けてくださる話は了承してくださいましたか?」

「ん、ああそういう話だったのか。いいぞ」

「ちょっと待って!!何気軽に了承してるのよ、ルフィ!?」

 

 ルフィは事情を深く考えることなく即決する。

 ナミは当然抗議したが、涙を浮かべていたこともあり迫力が余り感じられない。

 

「10億ベリーの取引の話はいいのか、ナミ?」

「もうそんな話はどうでもいいわよ!!」

 

 守銭奴のナミといえどお金よりも自身の身の安全と命の方が大切らしい。

 

「それでは、ビビ様。確かにアラバスタ行きの"永久指針"(エターナルポース)を受け取りました」

「ええ、貴方も道中、気を付けて、イガラム」

「ちょっとそこ!何勝手に話を進めてるのよ!?」

 

 あちらではビビとイガラムさんが今後の方針を話し合っていた。

 もはやビビをアラバスタ王国に送り届けることは確定してしまっているらしい。

 

 ナミはアキトの言葉を聞き悲し気に肩を落とし、ガックシと両手を地面につけ崩れ落ちた。

 ナミからは諦めの哀愁が漂っている。

 

「わ、分かったわよぉ。……ところでイガラムさん"永久指針"(エターナルポース)って何なの?」

"永久指針"(エターナルポース)というのはですね……」

 

 "永久指針"(エターナルポース)とは言わば記録指針(ログポース)の永久保存版のことを指す。

 如何なる場所でも他の磁力の影響を受けずに記録した島の方向を指し示し続けるものらしい。

 

 それでは今、彼がビビからアラバスタ王国の永久指針(エターナルポース)を受け取った意図は何なのだろうか。

 

「囮役はもちろん私が行きます。貴方はこれからのアラバスタ王国を守っていくのに必要な存在です。ビビ様は祖国の意志を胸にどうかアラバスタ王国を救ってください!!」 

 

 つまり、ビビ王女を少しでもアラバスタ王国に安全に辿り着く確率を上げるための囮役をイガラムさんは自ら危険な役を買って出るつもりのようだ。

 自らが囮となり、B・W(バロックワークス)の追っ手を引き付けるつもりらしい。

 

「分かったわ、イガラム。無事祖国で会いましょう」

「ええ、必ず」

 

 

 

 その後、船場でイガラムさんと別れたルフィ達はメリー号へと足を進めた。

 イガラムさんは既に別の船でウイスキーピークから出航している。

 

「行くわよ、あんた達!!」

「ああ、行く…!?」

 

 途端、爆炎と轟音が巻き上がった。

 後方ではB・W(バロックワークス)の追っ手によって沈む船の姿があり、イガラムさんの姿はどこにも見られない。

 

「船が……!?」

「そんな、イガラム……!」

「まさか、もうB・W(バロックワークス)の追っ手が!?」

「行くぞ、お前ら!!」

「アキトさん!?」

「ここで立ち止まるな!イガラムさんの思いを無駄にするつもりか!!」

「「「「……!!」」」」

 

 アキトの言葉で目を見開くルフィ達

 

「アキトの言う通りよ!一刻も早くこの島から脱出しましょう!!」

「「おう!!」」

「イガラム……っ!ええ、分かったわ!!」

 

 ルフィ達は急ぎ足でメリー号に乗り込み、ナミの指示の下ウイスキーピークから出航した。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ウイスキーピークから無事出発したルフィ達は新たな仲間であるビビとカルーを乗せ、メリー号の舵を切る。

 宴で潰れていたサンジとウソップは適当にルフィが引きずりながらメリー号へと連れ込んだ。

 イガラムさんの安否は未だに不明であるが、今は前に進むしか道はないのだ。

 

 次なる目的地の名前は"リトルガーデン"

 

 ウイスキーピークから出航後、B・W(バロックワークス)の副社長であるミス・オールサンデーから別ルートの提案もあったが、ルフィはこれを一掃した。

 現在、ルフィ達は本来のルートであるリトルガーデンへと船を進めている。

 

 

 

「見えたぞ~!あれがリトルガーデンか~!!」

「うん、間違いない、記録指針(ログポース)もあの島を指しているわ」

 

 ルフィ達の偉大なる航路(グランドライン)に入ってからの2つ目の島であるリトルガーデンがついに姿を現した。

 

 その島は巨大な山が雲を貫き、ジャングルが生い茂っている。

 正にここから偉大なる航路(グランドライン)の過酷な冒険は幕を開けることになる。

 

 ルフィ達の次の目的地である"リトルガーデン"は太古の生物が蔓延る弱肉強食の孤島

 

──その島に何が待ち受けているのかはまだ誰にも分からない。

 

 

 

To be continued...




ビビってFateの遠阪凛に似ていると思うんですよね。うっかりしてるところが

あと、アキトさんは基本、敵に敬語は遣いません


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リトルガーデンへ

 ルフィ達はメリー号をリトルガーデンの沿岸へと停泊させる。

 ゾロが舵を降ろし、サンジが風で流されることを防ぐべく帆をたたむ。

 ルフィ達の眼前には見渡す限りの広大なジャングルが生い茂っていた。

 

 眼前には百獣の王であるライオンが血だらけで地に倒れ伏し、地表には巨大な生物の足跡が見受けられる。

 また、明らかに大古の時代に生息しているはずの生物も先程から姿を見せており、この島の異常性を際立たせていた。

 

 これら全てが偉大なる航路(グランドライン)の出鱈目な気候による影響であると考えると恐ろしいものである。

 

 太古の時代の生物と植物が今なお生き続けている島

 

 此処は全てが外界から完全に隔絶され、過酷な生存競争が続く弱肉強食が法である世界だ。

 如何なる者であろうとも足を踏み入れることなど許されない絶海の孤島、それがリトルガーデンである。

 

「ここがリトルガーデン……」

「皆、聞いてくれ。実は俺"この島に入って行ったら死んでしまう病"になっちまったんだ」

 

 ナミとウソップの2人はリトルガーデンの存在感に圧倒され、余程怖いのか体を大きく震わせている。

 ウソップに至っては奇妙な新病を発症していた。

 

「サンジ、海賊弁当!冒険のにおいがプンプンするぞ!」

「もう島を散策する気かよ、ルフィ?」

「おう!当たり前だろ!」

 

 我らが船長ルフィにはそんな2人(ナミとウソップ)の言葉は聞こえていなかった。

 

 ルフィは今すぐにでもこの島を探検したいのか満面の笑みを浮かべ、目を輝かせている。

 もはや彼の目には眼前の島しか映っていなかった。

 

「それなら、私もお弁当を作ってもらっていいかしら、サンジさん?」

 

 以外にも乗り気な王女ビビもこの島の上陸に名乗りを上げる。

 流石は敵の組織に単独で乗り込んでいただけのことはある。

 

「もちろんだよ、ビビちゃん♡」

「さあ一緒に行くわよ、カルー」

「くェッ!?」

 

 カルーをサラッと道連れにするビビ

 カルーは驚きにより口を大きく開け、涙を流していた。

 

「カルー、尋常じゃないくらい震えてるけど……」

 

 ナミの言う通りカルーは生まれたての小鹿のごとく足を震わせている。

 カルーの表情からはビビ(飼い主)に対する涙ながらの強い否定の懇願の意志が見て取れた。

 

「大丈夫よ、こう見えてカルーは強いから」

 

 ビビはカルーの逃げ道を完全に防ぐ。

 これでカルーは主人の提案を断ることができなくなった。

 

 そこには逆らうことのできない主従の関係があった。

 まるで断頭台へと上がる犯罪者のごとく蒼白な表情をカルーは浮かべている。

 

 カルーはビビ(飼い主)の安息のための犠牲になったのだろう、そう犠牲にな

 

 

 

 その後、ルフィとビビの2人はカルーを引き連れ意気揚々とメリー号から降り、島の探索へと駆け出していった。

 如何なる無茶な飼い主の求めにも応じるカルーは正にペットの鑑である。

 さすがカルー、略してサスカル

 

「なら俺も行きますかね」

 

 次に動いたのはゾロ

 気怠そうに立ち上がり、島の大地に船から飛び降りる。

 

「少し待て、ゾロ。島に行くなら食料になりそうな獣の肉を()ってきてくれないか?」

「ん?おお、分かった。お前じゃ到底不可能な獲物を狩ってきてやるよ」

「……あ?」

 

 ゾロはサンジを煽り、サンジは額に青筋を浮かべる。

 両者は互いに鋭い眼光で睨み合う。

 

「……テメェ、今、何つった?俺じゃ到底不可能な獲物だと!?」

「ああ、それが何か?」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねェぞ!?」

「事実だろ」

 

 馬が合わないこの2人

 正に水と油の関係であるゾロとサンジはお互いに売り言葉に買い言葉を押収する。

 もはや彼らの勢いは止まらなかった。

 

「上等だ。てめェと俺で狩り勝負だ!!」

 

 ゾロとサンジの2人はナミとウソップの呼び声を無視し、狩り勝負をすべく島に繰り出していった。

 

「皆、俺達を置いていっちまった……」

「ええ、そうね。私達はこのままこの島の猛獣達の餌になってしまうのよ」

 

 ナミとウソップの2人はメリー号の甲板の上で途方に暮れる。

 お互いの顔を見てため息をつくことしか出来ない。

 お互いに頼りにならない。

 

「それじゃあ、船番を頼む、ナミ、ウソップ」

 

 アキトも同じくこの島の散策に向かうべくメリー号の甲板から身を乗り出す。

 アキトは心なしか楽し気に前方のリトルガーデンを見据えていた。

 

「……手を離してくれないか?」

 

 しかし、アキトはその場から動くことが出来なかった。

 後ろを振り返ればナミとウソップの2人が自分を引き留めていた。

 ナミは右手を、ウソップは左手を握りしめている。

 

「アキト、お願い!私達を置いて行かないで!」

「そうだ!か弱い俺達を1人にしないでくれー!」

 

 ナミとウソップの涙ながらの必死の懇願

 アキトはどうしたものかと困惑する。

 島の散策にも行きたいがナミとウソップのことも同じくらい心配である。

 

 しばし思案顔で考え込むアキトを固唾を飲みながらナミとウソップは見詰める。

 メリー号の甲板はしばしの間静寂に包まれた。

 

 

 

「でぇーじょーぶだ。ウソップがいるだろ?」

 

 どうやらアキトのなかで島の散策に天秤は傾いたようだ。

 結論としてウソップへの丸投げである。

 

「不安しかないわ!今頼りになるのはアキトだけよ!!」

「ひでェーな!?だが、確かにナミの言う通りだ!!アキト、お前が俺達の最後の希望なんだ!!」

 

 ナミとウソップは鬼気迫る表情を浮かべながら、アキトへと詰め寄る。

 2人の迫力に押され少し距離を取るアキト

 

「いや、でもな、俺もこの島を散策したいんだが」

「それなら俺の冒険物語を聞かせてやるから!」

「それは丁重にお断りする」

「それなら私と一緒に本を読みましょ!今ならみかんも付けるわよ!」

 

 いくら2人の頼みとはいえアキトはリトルガーデンを散策したくて仕方がない。

 これならルフィとビビと一緒に散策へと出掛けた方が良かったかもしれない。

 

「どうしても駄目か?」

「「駄目よ/だ!!」」

「本当に?」

「「駄目!!」」

「本当の本当に?」

「「当然!!」」

 

 アキトはナミとウソップの静止の声を聞きながらもリトルガーデンへと歩を進める。

 ナミとウソップを置いていくのは心苦しいことだが仕方ない。

 必要な犠牲なのだ。

 

「アキト!?言動が一致していないぞ!?」

「離さないわよ、絶対に!?」

 

 筋力で劣っているナミとウソップはアキトに引きずられるがままである。

 だが、彼らはアキトの手を離さない。

 もう自分たちには後がなく、頼れるのはアキトだけなのだ。

 

「はぁ、分かったよ。じゃあ、こうしよう。この島を散策したら直ぐに俺はメリー号に戻ってくるからそれで納得してくれないか?」

「ああ、それなら……、ってさっきと言っていることと何も変わらねェーよ!?」

「……」

「うぉぉおい!?」

 

流石に騙せなかったか。さてどうしたものか……

 

 アキトは2人を如何に上手く説得して島に繰り出すかを頭の中で模索する。

 

「アキト、あんたが何て言おうと行かせないわよ!!」

「そうだぜ、アキト!!」

「……」

 

 絶対に逃さないとばかりにアキトに抱き着く2人

 

 ナミの年に似合わない豊満な肢体を直に感じることが出来るのは素直に嬉しい。

 ただしウソップ、テメーはダメだ。

 自分は男に抱きつかれて喜ぶ趣味などない。

 

 これでは話は平行線を辿るだけであると判断したアキトは妥協案を出すことにした。

 

「俺と一緒に島を散策するというのは?」

「こんな危険な島を探検するわけないだろ!?」

「そうよ!!」

 

 本格的にどうすればいいのだろうか。

 自分と一緒に島へと繰り出すのも駄目となるともう放置してもいいだろうか。

 

「もう行ってもいいか?」

 

 アキトの実質的な見捨てられ宣言に絶望の表情を浮かべるナミとウソップ

 

 見れば2人は捨てられた子犬のような表情をしていた。

 ナミにいたっては目に涙を浮かべている。これでは断ろうにも断れない。

 

「……分かった、分かったから。俺もメリー号に残るから」

 

 遂にアキトは折れた。

 ため息を吐き、その場で脱力する。

 今だ島の方を名残惜しそうに見ていたが

 

 対するナミとウソップは満面の笑みを浮かべていた。

 

「さっすが、アキト!俺はお前なら頷いてくれると信じていたぜ!!」

「アキト、私もよ!!」

「はぁ……」

 

 アキトは肩を落としため息を吐く。

 今のアキトの心に渦巻いているのはルフィ達と一緒に行けば良かったという後悔の念とどや顔を浮かべているウソップへのどうしようもない苛立ちのみである。

 

この憎悪、生半可なものでは収まらぬぅ!!

 

「そんな落ち込むなよ、アキト!俺様の勇姿を聞かせてやるから!!」

「そ れ は や め ろ」

 

 気分が落ち込んでいる今の自分にそれは効く。

 丁重にお断りする。

 

「あっちに座るわよ、アキト!!」

 

 アキトは力無くナミに手を引かれる形で船の奥へと歩いて行った。

 

 畜生、畜生ぉ……

 

 

 

「俺達ウソップ海賊団は8000人の部下たちと共に凶悪な海賊達を……」

 

 メリー号の甲板の上で自身の冒険物語()を饒舌に語るウソップ

 先程から彼の語りは勢いが衰えることなく永遠と続いている。

 まるで壊れたラジカセだ。

 

 アキトとナミの2人は……

 

「このみかん美味しいな」

「当然でしょ?ベルメールさんのみかんよ」

 

 アキトはみかんを美味しそうに食し、ナミはメインマストに背中を預け本を読んでいた。

 終始、この2人はウソップのことなど気にも掛けていなかった。

 

「これは絶品だわ」

「まだあるわよ」

「それじゃあ遠慮なく」

「……」

 

 今でもアキトとナミは会話に花を咲かせており、ウソップは普通に無視されている。

 途端、真顔になり2人を見つめるウソップ

 

「……」

「ナミは何の本を読んでいるんだ?」

「え~と、確かこの本のタイトルは……」

「少しは俺の話を聞いてくれよ!?」

 

 遂にウソップは我慢出来ずに絶叫する。

 髪を掻き毟り、アキトとナミに近付いてきた。

 目は血走っており普通に怖い。

 

「何よ、ウソップ?あんたまだ話してたの?」

「話してたわ!?お前らが仲良くみかんを食べている間ずっとな!!」

「どうせ全部嘘なんでしょ?」

「ぬぐっ!」

 

 ウソップの心にナミの正論という名の刃が突き刺さる。

 やはり嘘であったようだ。

 目をウロウロとさせたウソップは次に黙々とみかんを食べているアキトに狙いを定めた。

 

「アキト、お前なら俺の話を聞いてくれるよな!?」

「悪い、ウソップ。興味ないわ」

 

 アキトに縋るも一蹴

 アキトの一言(とどめ)で甲板に崩れ落ちるウソップ

 ナミは終始無視を決め込んでいる。

 

すまない、ウソップの話に微塵も興味が湧かなくて本当にすまない

 

「……っ!」

「……ナミ?」

「やばいわっ……!リトルガーデンって名前、どこかで聞き覚えがあると思ったのよ!」

 

 どうやらナミはその真偽を確かめるために本を読んでいたようだ。

 それにしても彼女のこの怯えようはどうしたのだろうか。

 

「よく聞いて!この島がリトルガーデンと呼ばれている理由はこの島の住民達にとってこの島が小さな島であるからなのよ!!」

「つまりどういう意味だよ?」

 

 復活したウソップが疑問の声を上げる。

 

「この島には巨人族がいるってことよ!!」

「巨人って、あの巨人かっ!?」

「ちょうど後ろにいるぞ、その巨人」

 

 アキトは蜜柑を咀嚼しながら、呑気に後方を指差す。

 メリー号の後方からジャングルの木々をなぎ倒し姿を現していた。

 

 人間の数十倍の体格、右手に斧にも似た巨大な武器を握り、遥か頭上から此方を見据えている。

 

「いやあああああっ!!!出たーっ!!?」

「ギャあああああ!!!」

「落ち着け」

 

 恐怖の余りナミとウソップはアキトに抱き着く。

 ウソップは抱き着くことが出来ないように顔面を掴まれていたが

 

 眼前の巨人はこちらに顔を近付け、笑みを浮かべながら此方に話し掛けてくる。

 

「酒を持っているか、お前たち?」

「す、少しだけなら……」

 

 怯えながらもアキトの肩からひょこっと答えるナミ

 とても庇護欲を掻き立てられる仕草である。

 今すぐ抱きしめたい気持ちに駆られてしまう。

 

「そうか、そうか!持っているか!!肉も先程()れた、もてなすぞ客人よ!!我こそはエルバフ最強の戦士ブロギーだ!!!ガバババババ!!!」

 

 眼前に突き出されるは恐竜の頭部

 生首を突き出し客人を歓迎する新しい挨拶の仕方だ。

 

 ウソップは甲板の上で死んだふり、ナミは自分の背中に怯えた様子で隠れている。

 島を散策したくてたまらないアキトにとって目の前の巨人の提案を断る理由などあるはずもなく、即決する。

 瞳の奥を輝かせ、アキトは先程までの落ち込みぶりが嘘のように霧散した。

 

 考えを改めさせようとアキトに詰め寄るナミとウソップ

 しかし、アキトに2人の言葉が届くことはない。

 今の彼には眼前の島しか見えていない。

 

 その後、アキトたちはブロギーと名乗る巨人の案内のもと眼前の島に降り立つことになった。

 

 

 

 

 巨人ブロギーの家にて……

 

「さあ、遠慮などせず食え!!うまいぞ恐竜の肉は!!!」

「それでは遠慮なく」

 

 焚き火でこんがりと焼いた恐竜の肉をアキトは何の躊躇いもなく食べる。

 まさか恐竜の肉を食べる日が来ようとは予想出来なかった。

 

うむ、恐竜の肉は初めて食べたが意外とイケる

 

 ナミとウソップの2人はアキトを挟む形で両側に座っている。

 未だに眼前の巨人に怯えているのだろう。

 

「え、えっと、ブロギーさん。この島の記録(ログ)は一体どれくらいでたまるのでしょうか?」

 

 ナミが恐る恐るといった様子でブロギーに尋ねる。

 ウソップも気になるのか耳を傾けていた。

 

「1年だ。まあゆっくりしていけ、ガバババババババ!!!」

「1年っ!?そんなに待たなくちゃいけないのか!?」

 

 巨人ブロギーの口から語られる衝撃的な真実

 

 1年もの間この島に居続ければアラバスタ王国はB・W(バロックワークス)の手によって支配され、新国家を建設されてしまうだろう。

 

 ナミとウソップは驚きで言葉が出ない。

 アキトは本格的にアラバスタ王国まで能力で空を飛んでいくことを選択肢に入れ始めた。

 

「ブロギーさんはこの島で何をしているのですか?」

 

 アキトは食事を一旦中断し、当初から気になっていたことをブロギーに問いかける。

 

 いくら巨人と言えど外界から完全に隔絶されたこの島で生き続けることは困難を極めるはずだ。

 きっと彼にはこの島に居続ける特別な理由があるのだとアキトは推測を立てる。

 

「決闘だ。ある男との戦いを制すために100年は俺たちはこの島で戦っている」

「100年も!?ブロギーのおっさんたちは決闘のためにこの島でそんなに長い間戦っているのか!?」

 

 ウソップが驚愕の真実に驚きの声を上げる。

 それはそうだろう。

 いくら巨人とはいえ100年もの間戦い続けるなど正気の沙汰ではない。

 

 驚愕に驚きを隠せないウソップの背後で火山が勢いよく噴火する。

 

 それは幾度となく繰り返されてきた戦いの合図

 ブロギーは自身の武器を手に持ちその場から立ち上がる。

 

「……さてと戦いの合図も鳴った。行くとするか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!ブロギーのおっさんは何でそんなに長い間戦い続けているんだ!?」

「理由か……」

 

 両者は向かい合う形で対峙する。

 

「「理由などとうに忘れた!!!」」

 

 互いの武器をぶつけ合い、己の誇りを胸に掲げ2人の巨人は戦い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ブロギーが決闘へと赴いた後、アキト達はブロギーの居住から立ち去っていた。

 

 ナミとウソップの2人は今後の方針を話し合っている。

 アキトは呑気に空を見上げながら恐竜の肉を頬張っていた。

 

 空に広がるは満点の大空

 

 太陽光が今なお眩しく自分たちを照らし続ける。

 上空には通常の鳥の何倍もの大きさを誇る大型の鳥が雄叫びを上げ、各地で恐竜が跋扈していた。

 

 空を見上げるアキトの視線の先に突然人の姿が映る。

 見間違いではなければ此方にもの凄い勢いで突っ込んできた。

 

「ああああああ───!!そこをどくのだがね────!!!」

 

あっぶねっ

 

 アキトは反射的に飛来した男の顔面を蹴り飛ばす。

 一応手加減を加えたつもりだが歯を数本折ってしまった感触がある。

 

 アキトに蹴り飛ばされた謎の男は地面に何度かバウンドして土煙を上げながら転がっていった。

 男は気を失ってしまったのか動く素振りを見せない。

 

 アキトとナミ、ウソップの3人は顔を見合わせ、取りあえず眼前の謎の男に歩み寄ることにした。

 見れば案の定蹴り飛ばされた男は気を失っている。

 

「誰だ、こいつ?」

「私は知らないわ」

「同じく」

 

 眼下で鼻血を流しながら倒れている男性

 

 頬には誰かに殴られたのか痛々しい傷痕が見受けられる。

 余程の威力でここまで飛ばされたのか眼鏡は悲惨にも割れていた。

 

 特に酷いのは歯が数本折れているせいで顔面が血だらけになっていることである。

 一体だれがこんな酷いことをしたのだろうか。

 

 気絶しているのか先程からピクリとも動かない。

 まるで死人のようだ。

 

「つーか、スゲー髪型だな。これ数字の3そのままだぜ」

「そうね、何て斬新的な髪型なの」

 

 ウソップとナミの意見には全面的に同意する。

 どのような意図で自分の髪型を3にセットしているのだろうか。

 時代の先を行く斬新的な髪型だ。

 

「……取りあえず放置で」

「ええ、そうね」

「だな」

 

 眼前のこの男は華麗にスルーし、放置することが決定した。

 助ける義理はないし、この男はB・W(バロックワークス)の追っ手な気がしてならない。

 

「俺達は何も見なかった、良いな?」

「ええ」

「おう」

 

 アキト達は何も見なかったことにしてその場から立ち去るのであった。

 

 

 

「さっきの男は何だったんだ?」

「私の推測では、あの3の男はB・W(バロックワークス)の追っ手の1人よ」

 

 忘れてはならない。

 相手は国を乗っ取ろうとしている巨大な組織だ。

 加えて、社長(ボス)はあの七武海の1人であるクロコダイルである。

 そう考えればこの対応の早さも頷けるというものだ。

 

 途端、此方に近付いてくる何者かの気配を感じた。

 

 見ればおぼつかない足取りで周囲の木々にぶつかりながらも、全力疾走でこちらに走り寄ってくるカルーの姿が見えた。

 傍に主人であるビビの姿は見えない。

 

「クエッ、クエ───ッ!!クエ─────ッ!!!」

 

 邂逅一番の鳴き声

 

 カルーが何を言っているのか理解することは出来ないが、必死でこちらに助けを求めていることは伝わってくる。

 よく見ればカルーは血を流しており、至る所に怪我を負っている。

 

 カルーの傍に主人であるビビの姿がない。

 メリー号から島に降り立ったときは一緒にいたはずであり、このことから予想されることは……

 

「お前の主人であるビビに何かあったのか?」

「クエッ!!!」

 

 アキトの問いかけにカル―は力強く首肯する。

 

 やはりビビの身に良くないことが起きたらしい。

 そうなれば先程蹴り飛ばした男はB・W(バロックワークス)の追っ手であった可能性がかなり高くなってくる。

 

 しかし、今は推測の域を出ないことよりもビビの安否を確認することが先決だ。

 

「お前の主人の場所に案内してくれるか?」

「クエッ!!」

 

 カルーはアキトの求めに力強く頷き、こちらに背を向けて元来た道を引き返し始めた。 その速度は凄まじく、主人であるビビのことを深く心配していることが伺える。

 

 アキトはナミとウソップを脇に抱え上げ、カルーの後を追いかけた。

 

 

 

 カルーの案内もと急いで現場に駆け付けたアキト達

 

 眼前では何故か見知らぬ少女と顔の表情筋を全力で使いお茶を美味しく飲んでいるルフィの姿があった。

 一体どういう状況なのだろうか、理解が追い付かない。

 

「お茶がうめェ……!」

 

 普段のルフィらしからぬ姿にナミとウソップは困惑する。

 

「おい、あれ!?」

「まさか、あれってゾロとビビなの……!?」

 

 ウソップは前方を指差した状態で固まり、ナミは驚きの余り地面に座り込む。

 

 前方ではゾロとビビの2人が何らかの能力で身動きが封じられ、剥製の如く固められていた。

 全身が白色の状態であり先程から身動きの1つも起こさない。

 

 ただならぬ事態だ。

 周囲にはブロギーがゾロ達と同様に固められ、彼の隣には相方の巨人が血を流し倒れている。

 

「予想通り、あのカルガモ仲間を引き連れて戻ってきたぜ」

「そうみたいね、Mr.5。キャハハハハ」

 

 此方を得意げな顔で見てくる2人組

 

 どうやらカルーは彼らにわざとこの場から逃がされたようだ。

 先程自分が蹴り飛ばしたあの3の男もこの2人組の仲間であり、この場にゾロ達を助けるべく居合わせたルフィと戦い、敗北したのだろう。

 

 アキトとMr.5ペアが互いに睨み合う。

 この一連の出来事が全てこいつらの仕業だと理解したアキトの視線は自然と鋭いものになった。

 

 周囲に剣吞な雰囲気が漂う。

 後ろのナミとウソップはただアキトの背を見据える。

 

 かくしてB・W(バロックワークス)の追っ手たちとアキトたちはリトルガーデンで邂逅することになった。




今作ではアン・ラッキーズによる情報リークがアキトによって阻止されているため、Mr.3お手製のルフィとナミの人形は出てきません。
ビビはカルーならぬ鳥質で、ゾロは迷子になっていたところを唯一顔がばれているビビの人形により捕縛された次第です。


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ジカジカの実の真価

 麦わら一味であるアキトとナミ、ウソップの3人がB・W(バロックワークス)のオフィサーエージェントであるMr.5・Ms.バレンタインペアの2人と対面する。

 

 彼らの間には友好的な雰囲気など存在せず先程から緊迫した空気が漂っていた。

 

「予想通りとはどういう意味だ?」

 

 Mr.5の言葉の真偽を確かめるべくアキトがその静寂を破る。

 だだそこに友好的な雰囲気など感じられず、冷徹な視線で問いかけた。

 

「言葉通りの意味だ。そこのカルガモをわざと逃すことでお前たちをこの場に誘い出した、それだけだ」

 

 Mr.5は事態が自分達の思惑通りに進んでいることの余裕からか饒舌に語り出す。

 その顔には人の嫌悪を誘う笑みを浮かべていた。

 

 見れば先程からカルーはナミの後ろに隠れる形で体を震わせ、酷く怯えている。

 自身を痛みつけた彼らのことが怖ろしいのだろう。

 カルーの様子からMr.5の言葉は真実なのだとアキトは確信する。

 

 カルーを用いたアキトたちのこの場への誘導

 リトルガーデンでそれぞれの行動を取っていたルフィ達を捕えることなど隙をつくことさえ出来れば容易であっただろう。

 仮に後ろの像がゾロとビビの2人ならばこの場に残りの仲間をカルーを利用し、アキト達を誘い出したことにも納得がいく。

 

 ウイスキーピークで情報リークの任を任されていたあの謎の生物2匹は潰しておいた。

 このことからも敵側であるB・W(バロックワークス)には自分達の情報は出回っていないのだと推測される。

 故に、残りのメンバーをおびき寄せるべくカルーを利用したのだろう。

 

 しかし、この2人はウイスキーピークでルフィとゾロの2人に惨敗していたはずである。

 実力不足が否めない奴らがゾロとルフィの2人を無傷で無力化することができるとは考えにくい。

 このことから奴らには協力者、もとい仲間がいることをアキトは想定する。

 

「それでは、次の質問だ。お前達の背後の像は俺達の仲間であるゾロとビビに酷似しているのは何故だ?」

 

 当初から気になっていた疑問をアキトは投げ掛ける。

 

「ああ、その解釈であってるぜ。こいつら2人はMr.3の能力によって蝋人形に変えられたんだよ。くくっ」

 

 Mr.5は上機嫌に含み笑いを浮かべる。

 

「蝋人形だと!?」

 

 対して驚愕を隠せないウソップ

 

 成程、何らかの能力によって変質されたものだと考えていたが予想通りであったらしい。

 

 それにしてもえらく良心的な連中だ。

 いくら自分達が有利な状況であったとしても、こうも軽々と情報を話してくれるとは思わなかった。

 仮にも敵である此方に何故、情報をそう易々と話すのかアキトには理解出来なかった。

 

「ええ、そうよ。"Mr.3"、彼は自身の体を媒介に蝋を作りだすことが出来るドルドルの実の蝋人間」

 

 Ms.バレンタインは己のペアの言葉を補足するように更なる情報をその口から吐き出す。

 

 蝋を自在に生み出すドルドルの実

 恐らく超人系(パラミシア)の能力者であり、その能力を用いてゾロとビビの2人を蝋人形へと変容させたのだろう。

 

 そして"Mr.3"、この数字がその人物の強さと組織内での階級を表すのならばその人物はこの2人組よりも実力・知力両方に優れた人物である可能性が高い。

 

 しかし、今はそんな些末事よりもゾロとビビにどれだけのタイムリミットが残っているのかということだが──

 

「Mr.3曰く、こいつらはもって後数分で心臓が止まり、完全なる蝋人形になっちまうとのことだ」

 

 どうやらタイムリミットは想像以上に残っているようだ。

 2人を救出するには十分すぎる時間である。

 

 即座にアキトは爆発的な起動力をもってその場から移動する。

 向かう先は今なお余裕気に口を走らせるMr.5、奴の無防備な奴の胸部に拳を──

 

「つまり、後はお前らを殺せば俺達の任務は……」

 

──叩き込む。

 

 Mr.5の語りは突如アキトの手により強制的に止められた。

 反応すら許されなかったMr.5は後方に勢い良く吹き飛んでいく。

 

 地面を幾度もバウンドしながら転がり、地面からは土煙が巻き上がる。

 Ms.バレンタインは自身が全く反応できなかったことに驚愕を隠せない。

 

「手前ェ……ッ!まだ俺が話している途中だろうが!?」

 

 受け身を取ることも出来ずに吹き飛ばされたMr.5は以外にもまだ意識を保っていた。

 口から吐血しながら、憎々し気な様子でアキトを睨み付けている。

 

「敵を前に隙だらけなお前が悪い」

 

 こいつらに構っている時間などない。

 こちらは一刻も早くゾロとビビのを救出しなければならないのだ。

 

 お前の事情など知ったことか、と言わんばかりにアキトは淡々と答える。

 そのすかした態度がMr.5の神経を逆撫でした。

 

 Mr.5はアキトの歯牙にもかけない態度に激怒し、懐からリボルバーを取り出す。

 己の起爆する息をカートリッジへと勢いよく吹き込み、カートリッジの充填を確認したMr.5はアキト目掛けて発砲した。

 

 本来弾が発射されるはずの銃口からは音だけが響き、アキト目掛けて不可視の攻撃が牙を向く。

 対するアキトはその場で動じることなくただ静観している。

 

 

 途端、アキトを中心に爆発し、爆炎が巻き上がった。

 

 アキトの姿は起爆した空気により生じた炎により見えない。

 だが、Mr.5は攻撃の手を緩めることなくカートリッジの弾数が尽きるまで引き金を引き続けた。

 

 Ms.バレンタインは爆風を利用し上空へと飛翔する。

 

 これでけりを付ける。

 この男は危険だ。

 早急に倒さなければならない。

 何の根拠もない焦燥にも似た思いが今の彼女の体を動かしていた。

 

 狙いは奴の頭部

 今なおMr.5の攻撃で炎に包まれている奴の首をへし折り、確実に息の根を止める。

 

「1万キロプレス!!」

 

 繰り出すは自身の必殺の一撃

 この能力で幾度となく敵を屠ってきた。

 今、奴は炎により周囲が見えていないはずだ。

 ならば自身の上空からの攻撃が止められる道理など存在しない。

 

 能力によって後付けされた彼女の体重は既に生物が耐えられる重さを超過している。

 正にあらゆる万物を破壊するギロチンが眼下に落とされた。

 

 Ms.バレンタインの攻撃がアキトに振り落とされ──

 

何……ッ!?

 

 瞬間、炎が勢いよく晴れ、無傷のアキトの姿が現れる。

 そして、自身の必殺の攻撃は上空を見ることなく左手によっていとも簡単に受け止められた。

 

 Ms.バレンタインは眼前の光景が信じられず、瞠目する。

 

 何なのだ、この男は

 まるで鋼鉄にも似た硬質の物体を相手にしているような感覚を足裏から感じる。

 まさかこの男も何らかの能力者だというのか

 

 唖然とするMs.バレンタインを見上げたアキトの表情からは何も読み取ることは出来ない。

 

 交錯する視線

 

 アキトは言葉を発することなく、彼女の靴底を掴み、眼前へと引き下ろす。

 続けて、驚愕の表情で此方をを見るMr.5へ勢い良く投げ飛ばした。

 

 

 

 Ms.バレンタインとアキトの交戦の様子を少し離れた場所から見ていたMr.5の心情は荒れに荒れていた。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 Mr.5の心情は混乱の窮地に陥っていた。

 

 何なのだ、この男は

 これまで自身の前に立ちふさがってきた者はボムボムの実の力によって難なく排除してきた。

 既に自身とMs.バレンタイン、加えてMr.3の策略によって危険対象である麦わらは無力化し、三刀流の男も蝋人形となった。

 

 あの麦わらでさえボムボムの実による爆発により一度は地に伏したにも関わらず、目の前のこの男には毛ほども効いている様子がない。

 

 Mr.5が気付けば、Ms.バレンタインが為す術無く此方に投げ飛ばされていた。

 反応が遅れ、彼女と衝突し、地面を彼女を抱える形で勢い良く転がる。

 加えて、能力を切るのを失念していたためその場で爆発し、Ms.バレンタインを燃やしてしまった。

 

 瞬く間に2人はボロボロになった自分達とは異なり、前方のアキトはその場から動くことなくこちらを静視している。

 

「くぅぅうッ……!」

「く、くそッ!」

 

 呻き声を上げるMr.5とMs.バレンタイン

 その場から痛みの影響で動くことが出来ずに、地べたを無様に這いずるしかない。

 

 しかし、アキトは容赦をすることなく、眼前の敵を潰すべく能力を行使した。

 

「─」

 

 アキトの周囲に微風が吹き、不可視の衝撃波が途轍も無い速度でMr.5とMs.バレンタインへと迫る。

 

 

 瞬間、不可視の攻撃が自分達の体を襲った。

 体中に激痛が走り、キャンドルタワーまで2人揃って吹き飛ばされる。

 

 一体いつ攻撃されたのか全く分からず、驚愕することしか出来ない。

 何の予備動作も無く、吹き飛ばされた。

 

「かっ…は!?」

「な、何が……ッ?」

 

 余りの威力に2人の背後にクレーターが出来上がる。

 Mr.5はMs.バレンタインを横抱きしながら吹き飛ばされたため彼女の分のダメージも肩代わりすることになってしまった。

 

 Mr.5の身体の痛みは相乗的な効果で相当なものだ。

自身の体の限界を超え、立ち上がることも出来ない。

 

 

強すぎる。麦わらや三刀流の男の比ではない

 

 

 誰よりも先にこの男を無力化すべきだったのだと今になって気付く。

 このままではMr.3もこの男の相手を務められるか分からなくなってきた。

 

 次第に意識が遠ざかり、2人揃って身体が地面へと崩れ落ちる。

 薄れる意識の中、自分達が最後に見たのは此方を静かに射抜くアキトの紅い瞳であった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 アキトが戦闘を繰り広げる中、ウソップはゾロとビビを救うべく奔走していた。

 眼前の悪趣味なキャンドルを溶かすべくウソップは油が付いた縄を辺り一帯に張り巡らせる。

 

 アキトが敵を引き付けてくれたおかげで自分はスムーズに準備を進めることが出来た。

 アキトとMr.5・Ms.バレンタインとの戦闘は終始アキトの独壇場であり、既に決着はついている。

 

 向こうではナミが正気に戻ったルフィを引っ叩いていた。

 ルフィの傍に座っていた少女は己の仲間がアキトに敗れた時点でこの場から逃げるように走り去っていく。

 

 異常な跳躍力でアキトが此方に跳んでくる。

 本当に目の前の少年があの魚人海賊団を壊滅させたのだと改めて実感させられる。

 ウソップはそれに見合う実力をアキトが有していることを改めて気付かされた。

 

「ウソップ、蝋を溶かす準備は?」

「あ、ああ、後はこの悪趣味なキャンドルを溶かすための炎が必要だな」

 

 ウソップは思わず仲間であるアキトに言葉を詰まらせてしまう。

 ウソップの提案を聞いたアキトはMr.5の方へと視線を向け、アキトの周囲から不可視の力が発せられる。

 

 途端、向こうで倒れていた敵2人が空中に浮かび上がり、アキトの元へと引き寄せられる。

 ウソップ自身、本人からアキトの能力を聞き及んでいたが、実際にその力を目にするのは今回が初めてだ。

 ウソップはその能力の有用性と怖ろしさをこの場の誰よりも深く理解した。

 

 アキトの能力には攻撃に移るまでの一切の予備動作が存在しない。

 加えて、能力発動後も何らかの不可視の力が働いていることは伺えるが、言ってしまえばそれだけだ。

 

「……便利な能力だな」

「ウソップ、この女を少し離れた場所へ置いてきてくれ」

「分かった」

 

 Ms.バレンタインをウソップに渡し、アキトはMr.5を眼下の油たっぷりの縄へと叩き付ける。

 縄に塗りたくられていた油にMr.5の体が爆発し、周囲が瞬く間に炎上する。

 

 キャンドルが炎に包まれ、順調に溶かされていった。

 アキトは今なお炎上し続ける眼前の炎の中へと2人を救出すべく足を踏み出していくのであった。




アキトの魅力はナルトのペイン同様手を用いることなく相手を吹き飛ばすことだと思うんですよね。

<没案>
 アキトは言葉を発することなく、彼女の靴底を掴み、眼前へと引き下ろす。
 続けて、驚愕の表情で此方をを見るMr.5へ勢い良く投げ飛ばした。

「白か……」

 アキトは何と無しに呟いた。
 途端、後方からナミの鋭い視線が突き刺さる。

自分は何も見ていない。見ていないぞ……

 それにしても上空から攻撃してくるのならば、スカートを履くべきではないと思うのは自分だけだろうか


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リトルガーデン ー終極ー

この話から修正が終わっていないため、稚拙な文章かと思われます。
ご了承ください。


 辺りに広がるは万物を死滅させる灼熱の炎

 アキトたちが放った炎は天に届くが如く勢いで今なお燃え続け、時間の経過と共にその勢いを増していく。

 

 その業火の中、アキトは悠々と歩を進める。

 彼はゾロとビビの2人を救出すべく急ぎ足で炎の中を進んでいた。

 

 唯の人間が何の備えもせずにその炎の中に立ち入ればたちまちその業火に身体を焼かれ、容易く死を迎えるだろう。

 それが自然の摂理だ。

 

 しかし、アキトは普通の人間ではない。

 海の至宝と呼ばれる悪魔の実であるジカジカの実を食すことで固有の能力を手に入れた能力者であり、斥力と引力を操る磁界人間だ。

 

 その能力によって生み出した物理的な衝撃を弾く膜によってアキトは炎を弾いていた。 

 加えて、膜の表面に触れた炎の動きを能力によって操作することで悠々と足を進める。 

 周囲から見れば炎が独りでに意思を持っているかのごとくアキトを避けているように見えるだろう。

 その全てそのがアキトの有する能力によってもたらされたものである。

 

 それは実に自然の摂理を逸脱したものであり、アキトの有する能力の応用性の高さを示す光景でもあった。

 

 だが、その状態を永遠に維持出来るわけではない。

 膜内の酸素が尽きれば当然呼吸困難へと陥り、膜の維持に支障をきたすことになる。

 故に、アキトは足を急ぎ足で進め、2人の救出へと向かっている。

 

 周囲には同じく蝋人形へと変えられたブロギーの姿もあったが、先ずは2人の救出を優先する。

 巨人族であるブロギーの巨体に纏わりつく蝋が全て溶けるには2人よりも多くの時間を必要とするだろうと見越してのことだ。

 

 

 

 遂に、アキトはゾロとビビの2人のもとへと辿り着く。

 見れば2人の蝋は無事炎の熱によって溶け、生気が戻り始めていた。

 

 アキト自身、生きた人間の蝋人形を見るのは始めてであるため、何ともいえない気持ちで蝋が溶けるのを眺める。

 そもそも、人を生きたまま人形にするとはどういう感性をしているのか疑問を持たずにはいられなかった。

 

 先ずは、ビビが意識を取り戻す。

 

「けほけほっ!こ、ここは?」

 

 彼女は苦し気に咳き込み、周囲の状況を確認する。

 

「意識はしっかりしているか、ビビ?」

 

 アキトは咳き込むビビの背中を優しくさすり、今にも倒れそうな彼女の肩に手を回し支える。

 ビビはアキトの顔を不思議げに見つめる。

 

「アキトさん……?私は蝋人形にされたはずじゃ……」

 

 蝋人形にされる以前のこともしっかり覚えており、心身共に問題はなさそうだ。

 彼女が生きていることにアキトは心より安堵する。

 

 しかし、本当に危なかった。

 もしも、カルーと遭遇するのが少しでも遅れていれば2人を助けることが出来なかったかもしれない。

 

「んぁ?ここは……」

 

 続けて、ゾロが意識を取り戻す。

 ゾロは気の抜けた声と共に辺りを見回している。

 

「ゾロ、意識ははっきりしているか?」

「おお、アキト、助けてくれたのか」

「……緊張感の欠片もないな、ゾロ」

 

 本当にそう思う。

 ゾロは自分があと数分で死んでいたかもしれないことを理解しているのだろうか。

 

「つーか、周りが燃えているのに何で俺達は無事なんだ?」

「俺の能力だ」

「ああ、そういう……」

 

 アキトの説明を何と無しにゾロは理解する。

 対するビビは今更ながら自分が炎に包まれていることに気付き驚きの声を上げていたが。

 

「先ずは、ここから脱出するぞ」

 

 ビビの驚愕の声を今は無視しアキトはゾロの襟首を掴みその場から跳躍した。

 

 

 

 今なお勢いが衰えることなく自身の眼前で燃え続ける業火

 ウソップは点火したのは自分とはいえ中にいるゾロとビビの安否が心配でならなかった。

 先程、アキトが2人を救出に向かったのは分かっているが、心配なものは心配であった。

 

 それにしてもアキトの能力は便利すぎではないだろうか。

 

 予備動作無しの不可視の攻撃と引き寄せの能力

 例え、炎の中であろうとも行動を可能とする防御力

 加えて、本人曰く空を闊歩することも可能らしい。

 

 利便性が高すぎる。

 もはや何でもありな気がしてきた。

 

「ほらしゃきっとしなさい、ルフィ」

「わ、分かったよ、ナミ。分かったから引っ張らないでくれよ」

 

 ルフィを一喝するナミ

 見れば彼女はルフィの頬を抓り、此方へと引っ張ってきていた。

 

 どうやらナミの方も上手くルフィを正気に戻すことに成功したようだ。

 

 瞬間、前方の炎から何かが飛び出した。

 目を凝らせば上空にてゾロとビビの2人を両腕に抱えたアキトの姿が見えた。

 アキトは2人分の重さをものともせずに緩やかな動きで地上に降り立つ。

 

「ん?おおー!ゾロにビビじゃねーか!」

 

 ルフィは嬉しさに顔を綻ばせ、笑顔を浮かべる。

 ナミとウソップも同じように安堵する。

 

「ビビ!」

 

 ナミは嬉しさのあまりビビに思い切り抱き着いた。

 

「わっぷっ!ナ、ナミさん!?」

「良かった!本当にっ!ビビが無事で本当にっ!」

「ナミさん……」

 

 自身の身を真摯に心配してくれるナミに心打たれるビビ

 アキトはこうした仲間を心から思う気持ちがナミの美徳だと思う。

 

「ナミさん、ありがとう」

 

 ビビは照れくさそうにナミの背に腕を回し抱きしめ返す。  

 

「おおー!ゾロー、無事だったかー!」

「おお。ルフィ、お前が無事あの暗示から脱出したらしいな」

 

 そんな彼女達の周囲ではルフィとゾロの2人が呑気に互いの無事を喜び合っている。

 

「取りあえず一件落着だな、アキト」

「ああ」

 

 アキトとウソップの2人が互いの健闘を讃え合う。

 しばらく間、ルフィ達は和やかな時間が過ぎた。

 

 

 

「あの、ナミさん。そろそろ離れて……」

 

 今なお、ナミは抱擁の力を緩めない。

 ビビの静止の声虚しくナミはビビから離れない。

 それどころかナミはより一層ビビを抱きしめる力を強めた。

 

 人目を憚らずに抱き着いてくるナミに対してビビは羞恥心を感じ、頬を赤く染めた

 アキト達はそんな彼女たちを温かめな目で見つめる。

 

 アキト達のそんな視線に気付き一ビビは一層頬を赤く染め上げる。

 そんなビビの様子に気付くことなくナミは一層抱擁の力を強め、そんなナミに余計に照れるビビという幸せのスパイラルが降臨する。

 

 

ええ光景や……

 

 

 美人である2人が抱き合う光景はとても目の癒しになる。

 アキトはただ静かにナミとビビの2人を見ていた。

 この光景を見逃したことをサンジが知れば悔しがること間違いなしだろう。

 

 今なお、ビビは慌てた様子でナミを引き剝がそうと奮闘している。

 実に見応えがあり、絵になる光景であったことは想像に難くない。

 

 その後、事態の収束には数分の時を要した。

 

 

 

「えっと、私達を助けてくれてありがとうございます、アキトさん」

 

 ビビは何とかナミを引き剝がした。

 彼女は続けて気恥ずかし気にアキトに頭を下げた。

 まだ先程のことが恥ずかしいのか頬を赤く染めてはいるが

 

 感謝を忘れることなく相手に真摯に伝えることは良いことだ。

 アキト自身お礼を述べられて悪い気はしない。

 

「仲間なんだ。助けるのは当たり前だ」

 

 アキトは彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

ええ子や……

 

 

 ビビの髪はとてもサラサラし、触り心地が良いものであった。

 アキトは無意識に彼女の頭を撫で続ける。

 

 対するビビは満更でもなさそうに目を細め、気恥ずかし気に頬を赤く染める。

 しかし、アキトの手を振り払うことはなくなすがままである。

 

 ビビは異性に頭を撫でられているというのに何故か嫌悪感を感じない。

 目の前の少年からは大人の男性の姿を幻視した。

 そう、長らく会っていない父、コブラのような

 

 何故、このタイミングで父の姿を幻視したのかは分からない。

 アキトの大人びた雰囲気から連想したのか、それとも頭を撫でられたからなのか。

 

 だが、彼女にとって今この時間はとても心安らぐものであり、甘受すべき瞬間であった。

 故に、ビビは無意識に自身の頭をアキトの方へと飼い主に甘える猫のようにすり寄せる。

 

 アキトとビビの周囲の空気が突如甘ったるい空気に変化する。

 ナミに続いて今度はアキトがこの場の空気を作りだしていた。

 

 そんな2人の周りでは……

 

「……」

「おい、ナミ」

「……何、ウソップ?」

「いや、お前何で不機嫌なんだよ」

「別に、そんなことはないわよ」

 

 ナミは無意識にビビに対して嫉妬にも似た気持ちを抱いていた。

 

「いやー、本当に良かったよ。ゾロ、お前が無事で。なははは!」

「いや、まったくだ。だが、あのMr.3のヤローは絶対に許さん」

 

 感無量なゾロとルフィの姿があった。

 ゾロに至っては青筋を立てている。

 

 そんな混沌とした空気を壊したのは蝋から漸く解放されたブロギーであった。

 体の節々を黒く焦がしながらも、力強い動きで炎の中から出て来る。

 

 ゾロとビビの2人よりも時間がかかったのはその巨体ゆえだろう。

 見たところ五体満足で何よりの様子である。

 

 今此処に蝋に囚われた全ての人間が無事生還した。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「こほんっ!それでアキトはいつまでビビの頭を撫でているのかしら?」

 

 ナミは未だに甘い空気を醸し出すアキトとビビの2人をジト目で睨む。

 アキトは変わらず先程からずっとビビの頭を撫で続けている。

 

 ナミ自身、アキトが邪な気持ちでビビに触れているわけではないことは理解していたが、流石に我慢できなかった。

 

 アキトのビビに対する態度は親の子に対するそれに近い。

 もしくは、妹や弟などの年下に対するそれだとも理解している。

 だが、それとこれとでは話は別であった。

 

「あっ……」

 

 アキトはナミの指示通り素直にビビの頭から手を離す。

 手を離したビビが名残惜しそうに此方を見つめてきた。

 まるで飼い主に捨てられた子犬のようだ。

 

 

すまない。本当にすまない。まだビビを愛でていたいが、ナミの視線が流石に怖い

 

 

 アキトは苦渋の決断でビビから手を放す。

 

「皆、無事で何よりだ」

 

 先程までの雰囲気を一変させ、真剣な表情でアキトはルフィ達の無事を祝う。

 清々しいまでの切り替わりの速さである。

 

「そう言ったって騙されないわよ、アキト」

痛い、痛い(いひゃい、いひゃい)、ナミ」

 

 ジト目でアキトの頬を引っ張るナミ

 戦闘において無類の強さを誇るアキトも彼女には逆らえないようだ。

 

 そんな光景にルフィ達は笑う。

 ビビもゾロも、ウソップもカルーも楽し気に笑う。

 

 しかし、そんな彼らの前に空気を読まない奴がやってくる。

 

 

 

 

「塗装完了、出撃!……"キャンドルチャンピオン!!"」

 

 木々の向こうから巨大な何かが飛び出してきた。

 

 巨人族にも迫る大きな体躯

 駆動性が高そうな剛腕を組み込んだ巨大な物体が突如、出現する。

 

 見れば能力によって生み出された鋼鉄のロボットを操る頭髪が3の男が意気揚々と此方に向かってきていた。

 

 空気を読んでほしい、それがルフィ達の総意であった。

 皆が無事生還し、喜んでいる最中だというのに少しばかりは空気を読んで欲しかった。

 

「えェ、このタイミングで出て来るのかよ……」

「本当、空気を読んでほしいわね」

「クェー(無いわー)」

「皆、気を付けて!彼がMr.3よ!」

 

 ナミたちからの罵倒の嵐

 カルーに至っては羽を口の近くで器用に左右へと振り、この場にお呼びでないという意思が全開である。

 

 アキトは自身の予想が正しかったことを確信する。

 やはりあの男はB・W(バロックワークス)の追っ手の1人であったようだ。

 

「貴様、先程はよくも私の顔を蹴ってくれたな!!」

 

 アキトの存在に気付いたMr.3が怒りを露わにする。

 彼の顔には見事にアキトの放った蹴りの跡が痛ましく残っていた。

 奴は怒り心頭の様子で此方を睨み付けている。

 

 このアキト()、敵には容赦を与えない主義であった。

 怒り心頭の所申し訳ないが、奴の相手はアキトではない。

 

「よしっ!3、覚悟しやがれ!!」

「貴様だけは絶対に許さん!我らエルバフの誇りを汚したことを後悔させてやる!!」

「切り刻んでやるから、覚悟しやがれ」

 

 ルフィ、ブロギー、ゾロがMr.3へと殺気を放っていた。

 

 

 腕を組み、関節を鳴らすルフィ

 怒り心頭に自身の武器をMr.3に向け、殺気全開のブロギー

 パンダナを頭に巻き、新調した3本の刀をブロギーと同じく殺気全開な様子でMr.3を睨みつけるゾロ

 

 彼らの怒りは相当なもので言葉がそのまま攻撃として具現化しそうな勢いだ。

 これではMr.3は骨も残らないかもしれない。

 

 案の定、Mr.3は顔を青ざめ、先程までの勢いは嘘のように消え去っていた。

 

「ちょっ、待つのだがね。流石に3対1は卑怯ではないかねっ!?」

 

 ルフィ達が聞く耳を持つことはない。

 ブロギーが先頭に立つ形でMr.3への一斉攻撃とも言うべきリンチが始まった。

 

 

「むんっ!!」

 

 ブロギーからの先制攻撃

 Mr.3との距離を瞬時に詰め、その手に有する巨大な斧を振り降ろす。

 ブロギーはMr.3の能力によって生み出された鋼鉄の物体をまるで紙切れのようにその刃によって切り落とす。

 

 宙に舞う巨大な両腕

 

「"ゴムゴムのバズーカ"!!」

 

 次に動いたのはルフィ

 後方に力の限り伸ばした両手を勢い良くMr.3の顔面に直撃させる。

 Mr.3は為す術無く真横の炎の中へと吹き飛ばされる。

 

(あつ)(あち)ィ───っ!!」

 

 ドルドルの実の弱点である炎によっていとも簡単にその鋼鉄の物体は溶け、能力者である本人は悲鳴を上げる。

 

 続けて、熱さにその場から逃げ出すMr.3を今度はゾロが待ち受ける。

 

「待っ!待つのだがね!じ…慈悲を!!」

「"竜巻"!!」

 

 Mr.3は呆気なく、実に容赦の欠片もなくルフィ達の手によって敗北した。

 Mr.3は吹き飛ばされボロ雑巾のように向こうに転がり、慈悲など無かった。

 

 こうして、リトルガーデンでのB・W(バロックワークス)との戦闘が終わりを迎えた。




ビビは可愛い(正義)異論は認めない。
キャンドルチャンピオンは良いとこなし。


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ドラム王国へ

 無事、ルフィ達はB・W(バロックワークス)の追っ手を撃破することに成功する。

 

 重症であった巨人のドリーは無事、死の淵から生還し、今は怪我の手当を受けている。

 親友であり、戦友でもあったドリーの存命にブロギーは号泣し、涙による滝を作り上げていた。

 

 サンジがB・W(バロックワークス)社長(ボス)からアラバスタ王国への永久指針(エターナルポース)を奇しくも入手していたことは渡りに船であった。

 喜びの余りビビはサンジに抱き付き、サンジは鼻の下を伸ばしていた。

 

 

 そして、今ルフィ達はリトルガーデンから発つべくメリー号の舵を切る。

 そんな彼らの前には海王類並みの大きさを誇る金魚の怪物が今や立ち塞がっていた。

 

 だが、ドリーとブロギーはただ自分達を信じて前に進めと豪語する。 

 

 しかし、そう言われたものの恐いものは恐ろしい。

 その証拠に船の誰もが不安の色を隠せずに混乱の極みに至っていた。

 

「行けー!」

「おい、ルフィ!本当にあいつらは信用できるんだろうな!?」

「ほ…本当にあの化け物に突っ込むの!?」

「そうよ、正気の沙汰じゃないわ!舵を切って今すぐ!」

「諦めろ、手遅れだ」

「いやあああー!」

「まあ、そこまで心配することはないだろ。最悪俺の能力で……」

 

 アキトは普段と変わらぬ様子でその場に佇む。

 そんなアキトに希望を見つけたとばかりにナミはすぐさま彼の傍に駆け寄った。

 

「……」

 

 しかし、アキトは突如、言葉に詰まり、珍しく困惑の表情を浮かべる。

 

「ど、どうしたのよ、アキト……?」

 

 突然黙り込んだアキトに不安を隠すことが出来ず、アキトへと詰め寄った。

 

 アキトは自身の能力の強大さと利便性の高さを理解している。

 しかし、これ程までの巨体を誇る生物に喰われた経験など無いがために、今更ながら心配になってきた。

 

「……こういった経験がないから自信がなくなってきた」

「ちょっ!?不安になることを言わないでよ!!」

 

 神は死んだとばかりに顔を蒼白にするナミ

 そんな絶望的な状況でもアキトは全く動じる様子を見せず、静かに佇んでいた。

 

 しかし、現実は非情にもメリー号は既に超巨大金魚の口の眼前へと進み、逃れる術などあるはずもなくルフィ達は呆気なく飲み込まれてしまう。

 

「進めー!」

「まっすぐ、まっすぐっ!」

「いやあああー!」

 

 周囲が光無き世界へと豹変し、静寂がその場を包み込む。

 

 

 

 一方、巨人族であるドリーとブロギーの2人はお互いの相棒である己の武器を狙いを定めていた。

 

 狙うは眼前の怪物のどてっ腹

 

 

─ 全ては自分達の誇りを守ってくれた恩人達のために ─

 

─ 此処で自身の武器が壊れても構いはしない ─

 

 

 そして、大きく己の武器を振りかぶる。

 

『むんっ!!』

 

 一振り

 

 されど一振り

 彼らの剛腕にて放たれた絶大なる一撃は不可視の攻撃へと変化した。

 その衝撃波は海面を越え、巨大金魚のその超巨大な腹へと即座に到達する。

 

 

 

 

『"覇国"っ!!!!』

 

 ドリーとブロギー、2人の巨人が決死の力で放った一撃は眼前の超巨大金魚の腹に容易に風穴を開け、海を裂く。

 

 これこそが巨人族最強の誇りの一撃

 絶大なる威力を誇るその一撃は海を割り、大気を裂き、海王類並みの大きさを誇る金魚を即座に絶命させた。

 

 飲み込まれたメリー号は解放され、空を舞う。

 メリー号はアラバスタ王国へと向かうべく舵を切り始める。

 

 ルフィ達の誰もが驚きを隠せない。

 

 これが巨人族最強の2人が放った攻撃

 何て遠く、どれだけの修練を積めばこの境地に至ることが出来るのだろうか。

 

 

『さァ行けェ!!!』

 

 

 2人の武器は砕け散り、宙に舞う。

 だが、そこに悔いはなく、未練など存在しない。

 

「ゲギャギャギャギャギャギャ!!!」

「ガババババババ!!!」

 

 故に、ドリーとブロギーは笑う。

 愉快そうに、実に満足そうに、彼らの友の旅路を祝うが如く笑う。

 

 こうしてルフィ達は短いようで濃い時間を過ごしたリトルガーデンを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 巨人島リトルガーデンを出発したルフィ達は静かに船を進める。

 彼らは今、メリー号でそれぞれの時間を過ごしていた。

 

「俺はいつか絶対にエルバフの故郷へ行くんだ!」

「勿論だ!俺も一緒に行くぞ、ルフィ!」

「2603…!2604…!もっと…もっと強くならなければ何も守れねェっ!!」

 

 ルフィとウソップは巨人族の故郷であるエルバフに憧れ、ゾロは一人黙々と鍛錬に勤しむ。

 

「いやー、何とかなったな、実際」

「何とかなったじゃないわよ、アキト」

引っ張るな(ひっぴゃるな)、ナミ」

 

 呑気なアキトの頬を引っ張るナミの隣にビビが座る。 

 

「まあ、いいじゃない、ナミさん」

「何だか疲れちゃった、私。少し休ませもらうわね」

 

 ナミは休養を取るべく立ち上がり、寝室へと向かう。

 しかし、突如、糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。

 それは正に突然で、誰もが予想だにしていない出来事であった。

 

 アキトは即座に崩れ落ちるナミの身体を支える。

 

 身体越しに伝わる彼女の体温は予想だにしない熱を有していた。

 発汗の量も多く、呼吸も大きく乱している。

 

「ナ、ナミさん!?」

 

 アキトは熱で動けないナミの体を繊細な手付きで抱え上げ、ビビと共に彼女の寝室へと向かった。

 

 

 

「4…40度!?また熱が上がった!?」

 

 ナミは今、ベッドにて苦し気に眠っている。

 体温を測っていたビビが体温計を手に驚愕の声を上げる。

 

 40度、正に死に直結する熱の高さだ。

 一体ナミの身に何が起きているのであろうか。

 

 ビビとアキトが事の深刻さを理解している傍ら、ルフィ達は現状を理解出来ていないようだ。

 仕方なくアキトがナミの現在の状態を彼らに伝える。

 

「ナミは死ぬのかァ!?」

ナミさん(ダビダン)()らバイベー!!」

「医者ー!医者ー!!」

「クェ──ッ!!」

 

 ルフィ達はナミの容態が死の一歩手前であることを知ると、騒ぎ始めてしまった。

 

「うるさい、騒ぐな」

 

 しかし、それも即座にアキトの手によって鎮圧される。

 ルフィ達はアキトの拳によって強制的に黙らされ、ルフィ達は拳骨の余りの痛みに床を転がり回っていた。

 

 彼らに構うことなくアキトは即座に敵喝な指示を出す。

 

「ゾロは見張り、ルフィとウソップの2人はカルーと一緒に甲板でゾロの補助及び、敵が来た場合の対処、サンジは今のナミの容態を考えた上での食事の準備、女性であるビビはナミの看病を引き続き頼みたい。俺は水を汲んだ桶と冷えたタオルを持ってくる」

 

「「「「おう!!」」」」

「ええ、分かったわ!!」

「クェーー!!」

 

 ゾロは船の見張りに当たり、ルフィとウソップ、カルーは甲板にてゾロの補助と外敵への対処に向かう。

 

 サンジはナミの体調を考慮した食事の準備に取り掛かり、女性であるビビはナミの看病

を続行した。

 アキトは水を汲んだ桶と冷えたタオルの準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ビビはナミの寝室にて1人驚きの声を上げていた。

 彼女の手には皺が残るほどの力で新聞が握られている。

 

─ 『国王軍』の兵士30万人が『反乱軍』に寝返った ─

 

 ここにきてビビは頭を殴られたかのごとく衝撃を受けた。

 

 ナミが自分にデスクの引き出しから新聞を取り出すように言ってきたことが全ての始まりであった。

 記事にはアラバスタ王国の驚くべき現状が記されていたのだ。

 

 元々『国王軍』60万、『解放軍』40万であった形成がここにきて一気に覆った。

 このままでは暴動が本格的に活発化し、多くの血が流れることになる。

 

 彼女曰くこの新聞は3日前のものとのこと。

 だが、いくら急いだところでこの船の速度が変わるわけもない。

 故に、ナミは黙っていたのだと言う。

 

 現在、ナミの寝室にいるのはナミとビビの2人だけだ。

 ビビは心底この場に自分とナミしかいなかったことに安堵する。

 今、自分達はナミのことで手一杯の状態だ。

 他のことに手を回す余裕などあるはずもない。

 

 

 しかし、今のビビの内心は荒れに荒れていた。

 

 母国であるアラバスタ王国の内政の悪化、このままでは愛する国民達が無意味な死を迎えることになる。

 加えて、突如、ナミの体調は死に直結するレベルのものだ。

 

 アラバスタ王国を取るか、それとも仲間であるナミを取るか。

 二律背反の気持ちがビビを苦しめる。

 

 どちらを取るのも間違ってなどいない。

 本来ならば一国の王女としての立場ではアラバスタ王国を迷わずに選択するのが正しいのだろう。

 しかし、冷徹になり切れない心優しき彼女は仲間を見捨てることなど出来るはずもなかった。

 

 ナミを一刻も早く医者の下へ連れて行きたい。

 だが、アラバスタ王国の下へ一刻も早く向かいたい。

 しかし、ナミの様子は少しの猶予もない程の重症だ。

 

 

自分は王女として、それとも彼らの仲間としてどちらの立場を優先すればいいのだ

 

どちらを選べばいい

 

ナミ?それともアラバスタ王国?

 

いや、違う。どちらも正しい選択であることに変わりはない

 

選択の時が迫っているのだ

 

もしも、ナミの治療を優先しアラバスタ王国が乗っ取られてしまったら?

 

逆に、アラバスタ王国へ向かうことを優先し、ナミを救うことができなかったら? 

 

どうする?

 

どうすべき?

 

ドウスレバ?

 

私はどちらを選択することが正しいのだろうか

 

 

 

 

 

 

「ビビ、少し考えすぎだ」

 

 苦悩し、険しい表情を浮かべるビビの頭にアキトの手が置かれた。

 

「アキトさん……」

 

 見ればナミの額には水で冷やしたタオルが当てられ、ベッドの傍には水が汲まれた桶が置かれていた。

 どうやら思考に没頭する余りアキトが戻ってきたことにも気付かなかったようだ。

 

「ビビの立場を考えれば一刻も早くアラバスタ王国へと向かうのが正しいのは理解出来る。それが上に立つ者が取るべき選択であり、正しい選択だ」

 

 アキトは諭すように優し気に彼女に語り掛ける。

 彼が語ることは実に合理的で少数を切り捨て多数を救う方法であった。

 

 分かっている。

 分かっているのだ。

 自分にそんな選択肢を選ぶ度胸がないことなど分かり切っているのだ。

 ただこのどうしようもない状態に対処することができない自分自身に意気消沈しているだけなのだ。

 

 そんなビビの内心を理解しているのかアキトは言葉を続ける。

 

「だが、今アラバスタ王国に向かったところで直ぐにその問題を解決出来るわけでもないのも事実だ。今、ビビがすべきことは後で後悔しない選択をすることだと俺は思う」

 

「私が後悔しないように……」

 

 ビビはアキトの言葉を反芻する。

 

「……もしも、ビビがアラバスタ王国を優先すると決意したのなら、俺がナミを医者のいる島へと連れていくから心配する必要はない」

 

 アキトは真剣な瞳で此方を見据える。

 加えて、わざわざビビにどちらの選択肢も自由に選ぶことが出来ることを言外に伝えた。

 

「─」

 

 アキトの言葉を受け、ビビの意志は即座は決まった。

 

 

「皆、聞いて!私の母国のアラバスタ王国が今、窮地の事態にあるの。だけど、今ここでナミさんよりもアラバスタ王国を優先したらきっと私は後で後悔する。だから、一刻も早くナミさんの病気を治せる医者が存在する島に向かおうと思うの。これが私の今思いつく最善の策。その後にアラバスタ王国に向かうわ」

 

 それが彼女、ビビが選んだ選択

 ルフィ達の中に異を唱える者などいるはずもなく、メリー号はナミを救うべく急遽、進路を変えるのであった。

 

 

 

 ルフィ達が次の島へと向かうべく舵を切る。

 気候は瞬く間に変わり、今船の外では雪が降り積もっている。

 

 アキトとビビがナミの看病をしている最中に船に襲撃を受けたようだが、ルフィ達が撃退に成功した。

 

 船の見張りはサンジが受け持ち、船内ではアキトがただ1人起きている。

 だが、アキトも皆と同じように睡魔に誘われ、仮眠をとるべく横になろうとしていた。

 

 そんな中、アキトは布団から飛び出すナミの左手を目にする。

 何かの拍子に布団から出てしまったのだろうか。

 

 アキトは体を冷やしてはいけないとナミの傍へと静かに歩み寄る。

 外気に晒されている彼女の手を繊細な手付きでアキトは掴み、再び布団の中へといれる。

 

 今なお、彼女の身体から感じられる熱は常温を優に越える熱さを持ち、彼女の身体の深刻さを顕著に表していた。

 一刻も早くナミを医者の元へと連れて行かなければならない。

 

─ もう少し耐えてくれ、ナミ。お前をこんな所で決して死なせはしない ─

 

 アキトはナミの手を無意識に強く握りしめる。

 それは彼、アキトの決意の表れでもあり、ナミへの思いの強さの表れでもあった。

 それ程までに今の彼女の状態は重く、命に直結するものだ。 

 

─っ

 

 そんなアキトの気持ちに応えるようにナミが自身の手を握り返してくる。

 無意識によるものであろうか。

 

「─」

 

 アキトはナミの手を振りほどくことなく彼女の手を握り続ける。

 そして、ナミが眠るベッドの傍に椅子を置き、ナミを起こさないように静かに腰を下ろし仮眠を取るのであった。

 

 メリー号の船内に広がる静寂

 アキトとナミの2人の手は離れることはなく、ナミはアキトの存在を傍に感じたのか先程よりも落ち着いた様子で眠り続けた。

 

 ナミを抱えたメリー号は次の島へと進路を変える。

 彼らがナミを救うべく向かう次の島は『ドラム王国』

 

 

 

To be continued...




自分がナミと同じ病気にかかったら、死ぬ自信しかない


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堕落した国王

"大丈夫、ナミ?"

 

"ケホッ!ケホッ!"

 

"あちゃー。また熱が上がったわね。"

 

 

─ それは過ぎ去りし、過去の記憶 ─

 

 

"しっかりしなさいよ、ナミ!"

 

"分かってるわよ、ノジコ。ケホッ!ケホッ!"

 

 

─ もう二度と手に入らないと分かりながらも幾度も夢見ずにはいられなかった光景 ─

 

 

"ナミ、あんたはもう寝なさい。"

 

"うーっ。分かった……"

 

 

─ そこには大好きな母であるベルメールと ─

 

 

"そんな顏しないの、ナミ。あんたが眠るまで手を握っておいてあげるから。"

 

"……うん。分かった、ノジコ"

 

 

─ 敬愛する姉が共に存在する世界 ─

 

 

"勿論私もよ、ナミ"

 

"えへへっ。ありがとう、ベルメールさん"

 

 

─ 何気ない日常、何気ないやり取りに溢れたナミの心象風景に残る宝物 ─

 

 

"ほらこれで安心して眠れるでしょ、ナミ?"

 

"うん。ありがとう、ベルメールさん、ノジコ"

 

 

─ ナミは心底嬉しそうに両手を母と姉の2人に伸ばし─

 

 

 

 静まり返った船内でナミは1人意識を取り戻す。

 時間帯は既に夜であり、船内は消灯されている。

 辺りを見渡せば皆が各自適当な場所で寝転がっていた。

 

 倦怠感が今なお体に残っており頭がクラクラする。

 熱も体感的に先程よりも更に上がっているようだ。

 このことから自身の症状が先程よりも悪化しているのは間違いないだろう。

 

「─」

 

 頭を少し動かせば、額に置かれていたタオルがずれ落ちる。

 傍には自身のベッドの上で腕を交差させる形でビビが疲れたように静かに寝息を立てている。

 必死に自分の看病をしてくれたのだろう。

 彼女には頭が上がらない。

 

 そんな彼女の傍ではアキトが自分の左手を握り、眠っている。

 

 外気に晒され少し寒いが、アキトの存在を強く感じることが出来るこの状況は今まさに死に直面し、心細いナミにとってとても心温まるものであった。

 

 見ればアキトは器用に椅子の上で肩を僅かに上下させながら静かに眠っている。

 普段は余り表情を変えないアキトの何気ない寝顔を見ることができ、ナミは少しばかりの充足感を覚える。

 

 無防備に自分の前で眠るアキトの姿からは年相応な少年の可愛らしい寝顔に見えた。

 ナミは自然と自身の頬が緩むのを感じる。

 

 ナミは朦朧とする意識のなか何と無しに眼前のアキトの顔をじっと見つめる。

 

 自分とは正反対の真黒な髪

 きめ細かな長い睫毛に、端正に整った顔立ち。

 今は閉じられているがまるで此方の全てを見透かすかの如き輝きを放つ真紅の瞳

 美少年と呼ぶに相応しい容姿だ。

 

 加えて、年に合わぬ達観性と、常に動じることなく物事を捉える冷静さを併せ持っている。

 

 また、一般常識を兼ね備え、戦闘力も目を見張るものがある。

 敵に対しても容赦が無く、仲間を助けるためならば不意打ちや奇襲も行う精神性を持つ。

 正に生きるために妥協しない意志が窺えた。

 

 それが目の前の少年、アキトに対するナミの印象だ。

 

「─」

 

 意識が次第に薄れ、瞳が己の意思に反してゆっくりと閉じていく。

 どうやら自身の体が少しでも眠ることで体調を回復させようとしているようだ。

 しかし、ナミは決してアキトの手を離すことはなく、意識を手放すのだった。

 

 船は着々とドラム王国へ向け舵を切る。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 無事、ルフィ達はドラム王国へと辿り着く。

 

 しかし、歓迎を受けることはなく、銃を突きつけられ、明らかに歓迎ムードではなかった。

 

「去れ、海賊共!」

「この島から一刻も早く立ち去れ!」

「そうだ、そうだ!」

 

 過剰なまでの反応を見せる島民達

 このままでは発泡も厭わない雰囲気を醸し出している。

 

「待ってくれ!病人が此方にはいるんだ!」

「医者を呼んでほしいんだ!」

「そんな手には乗らんぞ、海賊共!」

「さっさと海に帰れ、海賊共!」

 

 ルフィ達の必死の説得虚しく島の人達は此方に敵意を向ける。

 

「どうか、どうかお願いします!」

 

 そんな中、ビビが必死の土下座を見せる。

 それは彼女の誠心誠意の思いの表れであった。

 

 ビビの決死の思いに彼らがたじろぐ様子を見せる。

 それに畳み掛ける形で、一人、また一人とルフィ達はビビに続くように土下座する。

 

『どうかお願いします!!』

「……村へ案内しよう。頭を上げてくれ」

 

 その後、ルフィ達はドルトンと呼ばれる男の案内のもと島へと招き入れられることになった。

 

 

 

「42度!?これ以上熱が上がると命に関わるぞ…!」

「そうなんです。数日前から熱が増す一方で……」

 

 ナミの容態は悪化し、先日よりも熱が上がっていることが発覚する。

 熱は驚異の42度にまで達していた。

 

 現状、ルフィ達にナミに尽くせることは存在しない。

 故に、一刻も早くナミを医者のもとに連れていかねばならないのだ。

 

「この島にいる医者は現在1人だけだ。彼女の名は"Dr.くれは"。そんな彼女が住んでいるのはこの部屋の窓から見える……」

 

 しかし、Dr.くれはの別荘が見えることなく、雪だるまと恐竜が窓の外を覆い隠していた。

 

「""ハイパー雪だるさん"だ!!」

「"雪の怪物シロラー"だ!!」

「てめェらブッ飛ばすぞ!!」

「─」

 

 アキトは冷徹な視線で話の節を折ったルフィとウソップを睨み付け、窓を淡々と開け、容赦なくルフィとウソップ(馬鹿2人)を吹き飛ばす。

 

 ウソップは後に語る。

 "あそこまで怒った様子のアキトは初めて見た"と

 

「あのルフィとウソップ(馬鹿2人)は放っておいて、ドルトンさん。話の続きをお願いします」

「……その医者であるDr.くれはなのだが、この部屋の窓から見えるあの"ドラムロッキー"に住んでいる」

「あのクソ高い山にか!?」

 

 ウソップが驚きの声を上げる。

 

「加えて、残念なことに彼女との通信手段は現状存在しない」

「そんなっ!?じゃあ、どうすれば……」

 

 通信手段が存在せず、彼女が住んでいるのはドラムロッキーの山頂だと言う。

 通常の手段で向かえば多くの時間を有することは想像に難くなかった。

 

「そういうことでしたら、此方から彼女の下へ直ぐに向かいましょう」

 

 しかし、ここには常識が通用しないアキトがいる。

 件のDr.くれはの場所は知れた。

 後はナミを彼女のもとへ連れて行くだけだ。

 

 アキトはナミの膝と脇の下に手を回し、いわゆるお姫様抱っこの形でナミを抱えあげる。

 その後、アキトは即座に部屋を飛び出し、外へと飛び出す。

 

「あの山頂に医者であるDr.クレハが住んでいるのですね、ドルトンさん?」

「ああ、そうだ」

 

 視線を山頂へと向けるアキト

 見据える"ドラムロッキー"は天高くそびえ立ち、かなりの標高を誇っている。

 

 しかし、目で見える距離などアキトにとっては然程関係ない(・・・・)

 

 周囲に微風が吹き、アキトは宙に浮き上がる。

 続けて、彼はさっそうとその場からナミを抱え、空を飛翔していった。

 

「何と、飛んだっ……。能力者であることは先程の光景から予想していたが、何という利便性の高い能力だっ……!」

「す、すごい」

 

 ルフィ達は呆然とアキトの背中を見続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「まっはっはっはっはっは!ついに辿り着いたぞ、我が国に!!」

 

 島の沿岸にてこの国の王であるワポルが高笑いを上げる。

 周囲には敗北した見張りの者達が倒れ伏していた。

 

 ワポルの傍には側近であるチェスとクロマリーモが控える。

 

「大変です、ワポル様!先日出会ったあの海賊達の船が、あそこにっ!」

 

 上機嫌なワポルへと部下の1人が声高らかに叫ぶ。

 途端、顏に憤怒の表情を貼り付け、ワポルは青筋を浮かべた。

 

「あいつらが我が国にっ!許さん、許さんぞ!!俺様があの麦わらの野郎にどれだけの屈辱を味わされたと思ってやがる!!」

 

 余りの怒り心頭な様子にたじろぐ部下達

 そんなワポルに動じることなく口を挟む男が背後から現れた。

 

「まあまあ、落ち着けよ」

「あ…(あん)ちゃんっ!」

 

 それはワポルの実の兄であるムッシュールであった。

 ピンク色のおかっぱ頭が目立つ、長身の男だ。

 サングラス越しに見える瞳は鋭く、佇まいも隙がない。

 このことからムッシュールという男はかなりの強者であることが伺えた。

 

「このムッシュール様の能力の前には何もかも無力だ、ムッシッシ~!」

「そうだな、(あん)ちゃん!頼りにしてるぜ!」

「このカパ野郎が!お兄たまと呼べっつってんだろーが!」

「ご…ごめんよ、(あん)ちゃん!」

「分かればいいんだ、ムッシッシ~!」

「まっはっはっは!」

 

 先程とは打って変りコントのようなやり取りを交わし、ワポルとムッシュールは笑い続けた。

 

 

 

 一方、ドラムロッキーへと向かったアキト

 

「……」

 

 一人寂しく城の外観を眺めていた。

 現在、このロッキーマウンテン上にいるのはアキトとナミの2人だけだ。

 無事、アキトはDr.くれはの居城へと辿り着いていたが、家主は外出中であった。

 

 こうなっては仕方ない。

 アキトはナミを抱え、城内に向け悠々と歩を進めた。

 

 

 

 一方、アキトを見送ったルフィ達

 

「何!?ワポルが帰ってきただと!?」

「ああ、間違いない。しかもあのワポルの兄であるムッシュールも一緒に帰ってきている」

「ムッシュールもか……!?」

 

 彼らはイッシー20(トゥエンティ)、ワポルに従っていた医者達は決死の思いでワポル達の下から脱走してきたのだという。

 

 彼らは今や、この島の危機を伝えるべくドルトンの下へと駆け付けていた。

 彼らが語る内容は島民達を恐怖のどん底に陥れるには十分であった。

 

 ワポルはこの島の国民達を一掃するべくムッシュールの猛毒を撒き散らすつもりらしい。

 発射源はDr.くれはが住む城であり、事態は一刻の猶予もないことを告げられた。

 

「おいおい、かなりヤバい状況なんじゃねーか、これ!?」

「あの、ドルトンさん。これは一体どういうことでしょうか?」

 

 状況の理解が追い付かないビビがドルトンに尋ねる。

 

「君達はまだこの島を取り巻く現状を知らなかったな。……良い機会だ。今、此処で君達にこの島の全てを話そう」

 

 そして、重々し気にドルトンの口からこの国の現状が語られた。

 

 

─ 数ヶ月前にこの島は一度滅びていること ─

 

─ ある海賊達の手によって ─

 

─ その名を"黒ひげ" ─

 

─ そんな危機的状況で国王は誰よりも早く逃げ出したのだと ─

 

─ 国政は独裁政権であり、酷く、残酷であった ─

 

─ その名を"ワポル"。酷く独占的で残酷な王であった ─

 

─ 故に、誰もがワポルを恨み、憎んでいたのだと ─

 

 

 

「それが国を守るべき国王のすることなの!?」

 

 ビビが声を荒げ、怒りを表す。

 国を守り、民を愛するべき国王が愛すべき国民を見捨てた愚行が何よりも許せなかった。

 

「ああ、残念ながら事実だ。この国の王は腐っているっ!」

「そんな……」

 

 ビビがドラム王国の腐敗した状況に衝撃を受け、悲し気な表情を浮かべる。

 

「だが、それ以上に厄介な奴がいる。ワポルの実の兄であるムッシュールだ」

「そんなにヤバい奴なのか?」

 

 素朴な疑問を投げかけるウソップ

 

「ああ、奴はノコノコの実を食べた毒キノコ人間。体内から毒のキノコの胞子を生み出し、操ることが出来る。その能力の前では奴自身に触れることすら出来んっ!」

 

 ドルトン自身悪魔の実の能力者であるが、奴とでは相性が悪過ぎた。

 

 見れば彼の肩は震え、固く口を結んでいる。

 自身の力の至らなさに歯噛みしているのだろう。

 そんな中、ウソップは何処か落ち着いた様子で現状のことを冷静に分析していた。

 

「……いや、案外何とかなるかもしれないぞ」

「何……?それは本当かね、ウソップくん!?」

 

 一抹の希望を見つけたとばかりにドルトンはウソップへと勢い良く詰め寄る。

 

「あ…ああ、俺達の仲間のアキトだったら、そのムッシュールて野郎も倒すことが出来ると思う……」

「アキト……?先程、空を飛んで行った少年か?」

「ああ、そのムッシュールも化け物らしいが、アキトはそれ以上の強さを持っているはずだ」

 

 ウソップはどこか確信にも似た思いを抱く。

 

 今でも思い出す。

 一切の容赦もなく、圧倒的な強さで敵を殲滅するアキトの姿を

 

 これまで遭対してきた敵もアキトの手によって瞬く間に倒されてきた。

 真に恐ろしいことはこれまでウソップは彼の全力を見たことが一度たりとてないことだ。

 あの様子だとまだまだ全力には程遠く、力の半分も出していないのではないだろうか。

 

「そんなに強い奴なのか!?それなら俺が戦うぞ!!」

「話を聞いていたか、ルフィ?相手は触れることすら出来ないんだ。ここは能力の相性を考えてアキトが適任だ。それにそのワポルって野郎は今、あの城に向かっているんだろ?だったら自然とアキトと戦うことになるだろうぜ」

「え~、でもよー」

 

 サンジの言い分に納得できないとルフィが不満の声を漏らす。

 サンジは静かに煙草に火をつける。

 

 そんな彼ら2人の傍でドルトンはイッシー20(トゥエンティ)から解毒薬を受け取っていた。

 どうやらムッシュールの有する毒に対する解毒剤のようだ。

 

 その後、ドルトン達はリフトに乗るべくその場から走り出した。

 

 

 

 一方、件のDr.くれはとその助手であるトナカイは敏感にワポル達の臭いを嗅ぎ取っていた。

 

「ドクトリーヌ、この臭い……」

 

 Dr.くれはとトナカイは己の住処である城へと帰るべく空を駆け上がっていた。

 

「どうしたんだい、チョッパー?」

 

 Dr.くれははそりを引くトナカイ、チョッパーにその言葉の真意を尋ねる。

 

「ワポルが帰って来ているっ!」

「……そうかい」

 

 ただ一言

 対するチョッパーはどこか決意を宿した目で駆け上がる速度を上げた。

 

 

 

 

 

 こうして各々の思惑と思いを胸に彼らは行動する。

 

─ ある者は過去に犯した罪を清算するため ─

 

─ ある者は己の野望と欲求を満たすべく ─

 

─ ある者は今は亡き大切な人が自分に託した宝を守るため ─

 

─ ある者は自身の信念を胸に悪を打ち破るべく ─

 

─ ある者は死に瀕する仲間の少女を救うべく ─

 

 

 今此処で、過去と現在が繋がる。

 

 こうなることは必然で、逃れられない運命であった。

 誰もがこの腐敗した国でもがき、良き国にしようと奮闘してきた。

 だが、この現状を招いた悪の元凶は常に自身の欲望を満たすべくこのドラム王国を牛耳ってきた。

 

 しかし、それも遂に終わりの時を迎える。

 

 悪と善は今此処で対峙し、衝突する。

 

─ 彼らの決着の時は近い ─

 




はい、というわけで映画キャラのムッシュールの登場です。変化球を入れてみました。
ナミの過去話は完全に私の造作です。こんな過去があったのだろうという作者の想像です。

うーむ、ムッシュールの口調ってこんな感じでしたっけ?
今作では雪崩は起きていない設定です。


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Dr.くれはと一匹のトナカイ

 此処はロッキーマウンテンの頂上

 ドラム王国を一望できる程の標高を誇る高山の一角である。

 

 そんな中アキトとナミの2人はこの島の唯一の医者であるDr.くれはの居城へと難なく辿り着いていた。

 

 城主が不在であったため現在彼らは城内へと足を踏み入れている。

 幸いにも施錠はされておらず、容易に城内へと立ち入ることができた。

 

 しかし、城内といえど冬島であるこの島の気候という名の猛威は変わらず2人を襲い続けている。

 

 肌を凍えさせる程の寒気

 今なお、大気を揺るがし続ける冷気

 足を深く沈めさせ体力を奪う積雪の山

 

 どれもこれも今のナミには毒な気候だ。

 

 だが、2人にその自然環境が繰り出す猛威は届いてなどいなかった。

 

 見れば2人の周りは一種の不可視の壁が存在し、周囲から乖離されていた。

 冷気や雪がまるで意思を持つが如く独りでに避けているのである。

 

 これも全てアキトの能力の恩恵に他ならない。

 ジカジカの実の力により発生させた膜を周囲に張ることで今のナミの容態を脅かす全ての外敵を遮断しているのである。

 今の彼女は本当に些細な事で命を落としかねない重体だ。

 一瞬の気の緩みも許されない。

 

 故に、細心の注意を持って彼女の傍にいる。

 見ればナミは自身の腕の中で静かに眠っているが、呼吸は荒く、表情も決して芳しいものではない。

 

 先程から身体越しに感じるナミの体温も徐々に上がってきている。

 このままではナミの命が本当に危ない。

 

 この城の家主であるDr.くれはは一向に自分たちの前にその姿を現さない。

 

 

「ヒ─ッヒッヒッヒッヒッヒッ!これはとんだ珍客だ!この猛吹雪の中、容易にこの城に辿り着く奴がいるとはね!!」

 

 一旦、この山から下りようと考えたアキトの前に彼女が現れた。

 傍には珍妙な帽子を被ったトナカイが控えている。

 

 アキトは彼女こそがこの城の主であるDr.くれはだと確信し、真摯に頭を下げながら名乗りを上げる。

 

「お忙しい中、失礼します。俺はアキトいう者です」

「ほう、これはこれは真摯なことだね。それで、用件は何なんだい?」

「はい、本日は彼女を、いえ、ナミの病気を治してほしいのです」

「ほう、この小娘をね……」

 

 Dr.くれは右手を顎に乗せ、アキトの腕の中に静かに眠るナミを見据える。

 

「成程ね、まあ構わないよ。それで、小僧……」

「……?」

 

 

「……若さの秘訣の話だったかい?」

 

 彼女の突然のカミングアウトにアキトは思わず瞠目する。

 

「失礼ですが、Dr.くれはさんはおいくつなんですか?」

「私かい?私はまだまだピチピチの139歳だよ」

 

 見た目にそぐわないご老体であることにアキトは驚きを隠せない。

 とても100歳を超えた人の姿には見えない。

 

 ドルトンさんが魔女と揶揄していたのもあながち間違いではないのかもしれない。

 こんなことを彼女に面と向かって言えば殺されることは言うまでもないが

 

 しかし、これを言わずにはいられない。

 

「ぴ ち ぴ ち?」

 

ちょっと何言っているか分かんないですね

 

「ほう?」

 

 Dr.くれははその身からどす黒い殺気を放ち、包丁をどこからか取りだしていた。

 

 顏は笑っている。

 だが、目は全くと言っていい程笑ってはいない。

 普通に怖い。

 

「すみませんでした」

 

 アキトは素直に頭を下げ、謝罪する。

 

仕方ないよね。とてつもなく怖いんだもの

 

「はぁ、冗談はこれくらいにしてあんたが抱えているその小娘の治療に取り掛かるよ」

 

 今の遣り取りは彼女なりのジョークであったらしい。

 

「小僧、この小娘の容態が変わったのはいつだい?」

 

 ナミの治療に取り掛かるべく彼女の表情が医者の顔付きへと変わる。 

 

「ナミの容態が急変したのは今から3日前です。この島へと辿り着いた頃には既に熱は40度を軽く超えていました」

 

 ナミはリトルガーデンを発った後突然体調が急変したことを今でも覚えている。

 

「じゃあ、次の質問だ、小僧。あんたたちはこの島に来る前はどこにいたんだい?」

「リトルガーデンという太古の文明が未だに蔓延る島です」

「太古というのは生態系そのものが古来のものだと解釈していいんだね?」

「その解釈で間違いありません」

「……成程。チョッパー、患者を運びな!」

「分かった、ドクトリーヌ」

 

 トナカイがDr.くれはからの指示を受け、行動に移す。

 

 途端、目の前のトナカイの姿が変化した。

 四足歩行から二足歩行へ、体躯もより人間へと近づき、洗練されたフォルムへと変身する。

 

 チョッパーと呼ばれるトナカイはナミを軽々と抱え、颯爽とその場から立ち去っていく。

 

「さて、小僧。いつもなら治療費としてお金をむしり取るところだが……」

「……?」

 

 此方を測るような彼女の視線に晒され、アキトは思わず怪訝な表情を浮かべざるを得ない。

 そんなアキトの様子に構うことなくDr.くれはは先程までの陽気な笑顔を消し、真面目な表情にて口を動かした。

 

「……小僧、あんた腕は立つかい?」

 

 それは今後のアキトの行動を定めるものであった。

 

 

 

 

 

「……っ。ここは……?」

 

 混濁とした意識の中、眠たげにナミは瞳を重々しく開ける。

 

 目に映るは知らない天井

 

 ナミは現状を確認するべく自身の周囲を見回した。

 そんな彼女の額から濡れた冷やされたタオルがずれ落ちる。

 見れば寝台の傍には水が汲まれた桶が置かれていた。

 

 室内の至る所には医療の道具が散乱し、薬品の臭いが鼻の奥を刺激する。

 自身の服装もいつの間にか寝間着に変えられていた。

 

 体調もメリー号にいた頃と比較してもすこぶる良好である。

 熱はまだ完全にはおさまってはおらず、倦怠感を感じるが先日までとは雲泥の差だ。

 

 無事彼女の体調は回復の道を辿っていることは間違いないだろう。

 

「起きたか、ナミ」

 

 そんな中、静かに病室の扉を開け、アキトが彼女の前に姿を現した。  

 

「……アキト、ここは?」

 

 未だに熱による影響で頬が赤いナミは悩まし気に尋ねる。

 

「Dr.くれはが住む城だ。俺がナミを抱えてこの場に連れて来たんだ」

「そうなの……」

 

 ナミはどこか釈然としない様子で再び室内を見回す。

 

 

 そんなナミの額に大きな掌の感覚が伝わった。

 

「……熱は下がっているな」

 

 見ればアキトが瞳を閉じ、右手の掌を静かに自身の額に乗せていた。

 

 掌越しに感じるアキトの体温

 自身の額を覆うほどの大きさを誇る掌

 その掌は修行の証とも言うべく頼もしさを感じさせる硬さを誇っている。

 それら全てがナミにアキトを強く感じさせるものだった。

 

 また熱が未だに残るせいか、アキトの掌を冷たくも感じる。

 しかし、そんなことよりもアキトの顔が予想以上に近いことがナミの心にさざ波を立てていた。

 

ち…ちちッ…近い!

 

 そう、近いのだ。

 あと少し踏み込めば顔と顔がくっつきそうな程に

 

 眼前のアキトの表情は真剣そのものであり、そんな邪なことを考えているわけではないことは分かっている。

 

 だが、それ以上にアキトと自身の距離は近かった。

 故に、ナミは混乱の極致に陥っていた。

 

「本当に良かった、ナミ。お前が無事で……」

 

 自分のことを真剣に心配した様子で此方を慈愛に満ちた目で見つめてくるアキト

 普段余り表情を変えないあのアキトがふわりと笑う。 

 

「う、うん……」

 

 アキトの優しさと笑顔がナミの心に深く突き刺さる。

 ナミは絞り出すような声しか出すことが出来ない。

 

 そんな混沌とした雰囲気な病室に珍妙な帽子を被るトナカイと思しき生物が入ってきた。

 

「お、おい、人間。お…お前熱は大丈夫か?」

「え?喋った?」

「うおおおおおぉー!?」

 

 叫び声と共に病室の壁へと激突する謎の生物

 

「え?え?」

 

 ナミは混乱することしか出来ない。

 

「落ち着きな、チョッパー!」

「ド…ドクトリーヌ」

 

 今度は酒瓶を片手にサングラスをかけた女性が現れた。

 

「ヒ─ッヒッヒッヒッヒッヒッ!ハッピーかい、小娘?」

「……あ、貴方は?」

「38度2分…んん、順調に回復しているね」

 

 Dr.くれは額に人差し指をかざすだけでナミの体温を測り取る。

 

え、何その特技。凄い

 

「あたしゃ、Dr.くれは、医者だよ。『ドクトリーヌ』と呼びな」

「医者。じゃあ貴方が私を……」

「若さの秘密かい?」

「いいえ、そんなこと聞いていないわ」

 

 Dr.くれはの言葉をナミはばっさり両断する。

 

「チョッパー、あんたはこの桶の水を入れ替えてきな」

「わ…分かった」

 

 Dr.くれはの指示を受け、チョッパーは急ぎ足でこの場を去っていった。

 

「あ…あの、あの喋るトナカイは一体……?」

 

 ナミが躊躇い気味にDr.くれはへと尋ねる。

 

「……そうだね。話せば長くなるが、あいつのことをお前達に知ってもらうとするかね」

 

 重々し気に彼女の口から語られるは世にも残酷な一匹のトナカイの過去であった。

 

 

 

「チョッパーを医者として私達のクルーに貰ってもいいかしら?」

「……良い度胸だね、小娘。私の前でチョッパーを奪おうとするなんざ」

 

 どういう経緯を経てその考えに至ったのか分からないが、どうやらナミは彼女の話を聞きチョッパーを海賊へと勧誘する気になったらしい。

 

 確かに現状、自分達の船には医者がいない。

 これを機にチョッパーを仲間へと加入するのも悪くないことなのかもしれない。

 

「あら…男を口説くのに許可が必要なの?」

 

 何て男前なセリフだろうか。

 アキトは思わずナミに感心した様子で見詰める。

 

 そんなアキトの視線を受け、ナミは頬を朱に染め、そっぽを向く。

 そんな彼女の初々しい反応を見てDr.くれはは「あぁ、そういうこと」と一人勝手に察する。

 

「……まあ、好きにするがいいさ。ただ、あいつをそう簡単に連れ出せるとは思わないことだね」

 

「医者は患者の傷は治せても心の底に負った傷までは治せない。今でも、あいつの心の底には当時の傷が深く残っているのは間違いないね」

 

「さっきも言ったがあいつは生まれた瞬間から仲間外れだったのさ。だからチョッパーは本能的に仲間を求めているんだよ」

 

『……』

 

「あんたらはどうだい?この話を聞いてもあいつを化け物とのたまうかい?」

 

「……チョッパーは医者を目指しているのですよね?誰かを慈しむことが出来るチョッパーが化け物なはずがありません」

 

 医者になることを志しているチョッパーが化け物なわけがない。

 誰かを慈しむ心を持つ者が化け物なわけがないはずだ。

 

「そうよ、アキトの言う通りだわ」

 

 ナミからの援護射撃が入る。

 

「う…!うるせェーなっ!お前らなんかにそんなこと言われても嬉しくなんかねーんだぞ!バカヤロー、コノヤロー!」

 

 そんな彼らの耳に声が響き渡る。 

 見れば件のチョッパーが病室の扉に隠れる形で此方を見つめていた。

 どうやら立ち聞きをしていたらしい。

 

 言葉とは裏腹にチョッパーの身体は踊りに踊る。

 実にテンポ良く、軽快にリズムを刻んでいた。

 表情は緩みに緩み、喜んでいるのは一目瞭然であった。

 

褒めると伸びるタイプだな、これは。間違いない

 

『……』

 

 そんなチョッパーの姿に何とも言えない3人

 

「ねえ、チョッパー、良かったらなんだけど私たちの……」

「……っ!ドクトリーヌ、あいつらが遂にここまでっ!」

 

 ナミの言葉を無視し、チョッパーは鼻を引くつかせ、険しい表情を浮かべる。

 先程までの笑みを引っ込め、チョッパーは己の主であるDr.くれはへと進言した。

 

「そうかい……」

 

 対称的にDr.くれはは焦る様子を見せない。

 

「─」

 

 そんな中、アキトは何処か遠くを見つめていた。

 その表情を伺い知ることはできない。

 

「……ドクトリーヌ、俺は少し外の風に当たってきます。少しのぼせてしまったので」

「ああ、構わないよ。まあ、気を付けな(・・・・・)

「はい、勿論です。……ナミはこの場で安静に寝ててくれ」

「え…?う…うん」

 

 アキトは戸惑っているナミを背に病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 遂にワポル達がロッキーマウンテンの頂上に辿り着いた。

 

「まっはっはっは!遂に辿り着いたぞ、我が城に!これでドラム王国も復活だー!!」

 

 ワポルは両腕を上機嫌に掲げ、声高らかに喜びを表す。

 後ろには付き人のクロマリーモとチェスが控える。

 ワポルの隣にはピンクのおかっぱ頭の長身の男の姿、ムッシュールの姿もあった。

 

「ワ…ワポル様!城の国旗が我がドラム王国の国旗ではありません!」

「妙な国旗がぶら下がっております」

「んなに~?なッ、何だ、あの国ッギガバァッ!?」

 

 突如、饒舌に口を動かしていたワポルへと上空から何者かが接近し、ワポルの顔に強烈な蹴りを直撃させた。

 

「ワ、ワポル様──!」

「きッ、貴様──!?」

 

 クロマリーモとチェスは己の主君を足蹴にした敵に怒りをあらわにする。

 

「……ほう」

 

 ただ一人、ワポルの兄であるムッシュールは自身と渡り合う可能性を秘めた存在の登場に心を高ぶらせる。

 

 ワポルを足蹴にした下手人は勢いよく後方へと跳躍することで後退した。

 やがて彼らの前方にて佇む敵の姿が鮮明になり始める。

 

 降りしきる雪を弾き飛ばし、螺旋の如く暴風を伴い件の人物、アキトが彼らの前に現れた。

 

「お前たちは此処で潰れてもらう」

 

─ ナミの治療費を置いていけ ─

 

 今此処で戦闘開始の狼煙が上がることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、城内の病室

 

「あの坊やがあと少しでもここに来るのが遅かったらあんた死んでたよ」

 

 Dr.くれはの言葉に顔面を蒼白にするナミ

 Dr.くれははそんなナミの服の裾を捲り上げ、斑点を見せつけた。

 

「"5日病"と言う病気だよ。古来の密林に住む"ケスチア"と呼ばれる有毒のダニが感染源だね。そのダニが引き起こす病の恐ろしさは身をもって体感してるはずさ」

「……っ」

 

 Dr.くれはが告げる衝撃的な事実にナミは思わず顔をしかめる。

 

「ところであの坊やあんたのこれかい?」

 

 Dr.くれははナミを揶揄うようにニヤニヤしながら小指を上へと突き上げる。

 

「ちっ、違うわよ!私とアキトはそんな関係じゃっ…!?」

 

 ナミは熱の影響も合わさり顔がりんごのように真っ赤に染め上げた。

 

「初々しい反応だね。冗談だよ、冗談。ヒーッヒッヒッヒッヒッヒ!」

 

 そんな会話があったとか、なかったとか。

 それはナミとDr.くれはのみぞ知る。




▲ ワ ポ ル が 現 れ た !

▲ だ が ア キ ト 高 笑 い を 続 け る ワ ポ ル の 顔 に 挨 拶 を し た !


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刹那の戦闘

 ロッキーマウンテンの頂上

 Dr.くれはの城の前にてある5人が剣吞な雰囲気を醸し出し、対面していた。

 

 ドラム王国の劣悪国王であるワポルは既に地へ沈み、彼の側近であるクロマリーモとチェスは睨み付けるように目の前のアキトを視界に収めている。

 

 ワポルの兄であるムッシュールは愉快気に弟であるワポルの状態を気にすることなく、眼前のアキトに獰猛な笑みをぶつけていた。

 

「この方をどなたと心得えている!このドラム王国の王であらせられるお方ぞ!」

「貴様もドルトンと同じく国王であるワポル様を裏切り、このドラム王国を乗っ取ろうと画策する狼藉者か!?」

 

 アキトは首を緩慢な動きで捻り、紅き瞳で此方を静かに見据えている。

 

「ムッシッシ〜!分かる、分かるぞ~!お前、強ェ~な~!」

「ム、ムッシュール様……」

 

 どうやら彼がDr.くれはが危険視していたムッシュールであるらしい。

 その能力、有する思想、その全てにおいて危険だ。

 無論、ワポルとその従者も同様に危険分子であることに変わりはない。

 

 だが、おかっぱ頭のムッシュールと呼ばれる男が先程から開口一番に此方に獰猛なまでの闘気を放ってくる。

 何か琴線に触れるようなことを自分は彼に言っただろうか。

 

「よくも俺様の顔を足蹴にしやがったな、この野郎……」

「ワ、ワポル様、ご無事で……?」

 

 それなりの力で踏みつぶしたにも関わらず、意外と早いお目覚めだ。

 

「国民共を殺す前に肩慣らしも悪くないな。さあ、俺を楽しませくれ」

 

 ムッシュールは一息に此方との距離を詰め、攻撃を仕掛けてきた。

 対するアキトも臨戦態勢にてムッシュールを迎え撃つ。

 

「スピンドリル!!」

 

 傘状にした腕を高速回転させ、毒を付与した猛攻撃

 その猛打は全てアキトの急所を狙った必殺の威力を秘めた一撃だ。

 

 アキトはそれら全てを難無く対処していく。

 

 時にはその拳の連打を受け流し、毒の影響も皆無な様子でムッシュールの腕に自身の腕をぶつけることで防御する。

 

 雪が積もったことにより足が滑りやすい地面の上をアキトは何の影響を受けた様子もなくムッシュールと対面している。

 その動きには何の問題も見られない。

 

 その攻防を繰り返すこと幾度、互いの力量を測るべく周囲を凄まじい速度で駆け巡る。

 そして、ロッキーマウンテンの高山の端に差し掛かった刹那……

 

雪胞子(スノウ・スポール)!!」

 

 ムッシュールは毒の胞子を前方へと射出する技へと攻撃方法を変えてきた。

 

 接近戦を繰り広げていたアキトは即座に上空へと跳躍し、城の方向へ大きく跳躍する。

 そして、続けざまに眼下のムッシュールへと手をかざし不可視の衝撃を放とうとするも……

 

「「"雪解けの矢マリーモ"!!」」

 

 眼下からの炎を纏った数本の矢がアキト目掛けて射出された。

 見れば先程地に沈めたワポルが復活しており、その巨体を奇妙な体型へと変化させている。

 変態したワポルの傍には同じく変態した2つの顔を持つ男が佇んでいた。

 

 合体したのだろうか。

 いや、あれを合体と呼んではいけないような気がする。

 普通に気持ち悪い。

 

何なのだろうか、あの面妖な生物は

 

 刹那の思考を終えたアキトは大気を踏みしめ、空中にて方向転換を行う。

 そして、此方に向かう矢を器用に空中にて全て掴み取った。

 

「返すよ」

 

 その矢を全て炎を纏った状態にて眼下の速度にて眼下へと投げ返す。

 

 しかし、それはワポルの変形した腕から発射された砲弾により全て相殺される。

 続けて、ワポルは砲弾を此方に向けて3発放ってきた。

 

 背後にはナミとDr.くれはがいる。

 故に、アキトは万全を期して全ての砲弾を一つずつ破壊していく。

 

 周囲は爆発に伴う爆炎が生じ、前方の光景を見据えるのも困難な状況が作り出される。

 即座にアキトは大気を踏みしめることで爆炎の中から脱出し、勢い良く眼下の地面へと降り立った。

 

走菌糸(ラン・ハイファー)!!」

 

 だが、地に足を付けた瞬間、地面から生えた巨大なきのこにより閉じ込められてしまう。

 どうやら身体に粘り突き、毒の効力をゼロ距離で食らわせる技のようだ。

 

 しかし、アキトにとってこの程度の拘束など何の障害にもなりはしない。

 アキトは毒の胞子によって作り出された牢獄をいとも簡単に破壊し、即座にその場から脱出した。

 

雪胞子(スノウ・スポール)!!」

 

 しかし敵もさるもの。

 アキトの視界が一瞬だけ閉ざされた刹那の時間に先程と同様の技を此方へと放ってくる。

 此処は無理に上空に跳躍するよりも後方へと逃避するのが無難な選択だ。

 

 バク転を行うことでアキトは後方へと回避する。

 言うまでもなく自身の背後にはナミ達がいる城がある。 

 

 前方には変わらずその猛威を振るおうとする毒の胞子の姿が見える。

 これ以上、毒の胞子を周囲へとまき散らせるわけにはいかない。

 

 アキトは目を大きく見開き、前方を力強く見据える。

 眼力に力が宿ったかの如き迫力だ。

 

 瞬間、周囲の風の流れが変化し、毒の胞子が霧散した。

 

「ヌゥッ……!?」

 

 ムッシュールは自身が放っていた毒の胞子が霧散したことに気を取られ、不可視の衝撃波の直撃を受ける。

 

 アキトは止めを刺すべく前方へと足を踏み出すも……

 

「「"ドビッグリマーリモ"『四本大槌(クワトロハンマー)』!!」」

 

 増えた4つの腕に大槌を持ち、此方に振りかざす変態がその行く手を阻んだ。

 不規則な動きと腕の数の多さを利用した同時攻撃である。

 

 だが、アキトは前方に駆け出すべく前傾した姿勢を崩すことなく、前へと駆け出した状態で前方の大気を踏みしめることでバク転をかます。

 

「……ッ!?」

 

 変態した"チェスマリーモ"は自身の攻撃を容易に躱されたことに驚きを隠せない。

 タイミングは言うまでもなく完璧だったはずだ。

 加えて、あの前傾した態勢からの回避など誰が予想できようか。

 

 無論、アキトは休む暇など与えない。

 

 驚嘆した表情を浮かべたチェスマリーモの顔を上空から掴み、地面へと叩きつける。

 続けて、盛大な地滑りを馳走し、吹き飛んでいく奴のその無防備な体に衝撃波を放った。

 

 チェスマリーモはこのロッキーマウンテンから落ちないように調整された衝撃波を受け勢い良く吹き飛んでいく。

 

 しかし、奴の攻撃はフェイクであり、本命はこの降りしきる雪の中に身を隠したワポルに他ならない。

 

「さあ、死ね!」

 

 無防備な自此方の背中を狙ったのかは不明だが、気配を隠すこともなく、ましてや声を出した奇襲などたかが知れている。

 難なく反応したアキトは後方を振り返ることなく回し蹴りをワポルへと披露する。

 

「ゴァッ!?」

 

 無防備に大きく開いた口に横から回し蹴りの直撃を受けたワポルは盛大に地面を何度もバウンドしながら吹き飛んでいった。

 

 戦闘は終始、アキトの優勢で続いている。

 しかし、アキトの内心はこの戦況に悩まされていた。

 

─ 厄介だ ─

 

 奴らの連携攻撃のレベルが予想以上に高い。

 ムッシュールというワポルの兄の持つノコノコの実の能力もこれまた厄介だ。

 

 奴のノコノコの実が生み出す毒の胞子は放出後しばらくの間空中に現存する。

 加えて、いくら自分が能力により生成した膜により毒を無効化できるとはいえ、人間である以上酸素を取り込む必要がある。

 

 背後にはナミとDr.くれは達がいるため、万が一のことを考え奴らの攻撃を全て無効化しなければならない。

 ナミ達がいる城内への毒の胞子の侵入を防ぐために周囲の空気をコントロールし、体内に酸素を取り入れるための緻密な能力の操作も求められているのだ。

 

 しかし、奴らはそんなアキトの苦労を顧みることもなく、アキトを殺そうと三者それぞれの攻撃を繰り出し続けている。

 

傘乱舞(シェードダンス)!!」

 

 初撃はムッシュール

 放たれるは頭部のキノコから菌糸で生成された弾丸だ。

 

 そして、左右から自分を挟むようにワポルとチェスマリーモの2人も同じく攻撃を放とうとしていた。

 ワポルはかなりの威力で蹴り飛ばしたというのに今なお健在の様子を見せている。

 

 実力に見合わぬ耐久力

 奴はご飯にボンドでも混ぜて食べているのだろうか。

 

「「"ドビグッリマーリモ""四本戦斧(クワトロアックス)""雪割り草"!!」」

「まっはっはっは!さあ、死ね!ベロ大砲(キャノン)!!」

 

 ワポルとその従者共の同時攻撃が行われる。

 ワポルは巨大な口から大砲を備え、両腕からも砲弾を容赦することなく放ってきた。

 

 質が悪いことに奴らの攻撃の矛先は背後の城にも当たるように計算されている。

 恐らく、自分の仲間が城内にいることを想定した上で攻撃を放っているのだろう。 

 

 言うまでもなく自身の背後にはナミ達がいる城が佇んでいる。

 この攻撃を避けるわけにはいかず、毒の胞子を後方へと逃すのも許されない。

 

 迫りくる攻撃の嵐からアキトはその場から動かずに、悠然とその場に佇み、奴らの猛勢をその身に受けた。

 次の瞬間、ロッキーマウンテンの頂上、ドラム王国の王城にて大爆発が起きた。

 

 

 

 一方、ルフィ達は現在Dr.くれはの住む居城へと向かうべくリフトに乗っていた。

 

「本当にアキト君は大丈夫だろうか?」

「大丈夫だって、おっさん。アキトの強さは俺が一番良く知ってるから」

 

 ワポル達の怖ろしさと残忍さ、力の強大さをこの場の誰よりも知っているドルトンがアキトの身を心配する。

 

「本当に大丈夫かしら、アキトさんは……」

「ビビも何言ってんだよ。アキトなら大丈夫……」

 

 ドルトンに感化されビビも同じくアキトの身を案じ始める。

 そんな彼女を励まそうとウソップがまたもや声を掛けた刹那、ドラム王国の頂上にて爆音が周囲に鳴り響いた。

 

「一体、何が!?」

「おい、上を見てみろよ!?」

 

 リフト越しにロッキーマウンテンの頂上を見上げれば爆炎を伴う爆煙が天高く立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ドラムロッキーの頂上

 

 ワポルとムッシュール、チェスマリーモが放った三者同時の攻撃はアキトへと直撃した。

 その威力は凄まじく、地形にクレーターが出来上がるほどのものであった。

 

 爆炎に伴う爆煙は今もなお天へと上り続け、その威力の凄まじさを物語っている。

 アキトの姿は伺い知ることはできない。

 

「まっはっはっは!直撃しおったわ!王に逆らった愚か者めが!」

「「お見事です、ワポル様!」」

「……」

 

 高笑いを続けるワポル達とは異なり、ただ一人ムッシュールは前方を静観する。

 

「ん?どうしたんだ、(あん)ちゃん?」

「このカパ野郎!お兄たまと呼べっつってんだろーが!悪いがまだ奴は終わっていないぞ」

「「ですが、我々全員の攻撃を直撃したのですよ?奴は流石に……」」

 

 チェスマリーモの言葉を皮切りに前方の爆炎と爆煙が吹き飛び、アキトがその中から現れた。

 周囲の大気はアキトを取り囲むように螺旋を描き天へと吹き荒れる。

 

 アキトの身は攻撃によって受けた傷は皆無であり、埃の一つも見受けられない。

 正に五体満足の状態のアキトがその場に佇んでいた。

 

 チェスマリーモは顎が外れそうなほど口を大きく開け、アキトをまるで化け物が如く畏怖した様子で見ている。

 ムッシュールは予想通りそれ程動揺はしていない。

 

「……」

 

 アキトは冷静に敵戦力の実力を分析する。

 

 一連の奴らとの攻防

 これで奴らの個人の実力は把握した。

 

 戦闘を開始した当初から無意識に感じていた違和感の理由も今、理解した。

 何故、能力による膜を周囲に張っている自分が回避行動を無意識に取っていたのか。

 

 ジカジカの実の能力の前ではあらゆる物理攻撃は通常ならば意味をなさない。

 だが、アキトは本能とも呼べる己の直感に従い回避行動を行っていた。

 

 特にあのおかっぱ頭のムッシュールには最初から細心の注意を払っていた。

 能力は勿論のこと、奴の身体能力も目を見張るものがあったが、違和感の正体はそんなものではない。

 

 奴との一連の攻防で今、確信した。

 間違いなくムッシュールは覇気を使用している。

 

 偉大なる航路(グランドライン)へと入って早々覇気の使い手に遭遇することになるとは思わなかったが、自身の判断は間違ってはいなかったようだ。

 

 しかし、別段焦る必要はない。

 覇気の熟練度もジカジカの実の能力を突破する程のレベルには至ってはいない。

 まだまだ奴も、そして自分も井の中の蛙の存在だ。

 

「ムッシッシ~!楽しいな!対等の力を持つ者同士の戦い!これぞ正しく俺が求めていたものだ!お前もそう思うだろ、なあ、おい!」

 

 見ればムッシュールは己と張り合える実力者であるアキトの存在に喜び、歓喜に打ち震えている。

 

 無論、アキトはそんなムッシュールに付き合うつもりは毛頭なかった。

 アキトの目的はこの国の守護であり、第一優先はナミの治療に他ならない。

 

「さあ、もっと俺を楽しませろ!」

 

 両者の攻防はより過激なものと化し、地を駆け、互いの拳と能力をぶつけ合い、周囲を置き去りにしていく。

 空気が震えているが如く大気は震え、地面には小規模のクレーターを次々と作り上げていく。

 

 しかし、アキトにとって最早、ムッシュールは敵ではなかった。

 今、此処でアキトは自身の体のギアを挙げた。

 

 突如、アキトは身体の構造上不可能な動きを意図的に行う。

 今まさにムッシュールと並走し前傾していた身体を突如後方へと跳ばした。

 

「何ッ!?」

 

 驚きの声を上げるムッシュール

 アキトはムッシュールの声を背に雪の上を走っているとは思えない程の速度で一気にワポルとチェスマリーモの両者へと迫る。

 

「「くっ、この!?」」

 

 チェスマリーモは迫り来るアキトを撃退しようと弓を構え、万感の思いを込め、全力で弓を引き絞る。

 

「っ!?」

 

 しかし、突如、不自然な程に自身とアキトの距離が狭まった。

 自分の意思とは無関係に奴との距離が近付いていく。

 

距離を見誤ったのか、自分が?

 

 いや、違う。

 自分の体が何か不可視の力で引き寄せられているのだ(・・・・・・・・・・・)

 

 弓とは謂わば距離感を測ることが命とされる。

 距離感を狂わされてしまえば矢が当たる可能性が極端に減少することは自明の理だ。

 

 宙に浮かび、体勢を崩されたチェスマリーモにアキトの攻撃を避けることなど出来るはずもなかった。

 

 アキトは引き寄せたチェスマリーモの腹に掌底を叩き込む。

 そして、苦痛に歪む顔面を掴み、眼下の地面へと能力を用いて深く沈み込めた。

 

 出来上がる大規模のクレーター

 

 続けざまに能力を用いて地面を強く踏み締め、雪を宙へと舞い上がらせる。

 一種の大きな壁が出来上がり、ワポルはアキトの姿を完全に見失ってしまう。

 

 その刹那の瞬間にワポルの背後へと回り込んだアキトは躊躇することなくその側頭部を蹴りぬいた。

 チェスマリーモが沈むクレータへ仲良く吹き飛び、両者共に力なく倒れる。

 

「貴様ッ!よくも俺の弟を……!?」

 

 続けて、アキトは背中から斥力の力を爆発的に噴出させ、ノーモーションで大地を飛行した。

 怒りに狂い、隙だらけのムッシュールへとアキトは先程とは一線を画す速度で近付き、その胸元へと掌底を力強く叩き込む。

 

 吐血するムッシュールの顎を蹴り抜き、上空へと吹き飛ばす。

 そして、宙へと跳躍し、奴の顔に手をかざし不可視の衝撃波を近距離で放った。

 

 為す術無くその身に衝撃波をもろに受けることになったムッシュールは眼下のワポルの元へと勢い良く墜落する。

 雪が大きく巻き上がり、爆音と共にムッシュールは完全に再起不能に陥った。

 

 

 

「おーい、アキト!」

 

 アキトがワポル達を片付けた終えた折に、丁度ウソップ達がこの場へと到着していた。

 

「勝ったんだよな、アキト!?あのワポル達に!?」

 

 どこか興奮した様子でウソップは此方へと詰め寄ってくる。

 アキトは静かに首肯し、肯定の意を示す。

 

「アキト君、本当にありがとう。心からお礼を言わせてもらう」

 

 ドルトンは真摯に頭をアキトに下げ、涙を流しながらお礼の言葉をは述べた。

 

「そんなにかしこまらないでください、ドルトンさん。俺は当然のことをしたまでです」

 

 何かを嚙み砕き、咀嚼する不快な音が響いた。

 その音の発生源はアキト達の背後、ワポル達を沈めたクレーターからだ。

 

「まっはっはっは!最初からこうすれば良かったのだ!」

 

 チェスマリーモの時と同様、互いに合体した姿でワポルは現れる。

 ワポルは自身の兄であるムッシュールを食し、自身の力の糧としたようだ。

 

 ルフィが凄いだの何だと言っているが、それには全力で否定する。

 

「本当に馬鹿な兄貴だぜ!少し頼ればまんまと俺の思い通りに動いてくれちゃってよ!」

 

 己の兄を罵倒するワポルにアキトは呆れを通り越して軽蔑を感じてしまう。

 

「こうなったら俺が兄貴の力を有効活用してこの国の国民共を皆殺しにしてやるぜ!」

 

 正に外道

 独裁者にして最低の国王だ。

 国民のことを一切顧みない悪政の王である。

 

「ワポル、貴様ッ!」

「まっはっはっは!ドルトン、その場を動くなよ~?後もう少しで胞子爆弾(フェイタルボム)を発射……ッ!?」

 

 しかし、ワポルが次の言葉を発することはなく、その場から姿を消失させた

 

 

「「なっ…に…!?」」

 

 アキトは瞠目するムッシュールワポルキャノンの顔を掴み、ドラムロッキーから勢い良く飛翔した。

 

 彼らは瞬く間にドラムロッキーの山頂から離れ、ドラム王国の沿岸まで辿り着く。

 島の上空に差し掛かった瞬間、アキトはムッシュールワポルキャノンを突き落とした。

 

 大気が震え、一直線に眼下の地面へと奴は堕ちていく。

 

 落下の衝撃により地上に積もっていた雪が大きく舞い上がるのと同時に大きなクレーターも出来上がった。

 

 アキトも続けて上空から眼下へと降り立つ。

 この場に自分と奴以外の人の姿はない。

 

 この距離ならば戦闘の余波をチョッパー達が受けることはないだろう。

 直に発動する胞子爆弾(フェイタルボム)の処理も此処なら容易に処理することが出来る。

 そして、これから起こるであろう惨状をルフィ達が見ることもない。

 

「「貴様ァアアー!」」

 

 ムッシュールワポルキャノンはアキトを憎々し気に睨み付けた。

 アキトは再び臨戦態勢に移行し、一瞬でこの戦闘を終わらせることを決意する。

 

─ 長きに渡りドラム王国を苦しめてきたワポル達との決着が今此処で付こうとしていた ─



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一条の光

 此処はドラム王国と呼ばれる冬島の沿岸

 

 誰の目にも留まらぬこの場所で2人の人物が対峙する。

 一人はある少女を救い、間接的にこのドラム王国を守るために衝突していた。

 

 もう一人はこの島を再び己の手中に収めることで支配し、王の座へと返り咲き、王政復古を成し遂げるべく激突していた。

 

 しかし、既にドラム王国は己の身の可愛さから君主が逃げ出した瞬間から道を違えている。

 悪政の国王はいい加減に己の身の程を弁えるべきだ。

 

 だが、傲慢不遜な国王であるこの男はどこまでいっても諦めない。

 奴は貪欲に我欲を貪り、国民達を人とも思っていないほどの悪政の王なのだから

 

 此度の騒動で奴は自分達に逆らう国民共を毒殺することを企んでいた。

 その企みを成就するためならば奴は実の兄さえも利用する。

 

 最初からこうすれば良かったのだと奴は豪語し、バクバクの実の能力により自身の兄を食い尽くした。

 

 唯一の肉親であるムッシュールさえも奴にとっては駒に過ぎなかったのである。

 ムッシュールは純粋に弟であるワポルを想っていたというのにも関わらず、この始末だ。

 

 そして、その身に胞子爆弾(フェイタルボム)を宿したワポルはドラムロッキーの頂からこのドラム王国全土に猛毒を散布する企ても失敗していた。

 

 アキトの手によりドラムロッキーでの胞子爆弾(フェイタルボム)の発射を阻止され、何故か胞子爆弾(フェイタルボム)そのものも発動されることはなかった。

 

「「何故!何故ッ!何故だ!?」」

 

 能力そのものは問題無く発動している。

 しかし、体内に溜め込んだ胞子が出てこなかった。

 

 自分の身に何が起きている不可解な現象に理解が追い付かない。

 

「「体内の胞子の量も、発射準備も全てが完璧だったはずだ!?なのに何故!?何故胞子爆弾(フェイタルボム)が発動しない!?」」

「そう、慌てるな。順を追って説明してやる」

 

 そんな中、アキトは騒ぎ立てる奴らを説き伏せるように静かに口を動かす。

 

「お前達が体内の胞子を対外へと放出できない原因はこれだ」

 

 アキトは実に緩慢な動きで自身の右手を前へと差し出した。

 

 訳も分からずムッシュールワポルキャノンと化したワポルは前方のアキトを睨み付けた刹那─

 

 

 

 アキトの掌の上に電磁波とも呼ぶべき黒き雷のようなモノが迸った。

 

 それはアキトの掌の上をまるで螺旋状に循環し、一箇所へと集束している。

 その黒き物体は幾度も循環・圧縮・凝縮を繰り返す。

 

 その現象を生み出しているアキトの顔は正に真剣そのものであり、この謎の物体の生成に余程集中していることが伺えた。

 その様子を固唾を飲み込みながら眺めるワポルとムッシュールの2人

 

 圧縮・凝縮が繰り返されること幾度

 幾度の緻密な操作を経ることでその黒き謎の物体は遂にその正体を現そうとしていた。

 

 見ればアキトの周囲は何らかの前触れか雪が浮かび上がっている。

 その黒き力の本流はアキトの掌へと集まり、球状へとその形を変化させていく。

 

 やがて生み出されるは黒き小さな球体

 その大きさは想像以上に小さく、容易に握りつぶすことが出来るのではないかと思えるほどの大きさだ。

 

 しかし、その内に秘めたる力の大きさは計り知れず、その黒き球体は周囲に積もっている大量の雪を際限なく引き寄せていく。

 

 ワポルとムッシュールは自分達の理解の範疇を越えた目の前の現象に唖然とすることしか出来なかった。

 

「自身の体を媒介に磁界を生み出し、引力と斥力を生み出す能力。その名をジカジカの実。それが俺が食べた悪魔の実の力だ」

 

 驚きの余り言葉を失っている2人に構うことなくアキトは説明を続ける。

 

「これは俺の能力を応用して作り出した強力な引力を持つ球体であり……」

 

「そして先程、ドラムロッキーの山頂からこの場に移動する間にこれを口を通す形でお前の体内へと侵入させておいた。毒の胞子を対外へ放出することができないのはそれが理由だ」

「「何……ッ?」」

 

 アキトはそう説明する最中、自身の掌の上で生成していた雪の塊を破壊する。

 引力の力の影響を受けることで幾度も圧縮されて出来上がっていた巨大な雪の塊は甲高い粉砕音を立て砕け散った。

 

 その異様な光景がアキトの能力の強大さを如実に表していた。

 

 Dr.くれはから胞子爆弾(フェイタルボム)の脅威とその特性、彼女が知りうる全ての情報を聞き及んでいた。

 アキトは最初から、最善にして最高の策を準備しておいたのだ。

 

 もしも、ムッシュールの胞子爆弾(フェイタルボム)が発動するような事態に陥った場合、この方法で奴を処理することは決めていた。

 

 対外へと放出させてはいけない代物ならば、そもそも発射させる時間すら与えなければいい話だ。

 その代償に自分は大量のスタミナを失ってしまうことになるが、ナミとこのドラム王国を救うことができるのならば安い代償である。

 

 しかし、刻一刻と自分にタイムリミットが近付いているのも事実であり、表面上では平静を装ってはいるが今にも体力が尽きてしまいそうだ。

 故に、早急に奴を始末する。

 

「これから自分の体がどうなってしまうのか理解出来たか?」

「「ま、まさか……!?」」

 

 アキトは驚愕するワポルとムッシュールに掌を向け、奴らの体内に存在する自身の力に大きく干渉した。

 

 ワポルは己の意志とは関係なく空へと飛ばされていく。

 アキトも同じく島の沿岸から飛翔し、遥か上空へと飛び立っていった。

 

 

 

 地上から遠く離れた天空にてアキトとワポルはの対面する。

 

「「あぁ、あぁっ……」」

 

 ワポルは最早、自分達に残されている選択肢は命乞いのみであると理解せざるを得なかった。

 此方の生死は全て奴の掌の上であるのだと理解した。

 

「「ちょ、ちょっと待って!?お前に地位と勲章をやろう……!?」」

 

 最後の最後にワポルの口から出てきた謝罪の言葉ではなく懐柔の言葉であった。

 どこまでも自分本位であり、独占的な言葉としか言いようがない。

 

 人がわざわざ現状を根絶丁寧に教え、事態の深刻さを自覚させることで生き延びる選択肢を選ぶ時間を与えたというのにそんなことしか頭にはないのか、とアキトは失望した。

 

本当にこいつらは……

 

 

 

「醜いな……」

 

 アキトはそれ以上にワポルとムッシュールという男を表す言葉を知らなかった。

 

 自分は決してそんな言葉を求めているわけではないのだ。

 お前達は殺めた国民達への謝罪の言葉を思い付きもしないのか。

 

 奴らに少しの良心でも残っているのならば自分は命まで取るつもりはなかった。

 だが、奴らは純粋な悪であり、救いようがない程に良心の欠片も持ち合わせていなかったようだ。

 

 奴らだけは生かしておいてはならない。

 此処で奴らを殺さなければ奴はまた再び何処かで害悪を撒き散らすだろう。

 

 これは確信にも似た予言だ。

 

 10年前に起きた胞子爆弾による大虐殺事件

 胞子の爆弾によりドラム王国の多くの国民達が命を落としたと聞く。

 それもムッシュールの能力の試運転などというくだらない企みによって

 

 実に軽率であると同時に愚かな行為だ。

 許されることではない。

 

 当時の凄惨な傷跡は今なおこの国の国民達の心に深く残り続けている。

 

 

 

お前は一度でも国民達の事を顧みたことがあるのか?

 

愛する者を失った者の事を考えたことがあるのか?

 

無残にも殺された国民達はお前達を憎悪したはずだ

 

殺したい程に憎んだはずだ

 

死にたくなかったはずだ

 

例え、悪政を敷かれている国であろうとも生きていたかったはずだ

 

きっと犠牲者の中には子供達も多くいただろう

 

お前達は子供達の可能性ある未来を奪い、多くの人々の命を私利私欲に弄んだのだ

 

だというのに多くの人々の命を奪ってきたお前達だけが今なおのうのうと生きているのは都合が良すぎるんじゃないか?

 

お前達の愚行は決して許されることではない

 

許されざることではない

 

この国の国民達はお前達の欲求を満たすための駒などではない

 

お前は断じて王などではない

 

王とは皆に認められた者のことだ

 

国の民達を自らが指標となることで導き、次世代の子供達を育て、未来ある明日へと繋げていく存在のことだ

 

自らを律し得ず、国民達の事を顧みないお前が王などと認められていいはずがない

 

お前はただ自らを王だと独りでのたまい、自己顕示欲を隠そうともしない哀れな王に過ぎない

 

今この国は悪政を敷いていた王の支配から解放されたことでようやく平和への架け橋を築き始めているのだ

 

その邪魔をさせはしない

 

この国の未来ある明日にお前達は不要だ

 

そして、お前達がこれまで殺めてきた人々の苦しみを、憎しみを、恨みを、嘆きを

 

 

 

 

 

 

 

─ 痛みを知れ ─

 

 

 

 

 

 

 

 人を呪わば穴二つ、正に因果応報

 アキトは慈悲を与えることなく左手を一気に握り締めた。

 

「「ならば副王様の座を……!?」」

 

 途端、ワポルとムッシュールの表情が激変する。

 

 ワポルとムッシュールは身動きが取れない空中でもがき苦しみ、悶え始めた。

 喉を掻きむしり、何かに必死に縋るように大きく振るわせながら手を空へと掲げる。

 

 ムッシュールとワポルの両者の顔は絶望の色に染まり切り、身体は呼吸をするのも困難な状況に陥いる。

 

 見れば想像を絶する痛みの影響か目は大きく肥大化していた。

 瞳からは大量に涙を流し、眼球は今にも飛び出してしまいそうだ。

 最後に、ムッシュールワポルキャノンの体は腹部が大きく凹み、肉が潰れ、その肥えた体が一気に縮まっていく。

 

 抗う術も無く体内から圧縮され、捩じられ、砕かれ、破壊される。

 骨は砕け散り、無残にも内臓へと突き刺さっていく。

 ワポルとムッシュールの2人は最早悲鳴を上げることも出来なかった。

 

 暫くの間、ドラム王国から遠く離れた遥か上空にて欲望の限りを尽くした男達の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 

 

「……」

 

 数秒後、アキトの眼前には先程までワポルとムッシュールであったモノが浮かんでいた。

 

 アキトは感無量といった様子で左手を振り下ろし、そのオブジェを眼下の大海へと墜落させる。

 

 見るに堪えぬその肉塊は落下による摩擦熱により瞬く間に引火し、その身を赤く燃え上がらせる。

 アキトの能力と重力の後押しを強く受け、途轍もない速度で眼下へと一直線に落ちていった。

 まるで隕石が如し速度と熱量だ。

 

 これがドラム国を長年苦しみ続けてきた悪政の王とその兄の人生の終焉であるのと同時に成れの果ての姿であった。

 

 この日、ドラム王国の国民達は見た。

 

 空に浮かぶ雲を突き抜け、大海へと堕ちる一条の光を

 

 やがてその一条の光は『開国にして解放の光』として国民達は後世へとその存在を語り継いでいくことになる。

 

 

─ 今此処にドラム王国の支配は終わりを迎え、国民達は平和への架け橋を登り始めた ─




ワポルとムッシュールは星になったのだ
そう、真っ赤なお星様にな……


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"訣別"と"ヒルルクの桜"

 跳躍、飛翔、加速

 その過程を幾度も繰り返すこと数度。

 

 現在、悪政の王とその兄を大海へと沈め終えたアキトはドラム城へと帰還すべく空中を闊歩していた。

 

 だがその足取りは決して芳しいものではなく、疲労困憊な様子で能力を行使し続けている。

 

 冬島特有の凍えるような冷気は軽装な身なりのアキトの肌を突き抜け、徐々にアキトの体を容赦なく蝕んでいった。

 

 先程までのアキトならば自身の能力によって生成した膜の遮断能力の恩恵で冷気などものともしなかっただろう。

 

 だが現状アキトはその膜を創り出す体力さえ残っていなかった。

 空中を闊歩すべく引力と斥力の力を同時に足下に発生させることで一時的に発生させる擬似的な足場を創り出すのも手一杯な状況なのだ。

 気を抜いてしまえば即座に眼下のドラム王国の大地へと落ちていきそうである。

 

 見誤っていたと言わざるを得ない。

 ムッシュールの胞子爆弾(フェイタルボム)を確実に処理するためにあの力を行使したとはいえ、予想以上にその負担が大きかった。

 

 今の自分は呼吸を激しく乱し、スタミナも先程使用した技に軒並み奪い尽くされた状態だ。

 身体は震え、動かす身体の節々はまるで自分の体ではないように重い。

 このままでは今直ぐにでも能力の調整を誤ってしまいそうである。

 

 これまでも修行を行う傍らあの引力の塊である球体を幾度も生成したことはあった。

 だが一度に二個も創り出したことなどなかったのだ。

 

 ジカジカの実の能力の本質は磁界の操作

 そして能力の本質は自分の体を中心に磁界という空間を一時的に定義することで引力と斥力を発生させることだ。

 

 このことからも分かるようにワポルとムッシュールの2人に使用した先程の力はジカジカの実の能力の本来の使い方ではない。

 

 自身の身体を中心に引力と斥力を発生させるのではなく自身の体外へとジカジカの実の力を放出し、遠隔操作することでその強大な力を行使するこの力は予想以上に膨大な体力と気力を必要とされたようだ。

 

 こればかりはどうしようもない。

 いつか克服するしかないだろう。

 

 朦朧とした意識の中アキトは跳躍、飛翔、加速を変わらず繰り返す。

 今にも力尽きそうだが足を止めるわけにはいかない。

 アキトは自分の身体に鞭を打ち、空中を闊歩していった。

 

 やがてドラム王国に天高くそびえ立つドラムロッキーが見え始める。

 

 見れば山頂にはルフィを含めたアキトの仲間達全員が揃っていた。

 城の主であるDr.くれはとチョッパーも城外へと姿を現し、どこか思案気な様子でドルトンさんと言葉を交わしている。

 

 何故かチョッパーがルフィとサンジの2人に追いかけられていたが。

 

 眼下にはビビを中心にしてウソップとゾロの3人が此方に気付き、手を振っていた。

 無論、ゾロは無愛想に此方を見据えているだけであるが。

 

 だがそんな穏やかな光景も長くは続かない。

 

 

 

 次の瞬間、アキトの身に不幸が降りかかったからだ。

 

 恐らくゾロ達の姿を見たことで無意識に気が抜けてしまったのだろう。

 

 残り僅かであった体力が遂に底を尽き、アキトは能力を強制的に解除されてしまう。

 もはやアキトに宙を制する力はなく、その身を為す術もなく空中へと放り出されてしまった。

 

 途端、感じる晴れ晴れとしたまでの開放感と浮遊感

 

 その時のアキトは珍しく間抜けな顔をしていたという。

 見れば眼下のゾロ達は目を大きく見開き、此方を驚いた様子で見ている。

 

 しかし、今のアキトに抗う術などあるはずもなく、重力に逆らうことなく眼下へと一直線に落ちていった。

 

 ゾロ達の元へと……

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 三者三様に口を閉ざすルフィとサンジとチョッパーの2人と1匹。

 

 初対面であるはずのルフィとサンジの2人に凝視されたチョッパーは思わず後退せざるを得ない。

 

 所謂自分の野生の本能とも呼ぶべきものが己の身に迫り来る危険を知らせているのだ。

 先程からは警鐘が絶えず鳴り響いている。

 

 彼らからは友好的な関係を築こうとする意思が全く感じられない。

 そう、奴らのあの目は捕食者のそれだ。

 

 自分を食料としか見ていない。

 

 今にも自分を捕獲し、食材にしようとその眼を爛々とぎらつかせているのだ。

 

 一歩、また一歩とルフィとサンジが進むごとにチョッパーは同じ歩数分だけ後退する。

 

 

 ルフィとサンジが一歩、また一歩と全身し…

 

 対するチョッパーは一歩、また一歩と後退し…

 

 彼らは対峙した。

 

「に…」

 

 麦わら帽子を被った男、ルフィが口を動かす。

 何を言おうとしているのだろうか。

 

に……?

 

何だ?

 

 

「待てーーー!肉ーーー!!」

「待ちやがれ、トナカイ料理っ!!」

「うおおぉおおおーーーっ!?」

 

 逃げる、逃げる。

 

 足を動かす。

 

 必死に自分の足を動かす。

 

 後ろを振り返ることなくチョッパーは死に物狂いで捕食者達から逃げるべく前方へと駆け出す。

 

 捕まれば一巻の終わりだ。

 

 

 恐怖しか存在しない

 

 前だけを見ろ

 

 進め、己の命がある限り

 

 決して立ち止まるな

 

 退けば喰われるぞ、臆せば死ぬぞ!

 

 

 奴らは本気で自分を食料にするつもりだ。

 無限追跡ごっこの始まりである。

 

 

 

 一方、ゾロとウソップ、ビビの3人はルフィとサンジの奇行を無視し、上空を見上げていた。

 

「なあ、アキトって確か空を跳べたはずだよな」

「ああ、そのはずだ」

 

 素朴な疑問をウソップへと投げかけるゾロ。

 

「……アキトの奴落ちてきてないか?」

「ああ、確かに落ちてきてるな」

「だよな」

「「……」」

 

 何度見返しても現在落下中の人物はアキト本人に他ならなかった。

 

 というか現在進行形で此方へ物凄い速度で落下してきている。

 そう、自分達の元へと。

 

「「ぎゃああああっ!?」」

 

 周囲に響き渡るゾロとウソップの悲鳴。

 ビビはオロオロすることしかできない。

 

 ゾロとウソップの2人は無防備にも空から落ちてきたアキトと直撃する羽目になった。

 

「何しやがる、アキト!?」

「アキトが雪の中に生き埋めにーっ!?」

「アキトさん、大丈夫ですかっ!?」

 

 辺りには雪が散乱し、小規模なクレーターが出来上がる。

 

 前方には件の人物であるアキトが埋まっていた。

 

 頭から思いっ切り雪の中へと。

 そう、見事なまでの埋もれ具合だ。

 下半身のみを外に剥き出しの状態で生き埋めの状態で埋まっているのである。

 

 雪の中から辛うじて露出しているアキトの左手は力なく、ぐったりとしている。

 此方にはまるで助けを求めているかのように手はピクピクと動いていた。

 

 一体何があった。

 

「って大丈夫かよ、アキト!?」

 

 その場の誰よりもウソップが再起動を果たし、アキトの救出へと取り掛かる。

 ウソップはアキトの両足を掴むことでアキトを雪の中から引っ張り出すことに成功する。

 

 当人のアキトが雪の中からその姿を現す。

 服は雪だらけであり、顔は最早本人と判別できないほどの量の雪で覆われてていた。

 

 そんなアキトの顔をビビがせっせと払い落とす。

 何と気遣いのできる素晴らしい王女様であろうか。

 

 そんな彼女の思いやりの深さにアキトは思わず心を強く打たれてしまう。

 胸のときめきとも言うべく、熱い思いがアキトの心を支配した。

 

 恋などでは断じてないが。

 純粋な感謝の思いである。

 

「大丈夫か、アキト?」

「……逆に問おう。無事に見えるか?」

 

 ゾロの言葉を弱々しげな様子でやんわりと否定するアキト。

 見ればアキトは力なく両手をだらしなく垂らしている。

 

疲労困憊な状態ですが、何か?

 

 力を使い果たし、その場から動くこともできない。

 攻撃力と防御力の両者は共にゼロな状態だ。

 

 今のアキトを表現するならば翼無き鷲である。

 能力を発動する体力もなく、身体は激痛が支配している。

 自ら立ち上がる力も存在せず、脚は正にへし折られたと形容してもいいほどに力が入らない。

 

 こうしてアキトは2人の手助けを受けながら城内へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「かなり無茶したみたいだね、小僧?」

 

 此処はナミが寝ている寝室とは別の寝室。

 アキトはウソップとビビの2人の助力を経て何とかこの場へと辿り着いた。

 

「申し訳ないです。少し、無茶をしてしまいまして……」

 

 Dr.くれはの言葉に返す言葉も思い付かないアキト

 

「外傷はないようだけど体内に蓄積されている疲労は底知れないものがあるね。加えて今のあんたの体の中はボロボロの状態だよ」

 

 流石にあれだけ強大な力を行使するにはそれ相応の代償を強いられたことをアキトは実感する。

 使い勝手の悪い力にアキトは思わず嘆息する。

 

 暫くの間、自分は力の半分どころか2割の力も出すことはできないだろう。

 無理して3割。

 仮に3割の力を出せたとしても更なる負担を強いられてしまうことは想像に難くない。 

 

「へー、アキトの体内は今そんなにボロボロなのか」

 

 以外とばかりにウソップはアキトの体をツンツンと指先で軽く突く。

 ウソップ本人は本当に軽い気持ちで触っているのだろうが此方は普通に痛い。

 

「ウソップ、止めろ。地味に痛い」 

 

止めろ、今の自分にそれはかなり効く。

 

「ところでワポルとムッシュール達はどうなったのかね、アキト君?」

 

 ドルトンさんどこか躊躇した様子で此方へとそう尋ねてくる。

 疲労困憊の状態であるアキトに対して尋ねる質問ではないことは分かっているのだろう。

 

 だが、それ以上にどうしても此度の事件の首謀者であるワポル達の顛末を知っておきたいに違いない。

 

 まあ、別にドルトンさんの質問を拒否する理由が此方には別に無いため普通に応えさせてもらうが。

 

「そうですね。ワポルの部下であるピエロのような男とアフロの男の2人組は城外で事切れていることはご存知ですよね?」

 

 城外ではクレーターの中に仲良く沈んでいる。

 確認したければ城外へ、どうぞ

 

「ああ、知っているとも」

 

 どうやら既に確認済みのようだ。

 ドルトンさんが此方に求めているのはワポルとムッシュールの顛末であろう。

 

「ワポル達はもう二度とこの国へ足を踏み入れることはありません」

 

 アキトは敢えてドルトンさんの質問に抽象的に答える。

 わざわざ今回の事件に負い目を感じている彼に自分が奴らを殺したことを直接伝えることはないだろう。

 

 素直に自分がワポルとムッシュールの2人を始末したと言ってしまえばドルトンさんは更に深く負い目を感じてしまうだろうから。

 

「ほ…星?つまりアキトはそのワポルとムッシュールって奴らを遥か遠くまで吹き飛ばしたってことか?」

 

 困惑気味に此方へとその真偽をウソップは尋ねてくる

 どうやらウソップはそう婉曲的に解釈したらしい。

 

 見ればドルトンさんやゾロ、ビビの3人は自分がワポルとムッシュールを殺したことを理解しているようだ。

 

 ドルトンさんはやはり部外者である自分にワポルとムッシュールを殺めさせてしまったことを負い目に感じてしまっていることが彼の様子から伺える。

 

 余り深く考え込まないで欲しいというのが此方の見解なのだが。

 別に自分は奴らを殺したことに特別負い目を感じているわけでもない。

 

 だが殺人は殺人だ。

 例え相手が悪人であろうとも人を殺してもいい理由にはならないことは知っている。

 

 だがそれでも自分は奴らを許せなかった。

 誰かが奴らを裁かなければいずれ奴らは再び周囲に害悪を巻き散らすだろう。

 

 ならば今此処で自分が奴らを潰す。

 そこに後悔などない。

 また自分のことを英雄などと誇るつもりもはないし、英断などとのたまうつもりもない。

 

 ドルトンさんはまだ納得がいかない様子だがもう此方からは何も言うことはない。

 あとは彼本人の気持ちの折り合いに任せよう。 

 

 結果、ドラム王国に迫っていた脅威は無事去ったのだ。

 ドルトンさん達には素直に喜んで欲しい。

 

 

あと、ウソップお前はいつまで突いているつもりだ

 

 

「これ以上俺の体を触るのならばお前を壁に沈めるぞ、ウソップ」

「ごめんなさい」

 

 ウソップは素直に謝るしかない。

 それほどまでにアキトの目はマジであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 出発の準備が整ったルフィ達

 

 出発の手前、Dr.くれはの頼みでゾロが武器庫へと向かって行ったが何だったのだろうか。

 Dr.くれはは何かをしようとしているのだろうか。

 

 その何とも言えない気持ちを抱きながらアキトはナミとウソップの助けを得て城外へとその重い足を進める。

 

 自身の目の前ではルフィがチョッパーを仲間へと勧誘している。

 両者が互いに対面する形で目の前で口論を繰り広げている。

 

 ナミはこのことを見越してチョッパーを口説いていたのだろうか。

 

 だがチョッパーはルフィからの熱烈な申し出を拒否

 

 自分は人でもなく、ましてや動物でもない。

 "バケモノ"なのだと

 

 感謝はしている。

 だけど一緒に旅には行けないのだと。

 

 涙を流しながら、地面へと顔を深く俯きながら心からの言葉をチョッパーは吐き出した。

 

「俺は此処に残るけど、いつか気が向いたらこの国へと来て欲しい。だから仲間に誘ってくれてありがとう……」

 

 

 

 

 

「うるせェ!!いこう!!!」

 

 

 

 

 

 しかし、ルフィはそんなチョッパーの葛藤や戸惑いの声の全てを容易にぶち破る。

 

 そんなことは関係ない。

 チョッパーの心の底に眠る心からの願いをチョッパー本人の口から吐き出させようとルフィは簡潔に大声を上げた。

 

 今此処でチョッパーの心の中の天秤は傾いたのだ。

 

 自分に素直になったチョッパーはその後瞬く間に出発の準備を始めた。

 そりを力強く引き、時間が惜しいとばかりにルフィ達をなりふり構わずに押し込む。

 

 アキトもナミとウソップの2人に背中を押され、頭からそりの中へと突っ込んだ。

 何とも無様な姿である。

 能力の反動が余りにも大きすぎた。

 本格的にこの問題点を改善しなければならないだろう。

 

 背後を振り返れば包丁を何本も投げ飛ばし、まるでモンスターの様に鬼気迫る表情で此方へと迫るDr.くれはの姿が見えた。

 怒涛の急展開にルフィ達は訳も分からないままチョッパーが引くそりに乗り込み、宙を駆けた。

 

 

 

 その日ドラム王国の国民達は見た。

 

─ ドラムロッキーの山頂に咲き乱れる満天の桜を ─

 

─ それはとあるヤブ医者と呼ばれた男が生涯をかけて創り出した努力の結晶 ─

 

─ それが今此処で()の医者と共に連れ添ったトナカイの旅路を祝うべく空へと打ち上げられた ─

 

─ 万感の思いが込められ、創り出されたその結晶は今此処にドラム王国全土を震撼させたのだ ─

 

─ 後のドラム王国ではこの幻想的な現象を"ヒルルクの桜"と語り継がれることになる ─

 

 ()の医者が心から愛したトナカイであるチョッパーは涙を禁じ得ない。

 ドクターの研究は完成していた。

 

 30年もの年月をかけて創り出した努力の結晶

 何と幻想的な光景であろうか。

 

 幻想などではなかった。

 嘘ではなかった。

 

 

 ドクター

 

 ドクトリーヌ……

 

 

 チョッパーはドラム王国の上空の幻想的な光景に涙し、遠吠えを上げた。

 こうしてルフィ達に新たな仲間が加わり、船の舵を大きく切る。

 

 次なる目的地はビビの故郷である『砂の王国・アラバスタ王国』

 

 

 

To be continued...



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幕間の物語
─ナミの心象Ⅰ─


 ココヤシ村が突如海賊による襲撃を受けた。

 

 私が丁度10歳の時であった。

 

 アーロンという名の魚人海賊団が突如ココヤシ村を支配すると豪語したのである。

 魚人、人間とは異なる種族の生物であり、人間である私達よりも数倍の身体能力を有していると言われる種族だ。

 

 何故、このココヤシ村に来たのか。

 疑問は尽きない。

 

 魚人共の頭であるアーロンは奉納金を献上すれば命までは奪わないと述べる。

 

 その額、大人一人が10万ベリー、子供一人が5万ベリー。

 私達の家にそこまでのお金は存在しない。

 無論、村の皆も。

 

 どうすれば…

 

 どうすればっ…!?

 

 私の親であるベルメールさんは既にアーロンの手によって満身創痍の状態に陥られてしまっている。

 

 ゲンさんの提案によりベルメールさんは私とノジコの分を除いた奉納金を渡そうとするも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ノジコ…、ナミ………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 大好き 』

 

 

 

 

 

 私達のことを見捨てることが出来なかったベルメール母さんは無惨にも殺されてしまった。

 

 当然、村の皆はアーロン達魚人達の蛮行に反対し、抵抗を試みた。

 だが魚人共は強大な力で瞬く間に此方を無力化してしまう。

 

 一人、また一人と地に伏し、その体を血で濡らしていく。

 

 そんな…

 

 そんな……

 

 

 ただ目の前で広がる凄惨な光景に対して言葉が出なかった私は測量士として目を付けられ連行されていった。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 アーロン一味に加わった。

 優秀な測量士として、半ば強制的な形で。

 

 私に拒否権など存在せず、村の皆を少しでも助けるためにアーロン一味の刺青まで刻むことになった。

 

 結果、ゲンさんを含む村の皆に追い出されてしまう始末。

 

 本当に笑えない。

 だが挫けてしまっては駄目だ。

 

 

 

私がこの村を、皆を救うんだ…

 

どれだけの月日が要されようとも…、私が必ずっ! 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 幾度もアーロンを暗殺しようと企てたが何度も失敗した。

 

 暗殺、毒殺、奇襲。

 

 全てが無駄に終わった。

 

 理解せざるを得なかった。

 私に残された選択肢は素直に1億べリーを集める以外にないのだと。

 

 1億べリー、途方もない金額だ。

 だが集めなければならない。

 ココヤシ村を買い、村の皆を救うためにも。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 今日も海賊泥棒として海賊共から金目の物を盗むことに成功した。

 

 あと少しで目標金額の1億ベリーを揃えることができる。

 やっと私の故郷であるココヤシ村を救うことができるのだ。

 

 今思えば長いようで短い8年間であった。

 魚人共にココヤシ村を支配されて今年で8年。

 アーロンの指示により海図を書き、奴ら魚人共の仲間になることでココヤシ村の皆を守ってきた。

 

 故郷であるココヤシ村を救うために泥棒稼業に手を付けてきたのだ。

 

 大嫌いな海賊に取り入ってでも自分の村を救うべく奮闘した8年間。

 必死に、身を粉にし、心を鬼にしてまで目標金額である1億べリーを稼ぐことを第一主義としてきた。

 

 心休む暇など存在せず、神経をすり減らす毎日。

 心底嫌悪する海賊に媚びへつらう自分に嫌気が差す日々。

 だがそんなことしかできない自分に怒りを覚えてしまう悪循環。

 

 無論、決して楽な道のりではなかった。

 多少航海の知識を有していようが所詮は一介の村娘。

 一度に莫大な金を稼ぐことなどできはしない。

 

 貞操の危機を感じたのも一度や二度ではない。

 奴らは幾度も下賤な視線を私に向け、私を襲おうとしてきた。

 

 自分の容姿が整っているのは自覚している。

 

 メリハリのついた肢体に、服越しにでも伺える女性の象徴である豊かな胸。

 スカートから覗く太股は男の劣情を誘うことは明白であり、自身の象徴でもある鮮やかなオレンジの髪は綺麗に切り揃えられている。

 顔も正に美少女と呼ぶのに相応しい端正な顔付きをしている。

 

何故、自分がこんなに苦労しなければならないのか?

何故、海軍は助けに来てくれないのか?

 

 いや。分かっていた。

 海軍は助けに来ないのではない、助けに来れないのだと。

 

 無意味だと分かりながらも幾度もこの無意味な問答を繰り返してきた。

 

 だがその苦労も漸く実を結ぶ。

 アーロンは外道で屑だが金銭面での約束事は必ず守る男だ。

 1億ベリーを集め終えた後はただ奴の前に差し出せば良い。

 

 

 

あともう少しだよ、ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん……

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 麦わら帽子を被った海賊と出会った。

 そいつは麦わら帽子を自身の宝なのだと言う。

 本当に変わった奴だ。

 

 そいつはどこまで行っても海賊らしくなく、こんな私を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良い奴らだったなぁ

 

また仲間に入れてくれるかな

 

早く自由になりたいよ、ベルメールさん…

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 くそっ!

 

 くそっ…!!

 

 アーロン!

 

 アーロン!!

 

 アーロン!!!

 

 

 裏で内通していたあのネズミ大佐と呼ばれるネズミ野郎がお金を強奪しようと襲撃してきた。

 

 何故、あのネズミ野郎が1億ベリーという正確な金額を知っていたのか。

 

 何故、1億ベリーがもう少しで揃うこの時期にいまごろ私の前に現れたのか。

 

 答えは明白だ。

 

 全てっ!

 

 全てっ!!

 

 最初からアーロンの奴はあのネズミ野郎と繋がっていたのだ!

 

 海軍が海賊と手を組む、許されない事態だ。

 

 アーロンパークでアーロンを問い詰めたが、奴は素知らぬ態度でぬけぬけとのたまいやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が約束(・・・・)をいつ破った?』

 

 

『海軍に金を盗まれた…?そりゃぁ不運(・・)だったなぁ。』

 

 

『まあたかだか1億ベリーだ。また集めればいいじゃねぇか。』

 

 

『また1億ベリーを集め終えた時に村を返してやるよ。俺は(・・)約束を守る男だからな。』

 

 

 

 畜生っ!

 

 畜生ォ!!

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 ゲンさんを含む村の皆がアーロンに反旗を翻すことを決意した。

 

 駄目だ。

 アーロンに歯向かえば死んでしまう。

 

 

 

『知っていたよ、全て。ナミ…、お前が私達のためにアーロン一味に入り、お金を集めていたことも。』

 

 

 嘘……

 

 ゲンさんは全てを知っていたのだ。

 見ればココヤシ村の全員がゲンさんの言葉に強く頷いている。

 どうやらノジコが全て話していたようだ。

 

 呆然とする私の前で村の皆は武器を持ち、アーロンの元へ向かおうとしている。

 

 そんな皆を止める術を私は持ち得ていなかった。

 

 

 駄目だ。

 

 例え村の皆が総出で挑んでも結果は見えている。

 

 

 

 どうすればっ!

 

 一体どうすればっ!?

 

 

 瞳は涙で溢れ、視界はままならない。

 足は震え、体に力が入らない。

 

 

 

 

 

 そんな時であった。

 

 私がアキトと出会ったのは。

 

 

 

 

 

『少し待ってくれませんか?』

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 魚人であるアーロン達が蹂躙されている。

 

 アキトと名乗る謎の少年の手により一方的にだ。

 

 

 最初は部外者である奴が何を言っているのかと憤慨した。

 

 当然だ。

 今日偶然この島に来たような奴が『俺に任せてくれませんか』など何を言っているのか。

 

 文句を言ってやろうと目の前の少年を射抜いた途端、そんな私の気持ちは霧散した。

 

 件の少年、アキトが今にも怒りが爆発しそうな程内心を煮えたぎらせているのを理解したからだ。

 

 見れば彼の右手は血が滴りそうな程強く握りしめられ、紅き瞳はまるでマグマの様に燃え上がっている。

 体からは殺気とも呼べる闘気を放ち、ゲンさん達を気圧している。

 

 そんな雰囲気の中アキトは静かにゲンさんにこう述べた。

 

 

 

 

 

『…アーロンパークへ案内してくれませんか?』

 

 

 

 

 

 アーロンパークへと辿り着いた私達はアキトが先頭になる形でその場に佇んでいた。

 

 門をまるで家のノック感覚で吹き飛ばし、アーロンパークへと侵入するアキト。

 

 その場の誰もがその衝撃的な出来事に驚かされたことは記憶に新しい。

 

 

 

 その後はトントン拍子に事が進んだ。

 

 モームは謎の衝撃波で島の沿岸まで無残にも吹き飛ばされ、周囲の魚人達は難無く撃沈される。

 

 そう、たった一人の人間であるアキトの手によって。

 

 幹部の一人であるハチは6本の刀を粉々に破壊された後島の沿岸まで勢い良く吹き飛ばされ、クロオビはその場から一歩も動くこともなく地に沈められた。

 最後の幹部であるチュウはただ手をかざすだけで再起不能に陥られる。

 

 この時点でアーロンパークは崩壊寸前であり、残りはアーロンただ一人となる。

 

 そして並外れた実力を持つはずのアーロンさえもアキトに為す術もなく掌底を撃ち込まれ、ボロボロの状態へと早変わりした。

 

 魚人特有の怪力も体格も、自慢の長ッ鼻さえもアキトには通じなかったのである。

 

 私の目にはアーロンの姿が酷く哀れで、滑稽に見えた。

 正に井の中の蛙。

 

 最弱の海である東の海(イーストブルー)で大将を張っていたアーロンの実力など偉大なる航路(グランドライン)から来たアキトにとって相手にはならなかったのだ。

 

 魚人族が至高の種族であると豪語していたにも関わらず鍛錬と研鑚を怠った者の成れの果ての姿である。

 

 8年前、私達に行った力の暴力をその身を持ってアーロン自身が受けている。

 正に因果応報、その言葉の意味をアーロンは身を持って味わっていた。

 

 その後、アーロンの必殺の一撃でさえもアキトには通じず、まるで赤子の手を捻るように一蹴されアーロンパークと共に崩れていった。

 

 

 8年にも渡る支配が瞬く間に終わりを迎えた瞬間である。

 

 

 初めの内は眼前の事実に狼狽え、信じることができなかった。

 だがそれが現実なのだと理解すると万感の思いが胸の内に広がる。

 

 そんな私を見かねたアキトは優しく抱きしめてくれた。

 

 遂に耐え切れなくなった私は皆の前でみっともなく泣き、アキトを抱きしめ返すことになる。

 これまで溜め込んできたもの全て吐き出すように。

 

 アキトは服が濡れるのも構わず優しく私の背中に手を回してくれた。

 アキトの胸の中は暖かく、冷めた私を心身共に癒してくれた。

 

 まるで遥か年上の男性に抱きしめられているような感じであった。

 

 今思い返すだけでも恥ずかしい。

 出会って間もない男の胸元で号泣し、その光景をノジコ達に見られてしまうなんて。

 

  

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 アーロンの8年に及ぶココヤシ村の支配は実質上の終わりを迎えた。

 

 突然この島を訪れたアキトという名の少年1人の力によって。

 

 初めの内は信じられなかった。

 目の目に広がる光景が嘘ではないのかと何度も自問自答した。

 

 だが眼前の出来事は紛れもない事実であり、あのアーロン一味がたった一人の人間の手によって壊滅させられたのだ。

 

 アーロンパークの崩壊後にあのネズミ野郎が空気を読まずに横入りしてきたがアキトの手によって無事ボコボコにされた。

 村の皆は歓声の嵐をアキトに上げ、軽いお祭り騒ぎになっていた。

 

 かくいう私もネズミ大佐を海にかっ飛ばしている。

 

 一発目は打たれたノジコの分。

 二発目はベルメールさんの畑を滅茶苦茶にしてくれたお礼参り。

 三発目は私のお金を強奪してくれたお礼。

 

 非常にスッキリするものであった。

 無論、まだまだやり足りないが。

 

 奴らの処遇をどうすべきかは迷ったがどうやらアキトは海軍本部にコネを持っているようなのでアキトに一任した。

 

 その後風の噂でネズミ大佐を含む海軍共が処罰を受けたことを耳にした。

 奴らはこれから厳しい罰を受けることになるだろう。

 敢えて言おう、ざまぁ。

 

 これまでココヤシ村の救いの声に蔑ろにしてきたのだ。

 当然の報いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして私の8年の頑張りは無駄になってしまったがココヤシ村が再び自由を取り戻した。

 文字通り本物の自由を得たのだ。

 

 だからこれで良かったのだ。

 

 今、ココヤシ村ではアーロンの支配からの解放を祝う宴が行われている。

 

 皆が笑い、肩を組み、心からの自由を謳歌している。

 何故かルフィ達もちゃっかり参加しているが、まあそこには突っ込まないでおこうと思う。

 

 気付けば私はアキトを誘い、ベルメール母さんのお墓へと案内していた。

 どうやら私は今回の騒動の結果に理解はしていたが納得はしていなかったらしい。

 

 正直な話アーロンを撃退したことを交渉材料にアキトが私の体を要求してくるのではないかと一抹の不安を抱いていた。

 

 だが彼、アキトは私にそんな要求を突き付けてくることはなかった。

 ただ純粋に私の頑張りを踏みにじったアーロンを許せなかったからだと口にしたのだ。

 

 

 

『─許せなかったからだ。ナミの8年にも続く頑張りを否定した、アーロンが許せなかった。』

 

 

『─初めはこの村の事情には部外者である自分は関わるべきではないと考えていた。だけどナミの頑張りは無常にもアーロンよって踏みにじられ、この村の希望は潰えた。』

 

 

『─言ってしまえば今回の件に手を出したのは俺のエゴだ。ナミを助けたい、ナミの願いを叶えたい。─まあ、つまり俺は自分の意志のもと行動しただけだ。だからナミは今回のことに対して俺に恩義を感じる必要も、何か必要以上に考え込む必要はないんだ。』

 

 だから自分に恩を感じる必要はないのだと。

 そうアキトは言ったのだ。

 

 

『あったさ。…意味ならあった。ナミの必死に頑張る姿はきっとこの村の人たちにとって希望だったはずだ。最後は俺が解決してしまったけど村の人々はナミの頑張る姿を見て今日のこの日まで耐え忍ぶことができたんだと思う…。それにお金を集めるために海を渡っていなければルフィたちには出会えていないだろ?』

 

 加えて私に励ましの言葉を掛けてくれたのだ。

 この瞬間私はアキトという少年の本質を理解したような気がした。

 

 一応気持ちの整理が付いた私はアキトを酒の席に誘った。

 やはり親睦を深めるには酒と相場が決まっている。

 

 

 

 

 

 その後私はノジコ達の声援を背に受けながらココヤシ村を後にした。

 私の夢を叶えるために。

 

 

 

行ってきます、ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん、皆。

 

 

 

To be continued...




やっぱりナミの心理描写も大切ですよね


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─ナミの心象Ⅱ─

 私の故郷であるココヤシ村を救ってくれたお礼をすべくローグタウンにてアキトを買い物に誘った。

 

 最初はルフィと海賊王の処刑台を散策に行く予定を立てていたアキトはルフィに断りの旨を伝え、自身の買い物を優先してくれた。

 

 私にとって自分の買い物を優先してくれるアキトの気遣いは純粋に嬉しいものだった。

 私のアキトに対する好感度が上昇した瞬間である。

 

 実は買い物はアキトと共に行動する名目上の理由である。

 アキトを誘った本当の理由はアキトにココヤシ村でのお礼を述べるのは勿論のこと、純粋にこの少年、アキトについて知りたいというものであった。

 

 時間が惜しいとばかりに私はアキトの手を握り、軽快な足取りでローグタウンの中へと入っていた。

 

 本音を言えばただ単純に買い物を楽しみたいという女の子らしい思いもあったことは否定できない。

 

 背後で騒ぐサンジ君とウソップがいたが私は気付かぬ振りをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってしまった……

 

 気付いたときには既に私はショッピングを心から楽しんでいた。

 

 アキトを長時間付き合わせるという形で。

 終いに私はアキトの前でファッションショーを披露してしまう始末。

 

 アキト自身文句を言うこともなく私が試着した服の感想を述べてくれていたことも原因であるとも言える。

 

まあ、心の底から楽しめる数年振りのショッピングであることも自分を抑制できなかった原因であることも否定できないが……。

 

 とにかく申し訳ない気持ちで一杯でアキトに掛ける言葉が見つからなかった。

 

 購入の旨を期待している疲労困憊の店員の提案を一掃し、アキトと共に店を出る。

 背後で崩れ落ちる店員に僅かな良心の呵責を感じながら。

 

 

 

 ローグタウンの景観を眺めながらアキトと並ぶ形で足を進める。

 

 気まずげな様子で横に視線を移せば、目に映るはアキトの横顔。

 その様子からは此方の内心の葛藤に気付いている様子は見受けられない。

 

 女性である私から見てもアキトは端正な顔立ちをしていると思う。

 私とは正反対の黒髪に深紅の瞳。

 身長も高身長であり、体格も男性にしては細身ではあるが服の下には筋肉がしっかり付いていることが伺える。

 素直にカッコイイ男性であると思う。

 

 だが私はその程度では動じない。

 見てくれが幾ら良くても中身が腐っている奴など腐るほど見てきたし、男などこの海賊時代では女を碌な目で見ていないことも知っている。

 

 ただ今はこの何とも言えないモヤモヤとした雰囲気を払拭するために話題の転換を図るのみである。

 

 そうだ、先程試着した服についてはどうだろうか。

 

 そう考えれば早速私は行動に移す。

 先程私が試着していた服がやけに露出が多かったことを指摘するアキトに対してからかうような笑みを浮かべた。

 上目遣いの形でアキトに自らの肢体を少し強調するような姿勢を見せたのである。

 

 これまで幾度も海賊達に使用してきた手段である。

 大抵の男ならこの仕草で籠絡できる。

 ルフィとゾロ以外の男性連中ならば照れること間違いなしだ。

 

 だが私の予想を大きく裏切りアキトは実に淡泊な反応を見せた。

 動揺を表すこともなく、照れの要素など皆無であったのだ。

 

 私は人知れず女としてのプライドが傷付けられたように感じた。

 矛盾した行為であると分かっていながらも私はアキトに対して拗ねた様子を見せてしまう。

 

 私は何をやっているのだろうか。

 私はただ此方の用事に付き合ってくれているアキトとの親睦を深め、アキトのことを知りたいだけなのに。

 

 見ればアキトが少し困ったように頬を掻いている。

 それだけに止まらずアキトは此方の拗ねた様子を見かねたのかショッピングの代金は自分が受け持つと提案してきたのだ。

 

 これには心底私は驚かされた。

 むしろ此方がアキトの時間を削っていることに感謝すべきなのに当の本人はただ純粋に私とのショッピングを楽しいものにしようと心掛けているのだ。

 

 逆に私の方が胸を密かにときめかせられてしまった。

 アキトの思いやりは純粋に私にとっては嬉しいもので、思わずショッピングのお金を奮発してしまう。

 言うまでもなくアキトのお金でだが。

 

 私は中々イイ性格をしているようだ。

 改めて自覚した。

 

 ショッピングの後も荷物はアキトが率先して持ってくれた。

 これでは今後の私のショッピングの付添人がアキトであると決まったも同然である。

 正にアキトは私のショッピングにおける永久指名同伴者だ。

 

 また店員であるおばさんにアキトの彼女なのかと唐突に尋ねられたことで思わず頬を赤らめ、動揺してしまう事態も起きたが問題ない。

 

 アキト自身余り気にしているようには見えなかったからノープロブレムなのだ。

 

 つい衝動的にアキトの恋愛経験を聞いてしまったが全く問題ない。

 本人曰く恋愛経験は無し。

 ココヤシ村に来る前は賞金稼ぎの経験有り。

 出身地はシャボンディ諸島の近くの島。

 

 思わぬ収穫だ。

 このショッピングの目的であるアキトとの親睦を深めることができた。

 

 アキト本人に特別な女性が存在しないことに心の隅で少しだけ安堵したことは秘密だ。

 安堵したのは今はただ私とショッピングをしているのにも関わらず他の女性のことを引き合いに出して欲しくなかっただけだ。

 そうだ、きっとそうに違いない。

 

 見ればアキト本人もどこかこのショッピングを楽しんでいるように見える。

 錯覚などではないだろう。

 

 思えば私はアキトのことをどう思っているのだろうか。

 

 アーロンパークの一件以降私はアキトのことを少しだけルフィ達とは異なる視線で見ていることは自覚している。

 これが恋から来る行動なのか、吊り橋効果と呼ばれる効果なのかは未だ私は分からない。

 

 窮地の状況の私をアキトは何の見返りを要求することもなく助けてくれたのだ。

 これで何とも思わないわけがない。

 

 素直に嬉しいと思うし、ときめくものもある。

 私だって女だ。

 そういったどこぞのヒーローのような男性に憧れていたことも一時期はある。

 

 だが私はそんなちょろい女ではない。

 一時の気持ちで流されることなどありえない。

 

 そう、だからこのショッピングで感じているこの何とも言えない気持ちも一時的なものだ。

 

 だが私も特定の男性と異性として付き合うことを一人の女性として想像してしまうことは仕方のないことなのだろう。

 そして現時点で私が一番仲が良いと思われるアキトへと目が泳いでしまうことも仕方のないことなのだ。

 

 そんな私の混沌とした気持ちに気付くこともなくアキトは前方を見ている。

 改めて私はアキトという男性を注視して見つめることにした。

 

 ルックス良し、気遣いも心得ており、実力も申し分ない。

 

 金銭面も賞金稼ぎを通して稼いだお金があるので大丈夫である。

 アキト程の実力者が賞金稼ぎをしていたのだ。

 懐事情はさぞかし豊富であることだろう。

 

 見た目よし、性格良し、実力良し、財力良しとなるとアキトはかなりの優良物件ではないだろうか。

 

 だが私は恋という感情がよく分からない。

 いや、分からないと言ってしまえば語弊がある。

 男性を異性として特別な意味で好きになることが上手く理解できないのだ。

 

 これまで私は恋とは無縁の生き方をしてきた。

 ココヤシ村を救うために命懸けで生きてきたのだ。

 私にとって男とは下品でがさつで、下劣な視線を隠そうともしない存在でしかなかった。

 

 だがアキトは私の男に対する印象のどれにも当てはまらない。

 何というか、アキトはどこか達観しているような気がするのだ。

 アーロンパークの崩壊後に抱きしめてもらった時に感じた不思議な包容力というか、何というか。

 

 勿論、ルフィ達もその枠には当てはまらない。

 サンジ君もかなりの女好きだが大丈夫だ。

 た…多分……

 

 

 

 その後のアキトとのショッピングはとても充実したものになった。

 私は大満足である。

 

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)への入り口も何とか無事に通過することができた。

 順風満帆と言えるだろう。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 ルフィが食われた。

 それも特大の鯨に。

 

 何故、偉大なる航路(グランドライン)の入り口に鯨がいるのだろうか。

 私達は案の定メリー号ごと喰われることになった。

 

 それにしてもアキトは達観し過ぎていると思う。

 皆が驚きを隠せない中アキトは吞気に現状を客観的に分析していたのだから。

 アキトの有する能力が強力であることは知っているが、アキトにはもう少し緊張感を持って欲しいと思う。

 

 

 

 その後双子岬の灯台守であるクロッカスさんと出会うことになった。

 この鯨、ラブーンが抱える事情を知ることにもなる。

 

 この鯨が抱える執念とも言える狂気の行動に誰もが言葉が出てこなかった。

 

 

 

 そんな中ラブーンの改造された胃袋の扉を突き破りルフィが現れる。

 謎の2人組を連れて。

 

 そいつらはラブーンの胃袋に穴を開けることを画策。

 だがアキトが砲弾を能力により無効化することで事無きを得た。

 

 分かっていたが何とも強力で便利な能力なのだろうか、アキトが有する能力は。

 

 完全にクロッカスさんの飛び降り損であった。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 歓迎の町・ウイスキーピークに到着した私達。

 熱烈なまでの歓迎を受けた私達は船を岸に停泊した。

 

 敢えて言わせてもらおう。

 

 ウイスキーピーク、実に怪しい。

 いや怪し過ぎる。

 

 何処の島に海賊を大々的に歓迎する町があるのか。

 ここまで怪し過ぎさが全開であると逆に尊敬してしまう。

 

 見ればアキトも呆れたような表情を浮かべている。

 無論、ゾロも気付いている。

 

 ルフィ達は呑気に肩を組み町へと繰り出していった。

 サンジ君も女の子に釣られ、鼻の下を伸ばしながらその場から離れていった。

 

 見ればアキトもサンジ君の様子に呆れるしかないようだ。

 

 

サンジ君……

 

 

 怪しい町ではあるがただで酒と料理を食べることができるのは素晴らしい。

 万が一の事態に陥ってもアキトの傍にいれば問題はないだろう。

 

 そのアキトだが見れば複数の女性に囲まれていた。

 本人は全くデレデレなどしていなかったが。

 

 

うーむ、何か気に食わない

 

 

 私はアキトの傍に即座に向かう。

 酒の影響もあるのか少々大胆になっているのかもしれない。

 

 此方に話し掛けるアキトに酒を飲ませ、肩を強く引き寄せる。

 困惑するアキトに私の飲みかけのジョッキを押し当てる。

 

 

私のこの何とも言えない気持ちを受け取れ、アキト!

 

 

 この遣り取りを繰り返すこと数分。

 私とアキトもかなり酒で出来上がっているのだろう。

 私は泥酔と見せかけてアキトの胸に飛び込み、眠りについた。

 

 やはりアキトの腕の中で眠るのは何か言葉では表せない安心感がある。

 大きな包容力というか、無償の心の安らぎ場であるというか何というか。

 

 ただ今はこの逞しい胸板で疲れを癒したい気分であったのだ。

 

 

とても良い夢が見れそうである

 

 

 勿論、寝た振りであるが……

 

 

 

 その後王女ビビを救出すべくゾロに貸していた10億ベリーを脅迫材料にゾロに命令したがアキトに引かれてしまった。

 

 地味にショックであった。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 古代の生物と生態系が今なお残るリトルガーデンに辿り着いた私達。

 

 一人、また一人と船を降りていく。

 

 このままでは私とウソップの2人だけになってしまう。

 

 まずい。

 これは非常にまずい。

 

 見れば同じように船から降りようとしているアキトの姿が。

 

 ウソップと阿吽の呼吸にてアキトを強く引き止める。

 本人は目の前の島に上陸することを望んでいたが私とウソップには後がないのだ。

 

 故に引き止める、全力で。

 私は蜜柑、ウソップは嘘の創作話でアキトをこの場に留めようとした。

 

 結果、アキトが先に折れこの場に残ってくれることになった。

 やり切った。

 私とウソップの大勝利である。

 

 

 

 その後はウソップの嘘話を終始無視し、アキトの傍で本を読んだ。

 アキトもベルメールさんの蜜柑を気に入れてくれたようだ。

 素直に嬉しい。

 

 ウソップはまだ壊れたラジカセのように口を動かしている。

 アキトも私も無視、無視である。

 

 その塩対応にウソップが苦言を申し立てるがこれまた無視。

 アキトは口では謝っているが罪悪感を感じている様子は皆無である。

 どうやらアキトも私と同様かなりイイ性格をしているようだ。

 

 

 

 だがそののほほんとした遣り取りも長くは続かない。

 

 リトルガーデンには巨人がいることが発覚したのだ。

 私がその事を思い出すのと巨人であるブロギーさんが現れるのは同時であった。

 

 たまらず悲鳴を上げアキトに抱き付く私とウソップの2人。

 変わらず動じることはなく、平常運転のアキト。

 

 その胆力を少しでも私に分けて欲しい気分である。

 

 聞くところによるとブロギーさんは酒を所望の様子。

 アキトはこの言葉を島への探索の口実に使えると考えたのか快くブロギーさんの歓迎を受けることになった。

 

 私とウソップは為す術もなくそんなアキトの両腕に抱き付き、ブロギーさんの後を付いて行くことしかできなかった。

 

 心なしかその時のアキトの表情は生き生きとしていた気がする。

 リトルガーデンを探索することができて嬉しいのだろうか。

 

 年齢に見合った好奇心をアキトが有していることを知った瞬間である。

 このタイミングで知ることができて嬉しいような悲しい気分である。

 

 

 

 その後も怒涛の急展開の連続であった。

 

 B・W(バロックワークス)からの追っ手との邂逅。

 蝋人形にされたゾロとビビ、ブロギーさんの3人。

 何故か笑い転げているルフィ。

 

 必要な情報だけを聞き出した後に相手をズタボロにするアキト。

 

 思った以上に容赦がなかった。

 まあ、こんな状況だ。

 わざわざ敵の長ったらしい話を聞き続ける理由はないだろう。

 

 こういうアキトの敵に対して容赦の無い性格は好感が持てる。

 敵に安易に自分達の情報を与えることは愚行であると言わざるを得ないことをアキトは分かっている。

 アキトの意見に全面同意だ。

 

 やはりアキトはとても強く、敵を即座に無効化していた。

 むしろ敵が可哀想になる程のレベルの差である。

 

 というかアキトの悪魔の実の能力は強すぎではないだろうか。

 現状アキトの能力を知っている身である私もアキトの能力の突破口が思いつかない。

 

 敵2人を瞬く間に一掃したアキトは眼前の燃え盛る業火の中に突入している。

 最早何でも有りか。

 

 こうしてアキトはゾロとビビ、ブロギーさんの救出に成功した。

 

 救出したビビの頭をアキトが優し気な様子で撫でられていることにどこか落ち着かなかったが何の問題もない。

 

 ビビは心なしか嬉しそうであった。

 

 この感情がもしかして嫉妬なのであろうか。

 この気持ちの正体はまだ私には分からない。

 だがビビに対して一瞬でも妬ましい感情を抱いたことは否定できない。

 

 この理解できない不思議な感情の正体が分かる日が私に来るのであろうか。

 

 

うーむ、分からない。

 

 

 わざとらしく清々しいまでの変わり身を見せるアキトの頬をつねりながら私は考えていた。

 

 以外とアキトの頬は柔らかかった。

 

 

 

 そして最後の敵であるMr.3は復活したルフィとゾロ、ブロギーさんのいじめとも言える総攻撃で即撃破された。

 

 言わずもがなボロカスである。

 

 

 こ れ は ヒ ド イ。

 

 

 敵が哀れ過ぎる。

 同情などは決してしないが。

 

 

 

 リトルガーデンを無事脱出した私達。

 相変わらずアキトはあの超巨大金魚の前でも平常運転であった。

 

 アキトのこの超然としたまでのリアクションの薄さはどこから来るのだろうか。

 

 ここまでくると尊敬の念まで覚えてしまう。

 私は先程と同じ様にアキトの頬をつねり、リトルガーデンでの疲れを癒すことになった。 

 

 だが私の意思とは無関係に私の体は崩れ落ちた。

 突如、私の体を酷い倦怠感と高熱が襲ったのだ。

 

 そんな私をアキトが優しく受け止めてくれる。

 

 

…。体がとても熱い。いっ…意識が…

 

 

 それ以降の記憶は曖昧だ。

 

 私の寝室にてアキトの手を握り返したことしか覚えていない。 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 目を覚ませば知らない天井。

 私の服装はいつの間にか変わり、寝台に寝かされていた。

 

 体を襲っていた倦怠感はだいぶ消え、熱も僅かに残っているが体が燃えるような感覚はしない。

 

 丁度アキトがこの寝室へと扉を開き、その姿を現す。

 

 恐らくだがアキトが医者がいるこの場へと連れて来てくれたのだろう。

 飛行することが可能なアキトの能力は正に私を早急にこの場へと連れて来るのに最適であったに違いない。

 

 やはり推測通りアキトが私を運んでくれたようだ。

 本当にアキトには頭が上がらない。

 

 だが突然額を触ってくるのは反則であると思う。

 熱を確認するためだとは分かっているがアキトの顔が目の前にある状況は病人である私には良い意味でも悪い意味でも心臓に悪かった。

 

 改めて見るとやはりアキトは端正な顔立ちをしていると思う。

 額から伝わるひんやりとしたアキトの手の平が私を一周回って冷静にしてくれる。

 

 だが依然として距離感が近いのに変わりはなく私を混乱の境地へと誘った。

 それに加えて不意打ちとばかりに普段表情を変えないアキトがふんわりと笑ったのだ。

 

 そう、他の誰でもない。

 この私にだ。

 

 最早私の心臓の音が鳴り止むことはなく、目の前のアキトを私は直視できなかった。 

 

 

 

 そんな混沌とした雰囲気の中に入り込んでくるトナカイの姿が。

 

 続けて入室してくるDr.くれは。

 

 彼女の口から語られるチョッパーの辛き過去。

 

 そんなチョッパーを口説く私。

 

 感心したようなアキトの視線に耐えられずそっぽを向く私。

 

 軽いカオスな状況である。

 

 突如寝室を出ていくアキト。

 

 急展開に付いて行けない私。

 

 Dr.くれは曰くアキトは私の治療費を払う代わりに外敵を排除することを彼女と約束していたらしい。

 

 

 

 やはり私はアキトに頭が上がらなかった。

 

 

あっ、一条の光が見えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようにアキトと接していく内に私は彼に対して徐々に興味を抱いていくことになる。

 

 正直アキトはこれまで出会ってきた男性とはかけ離れた男性であった。

 

 サンジ君のように自身の欲望に忠実で女好きというわけでもなく、ルフィやウソップのような子供らしさも有してはいるがその子供らしさもどこか希薄だ。

 

 ゾロのように剣士としての誇りに固執するような典型的な誇り高い人間でもなく、私のように自らの容姿を駆使することで相手を篭絡するような軽快で打算的な人間というわけでもない。

 

 どこまでも冷静であり、客観的。

 主観性を重んじることはあれど常に平静を装い、事態に対処する。

 

 そして驚く程の達観性と包容力。

 敵には容赦無く、奇襲も行える精神性を有している。

 

 だがそこには冷淡さだけでなく優しさもあり、思いやりと気遣いも有している。

 

 アキトは普段余り感情を表に出さない。

 私とそう年齢は変わらないはずなのに、あの達観性なのだ。

 

 アキトの正確な実年齢は知らないが私と大差ないことは知っている。

 この年齢に見合わない違和感も私がアキトに対する興味を引き立たされる要因となっているのかもしれない。

 

 アキトと接する内にこの確信にも似た考えは強くなっていく。

 

 

そう、まるで肉体と精神が合っていないような……。

 

 

 これは何の根拠も存在しない推測だ。

 まあ、アキトがただ単純に精神年齢が高いだけなのかもしてないが。

 

 年齢に見合わないこの釈然としない雰囲気がアキトの魅力を引き立てていることもまた事実。

 この推測について幾ら論じたところで答えが出ないのも明白なので今は一旦忘れることにする。

 

 また遇にアキトは普段の表情とはかけ離れたように突然ふわりとした表情を浮かべ、私を混乱させることがある。

 

 私とアキトはまだお互いに短い付き合いであるが私はそのギャップに強く心を打たれた。

 その度にアキトは素知らぬふりをし、私の心の内を知らぬ存ぜぬとばかりに通常運転に取り掛かるのだ。

 

 

まったく、此方の気も知らないで……

 

 

 私をアーロンの支配から解き放ってくれたアキトは勿論のことこんな私を快く引き受け入れてくれたルフィ達には感謝している。

 

 だがこれまで一人の男性にここまで心を動かされたことなどなかった。

 

 この感情が恋から来るものなのかはまだ分からない。

 私はこれまで恋とは無縁の人生を送ってきたのだから。

 

 いきなり恋なんて無理な話であるし、アキトとは未だ互いのことを理解し始めたばかりなのだ。

 

 今の私がアキトに対して抱いているこの気持ちが恋なのか分かるわけもないのだ。

 

 だがこれからも私はアキトと同じ船で旅をするのだ。

 いずれこの気持ちの正体を知る時が来るだろう。

 

 それまではこの気持ちと上手く折り合いをつけ、付き合っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがアキトの周囲に私以外の女が蔓延るのは依然として許容できそうにないが……

 

 

 

To be continued...




以上、現在までのナミの心象描写でした。


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B・W編
アラバスタ王国


 ドラム王国を無事出発したルフィ達

 

 メリー号はビビの故郷であるアラバスタ王国へと舵を切る。

 

 5日病に陥っていたナミの体調も無事回復している。

 チョッパーという新たな仲間も加わり、メリー号の甲板の上はより賑やかなものになっていた。

 

「今さらだけどワポル達を倒してくれてありがとうな」

 

 そんな雰囲気の甲板上にてアキトに礼儀正しくペコリと頭を下げるは新たな仲間であるチョッパー

 

 チョッパーはドラム王国にてワポル達を撃退してくれたことについてアキトに真摯にお礼を述べていた。

 此方との距離感を未だ測りかねているのかその様子はどこかよそよそしいものではあるが

 

「そんなにかしこまる必要はないぞ、チョッパー。あいつらを潰すことがDr.くれはと交わした約束だったからな」

 

 アキトはDr.くれはがナミの治療を引き受ける交換条件としてワポル達を撃退することを約束として交わしていた。

 

 ワポル達を大海に沈める代償に今の自分の体はバッキバキであるが問題ない。

 ナミが無事全快したのならば安いものだ。

 

 ドラム王国の件でチョッパーがよそよそしい態度を取る必要はない。

 

 アキトは親し気な口調でチョッパーに語り掛ける。

 親睦を深めるには先ずお互いに遠慮を無くすことが一番であろうと考えた上での行動だ。

 此方は別にそのことは気にしていないと、言外に伝えることも忘れない。

 

「そ、そうか……。そう言ってもらうと助かる」

 

 苦笑しながらはにかむチョッパー。

 やはりチョッパーは可愛らしい。

 加護欲をくすぐられるとても可愛らしい容姿をしている。

 

「これからよろしく、チョッパー」

 

 アキトは微笑を浮かべながらチョッパーに手を差し出す。

 

「ああ、よろしく頼む、アキト」

 

 チョッパーもそんなアキトの様子につられてへにゃりと笑う。

 一歩彼らの距離が近付いた瞬間である。

 

 それ以降もメリー号の甲板上では賑やかな時間が続いた。

 

 カルーを餌として釣り竿を握るルフィとウソップに拳骨を振り下ろすビビ

 何故か釣り竿から救出されず、鳴き声を上げるカルー

 ビビから制裁を受けたにも関わらず依然としてカルーを餌として釣りに精を出すルフィとウソップの2人

 キッチンにて親し気に言葉を交わすアキトとチョッパー

 その様子を嬉しそうに海図を描きながら見つめるナミ

 硫黄臭い蒸気の海域に突っ込むメリー号

 

 

 その後、蒸気溢れるホットスポットを抜けた途端、カルーを餌に海からオカマが釣れた。

 餌として釣り竿に引っ掛けられていたカルーにぶら下がる形でオカマがぶら下がっている。

 

 そのオカマはカルーの存在に驚愕し、眼下の海へと落ちてしまう。

 海面から気泡がブクブクと出ているが当人であるオカマがその姿を現すことはない。

 仕方無くルフィ達が救出に向かった。

 

 

「いやー、本当にスワン、スワン」

 

 奇抜な服装を着たオカマは右手を顏の正面に掲げながら謝罪の言葉を口にする。

 

 オカマは無事ルフィ達の手によって海から救出され、今はメリー号の甲板の上に座している。

 彼の全身は海水でびちゃびちゃであり、甲板上に海水が滴り落ちている。

 

 見れば見るほど珍妙な身なりをそのオカマはしていた。

 顔には強烈なメイクを施し、背中からは2羽の白鳥と思しき鳥の頭部を現している。

 服装はまるでバレエダンサーを彷彿させるものであり、実にインパクトに残る服装をしている。

 しかも太股より下は丸見えだ。

 

 一度相まみえれば生涯記憶の中に焼き付けられること間違いなく、視覚の暴力の権化そのものであった。

 神経もかなり図太い様で救出してもらうのに飽き足らず温かいスープを所望している。

 

「泳げないってことはお前何かの能力者なのか?」

 

 そんな中ルフィは興味津々といった様子で素朴な疑問を投げ掛ける。

 

「なあ、一体何の能力なんだ?」

 

 ウソップも気になって仕方がないようで身を乗り出しながら疑問の声を口にする。

 

「ん~?あちしの能力?そうねい、助けてくれたお礼も兼ねて見せてあげるわ」

 

 オカマは上機嫌にそう答え、実にノリノリな様子で立ち上がる。

 

「これがあちしの能力よーう!」

 

 突如、そのオカマは無抵抗な状態のルフィの顔面へと掌底を放つ。

 

「手前ェっ!?一体何を……!?」

 

 ゾロ達は即座に臨戦態勢に移る。

 見れば誰もがオカマの突如の奇行に驚愕を禁じ得ない様子だ。

 

 無論、アキトも例外ではない。

 いつでも目の前のオカマを撃退できるように身構えておく。

 

 もし仮に先程の掌底がアキトに向かっていたならば反射的に対処していたことは間違いない。

 言うまでもなく怪我を負っていたのはオカマの方であっただろうが。

 手首は折れ、手首から先はひしゃげ、甲板上からは弾き出され、その身を海へと再び落としていたことだろう。

 

「待ーって待ーって、待ーってよーう!お礼だって言ったじゃなーいのよーっ!」

「…な…にっ!?」

『……!』

 

 見れば目の前にはオカマの姿をしたルフィの姿が上機嫌に珍妙なポーズを取っている。

 驚くことに声も、体格も、姿もルフィ本人と全く同じである。

 服装はオカマ服のままであったが、ゾロ達は眼前の光景に言葉が出なかった。

 

 その名を"マネマネの実"

 触れた相手の容姿を即座にマネる能力

 その名の通り赤の他人へと容易に成り代わることができる能力である。

 

「そしてこの"マネマネの実"の発動条件は一度でも成り代わる相手の頬に触れておくこと……」

 

 そしてマネマネの実の能力を説明する傍ら当人であるオカマは呆然としているルフィ達の頬を順に触れていく。

 

 アキトは自身に迫り来るオカマの手を躱すことで難を逃れる。

 自分と全く同じ顏を見るなど真っ平ごめんである。

 

 アキトの隣にいたナミもアキトに腕を引っ張られる形で後方へと下がり、何とかオカマの魔の手から避難することに成功していた。

 体格もそのまま変幻自在にマネることが出来るということは女性の身体にも変身することができるということだ。

 

 もしナミの姿で何か良からぬことでもするつもりならば自分はこのオカマを即刻壁の染みにする腹積もりである。

 物理的にお前を壁の装飾の一つに加えてやろう。

 

「一度でも相手の頬に触れておけばそれ以降も……」

 

 ウソップ、ゾロ、チョッパーと瞬く間に他人の顏へと変化させ……

 

「誰のマネでも完全に成り代わることがで~きるってわけよう!」

 

 自身の頬に触れ、これまで記憶した多種多様な顏へと即変わりしていく。

 

「過去に触れた顏は決して忘れな~い」

 

 ルフィ達はオカマの繰り広げるショーに心奪われる。

 ゾロとナミ、アキトの3人は嘆息するしかない。

 ビビは困惑の声を上げている。

 

「「「「ジョーダンじゃなーいわよーう!ジョーダンじゃなーいわよーう!」」」」

 

 終いには互いに仲良さげに肩を組むルフィ、ウソップ、チョッパー、オカマの3人と1匹

 終いにはオカマ口調で喋りながら、踊りに踊り始めた。

 

「やってろ……」

 

 ナミは最早頭が痛いとばかりに呆れた表情を浮かべる。

 

ほんとそれ

 

 アキトもナミと同じく呆れた様子でため息をつくしかなかった。

 

 

 

 その後オカマ男の仲間達と無事合流し、驚愕の真実を告げメリー号を去っていった。

 あのオカマこそがB・W(バロックワークス)のオフィサーエージェント、Mr.2・ボン・クレーであったのだ。

 

 ビビ曰くMr.1とMr.2のペアには遭遇したことは無かったらしい。

 

 Mr.2の特徴は大柄のオカマにしてオカマ口調

 愛用するは白鳥のコート

 そのコートの背中に大きく記されるはオカマ(ウェイ)

 これらがビビが知り得るMr.2の特徴であるらしい。

 

「「「まんまじゃねーか」」」

 

 ルフィ、ウソップ、ゾロからのビビに対するへ総ツッコミが炸裂する。

 

 ビビは先程Mr.2が見せた老若男女の他人の顏の中に自分の父であるアラバスタ王国の国王、コブラの顏もあったことに冷や汗を流す。

 

 奴がB・W(バロックワークス)の一員であるならばこれは由々しき事態だ。

 B・W(バロックワークス)の最終目標がアラバスタ王国の乗っ取りであることを考えるならば国王の顏の使い様は幾らでもあるだろう。

 

 加えて、先程自分達の顏も奪われた。

 B・W(バロックワークス)と全面戦争を迎えるならばこれ程面倒なことはない。

 

 "マネマネの実"の存在は仲間内で疑心暗鬼を生み、単独行動を大きく制限されてしまう可能性を秘めている。

 先程まで共に行動していた仲間が敵で背中から一突きという事態にも陥りかねない。

 

「だが、B・W(バロックワークス)の奴らと遭遇する前にMr.2の能力を知ることができたのは好都合だ。これで対策を立てることができる」

 

 ゾロが得意げにそう述べる。

 

「この目印を各自自分の左腕の手首に記し、テーピングで覆ってくれ」

「よーし、これから先アラバスタ王国で何が起きようがこの目印が…」

 

 

 

『仲間の印だ』

 

 ルフィ達は円陣を組むように甲板上にて左腕を突き出す。

 この左腕の印こそが仲間の証

 

「……よし、じゃあ上陸するぞ」

 

 

 

 

 

「……メシ屋に!あとアラバスタ」

「アラバスタはついでかよ」

「今くらいはカッコ良く締めようぜ、ルフィ?」

 

 そんなルフィに対してゾロとウソップの2人は嘆息するしかない。

 こうしてルフィ達はアラバスタ王国の港町『ナノハナ』へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 港町『ナノハナ』の岸辺にメリー号を無事停泊させたルフィ達

 

 船長であるルフィは『ナノハナ』に着いた途端、我先にとメシ屋へと駆け出していったためこの場にはいない。

 もう少し船長であるルフィには危機感というものを持って欲しいとゾロ達は切実に思う。

 

 また、リトルガーデンにて遭遇したMr.3の船を沿岸に見つけ、『ナノハナ』に辿り着く前には遠方にビリオンズの船も多数確認した。

 このことから今やアラバスタ王国にはB・W(バロックワークス)の幹部とその部下達が集まってきていることを物語っている。

 

 そんな中残されたゾロ達は港町である『ナノハナ』の外れにいた。

 ゾロ達は食事、ナミとビビの2人はサンジが選んだ服装に身を包んでいる。

 

「こういうの好きよ、私!」

「でもサンジさん、この服装って踊り子の衣装なんだけど……」

 

 ビビが遠回しにサンジに苦言を申し立てる。

 確かに彼女の言う通り今彼女達が来ている服装は露出が激しく、サンジの趣向が全面に表れていた。

 

 お腹は露出し、胸もかなり露出している。

 これでは変装どころの話ではなかった。

 

「で、でも砂漠を歩くにはこの服装だと……」

「大丈夫、大丈夫。もしもの時は俺がビビちゃん達を運んであげるから♡」

 

 聞く耳持たずのサンジ

 明らかにナミ達の服装を選ぶ人員の選択ミスであった。

 

「は、はは……」

 

 ビビはそんなサンジの様子に苦笑いを浮かべることしかできない。

 

「ふふーん、アキトどう?」

 

 対して自らの肢体を惜しげもなく晒し、アキトに見せつけるナミ

 ナミの目の前にはゾロ達と共に食事をしていたアキトがいた。

 

 アキトは無言で親指を力強く突き出し、全面同意の意を表す。

 先程オカマのあの奇抜な存在を目にしたアキトの目が浄化されていく。

 

「は、鼻が曲がりそうだ……」

 

 『ナノハナ』の香水には刺激が強すぎるものがあり、チョッパーはその匂いに苦しめられていた。

 

「ふふーん、これとか?」

 

「ウオオッー!?何やってんだ、お前ッ!?」

 

 ナミはわざとチョッパーの目の前で香水を振りかける。

 そんなナミの頭にアキトは手刀を落とすのであった。

 

 これでアラバスタの砂漠を越えるための物資は整った。

 ゾロ達はルフィがこの場に戻り次第即刻出発することを決意する。

 先ずは反乱軍の暴動を止めるべく反乱軍のリーダーが在住する本拠地である『ユバ』を目指す。

 

「それよりも何かさっきから広場の方が騒がしくないか?」

「海賊でも現れたのかしら……?」

 

 ゾロが思案気に壁越しに町の中を覗けば……

 

「逃がすなーっ!」

「追えーっ!」

 

 我らが船長であるルフィが海軍に追い回されていた。

 

 ルフィは自ら騒ぎを起こし、此方へと持ってくる体質らしい。

 たちが悪いことに本人はそのことに無自覚である。

 

「そこにいるのか、ゾロッ!?」

「何ィーッ!?」

 

 しかもルフィは獣の本能とも呼べる嗅覚で此方の存在に気付いてしまった。

 海軍の追っ手を引き連れて此方へと考え無しに突っ込んでくる。

 

「手前ェ、こっちを巻き込むな!?」

「逃がさん!"ホワイト・ブロー"!!」

 

 ルフィに迫るは白煙の拳

 自然(ロギア)系の能力者の拳がルフィへと迫る。

 

「"陽炎(かげろう)"!」

 

 突如、ルフィを守るが如く炎が現れる。

 その炎はまるで意思を持っているように一人の男の元に集まっていった。

 

「エ、エースッ!」

 

 ゾロ達は買い揃えた物資を手に即座にその場から駆け出す。

 "エース"と邂逅したルフィ達はその場から一目散に逃げだし、メリー号へと帰還していった。

 

 

 

「……できの悪い弟を持つと心配なんだ。大変かもしれないがこいつのこと頼むよ」

「次に会う時は海賊の高みだ」 

 

 

「"火拳(ひけん)"!!」

 

 

「来いよ、ルフィ。海賊の"高み"へ……」

 

 その後、ルフィの兄であるエースは奇妙な置き土産を残し、颯爽と去っていった。

 

「嘘よ…嘘…。あんな常識溢れる人がルフィのお兄さんなんて……」

「はー、分かんねーもんだな」

「兄弟って素晴らしいんだな……。俺感動したっ!」

「ちょっと、皆、言い過ぎじゃ……」

「おい、ルフィ。お前もお兄さんくらい常識を弁えて行動してくれ」

「んー、何だって、ウソップ?だっはっはっはっはっは!」

 

ほんとそれ

 

 ゾロ達はルフィの兄であるエースを褒め称える。

 チョッパーは感動の余り涙を流している。

 ビビはゾロ達のその余りの言い様に困惑の声を上げていた。

 

 

 

 その後、ルフィ達はサンドラ河を抜け『緑の町エルマル』に到着する。

 最寄りの岸辺にメリー号を停泊させたルフィ達

 

 今この場にいるのはカルーを除いた全員だ。

 カルーは先程ビビの父である国王宛ての手紙を主人から受け取った伝書を届けるべく一足先にアラバスタ王国へと先行している。

 

 カルーの目的地は『アルバーナ』

 その伝書にはビビとイガラムさんの2人がこれまで調べ上げたクロコダイルとB・W(バロックワークス)の陰謀の全てが記されている。

 

 ビビはカルーならば無事に父のコブラに手紙を届けることができると確信し、自身も気合を入れなおす。

 

 全ての準備が全て整った。

 各自がそれぞれ荷物を手に持ち、次なる目的地『ユバ』へと向かう。

 

 踊り子衣装であったナミとビビの2人は砂漠の気候に備え、上着を羽織る。

 サンジは一人寂しく、隅っこで悲しみの涙を流している。

 

 見ればウソップが"クンフージュゴン"と呼ばれる珍妙な生物にボロカスに敗北していた。 

 ウソップの状況を見兼ねたルフィが動物相手にルフィは躊躇無く拳を振り下ろり、勝利する。

 

 見れば負けた相手に弟子入りする掟に従ったクンフージュゴンが何時の間にか数十匹仲間として加わっている。

 皆がルフィの指導の下ファイティング・ポースを取っていた。

 

「違う!構えはこうだ!」

「「「「「「クオーーッ!!!」」」」」」

 

 その後、こんな大所帯で行動していては目立ってしまうため食料を交渉材料として提供し何とか手を引いてもらうことになった。

 

 ルフィ達の次なる目的地は反乱軍の本拠地である『ユバ』

 

 

 

―しかし、ルフィ達が順調に行動する一方でB・W(バロックワークス)の幹部達も続々と集結していくのであった―



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潰えたオアシス・『ユバ』

 砂漠へと足を踏み入れたルフィ達

 その歩みを邪魔する者など存在せず、彼らは順風満帆な様子で『ユバ』へと進んでいた。

 

「アー、重い上に熱い。畜生……」

「ジャンケンに負けた敗者は黙って俺達全員分の荷物を運べ」

「ア~、畜生、熱い……」

 

 今は唯の荷物持ちに成り下がっているルフィが呻き声を上げる。

 全ては荷物持ちを賭けたジャンケンにて敗北したルフィの自業自得に他ならない。

 

 ゾロ達は荷物持ちのルフィよりも一歩先を歩き、会話に花を咲かせている。

 アキトもその一人であり、チョッパーを頭に乗せながら会話を楽しんでいた。

 

「チョッパー、どうだ?少しは気分は楽になったか?」

「ああ、だいぶ楽になってきた。ありがとう、アキト……」

「俺の能力を遣えばこの砂漠の熱さと太陽光を多少は緩和することができるからな」

「でも今のアキトの体調を考えたらやっぱり無理してるんじゃ……」

 

 アキトの身を案じ、チョッパーはアキトの顏を本人の頭上から文字通り見下ろす形で伺う。

 チョッパーの指摘は的を得ていたが、この程度でアキトは弱音を吐くわけにはいかなかった。

 

 これから先の航海でワポルなど比較にならないレベルの実力者が現れた際にあの力は必ず役に立つ。

 あの力を遣いこなすためにも普段からジカジカの実の力を体に馴染ませておく必要がある。

 その為にもアキトは無理をしてこの猛暑の中でも能力を発動していた。

 

「大丈夫だ、チョッパー。これぐらいどうということはない」

「うっ、分かった。だけど少しでもキツかったら遠慮なく俺に言ってくれよ」

「分かったよ、ドクター」

 

 チョッパーはアキトに"ドクター"と呼ばれたことに嬉しさを隠せず、アキトの頭の上で上手く踊っている。

 

「ねえ、もしかしてアキトの周囲ってアキトが能力を遣っているからかなり涼しいの?」

 

 そう尋ねてくるはナミ。

 彼女の表情からは好奇心と期待の色がありありと見て取れる。  

 

「気休め程度だけどな。……入りたいのなら入っていいぞ」 

「じゃあ失礼して……。想像以上に涼しいじゃないのよ、アキト!」

 

 そうなのだろうか。

 この砂漠を歩き始めた当初から能力を行使していたために余り実感が沸かないが。

 

「ビビも入りなさいよ!アキトの周りかなり涼しいわよ!」

 

 ナミは興奮が最高潮に達したのかビビも此方に来るように誘う。

 

「えっと、それでは私もそちらに行っていいですか、アキトさん?」

 

 躊躇い気味に此方にチラチラと確認の視線を送ってくるビビ

 好奇心を隠せない様子だ。

 

どうぞ、どうぞ

 

 ビビはいそいそと此方に近付き、お互いの肩がくっつきそうな程の距離に迫る。

 

「あっ、確かに涼しいですね」

 

 ビビもアキトの能力の有用性をその身を持って体感したのか感嘆の声を上げる。

 

 これでアキトの周囲は一気に暑苦しいものになった。

 右側にはナミ、左側にはビビという形でアキトは砂漠の大地を踏みしめる。

 

 瞬く間に人口密度が上昇した。

 予想外に熱い、その一言に限る。

 

 サンジからは殺意を内包した鋭い視線を感じ、ウソップは揶揄うような視線を此方に飛ばしてくる。

 ゾロは我関せずといった様子であり、ルフィは後方で今なお呻き声を上げている。

 ナミとビビは余程アキトの周囲が気に入ったのか自分から離れようとはしない。

 

 チョッパーは頭の上でバタンキューしている。

 言わずもがなカオスな状況の出来上がりである。

 

どうしてこうなった

 

 誰かこの混沌とした状況を打開してくれ。

 アキトは心の中でそう切に願う。

 

 

「おお─!前方に休憩できそうな岩場発見!」

 

 朦朧とする意識の中でアキトはウソップの救いの声を聞いた。

 

「何──!?本当かっ!?休憩タイムだっ──!!」

 

 ウソップからの朗報を聞き、目の色を変えるルフィ

 先程までの覇気の無さを霧散させ、即座にルフィは前方の岩場まで移動する。

 

 先程までのルフィの弱々しい様子が嘘のよう速度で岩場まで辿り着いたルフィはその場で寝転がる。

 

 そんなルフィにゾロ達は呆れるしかない。

 だが、ルフィはすぐさま岩場から駆け戻ってきた。

 

 尋常ならざる様子で血相を変え、ルフィは此方に一気にまくし立ててくる。

 

「大変だ!岩場に瀕死の鳥達が倒れてる!?」

「……鳥?」

「ちょっと待って、ルフィさん!?その鳥ってまさかっ……!」

 

 ビビの言葉に従いルフィ達は岩場に戻るも岩場には荷物が綺麗さっぱり無くなっていた。

 倒れていた鳥達の姿も見受けられない。

 

 全てがもぬけの殻だ。

 

「おいおい、これは一体……?」

「多分、"ワルサギ"の仕業よ……」

「"ワルサギ"……?」

 

 ウソップが首を傾げ、疑問の声を上げる。

 見ればウソップ以外の全員がビビの次の言葉を待っている。

 この惨状の犯人の全容を知りたくて仕様がないようだ。

 

 ビビは重々し気な様子で口を開く。

 

「ワルサギは巧みに旅人を騙して荷物を盗む"砂漠の盗賊"よ。ごめんなさい、事前に伝えておくべきだったわ……」

「怪我した振りをっ!?何つゥー鳥だよっ!?そりゃサギ(・・)じゃねーかっ!?」

 

ほんとそれ

 

 周囲を見れば誰もがこの炎天下とした気候の影響を受け冷静な判断力を失っている。

 普段女性関係以外ならば頼りになるはずのサンジがルフィに食って掛かっている。

 頭ではどうしようもないことであると理解しながらもその怒りの矛先をルフィに向けるしかないのだろう。

 

「3日分の食料と水を鳥なんぞに取られただとっ!?何やってんだ、手前ェはっ!?」

「しょうがねーだろ!?騙されたんだからっ!?」

「手前ェの頭は鳥以下かっ!?」

「何を──っ!?」

 

 口々に口論し合うルフィとサンジの2人

 互いに内から沸き上がる怒りの矛先をお互いに向け合うことしか出来ない。

 

 広大なこの砂漠で食料と水を失うことは自殺行為であり、生死を分かつ死活問題に他ならない。

 ゾロはそんな2人を諌め、ルフィとサンジが渋々怒りを抑え、ルフィが何気なく前方を見ると……

 

 

 ワルサギ達が悠然と佇んでいた。

 

 奴らはルフィから奪ったバッグをその身に担ぎ、これまた得意げな顔で水をぐびぐびと飲んでいる。

 

「あいつらだァアア──っ!!」

『ゴァァア──♪』

 

 何ともまあ、殺意の沸く顏をしている、アキトは猛暑で意識を朦朧とする中思う。

 

 ワルサギ達は一目散にその場から走り去る。

 正に立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりのすがすがしい程の逃げ足だ。

 

「……待て。俺達の荷物をどこに持っていくつもりだ」

 

 しかし、アキトはワルサギを逃がすつもりなど毛頭ない。

 

 アキトを中心に微風が周囲に吹き荒れる。

 見えざる不可視の力が今なお笑いながら逃げるワルサギ達へと即座に迫った。

 ワルサギ達はアキトの能力によって強制的に引き寄せられ、宙にて身動きを封じられる。

 

 奴らは為す術も無く足をバタつかせることしか出来ない。

 抵抗、反抗、逃亡、全てが無駄無駄ァである。

 アキトに目を付けられたワルサギ達はもう駄目みたいである。

 

「うおおおぉおおぉ──、流石アキト!」

「ナイスだぞ、アキト!」

 

 拍手喝采を行うルフィ達

 

 チョッパーも興奮の余りアキトの頭の上で手を動かしまくっている。

 その度に自身の頭部に当たるチョッパーの手が地味に痛かった。

 

「……今のうちに早くあのワルサギ達を捕まえてくれ。能力をこのまま行使し続けるのも今の状態ではキツイ」

 

 アキトは興奮の波から抜け出さないルフィ達に苦言を申し立てる。

 流石に能力を発動し続けるのは今の自身のコンディションを考慮するとかなりキツイものがあった。

 

「ありがとう。アキトさん!一時はどうなることかと!」

 

 ビビは感極まった様子でアキトの背中へと思い切り腕を回し、抱擁する。

 余程嬉しかったのかアキトを抱きしめる両腕に込められる力に迷いは無い。

 

 アキトは煩悩を表情におくびにも出すことなく、ビビの豊かな果実を存分に味わった。

 真横からナミの刺すような視線は敢えて無視した。

 

 ルフィ達の不幸は止まることを知らず、サンドラ大トカゲがルフィ達を襲うもそのトカゲはルフィ達の昼食となった。

 

「トカゲに何もそこまで……」

「流石にあのトカゲに同情しちゃうわ……」

 

 サンドラ大トカゲの余りの諸行無常さにナミとウソップの2人は涙を流した。 

 チョッパーはルフィ達が肉を食べる傍ら、救出したラクダと意思疎通を行う。

 

「『俺を助けてくれてありがとう。乗っけてやってもいいが俺は女性しか背に乗せない派だ』って言ってる」

「こいつ生意気だぞ!」

「誰がお前をあのトカゲから救い出したと思ってんだ!」

「調子に乗ってんじゃねーぞ、この野郎が!」

 

 ラクダはルフィ、サンジ、ウソップによりボコボコにされ、ボロボロの状態へと早変わりした。

 

「やめなさい、あんた達!この子が可哀想じゃない!」

 

 ナミは多勢に無勢な状況でラクダをボコるルフィ達を戒める。

 ルフィ達は渋々といった様子で怒りの矛先を抑める。

 

「『しかもそこの男は両手に花かよ、良いご身分だな。カーペッ!』とも言ってる」

 

 しかし、ラクダの口撃が止まることはなく、その口撃の標的を今度はアキトへと変えた。

 チョッパーは知らず知らずのうちにラクダの寿命を縮める後押しをしてしまう。

 

 アキトの表情は恐ろしい程に無反応であり、無表情

 これまで怒った様子を見せたことがないアキトが怒っているのであろうか。

 

「……」

 

 今のアキトは静かに眼前のラクダに怒りに似た感情を覚えていた。

 

 アキトは無言で右手の掌を垂直に伸ばし、頬横にて指先を空へと向ける。

 アキトの紅き瞳は静かに怒りの炎を燃やしていた。

 今のアキトはこの砂漠の炎天下とした過酷な気候と蓄積した疲労が影響しているのか、普段よりも上手く感情を抑えられそうになかった。

 

「ねえ、ちょっと待って、アキト?その手で何するの……?」

 

 ナミは少し怯えた様子を見せながらアキトへと申し立てる。

 見ればアキトの手の周囲はアキトの能力なのか微風が渦巻き、今にもその矛先がラクダへと向かおうとしている。

 

 ナミが焦った様子でアキトの袖を握る。

 だが、今のアキトはナミに構う余裕など余りなかった。

 

 

砂漠と化してゆくこの大地のど真ん中に、お前の墓を立ててやろう。

 

 

「『おっ、お前だけは特別に乗せてやってもいいぞっ……!?』っと焦った様子で言ってる」

 

 ラクダは冷や汗ダラダラな様子で先程の発言を撤回する。

 顔面は蒼白であり、足は震えている。

 

「ねっ!?このラクダもそう言っていることだし!?」

 

 ナミもあたふたと焦った様子でアキトを宥める。

 今のアキトを煽ってはいけないことはナミは理解していた。

 

「……」

 

 ナミの必死の説得が功を奏したのかアキトは静かに手を降ろす。

 

 どうやら自分も想像以上にこの砂漠の熱さにやられていたらしい。

 アキトは直情的になりかけた自身を恥じ、猛省する。

 

 前方ではビビがラクダの手綱を握っている。

 ラクダは未だにアキトにビビりまくっているが

 

 

「よし、これで3人乗ったわね」

「それにしても私が手綱を握っていてもいいんですか、アキトさん?」

「まあ、たまには自分が背負われるのも悪くない」

 

 ビビ、アキト、ナミの順でラクダに跨る。

 アキトとナミは足を横に投げ出す形で腰を下ろしていた。

 

「それ行け、マツゲ!」

「ヴォッ!」

「あのナミさん、マツゲと言うのは……?」

「この子の名前よ?良いと思わない?」

「う、うん、素敵な名前だと思うわ」

 

 マツゲは瞬く間にルフィ達の姿が彼方へと消えていく。

 

「ちょっと待て──っ!」

「俺達を置いていくな──っ!」

「おーい、ちょっと?」

 

 取り残されたルフィ達はただ呆然とナミ達を見送ることしか出来なかった。

 マツゲに背負われたビビ一行は一足早く『ユバ』へと向かうべく砂漠の道を突き進む。

 

 ビビが手綱を握り、最後部に座るナミは後方のルフィ達を望遠鏡にて見据える。

 2人に挟まれる形で座っているアキトは先程から一言も喋らない。

 

 そんなアキトの様子を怪訝に思うナミとビビ

 2人の視線に晒されながらもアキトは変わらず返事を返すことはない。

 安否を問うべくアキトの肩を揺さぶるべきか逡巡するナミにアキトがもたれかかる。

 

「……アキト?」

 

 見ればアキトはナミの肩を枕代わりに寝息を立てていた。

 肩を静かに上下させ、アキトは深い眠りについていた。

 

 余程疲労を抱えていたのかアキトは彼女達の声に反応することはない。

 今なおアキトはナミに力なくしなだれかかっている。

 

「……今は寝かせておきましょうか」

「そうですね」

 

 アキトはドラム王国でかなり無茶をしたと聞いている。

 Dr.くれはから身体に外傷は無くとも、アキトの身体はボロボロの状態であることも伺っている。

 

 加えて、砂漠に入って以降もアキトは能力を行使し続けていた。

 疲労が蓄積していないわけがない。

 

 アキトがドラム王国でどんな無茶をしたのか自分は知らない。

 だが、アキトが自分の治療費代わりに戦ってくれたことは知っている。

 ならば今自分はアキトが快眠を取ることができるように心掛けることをナミは決意した。

 

 思えば先程のアキトもどこか普段のアキトらしくなかった。

 想像以上にアキトは無理をしていたのだろう。

 

「……」

 

 ナミは優し気な表情を浮かべながらアキトの前髪をかきあげ、無防備なアキトの寝顔を見詰める。

 

 アキトがマツゲから滑り落ちることがないように軽く抱きとめることも忘れない。

 ナミは此方にもたれかかるアキトの身を掻き抱くように己の胸にアキトの顏を誘導した。

 

 やはりアキトは細身なわりに筋肉質な体をしている。

 長年に渡る鍛錬の成果が如実に伺えた。

 

 この身体で自分の故郷であるココヤシ村を支配していたアーロンを撃破したのだと考えると何か感慨深いものが込み上げてくる。

 

 勿論、アキトの意識が無いこの瞬間にアキトの筋肉を堪能することもナミは忘れない。

 アキトを掻き抱く傍らナミはアキトの筋肉を触り続けた。

 手綱を握り、進路を取るビビはナミの行動に気付くことはない。

 

 こうして昏睡するアキトを乗せたマツゲは一足早く『ユバ』へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィ達はようやくアラバスタ王国・『ユバ・オアシス』へと辿り着く。

 

「アキト、『ユバ』に着いたわよ」

 

 ナミの声を聞き、アキトは深く沈んでいた意識を覚醒させる。

 

 アキトが眠たげな瞼を開けた先にはナミの端正に整った顏が映る。

 ナミの整った睫毛の一本一本だけでなく、ぷっくらと膨らんだ綺麗な桜色の唇まで見ることが出来た。

 そして、ナミは現在自分を抱きしめている状況であるためナミの匂いを直に感じる。

 

 加えて、現在自分が頭を置いているのはナミの豊かな女性の象徴である大きな果実

 その感触がダイレクトに自分に伝わってくる。

 

 先程からナミの魅惑的な肢体が直に触れ、偶然に偶然が重なることによって生まれた奇跡的な状況が生まれていた。

 合法的にこの至福の時を享受したアキトは最高の目覚めを遂げる。

 

「あと、5時間……」

「馬鹿言ってないさっさと起きて、アキト」

 

 ナミは恥ずかしさの余り頬が紅潮させる。

 気恥ずかしいのせいかナミはルフィ達の方を直視するが出来なかった。

 

 こうしてアキトは渋々ナミから離れ、マツゲから降りることになった。

 

 

 

 目的地『ユバ』

 

 既に周囲の大気の温度は氷点下まで落ち、寒気が肌を容赦無く襲う。

 砂漠の昼夜間の温度の差は激しく、誰もがその砂漠の猛威に苦しめられることになった。

 

 だが漸く目的地である『ユバ』にルフィ一行は辿り着くことができた。

 疲労困憊の身でありながらもルフィ達は前方の『ユバ』と思しき場所を見据える。

 

 しかし、様子がおかしい。 

 

 砂嵐が『ユバ』を襲っていた。  

 地響きが『ユバ』の大地を大きく揺らし、砂嵐が目先の光景さえ見通すことが困難な状況を作り出している。

 

 オアシスとまで呼ばれた『ユバ』は酷く崩壊し、人っ子一人いない状態である。

 『ユバ』は既に崩壊寸前の状態と言っても過言ではなく、辺り一面が荒れに荒れ果てていた。

 

「そ、そんな『ユバ』が……」

 

 ビビはそんな凄惨な状態の『ユバ』の実態に驚愕を禁じ得ない。

 

「おいおい、辺り一面が砂に埋もれているぞ」

 

 困惑しながらもビビ達は歩を進める。

 

 木は無残にも枯れ、地面は砂に埋もれている。

 周囲の建物は崩れ、空気は死んでいた。

 

「旅の方々かね。すまんな……。この町は既に死んでいる。だが宿なら幾らでも空いているからゆっくり休んでいくといい」

 

 眼下を見下ろせばとある一人の老人が懸命にスコップを地面へと突き立てていた。

 

 身なりはボロボロの状態であり、スコップを握る手は弱々しい。

 見るに疲労困憊の状態だ。

 

 その老人は語る。

 

 砂嵐の猛威はここ3年の間止まることはなく、この『ユバ』の地を蝕んでいったのだと

 物資の流通も滞ってしまった地に反乱軍が在留する理由など存在しない。

 故に、既にこの『ユバ』に反乱軍はおらず、彼らは次なる本拠地である『カトレア』に身を移したのだと

 

「どうすんだよ、ビビ……?」

「そんな、じゃあ私達は一体何のためにここまで……」

 

 皮肉にも『カトレア』とは『ユバ』へ渡るために物資を買い込んだ『ナノハナ』の隣に位置するオアシスのことだ。

 ルフィ達は完全に無駄足を踏んでいた。

 

ビビ(・・)?今、ビビと言ったか?」

 

「ビビちゃんなのかね…?私だよ!分からないか!?」

 

 次の瞬間、その老人は鬼気迫る表情にてビビへと声を掛ける。

 戸惑いの声を上げるビビの肩に乗せている手に力はなく、ビビは困惑することしか出来ない。

 

「まさかトトおじさん……?」

 

 ビビはだいぶ瘦せてしまっているがあのトトおじさんであることを確信する。

 

いや、だがこの変わり様は一体……?

 

「そうだよ……。生きていたんだね、ビビちゃん。良かった、良かった……」

 

 その場でひざを折り、泣き崩れるトトおじさん

 ビビは時の経過という名の残酷なまでの変化に言葉が出てこなかった。

 

 

―既にアラバスタ王国はビビの思惑から大きく外れ、残酷なまでの破滅へのレールを歩いていた―




まあ原作の長門も"地爆転星"を使った後は吐血し、疲労困憊の様子でしたしこれぐらいの代償わね?


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七武海 サー・クロコダイル

 人が次第に朽ちるように、国もまた滅び行く。

 世界に悠久な物など存在せず、そこに唯一の例外も存在し得ない。

 

 だが今やアラバスタ王国は強大な権力と力を有するとある組織により逃れようのない破滅のレールを歩いていた。

 

 否、全てはある一人の男の掌の上で人為的な破滅のレールを強制的に歩かされていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…つまりこれまでの俺達の任務の全てはその壮大な計画のためだったというわけか。」

 

 此処は人々が一攫千金を夢見る人々が集う"夢の町"『レインベース』。

 『レインベース』の真ん中にそびえ立つこの町最大のカジノである"レインディナーズ"、その一室だ。

 

 そして今日、この日、この場所でB・W(バロックワークス)の幹部達が集合していた。

 

「その通りだ。作戦名『ユートピア』。遂に、このアラバスタ王国には滅んでもらう時が来たのだ。」

 

 座するは七武海の一角であるサー・クロコダイル。

 Mr.0にしてこのB・W(バロックワークス)のボスである。

 

「無論、失敗は許されん。これが我がB・W(バロックワークス)社の最後にして最大の『ユートピア作戦』。決行は明朝7時。」

 

 

 

『了解』

 

 

 

「武運を祈る。」

 

 今、此処でアラバスタ王国にて暗躍するB・W(バロックワークス)社が最後にして最大の狂気の作戦を始動させた。

 

 

 

 

 

 

 

「その""ユートピア作戦"、ちょっと待って欲しいのだがね。」

 

 だがその場に水を差す者が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃ルフィ達は……

 

『いたぞー、麦わらの一味だー!!』

 

 絶賛、海軍からその身を追われていた。

 ユバから旅立ち、漸く此処へと辿り着いたというにも関わらずだ。

 

「お前らはトラブルしか持ってこねェーのか!?」

「トニー君がいないわ!」

「大丈夫だ。自分で何とかするだろ。」

「もうヤダぁ…。何でこんなにも海軍から追われなきゃいけないのよ…。」

 

 後方から迫る海軍から逃れるべくゾロ達は必死に足を動かす。

 ナミはグズグズと泣いてしまっている。

 

 本当にルフィはトラブルしか持ってこない。

 一瞬でも目を離せば即座にトラブルと友達となって帰ってくる。

 

「仕方ない、このまま突っ切るぞ!」

 

 ゾロは周囲で確認するように此方の顏と手に持つ紙とを見比べる男達を発見する。

 恐らくB・W(バロックワークス)の連中に自分達の顏が既に行き渡っているのだろう。

 

「目的地は勿論、クロコダイルがいる場所だ!」

「皆、見て!目の前のあの建物がクロコダイルが経営するカジノである"レインディナーズ"よ!」

「あそこにクロコダイルがいるのか!?」

「ええ!」

 

 ルフィの問いかけに肯定の意を示すビビ。

 

「…だがそれよりも俺達は散った方が良いな。」

「確かに…。」

「よし!それじゃあ、後で…!!」

 

 

 

『"ワニの家"で会おうっ!』

 

 ルフィの言葉と共にゾロ達はその場から周囲へと散開する。

 

 

 

「アキトはビビと一緒に!」

「ビビと…?」

B・W(バロックワークス)の連中に顔が割れていない人の中で実力と機動力を備えているのはアキトだけよ!アキトはビビの傍にいてあげて!」

 

 確かにナミの言う通りだ。

 ナミの言葉に肯定の意を示したアキトは即座にビビの傍に駆け寄る。

 

「…アキトさん?」

「ビビは俺と一緒に行動だ。」

「…!よろしくお願いします、アキトさん!」

 

 アキトが自分と共に行動してくれることを理解したビビは嬉しさと安心を内包した笑顔を見せる。

 実に頼もしい相棒だ。

 

 こうしてアキトとビビは共に行動することになった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、舞台は再び夢の町『レインベース』へ。

 

 この町最大のカジノである"レインディナーズ"、その一室には今、招かれざる珍客が訪れていた。

 

社長(ボス)、…私は再び貴方から任務遂行のチャンスを貰うべくこの場に赴いたのですガネ。」

 

 包帯をその顏に巻き付け、物申すはMr.3。

 スパイダーズ・カフェから幹部達に気付かれないように後を付けていたのだ。

 

「…チャンスだと?それに任務遂行し切れなかったとはどういうことだ、Mr.3?」

 

「いや、ですから麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしてしまったことを…」

 

「は?」

 

 社長(ボス)の凄まじい眼力に怯え、後退してしまいそうになるもMr.3は何とか立ち止まる。

 

「てめぇ、リトルガーデンで王女ビビを含む麦わらの一味全員を始末したと電伝虫で報告したじゃねぇか?」

 

「で…電伝虫?何の話ですカネ?私は"リトルガーデン"で電伝虫は使っていませんガネ…?」

 

「…何…!?」

 

 生じる食い違い。

 両者は互いに押し黙る。

 

 これは一体どういこうことだろうか。 

 

 

 

 

 

 

 

「……成程、そういうことか。アンラッキーズが執拗に口を割らなかったのも、リトルガーデンから帰ってこないのもそういうことだったのか。」

 

 クロコダイルは嘆息しながらもその場に座り込む。

 全てを理解したとばかりに。

 

 Mr.3の自白で確信した。

 頭の切れる何者かが、裏で暗躍している。

 麦わらの一味の何者かが此方に自分達の情報をリークされないように動いているのだと。

 

 それも天へと羽ばたく翼を有し、それなりの戦闘能力も有したアンラッキーズを即座に無力化できる何者かが。

 

「麦わら…。…ねぇ、ちょっと待って、ゼロちゃん。もしかしたらだけど、あちしそいつらに遭ったかもしれないわよ…?」

 

「…何だと?」

 

 煙草の煙を口から吐きながら、クロコダイルはMr.2へと向き直る。

 

「こいつにっ!」

 

 現れるはルフィの顏。

 

「こいつにっ!」

 

 次はゾロ。

 

「こいつにっ!」

 

 そしてウソップ。

 

「こいつでしょ!?」

 

 最後にチョッパーの顏をマネし、Mr.2はルフィ達の顏をリークしていく。

 

「はぁ、まいったぜ…。顔が割れているのは3人とペット一匹。それに王女ビビを含めれば4人と一匹か…。」

 

 だが当然、それで全員ではないだろう。

 

「Mr.2、今見せた顏以外でマネ損ねた奴はいるか?」

 

「えっと確か…、オレンジの髪の女に、黒髪に紅玉の瞳の男がいたわよ!」

 

 成程、Mr.2がマネ損ねた奴を含めれば、麦わらの一味は6人にペット一匹ということになる。

 だがクロコダイルはあらゆる事態に対処すべく、それ以上の仲間がいる可能性を想定する。

 

「だが妙だな…。Mr.2、何故、その2人の顏はマネ損ねた?」

 

 顔の特徴を知っているにも関わらず何故その2人をマネ損ねたのか。

 クロコダイルは純粋な疑問をMr.2へと投げ掛ける。

 

「それが私の能力をお披露目した途端、私の手を避けちゃったのよね。」

 

 今思えばそれは妙な事であった。

 自身の能力の恐ろしさを直ぐに理解したと言わんばかりにあの男は即座に対処してきたのだ。

 

「最後の質問だ、Mr.2。お前の手を先に避けたのはどっちだ?」

 

「えっと、確か黒髪の紅めの瞳の男が私の手を避けて、その後にオレンジ髪の女を引っ張っていたわ。」

 

 成程、どうやらその黒髪に紅玉の瞳の男が今回のMr.3との意見の食い違いを生み出す原因を担ったということか。

 アンラッキーズの口止めを行ったのもその男であるのかは依然として謎だ。

 クロコダイルはその男の警戒レベルを引き上げた。

 

「全くやってくれるぜ。」

 

 これでは自身の計画に綻びが生じてしまう可能性が出て来る。

 クロコダイルは人知れず嘆息し、椅子に深く座り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、クロコダイルは必要とする時に遣えない無能な部下をカラッカラのミイラ人間と変化させ、眼下のワニの巣窟へと落とし、ワニの餌の肥やしとした。

 

 任務を遂行するべくこの場から立ち去る部下に激励の言葉を送り、クロコダイルは一人静かにほくそ笑む。

 

 そしてクロコダイルを打倒すべくこの場に突撃してきたルフィ達が檻に閉じ込められるのもそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 舞台はまたしても移り変わる。

 此処は夢の町『レインベース』の何処。

 

 周囲には先程から男達の悲鳴と肉がひしゃげる音が響いている。

 血と命乞いの叫びの交響曲を添えながら。

 

「げへへ、王女ビビ、お前を殺すように言わべ…っ!?」

「何だ、お前ば…っ!?」

「この数の差で本当に俺達に勝てると思っ…ぶべらっ!?」

「がはは、さあ死で…っ!?」

「ひいぃぃぃ!ちょっと待っ…!?」

 

 聞く耳持たず。

 一方的な蹂躙劇が終始その場で続く。

 その汚い声と顏を此方に近付けるな。

 

 ビビと共に行動するアキトはB・W(バロックワークス)の手先を即座に無効化する。

 

 時に顔面を踏み潰し、時に裏拳で遠方へと弾き飛ばし、時に踵落としで地面にめり込ませ、時に回し蹴りで顔を陥没させ、時に銃と刃物を握り潰し、時には掌底を叩き込むことで周囲の下手人を纏めて壁へと埋没させる。

 

 波紋状の衝撃波が周囲に波及し、刺客達が軒並み建物の壁にクレーターと共に皆仲良く沈み込む。

 口からは大きく吐血し、身体の骨は一つの例外も無くボロボロだ。

 

 正に敵には容赦なし。

 特にアキトはビビに対して下衆な視線を投げ掛ける男を集中的にズタボロのおんぼろにする。

 これではどちらが正義なのか分からない凄惨な状況がこの場に広がっていた。

 

「これで大方片付いたな。」

「え…ええ、ありがとう、アキトさん。」

 

 ビビはアキトの容赦なさに感服するのと同時に敵とはいえ彼らに少しだけ同情してしまっていた。

 

絶対にアキトさんだけは怒らせないようにしよう

 

 ビビは密かに決意した。

 

 

 

 

 

「ふふ、驚いた。貴方、想像以上に強いのね。」

 

 そんなアキトとビビの2人の頭上から女性の声が。

 以前も何処かで聞いたことのある声だ。

 

 頭上を見上げれば褐色の美女がいた。

 女性として理想のプロポーションを誇り、起伏に富んだ肢体を惜しげもなく晒している。

 その身には胸元と太股を大胆に見せつけるモコモコの服を着込んでいる。

 

 少し露出が多すぎではないかとアキトは漠然とそう思う。

 この世界の女性達は皆、貞操観念が低いのか、それとも露出癖があるのか分からないがどうにも胸や肌を恥じらうこともなくさらけ出す傾向がある。

 これでは水着と大差ない。

 どちらにせよ目に毒であるが。

 

「貴方は…っ!Ms.オールサンデー!」

 

 見れば祖国を蹂躙した憎きクロコダイルの右腕である彼女にビビは憎悪の視線を飛ばしていた。

 

「ふふ、王女様はナイトを引き連れていたようね。」

 

 これは意外だったわね、と妖艶な笑みを口元に浮かべながら彼女、Ms.オールサンデーは肩をすくめる。

 

 だがまたしても王女であるビビの命を狙った刺客達が現れた。

 

「王女ビビ、見ーっけ!」

「随分と暴れてくれたみたいだな。」

「けけっ!お前を殺すことが俺達に下された最上級命令。」

「悪いが死んでもらうぜ、王女様。」

「ヒャッハー、血祭りじゃー!」

 

 全くしつこい連中だ。

 飽きることなくゴキブリの様にワラワラと集まってくるとは。

 

「…!」

 

 刹那、アキトは頭上からこの場に勢い良く迫り来る気配を感じ取る。

 アキトは思考するよりも先にビビを抱き上げ、前方の建物の屋上へと跳躍する。

 

 途端、眼下の刺客達が空から降り注ぐ無数の銃弾に崩れ落ちた。

 血を流し、為す術無く、その身を地に伏していく。

 

「あれは…、ペルー…!」

 

 ビビは信頼できる仲間の助太刀に喜色の色を見せる。

 前方では世界でも有数の能力である悪魔の実である飛行能力によって敵が蹂躙されている。

 

 アキト自身、空を駆け、跳躍することは能力の応用で可能だが、飛行することはできない。

 

 アキトが静かに思考している最中にビビがMs.オールサンデーによりその身を貫かれた。

 当然、自身の敬愛するビビが傷つき、激怒しない彼ではない。

 勢い良く飛翔し、Ms.オールサンデーへと突貫していく。 

 

 だが妙だ。

 今の彼女の攻撃には殺意も、上半身を貫く威力も、速度も無かった。

 なのに何故現状ビビは地に伏しているのだろうか。

 

 アキトは冷静にMs.オールサンデーの実力を推し量る。

 無論、ビビの身に怪我一つないことは分かっている。

 

 

 

「ケホッ!ケホッ!ペル?」

 

「ビビ様!?ご無事で!?」

 

 同じく宙からその身を落とされ、地に伏していたペルーが立ち上がる。

 今のは……

 

「そう、私が口にしたのは"ハナハナの実"」

 

 ハナハナの実、超人系(パラミシア)の能力者。

 能力は自身の周囲や相手に自身の手脚などの体の一部を咲かすことができる能力。

 

「体の各部を周囲に自由自在に咲かすことができる能力よ。」

 

 

 

 

 

「咲く場所を厭わない私の体は…、貴方を決して()がさない。」

 

「"六輪咲き(セイスフルール)"」

「ぐ…!?何だ、これは…!?」

 

 途端、再び突貫するペルーの身体に咲き乱れる六輪の腕。

 身動きが取れないようにあらゆる箇所を拘束している。

 

 そして静かに佇んでいたアキトの身にもその猛威は迫っていた。

 そう、アキトの身にも彼女の能力は及んでいたのだ。

 

 これはペルーとアキトの体の各部位に無数に咲かせた腕で両者を拘束し、上半身を強制的に反り返らせ、背骨を破壊する技。

 

 そして実に緩慢な動きでMs.オールサンデーは身動きの取れないペルーの顎に手を乗せ、止めの一撃を繰り出そうとした。

 

「"(パワー)"、"速さ(スピード)"、それは私の前では意味のないものよ。」

 

 ビビがペルーとアキトの危機に叫ぶ。

 ペルーも最早どうにもならないことを悟り、自身の無力さと力の至らなさに歯噛みする。

 

 この場の誰もがMs.オールサンデーの勝利を疑わない状況で……

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待った。」

 

 突如アキトが両者の間に割り込み、Ms.オールサンデーの右手の手首を掴み、強制的に自身の眼前へと振り返らせた。

 

「…あら、貴方どうやって私の拘束を?」

 

 彼女は実に面白げに、愉し気に、そして警戒と好奇心を隠せない魅惑の笑みをアキトへと向ける。

 

「Ms.オールサンデー、貴方はビビをB・W(バロックワークス)社長(ボス)の下へと連れていくことを目的にこの場に赴いたんですよね?」

 

 それならば話が早いというもの。

 彼女がこの場にわざわざ出向いてきたのもそれが目的だとアキトは予想する。

 

「あら、随分と話が分かる男ね、貴方?」

 

 くすりとほほ笑み、彼女はアキトから身を引く。

 

「ええ、その通りよ。…それでは行きましょうか?」

 

 そしてビビ達に背を向け、その場から彼女は歩き出した。

 そう、B・W(バロックワークス)社長(ボス)であるサー・クロコダイルの下へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてビビとアキトの2人はMs.オールサンデーの案内の下、クロコダイルの下へと出向いた。

 

 そして、クロコダイルと対面した瞬間、何故か牢に閉じ込められていたルフィ達も発見することになる。

 

 途端、アキトの脳内を疑問の声が鳴り響いた。




今作ではルフィ達は原作よりも少し早くクロコダイルがいるレインディナーズへと辿り着いた次第です

<牢に閉じ込められていたルフィ達を見た時のアキトの心象>
「……」

ええェ…
お前ら、捕まるの早過ぎィィ…


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勧誘

 此処は王下七武海サー・クロコダイルがB・W(バロックワークス)創設以降、秘密裏に使用してきた地下室。

 

 今やこの場にはルフィを含めた数人が檻の中に閉じ込められていた。

 

「巧妙な罠だった。」

「ああ、俺じゃなけりゃ気付かなかったな。」

「あんた達、何呑気なこと言っているのよ!?」

 

 自分達が現状進行形で掴まっているにも関わらずルフィ達のこのふざけた態度。

 ナミは彼らのあんまりな態度に絶叫せざるを得ない。

 

「ああ、やっぱり私が頼れるのはアキトだけ……。」

 

 ナミは腕を組み、檻の天井を見上げ、嘆息する。

 ルフィ達では頼りにならない。

 ゾロは寝てしまっているし、残り一人は海軍の手先だ。

 

 やはり自分が頼れるのはアキトだけ。

 無論、ビビも信頼しているが、戦力的な意味合いも含めればアキトに軍配が上がるだろう。

 ナミは切実にこの場にいないアキトを強く求めた。

 

「クハハ、なかなか見ていて飽きないお嬢ちゃんだな。」

 

 クロコダイルはそんなナミを見て、実に愉し気に笑う。

 椅子にふんぞり返り、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら。

 

 その此方の神経を肴撫でるような態度にナミは一言申そうと前へと足を踏み出した刹那……

 

 

 

 

 

 

 

「クロコダイル!!」

 

 勢い良くこの地下室の扉を開け、姿を現すビビの声が響いた。

 背後にはビビに付き従うようにアキトが佇んでいる。

 

 何故かリトルガーデンに辿り着く前に出会ったあの女性もいるが。

 

「これはこれは、わざわざこの場にご足労なもんだな、アラバスタ王国王女ビビ。いやミス・ウェンズデー。」

 

 わざとらしく腕を広げ、クロコダイルはビビを歓迎する。

 口元に悪趣味な笑みを浮かべながら。

 

「何度だって来るわよ!貴方に死んで欲しいから…!Mr.0!!」

 

 憎々し気にビビはクロコダイルを睨み付ける。

 その瞳には憎悪の炎が燃え上がっている。

 

「クハハ、これは随分とした挨拶だな。まあ、座りたまえ。」

 

 見ればクロコダイルの前には豪勢な料理の数々が置かれ、芳ばしい香りを放っていた。

 

「どの口が……!」

「はい、ストップ、ストップ。」

 

 クロコダイルへと駆け出そうとする怒り心頭のビビをアキトが肩を掴むことで止める。

 

「何故、止めるのですか、アキトさん!?」

「今、此処でクロコダイルにキレてもどうしようもないことはビビも分かっているだろう?」

 

 感情のまま攻撃してしまえば奴の思う壺だ。

 相手は腐っても七武海の一人、サー・クロコダイル。

 

 どう転んでもビビの敵う相手ではない。

 圧倒的な実力差が存在している相手に無策で突っ込む行為は愚の骨頂だ。

 

 これまでB・W(バロックワークス)はビビの命を狙ってきたのだ。

 軽々しく敵の射程圏に入るものでない。

 

 それに今のアキトではビビを守ることも厳しい。

 普段の実力の2割の実力さえ引き出せるかも怪しいところなのだから。

 

「……すみません、アキトさん。」

 

 アキトの言葉を受け、彼女は冷静さを取り戻し、振り上げていた己の武器を収める。

 

 だがそれよりも……

 

「アキト、ビビ───!助けてくれ───!」

「俺達捕まっちまったんだよ───!」

「アキト、ビビ、ごめんなさい……。」

 

 先ずはクロコダイルに掴まったルフィ達の救出が先だ。

 少し敵に掴まるのが早過ぎると思うが。

 

 アキトは嘆息しながらビビを引き連れ、クロコダイルの下へと向かうべく階段を下り、席に座る。

 

 こうしてアラバスタ王国の王女であるビビと王下七武海サー・クロコダイルが遭対するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 目の前では今なおビビとクロコダイルの口論という名の睨み合いが繰り広げられる。

 

「それにしてもよくこの場まで辿り着いたものだな。」

 

「当然じゃない……!」

 

 ビビは剣吞な雰囲気を隠そうともしない。

 

 そんな殺伐とした雰囲気の中、アキトは……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ美味しいのでお代わり頂けます?」

 

 絶賛食事中であった。

 

「ふふ、残念ながらお代わりはないわ。」

 

 それは残念。

 アキトは素直に引き、次の料理へと手を伸ばす。

 

 驚くことにクロコダイルが用意した料理は普通に美味しかった。

 アキトの手は止まらない。

 

 

 

「あ、ズルいぞ、アキト──!」

「あんたは黙っていなさい、ルフィ。きっとアキトには何か考えがあるのよ。」

 

 ナミの期待を裏切るようで悪いが、策など初めから何もありはしない。

 海楼石の牢が相手では能力者であるアキトでは流石にどうしようもない。

 

 見ればビビとクロコダイルの口論は佳境を越え、終わりを迎えようとしていた。

 

「だが、死ぬのは、このくだらねェ国だぜ、ミス・ウェンズデー?」

「…!」

 

 遂に耐え切れなくなったビビがその場から跳躍する。

 

「お前さえいなければこの国はずっと平和でいられたんだ!」

 

 

 

"孔雀""一連(クジャッキーストリング)スラッシャー"!」

 

 ビビが放った攻撃は奴が座する椅子ごと両断し、クロコダイルの顏を破壊する。

 

「うおおっ!?」

()ったか!?」

「……無駄だ。」

 

 ビビの渾身の一撃を受けたクロコダイルの顏は崩壊し、否、砂へと変わり周囲へと霧散した。

 

 

 

「気は済んだか、ミス・ウェンズデー?」

 

「この国ぬ住む者ならば知っているはずだぞ?この"スナスナの実"の能力をな……」

 

 周囲へと霧散していた砂がビビの背後へと集まり、無防備な彼女を捉え、クロコダイルが現れた。

 右手でビビの顏を掴み、左手の義手のフックでビビを拘束する。

 

「ミイラになるか?」

 

 ビビの背中を支配する悪寒。

 

「砂人間…!?」

「ビビから離れろ、お前ェ!」

自然系(ロギア)の能力……!」

 

 周囲が驚愕に戦慄する中、アキトは即座に行動に移り、ビビの下へと向かう。

 クロコダイルの義手のフックを素手で弾き飛ばし、周囲の砂を能力で吹き飛ばすことでビビを救出する。

 

 アキトは宙へと跳躍し、テーブルシートを踏み、食器を散乱させながらビビを右腕で抱えることで大きく後退した。

 驚く程の手際の良さだ。

 

「うおお、ナイス、アキト───!」

 

 沸き上がるルフィ達の歓声。

 

「落ち着いたか、ビビ?」

「はい、すみません、アキトさん……。」

 

 アキトの指摘にビビは冷静さを取り戻す。

 

「……あのアキトさん、口元に食べかすが残っていますよ。」

「…。」

 

 アキトが口元をさすればビビの言う通り食べかすが付着していた。

 ビビを颯爽と救出した手前、普通に恥ずかしい。

 

 アキトは人知れず心の中で悲鳴を上げた。

 

「くはは、何ともまあ締まらないことだな?」

 

 あ、恐れ入ります

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 一方、その頃……

 

 港町『ナノハナ』ではアラバスタ王国の国王であるコブラが群衆達の前へと現れていた。

 

「謝罪しているのだ。この国をダンスパウダーで枯らせているのは私だ。」

 

「嘘だと言ってください、国王様!?」

 

「嘘ではない、本当の話だ。」

 

「何をしている、貴様……。」

 

「そんな……。」

 

「ならこれまであんたのことを信じてきた国民達の気持ちはどうなる!?」

 

 途端、鳴り響く銃声。

 

「コーザさん!?」

「キャ───!?」

 

 阿鼻叫喚と化す広場。

 混沌と化す群衆達。

 

 

 

 

「そろそろ時~間だ~わねェいっ!」

 

 だがそれは国王をマネることで変身したMr.2。

 

「最終作戦の締めにかかりましょうか?」

「味気の無い作戦だがな……。」

 

 そして巨大船と共に姿を現すMr.1・ミス・ダブルフィンガーペア。

 遂にB・W(バロックワークス)の最終作戦の狼煙が上がった

 

 

 

 

 

 

 

 そして港町『アルバーナ』の国王の一件を受け……

 

「現アラバスタ王国は今、この瞬間に死んだ!我々はアルバーナへ総攻撃を始める!」

 

「国王を許すな!」

 

『うおおおおお!!』

 

 反乱軍が遂にアルバーナへの信仰を決断する。

 

 

 

 

 

 

 

 そして国王軍は……

 

「我々は自身の本分を全うする!」

 

「剣を取れ!背後を振り返るな!」

 

「反乱軍を迎え撃つ!」

 

「全面戦争だ!!」

 

 国王軍も遂に反乱軍との全面衝突を決意した。

 

 

 

B・W(バロックワークス)最終作戦、『ユートピア作戦』始動―

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 舞台は再び"夢の町"『レインベース』の地下の一室へ。

 

「いくらだ?」

 

「…?」

 

「幾ら出せば、俺の下につく?」

 

 クロコダイルはアキトを勧誘していた。

 

「貴様の要望通りの報酬を用意しよう。これでも俺はお前を買っているんだ。」

 

 余裕の笑みを浮かべ、クロコダイルはアキトへと提案する。

 自身の秘密結社であるB・W(バロックワークス)の幹部になる旨があるかどうかを。

 

「金も地位も用意しよう。」

 

「勿論、望むならば女も好きなだけあてがおう。」

 

 クロコダイルは初対面のアキトを熱烈の歓迎する。

 破格の好待遇だ。

 

「それは魅力的な提案だな。」

 

 アキトも対面するクロコダイルと同じ様に口元に笑みを浮かべ、肯定的な応えを返す。

 

「ほう、それでは……」

 

 

 

 

 

 

 

「だが断る。」

 

 だがアキトの応えはノー。

 逡巡するまでもないことだ。

 

「…何?」

 

 好感触であったアキトの即座の拒否宣言に眉根を寄せるクロコダイル。

 

「折角の提案だが、自分はあんたの計画に興味はない。」

 

 何かしらの野心を有しているわけでもない自分がこの提案に応える可能性は未来永劫存在しない。

 悪は必ず打たれる運命にあり、世界に淘汰される運命にあるのだから。

 自ら悪になるなど冗談ではない。

 

「それに、正直な話、あんたに魅力を感じない。」

 

 これは本当の話だ。

 わざわざクロコダイルの仲間になるメリットも魅力も感じない。

 

「くはは、それは残念だ。ならばこの部屋共々沈むがいい。この部屋は既に用済みだからな。」

 

 B・W(バロックワークス)創設以降、使用してきたこの秘密に地下室は『ユートピア作戦』が始動した今、無用の長物。

 

 どうやら奴は証拠隠滅に加えて、邪魔者であるビビ一行諸共処分する腹積もりのようだ。

 

「まあ、俺も鬼ではない。貴様らにチャンスをやろう。」

 

 取り出されるは怪しく光る一つの鍵。

 恐らくルフィ達を閉じ込めている牢の鍵だろう。

 

「この鍵を使って此処から脱出するのも貴様らの自由だ。まあ、できればの話だがな。」

 

 クロコダイルはその鍵を地面へと放り投げながら笑みを浮かべた。

 

「あ…!?」

「鍵が…!?」

 

 だが鍵が地面へと落ちる刹那、地下室の床が開き、鍵が……

 

 

 

 

 

 呑み込まれることはなく、アキトの掌へと吸い込まれた。

 

「敵の前でわざわざ牢の鍵を出してくれるとはお優しいことだな。」

 

 言うまでもなくアキトの能力である。

 

「うおお、ナイス、アキト───!」

「アキトが鍵を…!鍵を取った───!」

「俺はお前を信じていたぞ、アキト!」

 

 ルフィ達はアキトに対して歓声を上げる。

 そんなに褒めるな、照れる。

 

「ほう、これは珍しい能力だ。」

 

 だがクロコダイルはルフィ達など目もくれず、アキトを見据えていた。

 初めて見たアキトの能力の実態について思考を巡らしているのだ。

  

 それに有用性にも優れていることも伺える。

 だが本人はその能力に驕っている様子は見られない。

 どこまでも冷静だ。

 

「くはは、ますます俺の部下に欲しくなってきた。」

 

 上機嫌な様子でクロコダイルは笑う。

 実に愉し気に、まるで財宝を見つけたとばかりに。

 

「胆力・頭の切れ・敵を前に全く動じることはない貴様の冷静さは大した物だ。」

 

 

 

 

 

 

 

「……ならば戦闘能力はどうだ?」

 

 突如、クロコダイルが義手ではない右手を大きく振りかぶり、勢い良く振り下ろした。

 

 途端、顕現するは砂の刃へと変化した右手から繰り出される巨大な斬撃。

 アキトとビビの前の机が大きく裂け、タイル造りの強固な床までも大きく裂かれていく。

 

 アキトは即座にあれが途轍もない威力を秘める攻撃であることを理解する。

 即座に頭の中を駆け巡るいくつもの対処法。

 

 

 

 回避、駄目だ。

 此処は周囲が巨大な水槽に囲まれた地下室。

 回避の行動を選択してしまえば瞬く間にこの場は水で溢れかえってしまう可能性がある。

 そうなってしまえば海楼石の檻に閉じ込められているルフィ達が溺れ死ぬことは明白。

 

 ならば自身の能力による相殺。

 これも駄目だ。むしろ悪手と言っても良い。

 この場の地下室の正確な強度が推し量れない以上、衝撃波による対処は最悪の結果を招いてしまう可能性がある。

 

 だとすれば受け止めるしかない。

 右腕はビビを抱きかかえているため使えない。

 ならば左手で対処するしかない。

 

 必ずや受け止めてみせる。

 ビビは勿論、周囲に衝撃の一つも伝えはしない。

 

 アキトは左手の掌を迫る巨大な砂の断層攻撃へとかざす。

 背後には巨大な水槽、前方にはクロコダイル。

 自身の右腕にはビビを抱え、アキトは勢い良く迫る砂の猛威を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 途端、アキトの掌に途方もない衝撃が伝わった。

 

 周囲に霧散する衝撃波。

 アキトはビビを庇いながらその猛威を一身に左手の掌で受け止める。

 

 想像以上の威力だ。

 アキトは自身の想定していた以上の威力に眉根を寄せる。

 

「くはは、効くだろう?」

 

「能力にかまけたそこらの馬鹿共とは俺は違うぞ。鍛え上げ研ぎ澄ましてある。」

 

 挑発にアキトが応えることはない。

 だがそんなことはクロコダイルにとって関係はなかった。

 

「だが、まだまだ余裕そうだな。」

 

 砂の断層の攻撃が鳴り止む。

 だが、これで終わりなどではない。

 

「そら、追加だ。」

 

 続けての第二波。

 クロコダイルは再び腕を振り下ろした。

 

 アキトは再度、左手の掌で砂の猛威を受け止める。

 

 

 

 

 

 だが、アキトはその身を僅かに後方へと後退した。

 驚くことに威力が先程よりも上がっている。 

 

 右手はビビを抱えているために依然として遣えない。

 アキトは眉根を寄せ、徐々にその身を後退せざるを得ない。

 

 アキトの左腕の肘が少しずつ折れ曲がり、掌からは血が流れ、服の袖が破けていく。

 両手と能力を十全に遣えない今、圧倒的に此方が分が悪かった。

 

 自分を心配し、声を荒げるビビの声も今は届かない。

 今なおクロコダイルから繰り出される巨大な砂の攻撃、砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)の猛威が止まらないからだ。

 

 それだけではない。

 奴は此方へと腕を振り下ろすその刹那の瞬間に腕を2度振り下ろしていた。

 つまり実質的に砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)は2度放たれているのだ。

 

「くはは、中々やるな。」

 

「ならばこれならどうだ?」

 

 だがそれでもクロコダイルは容赦などしない。

 続けて掌から小さな旋風を起こすことで砂嵐を創り出す。

 

「くはは、貴様らもこの国に来たのならば一度くらい見たことがあるだろう?」

 

 今なお砂の斬撃が止まることはない。

 アキトはまた少しずつ後退していく。

 

「そう、砂嵐だ。」

 

「実にこの国の連中は扱い易かった。ユバの穴掘りジジイ然りだ。」

 

 それはまさか……。

 途端浮上する最悪の可能性。

 

 ルフィ達の誰もがクロコダイルの言わんとすることを理解した。

 

「貴様らも覚えておくと良い。砂嵐はそう偶発的に何度も町を襲ったりしないものだ。」

 

 そう、此奴が全てユバへと砂嵐を解き放っていた張本人であったのだ。

 

「お前がやったのか……!」

「殺してやる……!」

 

 ルフィとビビが怒り心頭にクロコダイルを睨み付けるも、奴はそれさえも己を奮い立たせるスパイスとなっているのか笑みを一層深めた。

 

「そうだ、俺はこれまで何度も砂嵐を解き放ってやった。」

 

 

 

 

 

 

 

「丁度、こんな風にな!」

 

 漸く砂の断層攻撃を無効化したアキトとビビへとクロコダイルは腕を振り下ろし、砂嵐を直撃させる。

 

 その砂嵐は瞬く間にアキトとビビの2人を呑み込み、2人の姿を掻き消した。

 

 

 

―"レインディナーズ"の地下室にルフィ達の絶叫が響き渡った―

 




やっぱり敵の攻撃を片腕だけで、それも顔色を変えることなく受け止めるのは憧れます
それも動じることなく

というか一度はしてみたい


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疑わしきは罰せよ

 周囲は閑散とし、地平線の彼方まで砂漠の光景が続いている。

 そんな猛暑の地獄と化した砂漠の真っ只中にルフィとクロコダイルが向かい合うように佇んでいた。

 

「愚かだな、麦わらのルフィ」

「ん、何がだ?」

 

 その顔に嘲笑を張り付け、クロコダイルは体をこなすルフィに蔑みの言葉を放つ。

 

「あの地下室で俺と戦ったあの男を連れてくれば良かったものを」

「……それじゃ駄目なんだ」

 

 真剣な表情でルフィは立ち上がる。

 

「何、言ってやがる?あの男と共闘して戦えば万が一にも俺に勝てたかもしれないというのに」

 

 クロコダイルは愉し気にルフィを見据える。

 その顔には余裕の笑みを浮かべ、ルフィを格下だと完全に舐め切っていた。

 

 

「アキトはアラバスタ王国に辿り着くまで何度も無茶してきたからな」

 

「俺は皆の船長だ」

 

「船長ってのは何時でも率先して戦わなきゃいけない」

 

「アキトにばかり頼ってちゃいちゃいけないんだ」

 

 

 

「……だから、お前は俺が倒す」

 

 どこまでも真剣な表情でルフィはクロコダイルへと相対し、己の拳を掲げる。

 

「遺言はそれだけか、麦わらのルフィ?」

 

 ルフィの足元に現れるは小さな砂時計

 

「三分だ、それ以上は手前ェの相手をしているわけにはいかねェ」

「ああ、いいぞ」

 

 彼らを妨げる者はおらず、ルフィとクロコダイルの両者は砂漠のど真ん中で相まみえることになった。

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 ルフィがクロコダイルを倒すべく、"レインディナーズ"に備え付けられている地下室で閉じ込められていた時のことだ。

 

 今やルフィ達の眼前には砂嵐の猛威が地下室に備え付けられた部屋を大きく振動させていた。

 その猛威を一身に受けるはビビを腕に抱えたアキト一人であり、彼らの姿は砂嵐に隠れ、依然として見えない。

 

「お前ッ!よくもアキトとビビを!」

「くはは、怒り心頭な様子だな、麦わらのルフィ?」

 

 クロコダイルは両腕を大きく広げ、愉快気に笑う。

 実に愉し気に、信頼など下らないとばかりに

 

「何を怒っているのかは分からねェが、奴なら生きているはずだ」

 

「俺も腐っても能力者。この密室と化した地下室で全力を出せばどうなるかは分かっているつもりだ」

 

 無論、先程の攻撃は手加減された一撃だ。

 あの程度の攻撃で危険要素であるビビを消すことができれば僥倖、クロコダイルはその程度の認識で攻撃をしたのに過ぎない。

 

「……?」

「よく見てみるがいい。砂嵐が不自然な程に勢いを失っていくぞ」

 

 見れば先程まで猛威を振るっていた砂嵐が縮まり、圧縮され、徐々にその姿を小さくしていく。

 余りにも不自然な程に

 

「砂嵐が……」

「小さくなっていく……?」

 

 ルフィ達の驚愕を他所に、目の前では砂嵐がその勢いを急速に失っていった。

 天井に届く勢いで猛威を振るっていた砂嵐が今ではルフィ達を閉じ込めている檻の大きさまで縮まり、やがて人並みの大きさまでに収束していく。

 

 そして、遂に砂嵐は周囲に霧散し、完全にその姿を消失させた。

 辺りに砂が霧散し、アキトとビビの2人の姿が現れる。

 

「大丈夫だったか、アキト……ッ!?」

「……!?」

 

 ルフィ達は思わず言葉を失う。

 

 見ればアキトの左腕の肘より先の服は無残にも破れ、掌からは決して少なくない量の血が流れていた。

 垂れ落ちる血は床を赤く染め上げ、血溜まりを作り出していく。

 

 アキトは肩を苦し気に上下させ、息を切らしている。

 服の襟も無残に破れ、大胆にも大きく胸元を開けていた。

 

 羽織っている服もボロボロの状態であり、至る箇所が砂嵐の猛威の影響で傷付き、服が服の役割を果たしていなかった。

 

「くはは、生きていたか。流石だな」

「ア、アキト……」

 

 クロコダイルの予想通りアキトは生きていた。

 決して浅くはない傷をその身に受けながらも

 

 ナミは口元に手を当て、アキトの惨状に顔を真っ青に染め上げる。

 ウソップ達も同じように言葉を無くす。

 

「─」

 

 アキトは何も応えない。

 顔を伏し、表情は伺えない状態だ。

 

「どうした、先程までの覇気がないな」

 

「だが、大したものだ。この密閉した空間で俺の砂嵐を無効化するとはな」

 

 珍しくもクロコダイルはアキトに対して賛辞の言葉を放つ。

 事実、クロコダイルはアキトの実力を買っていた。

 その胆力と実力に

 

「……いた」

「……あん?」

 

 そんな緊迫した状況でもアキトは流暢に口を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

「……片腕でも止めきれないとは少し、驚いた」

 

 アキトはその場に悠然と構え、ビビを右腕で抱えながら砂で汚れた服を血で濡れた手ではたく。

 

「くはは、強がりは止せ。その様子では説得力は皆無だぜ?」

「─」

 

 アキトは眉根を寄せながらも平静を装い、隙を見せないようにクロコダイルを静かに見据えた。

 

「その腕に抱える無能な王女様を守らなければ怪我を負う必要はなかったというのに、本当に馬鹿な野郎だぜ」

 

 アキトは静かに視線を鋭くさせ、ビビを抱える右腕に込める力を強めた。

 

「ビビは俺達の仲間だ。そこに助ける理由を問う必要はない」

「アキトさん……」

「くはは、それが貴様らの言う信頼というやつか」

 

 理解に苦しむぜ、とクロコダイルは嘆息し、アキトに背を向ける。

 

「そんなに仲間が大事ならば貴様らの言う"信頼"と共に此処で死ね」

 

 クロコダイルは口元に嫌な笑みを張り付け、今度こそルフィ達の前から立ち去っていった。

 

「くはは、何なら貴様らの仲間である"Mr.プリンス"を死体で持ってきてやろう」

 

 クロコダイルは最後まで高笑いを上げ、己のパートナーであるMs.ウェンズデーとともに地下室の扉を閉ざすのであった。

 

 

 

 

 

「アキト───!今すぐこの檻の鍵を開けてくれ───!」

「お願い、アキト!」

 

 その後、アキトはルフィ達の懇願を受け、先程奪った鍵で開錠しようとするも当然、檻が開くことはなかった。

 

 アキトは納得してしまう。

 あの悪趣味なクロコダイルが直に檻の鍵を渡すわけなんてなかった。

 

「偽物だな、この鍵は」

「何──!?開かない───!?」

「おいおい、どうすんだよ!?」

 

 ルフィ達の悲鳴を他所に、アキトは努めて冷静に現状を打開する術を思考する。

 

 強制的に破壊

 自分が能力者である限り不可能だ。

 

 ピッキング

 実質上、無理に近い。

 何故なら、そのための道具が存在しない。

 例え、道具がこの場にあったとしてもピッキングの技術を自分は有していない。

 

 現状、ルフィ達はかなり切羽詰まった状況に陥っていることをアキトは理解した。

 

「グルルルル……!」

「バナナワニが来やがった───!」

「アキト、後ろ!」

 

 アキトはこの場に現れた不届き者を排除すべく、鍵を握りしめた左腕を後方に勢いよく振るう。

 能力込みで放たれた鍵は途轍もない速度で飛び、後方のバナナワニの大きく開いた口内へと入り、瞬く間に突き抜ける。

 バナナワニの身体を激痛が支配し、その巨体は地に崩れ落ちた。

 

『……』

 

 バナナワニの不憫さにルフィ達はまたしても言葉を失う。

 

『グルルルル……!』

 

 しかし、続々とバナナワニ達がこの場にその巨体を現し始める。

 

まったく人の気を逆撫でるのが上手い連中だ

 

 アキトは無感動に後方へと振り返り、身体に力を入れる。

 

「ビビ、少し離れていろ」

 

 抱えていたビビを下ろし、アキトは静かに歩を進める。

 

「安心してくれ。此処より後ろには一匹も通しはしない」

「は、はい」

 

 背後からどこか気の抜けたビビの声が聞こえる。

 気のせいであろうか。

 ビビの声が少し上擦り、頬が上気している気がするのだが

 

「……ビビ、何頬を染めているの?」

 

 ナミの声もどこか底冷えを感じさせる程冷たく、後ろを振り返らなくても不機嫌なのが丸わかりだ。

 普通に怖い。

 

「えっと、何でもないのよ、ナミさん」

 

 アキトは後方から突き刺さるナミの視線から逃げるように、歩を進めた。

 

 

 

「"反行儀(アンチマナー)キックコース"!」

 

 しかし、想定とは異なり、バナナワニの軍勢はサンジの足にとって蹴散らされた。

 その後、一匹のワニの口から出てきたMr.3の能力によって開錠に成功することになる。

 

 干からびた身で必死に水を飲み干すMr.3をまるで"聖母の笑みを浮かべた"アキトとサンジの安心と信頼の説得により、ズタボロになった状態でMr.3が開錠に協力してくれたのである。

 

 開錠した後はサンジの蹴りによって何度も水面をバウンドしながらご退場頂いた。

 お勤めご苦労様でした。

 

 恨むならMr.3の能力を利用することを提案したウソップを恨んでくれ。

 だから自分は悪くない。

 

 アキトは人知れずゲスな思考に浸る。

 だがそこで終わるはずもなく、事態は更に悪い方向へと走った。

 

 クロコダイルとアキトの激突を皮切りに、バナナワニの暴走の影響を受けた地下室の壁が決壊したのである。

 

 ルフィの悲鳴を背後にアキトは本日何度目かの能力の行使を行った。

 

 

 

「サンキュー、アキト!」

「やっぱり凄ェな、アキトの能力は!」

 

 惜しみないルフィとウソップからの賞賛。

 対するアキトは疲労のあまり地に両腕をつき、顔を伏している。

 

キッツ、もぅマジ無理……

冗談抜きで休みたい

 

 今のアキトは真っ白に燃え尽きていた。

 流石にクロコダイルとあの此方が圧倒的に不利な状況でドンパチした後に、ルフィ達を含めた周囲の人間を水中から脱出させるのはキツかった。

 

「だ…大丈夫、アキト?」

「大丈夫ですか、アキトさん……?」

 

 アキトは自分の身を真摯に心配してくれるナミとビビに涙を流しそうになる。

 感激の余りアキトは2人を抱きしめたい衝動に駆られるが、自制した。

 普通にセクハラ案件であるのと同時に女性の身体に無遠慮に迫るものではないと考えてのことだ。

 

「……何故、助けた」

「何故も何も偶然お前がアキトの能力の効果範囲にいただけだ」

 

 お前らは少しぐらい此方を気に掛けて欲しい。

 アキトは切実にそう思わざるを得ない。

 

 その後、ルフィ達はスモーカーの恩情によりその場を離れ、チョッパーが引き連れてきた"ヒッコシクラブ"に乗るのであった。

 

 

 

 しかし背後から迫るクロコダイルの魔の手。

 その魔のフックはビビへと迫るもルフィがその間に入り、"ヒッコシクラブ"から飛び降りる。

 

 こうしてルフィはクロコダイルと対面するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 反乱軍の説得虚しく、ビビは広大な砂漠に佇む。

 先程ビビを最優先にすべくゾロ達が囮作戦を決行した。

 

 B・W(バロックワークス)の幹部達を混乱させ、バラバラにすべくカルガモに跨ったゾロ達が特攻したのだ。

 全員が顔を隠すように深くフードを被り、散開する。

 

 そのカルガモ達の中にはビビの相棒であるカルーの姿も。

 これも全て此方の計画通り。

 

 王女の相棒であるカルーに騙され、ゾロ達の中に本物のビビが紛れ込んでいると錯覚した奴らは走り出した。

 残るアキトは同じくビビの護衛。

 

 因みに反乱軍の説得に失敗し、ビビが踏み殺されようになった時も完璧に防御した。

 ジカジカの実に死角など存在しない。

 

 そして次なる行動に移ろうとしていたビビの目の前にウソップが現れたのである。

 周囲はどこか緊迫した雰囲気が漂っている。

 

「ウソップさん、証拠を見せて……」

 

「おいおい、俺を疑ってんのか?」

 

 ビビの懇願によりウソップが右手の手首に巻いたリストバンドを捲り、仲間の証拠を見せようとしたその刹那……

 

 

 

 

 

 

 

はい、ドーン

 

 情け容赦の欠片もない正面からの飛び蹴りが炸裂した。

 慈悲など存在しない顔面蹴りだ。

 言うまでもなくそれを行ったのはアキトその人。

 

「ほば……ッ!?」

 

 奇妙な悲鳴を上げ、ウソップは砂漠の地平線の彼方に吹き飛んでいく。

 何度もバウンドし、勢い良く転がっていった。

 

「……」

 

 見事な吹き飛び具合だ。

 ビビは唖然とすることしかできない。

  

いや、身体が万全の状態だったらあの数倍は飛んでたな

 

 アキトは得意げな様子でそう確信する。

 万全の状態であれば顔面は深く陥没し、このアラバスタ王国を大きく横断することになっていただろう。

 

「いやいや、可笑しいですから!?今、ウソップさんが仲間である証拠を見せてくれようとしていましたよね!?」

 

 堪らずビビはアキトに苦言を申し立てる。

 

「疑わしきは罰せよ、と言うだろ?」

「いやいや、それでも……!?」

 

 まくし立て、困惑するビビの両膝と両脇に手を差し入れることで抱え上げ、アキトは走り出した。

 アキトがビビの言葉に耳を貸すことはない。

 

「安心しろ、ビビ。何も根拠なくしてウソップを蹴り飛ばしたわけじゃない」

 

アキトさん、噓をつかない、信じて

 

「根拠は全部で3つ」

 

「先ず一つ目は、俺がビビの傍にいるにも関わらずこの場に増援として現れたこと」

 

 ビビの護衛はアキトが請け負うことは決まっていたことだ。

 それにも関わらずウソップが増援に来たことは辻褄が合わない。

 

「二つ目は余りにもタイミングが良すぎること」

 

 先程敵を錯乱させるために散開したばかりだというにも関わらずこのタイミング。

 余りにも出来過ぎている。

 

「そして最後に……」

 

 

 

「乙女の顔を容赦無く蹴り飛ばすなんて男の風上にも置けないわねーい!」

 

うわ、来た

 

 爆走しアキトとビビに迫るはオカマであるMr.2。

 相変わらず奇抜な服装をしている。 

 

「うわ、来ましたよ、アキトさん!?」

 

 幹部の登場に焦りを見せるビビ。

 だが心配ご無用。

 

「安心しろ、ビビ。何があってもビビのことは俺が守る」

 

 ビビを無事、最後まで守り抜く、それが自分の任務だ。

 身体が万全の状態ではないとはいえ、ビビの護衛くらいこなしてみせる。

 

「……あ、ありがとうございます、アキトさん」

 

 予想外のビビの反応にアキトは戸惑う。

 見れば彼女は照れ臭そうに頬を赤く染めていた。

 

「……」

 

 アキトは目覚まし代わりにビビの頬を数度ペチペチと叩く。

 

「はっ…!何ですか、アキトさん!?」

 

 ビビは何とか意識を覚醒させる。

 顔が少し赤いが大丈夫だろうか。

 

「最後の根拠だが、それは……」

 

 

 

 

 

「ウソップがあんなにカッコ良く敵陣営の真っ只中に登場するわけがないことだ。」

「あ。(納得)」

 

 アキトの言葉に思わず納得してしまうビビであった。

 

─こうしてアキトとビビのオカマとの砂漠の鬼ごっこが始まった─




疑わしきは罰せよ、それがアキトさんの至言の一つです
この頃のルフィが一番カッコ良かった(作者の主観)


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選手交代だ

作者はアラバスタ編がワンピースで一番好きです。


 走る、走る。

 砂漠という広大な大地を一切失速することなくアキトはビビを抱えながら、疾走する。

 

 背後から迫るはMr.2ボン・クレー

 ビビ暗殺を決行すべく、珍妙な走りでアキト達を追跡している。

 

「アキトさん、今すぐ宮殿へ!」

 

 ビビに言われずともアキトは早急に宮殿へと向かうべく、疾走する。

 

「が───っはっはっはっは!バカねいっ!前方は国王軍と反乱軍の嵐、それ以外は断崖絶壁の壁!そろそろ諦めて王女ビビを渡しなさいよう!」

 

覚えておくといい、オカマ野郎

 

「アキトさん、前方に壁が!」

「しっかり捕まっていろ、ビビ!」

 

 

ジカジカの実に常識は通用しねぇ

 

 

 アキトは大気を踏み締め、勢いよく飛翔した。

 大気を駆け、疾走し、断崖絶壁の壁を難無く突破する。

 

「んな、バカな!?」

「凄いわ、アキトさん!これなら流石にあいつも……」

 

 しかし、ビビの予想とは異なり、Mr.2ボン・クレーは壁を駆け上っていた。

 見事な走りぶりだ、アキトは素直に感嘆しながら、流れ弾を弾き、勢いを殺すことなく走り抜ける。

 

 そんな彼らに銃弾の嵐、剣の矛先、数多の砲弾が周囲から迫りくる。

 ビビが迫りくる衝撃に身構えるも、次の瞬間には、周囲の全ての動きが不自然に止まっていた。

 

「これは……?」

 

 ビビは眼前に広がる摩訶不思議な光景に目を疑う。

 見れば、周囲に不可視の壁が現れ、全てがせき止められていた。

 

 途端、せき止められていた数多の攻撃が反射され、無効化され、威力を倍にして弾き返される。

 瞬く間に状況は一変し、周囲は閑散としたものに早変わりした。

 不可視の衝撃波が辺りに波及し、国王軍と反乱軍の両者を区別なく吹き飛ばす。

 

 アキトは一息に前方へと跳躍し、宮殿へと足を進める。

 そして、見つけた。

 

「サンジ、後ろのオカマの相手を頼む!」

「何!?」

 

 アキトは前方にて佇むサンジへとMr.2ボン・クレーの対処を頼むも、サンジはアキトの頼みに難色を示す。

 

「サンジさん、お願い!」

「任せな、ビビちゃん!」

 

 だが、サンジはビビの頼みに即座に陥落した。

 

サンジ、それで良いのか

余りにも女性に対してチョロ過ぎではないだろうか

 

 アキトはサンジの余りの女性への甘さに一抹の不安を感じざるを得なかった。

 

「今ならサンジに鍵付き冷蔵庫を贈呈する!」

「買ったぁ!!」

「そういうわけでオカマ野郎、手前の相手はこの俺だ。」

「んなによーう、邪魔するわけ、アァンタ!」

 

 此処で、一流のコックと一流のオカマが対峙する。

 こうしてアキトとビビの2人は大地を疾走し、空を駆け、飛翔することで瞬く間に宮殿へと辿り着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 メリー号の船内にはウソップのトンカチを振るう音が鳴り響く。

 幸せそうに寝息を立てるチョッパーの姿も

 

『新しい武器を作って欲しい?』

 

『そ、私の新しい武器』

 

 対面するはナミとウソップの2人

 ナミは胡坐をかきながらウソップに頼み込んでいた。

 

『ほら、私って戦闘員じゃないし……』

『スタイルも良くて、可愛いって自負してるけど……』

 

『いや、何一人語り始めてんだ、お前……』

 

 頭大丈夫?、と言わんばかりにウソップは怪訝な表情を浮かべる。

 

『せめて皆の迷惑にならないくらいには強くなってビビを助けたいの……!』

 

『ナミ……』

 

 ウソップ工場で腕を振るいながらウソップはナミの言わんとすることを理解した。

 足手まといにならないために、ビビの手助けをするためにナミは力を求めているのだと

 

『それに、ドラム王国ではアキトに沢山迷惑をかけちゃったし……』

 

『いや、そのことならアキトは別に気にしてないと思うぜ』

 

 アキトはそこまで心が狭い男ではないことは分かっている。

 故にウソップはそれはナミの杞憂であることを指摘した。

 

『うん、分かってるの。……アキトは強くて、優しくて、カッコ良くて、何処か掴みどころがない時があるけど、何よりも仲間を大切にする人だって……』

 

『……』

 

 え、何惚気話始めてるの?、ウソップは思わず困惑する。

 しかし、困惑するウソップに構わずナミは独白を続けた。

 

『だけど、私が気にするの。ドラム王国でも無理しちゃって今は万全の状態じゃないってことも聞いているし、また私が見ていない時にアキトは無理しちゃうんじゃないかって……』

『それは……』

 

 その可能性は一概に否定できない。

 普段は何でもないと言わんばかりに平静を崩さないアキトだが、あくまでアキトも一人の人間だ。

 いつ無理して、倒れてしまうかも分からない。

 

『だから少しでもアキトの傍に並び立って、アキトを支えなきゃって思ったの』

『……』

 

だが、それは……

 

 果たしてどれだけ困難な道なのだろうか。

 アキトの実力は自分達の中でも群を抜いている。

 ナミのアキトへの想いは素晴らしいものだが、決して楽な道のりではないだろう。

 

『うん、分かってる。それが決して楽な道のりじゃないことは。だけど、それでも私は強くなりたいの』

 

 ナミは顔を伏し、表情を窺い知ることはできない。

 だが、彼女から伝わる熱意は相当なものであった。

 

『……よし、お前の気持ちしかとこの男ウソップ受け取った』

 

 ならばこの男ウソップ、その想いに応えなければならないだろう。

 

『え、それじゃあ……』

 

『このウソップ様に不可能なんてあると思うか?』

 

 決め顔、これ以上ない程の決め顔である。

 ウソップは自身の長っ鼻に親指を突きつけ、豪語した。

 

『ありがとう、ウソップ!じゃあお願いね!』

 

『おう、じゃあ材料費のことなんだが……』

 

 それでは早速、必要経費である材料費の話に取り掛かろう。

 

『ありがとう、大好きウソップ!じゃあよろしくお願いね!』

『いや、あの、ちょっと……』

 

 待て、どこか雲行きが怪しい。

 有無を言わせぬ勢いでナミはウソップに捲し立て、退室していった。

 

『じゃあ、お願いね!』

『おーい、ちょっと?』

 

 瞬く間にその場を静寂が支配する。

 ウソップは事態に付いていけなかった。

 

『……』

 

 仕方ない、アキトに材料費の件をお願いしてみることをウソップは決意した。

 

 

 

『なあ、アキト……』

『……?』

 

 その後、ウソップは申し訳なさ一杯の気持ちでアキトへと話し掛ける。

 何も知らないアキトの純粋な目が痛い、ウソップは切実にそう思った。

 

『ナミの新しい武器の材料費のことなんだが、……』

『これぐらいか?』

 

 しかし、アキトはウソップが材料費の件を伝える前に札束の束を差し出した。

 かなりの大金だ。

 

いや、先ずそのお金、どこから出したの?

 

『いやいや、こんなにいらねェって!?』

『……?』

 

 アキトが不思議気に首を傾げる。

 

『ナミの新しい武器の材料費でお金が必要なんだろ?』

『確かにそうだけど!そもそもアキトが払う必要はないんだって!?』

 

やばい、言っていることが滅茶苦茶だ。

 

 アキトに資金協力をお願いしているというのにこの言い分は何だ。

 

『確かにそうかもしれないが、俺は別に気にしない』

 

 アキトは札束をウソップへ強引に手渡す。

 

『お金は使ってなんぼだし、ナミが強くなろうとしているんだろ?』

『ならこれは必要経費だ』

 

 ウソップはアキトの気前の良さに涙を禁じ得なかった。

 感傷に浸るウソップを他所にアキトは目の前から悠々と立ち去っていく。

 

アキトさん、あんたぐう聖やぜ……

 

 この日、この場所で一人の男が一人の男に憧れを抱き、静かに涙を流した。

 

 

 

 そして、そんな裏事情について露知らずの状態のナミはMs.ダブルフィンガーと相まみえる。

 同時刻、異なる場所ではゾロはMr.1と激戦を繰り広げ、サンジはMr.2ボン・クレーと戦闘を開始し、ウソップとチョッパーはMr.4&Ms.メリークリスマスペアと相対するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国全土を血と争いの戦火が照らし出す。

 今や、国王軍と反乱軍の戦いは苛烈を極め、アラバスタ全土を揺るがしていた。

 

 舞台はアラバスタ王国宮殿

 その場には全ての首謀者であるクロコダイルと彼のパートナーであるMs.オール・サンデー改め、ニコ・ロビンの姿があった。

 

 彼女の傍には両腕を短剣で貫かれ、縫い付けられた現アラバスタ王国国王コブラの姿があり、痛々しい程に流血している。

 

 そんな殺伐とした状況の中、命を代償に爆発的な力を得ることができる"豪水"をその身に取り込んだ"ツメゲリ部隊"が一人、また一人と倒れていく。

 

 憎きクロコダイルに一矢報いることすらできずに彼らは命を散らしていた。

 その光景に我慢ならずにクロコダイルへと突貫するはアラバスタ王国護衛隊副官であるチャカ

 

 動物系(ゾオン)悪魔の実・イヌイヌの実モデル“ジャッカル”

 その悪魔の実の能力によって齎された爆発的な脚力とパワーをクロコダイルへと向ける。

 

 しかし、それでも相手が悪過ぎた。

 自然系(ロギア)の能力者であるクロコダイルにはチャカの攻撃が意味を成すことはなかった。

 

「手前ェも無駄死にするクチか……」

 

 そして、遂にその強靭なフックがチャカの身に迫ろうとした刹那……

 

おっと、待った

 

 アキトが金色に光るクロコダイルのフックを素手で受け止める。

 ビビの傍から瞬く間に移動し、両者の間に割り入りこむことで、チャカの危機を救うことに成功した。

 

「手前ェは……」

「君は……!」

 

 アキトは困惑を隠しきれないチャカの襟首を掴み取り、ビビの下へと投げ飛ばす。

 

「アキトさん!?」

「ビビは彼と共に爆弾の処理に向かってくれ。俺も後で合流する」

 

 アキトは眼前にて佇むクロコダイルの相手をすることに専念し、眼下のビビに指示を飛ばす。

 

「手前ェ、また俺の前に立ち塞がりやがるのか」

「奇遇だな」

「分かってんのか、手前ェらの船長はもう死んだ。それにこのアラバスタ王国もじき終わる」

「分かってないのはお前だ、クロコダイル」

「何?」

「この国は救われる。他ならぬビビの手によって」

「何を寝言を言うかと思えば、笑えない冗談だ」

 

確かに、実に笑える冗談だ

実に、本当に、面白い

 

「少なくともお前の顔と腕よりはマシだ」

「手前ェ……」

 

鏡を持ってきてやろうか、ワニ野郎

 

「イカれるのなら一人でしろよ」

 

 ビビ達から注意を逸らすべく、アキトはクロコダイルを挑発し、左手の人差し指を側頭部にコツンと打ち鳴らす。

 

「お前が及ぼした被害は両手の指じゃ足りないんだよ」

 

 やはり無類の強さを誇り、自分の思い通りに計画を進めてきた奴の煽り耐性は非常に低い。

 見れば額に青筋を浮かべ、今にも飛び掛かってきそうだ。

 

「この国やビビ達は関係ないだろうが」

 

 周囲に濃密な殺気が充満する。

 それも全てアキトとクロコダイルから放たれたものだ。

 

「やはり手前ェは俺をイラつかせやがる」

 

「やはり手前ェはあの時殺しておくべきだったようだな」

 

失敗、失敗

自分は何をしているのか

 

「死にたいらしいな、小物がァ!」

 

 クロコダイルの叫びを皮切りに、アキトはクロコダイルと衝突し、周囲に衝撃波が波及した。

 両者の戦闘の余波は宮殿を瞬く間に破壊し、戦闘の規模を拡大していく。

 

「アキトさん!」

「ビビ様、我々も参りましょう!」

「でも……!」

「あの者が作ってくれた好機、逃すわけにはいきません!」

「……!アキトさん、私、信じていますから!」

 

 ビビはアキトがクロコダイルを相手取ったのは自分に爆弾処理を任せるためであることを理解する。

 アキトは万全の状態ではない身体でクロコダイルと相対しているのだ。

 今は、必ずやアキトの期待に応え、アラバスタ王国を救うことをビビは決意する。

 

 見ればアキトは"仲間の印"を親指を天に突き出す形で左腕を横に突き出している。

 ビビも同じく、アキトへと"仲間の印"を掲げ、チャカと共に行動を開始した。

 

「行きましょう、チャカ!」

「御意!」

 

 反乱軍のリーダーであるコーザも同様にこの場から離脱し、宮殿はアキトとクロコダイルの2人だけとなった。

 アキトは横目でそれを確認し、安堵する。

 

 そして、甲高い戦闘音を鳴らし、アキトとクロコダイルの両者は互いに距離を取った。

 身体にハンデを抱えているとは思えない程の軽快(・・)な様子でアキトはその場で構える。

 

「くはは、実に面白い。驚かしやがるぜ。あんな小物の船長の船にこれ程までの実力を持つ奴がいるとはな」

「……」

 

 愉しげに笑うクロコダイルの様子にアキトは眉根を寄せる。

 

「だが、流石にここまでの力を持つ奴を消すのは忍びない」

「……何が言いたい?」

 

 アキトはクロコダイルの話の趣旨が理解出来ない。

 

「そこでどうだ?あんな小物の船長の部下ではなく俺の部下になるのは?」

「……」

 

「お前ならば無能な部下よりも余程良い仕事をこなしてくれそうだ」

「随分と俺のことを買っているんだな」

 

 アキトにとってクロコダイルの2度目の勧誘は予想だにしていないことであった。

 

「言ったはずだ。俺は貴様の実力は買っているとな」

 

「貴様の要望通りの報酬を用意しよう。無論、女も好きなだけあてがうつもりだ」

 

 それは好待遇な条件だ。

 実に魅力的な提案である。

 

「貴様は莫大な富を、俺は貴様の力を互いにトレードする。悪くない提案だと思うがな?」

「くどい。そんな提案に俺が乗るわけがないだろう」

 

 しかし、アキトにとってクロコダイルの計画に興味など微塵もない。

 

「くはは、俺が"悪"か」

 

 クロコダイルは口元を歪め、笑う。

 

「有史以来数多くの悪が蔓延っていた。それも数え切れない程にな。無論、それは俺も変わらない」

 

「悪が蔓延ることに何の矛盾がある?何故、俺をそこまで目の敵にする?」

 

「それを言うなら海賊である貴様らも悪だろう?」

 

 クロコダイルはアキトの本意を探るべく問い掛ける。

 

「関係ない」

「あん?」

 

 しかし、アキトにとってそんなことは関係なかった。

 

「海賊が悪であることは百も承知だ」

 

「だが、それがどうした?」

 

「海賊が悪?ああ、確かにその通りだ」

 

 

 

 

 

 

 

「だから滅ぼされてきた」

 

「今度は俺達がお前達を滅ぼす」

 

 ビビとアラバスタ王国、そしてルフィ達が確実にB・W(バロックワークス)の野望を粉砕する。

 

「くはは、それは実に面白い冗談だ!」

 

 だが、クロコダイルはどこまでもその大胆不敵な様子を崩さない。

 確信しているのだ。

 自身の計画に綻びなど生じるわけがないことを

 

「どうやらその顔を見るに本気でそう思っているようだな」

「……」

 

 アキトがその問いに応えることはない。

 

「だが、不可能だ。例え、貴様の言う通り貴様らが俺の野望を打ち砕く力を持っていたとしてもだ」

 

 途端、眼下で銃声が鳴り響く。

 見下ろせば反乱軍の説得を試みていたコーザがその身を撃ち抜かれていた。

 続けて、それに伴う塵旋風が周囲に吹き荒れ、視界を妨げ、今度は反乱軍と国王軍の両者が撃ち抜かれている。

 

 これが意味することは両陣営にB・W(バロックワークス)が紛れ込んでおり、両陣営の衝突を不可避にさせようとしていることだ。

 この塵旋風はクロコダイルの能力であることをアキトは即座に理解する。

 

「くはは、遂に始まっちまったな」

 

 そして、遂にコーザとビビの奮闘虚しく両陣営は衝突してしまった。

 

「全ては俺の計画通り」

 

 掌を掲げ、クロコダイルは得意げに口を動かす。

 

「後は貴様を始末するだけ……」

 

 顔を伏していたクロコダイルは憤怒の表情を浮かべ、アキトを鋭く射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お遊びもここまでだ!即刻、貴様を砂漠の塵に変えてやる!!」

 

 クロコダイルは自身の足を砂へと変え、猛スピードでアキトへと突貫した。

 アキトは足元の地面を足で叩き、大地そのものを岩盤と共に強制的に立ち上がらせる。 

 

 しかし、クロコダイルは上空へと飛翔し、それを回避し、眼下のアキトへと"砂嵐(サーブルス)"を叩き付ける。

 アキトが砂嵐を斥力の力で吹き飛ばすも、背後に回ったクロコダイルがフックを振りかぶっていた。

 

 アキトは背後から迫るフックを掴み、クロコダイルを遠方へと力の限り投げ飛ばす。

 

「"砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)"!!」

 

 掌を前方へと突き出し、アキトは砂の断層攻撃を握り潰す。

 続けて、放たれた第二撃は衝撃波で相殺させた。

 

 数多の攻防の押収、拳とフック、能力を幾度もぶつけ合い、両者はその場を駆け巡る。

 周囲の建造物が崩れ、崩壊し、粉微塵と化していく。

 

 アキトの身体が軋み、悲鳴を上げる。

 

 時間の経過と共に身体が重く、感覚が麻痺していく。

 

 渾身の思いを込め、放った掌底もクロコダイルの実態を捉えるには至らない。

 クロコダイルが僅かに驚愕した様子を見せたが、言ってしまえばそれだけだ。

 やはり今の状態で覇気を遣っても届くことはない。

 

 今のアキトは己の身体に能力を使用し、強制的に身体を動かし、酷使している状態だ。

 このままではいずれ早いうちに限界が訪れてしまう。

 

「くはは、息が上がってきているぞ?」

 

 ビビ達のために少しでも時間を稼ぐべくアキトは戦闘を続行する。

 

「……!」

 

 身体を酷使し、再びクロコダイルへと向かっていこうとしたアキトだが、足元に違和感を感じた。

 見下ろせば自身の足首には誰かの腕が

 

 怪訝な表情を浮かべたアキトだが、次の瞬間、途轍もない勢いで上空へと引っ張られた。

 不安定な態勢で空を見上げれば巨大な隼に跨ったルフィの姿が見えた。

 

漸くか……!

 

 アキトは船長の帰還と到着に安堵の表情を浮かべ、足元に力を込め、大気を踏みしめたまま足を振りぬいた。

 

「アキト!交代だ!」

 

 アキトの脚力を上乗せされたルフィは弾丸のようにクロコダイルへと突貫する。

 アキトの能力込みで吹き飛ばされたルフィは途轍もない速度でクロコダイルへと迫り、次の瞬間には奴を吹き飛ばしていた。

 

─選手交代の時間だ─




クロコダイル「"砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)"!!」
アキト「神羅天征!!」


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最善にして最高の策

 時計台に隠された爆弾を処理すべく、ビビは奮闘する。

 爆弾の番人であったMr.7&ミス・ファーザーズデーペアは早々にご退場頂いた。 

 

 ルフィをクロコダイルへと飛ばしたアキトは、ナミ達と合流する。

 ビビとペルーの2人とも合流し、行動を共にすることになった。

 

 その後、身を潜めていたMr.7&ミス・ファーザーズデーの両者は時計台からその姿を現した刹那、瞬く間に撃破される。

 眼下の戦場を意気揚々とした様子で見下ろしていた奴らを足蹴にし、アキトがその場に到着したのである。

 

 しかし、爆弾は時限式であり、例え導火線を断ち切ろうとも意味などなかった。

 己の無力に嘆き、ビビはクロコダイルに対して憎悪を吐く。

 血が出るほど強く拳を握り締め、何度も地面に己の両手を叩き付けた。

 

 事態が最悪のものであると理解し、アキトは既に満身創痍の状態ながらも、爆弾の処理を決意する。

 焦燥した表情を見せるビビの肩に優し気に手を置き、アキトは爆弾へと歩み寄った。

 

 血だらけの状態ながらも同じくこの場に到着したペルーの協力を経て、アキトとペルの2人は宙へと飛翔した。

 爆弾をペルが抱え上げ、爆弾の処理をアキトが担当する役割だ。

 

「手筈通り頼むぞ、アキト君!」

「ええ、分かっていますよ、ペルさん」

 

 ペルは爆弾を真下のアキトへと投下する。

 後はアキトの能力にて天高く吹き飛ばし、事なきを得るだけだ。

 これが現状考えられる最善にして最高の策である。

 

 アキトは疲労困憊の身体に鞭を打ち、手をかざし、現状放てる最大限の威力の衝撃波にて爆弾を吹き飛ばした。

 遥か彼方、被害が及ばない上空へと

 

 あと数秒で大爆発を引き起こす爆弾の余波から身を守るべくアキトはペルの下へと歩み寄る。

 

「……!?」

 

 しかし、そう取り繕うのも此処までだ。

 後は自分一人で対処する。

 

 ペルさんには申し訳ないが、この場からご退場願おう。

 能力込みで彼の襟首を掴み、ビビが見上げている時計台へと勢い良く投げ飛ばす。 

 少し手荒であるが許して欲しい。

 

 見ればペルは理解が出来ないと言わんばかりの表情で墜落していく。

 アキトはそんな彼を静かに見下ろしている。

 

 時計台にて待機していたビビは事態が理解出来ないとばかりに狼狽し、両者の遣り取りを見上げていた。 

 回顧するはアキトの言葉

 

 

『爆弾が爆発する瞬間に、ペルさんが爆弾を真下に投下してください。投下された爆弾を俺が能力で遥か上空まで吹き飛ばします』

 

『今の自分の状態では半径5㎞が爆発範囲である爆弾の余波を完全に防ぐことは難しいです』

 

『だから、直撃は避けます』

 

『そのための俺とペルさんの連携です』

 

『爆弾を遥か上空まで吹き飛ばした後、俺が能力で爆発と爆風を何とかする(・・・・・)のでペルさんは安心してください』

 

 何とかする?、一体どうやって?

 それは自身の身の安全は含まれていたのか?

 

 まさか今の彼には自身とペルの二人を守る力も残っていなかったのではないか?

 今までの彼なら身に迫る脅威は全て防御していたはずだ。

 

 クロコダイルと相対したあの地下室然り

 宮殿での二度目のクロコダイルとの衝突然り

 

 だが、今、この瞬間だけは彼はそうしなかった。

 そこで気付くべきだったのだ。

 形容し難い程のこの違和感の正体に

 

『これが現状、考えられる最善(・・)にして最高(・・)の策です』

 

 最善に最高の策?

 まさかそれは私とペルの身の安全が確保されていることが前提の策ではないのか?

 

 アキトの能力なら万が一にも生存する可能性はあるだろう。

 何故ならペルの能力は防御に適した能力ではないのだから

 ペルがあの超重量の爆弾を上空まで運び、その後はアキトが対処する。

 成程、確かにこの策は単純明快かつ効率的、最善(・・)にして最高(・・)の策だ。

 

 だが、それはアキト自身の身の安全が保障してあればの話であるが

 

 瞳から流れる涙が止まらない。

 声は枯れ、何度も咳き込む。

 視界は曇り、真面に上空さえも見上げることも出来ない。

 

 緊迫とした状況でも、ビビは今なお上空に浮遊し、宙にて佇むアキトが此方を見据えた気がした。

 錯覚かもしれない。

 

 しかし、それでも……

 彼の真紅の瞳が自分を見据えた気がしたのだ。

 口元に笑みを浮かべ、静かに此方を見下ろす彼を

 

 

 

 

 

 途端、アラバスタ王国の全土を眩いまでの極光が照らし出す。

 その光はこの場の全てを震撼させ、振動させる。

 

 ビビは必死に前方へと手を宙に佇むアキトへと伸ばす。

 今なお、本人はその場から動こうとしない。

 

 しかし、アキトには回避する時間すら存在しなかった。

 ペルを宙からこの時計台まで投げ落とした時には秒針は既にゼロに達していたのだ。

 アキトは左手で顔を覆い、目を細め、来たるべく爆発と向かい合う。

 

 

 

「アキトさん!」

 

 ビビの絶叫虚しく、アラバスタ王国を滅ぼしうる爆弾がアキトを包み込み、次の瞬間には大爆発を引き起こす。

 天を裂き、爆風を巻き起こし、光の極光とも呼ぶべき爆発が止んだころには何も残らない。

 

 空を覆う雲も、爆弾の姿も、鳥も、アキトの姿も

 全てが消えていた。

 

 弱々し気な様子で崩れ落ち、ビビは泣き叫ぶ。

 時を同じくして時計台の傍で成り行きを見据えていたナミも泣き崩れていた。

 

  

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 神殿が崩れ落ち、崩壊していく。

 地がひび割れ、倒壊していく。

 

 そんなまともな足元も見つからない状況で、ルフィとクロコダイルは戦っていた。

 

 両者は既に満身創痍

 方や二度の戦闘で腹に風穴を開けられ、ミイラにさせられたルフィ

 肩は無残にも裂け、さそりの毒がその身を毒している。

 

 方や王下七武海であるサー・クロコダイル

 体の至る箇所から血を流し、額には大きな傷跡が見える。

 

 ルフィの絶叫、否、魂の声が鳴り響く。

 人体の急所である鳩尾に鋭い拳が突き刺さり、クロコダイルは吐血する。

 

「ああああああ───!!」

「か……はっ!?」

 

 ルフィの攻撃は止まらない。

 顎を蹴り飛ばし、クロコダイルをタイル造りの地面に深く減り込ませる。

 

 

このガキのどこに此処までの力が……?

 

サソリの毒は間違いなく効いている。ならばこの力は一体……!?

 

 

 

 

 

『アンラッキーズからの連絡が途絶えだと?それは一体どういうことだ?』

 

『こちらクソレストラン、ご用件は?』

 

『何ふざけてやがるんだ、手前ェは?』

 

『クロコダイル!!』

 

『これはこれは、わざわざこの場にご足労なもんだな、アラバスタ王国王女ビビ。いやミ

ス・ウェンズデー』

 

『何度だって来るわよ!貴方に死んで欲しいから…!Mr.0!!』

 

『死ぬのは、このくだらねェ国だぜ、ミス・ウェンズデー?』

 

『幾らだ?幾ら出せば、俺の下につく?』

 

『折角の提案だが、自分はあんたの計画に興味はない』

 

『ビビは俺達の仲間だ。そこに助ける理由を問う必要なんてない』

 

『くはは、それが貴様らの言う信頼というやつか』

 

『そんなに仲間が大事ならば貴様らの言う"信頼"と共に此処で死ね』

 

『船長ってのは何時でも率先して戦わなきゃいけないんだ』

 

『アキトにばかり頼ってちゃいちゃいけないんだ』

 

『……だからお前は俺が倒す』

 

『分かってんのか、手前ェらの船長はもう死んだ。それにこのアラバスタ王国もじき終わる』

 

『この国は救われる。他ならぬビビの手によって』

 

『何寝言を言うかと思えば。笑えない冗談だ』

 

『イカれるのなら一人でしろよ』

 

『お前が及ぼした被害は両手の指じゃ足りないんだよ』

 

『この国やビビ達は関係ないだろうが』

 

『悪が蔓延ることに何の矛盾がある?何故、俺をそこまで目の敵にする?』

 

『……だから滅ぼされてきた』

 

『だからお前達も俺達が滅ぼす』

 

『馬鹿なっ……!?』

 

『クロコダイル───!!』

 

『麦わらぁ……!』

 

『ふふ、分かっていたわ。貴方がいずれ私を殺そうとすることくらい……!』

 

『全てを許そう、ニコ・ロビン!何故なら俺は最初から誰も信頼などしていないからさ!』

 

『俺は"海賊王"になる男だ……!』

 

『この海の恐ろしさを知れば、そんな夢を語ることなどできなくなるのさ!』

 

『俺はお前を超える男だ……!』

 

 甘さは捨てた。

 信頼など不要、仲間など必要ない。

 

『死なせたくないから"仲間"だろうが!?』

 

 俺は二度と似の轍を踏まない。

 夢見る時代は終わったのだ。

 

「どこの馬とも知れない小物が……」

 

 こんな所で、こんな所で……

 こんなイキの良いルーキーなんぞに……!

 俺の十数年の計画を……!

 

「この俺を誰だと思っていやがる!」

 

 クロコダイルはへし折れた毒針に代わり、ルフィへと短剣を振りかぶった。

 

「お前がどこの誰だろうと……」

 

 

 

「俺はお前を超えていく!!」

 

 万感の思いを込めたルフィの蹴りが炸裂し、クロコダイルを蹴り飛ばす。

 

「……さっさとこの廃墟と化した神殿と共に潰れちまうがいい!」

 

 

 

砂嵐(サーブルス)"重”(ペサード)!!」

 

 

 

「"ゴムゴムの"……」

 

 俺は、俺はァ……!

 

『俺は"海賊王"になる男だ……!』

 

『いいか、麦わら。この海の恐ろしさを知れば、そんな夢を語ることなどできなくなるのさ!』

 

 宙にて対峙するルフィとクロコダイル

 決着の時だ。

 

 

 

 

 

 

 

”砂漠の金剛宝刀”(デザート・ラ スパーダ)!!」

"暴風雨"(ストーム)!!」

 

 顕現するは大地を容易く両断する威力を秘めた砂漠の宝刀

 対して放たれるは暴風が如く連撃

 

 どちらも必殺の威力を秘めた一撃だ。

 しかし、両者の力の拮抗は一瞬であり、砂漠の宝刀が無残にも、虚しく砕け散った。

 

 周囲一帯に、ルフィの咆哮が鳴り響く。

 自身の必殺の一撃を破られたクロコダイルは為す術なく拳の連打を受け、天井に叩き付けられる。

 

 やがてこの神殿を形成する天井の岩盤が砕け、崩壊し、クロコダイルを天高く吹き飛ばした。

 

 

 

「……」

 

 その光景を遠方から見つめるはビビ

 泣き崩れながらも彼女は茫然とクロコダイルを見据える。

 

「ルフィさん……」

 

 ルフィが自身との約束を守ってくれたのだ。

 しかし、戦争が止まることはなく、地上では大勢の血が流れ続けている。

 

「爆弾はアキトさんが処理してくれた……!」

 

「クロコダイルはルフィさんが倒してくれた……!」

 

「もう、もう……!戦う理由なんて何一つないのに……!!」

 

 

 

 

 

「戦いを、戦いを止めてください!!」

 

 ビビの魂からの叫びが周囲に響き渡り、広場を震撼させる。

 狂気に呑まれ、血みどろになりながらも戦闘を繰り広げていた者達が正気を取り戻し始めた。

 

 武器を力なく手から離し、時計台へ、ビビが佇む場へと目を向ける。

 既に彼らの目に狂気は存在しない。

 

─こうしてビビの叫びが、数十年にも渡る長きに渡る戦いに終止符を打つことになった─




流石に原作を読み返してもペルさん、あの大爆発で生きているのは流石に無理・無理(ヾノ・∀・`)
あの至近距離で大爆発の直撃を受け、上半身に怪我だけって(ヾノ・∀・`)ナイナイ


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アキトとビビ

 時は深夜

 太陽は既に地平線に沈み、沈黙と闇が支配する。

 

「─」

 

 甲高いいびきが室内に鳴り響く中、アキトは目を覚ました。

 痛みがその身を走り、眉根を寄せる。

 

 身体は寝台に深く沈み込み、幾度も眠気を引き起こす。

 見れば自身の上半身には包帯が何重にも巻かれ、処置が施されていた。

 

 覚束ない意識で周囲を見渡せば、ルフィ達がそれぞれの寝台にて眠りに落ちていた。

 ある者は甲高いいびきを掻き、ある者は寝台から滑り落ちている。

 

 そして、何故か自身の寝台にはナミの姿があった。

 アキトの右肩に頭を預ける形で、彼女は静かに寝息を立てている。

 何故、ナミが自身の寝台にいるのだろうか。

 

「……ッ!」

 

 思案するアキトの身体に再び、激痛が走る。

 やはりあの爆発の余波を受け、ただでは済まなかったようだ。

 だが今、自分は生きている。

 

 生きてさえいれば儲けものだ。

 どうやら賭けにも等しいものであったが上手くいった。

 

 あの瞬間、刹那の刻に、自身の身に迫る爆炎と爆風から最後の力を振り絞り、能力を発動させた。

 衝撃波を放つことで爆弾の威力を殺し、衝撃を分散させ、自身は流れに任せる形で眼下の大地へと落ちたのである。

 

 そこで自分の意識は途切れているが、自分は今、生きている。

 高笑いでも浮かべたい気分だ。

 

「……」

 

 能力により身体を浮遊させ、寝台から静かに起き上がる。

 ナミを起こさないように彼女を先程まで自分が寝ていた場所に運び、アキトは寝室を後にした。

 

 深夜の廊下を浮かび上がる形で進み、とある部屋へと足を進める。

 とあるに部屋に入室すれば、室内にはビビが1人で星々が煌めく夜空を眺めていた。

 

 月光に映えるビビの姿はとても綺麗だ。

 アキトは額に巻かれた包帯を解きながら、彼女の下へと足を進める。

 

「アキトさん……」

 

 アキトの存在に気付いたビビは呆然と、まるで目の前のアキトを幽霊でも見るようにビビは驚愕した表情を浮かべる。

 

「……アキトさん、目を覚ましたのですか?」

 

 少しばかり身体が痛むが、問題ない。

 彼女は月光を背中に受けながら、覚束ない足取りで此方に近付いてくる。 

 

 だが、彼女の安否を心配する声音とは裏腹に、アキトの頬に張り手が炸裂した。

 

「……ッ!私がどれだけ心配したと思っているんですか……!」

「……」

 

 ビビの瞳は涙で濡れ、静かに泣いていた。

 振りかぶった右手は震えている。

 

「いえ、私だけではありません!ルフィさん達は勿論、ナミさんは泣きながらアキトさんを看病していたんですよ!?」

「……」

 

 広場の上空で爆弾が爆発した後、アキトは物凄い勢いで地上へと墜落した。

 既にその身に意識はなく、服は無残にも消失し、身体からは血を垂れ流しながら、満身創痍の状態で倒れていたのだ。

 

 その場に居合わせた誰もがアキトの余りの酷い状態に息を呑み、驚愕を隠せなかった。

 ナミは涙を流しながらアキトを抱え上げ、助けを呼んでいた。

 今でもその時の状況を詳細に思い返すことが出来る。

 

「何であんなことしたんですか?」

「ビビ……」

 

 胸倉を掴みながら、ビビはアキトへと詰め寄る。

 

「何で私とペルに何も言うことなくあんな危険なことしたんですか……っ!?」

「……あれが最善にして最高の策だった。ビビもそれは分かっているはずだ」

 

 思案気な表情を浮かべながら、アキトは彼女の問いに応える。

 

「……」

「ペルさんが爆弾を上空に運び、後は俺が対処する。その方法が一番成功する可能性が高かった」

 

「あの時の俺の状態ではペルさんを守り切るのは難しい」

 

「ペルさんは飛行に優れ、俺は防御に優れていた」

 

 所謂、適材適所というやつだ。

 そこに何の疑問があるというのだろうか。

 

「ですがそれではアキトさんが死んでしまうかもしれなかったんですよ!?」

「……」

 

 当然、アキトだって死ぬのは怖い。

 しかし、それ以上にあの場ではあの策が最善にして最高の策であったことは間違いないのだ。

 それを確実な方法で実行できるのは己のみであった。

 

「本当に心配したんです」

 

「アキトさんが死んでしまったのではないかと本当に心配で、心配で……」

 

 見ればビビはアキトの身体に縋り付きながら、泣いていた。

 肩を震わせがら、額を胸元に押し付け、アキトの身体を抱き締めている。

 

「アキトさん、反省してください……」

「……ビビ、すまなかった」

 

 アキトはむせび泣くビビの腰に手を回し、抱き締める。

 アキトは自分を心から心配してくれたビビに対して嬉しく感じると同時に、強い後悔の念も感じざるを得ない。

 

 深夜のとある寝室にて2人の男女が月光の下に照らし出される。

 アキトはただ、自身の為に涙を流してくれる女性に悔いながら、抱き締めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 大浴場にて湯気が立ち昇る。

 ナミとビビの2人は互いの背中を流し合っていた。

 

 そんな中、頭上から感じる邪な視線

 

 男風呂と女風呂を仕切る壁を見上げれば、ルフィを含む男勢達が女風呂の中を覗き見ていた。

 ルフィにいたってはガン見である。

 

「ちょっと、皆!?」

 

 ビビは頬を赤らめ、身を抱きしめる。

 いくらタオル越しとは言え異性に見られるのは恥ずかしいのだろう。

 

「あいつら……」

 

 ナミは呆れ返る余り、嘆息してしまう。

 ビビはそんな彼女に縋りつく。

 だが、慌てふためくビビとは対照的にナミは至って冷静であった。

 

「ナミさん、何でそんな冷静なの!?」

「落ち着きなさい、ビビ。あっちにはアキトがいるのよ?」

 

 背後を振り返ることもなく、ナミはそう豪語する。

 ナミの言葉にはアキトに対する信頼が溢れていた。

 

 

 

「何をやっているんだ、お前ら?」

 

 そして、ナミの想いに応えるようにアキトの声が大浴場に響く。

 

 

 

「何だ…!?」

「体が引っ張られる……!?」

 

 途端、ルフィ達は不可視の力で引き寄せられ、地面に叩き付けられた。

 

「何か弁明は?」

 

 そんな彼らの眼前には静かに腕を組みながら仁王立ちしているアキトの姿が

 

 顔が全く笑っていない。

 恐ろしい程の真顔である。

 

 少し遅れて遅れて風呂場に到着したアキトが大浴場に入れば覗きをしているバカどもの姿があった。

 言うまでもなく絶許ものだ。

 

「こ、これはアキトくん……」

「ははは、アキト……」

「先ずは話でも……」

「ちょっと待って頂けないでしょうか、アキト様」

 

 ウソップがアキトを落ち着かせようと懇願する。

 冷や汗が止まらない。

 

 この場にて覗きをしていた全員の顔が真っ青であった。

 普段穏やかなアキトが怒ったときの恐ろしさは凄まじい。

 

 見れば普段、あの無頓着なルフィまでもが正座している。

 ゾロとチョッパーは我関せずといった様子である。

 

「お前らに言っておくことがある」

 

「女性の体を軽い気持ちで覗き見るのはやめろ。そういったことは交際している男女が合意の上で進める行為だ。軽々しい気持ちで覗きなんてするもんじゃない」

 

 常識を兼ね備えているアキトは覗きをいう行為が許せない。

 それを軽々しい気持ちで行うことが

 

 怪我人とは思えない程の凄まじい眼光で、ルフィ達を威圧する。

 見れば感情の高ぶりの影響か、周囲には微風が吹き、大浴場の湯気を一掃している。

 ルフィ達は余りのアキトの迫力に首肯することしか出来ない。

 

「お前ら二度と覗きなんて真似するなよ」

 

 アキトはルフィ達に念を押し、話を締めくくる。

 許してくれたのだろうか。

 

「わ、分かった。すまねえ、アキト」

 

 皆一様に安心したようにほっとし、脱力した。

 

 

 

 

 

「まあ、許すなんて一言も言っていないんだがな」

 

 しかし、それで許すアキトではない。

 さあ、リハビリも兼ねた運動の時間だ。

 

「ルフィー!?」

「邪魔をするな、アキト!」

「狼狽えるな、お前らァ!アキトも一人の人間だ、人海戦術だ!」

「無駄無駄ァ───!」

 

 アキトはサンジを中心とした反撃を迎え撃つ。

 だがサンジ達の威勢は長くは続かなかった。

 スクラップの始まりである。

 

「腕はそっちの方向には曲がらな…!?」

「すいません、調子乗ってました!お許しを、アキト様……ッ!?」

「アキト君、落ち着けェ!?」

「チョッパー、この辺か?」

「おう、そこを洗ってくれ、ゾロ。」

「国王様ー!?」

 

 聞き耳持たず。

 アキトの蹂躙が止めることはない。

 

 暫くの間、ルフィ達の絶叫は止むことはなかった。 

 

 

 

 

 

「ね、大丈夫だったでしょ?」

「そうだけど、少しやり過ぎなんじゃ……」

「ビビ、甘いわ。あいつらは私達を覗き見していたのよ?」

 

 そう、当然の報いだ。

 覗き犯、死すべし、慈悲はない。

 

「そんなことより今度は私の番よ、ビビ。」

 

 ビビは事態に付いていけず、呆然とするしかない。

 アキトの気遣いへの嬉しさ半分、驚愕半分と今の彼女の心情は荒れに荒れている。

 

 覗き犯達の悲鳴を背景に、ナミとビビの2人は穏やかな時間を過ごした。




覗き見・駄目、絶対(至言)


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さらば王女ビビ、また会う日まで

 アルバーナの式典が始まる。

 

『少し冒険をしました』

 

 拡声器から流れるはアラバスタ王国王女であるビビの声

 

『砂漠に存在する僅かな水を探すが如く、過酷な旅でした』

 

 ルフィ達はビビを仲間に迎えるべく船を進める。

 東の港へ向かい、舵を切る。

 

 当初の手筈通り東の港が一望出来る場所まで船を近付け、ビビを待つ。

 その場に現れたビビをアキトが抱え上げる形でメリー号へと運ぶ手筈だ。

 

『ですが、心強い仲間と共に舵を切る旅は何事にも代え難い宝物でした』

 

 しかし、数多くの船を従えた海軍が彼らの前に立ちふさがる。

 全方位を包囲することでメリー号を徐々に傷付けていく。

 

 火花が散り、爆炎と爆煙が立ち昇る。

 

『信じ難い程に力強い島々、これまでの常識が一切通用しない旅は今なお私の心に刻み込まれています』

 

 黒槍がメリー号に突き刺さり、刻一刻とルフィ達を窮地へと誘う。

 ビビはまだ東の港に現れない。

 

「ビビ、来ねェな」

「当然だ、ビビちゃんは俺達が海賊になった時とは事情が違うんだ」

「アキトがビビを抱えて、王宮から逃げてこれば良かったんじゃねェのか?」

 

 無茶言うな、アキトは切実にそう思う。

 

『──お別れを言わなければなりません』

 

 立志式も佳境に入る。

 

『旅はまだ続けたいですが、私はそれ以上にこの国を……』

 

 

 

 

 

『このアラバスタ王国を愛しているから!』

 

 

 

 

 

『だから、私は一緒に行けません!』

 

 ビビの声がアラバスタ王国全土に響き渡る。

 彼女の決意表明が全国民の耳に、ルフィ達の耳にも届いた。 

 

 静かにルフィ達はアラバスタ王国へと背を向け、舵を切る。

 "仲間の印"を掲げ、メリー号は次なる旅へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『寂しいぃぃ──』

 

 力無く両腕を伸ばし、涙ぐむルフィ達

 ビビとMr.2ボンクレーの喪失は彼らの胸に突き刺さっていた。

 

「ビビィィ……」

「ビビちゃん……」

「ボンちゃん……」

 

 ただ、アキトとゾロの2人を除いての話だが

 

「いい加減しつこいぞ、お前ら」

 

 バッサリと彼らはルフィ達の嘆きを断つ。

 正に諸行無常

 

 アキトはそんなゾロの同意するように首肯する。

 アキトもどうやらゾロと同意見の様だ。

 

「うわぁ、野蛮人……」

「クソマリモ……」

「6刀流……」

「倍にしてどうすんだよ!」

「イケメン……」

「おい、ナミ。それ褒めてるから!」

 

 矢継ぎ早にルフィ達はアキトとゾロに向かう非難の声

 

「うぅぅ、アキトはビビやボンちゃんに対して何も思わないの?」

 

 涙ぐみながらナミはアキトに質問を投げ掛ける。

 

 

いやぁ、まあ。別に何も?

 

 

 ゾロ同様、アキトはMr.2ボン・クレーに対して特に感慨深い感情を抱いているわけではなかった。

 ビビは別であるが

 

 良い奴ではあったのだろう。

 仲間思いで、陽気で、良識も持ち合わせていた。

 最後にはルフィ達を友達だからと自ら囮を買い、海軍から救ってくれた。

 

 だが、アキトにとってはそれだけだ。

 

 Mr.2ボン・クレー

 B・W(バロックワークス)の幹部にしてマネマネの実の能力者

 アラバスタ王国で多数の死傷者を生み出す要因を生み出し、クロコダイルにルフィ達の顔をリークした張本人

 

 アキトはビビの国を混乱と混沌に陥れた敵であった彼に涙を流すことはどうしても出来なかった。

 海軍から救ってくれたことに感謝させすれど、それとこれとでは別の話である。

 

「漸く島を出たみたいね、お疲れ様」

 

 突如、感傷に浸るルフィ達の前に、メリー号のデッキに一人の女性の声が響いた。

 

「手前ェ、あの時の!?組織の仇討ちか!?」

「何であんたがこの船に当然の様に乗っているのよ!」

「非常事態発生──!非常事態発生──!」

「あの時のお姉サマ~!」

「あー、やっぱりお前生きてたのか?」

「……っておい、アキト!お前、何呑気に寝転がってだよ!?」

「メリー号のデッキで寝ることが駄目なのか?」

「違ェよ!アキトは敵を前にして何も思わないのかよ!?」

「いやぁ、まあ。別に何も?」

 

 漸くアラバスタ王国の事件が解決し、休養を取ることが出来るのだ。

 少しは休ませて欲しい。

 

「ああ、それとサンジ……」

 

 件の女性、ロビンの登場にメロメロになっているサンジにアキトが衝撃の事実を暴露する。

 

 

 

 

 

 

 

「一体いつから、ビビがこの船に乗っていないと思っていたんだ?」

 

 アキトの言葉を皮切りに船室の扉が弱々し気に開かれ、ビビが恥ずかし気にルフィ達の前に姿を現す。

 先程、別れを告げたビビ本人に間違いなかった。

 

 ルフィ達は余りの急展開に付いていけない。

 B・W(バロックワークス)の元副社長ニコ・ロビン、アラバスタ王国王女ビビの突然の登場にルフィ達は騒ぎ立てるのであった。

 

 

「ああ、それと私を貴方達の仲間に入れて」

『ファ!?』

 

 ニコ・ロビンの何処までもマイペースな発言に船上の喧騒は止まるとこを知らず、混沌が場を支配する。

 

「ああ、それとビビをメリー号に昨夜秘密裏に運んだのは俺だから」

『は!?』

 

 何だかんだ似た波長を発する二人であり、アキトはロビンとは気が合うことを直感的に感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 皆が寝静まり、静寂が場を支配する。

 とある王宮の一室でビビは自身の王であるコブラとその側近であるぺル達と対面していた。

 

「迷っているのだろう、ビビ?」

「パパ……」

 

 父の的確な問いかけにビビは狼狽える。

 

「ルフィ君達の仲間になるか、王女として過ごすかの板挟みの状況に……」

 

「確かに一国の王女が海賊になることは前代未聞の出来事であることは間違いない。王女として許されることでもないだろう」

 

 今やアラバスタ王国は復興の最中にある。

 この重要な時期に一介の王女が海賊の仲間に加わり、国を飛び出すなど言語道断だ。

 

「だがなビビよ、私は一国の王である前に一人の父親だ」

 

 コブラは自身の愛娘であるビビに優し気に語り掛ける。

 慈しむ様に、安心させるように穏やかな口調で

 

「親とは誰よりも子供の旅立ちと成長、そして幸せを望んでいるものだ」

 

 無論、王女としての道を選ぶことも望んでもいるが

 

「ビビよ、お前にはこれまで随分と苦労を掛けてしまったな」

 

 一国を脅かす組織、B・W(バロックワークス)へと侵入し、死と隣り合わせの人生を歩ませてしまった。

 そのことに一介の父親として申し訳なく感じていたことは否定出来ない。

 

「もしもの場合はアラバスタ王国のことは任せておけ。なあに、私には頼りになるイガラムとペル、チャカがいる」

 

「それに我が愛するアラバスタ王国の国民もな」

 

 王女としての道を違えようとしているビビをコブラは王ではなく、一人の父親として背中を押す。

 愛する娘の人生に幸あれ、と強く望んで

 

「ビビ様、成長なされましたな。このペル、感服致しました」

「ペル……」

 

 次にぺルが王女へと諫言する。

 

「本当に大きく、逞しくなられた。一国の王女として、そして女性としても……」

 

 ビビの頬が紅く染まる。

 彼女の反応からコブラ達は確信した。

 

「何も恥じる必要はありませんぞ、ビビ様」

 

 チャカのぺルへの援護射撃、その言葉は羞恥に耐えるビビに突き刺さる。

 

「彼には私がクロコダイルの強靭な力に敗れそうになった折に助けてもらった恩がある。無論、ペルも同様だ」

 

 ペルも力強く首肯する。

 

「実力良し、性格良し、ルックス良し」

「かなりの優良物件ですぞ、ビビ様!」

「うむ、ビビよ。彼をあのリストに候補者として記しておこう」

「おお、それは良案ですな、国王様!」

「おお、それでは早速このイガラム、件のリストを探してまいります!」

「ちょっと待って、皆!?」

 

リストって何!?

候補者って何!?

あとそのニヤニヤした表情止めて!?

 

「まあ、ともかくだ、ビビよ。自分の心に素直になるのだ」

「パパ……」

 

 人生は一度きり、愛する娘には悔いのない人生を歩んで欲しい。

 一人の父親としてのコブラは切実にビビの幸せを望む。

 

「もし、ビビが彼らの仲間になるのならそれもビビの人生だ」

 

 無論、止めはしない。

 

「それにあらゆる場合を想定し、アキト君には話を通してある」

「アキトさんに?」

 

 自身のあずかり知らぬ所で事が進んでいることにビビは驚きを露わにする。

 

「うむ、有事の際には白電伝虫を彼に渡してあるから、もしもの時は気軽に連絡すると良い」

「パパ……」

 

 白電伝虫、盗聴電伝虫の電波を飛ばすことが可能な電伝虫だ。

 

「早急にアラバスタ王国に帰還する必要が生じた折には、アキト君に送ってもらうということで彼に了承を貰っている」

 

 本人曰く、偉大なる航路(グランドライン)を数時間で逆走可能とのこと

 これならば有事の際にはビビはアラバスタ王国に帰還することが出来るだろう。

 

 立志式では録音したビビの音声を流し、ビビ本人はルフィ達が出航する前にアキトに送ってもらう。

 因みに立志式では王女が立志式の時点ではアラバスタ王国の国内にいることを強く思わせるために、女装したイガラムに国民の前で踊ってもらう。

 

 王女ビビは顕在だと、強く印象付けるためだ。

 ビビは別の場所でスピーチを行っているのだと

 

 その後、アラバスタ王国では王女ビビは国外へと勉学に励むべく旅立った噂を、それとなしに流すことで混乱を防ぐ。

 勿論、コブラ達がそれとなしに裏で手を回すことも忘れない。

 

 これが計画の全容である。

 無論、アキトはこのことをルフィ達には伝えるつもりはない。

 

 "敵を騙すにはまず味方から"、要らぬ想定外のトラブルを防ぐべく、万全を期しておく。

 また、仮に政府に麦わら海賊団とアラバスタ王国王女ビビとの関係が露見した場合は、責任を負う約束を交わしてもいる。

 

 ビビがこのことを知ることは現状では有り得ないが、これが今回の事体の全容だ。

 

 

 

 

 

「皆さん、これからもよろしくお願いします!」

 

 ビビは笑顔一杯にルフィ達へと頭を下げる。

 

「お前ら、宴だ───!!」

 

 ルフィの言葉を皮切りにメリー号のデッキ上は新たな仲間ビビを祝うべき、宴を始めた。

 サンジは余りの喜びに過呼吸を引き起こすレベルで喜び、ナミはビビへと抱きついている。

 

 ビビも心からの笑顔を浮かべ、ナミの抱擁を受ける。

 アキトも静かに笑っていた。

 

 新たな仲間ビビを加えたメリー号は次なる冒険へと向け、舵を切る。

 ルフィ達の冒険はまだ終わらない。 

 

 

 

To be continued...




これで終わりじゃないよ?
あと、ビビの決意表明に嘘偽りはありませんのでそこはご理解を
流石にアラバスタ王国は白電伝虫を持っているという設定ですのでそこもご了承を

さらば王女ビビ、また会う日まで





→ さらば(アラバスタ王国)王女ビビ、また会う日まで(ルフィ達と海へと出航するから)

という意味深なタイトル

<アンケート結果(2018/7/31)>
yes:27票
no:23票
どちらでもok:1票

喝采を!ビビのルフィ達の仲間入りに拍手喝采を!


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Extra StoryⅡ
ビビの心象Ⅰ


 アラバスタ王国王女

 それが私の肩書きだ。

 

 尤も過去には、アラバスタ王国の転覆を目的に秘密裏に暗躍する秘密結社B・W(バロックワークス)に潜入していた経歴を持っている。

 

 近年、アラバスタ王国の国内では内乱が絶えることなく、現国王であるネフェルタリ・コブラへの国民達の疑心が募っていた。

 争いの火種が各地に点在することになった背景にはB・W(バロックワークス)の暗躍があることを突き止めた私とイガラムはB・W(バロックワークス)に潜入することを決意する。

 

 王女から一転、犯罪組織であるB・W(バロックワークス)に在籍することに抵抗感が無かったと言えば嘘になる。

 だが、私も一国の王女であり、将来アラバスタ王国を先導していくことになる身だ。

 

 愛する臣民と王国の為に体を張らずして、何が王女か

 命を懸けずして何がアラバスタ王国王女か

 

 当時の私は祖国であるアラバスタ王国を救うべく奮闘し、心に余裕など無かった。

 ましてや一人の男性に生まれて初めて恋慕の情を抱くなどもっての他であっただろう。

 

 当時の私が現在の私を見れば信じられないとばかりに呆けるに違いない。

 王女としての立場を捨て、一介の海賊になり、一人の男性に懸想の念を抱くなど

 

 B・W(バロックワークス)という敵組織に身を置き、恋とは無縁の人生を歩んできた私が一人の男性に恋慕にも似た情を抱くなど

 死と隣り合わせの数年間を過ごしてきた自分が気付けば一人の男性の姿を目で追っていた。

 

 一体何時からアキトさんの姿を目で追っていたのか。

 それは定かではない。

 ただ一つ言えることはこの想いは憧憬(・・)から始まったということだ。

 

 件の男性、アキトさんと初めて言葉を交わしたのはウイスキーピークであった。

 巨大クジラであるラブーンの捕獲に失敗し、成り行きで当時は敵であったルフィさん達の船に乗った後の出来事だ。

 全ては体面上のB・W(バロックワークス)への貢献の為に

 

 しかし、それも徒労に終わる。

 イガラムを含めた此方の素性を突き止めた刺客が本腰を入れ始めたのだ。

 

 Mr.5・ミス・バレンタイン、B・W(バロックワークス)のオフィサーエージェント、精鋭中の精鋭部隊、それも悪魔の実を食べた二人組だ。

 

 イガラムはボムボムの実のクソ汚い攻撃により倒れ、私はカルーに跨り必死に逃げるしかなった。

 実力差は歴然、地の利は此方にあるが、それ以上に奴らとの間には絶対的な実力差が存在している。

 ならば逃げるしかない。

 

 背後が爆発

 刻一刻と死の気配が迫り、これまたクソ汚い攻撃が火を噴いた。

 

 

 

 それを一刀両断

 

 

 

 突如、現れるはMr.ブシドー

 助けてくれたのだろうか。

 

 見れば彼はクソ汚い攻撃を切ってしまったことに嘆いた後に、何故か麦わら帽子の男と戦闘をし始めた。

 

 

 

 うん、訳が分からない

 "昨日の味方は今日の敵"ということであろうか。

 

 

 

あ、Mr.5とミス・バレンタインが吹き飛ばされた

 

 

 

 今更ながら自分達がとんでもない奴らをこのウイルスピークに誘い込んでしまったらしい。

 

 端的に言って強し

 そして、B・W(バロックワークス)の精鋭、オフィサーエージェント、弱し

 

 しかし、止まらない。

 両者の戦いの余波が飛び火し、沿岸まで辿り着くことが出来ない。

 激突は過激さを増し、周囲を破壊し、より苛烈さを増していく。

 

 

 

 

 そこに一人の男性が降り立った。

 

 文字通り空から自身の前に現れた。

 今なお戦い続ける二人の仲間であろうか。

 

 髪の色は黒、瞳は真紅の長身の男性だ。

 見れば非常に端正な顔つきをしている。

 その男性は眼前の光景に動じることなく、此方に意識を向けている。

 

 その瞳に敵意は無い。

 ただ此方の安否を確認した後は目の前で戦う二人をいとも簡単に鎮圧した。

 

 端的に言って強し

 やはり自分達はとんでもない連中を招いていたようだ。

 もはや後の祭りだが、相手との力量を見誤ったことは愚行と言わざるを得ない。

 

 

 

 

 その後、B・W(バロックワークス)の追っ手を振り切り、私はルフィさん達と共にウイスキーピークを後にした。

 

 かけがえのない仲間を犠牲にして

 

 

 

そんな、イガラム……

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 蝋人形になってしまった。

 誤字にあらず

 

 

 

おのれ、Mr.3、許さん

 

 

 

 燃え盛る炎の中、目を覚ませば、アキトさんがいた。

 何故、燃えていないのか。

 何故、周囲一帯が暑くないのか。

 疑問は尽きない。

 

 だが、ただ一つ確かなことはアキトさんが助けに来てくれたことだ。

 やはり彼も能力者であるようだ。

 

 何の能力者であるかは不明だが、何とも応用性に優れた能力であろうか。

 業火さえも弾き、空中を闊歩するなど並みの能力ではない。

 

 そして、ただ一つ言えることはアキトさんの手はとても温かった。

 とても包容力がある男性だと漠然と感じた瞬間でもあった。

 

 

 

傍から飛んでくるナミさんの視線が怖かったが……

 

 

 

 どうやらナミさんはアキトさんに恋慕に似た感情を抱いてるようだ。

 肝に銘じておこう。

 

 そして、リトルガーデンから発つ際に現れた巨大金魚に対するアキトさんのリアクションが薄すぎたことも強く脳裏に焼き付いている。

 

 どうやらアキトさんは並大抵の事では驚愕に値しないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 古代の生物が蔓延る太古の島・リトルガーデンを発った後にナミさんが床に伏した。

 

 顔は激しく上気し、呼吸も荒く、その場に立っていることも困難な状態だ。

 明らかに普通ではない。

 

 メリー号は瞬く間に大パニックに陥り、ルフィさん達が騒ぎ立てている。

 アキトさんが即座にナミさんを寝室に運び、自分がナミさんの身体をタオルで拭き取った。

 

 騒ぎ立てるルフィ達はアキトの拳で即鎮圧

 余りの痛みにのたうち回り、声にならない叫びをルフィさん達は上げている。

 

 

 

アキトさん、容赦無いですね

 

 

 

 だが、助かった。

 これ以上声を荒げてしまえばナミさんの身体に響いてしまうだろう。

 

 ナミさんに一刻の猶予も残されていないのは事実

 だが、それと同時にアラバスタ王国も刻一刻と破滅のレールを渡っている。

 

 正に板挟みの状況

 ナミさんを選択するか、アラバスタ王国を選択するか。

 

 葛藤に苦しむそんな私を見兼ねてか、アキトさんが声を掛ける。

 その冷静かつ王女としての選択は間違っていないのだと肯定してくれた。

 

 今、アラバスタ王国を優先したとしても解決できるわけでもないのは事実

 ならば今ビビがすべきことは後で後悔しない選択をすることなのだと

 

 それはアキトさんにとって気休め程度の言葉だったのかもしれない。

 葛藤に苦しむ私を元気づけようと何と無しに出た言葉なのかもしれない。

 

 だが、その言葉で私は救われた。

 

 

 

 思えばこれがアキトさんを特別視するきっかけだったのかもしれない。

 アラバスタ王国王女である私はまだまだ未熟だ。

 

 あの時、あの場で選択したことは間違っていなかったのだろうか。

 私は本当に正しい選択をしているのか。

 何度も自問自答したことは数知れない。

 

 そんな自分の背中を後押ししてくれる。

 肯定してくれる。

 それだけでどれだけ救われることか。

 彼は、いや、アキトさんは分かっているのだろうか。

 

 見ればアキトさんはその端正な顔を曇らせ、ナミさんを見ている。

 苦し気に呻くナミさんの左手を心配げに握り締め、彼女の傍から一時も離れない。

 その紅き瞳にはナミを救い出すという強い意志が宿っていた。

 

 

 

 この瞬間、自身の心の内に憧憬の念が生まれた。

 

 こんな状況でこんな思いを抱いてしまうのは不謹慎だと分かっているが、思わざるにはいられなかった。

 心より一人の男性から身を案じられ、想われるナミさんのことを少しだけ羨ましく思ったのだ。

 

 自分の傍にもそんな男性がいれば、どれだけ心休まることか

 どれだけ救われることか

 

 ナミさんとアキトさんを直視できない。

 ただ、私はそんな湧き上がる憧憬の念から目を背け、ナミさんの寝台に寝そべることしか出来なかった。

 

 そんな私の心境に構わず、メリー号は舵を切る。

 

 

 次なるメリー号の目的地は医療大国『ドラム王国』

 




「憧れは理解から最も遠い感情だよ」
→現在のビビの心境を表すとこんな感じですね

やはりビビがアキトに対して想いを抱く背景を描く必要があると考え、今回のビビの心象Ⅰを投稿させて頂きました。
本作では敢えてナミやビビの心象を余り描かず、読者達の想像をかき立てることを目的としています
余りナミとビビの心象を描いてしまうと本編の進行の妨げになってしまいますし、作者である私の作風に背いてしまいますしね('ω')


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空島編
無法地帯"ジャヤ"


 メリー号では新たな仲間であるビビを迎える宴が行われる。

 酒豪であるナミとゾロは次々とジョッキを積み重ね、ルフィは食べに食べる。

 

 アキトはメリー号のデッキの片隅で寝転がっている。

 傍にはビビの姿も

 

「アキトさん、アラバスタ王国ではお世話になりました」

 

 ビビは真摯に、メリー号のデッキに寝転がるアキトに頭を下げる。

 

「アキトさんには何度も命を救ってもらいました。本当に感謝しています」

 

 "夢の町"『レインベース』の地下室でのクロコダイルとの戦闘ないしは脱出然り、爆弾を止めるべく自分の足となり戦場を駆け回ったこと然りだ。

 最後は時限式爆弾を処理し、ペルの命を救ってくれた。

 

「改めてアキトさんにはお礼を伝えたかったんです」

 

 姿勢を正し、アキトはビビと対面する。

 彼女の頬は酒の影響かほんのりと赤く染まっている。

 だが、その瞳に宿る意思は本物であった。

 

「ああ、どういたしまして」

 

 アキトは微笑を浮かべながら、ジョッキをビビへと差し出す。

 

「そしてようこそ、"麦わら海賊団"へ」 

 

 ビビを麦わら海賊団は快く歓迎する。

 寧ろビビなら大歓迎だ。

 

「はい!」

 

 心からの笑顔を浮かべ、ビビはアキトと乾杯する。

 周囲ではデッキ上でルフィ達が騒ぎ、ジョッキを揺らしながら宴を楽しんでいる。

 

 ビビは自然な動作でアキトの隣に座り、ルフィ達の騒ぎ様を見据えている。

 ウソップは向こうでニコ・ロビンに尋問を行い、逆に気圧されている。

 何をやっているのだろうか。

 

「あのアキトさん……」

「……?」

 

「私に出来ることなら何でもしますから、私を時折頼って下さいね」

 

 膝元の拳を握り締め、ビビはアキトの紅い瞳を見据える。

 

「少しでもアキトさんや、ルフィさん達に恩を返したいんです……」

 

 義理堅い王女様だ。

 恩義を忘れることなく、真摯に返そうとすることはなかな出来ることではない。

 こんな時代ではなおさらだ。 

 

「勿論、可能な範囲でですよ!」

 

 念を押す様に頬を染めたビビがアキトへと詰め寄る。

 苦笑を浮かべ、アキトは首肯する。

 

 それでは早速、ビビに頼み事をしてみよう。

 以前から彼女に頼みたいことがあったのだ。

 

 

 

「じゃあ、"魅惑のメマーイダンス"という踊りを見せてくれないか?」

「え……」

 

 ビビが早速固まる。

 否、思考が停止した。

 

「ウイスキーピークでゾロ相手に踊ったと聞いた時から見てみたいと思っていたんだ」

「あの、アキトさん……」

 

 ビビは答えに詰まる。

 あれは自身の黒歴史と言っても過言ではない。

 

 ましてやアキトには絶対に見せたくない。

 あのダンスは尚更却下だ。

 

 だが、アキトとビビの会話を盗み聞きしていたルフィ達が矢継ぎ早に駆け寄ったことで事体が悪化する。

 

「"魅惑のメマーイダンス"って何だぁー?」

 

 無邪気なルフィの問い掛けが苦しい。

 悪意無き悪意が此処まで辛いものだとは思いもしなかった。

 

「へー、あの(・・)"魅惑のメマーイダンス"かぁ……」

 

ふーん、ほーん、へー

 

ニヤニヤ、ニヨニヨ

 

 ゾロはウイスキーピークでの記憶を回顧し、盛大に意地悪気な笑みを浮かべている。

 あの顔はこの状況を心の底から愉しんでいる者の顔だ。

 

 

殴りたい、その笑顔

 

 

 ビビは殺意にも似た波動に目覚めかける。

 

 

だけど、我慢……我慢よ

 

 

 此処で逆上してしまえば、ゾロの思う壺だ。

 

「ビビの良いとこ見てみたい!」

「はい、見てみたい!」

「ビビ、私も!」

「俺も見てみたいなー」

「ビビちゃん!」

 

 鳴りやまぬビビコール

 完全に酔っ払いのノリだ。

 悪意無き仲間の求めにビビは狼狽えてしまう。

 

 既に彼女の頬は羞恥心で真っ赤に染まり、瞳からは涙を見せ始めている。

 身体は震え、今にも泣き出し、この場から逃走してしまいそうだ。

 

 

 

「イジメかっ!」

 

 ウソップの魂の叫び

 今のビビは見ていられなかった。

 

 対するロビンは微笑を浮かべ、事態を静観している。

 心なしかこの状況を愉しんでいる様にも見える。

 

「私、私……」

 

 顔を真っ赤に染め、デッキに顔を伏したビビが言葉を反芻する。

 今にも顔から湯気が出てしまいそうな程今の彼女の顔は赤い。

 

「……!」

 

 遂に、ビビは羞恥の余り、その場からの逃走を決意する。

 アキトの手を握り、幾度かアキトの身体をメリー号にぶつけながら、船内へと突撃した。

 

 その後、船内にて要望通り"魅惑のメマーイダンス"を踊り、アキトへ披露したのであった。

 

 結果、これまでの航海にて蓄積した疲労が影響し、アキトは爆睡した。

 羞恥に身もだえるビビを一人残して

 

 今後、絶対にこの技は遣わないことをビビは誓う。

 絶対にこのダンスは今後一切使用しない。

 

 真っ赤に染め上げた顔を両手で覆い、ビビはそう決意する。

 ルフィ達ではなく、ましてやアキトにこの恥ずかしいダンスを披露したことで受けた傷は深すぎた。

 ビビは真っ白に燃え尽きる。

 

 メリー号は次なる目的地へ向け、舵を切る。

 アキトは爆睡し、目を覚ますことはない。

 

 空から巨大なガレオン船が落下し、海が大いに荒れる事態が発生しようともアキトが起きることはなかった。

 

 立て続けに浮上するは"空島"の可能性

 記録指針(ログポース)の"指針(ログ)"が件の"空島"に奪われる。

 

 沈没した巨大ガレオン船の探索を行うべくサルベージを行うルフィ達

 その最中、出会う猿山連合軍の"サルベージ王マシラ"

 

 サルベージを行うルフィ達を巨大ガレオン船を丸ごと食す超巨大カメの出没

 だが、更にその超巨大カメを上回る大きさを誇る戦士が突如現れ、ルフィ達を混乱へと陥れた。

 

 必死にメリー号の舵を切り、その怪物から逃げようと一心不乱にルフィ達は逃走する。

 だがそれでも終始、アキトが目を覚ますことはなかった。

 

 こうしてアキトのあずかり知らぬところでルフィ達は次なる目的地"ジャヤ"へと辿り着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 無法者達が集う町"ジャヤ"

 世界政府も干渉しない人を傷付け、嘲笑う町

 夢を見ない者達が日々、血を流し、死傷者を生み出し続けている。

 

 その町に現在、ルフィ達は足を踏み入れていた。

 新たな仲間であるビビとロビンを引き連れて

 

「へー、楽しそうな町だな」

「早速、行くとするか、ルフィ?」

 

 ルフィとゾロはメリー号から降り、"ジャヤ"の町へと繰り出していく。

 ナミもメリー号から降り立ち、ルフィ達を追っていく。

 

「アキトさん、私達も町に繰り出しましょう!」

 

 寝起きで意識が朦朧とするアキトを引き連れたビビがデッキに現れる。

 アキトはまだウトウトと眠たげに瞼を擦っているが

 

「ニコ・ロビン、あんたも一緒に来るか?」

「私も?」

 

 意外とばかりに彼女は首を傾げ、アキトに向き直る。

 

「ビビと同様にあんたの服を買い揃えないといけないからな」

 

 現状、彼女が着込んでいる服はナミの私物だ。

 今後もそういったことが起きないように彼女の服も買い揃えておく必要がある。

 

「資金なら全部俺が持つから一緒に来て欲しい」

「あら、優しいのね」

 

 ビビも王女とは言え、お金は余り持っていないだろう。

 ロビンはクロコダイルから奪ってきた宝石をナミを釣る餌として、ナミに渡していたことから余り懐事情は芳しくないはずだ。

 

「サンジも以前話していた鍵付き冷蔵庫を買うために一緒に行くか?」

「勿論、行くぜ!」

 

 サンジ、即答

 是非もないよネ。

 

 美少女であるビビと美女であるロビンと共に買い物へと合法的に行くことが出来るのだ。

 迷う必要などあるはずもなかった。

 

「アキト、お前のことこれから師匠と呼ばせてもらうわ」

「……?」

 

 自分を自然な形でビビとロビンとの買い物メンバーに組み入れたアキトにサンジは感謝を述べる。

 今のサンジにとってアキトは崇拝すべき対象として、偉大な人物として映っていた。

 アキトは訳が分からず首を傾げるしかなかったが

 

 サンジの傍で騒ぐウソップとチョッパーには電伝虫を与えておく。

 有事の際にはアキトが即座に駆け付ける腹積もりだ。

 

「俺達が襲われたら絶対、駆け付けてくれよ!振りじゃないからな、絶対だからな!」

「俺達がピンチに陥った際には3秒で駆け付けてくれよ!」

 

 苦笑しながらアキトは頷く。

 こうしてアキト含めたビビ達は無法者の町である"ジャヤ"へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

「どお?」

「似合っているぜ、ビビちゃん!」

 

「これは?」

「エレメントだぜ、ビビちゃん!」

 

「それじゃあ、これは?」

「エレガント!」

 

「じゃあ、これはどうかしら?」

「エキセントリック!」

 

「これはどうかしら?」

「エロエ……、いや、エレクトリカルだぜ、ビビちゃん!」

 

 サンジのべた褒め

 今、アキト達はビビの服を見繕うべくビビのファッションショーを見ていた。

 

 時折、感想を求めてくるビビにアキトは気さくに返事する。

 どの服も美少女であるビビには似合っていた。

 

「貴方、私に悪意を向けないのね?」

「……?」

 

 隣で佇むロビンが突如、アキトへと問い掛ける。

 アキトとロビンは現在、ビビ達から少し離れた場所に立っている。

 

「船長さんとあのコックさん以外は誰もが私に少なからず悪意を向けていることは肌で感じているわ。あの剣士さんは特に私を警戒しているわね」

 

 突然のニコ・ロビンの独白

 アキトはビビ達を静観し、黙って彼女の独白に耳を傾ける。

 

「確かに、あんたはアラバスタ王国を無茶苦茶にしたクロコダイルの右腕だった存在だ」

「……」

 

「ビビの父親であるコブラ王を拘束し、革命軍の混乱を助長したことも知っている」

 

 コブラ王とペルさん達から彼女のことは聞き及んでいる。

 

「だが、毒で死の瀬戸際の状態であったルフィを救ってくれたんだろ?」

 

 本当に彼女が真正の悪ならルフィを救いはしなかっただろう。

 古代兵器の存在が記された歴史の本文(ポーネグリフ)の秘密もクロコダイルには口外しなかったことも聞き及んでいる。

 

「少なくともあんたが悪い奴ではないことは分かっている」

 

 ビビも恐らく少しずつ彼女という人間を理解しようとしているのだろう。

 思い返せば彼女の行動は最初から矛盾していた。

 

 敵であるルフィ達に記録指針(ログポース)を与え、抹殺したはずのイガラムさんが生きていたこと、その全てが矛盾している。

 

「それに、例えビビやアラバスタ王国があんたを憎んでいるからと言って、俺があんたに悪意を向けるのは間違っているんじゃないか?」

 

 人が生きている限り、本人の思い知らぬ所で他人を傷付けている。

 人が存在し続ける限り、同時に憎しみも存在する。

 

 世界には永久に続く憎しみと、癒せない痛みが存在している。

 同じ痛みを知らなければ他人を新に理解することはできない。

 そして痛みを理解したところで分かり合えるわけでもない。

 

 アキトは彼女に恨みがあるわけではない。

 ビビは彼女を憎んでいるかもしれないが、それとこれとでは別の話だ。

 理由無き悪意は憎しみを生み、憎しみは痛みを生み出し、際限なき悪意の本流は憎しみの連鎖に繋がる。

 

 最早泥沼だ。

 悪意無き憎しみを向けることをアキトは禁忌していた。

 少なくともアキトはそう思っている。

 教鞭を振るうが如く話してしまったが、これは嘘偽りのないアキトの本心だ。

 

「本当に悪意を向けて欲しかったらもう少し悪役に徹することだな」

 

 最後にアキトは意味深な言葉を残し、ロビンの傍から離れ、ビビの元へと向かう。

 残るロビンは静かに口を閉ざし、アキトの背中を見据えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 メリー号に無事、帰還したルフィ達

 

 ビビとロビンの二人は服を買い揃え、新たな服を早速着込んでいる。

 サンジも同じ様に鍵付き冷蔵庫を手に入れ、ホクホク顔だ。

 

 だが、ルフィとゾロの二人は流血し、体中傷だらけであった。

 チョッパーが急いで治療に取り掛かってる。

 

 ナミ曰く、とある酒場で空島の聞き込みをした折に、爆笑され、ベラミーと名乗る海賊とその一味にボロボロにされたらしい。

 "空島"を否定され、笑われ、夢を馬鹿にされた。

 

 "このケンカは絶対買うな"と述べた無抵抗のルフィとゾロを多勢に無勢の状況でいたぶり、血だらけの状態に追い込んだのだ。

 剰えナミを金で勧誘し、買い取ろうとした。

 

 最後のナミの独白を聞き、アキトの心の天秤は傾いた。

 

 

 処刑、執行

 

 

「アキト、一体何処に行くんだ?」

「その酒場の連中を潰しに行く」

 

 何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりにアキトはウソップに首を傾げる。

 

「聞いてなかったのか、アキト!?その件はルフィがケンカを買わないことで収束しているんだぞ!?」

「ウソップ、これはケンカじゃない。一方的な処刑だ」

 

 アキトは人の夢を嘲笑い、馬鹿にすることをさも正しいことだと言わんばかりに正当化する連中を心底嫌悪する。

 ましてや女性を、ナミを金で買い取ろうとする下種を酷く嫌う。

 反吐が出そうだ。

 

 そういった連中は放置しておけば今後、更なる被害を発生させるだろう。

 今のうちにそういった愚図は沈めておくに限る。

 

 リハビリの準備運動くらいにはなるだろう。

 アキトは既に準備万端の状態だ。

 

「よし、それじゃ、船を出すぞ!」

「ちょっと待ってくれ、ルフィ。先ずは、その酒場の連中を血に染めに行きたいんだが」

「アキト、落ち着けェ!」

 

 ウソップの絶叫が響く。

 ナミとビビ、ウソップ、チョッパーの総出でアキトを引き留め、メリー号に繋ぎとめる。

 

 ナミは自分のために怒ってくれることに嬉しさ大半、事態が混沌と化すことを恐れる気持ち約2割でアキトを引き留める。

 

 こうしてメリー号は"モックタウン"を離れ、この島の対岸に位置する場所に住んでいる"モンブラン・クリケット"に出会うべく舵を切る。

 

 夢を語り、この島を追われ、はみ出し者として排斥された"モンブラン・クリケット"、彼はルフィ達に何をもたらしてくれるのだろうか。

 

 ルフィは次なる冒険に心躍らせ、船を出航させるのであった。




少しだけ寿命が延びたベラミー一味
あと、魅惑のメマーイダンスはかなり強い技だと思ってる
原作でもあのゾロに通用したし、カルーが自爆しなければゾロが怪我する可能性もあったし……


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手配書

 メリー号は"モックタウン"を離れ、島の対岸に居を構える"モンブラン・クリケット"に出会うべく舵を切る。

 

 夢物語の幻想を語り、島を追われた"モンブラン・クリケット"

 ルフィ達は彼が"空島"への鍵を握っていることを望み、彼と相まみえた。

 

 出会った当初は一悶着あったが、今では同じ夢を見る者同士としてルフィ達は彼と言葉を交わす。

 深夜には賑やかな宴が開かれる。

 同志に出会い、彼は心から宴を楽しんでいた。

 

 好きな上手い酒を飲み、上手い料理を食べる。

 何て今日は恵まれた日であろうか、クリケットは心から歓喜する。

 

 

"髑髏の右目に黄金を見た"

 

 

 それこそが"空島"に関する鍵

 噓つきの烙印に涙を流しながらもあの"ノーランド"が最後に記した文章

 彼はその後、処刑され、人生に幕を下ろしたと言われている。

 

 ルフィ達の前に黄金のインゴッドが3つ取り出され、皆の冒険心を刺激する。

 "空島"は夢か現実か、()のノーランドの言葉を真相を確認した者はいない。

 

「なあ、ひし形のおっさん達も俺達と一緒に"空島"へ行こう!」

「馬鹿言え、俺達は最後までお前達が"空島"へ行くためにサポートに回るんだぞ」

 

 無論、ルフィ達を援護すべくメリー号に乗ることはない。

 ショウジョウとマシラも同様だ。

 

 仮に"空島"から帰還する折に、どうやって自分達はこの場所に戻ってくればいいのか。

 問題は山積みだ。

 

「それなら問題ないぞ、ひし形のおっさん!ウチにはアキトがいるからな!」

 

 喜色満面の顔でルフィはそう豪語する。

 ルフィの考えはこうだ。

 

 先ず、クリケットが事前にメリー号に乗り、その後、"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"が発生する際に、アキトとルフィがショウジョウとマシラの二人を船へと連れ込む。

 "空島"から帰還する際には、アキトにこの島まで連れ帰ってもらうという寸法だ。

 

「いや、まあ、それなら俺達も"空島"へ行くことは出来るかもしれんが、最後の作戦はあの兄ちゃんにかなりの負担がかからないか?」

「大丈夫だ、問題ねェ!きっとアキトならひし形のおっさん達を送り届けてくれるさ!」

 

 アキトはクリケットさんの心中を察し、嘆息するしかない。

 

「まったく何を勝手に何を決めているのかしら、ルフィは」

「まあ、そうだな」

 

 だが、それが船長の意向ならばアキトは従う。

 かなりキツイ作戦となりそうではあるが

 

「それより口元に食べ残しが残っているぞ、ナミ」

「え、どこ、アキト?」

 

 同じく嘆息するナミの口元の食べ残しをアキトが指で拭き取り、何の躊躇いもなく口へと運んだ。

 

「な、な……!」

 

 ナミは羞恥の余り頬を染め、狼狽える。

 

 

 

 

 

「しまったァ──!!」

 

 しかし、ナミの羞恥の声はクリケットさんの叫びにかき消され、アキトの耳に届くことはなかった。

 

 クリケットさん曰く、明日の"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"が発生する海域に向かうべく、とある鳥が必要であるらしい。

 

 その名を"サウスバード"

 南の森に生息する鳥だ。

 

 偉大なる航路(グランドライン)の出鱈目な気候に対抗し、南へと向かうべく"サウスバード"が必要なのだ。

 明朝まであと残り僅か、ルフィ達に残された時間は少ない。

 

 ルフィ達は急遽、"空島"を目指すべく夜の南の森へと足を踏み入れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の森にナミの悲鳴が響く。

 ルフィ達は今、件の"サウスバード"の悪質な歓迎を受け、森の中を必死に逃げ回っていた。

 

「いやァアア!ゴキブリ──!!」

 

 反射、反射

 

「いやァアア!巨大ナメクジ──!アキトさん!」

「何どさくさに紛れてアキトに抱き付いているのよ、ビビ!それなら私はより強く抱き付くわ!」

 

 いや、その理屈はおかしい

 

「今度はてんとう虫の大群!?」

「でけェし、痛ェ!」

 

 ウソップの悲鳴

 

「そっちはさっきも通ったわ、剣士さん」

「俺に指図すんな」

 

 相変わらず道に迷うゾロ

 

「蜂の大群だ、逃げろ、チョッパー!」

「うわあああ──!」

 

 ルフィとチョッパーは蜂から逃げ惑う。

 

「蛾もムカデもいやァアア──!」

 

 前方が見えず、足を止めざるを得ないアキト

 

「姿さえ見えれば」

 

 その後、慢心し、姿を現した"サウスバード"はロビンの能力でいとも簡単に捕獲された。

 アキトも姿を現した"サウスバード"を引き寄せ、顔面を掴んでいた。

 

 "サウスバード"を無事、捕まえたルフィ達は意気揚々とクリケットさん達のもとへと帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、周囲は酷い有り様であった。

 

 地は抉れ、幻想溢れる家が倒壊している。

 至る所に血しぶきがの跡が見受けられる。

 

 クリケットさん達は血だらけの状態で地に伏していた。

 此方も酷い有り様で、直ぐに治療を施さなければ死に直結する大怪我を負っている。

 メリー号は真っ二つの状態で壊れ、船首は海に沈みかけていた。

 

 鋭利な刃物で斬られ、大出血を引き起こした状態でマシラは倒れ込み、ピクリともその巨体を動かさない。

 ショウジョウは気を失った瀕死の状態で、海へと吹き飛ばされていた。

 仮にも2000万越えの彼らを此処まで一方的にいたぶり、傷み付けるとは一体何者なのか。

 

「おい、ひし形のおっさん!」

「ショウジョウ!」

「マシラ!」

 

 即座にルフィ達は彼らを救助し、チョッパーが治療を開始する。

 一体"サウスバード"を捕まえるべく深夜の森に繰り出していた数時間の間に、クリケットさん達の身に何が起きたのか。

 

「皆!」

 

 ナミの声が響く。

 ナミは息を荒げ、驚きを隠せない様子で衝撃の事実を述べる。

 

「クリケットさん達の金塊が無くなっている……」

 

 心身共に削り、見つけ出した金塊の消失

 クリケットさん達の努力の結晶である金塊が何者かに略奪されていた。

 

「すまねぇ、俺達がこの場にいながら、お前達の船を守れなくて……」

「それよりも何が起きたのかを話してくれよ、ひし形のおっさん!」

「いや、いいんだ。それよりもお前達、よくサウスバードを捕まえることが出来たな……」

「何、他人事の様に話してんだよ!?10年もの間、身体がイカレるまで海に潜って、やっと見つけた金塊なんだろ!?」

「これは俺達の問題だ。それに、心配するな。お前達の出航には猿山連合軍の力を用いれば十分に間に合う……」

 

 ゾロが指差すは海賊旗のシンボル

 血が滴る様に、存在を知ら占める様に刻み込まれていた。

 

「ベラミーのマーク……!」

「ルフィ、俺も行こうか?」

「いや、俺一人で十分だ」

「何言っているの、ルフィ!?出発まで残り3時間も無いのよ!」

「待て、小僧!手前ェ、余計なマネすんじゃねェぞ!これは俺達の不甲斐無さが生み出した問題だ!」

 

 苦し気にクリケットさんがルフィへと声を荒げる。

 息も切れ切れの状態で止めようとするも、その叫びはゾロに止められる。

 

「アキトさん……」

 

 ビビは縋る様にアキトの声を掛け、思わず声を失う。

 アキトの余りにも普段とはかけ離れた様子に

 

 普段の穏やかで優し気な様子は消え失せ、冷徹な光がその紅き瞳に宿る。

 感情の高ぶりの影響か、アキトの身体からは微風が吹き荒れている。

 

 辺りに散乱する瓦礫が浮き上がり、崩壊し、地面に亀裂が走っていく。

 静かに、ただ静かに煮えたぎる様な怒りがアキトの中で沸き上がっていた。

 

 ナミはこの状態のアキトを幾度か見たことがある。

 この状態のアキトはヤバイ、ヤバ過ぎる。

 敵が五体満足の状態で生還出来るかも怪しくなってきた。

 

「─」

 

全く人をイラつかせるのが上手い奴らだ

 

 クリケットさん達が受けた痛みを知るがいい。

 一匹たりとて逃がすものか。

 地の果てまで追い掛け、必ず後悔させてやる。

 

「ロビン、海岸に沿って走れば昼間の町に着くかな?」

「ええ、着くわよ」

 

 金塊を奪還すべく、ルフィが動き出す。

 

 

 

 

 

「朝までには戻る」

 

 

 

 

 

 この場からモックタウンへと向かおうとするルフィへアキトは手を差し出す。

 この手段の方が時間を短縮することが出来る。

 

 此方の意を理解したルフィが握り返したのを確認したアキトは勢い良く飛翔した。

 大地にクレーターを生み出し、物凄い速度で飛翔し、宙を跳躍し、海を割き、波を荒立て、大気を振動させ、モックタウンへと一直線に飛んで行く。

 クリケットは呆然と彼らを見据えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 とある酒場で嘲笑と下卑た笑い声が響く。

 略奪品である金塊を酒のつまみにジョッキを口に運び、笑い声が止まることはない。

 

「大変だァ──!」

 

 だが、その喧騒も突如、小汚い男が声を張り上げたことで終わりを迎える。

 その男は酷く血相を変え、手配書を握り締めている。

 

 彼は騒然とする酒場を他所に手配書を掲げ、声を張り上げ、知ら占めた。

 目を見張る金額の賞金首の存在を

 

 

 

 麦わらのルフィ"1億ベリー"

 海賊狩りのゾロ"6千万ベリー"

 

 

 

 昼間にベラミーとその取り巻き達がいたぶり、痛み付けた二人組に間違いない。

 信じられないことにルフィとゾロの懸賞金がベラミーを上回っていた。

 

 しかし、ベラミーはそれを嘲笑

 嘘偽りだと、中途半端な力を持つ連中を見誤る己の愚かさを笑う。

 全て嘘だと、偽造なのだと酒場の連中に豪語する。

 

 酒場はベラミーの口先の弁舌に冷静さを取り戻し、再び宴を再開した。

 

 

 

 

 

「ベラミーィ──!!何処だァアア──!!!」

 

 

 

 

 

 ルフィがその場に辿り着く。

 ルフィとアキトはとある建物の屋根に佇み、眼下を見下ろしていた。

 

 ご指名を受けたベラミーはバネバネの実の能力で飛び跳ね、ルフィと対面する。

 残るアキトは眼下へと降り立ち、取り巻き達の殲滅へと向かう。

 

「ひし形のおっさんの金塊を返せ」

「お前が俺から奪い返すだと?貧弱者のお前が!?」

「昼の事は別の話だ」

 

 冷めた目線でアキトはベラミー海賊団の一味を見渡す。

 

「どうやら臆病者の船長のお仲間のお出ましだ」

「おい、いつまでその手配書を持ってやがんだ!そんなもん破り捨てちまえ!」

「船長が3千万の時点でこいつの実力などたかが知れてる」

「おい、こいつの懸賞金は幾らだ!」

 

 ククリ刀を振りかざしながら、長身の男、サーキースが吠える。

 口元に円を描き、此方を見下す醜い顔を張り付けている。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、こいつに懸賞金は掛けられていない!0()だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 途端、嘲笑と下卑た爆笑の嵐が湧き上がる。

 周囲に蔓延る連中がアキトを見世物として笑い転げた。

 

「懸賞金たったの0か!ゴミめ!」

「おい、小僧!良いことを教えてやろうか!中途半端な力と夢を持った奴は早死にするんだぜ!」

「こいつ、自分一人で俺達をやるつもりなんじゃないのか?」

「俺、凄ェカッコイイとか思ってんのか?」

「アハハハ、ダッサ~イ!」

「おいおい、言ってやるなよ。あいつらはウチの船長が5千500万ベリーの大型ルーキーだということを知らないんだ」

「幻想を追い掛けていた、あの汚いボロクズ共はちゃんと片付けておいたのか?」

「ハハハハハ!あの猿共は一生、泥の中だ!」

「俺達が海賊としてやっていることはお遊びではないことをここらで見せてやれ、サーキース!」

 

 終始、アキトがサーキース達の言葉に応えることはない。

 ただ、その場に佇み、静観する。

 

 頭上ではルフィとベラミーの戦いが勃発し、屋根が崩壊していた。

 悪魔の実の能力に驕ったあの程度の実力者にルフィが負けることはないだろう。

 恐らく一撃で勝負が決まる。

 

 アキトも本腰を入れ、サーキースを含むベラミー一味と向き直る。

 一人もこの場から逃がしなどしない。

 

 

 

 サーキース達は気付かない。

 自分達が誰の仲間に手を出し、如何に自分達が井の中の蛙であったのかを

 

 彼らがその事実に気付くのはそれから数十秒後の事であった。

 




はい、アキトさんスイッチ入りましたー

ふと、思いました
"無料(ただ)ほど高いものは無い"ように"懸賞金が0()ほど怖いものはない"ことに……

無論、懸賞金がその者の実力を性格に反映することもありますが、それは本当に稀です
懸賞金の数値から相手の実力を推し量ることは可能ですが、0の場合は全くの未知数ですから……
ドラゴンボールの戦闘力のコントロールが影響し、スカウターが爆発し、汚い花火になったキュイさんや腹に風穴を開けられたザーボンさん然りです


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格の差

 半壊したメリー号の修復作業が進む。

 猿山連合軍が総出で船の修復に取り組み、木槌の音が鳴り響く。

 

「それにしても、大丈夫かしら……」

「アキト達が心配なのか、ナミ?」

 

 ウソップが怪訝な様子のナミに問い掛ける。

 

「いえ、逆よ。私が心配しているのはべラミー達の方よ」

 

 アキトに半殺しにされてないだろうか。

 あの状態のアキトを相手にするとはべラミー達も運がない。

 

「それはどういう意味だ、嬢ちゃん?」

「そう言えば皆はまだ見たことが無かったわね」

 

 アキトが心から怒りを抱き、敵を殲滅する姿を

 あの状態のアキトを相手にする敵には心底同情する。 

 

「アキトは一度、敵と捉えた相手には一切の容赦を与えないのよ。それも敵が哀れに思える程に……」

 

 今でも鮮明に記憶に焼き付いている。

 血しぶきが飛び、骨が砕け、へし折れるネズミ大佐とその部下達の姿を

 

「まあ、アキトならやりかねないだろうな」

「そ、そんなに怖いのか、あの状態のアキトって……」

「わ、分からねェ……。俺も見たことねェし……」

 

 ウソップとチョッパーは恐れおののく。

 

「アキトさん……」

 

 ビビはただ一心にアキトの身を心配する。

 勿論、アキトが負けることなど考えていなかったが

 

「なら今、べラミーの一味は血の海に沈んでいる頃かしら」

「怖ェよ、ロビン!?」

 

 ウソップの絶叫が響く。

 ロビンは心なしか愉しそうだ。

 

 だが、ナミの予想は的中する。

 一切の慈悲を捨て、敵を殲滅することを決意したアキトはべラミー一味を蹂躙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィがべラミーと交戦する。

 地上ではアキトがサーキースとその取り巻き達と遭対していた。

 

「雑魚が、俺が息の根を止めてやる!」

 

 ククリ刀を抜刀し、サーキースが跳躍する。

 "大刃撃"(ビッグチョップ)、マシラを切り裂き、瀕死の重傷へと追い込んだ技だ。

 

 だが、それはアキトにいとも簡単に止められる。

 それも片手だけで

 

 

「何……だと……!?」

 

 

 刀身が軋み、ひび割れ、ひしゃげていく。

 アキトの指がククリ刀の刀身に減り込み、遂に刀身が無残にも砕け散った。

 サーキースは刀身が消失し、柄だけとなった自身の刀を呆然と見下ろすことしか出来ない。

 

 

 

人の夢を笑うことしか能がない愚図は黙っていろ

 

 

 

 アキトは身体を回転し、呆然とし、現状の理解が追い付かないサーキースへと回し蹴りを叩き込んだ。

 

 腹部が大きく陥没し、サーキースは血反吐をぶちまけながら蹴り飛ばされる。

 サーキースは地面を何度もバウンドし、為す術無く転がり、遠方へと姿を消失させる。

 

「サーキース……!?」

「手前ェ!?」

 

 サーキースの愛人、リリーの悲鳴を皮切りに、周囲の取り巻き達がアキトへと牙をむく。

 

 銃を発砲し、刀を振り下ろし、拳を叩き付ける。

 多勢に無勢、数の暴力がアキトへと迫る。

 だが、響いたのはアキトの悲鳴ではなく、べラミー海賊団の悲鳴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後、アキトの周囲には凄惨たる光景が広がる。

 

 ある者はその身に自身が放った無数の銃弾(・・・・・・・・・・・)が被弾し、崩れ落ちる。

 ある者は腕が有り得ない方向(・・・・・・・)にへし折れ、悲鳴を上げている。

 刀身が砕け、へし折れ、顔面が凹み、眼鏡が粉砕され、陥没する。

 血が吹き荒れ、辺りが血の海へと化し、誰もが悲鳴を上げていた。

 

「あ、ああ……!?」

「腕が、俺の腕がァ……!?」

「痛ェ、痛ェよ……!」

 

 終始、アキトはその場から一歩も動くことなく静観し、冷めた目でべラミー一味を見下ろしている。

 驚くことにアキトは全くの無傷、怪我一つ負っていなかった。

 

「……!?」

 

 途端、血反吐を吐くサーキースの身体が不可視の力で引き寄せられる。

 身体の自由が効かず、何が起きているのか理解出来ない。

 

 前方では掌を此方に向け、アキトがただ冷徹な瞳で見据えている。

 その瞳にサーキースの姿など映っていない。

 その紅き瞳に映っているのは純粋な怒りだけだ。

 

「あ、あああ……!?」

 

 遂にサーキースが悲鳴を上げる。

 圧倒的な実力を持つアキトの怖ろしさに決定的な挫折を味わい、完全に戦意を喪失する。

 

 

クリケットさんの痛み

 

 

 アキトは引き寄せたサーキースに掌底を叩き込む。

 腹部の骨が軋み、へし折れ、吐血し、サーキースは再び後方に吹き飛んでいく。

 五臓六腑に染み渡る痛みだ。

 

 続けて、アキトの姿が消失し、地面が陥没する。

 無様に吹き飛び、地面と平行して跳ぶサーキースの背後へとアキトは回り込み、両手を地に付け、上空へと蹴り飛ばす。

 背骨が軋み、サーキースは吐血し、無様に吹き飛んでいく。

 

 

マシラの恨み

 

 

 ククリ刀がサーキースの手から離れ、落ちていく。

 態勢を立て直したアキトは即座に上空へと跳躍し、宙に足場を作ることでサーキースを歓迎した。

 ようこそ、此方のステージへ

 

 

ショウジョウの恨み

 

 

 最後に、ショウジョウの恨みを乗せた肘打ちを叩き付け、途轍もない速度で地面へと叩き落とす。

 クレーターが生じ、サーキースは地に深く沈没した。

 既にサーキースに意識は無く、無様な顔を晒している。 

 

 残るは女性二人、金髪とピンク色の髪の女性だけだ。

 既に彼女達、リリー、ミュレ以外にベラミー一味で立っているものはいない。

 

「─」

 

 一歩、また一歩とアキトは足を進める。

 アキトは地に伏した愚図を踏み付け、足場のサーキースを蹴り飛ばし、恐怖の余り腰が抜けているリリーとミュレのもとへと近付いていく。

 

「お、お願いします!どうか、命だけは……!」

「何でもしますから……!」

 

 彼女達は無様な命乞いを始め、アキトに懇願する。

 醜い、本当に醜い連中だ。

 

「あ、ああ……」

「な、何でもしますから、命だけは……」

 

 アキトは身が竦み、涙を流す二人の首を掴み、軽々と持ち上げる。 

 足をふらつかせ、命乞いを始めた愚図をアキトは冷めた目で見詰めていた。

 

「金塊は何処だ?」

 

 涙を流しながら彼女達は酒場を指差す。

 この圧倒的不利な状況で嘘を付く理由はないだろう。

 嘘ではないと確信したアキトは無造作にリリーとミュレの二人から手を放し、酒場へと足を進める。

 

 

 

 

 

 ルフィとべラミーの戦闘も佳境に入る。

 

「"スプリング跳人(ホッパー)"ー!!」

 

「何が"空島"!?何が"黄金郷"!?夢見る旧時代の遺物共が!」

 

 ルフィの覇気が高まっていく。

 

「海賊の恥晒しが!400年前の先祖の嘘と共に溺死していろ!」

「パンチの打ち方を知ってるかって……?」

 

 

 

「あばよ、麦わらァ!!」

「オォ!!」

 

 一撃

 

 たったの拳の一振りでべラミーは地に沈む。

 側頭部が陥没し、べラミーは格の差を味わい、敗北した。

 

「お疲れ、ルフィ」

「ん、そっちも終わったのか?」

「ああ、金塊も無事だ」

「じゃあ、帰るか」

 

 ルフィとアキトは空へと跳躍する。

 その場に残るは無残な敗北者、べラミー一味

 

 他人の夢を嘲笑い、コケにした者の成れの果てである。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 メリー号の修復に精を出す猿山連合軍

 クリケットさんは終始、貧乏揺すりを繰り返していた。

 

「おやっさん、さっきから貧乏揺すり半端ねェぞ……」

「心配してんだよ、あいつらのこと」

 

 宙からルフィと共に金塊を奪還したアキトが降り立ち、帰還する。

 二人とも怪我はなく、五体満足な様子だ。

 

「大丈夫だったか、小僧!?」

「おう、ワンパンだったぞ!」

 

 ルフィの軽快な笑み

 アキトも微笑している。

 

「ほら、ひし形のおっさん達の金塊だ」

「……すまねェな、小僧」

 

 クリケットさんは金塊が詰め込まれた袋を掴み、感謝の言葉を述べる。

 金塊を二度と手放さない様に強く握り締めている。

 向こうではビビがアキトに詰め寄っていた。

 

「アキトさん、ご無事でしたか!?」

「ああ、大丈夫だ、ビビ」

 

 ビビは五体満足のアキトに安心した様子を見せる。

 どうもアラバスタ王国の一件以来、ビビは心配性だ。

 

「よし、それじゃ早速、空島へ出向だ!」

「いや、まだ早ェよ!」

「まだ、"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"まで2時間以上あるのよ、ルフィ」

 

 べラミー一味の討伐に10分も要しておらず、メリー号の修復はまだ完了していない。

 

「良かった、いつものアキトだ……」

「いや、べラミー一味は血に沈んでるだろ、これは……」

 

 普段のアキトの様子に安堵するチョッパーとウソップ

 

「その調子だと相手に手こずることもなかったようね」

「ああ、クソ雑魚ナメクジだったな」 

「ふふ、そう、クソ雑魚ナメクジだったの」

「何、ロビンちゃんに汚い言葉を喋らせてんだ、アキト!」

 

 憤るサンジ

 やはりロビンはアキトとどこか波長が合っていた。

 

 ルフィ達が空島に向け、出航するまであと数時間

 




アキトさんが静観し、底冷えする覇気を発している時は『血祭りにあげてやる』というメッセージです

というかべラミー一味のあの女二人組の名前ってリリーとミュレっていうんですね
初めて知りました

アキトは主犯ならば女性であろうと容赦することはありませんが、明らかに非戦闘員であるリリーとミュレは見逃してあげました。慈悲ではなく、単に眼中になかっただけです。
また、ルフィが丁度べラミーをワンパンで沈め、金塊の在り処を探す必要もあり、偶然に偶然が重なり、彼女達は珍しく無傷で生還することができました

また、アキトさんは反射したわけではなく、弾き返しただけです
「攻撃が直撃した瞬間に、お前達の攻撃を弾き返しているだけのことだ」 
「言ってしまえば反射の要領だな」(3話参照)
弾き返した後は、本人の技量次第ですが


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突き上げる海流(ノックアップストリーム)

 メリー号は荒れ狂う大海を進み、舵を切る。

 

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)の兆候により、波は荒れ、天候は荒れ狂う。

 太陽は隠れ、"積帝雲"が姿を現し、周囲は不自然な程に暗闇が支配していた。

 

 ルフィ達は空島へ向け、船の舵を切る。

 船上には突き上げる海流(ノックアップストリーム)が発生する地点までの案内を終えたマシラとショウジョウも乗り込んでいた。

 マシラはアキトが、ショウジョウはルフィがそれぞれメリー号へと運び込んだ次第である。

 

「それではお頭達、ご武運を祈ります!」

「どうか、無事、空島へ!」

「お前らも毎日欠かさずバナナを食うんだぞ!」

「歯磨きも忘れるなよ!」

「待てや、コラー!?」

 

 マシラとショウジョウは己の部下達に暫しの別れを告げる。

 彼らは此処でお役御免だ。

 

「すまねェな、坊主。世話になっちまって」

「気にすんなって、ひし形のおっさん!」

 

 デッキ上ではルフィとクリケットさんが会話に花を咲かせる。

 10年も追い求めていた夢が叶う時だ。

 

 

 

「待てや、麦わらのルフィ──!」

 

 だが、そこで横槍が入る。

 巨大な丸太で作られた船に乗った奴らが迫ってきた。

 

「ゼハハハハ!お前の1億(・・)の首をもらいに来た!往生せェや──!」

「1億の首?何のことだ?」

「やっぱり知らねェのか……。ん、何だあの大渦は?」

 

 ルフィ達がモックタウンで出会った男、マーシャル・D・ティーチは不敵に笑う。

 

「麦わらのルフィ、1億ベリー!海賊狩りのゾロ、6千万ベリー!お前らの首にこれだけの懸賞金がかけられているんだよ!」

「何ィ!?あの糞マリモに6千万だと──!」

 

 ルフィの懸賞金はアラバスタ王国の件で遂に億まで跳ね上がっていた。

 

「おい、俺の手配書はないのか!?」

「無ェ」

「本当の、本当にか!?」

「おお、無ェよ」

 

 サンジが吠え、手配書を覗き込むウソップが一蹴する。

 今回、麦わら海賊団で懸賞金がかけれられたのはルフィとゾロの二人のみ

 戦闘員であるサンジとアキトには懸賞金は0であった。

 

「以外ね、アキトに懸賞金がかけられていないなんて……」

「おお、確かに」

 

 ナミとウソップが怪訝な顔を浮かべる。

 アキトの実力を考慮すれば懸賞金がかけられていても不思議ではない。

 

 アキトは何と無しにこれまでの戦闘を回顧する。

 

 自称、東の海(イーストブルー)の覇者、アーロン含める魚人海賊団の壊滅

 B・W(バロックワークス)のオフィサーエージェントであるMr.5、Ms.バレンタインペアの撃破

 自称、ドラム王国の国王、ワポル含め、その兄ムッシュールの殺害

 B・W(バロックワークス)のボスであるMr.0、七武海クロコダイルとの戦闘

 先程、血に沈めたサーキース含むべラミー一味の駆逐

 

 予想以上に殺伐とした経歴だ。

 海軍にこの血で濡れた戦歴が露見すれば、懸賞金が軽く億を超えてしまうような気がしてきた。

 

「まあ、懸賞金が0の方が色々と都合が良いし、傍でビビのことを安心して守ることが出来ると思えば……」

「そんなアキトさん……」

 

私のことを傍で守ってくれるなんて……

 

 ビビは頬を染め、恥ずかし気に顔を手で隠す。

 

「こら、そこ!何ラブコメ繰り広げているの!?」

 

 その状況に我慢ならないナミがアキトの服の襟を掴み、力の限りに揺らすに揺らす。 

 アキトの顔が揺れに、揺れる。

 

 

すみません、ちょっとくさいせリフを吐きました

許してください

今、首から鳴ってはいけない音が鳴っています

 

 

 前方では荒れ狂う波の激流に流され、海王類が大海に沈んでいく。

 あれほどの巨体を誇る生物が為す術無く流されていることから、途轍もない海流だ。

 

「やっぱり、空島なんて絵空事だったのよ!?」

「おいおい、ヤベェんじゃねーか!?」

「大丈夫だ、ナミ、ウソップ。例え、メリー号が沈んだとしても俺は生き続ける」

 

 アキトは得意げな顔を浮かべる。

 ジカジカの実の力を遣えばこの荒れ狂う激流から生還することが可能だ。

 

「いやいや、何言ってんの、アキト!?」

「全然、安心出来ないわよ!?」

「アキトだけ生き残るつもりか!?俺はそんな現実受け入れねェぞ!?」

 

 涙を流し、絶叫したウソップとチョッパーが抱き付いてくる。

 チョッパーが顔面に、ウソップが力の限り右腕に抱き付く。

 

 ナミは上半身、ビビは見れば背後から背中に抱き付いていた。

 力の限り抱きしめられているため少々、身体が軋む。

 

 見ればロビンの能力によって生み出された手がアキトの左足を掴み、安全を確保していた。

 ロビン、侮れない女性である。

 

こやつ、やりおるわ

 

「今更だが、空島が空にあるのかをアキトが事前に確認したら良かったんじゃないか?」

「幻想も糞も無ェじゃねーだろ、それじゃあ!」

 

 夢も糞も無いウソップの一言にルフィが絶叫する。

 

「おいおい、もう落ちちまうな、俺達」

「いや、もう落ちてるわ」

「アキト、上舵一杯だ!」

「すまない、ウソップ。俺が抱えることが出来るのは1人だけなんだ」

「嘘付くんじゃねェ、アキト!」

「アキト、頼む!俺達、全員を抱え上げて跳んでくれよ──!」

「前が見えないんだが、チョッパー」

「さあ、ナミさん、俺の胸の中に!」

「もうアキトの胸の中に飛び込んでいるわよ!」

「何……だと……!?」

「さあ、上舵一杯ィ──!」

「お前ェは黙ってろ、ルフィ!」

 

 遂に、大渦へとメリー号はその身を投げ出し、浮遊感がルフィ達を襲う。

 皆の悲鳴を他所に、メリー号は底が見えない大海へと落ちていった。

 

「イヤー、落ちる──!」

「アキトさん──!」

「落ち、落ち……いや、落ちてねェ!?」

 

 大渦が突如として消失し、静寂がその場を支配する。

 先程までの波の荒れ様が噓のように消え、メリー号が静けさを取り戻した海に漂っていた。

 

「いや、違う(・・)……!」

「お前ェら、来るぞ(・・・)……!」

「余所見すんな、小僧共!突き上げる海流(ノックアップストリーム)に備えろ!」

 

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)、天空へと突き上げる海流

 

 メリー号が浮遊し、否、突き上げる海流(ノックアップストリーム)の前兆だ。

 ルフィ達は船上で走り回る。

 

「皆、船室に逃げ込むか、船体にしがみついて!私はアキトにしがみつくから!」

「おい、アキト、そこ変われ!いや、変わってください!」

「あん、何だ……!?」

 

 海底より爆発的な勢いで海流が突き上がり、遂に突き上げる海流(ノックアップストリーム)が天へと立ち昇った。

 眼下では黒ひげ達の船が無残にもバラバラになっている。

 

 メリー号は突き上げる海流(ノックアップストリーム)の海流を突き進む。

 驚くことにメリー号は上舵を切り、天へと途轍もない速度で突き進んでいた。

 

「嘘だろ!?メリー号が水柱を垂直に走っているぞ!」

「良いね、良いね、最高だねェ!どういう原理だァ!?」

「マジでお前ェは黙ってろ、ルフィ!」

「いや、驚くのはまだ早いぞ……」

「どうした、サンジ?」

「船体が浮き上がり始めてる……!」

「何ィィ──!?」

「アキト、お前が船を持ち上げるんだ!」

「ウソップ、お前は俺を過労死させたいのか?」

「いや、逆に出来るのか!?凄ェな!?」

 

 ルフィ達の悲鳴を他所に、先程の海王類と突き上げる海流(ノックアップストリーム)の犠牲者が落ちていく。

 

 

 

「帆をはるのよ、今すぐ!」

 

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)とはただの水柱ではない。

 空へと立ち昇る海流だ。

 大海から吹き荒れる風は地熱と蒸気の爆発によって生じた上昇気流

 

「相手が風と海なら、私が必ず航海してみせる!」

 

「この船の"航海士"は誰!?」

 

 ナミの指示を受け、メリー号は舵を切り、帆をはる。

 上昇気流を背に受け、メリー号は突き進む。

 

 そして遂に、メリー号の船体が水柱から離れ、絶体絶命の危機を迎えた。

 

「おい、ヤバイぞ!船が水から離れそうだ!」

「アキト、船を持ち上げろ!」

 

この土壇場で無茶言うな

 

「ナミ、何とかしろ──!?」

「ううん、いける……!」

 

 ナミの言葉を皮切りにメリー号は空を飛んだ。

 上昇気流と海流の流れをつかみ、何処までも飛んでいく。

 

「おやっさん!」

「ああ、ロマンじゃねェか……」

「凄ェ、船が飛んだ!」

「良かった……!」

「あの雲の向こうに"空島"があるのか!」

 

 彼らの道を阻む者は何処にもいない。

 メリー号は大気を飛翔し、ルフィ達を乗せ、"空島"へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 積帝雲を越え、メリー号の翼が壊れながらも、メリー号は空へと突き進む。

 呼吸が困難になる程の雲の密度

 

 船の誰もが苦し気に、表情を曇らせる。

 ただ一人、アキトを除いて

 

 アキトの周囲は一種の不可侵エリアと化し、雲の中でも呼吸を可能としていた。

 アキトの傍のナミとビビ、ウソップとチョッパーも同様だ。

 

 

 

 そして遂に、メリー号は積帝雲を抜け、雲の上へと降り立った。

 

 此処が"空島"

 ルフィ達が夢見た空に浮かぶ島、"空島"だ。

 辺り一面には雲が溢れ、神秘的な風景を作り出している。

 

「おやっさん……」

「ああ、間違いない。"空島"は実在したんだ」

 

 クリケットさん達は感動の余り、咳き込むのも忘れ、"空島"を見渡している。

 この"空島"に先祖である"うそつきノーランド"が見たとされる"黄金郷"が存在するのかもしれないのだ。

 心が躍るのは仕方がなかった。

 

「おい、皆、見てみろよ!俺達は遂に辿り着いたぞ!」

 

 甲板ではルフィの声が響いていた。

 

 

「"空の海"に!」

 

 ルフィは歓喜する。

 好奇心を隠し切れず、終始、辺りを見渡す。

 

「それではキャプテン・ウソップ、泳ぎまーす!」

 

 復活したウソップが意気揚々と水着に着替え、"空の海"へと飛び込む。

 

「はい、ストップ」

「ほげ──っ!?」

 

 だが、その試みはアキトに止められる。

 ウソップはメリー号に顔面をぶつけ、情けない声を上げた。

 

「な、何すんだよ、アキト!?」

「忘れていないか、ウソップ?此処は雲の上、つまり海底そのものが存在していない可能性が高い」

 

 メリー号は雲を突き抜けて"空の海"に辿り着いたのだ。

 海底など存在していないだろう。

 

「空を飛べる俺ならまだしも、何の浮遊能力も持たないウソップがこの海に飛び込めば無残に死ぬだけだぞ」

 

 空島からの転落自殺

 大海にて汚い花火となり爆発四散と化すか、大地に衝突し血の池を作り出すか。

 そのどちらかだ。

 

 ウソップは自身の愚行に顔を青ざめ、甲板に倒れ込む。

 どうやらショックで意識を飛ばしてしまったようだ。

 

 ウソップがダウンした後も、航海は続く。

 突如、上空から強襲してきた仮面の男の存在

 

 大気に満ちる酸素濃度の影響により、戦闘能力が低下するルフィ達

 ピンチに陥ったルフィ達の助太刀に参上した甲冑の老人、自称"空の騎士"

 

 その後、だせぇペガサス、ピエールの主であるガン・フォールを見送り、ルフィ達は舵を切る。

 雲の上を進み、メリー号は"HEAVEN'S GATE"へと辿り着いた。

 

 

 

「上層に行きたいのなら一人、10億エクストル払うことだね」

 

 自称、"天国の門"から姿を現すはカメラを手に有した婆さん

 珍妙な服装をしている。

 

「それに通らなくても良いよ(・・・・・・・・・)……。私は門番(・・)でも、衛兵(・・)というわけでもないからね」

 

 何とも意味深なことを言う婆さんだ

 これでは"入国料"が今後の空島人生を左右していると言っている様なものだ。

 

 恐らくこの場で"入国料"とやらを払わなければ罰せられることになるだろう。

 ビビとロビンも事の重要性を理解していると見える。

 

「ナミさん、現状のウチの持ち金で払えるか?」

「無理ね。流石に入国料を支払う程、お金を持ってないわ」

「なら俺が払うしかないな」

 

 入国料、一人10億エクストル

 現状、クリケットさん達を含め、メリー号には12人が乗っている。

 

 つまり、計120億エクストル

 1万エクストルで1ベリー、つまり計120万ベリーだ。

 

「おい、お前ら。船長として言っておくが、お前達金の使い方粗過ぎるぞ」

 

 ルフィの信じられない言葉を受け、ナミ達が一瞬固まり、ルフィをボコボコにする。

 

「誰のせいで金欠になっていると思ってるんだ、手前ェは!?」

「お前の食費のせいだぞ!」

「金欠な私達の状況を顧みて、アキトがお金を出そうとしてくれているんでしょうが!」

「それを分かってんのか!?」

「ご、ごべんなさい……!もう言いまぜん……!」

 

 蹴られ、殴られ、踏みつぶされたルフィが懺悔する。

 船長に対してのこの扱い、散々である。

 

「あの婆さんも払わなくてもいいって言ってるんだし、別にアキトが入国料を払う必要はないのよ?」

「良いのか?この場で入国料を払わなければ、不法入国になるぞ?」

 

 先ず、間違いなく罰せられてしまうだろう。

 不法入国とはそういうものだ。

 

 先程、あの婆さんは写真を撮っていた。

 あれは不法侵入者リストを作っていたに違いない。

 

「不法入国してしまうとどうなるんだ?」

「そうね、トナカイさん。仮に不法入国をしてしまった場合、まず間違いなく私達は捕縛されてしまうわね。その後は、運が悪ければ処刑ね」

「だから、いちいち例えが怖ェよ、ロビン!?」

「いちいちリアクションが大袈裟よ、長鼻君」

「そうだぞ、ウソップ」

 

 平常運転のアキトとロビン

 

「でもやっぱり、気が合いそうね、私達。今、確信したわ」

 

 やはりロビンもそう感じていたようだ。

 アキトは精神年齢、ロビンは実年齢との関係で嚙み合っているのではないだろうか。

 

 

 

 

 

「あら、アキトは今、何を考えていたのかしら?」

「いやぁ、まあ。別に何も?」

 

 顔が近い。

 とてもロビンの顔が近い。

 あと一歩踏み出せば、顔と顔がくっ付いてしまいそうだ。

 

 怖い。

 普通に怖い。

 ロビンの顔は笑っているが、目は笑っていない。

 

「私の思い違いでなければ、アキトは何か失礼なことを考えていた気がするんだけど」

「いや、あの、恐らくロビンの思い違いではないかと……」

 

 既に身体は両腕、両足、上半身、下半身の全てがハナハナの実の力で拘束されている。

 何という早業であろうか。

 

 斥力の力を放出すれば、容易に拘束を解くことは可能だが、今は駄目だ。

 今、このタイミングで能力を使用すれば取り返しのつかないことをしてしまう。

 アキトは唯一動かすことが出来る顔を動かし、ロビンの拘束から逃れようとしていた。

 

「モテモテじゃねェか、あの兄ちゃん」

「羨ましい限りだな、おやっさん」

「いや、あれは少し違うだろ」

 

 クリケットさん達はアキトの身を案じながらも、上層に位置する空島に目が釘付けだ。

 

 

 

 その後、ロビンに拘束されたアキトが全員分の入国料を支払い、天国の門を通り抜ける。

 白海名物"特急エビ"がメリー号を軽々と持ち上げ、"空島"へと誘っていく。

 

 次なる目的地、神の国"スカイピア"

 ルフィ達を待つのは光か、それとも闇か

 

 それは誰にも分からない。

 



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神の国"スカイピア"

 静寂が場を支配する。

 対峙するはルフィ・ゾロ・サンジの三人とアキト

 ナミ達はアキト達から距離を置き、静観している。

 

『……』

 

 誰一人としてその場から動かない。

 ルフィ達は対するアキトの一挙一動に神経を集中させ、攻撃の手段を模索していた。

 

 次の瞬間、ゾロが一息にアキトへと詰め寄り、抜刀する。

 狙いは胸部、速度は上々

 全身全霊の力を込め、放つ一閃

 

「何……ッ!?」

 

 しかし、一切の容赦無く一閃されたゾロの斬撃は突如、停止する。

 否、アキトにいとも容易く受け止められていた。

 

 見れば刀身がアキトの左手の手首によって防がれている。

 何という硬度、まるで鋼鉄の物体を相手にしているようだ。

 驚愕を隠せないゾロをアキトは一瞥し、両者が視線を交差させる。

 

「……!?」

 

 自身の想像を超えた現象に思考が停止したゾロがアキトから放出された衝撃波により吹き飛ばされ、遠方の彼方に消える。

 既にルフィとサンジの姿は眼前に存在していない。

 

 前方、否

 後方、否

 左右、存在を確認

 

 目視は不要

 心は平静に、焦ることなく事態に対処する。

 

「"ゴムゴムの"……ッ!?」

「"首肉(コリエ)"……何ッ!?」

 

 両サイドから迫るルフィとサンジの攻撃をアキトは掌をかざし対処する。

 ルフィの拳を、サンジの蹴りを即座に無効化した。

 

 息を飲む音が聞こえる。

 だが、彼らもさる者

 最後の抵抗として放たれたサンジの渾身の蹴りとルフィの拳を宙へと飛翔することで躱し、アキトは両者を衝撃波で吹き飛ばした。

 

 ルフィとサンジが吹き飛ばされている最中、ゾロは"和道一文字"を頭上に構える。

 左手で右手を支え、その刀一本に力を集束させる。

 

 遠距離攻撃と攻防一体の能力を有しているアキトに生半可な力では太刀打ちは出来ない。

 宙を闊歩し、不可視の衝撃波を放つアキトに対抗するには此方も"飛ぶ攻撃"を放つしかない。

 

 

(がん)()()……」

 

 間合いも威力も上々

 狙いは上空に佇むアキト

 

 

「人の六根(ろっこん)(こう)(あく)(へい)!」

 

 アキトに向けるは大砲の砲口

 

 

「またおのおのに(じょう)(せん)……!」

 

 今から放つは"飛ぶ斬撃"

 

 

「一世三十六煩悩」

 

 鉄を斬るだけでは足りない。

 何物にも勝る斬撃を、一撃必殺の斬撃を

 

 

「一刀流……"三十六"……!」

 

 まだまだ自分には強くなる可能性が残されている。

 ならば迷うな。

 決して振り返るな。

 

 放て!

 その技の名は……

 

 

「"煩悩鳳(ポンドほう)"!!」

 

 放たれるは"飛ぶ斬撃"

 今なお上空に佇むアキトにゾロが放った"煩悩鳳(ポンドほう)"が迫り……

 

 時は少し遡ることになる。

 

 

 

 

 

 白海名物"特急エビ"に導かれ、ルフィ達は遂に"神の国"スカイピアに辿り着いた。

 幻想的な光景が広がり、ルフィ達を圧倒する。

 

「良いね、良いね、最高だねェ!冒険のにおいがプンプンするぞ!」

「いやっふー!俺が地一番乗りだー!」

「あ、ずりーぞ、ウソップ!」

 

 眼前の"空島"に喜びを隠せないルフィ達

 

「饒舌に尽くしがたいとはこのことを言うんだな、おやっさん」

「あまり賢い言葉を遣うと馬鹿に見えるぞ、マシラ」

「何だとショウジョウ!」

「事実を言ったまでだ!」

「何馬鹿な事言ってんだ、マシラ、ショウジョウ。行くぞ、"空島"へ」

「「御意」」

 

 マシラとショウジョウを引き連れ、メリー号を降りていくクリケットさん達

 

「おい、ウソップ、アキト、これ堅ェからやるよ」

「いてェな!?よーし、ルフィ、そこを動くなよ!」

 

 反射、反射

 

「ふが……ッ!?」

「ふはは!ざまあねェな、ルフィ!」

 

 ルフィが投げた木の実が勢いよく弾き返され、ルフィの顔面に直撃する。

 ウソップはとても生き生きとした顔で爆笑する。

 

 メリー号ではロビンとゾロの二人が何やら言葉を交わしている。

 ナミはサウスバードに頭を突かれながら、船室から水着で出てきた。

 

 ナミに似合うとても可愛らしい水着だ。

 サンジはナミとビビ、ロビンの為に花を摘んでいる。

 

「えへへ、どうですか、アキトさん?」

 

 思案に暮れるアキトの傍に無邪気な様子でビビが駆け寄った。

 "ジャヤ"にて購入した水着をその身に着込みながら

 

 純真無垢な笑顔で、アキトに水着を褒めてもらおうとビビは微笑む。

 彼女のトレードマークである水色を主体とした水着だ。

 

ヤバイ、尊い

 

「新調した水着なのですが……」

 

 アキトの中でビビの可愛さパラメーターが天元突破の勢いで上昇していく。

 表面上は平静を装っているが、今にも抱き付いてしまいそうである。

 

「似合ってますか、アキトさん?」

 

当然

 

 上目遣いにて此方を伺うビビの可愛さが留まるところを知らない。

 くびれた腰に、黄金比の肢体

 ホットパンツから覗く足もとても魅力的だ。

 

 余り露骨に視線をビビに向けることなく、アキトはビビと対面する。

 既にビビの可愛さパラメーターが天元突破していたが

 

「少し露出が多い水着ですが、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 純真無垢の笑顔、ビビが可愛すぎる。

 アキトは無言で両手で顔を覆い隠し、天を仰いだ。

 

ビビがとても愛い

 

 アキトのビビに対する保護欲と加護欲、抱擁欲が大いに刺激される。

 何故、こんなにもビビは可愛いのだろうか。

 あれ程殺伐とした環境に身を置きながら何故ビビはこんなにも心身が汚れることなく、澄み切っているのだろうか。

 誰か教えてくれ、アキトは切実にそう思う。

 

「そのですね、そんなに似合っていますか?」

 

 言うまでもない。

 

とても似合っている(抱き締めいたいくらいに可愛い)

「え……?」

 

 アキトは気付けば本心を暴露していた。

 アキトの大胆な発言にビビの思考は固まり、頬を赤く染め上げていく。

 

「えっと、それはどういう意味合いですか?」

「言葉通りの意味だ」

 

 こうなれば最後まで突き抜けるだけだ。

 言葉を着飾り、不快な思いをビビにさせるわけにはいかない。

 

 どこまでも真剣に、動揺を悟らせることなくアキトはビビに本心を告げる。

 そんなアキトにビビは頬を染めながら、幾度か悩まし気に頭を抱えている。

 一体、どうしたのだろうか。

 

 

 

「えっと、抱き締めたいのでしたら、抱き締めても良いですよ、アキトさん……?」

 

 

何……だと……?

 

 

 おずおずと両手を伸ばし、頬をうっすらと赤く染めながらもビビがアキトを恥ずかし気に見据える。 

 

「……」

 

 アキトはビビの言葉の意味が分からず、彼女の言葉を何度も頭の中で反芻する。

 見ればビビは今なお恥ずかし気に此方に身を寄せていた。

 

 ビビは両腕をアキトへ伸ばし、頬をほんのりと紅く染める。

 抱き締めても良いサインだろうか。

 

 据え膳食わぬは男の恥

 ビビ本人の了承は貰った。

 ビビは此方に身を寄せてきている。 

 

 ならば躊躇うことはない。

 アキトは遠慮なくビビを優しく抱き締めた。

 

「あっ……」

 

 ビビから官能的な声が上がる。

 自分は何も聞いていない、聞いていないったら聞いていない。

 

「私がウェイバーにハマっている間にアキトは何しているのかしら?」

 

 ナミが突如、ビビを抱き締めていたアキトの襟首を掴み取る。

 ウェイバーを操縦しながらこの握力、何という力だ。

 

 アキトでなければ首の骨が折れていたかもしれない。

 恐らくビビも手放してしまっていただろう。

 

「あ、あのアキトさん……」

 

まだだ、まだ離さんよ

 

 ナミに首根っこを掴まれながらもアキトがビビを離すことはない。

 ビビも恥ずかし気にしながらもアキトから離れず、より一層、アキトを抱き締める。

 そんなビビの様子にナミは一層嫉妬を募らせていく。

 

「ナミも抱き締めて欲しいのか?」

「ち、違うわよ……!」

 

 この反応、図星か

 そんなアキトの達観した反応が癪に障ったのかナミの握力が強まり、ウェイバーの速度が速まった。

 ジカジカの実の能力が無ければ首の骨が折れていただろう。

 

 個人的に麦わらの一味の中で最強なのはナミだと思う。

 無意識か定かではないが覇気と思しき力を遣い、ゾロを含めたルフィ達を普段からボコボコにしている。

 

 思案するアキトを他所にウェイバーは禁断の聖地"神の地(アッパーヤード)"へと向かっていく。

 だが、肝心の"神の地(アッパーヤード)"は爆音と防音、悲鳴が鳴り響き、只事では無い様子だ。

 地べたを這いつくばりながらも此方を見据え、助けを求めている一人の男性の姿も見えた。 

 

 途端、上空に途方もないエネルギーが収束し、地上へと投下される。

 天より投下された極光は地を割き、大気を振動させた。

 地べたに這いつくばり、此方に助けを求めていた男は瞬く間に消滅する。

 

 それは"天の裁き"

 この神の国"スカイピア"にて罪を犯した罪人を裁く、絶対の力だ。

 

「く、"エネル"か!よくも"ヴァース"を!」

 

 奇妙なことを述べ、ゲリラは颯爽とその場から去っていく。

 

「新たな知らせだ。アマゾンのばあさん曰く、今度は12人の青海人達がこの国に入り込んだらしい」

「どうやらその青海人達は入国料を支払ったらしいが……」

「ああ、どのみち悪い時期に来たものだ」

「我らの歩みを邪魔するのならば消せとの命が下されている」

「あらゆる事態を想定し、既に手は打ってある(・・・・・)

「だが、たったの12人とは期待外れ」

「しかし、4人で割れば、首は丁度3人」

「丁度良い数だ」

 

 何とも物騒なことを言ってくれる。

 アキトは驚きを隠せないナミとビビを傍の巨木の陰に誘導し、耳を澄ます。

 叫び声を上げないようにナミとビビの口を抑え、息を潜めていた。

 

 先程の空からの波動砲とも見間違える程の落雷、間違いない。

 

 あの落雷は周囲に奴ら以外の姿も気配も感じられなかったことから、遥か遠方から落とされたと考えていいだろう。

 まだ確定的な情報が少なく、不明な事は多々あるが、ある一つの可能性が濃厚になってきた。

 

 この島に"覇気遣い"が存在している。

 それも遠方から落雷をここまで精密な精度で落としたのだと仮定すれば、とても強大な覇気遣いだ。

 こうなってしまっては最悪の事態を想定し、ルフィ達の下へ帰還次第、ルフィ達に覇気の存在を教えることが最善の手だろう。

 

 アキト自身、覇気の熟練度は海軍の中将レベルには達しておらず、未熟そのものではあるが、ルフィ達に覇気の存在を肌で感じ取ってもらうことにこそ意味がある。

 "覇気遣い"との実践を経て"覇気"を体感し、その身で"覇気"の力を感じ取ることが出来ればルフィ達の大きな成長の糧になるはずだ。

 

 アキトは少しばかり荒療治ではあるがルフィ達と覇気を用いた実践による戦闘を行うことを決意した。

 こうして舞台は冒頭に遡ることになる。 

 

 

 

 全方位からアキトに迫るルフィ、ゾロ、サンジの三人の攻撃

 

 サンジの蹴りを上空に飛翔することによりアキトは回避する。

 そこを狙ったルフィが突貫し、バズーカを放とうとするも難無く回避され、途端、アキトの姿が虚空へと消えた。

 

 否、ジカジカの実の力を最大限に活かした高速移動だ。

 唖然とするルフィを眼下へと蹴り落とし、アキトは地上へと降り立つ。

 

 上空から迫るはゾロの特攻

 それをアキトは身体を僅かに逸らすだけで回避する。

 

 ゾロの一撃により雲によって形成された地面は崩れ、凹み、周囲に暴風を引き起こす。

 周囲に水しぶきが上がり、ゾロとアキトの二人の姿が消えた。

 

「ォォオオオ!!」

 

 一息に詰め寄り、ゾロが振りかざした刀をアキトは左手の掌でいとも簡単に受け止める。

 刀越しに伝わる感触はまるで鋼鉄の何か

 いや、ジカジカの実の能力以上の何かを感じる。

 

 アキトは驚愕を隠せないゾロを引き寄せ、投げ飛ばす。

 途轍もない速度で投げ飛ばされたゾロは何とか体制を整えながら、吹き飛んでいく。

 

「くそッ……!?」

 

 勢いを殺すべく上空へと跳躍したゾロの前方に突如、アキトの姿が現れる。

 宙にて身動きが取れないゾロへと迫る拳

 

「……!?」

 

何……ッ!?

 

「何、ぼさっとしてやがんだ、マリモ!」

「うるせェ!」

 

 援護すべく駆け付けたサンジの蹴りがアキトへと迫り、ゾロはサンジの後方からアキトへと刀を振りかぶる。

 

 だが、届かない。

 刹那の隙を突いたゾロの攻撃はまたしても無効化された。

 サンジの蹴りは難無く躱され、刀身は左手の掌で掴み取られている。

 

「何なんだ、一体……!?」

 

此方の動きが全て読まれている……!?

 

 これが覇気だというのか。

 余りにも反応速度が速過ぎる。

 

 刹那の思考に走っていたゾロに迫る蹴り

 無防備なゾロへと迫った蹴りは刀身ごとサンジとゾロを眼下の地面へと蹴り落とす。

 途轍もない速度で空中で幾度も回転しながら、木々をへし折り、ゾロとサンジは地へと墜落した。

 

 宙にてステップを踏んだアキトが宙を蹴り、眼下へと勢いよく降下する。

 宙に波紋を浮かべ、大気を蹴り、再度加速する。

 

 眼下にはルフィがアキトを迎え撃つ。

 視認することも困難なアキトの拳をルフィはその身一つで迎え撃った。

 

「……!?」

 

 アキトの拳に潰れたかと思われたルフィだったが、事態が一変する。

 次の瞬間、ルフィの身体から蒸気が立ち昇り、アキトが上空へと押し返された。

 

 油断も慢心もしたつもりはない。 

 ルフィの現在の実力も把握していた。

 だが、それ以上にルフィの身体能力が突如として飛躍的に上昇したのだ。

 

「……!」

 

 刹那の思考に走るアキトの眼前に普段の数倍以上の速度で移動したルフィが現れる。

 全身から蒸気を発し、左手を此方に向けながら

 

「"ゴムゴムの(ピストル)"!」

 

 その攻撃速度、通常の数倍以上

 ルフィは気付いているのだろうか。

 その異常性に、まるで強制的に戦闘力を倍にしている身体の様子に

 

 だが、まだまだ攻撃は直線的かつ直情的だ。

 それに後れを取るアキトではない。

 ルフィの攻撃を半歩後ろに下がることで躱し、ルフィをゾロ達の下へと蹴り落とす。

 

 木々に紛れ、ルフィ達の姿は見えない。

 しかし、アキトは油断などしない。

 あの程度で倒れるルフィ達ではないのだから

 

 途端、ルフィ達の姿が鮮明に映し出された。

 

 

 

 

 

「三刀流……"三百煩悩(ポンド)"……」

「"ゴムゴムの"……」

 

 

 

『"攻城砲(キャノン)"!!』

 

 

 

 

 

 此処にきて初めてアキトが危機感による防御の姿勢を取った。

 両腕を胸の前で交差し、眼下から迫る衝撃を迎え撃つ。

 

 アキトが防御の姿勢を取った瞬間、上空を震撼させ、大気を揺るがす程の衝撃が走った。

 先程とは一線を画す威力だ。

  

 極限の集中状態、瀕死の瀬戸際、刹那の秘められた力の解放

 ルフィとゾロは無意識にも"覇気"を遣い、渾身の一撃を繰り出していた。

 

 だが、両者の身体は鉛の様に重く、その身からは決して多くない血が流れている。

 呼吸も荒く、満身創痍の状態で今にも倒れてしまいそうだ。

 ルフィから立ち昇っていた蒸気は消え失せ、今にきて負荷が来たのかルフィは膝を付き、過呼吸を繰り返している。

 

 

くそ、傷が浅ェ……、俺とルフィの全力の一撃をもろに喰らってもあの程度かよ……!?

 

 

 信じられないとばかりにゾロは瞠目する。

 隣に佇むルフィも同様だ。

 

 今なお上空に佇むアキトは健在だ。

 両腕の手首は刀傷により僅かに流血し、額からは僅かに血を流している。

 左胸から右わき腹にかけてはルフィとゾロの攻撃によって受けた刀傷が見受けられるが、言ってしまえばその程度

 此方の渾身の一撃が然程効いていなかった。

 

 

今の状態で"煩悩鳳(ポンドほう)"を打ててあと二・三発が限界、どうする……!?

 

 

 息も絶え絶えの状態でゾロは思考する。

 ルフィの隣には復活したサンジもボロボロの状態ながらも上空のアキトを見据えている。

 彼らの目は死んでいない。

 

 宙に佇むアキトも眼下を見下ろし、戦闘態勢へと移行する。

 ルフィ達も同様だ。

 

 緊迫した空気が辺りを包み、再び戦闘が開始されようとした刹那──

 

 

「へそ!」

 

 第三者の横槍が入った。




アキトは悪役でも敵でもありません
※ 修行です

実践で強くなれいィィ! → Theピッコロ流的な(笑)

水着越しのビビの黄金比の肢体の感触は皆様のご想像にお任せします(^ω^)


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生贄の祭壇

 剣呑と化したルフィ達の目の前に独特的な挨拶を行う集団が姿を現した。

 精練されたポーズを行い、集団のリーダと思しき男性が此方に歩を進める。

 

「お取り組み中、失礼。私はホワイトベレーの部隊隊長、マッキンリーと申します」

『へそ!』

 

 マッキンリーの部下達が独特的な挨拶と共に敬礼を行う。

 

「へそ。ホワイトベレーの皆さん、業務お疲れ様です」

 

 コニスさんも笑顔で挨拶を行う。

 ルフィ達も戦闘態勢をとき、ナミ達の下へ向かう。

 アキトも宙より大地へと降り立ち、ナミとビビの傍でホワイトベレーと向かい合った。

 

「本日、この場へと足を運んだのは他でもありません。つい先程、空島へと新たな青海人の入国があったと聞き、この場へと出向いた次第です」

 

 ホワイトベレーの意図が理解出来ないルフィ達は怪訝な顔を浮かべる。

 コニスさん達も同様だ。

 

「早速、本題に入ります。昨今、青海人達の不法入国が幾度も起きていることはご存知で?」

「ええ、まあ……」

 

 それが何の関係が、と言わんばかりにコニスさんは首を傾げる。

 

「つまり、貴方達の傍にいる青海人達の素性の精査の為にこの場に赴いた次第です」

 

 マッキンリーの視線が此方を射抜く。

 思い返せば入国の手続きの場に居合わせたのは婆さん一人であった。

 それを考慮した上での正式な入国検査であるのかと、アキトは考える。

 

 目の前ではマッキンリーが写真を手に持ち、作業に取り掛かっていた。

 

 

 

「うむ、"映像貝(ビジョンダイアル)"による写真と一致していますね。失礼、どうやら此方の取り越し苦労だったようだ」

「まあ、あれだけ入国の検査がザルだったら仕方ねぇよ」

 

 サンジの意見に全面同意する。

 

「ご理解いただきありがとうございます。それでは我々はこれで」

 

 敬礼を行い、彼らは颯爽とこの場から去っていく。

 帰り際に密かにコニスさんに耳打ちを行って……

 

「……」

 

 アキトはそんな彼を訝しげに見ていた。

 何か良からぬ不安を胸に抱いて……

 

 

 

 

 

 

 

 その予感は的中する。

 

「全能なる神は全てを見ているのです。神に背き、掟を破った者は罰せられます」

 

 パガヤさんが弱々し気な様子で項垂れ、懺悔するが如く顔を掌で覆う。

 "スカイピア"に存在する神の存在、掟を破った者は例外なく裁きにかけられる。

 

 これが意味することは──

 

 

 

 刑が執行された。

 

 

 

「……ッ!?ナミちゃんにビビちゃん、何で……!?」

「どうした、サンジ!?」

 

 望遠鏡にてメリー号を遠視していたサンジが悲嘆の声を上げ、涙を流す。

 

 

「何で水着じゃないのォォオオ……!」

「手前ェはもう黙れ!」

 

 ウソップのツッコミが炸裂した瞬間、アキトが脇目を振ることなくテラスから飛び出した。

 宙を踏み締め、大気を突き抜け、"超特急エビ"に連れ去られるメリー号へと突貫する。

 

 此方に向かうアキトの姿をチョッパー達が歓喜の叫びを上げる。

 

 メリー号を追従する形で大型の空魚達が口を開け、追撃している。

 船からの脱出も封じ、"生贄"を確実に"生贄の祭壇"へと誘う寸法、実に用意周到な事だ。

 

 刹那の思考を終えたアキトが眼下を見下ろし、拳を握り締め、能力を発動させる。

 力強く握りしめた拳に重点的に能力を発動させ、一点に斥力の力を集束させる。

 

 そして純粋に眼下の空魚へと突き出す。

 ただそれだけ

 

 

 

 アキトの研鑽された正拳突きと能力が重なり、集束された衝撃波という名の空拳が生じる。

 その視認不可能な空拳は瞬く間に空魚達を軒並み殲滅させた。

 

 歓喜の余り抱き付いてくるチョッパーをアキトは抱え、メリー号へと降り立つ。

 

「空魚達はこれで殲滅されたわ!次はメリー号を何とか止めないと!」

「いや、無理だな。この速度で進むメリー号を止めてしまった場合、メリー号は放り出されてしまう」

「それにメリー号を抱えている生物の両腕が船に食い込み、穴が開いているわね」

 

 空魚達の殲滅、その奮闘虚しくメリー号は"生贄の祭壇"へと誘われていった。

 それはルフィ達の空島での新たな冒険の始まりを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 生贄の祭壇

 

 罪人達を裁断し、神の供物として奉納する祭壇

 裁断にはメリー号が静かに鎮座している。

 

「……特に無いんですか?」

 

 悲惨な過去など特に存在しない。

 両親が赤子の時に蒸発したとか、孤島に置き去りにされたとか、育ての親を海賊に殺されたとか、そういった残酷な過去を背負っているわけではない。

 

「本当に無いんですか?」

 

 ビビが再度アキトに尋ねる。

 

うん、特に何もない

 

「いや、"うん"?ア、アキトさん……?」

「アキト……?何か口調変じゃないか?」

 

 チョッパーがアキトの口調の変化に戸惑いの声を上げる。

 生贄の祭壇にて暇を持て余していたビビはアキトの過去について尋ねていた。

 

 だが、ビビの方が余程過酷な人生を歩んでいることは間違いない。

 一国の王女として国を背負い、敵の組織に侵入する、誰もが出来ることではない。

 祖国を一心に愛し、愛する母国の為にに献身するビビを心より尊敬する。

 そんなビビのことを自分はとても素晴らしい女性だと思っている。

 

 アキトは自身の本心を言葉を飾ることなくビビに伝える。

 自分は少しばかり絶海の孤島で寂しかった程度の過去なのだから、余り詮索はして欲しくはない。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何だかビビの様子がおかしい。

 寝そべった姿勢ではビビの顔を見ることは出来ないが、照れているのだろうか。

 此方から顔を背け、両手を頬に当てている。

 

「……それでアキトは何故、寝転がっているのかしら?」

「いや、何と言うか……」

 

 ナミの迫力に少し圧されながらも、アキトはメリー号の甲板の上に寝転がる。

 身体を大の字に広げ、完全にリラックスした状態だ。

 

「「「……?」」」

 

 アラバスタ王国でのクロコダイルとの騒動も終わり、空島にも無事到着

 

 

 

端的に言うと疲れた

 

 

 

 今のアキトを支配するのは達成感と気の緩み

 その様は普段のアキトから大きく乖離し、声にも覇気が全くと言って無かった。

 

 

 

「生贄の祭壇より外に出ていくのも正直面倒だし、もう怠けても良いかなって……」

 

 呆然と空を見上げ、アキトは甲板と一体化しそうな勢いで全身の力を抜いていく。

 

「「「……」」」

 

 ゾロとロビンの2人は既に生贄の祭壇より外に脱出している。

 ナミも外に出ていく予定であったが、ビビがメリー号に残ると言った途端、ナミもこの場に残ることを決めていた。

 

「別にナミがメリー号に残る必要はないぞ?」

「いえ、私がいなければ危ないわ」

「戦力的には大丈夫だと思うが……」

「そういう意味じゃないわよ……!」

 

 それではどういう意味であろうか。

 依然として謎である。

 

 

 

「おい、貴様ら一体いつまでこの俺を無視しているつもりだ?」

 

 そんな和気あいあいとしたと様子のメリー号の上空から響く声

 空島(スカイピア)に君臨する四神官の一人、シュラが巨大な鳥に跨り此方を見下ろしていた。 

 

「チョッパー、頼んだ」

「俺……!?」

「お医者さんの出番だ(神の神官、(ゴッド)、犠牲、犠牲無くして人は生きれない、試練、つまりそれは……?)」

「それは……?」

「(間違いなく精神的な疾患を抱えている)」

「うェ……!?(それは本当か!?)」

「ああ、間違いない(何というか聞いていてかなり辛い)」

「俺が救ってやらないと……(精神的な疾患ってことか……)」

 

 普段のアキトらしからぬふざけた物言いだが正直、人の身でありながら"神"だの、"神官"だのと宣う輩は見ていて気持ちの良いものではない。

 即刻、その口を物理的に潰したくなってくる。

 

「おい、貴様ら誰が精神疾患者だ」

 

 小声で話しているにも関わらず、此方の会話を聞き取る聴力、間違いなく覇気に近しい力を持っている。

 アキトはだらけ切った態度でも油断はしない。

 

「決めたぞ、小僧。先ずは舐め腐った態度の貴様から犠牲という名の下、断罪してやる」

 

 

いや、そういう断罪の押し売りは間に合ってます

 

 

「アキトが戦わなくて誰が戦うのよ……!」

「いや、此処はチョッパーで……」

「無理無理!」

 

 青ざめたチョッパーの涙ながらの懇願

 貯まるシュラのフラストレーション

 

 

まあ、別に少しばかりならば相手をしてやっても構わんよ?

 

 

「いや、どの姿勢で言っているんですか、アキトさん……」

 

 今なお甲板上でやる気が皆無の状態のアキトの態度にビビが呆れた様子を見せる。

 一向にアキトはその場から動く気配はない。

 

「直ぐにその場に立ち上がれ、小僧」

「あの、ちょっと待ってくれないか?アキトは少しばかり怪我しているんだ」

「私も手伝うわ、チョッパー君」

「……」

 

 チョッパーの指示に従い、ビビがアキトの額の血痕を拭き取っていく。

 シュラは前代未聞の生贄達の態度に怒りを隠せない。

 

「……おい、まだか?」

「もう少しだ」

 

 ナミも手伝いアキトの上半身の血痕を拭き取る。

 

「終わったか?」

「まだよ、少しは待つことを覚えたらどうなの?」

 

 ナミの呆れながらの叱責

 アキトが傍にいる余裕か、ナミの飾らない口撃がシュラに炸裂した。

 

「せっかちな男は嫌われるわよ」

 

 シュラはアキトを殺した後はこの女を殺すことを決める。

 

「よしこれで治療は完了だ」

「此処は何とかお願い、アキト……!」

「お願いします、アキトさん……!」

 

 闘志皆無のアキトを全員で立ち上がらせ、ナミ達はシュラと対面する。

 アキトは相変わらず酷く面倒で仕方ないとばかりの態度でシュラを見据えていた。

 

「ここまでふざけた態度の生贄は初めてだ。"神官"として貴様を此処で……」

「そういう話は至極どうでもいいから、かかってこい」

 

 宙に浮かび上がり、アキトは相手にするのも面倒な様子で挑発を行う。

 右腕を前に突き出し、シュラを手招きをしていた。

 

 所詮は断罪という名の一方的な処刑

 "神"という絶対者に逆らう反逆者を断罪し、排除するシステム

 

 

 議論を交わす余地もない。

 

 

「あァ、腹立たしき愚か者への怒りの求道思い知れ!!」

 

 遂にシュラの怒りが頂点に達し、アキトへと突貫する。

 

 

 

「"紐の試練"!!!」

 

 生存率3%『紐の試練』

 

 神官の試練がアキトに牙をむいた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 時は加速する。

 

 執行される神の裁断

 生贄の祭壇へと誘われたナミ達

 

 

 良心の呵責に苛まれ、国民の義務を放棄したコニス

 泣き崩れ、ルフィ達に謝り、逃げる様に叫ぶ。

 

「馬鹿野郎が……!」

「義務だったんだろ?仕方のないことだったんだろうが!」

「こんな会って間もない俺達よりも自分の命を優先しろよ!」

 

 空から落雷が降り注ぎ、天の裁きが執行される。

 大地を抉り、住民達を吹き飛ばす。

 

 

 過去、空島にて神として君臨していたガン・フォールによりコニスは救済される。

 コニスは九死に一生を得る。

 

「早く帰ってきてください、神様……!」

 

 

 時を同じくして生贄の祭壇にて一人の神官が刑を執行しようとしていた。

 チョッパーが誤って吹いたホイッスルを聞き、ガン・フォールは空へと飛翔していく。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「貴様には俺様の試練を馳走してやる、小僧!」

 

 シュラが宙に佇むアキトに突貫し、手に持つ炎槍を振りかざす。

 アキトは焦ることなくその炎槍を右手で掴み取り、シュラを投げ飛ばした。

 見ればアキトの右腕が燃え上がり、服の袖が焼失している。

 

 三丈鳥であるフザが翼を羽ばたかせ、主人の下へと向かう。

 それと同時に口を大きく開け、アキトに向け炎を吐き出した。 

 

 

炎を吐き出す鳥……?

 

 

 危うげなく回避したアキトの背後に佇む大樹が燃え上がる。

 途轍もない火力で大樹を燃え上がらせていく。

 

 炎を吐き出す鳥

 どういう原理か知らないが、面白い。

 

 アキトは手首の炎を能力で弾き飛ばし、シュラへと再び相対する。

 大気が震え、宙を駆け抜け、両者が激突した。

 

 炎槍を素手で弾き、時には炎槍を回避する。

 フザの火炎放射を弾き、時にメリー号をその放火範囲から守り切る。

 

 

 

「この槍には"炎貝(フレイムダイアル)"が仕込まれている」

 

 突き刺さった炎槍から大樹が燃え上がる。

 

 

 

「多種多様な性能を持つ(ダイアル)、貴様ら青海人には珍しい代物だろう」

 

 炎鳥フザがメリー号に向け、放たれた炎を掻き消す。

 

 

「例えば、炎を吐く鳥を生み出すことも可能だ!」

 

 明かされる火の鳥フザの全貌

 

 

 

「俺は貴様らを排除し、"神官"としての役目を全うする!」

 

 全ては邪魔者を排除するため、生贄を断罪する。

 

 

「そのためにはやはり俺自らが貴様らを殺すことが手っ取り早いようだな!」

 

 フザの放った炎がアキトの傍を通り過ぎ、空へと消えていく。

 

 幾度の攻防の末、アキトが大樹の幹に降り立った。

 能力で大樹の幹に大地と並行する形で身体を固定し、シュラを見据える。

 

 対するシュラは息を切らしながらも炎鳥フザに跨り、何処か余裕を感じさせる笑みを浮かべている。

 まるで何かを待っているかのように

 

 

 

 

 

 

 

「この期に及んで"生贄"とやらがそこまで大事か?」

 

 心底理解出来ないとばかりにアキトは問いを投げ掛ける。

 

 

「全能なる神、"(ゴッド)・エネル"は全てを視ている!」

 

 

「それらには全て崇高なる目的が存在している!」

 

 

「貴様らの命を"(ゴッド)"に差し出せ!!!」

 

 主人であるシュラの叫びに応え、フザが業火を放出する。

 攻撃範囲、威力、先程までとは一線を画す火力だ。

 

 アキトは大樹の幹を踏み砕き、粉砕された大樹の欠片を能力と共に蹴り飛ばす。

 凄まじい速度で飛んだ木片が視界を覆いつくす程の炎と衝突した。

 

 

 

 大気が振動し、衝撃波が辺り一帯に吹き荒れる。

 大樹が揺れ、神の島(アッパーヤード)全土にその衝撃が響き渡った。

 メリー号が大きく揺れ、生贄の祭壇自体を振動させる。

 

 

 

 生存率3%『紐の試練』

 

 刻一刻とアキトの身体を極細の雲糸が絡めとっていく。

 ガン・フォールがこの場に駆け付けるまで後残り僅か

 




2~3話の勢いでアキトさん、戦ってんな……(笑)


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全能なる神

 神の地(アッパーヤード)の一角で爆発が起き、大気が振動する。

 爆炎と爆煙が立ち昇り、神の地(アッパーヤード)の大地を揺らす。

 周囲には特大の玉が無数に宙に浮き、不規則に動いていた。

 

「クソ……ッ!」

「生きてるか、ウソップ?」

「な、何とか……」

 

 身体の所々に火傷と怪我を負い、ルフィとサンジ、ウソップの3人が立ち上がる。

 コニスから善意で譲り受けた"カラス丸"は既にこの場からかなり離れた場所まで搭乗者を乗せずに雲の道(ミルキーロード)を進んでいる。

 

 此処は禁断の聖地である神の地(アッパーヤード)・"迷いの森"

 今、生存率10%にして"玉の試練"がルフィ達を苦しめていた。

 

「おい、ルフィ」

「ああ、分かってる」

 

 サンジの言葉の意図をルフィは即座に理解する。

 

「恐らく、あの玉野郎が遣っているのは"覇気"ってやつだ」

「アキトが言ってた"覇気"ってやつか」

「あいつは"心綱(マントラ)"って言ってやがるがな」

「それに、衝撃(インパクト)っていう奇妙な力も遣ってるぞ」

 

 スカイピアの神官"森のサトリ"に苦戦しながらも、ルフィとサンジは戦闘を続行する。

 油断することなく、次に取るべく最善策を模索し、相手の力の正体を推測していた。

 

「アキトは"覇気は大別して3種類"存在するって言ってたな」

「恐らく、あのサトリって奴が遣っているのは"見聞色"で間違いねェだろう」

 

 ルフィとサンジは神の地(アッパーヤード)に足を踏み入れる前に、アキトとの修行を通して大まかにだが"覇気"について学び、その身で体感している。

 アキトが使用していたのは見聞色のみであり、武装色は使用していなかった。

 アキト曰く、アキトは覇王色の覇気は有していないらしい。

 

「だが、幸運だったのはあの玉野郎がアキトと比べ、機動力とパワーが圧倒的に無かったことだ」

「それに、アキトレベルのスピードもねェ」

 

 それだけではない。

 アキトの様な理不尽な能力も有していない。

 

 視認不可能の衝撃波に加え、空中でも自由自在に移動出来るわけでもない。

 圧倒的な攻撃力と防御力を巧みに遣い、攻防一体の攻めを行ってくるわけでもない。

 

 奴が現在、此方よりも有利に立ち回っているのは周囲の予測不可能な"びっくり雲"の存在と、この場の地の利だけだ。

 

「サンジ、数十秒だけ時間を稼いでくれ。ウソップはカラス丸を頼む」

「勝てる見込みはあるのか?」

「当然!」

 

 サンジは時間稼ぎ及び陽動、ウソップはカラス丸を確保すべく走り出す。

 

「頼むぜ、船長!」

「カラス丸は俺に任せな、ルフィ!」

 

 ルフィはその場に止まり、精神を統一する。

 思い出すのはあの瞬間、アキトとの戦闘の間際に感じたあの感覚だ。

 

 戦闘力が爆発的に上昇し、身体の力が一気に上がったあの力を引き出すことが出来れば奴に容易に勝つことが出来る。

 それだけの力をあの時の自分は引き出していた。

 

 原理は大まかにだが、理解している。

 上空から迫るアキトの拳を受け止めた瞬間、自身の身に起きたのは恐らく体内の血液の流れの爆発的な上昇

 あの瞬間、アキトの攻撃により自分の体が潰れたことにより体内の血液の流れが上昇したのだろう。

 

 ゴムゴムの実の特性を最大限に活かし、血液の流れを通常時より上げ、身体能力を急激に増加させる。

 本来ならば体内から自爆してしまう荒業だが、全身がゴムならば耐えることが出来る。

 

「いくぞ……!」

 

 ルフィは右膝に掌を当て、右足をポンプ代わりに血液を急激に上昇させる。

 身体から湯気が上がり、皮膚が急速に流れる血液の影響で赤くなる。

 呼吸が荒れ、心臓が爆発しそうな痛みを感じながらも、ルフィはサンジと戦闘を繰り広げるサトリへと照準を定めた。

 

 

 

「手前ェの相手はこの俺だ!」

「ほっほほーう、何か良からぬことを企んでいるな」

 

 サンジの特攻に神官であるサトリは笑みを浮かべながら、玉の上で踊る。

 

あの玉野郎の"心綱(マントラ)"は厄介だが、アキトのような爆発的な機動力は無い

"見聞色は相手の動きを先読みする"ことが可能ならば、先読みしても反応不可能な攻撃(・・・・・・・・)をすればいい!

 

 サンジはびっくり雲を駆け巡り、サトリへと一息に迫る。

 

「くらいやがれ!」

 

 サンジは眼前のびっくり雲を力の限り蹴り飛ばす。

 

「ほほーう、無駄無駄」

「悟ってんじゃねェーぞ、このサトリ野郎が!」

 

 眼前へと迫るびっくり雲を焦ることなく回避し、サトリは背後から迫るサンジへと向き直る。

 

「このびっくり雲は陽動、そして、本命は背後から奇襲。安い手にも程があるぞ」

 

 サンジはサトリの言葉を無視し、そのまま突貫する。

 無論、こんな安い手が通じるとは思ってなどいない。

 

「"首肉(コリエ)"……!」

「右足上段の蹴り……。ふん、同じ技とは芸がない奴だ」

 

 既に破った同じ技を放つサンジに呆れ、サトリは思考を放棄した。

 慢心し、思考を中断してしまった。

 先程サンジが蹴り飛ばしたびっくり雲が周囲のびっくり雲にぶつかることで別のびっくり雲が自分に飛来してくることに気付くことはなかった。

 

「アイイイイイ、イ"イ"!?」

「"シュート"!!」

 

 サトリが意識の外から飛んできたびっくり雲に漸く気付き、攻撃を躊躇ってしまう。

 平静を欠き、心綱(マントラ)を見出し、衝撃(インパクト)を外してしまう。

 無論、サンジがその好機を逃すはずも無く、自身の必殺の一撃を叩き込んだ。

 

「サンジ!」

 

 ルフィの準備が整ったことを理解したサンジは即座にその場から離脱し、後始末をルフィに任せた。

 

「ゴムゴムの……」

「馬鹿め!その距離からの攻撃を避けられないわけが……」

 

 体中から蒸気を発したルフィがサトリへと掌をかざす。

 サトリは蹴られた痛みに呻きながらも、ルフィを嘲笑う。

 

 サトリは遠距離からの攻撃など脅威ではないと判断してしまった。

 遠距離からの攻撃など回避することなど容易だとサトリはまたしても慢心してしまった。

 近距離からの攻撃はいとも簡単に心綱(マントラ)で避けることが出来たのだ。

 故に、この距離など問題無いと無防備にも、彼に回避行動を選択させなかった。

 

「"(ピストル)"!!」

「アイ"イ"イ"!?」 

 

 顔面にルフィの拳が炸裂し、サトリはピンポン玉の様に何度もバウンドしながら吹き飛ぶ。

 だが、ルフィは容赦しない。

 確実に次の一撃でサトリを潰すべく、両手を背後へと勢い良く伸ばした。

 

「ま、待て!俺達"神官"に裁かれない罪は"第一級犯罪"に値するんだぞ!それは全能なる"(ゴッド)・エネル"への反逆に……ッ!」

「知るか!!」

 

 だが、ルフィにとってそんな些細なことなど関係ない。

 痛みと蓄積したダメージで身動きが上手く取れないサトリへと肉薄した。

 一息にサトリへと肉薄し、全力の一撃をお見舞いする。

 

「ゴムゴムの……」

 

 

 

「"バズーカァ"!!!」

「アイ"エ"エ"エ"!?」

 

 爆発的な身体能力を上乗せしたバズーガがサトリの腹へと炸裂する。

 肥えた腹が凹み、サトリは血の放物線を描き、大木へと激突した。

 

 サトリは許容量を超えたダメージを受け、血反吐を吐き、倒れ伏す。

 焦点が定まらず、身体を痙攣させながらサトリは無様に地を這いつくばった。

 その様子がルフィの新たな技のダメージの強大さを物語っている。

 

 サトリは動かない。

 今度こそ迷いの森の神官は沈黙し、ルフィ達は勝利を収めた。

 

「おー、凄い威力だな」

「疲れたぁ……」

 

 湯気が収まり、ルフィは脱力する。

 爆発的な身体力の上昇の代償にルフィは力なく倒れ込んだ。

 

「それにしてもあの技は一体何なんだ、ルフィ?」

「まだ技名は決めてねェんだけどよ、凄ェ威力なんだぜ」 

 

 息を荒げながらも、ルフィは満面の笑みを浮かべる。

 

「アキトとの闘いで偶然発見したんだ」

「成程ねェ」

 

 興味なさげに返事をしながらもサンジはルフィの新技の威力に感嘆する。

 戦闘力の上昇も然ることながら、身体能力・攻撃と移動速度の全てが急激に上昇していた。

 

「俺もうかうかしてられねェな……」

 

 ルフィの急速な成長にサンジも負けていられないと密かに対抗心を燃やす。

 アキトとの戦闘では手も足も出なかった。

 今後の冒険で生き残るにはより強くなる必要があるだろう。

 

「ルフィ、サンジ!カラス丸の捕獲が完了したぞ!」

「了解だ、ウソップ。ほら、行くぜ、ルフィ」

「それなんだがよぉ、力が入らねェんだ、サンジ」

「カッコつかねェなぁ、おい」

 

 そう易々と強くなれるわけねェか、とサンジは嘆息し、ルフィを引きずりながらカラス丸へと向かった。

 

 禁断の聖地神の地(アッパーヤード)・"迷いの森"

 スカイピア神官"森のサトリ"撃破

 

 同時刻、生贄の祭壇にてスカイピアの神官"スカイライダー・シュラ"がアキトの手によって撃破されていた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)が業火に包まれ、焼け落ちる。

 先程まで、戦場の至る場所で戦闘音が鳴り響き、ワイパー率いるシャンディアと神官達が戦闘を繰り広げていた。

 

 既に彼らの戦闘を終わりを告げ、神官達は神の地(アッパーヤード)・"神の(やしろ)"へと集結している。

 

「"サトリ"に"シュラ"、神官を2人まで倒されたか。これは序盤から番狂わせだな、ヤハハハハ!」

 

 この場に集う神官は"スカイブリーダー・オーム"と"空番長ゲダツ"の2人のみ

 シュラはアキト、森のサトリはルフィ達によって撃破されていた。

 

「奴らもまだまだ甘い。どうやら青海人達の実力を見誤ったようだ」

「まあ、神の加護がなかったのだろう、ヤハハハハ!」

 

 神殿の御前にてスカイピアの唯一神である(ゴッド)・エネルが実に愉快気に笑う。

 

「それでは我ら神官をお呼びになったのは……」

「その通りだ。少しばかり予定を早め、お前達に神の地(アッパーヤード)全域を解放しよう」

 

 神官の一人オームの疑問の声に対して、エネルは得意げに応える。

 

「実は既にほぼ完成している、"マクシム"がな」

 

 神隊に囲まれ、侍女を侍らせながら、エネルは残る神官であるオームとゲダツを試す様に見据える。

 

「気張れよ、お前達。神である私を失望させてくれるな」

「明日、再びシャンディアを迎え撃ち、長きに渡る闘いに終止符を打とうじゃないか」

 

 全能なる神、(ゴッド)・エネルは笑う。

 実に愉快気に、楽し気に高笑いを続けた。

 

 

 

 

 

エンジェル島

 

「……」

 

 エンジェル島へ残ることを決意したクリケットは終始、神の地(アッパーヤード)を見据えていた。

 己の部下であるマシラとショウジョウの存在も今は意識の外に置き、彼は真剣な眼差しで眼前の大地から目を離さない。

 

 この島が祖先である"うそつきノーランド"が見た黄金郷の秘密を握っているのかもしれない。

 明確な根拠があるわけではない。

 

 だが、自分の体に流れるノーランドの血が疼くのだ。

 この空島に巨大な黄金都市が存在しているのだと。

 

「……これが正真正銘の最後だ」

 

 かつて海賊としての航海の果てに辿り着いた場所が"うそつきノーランド"が見たというジャヤなど存在しない孤島だった。

 そして、今、自分は伝説で語られた空想上の"空島"にいる。 

 

決着(ケリ)をつけようぜ、ノーランド」

 

 クリケットは静かにこの空島探索を己の生涯にて最後の祖先との決着の場と決意した。 

 

 

 

 同時刻、森のサトリを撃破したルフィ達が生贄の祭壇に無事到着し、時を同じくしてその場に帰還したロビンとゾロの両名との合流に成功していた。

 生贄の祭壇にはアキト達の姿はなく、ルフィ達と入れ違う形で祭壇から姿を消していた。

 ロビンとゾロに一つの言伝を残して

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃、生贄の祭壇に連行されたアキト達は……

 

「凄ぇな、俺達、空を飛んでるぞ」

 

 生贄の祭壇にメリー号を残し、空を移動していた。

 チョッパーが興奮の余り、目を輝かせながら眼下の神の地(アッパーヤード)を見下ろしている。

 

「ねえ、トニー君、この鳥は何故、私達に従順なのかしら?」

「……多分だけど、アキトのことを怖がっているんだと思う」

 

 三丈鳥フザはアキトを含む、ナミ、ビビ、チョッパーを背中に乗せ、空を突き進む。

 首の付け根に座るアキトに終始恐れをなすかのように、体を震わせている。

 

「アキトさんを……?」

「うん、アキトはこの鳥の主人をぶっ飛ばしただろ?それで、恐らくこいつは本能レベルでアキトに屈服しているんだ」

 

 成程、ビビはこの巨大な鳥が異様に従順な理由を理解した。

 強いものには巻かれろ、この鳥はその言葉を体現しているのだ。

 

 ビビはチョッパーを腕の中で抱き締め、アキトの下へと向かう。

 生贄の祭壇を飛び立って以降、ナミはずっとアキトの隣に座っている。

 羨ましい、実に羨ましい。

 

 フザは翼を羽ばたかせ、神の地(アッパーヤード)上空を通り抜け、更に突き進む。

 アキト達の次なる目的地はエンジェル島

 

「エンジェル島に戻る目的は何なの?」

「クリケットさん達と合流するためだ」

 

 フザの首の付け根に座り、アキトは前方のエンジェル島を見通す。

 アキトの右腕に背中を預けながら、ナミが疑問の声を上げた。

 

「クリケットさん達と……?」

 

 何故、クリケットさん達を迎えに行く必要があるのか、ナミは疑問に思ったが、聡明な彼女は即座にアキトの考えを理解した。

 

「ははーん、分かったわよ、アキト」

 

クリケットさん達に空島を案内するつもりなんでしょ?

 

 アキトの身は一つだけであり、クリケットさん達全員を抱え上げることはかなりの重労働だ。

 ならばこの三丈鳥を利用し、クリケットさん達を運ぼうとアキトは考えたのだろう。

 

 ナミは得意げにアキトの瞳を見詰め、アキトへと接近する。

 対するアキトは図星だったのか、瞳を少しだけ見開き、動揺を見せた。

 

「優しいのね、アキト」

「……」

 

 ナミの心からの賞賛に照れたのかアキトは頬を掻きながら、そっぽを向く。

 そんなアキトの様子が可愛いと感じ、ナミは楽し気にアキトの頬をつつく。

 肩越しにナミは身を乗り出し、アキトに密着する形でこの時間を誰よりも満喫していた。

 

「隣、座りますね、アキトさん」

 

 そんな彼らの様子に我慢が出来ないビビがアキトの左隣へと腰を下ろす。

 腕にチョッパーを抱え、肩が触れ合う近距離でビビはアキトの傍に座った。 

 

「ここは少しばかり狭いので失礼します、アキトさん」

 

 3人では手狭なフザの首の付け根から転がり落ちないように、ビビはアキトの左腕を自然な動作で自身の腕と組む。

 何故か、不必要に身体をアキトの方へ寄せていたが

 

「アキトにちょっとばかしくっつき過ぎよ、ビビ」

「私は何と言われようとアキトさんから離れませんからね、ナミさん」

 

 突如として始まったナミとビビの視線による謎の牽制が勃発する。

 彼女達の間に火花が散っているように見えるのは錯覚であろうか。

 アキトはナミとビビの現状に困惑することが出来ず、頭にしがみ付くチョッパーとの会話に専念するしかない。

 

「空が綺麗だなー、アキト」

「そうだなぁ」

 

 チョッパーは無邪気に空の旅を楽しんでいる。

 少しは此方を労って欲しい。

 

「今度、一緒に空の旅に行くかぁ」

「本当か!約束だぞ、アキト!」

「良いぞぉ」

 

本当、本当、アキトさん、嘘つかない

 

「私、こうやって世界を旅することに昔から憧れてたんです」

「そうなのかぁ」

「……」

 

 ビビは王女時代から胸の内に抱き続けてきた願いが叶い、ご満悦の様子だ。

 

 そんな中、ナミだけが状況に付いていけない。

 ナミは自分一人だけが駄々をこねる子供の様に感じ、怒るに怒れなかった。

 

何よ、何よぅ……!

私が間違っているというの……!?

アキトも普通にビビを受け入れちゃって……!

 

「……」

「つーん……」

 

 この時、ナミが出来たのはアキトの空いている右腕をビビと同じく絡めることであった。

 つーんとは何ぞや、と口に出すことは勿論出来ず、アキトはナミを黙って受け入れる。

 

 そして、フザは変わらず懸命に翼を羽ばたき、遂にエンジェル島へと辿り着いた。

 エンジェル島にはクリケットさん達の姿が見え、此方に手を振っている。

 

 こうしてアキト達は生贄の祭壇から脱出し、エンジェル島へと帰還した。




クリケットさんはやっぱ空島に行くべきなんだよ


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400年の時を超え

先月、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を数年ぶりに見直しました。
相変わらず"リリー・カーネーション"が怖ろしかったです(汗)

まあ、普通に面白かったのですが('ω')
これもこれでワンピースの映画としてアリかなぁ、と
この映画は"ワンピースらしくない映画"、"ルフィ達らしくない"、"トラウマ製造機"などの意見もネットで見かけますが、作者は普通にこの映画は好きです

ただ、小学生の時に映画館で見るべきじゃなかったなぁ、と……
普通にトラウマでしたし、テーマや内容は面白いのですが、如何せん大人になってから見るべきだったと思います。
結論として、ワンピースは原作も映画も壮大なるテーマがあるんだなぁ、と再実感しました。

では、本編をどうぞ


 三丈鳥フザはエンジェル島より飛翔する。

 クリケット、ショウジョウ、マサラをその背中に乗せ、フザは生贄の祭壇へと帰還していた。

 

「いやー、すまねぇな、お前達」

「俺達もこの鳥に乗せてもらって」

「世話を掛けるな」 

 

 クリケット達はフザの背中に乗り、神の地(アッパーヤード)全土を見渡す。

 クリケットは終始、神の地(アッパーヤード)の大地を何かを探る様に見下ろしている。

 

「……」

「クリケットさん、ずっと神の地(アッパーヤード)を見下ろしていますが……」

「おやっさん、さっきからずっと神の地(アッパーヤード)を見渡してんだ」

「俺達は空気を読んで、黙ってんだよ」

 

 恐る恐るといった様子でビビはマシラとショウジョウに尋ねる。

 

「やはり空島に何か感じるものがあるのでしょうか?」

「ああ、多分な」

「おやっさんが追い求めてきた"黄金郷"が存在しているかもしれねェからなァ」

 

 ビビの髪が風になびく。

 

「まあ、少し寂しいがなァ」

「おやっさん、早く戻ってきてくれェ~」

 

 マシラとショウジョウは寂し気にクリケットを見詰め、いじけた様子を見せた。

 彼らはクリケットのことが大好きなのだと感じ、ビビは笑う。

  

 クリケットは胸の前で腕を組み、真剣な眼差しで眼下の大地を見下ろしている。

 どんな些細なことでも見逃してなるのものかと言わんばかりの様子で神の地(アッパーヤード)全土を見渡している最中、大きく目を見開いた。

 

「……!」

 

あれは、まさか……

 

いや、見間違いなどではない……!

 

 クリケットは不安定なフザの背中を急ぎ足でアキトの下へと詰め寄り、眼下を指差した。

 

「すまねェ、アキトの兄ちゃん!あそこまで高度を下げてくれるか!」

 

 クリケットの指差す方向を見据え、アキトも彼が言わんとすることを即座に理解する。

 アキトはフザを操り、神の地(アッパーヤード)のとある場所へと急降下を行った。

 

 

 

「こんなことが……」

 

まさか、こいつは……

 

 クリケットは覚束ない足取りで眼前に佇む廃墟に近付いていく。

 その廃墟はみすぼらしく、今にも崩壊しそうな程に老朽化が進んでいる。

 

 植物の茎と大樹の幹が絡み付き、外壁には罅が現れている。

 そして、特に目を引くのはそのみすぼらしい廃墟が奇妙な形で真っ二つ(・・・・)に割かれていることだ。

 廃墟の向こう側には空の海が広がっている。

 

 クリケットはこの光景を知っている。

 自分はこの廃墟をかつて幾度も見続けてきた。

 何故なら、この廃墟の片割れは今では自分達の別荘なのだから

 

 400年の呪縛に縛られ、幾度も海底に黄金郷を探索し続けてきた。

 周囲に馬鹿にされ、過去の先祖の因縁に苦しめられ、黄金郷を求め続けてきた。

 

 明確な証拠など存在しない。

 "噓つきノーランド"が見た黄金郷を見た者も存在しない。

 

 だが、一つだけ確かなことがあると信じてきた。

 ”黄金郷”も”空島”も過去、誰一人として”無い”と証明できた者は存在しない。

 

 馬鹿げた理屈だと笑われようが構わない。

 笑いたければ笑えばいい。

 

 かつて"うそつきノーランド"は言った。

 

"私は6年前、ジャヤという島で巨大な黄金都市を見た"

 

"偉大なる航路(グランドライン)に黄金郷は存在する……!"

 

「おい、こいつは……」

「おやっさん……」

「そうだ、間違いねぇ」

 

そうか、そうだったのか……

 

「なァ、マシラ、ショウジョウ、俺達は間違ってなんていなかった……」

 

 "噓つきノーランド"は嘘などついておらず、彼は類まれなる正直者だったのだ。

 

なァ、"ノーランド"よ

 

「“黄金郷”は、ジャヤはずっと空にあったのか……」

 

 地殻変動による遺跡の海底沈没ではなく、ノーランドが見たとされる黄金郷は存在していた。

 400年前のあの日から、ずっとこの空の世界に存在していたのだ。

 

"大人になることだな、ジジイ"

 

"黄金郷なんざ空想上の物語が生み出した幻想だ"

 

"新時代の海賊になりたきゃ覚えておけ" 

 

"幻想(・・)は所詮幻想に過ぎねェってことだ!"

 

「……」

 

黙れ、夢を見ることも出来ねェ、若造が

 

人は夢を見る生き物だ

 

幻想に喧嘩を挑む気概も持たねェヒヨッ子が海賊を名乗るんじゃねェ

 

「なぁ、マシラ、ショウジョウ……」

 

 煙草を吸いながら、クリケットは重々し気に煙を口から吐き出す。

 煙草の煙が宙に漂い、虚空へと消える。

 やがて、口元に笑みを浮かべ、クリケットはマシラとショウジョウを見据えた。

 

「これこそがロマンだ!!」

 

 万感の思いを込め、クリケットは心からの笑みを浮かべ、両腕を広げ、天を仰ぐ。

 マシラとショウジョウは小躍りをしながら、互いに抱き合う。

 長年追い求めてきた"黄金郷"への確かな証拠を目の前に彼らの胸の高まりは最高潮に達していた。

 

「良かったですね、クリケットさん」

「……」

 

 そんな中、ビビはとても嬉し気な様子で彼らの様子を眺めていた。

 この場へ彼らを導いたアキトはそんなビビの言葉に相槌を打ち、神妙な面持ちで今も高笑いを続けるクリケット達の姿を目に焼き付ている。

 長年、夢を追い求めてきた男の姿はアキトにとってとても輝かしいものに見えた。

 

 彼らの心から喜ぶ姿を見れたでけでもクリケットさん達と共に空島に来て良かったと思う。

 つい先日、仲間に加わったロビンも形は違えどこの世の真理を追い求めているのだと聞いた。

 彼女もクリケット達と同じく、己の人生をかけるに値する譲れない信念があるのだろうか。

 アキトは今だ謎多き女性であるロビンのことを頭の隅で考えずにはいられない。

 

 そして、自分は今、己の信念を貫いて生きているのだろうか、アキトは不意にそんな漠然とした疑問を抱いた。

 ナミ然り、ビビ然り、クリケットさん然り、この世界の人々は自身の確固たる信念の下に生きている。

 

 ナミは愛する故郷の奪還のため、ビビは愛する祖国のため、クリケットさんは先祖との決着のために人生を駆け抜けてきた。

 ナミは世界地図を描くべく旅立ち、ビビは祖国を己の意志の下旅立ち、クリケットさんは今や空島へと辿り着いた。

 そんな彼女達の姿は自分にとってとても輝かしく、偉大であり、眩しいものだ。

 それに対して自分は確固たる信念を己の胸に有しているのだろうか。

 

 勿論、自分にも譲れない信念はある。

 彼女達を支える柱になること、それが自身の嘘偽りない本心だ。

 弱気を助け強気を挫く、ナミ達を支え、彼女達の信念を貫き通すための柱となる、それが己の信念であることはナミと出会った当初から変わらない。

 

 それならば、人生を駆け抜け、追い求めるものが自分にはあるのだろうか。

 自身が本心から欲するモノとは何なのか、アキトは自問自答を繰り返す。

 

"生きてこの世界を見て回るために"、本当にそれが自身の本心なのか?

本当に自分が欲しているモノとは一体……

 

「……アキト?」

 

 そんな答えの見つからない思考もナミの此方を気遣う呼びかけにより中断される。

 

「ちょっと大丈夫?さっきから心ここにあらずって感じよ、アキト」

「……大丈夫だ、問題ない」

 

 アキトの生返事にナミは眉をひそめ、身を寄せてきた。

 真剣な表情でアキトの額に己の手を当て、顔を近付ける。

 

「熱は、ないわね。もしかしてこれまでの連戦の疲労だったりする?」

 

 ナミの問いにアキトを首を横に振り、否定の意を表す。

 ドラム王国から続く連戦による疲労はほぼ完治しており、恐らく残り数刻程で完全回復するだろう。

 

 ナミは悩まし気な様子で唸り、アキトの瞳を覗き込む。

 彼女が真剣に此方の体調を気遣ってくれている状況下で、物思いにふけていたとは言えず、アキトは暫くナミの瞳を見続けた。

 純粋な善意である故に、余計に弁明の言葉が続かない。

 

『……』

 

 アキトの紅き瞳とナミの琥珀色の瞳が交錯する。

 暫くアキトとナミの2人は時間を忘れ、お互いに見詰め合っていた。

 

 ドラム王国のDr.くれはの医務室ではアキトがナミの体調を確認するべく、顔を近付けたことを覚えている。

 しかし、ナミの顔をこれだけの近距離で真剣に見たことは無かった。

 

 強き意志を宿した琥珀色の瞳、綺麗に揃った眉毛、造形とでも言うべき美しき素顔

 鮮やかな紅き唇、肌越しに感じる吐息

 女性特有のきめ細かな指の感触が額を通して感じられ、女性特有の甘い匂いも感じる。

 

 そんな2人を現実に引き戻したのはマシラとショウジョウの歓声であった。

 

「やりましたね、おやっさん!」

「一生、ついていきやすぜェ、おやっさァん!」

「馬鹿野郎、喜びすぎだ、お前ら」

 

 見ればクリケットはマシラとショウジョウの過剰な喜び様に嘆息しながらも、微笑している。

 今、自分が陥っている状況を理解し、ナミは即座にアキトから離れる。

 

 あはは、私ったら何をしてるのかしら、とナミは両手を胸の前で慌ただしく振り、頬を赤く染める。

 彼女が羞恥を覚えていることは一目瞭然であった。

 

「アキトさん、クリケットさん達の下へ向かいますよ」

 

 頬を膨らまし、少しばかり不機嫌な様子のビビが状況の理解が追い付かないアキトの右手を握り、クリケット達の下へと向かう。

 ナミをこの場に残していくわけにはいかないとアキトはナミの左手を握り、ナミも引っ張る。

 

「アキト、ち、違うの、今のは……」

 

今のは……?

 

「そ、そう、治療よ、治療……!アキトの様子が変だったから、体温を測ろうとして……!」

 

体温を測ろうとして……?

 

 頬を赤く染めたり、言葉足らずになったりと、落ち着かない様子でナミはアキトに弁明を続ける。

 

「……大丈夫か、ナミ?」

「だ、大丈夫よ、問題ないわ」

「早くクリケットさん達の下へと向かいますよ」

 

 ビビのアキトの手を握る力が更に強まり、ビビは力強くクリケット達の下へと歩を進めた。

 彼女達の様子をクリケットは愉しげに見詰め、マシラとショウジョウは落ち着かない様子で見守っていた。

 

 

 今ここに、過去と現在が繋がる。

 モンブラン・ノーランドの末裔であるモンブラン・クリケットが400年の時を超え、遂に空島へと辿り着いた。

 

 モンブラン・ノーランドの末裔、モンブラン・クリケット

 大戦士カルガラの子孫であるシャンディアの戦士ワイパー

 

 彼らが邂逅する時も近い。

 

 

 

 

 

 一方、生贄の祭壇

 

 サトリによる玉の試練を突破し、生贄の祭壇に到着したルフィ達はメリー号へと乗り込んでいた。

 時を同じくして、空島探索を終えたロビンとゾロの2人の姿もあった。

 

「アキトからの伝言よ。"クリケットさん達を迎えに行く間、メリー号を開ける"そうよ」

「すれ違いになっちまったかー」

「良かったぁ、メリー号は無事だ」

「ん、何だこれ?」

 

 目立つ外傷なくメリー号が顕在であることにウソップが安堵し、ルフィはメインマストに立て掛けてある槍を持ち上げる。

 

「槍なんか船にあったけか?」

 

 その槍が熱貝(ヒートダイアル)が仕込まれた"熱の槍(ヒートジャベリン)"であることを知らず、自制という言葉を知らぬルフィは"熱の槍(ヒートジャベリン)"を振り回す。

 

 振る、振る。

 振って、振って、振り回す。

 その危険性を理解もせずに、好奇心という名の誘惑に負け、無茶苦茶な軌道で熱の槍(ヒートジャベリン)を振り回す。

 

「あと、アキト曰く、ルフィが持っているその槍は刺さると燃えるらしいわ」

「うおおおい!そういう大事なことは早めに言ってくれ!」

「今、言ったわ」

「あ、やべ」

 

 熱の槍(ヒートジャベリン)がメインマストに突き刺さり、メリー号のメインマストに火が広がる。

 

「おい、ルフィ。何してんだ、手前ェは……?」

「いや、違うんだよ。この槍が勝手に燃えちまってよ」

「だから、その槍は燃えるってロビンが言ってたよな?」

 

 ウソップは眼前の光景に静かに怒りをあらわにし、ルフィへと詰め寄った。

 

「な、何だよ、ウソップ、俺が悪いって言いたいのか……?だって俺はこの槍が独りでに燃えることを知らなかったんだぜ?」

「そもそも槍を振り回さなければいい話だろうが!」

「こんなことになるなんて知らなかったんだよ、ウソップ……」

「ルフィ、何か弁明はあるか?」

「だから、俺は悪くねェ!」

「……」

 

 ウソップはルフィの余りの言い訳に言葉を失い、放火犯であるルフィは責任追及から逃れようとする。

 

「そもそもこの槍は何で燃えるんだ?」

「そりゃ、ルフィ、お前……。何でだ?」

「アッハハハ!お前も分かってねェじゃねーか、ウソップ!」

「ええい、笑うなァ!」

「アキト曰く、その槍には熱貝(ヒートダイアル)が仕込まれているらしいわ」

「だから、そういう大事なことは早めに言って欲しかったなぁ」

「今、言ったわ」

 

 ああ、ロビンのこの達観した様子はアキトを彷彿とさせるなぁ、とウソップは嘆息し、ルフィへと詰め寄る。

 ルフィとウソップが言い争っている間にも、メリー号のメインマストは燃え続ける。

 そんな彼らの傍でサンジが必死に火を鎮火させようと奮闘していた。

 

「おい、アホ共!モタモタしてねェで火を消すのを手伝いやがれ!」

「おい、ウソップ!メリー号が燃えてるぞ!」

「だから、それはお前のせいだって言ってんだろうが!」

「消化ァ!消化ァ!」

「無視するなァ!」

 

 メリー号から煙と火の粉が立ち昇る。

 メインマストにこれ以上火が燃え広がらないようにルフィ達は必死に消火作業に取り掛かる。

 

 そんな彼らの慌ただしい様子を楽し気に見詰めながら、ロビンは甲板で眠りこけるゾロの下へと歩み寄る。

 見ればメインマストに背中を預ける形で居眠りをするゾロの頭髪は僅かに燃えていた。

 

「剣士さん、今すぐ起きないとマリモになっちゃうわよ」

 

 ロビンは手元のタオルでゾロの頭の火を鎮火させ、読書を再開する。

 ゾロの頭は僅かに焦げ、毛先が丸みを帯びていた。

 

 その後、シャンディアと神官達の戦闘に加わるべく上空を飛翔していたガン・フォールがその様子に気付き、相棒のピエールと共に降下してくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)・神の(やしろ)から神官達が立ち去って数刻

 スカイピア神兵長"ヤマ"は己の部下である神兵達に指示を飛ばしていた。

 

「指示は以上だ。エネル様のご期待に応えるべく、シャンディアを含む青海人達を一人残さず殲滅するのだ!」

 

 ヤマの言葉に"スカイピア神兵50(メ~)"が雄たけびを上げ、賛成の意を示す。

 

 

 

「その必要はない」

 

 しかし、突如、その場に(ゴッド)・エネルが僅かな放電と共に姿を現した。

 エネルの登場にヤマを含める全員が膝を折り、こうべを垂れる。

 

「青海の猿共が此方に敵対の意志を見せない限り、放っておけ」

 

 青海人は極力無視しろ、それが神であるエネルの意志だ。

 ヤマ達が対処すべきはシャンディアの連中であると言外にエネルは語る。

 

「もっとも奴らが我らにとって障害になる存在だと感じれば、即刻始末しろ」

「承知致しました。しかし、エネル様がそう仰る理由とは?」

 

 ヤマの疑問の声に対し、エネルは尋常ではないプレッシャーを放つ。

 ヤマの部下の神兵達は震えあがり、ヤマとエネルの遣り取りを見守ることしか出来ない。

 

 

神の地(アッパーヤード)は奴ら、神官に任された地だ」

 

「此度の青海の猿共の件は、神官である奴らの不手際が招いた事態に他ならない」

 

「奴らの不手際は奴ら自身で刈らせろ!!」

 

 神官であったシュラとサトリの存在など不要、エネルは敗北した部下に一切の期待などしていなかった。

 スカイピア神兵長ヤマはその非情さに身震いし、自分も見限られることことがないように一層身を引き締める。

 

「私はこれから取り掛からねばならぬことが山程あるのだ」

 

 方舟マクシムの完成、それが目前にまで迫っているのだ。

 長年の待望が成就する時は近い。

 加えて、此度の青海人の中には予想外の珍客がいる。

 正に神の思し召しかの如く運の悪い時に空島観光に来訪したものだ、エネルはそう思わざるを得ない。

 

いや、私にとっては正に僥倖か……

 

「遠慮などいらん。一匹も逃すことなく、徹底的に破壊しろ」

 

「この"神の(やしろ)"の様にな」

 

 エネルの背後の神の(やしろ)は哀れにも倒壊し、元神・ガン・フォールの部下である"神隊(しんたい)"が無残な様子で倒れ伏していた。

 既にかつての神の(やしろ)としての面影など存在していない。

 

 エネルの命を受けたヤマ達は即座にその場から立ち去り、周囲に静寂が満ちる。

 一人残されたエネルは夜空を綺麗に彩る月を見上げ、嘆息した。

 

 

 

 

 

「しかし、幾ら油断や驕りがあったとはいえ、青海の猿共などに無様に負けるとは……」

 

 不甲斐ない己の部下であった神官達に呆れ果て、次なる行動を起こすべく立ち上がる。

 

「サトリとシュラもまだまだ甘い……」

 

 エネルは最後に既に見限った元部下の甘さに失望し、雷と化してその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の神の地(アッパーヤード)の森林にてキャンプファイヤーの火が迸る。

 アキトの戦利品である熱の槍(ヒートジャベリン)を組み木に突き刺す形で火が灯されている。

 

 この場の者達は酒を飲み、心から笑い、雲ウルフ達と共に踊る。

 ナミはクリケット達と共に神の地(アッパーヤード)の地図とロビンがジャヤで手に入れた地図との照合に取り掛かっていた。

 

「この2つの地図のおおよその比率を合わせた結果……」

「400年前のジャヤの姿が見えてくるわけというわけだな、嬢ちゃん?」

 

 "髑髏の右目に黄金を見た"、それが噓つきノーランドが遺した言葉だ。

 それはつまり、こういうことだったのだろう。

 

「そうか、成程なぁ。これじゃあ、見つかるわけがなかったわけだ……」

 

 また一つ、先祖の無実が証明されていくことにクリケットは嬉しさを我慢し切れなかった。

 ナミが比率を合わせた地図を掲げ、目頭を押さえ始める。

 

「……」

 

 ナミは空気を読み、その場から静かに立ち去る。

 自分がいてはお邪魔無視になってしまうだろうとクリケットから離れ、ルフィ達の下へと向かった。

 

 そして、ふとした拍子に周囲を見渡せば、アキトがビビと楽し気にダンスに興じていた。

 アキトがビビと2人で踊っていた。

 アキトとビビが2人きりでダンスしていたのだ。

 

「……」

「んナミさァ──ん!お飲み物持ってきたよ!」

「ありがとう、サンジ君」

「ナ、ナミさん、ちょっと怖いよ……?」

 

 目にハートマークを浮かべながらナミに飲み物を持ってきたサンジはナミから発せられるオーラが只事ではないとに気付き、冷や汗を流す。

 この人間怖い、雲ウルフは不機嫌オーラを醸し出すナミに戦慄し、我先にとその場から離れていく。 

 

「浮かない顔ね、航海士さん」

「……」

 

 そんなナミに妖艶な笑みを浮かべたロビンが声を掛ける。

 

「王女様と踊っているわね、彼」

「……」

 

 ナミの不機嫌な様子など我関せずと言わんばかりの口ぶりでアキトとビビへと視線を向ける。

 

「彼のことが気になるんでしょ?」

「……そんなんじゃないわよ」

 

 ナミはそっぽを向き、ロビンから顔を背ける。

 あら、可愛い、とロビンは呟きながらも、彼女の言葉は止まらない。

 

「確かに彼カッコイイものね」

「……!」

「クロコダイルと渡り合うぐらいに強いし、普段から落ち着いていて、とても素敵だと思うわ」

 

 突如のロビンの独白にナミは瞠目し、勢いよくロビンの方へと顔を向ける。

 

「彼とは馬が合うと思ってるの、私」

 

「私の話も真剣に聞いてくれるし、真面目に受け答えてくれるから、つい話し込んでしまうのよね」

 

 彼女の真意が分からない。

 ナミはロビンの突然の告白に理解が追い付かなかった。

 

「今度は私が彼と踊ろうかしら」

「だ、駄目よ……!」

 

 それなら私が躍るわ、と言いたげな様子でナミはロビンへと懇願する。

 ロビンはそんなナミの必死な様子に優しく微笑み、冗談であることを告げた。

 

「なんてね、冗談よ」

「……」

 

や、やられた……!

 

 してやったり、と言わんばかりにロビンは面白げにナミを見詰める。

 ナミはロビンの稚拙な誘導に引っ掛ってしまった自分を恥じ、そっぽを向かざるを得ない。

 キャンプファイヤーの傍ではアキトが変わらずビビの指導の下、ビビと踊り続けていた。

 

 

「アキトさん、ダンスのご経験は?」

 

 アキトはたどたどしく体を動かしながら、首を横に振る。

 拙いステップを踏み、必死にビビの手を握りながら、足を動かす。

 

「私に身を預けてください」

「……こんな感じか?」

「そうそう、上手いですよ、アキトさん」

 

 ビビの指導を受けながら、アキトはステップを踏む。

 どうやらアキトはダンスは得意ではなく、ダンスを一通りこなすにはまだ時間を要しそうだ。

 ビビはそんなアキトの新たな一面を見れたことに嬉しさを感じながら、アキトとのダンスを心から楽しむ。

 

 ビビは生まれて初めて王族としてダンスを幼少期に学んでいたことに心の底から感謝した。

 ダンスを踊ることが出来る自分を褒めちぎりたい気持ちで一杯である。

 

社交界に出るためにダンスを学んでいて良かった……!

 

「ふふ、もっと私に近付いてくれますか?その方が指導し易いですから」

「わ、分かった」

 

 普段の頼もしい姿とはかけ離れ、今のアキトはビビの指導を理解しようと必死に踊っている。

 その姿からはアキトの学ぶことへの真面目さが表れていた。

 そんなアキトの在り方はビビにとってポイントがとても高い。

 

「それでは、次は私の腰に手を回していただけますか?」

 

 アキトはビビの腰に手を回し、より密着しながらダンスを続ける。

 ここで遂にナミの我慢の限界を迎え、アキトの下へと向かう。

 それと同時にサンジがとても悔し気に、まるで懺悔するが如く両腕を地面に付ける形で崩れ落ちた。

 

「う、羨ましいィ……!ナミさんとビビちゃんと踊るなんて、クソ羨ましいィ……!」

「……難儀なものね」

 

 サンジの心からの叫びについロビンが呆れに近い言葉を呟く。

 彼女の言葉には少しばかりの哀れみの気持ちも混ざっていた。

 

「でも……!」

「……?」

「アキトだから恨めねェ……ッ!!」

「……」

 

 ロビンはサンジに対してツッコむのを止め、読書を再開した。

 向こうでは今や、アキトとナミがキャンプファイヤーの炎を背景にダンスを踊っている。

 

 ビビは驚く程素直に引き下がり、アキトとのダンスの相手をナミに譲った。

 善意故の行動ではない、それは心ゆくまでアキトとダンスを踊ることが出来たことへの余裕の表れであった。

 少なくともナミにはそう感じられた。

 負けていられない、ビビ以上にアキトとダンスを踊り続けてやる!、ナミは不屈の闘志でそう決意した。

 

「ビビにダンスの指導を頼めば……」

「駄目よ」

「いや、一緒にビビに教えてもらえば……」

「駄目よ、アキト」

 

今は私と踊っているのにビビに教えを乞うとは何事かぁ!

 

 アキトの提案を一蹴し、ナミはアキトの手をより一層強く握り、ダンスを続行する。

 

「あ……」

「……っ」

「ご、ごめん、アキト」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 だが、初心者同士であるため、ステップに失敗し、ナミはアキトの右足の小指を踏み付けてしまう。

 鍛えようがない部位を踏まれたアキトは内心で悶絶しながらも、平静を装う。

 

「じゃ、じゃあ次は私の腰に手を回して」

 

 素直に首肯し、アキトはナミの腰に手を回す。

 それだけのことでナミは多幸感に全身を包まれ、先程のビビに対する対抗意識は吹っ飛んでいった。

 

 我ながら単純だとは思うが、それ以上にナミは空島という幻想的な島でアキトと踊ることが出来ているこの状況が嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

 しかし、そんな彼らのキャンプファイヤーへと招かれざる客が姿を現していた。

 

 

 

「青海の"しちゅー"という食べ物と言ったか……」

 

 美味ではないか、とその男は豪快な様子で残りのシチューを平らげる。 

 異様な長さの耳朶を誇る謎の長身の男は空となった鍋を乱暴に地面へと放り投げた。

 

「美味であるが故に、特に神への献上を赦そう」

 

 その男は頭に白い水泳帽の様な帽子を被り、背中からは太鼓が生えている。

 アキトはナミとビビを庇う様に彼女達の前に立ち、ルフィ達もそれぞれが臨戦態勢の一歩手前へと移行していた。

 特にガン・フォールの豹変が凄まじく、眼前の上半身の男を親の仇の如く鋭い視線で射抜いている。

 

「そう殺気立つな、ガン・フォール」

 

 しかし、その男はガン・フォールなど眼中にないとばかりに無視を決め込み、笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「私はこの場に争いに来たのではない」

 

「少しばかり話をしに来ただけだ」

 

 突如、ルフィ達の前に現れた長身の男、エネルは両腕を大袈裟に広げ、クリケットを見据えた。

 

「空島へ歓迎するぞ、ノーランドの子孫よ」




>「だから、俺は悪くねェ!」 ドン!!!

正直、ナミやビビ、ロビンの傍にいると自分が矮小な存在だと感じざるを得ないと思う(小並感)
勿論、作者も(壮大な夢は)ないです

活動報告も更新しております。
テーマは『リリー・カーネーションと穢土転生』です↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=219497&uid=106542


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シャンドラの()をともせ

クリケットの声優さん、ナルトのうちはマダラも演じてるやん
そりゃ、大物感溢れるキャラだと感じるわ


 神の地(アッパーヤード)全土を太陽の光が照らし出す。

 既に夜は過ぎ、朝日が昇り始め、陽光が一人の男を照らしていた。

 

「よもや私ですら想定していなかったぞ」

 

 今、空島の神である(ゴッド)・エネルが突如、ルフィ達の前に現れていた。

 

「まさか、あのノーランドの子孫が遠路はるばる我が空島へ来ているとはな」

 

 シチューの鍋を放り投げ、エネルは笑う。

 実に愉しげに、エネルは狂気の笑みをその顔に張り付けている。

 

「紹介が遅れたな、私は(ゴッド)・エネル」

 

 

 

「神だ」

 

 エネルは黄金の"のの様棒"を回し、ただ一人、クリケットを見据える。

 

「神、だと……?」

「然り。ノーランドの子孫、名はクリケットだったかな?」

 

 両腕を大袈裟に広げ、エネルはクリケットを歓迎するかのような姿勢を見せた。

 

「数奇な時期に空島観光に来ている青海人の存在を知り、下界の様子を探ってみれば……」

 

 

 

「まさか、その中にあのノーランドの子孫がいるではないか!」

 

 独特的な笑い声と共に自称神と豪語するエネルは高笑いし、のの様棒を手元で巧みに回す。

 

「神とは、大きく出たな」

 

 そんな中、アキトはエネルに臆することなく対面し、睨み付ける。

 アキトはエネルがこの場に現れた瞬間から眼前の男が自身とは全く異なる価値観を持ち、対立を避けられない存在であると肌で感じとっていた。

 

「ヤハハ、そう睨むな。青海の戦士よ」

 

 アキトの視線を軽く受け流し、エネルはまるで面白いモノを見つけたと言わんばかりに、口元の笑みを深める。

 

「確か、名はアキトといったか?」

 

「聴いていたぞ、貴様とシュラの戦いを。お前達の戦闘は実に退屈しのぎには丁度良いものだった」

 

 エネルはかつての部下をまるでゲームの駒の様に話し、アキトの実力を賞賛する。

 "聴いていた"という言葉からアキトはエネルが見聞色の覇気遣いであるという自身の推測が正しかったことを確信する。

 

「エネル、貴様がこの場に現れた目的は何だ!」

 

 一向に本題を切り出さないエネルに業を煮やしたガン・フォールが声を荒げ、睨み付ける。

 

「貴様に用はないのだがな、ガン・フォール……」

 

 水を差されたと言わんばかりにエネルは不機嫌な様子で頭をかき、(ダイアル)より"玉雲"を取り出し、その雲の上に飛び乗った。

 

「さて、どこから話したものか……」

 

 エネルは頬を掻き、ルフィ達を見下ろす形で自身の計画の全容を語り出していく。

 

「先ずは、私が追い求める"夢の世界"、限りない大地(フェアリーヴァース)について説明しよう」

 

 エネル曰く、エネルの故郷である空島・"ビルカ"には"神"が還る場所がある。

 神が存在し、見渡す限りの果てしない大地こそが限りない大地(フェアリーヴァース)であると言われている。

 神の地(アッパーヤード)などという矮小な大地(ヴァース)を奪い合うなど、滑稽の一言に尽きる、エネルはそう豪語した。

 

「そう、私の目的は"還幸"だ」

 

 それがエネルの最終目的、神が存在する場所である限りない大地(フェアリーヴァース)への到達に他ならない。

 

「……400年の因縁、シャンドラの灯、黄金の大鐘楼、まったく貴様ら人間はいつも些末事に執着する」

 

 先程、クリケットに対して歓迎の意を表していたエネルが呆れ果てた様子で深く嘆息し、説き伏せる様に言葉を紡いでいく。

 この瞬間、神であるエネルは黄金の大鐘楼だけでなく、クリケット達を取り巻く事情まで熟知していることをルフィ達は知った。

 

「だが、喜べ」

 

「私がその矮小な呪縛から貴様を解放してやろう」

 

 誰もがエネルの真意を理解することが出来ず、神の言葉に耳を傾ける。

 

「神には神の、人には人の、地には地の摂理というものが存在する、そうは思わんか?」

 

 そこでエネルは終始、無視を続けていたガン・フォールに向き直り、底冷えのする笑みを浮かべた。

 その笑みからは狂気が見え隠れし、ナミとビビは眼前のエネルの存在そのものに恐怖せざるを得ない。

 

「まさか、貴様……」

「その顔を見るに私の考えをある程度理解したようだな、元神ガン・フォール」

 

 知られざるガン・フォールの素性の暴露にその場の誰もが瞠目し、当人を見る。

 ガン・フォールは憎々し気にエネルを睨んでおり、その様子からエネルの言葉が真実であることを示していた。

 

 

「そもそも、これまでの人間共の価値観が間違っていたのだ!!」

 

 エネルは両腕を大きく広げ、天を見上げ、声を張り上げる。

 

「人であるにも関わらず何故、空に生きる?」

 

「何故、雲でもないのに空に生まれる?」

 

「青海に存在すべき島が何故、空に存在する?」

 

「何故、自然の摂理に反する空島という存在に誰一人として疑問を抱かない?」

 

 エネルは眼下のルフィ達を見据え、衝撃的な言葉を口にした。

 

「そうだ!私が神として自然の摂理に従い、この空島そのものを本来あるべき姿に戻してやると言っているのだ!!」

 

 空島に生きとし生ける全ての存在を空より引きずり落とす、エネルはそう言っている。

 

「ああ、そう、貴様のかつての部下である神兵だが、これまでの献身を讃え、奴らに私の真の目的を伝えたのだ。だが、奴らは血相を変えて私に敵意を向けてきたのでな……」

 

 エネルは心底可笑しいと言わんばかりに腹を抱え、笑う。

 

「手始めに滅ぼしてやった」

「彼らの帰りを待つ家族がいるのだぞ……」

 

 それがどうした、と言わんばかりにエネルは嘲笑を続け、ガン・フォールを見下ろす。

 この瞬間、エネルという存在の危険性及び思想の凶悪性をルフィ達は理解した。

 

「既に時は満ちているのだ」

 

「黄金の大鐘楼など私にとって通過点に過ぎん。私の真の目的は更にその先にある」

 

 エネルの真の目的は限りない大地(フェアリーヴァース)であり、黄金の大鐘楼など前座に過ぎない。

 

「そこで、だ。サトリとシュラを撃破した貴様らの戦績を讃え、私と共に限りない大地(フェアリーヴァース)へ旅立つことを許そう」

「話のスケールがでか過ぎるわ。本当に限りない大地(フェアリーヴァース)へ辿り着くことが可能なの?」

 

 ロビンが当然の疑問をエネルへと投げ掛ける。

 

「言ったはずだ。時は満ちた、と」

 

 エネルは人差し指を顔の前に掲げ、遠方の彼方を見据えた。

 突如、空島全土が崩壊するかの如く揺れが生じ、大地がひび割れる。

 神の地(アッパーヤード)から鳥達が飛び立ち、生きとし生ける全ての生物が逃げ去っていく。

 

 

「箱舟"マクシム"」

 

「この舟で限りない大地(フェアリーヴァース)へ到達する」

 

 その名を"デスピア"、絶望という名のこの世界の救世主

 

 箱舟"マクシム"は空を浮遊し、雷雲を空へと放つ。

 その身に膨大なエネルギーを内包し、激しい気流を含んだ雷雲は瞬く間に白々海の上空を覆い、スカイプア全土を闇と共に支配していく。

 

「大人しく私の計画に賛同しろ。そうでなければ、貴様らの辿る道は死に他ならない」

 

 エネルの語りが終わり、辺りに静寂が訪れる。

 この場の誰もがエネルの凶行とも言っても過言ではない計画に驚きを隠せなかった。

 

「返答を聞こう、青海人。貴様らの返事は?」

『断る』

 

 ルフィ達が口をそろえ、エネルの提案を一蹴する。

 ルフィ達にエネルの常軌を逸した計画に賛同する理由など当然、あるはずもなかった。

 

 

「そうか、ならば死ぬがいい」

 

 その言葉を皮切りにエネルの右手の掌に莫大なまでのエネルギーが集束し、眩いまでの光を解き放つ。

 提案を一蹴した時点でエネルにとってルフィ達の存在は路上の砂利に等しく、滅ぼすべき存在と化していた。

 

 脆弱な人間では到底、御し切ることなど不可能なエネルギー、これぞ正しく神の力

 これこそが空島全土を支配し、神として君臨し続けてきた力に他ならない。

 

 その身から雷が迸り、右腕そのものが雷のエネルギーへと変換されていく。

 エネルはその莫大なエネルギーを秘める雷の本流を巨大化させ、ルフィ達へと射出した。

 

 

 

神の裁き(エル・トール)

 

 

 

 蒼色の輝きが周囲一帯を支配し、波動砲に等しいエネルギーが大地を抉り、大気を振動させる。

 大地が爆ぜ、抉れ、神の地(アッパーヤード)そのものが一瞬で消滅した。

 

 大地から爆炎と爆煙が天へと立ち昇り、幾本もの木々が壊れ、木片が飛び散っていく。

 瞬く間に、見渡す限りの大地が一直線に抉れ、剝き出しの大地が現れた。 

 

 エネルは満足気な笑みを浮かべ、雷と化してその場から姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 故郷である神の地(アッパーヤード)を取り戻すべくシャンディアの戦士達が空の雲を駆け抜ける。

 戦士の一人、ワイパーを先頭にシャンディアの戦士達はエネルの撃破を目的に神の地(アッパーヤード)へと辿り着く。

 

 そして、彼らが神の地(アッパーヤード)へと足を踏み入れた瞬間、幾本もの雷が天より落とされ、シャンディアの戦士達の姿が消えるのであった。

 

 

 

 

 

 ルフィ達を排除し、箱舟マクシムの下へと帰還したエネルは心綱(マントラ)を遣い、空島全土の様子を探る。

 雷の体を利用することで電波を読み取り、空島に生きとし生ける全ての生き物の声を聞き取っていた。

 

「ヤハハ、シャンディアの連中が遂に来たか」

 

 玉座に座り、エネルはワイパー達の来訪を歓迎する。

 

「だが、少しばかり遅かったな」

 

 しかし、既にエネルの関心はワイパー達から消えている。

 自ら勧誘に出向いた青海人と決別した今、エネルがシャンディアの連中を待つ意味もなかった。

 

「沈め」

 

 右腕を掲げ、天へと雷を飛ばす。

 途端、雷鳴が轟き、膨大なまでのエネルギーが今まさに神の地(アッパーヤード)へと到着していたシャンディアの戦士達を襲った。

 

 唯一、ワイパーだけが神の裁き(エル・トール)の裁きから逃れることに成功したことに気付いていたが、エネルにとって最初からワイパーなど敵ではない。

 故に、エネルはワイパーを敢えて見逃し、次なる目的地へ向かうべく姿を消した。

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)に煙が立ち昇る。

 エネルが放った神の裁き(エル・トール)により森林は焼かれ、大地は抉れていた。

 

 その中から、五体満足のルフィ達の姿が現れる。

 見れば周囲がドーム状の不可視の力で包み込まれ、エネルが放った莫大なエネルギーの本流を防いでいた。

 依然として空中にて放電する雷は弾かれ、大気が爆ぜたかのように一瞬で周囲の煙が吹き飛ばされる。

 

 全滅すると確信していたガン・フォール及びピエールは瞠目し、荒れ果てた森林を見渡す。

 周囲一帯の大地は無残にも抉れ、焦土と化していた。

 

「……」

 

 エネルの正面に佇んでいたアキトは己の左掌を見詰めている。

 

漸く力が戻った

 

 ドラム王国で負担が激しいあの力を使用して以降、出力が大幅に落ち、全力の能力の行使が制限されてきた。

 しかし、それも漸く終わり、本来の力を発揮することが出来る。

 

「た、助かったわ、アキト」

 

 ナミは安堵から大きく息を吐き、アキトに脱力する形でもたれ掛ける。 

 

「あれだけの規模の雷のエネルギーを使うことを考えると、恐らく彼はゴロゴロの実の能力者ね」

 

 そんな中、ロビンは冷静にエネルの能力は自然系でも頂点に位置する雷の力であろうと推測していた。

 突如、この場に出現したのも雷の速度による高速移動であろうとロビンは分析する。

 

 ロビンから焦っている様子は見られず、最初からアキトがエネルの力を無効化することが出来ると確信していたかのようだ。

 そんなロビンの無言の信頼とも呼ぶべき態度にアキトはどこかこそばゆい気持ちを感じる。

 

 だが、今はエネルの対処が先だ。

 アキトは私情を捨て、エネルの能力について分析し、ロビンと同じ結論に至る。

 

 どのような力にも弱点となる穴が必ず存在するものだ。

 アキトはゴロゴロの実の能力の弱点を模索する。

 

 正直なところ、ゴロゴロの実とジカジカの実の能力の相性は決して悪くない。 

 しかし、ジカジカの実がゴロゴロの実の能力の天敵となり得る力ではないことも事実だ。

 覇気の熟練度もロギアの能力者を撃退するレベルにまで習得している状況ではない今、ゴロゴロの実と対となる能力が必要だ。

 

「そうなると船長さんのゴムゴムの実が有効ではないかしら?」

 

 アキトと同じ結論に至ったロビンがルフィを見据える。

 

「船長さん、あの(ゴッド)・エネルの相手を頼めないかしら」

「おう、任せな!」

 

 気合十分な声でルフィはロビンの頼みを意気揚々と承諾した。

 

 しかし、絶縁体のゴムは雷を完全に遮断するわけではなく、あくまで雷を通しにくい性質を持つに過ぎない。

 悪魔の実にその法則が成り立つのかは不明であるが、助言しておくに越したことはない。

 ゴムの能力を過信しないようにアキトはルフィに忠告し、森林の奥を見据える。

 

 アキトが森林の奥を見据えたのと同時に、森の奥から5名のスカイピア神兵が現れ、ルフィ達を取り囲んだ。

 

「そこまでだ、青海人共!」

 

 その長き耳朶を揺らし、神兵達はルフィ達を睨み付ける。

 

「神よりお前達には手出しはしないように忠告されていたが、お前達を改めて危険分子だと判断した」

「故に、お前達、青海人共は我々が排除する」

 

 神兵がそれぞれの掌に仕込んだ(ダイアル)を構え、ルフィ達へと牙を向く。

 意気揚々と撃退しようとしていたルフィとゾロを手で制し、アキトが前へ進み出た。

 

 少しばかり試したいことがある。

 人がいる方が絵になるだろう、と考え、アキトは神兵5(メ~)を迎え撃った。

 

 アキトは両手を左右に素早く伸ばし、引力の力により神兵2(メ~)を強制的に引き寄せる。

 その力はドラム王国以降、弱体化していた力とは一線を画すものであり、抵抗も許すこともなく、2名の神兵を骨が軋むと錯覚させる程の力で引き寄せた。

 

 アキトは即座に周囲を一瞥し、宙へと軽く跳躍し、背をのけぞる形で引き寄せられた神兵の側頭部を蹴り抜ける。

 続けて、宙を蹴り、残党である神兵2(メ~)の手首をへし折ることで(ダイアル)を無力化し、顎に掌底を叩き込むことで意識を刈り取っていく。

 

 最後に、未だに仲間達が一瞬で無力化された状況に理解が追い付いていない最後の神兵の懐に一足で近付き、純粋な身体能力による掌底を叩き込んだ。

 アキトは為す術無く地面と平行して吹き飛ぶ神兵の背中へと回り込み、両手を地に付け、上空へと蹴り飛ばす。

 

 上空にて体勢を立て直したアキトは神兵の背中から生える羽を掴み、受け身を取る時間すら与えることなく、既に意識が朦朧としていた神兵を高速回転の状態で眼下の地面へと叩き付けた。

 その神兵は頭から地面に突き刺さり、大地はその威力に亀裂を生み出している。

 

「ナイスぅー、アキト」

「スカッとする一発だったな」

 

 ルフィとゾロが軽快な笑みを浮かべながら、アキトとハイタッチを交わす。

 アキトもノリノリな様子でそれに応えた後、神兵達から(ダイアル)を根こそぎ奪い取った。

 

「いや、何もそこまでしなくても……」

「とても頼もしいけど、流石に敵に同情しちゃうわ……」

「そうですか?私はアキトさんのスタンスが正しいと思いますが……」

「私もそう思うわ」

 

 神兵達の惨状にナミとウソップが涙を禁じ得ない様子で口元を手で覆う。

 ビビとロビンの2人だけはアキトを否定せず、共感の意を示している。

 

「青海人のあの男性、とても容赦ないのである」

 

 ガン・フォールとピエールは戦慄した様子で身震いし、アキトに対して少しばかりの恐怖を感じていた。

 

「先ずは、この邪魔な彼らを片付けるわね」

「ロビンは相変わらず達観してんなぁ」

 

 ロビンが神兵達を地面から咲かした手でこの場から転がし、片付ける様子をウソップは涙ながらに見詰める。 

 

「頼もしいじゃぁないか、ガン・フォール殿」

「ノーランドの子孫殿……」

 

 呆然とするガン・フォールにクリケットが笑いながら話しかけ、背中を叩く。

 ピエールはマシラとショウジョウの2人が宥めていた。

 

「よし、それじゃあ、野郎共。この島がかつてのジャヤであったことが分かった以上、俺達がすべきことは分かるな?」

 

 そんな混沌とした雰囲気の中、ルフィが仲間達へと問い掛ける。

 

「俺達は黄金の鐘を追い求め、空島へと辿り着いた」

 

「ひし形のおっさん達の夢が間違いではないことを証明するためにだ」

 

 黄金郷は空にあったのだと証明するために突き上げる海流(ノックアップストリーム)を乗り越え、クリケット達と共に遂に空島へと辿り着いた。

 

「それがもう目前にまで迫っている」

 

 ルフィはアラバスタに乗り込んだ時と同じく左腕を突き出す。

 アキト達も同じくそれぞれの左腕を前へと突き出し、ルフィの左手へと重ねた。

 

「俺はあの雷野郎を潰す」

 

「俺達の中で一番機動力があるアキトは遺跡を探索するロビンの力添えを頼む」

 

 ルフィは船長として仲間達に空島での役割を分担していく。

 機動力だけでなく、防御力に秀でたアキトの手助けがあれば、ロビンの遺跡探索もスムーズに進むと考えてのルフィの判断だ。

 

「ナミとビビの2人もアキトと一緒に行動し、黄金の探索に当たってくれ」

 

 非戦闘員であるナミとビビの両名もアキトとの行動が決まる。

 ナミとビビの2人はルフィの役割分担に歓喜し、密かにガッツポーズを取っていた。

 

「ゾロとサンジは俺と一緒に行動してほしい」

「「了解、船長」」

 

 戦闘員であるゾロとサンジはルフィと共にエネル及び残りの神官の打倒に動き出す。

 

「それじゃあ、俺達もアキトの兄ちゃんと共に行動することにするぞ、マシラ、ショウジョウ」

「「御意」」

「吾輩とピエールは民達の避難に取り掛かるのである」

 

 ガン・フォールは先代の神の最後の務めとして島の住民達をエネルの脅威から救うべく、別行動をとることを決意する。

 彼の相棒であるピエールは頼もし気に鳴き、何時でも出発出来るように羽を羽ばたかせていた。

 

 チョッパーはもしもの場合を考え、ガン・フォールと共に空島の民達の救助に当たる。

 ウソップはチョッパーの援護を名乗り出ていた。

 

「エネルが空島を落とすまで時間は余りない。勝負は一瞬だ」

 

「だが、勝つぞ!!」

 

 船長であるルフィの言葉にアキト達が首肯し、それぞれが自身の役割を全うするべく行動を開始する。

 エネルが空島を滅ぼすまでに幾ばくかの猶予もなく、刻一刻とタイムリミットが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)をワイパーがただ一人駆け抜ける

 シャンディアの戦士はワイパー以外、既に全滅していた。

 

クソ、エネルめ……!

 

 途中で倒れた者を見捨て、仲間を踏み越え、ワイパーは雲の道(ミルキーロード)を突き進む。

 

 それは一瞬の出来事であった。

 

 シャンディアの戦士・カマキリが雷に打たれ、その身を焼かれた。

 二丁の銃の使い手であるブラハムが空からの落雷に倒れた。

 

 鉄製のバズーカの使い手、ゲンボウが墜落した。

 シャンディアの戦士達に天より降り注ぐ雷が直撃し、為す術無く次々と倒れ伏していった。

 

 大戦士カルガラは言った。

 

"シャンドラの()をともせ"

 

 大戦士カルガラが遺した唯一の無念を今こそ、果たす。

 黄金の大鐘楼を鳴らし、シャンドラの()をともすのだ。

 

故に、エネル、お前が邪魔だ

 

 我らが宿願を阻む者は何人であろうと排除する。

 ワイパーはいつ何時、誰が現れようと即座に排除出来るように風貝(ブレスダイアル)にガスを貯め、迎撃の用意を行う。

 

「見つけたぞ、ワイパー!(ゴッド)・エネルの命に従い、貴様を……」

「邪魔だ!!」

 

 ワイパーの前方に神兵長ヤマがその巨体を揺らしながら、現れる。

 しかし、ワイパーはヤマの前口上に耳を傾けることもなく、燃焼砲(バーンバズーカ)の業火を放った。

 

 吹き出すガスに乗り、青白い炎が現れ、ヤマの巨体を炎上させる。

 燃焼砲(バーンバズーカ)の炎は背後の大木を貫き、大地に大穴を開けた。

 行く手を阻んだヤマは燃焼砲(バーンバズーカ)の炎に焼かれ、煙を上げながら、無様にその巨体を大地へと墜落させていく。

 

 ワイパーは仕留めたヤマに見向きもせず、エネルの下へと向かう。

 

「あんな雑魚に時間を浪費してる場合じゃねェ。少しでも体力を残して……?」

 

 先を急ぐワイパーの視界に奇妙な光景が映る。

 それは途方も無い巨体を誇る大蛇(ウワバミ)が不自然に動きを止め、涙を流している光景であった。

 

「……」

 

 そのただならぬ光景にワイパーは大蛇(ウワバミ)を凝視し、進行方向でもあるため大蛇(ウワバミ)の下へと進む。

 雲の道(ミルキーロード)を突き進み、大蛇(ウワバミ)の下へと辿り着いたワイパーは周囲を見渡した。

 

 依然としてその場から大蛇(ウワバミ)が動くことはない。

 見れば大蛇(ウワバミ)の眼下には青海人と思われる数人の人間が佇み、大蛇(ウワバミ)は一人の青海人へと視線を注いでいた。

 その男は逞しい上半身を外気に晒し、栗を頭に乗せ、煙草を口にくわえている。

 

 青海人と大蛇(ウワバミ)のいざこざか、と思い、足早にその場から立ち去ろうとするワイパーであったが、何故か眼下の光景から目が離せなかった。

 

 その青海人の男に謎のシンパシーを感じるワイパーであったが、足を止めることはない。

 やがて、頭上のワイパーの存在に気付き、その青海人の男が此方を見上げてきた。

 

 その青海人の男と一瞬、視線が交錯するも、ワイパーはエネル打倒を目指し、雲の道(ミルキーロード)を突き進んでいくのであった。




神兵長ヤマさんはよく燃えるねェ!


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黄金都市シャンドラ

久しぶりに執筆意欲がわき、3ヶ月振りの投稿


 ルフィとゾロ、サンジのペアは神の地(アッパーヤード)の森林の中を突き進む。

 船長であるルフィが先頭に立ち、最後尾のゾロが周囲を警戒しながら進んでいる。

 ルフィとゾロの2人に挟まれているサンジはルフィを不思議そうに見詰め、声を掛けた。

 

「それにしてもお前らしくなかったな、ルフィ」

「何がだ?」

「お前が船長らしく皆に的確な指示を出したことだよ」

「おお、あれか」

 

 ルフィは漸く合点がいったとばかりに相槌を打ち、サンジへと振り返る。

 

「まあ、自分でもらしくないことしたと思ったけどなぁ……」

「……?」

「俺は皆の船長だし、アキトばかりに頼ってばかりいられないと前からずっと思ってたからな」

 

 あ、勿論、サンジ達も頼りにしてるぞ、とルフィは満面の笑みでサンジに言う。

 少しばかり照れた様子でサンジは頬を掻く。

 

「まあ、現状、俺らの中で最高戦力はアキトであることは事実だから、ルフィの言い分も理解できるな」

 

 ゾロが周囲の警戒を怠ることなく、口元に笑みを浮かべながらルフィを見据える。

 

「これから先、アキト以上の実力を持ち、厄介な能力を持つ敵が現れることを考えたら……」

 

「俺も、いや、俺達もこのままじゃいけないと思ってな」

 

 先程までの能天気な様子から一変、ルフィは真剣な表情で右手の掌を強く握りしめる。

 そこには海賊団の船長に相応しい決意を固めた男がいた。

 ゾロとサンジは感心した様にルフィを見詰め、そして嘆息する。

 

「うちの船長はここぞという時に賢いというか、何と言うか……」

「普段から周囲に配慮した行動をしてくれると助かるんだがな」

「ん?何だって、ゾロ、サンジ?」

 

 真剣な表情は即座に消え、普段のルフィへと戻る。

 

「ルフィの頭は猿レベルと言っても過言ではないって言ってたんだよ」

「か、過言ではない……?そりゃどういう意味だ、サンジ?」

 

 無論、サンジはルフィのことを本心で貶したわけではなかったが、ルフィの能天気な様子に思わず、あ、駄目だ、こりゃ、とため息をつく。

 

「要するに、頭が悪いってことだよ」

「今のは少し傷ついたわぁ、サンジ」

「事実だからな」

「一応、俺、お前らの船長だぞ?」

「そう思うなら普段のお前の生活態度を見直してくれ」

 

 サンジの指摘にルフィは心底理解出来ないとばかりに首を傾げる。

 

「ん?俺何か悪いことしたか、サンジ?」

「……ルフィ、お前の食事の態度はとにかく汚いんだよ」

 

 ゾロは、ああ、確かに、と納得の様子でルフィを呆れた様子で見る。

 

「……まさか、お前、自覚ないのか?」

「……?」

 

 ルフィの自覚無しの様子に唖然としながらもサンジは平静を装い、言葉を続ける。

 

「ナミさんや、ビビちゃん、ロビンちゃんは勿論、文句無しだ。アキトも礼儀作法を弁えてる。だが、ルフィ、お前は駄目だ」

「お、俺だけ……?」

「料理を一口で食べるわ、口から食べかすを飛ばすわ、人の料理を断りも無く食べるわ、食器を散乱させるわ、品性の欠片もあったもんじゃねぇ」

「お、おう……」

 

 サンジの気迫に押され、ルフィは思わず後ずさる。

 

「ルフィ、先ず、お前はアキトの食事のマナーを見習いやがれ」

 

 サンジはアキトが食事の前に両手の掌を胸の前で合わせ、食材に感謝していたことを思い出す。

 サンジは思わず感心し、ルフィに見習わせようと強く思ったものだ。

 

「そうは言ってもなぁ……」

「……お前の食事はもう作らないわ」

「へァ!?サンジ、そりゃ、なしだぜー!!」

 

 一考する様子も見せないルフィにサンジはルフィにとって死刑に等しい判決を言い渡す。

 ルフィは素っ頓狂な声を上げ、サンジへと抗議する。

 

「ルフィを強制的に矯正させようとしてるな、卑劣コック」

「黙れ、クソマリモ」

 

 ゾロとサンジはガンを飛ばし、睨み合う。

 

 

 

「ヤハハ、貴様ら、せっかく拾った命だ。仲間同士、残された時間くらいは仲良くしたらどうだ?」

 

 そんな和気あいあいと会話をしていたルフィ達を見下ろす形でエネルが突如、大木の幹に現れた。

 

「……ゾロ、サンジ」

「分かってるぜ、船長」

「あの耳朶は任せるぞ、ルフィ」

 

 船長であるルフィの言わんとすることを即座に理解したゾロとサンジは前方へと走り出す。

 

「良いのか、ゾロとサンジの2人を見逃して?」

「青海の猿が何匹いようが私には関係のないことだ」

 

 軽い言葉の応酬をしながらも、ルフィは油断することなく戦闘態勢へと移行する。

 

「一匹ずつ始末していけばチェックメイト、簡単なお仕事だ」

 

 エネルは眼下のルフィへと人差し指を向け、身体が僅かに放電する。

 ルフィはエネルが自身を指差すよりも前にその場から足を踏み出し、前方へと駆けだしていた。

 

 途端、先程までルフィが立っていた大地が消滅し、膨大な雷のエネルギーが神の地(アッパーヤード)を震撼させるのであった。

 

 

 その後、ゾロとサンジは空島の深部へと進み、巨大豆蔓(ジャイアントジャック)の上部まで三丈鳥フザに運んでもらう形で一人の神官と対面することになる。

 フザは既にその場から離脱し、神の地(アッパーヤード)へと帰っていった。

 

 ゾロとサンジを阻むのは生存率0%を誇る"鉄の試練"であり、神官のオームが2人を見下ろしている。

 オームの愛犬であるホーリーも唸り声を上げ、威嚇していた。

 

「俺があのサングラス野郎を貰うぜ」

「そりゃねェだろ、ゾロ」

「何か文句でも?」

「大アリだ、クソ剣士。勝手に決めてんじゃねェよ」

「いいじゃねェか、お前は神官を一人倒したんだろ?」

「……しょうがねェな」

「決まりだな」

 

 ゾロが抜刀し、サンジがホーリーと対面する。

 戦闘の火ぶたを切ったのはオームであり、鉄の鞭(アイゼンウィップ)でゾロを切り裂こうとするも、ゾロは焦ることなく斬撃を飛ばすことで相殺するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)の遺跡の探索を終え、ロビン達一行は島雲の上に存在する遺跡の探査を行う。

 ロビンは終始、遺跡を凝視し、手帳にメモを書き留めている。

 

「ロビン、ずっと遺跡と睨めっこしてるわね」

「そうですね……」

「どうしたの、ビビ?」

 

 先程、神の地(アッパーヤード)で偶然、遭遇した大蛇(ウワバミ)の背中の上でビビは静かにロビンを見下ろす。

 どこかその表情は虚ろで、何とも言えないとばかりにその声には覇気が無かった。

 

「ミス・オールサンデー、いえ、ロビンさんの今の姿とアラバスタでの姿を重ねてしまって……」

「……」

 

 アラバスタ王国を混乱に陥れたクロコダイルの片腕であったロビンの今の姿にビビは困惑する。

 どちらが彼女の本当の姿なのか、ビビはロビンという女性のことを改めて何も知らないのだと実感した。

 

「今から、ロビンのことを知っていけばいいんじゃないかしら?」

「……そうですね、ナミさん」

 

 ナミからの励ましの言葉にビビは少しだけ元気を取り戻し、ロビンの後ろ姿を見続ける。

 そんなロビンの傍にはアキトが興味深げに遺跡を観察し、ロビンの言葉に耳を傾けていた。

 

「古代都市の名前はシャンドラ……」

 

「もしかしてこの地には地上で途絶え、語られることのなかった"空白の100年"の歴史が残っているのかもしれない」

 

 アキトは知的好奇心が刺激され、生き生きとしたロビンの横顔を横目で見詰める。

 今の彼女は普段の魅惑的で、どこか自分を偽っている時とは違い、考古学者としての"ロビン"という一人の女性そのものであった。

 

「あら、歴史に興味があるのかしら、アキト?」

「まあ、多少は」

 

 アキトの視線に気付いたロビンは魅惑的な笑みを浮かべながらアキトへと問い掛ける。

 

「けれど空白の100年を知ることは世界では重罪ということを知っているかしら?」

「俺にとってはそのこと自体が矛盾したことだと思うがな」

「何故、そう思うの?」

「……過去があるから、今がある。だから、過去の歴史を知りたいと思うのは当然だし、それは誰もが持っている権利だと思う」

 

 ロビンはアキトの言葉に静かに聞き入れる。

 

「仮にも世界の安寧が世界政府の使命なのにも関わらず、"空白の100年"を探ることを禁止することが妙な話だ」

 

 世界の海賊を取り締まることの方がよっぽど世界の平和に繋がるはずなのに、"空白の100年の歴史"そのものを禁忌とすること自体が奇妙な話だと思わざるを得ない。

 歴史の探索そのものを世界規模で禁止するぐらいならば、海軍の腐った内部事情やクロコダイルの様な輩を大々的に取り締まるべきだ。

 特に、ココヤシ村のネズミ大佐のような屑がのさばることがないように取り締まってほしいものだと思う。

 

「つまり、そこから導かれることは、"過去に葬られた空白の100年の歴史そのものが世界政府にとって不都合な存在であり、世界政府の存続に大きな影響を与える可能性を秘めている"、というのが俺の推測だ」

「……驚いた。貴方、結構鋭いのね」

 

 ロビンはどう思う?、というアキトの視線にロビンは少しばかり驚いたとばかりに瞠目する。

 しかし、それも一瞬で、直ぐに普段のロビンの姿へと戻った。

 

「とりあえず、今は、この足元の空雲をアキトの能力で掘ってくれると助かるわ」

 

 わざとらしく会話を中断したことにアキトは気付いていたが、ロビンの指示通りに足元の空雲に右腕を突き刺し、いとも簡単に掘り進める。

 そう思いきや、先程までクリケットと仲良さげに触れあっていた大蛇(ウワバミ)がその巨大な口を開け、空雲に頭を突っ込むのであった。

 

 

 

 一方、エネルとルフィの戦いは神の地(アッパーヤード)で依然として続いていた。

 

 エネルの体が放電する。

 ルフィは迫り来る雷を持ち前の戦闘センスと事前に回避行動に移ることで危なげなく躱し、エネルへと突貫する。

 そして、現状、ルフィが出せる最高速度でエネルへと迫り、"ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)"を放った。

 

「腕を早く動かすだけの技か、つまらん」

 

 しかし、エネルは増えたと錯覚する程の速度を誇る銃乱打(ガトリング)を即座に見切り、ルフィの腕を掴み取り、力の限り地面へと叩き付ける。

 

「くだらんな、体を伸ばすだけか、青海の猿が」

 

 依然としてお互いに決定打を受けていない。

 エネルは変わらず余裕を崩すことなくルフィを見下ろし、対するルフィは体が土まみれではあるが怪我の一つも負っていなかった。

 

「……」

 

 ルフィはエネルの挑発に耳を傾けることなく、相手の動きを、思考を、能力を、技を冷静に分析する。

 流石、雷の力を司るゴロゴロの実の能力者なだけはあり、移動速度、攻撃力、攻撃範囲は桁違いなレベルであることを痛感せざるを得ない。

 

 移動速度、攻撃力、攻撃範囲の全てがアキトよりも上だろう。

 だが、どちらが厄介な相手だと問われればルフィは迷わずアキトだと即答する。

 アキトからは驕り、慢心、油断、能力への過信は感じられなかった。

 対するエネルは隙だらけであり、己の能力への絶対の自信に満ち溢れている。

 総合的な戦闘力はエネルはアキトに劣る、それがルフィの下した決断であった。

 

 そして、今のルフィはアキトとの戦闘を経て、如何に自分が力不足かを実感し、無意識下での強さへの自信や能力の過信を捨てていた。

 エネルの能力は怖ろしいと言わざるを得ないが、言ってしまえばそれだけだ。

 

 加えて、二つ分かったことがある。

 一つ目はエネルの反射速度はあくまで自分と大差ないこと

 二つ目は純粋な身体能力ならばアキトの方が数段上であること

 

 エネルとの戦闘では終始、技名は叫んでいない。

 雷の力を無効化する可能性があるゴムゴムの実の能力者であることを知られないためだ。

 敢えてエネルの雷は全力で回避し、油断と慢心を誘っている。

 

「思った通りだ」

 

 そんな中、突如、エネルが遥か遠方を見据え、口元の笑みを深めた。

 

「喜べ、青海人。どうやら貴様の部下たちが我が神官に勝利したようだぞ」

 

「貴様の相手はまた今度だ」

 

 エネルは一瞬にしてルフィの前から姿を消し、雷の速度で何処かへと移動した。

 この場に突如として現れ、勝手に戦闘を中断し、姿を消したエネルに暫くの間、ルフィは呆然とその場で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 ゾロがその場から駆け出す。

 鉄の鞭(アイゼンウィップ)が先程までゾロが立っていた大地を切り裂いていく。

 

 心綱(マントラ)による先読み、ゾロはそれを一身で体感していた。

 しかし、オームの攻撃は単調であり、アキトとの戦闘を経たゾロの敵ではなかった。

 

 変幻自在の鉄の鞭(アイゼンウィップ)がゾロへと迫り、その身を切り裂こうとするもゾロは容易に躱し、オームをイラつかせる。

 

「三刀流……」

 

 一閃

 

 二閃

 

 三閃

 

 

 

百八煩悩鳳(ひゃくはちポンドほう)

 

 そして、神官のオームが咄嗟に展開した鉄の堤防(アイゼンバック)をいとも簡単に切り裂き、ゾロが放った斬撃はオームを一息に葬った。

 

「お前は『人を救うには、皆が死ねばいい』と言っていたな。それに対する俺の答えを聞かせてやる」

 

「だったら、お前が死んでいろ」

 

「手前ェの勝手な思想に他人を巻き込むな」

 

 残身し、ゾロは呼吸を整える。

 

「そっちも終わったか、ゾロ」

「犬は片付けたのか、サンジ?」

 

 粗砕(コンカッセ)でホーリーを一撃で倒したサンジがゾロの下へと合流する。

 

 

 

「オームの奴も倒されたか。存外にやるものだな、青海人」

「「……ッ!」」

 

 突如、その場に現れたエネルにゾロとサンジが驚愕するも、ゾロは即座に抜刀し、サンジはエネルの側頭部を力の限り蹴り抜こうとした。

 

「ヤハハ、悪くないぞ、青海の猿共」

 

「だが、相手が悪い」

 

 次の瞬間、ゾロとサンジの身に耐え難い激痛が走り、意識が途絶えた。

 エネルは笑いながら、眼下の"黄金都市"へと移動し、神の裁き(エル・トール)にてゾロとサンジを"黄金都市"へと招待する。

 

「喜ぶがいい。貴様らは故郷である青海の大地で死なせてやろう」

 

 エネルは崩壊し、落下する岩盤を物ともせず、狂気の笑みを顔に張り付け、前方へと向き直る。

 

「さて……」

 

「既に、シャンディアの連中は始末してやったぞ」

 

「次は、貴様だ、ワイパー」

 

 巨大豆蔓(ジャイアントジャック)の頂上に座する神の社へと向かっていたワイパーがエネルの眼前へと現れる。

 しかし、今のエネルにはワイパーなど眼中にはなく、遊ぶつもりなど毛頭無かった。

 

 

神の裁き(エル・トール)

 

 

 エネルは莫大なエネルーギーを右腕に集束させ、極大の雷を無造作にワイパーへと放つ。

 ワイパーは不意を突いた突如の攻撃に反応することすら出来ず、その身に神の裁き(エル・トール)が直撃した。

 ワイパーの身は黒焦げと化し、力を失ったその身体は崩れ落ちる。

 

「……ん?」

 

 エネルが心綱(マントラ)にて気配を感じ取り、背後を振り返ればゾロとサンジが意識を取り戻していた。

 

「生きてるか、クソコック……!」

「当たり前だ、丁度、煙草の火が欲しかったところだぜ、ヘボ剣士……!」

 

 身体からは流血し、意識も定かではない状態でゾロとサンジは必死に立ち上がるべく気力を振り絞る。

 

 

 

「ヤハハ、まだ生きていたか」

 

 しかし、それを見逃すエネルではない。

 雷の速度で移動し、ゾロとサンジの前に再び現れた。

 

 ゾロとサンジは即座に反応し、ゾロはエネルの胴体を切断すべく、サンジは側頭部を砕くべく攻撃した。

 しかし、それすらも無力、エネルの身体をすり抜け、無効化された。

 

 これがロギアの力、ゾロとサンジは戦慄せざるを得ない。

 エネルは呆気にとられるゾロの刀を左手で掴み取り、サンジの蹴りを右手で受け止める。

 

 そして、放電

 ゾロとサンジは激痛に絶叫を上げ、エネルを仰ぐ様に再び崩れ落ちた。

 

「なかなか良い動きをする。お前達の様な輩は生かしておけば、後々厄介になるだろうな」

 

「だが、最後のチャンスをやろう。貴様らの実力を評価し、私に服従するならば生かしておいてやろう」

 

 死か服従か

 エネルは瀕死のゾロとサンジに最後の選択肢を突き付けた。

 

「……地獄に堕ちやがれ、クソ野郎」

「……クソコックと同意見なのは癪だが、手前ェに服従するなんざ死んでもお断りだ……!」

 

 しかし、ゾロとサンジの2人は即答し、エネルの提案を一蹴する。

 

「そうか。ならば用はない」

 

 その身から雷を迸らせ、エネルは先ず、ゾロの頭部目掛けて"ののさま棒"を突き刺すべく攻撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、瀕死のゾロに止めが刺されることはなく、アキトがゾロを庇う様に立っていた。 

 アキトは右手でエネルの"のの様棒"を掴み取り、その紅き瞳で静かにエネルを見据えるのであった。




アンケートは暁・pixivでも行っておりますm(_ _)m


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箱舟マクシム 起動

ゴロゴロの実 vs ジカジカの実


 黄金都市シャンドラ

 

 今、この場にはアキトとエネルの2人が相対していた。 

 両者の視線が交錯し、アキトの感情の高ぶりにより磁力が発生し、エネルの雷と反発し合う。

 

『……』

 

 アキトがこの場に現れてから両者は一言も言葉を発することなく、互いに睨み合っている。

 この場に遅れて到着したナミ達はアキトの背後で待機し、地面に倒れているゾロとサンジはロビンの能力で戦線を離脱した。

 

 エネルから迸る雷が強くなり、大地の表層を傷付けていく。

 両者の間は磁力と雷という不可視の力でせめぎ合い、大気が振動したと錯覚する程の力の本流が顕現し、その場の空間そのものが歪んだように見えた。

 

 亀裂が、エネルの"のの様棒"に罅が走っていく。

 アキトの右手のあまりの力に次第に亀裂が入り、"のの様棒"そのものが崩壊していく。

 

 そして、遂に、ひしゃげたような甲高い破砕音と共にエネルの黄金の"のの様棒"の先端が粉微塵に砕け散った。

 

 

 

 同時に、両者が動く。

 

 エネルの身体が放電し、身体そのものが雷と化し、アキトの視界からエネルの姿が突如として消失した。

 身体そのものを雷へと変容させ、虚空へと消え、その場から途轍もない速度で移動したのだとアキトは理解する。

 

 アキトはその身を勢い良く大地へと屈み込んだ。

 これまでの幾たびの戦闘経験、戦闘センス、先見能力、未発達の見聞色の覇気を総動員してエネルの攻撃をこの時点で完璧に回避する。

 

 ゴロゴロの実の雷の力による目視することも不可能なレベルの高速移動がアキトへと牙をむいていた。

 

 突如、エネルの左足が先程までアキトの頭部があった場所を怖ろしい程の速度で蹴り抜き、エネルがその姿を再び顕現させる。

 しかし、既にアキトはその場には存在せず、エネルの足元にいた。

 

 エネルはこれまで片付けてきた有象無象とは一線を画すアキトの戦闘力に少しばかり驚嘆する。

 

 

神の裁き(エル・トール)

 

 

 しかし、それも刹那の思考であり、次の瞬間には周囲一帯を吹き飛ばす神の裁き(エル・トール)を天から落とす。

 だが、その攻撃もアキトは射程距離外まで一瞬で回避し、エネルを再び驚嘆させた。

 

 背後にはエネルがゾロとサンジをこの場へ突き落すために破壊した鉄の試練の舞台を形作っていた岩石が積み重なり、アキトは奇しくも回避不可能な場所へと追い込まれていた。

 

 エネルが再びその身を雷と化し、虚空へと消える。

 逃げ場のない岩石の山へと追い込まれたアキトの前にエネルは雷の速度で一瞬で現れ、右腕に既に集束させた神の裁き(エル・トール)をアキトの顔面へと叩き込むべく腕を突き出した。

 

 狙いは顔面

 対象であるアキトに回避の動きは見られない。

 

 射出寸前の神の裁き(エル・トール)を激しく放電させ、エネルはアキトへと突貫するも奇妙な力をその身で感じ取っていた。

 

 やがて神の裁き(エル・トール)がアキトへと迫る。

 この近距離で神の裁き(エル・トール)を回避することは不可能だとエネルは確信する。

 エネルが右腕を放電させ、その顔面に狙いを定め、神の裁き(エル・トール)を射出した。

 

 

 

 

 

 しかし、その狙いは大きく外れ、エネルの右腕はアキトの顔の左横の岩石へと叩き込まれていた。

 神の裁き(エル・トール)は岩石を消失させ、その莫大なエネルギーの本流は虚空を突き進んでいく。

 

 

何だ、今のは……?

 

 

 エネルは眼前で生じた不可解な現象に怪訝な顔を浮かべ、神の裁き(エル・トール)を中断し、アキトの傍から即座に離脱する。

 ゴロゴロの実の力を得て以降、回避行動を選択することのなかったエネルが初めて相手から距離を取った。

 

「……貴様にも最後に問おう。私に服従し、限りない大地(フェアリーヴァース)へ共に旅立つつもりはないか?」

 

 エネルはアキトへ語り掛けることで心の平静を保ち、返答次第では再び神の裁き(エル・トール)を放つために右腕に力を集束させる。

 対するアキトは無言でエネルを見据え、愚問だと言わんばかりにその問い掛けに応えない。

 

「そうか、ならば死ね」

 

 エネルがそう答えた瞬間には、神の裁き(エル・トール)を纏った右腕はアキトの顔面へと突き出されていた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間、アキトがその紅き瞳を見開く。

 

「……!?」

 

 途端、周囲の空間に途轍もない不可視の力が現れ、エネルの神の裁き(エル・トール)は掻き消され、身体そのものが遠方まで吹き飛ばされた。

 

 大地の表層が抉れ、爆風が生じ、周囲の瓦礫が粉微塵に吹き飛んでいく。

 アキト本人の背後の岩石も砕け散り、大気に砂塵が舞い上がる。

 

 エネルは地面へと着地し、アキトを警戒した様子で見据える。

 

「……」

 

何だ、今の力は……?

 

ただの衝撃波とは何かが違う

 

周囲一帯があの青海人を中心に全て吹き飛んでいる

 

 

 エネルは困惑しながらも、次の手を模索し、背中に背負った太鼓を叩き鳴らす。

 

「……ならば、"雷獣(キテン)"!!」

 

 顕現するは莫大な雷のエネルギーを秘めた獣

 その電圧は数千万ボルトを誇り、その獣は大地を縦横無尽に駆け、多角的な軌道でアキトへと迫った。

 

 しかし、それすらもアキトに届くことはなく、"雷獣(キテン)"は虚空にて虚しく霧散する。

 

「物理攻撃だけではなく、雷そのものさえも弾くのか……!」

 

 エネルはこの青海人の能力とは一体何なのか、戦慄しながらも思考を駆けめぐらす。

 これまで終始、無言であったアキトが前方へと左手の掌をかざす。

 

 不可解な能力に依然として理解が追い付かず、最大限の警戒を払っていたエネルが思わず身構えた瞬間、上空からルフィが両者の間に舞い降りた。

 エネルはこの場に現れた邪魔者を始末すべく、背中の太鼓を叩く。

 

「青海の猿が……!"雷竜(ジャムブウル)"!!」

 

 その電圧は脅威の6000万ボルト

 龍の形状の雷のエネルギーがルフィへと襲い掛かり、その身に直撃した。

 

 ルフィに僅かに気を取られた瞬間、エネルの身体が宙に浮かび上がり、不可視の力に強制的に引き寄せられていく。

 

「……!」

 

 

そうか……!この青海人の能力は……!

 

 

 エネルは理解した。

 この青海人、アキトが有する能力が超人系(パラミシア)の能力の中でも強力無比な力であることを理解し、雷と化しその場から回避しようと試みた。

 

「ォォオオ!!」

 

 

何だと……!?

 

 

 突如、先程、確実に始末したはずの青海の猿であるルフィが"雷竜(ジャムブウル)"の中から勢い良く飛び出した。

 その身は五体満足の状態であり、怪我の一つも負ってはいない。

 

 それが意味することはゴロゴロの実の絶対の力が無効化された。

 無敵を誇ってきた雷の力が完全に目の前の青海の猿ごときが無効化したということだ。

 

 その信じ難い事実がエネルの思考を停止させ、エネルは一瞬、考えることを止めた。

 雷と化し、アキトの強大な引力の力からの離脱を図っていたエネルは行動を止めてしまったのだ。

 

「バズーカ!!」

「……!!?」

 

 ルフィーの渾身のバズーカが無防御のエネルの腹に直撃する。

 エネルは生まれて初めて耐え難い痛みを感じた。

 全身を激痛が走り、口からは大きく吐血し、エネルは後方へと受け身も取ることなく吹き飛ばされた。

 

 腹が陥没し、激痛が止まらない。

 流血し、口からは吐血する。

 

 

何だ、これは……。何が起きている……?

 

 

 エネルは現状を理解出来なかった。

 ゴロゴロの実の力が眼前の青海の猿2匹ごときに無効化され、自分は無様に地面に転がり、天を仰ぎ見ている。

 

 

とにかくこの場所から退避しなくては……!あの場所へ……!箱舟マクシムの下まで行きさえすれば……!

 

 

銃乱打(ガトリング)!!」

 

 しかし、ルフィは容赦することなく、エネルへと迫る。

 側頭部、顔面、腹部、両腕、太腿、脚、あらゆる体の部位に銃乱打(ガトリング)を力の限り打ち込む。

 ルフィは地面から立ち上がり、この場からの撤退を図るエネルの全身へと銃乱打(ガトリング)をお見舞いし、瓦礫の山へと殴り飛ばした。

 

「青海の猿がァア!!」

 

 エネルが憎々し気に大きく吠える。

 猿ごときに無様に地面に這いつくばされ、虚仮にされたことに対する憎しみと怒りが痛みを凌駕し、エネルから撤退という選択肢を捨てさせた。

 

雷治金(グローム・パドリング)!!」

 

 黄金の"のの様棒"が放電し、刃物へと精錬され矛へと変化していく。

 所詮は原型を留める超人系(パラミシア)の能力者、エネルはそう結論付け、先ずは、最も厄介な相手であるアキトを始末すべく攻撃を繰り出した。

 

 雷の速度で未だ、掌を前方へと向けるアキトに接近し、矛を突き出した。

 しかし、能力頼みであり、冷静さを欠いた今のエネルなどアキトの敵ではなかった。

 

 超電熱を誇る矛そのものを掴み取り、アキトは無防備なエネルの腹に武装色の覇気を纏った拳を叩き込む。

 吐血し、またしても雷の体である自分が痛みを感じていることに驚愕を隠せないエネルをアキトは斥力の力で吹き飛ばし、ルフィがそこに間髪を容れることなく銃弾(ブレット)を直撃させた。

 

 地面を何度もバウンドし、砂塵を舞い上がらせ、血の放物線を描きながらエネルは瓦礫の山へと再び吹き飛んでいく。

 

「貴様らさえいなければ……」

 

 それでもなお身体の至る箇所に激痛が走り、流血しながらもエネルは苦し気に立ち上がった。

 意識は既に朦朧とし、足取りも覚束ない状態でもエネルは倒れない。

 

「貴様らさえいなくなれば、私の天下なのだ……!」

 

数年にも渡る計画、それを貴様らの様な青海の猿共などに邪魔されてたまるものか……! 

 

 待望への飽くなき執念と青海人への憎しみが今のエネルの原動力となっている。

 エネルはアキトとルフィの2人を憎々し気に睨み、特大の神の裁き(エル・トール)を放つも、アキトも斥力の力を上げ、容易に神の裁き(エル・トール)を腕の一振りで掻き消した。

 

 それに便乗してエネルはこの場から姿を消し、箱舟マクシムへと移動する。

 そのことに気付かないルフィとアキトではない。

 

 アキトに箱舟マクシムへと投げ飛ばされる形でルフィはエネルの跡を追った。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 神の裁き(エル・トール)が直撃し、敗北したワイパーは静かに目を覚ました。

 

「あら、お目覚め?」

「お前は青海人の女か……」

 

 ワイパーは痛む体を気力で動かし、その場に立ち上がる。

 その様子をロビンは静かに見据える。

 

「青海人がこの場に何のようだ?」

「私は遺跡の探索でこの場に辿り着いたに過ぎないわ」

 

 ワイパーはロビンから視線を外し、周囲を見渡す。

 

俺は確か、エネルを倒すべく、巨大豆蔓(ジャイアントジャック)を昇っていたはず……

 

 そして、ワイパーは思い出す。

 ワイパーは神の社へもう一息というところでエネルの神の裁き(エル・トール)で不意を突かれ敗北したことを

 

「クソッたれが、エネルの野郎……!最初から俺なんざ眼中になかったってことかよ……!」 

 

 ワイパーは呪う。

 エネルの攻撃を一撃受けただけで敗北した自分自身の弱さを呪った。

 

 同時に、先程からこの場を酷く懐かしく思う自分がいることに気付く。

 戦闘の影響により少しばかり遺跡は壊れているが、この場所を自分は知っている気がしてならなかった。

 

「まさか、この場所が、俺達の故郷なのか……?」

 

 ワイパーは覚束ない足取りで前へ進み、遺跡の隅々を見渡す。

 

「黄金都市シャンドラ、それがこの場所の名前よ」

「……!」

 

黄金都市シャンドラ、この場所が俺達の先祖の故郷……

 

 ロビンの言葉にワイパーは瞠目し、涙を流す。

 漸く敬愛すべき先祖達の故郷へ辿り着くことが出来たのだ。

 

「……いや、ちょっと待て。エネルは!エネルの野郎はどうなった!?」

「今は、船長さんとアキトの2人がエネルに止めを刺しに向かっているわ」

 

 ワイパーは余所者の力など最初から借りるつもりなどない。

 どこの誰だか知らないが、エネルを倒すのは自分だ。

 

 ワイパーは酷く傷付いた体を引きずり、エネルの下へと向かおうとする。

 そんな満身創痍のワイパーへと一人の神兵が不意に襲い掛かった。

 

 しかし、銃声と共にその神兵は崩れ落ち、一人のシャンディアの戦士がワイパーへと駆け寄った。

 

「ワイパー、無事!?」

「馬鹿野郎、ラキ、何故、此処に来やがった……!」

 

戦闘を放棄したラキが何故、此処に……!?

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう、ワイパー!」

 

「アイサがワイパー以外の声が消えたって言ってたから、急いでこの場に駆け付けたのよ!」

 

 ラキはワイパーの肩に腕を回し、支える。

 

「……どうやらお前はこの場に神兵達も呼び寄せちまったようだぜ、ラキ」

「戦う覚悟はとっくの前にできてるわよ、ワイパー」

 

 説得は無駄だと理解したワイパーは満身創痍の体に鞭を打ち、武器を構える。

 ルフィ隊が狩り損ねた神兵数十人とワイパーが倒したはずの神兵長ヤマ、そして最後の神官である空番長ゲダツがこの場に集結していた。

 

「アイサの奴はどうした?」

「アイサは安全な場所に置いてきたわ」

 

 そうか、と少し安心した様子でワイパーは燃焼砲(バーンバズーカ)を構える。

 それを合図に、神官達がワイパー達に襲い掛かるも、3人の男達が神官達を横から殴り飛ばし、その場に乱入した。

 

 

 

「手を貸すぜ、兄ちゃん達」

 

 クリケット、マシラ、ショウジョウの3人がワイパーの助太刀に現れる。

 

「俺の名は"モンブラン・クリケット"」

 

「青海で何十年も黄金郷を探し続けてきた馬鹿な男だ」

 

 ワイパーはクリケットの言葉に驚愕する。

 

まさか、そんなことが、この男はまさか……

 

「まあ、積もる話もあるだろうが、今は俺の背中を任せるぜ、ワイパー」

「……ああ、俺の背中も任せるぞ、クリケット(・・・・・)

 

 クリケットとワイパー、400年の年月を経て遂に大戦士カルガラとモンブラン・クリケットの子孫達が相まみえる。

 

 そして、クリケットは左腕を前方に構え、これまで幾度も黄金を狙いに来た海賊達への決まり文句を口にする。

 

「狙いは黄金だな?死ぬがいい」

 

 ワイパーとクリケットの両者は同時に駆け出し、戦闘を開始する。

 ゾロとサンジは最後の神官であるゲダツを相手取り、ロビンやナミ、ビビは残りの雑兵である神兵と戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、箱舟マクシムの甲板上ではルフィとエネルが相対する。

 

 箱舟マクシムは空を飛び、雷雲が空を凄まじい速度で黒く浸食していく。

 空島の崩壊までのタイムリミットもあと僅かであり、着実にエネルの怖ろしき計画は実ろうとしていた。

 

 エネルの力に対抗出来るのは自分とアキトの2人だけであり、もしもの場合を想定し、アキトには遺跡に残ってもらった。

 エネルを倒すのは自分の役目だとルフィは気を引き締める。

 

「貴様らにこれ以上時間をかけるつもりなど毛頭ない」

 

 エネルの雰囲気が変わったことをルフィは肌で感じ取った。

 奴は油断と慢心を捨て、全力で此方を潰しにくるつもりだとルフィは理解する。

 

「絶望するがいい。この姿を見せるのは貴様にとって最初で最後だ!」

 

 その言葉を皮切りにエネルの体が巨大化する。

 これまでとは桁違いのエネルギーを全身から放ち、上半身が、両腕が、下半身が元の数倍の大きさへと変容していった。

 

 

 2億V "雷神(アマル)"

 

 これがエネルの切り札

 身体の隅々まで超高電圧の雷のエネルギーを纏い、巨大な雷神の如き姿に変異することで戦闘力を飛躍的に上昇させた。

 

 ルフィも覚悟を決める。

 

 右膝に掌を当て、右足をポンプ代わりに血液を急激に上げ、戦闘力を爆発的に上昇させる。

 ルフィの身体からは湯気が立ち昇り、皮膚が急速に流れる血液の影響で赤くなっていった。

 

 マクシムが再び雷雲が放出したのを合図にルフィとエネルは激突し、最終決戦へと突入していくのであった。




アンケートは空島編終了まで継続しますm(_ _)m

いや、本当、当時のエネルにルフィはよく勝てたなと思う
Narutoのペインもインターバルがなければナルトは勝てなかっただろうとも断言出来る


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雷迎

前回のあらすじ
エネル「さあ…始めようか!」


 箱舟マクシム

 

 その甲板上では"雷神(アマル)"と化したエネルとルフィが対峙していた。

 両者は互いの奥の手を出し、戦闘力を爆発的に上昇させていた。

 

 エネルの姿が消える。

 ルフィのゴムゴムの(ピストル)を、エネルは心綱(マントラ)と雷速を駆使することでいとも簡単に躱し、ルフィの真上へと移動した。

 

上……!

 

 超電熱を誇る矛の突きをルフィは飛躍的に上昇した身体能力を駆使し、蒸気の軌跡を虚空に残しながら回避する。

 これまでの戦闘経験と戦闘センス、エネルが何処に移動するかを事前に予測することでルフィは危なげなく躱した。

 

 今の状態のルフィならばエネルの攻撃を躱すことは難しいことではない。

 ルフィはエネルがいくら雷の速度であろうと、攻撃の瞬間は常人以上の速度しか発揮出来ていないことも本能的に理解していた。

 ルフィは身体の周囲360度の全てに意識を割き、エネルに対処する。

 

 神の裁き(エル・トール)とルフィのバズーカがぶつかり合い、周囲に爆風が吹き荒れる。

 両者の一進一退の攻防は続き、マクシムの甲板は荒れ、周囲に衝撃波が生じた。

 

 再びエネルの姿が虚空へと消える。

 

「……!」

 

 ルフィは背後を振り返ることなく、左足で回し蹴りを行う。

 背後に出現したエネルは黄金の矛で受け止め、もう片方の矛を突き出した。

 

 今度はルフィの姿が蒸気をその場に残した状態で消え、エネルの背後へと移動する。

 ルフィが右脚を振りかぶるも、エネルは再び雷速で回避した。

 

「どうした、貴様の力はこの程度なのか?」

 

 ゴロゴロの実の異常な移動速度に驚愕するルフィの背後にエネルが現れる。

 額に冷や汗を浮かべたルフィの背中がエネルの巨大化した胸板に当たり、エネルがそんなルフィを見下ろす。

 ルフィが反射的に背後に回し蹴りを行うも既にエネルはその場におらず、ルフィは派手に吹き飛ばされた。

 

力が……!力が抜けていく……!

 

 エネルの雷速からの攻撃に対応出来るだけの身体能力を手に入れたルフィであったが、既に己の身体は悲鳴を上げかけていた。

 異常なレベルの疲労と倦怠感が体を支配し、過呼吸を起こしかける。

 ルフィは皮膚から異常なまでの汗をかき、今にも倒れそうになる体を両手を甲板につくことで支える。

 

 全身がゴムであるから急激な血圧の上昇に耐えられる。

 全身の血管がゴムであるが故に、心臓が破裂することもない。

 しかし、今のルフィはそれに長時間耐えうるまでの肉体を有していなかった。

 

「ヤハハ、どうした?動きが鈍っているぞ?」

 

 悪態をつく暇もなくルフィはその場から横に転がることで迫りくる矛を躱した。

 体に鞭を打ち、エネルの矛を躱したルフィにもう片方の矛が迫るもそれはルフィを上空へと飛ぶことで回避する。

 

「それで上手く避けたつもりか?」

 

 空中で身動きが制限されたルフィの背後からエネルの声が聞こえる。

 黄金の中を(つた)い、エネルが箱舟マクシムの黄金で造られた顔から姿を現した。

 

黄金の中を……!

 

 ルフィが眼前の現象に対して驚愕する暇も無く、エネルの矛がルフィの脇腹を浅く貫いた。

 超電熱を誇る矛の熱さに悲鳴を上げるルフィの前から矛だけを残し、エネルは姿を消す。

 

 混乱するルフィの無防備な背中をエネルは背後から殴り付け、マクシムへと叩き付ける。

 余りの衝撃にルフィの背後の黄金の壁が凹む。

 息を大きく吐き出し、呼吸を乱されたルフィの身体から遂に蒸気が消え、通常の状態へと戻ってしまった。

 

「つまらん」

 

 エネルは容赦することなくそんなルフィの腹部を矛で突き刺し、宙へと放り投げた。

 血の放物線を描きながらルフィは力なく甲板へと落下する。

 エネルは心底落胆した様子でルフィを見下ろし、雷神(アマル)を解除した。 

 

「私は神官(奴ら)のように甘くはない」

 

 残念だったな、とエネルは笑う。

 既に神に反逆する愚か者は処罰した。

 甲板上に倒れるルフィは動かず、血の池を作り出している。

 

 箱舟マクシムは進む。

 箱舟マクシムは地面を離れ、空へと飛び立ち、スカイピアの全土を見渡せるまでの高度まで到達した。

 箱舟マクシムから排出される雷雲は天空を覆いつくし、空を黒く染め上げていく。

 

「さァ、"宴"を始めようか……!」

 

 エネルは狂気の笑みを浮かべ、スカイピアへと掌をかざした。

 

 

 

「"万雷(ママラガン)"」

 

 天より降り注ぐは神の裁き

 無数の雷撃がスカイピアを襲い、木々を燃やし、地面を破壊していく。

 

 地上ではホワイトベレーの誘導に従い、空島の住民たちが必死に避難する。

 彼らの傍にはガン・フォールの姿もあり、民間人の人命を第一とし、適確な指示を飛ばしていた。

 ウソップとチョッパーも空から降り落ちる雷に圧倒されながらも尽力している。

 

 黄金都市シャンドラの遺跡地帯にも雷が降り注ぐ。

 アキトは宙に滞空しながら右手の掌を天へとかざし、遺跡をエネルの雷撃から守っていた。

 斥力のバリアが遺跡の全体を覆い、雷撃の侵入を完璧に遮断している。

 

 そんなアキトの眼下ではナミ達がエネルの部下の残党達と戦闘を繰り広げていた。

 ナミとビビは協力しながら神兵を一人ずつ撃破していく。

 

 満身創痍のゾロがゲダツを斬り、同じく重傷を負ったサンジが蹴り倒す。

 ロビンはそんな2人を背後から襲う神兵をハナハナの実の能力で無力化することで援護していた。

 

「遺跡の破壊は許さないわ」

 

 神兵達の首の骨を確実にへし折り、遺跡を破壊しようとする愚か者達を再起不能にする。

 ラキの銃声が鳴り響き、マシラとショウジョウが主人であるクリケットを援護するように神兵達を倒していく。

 

「無事か、クリケット?」

「当然だ、ワイパー」

 

 額から血を流しながらもワイパーは不敵に笑う。

 互いに背中を預けながら、クリケットとワイパーの2人は旧知の戦友の如く連携を取っていた。

 周囲には再起不能と化した神兵達の山が積み重なっている。

 

「そろそろ諦めたらそうだ、ワイパー?」

 

「空島はエネル様により崩壊する。貴様の抵抗など無意味だ」

 

 神兵長ヤマの戯言を無視し、ワイパーとクリケットは戦闘を続行し、ヤマへと突貫していくのであった。

 

 

 

 

 

 雷鳴が轟く。

 無数の雷がスカイピアへと牙をむき、大地を破壊していく。

 

「……」

 

 ルフィは今の自分が酷く不甲斐なかった。

 アキトにエネルを打ち破ることを豪語したにも関わらず、自分は甲板に無様に這いつくばっている。

 

 強制的な身体能力の上昇の反動で体内には極度の疲労が蓄積し、身体は思う様に動かない。

 呼吸も荒れ、今にも力尽きてしまいそうだ。

 

 凄まじい眠気が身体を襲う。

 それをルフィは船長としての矜持と気合で意識を覚醒させる。

 

 右手の掌を甲板につけ、苦し気に体を置き上がらせる。

 今なお高笑いを続け、空島を破壊するエネルに対し煮えたぎるような灼熱の怒りが体を支配する。

 そして、身体から蒸気を放ち、ルフィは力の限り叫んだ。

 

 それは怒りの叫び

 ルフィはこの瞬間、一時的に後にギア2(セカンド)と名付ける力に近しい力を発揮した。

 

「何……?」

 

 エネルは見た。

 箱舟マクシムの甲板に静かに佇み、上空を睨み付けるルフィの姿を

 

 ルフィの体からは蒸気が立ち昇り、言い知れぬ覇気をその身から放っていた。

 血が滴り落ちる程に拳を力強く握りしめ、エネルを見据えている。

 

くたばり損ないの青海の猿めが……!

 

 苛立たし気にルフィを睨み返し、エネルが止めを刺そうと矛を上空に振り上げた時にはルフィは既にエネルの眼前へと佇んでいた。

 ルフィの動きを捉えられなかったわけではない。

 

 雷速での移動を可能とするエネルにとってルフィの動きなど緩慢の一言に尽きる。

 しかし、今の動きは先程のルフィとは明らかに速度が上がり、動きに一切の無駄が無かった。

 エネルはルフィの突然の変化に瞠目し、身動きを止めた。

 

「いい加減にしろ、エネル」

 

「お前は一体どれだけ空島を破壊すれば気が済むんだ?」

 

 ルフィはエネルの左腕を握り潰す勢いで力を込め、睨み付ける。

 エネルはルフィの余りの握力に苦悶の表情を浮かべ、右腕の矛でルフィを突き刺そうとするも、次の瞬間には自分の体は宙を舞っていた。

 

 ルフィに殴り飛ばされたのだと理解し、エネルが前方を見据えるも既にルフィの姿はなく、今度は甲板に叩き付けられた。

 上空を見上げれば宙で蹴り抜いた体勢のルフィがおり、エネルはまたしても自分は攻撃を受けたのだと理解する。

 

 エネルは身体を走る衝撃に吐血し、意識を失いかけるも必死に立ち上がる。

 空からルフィの拳が甲板に突き刺さり、甲板が破壊された。

 

 甲板を掴み、ゴムの反動で甲板上に舞い降りたルフィは間髪を容れず前方へと突貫する。

 爆発的な身体能力にて繰り出された拳がエネルの腹部へと突き刺さり、エネルは再び吹き飛んでいった。

 

「馬鹿な、こんな、こんなことが……」

 

 エネルは今のルフィの様子に信じられない様子で腹部を押さえ、吐血する。

 

「……」

 

 ルフィは許せなかった。

 己を神と宣い、空島を破壊するエネルを

 命を懸け、ロマンを追いかけるクリケット達を嘲笑うエネルの行いそのものを許せるはずもなかった。

 

 ルフィの体から蒸気がより強く放出され、甲板からはルフィの余りの脚力に悲鳴を上げるかのように亀裂が走っていく。

 

 

 

「お前は絶対に許さないぞ」

 

「この屑野郎ォオ!!」

 

 ルフィは拳を強く握り締め、甲板を破壊し、一息でエネルへと迫った。

 

 頬にルフィの拳が突き刺さる。

 頬が大きく凹み、血の放物線を描きながら吹き飛ぶエネルの腹部に"バズーカ"が叩き込まれた。

 

 それでもエネルは倒れない。

 その足で立ち上がり、甲板をその足で踏み締め、ルフィと相対する。

 

「ヤハハ、成程……」

 

神官(奴ら)では敵わぬわけだ。だが……!」

 

 エネルは血反吐を吐きながらもルフィを見据え、両腕を雷で迸らせ神の裁き(エル・トール)を放った。

 

 右腕で神の裁き(エル・トール)を放ち、左腕で続けて神の裁き(エル・トール)を放つ。

 それを何度も繰り返し、神の裁き(エル・トール)を幾度も射出する。

 大気を突き進み、神の裁き(エル・トール)はルフィの体に直撃する。

 

 しかし、それだけの猛攻撃を受けてもルフィは無傷

 ゴムゴムの実は完全にゴロゴロの実の力を無効化していた。

 

「貴様がいくら奮闘しようともこの島の結末は変えられん」

 

「まもなくこの島は青海へと落下する」

 

「聞こえるぞ、島の民達の絶望の声が」

 

「もう誰にも止められん……!」

 

「我は全能なる神である!!!」

 

 これ以上エネルに下手な行動を取らせるべきではないとルフィは考え、胸部に拳を叩き付けた。

 しかし、エネルは驚くことに回避行動を取ることなくルフィの攻撃をその身に受ける。

 

「"(グローム)"!」

 

 ルフィが嫌な予感を感じ、腕を引き戻そうとするも既に手遅れであった。

 

「"治金(パドリング)"!!」

「ガァァアアア!?」

 

 右腕を覆う黄金の熱さにルフィが絶叫を上げ、エネルはその隙に身体を雷と化すことで宙へと移動する。

 

 

「青海へと堕ちるがいい!!」

 

「"雷迎"!!!」

 

 天より顕現するは巨大なエネルギーの塊

 それは箱舟マクシムにより排出された積乱雲が黒い球状に圧縮され、莫大な雷のエネルギーの塊と化した代物

 

 エネルはルフィを身動きを取れない状態に追い込み、ここで勝負を打って出た。

 エネルはエンジェル島の真上へと雷迎を放つ。

 

 空島の民達は絶望の余り膝を屈し、自分達の死と空島の滅亡を予見した。

 ある者は最後まで諦めることなく住民達の避難の誘導に徹した。

 ある者は絶望の余りその場で跪き、神に祈りを捧げた。

  

 そんな中、右腕の熱さによる激痛に耐え、箱舟マクシムから勢い良く飛び出す者がいた。

 先程までエネルと死闘を繰り広げていたルフィが"ゴムゴムのロケット"で雷迎に向かって飛翔し、雷迎の中へと無策で突っ込んでいく。

 

 雷迎がエンジェル島へと迫る。

 その巨大なエネルギーの塊は放電し、大気を振動させながら落下していく。

 

 黄金都市シャンドラの遺跡地帯にて敵の殲滅を終えたナミ達が空を仰ぎ見る。

 ワイパーは己の無力さに歯噛みし、ラキは空島の滅亡を予見した。

 

 そんな中、ナミは雷迎に異常な幕放電が生じていることに気付いていた。

 雷迎は激しく放電し、空を不規則に照らし出している。

 

 幕放電を引き越した張本人であるルフィは意図してこの現象を起こしたものではない。

 ルフィの右手には雷を帯電させる黄金の塊が存在している。

 それが雷迎内で放電現象を引き起こしていた。

 今もルフィは雷迎内で"ゴムゴムの花火"と"ゴムゴムの"黄金牡丹(おうごんぼたん)にて一心不乱に放電を起こしている。

 

 エネルは幕放電を起こす雷迎を静かに見据え、エンジェル島へと無慈悲に堕とす。

 

 幕放電が幾度も起き、雷迎内で放電が生じる。

 それでも雷迎の進行は止まらない。

 

 人々は神に祈る。

 ホワイトベレーの体調であるマッキンリーは膝を付き、祈りをささげた。

 コニスは青海人達の無事と生還を祈った。

 

 

 そして、遂に、雷迎に亀裂が走り、雷迎は消滅した。

 

 

 ルフィは雷迎が消滅し際に生じた爆風の影響で黄金都市シャンドラの方向へと吹き飛ばされていく。

 人々は空が晴れたことに希望の光を見出し、空島全土に響き渡る程の歓声を上げる。

 ウソップとチョッパーは互いに抱き合い、船長であるルフィに対する称賛の奇声を上げていた。

 アキトは宙に滞空しながら雷迎が消滅する様子を静かに見据え、眼下のナミ達も安堵の声を上げている。

 

 この瞬間、空島全土に喜びの歓声が響き渡り、安堵の表情を浮かべた。

 ただ一人、エネルを除いて

 

 

 

 

 

「見事だ」

 

 エネルは敵であるルフィの健闘に本心から称賛の言葉を贈る。

 まるでルフィならば雷迎さえ撃破することを予見していたかのような笑みを浮かべていた。

 

「さて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2個目(・・・)はどうする、ゴムの男?」

 

 途端、ルフィが先程破壊した雷迎の数倍の大きさを誇る雷迎が天上の雲を突き破り、スカイピアの上空に姿を現した。




CPH「2個目はどうする……?」
正直、NARUTOで一番絶望したシーン




【 戦闘力 】 Ver. ルフィ & エネル

・戦闘力
ルフィ(怒) ≧ エネル(雷神(アマル)) ≧ ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態) ≧ エネル(通常状態)

※ エネルは慢心無し & 見聞色の覇気 & 雷速 & 箱舟マクシムという地の利 & 雷迎込みでの戦闘力
※ ルフィは未だ六式の剃を見ていないため原作のギア2には及ばないレベルであるが、エネルに対する爆発的な怒りにより一時的な覚醒に至った。

・パワー
ルフィ(怒) > ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態) ≧ エネル(雷神(アマル)) > エネル(通常状態)
※ エネルの身体能力もかなり高いレベルだが、原作を見る限りゴロゴロの実に依存している面もあるためルフィの方が高いと思われる。
※ 原作を見る限りエネルは超電熱の矛や機転を利かした策でルフィを翻弄しているため、パワーではルフィの方が上であると考えられる。

・スピード
エネル >>>> ルフィ(怒) ≧ ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態)
※ ゴロゴロの実の雷速はやはりチート
※ どうあがいても雷速には追い付けない。ギア2でも速度の面ではエネルが遥か格上

・防御力 & 耐久力
ルフィ >> エネル
※ ゴロゴロの実の力への依存傾向が強いエネルはルフィと比較して紙装甲



【 戦闘力 】 Ver. アキト & ルフィ & エネル

- アキト(通常状態) = フルパワーを出せる状態での50%程度の戦闘力 -
- アキト(弱体化) = ドラム王国編 ~ アラバスタ王国編までの弱体化した状態で身体に負荷をかけたうえで出せる最高の戦闘力 -


・戦闘力
アキト(フルパワー) >> アキト(弱体化) > アキト(通常状態) ≒ ルフィ(怒) ≧ エネル(雷神(アマル)) ≧ ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態) ≧ エネル(通常状態)

※ エネルのゴロゴロの実はルフィのゴムゴムの実に無効化され、エネルとルフィはアキトのジカジカの実の能力の力を突破するレベルの力は出せないため、3人の序列はこうなる。
※ アキトは武装色 & 見聞色の覇気を体得し、斥力と引力の力も操り、素の身体能力もルフィとエネルの両名を超えている。
※ また、アキトはルフィで例えるならばギア4に近しいレベルまで能力を極めているため、ルフィは未だフルパワー状態のアキトの戦闘力には届かない。

・パワー
アキト(フルパワー) >> アキト(弱体化) > アキト(通常状態) ≒ ルフィ(怒) > ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態) ≧ エネル(雷神(アマル)) > エネル(通常状態)
※ 斥力 & 素の身体能力 & 武装色の覇気込みでであるアキトがパワーでは不動の地位

・スピード
エネル >>>> アキト(フルパワー) >> アキト(弱体化) > アキト(通常状態) ≒ ルフィ(怒) ≧ ルフィ(疑似ギア2) >> ルフィ(通常状態)
※ ゴロゴロの実は速度の面ではチート。それよりも遥かに速く、雷速が遅く感じる程の速度を誇る悪魔の実もある……

・防御力 & 耐久力
アキト(フルパワー) >>> アキト(弱体化) > アキト(通常状態) > ルフィ >> エネル
※ 斥力のバリアは熟練の武装色の覇気遣いでなくては突破することはほとんど不可能。素の防御力と耐久力もアラバスタの半径10kmの爆弾から生き延びたアキトから分かるように凄まじいものがある。

・伸縮率
ルフィ >>>> エネル ≧ アキト


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黄金の大鐘楼

正直、エネルの"雷迎"ってワンピース史上最凶レベルの規模と威力を誇る力だと思う(小並感)


 スカイピア全土に暗雲が立ち込める。

 空島の住民は再び絶望し、恐怖は未だ終わっていないのだと誰もが理解した。

 

「ヤハハ!油断したな、ゴムの男!!私は神官(奴ら)とは違うと言っただろう!!!」

 

 天空にてエネルの高笑いの声が響く。

 

 エンジェル島へと堕とした雷迎はルフィの奮闘により破壊された。

 しかし、エネルにとってそれは想定内の出来事であり、さほど驚くことではなかった。

 

 あれはルフィをおびき寄せるための囮

 本命は神の地(アッパーヤード)上空にて当初より造っていたこの雷迎だ。

 それが遂に完成した。

 

 先程の雷迎とはわけが違う。

 その大きさはルフィが先程消滅させた雷迎の数倍の大きさを誇り、数十倍のエネルギーを内に秘めている。

 

「この神の地(アッパーヤード)ごと、消えてなくなるがいい!!!」

 

 そして遂に、雷迎がスカイピアへと堕とされた。

 ルフィは右腕の黄金が枷となり間に合わない。

 シャンディアの戦士であるワイパーとラキも呆然と空を見上げことしか出来ず、ガン・フォールは己の無力を呪った。

 

 そんな状況の中、ナミ達は見た。

 神の地(アッパーヤード)へと堕ちる雷迎を迎え入れるアキトの姿を

 

 ビビはそんなアキトの姿にアラバスタ王国での爆弾の一件を思い出す。

 ビビはアキトの生還を望み、アキトの身を案じることしか出来なかった。

 

 

 神の地(アッパーヤード)へと雷迎が迫る。

 

 アキトは宙にて滞空し、磁力を最大限に高め、身体の表面を斥力で覆う。

 両腕を腰に構え、身体から斥力の力を放出したアキトは両手の掌を宙より迫る雷迎へと向けた。

 

 雷迎は大きく放電し、その莫大なエネルギーが容赦なくアキトへと牙をむいた。

 斥力と雷のエネルギーが衝突し、周囲の大気に波紋状の衝撃波が吹き荒れる。

 それは大気を震撼させ、眼下の神の地(アッパーヤード)の樹木を揺らした。

 

 途方も無い質量と莫大なエネルギーを秘めた雷迎がアキトの身を襲う。

 アキトは苦悶の声を上げ、必死に大気を踏み締め、全力で雷迎を押し返そうと奮闘する。

 

 これだけの規模とエネルギーを誇る雷迎だ。

 ルフィと同じように内部へと侵入し、雷迎を内側から破壊するよりも先に神の地(アッパーヤード)へと着弾してしまうことは想像に難くなかった。

 

 例えそれで雷迎の破壊に成功しようともどれだけの被害が生じてしまうかは予想もつかない。

 少なくとも神の地(アッパーヤード)に深刻な被害が生じてしまうことは確かであった。

 

 この雷迎を止めなければ空島は消滅し、400年にも渡るクリケット達の悲願もエネルに破壊しつくされてしまうだろう。

 アキトにとってそれは断じて許容出来ることではなかった。

 

 故に、アキトは正面からこの雷迎を押し返すことを選択する。

 それが現状考えられる最善にして最高の策だ。

 

 しかし、現実は決して甘くはない。

 莫大な雷のエネルギーを秘めた雷迎に圧され、アキトの身体は徐々に大地へと押されていく。

 掌は出血し、服の裾が破けるのを皮切りに服全体が消滅していった。

 

「ヤハハ、馬鹿め!!」

 

 エネルはそんな無謀なアキトの姿を見下ろし、嘲笑した。

 

「よくやったと言いたいところだが……」

 

 

 

 

「この私が、神の地(アッパーヤード)の神だ!!!」 

 

「これで空島もお終いだ!!私を邪魔する者は全てこの世から消え去ることになる!!!」

 

 狂気の笑みを顔に張りた付けたエネルはスカイピア全土を見下ろす。

 万雷(ママラガン)は今なお続き大地を破壊している。

 雷迎により神の地(アッパーヤード)は跡形も無く消滅し、スカイピアが文字通り消え去るのも時間の問題だ。

 

「さて……」

 

「残るは貴様だ、ゴムの男!!」

 

 その言葉を皮切りにエネルは巨大豆蔓(ジャイアントジャック)へと落雷させる。

 巨大豆蔓(ジャイアントジャック)ではその巨体をくねらせ、必死に登る大蛇(ウワバミ)の姿があった。

 

 エネルは知っている。

 あの大蛇(ウワバミ)の体内に憎きあのゴムの男、ルフィがいることを心綱(マントラ)で感知していた。

 

 万雷(ママラガン)巨大豆蔓(ジャイアントジャック)へと集中し、大蛇(ウワバミ)の身を襲う。

 エネルは容赦することなく限りない大地(フェアリーヴァース)への道を阻む敵を排除に取り掛かった。

 

 大蛇(ウワバミ)の皮膚が黒く焦げ、痛みに体が悲鳴を上げる。

 それでも尚大蛇(ウワバミ)巨大豆蔓(ジャイアントジャック)を登り続けた。

 

 神の裁き(エル・トール)がその身に直撃する。

 それでも尚大蛇(ウワバミ)は止まらない。

 

 大蛇(ウワバミ)は理解していた。

 今、400年の時空を超え、彼ら(・・)の意志を継いだ者達が再び黄金の鐘を鳴らそうとしていることを本能で理解していた。

 

 400年前突如として自分は独りぼっちとなった。

 寂しかった。

 心に穴が空いたようであった。

 

 大好きであった黄金の鐘の()も聞こえない。

 大好きであったモンブラン・ノーランドとカルガラの姿も見えない。

 

 探して、待って、探し続けて、待ち続けて、400年の月日が経過してしまった。

 黄金の鐘の姿もなく、鐘の()も聞こえない。

 

 そんな中、モンブラン・ノーランドの姿を一人の青海人から垣間見た。

 神の地(アッパーヤード)にてその青海人を見た時から大蛇(ウワバミ)は過去を幾度も回顧している。

 

 大蛇(ウワバミ)は彼らが愛した場所をこれ以上傷付けさせないように奮闘する。

 外敵であり、現状の全ての元凶であるエネルを打倒すべく同じ志を持つ青海人の男を援護するのだ。

 

 大蛇(ウワバミ)巨大豆蔓(ジャイアントジャック)から体を離し、目一杯箱舟マクシムへと首を伸ばす。

 大蛇(ウワバミ)は満身創痍の体を動かし、その巨大な口を大きく開いた。

 

 ルフィが勢い良く大蛇(ウワバミ)の口から飛び出す。

 エネルは即座に雷神(アマル)へと変貌し、ルフィを再び迎え撃った。

 

 

 

「オラァ!!!」

 

 勝負は一瞬であった。

 

 ルフィは大蛇(ウワバミ)の体内から空へと飛び出した瞬間には腕を前方へと押し出していた。

 技名を叫ぶこともせず、一心不乱に"ゴムゴムの黄金回転弾(ライフル)"をエネルへと叩き込む。

 

 奇しくもルフィ本人が気付くことは無かったが、ルフィは蒸気を体から発した状態で技を繰り出していた。

 

 それは後に"ギア2(セカンド)"と命名する技の原理をルフィが無意識の内に体で覚えていたこと、そして黄金回転弾(ライフル)を繰り出すために腕を捻じったこと、幾つもの偶然が重なったことが起こした現象であった。

 今のルフィは右腕を何重にも捻じったことで体内の血液の流れは爆発的に上がり、身体能力は飛躍的に上昇している。

 

 その速度は通常のルフィの技の速度を軽く凌駕し、エネルへと直撃した。

 戦闘が開始されて早々攻撃されたことでエネルはまともに防御することも出来ず吹き飛ばされる。

 

 血しぶきが飛び散り、黄金の矛が砕け散った。

 歯は無残に折れ、骨には罅が入る。

 

 エネルはルフィの黄金回転弾(ライフル)により深刻なダメージを負い、マクシムの黄金の顔へと叩き付けられる。

 黄金は大きく凹み、エネルは吐血した。

 

「……まだだァ!!」

 

 しかし、それでも尚エネルは倒れない。

 待望への執念と神としての矜持が今のエネルを動かしていた。

 

 ルフィは宙から眼下へ落下し、大蛇(ウワバミ)も満足気な様子で大地へと墜落していく。

 エネルは深刻なダメージを負うことになったが、自身の勝利は揺るがないことに笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 しかし、雷迎が押し返される光景を視界に収めた瞬間、エネルは驚愕のあまり言葉を失うのであった。

 

 

 

 

 

 神の地(アッパーヤード)へと雷迎が迫る。

 

 雷迎は徐々に神の地(アッパーヤード)を消滅させんと堕ちる。

 アキトは為す術無くその圧倒的な力に押されていく。

 

 樹木が大地から引きはがされ吹き飛ばされる。

 大地は荒れ、神の地(アッパーヤード)全体を爆風が襲う。

 雷迎から迸る雷が大地の表面を線のように削り、破壊していく。

 

 アキトは雷迎に向けて斥力の力を全力で叩き付け、押し返そうと奮闘する。

 それでも依然として力が足りず、雷迎を押し返すには至らない。

 

 アキトは既に無意識に自らに課していたリミッターを解放し、周囲への被害を一切考慮することなく斥力の力の全てを放出していた。

 その身に宿す潜在能力を全て解放し、潜在能力以上の覇気の力を雷迎へと叩き付ける。

 斥力の威力も通常の数十倍にまで膨れ上がり、雷迎を徐々に押し戻すも、再び押し返される。

 

 まだ足りない。

 リミッターと潜在能力の全てを解放しても雷迎を跳ね返すことは叶わない。

 

 解放した力に耐え切れずアキトの身体の内部が破壊され、身体の至る箇所から流血していく。

 アキトは崩壊していく自身の体を気にすることなく、力を放出し続ける。

 

 死力を振り絞る。

 己の死を予見し、死が数秒後に迫り、精魂が尽きそうになった時、アキトは自身に眠る無数の可能性の存在を感じ取り、その扉を強制的にこじ開けた。

 

 それは無意識であった。

 アキトの雷迎を押し返そうとする強き意志と死への恐怖、そして生への執着が引き起こした現象であった。

 アキト自身この瞬間を覚えているわけではない。

 だが、アキトはこの瞬間だけ一時的に飛躍的な成長を遂げたことは確かであった。

 

 

 そして、遂に、アキトは数秒にも満たぬ刹那の瞬間、ジカジカの実の覚醒へと至った。

 

 

 大気を踏み締め、筋肉が大きく隆起する。

 筋肉の繊維が千切れたと錯覚する程に両腕に力を入れ、アキトは咆哮を上げた。

 

 雷迎が遂に押し返され、神の地(アッパーヤード)から徐々に離れていく。

 斥力の力が爆発し、波紋状の衝撃波が大気を大きく振動させ、神の地(アッパーヤード)全土を震撼させる。

 アキトの掌から途轍も無い衝撃波が生じ、雷迎は天へと凄まじい勢いで押し返された。

 

 エネルはその信じられない光景に驚愕し、大きく目を見開く。

 天へと押し返された雷迎はエネルと箱舟マクシムへと向かった。

 

 アキトにより押し返された雷迎は凄まじい速度で箱舟マクシムへと飛んでいき、エネルへと直撃する。

 箱舟マクシムを破壊されるわけにはいかないエネルは回避することなど出来るはずもなく、一身で雷迎を迎え撃った。

 

 しかし、ルフィとアキトとの戦闘で満身創痍と化していたエネルに雷迎を押し返す力が残っているはずもなく、為す術無く天へと吹き飛ばされる。

 雷迎とマクシムの間に挟まれ、エネルは自身の放った雷迎と共に雲を突き抜けていく。

 

「この程度で私がやられるかァ……!」

 

 エネルは雷迎を両手の掌で受け止め、その勢いを殺そうと死力を尽くす。

 しかし、神の力と謳い、空島全土を恐怖に陥れていた力を以てしても雷迎を止めることは叶わなかった。

 エネルは凄まじい勢いで空島から追放され、天を突き抜け、大気圏から宇宙空間へと瞬く間に突入する。

 

「こ、こんな、馬鹿なことがぁ……!」

 

 それでも尚アキトに押し返された雷迎の勢いが止まることはなく、宇宙空間の深部へと放逐されていく。

 

何ィ……!?

 

 エネルが最後に見たのは背後に悠然と存在する月であった。

 限りない大地(フェアリーヴァース)、自身の悲願が遥か遠方に浮かんでいた。

 

「ガァア……!?」

 

 そして遂に、エネルでも御し切ることが不可能となった雷迎が膨張を始める。

 全身を走る想像を絶する痛みにもがき、精魂尽き、薄れ行く意識の中でエネルは過去を回顧した。

 

 

『"サトリ"に"シュラ"、神官を2人まで倒されたか。これは序盤から番狂わせだな、ヤハハハハ!』

『奴らもまだまだ甘い。どうやら青海人達の実力を見誤ったようだ』

『まあ、神の加護がなかったのだろう、ヤハハハハ!』

『明日、再びシャンディアを迎え撃ち、長きに渡る闘いに終止符を打とうじゃないか』

『気張れよ、お前達。神である私を失望させてくれるな』

 

 青海人が空島に来た時点で事態を深刻に捉えるべきだった。

 

『その必要はない』

神の地(アッパーヤード)は奴ら、神官に任された地だ』

『此度の青海の猿共の件は、神官である奴らの不手際が招いた事態に他ならない』

『奴らの不手際は奴ら自身で刈らせろ!!』

 

 エネルは知っていた。

 青海人の連中は神官を撃破する程の実力を有し、いずれ神である自分に脅威になり得る可能性を秘めていたことを

 

『しかし、幾ら油断や驕りがあったとはいえ、青海の猿共などに無様に負けるとは……』

『サトリとシュラもまだまだ甘い……』

 

 エネルは神としての矜持を先行し、あえて青海人の連中を放置した。

 ゴロゴロの実の力を過信し、己の実力に絶対の自信を持っていた。

 神である自分に敵うはずもないと高を括り、青海人のことなど気にも留めていなかった。

 青海人の中にゴロゴロの実の力を無効化する男が2人もいることなど予想もしてなかった。

 

 しかし、今だからこそ思う。

 あの時青海人の連中を少しでも脅威だと捉え、万全を期してさえいれば……!

 

 

青海人が空島に来た時点で雷迎で全てを消滅させておけば……!

 

神官(奴ら)だけではなかった……!

 

本当に甘かったのは……!

 

 エネルは己の愚かさを悔い、自身の悲願である限りない大地(フェアリーヴァース)への想いを捨てきれないまま遂に心身共に限界を迎える。

 雷迎はエネルとマクシムを巻き込み爆発し、エネルはその爆発の光の中へと姿を消した。

 

 ルフィとアキト、そしてエネルの空での戦闘にて生じた衝撃波は空島全土に波及し、黄金の大鐘楼が座する天空にも行き届く。

 400年前を境に一度も鳴ることのなかった黄金の大鐘楼の美しき歌声が空島全土に鳴り響き、"シャンドラの()の響き"が知れ渡るのであった。




エネル、宇宙へとご到着


> 何ィ……!?(限りない大地(フェアリーヴァース)──!!)
苦痛と喜びがブレンドしたようなテンション

< 余談 >
・最初の案ではエネルはアキトにより月まで吹き飛ばされ、雷迎のエネルギーの膨張とアキトの斥力、月に板挟みにされ、最終的には大爆発を起こし敗北、という予定でしたが、流石にそれだとアキトの戦闘力のインフレが凄まじいことになるためこの案は没になりました。


空島編は次回で最終回です。
空島編は去年の08月08日(水)から投稿を開始し、約1年かけ漸く終わりが見えてきました。
思えば長かったです……
皆様の感想はとても執筆の励みになりました。
皆様、これまでお付き合いいただきありがとうございました。

アンケートも次話を投稿した時点で締め切ります。
次回はエピローグとなります。


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