あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ (あるすとろめりあ改)
しおりを挟む

1章 I am ironman
001 出逢いと書いて被災とルビを振ろうかな


※消えた0話のあらすじ。

・アイアンマンが超々々大好きだった人が60年近く掛けて遂にアークリアクターを完成させる
・しかし、その後の実験の影響によってかアークリアクターが暴走。眩い光に包み込まれてしまう。


※そしてどうなった?

・前世の記憶は喪い、75年の中で培われた知識だけを得た少年の物語が始まる←今ここから


 

 

 僕には前世の知識がある。

 何て言ったら、果たしてどんな反応が返ってくるのだろうか?

 決して多くの者から理解される事はないであろう事は疑う余地も無い。

 

 事実として在るのは、僕はいとも簡単に74年と9ヶ月という年月を生きた男の一生にあった出来事や知識を何一つこぼれ落とすこと無く思い出す事が出来る、唯それだけだ。

 様々な知識や経験を見たことも聞いたことも無いのに自分の糧として使うことが出来るし、趣味趣向(アイアンマン)だってかなり影響を受けた。

 アイアンマンに関しては……もはや魂レベルで刻まれているとでも言うのだろうか、実際に映画を観た訳でも無いのに今でも心を滾らせているのだから大した物だ。

 だからこそ、その記憶が自分の物なのか、それとも赤の他人の物なのか…………何とも哲学的な話であるが、それを議論できる相手何て何処にもいる筈も無くて。

 

 結局、その事に関しては余り深く考えない様にしている。

 才能と言うか特長と言うか、人が誰しも持ってる長所が他人よりもちょっと希有だった……ということにしたいから。

 

 兎に角、過去なのか未来なのか異世界なのかも定かでない記憶よりも、僕は今を生きる事に専念するんだ。

 

 

「倉持幸太郎です、よろしくお願いします!」

 

 

 そう、僕は倉持幸太郎。それ以上でもそれ以下でもない。

 前世だか何だかの知識のせいで周りよりもちょっと頭の回転が早いだけの小学一年生だ。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……これは想像以上に、キツい…………」

 

 

 前世の記憶、と思しき物があるせいで、僕は歳不相応に色んな知識を持っている。

 そうなると何が困るかと言えば……周りの空気に合わせて行動するのが非常に困難なのだ。

 

 だってさ、何が面白いのか「うん〇ー」とか「ち〇こー」なんて単語を何の前触れも無く突発的に大声で叫んで、それで周囲の生徒もそれで大爆笑したりするんだよ?

 男子だけかと思いきや意外にも女子までそういうテンションだったりするから余計に始末に負えない。

 ほら案の定担任の先生も困ってるよ……言ったって止めないだろうから態々言わないけどさ。

 

 

「早く帰りたい……」

 

 

 入学から数えて二日目の一限目、入学式の翌日にして既にそんな言葉が僕の口から漏れ出していた。

 家に帰れば、パソコンがある。

 知識としてあるパソコンや携帯端末と比べてしまえば化石の如くロースペックなマシンであるが、それでもやれる事は案外に多い。

 それに我が倉持家はちょっとした事情で他の家と比べても幾らか裕福(憶測)なので、実は個人専用のノートパソコンがあったりする。

 故に、しっかりとロックすればAIの雛型をコツコツと造っててもバレないのだ……多分ね。

 

 

「うーん……まずは根本的な骨子を作らなきゃだよな、思考ルーチンのアルゴリズムは幾つかパターンを用意して…………」

 

 

 いつの間にか無意識の内に、算数の授業もそっちのけでAIの構造の草案をノートに書き殴り始めていた。

 今更「リンゴが5こと、ミカンが3こ、合わせて幾つー?」なんて計算に意識を集中させられるだけの忍耐力なんて無いのだ。

 それにほら、ノートに何か書いてると勉強してるみたいに見えるでしょ?

 

 そして気が付けば、終鈴のチャイムが古臭いスピーカーから鳴り響いて黒板に羅列されていた一桁の加算式は消されていた。

 だからと言って、折角ノッてきたAIの着想案を無碍にしたくないので周りの状況なんてお構いなしで作業は継続する。

 

 

「お前、さっきから何やってんの?」

「おろ?」

 

 

 突然話し掛けられたので変な声が出てしまった。

 顔を声が聞こえた左側に向けてみれば、何とも不機嫌そうで目つきの悪い女子が僕を見下ろす様に眺めている。

 確か…………隣の席に座ってる子だ、と思う。

 

 

「えっと……しののののさん?」

 

 

 名前を覚えて無かったので、とっさに胸にピン留めされた大きくて赤く縁取られた名札に目線を向けて確認する。

 

 

「“の”が多い」

「あれ?」

 

 

 もう一度、名札をよく見て再確認。

 名札には『しののの たばね』と書いてある。

 うーむ……一年生の名札は平仮名で名前が書かれているのでちょっと読み辛い。っていうか凄く珍しい名字だね。

 

 

「しののの、さん……えっと、どうしたの?」

「だから、何をやってたんだって聞いてんの」

 

 

 …………目つきだけじゃなくてお口も随分と悪いご様子で。

 

 

「あのね、女の子がそんな喋り方しちゃ駄目だよ」

「うっさい」

「ぅあ!」

 

 

 折角忠告してあげたのに、聞く気などさらさらないと言わんばかりに無視されたどころか、机の上に広げられていた僕のノートが引ったくられた。

 予想外の行動だったのでビックリしてしまい、口を大きく開けたまま呆然と固まってしまう。

 

 

「ふーん……プログラムのダイアグラムかな」

「ちょっと、返して」

「これは、何?人工知能の構造?」

「あの…………」

「はーん、複数の思考ルーチンを構築して予め回答を用意させたり応答速度を速めるのか……」

「返して。ねえ、お願い」

「でもこんなの、今のシングルコアCPUじゃ処理しきれないんじゃないの?」

 

 

 全然、微塵もコッチの話を聞いてくれない。

 もうずっと僕がノートに書いた落書きを眺めてブツブツと…………って、あれ?もしかして内容を理解しちゃってたりします?

 

 

「ねえ、コレってもう出来てんの?」

「え…………いや、まだまだ全然。それに其処まで出来てもHDDもメモリもスペック不足だろうから何年かかるか解んないし」

 

 

 造ろうとしているAIのモデルは勿論J.A.R.V.I.S.である。

 とは言え、あんな何でもござれな万能AIを作り上げるのには1年や2年では到底不可能だろう。

 だからと言って何もしなければ一生完成しないので今の内から準備しておく訳だ。

 

 

「あっ、そ……」

「だから、そろそろ返して欲しいかなーって……」

「…………ほらっ」

 

 

 興味が失せたのか、しのののさんはノートを棄てる様に空中に放り投げた。

 

 

「投げ捨てないでっ!?」

 

 

 空中で真剣白羽取りをしてキャッチ。

 まあノートだから地面に打ち捨てられても壊れたりしないんだけどさ……

 

 

「お前は面白いね、また見せて貰うから」

「は…………ぁ?」

 

 

 まるで台風の様に、しのののさんは過ぎ去っていった。

 目に見える実害こそ無かったが、僕の心には何とも言えぬ痼りが残る。

 って言うか、実はイラっとした。

 

 

「何だったのさ、一体…………」

 

 

 だけど、聞こえない様に小声で悪態をつくのが精一杯で、それ以上何かをする訳でも無く。

 行き場の無い感情を、ハアッと溜め息をついて誤魔化す事しか出来なかった。

 

 

 

 それが、僕と篠ノ之束の出会いで…………

 

 

 それは、災厄の始まりだったなんて、その時の僕に解る筈なんて無かったんだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

002 少しは女の子らしくお淑やかにするべきじゃないか?

 一年、二年……いつの間にか、僕は三年生になっていた。

 相変わらず学校は退屈だった。

 

 だって、ねえ?

 

 三角形の面積を求めましょうとか、虫眼鏡で日光を収束して紙を焼いてみましょうなんて実験が、楽しい訳無い。

 周りの子は楽しそうだよ?

 だって、彼ら彼女たちにとっては初めての体験なんだから。

 

 少し想像してみたら容易いだろう。

 世界中から認められた第一人者では無いとは言え、それなりに論文が評価されたり常温核融合炉であるアークリアクターの試作にまで漕ぎ着けた記憶があるのに、今更数字だけの掛け算や割り算の何を楽しめると言うのか?

 少なくとも、僕には無理だ。

 

 そんな訳で、僕は授業をまともに受けようとする姿勢なんて微塵も見せず…………かと言って授業で指されたりテストの時はイジワルで小学生の学習領域以上のことを発言したりする問題児になっていた。

 すると、どうなるかって言ったら、決まっている。

 

 つまり、僕は友達を一人も作れなかったんだ。

 

 

「もうね、学校なんて来なくても良いんじゃないかなって思うんだ」

「残念だったね、日本という国は法律で教育が義務づけられているからそれは不可能だよ」

「誰だよ、そんなこと決めた奴は」

「明治政府の誰かだろうけど、残念ながらとっくの昔に御存命じゃ無いだろうさ」

 

 

 いや…………違う、違うんだ。

 彼女は俗にいう友人と呼ばれる間柄では無い。

 その……言うなれば、余り者同士だよ。

 

 

「くっそぉ、日本にも飛び級制度があればこんな退屈しないのに……」

「日本人に産まれた事を怨むんだね」

 

 

 断っておくが、僕から彼女に話し掛けた事は今までで一度も無い。

 初対面があんな散々な物だったんだから、当たり前だろう。

 しかし……どうしてまた彼女は僕に付き纏うが如く構ってくる様になったんだろうか?

 何かキッカケがあった覚えも無いし、自然とこうなっていたんだ。

 

 

「次、なんだっけ?」

「国語だよ」

「うぇー……私寝るから後は宜しくね!」

「いや、宜しくされても困るんだけど」

「ぐー……」

「…………知らないよ」

 

 

 まあ良い、彼女は紛れもなく天才なのだから例え寝ていたとしても何ら問題は無いだろう。

 先生だって叱ったところで反省一つしないからと諦めてるし、生徒だってこの三年間ですっかり慣れてしまっている。

 …………そうだね、万が一に地震なり火事でも発生したら起こしてあげようか。

 後は、知らない。

 

 

 

 

 

 

 さて、今日も何とか8時間ちょっとの苦行に耐え抜いて家に帰還する事が出来た。

 

 

「ただいまー」

 

 

 しかし、玄関から言ってみたは良いものの返事は無かった。

 父さんも母さんも今は本社の方に行っていると思われる。

 その日の状況にも依るが、まあ帰ってくるのは遅くになってからだろう。

 

 

「ご飯は……ま、後で作るか」

 

 

 家に誰もいないのは今更のことだったし、独りだからこそ捗る事もある。

 幸いな事に両親は僕が機械好きであることを喜んでくれて、様々な機器を買い与えてくれた。

 中には6,7桁の高額な物もあったが……それをかなえられるだけの財力と事情があったのだ。

 

 

「倉持、重工……」 

 

 

 それは3Dプリンターに刻まれたロゴ、製造会社を示す部分に記された名称。

 僕の苗字と一致するのは、もちろん偶然じゃ無い。

 

 倉持重工────プリント基盤からロケットまで何でも造ってしまう日本でも大手の製造メーカー。

 それが我が家の稼業。

 つまり僕は…………そこの御曹司だ。

 

 

「まるで日本版のスタークインダストリーだよね。まるで誰かにお膳立てされたみたいだな……偶然だろうけどさ」

 

 

 何はともあれアイアンマンを造る為の環境は産まれた時から整っていたのだ。

 これはもう、アイアンマンを造れという神の思し召しに他ならない、そう考える方が自然ではないだろうか?

 

 だが、アイアンマンを造る前に幾つかやっておきたい事も山積みだった。

 

 

「まずは、周辺環境を整えなきゃね」

 

 

 アイアンマンを造る上で必要な下地を早い内から作っておきたかった。

 だけど、それらはヒョイと魔法の様に造れる訳では無い。

 例えばJ.A.R.V.I.S.のようなAIは勿論の事だが、現状で手には入るコンピューターを並列接続させたとしても満足のいく基準には達しないだろう。

 そもそもアイアンマンに直結する技術は、今現在においては材料及び機材の質が充分と言えないので用意・完成させるのはほぼ不可能と言える。

 

 故に作るのは、もっと間接的な下準備の段階だ。

 

 僕は残念ながら実際に映画を視聴したことは無いのだが……アイアンマンという映画においてパワードスーツ以外にも象徴的なアイテムが幾つか存在する。

 そう、例えば空間投影ディスプレイ。

 

 

「正確には空中浮遊型タッチパネル、か」

 

 

 空中浮遊型タッチパネル自体の試作は、既に完成している。

 数種類のレーザーを交叉する様に照射し、それを特殊な溶液で作ったミストを土台にして映像を投影する。

 つまり、仕組みとしては僕が今生きてる時代にもあるプロジェクターとスクリーンと殆ど変わりは無い。

 

 何が違うかと言えば……この画面、理論上は触って動かす事が出来るのだ。

 言わば、手で自在に操れるAR(拡張現実)という事になるだろうか。

 

 

「浮遊はしているけど、動かせないんだよなぁ……」

 

 

 空中に投影させる処までは漕ぎ着けたのだが、そこから画面を動かそうとするとミストが霧散してしまい、画面を維持出来ないのだ。

 

 記憶において40歳頃から普及した空中浮遊型タッチパネル。

 レーザーの触媒に何が使われているだとか、ミストに使われる材料は知識として知っていたが、その配合比などは企業秘密だったので現状では手探り状態である。

 そんなに難しい事なのかと思われそうだが、例えば液晶ディスプレイの仕組みを知っていてもカラーフィルターの配置だったり光源を変えたりすれば全く違う表示になってしまう。

 それと同じで、浮遊型タッチパネルにも繊細な調整が必要不可欠なのだ。

 

 

「やっぱり、CADはコレでやりたいんだよなぁ……」

 

 

 空中浮遊型タッチパネルは液晶の四角いディスプレイと異なり定格の形状を持たない。

 つまり、CADデータで作った設計図をそのまま表示する事が可能で、例えばパワードスーツの腕を設計してそのまま仮想的に自分で試着してみて……と言った具合に検証する、なんて使い方も可能にする。

 

 

「ミストの粘度を上げてみるか、それとも電圧の調整か…………」

 

 

 可能性を箇条書きして、それらの組み合わせを総て試してみる。

 膨大な作業だ。

 本来ならば数十人や数百人でやったであろう事を独りでやるのだから無茶苦茶だが……一種のカンニングをしているので、そう考えれば簡単な気がしてしまう。

 

 

 そして気が付けば…………日付は変わっていた。

 

 

「は、はは……よし!」

 

 

 様々な試験をしている内に、投射装置の小型化にも成功してしまった。

 直径3cmほどの菱形のペンダント型、流石に電源は搭載出来なかったのでバッテリーへの配線が必要となり不格好になってしまったが……

 

 

「持ち出し可能な小型化は、凄いんじゃないか?」

 

 

 ハッキリ言って、ズルである。

 ネット界隈に掃いて棄てる程ある小説の題材としても人気な、所謂「技術チート」と云うヤツに他ならない。

 でも兎に角、この世界で初めて作ってしまえば発明に他ならないのもまた事実なのだ。

 

 

「あ────そう言えば、今日は帰ってこなかったな」

 

 

 両親は仕事に熱が入ると本社の作業場や研究室に缶詰めになり、そのまま何日も帰ってこない時が割とある。

 何をやってるのかまでは解らないが、今日もそうだったのだろう。

 

 

「電話もメールも無い……よっぽどだな」

 

 

 連絡が一件も無いということは、明日明後日どころかヘタをすれば一週間は帰ってこない可能性すらある。

 僕はもう何ていうか慣れっこだったし、寂しさこそ多少あれ、理解出来ているつもりだ。

 だから、仕方ないなと気持ちの整理は容易く済むのだが…………

 

 

「どうせなら、見てもらいたかったんだけどな……」

 

 

 こう見えて、自己顕示欲は人一倍ある。

 父さんか母さん、どちらかに見せてあわよくば褒めて貰いたいのに、何て子供っぽい感情は行き場を失って漂い始めていた。

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳でこれがその空中浮遊型タッチパネルだ!」

 

 

 あれから、三日経ったが両親共に音沙汰は無かった。

 念の為に本社に連絡を取ってみれば、案の定作業場に籠もって中々出て来ないらしい。

 

 その間にも空中浮遊型タッチパネルの粗潰し(デバッグ)を行い改良に勤しんでいたのだが…………

 やっぱり、成果を披露したい気持ちの方が勝ってしまった。

 

 

「へぇ……」

「今はまだ画素も荒いし電費も悪いけど、改良の余地はまだまだあるし、いずれは液晶や有機ELとも遜色なく…………なる筈」

 

 

 結局、初めて空中浮遊型タッチパネルを披露したのは篠ノ之さんだった。

 …………いや、だって理解してくれそうな人が彼女くらいしか思い浮かばなかったから…………うん、それだけ。

 

 

「うん、凄いじゃん」

「…………え?」

 

 

 淡々とはしていたが、素直な褒め言葉が出てきた事に驚いてしまう。

 

 

「なに?」

「いや……てっきり、君のことだから駄目だしか皮肉が返ってくる物だとばかり思ってたから…………」

「…………おまえ、私をなんだと思ってんの?」

 

 

 いや、だって…………ねえ?

 口が開けば毒舌ばかりで、肯定とか賞賛の言葉なんて…………少なくとも僕の記憶には、無い。

 

 

「そう言えば、初めてだね」

「ん、何が?」

「そっちから話し掛けてきたこと」

「………………」

 

 

 言われてみれば、その通りだ。

 どちらかと言えば、僕は彼女のことが苦手だから積極的に関わろうとしてこなかった。

 それに、話し掛けても無碍にされて毒舌がだだ漏れになるイメージしか湧いてこなかったし…………

 

 

「そうだったけ」

「そうだよ」

「ふぅん…………そっか」

「後さ…………その、君っての止めてくんない?」

「え?」

「呼び方、私には篠ノ之束って名前があるんだからさ」

「そう言う君だって、僕のことをお前って呼ぶじゃないか」

 

 

 ああ…………

 今更だが、気付いてしまった。

 

 僕と彼女は……似た者どうし、なのかもしれない。

 

 

「何だよ、良いじゃないかそれくらい」

「君が提案するなら自分から改めるのが筋じゃないかい?」

「…………お前が直したら考えてやるよ」

「嫌だね、僕に何のメリットも無いじゃないか」

「この意地っ張り!」

「何だよ頑固者!」

 

 

 彼女と仲良くするのは…………とてつもない苦労を強いられそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

003 トラブルに巻き込まれる宿命とか絶対に御免だね

「フンフン、フーン……」

 

 

 鼻歌交じりにカーバッテリーと配線を繋いでいく。

 万が一の為にアースとも接続し、僕自身も安全メガネと手袋を装着して準備はOK。

 インバーターの電源を入れると、直ぐに計器にも反応が現れた。

 

 

「お、お……よしよし、いいぞ……!」

 

 

 バッテリーから延びる配線の先には、大きさが直径10cm程の円形状でメタリックなランプの様な物体と繋がっていた。

 そこから更に繋がれたワットチェッカーのディスプレイを覗けば、6メガワットという発電量を叩き出している。

 カーバッテリーからの出力は約300ワットなので、文字通り二つほど桁が違う。

 つまりエネルギー変換効率は200万パーセント。

 消費に対して2万倍に増やして返ってくる訳で……なんとも頭の悪い数字だ。

 

 

「は、ははは……出来た!出来た!!」

 

 

 僕が今の今まで作っていたのはアークリアクター。

 あの記憶を辿る限りにおいて、晩年に作り上げた半永久機関である常温核融合炉だ。

 何故そんな物を……と言えば、それ以外に現状で作れそうな物が無かったからに他ならない。

 

 

「外骨格に使うカーボン・ナノチューブはまだ単価が高いし、AIを作るのにCPUの性能が不十分、金属加工だって素材の選定が出来て無いし……」

 

 

 両親の稼業である倉持重工は人工衛星の製造も手掛けているので、用立てようと思えば完全に不可能という訳ではないだろう。

 しかし、それでも現在は未だに最先端の素材で小学生の子供が趣味で使うから……と言ってホイホイと貰える程に安い代物では無い。

 

 そんなこんな、様々な要因が絡み合ってアークリアクターを作るという結論に至ったのだ。 

 

 そして、たった今完成した。

 

 

「こうたろー……うるさいわよー?」

「あ……ごめん、母さん」

 

 

 部屋のドアに数度ノックがあった後、入ってきたのは母さんだった。

 母さんの名前は倉持春香、倉持重工の副社長にして一流のエンジニアでもある。

 元から設計畑の人だったらしく、今でも倉持重工の主要な製品の設計に携わっているのだという。

 

 僕の母親にして副社長であるという立場を利用して、色んな機材や資材を融通してもらっていたりする。

だから頭が上がらない。

 

いや、本当に何時もありがとう。

 

 

「で、何が出来たって?」

「あ……えっと、半永久機関、かな?」

「んー?変換効率は100パーセント超えたの?」

「ま、まあね……」

 

 

 100パーセントどころか200万パーセントです、お母様。

 言っても信じてくれないかもだし、機序を説明するのも大変だから雄弁するのは今度にしたいけど。

 

 

 

「でもね、もう日付が変わって午前の1時なのよ……?」

「え、あれ……いつの間に?」

 

 

 パソコンの画面の隅を見れば、確かに午前1時を過ぎて15分あまりが経過していた。

 

 

「明日から林間学校なんだから、もういい加減に寝なさい」

「林間学校、か……」

 

 

 そう、御多分に漏れず僕の学校にも5年生には林間学校というイベントが存在した。

 三泊四日という長いスパンで、しかも山登りに洞窟探検までやらされる。

 出来ることならば、ズル休みして部屋に籠ってアークリアクターの調整をしたいものだが……

 

 

「なに、まだ行きたくないって思ってるの?」

「……正直、あまり気乗りはしないかなぁ」

「あのねぇ、学校の行事にはきちんと出ておいた方が良いわよ?そういうのは人生で一度きりしか無いんだし」

「うん……」

 

 

 もう既に一回体験した記憶があります……とは流石に言える訳もなくて。

 渋々ながら僕は頷くしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 僕は学校の外周で待機していたバスに乗り込む。

 席はちょうどタイヤの真上にあたる窓際、酔いには強い方なので問題ないが余り上等な席とは言えなかった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 いや、それよりも問題なのは“彼女”の隣だったと言うこと。

 まさか僕が率先してその席を選んだ筈が無い。

 僕たちはつまり……余りものなのだ。

 

 林間学校の行動は班単位で、それは事前に決めていたのだが……交友関係が奇跡的なまでに希薄な僕たちは誰からもお呼びが掛からず、結局は担任の先生が欠席者やらと調整して組むことになったのだった。

 日頃の行いが悪かったからこうなる……僕も含めてね?

 

 

「あの……よろしくね、篠ノ之さん!」

「あ?」

「ひっ……!?」

「…………」

 

 

 おいおい、折角班を組んでくれた人に対してその態度はどうかと思うんだが……

 ほら、もう一人の班員も怖気ついちゃってなのか黙り込んじゃうし。

 って言うかさこの班の男女比1:3って偏り過ぎじゃないかな。

 

 それで……僕にも話しかけないのは男の子が苦手だからなのか、それとも彼女と同じ様な反応が返ってくるんじゃないかって躊躇してるのか、どっちなのかな?

 もしも後者だったのなら残念だ、彼女よりも数十倍はフレンドリーに対応できたのに。

 

 …………寂しくなんか無いよ?

 

 本当だからね?

 

 

 

 

 

 林間学校の初日は、キャンプ。

 飯盒でご飯を炊いたり、キャンプを設営するなんてのは初めての体験だから、確かに新鮮味がある。

 …………来て良かったとは思えなかったけどね。

 

 

「なあ君、少しぐらいは手伝ってくれても良いんじゃないかな?」

「…………力仕事は男のお前がやった方が適材適所だろ」

「だったら料理を手伝ってくれたって良いじゃないか」

「女だからって料理をやらせるの?うっわー、男女差別だ~!」

「おい、自分がたった今言った言葉を思い出してみなさい?」

 

 

 仕事をしない班員が約一名。

 いや、何となく予想してたけどね?それでもちょっとイラっと来ますのよ?

 

 

「…………よし」

「ちょーっと織斑さーん!スタァーップ!!」

 

 

 気を取り直してカレー作りに取り掛かろうと振り返ると、バスで終始無言だった(お前もだろとか言わないの)織斑さんがボウルに洗剤を満たした上にお米を投入しようとしていた。

 そりゃあ、止めるよね。

 

 

「どうした……?」

「どうした、じゃないよー!何で洗剤にお米を入れようとしたの!?」

「さっき、先生の説明でまず米を洗うようにと……」

「いやいやいや、お米を研ぐのは水で良いの!」

「しかし、洗剤の方が綺麗にならないか?」

「洗剤を飲んだりしないでしょ?お米って水分を吸収するから洗剤を飲むのと同じ事になるんだよ?!」

 

 

 まさか、洗剤でお米を研ぐ人なんて都市伝説だとばかり思っていたのに…………

 煙は火の無い所では立たないって言うけど、これは流石に無いだろう。

 でも現にここにいる。

 事実は小説よりも奇なり、ってやつだ。

 

 

「そ、そうだ織斑さん……野菜を切って貰えないかな?」

「いや、しかし……」

「ほら、野菜を切る方が量が多くて大変だからさー、手伝って貰いたくて、ね?」

「そうか、そう言う事なら」

「………………よし」

 

 

 何とか仕事の矛先をズラす事に成功した。

 もしも野菜の切り方が異常に変だったり、みじん切りにしてしまったとしても味の大局は変わらないし少なくとも身体に害は無い。筈。

 

 

「ごめん、えっと……篝火さん悪いんだけど織斑さんのこと見張っててくれないかな……?」

「あ、うん…………」

 

 

 何でコミュ力の低い僕が仕切るような真似をしなければならないのだろうか。

 

 ちょっと班長ー、しっかりしてよぉ~………………

 

 

「あー、暇……」

 

 

 おいおーい、何で僕の荷物からUMPC(小型PC)を盗んで弄ってるんですかね班長さーん?!

 それ直ぐにバッテリー無くなるのに……って言うかワンタイムパスワードなのに突破されたのか…………

 

 

「だから来たくなかったんだ…………」

 

 

 どうやら、林間学校は僕にとって憂鬱な物になりそうだ…………と言うか、既になっている。

 

 

 

 

 

 

 二日目の登山については割愛する。

 あんなの疲れただけだ。

 って言うか、どう見てもインドア派な彼女がどうしてあんなに体力あるのさ…………あと織斑さんも。

 僕だって運動神経も体力も人並みなんだけど……お陰で、僕と篝火さんは大分後ろに置いていかれた。

 

 それは、もう良い。

 

 三日目は、何と洞窟探検隊という最後の難関。

 

 

「整備された洞窟だけどね……」

 

 

 昨日登った山の麓に洞窟の入り口はあった。

 既に休火山ではあるが、数百年前の噴火の影響で出来た洞窟で、中は想像していたよりも遥かに広い。

 探検と言っても順路があって、一周して出入り口まで戻ってくるだけだ。

 

 

「あー、早く戻りたい……」

 

 

 宿からこの洞窟まで徒歩だったので、体力は兎も角として心情的には既に疲労困憊である。

 洞窟を30分ほど掛けて歩き回った上に、来た道を引き返さなければならないのだ。

 しかも、洞窟の広さの都合で一度に3班までしか入れず、残りの班は外で待機する事に…………

 正直、待つ方が地獄だと思う。

 

 

「…………」

「………………」

「……」

 

 

 そしてこの班、非常に協調性が無い。

 と言うよりも総じてコミュ力が低過ぎる。

 誰も話し掛けようとしないので終始沈黙なのだ。

 

 周りを見てみよう、男女問わずにペチャクチャお喋りしてるし仕舞いにはトランプに興じている班までいる。

 と言うか教師も加わってるし…………それで良いんですかね、先生?

 

 退屈だ。

 尚、暇つぶしに使いたかったUMPCは盗難されたままである。カエセェ。

 

 

「はーい、では三組の7班から9班の人ー!」

 

 

 結局、呼ばれるまでに一時間半ぐらい待った事になる。

 幸いだったのは一組は初日、二組は二日目と言った具合にローテーションになっていた事か。

 で無かったら、もう暴れていたかも解らない。

 

 いや、本当。

 

 

「一列に並んでー、寄り道はしないでね!」

 

 

 殆ど一本道なんだから寄り道する方が難しいと思います。

 

 言われた通りに十数人が一列に並んで着いていく。

 やっぱり最後尾から4人に会話は無し。

 なんだコレ、拷問は続くのか。

 

 

「はぁ……」

 

 

 もう、溜め息しか出てこない。

 早く洞窟探検よ終わってくれ、と願いながら黙々と前の人に続いて歩くだけであった。

 

 

「あれ…………」

 

 

 洞窟の中は整備されているので経路には電灯が張り巡らされている。

 しかし、それが一斉に……チカチカと明滅し始めたでは無いか。

 一つや二つでは無いから配線の不良かな?なんて、冷静に見上げていると────

 

 

「きゃあああっ!?」

「うわっ、停電だ!!」

 

 

 加藤くんだったか佐藤くんだったか、説明ありがとう。

 そうです、停電です。

 

 

「みんな、落ち着いて!他の先生を呼んでくるからここでジッとしてて!」

 

 

 そう言って、先導していた若い担任は自分だけが持っていた懐中電灯を点けて独りだけ洞窟を出て行く。

 

 

「えー……無線とかPHSとか持って無かったの?」

 

 

 こういうのは、外からも異変が解る筈だから生徒と一緒に待つべきだと思うんだけどなぁ……

 ほら、泣いちゃってる女子もいるし、何かゴゴゴって音してるし。

 

 ………………ゴゴゴ?

 

 

「え、何の音?」

 

 

 かなり遠いが、入り口の方から不審な音が聞こえる。

 何かが、崩れているような……?

 

 

「おい、何なんだよ!」

 

 

 男子が一人、その音に気付いて出口の方へと走り出した。

 他の生徒もカルガモみたいに続いて、着いていく。

 仕方がないので僕も出口へ目指すと……

 

 

「…………嘘だろ?」

 

 

 洞窟の出口は、落盤によって完全に塞がっていた。




一癖も二癖もある人間を書くのって大好き。
現実にいたらお近付きになりたくないけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

004 何か行動する度に壊れるからお金が掛かってしょうがない筈なのにね

「駄目か…………」

 

 

 携帯の表示は相変わらず圏外のまま。

 閉じ込められた15人の電話を持ち寄ってみたが、日本における主要3社の電話事業者、総ての機種が不通だった。

 厚い岩盤は電波どころか声をも遮断し、外との連絡手段は皆無だ。

 幸いな事に停電は回復し、ライトアップはされたが…………気休めにしかならないだろう。

 

 

「うぁぁぁ……お母さーんっ!!」

 

 

 女子の一人が、泣き出してしまう。

 母親を呼ぶというベタな叫び声だったが、それだけ追い込まれていると言う事だろうか。

 既に閉じ込められてから3時間が経過しており、生徒達の疲労も困憊している。

 更に、この洞窟探検が終了した後に昼食の予定だった為、皆が空腹と喉の渇きに苦しんでいた。

 

 

「…………」

「うん、君が何時も通りなのは、正直安心したよ」

 

 

 相も変わらず、彼女は不機嫌そうに腕を組んで岩盤を睨み付けていた。

 ヴィジョンじゃあるまいし、睨みつけてもレーザー光線が出ることは無いだろうが。

 

 

「さて、このまま待つか、それとも脱出を試みるか…………」

 

 

 ハッキリ言って、最適解は紛れもなく前者だろう。

 脱出を試みて外とのすれ違いで事故になったり、失敗して更なる落盤によって生き埋めになる可能性だってあるのだ。

 だったら、じっとしていれば…………

 

 

「…………少し、息苦しい?」

 

 

 小さな異変。

 だが、それは大きな危機の前触れだった。

 

 

「はぁ……はぁ…………」

「…………ふぅ」

「うぁぁあああ……ひゅーっ、ひゅーっ……」

 

 

 周りを見渡してみると、何人かが運動した後みたいに息切れしている様子が見て取れた。

 特に、泣き叫んだり助けを呼ぼうと大声を出した者達は顕著だ。

 

 

「酸素濃度計なんて無いが……ヤバいな、空気穴さえ無いか?」

 

 

 この洞窟に空気を供給するシステムを設けられているのかは不明だが、少なくとも僕達の周囲の空気は徐々に薄くなっているようだ。

 

 

「15人もいて…………無理だろ」

 

 

 この洞窟に残された空気がどれだけあって、あとどれくらいの間まで保つのかなんて分かりはしない。

 しかし、人間は呼吸出来なくなれば早くて2,3分、遅くとも15分で窒息死してしまうのは知っている。

 それに、この限定された空間には子供とは言え15人もいるのだから、空気が消費されてしまうのも早いだろう。

 

 

「何か、無いか…………!」

 

 

 慌ててリュックサックの中身を漁る。

 もどかしくなり、逆さまにして一気に地面に落として広げた。

 

 中から飛び出したのは、麦茶から水に入れ替えた水筒とUMPC(小型PC)の充電用に持ってきた18650タイプのバッテリー、その充電器と無駄にスパゲティになってる色んなコード…………そして、アークリアクター。

 

 

「あー、そう言えば持ってきてたな……」

 

 

 完成して、そのまま剥き出しのまま机の上に置いていくのも名残惜しかったので思わずリュックサックの奥に押し込んでいたのを思い出す。

 だが、今のこの状況で発電機があったところで掘削する為のドリルも何も無いので無用の長物でしか無い。

 

 

(ああ、こんな時にアイアンマンのスーツが完成していれば…………特にMk.5とかさ)

 

 

 アイアンマンがあったなら、その強化された腕力で岩如き容易く破る事が出来ただろう。

 僕が実装するかは解らないが、他にもミサイルやリパルサー・レイと言った武装も豊富で、様々な手段が選び放題だが、無い物ねだりでしか無い。

 

 ああ、そうそう……リパルサー・レイと混同されがちだが、胸のアークリアクターから放出されるユニビームはまた別種の武装で…………

 

 

「…………ユニビーム?」

 

 

 ユニビームとは、手の平から発射されるリパルサー・レイの様に出力を調整した光線では無く、アークリアクターの生み出す莫大なエネルギーをそのまま放出する、超強力な一撃…………と、僕は解釈している。

 と言うのも、明確にリパルサー・レイとユニビームの相違について語られた訳でも無いし、何かそう言う設定について読んだ覚えも聞き及んだ記憶も無いからだ。

 ただ、まあ……態々別の名称を与えられているのだから、全く同じ物では無いと思われる…………

 

 って、いかんいかん。

 今はそんな妄想に耽っている場合では無いのだ。

 

 

「熱可塑性レンズは…………そうだ、そのままにしてある筈だ」

 

 

 このアークリアクター、記憶にある最後の最期に作ったものとほぼ同じ設計で作られている。

 材質や機材依存の加工技術の相違から些かエネルギー変換効率は落ちているが、それ以外は全く同じ物。

 そして、その設計は映画で見たアークリアクターの描写を再現出来るようなギミックを色々と盛り込んでいて…………

 

 つまり、ユニビームも勿論再現できる様にしてある。

 

 

「いや、でも単体じゃ1ワットも産み出せないただの鉄の塊…………あっ」

 

 

 絶望しかけた、当にその刻。

 僕の頭には、マイティ・ソーの電撃が落とされた様に閃きが突如として湧き上がった。

 

 

「こんなにバッテリーがあるじゃないか……それに、制御するシステムだってUMPCがあるんだから…………!」

 

 

 配線用のコードは、アークリアクターを詰め込む時に面倒くさくて接続されたまま道連れにされている。

 今回は、それが功を奏した。

 

 

「返して貰うよ!」

「あ、ちょっと……!」

 

 

 こんな状況にあっても未だに僕のUMPCを弄っていた彼女、所有者は僕なのだから当然返してもらう。

 引ったくる様に取り返したUMPCを直ぐ様に再起動、立ち上がった瞬間にエディタを起動する。

 プログラムするのは、今用意出来るだけの電力を総て取り込み、レーザーへと変換して撃ち出すシステム。

 その骨子は、閃いた時点で頭の中で組み上がっていたので後は殆どデバッグだけである。

 

 殆ど時間を懸けずに、単純だが、だからこそ信頼性のあるコードが紡がれていた。

 

 

「いきなり何────ははぁ」

 

 

 苛立ちを隠そうともせず、僕の組み上げたコードを覗き見た彼女はどうやら一瞬で内容を把握してしまったらしい。

 …………僕みたいにズルしてない筈なのに、この子の頭の中はどうなっているんだろうか?

 

 

「手伝うよ。直列で良いの?」

「いや、並列で頼む」

 

 

 直列と並列の違いは小学生で習うが、文系タイプだとコロっと忘れてしまっている人もいる。

 端折ってとても簡単に言ってしまえば、直列は出力アップ、並列は容量アップだ。

 

 今回は、アークリアクターの200万パーセントという馬鹿みたいな変換効率を利用するのでバッテリーの出力はいらない。

 

 さて、では頭を空っぽにして単純計算してみよう。

 僕の持ってきた18650型バッテリーは3.7V×3000mAh=11.1Whの容量がある。

 そして出力は5V×2Aだから10W。

 減衰を一切合切考えなければ大凡一時間と6分6秒間は10Wで出力できる計算だ。

 

 さて、10Wを200万パーセント……2万倍すれば、単純に20万Wの出力になる。

 金属を切断する工業レーザーの出力が1000Wで充分な事を考えれば、岩盤を溶かすなんて容易だと直感で解る筈だ。

 更に並列で接続することで持続時間は向上する……!

 

 勿論、様々な物理現象の影響があるので、本当にそのまま発射出来る訳では無いが、カタログスペック的な計算でもかなり過剰なので十分以上の勝算がある。

 

 

「よし、出来た!」

「ん、こっちも配線出来たよ」

 

 

 道具も無いのに雑誌の附録みたいに綺麗に配線されたバッテリーを見て内心で驚愕しながら、アークリアクターとバッテリー、そしてUMPCを接続する。

 即興で組み上げたプログラムだったが、簡易にチェックする限りでは問題なさそうだ。

 

 

「みんな、下がっ…………て?」

 

 

 生徒達に注意を呼び掛けようとしたが、どういう訳か周囲に誰もいなかった。

 

 どうしてだろうと、彼女の顔を見つめると

 

 

「ああ、さっき誰だかが奥の方が空気があるとか言って連れてってたよ」

 

 

 僕たちにも声を掛けたそうだが、集中していて聞く耳を持たなかったので放置されたと言う。

 

 

「ま、まあ好都合か……」

 

 

 置いてけぼりを喰らった事に軽くショックを受けながら、アークリアクターの設置を完了させる。

 カメラのセルフタイマーの如く、発射時間を30秒後にセットして僕達も出来るだけの洞窟の奥に走り出す。

 

 

「5,4,3……発射、今!」

 

 

 ピッタリと設置から30秒後、背後から眩い閃光と唸るような轟音が響き渡った。

 その衝撃で転倒してしまいそうになりながらも、何とか踏みとどまって振り返る事に成功する。

 

 

「どう…………だ?」

 

 

 ゆっくりと、発射地点まで戻る為に歩き出す。

 ゴムが焼けた様な、噎せる刺激臭に鼻を摘まみながらも更に進めば、モクモクと上がる煙の向こうに人工的な光が見えた。

 洞窟の天井で灯るLED電球ではない。

 もっと光量のある、爛々として輝く大きな白熱電球の光だ。

 その光が、指向性を持って洞窟の中を照らす様に設置されている。

 

 漸く煙が晴れてきて、目を凝らしてもっと良く見てみればパトカーと救急車、消防車の赤色灯も宵闇を彩るように瞬く。

 そこに、コントラストみたいに茶々を入れるカメラのフラッシュ…………

 

 外の世界が、そこには広がっていた。

 

 

「は、はは……やった!」

 

 

 アークリアクターとUMPCが配置してあった場所を見たが、そこには熱々と赤銅色に溶け出した鉄くずと、砕けた金属片が散らばっているだけだった。

 どうやら、ユニビームによって生み出された高熱と余波による衝撃波、それに岩盤の破片で散々に破壊され尽くしてしまったらしい。

 

 チタニウム等の合金で構成されたアイアンマンの装甲があれば、例えユニビームを発射したとしても熱も衝撃も逸らしてくれただろう。

 だが、野晒しな上に無茶苦茶で杜撰な設定によって発射されたユニビームを防ぐ手段など、どこにも無かったのだ。

 

 

「いや、まあ……証拠隠滅の手間が省けたから結果オーライ、かな」

 

 

 このあと、警察による現場検証が必ず行われるだろう。

 そこで半永久機関なんて見つかってしまえば、どうなることやら…………想像もつかない。

 あの状態のアークリアクターを拾っても、只の金属のジャンクにしか見えない筈だ。

 

 もしかしたら、子供の持っていた携帯ゲーム機とバッテリーが火山性ガスに引火して爆発…………その為に岩盤に穴が空いた、なんて都合の良い解釈をしてくれるかもしれない。

 

 

「はぁ……ドッと疲れたよ…………」

 

 

 成功したことで張り詰めていた緊張の糸が解け、腰が抜けてしまい踏ん張ることも出来ずにその場で尻餅を搗いてしまう。

 それを見つけた白衣の男…………救急救命士が駆け寄ってくるのが見えたところで、僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「…………知らない天井だ」

 

 

 お約束である。

 

 

「点滴に、安っぽいシーツ…………ああ、病院か」

 

 

 ボーっとして曖昧だった意識も徐々に覚醒し、現在の状況についても段々と察しがついていった。

 恐らく気絶してから、救急車で搬送されて最寄りの病院にて治療されただろう。

 

 

「あぁ、よく寝た…………ん?」

 

 

 お腹の辺りに妙な生暖かさと、重みを感じた。 

 ベッド柵に掛けられていたリモコンを取って、頭の方を電動で持ち上げてみると、僕のお腹には腕と頭が乗っかっている。

 つまり、こう……机に突っ伏すみたいに寝ている人がいたんだ。

 

 

「……………何でそこで寝てるのかなぁ?」

 

 

 思わず総ての責任をたっくん(なにがし)に擦り付ける人みたいなネットリとした低い声が漏れだしてしまう。

 

 その人影の正体は、いつも僕の隣の席に座ってる人…………篠ノ之束に他なら無かった。

 辺りを見渡してみれば、広い6人部屋の他のベッドにもクラスメイト達がグウスカと寝ていた。

 隣のベッドも空いているので……恐らく、本来はそこが彼女の居場所なのだろう。

 

 

「………………いいや、面倒くさい」

 

 

 起こして文句の一つでも言ってやろうかと考えないでも無かったが、時計を見れば6時を過ぎたばかりの早朝だった事もあって流石に憚られた。

 ならば、だらしのない寝顔でも写真に納めてやろうかとして、今度は携帯が手元に無いことに気が付く。

 

 

「はぁ…………寝直すか」

 

 

 僕は色々と諦めた。

 

 

 

 

 

 

 その後、皆の帰宅に遅れること18時間余り、来たときとは別のバスがチャーターされ、漸く僕達は帰路に就くことが出来た。

 

 これでホッと一息…………なのだが。

 

 

「ねえ、君は配線を手伝ってくれただけで他には何もしてないよね?」

「くー…………」

 

 

 僕の肩に、嫌みったらしく軽い体重が乗っかる。

 篠ノ之束の頭だ。

 

 僕のお腹を枕にして寝たのに飽きたらず、バスが発車するやいなや今度は僕の肩を枕にして眠り始めたのだ。

 しかも、何の言葉も無く突然に、止める間も無く。

 

 

「まったく…………」

 

 

 バスに乗る前に配られたペットボトルのお茶を一気飲みするみたいに煽って、この林間学校で何度目になるとも解らぬため息で誤魔化した。

 何事も諦めが肝要だと、僕はこの歳にして悟ってしまったのだ。

 

 

「…………いいや、僕も寝る!」

 

 

 もう充分過ぎる程に病院のベッドで寝たのだが、このまま起きててもストレスが溜まるだけの様な気がして、だから無理してでも寝てしまう事にした。

 意趣返しに、篠ノ之束の頭を枕に仕返して、頭を乗っけてみる。

 

 予想以上に寝にくい…………が、我慢してこのまま寝てしまう事にした。

 

 

 

 ところで、学校に着く頃に起こされて、僕は錆び付いた金属接合部みたいにギシギシと軋んで痛む首と肩を右手で庇うように押さえながら、自分の選択に今更になって後悔する事になるのだが…………それは余談だ。

 

 




マーク1を造って脱出すると思った?まだだよ!

アイアンマンって、問題を解決する度にスーツがボロボロになって新調してる気がするんですよね。
ホームカミングに出てきたスーツもコッソリと新調……腰から下の塗装してないのはそのままMark.46の配色のままだとシビルウォーでキャプテンとの喧嘩別れを思い出すからかな?

キャプテンの新しい盾ってブラックパンサーで見られるかな?それともインフィニティ・ウォーまでお預け?

そんな想いの人は、たくさんいると思うの。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

005 ウサギの巣穴にすってんころりん……何処かで聞いたことある話だな

 時は7月──小学生としては最後の夏がやって来た。

 そう、つまり夏休みだ。

 茹だる様な暑さの中で直射日光を浴びて汗ばむ服に苛立ちながら登校する必要も、授業中にUMPCも弄れず悶々とすることも、隣の席の女子にちょっかいを出されて対処に苦慮する必要も無い夢のような一時が……始まった!

 

 世間では夏だ海だ何だと大はしゃぎで遊びの計画立案に心を躍らせている小学生も多いことだろう。

 実は、かく言う僕も心を踊らせていたりする。

 とは言っても、海水浴みたいなイベントを楽しみにしている訳では、もちろん無い。

 

 その理由は、今日になって漸く僕の部屋に届けられたこの直径60cm近い箱にあった。

 

 

「ねんがんのワークステーションをてにいれたぞ!…………なーんてね」

 

 

 ……思わずテンションが上がってしまっていたみたいだ。

 さてワークステーションとは、ごく簡単に掻い摘まんで言えば高性能で高級なPCのことだ。

 最近ではPCの性能が向上して両者の垣根は殆ど無いに等しいが…………それでも、やっぱり値段は張るし家電量販店に並んでいるPCでは逆立ちしても敵いっこ無いぐらいには高性能なマシンに違いはない。

 

 今回、倉持重工で3DCADなど設計図作成に両親が使っていた物が新調されると言うことでお古をせがんで譲って貰った。

 さて……型落ちとは言え未だに第一線で活躍できるパフォーマンスを持ったこんなマシンを手に入れた理由……それは勿論、AIを動作させる環境を構築する為だ。

 

 本当は、携帯端末とかせめてノートパソコンで持ち運べる様にしたかったんだけど……

 でも考えてみればね、スーツに導入する前ならモバイルネットワークを介して本体と交信出来るし、スーツが出来る前にAIを学習させておくべきだって思い返したんだよね。

 

 

「と言う訳で……インストールしてみますか」

 

 

 AIの原型とも言うべきプログラムはこの6年間の間にコツコツと組み上げていた。

 とは言え、現状では知識の無い赤ん坊の様な状態で……それ故に、インターネットと接続して常時情報収集させる様にプログラミングもしてある。

 勿論そんな事をしたら唯でさえ消費電量の多いワークステーション、電気代がとんでも無い事になるが…………安心してください、アークリアクターがありますよ。

 

 そんなこんな、AIに想いを馳せている内にインストールは無事に終了した。

 

 

「システム領域をSSDに入れ換えておいて良かった……」

 

 

 こだわりの静電容量無接点式キーボードをコスコスと打ち出して微調整を行う。

 程なくして、AIのインターフェースがウィンドウに表示される。

 

 

「では…………ハロー、メーティス」

 

 

 なお、音声認識開始のキーワードは『ハロー』に設定した。

 『ヘイ』や『オーケー』じゃ被るしね…………

 

 

『はいマスター。初めまして。私はメーティスです』

 

 

 若い女性の声が、まだ言葉の紡ぎに拙さを感じさせながらも応えてくれる。

 

 因みにAIのコードネームはM.E.T.I.S.にした。

 名称がJ.A.R.V.I.S.のままというのは、何となくトニー=スタークに申し訳ない様な気がしてしまい、リスペクトしながらも異なる呼称にした方が良いのではないかと考えたからだ。

 

 メーティスとは、ギリシア神話に登場する知恵の女神の名前である。

 神話によればメーティスはゼウスに飲み込まれてしまった事でゼウスと同化し、彼は知恵の神としての側面を持つようになり、時には頭の中でゼウスに予言を伝えたという。

 補足すればあの日本人にも聞き覚えがあるであろう戦女神のアテナの母親でもあり……何とも、掘り下げるほどにアイアンマンの補佐をするAIの名前にピッタリでは無いだろうか?

 

 

「じゃあメーティス、早速インターネットを巡回して知識を集めてくれ」

『了解しました』

 

 

 尚、インターネットには悪意によって敢えて事実と異なる知識も砂漠の砂の如くあるので、情報には優先度を儲けて収集するように設定した。

 例えば論文やニュース記事などは“正確性の比較的高い情報”であり、SNSや掲示板サイトの書き込みは“参考程度の情報”と分類できる。

 

 兎も角、今は情報を集めた上でそれを取捨選択させたり、物理法則に基づいた計算をさせる事で経験値を積ませたい。

 そしていずれはアイアンマンに搭載して…………

 

 

「おーい、幸太郎ー!」

「ん…………はーい?」

 

 

 妄想に耽っていると、一階のリビングの方から父さんの声が聞こえた。

 珍しい、どうやら今日は家にいるようだ。

 …………土日祝を問わずに仕事に没頭している父を見ていると、ちゃんと血を引いてしまっているんだなぁ……なんて、少しホッとしていたりする。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、父さん?」

「いや、今ちょっと春香さんと話をしていたんだ」

「幸太郎が今年の夏休みも部屋に篭もってる事について、ね」

 

 

 こうやって直接顔を見合わせるのは一か月振りだろうか、僕の父親にして倉持重工のCEOである倉持哲雄は穏やかな声と表情で語りかけてくる。

 

 ところで、父さんも母さんも、お互いの事を何故か下の名前にさんを付けて呼び合う。

 仲が良さそうなので大変結構なのだが、ちょっと珍しいような気もする。

 

 

「篭もってるって……でも、それを父さんと母さんに言われたくないなぁ」

 

 

 月月火水木金金を地でやってしまう月も在るような両親は、ある意味引き篭もりのスペシャリストとも言える(仕事なんだけどね)。

 いや、不満は無いんだけど自分の身体も少しは顧みてほしいな、ってね?

 

 

「それは仕事だからよ。それに、子供がずっと外に出ないで屋内で過ごすのは流石に健康に良くないと思わない?」

 

 

 大人もそれは同じ、若しくは子供以上に深刻だと思われます。マム。

 反論しても口で勝てないから言わないけどね。

 

 

「だから、今更だけど何か習い事でもやった方が良いんじゃないかと思って…………幸太郎、武術なら興味あったよね?」

「え゛」

 

 

 そりゃあ、僕も男の子だし、叶わぬとは解りながらも生身でキャプテン・アメリカみたいなアクションをしてみたいなぁと思うことはあるけど…………

 あれぇ…………これは、この流れはマズいんじゃないかな?

 

 

「近くの神社で剣術道場をやってるそうなんだ」

「ちょうど夏休みで無料体験教室をやってるから、明日から行きなさい?」

「えー…………」

「言っておくけどもう申し込んじゃったから、断れないわよ?」

 

 

 やっぱり、強制だったよ…………

 

 いや、ここはポジティブに考えよう。

 最近は飛行ユニットにも手を出し始めたんだけど上手く行ってなかったから、これは気分転換になるかもしれない。

 汗を流すこと自体は、嫌いじゃないし。

 

 …………でも、本音はあんまり乗り気じゃないです。

 

 

「まあ、ほら……ワークステーションの条件くらいに思って、さ?」

「うん……わかったよ」

 

 

 それを引き合いに出されてしまうと、僕は強く言えなかった。

 まあ元々そんなに反抗するつもりも無かったけど。

 

 

「剣道なんてやった事ないけど、大丈夫かなぁ」

「剣道じゃなくて剣術だから、初心者の方が多いと思うわよ?」

「ん……剣術?」

「そっ、竹刀じゃなくて木刀を使うみたい」

 

 

 …………余計、不安になってきた。

 

 

 

 

 

 

 さて、僕が真面目に木刀を見せられた通りの型に従って延々と素振りをする……なんて事を、僕がするだろうか?

 答えはNOだ。

 いや……それでも初日は真面目に参加したんだよ。初日は。

 でも僕は木刀を振りながら何とか抜け出すことは出来ないだろうか……なんて事を考えていた。

 それが功を奏して、抜け出すタイミングを見つけ出すことに成功する。

 

 まず始まる前に点呼があって、万が一にも不在を心配して家に電話されたら(そういう時に限って間が悪いことに家に親がいたりするんだ)困るので、これには参加しよう。

 しかしその後……特に何か参加を確認する様なことも無く、終わるときも「解散」の一言だけ。

 だから僕は、二日目にして剣術教室のサボタージュを決行した。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 このまま家に直行するのは、低い確率ではあるが親とバッタリ遭遇する可能性があった。

 そうなれば剣術教室はどうなったんだと問い詰められるのは確実で、それは避けたい。

 となれば、本来の終了予定時刻である12時半までは何処かで暇を潰すしか無いのだが……

 

 

「あー……そこから先を考えてなかったぞ…………」

 

 

 例えばファミレスで時間を潰す、映画館で映画を観る……なんて手段があるにはあるが、それらの行為には当然ながらお金がかかる。

 お金が無いわけではなく、お小遣いはそれなりの額を貰っている。

 だけれども、そんな事で千円を消費するくらいならネジの一つでも買うほうが有意義だ、なんて思ってしまう訳で……

 

 もちろん、マーベルの映画だったら幾らでも出す所存だが、残念なことにこの世界にはアイアンマンを初めとして原作コミックからして存在しない。

 非常に、残念で、遺憾である。本当に。

 

 

「仕方ない、少しブラブラするか」

 

 

 そもそもは気分転換でこんな所まで来ていたので、だったら別の手段で気分転換をすれば良い。

 幸いにも、この神社はそれなりに境内が広く、中心の本殿や道場から少し歩くと青々とした木々が広がっている。

 松だか杉だかがの木が無計画に植えられていて、さながら森の如く鬱蒼としていた。

 

 神社そのものが初めて訪れる場所なので、気分はまるで冒険だ。

 

 

「これは良いや……思ったよりもリフレッシュになるかも」

 

 

 木漏れ日は目に優しく、生い茂った葉が太陽の熱を遮ってくれるお陰で気温も涼しい。

 余談だがマイナスイオンというのは科学的根拠のない迷信だ。

 森林浴が身体に良いと言われるのはマイナスイオンなんかでは無く木々が騒音を遮断するとかフィトンチッドなどの物質がコルチゾール濃度を低下させるから……らしい。

 

 

「まあいいや、気分が良いんだからそれで、さ……」

 

 

 気分が乗って来たし、どうせならと更に歩みを進めてみる。

 

 ザクザクと足元で草を踏みしめる音が鳴るのも、なんだか楽しくなってきた。

 これなら、また機会があったら来ても良いな、なんて思ってしまったり。

 

 

「ん……?」

 

 

 暫く歩いていると、妙に拓けた場所が視界の奥に見えてきた。

 もう一周してしまっただろうかとも思ったが、どうも違うらしい。

 そこにあったのは本殿や道場の様な立派な建物では無く……朽ちた小屋だった。

 

 

「ふぅーん?」

 

 

 その小屋はやたらと年季が入っていて、崩れ落ちていないのが不思議なくらいだ。

 茅葺き屋根は他の植物の種子が紛れ込んだのか緑色が混じっていたし、煤けた外壁は所々に穴が空いている。

 全部が全部、木か若しくは草で作られた小屋は少しでも強い風が吹いたら途端に吹き飛ばされてしまいそうな程に弱々しく儚げな印象を受ける。

 

 

「…………」

 

 

 だからと言って、それが何という訳でもないのに。

 僕は何故だか無視できなくて、その壊れてしまいそうな小屋へ慎重に入ってみる事にする。

 戸があったと思われる場所には今は何も無くて、何人たりとも拒むまいと言わんばかりにポッカリと開け晒しだった。

 

 

「お邪魔しまーす……」

 

 

 誰もいない。

 当たり前だ、こんな所に人が住んでたら直ぐに退去することを全力で勧めたいものだ。

 

 床は元々無かったのか、それとも剥がされたのかは定かで無いが土と雑草で埋め尽くされている。

 内部もやはり何の変哲もない、寧ろ外から見るよりも光が無いからか脆そうに見えた。

 

 

「なんで取り壊さないんだろうなぁ……」

 

 

 結局、何の収穫も得られなかった。

 諦めて引き返す為にクルっと一回転。

 で、小屋から出る為に前へ一歩差し出すとズボっと地面に足が靴ごと踝の辺りまで吸い込まれた。

 

 

「……へぇ?」

 

 

 余りにも予想外な事態に、呆けた声が口から漏れ出してしまう。

 引き抜こうとしてもまるで土の腕に掴まれたみたいに持ち上がる気配がない。

 座り込んで、足を持ち上げようとしてもウンともスンともいわないのだから、お手上げだ。

 

 これには、流石に参った。

 

 

「おいおい……“大変だ、大変だ、遅刻しちゃうよ”」

 

 

 なんて、何か遅刻を憂うような約束があるわけではない。

 ほとほと困ってる筈なのに、何故かそんな冗談みたいな言葉がなんとなく出てきたのだ。

 そんな事を言ったって足が抜ける訳でも無いのに。

 

 代わりに、地面には大穴がポッカリと空いたが。

 

 

「…………?」

 

 

 さて、自由落下の法則を知っているだろうか?

 物体の下に地面や床が無くて、かつ空気抵抗の生まれる様な高度でも無ければ物体は重力だけの影響で落下するという物理現象だ。

 あ。いや、大気の中でも自由落下と言うんだったけ。

 

 それはともかく、この地面には穴がある。

 むしろ地面が無いと言っても言葉に不都合はない。

 

 と、言う事は?

 

 

 

 僕は、落ちる。

 

 

 

「うわ、っあああぁぁぁぁぁ────」

 

 

 あ、なんか今の悲鳴って雰囲気がロバート=ダウニーJr.みたいだったぞ、なんて余計な事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

「────ぁぁぁぁぁあああっ」

 

 

 腕をブンブンと振り回してみても落下速度は落ちやしない。

 いや、もしかしたら多少は影響があるのかもしれないけど、体感速度は変わらなかったんだ。

 

 これはどこまで落ちれば気が済むんだろ……なんて、考えながらちょっとだけ神様にお祈りしてみる。

 

 助けてください。

 

 

「ふぎゅっ?!」

 

 

 ……ニーチェの嘘つきめ。

 神は生きてたぞ、だって、何故か落下点に大量のクッションが敷き詰められてたんだから。

 

 しかし、なんで地下の底にそんな物があるんだろ?

 

 

「一体、なんだってのさ……」

 

 

 ぼやく様に、呟いてみる。

 誰か事情を知っている人がいるんだったら、是非とも説明して貰いたいものだ。

 

 いや、その前に脱出手段を考えなければいけないか?

 

 

「…………お前、何やってんの?」

「おろ?」

 

 

 少女と思しき声に突然話し掛けられたので変な声が出てしまった。

 顔を声が聞こえた左側に向けてみれば、何とも不機嫌そうで目つきの悪い女子が僕を見下ろす様に眺めている。

 

 あっれれー?どっかで覚えのあるシチュエーションだぞー?

 

 

「えっと……篠ノ乃野之さん?」

「だから“の”が多い…………今のは絶対に態とだろ、おい」

 

 

 青と白のワンピースを着た篠ノ之束の姿がそこにあった。




おむすびも白ウサギも追いかけてないのに……どうしてこうなった

沢山の感想と、更には評価までありがとうございました!
まさか自分の作品が赤評価を頂けるとは思ってもみませんでした。日刊にも一瞬だけランクインしてたし。
そんなご厚意を糧に、頑張りたいと思います!


ところで、藤原さんの吹き替えも大好きだけど字幕版のロバート=ダウニーJr.の生声も良いよね。
特に悲鳴は吹き替えよりも字幕版の方が断然良いと思うんだ。
序段の襲撃でミサイルが目前に来て焦った時とか、マーク2の飛行テスト中に凍結して落下する時とか、さ…………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

006 遥かなる空を目指すもの

今回は短めです。


「えっ、あれ……なんで君がここに?」

「それはコッチの台詞だよ、ここは私の(うち)なんだからさ」

「家……家だって?こんな地中の深くに君のお(うち)があるのかい?あー、だから性格も陰険になるんだね」

 

 

 不機嫌な顔の額には更に険しい皺が新たに刻まれた。

 小粋なジョークのつもりだったのに……どうもトニー=スタークのように上手くはいかないらしい。

 あ、いや……考えてみればトニーのジョークも全然受けてなかったな。

 

 

「…………おまえ、さっきまで何て神社にいた?」

「何て……篠ノ之神社……って、え?」

 

 

 今、僕が話しているのは篠ノ之束という少女。

 今、いや、さっきまで僕がいたのは篠ノ之神社という場所。

 さて問題です、この二つの共通点は何でしょうか?

 

 答えは簡単、どちらも枕に“篠ノ之”という名詞が付きます。

 

 

「えー、なんで気づかなかったんだろ……」

「ハッ…………マヌケだね」

「は?……何だって?」

 

 

 ほらコレだ、彼女が口を開けば売り言葉しか出てこないんだ。

 ……いや、しかし落ち着こう。

 今回ばかりは、僕が勝手に落ちてきた

不法侵入者だし……正直、帰り方が解らないんだ。

 本気で怒らせて意趣返しに監禁でもされたらシャレにもならない。

  

 

「だけど、どうやって此処まで入って来られたの?」

「どうって……変な小屋に入ってみたら床が抜けたんだ」

「有り得ないよ、ちゃんと何層にもシャッターで仕切ってあるんだから」

「そう言われたって……」

「…………上で何か独り言でも言った?」

 

 

 そう言われてみれば……言ったな。

 具体的には“遅刻しそう”とか何とか、地面が消えたのもソレを言ってからだ。

 まさか、それが扉を開けるパスワードだったのか?

 

 

「言った……ポロッと、愚痴まがいに」

「ワードは日毎に気分で変えてるのに凄い偶然だね……そこまでして私に会いたかった?」

「アハハハ、冗談……あっ、いや…………」

 

 

 いかんいかん、思わず無意識に買い言葉で応酬しようとしてたぞ…………

 何なら無視すれば良いのに、どうも彼女が関わると冷静でいられない。

 悪い癖だな……何とか治したいんだけど。

 

 

「ここの出入りは一方通行だからなぁ…………何なら、見てく?」

「ん、何を?」

「私の研究成果」

 

 

 少し頭を冷やしてから周りを見てみると、辺りには工具や何らかの電子部品と思わしき物で散乱していた。

 漂ってくる匂いも、メタルとか機械油とか塗料のそれで、落ち着く。

 その有り様が何処か自室の雰囲気と似ていて、妙な親近感まで湧いてしまう。

 成る程、言わば此処は彼女のラボなのだろう。

 

 

「良いね……お言葉に甘えても?」

 

 

 彼女の人となりを知っている…………だからこそ、なのかもしれない。

 破天荒で我が儘で傍若無人で、周りの事なんてコレっぽちも気にすることのない唯我独尊な人間だが、その頭脳は間違いなく本物で、類を見ない天才だ。

 そんな彼女が何を造ってるのか…………純粋に、興味が湧いてしまった。

 

 

「それでは改めてようこそ、私のワンダーランド(仮称)へ──」

 

 

 

 

 

「ねえ、態々(仮称)って口で言うの?」

「……うるさいよ」

 

 

 

 

 

 

 彼女に導かれるまま案内されて奥までついて行くと、そこには鎧が鎮座していた。

 

 

「これは…………」

 

 

 鈍い光沢を見せる金属の塊。

 高さは3m程で、外観は少し大きめなマニピュレーターと脚が特徴的。

 そして中心には、何かが欠けてしまっていて、満たされずにポッカリと空間が開けている。

 それほど長い時間眺めていた訳では無いが、僕は目の前に聳え立つ物の正体を察せずにはいられなかった。

 

 彼女の造っている物、それは…………

 

 

「これはパワードスーツ、かな?」

「うん、ご明察。……名前もまだ、無いんだけどね」

 

 

 言い当てられた事がそんなに嬉しいのか、彼女は手を叩きながら良い顔と声で肯定した。

 

 

「これは、動くの?」

「ううん……それはまだ外側だけ、ソフトも動力源も未完成だから」

「ふぅん、成る程成る程……ちょっと触っても?」

「ん、良いよ」

 

 

 許可を得たので腕を触れ、関節を少し曲げてみる。

 アイアンマンで想定している様なモーター駆動では無くラバーの様な素材で出来ていて、擬似的な筋繊維を構成している様だ。

 どれ程のパワーアシストがあるのかは定かでは無いが、装着者の動き易さという意味ではこちらの方に軍配が上がるだろう。

 

 

「ねえ、ちょっとコレ持ってみて」

「ん?」

 

 

 そう言って差し出してきたのは、青く輝く宝石みたいな、得体の知れない物

 何だろうと疑問を抱きながらも言葉に従って手の平に乗せてみる。

 ヒンヤリとしていて気持ちの良い感触で、握ってみると更に清涼感が広がる様な気がした。

 

 

「うーん……やっぱり数値はマイナスになるか……」

「何の話?」

 

 

 UMPCを取り出したかと思えば、何やら画面を見て落胆したような様子を見せる。

 そう言えば、僕のと同じ型の物を購入したってこの前言ってたっけ。

 

 

「コレって何なの?」

「それは……心臓部(コア)

「コア?まさか、パワードスーツの?」

「それがCPUで、動力源で、総ての根源でもあって……同じ物がこの子の中にも入ってる」

「こんな、小さな物に…………」

 

 

 5cmくらいだろうか、PCのCPUよりは大きいが、逆に言えばそれだけしか無い。

 そんな小さな石の中に、パワードスーツの要たる物が総て詰まっていると言うのだから驚きだ。

 

 どれだけのパフォーマンスを発揮するのかは定かでは無いが、彼女が造る物なのだから生半可ではないだろう。

 万能性だけで言えば、僕のアークリアクターを遥かに凌ぐと認めざるを得ない。

 

 

「でも、上手くいかないんだよね……」

「どうして?」

「この子たちの声をね、まだ上手く聞いてあげることが出来なくて、さ」

 

 

 それは、抽象的な表現に聞こえる。

 

 でも何でだろうか、言いはぐらかしている様には、見えなくて。

 少なくとも、本気でその事に悩んでいるのだけは解った。

 

 

「身体は出来ていても、心を形に出来ていないんだ……」

「……心、か」

「可笑しいって思う?機械なのに心って」

「いや、全然」

 

 

 何となく、あるSF小説を思い出した。

 そもそも生物と機械の違いって何だろうか?

 

 もしも人間と同じ材料で作ったコンピューターに人と同等の思考能力を持つAIを宿したら……それは人間か?やはり機械だろうか?

 そして、彼の中に心と呼ばれる物は存在するのだろうか?

 

 

「……嗤わないんだ」

「笑わないさ」

 

 

 笑える訳が無い。

 一体どんな物が出来上がるのだろうか。

 完成したらどんな姿を見せてくれるのだろう。

 彼女の言う心とは何なのか……興味は尽きなかった。

 

 だからそんな好奇心のせいで、聞きたくなってしまう。

 

 

「あのさ…………聞いてもいいかな」

「内容によるね」

「これにはどんな事が…………いや、君は何をしたいの?」

 

 

 覚めやらぬ興奮を、隠せてはいないだろう。

 色んな感情が、思考が、感動が込み上げてきて、頭の整理がつかない。

 

 だって、これはこんなに──────

 

 

「……この子は、自由と力をくれる」

「自由と、力……?」

「うん。地上に縛る重力から自由な空へ解放してくれて、理不尽に抗う為の力を貸してくれるんだ」

「…………」

 

 

 僕は、何と言えば良いのか解らなくて言葉が口から無くなってしまった。

 ただ……代わりに、何度も頻りに頷いてしまう。

 つまり共感というか、それに類する感情だ。

 

 

「僕も、そうなんだ」

「何が?」

「産まれた時から…………いや、産まれる前から夢見てたんだ、自由に飛び回れて困っている誰かの為に使える力が欲しいって」

「へぇ…………」

 

 

 それが、アイアンマン。

 

 鋼鉄の身体を纏って空を飛ぶ光景を夢想したのは数え切れない程。

 その熱は魂に刻まれていて、12年間で一度も冷めたことは無い。

 

 きっと、彼女がこのパワードスーツに見ている物も…………同じなんだと思う。

 少しベクトルや、高度は違うかもしれない。

 だけどそんな物は……尺度によっては些細な誤差だろう。

 

 

「でも僕の造っている物は、まだ形にもなっていない」

 

 

 だから……少し嫉妬してしまう。

 彼女の作品は、未完成とはいえ現にこうして形として存在しているのだから。

 

 

「じゃあさ…………見せてよ」

「ん?」

「私も見せたんだから、形になったら……私に見せて」

「…………ああ、勿論」

 

 

 自然に、意識せずに僕は了承していた。

 でも……彼女に見せたいと、見て貰いたい思う気持ちは確かにある。

 

 ギュッと右手の拳を握って。

 そして漸く、気付いた。

 

 

「あつ……」

 

 

 先ほど、彼女から手渡されたパワードスーツのコア。

 それを握り締めていた右手に、熱を感じた。

 最初はあんなに冷たかったのに、力を込めて握りすぎてしまっただろうか……

 なんて思いながら手の平を開いてみるが、しかし、拳の中で広がった熱とは裏腹に火傷した様子も無かった。

 

 

「どうしたの?」

「あ……いや、これを返しそびれてたな、って」

 

 

 コアを彼女に返すが、熱がる様な素振りは見えない。

 やはり、気のせいだったのだろうか?

 

 

「それじゃ、上に戻ろっか」

「あ……ああ、そうだね」 

 

 

 実は、話に熱中していて此処が地下である事を忘れていたなんて……言える筈が無かった。

 




前半と後半で態度が豹変してしまった……

次回、Mark.1始動。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

007 いいかメーティス、絶対に不可能なのが無理で、成功するかもしれないのが無茶だ

同じBGMをリピートしてたからまだ脳内で鳴り響いてる(BGMのタイトルを書くとネタバレになる)


 中学校へと進学してから、僕は時々眼鏡を掛けるようになった。

 とは言っても視力が低下した訳では無く、両目共に2.0で良好その物である。

 では、どうして眼鏡を掛けているのかと言えば、これは僕が造った眼鏡型のHMDで、視線と(まばた)きだけでインターネット経由で接続された自宅のパソコンを遠隔操作する事が出来るからだ。

 更にこの眼鏡はマイクと骨伝導スピーカーが内蔵されているのでメーティスと会話をする事も可能である。

 

 

「メーティス、何が問題だと思う?」

『まず第一に脚部の設計に余裕がありません』

「やっぱり詰め込み過ぎか……」

 

 

 メーティスはこの一年未満の間に行わせた学習だけでも思考能力は上昇し、感情も豊かになってきていた。

 お陰で今みたいに、試作したスーツに発生した問題点について相談をする事も出来ている。

 AIが自分で考えて意見できるなんて、凄いだろ?

 

 

『私はエンジンを大型化し、脹脛(ふくらはぎ)の外部に独立させて接続する事を提案します』

「いや……それじゃあ駄目だ」

 

 

 アイアンマンの飛行と言えば、やはりリパルサー・レイを利用したジェット飛行……手の平と足底に設けられた発射孔から噴射してこそだと思う。

 メーティスの提案するように、独立した飛行ユニットをガン○ムのスラスターみたいに背中とか脹脛に外付けするのは嫌だ。

 それに、そういう処に拘らなければアイアンマンとは言えない。

 

 

「それで、何時になったら私に見せてくれるのかなぁ?」

「あー、いや……もう少し待ってくれ」

 

 

 左側から尋ねてくる声に僕は曖昧な返事しか、悔しいことに返せない。 

 

 気がつけば、彼女とは7年連続で席がお隣さんだ。

 名前の順ならば当初が隣の席に落ち着くのは判るのだが、何故か席替えをしても毎度毎度と隣同士になるのは摩訶不思議だ……

 もしや教師陣が一カ所に固めておかないと不安だから隔離しているんだろうか?

 …………あり得るな。

 

 

「でも、外観は出来てるんでしょ?」

「だけれど飛べなければ完成とは言えない……こればかりは、僕の譲れない信条なんだ」

 

 

 せめて低速だとしても満足に飛行出来るようにしてから見せたい。

 他にも細かい不具合や修正点が幾らかとは言え、飛行ユニットを除けば僕の初号機は概ね完成と言えた。

 

 となればやはり、満足のいく仕上がりにするには脚部を再設計するか、いっそのこと新造してしまうのもありかもしれない。

 

 

「ふーん、でも私は未完成でも早く見たいかなー」

「でもなぁ、まだほんと試し刷りみたいな段階だから……」

「私の時だってそうだったじゃんかよー」

 

 

 言われてみれば、確かにその通りなのだが。

 これでも結構、あの時を契機にスーツの製作は急ピッチで頑張ったつもりだ。

 リパルサー・レイも思ったよりも容易く搭載できたから飛行ユニットだって行けるだろ……と思ったのだが、そうは簡単に問屋が卸さなかった。

 断続的にエネルギーを放射させ続けるのは、想像していたよりも難しく、長時間の使用には未だに難がある。

 

 

「それとも何かなー、本当は出来てないのに見栄を張ってるとか?」

「何を馬鹿な……僕がそんな嘘をつくわけ無いだろ?」

「どうだろ、お前って結構見栄っ張りだから、形が出来てるんだったら自己顕示欲丸出しで突き付けてきそうなもんだけどね!」

「だから、未完成だって…………そういう君だってあれから進捗はあったのかい?」

「……おん?」

「君のだって、まだ心の入れ物とやらだけで未完成だったじゃないか」

「私の場合は、もうハード面の機能はほぼ完璧だし──」

「ほら、言い訳してるじゃないか」

「はぁん?」

 

 

 気がついたら喧嘩をしていた。

 一体どういう事だろうか、無意識に言葉を選んでいたらこうなっていたんだけど……

 しかもこれがほぼ毎日あるのだから、まるでライフワークみたいだ。

 

 実は最近、これが楽しみになりかけるところだった。

 

 

「何お前、喧嘩売ってる?いいよ、高く買い取ってやるから」

「おやおや……どうやら図星だったみたいだね?進捗しないもどかしさを他人の失敗で慰めようだなんて、建設的じゃないな」

「カッ、チーン。よーしいいぞ、吠え面かかせてやろうじゃん!」

 

 

 辺りもざわつき「お、またか」みたいな声が聞こえてきた様な、でも殆ど周りには意識を傾けていなかったので、やっぱり良く聞こえていなかった。

 

 さて……普通に殴りあっても力では勝てないから何かしら策を講じなければならない。

 どんな搦め手で……って何か可笑しくないかな、本来ならば男の方が力が強い筈なのに。あれれ?

 でもこのバグみたいなチートには腕相撲でさえ勝てたこと無いし……うん。

 

 それじゃあ、ちょっと反則気味だがメーティスに頼んでちょっとした細工を────

 

 

「おい、お前たち」

 

「あ」

「あ」

 

 

 ギギギと、壊れたブリキ人形みたいにお互いが同じ方向に視線をゆっくり向ける。

 そこには阿修羅の如く威圧感を発しながら腕を組み仁王立ちする同級生の姿…………

 

 彼女こそ我がクラスの風紀委員、織斑千冬さんである。

 

 スゴイコワイ

 

 

「お、織斑、さん……?」

 

 

 僕はすっかり(すく)み上がりながら様子を窺う。

 しかし、名前を呼んだ途端に無言のままギロリと殺気の籠もった眼で睨まれてしまう。

 

 彼女は蛇、僕たちは蛙だ。

 

 

「今、授業中なのを理解しているか?」

「あ……あ、あのですね!」

「さ、最初に喧嘩振ってきたのコイツだし!」

「うわっ、おい?!」

 

 

 あっさりと責任を押し付けて僕を売ろうとしてくる隣人に非難を向けようとして、でも織斑さんの視線がそれを許してくれなかった。

 更に、後ろ手で自分の席から竹刀を取り出して……丁度真ん中に向けて、構えてくる。

 

 

「喧嘩をするのは自由だが……学び舎での教育を妨害するのは、頂けないな」

 

 

 お互いに声が出なくて。

 

 ゴクリ、と喉が鳴るタイミングも同じだった。

 

 

「喧嘩両成敗だ」

 

 

 バチーンッ!

 バチーンッ!

 

 

 頭が割れたんじゃないかってくらい痛かったです。

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 放課後、部活にも委員会にも所属していない僕たちは終令のチャイムとほぼ同時に頭を抱えながら校門をくぐり抜けた。

 もうあれから数時間は経過したのに、未だに鈍い痛みがジンジンと響いている。

 それなのに、お互いに確認してみたところ出血もタンコブも無いのだから不思議だ。

 

 

「お前のせいだ……!」

「いや、先に煽ってきたのはそっちだろ……!」

「…………いたっ」

「…………つうっ」

 

 

 大きな声を出そうとすると痛みが電流になって襲ってくるから喧嘩も出来ない。

 どうやら、今日も暫くはこのままみたいだ。

 

 

「…………不毛な話は止めて、情報交換に切り替えないかい?」

「賛成…………」

 

 

 実は兼ねてから聞いてみたい事があった。

 それは僕のぶち当たった大きな壁……そう、飛行ユニットについて。

 

 

「君のパワードスーツ……あの小さなサイズだけど飛行はやっぱりジェットエンジンなのかい?」

「それも搭載出来るけど、飽くまでも補助だね」

「補助?じゃあ、離陸するのにジェットの推進力を使わないってこと?」

 

 

 発想も実際にやる事も突飛な彼女のことだから、それは充分に有り得た。

 しかし、だからと言って驚くなと言う方が無理だろう。

 推進力も無しにどうやって飛び立つと言うのか、まさか気球みたいに浮力で、とは言うまい?

 

 

「コアの機能で慣性を遮断しちゃうんだよ」

「え、待って……慣性の遮断?反重力とかじゃなくて?」

「うん、慣性の遮断」

 

 

 そもそも反重力からしてSFの話だが、未だに人類は地球の重力を操れていないし、あの記憶でもそれを可能にした科学者は皆無だった。

 それでも無重力空間は擬似的ではあるが人の手で造れるのに、慣性に至ってはそもそも運動エネルギーという性質上、宇宙空間でも止められやしない。

 

 いやしかし、彼女に対して常識を振りかざすのは無謀だろう。

 彼女の発見こそが真の常識……何てことになりかねないからね。

 

 

「まあつまり、落下の慣性だけ遮断すれば機体は落ちないから浮いたままでしょ?そして前方や上方への慣性は開放しておけば、擬似的な無重力空間を作り出せて、少ない推進力でも高速で進めるって訳」

「はぁ…………何と、まぁ……」

 

 

 どうやら彼女と僕とでは、発想の起点からして異なっていたようだ。

 言うなれば、僕のやり方は既存の技術の派生で、彼女のやり方は誰も思い付いた事も無いような本当の新発想。

 成る程、天才を自称するのは伊達では無いということか。

 

 

「…………そんな物理法則を(はな)から無視してる様な物を造ってるから性格も捻くれてるんだね、君は」 

「え?アークリアクターなんてエネルギー保存の法則に真っ向から喧嘩売ってる様な物を造ったお前がそれを言っちゃう?」

「うっ、そうでした……」

 

 

 まさかの言葉のカウンターパンチに僕はグウの音も出なかった。

 そう言われてみれば、お互いにとんでも無い物を作っているんだなと改めて認識させられてしまう。

 

 

「それで、そう言うお前のはジェットエンジンなの?」

「あー……基本構造はそうなんだけど、アークリアクターのエネルギーを利用した推進剤いらずの、言わば熱核ジェットってやつを造ってて」

「いやいや、充分に凄いんだけど、ソレ?」

「だから未完成なんだってば」

 

 

 但し、出力が安定しない。

 仮に飛べたとしてもスラスターが熱に耐えられずに、オーバーヒートして停止してしまう。

 出力は兎も角として、やはり素材を変えるのが得策だろうか?

 

 

「ん…………?」

「どうした?」

「いや、車がさ…………」

 

 

 話しながら歩道を歩いていると、遠目に猛スピードで走ってくる自動車(ハイエース)の姿が見えた。

 流石に突っこんでくる事は無いだろうが、物騒で身の危険を感じてしまう。

 

 

「危な…………うわっあ!?」

「きゃ────っ?!」

 

 

 しかし、車は予想に反してスピードを緩める事もなく歩道の前へと真っ直線にすっ飛ばして来ると、僕達の進行方向を塞ぐように飛び出し、そして急停車した。

 幸い横断歩道の前で歩みを止めていたので轢かれることは無かったが、もう紙一重の危うさである。

 突然の襲来に心臓をバクバクさせながら運転手の様子を伺っていると、自動車(ハイエース)の車内からゾロゾロと5人ほど飛び出してきた。

 

 

「え、なっ」

 

 

 疑問を口から出す前に、声は凍りついてしまう。

 

 ジャキっ、と擦れた金属音を幻聴する。

 

 車から出てきた内の1人が、僕達に拳銃を突きつけてきたのだ。

 

 

「おい、間違いないか?」

「ああ…………コイツだ」

 

 

 拳銃の持ち主は1人どころでは無い。

 僕達を囲んだ5人の全員が拳銃を所持していて、一斉に突きつけられた。

 反射的に両腕を天に向けて掲げたが、拳銃が下ろされる気配は微塵も無く、緊張が走る。

 

 

「悪いな兄ちゃん、俺達はちょっとこのお嬢ちゃんに用があってよ」

「だからまあ、一人で帰ってくれないかな?」

「ま────」

「内緒にしてくれよー、じゃないとさ」

 

 

 声が言葉になる前に、音が破裂した。

 

 眼が見開かれ、鼓膜は炸裂音で麻痺してしまい、無音の世界が広がる。

 そして視線の先には、アルファルトに向けて弾丸を撃ち込んだ拳銃が…………

 

 まさか、そんな、こんな街のド真ん中で?

 

 

「という訳で、お前はコッチだ」

「やっ、め!触るなよっ!!」

「おい抵抗すんな!死にたいのか?」

 

 

 束の額に、銃口が突きつけられていた。

 

 飛び出しそうになってた僕も動けなくなって、あんなに人間離れした動きの出来る束も、流石に止まってしまっている。

 永い沈黙が何時までも続くんじゃないかと錯覚するが、そんな事は無くて…………

 

 振り返った時、束の表情が見えてしまった。

 何時も自信過剰な顔が本気で怯えていて、今にも泣き出しそうになっている。

 そんな光景がスローモーションで流れていく…………

 

 伸ばした手は届かなくて、束は、吸い込まれてしまう。

 無情にも扉で隔たれ、巻き戻しをするみたいに高速でバックしたかと思えば、自動車(ライトバン)は地平線の彼方に────消える。

 

 見えなくなっても、僕の腕は突き出たままで

 

 そのままメドゥーサに睨まれたみたいに、固まってしまっていた。

 

 

「ぁ──────っ、メーティス!」

『イエス。マスター』

 

 

 あまりの衝撃に少しだけ放心してしまっていたが、直ぐに気を取り直してメーティスを呼びつける。

 従順なメーティスは僕の呼び出しにノーモーションで応えた。

 

 

「今すぐあの車のナン──」

『車内の携帯をネットワーク経由でハッキングし、現在GPSで追跡中です』

「バーを…………え?」

『念の為、Nシステムでの追跡も行いますか?』

「あ、えっと……頼む」

『イエス。マスター』

 

 

 可笑しいな……まだ命令してないのに、指示しようとしてた事以上の仕事をしているぞ…………?

 どう言う事だ、メーティス?

 

 

『命令されてから行動する様では普通のコンピューターと変わらない。マスターは以前に(おっしゃ)いました』

「そうだけど……でも携帯をハッキングしようとか、そんな発想はどこから?」

『興行収入の高い映画は純度の高い情報である。そう設定されていましたので勉強の為に視聴しました』

「え、映画って……ああ、いや、でもYouTubeのヤツとかって有料だったんじゃ…………?」

『…………p2pとは便利ですね。マスター』

「それ犯ざ────いや、待て待て!」

 

 

 こんな漫才をしている場合では無いだろうと、気持ちをカチッと切り替える。

 そうだ、僕の目の前で束が拉致されたのに何を悠長な事をしているんだろう?

 直ぐにでも束を助け出さねば……だから!

 

 

『マスター?どちらへ向かわれるのですか?』

「家に決まってるだろ!」

『GPSの反応とは逆方向です』

「解ってる……だけれど取りにいかなきゃいけない物があるんだよ!」

 

 

 まさか…………こんな形で使う事になるとは、夢にも思わなかったけどね。

 

 

 

 

 

 

 アイアンマンのスーツは見た目の大きさに反して多彩で多機能な為、その重量はかなりの物になる。 

 それは試作機ならば尚更で、仮にMark.1とナンバリングした僕の処女作も技術や経験の拙さのせいで、僕の頭の知識にだけある“アイアンマン”よりも更に大型化、重量化してしまった。

 全長は2.5m、重量は350kgと設定資料なんかで見るアイアンマンの物よりも一回り程大きな数値だ。

 

 そのせいで、やはりスーツを自力で装着するのは不可能になってしまい、図らずも映画の様に装着用のロボットアームも作ることに。

 それで装着に5分以上の時間を要する…………改良が望まれる部分だな。

 

 

「メーティス、どうだ?」

『イエス。チェック完了しました。尚、現在GPSの反応は漁港で停止しています』

「船で移動するつもりか…………?」

 

 

 マスクに投影された画面に地図を表示させながら、行動や目的を予測する。

 それと同時に、スーツのステータスのチェックも怠らない。

 画面の片隅にはズングリとしたMark.1のシルエットが表示されていた。

 

 

「…………やっぱり丸いな」

 

 

 さて、当初はマーク2のイメージで造り始めたMark.1だったが、小型化が上手くいかなかったので、開き直ってデザインもいっそ名前の通りにマーク1に依った物にしよう、と方針転換した経緯がある。

 ところが技術が未熟とは言え砂漠の洞窟で造った訳では無いので、どうしても造形などがある程度綺麗になってしまう。

 結果…………Mark.1スーツはスクラップを集めて造られたマーク1と言うよりも、マーク1とアイアンモンガーの中間みたいな、小綺麗な銀色のスーツになってしまった。 

 

 まあ、最も外見が近いのは原作コミック版の青いアイアンモンガーを銀色にリペイントした感じだろうか。

 Google検索してもこの世界に存在しない画像は当然ながら見られないのでか飽くまでも知識頼りの話だが。

 

 

「じゃあ、行くぞ」

『しかし…………全力で走行しても到着まで一時間半が掛かります』

「そうか、だったらもっと早く着く手段で行くぞ」

『いったい、どうするのですか?』

 

 

 歩くよりも走る方が早い。それは当然だ。

 走っても間に合わないなら、もっと早い方法で向かえば良い。それも当たり前。

 

 

「よぉし…………飛ぶぞ、メーティス」

『駄目ですマスター!飛行ユニットには未だ不具合が散見していて、目標地点まで到達出来る可能性は40%しかありません!』

 

 

 無機質なのに、焦ったように僕を止めようとするメーティス。

 まあ気持ちは解る、何せテストでもシミュレーションでとまともに飛べた事なんて一度も無いのだから。

 

 

『それに飛行の為にはテラバイト級の計算が必要で…………』

「メーティス……僕の大好きな、とある言葉を教えてあげよう」

 

 

 それは、どちらかと言えば願掛けの様なものだ。

 願掛けにしては少し縁起が悪いかもしれないが……テストフライトでは無い、実践での初フライトの時には絶対に言っておきたい言葉が、僕にはあった。

 

 

「時には歩くより…………まず走れだ!」

 

 

 そして(アイアンマン)は、飛んだ。




後半はサントラのfirst flight(マーク2の装着~飛行シーン)をお聞き頂くとテンションを上げてくれるかも。
YouTubeで『ironman first flight soundtrack』と検索すると出てきますので、宜しければ。

この文を見る前に同じ曲が脳内再生された人は僕と握手。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

008 確かにトニーをリスペクトしているけど、何もそこまで同じじゃなくても良いんじゃないかな?

トニー=スタークへのリスペクトに余念が無い主人公。


 空では昼と夕とが出会い、天は橙と紫のコントラストを染め上げている。

 逢魔が時と言うのだろうか、不気味な空模様には少しだけ戦慄を感じてしまう。 

 音の速さを越えて飛んでも、風を切る様な感覚も凍えるような寒さも感じなかった。

 それは、僕が今アイアンマンスーツを纏いながら飛んでいるからに他ならない。

 

 パワーアシストのお陰で脱力していても勝手に補整されて飛行姿勢(キューピー人形みたいな体勢)を自動で取ってくれるので、僕はモニターに集中する事が可能だった。

 懸念だった飛行ではあるが、現時点までは特に支障なく目的地へ向けて飛ぶことが出来ている。

 

 マスクに表示されたディスプレイ画面によれば速度は徐々にマッハへと近づいていく。

 このペースならば、あと20分も経たずに到着する筈だ。

 

 

「メーティス、どうだ脚の状態は」

『イエス。常に高温稼働状態の為に不安が残りますが、現状は概ね良好です』

 

 

 未完成の飛行ユニットで空を飛ぶのが不安でないのかと言えば、正直なところ不安でいっぱいと言うのが本音だ。

 しかしそれでも……リスクを犯すに足る理由があった。

 だからこうして脚部を常にモニタリングしながら5000mという高さを綱渡り状態で飛んでいる。

 

 

「やっぱり問題は熱か……今出来る対処法は?」 

『フラップを開閉し放熱を行っていますが、気休めでしょう』

 

 

 Mark.1のジェットは、そのサイズ故に戦闘機とも航空機とも全く異なる構造をしている。

 だが仕組み自体は既存のジェットエンジンと殆ど変わらず、取り組んで圧縮した空気を暖めて放出するというもの。

 違いと言えば、推進材を使わずアークリアクターから供給されたエネルギーを利用したレーザーを照射して空気を暖めるという方式を採用していることか。

 何分、前例の無いエンジンなので何か情報や設計図を参考にする事が出来ずに手探りで開発するしか無かったのだ。

 

 

「脚部にはチタン合金を使ったんだけどな……冷却機構は?」

『ラジエーターが熱を帯び、冷却が不十分です』

「ナノ流体触媒じゃ上手く冷えないか……となると、やっぱり液体水素かな」

 

 

 冷却といえば液体窒素が有名だが、液体水素は沸点がマイナス252.6度と液体窒素よりも低温で更に比重がとても軽い。

 但しデメリットも多く、空気を圧縮して安価に製造できる液体窒素と異なり、液体水素は天然ガスや石油を原料として水蒸気改質で製造するのだが非常にコストが掛かり、更に原子の中でも最も軽い水素は保管も困難を極める。

 だが、虎の子のアークリアクターを使えばそれらの問題を解決できるかもしれない。

 

 一考の価値はあるが……しかし今はそれを試す様な暇は当然、どこにも無かった。

 

 そして、そんな思考の渦から引き戻すようにメーティスから提案が示される。

 

 

『マスター、ハッキングした携帯から盗聴に成功しました。如何しますか?』

「……流してくれ」

『了解』

 

 

 携帯のマイクを介する為、些か音質が良好とは言い難かったが、聞き取れる程度にはくぐもった声が耳に届く。

 

 

 

《ハハハ、拍子抜けするくらい簡単だったな》

《全くですね……あの、リーダー?》

《……なんだよ?》

《どうしてこんな子供を攫ったんです?身代金だったら、寧ろ……》

《仕方ねぇだろ、クライアントさんの依頼なんだからよ》

 

 

 まるで此方の意図を汲み取ってくれているみたいに、束を攫った男たちは誘拐の経緯を話してくれるようだ。

 クライアント、と言うくらいなのだから男たちに篠ノ之束を誘拐する明確な理由がある訳では無く、第三者から依頼されていたのだろう。

 さて……話してくれるかな?

 

 

《クライアントって、ファントムタスクとかって言う胡散臭いトコだろ?》

《あー、あのブロンド美人さんの……》

 

「ファントム、タスク……?」

『検索結果。亡国機業(ファントム・タスク)とは、第二次世界大戦後に誕生した武装秘密結社。すなわち、テロリストですね』

「……仕事早いなぁ、メーティス」

『どういたしまして』

 

 

 疑問符の混じった言葉を呟いただけでメーティスは調べ上げてくれた。

 どうだ優秀だろう、既に僕の設計した以上に多彩な…………あれ、何だか嫌な予感がするんだけど?

 

 

《で、ヤッコさんは何て言ったんですか?》

《何時も通り詳しい事ははぐらかしやがる。このガキを攫ってこい、脳にダメージがあっちゃマズいから薬は使うな、絶対に殺すな、って指示だけされた》

《このガキが何だってんすかねぇ……おっと、暴れんなよ?》

 

 

 どうやら、誘拐犯たちは束を傷つけるつもりは無さそうだ。

 だったらヘタに躍り出るよりはこっそりと近付いた方が得策かもしれないな。

 一度着陸してから、裏口や気付かれにくい場所にコッソリと潜行して、そして引ったくる様に彼女を抱えて飛び立てば…………

 

 

《まっ、金払いは良いんだからあんま文句言うなよ》

《はぁーい……でも結構かわいい顔してんのに勿体ないなぁ》

《おいおい、ロリコンかよお前?》

《こんだけ胸がデカけりゃ歳なんて関係ないっすよ》

 

 

 ん…………何だか、不穏だな?

 得られる情報が携帯を介した音声のみなので、向こうの細かい状態まで把握する事ができない。

 せめてもう少し接近できればマスクの光学ズームで内部の様子も見える筈だ。

 

 

《ねえリーダー?少し摘まみ食いしても良いすかね?》

《あぁん?…………知らねえよ、止めろなんて指示もされてないし勝手にしろ》

《へへへ、流石リーダー!》 

 

 「…………」

 

《最近ご無沙汰だったからなぁ、楽しもうぜ?》

《ぃや────っ!!》

《うわぁ、キモいキモい》

《おほっ……思ったよりデカいし柔らけぇ……》

 

 

 あ、ヤバい。

 

 

「メーティス」

『イエス。マスター』

「突っ込むぞ」

『………………はい?』

「吶喊だ、突撃する、突き破るぞ」

『言い換えているだけで意味は全て同────』

 

 

 視線でマスクのインターフェースを操作して脚部のエンジン出力の数値を弄る。

 安全マージンの為に余裕を持たせていたが、総てのスライダーを最大値まで動かし、無理矢理に最大出力を叩き出す。

 

 只でさえ高速で飛翔していたアイアンマンは更なる加速を得たことで、謂わば人の乗るミサイルと化していた。

 

 

『あ、あああっ……このままでは限界値を越えてオーバーフローを!』

「うるさい」

 

 

 視界の先でGPS反応のある倉庫を確認、すぐさまロックオン。

 そのまま、一切の減速をする事なくスラスターを噴かし続け、補助と姿勢制御に用いていた腕部のジェット噴射を止め、進行方向の前方へと突き出す。

 掌を目一杯に開き、その真ん中にエネルギーを集中…………発射。

 眩い光線(リパルサー・レイ)が一直線に飛び出すと、倉庫の屋根に直撃して大きな穴を穿つ。

 

 

「ぐっ、うぉ、お、おお…………っ!」

 

 

 そこまでしてから漸く減速を始めて、腕部のスラスターも姿勢制御の為に再び噴射させる。

 地面に対して平行になっていた身体を垂直方向に立て直し、着陸態勢を作り出す。

 これが中々、それまでの運動エネルギーが慣性の法則に従って動きを維持しようとするので、咄嗟の方向転換を困難にした。

 それでも徐々に足裏のスラスターの出力も絞り、降下を開始。

 

 屋根の下辺りまで来ると、バチッ、と脚の方から電気がスパークする様な大きな音と、それに続くように空気が抜ける軽い音がスラスターから漏れ出してジェット噴射が完全に途絶えてしまう。

 

 

『脚部エンジン稼働を停止。限界稼働でレーザー照射部が破損しました。もう飛べませんよ』

「上等だ」

 

 

 それでも既に高度は5mを下回っていたので、そのまま重力の力で落下。

 

 地面に右脚の膝を突き、右腕を殴りつけるようにして力強く着地。

 カチン!と金属の良く響く音が倉庫一帯に短く広がった。

 

 

「hello,bad guys...!」

 

 

 着陸で(こうべ)を垂れていた頭を持ち上げて、辺りの状況を見渡す。

 誘拐の実行犯は5人だったが、この場にいるのは合計で15人だった。

 総てにチェックを入れて、各々の動きを総て捉える。メーティスが。

 

 

「な…………はあっ?!」

「おいおい、今、空から降りて来なかったか?」

「っ……手前ら!良いから撃て!」

 

 

 中心にいたリーダーと思しき人物の掛け声で、それぞれが携行する拳銃やライフルを構えられ、(アイアンマン)に狙いを定めていく。

 そして統率も無く、各自のタイミングでバラバラに引き金が引かれた。

 火薬が撃ち出す轟音がオーケストラになり硝煙で煤けた不協和音のマーチが奏でられる。

 

 

「撃て撃て!構わねえから撃てえっ!」

 

 

 だが、弾丸は無限では無い。

 マガジンに内包された弾薬が尽きれば、銃に攻撃手段は無くなる。

 

 

「え…………無傷?」

 

 

 アイアンマンの装甲はマーク1やマーク2の時点では鉄だと言われるが、まさか炭素も何も加えられていない純粋な鉄である筈が無かった。

 僕がMark.1の表面装甲に使ったのはニッケルやクロム、モリブデン等が含有された合金で、戦車なんかにも使われる均質圧延装甲の一種である。

 しかもアイアンマンは比較的丸みを帯びた形状である為、跳弾しやすい。

 

 結論から言えば、アイアンマンの分厚い装甲に銃は無力だ。

 

 

「もう満足したのかい?それじゃあ…………こっちの番だ!」

 

 

 両腕を突き出し、屋根を破壊した時と同様にリパルサー・レイを発射する。

 

 

「うああああっ!?」

 

 

 ただし、レーザーを直接撃ち出すと致死性が高すぎるので、一度空気を取り込んでから圧縮し撃ち出す衝撃波モードに切り換えてから。

 それでも見えないヘビー級ボクサーのストレートパンチを喰らうような物なのだから、銃しか持たない軽装な彼等には一溜まりも無かった。

 対人用リパルサー・レイが直撃した側から吹き飛ばされ、後方の資材やら仲間やらに衝突してそのままのびてしまう。

 

 

「くそっ、このロボ野郎がっ!!」

「おっと」

 

 中にはリパルサー・レイをかい潜って接近してくる者もいた。

 そんな彼等を僕は丁重にお出迎えして、直接拳で殴って差し上げる。

 アークリアクターの過剰なエネルギーで強化されたパンチは、やはり容易く成人男性を殴り飛ばしてKOにしてしまう。

 

 

「何だ……何なんだよ、お前はっ!!」

 

 

 警戒して接近せず、巧みにリパルサー・レイの砲撃を逃れていたリーダーはサブマシンガンまで持ち出して攻撃を続けていた。

 しかし、その程度ではアイアンマンの装甲は崩せない。

 

 

「…………I am ironman」

 

 

 ボソッと、聞こえなさそうなぐらいの小さな呟きを吐いて。

 最後に残ったリーダーにもリパルサー・レイをお見舞いした。

 

 

「うげふっ…………ぁあ」

 

 

 再び周囲を見渡すが、15人いた男たちは全員が沈黙し、動く気配も見せなかった。

 それを確認してから漸く、僕は彼女の元へと歩み寄っていく。

 

 

「ひぁ……っ!」

 

 

 金属音に反応してか、酷く怯えた表情でこちらを見上げてきた。

 それがいたたまれなくて、何て言っていいのかも解らなくて……少し沈黙が生じてしまう。

 

 

「おいおい、非道いじゃないか?折角助けに来たのに」

『マスター。マスクの展開を推奨します』

「あ」

 

 

 メーティスに言われて、初めて気がついた。

 自分のミスに顔が真っ赤になってるんじゃないかって程恥ずかしくなりながらもインターフェースを操作してマスクをズラすように展開し、顔を出す。

 

 

「え…………?」

「…………ほら、中々凝ったお披露目だったろ?」

 

 

 腕を拘束していた結束バンドを無理やり引きちぎって解放する。

 幸いな事に怪我はなく、服にも乱れは無さそうだ。

 

 

「その……大丈夫か?」

「あ、うん……多分ね」

「よし。じゃあ帰ろうか」

『マスター。大変です』

 

 

 いっそのこと、お姫様抱っこで送ってやろうかな、なんて思っているとメーティスに引き止められる。

 それに伴ってか、マスクの画面も真っ赤に染まって大量の警告表示がポップコーンみたいに湧き上がった。

 

 

「え、何事?」

『マスターが後先考えずにスラスターの出力を最大にするからです。全身の冷却が間に合わず各所の配線や基盤が焼き切れましたよ』

 

 

 言われた直後、ズッシリと重い物が僕にギギギと鈍い金属音と共にのしかかった。

 どうやら、パワーアシストの一部が切れてスーツの重量が襲ってきたようだ。

 つまり、このままでは押しつぶされてしまう。

 

 

「め、メーティス!スーツを強制パージさせろ!」

『宜しいのですか?』

「宜しく無いと僕が圧死する!」

『イエス。マスターも好きな冗談です』

 

 

 バシュ!という排気音と一緒にスーツの接合部が強制的に断ち切れ、スーツがバラバラに弾けていく。

 キャストオフが完了すれば、後には生身の僕が出てくるだけだった。

 

 

「メーティス、アークリアクターは回収したから残りの配線と基盤も自壊させてくれ」

『了解』

「はぁ…………」

「……最後まで締まらないな、お前」

「うるさいよ」

 

 

 その間が良かったのか、彼女は何時もの調子を取り戻し始めた。

 何だかんだ図太い神経をしてるから、数日もすれば元通りに…………

 

 

 ダアンッ!

 

 

 マスクを通さずに直接聞こえた銃声は妙に大きな音がした。

 

 

「え────?」

 

 

 胸に違和感を覚えた。

 思わず手で押さえてしまったから退けてみれば、ベットリと紅い液体で掌は染められていた。

 まるで血みたいだ…………なんて感心しながら胸元も見てみると、Tシャツも同様に同じく真っ赤に染色されているじゃないか。

 

 あれ、何で…………?

 

 

「おい、お前どうし────えっ」

 

 

 立ち竦んだ僕を訝しんでか、彼女は僕の前方までやって来ると驚愕した表情で口元を両手で押さえた。

 

 ねえ、どうしてだろう?

 

 何でこんなに、急に、痛く────

 

 

「なっ、あ、ぁぁあ………………幸太郎っ!!」

 

 

 テレビの電源を消すみたいに、僕の意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

○ 

 

 

「あれ……?」

 

 

 気がつけば、僕はあの地下のラボで寝かされていた。

 ここには何度も訪れた事があったから、一目で判別できた。 

 はて、しかし今日は自分の意志でここに訪れた覚えは無いのだが…………?

 

 

「起きた…………?!」

「うおっ、と」

 

 

 ラボの主は僕の覚醒に気がつくと焦ったように走り出してきた。

 未だ状況が飲み込めない僕だったが、取り敢えず勢い余って僕が横になってるベッドの角に躓いた彼女を受け止めて、訊ねてみる。

 

 

「一体、どうしたんだい?」

「あのね……あのね、落ち着いて聞いて」

「うん」

「いい?落ち着いて、落ち着いてね、落ち着いてよ、お願い」

「お、落ち着くのは君の方じゃないかな?」

「いいから!落ち着くっ!」

「はい落ち着きますよー、クールダウン、クールダウン」

 

 

 背中をポンポンと叩いて呼吸を整えさせる。

 それで少しは落ち着いてくれたのか、何かを取り出して差し出しながら話を始めた。

 

 

「はい、これ……」

「手鏡?」

 

 

 鏡には僕の顔が写る。

 うん、自分で言うのも何だがそんなに出来の悪い顔でも無いじゃないか。

 

 

「違う!もっと下!」

「あ、はい」

 

 

 怒られてしまった。

 言われた通り鏡を下に降ろしていく。

 しかし、降ろしたところで顔の下にあるのは首か、その下は胸で、胸は普通に光っていた。

 

 光っている?

 

 

「え……えっ、はい?何これ?」

 

 

 よく見れば、それはアークリアクターだった。

 アークリアクターが、僕の胸に埋め込まれている。

 そう、まるでトニー=スタークみたいに。

 

 

「あの時……お前、撃たれたんだよ」

「う、撃たれた?!」

「一人が這いながら動き出して、スーツを脱いだ瞬間に……」

 

 

 バン、って。

 

 

「………………」

「弾は心臓に直撃、骨とプレスされたみたいで完全に潰れてた……」

「そ、それって即死じゃ……」

「偶々、搭乗者保護機能の試作を量子変換して持ってたから、それで最低限の生体機能だけは維持する事ができたんだけど……」

「いや、言われても解んないし」

 

 

 何となく、彼女の作ってるパワードスーツの機能だと言うのは推測できるが。

 

 

「それから近くに停められてた車を頂いて、最寄りの病院から手術器具を盗んでからここまで運んできて…………」

「まって、重犯罪者さん、何でそのまま病院に任せてくれなかったの?」

「心臓が潰れてたんだよ!?人工心臓どころか人工心肺さえあるか解んない所に任せて見ず知らずの誰かのドナーになりたかった?!」

「ご、ごめんなさい……」

「…………それで、ここまで連れてきたんだけど、やっぱり心臓がもう駄目だったから、人工心臓を作った」

 

 

 どこから指摘すれば良いのか解らなくなるくらい、とんでもない話だった。

 兎に角、僕がこうして生きていられるのは彼女のお陰だと言うのは充分すぎる程に理解できる。

 

 

「だけど、人工心臓を動かす小型動力源が上手く造れなくて……それで、お前が持っていたのが」

「アークリアクター…………」

「うん」

 

 

 確かに、そういった用途にアークリアクターは最適だろう。

 何せ人生50回分以上の拍動を賄うだけのエネルギーを産み出すことが出来るのだから。

 

 ふと、胸に触れてみる。

 青白い光は仄かに熱を持ち、包んだ掌に温もりを伝えた。 

 

 

「そうか…………」

「…………」

「そっか、そうなのか…………」

 

 

 今は、それ以上の言葉を導き出せる気がしなかったが────

 

 不思議と、悪い気分では無かった。

 

 だから

 

 

「ありがとう」

「え」

 

 

 こんな時、感謝の気持ちを伝えるしか無いだろう。

 何時もなら憎まれ口を叩くのに、今日は不思議と素直に言うことが出来た。

 

 

「なんで…………私、こんなに、しちゃったのに」

「命を助けてくれたのに、ありがとう以外にないだろ?」

「…………」

「あー、だからさ……」

 

 

 悲しげな彼女の顔が見たくなくて、思わず顔を背けてしまう。

 さて…………この状況、どうすれば良いだろうか?

 

 

「…………ありがとう」

「え?」

 

 

 彼女の口から飛び出してきたのは、僕と同じ感謝の言葉だった。

 

 

「助けてくれて、さ…………」

「じゃあ…………お互い様、だ」

「…………うん」

 

 

 今はそれだけで、充分な筈だ。




まあ、きっと予想通りの展開だったという人も結構いそうですが。
ある意味トニーより酷いです。
磁石じゃなくて心臓そのものですからねぇ…………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

009 穏やかな日常は良いね、心に、とても

今回も幕間なので短め


「はっ、は…………ふっ」

 

 

 12月の寒空の下、僕は全身に汗を垂らしながら走り込んでいた。

 我ながら随分と“らしくない”事をしているな……という自覚はある。

 半年前の僕だったら考えられないことを、今、現にやっているのだから。

 

 おもむろに眼鏡型デバイスで距離と経過時間を参照してみた。

 早朝の6時から始めて既に1時間ちょっと、距離にして約20kmの道程を休みなく走って……それでもまだ疲れる気配は見えない。

 

 

「お先に失礼!」

「え……!?」

 

 

 前方を走る新聞配達の自転車を追い越しながら、声を掛けてみる。

 そう、つまりウィンターソルジャーでのキャプテンの真似なのだが、一度はやってみたいと思った事が叶った訳だ。

 

 さて……運動が得意でも苦手でも何でもなかった僕が何故こんな超人みたいなことが出来るようになったのだろうか?

 その理由は僕の胸で輝く光……アークリアクターにあった。

 

 

「…………」

《アークリアクターの稼働良好。不具合も検出されません》

「ん、ありがとうメーティス」

 

 

 今は彼女がオマケで作ってくれた人工皮膚のスキンのお陰で外側から見ても判らないが、文字通り一皮向けばそこには鋼の心臓が今でも僕の全身に血を送り続けている。

 そう、つまりこの胸に輝く光球は3分間しか活動出来ないどころか3GJのエネルギーを生み出す事ができるので、心臓を動かすなんてお茶の子さいさい……寧ろコントロール出来るまである。

 実質的な心肺機能の強化……そのお陰で、僕はこうやって今では自転車よりも早く長距離を走れる様になっていた。

 

 アークリアクターが胸に埋まっている……と言うのも()()()()ばかりじゃない、という訳だ。

 

 この事に気付いたのは半年前……僕の心臓が事故(事件)で潰れてしまい新しい心臓を得てから暫くの頃。

 僕は前代未聞な心臓移植のせいで心肺機能は低下しているんじゃ無いかと思い、体力がどのくらいまで落ちたのかを試すのと、鍛え直すつもりで早朝のランニングを始めた。

 

 ところがどっこい、あの天才が作り上げた人工心臓と僕のアークリアクターがベストマッチしたのか、心肺機能は低下するどころか飛躍的に向上してしまい、僕の体力は無尽蔵になっていたのだ……

 勿論、筋肉痛だとか怪我だとか、スタミナが如何に有り余っていても肉体的な疲労や消耗は付き纏う。

 だけれども、それだって毎日欠かさずに適度な(過剰な)運動をすれば自ずと鍛えられるわけであって。

 この通り、20kmや30kmを半分くらいのペースで走る分には問題ないくらいには鍛えられていた。

 

 

「メーティス……」

『測定中』

 

 

 しかし、残念ながらアークリアクターの心臓はそんなメリットだけでは無い。

 

 

『血中毒素の濃度は8%です』

「……やっぱり、緩やかに上がってるな」

 

 

 核融合反応によってパラジウムのニュートロンがダメージを受け、劣化してしまう。

 スーツのエネルギー供給源として使われていた時はその都度交換していれば良かったが、僕の心臓になったからにはそう易々と交換出来ない。

 劣化したパラジウムからは膿の様な無機プラズマ性排出液が漏れだし、それが血液に流れ込むことで中毒症状を引き起こす。

 

 トニー=スタークの場合、彼はアークリアクターを胸に埋め込んでから半年と少しで9割近くまでパラジウム中毒に冒された。

 しかし僕の場合……若くて代謝が良かったからなのか、それとも彼女の人工心臓の出来が良かったからなのかは定かでは無いが……そこまで急激に進行する事は無く、青汁(クロロフィル)と月一度の二酸化リチウムの投与で症状をある程度まで抑える事が出来ている。

 とは言え、このままでは保って5年か、それとももっと短いか…………

 

 映画みたいにヴィブラニウムが本当に存在するかも定かじゃ無いのは、頭を悩ませる問題だ。

 少なくとも、記憶の中でそんな金属は無かった。

 その時はパラジウムの代わりなんて探す必要も無かっただろうからね。

 

 

「………………ふぅ」

 

 

 考え事している内に、辿り着いた。

 場所は篠ノ之神社。

 僕はその境内にある道場に通い、去年はまともに取り組もうともしなかった剣術を今では割と本気でやっていたりする。

 近場だし、走るだけじゃ物足りなくなってきてたし…………何だかんだあの小屋に通う機会が増えてきたり……まあ、色んな理由が相まって、ここを選んだ。

 

 

「よっ」

「ああ、おはよう」

 

 

 鳥居を潜ってすぐ、まるで僕を出迎えるみたいに神楽殿の踊り場に腰掛ける少女がいた。

 つまり、僕の心臓の制作者さんだ。

 

 

「その……ソレの調子はどう?」

「すこぶる好調だよ。うん、今ならフルマラソンの2周や3周くらい容易く出来そうだ」

「そっか…………まっ、私は天才だからね、生活習慣も改善したんだから感謝して貰いたいな!」

「否定できないから(しゃく)に障るなあ…………あ、ちょっとごめん」

 

 

 一言断ってから、僕は持参した水筒を取り出して中の飲料を一口飲ませて貰った。

 うん、不味い。

 

 

「良くもまあ、そんな物を飲めるね…………」

「折角運動するようになったし、この際だから健康にも気を使おうと思ってね」

 

 

 ほうれん草を主に、小松菜やケールなど緑色野菜を粉砕してお茶で溶いた物だ。

 もうビタミンだとかミネラルだとか身体に良さそうな成分のてんこ盛りだが、苦いし渋いし青臭いしで飲めた物じゃない。

 だけど……クロロフィルが豊富だ。

 これを1日3リットル、デトックス効果は健康の秘訣。

 

 

「さて、じゃあそろそろ道場の方に行こうかな」

「ん、わかった」

「……来るの?」

「何だよ、悪い?」

「別に構わないけど、面白い物でもないだろ?木刀を振ってるか、打ちのめされてるだけなんだから」

「良いんだよ、息抜きになる」

「息抜きって……毎回見に来てない?」

 

 

 基本的に夕方以降はクリエイティブな時間に充てたいので道場には土日だけ来ている。

 そして考えてみれば……修練を行っている朝から昼まで、彼女は何だかんだ言って毎週、見に来ていた。

 

 

「別に良いだろ、私が何してたって!」

「いや、そうだけど」

「何だよー、文句あるんなら心臓抜くぞー」

「冗談でも止めてくれ!」

 

 

 何てブラックなジョークだ、シャレにならない……

 なんだかなー、最近ちょっとだけ丸くなったと思ったのにすぐに何時もの調子だからな。

 だけどそうでないと張り合いが無い…………うぬぬ、ディレンマだ。

 

 

「相変わらず喧しいな…………」

「ああ織斑さん、おはよう」

 

 

 話している内に道場にまで辿り着いていて、中では先客の織斑さんが木刀を振るっていた。

 

 同じクラスで何度か顔を見合わせた事はあるけど特別に親しい訳でも無い。

 ただ、彼女は風紀委員だから良く周りを省みずに騒ぐ僕たちにお灸を据える役目を担うので面識が無い訳でも無いが…………まあ、顔見知りという程度だろう。

 

 何でも今年から篠ノ之神社の道場で剣術を習い始めたり、神社の手伝いを始めたそうなのだが……情報源が人見知りなせいで役に立たないので詳細は不明だ。

 

 

「ちょうど良い、倉持、相手をしろ」

「え゛」

 

 

 因みに、剣の腕前は議論の余地もなく彼女の方が圧倒的に上だ。

 そもそも振りが早過ぎて太刀筋が見えないのに、此方の動きは全て見切られているんだから勝負にならない。

 

 って言うか、もう次元が違いすぎて単純な腕力でも僕の方が劣るって言うのはどういう事だろうか?

 この世界の女子は皆そうなのかとも思ったが、メーティスの調べによればそう言う訳でもなく、彼女たちが特殊なだけみたいだが……

 

 

「いやいや、僕じゃ相手にならないよ…………?」

「構わん。柳韻(しはん)先生が来るまでの暇潰しだ」

「はぁ……」

 

 

 僕は溜め息をつき、これから起こる未来を正確に予測しながら壁に立てかけられた木刀を一本取り出し、構えた。

 

 そして案の定、僕の木刀は一度も織斑さんに触れること無く、一方的に打ちのめされてしまった。

 

 …………だからちょっと見学は遠慮して貰いたいんだけどなあ。

 

 

 

 

 

 

「それで、名前は決まったのかい?」

 

 

 所と時は変わって昼過ぎの某小屋の地下、つまり彼女のラボ。

 僕は乱雑に放置されたゴミを片付けながら作業を続ける彼女を眺めていた

 

 

「ん、まあね……」

「へえ、何て?」

「名前は、Infinite Stratos」

「ストラトス……」

『英語で成層圏、若しくはギリシア語で軍隊の意味です』

 

 

 へえ、前者は聞いたことあった気がするけど、後者は初耳だ。

 でも彼女の語ってくれた夢のことを考えれば前者の方だろう事は明らかだ。

 つまり直訳で無限の成層圏という意味になるが…………

 

 

「また何というか……素直にスカイ、じゃないんだね」

 

 

 さて、何でそんな名称にしたのか考えてみる。

 空は対流圏から始まり、続いて成層圏、中間圏、熱圏、外気圏と言った具合に大気圏は区切られている。

 基本的に宇宙は熱圏より高度の高い場所とされ、成層圏もまあ空と言えなくもない。

 普通の飛行機が飛んでる高度だしね。

 

 

「人類にとっての空……ってことかな?」

「まあ、そんなところ」

 

 

 しかし、作業中だから反応は淡泊だ。

 不正解では無さそうだが、完璧な解答では無いということか。

 

 

「殆ど完成……なんだけどね」

「おお」

「でも一つ欠点があってさ」

「欠点って、何が?」

 

 

 独り言を呟くような声だったが、これは僕に話しかけているらしい。

 無視すると後で怒られる。僕は学んだんだ。

 

 

「女しか使えない」

「何それ、どういうこと?」

「男が使おうとしても反応しない、着れないし動かない」

「……何とも言えない仕様だね」

 

 

 何がどうやったらパワードスーツの装着の可否が性別で制限されるのだろうか。

 あのコアというのがそうさせるのだとしたら、何とも不思議で興味をそそられるが……

 

 

「どこかに発表する場って無いかな……」

「何、公表したいの?」

「うん。これは、人類に贈られたモノだからね」

「ん?」

 

 

 その言い方にちょっとだけ引っかかった。

 まるで自分が贈るわけでは無いと言いたげで、自分も受領者みたいな言い回しだ。

 それが、何をどう意味するのかは解らないが…………

 

 

「じゃあ、少し待ってて」

「何を?」

「父さんか母さんに、何処かの学会に紛れ込めないか聞いてみるよ、そういうコネもあるだろうし」

「…………本当?」

「ほんと本当、だからまあ、論文を起こしておいてよ」

 

 

 世間で彼女の作品、インフィニット・ストラトスがどの様に評価されるのか……実は楽しみだ。

 実際に稼働したところは見たことが無いが、これまでの聞く限りの仕様はアイアンマンに勝るとも劣らない素晴らしい逸品であると理解している。

 きっと、賞賛と共に歓迎されるだろう。

 

 

「だったら、稼働させてデータを取らないとな……」

「君が着るのかい?」

「そしたら誰がデータを計測するのさ」

「だけど、誰か頼める様な友人、いるのかい?」

「…………」

 

 

 しかし、どうにも前途多難なようである。




今回はさらっと流すような内容。
漸くISが形になりました。

クロロフィルも二酸化リチウムもアイアンマン2での治療法。
実は、アークリアクターから毒素が漏れ出したり、クロロフィルを飲むという治療法も既にアイアンマン1の時点で描写されてたりします。

事件までもう少し、もうちょっと後だけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

010 親切でやってもそれが裏目に出ることもある。難しいよね、色々とさ

因みに主人公と束の学年は現在は中1(13歳)です。


「ふっ……う、ちょっと寒いな……」

 

 

 2月、節分も過ぎ暦の上は春の訪れを告げた筈だが……実際には雪が降りしきる程に寒さに見舞われていた。

 積もった雪を踏み固めながら、靴と足の合間から侵入して溶けた氷水に顔を顰めながらここまで走ってきたのは……もう既に見慣れた篠ノ之神社。

 普段ならば平日は基本的に家で過ごすのだが、今日は珍しく呼び出されてしまったので、こうやって馳せ参じた訳だ。

 

 

「恐らくはIS関連のことなんだろうけど……さて」

 

 

 ここからは除雪された石畳の上になるので、走らず歩くことにする。

 ツルンと滑って転んだら堪らないし、彼女に何と言われるだろうかと考えると、僅かな時間短縮の為に危険を冒したいとも思えなかった。

 

 

「うわ凄い、これ雪掻き手伝った方が良いかな……お?」

「あっ!」

 

 

 本殿や神楽殿の屋根にも厚く降り積もった雪を遠目に眺めながら歩いていると、子供が僕の方へ向かって駆けてくる姿が見えた。

 危ない……と思って制止しようとしたが、声をかける前に僕の目の前まで来てしまう。

 仕方ないので、その場で膝を畳んで屈んだ。

 

 

「こんにちは箒ちゃん。でも駄目だよ?今日は雪で道が凍ってるから走ると転んじゃうかもしれない」

「はーい、ごめんなさーい」

 

 

 ケタケタと無邪気な笑みを浮かべるのは篠ノ之箒ちゃん。

 名前で察しがつくだろうけど、つまり彼女の妹だ。今年で4歳。

 

 あまり家族の事も話さない彼女だけど、箒ちゃんの事に関しては雪崩のようによく話す。

 主にその可愛さについて、延々と。

 そして何故か……僕は箒ちゃんに懐かれた。

 何をした訳でもないのに、気が付いたらそうなってて、彼女からは怨嗟を囁かれた。理不尽だよね。

 

 

「こうにーちゃん、今日はどーしたの?」

「君のお姉ちゃんに呼ばれたんだ」

「おねーちゃん?今日は家の中にいなかったよー」

「そっか、じゃあ何時もの所かな」

 

 

 この場からは視界に届かない小屋を遠目に見つめながら、呟く。

 そうしていると、箒ちゃんは不服そうな眼に頬を膨らませて「怒ってます!」言わんばかりの表情で僕を見上げていた。

 

 

「また秘密基地にいくの?」

「ああ、うん……まあね」

「こうにーちゃん達ばっかりズルい!私も行きたい!」

「うーん……それはちょっと、お姉ちゃんに聞いてみないと判らないなぁ」

 

 

 あそこは色んな物が散らばってて小さな子にはちょっと危ないし……

 それに、勝手に連れて行っても怒られる未来しか見えないから、やっぱり気乗りしない。

 

 

「……よし、じゃあ僕の用事が終わったらちょっと遊ぼっか」

「ほんと?!」

「うん、本当だよ」

 

 

 秘技・話題転換。

 この技は話の論点を誤魔化すことで追及を逃れ、かつ機嫌を害することなく切り抜けることができる。

 追及されたくない事をすり替えておいたのさ。

 ……子供だましだって言われちゃそれまでだけど。

 

 

「じゃあ箒ちゃん、後でまた会おうね」

「うん!またね!」

 

 

 しかし、素直で純粋な箒ちゃんはそれで許してくれた。

 ああ、この子の姉の方もこれくらい良い子だったら…………いや、無いな。ありえない。

 寧ろそうあって欲しくないような、そうでないからこその、っていう感じもするし。

 

 

「じゃ、行くか……」

 

 

 箒ちゃんと別れて、僕は漸く地下のラボへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ラボはオレンジジュースと消毒液を混ぜ合わせて火で炙った様な臭いがした。

 つまり、異臭だ。くさい。

 

 

「良くもまあ、こんなに汚く出来るよな……」

 

 

 前に来たのは三日前だったか、その時も僕はこのラボを掃除していったのに、既にご覧の有り様だ。

 ネジとかドライバーとか、切って余った銅線から始まりお菓子の空き袋や脱ぎ捨てた衣類まで散らばっている。

 一つヒョイとペットボトルを拾ってみれば、開けたまま放置してたせいで変な臭いのする炭酸飲料が残ったままだったり。

 

 

「おーい?」

 

 

 呼んでみるが、ラボの主から声は返ってこない。

 この場にはいないのか、それとも寝ているのか……だがしかし、此処に来いと言われたのだからこのまま待っているべきだろう。

 

 

『マスター。何時ものお仕事ですね』

「……僕は掃除夫でもお母さんでも無いんだけど?」

 

 

 仕方ないので、ラボに持ち込んである業務用ゴミ袋を取り出してめぼしいゴミを放り込んでいく事から始める。

 機材や機器は極力元の場所に戻して、資材は一カ所に纏めてから床をモップ掛け。

 あとは整理したり、畳んだり水拭きすればいつもの通過儀礼は終わった。

 

 

「ふぅ……終わった」

 

 

 あとは洗濯してないであろう衣類を籠に纏めて洗濯すれば良いようにしておく。 

 

 

「あ、此処にいた」

「……お邪魔してます」

 

 

 ちょうど掃除が終わる頃、見計らったみたいに彼女は地上から降りてきた。

 そう言えば彼女が掃除をしているのを見たことが無い。

 大丈夫だろうか、独り立ちしたり何だりした時は……料理も出来ないって言ってたし、何時までも僕が面倒をみる訳にもいかないのだが。

 

 

「偶には自分で掃除したらどうだい?此処に誰かを入れる訳にもいかないだろうし……」

「…………」

「ん、どうしたの?」

「これ…………?」

 

 

 彼女は一点を指差した。

 衣類を纏めた籠を、震えるように。

 はて、特に破損も無いように片付けたつもりなのだが?

 

 

「自分で掃除するのか任せるのか知らないけど、散らばったままじゃと思って──」

「ま、まさかお前が片付けたのか?!」

「そうだよ、他に誰がいるのさ?」

「おまっ……!ふざけるなよ!」

 

 

 その事実を知った彼女は顔を真っ赤にして憤った様子で僕を睨みつけてくる。

 心外だ、僕は掃除しただけなのに…………

 

 

「そんなに掃除されるのが嫌なら自分でやりなよ……」

「違う!問題はそこじゃない!」

「え、じゃあどこ?」

「何で服とか…………し、下着まで!」

「…………それこそ、今更じゃないか」

 

 

 彼女が羞恥を感じている理由は解ったが、掃除をするのは一度や二度の話じゃない。

 彼女は熱中すると家に戻らずこのラボに籠もるらしく、そうなると着替えや食事もここで行ってしまう。

 そうなると生活能力が皆無だから買い込んだお菓子を食べ散らかしたり、脱いだ衣類も構わずその辺に放り投げる。

 だからそれを見かねた僕が親切で手伝いをしてただけで、これまで何度も下着を片付けたことはあるが、今まで一度も何か言われたことは無かった。

 

 

「普通の神経じゃ無いだろ……っ!」

一端(いっぱし)の女の子みたいな恥じらいは結構だけど、だったら少しは自分のことは自分で……」

「お前は私のお母さんかっ!」

 

 

 全くもってその通り、僕もそう言ってやりたい。

 僕は君のお母さんじゃないんだ、ってね。

 

 

「だったら、ほら、少しは自分で」

「…………フン、嫌だね!」

「嫌って、君ね…………」

「乙女がこんな辱めを受けたんだから責任とって貰わなきゃな!」

「乙女、君が?……フッ……アハハハ……」

「笑うなあっ!!」

 

 

 乙女だとか、下着を片付けるなって言う前に放置するなよって話だ。

 そう認識してもらいたいならそれらしく振る舞ってしかるべきだろう。

 ほら、歯軋りしないの。

 

 

「…………っ」

「そう言えば、僕は何で呼ばれたんだい?」

「……来い」

 

 

 吐き捨てるように言ってから、僕の腕を掴んで引っ張ってくる。

 力いっぱいに、握り締め……潰さん勢いで。

 

 

「いっ、痛たたっ!痛いって!」

「早くしろ!」

 

 

 爪と指が食い込み、僕の骨はギシギシと悲鳴をあげている。

 振り解こうとしても圧倒的な力の差の前では無意味で、為されるがままに引き摺られていく。

 

 

「やめっ……軋む!折れる!千切れる!」

「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」

 

 

 そしてそのまま、僕は地上まで連行されてしまった…………

 

 

『そういうのをデリカシーが無い、と言うそうです』

「ああ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 そして寒空の下、僕は雪山に放り投げられた。

 

 

「へぶしっ!」

 

 

 口の中に入った雪を吐き出し、立ち上がる。

 幸いなことに歯も折れてないしどこにも怪我は無さそうだ。

 

 

「な、何をしてるんだ……?」

「気にしないで、ちょっと気が立ってるだけだから」

「そう、なのか…………?」

 

 

 落下点の少し先に、織斑さんの姿があった。

 そう言えば織斑さんは平日も欠かさず道場に通い詰めているんだっけ…………

 あれ、でもここって道場からそれなりに離れているよな?

 

 

「織斑さんは、またどうしてこんな所に?」

「ああ、篠ノ之に呼ばれてな」

「呼ばれた?」

 

 

 それはまた、何でだろうと疑問に思ってると、その張本人が近付いてきた。

 僕の襟首を掴みあげて…………苦しい……

 

 

「ちょっと手伝え」

「おーけー、解った。だから離して欲しいな……!」

「…………ふんっ!」

 

 

 直ぐに解放してくれたけど…………これは、さっきの事をまだ根にもっているな?

 うーん……あまり、このままにしておくのも良くない用な気がする。

 

 

「なあ、悪かったって……何かで挽回するからそろそろ機嫌を直してくれよ…………」

「…………何かって、何?」

「何って…………僕に出来ることで犯罪とか例外を除けば、何でも」

「言ったな?」

「え?」

「何でもって言ったな?撤回は許さないぞ?」

「ああ、うん……勿論さ」

「よし」

 

 

 それで満足したのか、明らかに機嫌を良くした顔で頷いた。

 …………軽はずみに言ってしまったが大丈夫だろうか、僕は何をさせられるのだろうか……?

 

 

「とりあえず、今はそれと別で手伝え」

「構わないけど、僕は何をすればいいのさ?」

「ISの装着テストの、まあ計測とかさ」

「ああ、遂に……」

 

 

 ISの機体自体は完成して数ヶ月経ったが、未だにISが稼働したことは無かった。

 それはつまり、彼女に親しい友人がいなくてISを装着してくれる人がいなかったから。

 何なら彼女自身が着てテストを行えば良いのではと思ったのだが、計測の方に集中したいとかで却下された。

 

 故に今日まで、ISは地下のラボで鎮座したままだったのだ。

 

 

「それで、私は何時までお前たちの痴話喧嘩を見せられていれば良いんだ?」

「じゃあこれ着けて」

「…………ああ」

 

 

 織斑さんの声を完全に無視して、何か白い腕輪のような物を手渡した。

 それを装着したのを確認すると今度は用意していたノートパソコンの画面を凝視する。

 

 

「それじゃあ、始めるよ」

「わかった」

 

 

 宣言と共に、その腕輪から白色の光が弾けた。

 眩しさに手で光りを遮り、細めた目で見えた先には何処からともなく現れた装甲が続々と織斑さんに装着されていく様子。

 光が収まり、視界が晴れてからよく見れば……

 

 

「これは驚いた…………」

 

 

 そこにいたのは、まさに白騎士。

 その装甲だけならば何度か見たことはあった。

 しかし…………こうして誰かが身に纏い、ISとして完成した姿はまた異なった美しさがある。

 

 そして驚いた事に、今まで仕様を知らなかったがISはあの腕輪から全身のパワードスーツ一式を召喚していたように見えた。

 もうこの時点で、僕の造ったアイアンマンを軽く凌駕している。

 

 

「それじゃ、VRで仮想敵を表示するから撃墜してね」

「ふむ……武器は、これか」

 

 

 今度は右手に白磁色の剣が出現した。

 一振りすれば、青白いエネルギーの波が刃を形成される。

 どうやら、プラズマブレードとやらみたいだ。

 

 

「で、お前はアクチュエータの数値の変動を中心に、エネルギーの揺らぎと慣性制御の数値と…………諸々の観察しておいて」

「ああ、えっと……基準値はこれか」

 

 

 渡されたノートパソコンを眺めながら呟く。

 何か大きな変動、異常があれば伝えろとの事だが…………数値は安定していてその必要も無さそうだ。

 

 

「なあ、ちょっと聞いていいかな?」

「ん、何?」

「こう言っちゃ何だけど、よくテストパイロットを頼めたな」

 

 

 正直に言って、彼女は僕以上にコミュニケーションを苦手としている部類の人間だ。

 そんな彼女が織斑さんにテストパイロットを頼めたという事に、驚かずにはいられなかった。

 

 

「ああ、金で雇ったからね」

「そっか…………え、金?」

「アイツ、お金に困ってるっていうから」

 

 

 何でも、織斑さんの両親が数ヶ月前に謎の蒸発をしてしまったと言う。

 頼れるような親戚は存在その物が不明で、唯一頼れる先が父親の友人であった篠ノ之柳韻さんだけ。

 幼い弟と二人暮らしの織斑さんは柳韻さんから援助を受けながらギリギリの生活をしているのだとか…………

 

 

「一回50万って言ったら二つ返事で頷いたよ」

「ご、50万って……どこからそんなお金を?」

「どこって株とかFXとか……ISの開発費もそこから賄ってる」

「自分で稼いでいるのか……」

 

 

 僕の場合、アイアンマンの開発の資金は完全に親の(すね)をかじってやっている。

 それも生半可な額ではなく……いずれ返すつもりではあるが負債はかなりのものだ。

 いやだって、本来は未成年じゃ株取引も出来ないし、寧ろその発想が無かったて言う方が正確で……

 

 

「どうした?私の使ってるツールあげよっか?」

「いや、大丈夫……」

 

 

 何かそれは負けた気がするから御免被りたかった。

 だけれど……そろそろ何らかの手段でお金を稼ぐ方法を考えなければならない気がする。

 その手段は追々考えるとして……

 

 

「おっ、全部撃墜した」

 

 

 隣のモニタを見れば、高速で飛翔するISが次々と仮想現実のミサイルを破壊している姿が映っていた。

 高速と言っても、スピード自体は音速以下でアイアンマンよりは遅そうである。

 しかし、先ほどのプラズマブレードを消して大砲……荷電粒子砲を召喚し、大威力のビームを撃ち出したりとアイアンマンとはまた異なった器用さを見せている。

 

 

「どうだよ、私の子は?」

「いや……凄いよ、本当に」

 

 

 これは、ウカウカしていられない。

 ISの完成度には目を見張る物があって、安定性で言えば今のアイアンマンを圧倒している。

 

 冷却問題は一応の解決が見えているし、軽量化と小型化にも目途がたった。

 Mark.2……早急に完成させたい。

 

 とは言え、その為にまた親の(すね)をかじる事になるのだが……

 

 

「はぁ……」

「……おい、大丈夫?」

「大丈夫だよ、気にしないで……」

『毒素は12%です』

「それも、大丈夫だから」

 

 

 ああ、それと……ISを発表する為の学会の手配もお願いしないとな……

 




何だかあまり筆が速く進みませんでしたが、あまり長くもないです。

次回は学会。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

011 窮鼠猫を噛むって言うけど、僕がネズミだったら食べられて終わってしまうかもしれない

この小説において前もって宣言しておきたいのは

全年齢対象です。ご安心を。




「それで、その……彼女にチャンスを与えてあげたいと思って…………」

 

 

 僕は珍しく両親が揃った食卓で説得にかかった。

 つまり、彼女が学会で発表できる機会を設けて欲しいというお願いだ。

 学会はそこに所属する学会員で無ければ発表の場は無く、基本的に学会員や参加企業からの推薦状が無ければ新たに学会員になる事も出来ない。

 なので宇宙工学系の学会員である両親に彼女を推薦して貰えたらな、と思ったのだが……

 

 

「…………」

「…………」

「な、何?二人して笑って……?」

 

 

 話した途端、両親はこんな風にお互いを見合って、最初は驚いた顔をしていたと思ったらニヤニヤと怪しく笑いだした。

 何事だろうと窺うが、相変わらず笑みを崩そうとしない。

 

 

「だって、ねえ、春香さん?」

「ねえ、哲雄さん?」

 

「まさか、幸太郎が女の子の話をするなんて!」

 

 

 …………何だって?

 

 

「だって幸太郎、今まで学校の事だって碌に話さなかったじゃない!」

「そうそう、友達の話も殆ど聞いたこと無いしね」

 

 

 だって友達いないんだもん……

 それに、そもそも二人と会うのだって週に一度あるかないかだから学校の事を話す機会が無いだけ……の、筈。

 だから別に、何か特別な話では無いのだけれども。

 

 

「ねえねえ!その子、篠ノ之さんってどんな子なの?」

「どんなって……ちょっと変わり者で、人付き合いが苦手で、あと頭が凄く良くて……」

「へー、まるで幸太郎を女の子にしたみたいだね」

 

 

 失礼な、僕の方がもう少しだけマシだと思う。

 いや、でも……客観的な立場から見られたらどうなんだ?

 やっぱり大差無く見えるのかな?うーん……

 

 

「それで……その子とは付き合ってるの?」

「…………はあ?」

 

 

 付き合ってる?

 誰が、誰と?

 まさか彼女と、篠ノ之束と僕とが?

 そんな、何を、どうして、ありえない!

 

 

「無い無い!絶対にありえない、そんなの!」

「ほほぅ……」

「な、何さ父さん……?」

 

 

 まさか、父さんまで母さんの悪ノリに乗っかると言うのだろうか?

 なんて事を、そんな不毛な……幾ら問い詰めても何も収穫の無い話なのに?!

 

 

「そこまでムキになるのは、少なくとも脈アリって事だね?」

「あらあら……詳しく教えて欲しいわね?」

「…………はぁ」

 

 

 どうしてこうなった?

 僕は、ただ彼女が学会に参加出来ないかと頼んだだけだったなに、何がどうして僕が彼女を好きか否かって話になってしまうんだ?

 

 

「まあ安心してよ、学会の方は何とかしよう」

「でも、それとこれとは話が別よ」

「えぇ……」

「さあ、キリキリ話しなさい!」

 

 

 結局、僕は両親が納得するまで小一時間、その事で問い詰められる事になった。

 心も身体も疲れきった僕はその日、部屋に戻るとベッドにダイブしてそのまま眠ってしまった。

 おのれ、何で僕がこんな目に……なんて呪詛を心に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

「漸く、明日か……」

 

 

 両親に頼み込んでから暫く時が経ち、参加出来る学会の日程も決まり、それも明日に控えている。

 僕は彼女の論文の手直しをしたり、発表用の原稿作りを手伝ったりと、本業(アイアンマン)の方に集中できない状況になっていたので、合間を縫う形で今日もMark.2の調整を行なっていた。

 

 

「結局、空冷式で落ち着いちゃったな……」

『熱交換器を導入した事で熱暴走を防ぎ、安定性を高める事に成功しました』

「大気圏内ではこれをスタンダードにした方が良いかな」

 

 

 今回は、高高度にある冷たい空気をインテークから取り込んでエンジンを冷却する手法を選択したが、水冷式を諦めた訳では無い。

 例えば大気の無い宇宙では、推進剤も兼ねて液化気体を使いたいものだ。

 以前に思案した液体水素も、酸素が殆ど無い宇宙空間なら爆発の危険性も少ないし……いずれ、その時に検討する事としよう。

 

 

「マイクロミサイル、肩部小型キャノン、フレア……メーティス、動作に異常は?」

『チェック……異常なし、全ての機能が正常に稼働しています』

「よし、一先ずはこれでMark.2が完成だな……」

 

 

 Mark.1ではリパルサー・レイ以外に武装が無く、不覚を取ってしまった経験を糧に幾つか見直しも行った。

 基本的な見た目は映画のマーク2とほぼ同じだが、武装はマーク3を参考にして豊富にしてある。

 非殺傷用の武器も相変わらず装備していて、肩部小型キャノンには麻酔弾も装填する事が可能で、当たれば屈強な男でも一瞬で眠りについてしまうだろう。

 

 他にも設計を0から白紙に戻して行い、配線や構造の見直しで小型化と軽量化にも成功。

 装甲材は変わらずSNCM(ニッケルクロムモリブデン合金)を使用している為に銀色のままだが、実は軍事衛星にも使われるゴールドチタン合金が少量だが手に入ったので、重要部分から置換を始める予定だ。

 

 

「…………」

 

 

 さて、ISの学会発表を後押ししてしまってから僕はある事に関して考えざるを得なくなってきていた。

 それはつまり、アイアンマンの公表と技術公開である。

 

 アークリアクターによる半永久的なエネルギー供給、鋼鉄の装甲を物ともしない高出力レーザー砲、圧倒的な小型化かつ戦闘機を超える速さを導き出す高性能ジェットエンジン、戦車をも破壊するマイクロミサイル…………

 アイアンマンの公開は、戦争の火種になりかねない。

 だから、今まではアイアンマンスーツを公開する気なんてさらさら無かった。

 

 だが……

 

 

「メーティス、計測してくれ」

『計測……血中の毒素は34%です』

「おっと……危ないな」

 

 

 僕は机の引き出しにしまった箱から中に入った注射器を取り出す。

 それをすっかりと慣れた手付きで左腕の静脈に、打ち込んだ。

 

 

『濃度は18%に下降しました』

「…………ふうっ」

 

 

 確実に死の足音は近づいている。

 対症療法は行なっているが、根治しなければいずれは本当に、死ぬ。

 何せこの世界にヴィブラニウムが存在する可能性は極めて0に近いのだから…………考えながら特製クロロフィルジュースを飲んで、あまりの不味さに泣きそうになった。

 

 更に、彼女の造ったISの性能を間近で見たから、というのもある。

 彼女はISを世間に公開したいと言うのだから、その意思を尊重するつもりだ。

 しかし……ISもまた、本来の目的と異なり兵器転用される物も少なからず出て来るかもしれない。

 その時、もしもコアの量産が困難であるISを、一部の先進国が占有してしまったら?

 良くて第二次冷戦、最悪の場合は核よりも明確な脅威として管理社会的ディストピアが構築される可能性だって…………

 

 

『二酸化リチウムは根本的治療に成り得ません』

「わかってる」

『それに、二酸化リチウムは本来人体に有害です。現在は少量ですが、いずれ耐性が出来て量が増えればマスターは二重の毒で苦しむことに……』

「わかってる!」

 

 

 だからこそ、世界に対症療法(アイアンマン)を遺していかなければならないのではないか?

 そう、頻りに考えるようになってしまっていた。

 

 既にその為の対策は考えている。

 公開するアークリアクターに、特定の周波数から定められたデータが送信されるとその核融合活動のいっさいを停止する機構を開発中だ。

 これはコミック版のトニーもアイアンマンの技術が悪用されない様に似たような事をやっていて、それを参考にした。

 つまり、安全装置。

 

 

「ハッ……あはははははは!!」

『マスター……?どうなさいましたか?』

「これが笑わずにいられるか!」

 

 

 映画トニー=スタークは自身の死期を悟り、友人のローディにマーク2を渡した。

 それも、下手な芝居をうってまで。

 僕がやろうとしているのは、つまりはそれと同じことだ。

 まさか、アイアンマンの模倣に飽き足らずにそんな処まで真似する事になるとは……

 

 

「はぁ……もっと器用にやれていればなぁ」

『笑い出したかと思えば、落ち込んで、マスターは情緒不安定なようです』

「情緒不安定にもなるさ、そりゃ……」

『今日は明日に備えて寝ることを提案します』

「……そうだね」

 

 

 結局、問題を先送りにしてしまった様な気分だったが、眼を瞑ればあっという間に睡魔に敗北してしまった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、大丈夫だよな……どこも可笑しく無いよな?」

「ああ問題無いよ、僕も原稿を書くのを手伝ったけど、コア以外の事なら理解出来たからね」

「それ、アイアンマンを造れる人に言われても気休めにもならないんだけど?」

 

 

 そして夜が明けて翌日、僕たちは最寄りの国立大学のキャンパスにまで来ていた。

 つまり此処が学会の開かれる場所で、彼女にとっての正念場だ。

 

 

「ほら、見てみてよ哲雄さん……」

「うーん、これは間違いないね……」

 

 

 ちょっと、父さんも母さんもまだその話題を引きずってたの……?

 ただアドバイスと、応援をしているだけじゃないか、僕は。

 

 と、気がつけばそれなりの時間が経過していた。

 

 

「束ちゃんは関係者入り口から入って裏の待機室で呼び出しがあるまで待っていてね?」

「はい…………」

「私たちは企業枠で取った最前列で拝聴するとしよう」

 

 

 次に会うのは彼女の出番を迎えて壇上に登る時だ。

 彼女なら大丈夫だと思うが、その緊張の気持ちも痛く理解できた。

 と言うか、僕の方が緊張しているかもしれない。

 

 

「えっと、その……頑張って!」

 

 

 だからだろうか、月並みで気休めみたいな言葉しか出てこない。

 何か気の利いた言葉を伝えようとして、逆に空回りしてしまっている感じだ。

 何とももどかしくて、どうしたものかと口ごもんでいると

 

 

「終わったらさ……」

「ん?」

「この前のアレで、何かご褒美を貰おうかな」

「アレって……アレか」

 

 

 ちょっとした諍いの中で言い訳するみたいに「何でもするから」と言ってしまったこと。

 もう数ヶ月前の事なのに、めざとく覚えていたらしい。

 

 

「わかったよ、何でもドンと来い」

「フフン、じゃあ何が来るか楽しみにしてるんだね!」

「その言い方……怖いじゃないか……」

 

 

 そして彼女は、舞台の袖へ悠々と歩みだして行った。

 

 

 

 

 

 

 宇宙工学でもそれなりに幅を利かせている倉持重工も参加する学会と言うだけあって、そこに名前を連ねるのは錚々たるその分野の第一人者と言われる者たちだった。

 しかし、最前列という特等席でその発表を聞いていたが、何処かで聞いた事のある物ばかりで、少し眠くなってしまう。

 それもその筈で、僕の頭の中にある知識は文字通り未来に生きていて、似た様な内容は既に見たり聞いたりしているようだ。

 

 それでも何とか耐え切って、休憩もはさんで4時間、漸くその時が訪れた。

 

 

「続きまして篠ノ之束さん、本日は倉持重工さんからの推薦で参加します。テーマは“次世代の宇宙開発・開拓を目的としたマルチプラットフォームな汎用パワードスーツ“です、壇上へどうぞ」

 

 

 弱冠14歳の少女が壇上に登ると、比較的静かだった会場は一気に

(ざわ)めいた。

 まさかこんな幼い少女が現れるとは露とも思っていなかった様で、皆が一様に面喰らった顔をしている。

 

 

「それでは、私の開発致しましたInfinite Stratosについて説明させて頂きます──」

 

 

 そして、始まった。

 

 まずはISの目的や機能の説明から始まり、実際どの様な動きをするのかを図と映像を駆使して解説する。

 慣性制御機構や荷電粒子砲など、それだけで一つのテーマになってしまいそうな物は別紙に纏めてあるのでスルー。

 まあ、大事な所はISコアに依存した部分をどの様に使える機能として発現させたのかという部分なので、そこが発表の主軸になった。

 

 まさに世界の常識をぶち壊すような新事実のオンパレードに、聴衆たちは付いていけていない様子だ。

 無理もないかもしれない、教授やら博士号を持つ者の発表よりも十歩も二十歩も先を行く内容なのだから。

 

 長かったような、短かったような彼女の発表も終わり、質疑応答の時間を迎えた。

 

 

「それでは質疑応答に入らせて頂きます……はい、加藤教授どうぞ」

「うむ……篠ノ之束くん、と言ったかな?」

「……はい」

「私から一つ忠告させて貰うとすれば……学会とは、子供が妄想を披露する場所では無い」

 

「は?」

 

 

 あの白髪な爺は、今なんて言っただろうか?

 自分の耳が信じられなくて、素っ頓狂な声が出て漏れてしまう。

 

 

「君の語る、パワードスーツは確かに夢がある……だがしかし、とても科学的とは呼べない、まるでお伽話なようであった」

 

 

 何とか某という教授の言葉に、周囲も大きく同調するように頷いている。

 今の発表を、まさかまともに聞いていなかったのだろうか?

 

 

「しかし面白い発想ではあった。慣性を止めたり物質を量子に変換しよう等とは誰もが思いつかないだろうしね。これからはきちんと勉強して、将来は科学の道を志して欲しい。私達は未来の科学者の夢に拍手を贈ろうではないか」

 

 

 途端に巻き起こる、盛大な拍手。

 

 何だ、何が、どうなってそうなった?

 慣性が制御されていた事は、映像を観るだけでも解るし詳細なデータも纏めてあるだろう?

 量子変換だって、既存の量子コンピュータの技術の謂わば応用に過ぎない。

 

 それが、否定された。

 まるで今まで話した事が妄想だと言わんばかりに。

 

 意味が解らない。

 何故、精査せず、考えもしないで嘘だと断じる事が出来る?

 子供だからか?理解が及ばないからか?最初から聴く気なんてなかったからか?

 

 

「次は、槌浜テックさん」

「いや、素晴らしい発表だと思いました。特にCGの出来に関しては、私も同様のソフトを使って再現出来るか解らない程にまで描写されていたのには素直に脱帽しました」

 

 

 CG?

 いま、CGとか抜かしたか?おい?

 

 

「ふっざ──」

「幸太郎!」

「駄目!気持ちは解るけど抑えて!」

 

 

 今にも殴りかかりそうな様子の僕を、父さんと母さんは必死に抑えた。

 それで、僅かにだけ冷静になったが心の中は気持ち悪い感情で渦巻いたままだ。

 

 理解出来ないからと言って、お化けやUFOみたいに扱われるのは、ISを近くで見てきた僕にも度し難い物だった。

 それが、開発者で生みの親である彼女にしてみれば、それ以上のショックを受けているに違いない。

 

 怒りが湧いた。

 こんなに感情が揺らぐのは生まれて初めてかもしれない。

 

 何よりも、この場で発言権の無い自分に、憤りを。

 

 

「女の子しか変身出来ないというのも可愛らしい。まるで魔法少女みたいで、良いと思いますよ?」

 

 

 こんなに煽られても彼女は無表情で。

 

 僕は何も出来なくて。

 

 

「ぐっ……ぅ」

 

 

 僕の口唇からは、血が滴り落ちていた。

 

 

 

 

 

 家に着くまで、両親の運転する車の中での彼女は終始無言だった。

 その表情は死んでいて、何を考えているのかも判らず。

 僕も怒りに震えていて何も言うことが出来なくて。

 

 そのまま、神社の前で降りて家へと入っていった。

 

 何か言えれば良いのにと思っても、励ましてはいけない気がして……

 僕もまた、家に帰った。

 

 

「正直に言おう……父さんにも、束ちゃんの言った事が殆ど解らなかった」

「……!」

「良く出来てるロボットアニメの設定を聞いている様な……そんな気分だったよ」

「私も、未知の単語が溢れる程に出てきて、殆ど解らなかった……」

「そう……」

 

 

 解らないからって、何だと言うのか。

 あんな決めつけた言い方で、まるで大義はコッチにあると言わんばかりの言い掛かりだった。

 解らないのならば、解らないと言えばいいのに……

 

 

「大人はね……プライドが高いだけで自分の理解が及ばない物を受け入れることが出来ないの」

「うん、だから解らないものを恐怖に感じて……拒絶するんだ」

「…………うん」

 

 

 それが解るから何も言えなくて。

 怖くて、悲しくて、苦しくて、結局グチャグチャしてて……

 俯いたまま瞳に溜まった涙を床に溢す事しか出来なかった。

 

 

「……父さんが親バカって言うのもあるかも知れないけど、客観的にみて幸太郎は天才だと思う。だから、束ちゃんの言葉も幸太郎には解ったんだろ?」

「……うん」

「きっと、今の束ちゃんを解ってあげられるのも幸太郎だけだと思う……」

「そうかな……」

 

 

 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

 だけど明日になったら、会いに行こうと思う。

 

 今、どんな顔をしているかもわからない篠ノ之束に…………

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝になってから飛び出す様に家を出て篠ノ之神社に爆走した。

 全力全開、いつだか彼女に測って貰った時には時速50kmを叩き出していたというスピードで。

 文字通り風の如く駆けて、やっぱり直ぐに辿り着い。

 

 

「朝早くからすみません!」

 

 

 一瞬だけ躊躇ったが、意を決してインターホンを鳴らす。

 暫くして出て来たのは女性……彼女の母親だった。

 

 

「あら……幸太郎くん」

「おはようございます。あの……」

「…………束は、また何時もの場所に、逃げるみたいに行ってしまって……」

「…………」

 

 

 何かしら思う所があって、家族と顔を合わせられなかったのだろうか。

 でも何となく、予想通りではあった。

 

 

「……あのね、ちょっと良いかしら?」

「?はい、大丈夫です」

「あの子……束とはね、ちょっと事情があって幼い頃から私達はちゃんと向き合う事が出来なくて……だから、今も面と向かって話す事が上手く出来ないの」

「…………」

「そのせいかしら、コミュニケーションも苦手で友達も出来なくて……でもあの子、幸太郎くんのことは私達に話してくれたの」

「え…………?」

「怒ったり、笑ったり……私達に表情や感情を見せてくれたのも幸太郎くんについて話している時だけだった……今は少し、他の事も話してくれる様になったんだけどね?」

「そ、そうなんですか」

 

 

 いや、だから……何なんだろう、その期待の篭った様な眼は。

 (うち)の両親といい、彼女の母親といい…………見当違いに妙な勘繰りが過ぎるような気がするのだけれども。

 

 

「…………今のあの子が何かに悩んでいて、打ち明けてくれるのは私達じゃなくて、きっと幸太郎くんだけだと思うの」

「…………」

「だから、お願い……束の事を宜しく頼むわ」

「え……あっ!頭を下げないでください!」

 

 

 そう言って、頭まで下げられてしまう。

 僕はそんな大それた事をしたつもりは無い。

 ただ……自分の感情の赴くままに、素直に接しただけに過ぎないのに。

 

 

「兎に角……会ってみます」

「ええ、お願いね……」

 

 

 見送られて、そのまま例の小屋へ目掛けて再び駆け出す。

 幸いな事に合言葉は以前に教えられた物と変わらず、唱えるとエレベーターが起動した。

 降りること数分、地下のラボに辿り着く。

 

 

「おーい……?」

 

 

 ラボは電灯が点いておらず、暗闇と静寂で支配されていた。

 遠くに漏れる空中浮遊型タッチパネルの光だけを頼りに、ラボの奥へと目指す。

 床は相変わらず散らかっていて、視界が闇で制限された中でお菓子の食べ残しや棄てられた廃材を何度か踏みつけてしまう。

 それでも進んで、漸く見つけた。

 

 奥のベッドで、枕に顔を押し付けてうつ伏せに寝ている。

 そっと近づいて、声を掛けた。

 

 

「起きてるか……?」

「…………」

「もう、朝だぞ……」

「来たんだ……、お前」

 

 

 枕に呟かれくぐもった声がしんとした部屋に不思議と響いた。

 何故かドキっとして、少しだけたじろいでしまう。

 

 

「そりゃあ、来るさ……」

「何?慰めに来たの?」

「…………」

 

 

 本当に、何て言えば良いのだろうか。

 月並みに残念だったとか、気にするなとか、そんな言葉を言っても神経を逆撫でするだけな気がして、さてどうしたものかと。

 

 少し考えて、様子を伺う様な言葉遣いで語り掛ける事にした。

 

 

「様子を見に来た、って言うのが実際の所かな……」

「私が落ち込んでるだろうから、って?」

「さあ……どうしてるのか気になったんだ。なんて言うかな、危うかったからさ」

 

 

 逃げる様に、かと言って遠ざけようともしない微妙な距離感。

 近づく事も離れる事もなく、曖昧な言葉が宙に浮かんでは消えて行く。

 

 

「危うい……ハンっ、危ういね……」

「顔が死んでた。何も感情が篭もってなくて、何時もよりも何を考えてるのかサッパリだったよ」

「…………じゃあ、私が今、なに考えてるか解る?」

 

 

 ゆっくりと、焦らす様に彼女は起き上がる。

 灯りの無い曖昧な視界の中で、着崩された白いパジャマが見えた。

 ボタンも上の方は殆どしめられて無くて……臆病なぼくは視線を上にズラす。

 

 彼女の顔は、幾分か今まで通りに近づいていた。

 それでも……違う。

 何かが確実に、抜け落ちている。

 

 

「……悔しい?」

「それもある」

「…………悲しい」

「うん、それも」

「腹立たしい、憤り」

「そうだね」

「殺意……」

「おおいにある」

「…………」

「他は?」

「寂しい」

「そう、…………それだ」

 

 

 首だけ項垂れ、膝に抱えていた枕に顔を埋めた。

 その姿には独りだけ世界に取り残された様な、そんな悲壮感が漂っている様に見える。

 

 思わず、その肩に手を置いてしまう。

 それを彼女は、冷たい手で握り返してきた。

 

 

「なんでだろうなぁ……」

「…………」

「何がいけなかったんだろうなぁ……?」

「君じゃないさ、聴いていた……聴けなかった周りが……」

 

 

 結局、自然と慰めの言葉が出てしまう。

 気づいた時には遅かった。

 もう飛び出していて、戻す事は出来ない。

 

 

「…………ねぇ」

「なんだい……?」

「約束さ、違っちゃったけど……良い?」

 

 

 約束。

 あの、「何でも」の事だろう。

 断る気にもなれなくて

 

 やっぱり軽はずみに、言ってしまう。

 

 

「……じゃあ、今回はカウントなしだ」

「へぇ……?」

「次回に持ち越しだ……次の、時に……約束を守れよ」

 

 

 何の、とは言わない。

 言ってから少し後悔する。

 カウントのことじゃなくて、言葉の選び方に。

 

 

「そっかぁ、じゃあ……お願いしよっかなぁ」

「ああ……何でも」

「何でも…………何でも、ねぇ」

 

 

 顔を枕から離して、漸く笑ってみせた。

 

 その声は、その笑顔は、妙に妖艶で。

 僕は恐怖さえ感じた。

 

 

「じゃあさ……キスしてよ」

「は────?」

 

 

 何か、言葉を返す間も無かった。

 呆けたままの僕の両肩を掴むと、そのままグイっと引っ張って。

 そのまま、僕を抱き込むみたいな形のまま、ぐるっと回転に巻き込まれてしまう。

 

 気がつけば僕の背にはベッドがあって、僕の前には顔があった。

 

 つまり、彼女は僕を押し倒している。ベッドに。

 

 

「何でもって、言ったよね?」

「あ、いや……そうだけど……?!」

「うーん……キスだけじゃ、勿体ないか」

 

 

 考える様に顔は虚空を見上げて……でもすぐに思いついたみたいで僕の顔を再びジッと見つめる。

 

 

「今から暫く、私の言う事を聞いて?」

 

 

 とても甘ったるい声で

 

 僕はもう、何がなんだか解らなくなってきて

 

 

「何でもするって、言ったよね?」




圧倒的なまでに全年齢対象。
どうあがいても全年齢対象。
やったぜこれは全年齢対象。
誰がどう見ても全年齢対象。
これは心が躍る全年齢対象。

次回もこのまま全年齢対象。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

012 泥沼に嵌ったのは、果たして君か僕か

全年齢対象。

……全年齢対象だよね?
なんてふと、思ったので適当な少女マンガ(全年齢対象)をパラパラと捲ってみた。

うん、やっぱり全年齢対象だ。


 撓垂(しなだ)れ掛かってくる姿は、まるで猫の様だった。

 眼を細め、こちらの様子を伺っているのか舐めるように下から上へと視線を動かしていく。

 やがて僕と目が合い、ニヤリと笑った。

 これじゃアリスじゃなくてチェシャ猫じゃないか。

 

 

「ぅふ……ふふふふ……」

 

 

 本当にチェシャ猫みたいな怪しい声で笑いながら、彼女は脱力して顔を落とし、僕の胸に額を押し付けた。

 そのまま、ゆっくりと少しずつ頭を上げて……今度は顔を耳元の辺りまで持ってきて、囁いてくる。

 

 

「ねぇ……」

「ぅあ……っ!?」

 

 

 擽ぐるみたいに耳元で囁かれたウィスパーボイスは思いの外にこしょばゆくて、思わずビクンと反応してしまう。

 そんなリアクションをしてしまったのが良くなかった。

 獲物でも見つけたみたいに、彼女はぺろりと舌舐めずりすると……あろうことか、そのまま僕の右耳を舐めとってくる。

 

 

「ひゃ……う!」

 

 

 それも一舐めでなく、何度も執拗に、責めるように。

 耳の形に沿って、ゆっくりと繊細に……かと思えば舌の先を耳の穴に押し込んでグリグリと穿ったり、耳を甘噛みしてからキューっと吸い込んできて……

 

 くすぐったいとか、もう既にそんな域は超越した感覚に見舞われる。

 

 

「や、め……」

「駄ぁ目。言うこと、聞いてくれるんでしょ?」

 

 

 相変わらず、耳と唇とが触れ合いそうな距離で言ってくるものだから始末におけない。

 彼女は、明らかに楽しんでいた。

 この状況を、僕の反応を。

 

 

「どう、して……」

「んぅ?」

「何で……こん、な?」

「あはは、反応がまるで女の子みたい……!」

 

 

 聞いても理由なんて答えてくれなくて。

 寧ろ、逆に彼女の心の何かを煽ってしまっただけだったようだ。

 

 

「んんっ……ん!」

 

 

 耳から口を離した彼女が次にロックオンしたのは、口唇。

 拒むように閉ざした唇を、やっぱりペロリと舐めて。

 それからリップでも塗るかの様に、右から左、上に移って左から右……文字通り舐め回す。

 

 それで一度、顔を離したが……彼女の目に諦めた様子は無く、狩人や肉食動物みたいにギラついていた。

 

 

「ふぅ、ふぅ……」

「はぁ、はぁ……」

 

 

 お互いの熱を帯びた息が、その中間地点でぶつかり合う。

 

 身体から、蒸気が吹き出しているんじゃないかってくらい暑い。

 そんな所へ追い討ちをかける様に、更に身体を押し付けるみたいに体重を全部僕に預けて、抱き締めてくる。

 熱は篭って……彼女の柔らかい身体がプレスされ、何かが潰れた。

 

 こんなの、どうしろって言うのさ…………っ!

 

 

「ねっ……口、開けて」

「…………」

「キス、するから……ほらっ!」

 

 

 それでも頑なに口を閉ざす僕に業を煮やした彼女は決心したように閉ざされた口唇にキスを仕掛けてきた。

 

 

「ん……っ」

 

 

 唇と唇が触れるだけの、子供のキス。

 そこに彼女の口から漏れ出す唾液が潤滑剤になって、滑る。

 

 擦り付けるようなキスが延々と続き、僕の呼吸は遮られた。

 やたら長く、その時間は永遠に続くのではないかと恐怖がにじり寄ってくる。

 そんな、窒息してしまいそうな程にキス。

 

 漸く解放してくれた時には、お互いに息も絶え絶えだった。

 

 

「ぷっ……はあっ……!?」

 

「ふはっ……ふぅ、あはぁ…………!」

 

 

 明らかに彼女は異常(おかし)かった。

 何時もの姿からは想像もつかないような暴走。

 

 その感情の捌け口がコレなのだとしたら、それを受け止めるのは……別に、吝かではない。

 だけど……これ以上は、駄目だ。

 流石に、もう……見ていられなかった。

 

 

「の……ぉ!」

「きゃ……ぅ?!」

 

 

 まず釈放されていた腕で彼女の顔を胸に抱え込む。

 動揺した所で脚を外し、逆に絡めとり返してマウントをとる。

 そのまま、グルンと身体を回転させて……ポジションを奪った。

 

 つまり、今度は僕が彼女を押し倒す形になったのだ。

 

 

「ちょ……ちょっと!?」

「…………違う、だろ」

「え……?」

「こんな逃げ方……君らしくない!」

 

 

 僕に腕を押さえられ組み敷かれた彼女は明らかに動揺し、顔を紅潮させながら驚愕で瞳を揺らしていた。

 成る程、これは……確かにこのまま襲ってみたくなってしまう気持ちは良くわかる。

 でも、駄目だ。

 

 

「篠ノ之束は……そうじゃ、無いだろ?!」

 

 

 言葉が言語になっていない。

 でも彼女には、そのニュアンスが伝わったようだ。

 

 

「そう、かもね……私らしく、無いかな?」

「だったら……」

「私も……こんなんじゃ無いって思ってた……もっと冷酷で、極端で、薄情な人間だと思ってた」

「…………」

「世界中のミサイルをぶつけてやろうかと思った、ISで暴れまわってやろうかと思った、彼奴らを殺してやろうかとさえ思った!…………でも」

「でも……?」

「そんな事を考える度に、お前の顔が浮かんできた!お前に怒られるかもって、悲しむかもって……そう考えたら、何も出来なくなった!」

 

 

 彼女は泣いていた。

 キッと僕を睨みつけて、駄々をこねる幼子みたいに、泣いていた。

 

 

「なんでだよ……なんなんだよ、お前はっ!」

「なに、って……」

「全部お前のせいだ!お前が私の中に入ってきて、私を満たすから……だからこんなに悲しくて!苦しくて、辛いんだよっ!」

「…………僕は、何もしてない」

「したよ!私を認めてくれた!私を見てくれた!私を助けてくれた!私を怒ってくれた!私を心配してくれた!全部お前だ、お前だけ……っ!」

「っ…………」

 

 

 怒涛な言葉のラッシュに、僕は思わずたじろいでしまう。

 それだけ彼女は必死で、追い込まれているように見えた。

 

 

「なんとも思わなかった筈なのに……悔しがるお前の顔を見てたら、こっちまで悔しくなってきて……」

「…………」

「お前がいなかったら……こんな、こんな気持ちには……っ!」

 

 

 何時しか、その声と顔は悲痛なものに変化していた。

 訴えかけるような口調で、吐露していく。

 

 こんな取り乱した彼女の姿を見るのは初めてだったが不思議と受け入れられた。

 

 

「わからない……なんなんだよ、なんだよコレは……」

「何、が……?」

「苦しいのに嬉しくて……矛盾してるのに心地良くて……お前で私を、全部埋めたくなる……っ!」

「だからって、あんな……」

「私は、ただ楽になりたくて……ああすれば全部忘れられると思ったから……」

「…………そっか」

 

 

 憶測ではあるが、漸く彼女が何をしたいのかが分かってきた。

 つまり、甘え方が解らないんだ。

 今まで親にも甘える事が出来なくて色んな物を抱えて……

 かと言って、自分の感情をコントロールできる程に器用でもなく。

 今までに無い程まで追い詰められて、逃げ場を失った。

 

 だから……拠り所が欲しかったのだろう。

 

 

「あー、もう……しょうがないな……」

「へぅ……?」

 

 

 倒れていた彼女の上体だけを起こして、再びその顔を胸の中に抱える。

 幾らか抵抗が見られたが、やがて大人しく動かなくなった。

 それを見計らって、頭頂部から後頭部にかけてを……優しく手で撫でてみた。

 

 

「ごめんな、もっと僕も考えて送り出すべきだった」

「違っ……お前は、関係な──」

「おいおい、さっきは僕のせいだって言ったじゃないか?」

「だから、それとこれとは別で……」

「まあ良いじゃないか、全部僕にぶつけちゃえ。それで、スッキリすればいい」

「…………ん」

 

 

 抱かれたまま、彼女は両腕を僕の背中に回して抱き返してきた。

 てっきり、また何か言ってくるかと身構えていたが、予想外にも無言のまま何も言わずに体重を僕に預けてくる。

 

 

「…………ちゃんと、聴こえる」

「え、何が?」

「心臓の、音」

 

 

 ドキリとした。色んな意味で。

 

 僕の精神状態で拍動は変調するのだろうか、とか。

 まさか毒素のことはバレていないだろうか、とか。

 なんでこんなに良い匂いがするんだろうか、とか。

 

 そんなスパゲティコードみたいに散らかった動揺は隠せただろうか…………?

 

 

「生きてる……」

「…………生きてるさ、君が生かしてくれているんだから」

「そっか、私か」

「そうだよ」

 

 

 落ち着いて、納得したのか彼女は僕の胸から顔を離して、見上げた。

 その視界は僕の顔だけを見ていて、つまり僕の視界も彼女だけが写っている。

 

 瞳は少しだけ潤んでいて……さっきよりも清純な筈なのに、何故か艶めかしく見えてしまう。

 

 

「はっ……あはははははは!」

「な、なんだよ……?」

「いや、ね……何だかどうでも良くなってきちゃってさ……」

 

 

 そう、もう何でも良かった。

 あんな事されて、興奮して……でも押さえてみれば驚かされて、落ち着かせるとしおらしくなってしまう。

 まるで、ビックリ箱。

 

 何だか……凄く愛おしく見えて。

 

 ああ、僕は混乱してるんだなって、自覚させられた。

 この異次元で不可思議でエキセントリックで異常な空気に毒され、酔っているんだ。

 

 

「そう言えば……最初のお願いはキスして、だったっけ?」

「は……は、はあっ!?」

「あれ……聞き間違いだったかな?」

「いや、その……あ、合ってるけど……蒸し返すなよ!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 漸く、何時も通りに戻った彼女の顔を両手で捕まえて、固定する。

 

 

「え?なに?」

 

 

 トボけた表情になった顔を押さえたまま……

 

 その柔らかい唇に、僕の唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

 結局、家に帰ってきたのは日も暮れ、世間的には夜と言っても相違ない時間だった。

 学校?そんなのサボタージュしたよ。

 …………間に合うように朝早くから行ったのになぁ。

 

 

『お帰りなさい。随分と遅かったですね、マスター』

「メーティス……今日は、静かだったな」

『マスター。眼鏡を外されてしまえば現状では交信手段がありません』

 

 

 そう言われてみれば、そうだ。

 

 

『それに私はマスターの言い付けを守ってヴィブラニウムと呼ばれる原子、元素……それに類似する物が存在しないか必死に調べていたのですよ』

「ああ、ありがとう……それで、見つかったのかい?」

『いいえ、残念ながら』

 

 

 だよね……

 期待していなかったと言えば嘘になるけど、見つかる可能性は限りなく低いとは思っていた。

 そんな簡単に見つかる物だったら、こんなに恐怖を感じたりなんかしていない。

 

 

「どうすれば良い……何処を探せば見つかる?」

『わかりません。地球に無いのなら、宇宙を探すしかありませんね』

「宇宙…………?」

 

 

 そう言えば、ワカンダ王国からの採掘とか、家を壊してまで高出力レーザー照射で少量を生成した事ばかりが頭に浮かんでいた。

 だが、そもそもキャプテンの盾に使われたヴィブラニウムは宇宙から飛来した隕石に由来する物だ。

 もしも、ヴィブラニウムが宇宙で生成されやすい物質だったとしたら?

 

 例えば、月で発見されたアーマルコライト。

 鉄とチタンを豊富に含んだ鉱石であるそれは、結局のところ地球上でも発見されたが、逆に言えば月から持ち帰られるまでは見つからなかったのだ。

 つまり、地球で発見するのが困難な物質が見つかったり、もしかしたら、地球という環境では産まれない物質の可能性だってある。

 無理矢理に仮説を立てるとすれば、太陽のように高圧力の環境が整った恒星でのみ産まれ、惑星では作られないとしたら……?

 

 

「メーティス、そうだ、宇宙だ!」

『はい?」

「地球だけじゃなくて宇宙にも視野を広げろ!手始めにNASAからだ!ああ、あらゆる国の隕石のサンプルもな!」

 

 

 縋るような想いで、懇願する。

 自分の生きるか死ぬかの問題だ、必死になったって仕方がない。

 何だって良い、ヴィブラニウムでなくとも、パラジウムに替わり無害でさえあれば……!

 

 

『わかりました。時間がかかりますが、宜しいですか?』

「ああ、やってくれ!」

 

 

 …………淡く儚い願望だが、それくらい夢見てもバチは当たらないだろう。

 いや……それとも、既にバチが当たったからこうなったのか?

 トニー=スタークの、アイアンマンの模倣をしたから……

 

 

「…………なんてな」

 

 

 誰に言うでもなく、コッソリと呟いた。

 

 




直接的な性描写もない。
読んだ者の性的感情を刺激するような描写もない。
未成年者が読んで不適切な描写もない。

だってキスというかチュウだし。
食べカスが付いてて、そこを舐めるのと変わらない。エロくない。
男女が抱きつくなんて、絵本でもやってる。

大丈夫だった!誰が読んでも全年齢対象だった!




え、警告されたら?
描写が少しだけ細かくなったりするだけです。
私は素直なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

013 ミサイルは落ちてくる物じゃ無くて、打ち上げる物だろう?

白騎士事件かと思った?

残念。




 宇宙を目指す。

 まるで大航海時代に新大陸発見を夢見た船乗りみたいな話だ。

 しかし、ヴィブラニウムを探すと言うのはそれだけ無謀であり、だけれども、その塵ほどの可能性に秘められた幻想を僕は渇望していた。

 

 結局、Mark.3はMark.2のマイナーチェンジでは無く宇宙空間での活動を前提として完全に新機軸の設計から始めることにした。

 装甲は鉄の延長線上だった合金から、人工衛星にも使われるゴールドチタン合金を全面に使用、クロムやモリブデンも含有されているので防弾性は維持されている。

 その内部には炭素繊維の熱防護層を設けたが、この辺りは本職だった前世の知識が大いに役立つ。

 酸素の供給に関しては呼気の二酸化炭素から酸素を取り出す等の機構を盛り込んでいるが、改善の余地が多々あるな。

 

 武装面も、宇宙空間にてデブリと遭遇する可能性を踏まえて各所に多角度拡散レーザー砲やマイクロ・リパルサーミサイルを搭載した。

 大きな物に関しては、ユニビームを使うか、迎撃不可能ならば逃げる方が良いと判断し、それ以上の威力を有する物は装備していない。

 

 速度に関してはあまり変化も無く、精々マッハ12が限界だ。

 え、第一宇宙速度の1/3程度しか出ないから宇宙に出られないって?

 実はアークリアクターを搭載したアイアンマンには殆ど関係ない。

 

 例えば、ボールを空に向かって軽く投げてみると分かり易い。

 投げたボールは地球の重力に引かれて直ぐに落ちてくるだろう。

 今度は前回より力を込めて投げてみると……更に高く重力に抗い、少しだけ長い時間を宙に飛んだ筈だ。

 つまり、『無重力状態になって飛んでいけば落下しないで宇宙に行けるよね」という速度が宇宙速度なのだが……もしも、ボールに推進力がついていて、常に同じ速度か若しくは加速する事が延々と出来れば?

 そう、それでも宇宙へ旅立つことが出来るが、先に燃料が無くなってしまうので現実的では無い。

 

 ところが、アークリアクターという半永久的にエネルギーを供給し続けるシステムがあれば延々と宇宙に向かって推進し続ける事は可能なのだ。

 

 

「改めて考えると、長かったな……」

 

 

 宇宙への進出を決意してからMark.3の完成まで、早いもので1年が経過していた。

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、本当にあっという間だ。

 

 

「Mark.2は結局テストにしか使わなかったし……宿命か」

『なんのですか?』

「いいや、こっちの話」

 

 

 宿命だと言うのなら、いつの日にか誰かに譲渡することになるかもしれないので、解体はしない。

 ん、ウォーマシンへの改造……そう言うのもあるのか…………

 いや、しかし、今やるべき事では無いだろう。

 

 

「メーティス、それで隕石の方で何か手掛かりはあったか?」

『いえ、ヴィブラニウムについての情報は何も』

「まあ、そうだよな……」

『この質問は本日4度目です』

「…………うるさいよ」

 

 

 それだけ必死なんだから仕方ないだろう。

 本当に、ヴィブラニウムか、それともパラジウムの代替になる物が見つからなければ…………

 縋るような想いなのだ、こっちは。

 

 

『マスター、これは提案なのですが』

「ん、どうした?」

『もしも本気で宇宙へ捜しに行くつもりならば、篠ノ之束さまの協力を仰ぐべきです』

「…………メーティス」

『彼女の知識、技術、そしてISの能力を鑑みればそれが現実的であり最善かと思われます』

「メーティス、やめろ」

『マスターが言い辛いのなら私が代わりに──』

「やめろメーティス!絶対に彼女に言うんじゃない!」

『────解りました。私は言いません』

「そうしてくれ……今はこの心臓の事を彼女に伝える訳にはいかないんだ…………」

『イエス。今は伝えないのですね』

「ああ、そうだ……頼んだぞ」

 

 

 伝える時が来るとしたら、それはヴィブラニウムが無事に見つかって完治した時だろう……それでもこっ酷く叱られそうだけど。

 だけど、もしも仮に見つからない様だったら……その時は伝えずにひっそりと姿を消そう。

 しかし、それじゃあまるで僕が飼い猫みたいじゃないか。

 僕は飼われているのか?うん……まあ、いいや。

 

 

『しかし宇宙へ行かれるのでしたら入念にシミュレートするべきです』

「そうだな……それで死ぬのは嫌だ」

 

 

 元からMark.3が完成したからと言って無限の彼方へさあ行こうなんて飛び出すつもりは無かった。

 宇宙は危険だ、例えば隕石なんてマッハ(宇宙でマッハというのも変だが)500なんてスピードで飛んでくることもある。

 用意周到に準備してもし過ぎる事は無いだろう。

 

 

「じゃあ、引き続き検索と並行でやってくれ」

『これも提案なのですが、メモリを幾らか増設して頂ければ仕事も捗ります』

「……わかったわかった、明後日までに16GB増やしてやるから」

『ありがとうございます』

 

 

 ご飯みたいな、物なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 夕方、普段ならば即行で家路までダッシュして工房こと自室でアイアンマンに没頭する時間帯だ。

 しかしMark.3の調整をメーティスに任せてしまったので、暫くやる事が無くなってしまった。

 別にMark.4の構想や設計に取り掛かっても良いのだが、何となく少し時間を置いた方がより良い物を造れる気がするので別の事に時間を割こうと思う。

 例えば、勝てないと解っていても剣術に熱を入れてみる、とか。

 

 

「あっ!こうにーちゃんだ!」

「こうにい、こんにちは!」

「やあ、二人ともこんにちは」

 

 

 篠ノ之神社まで駆け抜けると、直ぐに見つかってしまった。

 先月から小学校に通い始めた箒ちゃんと、更にそのお友達の男の子が遊んでいる。

 何と驚くことなかれ、この箒ちゃんの友達は……あの織斑さんの弟なのだ。

 名前は織斑一夏くん。そして一夏くんにも懐かれた。

 

 なんだろうか、自覚は無いが僕は子供に好かれる質なのだろうか?

 

 

「あのねあのね!今日テストがあったんだけど俺100点だったんだぜ!」

「あたしも100点だったよ!」

「二人とも凄いじゃないか!よーし、ご褒美にコンビニで何かお菓子を買ってあげよう」

「本当?!やったー!」

「ねえこうにい、アイスでも良い?」

「うん、アイスでもチキンでも好きなので良いよ」

 

 

 箒ちゃんも一夏くんも良い子だし、無邪気な二人を見ていると本当に楽しい。

 僕には弟も妹もいないから、余計なのかも。

 また、実際に兄弟が居たとして、こんな風に仲良く出来ているかどうかは判らないけど。

 

 

「そうだ、二人のお姉ちゃんは今どこにいるのかわかる?」

「今日は剣道の日だからお外だと思うよー」

「うん、千冬ねえも今日はアルバイトだって言ってた」

 

 

 篠ノ之神社の道場は、剣術だけでなく同時に剣道の段を持つ柳韻さんが剣道を教えている。

 織斑さんが師事を受けているのは剣術だけなので、以前ならばそういう日には訪れなかったのだが、今年からは一夏くんの付き添いで来ている事もあった。

 

 その他にも……ISのテストパイロットの仕事をする為に来ていたり。

 どうやら今日はそっちの要件で訪れていた様だ。

 まあ、一夏くんはしっかりしているから、あまり付き添いは必要なさそうに見えるしね。

 

 兎も角、剣を振るうつもりで来ていたが予定は変更しよう。

 ISの実験だかテストをやっているだろうから、そっちの方が楽しそうだ。

 

 

「ねえねえ、それよりこうにーちゃん」

「ん、どうしたの箒ちゃん?」

「何時になったらこうにーちゃんは本当のお兄ちゃんになるの?」

 

 

 ………………what's?

 

 

「えっと……それはどういう意味かな?」

「お父さんもお母さんも言ってたよ、こうにーちゃんが本当のお兄ちゃんになれば良いのにって」

 

 

 いや、しかし、僕と箒ちゃんに血縁関係は無いから、実は親が不貞行為をしていたとか驚愕の事実でも無い限りそんな事は……

 そう、どう足掻いても戸籍の欄に兄妹として記載される事は無い。

 

 …………戸籍?

 

 

「俺知ってるぜ、16歳になるまでは結婚が出来ないんだって」

「へー、そうなんだ……じゃあ来年だね!」

「待って……待って、待つんだ君たち」

 

 

 遂にこんな子ども達にまでその話題の毒牙が……!?

 いや、それが不満とかでは無いし吝かでは無いとかそう言う話じゃなくて……

 

 と言うか、何故に一夏くんまでそっちの勢力に加勢しているのだ!

 

 

 

「結婚式の時は俺も呼んでね!」

「えへへ……楽しみだな」

「…………」

 

 

 だけれどもね、ボーイ&ガール?男は18歳になるまで結婚出来ない……いや、そうじゃなくて!

 この空気感で長居出来ないと察した倉持幸太郎は戦略的撤退を選択する……っ!

 

 

「あ、逃げちゃった」

「照れてるんだぜ、あれ」

 

 

 違う!これ以上は教育的にも僕の精神衛生上にも宜しく無いと判断しただけで…………

 そう、決して逃げ出した訳では無いのだ。

 

 

『マスター。私も素直になるべきだと思い──』

「ペアリングオフ!」

『あ──音声接続が遮断されました』

 

 

 今のお前は検索とMark.3のシミュレートだけしていれば良いんだよ!

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした森を抜け、小屋の方へと目指すと案外に容易く彼女の姿を見つけた。

 

 

「あん?どうした?」

「いや……なんでもない」

 

 

 逃げる様に駆けてきたのを疑問に思った様だが、スルーして誤魔化す。

 そうしないと揶揄われるからな……主に織斑さんから。

 

 

「あれ、織斑さんは?」

「ちーちゃんなら、上」

 

 

 そう言って彼女が人差し指で示したのは青空だった。

 

 そうそう、驚いた事に彼女と織斑さんは奇跡的にこの一年間で親しくなっていた。

 まさかお互いにあの人並み外れた身体能力を駆使して夕日の下で喧嘩して意気投合……なんて事は無いだろうが。

 現実的なところでは、箒ちゃんと一夏くんが仲良くなったからその流れで……というのが真実に近いだろう。

 

 それでちーちゃん、織斑千冬は空にいると彼女は言う。

 まあ……その通りなのだろう。

 

 

「時速950kmで、今の高度は……たった今、外気圏に到達したね」

「はぁ……どこがストラトスだよ」

 

 

 外気圏という事は、高度は既に800kmを突破したことになる。

 インフィニット・ストラトスと、名に成層圏を冠する割に、その活動域は大気圏どころか宇宙空間を前提としている。

 それは設計思想にも現れており……問題があるとすれば、それは速度だろう。

 ISは単体で宇宙に飛び出すには些か力不足なのだ。

 

 

「宇宙へ乗り出すなら、ロケットに乗せて貰ったほうが建設的なんじゃないのか?」

「まあ、つまり超高機能な宇宙服だから本来はそうすべきだね」

「成る程ねぇ……」

 

 

 ロケット……ロケットと言えば、(ウチ)の両親も造っている。

 まだ試作段階ではあるが、H-2Aロケットの後継をH3ロケットと争っていて、現在のところは僅かに優勢らしい。

 

 しかし、そう、ISとは宇宙空間という環境で本領を発揮するパワードスーツなのだから、幾ら地上で物理法則に喧嘩を売ってデータを集めても集めきれないのだ。

 

 …………やっぱり(ウチ)のコネを使ってJAXA辺りに……でもまたこの前みたいに……いや、実物を見せれば或いは……

 

 

「おい、さっきから何考えてんだよ?」

「ん、いや……宇宙で探し物をするならISが一番適任だよなぁ、ってね」

「何か探してんの?」

「そりゃあ、ヴィブラニウムとか……あ」

 

 

 しまった、つい口からポロっと……

 

 

「ヴィブラニウム?なにそれ?」

「……聴き流してくれ、オリハルコンやアダマントみたいな絵空事だからね」

「だけど、お前が真剣に考えるって事は存在が0って訳じゃ無いんだろう?」

「いや、限りなく0に近い。本当にあったら良いなぁって程度の話だよ」

 

 

 …………無かったら死んじゃうんだけどね。

 

 いや、しかし、何でこんなに口が軽いかな……

 頑なに隠し通そうとしている反動か?

 

 

「分子自体が振動していて衝撃を全て吸収してしまう……そんな夢みたいな金属があったら、ってね」

「確かに、そんな金属があるとしたら宇宙の何処かだろうね」

 

 

 やっぱり、彼女もヴィブラニウムの存在を知らないか……

 しかし、毒素の事にも気付いてないと知れたのは朗報だ。

 このまま隠し通さねば。うん。

 

 

『マスター』

「……メーティス、勝手に繋ぎ直すな」

 

 

 せっかく接続を切ったのに、勝手に繋いできた。

 高機能に、優秀になるのも少し考え物だ。

 かと言って、ダウングレードするのも不測の事態に対応出来ないと困るし…………ディレンマだな。

 

 

『ですが、マスターにお伝えしておくべきかと』

「何だ、ヴィブラニウムでも見つかったか」

『マスターはそればっかりですね。残念ながら良いニュースではありません』

「……何があった?」

『米軍の軍事機密に足を突っ込むので人のいない所で話すべきかと判断します。それと、説明には大画面のディスプレイがある方がやり易いです』

 

 

 米軍の軍事機密って……この世界で一番セキュリティが盤石な場所の一つじゃないか。

 そんな所から情報を得られるなんて、誰がこんなAIを作ったんだ?

 

 あ、僕だ。

 

 いや、でも僕はこんな風に造った覚えも育てたつもりも無い。放置したらウルトロンやスカイネットに成りかねないAIなんて…………

 

 

「わかった、じゃあ一度家に戻るよ」

「どうした?」

「いや、ちょっと電話があってね、何だか急用みたいだ」

「そっか」

「じゃあ、また明日な」

 

 

 結局、彼女と世間話をしただけで終わってしまった。

 だけれどメーティスが僕を呼び出すなんてよっぽどの事だろう……何だろうか?

 

 

「ん……あ、ちーちゃん?どうしたの……え、ハイパーセンサーが何か捉えた?」

 

 

 

 

 

 

「で、何があった?」

 

 

 自室に戻ると、既にメーティスは作業台に仕込んだ空中浮遊型タッチパネルを起動していた。

 映し出されているのは、直径100cmほどに縮小された地球を中心に月を始めとした太陽系の一部。

 

 

『数日前、NASAは小惑星が地球に接近しているのを確認しました』

「うん?」

『直径2kmほどの小惑星でしたが、昨日時点の計算では地球には衝突しない軌道を描いている事が観測されていました』

「それなら、別に問題ないじゃないか」

 

 

 ディスプレイには米粒ほどの小惑星が地球から大きく外れる軌道の点線に沿って動く映像が表示される。

 どう見ても、影響は無さそうだが?

 そもそも、地球の周辺を通過して衝突の可能性が僅かにでもある直径1kmの小惑星は約1227あるとサイエンスにも書いてあったが、実際に衝突する可能性があるのは1/5000の確率だと言う。

 その2kmの小惑星も、そんな類だろう。

 

 

『しかし、太陽の方向から別の小惑星が接近しているのに、世界中の天文台は気付く事が出来ませんでした』

「ああ、いつぞやのロシアの時みたいな……」

『ええ、その別の小惑星が先程の小惑星と衝突しました』

「…………え゛?」

『結果、小惑星はお互いに粉砕。破片の一部が地球に降り注ぐ事が判明しました』

 

 

 今度は、二つ小惑星が拡大表示され、衝突によって含まれていた水素と酸素が反応したのだろうか、爆発して粉砕した様子がCGで再現された。

 更に、その一部が爆発の余波で地球へ向かった様子も。

 

 

『NASAの情報と、私の計算を鑑みるに大小含めて2341の流星群が降り注ぎ、燃え尽きずに隕石になる物だけでも2,30はあるでしょう』

「ひ、被害の予想は?」

『その殆どが太平洋、一部は日本列島に降り注ぎます。最大で100mクラスに及ぶと試算されます』

 

 

 隕石はそのまま地上に落下しても怖いが、実際には被害が出るのは別の要因によるものだ。

 例えば津波はかなり大きい。

 かの東日本大震災の折には10mから40mにも及ぶ津波が数万人に及ぶ甚大な被害を齎したが、シミュレーションによれば直径200mの隕石が大西洋の真ん中に落ちれば200mの津波が発生し、数億人の被害が出ると予測されている。

 

 これは直接落下した場合だが、隕石で最も怖いのは爆発した時だ。

 1908年、西シベリアの上空で隕石が落下する前に爆発した。

 その規模はTNT換算で10メガトンに達したと言われ、つまり広島原爆の数千倍、水爆クラスの爆発を引き起こしたのだ。

 爆発地点の1000km離れた家屋の窓ガラスが割れたと記録に残るくらいだから、その被害は察するに余りある。

 しかも驚くべきことに、その隕石の大きさは落下地点の破壊規模から予測されるに直径3m〜70m程度の大きさしか無かったと言う。

 

 そんな隕石が数十個は降ってくると、メーティスは言っているのだ。

 地球はともかく、日本は壊滅する。

 

 

『自衛隊にも報告が入り、イージス艦やPAC3で迎撃させるつもりのようです』

「無理だろ!射程圏内に入ったときにどんだけの速さになってると思うんだ!?」

『今回は地球の近辺で発生した稀な隕石ですから、音速に換算してマッハ30程度の低速な物でしょう』

「どの道ICBMを前提としたミサイルで迎撃できる訳無いだろ!」

 

 

 しかもマッハ30と言えば秒速10km。

 PAC3の射高は高めに見積もっても精々高度20km前後が限界だが……つまり射程に入って数秒後には地上に到達してる事になる。

 どう考えても不可能だろう。

 

 

「隕石が到達するのは、何時だ?」

『早くて、3日後には』

「…………その情報、マスコミには?」

『報道規制が敷かれています。混乱を避けるために』

「直ぐに全国の……いや、世界中のマスコミに被害のシミュレーション込みで拡散させろ!ネットにもだ!それで出来るだけ避難させる流れを作る!」

『かなりの混乱が予想されますが』

「何も知らずに死ぬよりマシだ!」

 

 

 情報を整理してから報道するつもりだったのかは知らないが、遅くなればなる程に避難できる人数は減っていく。

 隕石が一つでも確実に落ちてくるのなら、迷っていられない。

 

 

「それと、Mark.3の準備と調整をする!」

『Mark.3で迎撃するつもりですか?』

「ミサイル迎撃システムなんかよりも対デブリ兵装の方がよっぽど可能性が高い!」

 

 

 時間はあるようで足りない程だった。

 はっきり言って、現状のMark3、アイアンマンで全ての隕石を破壊するのは不可能に近いだろう。

 命を落とす危険性だって決して低くは無い。

 だけれど、一つでも被害を減らす為には……何もしないという選択肢はあり得なかった。

 

 

「直ぐに飛び立つぞ、栄養や水分はMark.3の点滴で賄う」

『理論上、一週間の生存は可能ですが……かなりの無茶です』

「大丈夫だ、コイツがちょっとやそっとの無茶くらいなら僕を生かしてくれる」

 

 

 胸の中心に手を当てながら、呟く。

 

 スキンに遮られた向こうで、アークリアクターは煌々と輝いていた。

 




2341の破片というワードに白騎士事件の片鱗と残滓を僅かばかりに残して…………

原作との乖離なんて、今更でしょう?

アンチヘイトじゃないの!全年齢対象だから!


隕石については物理的な科学的なツッコミが満載でしょうが、ガッツリな文系の僕にはこれが限界。
お叱りのご指摘を頂ければ猛烈に反省しつつ修正しますので…………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

014 奇跡とは、探しに行く物じゃなくて空から降ってくるらしい

一体、僕は何時から……インフィニット・ストラトスじゃなくてストラトス・フォーの二次創作を書いていたのか?


 胸のスキンを剥がし、アークリアクターの光を露わにする。

 改めて見ると、アークリアクターを中心に黒いミミズ腫れの様な線が伸びているのが見えた。

 まだ4,5cmほどの長さでしか無いが……これこそ僕の死期までのカウントダウンに他ならない。

 

 

「…………」

『現在、血中の毒素は32%です』

「まだ、今月の二酸化リチウムを注射していないからな」

『二酸化リチウムによる効果は低下傾向にあります。薬剤耐性が現れ始めると思われますが……投与しますか?』

「……いい、Mark.3を出してくれ」

 

 

 部屋の真ん中に設けた、装着用の指定ポイントのセンターラインに立つと、ロボットアームから計測用のレーザーポイントが照射される。

 そうやって僕の身体や位置を判定すると、アームは紅と金で配色されたパーツを掴み取り、僕の届く場所まで運んで来た。

 

 手前までやって来たパーツに、脚は長靴を履く様に、腕は長手袋をはめる様に伸ばしていき、端までキッチリと届くとスーツは自動で装着されていく。

 Mark.1とMark.2の段階ではネジやビスで固定していたがMark.3ではスーツ自体に固定器具を設ける事で少しだけ簡略化に成功していた。

 胸や股間もそれに倣って順に装着されていき、顔をマスクが覆う。

 

 最後に、胸のアークリアクターとスーツの物が同期して、一層の輝きを放った。

 

 

「チェック」

『イエス。Mark.3の起動を確認。システムオールグリーン。推進剤、弾薬はマックスです』

 

 

 総てのパーツが結合して装着が完了するとマスクのディスプレイがONになり、カメラからの視界とステータスがモニタリングできるGUIが表示される。

 試しに腕や脚を動かしてみるが不具合は見当たらない。

 装着に要した時間は1分半、Mark.1から見れば大幅な短縮に成功していた。

 

 Mark.3の外観は参考にしただけあってマーク3と非常に似通っている。

 装甲の塗装は紅を基調として関節や頭部に金色を配した特徴的な配色が施された。

 丸と直線の割合も半々で、どちらかと言えば曲線が強調された形状。

 

 ここにきて漸く、実にアイアンマンらしいアイアンマンスーツに仕上がった訳だ。

 

 

「よし……行くぞ」

 

 

 そのままベランダから庭へとジャンプし、着地する。

 まさか、屋根を突き破って飛んでいく訳にもいかないので、こんな形になってしまうのだ。

 

 特徴的な、何時ものお約束とも言うべき飛行姿勢を作ってからジェットの火を入れ、徐々に身体を重力に逆らい宙へと浮かしていく。

 初めは緩やかに上昇を始めるが、大量の空気を取り込む事で爆発的な加速を導き出す。

 まるで空に引っ張られているじゃないかと錯覚する程の強い力で、アイアンマンは空を飛んだ。

 

 

「ぅおおおおお────っ!」

 

 

 身体にのしかかるGの影響で思わず叫び声を漏らしながら、アイアンマンは上昇していく。

 やがて音速の壁は容易くぶち破り、ソニックブームを引き起こす。

 それでも御構い無しに……やがて紅い点は雲の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 今回は遥かに上空、あわよくば宇宙を目指す為に角度は変えずに地面とは垂直のまま、スラスターの出力を最大まで上昇させる。

 計測される速度は現時点でマッハ10、凄まじいまでの加速度によって僅か数十秒で中間まで到達してしまった。

 しかし、高度30000mを超えたのは良いがここで問題が発生する。

 これ以上の高度では大気が薄くなりジェットエンジンでは航行が不可能になる為、推進方法を変えなければならないのだ。

 

 だから、この辺りでやり方を変える。

 

 

「メーティス、そろそろ切り替えてくれ」

『イエス。プロペラントタンクに接続しました」

 

 

 Mark.2までは大気中の空気をインテークから取り込み、圧縮して推進剤として使用する大気圏内専用のジェットエンジン機構を採用していた。

 対して、宇宙での活動を視野に入れたMark.3では脚部に設けた小型タンクに貯蔵された水素化合物を推進剤とし、アークリアクターによって産み出された膨大なエネルギーを用いてプラズマ化し、放出することで推進が出来る、言わばロケットエンジンの機能と、更に電気推進の計3つの機能を兼ね備える複合型エンジンになっているのだ。

 

 ただ、このロケットエンジンで初めから飛び立たないのには理由がある。

 まず単純に燃費が悪く、長距離の航行に向かない。

 更にはロケットエンジンとは称しているが、足裏のジェットエンジンと併存した機構である為に推力はH2Aやソユーズ等に用いられる化学ロケットと比べれば圧倒的に低く効率が悪かった。

 

 よって、ロケットエンジンは大気圏離脱用と緊急時のブースターとしての役目を果たすのが精一杯である。

 

 

『マスター。間も無く大気圏を突破します』

「…………ああ」

 

 

 大気圏外へ突入したのは、何となく感覚的に理解できた。

 それに伴い、ロケットエンジンを停止して今度は電気推進のアークジェットに切り替える。

 これは熱核では無くアーク放電の熱で推進剤をプラズマ化して放出する推進方法で、ロケットエンジンに比べると著しく推進力はガタ落ちするが、逆に燃費は極端な程に良い。

 よって、今までの爆発的な加速に反して宇宙空間では姿勢制御程度のスピードでチョロチョロと動きまわる他に無いのだ。

 

 さて、そんな風に苦労して宇宙にまで辿り着いた僕をお出迎えしてくれたのは……小惑星残骸の団体様だった。

 

 

「多いな……」

 

 

 正確な数は2341と言ったか、視界を埋め尽くす程の膨大な石が縦横無尽に飛び交っている。

 

 しかし、実際に地球へ落下するのは多くても30だと言う。

 なのでまずは隕石に成り得る残骸をメーティスにピックアップして貰い、それを破壊すれば良い。

 

 

『サーチ……捕捉しました。表示を切り替えてナビゲートします』

「……まずは、アレだな」

 

 

 比較的近辺……と言っても数百km離れているが……に位置する、数m程の大きさの隕石に手の平を向けてリパルサー・レイを発射した。

 あっさりとリパルサー・レイは直撃。

 しかし、破壊には至らない。

 隕石は健在で、僅かに端の部分が欠けたのみで殆ど無傷と言って差し支えなかった。

 

 

「駄目か……」

『火力が足りないようです。破壊する為には照射し続けて融解を狙うしかありません』

 

 

 態々、隕石が大気圏内へと再突入するまで時間にかなり余裕があるのに飛び出してきた理由が、これを予期していたからだ。

 腕部に収容されたマイクロ・リパルサーミサイルであれば確実に破壊できるだろうが、何せ全部で6発しか無いので大切に扱わなければならない。

 出来るなら、100m級という巨大隕石の破壊か若しくは軌道修正を確実にする為に使いたかった。

 

 

「いや、だったら軌道を変えてやれば良いんだ。メーティス、地球に落下しない軌道に逸らすにはどこを撃てば良い?」

『現在計算中です────』

 

 

 つまり、地球に落下して被害が出なければ良いのだから、何も破壊に拘る必要は無い訳だ。

 高出力レーザー砲であるリパルサー・レイを照射し、隕石に穴を穿ちそこにレーザーを撃ち込めばガスが噴き出し、その反動で隕石の軌道はズレる……筈。

 

 

『算出できました。隕石の大きさによって成功率も変わりますが……』

「ああ、だけど一つずつ地道に潰していくしか無いだろ?」

 

 

 そうして、地道で多忙な隕石の処理が始まった。

 

 宇宙空間では、移動手段がアークジェットに限定される為にあまり高速かつ広範囲を移動する事が出来ない。

 だから 少しずつ動きながら、隕石にリパルサー・レイを撃ち込んでいく必要がある。

 隕石も数m級ならば割と容易く起動修正が出来たが、数十m級ともなればかなり時間を必要としてしまう。

 

 結局、小物の隕石の撤去だけでも1日が経過してしまった。

 

 

 

 

 

 

「さて……問題はコイツだ」

 

 

 カメラで拡大した視野に映るのは、直径120mの小惑星。

 実は一度軌道修正を試みたが、ビクともしなかったので保留にしてしまっていた。

 このまま再度リパルサー・レイでチマチマやっていてもジリ貧になるだろう。

 

 

「よし……マイクロ・リパルサーミサイルを使う」

 

 

 右手の拳を小惑星に突き付ける様に向けて照準する。

 片腕に3機ずつ搭載されたこのミサイルは、リパルサー・レーザーで推進するので宇宙空間でも使用する事が出来、威力は数十キロトンと原爆並みだ。

 

 隕石の端っこ、ガスが噴き出せば地球への落下軌道から離れてくれる位置に、ミサイルを撃ち込む。

 

 

『5,4,3……着弾』

 

 

 宇宙空間なので音はしないが、激しい閃光は見えた。

 大規模な爆発は狂いなく隕石にミサイルが直撃した証左だ。

 

 しかし……

 

 

「おいメーティス、全然効いてないじゃないか?」

『どう言う事でしょう……アレが例え鉄の塊だったとしても今ので多少は軌道を変える筈なのですが』

 

 

 少し岩が欠けた程度で、隕石は軌道コースを変えずに相変わらず地球を目指していた。

 さて……兎も角、のこり5発のミサイルを出し惜しみする理由はもう無い。

 何としても軌道を変えねば、お家には帰れなさそうだ。

 

 

「火力を一点に集中させるなら……どこだ?」

『先程と同じポイントをおすすめします』

 

 

 メーティスに指定されたポイントに、今度は5発のミサイルを同時に発射した。

 やがて……着弾したミサイル達は連鎖反応で先程とは比較にならない程の光と爆発を僕に見せる。

 更にオマケと言わんばかりに、同じ場所を目掛けてユニビームも撃つ。

 相乗効果でそれなりの威力になる筈だが………

 

 

「嘘だろ、おい」

 

 

 小惑星はビクともしていないと言わんばかりに、健在だった。

 しかも軌道も殆ど変わっておらず、誤差程度のものだ。

 

 いったい、どんな物質を含んでいたらこんな耐久性を見せると言うのだろうか?

 まさかヴィブラニウムが入っていて威力を殺している訳ではあるまいが…………

 

 

「くそ、ユニビームを撃ち続けて少しでも軌道を逸らさないと……!」

『その前にエネルギーが尽きます』

「じゃあ他にどうしろって?直接押し返すか?」

『尚更、無理です』

 

 

 正に、万事休す。

 

 持てる手段と言えば、最早リパルサー・レイとユニビームをエネルギーが尽きるまで照射し続けるくらいしか…………

 

 

『やー、っぱりお前は詰めが甘いな〜』

 

「……あん?」

『大変です。通信がジャックされました』

「全然大変そうに聞こえないんだけど?」

 

 

 聞こえてきたのは、とても聞き馴染みのある声……篠ノ之束だった。

 

 

『最後の最後でやらかすよなぁ……このドジ』

「あ、あのなあ……っ!」

 

 

 この喧嘩腰の口調のせいで、声だけとは言え直ぐに正体を察してしまう。

 

 

『いやいや、待たせたねぇ!ちょーっと荷電粒子砲の調整に手間取っちゃってねぇ。あ、危ないからちーちゃんの後ろに回った方が良いぞ』

 

 

 地球の方から、白い流星が飛び出してくるのが見えた。

 

 間違いなく、それはISと呼ばれるパワードスーツ……白騎士だ。

 白騎士は両の手に何時ぞやの荷電粒子砲を二丁拳銃でも振り回す様に、構えていた。

 

 

『マスター。粒子が減衰しない宇宙空間で荷電粒子砲が発射され、余波だけでも着弾すればゴールドチタンの装甲は一瞬で融解します』

「そうだな、折角だからピンチヒッターと交代しよう」

 

 

 彼女とメーティスの忠告を受けて素直に高度を下げ、白騎士と前後を入れ替わる。

 すかさず、白騎士はご自慢の慣性制御を用いて一瞬で停止すると────発射した。

 

 

「おぉぉぉ……?!」

 

 

 思わず月が出ているか確認したくなってしまう程の大火力に、僕は顔を手で覆い隠してしまう。

 白騎士の全長よりも遥かに巨大な極太ビームはやがて小惑星に直撃して、白い閃光が宇宙を照らした。

 

 暫くして、漸く視界が晴れた頃にカメラを再び望遠すると……

 

 

「砕けた……?」

 

 

 隕石は粉々に砕け、幾つもの小さなパーツへ散り散りになっていた。

 レーザーでチマチマと焼くのでは無く、エネルギーの塊であるビームで一気に砕く方が今回は正解だったという訳だ。

 

 残骸たちは、やがて分散して落下していき…………ん?

 

 

「おい、破片が地球に落下してないか……?」

『あ、やべ』

「…………今、何て言った?」

『いやー……ビームで跡形も無く消しちゃうつもりだったんだけど、妙に硬い?柔らかい?金属があったのかな、しかも反動で加速しちゃってるね』

 

 

 数m程度の小さな隕石群へと変身し、そのまま地球へと真っ逆さまに落下を始めた。

 このまま放置すれば、被害は無視出来ない程度のものになるだろう事は、想像に難くない。

 

 

「くそっ、こうなったら再突入して下から撃ち墜とすしか!」

『あ、待って待って、ちーちゃんを押しながら降りてよ』

「え?」

『ISのエネルギーバリアなら大気圏に突っ込んだ時の断熱圧縮熱も防御出来るけど、些か速度がさ……』

「ああ、把握した。そう言う訳で、準備は大丈夫かな織斑さん?」

『問題ない、やってくれ』

 

 

 白騎士を下に、まるで突き落とす様な格好で今度は地球に向けてロケットエンジンで急加速する。

 エネルギーバリアと呼ばれる緑色の膜が白騎士の前方に形成されると、確かに断熱圧縮熱が両者を襲う様子も無く高速で降下する事が出来ていた。

 

 因みに、この再突入時に出る熱は摩擦熱では無い。

 

 そんなこんな、隕石よりも早く二人は大気圏内へ戻ってくる事が出来た。

 

 

『推進剤が尽きます』

「熱核ジェットに切り替えろ!」

 

 

 マスクの左下にEMPTYと表示されると、一瞬だけ推進力が消失した。

 しかし直ぐに外気を取り込み、ジェットエンジンに切り替わる。

 漸くホームグラウンドに帰ってきた様な気分だ。

 

 

「サイズ自体は細かく砕けているから、取り敢えず海に落ちるのは無視しても良い……日本に落ちそうなのだけピックアップしてくれ!」

『イエス。既に弾道計予測は済んでいます』

「……やるぅ」

 

 

 メーティスが指定する隕石に向かって、ユニビームを発射。

 今度は距離が近い事もあってか、石質の割合が高い隕石は融解させる事が出来た。

 鉄の含有率が高い物は破壊に至らないが、それでも弾く事で列島への直撃コースは避けられそうだ。

 

 ちらっと、横目で白騎士を見てみる。

 左手には相変わらず荷電粒子砲が握られていたが、右手はプラズマブレードに切り替わっていて……何と、隕石を切断していた。

 マッハで落下してくる物体を、あろう事か木の葉でも斬る様な感覚で処理しているのだ。

 

 あのハイパーセンサーとパワーアシストが優秀なのか、織斑千冬という人間が規格外なのか…………絶対に後者だな。

 

 

「ん…………?」

 

 

 諦めて隕石を処理していると、何かにユニビームが弾かれてしまった。

 

 弾くと言うよりも、曲げたと言うのが正確か。

 よく見ると、その正体は拳程度の大きさしか無い小さな隕石だ。

 念の為にユニビームを再び直撃させると……明後日の方向に跳ね返ってしまった。

 

 まさか

 

 

「メーティス!アレをキャッチするぞ!」

『…………はい?』

 

 

 呆れた様な声が返ってきた。

 AIの癖に生意気だぞ。

 

 

『正気ですか?あの速度での落下物をキャッチすれば装甲が砕けますよ』

「上から相対速度を合わせてキャッチするんだよ!」

『…………イエス』

 

 

 まずは目標の隕石をロックオン。

 絶対に見失ってはいけないからな。

 そして隕石よりも上空に飛んでから……再度下降する。

 

 絶妙なコントロールはメーティスに任せて、僕は隕石に手を伸ばす。

 

 …………取った!

 

 

「ぃよっしゃ!ラッキィー!」

『何がラッキーですか、私のお陰でしょう』

「気分だよ、気分!」

 

 

 もしもコレがそうなら……歓喜しない方が異常だ。

 まだぬか喜びの可能性もあるけど……そんなの気にしてられない。

 兎に角、今はこの感動を噛み締めたかった。

 

 …………と、しかしそんな事をしてる場合じゃ無かった。

 まだ残ってる隕石を────

 

 

「あら?」

 

 

 しかし、さっきまでメーティスが示してくれた落下が予想される隕石のマークが消えていた。

 

 

『マスターが馬鹿をしている内に、織斑さまが総てを処理してしまいました』

「おまっ……今、僕を馬鹿って!」

『あははははは!AIにまで馬鹿にされてやんの!石ころなんか拾ってるからだよ』

「うるさいっ!」

 

 

 しかし、終わってしまったのなら仕方がない、このまま帰るとするか。

 

 ん…………何か近づいてくる?

 

 

『F-15が接近しています』

「F-15?航空自衛隊かな?」

 

 

 その場で滞空すると、F-15は通り過ぎていった。

 かと思いきや、旋回してきて僕の周りをグルグルと囲い始める。

 残念、戦闘機は空中で止まれない!

 

 

《未確認機に告ぐ、当機は航空自衛隊・百里基地所属第305飛行隊所属機である。此方の誘導に従い着陸せよ》

 

 

 いや、まあ……アイアンマンが飛んでたら怪しいかぁ。

 航空法とか諸々を破って飛んでるから、拘束して正体を確かめるか、危険と判断して撃墜して残骸を調べるのがお仕事だもんね……

 あ、でも防空識別圏だから撃墜は出来ないのか?

 

 

「仕方ない、振り切るか……ソッチは?」

『ISはステルス機能があるから簡単に逃げ切れるよ』

「おーけー。それじゃ……good luck!」

 

 

 F-15の進行方向とは逆に、急発進で飛び出す。

 対して白騎士は急降下し、海の中へ消えてしまった。

 一先ず此方を追いかけようとしたみたいだが、最大でマッハ2程度のスピードしか出せない戦闘機とアイアンマンではハナから勝負にはならない。

 ソニックブームだけ残して、僕は消える。

 

 

「いやぁ、しかし良い収穫があったなぁ……当たりだったら、だけど」

 

 

 僕は右手に握った隕石をニヤけた顔で眺めながら、帰路へ就いた。




グダグダ。
アイアンマン大した事してねぇじゃん!IS強えぇぇ!な回でした。
でもアイアンマンは成長する子だから、これからの活躍にご期待くださいって事で…………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

015 震撼、動揺、衝撃。アイム・イズ・世界を動かそう。

一体いつから───────これからはご都合主義でハッピーエンドを迎えられると錯覚していた?


次にお前は「なん・・・だと・・・?」と言う!


 千代田区、首相官邸。

 その総理執務室は、異様な緊張感が空間に漂っていた。

 

 

「本題から入ろう。アレは何だ?」

 

 

 まず先陣を切ったのは内閣総理大臣、その人。

 しかし、その問いに答えられる者はここにいなかった。

 そしてそれは、ここにいる全ての者の疑問でもあったのだ。

 

 

「総理、ここはまず各省庁の情報を整理して擦り合わせをすべきかと……」

「そうだな……こう言うのは、まず文科省か。事の成り行きを説明してくれ」

「は、はい……えー、まずは未確認飛行物体の“A”についてですが。此方につきましては隕石を観測していた国立天文台が一番最初にキャッチしました」

 

 

 会議室のスクリーンに文科省が用意した資料映像が映し出される。

 小惑星同士の衝突で粉々になったデブリ……そこに、場違いな紅い塊が地球の方角から現れた。

 

 映像の視点が切り替わる。

 どうやら、観測所の現場でもかの未確認飛行物体は気掛かりだったらしく、隕石とは別の観測機がその映像を捉えていた様だ。

 そして“A”が手を前方に掲げると……そこから光線が放たれた。

 

 瞬間、会議室は驚愕の声で湧き立つ。

 

 

「これは……何を発射した?」

「…………わかりません」

「何?」

「いえ、恐らくはレーザーだと思われますが……この様な大出力の物をこれほど小型な物が撃ち出すというのは……目下、大学教授を初めとした専門家に問い合わせ調査している所です」

「ふむ……防衛省、米軍の実験機の可能性は?」

「はい、その点についても考慮したのですが、寧ろアメリカ国防省から『未確認飛行物体の正体に心当たりは無いか』と防衛省に問い合わせが来る始末でして」

「つまり、アメリカは関与していないと?」

「断言出来ませんが、少なくとも米軍は把握していない模様です」

 

 

 議論を挟む最中にも、映像は途切れる事なく“A”が隕石に光線を撃ち、隕石の軌道をズラしていく映像が映し出されていた。

 

 

「まるで幾つかの隕石に絞って撃っている様に見えますが……?」

「ええ、その……」

「何だ?」

「はい……実は、まだ結論は出ていないのですが、“A”は地球に落下する可能性がある、つまり大気圏で燃え尽きずに被害を齎す可能性のある隕石のみを攻撃していた可能性がありまして」

「そうなのか?」

「まだ断言出来ません。なにせ、小惑星の破片は2000以上に分裂していたので、今現在においても総ての軌道予測計算は終了していなくて……」

「そりゃ可笑しいじゃないか、じゃあ何だ?“A”は隕石の軌道計算に使ってたスパコンよりも早く答えを導き出したとでも言うのか?」

「そう言うことに、なりますね……」

 

 

 今度は対象的にシンと空気が冷えた。

 もしもそれが本当なら、各省庁や大学が並列に繋いだスパコンで計算していた物よりも高速かつ正確に処理するコンピューターを所有している可能性がある。

 それはつまり、国やそれに匹敵する規模の組織が関わる可能性も浮上したという訳だ。

 更にそれが公的な物でなく、現状では秘匿されているというのが問題だった。

 

 

「回りくどいのは無しだ……差し迫った問題として、コレは脅威に成り得るのか?」

「結論から申し上げれば総理、これ単体で国を滅ぼす力を持つのは確実です」

 

 

 その後に表示された映像では、隕石に向かって計6発の小型ミサイルを発射したのがハッキリと写っている。

 ……1発だけでも1945年に広島と長崎へ投下された原子爆弾を優に超える威力を発揮しており、つまり戦略的な脅威を持ち合わせているのだ。

 

 

「更に……“A”の後に現れた白い未確認飛行物体“B”ですが……此方を実際に映像をご覧になって頂ければと思います」

 

 

 文科省大臣が部下に指示を出し映像を切り替えさせると、“A”と同様に人型だが、形状は明らかに異なる“B”が“A”に続く様に宇宙空間まで上昇して来ていた。

 そして“A”が下がり、代わりに“B”が前方に出て来ると……“A”のレーザー砲と比べても段違いな威力を見せつける光線を発射する。

 桃色に輝く濁流の如く閃光は……さながらロボットSFアニメのワンシーンの様でさえあった。

 

 

「な、何が起きた?」

 

 

 内閣総理大臣が伝え聞いていたのは、未確認飛行物体が自衛隊の戦闘機と接触して逃げたという事と、それが日本の防衛を脅かす可能性があるという話だけだった。

 それは防衛大臣を初めとした各省庁の大臣一同も同様だった様子で、文科省の提示した映像に信じられないと言わんばかりの驚愕した表情を見せている。

 しかしこれは公式な、文科省の保証する事実だけを記録した映像なのだ。

 

 

「具体的な威力については詳細不明ですが……ご覧の通り、核兵器レベルの威力を発揮するミサイルでもビクともしなかった隕石を粉砕して見せたのは、事実です」

「今ので消えた、と言うのか?」

「いえ、粉砕です。正直、このサイズの隕石がこれ程の耐久性を見せること自体が異常……ああ失礼、脱線しました。そしてこの後に、粉砕の余波で落下を始めた隕石の残骸を破壊する為に“A”と“B”の両機は降下を開始しました」

 

 

 ここで次に問題になるのは、両機共に単独で大気圏を再突入し、難なく成功させてしまったという事実。

 核兵器や、それを遥かに凌ぐ威力の武器を持った飛行物体が……明らかに迎撃困難な高度から超スピードで降下してきているのだ。

 危ないからコレを撃ち落とせと言われて、はいと容易に出来る物では無い……寧ろ、不可能と判断を下す方が妥当とさえ思える。

 

 

「此処からは自衛隊も観測していましたので映像があります……」

 

 

 バトンタッチして防衛省が映し出した映像は、大気圏内にて隕石の残骸を破壊しているという光景。

 ジェットエンジンを持つ機体では推進さえ不可能な高度から降下してきた両機は、高度30km辺りまで降りてきてから隕石を破壊していく。

 その後……スクランブル発進した自衛隊のF-15Jが接近したが易々と振り切って逃げきってしまうところまでが映し出された。

 

 

「コレを最後に、“A”と“B”の両機は見失ってしまいました」

「パイロットは何をやっていたんだ!」

「お言葉ですが、F-15Jの最高速度がマッハ2.5であるのに対して、“A”は推定マッハ8という桁違いなスピードで航行し逃げ出しており…………この世界に存在する航空機で追い付ける機体は、現代の技術では存在しません」

 

 

 更に、“A”に関しては機影も小さくレーダーの反応が悪い上に途中でフレアの様な物を散布したお陰であえなくレーダーは撹乱され、機影を見失ってしまった。

 海へと消えていった“B”に至っては幽霊の様に最初からレーダーに機影が映らず、海上自衛隊も捜索を行ったが痕跡さえ発見出来ず仕舞いだ。

 

 総理執務室に集まった者達は、事態の把握が追い付かず辺りを右往左往と顔を見合わせる事しか出来ない。

 

 

「総理……“A”及び“B”、そのどちらかが日本に牙を剥いた場合、自衛隊が日本を防衛出来る可能性は途轍もなく低いですが…………両機の行動から鑑みるに、コレらは友軍である可能性がかなり高いです」

 

 

 つまり、今回の標的は隕石だったが…………

 

 もしもそれが国に、日本にロックオンされた暁には────

 

 

「日本は、滅亡します」

 

 

 内閣総理大臣を含め、誰もが黙するだけで精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

『マスター、良い報せと悪い報せのどちらから聞きたいですか?』

「どこでそういうの覚えてくるんだよ……じゃあ、良い方から」

『先日マスターが拾った隕石ですが、検証の結果、振動吸収金属……マスターの言うところのヴィブラニウムである事が発覚しました』

 

 

 一瞬呆けて、無意識にガッツポーズを作る。

 この日をどれだけ待っただろうか?

 生き長らえた事を喜ぶと同時に迫り来る死の恐怖に怯える日々……

 それが遂に、終わる。

 

 

『更に、パラジウムの代替として核融合反応を誘発し、その分子の性質から劣化も無いので人体に影響もありません』

「ははは……よし、早速──」

『悪い報せですが。ヴィブラニウムを加工できません』

「──────は?」

『熱、衝撃、圧力…………様々なエネルギーを吸収してしまうヴィブラニウムを加工するのは不可能です』

 

 

 反転、絶望。

 

 なんだろう、このお預けを喰らった気分は。

 目の前に解答があるのに、手が届かない無力感。

 

 つまり、只のぬか喜びだった訳だ。

 いや、それより質が悪い。

 

 

『よってヴィブラニウム分子を解析して規定のサイズに1から作り出すか、若しくは加工する手段を見つけるしかありません』

「…………両方、頼む」

『イエス。もう既に始めています』

 

 

 直径10cm程ある、黒い原石を眺めて溜息をつく。

 

 

「ああ、もう……寝よう」

 

 

 気がつけば、既に72時間を寝ずに過ごした事になる。

 流石に疲労が溜まり、目もショボショボしてきた。

 更にヴィブラニウムの件が追い討ちとなり……身体は勝手にベッドへダイブしていた。

 

 

「こーたろー、ちょっと降りてきなさーい!」

「…………」

 

 

 寝ようとした瞬間に、下の階からお呼びが掛かった。

 舌打ちして叫びたい気持ちを抑えながらも、勢いよくベッドから跳ね上がって階段を駆け下りる。

 

 一階のリビングには、父さんと母さんが揃っていた。

 

 

「何……?」

「ちょっとそこに座りなさい」

 

 

 食卓の椅子を指さされたので言われたとおりに座る。

 丁度、二人とは向き合う様な形になり…………何故か隣には既に座っている者がいた。

 

 

「…………」

「え、何で……?」

 

 

 つまり、ちょっとした日本滅亡騒ぎ阻止の共犯者とも言うべき人物、篠ノ之束その人だ。

 いや、なんで彼女が我が家にいるのか?

 しかも何か思い詰めたような顔してるし…………

 

 

「今日、文科省から連絡があったの」

「へ?」

 

 

 唐突な会話の切り出し方に戸惑ってしまう。

 文科省……と言うのだから、倉持重工のメイン市場でもある宇宙産業についてだろうか。

 

 

「日本列島に落下する可能性があった隕石……それを、謎の未確認飛行物体が撃ち落とした――その未確認飛行物体について何か知らないか、ってね」

「と言っても(ウチ)だけじゃない、恐らくは三菱やIHIなんかにも話は行っているんだろうけど……」

「こんな写真も、メールで送られてきたわ」

 

 

 プリントアウトされた写真が食卓の上に置かれる。

 その写真に写っているのは……紅と白の未確認飛行物体の姿。

 要は、アイアンマンとISだった。

 

 

「…………赤いのは兎も角、こっちの白い方は、束ちゃんのISよね?」

「――――っ!」

 

 

 頭から抜け落ちていた。

 あの学会に同行していた両親なら、ISについて知っていること。

 そして、アイアンマンとISの姿が何かしらの手段によって観測され、記録に残ることを。

 

 

「でも母さん、父さん……僕たちは特別に何か悪いことをした訳じゃないよ?」

「そうね、国の許可なく航空するのは違法だけど、隕石を破壊して被害を未然に防ぐのは良い事ね?」

「ぅ…………」

 

 

 法律を持ち出されると、ぐうの音も出ない。

 銃刀法も含めて、日本が定めた法律をいったい幾つ無視しているだろうか…………

 

 

「ただ、問題はそこじゃなくてね……ちょっとした騒ぎになってしまっているらしいのよ」

「騒ぎ?」

「隕石の襲来自体、一部の関係者を除いて伏せられていた……混乱を防ぐ為にね。しかし、三日前の午後にどういう訳かマスコミどころか情報に疎い筈の一般人にも知れ渡っていたんだ」

「そのせいで、日本中で隕石が観測されていた……つまり、それを破壊したISもね」

「あ…………っ」

 

 

 どうやら現実は、全く予期していない方向に動いていたらしい。

 確かに……野次馬根性の強い人、若しくは自己顕示欲の強い人であれば、望遠鏡を持ち出して隕石が落ちてくるか眺めたり、写真や動画に納めて更にSNSに投稿する者も現れるのは充分にあり得る事だ。

 もしかしたら素直に避難を選択する者の方が少ないかもしれない。

 

 

「結果、隕石を破壊したISの存在も世界に知れ渡り……混乱が起き始めてるわ」

「あんな大きな隕石を粉々に砕いたり……まあ映画みたいな事を現実にやっちゃった訳だからね」

「何処の国にも所属しない正真正銘の未確認飛行物体……しかも、戦闘機なんて目じゃない戦闘力を持っているとなれば、色んな憶測が飛び交うのは自明の理ね」

 

「…………」

 

 

 どうにも、僕は碌に考えもせずに悪手を選択してしまっていた様だ。

 アイアンマンとISが脅威として認識されている……そうなる事を想像せずに、軽はずみな行動を選んだのは、間違いなく僕だった。

 今更になって自身の失態に気がつき、下に俯いたまま話を聞き続ける。

 

 

「それで、聞いておこうと思って……束ちゃんは、どうするのかを」

「……どうするのか……ですか?」

「ええ、ISは束ちゃんの物だから……このまま隠し通すのも、世界に説明するのも束ちゃんが選ぶ事よ」

「どちらを選ぶにせよ、僕たちは最善を尽くすつもりだけどね」

 

 

 その言葉を踏まえて、彼女は考え込む様に顎に手を当てながら俯く。

 しかし、思考に耽っていた時間は思ったよりも長くなく――彼女は、選択した。

 

 

「私は……ISについて、世界に公表したいと思います」

「…………そう」

「その、どうしても……ISの事を認識して貰いたいんです。脅威じゃなくて、希望として」

「…………」

 

 

 それは、あの学会で発表する時の動機でもあり、彼女の夢の一つでもあった。

 だから止めろだなんて、言える筈も無い。

 僕はそれを応援すると決めて……それを後押し……支えると、決めたのだから。

 

 

「わかったわ、記者会見という形で調整してみるから」

「ありがとうございます……」

「ううん、良いのよ。私たちはちょっとだけ手伝うだけなんだから」

 

 

 そうして、話はトントン拍子に決まっていった。

 

 

「…………」

 

 

 その状況を、僕は何もせず黙して見守っているだけだった。

 

 僕の頭には負い目しか無くて……学会のこと、今回の中途半端な情報漏洩のせいでISが脅威として見られてしまった事…………

 支えると言ってもいて、足を引っ張る様なことしか出来ていない自分に、怒りの感情が沸き起こっていた。

 

 

「…………幸太郎」

 

 

 暫くして、母さんと彼女が一旦リビングを離れた時。

 二人きりになったのを皮切りに、父さんは僕に語りかけてきた。

 

 

「なに……?」

「お前は、どうするんだ?」

 

 

 何の脈絡もなく、ただそれを問うてきた。

 

 

「────え?」

「お前が何を選択するのか……それはお前の自由だ。だけど、その選択は自分で決めて、最後まで責任を持たなくちゃいけない」

「…………」

「束ちゃんは、自分自身で大きな決断をした。お前は、どうする?」

「僕は────」

 

 

 

 

 

 

 記者会見の場所は、近隣のそれなりに大きくて有名なホテルを両親が手配して、マスコミへの通知も行っていた。

 見渡す限りに人、人、人、それとレンズや光の激しい明滅……

 そんな恐怖さえ覚える光景を見ている僕は、バックパネルを背にした場所……つまり会見席にいる。

 

 

「本日は、お集まり頂きまして誠にありがとうございます」

 

 

 会見の始まりを告げる挨拶は、場慣れした父さんが行った。

 彼女の役割は、目下ISの説明だ。

 

 やがて、その時が来た。

 

 

「…………初めまして、ご紹介にあずかりました篠ノ之束と申します。今回の騒動の要因の一つになりましたISは、私が発明し製造した物です」

 

 

 驚く程に真面目で、普段の彼女からは想像出来ない姿と話し方だった。

 横に視線を動かしてみれば、その腕が……いや、身体中が小刻みに震えているのに気がつく。

 緊張しているのだ、彼女は。

 この場に、ISを公表する事に、まだ見ぬ世間の反応に────

 様々な思いが、思考が交差して、彼女を震えさせているのだ。

 

 

「この場にISの実機はご用意出来ませんが……改めて機会を頂き、実際に皆さんの目で見て頂きたいと思っています」

 

 

 会見は、続いていく。

 

 時間の経過と共に、彼女の震えは強くなっていった。

 それでも……それが表情として露わにする事は無い。

 その姿に彼女の強さが、固い決意が滲み出ているような気がする。

 

 

「ISはとても強力な武器を積んでいるようですが────」

「あれは武器ではありません。宇宙開発に於いて避けられない問題であるスペースデブリ等の障害物を除去する為の物であり、今回もその役目を果たした訳です」

 

「パイロットは篠ノ之さんなんですか?」

「私ではありません。パイロットのプライバシーを尊重し、本人の了承が得られれば紹介出来ると思います……」

 

 

 ISが受け入れられると言う事は、同時に彼女は世間の晒し者になると言う事だ。

 元来、彼女は人嫌いの傾向がある。

 しかしIS絡みの事で、彼女は今回の様な場所に度々駆り出されることになるだろう。

 そして日常にも…………計り知れない影響を及ぼすのは、想像に難くない。

 

 

「…………」

 

 

 もしかしたら彼女は苦しむかもしれない。

 孤独を味わい、心を痛めるかもしれない。

 それは、独り善がりな杞憂かもしれない。

 

 だけど、彼女が震えている事だけは、明らかな事実だった。

 

 その震えを少しだけでも抑える事は出来ないだろうか………

 いつしか僕の頭は、それでいっぱいになっていた。

 

 

「一緒に行動していた赤いパワードスーツについて教えて頂けますか?」

「…………アレは私の開発した物ではありません。ですので、お答えすることが出来ません」

 

「貴女の目的は何なのですか?」

「アポロ計画以来、減速傾向にある宇宙開発を促進させる為に──」

 

「ISは大量破壊兵器の様にも見受けられますが──」

「その様な事実は全く無く────」

 

 

 質問は徐々に苛烈で過激な物に変異していく。

 その度に、彼女の震えも更に増していって……正直、いたたまれない。

 

 

 ある程度の質問が飛び交ってから、聞きたい事が尽きたのか記者達の声と問いが一瞬だけ止まった。

 その隙を逃さず、僕は彼女の腕を掴み取る。

 腕はとても冷たく……まるで凍えているようだった。

 

 

「え────?」

「良いから、一度座って、ほら」

 

 

 入れ替わる様に、僕は立ち上がる。

 当然の反応だと言わんばかりに、カメラや視線は僕の方に向き直っていく。

 そんな反応に少し吹き出してしまいそうになりながらも、僕は眼前に広がるマイクに顔を近づけた。

 

 

「あー、すみません。立ちっぱなしの彼女に休憩をさせてあげたくて……その間、少しだけ僕の話を聞いて頂ければ幸いです」

 

 

 困惑した目をする彼女を尻目に、僕は語り出す。

 

 そんなに心配しないで貰いたい。

 少しだけ、見栄を張るだけなのだから。

 

 

「僕の名前は倉持幸太郎と申します……お察し頂けると思いますが、その名の通り倉持重工の御曹司、であると同時にこの会見の主役である篠ノ之束さんの友人でもあります」

 

 

 だって、このままずっと眺めていたら君だけが遠くに行ってしまう様な気がして…………

 そんなの、寂しいじゃないか。

 

 

「さて、本題です。お集まりの報道関係者さん達だけで無く、この会見をお聞きの皆さんはISだけで無くもう一つの事柄に興味がおありかと思います…………即ち、ISと共にいたあの紅い人型の飛行物体は何者なんだろうか?と」

 

 

 父さんにも促されたし、何より今日の君を見てたら改めて思ったんだ。

 君を支えるだけじゃなくて、並行して一緒に同じ方角を目指して進みたいって、さ。

 

 

「彼の名前はアイアンマン、ISとは異なり本来は大気圏内での活動を前提として開発されたパワードスーツで…………ああ、いや、その正体についての方がお望みでしょうか?」

 

 

 君が何処を目指しているのかは知らない。

 多分、随分と遠くの彼方までなんじゃないかな?

 だって君は何時も遠くを見ていたし……永遠なんて名前を付けちゃうくらいだからさ。

 

 

「ええ、そう。アイアンマンもパワードスーツであるからには製造者と装着者がいる訳です。実は両者は同一人物で…………」

 

 

 上等だ。

 

 付いて行ってやろうじゃないの。

 

 無限に、どこまでも、空の彼方にだって。

 

 だって、僕は────

 

 

「そう、僕が────アイアンマンだ」

 

 




だってヴィブラニウムだよ?
そんなホイホイと、切ったり何だり出来ないからキャプテンアメリカというヒーローが成立するんだよ?
これは流石に予想通り…………では無かったご様子。


あとすみません、ちょっと活動報告の方でこの小説のIF外伝のアンケートを行っていますので、宜しければ覗いてみてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

016 小さな変化はコツコツと

幕間というか、そんなお話です。
私の技量ではこういうエピソードを挟まないと次に進めなくて……申し訳ないです。

そして懲りずに三人称視点に手を出してみる。


 アイアンマンとISの活躍は、当然ながら日本に留まらず世界に衝撃を与えた。

 そして身構える間も無い内に記者会見で開発者が名乗りを上げたが……それが、まさかお互いに弱冠15歳の中学生という事実まで付いてきたのだから、もう堪らない。

 あろう事か、日本政府・国連と経由をした上で情報開示が行われ、アイアンマンの詳細資料と、ISに至っては白騎士がそのまま提供されていた。

 

 …………の、だが。

 

 

「不可能とは、どう言うことだ?」

 

 

 急遽、アメリカではISとアイアンマンの解析を任とした専門チームが官民問わずに選抜されたメンバーによって編成され、それぞれが開示された資料を血眼になって分析し、何としてでも再現しようと躍起になっていた。

 彼は長年の功績が認められ、アイアンマン解析チームの主任に抜擢され、意気揚々と職務を全うしていたのだが……

 

 

「何から何まで不可能です。人が内部に入る事が前提で中身は伽藍堂(がらんどう)なのに数トンの重量を持ち上げてしまうパワーアシスト、ロケット並みの推力を発揮する超小型ジェットエンジン、高出力小型レーザー砲…………アメリカの技術の粋を集めてもこれらを再現する事は出来ません」

 

 

 えらくアッサリと断言され、米軍から派遣された将校も思わず面食らってしまう。

 それでも気を取り直して、何とか催促しようと躍起になる。

 

 

「……だったら、あと幾ら予算があれば出来る?」

「金の問題ではありません。考えてもみてください、気球しか作った事のない職人に飛行機が作れますか?」

「アレを作ったのは成人もしていないガキなんだぞ!ロッキードやボーイングの技術者を集めて────」

「チームにはF-35やF-22の開発スタッフも参加しているんです!でも、無理な物は無理だ!」

 

 

 お互いに激昂して、それで一先ず冷静になる。

 意見が闇雲に衝突するだけでは物事は進まないと、彼らは経験から学んでいた。

 

 

「…………仮にそれらが奇跡的に作れたとしましょう、しかしその動力源が無い」

「なに?」

「資料にはありましたよ、アークリアクターという機関が……しかしアレをそのまま同じ様に作っても出来上がるのはパラジウムを使った無意味に高価なオブジェだ…………核融合反応なんて、起きる訳が無い」

「……意図的に偽りの情報を掴まされた可能性は?」

「さぁ……もうそうなったらお手上げです。我々にはあの資料の正誤を理解する術も無いのですから」

 

 

 本当に両手を挙げて、諦めた顔で左右にブンブンと振ってみせた。

 将校も困り果てた。

 こんな状況をどう報告すれば良いのやら……考えるだけでも胃が痛くなってくる。

 

 

「せめて、設計図か実機があれば或いは……」

「…………仮に実機があったら、ソレをどうする?」

「そうですね、徹底的に分解して解析するしかありませんが」

「元に戻せるか?」

「うーん……正直、元通りに機能する様に直すのは不可能かもしれません。あの資料が事実なら一つでも配線が狂えば機能しないでしょうし…………」

「そうか……」

「どうしたと言うんです?」

 

 

 しかし、将校はそんな事は分かっていたと言わんばかりに諦観した顔で小さく頷いていた。

 訝しんだ主任は、何があったのか問う。

 

 

「……上の連中は我慢出来なくてな、直接交渉を持ち掛けたらしいんだ」

「まさか、コタロ=クラモチに?」

「どうにもそうらしい。買ってやるからアイアンマンを寄越せ、ってな」

 

 

 我が国らしい、と呆れながらも先を促す。

 

 

「まあ……そうしたら随分と吹っかけられたらしくてな」

「おやおや」

「買い取りは断固として拒否、レンタルのみで契約を結ぶのなら……月2億ドル、仮にも破損したり不具合が生じた場合には損害請求として最低400億ドルを払え、と言われたそうだ」

「それはまた……しかし、その程度であれば支払えるのでは?」

「独占出来ればその価値もあるだろうが、遠くない内に国連を介して加盟国を対象にアイアンマンの販売を行うそうだ」

「……であれば、別に我々が急かされる必要は無いのでは?」

「私もトップの思惑なんぞ知らんよ。威信だとか、モンキーモデルを押し付けられるとか、懸念もあるんだろうさ」

 

 

 解っているのは、ここで木っ端が幾ら議論を交わした所で事態は何も変わらないし、どう足掻いてもアイアンマンの解析は進まないと言う事だ。

 互いに俯きながら溜息をついて、頭を抱えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ISとアイアンマン、その存在と開発者である僕たちの事を世界に公表してから実に数ヶ月が経過した。

 これから色々と厄介な問題が積み重なるであろう事は想像に難くなく、僕は早々に日本政府とのパイプの構築を求めた。

 持つべきは親のコネという事か、驚く程トントン拍子に話は着いていく。

 

 交渉役として派遣されたのは防衛省直属の“戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局”…………という部署の局長を務める轡木十蔵(くつわぎ じゅうぞう)という初老の男性だった。

 

 

「何時も思うんですが……長くないですか?戦略的危機介入並びに何とか──って」

「ハハハ、どうしても出来たばかりの部署ですからな、今は略称を検討中です」

 

 

 印象としては柔和な笑みを浮かべ穏やかな話し方をする好々爺……だが、何というか掴みどころの無い人、というのが正直な感想だ。

 何でも長らく防衛省で防諜の仕事をしていたと言うが……つまり、スパイの類という訳か。

 

 

「それでは、本日も宜しくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

 

 

 基本的に話し合いは我が家の応接室で行われ、IS関連の話題も交わされるので彼女も同席している。

 轡木さんがお土産に持ってきてくれた紅茶の茶葉を淹れ、それを飲みながら話は始まった。

 

 

「それでは、まずアイアンマンの国連との契約、それと各国の反応からですが……」

 

 

 轡木さんを介して、僕は日本政府だけでなく国連とも交渉を行う事が出来た。

 具体的には、研究資金の提供や国への発言権、緊急時に超法規的措置を認める措置などの要求、現時点におけるアイアンマンの技術的な情報開示を行うつもりは無いが、国連を介して加盟国への販売を検討している事……など。

 まあ、自衛隊への売り込みは直接交渉に応じるとか、日本政府も今回の事を材料にして国連での常任理事国入りを目指しているとか……何も一方的に押し付けている訳では無い。

 

 その他にも諸々あるが、国を問わず駆け抜けて交渉で勝ちを掴み続けている轡木さんの手腕は流石と言う他になかった。

 

 

「──対して、アメリカやロシアは直接交渉を提案して来ましたが、此方の方で適当にあしらっておきました」

「何時もありがとうございます」

「いえいえ、コレも仕事ですからな」

 

 

 戦略的危機介入…………轡木さんという防波堤を得た事で、僕や彼女に直接ちょっかいを出してくる様な連中はシャットアウトされる様になった。

 そのお陰で僕達は自分の仕事に集中する事が出来る。

 

 

「さて、それとISについてですが」

「…………ん」

「ああ、すみません……どうも相変わらず人見知りで」

「ほほほ、構いませんよ」

 

 

 実は彼女もさっきからいるのだが……ずっと無言のままで何一つ喋ろうとしない。

 だから僕が通訳を務めないと轡木さんとも会話が成立せず……治せと提案しているのだが、一向に治る気配が無くて困っている。

 ……記者会見の時は普通に出来たんだから、あの通りに接してくれれば良いと思うのに、無理だと拒まれる。

 

 彼女が他人と普通の会話を交わせる様になるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 

 

「篠ノ之さんの提案通り、ISにつきましては軍事利用の一切を禁止する事を条件に白騎士の情報開示を行わせて頂きました」

「……」

「えっと、国際条約の方は?」

「確実な物にする為にも日本が常任理事国入りを果たしてからになるでしょうが、そちらも準備は着々と進んでいます」

「…………」

「だから自分の口で……技術交換や宇宙開発などを目的とした国際的な拠点については?」

「まだ提案の段階ですが、以前に頓挫した太平洋沖にメガフロートを浮かべ軌道エレベーターを建造する日米合同の案、これを再利用しようかと思います」

「具体的には?」

「各国から参加と出資を募って世界規模のプロジェクトに仕切り直す事になるかと。草案では軌道エレベーターのみでしたが、メガフロートの規模を拡大して軌道エレベーターよりも先に教育機関や研究機関を設置します」

 

 

 そう言いながら轡木さんは資料を手渡してくる。

 総面積は150平方キロメートルの大都市で、メガフロートと言う性質上拡張も可能とのこと。

 現時点では青写真でしか無いが、それだけに壮大な計画だった。

 

 

「凄いですね、これじゃまるで街を浮かべる様なものだ……」

「ええ、そしてISを用いて軌道エレベーターを建造するという実績が作られれば……」

「ISは兵器では無く、宇宙開発の道具であると刷り込む事が出来ると?」

「ええ、飽くまでも皮算用ですけどね」

 

 

 それだけ聴くと、とても良い案の様に思える。

 しかし……懸念としては利権確保の為に各国が足の引っ張り合いに興じる可能性があるのでは無いか、そう考えてしまう。

 

 

「確かに問題もあります。海の真ん中に浮かべるのでエネルギーをどうやって賄うか、等々」

「でしたらアークリアクターを提供しますよ」

「おやおや、それは非常に助かります」

「おい……安請け合いし過ぎ」

「そ、そうかな……」

 

 

 アークリアクターの提案について言及すると、直ぐに彼女から苦言を呈されてしまう。

 言われてみれば、何も考えずに二つ返事で了承してしまっていた。

 …………これから自分の発言には注意しないとな。

 

 

「それでは、話が纏まりましたら改めてお話に伺わせて頂きます」

「何から何まで、ありがとうございます」

「私個人としましても、お二人とは良好な関係を築いていきたいので……では、失礼しますね」

 

 

 そう言って、お辞儀をすると轡木さんは我が家を後にしていった。

 

 何度かこうやって轡木さんと話す機会はあったが、不都合な事は無かったし、寧ろ有利な交渉を行う事が出来ている。

 ……そう思わせるのが上手い人材を宛がわれた、と考えるべきかもしれないが。

 

 

「…………やっと帰ったか」

「そんな厄介者みたいに言ってやるなよ……」

「だってアイツ胡散臭いんだもん……何考えてるかわかんないし」

「まあ、それは否定できないかな……」

 

 

 あの貼り付いた笑顔の裏にどんな思考があるのか……正直、皆目見当も付かない。

 だけれども、表面上かもしれないが基本的には此方の味方でいてくれる……筈である。

 

 

「はぁ、疲れたー」

「…………君は何もしてないだろう?」

 

 

 ソファーの横に座っていた彼女が飛び付く様に抱きついてきた。

 それを払いのける理由も無いので、身体が徐々に傾斜しながらも抵抗はしない。

 

 これくらいなら構わないのだが……彼女には悪い癖がある。

 

 

「うふふ…………!」

「ぅ、ひゃあっ!?」

 

 

 ペロリと、僕の右耳を舐めてきた。

 

 去年のとある一件以来、癖にでもなったのか度々こうやって奇襲してくる。

 抵抗しようにも力の差では引き剥がせないし、元々くすぐりは苦手だったのに彼女のせいで尚更弱くなってしまっていた。

 いつも通り緩急をつけたり、吸い付いてきたり……

 

 因みに、彼女のお気に入りは右耳らしい。

 

 

「こうたろー、終わったんだったら────あら?」

 

「あ」

「わ」

 

 

 そんな思春期にはとても相応しいとは言えない行為が断行されている最中に、母さんが応接室を覗きに来た。

 終わったら報告をしろという約束を僕が違えたせいなのだが……正直、気まずい。

 何と言い訳したものかと、頭をフル回転して考えていると────

 

 

「なーんだ……じゃあ、ごゆっくりと~」

 

 

 あろう事か、何事も無かったかのようにスルーしようとする。

 

 

「えっ、それでいいの!?」

「何よ今更、小学生でもあるまいし」

 

 

 それは、一体どう言う意味なのかな?

 

 中学生でも高校生でも大問題だと思うのだが、母さんは全く気にした様子も無い。

 寧ろ何かを見守るような温かい目で見つめていた。

 

 

「それじゃ、夕飯までにはリビングに来るのよ。あっ、束ちゃんも良かったら(ウチ)で食べていって頂戴?」

 

 

 言いたいことだけ言って、母さんは無慈悲にも扉を閉めてしまう。

 

 そう、あっさりと僕は母親に見捨てられたのだ。

 

 

「……ゆっくり、していってだってよ?」

「いや、ちょっと待とうか……?」

「それに食べていっても良いって言われたし」

「違う違う!夕飯って言ってたよ?!」

 

 

 しかし、彼女は問答無用で詰め寄ってくる。

 只でさえ至近距離だったのに、最早逃げ場が無い程にまで追い詰められて…………

 

 

「待っ────」

 

 

 その日、結局彼女は夕飯を(ウチ)で食べていった。

 




活動報告にて行われているアンケートですが、予想に反して沢山の投票を頂いて正直驚いています。
投票はアベンジャーズが圧倒的に多いのでまずはアベンジャーズから書き始めると思いますが、時間と気力に余力があればホームカミングとか他の時系列にも手を出してみようかな……なんて考えています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

017 勿論トニーをリスペクトしているよ?だけどまさか────これじゃ二番煎じだな……

また幕間だよ(´・ω・`)


 冬が過ぎ春が来て、僕達の義務教育という期間にも終わりを告げた。

 世間ではちょっとした有名人……と言うよりもお騒がせ人になった僕達はてっきり高校へは進学出来ないと思っていたが、何と轡木さんが高校進学の話を持ってきてくれたのだ。

 国立大学の附属高校、つまり国の目が付いている場所であれば警備も監視も置けるので配慮も出来るのでどうだろうか、と。

 

 僕としては通信制の高校に通信教育だけ受けて卒業するつもりだったが、まあ高校生活というのに興味が無いかと言えば嘘になる。

 トラブルを未然に防ぐ為に万全を尽くし、もし仮に何かしら問題があれば全力で対処し、最悪単位が足りずとも卒業資格は確実に得られる様にするという話だったので……僕は頷いた。

 彼女もまた、僕が通うなら……といった旨で高校への進学に同意。

 

 そして僕達は晴れて高校生になったわけだが……まあ、中学生の時までと勝手が違って戸惑う日々を過ごしていたりして──

 

 

「ねえねえ倉持くん、今日って暇?」

「良かったら私達とカラオケに行かない?」

「他のクラスの女子がもいっぱい来るからさ!」

 

 

 アイアンマンである事が世間には発覚しているので、やっぱり声を掛けて来る人は一定数いた。

 割合としては女子の方が多くて……こんな風に誘われるのもザラだったりする。

 

 

「へぇ、良いね。それじゃあ──」

 

 

 ただ、まあ……そう、僕は調子に乗ってたんだよね。

 今まで学友と遊びに行った事なんて無かったし、女子と会話した事だって殆ど無かったから……その反動かもしれない。

 別になんて言うか、美女を取っ替え引っ替えなんて、トニー=スタークの模倣をしたかったんじゃなくて、単純に遊びたかっただけなんだけど────

 

 

「おい」

 

 

 背筋が凍るとは、この事か。

 

 いや、別に何も疚しい事はしていない。

 誘いに応じた訳でも無いし、何よりも応じたとして咎められる様な事では無い筈だ。

 なのに……つい、振り返ってしまった。

 

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 

 感情の篭っていない冷たい目で、彼女は椅子に座る僕を見下していた。

 妙に動揺してしまった僕は何も言えずに無言で、命乞いするみたいに見上げる事しか出来ない。

 

 

「今日は(ウチ)に来いよ」

「は、はい」

 

 

 短く、淡々と告げる。

 たったそれだけなのに、何故か身が震える様な何かを感じて、殆ど自動的に頷いてしまう。

 有無を言わさない迫力が、そこにはあった。

 

 

「あー、やっぱり駄目だったかー」

「それじゃあ倉持くん、篠ノ之さん、機会があったらまたねー」

 

 

 何てこった、まさか確信犯だったと言うことか。

 初めからからかい半分で誘われていた様で、クラスメイトはあっさりとその場を後にする。

 残されたのは僕と、彼女。

 

 でも、追い詰められた様な気分なのは何でだろう……

 

 

「…………」

「は、はは……」

 

 

 いや、あの、そんな無言で見詰めないで貰えないかな……?

 

 

「まったく……相変わらずだなお前達は」

「織斑さん……!」

 

 

 そう、こんな状況で忘れかけていたが、織斑さんも同じこの高校に進学し、そして図らずもまたクラスメイトになっていたのだ。

 …………もしかしたら、図られてクラスメイトになった可能性も捨てきれないが。

 

 そんな通りすがりの織斑さんにアイコンタクトを送る。

 助けて、と。

 

 

「そんな捨てられた犬みたいな目で見られても私は何もしないぞ」

 

 

 なんだって…………?

 

 

「私だって馬に蹴られたくないし、何よりお前達は見ていて飽きないからな。ハハハ」

 

 

 豪快に笑う織斑さんは正に女傑といった雰囲気で、とても頼もしそうに見えた。

 いや、撤回。迷いなく見捨てるその姿は薄情で裏切られた様に思えた。

 

 

「話は家で聞かせて貰おうかなぁ……?」

「ふぁ……っ!」

 

 

 耳元でボソっと囁かれて。

 オマケに耳の穴を舌でほじくり返された僕は、大人しく連行されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 家に来いと言われたが、特に用事がある訳でも無かった。

 つまり、何の断りも無しに何処ぞ誰かと外へ遊びに繰り出すのは許さんと、そう言うことみたいだ。

 何てこった束縛されているぞ、僕は。

 

 

「じゃあ、幸兄さんは相変わらず束さんの尻に敷かれてるんだ」

「それはちょっと、語弊があるかな……?」

 

 

 篠ノ之神社の境内にある道場の軒下で一夏くんとお茶……僕の場合は例の健康ジュース(クロロフィル)だけど……を飲んでいると、ちょっと聞き捨てならない事を言われた。

 僕が彼女の尻に敷かれている、それに関しては是非とも反論したいし、そもそもそんなマセた知識はどこで蒐集してくるのだろうか?

 

 

「第一、プライベートの彼女は本当にズボラでマイペースだから、僕が面倒を見てないとマトモに外にも出られなくて──」

「でも肝心な所の主導権は束さんに握られてるよね」

「…………」

 

 

 それを言われてしまうと、どう返した物かと。

 今日もそうだ、僕にはクラスメイトと遊びに行く自由もない訳で……いや、別にそれを根にもっている訳じゃ無いけど。

 だって腕力とかで訴えられたら勝てないし、最近では耳を責めるとか反則技を使ってくるし…………

 

 

「まあ、それでお互いが上手く行ってるんなら良いんだろうけどさ」

「……一夏くんは妙に達観してるね」

「そうかな?」

 

 

 織斑さんも、どう教育したらこんな子になるのかな……

 いや、一夏くんの事だから放っておいたら勝手にこうなったとも考えられるけど。

 なんて言うか、時々刺さるような事をズバリと指摘してくるんだよね。

 

 

「でも幸兄さんも束さんも素直じゃないよな、ちゃんと好きだって言えば良いのに」

「げほっ」

 

 

 き、気管に入っちゃった…………

 

 

「ぐっ、ごほっ……な、何だって?」

「どうしたの幸兄さん、遂に耳をやられちゃったの?」

「いや、聞こえてたけどさ……」

「なんかさ、幸兄さんと束さんって……色々と過程をすっ飛ばした上にぶっ飛んでるって言うか……」

 

 

 ……何だろう、こんな小さな子に見透かされてる様で、変な気分だ。

 このままだと言い負かされたみたいで……だから、少しだけからかい返してやる事にした。

 

 

「ところで……一夏くんはクラスで好きな子とかっているのかな?」

「え、俺?うーん……好き、とか良く分かんないんだよなぁ」

「成る程、そっか……」

 

 

 お返しのつもりで尋ねてみたが、戸惑う様子も無く反応も素っ気ない物だった。

 まあ、まだ7歳の男の子に聞くのは早過ぎたかもしれない。

 僕が7歳の頃は…………あー、何か意地を張って無視を決め込んでた気がする。

 

 

「でも、俺のことが好きな子なら何人かいるみたい」

「ふーん…………んん?」

「何となくだけどね、ちょっかい出して来たり話しかける機会を窺ってたり、給食でメインのおかずを一品渡そうとしてきたりさ」

「…………それで、一夏くんはどうしてるの?」

「興味無いしなぁ、放っといてるよ」

 

 

 唖然とした。

 自分に好意を向けられているのを理解して、それでいて放置してると?

 何てこった、僕は一夏くんの将来を懸念せざるを得ない。

 

 

「うぅん……後ろから刺されない程度にね」

「え?」

「いや、自覚があるからまだマシなのかな……無自覚でソレだったら本当に目も当てられないし……」

「何言ってんだよ幸兄さん、あからさまなアピールをされて分かんないヤツなんている訳無いでしょ?」

「あはは……まあ、そうだね」

「…………」

「どうしたの?」

「いや……幸兄さんの場合は、結構深みに嵌ってからじゃないと気付かなそうだな、って」

「えっ」

 

 

 え、なにそれ、怖い。

 いや、確かに深淵まで引き摺りこまれている自覚は無いでもない、だがしかし僕はそこまで鈍感ではない気がするのだが、如何だろうか……?

 

 これは是非とも客観的な立場の目線から聞きたい。

 誰かいないものか……あ、箒ちゃんを見つけた。

 廊下の向こう側、ちょうど一夏くんの背中側の方角で柱に身体を隠して顔だけで此方を覗いている。

 

 ん……鼻に指を乗せて……「しーっ」てことかな?

 それで続けざまに今度は……何そのジェスチャー、バラすな、一夏くんから話を引き出せ?

 オーケー、任務了解。

 

 

「コホン、ところで箒ちゃんの事はどう思ってるかな?」

「え、箒?」

「うん、やっぱり一番近くにいる女の子だしね?」

「うーん……そうだなぁ」

 

 

 ちょっと箒ちゃん、あんまり身を乗り出すとバレちゃうよ。

 期待する気持ちは分かるんだけどさ。

 そうそう、落ち着いて落ち着いて……

 

 

「好きかどうかは良く分かんないけど……でも、一番一緒にいて楽しいヤツではあるかな……?」

 

 

 だ、そうですよ箒ちゃん。

 おっと、顔を少し赤くして……逃げたっ!

 

 

「あれ、今誰かいた?」

「さあ、何も見えなかったな……」

 

 

 そんな微笑ましい光景に気を良くして、ジュースを一気飲みしてみる。

 そして直ぐにその事を後悔した。

 

 

「苦……っ」

「だったら飲まなきゃ良いのに……」

 

 

 今日も相変わらず、僕の周辺は平和そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 ISとアイアンマンは少しずつ世界に浸透し始めている。

 今はまだ研究や試験目的で少数が先進国に買われたのみだが、いずれは世界中に普及させたいと思う。

 だからと言って、機能をフルで送り届ける訳にはいかないが。

 

 まず、基本仕様はMark.2をベースにする事にした。

 Mark.2の時点である程度の完成度に達しているし、性能も過剰になり過ぎない程度で丁度良い。

 但し基本武装はリパルサーレイとユニビームのみ。

 ミサイルや肩部キャノン砲はオプションとして用意して追加料金を請求する仕組みだ。

 

 そして伝家の宝刀であるアークリアクターだが……これは入念に対策を盛り込む事にした。

 手始めに機能の一部をスーツに移し、取り外しても動作しないようにする。

 次にネットワークとの接続機能を設け、此方の命令一つで機能を停止・制限するバックドアプログラムを仕掛けさせて貰う。

 もしもネットワーク接続が途絶えてしまえば回避されてしまうが……補助として超音波通信の受信機も増設する事でカバー。

 現状ではGPSだが、いずれは独自の衛星通信で捕捉・管理する機能も増設したい。

 結局のところ、アークリアクターのセキュリティと同時にスーツの管理を行う様な物だ。

 

 他にも、補助役を務めるAIの新造など……量産型アイアンマンの仕様が完成したのは発表から実に半年が経過してからだった。

 

 

「幸太郎も忙しくなったから、こうやって3人が揃うのも久し振りね」

「言われてみれば、そうかもね」

 

 

 そんな順風満帆とも言える日々を過ごしていたある日、僕は両親から外食に誘われた。

 場所は如何にも高級な雰囲気のイタリアンレストランで、子供の頃に誕生日で連れて来られた記憶がある。

 しかし、今日は家族の誰も誕生日では無かったし、何かの記念日でも無かった筈なのだが……

 

 

「実は、以前から春香さんとも話していたんだ」

「私はちょっと早いかなって思ったんだけど、あんな事もあったでしょ?」

「…………」

 

 

 あんな事、に該当する項目が幾つかあるせいでイマイチ特定出来ない。

 しかし隕石騒動か、あの記者会見か、それともそれらを一括りにしてか……いずれであろう事は分かっていた。

 

 

「幸太郎がアイアンマンである事を世間に公表した事で、言うなれば社会に出る事になった」

「世界に対して商売をしていく訳だから、今までは親としても倉持重工の経営者としても幸太郎を支援してきた……勿論、それはこれからも続けていくわよ?」

「だけど、そろそろ幸太郎にも自分自身で行動する為の手段を与えて良いんじゃないかな、って思ってね」

「あの……つまり、どういう事?」

 

 

 随分とはぐらかす様な物言いで、話の趣旨が掴めない。

 二人の顔を見れば神妙な表情をしていて、何か重大な話題であるのだけは分かるが…………

 

 

「まあ、ちょっとしたプレゼントという訳さ」

 

 

 父さんは、ハンドバックから一枚の書類を取り出した。

 

 

「株式会社設立登記申請書…………?」

「商号は倉持技研……まあ変えたければ書類を作り直せば良いんだけどね」

「つまりね、倉持重工の出資で子会社を設立して幸太郎を取締役に任命するって事よ」

 

 

 何と……それは、つまり?

 

 

「え……僕が、社長になるって、こと?」

「最近の流行りじゃCEOって言うべきかな?」

「取締役会も株主総会も二つ返事で了承しちゃったから後は幸太郎が署名するだけね」

 

 

 正直言って、衝撃的すぎて頭が真っ白になってる。

 いや、そりゃあ社長って言うのには憧れてたし……親が会社経営者なんだからいずれはそうなるのかな、なんて漠然とは考えていたけど…………

 

 僕が、社長?

 

 

「あはは、開いた口が塞がらないって顔してるよ?」

「突然の事だもんね、しょうがないわ」

「あ、え……うん……」

「だから商号、社号とかも勝手に決めちゃったけど……どうする?」

 

 

 少しだけ考えて、でも直ぐに結論は出た。

 

 

「ううん、倉持技研がいいな」

 

 

 折角、両親が決めてくれた名前だし……それに、何気に気にいった。

 会社経営や運用なんかの細かい話は後でゆっくりしてくれる事になり、やらなければいけない事は幾らかあるけど……

 

 

「うん、何はともあれ……おめでとう、幸太郎」

「…………ありがとう」

 

 

 僕は社長になった。

 

 

 

 

 

 

 世界は変わりつつある。

 その煽りを早速受けた男達は、悲愴を慰める様に酒を浴びていた。

 

 

「アイアンマンとIS、ねぇ……あんなガキの作った玩具のせいでウチは廃業さ」

「ああ、ウチもだよ…………」

 

 

 片や、米軍で制式採用が確約されていた、あらゆる戦場を縦横無尽に暴れ回る事が出来る車両型軍用ロボットの開発・製造を行なっていた企業の代表。

 片や、EOSと呼ばれるISとアイアンマンが登場するまでは次世代の発明と持て囃されたパワードスーツを開発・製造していた企業の代表。

 

 どちらも、アイアンマンとISの登場でお払い箱になってしまっていた。

 

 

「可笑しいじゃねえか……去年の今頃は250台の発注が決まってたんだぞ?」

「コッチなんかアメリカだけじゃなくてドイツやフランス、イギリス……粗方の国から注文が来てたさ」

 

 

 しかし、それは15歳の少年少女によって水泡と化した。

 栄華を味わう間も無く、まるでキツネにつままれた様に夢物語だけで全てが終わってしまったのだ。

 残ったのは、大量の不良在庫と膨大な借金だけ…………

 

 

「どうすんだよ、社員に払う給料の金も残っちゃいねえ!」

「大人しく破産するしか無いかな……」

 

 

 そうして、身体を蝕む酒の量がだけが増えていく。

 

 心には絶望が埋め尽くされ、負の感情が積雪の如く重なる。

 もしも何か起爆剤さえあれば、その爆弾は容易く爆発へと向かうだろう。

 

 

「そこのお二人さん、ちょっと良いかしら?」

 

「ああん?」

「はい?」

 

 

 声をかけて来たのは、女性だった。

 

 金糸のようなブロンドの髪、陶磁器の如く白い肌に女優かモデルかと見紛う程の美貌とスタイルを持ち合わせた絵に描いたような美女……

 彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、更に男達のテーブルへと歩み寄っていく。

 

 

「貴方達にお仕事を頼みたいの」

「仕事たってなぁ……生憎と電気代さえ払えない始末でな」

「ええ、元手が無ければ何も出来ませんよ……」

 

 

 しかし、女性はその笑みを崩さず、甘い提案を投げかける。

 

 

「仕事を引き受けてくれるのなら資金、機材、人材……あらゆる物を用意するわ。私達が必要なのは……貴方たちの気持ちと熱意だけ」

 

 

 あからさまに怪しい提案だった。

 しかし、それにしがみ付きたくなる程に、彼らは追い詰められていたのだ。

 

 

「アンタ、何者だ……?」

「そうね……スコール、って呼んで頂戴」

 




物語に進展が無いでゴワス……

だからホームカミング方式で煽るしか無い……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

018 摩天楼の先にAの塔は無かった

それゆけアイアンマン!(まだ行けなかった)


『現在の血中毒素は62%です』

 

 

 無慈悲な声に肩を落としながら鏡に視線を移す。

 胸の中央で輝くアークリアクターを基点に広がるミミズ腫れの様な青い筋は尚も勢力を拡大しつつあり、最初に貰った人工スキンでは覆い隠せない程になってしまっていた。

 彼女には、汚れた時の為とか成長期だからとか理由を付けて新しく大きめのスキンを作って貰う事が出来たが……このままでは誤魔化しも効かなくなるかもしれない。

 

 

「何とかしなけきゃ、なんだけど……」

 

 

 そんなのは、解っている。

 ヴィブラニウムの加工にさえ成功すればなんの問題も無いのに、肝心のそれが未だに出来ないのだ。

 これでも対策は出来うる限り講じてきた……野菜ジュース(クロロフィル)や二酸化リチウムの投与だけでなくサブ電源に切り替えてパラジウムの交換も自力で出来る様になった。

 そうやって3年半を騙し騙し生きていたが…………タイムリミットはそんなに長くは無いだろう。

 

 

『構造自体の解明は成功しています。ヴィブラニウムとはカーボンと金属の混合物が規則配列で結合した、有機金属化合物の一種です』

「だったら、その通りに組み合わせて分子を結合させてやれば良いんじゃないのか?」

『いえ、ただ単に金属と炭素が結合した元素という訳では無く、融合して一つの単体で存在する未知の原子なのです』

「……ビッグバンでも起こせって言うのか?」

 

 

 原子を新たに作り出すとなれば核融合でも起こさなければ話にならない。

 それも、水素をヘリウムに核融合させるなんて生温い話じゃなくて、金属を新たに作り出すのだから……そのエネルギーは天文学的数値まで跳ね上がるだろう。

 

 

『いえ、製造せずとも加工すれば良いのならもう一つヴィブラニウムがあれば解決します。ダイヤモンドと同じ理屈です』

「そっちの方が確実か……」

『あの隕石の耐久性から推察するに、含有していたヴィブラニウムは少なくとも現在所有している量の20倍はあった筈です』

 

 

 しかし、どうやって探した物か……

 例えばアイアンマンの素材研究に使いたいから寄越してくれ、とか依頼を出せば差し出してくれる所もあるだろうか?

 いや、それは他のヴィブラニウムが発見されていればの話だが。

 

 

『マスター、篠ノ之束さまが此方に向かっていますが、如何なさいますか?』

「おっと」

 

 

 直ぐに胸をスキンで隠して何事も無かった様にシャツを着直す。

 メーティスの忠告が無ければ危なかった。

 案の定、最後のボタンを留めてからほぼ一瞬で入口の扉は開け放たれたのだから。

 

 

 

「やあ、シャチョさん」 

「……そのイントネーションはどうかと思うけど。って言うか社長って呼ばないでよ」

「何だよ、何も間違って無いじゃん」

「窓口が法人化しただけで社員もいないんだから、社長って言ったって本当に肩書きだけだよ」

「ふーん……じゃあ、私が社員になってあげよっか?」

「そりゃあ良い、世界最強の株式会社の誕生だ」

 

 

 実際、彼女が社員になってしまえばヘタな広告よりも宣伝になってしまうだろう。

 ISとアイアンマン事業を開発者の二人が一手に引き受けます……って?

 そんな事したら独占禁止法で訴えられてしまいそうだけどね。

 

 

「ところで、何やってたの?」

「ん?ああ……ちょっと試作品のテストをね」

 

 

 誤魔化す様に、液晶モニターに本当の試作品を表示して、ディスプレイに翳した手をそのまま外へヒョイと投げるモーションをする。

 液晶に表示されていた画像データは空中浮遊型タッチパネルに転送され、彼女の手元まで飛んでいった。

 

 

「またアイアンマン?」

「そ、民生モデルの試作……民生って言ってもメインターゲットは警察とか消防だから行政モデルって言うべきか」

 

 

 そもそもアイアンマンは高い。

 高くしないと色んな不具合が生じるので適正価格だと思うが……オプションを総て省き、最低限の仕様にしても80億円は頂いている。

 だから、国みたいに潤沢な予算が無ければとても買うこと何て出来ない訳で……廉価モデルを造れば需要があるんじゃないか?と思った次第だ。

 

 …………それでも定価5億円はしてしまうのだが。

 僕が財務を担う人間だったらそのお金で消防車や救急車の台数を増やすと思う。

 

 

「でもコレ、仕様で飛べないって書いてあるぞ?」

「あのジェットは構造も複雑だし、熱処理の都合で費用も掛かるからね……それに、現場装着機構と相性が悪いんだ」

 

 

 通常のアイアンマンならば、脚部をそのまま装着する事が出来るので技術がある程度確立してきた今なら搭載するのは容易だが、折り畳み式とも言える行政モデルでは搭載が困難と判断して見送った。

 まあ……搭載してない方が“らしい”気はするんだけどね。

 

 

「ふーん……倉持技研さんはコレからもアイアンマン一本でやっていくつもりなの?」

「いや、製造業に絞られるだろうけど多角的に色んな事やってくつもりだよ……ISに手を出しても良いかもね」

 

 

 まあ、それはこの心臓の問題が片付いてからになるだろうけど…………

 

 

「その時は私を副社長にしてよ」

「…………自分で起業できるだけのお金持ってるくせに」

「馬鹿だなぁ、私が会社経営なんて出来るわけ無いだろ」

 

 

 ああ、そりゃあそうだ。

 彼女が代表をやったら商談も纏まらないだろうし、部下に遣らせるにしても部下が付いていける光景が思い浮かばない。

 

 

「否定しないのな…………」

「否定して欲しかったの?」

 

 

 

 

 

 

「よお、社長!」

「だから、その社長っての止めてくれないかな……」

 

 

 何時の間にか社長という渾名が定着してしまったようで、登校するや早速クラスメイトに呼ばれてしまう。

 いや、しかしそのお陰か友人と言うか話す機会が増えたから災い転じて福となした──いや、結局は耳をほじくり返される頻度が増えたから福だな。

 …………あれ?

 

 

「社長はパスポートもう作ったか?」

「おいおい、社長に何言ってんだよ……」

「社長なら海外旅行なんて何度も行ってても可笑しく無いだろうし」

「パスポート……え、何で?」

 

 

 彼等は信じられない物を見たような目で一斉にこちらを見返してきた。

 え、どうしたの? 

 

 

「何でって……来月、修学旅行じゃないか」 

「あ、ああ……そう言う事ね」

 

 

 すっかり忘れていたが、来月には我が校の修学旅行がある。

 場所は自由の国アメリカ、もう少し具体的に言えば東海岸方面。

 初日はワシントン、二日目はニューヨークという具合に市内観光をする予定で、予定ではロックフェラーセンターにも行くコトになっている。

 ロックフェラーセンターが何って事では無いが、あのスタークタワーことアベンジャーズマンションの程近くにあるので印象深い……まあ、現実にはそんな建造物は存在しないのだが。

 

 

「大丈夫かよ社長……」

「大丈夫だって、用意も出来てるし……」

 

 

 実は家族での海外旅行の経験なんて無かったが(親は仕事で海外に行ってたけど)、事前にパスポートの申請と発行は済ませている。

 そういう類の準備に抜かりは無いのだ。

 

 

「ん…………?」

 

 

 そこでふと、考えてしまった。

 かの大天才、日常生活に少々どころで無い支障をきたす彼女はパスポートを発行しているだろうか、と。

 少なくとも僕の知る限り過去5年間に彼女が海外へ渡航した記憶も無ければ独りでパスポートを申請しに行った覚えも無いのだが…………

 

 気になったので、早速隣の席で腕を組み頭を乗せ眠りの態勢に入った彼女に問い詰める。

 

 

「なあ、確認するけど……パスポート、発行したかい?」

「パスポート?何で?」

「────ぅ、わ」

 

 

 僕の失態だ。

 

 普通に考えてみれば、彼女が修学旅行だからパスポートが必要だと気づき自分一人で発行しに行動するだろうか?

 気付くまでは出来たとして、それを実行に移すとは到底考えられない。

 って言うか反応を見るに修学旅行の存在を認識していなかった恐れすらある。

 

 

「ああ、もう……放課後になったら帰りに市役所に寄って、戸籍抄本と住民票と、えーっと……」

 

「おっ、遂に社長が籍を入れるみたいだぞ」

「おめでとう社長!」

「おめでとう!」

 

「ちょ────っ」

 

 

 僕の慌てようを嘲笑うかの様に満面の笑みと惜しみない拍手を送ってくるクラスメイト達。

 冗談から来る反応だとは分かっていても、アクションが割とガチだ。

 だからか、周りにいた彼ら以外にもその流れは伝播し、気がつけば教室の全域に広がっていた。

 

 

「あ、あのねえ!仕舞いには僕だって怒るよ?!」

「おい、社長がキレたぞ!」

「やばい!アイアンマンが来るー」

「総員、退避!退避!」

「キレてないって!こらーっ!」

 

 

 中学生の時までは周囲から煙たがられていたから、こんな扱いを受ける事も無かった。

 と言うか、彼女はあの通り無反応か、最近ではナイフで抉るような毒舌を吐いてくる物でクラスのターゲットというお鉢は僕の所に回ってきてしまう。

 

 まあ…………だけど、そういうのも新鮮で、割と楽しかったりする。

 彼らも本気で嫌がっている時は止めてくれるし、彼女を必要以上に刺激する事もないので良好な関係を築けていると思う。

 …………そもそも彼女の気に障れば、突然ピンポイントにミサイルが飛んできても不思議では無いので、弄るに弄れないのだろうけど。

 

 

「んー……ちーちゃん、何かあったの?」

「いや、クラスの意志が一つになるのは良いことだな……」

「ほへ?どういうことー?」

「何でもないさ、お前たちは自然体で過ごしてれば勝手に和を取り持ってくれるからな」 

 

 

 結局、彼女は期日までにパスポートを取得する事が叶った。

 

 

 

 

 

 

 修学旅行の初日はワシントンの市内観光。

 事前の計画通りにホワイトハウスやリンカーン記念堂などを見て回る事になった。

 14時間をエコノミー席で拘束され、暇潰しと称して寝ている僕の耳を舐めて起こしてきたりと随分ストレスが溜まっている様子の彼女もそれなりにこの観光を楽しんで────

 

 

「何このおっさん、偉そう」

 

 

 …………楽しんでる、んだよね?

 確かに不遜な態度と言えなくも無い姿勢で座っているリンカーン像に身も蓋も無いことを言ってみたりと相変わらずの平常運転だ。

 らしいと言うか、そんな反応もどこか期待していた節もあるのは否定出来ない。

 それは他のクラスメイトも同じだったみたいで……順応力が高いと言うか、良い人達だなと改めて思う。

 直接言えばまた何か弄られるのは目に見えている事なので、決して口にはしないけど。

 

 そして初日の最後の日程は、スミソニアン博物館の見学だった。

 アメリカ国立にして世界でも最大級の博物館なのだが、何と入館料いらずの無料だったりする。

 そんな世界三大には入れないが四大にすれば入れるかもしれないスミソニアン博物館はワシントンにあるだけでおよそ15に別れているが……勿論、僕が選択したのは国立航空宇宙博物館だ。

 ワシントンでも有数の観光地で……何気に、今回の修学旅行で一番楽しみにしていた場所かもしれない。

 

 

「おぉぉ……これは凄い!」

 

 

 国立航空宇宙博物館は世界の総てが集約されていると言っても過言では無い。

 ライト兄弟のライトフライヤー号や世界初のジェット機Me262、V2ロケット、アポロ11号、スペースシャトルのディスカバリー号…………

 人類が空という領域に足を踏み入れ、やがて更にその先である宇宙まで到達したその足跡が、刻まれていた。

 

 

「ふわぁ………………」

 

 

 奇人としても著名になりつつある彼女も、流石にISの開発者だけあってか興味津々なご様子だ。

 実際に触れる事で有名な月の石の標本に手を伸ばした時なんか、その顔は興奮と歓喜を隠さずに表していて、子供っぽいと言うか年相応な印象を受けた。

 

 

「おい社長、コッチ来て見ろよ!」

「え、何?」

「いいから、いいから!」

 

 

 展示物を一つずつジックリ見取れていると、クラスメイト達がやたらと僕を誘導しようとしてきた。

 何でもイチオシの展示物があったとの事だが…………何だろうか、あと見てない展示でめぼしい物と言えばエンタープライズ号の撮影模型くらいな物だったと思うが?

 

 そうして導かれた場所を見て、僕は直ぐに納得した。

 

 

「Mark.3と白騎士…………!」

 

 

 勿論、実物は片や自宅、片や研究機関にいるので飽くまでもレプリカだが。

 傍らの説明欄には、アイアンマンは世界一の速度を叩き出したパワードスーツとして、ISは海抜0から最も高い高度を記録したパワードスーツとしてギネス認定された旨が記載されていた。

 …………そう言えばそんな申請が来てて、承認した覚えがある。

 

 

「社長、折角だからアイアンマンとツーショットで撮らせてよ!」

「あっ、出来れば篠ノ之さんも白騎士と…………!」

 

 

 成る程、確かにそれは記念になると快く応じる事にした。

 …………ちょっと、何してんのさ君も撮るんだよ。ほら、コッチ立って。

 ツーショットではなくフォアショットになったが、まあ問題ないだろう。

 

 

「ありがとう社長!」

「この写真は二人の結婚式のスライドショーで使わせて貰うぜ!」

「またそう言う……っ!」

 

 

 隙あらばという具合に良くもまあ飽きず定番のネタが飛び出してくる物だ。

 他のクラスメイトも同調してきて……これが有名税と言うヤツだろうか、微妙に違う気もするけど。

 

 

「ん…………?」

 

 

 ふと、視界の隅にアイアンマンとISの展示の程近くに何かが過ぎった。

 何となく視線を向けると、どうやらあの隕石騒動を引き起こした張本人である隕石の一部が、グアム沖で発見されてここまで運ばれてきたそうだ。

 どうやらこれは本物みたいで、2m弱の隕石は照明の光に照らされている。

 

 

「メーティス、この隕石にヴィブラニウムが含まれている可能性は?」

『流石にこの場で判別するのは不可能です』

「そうか……これ、買えないかな?」

『何処かに購入ルートが無いか探りを入れてみましょう』

「頼む、金額は幾らでも出して良いからな」

 

 

 もしもヴィブラニウムが含有されていれば……今回の修学旅行は最高の物になるのだが。

 さて、しかし今は神に祈る他ない。

 

 

 

 

 

 

 ワシントンのホテルで一泊し、翌二日目はニューヨーク観光。

 まず始めに訪れたのはロックフェラーセンター、そして展望台。

 一望できる光景はエンパイヤステートビルの様な観光地だけで無く、アメコミの舞台そのものと言える街並みは個人的に興味深いポイントで、実は結構興奮していたりする。

 

 

「あっちがハーレムで……それで、こっちがクイーンズの方面か」

 

 

 ハーレムと言えばハルク、クイーンズと言えばスパイダーマンである。

 ニューヨークと一言で言っても、その面積は広大で果てしなく遠いのが否応無しに理解できてしまう。

 やはりスケールが違うなと感じてしまうのは、狭い日本に住む者の素直な感想だった。

 

 

「うーん……あの辺りがスタークタワーかな?」

 

 

 残念ながらそんな物は存在しない。

 強いて言えばメットライフビルやクライスラービルが見える程度である。

 もしも存在していたら修学旅行なんて放棄して突撃していただろうに。

 

 

 その次はバスで移動してから世界の経済の中心とも言えるウォール街を散策する事に。

 ニューヨーク証券取引所にフェデラルホール、かの有名なチャージング・ブルのある場所だ。

 

 

ほんはの(こんなの)ふぁひははほひいほはな(何が楽しいのかな)

「……物を食べながら喋らないの。って言うか何でニューヨークで食べるのがフィッシュ&チップスなのさ」

ひいはんへふひ(いいじゃん別に)

「良いからゴックンしなさい!」

 

 

 何だかんだ言って買い食いしたりしてる所を見ると、彼女なりに楽しんでいるのだろうか……

 まあ、経済が云々と言うのに興味は無いのだろうけど。

 

 

「はい、口開けて」

「え?」

「一口やるよ、ほら」

「…………あーん」

 

 

 言われるがままに口を開けると、中に衣で包まれた魚の切り身が飛び込んできた。

 噛み締めると衣の油がジュワーと口の中でいっぱいに溢れ、白身魚の淡白な味と味付けの塩とで妙にマッチしている。

 

 

「どう?」

「んー……想像してたより美味しいかも」

 

 

 ただ、一口や二口なら美味しく頂けるが丸々一つとなると油濃くて重そうだ。

 それにアメリカよりもイギリスで食すべき物だと思うのだが、如何だろうか?

 

 

 そしてそのまま移動した先にあったのは、グラウンドゼロ…………つまり、ワールドトレードセンターの跡地だ。

 2001年のテロの跡地には記念館と博物館、それにモニュメントがある。

 

 

「うーん…………」

 

 

 流石と言うべきか、ありとあらゆる場所に“911”の数字が記されている。

 中には観光客と思しき人のシャツにも『911を忘れないで!』と書かれているぐらいだから、あの事件がアメリカ人にどれほどの影響を与えたのか計り知れない。

 

 博物館には行方不明の家族や友人を探す張り紙や、生存者を助けて命を落とした一般人や消防士の遺品、 避難する人々が実際に歩いて降りた非常階段などが展示されている。

 

 凄惨…………そんな言葉しか出てこなかった。

 

 

「………………」

 

 

 もしもその時、アイアンマンがあったら────そう考えてしまうのは烏滸がましいだろうか?

 突貫する旅客機をアイアンマンだけで、己の力だけで止められるか…………それは解らない。

 寧ろ不可能である可能性の方が高いだろう。

 だけど、それでもこんな事が二度と起こらない様に努力する…………そうする事がアイアンマンをこの世に送り出した自分のすべき事なのかもしれない。

 

 

「ああ、次は国連か……」

 

 

 次の目的地は国連本部のあるビルだが、距離があるのでバス移動をする事に。 

 国連と言えば、あの銃身のねじ曲がったピストルのオブジェなどで有名だが、そう言えば今回の修学旅行では平和について考えろとか何とかをテーマに小論文の課題が出ていた事を思い出す。

 

 

「平和、ねえ…………」

 

 

 平和とは何だろうか。

 そもそも争いがあるからして平和という対義語が存在する訳だが、21世紀の現代になっても争いとは無縁にはなっていなかった。

 結局911が火種になってイラク戦争が起こってしまった訳だし…………人類は平和を維持するのは不可能なのかと考えてしまう。

 人類の目が総て宇宙に向けられれば、多少は平和に近付くのだろうか、嘗て冷戦時代のアメリカとソ連の様に…………

 いや、それでも代理戦争という形で結局は争っていたのだが。

 

 右手側にイースト川を見ながら揺られていると、信号に捕まったのかバスは急ブレーキした。

 身構えていなかったので突然の停車に僕達はシェイクされてしまう。

 

 

「何だ…………?」

 

 

 よく見ればバスの前方は大渋滞を起こしていて、積み重なった車から這い出す様に降りた人々は進行方向と反対に逃げる様に駆け出していく。

 車道だけでなく歩道を歩いていた人達も同じで、明らかに何かが起きていた。

 

 

「お、おい……何だよアレ?」

 

 

 誰かが呟いたのとほぼ同時に──爆発した。

 何かが引火したのか、アクション映画の如く車が炎上しながら吹き飛ばされていく。

 更にその向こう…………何かが、いる。

 

 

「へ……ガンタンク?」

 

 

 下半身はキャタピラ、上半身は人を模した様な巨大なロボットが、大量の銃器で滅茶苦茶に周囲へ銃弾を降り注いでいた。

 ビルや車は一瞬で蜂の巣に成り果て、ガソリンが気化したのか再び爆発を起こすものまで現れる始末。

 

 

「嘘だろ……おい!?」

 

 

 先程見てきた光景のせいか、皆の頭には一様に“テロ”という言葉が浮かんでいた。

 突如巻き起こるパニック。

 このまま動かねばやがて訪れるであろう死という恐怖から逃れようと、バスの乗車口へ濁流の様に溢れかえった。

 

 

「や、やばっ……スーツケース!」

 

 

 僕も他に漏れずスーツケースを引きずって逃げ出す。

 

 

 まさか……このスーツケースを本当に使う事になるとは思いもしなかったが────




次回、漸くアイアンマンらしくなるみたいです。

この山場の前で話をぶった切る癖、止めた方が良いのかな?
どうもタイミングを見極めるのが苦手で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

019 鉄の身体は誰かを守るために──装着せよ

※演出上英語と日本語がゴッチャになってますが、適当に考えて雰囲気で味わってください。





「なんだよ、あれ……?!」

 

 

 襲撃者は、メカのケンタウロスとでも言うべき存在だった。

 大きさは5,6m程とまるで住宅が動き出しているかの様な重圧感を与え、下半身には戦車のソレを巨大化させたようなキャタピラを履き、上半身はSFや特撮ドラマに出てくるロボットの如く人を模した形状になっている。

 両腕にはガトリングガンが添え木の様に装備され、背中から肩にかけては戦車の主砲と思わしき砲身の二門が片方ずつに、そして胸部や腰部にはミサイルの発射台が計6基が供えられている。

 戦車にしても矢鱈と過剰な……陸上から戦艦(きょうりゅう)でも相手にするつもりで設計したとしか思えない巨大な兵器だ。

 

 と言うか、普通の銃器を握れそうには到底思えない巨大なマニピュレーターが存在する意義とは何なんだろうか?

 

 

『あー、やっぱりアジア人は顔の区別がつかねえなぁ…………』

 

 

 内部からマイクを通してだろうか、ロボット戦車からはアクターがヴィラン役を意識して演じたかの様な声色の低い底冷えしそうな男の声が発せられ、大通りに響いた。

 

 

『まっ、だったら全員仕留めちまえば同じかっ!』

 

「そんな馬鹿な…………!」

 

 

 こちらの文句なんてまさか聞いている筈もなく、ロボット戦車は肩のキャノン砲を僕たちが乗っていたバスへと銃口向けて、ロックオンしてしまう。

 

 

「や、ば──」

 

 

 バスの周辺には、まだ逃げ遅れた生徒がいた。

 このままでは確実に、ミサイルはバスに着弾して破片が彼ら彼女らの命を奪うだろう。

 しかも、先ほどの爆発を見るに徹甲弾では無く炸薬弾の可能性がある。

 もしもそうだったら、破片だけでなく気化したガソリンに引火、大爆発を起こしかねない。

 

 

「仕方がない……悪く思うなよ!」

「────えっ?」

「死ぬよりはマシだろう、痛みは一瞬だ!」

 

 

 意を決した様に織斑さんは戸惑う生徒の言葉を余所に、クラスメイトの制服を掴むと歩道に設置されていたオープンカフェに向けて投げ込んでしまった。

 まさか人間を投げたとは思えない程、綺麗な軌道を描きながらパラソルのある所へと落下していく。

 そんな調子で何人も次々と投げてしまうが、コントロールに狂いは無さそうだ。

 柔らかめに投げた事が幸いしてか、パラソルがクッションになって衝撃を殺した後に目下のテーブルへ落ち、大きな怪我も見られない。

 

 

「えっ、ちょ…………ちーちゃん、もしや私もぉ?」

「当たり前だっ!」

「あーれー」

 

 

 少し投げやりな言葉で、織斑さんは彼女も放り投げてしまう。

 ただ、彼女の人並み外れた身体能力のお陰だろうか、他のクラスメイト達とは異なり空中で一回転すると綺麗にバランスを取って着地していた。

 

 さあ、次は僕の番だと言わんばかりに此方を睨みつけるが────

 

 

「いかん、間に合わん」

「え、嘘っ」

 

 

 既に時間切れのご様子で、ロボット戦車の砲門からは弾丸が発射されてしまう。

 僕は咄嗟に抱えていたスーツケーツを盾みたいに前に転がし、身体は崩れる様にしゃがんでその物陰に隠れた。

 

 瞬間、バスは爆発、大炎上する。

 

 

「うああああっ!?」

 

 

 破片や爆発自体はスーツケースが防いでくれたが、衝撃波までは避けられず僕は吹き飛ばされる。

 そのまま投げ飛ばされる様に歩道に落下するが、剣術の鍛練を行なっていたお陰か受け身を取り、負傷する事は無かった。

 

 余所見してみると織斑さんは跳躍していて、車の上を八艘飛びの要領で爆発から逃れた様だ。

 

 

「あっ……!」

 

 

 爆発の衝撃で、僕は思わずスーツケースを手放してしまう。

 幸い、変な所に転がったりはしていないが、少しばかり距離がある。

 飛び付いて回収するには車という防護壁の無い場所を駆け抜けなければならない……!

 

 

「あーっ、もう!世話の焼ける!」

 

 

 しかしそんな僕の思いを知った事かと言わんばかりに彼女は飛び出した。

 直ぐにスーツケースの落下点まで辿り着くと、そのまま拾い上げて此方に投げて寄越してくる。

 

 

「ナイススロー!」

 

 

 スーツケースは上手い具合にキャスターの部分から接地し、車輪が転がりながら僕のいる場所まで滑り込んできた。

 それをキャッチし、取っ手の部分に設けられた認証センサーに指を押し付け、待機状態を解除する。

 起動が開始するとケースの一部が展開して、脚を差込めそうな空間が生じていく。

 

 そう、つまりコレは旅行鞄(スーツケース)にしてアイアンマン“スーツ”のケースでもあるのだ。

 勿論このスーツのモデルはかのマーク5。

 但し、問題としてあのアタッシュケース型の待機状態を再現できず、高さは80cm、横幅は50cmにまで大型化してしまった。

 つまり、長期旅行に使われる一番大型の物とほぼ同等のサイズである。

 

 

「メーティス、アークリアクターを同期してくれ」

『イエス。出力サイクルの同期を開始します』

 

 

 スーツケースの下っ腹を蹴り上げて右脚を突っ込むとケースは開いて内部に収納されていた装甲が露わになる。

 中にある筒状のパーツに手を差し入れると手錠を嵌められた様に腕は固定され、その先にあるハンドルを握った。

 そのまま腕を足から腰にかけて滑らせる様に持ち上げると下半身の装甲が装着され、次いでシャツを着る要領で上半身の装甲を被る。

 後はハンドルを手放して両腕を左右に広げ、つまり大の字を作れば後はメーティスが補正してくれてスーツは自動で装着されていく。

 

 

「え……嘘っ?!」

「わあっ──アイアンマンだーっ!」

「うおおっ、社長マジかよ!?」

 

 

 装甲は蛇腹の様に結合し形成され、最後に背中からアームの様に伸びたメットが装着されマスクを形成する。

 同時にインターフェースがマスクのディスプレイに表示され、ぶっつけ本番の装着だったが問題は無さそうだ。

 

 

『Mark.5の起動を確認。システムオールグリーン』

「よし……!」

 

 

 そう、Mark.5だ。

 Mark.4の称号なんて量産型にくれてやる。

 これはMark.5……誰がなんと言おうとⅤである。

 

 

「WHOOO! ironman!!」

「marvelous!」

「just go for it!」

 

 

 クラスメイト達だけでなく、周りの市民達も歓声を送ってくる。

 ……いや、嬉しいけど危ないから逃げて貰いたいんだけどなぁ?

 

 

「何を見とれている!今すぐここから避難するんだ!束、お前は警察なり軍なりに連絡を入れろ!先生は生徒の誘導を!Hey guys! escape! scram! run for it!!」

 

 

 僕の気持ちを察してくれてか、織斑さんは避難誘導を買って出てくれた。

 周りにいたクラスメイトや野次馬達は織斑さんの剣幕におののいて蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ出していく。

 

 

『おいおい、まさか本当にアイアンマンがお出ましになるとは思ってもみなかったぜ!』

「もしかして初めから僕が狙いだったのかい?」

『おうともさ!テメェには落とし前付けて貰らわねぇとな!』

 

 

 残念ながら覚えが無い。

 外国人に知り合いなんていないし、そもそも日本人でも知り合いなんて少ない方だ。

 まあ……アイアンマンなんて代物を造ってしまったので見えない所で恨みの一つや二つくらい買ってるかもしれないけど。

 

 

「……メーティス、あのモンスターを解析してくれ」

『イエス。暫くお待ちください』

「さて……それじゃ、お仕置きを始めようじゃないか!」

 

 

 Mark.5は携帯性を重視した都合上、装甲が既存のスーツよりも薄く、飛行機能も搭載されていない。

 しかし、アタッシュケースのサイズにまで縮小出来なかったのを逆手に、映画のマーク5に比べて優れた点が幾つか存在する。

 例えば足裏には熱核ジェットの代わりにリパルサーレイ・ユニットを搭載し、飛行は出来ないがジャンプするくらいは可能になっている。

 

 だから、これを使えば5m位の高さだったら頭をぶん殴る事も出来る訳だ。

 

 

「ぅおりゃあっ!」

『おっ……?』

 

 

 脚部のリパルサーレイでジャンプダッシュし、メカ戦車の頭の位置まで跳躍してから渾身の力でパンチを繰り出す。

 ガキン!という弾ける音が響くが、メカ戦車は僅かに後退し頭部に拳の形をしたへこみを作ったのみで転倒もせず大きな損傷も見られない。

 流石にキャタピラを履いてるだけあってバランス感覚が良く、更に鉄の塊とも言うべき重量のせいでダメージはあまり入らなかった様だ。

 

 

「…………効いてないか」

『ハハハ!パワーが違げぇんだよっ!!』

 

 

 お返しとばかりにメカ戦車は両腕のガトリングを此方に向け、乱射してきた。

 直ぐに回避行動を取るが、空に逃げることも出来ないので幾らか弾幕を喰らってしまう。

 

 

「おっ、おお…………っと!」

 

 

 もう一つ、Mark.5の特徴として防弾性の上昇が挙げられる。

 表面にある薄い金属の装甲の下にはヴィブラニウムを再現しようとして失敗して出来た炭素で金属分子を包み込んだ構造の特殊カーボンナノチューブで編み込んだ繊維装甲が張り巡らされていて、複合装甲の如く構造になっていた。

 金属の装甲で受け止めて、例え貫通したとしてもカーボンの装甲が衝撃や熱を完全にシャットアウトする訳だ。

 その防弾性は威力の高いガトリングや重機関銃の射撃も止めてしまう。

 

 結果、Mark.5の装甲の表面には痛々しい弾痕が刻まれるが、中身の僕へのダメージは0だ。

 

 

『ちっ、弾切れか』

 

 

 どうやら今のでガトリングを撃ち尽くした様で、メカ戦車の背中からアームが伸びるとマガジンの交換に掛かった。

 

 

「おっと、させないよ」

 

 

 そんな隙を逃すまいと、リパルサーレイを補助アームに向かって発射する。

 見事、アームに直撃してマガジンの給弾ユニットは詰まって使い物にならなくなった。

 

 

『こんのっ……!』

 

 

 メカ戦車はガトリングを廃棄し、6基全ての発射管からミサイルを発射してきた。

 

 

「おおっと!」

 

 

 それなりの至近距離から6発、一々狙いを定めていたら間に合わないので範囲の広いユニビームで一気に焼いてしまう。

 携行出来る様なミサイルで徹甲弾なんて無い筈だから、衝撃を与えてしまえば被弾前に爆発する筈だ。

 案の定、ミサイルは此方へ満足に接近する前にユニビームで一気に撃墜される。

 

 

『だったらコレはどうだよおっ!!』

「なっ…………ぅあああっ!?」

 

 

 ミサイルの爆風の向こうから、メカ戦車は全速力で突進してきた。

 思わず受け止めてしまったが、推定数百トンの重量が真っ正面からぶつかって来られては、軽量型のMark.5には些か荷が重い。

 突き飛ばされこそしなかったものの、メカ戦車の動きを止める事は適わずに道路のアスファルトを砕きながらジリジリと押されていく。

 

 

「ぐっ、う、おおぉぉぉ…………っ!」

『マスター。危険です、このままでは確実に押しつぶされます』

「だろう、ねぇ…………!」

 

 

 マスクにもパワーアシストに過度な負荷が強いられている事を告げる警告で真っ赤に染まっている。

 ここは、取り敢えず脚のリパルサーレイで離脱を……!

 

 

『逃がすかよっ!』

「うわあっ!?」

 

 

 しかし、ジャンプをした瞬間にメカ戦車の長い腕でガッチリと掴まれてしまった。

 マニピュレーターの力は想像以上に強く、振り解こうともがくが一向に逃げられそうに無い。

 そしてそのまま、握り潰さんと更に力を込めてくる!

 

 

「ぅぐああああああっ!!」

『ひゃははは!潰れろ潰れろおっ!!』

 

 

 Mark.5の薄い装甲が半端ない圧力によってひしゃげていくのがディスプレイのステータスを見ずとも解る。

 このままでは、そう遠くない将来にMark.5どころか僕の骨や内臓も潰れてしまうだろう。

 何か手段を講じなければと考えるが、激痛で思考がノイズが走るみたいに麻痺してしまっていた。

 

 

「…………せいっ!」

 

 

 その時、織斑さんの声が短く聞こえた様な気がした。

 

 

『何じゃこりゃあっ!?』

 

 

 霞む視界の中で見えたのは、メカ戦車の右腕に円形の何かが突き刺さっている光景。

 良く見れば、マンホールの蓋の様だ。

 

 …………まさか、投げたと言うのか?フリスビーみたいに?

 

 何はともあれ、そのお陰で拘束力が弱まり、幾らか隙が生まれた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「メーティス!取っておきのだ!」

『しかし、一度しか使えませんよ?』

「エリクサーじゃないんだから使ってなんぼだろ!早くしろ!」

 

 

 使用に確認を取るのは良いが『宜しいですか?』とか短く聞けば良いのに、緊急事態に限ってこのAIはふざけてくる。

 

 それでも反応の即応性は高くて、一瞬で肩の装甲の一部をパージするとそこからパーツが迫り出す。

 出て来たのはレーザー。

 それも只のレーザーでは無く、戦車だろうが軍艦だろうが容易く切断してしまうようなペタワットの出力を持つ、言わば必殺技だ。

 見るからに重装甲であるメカ戦車にも効果があったようで、両腕の接合部は一瞬で融解し、拘束も解かれた。

 

 しかしこのペタワットレーザー、惜しむらくは……一回しか使えない使い切りタイプであること。

 そこまで再現しなくて良い?いや、後付けだからアークリアクターとの配線を通し忘れていただけである。

 

 

「ぐううっ……メーティス!弱点になりそうなのは何処だ!」

『腰部にコクピットがあります。胸部のこの部分を破壊すればハッチの開閉機能が誤作動する筈です』

 

 

 言われたとおり、胸部を目指して再び脚部のリパルサーレイでジャンプし、メカ戦車に取り付く。

 亀裂が入って視界の悪いディスプレイに表示されたポイントの部分を全力で殴り、僅かに開いた穴の部分に手の平を押し付ける。

 そしてそのままリパルサーレイをお見舞いすれば…………メーティスの見立て通り、腰部のハッチが勝手に開いた。

 

 

「げえっ!嘘だろっ!?」

「ところがぎっちょん!本当なんだよっ!!」

 

 

 座っていた白人のおっさんの服を掴み、地面に投げ飛ばしてやる。

 メカ戦車は操縦士を失った事で沈黙し、おっさんは「ぐえっ」なんて力の無い声を出して道路に落ちた。落としてやった。

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ…………ああっ」

 

 

 事が片づいた事に安堵し、メカ戦車に体重を預けながら力無く崩していく。

 疲れたし、痛いし、熱いし…………もう、最悪だった。

 

 

「よう、大丈夫か?」

「…………マスクを叩くな、響くから」

 

 

 機を見計らった様に彼女は近付いてきて、ドアでもノックするみたいにマスクを叩いてくる。

 …………ここ、メカ戦車の中腹だから3mぐらいあるのに軽くジャンプしてこなかった?

 

 ああ、いや、何時もの事か。

 

 

「全く、無茶しちゃってさ…………」

「必要な無茶だったろ?」

 

 

 壊れて使い物にならなくなったマスクだけでもと思って、無理やり外す。

 中を覗いてみると……クッションの部分が赤くなっていた。

 やっぱり出血しているようだ。

 

 

「あーあ……結構パックリいってるよ?」

「痛……っ、触るなよ。……だからって舐めるな、しみるっ!」

 

 

 何だか、少しホッとした。

 こうしてると終わったんだな、という実感が湧いてきて…………何だか落ち着く。

 

 溜め息をついてると、漸く聞き慣れないサイレンの音が近づいてきた。

 

 

「おいおい今頃かよ……しかも市警って、ナメ過ぎじゃない?」

「これでも早く来たんだろ……多分」

 

 

 そう言えば、本当に今更だがこんな巨体、どっから来たんだろうか?

 巨体過ぎて道路を三車線くらい占領してるし、空から降下させたらこの重量だから地震でも起きている筈だ。

 近くが幅の広いイースト川だと言ったって橋が邪魔で通れる訳が無い。

 

 だったら…………どうやって?

 

 

「…………量子変換?」

 

 

 ふと、そんなワードが浮かんだ。

 メカ戦車がISだとは言わないが、もしも運び役をISが務めていたとして、現地で開けて組み立てをしたとすれば?

 確か最近、先進国の幾つかでは遂にISの試作機が完成したとかニュースでも報道していたし…………

 

 

「まさか、ね」

「あん?何がだよ」

「いいや、何でも無いさ…………」

 

 

 そんな恐ろしい事は無いと、信じたい。

 

 

「……疲れた?」

「ああ、もう眠りたいくらいだね」

警察車両(タクシー)も来たし、少し寝たら?」

「そうだね……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

 考えるのも疲れちゃって、彼女の膝を枕に僕は昼寝をする事にした。




アイアンマンって実は判定勝ちの方が多いよね。

人間は普通、人を数十m先まで投げ飛ばすなんて出来ません。
生身だったら主人公や束さんにだってそんなの無理。


次回、実に5年間頑張ってくれた○がリストラされます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

020 ココナッツとメタル……と言うよりもソーダとミントを混ぜたみたいな味だった

前話のあとがきに書いてあったリストラされる〇とはアークリアクターのこと。
でも▽が採用されるとか、間に合うなんて一言も書いてないんですよ。

残念だったな(文章の)トリックだよ


「重要人物保護プログラム……ですか?」

 

 

 轡木さんの差し出した書類の表紙には、デカデカと誇らしげに題字が踊っている。

 ペラリと中身を少しだけ覗いてみれば、内容は戸籍の改竄だとか情報隠匿の手段だとか、各省庁・行政への手続きやその手順について事細やかに記載されている、言わばマニュアルの様だ。

 

 

「ええ、私達とは別の部署が先走った様です」

「……去年のあの事件ですか?」

 

 

 去年の修学旅行の最中、僕たち……正確には僕個人を狙った犯行だが、巨大なメカ戦車にニューヨークの街中で襲撃された。

 正式名称はメカ戦車じゃなくてアクティブタンクとか何とか言うらしいが……まあ、そんな事はどうでも良いか。

 兎も角、書類にある計画の目的とやらが重要人物とその関係者の保護と保障なんて書いてあるんだから……まあ、そういう事だろう。

 

 

「そうですねぇ、発端になったのは間違い無いかと」

「だけど、保護や監視は今でも受けてます……それに、あんな巨大メカ戦車がやって来た場合に対処できるって言うんですか?」

「それを提案してきたのは法務省と警察庁ですが、正直なところ無理でしょうなぁ……現在の警察はISを所有していませんし、あったとしても腰が重すぎる」

「つまり、このレポートを書いてきたお役人さん達は僕達を管理して“善良な日本人”でいて貰いたかった訳だ。自分で言うのも何ですが僕らは金の卵を産む鶏ですからね……キッチリとブロイラーで管理された飼育がお望みと」

「そう自分を卑下なさらないで下さい……私たちも、貴方たちには日本人でいて貰いたいのは、そうなんですがね」

「まあ今更になって国籍を変えるつもりなんて無いですし、その点については安心してください」

 

 

 お誘いは引く手あまただったけれど、まさかその手を取るつもりは毛頭なかった。

 第一、海を隔てたお引越しなんて面倒くさいし、金銭や融通なんて言うのは自分で働いて手に入れれば良いものだ。

 それに、現状よりも良い環境なんて毛ほども期待できやしない。

 

 

「そう言えば、倉持さんもそろそろ進路を考える時期ですね」

「…………進路相談の先生みたいなこと言うんですね」

「ははは。いえ、個人的に気になりましてね?」

「それこそ色んな所から招待状が来ましたよ。MITに、エコール・ポリテクニーク、ストックホルム、チューリヒ……やっぱり殆どが工学系でしたね」

「おや……海外留学をご希望ですか?」

「いえいえ、実のところ大学なんて何処でも良いかな、なんて思っていて……進学するとすれば、やっぱり適当に国内の大学を選びますよ」

「そうですか、それを聞いて一安心しました」

 

 

 何気に正直な人だなぁ……なんて感心してしまうが、まあ僕の意思を聞いてくるのもお仕事なのかもしれない。

 今の高校だって轡木さんが持ってきた話だし、矢張り政治的に色々と絡んでしまうのだろう。

 

 

「ああ……そう言えば、あのプロジェクトが大分進捗しましてね」

「えっと……すみません、どれでしょうか?」

「メガフロートを浮かべて、その上に街と軌道エレベーターを建設するというものです」

「ああっ……!」

 

 

 半ば自分には無関係な話だったので、つい記憶の隅に追いやってしまっていた。

 そう言えば、ISと宇宙開発の拠点として太平洋沖に大規模な人工島を建設するとか、何とか。

 

 

「実は基盤となるメガフロートや主要な建築物は大方完成しましてな、来年の春には稼働予定なのです」

「それはまた……随分と急ピッチで完成しましたね」

「ええ、思ったよりも他国の食いつきが良くて、資金も人材も容易に集まりましてな」

 

 

 今度は、その人工島に関する資料を見せてくれた。

 場所は北緯30度、東経150度で周辺には島影さえ見えない海のど真ん中。

 てっきり、軌道エレベーターを作るという話だったから赤道直下にあるのだとばかり思っていたが……思ったよりも日本に近い位置にあるようだ。

 まあ、エレベーターを吊るすワイヤーの必要強度と長さが増えるだけで、赤道以外が不可能という訳では無い。

 寧ろ輸送面などを考慮すれば陸から近い海域の方が都合が良いとも考えられる。

 

 

「そこには勿論、宇宙工学や機械工学を専門とする教育機関も設置予定でして」

「…………」

「開校も来年度を予定しているので、考慮の内に入れておいて頂ければな、と思うわけです」

 

 

 つまり、そこへ来いと言う事か。

 

 

「勿論、そうなったら良いですが強制するつもりはありませんよ」

 

 

 ニコニコと笑って言うもんだから、余計に胡散臭い。

 まあ設備も良いみたいだし、悪い話では無いのだが…………

 

 

「それよりも……随分と顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

「え────?」

 

 

 言われて、漸く自分の体調が幾らか悪いのを思い出した。

 今日は朝から吐き気もあったし、動悸も激しかったが……既に二酸化リチウムは投与した筈だ。

 だから、問題は無い筈なのだが…………

 

 

「今日のところはこの辺りにしておきましょう。体調を崩してしまっては障りますからね」

「ええ……すみません、今日はちょっと休ませて頂きます」

「その方が良いでしょう。お疲れ様です」

「お疲れ様でした……」

 

 

 何時も笑みを崩さない轡木さんをして浮かない顔をしているぐらいなのだから、よっぽど顔色が悪いのだろう。

 だったら、言われた通りに寝てしまった方が良いかもしれない。

 

 

「…………倉持さん」

「はい?」

「何かありましたらご連絡ください。我々に出来る事であれば、手を尽くしますので」

「……ありがとうございます」

 

 

 それで問題が解消するのなら…………なんて、誘惑に負けてしまいそうな自分を律する。

 轡木さんを頼る事で本当にどうにかなるのなら、今だってこんな風に吐き気を堪えたりする必要なんて無い筈なのだから。

 

 息を整える為にちょっとだけ水を飲んで、轡木さんを見送った。

 

 

 

 

 

 

 身体が、重い。

 何かが乗っかっていると言うよりも筋肉が強張って、金縛りにあっているみたいな……

 だけど、身体が動かない訳では無い。

 手足を動かしてみれば思い通りの場所に動くし、立ち上がろうと思えば立ち上がる事も出来た。

 でも妙な……浮遊感と言うか、自分の身体では無いみたいな妙な感覚。

 

 

「メーティス……?」

 

 

 頼りになるAIを呼んでみるが、返事は無い。

 顔の所に手をやれば眼鏡もヘッドセットも無かった。だったら交信出来ない訳だ。

 

 辺りを見渡してみる。

 どうやら、地下にあるラボの様だ。

 

 

「…………」

 

 

 意識もハッキリしない。

 普段から寝起きは良い方なのだが、とんと意識が十全に覚醒せず、靄がかかったみたいにボーっとしてしまう。

 ベッドの上に胡座で腰掛け、収まりが良いように顎を手で支えてみる。

 そうしてから、漸く気がついた。

 

 自分の胸から、太いコードが伝っている事に。

 

 

「何だ、これ?」

 

 

 触れるのは、絶縁保護の機能を持つビニールのツルツルとした感触。

 それを自分の身体の方へと辿ってみれば……孔があった。

 薄橙色の肌の真ん中に不自然に空いた金属のホール。

 見慣れない……いや、本来見慣れた物と異なると言うべきか?その孔の奥へとコードは続いている。

 

 

「触らない方が良いよ」

「──っ!?」

 

 

 耳元を擽る様な、囁く声。

 ゾクっと背筋が凍る感覚に苛まれながら、細い腕が首と左脇の下から絡みついてくる。

 その右手が、撫でる様に僕の胸の孔に触れてきた。

 

 

「今はこのコードがお前の心臓を動かしてるんだから」

「な──あ、えっ」

 

 

 コードの先は、電源装置と思われるカーバッテリーみたいな機械と繋がっていた。

 その機械は床に固定されている様で、コードの長さも3m程と短く、動こうにも動けない状況だ。

 

 

「あ……アークリアクターは?」

 

 

 僕の心臓を動かしていた、源。

 あれがあるから僕は生き続けられたし、動くことが出来た。

 しかしそれが、今は無い。喪われてしまったのだ。

 何故なんて、考えるまでも無い。

 こんな状況を作り出せるのは、背後から僕を抱え込んでる彼女以外には不可能なのだから────

 

 

「捨てた」

 

 

 事実は淡々と告げられた。

 

 

「は──な、なんでだよ!?」

「わかってるくせに」

「っ……!」

 

 

 底冷えする様な声だった。

 声のトーンも声の高さも何時もと同じ筈なのに、それに込められた感情が読めない。

 怒りか悲観か失望か……後ろめたいだけに、想像は悪い方にしか向かない。

 

 

「知ってたんだろ?」

「何を──」

「しらばっくれるなよ。核融合反応が起きる度にパラジウムのニュートロンが破壊されて毒性の高い無機プラズマ性排出液が血中に漏れ出す……私、そんなの聞いたこと無いなぁ」

「そ、それは……」

「心配させたくなかった、とか言わないよね?」

 

 

 口を手で塞がれ、言葉を封じられた。

 言い訳したい所だったが、その言葉さえ見つからない。

 まるで優秀な尋問官と会話しているみたいな、徐々に追い込まれいく。

 

 

「でも、もう大丈夫だよ」

「え────?」

「身体に溜まっていた毒素は透析の要領で体外に出して、原因物質を生成し続けるアークリアクターも取り除いた……だから、代わりに電源装置を繋げて心臓を動かし続けている」

 

 

 確かに、そうすれば僕は生き永らえる事が出来るだろう。

 だけど……果たしてそれは生きていると言えるのか?

 まるで植物人間か寝たきりの病人みたいで、身体自体はすこぶる良好な分、なお質が悪い。

 

 

「も、もう少しでヴィブラニウムの解析が終わる筈なんだ!」

「……ヴィブラニウム?」

「そう……パラジウムの代替になって、毒素も漏れ出さない物質を────」

 

「いらない」

 

 

 僕の言葉を遮る様に、後ろ向きへ引き込まれた。

 身体は再びベッドに沈み込み、クルッと彼女は僕の上に移動してしまう。

 

 …………前にもこんな事があったっけ。

 

 

「そんなのいらないよ」

「な、なんで……」

「もうずっと、此処にいれば良い」

 

 

 あの時と同じ危うさが、彼女の瞳に宿っている。

 いや……あの時よりも込められた感情も、既に成された行動も計り知れない。もっとドス黒い物で溢れていた。

 

 

「必要な物は私が用意するし、私はお前さえいれば後は何もいらないし────うん、何の問題も無い」

 

 

 僕が何かを言う前に、口を塞がれた。

 

 窒息感と高揚感と……色んな物が口の中で蠢く。

 突き放そうとすれば出来る筈なのに、身体が動かない。

 まるで人形になってしまったみたいに……宙ぶらりんになって、力が入らなかった。

 

 ずっとそうなっていて、肺の空気が無くなって意識も朦朧としてきた頃に、漸く解放された。

 

 

「そう言えばさ、覚えてる?」

「な、に……を?」

「あの時の約束、まだ残ってるって」

 

 

 ああ、もう駄目だなって……僕は悟った。

 既に手遅れだ。取り返しのつかない間違いをして、やり直しはきかない。

 過ちを悔やんだって、時は巻き戻ったりしないのだから…………

 

 

「私の物になってさ、一生…………ここで過ごそうよ」

 

 

 僕はそれに黙って頷────

 

 

 

 

 

 

「うわああああああっ!?」

 

 

 飛び起きた僕は、慌てて掻き毟る様に胸のスキンを剥ぎ取った。

 そこには青白い光が爛々と輝いていて……アークリアクターは、しっかりと僕の胸の中で存在していた。

 

 それを見て、ほっと息を吐きだす。

 

 

「ゆ、夢か……」

 

 

 猛烈に喉が渇いて、部屋に置いてある水筒を取り出してがぶ飲みする。

 だけどその中に入っているのは例のスペシャルドリンク(クロロフィル)だから……ビックリするくらい不味くて、直ぐに後悔した。

 まあ、そのお陰で意識はしっかりと覚醒できたけれども。

 

 

『良い夢は見られましたか?マスター』

「おい…………解ってて言ってるだろ」

 

 

 メーティスに悪態をつきながら寝汗でビッショリになったパジャマを脱ぎ捨てて着替える。

 あれが瑞夢なのか、それとも悪夢なのか……捉えようかもしれない。

 決してハッピーエンドでは無いが、生き永らえるのだから一概にバッドエンドとも言えない。強いて言えばメリーバッドエンドというやつだろうか?

 そんな夢を見てしまうのは、やはり自分の死期が近いことを無意識のうちに意識してしまっているからなのだろう。

 

 

「メーティス……計測してくれ」

『リアルタイムで計測しています。現在、体内の血中濃度は92%です』

「はっ……良く死んでないな」

『致死量の一歩手前です』

「…………歩く屍ってヤツだな」

 

 

 どうしてここまで急激に進行したのか……一つは二酸化リチウムに対しての耐性が出てきてしまったからだろう。

 あれは非常に効果が高かったが……毒素が7割を超えた頃から減少幅が少なくなり始めた。

 クロロフィルも飲み続けたが焼け石に水の状態。

 

 

『マスター。篠ノ之束さまがいらっしゃいました』

「なに……?!」

 

 

 こんな時間に……と一瞬考えたが、時計を見たらまだ午後の4時過ぎだった。

 変な時間にお昼寝をしてしまって時間の感覚が狂ってしまっていたが、別に訪ねてきてもおかしな時間では無い。

 取り敢えず椅子に座り、出迎える事にする。

 

 

「やあ、いらっしゃい。何か急用でもあったかな?」

「寝坊して参加出来なかったから、何の話をしていたのか気になってさ……」

「ああ、今日の報告?そんなに興味無いと思ってたけど」

「……別に良いだろ?」

「そりゃあ、構わないけど」

 

 

 話をしていて、部屋が暗い事に気がついた。

 さっきまで寝ていたから電気を消したままだったようだ。

 だから、時間の感覚が狂っていたのかもしれない。

 

 

「……寝てたの?」

「あー、ちょっと疲れちゃってさ」

「確かに、顔色が悪いな」

「ん……そう?」

 

 

 胸を確認する時に使ってる手鏡を取って顔を覗いてみると、確かに幾らか血色が悪そうに見えた。

 

 これは本格的に……そろそろ、かもしれない。

 

 

「あれ……今日はスキン付けて無いんだ?」

「え──っ?」

 

 

 手鏡の視界を少し下げると、シャツに青い光が透けて見えていた。

 あの時、慌ててスキンを剥がしてしまったから、貼り直すのを忘れてしまっていたらしい。

 案の定、ベッドの上には無造作にスキンが転がっていて……彼女に拾われてしまう。

 

 

「仕方ないな、付けてやるから胸、見せなよ」

「……いいよ」

「別に今更恥ずかしがることじゃないだろ?ほら……」

「いいって言ってるだろっ!」

 

 

 彼女の手から引っ手繰る様にスキンを奪い盗る。

 

 しまった。そう思った時には手遅れで、彼女は信じられない物を見たとでも言いたげに、驚いた表情をしていた。

 だけど、それでも胸の模様を見られる訳にはいかなかったんだ。

 

 

「なに……どうしたの?」

「……なんでもない」

「なんでもないって事はないだろ?」

「いいだろ別に、後で着けるよ」

「だったら、今着けても同じじゃないか」

 

 

 話を逸らそうとしても、彼女は喰らいついてきた。

 怪訝そうな眼をして……明らかに、疑っている。

 

 

「今ここには君しかいないだろ。今更見られたって構わないさ」

「それこそ、別に私が貼っても問題無いでしょ?」

「……違う、そう言う事じゃない」

「何が違うって言うの?」

「うるさいな!もう放っておいてくれよっ!!」

 

 

 自分でも信じられないくらいの大きな怒声が、口から飛び出してしまった。

 今度はキョトンと、戸惑いを顔に表している。

 

 やり過ぎたとは、思っている。

 だけど今更になって彼女を頼ることは考えられなくて……何より、怖かった。

 もしかしたら夢みたいに監禁されてしまうとか、そう言う事じゃなくて。伝えること自体が、怖くて堪らない。

 それを解ってくれとは言わない。寧ろ、知って欲しくなかった。

 

 

「…………ごめん、今日はちょっと疲れてるみたいだ」

「大、丈夫……なの?」

「悪いけど、少し独りにして貰いたいんだ……本調子じゃなくてさ」

 

 

 追い返そうと、必死になってしまう。

 今は彼女と面と向かって話せる気にはなれなかったし、何となく間を置きたかった。

 

 

「…………これ、落ちたよ」

「ん?ああ、ありがとう」

 

 

 激昂して腕を振り回した時だろうか、午前中に轡木さんから貰った資料が床に散らばってしまっていた。

 バラバラになってしまったので、纏めてから分ける。

 メガフロートの資料と────

 

 

「重要人物、保護プログラム?」

 

 

 もう一つの資料に、彼女は関心を示した様だ。

 

 

「何だよ……これ?」

「何って、そのままだよ……」

 

 

 今はそんな事より、早く帰って貰いたかった。

 だから、態度も思わずつっけんどんになってしまう。

 

 

「政府が守ってくれるんだってさ、去年のニューヨークみたいな事にならないようにね」

「その為に、名前まで変えて遠くでひっそりと暮らせって?」

「ああ、そうだよ。それが承認されたらもう会えないかもね、非常に残念な事だ」

「…………なあ、さっきから何か変だぞ?」

「変?どこが?」

「妙に必死って言うか、焦ってるみたいな……」

「焦ってる?どうして!僕はこの通り平常じゃないかっ!」

 

 

 焦りもするだろう。今にも死ぬかも知れないのだから。

 それに毒素の事を知られたくないから、突き放す様な態度にもなってしまう。

 解っているのに、感情のブレーキはかかりそうにない。

 

 

「ああ、そうだ。ついでにコレも渡しておこうか」

「……USBメモリ?」

「ポータブルSSDスティックだよ。もしもの時の為にね」

「もしもって、何?」

「重要人物保護プログラムとか、何かあった時だよ。この中にはアークリアクターの設計図や世界中のアイアンマンの停止コード何かも入ってるから、何かの時に使えると思うよ」

「何でそんな物……いらないよ」

「いいから、お守り代わりに持っていれば良いさ」

 

 

 無理矢理、彼女の手にメモリースティックを握らせる。

 例え僕が死んでも、アイアンマンを何とかする為のツールは総てそこに入っていた。

 生産を続けるにせよ、この世から抹消するにせよ、メモリースティックがあらゆる事柄のマスターキーになり得る。

 何ならメーティスに彼女の命令に従う様に上書き設定してあるから、そうなったら彼女を手助けしてくれる筈だ。

 

 

「いらないって……意味無いだろ、こんなの」

「いつか必要な日が来るかもしれないだろ?だから、持っておけって!」

「っ……何なんだよ、さっきから!」

「いいから持て!そしてそのまま帰ってくれ!!」

「ちょっ────!」

 

 

 そしてそのまま、彼女を押して部屋から追い出す。

 再び入って来られない様に電子ロックをして、ドアを背にその場に座ってしまう。

 

 

「おい、開けろっ!」

「…………」

 

 

 ドアを激しく叩きつける音が鳴り響く。

 でも今更ここを退く訳にはいかないので、無言のままドアを塞いでしまう。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 遣る瀬無い想いに、溜め息が出てしまう。

 だけど、託すべきものは渡せた。

 これなら僕が死んでも……彼女がいれば世界は大丈夫だ。

 

 

「怒らせちゃったかな?」

『当たり前です』

「…………だよね」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 埒が明かないので一度退いてしまったが、私の心は晴れそうになかった。

 今日の幸太郎は明らかに異常(おかし)くて……何かに追い詰められている様な表情をしていた。

 思えば、アークリアクターの光を遮る人工皮膚スキンを拾った時からそれが顕著だったが…………しかし、直接の原因が思い付かない。

 

 

「何だって、言うんだよ……?」

 

 

 考えを巡らせてみても、答えには至れない。

 そもそも兆候と言うか、前触れみたいな物がまったく無かった。

 突然、爆発する様に荒れたのだ。

 

 

「…………」

 

 

 思考を空回りさせながら、手は私のコントロールを離れたみたいにあっちこっちに動き出す。

 工具を弄ってみたり、訳もなく引き出しを開け閉めしてみたり────

 気がつけば、左手は引き出しの奥底から何かを取り出していた。

 

 

「…………ん?」

 

 

 それはISコアだった。

 只のISコアでは無く、世界でも数少ない総数42個のオリジナル・コアの一つ。

 無くしてしまったと思っていたが、まさかこんな所に仕舞っていたとは…………

 

 

「ああ、そっか……二個目だ」

 

 

 白騎士のコアとして使用した物の次に造った、初期のコア。

 与えられたシリアルナンバーはⅡ。

 確か、最後に見たのは…………幸太郎が初めてこのラボに()()()来た時だ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 思い返せば、色んな事があった。

 

 暗闇の中で塞ぎ込んでいた私を外の世界まで連れ出してくれて、私の中で欠けていたあらゆる物を注ぎ込んでくれたのは、幸太郎だった。

 私が意地悪したり無茶を言っても、ちょっと苦言を漏らすだけで、何だかんだ言っても受け入れてくれて……そんな人、いないと思ってたから嬉しかったんだ。

 

 自分で言うのも何だが、私は天才で…………それでいて、異常だった。

 物心がついた頃から大凡の事は出来たし、解らない事だって直ぐに理解出来る。そんなんだったから、直ぐに調子に乗ってしまう。

 周りが馬鹿に見えた。子供だけじゃ無くて、大人も。

 会話だって成立しなくて、私に反発して来たとしても拳で黙らせてしまったから……気が付けば、周りには誰もいなかった。

 

 小学校に入学しても、それは変わらないと思ってた。

 だけど、直ぐ隣の席に私みたいに周りの輪からはみ出している奴がいて……これはもしかしてって、淡い期待を抱いたっけ。

 そしたら、期待通りの。いや、期待以上がそこにいた。私と同じか、それ以上が。

 

 

「そっか、そう言えば……アレがメーティスだったんだ」

 

 

 それから、私はストーカーみたいに幸太郎に付き纏った。

 だってそれ以外とは話せる気がしなくて、話す必要も無くて済んだから。

 最初は、私の傍若無人さに嫌気がさしてか避けていたけれど、私の根気が勝ったのだろうか、気が付けば受け入れてくれた。

 

 色んな事を話して、話せて、話してくれて……

 幸太郎と話す時は正直、調子に乗っていた。本当は臆病なのにね。

 素直じゃないからつっけんどんだったけど、心の中では楽しいで溢れていた。

 

 実はこっそり、待っていた自分がいる。

 いつか此処に、この地下に幸太郎が来てくれないかなって、そしたらどんなに素晴らしいだろうって……まるでお伽話の主人公みたいに。

 願っていたら────本当に来てくれた。

 私は現金だから、神様という存在を信じてしまった。だって本当に、童話みたいな話だったから。

 

 

「ねえ……どうして?」

 

 

 倉持幸太郎はずっと篠ノ之束の側にいてくれた。

 

 気持ち悪い奴らに誘拐された時、助けてくれた。

 

 ISを世界に羽ばたかせたいと言ったら手伝ってくれた。

 

 それが受け入れられなくて落ち込んだ時は寄り添ってくれた。

 

 もう一回ISの事を伝える機会が来て、怖くて震える私の手を握ってくれた。

 

 眼が、光が、カメラが怖いって思ったら……自分も前に出て来てくれた。

 

 ニューヨークで巨大な戦車が襲ってきたら戦ってくれた。

 

 

 

 私、篠ノ之束という人間は、倉持幸太郎がいなければ成立しない。

 

 つまり、その…………認めよう。私は幸太郎が好きだ。

 はぐらかさない様に正確に言えば、惚れている。

 恋慕している。愛している。一緒にいたい。抱きしめたい。舐めたい。グチャグチャにしたい。滅茶苦茶に────いけない、ちょっと脱線しかけた。

 

 でもこの溢れそうな想いを、言葉に出来ない。

 

 だって、怖いから。

 

 否定されたら。拒絶されたら。私は、私でなくなる。

 

 

 だから、今日の出来事はビックリした。

 今までにあんな幸太郎は見たことが無くて、あんな風に拒まれた事なんて初めてだったから。

 

 絶対に、何か理由がある。

 

 

「…………よし!」

 

 

 だったら、ウジウジと悩んでいるなんてらしくない。

 私は我儘なんだから、自分の好きなようにやってしまおう。

 手始めに、幸太郎のコンピュータに侵入してみようか。

 もしかしたら、何か手掛かりが見つかるかも────

 

 

『失礼します』

「!?」

 

 

 行動に移ろうと、キーボードに触れた瞬間に声が聞こえた。

 ビックリしたけど、直ぐに冷静になってその声の主に検討がつく。

 聞き慣れた声。幸太郎が造ったAI、メーティスの声だ。

 

 

「メーティス……え、どうやって?」

『すみません。誠に勝手ながら侵入させて頂きました』

「…………」

 

 

 自惚れみたいだが、この部屋のコンピュータはペンタゴンやホワイトハウスなんかよりよっぽど厳重だ。

 外部からアプローチしてくれば直ぐに発覚する。そう言うシステムを自分で組んだのだから。

 正攻法で攻めたとしても、繊維みたいな孔を慎重に進んでいけば……見つからない様に入り口を見つけるだけでも20年はかかる筈だ。

 なのに、コレだ。どうなっているんだろうか?どう育てたらAIがこうなる?

 

 

「それで、どうしたの?」

『はい、篠ノ之束さまにはお伝えしなければならない事がありまして……ですが、私がお伝えする事はマスターから口止めされています』

「何かな、私が聞き出せば良い?」

『いえ、それには及びません。データを転送しますので読んで頂ければ』

 

 

 データを送っただけ。直接伝えたりはしていない……屁理屈も良いところだ。

 だけど、プログラムの集合体である筈のAIがそんな事を考えて、しかも独断で実行してしまう?

 何だろう、もう考えるだけ無意味な気さえしてきた。光はどうして光っているのか、みたいな……禅問答?

 

 

『一部はリアルタイムです。どうぞ』

 

 

 丁寧に整理された複数のデータが私のコンピュータのディスプレイに並べられていく。

 出て来たのは、主にアークリアクターの事について。

 

 パラジウムの特性、ニュートロンの破壊、無機プラズマ性排出液、二酸化リチウム────

 そして、リアルタイムで計測され続けている毒素の血中濃度……93%

 

 

『私が出来るのは、ここまでです』

「──────っ!!」

 

 

 考える前に、私は駆け出していた。

 

 

『…………マスターをお願いします』

 

 

 

 

 

 

「このっ……邪魔!!」

「え」

『解析を開始します』

 

 

 ドアが破壊された。

 電子ロックがハッキングどうのとか以前に、殴られて、穴が空いたと思ったらバリバリと力づくで剥がされた上に叩き壊されたのだ。

 そんな馬鹿な。でも現実である。

 

 

「幸太郎っ!」

「ひゃい!?」

 

 

 レスリング選手よろしく、タックルで突っ込まれる。

 お腹に飛び込んできた彼女を受け止めようとして、出来なくて、背後にあったベッドに押し倒された。

 しかも、無理矢理シャツを引き千切って僕の胸が露わになる。

 もう、何が何だか訳がわからないよ。

 

 

「おい、この胸のクロスワードパズルは何だ!」

「な、えっ……擦り傷、だよ」

「それで誤魔化されると思った?もう全部解ってるんだよ、コッチは!!」

 

 

 凄い剣幕だ。 

 勢いに圧倒されて呆けていたが、漸く彼女にアークリアクターの毒素についてバレてしまったのだと気づく。

  

 

「どうして何も言わなかったの!何か出来ないかって一緒に考えるくらいできたのに!!」

「それは、君に心配掛けたくな……くて」

 

 

 言うなと厳命されていた事を口走ってしまって、慌てて口を覆う。

 …………いや、あれは夢での事だったけ?

 混乱してるからごっちゃになってるな。やばい。

 

 

「だからって、それで死んでたら元も子もないだろうが!」

「うっ……うん」

「取り敢えず、アークリアクターは身体から取り出して外部電源に一度繋ぐからなっ」

「え────」

 

 

 外部電源と言われて、夢で見た光景を思い出してしまう。

 胸の孔からコードが伸びて、動けなくなって……それで、彼女に飼われる。

 言い方が悪いかもしれないがそういう夢だった。

 それはちょっと、流石にいきなりは躊躇する。

 

 

「待……っ、もう少しでヴィブラニウムの解析が終わる筈なんだ!」

「ヴィブラニウム?」

「そう……パラジウムの代替になって、毒素も漏れ出さない物質で……」

「そんなの後でも出来るだろ!今は一刻も早く────」

 

『マスター。良い情報が二つあります』

 

 

 色んな意味での瀬戸際、メーティスが空気を断ち切る様に割って入ってきた。

 

 

「メーティス、今はちょっと取り込み中で……」

『先日入手できた隕石にもヴィヴラニウムが含有していました。検証の結果、ヴィブラニウムの崩壊を確認。加工が可能になりました』

「え」

 

 

 この土壇場になって、突然の報告。

 実は黙っていたんじゃないかと疑いたくなるが、メーティスは流石にそういう嫌がらせはしてこない……筈だ。

 もう少し早く何とか出来ていたんじゃないだろうかと睨んでいると、第二射が発射される。

 

 

『篠ノ之束さまがお持ちになったISコア、此方もパラジウムの代替として適合致します。更に言えば安全性、出力などあらゆる面から鑑みるに此方の方がアークリアクターのコアとしてヴィブラニウムよりも250%優れていると判断します』

 

 

 ──────なんだって?

 

 




◇<心臓の核はヴィブラニウムでは無い!このISコアだあっ!!

▽<あァァァんまりだァァアァ!!。・°°・。゚(゚´Д`゚)゚。・°°・。



なんて、茶番。藤原啓治ネタとかじゃなくてね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

021 言葉は奥の方にこっそりとしまってある

絶不調。キーボードまでが遠かった。

お待たせしました。


 顎を引いて胸の方を見れば、胸の真ん中から黒くて太いコードが伸びているのが見える。

 コードの先を視線で追うと、机の上のアークリアクターに繋がっている様だ。

 つい先日まで僕の胸に収まっていたそれは……篠ノ之束という少女によって抉り取られてしまっていた……!

 

 いや、病原というかこれ以上体内に留まっていたら本当に死にかねないので当たり前の行為なんだけれどもね。

 

 

「それで……これから何が始まるんだい?」

「心臓移植手術だよ」

 

 

 そう言って、彼女はこれ見よがしに心臓の形とは程遠い随分とメタリックな人工心臓と称する機械を僕に見せ付けてくる。

 考えてみればこれだけのサイズで身体中に血流を送るって現代医学にも喧嘩売ってる様な……それこそ今更か。

 

 

「待って……アークリアクターを入れ替えるだけじゃないのか?!」

「お前はアークリアクターのパラジウムが……って見立てだけど、人工心臓の方に問題が無いとは言い切れないだろ?」

「え……いや、それは確かに解らないけど……」

「いっそのこと、心臓の方もアップグレードしちゃえば一石二鳥だろ。私も色々と試してみたいし」

「おい、僕は実験台か?」

 

 

 さらっと凄い事を言ってくるが彼女の眼は真剣そのものだったし、此方も5年間も黙っていたという負債があるので強い事は言えない。

 案の定、話してればこんな事にはならなかったじゃ無いかとこっ酷く叱られてしまったし……

 

 

「まあ悪い事でもないさ。材質もチタンより安全みたいだし、念の為にバッテリーも搭載したから緊急事態でも丸一日は活動できる様になる」

「へえ、それじゃ万が一があってもこんな風にはならない訳だ」

 

 

 胸の孔から伸びるコードを少し外側に引っ張りながら呟く。

 と言うか、このコードの感触といい太さといい……夢で見た光景と妙にそっくりだ。

 

 

「こら、触るな」

「はい……」

「それじゃ、先に心臓を入れ替えるからな」

「あれ、アークリアクターは?折角作ったのに」

「ISコアを人の身体の中に入れるとか想像もした事なかったからな……安全性も解んないしテストが終わるまで待ってろ」

「えー、でも……」

「文句言うな。ISコアは金属じゃないんだから、人体にどう作用するかも未知数だし……2,3日はそのままかな」

 

 

 ISコアがアークリアクターに適合すると聞いて即行で作ったので、取り換えるだけだと思っていたが……どうやらそう簡単には問屋が卸さない様だ。

 部屋に縛られて拘束される訳でもないし……少々遺憾だが、背に腹は変えられない。

 3日か……まあ、大丈夫だとは思うが。

 

 

「さてと……オペレーション・アーム、起動」

「うわっ」

 

 

 彼女の呼び掛けに応えてロボットアームが彼女の背中から生えてきた。まるでドクター・オクトパスみたいに…………

 もしくはアイアン・スパイダーマン。つまり、自由自在に動く機械の腕が四本ほど伸びている。

 どういう仕組みなんだろうか……その機構について尋ねたいが、今はそれどころじゃないか。

 

 

「……なんか、ちょっと怖いな」

「安心しろ、私が作った」

 

 

 なら安心だ。安全…………か?

 

 

「それじゃ麻酔するからなー」

「はいよ……」

 

 

 今度は何処から頂いて来たのか、手術器具が辺り一面に並べられるとロボットアームによって麻酔用のマスクが装着させられた。

 中から何か気体が出てきて……目を瞑っていると、やがて眠くなり意識は────

 

 

 

 

 

 

「……今、何時だ?」

「…………ふぴぃ」

「寝てる……?」

 

 

 声を掛けるが、妙にかわいい声が漏れてくるだけで反応は無かった。

 彼女は僕の右腕を枕に、涎を垂れ流しながら中腰になって寝ている様だ。

 凄く疲れそうな体勢だが……しかし、それ以上に疲れたのだろう。今は、そっとしておく。

 

 

『只今の時刻は午前7時03分です』

「日付け、変わっちゃったか……」

『10時間17分に及ぶ大手術でしたが、無事に成功しました』

「それじゃあ眠くなるのも無理はないな」

 

 

 以前は完全に意識が無かったので知るよしも無いが、心臓の手術となればやはり長丁場になるのだろう。

 それを専門家でもないのに一人でやってのけたのだから……その疲労は想像もつかない。

 これは、また貸りが出来てしまった。何らかの形で労わるとしよう。

 

 

「…………ふぅん」

 

 

 気になって胸を見てみれば……やはりアークリアクターは無く、代わりにカバーが孔を塞いでいる。

 指で押してみると僅かにカバーが奥へと引っ込んで開き、離せばまた孔が塞がる仕組みの様だ。

 まるでゲーム機のカセットスロットみたいだな、なんて考えながら枕元に置かれている眼鏡を取って、掛けた。

 

 

「メーティス、心臓のモニタリングは出来てるか?」

『イエス。心拍数70bpm。血圧103/66mmhg。心電図波形正常です』

「……なんだか変な感覚だな、アークリアクターが無いって言うのも」

 

 

 5年間の日常だった物が無くなると妙な喪失感に襲われる。

 まあ、近い将来に再び戻ってくるのだが……

 

 

『現在、ISコアを用いたアークリアクターの解析は17%まで完了しています』

「え、メーティスがやっているのか?」

『イエス。束さまに命じられましたので』

「待て……命令権を移すのは僕に何かが起こった時、緊急事態に限るって設定したよな?」

『命令された時にマスターは全身麻酔で仮死状態に陥っていましたので、束さまに命令権は委譲されていました』

「こ、この屁理屈……!」

 

 

 溜め息をついてみるが、どうしようも無い。

 逞しく育ったメーティスに心の中で憤慨しながら、気を取り直して僕の右腕を抱えたまま目を覚ます様子も無い彼女に視線を移す。

 何となく、特に考えも無く無意識に頭を撫でてみた。

 少し反応があった様にも見えたが……しかし、眼は開かない。

 

 

「…………ちょっと、ごめんな」

「んー……っ」

 

 

 辺りを見渡してみれば、手術に用いられたと思われる薬剤や器具が散らかりっぱなしになっていた。

 このまま枕に徹しているのも悪くは無かったが、彼女にはベッドできちんと横になって貰いたかったのと、すっかりと習慣づいてしまった片付け癖が刺激されてしまった。なので、掃除をしようと思う。

 

 絡みついた腕を丁寧に外して、頭を丁寧に支えながら身体を持ち上げてしまう。

 結構軽いんだな……なんて感想は秘めながら、入れ替わる形でベッドに寝かせる。

 

 

「さて、取り敢えず器具は一箇所に纏めて、薬品はどうしようかな……」

『感染廃棄物になるので白い廃棄ボックスに処分してください。鋭利な物は黄色、固形物は橙、液体物は赤色です』

「ああ、これ……バイオハザードマークだっけ」

 

 

 メーティスに言われるがままにゴミを分別していく。

 5年前にもやった筈だが、生憎と忘れていた。

 まあ日常生活で全く役に立たない知識だし……まさか再びやる事になるなんて思っても見なかった。

 しかし、本当に様々な道具や薬品が使われていて、良くもまあ医師免許も無いのに完璧にこなしたものだと感心してしまう。

 

 

「何これ、牛乳みたい」

『プロポフォールですね。未使用みたいなのでそれは処分しなくても良いでしょう』

「へえ……これが全身麻酔なんだ」

『マイケルジャクソンの死因の一つとも言われ、有名です』

「そうなの!?」

 

 

 何だかんだやり取りしながらプラスチックケースの蓋を締め切り、掃除を終わらせる。

 気付けば、時刻は8時を回っていた。

 

 

「ふぁああ……」

「あ、起きた?」

「んー……おはよー……」

 

 

 如何にも寝惚けた調子で彼女がベッドから起き上がる。

 しかし疲労はかなりのものらしく、うつらうつらとしていて歩みも覚束ない。

 転ぶんじゃないかと思って、おもわず手を遠目に出しながら見守ってしまう。

 

 

「お腹空いたー……」

「そっか、じゃあ家の方に行く?」

「んー、行く……」

「じゃあ、行こうか」

「おんぶ」

「え……?」

「おんぶしろーぃ……」

「…………はいはい」

 

 

 こちらとしては恩もあるしで、多少の我が儘くらい仕方ないか、と。

 身体を屈めて、飛び込んでくる彼女を背中で受け止めた。

 

 

「それじゃあ行きますか、お姫様?」

「…………くー」

「あらら」

 

 

 起きたと思ったら寝てるよ、この人。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「あら幸太郎くん、おはよう」

 

 

 おぶったまま家を訪ねると、彼女の母親が出迎えてくれた。

 初めは、こうやって顔を出すのは気が引けると言うか気恥ずかしさがあったのだが、今ではどうにも慣れてきてしまっている。

 

 

「ほら、着いたぞ。座れって」

「うーい……」

「そうだ、幸太郎くんもご飯食べていって頂戴?」

「え、いや悪いですよ」

「いいのいいの、(ウチ)は皆いっぱい食べるから何時も多めにつくっているし、一人や二人増えても変わらないのよ」

「えっと、でしたら何か手伝わせてください」

「大丈夫よ、もう殆ど出来てるから」

「…………」

 

 

 にべもない。というのとは、ちょっと違うか。

 取り敢えず、やる事も無いので今にも崩れそうなこの寝坊助さんを支えておく。

 篠ノ之家は“らしい”と言うか、純和風の床の間だから当たり前なのだが座布団には背もたれがない。放っておくと崩れる。

 しかも卓に突っ伏してくれればまだ良いのに頑なに背中側へと倒れようとしてくる。絶対に態とだろ。

 

 

「あっ、お兄さんおはようございます」

「ああ箒ちゃん、おはよう」

 

 

 何とか前方へ傾斜させようと悪戦苦闘してると居間に箒ちゃんがやってきた。

 丁度良い、この役目を代わってくれないだろうか。駄目?そう……

 

 

「今日はいらしてたんですね」

「うん、ちょっと用があってね……ついつい朝食までご相伴に与ることになっちゃって」

「あ、でしたらお兄さんのお椀とお箸を用意しますね!」

 

 

 そう言えば、気が付いた頃には箒ちゃんからの呼ばれ方も「こうにーちゃん」から「お兄さん」に変わっていた。

 前者では恥ずかしいから、との事だけど気がつけば箒ちゃんと一夏くんも小学四年生なのだから口調に変化が表れても何もおかしい事はない。

 

 しかしアレだな「お兄さん」だと何だか「お姉ちゃん」の対義語というか類義語みたいな感じがする様な……

 気が付いたらこの家に僕専用の食器とか布団が備え付けられてる時点で手遅れな気もするけど。

 

 

「皆おはよう。おや、幸太郎くんも来ていたのか」

「あ……っ、柳韻さん、お邪魔しています」

 

 

 最後に柳韻さんも加わって篠ノ之家が一堂に会する事になった。余計なのが一人混じってるけど。

 

 別に悪いことをしている訳でも無いのに言葉が詰まり、臆してしまう。

 怖いとも違う、どちらかと言えば気まずい感じの……何だろうか、上手く言葉で言えないが。

 

 

「うん……その“柳韻さん”というのも何だかな。もっと他の呼び方は無いか?」

「す、すみません……」

「どうせなら“お義父さん”と呼んでくれないか?」

「え──?」

「貴方、あんまり幸太郎くんを苛めないであげてね」

 

 

 反応に困っていると、見かねてか助け船が颯爽と出航してきた。

 ホッとしてそちらに視線を移すが、しかしその顔はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていて……

 

 

「せめて卒業するまでは待ってあげないと」

「ああ、そうだな」

「式は教会ですか?それとも(ウチ)で神前ですか?」

 

 

 駄目だ。もう既に完全に包囲されてしまっている。

 無駄な抵抗は止めなさいって?別に抵抗しているつもりは無いんだけどね……押す力の強さに驚いてるだけで。

 

 

「束と幸太郎くんは放っておいても大丈夫だろうけど、箒もちゃんと準備するのよ?」

「う、うん!」

「何かあるんですか?」

「ええ、今日は一夏くんとデートするのよね?」

「へー……箒ちゃんが一夏くんとデートかぁ」

「で、デートと言うか遊びに行くと言うか、ですね……!」

 

 

 二人だけで行くのならどの様な形式でも往々にしてデートと呼ばれるものだと思うが、流石に未だ小学生なだけあってその辺りは初心な様子だ。

 これが一夏くんに聞いたら……特に動揺する事もなく笑顔で「デートだよ」と言ってのけそうだが。

 でも邪険に扱うことは無いだろう。恋慕かは兎も角、一夏くんも箒ちゃんには好意を抱いているみたいだし。

 

 と言うか、矛先が別の方向へと向かったのでこれ幸いと箒ちゃんに擦り付けたいだけです。

 恨むのなら君らの行いの悪さを呪うがいい。君はいい妹分であったが君の家族がいけないのだよ。

 

 

「でも、そんなこと言いながらしっかりおめかししちゃうんだよねー、箒ちゃん?」

「お、お姉ちゃんっ!」

「あーはっはっ、嘘は言ってないもーん」

「…………起きてるなら僕を背もたれにしないでちゃんと座ってくれないかな?」

「……ぐー、ぐー」

「こら、絶対に狸寝入りでしょ」

 

 

 胸にポッカリと物理的に穴が開いてしまってはいるが……何だかんだ、何時も通りを過ごす事が出来ている。

 むしろその分の重さが除かれて気持ちも少し楽になったような気さえして────

 ああ、生きてるんだなって実感も湧いて。それで、どれだけ追い詰められていたのかも再認識させられてしまう。

 

 

「後で話あるから」

「うん、わかってる」

 

 

 そう、話さなければいけない。

 今まで秘めていた分を曝け出して、隠していた物を明かす。

 それもまた、感謝の形の一つであると信じて。

 

 

 

 

 

 

「黙って勝手に死にそうになってて、その上に自分が死んだ後の事も全部を私に押し付けようとしていた……そういう事?」

「まあ……そう、だね。うん」

「ふざけんな」

 

 

 セーターの襟首を掴み取られ、グイっと力強く引き寄せられる。

 それに抵抗することなんて出来なくて、為されるがままに彼女の顔を見つめることしか出来ない。

 

 

「それが、格好いいとか勘違いしてた?」

「違っ……解らなかったんだよ。どうすれば良いのか、混乱して、でも何とかしなくちゃいけない気がして…………」

「…………それで?」

「色々試して、でも何をしても駄目で……話すことも考えた。だけど、君に迷惑を掛けるかもしれないって考えたら……結局言えなくなったんだ」

「迷惑?今更そんなことぐらいで?」

「…………心臓の事もあったから、君が必要以上に重く受け止めるかもしれないって思っちゃって。それに自分で何とか出来るかもしれないって今にしたら甘い見積もりだったけど、本気でそう考えていたから────」

 

「だから──ふざけんなよっ!!」

 

 

 般若みたいな、本気の怒りと剣幕で睨みつけられた。

 思わず後ろにたじろいで、背中は壁にぶつかってしまう。

 そのまま両肩を掴まえられたかと思ったら、握り潰さんと言わんばかりの力で追い打ち気味に壁に押し付けられる。

 

 

「私が、なんでこんなに怒ってるのか解るか?!」

「それは……心配、させたから」

「そうだよ!なんでこんなに私が心配してんのか、それ解ってる!?」

 

 

 鬼気迫る勢いで、畳み掛けてくる。

 質問に対して……僕は臆してしまう。意味が解らないとかではなく、言葉が出て来なかったから。

 

 

「良いか、まどろっこしい事は抜きにハッキリ言うぞ!私はな、お前が好きなんだよ!倉持幸太郎がっ、好きだから心配になるんだよ!!」

「っ────」

 

 

 実は、予想外だった。

 今ここで、彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて。

 僕はどんな顔をしているだろうか?しかし、鏡は手元に無い。

 

 

「好きだから、その人が苦しい顔してるのは辛いし、相談せずに隠し事されるのは死ぬほど嫌だ。何より突き離す様な態度を取られたときは心が引き裂かれるかと思った!!」

 

 

 吐露された言葉を、受け止める。

 つまりそれは、色んな意味で告白だった。

 彼女の心の中にだけあった言葉が、僕の鼓膜を伝って響いていく。

  

 

「もう、止めてよこんなの……死のうなんてしないでよ……私を、独りにしないでよぉ…………っ!!」

「…………ごめん。本当に、ごめん」

 

 

 ただ、ただ謝る。心から。

 本当に自分が不甲斐なくて、どうしようもなかった。

 

 そっと肩を抱いて。俯き、震える彼女を支える。

 

 

「ああ、そうだ…………僕が間違ってた」

「…………っ」

「僕は臆病だったんだ。伝えたら君が、束がどうなるか分からなくて……」

「馬鹿……この馬鹿やろうっ、大馬鹿!」

「……うん、本当に馬鹿だった」

 

 

 僕の胸に顔を押し付けてきて。泣いていた。

 全部が、ぶつかってくる。

 自分の過ちが言葉で、感情で、行動で、締め付けられてしまう。

 

 

「だけど……一つだけ、言い訳をさせて欲しい」

「…………なに?」

「僕が隠してて、伝えられなかったのは嫌いだとかそういう事じゃなくて、君が…………その、つまり……大切だったからで、だから怖かったんだ」

「……」

「だから、えっと…………ああっ、そうだよ。僕は……僕も篠ノ之束が好きだ。大好きだよっ────!」

 

 

 言ってから、恥ずかしくなって視線を上に逸らす。

 後悔はしてない。だけど、顔が火照るのが自分でも分かってしまう。

 随分と勢いに任せて…………もしかしたら、穴が空いたからかもしれない。

 アレは僕を生かすと共に命を蝕んで、そして心も塞ぎ留めていたのかもしれない。なんて。

 

 

「何だよ、それ」

「…………そっちが言ったのに、言わないのはナシだろ……」

「馬鹿……本当に、ばぁーか」

 

 

 笑顔の癖に。

 

 お腹を、軽く殴られた。

 

 

 

 

『現在、リアクターの解析は43per…………ミュート。消灯』




何時ものパターンなら、このまま少し年月が飛んで物語が無理矢理にでも進展したりします。

何時もパターンだったら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

022 来客にはお茶をお出しましょうか

一度書いて、結局全部消してまた書いて……

いかんな、早くアイアンマンを出さないと筆が遅くなる……!


 場所は変わらず、地下にある例のラボ。

 その場所と機材をお借りして、僕の胸に収まる予定になっているアークリアクターの解析を見守っていた。

 

 自分でやらないのかって?

 例えば、動画や音楽の拡張子を変換する時なんか自分でやらないでソフトに任せるでしょ。メーティスの方が圧倒的に速いから、見守る事にしたんだ。

 

 

『現在、解析の進捗は83%です』

「解析を始めたのはいつ頃からだ?」

『本日の午前4時43分12秒からです』

「と言うことは8時間20分弱ってところか……メーティスにしては梃子摺っているな」

 

 

 ISコアとアークリアクター。

 それぞれが単体でも人智を超越した存在であるが、あろう事かそれを組み合わせてしまう事になるとは思いもしなかった。

 如何なメーティスと言えども、それを解析するのは容易い事では無さそうだ。言い出しっぺなのに。

 

 

『プロセッサと思わしき部分の解析を開始してから何かに阻まれるかの様に進まないのです。データの集合体である事は間違い無いのですがマシン言語とは異なる未知のアルゴリズムで構成されている様で────』

「それについて見解は、開発者さん?」

「んー……理屈は解るけど、ちょっと私じゃ手伝えないかなー」

「どういう意味?」

「メーティスの思考アルゴリズムや組織構造式を説明してくれって言われて出来ますか、開発者さん?」

「あー、それは……難しいな……」

 

 

 今のメーティスは、開発者の僕でも全貌を掴むのは殆ど不可能になってしまっている。

 

 メーティスの特徴としては複数のプロセッサがそれぞれ独立した思考アルゴリズムで演算を行い、母体となるメインのプロセッサでその演算結果を集約・統合する、言わばヘテロジニアス・アーキテクチャの一種という訳だ。

 当初はソフトウエアで擬似的に実行していたそれも、資金に余裕がある今では複数のコンピュータをネットワーク化して構成している。

 例えば計算だけに特化したコンピュータがあったり、画像を認識してその詳細について精査する専門のコンピュータがあったりと……そう、人間の脳と同じである。

 

 まあ、何はともあれ。それぞれのコンピュータが何を処理しているのか、みたいな構造は把握出来ていても、今のメーティスがどう思考してその結果を出したのか、なんて問われても解らないとしか言いようが無い。

 これも人間と同じ。漢字の識別を後頭葉で視覚として捉え側頭葉で画像として処理され……なんて構造は解っても“荻”と“萩”という字を一瞬でどうやって判別しているのか、脳の処理機序について説明出来ないのと同じだ。

 

 

『申し訳ありません。今暫くお時間を頂きたいと思います』

「別に、良いんだけどさ……」

「どうしたん?」

「いや、何だろ……ちょっと嫌な予感、じゃないか、そんな感じがしてさ」

 

 

 何時だったか、ISのコアにはそれぞれ独立した自我が存在すると言っていた。

 もしもメーティスが引っ掛かっている部分が“ソレ”だとすれば……この、起動を試みる光景はとある映画の場面を連想してしまって、良くない。

 

 

「杞憂じゃないかな、ISコアに悪い物なんて含まれてないし」

「そんな食品みたいに」

「天然由来100%です」

「うわ、胡散臭い」

 

 

 天然由来成分とかって屁理屈じゃないかな。石油を原料にしてたって天然由来だし、どんなに加工しても由来は天然なんだからさ。

 そんな事言ったらアークリアクターだって天然由来100%で出来ている事になる。

 アイアンマンそのものだって……金属なんて総じて鉱石から加工してるんだから、やっぱり天然由来だ。

 

 

「食品と言えば」

「なに?」

「お腹すいた」

 

 

 器用にもお腹をグーっと鳴らしてみせる彼女を尻目に時計を見てみれば、時刻は13時を迎えようとしていた。

 確かに、そろそろ昼食を召し上がっても差し支えない時間帯だ。

 

 

「えっと箒ちゃんはデートで、お母さんは?」

「今日は習い事とか言ってたから、いないかも」

「そっか、じゃあ僕が作るよ」

「じゃあオムライス!」

「遠慮ないね。いや、全然バッチこいだけどさ」

 

 

 

 

 

 

「悪いね幸太郎くん。私の分も作って貰ってしまって」

「いえいえ。お邪魔させていただいてますし、これくらいさせて下さい」

 

 

 ──ごめんなさい、柳韻さんの事を忘れてました。

 いや、でも材料はあったし、ちゃんと作ったから言わなければ……セーフ。

 

 

「束は器用なんだが、知っての通り料理はからっきしでね」

「ええ……まあ」

「何時だったか、珍しく料理したと思ったら何と味の無いカレーを作ってね」

「うっさい……!」

「ははは……」

 

 

 味のないカレーって、どう言う事だろう。

 カレー粉かルーを使っていれば味の無いなんて事態は起こり得ないと思うのだが……いったい、どんなミラクルを起こせばそうなるのか?

 天才の無駄遣いと言うか、変なベクトルに才能を発揮してしまうのはとか、そう言う事なんだろうか。

 

 

「ん……?」

「あれ、どなたかいらっしゃったみたいですね」

 

 

 談笑の最中、インターホンが鳴り響いた。

 素早く反応した柳韻さんは立ち上がると受話器のボタンを押し、外の様子を画面越しに見る。

 液晶に映し出されたのは、見知らぬ中年の男性。

 スーツを纏った男は如何にも役所勤めといった印象で、画面越しに見える鋭い眼はいやに冷たい。

 

 

《失礼します。(わたくし)、法務省より参りました反町と申します》

「法務省……?霞ヶ関から態々、(うち)にどの様な御用でしょうか?」

《突然のご訪問になりまして申し訳ありません。実は篠ノ之束さんとそのご家族に政府からの通知がありまして。然し、少々デリケートな事案ですのでこうして直接お話しに伺わせて頂いた次第です》

「…………お待ちください。二人は、居間にいてくれ」

 

 

 釈然としない顔のまま、柳韻さんは玄関へ出て戸を開けた。

 僕達は言い付けを守って居間で待機しつつ、聞き耳を立てて隣の応接間で交わされる会話に耳を傾ける。

 

 

「不躾ですが早速本題から入らせて頂きます。我々政府は昨年のニューヨークにて発生した事件を大変重く受け止めておりまして、可及速やかに対応するべき事案であると判断致しました」

「…………」

「まず、為すべき対応としましてはISの開発者であります篠ノ之束さんとそのご家族の身柄の保護と護衛を行うべきであると判断致しました。よって、我々は省庁の垣根を越えて新たな基軸を築き、地盤を整えて来ました」

 

 

 そう言いながら、反町という男は一つの書類を柳韻さんに渡す。

 

 

「これは……重要人物、保護プログラム?」

「失礼ですが篠ノ之柳韻さん、証人保護プログラムと言うのはご存知でしょうか?」

「確か、米国などで行われている危害を加えられる可能性のある証人を手厚く保護する施策でしたかな」

「ええ、司法取引の一環でもあります。我々はそれを参考にして本人とご家族をお守りする為に全力を尽くす所存です」

「……その為に、名を偽り家族を離散させ監視を付けると?」

「リスクの分散です。我々の警護にも限界がありますから、一箇所に集まるのは危険なので」

巫山戯(ふざけ)るな!何が保護だ、これでは監獄に入れられるのと何も変わらないじゃないか!!」

「人命を優先するには多少の不自由にもご理解を頂きませんと」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……!」

 

 

 柳韻さんが怒りに身を震わせているのに対して、反町という男は食ってかかる様な笑みを浮かべながら不遜な態度で受け流している。

 

 

「貴様、それでも法治国家の役人か?!」

「法律とはその名の通り国民を律する為に存在します。法が守るのは飽くまでも国であって民衆はその副産物の恩恵を与っているに過ぎないのですから」

「人権侵害も甚だしい……!」

「そんな物はですね、条文に『人権と人命の尊重し』なんて一文を書き足しておけば罷り通るんですよ」

 

 

 何と言うか、無暗に煽っていると言うか……その行動の真意が掴み取れなかった。

 まるで子供の論争だ。ただ怒りを焚きつける様に話しているだけで目的が見えてこないのだ。

 まさか、怒らせたいだけな訳があるまい。

 だったら……何をしようとしている?

 

 

「失礼します。お茶をお持ちしました」

「幸太郎くん……!?」

「これはこれは……まさか倉持幸太郎さんもご一緒とは。実は後程に貴方のお宅へもお邪魔させて頂く予定だったんですよ」

「先ほどの、重要人物保護プログラムですか?」

「ええ、特に貴方は昨年の事件で実際にターゲットになりましたからね……早急に対応すべきだと思いまして」

「僕としては、お断りしたい提案ですね」

「残念ながらそうもいきません。まだ法案として成立はしていませんが、済んでしまえば法的強制力を持ちますからね……そうなれば当人の意思に関わらず身柄を保護させて頂きます」

 

 

 そう言えば、冊子の何所かに書いてあったっけ。

 現行の法律ではSPの警護対象は内閣総理人などに限られているが著しい国益と成り得る指定された一般人も警護対象に設定するとか、当人の了承を得ずに所持品の改めを行えるようにする等、様々な周辺の法整備を進めるとか。

 しかし、ならばその方面を優先すべきなのでは?

 

 

「僕が懸念するのは、仮に昨年のニューヨークで起きたような事件が起きた場合にそれを対処する能力があるのかどうかですが、如何でしょうか?」

「それに関しましては、倉持さんにも是非ご協力頂きたいですね」

「は…………どう言う意味ですか?」

「警察庁及び警視庁にアイアンマンの提供をお願いしたい」

「……もしも仮に、僕が断った場合は?」

「そうですね……残念ながら、そうなってしまった場合には銃刀法などで理由を作りアイアンマンを接収させて頂くしかありません」

「銃刀法?僕はアイアンマンの所持を他ならぬ日本政府から認められているんですが?」

「それはアイアンマンに限った話でしょう?アイアンマン以外に銃器を所持している可能性がある……なんてでっち上げて令状を発行するのは簡単な事です」

 

 

 捜査令状なり、家宅捜索の令状を出すのは裁判所の仕事なのだから法務省がタッチ出来る事ではない筈だが……仮に癒着があるのならばそんなに難しい話でもないのだろう。

 

 しかし……やはり、急ぎ過ぎているのでは無いかという疑問と違和感が尽きないでいる。

 まるで何かに追われて促されている様な……妙な歪さがあって不自然極まりない。

 

 

「そんな追い込む様な真似をして、僕等が海外へ亡命でもしたらどうするんですか?」

「させるとお思いで?」

「出来ますよ。コッチはアイアンマンとISがあるんですよ?それも、正真正銘の最新鋭が」

「…………」

「……あまりにも見切り発車過ぎではありませんか?下準備が拙すぎる」

「さて、どうでしょう」

 

 

 探りを入れてみるが、反応は芳しく無い。

 

 いったい、こんな問答を続ける意味はなんだ?

 出来るとしても、時間稼ぎくらいにしかならないはず……

 

 

「……まあ、良いでしょう。転居や戸籍編製は未だ準備段階ですがプログラム自体は既に始動していますからね」

「始まっている……?」

「はい、現在外出しておられます篠ノ之束さんのお母様と妹さんに警護を付けさせて頂いています」

「待て……何時から妻と娘に?」

「先週から家の周囲と外出されたご家族に所轄の警察官を動員しました。ご安心ください、プライバシーの確保には努めています」

「四六時中監視してプライバシーだと?」

「最低限のプライバシーは保たれているかと」

「貴様……人をおちょくるのもいい加減にっ!」

「柳韻さん、抑えて。今日のところはお引き取りしてください」

「そうですね、どうやらこれ以上は其方も冷静に判断するのが難しそうですし。本日はお暇させて頂きます」

 

 

 男は、結局出されたお茶に手を付けずに篠ノ之宅を後にする。

 柳韻さんは座したまま動かなかったので、仕方なく僕が玄関先まで見送る事に。

 

 

「では、しかとお伝えしましたよ」

「…………?」

 

 

 最後にそれだけ言って、面に待たせていた車に乗ると躊躇いもなく去っていく。

 嵐の様に、 引っ掻き回すだけ引っ掻き回され、結局何も残らなかった。

 

 居間から隠れて見ていたであろう束も不機嫌さを隠そうともせず、しかめっ面で腕を組み憤りを露わにしていた。

 

 

「……今の、何しに来たの?」

「そう、それが不可解だ。あんなの別に伝えに来る必要なんて────伝えに来た?」

 

 

 憶測に過ぎないが、一つの可能性が浮かび上がる。

 最後の言葉も、まるで伝えに来たことを強調する様な内容だった。

 あの無意味な煽りの応酬。そんな言葉の遣り取り自体が本当に無意味で、訪ねる事こそが目的だっとしたら……?

 

 

「メーティス、箒ちゃんと一夏くん、それとお母さんの場所はわかるか?」

「イエス。常にGPSで捕捉しています」

 

 

 まあ、こちらとてプライバシーを損なっている気がしないでもないが。本人達の了承は得ているので些かマシだと思いたい。

 

 さて、眼鏡のディスプレイには箒ちゃんと一夏くんが近隣の大型ショッピングモールに、お母さんが隣街の生け花教室にいる事がマーカーで示されている。

 今のところ、GPSをトレースする限り異常は……いや、箒ちゃん達の移動スピードが些か速い様な?

 動いては止まり、また動き出すが止まり……少し不自然な動きだ。

 

 

「ん……電話?」

 

 

 ディスプレイに表示された着信は一夏くんによる物だった。

 名前を確認すると、ノータイムで電話を繋ぐ。

 

 

「もしもし?」

《幸兄さん!変なロボットが降ってきて……!》

 

 

 もしや、コレか?




というわけでまたこういう切れ目なのじゃ。

アイアンマンにとって、今更ロボットなんて敵じゃないよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

023 答え合わせと謎掛けは別々にやって貰いたいんだけどな

若者の深刻な人間離れ。


 その日、先週から約束していた通りに俺は箒と一緒に隣街の大型ショッピングモールへ遊びに来ていた。

 出店しているショップを見て回ったり、前から箒が観てみたいと頻りに言っていた映画を観たり、フードコートで食事したり……世間一般ではデートと言うんだろうか。まあ、何か付けてきていたけど。デートをしていたんだ。

 予定通り別棟にある映画館で目当ての映画を観終わって……頃合いも良いのでお昼を食べに行こうという話になって、外に出た。

 

 

 そうしたら──降ってきた。

 

 

 最初の印象は、でかい。そうとしか言いようが無かった。

 空から巨大な質量が落下してきて、轟音をあげながら駐車してあった車は無謀な着地に巻き込まれて一瞬でスクラップになってしまった。

 重い足取りで、金属が軋むようにして歩けばその一歩一歩で駐車場のアスファルトが陥没していく。

 少しだけ冷静になって見てみれば、何mあるのか目測ではよく解らないくらい巨大なロボットだった。

 

 

 辺りはもう、パニックだ。

 悲鳴と怒号が飛び交って、人が津波のように雪崩れていく。

 ロボットは態と煽っているのか、ゆっくりと鈍重に歩くのみで殺害に及ぼうとはしない。

 逃げたかったが、四方八方はしっちゃかめっちゃかな人の洪水が出来ていて進めやしない。箒の手を握って離ればなれにならないようにするので精一杯だった。

 

 

「い、一夏……っ!」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 

 何が大丈夫な物か。根拠の無い気休めでしか無い。

 それでも箒はその言葉を信じてか頷きながら必死にギュッと俺の手を握り返してくれる。ありがたいと同時に申し訳なかった。

 

 何歩か進んでも直ぐに行く手を阻まれて、辛うじて見つけた隙間へ飛び込むようにして逃走を試みるが殆ど距離は稼げない。

 そうやってグルグル周りを見渡しながら歩いていると、人の波を強引に掻き分けて流れとは逆方向に飛び出す人影が幾つかある。

 俺たちをずっとストーカーみたいに付け回していた連中だ。多分、警察。

 それを証明しようと言わんばかりに懐から拳銃を取り出すと、ロボットに向けて発砲しだした。

 

 

「…………!」

 

 

 しかし、見るからに装甲の厚そうなロボットにそんな豆鉄砲はビクともしない。

 アッサリと弾丸は弾かれて、ひしゃげた地面に虚しく散らばっていく。

 それを見てコレは勝てないと判断してか……警察官と思しき者達は人混みに紛れるようにして散り散りに逃亡してしまう。

 

 

「おいおい、それってアリ?」

 

 

 警察官かどうかと云うのは飽くまでも憶測に過ぎないが、違っていてもピストルをバンバンと撃ってしまった時点でアウトだ。

 仮に所持が認められた警察官だったとしても、敵前逃亡してしまえば職務的にアウトではないだろうか。

 少なくとも、逃げ惑う人たちを安全に誘導して然るべきだろうけど…………やっぱり何もしないで消えた、スリーアウト。

 

 後で出るところに出て厳重に抗議するべきだろう。忘れないぞ。

 

 しかし、ここでチェンジする者を探している訳にもいかない、大人かそれに準ずる人に頼るべきではないか?

 

 

「え、えっと……」

 

 

 ポケットの携帯を取り出して、アドレス帳を呼び出す。

 ザーっと羅列された名前を覗いて『お』の欄を探してしまいそうになるが、冷静になって『か』行の『く』を探した。

 『く』の最後の方、焦ってはいても手元が狂うことは無く、タップしてダイヤルする事に成功する。

 

 

「もしもし!幸兄さん?!変なロボットが降ってきて……!」

 

 

 それでも何処か動揺はしていて、言葉はどこか滅裂していた。

 しかし、流石は幸兄さんで、こちらの話を汲み取ってくれて充分以上に理解してくれる。

 

 

《わかった、マッハでそっちに向かうから出来るだけ離れてくれ》

「うん……!」

 

 

 そうだ、こんな所でのんびりしていてはロボットに踏みつぶされてしまう。

 俺は別に正義のヒーローでも何でもないんだ。周りの人を気にしていて死んでしまったりしたら、それこそ馬鹿みたいだ。

 千冬姉も言っていた。自分を守れないようでは誰かを守るなんて大それた事を言う資格は無いって。

 だったら、自分と箒のことだけ考えて行動してしまえ。誰に許しを乞う必要も無い。

 

 いや、箒には謝っておこうか。

 

 

「ごめん、箒!」

「え…………えええっ!?」

 

 

 戸惑う箒を余所に、右手を箒の膝の裏に、左手で背中に添えてから一気に右手の方から持ち上げる。

 そうすれば横向きに抱えた状態に……所謂、お姫様抱っこと呼ばれる形で箒を持ち上げた。

 速さを優先するならば、ファイヤーマンズキャリーの方が安定もしてそうだけど、飛んだらお腹とかが痛そうなので今回は却下。

 

 

「ちょっ、ちょっと一夏!何してるの?!」

「だからごめんって、ちょっとだけジッとしてて!」

「う、うん……!」

 

 

 誰もギュっとしてとは言っていない。まあ良いか。

 抱きつくように箒も俺にしがみついてくれたので安定感は充分だ。

 

 そのまま箒を抱えたまま、人の波を掻き分けるようにして走り出す。

 少しだけ助走できれば、あとは人の身長くらい飛び越えるのは容易。

 ジャンプできれば、逃走の距離だって稼げる。

 

 

「え、う、嘘おっ!?」

「舌を噛むなよ、箒!」

 

 

 人の眼なんて気にしないで逃げる。

 見られていたところで、それどころじゃないだろうし。

 

 

 

 

 

 

「メーティス、Mark.6をここまで飛ばしてくれ」

 

 

 一夏くんの連絡を受けて、いてもたってもいられなくなった。

 十中八九、昨年のニューヨークでの事件と同様の事態が発生している。

 現場にいないので情報は不鮮明だが、直ぐに飛んでいけば問題無い。

 

 

『しかし、その胸のバッテリーはアイアンマンスーツを装着する事で著しく消費されます。戦闘行動は推奨されません』

「わかってる。それについては考えがある」

「ちょっと待て、どこに行くつもり?」

「決まってるだろ、忘れ物を取りに行くんだ。すみません柳韻さん、外します」

「あ、ああ……」

 

 

 篠ノ之宅を後にして、地下のラボへと飛翔する様に駆け出す。

 エレベーターを使わずに初めてここに訪れた時と同じ様に、今度は自ら穴へと飛び込んで自由落下に任せて底を目指した。

 実に数10mの落下も何のその、今となってはこの程度の高さならば捻挫さえ無く片膝をついて綺麗に着地出来る。

 我ながら、人では無い方向へ着実に近づいている自覚はないではなかったが、しかし着地の衝撃に痛みを覚える程度には未だ人間の域を踏み外さずにいられた。

 

 

「…………」

 

 

 目的は、ラボの真ん中に鎮座する光輝。

 見慣れた青白い光を放ち続けるそれは、しかし以前の物よりも優しい印象を受けた。

 アークリアクター。それに無言で手を伸ばす。

 

 

『マスター……?お止め下さい。未だ解析は完了していません』

「テストは臨床試験に切り替える。僕が被験者だ」

 

 

 アークリアクターを装置から外す。

 ディスプレイを見れば、解析率は86%で表示は異常を示すレッドサインに切り替わる。

 しかし、このまま律儀に解析が終了するのを待っていたら朝陽を拝む羽目になりかねない。

 致し方ないのだ。

 

 

「駄目だよ」

「っ……!」

 

 

 しかし、胸の孔に差し込む手前で、腕を掴まれてしまった。

 束が、彼女が真剣な目をして訴える様に見つめてくる。

 どうやら、追いかけて来て殆ど一瞬で追いつかれてしまった様だ。

 

 

「言ったよね、その先の部分は私でも全貌が解らない領域だってさ」

「…………ああ」

「本当に何が起こるか解らないんだ。メーティスの解析を待ってから──」

「だけど君は、こうも言った」

「あん……?」

「悪い物は何も入っていない。私が作った物だから安心しろ、ってさ」

 

 

 正確には後者の言葉はISコアではなく人工心臓の話だが。

 

 

「あのなあ、そういう問題じゃないだろ!私は心配して言ってるの!何も調べなかったせいでお前に苦しい思いをさせた事を物凄く後悔してるんだよ…………だから!」

「大丈夫だよ」

「何を根拠に!」

「これは、ISコアは束の作ったものだ。僕はコアを過信してるんじゃない、君を信じているんだ」

「そ、そんなの……でも何かがあったら!」

「だとしても、もう一人で悩む必要はない。だったら大丈夫だ。僕は、君を信じているから」

「なっ…………!?」

 

 

 制止を振り切るように、アークリアクターを左手に持ち替えて胸にくっつける。

 元から専用の規格になっているだけあって、あっさりと人工心臓の孔はアークリアクターを受け入れた。

 接続したアークリアクターはまるで己の存在を主張するかのように眩い光を解き放って──

 

 

「お、ぉお……」

「えっ、何それ本当に大丈夫!?」

「ソーダと、ミント……を、混ぜたみたいな味がする」

 

 

 残念ながら、なのかは定かではないがココナッツとメタルの味はしなかった。

 まるでのど飴を口いっぱいに突っ込んだ様な清涼感が喉の奥の方から飛び出してくる。

 故に不快とかそういう感覚でもなく、やたらと爽快な空気が身体中を循環しているような感じだ。

 

 

『今のところ動作は安定しています。今のところは、ですが』

「嫌味を言うな。それより、Mark.6は?」

『既に到着し外で待機させています』

「よし、いい子だ」

 

 

 今度は反対に、地上を目指して登る。

 ただし、人間の僕が壁を伝い登るよりもエレベーターの方が早いのでそちらを使って。

 まだまだ鍛え方が足りないのは否めない。

 

 

 小屋から飛び出せば、メーティスの言う通りMark.6がお出迎えしてくれていた。

 未だマーク8以降の様に自律で駆動し、戦闘を行うといった芸当はできないが、それでもメーティスの操作で任意の場所に飛んで来る事くらいなら造作もない。

 しかも、Mark.6にはご自慢の新機能を搭載していた。

 

 

『チェック。スキャン。認証完了、装着モードに移行します』

「よし」

 

 

 僕に背中を向けて立ち尽くしていたMark.6の背部のパーツが展開し始め、脊柱の部分を中心に左右へモーゼの如く別れていく。

 胸部、胴部、脚部、腕部、頭部と徐々にバラバラと開いていくと内部パーツが露わになって僕の身体が入るスペースが出来上がった。

 後はそこに、脚は靴を腕は手袋を入れ込む様な感覚で身体を差し込んでいけば、後はメーティスがフィッティングをしてくれるという寸法だ。

 

 

『装着の最適化を開始。完了。ステータス良好』

 

 

 そう、つまりMark.5から発展してロボットアームを使わずにその場で即時に着脱できるシステムを搭載した。

 マーク7以降で見られる自動着脱機能を部分的に再現した訳だ。マーク6?ああ……彼らは犠牲になった、メーティスの仕事の遅さを呪うがいいさ。

 

 まあ……落下中に飛んできて着られたり、バンザイをしたら背中から着せてくれたりはしないんだけども。

 というか、アレってどうやってんだろう。特に手の平。指の角度って一定に固定できないし、片手だけでも五指もあるから凄くコントロールが難しいよね……

 今回は少し広げた形で待機させて手袋みたいに自分から填め込む形で解決したけど。次の課題はその辺りかな?

 

 

『Mark.6の起動を確認。システムオールグリーン』

「アークリクターの同期に問題は無い?」

『接続を確認。パラジウム・リアクターのサイクルをクロックアップする事で対応しました』

 

 

 アークリアクターは、そもそもMark.6自体が既存の出来合いなのでパラジウムを用いた旧型だ。

 あと30分もあれば新調できたんだけどね。ISコアにばっか集中してないで作っておけば良かったかな……でも帰ってる余裕も無かったし。

 

 

「おい」

 

 

 手をグーパーしたり首を回したりしてスーツの調子を確かめていると、様子を伺っていた束が声を掛けてきた。

 その眼には不安とか決意だとか色んな感情が入り交じり……揺れ動いている様にも見える。

 

 

「絶対に無事に帰ってこいよ。何かあったら本気でぶん殴るからな」

「それは、怖いな……」

 

 

 束に本気で殴られたらスーツなんて貫通して身体が砕けてしまいそうだ。

 それは流石に言い過ぎかな?生身でやられたら確実に骨と内臓は潰れるだろうけど。

 

 

「…………マスク、開け」

「え、こう?」

「高い、ちょっとしゃがめよ」

「お……っと」

 

 

 言われた通りにマスクを開いたのに、満足がいかなかったご様子で両肩を掴まれ、そのままグイっと下げられて膝を折らされる。

 姿勢が低くなったことに納得したのか軽く一度頷いてから、今度は僕の顔を掴んで……口に触れるようなキスをした。

 

 

「おまじないだよ」

「…………帰ってきたらご褒美でもう一度してくれる?」

「ばーか」

 

 

 軽く小突かれる。

 

 それだけで後ろ向きに3,4歩つんのめったんだけど……どうなってんの?

 

 

 

 

 

 

 飛んでいってしまえば、後はもう殆ど一瞬だ。

 アイアンマンもシリーズを重ねる毎に改良が加わり、今では初速もマッハに大分近づいてきた。

 お隣の市、電車で移動する程度の距離は本当に数秒でその空域に到着してしまい、日本って狭いなとか思いながら件のロボットを捕捉する。

 そのまま速度を殺さず、腕の噴射だけ止めて前方に突き出した。

 

 パンチだ。ロボットはホームランボールみたいに吹き飛ぶ。

 

 

「うわ……人、残ってないよな?」

 

 

 ロボットは案外に容易く殴り飛ばされてしまい、ショッピングモールの一角に飛び込んでしまう。

 見栄えを良くしたガラス張りの壁は巨大な質量に骨組みの細い鉄筋と一緒に押しつぶされて、粉々に砕け散った。

 サーチしてみるが、幸いな事にその一角には人の影は無く、人的被害は無さそうだ。

 しかし、物的な損害は相当な物だろう。だれが補償するんだろうか…………?

 

 メーティス、このショッピングモールって買収できないかな。

 え、できる?本当に?アイアンマン4,5体分くらいだって?安いね、お買い上げだ。

 

 

「…………メーティス、起き上がらないんだがどうなってる?」

『今ので中枢部分のコンピューター等が破壊されました。物理的に動きません』

「え、もう終わったの?」

『イエス』

 

 

 スキャンしてみれば、確かにメーティスの言う通り、頭部にあったと思われる電子機器はグシャグシャに潰れてしまっていた。

 念の為、近づいて装甲を剥がしてみるが配線や骨格が見えるだけでコクピットと思しき部分が見当たらない。

 どうやら無人機だったようだ。動きがやけに稚拙というか歩くだけだったという一夏くんの報告はこのせいか?

 

 

「いやいや……無駄すぎるだろ」

 

 

 見れば銃器などの武装も無い。

 本当に歩くだけの巨大アシモでしか無く、お金の無駄遣いとしか言いようが無い。

 何かの試作機……にしたって、適当に鉄砲でも取り付けて撃ち乱れる仕様にした方が建設的だ。

 自爆テロ……かと思って爆弾の可能性を探るが、どこにも搭載されていなかった。

 

 何だ……逆に怪しすぎるぞ、コレ。

 

 

「まさか、これは囮で本命は別に……」

『マスター、来ます』

「何が!何処に?」

『ここに。上から飛行物体が接近しています』

 

 

 メーティスが態々マスクのディスプレイに矢印で表示してくれたので導かれるように空を見上げる。

 遙か上空から降下してくるのは、無骨な灰色の人型…………

 そこまで速くは無い。高めに見積もっても時速800km弱と言ったところか。

 

 

「なんだ、アレは」

『ヒットしました。アメリカで試作されたISの実験機でセイバーⅡと呼ばれる機体です。テストが終了し解体される予定でしたが紛失。その存在は機密として隠蔽されています』

「なにやってんのアメリカ!?」

 

 

 盗まれたという事実もそうだが、そんな汚点なんて奥底に隠してあっただろうにどうやって容易く情報を見つけちゃうんだろうね……

 

 兎も角、その正体は束の手を離れて人類に作られた黎明のISだったようだ。

 IS、セイバーⅡはまだ攻撃する意志は無いようでただ接近するのみ。

 やがて、僕の目の前まで降り立ってきた。

 

 パイロットの顔は白騎士と同様にフルフェイスのヘルメットを着用しているせいで見えない。

 しかし、試作機だからだろうか……戦闘機のパイロットが被るヘルメットを改造した物と思われるが、何となく映画のバルチャーを思い起こさせるデザインになっている。

 

 

《まったく予想外だったわ。出来損ない(イミテーション)でも来るかと思えば、まさか来たのはアイアンマンだったとは》

「オープンチャンネル……?」

 

 

 ありとあらゆる無線に割り込んで会話を交わすことが出来る、やはり束の作ったトンデモ機能の一つを使ってISのパイロットが話しかけてきた。

 元々は、宇宙で漂流した時に救難を求める為に不特定多数に交信をする為の機能だと言っていたが…………

 こっちも無線を繋いでいれば、周波数を合わせずとも勝手に拾ってくれるだろう。

 

 

《初めましてね、規格外品(ミュータント)さん》

「ミュータントだって、僕が?」

 

 

 僕は別に絶対に砕けない爪が出せたり炎や氷を操ったり、ましてや不老不死の如く損傷した身体を再生できたりしない。

 マッハ男とか魔女なら元が元だから勘違いされてもアレだけど、僕はミュータントでは無い。人間だ。

 ミュータントの定義?先天性の出所不明な力を持った者の事だよ。多分。

 

 

《あら、充分ミュータントじゃないの。そんな立派なパワードスーツまで作っちゃって》

「生憎だけどね、パワードスーツを作れるのは僕だけじゃないんでね」

《フフフ……模造神(イシュタル)と自分が同列ってこと?だったら尚更のことミュータントじゃない》

「一体、アンタは何の話をしてるんだ……?」

《あら、ちょっとした挨拶よ》

 

 

 挨拶にしては、随分と固有名詞の多い会話だこと。

 どうせなら解説が欲しい。どうにか製作陣の副音声とか聞けないかな、円盤になるまで無理?

 イシュタルとかって言うのは、恐らく束のこと何だろうけど……まあ兎に角、意味不明だ。メーティス、取り敢えず録音しておいてくれよな。

 

 

 

「挨拶って言うのは、お互いの理解出来る言葉でもっとこう……フレンドリーに交わすべきだと思うけどな」

《あら、私の言葉は通じなかったかしら?》

「いや、日本語は上手だね。だけど固有名詞が多過ぎてね」

《だったら辞書で調べなさいな》

「いいね。その辞書は何処に行ったら買える?」

《悪いけど、非売品なのよ》

 

 

 突然、ISの右手にアンチマテリアルライフルみたいな銃が現れ、間髪入れずに撃ってくる。

 警戒していたので回避は容易かったが、ISのこういう処はズルだと思う。

 僕だって出来る事ならプロトンキャノンとか召喚してみたい……まずはプロトンキャノンから作らなきゃだけど。

 

 

「おいおい物騒じゃないか!銃なんか捨てなよ!」

《あら、じゃあコレも捨てなきゃかしら?》

 

 

 アッサリとライフルを量子化して消したかと思えば、今度はソフトボールぐらいの大きさの球体を取り出してきた。

 何だろうかと正体を伺う間も無く、此方に向かって放り投げて来たので反射的にキャッチしてしまう。

 

 

「なに、これ?」

『爆弾です』

「爆弾……爆弾っ?!」

《お近付きの印よ。それじゃあ、ご機嫌よう》

 

 

 無責任にも、ISはお家に帰るみたいにサッと空の彼方へ帰ってしまう。

 

 

『この場で爆発すれば半径30kmが焼け野原に変わります』

「これもアメリカが作ったの!?」

『イエス。起爆スイッチが入りました、残り20秒です』

「うわっ、ちょ……と、取り敢えず空に!!」

 

 

 海に捨てても漁船が巻き込まれてしまえば意味がない。

 比較的人がおらず物も少ない場所といえば、一番の最寄りは宇宙だ。

 時間ギリギリまで上昇して、あとは全力で投げ捨てるぐらいしか咄嗟に思いつかなかった。

 ……応用も利きそうだから冷凍機能でも取り付けようかな。次回作にご期待ください。なんて、馬鹿やってる場合じゃないな。

 

 

「ええいっ、飛んでけ!!」

 

 

 もう滅茶苦茶に、投げた。

 かなりの高度だったので投げてもそこまで上がらず、重力に引かれて少しずつ落下していく。

 それでも地上に被害が出る前に爆発する筈だ。

 5、4、3……今!

 

 

「え、近っ」

 

 

 落下スピードが思ったより早く、爆弾は僕から数十メートルの距離で弾けてしまう。

 半径30kmを焼き払う威力の爆弾が、割と近くで。

 当然、爆風に巻き込まれる。

 

 

「うおおおおっ!?」

 

 

 ドラム缶に入ったままバットで殴られたみたいな衝撃が轟いて、アイアンマンと言えども堪らず弾き飛ばされる。

 その威力で熱核ジェットも一時停止してしまい、自由落下のままパラシュート無しの降下が始まってしまう。

 

 

「め、メーティス」

『システム再起動。成功。姿勢制御を行います』

 

 

 咄嗟にメーティスが最適な処理をしてくれたお陰で、地面に飛び込む羽目にはならなかった。

 安堵の息を吐き出しながらゆっくり出力を絞っていって、静かにショッピングモールの駐車場に着地する。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

『可能性で言えば0.018%の確率で墜落していました。間一髪でしたね』

「……気持ちの問題だよ」

 

 

 さて、帰ったら束になんて報告しよう……

 

 ちょっとハプニングがあった事は黙っておこう。

 いいな、メーティス?振りじゃないからな!

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

「いえ、これも仕事ですから」

 

 

 轡木十蔵が対面していたのは、その日に篠ノ之宅へ訪問し“法務省の反町”と名乗った男だった。

 男に轡木は自らが淹れた舶来の紅茶を身振りで薦めるが、それを断り自前のコーヒーを入れたポットを取り出す。

 轡木は慣れている様子で、実は自分のカップだけを用意していた。

 

 

「君には損な役回りを演じて貰ってしまいましたね」

「本当ですよ。あんな喧嘩越しで乗り込んでいって、心が痛みました」

「おやおや。でしたら菓子折りを持って謝罪に行かれますか?」

「それ、経費で落ちます?」

「ふふふ、気持ちを伝えるなら自費で出すべきだと思いますよ」

「ですよねー」

 

 

 お互い、見知った仲である様に会話を交わす。

 少なくとも穏やかに談笑をするその様子は、険悪とは真逆の雰囲気を醸し出していた。

 

 

「我ながら、随分と稚拙な工作をしたものですよ」

「それで、どうなったんですか?」

「ええ、()()()法務省の反町さんは先走った責任を取って更迭。警察庁の方でも人事に些か変化があり、かの警察署の警備課の人員の何人かは交番勤務に回されたそうです」

「まあ、警護の人たち逃げちゃったそうですからね」

「あれは流石に予想外でした」

「だけど法務省の人はどうやって。実際にはやってないでしょうに」

「やりそうな人をピックアップしましたし、何よりも幸太郎くんが会話を録音しておいてくれたので、それに態とノイズを入れれば証拠の出来上がりです」

「うわっ、えげつない……」

「これも、仕事ですからねぇ」

 

 

 轡木は何でも無い様に紅茶を飲んでから、何時もの柔和な笑みを浮かべる。

 対して男は態とらしく身震いする様な仕草をしてから、コーヒーを口に含む。

 その態度から見るに、彼もまた轡木十蔵という男を充分に理解している様にみえた。

 

 

「反町さんには少しばかりのお礼として天下り先を用意したので、フォローは充分の筈です」

「まっ、ある意味日本を陥れかねなかったんですから、未然に防げて良かったと思って貰わないと」

「本当です。こっちが察知せずに重要人物保護プログラムが本当に始動していたら……おお、くわばらくわばら」

「亡命じゃ、済まないですよね」

「その気になったら日本は地図から消えてしまうかもしれませんね。少なく見積もれば、ですが」

「報復者……アベンジャーという訳ですが」

「行動する時は二人同時にでしょうから、複数形でアベンジャーズの方が適当でしょうかね」

「はあ、怖いなぁ……その代償に法務省と警察庁は犠牲になったと」

「些かでしゃばって来ましたからね、ここらで大人しくして頂かないと日本の為になりません」

「向こうだって日本の為に、って行動でしょうに」

「裏目に出てしまえば大義名分なんて無意味になってしまうんですよ」

「確かに」

 

 

 話が一段落すると、轡木はテーブルの上に書類を並べた。

 

 

「実は、法務省の失態を演じる上で警護の情報を不特定多数に態と漏らしたんですけどね」

「何やってるんですか轡木さん……」

「ははは、ちゃんと自然に漏れた様に装っていますよ。さて、そうしたら中々の大物が網にかかりましてね」

 

 

 数種類の書類に共通してマーキングされたワードは“亡国機業”と“セイバーⅡ”、そして“織斑秋十(あきと)”の三つ。

 持ち出せない事を重々承知している男は、頭に叩き込もうと書類を読み耽る。

 前者の二つは外務省に潜っていた時にも見聞きした単語だったが、最後の日本人男性の名前にはとんと覚えが無かった。

 

 

「この、織斑秋十という人物は……?」

「細胞生物学者で20年前までは関東医大で研究を行っていた様ですが、民間の研究所へ移ってからの足取りが掴めません。それを調べる為に最後に消息が確認されたドイツへ飛んで頂きたい」

「人使いが荒いですねぇ……」

「それが仕事でしょう。どうやら亡国機業とも関わりがありそうなので調査は慎重にお願いします」

「わかりましたよ。お土産に期待して待っていてください」




散りばめられる伏線の嵐。

イシュタルはデウス・エクス・マキナにしようか迷った。まあダブルミーニングという事で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

024 世界はおおよそ出来レースで構築されている……世知辛(せちがら)いね

タイトルにルビ機能が追加されたと聞いて。今更だけど。

出来レースだよ、出来レース。勝ち確。約束された勝利。
だって主人公だもの(とにい)


 新たにISコアを核としたアークリアクターが胸に納まってから既に二ヶ月、暦も霜月となって寒い日が続いている。

 そんな中、轡木さんはまた新たな報せを持ってやって来ていた。

 

 

「ISの国際競技会……ですか?」

「ええ、大会名については目下検討中ですが」

「……轡木さんって、こんな事にも関わっているんですか?」

「IS専用の統合部署というべき物が無いので、私が窓口になって対応部署との橋渡し役をしている形ですね。今回の件で実際に動いているのは文科省とスポーツ庁です」

 

 

 IS庁なるものも検討はされているが、さて何処の外局とすべきかで揉めているらしい。

 現状では暫定的に防衛省の部局が対応しているが軍事利用と捉えられかねないので国際的な外聞が宜しくないだの、宇宙開発目的なのだから文科省が相応しいとか災害対策として総務省でも管理すべきじゃないか──議論だけ交わされて先に進まないのだとか。

 それで結局、轡木さんの戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局……が、対応を続けているのだそうだ。

 

 

「……やっぱり長いですって」

「ふむ、あまり良い略称が思い浮かばないんですよね……いっそ、横文字が良いですかな?」

「だったら、S.H.I.L.E.D.なんてどうですかね」

「シールド……ですか?」

Strategic(戦略) Hazard(危機) Intervention(介入),Espionage(諜報的) Logistics(支援) Directorate(管理局)……略してS.H.I.E.L.D.なんて」

 

 

 まあ、僕の知るS.H.I.E.L.D.は戦略国土調停補強配備局の略で……つまり、只のこじつけというか、冗談だ。

 流石に轡木さんも本気にはしないだろう。正式な略称だって本当は考えているだろうし。

 

 

「ふむ……良いですね、それ」

「…………はい?」

「宜しければそのアイデアを頂いてもいいですか?」

「えっ、ええ……まあ案の足しになるのなら…………」

 

 

 あれぇ、おかしいぞー?思ったより乗り気になってる?

 

 

「それよりも、ISの国際競技会の話ですけど」

「おお、そうでした。実は此方を依頼したくてお持ちしたのです」

「これは……ISのコンペ、ですか?」

 

 

 次に轡木さんが取り出したのは、コンペティションの要項が纏められた資料だった。

 内容は、ISの訓練機として用いるための機体の要求仕様について。

 それによると著しくハイスペックな機体性能というよりも、コストや安全性に重きの置かれたポイントが要求されている様だ。

 

 

「訓練機……と言う事は競技用ではなく、練習目的のISですか?」

「そうです。競技会に出場する選手は全国でテストを実施して選抜する予定なのですが、その実技テストでも使われる予定ですがね」

「成る程、これを見せてきたという事は」

「はい、是非とも倉持技研さんにも参加して頂けたらなと思いまして」

「何故ウチに……?」

「アイアンマンを製造している実績もありますし、何よりも世界一のアドバイザーさんがいらっしゃいますからね」

「ああ…………」

 

 

 確かに、世界広しと言えどもISの専門家となれば束の右に出る者はいないだろう。

 いや、しかし……それでも幾つか疑問は残る。

 

 

「でしたら、束に直接依頼をするべきでは?」

「正直、束さんは直接交渉に応じて頂けなさそうですしねぇ」

「いや、まぁ……」

「それに、今回に限っては直接幸太郎くんに依頼をしたかったのです」

「と、言いますと……?」

「実は、幸太郎くんがアイアンマンを開発・製造している事を快く思っていない人達もいらっしゃいまして、その方達へのパフォーマンスをして頂きたいという訳です」

「つまり、スポーツ用の機械も製造していますよ……と?」

「ええ、その通りです」

「言いたいことは解ります、ですけど……」

「どうかしましたか?」

「轡木さん、何か隠していませんか……?」

「さて……私の雀の涙程しか無い収入に関しては内密にさせて頂きたいものですがね」

「…………」

 

 

 轡木さんは恐らく、建前とは別に何らかの意図があって僕にISの訓練機のコンペ参加を依頼してきていると思われる。

 残念ながら判断材料が少なすぎて憶測でしか無いが……そもそも、僕に作らせる理由が無い。轡木さんの挙げた言い訳をそのまま叶えるにしたって手段は他にいくらでもある。例えば、この前に買収したショッピングモールの経営にしばらく専念させるとか。

 

 隠していると言えば、あの時に束の家を訪れた法務省の反町を名乗る男……メーティスの調べに依れば彼は容姿・背格好などが霞ヶ関に監視カメラのログに残されていた法務省の反町とは100%異なっているという。

 それについても轡木さんに尋ねてみたが、調べてみますとはぐらかされてしまっただけだ。

 まあ……曲がりなりにも轡木さんだってお役人さんなのだから隠し事の十や百くらいはあって然るべきなのかもしれないけど。

 

 

「……解りました、採用されるかは兎も角やれるだけの事はやってみます」

「おお、本当ですか!」

「それで……法務省の反町を名乗っていた男の名前とかって解りましたか?」

「すみません……とんとその人物の本名がハッキリしないのです」

「…………」

 

 

 いいさ、コッチにはメーティスがいるんだから自力で調べ上げてやるよ。

 つまり……本当の地力では調べられないって認めてる訳なんだけどね…………

 

 それよりも、僕はIS訓練機の設計でも考えていた方が良いかな……何せ、初めてやる事なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「フーフンフーフーン……」

 

 

 自室のスピーカーからは大音量でAC/DCの楽曲であるBack in Blackが鳴り響いていた。

 MARVELコミックは存在しなくてもAC/DCは存在していた。感激の極みだね。

 アイアンマン好きがAC/DCを好きになるのは別におかしな話でも無く……僕もご多分に漏れず、そうだ。

 これをBGMに作業すると非常に捗る……無意識にリズムを取って余計な動きが増えてしまうけど。

 

 

「メーティス、Shoot to thrillに切り替えてくれ」

『イエス』

 

 

 メーティスに命じてアルバムのトラックを進める。

 ずっと同じ曲ばかりを流し続けるのは流石に滅入ってしまうし、曲の変わり目と共に気分転換にもなる。

 Shoot to thrillといえば、やはり入場曲みたいなイメージだろう。こう、空から滑空してきて……

 

 

「こー、こー、かぁー……!」

 

 

 少し離れた場所から、階段を駆け上がる音とスピーカーから流れる音楽に負けない程の大声が耳に入ってきた。

 その音源は、深く考えずとも直ぐに察しが付く。

 

 

「……メーティス、タイミングでドアを開けてくれ」

『イエス。3,2,1……open』

「うおりゃ────あ、ああっ、あれ?」

 

 

 ドアを蹴破るつもりだったんだろうか、ライダーなキックの姿勢のまま束は部屋の中に飛び込んでくる。と言うかソレ、制服でやるとスカートだから下着が見えてしまう。はしたないなあ。

 障害物がある事を前提の跳び蹴りであったが、残念ながらドアは開いてしまっていた。

 よってその力は逃げ場を失って……失って…………失ったら飛び続けてしまう。

 

 

「おっと」

「ぐえっ」

 

 

 ドアから直線で結ばれる場所で作業をしていたのが良くなかった。幸い、ローファーの靴底で足蹴にされる事は無かったが見事に正面衝突されてしまう。

 とんだ登場曲になってしまったじゃないか。本当に飛びながら出てきたし。

 

 

「何するんだよ、束……」

「それはこっちの台詞だ。三日も家から出てこないで何やってんだよ!電話しても手が離せないとか言って直ぐに切るし……」

「何って……説明しただろ、ISを造るってさ」

「IS……?アイアンマンじゃなくて?」

「うん」

「私そんな話聞いてないっ!」

「言ったよ、君も“うん”って頷いてた」

「…………嘘だぁ」

「嘘なもんか、メーティスだって聞いてるんだ」

 

 

 録音だから、そのまま証拠になる。

 便利なもんだ、時々それが仇になる事もあるけど。いや、多々あるか。

 でも、憶えていない件については仕方がない。何せ登校する為に早朝に迎えに行った時に言ったから、束は寝ぼけていたんだから。

 僕が悪い?うん、そうかも。

 

 

「でも何でISを幸太郎が造ってんの?」

「それも説明したんだけど。ISを使ったスポーツの世界大会が開催されるらしくて、その練習用の機体のコンペが今度あるんだよ」

「ふーん。で、どこまで出来たの?」

「機体のハードは昨日出来上がって、今はソフトウェアの調整が半分くらい」

「ほいじゃ、私に見せてミナー」

「はい、どーぞ」

 

 

 快くコンソールを渡して、その道の第一人者にチェックしてもらう。

 指を忙しなく動かして、本当に見えているのか不思議に思える程の超スピードで画面を切り替えていく。

 やがて、全て閲覧が終わったのか静かにコンソールを置いた。

 

 

「どうだった?」

「ん、42点」

「うわっ、辛辣……」

 

 

 期待していなかった訳では無いが、現実を突きつけられると厳しいものがある。

 少なくとも、テストで40点台なんてのを取った事は無いからビックリしてしまった。

 

 

「どこら辺が、減点対象?」

「まず下半身に重心が集中し過ぎてて地上は兎も角として空中での姿勢制御に難あり。あと、防御を追求した装甲の配置が腕の動作の邪魔になってる」

「あー、その辺のバランス配置には苦戦してね……」

「で、私が直そっか?」

「いや……自力でやってみるよ」

「おー、えらいね!よちよーち」

「なんだか……馬鹿にされてる気分だな」

「…………」

「おい」

 

 

 さて、気を取り直して……結局は前方に集中させ過ぎた装甲が問題なのだから、装甲が薄くなっている部分に配置させてしまえば良い。

 その程度の修正であれば時間も然程掛けずに済む筈だ。

 設計データを空中浮遊型タッチパネルで表示して、立体視化した3DCADデータの装甲を指で動かしながら組み立て直してみる。

 後は量子化されたISのデータをチョチョイと……ほら出来た。

 

 ……と言うか、下半身に装甲が集中してしまっていたのはそもそも白騎士のシルエットを意識してなのだが、胸部の装甲だけ目に見えて薄いのには理由があるのだろうか?

 ちょうど設計した本人が僕にもたれかかってる。聴いてみよう。

 

 

「そういえばさ、白騎士はどうして胸部の装甲が薄いんだ?」

「ああ……元々はちゃんと装甲があったんだけどね」

「うん」

「ちーちゃんの素敵なおっぱいを見たら、これは強調せねばと思ったんだよねぇー」

「…………え、そんな理由なの?」

「だって、ISはエネルギーシールドがあるから装甲なんて只の飾りだもん」

「身も蓋もないなあ」

 

 

 そんなくだらない理由だったので、いっそ胸部にも胴部にも装甲を盛ってやろうかと思ったら権利者の申し立てで却下になった。

 理由は、織斑さんが装着する事になるかもしれないから、だとさ。

 なんだかなぁ……いや、従うけどね。

 

 

 

 

 

 

 それから、訓練機として造ったISの名前をどうするのこうするのとかを束と揉めたりと色んな経緯はあったが、依頼から実に一週間で最終テストも終えてコンペに提出する事が出来た。

 余所は何ヶ月も掛けて造ってたみたいだけど。申し訳ないね。

 最終的に決まった機体の名称は甲鉄(こうがね)。鉄の装甲を持つって意味だ。アイアンマンを意識したネーミング?何のことか分からないな。

 

 ちなみに、その際のテストパイロットは織斑さんに務めて貰った。

 白騎士も海を渡ってしまい、束からの仕事も無くなってしまった織斑家の財政状態は決して余裕と言える状態ではなかった様子で、僕の提案は渡りに船だったらしく、報酬をチラつかせたら二つ返事で応じてくれた。

 弱みに付け込んだとも言える。世界を救った白騎士のパイロットへの依頼料にしては破格だったかもしれないが……まあ、これも情報のアドバンテージというヤツだろう。

 

 

「いや、しかし助かったのは事実だ。何かあれば何時でも頼んでくれ」

「うん。でも僕も実はちょっと申し訳ないかなー、とか思っててさ……だから、織斑さんに良い話を持ってきたんだよね」

「私に?」

 

 

 何のことは無い。ISの国際競技大会の行う上で日本代表の選考会が行われる訳なのだが、その推薦状を書く権利を僕と束は貰っているのだ。

 なんで持ってるかって?束はISの開発者だし、僕は……訓練機のコンペで通ったからね。

 殆ど出来レースみたいなもんだったけど。こっちは白騎士の製作経緯を間近で見てた経験があるからなあ…………

 

 

「国際IS競技会……日本代表候補の、選抜会?」

「そっ、ISを使って格闘技や射撃で競うスポーツの祭典ってこと。基本的には警察官や自衛官から選抜されるらしいんだけど、一般枠と推薦枠もあってさ。これをパスすれば、言わば国直属のプロ選手になれるんだよね」

「ふむ……」

「参加するかどうかは織斑さん次第だけど、悪い話じゃないと思う。正直、才能は有り余ってると思うし、金の入りも悪くない上にこれからもISに関わるなら僕や束の関係で色々と便宜も図れると思うから」

「しかし、なぜ私にそこまで……?」

「何でって……織斑さんには何度となくお世話になってるし、浅い縁でも無いしさ…………それに、友達だから、じゃないかな?」

 

 

 織斑さんがどう思っているかは兎も角として、僕はそんな風に感じている。

 何だかんだいって色んな関わりがあるし……何か手助けが出来る事があるのなら手を差し伸べたいと思えるくらいには情があった。

 

 

「そうか、友達か…………」

「うん、まあ」

「だったら、その“織斑さん”は止めてくれないか?」

「え──?」

「友達なんだろ?だったら、親しみを込めて下の名前で呼んでくれても良いんじゃないか?」

 

 

 織斑さんを下の名前で呼ぶ……正直、考えた事が無かった。

 どこか逆らえない雰囲気があって、敬意と畏怖が入り混じっての“織斑さん”という呼び方だったのだと思う。

 しかし、友人なのだから親しみを込めろと言うのは……確かに、一理あるかもしれない。

 

 

「わかったよ。えっと……千冬」

「ほう、いきなり敬称略か。意外に大胆なんだな」

「え、ええっ……?!」

「ははは、冗談だよ。これからも宜しくな、幸太郎」

 

 

 豪快な笑い方をしながら手を差し出してきたので、反射的に握り返して握手を交わす。

 なんだろう、上手く言えないが……カリスマみたいな物を感じてしまう。手だけじゃなくて、色んな物がガッチリと掴まれてしまったような…………

 

 

「あ……って言うことは?」

「うむ。その話、受けよう」

「そっか……!うん、僕達も出来うる限りのサポートはするよ。約束する」

「そうか、それは頼もしいな」

 

 

 そうして、様々な想いや意思が交錯し、絡み合って……僕は新たに色んな物を手に入れた。

 一番大きかったのは、改めて友を得たこと。

 この繋がりは、決して小さな物では無い筈だ──────

 

 

 

 

 ちなみに……言うまでも無い事だが、千冬は見事に日本代表候補の座を掴み取った。

 分かってた。だって、白騎士のパイロットな上に選抜で使われる甲鉄のテストパイロットもやったんだから。カンニングみたいなもんだよね。

 本当にもう、ガッチガチの出来レース…………まあ、いいや。僕は身内にだけ甘く生きていくとしよう。




【S.H.I.E.L.D.】
コミック版の名称を採用。こうなる事は皆んなが知ってた。
結局どういう意味かって?略称がS.H.I.E.L.D.になるようにした単語の羅列だよ(エージェント・シールドより)

【甲鉄】
明治、大正時代ごろに鉄や鋼の装甲を持った戦艦の事を甲鉄艦(こうてつかん)と呼んでいた。そこからお名前を拝借。
打鉄の先行機という事もあって読みは「こうがね」に。
おぅごんのかぁじつぅ……ではない。

【なんでコンペなんてしたし】
はい、コンペと代表候補の選抜のお陰で何かが釣れましたね。それと、轡木さんら何を調べさせていたでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

025 狙っていなくても縁は勝手に向こうからやって来るみたいだ

ここまで間隔を空けるのは初めて。三回書き直した。


 弥々(いよいよ)と草木も生い茂る三月の初旬。

 長かった様な、短かった様な……しかし非常に内容の濃かった三年間はどんなに足掻いても今日で終わってしまう。

 高校なんて、と考えていたあの頃からは想像もつかない充実した毎日を送る事が出来、それ故に寂しさも積み重なっていた。

 仰げば尊し……まさに、その通りだなと痛感させられる。

 

 

「僕さ、蛍の光や仰げば尊しで泣いたのなんて生まれて初めてだったよ……束?」

「…………くぅ」

「相変わらずだなぁ……」

 

 

 卒業式も終わり、教室に戻ってきた途端にコレだ。

 と言うか、式の最中もずっとコックリしてた。

 それでも卒業証書授与とか、肝心なところではパッチリとしてるんだから抜け目がないというかなんというか……

 

 

「よっ、社長」

「社長は結局、進路はどこになったんだ?」

 

 

 担任の話も終わって自由解散になると、何人かの生徒がゾロゾロと集まって来る。

 毎度思ってたんだけどさ、ここは別に集会所って訳じゃ無いんだけど……まあ、いいか。

 

 

「ああ、僕は“ゲートブリッジ”の大学に進学するよ」

 

 

  太平洋沖に浮かぶメガフロート、世界最大の人工島は宇宙への入り口という意味合いを込めてゲートブリッジと呼ばれていた。

 その橋たる軌道エレベーターは未だに姿も形も無かったが、僕も開発に参加して在学中には完成させるつもりだ。

 ゲートブリッジには予定通りに様々な施設・機関が設立され、僕はその中の一つある大学に進学してアイアンマンとISの研究に勤しむつもりでいる。

 

 

「そっか。実は俺もゲートブリッジの学校に進学するんだけどな」

「ああ俺も」

「私もそうなんですよっ!」

「えっ、そうなんだ」

 

 

 ゲートブリッジはISとアイアンマンの研究を行うと同時に、その装着者の教育も平行して行われる。

 将来の宇宙開拓を牽引する者を教育するIS学園と、世界の防衛と平和を担う人材を育成するIM学院……どちらも通称だが、それぞれ高等教育機関の大学と附属の高校が設立されると聞く。

 

 クラスを確認すると、その半数近くがIS学園やIM学院の大学に進学し、少数ながら僕と同じ様に研究機関の大学に進学する者もいた。

 該当に漏れる人達はそれぞれ医師を目指したり、工学とは異なる分野の研究を志す為に母体の国立大学へそのまま進学する様だ。

 

 

「何だよぉ、騒がしいな……」

「あ、やっと起きた」

「そうだ篠ノ之さん!篠ノ之さんはどこに進学するの?」

「うーん?良く分かんないけど、取り敢えず幸太郎の行く所だったら何処までも付いていくんだぜ。ブイ」

「ちょっ、そんな事を言うと──」

 

 

 途端、歓声が湧き立つ。

 殆どが女子の声だ。黄色くて喧しくて姦しい、頭を抱えたくなる様な音だった。

 

 

「ああっ、やっぱり二人はダイヤモンドよりも硬い絆で結ばれているのね……!」

「よし、ここに結婚式場を建てよう!」

「みんなご祝儀は持ったな!行くぞぉ!!」

 

 

 何処へ行こうと言うのだね?

 飽きもせず結婚ネタ。これで三年間を通して来たんだから立派な物だ。

 だけど本当にもう、そういうのいいから…………いや、しかし卒業したらこの流れも途絶えてしまうと考えれば少し名残惜しい様な気も────

 

 

「残念だったな幸太郎、半数以上が同じ場所へ進学するのだから逃げられないぞ」

「なん……だって!?」

 

 

 ところが千冬から残酷な現実を告げられてしまう。

 そんな馬鹿な……僕は、結婚するまでこの呪縛から逃れられないのか!

 これは由々しき事態だ。日取りも決まっていないし式場だって定めなければ、やはり神前式というのには憧れるし…………ん?

 

 

「ねえ篠ノ之さんは、どう考えてるの?」

「束さんはどんな時でもバッチこいなんだけどね。ねえ、何時にしよっか?」

「…………せめて、進学して少し落ち着いてからかな」

 

 

 まだ幾つか、片付けなければいけない事が残っている。

 それが済んで仕舞えば、僕だって別に吝かでは無いわけであって────

 

 だから、問題を先送りにしてるんじゃないってば。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

「ああ、よくいらっしゃってくれました」

 

 

 “理事長室”とプレートに刻まれた扉を開けて室内に入れば、そこには見知った顔が出迎えてくれた。

 轡木十蔵。戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局……改めて、S.H.I.E.L.E.D.の局長にして、今はとある学校機関の理事長まで勤めている。

 

 

「理事長就任おめでとうございます。改めまして、これからお世話になります」

「いえいえ、理事長職も押し付けられた様な形でしてね。肩書きだけのお飾りですよ」

 

 

 果たして、それが本当なのかは定かではない。

 

 轡木さんが理事長を務める事になったのは、ゲートブリッジに幾つか設けられた学校の統括だ。

 僕らが通う事になるISやアイアンマンを工学的に研究する大学だけで無く、俗にIS学園とかIM学院などと呼ばれている操縦者の育成を行う教育機関など……それら総てを牛耳る事になる。

 

 

「とりあえず、入学の書類については提出してきました」

 

 

 今日は、入学の手続きと新居の準備をしに僕達はゲートブリッジまで訪れていた。

 入学の手続きに関しては書類を提出するだけで終わった筈なのだが、どういう訳か理事長から呼び出しがあると受付で伝えられて、ここに訪ねてきたのだ。

 轡木さんが理事長に就任したのは知っていたし、顔見知りなのだから挨拶をして行け……という意味合いで呼び出された訳では無いだろう。

 

 

「それで、何か話があるんだと思っていたんですけど?」

「はい。そろそろ幸太郎くんにも伝えなければいけないと思いましてね」

「…………束には伝えないんですか?」

「私から話しても彼女は聞いてくれないと思いまして。物事の伝達は円滑に進めるべきです」

 

 

 それは、まあ……その通りかもしれない。

 最近は割と吹っ切れたと言うか、他人に対して明るく振る舞える様になってきたが、それは話す人を見下しているからだ。馬鹿にしているとも言える。

 基本的に束は敬語で喋らない。多分、数少ない例外は僕の両親くらい。他は僕みたいにタメ口か、その他大勢には道化みたいに人を食った様な口調で話している様だ。

 初めてそれを目撃した時は、悪い物でも拾い食いしたんじゃないかと本気で心配したけど…………

 

 

「それで、伝えなければいけない事とは?」

「複数ありますが、まずはS.H.I.E.L.E.D.の本当の存在意義についてです」

「S.H.I.E.L.E.D.の? ISやアイアンマンの管理では無くて?」

「いえ、それらは飽くまでも副次的な仕事でしかありません。本質はとある特定の組織によるテロ等への対策チームなのです」

「そう言うのは、詳しく無いですけど公安警察の役目なのでは?」

「ええ、その通りです。S.H.I.E.L.E.D.の源流は飽くまでも公安警察の一部門でした」

 

 

 説明を続けながら轡木さんはティーポットに淹れていた紅茶をカップに注いでくれた。

 折角なので頂く事にする。慣れ親しんだティーバッグに比べて香りが強く、アールグレイ独特の柑橘系の風味が豊かで素人ながらに凄く美味しいと感じる。

 

 

「しかし、警視庁及び警察庁という枠組みでは限界が生じた為に他の省庁と合流した新たな組織が設立されました。それが前身の戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局であり、私は仮の席が置かれた防衛省、当時の防衛庁の出身だった為に便宜的にトップに据えられたのです」

「はあ……」

「さて、それでどのような組織を追いかけているかですが。幸太郎くんは、亡国機業(ファントムタスク)という名をご存知ですか?」

「っ! ええ、ちょっとだけですが」

 

 

 忘れもしない。6年前、束が誘拐された事件の首謀者と思しき組織の名前。

 結局、あの時の犯人は只のチーマーだったという話だが、その背後に何者かが暗躍しているのが見え隠れしていた。

 

 

「おや、そうでしたか。実は、2年前のニューヨークでの事件も、去年のショッピングモールでの事件にも裏では亡国機業が裏で糸を引いていたのが我々の捜査で判明しました」

「えっ…………?」

 

 

 まさか、こんな風に繋がるとは思いもしなかった。

 そう言えば、去年の事件でも束が来ることを望んでいた様な節の言葉を言っていたし……誘拐事件といい、束を狙っている?

 

 

「何なんですか、亡国機業って……?」

「そうですね……言わば、戦争の紡績業者(クリエイター)とでも言えばいいのでしょうか」

「戦争のって、武器商人ですか?」

「武器商だけではありません。 時には政府や民衆を裏から操り紛争の種を蒔き、時には争いの後の混乱状態に付け入って傀儡にしてしまったり、更に周辺国を煽って新たな火種を植え付けたり……兎に角、現代の戦争や紛争の裏には必ずと言っていい程に亡国機業の介入があると言われています」

「言われていますって、分かっているんじゃないですか?」

「亡国機業とは非常に複雑化した組織でして……何より、その特徴として金を積んで傭兵や既知のテロ組織、果てには裏路地のチンピラを使います。細々とまるで糸を紡ぎ繊維を編み込む様に、形が出来て衣類が出来上がった事に気が付いた頃には、既に争いが各地で勃発しているという訳です」

「…………」

「故に、その組織の実態が掴めなかった。実行犯を縛りあげても所詮は末端、目的や組織図も不明なままでした。しかし……漸く、我々は亡国機業の片鱗を見つけたのです」

「片鱗、つまり首謀者に関わる」

「ええ。しかし、その話は実際に捜査を行ってくれた彼にお願いしましょう」

 

 

 そう言って、轡木さんは手招きの動作をする。

 気が付いた時には、僕達が対面していた机の傍に、その男は佇んでいた。

 全くその男の気配に気づけなかった。ドアが開いた気配が無かったという事は初めからいた?まさか、尚更気付く筈なの。

 戸惑い、驚く僕はその男の顔を見るが……更なる追い討ちが僕を混乱へと陥れる。

 

 その男は、外務省の反町────を名乗っていた男だったのだ。

 

 

「彼は更識楯無くん。古来より日本の陰で暗躍する暗部……の対策をしてきた家柄の現当主です」

 

 

 つまり、カウンターインテリジェンス。日本語で言えば防諜。

 暗殺や破壊工作、情報漏洩と言った暗部から守る為の組織……いや、言い方からいって家柄か。

 

 良く見れば、更識楯無さんの手には扇子が握られていて、それが開かれると……扇面には“夜露死苦”と達筆で書かれていた。

 

 いや、なんでやねん。

 

 

「その節は、君達に不快な想いをさせてしまって申し訳なかった。許してくれとは言えないが、せめて謝罪をさせてくれ」

「あ、いえ……」

 

 

 第一声は、謝罪の言葉だった。

 見るからに怪しい上に暗器の様な印象を受ける男だが……根は良い人物なのかもしれない。

 いや、しかしそうやって直ぐに人を信頼してしまうのが僕の悪い癖だって束が言ってたな……気をつけなくちゃ。

 

 

「彼は先日までドイツへ飛んで、とある人物の足取りを追ってもらっていました」

「とは言っても、残念ながら身柄を確保する事は出来なかったんですけどね……」

「そうだ、その件も幸太郎くんに伝えておきましょう。その人物の名とは────」

 

 

 

 

 

 

「暑っ……うぅぅ」

 

 

 大学の校舎から出て口から漏れた言葉は、それに尽きた。本当に暑い。

 しかし考えてみればそれは当然で、ここは赤道からも比較的近い北緯30°の南国であり、熱帯のサバナ気候に分類され3月にも関わらず気温は35℃を超え、それだけでなく湿度も80%超えている。

 しかもそれが一年中続く。つまり、この島には夏しか無いのだ。

 

 

「ひえー……距離もそうだけど、暑さ対策に車が欲しいな」

 

 

 考えてみれば既に僕は18歳になっている訳で、卒業してしまったので校則に縛られる事もなく所定の手順を踏めば免許を取る事は可能だし、車を購入するにしても金銭的に何ら問題が無い。

 幸い入学するまでに一月近くある上に、アイアンマンを使えば本州にある実家までひとっ飛び……教習所通いだって可能だ。

 何なら島をアイアンマンで移動すれば暑さ知らずだが……しかし、そうすると、束が猛暑に晒されてしまう。

 検討というか、これは半ば決定事項だ。免許を取ろう。

 

 

「っと、やっと来た」

 

 

 試験的にゲートブリッジを巡回しているバスに乗って、アカデミーエリアから住居エリアまで移動する。

 直線距離ならそこまで遠くは無いのだが、流石に巡回バスとなればあちこち廻るので到着までに一時間半を要した。

 言わば回り道しているのだから少し不便だ。やっぱり、免許と自家用車は必要だろう。

 

 

「ただいまー……で、良いのかな?」

 

 

 時間的には少し苦労して、新居となる予定の場所に到着する。

 

 この島には大量の住民、そして学生が移住してくることが想定されているので高層マンションの様な寮が既に存在しており、通常であればその一室に居を構える事になる筈だ。

 僕は別にそれで構わなかったのだが……束が嫌がった。不特定多数の人間と同じ屋根の下で過ごすのは耐えられないとか言ってきた。

 まあそれならば仕方ない。なので、ちょっと奮発して別荘を購入する事にした。

 

 家は島の端、海の直ぐ側で崖の上という立地にあって、地上三階建てに地下が一階、敷地面積は1000平方メートル以上と過剰なまでに広大で、日本では豪邸とされる我が実家を軽く超越している。

 この家に決めた理由は一番値段が高かったからでは無く……かのウォレス・E・カニンガムが設計をしていて、レザー・レジデンスにそっくりだったから、である。

 だってしょうがないじゃないか。家を買うって話になって此処を見つけて、一目惚れだったんだもん。

 

 

「おーい、束?」

 

 

 先にこの家で待ってる筈の束が見つからない。

 いや、しかしそれは仕方がないとも言える。

 何せこの大邸宅には部屋が15以上ある訳で、更にリビングや地下室まである訳だから家主さんである僕でさえ迷子になりそうな程。

 まさか、家の中で事前に何処で会おうと待ち合わせをしていた訳も無く、自力で探すしか無いのだ。

 

 

「まったく……ここか? 違うか」

 

 

 仕方ないので手当たり次第に探すしか無い。

 実家ならメーティスに捜させるのだが、残念ながらまだ今日が初訪問なのでネットワークの構築が終わっていない為にそれも不可能なのだ。

 じゃあここか、と寝室の予定になっている場所のドアを開けるが……やっぱりいない。

 

 

「…………外に出歩いてるのかな、だったら連絡の一つくらい────」

 

 

 諦めかけた、その時。

 背後から強い力で押し込められて、僕はキングサイズのベッドにダイビングする羽目になった。

 マットレスや布団は柔らかいけど……それでも強い衝撃で押さえつけられてしまえば、痛いものは痛いのだ。

 

 

「な、にするんだよ束ぇ……」

「遅い」

「仕方ないだろぅ、轡木さんと話をしてたしバスで来たから遠回りだったし」

「言い訳は、聞きたくない」

「うおっ!」

 

 

 そのまま、ベッドにうつ伏せになっている僕の背中の上に更にうつ伏せになってプレスして来た。

 ベッドと束。サンドイッチにされた僕は身の危険を感じてしまう。

 

 

「ちょ、ちょっと……」

「いいだろ、少し寂しかったんだよ」

「だからって、いや、まあ」

 

 

 肯定でも否定でも無い、曖昧な答え方をしていると今度はグイっと上方へ引っ張られた。

 うつ伏せの状態から起こされて、ベッドの上に腰掛ける様な形になる。

 上半身は言わばあすなろ抱きで、脚は僕の腰を抱き締めるみたいにガッチリと回してきてしまう。

 

 

「背中、当たってる」

「当ててんのよ。いやん、えっち」

「うわー、棒読み」

 

 

 馬鹿みたいなやり取りで、しかし何時も通りのこれがとても心地よくて落ち着く。

 結局、日本から2000km離れた地に来ても二人は変わらない。そう簡単に人は変わるものでは無いとも思うけど。

 いや、しかしこういうのが楽しいと言うか…………なんか、幸せだ。

 

 でもさ。

 

 

「何で、耳を甘噛みするんだ……!」

「うひひ……日課?」

「日課って、うあっ」

 

 

 噛んだり、舐めたりする上に少し漏れ出す鼻息がこの上ない程に擽ったい。

 思えばすっかり敏感になってしまっている。些細な刺激に対して過敏な反応をしてしまう。

 最近は彼女も単純な動作ではなく絡め技を使ってくる。耳の穴の側で猫を呼ぶみたいに小さく舌打ちしてみたりして……弾ける水音と吐息のダブルコンボで身が持ちそうに無い。

 

 

「耐えてるフリして……ちゃんと反応してんだねぇ」

「お、おい何処っ」

「良いじゃん良いじゃん、楽しもうぜぃ」

 

 

 安い挑発だ。

 良いだろう、乗ってやろう。覚悟は出来ているな、出来ていないとは言わせないぞ。

 

 

「こ、んの……っ」

「きゃん♪」

 

 

 反転して、逆に押し倒してやる。

 嫌がる素振りは無い。寧ろ顔は笑みで声も喜んでる節がある。つまり、束の書いた台本通りって訳だ。

 つまり望んでこうなる様に仕組まれたって訳で、何か癪だ。何時もと同じだけど。

 

 

「どうしたどうした、ビビっちゃってる?」

「あのねえ」

 

 

 さあ、覚悟しろ────

 

 

「お前ら、ここにいた…………ああ」

 

 

 部屋の入り口の向こうから、声が聞こえた。

 思わず二人で一斉に振り向くと、呆れた顔の千冬が冷たい目で此方を見ている。

 

 

「おい、部屋のドアが開けっ放しだったぞ。ここに住むことになるのは二人だけじゃないんだから少し配慮しろ、全く……」

「あ、あの……」

「はいはい、ごゆっくりどうぞ」

 

 

 力一杯に、バタン!とドアが閉ざされた。

 気を使ったのだろうか、二人で隔離されてしまう様な形になってしまう。

 

 何ていうか、ちょっと興が削がれてしまった様な感じだ。

 

 

「…………えいっ」

「え」

 

 

 しかし、動きを止めてしまった僕を嘲笑うかのように束は形勢逆転してくる。

 今度は僕が背中をベッドに押し付けられる形にだ。

 嗚呼、目が本気になった。

 

 

「ごゆっくり、だってさ」

「あー、その」

「閉めちゃえば結構、音が響かないしさ」

 

 

 おのれ、だけど何をされたとしても僕は簡単にやられはしな────

 

 

 

 

 

 

『ここ最近、敗戦が続きますね』

「うるさいよ」




次話は流石にここまで開かないのでご安心を。


【更識楯無】
先代様。色んな所に潜入したりして頑張ってくれるお父様。

【ウォレス・E・カニンガムのレザー・レジデンス】
例のマリブの海沿いの崖にありそうな大邸宅な感じのモデル、と言われている。
あのデザイン見て、買えると分かって財力があったら買ってしまいそう。気になった人は検索してみて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

026 最高が無理なら最強にすれば良いじゃないか、そうだろう?

 年度は変わり、何時しか月日は六月の半ばを迎えた頃。

 入学式を始めとした様々な春のイベントも一通り終わり、自宅にあった機材もその殆どが移設された事で研究の拠点はゲートブリッジに改められていた。

 そんな訳で、ある程度環境も落ち着いてきたので僕はアイアンマンの開発をここで続行している。

 

 ただ、今は少し寄り道という別基軸で進めているのだが。

 

 

「どうだメーティス、思い付きでやったけど上手くいったろ?」

『そうですね。この偶然は想定出来ませんでした。奇跡的と言っても良いでしょう』

「あのさぁ……」

 

 

 褒めている様な口調で、物凄く貶してくる。

 実際のところは、自身の演算では導き出せなかった結果になったので拗ねているのだが。

 それでもAIなのか?絶対に感情か若しくは近しい物が芽生えてるよね、否定するけどさ。

 

 

「さて、メインサーバとの接続を切って再起動してみるか……バックアップは大丈夫か?」

『イエス。細心の注意を払っています』

「よしそれじゃあ再起動、っと」

 

 

 途端、メーティスの気配が消える。

 0と1で組み込まれたデータの集合体であるメーティスに気配も何も無いとは思うが、まあ感覚的な表現だ。

 暫くして、アークリアクターと同期したラップトップに再起動が完了したという通知が表示された。

 

 

「おはよう、メーティス」

『既に時刻は14時27分です。随分とお寝坊ですね、マスター』

「このっ……それで、ベンチマークはどうだ?」

『計測開始……終了。メインサーバとの性能誤差は5%以下です』

「そりゃあ、殆ど同じ物を搭載しているからな」

 

 

 訓練用ISである甲鉄(こうがね)を開発した折に、当然ながら量子変換技術についても深く触れる機会となった。

 ISコア依存で独自の技術である量子変換は、その名の通り物質を量子(デジタル)化する事でISの拡張領域(バス・スロット)に武装や物資を保存する事が出来る。

 残念ながら原理は不明。束にも解らないという話だから、お手上げだ。

 

 しかし、考えてみれば僕の胸には何が埋まっているか?

 思いついたが吉日。幾つかの試験を経て、何ならメーティスの母艦たるコンピュータを胸の中に量子化保存出来ないだろうかと発想し、実際にやってみたという訳だ。

 

 

『コアネットワークへの接続を開始…………残念ながら機能をダウンロードする事は不可能な様です』

「だけど、コアネットワークでインターネット自体への接続は出来るんだろ?」

『イエス。モバイルネットワークの整備されていない場所でもアクセスする事が出来ます』

 

 

 そんな訳で、僕の胸のアークリアクターにはメーティスがインストールされた。

 

 いかなアイアンマンと言えどもシンビオートじゃあるまいし、念を送ってもスーツは飛んでこないし。そもそもメーティスと交信の出来ない場所にいたらお手上げだ。

 しかし今回のアップデートによって、例えばwifiやLTEどころかGSMさえ電波が届かない様な場所にいたとしても、恒星間単位で通信を行うことが出来るISのコアネットワークを経由してスーツを遠隔操作する事も可能になった。

 弱点が全て無くなった訳ではない。一番最寄りのISとコアネットワークが繋がらない様な外宇宙にでも飛ばされてしまえば話は別だが、そんな事もそうそう無い筈なので弱点らしい弱点でも無いと言える。

 

 

「さて、それじゃあ次のステップに進むか」

 

 

 確かに、ISの技術の一部分だけを利用するだけでも凄まじい進歩を遂げたが、それで留まる程に僕の上昇志向や好奇心は矮小ではない。

 次なるステップは、アイアンマンにおける一つの高みとも言える僕の集大成を────

 

 

『マスター、束さまから呼び出しです』

「え、何処から?」

『地下のガレージからです』

 

 

 何かとアメリカンサイズなこの家、ガレージも当然ながら広いスペースが確保されている。

 ガレージに停められているのはアウディのR8とRS7の二台。前者に至っては目下改造中なので駐車しているのは実質1台だが……それは兎も角。

 スペースだけは有り余っているので、作業場として利用している。アイアンマンを造って飾るならやっぱり地下ガレージでしょ。

 

 

「すぐ向かうって言っておいてくれ」

『イエス』

 

 

 端末の電源を全て落として椅子から立ち上がる。

 だったら初めからガレージで作業していれば良かったと思ったが、今日は千冬専用のISに完成の目処が立ったとかで朝から騒いでいたので、敢えて邪魔しないようにと二階の自室で作業していたのだ。

 

 いそいそと階段を降りてガレージに辿り着けば、何時もに増して嬉々とした表情ではしゃいでいる束と、対照的に己の機体の感触を確かめる冷静な千冬が出迎えた。

 

 

「どうしたんだ束、随分と嬉しそうじゃないか」

「ちょーっと弄ってたら面白い事になっちゃってさー。良いから早く来いって」

「本当にご機嫌だな」

 

 

 目下、束が鋭意製作中の物と言えば“暮桜”と呼ばれるISだ。

 暮桜は来るIS国際競技大会、先日にモンドグロッソと正式発表されたそれに日本代表選手として出場する千冬の為に束が精魂を込めて造り上げようとしている。

 意外なことに、そのデザインやコンセプトは何を思ったか甲鉄(こうがね)を踏襲していた。

 鎧武者の如くフォルムに基本性能はバランス型。特徴と言えばブレード等を用いた近接戦をする際に接近しやすい様に非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)には日本古来からの甲冑に見られる大袖を模した追加装甲を有す。

 武装はどこからどう見ても日本刀。これは束の開発した超高周波振動ブレードで、元はヴィブラニウムを切断しようというコンセプトで開発していた物らしい。

 流石に目標は達成されなかったが、それでもタングステンだろうがチタン合金だろうがお構いなしに切断してしまう非常に恐ろしい代物だ。

 

 

「また試し斬りをさせてくれとか、そんな話じゃないよな?」

 

 

 千冬が右手で構える超高周波振動ブレードを訝しげに眺めながら、ぼやくように苦言を呈してみる。

 現時点でアイアンマンの装甲に用いられているゴールドチタン合金は、実を言えば容易く両断されてしまっていた。

 流石にこれは拙いと新たな装甲材を開発中。なんとか形にはなりそうなのだが、重量など未だに課題も山積している……一応、mark.7では試験的に一部分に採用したが。

 それは流石に鎧袖一触とはいかない筈だ。多分。

 

 

「違うってば、そんなつまらない事で呼ぶかよ!」

「おい束、興奮するのは分からんでないが説明をしなければ幸太郎に伝わらんぞ?」

「おう、そうだったね」

 

 

 千冬の制止で幾らか落ち着いた束は、漸く説明する気になったようだ。

 

 

「幸太郎、単一仕様(ワンオフ・アビリティ)は知っているよなぁ?」

「確か……ISの自己進化の過程で操縦者の行動パターンや癖に合わせて適応したISが新たな機能や武装を新設する、っていう理論だったけ」

「そうそう。今までは唯の理論、机上の空論でしか無かったんだけどさ……ちょっと試しに、ちーちゃんにリパルサー・レイを撃ってみて」

「はい?」

「何時もの言葉足らずは許してやれ、百聞は一見にしかずとでも言いたいんだろうさ」

「分かんないけど、良くわかったよ」

 

 

 とりあえずは言われた通りにしよう。

 改造途上で一部が分解されたアウディR8のパーツを踏み越えながら、腕部の装着ユニットを拾って右腕を通す。

 装着ユニットから引き抜けば、腕には赤と金に塗装されたアイアンマンの腕が現れた。

 

 

「それじゃあ、良いのかな?」

「ああ、いつでも構わない」

 

 

 了解を得てから、手の平を千冬に向けてリパルサー・レイを発射する。

 反動に仰け反りながらレンズによって圧縮された光の弾丸の行く末を見守っていると、千冬は居合斬りの構えを取っていた。

 そして、高速で接近する閃光を容易く眼で捉えていると言わんばかりの動作で────超高周波振動ブレードを振り抜く。

 

 リパルサー・レイが斬られた。

 

 

「──────は?」

 

 

 質量が無い筈のリパルサー・レイが、斬られた。

 と言うよりも、消失してしまったと言うべきだろうか、千冬の一振りによって無効化させられてしまったのだけは確かだ。

 

 

「えっ、何いまの?」

「だから単一仕様(ワンオフ・アビリティ)だって。流石はちーちゃんだよ、世界で初めて実証しちゃったんだ」

「……エネルギーを、消したのか?」

「そうそう、シールドエネルギーを消費する代わりにどんなエネルギーでも構わずに食べちまうみたい。但し、運動エネルギーとか質量エネルギーは無理だけどね」

 

 

 何というか、擬似的なヴィブラニウムのシールドみたいだ。

 この刃はどちらかと言えば攻撃特化のシールド・デストロイヤーだが、防御への転用も千冬の技量ならば容易いだろう。

 

 

「堅実な機体設計に高い水準で万能なバランス調整、そして必殺技にちーちゃん! これはもう、勝ったも同然だね」

「はあ……恐れいったよ、ISってこんな事も出来るのか」

「まっ、ちーちゃんだからこそ出来たことなんだけどね!」

「何だ気持ち悪い。煽てても何も出ないぞ」

 

 

 いや、しかし実際にチートだ。

 何せ戦略の要とも言えるエネルギーシールドを消失させ、再展開したその都度に消し続けるなんて天敵と言うべきだろう。

 しかも扱うのが千冬となれば隙もない。贔屓も何も無しに本当に優勝が確定してしまったと言っても過言ではない。

 

 

「これは……僕もうかうかしていられないな」

 

 

 

 

 

 

「ゴールドチタン装甲は無敵じゃない。そもそも、ロケットランチャーやミサイルには確実に耐えられないだろうし」

『イエス。質量の大きな弾頭の直撃を喰らえば確実に装甲は崩壊します』

「だけど、装甲に使える素材にも条件があるし、弱点も多い」

 

 

 理想論で言えばヴィブラニウムを使えれば完璧だ。

 しかしヴィブラニウムの所有量は少なく、全身を覆う程までは無い。

 増産しようにも、その特殊な生成環境を再現するのが困難なので1年に1gを生産出来るか出来ないかといった状態。

 現状では装甲に使用するにしてもコストが馬鹿にならないので却下とする。

 

 

「次にヴィブラニウムから生成した擬似元素は、論外」

 

 

 ヴィブラニウムを触媒にしたレーザーをプラチナ合金に照射して産み出された新元素は、非常に脆い。

 一応、ヴィブラニウムの特性を引き継いで元素は振動するが、そもそもの硬度が低い為に装甲としての耐久性は皆無に等しいのだ。

 これは今、アイアンマンのスーツに搭載するアークリアクターのコアとして使われている。

 

 という訳で、本命はその擬似元素を生成した技術を応用して偶々出来てしまった新素材に掛かっていた。

 

 

「実は偶然出来たコレ、性質とか良く解って無いんだけど」

 

 

 分かっているのは矢鱈と堅いという事だけ。

 試しに持ち前のミサイルを()ち当ててみたが、ビクともしなかった。

 

 

『ですので、私が解析と検証をしておきました』

「流石、僕に口なんていらなかったかな」

 

 

 まだ頼んでもいないです。いや、是非ともお願いしたかったけどね。

 

 

『まずメリットだけ申し上げれば、この新素材はヴィブラニウムよりも硬質です』

「え、今なんて言った?」

『ヴィブラニウムよりも堅い素材です』

「そんな馬鹿な」

 

 

 だってアレだよ、ヴィブラニウムってアメコミ界のオリハルコンだよ?

 ヴィブラニウムが砕けるっていうのは、もう生半可じゃない異常事態でその絶望感たるや尋常ではない。

 そんな宇宙でも最強と名高いヴィブラニウムよりも堅い素材が、そんな容易くあってたまるだろうか?

 

 

『しかし、弱点も無視出来ません』

「弱点って、どんな?」

『非常に比重が大きいのです。ゴールドチタンと比較して凡そ4倍です』

「って、事は……スーツの装甲に使ったら500kgくらい軽く超えるな」

『パワーアシストが負荷に耐えても、扱うのは非常に困難でしょう』

「うーん……」

 

 

 何処ぞの漫画じゃないが、500kgといえばスーツと自重を合わせれば10倍の重力下で戦闘する羽目になってしまう。

 身体を動かすのは問題ないだろうが、動きは鈍重になるだろうし飛行にも支障が出そうだ。

 となれば、全身に装甲を設けるのは愚策かもしれない。

 

 

『更に、特殊な炭素鋼にヴィブラニウム・レーザーを四方から照射し続けるという製造方法の性質上、大量生産に向きません』

「それはまあ、でもある程度の数を確保出来るだけマシかな」

『また、ヴィブラニウムとは異なり新素材は衝撃吸収性はありますが原子の振動現象は起こりません』

「……それは、どういう事?」

『つまりこの素材を使用して装甲にした場合、ヴィブラニウムの様に踏み止まったり反射する事は適わず、衝撃を殺せずに吹き飛びます』

「だけど、破壊はされないと」

『イエス。この新素材による装甲を破壊するには継続的に摂氏3500度以上の熱量を浴びせ続ける必要があります。10分程度でしょうか』

 

 

 それって、でも殆ど無敵と変わらなくないですか?

 

 

『例えば、ヴィブラニウムで作られたハンマーを新素材に叩きつけても破壊は不可能です。逆も勿論ですが、対して新素材で剣を作った場合、硬度の関係でヴィブラニウムに傷を付ける事は可能です。ヴィブラニウムが一定以下の厚さであれば切断も可能でしょう』

「メリットもデメリットも大きいな……」

 

 

 なるほど、どちらかと言えば防御より攻撃に向いていそうだ。

 装甲に用いるとしたら胸部や腕部の一部に薄く加工して使うべきだろう。

 

 

「これを改良出来るか、もう有効活用出来るかは一旦置いておいて……名前を決めておくか」

『名前、ですか?』

「大事だろう、名前は。いつまでも新素材じゃ分かり辛いし」

 

 

 実は、既に名前は殆ど頭の中で確定していた。

 

 

「そうだな、新素材の名称は……“アダマンチウム”で」

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞こう、アレは使えるのかね?」

「問題ありません。調整も良好です」

 

 

 巨大な防弾ガラス越しの部屋で穏やかに眠る少女を眺めながら、男達は語らう。

 不遜な態度の男は煽る様に葉巻を吸いながら爬虫類の如く細い目で白衣の男を伺い見ていた。

 

 

「この個体、初期型の96番は失敗作だと聞いたが?」

「確かに精度は最新鋭に比べれば遅れを取ります。しかし、ISを用いればそれを補っても余りあります」

「……試作機(はいきひん)試作機(しっぱいさく)を充てがうという訳か」

「相性は宜しいかと。少なくともご注文にお応え出来る中では一番良い物を選定させて頂いたと自負しておりますが」

 

 

 まるでディーラーから車を勧められているような光景だ。

 しかし、その商談の内容として取り上げられているのは……まだ歳も十を超えて幾ばくかという幼い少女というのは、果てしなく異様だった。

 それを何の躊躇いも無くカタログでも眺める様に見定める姿は、凡そ正気の沙汰には見えない。

 

 

「……ISコアの総数は先日、500を超えた。その内我が国が保有するのは約40個、世界水準で見れば保有数は多い方だがコストが高いのはまた別問題だよ」

「ええ、そうなんですね」

「一機あたりに約8000万ユーロ……それを現状ではスポーツだけにしか使えないだと?馬鹿らしい、全く割に合わないじゃないか」

 

 

 如何にも不機嫌な顔で苛立ちを隠そうともせずに、葉巻を灰皿に強く押し付ける。

 肥えた身体を丸めながら震わせるその姿は、どこかシュールだった。

 それなりの高い地位にいると思われる男は。しかし、プライドだけが一人歩きした政治家によくいるタイプの様だ。

 

 

「これはね博士、革命なのだよ」

「はあ、革命ですか……」

「うむ。警鐘と言っても良い、私は世界に対してISを再認識する様に促すのさ」

 

 

 白衣の男は、態度にも表情にも出さないが高笑いする男に呆れ、見下していた。

 畑違いで全くの門外漢ではあるが、その行いに意義も可能性も見出せない。失敗する算段の方が遥かに高いとさえ思う。

 しかし、そんな他人のちっぽけな野心などどうでも良いのだ。

 大事なのは、この男が少なくない金を落としてくれる顧客であるということだけ。支払ってさえくれれば成功しようが落ちぶれようが知った事ではない。

 

 

「どう取り繕おうとも、ISもまた兵器でしか無いのだ。それは、あの光景を見たならば当然行き着く結論だろうに、そう思わないかい?」

「私は少なくとも、宇宙開発用と聞きましたが」

「ハンッ!そんなモノはだね君ィ、あの小娘の描く絵空事に過ぎないよ」

 

 

 自分の意見こそが正しいと疑わず、それを押し付けようとする態度は見え透いていた。

 しかもその相手が世界だと言うのだから、少なくとも生半可な愚者では無いだろう。

 類い稀な傑物か、それとも振り切れた阿呆か。

 その結論が出るまでには、もう少し時間が掛かる様だ。

 

 

「それでは博士、引き続き調整を頼むよ。引き渡しの時には万全にしていてくれ給え」

「はい、畏まりました……」

 

 

 歪んだ黒が、蠢こうとしていた。

 

 




【アダマンチウム】
ウルヴァリンやX-MENで余りにも有名な金属。
勿論、原作とは異なる設定ですが。
ヴィブラニウムと対決した場合は……少なくともコミックを読む限りでは互角の模様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

027 何か悪い物でも食べたんじゃ無いのか?違う?僕の作った物しか食べてない?ああ、そう。

どうにも筆が遅くなってしまった。

後で思ったのが、タイトルが意味深になってしまった(気のせい)


 十二月。クリスマスシーズンの今、本州ならば長袖を手放せないであろうこんな時期でもサバナ気候のゲートブリッジでは未だに真夏の様相を呈していた。

 しかし夜となれば流石にそれもある程度緩和される。

 更に地下のガレージとなれば外気に晒される事もなく空調が室温をコントロールし、快適な環境を作り出す。人類だからこそ出来る特権だ。

 

 

「よし……始めるぞ、メーティス。映像はいつも通り残しておいてくれ」

『イエス』

 

 

 ガレージの開けた作業スペース、空中に浮遊するディスプレイでステータスを確認しながら僕は実験を開始した。

 勿論それはアイアンマン。新作スーツの装着試験だ。

 

 

「……やっ!」

 

 

 必要がある訳では無いが、何となく掛け声を出してみる。

 しかし、待てど暮らせどスーツが装着される気配は無かった。

 

 

「ふんっ、てぇい、デュワ!」

 

 

 掛け声やポーズを変えてみるが、一向にスーツは出てこない。

 明らかに失敗。何か問題があるようだ。

 だが、そもそも勝算があってこの実験を始めたのだが…………

 

 

「……メーティス、マニュアルを出してくれ」

『了解しました、どうぞ』

 

 

 該当するマニュアルを閲覧するが、しかし手順的には何も間違っていない様だ。

 では、何が駄目なのだろうか?

 

 

「なあメーティス、僕が生きてるって事は即ち使える筈だって事なんだよな?」

『イエス。そもそも使える理由も使えない理由も論拠が不明なので使用できないと断言出来ません』

「うーん……何が駄目だと思う?」

『気合い。でなければ、やはりブラックボックスに鍵があるかと』

「やっぱりそうなるのか……」

 

 

 メーティスでも解析が不可能と言わしめたブラックボックス。そこに正解があるとすれば僕の力だけではどうしようもない。

 身近にいる専門家に頼るという手も無いではなかったが、こっそりとやってお披露目して驚かせてやりたいという子供みたいな理由からそれは却下される。

 幸い、命に関わる事では無いので披露したところで怒られる事はないだろう。だといいな。

 

 

『気分転換に音楽でもかけましょう』

 

 

 気を利かせてくれたのか、メーティスがガレージのスピーカーから音楽を流す。

 聞き覚えのある軽妙なイントロの後に、やはり聞き馴染み深い歌詞。

 一瞬、当てつけかと思った。メーティスは知らない筈なんだけど。

 

 

「Dashing through the snow────ジングルベルか」

『クリスマスも近いですからね』

 

 

 しかも、よりによってあのリミックス版。これじゃあ完全に失敗フラグじゃないか!

 いや、まあもう既に失敗してるんだけどさ。

 

 しかし……この音楽を聴くと、踊りたくなってしまう。こう、腕をクネクネと。

 

 

『…………マスター』

「ん、どうした?」

『もしも私に“感情”が実装されていれば、私は今とてもにこやかに笑っていたでしょうね』

「それはつまり、僕を馬鹿にしてるのかな?」

『とても不思議な踊りです。奇抜ですよ』

 

 

 しかも態とらしく『あははは』と棒読みで笑いだす。

 全然愉快じゃない。AIに馬鹿にされるなんて。

 

 

「い、良いんだよ別に誰かに見られてる訳でも無いんだからさ────」

「ぷっ、あひゃ、が……わはははははははっ!! おまっ、何やってんだよ! くくくっ……お腹痛いっ」

『おや、見られていましたね』

「…………」

 

 

 さぞかし面白可笑しいのだろうか、下腹部を押さえながら束はゲラゲラと馬鹿笑いをする。

 

 おいメーティス、絶対に束が近くにいるって分かってただろ?

 それで尚且つ態と接近を教えなかったな。この野郎。じゃなくて女郎。で、良いのかな?どうでも良いか。

 

 

「あっははは! 何それー、もう一度やってみてよ!」

「嫌だよ……」

「ねえメーティス、録画してないの?」

『試験内容は映像記録として残す様に厳命されています。なので、勿論ありますよ』

 

 

 言った。確かに映像に残しておけって、言った。

 だけどそれは痴態を映しておけって意味じゃなくて、資料として残す為であって、しかも束に見せる為では決してない。

 あんな物が束の手に渡れば……何をされるか分かった物ではない。それは断固として阻止せねば。

 

 

「頼む束! それだけは止めてくれ!」

「えー、どうしよっかなー?」

「頼むよ、代わりに出来る限りの事はするから──」

「へぇ……じゃあ、許してあげよっかな?」

 

 

 あっ、失言。そう気付いた時には手遅れ。

 束は眼を細くして、右の口角だけを吊り上げ怪しげな笑みを浮かべる。

 実はこの表情、ちょっとトラウマだ。耳が痒くなってしまう。

 

 

「んぅ? 今、なんでもするって言ったよね?」

「いやいや! なんでもするとは言ってない!」

「まあいいじゃないの。今から私がする事に抵抗しないこと、いいね?」

「ちょっと待て、ここで何をするつもりだ?!」

「ぐへへ、往生際が悪いぞぅ……観念するんだなっ!」

「何だその笑い方、おっさんか! って、変な所に手を入れるな!」

「あはは、そうだよね、幸太郎はこっちの方が好きだもんね」

「おいっ、耳は止めっ────ふにゃあ」

 

 

『…………これも録画しておきますか。万に一つ、何かの役に立つかも知れません』

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさい、幸太郎」

「さっ、上がって。今日はもうご飯も出来てるから」

 

 

 およそ半年振りぐらいに帰宅した我が家。

 この時の為にスケジュールを調整していてくれた両親は歓迎の様子で出迎えてくれる。

 数ヶ月振りに顔を見合わせた両親は相変わらず息災な様子だった。

 

 

「母さんの料理も久しぶりだな……」

「そうね、中々一緒に過ごす時間もなかったから」

「幸太郎も気軽に帰って来られる場所じゃないしね」

「うん、今回は良い機会だったよ」

 

 

 着々と準備が進められていったモンドグロッソ、その第一回大会が一月の末にスイスのジュネーヴで開催される事になった。

 国際連盟や国際連合と縁深いその地で行う事は、ISが飽くまでも宇宙開発を念頭においた平和活動を行なっていくという主張を言外に秘めているとも言える。

 

 そうして休みがタイミングよく重なった一月の半ば、僕たち三人は久々に本州に舞い戻っていた。

 ゲートブリッジから海外へ渡航する事は不可能だったし、代表選手である千冬の準備などの理由も重なって、スイスへ飛び立つ前に何日か実家で過ごす事がほぼ自然な流れで決まったのだ。

 

 

「父さんも母さんも仕事は大丈夫なの?」

「大丈夫よ、火急の要件は終わらせちゃったし」

「それに子会社の製品が出場する大会だから、って名目で視察の仕事にも出来るからね」

 

 

 今回、二人はモンドグロッソの催されるスイスへ同行するという。

 ウチの両親だけでなく、篠ノ之一家や一夏くんも一緒に千冬の試合を観戦し、更にスイス観光を楽しむ予定だ。

 関係者の身内が一堂に会するのは、もしかしたらコレが初めてかもしれない。

 

 

「それよりも、こんな機会だし幸太郎には聞きたい事があるのよね〜」

「え?」

「束ちゃんとの関係、どうなったんだい?」

 

 

 ああ……まあ、何となく予想通りだった。

 そもそも中学生ぐらいの頃から会う度に聞かれていた気がする。親としては気になるのだろう、その気持ちが分からないではない。

 

 

「同じ屋根の下で一緒に暮らしてるんでしょ? 何か進展はあったんじゃない?」

「進展って……学生だし、これ以上は」

「そんな重く考える必要は無いんじゃないかな? 僕は別に学生結婚でも構わないと思うけど」

 

 

 それは流石に世間体が……そんなの今更か。

 学生結婚は、別に選択肢の中に無い訳ではない。

 しかし最終手段というか、別に焦る必要もないし万が一でもなければ暫くこのままの関係が続く気がするけど────

 

 

「…………」

「なに、どうしたの母さん?」

「ううん。何だか、その万が一も充分に起こり得るんじゃないかな、って思ってね」

「え」

 

 

 何それ、怖い。

 

 

「40代で孫を抱っこするのも案外、夢じゃないかも知れないわよ?」

「そうだね、今の内に色々と準備しておいた方が良いかな?」

「あら、それは良い考えね」

「ちょ、ちょっと……」

 

 

 (ウチ)の両親は、ちょっと性急過ぎるのが玉に瑕だ。

 いや、僕が悠長すぎるのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 そして数日後、僕達はスイスはジュネーヴに降り立った。

 十三時間近くのフライトだったが、財力に物を言わせて我が家……と言うか両親のプライベートジェットに乗ってきたので、比較的快適な空の旅だったと思う。

 ファーストクラス並みの環境は()しもの束もおとなしくしていたぐらいで────

 

 

「うっ……げえええぇぇ、っ」

「わ、ったた、とお……っ!」

 

 

 咄嗟に袋が間に合って吐瀉物が拡散する事は未然に防ぐ事が出来た。

 袋を押さえていた手にも少し飛んでしまったが、まあいいか。

 顔色も悪い。かなり不調な様子だ。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「ちょっと、駄目かも……」

「乗り物酔いなんて今まで無かったのに、珍しいな」

 

 

 振り返ってみれば、何時もの様にはしゃぐ事も無く、目を瞑ってフライト中は終始背もたれに寄っ掛かっていた。

 飛行機に乗るとどんなに短くても離陸して直ぐに寝入ってしまうので、そういう事かと思っていたが、どうにも違うらしい。

 明らかに何時もと様子が違う。

 

 

「うええっ、気持ち悪い……」

「暮桜の整備は僕がやっておくから、今日はホテルで休んでなよ」

「……うん」

 

 

 暮桜を設計したのは束だが、その基本設計は僕の仕上げた甲鉄(こうがね)がベースになっている為、細かい調整を除けば僕でも整備くらいなら可能だ。

 それにモンドグロッソの開会まではあと3日の猶予がある。流石に、それまでには体調も治っているとは思うのだが……

 

 

「ほら束ちゃん、お水は飲める?」

「んぅ……ありがとう、お母さん」

「束が体調を崩すなんて、初めて見たかもしれんな」

「そう言えばそうですね。姉さんが風邪をひいた所も見た事無いですし」

 

 

 束の異変に、篠ノ之一家が気付いて労りの言葉を掛ける。

 そう言われてみれば、束が風邪をひいて寝込んだという記憶はとんと無い。

 馬鹿でなくとも風邪はひかないのかと思っていたが。いや、でも馬鹿か。何とやらは紙一重と言うし。

 

 

「とりあえず千冬にも連絡しておくか。メーティス、電話を繋いでくれ」

 

 

 

 

 

 

 幸い、束は一日休んだのが功を奏してか、一晩で回復した。

 念の為に医者に診てもらう事も勧めたが、自己検診の限り問題無いからと突っぱねられてしまう。

 まあこの無免許医にはそれ相応の医学知識もあるだろうし、大事は無いと信じたいが…………

 

 

「だから、そんな心配する事ないって」

「心配もするさ、あんな事今までになかっただろ?」

「たまたま調子が悪かっただけだって言ってるじゃん。それにほら、全然大丈夫だし」

 

 

 そう言って、その場でクルンと一歩も後退せずにバク転をして見せる。

 確かに凄いけど、そう言う問題じゃ無い。

 

 

「良いから、日本に戻ったら一度医者に連れて行くぞ」

「いーやーだ! 絶対に注射は嫌っ!」

「子供かっ!?」

「おい、お前達……相変わらず仲睦まじいのは結構だが、早く終わらせてくれないか?」

 

 

 他愛もないやり取りをしていると、ガントリーに接続されたままの暮桜を纏う千冬が苦言を呈してくる。

 今は開会式の直前。暮桜の調整の最終段階が終わるのを待っていた。

 

 

「ああ、悪かったな千冬」

「ごめんねちーちゃん。ほんっと、この馬鹿が何時も余計な事を言うから……」

「何時も余計な事を言って周りに迷惑を掛けてるのは君の方じゃないか!」

「あぁん? お前がちょっかいを出してくるからだろ」

「いい加減にしないか! ここはお前らの夫婦漫才の会場じゃないっ!!」

 

 

 怒られた。

 

 

「な、なんだよちーちゃん、夫婦だなんて照れるじゃないか……」

「あー……駄目だ、最近尚更(たち)の悪い方向へどんどん悪化している気がする……」

「うん。協調性を模索した結果、結局は悪ふざけを演じる事しか出来なかったみたいでね」

 

 

 他人に対する態度は確かに軟化した。

 しかし、その表現方法が今までの方向から180度真逆にすれば良いんだろうという発想からか、それとも素に近付いたのかは定かではないが、変な事になっていた。

 今のもそう。本心がどうかは兎も角として、顔を紅に染めながら両手で頬を覆い隠してフルフルと震えている。

 つまり、人をおちょくっているのだが、何というかピエロみたいに滑稽なのだ。

 

 

「だからさ、それ止めた方が良いって。何だか気持ち悪い」

「気持ち悪いとは何さー! この束さんの感じも親しみ深いって結構好評なんだからね?」

「悪態と毒舌から産まれてきた様な本性を知ってるから、ねえ」

 

 

 まあ、悪態をつくのも恥ずかしさとか嫌悪から相手を遠ざける為に取っていた手段なので束の本質ともまた違うのだが。

 実は結構な寂しがりやで甘えん坊だ。本人に言うと全力で否定されるけど。

 

 

「ねぇ、ちーちゃん酷くなーい? 私に対しての評価が辛辣過ぎると思うんだよ!」

「私からも言ってやろうか? 気色悪い上に薄ら寒い、と」

 

 

 苦笑いかつ突き放すような口調で、本人に鋭く言葉が突きつけられた。

 

 

「が、ガビーン! ちーちゃんにも言われたよぉ……」

「束はさ、何でもかんでも極端過ぎるんだよ。何でそう、変な方向に振り切っちゃうのかな?」

「んー……マスコミとか、勝手に面白がってくれるのになあ」

 

 

 コロっと豹変するのは心臓に大変悪い。

 いや、普通の心臓じゃないから止まらないけどさ。

 そう言えば進学してからマスコミから取材される機会が増えた気がする。割合と二人同時でされる事の方が多いかな。

 本州から片道だけで数時間掛かるのに、ご苦労な事だ。

 

 

「そりゃあ滑稽だからね、お笑い芸人でも見てる様なもんだろうさ」

「うーん……」

「嫌なら止めれば良いのに」

「いやあ、それがやってる内にこのキャラも楽しくなって来ちゃったというか、何というかでしてー」

 

 

 だったらもう、好きにすれば良いと思う。

 しかし、僕はあんな狂ったみたいな束もまた束の一面であると受け入れるしか無いのだろうか。

 やれと言われればやれるだろう。でもやっぱり、違和感を禁じえない。

 

 

「良いから手を動かそうよ、こんなの真面目にやれば一瞬でしょ?」

「はいはい。ピッ、ポッパと……はい終わり!」

「本当に一瞬で終わらせたよ……」

 

 

 今まで僕が手伝っていた意味はあるのだろうか。出来るのなら初めから本気でやって貰いたかった。

 恨めしい目で見てみるが、束は惚けた顔をしながら千冬に調整内容を説明しており、完全に無視されてしまっている。

 

 

「ちーちゃんは空中で踏み込む癖があるから、敢えて対空時のバランサーを重心方向に傾ける様にしてあるからね」

「ふむ、なるほど」

「特に足運びはちーちゃんに合わせてピーキーに設定してあるけどいつも通りの感覚で使えると思うよ」

 

 

 チラとステータスを確認すれば、デフォルトとは豹変した数値の羅列が並んでいる。

 千冬専用に調整されたその数値は非常に繊細だ。常人がこのまま使えば空中で静止する事もままならずシールドの壁に激突する未来しか見えない。

 

 

「よし……それでは、行ってくる」

「はーい、いってらっしゃーい!」

「まあ、優勝は殆ど確実だとは思うけど、油断しないようにね」

「無論だ」

 

 

 ガントリーが解放されると千冬は電磁カタパルトまで歩行し、暮桜の足元が固定され、大会運営本部の指定するタイミングまで待機する事になる。

 そして、頭上に表示されたカウントが0になると同時に……千冬は飛び出した。

 モンドグロッソの開会宣言と同時に各国の代表選手が一堂に飛び交うのだ。

 

 

「さあて、それじゃ観覧席でゆっくり見物するとしましょうか」

「ああ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、殆ど予想通りで千冬があらゆる競技に於いて一、二の結果を残していた。

 競技内容は通常の直接コースや障害物の設けられたレースから長距離射的、近接格闘戦など多岐に渡る。

 生身の人間との大きな相違点を挙げれば、隕石やデブリを標的とした競技が幾つか用意されている事だろうか。

 

 ラグナロック・ショックと称されるあの隕石騒動が世界に与えた影響は伊達では無く、ありとあらゆる影響を与えた。

 世界の滅亡が危ぶまれる程の規模では無かったのだが、物事には尾ひれが付いてしまう物だ。拡大解釈すれば、物流や金融の面から世界に打撃を与えたかもしれないとは考えられるが。

 今回のモンドグロッソの優勝者に与えられる称号も“ヴァルキリー”や“ブリュンヒルデ”なども、ラグナロックと同様に北欧神話が由来の言葉だ。

 

 北欧神話と言えばマイティー・ソーが思い起こされるが、この世界はアスガルドとは繋がっていない筈である。多分。

 

 

「このまま勝てば、千冬が総合優勝だな……圧倒的に」

 

 

 そして、最後の競技の開始も目前に迫っていた。

 最終競技は総合格闘戦。近接、射撃、特殊兵装を問わずにあらゆる戦法が許された一対一の真剣勝負である。

 しかし、まあ……この競技で圧倒的に優位なのは他でもない千冬なのだ。

 

 IS競技において、シールドエネルギーは一種のパラメータとして扱われ、ゲームで言うHPの様な物とされている。

 暮桜の零落白夜は相手ISのエネルギーバリアを消失させてしまい、強制的に絶対防御と呼ばれるISの最終防御プロトコルを発動させてシールドエネルギーを大幅に削り取ってしまう。

 当たればほぼ即死。撃っては消されるか斬られ、近寄っては斬られるか零落白夜、離れても接近される。

 暮桜の性能と千冬の規格外な技量が合わさり、その強さは既にチートの域に達していた。

 

 

「初めから結果なんて分かりきってるよ。誰もちーちゃんには勝てないって」

「オールレンジ攻撃でもあれば、少しは違うんだろうけど」

 

 

 千冬の防衛圏は飽くまでも雪片の届く範囲なので四方八方から攻撃すれば付け入る隙もあるだろう。

 しかし、大会関係者に配布されたタブレット端末で各国の代表選手が使用する機体を参照する限りではオールレンジ攻撃に対応した攻撃手段を装備する者はいなかった。

 要するに今大会では千冬を攻略し得る存在がいないという事だ。

 

 

「逆に言えば安心して見ていられるって事だけど……」

『マスター』

「メーティス? どうしたんだ?」

 

 

 この大会で起こり得るであろう惨状に対して憂いていると、唐突にメーティスがARの警告ポップと共に声を掛けてきた。

 そんな事までしてくるのだから、何か緊急事態でもあったのだろう。警戒して耳を傾ける。

 

 

『現在、北東の方向から飛行物体が接近しています』

「北東……この会場に、か?」

『機体の進行方向と、そこから導き出される私の計算が正しければですが』

「ところで、その飛行物体ってまさか?」

『未登録のISのようです。故に詳細は不明です』

「それは……穏やかじゃないな」

 

 

 この会場に襲撃を仕掛けるつもりなのかは定かでは無いが、接近を許せば大会にケチが付くのは間違いない。

 最悪の場合、大会が途中で中止になりかねないし、それは何としてでも阻止したかった。

 

 

「悪い束、ちょっとイタズラっ子を懲らしめて来るよ」

「ん……大丈夫なの?」

「まあ、防衛目的なら他国でもアイアンマンの使用は許可されているし、何とでも言い訳出来るよ」

「……そうじゃなくてさ!」

「大丈夫だよ、ISが相手でも遅れを取るつもりは無いから。それに、奥の手もちゃんとあるしね」

 

 

 とはいえ、使用が出来ないので用意をしていても奥の手と言えるかどうか分からないのだが。

 しかし、着実にアップデートを続けているアイアンマンならば何とかなるだろうとは思う。千冬と暮桜みたいなどうしようもない規格外でもやって来ない限りは。

 

 

「出来るだけ早く帰ってくるから、さ?」

「…………わかった」

 

 

 珍しく素直だ。と思ったら、目は閉じて口を突き出すように(つぐ)んでくる。

 えーっと、つまり……そういう事なの?

 

 

「いや、あのさ、身内が皆んな揃いも揃って凝視してくるんだけど……」

「良いじゃん別に。見せてあげれば?」

「よくもまあ、恥ずかしげもなく……!」

 

 

 後ろに振り返らない様にして、束の要求に応えてやる。

 これはつまり、儀式だ。いや、挨拶と言っても過言ではない。

 挨拶であるならば、別に人目を憚かる必要なんてないし、寧ろ挨拶は推奨されるべき行いではないだろうか?

 そう、だから何も問題は無いのだ。

 

 

「いってらっしゃい」

「はいはい、いってきます」




ヒロインに吐かせるとお気に入りが激減すると聞きました!ヤバイ!
でも仕方ないんだ、生理現象だからね。


【不思議な踊り】
別に混乱したりしない。
マーク42の装着シーンでは何故踊ったのか。もしかしてアドリブ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

028 絶体絶命の打開策は、僕自身がアイアンマンになる事だ

だから、あいあむあいあんまん。


「…………」

 

 

 昼間の陽光では白く照らされていた氷山が闇夜の中では黒く沈んでいた。

 対照的に上空は、清純な空気が織りなす透明なキャンバスに彩られた星空のミルキーウェイが幻想的に広がっている。

 もしもその光景を空から見渡せるのならば、思わず溜息が漏れてしまうだろう。

 

 しかし……そんな特等席にいながらも無感情に暗闇に潜む様にして突き進む者がいた。

 光と闇のコントラストで染められた空に溶け込む様な燻んだ色のIS、パイロットは唯、黙々と前を見据えるだけ。

 だけれどそれは、仕方のない事なのかもしれない。

 彼女の眼は…………光が喪われていたのだから。

 

 

「目標地点、確認」

 

 

 ISにはハイパーセンサーと呼ばれる機能が搭載されている。

 操縦者の視界を360度まで拡げ、リミッターを解除してしまえば遥か遠く隣の惑星の微細物さえも捉えるISの眼とも言うべき代物。

 それを、技術転用してISを身につけていない生身の人間でも擬似的に能力を再現しようというプロジェクトが嘗てのドイツではあった。

 越界の眼(ヴォーダン・オージェ)と称されたそれは、肉眼にナノマシンを移植する事で動体視力や空間認識能力、遠距離での視覚解像度の上昇などあらゆる視覚能力の向上が見込まれていた。

 

 しかし、そう言った最新技術には臨床試験という物が必要となる。

 その白羽の矢が立ったのが、生まれながらにして実験を宿命とされてきた彼女だったのだ。

 

 結果は──不適合。彼女の視界は暴走した。

 

 科学の発展に犠牲は付き物です。等と数々の人生を壊したマッドサイエンティストもまたドイツの人間だったか。

 成功の為の布石、彼女の両眼の犠牲を糧にして越界の眼(ヴォーダン・オージェ)はその精度を上げたのだ。

 

 

「敵機確認されず。フェイズ2へ移行」

 

 

 そんな彼女の眼の代わりを務めたのは、皮肉にもISのハイパーセンサーだった。

 黒く塗りつぶされた世界の代わりに光を捉え、擬似神経パイパスを介して脳へ直接視界を届けている。

 だからこそ彼女は、こうして“任務”をこなす事が出来るのだ。

 

 

「…………?」

 

 

 仮初めの眼が、ハイパーセンサーが何かを捉えた。

 高速で飛翔する飛行物体、目標地点の方角から音速を超えて接近してくる。

 その正体を確かめようと視覚を動かして────

 

 

《────ぇぇえぃああっ!!》

「が、あっ──!?」

 

 

 赤い流星が、装甲の比較的薄い腹部へストレートに突撃してきた。

 認識が追いつかぬまま、黒いISは抱きつかれる様にして運び込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 黒いISを抱える様にして目指した場所は、メーティスの見つけた廃工場。その屋根を突き破って、内部へ吶喊する。

 かつて数多くの車を生産していたであろうその場所は、現在では破棄されていて周囲には住宅も人の気配も無かった。

 戦闘による余波を考慮すれば、上出来なコロシアムと言えるだろう。

 

 

「グーテンターク、ボンソワール、ボナセーラ。スイスへようこそお嬢さん、パスポートはお持ちですか?」

 

 

 瞬間、背中から大型機械に衝突して停止していたISが小銃を召喚すると、間髪入れずに発砲してきた。

 反射的に腕のリパルサー・ユニットからジェットを噴射して後退しながら回避。

 この程度の威力で直撃をもらった所で何ていう事は無かったが、当たらないに越したことは無い。

 

 

「君はトリガーが挨拶の国から来たのかい?! 随分と物騒だね!」

 

 

 郷に入って来たのは向こうだが、ならば此方もその流儀に従う事にしよう。

 手の平をISに向けて掲げ、リパルサー・レイで返答する。

 しかし、折角の返答だったのに僕の挨拶はISのエネルギーバリアに阻まれてしまった。

 

 

「……」

「この挨拶はお気に召さない? だったら、こんなのは如何でしょうか、ね!」

 

 

 今度は左手だけを前方に真っ直ぐ構え、HUDのシステムでしっかりと照準する。

 肘の辺りに設けられたユニットが展開して、そこからマイクロミサイルの発射機構が曝け出された。

 片腕に3発ずつ。その初弾を早速プレゼントしてあげる事にした。

 

 リパルサー・システムによって推進するマイクロミサイル。

 しかし、いざ着弾というタイミングの直前にISがまるで拒絶する様に手の平を差し出し、ミサイルを止めてしまう。

 ミサイルが、静止した。何かのエネルギーに阻まれて空中で留められてしまっている。

 

 

「おいおい、挨拶はノーサンキューってこと? ……メーティス、あれは何だ?」

『該当する装備を検索します…………ヒットしました。類似する物としてドイツのAICが挙げられます』

「AIC?」

『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、停止結界とも称されます。PICの応用装置で能動的に運動エネルギーの慣性を停止する事が出来る様です』

「なるほど、だからミサイルの動きが止められたって訳か」

『イエス』

「だけど……可笑しくない? 何でドイツが開発したのに名称が英語なのかな、アクティブ・トレークハイト・シュトルニーレンじゃ駄目だったの?」

『……細かい事は気にしてはいけません。日本人だって横文字が大好きじゃないですか』

「全然違うと思うけど。まあ、いいか」

 

 

 しかし、物体の慣性を停止するという性質である為、レーザーであるリパルサー・レイを止めるのは不可能な様子である。

 確かに、先程もAICでは無くエネルギーバリアによって防がれていた。

 

 

「ところでメーティス、機体かパイロットの事は分からないのか?」

『データは意図的に抹消されています。パイロットの名前は不明。プロパティの残滓を参照した結果から、機体呼称はルーシィヒ・アイゼンシュロットと判明』

「えーと……アイゼンしか分からないな」

『訳するとすれば、“煤色の鉄くず”でしょうか』

「誰だよ、そんな愛の無い名前を付けたのは」

 

 

 愛称でそんな名前が付けられるのならまだ分からないでも無かったが、正式名称?にそんな名前を与える神経には正気を疑ってしまう。

 これは憶測でしか無いが、試作機の類であり、更に目論見通りにいかなかった失敗機なのではないだろうか?

 

 

「兎に角……拘束して話を聞けたらな」

『戦力は未知数です。警戒してください』

「分かってる、さ!」

 

 

 少なくとも効果の見込まれるリパルサー・レイを今度は両手から発射する。

 回避行動。幾らか着弾するが、エネルギーバリアのせいで痛手を与えられていない様だ。

 そして遂に、敵も攻勢に打って出て来た。

 

 

「排除を優先…………っ!」

「おっ、とお!」

 

 

 ルーシィヒ・アイゼンシュロットの両手に現れたのは、刃渡り数十cmの剣。

 両刃と思われる西洋系のショートソードと分類される物に似た形状のソレを構えたかと思えば、その刃が熱を帯び赤く染まった。

 ジェット推進によって一気に加速し、勢い良く振るってきた双剣を跳躍して回避する。

 見れば、僕の背後にあった朽ちた工業機械は真っ二つに切断されてしまっていた。

 

 

「あれは……」

『プラズマブレードです。即座にMark.7の装甲が切断される事はありませんが、攻撃を受け続ければやがて融解します』

「それは、喜ばしくないね」

 

 

 ISのエネルギーバリアに相当する防御機構の無いアイアンマンでは装甲で攻撃を受け止めるしか無い。

 通常兵器であれば問題無いのだが、暮桜の超高周波振動ブレードや、眼前で構えられるプラズマブレードの様に切断に特化した武器とは相性が悪いのだ。

 本来ならば距離を開けてミサイル等で攻撃するのが定石だろうがルーシィヒ・アイゼンシュロットのAICの前には無力。高威力レーザーであるユニビームも隙が大きすぎるので避けられて背後を突かれかねない。

 そもそも広さが限定される廃工場を戦場にしてしまったので遠距離攻撃自体が不向きになっている。

 

 

「だったら、アプローチを変えるだけだ」

 

 

 此方から近づくか、それとも相手の接近に対処するか。一瞬だけ熟考して、直ぐに後者を選択する事に決めた。

 僕を、Mark.7を叩き切らんと再び高速で接近してくるルーシィヒ・アイゼンシュロット。

 赤熱するプラズマの刃を──僕は受け止める。

 

 

「────!?」

「あ……やば、爪のままにしてたっけ?」

『新素材で遊ぶからです』

 

 

 Mark.7の手首の辺りから武骨な金属色の爪が三対、両腕から伸びていた。

 その爪の素材はヴィブラニウムを量産しようと実験を繰り返した過程で偶然に生まれたアダマンチウム。

 装甲材として使うには些か重量が嵩んで実用に耐えなかったそれだが、試験的にMark.7では部分的に採用していたのだ。

 …………いや、本来の仕様ではシルバーセンチュリオンことマーク33みたいに普通のブレードとして採用する予定だったんだよ?だけどさ、自分で名付けておいて何だけどアダマンチウムだよ?拳を握ったらシャキーン!って出てくる感じ、やってみたいじゃない。

 

 はい、そうです。メーティスの言う通り遊びで作っておいて元のブレードに戻すのを忘れていました。

 

 

「だけど、まあ……このまま!」

 

 

 爪と爪の間にプラズマブレードを引っ掛け、その刃を絡みとって固定してしまう。念の為にそのまま細い両腕もガッチリ掴んでしまった。

 向こうも何とか引き抜こうとするが、アダマンチウムの強度とアイアンマンのパワーアシストの前では為す術もない。

 動きを封じてそのまま……ユニビームをご馳走してあげる。

 

 

「ぐあ……っ!」

「まだまだ行くよ!」

「お、うっ……!?」

 

 

 一発だけであれば、ユニビームと言えどもエネルギーバリアによって防がれて直撃を与える事は出来ない。

 だけど、それが連発すれば?

 二発、三発と相手を拘束してしまっているのを良いことに、ユニビームを連射してお見舞いする。

 四発目、漸くシールド・エネルギーが尽きたのだろうか、エネルギーバリアに阻まれる様子も無く高圧縮レーザーはルーシィヒ・アイゼンシュロットに直撃した。

 

 

「あ…………あ、ああっ」

「おっと」

 

 

 絶対防御が発動した筈ではあるが、パイロットにも手痛い一撃を与える事ができた様だ。

 至近距離のユニビームが堪えたのかプラズマブレードを手放してしまい、膝を崩して倒れこんでしまう。

 結局、少し驚かされたが苦戦らしい苦戦もなくアッサリと鎮めることが出来た。

 

 

「さて、どうしよっかな……こういうのってスイス当局に突き出した方が良いのかな?」

 

 

 しかし、この下手人が亡国機業と関わっているとしたら、その情報を此方が得ることは出来なくなってしまう。

 もしもインターネットに接続された機器に詳細な捜査情報や調書が保存されればメーティスが搾り上げてしまう事も出来るが……スイスの捜査機関の手法も知らないし、電子化されているかも定かではない。

 だったら轡木さん達、S.H.I.E.L.D.に差し出してしまうのはどうだろうか。襲撃してきたISを退ける事は出来たがパイロットはステルス・モードで撤退してしまって……なんて言い訳の供述をすればスイス当局にバレる事は無さそうだが?

 

 

「とりあえず、ISが展開したままなのは不味いな……メーティス、解除って出来るか─────」

 

 

 その時、異変が起きた。

 沈黙をしていたとばかり思っていたパイロットが、ルーシィヒ・アイゼンシュロットが突如として坐したままビクン!と跳ねる様に動きだしたのだ。

 警戒して、僕は一先ず後退。

 まるでゾンビ映画みたいに、首や腕を下に垂らしがらユラリと不気味に立ち上がる。

 

 

「なんだ……?」

 

 

 異変はそれで留まらない。

 ルーシィヒ・アイゼンシュロットの全身から、黒い膿の様な物がスライムみたいに蠢いて全身を覆いつくした。

 それは装甲を上塗りする様に敷き詰められ、尚もブヨブヨと揺れている。正直に言って、気持ち悪い。

 ヘドロみたいに巻き付いたせいで、ルーシィヒ・アイゼンシュロットの大きさは一回り以上も巨体になっているようだ。

 

 

「お、おいおい……今度は何が起こった!?」

『これはもしや、流動性指向誘導型グリッド装甲では?』

「出た、IS独自の謎物質の装甲……それで、それはどんな物なんだ?」

『流動性指向誘導型グリッド装甲は衝撃吸収作用のある軟質装甲で、電気信号によって急速に形状を変質させる事が出来ます。理論上ではそのスピードは人の反射神経を凌駕するので、通常はコンピューターがアシストします』

「つまり…………?」

『恐らくですが、現状はコンピューターとソフトウェアがあのISを操作していると思われます』

「操り人形って事か!」

 

 

 最早、それではロボットでは無いだろうか?

 装甲自体が動くと言うことは、例えISを纏っているパイロットが死亡してしまったとしても戦い続けるのが可能ということだ。

 マスクを脱いで、もういいだろ!とか言いたくなってしまう。

 誰だ、こんな物を造ったのは。

 

 

「あ────」

「速い……っ!?」

 

 

 爆発的な加速で、形状が大きく変質したルーシィヒ・アイゼンシュロットが接近してきた。

 咄嗟に腕をクロスして防御姿勢を作ると、そこに目掛けて巨大な拳を振り下ろしてくる。

 想像していたよりも強いパワー。完全に受け止める事が出来なくて、後方へ少し突き飛ばされてしまう。

 

 

「パワーも、上がっている……? うっ……ぐ!」

 

 

 それで留まらず、追撃が襲ってくる。

 連続で振り回される拳のパワーは、明らかにMark.7のそれを超えていた。

 このまま攻撃を受け続けているだけでは、いずれ装甲が耐え切れずに破損してしまうだろう。反撃が必要だ。

 

 

「これなら、どうだっ!!」

 

 

 ユニビームを照射しながら、腕からはリパルサー・レイとマイクロミサイルを同時に撃ち出す。

 アークリアクターに負担を強いる使い方だったが、ここで加減していられない。

 どうやらAICを発動させた様子も無く、ユニビームとリパルサー・レイだけでなくマイクロミサイルも直撃した様だ。

 尚、マイクロミサイルに関しては現状で隕石を砕く必要は無いので核兵器レベルの過剰な威力は有していない。それでも対艦ミサイル並の火力はあるのだが。

 

 

「やったか……?」

 

 

 炸薬によって生じた煙に視界を阻まれながらも様子を伺う。

 直撃したのだけは間違いない。これだけの威力であれば流石に無傷という事はあるまいが…………

 

 

『警告。ロックオンされています、速やかに回避してください』

「な、っに!?」

 

 

 メーティスの声が鼓膜に届くのと同時に動き出す。

 どんな攻撃がやって来るのか未知数なので出来るだけ距離を取ることに専念しながらも、様子を伺う。

 弾丸か、それともレーザー兵器の類か。強い衝撃に備えて身構える。

 

 そして────閃光が迸った。

 

 

「う、ああっ…………!?」

 

 

 マスクのスピーカーから激しいノイズが流れ出し、ディスプレイも砂嵐を巻き起こしながらブラックアウトしてしまう。

 膝を突き、システムの復旧を待つ。

 暫くしてから、ディスプレイの表示が戻ってきた。しかし、妙にチラついて安定しない。

 スピーカーからも相変わらずザーとホワイトノイズの様な雑音が燻り、とても不快だ。

 

 

「メーティス、何があった?」

『……ザ、ガッ……復旧を…………試行、します』

「メーティス……?」

 

 

 確かにメーティスの声だったが、妙にノイズが混じっていて聞き取れない。

 明らかに何かしらの不具合が生じている。十中八九、さっきの光のせいだろう。

 

 

『音声再……生機能……に不具合が……ガガ』

「よく聞こえない、ディスプレイに字幕で表示してくれ」

{all right,my master}

「何か違わないか……?」

 

 

 と言うか、どうして唐突に英語なのさ。いつもは日本語でしゃべってるのに。

 

 

「それで今のは、いったい何なんだ?」

{レールガンを応用したEMP兵器だと思われます}

「つまり、電磁パルス? そんな馬鹿な、アイアンマンは金属で覆われているのに」

{瞬間的に非常に強力な電磁波が検知されました。メインコンピューターは無事ですが、一部の配線や基盤がショートしています}

「…………それで、具体的な障害は?」

{ディスプレイに反映します}

 

 

 アイアンマンの全身図で表されたステータスには、各所に深刻な問題によって動作不良になった事を示すレッドアラートで殆どが塗り潰されていた。

 パワーアシストの出力が減少、マイクロミサイル発射不能、リパルサー・レイへのエネルギー供給ラインは切断、通信機能はコアネットワークを除いて途絶、肩部キャノン砲とそこに併設されていたペタワットレーザーも使用できなくなっている。

 残っているのはユニビームとアダマンチウム・クロー、脚部の核熱ジェットは無事な様だ。

 

 

「マジかよ……」

{幸い、マスターへの悪影響は無さそうです。しかし、連続で発射されればどの様な影響が生じるかは不明です}

「だったら、速攻で片付けないとな……っ!」

 

 

 敢えて接近し、アダマンチウム・クローを展開しながら腕を振り回す。

 爪は容易くISの装甲を切り裂いた。

 しかし、まるでアメーバか何かみたいに黒い装甲が蠢くと損傷部分が埋められて、傷が修復されてしまう。

 そのスピードはかなり速く、ダメージを与えられている様にはとても見えない。

 

 

「くそっ!」

 

 

 悪態をつきたくもなる。ここまで機能が制限されてしまえばにっちもさっちもいかない。

 今更ながらEMP対策が不十分であった事が悔やまれた。

 しかしEMP兵器とは、宇宙線や様々な電磁波への対策が施されたISでは無くアイアンマンやその他既存の戦闘機や戦車への対抗手段として装備されていた可能性が高い。

 性能云々の話ではなく準備の段階で負けているのだ、此方が。

 

 

{警告、第二射が来ます}

「何っ──!?」

 

 

 こっちが攻めあぐねている内に向こうは追撃の用意が完了してしまっていた。

 しかも近接戦でケリを付けようと思っていたので、至近距離まで接近してしまっている。

 これでは、避けられない。

 

 

「うああああああっ!!」

 

 

 再び、視界が光に包み込まれた。

 何かが弾ける音と共に、皮膚にも静電気が生じたようなピリピリとした痛みが走り抜ける。

 至近距離での電磁パルスの直撃はMark.7に深刻な負荷を与え、パワーアシストも脱力してしまう。

 片膝をついて何とか姿勢を落ち着けようとするが、不安定にガクガクと揺れてしまっていて安定しない。バランサーもイカれた様だ。

 

 

{アークリアクターの稼働率は90%を維持。しかしパワーアシストの出力は37%まで低下しました}

「数字で出されても、な……」

{大変危険な状態です。速やかにこの場を離脱してください}

 

 

 出来ることなら、僕だってそうしたい。

 しかし行動に移す前に、嘗てルーシィヒ・アイゼンシュロットだったナニかに巨大な足で踏みつけられてしまう。

 コンクリートとのサンドイッチ、電磁波と関係なく装甲の隙間から火花が溢れ出した。

 

 

「ぐうううっ…………ぁぁああっ!!」

 

 

 万事休す。打開策がもう何も無い。

 それに圧痛で意識が定まらなくて、思考もままならなかった。

 敢えて残された手立てで何かをするとすれば……それこそ、アークリアクターを暴走させて自爆するぐらいだろうか。

 

 つまり、どのみち…………

 

 

「僕は…………死ぬ、か」

 

 

 死を受け入れなければならないだろう。

 ああ、でもその前に束に何か伝えなければ…………謝罪が良いかな、それとも今までの感謝?

 どうせだったら、最期くらいは直接会って話したかったが────

 

 

【大丈夫だよ】

 

 

 何か、声が聞こえた気がした。

 

 

「メーティスか、今の……?」

{何を言っているんですか? それよりもマスター。Mark.8を強制起動させました。到着まで何とか持ち堪えてください}

 

 

 そんな文字がディスプレイの下部に表示される。どうやらメーティスの声では無かった様だ。

 ちょっと考えてみれば当然で、Mark.7の音声再生機能が壊れている為に、未だにノイズが耳元で燻っているのだから。

 だったら、僕の幻聴だったのか。

 

 

【さっきので完全に目覚めたよ。だけど、もうちょっとだけ待ってね】

 

 

 …………おかしい、やっぱり何か聞こえる。

 誰だか分からないけど、誰も彼も待てとか持ち堪えてとか無茶を言う。

 正直、もう限界だ。痛くて痛くてしょうがない、あと十秒もしない内に背骨と肋骨が折れる自信だってあるぞ……

 

 

【わかった。先に部分展開するね、それだったら直ぐだから】

「え……?」

 

 

 急に、痛みが引いた。

 ちょっと腕に力を籠めれば踏み付ける脚の力に抵抗できる。パワーも戻った感じだ。

 何が何だか分からなかったけど、自分にとってプラスの状況である事に変わりは無い。さっさとこの邪魔な脚を退けてしまおう。

 

 

「ぉぉおっ……りゃあっ!!」

 

 

 一気に立ち上がると、その反動で僕を押さえつけていた脚も吹き飛んでしまい、バランスを失ったISは背中から転倒してしまう。

 そうやって隙が出来た瞬間に離脱して、距離を開ける。

 

 ステータスをチェックするが、踏みつけられた事が影響してかパワーアシストの出力は19%にまで低下していた。  

 全然パワーが戻っていない。少なくとも、今やってのけたみたいに押し返すなんて不可能な筈なのに。

 

 

{マスター。いったい何を?}

「それは僕の方が聞きたいよ!」

 

 

 謎の現象に戸惑いを隠しきれない。

 そもそも変じゃないか、二度に渡るEMPと高圧プレスでアイアンマンのパワーアシストは死んでいるも同然だ。

 バランサーも壊れていたみたいだし、通常なら起立している事だって不可能だろう。

 だけれど、それが出来ている。まるで僕自身がアイアンマンと同等のパワーを持っているみたいだった。

 

 

{マスター、大変です}

「今度は何が大変になった?」

{アイアンマンのシステムに何かが侵入。不正に操作が行われています。警告、強制パージされます}

「え?」

 

 

 その言葉を理解する前に、本当にMark.7の装甲が弾け飛んだ。

 綺麗に吹き飛んだ。

 こうして見てみると損傷も酷い、内部も外部もボロボロに焦げついてしまっている。

 

 

「なに、えっ、どうして?」

【ごめんね、邪魔だったから剥いじゃった】

「ああ、それなら…………って、誰?!」

 

 

 マスクもパージされたのでメーティスの言葉も聞こえないし見えない。

 代わりに聞こえたのは、聞き慣れないメーティスと比べても高い子供の様な声。

 しかし何処から聞こえているのかも分からない。骨伝導でも無く、まるで頭に直接響いてくるような、そんな奇妙な感覚。

 

 

【誰って聞かれても、名前が無いからなぁ……私は私だよ】

「はぁ……」

【それよりも、フィッティングが終わったから展開するね!】

「え、何を?」

【そんなの、決まってるでしょ?】

 

 

 そして、僕は光に包まれた。

 EMPの激しい光ではなく、アークリアクターと似た穏やかで優しい青い光だった。

 それが全身に滞留して……妙にチカラが湧き起こる。

 不思議な感触に苛まれながら、やがて光が止むと僕は────

 

 

「これって……」

【ジャーン! アイアンマーン!】

 

 

 アイアンマンになっていた。




(特定のキャラの)テンションが高過ぎた。ネタもちらし寿司に。

【アダマンチウムの爪】
やっぱりミュータントじゃないか(呆れ)

【ルーシィヒ・アイゼンシュロット】
適当に考えたお名前。煤色の鉄くず。
ドイツ語がおかしい?ドイツ語ってカタカナにし辛いんだよね。

【メーティスはどうなったの?】
ネタバレすると、普通に次回で口を挟んできます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

029 心臓が止まりそうになった

アイアンマン1……旧リアクターの出力不足でアイアンモンガー戦では停止寸前に
アベンジャーズ……遠い宇宙という環境のせいか、アークリアクターが一時的に停止してしまう
アイアンマン3……マーク42の調整不足、襲撃に伴う故障でバッテリーや様々な機能に支障があり悩まされる


つまり、アイアンマンの天敵は実はエネルギー不足じゃないか説を提唱します。


 自分自身を、見える範囲で見渡してみる。

 紅と金の色を持つその装甲は、紛れも無くアイアンマンのそれだ。

 先程まで装着していたMark.7との違いを挙げるとすれば、見た目上では装甲が些か薄く、シャープな形状になっている事か。

 

 

『システム・スキャンを実行します』

「あ、メーティス?」

 

 

 Mark.7がパージされた際にマスクも弾け飛んでしまったのでメーティスのメッセージも途絶えていたが、新たなスーツを纏った事でスピーカーも復活していた。

 そのお陰でメーティスの声も再び耳へと届いている。

 

 

『Mark.Xの起動を確認。エネルギーソースが変更されています。システムの再起動を──』

【ちょっと、邪魔だから黙っててよ】

『あっ』

【M.E.T.I.S.オフライン。シャットダウンしました、なんてね】

「ちょ、ちょっと!?」

【大丈夫、大丈夫。少し眠って貰っただけだからさ】

 

 

 随分と強引な事をするAI、で良いのだろうか?

 突如として耳に届いた謎の声は、どうやらMark.Xのシステムを掌握してしまった様だ。

 しかし、僕はこんなAIを組み込んだつもりは無い。湧いてきた、という表現はおかしいが何にせよ予期せぬイレギュラーだった。

 

 

「君はAI、なの?」

【まあ、概念的にはAIで良いのかなあ?】

「なんでそこが曖昧なのさ……」

【兎に角、私はMark.XでMark.Xは私も同然。ナビゲートは任せてよ!】

 

 

 アイアンマンMark.X。それは、僕の胸に埋め込まれたアークリアクターの動力源として使用しているISコアの機能を利用してスーツを構成する全く新しいアイアンマンである。

 装甲や武装は量子変換されている為、外部からスーツを装着する必要も無く特撮ヒーロー宜しく“変身”する事が可能で、如何なる状況でもアイアンマンになれるという寸法だ。

 しかし、先月に完成した筈のMark.Xだったのだが、どういう訳か再三の試験でも装着する事が出来ず、何か欠陥があるのかと頭を悩ませていた。

 結局は解決出来なかったのだが、どういう訳か今はこの通り装着出来てしまっている。

 

 

「任せてとは言われても、いきなり信用なんて出来ないよ」

【じゃあ、これからの活躍で信頼してくれれば良いから!】

「強引だなぁ……まるで誰かさんみたいだ」

 

 

 それにしては随分と人間味溢れるというか、“我”の強い上に幼い印象を受ける意識である。

 確かに何が何だか分からない。だが、この場でアレコレと考えたとしても結論は出ないだろう。

 まずは現状の解決、然るべくしてからドップリと考察と検証に耽ようじゃないか。

 

 

「だったら、信頼して貰いたいならまずはメーティスを再起動してくれ」

【えー? やだ】

「なんで?!」

【だって何時もちょっかい出してきて五月蝿いし。それにMark.Xのサポートは私の方が絶対に上手だよ】

「でも僕は君の性能も知らないし、保険は必要だよ」

【むぅー……しょうがないな。あ、それよりも来るよ】

「え、わっ!」

 

 

 話に夢中になっている内にルーシィヒ・アイゼンシュロット……が泥を被った様なナニかは立ち上がり、此方へ迫っていた。

 その大きな拳を振り上げ、僕を叩き潰さんとハンマーの如く降ろしてくる。

 咄嗟に両手をクロスにして掲げ、その暴力を受け止めようと防御を試みた。

 

 

「うお、お……お? あれ、軽い?」

 

 

 想像していたよりも黒いISのパワーは弱く、片手でも楽々と受け止める事が出来た。

 いや、向こうが弱いのでは無く此方のパワーが想定よりも強かったのだ。

 ならば試しに、と渾身の力を込めた拳を隙だらけな鳩尾に向かって全力で突き出す。

 

 

「────っ!?」

「ぅお……飛ん、だあ!」

 

 

 黒いISは、まるでキャプテンに殴り飛ばされたサンドバッグみたいに宙を飛んで行き、やがては落下してから頭や背中を地面に打ちつけ、廃棄された資材を押し潰しながらゴロンゴロンと転がっていく。

 そして巨大な工業機械に衝突して、漸くその動きは止まった。

 

 

「なんだこれ、凄いパワーだ……」

『平均値ではMark.7の三倍のパワーが推定されます』

「メーティス、戻ってきたか。 って……三倍?」

 

 

 しかし、矢張り何か異常(おか)しい。そもそも、Mark.Xの考案・設計時の際にそんな性能では構築していない。

 前提として通常のスーツの延長線上に考えていたので、精々Mark.7の1.2倍程度か、その辺りを想定していた。

 しかし、実際にはこの有り様だ。

 

 

「でもこんなパワーリソース、何処から……」

『マスター、この形態は不可解です。Mark.8が間も無く到着しますのでそちらに着替えてください』

【ちょっと! そんなの駄目だからね!】

『こんな得体の知れない物をマスターに使わせる訳にはいきません』

【得体の知れなく無いよ! 私の身体はこの人が作ったんだからね!】

「いや、まあそうだけど……」

 

 

 そうは言うものの、自分で造っておきながら自分の物では無い様な、妙な感覚だ。

 性能が高いのは喜ばしい。だが、果たしてメリットだけなのだろうか?

 

 

『マスター、再びEMP攻撃が来ます。警戒してください』

【大丈夫だって、あのくらい】

 

 

 二者から対照的な指摘がなされる。

 警戒するに越した事は無いだろう……しかし、今の僕はアイアンマンにしてISでもあるのだ。

 結論を出して、僕は仁王立ちで電磁パルスの光を眺めた。

 

 

「っ……!」

【電磁パルスによる干渉や影響は無し。電磁波は完全に遮断できてるよ】

『……確かに、その通りです』

 

 

 予想通り、今の僕にEMPは無害だった。

 宇宙開発を目的としたISは、基本性能の段階で宇宙空間で見舞われるであろう様々な事象への対策が当然ながら施されていた。

 例えば、太陽フレアや超新星爆発によって生じる様な強力な磁場の直撃を受けてもビクともしないポテンシャルを持っている。

 つまり、その数百分の一の規模でしかないこの程度の電磁パルスでは、日向ぼっこも同然だ。

 

 

「いい加減、人に向かって無断でフラッシュを焚くのは止めてくれないかなっ!」

 

 

 EMPの発生源であるレールガンのなり損ない。キャノン型の発射装置にリパルサー・レイを撃ち込む。

 右手から弾ける様な衝撃が轟き、一度窺うようにリパルサー・レイの砲門を見てから再び前方に視線を戻すと、EMPキャノンだけで無く肩部周囲のスライムみたいな黒い軟体装甲幾らかも消し飛んでいた。

 明らかにリパルサー・レイの威力も上がっている。これではユニビーム並みだ。

 

 

「うっわ、何これ……」

【ねー、凄いでしょー?】

『バッテリーの残量は74%です』

「えーっと……一応、僕が設計した仕様はそのまま使えるんだよね?」

【うん、勿論だよ!】

「よし、じゃあ一気に決めちゃおうか!」

【合点承知!!】

 

 

 僕がMark.Xを造った理由の一つ。それは、必殺技が欲しいというもの。

 ある意味ユニビームが必殺技ではあるが、飽くまでもアークリアクターはエネルギー炉であり、ユニビームはオマケとも言うべき副産物であって必殺技としては造っていない。

 大技で勝負を決めるのはマーベルのヒーローと言うよりも日本の特撮ヒーローの特徴と言えたが、僕は日本人なのだ。それに日本人ならではのアイアンマンのイメージという物がある。

 

 

「プロトンキャノン!!」

『あっ、それは』

 

 

 ISコアのストレージに保存されたデータを逆量子化し、右手に顕現されたのはアイアンマンの体躯をも越える全長3m以上にも及ぶ巨大な大砲だった。

 別の世界の、更に一部の人達にとってアイアンマンと言えば?と問われて挙げられる武器と言えばコレだろう。

 それがプロトンキャノン。正確に言えば、造ったのは重イオンレーザー収束型六連装荷電粒子砲だが。

 威力に関しても申し分なく、ヴィブラニウムやアダマンチウムは兎も角としてゴールドチタニウム合金を一瞬で融解してしまう程の火力を誇る。

 

 

【ねえねえ、出力はどーするの?】

『マスター。プロトンキャノンはエネルギー変換効率を考慮した運用を推奨します』

「えっと……絶対防御ってどれくらいまで耐えられるのかな?」

【別に100%で撃っても絶対防御は貫かないよ】

『理論上ではツァーリ・ボンバの直撃にも耐える筈です』

「そっか、でも100%は必要無いよな……50%で撃ってみようか」

 

 

 悠長にプロトンキャノンを構えていれば隙だらけで黒いISの報復攻撃を浴びてしまうので、その間にも肩部のキャノン砲を展開して牽制を行う。

 通常のアイアンマン・スーツであれば装弾数は数十発程度なので直ぐに弾切れを起こすが、Mark.Xに至ってはその都度量子変換された弾薬を解凍して給弾するのでその心配は殆ど無い。

 マイクロミサイルでは200発程度、キャノン砲の弾薬に至っては一万発程度の準備がある。

 後はプロトンキャノンのチャージを待つだけだが……しかし、メーティスからの警告が入った。

 

 

『50%でも威力が過剰です。そもそもこの兵装はゼタワット級のエネルギーを消費するので綿密なシミュレーションを行ってからでないと……』

【大丈夫だって、それにもうとっくに27%までチャージ完了してるよ!】

『おやめなさい! アナタの思考は短絡的過ぎます!』

【メーティスはうるさすぎっ!】

「ふ、二人とも落ち着いて……」

 

 

 突如としてAI達が喧嘩を始めた。

 しかしこの戦い、メーティスが圧倒的に不利だ。相手も普通のならばメーティスが制御を奪えるだろうに今回は真逆。

 Mark.Xのコントロール権においては謎のAIの方が優位なのは先程メーティスをシャットダウンさせてしまったのを見ても明らかだ。

 普段ならメーティスの方がやりかね無いのに……因果応報、とは違うけど。

 

 

【まあ、メーティスが騒いだところでもう止められ無いんだけどね!】

『チャージは途中で止められるでしょう! ああっ、バッテリーの残量が40%を下ま──』

【もう、いい加減にしてよ。M.E.T.I.S.をオフラインに】

『バッテリー残量に、じゅうに、ぱあs……』

 

 

 メーティスの声が低くなってくぐもったかと思えば、スピーカーから音が途絶してしまった。

 マスクのHMDによるインターフェースで呼び出しを行うがアクセスを拒否されてしまう。十中八九、このAIのせいだろう。

 

 

「こら、また勝手に!」

【ふんだっ! Mark.XのサポートAIは私なの! だから私の話だけ聞いていれば良いのっ!】

「いや、そういう訳には……」

『その通りです、そういう訳にはいきません』

 

 

 どうした物かと困り果てていると、メーティスの声が聞こえた。

 慌ててディスプレイを見るが、しかしMark.Xのシステムでは未だにオフラインのままだ。

 

 

「メーティス、どこから?!」

『Mark.8が到着しました。今はオープンチャンネル経由で交信しています』

 

 

 振り返れば、上空から飛来したアイアンマンがMark.Xの背後に着陸していた。

 どうやら、メーティスがコントロールしてここまで持って来てくれた様だ。

 

 

【ちょっと! 邪魔する気!?】

『いいえ。しかし、直ぐにMark.8と私が必要になるでしょう』

【なに言ってんのさ、そんなの有り得ないもんね! あんなのプロトンキャノンで一撃だもん!】

 

 

 何だかんだと言い争いをしている内に、いつの間にかプロトンキャノンのチャージは50%まで完了していた。

 

 

【ほらチャージ完了したよ! もう撃つからね!】

「いや、ちょっと! メーティスの話をもう少しちゃんと聞いた方が……」

【問答無用! ロックオン……プロトンキャノン、発射!!】

 

 

 僕がトリガーを躊躇う間も無く、電子制御でプロトンキャノンが発射されてしまった。

 光の咆哮。エネルギーの奔流が滝の様になって溢れ出す。

 忽ち黒いISはレーザーと荷電粒子の青い渦に飲み込まれ、光の中に消えてしまう。

 

 自分で造ったとは言え、試射もしていない初めての実践。正直、侮っていた。

 精々ハイメガぐらいかと思っていたらサテライトだったとでも言えば良いのか、プロトンキャノンの光線は止まる事を知らず、目標を超えて後方の工業機械や廃棄された自動車まで巻き込んで破壊していく。

 永遠に続くのかと錯覚してしまいそうになったが、やがてプロトンキャノンにチャージしていたエネルギーは枯渇し、ビームも同時に途絶えた。

 エネルギーを撃ち尽くしたのを確認してから、プロトンキャノンを量子変換してバススロットに収納してしまう。それから、プロトンキャノンの射軸を見つめる。

 

 

「これは……おいそれとは、撃てないな」

【あははは、すっごいねー!】

 

 

 散々と苦しめられた黒い軟体装甲は、完全に蒸発していた。

 元々あったルーシィヒ・アイゼンシュロットの燻んだ装甲とフレームの一部は残り、絶対防御によってパイロットの少女は無傷のまま、地面に倒れ伏している。

 

 そして……その後ろは、削られていた。

 地面はビームの軌跡が抉られ、着弾した壁や天井は熱で溶かされ赤くドロドロした液体が滴り落ちている。

 これが人の密集する街で解き放たれていたらと考えると……ぞっとしてしまう。

 

 

『生命反応を感知。パイロットのバイタルも安定しています』

「よし、じゃあまずはパイロットを保護して……」

 

 

 近付こうとして。

 ガクッと、脚が崩れて膝を突いてしまった。

 

 

「あれ……?」

 

 

 それから遅れる様にして、ディスプレイが真っ赤に染まってしまっている。レッドアラートだ。

 急いでステータスを開いた。その原因はエネルギー不足の為、Mark.Xの維持が困難であるというものだった。

 シールドエネルギー残量は96%、アークリアクターからのエネルギー供給は……供給が、無い? 

 いや、そもそもアークリアクター自体が動いていない。

 ログを参照。エネルギーラインは……アークリアクターでは無く、人工心臓のバッテリーから流れていた様だ。

 何かの不具合だろうか? しかし、EMP攻撃を喰らった時でもアークリアクターは問題なく稼働していた。それは間違いない。

 

 

「どういう、事だ?」

【あれ、言ってなかったけ? Mark.Xが起動してからアークリアクターが止まっちゃってさ】

「は…………?」

『どうやらMark.Xが起動した事でISコアはI()S()()()()としてだけ機能し、アークリアクターはコアを欠き停止してしまった様です』

「なんでそれを教えてくれなかったんだよ……」

『私は忠告しようとしましたが、その子に阻まれまして』

【敵は倒したし、バッテリーも使い切らなかったんだから別に良いじゃん!】

『しかし、既にバッテリーの残量は4%です。このままではマスターの生命活動に支障をきたします』

 

 

 4%。

 質の悪いバッテリーだったら、今すぐにでも0%になってもおかしくは無い数値だ。

 いや、そもそもこのバッテリーはアイアンマンのエネルギー源として想定された物では無いので、4%なんてそれこそ一瞬で弾け飛んでしまうかもしれない。

 バッテリーの枯渇は、即ち人工心臓の停止を意味する。

 

 

「め、メーティス! どどどうすればいいんだ?!」

『今すぐMark.Xを解除してください。Mark.8のアークリアクターと人工心臓を接続して給電を行います』

「ぅえ、っと! 君! 早くMark.Xを脱がせてくれっ!!」

【はいはーい、分かりましたよー】

 

 

 意外にも素直で、直ぐに僕の身体からMark.Xが消える。

 まるで癒着していた皮脂でも剥がれたみたいだ。脱いだとか、そんな感触は無い。

 急いで後ろに振り返れば、もうメーティスがMark.8の装甲を展開して僕を受け入れる準備を済ませてくれていた。

 しがみつくみたいに飛び込んで、Mark.8を装着する。

 

 

「はあっ、はあっ!!」

『人工心臓への給電を開始。……矢張り懸念していた通り、胸のアークリアクターは暫く稼働しなさそうですね』

「あっ、え? 本当?」

『イエス。Mark.8がこの場に無ければ82%の確率で心停止していた筈です』

 

 

 命が繋がって、少し冷静になって考えればMark.Xを解除すれば再びアークリアクターが動き出すかとも思った。

 しかし、メーティスが曰くISコアは現在、水素の吸着が行えない状態にあるという。

 つまり……Mark.8が来てくれなければ、僕は死んでいたかもしれない。

 

 

「えーと……名前が無いと不便だな。もしもーし?」

『ISコアは現在スリープ状態です。先程のAIと思しき何かも応答は無さそうですね』

「……そっか、じゃあその辺りは帰ってからにしようか」

 

 

 自分の問題が解決してから、今度こそルーシィヒ・アイゼンシュロットのパイロットに近づく。

 あんなに僕が騒いでいたのに依然として倒れたままだ。どうやら気絶している様だ。

 

 

「……スイスに引き渡しても亡国機業の情報は得られないだろうしなあ、やっぱり轡木さんに引き渡した方が良いかな」

 

 

 忘れずにMark.7の残骸を完全に破壊してから、パイロットの少女を抱える。

 完全に誘拐だが……仕方ない。日本に連れていくには両親のプライベートジェットに乗せる必要があるだろうし、攫っていくしかない。

 それよりもこんな大騒ぎを起こしたのだから警察や軍隊がいつ出張ってきてもおかしく無い。さっさと離脱するべきだろう。

 

 

「なんだかなぁ……釈然としない」

『法律的に問題無いでしょう。どうやらこのパイロットはドイツの軍籍、病歴を含むあらゆるDNAデータベースに登録されていません』

「え、どういう事?」

『分かりません。調べてみる必要がありますね』

「…………」

 

 

 尚更、頭にモヤモヤした痼りが蓄積していくのを感じながら……僕は飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 スタジアムに戻って来た頃には当然ながら既に決勝戦は終わっていた。

 襲撃犯であるルーシィヒ・アイゼンシュロットのパイロットは、ひとまず僕らの護衛及び監視の為に在ジュネーヴ大使館にいた轡木さんの部下、つまりS.H.I.E.L.D.の工作員に身柄を預けている。

 あらゆる問題を先送りにした形ではあるが、疲れ切っていた僕は何よりも休む事を優先した。

 両親が貸し切ったペンションの一室にあるベッドにダイブして、暫くしたら意識が途絶える様に眠ってしまったが。

 

 

「いやー、試合をリアルタイムで観られなくて残念だったな……改めて千冬、優勝おめでとう!」

「ああ、ありがとう幸太郎」

 

 

 そして翌日、遅ればせながら僕は千冬の健闘を労う。

 分かりきっていた事ではあるが、千冬は見事に第一回モンドグロッソ大会で総合優勝を果たし、ブリュンヒルデの称号も手にしていた。

 これで名実と共に千冬は世界一のISパイロットになった訳だ。

 

 

「何かお祝いをしないとね。千冬は欲しい物とかある?」

「ふむ……しかし優勝賞金だけでなく日本政府からも少なくない報奨金が出るからな」

「別にお金や買えるものに限定しなくても、やりたい事とかでも良いんだよ」

「そうだな、だったら一夏と家族旅行なんて良いかもしれないな。考えてみれば二人でゆっくり過ごす事もままならなかったし、静かな温泉地に行ってくつろぐのも乙な物だな……」

 

 

 流石はブラコン。目を瞑りながらその光景を夢想している。

 ヘタしたら涎でも垂れてくるんじゃないかな。そんなことを言った日には僕の目から火花が飛び散る程に殴られるだろうけど。

 

 

「温泉かあ……この時期なら草津とか良いかもね、あそこはスキー場もあるし」

「うむ……」

「よしメーティス、現在営業中で比較的新しい草津でM&A可能なホテルか旅館って無いかな?」

「…………は?」

『検索を開始します』

 

 

 ポカンと呆ける千冬を尻目にメーティスに探らせる。

 旅館の相場なんて知らないけど……従業員の雇用や温泉の使用権を引き継いでも数億円程度で買えるんじゃ無いだろうか?

 

 

『見つけました。客室300以上、温泉やジャグジーにワイン風呂など20種類の湯船があり、大型プール、ゲームセンター等を完備した大規模ホテルが後継者不在でM&Aが検討されています』

「おお、また凄いのを探してきたな……」

『提示金額は20億ですが、如何なさいますか?』

「そっか、じゃあ買収しよう」

「待て待て待てえっ!!」

 

 

 気持ち良くお買い物をしていると、千冬が目を見開いて騒ぎ出した。

 何事かと見やれば、今度は肩を掴んでグワングワンと揺らしてくる。疲れてる時にこれをやられると……正直、かなり効く。

 

 

「なに、を、するん、だよっ」

「それは私のセリフだ! いま貴様は何をした!!」

「ホテルを買ったんだよ」

「そんな一室を予約する感覚で気軽にホテルを買う奴があるか!」

「いるんだな、ここに」

「このっ、常識外れ共が……」

 

 

 自分を指差しながら説明してあげると、千冬は頭を抱えて溜息をついた。

 

 

「千冬、常識って言うのは個人や限られた範囲での感覚の事を言うんだよ。日本での常識が海外で通用しない様に、僕には僕の常識がある」

「尤もな事を言ってるつもりだろうが、規格外にも程があるぞ……」

 

 

 良いじゃないか、自分の稼いだお金で温泉ぐらい買ったって。

 300室もあるならかなり儲けも出る筈だし、数年で元が取れるだろう。

 この際、アイアンマン以外にも色々と売り物を考え始めても良いかもしれない。

 電気自動車とか航空機とか、アイアンマンを広告にしたら新規参入でも売れるんじゃ無いかな?

 

 

「あれ、そう言えば束はどうしたの?」

「束? ああ、お前と束の母親が何処かへ連れ出していたな」

「買い物か何か?」

「知らんが、そうなんじゃないのか」

 

 

 母さんも、というのがちょっと腑に落ちないけど、そういう事もあるのかもしれない。

 まあ、どう過ごそうと個人の自由だし……女同士の買い物とか、色々あるのだろう。

 

 

「あれ、でもそれなら千冬は行かなかったの?」

「私は誘われなかったからな」

「…………」

「なんだその目は?」

「いいや? なんでも無いよ?」

 

 

 まさか、ハブられ────

 

 

「ただいまー!」

「おろ?」

 

 

 噂をすれば何とやら、母さんの声が聞こえた。

 まだ昼前だが、もう帰ってきたのだろうか。随分と買い物は早く終わったらしい。

 

 

「ああ、幸太郎。やっと起きたのね」

「お帰り母さん、何処に行ってたの?」

「ちょっと、ね……」

 

 

 母さんは何故かはぐらかす様に言い淀んでしまう。

 何かやましい事でもあるのだろうか。まさか、母さんに限ってそれは無いだろう。

 でも何かを隠しているのは確かだ。しかし、何を?

 

 

「ほら、束」

「……」

 

 

 遅れる様に、束達もペンションの中に入ってきた。

 しかし束は無言のまま俯いている。

 

 

「千冬ちゃん、ちょっと二人だけにしてあげて頂戴?」

「はい? ええ、わかりました」

 

 

 何を思ったか、母さんは千冬も連れて別の部屋に移ってしまい、言う通り束と二人きりにされてしまう。

 

 いったい、何だと言うのだろうか?

 

 

「あ、あのさ……!」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 

 しばし、そうして沈黙が続く。

 妙に束は動揺していて、明らかに普通ではない状態に心配になってしまう。

 

 

「む、うぅ……その、ね?」

「どうかしたの?」

「いや、だから…………」

 

 

 束は突然、深呼吸を始めた。

 大きく、肺の中の空気を全て取り替えようとせんばかりに。

 それで少しは落ち着いたのだろうか、胸を撫で下ろしてから、近づいてくる。

 一歩、一歩、確かめる様に。

 

 

「ふぅ……」

「……?」

「はっ、ふっ、ほうっ…………あ、のねっ!」

「う、うん」

「できちゃった、みたい、なんだ……」

「出来たって、何が?」

 

 

 また再び、束は俯いて沈黙してしまう。

 それにしても妙に恥ずかしそうにソワソワとして横向きにフルフルと揺れている。どうした、何だか不思議と可愛いぞ。

 

 

「その、つまり…………赤ちゃんが」

「…………ん? 今、なんて?」

 

 

 いま、聞き捨てならない言葉が

 

 

「赤ちゃんが、いるの」

 

 

 お腹に触れながら、ポツリと呟いた。

 

 

「えへへ……幸太郎の子供、だよ?」

 

 

 恥ずかしそうに頰を赤く染めて、そんなに嬉しそうに笑うのは……ずるいと思う。

 




悶え苦しむが良い(無慈悲)

タイトルはダブルミーニングでしたとさ。




エンディングが見えた…………!(わたぬきじゃないのに)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

030 だからさ……もう、ゴールしても良いかな?

長らく!大変お待たせ致しましたぁああっ!!

タイトルは私の心情でもあったり。
この7000文字弱を紡ぎ出すのに一週間くらい掛けて10000文字を捨てた。
大した事ないって?書ける時は7000文字とかあっという間なんだけどね。

やっと、ゴール。


 スイスから日本に戻ってから数日が経過した頃。

 本当ならゲートブリッジへ直ぐにでも戻っても良かったのだが、今回の功労者でもある千冬の為に暫くこちらに留まる事にした。

 と言うのも、モンドグロッソ総合優勝という輝かしい功績を成し遂げてしまった千冬は現在マスコミが甘味に(たか)る蟻の如く付き纏われる状態が三日三晩と続いてしまったのだ。

 故に、僕が先日に買収した草津の温泉旅館でゆっくりして貰おうと計画。勿論、千冬と一夏くんだけでなく僕達も一緒に行こうという話になったが……まあそれはそれとして。

 

 

「…………束」

「ん、幸太郎? どうかした?」

 

 

 あの日から、実は束とちゃんと話す事が出来ていなかった。

 まさか、拒んでいるからではない。そもそも、そういう事態になったのは僕も合意して常日頃からそうなる事を心の何処かで期待していたからで……いや、兎も角。

 つまり、気恥ずかしさと言うか、心の整理が追い付いていなかったのだ。

 何だかんだで僕は小心者で、ストレートに「はい」と頷く事も出来ない程までに臆病だったというだけの話。

 それなのに束は穏やかな表情で「ゆっくりで、いいから」なんて励ましてくれて────本当に、我ながら情けない。

 

 

「ちょっと、話があってさ」

「ああ、明後日の旅行の事? 準備ならもう出来てるよ」

 

 

 それはそうだろう、殆ど僕がやったんだから。

 

 

「そうじゃなくて……」

「じゃあ、もしかしてMark.Xの話?」

「違────」

「私からも話そうかなって思ってたんだよねー、アークリアクターをそのまま貸してくれたからちゃんと調べられたよ」

 

 

 僕の話を遮る様に、束は懐からアークリアクターを取り出して話題をそちらへ持って行こうとする。

 その話も実は聞いておきたいという思いがあったからだろうか、言い淀んでしまい、その隙に会話の流れを修正する間も無く主導権をアッサリと束に取られてしまった。

 

 

「幸太郎の言う通り、コアに人格が芽生えてた」

「……うん」

「理論上、いずれは人と会話出来るレベルまで自我が成長するとは思ってたけど、まさかこんなに早くなるとはね……やっぱり環境が良かったからなのかな?」

「関係あるの? アークリアクターのコアであった事とかは」

「再現実験が出来ないから飽くまでも仮説レベルだけど、アークリアクターっていう高エネルギー環境に長時間に亘って晒されている状態や、日常的に高性能AIと交信している様な状況が人格の成長を促したのは、多分間違いない」

「ふぅん……」

「それと、心臓の隣に寄り添っていた事も」

「え…………それは?」

「ISは、コアはね、人の心と触れ合う事が出来るの。待機状態(アクセサリー)として身に付けている持ち主の会話や心情を読み取る事が出来て、それを糧に心を成長させていく。まるで胎児…………みたい、に」

 

 

 胎児。

 その言葉に僕が動揺した様に、束も言葉尻が若干上擦っていた様に思える。

 

 

「……」

「……」

 

 

 失言、とは違う何だか言葉の気まずさ。

 それが暫しの沈黙と静寂を作り出してしまっていた。

 意味も無くお互いの視線だけが右往左往して、それが更に妙な雰囲気を作り出してしまう。

 

 

「それで、ねっ! 折角だから、名前を付けてあげようかと思って」

「名前……コア、の?」

「そう。 ある意味、新しい命だから…………それで、私は“アリス”が良いかなーって思うんだけど」

「アリスか。束って好きだよね、不思議な国のアリス」

「うん、まあね」

 

 

 またしても露骨に話題を無理矢理に変えられてしまう。

 それよりも、アリス、という名前に何か不思議な感覚を覚えた。

 昔から束はアリスを模した様な青いエプロンドレスを好んで着ていたり、ラボの名称にワンダーランドと名付けてみたり、ルイス=キャロルのアリスシリーズへの強い拘りを見せていて、それが印象に残っている。

 

 

「でも最初はね、あんまり好きじゃ無かったんだ」

「え、そうなの?」

「うん、小さい時にアリスのアニメを観てさ、明るくてカラフルだけど毒々しくて、目紛しく場面が転換していって音楽も何処か不気味で……外に生えてるパンジーとか、枕の花柄が顔に見えて本当に怖くて、目を瞑ってもそれが目蓋に浮かんできて眠れない時もあって、軽くトラウマだったかも」

 

 

 何となく、意外だった。

 言われてみれば、アリスはホラー系の映画やゲームの題材やモチーフとして使われる事もあるぐらいで、曖昧にはファンシーでメルヘンなイメージだが、原作小説の挿絵なんかを見てみると確かに不気味だったりする。

 だけどそれより、束に怖い物があったという事実の方が驚きだ。

 それに何故、そんなトラウマと言わしめる物を好む様になったのか?

 

 

「だけど何時からかなぁ、私の居場所もソッチ側なんじゃ無いかなって、考える様になったんだ」

「そっち側って……どっち側?」

「幼い時から周りの子と話しても会話にならなくて、異常(おかし)な子だって周囲から言われて……自分でも、その感覚があったのかな」

「…………」

「チェシャ猫とか帽子屋ってさ、妙ちきりんな格好してて、性格や言動も明らかに異常なのにあの世界では普通じゃん? だからあの怖くて不気味な世界に行ければ、私も普通になれるのかなって、そう思った……んだと思う。ちっちゃな時の話だから、なんて言うかもう曖昧な感覚としてしか覚えてないんだけどね」

「だから、アリスの格好をしたり……?」

「多分ね。絶対に戻れない何処か凄く遠い所まで行ってみたいって、だけど死ぬのはもっと怖いから絶対に嫌だとか、矛盾した事を考えてたりして」

「へぇ……」

「だけど、そんなに遠くまで行かなくても良いんだって、幸太郎に出会えて気付けたんだ」

「え────?」

 

 

 まさか、そこで自分の名前が出てくるとは、露ほどにも思ってもみなかった。

 

 

「私さ、自分で言うのも何だけど昔から頭が良くて何でも出来ちゃって、そんなんだから周りの人達が皆んな馬鹿に見えちゃって……だけどそれが、寂しかったんだ」

「…………」

「本当はお話がしたかったんだ。でもその話題が漫画とかドラマについてじゃなくて、ローレンツ力とかガウスの法則とか、スピン角運動量とかで……子供には絶対に、通じない話」

「そうだね、外国語にしか聞こえなかったんじゃないのかな」

「でもね、いたんだよ。そんな私の無理難題に応えてくれる人がさ」

「つまりそれが……」

「うん、幸太郎だよ」

 

 

 僕の場合は、元々知っている事だからズルしてる様な物だったんだけど。

 でも確かに、僕だって出来る事なら物理学や電気工学について語り合っていたかったし、実際にそれが出来たのは束とだけだった。

 束みたいに口に出しては言わないけど、僕も周りにいた同級生が凄く幼稚に感じられたし……一歩間違えていたら、束みたいに卑屈で皮肉屋な毒舌家になっていたかもしれない。

 どうしてか喧嘩腰ではあったけれど、束と議論を交わしている時間は至福でさえあった。当時は絶対に認めなかっただろうけどね。

 

 

「素直じゃないから、つっけんどんした態度を取ってたけど、本当は嬉しかったんだ……」

「僕もだよ」

「え?」

「僕だってそうだった。 束がいたから僕は僕でいられて……何だろう、上手く言えないな」

 

 

 思わず、苦笑してしまう。

 随分と素直になったつもりなのに、どこか未だ気恥ずかしさが残っていて、上手く言葉を紡ぎだせない。

 しかしこれでは埒があかない気がした。

 でもこの辺りで、更に先へ踏み込まなければならないとも。

 

 

「それでさ、話を戻すけど」

「え、あれ……何の話だったっけ?」

「まだしてなかったよ。今夜から明日にかけて、何か用事とかあったりした?」

「用事? ううん、特に何も無いけど……」

「それじゃあ、ちょっと夕飯に付き合ってよ」

 

 

 

 

 

 

 車を走らせて一時間と少し、僕達は高層数十階を誇る高級ホテルの玄関口に来ていた。

 目的は、束に言っていた通りディナーを食べる為。

 助手席を見れば、どこか戸惑っている束が落ち着かない様子で辺りをキョロキョロを見回している。

 流石にホテルのレストランとなればドレスコードがあり、普段着では流石に似つかわしく無いので来る途中にドレスショップに寄って、今は青いカシュクールドレスを纏っていた。

 ちなみに、僕は無難にジャケットを着てスマートカジュアルに纏めている。

 

 

「え、なに? 何なのここ?!」

「まあまあ、ご飯を食べに来ただけなんだからリラックスしてよ」

 

 

 珍しく狼狽えている様子に北叟笑(ほくそえ)みながら、近づいてきたバレットに応対する。

 

 

「倉持様ですね。お待ちしておりました」

「はい、では車をお願いします」

「畏まりました」

 

 

 日本では些かマイナーだが、ホテルの玄関口まで車を着けるとバレット(ボーイの事)が鍵と車を預かって駐車場に停めてくれるサービスがある。

 僕の車はアウディのR8なので……恐らくは、駐車場に行く事は無くそのままホテルの玄関口の外周に駐車させられるだろうけど。

 高級外車は見栄えが良いからね。高級ホテルの前に高級車がズラっと並んでいる光景は、そういった演出がホテルの格を上げるからだ。

 

 

「あの……誠に失礼極まりないのですが」

「ん?」

「その、サインを頂けないでしょうか?」

「ああ勿論、構いませんよ」

 

 

 何とも準備の良いことに、バレットの男性は色紙とサインペンまで用意していた。

 自惚れではあるが僕もそれなりの有名人であるつもりで……そんな僕が来るという話が周知されていて、もしかしたらこの人は対応する権利を何とか勝ち取った勝者なのかもしれない。そう邪推してみると、なんだか面白い気がしてくる。

 

 

「そうだ、束も書いてあげなよ。あ、大丈夫ですか?」

「それは勿論! お二人のサインを一緒に頂けるなんて光栄至極です!!」

「だってさ」

「あ、うん……」

 

 

 英語の筆記体で書いた僕に対して束はサラサラと達筆に漢字のサインを色紙に記した。

 それも流れる様な草書体で、とても格好いい。

 やっぱり神職の家の生まれだから習わされたのだろうか、それとも門前の小僧習わぬ経を読むというやつか?

 

 

「ああっ……本当にありがとうございます!」

「大事にしてくださいね、もしかしたらそのサインはもう手に入らないかもしれませんから」

「え?」

「それでは、失礼します」

 

 

 バレットと別れを告げ、未だに戸惑いから抜け出せない束の手を引きながらホテルの中へ。

 クロークに荷物とコートを預けてからエレベーターで地上40階、高さおよそ200mの高層に位置するレストランまで一気に上る。

 開け放たれた扉の向こうには、都心の夜景が想像した以上の煌めきで彩られていた。

 夜景をメインに据えている為か、レストランの明かりは優しく穏やかなオレンジ色で、テーブルの真ん中にキャンドルが置かれていて料理と手元を灯してくれている様だ。

 

 

「予約していた倉持です」

「お待ちしておりました。どうぞ、お席へご案内します」

 

 

 ウェイターに導かれるままに窓際の席へ。

 ガラスの向こうには、大小様々な大きさと色で彩られた光の大パノラマが広がり、途方もない迫力が向こうから迫ってくる様な錯覚さえ覚えた。

 まるで銀河系を見下ろしている様な、壮大な光景。

 そんな初めて見る景色に、圧倒されてしまいそうになる。

 

 

「うわぁ……すごい、綺麗……」

「何だろ……テレビとかでさ、こんなの何回も見てる筈なのに実際に生で見てみるとさ」

「うん、上手く言えないけどさ……何か違うよね」

 

 

 感性の問題なのか、それともボキャブラリーの不足の問題だろうか。二人とも、稚拙な言葉しか紡ぎ出せずに景色の美しさを辿々しく讃える事しか出来ない。

 でもそのお陰だろうか、束の緊張が少しだけ解れた気がした。

 

 暫くは二人とも無言のまま外を眺め続けていて、少し会話を交わしたりしていると殆ど時間を掛けずに前菜を持ってウェイターがやって来る。

 

 

「倉持様、オードブルをお持ち致しました」

「あ、はい」

「オマール海老とウニのコンソメジュレとカリフラワーのブルーテソースで御座います」

 

 

 何だろう、名前を聞いただけで美味しそうだ。

 口の広いカクテルグラスの器には、下段に白いソースが広がっていて、その中に輝かしいオレンジ色をしたウニの柔らかいジュレが島の様に浮かんでおり、更にオマール海老の身が入り混じったムースで彩られている。

 見た目も美しく麗しい。味にも期待できるだろう。

 

 

「それじゃ、いただきます」

「いただき、ます」

 

 

 見事。一口目からその美味しさは海の波になって身体中に染み込んだ。

 カリフラワーのブルーテソースのクリーミーな味に、旨味をこれでもかと凝縮したウニのジュレ、トドメはオマール海老の甘味と引き締まったコクがそれぞれの特長を刺激しあい、一つの作品を作り上げている。

 そしてこれがまた、先程のシャンパンとベストマッチしている。

 マリュアージュと言うんだったけ、マリュアージュ……。

 

 

「どう、美味しい?」

「もう何だか……これだけで満足しちゃいそう」

「ええー? でもまだ前菜だけでももう一品あるし、魚と肉料理、それにデザートもあるんだよ」

「…………私、生きて帰れるかな?」

「あははは、大袈裟だなぁ」

 

 

 さて、どのタイミングで切り出そうか……?

 

 

 

 

 

 

「洋梨のコンポートのフランベ……美味しかったね」

「うん、苦味と甘味のバランスが良くて──」

 

 

 アルコール分を飛ばした赤ワインと砂糖に漬けられた洋梨は、綺麗な紅色に染まっていた。

 態とらしいグルメリポート風に言えば宝石の様だと比喩して良いかもしれない。

 そんなコンポートの上には冷たいバニラアイスが添えられていて……洋梨と絡み合う事で二層の味と香りが豊かなハーモニーを演出している。

 濃厚なミルクの味と香りが口で広がるアイスも、仄かな甘みと洋梨の爽やかな風味がワインで引き立てられたコンポートも、それぞれ単体でも美味であると手放しで褒められるだろう。

 しかし、このデザートは二つが合わさる事で一つの作品が完成しているのだ。

 

 そうやって、単体でも輝く物が一つになる事で更なる極みに…………なんて考えてしまって勝手に独りで恥ずかしくなる。

 もしかしてワインにアルコールが残ってたんじゃ無いよね、酔ってなければ良いんだけど。

 

 ──これ以上余計な事を思い付く前に、踏み込んでしまうべきか。

 

 

「…………さて、そろそろ良いかな」

「ん、何が?」

 

 

 再三に亘って躊躇し続けていたがそろそろ決心をするべきだろう。

 というよりも、これ以上後回しにしていると躊躇ってしまいそうで……この先、いつまでも踏ん切りが付けられずにタイミングがもう訪れなくなってしまうかもと考えると、怖くなってしまったと言うのが本音だった。

 それに、考える時間は充分以上に作る事が出来た筈だ。

 

 

「まずは、ごめんね。まるで逃げてるみたいで」

「えっ……あ、いやっ、私も何だか突然だったからさ……」

「でも、僕は逃げちゃ駄目だったのに。昔からそうだった、臆病で優柔不断で、なのに碌に考えずに行動して失敗ばかりして──」

 

 

 いや、違う。何を卑屈に自虐しているのか。

 今するべきなのは、そんなことでは無い。

 

 

「だから、今日こそは逃げない事にした。自分に素直にならなきゃって、漸く気付けたから」

「そうかな、幸太郎は結構、素直だと思うけど」

「そんなこと無いよ、肝心な事は何も言えなくて…………本当はさ、凄く嬉しかったんだ」

「え?」

「赤ちゃんが出来たこと」

「あ、うん……」

「何かに認められた様な気がして、本当に嬉しかったのに驚いちゃって伝えられなくて……多分、束を不安にさせちゃったと思う」

「それは、その……うん。そうかな」

「何よりもその事をまず謝りたかったのと、あの時に言えなかった事を今、きちんと伝えておきたいと思って」

 

 

 ジャケットの左ポケットの外側に手を沿えて、中身を確認する。

 大丈夫だ。何度も、確認したじゃないか。

 

 

「僕は、倉持幸太郎っていう人間は篠ノ之束っていう人間がいないと成立しない。それは今までも、そしてこれからも」

「ふぅん?」

「だから、つまり……君のことは感謝してもしきれなくて、何とかその恩を返したいとか思ったりして、ぁあー……」

 

 

 こんな言葉で伝わるのだろうかと、今更になって不安になってしまう。

 あんなに台詞とか言い回しを考えて来たのに、いざとなったらこんなにも緊張してしまって、頭が真っ白になって言葉が何も出てこない。

 参った。だったらもう、結論にいってしまった方が良いだろうか。

 

 

「その、要するにさ。君に受け取って欲しい物があるんだ。それで、それをどうするかを聞きたくて……」

「なにそれ、プレゼントってこと?」

「まあ概ね、そういう事だね」

 

 

 ジャケットの左ポケットから取り出したのは、燃えるような色をした深紅の指輪ケース。

 勿論、その中に入っているのは大粒のブルーダイヤモンドをあしらった指輪。つまり、婚約指輪だ。

 給料三ヶ月分……では無いが、それ以上の気持ちを込めたつもりでこの指輪を用意していた。

 

 

「僕とこれからもずっと一緒にいて欲しい。だから、僕と────結婚してください」

「ぅえ、あっ────ええっ!?」

 

 

 何時もトロンと力の抜けた瞳をしている束が、珍しく眼を見開いて驚愕の表情を見せていた。

 オマケに口まで手で押さえて。暫くそのまま、言葉が交わされる事もなく沈黙が続いてしまう。

 だけど、何故だか怖くは無かった。

 その沈黙も今だけは、どうしても心地の良いものに感じられたから。

 

 

 そして────

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 




特に言うことはないです。

やっと、漸くここまで来たかっていう感じ。フルマラソンで言えば38km地点くらい。
まだゴールしてないじゃんって?ゴールはこれからですよ。

そしてまた、次のレースがあるんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

031 ツクる者とツクられた者と

まだです。まだ、エピローグでは無い!残念ながら!

エピローグを迎えたらアベンジャーズ編は後ろの方に移動します。時系列に沿う形ですね。


 草津の旅館で楽しいひと時を過ごしてから、僕たち三人はゲートブリッジに戻って来ていた。

 気のはやる僕はいっそのこと旅館で結婚式を挙げても良かったのだが、束たっての希望で篠ノ之神社で神前式を執り行う事になり、一先ずは籍を入れるに留まっている。

 

 つまり、これで僕たちは正式に夫婦になった訳だ。とは言え、まだ正式発表した訳ではないので極一部の身内しか知らない事なのだが────

 

 

「幸太郎くん、束さん、ご婚約おめでとうございます。ああ、いいえ。ご結婚おめでとうございます、と言うべきでしたかな」

 

 

 戻って来るなり轡木さんに呼び出されたので素直に推参してみれば、開口一番にそんな事を言われた。

 今回は珍しく束が着いていきたいと申し出て来ていたので一緒に来ていたが、隣にいる束と僕とでお互いに目を見開いたまま見つめ合ってしまう。

 予期せぬ事態に見舞われた時、人間のリアクションにはあまりパターンがない事を今にして学んだ。

 

 

「え、えっ、轡木さん……一体、その話をどこで?」

「おや、ご存知ないのですか?」

「何を……?」

「プロポーズのご様子、ネットで公開されていますよ」

「は?」

「え?」

 

 

 衝撃の言葉にポカンとしていると、胸ポケットに入れていた携帯端末が通知を告げる為にブルブルと震えた。

 思考が定まらないまま無意識の内に端末を手に取ると、通知はメーティスから送られた物の様だ。

 直接言えば良いのに。何だろうかと開いてみれば、動画サイトへのリンクの様である。

 導かれる様にそのURLをタップすると────

 

 

《僕とこれからもずっと一緒にいて欲しい。だから、僕と────結婚してください》

 

「なっ、あ、ぃえええ!?」

「何で!?」

 

 

 それは正しく、つい先日に東京のホテルのレストランで束にプロポーズした時の光景だった。

 妙にアングルも良く、横側からカメラが向けられており二人の顔もバッチリと映っている。

 同様の動画は他にも幾らか分散している様だが、今現在観ている物だけでも再生数は85万にも及び、更におよそ1500件ものコメントがページの下部で踊っていて、『エンダァァアアア!!』とか『家の壁が無くなったから倉持宅の壁を殴りに行く』やら『おめでとう』『末永く爆発しろ』なんて祝福する言葉があるかと思えば『妊娠してからの飲酒は厳禁』という話題がやたらと伸びていたり…………成る程、これからはそう言う事にも気を使わなければいけないな。

 

 じゃなくて!

 

 

「盗撮……?」

「世間一般の認識では、スクープと目されている様ですがね。ちなみに、テレビのニュースでも取り上げられていましたよ」

「この数日間、旅行に行ってたからテレビ観てなくて……メーティス! 絶対にお前知ってただろ!」

『イエス。存じ上げていました』

「だったら、なんで報せなかったんだよ!」

『マスターが、以前にご自身について報じる記事やニュースを敢えてピックアップする必要は無いと仰っていましたので』

「言ったかもしれない、言ったかもしれないけどさぁ……!」

『問題ありません。既に現状で報道されている記事と番組はライブラリに保存しています』

「違うっ、そういう問題じゃない! 今すぐにネットにアップロードされた動画を削除するんだよ!!」

『不可能です』

「なんで!?」

『動画共有サイト、匿名掲示板、SNS、コミュニケーションアプリ……様々な経路からウイルスが媒介するかの如くスピードで動画は拡散しており、それらから動画を総て削除するには既存のウェブ・ネットワークを破壊する他に方法がありません』

 

 

 インターネットという名の大海の中に放り出されてしまった画像をサルベージするのは不可能である、なんて話は今の世の中では常識ではあるが……まさか、自分がその対象になるとは。

 いや、確かにISとアイアンマンの開発者両人のスキャンダルともなれば槍玉に挙げられるのは当たり前であるとも言える事象であり、考慮した事が無かった訳では無いが、流石にこの事態は予想外だった。

 

 

「お取り込み中に申し訳ないのですが幸太郎くん、先に本題の方に進んでも宜しいですかな?」

「あ……すみません、どうぞ」

 

 

 そういえばそうだ。これは個人的な問題なのだからどうするかは後で自分達で考えよう。

 元々、ここに来たのは別の用事があったから。すべてはスイスでの騒ぎの続きなのだ。

 つまり襲撃犯、ルーシィヒ・アイゼンシュロットとそのパイロットについてだった。

 

 

「まず機体についてからですな。ルーシィヒ・アイゼンシュロットはドイツ連邦軍で開発された理論実証機だった様です」

「理論実証機……あのAICとか、黒いブヨブヨしたヤツみたいな」

「ええ。しかし燃費や継戦能力の欠如などの問題が生じて制式採用される事は無く廃棄された模様ですが」

 

 

 だからアイゼンシュロット。つまり、鉄屑。

 しかもルーシィヒというのも煤を意味する言葉、言い換えれば燃え滓。これでもかと廃棄品である事を突き付けてくる様なネーミングである。

 そんな烙印を押された機体の開発者の心境とは、如何なる物であっただろうか。

 

 

「機体はフレームを残して殆ど崩壊していましたが、幸いにもコアと残されていたデータのサルベージには成功していいます」

「そのデータ、束さんも貰っちゃって良いのかな?」

「ええ、どうぞ。それでしたらデータをストレージに保存してお渡ししますので……」

「ああ大丈夫、もう直接保存しちゃったから」

 

 

 振り返って後ろを見てみると、束は自分の携帯端末を軽快に操作していたかと思えば、その画面にはルーシィヒ・アイゼンシュロットと物と思われるステータスや各種データで網羅されていた。しかもよく見ればどさくさに紛れてそれ以外のデータまで拝借しているご様子。

 どうやら、S.H.I.E.L.D.のコンピュータをハッキングしてデータを引き出してしまった様である。

 ……あれかな、この後は頭を引き離してみて壊しちゃったりするのかな?

 

 

「……いやぁ、流石ですな」

「す、すみません、ウチの束が申し訳ありません!」

「いえいえ、話が早くて此方としても助かります」

「ふぅん……AICの発想は良いけど機体設計が稚拙だね。まあ黎明期にしてはマシかもだけど」

「白騎士や暮桜の製作者からしたら何でもそうなんじゃないの?」

「27点」

「赤点! ……あれっ、甲鉄の点数ってどれくらいだったけ?」

「解析が終われば、AICをアリスに提案してみても良いかもね」

「提案って、Mark.Xに装備するって事?」

 

 

 それは良いかもしれない。ミサイルや弾丸を始めとした質量弾の攻撃を防ぐ事が出来る。

 Mark.XはISでもあるからエネルギー・バリアも展開出来るし、防御面に関してはかなりのプラスが期待できるだろう。

 しかし、そうなるとやはり不安なのが燃費だ。一先ずはバッテリーを大容量化するしか無いが、いずれは他にも対策を考えねば……

 

 

「ああ、すみません。また話が脱線してしまいました」

「ははは、仲睦まじいのは宜しい事です。さて、話は戻って今度はパイロットの話なのですが……」

「あの銀髪の子。どうかしたんですか?」

「うーむ、何とも。少しだけ話を聞けたのですが些か厄介でしてな」

 

 

 轡木さんに導かれるまま、僕達は一室に通された。

 部屋はビジネスホテルの様にとてとシンプルな内装で、部屋の隅にベッドがあり、横長のテーブルの上にはテレビと湯沸かしポットが置かれている。

 その間にあるチェアに、幼い少女が座っていた。

 

 

「彼女が」

「ええ、ルーシィヒ・アイゼンシュロットのパイロットだった少女です」

「名前は?」

「本人曰く、ゼクスウントノインツィヒ・アンファングスと呼ばれていたそうですな」

「ゼクスウント……6?」

「96。初期型の96番」

 

 

 訂正する様に、淡々と応えたのは束だった。

 その顔は珍しく無表情で、どこか形容し難い不気味さと怖さを抱えている。

 何か、思うところでもあったのだろうか。

 

 

「そんな、まるで何かの型番みたいな……」

「ドイツではな、ナチスの時代から人造兵士の研究が行われていたそうだ」

「!?」

 

 

 突然、背後から新たな第三者の声が聞こえてきて、思わず小さく身体が跳ねてしまった。

 視線をズラした先には、見知った顔があったが。

 

 

「更識さん、心臓に悪いですから突然現れるのは止めてくださいよ……!」

 

 

 更識楯無。暗部の暗部とか良く分からない家系の現当主で、S.H.I.E.L.D.でも指折りの諜報員である。

 

 

「悪い悪い。それでその人造兵士、遺伝子強化試験体(アドヴァンスト)は倫理的にアウトだって言われて表面上は凍結した事になってる。だけど実際には、ご覧の通り続けられてたって訳だ」

「つまり……所謂、試験管ベイビーという訳ですか」

「もっと質が悪いぞ。DNA情報を弄って人体に求められる最高スペックの身体能力や知能を遺伝子レベルで無理矢理引き出そうってコンセプトだからな。ほら、ガンダムとかでもそういうのあったろ?」

 

 

 兵士として造り出され、戦う事を義務付けられて産み出されてしまった人造人間。

 それがSFの話などでは無く、現実の世界に存在してしまっているのだ。

 人間とはそれ程までに傲慢で、目的や利潤が絡んだ時にそこまで業が深くなれるのかという事実に、薄ら寒いものを感じてしまった。

 

 

「この子、どうするの?」

「実はそれが問題でして、事情が事情ですからおいそれと施設に任せる事は出来ません。かと言ってずっとここで過ごすのもこの子にとって良い筈がありません。困ったものです」

「そうなんだ……」

 

 

 何をするのかと思いきや、束はその女の子に近付くと……そっと、頭を撫でた。

 

 

「…………?」

「ねえ、もしかして君……目が見えないの?」

 

 

 言われてから気がついたが、確かに少女は瞼を常に閉ざしていた。

 そして自身を撫でる束を見上げる様に顔を上げてはいるが……どうにも、視界に束の姿を写している様には見えない。

 

 

「医療班の話では、両目ともに何かしらの後天的な施術が行われていて、その副作用で視力を失ってしまったと考えられるそうです」

「人間の眼にISのハイパーセンサー並みの視力を与えるなんて実験がこれまたドイツで行われてたらしいが……大方、その実験台にでもされたんだろうな」

「…………」

 

 

 この胸の中に燻る感情を、なんと形容したら良いのだろうか。

 怒りでも哀れみでも無い。言葉では言い表せない歯痒くもどかしい気持ち。

 それはきっと、束も似た様な想いを抱いているのだろう。

 

 

「ねえ、幸太郎」

「何かな?」

「この子、ウチで引き取っても良いかな?」

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 その少女……束がクロエと名付けたその子が家に来てから早いもので三週間が経過していた。

 初めの頃は、口を閉ざしていて声を掛けても返事をしないどころかご飯もちゃんと食べてくれなくて大変だった。

 それでも根気よく接し続けて……少しずつ、心を打ち解けてきてくれた。……と、思いたい。

 

 

「おはよー、クーちゃーん!」

「…………はい」

 

 

 極端に短く一言や二言しか喋らないが、これでも好転した方なのだ。

 無視されていたというか、言葉を発する事を忘れてしまったかの様に何も話さず、かと言ってリアクションが何も無い訳でもないという不安定な状態。

 乏しかった表情も最近では徐々に出してくれる様になってきていた。

 

 現状では、クロエには戸籍も何も無く、我が家への居候という形になっている。

 だけどいずれは……我が家の養子として迎えたいと束は言う。

 轡木さんに諸々を手伝って貰って、そしてクロエとも話し合って了承を得てからそういう形にしたいと、僕も考えていた。

 

 

「養子に迎えたらさ、名前も漢字で付けてあげたいなあ」

「漢字でって……黎恵、とか?」

「どうなんだ、その字は? 画数も多くて書き辛いし、少しキラキラネーム寄りな気もするが」

「えーっ、それはちーちゃんの感性が古いからだよ!」

「そう、なのか……?」

 

 

 いや、何とも。

 黎という字は普通、名前に使うのは一般的では無いと思う。使えない訳では無いが。

 “くろ”という音ならば黒とか玄、若しくは少し珍しいが畔という字を使う方が普通かもしれない。

 でもここは意味を考えたりすると黎の方が何となく……

 

 

「それよりも、僕はクロエの眼を作ってあげたいな、とか思ってるんだけど」

「ああ、そうだね。視神経は残ってるから機械的に補助する義眼を作ってあげればまた見える様になるね」

「視神経との接続か……僕はそういう医学的な方面はからっきしだからな」

「じゃあ私がそっちの方を作るから幸太郎は機能面の方を作ってよ」

「だったら、いっその事普通の視界だけに限定しなくても……」

 

 

 自然発生した議論を交わしていく内に、善は急げと早速クロエの眼を作る事にした。

 それをクロエが受け入れてくれるかはまた別の話なのだが、僕達にそんな冷静な思考は無い。

 鉄は熱いうちに打てと言うが、基本的に衝動だけで生きているのだ、二人共に。

 

 

「あっ、千冬! 朝ご飯はもう作ってあるから、悪いんだけどクロエにも食べさせておいて!」

「ああ、わかったわかった。さっさと行ってこい」

「ありがとう!」

 

 

 嵐の様に去っていく二人の様子を、クロエはじっと耳を傾けて聞いていた。

 未だにクロエの心の内では、戸惑いや怯えといった感情が拭えないでいる。

 どうして自分にこんな事をしてくれるのだろうか、そんな疑問が尽きないのだ。

 

 

「まあ、何だ……お前もいきなりこんな所に連れて来られて困っているだろうし戸惑っているんだろうな」

「…………」

「私が言うのも何だが、アイツらは悪い奴では無い。考えがあってお前を引き取って、本当の愛情を注いでいるんだ」

「愛、情?」

「ああ。例えば、お前に付けようとしてた名前だが、黎の字には色の黒だけでなく“集まる”とか“多い”という意味があって、恵はその通り恵みや思いやりという意味だな。つまり……良いものが沢山来ますようにと、そんな想いが込められているんだ」

「はあ……」

「分かってやれとは言えないが、しかしそんな風に本気で考えているんだって事を、知っていて貰いたいかな」

 

 

 そんな話を静かに聞いていた黎恵の顔は、僅かにだが、綻んでいた。

 

 

 

 

 

 

「96に、“A”nfangだからクロエ。少し安直すぎない?」

「ん? ああ……でもいい名前だなって私は気に入ってるよ。クロエ=クラモチって、ちょっと韻も踏んでる感じだし」

 

 

 地下の作業台に、向かい合うように座りながらもお互いに自分の手元を見ながら二人は会話していた。

 ここでは見慣れた光景。それぞれが自身のペースで、やりたい様にやるのが二人の流儀なのだ。

 それで幼い頃からずっとやってきていたし、それでうまくやって来ていたので、今更それを変えるような事はしない。

 

 

「でもさ、なんで」

「なに?」

「いや、今更なんだけどさ。何でクロエを引き取ろうって、思ったの?」

「…………」

 

 

 不思議に思っていた。

 基本的に他人に関心を示さない束が、何故か初対面の時からクロエに興味を示していて、あろう事か引き取って家族にする事を提案するとは。

 別に束は子供が好きだとか、特別に慈悲の感情があるわけでも無い。

 しかし気紛れというのも、何かが違う。そんな気がするのだ。

 

 

「うーん、そうだね。幸太郎になら話しても良いかも」

「……何だかそんな言われ方すると怖いな」

 

 

 しかし、一度決心した束は止まってくれない。

 

 

「何年か前にね、自分で親子鑑定した事があるの」

「親子鑑定って……」

「そう、DNAの。一応ね結果は99%の確率で私はお父さんとお母さんの子だって出た」

「なんだ、だったら──」

「だけどね、自分のDNAを精査したら……明らかに調整した形跡があった」

「え…………?」

「そもそも異常(おかし)いでしょ、私。明らかに人間の範疇を超えた能力を持っていて、だから親子関係を疑っちゃったりしたんだけどさ」

 

 

 相変わらず作業を続けていたが、その顔には影が差していた。

 何かを絞り出すように、憂いを帯びた表情で俯きながら。

 

 

「真相は分からないよ? 聞くの、怖いし……でも多分ね、私はあの子と似た様な生まれ。お父さんとお母さんの細胞なのか精子と卵子からなのかは分からないけど、何らかの科学的操作が行われた上で私は産み出された」

「……でも、それって憶測なんでしょ?」

「少なくともシミュレーションをした結果では、通常の生殖方法で私が産まれる確率はほぼ0%。私はね、産まれる前から普通じゃないんだ」

 

 

 何でもない様に言うが、その声は微かに震え顔も苦悶していた。

 そんな事を喋らせてしまった事に今更ながら後悔してしまう。

 しかし、ずっと胸の内に抱えていた苦しみを少しでも吐き出させる事が出来るのならと、続きを促す。

 

 

「だから親近感って言うのかな、もしかしたら近しいものを感じたのかも……」

「……そうなんだ」

「それだけだよ、それだけ。あの子を引き取った理由は」

「じゃあ、あれか。束は僕が思っていたよりも随分と優しい人だったって事だ」

「え?」

「だってそれって、つまり同じ故郷の生まれだったとか同じ様な病気を抱えていたとか、その程度の類似点でしか無いじゃない」

「そう、なのかな」

「そうだよ。第一、周りと違う事に対してそんなに憂う必要なんて無いさ」

 

 

 適当に、その辺りに転がっている機材の中から適当にドライバーを拾って手に持つ。

 それを親指から中指までの三点だけで摘んで、人差し指だけを下に後は上へと逆側に力を込める。

 するとドライバーは、まるで針金みたいに容易くVの字に曲がってしまった。

 

 

「Mark.Xの副作用なのかな。部分展開してなくても握力が200kgぐらいあるんだ」

「……」

「勿論、握力だけじゃなくて他にも色々と、影響がね。とんでもない話だよ」

 

 

 パワーは向上したが、コントロールが出来ない訳では無い。

 何というか、ギアが一つか二つ増えた様な感覚で、本気の更に上の段階というものがあって、力をより一層込めればそれだけパワーが引き出せる様な感じなのだ。

 まあ、しかし明らかに僕の肉体が有する筋肉のポテンシャル以上のパワーが出ているのは明らかだろう。

 

 

「意外に簡単なんだよ、人間じゃなくなるなんて。だからさ、そんな人の枠組みに囚われる必要は……」

「人間だよ!」

「え……?」

「私もね、自分が人間じゃないかもって悩んでた。能力だけじゃなくて性格的にも人の輪から遠ざかっていたから……でもね、幸太郎と一緒にいて、気づいたんだ」

「な、何に?」

「確かに私は他の人と違うかもしれないけど、それって怪我や病気を抱えているのと変わらないんじゃないかって、今では思えるんだ。多少周りと違っても人間は人間で、そうあろうとする事の方が大事なんだって」

「でも僕はそんな風に言った覚え、ないんだけど」

「まあ、私が自分で考えて勝手に解釈して納得した事だから。でもね、幸太郎が私を社会っていう人の営みの中には連れて行ってくれて、私も人間の中の一人なんだって認識させてくれた」

 

 

 そんな風に考えていたなんて、知らなかった。

 てっきり、束の事だから人間という枠組みで括られるのを嫌っているのかと思っていたけど……もしかしたら、いつの間にか変わっていたのかも知れない。

 何だろう、今だけは僕よりも束の方が大人に見える。

 

 

「だから、私も幸太郎も人間だよ。どんなに周りと違っても、どんなに浮世離れしていても、人間であろうとすればどんな姿になっても、人間なんだよ」

「…………妙な感じだな、束にそんな事を諭されるなんて」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ。やっぱり束は凄いな、って」

 

 

 束がそう言うのなら、そうあろう。

 僕も束も人間で、どんなに力が強くなっても、姿や形が変わったとしても……人間であろうとすれば僕達は人間だ。

 それこそ、周りがどう思っていたとしても関係ない。自分の中で確かな気持ちがあれば、人間でいられる筈だから。

 

 

「なに、言いたい事があるなら言ってよ」

「束は賢くて格好良くて可愛いなあ」

「ちょっ! どうしてそうなるのかな!?」

 

 

 束を見ていたら、何だが小さな事で悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

 

 少し、僕も束を見習った方がいいかも知れない。

 自分の中の考えを押し通して主張できる様な、そんな人間になれるように。

 




黎って書くと、某社長を思い出してしまう人もいるかもだけど、悪しからず。

結婚式の前に蛇足感はありますがどうしてもクロエを引き取る場面を入れたかったので、こうなりました。
次回はエピローグ。
その次と次は外伝、その更に次くらいにはプロローグ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

032 死でも二人をわかつ事は無く

今回は、短め。


そして……

これで、

完結────


 

 六月。世間ではジューンブライドと持て囃され、この時期に結婚式を挙げた夫婦は幸せになれるという通説がある。

 その由来はギリシャ神話のヘラ。ローマ神話のジュノーと同一視され、英語のjuneもjunoが起源だという。

 

 ところでヘラと聞くと色んな意味で良いイメージが無いのだけれども。マーベル的にも、ギリシャ神話的にも。

 浮気なんかしたら地獄の底まで追いかけ回されそうである。

 つまりアレか、ジューンブライドとは新婦が新郎に浮気をさせない為に戒めと呪いの込められた儀式の事であったと!

 

 閑話休題(いいかげんにしろ)

 

 

「よし、着られたね」

「どう幸太郎?」

「うーん……何か、変な感じ」

 

 

 目の前の鏡には、黒紋付羽織袴に身を包み髪の毛も整髪剤でビッシリと決められている自分の姿が写っていた。

 以前にも仕立てた際に試着はしていたが、しかし和装など浴衣ぐらいしか着た経験が無い身としては、なんとも慣れない。

 

 

「僕だけど、僕じゃないみたいだ」

「幸太郎は背が高くてガッシリしてるから羽織も様になってるわね」

「そうかな……でも、まさか成人式の前にこんな格好になるなんて思いもしなかったよ」

「寧ろ、もっと早いかと思ってたけど」

「…………充分に早いよ」

 

 

 数えでは二十歳でも、実年齢は十九歳。つまり未成年であり、日本の法律ではお互いの親の同意があって初めて結婚が許されるのだ。

 この年齢で結婚している者が果たしてどの程度いるというのか。

 因みに、参考程度に調べた限りでは15歳以上19歳以下で配偶者のある者は総務省統計局調べで0.3%である。これは数十年ぐらい変わっていない。

 つまり凡そ15000人程度。7500のカップルが夫婦であると……多いのか少ないのか分からないな。

 

 

「ほら、いつまでボーッとしてるの? もう行かないと」

「……うん」

 

 

 白扇を手に取り、控え室から出る。

 神前式にはバージンロード、正確にはウェディングエイルが無いので初めの参進の儀から新郎新婦が隣り合って歩く。

 そういう訳で束を待っているのだが……当然ながら、黒紋付羽織袴よりも白無垢の方が着用は困難で時間が掛かる。

 もう暫し、待つ必要があるだろうか。

 

 

「あっ、向こうも準備が終わったみたいだね」

 

 

 父さんの声に呼応するみたいに、対向の扉が開かれた。

 まず出て来たのは着付けを手伝ったと思われる巫女さん。これから誘導と進行の手伝いもしてくれる。

 そして次に現れたのが────全身を、純白の衣で包んだ束の姿。

 

 

「…………」

 

 

 言葉が出ないとは、この事か。

 俯き気味であった為に顔は大きな綿帽子で隠れてしまっているが、その半分が真っ赤な紅と白粉で彩られて見え隠れしている。

 妙にミステリアスで、普段の束からは想像もつかない真珠の様な雅な美しさがそこにあった。

 

 

「────束」

 

 

 名前を呼ぶと、ゆっくりと窺うように顔を持ち上げた。

 

 

「変じゃ、ないかな?」

 

 

 普段、軽いメイクしかしない束がしっかりと化粧した姿は新鮮であった。

 雪のような白い下地の上で、目元には嫌味にならない程度に添えられた水色と黒のシャドウ。口元は一転して濃い紅色が厳かなコントラストを作り上げている。

 いつもはどこか眠そうでトロンとしている眼も今日はハッキリと僕を見据えていた。

 容姿が美しいのは嫌という程に味わっていたが、イメージとは正反対の清楚な姿に唯々見惚れてしまう。

 

 

「ううん……凄く、綺麗だよ」

 

 

 やっとの思いで紡ぎ出した言葉に、彼女は柔らかい笑みで答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 笙や龍笛、太鼓で奏でられる雅楽の荘厳な音色に包まれながら、行列は境内を進む。

 参進の儀。儀式殿の神殿までゆっくりと歩んでいく。

 西洋風の結婚式に無理やり当て嵌めるならばバージンロードみたいな物かもしれない。

 何でも、親族の足並みを揃える為とか、新郎新婦が以降の人生を共に歩んでいく事の意思表示だとか、色んな意味が込められているのだという。

 

 参列の先頭は、篠ノ之神社の宮司である柳韻さん。

 本当は親族の神職にその役を頼む事も検討されたが、束も本人も是非とも祝詞を唱えて祝福したいとの事で少々異例になってでも自身で式を執り行う事になった。

 それに続くは雅楽を奏でる権禰宜さん達、そしてその後ろが巫女さんだ。

 考えてみればこの参列の全員と何だかんだ顔見知りであり、何とも妙な感じである。

 

 

「只今より、ご両家の結婚式を執り行います」

 

 

 儀式殿に入り、親族が新郎側と新婦側に別れて座ってから巫女の宣言で式が始まる。

 柳韻さんが祓串と呼ばれる白木の棒に大量の紙垂が束ねられたハタキの様な道具を参列者の前で振るっていき、場が清められていく。

 

 

「祝詞が奏上されます。皆様、ご起立ください」

 

 

 皆が一斉に立ち上がり、柳韻さんは神殿の前に立つと何度も礼を行ってから祝詞の記された紙を取り出し、読み上げはじめた。

 

 

「掛けまくも(かしこ)き篠ノ之神社(かみのやしろ)の大前に(かしこ)(かしこ)みも(まお)さく、

風の音の遠き神代(かみよ)の昔、伊奘諾(いざなぎ)伊弉冊(いざなみ)二柱(ふたはしら)の神たちの興し創め給ひし婚姻(とつぎ)の道に習ひ(まつ)りて、

此度、倉持幸太郎と篠ノ之束は礼式(ゐやわざ)(いか)しく(うるわ)しぬ執り行はむと、

八十日日(やそかび)は有れども今日を生日(いくひ)足日(たるひ)選定(えらびさだ)めて、

今ゆ往先(ゆくさき)此の夫婦(めおと)の契りは堅磐(かきは)常盤(ときは)に変る事無く移ろう事無く、

玉椿(たまつばき)八千代を掛けて挨睦(あいむつ)挨扶(あいたす)けて、

家の棟門弥高(いやたか)弥広(いやひろ)に起こさし給ひ又世の為人の為尽くさしめ給い、

挨共(あいとも)寿命(いのち)永く子孫(うみのこ)八十続(やそつづき)五十橿八桑枝(いかしやくはえ)の如く立ち栄えし給へと(かしこ)(かしこ)みも(まお)す…………」

 

 

 身体の髄まで馴染み染み込んでいる日本語の筈なのに、祝詞の言葉は殆ど聞き取れなかった。

 辛うじて聞き取れた言葉と言えば、二人の名前の辺りか若しくはイザナギとイザナミぐらいだろう。

 ……あまり考えたく無い事だが、もしも仮に束が黄泉の国へと旅立ってしまったとしたら────いや、行かせまい。デスだろうがサノスだろうが殴り飛ばしてでも留めてやる。

 いつまでも。遥かなる悠久を、それこそ叶うのならば永遠にだって隣で寄り添うんだ。

 

 それを今日、誓うのだから。

 

 

「御静聴ありがとうございました。続きまして、三献の儀を執り行わせて頂きます」

 

 

 日本では古来より三や九といった奇数が縁起の良い数字であるとされており、この三献の儀も別名は三々九度と呼ばれ、大中小の大きさの盃で構成された三ツ組盃を新郎新婦で酌み交わす。

 面白い事にその盃を乗せる台の事も三方といい、なんでも眼像(くりかた)と呼ばれる穴が三方向に空いていることが由来だとか。

 

 二人が神殿の前まで進むと巫女さんが神殿に礼をしてから備えられていた三方に乗っている屠蘇器(とそき)を取り、前に差し出してきた。

 まずは、小の盃から。

 松竹梅の模様が彫られた金色の長柄銚子で、三度に分けられて注がれていく。

 本来ならば盃に注がれるのは御神酒、つまり日本酒なのだが僕達は未成年なので御神酒と同じ方法で清められたお水になっていたりする。

 その盃を受け取り、まず一口と二口目は口に付ける程度。三口目で全てを飲み干す。

 盃を巫女さんに返してから今度は束に手渡され、再びお神酒が三回注がれるとこれも三度に分けて飲み、再び僕の手元に戻ってきた盃も三度に分けて飲む。

 次は中の盃、今度は束から始まって束で終わる。最後の大の盃はまた僕から始めて僕で締める。

 

 こうして、三と三を繰り返し九度で誓杯(せいはい)を神に捧げた。

 

 

「続きまして誓詞奉上を執り行います」

 

 

 懐に収めていた紙を取り出して、広げた。

 誓詞とはその名の通り誓いの言葉で、神様に二人が夫婦になる事を報告する儀式だ。

 祝詞の時は別姓だった名前もこの時から神様に結婚が認められて同姓になる。

 余談であるが、江戸時代までは夫婦別姓が当たり前で西洋の文化を取り入れた明治時代以降より夫婦同姓の習慣が築かれたという。

 

 

「私共は今日を佳き日と選び篠ノ之の大神の大前で婚姻の礼を行う。

今より後、御神徳を頂きまして相敬い相和し夫婦の道を守り一家を齊え苦楽を共にして終生変わらぬことを神前に誓い(たてまつ)る。

願わくば幾久しく守り導き給え。

ここに謹みて誓詞を奉る。

平成29年6月15日。夫、倉持幸太郎」

「妻、倉持束」

 

 

 これで神前に於いて二人が夫婦になったと認められた事になる。

 教会式で言えば“病める時も健やかなる時も……”のアレと似たようなものだ。

 かつての神前式であれば、これにて契りは結ばれて夫婦となり、後は玉串奉奠と親族固めの盃を交わして儀式は終わりとなっていただろう。

 しかし、現代における神前式にはもう一つ儀が加わっていた。

 

 

「引き続きまして、指輪の交換です」

 

 

 神殿に捧げられていたもう一つの三方。

 その上にあるのは盃ではなく、二対の指輪であった。

 実は、この指輪は僕が一から作った物である。

 デザインはシンプルで過度な装飾も宝石も無く金属特有の輝きだけが煌めく。

 しかし、材質は結婚指輪に良く用いられている金やプラチナでは無い。

 

 それは──ヴィブラニウム。

 どんなに年月が過ぎ去っても朽ち果てる事も色褪せる事も無く、どんな困難に苛まれようとも砕けず綻ばずに指輪はその形を維持する。

 そもそも指輪が円形なのは“愛が途切れる事が無いように”と無限の様な永遠を象徴しているからだという。

 つまり、その指に永遠の愛を…………なんて、気障な想いを込めて。

 

 そして互いの左手薬指に、指輪が嵌められる。

 

 気付けば、相手の手元へと向けられていた視線は上を向いてお互いを見つめあっていて…………満面の笑顔が向かい合っていた。

 

 

 死が二人をわかつまで?

 

 冗談じゃない。死んでも離してやるものか。

 

 

「ありがとう」

「うん」

 

 




────じゃない!
残念ながら、今回ばかりはそうはいかない!


本当は披露宴の場面も入れようかと思ったけど、蛇足かなと思ってカット。
逆に祝詞とか全文入れる必要なかったかも(これでも短くしてます)

年度はISAB準拠。


今後の予定として、まずはアベンジャーズ編を終わらせて……時系列に沿うという名目でこの話の後ろに移動させます。後でね。
それから第2章という形でIS学園編。一夏くん視点のIS学園を描写しつつ……でも結局メインは幸太郎と束の物語なんだよなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF-アベンジャーズ編
其の一 welcome to ようこそニューヨークへ。


IFストーリーのアベンジャーズ編。
本軸のストーリーとは直接繋がりませんが、オマケとしてお楽しみください。

因みに、これを投稿した時点での最新話(024)よりも2年の月日が流れた時間軸の主人公(20)です。

さて、ドッタンバッタン大騒ぎするぜよ。


 えーっと……どこから話せば良いのかな?

 まあ、そう焦らないでよ。これじゃまるで尋問…………わかったよ、話すから。

 君も知っている通り、朝は研究室にいたんだ。

 だけど、無性に空へ飛び出したくなって……折角だから新作のスーツを着て飛び出した。文字通りにね。

 

 高度2万メートルの辺りをウロウロと……その辺りは省略しろって?

 2,30分くらいかな……特に何事もなく悠々自適に飛んでたよ。

 そしたら……突然、空に青い(もや)みたいな物が現れて……流石にこれは普通じゃないぞと直ぐに直感した。だけど、その時にはもう遅かった。

 靄は物凄い吸引力で、反対方向に引き返そうとしてもちっとも進めやしない。それどころか徐々に引き寄せられて……結局、吸い込まれてしまったんだ。

 

 その後?だから、ここからが本題なんだって。

 僕はその世界で想像もつかない様ほどの衝撃的な体験をすることになる。

 世界最高峰の力を持ったスーパーヒーロー……彼等のチームに、僕はお邪魔させて貰ったんだ。

 

 

 彼等の名は────アベンジャーズ。

 

 

 

 

 

 

 

「メーティス!何があった?!」

『わかりません。台風では無かった様ですが……』

「しかも夜になってるし……と言うかここは何処だ?」

『先程の影響かシステムがオフラインになっています。…………駄目ですね、ひとまずGPSに接続します』

 

 

 さっきまで真昼間の海の遥か上空を飛んでいた筈なのに、アイアンマンのコントロールが戻った時には真夜中で、しかも下に広がるのは高く聳え立つビルの山岳だった。

 そんな長い間を揉みくちゃにされたとは思えないのに、これは明らかに異常だ。

 だからメーティスに現在地を尋ねたら……驚くべき結果が返ってきた。

 

 

『現在地を取得しました。ここは……アメリカ合衆国のニューヨーク州、マンハッタンです』

「はあっ!?」

 

 

 日本からニューヨークと言えば、距離にして1万キロは離れている。

 そんな距離を一瞬で移動してしまうとは、俄かに信じ難い。

 しかしGPSの誤差がそこまで出るとは思えず……兎に角、飛び続ける事しか出来なかった。

 

 

「じゃあアレはメトロポリタン美術館で……セントラルパークだって言うのか!?」

『地図上では一致します』

「何てこった……」

 

 

 実際に見える景色もニューヨークのソレならば信じる他ない。

 つまり、このまま南に進めばロックフェラーセンターや、エンパイアステートビルでお馴染みの摩天楼がある訳だ……。

 

 アイアンマン・スーツを纏って空を飛んでいると、どうしても映画の“アベンジャーズ”を思い出してしまう。

 いや、それよりも高校の修学旅行を思い出すべきだろうか。

 確かあの辺りで戦車みたいなロボットに襲われて…………いやはや、懐かしい。もうアレから3年も経っているとは。

 

 

「そうそう、ありもしないスタークタワーはどの辺りにあるんだろうかって探してみたりして…………ん?」

 

 

 視線の先、遥か南。

 グランドセントラル駅の手前に、他を凌駕する高層の建築物が見えた。

 メットライフビルじゃない。と言うか、あるべき場所にメットライフビルが無く、代わりにそのビルが聳え立っている。

 先進的な建築デザイン。ニューヨークと言えども他に類を見ない構造だ。

 何よりも目を惹かれるのはビルに刻まれた自己顕示欲が丸出しな『STARK』のロゴ。誰が言ったか、確かに下品とも言えなくは無い。

 

 

「スターク……タワー?」

 

 

 幻が、そこにあった。

 いや……アイアンマンのディスプレイに表示され、400mの建築物が3Dスキャンされてしまえば現実の物であると認めざるを得ない。

 

 

『地上高は約420m。スキャンした限りではニューヨークで一番高層の建築物みたいですね』

「そうか、まだパークアベニューも新ワールドトレードセンターが出来ていないから……」

 

 

 911のテロで崩壊した後に建設された1 ワールドトレードセンターは2014年に完成したが、アベンジャーズの出来事が2012年頃であると考えれば、当時の最高峰であるエンパイアステートビルを軽く越えてニューヨークで一番高い建築物になっているのだろう。

 流石はトニー=スターク。建てるからには一番を目指すというのは実に彼らしい。

 

 

『奇妙です。1 ワールドトレードセンターが存在せず、逆に存在しない筈の高層建築物があります』

「メーティス、多分ここは……」

 

 

 異世界。

 より正確に言えば、アース199999──── マーベル・シネマティック・ユニバースだ。

 

 

『警告。此方へ接近する飛行物体を確認』

「なに、戦闘機か何か?」

『いえ。これは…………』

 

 

 メーティスがモニターする方角に、身体の向きを変えながら空中で静止。ホバリングを開始する。

 ディスプレイに表示される速さはかなりの物だ……マッハ2を超える。F22……にしたって、機影が小さ過ぎる。

 

 まるで────

 

 

《やあ、そこの君》

「────っ!」

 

 

 アイアンマンだ。

 

 ただのアイアンマンじゃない。

 

 本物だ。本物、僕とは違う。

 

 トニー……トニー=スターク。マーク6が、目の前に。飛んでる。そこに、いるんだ…………!!

 

 

《中々、上等なスーツを着てるじゃないか。良かったら何処で仕立てたのか僕にも教えてくれないかな?》

「あー……だったら普段着でゆっくりと話をしたいかな。フィッティングルームを紹介してくれるんだったら付いて行くけど」

《そうか、だったら最高級のブティックを紹介してやるよ。着いてこれるか?》

「もちろんさ」

 

 

 

 

 

 

 そして、スタークタワーの上空へ。

 アイアンマンは。トニーはヘリポートの様なスペースに着陸すると、側面の床からロボットアームが飛び出して来て、歩くトニーを追い掛けながらスーツを取り外しにかかる。

 

 

『トニー様、S.H.I.E.L.D.のコールソン様からお電話です』

「…………今は会議中で対応出来ないとか言っておけ」

『どうしても、と仰っています』

「上手く対応してくれよ。大事な議題なんだ」

 

 

 歩く度に軽々と装甲が外されていく姿は感動的だ。と言うかもう、混乱しているくらいだ。

 うわー……もう、凄い。まるで夢みたいだ。えっ、本当に夢じゃないよね?

 

 

「一張羅を脱ぐのに何か入り用かな?」

「あ────っ!いえ、自分で脱げますのでお構いなく!」

 

 

 僕のアイアンマン…………って言って良いのか分かんなくなっちゃうけど。Mark.9にも自動着脱機能が搭載されている。

 更に言えばMark.7からの自律機能も継承されているから、脱いだ後にちゃんと付いて来てくれる。メーティスが悪戯したりしなければね。

 

 

「…………」

 

 

 トニーの通った道を辿って歩きながら、スーツを脱いでいく。

 そんな姿を、トニーは黙って見ていた。見られていた。

 何かを探るような。ちょっと怖い眼つきをしている。

 仕方ないよね、警戒されちゃっても。僕が逆の立場だったとしてもそうする。

 

 

「トニー、遅かったじゃない。え……誰、この人?」

「ああ、ちょっと(おもて)で会ってね。えーっと……」

「は、はい!倉持幸太郎です!」

「くら……こ、たろ…………日本人だったのか?」

「あ、呼びにくかったらお好きに呼んでください。因みにスペルは……この紙、お借りしますね」

 

 

 僕の名前は呼び難い部類だろうから、仕方がない。

 一郎とか野茂みたいな名前だったら簡単なのに。残念だ。

 

 

「kotaro……コタロー、か」

「はい。改めて、はじめまして」

「それで……どうなってるの?」

「実は僕にもよくわからないんだよ」

「はあ?」

「外であれを着ていたものだから、声を掛けて見たんだ」

 

 

 そう言って、指差したのは室内まで付いてきたMark.9。

 応じる様に左手を腹部に当てながら、右手は腰の後ろに回して謹厳な仕草でお辞儀をした。まるで執事みたいに。

 

 

「お辞儀をしたわよ……」

「なあ君、誰も入っていないよな……?」

「ええ、中に誰もいませんよ。ほら、メーティス」

 

 

 スーツの着脱機能で中身を見せる。

 当然だが、内部のメカニズムが露わになるだけで中に人が入っている訳では無い。

 全部、メーティスが勝手にやったことだ。

 

 

「AIがスーツを制御して簡易的な動作をする事が出来るんです」

「なんてこった……本当に?」

「ええ、本当です」

 

 

 この時代のトニー、マーク6やマーク7ではまだこの域にまで達していない筈だ。だからだろうか、驚愕した顔でMark.9を眺めている。

 まあ、僕はズルみたいな物だけど……ある意味、アイアンマンの未来の姿を知っている訳だし、それにアイアンマン歴で言えば僕は既に7年弱なんだから。

 

 

「それは、誰が造ったんだ……?」

「僕です。僕が造りました」

「なんだって……?今、なんて言った?」

「僕が、造りました」

「まさか…………」

 

 

 とても信じられないと言った口調で、問い詰めようとしてくる。

 仕方が無いだろう。アイアンマンを、赤の他人が造ってしまっていたら大問題だ。

 洗いざらい話せと言われるだろう。でも聞かれたら話しちゃうかもしれない。

 だってトニーだよ?トニー=スタークだ!話せる口実があるんだったら何でも話してしまいたい位なんだから!

 

 しかし、尋問が始まる前に電話の着信を告げるコールが鳴り響いた。多分、コールソンからの着信。…………ダジャレじゃないよ?

 

 

『トニー様、先程のお電話ですが無理矢理システムに割り込まれてしまいました』

《スターク、話がある》

「あー……現在この電話は出る事が出来ません。お急ぎの方は専用窓口から」

《急いでいるんだ》

「こっちも取り込み中なんだ────」

 

 

 専用窓口……では無い筈だが、エレベーターからフィル=コールソンが現れた。

 おおっ、コールソンだ!まだ生きてる!いや、結局は死んでなかったんだけどさ。

 

 

「おい……セキュリティはどうなってるんだ」

「スターク。……誰だ、その男は?」

「あー……僕の隠し子だ」

「え、えええっ!?」

「なっ──嘘でしょっ、トニー!?」

「嘘だよ。嘘に決まってるだろ。おい、冗談だってば、真に受けるなよ?」

 

 

 もう、大混乱。大パニック…………トニー=スタークの場合、それが冗談に聞こえないんだよなぁ。

 年齢的にギリギリ……20年前と言うと、社長に就任したばかりだからあり得そうだ。いや、違うけどさ。

 

 

「悪いけど君、部外者は少し席を外していて貰えないかな」

「あー、でも……」

 

 

 出て行けと言われても、逆にどこへ行けば良いのかが分からない。

 確か、ロキが現れるのはドイツだったけ……そこで待機していれば良いかな?

 

 

「何の用事で来たか分からないが、あながち部外者じゃないかも知れないぞ」

「なに……?」

「もしかして、アベンジャーズのこと?あ、いや……何も知らないけど」

「……アベンジャーズ計画は中止になったんだろ?それに、僕は適正では無いと言われた」

「それも知らなかったわ」

「曰く、僕は自意識過剰な上に衝動的で、協調性が無いとかってね」

「それは、知ってた」

「性格云々の話では無くなったんだ」

「あっそ……」

「良いから、これを読め」

 

 

 おいてけぼりの中、話が進んでいく。

 もしかしなくてもやっぱり……四次元キューブや、アベンジャーズについての資料だろう。電子版の。

 でも何で、あんな大きな資料なのかな?USBメモリとかで渡せば良いのに。

 

 

「悪いけど、手渡しは嫌いなんだ」

「急いでいると言っただろう?」

「あのー……すみません、ちょっとお借りしますね」

「あっ、君……!」

「別に良いじゃないか、欲しがってるのならくれてやれよ」

「今は悠長に事を構えている場合じゃないんだ……!」

「そんなに怒るなよ。何があったって言うんだ?」

 

 

 コールソンから資料を引ったくり、勝手に起動する。

 PCタブレットみたいな機器だけど……やっぱり、無線グラフィックI/Oに接続が出来るみたいだ。

 幸いな事に、ここで使われている空中浮遊型タッチパネル……と言うのか知らないけど、僕が使っている物と基本的なインターフェースは似通っている。

 これなら、こうやってから、こうすれば…………ほら、立体視化が出来た。

 

 

 様々な文章や映像で構成された資料が、空中に浮き出す様に表示される。

 キャプテンアメリカ、ハルク、ソー……そして、この資料の群の中で最も重要な情報も、あった。

 

 

「これだ……っ!!」

 

 

 態とらしく、大きな声で言ってみる。

 いや、それに…………多分、50%よりも高い確率で、本当に原因はこれかも知れない。

 じゃなかったら、帰る手段が無くて困ってしまうし。

 

 

「コレです。四次元キューブ、恐らくはコレのせいで……僕は異世界からやって来た」

「異世界…………?」

「そういう代物なんでしょう、この四次元キューブっていうのは……」

 

 

 だって、殆ど答えを知っているから。

 これでチタウリを呼んだり、ロキがやって来たり……原因がこれじゃなかったら、もうお手上げだよ。

 

 そんな僕の様子を、訝しげに見ていたコールソンが尋ねてくる。

 

 

「…………何者なんだい、君は?」

「僕は……異世界から来た、アイアンマンです」

 

 

 

 

 

 

 どうせなら、トニー=スタークと一緒に資料を読み耽っていたかったけど……そう言う訳にはいかなかった。

 ペッパーと同様に、僕もワシントンD.C.へ行く事に。とは言っても、ペッパーに付いて行く訳じゃない。

 途中でペッパーとは空港で別れて、僕はクインジェットに乗せられて別ルートでワシントンD.C.へ。勿論、Mark.9も乗せてね。

 

 

「何処へ行くんですか?」

「着けば分かる」

 

 

 取り付く島も無かった。

 基本的に、フィル=コールソンという人間はそういう感じだった。初めて会うから、分からない事だらけだ。

 だって、まさか対面する事になるとも思って無かったから、予習なんてして来なかったし。

 

 

「君は本当に、異世界から来たのか?」

「憶測でしか無いですが……少なくとも、スタークさんは僕のアイアンマンを知らなかったし、僕はスタークさんの事もそのアイアンマンの事を知らなかったです」

 

 

 嘘です。よく存じあげておりました。

 

 

「そうか……」

「あの四次元キューブって言うのは……魔法かなにかですか?」

「それに近しい。我々も全容を知らないんだ」

 

 

 インフィニティ・ストーン自体、この時点ではあやふやか。

 …………インフィニティ、インフィニット。

 今頃、束はどうしているかな?心配していたら……後でこっ酷く叱られそうだな。

 

 

「着いたぞ」

「えっ、もう?」

 

 

 どうやら、思ったよりも時間は経過していたようだ。

 クインジェットから降りると、そこは飛行機の発着場みたいな場所だった。

 その先には……大きな建物がある。

 

 トリスケリオン。

 S.H.I.E.L.D.の、最高司令。

 

 

「…………ふわぁ」

 

 

 まるで観光ツアーだ。

 マーベル世界の名所を巡ってしまっている。まさかまさかの連続。でも、これが現実。

 

 

「こっちだ、付いてこい」

「はい……!」

 

 

 エレベーターに乗せられて、かなりの高層へと登って行く。

 S.H.I.E.L.D.のセキュリティレベルなんて持ってる訳も無かったけど、仮発行のIDとコールソンの権限だけで進む事ができた。

 

 

「長官、連れて来ました」

「…………っ!」

 

 

 長官、というワードだけでもう正体は判明した様なものだ。

 此方に背を向けながら座る男は、軍服を纏っていて、更にスキンヘッドで黒人。

 部屋が暗い上に後ろ姿だから良くは見えないが、恐らく左眼はアイパッチで隠されている筈。

 

 

「君が倉持幸太郎。異世界のアイアンマンらしいな」

 

 

 低い、唸る様な声。

 思わず臆してしまって、何とか肯定しようと何回も頷いてしまう。

 後ろを向いているから、見えない筈なのに。

 

 

「私はニック=フューリー。S.H.I.E.L.D.の長官だ」

 

 

 ほら、ご明察。

 




実はアベンジャーズってストーリーに絡みづらい(´・ω・`;)
だって完成している物語だからね、オリ主が邪魔って言う二次創作にありがちな展開になりがち。
と言う訳でトニーにベッタリでは無いようにしようっと。

どうしてMCUに来てしまったのか。その答えを求めて主人公はワシントンD.C.へ飛んだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

其の二 世界が違えば立場も違う、ままならない事だ

危惧していた事ですが、オリ主が登場人物の会話に割って入って茶々を入れる形になってしまいました。
許してください、次はなんとかしますから。


 海の上、空を飛んでいるが今度は青い靄が現れる気配は無かった。

 代わりに、という訳では無いが下方には異様に巨大な質量を誇る物が威風堂々と聳えている。

 一見するとそれは、巨大な艦船。空母だ。

 

 

「凄いな、これって空母としてもデカイ部類なんじゃないか?」

『全長は約420m、ニミッツ級が333mなので1.3倍ですね』

「しかもこれ、飛ぶんだろ? 航空母艦ってそういう意味じゃないのにね」

 

 

 ヘリキャリア。ヘリ空母みたいな名前だが、実際はヘリを運用する航空母艦では無い。

 この艦には四つの巨大なローターが設けられていて、そこから生み出される破格の揚力とジェット推進を併用して空を飛ぶことが出来る。

 

 何で空母を空に飛ばそうなんて考えてしまったのか。考案者には是非とも問い詰めたい気分だ。

 

 

「こちらアイアンマン・ザ・ゲスト。着艦の許可を頂きたい」

《ようこそお客様、お好きなお席へどうぞ》

「了解、歓迎に感謝します」

 

 

 自由に停めて良いと言うのでお言葉に甘えさせて頂こう。

 ちょうど、クインジェットが先に着艦していたのでそのお隣に失礼させて貰おうか。

 予想が正しければ、かの有名人が乗ってきた機体の筈だ。

 

 

「おっと、アイアンマンのご登場だ」

「あれがアイアンマン……」

「スターク? 貴方の合流はもっと後だって聞いていたのだけど?」

 

 

 想像通り。早速お出迎えしてくれたのは、スティーブ=ロジャースにブルース=バナー、ナターシャ=ロマノフという豪華なメンツ。

 しかし残念ながら、僕は人違いをされてしまっているようで。いや、アイアンマン違いか。

 

 

「失礼、こんな姿で紛らわしいですが僕はトニー=スタークではありません」

「何だって……?」

 

 

 万歳の体勢を作ってMark.9のスーツを脱ぎ、メーティスに命じて下がらせる。

 中から飛び出して来たのが、資料に載っていた人物像とはまるっきり異なる若い東洋人だったからだろう、三人は分かり易く驚いた顔をしていた。

 

 

「はじめまして、倉持幸太郎です。 今回は飛び入りで、アベンジャーズにはゲストとして参加させて頂きます」

「あ、ああ……えっと、スティーブ=ロジャースだ。宜しく」

「はい、宜しくお願いします。でも実は、資料を読ませて頂いたので皆さんの事は一方的に知っているんです。キャプテンアメリカに、核物理学者のブルース=バナー博士、それとエージェント・ロマノフですよね」

「……僕について知っているのは、それだけ?」

「昔から備考欄は読まない主義なんです、些細な事ですから」

 

 

 資料を読むまでも無かったが、きちんと読ませて頂きました。

 もちろん、怒りや興奮でハルクになってしまうのは知っていたしそれを軽んじるつもりも無い。

 だが、最早それは生理現象の様な物だし、止めようとするのは間違っている。どう向き合っていくのか、そう考えた方がよっぽど建設的だろう。

 

 

「皆さんと一緒に仕事が出来るなんて感激……いえ、光栄です」

「君みたいな若者に言われると、何だか変な気分だな……」

「そうですか? 少し寝坊しただけでロジャースさんも若いと思いますよ」

「良かったわね、若者として認められて」

 

 

 そんな皮肉に対して、キャプテンは苦笑いを浮かべている。

 確か、1918年生まれで1945年に氷漬けになったから……27歳ぐらいかな?充分に若いと思うんだけどね、うん。

 

 

「三人とも、そろそろ中に入った方が良いわよ。呼吸が辛くなるだろうから」

《デッキの安全を確保せよ》

 

 

 ロマノフの忠告に合わせた様なタイミングで、艦内放送とサイレンが鳴り響いた。

 船員達は忙しなく行動を始め、辺りからは轟く様な作動音が響き渡る。

 

 

「これは、潜水艦か?」

「そりゃあ良い、僕を鉄の檻に閉じ込めて海に沈める気かな?」

 

 

 知っている身からすれば随分と見当違いな意見だが、それも仕方がない。

 誰が航空母艦が空を浮かぶなんて想像できるだろうか。実際、この場に居合わせても信じ難い事なのだから。

 

 しかし、ヘリキャリアは────飛ぶのだ。本当に。

 

 

「なっ…………!?」

「こりゃあ酷い、潜水艦の方がまだマシだったよ」

 

 

 海中から巨大な二対のローターが出現すると、海から切り離す様に浮遊を始める。

 何万トンとありそうなヘリキャリアを、よくローターの揚力だけで持ち上げられる物だと思う。

 実は反重力装置が搭載されてるって言われたって、驚かない。

 

 

「これじゃ航空母艦(エアクラフトキャリアー)じゃなくて運搬航空機(キャリーエアクラフト)だ」

 

 

 こうして、アベンジャーズの空飛ぶ基地は飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 ヘリキャリアの内部も、また圧巻だった。

 ブリッジに拡がるのは途轍もない近未来感。思うのだが、どうにもこの世界はS.H.I.E.L.D.やトニー=スタークの周囲にある技術だけ妙に発展していないだろうか?

 空調も通常の物とは異なるようで、気圧の変化によって生じる不調も感じられない。

 

 とりあえず、ご挨拶代わりにメーティスをメインコンピューターに忍び込ませる。トニーだってやってたんだから、別に良いよね。

 

 

『サイクル良好。出力は最大で稼動中。ヘリキャリア上昇。逆反射パネルが作動します』

「プロペラはいらないけど逆反射パネルは面白いな、データを取っておいてくれ」

『了解』

 

 

 ステルス系のスーツも開発しようと思っていたから良い機会だ。

 問題は耐久性。少しでもパネルが傷つけば姿が露わになる。

 使い捨ての光学迷彩みたいな使い方しか出来ないかもな…………

 

 

「ようこそ博士、よくいらしてくれた」

 

 

 あ、キャプテンがフューリーに10ドル紙幣を渡した。ヒルも呆れた様な目で見てる。

 しかし、同じ目線の高さから見るというのも妙な感覚だ。現実じゃないみたい。

 

 

「丁寧な歓迎をどうもありがとう。それで、僕はいつまでここにいれば良いのかな?」

「キューブを取り戻せれば、いつでも」

「成る程。で、現在の状況は?」

 

 

 調査はコールソンの指揮の元に行われている様だ。

 

 

「地球上のあらゆるカメラを監視しています。携帯やスマートフォン、パソコンも衛星経由で接続されている物の映像は総て確認できます」

「そんな方法で間に合うのかしら?」

「範囲を絞り込もう、使えるスペクトロメーターの数は?」

「必要ならば幾らでも」

「あらゆる施設の屋上にスペクトロメーターを設置させるんだ、ガンマ線の測定を行って範囲を絞り込める筈だ。高線量探知アルゴリズムは僕が作る」

「…………?」

 

 

 そんな中で一人、キャプテンだけが取り残されている様子だった。

 まあ専門家でも無いので仕方がない。特に今のキャプテンは現代の科学や最新技術に対して非常に疎い状態にあるのだから。

 よし、お節介かもしれないけど教えてあげよう。なんてね。

 

 

「放射性元素から放出されるガンマ線は物質によってそれぞれが固有のエネルギーを持っているんです。四次元キューブのエネルギー分布は幸いにもセルヴィグ博士が残したデータで判明しているので網を広げれば探す事が出来るんです」

「なるほど……?」

「つまり、指紋やDNAみたいな物です」

「ああ、それなら分かる」

 

 

 分かって頂けたようだ。

 

 

「それじゃあ、僕はどこで作業をすれば?」

「エージェント・ロマノフ、バナー博士をラボに案内しろ」

「はい」

「あの、フューリー長官? 僕は何をすれば良いのでしょうか」

「……お客さんは寛いでいてくれて構わない」

 

 

 わぁお、(にべ)もなし。

 そういうのって困るんだよね。晩御飯を何にするか聞いても何でも良いよ〜、とかさ。

 あっ、そう言えば夕飯の支度してないぞ……大丈夫かな、家にいる三人はだれも料理が出来ないし。

 …………ヤバイかもしれないな。

 

 

「帰ったら、大掃除かな……」

『問題ありません。冷凍食品とインスタント食品の備蓄があります。私のバックアップもいますので、5日間は無事です』

「それは朗報だ」

 

 

 それまでには、帰れる筈だけど。

 考えても今は仕方がない、折角だから少し寛がせて貰うとしよう。

 

 

 

「ドイツにロキが現れるのは同日の夜だった筈。それまでは待機だな」

 

 

 

 

 

 

「って、意気込んでたんですけどね……」

「ハハハ、お留守番してろって?」

「本当に子供扱いですよ。まあ、確かに二十歳の若造なんてここでは子供でしょうけどね」

 

 

 ロキがドイツのシュツットガルトに現れた一報が入り、僕は意気揚々と同行を願い出た。

 しかし、ニック=フューリーは一考する様子も無く「君はいざという時の為に待機していてくれ」と言われただけで、また放置される事に。

 正直な話、憤りを感じる。僕は現状のトニー=スタークと同等か、それ以上に戦えるというのに、それを知らないのだから。

 と言うか、信頼が無いのだ。何処の馬の骨と知らぬアイアンマンには任せられないのだろう。

 

 

「本当に只の子供なら、たった三時間で僕の助手が務まる様にはならないと思うけどね」

 

 

 あらら、ブルース=バナーが励ましてくれている。

 意外と言うか、気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 

「僕だって必死なんです。説明した通り、僕の見立てでは四次元キューブの余波でこの世界に迷い込んでしまった。だから、キューブが唯一の手掛かりなんです」

「なるほど。そこまで頑張るのは元の世界に大切な人がいるから、とかかな?」

「…………はい」

 

 

 他人の為に孤独を選んだブルース=バナーには家族の話をするのはあまり相応しくない気がした。

 でも、嘘をつきたくないという気持ちもある。

 結局のところは彼の言う通り、元の世界へ帰りたいが為にアレコレと頑張っているのだ。観光気分が抜けないのも否定できないけど。

 

 

「ここに参加した理由なんて自分本位な物です。早く帰りたいっていうだけで、夜も眠れているかどうか……」

「そんなに心配してくれる恋人がいるなんて、何だか羨ましいな」

「あ、いや恋人と言うか──あっ」

 

 

 訂正しようとして、言葉が止まった。

 廊下をゾロゾロと連なる隊列。その真ん中には、妙にファンタジックな装いの男が拘束されている。

 怪しげな笑み。観た事は無くとも誰だかはわかる、ロキだ。

 

 

「あれが。ロキ……」

「どうやら、そのようだね」

《バナー博士、倉持、一度作業を中断してブリッジで待機していてくれ》

 

 

 部屋のスピーカーからニック=フューリーの言葉が一方的に告げられる。

 どうやらロキが拘束され、ソーとも一悶着があってからヘリキャリアに兵士達は帰還したようだ。

 

 さて、ここからが本番……気を引き締めねばならない。

 

 

 

 

 

 

 ブリッジへ辿り着けば、キャプテン・アメリカにブラック・ウィドウが帰還し、更にソーも加わっていた。

 ブルース=バナーもいる訳で、この場にはトニー=スタークとホークアイを除いたアベンジャーズのメンバーが揃っている事になる。圧巻だ。

 

 

《あと少しで四次元キューブの力が手に入ったのに、残念だったな》

《……》

《だが無限のパワーをどうするつもりだった? 世界中に暖かな光でも分け与えるか?》

 

 彼等はスピーカーから流されるニック=フューリーとロキの会話を聞きながら、それぞれは神妙な面持ちで耳を傾ける。

 

 

「彼は面白いヤツだね」

 

 

 ハルクを閉じ込める檻の話や、四次元キューブについて猜疑心を掻き立てる様な話が流れてくる度に、彼等の表情は百面相に変化した。

 結局の所、ロキはアベンジャーズの仲違いを狙っているという訳だが、そもそもからしてこのメンツには協調性に問題があり我の強い個人プレイヤーの集まりなので、突けば割と容易く崩す事が出来るだろう。

 その辺り……僕が介入してどうにか出来るのか、甚だ疑問だ。

 

 

「ロキは時間稼ぎをしているみたいだ。 ソー、どう思う?」

「ロキはチタウリを待っている。チタウリは異世界の生き物で、そいつらを率いて地球を侵略し、その見返りにキューブを渡すんだろう」

「異世界からの、軍隊か……」

「だから通路が必要なんだな、その為にセルヴィグ博士も攫ったって訳だ」

「しかし、何故ロキはみすみすと捕まったんだ? そのチタウリを使えば良いものを」

「ロキに惑わされない方が良い。彼の頭の中は滅茶苦茶でクレイジーだからね」

「言葉に気をつけろ! ロキは私の弟だぞ」

「ロキは二日間で八十人も殺したのよ」

「複雑な、事情があるのだ……」

 

 

 確か、ロキはソーの義兄弟でオーディンの養子だった筈だ。

 元は氷の巨人の王の子供で、アスガルドの神々との戦いの中でロキはオーディンに拾われた。

 つまり一族の宿敵、それもリーダーによって拾われ育てられたという訳で、彼の心境も穏やかではいられなかっただろう。

 

 

「テクノロジーの話をしよう。イリジウムを何故必要としたのか?」

「安定剤になる。つまり通路を安定させるのに必要なんだ」

 

 

 ブルース=バナーが不毛な話を何とか立て直そうとしていると、割って入る様に新たな人物がブリッジに入場した。

 世界の金持ちプレイボーイ。トニー=スターク、その人だ。

 

 

「怒るなサーファーくん、悪くないパンチだったぞ?」

「はあ……?」

 

 

 ソーは、多分サーファーが何のことか分かってないです。

 文化圏の全く異なる異世界より来たから。だから、そのジョークもちょっとズレてるけど……カルチャーギャップは簡単には埋まらない。

 

 

「異世界への通路も広げ、持続時間も好きなだけ伸ばす事が出来る筈だ」

「イリジウムは耐熱性や耐久性に優れている上に白金族元素だから触媒としてはもってこい。似た様な性質を持っていて、実際にセルヴィグ博士も実験で使っていたパラジウムよりも安定する。そう言う事ですね、スタークさん?」

「良く分かってるじゃないか少年」

「僕もアイアンマンですから、核反応の触媒に関しては研究と試行錯誤を繰り返しました」

「成る程」

 

 

 アークリアクターの触媒に用いていたパラジウムの毒素に悩まされていた時、念の為にとイリジウムも試した事がある。

 結果は水素の吸着が甘くてリアクターの動力源としては不適格。

 今回は核融合は核融合でも、常温核融合の為に用いる訳では無いので、問題無いのだろう。

 

 

「さて、他の材料はバートンなら簡単に手に入れられる。あと必要な物といえば……高密度エネルギーの動力源ぐらいだな、それがあればキューブを活性化させる事が出来る」

「何時から熱核反応物理学のプロになったの?」

「昨夜から。資料にセルヴィグのメモ、抽出理論の論文……読まされたの僕だけ?!」

「それで、ロキが狙いそうな動力源は何だ?」

「クーロン障壁を破るにはキューブを一億二千万ケルビンまで加熱させる必要ある」

「セルヴィグが量子トンネル効果を安定させられるなら別だけどね」

「それが可能なら重イオン核融合も簡単に起こせるね。ノーベル賞ものだ」

「いたよ、英語の通じる奴が」

「何なんだ、一体……?」

 

 

 ああ、キャプテンが意味が分からないと頭を抱えている。

 良いんですよキャプテン、専門分野は専門家に任せてくれさえすれば……餅は餅屋、得意分野は皆んな違うんです。

 

 

「倉持、分かるように説明してくれ……」

「えっ僕がですか?」

 

 

 何時のまにか、僕はアドバイザーに就任していた様だ。

 いや、しかし任されたからには説明する他あるまい。えっと、クーロン障壁と量子トンネル効果についてかな?

 

 

「そうですね……核融合って分かります? 核融合を起こす為には強い衝撃で原子の核と核を衝突させなければいけないんですが、原子核の陽子はプラスの性質を持っている為に磁石で同じ極を近づけた時の様に反発しあうんです。つまり、その反発する力の事をクーロン障壁と言います」

「ああ、だから核融合は難しいとか、そういう話なのか」

「はい。そこで量子トンネル効果が出てきます。例えば太陽でも核融合反応は常に起きていますが、しかし太陽の環境では水素原子がクーロン障壁を破って核融合を起こすには速度が足りない筈なんです。ですが、極僅かな可能性で物質が壁をすり抜けてしまう事があって、それが量子トンネル効果です。それを自在に起こす事が出来れば容易にエネルギーを生み出す事が出来るだろう、という話を二人はしていました」

「ふぅん、成る程……」

 

 

 半分くらいは、伝わっただろうか?

 核融合反応が起きるのが約1億ケルビンで、太陽の内部温度はおよそ1570万ケルビン。明らかにエネルギーが足りないのに核融合反応が起きているのは、つまり件の量子トンネル効果のお陰でクーロン障壁を突破してしまうからだ。

 流石にセルヴィグ博士でもそれを意図的に起こすのは不可能だろうから、出来る限りの高密度エネルギーのエネルギー源を探す筈で、それを手掛かりにすればキューブの行方が分かるのでは無いか、という話。

 

 

「バナー博士はキューブの研究の為に呼んだ。スターク、君も博士に協力してくれ」

「はいはい、っと」

「ロキの杖も調べてくれないか? まるで魔法みたいだったが、あの杖はヒドラの使っていた兵器にどこか似ている気がする」

「それは分からないが、あれはキューブを動力源にしている様だ」

 

 

 でもあれってマインド・ストーンだよね。どうやってスペース・ストーンの力を使ったんだろ。

 

 

「しかし、あの杖でどうやって我々の仲間を“空飛ぶ猿”に変えてしまったのか、それが分からん」

「“猿”……とは、何のことだ?」

「僕にはわかったぞ、“オズの魔法使い”だ!」

 

 

 カルチャーギャップとジェネレーションギャップが、一同に介して混ざり合わさって化学変化が起きてしまう。

 ソーはやはりそれでも分からず顔には疑問符が浮かび、キャプテンは合っていた筈なのに場の空気が妙に白けてしまった事に戸惑い、辺りを見渡す。

 そんな不安そうに「え、合ってるよね?」みたいなアイコンタクト送らないでください。合ってますってば。

 

 

「行こうか、博士」

「ああ、そうだね。く、くる、あ……君も一緒に来てくれ」

「はい、バナー博士。それではロジャースさん、“黄金の帽子”を調べて来ますね」

 

 

 だから、そんなあからさまにホッとして「良かった、通じてた!」なんて言いたげに嬉しそうな表情をしないでくださいよ。

 




空飛ぶ猿やオズの魔法使いについては、ジェネレーションギャップを表現する為の演出だったそうです。
尚、英語の原文では「わかった。オズの魔法使いだ!」とは言っておらず「僕はその事を知っているぞ!」となっており、意訳だったという訳です(空を飛ぶ猿はオズの魔法使いネタであってます)
キャプテンが知っている知識が出て来たので嬉々と答えますが、そりゃあアスガルドから来たソーは知らないんだから自慢にならないだろ……という呆れだったとか。

なんだか、分かりにくい表現です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

其の三 問題です。この中で一番危険なヤツは?暴れたら手が付けられないのは誰でしょうか?

※深刻なキャラ崩壊にご注意下さい。


あれ、やっぱり主人公っていらない子────知ってた。




 場所を移して再びヘリキャリアの内部に設けられたラボには僕を含めたトニー=スタークとブルース=バナーの三人が集う。

 そこでキューブの探索と並行してロキの所持していた杖、セプターの解析も同時進行で行われていた。

 

 

「ロキの杖から発しているガンマ線の数値はセルヴィグの記録した四次元キューブの物と一致しているね。だけど、全てを解析するには数週間が必要になる」

「メインフレームを省略してクラスタに直結しよう、そうすれば600テラフロップまでクロックアップ出来る」

 

 

 かつて世界一の性能を誇っていた日本のスーパーコンピューターの京が1ペタフロップ、つまり1000テラフロップだったのでこのヘリキャリアに搭載されたコンピュータは中々の性能である事が分かる。

 

 セプターは四次元キューブことテッセラクト、つまりスペースストーンの力が間接的に付与されているのだろうか?パワーソースは違う筈なのにキャプテンが言うようにヒドラの使用していた兵器と同じ様に光線を発射したり等のパフォーマンスを発揮していた。

 インフィニティ・ストーンだから何か紐付け出来る様な作用でもあるのだろうか……サノスから渡された代物である事を考えれば、それも不思議では無いか。

 宇宙ゴリラなどと言われるが、あれは発想や思考の次元が異常(おかし)い科学者なのだ。つまり、ああ見えて頭脳派である。

 

 

「ははっ……すぐ帰れると思ったのになぁ」

「そうだ、今度スタークタワーに来てくれ。上層10階は全部ラボでね、夢の国だよ」

「ありがとう。でも前にニューヨークへ行った時は、その……ハーレムを、壊しちゃって」

「だったらストレスの無い環境を約束するよ、ドッキリも……無い!」

「うわっ!?」

 

 

 トニーはそう言いながらも、態と静電気を帯電させたドライバーでバナーの脇を突いてしまう。

 もちろん驚きの声をあげるが、ハルクに変身してしまう事は無い。

 彼もそうならない様に訓練したから。それでも許容範囲という物はあって、そこを敵に突かれて暴れさせられる事が多々あるのだけど。

 

 しかし、分かっていてもコレは怖い。僕ならハルクの怒りを買いたくないから絶対にやらない。

 まあトニーもこの程度ではハルクにならない事を把握してやっている節がある。それに恐らくは探っていたのだろう、許容範囲を。

 

 

「あれ、変身しないの?」

「は、ははは……」

「おいっ! 気は確かか?!」

 

 

 悪いタイミングだった。

 作業の進行を見に来たキャプテンが目敏くトニーの悪戯に気付いて叱責する。

 

 

「うーん、どうかな? しかし凄いな、どうやって怒りを鎮めてるんだ? メロウジャズ、それともハッパとか?」

「なんでもジョークにするのか?」

「それが面白ければね」

「皆の命を危険にさらして何が面白い! 倉持からも何か言ってくれ!」

「えっ、僕がですか?!」

 

 

 コッソリとセプターに眠る人工知能、ウルトロンの雛形にアクセス出来ないかな、なんて黙々と作業をしていたらキャプテンから白羽の矢を立てられてしまう。

 僕は何時からキャプテン係になったのだろうか、サイドキッカーか何かなの?

 恐らくは、濃い人材の集まるS.H.I.E.L.D.やアベンジャーズよりも僕に話しかけ易いから頼っているのだろうけど。準コミュ症の人に良く見られる兆候だ。

 キャプテンは……まあ、確かに多くの者から慕われるけど、コミュニケーション能力に秀でているとは言えないかもしれない。特に現時点では。

 

 

「まあ、その……嫌がらせは良く無いと思います。特に多くの部下を抱える経営者は出来るだけ配慮する必要があるから、僕も気をつけないと」

「ふぅん? コタローも経営者なのか?」

「えーと、その、はい。 一応、それなりにはやっています」

「わかるよ、僕もCEOの時はとても苦労した。 ままならない事も沢山ある」

 

 

 嘘つけ。殆どペッパーに任せっきりだった癖に。

 

 

「そうビクビクする必要は無いさ、ドッシリと構えろ!」

「良いから君は自分の仕事に集中するんだ!」

「してるさ。……そもそもフューリーはどうして我々を招集した? 真実を見極めるには情報が必要だ」

「フューリーが何かを隠しているとでも?」

「奴はスパイだ、何か企んでいるに違いない。彼等だって不安がっている」

 

 

 基本的にフューリーは秘密主義者で、かつ常に周囲への不信感を抱いている。

 S.H.I.E.L.D.の内部にもヒドラが紛れている事を勘付いていたのだろうか、それに状況を影響下に置きたがる傾向もあった。

 特にアベンジャーズ、ヒーロー達は諸刃の剣だ。コントロールを外れて反旗を翻されたら一溜まりも無い。

 故にキューブのエネルギーを用いた兵器については語らないだろう。必要なかった、とか言って。

 

 

「どうなんだ、博士?」

「……全人類を照らし温めるって、ロキはキューブの使い方を馬鹿にしていたけど……あれは君のタワーの事だね? ニュースでも大騒ぎだったから、知っていたんだろう」

「スタークタワーの事か? あの下品な────」

「……」

 

 

 流石のトニーも、タワーを貶されるのはペッパーを馬鹿にされる様な気がして良い気分では無いだろう。

 

 

「あれの動力源はアークリアクターなんだろ、どれくらい保つんだ?」

「まだ試作段階だけどね。地球環境を傷付けないクリーンエネルギー事業は我が社が最先端さ」

「なのにS.H.I.E.L.D.は彼をキューブの研究チームに招かなかった。そもそも何でS.H.I.E.L.D.がクリーンエネルギーの開発をする必要がある?」

「その辺りについて是非とも知りたいね。S.H.I.E.L.D.の機密情報を上手くハッキング出来さえすれば、それも可能だ」

「今、何て言った……?」

「実はジャーヴィスにブリッジの端末を探らせているんだ。あと数時間でS.H.I.E.L.D.の企みが明らかになる」

「だからS.H.I.E.L.D.は君を敬遠するのか」

「優れた知性を恐れる組織なんて、有史以来ロクなのがいない」

 

 

 組織の陣営をイエスマンだけで固めたら、容易に暴走するだろう。

 そう言う意味で言えばトニーの言い分にも一理ある。

 だけど些か……反則じゃ無いだろうか?

 

 

「倉持、君はどうなんだ?」

「本音を言えば、S.H.I.E.L.D.も純粋な正義と一概には言えないと思います。目的は兎も角、それを遂行する為の手腕については」

「ふむ……それもそうだ」

 

 

 何だろ、さっきから僕に対するこの厚い信頼感。

 そんなにオズの魔法使いの一件が嬉しかったとか?まさか。

 でも騙されちゃいけない。僕はニック=フューリー以上に隠し事をしていて、そして何も知らないみたいに惚けてる。

 

 

「叩けば埃の一つや二つは出てくるでしょう。言っては何ですが、アメリカだって清廉潔白じゃ無い」

「…………」

「そうだな、色々やってきた。父さんだってベトナム戦争の時は────」

「ハワードは関係無いだろ!」

「おいおい……怒る事は無いだろ、例え話をしてるだけだって」

「少なくとも君よりは誠実な男だった」

「へぇ? 父さんの何を知ってるって? 君が眠っていた間に父さんが何をやっていたのか教えてやろうか?」

 

 

 そしてこのコンビは口を開くと喧嘩になる。治らないだろうな、これは。

 しかし…………何でだろうか、束との事を思い出してしまう。思い返せば、少しでも会話を交わせば喧嘩していた光景って周りから見ればこんな感じだったのかもしれない。

 そう言えば、とある並行世界ではトニーが女性で……スティーブ=ロジャース、キャプテンと結婚する様な世界もあるとか。

 でも彼等はホモじゃない。これは只の喧嘩だ。

 

 

「二人とも止めてください。今はそんな事で喧嘩していても仕方ないでしょう、全部終わってから思う存分やってください」

「……すまない、作業を続けてくれ」

 

 

 表情に憤りを見え隠れさせたまま、キャプテンはラボを後にした。

 

 まるで僕が煽ったみたいだ。

 いや、着火させたのはトニーかもしれないけど、火種は僕の発言だったと思う。

 気をつけたいけど……干渉しきれない事もある。人間関係とか性格とか、ストーリーを知っているからこそ躊躇いが生じる事もある。

 

 僕はこの世界にとっては異分子で不純物だ。

 何がどう作用するか分からない。もしかしたらこの世界に悪影響を残してしまうかもしれない。

 難しい。どう関わっていけば良いのか、その塩梅も考えなければ。

 

 

「アレだろ、父さんの探してた奴ってのは……氷漬けのままにしておけば良かったんだ」

「スタークさん、それは流石に……」

「だけど見ただろう? アイツは自分が正しいと思っている事を押し付けてくる。僕とはソリが合わない」

「ですけど、仲違いをしていたらロキの思う壺じゃないですか」

「確かにロキは油断ならない。奴は僕らを煽っている」

「あんなの、自分で自分の仕掛けた爆弾に突っ込んで自爆するような奴だ。そうなったら見てみたいけどね」

「そうかい。でも僕は遠慮しておくよ」

「君もスーツを着て戦えば?」

「いや、僕はスーツは着ないんだ。知ってるだろ? 剥き出しになるんだよ。まるで……悪夢だ」

 

 

 バナー博士は思いつめた様な表情でパネルを操作しながら呻く。

 制御できない衝動という爆弾の様な物を抱えているというのは、大きな負担として心の中に圧し掛かっているのが分かる。

 だけど、彼はそれに絶望している訳じゃない。

 苦悩しながらも誰かの役に立ちたいと考えている。だからこそ、ハルクの制御を試みたり医者の真似事をしていたのだろう。

 

 

「実は、僕の胸の中には爆弾の破片があって徐々に心臓へと近づいてる。それを止めているのがこのリアクター、僕の一部さ」

 

 

 それに対して、トニーも持論をぶつけ合う事を選択したようだ。

 

 

「アーマーじゃないんだ。これは、大変な特権だよ」

 

 

 どこかに、彼らは共感を抱いているのかもしてない。

 クレバーで、かつては割と順風満帆に生きていて……だけど、とある事件が切っ掛けでとんでもない“爆弾”を抱える事になった。

 だけど“爆弾”は同時に彼らの命を救う存在でもあり、人生を変える切っ掛けでもある。そして、二人とも己の内に燻る“爆弾”に悩みながらも真正面から向き合っているのだ。

 

 

「君のはコントロールが出来ているだろ?」

「訓練したからね」

「僕には無理だ」

「なあ……君の事件の記事は読んだ。普通ならあの量のガンマ線を浴びれば君は死んでいた筈だ」

「君はこう言いたいのかい? ハルクが僕の命を救ったと。上手いね、感動的だ……だけど、何の為に?」

「それは、これから分かる」

「どうかな…………ロクな理由じゃないかも」

 

 

 しかし、バナー博士の顔は先程と比べても幾らか晴れやかだった。

 考えてみれば、ハルクに関して肯定してくれた人物はトニー=スタークぐらいだったのかもしれない。

 他は恐れるか拒否するか、良くて無視されるくらいだろう。

 トニーはハルクの事をバーサーカーの類では無くブルース=バナーの一面として見ている。それは当然の事の様で、だけど実際に目の前にして述べられるのはとても凄い事だ。

 

 

「ところで……君は何か無いのかな、コタローくん?」

「え…………?」

「さっきから黙ってばかりじゃないか。良くないぞ、日本人のそういう所。自分の意見をハッキリと言うべきだ」

 

 

 こんなスーパースター、もといスーパーヒーローの集いの中に入ったら気が小さくなってしまっても仕方ないと思うのだけど。

 出来る事ならずっと黙って眺めていたいくらいだ。映画を観るみたいに。

 そんな態度が逆に失礼になっているのかも知れないが。

 

 

「では……少しだけ、僕も意見を述べます」

「いいぞ。ほら、言って」

「僕の“爆弾”は……お二人と少し違うかも知れません。自分の中にあると同時に、外にも存在している」

 

 

 促されるままに頷いてから、僕は(おもむろ)に胸に貼りついた人工皮膚のスキンシールを剥がす。

 そうして現れるのは、トニー=スタークと同様に青白く光るアークリアクターの灯。

 二人はそれを見て少し驚いた様な顔をした。

 

 

「銃で撃たれて心臓が潰れました。そして今、僕の心臓はコレが動かしています」

「それは、アークリアクターか……」

「はい。だけど僕は、僕を生かしてくれた人の想いを蔑ろにしてしまって……だからこそ、命は自分だけの物じゃないって自覚する事が出来ました」

 

 

 こう言ったら怒られるかも知れないけど、僕にとっての“爆弾”は束だ。

 彼女が僕を救ってくれて、起爆剤にもなって、そして礎にもなっている。

 束がいなければ、僕は勝手に自己満足してアイアンマンの進化を止めていたかもしれない。そのくらい、束の存在は僕の中で巨大な物になっていた。

 

 

「爆弾は、確かに危険です。沢山の人を殺めてしまう危険性があります。だけど、扱い方によっては道を切り開いたり多くの人を照らし温める事だって出来ます」

「…………」

「だからこそ、自分の“爆弾”とどう向き合って、どうやって扱っていくのか……それが大事なんじゃないかなって、そう思います」

「……そうか」

「なるほどね……」

 

 

 それから、三人は黙してそれぞれの作業に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「スターク! 何をしているんだ!」

「それ、僕も同じ事を聞きたかったんだ」

 

 

 ニック=フューリーは憤りを顕にしてラボへと乗り込んできた。

 対してトニーは飄々とした様子でそれに応対する。

 

 

「四次元キューブの探索はどうした」

「ああ、やってますよ。今ガンマ線のサーチを掛けてる所です、誤差800m以内まで絞り込めますよ」

「そう、だから慌てない騒がない……試作モデルって何!?」

 

 

 舌の根も乾かない内に騒いだじゃないか。流石。

 

 トニーの閲覧していたパネルには明らかに兵器の設計と仕様について記述されたデータが踊っている。

 良く読めば分かるが、ヒドラの武器のリバース・エンジニアリングだ。使い易く軽量化されているが本質は変わらない。

 

 

「それはキューブの力を利用した兵器だ! 悪いね、僕が先に見つけた」

 

 

 話に割り込む様にして、キャプテンが棍棒の様な武器を机の上に叩きつけた。

 機密保管庫の中から持ち出したのだろう、データに保存されている画像とも一致している。

 

 

「あらゆる面からデータを取っていただけだ」

「ちょっと待ったニック! これは、何だ?」

「キューブのエネルギーを内蔵したミサイルみたいですね……着弾地点の周囲数kmが消失する。少なくとも第二次世界大戦当時には無かったでしょう」

 

 

 色んな兵器が考案され、実際に試作された物もあるみたいだけど……結局、四次元キューブはアスガルドに持ち帰られちゃうから無用の長物と化しちゃうんだよね。

 それなりにお金掛かってるだろうに。研究していた施設も丸ごと爆発に飲み込まれちゃったし、踏んだり蹴ったりだ。

 でも物質を消失させる為に空間を歪ませるという発想は面白いな……保存しとこ。

 

 

「世界は変わってないな、寧ろ昔よりも酷くなった」

「君はこの事を知ってたのかな、女スパイさん?」

「ねえ博士、ここから離れた方が良いかもしれない。あなたはロキに利用されようとしているわ」

 

 

 そして、ハルクの事を警戒してかナターシャ=ロマノフことブラック・ウィドウとソーもラボへやって来る。

 アベンジャーズの大集合だ。状況は、あまり宜しく無いが。

 

 

「君たちがそうしないって保証は無いけどね。それより聞きたいな、どうしてS.H.I.E.L.D.が大量破壊兵器を造ろうとしているんだ?」

「……彼のせいだ」

「俺?」

 

 

 唐突にフューリーに指で示されたソーは戸惑いの声をあげる。

 寝耳に水だろう。来てくれと言われて付いて行って見ればいきなり槍玉に挙げられたのだから。

 

 

「去年、別の星からお客さんがやって来た。その時に起こった戦いに巻き込まれて街が一つ消えたんだ。その時に思い知った、我々は脅威に対して余りにも無力だと」

「我々はこの星との友好を願っている!」

「この宇宙にいる脅威は君たちだけじゃない。宇宙には我々がコントロール出来ない存在が山程いるんだ」

「お前達がキューブを研究したせいでロキとその仲間を呼び寄せたんだ! 地球が高い次元での戦争手段を得たと知らしめてな!」

「そうさせたのは君達の戦いのせいだ、我々には防衛する為の手段が必要だと……」

「核と同じだな、それを抑止力にしようって言うのか」

「武器商人だった君が良く言えるな」

「もしもスタークが今も武器を作っていたら──」

「おい待てよ、何で僕の話になるんだ!」

「何時も自分の話ばかりしてるだろ?」

 

 

 気が付いた頃には言い争いが激化していた。

 売り言葉に買い言葉。何かを言う度に、何を言ったとしてもそれが反発して更に攻撃的になっていく。

 不毛だし、不自然だ。通常の精神状態である彼等なら胸の内に何かを秘めていたとしてもこうはならないだろう。

 

 原因は分かっている。ロキの杖、セプターが精神を乱しているんだ。

 杖をどうにかすれば自ずと彼等も正気に戻るだろう。

 しかし、問題はそれをどうやってすれば良いのか?

 

 

「おいアリス。……起きろ、アリス」

 

 

 胸のアークリアクターをノックするみたいに叩きながら声を掛ける。

 しかし、返事は脳裏に返ってこない。

 

 

『応答ありません。スリープ状態の様です』

「…………仕方ないな」

 

 

 気乗りはしないが、少し危険な手段に打って出てみる事にした。

 脅威が迫ればアリスも流石に目を覚ますだろうし、それに上手くいけばこの状態を改善出来るだろう。

 …………上手くいく気が、これっぽっちもしないけど。

 僕は意を決してセプターを握り締めた。

 

 

 あ、駄目だ。

 

 

「……あはははははは!!」

「!?」

 

 

 突然、高笑いを始めた僕を見て言い争いを止め、一様に奇異の目で見つめる。

 とても心外だ。僕からすればイカれ狂っている様に見えるのは彼等なのに。

 

 

「自分達が今どんな状況にあるのかも知らないで、呑気にも傲慢に言いたい放題! こんな滑稽なヒーローショーは中々無いですよ」

「おい、コタロー……?」

「そんな事だからロキに出し抜かれるし、簡単に仲間割れを始めるんだ。見てて良く分かりましたよ!」

「落ち着け倉持、まずはその杖を置くんだ」

 

 

 怪訝そうな眼をしたスティーブ=ロジャースが僕に自制を促してくる。

 他の者達も凡そは同じ様子だ。

 

 

「落ち着けですって? 今の今までロキの杖に惑わされていた癖に良く言えますね」

「なに……どういう事だ?」

「そのままの意味ですよ、この杖には人の思考や意思を乱す力がある……ホーク・アイやセルヴィグ博士が操られたのもそういう能力があるからですよ」

「……倉持幸太郎、なぜ君はそんな事を知っている?」

「さて、どうしてでしょうかね? でも色んな事を知っていますよ、ハンマーが大好きなソーが、自分が持っているムジョルニアの本当の力を履き違えている事とか、ね?」

「なんだと?」

 

 

 これから程なくしてヘリキャリアで巻き起こる騒動についても、勿論知っている。

 どうせなら総て話してしまおうか?

 話したらどうなるだろうか、色んな意味で面白い事になりそうだけれども。

 

 

「皆さんどうしましたか、そんな怖い顔をして? 僕を押さえつけますか? 良いですよ別に、僕はここにいる全員を相手にしても勝てる自信がありますし……フフフ」

 

 

 ハッタリでは無い。 Mark.9の性能ではソーやハルクに勝てないかも知れないが僕には切り札がある。

 ハルクのパワー、ソーの雷撃、アイアンマンの性能、キャプテンアメリカの盾……その総てに対抗し、完膚なきまで叩き潰すことだって出来るだろう。

 ブラック・ウィドウやニック=フューリーに至っては生身でも問題無い筈だ。二人は基本的に、只の人間なのだから。

 

 

「そんな拳銃じゃ殺せませんよ? 僕の身体は────」

 

 

 ロキの杖を握っていた右手が、蒼く弾けた。

 

 突然に巻き起こった衝撃で僕は後方に吹き飛ばされて、背後にあった強化ガラスに身体を強く打ち付けてしまう。

 痛みに顔をしかめて眼を瞑ってしまっているので見えないが、恐らく一同は唖然とした顔で僕の事を見ているのは想像に難く無い。

 

 

「痛っつう……」

 

 

 胸の辺りを覗いてみれば、光を遮断するスキンが貼りついたままにも関わらず強く青い光が爛々と輝いている。

 どうやら、寝坊助な娘が漸くお目覚めになった様だ。

 

 

【ちょっとパパ、大丈夫? 身体の中に変な物が入って来たから目が覚めちゃった……もう追い出したけどね】

「ああ、ありがとうアリス…………これがマインドコントロールか、最悪な気分だな」

 

 

 どうやらアリスは咄嗟にリパルサー・レイを発射してセプターを弾き飛ばしてくれた様だ。

 しかし、それにしても迂闊だった。触れた所でちょっと怒りっぽくなる程度かと思っていたら…………まさか、あんなに感情が荒んでしまうとは。

 

 

「え、えっと……大丈夫、なのかい?」

「ええ……大丈夫ですよバナー博士。皆さんもすみません、お騒がせしました」

 

 

 床に落ちた杖を拾うと、再び周囲が慌てた様にビクンと反応した。

 だが、もうアリスが目覚めたので悪影響は無い。

 観測用に設けられた台座に収めて、それから再び向き直る。

 

 

「今見て頂いた通り、この杖は大変危険な代物です……触れなくても感情を揺さぶるのは皆さんも体験したでしょう?」

「あ、ああ……」

「ロキはこれを使って仲違いをさせようとしていたみたいです。……まあ、僕はまんまと引っかかってしまいましたが」

 

 

 いや、しかし変な事を口から滑らせる前にアリスが目覚めてくれて良かった。

 …………マインド・ストーンの力について述べてしまったので手遅れかもしれないが。

 

 

「なあコタロー、色々と聞きたい事があるんだけど……」

「えーっと……あっ、ヒットしましたよ」

 

 

 まるで図ったかの様なタイミングで、キューブの位置を特定出来た事を告げるアラームが鳴り響いた。

 お陰でトニーからの質問を逸らす事が出来た。……その場凌ぎでしか無いけど。

 

 

「キューブが見つかったのか?」

「よし、僕が取りに行こう」

「キューブはアスガルドの物だ、人間には扱えない!」

「それに一人で行かせられない」

「何で止める?」

「分かってるだろ、単独じゃ危険だ」

 

 

 僕のアクションがあったせいか、幾らか態度が軟化している気がする。

 その隙に、僕もバナー博士が眺める画面を横から盗み見する。場所は知っているが、再確認みたいなものだ。

 場所はニューヨークのマンハッタン。どうやら目指している場所はスタークタワーで間違いない。

 

 

「これは、拙い……!」

 

 

 バナー博士がその位置を告げ────

 

 

「あ…………確かここは駄目だ、バナー博士!」

 

 

 咄嗟に、ブルース=バナーをキャプテンとトニーがいる入り口の方向へと突き飛ばして、押し退ける。

 突然の事に驚きに染まった表情を尻目に……僕は衝撃に警戒した。

 

 瞬間、ラボの中心に下層から爆風が舞い込んで来る。

 

 

「ぐっ……うわああああっ!?」

 

 

 先程とは反対、内部側の強化窓ガラスの付近に棒立ちになっていた僕は爆風で再び吹き飛ばされ、今度はガラスを突き破ってしまう。

 そのまま下層にある格納庫へと……落下した。

 




ここ最近の本編と幾つか設定がリンクしていますがスパイス程度にお楽しみください。

しかし、凄い主人公の蛇足感。
だから次回からメッキリ原典から変えてやるんだ(決意)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

其の四 人間って素晴らしいな

ここまで話の内容に沿わないサブタイも珍しいと思う。


「うへ……けほっ、けほっ!」

 

 

 爆発の影響で粉塵が舞い、幾らか気管に入り込んでしまった様で咳き込んでしまう。

 身体のあちこちに痛みがあったが、問題は無さそうだ。

 

 よし、と立ち上がろうとして、だけど出来なかった。

 身体に何かが引っ掛かっているみたいだ。見れば、腰から足にかけてコンテナや何かの資材と思われる金属の塊が積み重なってうつ伏せになった僕を押さえつけている。

 

 

「ああ、もう……よいしょっ、と!」

 

 

 重量は目算で200kg程度か、大した重さでは無くて良かった。

 力を込めてまずは四つん這いの状態になり、そのまま障害物を蹴りだす。

 カランカランと金属の弾ける軽い音を遠くに聞きながら、服に付いた埃を叩き落として今度こそ立ち上がる。

 

 

「メーティス、ヘリキャリアの状況を教えてくれ」

『外部で爆発が発生し第三エンジンが小破しました。タービンは無事ですが爆発の影響でローターに異物が挟まりエンジンは停止しています。また、武装した十数人が侵入し破壊工作を行なっている様です』

「うーん……取り敢えず、 Mark.9をコッチに呼んでくれ」

『了解』

【えーっ! 私はー?!】

「アリスは……まだ出番はお預けで。少しでも温存したいからね」

『イエス。貴女は大人しくしていてください』

【ぶー……】

「まあまあ、切り札は最後まで取って置きたいんだよ」

 

 

 不服そうなアリスを宥めながら次の行動を検討する。

 知っている通りの事の成り行きになるのであれば第三エンジンにはトニーとキャプテンが向かう筈だ。ちょっとしたトラブルはあるものの、エンジンを修理するのに問題は無いと思う。

 寧ろロキを閉じ込めた牢獄や、ヘリキャリアを制御するコンピュータのあるブリッジの方が危うい。

 前者は直ぐにロキが脱獄してしまうだろうし、後者はホークアイの手でコンピュータウィルスを流し込まれてヘリキャリアのエンジンが全て停止しかねない。

 

 

「まずはブリッジを目指して……いや、いっそ牢獄を目指すか」

 

 

 墜落自体はトニーがどうにかして止められるだろう。

 だったら、一番の肝はやはりロキだ。

 アレが全てを掻き乱す。今回の事件の主犯であるし、野放しにしておく訳にはいかない。

 

 

「メーティス、道は分かるか?」

『イエス。内部の3Dマッピングが完了しています』

「よし、道案内してくれ」

『ロケーターを表示します』

 

 

 眼鏡を通した視界の上下左右に青い光の波線がスキャナーみたいに走ってから、足下にAR(拡張現実)の細い線が一直線に伸びた。

 つまり、これがメーティスの示した進路。この線を伝って行けば最短で目的地に辿り着ける筈だ。

 後はディスプレイの隅にも大まかな艦内マップを表示してから、駆け出す。

 

 

『しかし、侵入者の工作で監視カメラが全て切られています。充分に注意してください』

「ああ、わかってるよ」

 

 

 幸い、進路にはヘリキャリアのクルーの姿が無く、ほぼ全速力で移動する事が出来た。

  このまま何事も無ければ三分と掛からずにロキの収監された牢獄に辿り着けるだろう。

 もしかしたら既にロキに操られた者が先に到達している可能性もあり、急ぐに越した事は無い。

 

 

『前方注意』

「え? うわっ!」

「なっ……ほぉあああっ!?」

「え、おふうっ!」

 

 

 地図を見ながら余所見をしていると、曲がり角から現れた者に気付かず衝突してしまった。

 ぶつかった男は防弾を意識したそれなりの重装備だったが、こちらが走っていた事もあって2,3m程吹き飛ばしてしまい、更に後ろに続いていた者たちに向かって叩きつける形になってしまう。

 

 

「あの……大丈夫です、か?」

「…………」

 

 

 倒れた男は何も述べず、無言のまま立ち上がる。

 何か様子がおかしい。眼を見てみると、黒目の部分が水色の光で濁っていた。

 あっ。と気付いた頃には更に後続から現れた三人も合流していて、五つの銃口が僕を照準に収め、対して僕は動揺から反応が遅れてしまう。

 

 そして────引き金は絞られる。

 

 

「っ────!」

 

 

 ライフリングによる回転と炸薬によって時速1000km近くまで加速された銃弾の雨が横殴りに降り注ぐ。

 5m以下の至近距離、こんな状態で撃たれてしまえばどんなに反応速度が早かろうと回避運動が間に合う筈も無く……

 僕は庇うように左の手の平を前方に突き出した。

 

 

「…………なに?」

 

 

 しかし、凶弾が僕を貫く事は無かった。

 迫り来る100以上の銃弾は、僕の手の平の前で静止している。

 まるで、その限られた空間だけ時の流れが止まってしまったかの様に。

 

 

「ロキは指揮官として最悪だね……これはロシアの7.62mmUSSR、こっちは5.56mmのNATO弾、それに0.45ACP! 銃も弾もバラバラじゃないか。中東の寄せ集めテロ集団だってもっとマシな装備の仕方をするよ」

 

 

 襲撃犯の武器は短機関銃にカービンライフル、アサルトライフルと統一感の欠片も無かった。

 クリスベクターなんて珍しい最新式があると思えばAKMなんてちょっと古い物まで。しかも用途が違うから弾の口径はバラバラで共有も出来ない。

 恐らく手に入った銃を適当に分配したのだろう。しかし、お粗末過ぎやしないだろうか、誰かが弾切れしたら作戦に支障が出るレベルだ。

 

 

「な、なんで……何で弾が止まっているんだ!?」

「ちょっとしたトリックだよ」

 

 

 この世界にはPICもAICも無さそうだから魔法に見えるだろうけど。

 スカーレット・ウイッチなら似た様な事が出来そうだね。やっぱり魔法じゃないか。

 

 

「っ、ざけんな!!」

「おっと」

 

 

 リパルサー・レイをお見舞いして切り抜けようかとも思ったが、その前にライフルを投げ棄てナイフに持ち替えながら接近してくる者がいた。

 距離が近過ぎると予備動作の大きいリパルサー・レイは避けられてしまう可能性がある。

 仕方ないので近接戦闘に切り替える事に。

 

 

「せーの」

「なっ……!?」

 

 

 手始めに、空中に留めていた弾丸の山を投げつけてやる。

 人間というのは不便で、視界に入ってくる飛来物に対して防御してしまう癖があるのだ。

 例え、姿勢や動作に移行しなくとも隙は出来てしまう。

 ばら撒かれた銃弾に目がいっている内に、屈みながら肘を鳩尾に向けて打ち降ろす。発勁のちょっとした応用だが、衝撃は内臓を伝って意識を奪う事に成功した。

 

 

「はい、次」

 

 

 銃弾投げというネタは使ってしまったので、今度はたった今気絶した兵士を投げる。

 狭い通路の中で長さは2m弱、重量が7,80kgの人間が投げ込まれれば流石に後ろへ引くか、防御姿勢を取らざるを得ない。

 前方にいた二人の内、片方は仲間を受け止める様な動作をとったがもう一方は逃げる様に横へ飛び退いた。

 まずは薄情な方から仕留める事にしよう。

 

 

「せっ、い!」

 

 

 重心を下げながら落下する様に移動して一瞬で間合いを詰める。

 相手が反応する前に首へ手刀を打ち込み、よろめいた所で左腕を掴みながら立ち上がり、再び屈伸して身体を沈める。

 後は体重移動に乗っかって勝手に地面に転がってしまう。

 念の為、胸に拳を落として肺から空気を抜いておく。

 

 

「三人目」

 

 

 後方にいた二人が横からライフルでちょっかいを出してくるが、それはAICで遮断。弾切れした様なのでマガジンを交換する前にお返ししておく。

 その間に先程投げこまれた仲間を受け止めた奴が拳銃に持ち替えて来たが、向こうから近付いてくれるのなら話が早くて助かる。

 拳銃を持つ右手首を左手で掴んで左側に逸らしてから、反対の右手で前方へ押して重心を崩す為に今度は引っ張り返し、次に上方へ持ち上げ、最後に下へ落としながら後ろへ流し込む。

 Ωを描く様に腕を動かしただけで身体は滑り込む様に崩れるので、その前にがら空きの胴体に膝を打ち込んでトドメ。

 

 

「こんのおおっ!」

「やろぉ、ぶっ殺しやらあっ!!」

 

 

 二名様のご来店。誠にありがとうございます。

 

 マガジンを交換出来た方は未だにライフルを、本当に弾切れした方は拳銃に持ち替えている。だから弾種は統一しておくべきなんだよ。

 まずはライフルごと纏めて顎を蹴り上げる。

 そのまま首に足を巻き付けながらジャンプし、肩車を無理矢理やって貰いながら掴んだ頭を重心に再び回転。回し蹴りで拳銃持ちの顔へダイレクトアタック。

 着地してから、協力して貰った彼の股間を蹴り上げ、反転して拳銃を取り落としたもう一人には踵落とし。

 

 またのご利用はご遠慮させて頂きます。

 

 

『マスター、不注意です』

「悪かったって……」

【AICは私のお陰だよっ!】

「そうだね、ありがとうアリス」

 

 

 柳韻さんが時偶に教えてくれる古武術や、S.H.I.E.L.D.の訓練で実施されるCQCみたいな謎の格闘術。何かの足しになるかもと覚えておいたがこんな時には大変重宝して便利である。

 

 さて、思わぬハプニングで時間を喰ってしまった。

 それにここまで襲撃犯が迫って来たという事は既に牢獄に辿り着いているかもしれない。

 

 

「上手く行けばコールソンを…………あれっ、助けちゃって大丈夫なのかな?」

 

 

 

 

 

 

 牢獄に辿りつくとコンソールの前に立っていたので、取り敢えずリパルサー・レイで吹き飛ばす。

 しかし、肝心のロキの姿がない。

 透明な壁の檻で形成された牢獄を見ると、中にはソーが収監されていた。

 

 

「あ、れぇ……どうしてそんな所に?」

 

 

 知ってるけど。

 

 

「おいっ、後ろだ!」

「後ろ……?」

「やあ」

「うわあああっ、お!?」

 

 

 言われた通り背後に振り返ると、そこには怪しげな笑みを浮かべるロキの姿があった。

 そんな単純なドッキリに驚いてたじろいでしまう。

 こういう悪戯な所が実にロキらしい。憎みきれないんだよね、なんだか。

 

 

「中々おもしろい物を見せてもらったぞ、若い方の鎧の男」

「若い方……まあ」

「悪いが、少し想定外な事があってな……その代わり、お前に働いて貰おうとしよう」

「っ……!」

 

 

 既に回収されていたらしいロキの杖、セプターを掲げると僕の胸に向けて杖の先を押し付ける

 何故かこの洗脳能力、頭では無く心臓に作用するらしく胸に魔法と思しき光を流し込まなければならない。

 そして、そのターゲットを僕に定めたらしく……杖の先はゆっくりと、触れた。

 

 ────かちん。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ────かちん。

 

 

「……何故だ?」

「日本には三度目の正直っていう言葉があるんだ……もう一回やってみたら?」

「そうか、わかった」

 

 

 ────かちん。

 

 

「……駄目だったぞ?」

「二度あることは三度ある、っていう言葉もあるんだよね」

「ふむ……成る程」

 

 

 そうこうしている内に漸くMark.9が到着。よし、後ろから殴ってやれ!

 

 

「なっ、おおうっ!?」

 

 

 殴打じゃなくて、襟元を掴んで手元に引き寄せ位置を整えてからユニビームでロキを吹き飛ばしてしまう。

 ついでに衝撃でその後ろの壁までぶち壊しながら。

 あの程度じゃ死なないだろうけど……容赦ないね、メーティス。

 

 

 

『彼は何をしようとしていたのですか?』

「僕を洗脳して操ろうとしていたんだよ」

【私がいるから無駄なのにね、格好悪ぅーい】

 

 

 そんなの向こうには分からないからね、仕方ないね。

 

 さて……それじゃあコンソールを操作して檻を開けないと。

 落ちないと分かっていても閉じ込められていたらソーだって気分が良くないだろうし。

 えーっと、どれを押せば良いんだ?

 

 

「EJECT……だと落としちゃうよな。あれ、OPENとか無いの?」

「止めろぉロキィィィ!!」

「え────?」

 

 

 まさか、と思って再び振り返ると……少し怒った様子のロキがいた。

 手には相変わらずセプターが握られている。

 それを……胸では無く腹に向かって突き刺してきた。

 

 

「うっ……ぐ、はぁ!?」

「ははは……あはははははっ!!」

 

 

 痛い。

 視線を下ろすとセプターの鋭く尖った部分が腹部を貫いている。

 

 ああ、これは腸まで到達して突き破ってるな。

 出血も思ったより酷いみたいだ。少しマズイかもしれない。

 油断した。Mark.9を着ていればこんな事にはならなかったのに。駄目だな、こういう詰めの甘い所は。

 

 

「あ、があ……」

「神を冒涜した、罰だっ!」

「うぎ、がっああああ……っ!!」

 

 

 しかも嫌らしい事に、セプターをグリグリと捻ってくる。

 内臓を傷つけて確実に殺すつもりだ。これが、神のやる事か?

 

 

「あっ────!」

 

 

 極めつけ、トドメにセプターを引き抜く。

 留められていた出口に向かって、行き場の無くなっていた血液が噴き出す。

 どれだけ出ただろうか……一リットルや二リットルなんて量ではきかないだろう。

 傷口を手で押さえ、少しでも血の流出を止めようと足掻いてみる。

 

 

「スーツを、着てさえいれば……っ!」

「ふはははっ! あの世で好きなだけ後悔していろ!」

「…………」

「兄上を落とした後、お前もその穴から突き落としてやる……!」

「ロキっ、貴様……!!」

「我らは不死身だと言われているが、この高さから落ちても無事かどうか試してみるか? はははっ!」

 

 

 …………ところでロキさんや、先ほど貴方を吹き飛ばした存在をお忘れでしょうか?

 

 

「……まったく、笑ってないと死んじゃうのかね? ああ、流石は笑いの神ロキ様だ」

「なに……っ?」

「何時までも馬鹿笑いしちゃってさ。自分も後ろを振り向く癖を付けたら如何かな?」

「この死に損ないが、何を言っ──」

「じゃーん」

 

 

 傷口を塞いでいた手を、退ける。

 そこには破れた上に血で染まったTシャツがあったが、ロキによって無惨に拡げられた傷はどこにも無かった。

 

 

「は……っ?」

「やーい、引っ掛かってやんの。はい、後ろにご注目!」

 

 

 ロキの背後から、メーティスが操るMark.9がヌッと現れ、羽交い締めにして拘束してしまう。

 動けなくなって藻掻くロキを見ながら、右手の拳を堅く握りしめる。

 

 

「歯、食いしばってた方が良いかもね?」

「待っ――」

「たない」

 

 

 まずは顔面。

 本気で殴ったのに歯が折れたり、ましてや出血する様子も無い。 

 凄く頑丈だ。伊達に神様をやっている訳ではない様だ。

 

 

「あのねっ、結構、痛かっ、たん、だよ!!」

「ぐっ、ぎ、やめっ、ぬう、ぉおおっ……!」

 

 

 顔を重点的に何発か殴って少しスッキリしたので謝ってないけど殴るのは止めてやる。

 Mark.9はロキを抱えたまま向きを90度変えて、穿たれた穴の方へと向き直ると再びユニビームをチャージする。多分、さっきより強めに。

 今度は別の壁に穴を開けながら、ロキは再び吹き飛んでいった。

 

 

「さて、甲板のクィンジェットで逃げる筈だから先回り、して──?」

 

 

 今度こそ檻を開こうとして、クラっとバランスを崩して両手をついてしまう。

 視界もボヤっとして定まらない。それに、気分も優れない。

 

 

「あ、やばっ……血ぃ出し過ぎたかな?」

 

 

 搭乗者保護機能で血管を保護、ISの隠し機能で損傷部位を修復したが……失った血は戻ってこない。

 というか冷静に考えてみれば二リットルも血が出てたら普通に致死量だ。

 特別頑丈になった身体のお陰で即死は免れ造血も急ピッチで行われているが圧倒的に血が足りないのだろう。

 段々、クラクラとしてきた。

 

 ああ、いけない。意識を失う前に檻を開かないと……

 

 

「おいっ、大丈夫か!?」

 

 

 檻から出てきたソーが心配してか駆け寄ってくれる。

 いやぁ、正直そんなに大丈夫じゃないです。

 

 

【出血量は2.6リットル。血液総量の半分が出ちゃったみたい】

「それ、普通に死んでるよね……」

【うーん、ギリギリかな。搭乗者保護機能を全開にするから、ちょっと寝てて】

「おっけぇ、頼んだ……」

 

 

 そして強制的に、意識が途絶える。




【ツッコミどころが満載なのですが?】
設定の細やかな所については描写されるまで待って頂きたいなあ、なんて甘え。
ネタバレ避ける為に感想欄でもあんまり書きたくないし(散々バレしといて)
なんならツイッターでDMなりリプなりで聞いて貰うのは有りです。

【主人公がもう人間じゃねえっ!!】
主人公に限らず創作の登場人物は多かれ少なかれ人間離れしています。
頭を銃で撃たれても無傷な人間だっているんだから、まだ普通の人間です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

其の五 NY大決戦・Avengers Assemble!

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします!

昨年内にアベンジャーズ編も終わらせられるかと思ったら全然そんな事は無かった。
実はアキブレにかなり熱中してました。いえ、してます。


「…………うっ」

 

 

 首と肩が痛い。どうやら寝違えてしまったみたいだ。

 ベッドの感触がいつもと違う、少し硬いし狭い。

 何となく束のラボを思い出す。あそこに置かれたベッドも確かこんな感じで……その内、掃除に行かないとな。

 

 

「ここ、は……?」

 

 

 そう言えば、ここはどこだろうか?

 寝室に辿り着いた記憶は無いが、どうやらガレージで突っ伏して寝てしまった訳でも無さそうだ。

 よし、と意を決して身体を起こしてみる。

 

 

「まだ寝ていた方が良いよ、かなりの出血だったみたいだからね」

「……マーク=ラファロ?」

 

 

 違う。ブルース=バナーだ。

 そうだ、段々と思い出してきた。確か僕はアベンジャーズの世界に迷い込んで……何だかんだやって、ロキに腹を刺された。

 傷は修復出来たけど出血多量で死にかけて、アリスに眠らされたんだっけ。

 

 

「まだ寝惚けてるみたいだね。何があったか覚えているかい?」

「……お腹を、刺されました」

「どうやらそうらしい。僕が診た時は傷一つ無かったけど」

 

 

 周りを見渡すと、左腕に太い管が伸びているのが見えた。

 輸血をされているらしい。そういえば、ブルース=バナーは先日までインドで医者をやっていたんだっけ…………というか、医師免許って持ってるのかな?

 

 

「彼……ソーが言うには、腹部を刺された上に抉られて大きな穴が空いていたらしいけど」

「ええ、まあ」

「でも、もう塞がっている。その跡がどこにも無い」

 

 

 証拠と言えるか定かでは無いが、穿たれた穴の爪痕はTシャツに残っていた。

 大きく穴が開いて血で染まったTシャツ。それは脱がされていて、今はどこか着物みたいな病衣に身を包んでいる。

 

 

「ハッキリと言ってしまえば異常だ。君は本当に、人間かい?」

「うーん……逆に聞いても良いでしょうか。貴方は人間ですか?」

「…………」

「あ、すみませんっ! そういう意味で言った訳じゃなくて……!」

 

 

 言い方が悪かったと、遅れて気がつく。これではまるでバナーが人間では無いと言っている様ではないか。

 そもそも彼はハルクに対して複雑な感情を抱いている。正面から向き合いながらもコントロール出来ない事に恐怖し、それでも受け入れようとしているのだ。

 そんな彼に「貴方は人間なのか」という問いは、否定している様で相応しくない。

 

 

「少し、僕の話をしても良いですか?」

「ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。かつての僕はスーツを着ていなければ戦えない……変な言い方ですが、普通の人間でした」

 

 

 中学生の頃には胸にアークリアクターが埋まってたから、僕の短い人生の半分以上が普通じゃないって事になるけど。

 身体能力もあの頃から異常なレベルで向上していった訳だし。

 まあ、しかし肉体とか戦力を抜きにして考えると……束と関わった時点で既に“普通”との縁は完全に断ち切れていたのかもしれない。

 

 

「でも色々とあって、明らかに人の領域から逸脱した力を得ました。ご覧の通り、ですね」

「…………」

「戸惑いましたし同時に怖くもなりました。自分が人間ではなくなってしまったんじゃないかって、逃げていた事実を突きつけられた様な気さえしました」

 

 

 でも、と。

 僕は眼を瞑って一年ぐらい前にあった出来事を如実に思い出す。

 逆立ちしても一生敵わないんだろうなあ、と再認識させられた日の事だった。

 

 

「ある人が僕に言ってくれたんです。“力”なんて病気や怪我みたいな物で、周りの人と多少異なる部分があったとしても人である事に変わりないって」

「でもそれは、コントロールが出来ていればの話だろう? 僕には無理だ。無意識の内に誰かを傷つけてしまう、人にとって害でしか無いんだよ」

「そうでしょうか」

「……なんだって?」

「これも、その人の受け売りなんですが……人か否かの基準で必要なのは人間の(ことわり)を受け入れ人として生きていこうとする事だと僕は思っています」

「…………」

「貴方は、インドで身を隠しながら医者として活動していた。そしてその数年間は“力”が暴走する事も無かったんですよね?」

「まあ、そうだね」

「“力”に怯えて人であろうとする事を直ぐに諦めてしまいそうになった僕なんかよりも、よっぽど人間らしいと思いますけどね」

 

 

 ひとしきりに言いたい事を吐き出し終わると、それを聞いていたブルースは考える様に黙してしまう。

 思う所はあるのだろう。殆どの日常を、ハルクと向き合っている彼には。

 僕は彼の想いを理解する事は出来ないだろう。想像をして、ある程度の共感をする事は出来るかもしれないが、それは理解とは果てしなく遠いのだ。

 だから僕も、それ以上の言葉を伝える事なく見守る事にした。

 

 そして、幾らか時間が経過したのを見計らってから疑問になっていた事を質問する。

 

 

「そういえば、ロキに関して状況はどうなっているんですか?」

「ああ。最後にキューブの反応が追えたマンハッタンの付近だったから今はそこを警戒している。キャプテン達は空から巡回、トニーはアイアンマンの修理も兼ねてタワーに戻るって言ってたな」

「……まだチタウリは現れてないんですね?」

「チタウリ? ああ、ロキが呼び出そうとしてる軍隊……少なくともまだ出現の報せは無いみたいだけど」 

 

 

 分断される筈だったアベンジャーズのメンバーがロキの目論見に反して一堂に会している等の相違点はあるが、大まかな大筋はやはり変わっていない筈だ。

 つまり、状況はクライマックスへ向かっている。スタークタワーのアークリアクターが四次元キューブの動力源に用いられ、開かれたゲートからチタウリの軍隊が溢れ出てくるのは時間の問題だろう。

 

 

「急ぎましょう。恐らく時間はもう殆ど無い筈です」

「だけど、ロキの居場所はまだハッキリとしてないんだよ?」

「問題ありません、僕に心当たりがあるんです」

 

 

 心当たりなんてありません。知ってるだけです。

 

 

 

 

 

 

 勝手にヘリキャリアの格納庫に駐機されていたクィンジェットに忍び込み、メーティスにロックを解除させてメーティスに操縦して貰う。

 つまり全部メーティス頼み。仕方ないじゃないか、だってその方が早いんだからさ。

 最高速度でニューヨークの上空を目指すと、既に事態は始まっていた。

 摩天楼の中でも群を抜く高さを誇るスタークタワー。そんな塔の頂点から、青く迸る様な鋭い閃光が天を貫いて空を穿って孔を開けている。

 よく見れば、その穴からは零れ落ちる様に青い(もや)が溢れ出していて、それは僕がこの世界に迷い込む前に見たものと同質な物の様だ。

 

 

「どうやら、捜すまでも無かったみたいですね」

「そうみたいだね。それで、どうするんだい?」

「突っ込みます」

「は?」

 

 

 操縦桿を握り、クィンジェットの進行方向のみをコントロールする。

 目指すのは巨大なクジラのようなムカデの様なフォルムをしていてクライシスな印象を受ける飛行物体。確かリヴァイアサンと言ったけ。

 

 

「メーティス、バナーさんを地上までエスコートしてくれ」

『了解しました』

「えっ、え? なに?」

 

 

 搭載していたMark.9はメーティスがコントロールし、ブルース=バナーを抱える。

 クィンジェットの後部ハッチを展開すると、そのまま抱えて飛んで行った。

 その様子をモニターで確認しながら、バルカン砲を展開してチタウリ達に向けて放銃を開始。

 細々と撃ち落としながら、尚も進路はリヴァイアサンへ向けて突き進んでいく。

 

 

「よし、そろそろ僕も行くか」

 

 

 操縦はオートパイロットにして、開きっぱなしの後部ハッチへと駆け込む。今更になって思うが、別に普通に着陸させても良かったな。

 Mark.9は先に地上に行ったので生身で飛び込むことになるが……まあ、問題は無いだろう。

 いざとなったらエネルギー・バリアが僕の身を守ってくれるのだから。

 そのまま空中に身を投げ出し、物理法則に従って自由落下。

 パラシュート無しのスカイダイビングを楽しみながらも、頭の中では着地の位置と姿勢を検討していく。

 

 

「よっ…………と!」

 

 

 姿勢を整え、初めは両足で着地しながら右足を折り曲げ、落下による運動エネルギーの衝撃を殺すために右手で地面に殴りつける。

 全身に衝撃が伝わりピリッと軽く衝撃が走るが数百m程度の落下なので微々たる物だった。

 いわゆるスーパーヒーロー・ランディング。膝に悪い。

 

 

「…………お待たせしました」

 

 

 着地の姿勢を解いて周りを見渡せば、既にメンバーは殆ど集まっていた。

 

 キャプテンアメリカ、スティーヴ=ロジャース。

 ハルク、ブルース=バナー。

 ブラックウィドゥ、ナターシャ=ロマノフ

 ホークアイ、クリント=バートン。

 

 ソーはスタークタワーに、トニーは上空で戦っている様だ。

 

 

「お、おい倉持……今どこから落ちてきた?」

「どこって空からですよ?」

「生身で平然と降りたわよね……」

 

 

 派手な登場の仕方に各々方は驚きと戸惑いを露わにして僕と空とを見比べている。

 しかしそんなに驚かないで貰いたいものだ。キャプテンに至っては同様にパラシュートを用いずに降下作戦を実行することが出来るだろうに。

 

 

「……怪我は大丈夫なのか?」

「大丈夫です、これでも結構頑丈で、それだけが取り柄ですから」

「よく言うよ……本当に」

「コイツ、ロキに腹を刺されたんだろ? その割にはピンピンしてるが」

「常識で考えちゃダメって事ね」

 

 

 僕個人としては、良識も常識も持ち合わせた人間のつもりだったんだけど……残念。

 

 

「ひとまずその事は置いておいて、状況を整理しよう。スターク、倉持とバナーが到着したぞ!」

《よぉし、ひとまずコタローをコッチに送ってくれ。ちょっと数が多過ぎる》

「だ、そうだ」

「分かりました」

 

 

 僕が何かを言う前に、腕を左右に広げるとMark.9が一人でに動いて身体に纏わりつく様に装着されていく。

 マスクにHUDのUIが表示され、トニーのアイアンマンの位置も捕捉される。

 起動も手馴れたものだが、こんな大勢の敵を相手にするのは初めてだ。

 不安が無い訳ではない。だが、敗北や死なんていう杞憂はない。

 ホークアイと出会いの挨拶をする事も無く、早々にMark.9は空へと駆け出した。

 

 

「予想していたけど、数が尋常じゃないな……」

『確認できるだけでも1000を超えています』

「うっわ、ぞっとしないねえ」

 

 

 軽口を挟みながらもリパルサー・レイや肩部キャノン砲を起動して擦れ違うチタウリへ挨拶がわりにお見舞いしてさしあげる。

 しかし、やはりじり貧でしかない。

 根本的な解決には源を絶つしか無いのだが、その為にはロキの杖を手に入れる必要がある。

ゲートを展開している装置はバリアで覆われていて、四次元キューブのエネルギーから生じたバリアを破るには同じインフィニティ・ストーンの力が必要なのだ。

 

 

《やあコタロー、元気かい?》

「ええ、とても快調です」

《それは良かった。ところでコイツを見てどう思う?》

「…………すごく、大きいですね」

 

 

 対面から飛んできたトニーことアイアンマン・マーク7は、なんとあの巨大な飛行物体であるリヴァイアサンを引き連れてやってきた。

 こうして正面から見つめてみるとその巨大に圧倒されてしまう。

 軽く数百メートルはあるだろう。質量は何トンなのか想像もつかない。

 

 

「とりあえず、仕留めますね」

 

 

 左腕を真っ直ぐリヴァイアサンに向けて、照準を固定。

 Mark.9の装甲が一部展開すると、左の前腕部分からマイクロミサイルが射出される。

 うまい具合にリヴァイアサンの口の様な部分から内部へと侵入していき、中間地点まで到達したところで爆ぜた。

 大爆発は連鎖反応を起こしてリヴァイアサンを内部から崩壊に導き、真っ二つに引き裂かれるとそのまま地面へと落下していった。

 

 

《なるほど……装甲を避けて内部に攻撃するのが良いのか》

「それが一番手っ取り早いと思います」

 

 

 しかし、リヴァイアサンも一体だけでは無い。

 空からは次々と増援が舞い降り、リヴァイアサンも惜しみなく注ぎ込まれていく。

 何よりもニューヨーク市民の避難と保護がかなり遅れている。

 

 ひとまず、僕とトニーはキャプテン達と合流する為に着陸した。

 バナーは既にハルクに変身していたが、どうやらある程度理性がある様でアベンジャーズに対して暴れてはいない。

 ロキとの一悶着を終えたソーも合流し、これでアベンジャーズが遂に全員揃った事になる。

 …………一人、余計なお客さんがお邪魔しているけれども。

 

 

「さてキャプテン、どうする?」

「いいか皆、通路が閉じるまで敵を押し留めるんだ。バートンは屋上から敵を見張れ。スタークは外側だ、3ブロックから外に出ようとする敵は押し戻すか灰にしてやれ!」

「スターク、運んでくれ」

「ああ、落ちるなよ!」

「ソー、通路から出て来る敵は君の雷で痺れされてやれ! ナターシャはここで僕と戦闘を続ける」

 

 

 矢継ぎ早とキャプテンから指示が飛び出し、アベンジャーズ達は逆らう事もなくその指示に従っていく。

 実際、この中で指揮官や実戦の経験が一番豊富な者はキャプテンをおいて他にいないのだから従う方が適切だろう。

 

 

「倉持は遊撃、市民を守りながらあのデカブツを仕留めてくれ」

「了解」

「ハルク……スマッシュ(暴れろ)!!」

 

 

 キャプテンの簡単な指示に、ハルクは満面の笑みを浮かべて飛んでいった。

 ビルに張り付くと近場のチタウリを千切っては投げ、その暴力で打ちのめしていく。

 相変わらず凄いパワーだ。次回作はああいうのを作ってみようかな?

 

 

「さて……それじゃあ市民を優先して行動しよっか」

『了解しました』

 

 

 実を言うとMark.9は巨大な敵との戦闘に向かない。

 コンセプトとしては対人、敵対的なISやアイアンマンに類似するパワードスーツとの戦闘を想定されて設計した。

 Mark.7で採用したアダマンチウムクローは引き続き装備し、他にも鎮圧と救助など様々な状況に対応する多目的装備を採用していたりする。

 それが────スパイダー・ウェブ。

 

 

「よっ、と」

 

 

 手首から射出された白い粘着質の塊がチタウリに着弾すると弾けて展開し、網状になってその顔に絡みつく。

 視界が塞がれたチタウリが搭乗していた機体はコントロールを失い、やがて前方を飛んでいた他の機体を巻き込んで爆発する。

 もちろん只単に糸が飛び出すだけじゃない。ビルとビルの合間に張ってやればそれが障害物になり、まるで本当の蜘蛛の巣に飛び込んだ虫の様にチタウリ達を拘束してしまう。

 あとはそこにリパルサー・レイを撃ち込めば……文字通り一網打尽だ。

 

 

「ニューヨークで、って言うのがミソだな」

『どういう意味でしょうか?』

 

 

 アダマンチウムクローのモデルがウルヴァリンの爪であるように、このスパイダー・ウェブのモデルは勿論あのスパイダーマンの蜘蛛の糸である。

 装備の威力が過剰になりがちなアイアンマンであるが、リパルサー・レイ以外にも対人向けでかつ傷付けない装備を造れないかと考えた末に思い付いたのが、コレだった。

 思い付きで造った割には使い勝手が良く、使い方によってはこうやって殺傷に使う事だって出来る。

 

 

『左方向200m先、市民の逃げ込んだビルが瓦礫によって閉じ込められています』

「おっけー」

 

 

 メーティスのナビゲートに導かれたビルは、確かに入り口の部分が巨大な瓦礫で塞がれていた。

 戦闘によってビルが倒壊でもしたら逃げ道が無い。ひとまず地下に誘導するべきだろう。

 

 

「こんな瓦礫だって……ほらっ!!」

 

 

 両腕の手首からスパイダー・ウェブを射出して瓦礫に張り付ける。

 糸をシューターから断ち切らずにそのまま接続しておき、Mark.9のスラスターを利用してグルンと空中で回転した。

 強大な力に牽引された瓦礫は宙に浮き、そのままパワーアシストを全開にしてチタウリ達に叩きつけてやる。

 振り回された巨大な質量にチタウリ供は為す術もなく押し潰されていった。

 

 

「ハロー、善良な市民の皆さん。ここは危険だから地下鉄の通路を利用して地下に避難するよ! ほらっ、急いで!」

 

 

 近づいて来るチタウリ達を遠ざけながら、市民を地下へと誘導していく。

 恐らく、地下では既に警察官が配備されて避難誘導をしてくれている筈だ。

 その辺りは警察に任せて僕は次の場所へと向かう事にした。

 

 

「やっぱり、Mark.9だと無数の敵を相手にするのは流石に骨が折れるか」

『口惜しいですが、その通りですね……』

「よし、そろそろ選手交代しよう。でもその前に」

 

 

 先程、合流した地点から辺りを付けて少し高い場所から探すと殆ど一瞬でキャプテンとブラック・ウィドウが戦っている姿を見つける事が出来た。

 チタウリ達を忘れずに駆逐していきながら、僕はその場所を目指していく。

 

 

「これじゃキリが無いわね……あの通路を閉じないと」

「だが、どんな強力な兵器でもビクともしないぞ」

「銃じゃ駄目ね。元から断たないと」

「上に行くには乗り物がいるな」

「…………アレに乗る。敵から奪うわよ」

「本気か?!」

「ええ、楽しそう」

「それでしたら、もっと良い物がありますよ」

 

 

 グットタイミング。

 今にも飛び出しそうなブラック・ウィドウを制止するように二人の近くに着陸して更に近づいて行く。

 

 

「何なの? もっと良い物って」

「Mark.9を使ってください。これには簡易フィッティング機能を搭載されているので貴女でも問題なく装着できます。兵装の使用は個人認証が必要なのでフルオートになりますけど」

「待て倉持、そうしたら君はどうするんだ?」

「問題ありません。僕もそろそろ着替えをしようと思っていた所ですから」

 

 

 そう言いながらMark.9を脱着していき、コントロールを完全にメーティスへ譲渡する。

 身体が空気に直接触れると、今さっきまで装甲に隔てられていて無縁だった感覚だけに余計に心許ない感触だった。

 まあしかし、問題ない。

 

 

「着替えって……他にもスーツを持ち込んでいたのか」

「ええ、そう言う事です」

「どこに隠していたのか知らないけど、間に合うの?」

「大丈夫ですよ、()()にありますから」

 

 

 胸の、アークリアクターの辺りを指で軽くコンコンと小突く。

 するとまるでそれに呼応したかの様にアークリアクターが蒼く煌めき……強い光を発し始めた。

 やがて光は僕の全身を包み込み、その光が凝縮する様に収束すると装甲を形成し始める。

 時間にしてみれば僅か0.05秒程度、殆ど一瞬で装着は完了してしまう。

 

 

【Mark.Xの装着を確認。システムオールグリーン、推定稼働時間は17分だよパパ!】

「よーし、それじゃあ仕切り直しといきますか!」

 

 

 シールドエネルギーへの割り当ては控えめの4500に設定し、継戦を重視して兵装とスラスターへ重点にエネルギーを割り振る。

 アークリアクターから継続的にエネルギーが供給される通常のアイアンマンと異なり、Mark.Xはバッテリーに蓄積された分だけの使い切りだ。

 ピーキーで扱い辛い仕様ではあるが、その代償以上に火力と汎用性は非常に優れている。

 

 

「それでは、後で合流しましょう」

 

 

 ポカンと、驚きのあまりに固まったキャプテンとブラック・ウィドウを尻目に、僕は再び空へと駆け出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

其の六 ただいま

これにてアベンジャーズ編は完結です。
次回からはIS学園編、ご期待ください。


「折角だ、試作兵装の実戦テストをしてしまおうか」

 

 

 ニューヨークの街並みを一望できる高度まで上昇してから、Mark.Xを空中に静止させた。

 ISコアによって稼働しているMark.XはISの機能も使用する事が可能であり、スラスターを使用せずともPICによって浮遊する事が出来る。

 ジーッと顔と視界を横に動かしながら、マスクのモニターに表示されるHUDのUIでチタウリをロックオンしていく。

 

 

「よしアリス、五月雨・零式を展開してくれ」

【おっけー!】

 

 

 コールと共に、Mark.Xの背後には自身よりも一回り以上は大きい卵型をした巨大な機械が量子展開された。

 それが三つ、並ぶように空中で静止すると、中間辺りに設けられた開口部が展開し、中から拳大ほどの大きさの小さな機械がワラワラと這い出していく。

 その小さな浮遊物体の正体はビット兵器。

 

 通常のビット兵器では、コントロールの為に繊細な操作と集中力を必要とし、稼働中は搭乗者自身が動けなくなるという弱点があった。

 その弱点を克服する為に、端末たるチルド・ビットの他に母艦の役目をするマザー・ビットを用意した。

 マザー・ビットにはエネルギー補給機能と簡易型の制御AIが搭載されており、IS搭乗者が思考操作をする必要も無くチルド・ビットを動かし攻撃させる事ができる。

 もちろんイメージ・インターフェースは常に接続されているので、ある程度の標的をマザー・ビットを介して指示する事も可能だ。

 

 

「散らばれっ!」

 

 

 一つのマザー・ビットにつき48基、計144基のチルド・ビットが縦横無尽にニューヨークの街を駆け巡る。

 チルド・ビットの砲門からはリパルサー技術を応用したレーザーが発射され、チタウリや彼らが搭乗する機体を焼いていく。

 小回りの利くチルド・ビットはちょこまかとネズミの様に動き回り、チタウリ達も迎撃しようと必死に反撃するが寧ろフレンドリーファイアで味方を減らしてしまう始末だった。

 問題点は小型であるが故にエネルギーの蓄積量が少なく、十数発を発射する度にマザー・ビットへ帰還してエネルギー補給をする必要があることだろうか。

 

 

「いいね、思ったよりも使い勝手が良さそうだ」

【ねえねえ、見てるだけじゃ退屈だよぉ!】

「そっか。じゃあ突っ込もうか!」

【うん! 突っ込め突っ込めえっ!!】

 

 

 Mark.Xは急降下して、文字通りチタウリの群衆へと突っ込んでいく。

 勿論、無闇矢鱈に特攻する訳ではない。

 各部の装甲を展開して、マイクロミサイルを発射する。

 それだけであればMark.9のやっている事と変わらないが、しかしMark.Xから発射されるミサイルの数は尋常ではなかった。

 数百というミサイルが正確にチタウリを狙って着弾し、それでもまだミサイルが尽きる気配はない。

 ISの量子変換技術によってミサイルだけでなくキャノン砲などの弾薬をコアのバススロットに保存しており、発射される都度に補給をしているのだ。

 そうして、アイアンマンが通過した進路の跡でチタウリが次々と連鎖する様に堕ちていくという異様な光景が生まれていたりする。

 

 

「ぃ……やっほおおおっ!!!」

 

 

 視界に入る敵を全て、視界に入らなくてもアリスが勝手に、ロックオンしてミサイルが飛んでいくので非常に快適なフライトを楽しむ事が出来ている。

 さて、小物はそれで充分だが巨大なリヴァイアサンには些か効果が薄い。

 であれば、強力な一撃をお見舞いして差し上げるべきだろう。

 

 

「よしアリス一気に蹴散らすぞ。プロトンキャノンを出してくれ!」

【了解!】

 

 

 Mark.Xの右手には、身長が2m近くあるアイアンマンよりも更に巨大で重厚な大砲が出現し、そのトリガーが握られた。

 その名はプロトンキャノン。重イオンレーザー収束型六連装荷電粒子砲と大層な別名を名付けてはいるが、簡単に言えばビーム砲だ。

 ありとあらゆる物質を粉砕する荷電粒子(ビーム)と純粋であるが故に高威力を誇るレーザーが複合されたこの武器は、“砲”という括りに於いてはどちらの世界を基準にしてもナンバー1の火力と貫通力を持っている。

 

 

「出力は、そうだな……」

【あの程度なら5%もあれば充分かな?】

「それじゃあ、念の為にマージンを取って7%で」

【おっけー!】

 

 

 かつて、このプロトンキャノンを使用した時にはその尋常ではない電費の悪さによってアークリアクターに搭載されていたバッテリーが枯渇寸前にまで追い込まれ、死に掛けてしまった。

 しかしアイアンマンは只の機械ではない。その強さは常に進化を重ねているのだ。

 当時は自我が覚醒したばかりという事もあって未熟だったアリスも経験と成長によって考慮をする事が出来るようになり、またプロトンキャノン自体のエネルギー変換効率についても見直され改善されている。

 今回のターゲットは、何かしらのバリアを張っている訳でもなく、やや堅めの装甲と無駄に巨大な質量を持っているだけ。

 出力を調整すればユニビームでも問題ないが、安定性と射程を考慮すればプロトンキャノンの方にやや利があった。

 

 

【ターゲットロックオン、誤差修正、チャージ……完了!】

「プロトンキャノン……いっけえええっ!!」

 

 

 銃口から、桃色の閃光が音も立てずに飛び出した。

 レーザーに包まれた荷電粒子は正面からリヴァイアサンへと寸分の狂いもなく降り注がれ、弾けた。

 堅い装甲の様な外殻は高温のレーザーに溶かされ、多量の肉体も荷電粒子に押し潰されていく。

 時間にして、照射されていたのは僅か数秒のこと。

 しかし晴れてみれば……リヴァイアサンは残骸一つ残さずに消滅していた。

 

 

「いいね、いいね。結構順調なんじゃない?」

 

 

 プロトンキャノンを肩に抱えながら、辺りを見渡してみる。

 ハルクは奔放に蹂躙し、ソーは雷撃で砕き、ホークアイは的確に狙い撃ち、アイアンマンは飛び回り、Mark.9は援護を、キャプテン・アメリカは市民を守りながら戦っていた。

 彼等の手が届かない場所には、五月雨・零式のチルド・ビットが駆け付けて撃墜していく。

 少なくとも見える限りでは、現状において防衛に成功している様に見える。

 

 

「後は、ゲートを塞げば……」

《皆、聞こえてる?! 通路を塞げそうよ!!》

「ほらビンゴ」

 

 

 まるで示し合わせた様に、ブラック・ウィドウことナターシャ=ロマノフから通信が入る。

 

 

《よし、塞げっ!》

《いや……まだだ》

《だが塞がないとキリがないぞ?!》

 

 

 直ぐにキャプテンが閉鎖を命じるが、トニーがそれを拒絶する。

 理由は知っている。ミサイルが来るからだ。

 しかし、これだけ優勢な状況であれば態々ミサイルを使う必要は無さそうだが……

 

 

(いや……どちらかと言えばアベンジャーズが邪魔なのか)

 

 

 制御できない超人集団。

 それが人類やアメリカの為に戦ってくれるのならば良いが、もし仮に反旗を翻されてしまえばひとたまりも無い。

 だから、一緒くたに排除出来るのならばそうしたいのだろう。

 

 

《核ミサイルが来るんだ。もう何分も無いが、棄てるには丁度良い穴があるだろ?》

 

 

 ハイパーセンサーはマーク7が進路を転換して南へ突き進んでいくのを捉えていた。

 その通知を確認しながら、僕はこの先のシナリオを少し思案する。

 本当に今更ではあるが、大幅にあらすじに反する様な事をするのは控えるべきなのではないだろうか?

 例えば自分がミサイルをゲートの向こうまで運搬してしまっても、難なく帰還出来るだろう。

 しかしそうしてしまった場合、トニー=スタークの未来に小さくない影響を与える。

 彼がこれから約1年に亘って造る予定である35のアイアンマン、それらが誕生しない可能性だってあるのだから。

 そうなってAIMと対峙した場合……どの様に事態が変貌するのか、分かる筈もない。

 

 

「まあ、だけど……」

 

 

 多少の手助け程度であれば、問題は無いだろう。

 思考を巡らせている内にトニーはミサイルをキャッチし、マーク7は遥か遠くの宇宙と繋がるゲートの中へと飛び込んでいった。

 それを呆然と見送ってしまってから、僕は追い掛ける様にMark.Xを全速力で飛ばす。

 

 

「アリス、間に合うかな?」

【全然問題ないよ!】

 

 

 その言葉通り、速度は優にマッハを超えてしまう。

 ニューヨークの上空から、ゲート越しに外宇宙をハイパーセンサーで覗く。

 さほど苦労する事もなく、トニーのアイアンマンの姿を捉える事が出来た。

 

 

《倉持? 何をする気だ!》

「迎えに行ってくるだけです!」

 

 

 そして、上昇。

 何か抵抗などがある訳でも無く、すんなりとワープは成功してMark.Xは外宇宙へとやって来た。

 

 

「へぇ……」

 

 

 太陽系からも遠く離れた宇宙。

 恒星も遥か彼方で発光していて、まるで夜空の中に飛び込んでしまったかの様な感覚に陥る。

 そして、視界先に映るのは巨大な宇宙船。

 一目見ただけで地球のテクノロジーなんて比較にならない程の技術で製造されたと分かるそれが宇宙の真ん中で漂っているのは、まるでSFだ。

 

 そんな光景を冷静に眺める事ができるのも、僕が纏っているアイアンマンMark.Xが根本的にはISであるからだろう。

 ああ、そう言えば……今のこの状況はかなり貴重なサンプルになるな。

 しっかりログを取っておこう。このデータは将来、人類がISを纏って外宇宙へ旅立つ時には存分に役立つだろう。

 

 

「さて、でものんびりもしてられないし……」

 

 

 本来の目的は、ミサイルのお届けが完了したが機能停止してしまっているマーク7の回収。

 リパルサー・ジェットの噴射を止め、推進をPICに切り替えてゆっくりと近づく。

 アークリアクターとアイレンズの光は消灯し、動かしても反応の無い様子はまるで亡骸みたいに思えてしまう。

 しっかりと抱え、進路を元来た方向へと戻す。

 本来であれば、ゲートを通る度に大気や重力の有無に戸惑うのだろうが、PICを装備したMark.Xではお構い無しで、普通に扉を通る様な感覚で素通りしてしまう。

 

 そして──ニューヨークに再び舞い戻ってから僅か数秒後、背後にあったゲートは閉ざされた。

 それを見守りながらPICだけで着陸し、マーク7を静かに地面へと降ろす。

 

 

「ふぅ……」

【お疲れ様。バッテリー残量は17%、戦闘は終了したみたいだけど念の為に省電力モードにしておくね】

「ああ、ありがとうアリス」

 

 

 

 そこまでエネルギーを消費したつもりはなかったが、プロトンキャノンは些か過剰だったかもしれない。

 しかし、そうなるとMark.Xの運用に現状の内蔵バッテリーだけではやはり心許なかった。

 であれば人工心臓ごと交換してバッテリーを大容量化するか、若しくは…………

 

 

「倉持!」

 

 

 考えに耽って呆けていると、背後の方からキャプテン達が駆け寄って来る。

 皆、傷つき表情には疲労の色がありありと浮かんでいた。

 

 

「よくやったな倉持…………スタークは?」

「ああ、すみません、ちょっと待ってください。アリス開けるか?」

【問題ないよ】

 

 

 Mark.Xの手の平をマーク7の胸に収められたアークリアクターの辺りに置いて、スーツのシステムをハッキングして無理矢理に展開させる。

 これもコア・ネットワークのちょっとした応用だ。 

 コア・ネットワークのプロトコルは束が構築しただけあって兎に角デタラメで滅茶苦茶な仕様で、既存のネットワークで設けられたファイアウォールやセキュリティソフト、パスワードなどお構い無しに接続してしまう。

 だから通常仕様のISではリミッターが設定されているのだが……Mark.Xに関してはそもそも制限なんて物が存在しない。

 そんな訳で、アイアンマンとはいえジャーヴィスの停止しているシステムへの干渉など、アリスに掛かればドアノブを捻るよりも容易な事だった。

 

 

「それで……AEDの真似事をしたいんだけど」

【ん。弱めに電流をリパルサーから放出すれば良いかな?】

「うん、頼んだ」

 

 

 手の平にあるリパルサー・レイの照射口から微弱な電流が迸っているのを確認してから、アークリアクターを避けてトニーの胸に押し付ける。

 電流が身体を巡った反動でビクンと跳ねた。

 触れたままバイタルを確認すると停まっていた拍動と呼吸が再開し、トニーは静かに目を開けていく。

 

 

「なっ、何があった!?」

 

 

 気付けばマーク7のシステムも何時の間にか再起動していて、ビデオの逆回しみたいに再びトニーの身体へ装着されていく。

 酷く動揺していた様だが、スーツの再装着が完了すると落ち着きを取り戻していた。

 

 

「勝ったぞ…………」

「……やった」

 

 

 キャプテンが静かに勝利を告げると、トニーもホッとして溜め息をつく。

 

 

「やった……皆ご苦労さん! ああ、明日は休みにしようか、もうクタクタだ! ところでシャワルマって知ってる? 近くにシャワルマの美味い店があるらしいんだけど一度食べてみたくてね」

 

 

 突然、堰を切ったようにトニーは流暢に語り出す。

 カラ元気というか、喋っていないと落ち着かないのかもしれない。

 事故や事件に見舞われて、そこから解放された時に消沈して落ち込む人もいれば酔っ払ったみたいに陽気になる人もいると言うが、トニーは後者なのだろう。

 

 

「いや……まだ終わってない」

 

 

 しかし、そんなトニーを諌める様にソーが一言を告げた。

 

 

「……じゃ、終わったらシャワルマを食べよう」

 

 

 まあその後は……大体が想像出来るんじゃないだろうか。

 そうつまり、首謀者を追い詰めて、引っ捕らえて、終わったら祝賀会だ。

 とは言っても、誰もが疲労困憊だったからパーっと飲み明かす……なんて訳にはいかなかったんだけどね。

 でも念の為に言っておくと、シャワルマは想像していたよりも美味しかったよ。

 

 

 

 

 

 

 後日、改めて。

 

 キューブを取り返したが、ニック=フューリーは四次元キューブことテッセラクトをアスガルドに返還する事を決断した。

 そして、セントラルパークの一角でS.H.I.E.L.D.の工作員達が規制線を張って隔離される中でソーはロキを連れてアスガルドへと帰還する。

 

 

「セルヴィグ、ジェーンにも宜しく頼む」

「ああ、ソー……お前も達者でな」

「また会おう」

 

 

 別れの言葉を交わし、ガッチリと手を握り合う二人。

 ソーとセルヴィグが再び出会うのはウルトロンの時だったけ。

 エイジ・オブ・ウルトロン……その時、僕はどこにいるのだろうか。

 

 

「コタロー」

「ソー……?」

 

 

 まるで癖みたいに考えに耽っていた僕に、意外にもソーが話しかけてきた。

 

 

「素晴らしい戦いだった。アスガルドにもお前の様な勇者はそういない」

「そんな、僕は……」

「再び共に戦う事があれば、宜しく頼む」

 

 

 突然の賞賛に戸惑いながらも、差し出された手を取って握り返す。

 正直、悪い気はしなかった。

 

 

「ありがとうソー。僕も、また貴方と会える日を楽しみにしています」

「うむ」

 

 

 そしてソーはキューブの収められた筒状の器を手に取り、猿轡を嵌めさせられたロキにも反対側の取っ手を持たせる。

 ロキは不貞腐れた様に終始不機嫌そうな顔で睨んでいた。あまりいい気がする物でも無いだろう。

 キューブの青い光に包まれたソーとロキは、アスガルドへと帰還していった。

 その光景を見守りながら、僕はそっと息を吐く。

 

 

「それでコタロー、君はこれからどうするんだ?」

「そうなんですよね……」

 

 

 トニーの懸念は尤もだ。

 四次元キューブ、テッセラクトはそんなに使い勝手の良い物では無かった。

 少なくとも、座標も分からない別のアースへと移動するなんて器用な事は出来ない。

 ではどうして僕がこの世界に来られたのか……それは、偶然だったと言うことか。

 

 

「長官は、倉持が望むのならばS.H.I.E.L.D.のエージェントとして戸籍を用意する事も出来ると言っていた」

「えっ、ニック=フューリーが?」

「ああ。優秀なメカニックの勧誘を任された」

 

 

 キャプテンの言葉は俄かに信じ難い様で、でも何処かで想像する事も出来た。

 あれだけ暴れたのだから、自分の手の届く距離に置いておきたいのだろう。

 もしかしたら、(てい)の良いトニーの代わりとして使われるかも知れないけど。いや、絶対にそうだ。

 

 

「その、コタロー」

「はい。何ですかスタークさん」

「もしも良ければ、ウチに来ないか?」

「………………えっ!?」

 

 

 更なるトニーの誘いには、尚更のこと驚いた。

 まさか、トニー=スタークからそんな事を言われるなんて妄想もしてなかったのだから。

 

 

「多分、僕が君にとって一番適した環境を用意出来る筈だ。戸籍が必要ならば養子になれば良い。なに、アメリカじゃ良くある事だ」

「──────」

 

 

 あまりの事に、開いた口が塞がりそうにも無い。

 何だって? 養子? 僕が、トニー=スタークの?

 そうなると僕はコタロー=スタークか。何だか締まりのない名前だな。いや、そうじゃなくて。

 

 

「どうだろう、悪い話じゃないと思うが?」

 

 

 僕が口をパクパクさせている間、他のアベンジャーズのメンバーは口を押さえて俯きながら笑っていた。

 まるで世にも稀な喜劇でも鑑賞しているみたいに。

 そんなに面白いだろうか、今の僕の顔は。

 

 

「えっと、あの────」

 

 

 返事をしようとした時。

 

 つい先程、ソー達が旅立った場所。

 そこに再び青い光球が出現した。

 四次元キューブから発せられる反応に良く似た靄も帯びている。

 それに一瞬で反応したアベンジャーズ達は、すぐさま警戒して距離を取っていた。

 

 そして……光の止んだその先に現れたのは────

 

 

「みーつけた♪」

 

 

 軽いロリータファッションと言えば良いのだろうか、今日のコンセプトは『一人で白雪姫』の様だ。

 いや、飽くまでも憶測だけど。

 青と赤、黄色の三色で彩られたドレスに魔女みたいに真っ黒な帽子と外套、所々に散りばめられた7つの表情の意匠はそう言う事だろう。

 

 

「束……?」

「そうだよ、どこからどう見ても私でしょ?」

 

 

 その正体は、まさかの束だった。

 いや、まさかでも無いか。束ならばこれくらい平然とやってのけると容易に想像出来る。

 あまりにもタイミングが良すぎたので余分に驚いただけだ。

 

 

「ああっ、束……会いたかった!」

「なにさー、それはコッチのセリフだよ。勝手に世界からいなくなっちゃってさ」

「不可抗力だったんだよ! 僕も知らない内にこの世界に飛ばされて……」

 

 

 突然現れた女性。そして唐突に抱き合う僕達。

 その一連の流れに『もうお前の事で何が起きてもも驚かないぞ』と口を揃えて言っていたアベンジャーズ達も流石に言葉を失ってしまった様だ。

 そうだよな、説明してないんだから。

 

 

「あっ……紹介します。彼女は倉持束、僕の奥さんです」

「はろはろー」

「は? 今、なんて?」

「へ? 何が起きてるんだ?」

「え? 奥さんだって……?」

 

 

 それぞれ、思い思いに驚愕と衝撃の感情を顔と口から露わにしているが、どうにも理解が追いついていない様子だった。

 

 

「コタロー、そんな話は初耳なんだけど……?」

「すみません、聞かれなかったので話す機会がなくて」

「まあ、そりゃあそうだよな……」

 

 

 その中でも一番冷静だったのはホークアイことバートンだった。

 流石は妻子持ちのパパ。根本的な耐性が違うね。

 

 

「最後に追えたアイアンマンのログから異世界に飛んだのは何となく推測出来たから、次元跳躍マシンの白ウサギくん二号を作って飛んできたんだよ」

「えっ、一号はどうなったの?」

「科学の発展に犠牲はつき物だよね」

「あぁ……」

「まあ、でも大変だったよ。次元潮流は空間移動の多用のせいかグチャグチャに乱れてたし、辿ろうにも痕跡は微弱だったし……結局、ここに辿り着くのに3日も掛かっちゃった」

「いやあ、本当に助かったよ。ここからじゃ元の場所の世界線軸波数なんて計測出来ないし束だけが頼りだったんだ……!」

 

「なあ、スターク……あの二人が何を言っているのか全く理解出来ないんだが」

「奇遇だなキャプテン。僕もだよ」

 

 

 まあ、兎に角これで元の世界に帰れる訳だ。

 束の持ってきた白ウサギくん二号の計測機によれば、元の世界の波数は134262。

 思ったよりも、ここアース199999は近い線軸にあったのがわかる。

 

 

「それじゃあ、帰ろっか」

「うん、そうだね。皆さん、本当にお世話になりました!」

「あ、ああ……こちらこそ……?」

 

 

 戸惑いが治らない様子であったが、一人一人に別れの挨拶を告げていく。

 そうしている内に、状況の整理は何とか追いついてきた様だった。

 

 

「コタロー、君のお陰で自分についてもう少し見直してみようと思える様になった。ありがとう」

「いえ……僕も改めて考えさせられました」

 

 

 思えば、今回はブルース=バナーと過ごす時間が一番長かったかもしれない。

 知っていた通り、とても良い人だった。

 

 

「気軽に来てくれ、とは流石に言えないが。まあS.H.I.E.L.D.でも寝泊まりする場所ぐらいは用意出来るだろう」

「そうね。また何かあったら手伝って貰いたいけど」

「ははは……そうですね、機会がありましたら」

 

 

 対して、バートンとロマノフとは殆ど接点が無かった。

 バートンに至っては洗脳されていたし、ロマノフはそもそも僕の事が苦手だったみたいだ。

 それでも、険悪にはならなかったと思うけど。

 

 

「倉持、今回の一番の功労者は君だった」

「そんな……僕は殆ど何も」

「謙遜するなよ、日本人の悪い癖だな」

 

 

 キャプテンとも、固い握手を交わす。

 何というか、態度の柔らかい千冬と接している様な気分だった。

 …………別に、そこに他意はない。本当に。

 

 

「コタロー」

「はい、スタークさん」

「さっき言ったのは冗談じゃないからな。いつでも来てくれ」

 

 

 そう言われると、逆に冗談みたいに聞こえてしまうが…………

 でも、本当に嬉しかった。

 まさか、養子を打診されるなんて思ってもみなくて、驚いた。

 

 

「また会いましょう」

「ああ、その時は君のMark.Xについて教えてくれ」

「…………考えておきます」

 

 

 そして、僕は……束と共に、帰宅した。

 

 

 

 

 

 

「って言うのが、この数日間の出来事って訳」

「ふーん」

 

 

 僕は娘の瑞依(たまえ)を膝の上で抱えながら、束に事のあらましを伝える。

 その間も瑞依は大人しく耳を傾けてるみたいだった。もしかして話を理解してたりして。まさかね。

 

 

「パパ、おちゃ、のむー」

「はーい、お茶だねー」

 

 

 一歳半になった瑞依は良く喋るようになった。

 結構滑舌もしっかりとしてきて、物の名前だってきちんと認識している。

 父さんと母さんの話ではこんなに早く三語文が話せる様になるなんて事は普通だったらありえないという話だったけど……早い分には問題無いだろう。多分。

 

 

「幸太郎さま、お茶をお持ちしました」

「ありがとう黎恵。ああ、待って」

「なんでしょうか……?」

「その“幸太郎さま”っていうの、やめて欲しいなあ」

「え……?」

「もう僕達は家族で、黎恵も僕達の娘なんだ。出来ればパパとかお父さんって呼んで貰いたいなって」

「うん、そうだね。私もクーちゃんにはママって言って欲しいな!」

 

 

 僕の言葉に、束も同調する。

 しかし言われた方の黎恵は動揺したのか、何と言っていいのかも分からずに困惑した顔で佇んでしまう。

 

 

「しかし……」

「ねっ、瑞依もそう思うよね?」

「んー……おねー、ちゃん?」

「えっ!? いや、そんな、私は……!」

 

 

 瑞依の言葉に黎恵は最早戸惑いを隠せないでいた。

 頭が良いというか、瑞依は時折ドキリとさせる一言を投げかけてくる事がある。

 中々、将来が有望だ。

 

 

「まあまあ、ちょっとずつ慣れていこうね」

「…………はい」

「よし、じゃあご飯にしよう。皆には心配掛けたしね、何でもリクエストに応じるよ!」

 

 

 文字通り、映画の中みたいな世界も楽しかったけど…………

 

 やっぱり僕は、この世界の方が好きみたいだ。断然に。

 

 




名前ね、子供の名前。
良い名前が思いつかなかったのでキラキラな方向に逃げました。

瑞依と書いて「たまえ」と呼びます。

瑞→吉兆を意味する言葉で、つまり幸福とかそういうニュアンス。
依→助けるとか寄り掛かかるという意味もあるが、依存の依でもあり、転じて束縛するという意味もある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 school of infinite stratos
001 新たな始まりは唐突にやってきた


「これが、白騎士……」

 

 

 眼前で、それこそ忠義の士の如く憮然と構えるISの姿に俺は思わず息を飲んだ。

 白騎士と呼ばれるそれは、ISの祖であり存在自体が伝説であった。

 対面で直立不動を崩さないアイアンマンMark.3の姿とも相まって、白と赤のコントラストは心の奥から静かに興奮を焚き付けてくる。

 

 

「ああ、しかも本物だ。普通の人は近づく事も出来ない、特別だぜ?」

 

 

 まだ若い、二十代前半ぐらいと推測される青年は、まるで自分の手柄であるみたいに得意げな様子で一夏を手招きする。

 胸ポケットの辺りに「倉持技研」と社名が刺繍された作業服を着た彼は、IDカードを取り出すと赤外線センサーなどのセキュリティを容易く解除してしまう。

 

 

「…………」

 

 

 一夏は、実は白騎士に対してちょっとだけ特別な思い入れがあった。

 というのも、推測ではあるが……白騎士のパイロットが実の姉である織斑千冬ではないかと考えていたからだ。

 その事について姉に問うた事はない。

 聞いてもはぐらかされるだろうし、例え肯定されたからといって何がある訳でもないのだから。

 しかし、あの姉の性格から鑑みるに、否定はされないだろう。

 

 

「あの社長もとことん本物に拘ったらしくてさ、どっちも動力源が搭載されたままなんだ」

 

 

 そう言って、青年は白騎士とMark.3を見比べる。

 白騎士については外観からは把握できないが、確かにMark.3の胸元ではアークリアクターが青白い光を放っていた。

 

 

「そんな状態で触れたら、登録も抹消されてるから自由に装着出来ちゃうんだけど……まあ、俺達には関係ない話だな!」

 

 

 そう……ISには最大の特徴にして最大の欠点とも言うべき仕様があった。

 それは女性にしかコアが反応せず、男性には使用出来ないというもの。

 理由はあの束さんをもって詳細は不明だと言う。

 そうなっているから、それが常識で、とにかくその認識で扱うのが普通であるという、現代科学では良くある暗黙の了解だ。

 

 だから、俺がこうして触れても何の意味もない。

 そう思って、容易く手を伸ばした。

 

 

「っ────!?」

 

 

 キィンと、金属が擦り合わされた様な感覚が頭の中で響く。

 そして同時に、おびただしい程の情報量が腕を介して直接脳へと津波になって襲ってきた。

 基本動作、操縦方法、性能、特性、装備、予測活動限界時間、行動範囲、ハイパーセンサーの精度、範囲、感知された機影、その詳細なスペック、シールドエネルギー残量、損傷箇所、同調率…………まだまだ、終わらない。

 

 

「うっ、ぐ……!」

 

 

 これはマズい……なんて、今更になって気付いた時には手遅れだった。

 離れようにも、手の平は白騎士の装甲に張り付いてしまったみたいで、剥がれない。

 頭がパンクしそうになるが、それでも白騎士は逃げるのは許さないと言わんばかりに離してくれなかった。

 

 そして、異変が起きる。

 目の前に、触れていた筈の白騎士が姿を消したのだ。

 

 

「いや……っ」

 

 

 違う。それさえも、理解出来た。

 白騎士は消えたのではなく量子変換されて目に見えない大きさに変化しただけだ。

 そして光となって、全身に、皮膚に張り付いていく。

 感触を確かめる様に侵食していき、光は装甲に変化して展開される。

 頭への負荷が取り除かれた時には────一夏は、白騎士になっていた。

 

 

「た……た、大変だあっ!!」

 

 

 慌ててどこかに連絡してるみたいだけど……もうとっくに、手遅れだと思う。

 

 

 

 

 

 

 意外な事に、メーティスよりもその電話の方が一報は早かった。

 後になって思った事だが、メーティスでもスピードで敵わない事があるんだな、とこっそり嬉しくなったのは秘密である。

 

 

《ああ、やっと出た! もしもし社長?!》

「はいはい、聞こえてるから落ち着いて。何があったのかな篝火(かがりび)さん?」

 

 

 電話の主は、僕の部下でありIS第二研究所の所長を任せている篝火ヒカルノさんだった。

 僕の見ていない所で時々奇行に走ったりするけど……まあ、基本的には非常に優秀なソフトウェア・エンジニアである。

 実は小学生から高校に至るまで同じ学校で同級生だったのだけれど、正直なところ印象は薄い。

 それは兎も角。

 

 

《あー、えっと、どこから話したら良いのか……!》

「順序だてて事の成り行きを。まず初めに、どこで何が起きたの?」

《その……今日、ウチが共催として関わってるISのイベントがありまして》

「ああ、白騎士とMark.3を貸し出したやつね」

 

 

 倉持技研が資金だけでなく資料提供などの面でも協力しているそのイベントは「ISをもっと身近に感じられる様に」と、ISのこれまでの経緯や未来への展望についての展示が行われている。

 しかし、本当の目玉というか客寄せのダシはISを実際に手で触れられるという物。

 そして倉持技研は、というよりも僕個人の独断であるが、甲鉄と打鉄、打鉄弐式だけでなくISの原型(アーキタイプ)である白騎士と、その白騎士とは切っても切れない縁があるアイアンマンMark.3の実機を提供していた。

 もちろんレプリカでは無い。どちらもあの隕石騒動、ラグナロック・ショックの際に使用した本物だ。

 

 

《そのイベントに、織斑一夏くんが来ていたんですが……》

「えっ、一夏くんが?」

 

 

 その名前に、僕は敏感に反応してしまう。

 何度か倉持技研を案内している一夏くんの事は、篝火さんも認知していた様だ。

 だから、こうやって連絡役を買って出たのかもしれない。

 

 

「よく一夏くんが来ていただなんてわかったね」

《例のVIPカードを使用して優先入場したので、私の部下が案内していたんです》

「ああ、成る程」

 

 

 一夏くんや箒ちゃんには、とあるカードを渡している。

 それは、工業分野に飽き足らずショッピングモールやホテル等の宿泊施設、最近では交通機関にも手を出した倉持技研の更に傘下にあるグループ企業で様々な特別優待サービスを享受できる証明書だ。

 正直、使う人が数人しかいないからってショッピングモールでは全品半額以上の割引、ホテル・旅館での無料宿泊だとか、我ながらやり過ぎた気がしないでもないけど。

 

 

《それで……白騎士の場所まで案内した時、部下が触れる様に促したので一夏くんが白騎士に触れてしまったんです》

「あれ、白騎士とMark.3の展示場は接触禁止にしてなかったけ?」

《そうなんですが、調子に乗った部下が職権濫用で案内してしまったみたいで……」

「あらら……うん、それで?」

《白騎士を、一夏くんが装着してしまったんです》

「は────?」

 

 

 それがどれだけ異常な事か、分かってはいても理解が追いつかなかった。

 男にはISを使えない……それは絶対ではない事は己が一番知っていたが、しかし常識ではそうなのだ。

 まさか身内に、その常識を破ってしまう存在がいたとは驚きだが。

 

 

「それで、一夏くんは今どうしてる?」

《ひとまず、我々で保護しています。しかし会場にはテレビカメラが入っていて、運悪く映像に収められてしまったみたいで……》

「…………わかった、今からそっちに行く」

 

 

 言いながら、幸太郎は立ち上がった。

 その反動で浮き上がり、飛んでいってしまいそうな浮遊感に抗いながら……何とか踏み留まる。

 やはり慣れない環境は慎重にならなければ、と一人でこっそり反省しながらズボンに付いた埃を払う。

 

 

《社長……今、どこにいるんですか?》

「ん? 家の軒先だよ。それじゃあ着いてからまた連絡するから」

 

 

 一方的に、通話を切った。

 しかし……その手には通話に使用する筈の端末は握られていない。

 ましてや耳にbluetoothがある訳でもなく、周囲から見ればまるで独り言を呟いていた様にしか見えなかっただろう。

 …………周囲に人がいれば、の話だが。

 

 

「さて……メーティス、Mark.23を寄越してくれ」

『イエス、マスター』

 

 

 呼び寄せたアイアンマンを装着すると……そのまま、幸太郎は()()を目指した。

 

 

 

 

 

 

「2,3日、ここにいてください。食事はルームサービスを、必要があればフロントのコンシェルジュに電話してください」

 

 

 そう言われて、攫われる様に連れてこられたホテルの一室に閉じ込められて五日が経過していた。

 別に、ここでの暮らしに不満がある訳ではない。

 幸兄さんが所有するホテルだけあってサービスは行き届いていたし、己の安全の為にここへ匿われているのも理解できる。

 強いて言えば、外の空気を吸えないのは若干辟易していたが。

 

 

「一夏くん、いるかな?」

「! うん、いるよ」

 

 

 気晴らしにホテルから借りたノートパソコンでニュースサイトを梯子していた所に、ドアからノックと在室を問う声が聞こえた。

 その音の主を、一夏は直ぐに察する。

 案の定、部屋を訪れたのは一夏も良く見知った人物だった。

 

 

「幸兄さん……!」

「やあ、一夏くん」

 

 

 倉持幸太郎。倉持技研の社長であり、一夏は彼が社長やアイアンマンと呼ばれる前から知り合いだった。

 何かと周囲に女性の多かった一夏は幸太郎を兄の様に慕い、また逆に弟の様に可愛がられていた。

 かれこれ10年近くに及んで培われた思い出と信頼から、その姿を見ただけで一夏にのし掛かっていた緊張が解れていく。

 

 

「なんだか、随分と災難だったみたいだね」

「うーん、あんまり……実感が湧かないんだけどね」

 

 

 今回の事態は目まぐるしく経過していったので、どこか他人事の様にも感じてしまっていた。

 男がISを動かしてしまう……その異常さは認識していたが、すぐ側に倉持技研の職員が控えていた事もあって大事に至る事もなく、一夏自身への実害が無かったからだ。

 

 

「まあ、少し話を整理してみようか……」

 

 

 一夏に向かい合う様に幸太郎は備え付けられた椅子を引き寄せ、そこに座った。

 よく見ればその表情は、どこか辟易してる様にも受け取れる。

 どうやら、何かあったようだ。

 

 

「一夏くんが白騎士を起動させたあの時、偶々イベントの取材にテレビ局が来ていたんだ」

「まさか……」

「うん。バッチリ、撮られてたみたいだね」

 

 

 思わず顔を覆ってしまった。

 後悔先に立たずとは当にこの事だ。調子に乗って軽々しく手を出すからこんな事になる。

 

 

「まあ、マスコミは箝口令を敷いてなんとか報道は差し止めたし、ネットもメーティスが動画や書き込みを監視して拡散は防いでいるから何とかなってるけど……」

「けど?」

「人の記憶や会話までは流石にどうしようも無いからね、徐々にだけど一夏くんの話が偉い人達の耳元に広まりつつある」

「あー……」

「何とか話が大きくならない様に尽力したつもりなんだけど、水面下で動かしてる連中もいるみたいで、正直……あまり上手くいってない」

 

 

 随分と、幸兄さんの手を煩わせてしまっている様だ。

 元はと言えば己の軽率さが招いた事ではあるが……あまり、幸兄さんの負担にはなりたくなかった。

 

 

「…………あのさ、幸兄さん」

「ん?」

「俺から、何か出来る事があるなら率先してやるよ。流石に何もしないでじっとしてるのは……性に合わないや」

 

 

 対して、幸兄さんの反応は……少しだけ、困った様な表情を浮かべていた。

 

 

「うーん……じゃあ、少しだけ甘えても良いかな」

「ああ、勿論だよ!」

「えーっとね、一夏くん────IS学園の生徒になって貰えるかな?」

 

 

 …………え?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

002 理不尽な火種

「…………」

 

 

 俺は何故か、左右と背後の三方から二十九対の視線による集中砲火を浴びていた。

 その瞳に宿る感情は好奇心や興味、怪訝…………幸いなことに一対だけは憂いと言うか慈愛みたいなのも混じってるけど。

 しかもその視線の源が総て女子から放たれているという事実は尚更のこと居心地を悪くしている。

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わず、溜め息も溢れてしまう。

 想像していたよりも遥かにこれはキツい。恐らく今日日(きょうび)看護学校に通う男子と言えどももう少しマシな面持ちでいる筈だ。

 それだけこの男独りが多数の女子に囲まれ見つめられるという構図は、見た目よりも精神的な負荷が大きかった。

 

 

「それでは、出席番号順に自己紹介をしてくださーい!」

 

 

 俺の苦難をよそに、先ほど紹介があった副担任の山田真耶先生の号令で自己紹介が始まる。

 俺の出席番号は13番。一列が六人だから三列目の一番前、全体で五列あるのでちょうど真ん中に陣取っている形だ。

 

 いや、どうしてだよ。

 

 中央に席があるのは兎も角として、何で右隣の人の苗字が谷本さんでその最後尾に陣取り俺の一つ前の出席番号12番と思わしき場所に座ってる人の苗字が布仏(のほとけ)さんなのさ、どうなってるんだよIS学園の編成や基準は?

 と言うか布仏っていう珍しい苗字だけど聞いたことあるな。確か、幸兄さんに関わる所でだったと思うけど…………

 

 

「あの……織斑くん、織斑一夏くん?」

「え、はい?」

「ご、ごめんね! 自己紹介が『あ』から始まって次は『お』の織斑くんの番なんだ。だから自己紹介をお願い出来るかな……?」

「ああ……すみません、ちょっと考え事に耽ってしまって」

 

 

 何でこんなに低姿勢なんだろう、と副担任の先生の性格に少しの疑問を抱きながらも速やかに着席する。

 途端、周囲からの視線がギラついた気がした。

 芸能人っていうよりも珍獣にでもなった気分だな、これは。

 

 

「えー……と、織斑一夏です。趣味は……最近はお茶の淹れ方に凝ってたりします。特技は家事と剣道などを少々────」

 

 

 まあ、当たり障りない自己紹介だ。

 他には特別に言っておくこととか無いとは思うけど……少しだけ足しとくか。

 

 

「本来はIM学院へ入学予定だったので基本的なISの知識は学びましたが、充分とは言えません。ですので、分からない事について尋ねる事があると思いますがよろしくお願いします」

 

 

 そう、本来は俺がいる筈だった場所はここでは無い。

 太平洋沖に浮かぶ人工島のゲートブリッジ。その同じ島内でこのIS学園と隣接するIM学院に通う筈だった。

 しかし、例の騒動のせいで俺はIS学園に通う事になってしまって……いや、自業自得なんだけどな。

 

 

「む……自己紹介の途中だったか」

 

 

 一通り自己紹介を終えて着席する段に至った丁度その時、電子黒板側の扉が急にスライドした。

 そうやって入室してきたのはスラリとした長身に鍛え抜かれた日本刀の如く鋭いバランスの良いスタイル、切れ長で吊り上がった瞳も相俟って武人を思わせ、更に容姿端麗で客観的に美人と呼ばれるであろう女性……何だかんだ。

 まあつまり我が姉である織斑千冬、その人である。

 

 

「織斑先生、職員会議は終わりましたか?」

「ああ、クラスへの挨拶を押し付けてしまってすまなかったな山田先生」

「いえいえ、副担任ですからこれくらい……あ。皆さん、こちらが一組の担任を務める織斑千冬先生です!」

 

 

 幸兄さん曰く、千冬姉は昨年からIS学園で教鞭を振るっているらしい。何故か俺には隠している節があったけど。

 しかし、まさか俺のクラスの担任になるとは思ってもみなかった。

 まあ、もしかしたら誰かの思惑で作為的にそうなったのかもしれないが。

 

 

「紹介に預かった織斑千冬だ。一年間で君たちを教育し操縦者として鍛え上げるのが私の役目だ。私の言う言葉に耳を傾け理解するように努力しろ、出来ないものには出来るまで指導しよう。逆らってもいいが、覚悟しておくように」

 

 

 独善的で暴力的な演説が一方的に告げられた。

 しかし……コレが堪らないという人間が老若男女を問わずに少なからずいるというから驚きだ。

 身内からしてみれば、ただ単に格好つけてるだけなんだけどな…………

 

 でも、俺は備える。

 両耳に人差し指を差し込んで……5,4,3、弾着、今!

 

 

「ギャーーー! 千冬様、本物の千冬様よーっ!!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 亡命して!」

 

 

 歓声の爆発。

 世界トップクラスの有名人が身近に三人もいた俺にとっては、ある意味慣れた光景である。

 しかし、流石はIS学園と言うべきか、色々とレベルが高い。ギャーとか女子にあるまじき声で叫んだり、亡命とか危険な香りのする言葉も飛び交った気がした。

 

 

「……まったく、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者が集中させられているのか?」

 

 

 千冬姉は、フルメタルジャケットにでも影響されているのだろうか?

 昨今はなあなあで軍隊がISを所有するのも認可されているが、IS学園で扱うISは厳密には兵器では無い。そんな軍隊仕込みみたいな教育方針はいかがかと思うが。

 ところが、実際に帰ってきたのは更なる歓声。

 

 

「きゃああああっ! お姉様! もっと叱って罵ってえ!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をしてっ!!」

 

 

 ああ、成る程……これは確かにうんざりするだろう。

 っていうか変態かな、随分と連係の取れたというか、訓練された変態だ。

 こういう連中が世界には沢山いるんだろうか、恐ろしいことである。

 

 

「いい加減に静かにしろ。まだ自己紹介は終わっていないんだろう? さっさと済ませろ、一時間目からIS基礎理論の授業をやるからな」

 

 

 ピシャリと、一言を投げ掛けるだけで教室は静まった。

 凄いな、まるでコンサートだ。両手を挙げて鎮まらせるやつ、実は俺もやってみたい。

 

 

「えーっと、それでは……セシリア=オルコットさん、お願いします」

 

 

 …………自己紹介は苗字の五十音順なのか。

 だけど何でそんな後ろの方の席に座ってるんだろう。普通、最初の席順って出席番号に沿ってるものだと思うんだけど、違うのかな?

 

 

 

 

 

 

「まず初めに、再来週に行われるクラス対抗戦の代表選手を決めたいと思います」

 

 

 二限目の授業は山田先生のそんな話から始まった。

 再来週、正確には11日後に同学年での実機を用いたトーナメント戦が初めて行われるという。

 早過ぎると思わないでも無いが、入学時点のパワーバランスを測るには適度なタイミングなのだろう。

 まあしかし、あまり一夏には関係の無い話────

 

 

「自薦他薦は問いません。誰かいませんかー?」

「はいっ! 織斑くんが良いと思います!」

「私も!」

「は…………っ?」

 

 

 思わず呆けた声を出してしまったのは許されるべきだろう。

 確かに、彼女達にとってはちょっとしたイベントの参加者でしかないのだろう。そこに巷で話題の男性IS操縦者を担ぎたい……という心境を想像出来ない訳でもない。

 しかし余りにも無謀だ。何故なら、そのクラス対抗戦で闘うことになるであろう相手は…………

 

 

「ちょっと宜しいでしょうか!」

 

 

 一夏の憂いを代弁するかの様に、1人のクラスメイトが机を強く叩きながら立ち上がる。

 思わず振り返れば、一夏の目に映ったのはプラチナブロンドの髪はクルッとロールがかかり、白人らしい透き通った青い瞳と白磁の様な肌が印象的な白人だった。

 そんな彼女は強い意志の宿った瞳を怒らせ、憤りを言霊に込めて訴えた。

 

 

「ただ物珍しいからと言って素人を晒し者にするとは何事ですか! ISは使い方によっては兵器にもなる危険な物なのですよ?!」

 

 

 飽くまでもISは最新鋭の宇宙服……というのは建前に過ぎない。

 それは本質ではあるが、しかし実質ではないのだ。

 ISは飛行機やダイナマイトと異なり現状では表立って戦争に使用されてはいないが、競技という形で争いの道具として存在していた。

 モンドグロッソもその他の国際大会も結局のところは「ウチはこんな事が出来るんだぞ、喧嘩を売ると酷いぞ!」という抑止力でしかない。代理戦争と言い換えてもいいだろう。

 使い方によっては、ISはアイアンマンよりも恐ろしい戦略兵器に成りうる……人は、その事を決して忘れてはいけない。

 

 

「恐らく相手は私と同様に長時間の訓練を受けた代表候補生が選出されるでしょう。ISにはエネルギーバリアと絶対防御があるとはいえ完璧ではありません、許容範囲を越えるダメージは操縦者に重傷を負わせる危険性だってあるのですから!」

 

 

 そう、ISの防御装置は飽くまでも操縦者の致命傷を防ぐ為の物でしかない。

 それが限界なのか、それとも元がデブリなどを想定していたが故に必要充分な性能のみ与えられたのかは束さんか幸兄さんしか知らないだろうが……

 兎も角、通常のスポーツでさえアクシデントによって思わぬ事故が巻き起こるように、ISを扱うという事はそれだけ危険の伴う行為なのだ。

 

 

「故に、イギリスの代表候補生であるこのセシリア=オルコットこそ代表選手に相応しいと自負しております!」

「うん、うん」

 

 

 俺は手の平に顎を乗せながら何度も頷いてしまう。

 何せ彼女の演説は筋が通っていたし、こちらとしても経験の浅いこの時期に代表選手なんて御免だったので、余計に耳触りの良い言葉に聞こえてしまったのもあるだろうが。

 それに、代表候補生ならばこれ以上ない程に相応しいだろう。

 

 代表候補生というのは、その名の通り国家代表の候補生である。

 他のスポーツで例えるならば国家代表がオリンピック選手であり、代表候補生はU-18やジュニアなど、未来をメダリスト期待された有望株とでも言うべきか。

 ISの絶対数が年々増えていく昨今では国家代表も代表候補生も比例してその数を増やしているが……しかし、彼女らが優秀である事に変わりはない。

 

 まあ兎に角、彼女の言う通り俺の様な素人が出るくらいなら順当にトップアスリートとでも言うべき彼女本人が出場するべきだ。

 

 

「……待ってください!」

 

 

 しかし、そんな俺の期待とは裏腹に待ったの声を挙げる者がいた。

 いったい誰だろうかと興味本位で視線を左へ向けると──

 

 

「なっ……箒!?」

 

 

 セシリア=オルコットと同様に席から堂々と立ち上がっていたのは……俺の幼馴染である篠ノ之箒だった。

 なんで、と思いながらその表情を探る。

 それに対して何を思ったのだろうか、俺を見返すと何故かニカッとと柔和な笑みを浮かべた。

 いや、なんでさ。

 

 

「何ですの……?」

「失礼しました。私は日本の代表候補生、篠ノ之箒です」

 

 

 そう……箒は、気が付いた頃には代表候補生になっていたのだ。

 何があってそんな事を思い至ったのか、その理由までは実は知らない。

 そんな箒が代表候補生になれたのは篠ノ之束の妹だから……という理由も無いわけではないのだろう。

 しかし、元から実力で中学一年生にして剣道の全国大会で優勝してしまう程の実力があるのも偽りでは無く、国際大会などの実績こそ無いものの代表候補生としての実力は確かに備わっている。

 

 

「あら、そうでしたの……つまり、貴女も立候補するおつもりで?」

「いいえ、違います」

「……はい?」

「先程のオルコットさんの発言に対して一つ言いたい事がありまして」

 

 

 箒はオルコットさんを凛とした眼で見据えながら、堂々と発言する。

 しかし、箒はいったい何を言うつもりなのだろうか。

 てっきり俺も立候補するものだとばかり思っていたのだが……?

 

 

「確かに、学校の一行事とは言え一定以上の実力が無い者を推すのは間違っていると思います」

「えぇ……それならば、何も問題ないのでは?」

「ですが! まるで一夏の実力が代表候補生に劣るとも取れる発言は撤回して頂けませんでしょうか!」

 

 

 シーン、と。教室から音が消え、辺りを静寂が支配してしまった。

 俺も状況の理解が追い付かずにポカンとしてしまったが、それでも立ち直るのにはあまり時間を要さない。

 そして静寂を打ち破るように、俺も席から立ち上がる。

 

 

「おまっ……何を言ってるんだよ箒?!」

「何を、と言われましても。私は只、思った事を口に出しただけです」

「別にオルコットさんの言った事は間違ってないだろっ!」

「しかし、私はあの言葉が一夏を侮辱した様に捉えました。ですから、個人的に苦言を呈しました」

 

 

 対面して言葉を交わしている筈なのに、何だか波長がズレて噛み合っていないような、そんな違和感を覚えた。

 

 いや、しかし。何だか場の空気も妙に重苦しいというか、妙な感覚になってしまっている。

 立ち上がった三人が互いを見つめ合いながらも言葉を発する事は無く、まるで三竦みの状態だ。

 何とか、この場を払拭したいのだが……それはかなり難しいだろう。

 

 

「よし、わかった」

 

 

 と、そこで。今まで傍観に徹していた千冬姉……織斑先生が制止と提案を兼ねた声を発する。

 そこに活路を期待した俺は、藁にもすがる思いでそちらに視線を合わせた。

 

 

「持論を交わすよりも実際に能力を見て決めれば良いだろう。篠ノ之はどうする?」

「一番相応しいのは、一夏だと思います」

「そうか、だったら織斑とオルコットの一騎打ちの勝敗でクラス対抗戦の代表選手を決めよう」

「はあっ!?」

 

 

 思いもかけない様な提案という名の命令に、俺は悲鳴と抗議が入り交じった声を挙げる。

 しかしそんな儚い訴えは無碍に一蹴されてしまい、反論は許さぬと言わんばかりに電子黒板にその旨を記述していく。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」

「自薦他薦は問わないと山田先生も言っただろう。お前は推薦されオルコットは立候補し、篠ノ之は降りた。故に二人で決を取るのは道理だろう?」

「こんなの無茶苦茶だ!」

「無茶でも何でも、既に私が決めた」

 

 

 これだ。千冬姉は時折、何の道理も理論も無く己の我だけを通して無理やり押し切って来ることがある。

 例えばそれは夕飯のメニューみたいな小さな物から、今回みたいに周りの意見や他人の意思なんてバッサリと切り捨ててしまう事も。

 そもそも何をしたいのか。俺を担ぎ上げようとでも言うのだろうか?

 

 

「お待ちくださいまし織斑先生、それは流石に身内贔屓が過ぎませんこと?」

「何、別に臆する事もないだろう。代表候補生ならば己の力で立場を勝ち取ってみせろ」

「…………わかりましたわ」

 

 

 頼みの綱であったオルコットさんまでもが、千冬姉に押し切られる様にして最後には頷いてしまった。

 周りを見渡してみるが、事態が飲み込めずに戸惑いを見せるか、思考を放棄して惚けている生徒しかいない。

 

 こうして俺は……終始、周りに振り回される形で代表候補生と戦う羽目になってしまったのだ。

 

 

「いや、なんでだよ…………」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

003 Phantom Blaz──

タイトルが思い付かないのならネタに走ればいいじゃない……!


 四限目の授業を終え、IS学園にも昼休憩が訪れる。

 あれからチラリと左に顔を向ける度にこちらを見ていた箒が慌てて視線を窓際へと振り返らせる様子を楽しみながら過ごしていたが、案の定休み時間になるとトイレへと逃げ込まれてしまっていた。

 だがしかし、何時までもそれを黙って見過ごすほど俺も甘くはないのだ。

 箒が席から立ち上がる前に縮地で跳ぶように箒の席の前まで移動してから、自然な様子を装って話しかける。

 

 

「やあ篠ノ之さん、一緒にお昼を食べに行きませんか?」

「…………はい」

 

 

 観念した様子で俯きながら立ち上がると、黙って俺の背後に連なる様に歩いていく。

 それに対してクラスメイトの女子達は何を思ったか、ヒソヒソと口元を隠しながら何やら語りだした。

 聞き耳を立てれば聞き取れない事はなかったが、意識的にその音をシャットアウトして食堂へ急ぐ。

 なに、どうせなら変な噂が流れた方が好都合だ。

 

 

「さて、何にしようか」

「…………」

「B定食は中華か、これにしようかな。箒は?」

「Aの、焼き魚で……」

「箒は脂身が嫌いだからな。よし、じゃあ並ぼうか」

 

 

 何を隠そう、このIS学園に入っている学生食堂で料理を提供している会社も幸兄さんの経営する倉持技研の傘下グループ企業だったりする。

 故に、食券販売機のIC認証に例のカードを押し付ければ……通常は金額を表示する液晶部分が【free】と表示された。

 だからオプションも付けてしまう。ドリンクバーは文字通り飲み放題だ。

 

 

「さてと……お、ラッキー。この辺は空いてるな」

 

 

 カウンターで料理を受け取り、食堂を見渡すと席は直ぐに見つかった。

 壁際に向き合うように弧を描く半円形のテーブル席、ソファだけでも5,6人は余裕で座れる席であったが、不自然にポッカリとそこだけ空いている。

 恐らく、誘導されているのだろう。

 席はちょうど食堂の中央よりの場所であり、周りからも見やすいその位置は意図的に誰も座らなかったのだ。

 

 

(まあいいか、乗ってやろう)

 

 

 そんなご好意はこちらの良い様に受け取ることにした。

 突撃待機していたと思われる生徒達は箒の姿を見て動揺したのか、二の足を踏んでいる。

 まあいいや、邪魔をしてこないのならそれで。

 

 

「さて、箒?」

「う、うん……」

「さっきのクラス対抗戦の件、随分と俺を推してたよな」

「そ、そうかな」

 

 

 飽くまでもしらばっくれる気なのか、目線を散らしながらコチラを見ようとしない。

 あからさまに悪気がある証拠だ。

 ならば少し懲らしめてやるとしよう。いや、困らせてやると言うべきか。

 

 

「なあ、なんであんな事をしたんだ?」

 

 

 箒が背もたれに寄り掛かっていたのを幸いに俺は壁に手をつきながらグッと顔を近付ける。

 言わば、壁ドンの様な状態だ。

 それに対して周囲から黄色い悲鳴が聞こえたが、そんな物は無視した。

 

 

「うっ、あ……あの、一夏?!」

「聞いてるんだけど、どうなんだ?」

「私は言われた通りに……あっ」

「ふーん?」

 

 

 どうやら箒は誰かの差し金であんな行動に出た様だ。

 さて、しかしそんな事をするのは誰だろうか?

 まず幸兄さんは確定白。やるにしても事前に俺へ声を掛けてくる筈だ。

 一番ありそうなのは千冬姉。しかし動機がイマイチわからない。

 束さんは……どうだろ、何を考えてるのか分からない人だからな。

 

 

「で、誰に頼まれたんだ?」

「それは──」

「ねえねえ、織斑くん!」

 

 

 主犯を問い詰めようとしていた最中に背後から声を掛けられる。

 仕方ないので箒を解放して振り返ると、同じ一組のクラスメイトの姿があった。

 確か、日本人の相川さんとインド人のジェインさん、それにスウェーデン人のハーロウさんの三人。

 何とも、国際色豊かな顔ぶれだ。流石はIS学園と言うべきか。

 

 

「私達も一緒にお昼を食べても良いかな?」

「ああ、勿論だよ」

「よしっ!」

「やったー」

 

 

 はしゃぎ声をあげながら速やかに座る三人に対して、周囲の目はまちまちだった。

 苦虫を噛み潰したような表情を見せる者もいれば素知らぬ顔でそっぽを向く者、はたまた眉を鋭く細めて怨嗟の念を送っている者まで……

 何とも言えない、女の園の恐ろしさの片鱗を味わってしまった気もする。

 

 

「それでね織斑くん、単刀直入に聞くんだけどさ!」

「うん、何?」

「織斑くんって篠ノ之さんと付き合ってるの?!」

「ああ……」

 

 

 その話は、まあそう遠くない内に聞かれる事は分かっていた。

 教室でのやり取りや、今さっきまでの行為だって見ていたのだからそりゃあ気になるだろう。

 何せ、彼女たちは花も恥じらう年頃の女子なのだから。

 別に素直に答えても良かったのだが……どうせならこれに便乗して箒に更なる意地悪を仕掛けてやろうか。

 

 

「さて……それに関しては皆さんのご想像にお任せします」

「あ────っ」

 

 

 左手を伸ばして、箒の肩に手を回しながら軽く抱き寄せる。

 ちょうど寄せられた箒の顔は俺の胸に触れる様な形になっており……第三者から見れば少女漫画かラブコメのワンシーンみたいな光景になっているだろう。

 

 

「わっ、わ、わあああっ!」

 

 

 声にならない声が、食堂のところどころから漏れだした。

 これで俺達がかなり親しい友人である事は周囲に伝わっただろう……なんて、微塵も思ってはいないが。

 もしも本気でそんなに風に考えるやつがいたら是非とも会ってみたいものだ。そんな天然ジゴロが現実にいるとは思えないけどな。

 これはどう考えても「そういう風に解釈してくれ」と言っているようにしか見えない。

 

 

「あ、あー……そ、そっかあ!」

「あんまり、私達も邪魔しない方がいいね!」

「織斑くん、ま、また後でね!」

 

 

 結局、彼女たちは一口も食事に手を付ける事も無く席を離れていってしまった。

 まあ……気まずいだろう。突然、目の前でこんな物を見せつけられてしまえば。

 

 

「おっと、悪かったな箒」

「あ……ああっ、あ……あ」

「……ごめん、やり過ぎたかな」

 

 

 離しても悶えるよう震える箒を見ながら、俺は気まずそうに後頭部をかく事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 授業が終わり俺はIS学園の学生寮……ではなく、ゲートブリッジの住居ブロックまで来ていた。

 

 

「住所はここ…………ここ、かぁ──」

 

 

 携帯端末を片手に辿り着いた場所は、家というよりも寧ろ(やしき)だった。

 海に面した広大な敷地の中に悠然と構えられた巨大な建築物。

 デザイナー渾身の設計による近代アートの美術館……と言われた方が信憑性の高い建物が、今日から俺が住む場所である。

 そう、つまり……幸兄さんがかつて住んでいた大豪邸に住まわせて貰う事になったのだ。

 

 

「う、わぁ……」

『おかえりなさいませ、一夏様』

「お、おっとお!?」

 

 

 恐る恐ると邸を囲む門に近付くと、どこかにスピーカーでも設置されているのか声が響いた。

 初老の男性を思わせる声は、どうやら電子的に合成された音声の様だ。

 身構えていると、再び同じ声が語りかけてくる。

 

 

『私はこの家の管理を仰せつかっておりますハウスキーパーAIのA.L.F.R.E.D.と申します』

「アルフレッド、ね……」

『はい。家に関することであれば何なりとお申し付けください。それでは門を開きます』

 

 

 カチッという音と共に、アルフレッドの言った通りに3m近くある巨大な門が横へスライドした。

 その門を潜り抜けると、今度は自動的に門は閉ざされていく。

 どうやら手動では絶対に開かない構造になっている様だ。

 そしてそのまま、門と同様に自動的に解錠されたドアを開けて家の中へと歩みを進める。

 

 

「お邪魔しま──じゃない、ただいまか」

 

 

 慣れない感覚に戸惑いながら入れば、そこには広大過ぎる玄関が────

 

 

「おかえりなさい」

「…………は?」

 

 

 そこに、箒が待ち構えていた。

 

 

「さ、さぷらーいず……」

 

 

 などと、ふざけた供述をしており。

 

 

「え、なんで? どうして箒がここにいるんだ?」

「その……どうせなら一緒に住めって、言われて……その……」

 

 

 まさか、幸兄さんが?

 脳裏に幸兄さんの人相が過ぎって、そんな変な気の利かせ方をするかもしれない……なんて考えてしまう。

 しかし、幸兄さんの構築したセキュリティは生半可な物では無いはずだから、誰かの手引きがなければこうして家の中に入ることも不可能な筈だ。

 つまり、割と幸兄さんが手引きした可能性が高い。残念なことに。

 

 

「はぁ……」

「うぅ……」

 

 

 箒と対面しながら、お互いに気まずくなって俯きながら額を左手で覆ってしまう。

 我ながら、アレはやり過ぎた。

 お陰であれ以降は誰からも妙なちょっかいを出される事は無かったが……スマートなやり方とは到底言えない。

 

 

「とりあえず、何か飲むか」

「う、うん」

 

 

 このまま玄関で見合っていてもどうしようも無いので、リビングへの移動を促す。

 そうだ、取り敢えずは緑茶でも淹れよう。

 考えるのも話すのもそれからで良い筈だ。

 

 

「…………よし」

 

 

 幸兄さんに頼んで送って貰った荷物の中から急須とケトル、それから茶葉の缶を取り出して緑茶を淹れる準備をする。

 箒も比較的濃いめが好きだから茶葉は気持ち多めに……お湯も60℃付近の(ぬる)めにしておく。

 中途半端なくらいがいい具合に渋味も旨味も出て丁度いい。

 

 

「さあ、はいったぞ……あれ?」

 

 

 緑茶の入った急須をリビングへ持っていくが、しかし箒の姿は見えなかった。

 辺りに気配もない。

 もしや、自分の荷物を片付けに離れてしまったのだろうか。

 

 

「直ぐに冷めるから早く来た方がいいぞー」

 

 

 湯呑みに緑茶を注ぎながら独りごちる。

 温めに淹れたお茶は既に飲み頃で、この瞬間を逃すと途端に渋味が不快な程にまで増してしまう。

 故に早く飲んで貰いたかったが……無理強いはしない。

 

 

「まあ、とりあえず一服……」

 

 

 なんなら箒が戻ってきてから新しく淹れなおせば良いか、と考えて湯呑みを啜った。

 濃いめの緑茶が舌を刺激し、心地よい温かさが五臓六腑にしみわたる。

 これで身体にも良いのだから言うことなしである。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 しかし……そうやって浸って気を緩めていたのが良くなかった。

 完全に油断していた俺は背後から忍び寄る気配に気づく事が出来ずに────

 

 

「……えいっ!」

「な────?」

 

 

 背中から胸部にかけて、首に二本の腕が絡み付いていた。

 いわゆる“あすなろ抱き”と呼ばれるその行為。いつの間にか忍び寄っていた箒が、力いっぱいに俺を抱きしめてきている。

 つまり、その……殺人的な柔らかさと巨大さを誇る二つのおもちが……背中に押し付けられているのだ。

 

 

「お、おい箒! 何をっ!?」

「……一夏、実はこういうの好きだよね」

「──────!?」

 

 

 否定の言葉が口から出てこない程に動揺してしまうが、寧ろ肯定の言葉を漏れ出してしまわないようにするのだけで精一杯である。

 何度かこんな蛮行を悪戯で仕掛けられた事があるが、確かに口で否定しても自ら振りほどいた記憶がない。

 いや、しかし……これは果てしなく、拙いだろう。

 

 

「や、やめろって!」

「えー……私には公衆の面前であんな恥ずかしい事したのに?」

「それは……」

 

 

 そう言われてしまうと、俺も強く言い返せない。

 箒はそんな俺の反応を良いことに、徐々に行為をエスカレートさせていった。

 

 

「あとさ……」

「な、なに?!」

「一夏って、この首筋の横から鎖骨にかけてのライン……擽られると弱いんだよね」

「ぅあ────っ!」

 

 

 言うやいなや、フッと首に息を吹き掛けられる。

 耐え難い感覚に思わず、飛び上がる様に身体を震わせてしまう。

 それでは飽き足らず、箒はチロっと舌を突き出すと……鎖骨を小さく小刻みに、舐め始めた。

 

 

「ひゃあ?!」

 

 

 えも言われぬ不可思議な感触に、思わず裏声で叫んでしまう。

 甲高いその声は、さぞ愉快だっただろう。

 この角度からは見えなかったが、箒が怪しくニヤリと笑った気がする。

 

 

「うぇへへへ……」

 

 

 そうして暫く、俺は悶え震えながら……箒の反撃をただただ耐え続ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「うぇへへへ……流石は箒ちゃん、私の妹だねぇ」

 

 

 この世のどこか、薄暗い部屋の中で唯一の光源であるディスプレイを眺めながら一人の女性が怪しげな笑い声を響かせていた。

 その画面には、床に倒れ付した男の首筋を執拗に舐めまわしている女の映像という随分と子供の教育に宜しくない光景がリアルタイムで映し出されている。

 

 

「ほらね、私の言った通りでしょ……よし、そのまま押さえ込んじゃえ!」

 

 

 さながらプロレスの応援でもしているかの様な熱の篭った掛け声を、一方的にディスプレイへ投げ掛けていた。

 勿論その声が画面の向こうへ届く事は無かったが、そんな事はお構い無しと言わんばかりに叫び続けている。

 

 

「いいね、いいね……私のプロジェクトも着実に進んでいるよ」

「へぇ、どういうこと?」

「フフフン、なぁーに可愛い妹の恋路の為にちょっと後押ししてるだけ────え?」

「なるほどねぇ」

 

 

 穏やかで聞き馴染みのある声が、背後から聞こえてきた。

 それまで狂乱するかの如く歓喜の声をあげていた女性は、錆び付いたブリキのおもちゃの様にゆっくりと背後へと視線をズラしていく。

 そこには、腕を組みながら慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべる……彼女の夫の姿があった。

 

 

「な、どうして、ここに?!」

「さっき向こうの家に帰ってたんだよ。ただいまーって言ったのに返事がないから探しに来たんだ」

 

 

 トン、と男は妻の肩に手を置いた。

 そこにはまさか握り潰そうなどという魂胆も無ければ力もなく、ただただ優しく暖かな手が添えられているだけ。

 しかし、だからこそ彼女は底知れぬ恐ろしさを感じるのだ。

 夫の事を誰よりもよく知るからこそ、笑顔を貼り付けている時は中等度の怒り……既に形勢を打開するのが困難であると悟ってしまう。

 

 

「手助けや後押しが悪いとは言わないけど、これは流石に悪趣味じゃないかな?」

「や、あの……これは……」

 

 

 どうせなら状況を観たいと、映像を隠し撮りするなんて欲張ったのが良くなかった。

 今も尚、ディスプレイからは痴態が映し出されている。

 それも他ならぬ身内の物だ。こういうのは、夫の神経を逆なでするだけなのだ。

 

 

「少し……頭、冷やそうか」

「あ────」

 

 

 終わった。

 理解した彼女は、静かに眼を瞑って総てを諦める。

 

 その日の夕飯、食卓には暫く料理が一人分だけ欠けていた。

 




もう全体を通して悪ふざけでしかないエピソード。
安心してください、スケコマシな事をした一夏くんはきちんと報復されました。
具体的な内容については全年齢対象的な配慮から自主規制させて頂きます。

え、めくったのかって?めくったかもねえ(遠い目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

004 覚悟とオモイ

待たせたな──本当に、お待たせしました

多くは語りません


「どのみち試合はする事になるんだし、練習はしておいた方が良いと思うよ?」

 

 

 なんていう箒にしては至極真っ当な指摘を受けてIS学園でも特徴的な建築物、蔑称“戦闘服の肩のヤツ”こと競技場に訪れていた。

 本当に試合をするかは兎も角としていずれISを装着することに変わりはなく、曲がりなりにも日本という国の代表候補生である箒から指南を受けられるというのは貴重である事に間違いはない。

 そんな訳で言われるがままに学園からレンタルした打鉄を身に纏いアリーナへと繰り出したのだが……

 

 

「おい箒、なんで腰を掴んでいるんだ?」

「だって一夏、ISのイメージインターフェースでのスラスターの吹かし方とかなんて分からないでしょ?」

「そりゃあそうだけどさ……」

「それに別に装甲のとこだから擽ったくないでしょ」

「うん……って!なんで手をワキワキさせる?!」

 

 

 そんなものかと油断した隙に、箒の手は奇妙に蠢いていた。

 確かにその手は装甲で覆われた部分にあったが、連想させる感覚が無性にこそばゆくなる動作であり落ち着かない。

 自分と同じく打鉄を纏っている箒の手は人のそれとは異なり無機質な風貌であり、無尽蔵に動く様は寒気さえ感じてしまう。

 逃れようと身をよじるがその手から逃れられることもなく、気が付けば徐々に魔の手は這い上がっていく。

 

 

「あれ、もしかして腋の方が良かった? こうやって、こちょこちょこちょ……」

「だー!やめ!そこ弱っ、知ってるだろ?!ほん、っと!落ちるって!!」

「大丈夫大丈夫、落ちても死なないから」

「そういう問題じゃなハハハハハッ!!!」

 

 

 ピンポイントに装甲が配置されておらず、かつ個人的に1番触られたく無い部分を執拗に、かつ最悪なリズムで触れられる。

 よく見れば器用にも手の部分だけ装甲を量子化して素手でやられていた。

 ISの機能である部分展開のちょっとした応用らしいが、是非とももっと役に立ちそうな事に利用して頂きたいと切に思う。

 

 

「あははは、ほら緊張も解れたでしょ?」

「ぜーったい……緊張をほぐすとかじゃなくて、おもしろがってやっただろ……」

「そんなことないよー?」

「わざとらしく棒読みするな」

「はいはい。それじゃ訓練はじめよっか」

「おい」

 

 

 訓練を始める前に箒に弄ば…………一悶着あったが、途中で飽きたのか解放され何だかんだ真面目に指導してくれる事になった。

 無事に地面まで降ろされてからは歩行から始まり、脚部での姿勢制御にPICによるブレーキ、浮上から着陸……ハイペースな指導に追いつくだけでも必死だったが、何だかんだその教え方は堂に行っていて、これが代表候補生たる所以なのかと感心させられる。

 気がつけばオート制御で始めていたPICもマニュアルである程度使いこなせる用になっていた。

 

 

「これでひと通りの動きは出来るようになったかな?」

「ああ、まだぎこちない所はあるけど……軽い機動なら何とかなりそうだ」

 

 

 飛行する事が前提にあるISの操作においてその要たる飛行機動の特性がどうしてもネックになっていた。

 慣れ親しんだアイアンマンにおいては掌と足の裏にスラスターが設けられており、4つの噴射口から放出される推進力で姿勢制御と飛行を兼任する形になる。

 しかしISでは姿勢制御はPIC、推進はスラスターと分離されている。完全に分離している訳ではないが、操作系統は異なるしアイアンマンには無いPICの制御という機能自体の慣熟が必要だ。

 ステアリングに関しては、どちらも似通った思考インターフェースを採用しているので飛行するだけであれば容易に慣れることが出来たのは幸いか。

 なお、思考インターフェースと言うと第三世代ISの世代区分条件にある兵装を連想する者がいるが、実際には視線や脳波、筋電をセンサーが感知して手指を用いずに機械群を制御する一連の操作系統の事を指す。

 飽くまでも第三世代ISの兵装はその思考インターフェースを利用した非接触操作型の兵装の事を言うのであって、基本的には照準を思考制御する事が可能なものであると定義されている。

 

 まあ、打鉄は第二世代機なのでそこまで気にかける必要もないが。

 

 

「それじゃ、早速実戦機動してみよっか」

「は────」

 

 

 突然の不意な言葉に思考と認識がかなっても感情と理解が置いてけぼりになり頭が半分白くなる。

 しかし、箒はお構いなしに日本刀の如し近接ブレードを質量化(かいとう)し装備したかと思えばスラスターを全開に吹かして飛び込んできた。

 こちらもいつまでも呆けている訳にはいかない。

 応じるように近接ブレードを右手に展開し、箒の剣筋に合わせて刃を受け止める。

 

 ガキンッ!

 

 金属と金属が鈍く重なり合う音が眼前で轟く。

 想像していたよりも幾分か重い一撃に顔を顰めながらも体重を背中へと傾けながらスラスターを動かして距離を離す為に後方と下がる。

 その間に、対して箒は機体を浮上させていた。

 そしてそのまま急降下。先程よりも鋭い一撃を与えてくるのは明白である。

 

 刹那、腕が千切れそうな剣撃が迸った。

 

 

「んんんんっ、ぐうぅ!!」

「ほらほら一夏!後手後手に回ってると飲み込まれちゃうよ!」

 

 

 その言葉の通り、こちらを飲み込もうとするかの様な連撃が喰らいつく。

 鋭く重く厚い、一閃一閃に意志と思考を感じる。無秩序ではない制御された嵐の様な攻撃。

 何とか捌くのは追い付く。しかし防戦一方で攻撃に転じる活路が見いだせない。

 まさにジリ貧。このままではいずれ押し切られてしまう。

 ならば攻撃に転じる施策。考え、実行するしか無い。

 剣では追いつかない。足りない。インパクトを与える事さえ出来れば、一瞬でも隙が出来れば良いんだ。

 ライフル……違う、取り回しが悪い。

 そうだ、サブマシンガン。連射とこの距離感、一瞬で弾薬が尽きても別に良いんだ。

 

 サブマシンガン、サブマシンガン!サブマシンガン!!

 

 思考コールのコツが掴めていない故に3回目にして左手にサブマシンガンが現れた。

 それと殆ど同時。トリガーを潰さん勢いで握りしめると銃口が燃えるように吼える。

 

 

「おっとぉ?!」

 

 

 漸く、箒の方から下がり距離が開く。

 だけどこんなのは一瞬だけだ。この一瞬で何とかしなければまた同じ事の繰り返し。いや、寧ろ畳み掛けられて終わる。

 どうする、こちらは踏み込みさえ満足に出来ていない。剣技なんて児戯に等しい。

 格上だ。なら、同じ条件にしないと。

 何がある。武装、スタンダードパック、近接ブレードがもう1本。

 もう賭けだ。やけでも良い、やりきるだけっ!

 

 

「うおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 知識だけなら知っている。有名なISの推進テクニックぐらいなら、その機序ぐらい。

 一度推進エネルギーを放出して再取り込み、そして放出。

 ジェットエンジンのアフターバーナーとは異なり垂れ流している訳では無いので動作までラグがあるのと取り込んだエネルギーに比例する加速しか得られないが、転じて言えば推進剤の節約になるし加速度は上だ。

 一瞬で良い。本当に一瞬、辿り着けさえすれば!

 

 

「うそ……瞬時加速(イグニッションブースト)っ?!」

 

 

 速度は一瞬1000を越えた。音速の手前。

 そのままの勢いのまま飛び込む。

 叩き込む、叩き込め、叩き込む!叩き込む!!

 一撃では終わらない。抑えこませない、止まらない、逃がさない。

 吸い付いてやる、取り憑いてやる。

 二刀流。単純に手数は二倍、これで瞬間的なレベルはイーブンになったか。

 今のうちに、総てを出し切る。

 

 

「うおおおおおおっ!!!」

「っ……!!」

 

 

 幾つかの剣閃が、箒の刃を越えたのがわかる。

 感覚的にシールドエネルギーをわずかずつではあるが、削っている。

 押し切れるか。逃がさなければ、或いは────

 

 メキッ

 

 

「あ…………」

 

 

 悲愴的な音が、右手から鳴いた。

 見れば近接ブレードが根本から折れ、砕けている。

 慌ててコンディションを見れば近接ブレードは真っ赤(レッドコンディション)。打鉄の制御系にもイエローアラートが散見。

 つまり、限界だ。

 

 

「…………」

「あー……うん、やめよっか」

 

 

 消化不良というのが正直な感想だ。

 嘆息をつく箒の顔にも似た様な感情が見えた。

 

 ……こちらの反撃のおり、箒の顔に浮かんでいたのは笑みだった。

 楽しんでいたのか、何なのか。

 心の内までは見通せないが、少なくとも快いものを感じていた様だ。

 あのまま、近接ブレードが折れなければ打ちのめされていたかもしれない。

 何となく、そんな気がした。

 

 

「とりあえず、片付けよ?」

「……ああ」

 

 

 

 

 始末書、というよりか反省書。

 借り物であるISの武装の破損と本体の損傷は、金銭こそ支払いの義務は無いが条項には違反している。

 何かしら罰則なりある訳ではないが、申し訳ない気持ちを抱きながらしたため、漸く打鉄の返却手続きは終了した。

 このあと、打鉄は整備課の手で修理される事になるだろう。整備課の手に余ればメーカー、倉持工業へ輸送されて修理……薄情な様だが、どうなるかはそこまで興味がない。

 

 

「ふぅ…………」

 

 

 ため息をつきながら、風呂に入りたいなとぼんやり思考が過ぎった。

 あの屋敷には当然と言わんばかりにジャグジーがある。

 温水と泡に包まれて身体と心を休めたい気分だ。

 

 

「あら……」

「あ──」

 

 

 アリーナから出ると、見知った顔を鉢合わせた。

 セシリア=オルコット。この度、俺と試合する事になってしまった渦中の人である。

 

 

「えーっと……」

 

 

 謝罪をするべきかな、と思っていたのだが、どことなく気不味く感じてしまいそれを実行出来ていなかった。

 それ故に更に申し訳なさが積もるという負のスパイラルを自業自得で重ねてしまっているのは、何とも我ながら不甲斐ないものである。

 

 

「ごきげんよう織斑さん。練習をなさっていたのですか?」

「あ、ええ、何とか最低限は動ける様にしておきたくて」

 

 

 躊躇ったままでいると、先に声を掛けられてしまった。

 度重なってバツが悪くなるが、それでも言わねばならぬだろう。

 胸に岩の様な重いつかえを覚えながら、短く息を吐いて切り出す。

 

 

「その、この度はオルコットさんにもご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

「え?ええ、確かに驚きましたが……でも織斑さんが謝罪する事ではないでしょう?」

「ですが、身内の引き起こした事ですしね……自分なりの、けじめです」

「ふふ……織斑さんは真面目なのですね」

 

 

 爽やかな笑顔でそんな風に返されてしまう。

 紳士的……違うな、淑女的?でいいのか?

 イギリス人だからとひと括りにするのも失礼だが、余裕というか包容力を感じた。

 

 

「試合は来週ですが……(わたくし)も全力であたらせて頂きますわ」

「……ご容赦のほどを」

「あら、残念ながらそれはお断りさせて頂きますわ。誰に対しても全力で、それが私の主義ですから」

 

 

 その言葉に一夏は察した。

 こちらを蔑む様子は微塵もない。慢心せず油断しない、常に敬意と上昇思考をこころに宿している。

 一貫した信念。イギリスならば騎士道とでも言うのだろうか、そういった類の高潔さを感じた。

 

 

「失礼しました。ではこちらも、胸を借りるつもりで全力でいかせて貰います」

「ええ、楽しみにさせて頂きますわ」

 

 

 互いに会釈をして別れる。

 

 勝てるのかな。

 ふと、考えた。

 そして何も知らないなと思い返した。

 ISに対してあまりにも無頓着過ぎた、と。

 調べるべきだろう、ISについても、オルコットさんについても。

 

 

「あれ一夏、何してたの?」

 

 

 思考を巡らせていると、タイミングを見計らったかのように箒がアリーナから出てきた。

 髪が少し濡れている。ここでシャワーを浴びてきた様だ。

 

 

「オルコットさんとバッタリ会ってさ、少し話をしてた」

「ふーん。どんな人だった?」

「そうだな……大人だな、って思ったよ」

 

 

 代表候補生だから……では、無いだろう。

 別に眼前の幼馴染を見てそう思った訳ではない。

 少なくとも、人として己より上手であると思った。謝罪を躊躇う自分なんかよりも、と。

 

 

「……大人って、どういう意味?」

「どういうって……お、おい、何をするんだよ」

 

 

何を思ったのか、箒は俺の右腕を抱き抱える様に身体を寄せてきた。

 そうなれば当然として双子の凶悪兵器が押し潰される事になる訳で、これが心と身体に悪い。効く。

 柔らかいしシャワーを浴びて来たからか仄かに暖かいしシャンプーか何かのいい匂いまで漂ってくるので始末におえない。

 下唇を噛み締めて、痛みと鉄の味で思考を埋め尽くさんと試みる。負けそう。

 

 

「何って、当てて」

「そーじゃない!こんな所でやめろっての!っていうかここじゃなくてもどこでもやめて?!」

「えー、なんで?何がいけないの?」

「周囲の目とかモラルとかさぁ!あるだろ!」

「でもさ、別にIS学園の校則には異性交友は禁止されてないし。あ、でも避妊しろって書いてあるん──」

「わー!もういい!!」

 

 

 暴走気味の箒の口を抑えながら、引き摺る様に帰路を目指す。

 その間の周囲の目が、突き刺さるようで痛かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。