英雄伝説 時幻の軌跡 (にこにこみ)
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第I章 序章I
1話 入学式


閃の軌跡IIIの発売まで待てない! という気持ちが爆発してしまった、という感じて書いてしまいました。


 

 

「世界にはまだまだ知らない謎が沢山ある。 僕はそれを解いて行きたい」

 

自分の事も、周りの事も、世界の事も。 何にも知らなかった僕は、本当に無知だった。

 

だから知りたかった。 痕跡を辿って……謎を……探求して、考えて、発見して……真実にたどり着くと……

 

「でも、謎から解き明かされた真実は……まだ謎の途中でもあれば……時に、目を背けてはならない現実だった」

 

あの頃の僕は……時と幻、時幻(じげん)の狭間で、そう思い知らされた。 だけど、それでも僕は……胸に揺れる焔を宿して……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

七耀暦1204年 3月31日ーー

 

帝都ヘイムダル近郊、トリスタ。 その東部にあるトールズ士官学院に人それぞれの思いを胸に新入生が次々とこの地を訪れていた。

 

そして、その中の1人。 駅前に植えられたライノの花が咲き乱れる中……

 

「クー……」

 

「スゥ……スゥ……」

 

駅前にある小さな公園、柔らかな陽射しが差し込むそのベンチの一角で……肩まである橙色の髪を金属製のバレッタで一纏めにしてベンチに寝て座っている青年と。 その青年の膝を枕にして寝ている小柄で銀髪の少女がいた。

 

「うん……?」

 

「お嬢様? おや……」

 

そこに、駅から出てきた長い青髪をポニーテールにした少女と執事服を着た老人が青年を視界に捉え、側に寄り少しの間の後……

 

「ーーレト。 起きぬかレト」

 

少女は青年の肩を揺すり起こそうとする。 すると青年はパチリと目を覚まし、青年は青い瞳を何度も瞬きする。

 

「……ふわぁ〜……よく寝た」

 

「よく寝た、ではない。 暖かいとはいえまだ春先、風邪を引いてしまうぞ」

 

「……あれ? ラウラ? それにクラウスさんも」

 

「おはようござます、レト様。 良き日和ですが、まだ外で寝るのには時期が早いのでは?」

 

「う〜ん……! 昨日夜更かししたし。 今日も早かったからかなり眠かったんですよ」

 

レトと呼ばれた青年は体を伸ばしながら答える。 ラウラは呆れながらももう1人の寝てい少女に視線を落とした。

 

「それよりもレト。 その者は知人か?」

 

「知人? ……って、うわっ!? 誰この子?」

 

「貴様は見知らぬ相手を膝枕していたのか……!?」

 

何を思ったのか、ラウラは怒髪の勢いでレトを睨みつける。 その変化にレトは慌てふためく。

 

「うわわわっ!? 僕は無実! 僕はやってません!」

 

「…………まあ、そうであろうな」

 

「へ……!?」

 

「お前は超が付くほどの遺跡バカだ。 大方、レトが寝ている時にこの少女がちょうどいい枕を見つけたと思ったのだろう」

 

「……この子が寝ようとしたのに疑問は持たないの……?」

 

疑問に思いながらもレトは少女の頭を優しく持ち上げ、ベンチから立ち上がり起こさぬよう優しく下ろした。

 

「無事に試験を通ったんだね。 勉強を教えた甲斐があったよ」

 

「うん。 そなたのおかげでこうして入学できた。 改めて感謝する」

 

「それはお互い様だよ。 僕もラウラのおかげで武の腕を磨くことができたんだから」

 

互いに礼を言い合いながら、レトは隣に立てかけてあった細長い包みを手に持ち。 その隣に置いていた古い本を腰のベルトに吊るした。

 

「それじゃ、行こっか」

 

「うん」

 

2人は並んで歩き出し、雑談をし……しばらくして士官学院の前、トリスタの町と両学生寮を繋ぐ十字路の辺りで足を止めた。

 

「それではお嬢様、ご武運をお祈りしております」

 

「うん、ありがとう。 爺も元気で。 父上の留守はよろしく頼んだぞ」

 

ラウラはクラウスが持っていた背の丈ほど大きい包めを受け取りながらお礼を言う。

 

「ハハ、心得ております」

 

「ーーあ、そうだ。 せっかくだから記念写真撮りましょうよ」

 

良いアイディアとばかりに懐から導力カメラを取り出した。

 

「それはいいな」

 

「ほらクラウスさんも」

 

「それではお言葉に甘えて」

 

それから学院を背景に3枚、3人2組ずつの写真を撮った。 次は3人の写真を撮ろうと思った所に……駅側から赤い制服を着た黒髪の青年が歩いてきた。

 

「ーー済みません! 少しいいですか?」

 

「え……」

 

「お手数ですが写真を撮ってもらいませんか?」

 

「あ。 それくらいなら喜んで」

 

黒髪の青年に導力カメラを渡し、青年は興味深そうにカメラを見るが……レトに声をかけられてすぐに写真を撮った。

 

「感謝する」

 

「いえ、大したことはしてないよ」

 

「あ、せっかくなんで君も撮りませんか? クラウスさん、お願いします」

 

「お任せください」

 

「さ、さすがにそこまでは……」

 

「これから同じ学院に入るのだ。 遠慮しないといい」

 

半ば強引に青年も一緒に並ばせ、クラウスが3人を写真に収めた。 レトは導力カメラを受け取ると、画面を操作し撮られた写真を見た。

 

「うん。 よく撮れてる」

 

「だね」

 

横からラウラも覗き込み、レトは納得し導力カメラをしまった。

 

「近いうちに現像して渡すから」

 

「いや、その悪いって……」

 

「せっかく撮ったんだし、気にしなくていいよ。 それじゃあクラウスさん、僕からも子爵閣下によろしくと。 それとクラウスさんそろそろ良いお年なんですから体調にも気をつけてくださいね」

 

「お心遣いありがとうございます。 レト様も良き巡り合わせをお祈りしております」

 

クラウスが一礼した後、2人は青年にお礼を言いながらトールズ士官学院に向き直り、学院に続く坂を登って行った。

 

「そういえば同じ制服みたいだけど……もしかしたら同じクラスになるかもね」

 

「ふむ、そうなればレトには稽古の相手になったもらえそうだな。 そういえば先ほどの少女も同じ赤い制服を着ていたな」

 

「何か関係があるのかな? それにコレも」

 

レトは本とは反対側、左腰にあるトールズの名と有角の獅子が描かれた戦術オーブメントを取り出した。

 

「旧型とも新型とも違う戦術オーブメント……それに中心の窪みはなんだろう? クオーツを入れるにしては大き過ぎるような……」

 

「……考えても仕方あるまい」

 

レトとラウラは少し疑問に思いながら歩みを進めて行き。 答えが出ずにトールズ士官学院に到着した。

 

「ーーご入学、おめでとーございます!」

 

学院の校門を潜ったところで突如声をかけれた。 声のする方に目をやると、学生らしき2人がこちらに歩いてきた。1人は黄色いツナギを着た少しぽっちゃりした生徒。もう1人は、レトとラウラより2、3歳ほど年下に見える少女だったが、こちらは制服を着ている。

 

(先輩? この人が?)

 

チラっとラウラを見ると……彼女も同じことを思ったのか、少し困惑した顔でレトを見ていた。

 

「ラウラ・S・アルゼイドさん。それとレト・イルビス君、ーーでいいんだよね?」

 

「え、ええ……」

 

「間違いありませんが、どうして僕達の名前を?」

 

「ちょとした事情があってね。 触れないでくれると助かる」

 

あちらにもそれなりの事情があるらしく、それ以上2人はこの話には触れない事にした。 それから申請した品を渡す事になり、レトとラウラはそれぞれ得物が入った包みを渡した。

 

「はい、じゃあお預かりします。雑に扱ったりはしないから安心してね」

 

「ちゃんと後で返却させてもらうよ。 それじゃあ入学式は目の前の本校舎から左手の先、あの講堂で開かれるから遅れないようにね。 君達の学院生活が充実した2年間になることを祈ってるよ」

 

その講堂と見られる建物の方を手で示し、ツナギの青年は太めの顔つきに優しそうな笑顔を浮かべそんな言葉を口にする。

 

「慣れないことだらけで苦労するかもしれないけど、私達も全力でサポートするから頑張っていこうね」

 

「はい。 ありがとうございます」

 

「丁寧な案内、誠に感謝する」

 

2人は頭を下げて礼を言い。 少し疑問に思いながらも真っ直ぐ講堂へと向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ーー最後に君達に一つの言葉を贈らせてもらおう」

 

ヴァンダイク学院長の話が続くなか、レトは視線だけを動かして周りの新入生を見ていた。

 

(2、4、6……9。 自分も含めると赤い制服を着ているのは10人か)

 

人数は赤が1番少なく、次いで白の貴族、次に緑の平民という感じだ。 そして、レトはその2組が綺麗に別れている事に、少し悲観を覚えていた。

 

「『若者よーー世の礎たれ。』。"世”という言葉をどう捉えるのか。 何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい。 ーーワシの方からは以上である」

 

(……………………)

 

ヴァンダイク学院長の言葉……とても素晴らしく聞こえるが、彼には複雑に聞こえた。

 

その後、入学の式典は先ほどの話で締めくくられ、閉会の運びとなった。 新入生達は案内に従いそれぞれ自分達が所属することになるクラスの教室へ向かわされたのだが……新入生が次々と講堂を後にする中、赤い制服を着た10人が残され、誰もが困惑していた。

 

「はいはーい。 赤い制服の子たちは注目~!」

 

疑問を答えるように、ワインレッドの髪をした教官らしき女性が声をかけてきた。 彼女は自分達に特別オリエンテーリングなるものに参加してもらうといい。 そして着いてきてと言うとさっさと講堂を出て行ってしまった。

 

「…………………」

 

「ふむ、レト。 これはどういう事だろうか?」

 

「ラウラ……よくは分からないけど、ついていえば解けると思うよ」

 

「ふふ、レトは変わらぬな」

 

少しワクワクしているレトを見て。 ラウラは少し微笑み、レトの後に続いて講堂を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

彼女について行くままに案内され、士官学院の裏手……古びた建物、旧校舎らしき建物に到着した。 10人が建物を不安そうに見上げて立ち止まる中。 先頭を行く教官は気分よさげに鼻歌を歌いながら悠々とその建物に向かい歩を進め、鍵を使って扉を開くと早々に中へ入って行ってしまう。

 

取り残される自分達。 辺りは林に囲まれており日が差し込まず暗く、古い建物と合間ってなんとも言えない雰囲気を感じさせる。 だがここで立ち止まっていても話は進まず、教官の後に続き建物の中へ足を踏み入れていく。

 

「…………?」

 

ふと、レトは立ち止まって振り返る。 辺りを見回し……ある一点をジーっと見つめた。

 

「レト、どうかしたのか?」

 

「…………ううん、何でもない」

 

ラウラに声をかけられ、レトは扉をくぐり中に入った。 建物内はホールのような構造になっており、明かりは窓の外から差し込む暗い明かりのみ。 教官は正面奥、一段高くなっている檀上に脇の階段から上がり、こちらへ向き直る。

 

「ーーサラ・バレスタイン。 今日から君達《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。 よろしくお願いするわね」

 

にっこりと笑みを浮かべながらそう名乗った女性教官……サラ教官の言葉に、彼らは驚きに目を瞠る。

 

「な、VII組……!?」

 

「そ、それに君達って……」

 

「ふむ……? 聞いていた話と違うな」

 

「あ、あの……サラ教官?」

 

それぞれが疑問に思う中、眼鏡をかけ長い髪を1本の三つ編みにした女子生徒がおずおずとサラ教官へ問い掛ける。

 

「この学院の一学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。 それも各自の身分や出自に応じたクラス分けで……」

 

「お、さすが主席入学。 よく調べているじゃない。そう、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。 ーーあくまで“去年”まではね」

 

サラ教官は眼鏡の女子の発言に感心するように頷き、続けられた発したその言葉で気がついた。 去年まで、ということはつまり……

 

「今年からもう一つのクラスが立ち上げられたのよね〜。 すなわち君達、ーー身分に関係なく選ばれた特科クラスⅦ組が」

 

貴族クラスの白、平民クラスの緑。 どちらにも属さない赤の制服の意味がこの時ようやく明かされた。 ここにいる10人が何らかの理由でVII組のメンバーとして選ばれたわけだ。

 

「ーー冗談じゃない!」

 

と、突然生真面目そうな声が響いてきた。 怒り露わに叫んだ眼鏡の男子は、睨むようにサラ教官を見据えていた。

 

「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」

 

「えっと、確か君は……」

 

まだ名前と顔を覚えていないのか、言葉を濁すサラ教官に。 深い緑の髪を短く几帳面に整えた男子は自分からマキアス・レーグニッツと名乗った。

 

「自分はとても納得しかねます! 身分に関係なくとは……まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」

 

……貴族を良く思わない人は必ずいる。 しかし、彼のはどこか嫌悪と言うより怒り、そして我が儘のような感情を感じる。 そんな怒りの声をサラ教官はどこ吹く風のように返し、それが帰って不満を募らせる。

 

「フン……」

 

と、そこで、マキアスの隣で金髪の男子が聞こえよがしに鼻を鳴らした。 不興を表すようなその態度にマキアスが教官からその男子の方へ顔を向け直す。

 

「……君、何か文句でもあるのか?」

 

「別に。 平民風情が騒がしいと思っただけだ」

 

(あらら、神経逆撫でしてるよ……)

 

少し鬱陶しく感じたレトは彼らの衝突を無視し、懐から導力カメラを取り出し。 記録された写真を眺めた。

 

(うんうん。 よく撮れてるよく撮れてる……って!)

 

十字ボタンを操作しながら写真を流し見していると、ある一枚に目が止まった。 そこに写っていたのはライノの木を背景に先ほど寝ていた自分だった。 その証拠に隣にいる銀髪の少女もレトの膝枕で寝ているのが写っていた。

 

(ちょ、ちょっとラウラ……! これいつの間に撮っていたの!?)

 

(ん? ああ、それか。 中々絵になっていたので勝手ながら導力カメラを拝借して撮らせてもらった。 断りもなく撮った事は謝ろう)

 

(それはそうだよ! ラウラは機械オンチなんだから、変な所を弄って壊れでもしたら……)

 

(……1度、真剣に話し合う必要がありそうだな……)

 

慌てながら導力カメラを隅々まで確認するレトに、ラウラは顔を暗くしながら腕を上げて握り拳を握った。

 

「ーーはいはい、そこまで」

 

いつの間か話は進んでおり。 男子2人を喧嘩を止めるようにサラ教官が手を鳴らし会話を強制的に止めた。 それと同時にラウラも正気に戻り、少しため息をついて腕を下ろした。

 

「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。 そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」

 

「くっ……」

 

マキアスも蒸し返す訳にはいかず、歯噛みしながらユーシスから視線を引きはがしていた。

 

「オリエンテーリングって、一体何なんですか?」

 

「そういう野外競技があるのは聞いたことがありますが……」

 

「確か、地図とコンパスを使って目的地へ最短でゴールする競技のはず……」

 

だか特別の意と、眼鏡の女子の言う通り野外で行う競技。 こんな室内で行うようなものではない。 そこで黒髪の少年がふと何かに気づいたように声を上げる。

 

「もしかして……門の所で預けたものと関係が?」

 

「あら、いいカンしてるわね」

 

赤い制服の生徒のみが持ち込みを指示されていた荷物、それがこのオリエンテーリングに関係していると予想したらしい、サラ教官はその言葉に笑みを浮かべると。 体を生徒達に向けたまま後ろへ下がっていき壁際にあった柱へ手を伸ばす。

 

檀上の奥側であったため生徒達からは死角となっていたが、そこにはボタンがあった。

 

「ーーそれじゃ、早速始めましょうか♪」

 

言うなり教官がボタンを押し込むと……辺りが振動するような揺れが生徒達を襲った。

 

「お……」

 

「っ……!?」

 

次の瞬間、足元……床そのものが蓋を落としたように割れ傾き、彼らは床下に広がる闇に滑り落としていく。

 

「ーーやっ」

 

「ラウラ!」

 

「レト!」

 

だが例外がおり、銀髪の少女がワイヤーを天井付近の柱に引っ掛けて落下を防ぎ。 レトもポーチから鉤爪ロープを取り出し……同じく柱に引っ掛けて落下を防ぎ、ラウラをもう片方の手で掴んだ。

 

「ん……邪魔」

 

「グハッ!? ちょっと痛いから辞め痛ッ!?」

 

「おい其方! 辞めぬか!」

 

「ゆ〜れる〜、ゆ〜れる〜♪ 風船のようなグフッ!?」

 

「ん、陸戦用」

 

引っ掛けた場所が近かったらしく。 3人はーー銀髪の少女が一方的にレトを蹴っているーー離れるのと激突を繰り返して空中で大きく揺れていた。

 

「あんた達仲良いわね〜」

 

それを面白半分で眺めていたサラ教官は、腰から大型の導力銃を取り出し。 柱に、2人を宙に留めているワイヤーと鉤爪ロープの接点を狙い……

 

ババンッ!

 

『あっ……』

 

「バイバーイ♪」

 

接点にあった柱が撃ち抜かれて砕け、笑顔で手を振るサラ教官を最後に。 3人は地下へと続く暗闇へと落ちていった。

 

 



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2話 特別オリエンテーリング

 

「ほっ……と……」

 

「……ふぅ」

 

トールズ士官学院、入学式の日からサラ教官に特別オリエンテーリングなるものに強制的に参加させられる事になり。 落とし穴に嵌められ……他の7人に遅れ、レトとラウラ、銀髪の少女が地下に降り立った。

 

「ラウラ、大丈夫?」

 

「う、うん。 私は大したことはないが……その……離してはもらえぬか?」

 

「え……」

 

レトは落下の途中でラウラを引き寄せ、横抱きにして着地していた。 その際、ラウラを抱えるレトの手は……ラウラの胸を鷲掴みにしていた。

 

「うわっ!? ご、ごめん……!」

 

「き、気にするでな、ない……」

 

「動揺している?」

 

「してない!」

 

銀髪の少女の横槍に身体を抱きしめながら否定する。 そして顔を赤らめながら咳払いし……だが、と言い続け。 ラウラは隣にいる銀髪の少女に視線を向ける。 その視線に気付いた少女はあからさまに反対方向を向いた。

 

「気にしてないよ。 ああなっちゃ邪魔なのも分かるし」

 

「しかし……」

 

「僕が気にしてないんだからそれでいいじゃないか。 君もその方がいいよね?」

 

「………ん。 ありがと」

 

腰を曲げて少女と視線を合わせ聞いて見ると、少女は軽く頷いてお礼を言った。

 

パン!

 

不意に、乾いた音が鳴り響いた。 どうやら金髪の女子が黒髪の男子に頰にビンタしたようだった。

 

「何かあったの?」

 

「それはね……」

 

「言 わ な く て い い」

 

視線を合わせたままだったのでそのまま質問しようとしたところ……ラウラが怒気迫る勢いでそれ以上言わせぬように遮った。

 

レトは疑問に思いながらも姿勢を戻し、辺りを見回す。 どうやら広間のようで、周りに様々な大きさの包みと、その前に共通して小さな小箱があった。

 

「へえ、結構夜目が効くんだ?」

 

「まあね。 そう言う君こそ」

 

「慣れてるから」

 

「同じく」

 

『気が合うね』

 

言葉が重なり。 何を思ったのか2人は言い合わせもせず、隣に並んだ状態で拳を合わせた時……不意にその場から通信音が鳴り響いた。 どうやら全員のポケットから聞こえてくるようだ。

 

「戦術オーブメントから……?」

 

「携帯用の導力器ではなかったのだな」

 

『ーーそれは特注の戦術オーブメントよ』

 

導力器からサラの声が流れる。 通信機能付きの戦術オーブメント……どうやら思っていたよりかなり最新式のようだ。

 

「ま、まさかこれって……!」

 

『ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代型戦術オーブメントの1つ。 第五世代戦術オーブメント、《ARCUS(アークス)》よ』

 

「アークス……」

 

「戦術オーブメント……魔法(アーツ)が使えるという特別な導力器のことですね」

 

『そう。 戦術オーブメントは、結晶回路(クオーツ)をセットすることで魔法が使えるようになるわ。 というわけで、各自受け取りなさい』

 

言い終わると同時に部屋の照明に明かりがついた。 周囲には先程見た通り、それぞれが持ってきた包みやケース、その前に小さな箱と共に並べておいてあった。

 

『君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。 さ、受け取りなさい』

 

しばしの無言の後、それぞれの場所へ全員が向かっていった。

 

「僕のは……あれか」

 

「私はその隣みたいだな」

 

レトとラウラも自分の包みを目印に向かい、箱の前に先に包みを確認をする。 何も変わってない事を確認すると、続いて小箱を開ける。 中には通常のクオーツより大きく、黒い球体に猫の絵が描かれたマスタークオーツ……カッツェが入っていた。

 

『それは《マスタークオーツ》よ。 アークスの中心に嵌めればアーツが使えるようになるわ』

 

「ふむ……よくは分からぬが、使う機会は早々ないだろう」

 

「補助か回復くらいは使うんじゃないのかな?」

 

マスタークオーツを取りだし、アークスに嵌めると……アークスと自身の胸が一瞬淡い青色の光を放った。 サラ教官が言うにはアークスと装備者が共鳴・同調した証拠らしい。 その他にも面白い機能が隠されているらしいが、現時点では教えてくれる気はなさそうだ。

 

『さ、準備はいいわね? さっそく始めるとしますか』

 

サラ教官が操作しているのか、タイミングよく奥の扉が開いた。

 

(! あの様式は……)

 

『その先のエリアはダンジョン区画になってるわ。 割と広めで、入り組んでいるから少し迷うかもしれないけど……無事、終点まで辿り着ければ旧校舎1階に戻ってこれるわ。 ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊しているんだけどね』

 

それはそれで問題のような気もするが……士官学院に入った以上、魔獣との戦闘は避けては通れない。 四の五の言っている暇はないようだ。

 

『ーーそれではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。 各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。 文句があったらその後に受け付けてあげるわ。 何だったらご褒美にホッペにチューしてあげるわよ♪』

 

どこまで本気なのか最後に冗談を言い、通信が切れた。

 

(確か……この辺りに……)

 

他の面々はどうするべきか悩んでいる中、レトは腰から本を取り出し、ページをめくって全く別の事を考えていた。

 

「ふん……」

 

真っ先に動いたのはユーシスだった。 他の者を気にせずに真っ直ぐにダンジョン区画に進んでいく彼をマキアスが引き留めた。

 

「ま、待ちたまえ!! 1人で勝手に行くつもりか?」

 

「ーー馴れ合うつもりはない」

 

そこから始まる2人の口論……どう止めるか周りが悩んでいる間に、怒りのあまり意地のようなものを見せてマキアスが先にダンジョン区画に入っていった。 そのあとにユーシスが続いた。

 

「……えっと……」

 

「ど、どうしましょう……?」

 

「ーーとにかく、我々も動くしかあるまい」

 

(あった! 扉の形は類似しているけど。 壁の模様は……該当するものはないけど十中八九……)

 

残りのメンバーが話し合っている間、レトは以前1人で考え込むと、いつの間にか話は進んでおり。 ラウラが男女のグループに別れさせ、銀髪の少女が無言で先に進んでいた。

 

「ーーまあいい。 後で声を掛けておくか」

 

「あ……じゃあ、僕も先に行くね」

 

「え……!」

 

「また後で!」

 

止める暇もなく、レトは猛スピードで走っていってしまった。

 

「全く、また悪い癖が出てしまったか……」

 

「悪い癖?」

 

「時期に分かるだろう」

 

ラウラは少し呆れながらも、仕方なしと思いながら微笑んでいた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ふむふむ、やっぱりそうなのか……」

 

旧校舎地下1階のダンジョン区間、その一角の隅に……壁と向かい合って忙しなく手帳にメモを取っている橙髪の青年……レトがいた。

 

「(パシャ!) ん〜……これ以上の収穫は得られなさそうだなぁー」

 

導力カメラで壁の模様を撮り、少しガッカリしながらもメモを取り続けた。 と、そこに黒髪の青年を先頭に、先ほどの長身と赤毛の2人とマキアス・レーグニッツがやって来た。

 

「あ。 あの人は……」

 

「良かった、君も無事だったんだな」

 

「……なら大陸各地に存在する……いや、リベールの様式とは違うなぁ……(ブツブツ)」

 

「あ、あのちょっと……」

 

「……ここじゃあ決められないなぁ。 1度資料と比較して検証を……(ブツブツ)」

 

「お、おい君……!」

 

「!」

 

マキアスが自分たちの存在を気付かせようとレトの肩に手を置こうとした時……突然レトは右腕で横に出した。

 

次の瞬間、曲がり角から魔獣飛び猫が出て来た。 するとレトの右腕から何かが飛び出し、風を切る音を立てながら飛び猫を貫いた。

 

「飛び猫!?」

 

「早い!」

 

(武器が、見えなかった……!?)

 

彼らは突然の飛び猫の登場、そして退場に驚くが。 それよりも武器も見せずに倒すレトの技量に驚愕していた。 レトは一息吐き膝に付いた砂を払って立ち上がると……

 

「ふう……って、うわ!? いつの間にいたの!?」

 

「気付いてなかったのか!?」

 

彼らがいることに今気がつき飛び上がるように驚いた。 両者驚きを露わにするが、黒髪の青年が苦笑いしながら話を切り出した。

 

「まあとにかく、戦闘になる前に倒してくれてありがとう」

 

「大したことはしてないよ。 こういう場所にいると敵意に敏感になるだけだから」

 

「なるほど、だから僕達にはまるで気がつかなかったんだな」

 

「そうゆうこと」

 

レトは手帳を懐にしまい、改めて彼らに向き直った。

 

「ーー自己紹介がまだだったね。 初めまして、僕はレト・イルビス。 どうかよろしく」

 

「リィン・シュバルツァー。 こちらこそよろしく」

 

「エリオット・クレイグだよ」

 

「ガイウス・ウォーゼル。 先ほどは見事な手並みだった」

 

「ありがとう」

 

褒められて照れ臭いのか、微笑しながらレトは頰をかいた。 と、そこで後方にいたマキアスに目がいった。

 

「どうやら頭は冷えたみたいだね?」

 

「あ、ああ……迷惑をかけて済まなかった」

 

負い目を感じながマキアスは謝罪した。 その後少し目を閉じて考え込み……重い口を開いた。

 

「つかぬことを聞くが……君はその、貴族か?」

 

「……うーん、君の事情は分からないから深くは聞かないけど、相当根強いみたいだね」

 

「す、済まないとは思っている」

 

「いいよ、気にしてない。 僕が貴族か否かだね……僕は貴族ではないよ。 結構自由奔放としてたし」

 

「そうか……」

 

それで納得したのか、マキアスは緊張が解けたように息を吐いた。 と、そこでリィンがレトの持っていた導力カメラに目がいった。

 

「そういえば写真を撮った時にも気になっていたけど……それはもしかして最新式の導力カメラなのか?」

 

「うん? ああ、そうだよ。 これはエプスタインの最新モデル。 導力ネットワークとリンクすることが可能でね。 感光クオーツや暗室が必要ないのとか、撮った写真をその場で確認できるとか、旧式より色々便利になっているんだよ」

 

証明するように失礼と言いながら素早くカメラを構え、4人を撮影した。 すぐにレトはカメラを操作し、今しがた取られた写真を彼らに見せる。 4人は驚きながら感心するような反応を見せる。

 

「すごいねぇ……」

 

「見事だ」

 

「そうだな……そうだ、これからどうする?」

 

「せっかくだし、このまま一緒に同行しないか?」

 

「うーん、ありがたいけど、まだまだ調べるものがあるから遠慮しておくよ」

 

「調べるもの?」

 

エリオットが質問すると……レトの表情は一転し、目を輝かせながら両手を広げた。

 

「そう! この地下建造物を!! 一件すればただの地下だけど壁や床に使われている石材は通常とは異なっていて帝国各地に点在する遺跡と酷似しているんだ! いやー、帝都近郊にこんな場所があったなんてねー。 灯台下暗しってやつだね」

 

「そ、そうか……」

 

そのレトの行動で彼らは気が付いた。 先程ラウラが言っていた悪い癖はこの事だと。

 

「と、いうわけで。 僕の事は心配しなくていいから。 こう見えても強いんだよ?」

 

「……わ、分かった。 でも気を付けてな」

 

「ありがと、リィン」

 

軽く手を上げてお礼を言いながら先へ進んだ。 しばらく変わり映えしない風景にかなりガッカリしていた時……進行方向から戦闘音が聞こえてきた。 レトは急いでその場所に向かうと……

 

「はあっ!」

 

「何よこれ!? 多過ぎよ!」

 

「囲まれてしまいました……!」

 

少し開けた空間の中心にラウラ達のグループが魔獣に囲まれていた。 ラウラ程の実力者が苦戦するような魔獣ではないが……今日初めて組む相手、それに加えて眼鏡と金髪の女子2人は戦い慣れていないように見え、ラウラはそのフォローもして苦戦を強いられていた。

 

「きゃあ!」

 

「エマ! 邪魔だ……!」

 

眼鏡の女子が飛び猫の攻撃に体勢を崩して尻餅をついてしまう。 ラウラが助けに向かおうとするが行く手を他の魔獣が塞ぐ。

 

「危ない!」

 

「ーーはっ!」

 

コインビートルが眼鏡の女子に襲いかかろうとした時……両者の間に影が降りてきた。 するとコインビートルは何かに吹き飛ばされ、壁にぶつかると消滅した。

 

「ラウラ、助太刀するよ!」

 

「レト! 感謝する!」

 

2人はお互いに背中を合わせ、魔獣どもと対面し合う。 それからすぐに決着は付いた。 レトが見えない攻撃で魔獣を減らしつつ、ラウラが攻撃し易い位置に移動させ……ラウラはピンポイントに来た魔獣に全力で剣を振り下ろし一刀両断。 それを数回繰り返して魔獣は全滅、辺りにはセピスが散らばった。

 

「こんなもんかな……大丈夫、ラウラ?」

 

「すまぬ、助かった」

 

「そう、君も大丈夫? 立てる?」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

レトは未だ呆けて地べたに座っている眼鏡の女子に手を貸して立ち上がらせる。

 

「相変わらず見事な闇突きだ。 あれからさらに磨きがかかっている」

 

「ラウラがそう言うなら頑張った甲斐があったよ。 教えを請う師がいないから主観的な評価しか出来なかったし」

 

「やれやれ、武術書の内容を読むだけで強くなれるとは……羨ましい才能だな」

 

「勉強とおんなじだよ。 先生がいないからあっているかどうかも分からないし」

 

「えっと……」

 

「ああ、すまぬ。 話が逸れてしまったな」

 

レトとラウラは楽しそうに会話をするが、その輪に入ってこられない女子2人。 眼鏡の女子が痺れを切らして話しかけてようやく止まり、そのまま自己紹介に入った。

 

「助けていただいてありがとうございます。 私はエマといいます。 エマ・ミルスティン」

 

「大した事はしてないよ。 僕はレト・イルビス。 よろしくね。 それで君は?」

 

「え、ええ……アリサ・Rよ。 よろしくお願いするわ」

 

「うん。 よろしくね、アリサ」

 

伏せ字が気になったが、彼女自身が聞いて欲しくなさそうな雰囲気だったのでレトは深く追求しなかった。

 

「お二方はお知り合いなのですか?」

 

「うん。 ラウラとはここに来る前からの友達なんだ」

 

「…………………」

 

「? ラウラ?」

 

「何でもない」

 

突然、何故か不機嫌になるラウラにレトは首を傾げるだけだった。 その反応にエマは苦笑いし、アリサは顎に手をやって少しニヤついた。

 

「ふう……時にレト。 やはりここは例のアレか?」

 

「そうだよ。 トラップやギミックの類いは今の所見当たらないけど……十中八九地精(グノーム)の手による建造物だね」

 

「!」

 

「そうなると、行き着くのは……」

 

「そこはまだ断定できないね」

 

「あなた達、何を話しているのかしら……?」

 

またもや会話の輪から外れている事にアリサは少し腹を立てながら横槍をいれる。 その時、エマが2人の会話の一部分に過敏に反応したが……誰もそれには気が付かなかった。

 

「レトは考古学者なのだ。 ここのような古き建造物を見ると勝手気儘になってしまう」

 

「探究心を追求すると言ってほしいな」

 

「そなたの探究心は度が過ぎてる」

 

「と、とにかく……レトさんはこの後どうしますか? このまま私達共に行動を?」

 

「うーん、どうしようかなぁ? まだ何か残っている気がするんだよねぇ……」

 

「なら行くといい。 先ほどは遅れを取ったが、今度はそうは行かない」

 

「……うん。 そうするよ。 それじゃあまた後でね」

 

ラウラが問題ないと言うと、レトは納得してしまいさっさと先に進んでしまった。

 

「……彼の扱いに慣れているわね?」

 

「まあ、それなりの付き合いであるからな。 レトに引っ張り回されるのには慣れてしまった」

 

「あ、あはは……」

 

アリサの言葉に対してラウラの答えに、エマは苦笑するしかなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ラウラ達と別れたレトは壁や床、天井を流し見しながら先へ進んでいた。 明らかに注意力がないように見えるが、魔獣が彼に近付いた瞬間セピスに変えられていた。

 

「あ……石柱だ」

 

レトは床と天井を繋ぐ石柱を見つけ、導力カメラを取り出して2、3枚写真を撮った。

 

「こんなものかな……それで、何かよう?」

 

「……ふぅん。 結構鋭いんだ」

 

導力カメラをしまい。 先ほど撮った石柱に向かって声をかけると……その陰から銀髪の少女が出てきた。

 

「やあ、どうやら無事みたいだね」

 

「ん。 それほどでも」

 

褒めていないと思うが、レトはそれを気にするほどでもなかった。

 

「フィー・クラウゼル。 フィーでいいよ」

 

「レト・イルビス。 僕もレトで構わないよ」

 

「じゃあレト。 お願いがあるんだけど」

 

「うん? 何かな?」

 

「ーー得物、見せてくれる?」

 

次の瞬間、フィーは双剣銃を取り出し、レトに向かって撃ってきた。 レトは突然の出来事にギョッとなるも地面を蹴り上げて銃弾を避けた。

 

「それお願いじゃなくて脅迫じゃない!?」

 

「さっきの戦闘を見てた。 私の目でも追えない速度で放つなんて……興味が湧いてきた」

 

「うわおっ!?」

 

フィーは嬉々として斬りかかってきた。 それを紙一重で避け続けるレト。

 

「隙あり」

 

軽い跳躍でレトの頭上に飛び上がり背後を取り、そのまま斬りかかろうとすると……風切る音が2つ鳴り、双銃剣が弾かれフィーは衝撃で両手を広げるように押し戻された。

 

「っ……後ろ向きでも出来るんだ」

 

「ねえ、ちゃんと見せるからもう辞めにしない?」

 

「やだ」

 

レトの提案をバッサリと切り捨てられ、フィーは考え込み始めた。

 

「前の戦闘とさっき弾かれた距離からして長物……風を切る音、銃剣の傷から刃はある」

 

「おーい」

 

「でも、なんで見えないだろう? 剣を振って見えなくなることはあるけど最初から見えないのはなんで?」

 

(話を聞いてくれない……ラウラがいつも僕に言ってた人の話を聞かないってこんな感じなのかなぁ……? 次からなるべく自重しとこ)

 

遅ればせながらも心の中でレトはラウラに謝罪した。

 

「うん。 やっぱり槍かな?」

 

「ーーはい、その通り! 槍だからもうやめて!」

 

降伏するように取り出したのは……身長を超える程の柄の長さ、けら首のある鏡のような穂、口金と石突きの付け根部分が鮮やかな緑色に着色された和槍だった。

 

「そんな長いのどこに隠し持っていたの?」

 

「この槍はそれなりに伸縮できるのに加えて、正面から見えないように自分の体で隠していたんだよ」

 

「ふぅん?」

 

「ーー何やら騒がしいと来てみれば……何をしているんだ?」

 

納得したのかそれとも理解出来ないのか、フィーが首を捻っていた時……上の吹き抜けとなっている通路にユーシス・アルバレアが立っていた。

 

「確か君はユーシス……でいいんだよね?」

 

「ああ。 お前達2人だけか?」

 

「ん、そだよ。 他の人達とは会ったの?」

 

「今しがたな。 お前達ものんびりしてないで早く出口に向かうことだな」

 

「そうする」

 

ユーシスの言葉にフィーは頷くと……突然壁に向かって走り出して跳躍、壁を蹴ってさらに跳躍してユーシスの元に降り立った。

 

「!」

 

「来たよ」

 

「へえ、やるねぇ。 なら僕も……」

 

対抗意識が出たのか、レトは槍を振り回し。 石突きを前にして走り出した。

 

「はっ!」

 

石突きを地面に突き立て、棒高跳びのように上がり……壁を乗り越えた。

 

「やるね」

 

「フィーこそ」

 

「……やれやれ、とんだクラスに入れられたものだな」

 

ユーシスは驚きを誤魔化すように呆れながら肩をすくめた。

 

「ユーシス・アルバレアだ。 先程はゴタついていたからな。 改めて名乗らせてもらおう」

 

「……フィー・クラウゼル」

 

「レト・イルビス。 どうもよろしく、ユーシス」

 

「……フン」

 

素直じゃないのか、握手をしようと差し出された手をユーシスはソッポを向いた。 それにレトは苦笑し、次に奥へ続く通路を見据える。

 

「さて、せっかくだしこのまま一緒に行く?」

 

「私はそれで構わないよ」

 

「……いいだろう。 付き合ってやる」

 

こうして異色のパーティーが完成。 3人は特に会話もなくダンジョンを進んで行く。

 

「この先に終点の大広間があるよ」

 

「……なんで知ってるの?」

 

「見て来たから」

 

レトの質問にさも当然のように答えるフィー。 しばらくして……終着地点にあたる大広間の方向から、魔獣と思われる咆哮が聞こえてきた。 3人はすぐさまその場に向かうと……他のメンバーが巨大な魔獣と交戦していた。

 

「何だあれは……?」

 

「あ、さっきの石像だ。 なんか動いてる」

 

「ーー古の伝承にある石の守護者(ガーゴイル)……どうやら当たりみたいだね(ボソ)」

 

2人が疑問に思う中、レトがあっさり魔獣の正体を見破った。 その後、小さく聞こえないように言葉が紡がれたが……誤魔化すように槍を取り出して構えた。

 

「ほら、助けに行くよ」

 

「いいだろう。 貴族の義務(ノブリス=オブリージュ)を果たさせてもらう」

 

「まあ、仕方ないか」

 

三者三様、別々の思いを持ちながら3人はそれぞれの武器を握り締め、通路を抜けた。

 

「き、君達は……!」

 

「アークス駆動……」

 

すぐさまユーシスはアークスを駆動し、風属性のアーツ……エアストライクが放たれ、ガーゴイルの胴体に直撃、ガーゴイルを怯ませた。

 

「ひとーつ!」

 

間髪入れず槍を構えたレトが正面に入り込み……横を抜けながら左翼を斬り裂いた。

 

「ふたーつ!」

 

続けて跳躍。 ガーゴイルの頭上を飛び、右翼を斬り裂いた。

 

「ひゅっ……」

 

頭上を飛んで背後を取り、ガーゴイルの足の付け根を斬り裂いた。 それによりガーゴイルは悲鳴の咆哮を上げる。

 

「勝機だ……!」

 

「ああ……!」

 

勝機が見え、それぞれが自身の武器を握り締めた時……この場にいる全員が淡く、優しい青白い光に包まれた。

 

瞬間、マキアス、フィー、アリサ、エマ、エリオットの5人が遠距離から攻撃を放ち、ガーゴイルにダメージを与え圧力をかけると同時に行動を鈍らせ。 続けてユーシスが右前脚、ガイウスが左前脚、レトが後ろの両脚を攻撃して動きを完全に止める。 そしてリィンが走り出し、納刀から放たれた太刀の居合いが胴に一文字を描いた。

 

「今だ……!」

 

「任せるがよい……!」

 

リィンの号令でラウラ以外がガーゴイルから距離を取り……

 

「はあああああっ!!」

 

裂帛の気合いを込め……跳躍と同時に振り上げられた大剣がガーゴイルの首を両断した。 地に落ちる首と、地に倒れふす胴体を前に……レトが導力カメラを構えた。

 

「待って! ちょっと待って! まだ記録に残しないから! まだ消えないで……目線こっちに向けて!!」

 

とんでもない速度でガーゴイルの頭と胴体の周りを駆け回り、カシャカシャと導力カメラのシャッターを押しまくる。

 

「何をしてるのだ……」

 

「落とされた首が目線を向ける訳ないだろ……」

 

「あ、あはは……」

 

ユーシス以外の全員がもう認知しているのか、苦笑しか出なかった。 それから数秒してガーゴイルの色が石像と同色となり……静かに消えていった。

 

「あー、消えちゃった……」

 

「なんでガッカリするんだ」

 

緊張感のないレトに今までの緊迫感がバカらしく思えてしまう。 呆れながらもそれぞれ武器を納め。 広間の中央に輪となって集まった。 レトはホクホク顔で導力カメラを見ていたのでラウラが首根っこ掴んで引き寄せた。

 

「よかった、これで……」

 

「ああ、一安心のようだ」

 

「……あ、これ手ブレしちゃった」

 

「そなたは少し静かにしていろ」

 

「レトはブレてないね」

 

「お、上手いこというね」

 

やはり気が合うレトとフィーの2人に、ラウラは額を抑えて溜息をついた。

 

「そ、それにしても……最後のあれ、何だったのかな?」

 

「そういえば……何かに包まれたような」

 

「ああ、俺も含めた全員が淡い光に包まれていたぞ」

 

「そうなのか……?」

 

最後の攻撃の時、この場にいる全員があの光に包まれた。 その正体が何なのか疑問に思う中……導力カメラをしまったレトが口を開いた。

 

「あの光はアークスと同調した時のと酷似していたね。 そうなると原因はアークスにあると思うよ?」

 

「アークスに?」

 

「ーーその通りよ」

 

疑問を答えるように、唐突に声をかけられた。 1階へ続く階段にサラ教官がいた。 サラ教官は拍手をして彼らを褒め称え、地下に降りて来た。

 

「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど……」

 

そこで一旦切り、サラ教官は彼らを見渡した。

 

「なによ君たち。 もっと喜んでもいいんじゃない?」

 

「よ、喜べるわけないでしょう!」

 

「はっきり言って、疑問と不信感しか湧いてこないんですけが……」

 

「あら?」

 

全員が不審な目でサラ教官を見る中、VII組発足の理由として彼女から答えられたのはアークスだった。 アークスを手に持って視線を落としながら伝えられたのは戦術リンク……先ほどの現象の答えとその真価、適正と自分達が身分関係なく選ばれた説明した。

 

「で、貴方達が選ばれた理由も気になるだろうけど、簡単に言えば新入生の中で特に高い適性を叩き出したのが君達だった。 それが身分や出身を超えてVII組へ生徒たちが集められた理由よ。 でも、やる気の無い者や気の進まない者に参加させるほどこちらも余裕は無いの。 それに貴方達が本来加入するはずだったクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。 それを覚悟した上でVII組に参加するかどうか……改めて聞かせてもらいましょうか?」

 

彼らを見定めるかのような真面目な表情を見せるサラ教官。 その問いかけに、全員が答えるのを戸惑う。 しかし数秒後、目を閉じてリィンの目が開かれ、一歩前に踏み出した。

 

「……リィン・シュバルツァー。 参加させてもらいます」

 

最初にリィンが参加の意思を示した。 リィンに続いてラウラ、ガイウス、エマ、エリオット、アリサも参加を決め、サラに決定を委ねようとしたフィーも自分の意思で参加を決めた。 そして、ユーシスとマキアスも衝突しながら参加することを宣言する。

 

「これで9名……さて、残りはあなただけよ」

 

「そりゃもちろん。 参加させてもらいますよ。 撮り残しが見つかりそうだし♪」

 

「ふっ、相変わらずだな」

 

その発言にラウラは苦笑する。 全員の参加が決まると、サラ教官は満足そう笑みを浮かべて頷いた。

 

「これで10名、全員参加ってことね! それでは、この場を以て特科クラスVII組の発足を宣言するわ。 この1年間、ビシバシ扱いていくから覚悟しなさい!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「これも女神の巡り合わせというものでしょう」

 

「ほう……?」

 

「ひょっとしたら、彼らこそが"光"となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国において、対立を乗り越えられる唯一の光にーー」

 

階段の上に、ヴァンダイク学院長と共に生徒たちを見下ろし、オリヴァルト皇子はそう告げる。 まだ何色にも染まっていない彼らがこれからどう成長していくのか。 時に共に戦い、時に助け合い、時に衝突し合う……その果てに一体何を見出すのかを……

 

「彼にも、期待されているのでしょうかな?」

 

「それは勿論ですが……あの子には学院生活を心から楽しんでもらいたい。 本当に……心からそう願いたい」

 

オリヴァルトはレトを見つめながら、後悔するように呟いた。

 

 




レトの和槍の見た目は境界線上のホライゾンの蜻蛉切です。その青い部分を緑に変え。 文字を消した物です。 伸び縮みはしますが、喋りませんし割断(かつだん)もしません。 物理的に結ぶかもしれませんけど……

後、その槍はどこから出したのか聞かないでください。 他の皆さんも太刀やら十字槍やら大剣やら……ねぇ? ホントどこから出したんだろうねぇ?


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第1章
3話 学院生活


閃の軌跡III来たああああっ!!

興奮のあまり叫んでみました。 以上。


 

 

4月17日ーー

 

前触れもなく始まった入学式後のオリエンテーリングから約2週間が経った。 士官学院といえど、軍人として必要な知識、心得を学び、体を鍛えるだけではない。 かつては銃火器の扱いや戦闘訓練を重視する本格的な軍事学校であったが……入学式でのヴァンダイク学園長の言う通り、今となっては形骸化している。 そのため一般知識や芸術科目を学ぶ高等教育機関という側面が強く。 授業内容も相応の密度の濃さである。

 

「……はあ……」

 

「あはは、ドンマイ」

 

だが、そんな事があっても若き十代男女の拗れた関係の修復の方に頭を悩ませている青年もいた。 リィンは素っ気ない態度で行ってしまったアリサに、リィンはガックシと項垂れていた。

 

「……ん?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、どうやらまだ誰か寮に残っていたようだ」

 

リィンは視線を隣にある部屋……1階のレトの自室に視線を向けた。

 

「レト? 起きているか?………入るぞ」

 

ノックしても返事はなく、リィンはドアノブに手をかけて扉を開けると……

 

「うわぁ……」

 

「相変わらずだな……」

 

部屋の中は持ち込んだ本棚が壁の一面に4つあり、隙間なく本で埋まっていた。 だが、床にも至る所に資料や写真で埋め尽くされていた。 はっきり言えば汚い。 そしてその資料の山の下から人の手が出ていた。

 

「よいしょっ……と」

 

エリオットの手によって引っ張り出されたのは……ボサボサの橙髪が纏めてなくそのままで、制服の上着だけ脱いだワイシャツ姿のレトだった。

 

「クー………クー………」

 

「ま、まだ寝てるよ……」

 

「早く起きてくれ、遅刻するぞ」

 

「……う……う〜ん……?」

 

リィンに揺すられ、ようやく目を覚ました。

 

「ふわぁ〜〜……もう朝……」

 

レトは大きな欠伸をし、ボーッとフラフラしながらリィン達を素通りして部屋を出て行った。

 

数分後、レトが顔を洗って完全に目を覚まして戻り。 足の踏み場もない床を器用に歩いて数秒で身支度を整えた。 レトは2人に待たせた事を謝り、寮を出た。

 

「ふわぁ〜〜……」

 

「まだ眠そうだな」

 

「昨日は資料を分析している途中で気力尽きて寝ちゃったからね」

 

「レトって入学してからいつも夜遅くまで考古学の研究をしてるよね? VII組のカリキュラムだけでもハードなのによく勉強について来れるね?」

 

「これも慣れかな? 子どもの頃から研究に没頭してたし」

 

そんな他愛のない会話を交わしながら、3人は少し距離のある学院へ向かって行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

教官達の中でも飛びぬけて熱い授業を行うトマス教官が担当する歴史学ーー約1名、トマス教官の熱意に大いに答えていたーーが終わり、迎えた放課後。 明日が初めての自由行動日とあって、学院全体がどこか浮き足立っていた。

 

HR(ホームルーム)が終わった後、リィンの机にレト、エリオット、ガイウスが集まっていた。 特に得物も似ており、細部は違うが絵と写真の共通点としてレトとガイウスとは気も合い、仲が良かった。

 

「そういえば、皆はクラブ活動は何にするか決めたの?」

 

エリオットは吹奏楽部、ガイウスは美術部に入る予定のようだった。

 

「僕はもちろん写真部だよ。 風景や遺跡などの建造物を撮るのがメインだね」

 

「確かレトって学院に来る前は結構自由奔放だったんだよね? どんな所に行っていたの?」

 

「そうだね……最初はリベールに行って、1年前はラウラと帝国中を旅してたよ。 ラウラとはその頃からの付き合いなんだ」

 

「なるほど。 良かったら今度、旅の話を聞かせてはもらえないか?」

 

「え……あ、うん。 まあ、そのうちにね……」

 

「?」

 

ガイウスのお願いに、言葉を濁したレトにリィンは不審に思った。

 

「次の予定はあるのか?」

 

「やっぱり次はクロスベルだね。 アルモリカ村付近の遺跡跡や古戦場に太陽の砦、月の僧院もあるけど……何と言っても星見の塔は絶対に外せないね。 あそこには古文書が山ほどあるって噂だし。 いやでもカルバートも捨てがたいし……アルテリア法国やレミフィリアにも行きたいし」

 

迷いもなく答えた後。 顎に手を当て、フッフッフッ、と目を輝かせながら計画を語るレトに3人は少し引いた。

 

「そ、そうだ。 本といえば、レトっていつもその本を持ってきているよね?」

 

「ああ、これね。 これはゼムリア大陸各地にある古代遺跡が記された古文書だよ。 古代ゼムリア語で書かれているからまだ7割しか解読出来てないんだ」

 

レトは腰のベルトから取り外し、分厚く古びた本を見せた。 中を流すように開くと今使われているゼムリア語ではなく、3人はせいぜい途中にある挿絵しか理解できなかった。

 

「よくそんなのを持っているな」

 

「子どもの頃、父さんからポンと渡されたんだけどね。 何でも古代遺物(アーティファクト)一歩手前の代物だとか」

 

「それは……七耀教会が回収に来るのではないのか?」

 

「大丈夫大丈夫。 その七耀教会の変な口調の神父さんが『まあ、そのくらいなら平気やろ。 大事にもっとき』って言ってたし」

 

「それはそれで大丈夫なのかなぁ……?」

 

「同感。 それでリィンはどうするの? もう決めた?」

 

「いや、正直、決めかねているんだけど……」

 

「まあそんな急いで決める必要もないよね。 あ、そうだ。 昨日ようやく導力プリンターが届いてね。 はいこれ、入学式の時の」

 

思い出しように古文書に挟んでいた写真を取り出した。 その写真にはトールズ士官学院を背景にラウラ、レト、そしてリィンの3人が並んで写っていた。

 

「別に気にしなくても良かったのに」

 

「いいからいいから。 もう自分の分も現像しちゃったんだし、貰ってくれないとこっちが困るよ。 それじゃあ、僕はこれで」

 

その後、先にレトはちょうど忘れ物を取りに来たようなサラ教官と入れ替わるように教室を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

4月18日ーー

 

今日は自由行動日。 学院生はそれぞれの休日を過ごしていた。 そんな中……

 

「クカー……クカー……」

 

昨日のHRでのサラ教官の言う通り、一日中寝てそうな勢いでベットの上でレトが爆睡していた。 ただし、その手には古文書が握られている事から、昨夜も夜更かししたようだった。 それが昼過ぎまで続いた。

 

ピリリリリ♪

 

不意に、側に置いてあったアークスが着信音を鳴らし始めた。 それにレトは反応し、起きようとした所……

 

「ーーうるさいよこのやろー!!」

 

寝ぼけながら容赦無くアークスに拳を振り下ろした。 バキッと、鳴ってはいけない音を立て、着信音は静まった。 それから数十分後。

 

「あれ? なんか壊れてる……」

 

完全に目が覚めたレトはアークスを手に持ち、少し考え。

 

「あ、あの時か」

 

と納得し。 身仕度を整えて学院へ向かい。 技術棟に入った。

 

「失礼します」

 

「いらっしゃい」

 

技術棟に入ると、中には黄色いツナギを着た膨よかな体型の男性1人しかいなかった。

 

「あ、入学式の時の」

 

「自己紹介がまだだったね。 ジョルジュ・ノーム。 ここの管理を任されてもらっている。 それで何かここにようかい?」

 

「あ、はい。 これなんですけど……」

 

左腰からアークスを取り出し、ジョルジュに渡した。 彼はアークスを手に取るとすぐに目を細めて観察する。

 

「……ヒビ入っているけど、ギムナジウムで訓練の最中に壊れちゃったのかな?」

 

「いえ。 寝ている最中に目覚ましのように鳴ったので止めようとしたらそうなりました」

 

「そ、そうか……」

 

予想外の答えに、流石のジョルジュも少し顔が引きつっていた。

 

「まあ、これくらいならすぐに直せるよ。 少し時間をもらうけどいいかい?」

 

「はい。 問題ありません。 できればそのままスロットの開放もお願いします」

 

「了解」

 

セピアを渡しながらジョルジュは頷き、早速修理を開始した。 その間レトは近くにあったテーブルに座り、古文書を開いて解読を進めた。 しばらくの間、技術棟の中では工具を動かす音と本のページを開く音だけがしていた。

 

「……よし、これで完了だ」

 

「あ、終わりましたか?」

 

「問題なく」

 

レトは立ち上がり、ジョルジュから修理されたアークスを受け取った。 どこを見ても新品のような仕上がり、彼の腕がよく見える出来だ。

 

「今度からもっと丁寧に扱ってくれるとありがたいかな」

 

「あはは、寝ている時は手の届かない場所に置いておきます」

 

お礼を言い、レトは技術棟を後にする。 すでに外は夕暮れになっており、時間が経つのは早いなぁ、と思いながらフラフラと目的もなく歩き……

 

「さてと……本当にギムナジウムで訓練するかな」

 

実技テストも近いとの事で身体を動かそうとギムナジウムに足を向けた。

 

「失礼しまーす」

 

「ん? 君は確かVII組の……?」

 

中には他にも部員らしき人がいたが、その中で部長らしき貴族の女性がレトに気付いた。

 

「はい。 レト・イルビスです。 すみませんが、少し鍛錬をしたいので武練場を使わせてもらってもいいですか?」

 

「それなら構わないよ。 ちょうど今日の部活動も終わった所だし、好きに使ってくれ。 使い終わったら鍵は教官室に届けてくれ」

 

「分かりました」

 

説明を受けながら鍵を受け取り、フェンシング部の人は武練場を出て行った。 その時、レトと同学年の貴族の男子が人睨みしてきだが、レトは気にせず槍を取り出し、構えた。

 

「すぅ……はあ!」

 

呼吸を整え、洗練された一突が空を貫く。 レトは周りを気にならず、一心不乱に槍を振り続けた。

 

「ふう……」

 

一通りの型を終え、一息つく。 外を見るとすでに陽は落ちておりギムナジウム内にも誰もいなかった。

 

「長居し過ぎちゃったな」

 

槍を下ろし、空いた腕で汗を拭う。 ふと、レトは武練場に立てかけてあった剣に目が行った。

 

「……………………」

 

何を思ったのかレトは槍を納め。 静かに、壁に立てかけてある剣を左手で取った。 そのまま中央に向かい片手で剣を構える。

 

「……っ……!」

 

横一閃、一呼吸の間に振られ。 続けて流れるように、しかし高速で剣が振られる。 次第に速度が上がっていき剣が搔き消え、次いでレトの姿が霞み始めた。

 

しばらくの間、武練場では人の姿はなく。 ただ踏み込みや剣が風を切る音だけが響いた。

 

「分け身……!」

 

広場を中心にして囲うように3人のレトが現れ……

 

『せあっ!!』

 

3人のレトが中心に向かって高速で接近、トライアングルを描くように剣が振られ……トライアングルの中心が3つの剣に斬られ、衝撃波が発生、破裂した。

 

ピシリ……

 

「はあはあ……あなたの言う通りだよ。 僕にはあなたが見初める程の剣の才があった……でも、それでも……!」

 

剣が彼の剣技に耐えられずヒビが走り、1人に戻ったレトは息を上げながら苦しむように呟いた。

 

コンコン……

 

「!」

 

不意に武練場のドアがノックされる。 レトはすぐさま剣を元の場所に戻し、中央に戻って槍を構えた。

 

「失礼する」

 

ドアを開けて入ってきたのはラウラだった。 水泳部に所属したらしく、今まで泳いでいたのかその髪は少し濡れていた。

 

「レトか。 そなたは確か写真部に入ったのではなかったのか?」

 

「別にフェンシング部じゃなくても自主練として使う事はできるでしょ。 ラウラこそ、こんな遅くまで泳いでいたの?」

 

「うん。 レグラムでも泳いでいたからな」

 

「レグラムかぁ……自分でやっておいて何だけど()()はどうなったの? 確か聞いた所だと政府が調査団を派遣したって聞いたけど」

 

「父上に聞いた所によれば我らが旅立った1月後に来たそうだ。 だが侵入も出来ず、大した成果もなく帰ったそうだ。 まあ、物珍しさに観光客が増えたとも言っていた」

 

「そりゃ湖のど真ん中にあんなのが現れればね……」

 

2人は昔話をしながらレトは槍を納めると、ラウラから受け取ったタオルで汗を拭いた。 その間、ふとラウラは武練場に立てかけてあった剣に目が行っていた。

 

「………………」

 

「………? ラウラ?」

 

「! いや、何でもない。 ただ稽古をつけてもらいたかったが、時間も時間だ。 早くここを閉めるとしよう」

 

「そうだね」

 

2人はギムナジウムを閉め、鍵を教官室に預けた後。 夕食を食べにトリスタの街へ向かった。

 

 



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4話 実技テスト

 

 

4月21日ーー

 

この日のサラ教官が担当する授業、特科クラス《Ⅶ組》は学院のグラウンドに集められていた。かねてよりサラから告げられていた《実技テスト》を実施する為である。

 

「それじゃあ、これから《実技テスト》を始めるわよ」

 

サラ教官から説明されたのは、これから行うのは単純な戦闘力を測るものではなく、『各々が状況に応じた適切な行動』が出来るか否かを見るためのものらしい。 その意味で、何の工夫もしなかったらいくら個人で相手を圧倒しようが評点は辛くなる。結果ではなく、過程を重視するという事だ。

 

「ふむ、なるほど……」

 

「アークスの戦術リンク……これが鍵になるようだね」

 

「ふふーーそれではこれより、4月の《実技テスト》を開始する」

 

手を軽く上げ、サラ教官は指を鳴らすの……どこからともなく傀儡のような機械の人形を召喚した。

 

「これは……」

 

「魔獣なの!?」

 

「いや……この人形からは命の息吹を感じない」

 

(人形兵器………いや、どこか違う?)

 

「こいつは作り物の"動くカカシ"みたいなもんよ。 そこそこ強いけど、アークスの戦術リンクを活用すれば決して勝てない相手ではないわ」

 

突然現れた謎の機械に、リィン達は一様に面食らった。 が、レトだけは少し嫌そうな表情を見せるだけだったが。

 

そして手始めとしてリィン、ガイウス、エリオットの3人が呼ばれ、実技テストが開始された。

 

3人は事前に練習している甲斐もあり、戦術リンクを活用して息の合ったコンビネーションで機械人形を撃破した。

 

「うんうん、悪くないわね」

 

結果に満足したサラが嬉しそうな顔で拍手をする。

 

「戦術リンクも使えたし、自由行動日の旧校舎地下での実戦が効いてるんじゃないの?」

 

「ほう……」

 

「むむ、いつの間にそんな対策を……」

 

「へぇ、僕も参加しとけばよかったなぁ」

 

「いや、レトも誘おうとしたんだけど、連絡が取れなくてな」

 

リィンにそう言われ、レトはたった今思い出したようにポンと手を叩いた。

 

「あ、そっか。 そういえばその日、アークスに着信が来たのと同時に壊しちゃったんだよねー。 あはは」

 

「わ、笑い事じゃないような……」

 

「貴重なアークスに良くそんなことをするわね」

 

「ーーはいはい、無駄話は後にしてとっとと次に行くわよ。 アリサ、エマ、マキアス、ユーシス。 前に出なさい!」

 

手を叩いて会話を止めさせ、サラ教官は次のグループが呼んだ。 人数は4人、リィン達の時よりも数は多いが……予想通り、ユーシスがマキアスとの連携を取る事ができず。 リィン達よりも苦戦する結果となってしまった。

 

「う~ん……まあ予想はしてたけど、やっぱりマキアスとユーシスは連携が取れてないわね。 あなた達はそこが課題よ」

 

「ぐっ……!」

 

「チッ……」

 

マキアスは悔しそうに表情を歪め、ユーシスは舌打ちをした。ただでさえ険悪な仲の二人なのだから、こうなっても無理はないだろう。

 

「さて、それじゃあ最後は……レト、ラウラ、フィー! 最後なんだからビシッと締めなさいよ〜」

 

少し煽られている気もするが、3人は特に気にせず前に出る。 軽く得物とアークスの点検、調整をし準備を整えた。

 

「さて、と。 ラウラ、フィー、準備はいい?」

 

「うん、問題ない」

 

「いつでも行ける」

 

ラウラとフィーに目をやり、合図を確認してからレトはサラ教官に視線を戻す。 それを見たサラ教官は一度頷くと、パチンと指を鳴らして再び機会人形を召喚した。

 

「……サラ教官。 なんか、ちょっと変わってません?」

 

「さっきと同じ機体よ?」

 

そうは言うが、見た目同じだがさっきまでの機械人形とはだいぶ雰囲気が違うき気がする。

 

「ハードル上げられたね」

 

「仕方あるまい。 やることは変わらない、このままやるとしよう」

 

「しょうがないか。 ラウラ、“雪”でいいよね?」

 

「うん。 それでいこう」

 

「? 雪?」

 

フィーは首を傾げて2人の会話を不審に思う中、実技テストが始まり3人はそれぞれの武器を取り出し、構え……

 

「ーーそれでは、始め!」

 

サラ教官の合図と共にレトとラウラが飛び出した。 フィーの双銃剣による銃撃で体勢を崩し機械人形との距離を詰め、レトは槍を下から振り抜き……当たらず穂が空振り、反対側の石突きで上にかち上げた。

 

「ラウラ!」

 

「任せるがよい!」

 

すぐ後ろに控えていたラウラが飛び、上を向いた石突きを足場にして跳躍。 空にいた機械人形に大剣を振り下ろし、大剣はしっかりと硬い金属を斬り込みながら機械人形を地面に叩き落とした。

 

「ホイっと」

 

続けてフィーも石突きを足場に跳躍、空中で逆さになり。 双銃剣を真下にいる機械人形に向け銃弾を乱射、銃弾の雨を降らせ装甲にゆっくりと大量に小さな凹みを作っていく。

 

「はあっ!!」

 

そしてフィーを上に上げた後、直ぐに走っていたレトは雨が止むと同時に複数ある凹みの一点を狙って貫いた。

 

「行くよラウラ!」

 

「心得た!」

 

機械人形を振り回し、先ほどの一振りで空に留まっていたラウラに向かって攻撃するように振り抜き……

 

「鉄砕刃!」

 

体を一転して機械人形に大剣を振り下ろした。 巨大な2つの衝突する力が機械人形の間に発生、機械人形はその力に耐えられずバラバラとなり破壊された。

 

「やったね、完全勝利」

 

「フィー、合わせてくれてありがとう。 ラウラもお疲れ様」

 

「そなたの援護、誠に見事だった。 本気が見られなかったのは残念ではあるが……」

 

「それはまたの機会にね」

 

喜んでいるか表情が読めないが、フィーは手でピースを作り。 レトとラウラは拳を作って手の甲で軽く拳を打ち合わせた。

 

「ーーそこまで、って言う必要ないわね。 いや~、お見事としか言いようがないわね。 戦術リンクも上手く繋がっていたし、文句無しの満点評価よ♪」

 

嬉しそうに何度も頷きながら、サラ教官が盛大に拍手を送る。

 

「す、凄かったね……」

 

「ああ、あの人形が反撃する隙を全く与えなかったな」

 

「戦術リンクをしていたのはレトとフィー……それなのに、レトとラウラの連携はすごいな」

 

「確かに」

 

「ふむ……しかしサラ教官、先ほどの傀儡めいた物は一体何だったのだ?」

 

と、武器を収めてからラウラがサラに訊ねた。 彼女の言葉を聞いて、他のメンバーも同意するように頷いた。

 

「機械……? 見たことないかも」

 

「僕も聞きたいですね」

 

「んー、“とある筋”から押し付けられちゃった物でね。あんまり使いたくないんだけど、色々設定ができて便利なのよねー」

 

レトはもっと詳しく聞きたかったが、他の皆が関わりを持つ事を考え、それ以上追求しなかった。

 

(………黒の工房………地精(グノーム)か……)

 

「さて、実技テストはここまでよ。 先日話した通り、ここからはかなり重要な伝達事項があるわ。 ーー君たち《Ⅶ組》ならではの、特別なカリキュラムに関するね」

 

と、その言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に引き締まった。全員が黙ってサラの言葉に耳を傾ける。

 

「君たちに課せられた特別なカリキュラム……それはズバリーー《特別実習》よ!」

 

「……特別、実習……?」

 

随分もったいぶって告げられた割にはいまいちピンと来なかった。 しかし、予想済みの反応だったらしく、サラは構わず説明を続けた。

 

「君達にはA班、B班に分かれて指定した実習先に行ってもらうわ。 そこで期間中、用意された課題をやってもらう事になる。 まさに、特別(スペシャル)な実習ってわけね♪」

 

そう言ってサラは、全員に一枚の紙を配った。それには班分けされたⅦ組メンバーの名前と、彼らが赴く手筈となっている実習先が記されていた。

 

 

【4月特別実習】

 

A班:リィン、レト、アリサ、ラウラ、エリオット

(実習地:交易地ケルディック)

 

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス

(実習地:紡績町パルム)

 

 

ケルディックは帝国東部・クロイツェン州にある交易が盛んな小さな町で。 パルムは帝国南西部、サザーランド州にあるリベールとの国境に1番近い場所にある紡績で有名な町。 どちらも静かな田舎町というイメージがある。 が、それ以前にこの班分けは決定的な問題があった。

 

「ど、どうして僕がこの男と……!」

 

「……あり得んな」

 

言うまでもなく、マキアスとユーシスの2人である。 ただでさえ仲の悪い彼らを同じ班にするとは、サラ教官もだいぶ性質が悪い。

 

「日時は今週末。実習期間は2日間くらいになるわ。各自、それまでに準備を整えて英気を養っておきなさい」

 

その言葉を最後に実技テストは終了、同時に昼休みの終わりを告げる鐘楼が鳴った。 午後の授業の準備の為に他の者達が教室に戻っていく中、レトは手元のプリント……B班の欄をジッと見た。

 

(パルム……か。 近いうちに……返さないといけないな。 ふざけんなって想いもあるけど、それ以前に僕には荷が重い……いや、重過ぎるし)

 

B班の問題を他人事のように流し。 レトは1人、静かに目を閉じていた。

 

 



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5話 交易町ケルディック

 

 

4月24日ーー

 

実技テストから3日後。 VII組が始まって最初の特別実習の朝は前日と代わり映えしない朝だった。

 

「ーーこれでよしっと」

 

今日は珍しく早寝早起きレトは鏡を見ながら身嗜みを整えた。 それが終わればアークス、古文書を身に付け、次いで槍を取ろうとした時……隣に立てかけてあったトランクが目に入った。

 

「……………………」

 

しばらく硬直するようにトランクを見つめ、ため息を吐いて槍を手に取った。

 

「あ、レト、おはよう」

 

「おはようエリオット」

 

部屋を出ると既にA班が集まっていた。 そして直ぐにレトはリィンとアリサの距離感を察した。

 

「おめでとうございます」

 

「な、何を祝っているのよ!?」

 

「仲直りは良いことだよ? 僕もラウラと喧嘩した時は剣で語り合ったんだから」

 

「……そなたと喧嘩した時は結果的に全て手合わせになった気もするが……」

 

「むしろ喧嘩の発端が気になるような……」

 

今更ながらレトとラウラの関係が気になる3人だった。 その後トリスタ駅に向かい、居合わせたB班とも一時の別れをしてトリスタを出発した。 和気藹々と雑談をしながらワザと乗り合わせたサラ教官と一緒に列車に揺られていた。

 

「ーーへぇ、じゃあレトはケルディックに行ったことがあるんだ?」

 

「1度だけどね。 実際に大市には入っていないけど、遠目からでも分かる程盛んだったよ」

 

アリサがケルディックがどのような町か説明した後、実際に訪れた事のあるレトが説明を引き継いでいた。

 

「じゃあ、その時はレトは何をしにケルディックに?」

 

「通りがけにケルディックの西にあるルナリア自然公園に行ってたんだ。 あそこには精霊信仰があるからね」

 

「精霊信仰?」

 

「七耀教会とは違う、女神の信仰が始まる前から帝国各地にある民間信仰の事だよ。 今では廃れているけど、昔話や習俗の形で残っていて教会の教えにも取り込まれているんだ。 夏至祭や収穫祭が代表的だね」

 

「さすがは考古学者、トマス教官とも話が合うわけね」

 

「あはは、そのせいで度々授業そっちのけで議論が開始されるけどね」

 

レト達は楽しそうに雑談を交わし、それからあっという間に目的地であるケルディックに到着、レト達は寝ているサラ教官を起こして列車から降りた。

 

駅を出てまず目に入ったのは、帝都では見られない風車が特徴的な街並だった。 一見静かそうに見えるが、実際に町は大市目当てで様々な観光客や商人が訪れており、活気のある喧騒がここまで聞こえていた。

 

「へえぇ……ここがケルディックかぁ」

 

「相変わらずの栄ぶりで何より。 ちょうど良い喧騒で逆に落ち着くよ」

 

「そういえばラウラは来た事ないんだっけ?」

 

「うん。 ここには2、3度通り鉄道で過ぎたくらいだ」

 

「僕がここを訪れたのは旅が終わって、ラウラをレグラムに送った時の帝都まで歩いて帰る道のりだっただからね」

 

「レグラムから帝都までを歩きで……?」

 

確かにレグラムから帝都までにはちゃんと整備された街道が通っているとはいえ、ラウラを抜いてリィン達は呆れながらも関心した。 と、ここで立ち止まっている訳にもいかず。 リィンはサラ教官に宿泊先を訪ねた。

 

「サラ教官。 今回の実習の間の宿泊先はどこですか?」

 

「すぐそこよ。 着いてらっしゃい」

 

サラ教官の先導の元、レト達は彼女の背に着いて行く。

 

「………?」

 

その時、レトは視線を感じ。 辺りを見回すと……こちらを身なりのいい貴族が興味深そうに観察しながら見ていた。

 

「!! No.(ナンバー)……X(テン)……!」

 

「? レト、どうかしたのか?」

 

「すみません! 急用を思い出しました!」

 

「ちょ、ちょっとレト!?」

 

止める暇もなく、力強く大地を踏みしめ……土煙を立てずレトは掻き消えてしまった。

 

「っ……どこに行った……!」

 

場所は東ケルディック街道、レトはとある人物をそこまで追いかけて来た。

 

「ーーやれやれ、偶然紫電の君を見かけたと思ったら、まさか君までいるとはね」

 

「!」

 

声をかけられ、レトは周囲を探すのをやめ、姿勢を正した。 背後にある木製のアーチ、そこに目元しか隠してない羽根飾りのある仮面を被った胡散臭そうな人物が立っていた。

 

「……この際なんで帝国にいるのは聞いておかないけど……まだ美の開放を続けているの?」

 

レトは振り返らず、声をかけるだけで背後の人物に問いかける。

 

「当然、美の開放は私の使命だからね」

 

「そう……また勧誘してくるのかと思ったよ」

 

「それはカンパネルラの仕事だ。 君こそ、彼の意志を継ぐのはやぶさかではないと思うが?」

 

「何度も言っているけど答えは同じ。 アレだって必ずあの人の元に返却する。 僕には荷が重過ぎる」

 

「ふむ? 私個人の見解でも充分過ぎると思うが……まあ、私に君を止める権利はない。 だが、門を叩くのならいつでも歓迎する」

 

その言葉を最後に、不可解な一陣の風が吹いた。 レトは振り返り、飛んで来たものを掴んだ。 手の中にあったのは赤いバラの花びら……視線を上げると、アーチの上には誰もいなかった。

 

「はあ……神経質になり過ぎかもね。 認める訳には行かないけど……目を背ける事も出来ないんだし」

 

レトはため息をつき、トボトボとケルディックへ戻って行く。 到着するとここの住民に宿屋の場所を教えてもらい、風見亭に向かった。

 

中に入ると正面カウンターにリィン達がおり、昼間っから酒ざんまいのサラ教官を呆れながら見ていた。

 

「皆、お待たせ」

 

「あ、レト! いきなりどうしたの?」

 

「急に目の前から消えるからビックリしたわよ」

 

「あはは、ちょっとね」

 

笑ってごまかす。

 

「それより部屋割りは? やっぱり男女別?」

 

「いや、全員同じ部屋となった」

 

「へえ………………」

 

やはり異論があるのか。 たっぷり考え込んだ後、口を開いた。

 

「それで特別実習の活動内容は?」

 

「って、たっぷり間を置いたんだから他に言うことがあるんじゃないの!?」

 

「まあまあ、活動内容の入った封筒を貰った。 とにかく、先ずはこれを確認しよう」

 

リィンは持っていた封筒を見せ。 早速、特別実習を開始しようと宿を出ようとした時……

 

「レト」

 

不意に、酔っていたはずのサラ教官がレトを呼び止めた。 振り返ると、サラ教官は酔いを見せない真剣な表情をしていた。

 

「あんたの事情はそれなりに知っているわ」

 

「……………………」

 

「あなたはあなたの選んだ道を選んで歩きなさい。 結果はどうあれ、自分で決めたのなら後悔はしないでしょうし」

 

「……助言、ありがとうございます」

 

振り返らずお礼を言い、レトはリィン達を追いかけて風見亭を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「これで……よし」

 

「終わった?」

 

現在、風見亭の女将から渡された封筒に入っていた実習内容は……ありて言えば雑務だった。 実習の課題は全部で3つ。その課題の1つのため、レト達は西ケルディック街道にいた。 リィンが街道灯の交換を終えると周囲にいた魔獣が散るように逃げて行った。

 

「そっちも終わったようね」

 

「皇帝人参、貰ってきたよ」

 

近くにあった民家からアリサとエリオットが出てきた。 課題の1つに必要な物を貰ってきていたようだった。

 

「後は壊れた街道灯を工房に、薬の材料を教会に届けるだけだな」

 

「あ、ならちょっと寄り道してもいいかな? この先がルナリア自然公園なんだ」

 

「あなた、自分が行きたいからって……」

 

「まあ、中に入るのはまだしも門の前まではよかろう」

 

「ホント? なら行こう!!」

 

アリサが呆れる中、ラウラの一声でレトは飛び跳ねるように喜んだ。 やはり、ラウラはレトの扱いに慣れていた。

 

「へぇ、あれがルナリア自然公園かぁ」

 

「サザーランド州にあるイストミア大森林よりは小さいけどね。 ……って、あれ?」

 

そうこうしている内にルナリア自然公園に到着したのだが……門の前に2人の大人の男性が立っていた。 レト達の存在に気付くと近付いて来た。

 

「なんだお前ら?」

 

「今自然公園は封鎖されている。 さっさと帰れ」

 

「それより元の管理者は? どこに行ったか知っていますか?」

 

「そいつは州の命令でクビになったよ。 今は俺達が管理をしている」

 

それだけを聞くと、レトはお礼を言い。 そそくさと自然公園から離れた。

 

「なによ、感じ悪いわね」

 

「…………………」

 

「何か気になるのか?」

 

「うん。 前の管理者とは1度とはいえ面識があってね。 問題を起こすような人でもなく、自然公園の管理に誇りを待っている切実な人だ。 ここの州……クロイツェン州の管理はアルバレア公爵家……」

 

「アルバレアって、ユーシスの実家の?」

 

「ああ、バリアハートにいるアルバレア公爵閣下が治めている。 気になるが、先ずは1度ケルディックに戻ろう」

 

「それがよかろう。 それに元締めなら何か知ってるかもしれない」

 

次の依頼、魔獣討伐の為レト達はケルディックに向かって歩き始めた。

 

 



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6話 ケルディックでの特別実習

 

 

「ーーあ!」

 

ケルディックに戻ると……レトは道端で座り込んで酒瓶を煽っている男性を見つけた。 かなり酔っ払っているようで通行人も不審な目で彼を見ていた。 その中には、同情の眼差しも入っている。

 

「う〜ヒック……なんだ、お前は?」

 

「やっぱり前の自然公園の管理者……どうしてこんなことに……」

 

「見た感じ、何の理由もなくさっきの彼らに職を奪われたからヤケになっているわね」

 

「どうする? かわいそうだけど……」

 

「我らにはどうする事も出来ない。 自力で立ち上がれるのを祈ろう」

 

「……うん……」

 

気の毒に思いながらも、レト達は特別実習を優先しその場を離れた。 背後に聞こえる酔っ払った大声を聞き流しながら……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

その後、手配魔獣の討伐の為、街を出て東ケルディック街道に向かった。

 

「あれが手配魔獣……つ、強そうだね」

 

「ふむ……斬れぬわけでもなさそうだし、これなら問題なさそうだな」

 

その街道の外れにある高台、そこで巨大な蜥蜴型のような魔獣……スケイリーダイナを発見つけた。 蜥蜴と言うがどう見たって恐竜一歩手前な外見をしており、討伐はおろか近付くことすら躊躇しかねない。

 

「ラウラ、僕達だけで倒したら実習の意味がないよ。 僕とラウラは前衛で注意を引きつけるから、後はリィン達が積極的に攻撃する……それでいいかな?」

 

彼らはスケイリーダイナの様子を草陰に身を潜めながら観察しつつ作戦を考えていた。

 

「ああいうタイプは動きは鈍い。 当たらなければ平気だよ」

 

逆に言えば掠れでもすれば吹き飛ばされ、一撃を喰らえば大きなダメージになるということになる。

 

「ラウラとレトの実力は分かってるし、皆もそれで構わないな?」

 

「う、うん。 もしダメージを受けても僕が回復させればいいだし……!」

 

「私もそれで構わないわ」

 

「ーーさて、なら始めようか」

 

そう言って立ち上がり、スケイリーダイナに向かって歩きながらレトが取り出したのは……

 

「え……」

 

「ブーメラン?」

 

くの字型をした投擲武器、ブーメランだった。

 

「僕が持っている冒険7つの道具の一つ。 敵の注意を引きつけられる事もできれば頭に直撃させて気絶もさせられ、やりようには物を引き寄せるのにも使える万能武器」

 

そう説明した後、レトは直ぐにブーメランを投げた。 ブーメランはスケイリーダイナに向かって飛来、眼前を通り抜けレトに向かって戻って行く。 その過程でスケイリーダイナの視線はブーメランに、次にレトに入り。 スケイリーダイナは咆哮を上げ地面を踏み鳴らしながら襲いかかって来た。

 

「来た……!」

 

「誘導する。 ラウラ、お願い!」

 

「心得た!」

 

「敵ユニットの傾向を解析……」

 

「エリオット、解析が終わり次第指示を出してくれ」

 

「うん!」

 

レトが囮として残りのメンバーがいる木陰から離れ、その間にリィンとエリオット、アリサとラウラがそれぞれリンクを繋いだ。 そして解析を進めるエリオット以外スケイリーダイナに向かって走り出した。

 

「燃え尽きなさい!」

 

「そこだ!」

 

「鉄砕刃っ!!」

 

一気に無防備な背後に攻撃を仕掛け奇襲が成功した。

 

閃駆刃(せんくじん)!」

 

スケイリーダイナがリィン達、背後を向いた瞬間……レトが一瞬で逆に進行方向を転換。 疾走しながら、槍を構え……振り抜かずスケイリーダイナの横を通り抜け脇腹の硬い鱗、硬い皮膚を斬り裂いた。

 

「おっと……」

 

痛みを耐えられぬように、レトは噛み付いてきたスケイリーダイナを避け、そのままガムシャラに暴れ始めた。

 

「怒り狂ったか」

 

「その方がやり易い……皆、一気に決めるぞ!」

 

「ーー解析完了! 水に弱いみたい!」

 

「了解!」

 

言うや否やエリオットはアークスの駆動を開始した。 スケイリーダイナはレト達に向かってタックルを仕掛け、素早く避けるが……

 

「リィン!」

 

「っ!」

 

エリオットの警告と同時にその場で飛び上がった。 次の瞬間、その場所に尻尾が鞭のように振り下ろされ地面を砕いた。

 

「エリオット!」

 

「行くよ!」

 

アリサが矢を射て動きを止め、間を置かずエリオットのアーツが発動。 スケイリーダイナの周囲に複数の氷の刃……フロストエッジが発動、弱点を突いて容易く切り刻んだ。 その際に部分的に凍結し、動きを封じた。

 

「……よし、ちょっと本気を出そうかな?」

 

「やるのか?」

 

「うん。 ……天月(あまつき)の槍、見せてあげる……!」

 

槍を頭上に構え、飛び出す。 スケイリーダイナの目の前に行くと……瞬間消えてしまい、次の瞬間無数の斬撃がスケイリーダイナを襲った。 そして、頭上に現れ……

 

「ーー結べ……連羽(れんは)朧切(おぼろぎり)!!」

 

一直線に振り下ろされた槍がスケイリーダイナを切り裂き、消滅と同時にセピスと変えた。

 

「や、やった……!」

 

「ふう……これで一通り実習課題は終わったか」

 

手応えのある勝利にエリオットは小さく拳を握り、リィンは太刀を一振りし静かに鞘に収めた。

 

「エリオット、さっきは助かったよ」

 

「ううん、僕は何も。 ただ危ないって叫んだだけだけど……やっぱり戦術リンクはすごいね」

 

「かなり実戦的な仕様だからね。 ……サラ教官の言う通り革命的な物だね」

 

アークス……量産化されれば戦いにおいて有利になる。 だが、それは戦争をする準備に違いない。 自分達は実験のため……そう考えた所でレトは雑念を振り払うように頭を振った。

 

「……………………」

 

その時、ラウラがリィンの事をジッと見ていた。

 

「? ラウラ、どうしたんだ?」

 

「いや……なんでもない。行くとしようか」

 

「ああ……?」

 

「……………………」

 

恐らくはレトも気付き、疑問に思っていると思うが……その事は後にしその場を離れた。その後一同は依頼を出した農家に向かい、報告を終えた。

 

「ーーさて、これで課題はこれで終わりかな」

 

「少ないと思ったけど、一通りこなすと結構時間かかったね」

 

「ええ、ケルディック中歩き回ったからもうクタクタよ……」

 

「それにしても特別実習にしてはどこか拍子抜けだったよね。 お手伝いさんっていうか何でも屋というか……」

 

レトはどうしてもある職業と比較してしまうが……確信を得ず、リィン達には話さなかった。

 

「そういえば、レトの流派……天月流と言ったか。 聞いた感じ東方の流派だと思うんだが……」

 

「うーん、聞いてもあんまり意味ないと思うよ? 僕の槍は父さんから貰った武術書を呼んで、その通りに鍛えているだけだから」

 

「それであの強さなんだ……」

 

「前にラウラにも言ったけど、勉強と同じだよ。 分からなければたまに人に聞いて指導してもらってたし」

 

「うーん、分からなくもないけど……納得も出来ないかなぁ」

 

そういうものかな? と、レトは呟き。 サラ教官に報告がてら明日の事や特別実習についての話を聞くため、町へ向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ふざ……な……ッ!」

 

レト達はケルディックに戻り、真っ直ぐ宿に向かおうと大市を通り過ぎようとした時……その大市からここまで届くような怒声が聞こえてきた。 どうやら2人の男性が口喧嘩をしているようだった。

 

「なんだ……?」

 

「大市の方からだけど……」

 

「ふむ、何やら諍いめいた響きだな」

 

「……恐らく、そうじゃないかな?」

 

「気になるわね……ちょっと行ってみる?」

 

「ああ、そうだな」

 

レト達は騒動が気になり、大市に入ると……正面の屋台の前に2人の商人と思われる男性が言い争っていた。 どうやら店を開く場所を巡り合ってのトラブルのようだ。

 

「ふむ、妙だな。 こういった市での出店許可は領主がしているはずだが……」

 

(………近日に中に起きた自然公園管理者の突然の解任。 ずさんな出店許可。 そして……領邦軍が出てこない……偶然なのかな?)

 

「あ……!」

 

アリサの思わず出た驚きの声にレトは思考を止め前を見ると……2人の男性が殴り合いに発展しそうなくらい胸ぐらを掴み合っていた。

 

「あ……」

 

レトはそれに気付くと……一瞬で2人の前に出て槍を構え。 眼前に槍を突き出し、文字通り横槍を入れた。

 

「なっ!?」

 

「ひっ……!?」

 

「ーーそこまでです。 双方、落ち着いてください」

 

突然の事に2人は怒りの矛先をレトに向けたが……レトは瞳を鋭くし、気配を強く発した。 その武人としての圧に2人はたじろぎ、冷静になっていく。 それを確認し、レトは槍を納める。

 

「見た所お二人の許可証は本物です。 ならば何らかの手違いがあった模様……ここは元締めの相談の元、話し合ってはいかがでしょうか?」

 

「むう……」

 

「た、確かに……」

 

レトの冷静かつ現実的な指摘に、2人は渋りながらも頷く。 と、そこへ騒ぎを聞きつけた元締めがやって来た。 話はこのまま元締めが引き継ぎ、レト達は事態が収拾したらお茶をご馳走してもらう約束をした。

 

「ふう……何とかなったかな?」

 

「い、いきなり槍を突きつけるなんて危ないとは思わないの?」

 

「喧嘩や冷静を欠いている相手には非常識な止め方の方が効率的なんだよ。 ま、ほとんどは逆ギレされるんだけどね」

 

「それって、意味あるのかな……?」

 

「あはは、大胆な事をするな」

 

「ふふ、それがレトだ。 皆も早く慣れるといい」

 

元締めに呼ばれるまで少し時間が出来た事もあり。 レト達はしばらくの間大市を見て回る事にした。

 

「へぇ……こうして見るとやっぱり色んな物があるね」

 

「うん。 静かなレグラムもいいが、これはこれで悪くないな」

 

「あ、これは確かクロスベルのマスコットキャラクターじゃないの? 確か名前はみっしぃとか言う」

 

「みっしぃ……ふむ? 妙に心惹かれる造形だな」

 

少し目を光らせて興味津々にみっしぃを見つめる。 それを見たレトは何を思ったのか座っているみっしぃストラップを1つ手に取った。

 

「店主、これを1つ貰えますか?」

 

「ああ、1,000ミラだよ」

 

レトは店主に1,000ミラを渡し、みっしぃストラップを購入した。 手に取ったストラップを見て頷き、そのままラウラに差し出した。

 

「はい、ラウラ」

 

「え……」

 

「気に入ったんでしょ? 本当ならぬいぐるみにしたかったけど、実習中じゃあ荷物にかさばるし、これなら問題ないんじゃないのかな?」

 

「いや、しかし……」

 

本当なら好意に甘えたいが、元来の性分でラウラは受け取るのを躊躇った。

 

「ほほ、お暑いねぇ」

 

「なっ……!?///」

 

「あはは、そうですか?」

 

「っ……!」

 

店主に煽られ、照れを隠すようにラウラはレトの手から奪うようにストラップを手早く受け取った。

 

「う、うん……感謝する」

 

「喜んでもらえてなによりだよ。 あの旅に付き合わせた埋め合わせ……と言っても、それぐらいじゃ足りないと思うけど」

 

「コホン。 そなたの旅に同行しようと思ったのは私の意志だ。 機に病む必要はない。 むしろ己を高められ、見聞を広める事が出来た。 感謝するのはこちらなくらいだ。 父上も私の変わりように関心を受けていた」

 

「はは。 “光の剣匠”にそう言ってもらえるなんてね」

 

その後2人は別れ、レトはフラフラ歩きながら大市の隅の方に本を売っている屋台を見つけた。 真っ直ぐにその屋台に向かい、興味深く本を値踏みしていると……

 

「! これは……」

 

並べられている本の中で、一際異色を放つ本を見つけた。 レトはそれを手に取り、中を見てみると……黒字で、ほぼ解読不可能な内容だった。

 

(古代ゼムリア語で書かれているね。 虫食いの部分も多いけどこれなら……)

 

先ずは一通り流すように目を通し、読みやすい部分を抜き出し音読した。

 

「えっと……“ーー竜ーーれたーによってーーー命をーとし、緋ーーーーは呪われた存ーとなった”って、これって……彼の……!」

 

「ーーレト、そっちに何かあったのか?」

 

「!?」

 

背後からラウラに声をかけられ、レトは咄嗟に本を閉じ気づかれぬように素早く元の場所に戻した。

 

「? どうかしたのか?」

 

「う、ううん。 何でもないよ」

 

「そうか。 どうやら先ほどの話が付いたようだ。 元締め宅に向かうとしよう」

 

「分かった」

 

レトは先ほどの黒い本に少し……いやかなり後ろ髪を引かれたが。 邪念を振り切りラウラの後に続いた。

 

 



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7話 月夜の語らい

 

 

レト達は軽く茶菓子をもらいながら元締めの話により、今回起こった騒動の背景にが明らかになった。

 

先ずはオットー元締めが先ほどの2人の商人について、交代であの場所を使うことに決まる事から始まり。 次に実習の依頼を見繕っていた事や……大市の突然な大幅な増税について話してくれた。それにより商人達は躍起になり……度々今回のようないざこざが絶えなくなっていたようだ。 何度も公爵家に陳情に行っては門前払い……これが2ヶ月も続いているらしい。

 

「そういえばさっき大市で聞いたね。 売上税が2倍近くになって。 それ以来、喧嘩が頻発していると」

 

「……そうなると。 やはり許可書の件は意図的な?」

 

「単なる嫌がらせかもしれないわね」

 

「……まあ、そう決め付けるのは早計かもしれないが。 ただ、先ほどの騒動にしても以前なら詰所の兵士達が仲裁にくるはずだったのだが……」

 

「同時期に不干渉になってしまったと」

 

ラウラの問いに元締めは頷く。 そして、陳情を辞めない限りこの状況が続くと今朝方あった詰所の隊長から脅しのように仄めかされた。

 

「そんな……」

 

「……………………」

 

レト達は思わず考え込んでしまう。 それを見た元締めは気にしないでいいと首を振った。 その後明日の実習についての話を持ち出し……元締め宅を後にした。

 

「……なんだか、ちょっと理不尽だよね」

 

広場に出た所でエリオットが先ほどの話を持ち出してきた。

 

「ああ……そうだな」

 

「領地における税を管理するのは貴族の義務であり権利……帝国の制度でそうなっている以上、どうしようもないと思うけど……」

 

「ーー他家のやり方に口を出すつもりはないが。 此度の増税と露骨な嫌がらせはさすがに問題だろう」

 

「アルバレア公爵家当主……傲岸不遜な人とは聞いた事があるけど、噂に違わなさそうかな。 これはユーシスに頼んでも無理そうだね」

 

「一度出した御触れをそう易々と戻すわけはないわね」

 

「そ、そうかぁ〜」

 

「ーーうんうん。 悩んどるみたいね、青少年」

 

その時、背後からサラ教官が声をかけて近寄ってきた。

 

「サラ教官……」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「……もしかして。 今ごろB班の方に向かうんですか?」

 

「まさしくその通り。 そろそろフォローに行かないとマズいことになってるそうでね」

 

レト達は誰のせい……とは言わない事にした。

 

「紡績の町パルムはここからだと距離があるが……」

 

「ま、何とかなるでしょ」

 

そう言い、サラ教官は駅に向かって行った。 B班に行ったのはいいが、こっちも丸投げされたような気もする……

 

色々と腑には落ちない部分は多いが。レト達はもう一度大市を見回ってから風見亭に戻った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

陽が落ちる前に軽く、大まかに今日のレポートをまとめ上げ。 残りは食後で済ませるとして、今は風見亭の一階で夕食を食べていた。

 

「ふぅ……ごちそうさま。うーん、さすがに野菜とか新鮮で美味しかったねぇ」

 

「ああ、さすがに地の物の料理は違うな」

 

エリオットが満足そうに笑うと、リィンが同意する。

 

「ライ麦を使ったパンも美味しかったね」

 

「うん。 これは明日も気合が入るな」

 

「うーん、こんな楽しみがあるなら特別実習も悪くないけど」

 

地元の食材をふんだんに使った夕食を満喫し、一息ついたところで5人は実習一日目に付いて振り返る。

 

「……本当、僕達VII組ってなんで集められたんだろうね? どうもアークスの適正だけが理由じゃない気がするんだけど」

 

「うん。 それは間違いあるまい。 それだけなら今日のような実習内容にならぬだろうしな」

 

「どうやら私達に色々な経験をさせようとしてるみたいだけど……どんな真意があるのかは現時点ではまだ分からないわね」

 

「……………………」

 

「? レトは何か分かったの?」

 

「! ……いや、少し引っかかっているんだけど。 まだ確証を得ないというか……」

 

声をかけられた事に驚き、レトは手を振って誤魔化した。 その時……考え込んでいたリィンの一言によって、話題はそれぞれの士官学院への志望理由へ移っていった。

 

「ふむーー私の場合は単純だ。 目標としている人物に近づくためといったところか」

 

「目標としている人物?」

 

(そうなると嫁の貰い手が更に無くなるような……)

 

「…………レト…………?」

 

「……ナンデモアリマセン……」

 

何でこういう時のラウラは鋭いのだろうと、レトは少しばかり戦慄する。 ただ単にラウラがレトに関してだけは鋭いだけかもしれないが……そこでラウラは少し頰を赤らめながら咳払いをする。

 

「コホン。 それでアリサはどうだ?」

 

「そ、そうね……色々あるんだけど“自立”したかったからかな。 ちょっと実家と上手く行ってないのもあるし」

 

「そうなのか……レトはどうなんだ?」

 

アリサの次はレトとなり、少し頭を振ってラウラの軽い気迫を振り切り進路動機を答えた。

 

「僕の場合はほぼ強制かな? 最初は考古学の専門として帝國学術院に入ろうとしたんだけど……父親に半ば強制的にトールズに入れられたんだ」

 

「そ、そうなの……」

 

「帝國学術院って……確かあの帝都で有名な大学か? レトは確かに勉強は出来るとは思うけど……飛び級と言われれば……」

 

「はは、確かに僕の成績はマキアスと委員長より下だけど……考古学専門による推薦でね。 無名だけど、それなりに実績はあるから。 まあ、研究はどこでも出来るし、結局はなし崩しにね……」

 

「へぇ、レトも僕と似たような感じなんだ……僕も元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね」

 

似た進路希望のレトがいた事に、エリオットは親近感を覚えた。

 

「あら、そうなの?」

 

「たしか……音楽系の進路だったか?」

 

「ほう……」

 

「そういえばエリオットはバイオリンをやってたね」

 

「あはは、まあそこまで本気じゃなかったけど……リ、リィンはどうなの?」

 

「俺は……そうだな……」

 

エリオットは自分の話を逸らさせ、誤魔化すように隣にいたリィンに進路について聞いた。 リィンは少し間を置いた後、答えを出した。

 

「“自分”を――見つけるためかもしれない」

 

リィンの答えに、4人は思わず呆けてしまった。

 

「いや、その。 別に大層な話じゃないんだ。 あえて言葉にするならそんな感じというか……」

 

「えへへ。 いいじゃない、カッコよくて。 うーん……“自分”を見つけるかぁ」

 

「ふふ、貴方がそんなロマンチストだったなんて。 ちょっと以外だったわね」

 

「はあ……変なことを口走ったな」

 

暖かい視線に照れくさくなったのかリィンは目を伏せた傍ら、ラウラだけが無言でリィンを見つめていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「やあっ!」

 

「おっと」

 

陽が落ちた街中で、金属同士がぶつかる音が響いた。 レトとラウラは夕食後、風見亭の前で軽い稽古をしていた。

 

「……ラウラ。 少し剣筋が乱れているよ」

 

「………………」

 

「気持ちは分からなくもないけど、自分の考えを押し付ける行為は褒められたものじゃないよ?」

 

「……分かっている。 私は八葉の名だけでリィンの在り方を自分勝手に決めてしまった……まだまだ修行不足とはいえ、自分が恥ずかしい」

 

この稽古が始まる前、ラウラはどうしてリィンが本気を出さないと質問していた。 答えは本気を出さないのではなく、これが全力だと。 その答えにラウラは驚きつつも、気を引き締めとレトと稽古をしていた。

 

「八葉一刀流……カシウスさんがその流派の一門とは知っていたけど。 今思えばリィンと太刀筋が似ていたかも」

 

「カシウス・ブライト。 私と出会う前、レトはリベールで旅をしていたのだな? もしかしてその時に?」

 

「うん。 その時に何度か家族共々お世話にね。 まあ、話は戻すけど……結局は皆、まだまだ未熟者ってわけだね」

 

「……そうだな。 だからこそここにいるのかもしれない。 まだ始まったばかり……気を急ぐ必要はなかろう」

 

「そうそう。 一つ一つ、謎は解いていかないのと同じ」

 

その後気を取り直し、2人はもう少し気の済むーー特にラウラがーーまで斬り結んだ。

 

「ーーそろそろ戻ろう。 レポートをまとめないと寝れないし」

 

「終わったところでレトは夜遅くまで古文書の解読をするだろう。 明日も早い、今日はやめておけ」

 

「あはは、だよねー」

 

ラウラが先に風見亭に入り、レトは続いて行こうとすると……ふと顔を上げ、空を見上げた。

 

「……月が綺麗だなぁ……」

 

残酷な程に……そう後に呟き、宿に入って行った。

 

 



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8話 ルナリア自然公園

遅れてすみません。


 

 

翌朝、4月25日ーー

 

朝早くに起きてケルディック産地の新鮮な食材を使った朝食を頂き、女将マッゴットから本日の特別実習の依頼が入った封筒をもらった。

 

依頼は2つで、さらに必須ではなかった事にレト達は少し驚いた。

 

「元締めが気を使ってくれたのかな?」

 

「午後にはここを発つし、そうかもしれない」

 

「恐らくそうだろうな。 それでは行くとしようか」

 

「そ、そうね」

 

「今日は必須なものはなかったし……」

 

「…………?」

 

ラウラが実習開始を切り出した。それに対してどうしてかアリサとエリオットの2人は焦っていた。

 

「ーーラウラ。 昨日は済まなかった」

 

「……あ」

 

「リィン」

 

「へぇ……」

 

そこでリィンが一歩前に出てラウラに謝罪をした。 謝る理由は昨日の事だろう。

 

「……何の事だ? そなた自身の問題ゆえ、私に謝る必要はないと言ったはずだが……?」

 

「いやーーそうじゃない。 謝ったのは“剣の道”を軽んじる言葉を言ったことだ」

 

昨晩リィンなりに考え、謝罪した。 少し驚きながらもラウラは黙って聞いた。

 

「『ただの初伝止まり』なんて考えてみれば失礼な言葉だ……老師にも、八葉一刀流にも。 “剣の道”そのものに対しても。 それを軽んじたことだけはせめて謝らせて欲しいんだ」

 

「…………ーー1つ抜けている」

 

ラウラは自分自身を軽んじた事にも謝罪を求めた。 それにリィンは少し驚きながらも謝罪をした。

 

「ーーリィン。 そなた、“剣の道”は好きか?」

 

「……好きとか嫌いとかもうそういった感じじゃないな。 あるのが当たり前で……自分の一部みたいなものだから」

 

「ならばよい。 私も同じだ」

 

(“剣の道”……か)

 

2人の会話を聞き、レトは独り自身の左手を見る。 そしてため息をついて元に戻した。 と、そこでここで働いているルイセが慌てて風見亭に入ってきた。 どうやら大市の屋台に盗難があったらしい。

 

レト達は気になり、実習を始める前に大市に寄ることにした。 大市に向かうと……あの2人の商人がまた言い争っていた。 どうやら両名とも盗難にあった模様……だが今回のは怒りの度合いが高く、両名とも相手が犯人と言い、元締めが仲裁に入っても今にでも殴り合いになりそうな雰囲気だ。

 

「ーー待った!!」

 

流血沙汰に発展する前にリィンが横槍を入れた。

 

「おお、お前さん達……」

 

「ま、また君達か!?」

 

「ええい、口出しするな! 屋台の仇を討つんだ!」

 

「仇って……」

 

そう言われ2人の屋台を見ると……どちらの屋台も酷く荒らされており、商品が空っぽになっていた。 レトは正面にあった屋台に近付き、腰を下ろして地面に手を這わせた。

 

(……1……2……奥の屋台に続く道に2人が並んで走って往復した後もある。 4人か……)

 

「ーーそこまでだ」

 

いつの間にか喧嘩が悪化していた時……このタイミングを見合わせたように領邦軍が現れた。

 

そして……ろくに捜査せず商人の2人を逮捕するという強引な暴挙に出た。 脅すように商人に言い、2人は渋々引き下がった。

 

「こ、こんなの滅茶苦茶だよ!?」

 

「あれが領邦軍のやり方というわけか……」

 

オットー元締めは商人に呼びかけ、壊れた屋台の片付けを行い。 レト達もそれを手伝い、遅れながらもその日の大市は開かれた。

 

その後元締め宅に呼ばれ、この状況が続くと聞いて……リィンがこの事件の捜査を志願した。 元締めは渋んだが、これも特別実習の沿線上と言い。 結果的に了承を得た。

 

「ーーさて、何から始めるかだけど……まずは大市で聞き込みをしようと思う」

 

「そうね。 なんとか最終列車までには何とかしないと」

 

「被害者の商人の2人にも話を聞かないとね」

 

「………………」

 

「レト、何か気づいたのか?」

 

元締め宅前で話し合う中、今まで口を閉ざして考え込んでいたレトにラウラが話しかけた。

 

「あ、うん。 なんとなく事の真相に目星がついただけだよ」

 

「へぇー……って、えええっ!?」

 

「驚いた、もう真相に気付いたのか?」

 

「憶測だけどね」

 

「まあ、レトの推理はよく当たる。 それで何度も危機を救われた……まずはレト、話してみせよ」

 

「……そうだね。 まずは順序を追って話そうか。 まず大市から被害者2人から物品を盗難した犯人の目的は?」

 

「それは……その盗んだ物品なんじゃないのかな?」

 

「それで得をするのは?」

 

「……その犯人と……領邦軍、もといアルバレア領主か」

 

「その2つの点を結びつける要因は今はない……では次、犯人の侵入、脱出経路及び潜伏先だ」

 

「うーん、やっぱり東か西の街道かしら? 深夜の犯行なら当然鉄道は動いていないし……けど身を隠せる場所は……」

 

「2つの屋台全ての荷物だ。 複数人いるに違いない。 だが潜伏先は……」

 

「ーー1ヶ所だけあるな。 ルナリア自然公園……あそこなら距離的にも可能だ」

 

ラウラの答えにレトは頷く。

 

「そして、その自然公園は最近管理者を変えられた、州の決定によって」

 

「あ! そこでさっきの関係が結びつく!」

 

「そういう事。 後は目撃情報が欲しいけど……心当たりが1人いる」

 

「酔い潰れていた前管理者か。 どうやら昨日からあの場所にいたらしい……もしかしたら不審者を目撃しているかもしれん」

 

そうと決まればケルディックの西口に向かい、今日も件の男性そこで酔いどれていた。 酔っていたので少し手こずりながらも話を聞き……確証を得られた。

 

「……決まりだな。 犯人はルナリア自然公園にいる」

 

「す、凄いね……ろくに情報を集めないで事件の真相を暴いちゃったよ」

 

「まあ、よく事件とかに関わっていたし。 遺跡の探索と似たようなものだよ」

 

「改めて思うけど……本当にあなた何者?」

 

「うーん……考古学者で探検家で……帝国の一般市民?」

 

「聞いているのはこっちよ……」

 

レトは質問をケラケラと笑いながらはぐらかし。 その後装備の確認や準備運動がてら今日の実習の依頼を終わらせ。 やり残しがないのを確認しレト達は西ケルディック街道に出て、ルナリア自然公園に向かった。

 

「ーーあれ? 昨日いた見張りがいないね」

 

自然公園前に到着すると、昨日いた感じの悪い見張りがいなかった。

 

「あら? これは……」

 

「何か見つけたのか?」

 

アリサは何か落ちているのを見つけ、それを拾い上げた。

 

「ブレスレット?」

 

「確か盗難にあった商人の1人がこれと似たようなブレスレットを扱っていたわね」

 

「ふむ、このような装飾には疎いが、確かに共通点は感じられるな」

 

「それがここにあるということは……」

 

「当たりみたいだね。 盗品は確実にここにある」

 

そうと決まれば自然公園に入ろうとするが……門には不自然に真新しい立派な錠前がかけられていた。

 

「内側からかけられているね……」

 

「うんしょっと……ピッキングできればいいんだけど」

 

「? 何んで準備運動しているのよ?」

 

リィン達が錠前に頭を悩ませて睨む中、後ろでレトは下半身を重点的にほぐしていた。

 

「ちょっと門を飛びこえようと……ね!」

 

一回の跳躍で門の上まで飛び上がり、縁に手をかけて門を乗り越え……スタッと着地した。

 

「なっ!?」

 

「なんて身体能力だ……」

 

「こんなの普通だよ。 もっとヤバいのを見たことあるし」

 

「た、例えば……?」

 

レトは鍵穴をガチャガチャといじくり、アリサは恐る恐る聞いてみた。

 

「頑丈な城門を寸剄で破壊したり、かなりの高さのバルコニーから音もなく飛び降りて姿を眩ますことかな?」

 

「そ、それ本当に人?」

 

「さあ? 修羅かもね……」

 

と、そこでレトは悔しそうな顔をし、鍵穴から身を離した。

 

「ごめん、やっぱ無理。 新し過ぎるや」

 

「そうか……なら私がやろう」

 

緊急事態なので、壊すのもやむなしと考えたラウラは錠前を前に大剣を構えた。

 

「で、出来るの……!?」

 

「私の剣ならば何とかーー」

 

アリサとエリオットが慌てる。 ラウラの腕は確かだが、リィンがラウラの前に出て遮ってしまう。

 

「ーー俺がやろう。その大剣よりも静かにできるはずだ」

 

真剣な表情のリィンに、ラウラは何も言わずに引き下がった。

 

「レトも一応下がっててくれ

 

「了解」

 

レトは背を向けて門から離れ……そのまま自然公園の中に入ってしまった。 その数秒後、門の方向から太刀の一閃が響いた。 結果が分かってたようにレトは先に進み、自然公園内にあった精霊信仰の跡に目を止めた。

 

「………変わりなし、か……」

 

以前と変わらぬ結果にレトは少しガッカリする。 そこで追いかけてきたラウラ達に叱られながらも自然公園内を進んだ。

 

「それにしても、犯人はどの辺りにいるんだろう?」

 

「ヴェスティア大森林には時間的に無理だし……十中八九、ルナリア自然公園の中にいると思うよ」

 

「ルナリア自然公園を含んだ大森林か……確かにそこは整備されていない場所だ。 盗品を運んでいける場所ではない」

 

「つまりこの自然公園にいるってわけか」

 

「そういうこと、っと……お客さんが来たみたい」

 

話し合いながら進んでいると、中型の魔獣が道を塞いでいた。 レト達は物陰に隠れて武器を取り出し、アークスの戦術リンクを確認しながら魔獣の出方を窺う。

 

「魔獣か……」

 

「気配はしない……少し騒いでも問題はなさそうだ」

 

それぞれ顔を見合わせて頷き……一斉に物陰から出て魔獣に奇襲をかけた。

 

「やっ!」

 

「はっ!」

 

アリサが牽制として矢が肩を射抜き、一瞬でレトは魔獣の前に出て高速で三段突きを放って離脱した。

 

「地烈斬! やあああっ!!」

 

大剣を振り下ろし、斬撃を地伝いに飛ばし魔獣の足場を奪い……

 

「フォルテ!」

 

「はあああっ!!」

 

リィンが飛び上がり、エリオットの援護によって力が高められ……落下の勢いを利用した上段からの振り下ろしで魔獣を斬り裂いた。 魔獣が消滅を確認するとレト達はすぐに物陰に隠れ……しばらく静寂が続いた後、物陰から身を出した。

 

「……どうやら気付かれていないようだね」

 

「となるとまだ先のようね」

 

「ああ、気を抜かずに行こう」

 

その時……どこからか羽音がしてきた、バッと背後を向くと……クワガタ虫のような魔物が凶悪な顎を開きながらエリオットに迫っていた。

 

「エリオット!」

 

「あっ!?」

 

「ーー結べ……蜻蛉切!!」

 

レトは冷静に、しかし一瞬でエリオットの前に移動し……石突きを待って槍を振り回しそれによって威力を上げ、魔獣を横薙ぎに斬り払った。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……ありがとうレト、助かったよ」

 

地べたに座っていたエリオットに手を貸し、立ち上がらせた。

 

「さ、先に進もう」

 

気を取り直し、レト達は暗い森の中を進んだ。

 

 




展開が似たり寄ったり……文才が欲しい……


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9話 森林の主と氷の乙女

以外にこの作品を見てくれる人がいて驚きました。 メインに書いている方がもう一個の作品の方ですからちょっと複雑ですが……

ともかく、もう一方の作品が一区切りついたので今後定期的に書いていきます。


 

 

レト達は薄暗いルナリア自然公園を進み(途中、レトが風景を写真に収めながらも)。 しばらくすると、進行方向から話し声が聞こえてきた。 こんな街の喧騒から離れた静かな場所なので、より聞こえやすかった。

 

(いた……!)

 

(うーん、4人かぁ……荷物もあるようだし、現行犯逮捕にはなりそうだけど……)

 

(そうだね……って、レト、それなに?)

 

窃盗犯に見えないよう隠れ、聞こえないように声を潜めながらエリオットは隣にいたレトを見た。 彼は丸い筒に目を当て、それを通して窃盗犯を見ていた。

 

(ーー冒険7つの道具の一つ、望遠鏡。 これがあれば遠く離れた場所でもよく見える)

 

(じ、地味だね……)

 

エリオットは正直な感想を述べるも、レトは気にせず窃盗犯を観察する。

 

(7つの道具って言うけど……ブーメランも含めて残りの5つは何よ?)

 

(それは秘密)

 

(ふむ、私が知るのは鉤爪ロープと1つだな。 実はその1つは私が持っているのだがな)

 

(そうなのか? けど、それじゃあ7つの道具って言うのか?)

 

(はあ、まあいいわ。 気を取り直して……行くわよ?)

 

弓矢を構えるアリサの言葉に、全員無言で頷いた。 そして陰から出て……

 

「そこまでだ!!」

 

突入と同時にリインが叫び、窃盗犯の前に飛び出した。 突然の事に、窃盗犯は驚きを見せた。

 

「てめえらは昨日の……!?」

 

「ちゃ、ちゃんと門には鍵をかけたはずなのに……」

 

「まさか突破してきたのか!?」

 

「うむ、その通りだ」

 

「盗まれたものはちゃんとあるみたいですし……」

 

「この場合、現行犯逮捕が認められる状況なのかしら?」

 

「まあ、認められないなら……これを見せるだけだけど」

 

レトは導力カメラを取り出し、今し方撮られた窃盗犯4人と盗品が写っている画像を彼らに見えるようにみせた。

 

「くっ……」

 

「ここ最近になって画像も物的証拠として認められています。 大人しく投降してください」

 

言い逃れが出来ないとわかり、窃盗犯達は歪んだ表情をするが……銃を取り出し構えた。

 

「ハッ、やっちまうぞ!」

 

「所詮はガキ共だ! 痛い目に合わせてやれ!」

 

「お前らをここで潰せば問題ない!」

 

「覚悟してもらおうかッ!」

 

窃盗犯は意気揚々に銃を突き付けるが……レト達はあまり動揺していなかった。

 

「それは此方の台詞だな」

 

「見たところ……大した訓練も受けてなさそうだし……」

 

「アークスの戦術リンクを使えば……」

 

「この程度なら、簡単に制圧できるわ!」

 

「ああ、行くぞ!」

 

開始と同時に窃盗犯達は銃を乱射した。 特に狙いも付けず、4人での一斉射撃で方が着くと考えたのかだろう。

 

だが、レト達は発砲と同時にその場から離れて銃撃を避け。 アリサが牽制として矢を窃盗犯達の間を通過させた。

 

「うおっ!?」

 

「ちっ……」

 

それだけで彼らは動揺し、銃撃は止む。 その一瞬でレトとラウラは一気に距離を詰める。 レトは中央を突破し、槍を大きく振り回してアリサが開けた穴を広げ……

 

「はあっ!」

 

「ぐあっ!?」

 

ラウラが振り抜いた大剣が銃を破壊し、そのまま男を吹き飛ばした。

 

「このガキが!!」

 

「ーークロノドライブ!」

 

「せいっ!」

 

エリオットの補助によってリィンは加速し、一瞬で男がレトに向けられた銃を真っ二つに斬り裂き、峰打ちで制圧した。

 

それにより残りの2人の動揺は広がり……背後に回ったレトとアリサによってアッサリと制圧された。 やはり窃盗犯達の練度は低く、そこまで時間はかからなかった。

 

「弱ッ……」

 

「やれやれ、口ほどにもない連中だ」

 

「まあ、サラ教官の武術訓練に比べたらね」

 

「あはは、それ言えてるかも」

 

比較する対象もそこまで出来た人間ではないが……レト達は戦闘面では学ぶ事も多い事だけは分かっていた。

 

「ーー勝負はあった。 投稿して、大市の人達にきちんと謝罪してもらうぞ」

 

「そちらの盗難品も全て回収させてもらうわ」

 

「それと“誰”に頼まれたかも話してもらう必要がありそうだな?」

 

「さっきの会話の内容だと領邦軍ではなさそうだし……そこんところの背景、洗いざらい、ね」

 

レトは脅し気味に言うが、窃盗犯はまだ抵抗を見せる。 往生際悪く、口を割ろうとしない窃盗犯達を連行しようとした時……

 

………………ーー♪

 

「……?」

 

「今のは……」

 

エリオットとレトが何かを感じ取り、周囲を見回した。

 

「……エリオット、どうかしたのか?」

 

「なんか、笛みたいな音が聞こえた気がして……」

 

「僕も聞こえた。 方角はーー」

 

グアアアア……!!

 

レトが気になる方角を指差した時……突然、その方角から獣の咆哮が鳴り響いた。 急な事でレトは何事かと動揺するが……断続的に、しかし段々と大きくなる地鳴りによって気を取り戻し身構える。

 

「な、なんだよ今のは!?」

 

「何が……近付いてきてるの……!」

 

リィン達が驚いているように、窃盗犯達も驚倒している。 リィンが音の発生している方向に意識を向ける。地面を揺らし、木々を押し倒して現れたのは……

 

ガアァアーーーッッ!!

 

巨大なヒヒの魔獣……グルノージャ。 不自然に、この自然公園で出会ったどの魔獣よりも殺気立っており、明確な敵意をレト達に向けている。

 

「うわぁ……大きいなぁ……記念に一枚」

 

「あなたはこんな状況でもマイペースね!?」

 

「それがレトだ。 慣れるがよい」

 

グルノージャを前にし、レトは導力カメラを構えて写真を撮る。 それをラウラは諦めた顔をしてスルーする。

 

「さて、この自然公園のヌシといったところか……ーーどうする、リィン?」

 

ラウラの問いに、リィンは腰を抜かして地べたに座っている窃盗犯達を見やる。

 

自分達が先に制圧してしまった事もあるが、完全にグルノージャに怯えてしまっている。 退却しようにも彼らを見捨てる事は出来ず、かといってこの魔獣を前に彼らを連れて逃げ切れる保証はない……

 

「さすがに彼らを放り出すわけにもいかない……皆、なんとか撃退するぞ!!」

 

リィンは決断し、太刀に手を添えた。

 

「承知……!」

 

「わ、分かったわ……!」

 

「写真には収めた……行くよ!」

 

「女神様……どうかご加護を……!」

 

先導してリィンが太刀を抜くと、他のメンバーも武器を再び手に取る。

 

リィンとラウラが左翼、右翼に展開しての前衛、レトはその中間地点の中衛、アリサとエリオットは窃盗犯の護衛を含めて後衛という陣形を組んだ。

 

戦術リンクを発動し。 リィンとアリサ、レトとラウラにそれぞれリンクの光に繋がれる。

 

リィンとラウラは飛び出し、左右からグルノージャに接近する。 ほぼ同時に刃を振るうが……その硬い腕に防がれ、弾かれてしまう。

 

「やっ!!」

 

「アークス駆動……!」

 

横に移動しながら連続で矢を放ち、気を引きつけている隙にエリオットはオーブメントを駆動させる。

 

グルノージャがアリサの元に向かおうとすると……それを見計らってリィンとラウラが再び攻撃し、続いてレトが飛び出した。

 

「疾ッ!!」

 

一瞬で三段突き、そこから続けて跳躍……一回転して腕を斬りつけながら背後に回った。

 

「ーーハイドロカノン!」

 

アーツが発動し、強烈な激流が大砲のように発射された。 激流はグルノージャの腹部に直撃し、大きな強打を与えた。

 

だがグルノージャは鬱陶しそうに腕を振り、リィン達を振り払おうとする。 そして振られた腕がラウラに向けられ、回避が間に合わないと思った時……

 

「やらせない!」

 

レトがラウラ前に出て来て、槍を盾にしてグルノージャの一撃を受け止めた。 その重い一撃に少しよろめくが……その間にもグルノージャは迫って来る。

 

「させるか!」

 

すかさずリィンが紅葉切りを繰り出し、グルノージャの動きを遅らせ……

 

「はああ……!」

 

「皆……元気を出して!」

 

アリサがアークスを駆動し、エリオットが魔導杖を地面に突き立て、前に出ていた3人が優しい光に包まれた。 すると少しずつだが傷が治り始めた。

 

「ありがとう!」

 

「そなたに感謝を!」

 

「助かったよ!」

 

感謝の言葉を言いながらリィンとラウラは動き出し、グルノージャの攻撃を躱す。

 

「ゴルドスフィア!」

 

アリサの空のアーツが発動、グルノージャの周囲をまわるようにいくつも金色の球体が飛び交い……グルノージャに向かって飛来、直撃した。 するとグルノージャは目を擦る動作を取った。 ゴルドスフィアの副次的な効果で視界が見えなくなったようだ。

 

「今よ!」

 

「アルゼイドが秘剣……とくと見よ!」

 

それを狙い、ラウラが大剣を片手で持ち、もう片方の手で刀身に手を添え……光の刃により刀身が伸びる。 そして一気に距離を詰め……

 

「奥義・洸刃乱舞!!」

 

光を纏った大剣を大きく振りかぶり、グルノージャを何度も斬りつける。 そして最後の回転切りを真正面から受け、大きくのけぞる。

 

グルノージャは痛みの咆哮を上げながらも踏ん張り、自身の皮膚を固く硬化させながら再びレトに襲いかかる。

 

「ひとーつ!」

 

振られた右腕を跳躍して避け、落下と同時に斬りつけて数え……

 

「ふたーつ!」

 

回り込み、前に出るのと同時に左腕を斬りつけた。 すると、グルノージャは大きく口を開け……

 

グオオオオオオ!!

 

「ぐう……!」

 

「な、なんて音量だ……!」

 

まるで死を響かせるような咆哮。 それを体で示すかのように、背後の窃盗犯4人は揃って気絶していた。

 

「全く……情けないわね!」

 

「騒れるよりは良かろう」

 

続けて空気を震わせる雄叫びを上げながらグルノージャは右腕を振り上げ……耳を抑えていたレトに拳を振り下ろし、地面が凹んで土煙が舞い上がる。

 

「レト!!」

 

「そんな……」

 

「………………」

 

リィン達は最悪の事態を想像したが、ラウラだけが静かに見守っていた。 少しずつ土煙が晴れて行くと……

 

「っ……!」

 

槍を両手で持ち、グルノージャの拳を棒で受け止め、踏ん張りながら耐えている無傷なレトがいた。

 

「嘘っ!?」

 

「ーーはっ!!」

 

エリオットは思わず声を上げ、レトは一呼吸で拳を押し返した。 だが、グルノージャはレトに狙いをつけ続けて両腕を振るう。

 

「やっ! ほっ!」

 

それをレトは身を屈めたり、跳躍して躱す。 だがグルノージャは両腕を合わせ、拳を振り下ろす。 それをレトはバク転して避け、身を翻して走り出した。 グルノージャは手を握りしめ、ハンマーのように何度もレトを潰そうとするが……その度にレトは軽やかに躱し、舞い上がった岩を足場にして距離を取る。

 

「! あの目……」

 

背を向けて走りながら首を後ろに回してグルノージャの顔を見る。 その瞳には理性はなく、ただ本能で暴れているように見えるが……何者かがここに誘導したようにもレトは感じ取った。

 

グアアアアァァァァ!!

 

「ふっ……!」

 

槍を巧みに回し構えを取り、咆哮を上げながら突撃してきたグルノージャの顔の側面に突きを入れ、そして跳躍した勢いでそのまま頭上を飛び越え……その一撃により体勢を崩したグルノージャは顔面から地面に突っ込んだ。

 

「今だ!」

 

「クロノブレイク!」

 

「ーー焔よ……我が剣に集え!」

 

エリオットの時のアーツによってグルノージャのスピードは落ち。 その隙にリィンは刀身に手を添え……焔を纏わせる。 距離を詰め、二撃放った後太刀を両手で持ち上段に構え……

 

「ーー斬ッ!!!」

 

裂帛の気合いで振り下ろし、右肩から左脇腹へと容赦なく斬りつけられその軌跡が焔で描かれる。

 

八葉一刀流・焔ノ太刀

 

初伝クラスでは高い威力を誇る型。 グルノージャは最後に大きな断末魔の悲鳴をあげてゆっくり崩れ落ち……セピスとなって消えていった。

 

「はあっはあっ……」

 

「と、とんでもなかったわね……」

 

「……さ、さすがにもうダメかと思ったよ……」

 

リィンとアリサとエリオットは膝を落として荒い呼吸を上げているが……レトとラウラは一呼吸で息を整え、スクッと立ち上がった。

 

「ふう……だが、なんとか撃退できたようだ」

 

「よ、よく動けるわね……」

 

「まあ、それなりに鍛えているからね」

 

「それよりもリイン。 今し方見せたのは?」

 

レトとラウラはリィン達と違って強いのだろうと思っているが……この程度の差はすぐに埋まるとも思っていた。

 

そしてラウラは先ほどの焔ノ太刀について問いかけ、リィンは立ち上がりながら質問に答える。

 

「ああ……修行の賜物さ。 今まで実戦ではロクに使えなかったんだが……何とかコツを掴めたみたいだ」

 

「そうか……」

 

「成長、嬉しく思うよ」

 

「ありがとう、皆のおかげだ。 それにあの魔獣も、誰一人欠けていても倒すことはできなかったはずだ……だから、これ勝利は俺達A班の成果だ」

 

「……えへへ……」

 

「ふふっ……そうね」

 

「皆の成果か……」

 

「頑張った甲斐があったね」

 

互いに勝利を喜び合う。 だがその勝利の余韻に浸り続ける訳にもいかず……本来の目的である窃盗犯達の事を連れて行こうとした時……

 

「ーー貴様ら、何をしている!」

 

「え……!?」

 

「こ、これって……」

 

「……面倒な者たちが駆け付けて来たようだな」

 

「やれやれ……」

 

息つく暇もなく、この場に駆け付けて来たのは領邦軍の兵士達。 今朝にも見た隊長を筆頭とした兵士達はレト達の姿を確認すると……まるでレト達が窃盗を働いた犯人かのように囲った。

 

「……全く……これはどういうつもりなのですか?」

 

「何故、そこの彼らではなく我らを取り囲む……?」

 

レトとラウラははわろんの言葉を投げかけるも、ただ一蹴されてまともに聞いてはくれなかった。 そして捕らえられている筈の窃盗犯達はニヤニヤと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。

 

(……明らかにグルじゃないか。 だから……だから僕は帝国が……!!)

 

「レト、抑えるがよい。 殺気が漏れているぞ」

 

ハッとなり、レトは胸に渦巻いていた物を抑えるが……レトの殺気で気圧されていた兵士達は一斉にレトに銃口を向ける。

 

「て、抵抗する気か!?」

 

「……何のことでしょう? 僕はただ立っていただけです」

 

「くっ……ふざけた真似を!」

 

正論を言うが、それが気に喰わなかったのか1人が銃のグリップでレトの頭を強く打ち付けた。

 

「グッ……」

 

「レト!」

 

「貴様……!」

 

「ラウラ、落ち着きなさい……!」

 

「ーー無駄な抵抗はやめるがいい」

 

頭を殴られ、レトは膝をつく。 エリオットは心配で声を上げ、ラウラは怒りを露わにして大剣に手を添えるも……アリサが手で制する。 それを見た領邦軍の隊長は一歩前に出る。

 

「確かに、商品もあるようだが彼らがやった証拠はなかろう。 可能性があるとすれば……“君達”の仕業ということもあり得るのではないか?」

 

「ええっ!?」

 

「……そこまで我らを愚弄するか」

 

「本気でそんな事がまかり通るとでも……?」

 

ラウラとリインは反論するが、そこまで強くはしなかった。 何故なら揺るぎない証拠はレトのカメラに収められているからだ。 ここは大人しくして、信頼できる人物にこの証拠を渡す時を待とうとする。

 

「そ、そいつがカメラを……」

 

「ーーおい。 お前が持っている導力カメラをこちらに寄越せ」

 

「くっ……!」

 

だが、それは目覚めてしまった窃盗犯の1人の呟きで暴かれてしまった。 兵士の1人が倒れているレトに近付き、腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。

 

「ーーその無粋な手を退けろ!」

 

とうとう耐えきれなくなったのか、ラウラはレトを掴む兵士を押し払う。 そして再び大剣に手をかけようとすると……

 

「ラウラ……それ以上はダメだよ。 僕は大丈夫だから」

 

「しかし……」

 

レトはやんわりと人差し指をラウラの唇に当てて、それ以外の言葉を止めさせた。 ラウラはレトの行動に一気に顔が赤くなるが……レトは隊長に向かって一歩前に進む。

 

「いい加減にしてください。 まだこんな茶番を続ける気ですか? ケルディックでの証言を集めれば僕達が犯人でないことがすぐに分かります。 罪をなすり付けるにしても無理がある……いくら四大名門だろうと領邦軍だろうと、そんな事をすればーー」

 

そこで、レトの言葉は切られる。 隊長の指示で兵士達が銃口を突きつけ、引金に指をかけようとしているからだ。

 

「貴様ら……!」

 

「弁えてもらおうか。 ここは公爵家が収めるクロイツェン州の領内だ。 これ以上学生ごときに引っ掻き回される訳にはいかん。 剣を向けたからには……お前達を容疑者としバリアハート市に送る事にする」

 

「くっ……」

 

「……最悪ね……」

 

隊長は目尻を険しく吊り上げ、片手を上げようとする。 捕らえろとでも言い出しそうな雰囲気に、リィン達の足がジリッと動いた瞬間……

 

「ーーそこまでです」

 

涼しげな、それでいて凛とした声がここまで届いて来た。 次に現れたのは灰色の軍服を纏った4人の隊員だった。

 

「あれは……」

 

「て、鉄道憲兵隊……」

 

(この者達は……)

 

(間違いない……! 《鉄道憲兵隊(T・M・P)》だ!)

 

(帝国正規軍でも最精鋭と言われている……)

 

鉄道憲兵隊……帝国正規軍の最精鋭部隊であり、帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相の肝煎りで設立された部隊。 帝国正規軍の組織であるが、組織としての性格は軍隊というよりどちらかというと警察に近く、活動において同じく宰相肝煎りの組織である帝国軍情報局と高度に連携をとっている。

 

(そして彼女が……)

 

隊員の後から出てきたのは、彼らを従えた水色の髪の女性……氷の乙女の異名を持つ人物、レトは鋭い目付きで彼女を見据える。

 

「ア、氷の乙女(アイス・メイデン)……」

 

「鉄血の子飼いがどうして……」

 

予期せぬ事態なのか、領邦軍の兵士達から動揺の声が上がる。 そんな中、動揺を隠そうとして隊長が前に出る。

 

「……どういうつもりだ? この地は我ら領邦軍が治安維持を行う場所……貴公ら正規軍に介入される謂れはないぞ?」

 

「お言葉ですが、ケルディックは鉄道網の中継地点でもあります。 そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生します……その事はご存知ですよね?」

 

「くっ……」

 

帝国の法律を持ち出され、反論できないのか隊長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「そして元締めの方達を始め、関係者の証言を取り、状況証拠等も合わせて判断するに……こちらの学生さんたちが犯人である可能性はあり得ません」

 

「……………………」

 

正論で論破され、さらに黙りこむ領邦軍の隊長。 彼は彼女たちが出てきてしまった以上、自分達が窃盗犯とグルなのは知られてしまっているのに気付いている。 つまりこれは交渉ではなく……脅迫なのだ。 隊長は感情を隠しつつ、彼女の言い分を受け入れた。

 

「では、後は我々にお任せください。 盗品の返却も含めて処理させていただきますので」

 

「ぐ……撤収だ!」

 

苛立たしげに部隊を撤収させる。 兵士達は動ながらもそれに従い、窃盗犯は話が違うと、自分達を助けろと喚くが……女性の一声で全員が拘束されてしまった。

 

「……鉄血の狗が……!」

 

領邦軍が撤収する中……隊長が吐き捨てるように呟き、去っていく。 しかし女性はその言葉を全く気にする素振りを見せず、レト達に歩み寄る。

 

(……綺麗な人……)

 

(こ、こんな人が鉄道憲兵隊の……?)

 

(……………………)

 

(彼女が……)

 

女性が正面に立ち、リィン達は改めて彼女の顔を目にする。 とても先ほどの隊長をあしらったような人物には見えないほど綺麗な女性だった。

 

「ふふ、お疲れ様でした。 帝国軍・鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。 トールズ士官学院の方々ですね? 調書を取りたいので少々お付き合い願えませんか?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

その後、無事にケルディックに戻ったレト達はクレアの下で今回の事件についての調書を取られた。 彼等が解放された時にはもう夕方になっており、長い時間が経過と……実習の終わりを迎え感じていた。

 

「いや、お前さん達には本当に世話になったなら。 盗品も戻ってきたし、トラブルも一通り解決した。 何と礼を言ったらいいのやら」

 

「そんな……俺達も親切でやったことなので気にしないでください」

 

「それに、今回の事件は私達だけじゃなくて、鉄道憲兵隊が動いてくれたおかげで解決できたっていうのもありますし」

 

「いえ、私達はあくまで最後のお手伝いをしただけです。 皆さんが犯人を取り逃していたら介入すら出来なかったでしょうし……その意味で、事件の解決は皆さんの功績だと言えるでしょう」

 

「う、うーん……ちょっと面映ゆいですけど」

 

「……まあ、素直に受け取っておくとしよう」

 

ケルディック駅の前で、5人は列車が来るまでの時間、クレアとオットーの二人とこの地と別れる前に最後の会話をしていた。

 

「……………………」

 

「レトさん。 まだ頭の傷が痛みますか?」

 

「あ、いえ……今後このような事がなくなる事に、少し安心を」

 

今回の事件を踏まえ、今後は憲兵隊の人間がこの地に常駐されるという事になった。 もう領邦軍の我が物顔にされるという事はなくなり。 オットー元締めはそれを聞き一安心した。

 

「ーー調書への協力、ありがとうございました。 お時間を取らせてしまって申し訳ありません」

 

「いえ……気にしないでください」

 

「僕達の方こそ、危ない所を助けていただいてありがとうございます。 刃を突き付け合わずに納める事の難しさ……改めて理解しました」

 

クレア大尉は静かに首を振った。

 

「いえ、余計なお世話だったのかもしれません。 ああいったトラブルも考えての《特別実習》かもしれませんから」

 

「えーー」

 

「ーー流石にそこまで考えられてはいないけどね」

 

クレア大尉の言葉に答えたのは……ちょうど駅から出て来たサラ教官だった。 どうやら今し方到着した列車に乗って来たようだ。

 

「サ、サラ教官」

 

「やれやれ……ようやくのお出ましか」

 

「もしかして、この事件を聞きつけて?」

 

「まあねえ」

 

それならパルムから列車でここまで来るのに時間がかかっただろうが……遅れて到着した事から生徒からの労いの言葉は無かった。 それとどうやらサラ教官とクレア大尉は知り合い……というより何やら因縁がある関係のようだ。

 

「ーーそれでは皆さん。 私達はこれにて失礼します。 今後また困ったことがあれば、我々を呼んでくださいね。 お力になれることも多いと思います」

 

クレア大尉は最後に腕から指の先までまっすぐに伸びた美しい敬礼をし……

 

「特化クラス《VII組》……私も応援させて頂きますね」

 

最後にレト達の今後の激励をもらい、颯爽と立ち去っていった。

 

「な、何ていうか、軍人には見えない人だったね……」

 

「だが、あの身のこなしと優雅なまでの立ち振る舞い……おそらく只者ではないだろう」

 

「噂では、神がかった銃の腕前の持ち主って言われているね」

 

「それに隊員の練度も尋常じゃなかった」

 

「どうやら教官の知り合いみたいですけど……?」

 

「……ま、色々とね」

 

アリサの問いかけに、サラ教官は適当にはぐらかした。

 

「さてと……あたし達もそろそろお暇しましょうか」

 

「了解しました」

 

「ーーあ、その前に夕焼けの中の大市を一枚……」

 

レトは手早く大市を写真に収め、駅前に戻ってきた。 それをリィンとエリオットは苦笑し、アリサとラウラは呆れていた。

 

「それではな。 ヴァンダイクによろしく言っておいてくれ。 お前さんたちも近いんじゃからまた遊びに来るといい。 歓迎させてもらうぞ」

 

「はい、いつか必ずまた来ます」

 

「お世話になりました!」

 

5人はオットーに一礼して、列車へと乗り込む。 列車の中で特別実習の意義について考えつつ……こうして、5人は士官学院に戻り、初めての特別実習は無事に終わるのだった。

 

 




なんでもPS4で第1作目閃の軌跡のリメイク……閃の軌跡改が出るそうですね。 もちろんシステムにも改良が加えられていると思いますが……ストーリーではユミルの帰郷が出ると見た!(懇願)。


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第2章
10話 ニャーっと鳴けば、飛び出すのは猫


サブタイトルに特に意味はない(キリッ)!


 

 

5月22日ーー

 

初めての特別実習から数日が経った。トリスタの一面に咲き誇っていたライノの花が徐々に散り始め、新緑の色が増してきた頃。 武術訓練や高等教育の一般授業が本格化する中、軍事学をはじめとする士官学院ならではの専門科目もスタートしていた。

 

レト達は現在、2限目。 帝国正規軍・第四機甲師団から出向している金髪碧眼の教官、ナイトハルト教官によって軍事学を学んでいた。

 

(……………………)

 

VII組の生徒が真剣な表情で授業を受ける中、レトだけはあまり気分が乗らないような顔をするも、ナイトハルト教官の言葉を書き留めていく。

 

そして時間は過ぎて5限目……貴族クラスのI組との合同で男女別れての授業。 女子は栄養学と調理技術。 男子は導力端末入門を受けていた。

 

本館2階にある端末室。 授業の担任のマカロフ教官は教える事だけを教え、窓際で一服していた。

 

「ふんふふーん♪」

 

ほとんどの生徒が端末に手を触れた事はなく、マキアスやユーシスといった例外もいながら苦戦する中……レトは鼻歌交じりでキーボードを弾いていた。

 

「うわぁ、レト打つの早いね」

 

「以前から端末に手に触れていたのか?」

 

「まあね。 あの導力カメラを使うには導力ネットワークにも精通しなくちゃいけないし、自然とね。 僕がリィンの前の部屋じゃなくて1階にしたのも導力ネットワークを簡単に引くためだし」

 

レトの導力カメラは感光クォーツや暗室などが必要にない分、端末や導力プリンターが必要なこととちょっとした手順が必要などいった過程が必要な全く新しい技術。 ちなみに、レトの部屋には彼個人で所有する導力ノートパソコンとプリンター、写真を画像として保存するために複数の記憶結晶(メモリクオーツ)を持っており、学生の中で1番デジタルな学生だったりする。

 

「ーーこれでよしっと。 って、あれ……リィン、どうしたの?」

 

「あ、ああ。 少しな……」

 

課題を終え、後ろを向くと……リィンとエリオットとガイウスがいたのだが……もう1人、白い制服を着た高慢そうな貴族生徒……パトリック・ハイアームズもいた。

 

「ああ、ハイアームズの。 ふーん……」

 

「……何か言いたいことでも?」

 

「いや、特にないよ。 あるとしたら君の後ろの人だろうね」

 

「なに?」

 

パトリックはレトに言われ振り返ると……ユーシスが立っていた。

 

その後の展開にレトは興味がなく、端末に向き直った。 この導力端末は一般公開されている外部のネットワークとは繋がっていないが……レトは特殊な記憶結晶を端末に刺すと、外部のネットワークと接続した。

 

この記憶結晶は無線でレトの部屋にある導力ノートパソコンに繋げ、そこからネットワークに接続する事が出来るようになっている代物、一般には出回っていない物だ。

 

(やっぱり先進国であるクロスベルの情報が1番濃いね。 帝国や王国、共和国の情報が欲しかったけど……ん?)

 

流れていく情報の中に、気になる記述を見つけそれを表示する。

 

(へぇ。 特務支援課ね)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後になり、レトは学生会館2階にある写真部の部室にいた。

 

「ーーうん。 良く撮れているし、とてもいいよ」

 

レトは先月の特別実習で撮った写真を写真部部長のフィデリオに見せていた。 彼は貴族生徒だが優しく良識があり、あまり身分に拘らないので平民生徒にも慕われていた。

 

「へ、またそんなつまんねぇもん撮りやがって」

 

レトの写真を軽く罵るのは何故か毎日ニット帽を被っている平民生徒、レトと同じ1年のレックスだった。

 

この写真部は基本風景を撮るという目的だが、彼はどうしてか景色を撮ると手ブレやピンぼけになってしまう。 だが、女子を被写体にすれば話は別だったりする。

 

「ただ……景色も勿論だけど、遺跡や魔獣の写真も多いね……」

 

「まあ、景色よりそちらがメインかもしれませんね」

 

「趣味悪ぃなあ〜」

 

2人はレトが本に挟んでいた他の写真を見てそれぞれ感想を言う。 ルナリア自然公園でのグルノージャや旧校舎地下でのガーゴイル(首だけ)、他にもリベールに生息する魔獣などが写真に収められていた。

 

「それじゃあ、ちょっと僕は文芸部に行くよ。 レト君はいつも通りで撮って構わないけど、レックス君はちゃんと許可を得てから撮ること」

 

「はい」

 

「へーい」

 

「明日は自由行動日だけど、写真部はトリスタの町に出て活動するから覚えておいてくれ」

 

明日の予定を言い、フィデリオは写真部を後にした。 それに続いたレックスも出て行ったが……妙にニヤけている事からフィデリオの忠告は聞いていないようだ。

 

ちなみに、何故フィデリオが文芸部に向かうのかというと……新しく入部したエマを心配しての事だとか。 何でも文芸部の部長の文芸は……腐っているらしい。 しかもそのジャンルがここ最近若い女子の間で広まっているという噂も……

 

「うう……(ブルブル)」

 

そこまで考え、レトは身震いを起こす。

 

()()()がこのジャンルに興味を持たないで欲しいけど……性格が兄さんと近いからなぁ……」

 

もう手遅れかもと自己完結しながら、自分の身内に微かな希望を願って恐怖を振り払い、部室を出ると……

 

ーーこちらにーー

 

「え……」

 

突然、頭の中に響くような声が聞こえた。 方向は部室を出て正面、オカルト研究会の活動部屋だ。 このオカルト研究会のメンバーはたった1人、しかもどうやって学院に了承を得たのかすらわからない存在そのものがオカルトな研究会だ。 そのたった1人もかなり怪しげな雰囲気に包まれているのだが……

 

「お、おはようございまーす……」

 

オカルト研究会に入ると、正面の窓に黒いカーテンがかけられており。 昼間なのにかなり薄暗い。 そしてその正面に……テーブルの上に色々なものがあるが……特に目を引くのは高価そうな占いに使う水晶。 そしてその奥に緑色の制服を着た、長い黒髪の女子が座っていた。

 

「えっと……さっきのはもしかして君が……?」

 

「ウフフ……さあ、どうかしら? ウフフフフフフ……」

 

何も可笑しい事なんてないのに彼女は顔色一つも変えずに不気味な笑い声を出す。

 

「えっと、ベリル……だよね? 僕に何かよう?」

 

「ウフフ。 そうね、学院の中であなたほど分かりやすくて特異な存在はいないからね……剣は大事に持っているかしら?」

 

「!!」

 

ベリルの言葉に、レトは目付きを鋭くして彼女を睨みながら身構える。

 

「……なぜ……それを……?」

 

「ウフフ……私は全てを見通せるの」

 

「……………………」

 

答えになっていないが……これ以上言わせないために、レトは構えを解いた。 だがその目は依然としてベリルを貫くように見据える。

 

「……あんまり関わらない方がいいよ。 命が惜しくなかったら、ね」

 

「ええ、肝に命じておくわ」

 

それだけを言い残し、レトはオカルト研究会を後にした。 気分も優れず、真っ直ぐ寮に帰り。 自室に入るとカバンを放り投げてベットに倒れ込んだ。

 

「…………はぁ…………」

 

寝返り、ボーッと天井を見上げる。 彼女の言葉がずっと気になりしかたがない……レトは邪念を振り払う為、槍の稽古をする事にした。

 

「ふう……! はっ、やあっ!!」

 

第3学生寮の裏にある広場、そこで一心不乱に槍を振るっていた。 それが1時間、2時間と続き……最後に水が入っているバケツの前に立つ。

 

「……………………」

 

呼吸を整え、一瞬てま水に槍を突き刺す。 すると槍の刃は水を貫いた。 波紋の1つも立てず、普通の動作で槍を抜き振り払うと……槍には水滴すら付いていなかった。

 

グウウゥゥ……

 

「うぐ……」

 

鍛錬を終えるのと同時にお腹が鳴り、空腹を主張した。 既に日は沈んでおり、邪念を振り払うにしてものめり込み過ぎたと反省した。

 

汗を拭きながら部屋に戻り、足の踏み場もないのにスルスルと前に進み、軽く片付けを済ますと……部屋に置いてあったトランクに目がいった。

 

「……………………」

 

何を思ったのか、レトは部屋の隅に置いてあったトランクを目の前に持っていき……厳重な鍵を外して蓋を開けた。

 

「…………ッ…………」

 

開放と同時に肌で感じる力の奔流……それを身で受けながらトランクの中を覗く。 中に入っていたのは一振りの剣。

 

鍔と刀身が一体になっており刀身の半分、そこから峰半分が黒、反対側が線が段々と連なっており、柄頭が刃の方に折れ曲がっている。 剣先が峰側に内側に向かって弧を描き、刀身峰側、鍔に近い両側の部分に宝珠が埋め込まれている。 最低限の装飾も含み独特な形状をしているが……一見して黄金とも見て取れる、魔剣とも言われる一振り。

 

「……僕はまだ……力を……覚悟を、証明できません……」

 

懺悔のように呟きながら、レトは柄を撫でる。 その時……

 

コンコン……

 

「!?」

 

ドアがノックされ、レトは慌てて勢いよくトランクの蓋を閉じ、厳重に鍵をかけた。

 

『レトさん? 今お時間よろしいですか?』

 

訪問してしたのはエマだった。 レトはトランクを元の場所に戻し、ドアを開けた。

 

「えっと、何かよう?」

 

「い、いえ……少し気になることが……」

 

本当に何をしに来たのかと疑問に思った時……エマの足元を縫って黒い毛並みの猫がレトの部屋に入って来た。

 

「ニャー」

 

「え、猫?」

 

「す、すみません! この子が勝手に……!」

 

「大丈夫だよ。 それよりも、この子は委員長が?」

 

「え、ええ……トリスタに来た初日に出会って。 そのままちょっと放し飼いみたいな感じで……」

 

「へぇ……」

 

野良にしては毛並みも綺麗で、尻尾の先に結んだリボンが現在、飼い猫を表しているようだが……猫は例のトランクに目をつけ、近付いて前足を出し、ガリガリと開けたいように爪を立てた。

 

「こら、それは触っちゃダメ」

 

「ニャー」

 

開けて、と言わんばかりに猫は鳴く。 レトは苦笑し、猫の喉元を撫でた。

 

「ゴロゴロゴロ……」

 

「よしよし……いい子だね」

 

「レトさん、手慣れていますね?」

 

「内も……というより、僕が猫を飼っているからね。 この子よりは気難しいけど、可愛い子だよ」

 

「それは一眼見てみたいですね」

 

その後、2人は猫の話題だ盛り上がり、その光景をエマの猫が溜息をついて見守り……あのトランクをジッと見つめていた。 結局、エマは何をしにここに来たのか、レトは聞くことはなかった。

 

 




……難しいですね、サブタイトル考えるのって……


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11話 旧校舎

よく見たら評価バーに色がついていた。 ちょっと嬉しい……


 

 

5月23日ーー

 

あの後フィーと言う名の猫が追加され、話の趣旨が変わりフィーの勉強を見る事になった。

 

日付が変わり、レトは目覚めると身支度を済ませて寮を出た。 写真部の活動でトリスタの町の景色を撮るようだ。

 

「ふむ……」

 

パシャパシャと、川や木といった景色を撮って行く。 その度に確認していると……

 

「うーん、やっぱり最新式の導力カメラは羨ましいなあ」

 

「まあ、撮ったものを確認できるのは便利ですね。 先輩が使っているのは撮ったものを全部現像してみないと分からないので手間暇がかかりますけど……これは1番良いものを選別して選べますから」

 

2人の旧式の中に最新式があるとどうしても羨望の眼差しをかけられる。 当然と言えば当然だ。

 

「先輩〜、やっぱり可愛い女の子を撮りましょうよ〜」

 

「はいはい、これも写真部の活動なんだから文句言わない」

 

「はは、でも人を撮るのは僕も賛成ですね。 人物をメインにして建物や自然を背景にして1枚に収める……良いとは思いませんか?」

 

「それは……そうだけど……」

 

「もちろん、偏り過ぎるのは行けませんけど」

 

それからしばらく、レックスの暴走を度々止めながら活動を続けていると……

 

ピリリリリリ♪

 

「はい、レトです」

 

『リィンだ。 ちょっと時間いいか?』

 

どうやら昨日から頼まれていた旧校舎の件についてだった。 先月は行けなかったので二つ返事で了承し、写真部の2人に断りを入れて旧校舎に向かった。

 

到着するとリィンの他にも今日の探索に協力してくれるようで。 エリオットとガイウス、アリサとラウラも参加し、合計6人での探索が開始された。

 

「……ちょうど1ヶ月ぶりかあ。 ちょっと怖いけど……やっぱり放っておけないよね」

 

「ああ……学院長の依頼でもあるし、少しずつ調べを進めていかないとな。 皆、よろしく頼む」

 

「ふふ、心得た。 VII組メンバーとしてしかと協力させてもらおう。 “魔物”が現れても、相手にとって不足はない」

 

「旧校舎自体にも興味はあるし。 魔物が出たら出たで面白いかもね」

 

「あ、あはは……さすが2人とも、心強いね」

 

「しかしその言い方だと、魔物を見た事ある言い方だな?」

 

「うん、あるよ」

 

リィンの問いに答えるようにレトは腰に懸架していた古文書を取り出し、ページをめくり一枚の写真を取り出した。

 

そこに写っていたのは不気味な気を纏う二本のツノを生やした、肉断ち包丁を持った鬼だった。

 

「うわぁっ!?」

 

「これは……」

 

「帝都地下遺跡に出現した1体だよ。 あの時は苦労したなぁー」

 

「うむ、とてつもない怪力の持ち主で、苦戦を強いられてしまった。 アークスの戦術リンクがある今では容易に倒せるだろう」

 

「そ、それでも倒したんだな……」

 

「じゃなきゃここに立っていないよ」

 

ケラケラと笑いながらレトは写真をしまった。

 

「まあ、それにしても……大まかに話は聞いていたけど、未だに信じられないわね」

 

「旧校舎内部の構造が変わる、か……」

 

レト、アリサ、ラウラには前回までの調査で判明した事を既に伝えてある。 しかし、信じられないのも無理は無いだろう。 急に形を変える謎の迷宮と化している旧校舎。 建物の構造そのものが変化するという事実が信じられないというような表情だ。

 

だがその表情をしているのはアリサだけで、レトとラウラは同じ経験があるのかという顔をする。

 

「信じられないのも無理もない……それについては、自分の目で確かめた方が早いだろう。 階段部屋に行けば嫌でも分かるだろう」

 

「そうだな。 さっそく確かめてみよう」

 

(先月と同じ構造を取っているかなぁ?)

 

リィンが先導し、レト達は先月イグルートガルムと戦闘を行なった場所に向かう。 しかし、そこにあったのは……

 

「ーーえ……」

 

「こ、これって……」

 

(あれは……)

 

レト達の目の前には、階段など影も形もなく。 代わりにあったのは何かしらの装置と思われる巨大な台座が部屋の中央に鎮座していた。

 

「成程……確かに以前とは様子が違うみたいね。あの台座みたいなものは一体何なのかしら?」

 

「い、いや……俺達にもわからない。 あんなもの、1ヶ月前には影も形もなかったはずだ……!」

 

「だ、だよね……!? 地下へ続く階段まで綺麗さっぱり消えてるし……」

 

「サラ教官も時間のある時に調べてるみたいだけど……ここまで大きな変化があったという話は聞いていない」

 

「何者かが侵入して仕込んだにしては、大掛かりすぎるな。 再び構造か変わった……そう考えるのが妥当か」

 

「あ、ありえないでしょう……」

 

「ふむ……やはり似て非なる、か」

 

「結果は、同じそうだけど……」

 

6人は台座を見据え、しばらく考え込む。 リィンはここで考え込んでも仕方ないと思い口を開く。

 

「……ここで立ち止まっていても仕方がないな。 まずは、あの台座みたいなものを調べてみよう」

 

「そうだね」

 

リィン達は台座に乗り。 その間レトは導力カメラを構え、台座を一周しながら写真に収める。 寸分狂いなくシンメトリーなだと感心しながら後に続いて台座に乗る。

 

「どう? 何か分かった?」

 

「ああ、どうやら昇降機みたいでな。 今から地下2層にいこうと思う」

 

「わかった」

 

そして全員の準備が完了し、アリサが昇降機を操作する。 すると台座がゆっくりと降下していき、第1層を通過して第2層へで昇降機は停止する。

 

「……ここが第2層みたいね」

 

「先月までは確かになかったはずの階層だな……」

 

「もしくは、元からあったのを繋げただけか……ともかく僕達には考えられない現象が起きている訳だね(やっぱり地精(グノーム)の建造物か……)」

 

「ぶ、不気味だね……」

 

レトは部屋を見渡し……奥の方にある扉を見て、2ヶ月前のオリエンテーリングでも見たことがあるということに気付く。リィンはこの先に魔獣がいる可能性があると警告し……扉をくぐった。

 

地下第2層には当然魔獣もいたが、まずエレボニアでは見ることのない魔獣ばかりだった。 だが腕試しや鍛錬などには丁度よく、リィン達は戦術リンクを駆使して前に進む。

 

そしてちょっとしたギミックで迂回しながらも最奥に到着した。

 

「ここで行き止まりか……」

 

「となると……」

 

「ああ。 皆、気を引き締めて行くぞ!」

 

部屋に入るとすぐに正面に光とともに空間が歪み……そこから大きな扉の形状をした羽をもつ、蛾のような深緑色の巨大な魔獣が3体出現する。 ケルビムゲイトと呼ばれる3体の魔獣を前にレト達は得物を構え、臨戦態勢を取る。

 

ケルビムゲイトの2体が、目に当たる宝玉部分から緑色の光線を放ってきた。

 

「クレセントミラー!」

 

レトはアークスを駆動しながらリィン達の前に立ち、一瞬で発動し……迫って来た光線を跳ね返した。

 

「早い……!」

 

「す、凄いや……」

 

「レトはアーツにも長けているのだ。 さあ、我らも行くぞ!」

 

「ああ!」

 

リィンとラウラ、ガイウスは左右、真ん中のケルビムゲイトに向かってそれぞれ駆け出した。

 

「敵ユニットの傾向を解析……!」

 

「燃え尽きなさい……ファイヤ!」

 

エリオットは魔導杖を構え、ケルビムゲイトの弱点を探し出し。 アリサはリィンが向かうケルビムゲイトに狙いをつけて燃え盛る矢を放った。

 

「そこだ!」

 

リィン達3人がそれぞれのケルビムゲイトを相手にし、それをレトが遊撃、アリサとエリオットがフォローしていた。

 

「ーー解析完了! 地のアーツに弱いけど、僕のスロットに地のアーツが使えるクオーツが無いし……」

 

「地のアーツなら俺が使える!」

 

「わかった。 ガイウス、変わって!」

 

ガイウスが相手しているケルビムゲイトをレトが引き受ける事になり。 ガイウスは離脱するために十字槍が風を纏い、突きを放つ事によって渦巻く風を放った。 風はラウラのケルビムゲイトもまとめて貫いた。

 

「砕け散れ!」

 

ラウラはガイウスの援護により体勢が崩れた隙を狙い跳躍し、落下の勢いも入れて豪快な一撃を喰らわせた。 そしてレトとガイウスは入れ替わり、ガイウスは後方に行くとアークスを駆動させる。

 

「はっ!」

 

「やっ!」

 

リィンが相手するケルビムゲイトにリンクを繋いでいるリィンとアリサが順調に体力を削っていく。

 

だが、ケルビムゲイトは傷付くも反撃としてまた光線を放ったが、今度は直撃コースではなく横に少し逸れていた。 だが……

 

「うわっ!?」

 

「くっ……」

 

光線は後方の2人に向かい、地面にぶつかると衝撃が拡散し、余波でエリオットとガイウスの体勢は崩れてしまう。

 

「っ……アースランス!」

 

ガイウスは怯みながらも何とかアーツを発動し、大地から鋭い石の槍を突出させてラウラのケルビムゲイトを貫き……それにより消滅させた。

 

「よし!」

 

「次だ!」

 

1体が減れば戦況はレト達が有利になり、全員の士気が高まっていくが……突然、2体のケルビムゲイトは身を上に逸らすと……

 

ウオオオオオッ!!!

 

その見た目には似合わない獣のような叫びを放ち、全方向に衝撃波を放った。

 

「くっ!?」

 

「っ!」

 

「なんの……!」

 

その咆哮を間近で受けたリィン、レト、ラウラは怯むが……

 

「ティアラ!」

 

「ブレス!」

 

回復アーツが発動し。 エリオットがリィンに、アリサがレトとラウラの傷を回復させた。 3人は首だけを回して後ろを向き、無言で頷いてお礼を言った。

 

「はあっ!」

 

リィンは放たれた光線を避け、ケルビムゲイトの胸に横一閃斬り裂き……

 

「ファイアボルト!」

 

「アクアブリード!」

 

「ニードルショット!」

 

アリサ達が初級アーツを撃ち込み、集中砲火がとどめを刺した。

 

「はあああっ!!」

 

気合いを入れて大剣を振り下ろし、ケルビムゲイトの体勢を大きく崩した。

 

「崩した!」

 

「ーーせいっ!」

 

戦術リンクにより間髪入れずレトが距離を詰め、三段突きを入れ……最後のケルビムゲイトを消滅させた。 最後の1体を倒し、リィン達は上がっていた息を整える。

 

「はあ、はあ……今のは手強かったわね……」

 

「うむ……おそらくこの階層のヌシと言ったところだろう。 少々拍子抜けだったが」

 

「まあ、ラウラはそうだろうね」

 

戦闘が終わり、緊張が解けて大きく息をはきレト達は武器を収める。

 

「あはは……戦術リンクも上手く合わせられてる感じだよね。 それに、どうやらこの部屋が終点みたいだ」

 

「これ以上先には進めなさそうだな。特に、何かが置かれているわけでもないようだが……」

 

「ああ……」

 

ガイウスの言葉を肯定したリィンは、そのまま黙り込んでしまう。 どうやら考え込んでいるようだ。

 

「どうしたの? 考え込んじゃって」

 

「気になることでもあった?」

 

「いや……何だか1ヶ月前と同じだと思ってさ。 前回も、終点に辿り着いた途端に強力な敵が現れただろう?」

 

「……そういえば」

 

「ふむ……そうだったのか……」

 

どこか残念そうに声を漏らすラウラ。 だが視線はレトに向け、その視線に気付いたレトは無言で頷いた。

 

リィンはこれ以上先に進めないと判断し、旧校舎を出ることにした。 来た道を引き返し……外に出ると、既に時間は夕方に差し掛かっていた。

 

レト達が入ったのが昼間であることを考えれば、実に数時間もの間籠っていた事になる。

 

「ふぅ……思った以上に大変だったわね」

 

「うん、魔獣も1ヶ月前とは比べ物にならなかったし……」

 

「特に……あの昇降機の出現には驚かされたな。 すぐにでも、学院長に報告しに行かないと」

 

「教官にも声をかけておいたほうがよさそうだな」

 

「うむ、では早速行こうか」

 

「そうだな……ん?」

 

ふと、何かしらの気配を感じてレトは振り返る。 そこには誰もいなかったが、視線を下げると……

 

(あれ? 委員長の猫……って、そういえば名前聞いてなかった……)

 

「レト、どうかしたのか?」

 

「え!? あ、うん……何でもないよ」

 

ラウラはレトに声をかけ、レトは驚きの声を上げて誤魔化し。 また振り返ると……猫はどこにもいなかった。 リィン思達もレトの行動を疑問に思いながらも、6人は学院長の下に向かう事にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「更なる地下へと下りる昇降機……まさか、そんなものまで現れるとはのう」

 

リィンは学院長室でヴァンダイク学院長と眠そうにしていたサラ教官に今回の旧校舎探索の結果を報告していた。

 

「あたしが一週間ほど前に調べた時は、そんなものは無かったのに。 むむむ、なんだか狐に化かされた感じだわ」

 

「それに、旧校舎は昇降機を見た限り、まだまだ地下に続いているようでした。 今は第2層より下へは行けないようですが……」

 

「それも結局のところ謎よね……ロックを解除する仕掛けがあった訳でもないし」

 

リィンの説明にアリサが補足する。

 

「学院長、旧校舎に地下があった事は

 

「いや、そもそも更なる地下が存在しているなど、ここ数十年で聞いた事が無い。 先日までは、確かに地下一階しか存在していないはずじゃ」

 

「存在しない筈のものが突然現れた事になるのか……」

 

「しかも昇降機なんてあからさまな移動手段が用意された上でだ。 いくら暗黒時代の遺跡とはいえ、どうにも不可解すぎる」

 

「何かしら原因はあるはずだけど……学院長、何か心当たりは?」

 

「ふむ、そうじゃな……」

 

レトの質問を受け、学院長は目を閉じて記憶の中に何か関係のありそうなものが無いのかを探す。 しばらくの間、考えこんでいたが……ふと何かに辿り着いたのか目を開く。

 

「……もしかしたら、かのドライケルス大帝に関係あるのかもしれんのう」

 

帝国中興の祖、帝国に住んでいるのなら必ず知っていると言われるほど有名な偉人。

 

「あの獅子心皇帝に……?」

 

「うむ。 学院が設立されてから、代々の学院長には大帝からの“ある言葉”が伝えられておる。 あの建物……旧校舎を、来たる日までしかと保存するようにとな」

 

「き、来たる日って……なんですか……?」

 

来たる日……まるで予言や予見のような事を考えての言い伝えのようだ。 エリオットの当然の疑問に対し、緊張しながら質問する。 学院長は答えられる範囲で答えた。

 

「その言葉の意味する所は未だに分かってはおらん。 250年前に獅子戦役、そして聖女サンドロットにまつわる話だという説もあるがのう」

 

「聖女サンドロット……!」

 

その言葉に全員が反応する。 かの獅子心皇帝に並び、武の道において彼女の名を聞かない事はないだろう。 ことラウラも、リアンヌ・サンドロットを目指し日々剣の腕を磨いている。

 

「槍の聖女、リアンヌ・サンドロット……獅子戦役の時代、大帝と共に鉄騎隊を率いて戦場を駆け抜けた救団の武人」

 

「七耀教会にも聖女として認定されているとも聞いているし。 帝国人なら誰もが知っている歴史上の著名人だね」

 

「辺境にある俺の故郷にもその名前は伝わっているな」

 

「聖女には確かに様々な伝承やミステリアスなエピソードがありますけど……それも、あの旧校舎に関係があるということですか?」

 

「確かなことは言えんがのう。 だが、最近になって起き始めた異変……かの大帝の言葉が全くの無関係とも思えんじゃろう」

 

「そうですね……」

 

とはいえ、来たるべき日とは何なのか。あの旧校舎には何があるのか。分からない事があまりにも多すぎる。憶測の域を出ないが、謎は解明の兆しを見せてくれない。

 

「ーーま、憶測の段階だし、気にしすぎることもないでしょ。 今後も、追々探っていけばいいわ」

 

「そうさせてもらいます。 こういう謎はゆっくりと解いて行くものですから」

 

「本当にご苦労だったのう、Ⅶ組の諸君。 話が長くなってしまったが、心より感謝させてもらうぞ。 今後、また旧校舎に向かうのであれば、是非報告をしてほしい」

 

「はい、わかりました」

 

報告が終わり、六人は部屋を出る。そして一息吐きながら改めて解散する前に最後の会話をする。

 

「皆、お疲れ様。 おかげで助かったよ」

 

「ふふ、気にしないで。 それに、ここまで関わったからには何とか謎を突き止めてみたいわよね」

 

「そうだな……いい修練にもなりそうだ。 またあの場所を探索するときはいつでも呼んでけくれ」

 

「うん、リィンばかりに押し付けられないしね。 依頼の手伝いとかも、遠慮なく言ってよね?」

 

「ああ、必要になったら頼ませてもらうよ」

 

「それじゃあ、また寮でな」

 

1ヶ月後の自由行動日に再び旧校舎を探索する際にはまた集まろうということになり、そこでレト達は一旦解散するのだった。

 

レトとラウラは本校舎を出ると学院を出て帰路に着く。

 

「やはりあの旧校舎は……」

 

「うん。 ラウラが考えている通りだと思うよ。 かなり省略化と縮小化はされているけど……帝都地下遺跡と同じ法則性がある」

 

「そうか。 もしかすると、終着点にはおそらく……」

 

「まあ、その話は諸説あるからね。 かの獅子戦役では複数体確認されているし」

 

「現時点で皆に伝えるのはまだ早急か……我らがあの旅で得られた事実は、とても信じられるものではないからな」

 

「それがいいよ。 今は……伝承は伝承のままの方がいい」

 

夕日が指す中、レトとラウラは意味深な会話を交わし、公園を曲がって寮に帰ろうとし……その公園で、身を丸めて寝ていた黒い綺麗な毛並みの猫が聞き耳を立てていた。

 

 



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12話 実技テスト II

今までは選択肢はほぼ一択しかなかった……だが、原作が進んだことにより選択肢は2つに増えた。 それはつまり……どちらにするべきか!?


 

 

5月26日ーー

 

レトが初めての旧校舎探索を行なった日より3日……この日は2度目の実技テストが行われており、VII組の10名は先月同様、士官学院のグラウンドにサラ教官と共に集合し、金属音をグラウンド内に響かせていた。

 

「ーー結べ……蜻蛉切!」

 

鋭い一閃が戦術殻の胴体に直撃し、大きな金属音を響かせながら後退させる。

 

今回の実技テストは2チームに分けて行われることとなり。 最初はリィン、ガイウス、アリサ、ラウラの4人のチーム。 そして次は……残りの6人全員で行われる事になった。

 

人数的に見れば有利に見えるが、問題があるとすれば……ユーシスとマキアスがいる事だ。

 

「うわあ!?」

 

「くっ……」

 

「っ…………」

 

結果、先ほどと同じ戦術殻なのに、こうして苦戦を強いられていた。

 

「私達の時よりも苦戦しているわね……」

 

「ああ……エリオットもエマも、レトやフィーの隙を狙って援護しようとしているんだろうけど……」

 

リィン達4人の場合は完璧な連携で戦術殻を倒せたのだ。 しかし、それは戦術リンクがちゃんと機能していたからである。

 

今回、戦術リンクが機能していないのは明白。 当初は6人全員でリンクを試みていたが……たとえリンクを繋いでいなくても彼ら2人の仲は悪く、ロクな連携は取れていなかった。

 

「うわっ!?」

 

「きゃああぁぁ!?」

 

戦術殻は目に当たる部分にエネルギーを充填すると……レーザーが発射され、後方にいたエリオットとエマが衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「この……伸びろ……!」

 

「……ほいっと」

 

自分に注意を向けさせるためにレトは中距離から棒を伸ばし、戦術殻の片腕を弾き。 フィーは飛び出して跳躍、棒を足場にし回転しながらさらに上に飛び上がり……回転と落下速度を加えて双銃剣を交差して胴体を斬りつけた。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……大丈夫だよ。 けど……」

 

レトは2人の前に近寄り、声をかける。 エリオットは問題ないと言うが、視線は横に向けられる。

 

その視線の先には……実技テストだというのに今だにいがみ合っているユーシスとマキアスだった。

 

「何故リンクを途切れさせた!」

 

「貴様が勝手に切ったのだろう!」

 

「それは君の方だろう!?」

 

戦闘中だというのに、リンクが途切れた事を切っ掛けに大喧嘩が繰り広げられている。 内容は罪の擦りつけ合い……レトは2人を戦力外にしてバッサリ切り捨て、とにかく早く決着をつけようとする。

 

「エマは僕とフィーの補助を! エリオットはアーツで攻めてくれ!」

 

「は、はい!」

 

「わかったよ!」

 

「フィーは戦術リンクで撹乱。 アーツによる援護が来たら一気にきめるよ!」

 

「ラジャ」

 

これ以上長引かせれば実技テストの結果が酷い事になる。 巻き添え喰らうのが御免なレトは残りの3人に指示を出し、フィーとともに駆け出した。

 

エリオットとエマはほぼ同時にアークスを駆動、レトとフィーは戦術殻の周囲を駆け回り……時折接近しては一撃離脱で時間を稼ぐ。 純粋なスピードではフィーが上回るが、瞬発力ではレトが上回っていた。

 

「レトも速いね」

 

「フィーこそ!」

 

戦術リンクがあるからこそ、高速戦闘下でも言葉を交わす事ができる。

 

「レトさん、行きます! ラ・フォルテ!」

 

「ダークマター!」

 

戦術殻を中心にしてエマの火のアーツが発動、駆け回っていたレトとフィーの攻撃力が上がり……エリオットの空のアーツにより戦術殻の動きを止めた。

 

「やっ!」

 

アーツの終了と共に地面を蹴り上げて一瞬で戦術殻の目の前に接近し……擦れ違い側に二閃。 そして後ろにレトが回り込み、槍を振り回して力を集め……

 

「おおおぉー………っりゃあ!!」

 

石突きで戦術殻を叩き、大きく吹き飛ばした。 言い争っているユーシスとマキアスに向かって……

 

「ユーシス、マキアス!」

 

『!?』

 

名を呼ばれ、2人はレトの方を向くが……眼前に迫って来た戦術殻を見てギョッとした顔をする。

 

「うわああっ!?」

 

「チッ!」

 

マキアスは慌てながらほぼ反射的にショットガンの引き金を引いた。 ショットガンなので狙いは付けなくとも当たるもの……銃口から放射状に弾丸が発射され、飛来する戦術殻の勢いを少しだけ停止させ……

 

「せいっ!!」

 

その隙を狙い、ユーシスの剣が戦術殻を一閃して斬り裂いた。 戦術殻は自身の重みで地面に衝突し、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ーーそこまで!」

 

そこで実技テストの終了をサラ教官が告げ、エリオットとエマが疲れたように杖を支えにする。 レトは一息で呼吸を整えながら槍を納めた。

 

「……お疲れ」

 

「お疲れ様。 なんだか精神的に疲れたかも……」

 

「同感」

 

戦闘内容を振り返ったサラ教官は、レトに負担をかけすぎている戦い方を見ていつになく厳しい声音で評価を下す。

 

「……分かってたけど、ちょっと酷すぎるわねぇ。 ま、レトはこんな状況でもよく頑張ったと思うわよ? それなりに色は付けといてあげるわ」

 

「あ、あはは……ありがとうございます」

 

「さて、そっちの男子2名は精々反省しなさい。 いくら最後にレトが持たせたとはいえ……結局はこの体たらくは君達の責任よ」

 

「…………くっ…………」

 

「………………(ギリッ)」

 

反論できず、悔しそうな視線を向けるマキアスと無言で歯ぎしりをするユーシス。 だが、自分達に非があるのは明白……2人は互いに喧嘩していた時の激情をサラ教官に向ける事はなかった。

 

「ーー実技テストは以上。 続けて今週末に行う特別実習の発表をするわよ」

 

2度目となる特別実習。 前回を振り返るとどんな班分けになるか少々不安になるも……資料が配られていく。 そして……

 

「これは……」

 

「……南無」

 

 

【5月特別実習】

 

A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー

(実習地:公都バリアハート)

 

B班:レト、アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス

(実習地:旧都セントアーク)

 

 

バリアハートは東部にあるクロイツェン州の州都。 セントアークは南部にあるサザーランド州の州都。 共通する特徴としてどちらも貴族の街ということだ。 そういう意味では釣り合いが取れているのだが……

 

「ーー冗談じゃない!」

 

根本的に問題があった。 それを主張するようにマキアスが声を上げる。

 

「サラ教官、いい加減にしてください! 何か僕達に恨みでもあるんですか!?」

 

「……茶番だな。 こんな班分けは認めない。 再検討をしてもらおうか」

 

ユーシスとしてもマキアスと一緒の班分けなど許したくもなく、こういう時だけは意見が一致していた。

 

「うーん、あたし的にはベストなんだけどなー。 特に君は故郷って事だからA班からは外せないのよね〜」

 

「っ……」

 

「だったら僕を外せばいいでしょう! セントアークも気は進まないが誰かさんの故郷より遥かにマシだ! 翡翠の公都……貴族主義に凝り固まった連中の巣窟っていう話じゃないですか!?」

 

怒りに任せて言いたいことを言い、サラ教官は慣れたように気にせず応対する。

 

「確かにそう言えるかもね」

 

「だったら……!」

 

「ーーだからこそ君もA班に入れてるんじゃない」

 

嫌ってるからこそ、その本質を見させる。 サラ教官の言いたい事はレトにも理解できた。 どんな組織でも、所属していれば嫌いな相手の1人や2人簡単に現れる。

 

しかし、嫌いの一言で問題を起こせば組織に迷惑がかかる……そんな子どもみたいな言い訳を組織が、大人が許すはずがない。 指で喉を搔き切る動作で決着が着くだけだ。

 

「ま、あたしは軍人じゃないし、命令が絶対だなんて言わない。 ただ、VII組の担任として君達を適切に導く使命はある。 それに異議があるなら、いいわ」

 

そこで言葉を切り、腕を組みながら満面の笑みで……

 

「ーー2人がかりでもいいから、力ずくで言う事を聞かせてみる?」

 

堂々と挑発して煽った。

 

「……っ……!」

 

「…………面白い」

 

悩んだゆえ、2人は一瞬だけ目を合わせて頷くと……サラ教官の前に出た。 やはりこういう時だけは意見が一致する2人だった。

 

「おい、2人とも……」

 

「や、止めようよ……!」

 

「…………はあ…………」

 

自分の我儘のためにこんな事をしでかす2人にレトは溜息しか出なかった。 だが今更止められる訳でもない。

 

「フフ、そこまで言われたら男の子なら引き下がれないか。 そういうのは嫌いじゃないわーー」

 

語尾の口調を強めながらサラ教官は右手に導力銃、左手に片手剣を取り出して腕を交差させて前に突き出し、生徒達に見えるように見せた。 赤紫色で装飾された凶悪な武装と、サラの殺る気に満ち溢れた笑みを見て、レトとラウラ、フィー以外は思わず気圧された様子で一歩下がる。

 

「……あーあ」

 

「ーー隙がないな。 父上といい勝負が出来そうだ」

 

「いい勝負は、ね……」

 

かの光の剣匠といい勝負ができれば万々歳だが、レトはサラ教官を見つめる。

 

(これだけじゃわからないけど……執行者クラスはありそうかも……)

 

「……くっ……!」

 

「………………」

 

射てしまった矢は戻らない。 2人はサラ教官の気迫に怯むも……ともそれぞれの得物を構え、サラ教官に挑もうとする。が、ここでサラから更なる注文が飛び出す。

 

「ふふ、乗ってきたわね。ーーリィン、レト。 ついでに君達も入りなさい! まとめて相手してあげるわ!」

 

「え……」

 

「りょ、了解です!」

 

「えええええっ!?」

 

突然の指定に驚きつつも前に出るリィン。 レトは一瞬唖然となるが、リィンが行ってしまった以上、自分も出ないわけにはいかない。

 

だが、そんな感情の中に少しだけ……男子としての強者への挑戦する気持ち、それがレトの中に出ていた。

 

(自分の成長を再確認できる……いい機会かもしれない!)

 

リィンは太刀を、レトは槍を抜き、リィンとレトは戦術リンクを繋いだ。 それを確認すると……サラ教官の目つきが鋭くなり、全身から赤紫色のオーラが噴出する。

 

「ごくっ……」

 

「……何という気当たりだ」

 

「……………………」

 

(……? レト……?)

 

その気当たりで、サラ教官の実力の高さにラウラが感嘆の声を漏らす。 レトは冷静に、他の3人も関係なくサラ教官だけを見据える。 その事に、リンクを繋いでいたリィンが不審に思った。

 

「それじゃあ実技テストの補習と行きましょうか。 トールズ士官学院・戦術教官、サラ・バレスタインーー参る!!」

 

次の瞬間、ユーシスがサラ教官に向かって走り出し、マキアスが銃の引き金をサラ教官に向けて撃ったの当時に……リィンとレトはその場から退避するように横に飛んだ。 すると……

 

「うわああああ!!」

 

「せい!」

 

「ぐあっ!!」

 

少し横に移動してショットガンの射撃を避け、導力銃から雷撃を纏った弾丸がマキアスを襲った。

 

その銃撃でユーシスの足はタタラを踏み……一瞬で距離を詰めたサラ教官の剣でユーシスの剣が手から弾かれ、続いての一刀で斬り伏せられ……2人は一瞬で制圧させられてしまった。

 

「もとより……!」

 

それ以上の言葉は踏み込みと同時に止まり、瞬発力を発揮してレトの姿がかき消え……刃が衝突する音がすると、サラ教官がレトの突きを受け止めていた。

 

「やるわね! さすがは片翼を担うだけのことはあるわ!」

 

「それほどでも……!」

 

刃を引いて石突きを振り、サラ教官はバク転して避け……上空で逆さになりがら銃口をレトに向けた。

 

「おおおっ!!」

 

放たれる銃撃と共にレトは槍を上で掲げ、高速で手の中で回転させる。 それにより槍は盾となり、銃撃を全て弾いて防いだ。

 

「嘘っ!?」

 

「す、凄いですね……」

 

「見事だ」

 

「ヒュー」

 

観戦していたアリサは驚愕し、エマとガイウスはレトの槍さばきに賞賛し、フィーは本当にやるものだと関心して口笛を鳴らす。

 

「はあっ!!」

 

リィンも負けてはいられず、着地した所を狙い太刀を振り下ろす。 サラ教官はそれは避けられず、剣で受け止め銃を突き出した。

 

「っ……」

 

「はっ!」

 

リィンがバックステップで回避すると同時にレトが間髪入れず接近して槍を振るう。

 

サラ教官は槍を受け止め、突き出していた銃の狙いを定め……雷撃を纏った銃撃を放った。

 

「くっ……!」

 

マキアスを沈めた戦技、それを1度見ていたお陰でリィンはギリギリで回避することができたが……

 

「ーーはい、お終い」

 

自身が紫電を纏い、一瞬でリィンの背後に回ると後頭部に銃を押し当てられる。

 

「ま、参りました」

 

リィンは太刀を手放し、冷や汗を流しなかまら両手を上げて降伏した。

 

「さて、後は……」

 

「ーーシルバーソーン!」

 

「うわっ!?」

 

「っ!」

 

棒を伸ばして石突きでリィンを軽く吹き飛ばし、上空からいくつもの銀の刃が降り注ぎ、サラ教官を囲い……陣を描き衝撃を放った。 サラ教官は冷静に避け、軽く息をついてレトを見据える。

 

「ふう……さすが、アーツもかなりの使い手ね」

 

「それほどでも!」

 

サラ教官は段々とギアを上げながら飛び出し、斬撃と銃撃のコンビネーションによる攻撃をレトは受け、躱し。 段々とパターンを身体に覚え込ませて反撃の隙を狙おうとするが……

 

「ほらどうしたの! まだまだ上げて行くわよ!!」

 

それ以上にサラ教官が攻めるスピードを上げ、レトは視線を巡らせて槍をさばき、防ぐのに手一杯だった。

 

「さあ、飛ばして行くわよ!」

 

すると、サラ教官に落雷が落ちたように身体中に紫電が走り……一瞬でレトの眼前に現れ、剣を振り抜いた。

 

咄嗟に棒で防ぐが……あまりの威力に弾き飛ばされてしまった。

 

「うわあ……」

 

「雷神功……サラ、ほぼ本気になってる」

 

「レトも着いて行っているからな。 痺れを切らしたのだろう」

 

エリオットは思わず声を上げ、フィーの言葉にガイウスが憶測で理由を答える。

 

レトは体勢を整えて両足を地面に落とし、土煙を上げながら制動をかけて停止した。 ユーシスとマキアスが倒れた以上、すでに戦う理由などないが……レトは自分の限界を確かめたかった。

 

(なんとかここまで喰い下がってきたけど……これ以上は限界かなぁ? でも、諦めたくないし……)

 

突破口がないか、視線を巡らせると……正面右側にユーシスの手から弾かれてしまった剣が地面に刺さっていた。

 

(…………よし、やってみよう)

 

少し悩んだ末、あることを決意した。

 

「もう手詰まりかしら!?」

 

サラ教官はレトが考え込んでいるのを声をかけて辞めさせ、地面を踏みしめて駆け出す。 するとレトは、槍の棒を持って肩に担ぎ。 その場で振りかぶって……

 

「いっ……けええええっ!!」

 

思いっきり槍を投擲した。 その常識外れの行動にこの場にいた全員が驚くが、サラ教官は冷静に飛来してきた槍を避けた。

 

「っと! 得物を手放すなんて何を考えてーー」

 

「砕破剣!!」

 

次の瞬間、サラ教官に向かって刃が迫ってきた。 受け止めようとするが……接触と同時にその尋常ではない重さが片腕を伝い。 咄嗟に受け流してその場から飛び退くと……刃が地面を砕いた。

 

「何が……」

 

サラ教官はレトを見据えると……彼の手には剣が握られていた。 だが、問題はレトが左手に持つ剣であり……

 

「き、貴様……俺の剣を!」

 

「ごめんユーシス、ちょっと借りるよ!」

 

レトが使っていたそれはユーシスの騎士剣だった。 どんな人でも、自分の武器を勝手に使われるのにはいい思いをしない……

 

「レトって、剣も使えたの?」

 

「うん。 槍も腕は確かだが……才能に関すればレトは槍を握れば一流、剣を握れば……達人になれる程の才覚を持っているのだ」

 

「それは……」

 

フィーの呟きに、ラウラが答える。 その話が本当なら、リィン達はなぜレトは日頃剣を使わないのか疑問に思ったが……その疑問は目の前の光景によって辞めさせられた。

 

「はあああああっ!!」

 

「ーー疾ッ!!」

 

「え!? ちょ、ちょっと、本気になり過ぎよ!」

 

レトは本気で放たれた鳴神による銃撃を全て紙一重で、最低限の動きで躱し。 そして一回の跳躍で距離を詰め、剣を振り下ろす。サラ教官はバックステップで避け、直ぐに地面を蹴って距離を詰め……剣を振るうも、レトの剣速が早く、2度剣を弾く。

 

お互い距離を置き、サラ教官は警戒し剣と銃を構え、レトはクルッと剣を回して左肩に担いだ。

 

「っ……やっぱり剣技においてはレトの方が部があるわね。 羨ましいったらありゃしない……!」

 

「教官こそ……でも、サラ教官なら、全開でも……!」

 

レトは左肩に担いでいた剣を手の中で回し、刀身を水平にし顔の高さで構え……赤と青が混じったようなオーラを放つ。

 

「!!」

 

「こ、これは……」

 

「なんて気当たりだ……!」

 

レトの発する気当たりにリィン達は気圧され、そしてオーラが収まると……

 

「ぐっ!」

 

一瞬でサラ教官の前に出て一閃、どこまでも響くような甲高い音を立ててサラ教官は衝撃を殺すために自分で後ろに飛ぶが……すでにレトが回り込んでいた。

 

「はあっ!」

 

怒涛の剣戟を繰り出し、リィン達から見てサラ教官からは防ぐための火花しか出ていない。

 

「このっ……手加減しなさい、よ!」

 

牽制として銃を撃ち、続けて剣を振るうが、レトは跳躍して上に飛び上がるようして消え……次の瞬間、サラ教官の前と後ろに剣を正面に構えた2人のレトが現れた。

 

「えええええっ!?」

 

「レ、レトが……2人に!?」

 

「分け身の戦技(クラフト)……!」

 

「だから手加減をーー」

 

それ以上言葉を言う事はできず、2人のレトによる隙間ない連携を防ぐのに集中する。 レトの剣により常に剣を弾く音が響き、まるで1人で戦術リンクを使っているかのようにサラ教官を追い詰める。 が、そこでレトは気付いた……

 

(あれ? これ僕が勝ったらダメだよね……?)

 

このまま勝ってしまったらユーシスとマキアスの関係は修復されないままになってしまう。 つまり、次にレトの起こす行動は……

 

「ーーコフッ!」

 

「え……」

 

何かを吐き出すように息を吐き、2人同時に倒れ伏しててしまった。 片方は幻のように消え……その行動にリィン達はもちろん、サラ教官も唖然とした。

 

「スミマセン、ジビョウデス。 コウサンシマス」

 

「……あ、そう……」

 

うつ伏せのままで顔を横に向け、カタコトで答え。 サラ教官は自分の意を汲み取ってくれた事がわかり……武器を下ろしてくれた。だが、観戦していた人達には微妙に空気が流れていた。

 

「この結末は……」

 

「え、えーっと、その……す、凄かったですね……!」

 

「エマ、無理して褒めなくてよい」

 

「まあ、レトがああしたのも分からなくもないけど……」

 

「なんか釈然としないね……」

 

「レト、ナイスリアクション」

 

「お、おうさぁ……」

 

彼らはそれぞれ疑問を持つが……フィーは近寄って膝を曲げ、レトと視線を合わせてグッと親指を立てる。 少し困惑しながらもレトも親指を立てて返した。

 

もしかしたら勝てたかもしれないが、レトは一応良しとし。 ユーシスとマキアスは納得がいかないものの……すぐにやられた手前、レトを責める事はなかった。

 

「あ……ユーシス、勝手に剣を使ってゴメンね」

 

「……次はない」

 

「あはは、肝に命じておくよ」

 

あれ程のものを見せられた影響か、一言だけ忠告を言いユーシスは剣を受け取り鞘に納めた。

 

「でも、やるなら血も欲しかったわね〜」

 

「ち、血って、サラ教官……」

 

「教官は僕に何を求めているんですか……」

 

そこへ……フィーがどこからともなく取り出したトマトジュースを差し出した。 レトはそれを受け取って一気に喉に流し込み……

 

「ゴフッ!?」

 

空気が気道に入って咳き込んでしまい、本気でトマトジュースを吐いてしまった。 先ほどまでの気迫が嘘のような変わりっぷりにラウラは苦笑する。

 

「あー、もうそれいいから」

 

「血が必要と言ったのあなたですよね!?」

 

「まあ何はともあれ……結果的にあたしの勝ちね。 A班・B班共に週末は頑張ってきなさい。 お土産、期待してるから」

 

語尾にハートマークでも付いていそうな愉しげな口調で、サラ教官は実技テストの終了を告げて立ち去っていく。

 

最後がグダグダしていたが、実習先と班わけは変わらず。 リィンは溜息をつき、同情するように口元が少し赤いレトが彼の肩を叩いたのだった。

 

 




やっぱり閃の軌跡IIIが出たのならセントアークしかありませんよね(笑)。

それにしても、レトの実力は高すぎましたかね? ちょっとやり過ぎちゃったかも……

この先の話はほぼオリジナル……ここで作者の腕の違いがはっきりと分かりますね。 慎重に書かないと……


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13話 白亜の旧都セントアーク

 

 

5月29日ーー

 

2度目の特別実習当日。 早朝からレトは目を覚ましており、身支度を整えて昨日準備していた荷物を持っていた。

 

「導力カメラよし、予備の記憶結晶(メモリクオーツ)よし、古文書よし、槍とアークスもよし。 後は……」

 

荷物を指差し確認で1つずつ確認して行き、最後に部屋の隅に置いてあったトランクを指差した。

 

「んー、ちゃんと両方から許可を得られていればいいんだけど……」

 

そうボヤきつつもトランクを手に取り、部屋を出た。

 

「おっはよ〜」

 

「あ、おはようレト」

 

レトの部屋は1階なのでドアを開けるだけで集合場所に着く事ができ、レトは欠伸交じりでおはようと言う。

 

1階にはエリオット、ガイウス、アリサ、ラウラがおり。 レトを含めてこれでB班が揃ったわけだ。

 

「A班はまだみたいだね」

 

「とりあえず先に行くとしよう。 リィンに任せっきりにするのは、少々心苦しいが……」

 

「大丈夫だよ。 リィンなら」

 

VII組B班は寮を出て真っ直ぐトリスタ駅に向かった。 2度目ということもあり、受付の人も確認を取るだけでスムーズに乗車券を購入した。

 

と、そこへリィン達A班が駅内に入って来た。 そこはかとなく、すでにリィンが気疲れしているように見える……

 

(……やっぱり険悪そうね)

 

(分かっているなら言わないでくれ……)

 

(で、でもリィンなら大丈夫だよ……! きっと大丈夫!)

 

(エリオット、大丈夫以外の言葉を使おうよ)

 

レト達は小声で後ろの2人に聞こえないようにリィンを応援し、しばらくすると……帝都方面の列車が到着するというアナウンスが流れた。 レト達はA班にしばしの別れを告げてホーム内に入り……列車に乗って帝都に向かった。

 

「……任せっきりにしたみたいだけど、大丈夫かなぁ……」

 

「あれほど大丈夫大丈夫って言ってたのに、今更そんな心配しても仕方ないよ」

 

「うん、彼らの今更心配しても仕方なかろう」

 

「……リィンなら、俺の代わりに2人の仲を取り持つ事はできるだろう。 先月の実習では何も出来なかったが……」

 

「ええ、リィンならもしかしたら……」

 

A班の心配をしながらあっという間に30分後、列車は帝都ヘイムダルに到着した。

 

「なんだかあっという間だったわね」

 

「事実30分くらいだからね。 トリスタから帝都に仕事で通う人も何人かいるわけだし」

 

「ああ、寮前の家に住んでいる夫婦の男性がそうであったな」

 

ちなみにその夫婦、かなりラブラブだったりする。 レト達は学院に通学するときその光景を度々目撃していた。

 

「さて、次はサザーランド本線からセントアークに直行だね」

 

「えっと、セントアーク行きのホームは……」

 

「ーーサザーランド本線、セントアーク行きは4番ホームですよ」

 

掲示板で確認しようとした時、横から凛とした声が聞こえ……

 

「1ヶ月ぶりでしょうか、お久しぶりですね」

 

「クレア大尉!」

 

レト達は横を向くと……そこには灰色の軍服を着た女性、クレア・リーヴェルト大尉が立っていた。

 

「彼女が、先月レト達があったと言う……」

 

「あなたは初対面ですね? 初めまして、鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルトです」

 

「ご丁寧に。 ガイウス・ウォーゼルと言う」

 

「それでクレア大尉、もしかして憲兵隊のお仕事で?」

 

アリサはそう質問すると、クレア大尉は頷いて肯定する。

 

「ヘイムダル中央駅は鉄道憲兵隊の拠点ですから。 基本はここから各方面へ鉄道経由で急行します」

 

「なるほど、合理的だな」

 

「とはいえ、今は別の要件があって、後でそこにお伺いするのですけどね」

 

「え、じゃあここには何をしにーー」

 

「ーーあ、すみません、そろそろ4番ホームに列車が到着します。 これを乗り過ごすと次は30分後です」

 

クレア大尉は視線を上げ、備え付けられていれ時計を見た。 掲示板と見比べると……後5分で列車は到着するそうだ。

 

「え! あ、本当だ!」

 

「急がないと!」

 

「それではクレア大尉、我らはこれで失礼する」

 

「はい。 特別実習の成功を祈っています」

 

クレア大尉は駆け出す彼らを見送り……走り出さず、その場にとどまっていたレトの方を向いた。

 

「お待たせしました……レトさん」

 

「いえ、こんな時間を指定しまった自分のせいですから。 それで、例の物は?」

 

「こちらです」

 

クレア大尉は持っていた封筒を取り出した。

 

「……………………」

 

「ーードレックノール要塞、第一飛行艦隊司令官、ウルク・スカイウォーカー大佐。 及びハイアームズ侯爵家当主、フェルナン・ハイアームズ閣下両名の直筆サインが署名されている許可書です」

 

そう言い、レトはクレア大尉から封筒を受け取った。 レトはこの中に自分が欲する書簡が入っていると、心の中で思う。

 

「そこへ向かうための鍵は侯爵閣下からお受け取り下さい。 我々に出来るのはここまでです」

 

「いえ、あの人が自分の我儘を聞いてくれただけでも凄く有難いです。 それでは僕もこれで……」

 

礼をし、レトは先に向かったラウラ達を追いかけようと駆け出すと……あのっと、クレア大尉はレトを呼び止めた。

 

「本当に、あの場所に向かわれるおつもりですか?」

 

「…………宰相の元にいるあなたなら知っているでしょう。 2年前、リベールで起きた異変を。 そこで起きた出来事を……レクターさんから聞いているはずです」

 

「……………………」

 

レトの答えに、クレア大尉は無言になる。 レトは持っていたトランクを握る力がこもる……その時、ラウラが慌てて戻って来ていた。

 

「ーーレト! 何をしている!」

 

「あ、ごめん! 今行く! クレア大尉、それでは!」

 

「え、ええ……どうかお気をつけて……」

 

レトはラウラの元に走り、そのまま2人は4番ホームに向かって走る。 クレア大尉はその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 

(セントアーク、ですか……)

 

少し悲しそうに目を伏せ……首を振って気を取り直し、踵を返して歩いて行った。

 

「一体大尉と何を話していた?」

 

「ちょっとした身内の事でね。 ラウラも知っているでしょう?」

 

「…………そうか……だが急ぐぞ。 もう列車は到着している、1分も待たずに出てしまう」

 

「それは急がないとね!」

 

時刻は既に昼前、通行人が走るレトとラウラを横目で見ながら4番ホームに着くと、停車していた列車の前にエリオットがいた。

 

「あ! レト、ラウラ! 早く早く!」

 

「今行く!」

 

すると出発のアナウンスが流れ、仕方なくまずはレトとラウラは別の車両に乗り、そこからエリオット達のいる車両へ向かう事にした。

 

「っと、その前に……」

 

レトはアークスを取り出しながら振り返り、一瞬アーツを使用する体勢に入り……すぐに終了し、列車内を進んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

帝都ヘイムダル地下道……ここは現在のヘイムダルの街並みの下地になったもので、地下道というよりも地下都市に近い。

 

だが今は魔獣が蔓延る世界になっており、時折壁越しに聞こえる声や足音が、市民達の間に噂になっていたりする。

 

「グルルルル……」

 

そんな中、地下道の一角で寝ていた一体の獣が、何かに反応して閉じていた目を光らせながら開いた。 そして唸り声を上げながら起き上がり……ガシャ、ガシャっと音を立てながらゆっくり前に進み出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達は慌ただしくも帝都でサザーランド本線の列車に乗り換え、真っ直ぐセントアークに向かった。 レト達は他のメンバーがいる車両に到着し、遅れてごめんと謝りながらボックス席に座った。

 

「さて……とりあえず、まずは実習先についておさらいをしておこうか?」

 

「ええ、そうね」

 

帝都からセントアークまでは4時間以上、トリスタから帝都までの間の時間では説明できなかったこれから向かう街の説明を、レトが古文書を開き読みながら始めた。

 

「じゃあ大まかに説明するね。 これから向かうセントアークは南部サザーランド州の中心都市。 別名白亜の旧都、人口は約15万……他の四大都市と比べると小さいくらいだね。 特色して名産物などはないけど……かの獅子戦役にも登場し、近代化する帝国の中で1番歴史ある街と言えるね」

 

「暗黒時代に帝都ヘイムダルが暗黒竜の瘴気によって死の都と化し、時の皇帝アストリウスII世が生き残った民を率いて南下しセントアークの地に仮の都を築いたとされている……有名な話だね」

 

レトの説明に納得しながら、エリオットが説明を付け加える。

 

「また、古くから芸術の都としても名高く、中世以前より多くの著名な芸術家を輩出しているんだ。 画家はもちろん、演奏家も何名か出ているね」

 

「へえ……ガイウスとエリオットが興味ありそうな街ね」

 

「確かに、美術部の同期にセントアークに特別実習に向かうと言うと羨ましがられてしまった」

 

「あはは、僕も先輩に羨ましがられたよ」

 

学生の身でありながら、実習という名目で地方に行けるというのはやはり他の学生に取って羨ましいのだろう。 レトもお土産としてどんな写真を撮ろうかなぁ、と考えていた。

 

それからレト達は雑談やブレードというのカードゲームで盛り上がる事数時間……

 

「花畑か……」

 

「帝国でも温暖な地方だからね。 アネモスの花……もう咲きごろだっけ」

 

「どうやらサザーランド州に入ったみたいね」

 

レト達は流れるように映る花畑を眺め、ふとエリオットが視線を上げると……

 

「な、何あれ……」

 

思わず驚きの声を漏らしてしまう。 この遠く離れた場所でも分かる巨大な城壁が見えてきた。 それを前にして、アリサ達3人は食い入る様に城壁を見る。

 

「ここからでも見えるって事は、かなりの大きさね……」

 

「あれは……」

 

「ーードレックノール要塞。 帝国軍が保有する正規軍の司令部がある拠点だよ。 そしてあれが……」

 

続いて列車の進行方向、その先にドレックノール要塞と匹敵する灰色の城壁が見えてきた。

 

しばらくして列車はセントアークに、そして駅に昼前に到着した。

 

「うーん、やっとついたぁー」

 

「なんとか昼前には着けたわね。 なんだかあの距離を往復したサラ教官の苦労が身に染みるわ」

 

「単純に計算すれば、半日は列車で揺れられていたのだからな。 気苦労もあったであろう」

 

「そうだね。 ーーさて、まずは宿に荷物を置いていこう。 えっと、指定された宿泊施設はっと……」

 

レトは前日、サラ教官から渡されたメモを手に取る。 今回の実習の宿泊場所は聖堂広場にあるホテル・オーガスタと書かれていた。

 

「どうやら貴族向けのホテルのようだな」

 

「その場所なら知っているよ。 駅を出て右曲がったら見えるはずだよ」

 

「私も知っている。 早速向かうとしよう」

 

約5時間で固まっていた身体を伸ばしてほぐし、レト達はセントアーク駅を出た。

 

「ここがセントアークか……前回の実習ではここを通過しただけだったからな」

 

「そういえば、ガイウス達はこの前の実習でこの先にあるパルムに行っていたわよね?」

 

「ああ、白亜の旧都と聞いていたが……少しくすんだ灰色の街並みのようだな」

 

「かつて帝都で災厄があった際、時の皇帝がここに遷都した当時……光り輝くような白い街並みだったらしいけど、今は片鱗しか見えないね」

 

この街の歴史をかい摘みながら左に向かい、大聖堂が見える通りに出た。 そこからすぐに目的地であるホテルが見えた。

 

「お、大きいね……」

 

「こんな所、泊まっていいのかしら?」

 

「そう気負う事はない。 やましい事など何もないのだ、もっと堂々していればよい」

 

「そうそう、それにいくら貴族向けの宿とはいえ、ここは結構いい宿だよ。 エリオット達も気にいると思う」

 

エリオットとアリサが多少気後れしながらも、残りの3人は堂々とホテルの中に入り。 2人は慌てながらも後に続いた。

 

中は高級ホテルだが、芸術の街と言われるだけあって両側面の壁にはいくつもの絵画が飾られてあった。 ガイウスはそれに興味を持ったが、まずはチェックインを済ませるためフロントに向かう。

 

「このホテル・オーガスタの支配人、フォードと言います。 本日は当ホテルのご利用ありがとうございます」

 

「トールズ士官学院、VII組の者です」

 

「お話は聞いております。 どうぞこちらへ」

 

どこかのほほんとした老人、フォード支配人はレト達の事を歓迎してくれた。

 

今回は当然男女別れての部屋割りとなり、レト達は各部屋に荷物を置き。 フロントに集まり、支配人から受け取った活動内容が入っている封筒を開けた。

 

内容は街の中に巣を作っている魔獣の討伐、北セントアーク街道にいる手配魔獣の討伐、貴族から描く絵のモデル探し……など、やはり遊撃士のような活動内容だった。

 

「ふむ、やはりやっている事は遊撃士と同じだな」

 

「基本的に前回と同じ流れで進めて行きましょう」

 

「了解した」

 

「この手配魔獣の討伐の、報告はドレックノール要塞で報告って……もしかしてさっきの?」

 

セントアークからドレックノール要塞、地図を見てもかなりの距離がある。 それなりにハードな実習になると予想される。

 

「そうなるとそれなりの距離を歩く事になるね。 まずは街で活動し、ある程度区切りがついたら街道途中にいる手配魔獣の討伐とドレックノール要塞へ行くのでどうかな?」

 

「それで構わないけど、大変な実習になりそうだわ」

 

「あはは、同感」

 

「それじゃあ、VII組B班……A班に負けないように、程よく頑張って行こー!」

 

「うん、承知した」

 

「お、おー?」

 

「行くとしよう」

 

レトが仕切るように激励を言い、ラウラはスルー、エリオットは無理にこのノリに答え……レト達はセントアークでの特別実習を開始した。

 

 



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14話 緋い月

 

 

レト達、VII組B班はセントアークでの特別実習を開始し。 先ずは街の中に巣を作っている魔獣の討伐の依頼を受け、依頼を出した住宅街にあるカフェ兼宿のエイプリルに向かった。

 

「ここがセントアークの住宅街かぁ……風が気持ちいいね」

 

「それに花のいい香りも……」

 

「いい風だ……西の街道から吹いているようだな」

 

「セントアークの西は花の群生地が点々としているだ。 その香りが風でここまで運ばれているんだね」

 

住宅街の良さを身に感じながら目的の宿に入った。 そしてカウンターにいたチャラい店主から部屋の場所を聞き、2階にある宿に一室をノックした。

 

出てきたのは若い男性で、中に入れられるとご高齢の老婆がベットに腰掛けていた。 まずはレトが代表し、挨拶をする。

 

「トールズ士官学院、VII組の者です」

 

「待っていたよ。 確か市に出した要請を、君達が受けてくれるんだよね?」

 

「はい。 それで街の中に巣作ってしまった魔獣の退治ですが……その魔獣はどこに?」

 

「この宿の出てすぐにあるアパルトメントだよ。 今そのアパルトメントは誰も入居してなくて……それを狙ってなのか街道の魔獣が住み着いてしまったんだ。 私はそこにいる座っている叔母なんだけど、叔母がアパルトメントのオーナーで、一昨日襲われてしまって……」

 

そう言われてよく老婆を見ると、服の下に包帯を巻いているのが見えた。 レト達はそれを見て遣る瀬無い気持ちになってしまう。

 

「今アパルトメントには誰もいないのですか?」

 

「ああ、今は入居者も誰もいない。 むしろ新しく入居者がいるから、早く魔獣をどうにかしないと何も始まらないんだ」

 

「なるほど……皆、僕はこの依頼を受けたいけど……皆はどうする?」

 

念のためレトはラウラ達に意見を聞いてみるが……愚問と言わんばかりに頷いた。

 

「もちろん、受けさせてもらうよ!」

 

「市民の安全を守るのも、また特別実習だろう」

 

「異論はないわ」

 

「問題はない。 誠心誠意取り組ませてもらおう」

 

「あ、ありがとう! じゃあこれを、これでアパルトメントに入れるよ」

 

男性はお礼を言い、レトにアパルトメントの鍵を渡した。

 

「後、できれば中はなるべく壊さないでもらいたい。 攻撃アーツの使用も出来るだけ控えてくれれば……」

 

「え、ええっ!?」

 

「枷もあれば己を高められるだろう。 それに我らには戦術リンクがある、問題はなかろう」

 

「それは、そうだけど……」

 

男性は無理難題を押し付ける事に謝りながらも、レト達はその難題を了承した。

 

レト達は宿を出て、すぐ目の前……魔獣が住み着いたアパルトメント《ルナクレスト》に向かった。

 

「ここに魔獣が……」

 

「ふ、古いわね……」

 

「築何年だろう?」

 

「外から見てもさほど広くない。 我らと魔獣が入り混じれば苦戦は免れない……」

 

「そこは、戦術リンクの出番だね」

 

突入する前にリンクする相手を決め。 ラウラとアリサ、ガイウスとエリオットの前後衛でリンクを組み。 レトは遊撃となった。

 

「ーーじゃあ、入るよ?」

 

武器やアークスの確認をした後、レトがそう聞くと……ラウラ達は無言で頷いた。 それを確認し、レトは鍵を使いアパルトメントの中に入った。 中は明かりが付いていないので薄暗く、奥から何かが蠢く音が聞こえてくる。

 

「……いるね」

 

「ああ、上の方から風を感じる。 確実に潜んでいるようだ」

 

すると、レト達が訪れたのを検知したのか蠢く音が激しくなった。どうやらレト達の侵入者だと判断したようだ。

 

「来るよ!」

 

「これは……!」

 

天井の上から羽ばたく音が聞こえ、レト達は武器を構える。 すると、羽を散らしながら天井から現れたのは数体の鋭い嘴を持つ海鳥型の魔獣……タイニーフェザーだった。

 

「こいつらがここに巣作っていた魔獣か」

 

「このまま放置すれば市民にとって害になる……駆逐するぞ、1匹残らず!」

 

「ええ!」

 

「B班、気合いを入れて行くよ!」

 

数体のタイニーフェザーは頭上を陣取り、鋭い嘴を向けて一斉に襲いかかってきた。

 

「させぬ!」

 

「やっ!」

 

ラウラは大剣を大きく振り回せないので、襲いかかるタイニーフェザーを払い、上に後退するのをアリサが次々と射抜いて落とし……地に落ちたのをレトがトドメを刺していく。

 

「皆、元気を出して! エコーズビート!」

 

「そこだ!」

 

「ふっ!」

 

エリオットは依頼主の都合により、アーツによる補助でレト達を援護し。 ガイウスとレトが槍で突きと軽い薙ぎで敵の移動経路を狭めていく。

 

だが、後ろにいたタイニーフェザーは風のアーツ、ブレスを使い。 前にいたタイニーフェザーの傷を癒した。

 

「こうも狭いとブレスの効果が強く出る!」

 

「こっちは大技と攻撃アーツを封じられているのに……あっちは御構い無しだしね……」

 

「落ち着いて! 確実に、一体ずつ倒して行こう!」

 

「行くぞ……!」

 

ラウラは大剣を正面に構えると、彼女を中心に光の渦が発生する。 すると複数のタイニーフェザーがラウラに引き寄せられ……

 

「洸円牙……せいやっ!」

 

全てのタイニーフェザーが射程に入ると同時に回転斬り、次々と斬り落として行くが……やはりアパルトメントを気にして全力は出せず、倒しきれなかったものは上に逃げて行く。

 

「上に……!」

 

「ーーはあっ!」

 

レトは一回の跳躍で2階の踊り場に飛び上がり、手摺を蹴り上げてタイニーフェザーの翼を打ち払った。

 

そして落ちて行くタイニーフェザーを足場にして跳躍し……また次のタイニーフェザーを落とす、たまに天井や壁を足場にしながらもそれを流れるようにレトは繰り返した。

 

「見事な身のこなしだ」

 

「もう驚くのはやめたわ……」

 

「あはは……」

 

落ちてきたものはラウラ達がトドメを刺し、ようやく数える位に減ってきた。 すると、最後のタイニーフェザーが2階の窓を破り、街に出てしまった。 外からは戦闘音で集まってしまった市民の悲鳴が聞こえてきた。

 

「しまった!」

 

「魔獣が街に!」

 

「ーー待て!」

 

逃げたタイニーフェザーを追い、レトは破られた窓の縁に足をかけ……2階から飛び出した。

 

「いた……!」

 

宿屋の屋根に飛び乗り、すぐに飛んで逃げるタイニーフェザーを発見した。

 

「逃がさない……!」

 

一気に駆け出し、猛スピードで屋根から屋根へ飛び移り、タイニーフェザーの真横に着くと……

 

(ほど)け……童子切(どうじきり)!」

 

槍を構えて足を曲げて身を縮め、爆発的によって姿がかき消える速度で跳躍し……飛んでいるタイニーフェザーの胴体を刺し貫いた。

 

最後のタイニーフェザーは消滅したが、跳躍して飛んだ高さはセントアークにあるどの建物よりずっと高い。 だがレトは慌てず、石突きを下にして棒を伸ばし、先に石突きを地面に着けて落下速度を落としクルクルと回りながら地上に降り立った。

 

「よっと……」

 

辺りを見回すと、そこは一本道の人気のない場所だった。 そしてその奥に、何かの店があった。

 

「ここは……閉鎖されてる……?」

 

店は門と扉によって硬く閉ざされていたが、店名だけは残っていたのでレトは門のある場所から目を凝らして読んだ。

 

「えっと……Rieveldt & Co.? ……リーヴェルト? それって確か帝都に本社を置く音楽楽器メーカーの名前だったような……」

 

レトは記憶の片隅にある知識を引っ張り出し、なぜセントアークにその閉鎖されたリーヴェルト社があるのか疑問に思った。

 

「あれ? リーヴェルトって確かクレア大尉のーー」

 

「レト!」

 

その時、アパルトメントの方角からラウラが走ってきた。

 

「逃げた魔獣は倒せたようだな」

 

「うん。 他の皆は?」

 

「残存する魔獣がいないかアパルトメントを探し回っている。 我らも手伝うとしよう」

 

レトはリーヴェルト社が気になったが……ラウラの後に続いてアパルトメントに戻った。 そして中を調べ周り、魔獣によって破壊された屋根があっただけで姿は確認出来ず。

 

その後、男性に報告し。 老婆と一緒にレト達にお礼を言った後……新しい入居者の引越しがあるとの事で報酬を受け取ると慌てて出て行ってしまった。

 

レト達は苦笑しながらも、次の依頼……描く絵のモデル探しのため、聖堂広場に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

聖堂広場に到着し、辺りを見回すと……絵を描いていた貴族を見つけ、彼が依頼を出した人物だと確認する。

 

内容を聞くと、彼が希望するモデルを見つけて欲しいらしく。 要望は小柄な女性で金髪、という事だったが……先ほどまでセントアークを回ってもそんな人物はおらず、メンバーの中で要望に1番近いアリサでも小柄ではないので却下された。

 

ラウラは仕方なく時間をもらう事にし、先に北セントアーク街道にいる手配魔獣の討伐の方を優先し……レト達は準備を整えると北セントアーク街道に向かった。

 

「さて、セントアークとドレックノール要塞の中間地点に手配魔獣がいるのよね?」

 

「そのはずだ」

 

「そして、そのままドレックノール要塞のほうに報告する必要がある……」

 

「先ほど依頼は後回しにするとして……準備が整い次第、行くとしよう」

 

やり残した事がないか確認した後、レト達は街道に沿ってドレックノール要塞に向けて出発した。 たまに襲いかかる魔獣を退けながら、途中にあった陸橋を渡ると……直ぐ先にドレックノール要塞が見えてきた。

 

「ここからでも見えるんだ……」

 

「近くで見ると首が痛くなりそうね」

 

「確かにここからでも巌のような風格を感じ取れるが……まずは手配魔獣からだ。 気を引き締めて行くがよい」

 

アリサは遠くにある要塞に少し気圧されながらも、歩みを進める。

 

しばらくして、レト達は街と要塞を繋ぐ街道の中間地点……そこにある手配魔獣がいる脇道に入った。

 

「この先に手配された魔獣がいるようだな」

 

「そのようね」

 

道なりに進み、それからすぐに進行方向から地面を大きく踏み鳴らせす……かなり体重のある足音が聞こえてきた。 レト達は物陰に隠れてそっと先を覗くとそこには……

 

(……な、なにあれ……)

 

(ふーん? 飛び猫の変異種のようだね)

 

(いや、変異種というより……あれはもう別種だから!)

 

エリオットが指差したのは……筋肉質な黒い毛並みで白模様が入った虎のような身体とコウモリのような巨大な羽を持つ魔獣だった。 レトが言うに、飛び猫の変異種らしい。

 

(かなりの強敵みたいだな……)

 

(これは手こずりそうね。 戦術リンクをフル活用していきましょう)

 

気を引きして、レト達は武器を取り出し構える。 凶悪そうな魔獣だが、レト達は苦戦を強いられるかもしれないが……負けないと心中、思っていた。

 

(じゃ……行くよ)

 

(承知!)

 

レトの合図で飛び出し、魔獣……キラータイガーはレト達を視界に入れると……

 

ガアアアアァァッ!!

 

犬歯を剥き出しにし、轟く息吹をはくような咆哮をレト達に向かって放った。

 

「うわっ!?」

 

「咆哮で攻撃ですって!?」

 

「奇襲失敗だね」

 

隙を突いて奇襲したが、思わぬ攻撃により阻止されてしまった。 だがこのまま怯んでもいられず、ラウラは先導して飛び出した。

 

「鉄砕刃ッ!!」

 

先ほどの依頼で全力を出せなかったせいか、溜まっていた分がここで解放され。 いつも以上の気合いで大剣が振り下ろされた。

 

「ふっ……そこだ!」

 

ガイウスはその場から槍を構え、風が十字槍に纏われ……突きを出すと同時に渦巻く烈風となって放たれた。

 

「クリスタルフラッド!!」

 

エリオットも不満が溜まっていたのか、容赦なく強力なアーツを発動。 エリオットから氷の道がキラータイガーに向かって走り凍らせ、砕け散って全体に衝撃を走らせた。

 

だが、キラータイガーは怯まず。 背中の羽を大きく羽ばたかせ、跳躍すると……腕を振り上げながら急降下してきた。

 

「くっ!」

 

「何という威力だ……!」

 

「なかなかすごいね!」

 

振り下ろされた腕は地面を砕き、衝撃と瓦礫が前衛にいたレト達を襲う。

 

「皆、頑張って!」

 

すかさず、アリサがレト達の頭上に矢を放ち。 破裂すると癒しの光が降り注ぎレト達の傷を癒し、活力を与えた。

 

「すまない、感謝する」

 

「! 2人とも、気をつけて!」

 

だがそれによりキラータイガーは後方のエリオットとアリサの方を向いた。 すると殴るように地面に向かって腕を出し、地面を削って巨岩を飛ばしてきた。

 

「エリオット! アリサ!」

 

「避けろ!」

 

「っ!!」

 

咄嗟のことで2人は動けなかった。 すぐさまレトが地面を蹴って高速で移動し……2人の前に出て巨岩を受け止め……

 

「っ……でやっ!」

 

気合いを入れて上に持ち上げ、背後に落とした。

 

「レト!」

 

「大丈夫、問題ないよ……って、ラウラ、前!」

 

「なっ!?」

 

心配して意識が後ろに向いた隙を狙い、ラウラに向かってキラータイガーが襲いかかった。 咄嗟にレトの警告で大剣の腹で防御するが……あまりの威力に足が浮き、手から大剣が弾かれて吹き飛ばされてしまう。

 

「ラウラ!」

 

レトは槍を軽く上に投げて投擲の構えに持ち直し、牽制として槍を投擲してキラータイガーを後退させる。 そして飛んできたラウラを両手で受け止めた。

 

「大丈夫?」

 

「くっ……不覚を取った……」

 

大した怪我をしてない事にホッとするが、鈍い音が聞こえて前を見ると……ガイウスが1人でキラータイガーを抑えていた。

 

「しまった……ラウラ、ちょっと借りるよ!」

 

「お、おい!」

 

ラウラを地面に置き、一気に駆け出す。 キラータイガーに向かいながら、途中で弾かれている地面に刺さっていた大剣を左手で持ち……抜き取った。

 

レトは片手でラウラの大剣を持ち、具合を確かめるように走りながら軽く振るい……キラータイガーの横腹を斬り裂いた。

 

「大丈夫、ガイウス!?」

 

「助かった。 だがその剣は……」

 

「話は後! 一気に決めるよ!」

 

レトはキラータイガーの両腕によるプレスを避け、衝撃で髪が靡きながらも接近し。 キラータイガーの右脚を蹴って体勢を崩し、そのまま懐に入り……

 

「ーー偽・洸凰剣!!」

 

ものすごい速度で大剣を振るい、3つの軌跡を描いて斬撃を叩き込んだ。 それによりキラータイガーは致命傷を負い、苦悶の断末魔を鳴きながら地に倒れ伏した。

 

「ふう……やっと倒した。 って、イテテ……」

 

額に着いた汗を拭い、一息ついた。 だがレトは顔をしかめて左腕を抑える。 片手剣と大剣では勝手が違く、腕を軽く酷使したようだ。 と、そこでラウラ達もレトに近寄ってきた。

 

「レト、今のは……」

 

「あ、うん。 いまのは一度、子爵閣下に手合わせした時の模倣だよ。 大剣もそうだけど、勝手に使っちゃダメだったかな……?」

 

「……いや、構わぬ。 大剣を手放してしまったのも私の未熟ゆえに……アルゼイドの剣技を使ったのも含め、気にするでない」

 

「そっかぁ、よかった……」

 

それを聞いて一安心し、レトは胸を撫で下ろした。

 

「でも凄いよ! 」

 

「ああ、見事な剣技だった」

 

エリオットとガイウスも賞賛する中……アリサが疑問に思っていたことを口にする。

 

「……サラ教官と戦った時から疑問だったんだけど……あなたはどうして剣を使わないの?」

 

「え……」

 

「あの時見せた事から、剣を嫌っているわけじゃない。 確かに槍も凄い腕だけど……どうして最初から剣を使わないのかしら?」

 

アリサの疑問は最もだ。 槍よりも剣の方が強い……それなら剣を使った方がいい。 人ならより使いやすいものを、より優れたものを手に取る……当然の選択だ。 だがレトはそれを拒んでいた。

 

「……………………」

 

「ーーわからないわね。 凄い力を持っているのにそれを使おうとしない……それじゃあ、何のための力ってなっちゃうじゃない」

 

「……アリサ、それぐらいにしてやれ。 レトにも事情がある」

 

「いいんだ。 アリサの疑問も最もだし、僕が厳として剣を使わないとは言わないから。 ただ、ちょっとね……」

 

言い淀むレトに、アリサは眉を釣り上げるが……それ以上追求はしなかった。 少し空気が悪くなる中、ラウラがレトから大剣を受け取り、手を叩いて話を変えた。

 

「では、小休止したら報告をしにドレックノール要塞に行こう」

 

「そ、それがあったね……」

 

「もう一息だ。 頑張ってくれ」

 

小休止しした後、少し疲労が蓄積された身体で再び街道に戻って北上し、しばらく進むとドレックノール要塞と帝都方面に繋がる三叉路に出た。

 

「三叉路だ……ここを左みたいだね」

 

「後もう一息だな」

 

三叉路を左折し、それからすぐに見上げるほど巨大な鉄の城壁……ドレックノール要塞に到着した。

 

「ドレックノール要塞……やっと着いたね」

 

「ここが……サザーランド州の治安を守る正規軍の拠点の一つか」

 

「以前に父上も何度か武術指南で訪れたそうだが……」

 

レト達は陸橋前で要塞を見上げ、忌憚のない感想を述べた。 だが、ここでただ上を見上げているわけにもいかない。

 

「……それじゃあ、さっそく行ってみよう。 確か門衛の人に報告すればいいんだよね?」

 

「そうだよ。 早く報告して、日が暮れる前には帰ろう」

 

陸橋を渡り、城壁の目の前に向かい……レト達は先ほどよりさらに首を上に向け、さらに上半身を少し逸らして見上げる。

 

「近くで見ると本当に大きいな……」

 

「ああ、聞きしに勝る威容だ」

 

「帝国が誇る二大要塞だからね」

 

「ーー君達、ここに何か用かい?」

 

門前にいた正規軍の兵士2人がレト達に気付き、近付いてきた。

 

「その制服は……そういえば報告にあったーー」

 

「自分達はトールズ士官学院、VII組の者です」

 

「こちらで出した魔獣退治の報告に寄らせてもらった」

 

「ああ、君達が。 かなりの強敵だったが……どうやら無事のようだな?」

 

「はい。 先ほど、指定された魔獣は退治しました。 この場で報告をする形で構いませんか?」

 

アリサの質問に正規軍兵士は了承し、報告を終え報酬を受け取り。 兵士達はまた門の前に戻って行った。

 

「ーーこれで依頼は達成した。 セントアークに戻るとしよう」

 

「ええ、そろそろ夕方になりそうだし」

 

「では、戻るとしよう」

 

「あの距離をまた歩くのかぁ……」

 

「ちょっと憂鬱になるわね……」

 

アリサとエリオットが弱気になりながらも来た道を引き返し……日が暮れる頃、レト達はようやく夕焼けに照らされるセントアークに戻ってきた。

 

「や、やっと戻ってきたぁ……」

 

「もう脚がパンパンよ……」

 

「休むのはまだ早いぞ。 後一つ、依頼が残っている」

 

「また一から探すとなると、時間がかかりそうだな」

 

「とはいえ、小柄で金髪の女の子なんてそうーー」

 

「ふむ? 主らは……」

 

その時、レト達の目の前に……小柄で地面に着きそうなほど長い金髪で、どこか妙齢な雰囲気を放つ女の子が歩いてきた。

 

「いた……っていうか、ロゼ婆様!?」

 

「お? おお、おお。 誰かと思うたらレトとラウラではないか、久しいのぉ」

 

「ローゼリアの婆様。 誠、お久しぶりです」

 

レトは驚愕し、ラウラは恭しく女の子……ローゼリアに礼をした。

 

「よいよい、ここに来たのはただの散歩じゃ。 そう堅苦しくせんでもよい」

 

「そうだよラウラ。 婆様は基本ダラしないんだから」

 

「お主はもっと女子(おなご)に対して慎みを持たんか!」

 

ローゼリアは思いっきり足を振り上げ、レトの右足を強く踏みつけた。

 

「痛ッ〜〜〜たああぁぁ!!」

 

「やれやれ……」

 

「全く……この傍若無人っぷりにでりかしーの無さ、誰に似たのやら……」

 

「えっと、レト? もしかして知り合い?」

 

「へ、変な喋り方をするわね……」

 

「……この風は……」

 

エリオット達は女の子がレトとラウラの知人なのは分かったが……どこか女の子から不思議な雰囲気を感じ取っていた。

 

「イタタタ……しょ、紹介するよ。 この人はローゼリアの婆様、見た目に反してご高齢だから敬うように」

 

「フン!」

 

「今度は反対側〜〜!!??」

 

ローゼリアに容赦なく左足を踏みつけられ、レトは地面に倒れて悶え苦しむ。 代わりにラウラが紹介をした。

 

「このお方はレトとの旅の途中でお会いしたのだ。 進むべき道や助言を授けて下さったり、我々にとって師のような方だ」

 

「改めて、ローゼリアじゃ。 それとラウラよ、妾は大した事はしておらん。 少しばかりひんとを言っただけで、後はお主達が導き出しだけの事だ」

 

「そ、それでも……そのヒントが無かったら謎を解くのに時間がかかりました……」

 

「恩師には違いありません」

 

レトはヨロヨロと立ち上がり、ラウラと共にお礼を言う、 と、そこでアリサは依頼の件を思い出した。

 

「そ、そうだわ。 この人にモデルをお願いしたらいいんじゃないかしら?」

 

「あ! そうだね!」

 

「依頼人の要望にも一致している。 問題はないだろう」

 

「? なんの話じゃ?」

 

「えっと……婆様、お願いがあるのですが……」

 

レトは恐る恐る、ローゼリアに絵のモデルの件について説明し、モデルになってもらえないかお願いした。

 

「ふむ……妾の絵を描きたいと申すのか」

 

「は、はい。 もちろん無理にとは言わないですけど……」

 

「……いいじゃろう。 興が乗った」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「うむ、ないすばでぃでないのが悔やまれるが……一枚くらい残してもよかろう」

 

ローゼリアから了承をもらい、レト達は聖堂広場にいた貴族にローゼリアを紹介した。 すると貴族の画家はインスピレーションに来たのか、教会を背景にしローゼリアを道の少し脇に置いて素早く絵を仕上げた。

 

「ーー完成だ!」

 

待つ事数分、完成の声とともにレト達は絵を覗き込むと……

 

「ふむ、以前にも感じたものと似たような心境じゃが……まあ、悪くはない」

 

「いやぁ、ありがとう。 君がいてくれて助かったよ」

 

画家の男性はレト達にお礼の品を渡すと……荷物を手早くまとめて、絵を持って駆け足で貴族街の方へ走っていった。

 

「さて……妾も行くとするか」

 

「お付き合い、ありがとうございました」

 

「婆様、また次の機会に」

 

「うむ、ではな。 2()()によろしく言って置いてくれ」

 

そう言い残し、ローゼリアは住宅街の方に歩いて行った。

 

(2人……?)

 

「……改めて聞きたいんだけど、ローゼリアさんって何者なの?」

 

『知らない/知らぬ』

 

アリサの疑問に、レトとラウラは声を揃えて知らないと即答した。

 

「えええっ!?」

 

「婆様とは偶然出会って、それから度々現れては助言を言って消える……神出鬼没な人なんだ」

 

「歳を聞いて驚いたものだ……只ならぬお方だが、優しいお方だ。 そう気にせずともよいだろう」

 

「そういうものなのか……」

 

「……ラウラも大概レトに感化されているわね……」

 

「そうかなぁ?」

 

「ふむ、そうであろうか?」

 

首を傾げる2人に、アリサはガックシと項垂れ。 エリオットは苦笑、ガイウスはなるほどと納得しながら頷いた。

 

 



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15話 忘却の村

 

 

ローゼリアと別れた後、レト達はホテルに戻り。 活動レポートを纏めた後夕食を食べ……明日もまた早いので早めに就寝した。

 

そして夜も更け、誰もが寝静まった深夜。 導力車とは縁遠いセントアーク、騒音しない街中に……街道から届く鈴虫の鳴き声だけが鮮明に聞こえてくる。

 

そんな中レトは1人、トリスタから持ってきていたトランクを持ちながら街を歩き……門が閉まっていたので城壁を飛び越えて南セントアーク街道に出ていた。

 

「ーー来い」

 

アーツを指定せずアークスを駆動し、呼ぶように手を掲げる。 すると……何かが接近する音が聞こえてきた。

 

街道の先から黒い影がレトに向かって近付いて来た。 黒い影は高く跳躍するとレトの前に着地と同時に急ブレーキしながら停止し……

 

「グルルルル……」

 

唸り声を上げてレトを見据える。 月明かりに照らされ現れたのは胴体から2つのアームが生えた機械仕掛けの銀獅子……十三工房製、獅子型人形兵器の最終モデル、ライアットセイバー。

 

その改修発展型のライアットセイバー・セカンド。 装甲と四肢の強化と軽量化、機銃などの遠距離武装の撤去……そしてレトの趣向でYES、NO程度の受け答えが出来る人工知能の取り付け、尻尾が断ち切りばさみではなくワイヤーの先端に剣なのと騎乗が可能になっている。

 

「よろしくね、ウルグラ」

 

「グルル」

 

このライアットセイバーを手に入れたのはある事件の時、偶然レトが起動前のライアットセイバーを見つけた事から始まった。

 

レトはさらに間違えて起動させてしまい、ライアットセイバーはレトをマスターとして認証されてしまった。 レトは消えるし連れて行くのはやぶさかではなかったが……騎乗したいと考え、ルーレに連れて行きかのG・シュミットの手によりセカンドとなった。 帝国中の旅には同行させていたが……学院入学以降は帝都地下、レトの秘密基地に置いて行ったのだ。

 

そして今日、アークスから発した信号で帝都から呼び出し、セントアーク近郊に控えさせていたのをまた呼び出したのだ。 ちなみに名前は、“勇猛の宿命”の意味を持つウルグラと名付けた。

 

「ウルグラ、久しぶりで悪いけど、今日はよろしくね」

 

「グルルルル」

 

ウルグラは気にしてないと唸り、背を向けて腰を下ろした。 レトは苦笑し、飛び乗ってウルグラに付けられた鞍に乗った。 するとウルグラの両脇腹が一部が凹み、そこが鐙となりレトは足を乗せ、獅子の鬣に中に位置する場所にあるスロットルのようなハンドルを握った。

 

「行くよ……」

 

「グルル」

 

ウルグラは吠えたかったが、セントアークの住民に迷惑がかかるので唸って返事をし。 走り出してレトは街道を南下した。

 

途中、現れた魔獣はウルグラが突進しながら吹き飛ばし。 10分ほど走らせ帝国最南端にあるパルムに到着。 だが夜とはいえウルグラを入れる訳にはいかず、レトはパルム手前で右に曲がって街道から逸れ、鉄道線を飛び越え迂回してパルム間道に出た。

 

「……………………」

 

この先リベールがある、レトはそう思いながらも雑念を振り払いウルグラを走らせ、目の前にあったコンテナを飛び越え、軽い坂を登ると……厳重な門を構えている広場に出た。

 

「この先が……」

 

本当なら許可を得ようが得まいが、国や軍が侵入したと知る由もないと思い帰国後直ぐに向かいたかったが……ある2名が手順を踏んでここに訪れたのだから、自分もそうあるべきだ。 そう考えて1年待たされたのだ。

 

レトはウルグラから降り、ここに来る前にハイアームズ卿から受け取っていた鍵を使って錠を外し、厳重に巻かれていた鎖を取り払って門を開けた。 レトは緊張で唇が乾き、持ってきていた水で喉を潤すと……後ろからウルグラが小突いて来た。

 

「グルル……」

 

「ウルグラ……そうだね、行こう」

 

再びウルグラに乗り、忘れ去られた廃道を進んだ。 この辺りの魔獣は夜にやると気性が荒くなるのか、見つかる度に襲いかかってきたが……その度にウルグラが撃退し、先に進んだ。

 

「……ぁ……」

 

しばらく廃道を進み……レトは廃村に到着した。 ここはハーメル、レトが帝国を嫌う原因を体現している場所。 民家は焼き払われ、長い月日が経っているが……夜の雰囲気も相まってどこか幻想的な光景になり、レトは思わず写真を撮ってしまう。

 

すぐにハッとなり、写真を消そうとするが……しばらく考え込んだ後、導力カメラの記録結晶を交換し、懐にしまった。

 

「……この先だ、行こう」

 

「グルル……」

 

ウルグラから降り、自分の足でハーメルを歩く。 村の光景に胸を締め付ける感覚に陥りながらも奥へ向かい……崖に面している広場に出た。 その中央には……慰霊碑と呼ぶべきものがあった。

 

「……………………」

 

レトは膝をついて持ってきていた花束を慰霊碑に添え、黙祷した。 そして5分くらいで黙祷を辞め、ウルグラが持っていたトランクを開けた。 中に入っていたのは黄金の剣……かの剣帝が振るっていた魔剣、ケルンバイター。

 

リベールの異変の時、レトは剣帝からこの剣を授けられた。 漆黒の牙ではなく、レトに……

 

「……あなたはロランス・ベルガーの時から僕に目を掛けてくれましたね。 剣の才を見初めたと言っていましたが……僕はあなたの後に継げる程闇は深くないですし、覚悟もありません……この剣、お返しします」

 

ケルンバイターを取り出し、ソッと花束の側に置いた。

 

「力は喪われていませんし、いつか結社の誰が回収に来ると思いますけど……それまでは、どうかご一緒に」

 

役目は終わった……レトは立ち上がり、踵を返してその場を去ろうとすると……

 

「ーー行ってしまわれるのですか?」

 

「!?」

 

突然、背後から声を掛けられ、レトはバッと振り返ると……そこには重鈍な鎧と仮面を身にまとう金髪ロングの女性が凛とした雰囲気を醸し出しながら佇まっていた。

 

「剣帝の意志を継がず、この国の闇を知りながら逃れ続ける気なのですか?」

 

「! その声……影の国で聞いた……結社、身食らう蛇の使徒が第七柱!」

 

声に覚えがあったのか。 レトは槍を取り出し、穂先を女性に突き付けて警戒する。 それに対し女性の挙動に変わりはない。

 

「どうやら私のことはご存知のようですね。 改めまして、《鋼》のアリアンロードです」

 

「……レト・イルビスです。 なぜあなたがここに現れたのかはわからない……ですが、丁度いいです。 ケルンバイターを持って行ってください。 それはあなたが従う盟主の元にあるべきです」

 

「ーーいいえ。 それは違います」

 

レトの言葉を即座に否定し、アリアンロードは慰霊碑に添えられていたケルンバイターを手に取る。

 

「もう一度、聞きましょう。 剣帝の意志を継がず、この国の闇を知りながら逃れ続ける気ですか?」

 

「……………………」

 

2度の同じ問いに……レトは無視しする事はできず、少し考え込んだ後、口を開いた。

 

「僕には……僕には荷が重過ぎます。 ただ剣帝を継ぐだけなら了承してたかもしれない。 けど、僕にはこの村の罪を背負う立場にある! 罪から逃れるつもりはないです、ですが……僕にはレオンハルトさんの意志を、世界に問い掛ける事なんて……」

 

自分と、レオンハルトは違い過ぎる。 レトはこの業を背負う意味がわからない訳ではない……ただ重過ぎるのだ、レトが背負うべきものはそれだけ。

 

アリアンロードはそれを聞き、少しの間の後に……ケルンバイターをレトに向かって投げた。 レトはそれを驚きながらも見切り、回転する剣の柄を掴んで受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「剣を取りなさい。 稽古をしてあげましょう」

 

するとどこからともなく剣を取り出し、静かな威圧がレトに振り返る。

 

「くっ……ウルグラ!」

 

「グルオオオオッ!」

 

その気迫に怯むが、ここで戦っては死者への冒涜になってしまう。 気圧されながらも踵を返してウルグラの背に乗り、村の手前にある広場まで来ると……すでにアリアンロードが立っていた。

 

「いつの間に!」

 

「なるほど、初段は合格ですね。 まあ、レーヴェが見初めたほどの人物……そうでならなくては困ります」

 

「くっ!」

 

逃げる事は出来ない……槍をしまい、走っているウルグラからアリアンロードに向かって飛び降り、走っていた勢いを重ねてケルンバイターを振り下ろした。

 

「……………………」

 

だが、その一振りを片手で鞘に収めた剣で受け止めた。 そこから回転させ、レトを自身の背後に弾いた。

 

「っ……」

 

この一連だけでレトは力量の差を自覚した。 勝てるはずがない……本能がそう判断するが、レトはそれを振り払い剣を握る。 その時……

 

「グルオオオオ!!」

 

アリアンロードの背後でウルグラと……3人の同種の甲冑を身に纏っている女騎士が戦っていた。

 

「あら? いくら十三工房の最終モデルとはいえ、こんなに強かったかしら?」

 

「殲滅天使のもつ人形兵器と同じだろう。 かなりの戦闘経験を積んでいるようだ」

 

「貴方達、機械ごときに遅れを取るのは許しませんよ!」

 

女騎士3人は剣、斧槍、弓……それぞれの武器を構え。 いざウルグラを狩ろうとした時……

 

「ーーウルグラ!!」

 

「グルルッ!?」

 

その前にレトは声を張り上げ、威嚇していたウルグラと共に女騎士3人を制した。

 

「大人しくしていて! 彼女達はウルグラが敵う相手じゃない! この人達の目的はこの僕だ、手を出さなければ安全だから!」

 

「グルルルル……」

 

ウルグラはレトの言葉を聞き入れると、後ろに下がり腰を下ろした。 だが視線はレトからは外さない。 それを確認した女騎士達も邪魔にならぬよう後ろに下がる。

 

「ふふ、利口ね」

 

「いらぬ手間が省けた」

 

「……仕方ありませんね」

 

レトは気を取り直し、目の前の至高の存在を相手にする。 が……力量差は明白、レトは本気で彼女に立ち向かうが、アリアンロード自身は指導剣を振るっていた。

 

「おおっ!」

 

「ーーあなたの剣は型がない。 レオンハルトの剣からここまで再現し、己がものとするのは見事ですが……所詮は模倣!」

 

「うわっ!!」

 

ただの一振り、だがその剣は尋常ではないほど速く鋭く。 レトはケルンバイターの腹で防ぐも……大きく弾き飛ばされてしまう。

 

「作法がなっていません、あなたの剣は天性の才覚によるもの。 そのままでは獣と同意……どうやら脳裏に焼き付いている剣帝の姿で動いているようですね?」

 

「ハア、ハア……はい……ルーアン市での事件、闘技場、グランセル城、ラヴェンヌ廃坑、紅の箱舟、そしてリベールアーク……! 全部、頭の中に入ってます!」

 

ケルンバイターを地に突き立てて立ち上がり、レトは戦う意志をアリアンロードに示す。

 

「……いいでしょう。 かの剣帝も通りし道を教授しましょう、剣を取りなさい」

 

「う、うおおおおっ!!」

 

裂帛の気合いで地を蹴り、最速の剣を振るう。 そしてアリアンロードの剣をその身で受け、自身に何が足りないのか、どうするべきなのかを頭の中で考え抜く。

 

「記憶にある剣帝を己がものとして取り込みなさい。 剣を振るうのは“己”の魂と意志ーーさあ、あなたの剣、見せてみなさい!」

 

「はい!」

 

既にレトの頭の中にアリアンロードが結社の一員である事など忘れ。 素直に剣を受け、記憶の中の剣と写し合わせ、ものすごい勢いで己が者として吸収していく。

 

そしてそれが数時間にも及び……とうとう日が昇ってしまった。 それでもレトは剣を振るい、貪欲にアリアンロードに剣技を喰らい、自分の血肉にしていく。

 

「はあ!」

 

「っ!」

 

仮面に隠れたアリアンロードの表情に変化があった。

 

「ふふ、一から十、全ての剣の作法を教えたつもりが……百になって返ってきました。 レオンハルトがあなたを見初めた理由の一端、わかった気がします」

 

「でやあああっ!!」

 

接近しながら剣を投げ、後ろに弾かれるも一瞬で背後に回ってキャッチし、一転してアリアンロードの剣を弾いた。 アリアンロードは後ろに弾かれ、レトはそれを勝機と見て飛びした瞬間……

 

「!」

 

レトは頭の中に何が流れ込んでくる感覚に陥る。 脳裏に映し出されたのは……1人の青年が鍛錬のため剣を振るい、その光景を優しい女性と男の子が見守っていた。

 

「っ!!」

 

レトはそれに驚愕しながらも地を蹴り……アリアンロードの背後を取り、仮面に向かって神速の一刀を振り下ろした。 が……

 

「ガハッ!!」

 

アリアンロードは後ろを振り返らずに剣を背中に回して受け止めて……流れるように拳が峰打ちが鳩尾に入り、レトは激痛と苦悶の声を漏らし地に倒れ伏し、気絶してしまった。

 

「……………………」

 

アリアンロードは剣を振り払い鞘に納め、レトを見下ろす。

 

「気絶してもなお、剣を手放しませんか……」

 

「グルルルル……」

 

倒れたレトにこれ以上手を出させない為にか、ウルグラがレトの前に出て来てアリアンロードを威嚇する。

 

「心配せずともこれ以上、あなたの主人には手を出しません」

 

「ーーマスター」

 

続いて後ろに控えていた3人の女騎士がアリアンロードの元に向かい、敬うように跪いた。

 

「マスター、なぜこのような事を? この者を剣帝の後を継がせ、結社に向かい入れるならまだしも……ただの指導剣など」

 

「確かに見惚れるほどの才はあるでしょう。 マスターが気にかけるのも頷ける」

 

「このまま、結社にお連れにならないのですか?」

 

「……彼にその意思があれば連れて行きましたが、今の彼はまだ芽生えたばかりの蕾。 今は咲き誇るのを待つとしましょう」

 

すると、彼女達の足元に光り輝く陣のようなようなものが展開され……

 

「また会える日を楽しみにしてますよ……レミィ」

 

「え……」

 

アリアンロードが去り際に何かを呟き、女騎士の1人がそれを聞き取り唖然とすると……彼女達はどこかに飛ばされるように消えていった。

 

「グルル……」

 

その場に残された気絶したレトとウルグラ。 ウルグラは少し唸ると、アームを使ってケルンバイターをトランクに仕舞い。 続いてレトを背中に乗せ……駆け出し、忘却の村を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ーーう……う〜ん……」

 

レトは逆光で目を覆いながら目を覚ました。 まず見えたのは少しずつ青みが増していく大空……そして、揺られながら移動していた。

 

「ここは……? 僕は……一体なにを……」

 

「ーーグルル」

 

「!」

 

どうやらレトはウルグラの背に寝ていたようだ。 ウルグラはセントアークに向かい、レトを起こさぬようにゆっくり街道を北上していた。

 

「ウルグラ……! 痛ッ……」

 

驚愕とともに勢いよく起き上がると、全身の節々が痛みを主張した。 レトは痛みに耐えながら呼吸を整え、心を落ち着かせる。

 

「……そうか、確かハーメル村で……蛇の使徒に剣を教えられて……それから……」

 

レトは昨晩の出来事を思い返す。 そしてウルグラが持っているトランクを見る。 本来ならケルンバイターはこの場にないはずなのだが……致し方なしとレトは苦笑した。

 

「ウルグラ。 お前が僕をここまで?」

 

「グルル」

 

「……そう……ありがとう」

 

頭を撫で、ここまで連れて来てくれたお礼を言う。 だが、ここでゆっくりしてもいられない。 そろそろラウラ達も目覚める頃だ……

 

「まだ6時前……急げば多分間に合う。 バレないぐらい、隠れながら急ぐよ!」

 

「グルル!」

 

レトはウルグラの鞍に乗り直し、街道の横道に隠れながらセントアークに向かった。 ラウラとガイウスが早起きなので手遅れかもしれないが……とにかく急いだ。

 

数分で到着すると、林の中にウルグラを隠し門を通ってセントアークに入った。 そしてホテルに戻り、割り当てられた部屋の前に立った。

 

(……お、おはようございま〜す……)

 

扉を開けながら小声で挨拶し、音を立てないようにゆっくりと部屋の中に入る。 キョロキョロと部屋を見回すと……ガイウスとエリオットがまだベットの中にいた。

 

(ソロ〜リ、ソロ〜リっと……)

 

抜き足差し足……レトは物音一つ立てずに部屋に入り、荷物をゆっくりと置いた。 そして自分が寝るはずだったベットの掛け布団をめくり上げ、今起きたと装った。

 

今度は普通に音を立てて歩き、汚れと疲れを落とすため、眠気を覚ますためを装いシャワーを浴びた。

 

「ふう……」

 

「あ、レト」

 

レトはシャワー室から出ると、エリオットとガイウスはすでに起床していた。

 

「おはよう、2人とも」

 

「ああ……いい朝だな」

 

「朝にシャワーなんて珍しいね」

 

「ちょっと寝汗をかいちゃってね。 フカフカ過ぎて逆に緊張したのかもしれない」

 

「あ、あはは……確かに」

 

自分もそうだったのか、レトの言葉に同意する。

 

「2人もそろそろ起きているだろうし、僕達も行こうか」

 

「分かった。 先に行っててくれ」

 

「うん」

 

エリオットは部屋を後にし、レトは制服に着替えようとすると……ガイウスが声をかけてきた。

 

「……それでレト。 昨夜はどこに行っていた?」

 

「えっ……何のこと?」

 

「音を立てずに静かに出たようだが……風は誤魔化せない」

 

それはただ単にドアの開閉するときに通る風を感じただけなのだが……バレた事には変わりはない。

 

「ええっと……実習中に勝手に外出したのは悪かったけど。 今回だけ、見逃してくれないかな?」

 

「……昨日とレトが纏う風が変わった。 以前はどこか影に隠れた風が吹いていたが……今はとても澄んでいる。 どうやら己と向き合い、苦難を乗り越えたようだな」

 

「! ……そうだね。 今まで渦巻いていた疑念を……ようやく認めて、自分の血肉に出来たんだと思う」

 

どういった原理なのか分からないが、ガイウスのその慧眼にレトはテーブルに置いてあったトランクの表面に手を這わせ、驚きつつも頷いた。

 

「なら、俺から言える事は何もない。 今はただレトが壁を乗り越えた事を喜ぶとしよう」

 

「あはは、そんな大層なものでもないけどね」

 

照れ臭そうに頭をかき、着替え終えたレトはガイウスと部屋を出てフロントに向かった。 そこには既にエリオットの他に、ラウラとアリサも待っていた。

 

レト達は朝の挨拶をしながらテーブルに座り、豪華な朝食を食べ……支配人から受け取った特別実習2日目の依頼が入った封筒を開けた。

 

「……必須がイストミア大森林の魔獣討伐。 そして同じくイストミア大森林で薬草の採取……この2つだけみたいだね」

 

「ふむ……バランスよくまとめられてあるな。 確かこの依頼はハイアームズ侯爵が出しているのだったな?」

 

「うん、そうらしいよ」

 

「まあ、それはともかく、実習も2日目。 この調子で頑張っていくとしよう」

 

「ええ」

 

「明日にはここを発つ。 最後まで全力で挑むとしよう」

 

レトは痛む身体を誤魔化し、普通を装いながらホテルを出た。 だが、ラウラは疑うような目でレトの背を見ていた。

 

 



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16話 イストミア大森林

やっぱりオリジナルは難しいですね……

それはそうと閃の軌跡IVが来年の秋発売らしいですね。 ティザーサイトを見ただけでも色々とヤバい感じがします。


5月30日ーー

 

セントアークでの特別実習も2日目。 レト達は準備を整えると早速西サザーランド街道を歩いていた。 ふと、アリサが花の前で立ち止まり、身体を伸ばしながら花の香りを感じていた。

 

「うーん! 昨日の香りが強く感じるわね」

 

「色とりどりの花々……ここまでの光景、ノルドではまず見られない」

 

「目的地はこの先、街道を脇に逸れたところにイストミア大森林があるよ。 早く行って終わらせよう」

 

レト達は街道を歩き、少ししたら脇に逸れると……イストミア大森林へ続く道に出た。 そのまま入ろうとしたところ、ラウラが無言でレトに近付き……

 

「……………………」

 

「っ……」

 

無言でレトの二の腕を掴み、軽く力を入れると……レトは僅かに苦悶の表情を見せる。 それを見たラウラは納得した。

 

「……やはり身体にガタが来ている。 昨晩どこかに行っていたな?」

 

「あ、あはは……やっぱり気付かれちゃったか……」

 

バツの悪そうな顔をし、レトは包み隠さず昨夜の出来事を話した。

 

「例のあの場所に行っていてね。 そこで以前話した結社が現れたんだ」

 

「! そうか……無事でなによりだ」

 

「そういえば……僕と戦ったその結社の人なんだけど、かなり似てたんだよねえ」

 

「……似ているとは?」

 

「槍の聖女。 レグラムで見たリアンヌの石像とその人が」

 

「なに!?」

 

突然の話に、ラウラは驚きを露わにする。 遥か昔の偉人とはいえ、目標としている人物の名が出てラウラは居ても立っても居られなかった。

 

「それは誠か!?」

 

「う、うん。 ランスは使ってなかったし、仮面もしたから確証はないけど……」

 

「写真は!?」

 

「撮れるわけないでしょう」

 

「ーーおーい! 2人とも、何やってるのー?」

 

そこで先に行っていたエリオットが声をかけ、ラウラは納得しないも2人はエリオット達に追いつき、大森林に入った。

 

「ここがイストミア大森林か……」

 

「薄暗くて不気味だけど……なんだか神秘的な光景だね」

 

「ええ、なんだか癒される感じだわ」

 

「魔獣は奥にいるみたいだね。 それじゃあ、木々から樹脂を取りながら奥に進もうか」

 

レト達は周りの木々に樹脂がないか注意深く見ながら森林を進む。 だが……

 

「まるで樹脂がないわね……」

 

「ほとんどが取られた後……樹脂が取られてそんなに時間が経っていないよ」

 

「どういうことだ? 依頼人はそのようなこと一言も話してはいないぞ」

 

「……悩んでも仕方ない。 先に魔獣を討伐しよう。 もしかたらそこにあるかもしれない」

 

「では、行くとしよう」

 

先に魔獣を討伐しに最奥へと向かう。 それからラベンダーの香りがする方向に向かい、少しして魔獣がいると思われる開けた場所に出たが……

 

「……魔獣がいない?」

 

その場所に魔獣の姿は見えなかった。 辺りを見回しても形すらなかった。

 

「なんでだろう……?」

 

「ーーあ! 皆見て、あそこ!」

 

するとエリオットが大声で指差した方向に、樹脂が出ている大木があった。

 

「樹脂か」

 

「ようやく見つけたか。 魔獣がいないのなら先に回収しておこう」

 

「じゃあ、取ってくるわね」

 

アリサが樹脂を採取しようと歩き出した、その瞬間……花の香りに混じって異臭が風に流されて、それから微かにどこからか羽音が聞こえて来た。 それに気付いたレト、ラウラ、ガイウスは身構える。

 

「! 行くな、アリサ!!」

 

「えーー」

 

咄嗟にラウラは飛び出し、アリサを抱えて飛び退き……次の瞬間、大型の魔獣らしき影が襲いかかって来た。

 

「くっ……ラウラ、アリサ!」

 

「大丈夫だ、問題ない!」

 

「な、なんなの一体……」

 

レトは正面を向き、大きな羽音を立てながらそこにいたのは……臀部毒霧で覆われた巨大な兜虫型の魔獣だった。

 

「こいつは……!」

 

「兜虫型の魔獣……レト、こいつは……!」

 

「うん。 デグクレス……倒したはずなのに、どうして……」

 

この兜虫の魔獣、どうやらレトとラウラには見覚えがあり一度討伐した事があるようで。 疑問を覚えながらも武器を取り出して構える。

 

「もしかして……あの樹脂はこの魔獣のモノ?」

 

「ああ、どうやらエサを奪われると思っているのだろう」

 

「一石二鳥だね、魔獣を討伐して樹脂を採取する……行くよ!!」

 

意気込みを見せ、レトは槍を構えて飛び出した。

 

「ふうっ!!」

 

槍を薙ぎ払い……ガキンッという音を立てて刃がデグクレスの甲殻に弾かれた。

 

「やっぱり固いね……なら!」

 

レトは直ぐにバックステップで後退し、アークスを駆動する。

 

「レトは何をする気だ?」

 

「心配しなくてよい。 以前、ここであの魔獣と似たものと戦った事がある。 ここは我らに任せてもらおう」

 

「わ、分かったわ」

 

ラウラは効かないと分かっているが、狙いを自分に向けるために軽い剣を振り連続で攻撃し、デグクレスの標的になる。

 

「はあっ!」

 

「アーツの効きも悪い……なんて硬い甲殻なんだ……!」

 

「メルトレイン!」

 

ガイウスが十字槍で突くも、エリオットがアクアブリードを放つも、アリサがデグクレスの頭上から燃え盛る矢の雨を降らせても……デグクレスの硬い甲殻に阻まれて大きなダメージは与えられなかった。

 

デグクレスは攻撃を物ともせずに前に進み、ラウラ達に向かって巨大な角を突き出した。 咄嗟にラウラが前に出て角を大剣で受け流すが、質量の違い過ぎて大きく浮き上がってしまった。 そしてデグクレスが大きく角を振りかぶり……横殴りでラウラを殴り飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

「ラウラ!」

 

「問題ない……」

 

「ーーエアリアル!!」

 

ラウラは立ち上がり、大剣を構えたと同時にレトの風のアーツが発動。 突風がデグクレスの背後に巻き起こり……臀部に発生していた毒霧を払った。

 

「はあああああっ!!」

 

毒霧が払われると同時にラウラは跳躍して背後に回り、落下の勢いを付けて大剣を振り下ろし、甲殻に守られていない臀部を叩き斬った。

 

「結べ……蜻蛉切!!」

 

一瞬で背後に回り込み、移動した勢いを利用して槍を振るい。 デグクレスの臀部を薙ぎ払った。 するとデグクレスは……静止状態から飛び上がり、一回転してレトとラウラの方に頭を向け、角を突き出した。

 

「よっと」

 

「ふっ……」

 

羽根を出し、羽ばたかせ……頭上に飛び上がった。 巨大な木々が邪魔をしてそれ以上高くは飛べないが、それでも十分高く。 デグクレスはそこから臀部から芋虫型の魔獣を投げ飛ばした。

 

「……! エリオット、僕にアダマスシールドを!」

 

「う、うん!」

 

突然の申し出にエリオットは困惑するが、アークスを駆動し始めると……

 

「って……うわあっ!?」

 

「きゃあああああああっ!?」

 

目の前にかなり大きい芋虫型の魔獣が落ちてきた。 エリオットは通常より大きな芋虫に驚くが……虫が苦手なのか、それとも規格外の大きさだからなのか、アリサは絶叫する。

 

「うっ……レト!」

 

「ありがとう!」

 

「はああっ!!」

 

怯みながらもレトにアダマスシールドを付与させ。 すぐさまガイウスが十字槍で芋虫を串刺しにし、倒すが……倒された芋虫は身を丸めると、全身から棘が出た球体となった。

 

「こ、これは……」

 

「ーーラウラ!」

 

「任せるが良い!」

 

ガイウス達がトゲトゲと球体を見つめる中、レトは球体をラウラに向かって蹴り……その先にいたラウラは大剣を腹を見せ、八相の構えで上半身を捻りあげ……

 

「おおおおっ……!!」

 

大剣を豪快に振るい、向かってきた球体を飛んでいたデグクレスに打ち返した。 球体は高速に回転しながら上昇し……デグクレスに直撃すると爆発した。

 

「あの芋虫って倒すと自爆するんだけど、こういう使い方もあるんだよね」

 

「このような手を使うのは我らだけだろう」

 

それを聞くと、アリサ達は残っていた芋虫からバッと距離を取った。 だがレトは助走をつけて近付き……球体を蹴り上げた。

 

「あー、痛ったー。 トゲトゲ痛ったー」

 

「アダマスシールドを使ったのだからそこまで痛いわけなかろう」

 

「いや、これ結構衝撃来るから……」

 

レトが痛み振り払うように蹴った右足を振っていると……頭上で2度目の爆発が起き、デグクレスが落下してきた。

 

デグクレスはそのまま仰向けになって落下し、硬い甲殻から地面に衝突し、大きな衝撃が起こり木々を大きく揺らす。

 

「いい加減……燃え尽きなさい!!」

 

無防備な臀部はアリサに向けられており、アリサは燃え盛る矢をつがえ……放った。 矢は臀部に突き刺さると燃え広がり、デグクレスはのたうち回り……やがて力尽きて消滅した。 それを確認するとアリサは大きな溜息をついた。

 

「はあ……なんか変に疲れたわね……」

 

「意外だな。 まさか虫が苦手とは……」

 

「さ、さっきのが規格外なだけよ! 普通の虫は平気よ!!」

 

「はは、そうだね」

 

憤慨しながら否定するアリサを尻目に、レトは樹脂がある木に近付き、必要量の樹脂を採取した。

 

「これで……よし」

 

「樹脂も採取したし、街に戻ろうか?」

 

この場を後にしようとした時、レトは振り返って名残惜しそうに森の先を見つめた。

 

「……………………」

 

「レト、()()()には行かないぞ」

 

「! わ、分かってるよ。 でも、ちょっと気になっただけだから……」

 

「アレとは別個体のはいえ、同じデグクレスが出たのだからな。 気になるのも無理はない」

 

「……まあ、機会があれば行くけど……」

 

拗ねるようにボヤきながらも、レト達は来た道を引き返し。 セントアークに戻って行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ーーそこの学生、止まれ!」

 

依頼を終わらせ、先ずは依頼完了の方向をしにいこうと話し合いながら街に戻った直後……突然レト達を呼び止めたのは2人の正規軍の兵士だった。

 

「?」

 

「な、なにかあったのですか?」

 

「……こいつか?」

 

「ああ、間違いない」

 

「な、なんなの……」

 

「穏やかな雰囲気じゃないね」

 

いきなりの事で不審に思う中、兵士の1人がレトの前に立った。

 

「あの……?」

 

「お前がレト・イルビスだな?」

 

「……ええ、そうですが……僕に何か用ですか?」

 

「スカイウォーカー大佐がお呼びになっている。 一緒に来てもらおうか」

 

「な……!」

 

突然の動向にレトを含めた全員が驚愕する。 エリオットは慌てふためき、アリサは怪訝そうな顔をし、ガイウスは動向を見守る中……呼ばれる原因を知っているレトは冷や汗を流し、ラウラは横目でレトを見つめた。

 

「待って下さい! 今僕達は実習で……!」

 

「この実習中、セントアークで問題は起こしていない。 詳しい事情をお聞かせ願えないだろうか」

 

「我々も詳細は聞かされていない。 ただレト・イルビスを連れて来いと命令されただけ、我々はそれに従うだけだ」

 

問答無用、兵士達は聞く耳を持たなかった。 レトは軽く嘆息するとラウラ達の方に向き直った。

 

「行ってくるよ。 残りの依頼はないし……先にレポートをまとめておいて」

 

「しかし……」

 

「大丈夫。 悪い事は……多分してないし、すぐに帰れると思うよ」

 

レトは背を向けて軽く手を振りながら導力車に乗せられ、ドレックノール要塞に連れて行かれてしまった。

 

「……多分ってなによ多分って……」

 

「大丈夫かなあ……?」

 

「念のため、教官に連絡した方が良さそうだな」

 

「うん、その方が良かろう。 もしかしたら……レトは正規軍と領邦軍の両者のいざこざに巻き込まれた可能性もある」

 

ラウラはレトの事を心配するも、ここで立ち止まっては何も出来ないので。 先ずは依頼完了の報告をしてから静かに相談ができる場所に向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

兵士に連れていかれたレトは導力車でドレックノール要塞に連れていかれ。 レトは要塞内をおー……っと、声を漏らしがら驚き。 そのままここの最高司令がいる部屋に連れていかれた。

 

そしてその正面、デスクに座っていたのは暗い金髪をした眼鏡をかけている三十代の男性だった。

 

「ふむ、君がレト・イルビスだね。 私はここの司令官を務めさせてもらっている、ウルク・スカイウォーカー大佐だ」

 

「……レト・イルビスです。 それで、自分がここに呼び出したのはどのような要件があって?」

 

「ふふ、それは君が1番よく分かっているはずだ」

 

ワザとらしくデスクに肘を乗せて手を組みながら微笑むウルク。 そのニヤついた笑みにレトは不快感を覚える。

 

「困るんだよねえ、勝手に軍事機密のあの場所に行かれると」

 

「勝手とは言いがかりです。 許可証はもらっています。 ハイアームズ卿と……スカイウォーカー大佐のサインもちゃんと」

 

「そういう問題ではないのだよ、レト君。 いくら殿下からの願いとはいえ、土足で踏み入られのが私は我慢ならんのだ」

 

(……どの口が言う……)

 

つまりはレトの所為でハーメルの真実が白日の下に晒されるのを恐れているだけ……そのことにレトは目付きを鋭くし、心の中で静かに怒りの炎を燃やした。

 

「……大佐が心配せずとも、真実を知る身として言いふらす気は毛頭ありません……要件は以上ですか? まだ実習が残っていますので自分はそろそろ失礼したいのですが」

 

「そう急がないでくれ」

 

踵を返して出て行こうとするレトに、ウルクは軽く手を挙げ……2人の兵士がレトの行く手を阻んだ。

 

「これはなんの真似ですか?」

 

「私は君の事が信用できなくてね、昨夜部下に君の後を付けさせたんだ。 と、言ってもハーメルに先回りしただけだがな」

 

「!!」

 

「報告を聞いて驚いたよ。 身元不確かな兵器に乗っただけではなく……犯罪組織に加担していたとはね」

 

「ーー言いがかりはやめてほしい! 何の根拠があってそのような妄言を言うのですか!」

 

「しかも戦ったようですね? 困りますよ、勝手にそのような事をされては」

 

「くっ……」

 

言われない根拠から戦闘行為への糾弾。 ウルクは言葉巧みにレトを追い詰める。

 

「彼を待機室に、丁重にご案内してください。 もしもの事があれば殿下が騒ぎ立ててしまいますからね」

 

『はっ!!』

 

「ちょ、ちょっと!」

 

レトは両腕を兵士に掴まれて部屋を出され、そのまま待機室……ではなく独房に入れられた。

 

「どこが丁重にご案内!? どう見たって独房に入れられただけだよね!?」

 

「大人しくしていれば明日には解放する」

 

「それまでゆっくりしてる事だな」

 

それだけを言い残すと、兵士はニヤニヤしながら去っていった。 残されたレトは大きく溜息をつきながら壁に寄りかかった。

 

「全く……僕を政治交渉の材料にしようという魂胆だろうけど、僕にそれほどの価値はないってのに……」

 

そうボヤキながら高い位置にある窓に目をやり、鉄格子で遮られている空を見上げた。

 

 




ちょっとしたイザコザにするつもりが大事になってしまった……


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17話 ドレックノール要塞

急いで書いたものですから誤字か脱字、変な所があったから報告をお願いします。


レトが正規軍に、ドレックノール要塞に連れて行かれた後……ラウラ達は依頼を報告し、講義をしにドレックノール要塞に向かおうとしたが……ガイウスが距離を考えてそれを制し、今後を相談するため住宅街の宿酒場で今後について相談していた。

 

「どうしてレトが……」

 

「昨日も今日もずっとに一緒にいた、何かしていたなら気がつくはずなのに……」

 

「なにか、正規軍と領邦軍との関連に巻き込まれてしまったのだろうか?」

 

「……………………」

 

エリオット達がなぜレトが連れていかれてしまったのか話し合う中、ラウラは1人目を閉じ黙って考え込んでいた。

 

「ラウラ、何か心当たりがあるの?」

 

「む?」

 

「レトと付き合い長いんだよね? 何か知っているんじゃないの?」

 

「……それは私の口からは言えない。 が、恐らく昨夜1人で外出した事に関係あるのだろう」

 

「外出!?」

 

レトが昨夜勝手に外出していた事に、アリサとエリオットは驚愕した。

 

「ガイウスも気づいていたのだろう?」

 

「ああ。 だがレト纏う風は以前変わっていい風が吹いていた。 だから俺は深く追求しながった」

 

「それは私も思った。 恐らく、ハーメルに向かったのだろう。 ……全く、行くときは私も連れて行けと言っただろうに……」

 

「ラ、ラウラ?」

 

最後の方はブツブツ言っていたためよく聞こえなかったが、ハーメルという単語は聞こえたのでエリオットはそれを聞いてみた。

 

「その、ハーメルって言うのは?」

 

「……それも私の口から言えん。 だが1つ言える事はレトはハーメルに向かい、それを罪として突き付けレトを連れて行ったのだろう」

 

「そ、その場所に行くだけで罪に? ハーメルって一体……」

 

「ハーメル、聞き覚えがないな」

 

ハーメルを知らない3人はその名はもちろん、これ以上聞けない事にも不審に思った。そしてラウラはほんの僅かに険しい顔をし、すぐに首を横に振って元のキリッとした表情に戻した。

 

「学院にはもう連絡したのだな?」

 

「ええ。 でも、どうやらA班でもトラブルがあったみたいで……正規軍という事もあってナイトハルト教官が来てくれる見たいだけど……」

 

「俺達がセントアークまで到着した時間を考えると、すぐには来てくれなさそうだ」

 

「となると……仮に強行突破して助け出そうにも手の出しようがないね……」

 

「エ、エリオット……そんな事考えていたの……?」

 

エリオットは強行作戦を考えたが……相手は正規軍と難攻不落を誇るドレックノール要塞。 始める前から諦めていた。

 

「ーーなあ、姉さん。 一体どこから来たのか、チョイと話してくれねぇか?」

 

「む?」

 

「ん〜〜? なに、ナンパかしら? 私はそこまで軽くはないわよ〜」

 

(な、何あの人……)

 

(なんか、誰かに似てるような……)

 

カウンターからあのチャラい店主の声が聞こえ、4人はそちらの方を向くと……カウンター席には踊り子のような服装、セミロングの銀髪をした褐色肌の美女がカクテルを飲んでいた。 それを見たアリサは思わず心の中で本音を言い、エリオットはとある戦術教官を頭に思い浮かべていた。

 

「まあいいわ。 ちょっと南から来てね、ここには仕事で来ているのよ」

 

「へぇ……南ってことは、もしかしてリベールから?」

 

「そこはご想像にお任せするわ」

 

手の中のカクテルを揺らしながら、女性は曖昧に答える。

 

「そうそう、ついさっき軍隊が男の子を連れて行くのを見たのよ。 どこかの制服を着ていたけど……あなた、何か知らないかしら?」

 

「いんや、何も知らないよ。 けど、制服ならそこの4人のようなものか?」

 

店主がラウラ達の方を指し、女性は振り向き……納得したように頷いた。

 

「そうそう、あんな感じの! 全く、子どもを連れて行くなんて何考えているのかしら……しかもあのドレックノール要塞にでしょう? 大丈夫かしら?」

 

「もしかしてその少年、あなたのお知り合いでも?」

 

「いやねえ、人を心配するのに理由なんているのかしら? 」

 

(……さっきから嫌な感じね……)

 

(仕方あるまい、他人にこちらの事情は知る由もないからな)

 

「ーーそうそう。 そのドレックノール要塞なんだけど……なんか抜け道があるみたいなのよねぇ」

 

(!)

 

「抜け道? そんなのがあんのかい?」

 

「私の同業者から聞いてね。 南西から東にかけて要塞の真下に地下道が通っているのよ。 今は使われてない場所だから魔獣がウジャウジャいるみたいなのよねえー」

 

「そりゃおっかねえ」

 

店主はやれやれと首を振るが、ラウラ達は真剣な表情で2人の話に耳を立てる。 すると、女性が代金をカウンターに置いて立ち上がった。

 

「ご馳走。 機会があればまた寄らせてもらうわ」

 

「まいどー」

 

女性はラウラ達の方を向き……そのままテーブル前まで近寄ってきた。 すると女性は1つの袋をテーブルの上に置いた。

 

「ーーはいこれ」

 

「え?」

 

「さっきの話、聞いていたでしょう? ごめんなさいね、無責任な事言って。 これはせめてものお詫びの印よ」

 

「いや、気にしないでくれ」

 

「いいのいいの。 じゃ、私はこれで……上手く行くといいわね♪」

 

女性は踵を返し、歩きながらこちらに向かって手を振り宿屋を後にした。 後に残された小包を見ながら、先ほどの話を思い返した。

 

「……どう思う?」

 

「真偽はともかく。 先ほどの話……恐らく事実だろう」

 

ラウラは少し古びたサザーランド州の地図を取り出してテーブルに広げた。

 

「この地図はレトから譲り受けた一世代前の地図だ。 現在の地図には載っていないが……あの女性が言っていたのは恐らくここの事だろう」

 

ラウラが指差したのはドレックノール要塞の南西から東にかけて走っている線。 南東の先に終点があり、要塞から東に出ている線は帝都まで続くように北に伸びていた。

 

「あ、さっきの話と一致している!」

 

「タイミングよく手がかりが見つかったわね」

 

「ふむ……これなら街道の途中から逸れて行けそうだな」

 

「賭けてみる価値はあるようだな」

 

ふと、アリサが先ほどの半ば強引に受け取った袋が気になった。

 

「そういえば……その袋には何が入っているのかしら?」

 

「開けてみる?」

 

「そうだな……」

 

全員から同意をもらい、アリサは袋を開けて中身を取り出すと……中から1本の古びた鍵がアリサの手に転がった。

 

「これは……鍵か?」

 

「どうしてこんなものが……さっきの人、渡す物を間違えたのかしら?」

 

「でも、今から追いかけてもどこに行ったか……」

 

「……仕方あるまい。 探す時間は残されていない……この件は後日改めて探しに行くとしよう。 今はレトを救出する事が最優先だ」

 

「ああ、準備が整い次第行くとしよう」

 

そうと決まり。 ラウラ達は各々の準備を始めた。 ふと、ガイウスは地図の中に載っていたある場所を目に止める。

 

(ーーむ? パルムの南西に……村か? ハーメル……先ほどラウラが言っていた場所か。 だがなぜ、今の帝国地図には載っていないのだ?)

 

「………………!」

 

地図のある一点を見つめ、考え込んでいると……その視線に気付いたラウラが自然な動作で地図を折りたたんだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

場所は変わりドレックノール要塞。 その地下にある牢屋の1つ、そこでは……

 

「おいにいちゃん。 何をしてこんな豚箱に入れられたんだ?」

 

「ん? んー、国家機密に抵触したから?」

 

「……本当に何やったんだよ……」

 

レトは理不尽に牢屋に入れられながらも、先にここにいた先客の中年男性とポーカーをしていた。 レトは2枚のカードを捨てると、山札から2枚引いて手札をジーっと見つめる。

 

「そう言うあなたこそ、何をしてここに?」

 

「なに、ちょっとしたイザコザだよ」

 

「イザコザでここに入れらるなんて、穏やかじゃないですねー」

 

その間にも男性はカードを1枚交換し……ニヤリと笑った。

 

「そうだな……よし、フルハウスだ!」

 

「ストレートフラッシュ」

 

「だあっ!! また負けた!」

 

男性が自信満々に出したが、レトは淡々とそれを超える役を揃えて勝ってしまった。

 

「さっきっから勝ちまくっているが……オメェ、まさかイカサマしてんじゃねえだろうな?」

 

「普通にやっているだけだよ。 っていうか、存在自体がイカサマの君に言われたくないよ……()()()()()()

 

「ーーあは♪ 気付いてたの?」

 

下を向いてカードを集めながら目の前の人物の正体を言い、男性が少年の声で喋りながら顔を上げると……そこには先ほどの男性の格好だが、中身は別人だった。

 

「それ、サイズあってる?」

 

「結構ブカブカだよ」

 

そう言いながら指を鳴らすと……手品のように服装が赤いスーツ姿に変わった。 そこにいたのは、右目の下に赤い刺青がある少年。 身食らう蛇の執行者、No.0……道化師カンパネルラだった。

 

「執行者が正規軍に捕まるって何の冗談?」

 

「アハハ! 僕は君に会いに来たんだよ」

 

「脱獄させるから結社に来いって? それこそ冗談、こんな場所自力で脱出できるよ。 他の皆に迷惑がかかるからやらないだけ」

 

溜息をつきながらレトはカードをシャッフルし、再びカンパネルラとポーカーを始めた。

 

「大方、鋼が僕と接触したからとかでここに来たんでしょう?」

 

「まあ大体そうだね。 鋼の聖女の指導を受けた君なら結社の中でも上位に食い込む実力を持っているだろうし。 さらに研鑽を積めばNo.Iにだって届き得るかもしれないね」

 

「肩書きじゃなくて、実力ともに備え持つ正真正銘結社最強のNo.I……相手にもしたくないね」

 

レトは2枚のカードを切り、カンパネルラはその捨札を一瞥してからカードを切る。 それを数回繰り返して……

 

「よし……今度は僕がストレートフラッシュだ!」

 

「ーーストレートフラッシュ。 僕はスペード、そっちはハート。 役の強さはのスペードの方が上」

 

「ぐっ……数では勝っているのに」

 

「数で勝負するのは役が同じだった場合のみだからねえ」

 

カンパネルラは意気揚々に勝負に出たが、レトは軽くそれを上回った。 そんなレトをカンパネルラはジト目で見つめる。

 

「やっぱり君、イカサマしてない?」

 

「道化師の目を騙せるなんて出来やしないさ。 それとも、君はそこまで底辺に見られたいのかな?」

 

「アハハ、だよねー。 相変わらずヤバいくらいの運だねー」

 

軽くヤケになり、カンパネルラは手札をバラまいて備え付けてあった硬いベットに寄りかかった。

 

「それはそうと本当にどうする気? 恐らく彼らは君をここから出してくれる気はないよ?」

 

「こんな事をしているんだ、僕の素性を知っての事だろう。 僕が名を開かせないのをいいことにやりたい放題するだろうね」

 

「……やっぱり君、結社にこない?」

 

「お断りするよ」

 

カンパネルラの誘いに、レトはキッパリと断った。 そして次はレトがカンパネルラに質問をした。

 

「っていうかさあ。 結社の目的って七つの至宝でしょう? 一体それで何する気? 世界平和か人類の進化?」

 

「そんな感じ」

 

「超胡散臭いね……就活舐めてるの?」

 

「僕もそう思う」

 

ケラケラと笑いながら自分の所属する組織を軽く貶すカンパネルラ。 レトはトランプを片付けるとカンパネルラとは反対側にあったベットに寝ろ転がり、頭の後ろに手を組んでゆっくりした。

 

「ま、気長に待つさ。 牢屋に入れられるのは慣れてるし」

 

「フフフ。 なら僕も暇だし、見届けさせてもらおうかな?」

 

「見届けるなら名乗らないの?」

 

「ギャラリーは君しかいないじゃないか」

 

お互い軽口を言い合い、2人はベットに揃って欠伸をしながら寝転がっているのだった。

 

それから数十分、2人は世間話や雑談しながら過ごしていると……

 

ウゥーーーー!!

 

要塞中にサイレンの音が鳴り響いた。 それに次いで外の兵士達が慌ただしくなり始める。

 

「侵入者かな?」

 

「あー、多分君のお仲間かも。 この下の地下道を使ったんだろうね」

 

「どうしてそれが分かるの?」

 

「今のこの状況で、そんな事をするのは君達くらいだよ。愛されてるねー」

 

「例えラウラ達だったとしても、どうして軍にバレたのかな?」

 

「鉄壁を誇る要塞の真下にあるんだよ? そんな道……領邦軍ならまだしも正規軍が見逃すと思う?」

 

「……確かに、ラウラには一世代前のサザーランド州の地図を渡してあるからね」

 

「一世代前…………ああ! もしかしてそれ、ハーメルが地図から消される前の? 全部例外なく廃棄されたって聞いたけど……どうやって手に入れたの?」

 

「その例外があってね。 現在使っているのをワザと汚してすり替えてきた」

 

「君も相当なワルだね」

 

「冒険、探検、お宝には目がないんでね」

 

緊張感のない2人はゆっくりとベットから起き上がる。 その間にも騒ぎはどんどん大きくなって行く。

 

「で、どうするの? これじゃずーっと出してもらえない事になるけど?」

 

「……仕方ないなぁ。 じゃあ出よう」

 

「どうやって?」

 

「指鳴らしてどうにかしてくれない?」

 

「それとこれとは話しは別。 手助けするつもりはないよ」

 

「しょうがないなぁ〜……」

 

カンパネルラは手を貸さないと分かると、レトは困った顔をしながら懐を漁る。

 

「ふっふっふー、こういう時に使えるのが僕の冒険七つの道具……」

 

取り出したのは……レトが持っている冒険七つの道具の一つ。 それは筒状のものに導火線がついた物体……

 

「ダイナマイト」

 

「ちょっ!?」

 

「冗談だよ。 冗だ……んっ!!」

 

ドカアアアアッ!!!

 

レトは冗談と言いながら檻に近付き、回し蹴りを放ち……檻は勢いよく吹っ飛び反対側の壁に衝突、それによって煙が立ちこもる。

 

「ケホッケホッ! む、無茶するねえ……」

 

「これくらい普通だって」

 

制服を叩いて煙を払いなが牢屋内を見渡す。 レトはここが地下にあることから、地下道に近いと踏んだ。

 

「で、これからどうする気?」

 

「地下道に出てラウラ達と合流かな。 カンパネルラはもう行くの?」

 

「フフ、僕は君達が逃げ切れるのを……高みの見物と行くよ」

 

カンパネルラは片手を上げ指を鳴らすと……カンパネルラを中心に炎の渦が発生した。

 

「相変わらずいい趣味をしている」

 

「じゃあね、気が変わったまたいつでも呼んでね♪」

 

渦が大きくなって全身を覆い隠し……カンパネルラは陽炎のように消えていった。 レトはそれを一瞥し、まずは盗られた槍とアークスを探し出し。 地下道に向かって走り出した。

 



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18話 2代目剣帝

お待たせしました!


数分前ーー

 

レトとカンパネルラが呑気にポーカーをしている時……ドレックノール要塞、地下道。 地元の人も寄り付かない薄暗い場所、そこでは……

 

「ーー待て! お前達!!」

 

「ハアハア……ま、まだ追ってくる、何でこうなったの〜!?」

 

「まさか、正規軍がこんな場所にまで警備網を敷いていたなんて……」

 

「要塞の真下にあるんだ。 今思えば、当然と言えば当然だろう」

 

地下道から要塞に向かい、レトを救出しようとしていたラウラ達。 だが……その矢先に地下道を巡回していた兵士に見つかり追われていた。

 

「だがこのままでは通報されるのも時間の問題だ」

 

「ええい、仕方あるまい!」

 

「ラウラ!?」

 

ラウラは走るのをいきなりやめ、地面を滑って制動をかけながら振り返り……大剣を構え兵士に向かって飛び出した。

 

「せいやっ!!」

 

「ガッ!?」

 

突然の事で兵士も驚き……その隙にラウラが大剣の面を振って側頭部を打ち付け気絶させた。

 

「安心しろ、峰打ちだ」

 

「よ、容赦ないわね……」

 

「今は非常時だ、割り切るとしよう」

 

ガイウスが気絶した兵士を壁に寄りかからせながらそう言う。

 

「それにしても、まさかあの女の人が渡した鍵がここに入るためのものだったなんて……」

 

「一体何者かしらね?」

 

「わからぬ。 だが、只者ではないのは確かだろう。 それにしても……」

 

そこで1度言葉を切り、ラウラは辺りを見回す。 そして1人頷き納得する。

 

「この地下道、恐らく帝都まで伸びているだろう。 そして要塞に続く分岐点も隠されているはず……距離と方向を見失わないように注意しつつ進むとしよう」

 

「了解した」

 

「……ラウラ、妙に落ち着いているわね? もしかしてまた似たような場所にでも行っていたのかしら?」

 

「なに、よくレトと帝都の地下道を駆け巡っていたのでな。 ここと、帝都の地下道と構造が似ているだけだ」

 

「へぇ、そうなーー」

 

ウゥーーーー!!

 

その時、地下道の先からサイレンの音が轟いてきた。 このような狭く反響しやすい場所なのでより大きく、身体全体が揺れるように届いた。

 

「うわっ!?」

 

「う、うるさいわね……!」

 

「気付かれてしまったようだな……」

 

「急ぐぞ、このままでは領邦軍も出てきて面倒な事になる!」

 

ラウラは急いで走り出し、エリオット達もその後に続いて走り出す。 正規軍が監視網に入れているだけあって魔獣の類はおらず、要塞に続く分岐点を見つけた。

 

そして迷わず階段を駆け上がって地上に登り、左右に分かれていた通路を右に曲がると……

 

「ーーあ。 ヤッホー、皆」

 

件のレトが左側の通路におり、ラウラ達を視界に捉えると片手を軽く上げて呼んだ。 その声に4人全員が反応してしまい……走っていた勢いでいきなり止まってしまったため前につんのめり、かなりの勢いで転倒してしまった。

 

「イタタタタ……」

 

「な、何なのよもぉ……」

 

「お、重い……」

 

「大丈夫?」

 

ラウラが1番下で押し潰されているのを見ながら、レトは1人1人に手を貸して立たせた。

 

「助けに来てくれたんだね?」

 

「ああ。 無用だとは承知の上だが、一貴族としても今回と件は見過ごす訳にはいかない」

 

「それでこの騒ぎになっちゃあ世話ないけどね」

 

「あはは……さて、ここで喋っている余裕はないし、早くここからーー」

 

ーーガラララララガンッ!!

 

「出ない、と……」

 

「……シャッターが閉まっちゃったね」

 

エリオットが踵を返して来た道を引き返そうとした時……真上からシャッターが閉まった。 眼前、エリオットの鼻を掠めるように退路が塞がれてしまった。 エリオットがビビってガクガク震える中、今度は大勢がここに向かってくる音が聞こえてきた。

 

「兵士達かな……上に逃げるよ。 このままじゃ捕まって皆仲良くそこの豚箱行きだね」

 

「捕まってたまるもんですか!」

 

「ま、待ってよ〜!」

 

アリサが慌てて走り出し、それに続いてレト達も走り出した。 5人は当てもなく走り続けると……突然壁越しに叫び声、銃声、爆発音が聞こえてきた。

 

「……なんか、騒ぎが大き過ぎやしない?」

 

「風が熱を持っている……どこかで火災、爆発が起きているようだな」

 

「私達以外に誰かこの要塞に襲撃をかけたのか……?」

 

こんなタイミングで……レトは先ほどあった少年の顔を思い浮かべながら要塞の内側に続く扉を開けると……

 

「何っ!?」

 

「こ、これって……!?」

 

そこは、既に戦場と化していた。 正規軍の兵士達が混乱しながらも銃を向けているのは……機械仕掛けの魔獣のような敵だった。

 

「な、何が起こっているの?」

 

「あれは、魔獣なの?」

 

「ーーいや。 あれからは命の息吹が感じられない」

 

「人形兵器……」

 

近くにいた小型の人形兵器が兵士達によって破壊され、それによる爆風が高熱の風を放ち。 身体中に浴びながらボソリと、レトは4人に聞こえないように独り呟く。

 

(これ……カンパネルラの仕業かな? 全く、ラウラ達が起こした騒ぎを引き継ぐ形になったのはいいけど……これじゃあね、有難迷惑ってやつだよ……)

 

最初はラウラ達がここに来てしまった為の騒ぎだったが……カンパネルラが面白半分で人形兵器を投入したお陰でラウラ達の罪を持ってくれた。 だがその人形兵器が破壊活動をしていては元も子もなかった……

 

「どうしてこんな事に……」

 

「……分からない。 けど、放っておく訳にはいかない。 先ずは奴らの注目を集める」

 

「了解した」

 

レト達は武器を取り出して構え。 そしてレトが一歩前に出て息を大きく吸い込み……

 

「ーー喝ッ!!」

 

この場のどこにいても届くような一喝を放った。 それにより兵士達はもちろん、人形兵器もレトを発見する。

 

「僕とラウラで敵を引きつける。 その間に皆で彼らの体勢を整えて!」

 

「ええ。 2人とも気をつけて!」

 

「承知した!」

 

レトとラウラは戦術リンクを繋ぎながら大量の人形兵器がいる地点に走り……ある程度近付いた所で逃走。 人形兵器を2人の元に引き寄せて他の人達と距離を取らせる。

 

「レト! この機械仕掛けの魔獣を知っているのか!?」

 

「これはある組織の兵器! さっきの爆発で確信したけど、どうやら証拠隠滅のために全機に自爆装置が搭載されている! 倒したからって気を抜かないでね!」

 

「ああ!」

 

2人は隙間ないコンビネーションで確実に人形兵器を破壊し、派手に動いて注目を集める。

 

「ふっ……せいっ!」

 

「はあっ!」

 

レトが槍で高速の三段突きから一転しての薙ぎ払いで周囲の人形兵器を破壊し。 ラウラが跳躍により距離を詰め、振り降ろされた大剣により離れた人形兵器を破壊していく。

 

「ラウラ、レト!」

 

「無事か?」

 

そこに、正規軍の立て直しを終えたアリサ達が合流した。

 

「見ての通りだ」

 

「正規軍は体勢を立て直してこの状況に対処しているよ。 もう大丈夫みたい」

 

「じゃあ……一気に片付けるよ!」

 

5人揃い、レト達は一気に攻め込んで次々と人形兵器を破壊する。 その後正規軍も加勢に入り、レト達は怪しまれつつも応戦し……次第に人形兵器の数は減っていった。

 

「ふう。 どうやら一通り片付いたみたいね」

 

「残りは正規軍に任せてもよかろう。 我らは速やかにこの場から去るとしよう」

 

「………………」

 

「レト?」

 

不意にレトが棒立ちになって立ち竦んでいる。 ラウラ達は不審に思った時、何が高速で接近するのを感じ……

 

「…………! 離れろ!」

 

「え……」

 

「くっ……!」

 

レトは近くにいたアリサとガイウスを押し、自身もバク転すると……鋭い一閃が走り、先ほどいた地面に大きくな一閃が走っていた。 そしてその一刀を放った元凶はまた高速で離脱する。

 

「な、何んなの!?」

 

「敵襲か!」

 

「! 皆、あそこ!」

 

エリオットが指差した先には……右手、左手に一体化している片手剣と盾を構えた戦術殻のような人形兵器が立ち塞がった。

 

「あれは……!!」

 

「ーー高機動型人形兵器、スパークフェンサー。 博士の現一級品の作品だよ」

 

頭上から説明の声が降りかかり、レト達は視線を上げると……積み上げられたコンテナの上にカンパネルラが立っていた。

 

「こ、子ども?」

 

「どうしてこんな所に……」

 

「はあ……まだ帰ってなかったの?」

 

「言ったでしょう、高みの見物をするって。 それでどうだい? 中々の出来でしょう?」

 

すると、スパークフェンサーはゆらりと動き出し……姿がかき消える程の速度でレトの正面を取り、剣を振り下ろす。 レトは槍の棒で防ぐ。 速度重視のためかその一撃は軽いが……スパークフェンサーはまた同じ速度で距離を取った。

 

「速いっ!」

 

「っ!」

 

「この機動力……まさかマルチアクセラレーター!?」

 

「正解! あれに使われているのは君の銀獅子にも使われている複合加速装置……博士が珍しく興味を示したから使ってみたそうだよ」

 

「通りでこの速度であの安定性なわけだ!」

 

マルチアクセラレーター……ルーレでウルグラを改造する時、レトがRF出版の導力パーツが載っているパンフレットを見て気まぐれで作った装置。 これにより、ウルグラは高い機動力を持ちながら安定した姿勢制御を持つことができていた。

 

そしてスパークフェンサーの動きを見て、あの人形兵器にもマルチアクセラレーターが使われている事をレトは見抜いた。

 

(でも……あの装置には弱点がある!)

 

地を蹴り、動き出す前に距離を詰め。 スパークフェンサーはレトに反応して加速しようとするが……

 

「マルチアクセラレーターは動き出しの時、スタートがコンマ1秒遅れる!」

 

その前に、レトの一突がスパークフェンサーの頭を突いた。 刃は通らず、甲高い音を立てながらスパークフェンサーは吹き飛ばされた。

 

「これで……!」

 

「ふふ……」

 

とどめを刺そうと槍を振り抜いた時、カンパネルラが不敵な笑みを浮かべ……スパークフェンサーは背に取り付けてあったスラスターを噴射させ、地面を滑るように加速してレトの槍を避け……

 

「なっ!?」

 

さらに加速し……なんとスパークフェンサーは3体の分身を生み出し、レトに3連撃を喰らわせた。

 

「レト!!」

 

「っ……大丈夫」

 

「スタート時間に起きる10分の1のラグ……君の銀獅子のように克服してないと思ってた? 人が操作するならいざ知らず、機械に置いて10分の1の遅れなんてすぐに修正できるくらい分かっていたでしょう」

 

カンパネルラがレトを見下ろしながら嘲笑う。 レトは自身の過失を悔やむが……スパークフェンサーが追撃をかける。 奴は剣に電流を流して帯電させ、剣を天に向け……全員に落雷を落とした。

 

「うわあっ!?」

 

「追いかけてくる……!」

 

「くっ……」

 

落雷は全員を追いかけるように次々と落ち、5人は散開して避けるも陣形は崩れてしまった。

 

「上手上手♪ 皆、見事なステップだ。 ダンスもさぞ上手なんだろうね」

 

「くっ……ふざけた事を……!」

 

笑いながら拍手を送るカンパネルラに、アリサは怒りを覚える。 その時、ガイウスが建設用の鉄柱を見つけ……隙間に十字槍を突き入れた。

 

「風よ……俺に力を!!」

 

そして力任せに持ち上げ……豪快にスパークフェンサーに向かって投げた。 途中で鉄柱に落雷が落下するもそのまま飛来し……スパークフェンサーに直撃した。

 

「凄い凄い! 怪力だねえ」

 

「ぐっ……」

 

「ガイウス!」

 

「問題ない……」

 

やはり無理があったのか、ガイウスは十字槍を手放してしまい、両腕を下げてしまう。 エリオットが慌ててアーツで治療し、残りの3人はスパークフェンサー、カンパネルラと対面する。

 

「やるねえ。 けど、まだまだ足りないかなぁ?」

 

「……貴様、いつまでそこで傍観するつもりだ……」

 

「僕って他の執行者と違って肉体労働は苦手なんだよねえ。 っていうか、君がここに来れないだけじゃないの?」

 

「っ……私を侮るな!!」

 

カンパネルラの挑発とも受け取れる言動にラウラは怒りを覚え。 跳躍してカンパネルラの頭上を取って大剣を振り下ろし……コンテナを両断した。

 

そして、カンパネルラは当たる直前にコンテナから飛び降り、空中に浮かんでいた。

 

「おっと、危ない危ない。 侮っているわけじゃないんだけどなぁ……それじゃあ、シャッフルシャッフル♪」

 

カンパネルラは指を鳴らすと……一瞬で追撃をかけようとしたラウラとレトの立ち位置が入れ替わってしまった。

 

「なっ!?」

 

「………………」

 

「まだ、本気を出さないつもり?」

 

突然、目の前の景色が変わった現象にラウラは驚き。 レトは全く驚ろかず目の前にいるカンパネルラと対面する。

 

そしてカンパネルラが言った一言に、レトは軽く嘆息する。

 

「誰が出していないって? 僕はいつだって本気、ただ手に持つ得物と……背負うものが違うだけ」

 

槍を収め……虚空に手をかざして、黄金の剣をその左手に掴んだ。

 

「え、ええっ!?」

 

「そ、その剣は……!」

 

「ーーさあ、行こうか……彼らの組織に属するつもりはないけど、これだけは名乗らせてもらう!」

 

レトは黄金の剣……ケルンバイターをバトンのようにクルクルと手の中で回し、剣先をスパークフェンサーに向ける。

 

「2代目剣帝、レト・イルビス! 譲り受けし魔剣ケルンバイターに誓い……不条理に満ちたこの世界で、己が信じた道を突き進む! 阻むものは近付いて斬るのみ!!」

 

「おおー……」

 

すると、レトは巨大で、鋭い剣気を放つ。 カンパネルラはその剣気に関心しながらも押される。

 

「このケルンバイターで斬れないものなどーー」

 

そしてレトは右手を剣の柄頭に添えて構えを取り……

 

「そんなに、無い!!」

 

「なっ……!?」

 

そう豪語した。 だが意気揚々に言っておきながらその自信のなさに、思わずラウラ達はコケてしまう。

 

「そこまで言っておいてなんでそんなに自信がないのかしら!?」

 

「えー? 実際斬れないもの多いよー?」

 

「アハハハハ! やっぱり面白いねぇ、君。 ますます気に入っちゃったよ」

 

ツボに入ったのか、カンパネルラは目尻に涙を浮かべ腹を抑えながら笑う。

 

「全く……レトらしいな」

 

「ああ。 とてもいい追い風がレトの背を押している」

 

「まあでも……今この剣が斬るのはそこの人形兵器。 今はそれだけでいい」

 

次の瞬間、レトの姿がかき消え……スパークフェンサーの背後を取り斬りつけた。 スパークフェンサーもすぐさま対応し、2撃目を防ぎ高速で斬り合う。

 

「速いっ!」

 

「ーーVII組B班、気合いを入れろ! 後のことはその時考えて……今は目の前の事に集中するんだ!」

 

盾により剣が弾かれ距離を取りながらレトはラウラ達を奮起する。

 

「承知!」

 

「ええ!」

 

「行くぞ!」

 

「皆、速度を上げるよ! クロノドライブ!」

 

敵が素早い事から、エリオットは事前にアーツを発動させる準備をしており。 全員が気合いを入れ直すと同時に時のアーツを発動、移動速度を上げた。

 

「はっ!」

 

「はあっ!」

 

ラウラとガイウスが飛び出し、残りの3人はアークスを駆動させる。 2人は尋常ではない速度に翻弄される。

 

「ーーハイドロカノン!」

 

「クラウ・ソラリオン」

 

「!!」

 

エリオットの水のアーツが発動したと同時に2人はスパークフェンサーから距離を取り、エリオットの直線上に激流が発射されたが……スパークフェンサーはそれを避ける。

 

しかし、上空から砲撃が飛来し直撃する。 回避した瞬間に同時に発動していたレトの幻のアーツが直撃し一瞬スパークフェンサーの動きを止め……

 

「クロノブレイク!」

 

間髪入れずアリサが時のアーツでスパークフェンサーの動きを抑える。 これでスパークフェンサーの速度が落ちたと思われたが……スパークフェンサーは剣だけではなく全身に電撃を帯電させ、ラウラとガイウスを抜いてレトの眼前に現れた。 そして、帯電している剣を既に振っていた。

 

「レーー」

 

「ホッ……」

 

レトは名を呼ばれる前に帯電した剣の横薙ぎをバク転で避け、着地すると同時に……一瞬で懐に潜り込み、スパークフェンサーが剣を振り抜くよりも早く剣を振るい、一瞬で7連撃を放った。

 

「刹那刃……今思いついた戦技(クラフト)だけど、結構いい感じかも」

 

「は、速すぎて何も見えなかった……」

 

「あの一瞬で何度も剣を振ったの!?」

 

「流石だ」

 

エリオット達がレトの剣技を賞賛する中……不意にレトは辺りに耳をすませた。 少しずつだが、戦闘が収束しつつあるのを感じるレト。

 

「……そろそろ正規軍も指揮系統が持ち直し始める……ここにいたら面倒に巻き込まれるから一気に畳み掛けるよ!」

 

「面倒を呼んだのはレトでしょ!!」

 

「全員、合図で一斉攻撃だよ!」

 

「ま、全く話を聞いてない……」

 

「やれやれ……」

 

いつもの悪い癖が現れ、ラウラは呆れてしまうも……そんな事御構い無しにレトは前に出る。

 

「レディー……」

 

パシャ!

 

導力カメラをスパークフェンサーに向け、シャッター音を合図に飛び出し、一気に畳み掛けた。

 

「行くよ……ダークマター!」

 

エリオットの空のアーツが発動し、アーツが発動した中心点にスパークフェンサーを引き寄せ動きを封じた。

 

「ひゅっ!」

 

次いでアリサが矢を放ち、スパークフェンサーに矢を盾で防がせ……

 

「そこだ!」

 

間髪入れずガイウスが一転して十字槍を薙ぎ払い、盾を大きく弾き……

 

「行くよ、ラウラ!」

 

「分かった!」

 

レトとラウラが同時に飛び出し。 先頭にレト、後方にラウラと一列に並んで走り……

 

「ほっ……だあっ!!」

 

レトが一瞬で無防備となった懐に潜り込み、眼前で飛び越え……前転しながら剣を振るい頭部を斬り裂き、スパークフェンサーから火花が飛び散る。

 

次にラウラがスパークフェンサーの目の前で身体を捻り上げるように跳躍し、その勢いで大剣を頭上に掲げ……

 

「喰らうがよい!」

 

スパークフェンサーの脳天に振り下ろし、大地を砕いた。 そしてスパークフェンサーは火花がさらに飛び散り……爆発し、大破した。

 

「ふう……なんとかなったわね」

 

「あ、危なかったあ〜……」

 

「ーー気を抜かないで。 まだ彼が残っている」

 

「奴からは妙な風が吹いているな……」

 

「………………」

 

2人が警戒を解く中、レトとラウラはカンパネルラを警戒しており。 声をかけられたアリサ達は慌てて武器を構え直す。

 

「それで、結局カンパネルラはどうするの? このまま僕達と戦う?」

 

「さっきも言ったけど、今回僕はただの傍観者……潔く帰るとするよ」

 

するとカンパネルラは指を鳴らし……一瞬で渦巻く炎に包まれる。 その現象にラウラ達が驚く中、カンパネルラはレトを見下ろす。

 

「またね。 気が変わったらいつでも連絡をもらえると嬉しいな。 ああそれと……そろそろ来るみたいだから」

 

最後にそう言い残し……カンパネルラは消えて行った。

 

「はあ……」

 

「……とんでもないのに誘われているのね」

 

「その気は無いから一応、安心して……」

 

「ーー動くな!」

 

その時、正面から正規軍の部隊が現れた。 だが部隊はレト達に銃を突きつけ、背後からも兵士が現れて眼前に包囲されてしまった。

 

「そこの学生共、武器を捨てて両手を頭の後ろで組め!!」

 

完全に囲まれ、無数の銃口を突きつけられたレト達。 レトは脱出を考えたが……戦闘経験の浅いアリサとエリオットもいる以上、素直に従うしかなく。 5人は自身の武器をパッと手放して地面に落とし、ラウラ達は正規軍に従って両手を頭の後ろで組んだ。

 

「お前達がこの要塞を襲撃したのか?」

 

「さあね」

 

この部隊の隊長の質問に、レトは挑発するようにラウラ達の最後に、ゆっくり両手を頭の後ろで組んだ。

 

「レ、レト……!?」

 

「何を……!?」

 

「ッ……貴様!」

 

隊長はレトに近寄り銃口を目の前に、恐怖を与えるように接触させて突きつけたが……

 

「素人がーー」

 

次の瞬間……レトは組んでいた手を解いて銃を殴るように弾き、蹴りで隊長の手から飛ばした。 そして肘打ちで体勢を崩し、背後に回り込んで後ろに転ばせるように持ち上げて上に投げ……蹴って吹き飛ばした。

 

「隊長!」

 

「貴様ぁ!」

 

「動くな!」

 

兵士達が怒り、レトに銃口を集中させる。 だがレトはケルンバイターの柄を踏んで上に飛ばして自身も跳躍し……柄を右手で掴むと、身体を捻って着地と同時に兵士が持っていた銃を斬った。

 

手の中でケルンバイターを回して左手に持ち替え、すぐさま兵士達はレトを囲うが……レトは崩れた隊列の隙間を縫って包囲を抜ける。

 

「ちょ、ちょっと何やってんのよ!?」

 

「何って、抵抗だけど?」

 

「なんで抵抗するの!? このままじゃあらぬ罪を着せられるちゃうかもしれないのに!」

 

「あー、それはね……」

 

「ーーそこまでだ!」

 

剛健な声が辺りに響き、その場にいた全員の動きを硬直させた。 そして現れたのは……

 

「ナ、ナイトハルト教官!」

 

「しょ、少佐……」

 

「ナイトハルト少佐だ……」

 

「来た来た」

 

ラウラ達と兵士達がナイトハルト教官の登場に驚く中……レトはまるで分かっていたような顔をし、ナイトハルト教官はレト達の前に歩いて来る。

 

「全く……正規軍に生徒が連れて行かれたと聞いて来てみたら……お前達はここで何をしていた?」

 

「正規軍にあらぬ疑いをかけられそうになったので抵抗しましたー」

 

「そうではなくこの事態だ」

 

「そう言われても、正体不明の組織がここを襲ったとしか」

 

ナイトハルト教官は少し嘆息した後、正規軍の方を向いた。

 

「彼らの身元の保障と無実は第四機甲師団・ナイトハルトが保証する。 異論はないな?」

 

「し、しかし……」

 

「スカイウォーカー大佐には既に許可を得ている。 お前達はこの場の後始末、そしてセントアークと領邦軍に送る事態の説明をしておけ」

 

「りょ、了解しました!」

 

まだ迷っている兵士達にナイトハルト教官はそう言い。 兵士達は慌てながらも了承して敬礼し、気絶した隊長を連れて去って行った。

 

「はあ〜……」

 

「助かりました、ナイトハルト教官」

 

「全く、VII組両班揃って問題発生とは……頭を悩ませてくれる」

 

「あ、あはは……すみません……」

 

比喩抜きで頭痛がして来たナイトハルト教官に、エリオットは乾いた笑いをした後謝罪した。

 

その後……この騒動にはセントアークの住民はもちろん、領邦軍も反応していた。 だがここを治めるハイアームズ卿の意向により深く批判、追求せず……この件は正規軍だけで収束させた。

 

そしてレトの檻の破壊による器物破損と脱獄、公務執行妨害、およびラウラ達4名の要塞内の無断侵入については……結社の襲撃によって有耶無耶、そしてナイトハルト教官によって無罪放免となった。

 

ただし罰として1週間、学院中のトイレ掃除が決定したが……ナイトハルト教官にしては優しい罰だった。

 

こうして……今回の特別実習は終わりを迎えた。 既に日は暮れていたため、セントアークのホテルで一晩、疲れ切ってしまった身体を休めてから……翌朝、レト達はナイトハルト教官と白亜の旧都を後にする事にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

5月31日ーー

 

早朝、レト達はナイトハルト教官と共に始発でセントアークを後にした。 それを、セミロングの銀髪の褐色肌の美女が駅に入るレト達を影から見ていた。

 

「士官学院VII組……ずいぶんと危なかったけど、何とかなったわね。 しかし、あの馬鹿が作ったとは聞いたけど……でもあの子もいるみたいだし、中々面白そうね」

 

「ーーふふ、僕もそう思うよ。 本当に、彼らは退屈させてくれない」

 

背後から聞き覚えのある声に、女性はバッと振り返ると……そこにはカンパネルラが立っていた。

 

「あんたは……!」

 

「やあ」

 

突然のカンパネルラの登場に女性は警戒し、腰に手を回そうとすると……カンパネルラは慌てるように装いながら両手を上げた。

 

「おっと、ここで事を構える気はないよ。 一応は、僕は彼らを助けたんだから」

 

「よく言うわよ。 実験のついでに、でしょう?」

 

カンパネルラは事を構える気がないとわかると、女性は一応は信用するが警戒は解かなかった。

 

「ふふ……おっと、そろそろ時間だ。 僕はそろそろ失礼させてもらうよ。 それじゃあね、《銀閃》さん。 あの初々しいカップルにもよろしく」

 

そう言うと、カンパネルラは南サザーランド街道に向かって歩いて行った。 女性はカンパネルラの背が見えなくなると……そこでようやく警戒を解き、大きく息をはいた。

 

「……全く、この面倒な状況でそれ以上に面倒なヤツが出て来たわね……はあ、アイツにヤケ酒でも付き合ってもらわないと割に合わない……」

 




かなり深刻な状況になった上に、レト達の処遇や後始末がかなり無理矢理な感じがする……


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第3章
19話 同業者と確執


6月15日ーー

 

先月の特別実習も終るも、VII組には他のクラスの遅れを取り戻すため忙しい通常授業は待ち構えていた。 そして今日は試験前なので午前中に学院は終わり、HRが終わるとVII組のメンバーは教室の真ん中に集まっていた。

 

各々が苦手教科を教え合おうと話し合っている中……ラウラがまるでフィーを避けるように一足先に教室を後にした。

 

「………………」

 

そんな出来事を頭の隅で思い出しながら、学院の誰もが試験勉強をする中……ある1人の男子生徒はいつも通りだった。

 

ギムナジウムの練武場で、レトは目隠しをしながら練武場の真ん中で佇んでいた。 その左手には練習用の片手剣が握られ、彼を取り囲むように6つの燭台があり。 燭台の上にはロウソクに火がつけられており……

 

「ーーシッ!!」

 

一呼吸で一回転するように剣を振るい……一太刀で6つ全てのロウソクの火を消した。

 

「ふう……こんなものかな」

 

目隠しを外して、全てのロウソクの火を消したか事を確認して満足するレト。 その時、練武場の扉が開き……ラウラとアリサが顔を出してきた。

 

「やはりレトか。 試験が迫っているというのに相変わらずだな」

 

「やれる事はやったからね。 まあ後でもちろん復習はするけど……今は一汗かいてスッキリさせたいから」

 

「言っている事は分からなくもないけど……」

 

後片付けをしながら持論を述べるレトに、アリサは少し困惑しながらも同意する。

 

「さて、これ以上やると見つかった時が面倒だし……このくらいにしておくかな」

 

「なら上で一緒に試験対策をしないか? ちょうど美術の――」

 

3人は他の科目も交えながら試験勉強をするのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

そして翌日……今日から19日までの4日間をかけて行われる中間試験……学院の生徒達はそれぞれの心境を持ちながらテストに挑んだ。

 

そしてあっという間に4日は過ぎてしまい……現在は雨の上がった空の下、試験後のHRが行われていた。

 

「いや~っ、4日間、ホントご苦労様だったわね。ちょうど雨も止んだみたいだし、タイミング良かったんじゃないか。これも空の女神の粋な計らいかしらね」

 

サラ教官の他人事のような褒め言葉に、VII組のメンバーは心中溜息をつく。数名、若干気疲れしているが、試験の結果は心配していないようだ。 忘れていたいの間違いかもしれないが……

 

「ま、明日は自由行動日だし、せいぜい鬱憤でも晴らしてきなさい。 それと、試験結果は来週の水曜に返却されるわ。 そうそう、その日の午後には今月の実技テストもあるからね」

 

「はあ……それがありましたか」

 

「少しは空気を読んでもらいたいものだな」

 

「次の特別実習についての発表もあるのですよね?」

 

「ええ、来週末にはそれぞれ、実習先に向かってもらうから。 ま、その意味でも明日は羽根を伸ばすといいわね」

 

「…………ふむ……………」

 

「うーん、久々に部活に出ておこうかしら……」

 

(…………スピー…………)

 

半分寝ているレトを余所に、サラ教官は明日用事があって不在になると言い残し……HRを終わりにした。 サラ教官はその野暮用の為なのか、早めに教室を出て行き、すぐ後にフィーも教室を出て行った。

 

「…………スピー…………」

 

「レト……って、寝てるし」

 

「夜遅くまで勉強してたのかな?」

 

「恐らく、研究に没頭していたんだろう。 真夜中部屋から導力パソコンを打つ音が聞こえたし」

 

「なんで試験とは関係のないものをやっているんだ……」

 

「なんでも帝國学術院に提出する論文の期限が迫っているようだ。 その論文も、2年前にリベールで起きた導力停止現象に関係しているらしい」

 

「確か帝国でもパルムで起きた現象ね。 っていうか、帝国人がリベール王国に入るのって難しいんじゃなかったかしら?」

 

「色々と謎が多いやつだな」

 

リィン達が疑問に思う中、ガイウスが座った状態で寝ているレトに近寄った。

 

「ーーさて、このまま寝かす訳にもいかない。 俺とレトはこの後学院長に呼ばれているんだ」

 

「学院長に? ガイウス、レトに巻き込まれて何かやったの……?」

 

「さらりと酷い事言うわね。 まあ、否定できないけど……」

 

「いや、ただ単に呼ばれただけだ」

 

ガイウスはレトの肩を揺すり起こそうとするが……一向にレトは目が覚めなかった。

 

「起きないな……」

 

「大きな音でも鳴らしてみる?」

 

「ふむ、それよりも効果的な起こし方があるぞ」

 

言うや否やギンッと、ラウラの凛々しい表情に険しい眼光が走り、その鋭い目つきに殺気が混じり……

 

「!!」

 

すると寝ていたレトが目を見開いて跳ね起き、イスを乱暴に倒してリィン達から距離を取った。 その手には槍があり、いつでも抜けるようにしていた。

 

「あ、起きた」

 

「さ、殺気で起こしたのか」

 

数秒で意識は覚醒し、レトはリィン達の顔を見て、大きく溜息をつきながら脱力した。

 

「はぁ〜……またラウラ? この起こし方心臓に悪いって何度も言っているよね?」

 

「ふふ。 普通に起こしても起きない其方が悪い」

 

この起こし方が何度も行われていたのか、ラウラは苦笑しながら慰めるように少し不貞腐れるレトの頭を撫でる。

 

「もう……あ、そうだ……ごめんガイウス、時間を取らせちゃったね」

 

「問題ない、今から行こうとした所だ」

 

レトとガイウスは先に寮に帰るリィン達と1階で別れ、学院長室に向かい。 レトは学院長室のドアをノックした。

 

『入りたまえ』

 

「失礼します」

 

「失礼する」

 

学院長の了承を得て、2人は中に入り。 学院長が座っているデスク前まで歩み寄る。

 

「呼び立てて済まなかったな」

 

「いえ、それで僕達に何の要件があって呼び立てのですか?」

 

「うむ。 2人には先週に発表される特別実習のーー」

 

学院長がレトとガイウスを呼んだ経緯、そしてあるお願いをされ、2人は驚きながらもそれを了承した。 その後2人は学院を出て一緒に寮に帰る。

 

「まさか次の実習先がそんな遠くになるなんてねー」

 

「これも風の導きだろう」

 

レトとガイウスは写真と絵、互いの趣味について雑談し、途中でフィーとも一緒に寮に帰ると……玄関先にはリィン達が集まっていた。

 

「あれ? 皆どうしーー」

 

『ーーもういい! こうなったら……』

 

質問する前に頭上からアリサの大声が聞こえ、3人は先に顔を上げて事の次第を聞いているリィン達に続いて顔を上げた。

 

(……アリサの他に誰かいる。 けど何だろう……この気配は……)

 

「ーーむ? 皆揃って玄関先で何を……」

 

『と、とにかく認めない! 絶対に認めないんだからあっ!』

 

先ほどと同様に、ラウラが全員がここに集まっている理由を聞く前に……アリサの大声が分かりやすく響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

6月20日ーー

 

長く感じたテストも終わり。 士官学生達は緊迫された空気から解放されて各々が充実した休日を過ごしていた。 そして先日、この第3学生寮の管理人を務める事になったシャロンは全員の為に朝食を用意していた。

 

「……あれ? そういえばレトは?」

 

「また部屋にこもっているのだろう」

 

「はい。 夜中から今までずっと論文を書いていたようです」

 

「確かシャロンの部屋はレトの隣だったわね。 うるさくはなかった?」

 

「いえ。 むしろ会長のようなお方だと思いました」

 

「…………働きづめという部分だけはね…………」

 

アリサが頭の中でレトと自身の母親を比べていると……そのレトがフラフラしながら食堂に入ってきた。 髪はボサボサしていて制服も上着を着てなくシワが目立ち、顔もかなりどんよりしている。

 

「お〜は〜よ〜……」

 

「おはようございます、レト様。 朝食は軽めの物をご用意しますが、いかがなさいますか?」

 

「あ〜うん……それで〜……」

 

「かしこまりました」

 

シャロンの言葉をほとんど頭に入らず聞き流し、レトはゆっくりと席に座った。

 

「レト……大丈夫?」

 

「う〜ん……大丈ーー……クー……」

 

「ね、寝た……」

 

座ってから数秒で夢の中に旅立つレトに、リィン達は苦笑いするしかなかった。

 

「これは流石に旧校舎の探索には連れていけないよな……?」

 

「レトの事だ。 むしろ連れて行かない方が後々面倒になるだろう」

 

「ありうるな」

 

その後、リィン達が朝食を食べ終え、それぞれの自由行動日を過ごす中……レトは半ば睡眠状態で朝食を取り、食べ終える頃にはそこそこ目を覚まして自室に戻った。

 

「………………(カタカタカタ)」

 

そしてレトは再び自室で導力パソコンと睨み合っていた。 一心不乱に作成しているのは帝國学術院にいる教授に提出する考古学レポートだった。

 

「……よし。 リベル・アークについての論文はこれでいいとして……一息いれるかなー」

 

時計を見ると既に正午を過ぎており。 首を左右に動かし、肩筋からコキコキと音を鳴らしてほぐしながら……レトは後ろに意識を向けた。

 

「ーーそれで、なんのようですか……シャロンさん」

 

「うふふ、一仕事終えたレト様にお茶をと。 もう正午を過ぎていますし、ご休憩なされてはいかがでしょうか?」

 

「…………ありがたくいただきます」

 

ノックも無しに入って来た事よりも、レトはティーポットに入れられた紅茶の香りに誘われた。

 

彼女はシャロン・クルーガー。 なんでもアリサのメイドで、帝国有数の規模を誇るラインフォルト……通称RFグループのメイドらしい。

 

「シャロンさん……1つ聞いてもいいですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「そこはかとなく、シャロンさんからなーんか見覚えのある気配というか……匂いがします。 気のせいですかね?」

 

「……さあ、どうでしょう?」

 

シャロンはカップに紅茶を入れながらレトの質問をはぐらかしたが……返答に少し間があった事にレトは気付いた。

 

「……まあ、僕の予想が当たっていたとしても、その人物達はありとあらゆる自由が認められています。 何かする訳でもないなら……僕は特に関与しません」

 

「お気遣い感謝します、レト様」

 

シャロンはお辞儀をすると部屋を後にした。 レトはゆっくりと振り返ると……足の踏み場も無かった部屋に床ができていた。 どうやらあの間に片付けたらしい。 書類も種類別に綺麗に分けられて棚の上に置かれている。

 

「いつの間に。 あ……美味しい」

 

驚きつつもレトは紅茶を飲むと……予想外の味に驚きの声をもらす。

 

「……そういえばウルグラはちゃんと秘密基地に帰ったかなぁ?」

 

半月たって今頃ウルグラの心配をし、導力パソコンを操作してウルグラの位置を確認する。 画面に表示されたのは帝都ヘイムダルの地図で、その都市の真ん中に赤い信号が発せられていた。

 

「うん、問題なさそうだね。 とはいえ、そろそろメンテナンスをした方がいいし……」

 

ピリリリリリ♪

 

不意にパソコン脇に置いていたアークスが着信音を鳴らした。 レトは左手は作業の手を休めずに右手でアークスを取り通話に出た。

 

「はい、レトです」

 

『……レト?』

 

「その声はフィー? どうかしたの?」

 

『ん……ちょっとね。 今から会える?』

 

「それは別にいいけど……」

 

タンっと、キーボードのエンターキーを押しながら問題ないと言い、レトは上着を着て寮を出た。 学院の中庭のベンチにフィーは座っていた。

 

「おまたせ、少し遅れたかな?」

 

「ううん。 ついさっきまで園芸部にいたから」

 

フィーは気にしてないとフルフルと首を振り、そのままレトはフィーの隣に座った。

 

「レトはリィンに旧校舎探索に誘われてないの?」

 

「朝があれだったからね、遠慮されたんだと思う。 そういうフィーは?」

 

「……………………」

 

その質問にフィーは答えられず無言のままだった。 数分前にフィーはリィンに誘われて旧校舎に向かったが……先にラウラがいて気まずくなり、やっぱり用事があると言い半ば逃げるように旧校舎を出て、ふとレトと連絡したのだ。

 

「ねえレト。 ラウラとは付き合い長いんだよね?」

 

「VII組の皆と比べたらね。 まあ、出会った当初は結構険悪だったけど」

 

「そうなの? 全然想像できない」

 

「旅の最初に、僕はレグラムに行って子爵閣下にローエングリン城に行かせてもらえないかと頼んでね。 それを一緒にいたラウラが“無礼者!!”って言って大剣を抜いて切りかかってきて……それから何やかんやでラウラが旅に同行にする事になったんだ」

 

「飛ばし過ぎ」

 

レトは笑って誤魔化す。 フィーはあまり過程を喋りたくないようにも聞こえたのでそれ以上は追求しなかった。

 

「まあ結局僕が言いたいことはね、ソリの合わない2人でも仲良くなる事は出来るって事。 最初の僕とラウラは仲が良くなかったけど敵ではなかった……今のような関係になる事だってできた」

 

「……私とラウラも?」

 

「そうだよ。 マキアスとユーシスだって、ぶつかったからこそ近づく事が出来た。 分かり合える方法は何も手と手を取り合うだけじゃないって事」

 

「……でも、私は……」

 

自分には出来ないようにフィーは顔を俯かせる。

 

「……多分フィーだけじゃないよ。 ラウラも、VII組の皆は何かを抱えている……そんな感じがするんだ」

 

「……レトも?」

 

「そうだね。 この剣とか関係なく……もっと根本的なヤツがね……」

 

左手を前に突き出し、手の中に黄金の剣……ケルンバイターを出現させ、クルクルと手の中で回す。

 

「ラウラとフィーがすれ違っている理由は予想がつく。 今の2人の状況が……まさに昔の僕とラウラと同じだからね。 でも、きっと分かり合える。 たとえフィーが猟兵でも、絶対にね。 僕もこんなのとか持っていてもラウラは変わらず接してくれるし」

 

剣を頭上に放り投げ、落ちてきた剣の柄を掴もうとした瞬間……剣は消えて握られた手は空気を掴んだ。

 

「僕の冒険の道具、ダイナマイトを使った時もフィーと同じような感じだったし」

 

「なんでそんなの持っているの?」

 

「遺跡の探索で脆い岩盤を壊すのに持ってこいだから。 武器にも使えて一石二鳥。 通れない道は取り敢えず爆破するに限るからね」

 

「確かに」

 

妙な所で気が合い、レトとフィーはクスッと苦笑した。

 

「そうそう。 フィーは落ち込んでいるより笑顔の方が可愛いよ。 いつもみたいにマイペースでね」

 

「ヤー」

 

と、そこでレトは空を見上げた。 いつのまに日が暮れかけていた。

 

「さてと……そろそろ寮に帰ろうか。 夕食くらいはシャロンさんの料理をしっかり味わいたいからね」

 

「同感」

 

フィーは少しスッキリした顔をし、レトと並んで寮に帰るのだったが……途中で何度も寄り道して、寮に帰ったのは日が落ちた頃だった。

 




ラウラとフィーのすれ違いが早い気がするけど……そこはレトがいるからと納得しておく。


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20話 実技テストIII

この前普通に歩いていたら松ぼっくりを蹴ってしまった。 そしたら……

松ぼっくり「イタイ」

……思わず謝ってしまった……




6月23日ーー

 

月日はすぐに過ぎて翌週の水曜日、この後実技テストを行うこの日の昼休み……学院の生徒達は貴族、平民問わずに1ヶ所に集まっていた。

 

「えーっと……どこかなー?」

 

生徒達の前にあったのは掲示板。 そこに先週行われた中間試験の結果が張り出されていた。 しかも合計点数、そして順位が堂々と張り出されるており、自身の順位が他の人達に知られる恥ずかしさもありながら自身の名前を探していた。

 

「ーーお。 あったあった。 915点の11位……まあ、こんなものかな」

 

「意外と頭良かったんだね、レトって」

 

「一応は帝國学術院入学希望だったからね」

 

「試験とは関係ない勉強をしてこの点数って……まさかカンニングでもしてるんじゃないでしょうね?」

 

「…………ふ」

 

アリサは半信半疑で疑いの眼差しをレトに向け、その視線に気付いたレトはソッポを向きながら不敵に笑う。

 

「あなた……」

 

「アリサさん」

 

「なによ」

 

「ーーバレなきゃ問題ないよ」

 

ピッ、ピッ

 

「今の台詞を録画しておいたぞ」

 

「ごめんなさい。 女神に誓ってカンニングはしてませんけど勘弁してください」

 

いつの間にラウラがレトの導力カメラで先程の一連を録画しており。 ラウラはその動画を再生しながらレトに突きつけ、レトは慌てながら謝り倒した。

 

「……相変わらずだね」

 

「あはは……それにしても皆かなり良い成績だね」

 

「クラス平均もVII組が1位だし、ちょっと誇らしいね」

 

「ふん、当然の結果だろう」

 

「だから君はなんでそんなにも偉そうなんだ……」

 

「クスクス……」

 

VII組の努力の結果であり、誇るべき結果である。 しかし、その様子を離れた所から苛立たしげに見ている人影があった。

 

「クッ、何という屈辱だ……!」

 

「帝国貴族の誇りをあんな寄せ集めどもに……!」

 

「そ、それに……アリサさんのあの家名は……」

 

白い制服に身を包んだ貴族生徒達。 彼らの内に怒りが湧き上がっている様子は見れば一目瞭然であった。 だがそれをリィン達は気付く事は無く、レトはチラリとその貴族を横目で見たが……すぐに興味を失った。

 

程なくして予鈴がなり、午後の実技テストの為にレト達はグラウンドに向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達がグラウンドに集まり、その後すぐにサラ教官がやってきた。 しかもスッキリした満面の笑みを浮かべながら。

 

「いや〜、中間試験、皆頑張ったじゃないの♪ あのイヤミ教頭も苦虫を噛み潰したような顔してたし、ザマー見なさいってね」

 

「別に教官の鬱憤を晴らす為に頑張ったわけでは……」

 

「というか、教頭がうるさいのは半分以上が自業自得ですよね?」

 

「いや、むしろ九分九厘かもしれない」

 

「……ひ、否定できないのが何とも……」

 

だが、その愚痴は少なくとも教官としての責務を一通り真面目にこなした上で言ってもらいたい。

 

「全く、あのチョビ髭オヤジ、ネチネチうるさいっての……やれ服装だの居酒屋で騒ぐなだのプライベートにまで口出しして……」

 

「反省の色無いね……」

 

「おまけに婚期がどうだの、余計なお世話だっつーのよ!」

 

良い気分から過去の嫌な事を思い出して吐き出すサラ教官に、全員呆れるしかなかった。 そして自身の負を全て吐き出してすっきりしたのか、サラ教官は改めて咳払いを入れる。

 

「ーーコホン、それはともかく。早速、今月の実技テストを始めるとしましょうか」

 

「はい」

 

「フン、望むところだ」

 

(腕試しには丁度いいかな)

 

サラ教官は以前と同様に指を鳴らし……どこからともなく教官の隣に例の機会人形が現れ。 もう見慣れた事なので誰も驚かない。

 

「……現れたか」

 

「また微妙に形状が変わっているな……」

 

「…………………」

 

驚きはいないが、全員が先月と形状が異なるっているのを観察する。 そんな中、リィンは別の意図を持って観察し……同様にレトも思い出すように考え込んでいた。

 

(今思えばどこからこの人形兵器を仕入れているんだろう? 執行者がほぼ自由なんだから、十三工房も恐らくは自由が認めれらているとは思うけど……)

 

ああでもないこうでもないと考え込んだせいで、レトはラウラとフィーの間に不穏な空気が流れるのに気付かなかったが……変わりにここに近づく複数の人の気配には気付いた。

 

「フン……面白そうな事をしてるじゃないか」

 

声色でも分かる傲慢な声……その主を確かめようと校舎の方に視線を移すと、士官学院のグラウンドに続く階段に白い制服に身を包んだ生徒達が立っていた。 その集団の先頭にいたのは金色の髪を持つ男子、パトリック・ハイアームズだった。

 

「I組の……」

 

「な、なんだ君達は?」

 

質問に答えるように彼らは足並みをそろえてレト達の前まで移動し、階段前にも女子生徒2人がいた。

 

何故彼等がここにいるのかはサラ教官にも分からないようで、彼らに質問をする。

 

「あら、どうしたの君達? I組の武術教練は明日の筈だったけど」

 

「いえ、トマス教官の授業が丁度自習となりましてね。 折角だからクラス間の交流をしに参上しました。 最近目覚ましい活躍をしているVII組の諸君相手にね」

 

「そ、それって……」

 

レイピアを取り出しながらパトリックが宣戦布告をする。 口調は穏やかだが、その声音からは何となく怒り妬みが感じ取れる。 その行動にレトは何となく察した。

 

「得物を持っているということは、練習試合ということか……?」

 

「フッ、察しがいいじゃないか。 そのカラクリもいいが、たまには人間相手もいいだろう? 僕達I組代表が、君達の相手をしてあげよう。 フフ、真の帝国貴族の気風を君達に示してあげるためにもな」

 

パトリックにつられて他の貴族生徒も挑発的に笑う。

 

「ふむ、真の帝国貴族の気風か」

 

「少なくとも目の前には無さそうだね」

 

と、そこで一部始終を見ていたサラは面白そうに笑みを口元に浮かべた。

 

「フフン。 良いわ、なかなか面白そうじゃない」

 

そう言うと再び指を鳴らして機械人形を消すと、レト達に本日の実技テストの内容を告げる。

 

「ーー実技テストの内容を変更! I組とVII組の模擬戦とする! 勝負形式は4対4の試合形式、アーツと道具の使用も自由よ! リィン……3名を選びなさい!」

 

「りょ、了解です」

 

リィンは度々あちらから茶々を入れられながらもエリオット、ガイウス、レトの3名を指名した。

 

「ーー決まりね。 それじゃあ、双方とも位置に付いて」

 

I組代表は前に出て、VII組代表は出る前にユーシスの助言を聞いた。

 

(ユーシスー、ほんの少しイラってきてー。 極々ちょっぴり本気出したいから剣貸してくれないー?)

 

(貸すか阿呆。 お前の腕なら槍でも余りあるだろうが)

 

(じゃあこの剣を使うかな)

 

そう言いながら取り出したのはバタフライナイフのような可変機構が取り付けられた銃剣だった。

 

(それがあるなら最初からそれを使え)

 

(これの初使用がこんなしょうもない所だと思うとね……)

 

(おい。 それは俺の剣がこんなしょうもない場面に似合うと?)

 

(レア度の違いだよ)

 

呆れるようにユーシスはやれやれと嘆息しながら首を振る。 そしてレト達は位置に付いた。

 

「それではこれより、I組対VII組の代表による模擬戦を開始する。 双方、構え」

 

両者位置に付き、I組は剣を抜き構え、VII組もそれぞれの武器を取り出して構える。 レトも腰のホルダーに左手をかざすと……銃剣が独りでに飛び出して畳まれていた柄を開き、レトは柄を掴んで抜き、ガシャガシャと音を立てて刀身が出て剣となった。

 

「面白い剣だな」

 

「今日届いた剣でね。 常日頃からあの剣を使う訳にもいかないからねー」

 

「ああ、確かに。 あの剣は見ているだけでこう……異質な感じがするから」

 

「………………?」

 

レトの銃剣をみながら会話する3人に……事情を知らず、ケルンバイターを見てないリィンは3人の会話についていけなかった。 と、そこでパトリックがわざとらしく咳払いをし。 レト達は少し慌てるも気を取り直して武器を構えた。

 

「ーー始め!」

 

開始の合図と同時にレトはゆらりと横に倒れるように揺れ……

 

「なっ!?」

 

驚く間も無く4人の剣に一太刀、利き手を軽く切傷を……合計8回、通り抜き際に剣を振った。

 

「これでも結構頭に来てるんだよねー。 ま、これ以上手出しはしないから安心していいよ。 後はよろしくー」

 

あれで幾分怒りがスッキリしたのか、レトは剣を肩に担いで手を振りながらグラウンドの端に寄った。

 

「え、ええぇ〜?」

 

「ほぼ勝負はついたとはいえ、相変わらず勝手気儘な奴だ」

 

「ふ、ふざけた真似を……!」

 

気を取り直して練習試合を再開するが……レトが剣に強打を入れて腕を痺れさせ、さらに切傷によるダメージもあって4人は剣を満足に振れず。 少しずつ押されていき……数分でリィン達に制圧された。

 

「ーーそこまで!」

 

I組が全員戦闘不能になったことを確認すると、サラ教官が勝利宣言をする。

 

「勝者、VII組代表!」

 

(終わったようだね……)

 

無論、I組の男達が弱いわけでは無く、寧ろそんじょそこらの魔獣や一般兵程度なら余裕で蹴散らせるぐらいの実力はある。 レトの先手もあるが、やはり勝負の決め手となったのはアークスによる戦術リンクだろう。

 

「……勝ったか」

 

「ああ……」

 

呼吸を整えながらリィン達も得物をしまう。 そしてリィンは地に膝を付けているパトリックの下へと歩いていき、互いに賞賛し合う意味を持って右手を差し出す。

 

「いい勝負だった。 先手がなかったらこちらが押し切られていたかもしれない。 機会があればまた……」

 

だがパトリックは差し出した手を見て、歯ぎしりの音を鳴らしながら勢いよく手を横へ振り抜き、リィンの手を弾いた。

 

「触るな、下郎が!」

 

八つ当たりをするかのように怒りを燃え上がらせて立ち上がり、パトリックはそのまま侮蔑の言葉を吐き捨てていく。

 

「良い気になるなよ……リィン・シュバルツァー……! ユミルの領主が拾った出自も知れぬ浮浪児如きが!」

 

「……ッ……」

 

「おい……!」

 

「貴方……!」

 

「ひ、酷いよ……!」

 

パトリックはまるで溜まりに溜まっていた思いが爆発するみたいに続けて暴言を吐く。

 

「ハッ、他の者も同じだ! 何が同点首位だ! 貴様ら平民如きが良い気になるんじゃない! ラインフォルト!? 所詮は成り上がりの武器商人風情だろうが! おまけに蛮族や猟兵上がりの小娘、盗賊紛いまで混じっているとは……!」

 

「………………(カチン)」

 

少しだけ、レトの目が細められ、心の中の何かがカチンときた。

 

「……………………」

 

「な、な……」

 

「否定はしないけど……」

 

「小娘……わたしのこと?」

 

「酷いです……」

 

中傷された者も含め、ユーシスとラウラの怒りを買い始めるパトリック。 サラ教官も目を閉じて傍観を決めており、止めることはなかった。

 

「パ、パトリックさん……」

 

「さすがに言い過ぎでは……」

 

他の貴族男子はさすがにまずいと思い、止めようとするも……今のパトリックにとっては火に油だった。

 

「うるさい! 僕に意見するつもりか!?」

 

「……聞くに堪えんな」

 

「おい、いい加減にーー」

 

「ーーよく分からないが」

 

ユーシスが痺れを切らして止めに入ろうとした時……ガイウスがパトリックの前に出てきた。

 

「貴族というものはそんなにも立派なものなのか?」

 

「っ……!?」

 

「ガ、ガイウス……?」

 

「そちらの指摘通り、俺は外から来た蛮族だ。 故郷に身分は無かったため未だ実感が湧かないんだが……貴族は何をもって立派なのか説明してもらえないだろうか?」

 

「な、な……」

 

ガイウスの質問に、パトリックは先ほどの怒りも含めて驚愕したが……パトリックは教えられた貴族の形をそのまま口にする。

 

「き、決まっているだろう! 貴族とは伝統であり家柄だ! 平民如きでは真似できない気品と誇りの高さに裏打ちされている! それが僕達貴族の価値だ!」

 

(……ほとんどの貴族なんて……血と炎に塗れた産物だろ。 笑わせてくれる、そんなの……ただの呪いに過ぎない)

 

その答えにレトは無意識に手を握る力が強まり、ガイウスはクラスメイトであるユーシスとラウラに当てはめて納得する。

 

「なるほど……ラウラやユーシスの振る舞いを見れば、納得できる答えではある。 だが、それでもやはり疑問には答えてもらっていない。 伝統と家柄、気品と誇り高さ…………それさえあれば、先ほどのような言い方も許されるという事なのだろうか?」

 

「ぐ、ぐうっ……」

 

正論を言われ、ここでようやく頭が冷えたパトリックは己が非を認めたのか怯みながらたじろぐ。

 

「ガイウス……」

 

「ふむ……」

 

「…………………」

 

「正論だね」

 

「パ、パトリックさん……」

 

「こ、このあたりで……」

 

他の貴族男子達も、パトリックに気圧されていて言葉を発せられなかったのだろう。しかし、雰囲気が少しだけ静かになった事で漸くパトリックに制止の声をかけることができた。

 

「ーーふふ、中々面白い事になっているじゃない」

 

ここで、今まで無言を貫いていたサラ教官がようやく口を開いた。

 

「模擬戦は以上。I組の協力に感謝するわ。

後、自習中だからといって勝手に教室から出ないように。 そちらの子達も、教室で課題をしてらっしゃい」

 

サラ教官に言われ、階段前にいたI組の女子達が慌てて教室に戻っていく。 そしてサラ教官はパトリック達の方に向き直る。

 

「後、明日の武術教練は今日の模擬戦の反省にするわ。 どこがマズかったのかみっちり教えてあげるから自分達なりに考えてきなさい」

 

「……了解した……失礼する」

 

背中を向け、教官の言葉に無理矢理己を納得させて逃げるようにその場を去っていく。

 

(……ハイアームズ卿とは似ても似つかないね。 やれやれ、セントアークの未来に霧が出ているよ)

 

レトは先月に会った彼の父親と比べ、ただ嘆息するしかなかった。

 

「今回の実技テストは以上。 次は今月の実習地を発表するわよ」

 

全員が実技テストを受けてはいないが時間的に余裕はなく、サラ教官は仕方なく飛ばしたようだ。

 

そしてサラ教官から配られた実習地の場所と班分けが書かれた紙を受け取り、10人がその内容を読んでいく。

 

 

【6月特別実習】

 

A班:リィン、アリサ、エマ、ガイウス、ユーシス

(実習地:ノルド高原)

 

B班:レト、マキアス、エリオット、ラウラ、フィー

(実習地:ブリオニア島)

 

 

「これって……」

 

「プリオニア島は確か……帝国南西部の外れにある島だったな」

 

「ラマール州の沖合いにある遺跡で有名な島だよ。 海都オルディスに寄る必要があるね」

 

「しかしーー」

 

「………………」

 

ラウラはプリントに視線を落としながら言葉を止め、その反応に気付いたフィーは視線だけソッポを向いた。

 

「《ノルド高原》は帝国北東の先の方でしたよね?」

 

「ええ、ルーレ市の先……国境地帯の向こうになるわね」

 

「古くより遊牧民が住む高地として知られる場所だな」

 

「あ、それって確か……」

 

「ガイウスの故郷だったよな?」

 

「……? そう言えばガイウスとレトって、定期テストの後に呼ばれてたよな?」

 

「ああ、その時に特別実習に付いての話をしてな。 A班には高原の集落にある俺の実家に泊まってもらう事となっている。よろしくな、リィン、ユーシス、アリサ、委員長」

 

「B班も事前に知人に頼んで実習期間中問題なく使用出来るように頼んであるよ。 プリオニア島は人の住まない絶島だからね」

 




レトの戦闘モードの切り替え(ゲーム風)

レトは槍と可変式の銃剣、それとケルンバイター。 3つの武器を持っている。 可変式銃剣の見た目はFF13の閃光さんの銃剣。

以下はモードの種類とそれぞれの武器の簡単な武器属性表。

◯ランサーモード
斬A 突S 射A 剛ー

◯セイバーモード
斬S 突A 射ー 剛A

◯ガンナーモード(え、アーチャーじゃないって?)
斬ー 突ー 射S 剛A

……あ、あれ? これって閃3並みのステータスのような……ま、まあ、ありかな? 異論がありそうですが……とりあえずこれで行きます。



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21話 海原を越えて

6月26日ーー

 

早朝からB班は寮の1階に集まり、まずは駅に向かおうとしたところ……シャロンから朝食のランチボックスを受け取り、駅に向かった。

 

「しかし、ブリオニア島か……また辺鄙な場所を選んだものだ」

 

「実際どんな場所なんだ? 名前しか知らないんだが」

 

「ブリオニア島は通称遺跡島……はっきり言って遺跡を抜けばただの無人島だよ」

 

「上陸する目的も観光か参拝くらいだろう。 地元の人間でも訪れる事は少ない」

 

レト達は乗車券を購入し、列車が来るまで実習先について話していた。

 

「えっと……レト、ここからブリオニア島までどれくらいかかるの?」

 

「うーん、列車からボートに乗り換えるし……片道8時間くらいはかかるよ。 シャロンさんからランチボックス貰っておいて良かったね。 でもお昼は自分達で用意しないと、帝都で買うには早いし……ラクウェルのはそんなに美味しくないし、やっぱりオルディスについてから食べるしかないね」

 

「その間はお預けか……長旅になりそうだ」

 

オルディスに着いたら何を食べようかと考えていると……ふと、レトは駅に備え付けてあった日付を見た。

 

(あ、そういえば今日だったかな……)

 

と、そこへリィン達A班が駅内に入ってきた。

 

「あ、リィン達!」

 

「そっちも今から出発?」

 

「ああ、そうだけど……」

 

リィンの視線はレト達の背後に向けられる。 そこにいたのはラウラとフィーで、2人はその視線に気付いた。

 

「……なに?」

 

「そちらは乗車券を購入しなくていいのか?」

 

「いや……うん、そうだな」

 

「今回、帝都までは一緒の列車ですし……」

 

少しB班を心配しながらもリィン達は乗車券を購入し、レト達と一緒にホーム内に入り帝都行きの路線まで向かうと……そこでちょうど列車が到着するアナウンスが流れた。

 

「えっと……タイミングが良かったわね」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「……そうだな」

 

「……ん」

 

アリサとエマが何とか間を取り持とうとするも……当の2人は生返事気味だった。

 

(相変わらずのようだな)

 

(まあ、こちらの事は心配しないでくれ。 あの2人の事も何とかフォローしてみよう)

 

(ちょ、ちょっと難しそうな気もするけど……)

 

(そうか、分かった)

 

(よろしく頼む)

 

(うん、任せておいて)

 

その後すぐに列車は到着し、両班は帝都行きの列車に乗り込み……列車は帝都に向かって出発した。 リィンとレト達はその後すぐにシャロンから貰ったランチボックスを開けた。

 

「ーーうん。 美味しいね、このサンドイッチ!」

 

「パンも甘みがあっていい。 さすがだの一言だ」

 

「ああ、完璧すぎる仕事振りだ」

 

「うまうま」

 

ランチボックスの中身は両班同じのようで、レト達は食べ損ねる筈だった朝食を済ませた。 ただ問題があるとすれば……

 

「……………………」

 

列車の席は基本左2列と右3列に並んでいる。 今回A班の6人は右3列のボックス席に丁度座っており、B班は対面する左2列の席に座っているのだが……実は1人、人数オーバーで、しかも片方の座席に順番にフィー、レト、ラウラの順で身を寄せ合って座っている。

 

つまりは、この2人の間に座っているレトはラウラとフィーの妙な威圧に直に当てられ……朝食を味わえられずにいた。

 

「しかしブリオニア島か……古代文明の遺跡があるらしいが、どういった場所なんだろうな?」

 

「そういえば僕、海って見るの初めてなんだよね。 レトとラウラとフィーはどうなの?」

 

「……僕とラウラは旅の途中で一緒に見たよ。 その時にブリオニア島に上陸したんだ」

 

「レトは以前、リベールで見たと言っていたが……私はあの時が初めてだった」

 

「私もあるよ。 団の上陸作戦に付いて行った時に」

 

「……………………」

 

フィーも悪気があるわけではないが、途端にラウラが無言になる。 何時になくフィーの言動に反応しているようだ。 いつも泰然としているラウラらしくない。

 

「そ、そういえば、ラウラ。 君の故郷レグラムにも遺跡があるんじゃなかったか?」

 

「確か……聖女のお城だったっけ?」

 

(……聖女……)

 

エリオットの何気ない一言に、あの忘却の村で出会った女性を思い出し……無意識に胸に手を当てる。

 

「ああ……ローエングリン城だな。 レグラムの街から見える湖に面した壮麗な古城でな。 霧の晴れた日など、あまりの美しさに溜息が出るくらいだ。 な、レト」

 

「え……あ、うん。 あんな事した手前、ちょっと複雑だけど……」

 

「まあ、あれはあれで美しいだろう」

 

「?」

 

「よく分からないが……とにかく一度、見てみたいな」

 

マキアスは少し話が読めず不審に思ったが、意に介さなかったようだ。

 

「んー……腕のいい狙撃手に陣取られたら厄介そうな場所だね」

 

「あ、確かに。 基本湖に囲まれているから陸から攻めにくいし……見晴らしもいいから潜入にも向かない。 潜入するとしたら湖の底を泳いで接近するしかないんだよねあれ」

 

「あー、そうかも」

 

「………………ハァ………………」

 

2人の仲をフォローするはずが、レトはむしろフィーに賛同してしまい、ラウラは窓の外を見て溜息をついた。

 

それから30分後……列車は帝都内に入り、ヘイムダル中央駅に到着した。 早朝なので人数は少ないが、もう1時間もすればここは人で溢れかえるだろう。 と、そこで意気消沈気味のマキアスがリィン達に近寄る。

 

「……すまない。 何だか自身が無くなってきた」

 

「ちょ、ちょっと諦めるの早くない?」

 

「あはは、苦労してるねー」

 

「君はもっと協力したまえ! 君は一応この班のリーダーだろ!?」

 

「え、そうなの?」

 

レトはいつの間にかこの班のリーダーにされていた。 実力云々を考えれば妥当かもしれないが……両班は一旦駅の入り口まで向かい、そこからそれぞれの路線に向かうため向かい合った。

 

「それじゃあここで暫しのお別れだね」

 

「B班が向かうのは西……海都オルディス方面の路線か」

 

「ああ、ラマール本線で先ずはオルディスに向かう」

 

「俺達A班は北東……鋼都ルーレ方面の路線になるな」

 

「ガイウスの故郷かぁ……土産話、楽しみにしているから!」

 

「ああ、そちらこそくれぐれも気をつけてくれ」

 

「フィーちゃん、ラウラさん。 どうかお気をつけて」

 

「その、お互いに元気な顔で再開できるようにしましょ」

 

「……そうだな」

 

「ん」

 

両班は背を向け、それぞれの路線に向かって分かれたのだった。 その時……

 

「え……」

 

駅の入り口から黒髪の少女が驚いた顔をしてA班が向かった方面を見つめていた。

 

「………………」

 

「あら……? どうしたの、エリゼ」

 

少女の後ろから少女の声がかけられ、黒髪の少女の隣に金髪の少女が寄ってきた。

 

「ひょっとしてカッコいい男の人でもいた? 貴女のお兄さんみたいな」

 

「またそんな……その、知り合いに似た人を見かけただけです。 朝早くに帝都にいる訳がないので見間違いだとは思うのですが」

 

「ふぅん……知り合いねぇ」

 

フッと、少女を見る目が悪戯心をした目に変わった。

 

「ーーそれはそうと……ふふっ、否定しないんだ? 貴女のお兄さんがカッコいいって事は♪」

 

「も、もう……知りません! 全く姫様は……教えるんじゃありませんでした」

 

「うそうそ、怒らないで。 貴女のお兄さんより……私の兄様(あにさま)が10倍カッコいいって事ね」

 

「! そ、そんな事ありません! 兄様の方がもっとーー」

 

「ふふふ」

 

「!! も、もう姫様〜!」

 

揶揄われたとわかると黒髪の少女は少しの怒りと恥ずかしさで身振り手振りでワタワタし、金髪の少女は面白おかしく笑う。

 

「クスクス……」

 

と、そこで2人の背後から微笑ましい笑い声が聞こえた。 2人は振り返ると……そこにはクレア・リーヴェルト大尉が笑っていた。

 

「す、すみません。 クレア大尉……」

 

「ごめんなさい。 呆れさせてしまったかしら?」

 

「ふふ、とんでもありません。 まもなく、離宮行きの特別列車が到着いたします。 今日一日、お供させて頂くのでどうかよろしくお願いします」

 

「ふふっ、こちらこそ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達、B班はオルディス行きのラマール本線に乗り込み。 少し進んでからレトがブリオニア島についての説明を始めた。

 

「出発前にも言ったけどブリオニア島はオルディスの沖合いにある絶島……遺跡島と言われているのは遺跡しか見るものがないからで。 後は……四方は海に囲まれて景色はいい方かな」

 

「むしろそれぐらいしかないと言うのが現状だろう。 強いて言うなら島固有の歯応えのある魔獣が多数生息しているくらいか」

 

「ほ、本当に何もないんだね……」

 

「しかしそうなると、今回の実習は問題なさそうだな」

 

「……そうだといいけど」

 

本当に問題がないと思いたいと、エリオットとマキアスはフィーとラウラを横目で見ながら心中思った。

 

それから数時間列車に揺られ……峡谷地帯を抜け、途中で止まった駅に彼らの目を引いた。

 

「ここは……」

 

「歓楽都市ラクウェル。 簡単に言えば娯楽都市だね。 昼より夜が盛んな街……毎日ミラを求める亡者が蔓延っているよ♪」

 

「……全然洒落にならないね」

 

「あ、ここ前に来たことある。 よく団長がここでミラを擦っていたっけ」

 

「……………………」

 

また同じ事の繰り返しで、2人の仲は段々と複雑になっていく。

 

「ま、まあ僕とラウラもここに来た時は年齢詐称して旅の資金を稼いじゃって……出禁になっちゃんたんだけどねー、あはは!」

 

「何をやっているんだ君は! 未成年が賭け事をするじゃない!」

 

「いやー、スロット、ルーレット、ポーカー、ブラックジャック……常にベットは有り金全部でやって面白かったよー」

 

「……止めなかったの?」

 

フィーは思わずラウラに聞いた。

 

「……深夜の内に楽しんだようでな。 目覚めた時には……争ったような格好をしながら抱えきれないミラを持っていた」

 

「帰りに襲われたんだね」

 

「あれだけのミラを見せびらかしていれば当然だ。 全く、資金調達などそこらの魔獣を倒してセピスを換金すればいいものを……」

 

「コホン……まあとにかく、ここに降りることはまずないよ。 僕はお宝に興味はあるけどミラに興味はないから。 その時取ったミラはだいたい学院の学費に使ってるし」

 

「今の話を聞いてそうは思えないんだが……」

 

「っていうか、出禁を喰らうほどって……どれくらいのミラを荒稼ぎしたの?」

 

「聞きたい?」

 

「いや……いいよ……」

 

目眩がしたのかエリオットは額に手を当て、否定の意があってかもう片方の手を軽くレトの前に出した。

 

そしてラクウェルから小1時間半ほど走り、列車はオルディスが見える地点まで走って来た。

 

「ここが……」

 

「そう。 ラマール州都にして西部沿海州の海港都市ーー《紺碧の海都》オルディス」

 

「ふむ、いつ見ても美しい街だ」

 

それからすぐに列車は駅に停車し。 レト達は列車を降りると駅を出ると商業地区に出た。 そこから海から吹いて来る潮風に目を細める。

 

「うーん……! ずっと座りっぱなしで疲れたよ」

 

「ああ、これは慣れないと後が辛そうだ」

 

「……それよりも……お腹……すいた……」

 

グウゥと、腹部を抑えながらフィーの腹の音が鳴った。 時刻は既に午後の2時……レト達年長者はともかく、育ち盛りのフィーには少しキツかったらしい。

 

「もうお昼はとうに過ぎたからね。 先ずは遅めの昼食としよう。 ちょうどオルディス湾に飲食店があるんだ。 今の時期なら屋台もいいかもしれないけど……結構割高だからね」

 

「……さっきは儲かっている話ししてたのに、レトみみっちい」

 

「じゃあ食べてみる? ボリューム満点だよ?」

 

「…………いい」

 

近くにあった縦に重ねた肉を焼いている……いわゆるケバブの屋台を指差すと、フィーは首を横に振った。 レト達は空腹を感じながら港に向かい、そこにある船員酒場《ミランダ》に入った。

 

「ここの特性パエリアは美味しいって評判なんだ。 以前は別の店で食べたから……今日初めて食べるかな」

 

「それは楽しみだね」

 

「……まあ、消しゴムみたいな戦闘レーションよりはいいか」

 

「……………………」

 

もうこの流れも慣れたものだが……レト達は慣れていけない事は分かっていながらも流されるしかなかった。

 

「そ、そういえばなんか街がお祭騒ぎになってないか? ここに来る途中に結構屋台も並んでいたし」

 

「オルディスは帝都より夏至祭が1カ月早いんだ。 祭の最終日の夜には湾内で大量の篝火を焚いて流す風習もあって……まさに海に輝く星って感じなんだ」

 

「実習最終日、もしかしたら見られるかもしれんな」

 

「ーーあ、そうだマキアス。 ここも一応貴族の街……というか貴族派の本拠地だから、あまり目立った行動はしないでよね?」

 

「わ、分かっている! 前回の二の舞いにはなりたくないし、それくらい弁えている!」

 

マキアスは前回の実習でかなり身に染みたようだ。 と、そこで店員が出来立てのパエリアを運んできた。

 

「お待たせしました! 漁師風パエリアです!」

 

「お、これは美味しそうだ」

 

「さっそくいただくとしよう」

 

熱々のパエリアを小皿に分け、レト達は空腹の為かいつもより早いくらいの速度で食べ……おかわりもいただき、満腹になって店を出た。

 

「……けぷ、お腹いっぱい」

 

「ちょっと食べ過ぎちゃったね」

 

「さて、腹も膨れた事だ……さっそくそこにある埠頭に向かうとしよう」

 

「確かそこの受付でボートを借りてブリオニア島に向かう手筈だよな?」

 

「うん。 島まで小型艇で30分ほど……ちょっとした船旅気分にはなるね」

 

レト達は受付で実習でブリオニア島に上陸すると説明し、鉄道と同じように既に学院側から手配されており簡単に小型艇を借りられた。

 

班の中で運転できる者はいないため、ボートの操縦を案内人に頼みレト達は港を出港した。 海風に煽られ、海鳥の鳴く声を聞きながらレト達はボートに揺られる。

 

「ブリオニア島は海都の沖合い150セルジュ……ちょうど湾の外側になるよ。 ちょっとした観光に行くにはもってこいな距離だね」

 

「海も荒れてないし、快適な船旅になって良かったよ」

 

「少し、A班に悪いことしたかもな」

 

「それはお互い様だろう。 我々もノルド高原が見られなかったのだから」

 

「……………………」

 

『……………………』

 

フィーがボーッと海を眺めて会話に参加しないため、そこで話が途切れてしまい、潮風に混じって異様な空気が流れてしまう。

 

「ーー皆さん、ご歓談中申し訳ないが島に近付いて来ましたぜ」

 

「あ……」

 

そこで運転手に話しかけられ、レト達は進行方向の先を見る。 そこには山が目立つ島があった。 それからすぐにボートは小型艇がつけるくらいの小さな埠頭で止まった。

 

レト達は船を降りてブリオニア島に上陸し、運転手がこの2日間の特別実習の依頼が入った封筒と宿泊小屋の鍵を渡すと……2日後に迎えに来ると言い残してオルディスに向かって帰っていった。 無人島に残されたレト達はこの島で独特な雰囲気を放つ山を見上げる。

 

「……ここがブリオニア島……」

 

「なんか、すっごく雰囲気のある場所だね……」

 

「この地は精霊信仰の対象で祭壇などもある。 夏至祭が終わった後くらいに参拝客が訪れる事もあるそうだ」

 

「で、あれがこの3日間お世話になる宿泊小屋。 話はついているから衣食住の準備は整っているはずだよ。 今日はもう遅いし、宿が機能しているか確認したら早めの夕食を取って休もう」

 

この島に着く頃には日も沈み始め、実習は翌日から行うとして先ずレト達は渡された小屋の鍵を使って中に入った。

 

小屋の中はつい最近人が使っていた跡があり、レトの言う通り事前に準備されていたようだ。

 

エリオットとマキアスに夕食の準備を任せ、残りの3人は就寝するために2階の部屋でベットメイクを行った。

 

「ふう……」

 

「む? レト、シーツがズレているぞ。 もっと丁寧に出来ないのか?」

 

「あ、ごめん。 こういうのはいつやっても慣れないんだよね」

 

レトはラウラに指摘された通り、シーツを整え……ふと、レトはラウラに質問した。

 

「……ねえラウラ。 フィーとは……分かり合えない?」

 

「……………………」

 

「仲直りとかじゃないよ。 互いを認め合う事……ラウラとフィーはそれが出来ていないからギクシャクしている」

 

「…………分かっている」

 

理解はしているが、改めてレトに指摘された為かラウラは少し不機嫌になる。

 

「僕達が旅を通して……この世界は必ずしも正しいとは限らないと思い知らされた。 人が剣を取る理由が数多あるように、生きる意味も、その方法もまた数多ある……」

 

「分かっている。 だが、しかし……」

 

「ーーうわっ!?」

 

その時、階下からエリオットの驚いたような声が聞こえてきた。 それに気付いたレトとラウラは下に向かい、途中でフィーと一緒にエリオットとマキアスの元に向かった。

 

「エリオット、マキアス、どうかした?」

 

「こ、これ……」

 

食料がある保管庫に向かうと……保管庫の中は荒れ放題だった。 壁や扉などに切傷があり、床にも穴が空いてある事から魔獣の仕業と考えられる。

 

「荒らされている……」

 

「ふむ、どうやら我々が来る前に……恐らくこの小屋を用意した後に魔獣に襲われたようだな」

 

「導力源も壊されている……これじゃあ火はおろか明かりすら使えない。 辛うじて水は無事だが食料は手当たり次第食い散らかされている……」

 

「……えっと……つまりそれって……」

 

「……いきなり無人島生活?」

 

レト達は実習が始まる前から問題が発生してしまった。 そしてレトは思った……

 

(今日の夕飯……どうしよう……)

 

 

 



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22話 絶島ブリオニア島

同日ーー

 

「……………………」

 

「……………………」

 

日は等に沈み、夕食時もとうに過ぎた頃……レトとフィーは揃って埠頭の先で座り込み、レトは手元の導力カメラをオルディス方面に向かってフラッシュさせて救難信号を送っているが……カメラのフラッシュ程度の光量では希望はないだろう。

 

そしてその側でフィーは海に釣竿の糸を垂らしており、今晩の夕食確保も一緒に行っていた。

 

「……まさかいきなりこうなるなんてね」

 

「幸先悪いね。 呪われてるかも」

 

フラッシュを辞め、レトは大の字になって寝転ぶ。 夜空のは満点の星々と幻想的な満月が輝いていた。

 

(やっぱり綺麗だねー……残酷なほどに)

 

地上で起きていることに天はいつも変わらず預かり知らず……思わずレトは自虐的になってしまう。

 

「ーーお、引いてる」

 

「え、本当!?」

 

慌てて起き上がると、フィーは踏ん張りながら持っている釣竿の竿がしなっていた。 小柄のフィーがこの引きに耐えられる訳なく、レトはフィーの背後に回って一緒に釣竿を掴んだ。

 

「フィー、一斉のでで行くよ」

 

「ヤー」

 

ギュッと柄を握りしめ、リールを巻きながら腰を下げて踏ん張り……

 

『一斉、のッ!!』

 

飛び上がるように腕を上げ、海から上がっめ釣り糸の先にいたのは……コバルトブルーの輝きを放つカニ、コバルトシザースだった。

 

「釣れたー!」

 

「ん、大物ゲット。 ぶいだね」

 

コバルトシザースをゲットし、2人は夕食を確保した。

 

「皆ー! 大物が釣れたよー!」

 

レトは小屋の前で作業をしていたラウラ達に手を振る。 2人は夕食を持ちながら小屋に向かうと……そこではマキアスとエリオットが火を用意していた。

 

「……そっちはどう?」

 

「ふう……ちょうど今、何とか火を確保したところだ」

 

少しスス汚れた眼鏡を拭きながらマキアスは答える。 彼の横には大きめの石で組まれたかまどがあり、その中には薪が集められて火が焚かれていた。

 

小屋の導力源が無くなった以上、明かりはおろか火も使えない……ゆえにこのような方法で火を確保していた。

 

「それにしてもレトとフィーがサバイバルに詳しくて助かったよ。 2人がいなかったらこうもスムーズにいかなったよ」

 

「……それほどでも」

 

「サバイバル技術は探検する為の最低限の知識だからね。 それで、ラウラは?」

 

「えっと……ラウラは……」

 

言い淀むエリオットに、レトは納得した。 レトは小屋を回り込んで裏手に向かうと……

 

「………………(ガリガリ)」

 

そこでラウラが1人、両手に挟んでいる細い棒を板に押し当てて回し、摩擦で黙々と火を起こそうとしていた。 ここでやっているのは風通りが良くないからだろう。

 

「ラウラ」

 

「(ビクッ!)な、なんだレト……今話しかけるでない……」

 

「……もう火は用意出来たよ」

 

「……な、に……?」

 

かなり集中していたのか、レトが声をかけるまで気付かず。 さらに既に火は付いたと知ると驚きのあまりカランと、ラウラは手に持っていた棒を落とす。

 

「っていうか、ラウラには火じゃなくて倉庫の修繕を頼んだよね? なんで火を起こしているの?」

 

「そ、それはだな……」

 

「……まあ、大方上手く行かなかったからせめて火でも……と言った所かな」

 

「……………………」

 

図星だったのか、ラウラは顔をうつむかせて黙ってしまう。

 

「僕も手伝うから、頑張って終わらそう」

 

「う、うん……」

 

落ち込み気味のラウラと共にレトは倉庫に向かった。 そこで先ずは空いた穴を、穴の大きさより一回り小さく削った石を入れ、その上に土をかけて埋め。 応急処置で集めの板を敷いて修繕を完了させた。

 

「ふう、こんなものかな」

 

「……済まぬレト、私が不甲斐ないばかりに……」

 

「誰にも得意不得意はあるよ。 そう気落ちしないで」

 

レトは落ち込むラウラを励まし、順調に穴を塞いだ。 応急処置を終わらせると2人は外に出た。

 

「あ、そっちはもう終わったの?」

 

「一応穴を埋めて板を敷いて応急処置をしたよ。 そっちは?」

 

「ん、丁度焼けた所」

 

かまどの上に網が敷いてあり、その上に先ほどのコバルトシザースが丸々焼かれていた。

 

「ふむ、とても良い匂いだな」

 

「これしかないが、問題ないだろう」

 

「うん、あの時パエリアを多目に食べておいて良かったよ」

 

「不幸中の幸いだね」

 

コバルトシザースの姿焼き焼きと言えばいいのだろうか? とにかくレト達は焼けたコバルトシザースを食べた。 しかし1匹を5人で分けた為そこまで満腹にはならなかったが、パエリアのお陰で今日は持つことは出来た。

 

「どうするの、この状況? ここは無人島だから当然導力通信設備がないからアークスによる通信も不可。 オルディスまで届く光量のライトもないから救難信号も呼べない……残された選択肢は2日間待つ事だけ……」

 

深刻な事態とは言い難いが、それでも実習を諦めるわけには行かなかった。

 

「まあ、2日くらい飲まず食わずでも行けるよね?」

 

「……ん、行ける行ける」

 

「行けるわけないだろう! 特別実習もあるんだぞ!?」

 

「実習をやるとなると体力も必要だし……食事はやっぱりないと……もしかしたらこの状況も特別実習なんだと思う。 サラ教官が言っていた通りね」

 

「あ、ケルディックの時の……」

 

ラウラとエリオットはケルディックの帰りにサラ教官に言われた言葉を思い出した。

 

「僕はこのまま実習を続けたいと思う。 もちろん食料の確保もするしこの事態をどうにかしたい……皆はどう思う?」

 

レトは実習を続けたいと言い、他の4人にどうしたいか聞いてみた。

 

「僕は続けたいと思うな。 2日くらい我慢できない訳でもないし……これも貴重な経験だと思うし」

 

「そう言う事なら僕も賛成だ。 サバイバル技術も持つレトとフィーもいる事だ、最悪の事はまずないだろう」

 

「……私も賛成」

 

「これで3人っと……ラウラは?」

 

「……私も賛成しよう。 どの道待つほかない上、この状況下で己を鍛える事も出来よう」

 

「まあ、確かに……」

 

古くから剣などの武を極める為に修行地には人の手の届かない、自然に囲まれいる事や澄んだ空気であるといった場所が好まれる。

 

この島はその条件を満たしており、己を鍛えるにはもってこいの場所だ。

 

「さて、じゃあこれで決まりだね。 明日からは特別実習に加えて食料の確保も兼任してやろう。 でも、詳しいことは明日にして……今日は休むとしよう」

 

レトの意見にラウラ達は頷き、それからすぐに手元の災害時のロウソクの灯りを持って寝室に向かい、早めに就寝した。

 

こうして、B班は特別実習兼軽いサバイバルをやる事になった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日、6月27日ーー

 

朝早くに起床したレト達には当然朝食は無く。 水で僅かに空腹を埋めてから、2つあるうちの1つ、今日の依頼の入っている封筒を開けた。

 

依頼内容は島特有の鉱石の採掘、

島中にいる魔獣、悪魔の花の一定数の討伐、

島の集落跡付近にいる手配魔獣の討伐の3つだった。

 

「討伐系が多いね」

 

「こんな小さな島じゃできる事は限られているのだろう」

 

「うん。 では早速実習を始めよう。 それと兼任して食べられるものを探すとしよう」

 

「あんまり魚ばかりだと壊血病になるかもしれないし……島で自生している果物があるといいんだけど」

 

「……すぐにそうなる訳じゃないけど、備えておいて損はないからね」

 

早速、レト達は小屋を出て、ブリオニア島での特別実習を開始した。

 

「島をグルリと回ると2時間くらいはかかるよ。 後この辺りの気候は変わりやすいから天候には注意してね」

 

「……ん」

 

「それと小さいとは言え迷わないに目印になるのはこの先にある祭壇、島の西側にある集落跡……そして島の裏手にある巨像だね」

 

「巨像? そんなのがここにあるのか?」

 

「うん。 この島で実習するのであれば必ず目にするだろう」

 

「ブリオニア島の1番の観光スポット、全長100アージュ程の巨像が島の裏手にあるんだよ」

 

「それは凄いね」

 

「それとリィン達A班が向かったノルド高原にも同じサイズの巨像があってね、そこの巨像はまだ見た事なんだよねー」

 

「……ふうん?」

 

「ーーそれじゃあ、VII組B班、体力に気を付けながら実習を始めるよ」

 

始まる前から問題が発生していたが……気を落とさずレト達は実習を開始した。

 

ブリオニア島を歩き、人の手が加えられた道を通り、少しして七耀教会とは違う様式の祭壇があった。

 

「これって……」

 

「これは精霊信仰の祭壇。 昔からここはそういった信仰を集めてきた場所なんだ。 以前、ここにも集落があって人が住んでいた証拠だね」

 

「へぇ……って、あれ?」

 

エリオットは祭壇の上に花が供えられあるのに気付いた。

 

「祭壇の上に花が供えられてあるね」

 

「……少し枯れてる……昨日あたりに誰かが供えたみたいだね」

 

「参拝にしては早いけど……あってもおかしくはないね」

 

ここには祭壇だけで、他には何もないと分かると探索を再開した。 レト達は島の中央に向かい、そこで山から滝が出ている地点に出た。

 

「うわぁ! 凄い滝だねえ」

 

「ああ、これは中々絶景だな」

 

「……今の時期だと、飛び込みたくなるかも」

 

「ふむ、水着を持って来れば良かったかもしれんな」

 

(……魚が泳いでいる……昼くらいに取っておくかな?)

 

レトは滝から流れる水で泳いでいる魚を見て……昼食に狙いを定めた。 そして手配魔獣である悪魔の花を倒しながら浜辺に出ると……

 

「……おお〜っ!」

 

「わあ〜っ!」

 

目の前には広大な海と遮る物がない綺麗な水平線が広がっていた、フィーとエリオットは思わず浜辺に向かって駆け出す。

 

「これは、凄い景色だな」

 

「以前にも見たが、いつ見ても思わず足を止めてしまうな」

 

「大自然が作り上げた誰のものでもないプライベートビーチ……やっぱり、島と分かっていたなら水着でも持って来ればよかったね」

 

「うん。 本当に残念だ」

 

実習中とはいえ、この浜辺を前にして泳げないのは本当に残念に思える。

 

「洞窟まであるのか……」

 

「暗くて奥が見えないよ……」

 

「どうやらこの洞窟に依頼にあった鉱石があるようだね。 鉱石の名前は夜光石……夜や暗闇で青白く光りだすみたいだす、この真っ暗な洞窟の中でならすぐに見つかると思うよ」

 

「……でも、最低限の灯りはないとキツイよ」

 

「だから松明を作るんだよ」

 

レトはキョロキョロと辺りを見回し、木下に落ちていた木の枝を拾った。

 

「湿気の多い大きめな木の棒に小屋にあった古い布を巻きつけて……そしてこれも小屋にあった灯油を布に染み込ませる。 後は……フィー、お願いね」

 

「ヤー」

 

松明を地面に起き、導力機構を入れずに銃剣を横に向けて排莢口を松明に合わせ……

 

点火(イグニッション)

 

引き金を引き、排莢口から火花が飛び、松明に当たると火がついた。

 

「これでよし。 採掘は男子がやった方がいいだろうし、松明はフィーが持っておいて」

 

「……ん」

 

「………………」

 

フィーに灯りを持たせ、フィーの先導の元レト達は洞窟の中に入った。 中は細道で、反対側に出る出口が見える道と奥に続く道があり。 その奥に続く道の中に青白い光りが点々と光っていた。

 

「うわぁ……幻想的な光りだねえ……」

 

「これが夜光石か……」

 

夜光石は特徴上すぐに見つかる、灯りをフィーに任せ早速4人は持って来ていたピッケルで採掘を始めた。

 

「ふうふう……! 息が辛いね……」

 

「洞窟だから風通りも良くないだろうからな」

 

「……いや、もっともな原因はあれだろう」

 

ラウラはフィーの持つ松明を指差した。 この中で1番酸素を奪っているのは間違いなくあれだろう。 ラウラ達は早く終わらせようと手を動かていると……レトは1人、洞窟の奥を見つめた。

 

(……あそこから風を感じない……入り口は塞いだままのようだね)

 

ホッと、レトは4人から見えないよう、安心するように息を吐く。 それから順調に指定量の夜光石を採掘し……すぐに洞窟から脱出して5人はほぼ同時に息を大きく吸い込んで息苦しさからようやく解放される。

 

「ん〜! 光りが眩しい〜!」

 

「ずっと真っ暗だったからな」

 

日の光に目を慣らしながら辺りを見回す。 ここは山の裏手のようで、木々も少ない場所だった。

 

「……島の反対側に出たようだね」

 

「うわぁ……! ここも凄い大海原だよ!」

 

西ゼムリア大陸最南端と言ってもいい島、そこから見る海の景色はまさに絶景と言ってもいいだろう。 そこからしばらく回り込むように進み、島の裏手に出ると……

 

「皆、見えてきたよ」

 

『!?』

 

レトが指差した方向を見て、エリオット、マキアス、フィーの3人は驚愕する。 そこにあったのは巨像だった。 下半身と両腕は岸壁に埋まっていて上半身しか姿が見られないが、それでも見上げるほどの大きさを誇っている。

 

「………………(パクパク)」

 

「……凄く……おっきい……」

 

「言葉も出ないな……」

 

「これがブリオニア島の巨像……帝国の伝承に出る騎士伝説に関係していると言われているよ」

 

巨像を呆然と見上げる3人に、レトは説明を付け加えると……ふと、フィーはレトに質問した。

 

「……レトはこの像について何か知ってる? 考古学者なんでしょう?」

 

「ん〜……まあ一応知っていると言えば知っているけど……(所々ボカせばいいかな……)長くなるけど、それでもいい?」

 

「うん。 私もここに来た時聞きそびれていたからな、お願いする」

 

4人はこの巨像について聞きたいといい。 レト達は一体近くにあった岩に腰を下ろした。

 

「ーーじゃあまず、古代の人々が女神から授かったとされる7つの古代遺物(アーティファクト)……七の至宝(セプト・テリオン)は知っている?」

 

「……七の至宝?」

 

「聞いたこともないね……」

 

「大まかな事は省くけど、リベールに現れた空中都市……あれの導力源が七の至宝の1つ、空を司る至宝、輝く環(オーリ・オール)だった。 至宝1つで空中都市全ての導力をまかなっていたそうだよ」

 

「それはとんでもないな……現代の導力技術では到底不可能だ」

 

小国1つを空に浮かべられるだけでも現代導力技術では不可能、それを可能にした至宝の存在をマキアスは戦慄する。

 

「そして至宝は基本的に形は持たない。 形を持っていたとしてもそれは千差万別。 人であれば物でもあり、意志を持っているともされる……で、話はこの巨像に関係するものに戻して……始めにこの地には2つの至宝があった。 猛き力《焔》を司る至宝《アークルージュ》と靭き力《大地》を司る至宝《ロストゼウム》……2つは巨大な守護神の形を取り、人々に繁栄をもたらした」

 

「それって……」

 

「だが、2体の守護神は争った。 その経緯は大幅に省くけど……その2体の守護神は戦い……そして……相打ちになり、骸となった。 そして2つの至宝は守護神から抜け、その後どうなったかは定かではないけど……」

 

そこで話を止め……レトは顔を上げて巨像を見上げる。

 

「ここにある巨像は焔か大地の至宝のどちらかの骸……簡単に言えば導力エンジンを抜いた導力車って感じだね」

 

「……なるほど、分かりやすい」

 

「ーーま、こんな所かな。 ご静聴、ありがとうございました」

 

レトは座りながら頭を下げ、聞いてくれた事にお礼を言い。 そしてラウラ達は言葉も出なかった。

 

「ーーおっと、もうこんな時間に。 座学はこれくらいにしてお昼にしようか」

 

「あ……そうだね」

 

「討伐魔獣は午後に回すとしよう」

 

「……ん、動き回ったからお腹すいた」

 

そう言われて空腹を感じ始め……レト達は立ち上がり、巨像の前から立ち去って行った。

 



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23話 サバイバル特別実習

正午ーー

 

「……………………」

 

ブリオニア島にある滝によって流れている川の中にレトが瞑想しながら槍を構えて静かに立っていた。レトの周りには川魚が泳いでおり、レトは開眼と同時に目を細めながらキラリと光り……

 

「——ハアアァ…………でやあっ!!」

 

呼気をしながら力を集中させ、頭上で槍を振り回し……渾身の一槍を川に向かって突き刺した。 その威力は凄まじく、水が滝より高く打ち上がった。

 

「獲ったどー!!」

 

そして打ち上がった水の中からレトが現れ、槍を振り上げた。 その槍の穂の先には黄金に輝く魚……ゴールドサモーナが2匹が連なって突き刺さっていた。

 

レトは銛突きならぬ槍突きで魚を取っていた。

 

「……おお……!」

 

「たくましいなぁ……」

 

その光景を側の川岸からフィーとエリオットが飛んできた水を焚き火を守りながら見ていた。

 

「やっぱりレトは凄いね。 槍で魚が取れるなんて」

 

「ふふーん、まあね」

 

「ーーそれよりももっと丁寧出来なかったのか?」

 

褒められて満足気にドヤ顔をするレトに、ラウラが黄緑色のリンゴのような果物を手に歩いてきた。

 

「もちろん力加減は出来たけど……何だが無性に水を浴びたかったから」

 

「ならそこで滝行でもするがよい」

 

「……やめとく」

 

滝を見ながら断り……神速の速度で槍を突いた。 ほぼ同時に水面に3つの穴を作り……穂先に今度はゴールドサモーナが3匹連なっていた。

 

「最初からそうすればいいというものを……」

 

「まあまあ」

 

「……マキアスは?」

 

「マキアスなら小屋から調味料を持ってくると言っていたが……」

 

と、ちょうどその時、上からマキアスが歩いてきた。 手には籠を持っており、恐らくあの中に調味料が入っているのだろう。

 

「待たせたな。 とりあえず簡単なものだけを持ってきた」

 

「それだけでも充分だよ。 今の状況だと塩ですら貴重だからね」

 

それからフィーとレトは5匹のゴールドサモーナに先端を削って尖らせた木の枝を突き刺し、軽めに塩を振って串焼きにした。 今はほぼ無人島生活だが……見た目が金色なのでかなり贅沢している気分になる。

 

「………………(ゴクリ)」

 

「凄いな、脂が垂れてきているぞ」

 

「川魚にしては珍しいな」

 

「ーーそろそろかな」

 

頃合いを見て火から上げ、レト達は焼き上がったゴールドサモーナの塩焼きを口にした。

 

「ん〜! 美味しいねこの魚!」

 

「ああ、脂が乗っていて本当に旨いな」

 

「……これなら塩だけでも全然イケる」

 

「ふむ……しかもいつもより味が強く感じられるな。 余程旨い魚なのだろう」

 

「あ、それもしかしたらこの景色のおかげじゃない?」

 

レトは滝の方を向きながらそう言うが、ラウラ達はその意味が分からなかった。

 

「……確かに凄い光景だけど……それがどうしてご飯が美味しく感じられるの?」

 

「人は精神状態によって大きく味覚が変化する事があるんだ。 良く綺麗な夜景を眺めながら食事を取るって話を聞くでしょう? 綺麗な場所から食べる食事は美味しく感じられるからそうするんだ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「逆に、ストレスや落ち込んでいたりすると食欲がない、食事が喉を通らないなんて事……あるよね?」

 

「……………………」

 

レトは何気なく言った事だが、心当たりがあるのかマキアスは顔をうつむかせた。

 

「さらにはこんな言葉もある。 人の不幸は蜜の味……あまりいい趣味とは言えないけど、精神状態と味覚の関係が分かりやすく出ている言葉だね」

 

「そうだな……大雑把に言えば、この絶景と絶品……我らは2度旨い状況にいるのだろう」

 

「はは、確かに」

 

絶景を前に絶品を食べる……これほど贅沢な事はないのかもしれない。レト達はそのまま昼食を平らげ、体力を回復させ午後の実習に臨んだ。

 

「午前中の内に悪魔の花は一定数以上は討伐したし、食べて元気も出たから今度は討伐魔獣を倒しにいこう」

 

「確かこの先の集落の周辺にいるって話だったよね?」

 

レト達は集落方面に向かい、そこから横道に逸れた場所にある広場に向かうと……そこには全長10アージュをほこる二足の恐竜型で結晶のような鬣を持っている魔獣……アーモダイノがいた。

 

(いた……)

 

(………………?)

 

(あれは骨が折れそうだな)

 

確かにそこにはアーモダイノがいたが……レトとフィーは違和感を覚えて眉をひそめる。

 

(強敵だが……我らなら負ける訳がない)

 

(…………よし、行こう)

 

レトとラウラ、マキアスとフィーで戦術リンクを組み、レト達はアーモダイノに向かって飛び出した。

 

アーモダイノのはレト達の接近に気付くと、大口を開けて轟くような咆哮で威嚇した。

 

「っ……アークス……駆動!」

 

「ぐっ……」

 

その肌にビリビリくるような咆哮にエリオットとマキアスは怯むが……レト、ラウラ、フィーは足を止めずに接近する。

 

「やっ」

 

フィーは側面に回り込みながら牽制で双銃を撃つ。だが弾丸はアーモダイノの硬い体表と結晶に弾かれる。

 

「はあああっ!!」

 

「せいっ!」

 

その隙にレトが太い脚の膝裏を薙ぎ払い、膝を曲げさせ体勢を崩し……ラウラが頭上をとり叩きつけせるように大剣を振り下ろし、頭を地面に叩きつけた。

 

「いかに強靱な脚を持っていたとしても……その巨体を支えるのに二足じゃ足りない!」

 

「………………」

 

ラウラは大剣から手に伝わる手応えで、アーモダイノの状態に気が付いた。

 

アーモダイノはゆっくりと立ち上がり、グアッと声を上げて威嚇する。 すると身を捻り……跳躍して後方にいたエリオットとマキアスに距離詰め、鞭のようしなった尻尾を振り下ろしてきた。

 

「ーー! ア、アクアブリードッ!!」

 

「このっ!」

 

2人は咄嗟に攻撃し、軌道をずらせたが……このままでは直撃してしまう。 その前にレトは移動し、槍を盾に2人の前に出た。

 

「危ない! ーーくっ……ぐあっ!」

 

2人を庇ってレトは尻尾を槍で受けたが……余りの威力に足が浮き、後ろに飛ばされてきにぶつかり、その威力で木は折れてしまった。

 

「つつ……」

 

「レト!!」

 

痛がる間も無くアーモダイノは口を開き、兇悪な牙を向けながら襲いかかってきた。 レトは地面を蹴り上げ跳躍して避け、アーモダイノのはレトの背後にあった木に喰らい付き……その強靭な顎で粉砕した。

 

「うわぁ!?」

 

「口の中に入ったら一巻の終わりだな……」

 

ボロボロとこぼれ落ちて行く木片にマキアスは戦慄し、レトは頭を振りながら気を戻し、アークスを駆動して水のアーツで傷を癒した。

 

「っ……まだまだ修行が足りないな……」

 

「………………」

 

「全く、お前は相変わらず己の身を省みるな。 もう少しは我らを信用しろ」

 

「あはは、性分なものでね」

 

ラウラに嗜まれて苦笑いのレト。 そんなレトをフィーはそんなジッと見つめる。

 

「皆! 離れて!」

 

その時、アークスを駆動していたエリオットの警告を聞き、3人は散開し……マキアスは散弾銃のポンプアクションを起こし、特殊な弾丸を装填する。

 

「石化弾……リロード! これでも喰らえ!」

 

「シャドーアポクリフ!!」

 

散弾銃から発射された弾丸……石化弾がアーモダイノ体表の表面を石化させ、その隙に頭上から時のアーツによる闇色の剣が落下しアーモダイノを貫き、生気を奪い取る。

 

「今だ!」

 

「チャンス」

 

それを見たラウラとフィーは飛び出して接近し、一気に畳み掛けた。

 

グオオオオッ!!

 

だがアーモダイノは咆哮を上げながら大きく身震いを起こして石化を砕き、身体を大きく捻りコマのように回り、尾が鋭くしなり襲いかかった。

 

「ーーなっ!?」

 

「ッ……!」

 

2人は咄嗟に回避したが……回避した先に2人がぶつかり、ラウラとフィーは対面してしまった。 2人は足を止めて衝突を免れたが……そこにアーモダイノが突進してきた。

 

「ーー疾ッ!!」

 

レトは槍を投げて、槍はアーモダイノの側面に突き刺さり、アーモダイノの動きは鈍り……その間にレトは一瞬で2人の前に移動し銃剣の銃形態で構えた。

 

「陣風弾!!」

 

気力を込めた一発の弾丸は着弾と同時に炸裂し、突風を巻き起こし。 それによりよろけていたアーモダイノを転倒させた。

 

「アークス駆動……シルバーソーン!!」

 

一瞬で発動させた幻のアーツでアーモダイノの動きを止め、銃剣を変形させて剣にし……

 

「背負いし剣! 受け継ぎし剣! 今ここに振りかざす!!」

 

地を蹴り、己を鼓舞するように叫びながら剣を構え……

 

獅子の果敢(レオンハルト)ッ!!」

 

怒涛の一刀がアーモダイノの身体中を走り抜け……断末魔を上げる間も無く地に倒れ伏した。

 

ビシッ……!

 

「あ……」

 

だが、レトの絶技に剣が耐えられずヒビが入ってしまった。 それを見たレトは大きく落ち込む。

 

「あーあ……やっぱり耐えきれなかったか。 僕が未熟な事もあるけど、ケルンバイターのようにはいかないな〜」

 

「あ、剣……壊れちゃったんだ」

 

「全く、幾ら複数武器を持っているからって雑に扱い過ぎだぞ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

エリオットとマキアスがレトと会話する中、ラウラとフィーがお互いに背を向けながら武器を収める。

 

まるでお互いを視界に入れないようにするように……

 

「さてと、これで今日の実習は終わりだね」

 

「ああ。 後は活動レポートを書かないといけないんだが……夕食の準備もしないとな」

 

去ろうとする中、フィーは力尽きて倒れているアーモダイノに近寄ってしゃがみ込んだ。

 

「フィー、気付いていたの?」

 

「……うん、最初に見た時から気付いていたけど……この魔獣、おかしくない?」

 

「どうしたの、2人とも?」

 

ついてこなかったレトとフィーにラウラたちが不審に思う中、レトも顎に手を当てて考え込む。

 

「僕もそう思った。 明らかに傷が多過ぎで……まるで僕達と戦う前に何者かからやられて来たような……」

 

「……それにこれも」

 

フィーは銃剣で右脚を軽く刺した、そしたら銃剣に粘着質か糸のようなものが絡まってしまった。

 

「これは……糸か?」

 

「なんだかネバネバした糸だね」

 

「恐らく昆虫型の魔獣の糸だと思う。 魔獣の傷から見て……恐らく蜘蛛の魔獣、しかもかなり大きいね」

 

レトは広場の出入り口前でしゃがみ込み、地面をジッと見つめた。

 

「後これを見て。 この不規則な足跡……さっきの魔獣が追い立てられた証拠だよ」

 

「でも、だったらその蜘蛛の魔獣はどこにいるの? このしまをグルリと回ったけど小蜘蛛すら見なかったし……」

 

「……………………」

 

「ふう、考えても仕方ない。 今日の実習は終わった事だし、夕食を確保しないといけない」

 

「……そろそろお肉が食べたいかも」

 

「魔獣を狩って肉でも取ってくる?」

 

レト達はこの件を後回しにし、小屋に帰る途中で肉を出しそうな魔獣を襲……魔獣を狩り、肉を確保しながら帰投した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日、深夜ーー

 

世も寝静まり、静寂が包み込む中月明かりが指すブリオニア島。 そこに……オルディス方面から導力ボートの駆動音が聞こえてきた。 数分後、ボートはブリオニア島に到着し、ボートから2人の男性が島に上陸した。

 

「ここにあるんだな?」

 

「ああ、情報が確かならかなりの儲け物だ」

 

男性達はブリオニア島の山を見上げ、不敵な笑みを浮かべる。 身なりは頑丈で動きやすい服装をしていた。

 

「……ん? なんだ、誰か小屋にいんのか?」

 

「なんでも学生がいるらしい。 全く、お勉強でこんな場所まで来れるとはいいご時世になったんのだ」

 

「ま、俺らにはなんも関係ないがな」

 

男達は野心に満ちた目をしながら島の闇夜の中に消えて行った。



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24話 火の神殿

翌日、6月28日ーー

 

日も登り始めた早朝……レトは大きな欠伸をしながら小屋を出て逆光となっている日の光を全身に浴びた。

 

「ふわああ〜〜……」

 

昨夜壊れた剣の応急処置をしたため寝不足気味になりながらも、埠頭に向かって歩きながら背を伸ばし、眠気を覚まそうとした時……埠頭に導力ボートが付けられているのを見つけた。

 

「ん……? あれって導力ボート? いつの間にこんなのがこの島に……」

 

不審に思いながらもボートに近付き、ボートを確認した。 レトは導力機関に手をかざすと……眉を潜めた。

 

「……すっかり熱が冷めてる。 数時間前……深夜に誰がこの島に上陸した? だけど何が目的で……こんな無人島には何にも…………あ」

 

レトは何かを思い出し声を上げた。 そしてこうしてはいられないと急いで小屋に向かい、ラウラ達にこの島に来たボートについて話た。

 

「ふむ……確かにおかしな話だ」

 

「参拝にしては日が登らないうちに来るのも可笑しいし、それに加えてまだ帰って来ないのも不審だ」

 

「……ここに目星しいような高めな物があるわけでもないし」

 

「何の目的でその人達はこの島に来たんだろう?」

 

相手の目的が明白にならず、ラウラ達は頭を悩ませる。 その時……

 

ゴゴゴゴゴ……!!

 

「うわぁ!?」

 

「……地揺れ!?」

 

「! この揺れ方は……!」

 

突然飛び上がるような大きな地揺れが発生し、あまりの大きさに立てなくなったレト達は屈んで身を低くして揺れに耐え……数分で揺れは治った。

 

「ふう……ようやく治ったか……」

 

「び、びっくりしたぁ……」

 

「……レト、今の揺れ」

 

「うん。 間違いないだろうね」

 

フィーとレトは顔を見合わせて頷く。

 

「どうかしたの、2人とも?」

 

「皆、今の地震……おかしくなかった?」

 

「おかしくも何も……ただの地震だろう?」

 

「ああ、地震だろう。 しかし、どう揺れたと思う?」

 

「どう揺れたって縦に……ーー!」

 

この西ゼムリア大陸は基本地震は少ない。 が、全く無いわけでもなく、エリオットは先程の揺れを思い出そうとし……その今起きた地震と過去に起きた地震の違いに気付いた。

 

「そう、縦に揺れたの。 つまり震源はここ、このブリオニア島ってこと」

 

「……何かあるの? この島に?」

 

「それを説明する前に……外に出よう」

 

身支度を整えてレト達は小屋を出ると……正面に広がっていたオルディス間の海が荒れていた。 波の高さも尋常ではない高さだ。

 

「やっぱり……今の地震で海が荒れてる」

 

「あ、あの波の大きさ……軽く波止場を超えるぞ!?」

 

「…………ギリギリあの店まで届かないくらいだけど……」

 

「また地震が起きたらオルディスの街は……!」

 

「…………! レト、まさかこの地震はあそこからか?」

 

「恐らくね。 皆、移動しながら説明するからすぐに準備を済ませて」

 

すぐさま昨日採っていた食料を食べて活力にし、レト達は準備を整えたらこの島にある山に向かいながら事情を説明した。

 

「昨日、山を通り抜けるようにしてあった洞窟があるでしょう? あれには隠された別の道があってね……地下に神殿に続く道があるんだ」

 

「神殿!? この島にはそんなのがあるのか!?」

 

「言っただろう。 この島には遺跡しかないと。 神殿くらいあってもおかしくはない」

 

「そ、それはそうだけど………」

 

「……本当にあるとは聞いてない」

 

急いで走るも、その道中を地震によってパニック状態になっている魔獣がレトが襲いかかる。 それを先導していたレトとフィーが銃剣で蹴散らしながら説明を続ける。

 

「元々この島は陸地にあった山だったんだ。 けど、長い長い年月を経て海が広がり……最高峰並みの高さを誇っていた山は今では氷山の一角の小さな孤島になったってわけ」

 

「え、そうなの!?」

 

「……驚き」

 

「た、確かにそういう説は聞いた事あるが……」

 

「それでね、この山ってこんな見た目だけど一応は休火山なんだよ。 海に沈んで分かりにくいけど……遺跡は形を残したまま。 以前に僕とラウラもここを訪れたんだ」

 

「それで、どうしてここに? いきなり色々あって頭がついていかないんだけど……」

 

このブリオニア島誕生の経緯には驚いたが……それがこの島に訪れたボートの持ち主や地震とどう繋がるのかは説明してなかった。

 

レトはそれを知っているようだが……まだ疑問が多い中携帯用の導力ランタンで照らしながら洞窟の中に入り、昨日とは違う道を通り洞窟の奥に進んだ。

 

しばらく暗がりの中を下に降りながら進むと……壁が崩落している場所に出た。 壁の先には先に人工の通路が見える。

 

「これは……!?」

 

「やっぱり……恐らくこの島に来た人物はこの先にいる」

 

「(スン……)……火薬の匂い……どうやら発破でここを開けたみたい」

 

フィーは鼻をヒクつかせてこの場所に漂う火薬の匂いを嗅いだ。 と、ここで色々と疑問を抱えていたマキアスがレトの肩を掴む。

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ。 君はこの先にいる人物が何者なのか分かるのか? それに加えてこの先が地震と何の関係があるんだ?」

 

「……そうだね。 まずこの先に向かった人物については……推測だけど財宝を狙った人物だと思う。 この先はさっき言った通り神殿……一攫千金を狙ったんだと思う」

 

「……分からなくもないかも」

 

「で、地震については……この先に行けばわかるよ。 とにかく急ごう、手遅れになる前に」

 

レトは瓦礫を超えて神殿に入り、ラウラ達も後に続いた。 整地された通路を走り抜けていると次第に明るく、しかし赤い光が見え始め……

 

「暑っ!?」

 

「……熱風……!?」

 

通路を抜けるとレト達の全身に身を焼くほどの熱風が通り抜けた。 次第に慣れ、エリオット達は顔を覆っていた腕を退け、足場の真下を覗き込むとそこには……赤光と燃え盛り、隆起し流動する溶融体があった。

 

「よ、溶岩……?」

 

「きゅ、休火山と言っていたが……まさか……?」

 

「ーーこの遺跡の名前は火の神殿、火山の中で作られた、来たる勇気ある者に試練を与える場所……だから中は敵だらけの罠だらけ。 力、知恵、そして勇気……この3つを持っていなければ超えられない神殿。 この神殿の他に帝国には合計で4つあるんだ」

 

「2年前、私とレトが行った旅はその4つの神殿を巡る旅……そして目的は達成せしめ、1年前に別れた以降、学院に入学するまで音沙汰なしだった」

 

そうだったのか、とエリオットとマキアスが納得する中……フィーはかがみ込んで地面を見つめる。

 

「……どうやらここに誰かが通ったみたいだね」

 

「えっと……どうやら2人のようだね。 この光景を目の前にしても先に進んだなんて……大した度胸だね」

 

「……無謀の間違いだと思う」

 

「ともかく、彼らの行いが地震を引き起こし、オルディスを危険に晒している……一刻も早く止めなければ」

 

「ああ。 このままだと津波が発生して大変な事になるぞ」

 

「急がないと……」

 

エリオットとマキアスは溶岩の異常な熱気に当てられ、落ちた時の恐怖も含めてこんな熱くても冷や汗をかき。 レトとラウラは以前来た事もあるのか迷わず神殿を進み、その後をフィーが付いていく。

 

神殿を進む中、エリオットとマキアスはキョロキョロと辺りを見回し、神殿に興味津々の様子だった。

 

「ねえレト。 ここも暗黒時代に造られたものなの?」

 

「そうとも言えるしそうとも言えないかな。 ここは暗黒時代に元々あった遺跡で、それを250年前の獅子戦役の終わりくらいに手を加えて神殿にしたんだ。 他の3つも同じようにね」

 

「神殿の場所はここブリオニア島の他に、イストミア大森林、アイゼンガルド連邦、そしてエベル湖にある」

 

「エベル湖……レグラムの目と鼻の先じゃないか」

 

「——あ。 そこ気を付……」

 

ラウラの説明にマキアスが驚きながら先に進み、レトが警告を言いかけると……マキアスの横から刃物がついまコマのような物体が回転しながら飛んで来た。

 

「うわぁあああっ!?」

 

マキアスは間一髪のところで回避し、コマは反対側の壁にぶつかると跳ね返り……その場を何度も往復して道を塞いだ。

 

「そこに近付き過ぎると刃物が飛んでくるって言おうとしたんだけど……遅かったね」

 

「もっと早く言ってくれ!!」

 

「……罠があるって分かっていながら警戒してないのが悪い。

地雷よりマシなんだから我儘言わない」

 

「なんで僕が悪い事になっているんだ!?」

 

そんな事がありながらも途中現れ、襲いかかる魔獣に対処しながら神殿を進む。 レトとラウラは慣れている分もあるが、他の3人も旧校舎での戦闘が生かされているのか順調に神殿内を進んだ。

 

と、その時……T字路の正面の壁が崩れており、その先に通路があるもその行く手を蜘蛛の巣で塞がれていた。

 

「これは……蜘蛛の巣?」

 

「こんな場所で……よく燃えないな」

 

「…………皆、構えて」

 

「!」

 

フィーが双銃剣を構えると……それと同時に通路から何匹もの蜘蛛の魔獣が現れた。 レト達は武器を構える、距離を取ろうと後退するが……突如頭上から落ちて来た蜘蛛の魔獣が行く手を塞いだ。

 

「待ち伏せ……!」

 

「蜘蛛の巣が罠じゃなくて、この場所自体が罠だったわけだね」

 

「くっ、浅知恵を……」

 

「あ、マキアス。 その台詞なんだかユーシスっぽいね」

 

「じょ、冗談じゃない! 誰があんな奴と……」

 

「——静かに……来るぞ」

 

ラウラの一喝で静まり、それと同時に数体の子蜘蛛型の魔獣……ザフィスが地面を這いながら襲いかかって来た。

 

「時間がない。 一気に決めるよ!」

 

「承知!」

 

「えいっ!」

 

エリオットが魔導杖を振るい、泡のようなアーツを飛ばして正面を塞いでザフィスの左右に分け。

 

「ほっ……!」

 

「よっ!」

 

「喰らえ!」

 

その開いた間を通りながらレトとフィーとマキアス、4丁の銃による銃撃で後方のザフィスを牽制しつつ包囲を突破し……

 

「地裂斬!!」

 

地を裂く斬撃が走り抜け、ザフィスの群を2つに割いた。

 

そしてすぐさまラウラが右に向かい、レトは銃を手の中でクルクルと回してながら左に向かう。

 

「行くぞ!!」

 

「了解!」

 

2人は飛び出し、レトは同時に銃撃を放って弾幕を張り、ザフィス達を集める。

 

「ほいっ!」

 

続けて銃剣を変形させて剣にし……投げた。 回転しながら丸鋸のように放たれた剣はザフィスを斬り裂きながら進行し、反対側の壁に激突して弾かれた。

 

そしてレトは走りながら弾かれて戻ってきた剣を掴み、流れるようたホルスターに納め、次は槍を取り出し一気に距離を詰め……

 

「アサルトストライクッ!!」

 

群の中心に潜り込むと槍を一回転させ、ザフィスを薙ぎ払い。 一気に殲滅した。

 

「——奥義・洸刃乱舞!!」

 

ラウラの方も奥義によって、もう半分のザフィスの群を殲滅した。

 

「ふう、やったか」

 

「ねえ、今の蜘蛛の魔獣って……」

 

「恐らく昨日の手配魔獣を追い立てた犯人だと思うよ。 どうやらあの蜘蛛は夜中に地上に出て、手当たり次第島を跋扈する……どうやら小屋の倉庫を襲ったのもあの蜘蛛で見て間違いなさそうだね」

 

「……追って見た方が良さそうだね」

 

レト達は蜘蛛が現れた通路を通り抜けると……周囲の温度が少しずつ下がって行き。 通路を抜けて開けた場所に出ると……

 

「!!」

 

「な、なにこれ!?」

 

そこには溶岩がなく、この神殿で1番温度の低い空間に出た。 そして目の前にあった崖際を見下ろすと……この空間全体に巨大な蜘蛛の巣が張ってあった。

 

「大きな蜘蛛の巣……?」

 

(! これは……)

 

「こんなのが遺跡の中のに……」

 

「あ!? あれは……!」

 

蜘蛛の巣に驚く中、右側にあった岩場の上に1人の男がおり。 その男は蜘蛛の巣に向かって叫んでおり……その叫んだ先に彼の仲間と思われる男が蜘蛛の巣の中でもがいていた。

 

そんな中……レトは何かに気付き、腰に懸下していた古文書を取り出して蜘蛛と見比べながら読み始めた。

 

「お、お前らは……?」

 

「ふむ、彼らがこの島に上陸した2人組か」

 

「た、助けないと……!」

 

「…………! 待て、上だ!」

 

エリオットは助けに向かおうとすると、それを防ぐように頭上から巨大な蜘蛛……ギノシャ・メルトが蜘蛛の巣の中心に降り立った。

 

「で、デカイ……!」

 

「あんな魔獣、以前はいなかったはずだぞ!?」

 

「……どうやらあの2人のせいで目が覚めたみたいだね」

 

ギノシャ・メルトは辺りを見回しレト達を視界に捉えると、急速に接近してきた。

 

「うわあぁぁぁ!? き、来たぁ!!」

 

「こらレト! 呑気に本など読んでないで武器を構えたまえ!」

 

迫り来るギノシャ・メルトに警戒し、マキアスが注意する中……レトはニヤリと不敵に笑みを浮かべながらパタンと本を閉じた。

 

「間違いない。 あれは天川の衣(あまのかわのころも)だ」

 

「え……」

 

「あ、天川の……?」

 

「天川の衣——その糸はその名の通り空に流れる星々の川のような光沢を放ち、かつシルクのような滑らかさも持つ……その糸で作られる服の値は計り知れない……つまり! あれはスッゴイお宝だってこと!」

 

「ああ……またレトの悪い癖が……」

 

蜘蛛の巣に指をさしながら叫ぶレトに、ラウラは頭を抱える。 どうやらレトはこの手のお宝に興味津々のようだった。

 

「これは逃す手はないね!」

 

「あ!?」

 

「レト!?」

 

言うや否や、レトは意気揚々に自ら蜘蛛の巣に向かって飛び出し蜘蛛の巣に落ちていく。

 

「危なあぁぁぁいっ!!」

 

思わずエリオットが叫び、レトは蜘蛛の巣に足をつけ……シャーっと滑って行った。

 

「って……え、えええっ!?」

 

「……滑ってる」

 

「ど、どうしてだ?」

 

「——全部くっついていたらあの蜘蛛も動けないでしょ? 縦糸だけくっつかないようになっているの」

 

「な、なるほど……ってレト、前前!!」

 

縦糸で滑って進むレトの進行方向にギノシャ・メルトが立ち塞がる。

 

「捕まらないよ!」

 

だがレトは膝を曲げてから大きく跳躍し、ギノシャ・メルトを飛び越えて後ろにあった糸の塊に手を伸ばす。

 

「お宝ゲット——」

 

糸を掴もうとした瞬間……ギノシャ・メルトの臀部から糸が発射され、レトの靴底に張り付き動きを止められた。

 

「あ……うわぁ!」

 

さらにレトは振り回され、ラウラ達のいる壁に叩きつけられる。 さらに続けて糸が飛来し四肢を拘束されてしまった。

 

「レト!」

 

「あっちゃ〜……やられた」

 

「待っていろ! 今助ける!」

 

ラウラはレトを助けようと少ない足場を跳躍しながら渡り、レトの元に向かう。 が、その行く手を再び飛来した蜘蛛の糸によって塞がれてしまう。

 

「っ……来るか!」

 

制動をかけながら方向転換、ラウラは大剣を構えてギノシャ・メルトに斬りかかる。 だがギノシャ・メルトはその巨体に似合わない速度で回避し、回り込んで爪を振り下ろしてラウラの肩を斬り裂いた。

 

「くっ……ちょこまかと!」

 

「あ、あんなに大きいのになんであんなに早いの?」

 

「蜘蛛は昆虫の中で速い部類に入るんだ。 まさかあの巨体でもそれが生きているなんて……」

 

「——ぐあっ!」

 

ギノシャ・メルトの動きに驚愕していると……ラウラは岩から岩へ移動しながらギノシャ・メルトに不意を突かれて足場から落下してしまった。 幸いにも受け止められたように着地したためラウラは無事だが、

 

「っ!? こ、これは!」

 

落ちた先は蜘蛛の巣のど真ん中。 ラウラの身体中に蜘蛛の巣が張り付いて指1本ですら動かせない状況になってしまった。

 

さらに追い討ちをかねるようにギノシャ・メルトがラウラの周りを飛びかい……蜘蛛の糸を放ってさらに四肢を固定された。

 

「さらに固定された……後は喰われるのを待つしかないな」

 

「え、縁起でもない事を言わないでください!」

 

男の1人がラウラ見てそう言い、エリオット達は助け出そうと走り出す。

 

「待ってろ! 今助ける!」

 

「くっ……こんな所でやられてたまるものか……! 私は……私は必ず父上を……槍の聖女を超える剣士に……!!」

 

ラウラは一心の思いで身体を起こし、張り付いた糸を力強くで引き剥がそうとする。 それを見たレトは叫んだ。

 

「ラウラ! 力技じゃ脱出できない! 回転だよ! 回転するんだラウラ!!」

 

「……! 承知!! う……おおおおおおおっ!!」

 

レトの助言でラウラは大剣を握りしめ、腕の力で大剣を振り回して回転し始めた。 すると蜘蛛の巣が巻き寄せられ、レトと捕まっていた男達が蜘蛛の巣から脱出した。

 

「おお……!!」

 

「糸が千切れていく!」

 

「よし!」

 

「——おい……レトォォオオッ!!!!」

 

糸が千切れ、蜘蛛の糸に捕まっていた盗賊の男性とレトが脱出する中、ラウラの叫び声が聞こえてきた。

 

蜘蛛の巣のど真ん中にいたラウラは回転する事よって……巻き取るようにさらにラウラの全身に糸が絡まっていた。

 

「どういう事だ!? 回転をすればするほど私の身体中に糸が絡まって私は脱出出来なくなっているぞ!!」

 

「なに言ってるの? せっかく本命を引き寄せているんだ。 責任持って叩っ斬ってね」

 

レトがそう言っていると、蜘蛛の巣の上にいたギノシャ・メルトがラウラにまとめられていく糸に引っ張られてラウラに引き寄せられていた。

 

ラウラはそれに気付いたと同時に大剣の腹がギノシャ・メルトに当たると……

 

「(捉えた……!)おおおおぉぉぉっ!!」

 

一気に速度を上げて回転し、大剣でギノシャ・メルトを掴んで振り回した。 それはまさに竜巻のようだった。

 

「せいやあぁ!!」

 

渾身の一振りでギノシャ・メルトを投げ、フィー達がいる方の反対側の壁に叩きつけた。 それにより落盤が発生し、ギノシャ・メルトは生き埋めになってしまった。

 

「やったぁ!!」

 

「やるじゃないか!」

 

「……………………」

 

「よしよし♪ これで安心してお宝をーー」

 

邪魔者がいなくなった事によりレトは嬉しそうに糸に駆け寄ると……瓦礫を飛び出して傷だらけのギノシャ・メルトがレトの行く手を再び塞いだ。

 

「なっ!?」

 

ボロボロになりながらもギノシャ・メルトがレトの前に立ち塞がる。 まるでこの先に行かせないように……

 

「な、ななな!?」

 

「ま、まだ倒れてなかったの!?」

 

「……下がってて」

 

エリオット達が身構える中、ギノシャ・メルトの背後にあった蜘蛛の糸が……ボコボコと膨れ上がるように盛り上がってきていた。

 

(! あれは……!)

 

「ーー退けえぇっ!!」

 

「うわあぁっ!?」

 

レトが何かに気付いた瞬間……男達がレト達の前に飛び出し、ボロボロで動けないギノシャ・メルトを剣や槌、足などで滅多打ちにし始めた。

 

「貴様ら、何をしているんだ!?」

 

「どうしたもこうしたも……散々手こずったこいつにとどめを刺すんだよ!」

 

「こうなっちまえば後はこっちのもんだ!」

 

盗賊達は憂さ晴らしのように手も足も出ないギノシャ・メルトを痛めつける。 その光景は相手が魔獣でありながらも余りにも見るに耐えない。

 

「お、おいやめないか」

 

「ひ、ひどい……」

 

「………………」

 

「あ、ちょっと待……」

 

「死ねええええっ!!!」

 

止める間も無く振り下ろされた槌の一撃でギノシャ・メルトの顔が地面に叩きつけられ……ギノシャ・メルトは力尽きて完全に沈黙した。

 

「ひははは!! ざまあ見やがれ!」

 

「これで俺達を邪魔するものは誰もいねえっ!!」

 

憂さ晴らしが嬉しいのか、男達はギノシャ・メルトを踏みつけながら狂ったように笑う。 それをレト達は冷えた目で盗賊達を見つめる。

 

「……ん? なんだぁ? なんか文句あんのか?」

 

「折角の命の恩人様なんだ、あんまりそんな目をしないでくれよお?」

 

「き、貴様ら……」

 

「ーーいや、別にいいよ」

 

「レト!?」

 

挑発的な口調で話す男達……だが怒りを秘めるラウラ達を他所に、レトは溜息をついて流す。

 

「なんだ、お前さんは随分と物分かりがいいじゃねえか」

 

「そんなんじゃないよ。 ただ……僕達が手を出す必要がないだけ」

 

「……何?」

 

「ーーイテッ!?」

 

その時、盗賊の1人が肩に痛みを感じ声を上げた。 するとその盗賊の肩には……

 

「な!? 子グモ!?」

 

ギノシャ・メルトの同種の子蜘蛛がいた。 だが子蜘蛛は1匹だけではなく、倒れたギノシャ・メルトの背後の糸の塊から夥しい数盛り上がって、何匹もの子蜘蛛が孵っていた。

 

「あのギノシャ・メルトは母蜘蛛。 その母蜘蛛が殺されたから怒り狂って貴方達を殺そうとしている」

 

「うわぁああ!?」

 

「ま、待ってくれ!! 助けてくれ!!」

 

レト達に救いを求める男達……だがレト達はこの状況を傍観するしかなく。 子蜘蛛達はレト達を無視して次々男達に群がり、次々と弱い牙を突き立てていく。

 

「自業自得だよ。 せいぜいあの世で2人仲良くね」

 

「い、嫌だ……死にたくない……」

 

「後悔は……女神の……悪魔の前でする事だね」

 

レトの言葉に男達は段々と顔を青くして行き……男達は受け身も取らずに地面に倒れ伏した。

 

「し、死んだ……?」

 

「……………?」

 

「ーーレト!! 何も見殺しにするなどどう言う事だ!!」

 

「ん? 何言ってるの? よく見てよ」

 

「何……?」

 

ラウラは見殺しにしたレトを糾弾するも、レトはどこ吹く風のように流しながら男達を指差すと……2人の男は大きないびきをかいて寝ていた。

 

「ね、寝てる?」

 

「あの毒じゃ死なないよ。 2、3日眠るだけ」

 

「な、なんだそれは……」

 

致死性ではなく麻酔性と分かるとラウラ達は大きく息を吐き、ドッと気が抜けた。

 

「ま、これじゃあほっとくしないね。 彼らはここに置いておいて、この神殿の最奥に行こう。 かなり時間を取られたし、地震の原因を止めないとね」

 

四散する子蜘蛛を他所にレトは先に進む。 エリオット達はレトを慌てて追いかける中……ラウラはレトの背をジッと見ていた。

 

(届かないな……知も、勇気も、武においても。 レト……やはり私はお前が……)

 

「ラウラーー! 何してるの? 早くきてー!」

 

「……ああ、今行く!」

 

ラウラは気持ちを改めてレトの元に向かう、が……

 

「ーーラウラがいないとお宝が回収出来ないじゃない」

 

「………………(グルグル)」

 

「あ、あははー……」

 

「……やれやれ」

 

ラウラはグルグル回り、輝きを放つ糸がレトの手の中で纏まって行く。 それを苦笑いしながらエリオット達が手伝っていた。

 



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25話 火と緋

手に輝く糸を持ちながら神殿を進むホクホク顔のレト。 その後を乱れた服と髪を整えている少しどんより気味のラウラと、無表情のフィー、苦笑い気味のエリオットと呆れ顔のマキアスがついて行っていた。

 

「いや〜、思わぬ掘り出し物があったね〜♪」

 

「う、嬉しそうだね。 それでその糸はどうするの?」

 

「もちろん、仕立て屋に渡して服にでもするよ。 織物はパルムが1番」

 

「ふう……それよりレト。 我らは今この神殿の最奥に向かっているのだな?」

 

乱れた服装を整え終わったラウラがレトに質問し、レトは糸をしまいながら神殿の通路の先を見た。

 

「うん。 盗賊達に聞きそびれたけど、恐らくここにある結界がいじられたせいで火山が活動を開始し、地震が起きたんだと思う」

 

「……結界? なんの結界なの?」

 

「バルフレイム宮の最下層にある……って、これ言っちゃダメだっけ……」

 

フィーの質問にレトは答えたが、口がすべったようで思わず口元を手で押さえた。

 

「?」

 

「とにかく、最奥に行かない限り解決しないって事」

 

「……なんだかはぐらかされた気もするけど……一応分かった」

 

「………………」

 

多少説明をぼかしながらもレト達は罠や魔獣に注意しながら先に進み、しばらくして最奥に続く階段を登った。 登り切ると、そこは……

 

「うわぁ……!」

 

「こ、これは……」

 

開けた空間の半分の地面が溶岩で埋まっており、溶岩の中にY字型の石の台座があり、その台座の上には赤い逆三角形型の宝石が浮いていた。

 

だがその赤い宝石の輝きは弱々しく点滅していた。

 

「火の結界が……あの盗賊、宝石欲しさに無暗に手を出して……」

 

「……どうなっているの?」

 

「さっき話した通り、結界の要が異常をきたしている。 これをどうにかしない限りは地震は治らないし……最悪海底火山が噴火して僕達もお陀仏になる事も……」

 

「物騒な事は言わないでくれ!」

 

「それでレト。 どうにかなるのか?」

 

「うん。 ーーこういうのは専門外」

 

キッパリと、レトは腕を組みながら悩む事なくアッサリと匙を投げた。

 

「おい!! ここまで来ておいてそれはないだろう!!」

 

「だ、だったらどうするの!? このままだと……」

 

「大丈夫大丈夫。 こういう時に()()()が来るから」

 

「……あの人」

 

「ね?」

 

「…………ーーやれやれ。 地脈が騒がしいと思って来てみれば……」

 

エリオット達が首を傾げる中、レトが入り口に向かって声をかけると……地面に着きそうな程長い髪をした小柄な少女……みたいな見た目の女性、ローゼリアが出てきた。

 

「お主は行く先々でとらぶるを起こしおって。 本当に、誰に似たのやら」

 

「ヤッホー、ローゼリアの婆様。 グットタイミング」

 

「何がぐっとたいみんぐじゃ馬鹿者」

 

ローゼリアは腰に手を回し、そこから1本の装飾が施された杖を取り出した。

 

「しばし待て」

 

それだけを言うと、ローゼリアは杖を構え……足元に赤い幾何学的な文字で構成された陣が現れた。

 

「え、え〜っと……なんでローゼリアさんがここに……?」

 

「な、何が何だかサッパリなんだが……」

 

「……レト、あの人が前の実習で会ったって言う?」

 

「うん。 こんな状況になってしまったからもしかしたら……って思ってたけど、予想通り来てたみたいだね」

 

「危機的状況に都合よく現れる頼れる方だが……あいも変わらず神出鬼没なお方だ」

 

そうこうしている間にローゼリアは終わったのか杖を下ろした。 すると……ゆっくりと、宝石を残して台座は沈んでいった。

 

「………………?」

 

「……あの、ローゼリアの婆様……沈んでますけど……」

 

「うむ。 杖も眷属の手助けもない状態で、アレを直すのは妾でも手間でな。 一からやり直す事にした」

 

「一から、と言うと……」

 

「最初っから……最後の試練からじゃ」

 

溶岩が宝石を包み込み、溶岩がさらにせり上がって天井の高さまで登り……次第に冷えていき、岩石の体を持つ1つ目の巨人が形作られていく。

 

「な、なななななっ!?」

 

「ど、どうなってるの!?」

 

「レイブドス……また対面する事になるとはな」

 

「次に海底の噴火が起きるのはおおよそ20分……それまでに倒すんじゃぞ」

 

ローゼリアからタイムリミットを伝えられ、レト達は巨人を見上げながらそれぞれの得物を取り出し構えた。

 

「ーー状況開始……VII組B班! これより巨人を撃破し、結界を再起動させる。 戦術リンクをフルに使い、20分で決めるよ!」

 

「承知!」

 

「ああっ!」

 

「ヤー」

 

「が、頑張らなくちゃ……!」

 

レトが指示を出し、戦術リンクを組む中……レイブドスは大きく右腕を振りかざし……勢いよく振り下ろしてきた。

 

ラウラ達は腕を振りかぶった時点で回避行動に移っていたが……レトは槍を構えて受け止める気だった。 そして腕がレトに向かって振り下ろされ……

 

「ほっ……!」

 

レトは槍が腕に触れた瞬間力を抜いて横に受け流し、腕はレトの隣に振り下ろされた。

 

「でりゃっ!!」

 

「えいっ!」

 

手の中で槍を回して構え直し、高速の突きの連打を振り下ろされた腕に浴びせ。 エリオットがレイブドスの顔面に泡を飛ばして目眩しをした。

 

「はあああっ!!」

 

その隙にラウラが腕を伝ってレイブドスを駆け上がり、肩の上で飛び上がって大剣を振るい……頭の頂点の外殻を砕いた。 砕けた外殻の中からは質の違う体表が現れ、他の岩石より柔らかそうだった。

 

「あれが奴の弱点だ!」

 

「あそこに攻撃を集中するよ!」

 

「よし!」

 

だが、レイブドスもただではやられてはくれず。 再び腕が振り下ろされだが……

 

「アダマスシールド!!」

 

その前に地のアーツが発動し、それと同時に拳が振り下ろされたが……拳はマキアスの眼前で停止し、そのまま弾かれレイブドスは体勢を崩した。

 

「アークス駆動……」

 

「よし……このまま……!」

 

「…………! 来るよ」

 

順調に事が運んでいた時、レイブドスは叫びながら両手を組んで頭上に掲げ……轟音を立てながら地面に振り落とした。

 

レト達は難なく回避したが、地面が揺れて足を取られ、さらに天井が崩落し落石が襲いかかった。

 

「うわあぁっ!」

 

「皆、無事か!?」

 

マキアスはエリオットに近寄ってアダマスシールドで落石から凌ぎ、残りのレト達は走って回避した。

 

しかし、フィーの前にレイブドスの右手が現れ……その巨大な手がフィーを掴み、顔の高さまで持ち上げた。

 

「フィー!!」

 

「……油断した」

 

フィーはとっさに腕を上げて腕は自由に動かせるが、自力で脱出できる方法がなく。 抵抗してレイブドスの1つ目に銃弾を撃つが……その前に頭の上までさらに上げられてしまう。 このままではフィーは地面に叩きつけられてしまう。

 

「くっ……どうしたら……」

 

「…………! そうだ!」

 

レトは何か閃くと、腰のポーチから鉤爪ロープを取り出した。

 

「やっ!」

 

頭上で鉤爪を振り回して力を溜め……レイブドスから見て右側にある柱に投げて引っ掛け。 さらにレトがそのまま反対側に移動して固定し、空間の間にロープを張った。

 

次の瞬間、レイブドスはボールを投げるようにフィーを地面に投げた。

 

「フィー! ロープを使って!」

 

「ッ……!!」

 

投げられたフィーは何とか体勢を整え、張られていたロープを踏みつけた。 ロープはフィーの落下速度を落としながら勢いよく伸び、地面ギリギリで完全に停止した。

 

そして、ロープは弾性を持っているため……ロープが元に戻る勢いでフィーは飛び上がり、レイブドスを飛び越えた。

 

フィーは双銃剣を逆手にし、落下しながら脳天に突き立て……

 

「喰らえ」

 

引き金を弾き、レイブドスは叫びを上げる。

 

「ふうぅ……せいっ!!」

 

そしてレイブドスの視線がフィーに向かい上を向いている隙にラウラが懐に入り、無防備な胴体を薙ぎ払った。

 

上と下の同時攻撃でレイブドスは体勢を崩し、上半身がレト達のいる足場に倒れた。

 

「おおおおおっ!!」

 

フィーが頭から離れると同時にマキアスが脳天にショットガンを乱射し、無数の小さな亀裂を作り……

 

「スパークアロー!」

 

エリオットが放った風のアーツが風穴を作り……

 

「解け、童子切!!」

 

レトの突進の如き突きが風穴を突き刺し、ヒビが大きく走り額にまで及び……レイブドスは右手を天に上げながら断末魔をあげ、その身体は徐々に黒く染まっていき……消滅して霧散し、中から赤い逆三角形の宝石が出てきた。

 

すると、溶岩の中からあの台座がせり出てきた。 よく見ると台座の下には歯車のような機構があり、それが回転すると左右から突起が出て、そして宝石が台座に収まり……宝石は目が眩む程の輝きを放った。

 

「結界が再び張られた……これで地震も収まるはずだよ」

 

「よ、良かった〜……」

 

「……これにて一件落着」

 

「何とかなったか……」

 

(ーーふむ……帝都にあるアレに変わった様子はなさそうじゃな)

 

レト達が息を吐きながら勝利に浸る中、ローゼリアはレト達のいる反対側……帝都方面を見ていた。

 

(何の因果じゃろうな。 あやつの息子がアレの起動者になるとは……)

 

「ーー婆様? どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

「?」

 

「さて……ひと段落した事じゃ。 お主らを地上に帰すとするかの」

 

「え……」

 

ローゼリアはレト達に向かって杖を振るうと……いきなりレト達は光に包まれ始めた。

 

「……これって……」

 

「じゃあの」

 

「うわあっ!?」

 

突然の事に驚く中、ローゼリアはレト達に手を振り。 そしてレト達は地上に転移されたが……

 

「え……」

 

「な……」

 

「……ん?」

 

「あれ……」

 

「はあっ!?」

 

出てきたのは島のすぐ側、だが海の上……驚く間も無くレト達は海に落下した。その際、レトはほぼ反射的に本や糸を島の浜辺に投げた。

 

そして海に落下し、近くであった事もありすぐに島の浜辺に上陸した。

 

「ケホッケホッ! 海水をいっぱい飲んじゃったよ〜……」

 

「全く。 これじゃあ有りがた迷惑だ」

 

「……疲れた」

 

「お腹も空いたし……食べ物を探しながら小屋に帰ろう……」

 

「ーーおおーい!!」

 

と、そこにレト達をこの島に連れて来た男性がやってきた。

 

「ふう、地震があったから心配で来てみたが……服を着たまま海水浴できる元気はあるようだな」

 

「……そんなんじゃないから」

 

「地震は一回だけでしたが、オルディスには津波などはありませんでしたか?」

 

「ちょっと海が荒れただけで被害はほぼ無いに等しい。 せいぜい皿が何枚も割れたくらいだ。 明日にはこの街にある店の皿は売り切れになるだろうな」

 

「それだけの被害で済んだのが不幸中の幸いだな……」

 

「それはそうと、小屋の前に男2人がいびきかいて寝ていたんだが……何か知ってるか? 何しても全く起きなくてな」

 

どうやらローゼリアはあの男達も転移させていたようだった。

 

それからレト達は神殿の件を隠しながら男達がこの島に盗掘に来たと説明した。 あくまで地震は自然現象と言う事にし、男性は疑う事なく納得した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

日も暮れ、島は再び静寂に包まれているが……小屋のある付近はいつも以上に騒がしかった。

 

地震や盗掘などこの島で起きた事もあり、島には地震の調査隊やオルディスの領邦軍などが上陸していた。

 

それに加えて小屋の導力機器を修理をする技術者も訪れる事でレト達のサバイバル……そして特別実習も終わり、今はちょっとしたキャンプ気分で小屋の前で焚き火を囲んで座っていた。

 

「今回の実習も色々あったね」

 

「毎度毎度こんな目にあっては身が持たないがな」

 

「……A班ももしかしたらトラブルが起きたかもね」

 

「ノルド高原だったよね? あそこは帝国と共和国が領土権を主張する係争地だからね。 あり得るかも……」

 

「滅多な事を言うな。 大体のトラブルはいつもお前が運んでくるのだ、少しは自粛しろ」

 

ジト目で睨んでくるラウラにレトは笑いながら流す。 そんな雑談を交えながらレトは古文書を枕に地面に寝そべり、満点の星空を見上げた。

 

(……灰と銀の実、焔の聖獣によって暗黒を超える世へ……)

 

頭の後ろにある古文書の一節を頭に思い浮かべ、レトは胸に手を当てる。

 

(ついこの間解読出来た一節だけど……焔の聖獣、まさかね……)

 

「ーーあの巨人の腕が振り下ろされた時はもうダメかと思ったよ」

 

「ああ、僕は特にラウラが蜘蛛の巣に捕まった時は肝を冷やした」

 

「……腕とか足とか、顔とかにも糸が絡まってたし、ぶっちゃけエロかったね」

 

「ええい、それを言うでない!!」

 

ラウラは大剣を抜き出しそうな勢いで顔を真っ赤にする。 それから調査隊はこのまま島に残る事になり、領邦軍は盗賊を連れて島を出て……この島の事態は収束した。

 

レト達も地震が起きたことから島を出る事になり、オルディスで一泊してからトリスタに向かう事となった。

 

「はあ〜……これで終わりだと良かったんだけど……帰りも列車に揺られるからね〜……」

 

「……あんまり疲れは取れないかも。 潜伏任務とかで慣れてるからいいけど」

 

「………………」

 

「またか……」

 

再びラウラとフィーによるちょっとした確執が起きながらも身支度を済ませてからボートに乗り込み、レト達はブリオニア島を後にした。

 

そしてレト達は出航してすぐに気付いた。 オルディス方面の灯りがかなり多い事に。 近付くにつれて灯りが強くなり……ボートは無数の篝火の中を通っていた。

 

「うわぁ……!」

 

「これがオルディスの……」

 

「今日は夏至祭の灯籠流しで時間はかかるが……この篝火の中を船で通り抜ける事は滅多にないから楽しんでくれ」

 

「はい!」

 

大量の篝火の中を通り抜ける様は幻想的であり……レト達を乗せた船は篝火の合間を縫ってゆっくりとオルディスに向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

オルディスでは夜でありながらも夏至祭による祭の喧騒があった。 街の人々が夏至祭を楽しむ中……オルディス湾のガーデンテーブルに1人の少女がいた。

 

(ーーあら? ふふっ……所用でしたが、帰郷してみるものですね)

 

少女は紅茶を楽しみながらブリオニア島からボートでオルディスに到着したレト達を蠱惑的な目で見ていた。

 

(トールズ士官学院。 それにあの方は……ふふっ、先輩方に良い土産話が出来ましたね)

 

少女は目線を移し、海に浮かぶ篝火を見ながら夜の暗がりの中、口元を手で軽く当てながら小さく微笑んだ。

 



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第4章
26話 それぞれの心情


7月17日ーー

 

トリスタは初夏を迎え、暑さに備えるため学生達の制服は夏服切りに変わっていっていた。

 

士官学院のカリキュラムが本格化する中、この時期ならではの……しかし士官学院ならではの授業も始まっていた。

 

「へぇ……皆早いね」

 

現在、レト達VII組はギムナジウムにある室内プールで水泳と言う名の軍事水練を受けている。

 

そして先に泳ぎ切ったレト達が後に続いて泳いでいくエマ達を見ていた。

 

(ん〜……エマを見ているとなんかローゼリアの婆様の顔がチラつくんだけど……何でだろう?)

 

「ーーって、あれ? レトは思ったより鍛えてないんだね?」

 

レトがプールを見ている間に話が変わっており、エリオットがあんまり鍛えられていないレトの身体を見て疑問に思った。

 

「本当ね。 鍔迫り合いでリィンを押し返す程なのに」

 

「基本的に僕の戦い方は力より技が強い事もあるけど……筋肉の方は効率良く力がつくように鍛えているから分かりにくいんだよね。 触ってみると分かりやすいよ」

 

ほら、と言いながらレトは右腕を差し出した。 恐る恐る3人は腕を触ると……

 

「何これ……カチカチじゃない」

 

「凄いな……見た目とは裏腹にズッシリとしている」

 

「うわぁ……! どうしたらこんなになるんだろう?」

 

「筋肉には赤筋と白筋の2種類に分かれていてね。 リィンのようにガッチリ見えている人は2つの筋肉の比率がどちらかに偏っているからなんだ。 別にそれが悪いとは言わないけど……2つの筋肉を効率良く平等に鍛えれば細腕ではありえない程の力が出せるんだ」

 

レトは見た目とは裏腹に出せる力の秘密を説明し、リィン達は納得した。

 

と、そこへレト達の後に泳ぎ切ったユーシス達がやってきた。 どうやらユーシスとマキアスはまた張り合っていたようで、相も変わらずに衝突していた。

 

それからサラ教官がいつものように気まぐれで授業内容を変え、それぞれが相手を決めるが……レトはリィンと相手をする筈がサラ教官に取られてしまい。 結果、すれ違っているラウラとフィーに混じる事になった。

 

「はあ……」

 

ラウラとフィーと並んで飛び込み台に立つレトは溜息をつく。 それをリィン達は軽くも同情する。

 

「レト、そなたも本気を出すのだぞ」

 

「それはもちろん本気でやるけど……」

 

「………………」

 

(居た堪れない……)

 

並んでいる順番は右からラウラ、レト、フィーとなっており。 2人の間に挟まれたレトは異様な空気に縮こまっていた。

 

そして、リィン達が見守る中3人は位置につき……

 

「位置についてーー始め!」

 

アリサの合図でプールに飛び込んだ。 体格ではフィーが不利で、水泳部のラウラが有利だと思われたが……レトとフィーもラウラに劣らぬ速さで並んでいる。

 

そしてあっという間に泳ぎ切り……レトが最初に壁に手をつき、僅差で遅れてほぼ同時にラウラとフィーが壁に手をついた。

 

「はあ……何とか勝てた……」

 

「……はあはあ……さすがだね……」

 

「ふう……そなたの方こそ」

 

互いに競い合い、レトは2人の距離が少し近付いたと思えたが……

 

「……なのにどうして、いつも本気を出さない……?」

 

「…………別に……めんどくさいだけ」

 

「…………やはり我らは、“合わない”ようだな……」

 

(何だろう……本気を出したはずなのに……もの凄く居た堪れない……)

 

1着で勝ったはずのレトは、ラウラとフィーの間に挟まれてさらに縮こまってしまった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

HRが終わり放課後……男子と女子に分かれて雑談をする中、やはり女子の方はラウラとフィーのすれ違いに悩み。 男子の方も頭を悩ませていた。

 

「……相変わらずか」

 

「水練の勝負の後でも揉めていたようだが……」

 

「フン、先月の実習も今ひとつだったそうだな?」

 

「ああ……色々あったが、結局最後まであんな調子だった」

 

「何とかしたいんだけどねえ」

 

決してそこの2人のように喧嘩をしている訳ではないのがさらに頭を悩まさる。 と、そこでマキアスは何かを思い出し、レトの方を向いた。

 

「そういえばレト。 結局あの少女は何者なんだ?」

 

「ん? ローゼリアの婆様の事? 前にも言ったけどよく知らないだよ、神出鬼没だし。 まあ、大方の予想はついているけど」

 

「予想? そのローゼリアって人が何者なのか?」

 

「うん。 エレボニア帝国の伝説・伝承にある魔女だよ。 ローゼリアの婆様が魔女なら色々納得できる点も多いし」

 

「それこそお伽話の話だろ。 あまり真実味があるとは思えないな」

 

「君は実際に見てないから言えるんだ。 あの人は……何か得体の知れない感じがするんだ。 エリオットもそう思うだろ?」

 

「……え!? あ、うん……そうだね」

 

マキアスに声をかけられて、先ほどから顔を俯かせて会話に参加していなかったエリオットは慌てて返事をした。

 

そんな事がありながらも部活動があるからと解散し、レトは中庭に出て1度身体を伸ばした。

 

「さて……明日は帝都に行ってパルムから届いているはずの天川の衣を取りに行かないとな」

 

また旧校舎の探索に参加出来ないと残念がりながらも、ゆっくりと古文書を読もうとグラウンドに向かった。

 

「…………だから…………」

 

「……わかってる……でも……」

 

「………………?」

 

グラウンドに降りようとしたところ、どこから話し声が聞こえてきた。 少し気になり、辺りを見回し……どうやら倉庫裏から聞こえてきたようで、レトは悪いと思いながらも倉庫裏に近付いた。

 

「……分からない。 ノルドの地では“資質”を見せることは無かったけど……」

 

「……ああもう、アタシも付いていけばよかったわ。 どう考えても“鍵”として機能している可能性が高いし」

 

「……でも……」

 

(………この気配は………)

 

気にはしたが、これ以上盗み聞きは失礼と思い立ち去ろうとすると……レトは足元にあった枝を踏んでしまった。

 

『誰っ!?/誰っ!?』

 

気付かれてしまい、レトは悪いと思いながらも倉庫裏に入った。

 

「……ごめん。 盗み聞きするつもりはなかったんだけど。 ってーー」

 

軽く頭を下げて謝り、姿勢を戻してレトは相手の顔を確認し……そこにはエマと、木箱の上に座っている黒猫がいた。

 

「あ、委員長だったんだ。 あれ、その黒猫は……」

 

「……………………」

 

「……レトさん……い、いつからそこに……?」

 

エマと黒猫は酷く驚いた顔でレトを見る。

 

「古文書を読もうとしてここに来たら話し声がして、どこからだろうと思ってね……でも、あれ? 委員長1人? 誰と話していたよね?」

 

「ええっ、それは……」

 

「ーーハッ! ま、まさか……」

 

レトの質問にエマと黒猫は動揺し……レトが何か気付いた顔をするとさらに動揺を露わにするが……

 

「エア友達?」

 

「違います!!」

 

「ごめん……そこまで深刻だったなんて……」

 

「だから違いますってば!!」

 

「なら猫に?」

 

「違……くはないような……じゃなくて! あ! アークスでお友だちと話してたんですっ! べ、便利ですよね〜、通信機能!」

 

「へえ、そうだったんだ」

 

まるで今思いついたような誤魔化し方だが、レトはさして疑わずそれを信じた。 だが、レトは視線を移して黒猫を見た。

 

「そういえば、その猫……前に部屋に入って来たけど……放し飼いだったよね? 名前はなんていうの?」

 

「え、ええっと……」

 

「………………」

 

「ーーこの子の名前はセリーヌって言います」

 

「…………!」

 

エマが黒猫の……セリーヌの名前を言うと、セリーヌは驚いた顔をしてエマを見つめた。

 

「セリーヌっ名前なんだ。 いい名前だね。 僕も猫を飼っていてね、ルーシェって言うんだよ」

 

そう言いながらレトは導力カメラを取り出し、エマに1枚の画像を見せた。 そこにはソファーに寝そべっている赤に近いフワフワした茶色い毛並みの猫が写っていた。

 

「この子が……可愛い猫ちゃんですね」

 

「セリーヌみたいに艶やかで綺麗な毛並みじゃないけど、抱き心地抜群なんだよね。 ちょっと触ってもいい?」

 

「………………(ぷい)」

 

「あはは、ダメみたいです」

 

セリーヌはソッポを向き、レトはあははと笑いながら撫でようとしてセリーヌに伸ばしていた手を下ろした。 エマも苦笑いをすると、セリーヌを抱えた。

 

「それでは私はセリーヌを町に連れて行きますね。 教官達に迷惑をかけたくありませんし」

 

「教頭とかに見つかったら厄介だからね。 気をつけてね」

 

「はい」

 

エマはセリーヌを連れてレトと別れ、学院を後にした。 そしてセリーヌをトリスタの駅前にある公園に離した時……

 

(……あれ? そういえばあの写真のソファー……かなり高級なものだったような……)

 

ふと、ルーシェが写っていた背景を思い出し、エマは疑問に思った。

 

(地精についても知っている考古学者で、あの魔力。 レトさんって……一体何者なんだろう……)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日ーー

 

レトは朝から列車に乗り帝都に向かっていた。 目的は前回の実習で手に入れた天川の衣で出来た衣類を受け取るためだ。

 

列車は前回の実習の時と同じ時間で到着し、レトは駅を出て導力トラムでヴァンクール大通りに向かい、そこにあるブティック店に入った。

 

「すみません。 レト・イルビスと言う者ですが……注文していた物は届いていますか?」

 

「ああ、届いているよ」

 

店長らしき男性がカウンターの下から洋服が1着入るくらいの箱を取り出した。 中を見ると……そこには明かりで煌びやかに輝く緋色に色染めされた天川の衣で作られたドレスがあった。

 

「おお……! 色染めも仕上げも完璧……流石パルムですね」

 

「そう言ってもらえると。 私も長年この仕事をしていますが、こんな美しい絹は初めてです」

 

(蚕じゃなくて蜘蛛の糸なんですけどね)

 

レトはここに天川の衣を持ち込み、無理を言って早急にパルムで作ってもらった。

 

機織りは時間がかかるもの……天川の衣で無ければここまで早く仕上がる事はなく。 レトは心底から感謝した。

 

「ありがとうございます。 最高の1着になりました……ん? これは……」

 

レトは礼を言いながらドレスを戻そうとした時、箱の隅にハンカチがあるのに気付いた。

 

「このハンカチは? 手触りからしてこれも天川の衣で出来ていますが……」

 

「それは糸が少し余った言って勿体ないからと作ったそうですよ。 サービスだそうですから遠慮なく受け取ってください」

 

「それでは遠慮なく」

 

レトは再びお礼を言って店を後にし。 続いて郵便局に向かい箱をある場所に配達を依頼し、レトは用が終わるとその後はフラフラと帝都を歩いていた。

 

しばらく大通りを通っていたが、気まぐれで人通りの少ない路地裏に入ると……

 

「ーーッ!?」

 

いきなり背後から殺気がレトの身に降りかかった。 レトは確認する前にその場で飛び上がり、一軒家の屋根に飛び乗った。

 

高所からしか見えない緋色の大地を踏みしめ、一軒飛び移った後振り返ると……

 

「な!? 貴方は……!?」

 

「ふ、ふふふ……ここで会ったが千年目……覚悟する事ですわ!」

 

そこにいたのは少し古風な感じの服を着た女性だった。 彼女はレトを指差しているが……

 

「…………誰ですか?」

 

「なっ!?」

 

当の本人は首を傾げた。 それに対して彼女は驚愕し……剣を抜いて剣先をレトに向けながら怒りを露わにする。

 

「あ、貴方、この私を忘れたと言うの!?」

 

「いやだって貴女達のマスターが印象が強過ぎて覚えていられませんし……そもそも名乗っていませんよね?」

 

「くっ……」

 

正論を言われて女性……デュバリィは一瞬怯むが、何かを思い出したのか顔を俯かせて剣を握る力がこもる。

 

「……認めません……認めませんわ……貴方があのお方のーーだなんて……!」

 

「……え……?」

 

レトは彼女の言った言葉が一瞬理解出来なかった。 だが、デュバリィはそんな事御構い無しに、レトに向かって剣を振るった。

 

「危なっ!?」

 

「ええい、大人しく成敗されろですわ!」

 

「そんな無茶苦茶な!」

 

「ふふっ、剣帝など名ばかり。 貴方を倒せば剣帝に勝利したという事実を得られますわ……!」

 

「……………………」

 

レトはデュバリィの浅はかな野望にジト目で見ながらも神速の剣戟を避け続ける。

 

彼女の剣は読み易く、レトは淡々と避け……左手に出現さけたケルンバイターでデュバリィの剣を弾き返した。

 

「なっ……!?」

 

「少し感情的な剣ですね。 とても読み易いですし、今思い出しましたけどハーメルの時の剣より乱れています」

 

「くっ……未熟者の分際で生意気な……!」

 

レトは目を細めながらデュバリィを睨み……ケルンバイターを肩に担ぐ。

 

「結社に身を置かないとはいえ、貴女に勝利を与える程、剣帝の名は軽くはありません。 こんな白昼堂々やり合う気はありませんし……」

 

レトはデュバリィから視線を逸らさずに横に歩き……その歩いた軌跡にレトが残っていた。

 

「なっ!?」

 

『じゃ、そういう事で』

 

分け身で8人に分身し、デュバリィに背を向けて四方に散った。

 

「は、8人って……私でも3人が限界なのに……!」

 

デュバリィは自身が分け身が出来る人数の限界の倍以上の分け身を見て戦慄し、追いかける気力も起きなかった。

 

「ーーたった一月であそこまで腕を上げるか……奴の目は慧眼だったわけだ」

 

「ふふっ、うちのデュバリィがああも簡単にあしらわれるなんて、ウカウカしていると足元を掬われそうね」

 

「あ、あなた達、いつからいましたの!?」

 

呆然としているデュバリィの背後から2人の女性が現れた。

 

「ふふっ、いきなり走り出してなにかと思ったら……あの子に惹かれでもしたのかしら?」

 

「そ、そんなんじゃありませんわ!!」

 

「我らは魔都に向かう前の下見として帝都にいるというのに……剣帝を目にした瞬間、目くじらを立てて追いかけて」

 

「あ、あんな子どもを剣帝と認めるんじゃありませんわよ! 私は認めません……剣帝も、マスターのーーである事も、絶対に! ぜ〜ったいに、認めませんわーー!!」

 

デュバリィの子ども染みた叫びが、帝都の空に大きく響いた。

 



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27話 2つの異能

「はあ〜……何が目的で帝都にいたのかはまだしも、何で僕に目くじらを立てたのかなぁ?」

 

分け身で逃走したレトの本体はヘイムダル中央駅に真っ直ぐ向かい、そのまま駆け込むようにトリスタ行きの列車に乗り込んだ。

 

そして日も暮れ始めた頃……レトは先程、デュバリィに目の敵にされた理由が分からず唸っていた。

 

「はあ、野暮用で出てきただけなのに……やっぱり僕って呪われているのかなぁ?」

 

行く先々に問題やトラブルに巻き込まれる事にレトは深刻そうに考え込んだ。 本格的に七耀協会に洗礼でもしてもらおうかと思ったが……

 

「ま、いっか。 さて、帰ったらリィン達に謝っておかないと……」

 

「ーーえ……」

 

レトが何気なく呟いた独り言に、反対側のボックス席に座っていた黒い制服を着た黒髪の少女が反応した。

 

「あの……失礼存じますが、今リィンとおっしゃいましたか?」

 

「え? 確かにリィンって言ったけど……君は?」

 

「失礼しました。 私はエリゼ・シュバルツァー、リィンの妹であります」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なるほど、それで直接リィンに会いに」

 

列車はトリスタに到着し、レトは案内としてエリゼと並んで歩いていた。

 

そして2人は士官学院に向かっていた。どうやらエリゼは先日届い手紙について、リィン本人に聞きたいことがあるらしい。

 

「はい。 どうしても兄様に聞きたい事がありまして……このような身内ごとに巻き込んで申し訳ありません」

 

「気にしなくていいよ。 それにしてもリィンの妹か……僕も妹はいるんだけど、かれこれ1年も会ってないんだよね」

 

「1年も……それはいったいどうして? えっと……」

 

「あ、僕はレト、レト・イルビスだよ」

 

「!」

 

言い淀んだエリゼに、遅れながらレトは自己紹介をした。 だがエリゼはレトの名を聞くと驚きで目を軽く見開いた。

 

「そうですか……あなたが……」

 

「え……?」

 

「いえ……どうかお気になさらず」

 

エリゼの反応にレトは疑問に思ったが、答える前に2人は正門に到着した。

 

「ちょっと待っていて、今リィンを呼ぶから」

 

正門の横にズレ、レトはアークスを取り出してリィンに連絡を入れた。 すると……着信音が近くで鳴った。

 

レトは驚きながら正門の前に向かうと、そこにはリィン達がいた。

 

「あれ、皆揃ってどうしたの?」

 

「偶然帰りが一緒になってな」

 

「レトこそ、今までどこに行っていたの?」

 

「あはは、ちょっと野暮用で帝都にね」

 

「それより、俺に何かようか? アークスに連絡を入れたのはレトだろう?」

 

「あ、うん。 リィンにお客さんだよ」

 

「え……」

 

レトは視線を横に向けると……レトの背後からエリゼが現れた。 それを見たリィンは驚いた。

 

「……………………」

 

「……女の子?」

 

「あの制服は……」

 

「エリゼ……!? どうしてここに……」

 

リィンはエリゼがここにいるのに驚いたが、リィンのその一言がアリサ達を驚かせた。

 

「えっ……?」

 

「ひょ、ひょっとしてリィンの妹さん!?」

 

「あ、ああ……でもエリゼ、こんな時間にいったいどうして……」

 

「ーーご自分の胸にお聞きになってください」

 

「え゛」

 

エリゼはリィンの対応に半眼になり、半ば呆れながらもアリサ達の方に向き直り、淑女のように両手でスカートを軽く持ち上げて礼をした。

 

「お初にお目にかかります。 リィンの妹、エリゼと申します。 お帰りのところ恐縮ですが……少々、兄を借りて宜しいでしょうか?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ねぇやめようよ。 悪趣味にも程があるよ」

 

リィンとエリゼが屋上で話しているのを……影でアリサ達が聞いていた。 特にアリサが聞き耳を立てている。

 

それをレトは窘めるが、ふと2人の会話が聞こえてきた。 妹の顔を見る時間すら割けないと……

 

(……僕も……いや、僕は避けているのか。 あの人に着いて行ってリベールに行った、その日から……)

 

「レト?」

 

「……僕は先に帰るよ」

 

「いや、でも今屋上の出入り口使ったらバレーー」

 

レトは踵を返して屋上の右端に向かい……そのまま飛び降りた。 アリサ達はリィン達に気付かれないに驚くが、レトはそんな事気にせず学生会館に入った。

 

「はあっ〜……」

 

レトはため息をつきながらテーブルに座った。 そもそも、今日レトが帝都に向かったのはその妹のため。 貴重な糸をドレスに仕立て上げたのも妹のため……しかし1年も会っていないのに物だけ渡されるのは余りにも失礼に思えてきていた。

 

(結社やこの帝都で頭がいっぱいだったけど……いい加減、向かいあった方がいいかもね)

 

突き放しているのはいつも自分……それが辛く、自責の念で胸がキリキリと痛み出す。

 

「ーーレト」

 

「……ラウラ」

 

その時、学生会館に入ってきたラウラがレトに気付いて歩み寄ってきた。

 

「ちょうど良かった。 旧校舎について異変があったから報告しに来たのだが……何かあったのか?」

 

「……いやちょっとね」

 

レトは手を振って誤魔化し、ラウラは気にしながらも続けて懐から導力カメラを取り出した。

 

「先の旧校舎の探索で変化があったのだ。 最奥にいる魔獣を倒したと同時に昇降機前の広場で赤い扉が現れたのだ」

 

「……つまり、もう半分くらい進んだって事だね」

 

ラウラはコクリと頷く。 恐らくこの導力カメラでその赤い扉を撮ったのだろうが……ラウラが持っているのはレトが前に使っていたお古のカメラ、導力ネットワークとリンクはしているが今すぐに画像は見る事は出来ない。

 

ラウラは恐る恐る導力カメラから記録クオーツを抜き取り、レトに手渡した。

 

「私は生徒会長に呼ばれているので、また寮でな」

 

「うん。 ありがとうね」

 

お礼を言い、ラウラは二階に上がっていった。

 

(生徒会長……今更だけど、ルーシーさんが言っていたサボりの生徒会長じゃないといいけど)

 

リベールでの出来事を思い出し笑いをする事で、ほんの少し重荷が軽くなった気がした。

 

「……ん?」

 

その時、ガラス越しに、黒い影が少し見えた。 その影はそこはかとなくエリゼに似ていた。

 

「今のは……」

 

レトは立ち上がり、学生会館を出て右手を見た。 すると旧校舎に続く道にパトリックがおり、そのまま旧校舎に走って行ってしまった。

 

不審に思い、レトは旧校舎に向かった。 旧校舎は相変わらず木々に囲まれていて薄暗く、その前にパトリックが誰かを探しているようにキョロキョロしていた。

 

「パトリック」

 

「! お前は、VII組の……」

 

「…………こんな所で何を? もしかしてエリゼちゃんを探しに?」

 

名前すら覚えてもらえない事に少しガッカリするも、とりあえず自分がここに来た目的を言ってみた。

 

「あ、ああそうだ。 見ての通りどこにも見当たらなくてな、もしかして建物に入ったのかもしれないが……」

 

「ーーパトリック……!」

 

その時、学院の方からリィンと、先輩であるクロウが走って来たが……リィンのその表情は後悔、そして怒りの色が映っていた。

 

「お、お前……」

 

「おい、エリゼはどうしたの!? まさか俺の時みたいに絡んで恐がらせたんじゃないだろうな!?」

 

パトリックの言葉も待たずに、いつもなら流しているはずのリィンが大声を上げて責め立てる。

 

その人が変わったかのような変化にパトリックは驚愕し、萎縮する。

 

「そ、そんな事はしていない! 僕はただ、彼女が涙ぐんでいたからどうしたかと声をかけただけで……そしたらこっちに走って行ったので心配になって追いかけてきただけだ!」

 

「くっ……」

 

「リィン、落ち着いて。 僕も彼がエリゼちゃんを恐がらせたとは思わない」

 

「どうやらこっちの方に来たのは間違いなさそうだな。 一応旧校舎の方はどうなんだ?」

 

慌てて弁解するパトリックに、リィンは歯ぎしりをしながら苦悶の表情を見せる。 レトとクロウは落ち着かせるようにエリゼを探す事に話を戻す。

 

「ちょうど先ほど施錠したばかりですが……」

 

「念の為、確認してみよう」

 

リィンはまさかと思いつつも旧校舎に近付いて扉に手を掛ける。 すると……鍵がかかっていたはずの扉はいとも簡単に開かれてしまった。

 

リィンはしっかり施錠したと思っていた。 だが現に鍵は開いている……だがその事について話し合っている暇はなく、レト達は旧校舎に足を踏み入れた。

 

「エリゼ……どこだ!?」

 

「んー……ここにはいねぇのか?」

 

「まったく、どうして僕が……」

 

「奥に行ったのかもしれない、早くーー」

 

レトが奥に向かおうとした時……扉の先から少女の悲鳴が響いてきた。 リィンはその悲鳴がすぐにエリゼのものだと気づいた。

 

「エリゼ!?」

 

「悲鳴……!?」

 

「奥だ!」

 

(くっ……まさか、試しが!)

 

4人は急いで奥の昇降機のある部屋に向かい……そこにはエリゼの姿がなく、昇降機が降りている状態だった。

 

「下から……!?」

 

「な、なんだここは!?」

 

「へえ、噂には聞いていたがこんな風になってたのか」

 

「確か、今の最下層は第四階層までだったね。 恐らくそこに……」

 

ちょうどそこに下に降りていた昇降機が到着し、リィンは迷わず昇降機に乗り移った。

 

「俺たちも行くぞ!」

 

「はい!」

 

「くっ……」

 

リィンの後に続い3人は急いで昇降機に乗る。 そして昇降機は下に下がり出し……第一層、第二層、第三層と進み、そして第四層に差し掛かった所でレト達が目にしたのは……

 

「!?」

 

「な、なんだありゃあ!?」

 

「きょ、巨大な甲冑ッ……!?」

 

「暗黒時代の産物……あ!」

 

閉じていた筈の赤い扉……それが開かれており、巨大な動く甲冑が巨大な大剣を握ってそこに立っていた。

 

そして、その甲冑の目の前で意識を失って倒れているエリゼがいた。

 

「エリゼえええええっ!!」

 

我を失ったように声を張り上げ、太刀を手に取るが……それよりも前に甲冑はエリゼの前まで歩き、剣を振り上げる。

 

それを見たリィンの視界は……真っ赤になった。

 

「!?」

 

レトは悪寒がし、隣を見るとリィンが胸を押さえて顔を俯かせていた。

 

「リィーー」

 

「オオオオオオオオッッッッ!!!」

 

天に向かって叫び、胸に渦巻いていた力がリィンの身体中を飲み込み……髪を白く染め、開かれた双眸は血のような赤い色をしていた。

 

「こ、こいつは……」

 

「ひいっ……!?」

 

「(ドクンッ!)うっ……この力は……」

 

「ッシャアアアアアアアッ!!!!」

 

クロウとパトリックがリィンの変貌に驚く中、レトも胸に疼きを覚えて胸を抑え込む。

 

そしてリィンは何も言わずに太刀を抜き、叫び声に似た咆哮を上げながら一歩で……一瞬で甲冑の懐に潜り込み、振り下ろされた剣を弾き返し、その払いの余りの威力に甲冑は体勢を崩す。

 

「な、何なんだあれは!?」

 

「やろう、こんなもん抱え込んでいたのかよ」

 

「ッ……僕は加勢します、2人は隙を見てエリゼちゃんを!」

 

「あ、おい!」

 

変異したリィンは甲冑……オル・ガディアと激戦を繰り広げる。 その中をレトはケルンバイターを掴みながら飛び出した。

 

「はあっ!!」

 

「ッ!!」

 

両者の間に割って入り、オル・ガディアを吹き飛ばし、リィン鍔迫り合いとなる。

 

だがレトは今まで感じた事ない力を前に徐々に押され始める。

 

「っ……リィン、落ち着いて!」

 

レトは必死になって呼び掛け、太刀を弾き返した。 すると言葉が通じたのかリィンは胸に手を当て力を抑え込み始めた。

 

「グッ……オオオオオッッ……!」

 

「な、なんだ……!?」

 

「力を……抑えようとしてんのか!?」

 

苦悶の表情を見せながらも次第に力の奔流が収まり……リィンは元の姿に戻ったが、息を荒げておりかなり消耗していた。

 

「ぐうっ……はあっ、はあっ……」

 

「良かった。 元に戻って……」

 

レトは大事ないことに一安心したが……当面の危機はまだ背後にいた。

 

「っと、そうだった。 リィン、下がってて」

 

「くっ……すまない、レト……」

 

レトはゆっくりと振り返る。 オル・ガディアは2人の元に歩み、大剣を振り下ろそうと掲げる。レトは消耗しているリィンの前に出てケルンバイターを構えた瞬間……銃声が轟き、甲冑が金属音を鳴らしながらオル・ガディアは一歩後退する。 背後を見ると、そこには二丁拳銃を構えたクロウがいた。

 

「加勢するぜ、後輩ッ! パトリック坊や嬢ちゃんを頼んだからな!」

 

「ぼ、坊やは止めろ!」

 

クロウが軽口を叩きながら2人の隣に向かい、その隙にパトリックは外回りでエリゼの元に向かい安全を確保する。

 

「すみません、先輩!」

 

「援護、お願いします!」

 

「おうよッ! アークスの戦術リンクも試すぞ!」

 

クロウはアークスを取り出し、リィンと戦術リンクを組む。 3人はエリゼとパトリックに気を配りながら戦い、オル・ガディアの質量が物を言う攻撃のお陰で攻防一体の戦況を繰り返した。

 

そして、オル・ガディアは勢いよく地を踏みしめ、一気に走り出した。 その超重力の一歩一歩が地鳴りを起こし、リィン達の前で地を抉って制動をかけながら大剣を薙ぎ……

 

「ッーーー!!」

 

「レト!!」

 

レトが薙ぎ払われた重鈍な剣を受け止める。 だが、歯を食いしばって声にならない苦悶を漏らしながらレトは受け止めた事に疑問を覚えた。

 

(斬れない……決して物凄く硬い訳でも無いのに……! まだ僕が完全にケルンバイターを御しきれていないから……本来の力が……!)

 

本来のケルンバイターの力であればこの程度の硬さなど抵抗なく斬れるだろう。 だがレトがその力を引き出せてないため鍔迫り合いとなっている。

 

レトは息を整えて剣を弾き、距離を取って右手をケルンバイターの刀身にそえる。

 

「力を示せ……ケルンバイター!!」

 

意識を手元に集中させ、それに応えるようにケルンバイターの宝珠が光りを放つ。

 

「ッ……!? 凄い力……気を抜けば一気に持っていかれそうだけど……!」

 

レトは心を沈め無になりがら集中し、ケルンバイターの力を静かに緩やかに制御する。 すると……レトの身体の一部に変化が現れた。

 

「!?」

 

「レト!?」

 

「これならいける!」

 

その変化にリィンとクロウが驚愕しているが、レトは周りの事など気にしてはいられず……光を放たず輝いているケルバイターを肩に担ぎ……

 

「せいっ!!」

 

一瞬で懐に入り、跳躍と同時にオル・ガディアを切り上げてその巨体を浮かせ、剣筋が逆さまの星型を描き……

 

逆星(さかぼし)ッ!!」

 

両腕、両脚、そして胴体の上に逆さの星が重なり……四肢と胴体を切り落とした。

 

「ふうっ、流石。 何でも斬れるって言われるだけはあるね」

 

レトは賞賛しながらケルンバイターを軽く払ってからポンポンと肩に担ぐ。

 

と、そこで緊張が解けたのか、2人は膝をついて乱れた息を整える。

 

「はあっ……」

 

「……ったく……こういう修羅場は半年前に卒業してるっつーのに……」

 

「2人共、大丈夫?」

 

「ああ、本当に助かったよ」

 

フーッと、息を吐きながら呼吸を整え、レトはリィン達に声をかける。 レト達はクロウが愚痴のようにアークスの前のテスターであった事を聞きながら、クロウはレトとリィンを見回した。

 

「ーーそれよりもどうなってんだよ。 ()()()2()()、揃いも揃ってバケやがって」

 

「………………」

 

「あはは……確かにリィンのアレは……って、2人?」

 

クロウの言葉にリィンは無言になるが、レトはその意味が分からず首を傾げる。

 

「なんだ気付いてねえのかよ。 その髪だよ」

 

「え……」

 

そう言われてレトは一纏めにした背中までの長さがある一房を眼前に持ってきた。 その一房の色は……橙色ではなく、光に反射して白い光りを反射する金髪だった。

 

「え、ええっ!? な、なんで……」

 

レトは思いがけない事に動揺し、手からケルバイターを落とすと……髪の色は元の橙色に戻った。

 

「あ、戻った。 ケルンバイターの所為だったのか、びっくりしたぁ……」

 

「いやびっくりしたのはこっちだわ」

 

「はは……」

 

元に戻った髪をイジりながらホッと安心すると……不意に、エリゼのか細い声が聞こえてきた。 まだ横たわっているが目を覚ましたようだ。

 

「エリゼ……! 大丈夫か!? どこか痛む所はないか!?」

 

「ええ……地響きに足を取られて転んでしまっただけで……」

 

リィンは痛む身体を無理に動かすも、急いで彼女の元に歩み寄り、上半身を起き上がらせる。

 

エリゼも目立った外傷はなく、レトとクロウは微笑ましく兄妹を見ていた。

 

「はは、微笑ましい兄妹愛なこった」

 

「ええ。 本当に、羨ましいですね……」

 

と、そこにいつの間にか上がっていた昇降機が遅れながらサラ教官とトワ達、他のVII組の面々を連れて降りてきた。

 

彼らはリィン達を心配する中、横に倒れていたオル・ガディアの残骸を見て驚愕する。

 

「こ、これは……」

 

「巨大な甲冑……?」

 

「……暗黒時代の魔導の産物のようだが」

 

「……見事にバラバラにされているね」

 

「この切り筋……レトの仕業か」

 

残骸がこの場所で激戦が起きていた事を示していた。

 

リィンとエリゼが事の次第を説明しようとする中、エマが鋭い目をして頭上を睨んでいたのに気付いた。

 

「委員長、どうかしたの?」

 

「ーーえ!? い、いえ何でも……っ!?」

 

レトに声をかけられてワタワタと動揺するエマだが……レトを見た瞬間、目を見開いてレトを見つめた。

 

「? 委員長ーー」

 

「レトさん、ちょっと失礼します!」

 

有無言わさずエマは両手でレトの頭を掴み眼前に引き寄せ、ジッとレトの頭を見つめた。

 

「……これは変化の魔術……しかも、この魔術はおばあちゃんの……」

 

「あ、あの……エマ? こ、これはその……皆が見ているから……っていうか、息苦しい……」

 

「え……」

 

レトの身長はエマより少し高く、エマはレトの頭を見るために胸元に引き寄せた。 結果、レトはエマの大きな胸にうずくまっていた。

 

それに気付いたエマは顔を真っ赤にしながらバッと離れた。

 

「こ、これはその……」

 

「……エマってレトに気があるの? しかも見た目によらず大胆」

 

「おうおう、見せてくれるねぇ」

 

「くっ、私のエマ君のたわわに実った果実に顔を突っ込ませるとは……許すまじ」

 

「アン、落ち着いて。 エマ君は君のものじゃないよ」

 

「レ・ト?」

 

『ひいっ!?』

 

猛獣のような目をしながら睨んでくるラウラにレトとエマは恐怖に震え上がり……それを頭上で見ていた黒猫が溜息をついた。

 



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28話 実技テストIV

7月21日ーー

 

レト達は今月の実技テストに挑むためグラウンドに集まっていた。

 

「それじゃ、皆お待ちかねの実技テストの時間よ。 と、その前にリィン、見学しなくてもいいのね?」

 

「いえ、3日経って体調も完全に戻りました。 逆に調子がいいくらいです」

 

「それは結構……なら先鋒を務めてもらおうかしら」

 

3日前の出来事でリィンは体調を崩しており、サラ教官は一応確認し。 その後実技テストの説明を始めた。

 

「さて、今回はいつもと趣向を変えてタッグを組んで皆には戦ってもらうわ。 リィンの相方は……レト、あなたにお願いするわね」

 

「はい。 よろしくね、リィン」

 

「ああ、よろしくお願いな」

 

レトとリィンは武装とアークスの準備を整えて前に出て、それを確認したサラ教官は頷く。

 

「対戦相手はラウラとフィー、君達2人が務めなさい」

 

「承知……!」

 

「ん」

 

2人は選ばれた事よりもパートナーが、という部分で驚きつつも前に出た。 アリサ達はサラ教官の考えが見え見えで少し心配した。

 

前に出た2人はお互いを無言でチラ見し、意識しつつもレト達と向かい合った。

 

「それでは双方、構え」

 

サラ教官の指示で4人が武装し構える。 今回、レトは銃剣を選び、ホルスターから抜くのと同時に剣に変形させ肩に担ぐ。 そして両者、戦術リンクを組み……

 

「ーー始め!」

 

瞬間、フィーとラウラが一直線に突っ込んでくる。 リィンとレトは事前に示し合わせていた通り……リィンは後退してアークスを駆動させ、レトが2人の前に立ち塞がった。

 

本来なら2人揃って立ち向かうと思ったのか、ラウラとフィーの勢いが少し落ちその隙に……レトの姿が少しブレ、2人となったレトが一種で距離を詰めた。

 

「…………!」

 

「分け身か!」

 

「ラ・フォルテ!」

 

2人の振り抜かれた刃を受け止め、鍔迫り合いとなったと同時にリィンから支援を受け取り。 筋力が増してラウラを押し返し、フィーは弾き上げ、もう1人のレトはラウラの元に向かう。

 

「来るかっ……!」

 

リンクのおかげでもう1人のレトの接近に気付き、地を踏みしめて踏ん張って押し返した後後退した、が……突然ラウラとフィーの戦術リンクが切れてしまった。

 

「……ッ!」

 

「ーーせいやっ!」

 

フィーは閃光弾を取り出し、ピンを抜いてラウラとレトの間に向かって投げようとしたが……飛来して来た斬撃が閃光弾を打ち上げ、頭上を照らすだけで不発に終わる。

 

「くっ……はあああっ!!」

 

地裂斬を放ち、お互いに距離を取らせて不利な状況を脱し仕切り直させようとするも……レトとリィンは戦術リンクを活用して避け、距離を取らせないよう接近する。

 

フィーも双銃剣を構えて2人の足元に銃弾を撃つも、レトとリィンは左右に分かれて回避する。

 

「リィン!」

 

「ああ!」

 

戦術リンクのおかげで呼び合うだけで次の手を実行する。 ラウラとフィーは警戒するが……それは背後からやってきた。

 

「はっ!」

 

「うわ……!?」

 

「なっ……!?」

 

乱戦から消えていた分け身のレトが後ろからフィーを右手首を掴んで捻り、足を浮かせてラウラに向かって投げた。

 

とっさにラウラはフィーを受け止めるが、体勢を崩ししまい、転倒してしまった。 そして、2人を取り囲むようにレト達とリィンが立っていた。

 

「そこまで! 勝者ーーリィンチーム!」

 

そこでサラ教官の宣言によって勝敗が決した。 レトは分け身を解き、一息ついた。

 

「ふふ、君達もなかなかやるようになったじゃない」

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、それほどでも」

 

「ラウラとフィーは……ま、言わなくても判ってるか」

 

「………………はい」

 

「……………(コクン)」

 

お互いを責めることはないが、2人共目に見えて気落ちしている。 だがそのまま考え込む訳にもいかず、次のテストをするため武器をしまいすぐに場所を空けた。

 

「リィン、レト、お疲れさま」

 

「ありがとう。 でも……あの2人もそろそろ何とかしてあげたいかな」

 

「ああ、どうやらお互い嫌っているわけじゃなさそうだ。 きっかけさえあればと思うんだが……」

 

「うーん……確かに僕とラウラもとあるきっかけで仲良くなれたし……」

 

レトは腕を組んで何かを思い出しながらうんうんと頷いた。

 

「……それにしても体調はすっかり良いみたいだね?」

 

「ああ、完全に本調子だ。 あんまり引き摺ったら妹が気に病みそうだしな」

 

2日前……あの旧校舎から翌日、リィン達がエリゼを見送るときに彼女は色々とリィンの身を心配していた。 それだけなら良かったのだが、今回の件でサラ教官が旧校舎の探索を中止すると言い出した。

 

だが、リィン達VII組の強い反対を受け、今はサラ教官が何とかすると打診していた。

 

「うーん、でもリィンってかなりシスコンだったんだね。 エリゼちゃんの方はブラコン以上って感じだったけど」

 

「うーん、そうか? 別に甘えてくるわけでもないし、俺に対してキツイ所もあるし。 まあ、仲は悪くないと思うけど」

 

(……うわぁ、自覚ないんだ)

 

「でもいいよねぇ、エリゼちゃんが妹で。 僕の妹なんか会う度にからかってくるし、研究に没頭して放っておいていると脳天に分厚い本を落としてくるし」

 

「そ、それは……」

 

(うわぁ、こっちも自覚がない)

 

ラウラとフィーどうにかしようと話していたのにいつの間にかエリゼの話に変わっており……その間にも実技テストは進み、全員が終わった所でサラ教官が手を叩いた。

 

「ーー実技テストは以上! それじゃあ、今週末に行ってもらう実習地を発表するわよ」

 

「フン……来たか」

 

「むむっ、今月は……」

 

実習地先がどこになるのか想像する中、サラ教官から実習先と班分けが書かれた紙を受け取り、目を落としてその内容に目を通した。

 

 

【7月特別実習】

 

A班:リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオット

(実習地:帝都ヘイムダル)

 

B班:レト、アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス

(実習地:帝都ヘイムダル)

 

 

(この時期に帝都かぁ……)

 

帝都は獅子戦役の関係で地方より夏至祭が1ヶ月遅れて開催される。 レトはこの前の実習でオルディスの夏至祭を見ていたため、これで2度目の夏至祭となる。

 

だが、A班は実習先よりも班の構成に目が行っていた。

 

「班の構成はともかく、まさか帝都が実習先とは……」

 

「僕とマキアス、レトにとってはホームグラウンドではあるよね。 でもそっか……夏至祭の時に帝都にいられるんだ」

 

「そういえば、レト達はオルディスの夏至祭をもう見たのよね?」

 

「宿に泊まる前に少し回ったけくらいだけどね。 まあ、それよりも……」

 

レトは隣を向き、目を閉じて考え込んでいるリィンを見た。 恐らくレトと同じ事を思っているのだろう。

 

「ーーサラ教官」

 

「何かしら、リィン君?」

 

「君付けはやめてください。 実習先と班分けには別に不満とかはないんですが……先々月の班分けといい、なんかダシに使われてませんか?」

 

「そういえば……」

 

「先月の班分けから僕とリィンだけが入れ替わるパターンだね」

 

問題が起きた次の実習には必ずこのようなパターンとなっている。 その結果、リィンが間をとりもつ事でマキアスとユーシスの関係は緩和されたが……恐らくサラ教官の意図はそれと同じだろう。

 

「~~~♪~~~……」

 

リィンの疑問に、サラ教官は誤魔化すように頭に手を組んで明後日の方向見ながら口笛を吹いた。 全員が呆れ顔になるが、リィン問答無用に問い詰める。

 

「ーー口笛吹いて誤魔化さないでください」

 




今回はちょっと短めです。 まあ、本番は次の実習からですから。


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29話 緋の帝都ヘイムダル

7月24日ーー

 

早朝……B班はA班より先に集まった後、一足先にトリスタ駅にいた。

 

「まさか帝都が実習先になるとはね」

 

「帝都出身はほとんどA班になってしまったが……レトも確か帝都出身だったな?」

 

「まあね。 帝都は僕の庭のようなものだから道案内は任せておいて」

 

「期待しないでおいてやろう」

 

「あ、あはは……」

 

と、そこにリィン達A班が駅に入ってきた。 列車が30分毎に来るという事もありすぐに乗車券を購入し、そのままホームの中に入り……先月と同じように連絡橋を渡りきった時に列車が到着アナウンスが流れた。

 

「やっぱり早いね」

 

「30分に1本は走っているからね」

 

それから到着した列車に乗り込み、帝都に向かって走り出した。 班ごとにボックス席に座ると、早速マキアスが帝都ヘイムダルについて説明を始めた

 

「ーーさてと、時間が無いから簡単に説明しておこう。 ヘイムダルは言うまでもなくこのエレボニア帝国の首都だ。 すなわち現皇帝、ユーゲント・ライゼ・アルノールIII世陛下がいらっしゃる都だな」

 

「そんな事は分かっている。 教科書的な知識ではなく、もっと実のある情報をよこせ」

 

「ぐっ……」

 

「……………………」

 

ユーシスの茶々を入れられたが、確かにその通りだと思ったマキアスはぐうの音も出なかった。

 

「えっと、ヘイムダルは16街区に分かれているんだ。 それぞれの地方都市並みの規模を持っているんだけど……帝都全体の人口は80万人を超えているって話だね」

 

「80万人……想像も付かんな」

 

「たしかにゼムリア大陸でも最大規模の都市だったわよね?」

 

「ええ、近隣諸国でいうと、巨大貿易都市として知られているクロスベルですら50万人……」

 

「南にあるリベール王国の王都グランセルでも人口は30万人くらいだからね。 地元の人でも偶に迷う人も出るくらいだし」

 

とはいえ、今回の実習はまだ分からない事があまりにも多い。課題を纏めてくれる人。そして今回の実習でA班、B班が泊まる宿泊場所も聞いていない。

 

サラ教官は駅に着けば案内人が待っていると言っていた為、結局その人物に頼る事になるのだろう。毎度のこととはいえ、この説明不足はどうにかならないものか。

 

(ま、地図無しの冒険は慣れているからいいけどね)

 

レトは心の中で少し笑みを浮かべ、10人を乗せた列車は帝都へと向かっていく。 数分程でヘイムダル中央駅に停車、列車を降りた10人を待っていたのは……

 

「ーー時間通りですね、皆さん」

 

「え……」

 

「あなたは……」

 

鉄道憲兵隊のクレア大尉だった。 面識が無かったマキアス、ユーシス、フィー、エマは誰だか分からなかった。

 

「鉄道憲兵隊だったか……」

 

「確か……クレア大尉、でしたよね」

 

「はい、覚えて頂いたようで何よりです。 3ヶ月ぶりくらいでしょうか」

 

「セントアークに向かう途中でお会いしたので、僕達は2ヶ月ぶりくらいですね」

 

レト達の話を聞き、マキアス達は彼女があの氷の乙女だと認識する。 ふと、レトはサラ教官から聞いていた案内人の話を思い出す。

 

「もしかして、あなたが今回の特別実習を?」

 

「いえ、あくまで今日は場所を提供するだけです。 正式な方は……あ、いらっしゃいましたね」

 

「ーーやあ、丁度よかった」

 

説明している途中にその人物が到着し、その人物が声をかけると……マキアスは聞き覚えがあるようで眉をひそめた。

 

「! こ、この声は……」

 

歩み寄って来たのはメガネをかけた、緑色の髪をした男性。 クレア大尉が道を開け、レト達の前に立つと……

 

「と、父さん!?」

 

「え……」

 

「……………………」

 

「て、帝国時報で見た……」

 

「革新派の有力人物、レーグニッツ知事……」

 

「マキアスのお父上か」

 

「ふふ、まあ一応は自己紹介をしておこうかな」

 

入学式のオリエンテーションの時にマキアスの父親が帝都知事だということは知っていたが、こうして会うのは初めてだったが……レトは顔を逸らしていた。

 

「マキアスの父、カール・レーグニッツだ。 帝都庁の長官にしてヘイムダル知事を務めている。よろしく頼むよ。 士官学院・VII組の諸君」

 

その後、クレアの案内を受けて駅内にある鉄道憲兵隊司令所のブリーフィングルームへと案内され、そこで席に座った彼等は改めて今回の実習の内容をカール知事から聞く事となる。

 

「すまないね、本当なら帝都庁に来てもらう所だったんだが……戻っている時間が無かったので、この場を貸してもらったんだ。 それでは早速、A班とB班の本日の依頼と宿泊場所を……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

時間が無いので早々と話を進めるカール知事の説明、軽く混乱しながらも止めるマキアス。

 

「どうして父さんが……流石にいきなりすぎるだろう!?」

 

「確かに……」

 

「あの、どういう経緯で帝都知事閣下が……?」

 

マキアスが混乱しているのが決して分からないわけではなく、リィンがカール知事にその理由を問いかけた。

 

「ハハ、すまない。 説明していなかったな。 実は私もトールズ士官学院の常任理事の一人なのだよ」

 

「ええっ!?」

 

突然の告白に、リィン達は驚愕する。

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……………………」

 

「ユーシスのお兄さん、アリサさんのお母さんに続いて……」

 

「……さすがに偶然というには苦しすぎるな気がするな」

 

「………………(コクコク)」

 

3人いる常任理事全員がVII組に在籍している生徒の身内……どう考えても意図した事のようにしか思えない。

 

「はは、別に我々にしても示し合わせたわけではないが。 寧ろ学院からの打診に最初は戸惑わされた方でね」

 

「学院からの打診……?」

 

「やはりVII組設立に何かの思惑があるという事ですか?」

 

「いや、それについては私から言うべきではないだろう」

 

(……何考えているんだろう……あの人は)

 

思惑がある。 いや、あって当然だろう。 カール知事本人がそれを語るような事では無いのだろう。 最も、レトはその思惑を起こした人物に心当たりがあった。

 

「いずれにせよ、3名いる常任理事の1人が私というわけだ。 その立場から、実習課題の掲示と宿泊場所の提供をするだけの話さ」

 

「は〜っ……」

 

それで納得したのか、マキアスは大きな溜息をつきながら席に座る。

 

「あはは……やっと腑に落ちた気分です」

 

「ーー了解しました。早速お聞かせください」

 

「ああ、時間も無いので手短に説明させてもらおう。 特別実習の期間は今日を含めた三日間、最終日が夏至祭の初日に掛かるという日程となっている。 その間、A班とB班にはそれぞれ東と西に分かれて実習活動を行なってもらおう」

 

「東と西……」

 

「ヘイムダルの巨大さを配慮してのことですね」

 

二手の分かれるには妥当な配分だろう。それぞれ担当する街区が異なるということは、逆にこのエレボニア帝国の帝都ヘイムダルの広さを象徴しているようにすら思える。

 

「知っての通りこの帝都は途方もなく広い。ある程度絞り込まないと動きようがないが、ね。 そしてA班にはヴァンクール大通りから東側のエリア……B班には西側のエリアを中心に活動してもらうことになる」

 

彼等の実習活動場所を指定し、カール知事はレトとリィンにそれぞれ封筒を手渡す。 レトは封筒を受け取るが、それと一緒に鍵と住所が書かれているメモが入っていた。

 

「……これは」

 

「どうしたんですか?」

 

「鍵……?」

 

「ああ。 この紙に書かれた住所の事を考えるとこれは……」

 

B班のメモに書いてある住所はヴェスタ通り5-27-126と書かれている。 A班はアルト通りと書かれており、恐らくこの住所がこの実習中の宿泊先となるのだろう。

 

「それは帝都滞在中のお前達の宿泊場所とその鍵だ。 A班B班、それぞれ用意しているからまずはその住所を探し当ててみたまえ」

 

どうやら既に特別実習は始まっているという事だろう。と、ここでカール知事は腕時計で時間を確認し、既に時間が残っていない事に気付き立ち上がる。

 

「おっと、そうこうするうちに時間が来てしまったな……」

 

「と、父さん?」

 

「これから夏至祭の準備で幾つか顔を出す必要があってね。 悪いが、今日の所は失礼するよ……っと、そうそう。 帝都内では君達が持つアークスの通信機能も試験的に働くようになっている。それでは実習、頑張ってくれたまえ」

 

「ちょ……!」

 

マキアスが止める間も無くそう言い残し、カール知事はブリーフィングルームから出て行った。 本当に短い時間の合間に来てくれてたようだ。

 

その後、カール知事は駅前に止められた車に乗り込むと……

 

(あの橙色の髪の少年、どこかで……)

 

今までずっと顔を逸らし続けていたレトの顔を思い出していた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

駅から出て改めて帝都の大きさに驚きつつもクレア大尉がレト達を見送りし、両班は分けれて導力トラムに乗り込んだ。

 

導力トラムは西回りで出発し、辺境に住んでいるガイウスとエマは導力トラムから外の景色を見て困惑気味になる。

 

「ふむ、ここまで人が多いと少し驚いてしまうな」

 

「はい、それに頭がクラクラしちゃいます……」

 

「ま、そんなものね。 すぐに慣れるわよ」

 

「夏至祭になるとこれと比べ物にならないから、早めに慣れた方がいいよ」

 

導力トラムから流れる帝都の景色を眺め……しばらくして停車したヴェスタ通り前で降り、そこからは徒歩で通りに入った。

 

「ここがヴェスタ通り。 帝都の西側では代表的な商店街になるかな。 評判のいい宿酒場や雑貨店、人気のパン屋なんかがあるよ」

 

「へえ、どうりで良い匂いが……」

 

「ふふ、昼食にちょうど良さそうですね」

 

「その前に、先ずは宿泊先に向かうとしよう」

 

「道案内、お前に任せてもいいのだな?」

 

「うん。 多分そこの階段を上がった先にあると思うよ」

 

階段を上がり、しばらく右往左往しながらも甲板が建てられそうな一軒を見つけた。

 

「……うん、ここだね。 しかし、やっぱりか……」

 

「? やっぱりって何が?」

 

「ここ、元々は遊撃士協会(ブレイザーギルド)の帝都支部だったんだよ。 今は圧力がかかって閉鎖、再開の目処も立っていないんだ。 閉鎖した原因も2年くらい前にどこかの猟兵団が襲撃、増援としてリベールからS級遊撃士のC・Bがーー」

 

と、そこでレトはハッとなり……無理矢理話を切り、アリサ達に背を向けて建物の方を向いた。

 

「……じゃ、早速中に入ろうか」

 

「おい、今聞き捨てならない事を言おうとしたな」

 

「ま、まあ口を滑らせたようですし、あまり追求しない方がよろしいかと……」

 

「そうね。 それに実習も始めたいし、早く中に入りましょう」

 

鍵を使い、レト達は中に入った。 実習で使われる事もあったのか中は綺麗に掃除されており、壁には支える籠手の紋章が掲げられているが、それよりもあちこちに張り出されている証明書の方が多かった。

 

レト達は二階にある宿泊場所に荷物を置き、一階のカウンター前で再び集まった。

 

「さて、それじゃあ課題を確認するよ」

 

「ああ」

 

「フン、今回はどうなることやら」

 

封筒を開け、中から実習課題を取り出した。 依頼は全部で3つ、内容は帝都地下の手配魔獣

出土品の危険性調査

猫探し

となっている。

 

「色々な依頼がありますね」

 

「フ、その方がやりごたえがあると言うものだ」

 

「B班の担当はヴァンクール大通りから西側のエリアだが……午前中に一通り回ってみた方がいいかもしれない」

 

「そうね。 早めにどこに何があるくらいは分かっておきたいわ」

 

「うん、依頼をこなしつつ導力トラムも使って一通りの街区に行ってみよう。 各街区の案内は任せておいて。 帝都は僕の庭みたいなものだから」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

レトが胸を張って頼られようとする中、B班は特別実習を開始した。

 

「………………」

 

その光景を、ギルドの対面にある民家の屋根から覗く赤い影があった。

 



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30話 緋猫

帝都ヘイムダルでの特別実習を開始したレト達。 早速、導力トラムで依頼の1つがある帝国博物館のあるライカ地区に到着した。

 

「ここがライカ地区……見晴らしのいい場所ですね。 それと何やら橋に水が流れていますが」

 

「あれは水道橋だね。ここは帝都随一の文教地区と言われていてね、依頼が出ている博物館はこの坂の突き当たりにあるよ。 隣接する形で、帝國学術院の敷地もあるから学術院生や教職員も多いよ」

 

「元々学術院を希望していただけ詳しいな」

 

へへんと自信満々に胸を張るレトを他所に、アリサ達は通りに隣接している店舗を眺める。

 

「へえ、いくつかのメーカーの本店もあるのね」

 

「楽器メーカーのリーヴェルト社、釣具メーカーのレイクルード社……どちらも耳にした事のある名前ですね」

 

「なるほど……確か釣皇倶楽部のケネスがここの出だったな」

 

「リーヴェルトも先ほど会った鉄道憲兵隊の女大尉の名前でもあったな」

 

リーヴェルトと聞き、クレア大尉の事はもちろん、レトはセントアークでの出来事も思い出す。

 

(セントアークより移店したらしいけど……リーヴェルト社、ヨシュアさんのハーモニカも確かリーヴェルト社製だったね)

 

「……レトさん?」

 

「いや、何でもないよ。 早く帝國博物館に行こう。 依頼人は顔見知りだからすぐに話が通ると思うよ」

 

首を振って話を終わりにし、道なりに進み突き当たりにある博物館に向かった。

 

「ここが帝國博物館……もう開いているようだな」

 

「帝国全土のみならず、諸外国の品も展示してある巨大な博物館。 歴史資料なんかも色々あってかなり見応えがあるよ。 学芸員の説明も分かりやすいし」

 

「へえ、ちょっと楽しみね」

 

「入場も無料みたいですし、さっそく入ってみましょう」

 

どうやらレトはここに来るのは久しぶりのようで、少しワクワクしながらも博物館に入る。 中は博物館だからなのか基本的に静かだが、奥からは展示物を説明している声が鮮明に聞こえてくる。

 

「わあ……なんか身が引き締まる感じね」

 

「かなり広そうだな」

 

「展示物を全部見ようとすると丸一日は潰れるよ」

 

「既に体験済みか……早く受付に依頼について聞くぞ」

 

受付の人に聞くところによると、依頼人は第一展示室にいるらしく。 レト達はそのまま奥に向かい、レグラムにもある十字の彫像の前に1人の学芸員の青年がいた。 すると青年はレトに気づき、声をかけてきた。

 

「あ、レト君! って事は、君達はもしかして……」

 

「トールズ士官学院、VII組の者だ。 こちらで依頼を出されたリルケ殿とお見受けする」

 

「ああ、僕です! 来てくれて助かりました! 早速ですがお話をさせてもらっても構いませんか?」

 

「とりあえず話を聞くだけなら。 受けるかどうかはその後でお願いするわ」

 

「確か古代遺物(アーティファクト)絡みの依頼でしたよね? もしかして新たに出土されたのですか?」

 

「そうだよ。 そっちのソファで待っていて、今現物を持ってくるから」

 

近くのソファに案内され、すぐにリルケが古代遺物らしき物を持って戻ってきた。 テーブルの上に置かれたのは特徴的な装飾が施された、2つの鋭利な石が鎖で繋がれている振り子だった。

 

見た目は古いが、軽く触っても問題ないくらい状態はよかった。

 

「これが古代遺物……随分と状態がいいですね」

 

「確かに、良すぎるくらいだね。 もしかして、僕達にこの古代遺物が“生きて”いるかの確認を?」

 

「その通り、話が早くて助かるよ」

 

「い、生きている……?」

 

アリサが古代遺物を前にして生物に当てはまる言葉を聞いて首を傾げ、レトが古代遺物は大まかに2つに分類されると説明した。

 

一つは機能や力を失ってただの模型と化したもの。 もう一つは現在もなお機能が生きていて超常的な力を震えるもの……レトはそう説明しながら自身の腰に懸架してある本に触れる。

 

(封じの宝杖みたいなものだね。 ま、この古文書も古代遺物みたいなものだし、ケルンバイターは……どうなんだろう?)

 

「前者については博物館などに展示が許されているが……後者については許されず、原則として七耀教会に届ける決まりになっている」

 

「へえ、そうだったの」

 

「はい。 そのため、盗掘者も後を絶ちませんが」

 

「はは、レト君はもちろん、他の皆さんも勉強家ですね」

 

「それはそうと……この古代遺物をどうすれば? 古代遺物と言っても力の発動条件は色々ありますよ? 呪文のようなものを唱えたり、とある動作を起こす事とか」

 

「これは先日出土されたばかりで、それがよく分からなくてね。 君達にはこれを持って野外での調査をお願いしたいんだ。 その過程で何か分かれば報告して欲しい」

 

つまり、何も分からない古代遺物らしき物を持って検証して欲しいようだ。 考古学者のレトがいるからいいが、余りにも投げやり過ぎだと思われる。

 

「……リルケさん、もしかしてまたですか?」

 

「う、うん。 他に提出する課題があって手がつけられなくてね……それでどうだい? お願いできるかな?」

 

「私は賛成よ。 中々巡り会える機会じゃないし」

 

「そうですね……私もいいと思いますよ」

 

「俺も依存はない」

 

「古代遺物がどんなものか興味はある」

 

「言わずもがな……その依頼、お引き受けします」

 

B班は満場一致で賛成し、リルケは嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう! それではこれを、博物館(こちら)では暫定的に『相剋の振り子』と名付けています」

 

レトはリルケから相剋の振り子を受け取った。

 

「確かに振り子(ペンデュラム)みたいですけど、どうやって命名したのですか?」

 

「なんだったかな……受け取りに立ち会った学術院の人がノリで付けたような気がします。 夏至祭の展示目録に入れたいので申し訳ないけど正午まで検証してもらえれば」

 

「分かりました。 帝都内を巡回しながら試してみます」

 

依頼を了承し、レト達は一旦博物館を後にした。 相剋の振り子は取り敢えず5人で交代して待つことになり、異変が起きれば古代遺物、何もなければただの振り子となる。

 

最初はアリサが持つ事になり、アリサは片方のペンデュラムを揺らしながら、レト達は導力トラムでサンクト地区に到着した。

 

「っと、大きい教会ねえ……ルーレやトリスタの教会とは大違いね」

 

「サンクト地区は帝都の中でも歴史と伝統がある場所だね。 っで、目の前あるのがヘイムダル大聖堂、帝国の七耀教会の総本山だよ。 総大司教と言う人がいて帝国内の教会を統括しているよ」

 

「もしかしたらそのペンデュラムを問答無用で回収するかも知れん場所か」

 

「あはは……そのペンデュラムが古代遺物でしたらね」

 

教会を見ると不自然に静まり返り、時折老人の声が聞こえてくる。 どうやら、今はミサの途中らしい。

 

「あっちがエリゼちゃんが通っている聖アストライア女学院だね」

 

「後、アルフィン殿下もこの女学院に在学しているみたいですね」

 

「帝国の至宝とも言われている皇女殿下か」

 

(アレが帝国の至宝なら、他はそれ以上の国宝だよ……)

 

「? レト、何か言ったか?」

 

「なんでもない。 それで、教会の隣にあるのが帝都でも一、二を争う格式の高さで有名なホテルで……」

 

ホテルから視線を横に向け、道路を挟んだ場所に1つの建物があった。 その建物には木の葉の紋章、カルバード共和国の国章が掲げられていた。

 

「向こうにあるのが、カルバート共和国大使館になるよ」

 

「共和国の……」

 

「前回のノルドで、実習で危うく戦争になりかけたわね……」

 

「ここも俺達には無用な場所だろう。 大方帝都の西の区画は回った。 後はドライケルス広場くらいだろう」

 

そうと決まり、レト達は次の依頼を受ける前にドライケルス広場に向かった。

 

導力トラムでドライケルス広場に到着し、バルフレイム宮前に向かうと……

 

「あら……あなた達?」

 

そこにはリィン達A班がおり、レト達は声をかけた。

 

「B班の皆……!?」

 

「へえ、あなた達も来てたんだ」

 

「君達は西側エリアの担当のはすじゃ……?」

 

「フン、抜けたことを……お前達も来ているだろう」

 

「そうか……ここはちょうど2班の担当が重なる場所になるんだな」

 

ドライケルス広場はヘイムダル中央駅からヴァンクール大通りをひたすら真っ直ぐ行く所にある広場、両班の担当と重なるのは当然だった。

 

「今し方、導力トラムで着いたところでね」

 

「ふふ、フィーちゃん、そちらはどうですか?」

 

「まあ、ぼちぼち」

 

「フフ、それにしてもこの広い街で偶然に出くわすとは」

 

「確かに……VII組どうし縁があるようだ」

 

それから両班は軽い情報交換をした。 どうやらA班の宿泊場所もギルドの施設だったようだ。

 

そしてエリオットから全員で昼食はどうかと提案があり、レト達はそれを了承し。 実習が一区切りついたらまた集まる事を約束した。

 

「それではな、皆」

 

「また」

 

「お互い頑張ろうね」

 

「うん。 そちらも気をつけて」

 

リィン達も分かれ、レト達は導力トラムの乗り場前で次の依頼について話し合った。

 

「さて、次は猫探し……なんだけど……」

 

レトは改めて猫探しの依頼内容が書かれた紙に目を落とす。 そこには探してもらいたい猫の特徴が書かれているのだが、問題は発見して捕獲したら連れてきてもらいたい場所なのだ。

 

「何で場所がカレル離宮なのよ……」

 

「今の時期、カレル離宮は一部一般公開されているからね。 中央駅から特別路線はもちろん、西の街道からでも行けるし」

 

「あ、あの……それよりも気になるのはその探す猫ちゃんの名前なのですが……」

 

エマは名前が書かれている欄を見る。 そこにはルーシェと書かれていた。

 

「ルーシェって、レトさんが飼っている猫の名前ですよね? 見た目も赤に近い茶色いフワフワした毛並みで特徴も一致していますし」

 

「……ちょっと待ってて」

 

レトは一言入れてアリサ達から離れ、アークスを取り出すとどこかに連絡を入れ始めた。

 

しばらくすると、何やら揉めている声が聞こえてきた。

 

「知り合いからの依頼だったのかしら?」

 

「それにしては穏やかではなさそうだな」

 

「何か事情があるのでしょうか?」

 

「当然だろう。 奴は自身について何も話していないのと同然なのだから」

 

遠くにいるレトを横目で見ながらユーシスはそう決めつける。

 

「何も話してないって、そんなわけないでしょう」

 

「事実、奴は帝都出身以外は口にしていない。 それに加えオリエンテーションの時、貴族ではないと言った」

 

「確かにそう言ったが、それがどうかしたのか?」

 

「……平民である、とも言ってませんね」

 

「…………! ちょ、ちょっと待って……この話の流れにカレル離宮を加えると……!」

 

「ーーお待たせ……って、何してるの?」

 

と、そこへ連絡を終えたレトが戻ってきた。 レトは先ほどとの空気の違いに不審に思うが、アリサ達は慌てて誤魔化した。

 

「い、いえ、何でもありませんよ」

 

「そ、それでどうだったの? 依頼人はやっぱり知り合いだった?」

 

「うん。 とりあえず見つけてくれるだけでいいって。 ルーシェに居場所なら大体予想はつくからすぐに見つかるよ」

 

「それは頼りになる」

 

「それでその猫は一体どこにいるんだ?」

 

「いや、恐らくは……ーーいるんだろう?」

 

「え……」

 

突然、レトは上を見上げながら誰かに声をかける。 アリサ達はレトの行動を不審に思うが、次の瞬間……赤い影がレトに飛び込んできた。

 

おっと、と言いながらレトはその影を受け止める。 レトの腕の中に収まったのは依頼に記載されていた猫の特徴と一致している猫……ルーシェだった。

 

「にゃー」

 

「か、可愛い……!」

 

「この子がルーシェちゃんですか……実際に見るとフワフワ感が割増に感じますね」

 

「ふむ……先ほどまでは風を感じなかったが、今はこの者の風を感じられる……」

 

「どうやら俺達の後をついて来ていたようだな」

 

ルーシェの大きさは両腕で抱えるくらいのセリーヌとは一回り小さく、レトは肩の上に乗せた。

 

「おい、まさか連れて行く気ではないだろうな?」

 

「依頼人とは話はついたし、僕の身内だし実習期間中は面倒を見てくれって言われたんだ。 心配しなくても大丈夫だよ、ルーシェは賢いし皆に迷惑はかけない」

 

「そ、そういう心配では……」

 

「まあ、カレル離宮に連れて行く時間もないし、レトが面倒を見るのならそれに越した事はないわね。 けど、先ずは……抱かせてもらえないかしら?」

 

アリサは先ほどから爛々とした目でルーシェを見ていた。 どうやらルーシェの毛並みに惹かれたのだろう。

 

顔色一つ変えないルーシェがご機嫌なアリサの腕に抱かれる中……古代遺物を検証するため南オスティア街道に出ていた。

 

「とにかく色々やってみたけど……」

 

「まるで反応がありませんでしたね」

 

「後思いつくのは戦闘時くらいだが……街道まで出る羽目になるとはな」

 

「依頼に手配魔獣があったが、それではリィン達との昼食には間に合わないからな」

 

「さて、どうしたものかね」

 

レトは相剋の振り子を手に考え込む。 それを肩の上からルーシェも見ており……前足を出してチョイチョイと触ろうとする。

 

「うーん……あ」

 

あらゆる方向から振り子を見ると、鎖に何か書かれていた。

 

(……古代ゼムリア語で書かれいる。 えっと……)

 

「………………」

 

「ーー示せ」

 

ルーシェが見守る中書かれていた文字を呟くと……振り子が独りでに浮き、回り始めた。

 

「なんだっ!?」

 

「振り子が勝手に……!」

 

アリサ達が驚愕する中、振り子の一つがレトの前で止まった。

 

「レトを指した?」

 

「いや、どうやらその振り子はレトの本を指しているようだ」

 

「あ、もしかしてこのペンデュラムって……古代遺物を探し出す事が出来るのかな?」

 

「古代遺物を特定する古代遺物……ややこしいわね」

 

振り子はレトを指しており、それとは別にもう一つの振り子が帝都方面を指していた。

 

(この方角……バルフレイム宮がある方角だ)

 

「とにもかくにも、これで依頼は達成ね」

 

「博物館に戻ってリルケさんに報告しませんと」

 

「古代遺物だったのだ。 展示できないと残念がるだろうな」

 

結果的に古代遺物が生きている事が判明し、レト達は博物館に戻ってリルケに報告した。 リルケは大変残念がったが、仕方なしと諦め依頼を完了させた。

 

そして昼は少し過ぎてしまったがリィンからの連絡をもらい、ヴァンクール大通りにある百貨店で遅めのランチを取ったのだった。

 



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31話 地下道

両班は実習の進行具合や情報などを交換しながら楽しくランチを取り、そしてリィン達は苦笑い気味だったが、フィーはレトについて来たルーシェに興味津々だったりする。

 

それからランチを食べ終わり、レト達は満腹になって店から出た。 これで午後の実習も問題なく行けそうだが……レト達は未だに気まずそうなラウラとフィーを心配する。

 

「それじゃあ、ここで一旦解散だね」

 

「お互い、実のある実習になるといいですね」

 

「にゃー」

 

「ふふ、ルーシェもまた次の機会にな」

 

リィン達に向かって一鳴きするルーシェに、ラウラは顔を綻ばせながら撫で。 レト達は次の依頼がある競馬場まで導力トラムで向かい、近場で降りた後は徒歩で広場前まで到着した。

 

「ここも中々開放的な広場ね。 それで奥にあるのが競馬場ね?」

 

帝都(ヘイムダル)競馬場……200年以上の歴史がある建物だよ」

 

「ふむ、馬券を買って賭け事をするのか」

 

「一応言っておくが、未成年の馬券購入は禁止されているぞ」

 

「はい、当然ですね」

 

「それじゃあ競馬場に入ろう。 見る分には全然問題ないけど、依頼を優先しないとね」

 

「にゃおん」

 

馬券の購入は禁止されているが競馬場の入場やレースの観戦までは禁止されていない。

 

レト達は競馬場に入り、受付から依頼人である支配人は貴賓室にいるそうで、観客席から貴賓室に向かった。 コースではレースが終盤に入っており、観客達は手を……馬券を握りしめて固唾を飲んでいた。

 

「盛り上がってるわねー。 それに賭け事なのに割と雰囲気が健全というか」

 

「帝国では皇族も観戦する紳士淑女の嗜みでもあるからな。 マナーもそれなりに問われるし、つまみ出されないようしておけ」

 

「了解した」

 

階段を登り支配人がいる貴賓席に向かった。 レトは外にルーシェを置いて中に入り、貴賓席はまさにVIP御用達の場所で、言葉に出来ない場所であるが……とにかくミラがかかっている事は理解できる。 そして支配人らしき人物は奥の方にいた。

 

「な、なんだが場違いね……」

 

「呼び出しのはあちらだ、やましい事などないのだからもっと堂々としておけ」

 

「そうそう。 気楽にいこうよ」

 

「レトさんは気楽過ぎますよ……」

 

貴賓席にいる人が正装している中を学生服の彼らが通るのはとても浮いてしまうが……レトはどこ吹く風のように流して支配人の元に向かう。

 

「失礼。 トールズ士官学院、特化クラス・VII組の者です」

 

「おお、あなた達が。 ようこそ起こしくださいました。 さっそくで悪いのですが、依頼についてお話しさせてもよろしいですかな?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

支配人にソファに案内され、レト達は依頼内容についての説明を受けた。

 

どうやら競馬場の地下にいる魔獣を討伐してもらいたいようだ。

 

「そもそも、なんで帝都に地下なんてものがあるのかしら?」

 

「元々、今の帝都は昔の帝都の上に作られているんだ。 暗黒時代の遺構、帝都では結構有名だよ。 あまりにも広大過ぎてどの組織もその全容を把握し切れていないけど……」

 

そこで言葉を切り、レトは胸を張った。

 

「僕は昔からあそこが遊び場のようなものだから。 地上と地下、どっちも僕の庭だね」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「ふふ、頼もしい限りですな。 それではこちらをお持ちください」

 

レトは支配人から地下道への鍵を手渡された。

 

「確かに」

 

「それでは失礼する」

 

「どうかお気をつけて」

 

早速地下道へ向かう事になり。 レト達は貴賓席を出ようとすると……そこでレトは貴賓席から見える競馬場のコースを見下ろし、今し方走っているレースを見た。

 

「ふ〜ん……3-1-4ってところかな」

 

「む?」

 

「あ、すみません。 どうかお気になさらず」

 

近くにいた男性客がレトの呟きにが聞こえ、レトは軽く謝ると貴賓席を後にした。 そこで先ほどのレースが決したのか、扉の先から歓声が聞こえてきた。

 

「ーーなっ!? さ、3-1……4!? あ、あの少年はどこだ……あの慧眼を是非伝授ーー」

 

「ねえ、何か聞こえなかった?」

 

「さあ?」

 

「にゃあ?」

 

待っていたルーシェがレトの肩まで駆け上って乗り。 男性の叫びを空耳と勘違いしながらレト達は階下に降り余りに使われていない風の扉の前に来た。

 

「へえ、こんな場所から地下にねぇ……」

 

「別にこういう場所はここだけじゃないよ。 地下に続く道は建物の中にあれば外にもあり、巧妙に隠されていたりもする」

 

装備を整えてながらレトは軽く説明し。 さて、と言いながら鍵を使って扉を開けた。 そして道が競馬場とは違う材質の、中世のような様式に変わり、そのまま階段を降りて地下道に入った。

 

「う〜ん……ここに来るのも久しぶりだね。 相も変わらずいい空気」

 

「ホント、レトは変わっているわね。 それになんだか薄気味悪いわね……」

 

「水の音……どこかで水路も通っているみたいですね」

 

「聞いていた通りかなりの広さのようだな。 バリアハートの地下道よりも複雑そうだ」

 

「どうやら魔獣も多数徘徊しているようだ。 慎重に進むとしよう」

 

早速進もうとする中、アリサ達は多少ながらも尻込みしてしまうが……先程の言葉通り慣れているのか、レトは鼻歌交じりにどんどん進んで行く。

 

レトが先導し、時折襲いかかる魔獣などの対処を教えながら古い水路なども経由し先に進む。 しばらくして、外の時間が分からなくなって来た頃、手配魔獣らしき地面を貫いて顔と細長い体躯を地上に出す鰻のような魚型魔獣……グレートギーヌーを発見した。

 

(あれが手配された魔獣ね……)

 

(流石に手強そうですね)

 

(相手にとって不足はない)

 

(ああ、行くとしよう)

 

戦術リンクは前衛男子と後衛女子で綺麗に別れて組み、相変わらず余ってしまったレトは遊撃を担当し……グレートギーヌーを前にアリサ達が意気込む中、レトは怪訝な目をしてグレートギーヌーを見つめる。

 

(……あの魔獣は同種で群れを作るタイプ。 警戒して損は無さそうだね……)

 

「……………………」

 

チラリとルーシェに目配りさせ、ルーシェはコクリと頷く。

 

そしてレト達は武器を構え、グレートギーヌーの前に飛び出した。 グレートギーヌーはレト達を視界に捉えると……声を上げて威嚇をしながら微かに放電をした。

 

(今のは……)

 

「はっ!」

 

レトはグレートギーヌーの一連の流れを不審に思う中、ガイウスの巧みに十字槍を振るって両者に一定の距離を取らせる。

 

アリサ達はアークスの戦術リンクを駆使して危なげなく戦って行く。 そんな中、レトは銃で牽制しながら周囲に気を配っていた。

 

「なんだ、どうなものか期待していたが……大して強くないぞ」

 

拍子抜けといった顔をしながらユーシスは溜息を付き、グレートギーヌーは細長い身体をくねらせて噛み付いてきたが……

 

「やっ!」

 

すかさず間にアリサが矢を放ち、グレートギーヌーは矢の飛来に気付き速度を落とし……エマが杖を掲げた。

 

「アースランス!」

 

地中から鋭利な鎗が胴体を貫いた。 だがグレートギーヌーはそれでもなお、ユーシスに向かって牙を向けるも……

 

「ふっ……せいっ!」

 

軽やかなステップで噛み付きを避け、無防備な頭に剣を振り下ろした。 グレートギーヌーの頭は飛び、胴体は力なく倒れ伏し……すぐに跡形もなく消えてしまった。

 

「ふう、全く弱くなかったとはいえ楽に片がついたわね」

 

「戦術リンク様々ですね」

 

「フン、不完全燃焼だがな」

 

「フフ、これも日々の訓練の賜物だろう」

 

「…………! 総員、警戒態勢!!」

 

魔獣を倒して気を抜く中、レトが異変に気付いて叫ぶが、次の瞬間……地中から次々とグレートギーヌーの大群が現れ、一瞬で囲まれてしまった。

 

「なっ!?」

 

「こ、この数は……!?」

 

「ーーしまった、これは罠だ!」

 

「チッ……最初の一体は捨て駒か!」

 

「アークス駆動ーー」

 

グレートギーヌー達は一斉に身体を震わせ……全方位に電撃を放電した。 四方からの電撃、逃げ場などなくレト達のいる中心に向かって轟音が轟く。

 

電撃が止むと土煙が舞い、グレートギーヌー達は勝利を確信した。 が……

 

「ーー穿嵐(せんらん)!!」

 

「そこだ!」

 

土煙から鋭利な棘のような弾丸、そして旋風を纏った槍の突きが発射され、二体のグレートギーヌーの頭を貫き消滅させた。

 

「ルーシェ!!」

 

「シャアアアアッ!!」

 

レトの肩からルーシェが飛び降りると毛を逆立てながらグレートギーヌー達を威嚇した。 その気迫は圧倒的な強者の咆哮であり、どんた魔獣でもを怯ませその身を硬直させる。

 

「ふう……皆、大丈夫?」

 

「な、なんとか……」

 

「今のはクレセントミラーか?」

 

「あの一瞬でアーツを発動させたのか……何て速度だ」

 

「わ、私よりもアーツの適切が高そう……」

 

「確かに僕も入学時に魔導杖か魔導銃を勧められたよ。 槍もあったから断っただけだし……アーツの適切が高いのは血筋の関係だから気にしなくてもいいよ」

 

そう言いながら銃剣を銃から剣に変形させ、グレートギーヌー達の前に立つ。 するとグレートギーヌー達は一斉にアーツを駆動し始めた。

 

レトは念の為クレセントミラーを一瞬で発動させて保険を作る。

 

「さてと……遅いっ!」

 

その場で一回転して回転斬りをし、全体に黒い風を起こしグレートギーヌー達のアーツ駆動をキャンセルさせた。

 

今の戦技(クラフト)は剣帝が使っていた零ストームの発展版、零ストリーム。 直線的な軌道の零ストームに対して、零ストリームは竜巻のように全方位に放つ戦技、そして……

 

「受けてみよ……剣帝の一撃を!」

 

銃剣を両手で持って目の前に掲げ、全身から闘気を放ち……

 

「鬼炎斬!!」

 

闘気と共に剣を振るい、周囲を凪ぎ払った。 グレートギーヌーの群は胴体から薙ぎ払われ……先程と同様に一瞬で消滅した。

 

「ふう…………ごめん皆、最初からあの魔獣は群れているって警戒してたんだけど、言いそびれちゃって」

 

「い、いえ、私達も警戒が疎かになってましたし」

 

「ああ、感謝こそすれば罵倒を言ったりはしない」

 

「そうね。 こちらの方が悪いかもしれないけど、お互い様としておきましょう」

 

「フン、さらに剣の腕を上げた事は癪だがな。 セントアークの実習以降、異常な速度で上がっているだろう」

 

「あ、あはは……」

 

腕を組みながら軽く睨んでくるユーシスにレトはルーシェを抱えながら愛想笑いをする。 とてもじゃないが聖女に指導してもらったとは口が裂けても言えないし、言えたとしても恐らくは信じてはもらえないだろう。

 

「それにしてもルーシェちゃん、凄かったですね。 ひと睨みで全部の魔獣を怯ませていましたよ」

 

「飼い主が飼い主だ。 普通に育つはずがない」

 

「酷いなぁ。 これでも帝都の猫会でルーシェはトップなんだからね」

 

「ね、猫会ってなによ猫会って……」

 

「簡単に言えば猫の間での導力ネットワーク。 意外と情報収集にはもってこいなんだよね」

 

「それは興味深いな」

 

「にゃー」

 

色々と気になることもあったが、レト以外はこれ以上好きでここに留まる理由もないので……依頼完了を支配人に報告するため競馬場に戻るのだった。

 




零ストーム……嫌らしい技でしたよね。 アーツを駆動させる度に何度も何度も……

アンチセプト零もですけど。


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32話 皇族

ようやく閃の軌跡IVの最新情報が出てきましたね。

そして言おう……主人公は?


レト達B班の今日の依頼は全て完了し、最後の魔獣の討伐完了の報告をしに来た道を戻って競馬場に向かう途中、レトが……

 

「あ、ここから外に出られる近道があるよ」

 

と、言うので、アリサ達は来た道を外れて機嫌よく進むレトの後をついて行く。 しばらくして行き止まりにぶつかるが、レトは構わず進み……壁にあるレンガの1つを押した。

 

すると小さな地鳴りがし、壁が奥に沈み横にスライドして行くと……隠されていた通路の道が開けた。

 

「これは……隠し扉か」

 

「こんな仕掛けが地下道にあるとはな……」

 

「政府が帝都の地下道を把握してきれない理由の一つだよ。 隠しスイッチがあからさまなのもあれば、思いがけない場所にスイッチがあったりもする」

 

「ですが、レトさんはその全て把握してらっしゃるのですよね?」

 

「まあね。 それじゃあ行こうか。 まあ、この道はちょっと帝都の外に続いているんだけどね」

 

「にゃー」

 

先程より魔獣は少なく、レト達はゆっくりと隠し通路を進んだ。

 

しばらくして奥から陽の光が射し込んで来た。 レト達は階段を登り……落ち始めた陽の光に目を細めながら地下道を出た。

 

「ここは……」

 

「どうやら墓地のようですね」

 

「ここは南オスティア街道の外れにあるヒンメル霊園だよ」

 

帝都から程よい距離にある霊園、この場所にはいくつもの墓が並べられていた。 ちょうど霊園を掃除していた墓守がレト達に気付いたが、レトが手を振ると興味を失い掃除を再開した。

 

「こんな所に続いていたのね」

 

「バリアハートの地下道より、歴史を感じさせますね」

 

目の前に見える帝都を見てエマはしみじみとそう感じる。

 

「さて、競馬場に報告に行ったら、今日はそろそろ帰りましょうか」

 

「夕食も宿泊場所から近場にあればいいのだが」

 

「それならフォレスタという宿酒場があったはずだ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

霊園を出て街道を北上して帝都に戻り、導力トラムで競馬場に戻って報告を終える頃には日も沈み夜になってしまった。

 

「ほらほら〜、カサギンだよ〜」

 

「にゃー、にゃー」

 

ヴェスタ通りにある宿酒場フォレスタでB班は夕食を食べる事になり。

 

食事を食べる前にレトはカサギンの尾を掴んでルーシェの前でヒラヒラと揺らし、ルーシェは口をパクパクさせながら後ろ足で立って、ギリギリ届かないカサギンを食べようとするが……レトはカサギンを上下に動かして遊んでいた。

 

「ーーよし、良いよ〜!」

 

「ハグッ!」

 

「あはは、ルーシェが釣れたー!」

 

「何猫で遊んでるのよっ!!」

 

それを見ていたアリサが容赦なくレトの後頭部を叩いた。

 

「え、何々!? イールの方が良かったの!?」

 

「そう言う問題じゃないわよ! 普通に可哀想だとは思わないわけ!?」

 

「うーん、昔からやっている事だから……ねぇ?」

 

「ハグハグ」

 

レトはカサギンに喰らい付いてプラプラと揺れているルーシェに話しかける。 レトはルーシェを下ろしてカサギンを離し、ルーシェはあっという間に平らげるとケプ、っと満足しながら前脚を舐めて毛繕いをする。

 

「よしよし」

 

「にゃあー」

 

「レトさん、夕食の用意が出来たそうですよ」

 

「うん、今行く!」

 

返事をしながらルーシェを抱え、レト達は食卓を囲んで夕食を食べ始める。 地下道でかなり体力を消耗したのかあっという間に平らげるてしまい。 それから宿泊場所のギルド跡に帰り、すぐにレポートを纏めた。

 

「〜〜〜〜♪」

 

「ふみぃ〜〜」

 

すぐにレポートを書き終えたレトは、鼻歌を歌いながら膝の上に乗ったルーシェの背をブラッシングし、ルーシェは気持ち良さそうな声を出す。

 

「ルーシェちゃん、気持ち良さそうですね」

 

「最近はご無沙汰だったけと、昔からやって上げていたからね。 エマもセリーヌにやったりしないの?」

 

「ええっと……セリーヌは結構嫌がるので」

 

「へえ、珍しいね、ブラッシングを嫌うなんて。 猫1匹での毛繕いだと、頭や下顎とか背中とかは舌が届かないのに」

 

「にゃ〜」

 

そのセリーヌは損をしていると言うようにルーシェは鳴く。 しばらくしてフワフワ感が増したルーシェをアリサが抱きながらエマと雑談をし、ガイウスはユーシスに誘われて息抜きにチェスをやっていた。

 

「A班は今何をしているんでしょうね?」

 

「あの2人に何か進展があればいいんだけどね……」

 

「ふむ……これでどうだろうか」

 

「ほう、キャスリングか……味な手を」

 

それぞれが束の間の休息を取る中、レトは1人外に向かい、ルーシェもアリサの手から離れてレトに近寄り……そのまま外に出て正面にあった陸橋まで歩き、手摺に寄りかかり、肩に乗っていたルーシェは手摺に飛び移る。

 

すると1人と1匹は同じ方向を……マーテル公園がある方向をジッと見つめる。

 

「……この闘気……ラウラとフィーだね。 どうやら僕とラウラの時と同じようにぶつかり合ったみたいだね」

 

「にゃ」

 

昔にラウラと剣を交えた出来事を思い出しながら呟き。 同じ考えなのか、ルーシェは頷く。 そしてレトは空を見上げると……

 

「……月はただ……美しく、冷たく……宿命を照らす……」

 

「……………………」

 

「ルーシェ、世界から忘れられるのって……一体どんな気持ちなんだろうね」

 

ルーシェだけに聞こえるように、レトは空を見上げながら呟いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日、7月25日ーー

 

朝食を取った後、ギルドのポストに入れられていた依頼の入った封筒を取り……B班の実習は滞りなく進んだ。

 

「ーーはあっ!」

 

そして昼過ぎ……レト達は西オスティア街道で道を塞いでいた大樹を背負った巨大な亀型の魔獣……プロトドスを討伐していた。

 

ガイウスがプロトドスの側面から接近し、十字槍を薙ぐが……硬い甲羅に阻まれて穂が通らなかった。

 

「ああ、もう! 硬すぎよ!!」

 

「アーツの効きも悪いですし……」

 

「ぐっ……だが、一歩も引いてなるものか!」

 

アリサの弓矢も、エマのアーツも、ユーシスの剣もまるで歯が立たず。 かと言ってプロトドスが時折全体に衝撃波に吹き飛ばされ、それによって防戦一方だったりする。

 

「このままだとジリ損だね」

 

「何とか突破口を見つけなければな」

 

「アリサ、動きを止められる?」

 

「何するか分からないけど……任せて!」

 

アリサは片膝を付き、矢をプロトドスの頭上に放ち……

 

「メルトレイン!」

 

矢が閃光を放つと分散し、炎の矢が雨のようにプロトドスに降り注いだ。 もちろんダメージは無いが、動きは止められた。

 

「ふっ……!」

 

するとレトはメルトレインの中を走り抜け、プロトドスの背に乗り大樹を駆け上がり、跳躍して銃を下に向け……

 

「……朱弾……」

 

朱い弾丸を縦と横……剣を振り抜くように十字に撃ち、十字架が甲羅に刻まれ、動きを封じると同時に亀裂を作った。

 

「ガイウス!」

 

「任せろ!」

 

リンクを繋いでいた為、動きが封じられるのとほぼ同時にガイウスは飛び上がり、朱い十字に重ねるようにプロトドスの背に十字槍を突き立てた。

 

「せい、やっ!!」

 

さらに落下して来たレトが十字槍の石突きに踵落としを放ち、杭を打ち付けるように穂がプロトドスの甲羅を貫いた。

 

「お願いします!」

 

「任せろ!」

 

エマが火のアーツ、フォルテの重ねがけでユーシスの力を高め。 ユーシスは剣を前に突き出すと青い導力陣が現れ……剣に纏われる。

 

そして一気にプロトドスの眼前に接近し、プロトドスが半球体に覆われ……

 

「終わりだ……クリスタルセイバー!!」

 

氷を纏った剣が2度、交差するように振られ……最後に横一線で半球体と共にプロトドスを切り裂き砕いた。 これで決まると思った、だが……

 

「ーーなっ!?」

 

無傷では無いが、プロトドスはまだ健在だった。 そしてプロトドスは力を溜めていた。

 

「ユーシスさん!」

 

「マズい! あのままだと……!」

 

「ーーさせるか!」

 

プロトドスは力を解放し、大質量の頭突きがユーシスに向かって繰り出され……次の瞬間、間にガイウスが割って入り、頭突きを受け止めたが……余りの威力に2人揃って吹き飛ばされてしまった。

 

「ユーシス、ガイウス!」

 

「全く、無茶をして」

 

咄嗟にレトがガイウスに地のアーツ、アダマスシールドを施し。 ガイウスにダメージは無く、せいぜい吹き飛んで来たガイウスに押し潰されたユーシスがダメージを受けただけに留まった。

 

「良かった……」

 

「さて、一気に決めるしかないけど……(試してみるかな)」

 

2人が大した傷でないことを確認しながらレトは銃剣を納め、槍を抜いた。 そして……

 

「ーー朧溟爪(ろうめいそう)……」

 

流れるように、しかし捉えられない速度で爪のように、3つの軌跡を描きながら槍を薙ぎ払い、あの巨大で信じられないほど大きく地面を引き摺りながら吹き飛ばした。 そして、レトは続けて石突きでプロトドスの側面をかち上げ……

 

「お願いします、アリサさん!」

 

「貫け……ミラージュアロー!」

 

無防備な腹にエマが発動した風のアーツ、ジャッジメントボルトとアリサが射た貫通性のある矢が放たれた。

 

2つの攻撃は腹の一点に直撃し、衝撃が反対側まで貫き……とうとうプロトドスは力尽きた。

 

「ふう、やったわね」

 

「はい!」

 

エマとアリサはハイタッチして勝利を喜び合う。

 

「やれやれ、何とかなったか」

 

「フン、美味い所を持って行きおって」

 

「まあまあ」

 

ガイウスに軽く治療されながらユーシスは軽く悪態をつき、レトは槍を肩に担ぎながらたしなめる。

 

(ふう……槍はもちろん、剣や銃の戦い方も大体まとまって来たかな。 鋼の聖女には到底届かないけど……ま、やっとスタートラインかな)

 

「にゃー」

 

と、そこで離れて見ていたルーシェが側にあった岩を登ってレトに飛び移り、肩の上にに乗った。

 

「それにしても、ルーシェちゃんもまた着いて来てしまいましたね」

 

「っていうか、いつまで連れて行く気? いい加減あなたの家に帰して来なさいよ」

 

「ルーシェはあまり家に居たがらないからね。 基本外にいるから、あんまり無理に帰したくないんだけど……」

 

「まあ、実習の間だけなら問題なかろう」

 

レト達は雑談を交わしながら帝都に戻って行く。 その途中、エマが西オスティア街道から北に分岐している道を見かける。

 

「あの道は……」

 

「ああ、あれね。 あれはカレル離宮に繋がる道だよ。 今の時期なら一般に開放されているから見には行けるね」

 

「うーん、興味はあるけど実習中だからねえ」

 

「風光明媚な場所だが、今は行く必要はなかろう」

 

「それは少し残念だ」

 

アリサとガイウスは興味があったが、他の依頼もあるので今日は断念した。

 

しばらくして帝都に近付くと……レトのアークスが着信音を鳴らした。

 

「なんだ……?」

 

「そういえば帝都ではアークスは繋がりましたね」

 

「でも誰からかしら?」

 

「はい、士官学院VII組、レト・イルビスです」

 

『ハロー。 頑張っているかしらー?』

 

疑問に思いながらも通話に出ると……通信の相手はサラ教官だった。

 

「珍しいですね。 実習中に連絡してくるなんて、何かありましたか?」

 

『うん、君達全員に行って欲しい場所があってね。 実習課題が片付いてからでいいからサンクト地区に行って欲しいのよ』

 

「ーーえ」

 

『事情は後で説明するわ。夕方5時過ぎに聖アストライア女学院正門前まで行ってちょうだい。 A班にも同様に伝えてあるし、知事殿にも許可はもらっているから遠慮なく行って来ていいわよ』

 

「えっと、サラ教官?」

 

『それじゃ、よろしくね〜』

 

そう言い、一方的に通信は切られてしまった。

 

「サラ教官からだったのですか?」

 

「……うん」

 

レトは多少困惑しながら通信の内容を伝えた。

 

「アストライア女学院ですか……」

 

「確かサンクト地区にある女学院よね? エリゼさんが通っている」

 

「またあの教官は何を考えているんだ。 VII組全員で行けというのはどうにも解せんな」

 

「だが、教官なりに何か考えがあるのだろう」

 

「まあ、何かあるんだとは思うけど……依頼も残り少しだし、早く終わらせて行くとしよう」

 

サラ教官を疑いながらも、残りの課題を終わらせるためにレト達は再び帝都の中に入って行き……

 

(……いい加減、腹を括って向き合わないと行けないのかもね……)

 

レトは胸に手を当てながらある決意を秘めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夕方ーー

 

残りの課題を終わらせ、導力トラムで5分前くらいでサンクト地区に到着した。

 

トラムを待っていた女学院の制服を着た生徒の視線を背中に受けながらもトラムを降りた。

 

「何度かここを通っているけど、こうして見るとトールズと同じくらいの歴史を感じるわね」

 

「創立は同じくらいと聞いています」

 

「さて、正門前で待てばいいのだな?」

 

「少し遅れているし、リィン達ももういるみたいだから早く行こうか」

 

「あの2人を思えば、少し会うのが憂鬱だがな」

 

ユーシスがラウラとフィーのすれ違いに溜息をつきながらも女学院前の坂を登り、正門前に向かうと……

 

「あ、もう来てたのね」

 

レトの言う通りリィン達は先に正門前で待っており、どうやら待つ間雑談をしていたようだ。

 

「ああ、そっちも来たのか」

 

「ふふっ、お疲れ様です」

 

「早いな、そっちは」

 

「うん、ちょうどいい所で課題の方にケリを付けてね」

 

「………………?」

 

ふと、レトはラウラとフィーを見た。 2人が横に並んで立ち、その間の距離が前回より妙に近付いており、あのギスギスした空気も感じられなかった。

 

そして何時ものユーシスとマキアスのやり取りが繰り広げられ、それを見てラウラとフィーが交わした言葉が決定的だった。

 

「あら、あなた達……」

 

「……ひょっとして?」

 

「はは……流石に女子は鋭いな」

 

「コホン……うん。 その、なんだ……そなた達にも心配かけたな」

 

「もう心配無用」

 

「良かったね、ラウラ、フィー」

 

「にゃー」

 

ルーシェも仲良くなった事に喜んだのか、レトの肩から飛んでフィーに飛び込み、腕の中に収まった。

 

「あはは、ルーシェも喜んでいるみたい」

 

「……フワフワ、すっごいフワフワしてる」

 

「フフ、そなたにも心配をかけたな」

 

あまり表情を見せないフィーもルーシェの前で顔を綻ばせ、ラウラもルーシェの頭を撫でる。

 

(また連れて来たんだ?)

 

(ルーシェは賢いとはいえ、宿泊先のギルドに置いて行けなかったからね)

 

(……そういえば、結局レトはどこの街区に住んでいるんだ?)

 

(! え、え〜っと……)

 

リィンとエリオットと小声で会話していると……午後の5時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 

「ヘイムダルの鐘か……」

 

「……荘厳な響きだな」

 

「これが5時の鐘だね」

 

「ああ、そろそろ約束の時間だけど」

 

「ーー兄様……?」

 

と、その時……背後の正門が開かれ、リィンを呼ぶ声がすると……そこには正門を開いたエリゼがいた。

 

「エリゼ、どうして……!」

 

「いや、ここに通っているんだから当然でしょう」

 

「え、ええ……VII組の皆さんもお揃いみたいですけど……」

 

「ふふ、1週間ぶりかしら」

 

「えへへ……ちょっと事情があるんだけど」

 

「……ちょっと待ってください。 兄様達、ひょっとして……5時過ぎにいらっしゃるという10名様のお客様ーーでしょうか?」

 

「ああ、確かにVII組全員でちょうど10名になるけど……」

 

ふと、エリゼは何かに気付き、恐る恐るリィンに質問し。 リィンはそれに答え……途中で話の流れに気付き驚いた。

 

(……やっぱり……)

 

「あの、それでは……私達に用事があるというのはエリゼさんなのでしょうか?」

 

「いえ……わたくしの知り合いです」

 

エリゼは少し溜息をつき、リィン達から顔を背けてブツブツと何か不満を吐き出した。 リィンは心配して声をかけ、少ししてエリゼを姿勢を戻し、咳払いをして表情を引き締めた。

 

「失礼しました。 トールズ士官学院・VII組の皆様。 ようこそ、聖アストライア女学院へ。 それでは案内させていただきます」

 

エリゼはスカートの両側の裾を掴み、軽く持ち上げて礼をし。 リィン達を女の園に招き入れると先導し、その後をついて行く。

 

だが……ここは女学院。 女子はともかく男子が足を踏み入れれば一瞬で注目の的になる。

 

(……ラウラ、人気だね?)

 

(ふむ……少しこそばゆいな)

 

「ーーあの橙色の髪をした方、ラウラ様とどういったご関係なのかしら?」

 

「もしかして……恋人同士だったりして?」

 

「そんな、まさかっ!?」

 

離れて小声で会話する2人の様子を見て、女学生の生徒は声を抑える事なく会話する。 それを聞いたラウラは少し気持ちが高揚するが……

 

「でも……暖かい見た目とは裏腹に冷たい雰囲気ですわね」

 

「ええ、それになんだが隠しきれない気品が滲み出ているようで……」

 

(ふう……やっぱり居心地は良くないかな。 ラウラは気楽でいいよね)

 

「…………………(ムスッ)」

 

(……分かりやすい)

 

「にゃ」

 

レトが話しかけるも、ラウラはムスッとした表情をしてレトから顔を背ける。 レトはどうしたと疑問に思い、前にいたフィーはルーシェを撫でながら苦笑する。

 

ほぼ全方向から視線を受けながらもエリゼの案内で女学院を進み、薔薇園と書かれた屋内庭園に到着した。

 

「にゃあー」

 

「……あ」

 

「おっと……」

 

エリゼが話している中、フィーの手からルーシェが飛び出し、再びレトの肩に乗るが……レトは気にせずただ薔薇園、その先を見ていた。

 

「ーー姫様。 お客様をお連れしました」

 

『ありがとう。 入っていただいて』

 

「……っ!?」

 

「ま、まさか……」

 

(………やっぱり、か………)

 

(……レト……)

 

庭園内から聞こえてきた少女の声にリィン達が驚く中、レトは独り納得して胸を抑えた。

 

そして中に案内され、リィン達はそこにいた人物を見て納得した。 少女はクスリと笑い、スカートを軽く持ち上げて礼をした。

 

「ようこそ、トールズ士官学院VII組の皆さん。 わたくしは、アルフィン。 アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。 どうかよろしくお願いしますね?」

 

少女……アルフィンが自己紹介をする中、リィン達は思いがけない人物が招待してきたと驚き。 アルフィンはVII組全員を見渡し……レトを見つけ、レトに向かって駆け出し……

 

「ーー兄様(あにさま)!!」

 

突進するように抱きしめてきた。 レトは避けずに受け止め、甘んじて受け入れる。

 

「……へ……」

 

「な、何いぃっ!?」

 

「あ、兄様!?」

 

「レトさんが……アルフィン殿下の!?」

 

アルフィンの言葉に、リィン達はレトの正体を予想しながら驚愕する。

 

「グスッ……今までわたくし達を避け続けて、どういう思いで待ち続けたかお分かりですか?」

 

「……分かっている。 けど、仕方ないだろう。 僕はーー」

 

「関係ありません!」

 

「ッ!?」

 

「兄様は、わたくしの兄様は強く、優しく、わたくしだけの最強の兄様なのです! それを罵倒し否定する者がいるのなら……わたくし自らが制裁を加えて差し上げやがりますわ!」

 

「……やれやれ、口調が変になっているよ」

 

レトは涙を浮かべて胸に抱きつくアルフィンの頭を優しく撫でる。

と、そこで一連の流れを見ていたリィン達が声をかける。

 

「えっと……話の流れで分かっちゃったんだけど……」

 

「レトって……まさか……」

 

「うん。 皆の考えている通りだと思うよ」

 

アルフィンを横に寄せ、レトはリィン達と向かい合い……

 

「レト・イルビス改めまして……レミスルト・ライゼ・アルノールです。 騙していて悪いとは思っていたけど……僕の存在は伏せられていてね。 改めてよろしく頼むよ」

 

そう、名乗った。

 



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33話 表裏

軽い一悶着もあったが、今は落ち着きを取り戻して茶の席を囲っていた。

 

「でもまさかレトが皇族だったなんて……」

 

「後で詳しく話すけど、僕の存在を知っているのは皇族と宰相閣下、それと四大名門の領主と極少数の軍関係者、後はアルゼイド子爵閣下くらいかな」

 

「ラウラは以前から知っていたの?」

 

「うん。 旅の途中で教えてくれてな。 皆にも済まないとは思っている」

 

「いえ、事情があるのなら仕方ありませんよ」

 

丸いテーブルを3つ繋げ、そこで囲むようにお茶をしながらレトはリィン達に頭を下げる。

 

「マキアスもごめんね。 オリエンテーションの時はっきりと言ってなかったから」

 

「あ、ああ、気にしてないから気にしなくても……」

 

「ーーまあでも、マキアスが嫌いなのは貴族であって皇族じゃないよね?」

 

「……僕の葛藤を返せ」

 

「あはは、隠し事があってもレトはレトだね」

 

例え皇族であってもこの3カ月間、VII組として共に過ごして来た時間は嘘ではない……故にリィン達はレトが皇族であろうとも敬ったりはせず、いつも通りに話しかけられている。

 

「……会話の流れで気付いたんだけど、レトはお姫様を避けていたの?」

 

「うーん、アルフィンをいうより皇族を、かな。 はっきり言って僕の出自は不明……リィンに失礼だと思うけど、僕と皇族との関係はリィンに近いかな」

 

「それは……」

 

「まあそういう事。 と、言ってもどうやら父さん……現皇帝のユーゲント三世は僕の両親が誰なのか知っているようだし、知った上で僕を皇族として置いているのかもしれないね」

 

つまり現皇族とレトとの繋がりは不明確……これがもし口外でもされれば、貴族達がシュバルツァー男爵を非難した時の比ではないだろう。

 

「たとえどんな理由があろうとも兄様も兄様です。 いかに事情があろうともこんな可愛い妹を長い間放置するなんて」

 

「自分で可愛いって言うんじゃないの」

 

「フフ、姫様もそういった側面があって、私としては安心しました」

 

「あら? てっきりエリゼはご機嫌斜めだと思っていたのだけど……」

 

「最初はそうでしたが……お2人の熱い抱擁を見れば些細な事でした」

 

「エリゼ、あなたもやるようになったわね」

 

「ええ、おかげさまで」

 

2人の視線を交える間で火花のようなものが散る。 アルフィンはユーシスとラウラの方を向いた。

 

「ユーシスさん、お久しぶりです。 ラウラさんとは1年ぶりくらいでしょうか? お元気そうで何よりです」

 

「……殿下こそ。 ご無沙汰しておりました」

 

「殿下とはレグラムへ帰郷しようとした時以来……またお美しくならましたね」

 

「ふふ、ありがとう。 そうだ、兄様を支えてくれたお礼もまだでしたので、後程受け取ってはいただけないでしょうか?」

 

「では、ありがたく頂戴せてもらいます」

 

どうやらラウラとアルフィンは貴族と皇族としてではなく、レトを通じての交流があったようだ。

 

「……それはそうと、ラウラさんとはこの学院でご一緒できるかと期待していたのですけど。 やっぱりトールズの方に行ってしまわれたのね?」

 

「ええ、剣の道に生きると決めた身ですので……ご期待に沿えずに申し訳ありません」

 

「いえ、決心が揺るぎないようで何よりです。 それでこそ兄様(あにさま)()に相応しいというものです」

 

「で、殿下、お戯れを……」

 

「ふふ……しかしアンゼリカさんもトールズに行ってしまいますし……兄様もいる事ですし、こうなったらわたくしも来年そちらに編入しようかしら」

 

「ひ、姫様……!?」

 

アルフィンがトールズに転向すると言い、エリゼは驚き……レトは呆れ顔になりながらアルフィンをたしなめる。

 

「全く、アルフィンは兄さんに似てからかい上手だけど、あんまり友達を弄らないようにな」

 

「フフ、これも一種の友情の形です。 ですが、兄妹としての時間もまた大切……兄様が避けていた時間を埋めるためにも、今日は寮のわたくしの部屋にお泊りになってもらわないと!」

 

「僕を社会的に暗殺する気か」

 

皇族としてではなく、レトとアルフィンの普通の兄妹のやり取りを見てリィン達は苦笑する。

 

(なんか楽しい人だね)

 

(随分軽妙でいらっしゃるな)

 

(うーん、噂には聞いていたけど、実物はそれ以上というか、斜め上と言うか……)

 

(と、とんでもないな……殿下から皇族のオーラが目に見えてわかりやすいが、今のレトからもそれが見えるぞ)

 

(そ、そういえばレトってティーカップを置く時、結構勢いよく振り下ろすけど、物音一つ立てずにソーサに置いていたような……)

 

(……なんだか底知れない方に見えてきました)

 

エリオット達が小声で会話し、その会話はレトに丸聞こえだが……当の本人は特に気にせず菓子折りを口にする。

 

「ふふっ……リィン・シュバルツァーさん。 お噂はかねがね。 妹さんからお聞きしていますわ」

 

「ひ、姫様……」

 

「はは……恐縮です。 自分の方も、妹から大切な友人に恵まれたと伺っております。 兄としてお礼を言わせてください」

 

「に、兄様……」

 

「ああ、聞いていた通り……ううん、それ以上ですわね」

 

(あ、また始まった)

 

「え……」

 

アルフィンが頰に手を当てて頰を高揚さて、それを見たレトは呆れながら紅茶を飲む。

 

「——リィンさん、お願いがあります。 今後、妹さんに倣ってリィン兄様とお呼びしてもいいですか?」

 

「え゛」

 

「ひ、姫様!?」

 

(……レト、いいの? リィンに妹が取られちゃうよ?)

 

(いつもの事だよ。 気にするだけ無駄無駄。 エリゼちゃんもご愁傷様)

 

(い、いつもの事なんだ……)

 

半眼になりながらもレトは紅茶を飲んで無視を決める。 そしてエリゼの真に迫る勢いでアルフィンをたしなめた。

 

「……エリゼのケチ。 ちょっとくらいいいじゃない」

 

「ふう……そう言う姫様こそ、事あるごとに兄君と会いたい会いたいと何度も仰いましていましたね。 兄君はオリヴァルト殿下と言っていましたが、本当はどちら様でしたのでしょうか……?」

 

「ふふっ、もちろん……兄様(レト)よ」

 

「そうですか、お兄様(オリヴァルト)ですか」

 

『ふふふふ……』

 

アルフィンとエリゼは口元を抑えて淑女(?)らしく笑っているが、目が笑ってなく庭園内に不穏な空気が流れる。

 

(な、何この空気……)

 

(……お姫様も結構ブラコン?)

 

(ごめんねリィン、妹のワガママに付き合わせて)

 

(いや、気にしてないよ。 それにしても本当に殿下と兄妹だったんだな)

 

(正確には兄妹同然、かな……)

 

と、そこで膝の上で丸まっていたルーシェを撫でる手を止め、隣のアルフィンの頭を撫でて会話を止めた。

 

「あ……」

 

「さて、話を戻して……今日僕達を呼んだのは兄さんに合わせるためでしょう?」

 

「レトさんのお兄さんと……?」

 

「それってつまり、アルフィン殿下の兄君……という事は……!」

 

と、ちょうどその時、庭園内にギターを弾いたような音が響いてきた。 突然の出来事にリィン達は呆気に取られる。

 

(この音色は……)

 

「これは……」

 

「ギター……ううん、リュートの音?」

 

「来たみたいだね」

 

「あ……」

 

「——フッ、待たせたようだね」

 

庭園に入って来たのは白いコートを着てリュートを抱えた濃い金髪の青年がいた。

 

「……ご無沙汰しております」

 

「ハッハッハッ。 久しぶりだね、エリゼ君。 まー、ラクにしてくれたまえ」

 

青年はエリゼにそう言いながらレトとアルフィンの隣まで歩いた。

 

「……だれ?」

 

「えっと、どこかで見たことがあるような……」

 

「フッ、ここの音楽教師さ。 本当は愛の狩人なんだが、この女学院でそれを言うと洒落になってないからね。 穢れなき乙女の園に迷い込んだ愛の狩人——うーん、ロマンなんだが♡」

 

本当に洒落になっていない事を口にしながらキザったらしく前髪をかきあげる。 と、そこでユーシスは青年が誰なのか気付き……レトは無言で紅茶を飲み、ラウラは苦笑した。

 

「えい」

 

「あたっ……」

 

と、そこでアルフィンが立ち上がり……どこから取り出したのかハリセンで青年の頭を叩いた。

 

「お兄様、そのくらいで。 皆さん引いてらっしゃいますわ」

 

「フッ、流石は我が妹……なかなかの突っ込みじゃないか」

 

ハリセンで叩いてきたアルフィンを賞賛し、次に青年は見向きもしないレトを見る。

 

「レミィも元気そうで何よりだ。 セントアークで牢屋に入れられたと聞いたが……心配は無用のようだね」

 

「どっかの誰かさんが1183年物のグラン=シャリネを呑んでなかったら、牢獄生活に慣れてなかったよ」

 

「フッ、そうだったね。 明かりも少ない牢屋の中、私は初めての痛みをレミィに貰——」

 

次の瞬間、レトはルーシェの首根っこを掴んで青年の顔面に投げ……ルーシェは青年の顔を引っ掻いた。

 

「にゃにゃにゃにゃーー!!」

 

「あいたたたたっ!!」

 

「どっかの無銭飲食の馬鹿のせいで無性に殴りたくなっただけだから」

 

瞬間、異様な圧がティーカップを持って目を閉じながらレトから放たれ、リィン達は無言で頷いた。 そして悟った……聞き返したら殺されると。

 

「いたたた……全くレミィもルーシェ君もひどい事をするじゃないか」

 

「…………(ぷいっ)」

 

「えっと……まさか……」

 

レトのアークスの治癒魔法で顔の切り傷を直し、ルーシェが膝の上に戻る中……青年は何事も無かったかのように仕切り直して自己紹介をした。

 

「初めまして、と言っておこう。 オリヴァルト・ライゼ・アルノール……通称“放蕩皇子”さ。 そしてトールズ士官学院のお飾りの“理事長”でもある。 よろしく頼むよ……VII組の諸君」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達はその後オリヴァルト殿下の計らいで女学院の聖餐室に案内され夕食をいただきながらVII組設立の経緯とその思惑、そしてレト達にかける期待を彼の口から話してもらった。

 

色々と考えさせられる事も多かったが、レト達はオリヴァルトの期待に沿えるように気持ちを新たにし、話が終わる頃には夜になってしまい……エリゼの見送りで今は正門前にいた。

 

「見送り、ありがとうな。 しかしまさか、エリゼが皇女殿下の友達とは思わなかったよ」

 

「私としては、姫様のもう1人の兄君が兄様の御学友であった事に驚きでした」

 

「あはは。 僕も何気に驚いたよ。 世間って狭いものだね」

 

「……そういえば皇子がレミィって言ってたけど、もしかしてレトの?」

 

「……まあね。 一応、家族からレミィって愛称で呼ばれているんだ」

 

「ふふ、女の子みたいで可愛らしい愛称ね」

 

「顔に似合わず、とは言えないがな」

 

「……ん? ユーシス、それどういう事?」

 

「あはは、レトって結構整った顔しているからね。 女装したら案外行けるんじゃないかな?」

 

「……それ、エリオットにも言える事だから」

 

「フフ。 それで兄様……あのお話はどうなされるおつもりですか?」

 

「……うっ……」

 

夕食時にリィンはアルフィンに夏至祭初日の園遊会で行われるダンスのパートナーに誘われた。 普通なら問題ないのだが、世間はアルフィン皇女殿下の最初のダンスパートナーに選ばれた人は将来の相手になる、なんて根も葉もない噂が流れている。

 

が、上級階級の貴族の間ではこの噂が本気で取られている事が多く、角を立てないようにするには皇族とも縁のあるリィンが適任だった。 だが……

 

「リ・イ・ン?」

 

リィンに向かって何とも言えない圧を放っているレトだった。 その視線には以前リィンがパトリックに向けた視線と類似している。

 

(レトさんも避けていると言っておきながら、なんだかんだで妹さんが心配だったんですね)

 

(……シスコンの間違えだと思う)

 

(あはは、天川の衣で出来たドレスを貰っていたようだし。 同じくハンカチも大切に使っていたみたいだしね)

 

夕食の途中、アルフィンは手を拭く時にワザとらしくハンカチをリィン達に見せびらかした。

 

一見してもすぐに高級な一品と分かるハンカチに視線は集まり、あっという間に話の話題となって……レトは照れて顔を赤くしながらソッポを向いていたりする。

 

「はあ……姫様が兄様を誘うのでしたら、私はレトさんをお誘いしましょうかしら?」

 

「——え……」

 

突然振られた話にレトは呆けてしまい……どうしようかと悩んでいたリィンは一転、目が笑っていない笑みを浮かべてレトの肩を掴んだ。

 

「ハハ、それは何の冗談だ、レト?」

 

「痛い痛い痛い! 肩強く掴み過ぎ!」

 

(た、立場が逆転した……)

 

(付き合ってられんな)

 

(2人とも妹思いなのだな)

 

「——フフ、お戯れが過ぎました。 今の話は戯言と思って忘れてください」

 

「そ、そうしてもらえると……」

 

「そうか、良かった」

 

エリゼの冗談だと分かると、リィンは何か納得しながら手を離し……レトは痛む右肩を抑えた。

 

「トラムを使うとはいえ夜道は暗いので道中、お気をつけてください。 それでは皆様、おやすみなさいませ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

エリゼはスカートを軽く摘んでレト達に礼をし、女学院に戻って行った。

 

「しかし、アルフィン殿下はもちろん、オリヴァルト殿下も噂以上の方だったな」

 

「ふふ、あの方は初対面の時からああだ。 それによくレトをからかっていた」

 

「面白い人だったね」

 

「家族同然とはいえ、レトの気苦労も底が知れんな。 ああいう手合いは引くより逆に押してみるといいぞ?」

 

「あはは、昔にやってみたよ。 顔真っ赤にして逃げたけど」

 

レトはやり返してやった、といった風な顔をしながら頷き。 リィン達は皇族の方にそんな事ができるレトに苦笑いしか出来なかった。

 

「しかし……あの方が俺達、VII組の産みの親か」

 

「あの軽妙さはともかく、改めて気が引き締まったな。 それ以外にも気になる情報を色々と教えてくれたし」

 

「ええ……私達の親兄弟、関係者達の思惑……」

 

「フン、それについてはキナ臭いとしか思えんがな」

 

「……確かに」

 

「ふう、兄さんも結構微妙な立場だしね」

 

理事を身内に持つ4人は、家族がVII組を支援する思惑に頭を悩ませる。

 

「レトの事も結構驚いたかも。 レトもあのリベールの異変の場にいたなんて」

 

「導力停止現象か……もしその現象が兵器化されれば世界は混乱の渦に飲み込まれるだろうな」

 

「半端なく濃い2カ月、いや3カ月だったよ、リベール旅行は。 でもゴスペルがなきゃそうポンポンと起きないよ。 ま……」

 

そこで言葉を切り、レトは懐を漁ると……丸くて黒いオーブメントをリィン達に見せた。

 

「……レトさん、その黒いオーブメントみたいなのは?」

 

「ゴスペル。 しかもオリジナルの」

 

「ちょ……!? なんて物を持ち歩いているの!?」

 

「帝都に実習に来たんだから何かに使えないかなーって持って来たんだ。 ま、使ったら使ったでこの帝都全域は数分の間、導力は停止するけど」

 

「……洒落にならないわね」

 

「まあ、本当は導力停止現象の正体はアンチセプトじゃなくて導力吸収現象なんどけど……それはともかく、浮遊都市(リベール・アーク)はとにかく凄かったよ。 都市内のオーバーテクノロジーも凄かったけど、崩壊する様は言葉も出なかった。 その時に撮った写真もあるから、実習が終わってトリスタに帰ったら見せようか?」

 

「……かなり興味あるかも」

 

「是非お願いする」

 

やはり浮遊都市には興味深々のようで、今からでも待ち切れない雰囲気だ。

 

「それにしても、ドレックノール要塞を襲ったあの男の子……カンパネルラだっけ? まさかあんな子どもにそんな背景があったなんて……」

 

「身食らう蛇……通称結社。 リベールの異変を皮切りに世界各国で暗躍している秘密結社。結社は世界を敵に回せるだけの力を持っている……分かっているのはそくらいだけど」

 

「……で、その組織にレトは誘われていると」

 

「異変の時に死んでしまった幹部の後釜に選ばれちゃってね。 国家は一つのオーブメント、なんて国家論を捕らえた女王陛下の隣で言うような人で……全く、いい迷惑だよ」

 

「……………………」

 

笑っているレトだが、その笑みには元気がなく。 ラウラはその変化に気付き、遅れてリィン達も気付いて変な空気になってしまう。

 

「えっと……サラ教官の経歴もちょっと驚きだったよね。 遊撃士かぁ……最近見かけなくなったけど」

 

「A級遊撃士といえば実質上の最高ランクの筈だ。 当然、フィーは知っていたのだな?」

 

「ん……猟兵団(わたしたち)の商売敵としても有名だったし。 何度か団の作戦でやり合ったこともあるかな」

 

「そ、そうなのか……」

 

「ハード過ぎるだろう……」

 

「ーーふふっ。 そんな事もあったわね〜」

 

噂をすれば影、後ろの坂から今話題になっているサラ教官が上がってきた。

 

「サラ教官……!」

 

「い、いつの間に……」

 

「やれやれ、あたしの過去もとうとうバレちゃったかあ。ミステリアスなお姉さんの魅力が少し減っちゃったわねぇ」

 

とくに残念がる素振りを見せずに茶化すかのように笑うサラ教官。しかし、最初から駄目な大人ぶりを拝見しているレト達からすれば今更こんな事を言われても特に何か言葉を返せるという訳ですらない。

 

「元々そのような魅力など最初からなかっただろう」

 

「サラ、図々しすぎ」

 

「なんですってぇ?」

 

少しだけ不満そうな表情を見せるが……すぐに話を戻そうとサラ教官は視線を後ろへ向ける。するとサラ教官の後ろからクレア大尉が歩いて来た。

 

「ふふ……皆さん、こんばんは」

 

「クレア大尉……」

 

「ふむ、これはまた珍しい組み合わせだな?」

 

「あたしの本意じゃないけどね」

 

クレア大尉の事……いや彼女の背後にいる人物が気に入らないからだろう、少しだけ棘を含ませた声音で返しながらサラ教官はクレア大尉と共に10人の目の前にまで移動する。

 

「知事閣下の伝言を伝えるけど明日の実習課題は一時保留。 代わりにこのお姉さん達の悪巧みに協力する事になりそうね」

 

「悪巧み?」

 

「ふう……サラさん、先入観を与えないでください」

 

「何かあったのですか?」

 

「その、実はVII組の皆さんに協力して頂きたい事がありまして。 帝都知事閣下に相談したところ、こういった段取りとなりました。 ですがこの場で話すのは憚られるので、ヘイムダル中央駅の司令所にて事情を説明させて頂きます」

 

用意されていた2台の軍用車に乗り込み、レト達は再びヘイムダル中央駅の鉄道憲兵隊司令所のブリーフィングルームへと連れられ、そこである事項を告げられるのだった。

 

「て、テロリスト!?」

 

「ええ、そういった名前で呼称せざるを得ないでしょう。 ですが……目的も、所属メンバーも、規模と背景すらも不明……名称すら確定していない組織です。 唯一判明しているのは共和国と帝国の紛争を仕掛けようとした、猟兵団バグベアーを雇った男が所属しているという事のみ」

 

「そのテロリストが、明日帝都で何かをやらかすと?」

 

「ええ、明日の夏至祭初日。 そこで何かを引き起こすと我々は判断しています。 帝都の夏至祭は三日間ありますが……他の地方のものとは異なり、盛り上がるには初日くらいです。 ノルドで起こった事件から一ヶ月、彼等が次に何かをするならば、明日である可能性が高いでしょう」

 

「ま、あたしも同感ね。 テロリストってのは基本的に自己顕示欲が強い連中だから。 他の猟兵崩れの男達が顔隠している中、自分だけ堂々と顔を明かしている以上、正体をばらすことで注目を集めている。 そろそろ本格的に活動を開始する筈よ」

 

「最初は戦力が整っていないからそれを揃えてたって事か。 今は事を起こしきれるだけの戦力が揃ってると見える」

 

軍と事を構える準備が出来たのなら……テロリストの目的は恐らく旗揚げだろう。自分達の名を世に知らしめるために。

 

「そこから派手に決起して一気に動く……まぁ、テロの基本だね」

 

「……成程」

 

「そ、それで私達にテロ対策への協力を……?」

 

「ええ、鉄道憲兵隊も帝都憲兵隊と協力しながら警備体制を敷いています。 ですが、とにかく帝都は広く、警備体制の穴が存在する可能性も否定できません。 そこで皆さんに遊軍として協力していただければと思いまして」

 

「ま、帝都のギルドが残ってれば、少しは手伝えたんでしょうけどね」

 

サラ教官は白々しく、遠回しに非難の言葉を浴びせていく。恨み等もその言葉には触れられているのだろう。しかし、当のクレア大尉からすれば言葉を告げる相手は見当違いだ。

 

「……あの、サラさん。 遊撃士協会の撤退に鉄道憲兵隊は一切関与していないのですが……」

 

「そうかしら?少なくとも親分と兄弟筋は未だに露骨なんだけどねえ」

 

「それは……」

 

(兄弟筋……あ、それってクローゼさんから聞いた軽薄そうな先輩、確か名前は……)

 

「ま、その兄弟筋も今はクロスベル方面で忙しそうだし」

 

「………………」

 

サラ教官の言葉に対し、何も答えずに無言を貫くクレア大尉。 だが今は遺恨を連ねている場合ではなく、話を畳んだサラ教官は改めて協力するかどうかをレト達に聞く。

 

「どうかしら、君達。特別実習での活動内容として受けるも断るも君達の自由よ。断った場合は、当初の予定通り、知事閣下から課題を回してもらうわ。夏至祭絡みの細々とした依頼は色々とありそうだしね」

 

受けるかどうか……リィンとレト一度顔を見合わせ、その後VII組全員と視線を向ける。全員が首を縦に振ったのを確認し、自分達の決意を告げる。

 

「VII組A班、テロリスト対策に協力させていただきます」

 

「同じくB班、テロリスト対策に協力させもらいます」

 

「……そっか」

 

少し嬉しそうにしみじみとした様子で10人の意志を感じ取る。クレア大尉も嬉しそうに笑うと、彼等の好意を受け取る。

 

「ありがとうございます、皆さん。 では詳しい内容について説明させて頂きます」

 

クレア大尉が説明を始め、その内容を真剣に聞こうとする中……

 

「にゃー」

 

「そういえば先から思ってたけど……その猫、なに?」

 

「うちのルーシェです。 触ってみます」

 

「ええ。 うわっ、何これ、すっごくフワフワ……いつまでも触っていたいわね」

 

「にゃおん」

 

「ーーコホン。 それで(チラ)……皆さんには(チラ)……当日この地区の巡回を(チラ)」

 

(クレア大尉、ルーシェが気になっているわね……)

 

(触りたいのかも)

 

(ふふっ、クレア大尉も可愛いが好きな女性なのですね)

 



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34話 怪盗紳士の戯れ

7月26日ーー

 

帝都は今日から夏至祭……市民の人々が思い思いに祭りを満喫する中、レト達B班は帝都を疾走していた。

 

「皆、早く早く!」

 

「はあはあ……ま、待ってくださ〜い……」

 

「っていうか、さも当然のように街灯の上を飛び越えて行くんじゃないわよ!」

 

「流石だな、まさに森を駆け抜ける狩人のようだ」

 

「……野猿の間違えだろう。 全く、アレが皇族に連なる者だというからタチが悪い」

 

人混みの中を走るのはとても目立ちら観光客などの視線の的になるもの……そんな事には構っていられず、ただ目的地に向かって走った。

 

何故朝からレト達は走っているのかと言うと……それはカール知事からの一本の通信から始まった。 何でも帝都競馬場で緊急事態が発生し、その対処をしてもらいたいと要請したためだ。 しかも至急に頼むと言われ、レト達は朝食を食べる間もなく宿泊場所のギルドから出たのだ。

 

「ーーよっと」

 

「ふう、ふう……やっと抜けられた……」

 

「昨日通った道なのに、全然違う場所を通ったみたいでした……」

 

「これだけの人混み、ノルドではまず見られないだろう。 とても経験になるな」

 

レト達は導力トラムから降りてからすぐに走り、競馬場に向かうと……早朝にも関わらず競馬場前の広場は人でごった返していた。

 

「こ、これは……」

 

「この人達全員、競馬場に?」

 

「朝からご苦労な事だ」

 

「ーーすみません! 競馬場の関係者なので退いてもらえますか!」

 

レト達は観客を押しのけてどうにか競馬場に入ると……競馬場内は不自然に騒がしかった。 この場所が騒がしい事は広場で分かっているが、ここの喧騒には活気がまるでない。関係者が慌ただしく右往左往しているだけだった。

 

「何かあったのだろうか?」

 

「今日は夏至祭というのに、随分とシケた表情をしているな」

 

「とにかく先ずは支配人から話を聞こう」

 

昨日と同じ道を通って貴賓席に入り、チャールトン支配人を探すと……

 

「はああ、どうしたらいいんだ……」

 

支配人は頭を抱え俯きながらソファに座っていた。 すると、ふと顔を上げた支配人がレト達を視界に入ると……バッと、勢い良く立ち上がった。

 

「はっ、君達! よく来てくれた!」

 

「1日ぶりですね。 それでどうされたのですか? レーグニッツ知事から何か大変な事件が起きたと……」

 

「誘拐事件でも起きたのか?」

 

「そ、それが……そうなんです!! 大切な馬達が誘拐されてしまって!!」

 

ユーシスが冗談のように言った言葉がまさかの的中、支配人は大声を上げ……ゼェゼェと息を荒げる。

 

「お、落ち着いてください。 お身体に触りますよ」

 

「本当に誘拐事件だったのだな。 しかし、誘拐されたのが馬とは……」

 

「……待ってください。 今、()()って言いました? その……一体何頭攫われたのですか?」

 

「……5頭です。 ランバーブリッツ、ブラックプリンス、カイザーダイス、ランドアレスター、ライノブルーム……全部が」

 

支配人から出た言葉にレト達は驚く事も出来ず呆然としてしまう。

 

「それで外と中のテンションにこんなに差があったのか……外のお客達はこの事をまだ知らないみたいですね?」

 

「ええ……しかしこのままだと夏至祭は愚かレースすら開催できません。 この夏至祭のメインレースには夏至賞もあります……帝国市民の皆さんはもちろん、貴族や皇族の方々も期待されている。 それを無下にする訳には……!」

 

多くの人々が楽しみにしている競馬、それが開催出来ないとかなると競馬場の信用が下がるだけでは済まないだろう。

 

「捜索を急いだ方が良さそうですね……チャールトン支配人、犯人の手がかりはあるのでしょうか?」

 

「ああ……それが現場にこのような物が」

 

支配人は1枚のカードを差し出した。 赤いBのマークが目立つそのカードにはこう書かれていた。

 

〈ヘイムダル競馬場の支配人殿へ。 雄々しい平原で生まれ育った5頭の駿馬ーー確かに頂戴した。 ただし、次の条件を満たせば無事にお返しすることを約束しよう。 これは取り引きだ。

一、事件を鉄道憲兵隊には報せぬこと。

一、同封したもう一つのカードを、トールズ士官学院、特科クラス・VII組B班に渡すこと。

一、VII組B班のメンバーがカードに書かれた我が試練に打ち克つこと。

怪盗B〉

 

「……………………(イラッ)」

 

「こ、これって……A班の皆さんが言っていた」

 

「ふざけた言い回しを……」

 

「だが……これは俺達の行動次第では返してもられるようだ」

 

「この文章が正しいのなら、あり得ますね」

 

「……もう一つのカードは?」

 

「こちらです」

 

若干イラつきながら支配人からカードを受け取り、レトはそこに書かれていた文章を読んだ。

 

〈トールズ士官学院、特科クラス・VII組B班へ。 駿馬に至らんとするならば、我が挑戦に応えよ。 鍵は全て緋色の都にあり。 始まりの鐘は……『最も位の高き七耀の僧侶の祭壇』〉

 

「相変わらずイラつく謎かけを……ルーアン辺りでずっとクルクル回っていればいいものを……あ、それじゃルーアンの人達に迷惑か……」

 

(レト?)

 

「怪盗Bって……昨日A班の所に来たっていうあの?」

 

「世間はおろか国を跨って騒がす盗賊……どんな物も盗み出せると聞いているな」

 

「帝国に来てから時折耳にはするな」

 

昨日リィン達A班の前に現れた怪盗Bが、1日経ってB班の元に現れて挑戦状を叩きつけてきた。 昨日盗んだのはティアラで今日は5頭の馬……美の解放を謳うにしては広いジャンルの持ち主のようだ。

 

「それでは私達は捜索を開始します。 力を尽くしますので、どうかご安心下さい」

 

「どうか、馬達をよろしくお願いします……!」

 

「彼らもノルドで生まれ育った同胞……必ず見つけ出してみせよう」

 

「ーータイムリミットは午前10時……0840、トールズ士官学院、VII組B班! 必ず犯人を見つけ出して、レースを開催させるよ!」

 

『おおっ!』

 

時間も残されていないので早速行動を開始した。 競馬場を出て導力トラム乗り場に到着した頃にエマが謎を解き、B班はサンクト地区に向かった。

 

「七耀って言われるたらやっぱり七耀教会だね。そしてこの帝都で“最も位の高い僧侶”と言えば……」

 

「シグマール総大司教猊下……つまりここ、ヘイムダル大聖堂ね」

 

どうやらミサがそろそろ始まるようで、市民が次々と聖堂内に入って行っていた。 レト達もその流れに乗って聖堂の中に入った。

 

「後は祭壇だが……」

 

「シグマール猊下は気難しい事で有名だからねえ。 少し探すだけとは言え、そう簡単に祭壇を探させてもらえるかどうか……」

 

「なら僕がコッソリ行ってくるよ。 パッと行ってパッと取ってくれば何とかなるよ」

 

「ちょっ……!?」

 

アリサ達が止める間も無くレトは気配を消して正面にある祭壇に向かい。 誰にも気付かれる事なく祭壇の中に潜り込み……すぐに出てきてサッと戻ってきた。

 

「祭壇の裏に貼ってあったよ」

 

「ヒヤヒヤさせないでよ……」

 

「まあ結果的にいいだろう。 それでカードには何と書いてある?」

 

「えっと……」

 

〈第二の鍵は……『白ハヤブサ、交差する鐘、雄鹿……全てに通じる玄関口、時が運び去る場所』〉

 

「また遠回しに余計な手間を……」

 

「白ハヤブサといえば、不戦条約を締結したリベール王国の国鳥として有名ですね。 後は隣国のクロスベルに、大陸北部にあるレミフェリア公国と言ったところでしょうか?」

 

「……まさか、その3つの国まで行けってことじゃないわよね?」

 

「怪盗Bならやりかねそうだけど……それじゃあ最初の鍵は全て緋色の都にあるという文面を否定する事になる」

 

「では、その3つの国に関係がある場所に向かえばいいのだろうか?」

 

「そうだね。 心当たりが1つあるよ」

 

レトが謎を解いたようでそう答え……次はヘイムダル空港に向かった。 夏至祭である事からかターミナル内は観光客でごった返していた。

 

「さてと、空港に来てみたけど」

 

「怪盗Bの謎かけの『白ハヤブサ』『交差する鐘』『雄鹿』は順にリベール、クロスベル、レミフェリアを示しています」

 

「“全てに通じる玄関口”といえば3つの国行きの国際定期便があるこのヘイムダル空港になるわね」

 

「後は『時を運び去る場所』だが……」

 

「とにかく探してみるしかないな。 この辺りを探してみよう」

 

ターミナル内を順に調べ、手荷物受け取り場のベルトコンベア付近を捜索すると……勘違いしたのだろうか、ベルトコンベア前にいた係員に声をかけられた。

 

「やあ、君達も荷物の受け取りかい? 手荷物を受け取るときは俺に預かり証を見せてくれよ」

 

「いえ、そうじゃなくて……この付近でカードとか見かけませんでしたか?」

 

「カード……? 荷物の預かり証じゃないよね? 悪いけど、心当たりは無いな。 落し物ならカウンターで聞いてくれるかい?」

 

「ああ、そうしよう」

 

「どうもお邪魔しました」

 

ガイウスとエマが係員に頭を下げ、その場を離れようとした時……ベルトコンベアから1枚のカードが流れてきた。

 

レト達は突然の事に呆然と流れていくカードを眺める。

 

「…………えっと、あれは…………」

 

「まさかとは思うんだけど……」

 

アリサは通り過ぎてしまったカードを拾い、レト達に見せた。 それは紛れもなくレト達が探している怪盗Bのカードだった。

 

「まさかそんな場所から流れてくるなんて」

 

「フン、盗賊風情が手のかかることを……」

 

「ええっと、何々……」

 

〈第三の鍵は……『歴史を綴る館にある高原の印』〉

 

「まだあるのか……」

 

「喜びも束の間だな」

 

「『歴史を綴る館』……何の事でしょうか」

 

「だが『高原の印』……もしかしたらあそこかもしれない」

 

ガイウスが心当たりがあるようで、ガイウスの案内でライカ地区にある帝國博物館に向かった。

 

「歴史を綴る館は帝國博物館のことだったのね」

 

「そして高原というのはノルド高原についてで間違いないだろう。 その印というのはこの博物館に展示されているノルドに由来するもの……」

 

「それがこの石切り場の石像というわけか」

 

「薄暗かったけど、確かにこんな石像があったわね」

 

リゲルに断りを入れて仕切りを超えて石像を探し回り……カードを発見した。 そこにはこう記されている。

 

〈第四の鍵は……『かつて都の西を支えた籠手達、彼らが憩いし円卓に』〉

 

「ふむ、また分かりにくい表現のようだ」

 

「……いや、リィン達から事件の内容聞いていたけど……」

 

「使い回されたわね」

 

レト達は昨晩A班が怪盗Bの挑戦を受けた時の内容を聞いており、若干不審に思いながらもヴェスタ通りのB班が宿泊しているギルド支部に向かった。

 

「『かつて都の西を支えた籠手』……話に聞いていましたからすぐに分かりましたけど……」

 

「にゃー」

 

「よしよし、見つけてありがとうね、ルーシェ」

 

ギルドに入るとルーシェがカードを咥えて持って来てくれ、レトはお礼を言いなが頭を撫でてカードを受け取った。

 

「あちらに続いてここの宿泊先に侵入するとはな」

 

「荒らされた形跡はなさそうだが……」

 

「あんまり良い気分にはならないわね」

 

「はい……それに少し怖いですし」

 

「あの変態紳士の考えている事なんか分かったもんじゃないよ。 さて、お次は……」

 

〈第四の鍵は……『四大に繋がる大地に描かれた線が集いし場所、獅子の心を持つ覇者の見つめる先に』〉

 

「謎かけはまだまだ続くようだな」

 

「でも、やるしかないわね」

 

その場で謎ときの答えを思案し、ユーシスの答えでヘイムダル中央駅に向かったが……

 

「『四大に繋がる大地に描かれた線が集いし場所』……これは、四大名門の主要都市に繋がる大陸横断鉄道、そしてヘイムダル中央駅を指しているはずだ」

 

「で、『獅子の心を持つ覇者』はもちろんこの先にあるドライケルス広場にあるドライケルス大帝の像だね」

 

「にゃー」

 

「……って、またルーシェを連れて来たの!?」

 

「うん。 勝手に引っ付いてきたんだ」

 

レトはルーシェの首根っこを掴んで引っ張ろうとするも、ルーシェは爪を肩に突き立てて離れようとしなかった。

 

「全く……」

 

「あはは……そしてドライケルス像の目線はヴァンクール大通りからこのヘイムダル中央駅の方向に真っ直ぐ向いている」

 

「その『見つめる先』には……」

 

中央駅の前には花に囲まれた像が乗りそうな1つ台座があり、付近を調べると……囲いの中にカードを発見した。

 

「ふう、いい加減振り回されるのにも慣れて来たわね」

 

「さてさて、そろそろ終わりも近付いて来た頃かもね……」

 

〈最後の鍵は……『2番目の剣帝が隠れ住まう常夜の都。 駿馬は銀の獅子が目をつけているだろう』〉

 

「……………………」

 

レトは文面を見て固まり、アリサは変に思ったのかレトの手からカードを奪い取り、他のメンバーに見せた。

 

「相変わらず分かりにくいわね」

 

「“2番目の剣帝”は分からないが……常夜の都というのは恐らく地下道の事だろう」

 

「最後の鍵と駿馬と言うのだ、これが最後の謎かけだ」

 

「でも、今までと違って全然分からないし、広過ぎる地下道をしらみつぶしに探す時間も残されていないし……」

 

「ーーあ、レトさんは何か知っていますか? 地下道は隅から隅まで把握しているんですよね?」

 

エマがそう問いかけると……レトは溜息をついた。

 

「……こっちだよ。 その謎かけが言う場所は中央駅の地下にあるんだ」

 

「やった! これで馬達が見つかったのも同然ね!」

 

「では、早速行くとしよう」

 

レトの案内で駅の隅にあった扉から地下道に入り、隠し通路を通りながらさらに下に向かうと……

 

「ここは……」

 

「昔に使っていた蒸気機関で動く列車の為のターミナルだよ。 今はその列車もないから線路だけだけど……」

 

僅かに点々とする導力のランプが周囲を照らし、中央に回転する転車台があり東西南北に5つの路線が引かれ、線路の先の通路は闇に包まれていた。

 

アリサ達が驚愕しながら辺りを見回す中、レトはまるでここが自分の家のように気兼ねなく歩き、5本目の線路が繋いでいる車庫の扉を開けた。

 

「いたいた」

 

「あ! 競馬場で見た馬達!」

 

そこには列車はなく、代わりに5頭の馬がいた。番号がつけられた鞍を付けられている事から競馬場の馬達なのは間違いないだろう。

 

「ふむ……5頭とも揃っているようだな」

 

「目立った外傷もないしストレスも感じていないようだな。 これなら最高の状態でレースに挑めるだろう」

 

馬に通じているガイウスとユーシスが馬の体調を確認し、馬を車庫から出した。

 

「しかし、レトさんはよく知っていましたね?」

 

「そりゃそうだよ」

 

レトは当然のように答え、車庫の隣にあった壁と一体化している家のような扉を開けた。 その中にはソファやテーブル、書棚や導力ラジオなどもあり生活感があった。

 

「ここ、僕の秘密基地だから。 ラウラも知っているよ」

 

「にゃ」

 

「何だと……?」

 

「か、勝手にそんな事をしても大丈夫なんですか?」

 

「幾多もの隠し通路で隠されているからバレないよ。 さて……」

 

秘密基地の扉を閉め、レトは転車台の方を向き、鋭い目つきをして睨みつける。

 

「ーー茶番はこのくらいで終わりにしよう……ウルグラ!!」

 

レトは首を左右に振って肩をほぐし、背にある車庫に向かって声をかけ……車庫から銀の影が飛び出しレトの隣に銀獅子、ウルグラが現れた。

 

「なっ!?」

 

「そう言えば謎かけには『駿馬には銀の獅子が目をつけている』って……まさか、魔獣!?」

 

「いや、あれからは命の息吹が感じられない!」

 

「機械仕掛けの銀獅子!」

 

「ーーいるんでしょう? 怪盗B……いや、結社、身食らう蛇の執行者、No.X……怪盗紳士、ブルブラン!」

 

アリサ達が突然現れたウルグラに警戒する中、レトは怪盗Bを呼ぶと……

 

「フフ、フフフ……ハーハハハハッ……!」

 

笑い声とともに転車台の上に旋風が巻き起こり、現れのは目元しか隠していない羽飾りのある仮面をつけ、貴族を模したような白い服を着ている怪しい人物……怪盗Bことブルブランだった。

 

「フフ、青い果実もいいが……緋に染まり熟れ始めた果実もまたたまらない」

 

「あ、あの人は……バリアハートで見たブルブラン男爵?」

 

「それに、あの仮面は……」

 

「既に剣帝が言ってしまったが、改めて……怪盗Bこと、怪盗紳士ブルブランという。 ブルブラン男爵は、あくまで仮初めの姿に過ぎない。 そして、久しぶりと言っておこうか、結社No.II……剣帝、レミスルト」

 

「ーーはあっ!!」

 

ブルブランがその名を口にした瞬間、レトは一瞬でアーツを発動し。 ブルブランの周囲に銀の刃が突き刺さり……陣を描き衝撃を放った。

 

避けるそぶりもなく、確実に直撃したようにみえたが……ブルブランはいつの間にアーツの攻撃範囲外に立っていた。

 

「はははっ! シルバーソーン……レーヴェお得意のアーツだったね」

 

「それ以上無駄話を言ったら八つ裂きにするよ」

 

「え……」

 

「なんだと……?」

 

ブルブランはレトの事を結社No.IIと呼び、アリサ達はレトに視線を向けるが……レトは溜息をついて首を横に振る。

 

「僕が受け継いだのは剣帝の名のみ。 結社に属した覚えはないよ」

 

「フフ、そう思っているのは君だけだ。 1度くらいは見に来てはどうだ? ここで言う見学のようなものだ」

 

「相変わらず色々と人を引っ掻き回すのがお得意のようだね。 イラッ☆て来るよ」

 

内心見学したら面白そうと思っておきながらも、ブルブランの口調のせいで苛つきの方が強くなり、レトは即座に断った。

 

「昨日、リィン達にも会ったそうだね?」

 

「ああ、光の剣匠の娘に西風の妖精も興味深かったが、あの黒髪の少年にはさらに興味を引く何かがあった……フフ、君はもちろん、その周りも中々面白い事になっているようじゃないか」

 

「そう……一応、兄さんに貴方は元気にしているって伝えておくけど……」

 

そこで言葉を切り、銃剣を抜いて軽い闘気を放つ。 レト自身は軽めだと感じているが、背後にいるアリサ達には肌がビリビリするようなものに感じられる。

 

「ーーこれ以上相手にしている気はないよ。 そこを自分で退くか、無理矢理退くようにするのか……選ぶといいよ」

 

「フフ、カンパネルラの話が正しければ、神速の戦乙女を軽くあしらった君は既に剣帝の足元に届いているだろう。 流石に私だけでは手に余る……それに先日と同様にVII組には大変楽しませてもらった」

 

「その話はカンパネルラと同じナンバーくらいで信用して欲しかったな……」

 

だが邪魔をするつもりはないようで、ブルブランは貴族のように恭しく礼をした。

 

「それでは諸君、私はこれにて失礼する。 祭りを盛り上がらせる駿馬の猛々しい疾駆……楽しませてもらうとしよう」

 

すると、ブルブランが光だし……バラと旋風の演出もなく早々と音もなく消えてしまった。

 

「き、消えた……」

 

「妙な術を使う。 どうやらお前とオリヴァルト殿下と知り合いのようだな?」

 

「知り合って言うより腐れ縁かな。 僕はあの2人の理解不能な問答に巻き込まれただけ」

 

「ふむ、あの御仁と」

 

「……………………」

 

オリヴァルト皇子とブルブランの間に何かあった事は分かり、エマは顎に手を当てて考え込んでいるのをアリサが気付いた。

 

「エマ? どうしたの、ボーッとして?」

 

「え……! い、いえ、なんでもありません」

 

「さて、競馬を見つけたとはいえ、どうやって連れて行こうか……」

 

「時間もない……ウルグラ!」

 

「グルオオオオッ!!」

 

いきなりレトの指示でウルグラが馬達に向かって吼え、馬達は恐怖で震え上がった。

 

「競馬がいきなり初対面で乗せてもらえるとは思えないからね。 慣れさせる時間もないし手っ取り早く御させた」

 

「全く……恐怖で操るなど邪道だぞ」

 

「ごめんごめん。 でも時間が無いのも確かだよ。 後15分くらいで競馬場が開かれる……その前にこの馬達を連れて行かないと」

 

「そうね」

 

「ですが、どうやって馬をここから?」

 

「僕は乗れるし、エマ以外は乗馬の経験はあるよね? そうなると6対4で馬が多いんだけど……こういうのはどうかな?」

 

レトの出した提案に、アリサ達は驚愕するも……頷いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

9時を過ぎ、ヘイムダル中央駅は少しずつ人が増え始めた。 遠くから遥々帝都に来た人々が今日の夏至祭を楽しむために駅を後にする中……馬が駆ける音が徐々に聞こえて来ていた。

 

「……ん?」

 

「なに、この音……」

 

「何か近付いてーー」

 

陰にあった扉を蹴破って、地下道から馬に乗ったレト達が飛び出してきた。 突然の事に市民は慌てふためく。

 

「うわあああっ!?」

 

「な、何々!?」

 

「う、馬ぁっ!?」

 

「はいはいごめんよー」

 

「すみません! 失礼します!」

 

アリサの腰を強く抱きしめ、後ろを向きながら追い抜いた市民に頭を下げるエマ。

 

レトが先導して道を開き、その後をアリサとエマ、そして騎乗していない2頭の馬と最後尾はガイウスとユーシスが並んで帝都を疾走した。

 

「おい、こんなにスピードを出して大丈夫なのか? 導力車もあるこのご時世で、交通法も無視して行けるのか?」

 

「クレア大尉に連絡済みだよ。 帝都競馬場に馬匹車を入れるための今も使っている正規の地下道までのコースに交通規制してもらっているから、ノンストップで行くよ!」

 

「で、ですがもっとスピードをーー」

 

「ハイヤー!!」

 

エマがスピードを落として欲しいと提案する前にアリサが速度を上げ、エマは悲鳴を上げながら腰に強くしがみ付くが……テンションが上がり気味のアリサはそんな事御構い無しに手綱を握る。

 

「きゃああああっ!?」

 

「あははは! ノルド高原を駆け抜けるのもいいけど、帝都を走るのもまた違った面白さがあるわね!」

 

「たしかに、馬が地を蹴る振動がまるで違うな」

 

「柔らかい平原と違って、ここは整備された硬い歩道だからな」

 

帝都を馬で疾走し、途中で競馬場に続く正規の地下道を通り……何とか10時、30分前に競馬場に到着した。

 

馬を見た支配人は嬉しさのあまり卒倒しかけ、だがこれからが本番だと気合を入れた。

 

ノルドで体験したとはいえ、乗馬に慣れていないエマは息絶えだえだった。

 

「ハアハア……つ、ついて行くだけでいっぱいいっぱいでした……」

 

「いい馬だな。 流石は帝都競馬場の出場するだけはある」

 

「ああ、とても強い馬達だ。 今の疲労もすぐに回復してレースに挑めるだろう」

 

そして定刻になり……競馬場での夏至祭を告げるファーストレースが予定通りに開催された。

 

「先ほどの疲労を感じさせない走りですね」

 

「むしろウォームアップが済んで調子が良いんじゃないかしら?」

 

「そうかもしれないな」

 

支配人の計らいでレト達は貴賓席からレースを観戦していた。 下の観客席もほぼ満席で大いに盛り上がっている。

 

「しかし、いくら緊急事態とはいえ帝都で馬を走らせるなんて思い切ったことをしたものよね」

 

「……こりゃ明日の帝国時報の一面に乗りそうだね」

 

「はぁぁ……それが一番心配です……」

 

「フン、それぐらい流すぐらいの気構えはしておくんだな」

 

「フフ、これもまた風の導きだな」

 



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35話 テロ勃発

いつの間かこの小説がランキングしていた。 ちょっと嬉しい。


初っ端から怪盗紳士の戯れに巻き込まれて疲労が蓄積されてしまったが……帝都の巡回を再開し、気を取り直してレト達は競馬場を出た。

 

「さて、初っ端から大変だったけど、改めて帝都の見回りだね」

 

「何だか出だしを挫かれた気分だけど……昨日行った街区を回ればいいのかしら?」

 

「大雑把に言えばそうだな」

 

「では、早速始めるとしよう」

 

B班が担当している地区、昨日の実習中に回った地区を巡回した。 現在はライカ地区の人通りの少ない路地を巡っていると……

 

「……それにしても……」

 

ふとそこで、ある疑問を持ったアリサが不審な目をしてレトを見つめる。

 

「……ん? 何、アリサ?」

 

「いえ、レトって本当に皇族かどうかやっぱり怪しくてね。 殿下達から聞く限りでは嘘ではない事は分かるけど……」

 

「髪の色は違う時点で色々と疑う要素は多い。 皇族の方々は色合いに違いがあるも皆、金髪だ。 一見して橙色の髪のお前を皇族とは思わないだろう」

 

「あ、そっか。 皆知らないんだっけ、僕って一応金髪みたいなんだよね」

 

「そうなのか?」

 

「うん。 この前気付いたんだけど、ある魔女の魔術で髪の色を変えられたみたいなんだ。 ケルンバイターの力を借りて魔術を無効化すれば……」

 

するとレトはケルンバイターを取り出し、塚にある宝玉が少し輝くと……スーッと、レトの髪が金に染まって、いや橙色が消えていき金色が姿を現した。

 

「この通り」

 

「ほ、本当に金髪だわ……一体どういう原理なのよ……」

 

「………………」

 

興味深そうにアリサ達はレトの髪を摘んでみる中、エマは鋭い目をしてレトを見つめる。

 

「へぇ、綺麗な金髪ね。 しかも触ってみて分かったけど柔らかい髪ね、羨ましい」

 

「ちょ、ちょっと皆近過ぎ……後、兄さんが言うようには《古のアルノールの血》

 

「古の……アルノールの血?」

 

「にゃ」

 

「何そんなのそれ? 思わせぶりな名前だけど……」

 

「簡単に言えば魔術への高い適性を持つ者を指すみたい。これはオーブメントの導力魔法(オーバルアーツ)の適正が高い事に言えるみたいだね」

 

「皇族にそんなオカルトめいた話があるとは聞いた事はないが……オリヴァルト殿下は卓越したアーツの使い手とし有名な上、お前のアーツの腕も並々ならない……強ち嘘でもなさそうだな」

 

「ま、こんな事が分かったくらいで結局、僕の立場は何も変わらないんだけどね」

 

ケルンバイターを消し、髪の色が橙色になりながらレトはあっけらかんと言う。

 

「そうですか……あの、レトさん。 つかぬ事をお聞きしますが、そのレトさんに魔術をかけた魔女の心当たりはあるのですか?」

 

「うん。 ローゼリアの婆様だよ」

 

「にゃー」

 

「ーーー!」

 

レトは怪しむ事なくアッサリと答えたが、それを聞いたエマは絶句手前の表情を見せた。

 

「って、あ……そういえば前に政治の面倒事に巻き込まれないようにかけたって言っていたような……」

 

「ローゼリアって、あの子どもみたいな人ね。 あの姿を見ると、強ち魔女の存在も嘘ではなさそうね」

 

アリサ達がローゼリアの正体を怪しむ中、エマだけが呆れたような顔をしながら独りため息をついていた。

 

バルフレイム宮からマーテル公園、ヘイムダル大聖堂、帝都競馬場の途中にある各街区の警備は厳重だった。

 

「今日は皇族のパレードがあるみたいだからか、なんだか物々しいね」

 

「フン、他人事のように。 お前も本来参加する立場なのだぞ?」

 

「昨日も言ったけど公式に僕の存在は知られていないの。 知人ならまだしも皇族として身は置けないよ」

 

「にゃ。 にゃーにゃにゃにゃー」

 

「……ふむ、そうか。 分かった」

 

「何がっ!?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

正午になり……サラ教官から定時連絡が来て、レトは午前中で巡回した各街区の状況について説明した。

 

いつもと違う真剣な口調をしながら、サラ教官はヘイムダル大聖堂に向かわれるセドリック皇太子の到着を見届けるよう言われ、通信を終えた。

 

レトはサラ教官との通信の内容を伝え、サンクト地区に向かうと、他の地区とはさらに厳重な警備網を敷いていた。

 

「流石に厳重ね」

 

「当然だ。 他の地区も同じ規模の警備だろうな」

 

「皇族の方々を守るためですからね」

 

「ーー来たようだ」

 

そこへ、サンクト地区に一台のリムジンが入ってきた。

 

リムジンら聖堂前に停車し……中からお付きの蒼灰色の髪色をした少年の手を借りて、線の細い緋い衣装を着た金髪の少年とが降りて来た。

 

「あれは……」

 

「アルフィン殿下の双子の弟君のセドリック皇太子ですね」

 

「にゃー」

 

「へぇ、アルフィン殿下より女らしいとか噂されていたけど……実物を見ると納得ね」

 

「それ、本人の前で言わない方がいいよ。 かなり落ち込むから」

 

長い間、レトとセドリックは毎度のようにオリヴァルトとアルフィンにからかわれ続けていたようで。 レトは聖堂に入っていくセドリックを優しい目で見つめた。

 

「お付きの人は知っている? 同い年みたいだったけど?」

 

「うーん……皇族の仕来りからして恐らくヴァンダールの人だと思うけど……会った事はないね」

 

ヴァンダールは代々皇室の警護を担当していたことから「アルノール家の守護者」とも呼ばれている。 アルフィンとエリゼを見れば別に必ず護衛がヴァンダールの人間でなければいけない決まりはないが、予想としては間違ってはいないだろう。

 

その後、レト達はヴェスタ通りにあるベーカリー《ラフィット》の種類豊富なパンを買い、食べ歩きをしながら腹を満たし。 もう一度担当している街区を回るため、帝都競馬場に向かった。

 

競馬場は大いに盛り上がっており。 次のレースはお待ちかね、夏至賞を飾るメインレースのようだ。 歓声は今までの比ではないくらいの盛り上がり振りだ。

 

「次は夏至賞のメインレースのようだね」

 

「どうやら無事に開催されるようだ」

 

「ーーあ、あれって……」

 

貴賓席の1番良い席に、オリヴァルト殿下とその横に控える機甲師団の軍服を着た黒髪の青年が立っていた。

 

「オリヴァルト殿下……隣にいるのは……」

 

「兄さんの専属護衛のミュラー・ヴァンダールさんだよ。 凄腕のヴァンダール流の使い手なんだ、昔何度も稽古をつけてもらった事もあるよ」

 

そう言いながらレトは視線を会場に戻す。

 

「さて、夏至賞を決めるメインレース……どうなるかな?」

 

「ーーん? なんだなんだ、感心しねえなあ。 特別実習中に競馬観戦とは」

 

「え……」

 

と、いきなり後ろから声をかけられ、人影がレト達の横に来ると……そこには士官学院の緑の制服を着ているクロウがいた。

 

「クロウ先輩、どうしてここに?」

 

「どうしたもこうしたも、メインレースを見に着たんだよ。 女神にお祈りも済ませた……今の俺は無敵だぜ」

 

「罰当たりな……」

 

「っと、そうだおめえら、何やら朝っぱらから派手にやらかしたそうだな? かなり噂になってたぜ、数名の学生が馬に乗って帝都を疾走したってな」

 

やはりあの出来事は噂になっており、人物が特定されていないのがせめてもの救いだが……アリサとエマは羞恥で顔を真っ赤にする。

 

「そ、それは緊急事態で……仕方ない事だったのよ」

 

「何もやましい事はしていないのだがな」

 

「あ、あはは……あ、始まるようですよ」

 

今朝方、レト達が救出した5頭の馬達がスタート地点に付いた。そして……ピストン音と共にゲートが開き、各馬一斉にスタートした。

 

レースはオッズ表のレートと同じように順当に進み、等々最終ラップに突入した。

 

「よしよし……行け行けぇ……そのまま、2-1でフィニッシュを決めやがれー」

 

「シャアアァッ!!」

 

クロウは狂気に近い、血走った目をしながらレースを見守り、この場に当てられたのか興奮のあまりルーシェが威嚇する中……レトは顎に手を当てて考え込む。

 

「ふむ……4-5-1って所ですかね」

 

「あん? そんな訳でねぇだろう、山勘で当たるほど競馬は甘かねぇぜ?」

 

「いえ、レトさんの予想は結構当たりますよ? 昨日も3連単を当てましたし」

 

「なぬっ!?」

 

クロウは奇声を漏らすが、そんな事御構い無しにレースは進み……

 

「なっ……そ、そこでブラックプリンスだと!? あ! ランバーブリッツが!!」

 

黒い馬が他の馬をごぼう抜きにして先頭に躍り出て、その次に2番手の後ろにピッタリとくっついていた3番手の馬を追い抜き……そこでゴールし、レースは決着した。 結果は4-5-1、レトの読み通りの結果だ。

 

直後、会場内は歓声嵐が巻き起こるが、その中に何人か絶望した人がおり。 その1人であるクロウは両膝をついてガックリと項垂れた。

 

「わぁ、凄く白熱したレースでしたね?」

 

「ああ、とても良いレースだった」

 

「うおおおおっ!! 何故だ、何故なんだーー!!」

 

「きゃ!?」

 

突然クロウは奇声を上げ、錯乱した風に頭を抱える。 その姿はとても分かりやすく、無様だ。

 

「無様な……」

 

「……にゃ……」

 

「あ、あの……?」

 

「賭け金が無いとはいえ、これを機に賭博は控えることね」

 

「あはは、でも惜しいところまで行きましたよ。 今日、僕達が馬に乗っていたから馬達の調子が分かってました。 ブラックプリンスとランバーブリッツはいずれ、いい馬になるでしょう」

 

「ああ、そうだろうな」

 

「同感だ」

 

若き未来のエースを褒め称えるようにレトとユーシス、ガイウスが頷く。 と、その時……項垂れいたクロウがレトの足に縋りよった。

 

「おいレト! 俺に……俺にその慧眼を伝授してくれ〜〜!!」

 

「うわっ! 這い寄らないでくださいよ!」

 

「み、見苦しい……」

 

「付き合っていられんな。 そんな俗物は放っておいて巡回を再開するぞ」

 

「し、失礼します……」

 

「風と女神の加護を。 また良い事もある」

 

「にゃーにゃー」

 

レトがスルリとクロウから離れ、競馬場を後にし……後方からクロウの悲鳴めいた声を無視して巡回を再開した。

 

特に目立った事もなく時間は過ぎて行き、サンクト地区前を通っていると……大聖堂の鐘が鳴った。

 

「もう3時……そろそろ各地の行事も終わる頃だね」

 

「だが、この時間が1番気が緩む時間帯だ」

 

「ええ、私達は気を抜かずに警戒を続けましょう」

 

「にゃー……」

 

ルーシェが大聖堂の方を見ながら鳴いた。 その意味を察したレトは苦笑し、首の下を指で撫でる。

 

「ルーシェ。セドリックに会いたいの?」

 

「にゃ!」

 

「そうか……また今度にね」

 

「にゃ〜…………!!」

 

ルーシェは残念がって項垂れていると……突然、耳やヒゲ、尻尾を逆立たせて身震いを起こす。 レトは気を引き締め、アリサ達に声をかける。

 

「皆、警戒して……」

 

「な、なに?」

 

「一体何事だ……」

 

「ーーむ?」

 

すると、大聖堂前にあった噴水が放出する水が勢ちを増し、囲いからはみ出し道路を水浸しにしていた。

 

次の瞬間……マンホールを突き破って水柱が次々と立ち上って行った。

 

「こ、これは……!」

 

「テロリストの仕掛けか!」

 

「皆、市民の避難誘導をするよ! セドリックが心配だけど……あの子は近衛の人が守ってくれる!」

 

「ええ!」

 

「ーー! 皆! 上空から何かが接近してくる!」

 

ガイウスが空を見上げてながら叫ぶと……四方から無数の鳥型の魔獣、ダンシングオウルが大聖堂を襲撃するように飛来してきた。

 

「これは……!?」

 

「魔獣がどうして!?」

 

「……この風は……石切り場の時と同じだ!」

 

「つまり、あの傭兵崩れを使役していた男の仕業か!」

 

「リィンが言っていた古代遺物の笛の力……ルナリア自然公園の時のヒヒの魔獣と同じ状態……ケルディックでの事件にも関わっていたようだね」

 

レトはダンシングオウルの目を見てそう判断する。 だが考え込む前に、この場にいた市民は突然の魔獣にパニック状態……近衛兵もセドリック皇太子の身の安全を最優先にしている。

 

「皆、市民の避難誘導をお願い! 僕は魔獣を片付ける」

 

「ひ、1人では無茶です!」

 

「大丈夫。 だって僕は1人でーー」

 

そこで言葉を切り、ルーシェを肩から下ろしながら槍を抜き構えると……

 

『六人力だから!!』

 

一瞬、レトの姿が搔き消え、6人のレトが現れた。 そしてレトは叫ぶと同時に空気を震わせ、ダンシングオウルの軍団の視線を集めた。

 

「サンクト地区内だけでいいからよろしくね!」

 

「わ、分かったわ!」

 

「風の加護を、どうか気をつけて」

 

アリサ達は散開して市民の避難誘導を始め、レト達は飛び出してダンシングオウルと戦闘を開始した。

 

「よっと!」

 

「せいやあっ!」

 

「といや!」

 

レトの分け身の最大分身は8人だが、それは走る歩くいった少ない工程だけの話……戦闘まで可能なのは6人までとり、武器もどれか1つに固定しなければならない。

 

「危なっ!?」

 

「セーフ」

 

「お返しだよ!」

 

……声だけを聞けば独り言のように聞こえるが、6人がバラバラで喋っているので混乱してしまう。 それは魔獣も同じで、不思議な踊りで相手を混乱させるはずのダンシングオウルが逆に混乱させられていた。

 

『さあ、終わりにしよう!』

 

槍から銃に持ち替え、レト達6人は一箇所に集まって銃を構える。 それを見たダンシングオウルの軍団は好機と見て一斉に襲いかかった時……6人のレト達の前に導力魔法で構成された陣が展開する。 するとそれぞれの銃口に導力が集まり……

 

『鵬翼……翡翠(かわせみ)!!』

 

引き金を弾き、1つの導力陣から無数の細い光線が発射、それが6つ……翼のように放射状に広がってカクカクと曲がりながら目標全てのダンシングオウルに向かって飛来し……一瞬で刺し貫いた。

 

「……ふう……やっぱりまだ疲れるかも……」

 

レトは周囲に魔獣が残っていないことを確認し、分け身を解きながら額の汗を拭う。 導力魔法(オーバルアーツ)の適性が高いとはいえ、基本的にレトはサブアームとしてアーツを使う。 慣れない戦技を使い疲労が出てしまったようだ。

 

「よう修行だね。 さて、皆と合流をーー」

 

「兄様!」

 

アリサ達と合流するため、聖堂前から離れようとした時……聖堂から幼そうな少年の声がレトの背に降りかかった。

 

振り返ると、そこには紅い装束に身包まれた線の細い少年……セドリック皇太子が立っていた。

 

「セドリック……良かった……怪我はないようだね」

 

「ッ……兄様!」

 

「殿下、お待ちを!」

 

レトは少し複雑そうな顔をするも無事な事に安心し、セドリックは近衛の制止を振り切ってレトの前に歩み寄る。

 

「兄様、ご無事で何よりです」

 

「お前の知っての通り、僕はそこそこ強いからね。 そう簡単にやられはしないよ」

 

「はい、そうですね。 それと、久しぶりに兄様に会えて嬉しいです。 昨日、アルフィンから連絡をもらって嫉妬したくらいです」

 

「あはは、それだけ軽口を入れられるようになったんだね。 しかし、姉に嫉妬するなんて……まあ、悪い気はしないかな」

 

長い間会っていなかったからか少しギクシャクしながらもレトはセドリックの頭をポンポンと撫でる。

 

それを2人の関係を知らずに後ろで見ていた近衛の人達は、レトの事を不敬と思いながらも何者かと思案する。

 

「セドリック、ここの安全は確保した……後は大丈夫だね?」

 

「はい!」

 

「よろしい。 君、後は頼んだよ」

 

「は、はい」

 

セドリックの事は近衛である蒼灰色の髪の少年に任せ、レトはセドリックに軽く手を振って背を向けて走り出した。

 

アリサ達を探しながら女学院前のトラム乗り場付近まで行くと、ちょうどアリサ達が走って来た。

 

「こっちは終わったわよ!」

 

「こちらも、この地区に市民はもういないだろう」

 

「どうやらそちらも片付いたようだな」

 

「レトさん、ご無事ですか!?」

 

「うん、全然問題ないよ。 あるとすれば……」

 

そこでレトは黙り込み、肩に乗ったルーシェも気に留めずに顎に手を当てて考え込んだ。

 

「…………………」

 

「どうしたんですか、レトさん?」

 

「やっぱりおかしい……戦力が少な過ぎる。 セドリックを攫うにせよ、何をするにせよこれじゃ足りない……」

 

「……つまり、ここは囮か」

 

「ここが囮なら……兄さんの元に襲撃するなら競馬場の地下を利用するはず。 けど地下の入り口から貴賓室は遠いし、兄さんはもちろんミュラーさんも強い。 となると……」

 

「! 狙いはマーテル公園のアルフィン殿下!」

 

「そうか、あそこの真下には地下墓所(カタコンペ)に続く道が通っている!」

 

テロリストの狙いに気付いたと同時にレトは懐に手を入れ……クローバーの形をした銀耀石(アルジェム)を取り出して上に放り投げた。 アリサ達の視線が銀耀石に向けられる中、レトは槍を構えて一振りし、背後に落ちてきた銀耀石を砕いた。

 

「なっ!?」

 

「これは……!」

 

するとレトの背に四葉を模した陣が展開され……陣の中から銀獅子の人形兵器、ウルグラが出現した。

 

ウルグラの突然の出現にアリサ達は驚愕するが、そんな事御構い無しにレトはウルグラの背に跨り……ルーシェがウルグラの頭に飛び移りながらエマに手を伸ばす。

 

「グルル……」

 

「にゃっ!」

 

「乗ってエマ! アルフィンのいるマーテル公園へ急行する!」

 

「は、はい!」

 

いきなり獅子に乗れと言われながらもエマはレトの手を掴んで後ろに座り、腰に手が回させるのを確認すると、すぐにレトは操縦桿を握った。

 

「皆は市民の避難誘導と安全確保と……ついでにセドリックをよろしく頼む!」

 

「あ、ちょっと待ちなさい、レト!」

 

「ーー行くよウルグラ、ドライビングモード!!」

 

すると、ウルグラの足から車輪が飛び出し、両脚が固定されると同時にレトは操縦桿のアクセルをブン回し……

 

「きゃああああーーーっ?!」

 

いきなりトップスピードで発進し、エマの絶叫をその場に置き去りにして行った。



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36話 帝国解放戦線

「レ、レトさん……! スピードを落として欲しいとは言いませんけど、もっと曲がる時にーー」

 

「次の曲がり角、コーナリングキツイからしっかり掴まってて!」

 

「きゃあああっ!!」

 

「にゃーー!」

 

馬の次は獅子に跨り、レトとエマはまた帝都を疾走していた。 だが今回は競馬場だけではなく帝都中の危機であり、形振り構っていられなかった。

 

そして目的地に到着し、ウルグラが段差を乗り越えると同時にビーストモードに変形し、マーテル公園に入った。 しかし公園内はワニのような、両生類のような魚型の魔獣と近衛兵が入り乱れて交戦していた。

 

「グルル……!」

 

「マーテル公園に到着!」

 

「ううっ……ここも襲撃を受けているようですね……」

 

「にゃにゃ、にゃー!」

 

「ーー分かってる……影蕾(かげつぼみ)!!」

 

レトはルーシェに応えるようにウルグラの左脇腹に懸架していたホルスターから銃剣を引き金を弾きながら居合いのように抜き、銃弾は魔獣達の足元に……陽に照らされて地面に映っていた影に着弾すると、魔獣達は突然金縛りをつけたかのように硬直した。

 

「なっ……!?」

 

「動きが……止まった?」

 

「後は任せました!」

 

近衛兵が動かなくなった魔獣に驚く中、レトは操縦桿を回し……クリスタルガーデンに突入した。

 

「な、何事だ!?」

 

「ーーレーグニッツ知事!」

 

「! き、君達は……!?」

 

「話は後です! アルフィン達は!?」

 

「か、彼女達はテロリストに攫われて……それを先ほどシュバルツァー達が追って……」

 

この場に居合わせたパトリックがレーグニッツ知事を介抱しながら説明し、彼の視線の先には崩落して地下道に繋がっている場所があった。

 

「……どうやらあそこから侵入されて、逃走されたようですね」

 

「では、私達もリィンさん達の後を追います。 皆さんは外の安全が確保でき次第、避難を」

 

「……その機械仕掛けの獅子に加えて、色々と聞きたい事は山ほどあるが……お二人をよろしく頼む」

 

「この子について話すかどうかは別にして……了解しました。 必ずアルフィンとエリゼちゃんを無事に連れて帰ります」

 

レトがアルフィンを呼び捨てにした事にパトリックは不敬だと言うが、ウルグラは踵を返して走り出し、穴の中に飛び込んで地下道を駆け抜ける。

 

しばらくして開けた空間、地下墓所に出ると……リィン達がテロリストと思わしき5人と武装を見せ合いながら対面していた。

 

だが、テロリストの手にはアルフィンとエリゼの姿もあり、気を失っているも外傷ないようだが……レトは歯軋りをする。

 

「ッ……リィン!」

 

「皆さん、ご無事ですか!?」

 

「レト、エマ! 来てくれたんだね!」

 

「だ、だがなんだ……その機械仕掛けの獅子は……」

 

「ウルグラ!? それにルーシェも……レト、連れて来たのか!?」

 

「にゃー♪」

 

「グルル」

 

ラウラは驚きながらもウルグラを撫で、ルーシェもラウラに擦り寄る。

 

「ふん、増援か」

 

「あらあら、可愛らしい子が増えたわね」

 

「ほう……あの獅子に乗っているガキ、かなりやるな」

 

「! あなたは……!」

 

テロリストの会話が聞こえ、レトはそちらの方を向くと……そこには顔に傷のある大男お赤い長髪の女性がいた。 そして、レトはメガネの男を見つけると目を見開いた。

 

あり得ない、そう思いながらもゴクリと嚥下し、恐る恐る口を開き……答えを合わせるように大声を出して言った。

「ーー反理想郷(ディストピア)!!」

 

「え……」

 

「なっ!?」

 

リィン達が武器を構えた時……唐突にレトが叫んだ言葉に、Gは驚愕した。 その反応だけでレトは確信を得た。

 

「……やっぱり……帝國学術院・政治学専攻、ミヒャエル・ギデオン准教授!」

 

「………………」

 

レトはGの正体を知っていたようで、Gは眼鏡を直すとレトと向かい合った。

 

「なるほど……ギデオンだから、Gか……」

 

「……どうやら、准教授としての私の最後の論文を読んだようだね」

 

「どうして……どうして貴方がテロなんて!」

 

「君もあの論文を読んだなら分かるだろう。 汚い手で小王国や自治州を併呑させ、なおも帝国を……世界を吞み込もうとする奴を。 あれは放置してはならない、即刻排除すべき人類の毒だ」

 

「……確かに、オズボーン宰相のやり方はおそらく、ある種の幻想を作り上げることで国家全体を熱狂に巻き込むでしょう。 その熱狂の中において旧勢力は打倒されます。 ですが……一度回り始めた歯車は止まらない、全てを巻き込みながら際限なく大きくなり続けるでしょう」

 

「ほう……」

 

「しかも、宰相はそれを知った上で……あれはもう怪物としか言いようがない人だ。 多くの欺瞞を抱えた、呪われたこの国を……煉獄に落とすかのように」

 

レトは鉄血宰相の化物ぶりを嘘偽りなく、冷や汗を流しながら実体験のように語る。 それを聞いたGは少しだけ、口元を釣り上げる。

 

「それだけ理解しているのなら、あの論文を残した甲斐があったというものだ。 どうだ……君も我々の一員にならないか?」

 

「貴様……言うに事欠いてレトに……!」

 

「いいよ、ラウラ。 ヤバい組織に勧誘されるのは慣れてるから」

 

怒りを露わにするラウラをレトは軽くたしなめ、Gはレトの答えに無反応だった。 元から期待していないようだ。

 

「ーー長話が過ぎたな。 同志S、同志V……ここは引くとしよう」

 

「ええ」

 

「そのつもりだ」

 

テロリストの幹部と思わしき2人が前に出て得物を構えた時……Sが持っていた剣にレトは見覚えがあった。

 

「! それは……法剣(テンプルソード)! なんでテロリストに……」

 

「あら、これを知っているなんて……星杯騎士団と関わりがあるようね」

 

「とあるシスターが使っていたからね」

 

と、そこでSは法剣を見せびらかしながら“あっ”と、何かを思い出したような顔をする。

 

「ああ、それと同志Cも一緒に来ているわよ」

 

「……何?」

 

『……失礼するぞ』

 

Gが目を細めた時、レト達の耳に機械音声が聞こえて来た。 男性と思われる声だが機械を通す事によって加工し、人物が特定出来ないようにしている。

 

そして奥の階段を降りて姿を現したのは……フルフェイス型の黒い仮面をかぶった全身黒づくめの男だった。Cと呼ばれたその男は、悠然とした足取りでG達の元に歩み寄る。

 

「同志C……まさか君まで来るとはな。私の立てた作戦、それほど頼りなく見えたか?」

 

『いや、ほぼ完璧に見えた。しかし作戦というものは常に不確定の要素が入り込む。そこのVII組の諸君のようにな』

 

仮面越しにこちらに目を向けるC。 正体も分からず、逆にこちらの情報も知られている相手にリィン達は警戒を強める。

 

「……くっ……」

 

「僕達の事まで……」

 

「……何者……?」

 

『本作戦の主目的は既に達した』

 

何者なのか問いかけるも……Cは答えずにVII組から視線を外し、同志達に向き直る。

 

『この上、皇族を傷付ける不名誉を負う必要はない……そうではないか?』

 

「……その通りだ。 返してやりたまえ」

 

Cの説得にGは納得し、Gは踵を返してながら部下達に2人を返すように命令し……2人を抱えて前に出た。

 

幹部であるSとVの前に出ると言うことは、本当に返すつもりなのだろう。 しかし、リィン達もすぐに納得出来ずに2人を受け取れなかった。 下手な行動をすればVのガトリングが火を噴くからだ。

 

「くっ……」

 

「エリオット、マキアス……2人を頼む」

 

「うんっ……!」

 

「……ああ……」

 

「よろしく頼むね」

 

「にゃ……」

 

リィン達が警戒しながらエリオットとマキアスがエリゼとアルフィンを受け取り。 そのまま下がって討伐されたゾロ・アグルーガの骸を壁にして隠れ、レトもウルグラから降り、リィン達の横に並ぶ。

 

『さて、これにて双方が歩み寄れたと思うのだが。 異存は無いかな、VII組の諸君?』

 

「……あるに決まっているだろう」

 

「恐れ多くも殿下達を攫い、薬などで眠らせた事……」

 

「とても帝国人として許せるものじゃ無いな……」

 

「8対6……それにもう1匹と規格外もいるし、大人しく逃げた方がいいよ」

 

「グルル……」

 

「……フィー、僕って規格外なの?」

 

人数はこちらが有利だが、エリゼ達の護衛を入れているため戦力は五分五分……リィン達は警戒を緩めなかった。

 

「くく、中々骨のあるガキ共じゃねえか」

 

「折角だし、相手をしてあげてもいいのだけど……」

 

SとVは無言でCへ視線を移す。2人の視線を受け取ったCは、それが当然のようにレト達の前に出る。

 

『まあ、ここは私が出るのが筋というものだろう』

 

どうやら、Cが彼らのリーダーのようだ。 SとVより実力が上と考えてもいいだろう。

 

『刀使いに大剣使い、双銃剣の使い手……それと可変式の銃剣、でいいのかな?』

 

「……お生憎様」

 

Cの疑問にレトは答え、銃剣を後ろに放り投げた。 テロリスト達がレトの行動が分からない中、飛んで来た銃剣をウルグラがアームで掴み、レトは槍を抜いた。

 

『フフ……失礼、槍使いだったか。来い……相手をしてやろう』

 

「…………!?」

 

「な……」

 

どうやら本当に1人で相手をするようだ。 リィン達は舐められているようで不快な顔をするが、レトはただただその行動の一連を傍観する。

 

『フフ、ただの余興だ。 鉄道憲兵隊が来るまでの一時、その怒りをぶつけてみるがいい』

 

「………………」

 

「面白い……」

 

「……すごい自信」

 

(……執行者レベル、ではなさそうだけど……かなり強いね)

 

『フフ……』

 

リィン達の当然の反応にCは薄ら笑い……一本の短い棒の両端に長い刃が取り付けられた特殊な武器を取り出して構える。

 

「その武具は……!?」

 

「暗黒時代の遺物か……!!」

 

双刃剣(ダブルセイバー)……しかも相当な使い手みたいだね」

 

『ーー我が名はC。それだけ覚えておくがいい……士官学院VII組の力、見せてもらおうか!』

 

Cが己の名を宣言した次の瞬間、レトがブレるように走り出し……分け身で3人になり、それぞれがC、S、Vに向かって行く。

 

「あら?」

 

「なんだ、俺らともやりあう気か?」

 

「当然!/です!」

 

2人のレトが鏡合わせのように槍を構えて突きを放ち、SとVはその場から飛び退いて得物を構え、分け身のレトを迎撃する。

 

だが、レトは真面目に戦う気は無いようで、翻弄するようにヒットアンドアウェイを繰り返す。

 

『まだまだ!』

 

「ちっ、ちょこまかと動きやがって……!」

 

「……まるで煽っているようね……」

 

「はあっ!」

 

「せいやっ!」

 

『…………………』

 

それを仮面越しに横目で見ているC。 本体のレトの剣とラウラの大剣を受け声をかける。

 

『ーー気をつけろ。 そいつは元から勝つ気はない……求めているのは我らの情報だ』

 

「! なるほど……可愛い顔に似合わずエゲツない事を考えているわね」

 

「次に持ち越して、その間に対策を立てる魂胆か。 中々わかってんじゃねえか」

 

「……そりゃどうも」

 

Cはリィンとフィーの波状攻撃を受けながら助言し。 それを受けたSとVの反撃は小技ばかりになり、あからさまに強力な戦技を見せなくなった。

 

「仕方ない……ウルグラ!!」

 

「グオオオオ!!」

 

するとレトはアルフィンとエリゼの護衛に付かせていたウルグラを呼び。 ウルグラはレトの隣に来ると咆哮を上げて威嚇する。

 

「来るか……!」

 

「ふっふっふー……見るがいい! ビーストモード、ドライビングモードに続くウルグラの第3の形態を!」

 

不敵に笑うレト。 彼らはウルグラにこの場を圧倒できる機能が備わっていると思い、警戒を強める。

 

そして、後ろにいたマキアスとエリオットも男心をくすぐられて少しワクワクしてしまう。

 

「変身!」

 

高らかに……レトは右手の拳を天に掲げながら叫び、ウルグラも背を反り返らせて天を見上げ……

 

「ーーとおっ!」

 

『ぬっ!?』

 

何も起こらず、ウルグラは背を反り返らせ状態で固まったままだった。 そして、一瞬で槍を構えたレトがCとの距離を詰めて突きを繰り出す。 ウルグラに警戒していたためCは惑わされながらも槍を受け止める。

 

レトによる奇襲は成功したが……納得出来ない人達もいた。

 

「え、ええっと……?」

 

「って、何もないじゃないか!?」

 

「……戯言だ。 ウルグラにそんな機能はついてない」

 

何故かガッカリする2人に、ラウラはズバッとウルグラに変身機能が無いことを告げる。

 

「ふざけた真似をしやがって……」

 

『フフ、だが達人の域に達した者ほど、戦闘で意味のない行動に隙を突かれる』

 

「ま、そういう事。 2つの組織がいがみ合っている中……どこからともなく空気読めない演奏家が流れて来るようにね……!」

 

(……えっと……それってもしかしてオリヴァルト殿下の事を……)

 

(聞かないほうがいいのだろうか……?)

 

(さ、さあ……?)

 

少し黒いオーラを放ちながら語るレトに、背後にいたエマ達が気圧されながらもコソコソと密談する。

 

だが、レトが過去の嫌な思い出を思い出したせいで分け身のコントロールを誤ってしまい……SとVの相手をしていた分け身が消えてしまった。

 

「! しまっーー」

 

『遅い』

 

分け身が消えてしまった事に動揺し、Cがレトに接近して双刃剣による強烈な一撃を放ち……レトは大きく吹き飛ばされてしまう。

 

咄嗟にレトは防御したが……さらにCにより導力機雷が密接に展開されてしまい、レトは身動きが取れなくなってしまった。

 

「レト!」

 

「しまった……!」

 

『フフ、腕はいいが心はまだまだ未熟だな。 戦いとは心技体揃ってこそ……そこでしばらく頭を冷やすがいい』

 

確かにと、レトは敵ながら納得してしまう。 そして深呼吸しながら頭を冷やし……

 

「はあっ!」

 

槍を地面に突き立て、一呼吸で全方位に衝撃波を放ち、周囲の機雷を飛ばした。 そして機雷は爆発、外回りの機雷にも連鎖して大爆発が起こったが……

 

「けほ、けほっ……」

 

1番近くの機雷を飛ばしたすぐに地のアーツ、アダマスシールドを発動し、レトは爆煙で咳き込む程度で済んだ。

 

だが、その間にリィン達3人は勝てはしなくとも喰いついてきたが……Cはたった1人で翻弄してしまった。

 

「ラウラ、リィン、フィー!」

 

『少し遅かったな』

 

レトは一呼吸で疲弊しているリィン達の前に出てCと対面する。得物を下ろし、一連を後ろで見ていたSとVはCを賞賛する。

 

「ハハ、さすがはC」

 

「うふふ、私達のリーダーを務めてるだけはあるわね」

 

「くっ……ここまでの使い手とは……」

 

「……サラに匹敵するかも」

 

「お前は……お前達は一体……?」

 

『クク……』

 

Cはそれを待っていたかのように笑い、後ろにいた幹部3人の前に一歩踏み出す。

 

『帝国解放戦線……本日よりそう名乗らせてもらう。静かなる怒りの焔を湛え、度し難き独裁者に鉄槌を下す……まあ、そういった集団だ』

 

「……とても、とても分かりやすいですね」

 

レトはその名前の意味と、彼らに恨みを一点に向けられている人物を頭に浮かべる。

 

「帝国解放戦線……」

 

「それに、独裁者って……」

 

「……同情、してしまいますね」

 

かの者を知っているのならテロリストが出来てしまうのも頷けてしまい、レト達は敵対しているも同情してしまう。

 

「ーーそこまでです!」

 

その時、レト達の背後から聞き覚えのある女性の声が聞こて来た。 すると後ろから数人の鉄道憲兵隊を連れたクレア大尉とサラ教官が駆け付けてくる姿があった。

 

「サラ教官、クレア大尉……!」

 

「間に合ったか……!」

 

『クク……どうやら時間のようだな』

 

鉄道憲兵隊の姿を見て、ここが潮時だとCも悟ったのだろう、腰から一つのリモコンを取り出す。

 

「え……」

 

「まさか……」

 

「ちょっ……!」

 

『それでは諸君……また会おう』

 

そしてCがスイッチを起動する。それと共に大地が大きく揺れ動き、次々と爆発音が響き渡る。

 

「なっ……!?」

 

「ば、爆弾……!?」

 

「クク、あばよ」

 

「それじゃあね、可愛い仔犬ちゃん達」

 

「フン……精々生き延びてみせるがいい」

 

彼らは踵を返して逃走する。

 

「ああもう! ここお気に入りだったのにー!!」

 

「そ、そうなの……!?」

 

「地下墓所がお気に入りとは……趣味の悪い」

 

「ーーそんなのいいから! 崩れるから早くこっちに来なさい!」

 

「リィン! 殿下達をウルグラにーー」

 

レトがウルグラを使って2人を乗せようと時……突然現れた悪魔のような魔獣によって退路を塞がれてしまった。

 

「チッ、邪魔を……!」

 

「一気に決めます!」

 

「ーーリィン、ラウラ! 2人を!」

 

「ああ!」

 

「承知!」

 

サラ教官とクレア大尉が得物を抜く中……アルフィンとエリゼをリィン達に任せ、レトはウルグラの背に乗った。

 

「討滅せよ!」

 

レトはウルグラの左右にあるアームに手を入れると……ウルグラは一気に駆け出し、魔獣に突進するとレトが左右からアームの爪で突き刺し、そのまま退路を駆け抜ける。

 

そしてウルグラは口を開け、導力エネルギーが充填され……

 

「放て!」

 

「グルオオオオオッ!!!」

 

咆哮と同時に、ゼロ距離で砲撃を発射。 アームの手から吹き飛ばされた魔獣は壁に激突する前に消滅し、砲撃の反動でレト達は来た道を逆走してしまった。

 

「ふう……」

 

「一息ついてないで走る!」

 

「は、はい!」

 

少し気を緩めてしまい、サラ教官の声で再び走る。 だが、思っていた以上に崩落が早く……進行方向にある天井が崩落し、先頭を走るリィン達に瓦礫が落ちて来た。

 

「危ない!!」

 

「ッ……せめてエリゼだけでも……!!」

 

「くっーー」

 

手を伸ばそうとしても間に合わない。瓦礫がリィン達を押し潰そうとした、その時……

 

「ーーーーーー!!」

 

崩落による轟音が言葉をかき消すも、レトが手を前に出して何かを叫ぶと……リィンの側の足元から巨大な朱い槍が出現、落盤に突き刺さり、落盤は砕け散った。

 

「なっ!?」

 

「い、今のは……!?」

 

「よくわからないけど助かったわ! 皆、急いで!」

 

「は、はい!」

 

今もなお崩落は続いている、呆けている暇はなく。 急いで崩落の及ばない地点まで駆け抜け……ようやく一息をついた。

 

「ふ〜、まったく。 ヒヤヒヤさせてくれるわね。 でも、全員無事でよかったわ」

 

「お、おかげさまで……」

 

「はあ……さすがに死ぬかと思いましたよ……」

 

「というか、一足遅すぎ」

 

「ゴメンゴメン……って、こりゃあ追跡は無理っぽいわね」

 

サラは謝りながら、先程通った瓦礫に塞がれた通路を見て嘆息する。 つられてリィン達も通路を見ると同じようになる。

 

「……そのようですね……」

 

「帝国解放戦線か……」

 

「ーーぐうっ……!」

 

その時、ウルグラに跨っていたレトが苦しそうに胸元を抑えていた。 その額からは脂汗を流しており、苦悶の表情を見せていた。

 

「ど、どうしたんだ!?」

 

「レト、大丈夫か!?」

 

「はあはあ……大丈夫、もう収まってきたから。 少し()を無理させたみたい……」

 

(……なんだ……?)

 

「……ん……」

 

リィンは不審に思っていると……2人が抱えていたアルフィンとエリゼが目を覚ました。

 

「皇女殿下……エリゼも……!」

 

「よかった……妙な薬ではなかったか」

 

「す、すみません……ッ! こ、これは……!」

 

「グルル……」

 

目を覚ましたエリゼは自分が機械仕掛けの獅子に乗せられていることに驚愕しながら気付いた。

 

「わたくしは……どうして……」

 

「ご無事ですか、殿下?」

 

「にゃー」

 

「あ……ルーシェ」

 

ルーシェがアルフィンの頬を舐め、アルフィンは不安そうな顔を綻ばせながらルーシェを撫で返した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

7月29日ーー

 

夏至祭初日のテロから何事もなく3日が過ぎ。 今日、VII組は帝都を後にするのだったが……その前にオリヴァルト皇子の計らいでバルフレイム宮に呼ばれていた。

 

「いや、君達には本当にお世話になってしまった。 兄弟共々、士官学院に足を向けて眠れなくなってしまったくらいさ」

 

「いえ、そんな……!」

 

「その、あまりにも畏れ多いお言葉かと……」

 

「そえそう、大袈裟だって」

 

オリヴァルトの言葉にリィン達は押され、レトはあっけらかんとするが、アルフィンは少し仰々しいように首を横に振るう。

 

「いいえ、いいえ。 わたくしとエリゼなどあのまま連れ去られていたらどんな運命が待ち受けていたか……本当に、何度お礼を言っても足りないくらいの気分です」

 

「……わたくしからも、改めてお礼を言わせてください。 本当にありがとうございました」

 

「エリゼ……」

 

「えへへ……本当に無事で良かった」

 

アルフィンに続いてエリゼも礼をしてお礼を言い、リィン達は素直にそのお礼を受け取った。

 

「私とセドリックの方もB班の働きには助けられたよ。 市内の混乱の収拾に、大聖堂での魔獣の襲撃……改めて礼を言わせてもらおう」

 

「勿体ないお言葉」

 

「ふふっ……お役に立てて光栄です」

 

「レミィもご苦労だったね。 ただ妹が心配なのは分かるが……彼を出したのはいささか早急ではなかったかな?」

 

「あ、あの時は急を要したからね。 導力車もすぐに来られそうになかったし、すぐに足が必要だったんだよ。 ね、ルーシェ?」

 

「にゃー……」

 

(……シスコン)

 

レトは誤魔化すように肩に乗っていたルーシェに聞き、ルーシェはどうでもいいように鳴いた。

 

「フフ、VII組設立のお礼をやっとお返しできたみたいですね。 それにしても……帝国解放戦線ですか」

 

少しだけ真剣な声音を含ませて、サラ教官はその名前を口にする。 それを聞いたレト達も気を引き締めて真剣な表情を見せる。

 

「ああ……ノルド高原での一件、そしてケルディックを始めとした帝国各地の幾つかの事件。 今までにも暗躍の気配はあったが……今回、遂にその名前を明らかにした。 Cをリーダーとする数名の幹部達に率いられた純然たる恐怖主義者(テロリスト)達。 現在、情報局でメンバーの洗い出しを行っている最中らしい」

 

「その1人はレトが知っていたため既に情報部が探りを入れているけど……足取りはまだ掴めそうに無いわね」

 

「そう、ですか……こう言っては何ですが不思議な人達でしたね。 わたくし達を連れ去りながら悪意を余り見せる事はなく……それでいて内に秘めた激情に取り憑かれているかのようでした」

 

「…………はい。 勿論、姫様を攫った事は許される事ではありませんが……」

 

「内に秘めた激情……」

 

「……そんな感じはしたかも」

 

彼らは誰かに対して怨みの焔を持っているが、向けるべき相手がアルフィンとエリゼではなかった……つまりはそういう事だろう。

 

「『静かなる怒りの焔を称え、度し難き独裁者に鉄槌を下す……』彼等のリーダーの言葉です」

 

「確かにそう言ってたな……」

 

「フン……また露骨な言葉だな」

 

「『静かなる怒りの焔』……そして『度し難き独裁者』」

 

「まあ、何を示しているのかは明らかではあるが……」

 

「この国の大きさ並みに恨まれてるねえ」

 

「……言えてるかも」

 

「皆さん……!」

 

と、話が重くなって行く中、この重苦しい空気を晴らしてくれる少年の声が聞こえてくる。 レト達が奥の方へと視線を向けると、セドリックとレーグニッツ知事がいた。

 

(あ……)

 

(も、もしかして……)

 

(父さんも……)

 

2人はオリヴァルトらの隣にまで歩き、VII組と向かい合う。

 

「セドリック……何とか間に合ったわね」

 

「フフ、良いタイミングだ」

 

「皇太子殿下……」

 

「わざわざお見送りに来ていただいたのですか」

 

「ええ、お世話になったからにはこのくらい当然ですから。 あ……こちらの方々がVII組のもう一班なんですね」

 

A班は初顔だったので、セドリックはA班の面々を見渡すと改めて自己紹介を行う。

 

「初めまして皆さん。 セドリック・ライゼ・アルノールです。 この度は自分共々、姉の危機を救っていただき、本当にありがとうございました。 心よりお礼を言わせてもらいます」

 

「……勿体ないお言葉」

 

「あわわっ……光栄です!」

 

「ありがとうございます、殿下」

 

「皇太子……想像してたより可愛いし、なんかレトに似てるかも」

 

「こ、こらフィー」

 

「あはは……まあ、似てるって言われて悪い気はしないかな。帝国男子と言われれば少し心配だけど」

 

「あはは……そうかも……」

 

セドリックはレト以上に線が細く、見た目からでは逞しそうには見えない。 心配するのは無理ないかもしれない。 エリオットも同じ考えなのか愛想笑いをする。

 

「ふふっ、兄様(あにさま)のようにもっと逞しくなってくれればわたくしも安心なのですけど」

 

「ちょ、ちょっとアルフィン……レミィ兄様くらいってハードル高いよ。 まあ、オリヴァルト兄様よりはマシだけど」

 

「お二方……失礼ですよ」

 

「フフ、まだ15歳だし、君達はこれからだろう。 しかし、我が弟妹にディスられるとは……兄は嬉しいよ」

 

「散れ、変態皇子」

 

「アアッ! 良い!」

 

レトは辛辣にオリヴァルトを罵倒した。 だが、オリヴァルトはとてもいい笑顔で震え上がった。

 

「コホン……セドリックが来た所で、レミィに言わなくてはいけない事がある。 もう分かっていると思うが……帝国市民が皇族、レミスルトの存在を噂であるも多少認知されてしまった」

 

「それは……」

 

「………………」

 

「そりゃあまあ、セドリックが衆善の面前でレミィに抱き着いて兄と呼べば……否が応でも噂になってしまう」

 

レトが伏せられているとはいえ皇族である以上、これは避けられない運命だったのかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい兄様……僕が軽率な行動をしたばかりに……」

 

「気にして無いよ。 噂になった所で僕に辿り着く事はないだろし。 セドリックが気に病む必要はないよ」

 

「あ……ありがとうございます、兄様」

 

「あ! セドリックだけずるいわ!」

 

「はいはい」

 

レトはセドリックを慰めるように頭を撫でるとアルフィンが頬を膨らませ、レトは両手で双子の頭を撫でる。

 

「しかし、セドリックと貴方が一緒というのも珍しいね……?」

 

「はは……恐縮です。 折角なので彼らをこのまま見送らせてもらおうと思いまして」

 

「父さん……傷の方は大丈夫なのか?」

 

カール知事はG達との交戦によって肩に銃弾を受けた。 マキアスは心配するが、知事は撃たれた箇所ポンポンと叩いて問題ないと答える。

 

「ああ、大事には至っていない。 まだ少し痛むが、じきに完治してくれるだろう」

 

「そうか……」

 

「知事閣下、お疲れ様でした」

 

「ああ、ありがとう……かなり変則的ではあったが無事、今回の特別実習も終了した。 士官学院の理事として、まずはお疲れ様と言っておこうか」

 

「……恐縮です」

 

「ありがとうございます」

 

「VII組の運用、そして立場の異なる3人の理事。 色々思う所はあるだろうが……君達には、君達にしか出来ない学生生活を送って欲しいと思っている。それについては他の2人も同じだろう」

 

「父さん……」

 

「………………」

 

「……そう言って頂けると」

 

「その点に関しては殿下もどうかご安心ください」

 

「はは……分かった。 元より、貴方については私も信頼しているつもりだ。 だが……」

 

「ーーどうやらお揃いのようですな」

 

その時、背後から艶のある男性の声が聞こえて来た。

 

「あ……」

 

「……まさか……」

 

『………………』

 

「オズボーン宰相」

 

「……実は、先程まで共に陛下への拝謁を賜っておりまして」

 

そこには黒髪に一部白いメッシュが入っている男……ギリアス・オズボーンだった。

 

「アルフィン殿下におかれましてはご無事で何よりでした。 これも女神の導きでありましょう」

 

「ありがとうございます、宰相」

 

「オリヴァルト殿下も……帝国解放戦線に関しては既に全土に手配を出しております。 背景の洗い出しも進んでいますのでどうかご安心ください」

 

「……やれやれ、手回しの良い事だ。 これは来月の通商会議も安心ということかな?」

 

「ええ、万事お任せあれ……」

 

会話は穏やかのように見えるが、両者の間には対立という名の壁がある……内心は穏やかそうではない。 と、そこでオズボーン宰相はVII組に目を向ける。

 

「ーー失礼。 諸君への挨拶がまだだったな。 帝国政府代表、ギリアス・オズボーンだ。 鉄血宰相という名前の方が通りがいいだろうがね」

 

「あ……」

 

「は、初めまして、閣下」

 

「そ、その……お噂はかねがね」

 

初対面とは言え、初めて会った人物にこんな困惑した顔をしないだろう。 だがリィン達はかの宰相から滲み出る圧力にほんの僅かだが気圧されてしまっている。

 

「フフ、私も君達の噂は少しばかり耳にしている。 帝国全土を叉に掛けての特別実習、非常に興味深い試みだ。 これからも頑張るといいだろう」

 

「……恐縮です」

 

「……ども」

 

「精進させていただきます」

 

「それと……」

 

オズボーン宰相は顔を横に動かし、次にレトに視線を向けた。

 

「ーーお久しぶりです、レミスルト殿下。 いえ、今はレト・イルビスとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

「……どうぞお好きにお呼びください。 閣下とはリベールであなたがグランセル城に乗り込んだ時以来でしょうか」

 

「ええ。 あの時は碌に挨拶も出来ず申し訳なかった」

 

「いえ、それはお互い様という事で」

 

レトが皇族であるならオズボーン宰相とも顔見知りなのは当然かもしれないが……オリヴァルト同様に、仲は良さそうではない。 そして……

 

「では、諸君らも……どうか健やかに、強き絆を育み、鉄の意思と鋼の強さと肉体を養って欲しい……これからの激動の時代に備えてな」

 

ただ話しているだけなのにまるで圧を放っているかのように、最後に宰相は予言のような言葉を口にした。

 



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37話 夏季休暇・魔都

「う〜ん……クロスベル〜〜来たああっ!」

 

8月の始め……学院は短い夏季休暇に入っていた。 レトはその休暇を利用し、朝早くに大陸横断鉄道を使ってクロスベルに来ていた。

 

「さてと、クロスベルに来たらまずは……中央広場の鐘楼だね!」

 

「にゃー」

 

クロスベルに来た理由は勿論、遺跡巡り。 レトは軽やかに中央広場に向かい……興味津々で広場の中央にあるクロスベルのシンボルである鐘楼を観察した。

 

「……ふむふむ……なるほど……(パシャパシャ)」

 

「………………(くぁ〜)」

 

その間、ルーシェは欠伸をしながら暇そうにベンチで寝そべっていた。 と、ルーシェの側に青い犬が近寄って来た。 貫禄のある顔をしているが、首輪をしている事から一応飼われてはいるのだろう。

 

「グルル……ウォン」

 

「! にゃー、ふみゃあ」

 

「ウォン! グルル……」

 

「にゃ、にゃー」

 

ルーシェは犬が話しかけてきた事に、ではなく犬自体を見て驚き……2匹はまるで会話しているように鳴き声を出す。 そこに調べ終えたレトが戻ってきた。

 

「お待たせー……って、誰その子?」

 

「にゃおん」

 

「グルル」

 

「へー、友達になったんだ。 んー……というかこの子、犬? それとも狼?」

 

レトは犬にしては大き過ぎ、狼にしては大人し過ぎると疑問に思い頭をひねった。

 

「あ、ツァイトだー!」

 

「ツァイトだー!」

 

ピンクの髪色をした双子らしき兄妹が犬……ツァイトに駆け寄って抱きついた。 ツァイトは鬱陶しそうな顔をするも力強くで離れようとはせず、その一連を見ていたルーシェは何故か鼻で笑った。

 

レトは微笑ましく思いながらもルーシェを肩に乗せ、その場を後にしようとした。

 

「それじゃね」

 

「みゃー」

 

「ウォン」

 

「あ、猫だ!」

 

「猫ちゃんだー!」

 

まずは星見の塔に向かおうとまた駅前通りの方に歩いて行くと……

 

「ケン、ナナ! 何して……」

 

背後からあの双子の姉らしき叱咤の声が聞こえたが、気にせずレトは歩みを進めウルスラ間道に出た。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

星見の塔に入って早2日……レトはこの塔に住み込んで塔中の書物を読み漁っていた。

 

「ほっ……と」

 

時折襲いかかる魔物を撃退しながらも片時も本を手放さず、少しずつ塔を登っていたが……

 

「うーん……これ歴史書というか何か別の本だね。 読めるは読めるけど理解は出来ないね」

 

「にゃー」

 

すでに夏季休暇の半分は過ぎようとしているが、レトの望む手掛かりはいまだに得られていなかった。

 

「後調べるのは最上階の鐘楼くらいかな…………ん?」

 

今しがた読んでいた古文書に興味深い文章があり、ゆっくりと読み進める。

 

〈遠征から帰ってきた錬金術師の報告により近年、東部では地脈……あちらでは龍脈が少しずつ減衰の一途を辿っている。 その影響で作物は育たず、緑は枯れ始めている。 その結果を聞き、痩せていく大地を救うべく我らの組織の意向に反対していた集団が袂を別つように東部へと向かって行った〉

 

「近年……暗黒時代の近年ということは今はどうなっているんだろう? って、我らの組織? 元々ここはこの地に隠れ棲んでいた錬金術師によって作られた塔とは聞いているけど……」

 

それに、古文書と言う割には内容は報告書に近いが……続けて視線を手元に落とした。

 

〈渇いていく水源、枯れていく草木、飢えていく生き物達……砂漠が、荒野が無慈悲にも広がろうとも、照り続ける陽の光は、大地に残った僅かな水分すらも、無慈悲に干上がらせていく。 そうやって、ゆっくりと、しかし確かに色褪せていく。 地脈が弱まり、不毛な地が広がるこの現象を我々はこう呼んだ……〉

 

「……《黄昏》、と……」

 

興味深いと思い、古文書を閉じて荷物の中に入れる(決して盗掘ではない……と思う)。

 

「にゃー」

 

「大陸東部に向かった錬金術師か……暗黒時代から今もなお生きていたら会ってみたいな」

 

そしてレトは野宿用のキャンプ道具を片付けると、ルーシェを肩に乗せてそのまま最上階に向かった。

 

あっという間に最上階に出ると……そこにはクロスベルの中央広場と同じ鐘楼があった。

 

「へえ……クロスベルが一望できるよ。 まあ、あの物凄く高い建造中の建物よりは低いけど、これはこれでいいかもね」

 

「にゃおん」

 

「さて、それじゃあ今度は鉱山町方面にでもーー」

 

「アハハ、見つけたあ!」

 

「!?」

 

次の目的地を決めた時……ある人物が笑い声を上げながら階下から登ってきた。 レトは振り返ると、そこには薄着の赤毛の少女が猟犬的な表情をしながら立っていた。

 

「一昨日からこの塔から面白い気配がすると思って来てみれば……お兄さん、かなり強いね?」

 

「……そういう君こそ、噎せ返るような血の匂いがするよ。 まあ、死の予感がしない分、腕は確かなんだろうね」

 

「アハハ、シャーリィは戦いは好きだけど無駄な殺しはあんまり趣味じゃないんだよねー」

 

赤毛の少女……シャーリィは物騒な事を満面の笑みで語る。 ルーシェが隅に隠れるのを確認し、レトは彼女の言動から目的は自分だと思い警戒する。

 

「それで、僕に何の用なの?」

 

「アハハ、先にランディ兄のお仲間がどれくらいやれるのか調べてみたかったけど……」

 

そこで言葉を切り……背中から大型の血のように赤い大剣を取り出した。 しかし、その大剣は機械仕掛けで……先端の刀身は幾つもの刃が連なっているチェーンソー、さらにライフルのような銃口が2つ付いている。

 

「摘み食いしてもいいよね?」

 

「これでも摘める部位が無いと自負しているんだけど……」

 

普通ではない……そう判断したレトは腰のホルスターから銃剣を変形させながら抜いた。

 

「あれ、お兄さんもカッコいい得物を持っているね」

 

「君程じゃないけどね。 それで、僕としては手合わせくらいがいいんだけど……どうやら君はそれを望まないようだね?」

 

「アハハ、シャーリィはねえ……一瞬の隙で命を落とすような、血が沸騰するような戦いがいいなぁっ!!」

 

シャーリィは見た目から猫のような少女だが……その目は明らかに猫を超えた血肉を求める人喰い虎だ。

 

大剣? のチェーンソーを起動させ、片手で軽々と持って構える。 大きさはラウラの大剣と同じサイズだが、機械的な分もありその重量はラウラの大剣を軽く超える……が、シャーリィはまるで重さを感じさせない表情をする。

 

(あの細腕でどうやって……)

 

「ほらほら、ボーッとしてたらザックリやっちゃうよ!」

 

「っと」

 

横から迫ってきたチェーンソーを跳躍して回避、真下を通り抜ける大剣の側面を蹴ってさらに後方にバク転して距離を取る。 その際に銃剣を変形させ、牽制として体勢を崩し欠けているシャーリィを撃つ。

 

「うわっと!」

 

「アークス駆動……」

 

即座に体勢を立て直すシャーリィ、その間にレトはアークスを駆動させ……シャーリィが接近する前に地のアーツであるクレストが発動。 さらにレトは指向性を持たせ、自身にではなく銃剣の刀身にクレストを纏わせた。

 

「はっ!」

 

「ッ……でやっ!」

 

今度はレトから接近し、チェーンソーと銃剣の刀身が衝突し激しく火花を散らす。

 

「アハハ! アーツの駆動も早い上に面白い使い方をするねえ! まさかテスタロッサでも切れないなんて!」

 

「! へえ……なんて偶然……」

 

「んー?」

 

「こっちの話っ!」

 

レトは鍔迫り合いしながら銃剣を下段に構え……シャーリィの武器、テスタロッサを切り上げるように弾き返した。

 

「まだまだ行くよおっ!!」

 

テスタロッサを両手で持ち、トリガーに手をかける。 レトはまたアサルトライフルからの乱射と警戒したが……全く別の高熱の炎が吹き出してきた。

 

「ッ……!」

 

回避は間に合わず、左腕に力を込めながら銃剣を掲げ……一呼吸で振り下ろし、剣圧で火炎を切り裂いた。

 

「チェーンソーにアサルトライフル、それに火炎放射器が搭載されているなんてね……」

 

「アハハ、シャーリィとしては剣から銃に変形する方がカッコいいと思うよ。 殲滅戦には向かないけど、どんな戦況でも使えるからかなりバランスが良いよ。 でもまだ、まだ足りないよ!!」

 

まだ満足してないようで、シャーリィは再び火炎を放った時……

 

「ーー見つけたぞ、レト!」

 

突然、背後にあった階下から青髪のポニーテールの女子……ラウラが息を荒げながら登ってきた。

 

「ラ、ラウラ!?」

 

「全く、夏季休暇とはいえ何の音沙汰もなくクロスベルにーー」

 

「ッ!」

 

もう眼前までに火炎放射が迫っており、説教を言わせる前にレトはラウラに近寄って腰を抱き、跳躍して火炎放射を避けた。

 

「なっ!?」

 

「説教は後でたっぷりと聞くから……後にしてくれる?」

 

「あれー? うーん、お姉さんもそこそこ強そうだけど、まだまだ足り無いかなぁ? ねえお兄さん……もっとだよ、もっとシャーリィを熱くさせてよね!!」

 

構えられたテスタロッサから火炎が放射。 だがその勢いは先程より弱かったが、それと同時にチェーンソーが周り……チェーンソーに炎が纏われる。

 

「ラウラ、巻き込んで悪いとは思っているけど……構えて」

 

「承知。それに謝罪も不要だ。 レトと共に行くと決めてからこの程度の壁、覚悟はしていた。 お前といれば私はさらに高みを目指せる」

 

2人はクスリと笑い、戦術リンクを繋いだ。 それを見たシャーリィは軽く驚きを見せる。

 

「へぇ……なかなか面白そうじゃん」

 

「はああああっ!!」

 

「うわっと……」

 

2人は同時に飛び出し、流れるような隙間ない連携でシャーリィを追い詰める。 チェーンソーにはレトが対応し、その隙にラウラが攻める……まるで熟練の連携だとシャーリィは思うが、連携のネタはオーブメントだと気付いた。

 

「ふうん……? 噂でエニグマIIとは別の第四世代の戦術オーブメントがあるって聞いていたけど……かなり実戦的みたいだね? お姉さん、お兄さんに合わせてかなりいい動きしてるよ」

 

「……それは光栄だな」

 

だが、とラウラはシャーリィに大剣を向けながら続けて言う。

 

「しかし、なにゆえレトに剣を向ける。 レトを見るに、どうやら戦う理由が無いように見えるが……」

 

「アハハ、そんなの楽しいからだよ。 赤い星座にいてもこんなご馳走、滅多に味わえないからね!」

 

「! その名は……!」

 

シャーリィが口にした赤い星座という名にラウラは反応した。 そしてシャーリィは炎を纏ったチェーンソーを振り回してレト達を斬りつける。

 

「アハハハ!!」

 

「ッ……なんて荒々しい……!」

 

「……ラウラ、下がるよ」

 

「……! 承知……」

 

笑い声を上げながら襲いかかるシャーリィのチェーンソーを避け、少しずつ塔の端に追いやられていく。 その際、レトは懐から何かを取り出して床に転がした。

 

「アハハ!」

 

「ふう……」

 

狩猟的な目は2人しか捉えてなく、レトは軽く一息をついていると……シャーリィが何かを思い出したかのようにレト達に話した。

 

「後でマインツに行ってみるといいよ。 面白いものが見られると思うから」

 

「マインツ……? それって鉱山町のこと?」

 

「さあ、どうだろうね? それじゃあ……第2ラウンドと行こうかな!」

 

「くっ……これがフィーのいた《西風の旅団》と対を成す《赤い星座》か!」

 

「アハハハハ!!」

 

シャーリィはテスタロッサの下段の銃口から火炎を放射し……

 

「ーー行くよ、ラウラ、ルーシェ!」

 

「にゃっ!」

 

「っ……!」

 

それと同時にレトはラウラを抱えて踵を返し、ルーシェがレトの肩に飛び乗ると同時に……塔から飛び降りた。

 

「なっ!?」

 

さすがのシャーリィもその行動には驚いたが、すぐに異変を感じて当たりを見回す。 するとシャーリィの足元には……火炎放射で導火線に火が付いている無数のダイナマイトが。

 

「ッ!!」

 

すぐさまシャーリィは階下に飛び降り、導火線の長さがゼロになると……

 

ドオオオオオンッ!!

 

「おっととおっ!?」

 

「にゃーーー!」

 

「くっ……!」

 

爆風で煽られながらも姿勢を正し、ラウラは懐から1枚の布を取り出して両手で広げると……強い制動がかかり2人と1匹はゆっくりと落下する。

 

「ふう……ラウラがいなかったら危なかったよ」

 

「まったく……行く先々で面倒に巻き込まれるよって……」

 

「仕方ないでしょう。 でも、そう言いながらも心配してくれるんだね。 僕を追ってクロスベルまで迎えに来てくれたんだし」

 

「………………」

 

レトはそう言い、ラウラは半眼になりながらレトを見つめ……掴んでいた手を離した。 レトはギョッとなって落下し……慌ててラウラの足を掴んだ。

 

「うわっ!? 落ちる落ちるーー!」

 

「ええい、お前なんて馬に蹴られて死ぬがよい! ッ!? 上を向くでない!!」

 

「痛い痛い!! 蹴らないでよ!!」

 

「にゃー……」

 

両手が塞がっているラウラは顔を真っ赤にしながらレトを足蹴にし……ルーシェがラウラの肩の上で溜息を吐きながら2人は風に流されて湖畔に着陸した。

 

「はあはあ……死ぬかと思った」

 

「ふん!」

 

別の意味で命からがらレトは生き長らえ、ラウラはスカートを直しながらソッポを向いた。

 

「それにしても……パラショール、まだ持っていてくれたんだね」

 

「と、当然だ。 そなたからの……は、初めての贈り物だからな……」

 

レトが持つ冒険7つの道具の一つ……パラショール、ただの布よようにみえるが、これはとても強い制動力を出す事ができる。 冒険とは常に落下がつきもの、それなら鉤爪ロープでも充分のように思えるが……充分に思えるからレトはラウラにパラショールを譲ったりする。

 

「さて……先ずはクロスベルに戻るにしても……」

 

「やはり、あの者が言ったマインツが気になるな。 当然、行くのだろう?」

 

「もちろん。 罠には慣れてる、でしょう?」

 

「うん。 本来、ここ(クロスベル)に来たのはお前を連れて帰るためだが……私もあの者の言葉が気になる、付き合うとしよう」

 

「ナァー!」

 

ルーシェもその気になり、まずレトとラウラは街道を北上してクロスベルに向かって行った。

 



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38話 幻獣

 

クロスベルに戻ったレト達は補給を終えた後ガイドブックと睨み合いながら歩き回り、北にあるマインツ山道に出ていた。

 

「ふう……帝都よりは小さいとはいえ、見知らぬ土地は迷うな」

 

「んと……この山道を道なりに進んで行けばマインツに着くみたいだね。 そろそろ日も暮れそうだし、急いだ方がいいね」

 

そう言いながらレトは懐からクローバーの形をした銀耀石(アルジェム)を取り出した。

 

「ウルグラを呼ぶのか?」

 

「ここから鉱山町までそれなりに時間がかかるからね。 時刻表を見るに導力バスも数分前に出発しちゃったし……ね!」

 

銀耀石を放り投げ、僅かに弧を描いてレトの背後に落下し……槍の一振りで石を砕いた。 するとレトの背に四葉を模した陣が現れ……中からウルグラが現れた。

 

そして慣れたようにレトとラウラは背に跨り、ルーシェは頭の上に乗る。

 

「ウルグラ、久しぶりだがよろしくお願いする」

 

「グルル」

 

「それじゃあ……レッツ、ゴー」

 

「にゃーにゃにゃー」

 

スロットを回し、ウルグラは四肢を踏みしめて駆け出した。 レトとラウラはしばらくの間、景色を眺めながら山道を道なりに進んで行く。

 

「こうしてラウラとウルグラに乗るのは久しぶりだね」

 

「うん。 旅は足で歩くかウルグラに乗るかの2つだけで、野宿は当たり前だったな。 そのおかげで心身ともに強くなれたが……」

 

「最初は酷かったよねー。 まあ、慣れればなんとかなんとかなったけど」

 

昔話を交えながら山道を登り、トンネルを抜けて直ぐに喧騒が聞こえてきた。

 

「なんだろう?」

 

「町はまだ先のはずだが……」

 

それに加えて喧騒の中には慌ただしさも感じられた。 レト達はウルグラを降り、ウルグラを崖下に向かわせると徒歩で進んだ。

 

すると山道を逸れた場所に人が集まっており、マインツ方面から何人もの鉱夫が走って来てきた。 不審に思ったレトはツルハシを担いで騒ぎの中心に向かって行く1人の鉱夫を呼び止めた。

 

「あの、何かあったのですか?」

 

「どうやら旧鉱山の入り口がいきなり崩落したみたいでな。 崩落前に鉱山の中に特務支援課の人達が入って行ったから今から撤去に向かうんだ」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

礼を言い、ラウラの元に戻る。

 

「どうやら、これが彼女が言っていた面白いものらしいね」

 

「…………(スン)、微かにだが風に流されて火薬の匂いがする。 フィーの使っている火薬と似ているな」

 

「後はどうやって中に入るかだけど……」

 

瓦礫で道は塞がっている事はもちろんだが、恐らくマインツ中の鉱夫総出で撤去に当たって通れたとしても……いきなり学生2人を中に入れてはもらえないだろう。

 

「さて、どうしたものか……」

 

「ーーなんだ、こんな所でデートか?」

 

『!!』

 

どうしようか頭を悩ませていると……いつの間にか2人の背後に赤毛の男性が立っていた。

 

(気配を感じられなかった……!)

 

「い、いえ、僕達はクロスベルで偶然出会った女の子にこの場所を勧められて来ただけで……」

 

「へえ、そうなのか」

 

クロスベルではないが決して嘘は言ってなく、男性はニヤニヤとしながらも納得してくれた。

 

「それでこの騒ぎはなんなんだ?」

 

「なんでも旧鉱山の中に特務支援課という方々が閉じ込められたそうで、今瓦礫の撤去作業をしているそうです」

 

「! なるほど……こりゃお迎えに行ったほうが良さそうだな」

 

男性は1人納得すると旧鉱山の方に向かい、レト達も後に続いて行く。 男性は鉱夫達や町長と面識があるらしく、ちょうど今撤去が終わり開通した旧鉱山に入る模様だ。

 

その時、山道から何かが駆けてくる音が聞こえ。 大きな影が男性に近寄った。

 

「ウォン」

 

「うおっ!? ツァ、ツァイト!?」

 

突然、男性のとなりにひょっこりと大型の狼……クロスベルであったツァイトが現れた。

 

「君は……」

 

「にゃー」

 

なぜここにいるのか疑問に思うが、その前にレトの肩からルーシェが飛び降り。 ツァイトの背に乗ってしまった。

 

「おい、ツァイト!」

 

「ちょっとルーシェ!」

 

そしてツァイトがルーシェを乗せたまま旧鉱山の中に入ってしまい。 ランディとレト、ラウラは追いかけるように旧鉱山の中に入った。

 

中は使い終わった鉱山にしては明るく、その明かりもキノコや苔が薄紫色に光ることで照らしていた。

 

(……この感じ……上位属性が働いている)

 

「ーーおい。 お前らは待っていろ。 この先は子どもには危険だ」

 

「心配は無用だ。 これでも剣の道を進む身、己の身は守れる」

 

「こう見えても士官学院の生徒なんです。 それなりに実戦経験は積んでいますので」

 

「……そうか。 だが無理はするなよ」

 

と、そこで男性は名前を言ってない事を思い出し、3人は自己紹介をした。

 

そしてレトとラウラは赤毛の男性……ランディと共にツァイトを追いかけるが……ツァイトはまるで道案内をするように走っているようだった。 しばらくして開けた空間に出ると……規則的に振動を放つような音が聞こえて来た。

 

「この音は……」

 

「…………! あれは!」

 

視線の先には竜の姿を形取る異形の魔獣、フェアリードレイク。 その前には苦悶の表情を浮かべて蹲っている4人の人物。

 

どうやら首筋の部位を振動させて未知の力場をまとい、相手から力を奪っているようだ。

 

「! まさか……幻獣!?」

 

「あいつら……!」

 

「ウオオオンッ!!」

 

「シャーーーッ!!」

 

その時、2匹の獣が一斉に吠え……フェアリードレイクの力を奪う振動を妨害した。 それと同時にランディがスタンハルバードを構えながら走り出し……

 

「喰らいなっ!」

 

跳躍と同時にフェアリードレイクの顔面を殴りつけた。 それにより完全に振動を止める事が出来た。

 

「あ……!」

 

「ランディ先輩……!?」

 

「き、来てくれたの……!」

 

ランディの登場に4人が驚き、ツァイトも向かうとレト達も次いでフェアリードレイクの前に出た。

 

「ウォン!」

 

「にゃ」

 

「ツァイトも!」

 

「アハハ! すごいタイミングじゃない!」

 

「って、ツァイトに乗っている猫は……?」

 

「それに君達は……」

 

「助太刀する!」

 

「今は目の前の魔獣が優先です!」

 

「まずはこのデカブツを撃破するぞ!」

 

色々と聞きたい事はあったが、先に7人と2匹は目の前の敵と対面する。

 

「アルゼイドが剣……とくと見るがよい!」

 

「天と女神の加護を……いざ参る!」

 

ラウラは大剣を、レトは槍を構え戦術リンクを繋ぐ。 5人は戦術リンクを見た事がないのか、少し驚くもすぐに気を引き締め直した。

 

フェアリードレイクはレトに接近し、前足の爪を立てて振り下ろした。

 

「よっと……!」

 

「やっ、せい!」

 

爪をヒラリと躱し、その隙に懐に入ったロイドがトンファーを振るって足を殴りつける。

 

「そこ!」

 

「やあっ!」

 

「せいせい……やっ!」

 

エリィとノエルの銃撃が着実にダメージを与え、ワジが軽いフットワークによって放たれるジャブを食らわせる。

 

すると、鬱陶しく思ったのか、フェアリードレイクは大きく息を吸い込み……毒霧を吐いた。

 

「マジか!?」

 

「吸わない方が良さそうだね」

 

「ーーはああああっ!!」

 

迫り来る毒霧を警戒する中、レトは槍を構えて前に飛び出し……槍を手の中で回転させ毒霧を霧散させた。

 

「ラウラ!」

 

「任せるがよい!」

 

毒霧が晴れると同時にラウラがレトの肩を使って大きく跳躍して接近し、振り下ろされた大剣はフェアリードレイクの腹部を切り裂いた。

 

「す、すごい連携……」

 

「ヒュウ! やっぱお二人さんはカップルじゃねえの?」

 

「だから違うと言っている!!」

 

「そ、そんな剣幕顔なのに、真っ赤にしていても……」

 

「フフ、どうやら秘密は……2人の戦術オーブメントにありそうだね」

 

「あ、あははー……」

 

鋭い指摘にレトは誤魔化すように笑う。 と、そこでフェアリードレイクは翼を羽ばたかせて軽く飛び上がり、勢いをつけて落下。 地面を大きく揺らす。

 

「きゃああ!!」

 

「ぐっ……!」

 

「この……デカブツが!」

 

ランディが揺れる地面を蹴って跳躍し、ハルバードを振り上げた時……フェアリードレイクは翼を広げ、全方位に例の力を奪う振動を放った。

 

「ま、また……!」

 

「力が……抜けていく……」

 

「フウ…………」

 

さらに、追い討ちをかけるように翼から閃光が走る。 その閃光は光弾のようで、一斉に飛来して来た。

 

「これは……!」

 

「マズイ!!」

 

「フッ……せいっ!!」

 

危険だと判断するも回避するすべはなく、光弾が眼前に迫った時……レトが気功で喝を入れ、槍を回転させて光弾を弾き返す。

 

「ッ…………いつまで耐えればいいのか……!」

 

「ーーグルル……」

 

「フーーッ!!」

 

その時、後方にいたツァイトとルーシェが牙を剥き出しにして身構え……

 

『ウオオオオンッ!!/シャアアアアッ!!』

 

同時に吠え、フェアリードレイクを威嚇した。 その咆哮はかなりの振動を放っており、フェアリードレイクの振動と光弾による攻撃を止める事が出来た。

 

そして……どこからともなく砲撃が飛来し、フェアリードレイクを後退させる。

 

「今のは!?」

 

「砲撃の音……!?」

 

(これは……ウルグラの援護か!)

 

「ッ………ウルグラ!!」

 

一瞬迷いがあったが、レトは左手を掲げて叫び……どこからとも無く銀色の大剣が飛来、レトの手に収まった。

 

大剣を肩に担ぎ、姿勢を低くする。

 

「ーー力を解放、終わるまで……止まらないよ!」

 

右手に力を込めながら地面に振り下ろし、地面に強い衝撃波が送られてヒビが走り、土煙が立ち込める。

 

「な、なんなの……!?」

 

「彼の雰囲気が……」

 

「一気に力が増した……レトが持つ大剣の奥義か!」

 

突然のレトの行動に驚く中、土煙の中から緋と蒼が混じったオーラを放つレトが現れ、その相貌は獰猛な獅子のような眼をしてフェアリードレイクを射抜く。

 

レトは大剣を左側の下段に構えながら柄を両手で強く握りしめ、両足で強く地を踏みしめる。 そして大剣を背に回すように身体を捻り上げ、大剣にオーラが収束し……

 

「ひとつ」

 

左下段からの切り上げ。 大剣がフェアリードレイクを切り裂くと同時に衝撃が放たれる。 続けて右下段に構え、再びオーラが収束。

 

「ふたつ」

 

同じように右下段から切り上げられて切り裂くと同時に衝撃波。 そしてレトは大剣を振り下ろし大剣を斜めに地面に突き刺した。

 

「はあああっ!!」

 

そのまま時計回りに回転し、大剣を地面に引き摺る。 大剣が地面を切り裂く事に火花が、次いで炎が飛び散り……

 

「みっつ……グラビティクロスッ!!!」

 

地面から解き放つように大剣を横に薙ぎ払い、フェアリードレイクを横一線に斬り裂いた。

 

そして、フェアリードレイクは断末魔とともに光り出し……風を巻き起こして塵のように霧散して行った。

 

「き、消えた……」

 

「……今はいったい……」

 

「ふう、どうやらタダの魔獣じゃなかったみてぇだな。 ま、何とか倒せて良かったぜ」

 

彼らが会話している間にレトはツァイトに近寄り、背に乗っていたルーシェを抱きかかえた。

 

「よっと……もうルーシェ、勝手にどこかに行かないでよね」

 

「にゃー」

 

「グルル……」

 

「ふむ、初対面にしてはお互いに警戒してないな。 犬と猫は仲が悪いと聞いていたが……」

 

「この子達は賢いからね。 喧嘩する意味もなくと分かってるんだよ」

 

「ーーそれでひょっこりコイツが現れて、ここまで連れてきてくれてなぁ。 まあ、オマケもあるんだが」

 

そこで、ランディ達がツァイトとレト達の方を向いた。

 

「えっと、あなた達は?」

 

「あ、はい。 初めまして、レト・イルビスと言います。 この子はルーシェ」

 

「にゃー」

 

「ラウラ・S・アルゼイド。 どうか良しなに」

 

「ご丁寧にどうも。 俺はロイド・バニンクス。 自分達はクロスベル警察・特務支援課に所属している」

 

「私はエリィ・マクダエル。 さっきは危ない所を助けてもらって感謝するわ」

 

「ノエル・シーカーです。でもあまり危険な事はしないでくださいね」

 

「ワジ・ヘミスフィア。 2人ともかなり強いけど、彼女はアルゼイド流で、君は……天月流かな?」

 

「! よくご存知で、マイナーな流派と思っていたのでが……」

 

全員自己紹介をし、レトはここに来た経緯を説明した。

 

「僕達はマインツに面白いものが見られると聞いて来てみて、その矢先にこの騒動に巻き込まれたというか……突っ込んだというか」

 

「この猫がツァイトに乗ってここまで来てよ。 飼い主とガールフレンドも追いかけてな。 腕も確かだったからなし崩しかもしんねえが」

 

「ええい、たがら私はレトとその…………違うと言っている!」

 

そのラウラの以上な反応に、2人の女性は少なからず気付いた。

 

「あはは……それで君達は観光人みたいだけど、どこから来たのかな?」

 

「あ、はい。 夏季休暇を利用して帝国から来ました。 クロスベルに戻ったら帰国する予定です」

 

「へ、へえ……帝国から……」

 

帝国と聞くと、エリィは少し遠い目をした。 レト達は首を傾げるが、ロイド達は同情していた。

 

「エリィさん、どうかなされたか?」

 

「気にしなくていいよ。 ちょっと帝国人のイメージが緩和したみたいだから」

 

「?」

 

よくわからないが、どうやら帝国人絡みで何かあったらしい。

 

「それと君、確か戦う前に“天と女神の加護”と言ったね。 あれは東方の信仰対象たる天……その言い回しだね」

 

「あ、はい。 よくご存知ですね。 槍の流派が東方なもので、その影響もあって」

 

「なるほど……じゃあ、その大剣は? かなりの腕前だったけど」

 

「そういえば、どこからともなく飛んで来たけど……もしかして、あの時援護してくれた人が渡してくれたのかしら?」

 

「え、ええっとー……」

 

一気に責め立てられるように聞かれ、どうしたものかと考え込む。 ウルグラの存在を知られるわけにはいかず、若干しどろもどろになってしまうが……そこでラウラに脇を小突かれ、レトは1度咳払いをして気を取り直した。

 

「コホン。 僕は槍や大剣の他に剣と銃を使い分けているのです。 一通りの武器なら人並みくらいには使いこなせるので」

 

「……へえ、それはすごい」

 

当然ワジは誤魔化されている事に気付いたが、察したのかそれ以上追求してこなかった。

 

と、そこで遅れながら鉱員達が到着し。 旧鉱山の異様な有様に驚きながらもロイド達の身の無事に安心した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

旧鉱山から脱出した後、ロイド達は入り口を爆破したと思われる人物がいないか周辺を探し回っている中……レトとラウラは今一度、ここに来た経緯を詳しく説明、事情聴取を受けていた。

 

「なるほど、その赤毛の女の子に言われてマインツに来たのね」

 

「はい。 面白いものが見られると言ったので」

 

場所は星見の塔であってクロスベル市内ではないのだが、それ以外は嘘偽り無く話した。

 

「んー、証言から察するに、もしかしてカジノで会ったあの子じゃないかな?」

 

「……ええ、私もそう思うわ……それで、その子の名前とか聞いているかしら?」

 

「自己紹介はしてないんですが、自分の事をシャーリィって名前で呼んでいたので」

 

「何っ!?」

 

レトがシャーリィの名を口にすると、近くにいたランディが一気に詰め寄って来た。

 

「それ、本当か?」

 

「は、はい。 かなり血気盛んな子でしたけど……」

 

「ふむ……そういえば、彼女の髪とランディ殿の髪色はよく似ているな」

 

「あ……」

 

「そう言われれば……」

 

「……チッ……来てんのかよ、あの馬鹿どもは……」

 

「……彼女は……赤い星座、なのですね?」

 

「なっ!?」

 

「ラウラ!?」

 

ランディとシャーリィの共通点に驚く中、唐突にラウラが赤い星座の名を言ってしまった。

 

「赤い星座?」

 

「それって確か、大陸最強と言われる二大傭兵団の一つの名前だね」

 

「どうして赤い星座を知っている?」

 

当然、ランディは険しい目をしてラウラを睨みつける。 ラウラは怯まず首を横に振った。

 

「いやなに、西風の旅団に所属している人物から耳にした事があってな。 話に来ていてた特徴と一致していたゆえ、そのような憶測に至った」

 

「何でも自分に似た猫のような子って言ってたよね? 言われてみれば一致しているかも」

 

「……ああ、西風の妖精か」

 

ランディはフィーを知っていたようで、猫のような2人を思い出しながら一応納得した。

 

そして、途中で話がかなり逸れてしまったがこれで事情聴取は終わりになり。 ロイド達は乗って来た車で一足先にクロスベルに戻って行った。

 

残されたレト達はトンネル前まで歩き、人気がない事を確認した後にウルグラを呼び出した。

 

「ありがとね、ウルグラ。 さっきは助かったよ」

 

「グルル……」

 

レトは尾の先端に大剣を付けながらウルグラにお礼を言う。 それから2人と1匹はウルグラに騎乗し、来た道を戻ってクロスベルに帰った。 そして……

 

「う〜んっ! この龍老炒飯美味しい!」

 

「うん。 この小籠包も中々美味だ」

 

東通りにある東方風の飲食店、龍老飲店でレト達は食事を取っていた。

 

「やっぱり僕は帝国の料理より東方料理の方が好きだなー。 量が多い割にリーズナブルな値段だし」

 

「とても皇族の発言とは思えないな。 まあ、美味であることには同意するが」

 

「ハグハグ……」

 

食事を取ることで連戦と移動で消耗した体力を回復し、ふとレトは箸を止めた。

 

「さて、後は帰国するだけだけど……」

 

「先ほど、陛下からお呼びがかかって来たのだな?」

 

「そうなんだよねえ……」

 

店に入る前、レトのアークスにとある通信が届いて来た。 その通信内容は……帰国後、すぐに帝都のバルフレイム宮に出頭しろとの御達しだった。

 

「大方、この前の帝都での件だと思うんだけどねー。 もしくはあの噂の件か」

 

「しかし、皇族がもう1人いるなど……普通なら荒唐無稽な噂だと受け流すはずだ」

 

「にゃ〜?」

 

「はむ…………ほにもはふにも(とにもかくにも)(ゴックン)、帰ってみないと分からないわけだ」

 

「行儀が悪いぞ、まったく……」

 

炒飯を口に含みながら喋るレトに、ラウラは呆れながら嘆息した。

 

その後、レトとラウラは大陸横断鉄道で帝国に帰国したのだった。

 



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第5章
39話 編入生


次々と新しい閃4の情報が出る中……主人公はまだいない。


8月18日ーー

 

先月にテロが起きたが……それよりも心配だったのはレトの素性。 この帝国を統べる皇族アルノール家の一員であること、リィン達はこの事実に驚愕したが……特別実習が終わってトリスタに帰った後も以前と変わらずにレトに接し、そのおかげでレトはいつものように、気の向くままに学院生活を過ごせていた。

 

そして8月の中旬……士官学院は軍と同じく年末年始以外の長期休暇は本来は存在しない。しかし、貴族生徒に限っては将来の領地運営の勉強などの名目で故郷への帰省が認められており、この時期になるとI組、II組の生徒達のほぼ全員がトリスタから離れていた。そして残ったIIIからV組までの生徒は彼らを羨みながらも勉学を修練に励み、VII組のメンバーも全員がトリスタに留まっていた。

 

「あっついね〜」

 

「言うな、余計に熱くなる」

 

「当の本人はまるで汗かいてないけどね……」

 

そろそろHRが始まりそうになる頃、レト達は雑談がてら集まっていた。

 

「ーーっていうか、レトはなんでルーシェを連れて来たのよ」

 

「仕方ないでしょう、勝手に付いて来たんだから」

 

先月の帝都からの帰りに、ルーシェはいつの間にかレトの荷物の中に紛れ込んでおり、そのままトリスタまで着いて(連れて?)きてしまったのだ。

 

すぐに帰そうとしたが……事情を聞いた学院長がアッサリと許可を出してしまい、当然飼い主のレトが面倒を見るという事で第3学生寮に留まっているのだった。

 

「なんていうか……あの子ってなんか賢すぎるよね、僕達の言葉も理解しているみたいだし」

 

「大きさは子猫より少し大きいくらいだが歳は幾つくらいなんだ?」

 

「うーん、聞くところによると10は軽く超えてるみたい。 正確な歳は僕も知らないんだ」

 

「10歳……普通の猫ならもうかなりのご高齢のはずですよね?」

 

「……かなり元気だったけど」

 

「……………………」

 

疑問に思いながらも今もレトのベットの上で寝ているルーシェを思い浮かべるリィン達。

 

「……でも正直、だるいかも」

 

「わざわざ言わないでよ……はあ、氷でも何でもいいから冷たいものが欲しいわね……」

 

「それなら寒くなるような話をすればいいんじゃないか?」

 

「あ、それならいいのがあるよ! 題して……亀の呪い!」

 

「ーーあ、落ちが見えたからいいわ」

 

アッサリ断られ、レトはガックリと項垂れる。 決して亀の呪い(鈍い)……というオチではなかったりは、しない。

 

「ふむ……確かにこちらの方は故郷(レグラム)よりも暑さが厳しいな。 これも修行と思えば気にならぬが」

 

「バリアハートは同じくらいだがこの時期、峡谷から風が吹くからな。 まだ過ごしやすいかもしれん」

 

「俺の故郷は山間にあるから、この時期でも涼しいくらいだな」

 

「この時期は宮殿じゃなくてカレル離宮に居るからね。 そこまで暑くはならないかな」

 

と、そこでエリオットは貴族であるリィン達が帰省をしなかった事を思い出した。

 

「そういえば……リィン達、貴族生徒なのに結局帰省しなかったんだよね」

 

「一応、3人とも許可は出ていたんでしょう?」

 

「はは……クラス全体が休みになるなら考えたけど。 妹とも会ったばかりだし、今年の夏は止めておいたんだ」

 

「ーー元より修行中の身。 自分なりの手応えが得られるまで中途半端に帰るつもりはないな」

 

「フン……わざわざ居心地の悪い実家に帰る阿呆がいるか。 この暑さを我慢した方が千倍はマシというものだ」

 

「そ、そんなに嫌なんだ」

 

「……あ、レトはどうなんだ? そこの所は?」

 

貴族ではないが、一応皇族であるレト。 マキアスはふと思った疑問を口にした。

 

「こっちもそんな予定はないよ。 ここにいるのは平民の、ただのレト・イルビスだからね」

 

「そうですか……やはり大変なのですね」

 

「……まあ、何にせよ暑さに関係なく色々慌しくはなっているしな。 関係者にとったら暑さどころじゃないだろう」

 

「……確かに」

 

「クロスベルで行われるという西ゼムリア通商会議か」

 

西ゼムリア大陸諸国……エレボニア帝国と、敵対するカルバート共和国、リベール王国、レミフィリア公国、そして開催地であるクロスベルを含めた最高地位に属する者達によって行われる国際会議が、クロスベルの市長であるディーター・クロイス氏の提案によって開催される。

 

帝国からは皇帝陛下の名代としてオリヴァルトが、そしてオズボーン宰相が出席される予定となっている。 ただしオリヴァルト曰く、陛下の名代と言っても自分は確実にお飾りになるかもしれないとのこと。

 

「しかし……鉄血宰相、ギリアス・オズボーンか。何というか……とんでもない存在感だったな」

 

「何でも呑み込みそうな怪物って感じ」

 

「僕もそう思う。 アレは人としての括りを抜け出しているような人だから……」

 

何度も会ったレトだからこそ、彼の化物ぶりは身に染みていた。 自身を遊戯版の指し手でありながら王という駒ですらあり、彼が犠牲になろうともそれは戦力の内、王がいなくともゲームは終わらない……

 

「エレボニア帝国政府代表……軍部出身の政治家で、11年前、皇帝に信任されて宰相となった人物。 今や帝国正規軍の7割を掌握すると聞く」

 

「帝都を中心に、全土に鉄道網を整備した人物としても有名ですよね。 それと、周辺にある幾つかの小国や自治州を併合したとも聞きます……あくまで平和的、みたいですが」

 

「フン、どうだかな……あの男が宰相となってから軍事費が増大したのは間違いない。 巨大な帝都や、併合した地域からの莫大な税収を足がかりにしてな」

 

「それは……」

 

宰相閣下はいつか帝国を戦乱の世に貶める……レトはそう思えてならなかった。

 

「……実際、クロスベル方面の二門の列車砲を発注したのも元はといえばあの人なのよね……それによって、共和国との間で大規模な戦争が起きる所だったし」

 

「その時は、リベールという国の提唱で戦争を回避できたと聞いたが……確か不戦条約だったか?」

 

「ああ……だがその緊張は未だに尾を引いているらしい。 だから、今回の通商会議ではそのあたりが話されると思うが……」

 

結局の所、不戦条約と言えば聞こえはいいが……この戦争が起こらない時期は戦争の準備をしているとも言える。

 

「それに加えて、クロスベルの領土問題もある。 ここ最近クロスベルで大きな事件があったそうでね。 解決には至ったけど……その事件で警備隊の存在意義が完全に否定されてしまった。 両国がその事を口実にクロスベルを袋叩きにするだろうね」

 

「それもありましたか……」

 

「クロスベルが帝国、共和国による自治州である以上、かなり深刻な問題だろう。 そして宰相閣下も……その事実を知った上で領土権を主張するだろう」

 

「クロスベルか……ノルドの領土問題と似たような問題を抱えていると聞いたが」

 

クロスベルの問題も他人事のようには思えず、その原因が宰相にあると分かると頭を悩ませてしまう。

 

「うーん……帝都じゃ凄く人気がある人なんだけどなぁ。 でも……実際には、あんな連中に思いっきり狙われているみたいだし」

 

「帝国解放戦線……『静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す』か」

 

帝都の地下道で出会ったテロリスト達を思い出す。 彼等から感じられた執念に近い感情は、実際に戦ったレト達にもよく伝わっていた。

 

「どうやら宰相殿に対して憎悪の炎を燃やしているようだな。 それも尋常の怒りではあるまい」

 

「確かに、それだけの恨みを買いまくっていそうな感じ」

 

「うーん、父の盟友を悪く言いたくはないんだが……」

 

「怨まれても仕方ないよ。 宰相が領土や鉄道を広げた事に比例して……恨みも買っているんだから」

 

レトの言葉にリィン達は納得してしまう。 鉄道を敷く時に当たって民家を壊した事もあれば、国を併合する時もあまり目にも入れたくない方法が使われた事もあった。

 

と、そこで完全に会話が詰まり、全員が沈黙する。 だが……そんな中でエマはある事に気付く。

 

「そういえば……サラ教官、遅いですね? もうHRの時間ですけど」

 

「そういえば……10分も過ぎているな」

 

「全くあの人は……まさか寮で寝坊してたりとかしてないわよね?」

 

「いかにもありそう」

 

「うーん、否定出来ないのがちょっと厳しいけど」

 

「コラコラ、()()()違うわよ」

 

「………………」

 

丁度いいタイミングで教室に入って来たサラ教官。 レト達はどうにも“今日は”、という言葉に引っかかりを覚える。 “今日も”の間違いだろうと……

 

「サラ教官」

 

「おはようございます」

 

「おはよ、皆」

 

が、いつもの事なので、もうそれを指摘する事はなく。 レト達は自分の席に着いた。

 

「で、遅れたのにはちゃんと訳があってね。 今日は皆に新しい仲間を紹介するわ」

 

「え……!」

 

「編入生……」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

別に教育機関であるのでVII組にも編入生が来てもおかしくはないが……この時期、あの帝都での事件の後であるのでレト達は少し緊張したが……

 

「それじゃ、入ってきて」

 

「うーっす」

 

その緊張に反して軽そうな返事と共に入って来たのは……銀色の髪にバンダナを巻いた、緑色の制服を着たその青年……その姿を見てリィン達は驚愕する。 そこにいたのは、自分達もよく知る人物、2年生のクロウ・アームブラストだったのだ。

 

「……え」

 

「あれ……?」

 

「2年のアームブラスト先輩……?」

 

「ーークロウ・アームブラストです。 今日から皆さんと同じVII組に参加させてもらいます……てな訳で、宜しく頼むわ」

 

最初の方は真剣だったが……最後まで持たなかったようで。 左手を腰に当て、右の親指を立てながら自分を指差し、明るくフランクに自己紹介する。

 

「ええっ!?」

 

「ど、どういう事ですか?」

 

「いや〜、これには非常に深刻かつデリケートな事情があってだな」

 

「はあ、よく言うわよ。 コイツ、一年時の単位をサボって幾つか落とててね。 このままじゃ卒業できいって泣きついてきただけよ。それで特例で3ヶ月ほどVII組に参加する事になったわけ」

 

それを聞き、レト達は呆れ果てた。 完全に自業自得であるのに何とも図々しい事か……

 

「……なんだそれは……」

 

「お、思いっきりどうしようもない理由じゃないですか……」

 

「知ってるかもしれないけど去年、ARCUSの試験導入に参加した実績もあるからね。 その点に関しては、君達のいいお手本になるかと判断したの」

 

「ここに来てしまった時点でお手本も何もないと思いまーす」

 

「ちょっ、惨すぎね!?」

 

「……否定できないのが何とも」

 

「後ギャンブルの才能もない。 運とツキも読めない博打じゃ、いつか爆散するよ?」

 

「こ、怖えこと言うなよぉ〜……」

 

薄ら笑うレトにクロウは恐怖を覚える。

 

「まあクロウが爆死云々はともかく『ヒッデェ!?』 特別実習にも参加してもらうからそのつもりでいてちょうだい」

 

「くっ……結局一通り説明されちまったか。ゴホン、そういう訳でよろしくな? 同じクラスになったからには先輩後輩、抜きで行くとしようぜ」

 

「は、はあ……」

 

「はい。 よろしくお願いしますね、苦労さん」

 

「……なんか、発音違くね?」

 

「なかなかそういう訳にはいかぬと思うが……」

 

「ぶっちゃけ軽すぎ」

 

クロウの軽口に呆れてしまう。 と、そこでリィンとガイウスが開いたままの扉に気付いた。

 

「ーーサラ教官。 扉が開いたままということは……」

 

「まさか……他にも編入者がいるんですか?」

 

「え……?」

 

「それって……」

 

「あら、バレちゃった? というわけで、出てきて挨拶しなさい」

 

「はー。 待ちくたびれちゃったよ〜」

 

廊下から痺れを切らしたかのような少女の声が聞こえる。 そして……水色の髪の少女が軽く走るようにして教室の中に入ってくる。

 

「えへへ」

 

「へ……」

 

「ええっ!?」

 

「なに……!?」

 

どうやらリィン達、ノルド高原で実習したA班は彼女について知っているようだが……知り合いという反応ではなさそうだ。

 

「君は……」

 

「ノルド高原で会った……」

 

「うん、お久しぶりだねー。 初めての人もいるから、改めて自己紹介するねー。 僕はミリアム、ミリアム・オライオンだよ」

 

そして不意にミリアムは右手を上に掲げる。瞬間、彼女の背後で空間が歪んでそこから実技テストで使われる機械人形に似た……しかし巨大な両腕を持つ白く陶磁器のような機械人形が出現した。

 

「こっちがガーちゃん。 正式名称はアガートラム」

 

両腕を曲げて腰にあたる位置になる部位に当て、鳴き声のような機械音を発するアガートラム。

 

既に見た事のあるリィン達はともかく、当時B班でレト達からすれば……話には聞いていたが、実際に見せられると驚いてしまった。

 

「なああああっ……!?」

 

「ええっ……!?」

 

「オーロックス砦で見た……」

 

「すると、ノルド高原でそなた達が会ったという……」

 

「……………………」

 

「あー、そのデッカイのは教室内で出すのは禁止ねー。 下手に壁でも壊されたらあたしが怒られちゃうから」

 

「むう、しょうがないなぁ」

 

渋々と言った様子でミリアムは了承し、先ほどと同じようにアガートラムが消えていった。

 

「えへへ、そんなわけで……よろしくねー!VII組の皆!」

 

元気に振る舞うミリアム。 だが、彼女の所属を考えてしまうと……どうしても素直には受けいられなかった。

 

「……えっと」

 

「冗談、ですよね……?」

 

「んー、あたしもその方が面倒がなくていいんだけどねぇ」

 

「ハハッ、中々面白くなりそうじゃねーの」

 

こうして、クロウとミリアムという新たな仲間を加えてVII組は再び動き出したのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

8月21日ーー

 

ミリアムとクロウがVII組に来てから早3日……クロウは元々学院で接したりしている間柄だったのと本人のフランクさが相まってすぐに馴染んでいた。

 

ミリアムも気さくさで言えばクロウには負けず劣らず。 しかし彼女の素姓が裏で影を引いているせいで妙な怪しさを感じさせずにはいられなかった。

 

とはいえ、この異色すぎる新たなメンバーは何事もなく、あっという間にVII組に馴染んでいった。

 

「〜〜〜〜〜♪」

 

放課後、ミリアムやアガートラムについて多少懸念しながらもレトは写真部の部室で持ってきていた導力ノートパソコンで帝都で撮影した写真を整理していた。

 

「うーん、風景写真ももちろんあるが……相変わらずレト君は魔獣の写真も多いね」

 

「そうですか? ほら、コレなんかいい顔してるじゃないですか」

 

「そんな骨だけの気持ち悪い龍のどこがいい顔してるんだよ!?」

 

画面に映っていた横たわっている骨だけの龍にマックスは指をさしながら声を荒げる。

 

「はあ……本当はコレが動いているところを撮影したかったんだけど……その時既にリィン達に倒されていたからなぁ」

 

「ガッカリするところ、そこなんだね……」

 

「……つうか、前から思ってたけど……魔獣と戦っている時に導力カメラなんか構えられるのか? しかもこんな綺麗に撮ってよ」

 

「出来るよ。 なんせ僕は戦うカメラマンだから。 延いてはこの写真部を戦う写真部にします」

 

「……確かに戦う事は出来そうだけど……君は写真部をどこに向かわせる気だい?」

 

「あははは」

 

笑い事に聞こえなかったようだが、気にせずレトは笑って誤魔化した。 その後、レトは学院を出ようとすると……そこへ少し疲れているリィンとラウラとユーシスがミリアムを連れながら歩いてきた。

 

「あ、レトだ!」

 

「やあ皆、今から帰り?」

 

「……ああ」

 

「……お疲れのようだね?」

 

あまり元気のない返事に、ニコニコしているミリアムを見ながら同情する。 レトはそのまま同行して、ミリアムを連れて寮に戻ったが……寮に入って先ず見たのは玄関先のテーブルでコーヒーを飲むクロウとシャロンの姿だった。

 

レト達は何故ここにクロウがいるのか疑問に思うが、その前に2人がレト達に気付いた。

 

「よお、お疲れ」

 

「お帰りなさいませ皆様」

 

「ク、クロウ先輩……!?」

 

「何でここに……?」

 

「ああ、VII組に参加するにあたってこっちに引っ越しする事になっちまって」

 

当然と言えば当然かもしれないが、やはり唐突過ぎた。 だが、当の本人もシャロンの淹れてくれたコーヒーを飲んで満足している様子だった。

 

「それにしてもシャロンさんの淹れたコーヒーは絶品ッスねー。 こんなことならさっさと参加しておくんだったぜ」

 

「ふふ、クロウ様ったらお上手ですわね。 よろしければ先程焼き上がったお菓子も持ってまいりましょうか?」

 

「お、それじゃあお願いするッス」

 

早速クロウは気分良く餌付けされていた。

 

「てなわけで、急になっちまったがこれからよろしくな」

 

「……普通に馴染んでるな……」

 

「あはは、じゃあクロウも一緒だね!」

 

「おう……でだ、明日の旧校舎の調査にも付き合おうと思ってるんだがどうだ? アークスの勘も取り戻しておきたいんだが」

 

「? 何それ?」

 

旧校舎の探索、そういえばミリアムはその事を知らなかった事に気付いたリィンは簡潔にだが毎月自分達が旧校舎の探索を行っている事を告げる。そして、それを聞いたミリアムは、面白そうに口元を緩める。

 

「面白そうだね!僕も行ってみたい!」

 

「……はぁ、言うとは思った。あのな……危険な場所だぞ?」

 

「平気平気! 僕にはガーちゃんもいるし!もし連れて行ってくれないなら扉を壊して入っちゃうよ?」

 

今日振り回されたリィンからすれば冗談には聞こえず、渋々了承するしかなかった。

 

その後、第3学生寮に帰ったレト達はシャワー室にいた。

 

「ふう……今日も疲れたね」

 

「ああ、日に日にカリキュラムがハードになっているのを感じるよ」

 

「フン、今日は余計に疲れたがな」

 

「それは仕方ないだろう」

 

今は男子の使用時間で、リィン達が1日の汚れを落としていた。 特にリィンは放課後、ミリアムに振り回された時の汚れと疲れを……

 

「とはいえ、毎日シャワーだと疲れは取れないな。 久々にユミルの温泉にゆっくり浸かりたいな」

 

「温泉かあ……リベールで一度入った事あるけど、また入りたいなぁ……あ、ルーシェ」

 

「にゃー」

 

と、そこでルーシェがシャワールームに入ってきてレトに歩み寄り、レトはルーシェを抱えた。

 

「あ、やっぱりルーシェも洗うんだ」

 

「ああ、そうみたいだな。 ってーー」

 

そこで、リィンは目を疑った。 レトは右手に持っている赤いスポンジで体を洗っていると思ったが……スポンジの正体はなんと泡だらけのルーシェだった。

 

「えええっ!?」

 

「むしろルーシェで体を洗っているのか!?」

 

「あ、使う? 結構泡立つよ」

 

「にゃ」

 

「いるか阿呆」

 

たしかにフワフワしている毛並みだが……平然と、さも当然のように使う、使われる1人と1匹にリィン達は何も言えなかった。

 



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40話 錬金術

8月22日ーー

 

「……へぇ、ここがレトの部屋なんだ」

 

「かなりの読書家なのだな」

 

「いらっしゃい、2人とも」

 

レトは自室にフィーとガイウスを招き入れていた。 先月の実習で約束した過去の写真を見せてもらうために。

 

「にゃー」

 

「……もふもふ」

 

「少し散らかっているけど、まあゆっくりしてね。 今アルバムを出すから」

 

「ああ」

 

フィーがルーシェを抱きしめ、ガイウスが差し出された椅子に座りレトは棚からいくつかのアルバムを取り出した。

 

「これが離宮でのアルバムで、こっちがリベールでのアルバム、それでこれが帝国でのアルバムだね」

 

ドカッと、レトいくつもの段になっているアルバムを床に置いた。 アルバムの数としては離宮が1つ、リベールと帝国が5つとなっている。 おそらく帝国のはまだ増え続けるだろう。

 

「離宮……そういえばレトってどこに住んでいたの? やっぱりあのバルフレイム宮?」

 

「僕は基本カレル離宮に住んでいたよ。 一般公開されている時期は念のためバルフレイム宮に移されるて……2年前、コッソリと兄さんについてリベールに行くまではそれの繰り返しだったかな」

 

「苦労したのだな」

 

「そんな事ないよ。 いつも側にはルーシェがいたし、兄さんとアルフィンとセドリックは本当の家族として僕を迎えてくれた……」

 

昔からレトの周りには複雑な事情が颯爽していたが、決して辛かった事はなかった。 古文書の解読や槍の修行に没頭して目を逸らしていた事もあったが、それよりも心を許せる兄弟がいたから……

 

「……ホント、色んな場所に行ったんだね。 これだけあればガイドブックも作れそう」

 

「観光名所は全て回ったと言えるだろうね」

 

「ふむ、それでこれが……」

 

ガイウスがリベールアルバムの1つに目を落としながら感嘆気味な声を出す。 そこに写っていたのは一体のドラゴンだった。

 

「……おおー、ドラゴンだー」

 

「空の女神より遣わせた聖獣か。 何とも厳とした姿だろうか」

 

「にゃおん」

 

フィーとガイウスが覗き込んだのは、雲の上を飛翔する黄緑色のドラゴンの姿……

 

「ーー空の聖獣レグナート、今はもうリベールにはいないみたいだけどね」

 

「そうなんだ……残念」

 

「確かに残念だ。 しかし聞くところによれば聖獣は他にもいる……もしかしたら出会う機会はあるだろう」

 

「………………」

 

「あはは……」

 

ガイウスはいつか会えると信じるが……それを聞いたルーシェはバツが悪そうにソッポを向いた。 それを見たレトは苦笑しながらルーシェの頭を撫でる。

 

「ふむ、他にも魔獣も多いな」

 

「特にこの何体ものヒツジンが合体した物も面白いよ」

 

「……それで、これが……」

 

フィーが1枚の写真を手に取った。 そこには大空を背景にして写っている都市があった。 大きさは小国位だが、何よりも空に飛んでいる事に目を引いた。

 

「浮遊都市、リベル・アーク。 リベールの起源とも言われる大崩壊の時代より封印された古代遺物……前に見せたゴスペルはここで使われる身分証みたいな物なんだよ」

 

「……言葉も出ないな。 例え写真からでも巨いなる力が感じ取られる……」

 

「…………? これ何?」

 

と、そこで不意にフィーが机にあった本を手に取る。 その本はかなり古そうで分厚く、普通では先ず見られない本だった。

 

「それは錬金術に関する本だね」

 

「錬金術……?」

 

「簡単な物しか載ってないけどね」

 

「何故そんな物を所持しているのだ?」

 

「この前の夏季休暇でクロスベルでね。一通り目を通して見たけど……簡単な錬金術なら再現出来そうだよ」

 

「ホント? ちょっと見てみたいかも」

 

「ーーそう言うと思って用意……はしてないけど。 錬金術をやろうと思って準備はしてあるよ、今から見てみる?」

 

「ああ、ぜひお願いする」

 

まだ見てない写真は残っているが、2人は浮遊都市で満足したようだ。 レト達は部屋を出て学院に向かい、技術棟に向かった。

 

「失礼します」

 

技術棟の中にはいつものようにジョルジュ・ノームがいた。 しかし、いつも置いてある導力バイクが無かった。 外にもそれらしきモノは無かった事にレトは疑問に思う。

 

「やあ、来たね」

 

「……いつも一緒にいるあの人は?」

 

「アンの事かい? 今はリィン君に導力バイクのテストをしてもらって、クロウ達と一緒に街道にいるんだけど……僕は忘れ物をしたから一旦ここに戻って来たんだ」

 

「なるほど、それで……」

 

「ジョルジュ先輩、もう釜は出来てますか?」

 

「ああ、設計通りに作っておいたよ。 むしろ設計通りにしか作れなかったけどね」

 

「作れただけでも凄いですよ」

 

レトはジョルジュに礼を言いながら奥の扉を開けて入り、部屋の奥に進むと……そこには普通ではありえない大きさの釜があった。

 

「これが先週に特注で作ってもらった錬金釜だよ! これで錬金術が再現出来るよ!」

 

「……大きいね」

 

「これで太古の人々は錬金術を?」

 

「なんだか、また妙な事をしているな……」

 

「へぇ〜、面白そう!」

 

「ーーって、いつの間にマキアスとミリアムが!?」

 

フィーとガイウスの他に、いつの間にマキアスとミリアムがいた。

 

「僕はミリアムに連れ回されていたんだが……君達を目にしてそのままついて来たんだ」

 

「ねえねえ、一体それで何をするの?」

 

ミリアムはキラキラした目で釜を指差しながら聞いてくる。 レトは多少困惑しながらも錬金術について説明した。

 

「というか、そもそも錬金術とはなんだ?」

 

「何でも、元素を組み合わせて新しい物質を生み出す魔術を錬金術って言うんだって。 錬金術に限らず魔術を使うには魔力が必要なんだけど……これは古のアルノールの血による魔力が解決してくれるはず」

 

「前に言ってた導力魔法の適正のことだね」

 

「そ、錬金術は才能に左右されやすいと言われているけど……簡単な物なら出来るでしょう」

 

兎にも角にも細かい説明をした所で意味はなく、論より証拠と思いレトは火をかけた錬金釜と向かい合う。

 

「さてと、じゃあ始めるよ。 先ずは釜に火をいれたら……さっき買った材料の麦粉と切ったリンゴとハチミツと水を入れて……」

 

「ーーちょっと待て! 君は一体何を作る気だ!?」

 

マキアスを余所にレトは釜の中にポイポイと材料を投げ入れる。 それから棒を釜の中に入れて混ぜて蓋をし、30分後……

 

「タッタタタ〜ン♪ リンゴのタルトが出来ました〜♪」

 

「何でぇッ!?」

 

「どこをどうやったらそうなったんだ!?」

 

「……リンゴの……タルト? 今ので? この釜で……タルトを?」

 

「不可思議な物だ」

 

当然の反応をする4人、あの一連の工程でどうやって完成させたのか疑問に思う。

 

「何でも暗黒時代の錬金術は等価交換とか物理法則に喧嘩売る学問だったみたいだねー」

 

「…………(モグモグ)。 味はいまいち……」

 

「モグモグ……ホントだ、あんまり美味しくない」

 

「そりゃあ、初めてだからね。 出来ただけマシ。 最悪、失敗して爆発なんて可能性もあったから」

 

「それを先に言ってくれ!」

 

マキアスが釜から身を引き、タルトを口にして眉をひそめるレト。 と、そこでミリアムが近くにあった三角フラスコを手に取った。

 

「おお〜……!」

 

中に入っていた赤い液体を見て驚きの声を漏らし……釜の中に流し込んだ。

 

「あ、それ入れたら爆発する……」

 

『ーーえ……』

 

「わ〜い、逃っげろー♪」

 

釜の中が不穏に沸騰する中ミリアムは駆け足で部屋を脱出し、そして……

 

ドカーーーンッ!!!

 

爆発音を轟かせて技術棟の窓が吹き飛び、爆煙が立ち上った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ーーで、これは一体何事?」

 

黒く煤汚れたレト、フィー、ガイウス、マキアスは仁王立ちで額に青筋を立てるサラ教官の前で東方風でいう正座をさせられて並べられていた。

 

硬い床の上での正座なのでとても痛く。 レトは東方文化を嗜んでいてそれ程苦ではなく、他の3人は慣れてないので仕切りに身を揺らしていた。

 

「ケホ……えーっと、実はですねー」

 

レトは煙を吐きながらことの次第を話した。

 

「ふーん、錬金術ねー。 東方でそんな術があるとは聞いた事あるけど……それを独学で再現するとはねえ」

 

「……………あはは、昔からそういう事だけは得意だからね」

 

「……そういえばレトって槍術も本を読んだだけの独学だったっけ」

 

「本当に、羨ましい限りの才能だな」

 

レトはサラ教官の言葉に一瞬だけ眉をひそめる……が、すぐに笑った。

 

「はあ……まあとにかく、あんた達は技術棟の後片付け。 それとレトは何をするにしても細心の注意をすること」

 

「はーい」

 

「承知した」

 

「……メンドイけど、仕方ないか」

 

「くっ、どうして僕がこんな目に……」

 

ほぼ巻き込まれてしまったマキアスは多少愚痴を言いながらも手を動かし、片付けが終わる頃にはすっかり夕方にり、雨も降り出してしまった。

 

「……あーあ、もうこんな時間」

 

「ふう、雨も降り出したな」

 

「……夕立だろう。 終わる頃には止んでいる筈だ」

 

「傘、持ってきておいて良かったかもね」

 

外を見ながら最後の片付けを終わらせた時……室内にクロウが入ってきた。

 

「よお、オメェら。 ご苦労様だな」

 

「クロウ先輩。 確か旧校舎の探索に行ってたのでは……」

 

「ちょうど今さっき終わってな。 それで一度ここに寄ってみたらオメェらがボカやらかしたって聞いてな。 いやぁ、見てみたかったぜ」

 

「もし見てたらクロウ先輩も後片付けに付き合わされましたよ?」

 

「……相変わらず俺には辛辣な事言うな、オメェは」

 

何か気に触る事でもしたのかと思うくらい、とレトの辛口にクロウは愚痴をこぼす。

 

「さてと、まあクロウの事は置いておいて『やっぱひでぇ……』お詫びに何か錬金術で作ってみるよ」

 

「やめてくれ! また爆発でもされたらどうするんだ!?」

 

「アレはミリアムがいらないものを入れたから起きたの。 今度は細心の注意を払ってやるから安心して」

 

「…………無理……」

 

「えーっと、乾燥したハーブに布と糸を入れてグールグルっと……」

 

「やめろーー!!」

 

その日、夕立が止むまで技術棟からは叫び声が途絶えなかったとか何とか……

 



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41話 実技テストV

8月25日ーー

 

今日は実技テストが行われる日。 5度目ともなれば流石に慣れたが……クロウとミリアムにとっては初であり、レト達はグラウンドに集合していた。

 

「さてと、お楽しみの実技テストを始めましょうか。 君達、準備はいいわね?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「いつでも行けるよ」

 

「やれやれ、1年に編入しても実技(コレ)ばっかりはラクできそうにねえなあ。 一応補習の名目だからバックレることもできないしよ〜」

 

「先輩……そんなことしたら本気で卒業できなくなりますよ?」

 

「隙あらば授業は寝ちゃうし、こういう時くらいは本気を出して欲しいわよね……」

 

それぞれがやる気や意気込みを見せる中、クロウだけは気だるそうに声を漏らす。 マキアスとアリサはクロウに対してため息しか出てこなかった。

 

「ハハ、分かってるっつーの」

 

「ねえ、聞いた話じゃガーちゃんみたいなのを相手にするんだよね?あ〜、わくわくするなー! はやくやろうよ〜!」

 

「ええい、騒ぐな鬱陶しい」

 

「あはは、このぐらい騒がしい方が緊張感なくて気が楽でいいけどね」

 

「それを言うのはレトくらいだよ……」

 

はしゃぐミリアムを鬱陶しがるユーシス、それを見たレトは楽しそうに笑いエリオットが少しため息をつく。 と、サラ教官が愉快そうに微笑みながら本題へと入ろうとする。

 

「フフ、二人増えたくらいで随分賑やかになったもんね。ま、要望通りに戦術殻を出してもいいんだけど……折角新メンバーもいることだし、今回は趣向を凝らそうかしら?」

 

「趣向……ですか?」

 

「ふむ、今日はどのような思い付きなのやら」

 

「フフン、思い付き上等! こういうのは柔軟にやってこそよ!」

 

最初からそれをやりたかったかのようにテンションを上げるサラ教官。 どうやら今回も予定通りに実技テストは行われないらしい。

 

「ーーという訳でリィンとレト! そして新入りのクロウ、ミリアム!」

 

「は、はい!」

 

「はい」

 

「おう」

 

「はーい」

 

「ーーあんた達、チームね」

 

「え」

 

(ふーん?)

 

突然の宣告に虚を突かれたように驚くリィン。 しかし、それは横に置かれてしまい、サラ教官は残りの8人に視線を向ける。

 

「残り8人は、男女に別れてチームを組みなさい。マキアス達副委員長チームとエマ達委員長チーム、そんでリィン達達変則チーム……以上3組で模擬戦をやるわよ!」

 

本格的な対人戦……思い付きにしてはかなりハードな実技テストだ。 しかもバランス良く戦力を3つに分けられている。 リィンは少し納得はしなかったが……サラ教官の説明で渋々納得した。

 

「さてと……まずは変則チームと副委員長チームからね。各自、準備してから配置についてちょうだい。 あ、それとレトは武器を1つだけにしてちょうだい。 一戦ごとに変えてもいいけど模擬戦中は1つだけよ」

 

「分かりました」

 

レトだけが制約をつけられてしまったが……当の本人は特に気にしないで得物を槍に決めて準備を終え、両チームは配置についた。

 

「まずは男子達が相手か……あのメンツなら、どの間合いからでも柔軟に対処してきそうだな」

 

「まあ、要するに皆やっつければいいんだよねー?」

 

「ハハ、違ぇねえ。 だが油断は禁物だらうぜ」

 

「間合いを計りつつ、一気に崩して行こう」

 

「フフ、双方、準備は出来ているわね」

 

サラ教官は全員が臨戦態勢に入ったのを確認すると……

 

「それではーー始めっ!!」

 

模擬戦の開始を宣言した。 開始と同時にユーシスとガイウスが走り出した。 2人それぞれをリィンとレトが対応に当たり、刀と剣、槍と十字槍をぶつけ合う。

 

「フ、やるな」

 

「そっちこそ!」

 

お互いに賞賛しながらリィンとユーシスは斬り結び合う。

 

「よっと……また腕を上げたんじゃない?」

 

「そちらもな!」

 

レトは次々と十字槍による突きと薙を見切りながら避け、ガイウスは手を休めず攻撃を続ける。

 

「いっくよー!」

 

ミリアムは駆け出し、後衛のエリオットに向かっていく。 その行く手をマキアスが阻み、牽制としてショットガンを撃たれたが、アガートラムが前に出て腕を交差し防御した。

 

「そらよっ!」

 

その隙にクロウが接近し2丁拳銃を撃つが、エリオットはその前にアーツを発動した。

 

「ーーエアリアル!」

 

突風が巻き起こり、銃弾は風に流されて外され。 風はミリアムとクロウに襲いかかった。

 

「チッ……! 流石に魔法の発動が早えな……!」

 

「負けるもんかー!」

 

「まだまだ行くよ!」

 

アガートラムが障壁を展開して風を防ぐ中、エリオットがまたアークスの駆動を始めた。

 

「解け……童子切!!」

 

そこでレトが槍を正面に構え、高速で突進した。 ガイウスは咄嗟に避けだが……レトは止まらず、そのままリィンと鍔迫り合いをしていたユーシスに向かった。

 

接近に気付いた2人は互いの得物を弾く事で避け……レトは方向転換をし、次はエリオットとマキアスに向かって行く。

 

「うわあっ!?」

 

「な……!?」

 

レトは2人を吹き飛ばす用に横を通り抜け、縦横無尽に駆け回る。 辺りがレトによって掻き回させる中……クロウが正確に、レトにギリギリ当たらないようにしながらユーシスとガイウスを撃ってきた。

 

「何っ!?」

 

「レトが走り回る中……なんて正確な射撃だ」

 

「! 皆、レトとクロウ先輩はリンクを繋いでいるよ!」

 

「なるほど、それでか!」

 

レト達は最初前衛と後衛に分かれてリンクを繋いでいたが、いつの間か変わっており。 クロウはレトがいる位置と向かう先を把握できるため躊躇せずに撃て、レトも弾が来る位置が分かるため気にせずに走り回れた。

 

「いっけー、ガーちゃん!」

 

そこでミリアムがアガートラムに指示を出し、右腕をマキアスに振り下ろした。

 

「なーーぶふっ!!」

 

場をレトに振り回されたため接近に気付くのが遅くなってしまい、腹部を強く強打されてマキアスは吹き飛ばされてしまった。 その際メガネが外れて宙に舞った。

 

「マキアス!」

 

いつの間にかレトが足を止めて、アークスを駆動していた。

 

「グリムバタフライ!」

 

「クレセントミラー!」

 

ほぼ同時にエリオットとレトの魔法が発動。 月の光がレト達を包み、さらに黒い蝶がレト達の周囲に飛び交い……破裂して衝撃を放つが……

 

「うわああああっ!!」

 

4人が受ける筈だったグリムバタフライはクレセントミラーで全てエリオットに返された。

 

「追いつきつつあるとはいえ、アーツ使いとしての力量はレトの方がまだ上ね」

 

「マキアス、エリオット!」

 

「チッ……相変わらず面倒な手を使う」

 

「それが僕だからね!」

 

「今だ! 一気に決めるぞ!」

 

『おお!』

 

レト達は一気に畳み掛け……リィンとミリアムがユーシスとガイウスを制圧した。

 

「ーーそこまで!変則チームの勝利!」

 

と、そこでサラ教官が止めに入り。勝敗が決した。

 

「連携の差で打ち勝ったな、まあ及第点ってところか」

 

「ふう……やったか」

 

「く……してやられたな」

 

「はあ、さすがに悔しいね……」

 

パンパン!

 

両チームは得物をしまい、一息つこうとした所をサラ教官が手を叩いて止めた。

 

「はいはい、後がつかえてるんだから和むのはまだ早いわよ〜! 次、変則チームと委員長チーム! 5分の休憩後に始めるわよ!」

 

「れ、連続ですか!?」

 

「んー、ボクは別にいいけど」

 

「やれやれ、スパルタだねえ」

 

「まあ、このくらいなら」

 

武装のチェックと休憩を行い、5分後……準備万端なラウラ達と向かい合った。 レトはどこからか銀の片側に反りのある大剣を取り出して構えた。 今回は大剣でいくようだ。

 

「とりあえず体力は回復できたけど……」

 

「やっぱり、なんと言ってもラウラとフィー嬢ちゃんの前衛コンビが要注意だな」

 

「アリサとエマの後方支援も侮れないよ」

 

「んー、そんな感じだねー」

 

「ああ……だがそこに、突破できる糸口があるはずだ」

 

「さあ、2戦目行くわよ! お互いに全力を尽くしなさい!」

 

レトは肩に担いでいた大剣を持ち上げ、左上に持ち上げて八相の構えを取り。 ラウラは中段に持っていた大剣を頭上に掲げ、上段に構えた。

 

「ーー始めっ!!」

 

「でやあああああっ!!」

 

「はああああああっ!!」

 

そしてレトとラウラは同時に地面を蹴って走り出し……青い大剣と銀の大剣は衝突し、衝撃が辺りに広がって行く。

 

「大剣でラウラと戦うのは初めてだね!」

 

「以前から大剣は使えると知っていたが……旧鉱山の際に見た時に剣の冴え……改めて目の当たりに出来て光栄だ!」

 

「うわわっ!?」

 

「なんて凄まじい剣気だ……!」

 

「やべぇやべぇ、これじゃああの2人の間に割って入れねえな」

 

「ど、どうすればいいのよ?」

 

「……ん、これじゃあ援護もできない」

 

「でも、補助アーツならなんとか……!」

 

残りの両チームの3人は攻めあぐねていたが、エマがアークスを駆動し始めたのを見てリィン達も迂回しながら進行を開始する。

 

「2人とも一刀で急所を斬り伏せに来る剛の剣……けど、レトの方は……」

 

レトは一瞬大剣を上段に構えると……流れるような太刀筋で怒涛のような剣戟を繰り出した。

 

「迅い!」

 

「一気に回転を上げたわね……柔らかさもある分、ラウラは不利ね」

 

「くっ!」

 

重い大剣による怒涛の剣戟にラウラは後退しながら防ぐしかった。

 

「まだまだ……! はああ……地裂斬!!」

 

隙を縫って距離を取り、ラウラは渾身の一撃で大剣を振り下ろした。 斬撃が地面を割りながら走り、レトは迫ってきた斬撃を軽く跳んで避けた。そして、距離が離れた事で……

 

「ヒュ」

 

フィーが一気に距離を詰めてきた。

 

「おっと」

 

フィーは持ち前のスピードと手数で攻める。 レトは大剣なので本来なら押されるはずなのだが……レトは大剣を逆手に持ち替え、刀身で銃弾を防いでいく。

 

「ラウラさん、大丈夫ですか!?」

 

「ああ……感謝する」

 

エマが治癒魔法でラウラを癒しす中……今まで模擬戦に参加出来ていないミリアムが不満を爆発させた。

 

「むぅ……ボクを差し置いて盛り上がるなんてずるいぞー!」

 

「ミ、ミリアム!?」

 

アガートラムが光り出し……ハンマーに変形しミリアムが手に取った。

 

「いっくよーー、ガーちゃん!! ギカント……ブレーーイク!!」

 

ハンマーに付けられていたブースターが火を噴き、上昇してから振り下ろされたハンマーは地を割り、衝撃で全員まとめて吹き飛ばされてしまった。

 

「きゃっ!?」

 

「もう、メチャクチャね!」

 

「ーーそうでもないさ」

 

「そう言うこった」

 

「え……」

 

あの衝撃の轟音を利用してアリサとエマの背後にリィンとクロウが回り込んでおり、2人の後頭部を2丁拳銃が狙っていた。

 

銃口が頭の後ろに向けられている事にすぐ気付いたアリサとエマは両手を上げる事しか出来なかった。

 

「アリサ、エマ!」

 

「行かせるか!」

 

助けに向かおうとしたラウラをリィンが止め、フィーはレトの相手で手一杯でラウラの援護にも行けなかった。

 

「強過ぎ……!」

 

「フィーに手加減できる程強くないからね」

 

フィーの双銃剣の連撃を逆手の大剣で防ぎながらレトはラウラとリィンの方に意識を向ける。

 

「そなたも腕を上げたな!」

 

「そうかもしれないな。 けど、ここまで来れたのは俺1人だけの力じゃない!」

 

「ーーリィン!」

 

「ああ!」

 

『!?』

 

次の瞬間、2人は入れ替わるように戦う相手をチェンジした。

 

「せいやっ!!」

 

「はあっ!」

 

「あ……」

 

「しまーー」

 

レトは移動の際大剣を地面に引きずりながら振り抜き、リィンは納刀から素早い抜刀で……2人の武器を上空に弾いた。

 

「ーーそこまで!」

 

そこでサラ教官が模擬戦終了を宣言し、両チームはお互いの武器を下ろして構えを解いた。

 

「勝者、変則チーム! いや〜、やるもんだわ。あたしもうかうかしてられないわね」

 

「はあ、上手くいっていると思ってたんだけど、負けちゃったわね」

 

「今一歩及ばず、だな……さすがはレト達か」

 

「レト、反則級過ぎ……」

 

「あはは、僕も気を抜いていたら足元を取られかねなかったよ」

 

「いや〜、オメェがいたおかげで楽できたわあ」

 

変則チームはこれで終わりとなり、その後残りの委員長チームと副委員長チームの模擬戦が行われ……委員長チームの勝利で決着がついた。

 

「うんうん、皆よく頑張ったわねー。 それにしても、リィン達のチームはやっぱりキモだったわね〜。 2戦とも勝利を収めるなんてやるじゃない」

 

「はは、やっぱり3人の力が大きかったと思いますけど」

 

「いやー、お前も中々のモンだったと思うけどな」

 

「うんうん、ボクも見直しちゃったかなー」

 

「ま、全員のおかげってところですかね」

 

「ーーやれやれ、相変わらず突拍子もない模擬戦を……」

 

と、そこで逞しい男性の声が聞こえてきた。 レト達は声が聞こえた方を向くと……階段の上にナイトハルト教官の姿が見えた。

 

「あら、実戦でも連戦なんて珍しくもないのでは? 実力が拮抗する相手にどう対処するかも兵法のひとつでしょう?」

 

「……まあ、否定はしないが」

 

隣に来たナイトハルト教官にサラ教官はそう言い、ナイトハルト教官は納得しないもその言葉に同意した。

 

「えっと、どうしてナイトハルト教官が?」

 

「ま、まさかこのまま教官と模擬戦なんて言うんじゃ……」

 

「あはは、違う違う」

 

流れで今度はナイトハルト教官と模擬戦……サラ教官の性格から考えていきなりこんな事を言い出してもおかしくはないが、流石にそれはしないとマキアスの感じ取っていた嫌な予感を笑いながら否定する。とはいえサラ自身はそれも面白そうだと考えていたが。

 

「次の特別実習は、前回の帝都と同じくちょっと変則的でね。 彼も段取りに関わっているから、こうして来てもらったの」

 

「変則的、ですか……?」

 

「何やら思わせぶりだな」

 

「ま、ちょうどいいからこのまま実習地の発表と行きましょうか」

 

そして配られていくプリント。 これもいつもの恒例なのでレト達は気負いなくプリントに目を落とす。

 

 

【8月特別実習】

 

A班:リィン、レト、ガイウス、ラウラ、エマ、ミリアム

(実習地:レグラム)

 

B班:ユーシス、マキアス、エリオット、クロウ、アリサ、フィー

(実習地:ジュライ特区)

 

※2日の実習期間の後、指定の場所で合流すること

 

 

メンバーの班分けや実習先はいつも通りだが、下の方にいつもとは違う記述が書かれたあった。 どうやら最初の方は何時も通りに実習をやってもらい、その後Ⅶ組メンバー集めてどこかへ行くようだ。

 

「これって……」

 

「A班のレグラムは、確かラウラの故郷だっけ」

 

「ああ……クロツェン州の南部に位置する湖畔の町だ。 年中濃い霧に包まれ、多くの伝承が残る中世の古城などもある」

 

「……中世の古城……」

 

(…………レグラムか……)

 

ラウラが帰郷していたら二度手間になっていたと苦笑している中、レトは少し暗い感じでレグラムの名を聞こえないように呟いた。

 

「そして、俺達が向かうジュライ特区……」

 

「帝国最北西の海岸にある旧自由都市の名前だな。今は帝国政府の直轄地になっていたはずだ」

 

「あー、あそこかあ。 8年前くらいにオジサンが併合した場所だねー」

 

「ミ、ミリアムちゃん……」

 

「オジサンと言うと……」

 

「ま、想像通りだろうね。 あの人の欲は、併呑した国の大きさよりも巨大だからね」

 

「レトももっと言葉を選べ……」

 

1番鉄血の異端を目の当たりにしているレトがため息混じりに言うと、マキアスはさらに嘆息した。 そこで皆が疑問に思っていた一文についてガイウスが質問した。

 

「それで、この最後の一文は……?」

 

「そういえば今までこんな記述はなかったわね」

 

「サラ教官、これは……?」

 

「フフ、それについてはナイトハルト教官の方から告げてもらおうかしら」

 

「心得た」

 

ナイトハルト教官は1度咳払いをしてから説明を始めた。

 

「諸君には各々の場所での実習の後、そのまま列車で合流してもらう。 合流地点は帝国東部ーーガレリア要塞だ」

 

ガレリア要塞……その言葉を聞いたレト、ラウラ、ガイウス、エリオット、クロウ、ミリアム以外の全員に驚きが走る。

 

「ガレリア要塞……!」

 

「共和国側に備える帝国正規軍の一大拠点……」

 

「ドレックノール要塞と同規模とされる要塞か……」

 

「通常の実習をこなした後で、そんな場所に行くんですか……!?」

 

「あくまで特別実習の一環としてな。 ガレリア要塞では自分も実習教官として合流する。 無論、あの場所ならではの特別なスケジュールをこなしてもらう予定だ」

 

「特別なスケジュール……」

 

「へー、何だか面白そう!」

 

「面白がるな」

 

「ハハ、参加早々からハードな実習になりそうだぜ」

 

(ガレリア要塞での実習という事は……王国軍と違ってご飯は不味そうだなぁー……)

 

「………………」

 

純粋にワクワクした様子のミリアムを溜め息を吐きながらユーシスが宥める。 各々が不安などの感情を抱く中、エリオットだけが複雑な表情をしていた。

 

「……どうした?」

 

「う、ううん、何でもないよ」

 

その様子に気付いたガイウスが声を掛ける。自分の心情が表に出てきてしまっている事に気付いたエリオットが慌ててそれを誤魔化す。

 

「フフ、とにかく気を引き締めておきなさい。 それと、ガレリア要塞ではあたしも合流するつもりだから。 可愛い生徒達が頭の固〜い軍服のお兄さんにいじめられないように、ねぇ?」

 

棘のあるを言葉を嫌味なく言うサラ教官。 それを受けたナイトハルト教官もまたその言葉を買っていまう。

 

「……自分はカリキュラムを逸脱した理不尽なしごきをする予定はない。 どこかの気分屋な教官と一緒にしないでもらいたいものだ」

 

「む……」

 

無言のままナイトハルト教官を睨みつけるサラ教官に対し、ナイトハルト教官もまたサラ教官を睨みつける。

 

そんな、一触即発の雰囲気に陥った2人を見て、VII組メンバーは内心で溜め息を吐くのだった。

 

(この日程……西ゼムリア通商会議と重なっている。 これはまた波乱万丈になりそうだね)

 




敵や魔獣ならともかく……味方同士の戦闘はやはり難しいですね。


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42話 湖畔の町レグラム

8月28日ーー

 

「ふああ〜……」

 

日が昇り、小鳥が囀る中……昨日はまともに寝たため朝早くに起きられる事が出来たレト。 しかし時間を見るとまだ余裕があった。

 

「まだ時間がある。 けど二度寝するのもーー」

 

『朝だよ、朝!起きろー!』

 

『ぐえっ!!』

 

「……起きよう」

 

階上からリィンの悲鳴を聞いてレトは潔くベットから出た。 恐らくこのままではリィンの二の舞いになるかもしれない。

 

「ルーシェ、おはよう」

 

「くぁ〜〜……」

 

レトと同じベットの上で丸くなって寝ていたルーシェは大きな欠伸をし、また丸まって眠ってしまった。

 

着替えと身支度、荷物を持つと部屋を出ると……既にラウラ、エマ、ガイウスが準備を済ませ、いつでも出発できる状態だった。

 

「来たか」

 

「おはようございます」

 

「おはよう、皆。 2人もそろそろ来そうだね?」

 

「ふふ、そうみたいですね」

 

「ああいう姿を見ていると、歳相応にしか見えないな」

 

歳相応にしか見えないというか、そうなのだろうが。 と、そこで少し気落ちしているリィンと、今日も元気過剰なミリアムが降りて来た。

 

「おはよう……皆……」

 

「おはようリィン。 ミリアムもおはよう」

 

「あ、もう起きてる。 起こそうと思ったのに……ブー、つまんないの」

 

「あはは、ご期待に添えずにごめんなさいね」

 

少し小馬鹿にするようにレトは誤り、ミリアムは不貞腐れながらブーブー言った。

 

「さて、今回はラウラの故郷か」

 

「レグラム。 霧と伝説の街だったか」

 

「ふふ、そこまで大層な街というわけではないが……風光明媚なのは確かだから、皆を誘いたいとは思っていた。 アリサやフィー達が来られないのは少し残念ではあるな」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「機会はいつでもあるよ」

 

「まあ、とにかく先ずは駅に行こうよ! それじゃあ、A班、レッツゴー!」

 

先頭を走るミリアムを追いかけて第3学生寮を出発し、駅に入るとまずはトリスタからレグラム間の線路図を確認した。

 

「レグラムはバリアハートから乗り換えで行けるよ」

 

「そうなると……大陸横断鉄道じゃなくてクロイツェン本線の列車の方がいいな」

 

「うむ、そしてバリアハートではエベル支線というローカル線に乗り換える必要がある。 2時間に1本しか出ないから上手く乗り換えたいものだな」

 

「現在、ちょうど7時……10時半にバリアハートに着いてお昼頃にレグラムに到着でしょうか」

 

「1日目から実習があるから早めに到着した方がいいだろう」

 

「へぇ、結構時間がかかるんだね。 ボクならガーちゃんに乗ってひとっ飛びなんだけど」

 

ミリアムの冗談に聞こえない言葉にレトは苦笑し、リィン達は本当にやるのではないか心配してしまう。

 

「あら、あなた達」

 

と、そこへアリサ達B班が駅内に入ってきた。

 

「そっちも行くんだ?」

 

「いや、バリアハート直通を待つから20分後くらいかな」

 

「そっちはジュライ特区だっけ? 行ったことないけどそっちも面白そうだよねー」

 

「ふう、ここからだとかなりあるという話だが」

 

「フン、途中で根を上げるなよ」

 

「だ、誰が根を上げるものか……!」

 

「西のラマール州を超えた先、北西部の海沿いだね」

 

「ま、せっかくの長旅だ。 せいぜい俺様のモテトークで場を持たせてやるから安心しな」

 

「いりません」

 

「くだらん」

 

「あはは……」

 

他愛ない雑談を交わしていると……もう少しでアナウンスでB班が乗る帝都行きの列車が到着するそうだ。

 

両班は激烈と無事を祈りながらひと時の別れを告げ……B班は帝都行きの列車に乗って行ってしまった。 少し時間はあるが、レト達はホームで待とうと改札口を通ろうとすると……先程の列車で降りて来たのだろう、赤毛の青年が反対の改札口を通って来た。

 

普通なら何の不思議ない事だが……リィンとガイウス、エマとミリアム、そしてレトは青年の事を知っていた。 するとミリアムは青年に駆け寄った。

 

「あれれ、レクター? ひょっとしてボクに会いに来たとかー?」

 

「おお、明後日からオレもクロスベル入りすっからなァ。 これで今生の別れになるかもしれないし、こうして挨拶に来てやったのだ」

 

「あはは、そーなんだ」

 

「ーー宰相閣下も含め、あなたが簡単に死ぬような人ではないでしょう」

 

そこへレトが青年……レクターの前まで歩きながら嘆息気味にそう言う。

 

「お久しぶりですね、レクターさん。 相変わらずのようでなによりです。 それと……次のクロスベル入りは()()()になるんですか?」

 

「クク……さて、何度目だろうな? ま、おめえさんこそかなり好き勝手してるな。 特に帝都での乗馬はメンドかった。 後始末が大変なんだぜ?」

 

「それ以上の損害になるよりはマシだと思いますけど?」

 

「そりゃそうか。 オレも夏至賞でたんまり儲けさせてもらったしな」

 

2人は面識があるようだが……気が合いそうだがとてもじゃないが仲は良さそうには見えない。

 

「あれれ? レクターとレトって知り合いだったの?」

 

「ああ、顔見知り程度だがな」

 

「宰相閣下と同伴してグランセル城でね。 その時にレクターさんがジェニスのサボり生徒会長だって聞いたんだ」

 

「な、なんか聞いちゃいけない事を聞いたような……」

 

「あ、あはは……」

 

「はあ……」

 

リィン達は彼知らないラウラに小声で説明をしていた。 その時……レトは背後から妙な気配を感じ取った。

 

「…………?」

 

振り返るとそこにはリィン達しかいなかった。

 

(気のせい?)

 

「レト? どうかしたのか?」

 

「……いや、何でもない」

 

レトは何でもないと首を横に振った。 と、そこで今度はバリアハート行きの列車が到着とアナウンスが流れてきた。

 

「大尉殿、すみません」

 

「俺達はこれで失礼する」

 

「おお、頑張れよ〜。 それとオレのことは一応、“書記官”って呼んでくれや。 帝国政府に所属する二等書記官でもあるんでな」

 

「そ、そうでしたか……」

 

「それでは書記官殿、失礼する」

 

「クロスベル土産、よろしくねー」

 

「限定レアなみっしぃをお願いするよ」

 

「お前さんもちゃっかりしてんなあ」

 

レクターがヒラヒラと手を振りながらレト達は列車に乗り込み、先ずレト達はバリアハートに向かった。

 

しばらくして、ラウラがレグラムについて説明する中……列車に揺られながらレトはボンヤリと窓の外を眺め、考え事をしていた。

 

(このタイミングでレクターさんがトリスタに来たって事は……僕達が行った後サラ教官と接触したはず。 西ゼムリア通商会議、帝国解放戦線、そしてガレリア要塞に設置された二門の列車砲……導き出される結論はーー)

 

そこまで考え込むと……レトは大きな溜息をついた。

 

「…………はあ」

 

「ーート、おいレト!」

 

「え?」

 

いつの間にか列車はケルディックを抜けてクロイツェン本線に入っていた。

 

「どうした、ボーっとして?」

 

「い、いや……ちょっと考え事をね。 それでどうかしたの?」

 

「今しがたレグラムについて私が話せる範囲は話し終えた所だ。 そのようでは聞いてなかったようだが……レトは既に知っているからいいだろう。 レトにはエベル湖に浮かぶ神殿について説明をして欲しい」

 

「まあ、そういう事なら」

 

「ねえねえ、神殿ってなになに!?」

 

話を聞き、興味津々なミリアムはワクワクしながらレトを見る。 彼女程ではないにせよ、リィン達も気になっていた。

 

「エベル湖の湖底には暗黒時代の神殿があってね。 2年前に僕が見つけて神殿の氷山の一角を湖面に出してしまった事があったんだ」

 

「またレトがやったのか……」

 

「あはは……でも不思議ですね。街の近くに神殿が現れたのなら、もっと騒ぎになってもおかしくないのですが……」

 

「最初は帝都から来た学者や取材に来た記者で賑わっていた。 しかしそれもほんの刹那の一時……すぐにレグラムは静かになった」

 

「どうして? 世紀の大発見なのに?」

 

ミリアムは当然の疑問を口にする。 学者なら放って置くはずない、しかし何故すぐに撤収し噂にならなかったのか……

 

「湖底の神殿は決められたルートで通らないと中に入れなんだ。 湖上見える部分はドーム上の結界で囲まれていて、中から外に出るだけの一方通行……何人もとおせんぼを喰らって、最終的には諦めて帰って行ったんだよ」

 

「それはまた不思議だな」

 

「あの……レトさん、聞く限りもしその湖底神殿がブリオニア島と同種なら……もしかして?」

 

「あ、うん。 あの神殿の最後に戦ったよ。 荊とタコを合わせたような一つ目の魔獣と」

 

「へぇー、なんだか凄いなー。 それでそれで、他に何かないの?」

 

「うーん、これ以上は見た方が早いかな」

 

そこでレトは両手を合わせ、これでこの話を終わりにした。

 

それからすぐにバリアハートに到着、乗り換えを行い、列車はエベル支線を走りレグラムへと向かっていた。 出発からしばらくして、列車は薄暗い森の中を走行していた。

 

「……深い森だな」

 

「……おとぎ話に出てくる妖精の森みたいですね」

 

「実際、その手の言い伝えは事欠かない土地柄ではあるな。 槍の聖女リアンヌもこの地の出身ではあったが……人間離れした美貌と強さから“妖精の取り替え子”と囁かれたこともあるらしい」

 

「ほう……面白いな」

 

「実際、獅子戦役の終結後、彼女が謎の死を遂げたせいでサンドロット伯爵家は断絶した。 そんな逸話があったとしてと不思議ではないのかもしれん」

 

「妖精の……取り替え子……」

 

レトはその言葉を呟き、静かに自身の胸に手を当てる。

 

「………………」

 

(……レト?)

 

「レト………………」

 

「あ……」

 

不意にリィン外を見ながら思わず声を漏らした。 窓の外の景色に白い靄がかかってきた。

 

「……霧……」

 

「これは……」

 

「……確かレグラムは霧が出ることも有名だったな」

 

「ああ、晩夏では珍しくはない。 おかげで少々、涼しくなりそうだ」

 

「はは、それは助かるな」

 

トリスタで猛暑が続いた事もありリィン達は少し気楽になった。 それからしばらくして列車はレグラム駅に到着した。

 

出発するときは色々と心配されていたミリアムもギリギリまで大人しており、レト達は無事にレグラムに到着することが出来た。

 

「うわぁ〜〜っ……!」

 

駅から出てすぐにミリアムは歓喜の声を上げる。 対してリィン達は言葉も出ないようだ。

 

「………………」

 

「これは……見事だな」

 

「俺も初めてだが……噂に違わぬ光景だな」

 

「霧と伝説の町、ですか……」

 

霧で視界が遮られ遠くははっきりとは見えないが……レグラムの街と湖を包み込む霧、遠くでおぼろげに浮かび上がる山の輪郭が幻想的な光景を作り出していた。

 

「フフ、気に入ってくれたようで何よりだ。 生憎、霧が出ているので見晴らしはよくないが……晴れていると湖面が鏡のように輝いて見えることもある」

 

「いや……恐れ入るな」

 

「ーーお嬢様、お帰りなさいませ」

 

「あ、クラウスさん」

 

「えーー」

 

その時、背後から老人の声が聞こえてきた。 レトとラウラは対して驚かず、それに対してリィン達は少し驚きながら振り返った。

 

「い、何時の間に……」

 

「気配を感じなかった……」

 

「爺、出迎え御苦労。 隠形の技……衰えておらぬようだな」

 

「ハハ、寄る年波には流石に逆らえませぬ。 もはやお嬢様の成長だけがわたくしめの唯一の楽しみでして」

 

いつの間にか、そこには青を基調とした服に白い長ズボンを履いた白髪の老人が立っていた。

 

「ふふ、戯言を……しかし、この場に父上がいないという事はやはり留守にされているか」

 

「はい、残念ながら……いつお戻りになるかも分からないとのお言葉です」

 

「ふう、仕方あるまい」

 

列車内で聞いた通り、ラウラの父であるアルゼイド卿は不在らしい。 納得はしていたが溜息をつき、ラウラはクラウスの隣まで来た。

 

「ーー紹介しよう。 アルゼイド家の家令を務める執事のクラウスだ。 父の留守役として、アルゼイド流の師範代として世話になっている」

 

「し、師範代……」

 

「お久しぶりです、クラウスさん。 お元気そうでなによりです」

 

「ありがとうございます。 まだご心配されるほど老いてはおりませぬ」

 

「へー、何だか凄いおじいちゃんみたいだね?」

 

「フフ……」

 

ミリアムはただ凄いと感じ、レトは気軽に挨拶をするが……リィン達は今もなおアルゼイド流の師範代をしている事に驚いた。 それを見たクラウスは軽く一笑いしてから一礼をした。

 

「ーーお待ちしておりました。 トールズ士官学院、VII組の皆様。 ようこそレグラムへ。それではお屋敷の方へと案内させていただきます」

 

レト達は今回の実習の宿泊先であるアルゼイド邸までクラウスの案内で街の中を歩いていく。 その途中で、街を見回していたリィン達は特徴的なオブジェを見つけ足を止める。

 

「しかし、伝統的な雰囲気を残している街並みだな……」

 

「こちらの石碑も、精霊信仰の影響が強く残ってますね……」

 

「アルゼイド家が封ぜられるはるか以前からの物らしい。 数百年以上の物になるな」

 

「ふむ……不思議な形状をしている」

 

「あー、なにあれっ!?」

 

丸い円の中に十字という稀に見ない形状をと、そこでミリアムは湖の波止場の方で何かを見つけた。 釣られてリィン達もその方角を見ると……石の台座の上に3人の石像が建てられていた。

 

「なるほど……槍の聖女の像か」

 

「それに鉄騎隊の面々だね。 あれも200年前のものだよ。 獅子戦役での功績を讃えて作られたものだね」

 

「ちなみに、右下に控えているのが子爵家の祖先にあたりますな」

 

「へー。 ラウラのご先祖かー」

 

「フフ、十代くらい前のな」

 

「ラ、ラウラお姉様!?」

 

説明をしている途中、レグラムの市民がラウラがいる事に気付き……一目見ようと集まりだした。

 

「おお、ラウラお嬢さん! お帰りでしたか! お館様からそんな話は聞いていましたが……」

 

「お久しぶりです、ラウラお姉様〜っ!」

 

「皆、ご無沙汰している。 士官学院の実習で2、3日ほど戻ってきた。 後で挨拶に伺わせてもらおう」

 

とても慕われているようで、ラウラも一人一人声をかけていく。 すると……ラウラを姉と呼んでいた少女がレトを見つけた。

 

「あー! レトさんも一緒だったのですか!?」

 

「や、クロエ。 元気そうだね」

 

「ふ、ふん! 別にあなたまで来なくても良かったんですよ!」

 

「はいはい、ツンデレツンデレ」

 

「だ、誰がツンデレですってー!!」

 

憤慨するクロエからそそくさと逃げるようにレトは階段を上った。 その後をラウラ達も追いかけて階段を上って行く。

 

「彼女達と何かあったのか?」

 

「まあね。 最初の頃は町を乱す余所者とか、ラウラを連れ去ろうとする泥棒猫とか言われ嫌われていたけど……とある理由であの子を含めた女の子3人を魔獣から救ったり、アルゼイド卿とのガチ勝負で善戦してたりしたらいつの間か丸くなってたんだよねー」

 

「……どこからツッコんでいいのか……」

 

「まあ、とにかく彼女達が丸くなってくれたのはいい事だ。 時々、クロエ達は当たりが激しい事もあるからな」

 

階段を上って行くと、段々と大きな掛け声が聞こえてきた。 それと同時に剣同士がぶつかり合う剣戟の音も。

 

「剣戟と掛け声……」

 

「ここがアルゼイド流の練武場というわけか」

 

「うむ、私にとっても馴染み深すぎる場所だな。 父上とクラウスに何度叩きのめされたことか」

 

「ハハ、恐れ入ります」

 

レトは目を閉じ、耳を澄まして剣戟の音を聞いた。

 

「良い音……また腕を上げたみたいですね」

 

「はい。 レト様から送られた敗北を糧により一層精進しておられます」

 

「な、なにしたんですか……レトさん?」

 

「2年前に門下生全員と模擬戦をして圧勝しちゃったんだ。 ハンデで槍じゃなくて剣を利き手じゃない右手で持って、分け身を使って一人で二役で」

 

「……それはハンデと言うのだろうか?」

 

この中でもかなり突出した実力を持つレトがハンデを背負っても、1人増えるだけでその意味は無くなってしまうのは当然だろう。 せめてもの救いはその時、門下生がレトの実力を知らなかった分、絶望しなかった事だろう。

 

そんなこともあったな、と思い出しながらラウラとクラウスはもう1つの階段を背に、小高い丘の上に建てられた邸宅を背にした。

 

「ーーそしてこちらがアルゼイド子爵邸となります」

 

「へー、ここがラウラのおうちなんだ」

 

「さすが立派な佇まいだな」

 

「それと随分高い場所に建てられているんですね」

 

「ふふ、いざという時に砦として機能するためにな」

 

そして苦笑しながらラウラはレト達の前に出ると……

 

「ーーようこそ。 アルゼイド子爵邸へ。 父に代わり、娘の私が当家を案内させてもらおう」

 



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43話 遊撃士

ラウラの案内で子爵邸に入ると中はとても広く、調度品も一級品が揃っていた。 これを見てA班の中で気後れするのはエマしかいなく、残りのメンバーは普通に屋敷の中を案内された。

 

レト達は男女別の部屋に荷物を置いた後……ラウラが見せたい景色があると邸宅のバルコニーに案内した。

 

「うっわあああ〜っ!」

 

「……凄いな…………」

 

「……綺麗…………」

 

「……見事な光景だな」

 

右手を見ると……霧の中で影として浮かび上がる城があった。

 

「あれって、お城ー!?」

 

「そうですか……あれが」

 

「うむ、槍の聖女が本拠地にしたという古城……ローエングリン城だ」

 

駅前の景色も良かったが、ローエングリン城も入り、高台にあるこの邸宅から見るエベル湖はまた格別だ。

 

「おっと、晴れのローエングリン城は撮ってたけど……(パシャ!)」

 

「これは相当……絵心をくすぐられるな」

 

「はは、撮影するにも写生するにももってこいの場所だな」

 

「……ん? あれなに?」

 

ミリアムが指差したのは右手のローエングリン城から見て左手、エベル湖の中……指差した方角には大きな円形の台のような物があり、その中心は青く光って見えた。

 

「何かが青く光ってるのか?」

 

「灯台……と言うわけでもなさそうだな」

 

「レトさん、もしかして……」

 

「そう、あれが神殿だよ」

 

移動中にレトが話していた神殿……霧も影響しているがここからでは距離があるため青い光しか見えなかった。

 

この景色を見慣れているラウラが背を向けた。

 

「さて、景色は後で存分に堪能してもらうとして。 そろそろ特別実習の課題を受け取りに行くとしよう」

 

「そ、そうでした」

 

「うーん、となると……実習課題はもしかして……」

 

「はい。 レト様の予想通りかと。 ご案内を任せていただいても?」

 

「もちろん。 それじゃあ皆、行こっか」

 

リィン達は何がなんだが分からないが、ラウラだけが理由を知っているようだった。 邸宅を出て課題を受け取りに行く為、街にある遊撃士協会に向かった。

 

「ここが遊撃士協会のレグラム支部……」

 

ギルドの支える籠手の紋章を見上げながらリィン達は疑問に思う。 帝都に限らず、帝国で遊撃士は活動を停止していると聞いていた……しかしレグラムではこうして活動している事を不思議に思った。

 

「レグラム支部は昔と変わらず活動を続けている筈だ。 だから帝都支部の話を聞いて私も意外に思ったのだが……」

 

「この国のどの勢力にせよ、遊撃士は目障りだからね」

 

「そだね。 ミラにも権力にもなびかずに民間人を守るのを第一に動く人達だもん。 そりゃ大義名分さえあれば圧力かけて潰されちゃうかもね」

 

「ミ、ミリアムちゃん……」

 

「身も蓋もないな……もしかして、情報局も一枚噛んでいるんじゃないのか?」

 

(ありえそう……不機嫌そうなサラ教官の顔が思い浮かぶよ)

 

「んー、どっちかっていうよりオジサンの方かな? 直接、帝都支部に乗り込んで大幅な活動制限をしたみたいだし」

 

「そ、そうなのか……」

 

「道理で、サラ教官が宰相閣下に物言いたげな態度だったわけか」

 

帝都での遊撃士の活動が制限されたのは帝国政府の仕業とは知っていたが、まさか宰相閣下直々に制限したとは思ってもみなかった。 政府が遊撃士にかける圧力が窺い知れる。

 

と、その時、支部の中から白いジャケットを羽織った金髪の男性が出てきた。

 

「ったく、さっきから聞いてりゃ色々言ってんなぁ」

 

「!」

 

「あ、やっと出てきた」

 

レトはトヴァルが支部の中で聞く耳を立てていた事に気付いていた。 レトとラウラは知り合いのようだが、どうやらリィンとエマも彼のことを知っていた様子だ。

 

「トヴァル殿、久しいな」

 

「あ……!」

 

「あの時の……」

 

「あれ、2人ともトヴァルさんと知り合いだったの?」

 

「いや、前にすれ違ったくらいでね。 お久しぶりだ、ラウラお嬢さん。 サラの所で励んでるみたいだな?」

 

彼の……トヴァルの口からサラ教官の名前が出てきた。 つまり彼が遊撃士だという事がわかる。

 

「ということは……」

 

「うん。 サラ教官の元同僚、って所かな」

 

「そういうこと。帝国遊撃士協会所属、トヴァル・ランドナーだ。 よろしく頼むぜ、VII組の諸君」

 

トヴァルの手招きで支部の中に入るレト達。中は以前帝都で宿泊施設として使用させてもらっていた遊撃士協会帝都支部だった建物と似た構造だった。

 

トヴァルはカウンターの中に入ると、リィンは2度目の特別実習の時について聞き出した。

 

「それじゃあ……あの時、すれ違ったのは偶然じゃなかったんですね?」

 

「ああ、サラのヤツからお前さん達の話を聞いてな」

 

「そうだったんですか……本当にありがとうございました」

 

「はは、どういたしまして」

 

「ふむ、そのような縁があの時のA班にあったとは……もしや、あの時我らに地下道の鍵を渡してくれたのも?」

 

「ああ。 そっちはリベールの遊撃士が助け船を出しくれたそうだ。 会ったことはないが銀閃の異名を待ち、あのリベールの異変の解決に貢献した凄腕だとか」

 

「あー、なるほど。 話には聞いてたけど、やっぱりあの時助けてくれたのはシェラさんか」

 

セントアークでの実習時、ラウラから聞いた容姿でもしやとは思っていたようで。 3ヶ月経った今、レトはようやく確信を得て納得した。

 

「ーーしかしトヴァル殿。 ギルドはここ2年ほどで随分状況が変わったそうだな?」

 

「ああ、帝国政府の圧力以来、各地の支部が軒並み休業してね。 サラみたいに再就職したのもいれば他国の支部に移籍したのもいる。

ま、いずれ活動を再開できたら皆戻ってくる話になっててな。 されまでの間、目立たない拠点で細々と食い繋いでいるわけだ」

 

「そ、それは大変そうですね……」

 

「僕とラウラが旅をしていた時はあんまり聞かなかったけど……今思えば当時の帝都は少し活気が無かったような」

 

「しかし規模を縮小したとなると仕事量も膨大になりそうだが?」

 

「うーん、代わりに鉄道憲兵隊が色々とカバーしてるからなぁ。 そこのお嬢ちゃんの知り合いも随分と頑張ってるみたいだし」

 

「クレアのこと? すっごく頼りになるよねー。 いつも忙しそうにしてるから恋人はいないみたいだけどー」

 

失礼ながら、むしろあの氷の乙女に恋人がいる自体が想像し難いが……あまり口外していいものでもないだろう。

 

「あのな、ミリアム……」

 

「もう、プライベートな情報を勝手に話したら駄目ですよ」

 

「ハハ……」

 

(クレアさんが男性と仲良く…………駄目だ、潜入調査している場面しか思い浮かばない)

 

レトはどうしてもクレアと隣にいる男が悪い笑みを浮かべていて、最終的には鉄道憲兵隊に連行される光景しか思い浮かばなかった。

 

「まあ、そんなわけで細々とこの支部で活動を続けているんだ。 子爵閣下のお墨付きもあるから大手を振って看板を上げられるしな」

 

「なるほど……しかし、子爵閣下は随分、ギルドに協力的みたいですね?」

 

「どうも父上の気風に通じる所があるらしくてな。 叶うならギルドに所属して働きたいと前々から仰ってたくらいだ」

 

「そ、それは……」

 

「あはは、いかにも言いそうだね……」

 

「んー、光の剣匠が遊撃士協会入りかぁ……格にしても実力にしても、カシウス・ブライト並みだろうし、いきなりS級に迎えられそうだねー」

 

「カシウス・ブライト……」

 

「ふむ、確かリベール王国の准将にして剣聖だったか」

 

「っていうか、カシウスさん存在はともかく、何で非公式のランクを知っているの。 聞くだけ無駄だろうけど……」

 

「はあ、お嬢ちゃん……ホント情報局の人間なんだな」

 

遊撃士の事情を聞きながらもここに来たのは実習の為、この話は途中で終わりにし。 リィンはトヴァルから課題が入っている封筒を受け取った。 中身を見て、課題の内容を確認する。

 

「へー、特別実習ってこういう感じでやるんだねー」

 

「ああ、基本的にはね」

 

「自分で課題を探して行う事もあるけどね。 トヴァルさん、明日もギルドが課題を出すんですか?」

 

「ああ、それ以外にも幾つか仕事を頼むつもりだ。 何せ人手が足りなくて色々溜まりまくっているからな」

 

「あー……」

 

レトは視線を横に移しながら納得する。 資料の山がそこら中に、カウンターだけではなく後ろのテーブルにも積もっていた。

 

「せいぜい手伝ってもらってラクさせてもらうから頼んだぜ?」

 

「はは、判りました」

 

この資料の山を見るにトヴァルは不真面目そうではなく本当に大変で、恐らく猫の手を借りてでも楽をしたいのだろう。

 

「それじゃあ、早速特別実習を開始しよう」

 

「ふむ、どうやら練武場の依頼は爺からのようだ」

 

「そういえば、邸宅を出る前にそれらしい事を言ってたような……」

 

特別実習を開始してレグラム支部を後にし、レト達は街道に出る前に波止場にある槍の聖女と鉄騎隊の石像を近くで見に来ていた。

 

「………………」

 

「鉄騎隊の彫像……近くで見ると迫力があるな……」

 

「うんうん、かっこいいねー!」

 

「ドライケルス大帝とともに獅子戦役を収めた聖女と我が祖先……まさしくレグラムの誇りだ。 いずれはご先祖様のような……そして聖女サンドロットのような武人を目指したいものだな」

 

「ほえ〜……」

 

「フフ……なんだか目が輝いているな」

 

「ふふっ、ラウラさんの一番の憧れでしょうから」

 

ラウラに限らず、聖女を憧れる女性は多いだろう。 かの音に聞こえし黄金の羅刹もその一人だったりする。

 

「……ん? んんんー?」

 

ミリアムは何かに気付くと、仕切りに首を動かしてレトと槍の聖女の顔を見比べた。

 

「どうかしたの、ミリアムちゃん?」

 

「んー……なんかこの人とレト、似てるね!」

 

「え……」

 

思いがけない指摘にレトは呆けてしまう。 それにつられてリィン達も像とレトを見比べて納得してしまう。

 

「そういえば……どことなく顔立ちが似ているような」

 

「凄い偶然ですね」

 

「……は、あはは……かの槍の聖女と似ているなんて畏れ多くも光栄かな?」

 

「偶然にしては出来過ぎているかもしれないが、あまり気にしなくてもいいだろう」

 

「そうするよ」

 

少し誤魔化すように言いながらも、レト達は街道方面に歩いて行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

元々深い森に加えて霧もあるので視界が悪く、レトとラウラはともかく霧に慣れてないリィン達は慎重にエベル街道を進み。

 

魔獣除けの街灯を交換しながら必須の魔獣討伐を終えたレト達はレグラムに戻り、もう一つの必須の課題である門下生との手合わせをするためアルゼイド流の練武場を訪れてた。

 

「お嬢様、VII組の皆様、お待ちしておりました。 どうやら滞りなく実習を始められたようですな」

 

依頼を出していたクラウスは門下生を指導つつ、レト達を待っていたようだ。

 

「うん、おかげさまでな。 なにやら、爺からも依頼が出ていたようだが」

 

「なんでもアルゼイド流の門下生と手合わせを希望しているとか?」

 

「ええ、その通りでございます」

 

「あのアルゼイド流と手合わせですか……」

 

「いい鍛錬になりそうではあるな」

 

「でも、私達に務まるのでしょうか?」

 

「その点は問題ないでしょう。 皆様は見たところ、中々の実力者が集まっているご様子。 かの八葉一刀流に、騎馬槍術……そちらのお嬢様がたもそれぞれ不思議な得物をお使いのようですし……」

 

リィン達の使う得物た実力を見抜きながらそこで言葉を切り、次いでレトの方を向いた。

 

「レト様も槍術に加え剣術に魔導の拳銃、そしてアレンジしたアルゼイド流を使った大剣……初対面の時から複数の得物を扱う節はありましたが、また幅広くなったようですね」

 

「あはは、やっぱりクラウスさんには敵わないな」

 

「そんなことまで判るんですか……?」

 

「た、戦っている姿をなんて見せたことないはずですけど……」

 

「クラウスさんなら当然かな。 皆の実力は見抜いているだろうし、アガートラムの気配も察している……まあ、実力はともかく得物くらいなら僕も見抜ける自信はあるよ?」

 

「そうなの?」

 

「佇まいや身のこなし、人は歩いているだけでも情報を出しているからね」

 

「な、なるほど……」

 

「確かに、爺ならこの程度は容易だろう」

 

「ふむ、さすがはかのアルゼイド流の師範代といったところか」

 

「フフ、恐れ入ります」

 

「ちなみに、この練武場にいるのは初伝クラスの者達です。手合わせする者同士の力量としては申し分ないでしょう」

 

「なるほど……確かにいい鍛錬になりそうですね」

 

リィンは依頼を引き受けるのを了承した。 準備を整えるとリィン達は舞台に上がり、4人の門下生と対面した。 しかし、相手が4人に対してA班はリィン、ガイウス、エマの3人だけだった。

 

「ちぇー、結局ボクは仲間ハズレかー」

 

「ふふ、あの人形は流石に反則だろう。 私も同門として我慢している。 ここは辛抱するがよい」

 

「ぶぅー……」

 

「あはは、僕なんかは相手から遠慮されたからねー」

 

本当ならレトも手合わせをするはずだったが……門下生の方から強く遠慮された。 どうやら2年前、レトは道場破りのレベルでこの練武場を荒らしたようだった。 門下生達に根強いトラウマを残している。

 

そしてリィン達と門下生達との訓練試合が始まった。 門下生の得物は剣と統一しているが、リィン達は戦術リンクを生かしながら気を抜かず臨機応変に対応していき……

 

「ーーそこまで」

 

リィン達の勝利で決着がついた。 余裕は持てたとはいえ、一歩間違えれば逆転されていたかもしれない。

 

「見事。 戦術リンクのハンデを物ともしない試合だった」

 

「ああ、彼らも私がいない間に一層修練を積んでいたようだ」

 

試合を見てレトとラウラは両者に賞賛する。 だが、もう1人試合を見ていたミリアムは……悔しそうに唸っていた。

 

「……どうした?」

 

「ボクもやりたーーい!」

 

見ているだけでは嫌だったのか、ミリアムは舞台に上がるとアガートラムを出現させた。

 

「ほう……」

 

「お、おいミリアム!?」

 

突然何もない虚空から現れた銀の人形に、存在だけは感知していたクラウスは声を漏らし、門下生達は驚愕して身構える。

 

「あはは、最後まで大人しくできなかったようだね。 まあ当然か」

 

「やっぱり見てるだけじゃつまんない! ラウラだってそう思うでしょ!?」

 

「うん、まあ……確かに否定はしないが」

 

「ラ、ラウラまで……」

 

「ふむ、弱ったな」

 

「さすがにアガートラム君を入れるとハンデが大き過ぎですよね……」

 

「ーーフフ、それならば。 次はわたくしめが代わりにお相手しましょう」

 

「え……」

 

「し、師範代……!」

 

門下生達にアガートラムを相手にするのは流石に気が引け、どうしようか悩んでいると……クラウスが一歩前に出た。 そして腰から剣を抜いて構える。 その間の動きでさえ洗練されている姿に、リィン達は思わず気を引き締めてしまう。

 

「老いさらばえたとはいえ、これでも師範代としてお館様の留守を預かる身。 その銀の傀儡相手でも不足はありますまい」

 

「へええ……!」

 

「こ、これは……」

 

「……なんという隙のない構えだ」

 

「なるほど……そういうことなら。 爺が出るのなら、やはり私も参加しよう」

 

「ラ、ラウラさん?」

 

ここで遠慮していたラウラが前に出て、参加したいと言ってきた。

 

「爺には今まで散々叩きのめされてきたからな。 久しぶりに成長を見てもらうのも一興だろう」

 

「フフ、いいでしょう。 レト様と旅を通して得た経験……そして士官学院で培ってものの全てをぶつけてくることです」

 

「あはは、アツくなってきたねー!!」

 

依頼である門下生との試合は終わっている。 本来ならクラウスと手合わせをしなくてもよいのだが……盛り上がってきたこの場を止める事は出来なかった。

 

「やれやれ、どう収まりをつければいいのやら……」

 

「……レト様。 あなたとも久方ぶりに剣を是非とも交えたいものです。 2年前と違うその剣……確固たる意志を感じられます。 どうか受けてはもらえませぬか?」

 

「…………………」

 

まさかそこまで見抜かれているとは思ってもいなく、そしてレトはクラウスの願いに……無言で頷いた。

 

「フフ、それでは僭越ながら3名の相手をさせていただき……それをもって今回の依頼、達成とさせていただきましょう」

 

「承知した」

 

リィン達と入れ替わるように舞台に上がり、レト達は得物を構えてクラウスと対面する。

 

「ーーそれでは始めるとしましょう。 老人相手だからといってくれぐれもご遠慮なさらぬよう」

 

「フッ、爺がそんな暇など与えてくれるはずもなかろう」

 

「以前の手合わせは決着がつきませんでしたし……今回は勝利を頂きます」

 

「フフン、遠慮なくいっちゃうよー!」

 

「それではーー始め!」

 

仕合いは開始された。 しかしクラウスを前に3人は動かなかった。

 

「参ります。 そのお手並み、拝見させていただきます」

 

「行くぞ!」

 

「よし!」

 

「おー!」

 

3人は自分を鼓舞し、先ずはラウラが飛び出した。

 

「はあっ!」

 

上段から振り下ろされた大剣、それをクラウスは僅かに横に避けながら剣で受け流し……力が流されて真横に大剣は振り下ろされた。 完全に見切られている。

 

「それー!」

 

ミリアムが後ろから手を前に突き出し、それと連動してアガートラムがクラウスを殴ろうとしたが……衝突した瞬間、剣で受け流しながら自ら後ろに下がって威力を落とし、アガートラムの腕を受け止めた。

 

「なかなかの力です」

 

「うっそー!?」

 

「ふう……はっ!!」

 

「うわあっ!?」

 

絶華衝。 クラウスは極限まで力を溜め……解放と同時に凄まじい突きを放った。 ミリアムは腕を交差させたアガートラムで防いだが、衝撃までは防げず、転がるように吹き飛ばされてしまった。

 

「はっ! やっ!」

 

三段突きからの払い、レトは流れる動作で槍を振るって繰り出す。 その攻撃をクラウスは巧みに受け流す。

 

「はっ!」

 

「っ!」

 

「わあっ!?」

 

風迅剣。 素早く横に剣を構え……振り抜くと同時に高速の斬撃を飛ばし、前方にいたレト、後方にいたミリアムを牽制した。

 

クラウスは2人に接近しようとするが……凄まじい勢いでラウラを中心に光の渦が巻き起こり、クラウスを引き寄せ……

 

「洸円牙ーーせいやあっ!!」

 

回転斬りを放った。 防がれたがこの一撃は聞いたようで、クラウスは剣を持つ腕を下げた。

 

「今の気の扱い……今までのそれとは違う。 何か掴んだようですね?」

 

「う、うん……まあ参考になった経験があってな……」

 

珍しく言い淀むラウラ。 回転ときて、レトは心当たりがありポンと手を叩いた。

 

「あ、もしかしてブリオニア島で蜘蛛の巣にーー」

 

「言うなーーー!!」

 

「あああああっ!?」

 

大声を出しながらラウラの大剣がレトの足元に振り下ろされた。 レトは絶叫を上げながら転ぶように避けた。

 

「ラウラ! 敵はあっち、クラウスさんはあっち!」

 

「ッ〜〜〜〜!!」

 

どうやらブリオニア島での経験で洸円牙を進化させたようだが……その過程が恥ずかしいらしい。

 

「ほっほ、仲睦まじいですな」

 

「ええい、そんなのではない!!」

 

誤魔化すようにラウラはクラウスに斬りかかった。 勢い任せだが剣筋は悪くなく、照れ隠しの猛攻だ。 レトは何がなんだが、ミリアムはとりあえずその勢いに乗りクラウスを追い詰めていく。

 

「はっは、なかなかやるようですな」

 

しかし、あれだけの猛攻を受けながらまだ余裕が見える。 見た目以上に衰えを感じさせず、明らかに剣技が老いを凌駕している。

 

「いっけーー!」

 

アガートラムの右腕にパワーが集まり始め……強烈な一撃が放たれた。 その一撃は受け流す事すら出来ないと判断したクラウスは横に跳んで避けた。 が、その先にレトとラウラが待ち構えていた。

 

「むっ!」

 

「せいっ!」

 

「受けよっ!」

 

ラウラの薙ぎとレトの突きがクラウスを捉えた。それによりとうとう、いや……やっとクラウスの膝を地に付かせる事ができ。 そこで勝敗が決した。

 

「と、届いたか……!」

 

「ふう……フィリップさんといい、なんでご高齢の方はこんなにも元気なんだ」

 

クラウスが膝をついた事に門下生達は驚きをあらわにする。

 

「フフ……さすがで御座いますな。 膝をつかされたのは、2年ぶりでしょうか」

 

(それ、絶対レトだろう……)

 

リィンが内心そう思う中……クラウスはスクッと立ち上がった。 これは老いどころかダメージを受けたのすらも感じさせない。

 

「うわ〜、結構平気そう!?」

 

「さすがはクラウスさん、ですね」

 

「それはレト様も。 一段と……いや、腕が何段も上に上がっておいでで、さすがに度肝を抜かれた思いです。 その銀の傀儡も想像以上でした」

 

「ガーちゃんと生身であそこまで渡り合えるなんてなかなかいないよ? 光の剣匠に至ってはさらに数段上の達人らしいし、世界は広いよねー」

 

「ああ、そうだな」

 

賞賛を受け取りながらレトは銃剣を収める。 その際、クラウスはリィンに何か一言を言っており。 リィンは少し気落ちしていた。

 

「さてと、少し脱線した気もしますが……これで依頼は達成でいいですか?」

 

「ええ、おかげさまで大変有意義な時間を過ごさせて頂きました」

 

「今度は門下生の皆と手合わせをお願いしたいな?」

 

「い、いえ! レトさんが出る程でもないですし!」

 

「お手を煩わせる訳にもいかないッス!」

 

「いくらハンデがあっても勝てる気がしないですし……」

 

「はっきり言うと心が折れそうです!」

 

(も、物凄く遠慮されてるな……)

 

(ふむ? 彼らでは父上とレトには勝てない……しかし何故、ここまで扱いが違うのだ?)

 

手合わせで勝てないのならレトであろうとアルゼイド卿でそれはあろうと変わらない。 しかし何故、門下生達がレトを恐れているのかラウラには分からなかった。

 

疑問に思いながらラウラ達は練武場を後にすると……外は陽の光も落ちかけ夕方になろうとしていた。 霧も少し晴れており、明日の天気は快晴になりそうだ。

 

そして、今日の依頼も全て終え。 レト達はトヴァルに報告しようとレグラム支部に向かう。

 

「ーーただいま戻りました」

 

「はー、面白かったー」

 

「おっと、帰ってきたか」

 

「フフ……タイミングが良かったようだ」

 

「え……」

 

「…………!」

 

「この声は……」

 

トヴァルの声の後に聞こえてきた男性の声、聞き覚えのあるラウラとレトが目にしたのは……

 

「父上……!?」

 

トヴァルの前にいたのは黒髪が印象的で、黄緑色の長いスカーフを首に巻き青いジャケットを羽織った中年くらいの男性だった。

 

そしてその男性をラウラは父と呼び歩み寄る。

 

「父上、いつお戻りに……てっきり此度の実習では会えないものと思っていました」

 

「ははは……所用に一区切り付いたのでな。 ギルドに用事もあったからここで待たせてもらった」

 

すると、男性はラウラに近寄ると……抱きしめながら頭を撫で始めた。

 

「久しぶりだ、我が娘よ。 どうやらまた一回り大きくなって帰ってきたようだな?」

 

「お、幼子扱いはやめてください。 ……その。 父上、ただいま戻りました」

 

「ああ、おかえり」

 

珍しく恥ずかしがるラウラ、だが最後には嬉しそうに甘んじて受け入れた。

 

(あれが光の剣匠……)

 

(へー、カッコイイお父さんだねー)

 

(ふふ、ラウラさんも嬉しそうですし……)

 

「ふむ、そして彼らが……」

 

「はい、VII組の級友にして共に切磋琢磨する仲間です」

 

「フフ、久しいな。 レト。 初めての者もいるから改めて名乗らせてもらおう」

 

男性は一同を見回し……レトの姿を見つけると苦笑しながら一歩前に出た。

 

「レグラムの領主、ヴィクター・S・アルゼイドだ。 そなた達の事は、娘から手紙で存じ上げている。 よろしく頼むーーVII組の諸君」

 

彼がかの光の剣匠と謳われ、アルゼイド流の筆頭伝承者である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夜の帳も下り、レト達はアルゼイド邸で豪華な夕食を食べていた。 その席にはラウラの父であるヴィクターも同席している。

 

「うーん! 久しぶりに食べるけどやっぱり美味しい!」

 

「フフ、気に入ってもらえてなによりだ。 どうやら昼間、クラウスと仕合ったそうだな? それも勝利を収めたとか」

 

「はい……手を抜かれた気もしますが」

 

「フフ、とんでもない。 ご学友共々、若々しき獅子のごとき気合いでした。 先が楽しみでございますな。 ただ……」

 

と、クラウスはそこで言葉を切り、レトの方に視線を向けた。

 

「レト様に関しては手を抜いてないにせよ、本気では無かったでしょう」

 

「あはは……失礼ながら、手合わせで向ける剣は持ち合わせていないので」

 

「はは、構いませぬ。 全力であったことには変わりありますん」

 

「そうか。 娘共々、どうやら良き巡り合わせに会えたようだ、これも女神の導きだろう」

 

「……私もそう思います」

 

「……………………」

 

「ふむ……」

 

と、そこでヴィクターは今まで黙り込んでいるリィンを見て……

 

「ーーリィンと言ったか。 どうやら、そなたの剣には“畏れ”があるようだな」

 

「えーー」

 

「父上……?」

 

昼にクラウスに見抜かれた本質を、ヴィクターにはさらにその奥まで見抜かれてしまった。

 

「剣仙、ユン・カーファイ殿。 そなたの師にして、八葉一刀流を開いたあのご老人とは面識があってな。 何度か手合わせを願ったこともあるくらいだ」

 

「! そうだったんですか………その、失礼ですが勝敗の方はどちらが?」

 

「いや、決着は付かなかった。 互いの理合いが心地よくてな。 存分に斬り結んでいたらいつも時間が過ぎてしまう」

 

「父上と互角……武の世界は広いですね」

 

「……恐れ入りました」

 

何百年の間継がれて来たアルゼイド流と、開かれて数十年の八葉一刀流が互角……ヴィクターが褒め称える八葉の一端が見えた気がする話だ。

 

「フフ、それはともかく。 八葉一刀流……東方剣術の集大成というべき流派だろう。 その理合いの深さと玄妙さ……修めた者が剣聖と呼ばれるようになるのも頷ける。 だがそなたは……“何か”を畏れるあまり足踏みをしているようにも見える」

 

「…………!」

 

リィンの畏れに、レト達は心当たりがあった。レト以外は詳しく知らないと思うが、旧校舎で起きた出来事と関係している事は理解していた。

 

「……参りました。 そこまで見抜かれてとは夢にも思ってませんでした。 ですが……これで覚悟も固まりました」

 

「え……」

 

「ほう……?」

 

迷っていた気持ちをヴィクターの言葉によって決心し、リィンは強い意志を持った目をして……

 

「子爵閣下……いえ、光の剣匠殿。 どうか自分と手合わせをしていただけないでしょうか?」

 



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44話 光の剣匠

未だに霧が立ち込める夜……レト達はアルゼイド流の練武場に再び訪れていた。 ここに来た目的は……リィンとヴィクターとの手合わせである。

 

「ワクワク……光の剣匠と勝負かー。 でもリィンって、そんなに強かったっけー?」

 

「相手は達人……さすがに厳しいか」

 

「………………」

 

「リィン、考え直すがよい……! 父上も戯れはおやめください!」

 

ラウラ達の心配は当然の事。 リィンと光の剣匠と謳われるヴィクターの手合わせでは勝負にすらならない。

 

(今思えば、ハーメルの時は指導剣だったんだよね……あの時、手合わせだったら小数秒も持たないかも……いや、無理)

 

当時の出来事を思い出し、疑問形から確信に変わり、レトは心の中で嘆息した。 そう考え込んでいると、ラウラに肩を叩かれる。

 

「レト! そなたから言ってはくれないか!?」

 

「……ここがリィンにとっての分岐点……選択をするのはリィン、止めに入るのも相談する事も許されない」

 

「くっ……」

 

「分かってくれ、ラウラ。 リィンは路頭に迷う自分を荒療治したいんだ。 ここで横槍を入れるのは返ってリィンに失礼だ」

 

ラウラを説得する。 そして、舞台に上がった両者は得物を抜く。 リィンは太刀を、ヴィクターはアルゼイド流の大剣を右手で軽々と。

 

(ガランシャール……2年前も思ってたけど、やっぱりどこかで見たような)

 

ヴィクターが持つアルゼイド家に伝わる宝剣を見て、レトは少しデジャヴを覚える。 その間にも、2人の仕合いが始まろうとしていた。

 

「ーー八葉一刀流初伝、リィン・シュヴァルツァー、参ります」

 

「アルゼイド流、筆頭伝承者、ヴィクター・S・アルゼイド、参る」

 

互いに流派と名を名乗り、2人から剣気が放たれると……

 

「ーー始め!」

 

立会いのクラウスが右手を振り上げ……同時にリィンが先手で飛び出した。

 

「はあっ!」

 

全力で振られる太刀。 それをヴィクターは見切り、観察しながら軽くいなしていく。 リィンの本気の太刀はことごとくあしらわれ、弾かれてしまう。 そして……

 

「はあっ!」

 

「ぐあっ!?」

 

反撃に転じたヴィクターの神速の剣が振り抜かれ……リィンはたった一刀で斬り伏せられてしまった。

 

「うっわー……」

 

「……だから言ったのだ……」

 

「み、見えませんでした……」

 

「……リィンが弱いわけじゃない」

 

「実力差があり過ぎるからね。 それにワザと致命傷は外して、 まだ終わらないよ」

 

リィンは荒い息をしているに対し、ヴィクターは未だに自然体だ。 そしてヴィクターは倒れているリィンに声をかける。

 

「ーー何をしている。 未だ勝負は付いていない。 疾く立ち上がるがよい」

 

「父上……!?」

 

既に決着は付いても可笑しくはないぎ、ヴィクターはまだ続け、リィンはフラフラになりながらも立ち上がる。

 

「………………」

 

「そなたの力……それが限界でないのは分かっている。 この期に及んで“畏れる”ならば強引に引きずり出すまでのこと……」

 

兎でも全力で向かう獅子のごとく……ヴィクターは大剣を振り上げる。

 

「さあ、見せてみるがよいーー」

 

「……!」

 

「っ……」

 

神速で振り下ろされた大剣。 衝撃が地面に鋭く放たれる中……ヴィクターの目の前にいたリィンが消えていた。

 

「……!」

 

「うわっ!?」

 

「どこに……!」

 

「……右」

 

「ーー甘い」

 

レトの言う通りヴィクターの右手にリィンがおり、抜刀の構えを取っていた。 しかし、その雰囲気はまるで別人だった。

 

一瞬で距離を詰めて放たれた抜刀をヴィクターは大剣で防ぎ、続け襲いかかる太刀を紙一重で避ける。 そして軽く大剣を振ってリィンに距離を取らせ……そこでラウラ達はリィンの姿を認識した。

 

「……!」

 

「わわっ……!?」

 

「……これは……」

 

「こ、これが……リィンが恐れていた……」

 

(異能……)

 

銀髪に灼眼となり、異質な焔を放つリィン。 その双眸は狂気を持ちながらヴィクターを睨みつける。

 

「そうだ、それでよい。 “その力”はそなたの奥底に眠るもの。 それを認めぬ限り、そなたは足踏みをするだけだ」

 

「オオオオオオッ!!!」

 

抑えきれぬ力に流されるように咆哮し、リィンは様々な激情を太刀に込めて振り抜く。

 

一見デタラメに太刀を振っているように見えるが、その太刀筋にはしっかり八葉の色が見え。 玄妙さは無いが鋭さと気迫は今までと段違いだ。

 

しかし、解放されたリィン異能でもヴィクターには届かず……

 

「ーーそろそろ終わりにしよう」

 

大剣を振り払おうとするように構え、気によって刀身が輝きながら伸び……

 

「絶技・洸凰剣!!」

 

一瞬でいくつもの太刀筋を描きながら振るい、その軌跡の集中点にいたリィンを斬り裂いた。 そしてヴィクターは結果を見るまでなく大剣を振り払いながら背を向けた。

 

「ぐうっ……!」

 

そのまさしく絶技にリィンは大きなダメージを負ってしまい、焔が収まり元に戻りながら膝をついてしまった。

 

「リィン……!」

 

「……リィンさん!」

 

勝負は決し、慌ててラウラ達はリィンに駆け寄った。

 

「うっわー……とんでもない勝負だね」」

 

「ああ……だがやっと分かった気がする。 リィンが子爵閣下に手合わせを願った理由が」

 

「リィンさん、大丈夫ですか!?」

 

「父上……やりすぎです!」

 

「……大丈夫……ちゃんと手加減してくれた」

 

大きな怪我がないか見るエマにリィンは問題ないと答え、顔を上げてヴィクターの方を見る。

 

「……参りました。 光の剣匠の絶技、しかと確かめさせて頂きました」

 

「フフ……どうやら分かったようだな」

 

ヴィクターはリィンの前まで寄ると、膝を付いているリィンと顔を合わせるように自身も膝をついた。

 

「ーー力は所詮、力。 使いこなさなければ意味はなく、ただ空しいだけのもの。 だが……在るものを否定するのもまた“欺瞞”でしかない」

 

「はい……天然自然……師の教えがようやく胸に落ちた心地です。 ですが……これで一層、迷ってしまうような気もします」

 

「リィン……」

 

「……それでよい」

 

リィンの答えに頷きながらヴィクターは手を差し伸べる。

 

「まずは立ち上がり……畏れと共に踏み出すがよい。 迷ってこそ“人”……立ち止まるより遥かにいいだろう」

 

「……はい」

 

リィンは差し伸べられた手を取り、立ち上がった。 今のリィンはとても吹っ切れた顔をしている。

 

これで丸く収まると思っていると、そこでレトは気付いた。 ヴィクターのその手には……まだガランシャールが握られている事に。

 

「さて……」

 

その疑問に答えるように彼はレトの方を向き……

 

「レト……いやレミスルト殿下、次は貴公との手合わせを願おうか」

 

レトの本名を言い……皇族として接しながら、手合わせを申し出てきた。 しかしその唐突な願いにレトは驚愕する。

 

「……いや、僕は既に子爵閣下並みの……って、これは今関係ないか……」

 

「レトさん?」

 

「と、とにかく! 僕は子爵閣下と手合わせする理由がありません! 100歩譲って以前の僕はリィンに近かったですけど、同様に道を見出す事が出来てます!」

 

本当は光の剣匠以上だが、そんなことは今は関係ないだろう。

 

「それは一眼見た時に分かっている」

 

「…………! この先は、剣で語れと?」

 

「ああ、私も剣でしか語れない時もある。 フフ、リィンが今日まで足踏みをしていたのなら……そなたは2年前から、いやそれ以前から背を向け逃げ続けていた。 己の存在に」

 

「………………」

 

「だが……」

 

「え……」

 

「今は寄り道をしながらも面と向き合っている。 我が娘がそなたに感化されたように、またそなたもラウラに感化され高めあった……これもまた、武の道の一端だろう」

 

「父上……はい、その通りだと思います」

 

ヴィクターの言葉に同意しながらラウラも頷く。 ここまで言われたらレトも無下にする訳には行かず……

 

「…………分かりました。 不詳ながらこのレミスルト、光の剣匠殿の手合わせをお受けいたします」

 

その答えにヴィクターは無言で頷き、舞台の上に今度はレトとヴィクターが対面した。

 

「今度はレトとかー。 あのリベールの異変で活躍したって聞いたけど、どこまで強いのかなー?」

 

「……ミ、ミリアムちゃん」

 

「しかし、これは見物だな」

 

「ああ。 いつも隠しているようでバラしているが、レトの実力は飛び抜けている。 もしかしたら……」

 

「うん。 もしかしたら父上に一泡吹かせられるかもしれない」

 

(……前にリィンと戦ったとしても疲労は期待しない方がいいとして、決着は一瞬……刹那の交差で決める!)

 

ラウラ達が見守る中、レトは心の中で戦法を決めると同時に左手を突き出し……

 

「ーー出でよ、ケルンバイター!」

 

『!?』

 

一度は目にした事あるのリィン達はあまり驚かなかったが、初めて見るミリアムは興奮したように驚愕する。

 

「なになに!? 何もない所から剣が出てきたよ! しかもカッコイイー! 金ピカだー!」

 

「何度見ても不思議な剣だ……」

 

「詳しくは知らないが、とてつもない斬れ味を誇る剣だと聞いている。 あれを出すということは、レトは本気だ」

 

(外の理の……一体レトさんは……)

 

「ーー我が名はレミスルト・ライゼ・アルノール。 相手には礼を以って対します」

 

「ヴィクター・S・アルゼイド。 よろしくお願いする」

 

両者、礼をしながら名乗り、構えを取ると静かに剣気を放ちながら睨み合う。 レトは右手を前に、剣を持つ左手を後ろに下げ。 ヴィクターは両手でガランシャールを持ち青眼に構える。

 

『……………………』

 

(なんて気あたりだ……)

 

(肌がビリビリするよ〜……)

 

(恐らく、決着は刹那の間……一瞬たりとも目が離せない)

 

(ゴクリ……)

 

レトは放たれる剣気によって次にくる太刀筋を読む。 静かに、しかし刻一刻と2人が睨み合う時間が過ぎて行くと……

 

「ーーッ!」

 

「セアアアアッ!!」

 

ヴィクターが先手を取った。 しかしレトは尋常ではない速度で接近してくるヴィクターを目で、気配で捉えており。 ガランシャールがレトに振り下ろされようとした刹那……

 

「フッ!!」

 

身体を捻って剣で剛剣を受け流しながら一瞬で横に跳び……1秒も待たぬ間に7連撃を繰り出した。 峰とはいえ、7回も喰らわせたので地面を大きく引きずって後退させた。 言うまでもなく、勝負あり。

 

「ーー刹那刃」

 

「……後から言うんだ……」

 

決め台詞みたいな事を後で呟くレトにミリアムは思わずツッコム。 それに対し、7回の剣を受けたヴィクターは笑みを浮かべていた。

 

「フフ……以前とは比べ物にならない剣だ。 洗練された……美しい作法の剣でありながら、独自に昇華している。 よき師と巡り会えたようだな?」

 

「あはは、あの人が師かどうかは判断が難しいですし……これが答えと言えるのか分かりません。 けど、どうしたいかは決まってます」

 

ヴィクターはダメージを感じさせずにスクッと立ち上がった。 手加減したとはいえ、クラウス同様にやはりこの人も余裕そうだ。

 

「フフ……ようやく己が進むべき剣の道が見えたか。 そなたなら空位に至るやもしれん。 いや、既にその輪郭も見えているな?」

 

「いえ、剣の道に果てなし……修めることは出来ず、道を進む過程で結果が出るに過ぎません。 理であれ、修羅であれ、空位であれ……僕にとっては通過点に過ぎません」

 

「達人が行き着く先を通過点とは……それを聞いて私も安心した。 私にもまだ先はあるのだな」

 

「ええ、もちろんです」

 

時折意味のわからない言葉を使われ、聞いていたリィン達は困惑した顔をする。

 

(何を言っているかよくわからないですね……)

 

(安心しろ、私も部分的にしかわからぬ)

 

(やはり、レトは俺達と次元が違うな)

 

(……っていうか、元々この仕合いって何するための仕合いだったのー?)

 

(は、はは……まあレトも自分の道を選べて良かったよ)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日、8月29日ーー

 

朝早くにヴィクターとクラウスに見送られながら子爵邸を出たレト達、階段を降りてまず目にしたのは……霧の晴れた青空の広がるレグラムと、鏡のように景色を写すエベル湖の絶景を目の当たりにした。

 

「へー、すごい光景だねー!」

 

「本当に……湖面がまるで鏡みたいです」

 

「この景色も久しぶりに見るね。 ローエングリン城と神殿もよく見える」

 

「これが……霧の晴れたレグラムか」

 

「フフ、私にとってはどちらも馴染み深い光景だな」

 

ミリアム達がレグラムの景色を見惚れていると、唐突にリィンが謝罪してきた。

 

「ーー皆。 昨日は騒がせて済まなかった」

 

「……リィンさん……」

 

「ーー全くだ。 だが、そなたにとって必要なことだったのだろう?」

 

「……ああ。 以前の俺は、師匠の教えに気付ける段階にはなかった。 だけど……子爵閣下が手合わせを通じて俺に気付かせてくれたんだ」

 

「そうか……ならばよい。 そなたも足掻きながら前に進もうとしているのだな」

 

「フフ、いい風の導きがあったようだな」

 

「ーーけどリィン、あの力は……“混ざっている”って事でいいのかな?」

 

唐突に聞かされたレトの言葉に、リィン達は首を傾げる。

 

「え……」

 

「混ざっている……?」

 

「んー、言葉で説明できる内容じゃないんだけどねー。 簡単に言えば……過程も無しに結果が出る能力……って事かな?」

 

「い、意味分かんないだけど……」

 

「しかし、言おうとしていることはわかる。 あの力は口では説明し難い」

 

「……それはそうと、何故レトさんがそんな事を知っているんですか?」

 

エマはいつになく真剣な表情でレトに問い詰める。

 

「実際に混ざっている人を見たことあるから。 その人はリィンを比べ物にならないけど……」

 

「?」

 

「まあ結局、これだけ言ってもその力についてはよく知らないんだ。 期待させたら謝るよ」

 

「……いや、それだけでも十分だ。 なんだか少しスッキリ気分だ。 これで俺も、自分を認めてようやく前に進むことができる」

 

「リィン……」

 

A班は気持ちを新たにし、レト達は特別実習を行うため遊撃士協会を訪れた。 中で待っていたトヴァルは妙に機嫌が良かった。

 

「いや〜、聞いたぞ。 何でも光の剣匠とやり合ったんだってな?」

 

「はは……胸を貸してもらっただけです。 実際、勝負には全くなりませんでしたよ」

 

「いやいや、やり合おうと思っただけでも大したもんだ。 サラも化物じみた強さだが子爵はその上を行くからなぁ。 さすが八葉一刀流の初伝を貰っているだけはあるな?」

 

「く、詳しいですね……」

 

「僕の場合はなし崩しにですけど……」

 

「お前さんはとうとう、と言ったところだろ。 最初に会った時はガチでやり合って決着付かなかったんだし。 執行者に誘われているだけはあるじゃねぇか」

 

「……不本意ですけど」

 

「ほえー、さすが遊撃士、情報通だねー」

 

「ま、それはともかく……2日目の課題を渡しとくか」

 

昨日と同じようにトヴァルから課題が入った封筒を受け取った。 課題は昨日と同じエベル街道の魔獣討伐と七耀教会のシスターからの依頼の2つだけだった。

 

「あら……さほど多くないんですね」

 

「この手配された魔獣はいささか気になるが……」

 

「ああ、午後からは別の課題を追加で振ろうと思っている。 レグラム滞在は今日までらしいからせいぜい手伝ってもらうつもりさ。 それじゃあ、よろしく頼んだぜ」

 

「承知しました」

 

「では、始めるとするか」

 

「これならすぐに終わりそうだね」

 

「それじゃあ、今日もはりきって行こー!」

 

2日目の実習を開始。 昨日と打って変わって日が差し込み明るくなったエベル街道、今日は少し暑くなりながらも迷わず進んでいく。

 

しばらくして街道の外れで例の手配魔獣を発見したが……機械質な身体をし、機関銃やらを装着した二足歩行の魔獣だった。

 

「……あ、あれは……!?」

 

「報告された手配魔獣なのか?」

 

「あの魔獣はドレックノール要塞で見た……」

 

「人形兵器……なんであんなものがここに」

 

「なぜこんなものがここにいるのか分からぬが……このまま放っておくわけにはいくまい」

 

「ああ……慎重にしかけよう」

 

人形兵器……ファランクスJ9は両側の機関銃をレト達に向け、乱射してきた。

 

「ガーちゃん!」

 

すかさずミリアムがアガートラムに障壁を展開させて防がせる。

 

「参る!」

 

戦術リンクを組み、左右から接近する。 敵の接近をセンサーで感知したファランクスJ9は背中の装置からミサイルを発射した。 それを目視したレトは……銃剣を変形させて銃を構え、分け身で2人に増えた。

 

『比翼・(つばくろ)!』

 

二段撃ちで銃弾を連射して撃ち、全てのミサイルを撃ち落とした。

 

「今だよ!」

 

「よし!」

 

リィン、ラウラ、ガイウスが接近して手応えが今までと違く、普段より武器から伝わる振動で手が痺れてしまう。

 

「ッ……」

 

「固い……!」

 

「! しまっーー」

 

「ガーちゃん!」

 

手が痺れてしまった隙に機関銃がリィン達に向けられたが、ミリアムがアガートラムを向かわせて防いだが……次に銃口を背後にいたエマとミリアムに向けた。 アガートラムは攻撃して離れているため、今度は防ぐこと出来なかった。

 

「くっ……」

 

「ーー扶翼・鶴!」

 

乱射し飛んできた銃弾を、レトが撃った銃弾で弾き返した。

 

「今だよ!」

 

「ルミナスレイ!」

 

エマの放った光線が銃口に直撃して逸らされ、リィンとガイウスが一気に距離を詰め……

 

「せいやっ!」

 

「はあっ!」

 

ファランクスJ9の手足を斬り裂き、胴体を貫いて討伐……いや、破壊した。

 

「ふう……妙な感じだけど、倒したのか?」

 

「破壊したって言った方が正しいよ」

 

「確かに……手応えそのような感じだったな」

 

「……機械仕掛けの魔獣、人形兵器だったか……なぜこんなものがレグラムの街道に……?」

 

「ミリアムは何か知ってる?」

 

レトは壊れたファランクスJ9に近寄りながらミリアムに聞いてみた。

 

「んー、ガーちゃんとは関係ないと思うよ。 その子は金属で出来てるみたいだし」

 

「……確かに、アガートラム君や実技テストの戦術殻とは質感が違いましたよね。 あちらは同じ無機物でも温かみのある印象でしたし……」

 

(戦術殻……結社と何か関連があるのかな?)

 

「……何しているんだ、レト?」

 

「ちょっと中身を調べようとねっ……と」

 

ファランクスJ9の外殻を剥しながら中身を漁るレト、すると1つのクオーツを中から取り出した。

 

「よし。 このクオーツを解析すれば何か分かるかもしれないね」

 

「ともかく、アガートラムとは関係なさそうだ。 一度、トヴァルさんに報告した方がいいかもしれない」

 

「うん。 そうだな、彼なら何か分かるかもしれん。 一旦町に戻るとしよう」

 

この場にいても何もわからないため、この件を報告しに来た道を引き返した。

 



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45話 ローエングリン城

レグラムに戻ると……基本静かな町がざわついていた。 気になって町を見回してみると、波止場に船が止まっていた。 その船の周りと町には……数人の領邦軍の兵隊がいた。

 

「あれは領邦軍……貴族派の兵士だったか?」

 

「え、ええ……そうみたいですけど」

 

「白と紫……帝都でも見かけた色だな」

 

「あの色は……ラマール州のものだった筈だよ」

 

「こことは帝都を挟んで反対側……どうして領邦軍がレグラムを訪れるのだ……?」

 

「恐らくーー」

 

「よ、戻って来たみたいだな」

 

と、そこへトヴァルが歩いてきた。 どうやらこの自体について何か知っているようだ。

 

「トヴァルさん……」

 

「その、これは一体……」

 

「どうやら対岸の波止場から定期船を徴発したみたいでな。 サザーランド州じゃなくてラマール州ってのが謎だが……」

 

「謎じゃないですよ。 徴発、ラマール州、領邦軍……そこから出る答えはカイエン公。 目的は子爵閣下の協力を得ることでしょうね」

 

「あー、あり得るかも」

 

顎に手を当てて考え込むレトが答えを出し、カイエン公を知っているミリアムはその答えに納得した。 答えは出たが、リィン達は気になって仕方がなかった。

 

「ま、そんなに気になるなら様子を確かめてきたらどうだ? 街道から戻って来たってことは手配魔獣も退治してきたんだろ?」

 

「ええ、それなんですが……」

 

「その、実はおかしな事が……」

 

先ほど倒した手配魔獣について手短にトヴァルに報告した。 それを聞いたトヴァルは眉を潜める。

 

「機械仕掛けの魔獣……」

 

「ご想像通り、人形兵器でした。 無闇に放たれてはいないようですが……」

 

「そうか……念のため俺の方でもその残骸を調べてみよう」

 

トヴァルはご苦労と言いながら報酬を手渡し、残骸を調べるたエベル街道に向かって歩いて行った。

 

人形兵器について気になったが、それよりも先ずはアルゼイド邸に向かった。 我が物顔でレグラムを闊歩する兵士達に市民が不安の顔が見える中、急いで子爵邸に入ると……

 

(……ぁ……)

 

(あれは……)

 

(やっぱり)

 

もう帰る所だったのか、玄関先で子爵閣下と……派手に着飾っている貴族らしき男性が向かい合っていた。

 

「フフ、そう言わずに考えておいてくれたまえ。 貴公が来てくれれば会合にも箔が付くというものだ」

 

「所詮、片田舎の領主に過ぎぬ身。 さすがに買いかぶりでしょう」

 

話を聞く限り、レトの予想通り子爵閣下を貴族派に入れようとしていた。 それに加えて……正規軍にも手を貸すなとも忠告していた。

 

まだ子爵閣下は答えを出してないがそれで話がついたのか、貴族の男性と護衛であるサングラスをかけた黒服の2人組が降りてきた。 そうなると当然、階下にいたレト達に声をかけてきた。

 

「ラウラ嬢か、久しいな。 む、それに君は……」

 

「……ご無沙汰しております」

 

「——初めまして、カイエン公爵閣下。 ()()()()()……と申します」

 

「!?」

 

レトは礼儀を弁えながら、ワザとらしく名前を強調して男性に名乗った。 それを聞いた男性は動揺し……それからレトの向ける上からの視線に気付き、咳払いをした。

 

(レトさんが本名を……)

 

(ということは、彼が……だが、ラウラの緊張ぶりは)

 

(んー、まさかこんな所に現れるとなんてねー)

 

(四大名門筆頭にして西のラマール州の統括者……海都オルディスを治める大貴族、カイエン公爵……!)

 

実質的に貴族派の頂点に立つ者……それが本人自らの足で子爵閣下の元に訪れる事に疑問を感じる。

 

「久闊を叙したくもあるが少しばかり急いでいてな。 また近いうちに、会う機会を設けるとしよう」

 

そういうと踵を返し、出口に向かって歩いていく。 その際、護衛の1人である長身の男性がレト達を見て……納得した。

 

「ハハ、なるほどなぁ。 君らがトールズ士官学院のVII組ってやつか」

 

「……!?」

 

「何故それを……?」

 

制服を見ただけで自分達がトールズの生徒である事に気付いた、それに対して当然の疑問を問いかける。

 

「いやな、縁があって少しばかり調べてたんや。 うん、なかなかええ面構えをしとるわ」

 

「え、えっと……」

 

「……………………」

 

「……閣下がお待ちだ。 そのくらいにしておけ。 それでは失礼する」

 

「ほなな〜」

 

言いたい事だけを言い、2人はカイエン公を追いかけて邸宅を後にした。

 

「何者だ、彼らは……?」

 

「領邦軍の兵士じゃないのは確かなようだが……」

 

「私達のVII組のことを知っていたようですけど……」

 

「……………………」

 

「——恐らくカイエン公が私的に雇っている護衛だろう」

 

そこへ、ヴィクターが階下に降りながら答える。

 

「父上……」

 

「フフ、そんな顔をするでない。 だが……いよいよ、本格的に動き始めたようだな」

 

場所を変えようと言われ、レト達は子爵閣下の執務室に案内され……カイエン公がレグラムを訪れた理由を交えながらある事を説明した。

 

「貴族派が水面下で動き始めている……!?」

 

父から聞かされた言葉にラウラは驚愕する。

 

「うむ、先月あたりから頻繁に動き始めている。 各地で会合が繰り返され、結束を再確認しているようだ。 そちらのお嬢さんは当然知っている情報だろうが」

 

「んー、まあね。 とうとう革新派と本格的にやり合うつもりかって情報局もピリピリしているし」

 

「そうだったのか……」

 

既に情報局でも貴族派の動向を把握しているらしく、ヴィクターの言葉にミリアムは同意する。

 

「でも、カイエン公っていえば貴族派でもリーダー格だよね? わざわざ来るっていうのはさすがにビックリしたよー」

 

「うむ……私も驚いた。 貴族派全体の大規模な会合を近いうちに開くつもりらしくてな。 それに必ず出席するようにこんな辺境まで訪ねてきたらしい」

 

「あ……予想外れた」

 

答えは協力を申し出るではなく、会合に出席せよ……予想が外れたことにレトは少しばかりガッカリした。

 

「で、ですが父上はあくまで貴族派からは……」

 

「……はい。 距離を取っておられます。 さりとて革新派にも近付かず中立を貫いておられますが……」

 

「だが、先方からしてみれば貴族ならば貴族派に所属して当然という理屈なのだろう。 気の進まぬ貴族達にも強引に引き込んでいるという話も聞く」

 

「その流れには他の四大名門も?」

 

「アルバレアはもちろん、ログナーも参加していると聞いている。 ハイアームズは中立を保っているようだ」

 

四大名門がこの流れに乗っていれば大体の戦力は把握出来る。 恐らく現状では帝国貴族の半数以上は貴族派だろう。 と、そこでリィンが恐る恐る子爵閣下に質問した。

 

「その、自分の実家については何かご存知ありませんか?」

 

「フフ……そなたの実家ならば心配は無用だろう。 シュバルツァー卿といえば私以上の頑固者として有名だ。 貴族同士の胡乱な動きに加担するとは到底思えぬ」

 

「そ、そうですか……少しばかり安心しました」

 

実際の父を知るリィンなら心配する必要はないが、実際に子爵閣下の口から聞いて一安心した。 と、そこでリィンの話を聞いてヴィクターが何かを思いついたようだ。 すると唐突に領を留守にするとクラウスに伝える。 当然、ラウラは驚愕する。

 

「ち、父上!?」

 

「あはは、いきなりだねー」

 

「即断即決が信条でな。 各地の中立派の貴族と連絡を取り合うことにする。 貴族派全体の強引な動きに取り込まれる事がないようにな」

 

「あ……」

 

「父上……」

 

「——そういう事なら、俺もお供させてもらいますよ」

 

ドアをノックしないで入って来たのはトヴァルだった。 どうやら街道から戻ってきたからここに来たようだ。

 

「トヴァルさん……」

 

「おお、そなたも来たか」

 

「ええ、こちらに来たのがカイエン公だと聞きまして。 ちなみにバリアハートから来たリムジンに乗って行きましたよ」

 

「バリアハートから……!?」

 

「……もしかして、アルバレアの?」

 

「ああ、ルーファス卿だったか? あの御曹司が迎えに来てたけど」

 

それを聞いたレトはまた深く考え込む。

 

(徴発した船で来たから別の移動手段で帰るのは分かってたけど……まさかルーファスさんが……)

 

「そうか……カイエン公が訪問するなら彼が出迎えに来てもおかしくはあるまい。 それはともかく……他にも何かあったようだな?」

 

「ええ、お嬢さん達が気になる話を持ってきましてね。 レグラムの街道外れに“機械仕掛けの魔獣”が出ました」

 

それを聞き、ヴィクターは珍しく目を見開いた。 2人だけが分かる内容で話が進み……トヴァルの同行を認めた。 と、その時……ヴィクターは先程からずっと黙って考えて混んでいたレトに声をかけた。

 

「フム……レト、何か考え事か?」

 

「……いえ、先程のカイエン公の護衛についてちょっと」

 

「全く、話を聞かず何を考えていると思ったら……」

 

「それで、何か分かったのか?」

 

「先程、長身の男性がVII組に“縁”があると言いました。 そしてある事を仮定すれば、辻褄が合います」

 

「へー、よくわかんないけど凄いね。 それでそれで?」

 

「——彼らが猟兵である事」

 

考えついた先に至った答えを出すと、ラウラ達はある人物を思い浮かべた。

 

「まさか……!」

 

「そう。 VII組で1番猟兵で縁があるのはフィー。 彼らは……西風の旅団」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達はヴィクターとトヴァルを見送りに駅まで向かい。 トヴァルは去り際に午後の分の依頼を渡し、ギルドの書類整理を頼むと2人は列車に乗り、レグラムを後にした。

 

後に残されたリィン達は依頼をするか支部の資料整理をするか相談していたが……ラウラは依頼書をレトに見せながら指差した。

 

「なあレト。 この幻の魚とは……」

 

「うん。 ちゃんとゴールドサモナーって書いてあるし、そうだろうね」

 

「2人はこの魚を知ってるの?」

 

「うん。 ブリオニア島で実習した時に銛突きで獲ってね。 かなり美味しかったよ」

 

「えー、いいな〜! ボクも食べたーい!」

 

このままでは資料整理の時にうるさくなったしまう……そう思ったレト達は街道から外れた場所にある川に向かった。

 

そこではケルディックで財布を無くしていた貴族の女性、今では色んな意味で成長したアナベルがいたりしたが。 リィンの釣りの腕前でゴールドサモナーを釣り上げ、食した後は予定通り支部で資料整理を行った。

 

トヴァルの置いてあったメモ通りにギルドの書類整理を行っていき……いつの間にか時刻は夕方を迎えようとしていた。

 

「………………(カタカタ)」

 

リィン達がまだ書類を整理している中、とっくに自分の分を終えたレトが人形兵器から取ったクオーツを解析していた。

 

(これで……よし)

 

データを呼び出す事に成功し、出てきた情報に目を通した。

 

(……なるほど、また()()か。 納得できた上に、この手間のかかる作業に意味はなかったって事か……)

 

ガッカリしてため息をつきながらレトは固まった筋を解すため背伸びをする。

 

「何か分かったか?」

 

「いや、何も。 ただ無闇矢鱈に放たれたみたい」

 

「そうか……こちらの仕事もそろそろ終わる、一息入れるがよい」

 

「うん、そうす——」

 

バンッ!!

 

その時、ギルドの扉が強く開け放たれた。 次いで入ってきたのはクロエだった。

 

「す、すみません! 誰かいませんか!」

 

「? クロエか……?」

 

「ああっ、ラウラ様!? あ、あのっ! トヴァルさんはいませんか!?」

 

「トヴァルさんなら今は出かけているけど……」

 

「……何かあったのか?」

 

「ア、アイツらが、帰ってこないんです……」

 

「アイツら?」

 

「——ユリアンとカルノが“お城”から帰ってこないんです!」

 

「そ、それって……」

 

「ローエングリン城のことか!?」

 

「まさか……2人だけで湖に出ていったの!?」

 

クロエが言うには、その2人はボートでエベル湖を挟んだ場所にあるローエングリン城に向かい、今も帰って来てないとのこと。

 

これは放っては置けないと判断したリィン達は捜索に協力、先ずは町を手分けした探したが2人の姿はなく……次第に騒ぎが大きくなるに連れて夜になってしまった。

 

「やっぱり、男の子達は町のどこにもいないか……」

 

「穏やかで波も立っていないから転覆の心配はなさそうだが……」

 

「クロエの言った通り、湖に出たまま城にいるようだね」

 

「かの鉄騎隊の本拠地、ローエングリン城……アルゼイド家で管理しているとはいえ、滅多に足を踏み入れない場所だ。 何があったのか……心配だな」

 

あの城には魔獣除けの街灯もない上、断崖の上に建てられていて落下の危険もある……ラウラはそんな事が起きないか心配であった。

 

「……親御さん達もかなり心配しているみたいです。 今は家の方で帰りを待ってもらっていますけど……」

 

「とにかく行くしかないね。 ボートの手配はアルゼイド流の門下生達が用意してくれているはずだよ」

 

「少々霧が出始めているのが気がかりではあるが……」

 

「……今は波止場に向かおう。 最低限の準備をしてから行くとしよう」

 

「ああ、急ぐとしよう」

 

準備を整えたてからレト達は支部を出ると……外ではクロエと、彼女より年上の女子、セリアとシンディがオロオロしながら待っていた。

 

「あ、お姉様!」

 

3人は出てきたラウラに駆け寄る。

 

「お姉様自身が向かわれるなんて……迷惑をかけてすみません」

 

「小生意気な奴らですから、見つけたら1発お願いします」

 

「あいつらを叱ってやって下さい!」

 

「……相変わらずだね。 こんな時でもそんな事が言えるなんて……」

 

3人の物言いにレトが反応して煽るような事を言った。 当然聴こえてたので怒りだす。

 

「な、何ですって!?」

 

「自分の考えを一方的に言って……彼らにも非があるかもしれないが、それが今回の事態を招いたんだ」

 

「あ……」

 

「そもそも、一体君達はラウラの為に何をしたの? 悪い男を払った? 身勝手な丑の刻参りをして、自分の考えを他人に押し付けて、結局は自分達は何もしてない」

 

「そ、そんな事は……!」

 

「ならなんで、強くなろうとしない? ラウラが大切ならどうして剣の1つもとらない」

 

「そ、それは……」

 

「既にラウラが強いから、やらなかったって? そんなのいい訳にもならない。 所詮、君達は願望を押し付けているに過ぎないんだよ。 口だけで信念も何もない……乾き切っているだけ。 僕が一番大っ嫌いな“欺瞞”だらけだ……!」

 

もう反論する気力もないようだ。 リィン達は突然の事に状況が飲み込めなかったが……ラウラは何も言わず、傍観していた。

 

「はっきり言って、最初の時から僕は君達が嫌いだ。 ただ気に食わないからって吠える君達が。 そんな雨も降らない荒地、ラウラがいるべき場所じゃない」

 

『………………』

 

それだけを一方的に言ったが反論する事は出来ず、今は男の子達の捜索を優先して波止場に向かった。

 

「ごめん皆、変な事になって……」

 

「いや、気にするでない。 いずれ、私も指摘しようとしていた事だ。 彼女達は我が強い、あのままではな……」

 

「んー?」

 

「………………」

 

波止場に到着すると導力ボートの用意が出来ております、レト達はボートに乗り込んでラウラの運転でローエングリン城に向かった。

 

導力ボートに揺られて進む中、ミリアムは上機嫌だった。

 

「一体あのお城に何が待っているのかな〜?」

 

「ふふ、ミリアムは相変わらずだね」

 

「あのな、ミリアム……遊びじゃないんだぞ?」

 

「分かってる分かってる♪ ガーちゃんもいるし、さっさと片付けて探検したいな〜。 あ、アレってレトが言ってた神殿!? キレーだねー!」

 

「あ、あはは……」

 

今にも湖に落ちそうな勢いで身を乗り出すミリアムにレト達は呆れながらも苦笑する。

 

「ふう、緊張感がないものだ」

 

「このぐらいがむしろ丁度いいかもね」

 

ミリアムを見て肩に乗っていた力が抜け、緊張が解れて丁度よかったかもしれない。その時……突然ローエングリン城の方からゴーンゴーンっと鐘の音が聞こえてきた。 それと同時に城自体が青白く光り始めた。

 

レト達は奇怪な現象に眉をひそめる中、ローエングリン城に到着。 男の子達が乗ってきたであろうボートを発見、ここにいる事を確認して崖を登り始めた。

 

「これがローエングリン城……」

 

城の入り口に到着し、レト達は城を見上げる。 歴史ある城に見えるが、薄気味悪く青白く光りを放っていた。

 

「な、なんかボ〜っと青白く光ってない!?」

 

「私も以前から何度か訪れたことはあるが、こんな状況は初めてだ。 何かいるな……」

 

「……何か、妙な風を感じる気がするな。 魔獣ではなさそうだが……」

 

「……俺もだ。 何が蠢いているような……そんな気配を感じる」

 

「な、何かってナニ〜!?」

 

(“生きてない気配”……魔物がいる。 けど……)

 

(やはり、幽界(かくりょ)の気配……)

 

それぞれが妙な気配を城の中から感じ取る中、レトとエマだけは違う視点から何かを感じ取っていた。

 

「委員長……?」

 

「……いえ、とにかく気をつけて入りましょう」

 

「ああ、何が起こるのか分かったものではない。 念入りに装備を確かめてから足を踏み入れるとしよう」

 

準備を整えた後、レト達は警戒しながら城の中に入った。 城の中は一際不気味な雰囲気が煙のように立ちこもっており、そのまま奥に進もうとすると……

 

ガシャン!!

 

「ひゃあっ!?」

 

全員が中に入った所で独りでに扉が動き、城の中に閉じられてしまった。 慌ててリィンが門に駆け寄って手をかけて引っ張るが……

 

「くっ……開かない!」

 

「勝手にしまったのか!?」

 

「こ、このぉ〜っ!!」

 

アガートラムを出現させ、閉じられた門を殴ったが……一瞬、幾何学模様の陣が浮かび上がると破壊するどころかビクともしなかった。

 

(今のは……)

 

「な、なんでぇ〜……?」

 

「アガートラムでも破壊できないなんて……」

 

「——どうやら、結界が働いているみたいですね」

 

その言葉はレトに聞いた事があったが、それがエマの口から聞かされる事にリィン達は不振に思った。

 

「結界……レトから聞いていた神殿にも作用していると言っていた、さっき一瞬だけ見えた不思議な文様のことか?」

 

「でも委員長、どうしてそんなことが判るんだ?」

 

「その、実は昔から霊感はある方で……目には見えないものとか、不思議なものが何となく判るんです」

 

「レ、レイカンって……」

 

「ふむ……興味深いな」

 

「へぇ、そうだったんだ。 まあそれはともかく、結界が作用しているのは間違いないよ。 流れが上から感じる」

 

レトは上を見上げながら答える。 ラウラは慣れているようだったが、リィン達は少しだけ困惑する。

 

「レ、レトもレイカンがあるの〜!?」

 

「血筋の影響でね。 それよりも……霊圧が上がってる、来るよ」

 

「! 左右から来ます……!」

 

レトとエマが叫ぶと同時にまた鐘楼の音が響き渡り大広間の方に視線を向けると……空間が歪み、2体の青い炎を纏った2つの角を持つ赤い骨のような何かが叫びながら現れた。

 

(霊魂が可視化されてる……!)

 

「あれは、魔物か……!」

 

「——迎え撃つぞ!!」

 

戦闘態勢に入り、それぞれの得物を抜き魔物……シャドウスピリッツと向かい合う。 そんな中、ミリアムだけがビビってレトの背後に隠れていた。

 

「ちょ、ちょっとミリアム……」

 

「い、いっけー! ガーちゃん!!」

 

ほぼヤケクソ気味にミリアムはアガートラムを動かして拳を振るわせる。 シャドウスピリッツはどういう原理なのか、実体はあるようでアガートラムの拳を受けて飛ばされる。

 

「さ、触れた……」

 

「斬れるのなら……恐れることは何もない!」

 

攻撃が通ると分かるや否や一気に攻め……2体だったこともあり短い時間で倒す事が出来た。

 

「ふう……」

 

「あわわ……」

 

戦闘が終わると同時に気が抜けたのか、ミリアムはペタンと地面に座り込んだ。

 

「ミリアムちゃん、大丈夫ですか?」

 

「うう、今のなんだったの〜……?」

 

「旅の途中で何度か相手にした事がある。 魔物……その名が1番当てはまるだろう。 この前もクロスベルで似たようなものと戦った」

 

「ああ、そう言えばいたね」

 

「……夏季休暇の時に何があったんだ?」

 

もちろんリィン達はレトが夏季休暇の時にクロスベルに行っていた事は知っていたが、そこで何をしていたのかは漠然とした知らなかった。

 

「あはは……それと上位属性も働いていたみたいです。 おそらくこの古城全体に作用しているんだと思います」

 

「ああ……確かにそのように感じたな。 さっきの鐘の音はよく分からないが……」

 

「結界で閉じ込められた以上、力強くでは突破できない。 結界を展開している核をどうにかしない限りはね……」

 

「それは、あの神殿にある青い逆三角形の宝石のような?」

 

「うん。 そんな感じで間違いないよ」

 

方針が決まり、レト達は脱出方法を探しながら男の子達の捜索を始めた。 置いてきぼりにならないようにミリアムはレトの背にピタリとくっつきながら歩き、レトは苦笑しながらも強く離そうとはしなかった。

 

流石に城の構造までは変わっていないようで、レトとラウラの案内によって迷うことなく城の中を探索していく。 時折エマが意味深長な事を言いながらも、道中で出現した魔物を倒して城の中を進んで行く。

 

「あ、あそこに宝珠があるよ」

 

「あそこの梯子から降りられそうだ」

 

「——よっと……」

 

先に進むための宝珠を取るために梯子で下に降りようとすると、レトは何のためらいもなく飛び降り、平気そうに手を振る。

 

「ほら皆、早くー」

 

「あ、あの高さから落ちても平気だなんて……」

 

「はっ!」

 

続いてラウラも飛び降り……普通に着地した。 それを見ていたリィン達は……

 

「……俺が可笑しいのか?」

 

「ち、違うと思います……」

 

「凄いねー」

 

「見事だ」

 

戦慄していた。 気を取り直し、取ってきた宝珠を使って先に進むと……進行方向に魔物の大群がいた。 その大群は、2人の男の子を取り囲んでいた。

 

「——まずい!」

 

今にも襲い掛かりそうな魔物、そして……

 

「——邪魔だよ!」

 

「下がるがよい!」

 

魔物の命令するようにラウラとレトは飛び出す。 レトが跳躍して魔物を飛び越えて2人の前に立ち、ラウラは中心に飛び込み魔物を引き寄せながら回転斬りを放ち、道を開いた。

 

「ラ、ラウラ姉さん!?」

 

「レトさんも!」

 

「よかった、無事のようだな」

 

「最後までよく頑張ったね」

 

「は、はい……!」

 

「レト、子ども達を最優先に守ってくれ!」

 

「了解!」

 

「ううっ……ぶっ飛ばすよガーちゃん!」

 

魔物は数が多いも既に戦闘パターンが割れているシャドウスピリッツ……レトが子ども達の護衛を優先してくれたため、リィン達は一気にシャドウスピリッツを殲滅した。

 

「よし……!」

 

「倒せたようだな」

 

倒した後もしばらく周囲を警戒し……次に子ども達の安全を確認した。

 

「2人とも、お怪我はありませんか?」

 

「は、はい……!」

 

「す、すげ〜……! 姉さん達、めちゃくちゃ強えーな!! まるで昔話の鉄騎隊みたいだったぜ!!」

 

「全く、人の気を知らないで……」

 

「はは……ひとまず無事でよかったよ」

 

エマが2人に怪我が無いかどうか質問するが、腕白そうな男の子……ユリアンは先ほどの戦いを見て興奮気味のようで、リィン達は苦笑した。

 

が、ラウラは笑う事はなく、静かに声をかけた。

 

「いやその前に……2人とも、言う事があるだろう?」

 

「へっ……」

 

「え、えっと……」

 

「……! あ、そうだお礼! ありがとな、姉さん達!」

 

2人は静かに怒っているラウラに気圧されつつも、助けてくれた礼を言ったが……ラウラは彼らの前まで歩き、その礼を否定する左右に首を振った。

 

「そうではない。 大人達に黙って勝手にボートを出して、こんなところに入り込んで……私達が助けに来なかったらどうするつもりだったのだ? そなた達の家族や町の皆が、どれだけ心配したと思っている!?」

 

ラウラの怒号に2人は身を竦ませる。

 

「ぐすっ、ごめんなさい……」

 

「……ごめん、なさい……」

 

「分かればいい」

 

半分泣きながらも自分達の誤ちを謝り、反省しているその姿を見てラウラも安堵したようにユリアンの頭を撫でる。

 

「さて、後はここから脱出するだけだけど……エマ、結界の要はどこにあると思う?」

 

「そうですね……やはり最上階でしょうか。 そこから力の奔流を感じられます」

 

「そうか……手掛かりはそれしかない。 先ずはそこを目指そう」

 

レトに流されるように次第にエマも隠そうとはしなくなっていたが、今はそれどころではない。2人を護衛しながら最上階に向かうと……最上階の広間、そこに不気味に光る宝珠があった。 その周囲には赤い霧のようなものが確認でき、内側から青白い焔が揺らめいでいるように見える。

 

「……あれからだね」

 

「はい……きっと、この異変の元凶だと思います」

 

「あんなもの、以前には無かったはず……」

 

「それにしてもでっけ〜……!!」

 

「結構綺麗かも……」

 

ユリアンとカルノも宝珠を見て忌憚の無い感想を漏らす。

 

「明らかに“何かの力”みたいなものが感じられるな」

 

「あれが原因なら、壊せば何とかなるのか?」

 

「よし。 早速僕がケルンバイターで——」

 

「——僕に任せて! ガーちゃん!」

 

「……え」

 

外の理で作られた剣で破壊しようとすると、早く終わらせたかったのかミリアムはアガートラムを呼び出した。

 

「ちょっと、ミリアムちゃん……!?」

 

「ヘーキヘーキ! ガーちゃんにかかればこれくらい一撃だって! さっさと片付けて、こんなオバケ屋敷からおさらばしよ〜よ!」

 

「ちょ、ちょっと、それじゃあ入り口の時の二の舞に!」

 

「いっけー! ガーちゃん!」

 

止める間もなくアガートラムが拳を球体へと叩き付け……正門の時と同じようにそれを弾かれて吹き飛ばされてミリアムの身体に衝突し、そのまま倒されてしまった。

 

「にゃあああっ!?」

 

「ミリアム!?」

 

アガートラムに押し潰されたように見えたが寸での所で消えた事で大事には至ってないようだ。 フワフワ浮いているから分かりづらいが、もしかしたら軽いのかもしれない。

 

「大丈夫か?」

 

「う〜……結界のこと忘れてた……」

 

「……だから言ったのに。 この宝珠を壊すには外の理で作られた剣、万物を斬り裂く事が出来るケルンバイターじゃないと」

 

「いや、言ってないだろう」

 

「……待て、何か様子がおかしい……!」

 

ガイウスが異常に気付きながら宝珠を見上げ、次いで異変を感じ取ったレト達も顔を上げる。 すると……宝珠から凄まじい力の奔流が引き起こされ、1体の魔物を呼び出した。

 

現れたのはローブをまとい、錫杖をもった巨大な青白い髑髏の姿をもつ半透明な魔物……

 

「あ、あれは……!」

 

「ド、ドクロの魔物……?」

 

不死の王(ノスフェラトゥ)……!? こんなものまで顕現するなんて!!」

 

「あれが伝承にも出ていた……気を付けて、下手したら命を持っていかれるよ!」

 

「今までの魔物とは段違いのようだ……! ユリアン、カルノ、離れていろ!」

 

「ひゃああっ!?」

 

「わああ〜っ!」

 

危険と判断したラウラが叫び、2人が逃げるように走り出す。 ノスフェラトゥに対峙する六人はそれぞれの得物を取り出し、ここから出る為にその戦いを始めた。

 

リィンとラウラが先陣を切ろうとした時……ノスフェラトゥが杖を振るうと、数体のシャドウスピリッツが呼び出された。

 

「なっ!?」

 

「く……仲間を呼んだか!?」

 

「邪魔だよ!」

 

レトは左手にケルンバイターを出現させて掴み、2人を追い抜いて道を塞ぐシャドウスピリッツを斬り払った。

 

「そこだっ!」

 

「アークス駆動……アルテアカノン!」

 

道が開けるとそこへガイウスが風を纏った突きを放ち、次いでエマが空のアーツを発動。 天からの光線がノスフェラトゥに降り注ぐ。

 

「地裂斬……でやあああっ!!」

 

跳躍、一回転しながら大剣を地面に叩きつけ、前方に進行する衝撃がノスフェラトゥに直撃した。

 

しかし、またシャドウスピリッツの増援が呼ばれるが、それらはアガートラムから照射された光線で薙ぎ払った。

 

「今だよ、リィン!」

 

「ああっ!」

 

リィンは納刀しながら接近し、抜刀で胴体を斬った。 それによりノスフェラトゥは咆哮を上げる。 続けてレトが斬りかかった時……ノスフェラトゥは両手を広げてその身を開けてきた。

 

「な——」

 

すると突如としてノスフェラトゥに向かって力が流れ、レトが吸い込まれて行き取り込まれてしまった。 するとノスフェラトゥの力が増し、放たれた衝撃でラウラ達は深いダメージを負ってしまう。

 

「ぐあっ!」

 

「ッ……!?」

 

「レトッーー!!」

 

「あのままでは生気を全て吸い取られてしまいます! 早く助けないと!!」

 

「だったら思いっきりブン殴って吐き出させて——」

 

助け出そうとアガートラムの右拳に力が込められていくと……突然、ノスフェラトゥの腹から剣が飛び出てきた。

 

「な……!?」

 

「あれは……ケルンバイター!」

 

腹から飛び出ていたのは黄金の剣、ケルンバイター。 それが上に斬り上げられ……腹を捌きながら顔をごと斬り裂き、ノスフェラトゥは消滅した。 消滅した後に残っていたのはケルンバイターを頭上に振り上げているレトだった。 かなり不快そうな顔をしている。

 

「うぇ……気持ち悪い……」

 

「くっ……はあっ、はあっ……や、やった、のか……?」

 

「無事のようだな。 しかし凄まじい相手だった……」

 

「……そっか、これって……」

 

「……! 気を抜かないで、来るよ!」

 

「え……!?」

 

脅威を倒したのもつかの間、突如宝珠から異質な力の溢れ出してきた。

 

「ーーまずい!」

 

次の瞬間……レト達は強烈な重圧に押し潰されるてしまう。 後方にいたガイウスは逃れる事が出来たが、衝撃を受けてダメージを負ってしまった。

 

「ぐっ!?」

 

「ひゃあああ!?」

 

「し、しまった……!!」

 

「迂闊でした……! まだこんな力が残っていたなんて……!」

 

「くっ、皆……!」

 

「ラ、ラウラ姉さん!」

 

「レトさぁん!」

 

心配の声がかけられるもどうする事も出来ず、より一層呪縛の力が強まっていく。

 

「あぅっ……!」

 

「ヤバいかも……!? ガーちゃんまで、動けない、なんてっ……!」

 

「——ッ……目覚めよケルンバイター!!」

 

レトは手に持つケルンバイターの力を解放し、形なき呪縛を断ち切った。

 

「レトッ!!」

 

「いい加減に眠れ——」

 

ケルンバイターを宝珠に振り抜き、砕こうとした時……どこからともなく高速で飛来して来たランスが宝珠を貫いた。

 

「……なっ……」

 

「へっ……!?」

 

「……なん、だ……!?」

 

「今のは!!」

 

宝珠にヒビが走り……砕け散ると無数の閃光が飛び散り、展望台のある一箇所に集まって行く。

 

「——!!」

 

レトは光が集まって行く中心にいた人物を目にし、目を見開くと……

 

「待ってください——()()!!」

 

「え……」

 

地面を蹴って跳躍、ラウラ達を置いてレトは去り行く人物を追いかけて行った。

 




プレイした時から額に怒りマークが浮き出そうになった記憶のある、ラウラ好きの三人娘。 後悔はない。

梯子の上から飛び降りる……IIIになれば全員できる。 それが早まっただけのこと?


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46話 ガレリア要塞

レトは窮地を救ってくれた人物を追いかけて躊躇なくローエングリン城最上階から飛び降り、エベル湖の()を走っていた。

 

「——いた!」

 

まるで待ってくれてたように探していた人物を見つけた。 しかしその場所は結界で囲まれた神殿の中……あそこに辿り着くにはかなり迂回しなければならない。

 

「くっ……仕方ない!」

 

走りながらケルンバイターを抜き、宝珠が輝き出し……

 

「せやっ!!」

 

結界を斬り裂いて神殿の最奥までショートカットした。 中に入ると同時に結界は元に戻り、着地して顔を上げると……そこには青い逆三角形の宝石を見上げている甲冑を着た長い金髪の美女がいた。 レトは静かに彼女の元に歩み寄り……

 

「母上……」

 

「——お久しぶりですね、レミィ。 どうやら己の真実を知ったようですね」

 

美女……身食らう蛇が第七柱、《鋼》のアリアンロードは振り返り、レトと向かい合う。

 

「………………」

 

「貴方は緋の魔女の手により、かの焔の聖獣によってこの時代に送られました。 この事実を知っているのは現皇帝と、私のみ……」

 

「……それを聞いたとしてもまだ分からない部分が多過ぎます。僕の前にローゼリアの婆様が現れたのも、父が古文書を渡して試練を受けさせたのも……」

 

そこで言葉を切り、自分の胸に手を強く当てる。

 

「何より……僕がかの獅子心皇帝と槍の聖女の間に生まれたなんて……!!」

 

そう、レト……レミスルトは《獅子心皇帝》ドライケルス・アルノールと《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットの間に生まれた子ども。 そんな歴史を揺るがす真実と……この時代で現皇帝ユーゲンス三世が座る席に最も相応しい人間であった。

 

「いかに貴方が否定しようとそれは事実。 変える事の出来ない運命です」

 

「……クロスベルから帝国に帰った時に、皇帝から聞かされて驚きましたが……信じられないだけであって否定している訳ではありません。 それより、僕は知りたい事は山ほどあります……」

 

「…………1つだけ、お答えしましょう」

 

「では…………母上は、僕を愛してましたか?」

 

「!?」

 

予想外の質問だったのか、初めてレトは彼女が驚いた顔を目にした。

 

「僕を剣帝として招き入れるより、なぜ母上が今の時代で生きている事より、この先結社が何をするのかより……今はそれだけ、それだけが知りたい真実です」

 

今水面下で起きつつある帝国の現状より、結社の野望よりもレトはそれが1番聞きたかった……

 

「ええ、もちろん。 レミィも、あの方も、等しく愛おしい……」

 

アリアンロードはゆっくりとレトに歩み寄り……優しく抱きしめた。 初の家族との抱擁が固い甲冑越しだったがレトにはとても暖く感じられた。

 

「……ぁ……」

 

「この身になって久しく、もう貴方を抱きしめる事は諦めていましたが……」

 

すぐ横にある顔は凛とした戦士の顔ではなく母の顔をしており、レトは優しく抱き返した。

 

「母上……」

 

「レミィ……」

 

お互い時を埋めるように抱きしめ、しばらくしてから離れた。

 

「私は貴方の隣には歩いてはいけない。 むしろ貴方が行先に立ち塞がるでしょう……ですがレミィ、貴方は貴方の信じる道を歩いて行きなさい。 あの方と同じように、自由に」

 

「……はい!」

 

次に会う時は敵になるかもしれない……だが2人には苦悶の表情は見えず、アリアンロードはレトに剣十字のペンダントを首に掛けてあげた。

 

「これは……」

 

「私の母から譲り受けたサンドロット家の家宝です。 貴方のそのバレッタもドライケルスが使っていたもの……貴方が持っていた方がいいでしょう」

 

「このバレッタが……父上の……あまりこれを使っている想像も出来ませんし、なんか畏れ多い気もしますね」

 

レトは後ろにある髪をひとまとめにしている丸型のバレッタに触れる。

 

「ふふ、彼はお守りとして持っていたようですが……」

 

そこでアリアンロードはレトに歩み寄り……最後にある1つのお願いをした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日、8月30日——

 

「レト、本当に誰とも会ってないのだな?」

 

「だーかーら! 誰にも会わなかったって!」

 

朝早くにレト達B班はレグラムを後にしてガレリア要塞に向かおうとする中……レトはリィン達に、特にラウラに言い寄られていた。

 

昨夜、レトはボートに乗って追ってきたラウラ達と合流すると……ラウラはレトに詰め寄って“誰かと会ったか?”と何度も聞き返されている。

 

「じゃあなんであの時、母上って呼んだの?」

 

「見間違えたんだよ。 かなり似てたから」

 

「ふむ……?」

 

「………………」

 

ここまで聞き返してくるのは、宝珠の呪縛から助けられた後にリィンが“槍の聖女”と呟いてしまったからである。 レトは鬱陶しそうに

 

(レト、その……例えあの時救ってくれたのが槍の聖女ではなかったとしても。 そなたの母君は……)

 

(……分かってる。 ラウラにだけは教えておくけど……あったよ、僕の母上に)

 

「ま、誠か!?」

 

(シ、シッーー!!)

 

慌ててラウラの口を塞ぎ、不振に思ったリィン達にレトは愛想笑いを送る。

 

「あ、あはは……」

 

(す、すまぬ……)

 

夏季休暇の時、クロスベルから帝国へラウラも同行しており。 バルフレイム宮にある翡翠庭園でレトとラウラはユーゲンスからレトの出生について聞いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

約1ヶ月前——

 

アークスからの通信でレトは大陸横断鉄道に乗り、降りる予定だったはずのトリスタを通り過ぎて帝都に向かっていた。

 

「別にラウラも着いてこなくても良かったのに……」

 

「私も同行しても構わないと言われたのだ。 皇帝陛下が何を仰られるのか私にも興味がある」

 

「にゃー」

 

少し乗り気ではないレトに対し、ラウラは興奮が隠しきれない感じだった。 レトはそれなりに顔を合わせていたが、ラウラはそうではなく、皇帝陛下と対面する事に緊張を感じていた。

 

それからすぐにヘイムダル中央駅に到着、大通りに出ると少し離れた場所に導力リムジンが止まっていた。 レトはその側に控えているご老人に見覚えがあり、歩み寄ると老人がレト達の接近に気付くと恭しく礼をした。

 

「お待ちしていました。 レミスルト様」

 

「ご苦労様」

 

「そしてアルゼイト卿のご息女、ラウラ様とお伺いします。 話は聞いておりますので、どうぞこちらへ」

 

「感謝する」

 

この場で話す事を嫌がったレトは早々に導力リムジンに乗り込み、バルフレイム宮に向かって走った。 といってもヴァンクール大通りを真っ直ぐに進むだけで、特に渋滞もなく数分で到着した。

 

降りると運転していた執事が2人を案内し、翡翠庭園に連れてこられた。 室内にある巨大なガラス張りの庭園……行事などには使われる事もあるがまず足を踏み入れる事のない場所。 ラウラは少し気負い、レトはどこ吹く風と流して庭園を歩き……紅い服とマントを羽織っている金髪の男性……ユーゲンス皇帝が腕を組んで直立不動で立っていた。 その隣には王妃プリシラもいた。

 

「——来たか」

 

「及びに預かりこのレミスルト、ただ今参りました」

 

「うむ。 してそちらが……」

 

「はっ。 レグラムを統べるヴィクター・S・アルゼイトが娘、ラウラ・S・アルゼイトと申します」

 

2人は皇帝の前で跪いた。 ユーゲンスは頭を下げて跪くラウラを見て呟く。

 

「……サンドロット(S)を受け継ぎしものが一緒に来るとは……これもまた必然か」

 

「陛下?」

 

「表を上げよ」

 

聞き取れなかったが、許しを得た事で2人は顔を上げて立ち上がる。

 

「今日そなたに来てもらったのは他でもない。 そなたの出自について、話そうと思ったからだ」

 

「……やはり存じていたのですね。 私の出自について」

 

「ハーメルの件は聞いている。 それを利用しようとした第一飛空艦隊ついてもな。 大佐には然るべき処分を受けてもらった」

 

「そうでしたか……ご配慮、感謝します」

 

ドレックノール要塞での一件、あの後どうなったかレトは知る由もなかった。

 

「話が逸れたな。 その前に聞いておきたい、そこのアルゼイトの娘にも聞かせてもよいのだな?」

 

「はい。 ラウラには聞く権利があると思います」

 

「レト……」

 

「道理だな。 よかろう」

 

レトはユーゲンスが言うラウラが聞く権利に語弊を感じた。 レトが認めたからではない、もっと別の理由で……

 

「単刀直入に言おう。 そなたは200年前の獅子戦役終結時代の人間だ。 父は……かの《獅子心皇帝》ドライケルス・アルノール。 母は《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット」

 

「なっ!?」

 

「まさか……」

 

「………………」

 

ユーゲンスの口から出てきた真実にラウラとプリシラは驚きの声を上げ、レトは黙ってそれを聞いた。

 

「知っていたようだな?」

 

「いえ……漠然ともしかしたらって」

 

「どうやらハーメルで会っていたそうだな。 かの聖女と」

 

「なにっ!?」

 

ラウラはレトが槍の聖女と戦った事に驚愕した。 当時レトがハーメルに向かった事は知っていたが、そこで何をして何があったのかは聞いてなかったようだ。

 

「それは本当か、レト!?」

 

「本人とは言ってないけど、まさしく槍の聖女その人って人には会ったよ」

 

「……お前にしては怪我が大きかったのは、そのためか。 かの聖女と手合わせを……」

 

「手合わせというより指導剣だったけどね。

まあそんな事より……どうしてその事実を陛下ご自身が?」

 

ここで1番レトが聞きたかったのはそこだ。 一体どういった経緯でレトの出生や両親について知る事が出来たのか疑問であり、ユーゲンスは腕を組みながら答える。

 

「代々、皇帝を継ぐ者はある皇帝の座と共に一封の手紙を授与されていた。 その手紙の宛先は不明だが……ドライケルス大帝が書いた手紙とされていた」

 

「手紙……?」

 

「その手紙の裏面には“七耀暦1188年に開けよ”と書かれていた。 アルノールはその手紙を予言書のように保管し……200年の時を経て私の代で封を開けることができた。 そして手紙にはこう書かれていた……“近々、焔の聖獣が槍の聖女の間に生まれた我が息子をそちらに送る”と」

 

「それが……」

 

「年が明けて2ヶ月後……カレル離宮に一体の大型の魔獣が侵入した。 室内に突然現れた事もあり騒然としたが……私は魔獣、いや女神が遣わした聖獣に歩み寄った」

 

「あの時は本当に驚きました。 心臓が飛び出そうになったくらいです」

 

プリシラは頰に手を当てながら困惑した顔になる。 当時の事を思い出しているのだろう。

 

「焔の聖獣は傷付き、今にも倒れそうだった。 そして、聖獣が口に籠を咥えていた。 私は籠を受け取り、中を開けると……」

 

「赤ん坊の僕がいた、と」

 

自分がこの時代に来た経緯を知るも、やはりレトは腑に落ちないかおをしていた。

 

「お前が持っている槍と武術書、古文書はその時一緒に入っていたものだ。 そして当時、その場には私とプリシラの他にオリヴァルト、四大名門の領主もいた。 私は真実を話し、この事実を公開しないと固く命じた」

 

「それで……他の貴族はともかく、四大名門の領主が僕に優しかったのは……」

 

「あなたにも辛い思いをさせてしまって……オリヴァルトの事もあり、私はあなたを受け入れようとしましたが……それを許さぬ貴族が」

 

「いえ。 兄はともかく、血筋が明確ではない私は皇族の中でも異端……真実はそうでもないですが、現代で自分がかの獅子心皇帝の子であると公表しても信用してもらえず、不敬罪になるのが落ちです。 それに……兄さんとアルフィン、セドリックが僕に良くしてくれたので寂しくはなかったです」

 

「そうか……」

 

胸に手を当てて答えるレトを見て、ユーゲンスはフッと小さく笑う。

 

「レミスルト。 私はお前に何もしてやる事は出来ない……だが、お前は自分で道を示した。 この先も、己が信じる道を歩いて行け」

 

「もちろん、僕は自由に生きますよ。 父のように……ノルドの高原で寝そべりながらでも」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「………………」

 

(《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット……どうして今もなお生きているのかは定かではないが、この地に来て、彼女の子がレトである事が改めて確証を得た)

 

(え……)

 

(ミリアムが言った通り、似ているのだ。 そして昨夜一瞬だけ感じた気配、やはりそなたと似ていた)

 

そう言われると照れくさいのか、レトは頰をかいた。 と、レトは先ほどから導力カメラを大事そうに抱えており、ある写真を見るたびに頰を緩ませていた。

 

「……ん?」

 

「あ……」

 

階段を降りるとあの3人組がおり、レトの顔を見るや否や気まずそうに顔を背ける。 しかし、レトは無視するようにその横を通り過ぎた。

 

「………………」

 

「済まぬな。 だが、私も擁護する気にはなれない。 私ばかりに目を向けるばかり、そなた達は4カ月前……いやそれ以前から成長を止めている」

 

ラウラ本人の口から出てきた本音の事実に、3人は衝撃を覚え……ただ立ち竦んだ。 ラウラは礼をすると、先に行ったレトを追って駅に向かった。

 

「良かったのか?」

 

「ああ。 現実を突きつければ、彼女達は近い未来屈してしまう。しかし私は言おうか渋いてしまい……結果先にレトに言われてしまった」

 

「レトに関しては説教と言うより、あの子達に対しての不満を言っただけだけどねー」

 

「けど、これで彼女達も考え、前に進めるといいのですが……」

 

「——それをどうするかも彼女達次第だよ」

 

駅前の階段の上で待っていたレトがエマの質問に答える。

 

「レト……」

 

「これ以上、彼女達に何かを喋るつもりはない。 今僕達がすべきなのはガレリア要塞に向かう事だよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

「レト、おやつかってー」

 

「しょうがないなー。 500ミラまでだからね」

 

「やったー!」

 

「あはは……」

 

「今日も今日とて賑やかなことだ」

 

「フフ、ではゆくとしようか」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

少しレグラムの地から去るのを名残惜しみながらも列車は北上して行き……バリアハートを経由してケルディックに到着した。

 

駅に降りると、駅内は鉄道憲兵隊の隊員がそこらかしこにおり、かなり物々しかった。 この警戒にリィン達は驚いていると……

 

「ふふっ、奇遇ですね」

 

声をかけられ、振り返ると……そこにはクレア大尉が立っていた。 鉄道憲兵隊が警備しているから彼女が指揮していてもおかしくないだろう。

 

「クレア大尉……!」

 

「あー、クレアだ! ひょっとしてボクに会いに来たとか?」

 

「ふふ、偶然ですよ。 アイゼングラーフが通るので警備体制を敷いているんです」

 

「あ、そっかー」

 

「でも会えてよかった。 2ヶ月ぶりくらいですね」

 

「えへへ……」

 

あやすようにクレアはミリアムの頭を撫でる。 その光景を彼女達が《鉄血の子供達》を当てはめながら微妙な顔をして見ていると……アナウンスが流れ出した。

 

「………………」

 

「定刻通りですね」

 

すると、振動が伝わり始め、その振動が次第に大きくなり……高速で深紅の列車が駅内に進入した。 早過ぎるため紅い線にしか見えない列車は数秒で駅を抜けてしまった。

 

「今のが《鋼鉄の伯爵(アイゼングラーフ)》号……」

 

「帝国政府の専用列車だね」

 

「ボクも乗ったことがあるけどすっごく速いんだよねー。 内装も豪華でキレイだし」

 

「ふーん、って事はあの列車に兄さんが乗っていたんだね」

 

「! おい、レト……!」

 

アッサリと自分の兄がオリヴァルト皇子だと明かすレト。 名前まで言ってはいないがリィンはすぐに誤魔化そうとし……クレア大尉は苦笑した。

 

「ふふ、お気になさらず。 レミスルト殿下についてはご存知です。 といっても、知ったのはつい先月の事ですが」

 

どうやら既に認知だったようで、リィンは少し気疲れたように溜息をついた。

 

「ちなみご存知ですか? 鋼鉄の伯爵という名前の由来ですが……オズボーン宰相にちなんで付けられたそうです」

 

「確かに鉄血宰相などと呼ばれているようだが……」

 

「でも……宰相閣下はたしか平民出身でしたよね?」

 

「ええ、ですが11年前、陛下より宰相に任ぜられる時、伯爵位を賜ったそうです。 その時、今の列車の名前も合わせて付けられたのだとか」

 

「なるほど……」

 

(11年前……百日戦役、ハーメルの悲劇が引き金となって引き起こされた戦争を……)

 

11年前があの百日戦役が引き起こされた年……レトはその戦争を終結させた鉄血宰相に複雑な心情を抱いた。 と、そこでずっとリィンが狐につままれた顔をしていた事にラウラ達は気付いた。

 

「どうしたのだ? 呆けたような顔をして」

 

「なんだ、疲れでも出たのか?」

 

「いや………その、トワ会長やオリヴァルト殿下の姿が列車の窓の外にちらっと見えてさ」

 

「へー、よく見えたね?」

 

「アイゼングラーフの速度で……なかなかの動体視力ですね」

 

「いや……まぐれですよ」

 

「ちなみに列車内に乗客は41人いたよ。 その中にトワ会長と兄さん、宰相閣下もいたよ」

 

「……レトさんはそれ以上でしたね」

 

と、そこで今度はクロスベル行きの大陸横断鉄道が到着するというアナウンスが流れてきた。

 

「そろそろみたいだね」

 

「ああ……待たずに済んだみたいだ」

 

しばらくして列車が到着し、乗客が降りる中先頭車両からアリサ達B班が降りてきた。

 

「——それではクレア大尉」

 

「またねー、クレアー」

 

「ええ、どうか気をつけて」

 

クレア大尉と別れて列車に乗り込み、ガレリア要塞に向かって出発した。 B班が席に座り、A班は立つ中……レグラムでの実習内容をかいつまんで説明した。

 

「——なるほど。 A班も色々あったみたいね」

 

「うーん、聖女の霊っていうのはさすがに信じられないけど……」

 

「やれやれ。 夢でも見たんじゃないのか?」

 

「あはは……そうかもね。 母上は夢幻のような人だから……」

 

「へー、そうなんだ。 幽霊だと思ったけど……」

 

「…………ん?」

 

リィン達はレトを見る。 今聞き捨てならない事を言った気がしたが……レトはよく分かってなく、首を傾げていた。

 

「まー、とりあえず。 その話は置いといて。 カイエン公なんていう大物中の大物が動いているみたいだし」

 

「B班の行ったジュライ特区ではそういう話は無かったわね……まあ、帝国政府の直轄地だから貴族が治めている場所じゃないけど」

 

「確か8年前に併合された地域だったか?」

 

「ああ、特に揉めることなく帝国領になったパターンだな。 沿岸地域の経済特区になってなかなか賑わってたぜ」

 

「………………?」

 

クロウはヘラヘラと笑いながらそう言っていたが、レトにはどうにも違う感情を感じ取ったが……それが何なのか分からず首をひねる。

 

「ちなみにこの中で、ガレリア要塞を列車で通ったことがある人は?」

 

いつの間にか話は進んでおり、その質問に当てはまるのはミリアム、クロウ、エリオット、フィー、レト、ラウラの6人だった。

 

「ふむ、なるほどね。 まあレトとラウラに関しては夏季休暇の時ここを通っているはずだから当然か」

 

「へー、半々くらいだね」

 

「はは、こりゃあ反応がちょっと楽しみだな」

 

「確かに」

 

「……あはは……」

 

レト達の反応にリィン達は疑問を感じながらも列車は双龍橋を通り、丘陵地帯をしばらく走っていた。 そして……リィン達はガレリア要塞を目にした。

 

「これは……」

 

「………………」

 

「……正気か……?」

 

「こ、これが……ガレリア要塞……」

 

「……なるほど。 確かにドレックノール要塞と匹敵する規模だ」

 

ガレリア要塞を一度目にしている6人はそうではないが、初見の残りは言葉も出なかった。 一度ドレックノール要塞を目にした事のあるガイウスとアリサでも驚きを隠せなかった。

 

「……サラ教官。 この場所で俺達に何を見せるつもりですか?」

 

「——決まっているわ。 軍隊というものの本質……その根底にある力がどういったものであるのか。 これ以上ないくらいに分かりやすく見せてあげるわ」

 

ガレリア要塞の中に入り、レト達は列車が到着しサラ教官に引率される形で外に出た。

 

整備員や出入りの業者達もこの要塞に降りるのを見ていると……列車がガレリア要塞を出発、クロスベルへと向かって行った。

 

「確かこの先は……クロスベル市でしたか」

 

「こんな軍事施設のすぐ先に巨大な貿易都市があるんですね……」

 

「ええ、ここから30分くらいね。 通商会議が開かれる超高層ビルっていうのもこの要塞の屋上から見えるわよ」

 

「——来たか」

 

そこに、ナイトハルト教官が出迎えて来た。 しかしその服装はいつもの教官服ではなく、第四機甲師団の隊服を着ていた。

 

「あ……」

 

「あ……ナイトハルト教官!」

 

「どうも教官……いえ、ナイトハルト少佐殿。トールズ士官学院、一年特化クラスVII組。 担任教官を含め、全員の到着を報告します」

 

「11:30——了解した。 ようこそガレリア要塞へ」

 

ナイトハルト教官……いやナイトハルト少佐はレト達の方に向き直った。

 

「改めて——帝国軍・第四機甲師団に所属するナイトハルト少佐だ。 実習期間中、お前達の案内役、および特別講義の教官を担当する。 それでは付いてくるがいい——」

 

ナイトハルト少佐の案内で先ずは滞在中の宿泊部屋……というより休憩室に案内され。 荷物を置いた後会議室で今後の予定を説明された。

 

「——今回の特別実習は今日を入れて残り2日……その間、お前達は実習課題に取り組む必要はない。 代わりに実地見学と特別講義に参加してもらう」

 

「実地見学……」

 

「それは……どういったものでしょうか?」

 

「——本日14:00。 本要塞に付属する演習場で第四機甲師団、第五機甲師団による合同軍事演習が行われる。 お前達にはそれを見学してもらう」

 

「軍事演習の見学……!」

 

「だ、第四機甲師団って……!」

 

「エリオットのお父さん、クレイグ中将率いる師団ね。 帝国正規軍の中でも最強の機甲師団と言われているわ。 この少佐殿はその師団のエースになるわね」

 

「コホン、私の事はともかく。 先程も言ったように参加ではなく見学だ。 その意味では気楽なものだと高を括るかもしれないが……まあ、それは実際に目で確かめてもらおう」

 

ナイトハルト少佐にしてはハッキリと言わなかったが、論より証拠の方が分かりやすいと判断したのだろう。

 

今日の予定を確認した後は要塞の方で用意された食事を取る為に、一行は食堂へと向かい……

 

「………………」

 

その味に悪い意味で言葉を失っていた。 塩辛いコンビーフに味気のない豆のスープ、保存を考えたであろう堅い黒パン……VII組の面々は文句しか口に出来なかった。

 

「はあ、リベールの王国軍の方が万倍マシだよ……」

 

「ん、確かに。 消しゴムみたいなレーションとベニヤ板みたいなクラッカーよりマシだね。 さらにリンゴとチーズだけあるだけマシだと思う」

 

いくら保存が利いて備蓄しやすいからってコレはない……が、次にナイトハルト少佐の言葉でリィン達は納得した。 戦争時に、兵士達の士気が下がらないように、と。

 

それを聞いて、とにかく栄養としてマトモな飲み水と一緒に詰め込み……13:30まで自由行動とされ、各自ガレリア要塞を見学しに回った。

 

「………………(ボ〜)」

 

レトは先ほど列車で潜り抜けた連絡橋で、空を見上げてボケっとしながら手摺の上に座っていた。

 

(あ、あれが通商会議が行われる……中枢塔(アクシスピラー)よりは低いかな)

 

「邪魔をする」

 

少し垣間見る超高層ビルディング《オルキスタワー》は既に除幕式を終えたようで、この距離からでも天辺が見える。 そこに、ガイウスとユーシスがやってきた。

 

「何を腑抜けた顔をしている」

 

「んー? んー、ちょっとねー」

 

「……ローエングリン城での出来事を考えていたのか?」

 

「その事にはちゃんと区切りをつけているよ。 今はゆっくりしているだけ」

 

ピュイ!

 

その時、唐突にレト達は鳥の鳴き声が聞こえ辺りを見回す。

 

「なんだ……」

 

「鳥の鳴き声……」

 

「まさか……!」

 

この声に聞き覚えがあったのか、レトは空を見上げてる。 すると……一体の白い隼が飛来、連絡橋の手摺に止まった。

 

「ピューイ!」

 

「ジーク!」

 

白い隼……ジークはレトを見ると会えて喜んでいるように鳴き、また飛んで差し出されたレトの右腕に止まった。

 

「これは……隼か」

 

「白い隼……リベールでは縁起の良さそうな鳥だな」

 

「ジーク。 ここにいるって事はクローゼさんも来ているんだよね?」

 

「ピューイ。 ピュイ、ピュイ」

 

「そう……」

 

ジークは鳴きながら右脚を出し、括り付けてあった筒を見せる。 レトは筒を受け取り、中を開けて丸まっていた手紙を広げた。

 

〈拝啓 レト・レンハイム様

 

いえ、今はレト・イルビスと名乗っておいででしたね。 暑さもそろそろ峠を越え始めたこの頃、どうお過ごしでしょうか? 私は毎日が大変です。 レトさんもオリヴィエさんが作ったというクラスで頑張っているそうですね。 影の国で元気なお姿を見られましたが、遺跡やお宝を目にして1人で走ったりはしてませんか? あなたは周りを振り回すのが本当に得意ですからちょっと心配です。 私は今、お祖母様の……女王の代理として西ゼムリア通商会議に出席しようとしています。 聞けばレトさんも学業の一環としてガレリア要塞に居られるそうで、お互いに頑張りましょう。 また、元気な姿でお会いできる事を楽しみにしています。

 

敬具 クローディア・フォン・アウスレーゼ〉

 

華麗な字と白隼の印が押されている手紙を読み終え、レトは苦笑すると手紙を懐に入れ、学院指定のメモ用紙とペンを取り出して返事を書き始めた。

 

「誰からだ?」

 

「リベールでお世話になっていた人からだよ。 この子の友達でもある」

 

「ピュイイ、ピュイ、ピュイ?」

 

「あー、今ルーシェはいないんだ。 ジークなら飛んでいつでも来られるからまたの機会にね」

 

「ピューイ!」

 

「……なぜ言っている事が分かるんだ?」

 

鳴き声で会話が成立している事にユーシスは疑問に思えるが……第三学生寮で寝ている緋猫も似たようなものなので会えて深く突っ込まなかった。

 

「——書けた。 ジーク、これをクローゼさんによろしくね」

 

「ピュイ!」

 

書き終えた手紙を筒に入れてジークの脚に括り付け、ジークは白い翼を広げ……ガレリア要塞を超えてクロスベルに向かって飛んで行った。

 

(今この帝国は革新派と貴族派の対立による内戦がいつ起きてもおかしくない状況にある。 戦乱の中で僕がどうするか……見極めないと)

 

ジークが飛び去るのを見送り、レトは振り返って帝国を……その先を見つめた。

 



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47話 劫炎

演習場に到着すると……演習場には最新の戦車と旧式の戦車が向かい合っており、軍用飛行艇も配備されていた。

 

「——よくぞ参った」

 

「あ……!」

 

歩いてきたのは軍服を着たエリオットと同じ髪色をした男性……

 

「あれがエリオットの……」

 

「……ぜんぜん似てない」

 

「あはは、髪の色はソックリみたいだけど」

 

厳としてガッシリとした身体付きの男性に対してエリオットは細々しく、髪色以外似てはいなかった。 サラ教官とナイトハルト少佐は彼に敬礼をする。

 

「お疲れ様です、中将」

 

「ナイトハルト、ご苦労。 バレスタイン教官だったか。 お初にお目にかかる」

 

「お目にかかれて光栄です。 クレイグ中将閣下。 本日は、士官学院のカリキュラムに協力して頂き、感謝いたします」

 

「なに、将来我が軍に来るやもしれぬ若者達だ。 それにヴァンダイク元帥にはお世話になっているからな。 して、そちらが……」

 

中将は視線を移し、鋭い眼光を放ちながらリィン達を見回す。

 

(っ……)

 

(何という眼力……)

 

(さすがは猛将と名高い紅毛のクレイグか……)

 

(………………?)

 

(えーっと……)

 

「よ〜く来たなぁ、エ〜リオット!!」

 

「へ……」

 

「!?」

 

鋭い眼光が一瞬で綻び、笑顔でエリオットに駆け寄り抱きしめた。 困惑するエリオット……紅毛のクレイグとはかなりイメージとかけ離れていた。 ナイトハルト少佐はこの自体を知り予想通りだったのか、額に手を当てた。

 

「ふふ、楽しい上官をお持ちのようですね?」

 

「…………言葉もない」

 

「もう、いい加減にしてってば! フィオナ姉さんに言いつけるよ!?」

 

「ハッ……」

 

エリオットの脅し気味の言葉で正気に戻り、エリオットから離れると咳払いをして顔を引き締め直した。

 

「えー……それはともかく。 帝国軍・第四機甲師団司令、オーラフ・クレイグ中将だ。 本日の合同軍事演習の総指揮を任されている。 以後、見知りおき願おう」

 

「こ、こちらこそ……」

 

「よ、宜しくお願いします……」

 

(これじゃあ総指揮じゃなくて、葬式になりそうだね……)

 

そんな事がありながらも定刻通りに合同軍事演習は行われ、レト達は用意された席に座って見学をした。

 

結果として……最新鋭の戦車や飛行船を用いて旧式の戦車を瞬く間に殲滅した。 大砲から砲弾が放たれる時に発生する振動や音を身体全体で感じながら……レト達は戦慄を感じた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

軍事演習は終了し、第四機甲師団は要塞ではなく近くの野営地に引き上げ……ガレリア要塞に戻ったレト達はナイトハルト少佐から今回の演習の成果について説明を受けるのだった。

 

そしてそれが終わる頃には夜になり……レト達は遅めの夕食を頂いていた。 昼とは違い、今回はマトモな食事でハヤシライスだった。 だが……それを前に出されて喜ぶ者はいなく、リィン達は意気消沈だった。 唯一通常通りなのはレトとミリアムとクロウの3人だけだった。

 

「ああもう! 皆暗すぎるってばー!」

 

「やれやれ。 ちとナイーブすぎねぇか?」

 

「あんまり気にしなくてもいいのに」

 

「……仕方ないだろう。 士官学院で教わっているものを全て否定された気分だ」

 

あの演習を見て、リィン達は色々と考えさせているようだ。

 

「教養、学力、武術……実際の戦争にそんなものは何の役にも立たないんですね」

 

「……まあ、そうだね。 単に戦争をやるだけならそんなものは必要ない」

 

「重要なのは、純粋な兵力と最新兵器と総合的な火力……それらを活かせる戦術と効果的に運用できる戦略か」

 

これは戦争という括りで話しているだけだが……一回の演出でこの4ヶ月で学んで来た事を無碍にしてしまう力があった。

 

「……アハツェンにしても想像以上だったわね。 2年前、母様が正規軍に自信満々に売り込んでいたのは覚えているけど……」

 

「分かってはいたが……正直私も気落ちしている。 あの軍勢を前に、剣1つでどうなるとは思えぬからな」

 

(出来る人は出来るけど……)

 

一騎当千出来そうな人物が何人も思い浮かび、レトは軽く苦笑いをした。

 

「うーん、だからといって武術が役に立たない訳じゃないとは思うけど」

 

「だが……俺達は少し勘違いをしていたのかもしれない。 今日、演習場で見たのは混じりけのない“力”だろう。 理念も理想も関係なく……振るわれたら単純に結果だけをもたらすような“力”だ」

 

「確かに……」

 

「剣にしろ、銃にしろ、その意味では延長線上にあるな」

 

「……この要塞に格納されている列車砲なんかもそうね」

 

「力は所詮力……そこに善と悪もない。 あるのは人どう扱うかだけ」

 

「なるほど……結局、力に善悪を決めるのは俺達か」

 

「……そう考えると、今回の演習を僕達に見せた理由が何となく見えてきた気がするな」

 

「フン……随分持って回ったやり方だが」

 

「いや〜、なかなか盛り上がってるみたいね」

 

と、そこにサラ教官が食堂に入ってきた。 リィン達の様子を見てウンウンと頷いている。

 

「サラ教官……」

 

「お話は終わったんですか?」

 

「ええ、クロスベルの通商会議の情報とかも仕入れてきたわ。 それと……テロリストの最新情報もね」

 

「……!」

 

「帝国解放戦線か……」

 

「——明日の予定を伝えるわ。 午前中は、正規軍の行う基礎体力トレーニングに参加。 午後からは、特別講習と合わせて一通りの情報を教えてあげる。 そしてその後は……列車砲の見学許可が出たわ」

 

列車砲……クロスベル方面に向かって設置された二門の巨大な導力砲。 カルバートを牽制するために設置されているが、その気になればクロスベルを2時間で壊滅状態に出来る大量破壊兵器……

 

「……そうですか……」

 

「ちょっと楽しみかも」

 

「いや〜、なかなか盛りだくさんじゃねえか」

 

「ま、せっかく君達をわざわざ連れて来たからね」

 

 

レトは少し冷めてしまった残りのハヤシライスを掻き込んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

8月31日——

 

今日、クロスベルでは通商会議が行われる中……レト達はガレリア要塞に所属している正規軍と一緒に基礎体力トレーニングをこなし。 昼食を取った後、午後に軍事学の特別講義が始まった。

 

そこでサラ教官は昨日までに仕入れたテロリストグループ……帝国解放戦線にいついての情報を話してくれた。

 

(帝国解放戦線がクロスベルに……)

 

サラ教官から語られたのは帝国解放戦線がクロスベル方面に向かっているという情報。 それに加え、共和国方面のテロ組織も潜んでいるそうだった。

 

「対策は取られているらしいが、この件に関しては完全に情報局が取り仕切っている。 正規軍にも“信頼できる協力者がいる”としか伝えられていない」

 

「信頼できる協力者……」

 

「よう、チビすけ。 何か知ってんじゃねえのか?」

 

「んー、知っているけどちょっと話せないかなぁ。 でも、メチャクチャ強い人達ってのは言えるかな?」

 

「メ、メチャクチャ強い人達って……」

 

「幾つか心当たりはあるけど……」

 

「………………」

 

「って、ちょっとレト。 何さっきから導力パソコンを弄ってんのよ」

 

説明している間もレトは耳だけを傾けながら導力パソコンを操作していた。 すると、何かを見つけたのか目を見開かせた。

 

「うわお……」

 

「レト?」

 

「何かあったの?」

 

「なんでも帝国政府が赤い星座を雇ったみたい。 しかも1億ミラ相当の契約で」

 

「なっ!?」

 

1億という金額にリィン達は驚いたが、赤い星座を知る人物はその名に驚愕した。

 

「い、1億ミラ……」

 

「途方も無い金額だが……その赤い星座というのは?」

 

「西風の旅団と並ぶ猟兵団よ。 ただし、金さえ積めば何でもやるようなヤバい連中よ」

 

「くっ、まさか帝国政府が猟兵を運用しているとは……」

 

「……赤い星座……」

 

名目はあれど、帝国が国外で猟兵を運用する事はあまり良い目で見られるものではない。 後々問題も起こりうる可能性もある。

 

「はぁ……その件については後で報告するとして……次は帝国解放戦線というのがかなりの規模だったってこと。 少なくとも最新型の軍用飛行艇を保有しているわ」

 

「本当ですか!?」

 

「飛行艇……ラインフォルト製か?」

 

「ああ、出所は不明だが高速タイプのものであるらしい。 正規軍で主流の重装甲タイプとは別系統のシリーズだな」

 

「……RF26シリーズ。 何バージョンか出ているけど……」

 

テロリストが使う飛行艇が、自分の身内から出ている事にアリサは複雑な心境だった。

 

そして帝国解放戦線が飛行艇を有している以上、これで奴らがどこから現れてもおかしく無くなってしまった。

 

「……心配ですね。 皇子殿下も出席していますし」

 

「それに……トワ会長もクロスベルに行っているのよね」

 

「ああ……」

 

「ま、確かにちと心配だな」

 

「兄さんに関しては…………あんまり心配しなくてもいいかもね。 恐らく昨日は勝手にクロスベルをほっつき歩いていたと思うし」

 

「それはそれで問題のような……」

 

実際、オリヴァルト……もといオリヴィエはリュート片手にどこにでもほっつき歩く。 しかもオリヴィエになると阿保が加速するオプションまで付いてくる始末……が、それは置いておき。

 

次に、帝国解放戦線の幹部について判明した事があり、導力プロジェクターで映像が後ろのホワイトボードに投影された。 最初に写し出されたのは眼鏡をかけた男性……G、ギデオンだった。

 

「レトが知っていたお陰で簡単に洗い出せたそうよ。 本名、ミヒャエル・ギデオン。 帝都にある帝國学術院で教鞭を取っていた元助教授よ」

 

「子どもの頃、教授の政治哲学の講義は何度か受けた事があるよ。 とても分かりやすくて。 でも、今思えばどことなく危うい感じもしていた……サラ教官、動機は?」

 

「3年前、オズボーン宰相の強硬的な路線を激しく批判して、それで学術院から罷免されたそうよ」

 

「そうですか……」

 

講義を受けた身としては複雑なレト。 そして残りの幹部であるS、V、Cの映像が投影された。

 

「……この3人については特定しきれてないみたいね。 このうちVについては元猟兵じゃないかって推測されているみたいだけど」

 

「元猟兵……」

 

「た、確かに凄そうな機関銃を持ってたけど……」

 

「フィー、心当たりは?」

 

「……んー。 ちょっと分からない」

 

猟兵団と言っても中小も入れればかなりの数がいる。 流石に全ての猟兵団を把握していないフィーは頭を捻った。

 

「Sについては該当しそうな人物は絞り込めているらしいわ。 今はアルテリア法国の関係者方面で調べているわ」

 

「アルテリア法国の……?」

 

「彼女が使っていた武器は法剣(テンプルソード)って言って、七耀教会の騎士が主流として使っている武器なんだ」

 

「教会の……騎士? なんだか意味がわからないぞ……」

 

「まあ、教会にも色々いるのよ。 それよりも問題はこのCっていうリーダーね」

 

「あの仮面の男か……」

 

全身真っ黒のテロリストのリーダー。 声を変えているが大凡男性であるのと、かなりの達人という事以外は何もわかっていない謎の人物……

 

「何でも、リィンとラウラとフィーの攻撃を凌いだそうだな? 他の2人も相当な手練れと聞いている」

 

「少し遅れを取っちゃったけどね」

 

「正直ちょっと信じられないんだけど……」

 

「いや、それが出来る人間は帝国でもそれなりにいるだろう。 父上は当然として……サラ教官に、ナインハルト少佐も出来そうですね?」

 

(他は、え〜っと……鋼に神速、剛毅に魔弓、劫炎と痩せ狼と殲滅天使、道化師と幻惑の鈴も出来そうかな? 後変態紳士、それにカシウスさんとこの前会ったシャーリィって子も出来そうかも)

 

過去に出会った人物の名を上げるとキリがなく……そうこうしているうちに特別講義の時間は過ぎて行き……講義が終わると列車砲を見学しに行くことになった。 次々と会議室を出る中、レトは静かにサラ教官に近寄った。

 

(サラ教官。 先ほどは皆がいたから伝えませんでしたが……帝国政府は皇子殿下を守るという名目で、赤い星座にテロリストの処刑を命じています)

 

「なっ!?」

 

思わず声を上げ、サラ教官は誰かに聞かれていないか辺りを見回した後、レトを連れて部屋の物陰に寄せた。

 

(それは本当なの!?)

 

(ええ、委任状も用意され自治州法でも認めざる得ません。 予想が当たっていれば——)

 

(それ以上はいいわ。 でも、かなりキナ臭くなって来たわね……)

 

確実に何かが起こる……そう予感してはいらなかった。 そして格納エリアへ移動を開始しようとしたその矢先……ナイトハルト少佐のアークスに通信が入ってきた。

 

「こちら、ナイトハルト……」

 

どうやら相手は今もオリヴァルトを護衛している同門のミュラー・ヴァンダールのようで、次第にナイトハルト少佐の表情が険しくなっていく。 通信を終えると、尋常ではない事態を予想しながらサラ教官が声をかける。

 

「……クロスベルで異変が?」

 

「ああ、その通りだ。 つい先ほど会議開かれているオルキスタワーを帝国解放戦線が襲撃した」

 

先ほどの講義で予想はしていたが……本当に来るとは思わずリィン達は驚きを露わにする。

 

「襲撃には飛行艇が使用……幸い、何とか撃退してオリヴァルト殿下や宰相も全員無事だったそうだ。 しかし予断は許さない状況が未だに続いているらしい」

 

「クッ、本当に襲ったのか……」

 

「……愚かな……」

 

と、そこでサラ教官は通話で他に不審な点を見つけ、そこを指摘した。

 

「テロリスト達が“導力ネット”を不正に操作して隔壁をコントロールした。 その上で機械の魔獣を繰り出したらしい」

 

「機械の魔獣……!」

 

「それって、リィン達がレグラムで遭遇した……?」

 

「結社の人形兵器。 データ収集を名目にすればテロリストにも売るでしょうね。 それと導力ネットか……ナインハルト少佐、昨日見学した所、導力ネットは導力戦車の格納庫にありましたよね?」

 

「ああ、現時点では整備班などの備品管理に限定されているが……」

 

「レト?」

 

つまりここにも導力ネットが引いてある。 ラウラ達は深く考え込むレトを見つめていた、その時……

 

——ドオオオオオンッ!!

 

「な、なに……!?」

 

「今の爆発音は……!?」

 

「真下からだわ……!」

 

「真下……格納庫か!」

 

クロスベルのオルキスタワーに続いて緊急事態がこのガレリア要塞でも発生、レト達は急いで格納庫に向かうと……格納庫は黒煙が充満しており、昨日の最新型導力戦車、アハツェンが破壊された隔壁から外に出ようとしていた。

 

「な、なんだ!?」

 

「アハツェンが……!?」

 

「う……」

 

「! おい、何があった!?」

 

呻き声が聞こえ、ナイトハルト少佐が倒れていた整備士に歩み寄り、容体を見ながら状況を確認しようとする。

 

「……か、勝手に……誰も乗っていない筈なのに戦車が動き出して……」

 

「Cユニットの暴走……そんなのありえない……」

 

「Cユニットというのは!?」

 

「軍事演習の標的に使われる自動操縦ユニットだ……! だが……それがなぜ最新鋭の主力戦車に取り付けられている!?」

 

レトは辺りを見回し……近くにあった導力パソコンに駆け寄り、素早い手付きで操作した。

 

「…………! 昨日の夜に司令部から導力メールが……送信先は巧妙に隠されて今すぐには……内容は“今日、追加演出をするため20台のアハツェンにCユニットを取り付ける事”」

 

「なんだと!?」

 

そんな命令、どうやら司令部が出した覚えがないようでナイトハルト少佐は驚愕した。

 

「Cユニットの在庫はそんなに無かった筈だ!」

 

「夕方の貨物便で同じく20個のCユニットが届いています。 この導力メールといい……どうやら嵌められたようですね」

 

「くっ……」

 

悔やむ暇もなく外から砲撃音と共に爆発音が轟いて来る。 どうやら要塞内を暴れているようだ。 様子を見るべくナイトハルト少佐は走り出し、その後にリィン達が続いたが……

 

「——ッ(カタカタ!)」

 

画面を睨んで集中していたレトはその場を動かず、導力ネットと格闘していた。

 

「! クロスベルの地下、ジオフロントから送信されている……でもそれ以上は——って、誰もいないし」

 

仕方なしと納得したレトは導力パソコンから離れて救助活動に参加した。 レトは分け身を使い、格納庫を隈なく捜索し要救助者を集めた。

 

「負傷者はこれで全員です」

 

「ああ、ありがとう」

 

「このまま彼らを連れて外に出る。 ここではまともな治療は出来ない」

 

動ける導力車を使い格納庫を脱出し、レトもその後に続こうとした時……

 

「————!!」

 

何かに気付いてバッと振り返り、鎮火と救助活動をしていた軍士官に向かって飛び出した。 軍士官は反応できずレトに頭を掴まれて残っていた戦車の陰に隠れ……

 

ドカアアアアッ!!

 

格納庫内が砲撃を受け、爆発した。 後数秒遅れていたら爆炎に巻き込まれていただろう。

 

「今の角度……上空から、飛空挺からの砲撃!」

 

爆発音がもう1つ聞こえたことからもう片方の格納庫も砲撃を受けたとレトは推測する。

 

「帝国解放戦線の狙いは二門の列車砲……それを使い阻止された宰相閣下を亡き者にするつもりのようですね」

 

「そ、そんな事をしたらオルキスタワーどころかクロスベルが……!」

 

「! この駆動音……!」

 

今度は上から、人形兵器が次々と階段を降りて現れた。

 

「でやっ!」

 

だがその瞬間、レトは飛び出すと同時に剣を振り抜き……上階まで斬撃を飛ばして人形兵器を斬り裂き、続いて天井と壁を斬り裂いて通路を塞いだ。

 

「結社の人形兵器……相当数が要塞内にばら撒かれたか……」

 

踵を返し、炎が上がっている格納庫に出入り口に向かい……

 

「フッ!」

 

剣を一閃、炎を斬り払った。 それを見た軍士官が感嘆の声を上げる。

 

「あなた達は負傷者を連れて外に! 僕はテロリストの企てを阻止しに行きます!」

 

「し、しかし!」

 

「急げ!! 救える命から手を離すなどそれでも誇り高き帝国軍人か!!」

 

ここでごねていても仕方なく、軍人を説得するように叱咤し、迷った末彼は敬礼した。

 

「……ご武運!」

 

残りの軍士官と負傷者を連れて格納庫を脱出し、レトは別ルートで上階に上がろうとその場を後にした。

 

「皆はテロリストを止めるべく列車砲の元に向かったようだね……」

 

しかし……その行く手をことごとく人形兵器の軍勢が塞いで思うように進めなかった。 この場にいる最後の一機を斬り裂きながらレトはボヤく。

 

「……なんか多過ぎやしない? まるで僕を足止めをしているような……」

 

「——そりゃそうだ。 こいつらはオメェの足止めをするために用意されたんだ」

 

瞬間、レトは背筋に悪寒を感じがらも尋常ではない熱量を全身で感じ取った。 振り返ると……そこには炎のような赤いコートを着た、眼鏡を掛けている気だるそうな男が立っていた。

 

「え、ええ〜……なんでここにいるんですか〜?」

 

「ふわああっ……本来、俺が帝国入りするのはもうちょい先だったんだが……ちょいと興が湧いてな。 オメェ、あの鋼の女の実の息子なんだってな?」

 

「!? え、えーっと……」

 

同じ組織に属しているので話す機会はあるだろう。 事実、夏至祭前に帝都に行った時にデュバリィに襲われた時、彼女はその事実を知っていた。

 

「最初はレーヴェの阿呆の後釜っうから興味が湧いて、そんでわざわざ会いに行ったらサッサと逃げられたが……」

 

「いや、逃げるので精一杯でしたから。 比喩抜きで太陽を投げるようなアレが来た時は死ぬかと思いましたから……ケルンバイターで斬り裂いて無ければ死んでましたから!」

 

「今回はちょっとくらいはアツくしてくれよ?」

 

「人の話を聞いて!」

 

無慈悲にもマクバーンの右手に焔が燃え上がり……レトに向かって投げた。

 

「イヤアアアアアアッ!?」

 

すぐさま壁を破壊して外に脱出し、絶叫を上げながら劫炎が頭上を通り過ぎて行く。 レトは頭を抱えてうつ伏せになりながら着地、起き上がると同時にマクバーンを指差した。

 

「殺す気ですか!? 今の避けてなかったら死んでますよ!!」

 

「死んでねぇから気にすんな」

 

死なないのなら何してもいいのか、とはレトは言えなかった。 要塞から帝国方面の外に出され、溶解して穴が空いている場所に立っているマクバーンを見上げながらレトは銃剣を構える。

 

「あん? ケルンバイターは使わねぇのか?」

 

「そういう貴方こそ。 妙にケルンバイターが反応しているから見るに……対になる剣を持っていますね? 貴方が使わないのならお互い様です」

 

「ま、別に構わないぜ」

 

マクバーンは軽く前に飛び、3階くらいの高さから飛び降り……両手を付かずポケットに入れたまま着地する。

 

「ふっ!」

 

その瞬間を狙い、レトは一瞬で飛び出し接近する。 マクバーンに向かって神速の横一閃を振るうが、マクバーンから溢れ出た焔によって止められてしまう。

 

「なかなかアツくさせてくれるじゃねえか」

 

右手をポケットから抜き……軽く振って焔の熱風を起こした。 それをレトはバク転して避け……ケルンバイターを投擲した。

 

ケルンバイターは回転しながらブーメランのような軌道を描いてマクバーンの側面から飛来し、マクバーンは見向きもしないで首を曲げて避け、ケルンバイターが通り過ぎると……マクバーンの目の前から一瞬で消えたレトがケルンバイターをキャッチし、背後を取っていた。

 

「せいっ!」

 

「っと……」

 

振り下ろされたケルンバイターを屈む事で避けられたが……空振りして一転、踵落としを放ち、マクバーンの右肩を強打した。

 

「ッ……中々やるじゃねえかっ!」

 

右肩を払いながら両手をポケットから出してマクバーンは本腰を入れ始めた。 両手の平に火球を発生させ、次々と投げる。

 

着弾するたびに爆炎を巻き上げ、レトは無心の想いで避け、時にケルンバイターで道を斬り開いて行く。

 

「おおおおっ!!」

 

「オラオラ! 俺をもっとアツくさせてみろ!」

 

徐々に2人の戦いは勢いを増し、巨大なガレリア要塞を破壊し回っている。 今の所、両者はほぼ互角に戦っていた。 不意に……レトは近くにあった貯水タンクが視界に入ってきた。

 

「でやあああっ!!」

 

「あぁ?」

 

マクバーンを近くまで誘導し、跳躍と同時に貯水タンクの底と支柱を斬り大量の水を落としたが……浴びせようとした水が当たる前に纏っていた焔により蒸発して行く。

 

「たっく……温い手を使いやがって……」

 

水は水蒸気に変わり、マクバーンの視界を白く埋め尽くす。 眼鏡が曇るのに苛立ちながらマクバーンは一瞬焔を強く放出、蒸気を吹き飛ばす。 その前に……背後からレトが迫ってきた。

 

「温いんだよ!」

 

苛つきをぶつけるようにマクバーンを中心に焔が燃え上がり、レトを焼き尽くす。 しかし……燃え尽きたのはレトの分け身だった。

 

『はあっ!』

 

「ッ!」

 

その隙に真下から潜り込むように3人のレトが接近、真下から蹴り上げてマクバーンを宙に飛ばし、本体のレトがケルンバイターを構えて飛び上がり……

 

「——燃え盛る業火であろうと砕け散らす!」

 

右手をマクバーンに向け、周囲の温度が急激に下がり……マクバーンを焔ごと凍らせた。

 

「絶技・冥皇剣……滅ッ!!」

 

そしてケルンバイターで氷を砕き、そのままマクバーンを斬りつけた。 重力に従って落下したが……受け身をとってスクッと立ち上がった。 ダメージはあるもののケロッとしていた。

 

「チッ……まだレーヴェの跡を追っかけているだけか……まともにやり合うにはもうちょいかかりそうだな」

 

「ッ……」

 

まだ戦う気かとレトは警戒するが、マクバーンは飽きたような表情をして背を向けた。

 

「今日はこのくらいにしといてやる。 次に会う時はもっと楽しませてくれよ?」

 

すると焔がマクバーンを燃やすような燃え上がり……まるで転移するように消えて行った。 今まで感じていた圧力がなくなり、レトはヨロヨロと後退、壁に寄りかかり大きく息を吐きながら地面に座り込んだ。

 

「はあああああぁ…………死ぬかと思った」

 

全身が焔で炙られて制服は黒焦げの穴だらけ、息も絶え絶えで大量の汗をかき……ここまで命の危機にあったのは久しぶりだろう。

 

「……他の皆は大丈夫かな? 帝国解放戦線を止められたといいんだけど」

 

身体中がチリチリと痛むのを耐え、レトは立ち上がり。 溶解している地面を超えてガレリア要塞に戻っていった。

 

——結果から見れば列車砲は食い止められ、テロリストの撃退にも成功した。 が、レト達はこの帝国の裏で何かが蠢き始めていることをその身で実感するのだった。

 



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第6章
48話 メンタルクロスリンク


9月上旬——

 

うだるような暑さも終わりを告げ、とある自由行動日……レトは部屋に篭って導力カメラで撮った写真を整理していると、部屋の扉がノックされた。

 

「はーい。 どうぞー」

 

入ってきたのはリィンとアリサだった。 2人はレトに手伝って欲しいことがあるそうで……なんでもアークスの開発責任者で、アリサの母親でもあるイリーナ会長から新型アークスの試験を依頼されたそうだ。

 

「へぇ、新型アークスのテストを……」

 

「それでお願いできないかしら?」

 

「……うん、いいよ。 写真の整理がひと段落していた所だし」

 

手渡されたアークスは従来と少しデザインが異なるだけでその他は同じ機能のようだ。 新型アークスは全部で6機、つまり後3人必要になる。

 

レト達は部活で学院にいる残りのVII組のメンバー1人1人に声をかけ……ラウラ、エマ、フィーが協力してくれることになった。

 

戦術リンクを組む相手はリィンとアリサ、ラウラとフィー、レトとエマとなった。 グランドは他の部が使っていることからギムナジウムで試験を行う事となった。

 

「皆さま。 この度は新型アークスの試験にご協力いただきありがとうございます。 それでは私の方から、此度のご依頼を改めてご確認させていただきます」

 

依頼人であるイリーナ会長から説明を受けていたシャロンが審判を兼任し、新型アークスの説明を始めた。

 

「今回、皆さまに試験していただくのは、新たに開発されたアークスです。 改良点といたしましては、より戦術リンクの精度を向上させ、戦闘での連携を1ランク上のものへと昇華させることを目的としております」

 

「つまり今まで以上に強力な連携技が出来ると?」

 

「その通りです。 現段階のアークスでも、皆さまはかなり高いレベルで戦術リンクを使いこなしています。 ですので、この試験が成功すれば、恐らくは“二身一体”という、高次元のシンクロが可能になることでしょう」

 

「二身一体……」

 

この試みが成功すれば、より一層戦術の幅が広がり。 高難度のミッションにも挑む事が可能になる……それに気付いたリィン達はごくりと固唾を飲む。

 

「とはいえ、まだまだ試験段階ですので、皆さまはどうぞお気を楽にして、試験に臨んでくださいませ」

 

緊張をほぐすようにシャロンがやんわりとそう言い。 おかげで気が楽になったリィン達は互いに頷き、早速試験を始めることにした。

 

先ほど決めたペアで戦術リンクを結び、それぞれの得物を抜き……三者三様に対峙する。

 

「それでは——始め!」

 

『——っ!』

 

瞬間、真っ先に駆け出したのはリィンとフィーだった。 すかさずアリサは弓でリィンの援護をするが……

 

「甘い!」

 

「くっ!?」

 

ラウラの大剣に阻まれ、そのまま肉薄される。

 

「ヒートウェイブ!」

 

「アースランス!」

 

開始してから後退し、アークスを駆動させて気を伺っていたレトとエマがアーツを発動させ、両者をまとめて攻撃した。

 

「ッ……!」

 

「きゃっ!?」

 

「排除する」

 

多少フラついたが、すかさずフィーが双銃剣を構え、クリアランスを放った。 銃弾が飛来する間の間に……レトは銃剣を変形させて銃形態にして構える。

 

「扶翼・鶴!」

 

飛来する銃弾を、連射して放ったレトの銃弾が弾き返して防いだ。 そのレトの後ろで再びエマはアークスを駆動していた。

 

「させるか! ——でやっ!」

 

「せいや!」

 

ラウラの地裂斬、リィンの弧影斬がエマに放たれる。

 

「ッ! ——エアリアル!」

 

「おっと!」

 

攻撃の接近でエマは素早くアーツの発動地点と威力を変え……突風がエマを横に押し、レトを前に押すことで2つの攻撃を回避した。

 

「燃え尽きなさい——ファイヤ!」

 

「行くよ」

 

アリサの炎の矢——フランベルジュがレトを襲う。 しかしレトは銃剣を剣形態にして切り、すかさず飛び出してきたフィーのスカードリッパーを受ける。

 

「……っ」

 

「ふう……やるね」

 

2人の鍔迫り合いで火花が散り、3組のペアが次の追撃を仕掛けようと相方の名を叫ぶ。

 

「行くぞ、アリサ!」

 

「ラウラ、決めるよ!」

 

「レトさん、援護をお願いします!」

 

「分かったわ!」

 

「任せるがよい!」

 

「了解!」

 

その瞬間——戦術リンクが発動した。

 

『——なっ!?』

 

それは彼らが想像していたものではなく。 凄まじい輝きがそれぞれのアークスから放たれ、その場にいた全員が目を瞑り手や腕で顔を覆った。 その唐突な現象も一瞬の事……次第に輝きが治るとレト達は辺りを見回す。

 

「シャロンさん、今のは……?」

 

アリサがそう問うと、シャロンは不思議そうに首を傾げた。

 

「……お嬢様?」

 

「全くなんなのよ……」

 

リィンがうんざりしたように振る舞うと、シャロンはさらに首を傾げた。

 

「あら……? リィン様?」

 

「今のは一体なんだったのだ? 大丈夫か、フィー?」

 

さらに凛々しい口調で言うフィー。

 

「……ん。 大丈夫」

 

眠そうな顔で返答するラウラ。

 

「…………あれ? 心なしか身体が軽いような……?」

 

スクッと立ち上がれた事に疑問に思うレト。

 

「!? な、なんか……重たい!? なんか胸の辺りが凄く重たい!? こ、腰にくるぅ……」

 

へなへなと倒れて四つん這いになるエマ。

 

「あら、これはもしかしますと……」

 

笑顔を保ちつつも困惑したような声のシャロンに一同は反応が遅れてしまったが、改めて周囲を見回したことで何かがおかしいことに気がついた。

 

「あれ……? どうして自分の姿が見えるんだ……?」

 

「えっ……? なんで私が喋っているの……?」

 

リィンに向けて言うアリサと、アリサに向けて言うリィン。

 

「む? フィーの姿がないぞ?」

 

「……ラウラ、わたしはここ」

 

フィーを探すフィーに、自分がフィーだと言うラウラ。

 

「なんでこんなに身体が……まるで重りから解放されたみたいな……?」

 

「ううっ……どうしちゃったんだろう……?」

 

自身の身体の異常に不思議に思うレトとエマ。

 

『…………』

 

今の一連で理解し……目を見開いて喉を震わせ……

 

「ええええええええええええっっ!? こ、これは一体どういうことよ!? って、なんで私がリィンの声で喋っているのよ!?」

 

「お、落ち着け、アリサ——いや、俺! って、どうして俺が俺をなだめているんだ!?」

 

「お? おお〜! 足元が見えないと思ったらこれは——」

 

「ダ、ダメです! それは触っちゃダメです! って、なんで私が私を止めているの〜?」

 

「もしかして……フィーか?」

 

「……ん。 そう言うわたしはラウラ?」

 

「うむ。 どうやらそのようだ」

 

「って、なんであなた達はそんなに冷静なのよ!? 私達入れ替わっちゃったのよ!?」

 

どうやら新型アークスによる戦術リンクのせいで、お互いのペア同士が“入れ替わってしまった”ようだ。

 

リィンはアリサと、アリサはリィンと。

ラウラはフィーと、フィーはラウラと。

レトはエマと、エマはレトと。

 

何故かそれぞれの精神が入れ替わり、鏡もないのに自分が自分の身体を見つめる事態となってしまった。

 

「あらあら、これは困りましたわ」

 

「困りましたわじゃないわよ!? どうなっているのよ、これは!?」

 

こんな状況でもいつものペースなシャロンにリィンが女性口調で猛抗議する。

 

「恐らく戦術リンクの精度を向上させたアークスの誤作動により、精神がシンクロを通り越して交換されてしまったのではないかと」

 

「みたいだね」

 

「うむ。 珍しい経験だな」

 

「だからどうしてあなた達はそんなに冷静なのよ!?」

 

とくに動じた様子を見せないラウラとフィーに、リィン(アリサ)は声を荒げる。

 

「まあ相手がフィーだからな」

 

「……ん。 わたしもラウラなら別に構わない」

 

「あ、あなた達ねえ……」

 

「あはは、仲良いね」

 

「わ、笑い事ではないですし他人事でもないんですよ……」

 

互いに笑い合う2人にアリサは言葉もなく。 エマ(レト)はケラケラと笑い、レト(エマ)はガックシと項垂れる。

 

「とにかく落ち着こう、アリサ。 必ず解決策があるはずだ」

 

「……そうね」

 

何故自分に論されなければならないのか、言いしれぬ脱力感に苛まれながらも、アリサは少し落ち着きを取り戻した。

 

「——お嬢様。 いえ、今は“お坊ちゃま”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

「それが無駄な気遣いだと分かっていてやっているでしょ、あなた」

 

「実は私、1つ考えたことがございまして」

 

ジト目のアリサをスルーし、続けて言ったシャロンの言葉にアリサは期待に胸を膨らませた。 が……

 

「——“弟”というのもよいものですね」

 

「……はっ?」

 

6人が欲していた言葉より斜め上に傾いていた。 呆然とするアリサに、シャロンは頰に手を当てながら言った。

 

「いえ、実は私、前々から“弟が欲しいと”と思っておりまして」

 

「ごめんなさい。 あなたが今何を言っているのか、全然全くこれっぽっち分からないし、分かりたくもないわ」

 

「願いが叶ってよかったですわ」

 

「全然よくないわよ!? どうしてくれるのよ!? 私に一生リィンでいろって言うの!?」

 

「いや、そんなに嫌がらなくても……これでも毎日鍛錬を欠かしたことは」

 

「あなたは黙ってて!」

 

自分の顔で気圧されて頷くしかないリィン、一喝されたリィンはレト達の元へ退避した。

 

「まあそう機に病むな。 そのうちなんとかなるはずだ」

 

「ああ、そうだといいが……とりあえずありがとう、フィー……じゃなくて、ラウラか」

 

「……ん。 わたしはこっち」

 

「や、ややこしくなりましたね……」

 

「あはは、変なことになったねー」

 

足掻いた所で夢は覚めることなく、リィンはなるべく早く状況の改善を願いたいが……

 

「さあ、どうぞ“お姉ちゃん”と呼んでくださいませ」

 

「呼ばないわよ!? というか、あなたこの状況を楽しんでいるでしょ!?」

 

「……はあ」

 

それはあの2人が落ち着くまで叶いそうにもなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

新型アークスの誤作動によって、戦術リンクを組んでいた互いの精神が入れ替わってしまったレト達はなんとか元に戻ろうと再度戦術リンクを組み、戦闘を行おうとしていた。

 

入れ替わってしまったのならまた同じ事をすれば元に戻ると考えた策だが……

 

「……駄目だ。 思うように剣が振るえぬ……」

 

ガンッ、と地面に大剣の剣先を突き刺したのは無駄に凛々しい顔つきになったフィーだった。 もちろん中身はラウラである。

 

「そうだね。 たぶん身体と武器が合ってないんだと思う」

 

寝惚けた目で両手の双銃剣を見つめるラウラ、中の人はフィーである。

 

「確かに。 いつもより剣が重く感じるな。 重心も安定しない」

 

「私も。 弓を引く分には問題ないけど、この身体にはちょっと小さいかもしれないわね。 まあ私専用に調整してあるから、合わないのは当然なのだけれど……」

 

2人に同意するのは太刀を握り、男っぽい口調になったアリサと。 若干内股になり、何処となくなよっとした雰囲気で女性口調のリィン。

 

「僕はとくに問題ないけど」

 

「はい。 私とレトさんの魔法(アーツ)適正はそこまで差はありませんし、魔導杖(オーバルスタッフ)を使うのにそこまで筋力は必要ありませんので」

 

左手で銃剣をバトンのように回すエマと魔導杖を持つレトが問題ないように振る舞う。 もちろん、この2人も入れ替わっている。

 

「武器もそうですが、身体の方も修練を始めた時から最も効率よく己が武器を扱えるように昇華していきます。 である以上、合わないのは当然ですわ」

 

この状況を把握して説明するシャロン。 だがどことなく楽しんでいる節があり、アリサはジト目でシャロンを見つめる。

 

「じゃあどうしろって言うのよ? お互いの武器を交換しろとでも?」

 

「いえ、確かにその身体に合った武器にした方がよいと思いますが、それは内側と外側……つまり心身がきちんと揃っている状態での話です」

 

「つまり、私が剣や槍を扱う上で性能や幅、体捌きなどを把握してないといけない事ですね……」

 

同じ事を繰り返すのなら隙間のない連携が必要不可欠……つまり、先ほどのような戦闘は出来ない。

 

「あはは。 そうなると……今の僕達ってVII組どころか学院最弱じゃない?」

 

「そ、それは……」

 

「否定できぬな……」

 

「あり得るかも」

 

「皆が皆、レトみたいに器用じゃないのよ……」

 

どんな武器でもそつなく使いこなすレトに、アリサは嫉妬にも似た苛立ちを覚える。 しかし、最弱と言われるも否定出来ないのもまた事実だった。

 

「結局、当分このまま様子を見るしかないのかもね」

 

「ちょっと待って……その間ずっとこの身体でいろって言うの!? 24時間ずっと!?」

 

「俺はとくに気にしないが……」

 

「私が気にするのよ! というか、“とくに気にしない”ってどういうことよ!? 私の身体には何も感じないと言いたいわけ!?」

 

「い、いや、そういうことじゃなくてだな……」

 

「じゃあどうなの!? リィンは私のことをどう思って——って、何言わせるのよ!? 馬鹿っ!」

 

真っ赤な顔をして後ろを向いてしまったアリサに、リィンはどうしていいかわからず頭をかく。

 

「……アリサ、意外と大胆」

 

「……ちなみにレト。 仮にエマの身体を弄ぶような真似をしたら……分かってるな?」

 

「わ、分かってるよ」

 

「ラ、ラウラさん。 気遣ってくださるのは大変ありがたいのですが……叱るの元に戻ってからでお願いします」

 

しかし、ずっとこのままにしている訳にもいかず……ひとまず学院長だけに報告して欲しいとシャロンにお願いされ、シャロンは1度ラインフォルト本社のルーレに戻って行った。

 

そして生徒会長であるトワに状況を報告し、助力を乞うことなった。

 

「——なるほど。 にわかには信じられないけど、状況は把握出来たと思う。 それで、えっと……リィン君?」

 

話には聞いたが確信は持てず、恐る恐るアリサ(リィン)に問いかける。 リィンは申し訳ない様子で「はい……」と返事をする。

 

「本当にリィン君なんだ……で、こっちが……アリサちゃん?」

 

「ええ、そうなんです……」

 

がっくりと肩を落とし、リィン同様にアリサも答える。

 

「う、うーん……えっと……ラウラちゃんとフィーちゃん?」

 

「うむ」

 

「……ん」

 

「え、えっと……それで、レト君にエマちゃん?」

 

「はい」

 

「は、はい……」

 

名前を呼ぶ度に別の人物が返事をするので余計に動揺してしまうトワ。

 

「なんかすみません……」

 

「えっ!? あ、ううん、大丈夫! アークスの誤作動だもん。 仕方ないよ。 それより皆の方こそ大丈夫?」

 

「はい。 俺達は大丈夫です。 精神は入れ替わりましたけど、それによって身体に不調が起きるというのは、今のところないみたいなので」

 

「そっかぁ……よかったぁ……」

 

「いえ。 すでに肩と腰が——」

 

「わあああああっ!?」

 

何か言おうとしたレトの口をエマが大声を出しながら塞ぐ。

 

「あはは……でも、何かあったらすぐに言わなくちゃ駄目だよ?」

 

「ありがとうございます。 会長と話していたら、なんだか気が楽になりました」

 

「えへへ、どういたしまして。 私も皆が早く元に戻れるように協力するから、出来ることがあったら遠慮なく言ってねっ!」

 

というわけで……トワは、クッキーを作ったので誰かにお裾分けしにヘイムダルに向かったミリアムと、同じく競馬場に向かったクロウ以外の他のVII組のメンバーをVII組の教室に呼び、元に戻る方法がないか検討することにした。

 

強制ではないにも関わらず、集まってくれた皆にリィン達は感謝の気持ちでいっぱいになる。 この質問に対して真っ先に手を上げたのはマキアスだった。

 

「はい、マキアス君」

 

「はい。 まずは現状をしっかりと確認した方がいいと思います。 何故こうなってしまったのか、原因は本当にアークスの誤作動だけなのかを今一度——」

 

「阿呆が。そんなことを呑気に考えている時間があるとでも思っているのか?」

 

途中で口を挟んだのは、腕を組み不遜な態度でマキアスを見るユーシスだ。

 

「なっ!? それはどういう意味だ!?」

 

「現状をよく考えてみろ。 こいつらの状態は非常に不安定だ。 不確定要素も多い。 脅すわけではないが、いつ何が起こってもおかしくないんだぞ?」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「ならばもっと効率的な物事を考えるべきだ。 早々にこいつらを元に戻す方法をな」

 

「だ、だからこそ、そのために現状の確認をする必要が——」

 

「ちょ、ちょっと2人とも! 今は言い争っている場合じゃないでしょ?」

 

エリオットにそう論され、2人はばつが悪そうに口をつぐんだ。

 

「うん、君達の意見は分かったよ。 原因については、シャロンさんの方がラインフォルトに直接出向いているから、それで何か分かればと思うけど、現状では戦術リンクの感応が高過ぎたのが原因だと見ているみたい」

 

「だからもう1度その感応現象を起こそうとしたんですが……」

 

「結果は失敗でした」

 

リィンはギムナジウムでの元に戻るための試みを説明した。

 

「俺達はもう1度同じ事を繰り返せば、元に戻れるんじゃないかと考えていました。 でも身体と武器が合わなくて、結果的に失敗しました」

 

「一応それぞれの身体に合う武器の発注も考えたが、色々と問題が浮上してな。 現状ではやはり手詰まりだと言うほかにないだろう」

 

そこに食いついたのは、アリサとエマだった。

 

「し、仕方ないじゃない! あなた達はまだ女の子同士だからいいでしょうけど、私なんてリィンとなのよ!?」

 

「わ、私としましても……このまま放置しておくには行きませんし……」

 

「いや、そんなに嫌がらなくても……」

 

「そりゃあ、まあそうだけど……」

 

「ま、まあ仕方ないよ。 アリサちゃんだって女の子だし。 で、でも別にリィン君のことが嫌いだからとか、そういうことじゃないんでしょう? そうだよね、アリサちゃん? エマちゃんも」

 

「えっ!? そ、それはまあそうですけど……」

 

「はい。 嫌ではないんですが……」

 

2人はどこか良いずらそうに顔を逸らしてしまう。

 

「……やはりどうにも慣れないな」

 

「あはは、まあ僕も未だに信じられないからね」

 

恥じらうアリサ(外見はリィン)と困惑するエマ(外見はレト)の姿を前に、頭痛を覚えるマキアスと苦笑いのエリオットだった。

 

「ところでガイウス、お前はどう思う? 先程から意見を述べていないようだが?」

 

今まで考え込んでいたガイウスは質問されると、考える素振りを見せた後頷いてから口を開いた。

 

「俺はこれも風と女神の導きだと思っている」

 

「ほう、その根拠はなんだ?」

 

「ああ、俺達はこのクラスに来てから、今までに様々な事を経験してきた。 困難にぶつかったことも多々あったと思う。 だが俺達はそれを乗り越え、前に進んできた。 学んだことも多い。 だからこれも何かしらの試練なのではないかと思えるんだ。 実際に精神が入れ替わったリィン達にしろ、それを支える俺達にしろ、それは同じだと俺は考えている」

 

「なるほど。 お前らしい意見だな」

 

「心配するな。 たとえ時間がかかったとしても、きっと俺達なら乗り越えられるはずだ」

 

「ガイウス……」

 

その一言に、全員が感銘を受けていた。 が……

 

「あ、あの、なるべく時間をかけないようにお願いしたいのだけど……」

 

「は、はい……」

 

アリサとエマだけは、収まりそうな雰囲気に異を唱えていたのだった。

 



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49話 噛み合わない歯車

その後もサラ教官が来たと思いきや騒ぐだけ騒いでサッサと行ってしまった事もあり……話し合いは続けられたが、やはり目ぼしい案は出ず……しばらく様子を見る事となった。

 

しかしこのままバラバラに解散する訳にもいかず、入れ替わった同士なるべく一緒に行動することになり、リィンとアリサ、レトとエマ、ラウラとフィーがそれぞれを行動を共にした。

 

「さて、どうしよっかなぁ……」

 

両手を頭の後ろで組み、空を見上げながら歩くレトはボヤく。

 

「レ、レトさん! 大股で歩かないでください!」

 

それをエマが慌てて姿勢を正させる。 その際にお尻を触られたが、これは決してセクハラではない。

 

「スカートって大変だね」

 

「……絶対に他人事ではないのですが……」

 

とりあえず2人は部活の用事を済ませることにし、それぞれの身体の部活に向かった。

 

「お、VII組の巨乳眼鏡委員長発見♪」

 

が、写真部のレックスに見つかり。 レトは写真を撮られてしまう。

 

「や、やめてください!」

 

「ん? なんでレトがエマちゃんを庇うんだ?」

 

「え!? そ、それはその……」

 

「それよりもさ。 もう一枚撮らせてくれね、ね?」

 

「え、えぇ……?」

 

「しょうがない……ですねえ」

 

口調を整え、面倒くさそうな顔をしながらレトはレックスを写真部の部室に連れ込んだ。

 

……チリン……

 

——分け身!

 

——なっ!? そ、そんな……

 

——大丈夫だよ〜。 ゆっくり天井のシミでも数えてればいいよ〜。

 

——そんな……まさか!?

 

扉越しに聞こえる男女の声。 次の瞬間……レックスの絶叫が学生会館に響き渡った。

 

「ふう……」

 

ドアを開けて出てきたレトはスッキリした表情をしており、逆に部室に残っていたレックスは煌々とした、満足そうや表情で仰向けに倒れていた。 と、そこに写真部部長のフィデリオが部室に入って行き……倒れていたレックスを見て驚愕した。

 

「レ、レックス君!? 一体何が……どうしたんだい!?」

 

「——め、め……」

 

「め?」

 

「女神を……見た……(ガク)」

 

「レックスくーーん!!」

 

満足した表情で逝くレックス。 それを見ていたエマは……鬼の形相でレトを睨みつける。

 

「レ、レトさ〜〜〜ん!!」

 

「とと!? 何もしてないってば。 ただちょっと幻惑を見せただけだよ」

 

チリン、と音を鳴らしてエマに見せたのは1個の透明な鈴だった。

 

「鈴、ですか?」

 

「そ、これで少し面白い事が出来てね……まあそれはそうと。 これじゃあ入れ替わって部活に出る事は出来なそうだね」

 

「は、はい……」

 

その後もエマは2度目となる文芸部の部長に鼻息荒く迫られつつもレトが断りを入れ、2人は一階のカフェで話し合った。

 

「そういえば……レトさん、錬金術で何か使えそうな物とかありませんか?」

 

「あー、そうだね……探してみようか」

 

そうと決まれば早速技術棟にあるアトリエに向かった。 レトとエマは数冊ある古文書を読み漁って何かないか探す。

 

(古いレシピ……私達とは系統が似通っていますが、やはり違いますね)

 

「うーん、これならじゃないかな? 幽世(かくりよ)の羅針盤。 魂を移し替える事が出来るんだって」

 

そこに載っていたのは一見普通に見えるが、どことなくおどろおどろしい雰囲気を放つ羅針盤だった。

 

「幽世の羅針盤……」

 

「んっと……魂盟の針が4つ、スプルースという木材が2つ、紙に神秘の力を持つ素材……」

 

「神秘の力を持つ……とは?」

 

「簡単に言えば聖水や竜核といった類のものだね。 ま、そもそも魂盟の針がないし……それにこの羅針盤、一方通行だから」

 

「一方通行?」

 

「AとBの魂を交換するんじゃなくて、AからBに魂を送るという事。 元に戻るには最低でも2つ作らないとね」

 

「……あの、そもそも集められるんですか? これ全部……?」

 

「無理」

 

最初から分かっていた事だが、この方法も早速頓挫した。 だが諦める訳にもいかず、仕方なく2人は情報を集めるため、後で合流する約束をかわすと分かれるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「はあ……」

 

とぼとぼとエマは図書館に入っていく。 ダメ元でも元に戻る為に調べておかないと頭などうにかなってしまいそうなようだ。

 

「あ、セリーヌ」

 

「?」

 

と、ベンチに黒猫のセリーヌが座っているのを見つけた。 エマは辺りに誰もいない事を確認すると、静かにセリーヌの隣に座る。 その際、セリーヌには不審な目で見られたが。

 

「聞いてください、セリーヌ。 私、エマです」

 

「——にゃ?」

 

“はっ?”、とでも言ってそうな顔でセリーヌは首を傾げる。 レトの姿でエマと名乗れば当然の反応だが……そもそも猫がそんな反応をしていいのだろうか?

 

続けてエマは今までの事の次第をセリーヌに説明した。

 

「と、いうわけなんです」

 

「——なるほど。 面倒な事になったわね」

 

辺りに誰もいない事を確認すると……セリーヌの口から人の言葉が出てきた。

 

「はあ……どうしてこうなっちゃったんだろう?」

 

「なったものは仕方ないわ。 それにしても……前々から思ってたけどその子、妙に魔力が高いわね」

 

「ええ。 そのおかげであの錬金術を成功させているみたい」

 

「あの系統の違う魔術の事ね。 あの獅子心皇帝と鋼の息子だった事もいい……分からない子ね」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

トリスタ駅前——

 

「うーん! 今日も絶好の放送日和ね」

 

伸びをしながらトリスタ駅から出てきたのは帽子を被っている眼鏡をかけた長い黒髪の女性だった。

 

「さあて、今日も張り切って——」

 

「ん〜……エマの眼鏡って伊達だったんだ。 なんで掛けているんだろう……って、あれ?」

 

そこへ、眼鏡を空にかざしながら第3学生寮からレトが歩いてきて……2人は出会ってしまった。

 

(エマ!!)

 

「……ん?」

 

彼女はレト(見た目はエマ)を見ると、表情に出さないものの驚愕した。 しかし、当のレトは少し考え込んでいただけだった。

 

(私が分からない? それにどういう事……? 呪いはちゃんとかかっているはずなのに……)

 

彼女は飛んで来た珍しい色をした鳥と目配せしながら思考を巡らせると……ポンと、レトが思い出したように手を叩いた。

 

「あ、もしかしてあなた……」

 

(気付かれた……!? 声の調子を変えているとはいえ、流石に——)

 

「アベーントタイムのミスティさん?」

 

「え……」

 

予想とは違う答えに女性……ミスティは思わず呆けた顔をしてしまう。

 

「特徴的な声をでしたから分かりましたよ。アベーントタイム、毎回聞いています」

 

「え、ええ。 ありがとう……(どういう事? 私に気付いてないどころか、まるで別人……それに毎回聞いている……呪いが効いているなら、アベーントタイムの存在すら気付かないはずなのに)」

 

「これから収録ですか?」

 

レトの質問に“え、ええ”、と少し困惑気味に頷いて答えながら、ミスティはレトに質問をしてみた。

 

「ねえ……あなたのお名前は?」

 

「あ、はい。 僕……じゃなかった、私はエマ……なんだったんけっ?」

 

「え……」

 

「——あ! エマ・ミルスティンです!」

 

今思い出したかのようにこの身体の名前を名乗るレト。 そして一人称や名前を忘れていた事に不審に思うミスティ。

 

「ええっと……それじゃあ私はこれで……」

 

「あ、うん。 時間を取らせてごめんね」

 

レトは逃げるように走り、しかし大股で歩く事も出来ないので小走りしてその場を後にした。 そして後に残されたミスティだが……

 

(……久し振りにあの子の素顔を見たわね。 しかし、姉を忘れてしまった妹……今日の収録に使おうかな?)

 

今の出来事をネタにしようとしていた。 応募で採用されたネタには後日、ミスティのステッカーが送られるが……今回、そのステッカーがどこに送られるのかは定かではなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レトとエマが錬金術やトイレ関係で色々している間にも、リィンとアリサがラクロスしたり一緒に着替えたり風呂に入ったりそれをエリゼに見られたり、ラウラとフィーが水泳したりジョルジュと一緒に菓子を食べたりしていた。

 

そしてその後6人は偶然にも寮に戻っており、経過報告をしたが……全員何も変化はなかった。

 

レト達はどうしようと頭を悩ませていると……唐突に帰ってきたサラ教官が学院長から依頼を伝えて来た。 曰く、なんでも旧校舎で異変があったそうで。 旧校舎四層に続いて五層にも例の“扉”が出来ていたそうだ。

 

レト達は扉の出現とこの入れ替わった状況が無関係とは思えず……6人はサラ教官と一緒に旧校舎へと向かった。

 

「なんか久しぶりな気がするなぁ」

 

「レトはあんまり時間が取れない時が多かったからな。 最初の探索以来じゃないか?」

 

一同は旧校舎に入り、その際に地揺れが起きた事に警戒しながら昇降機を使い地下五層に到着した。

 

「ここら辺はとくに変化してないようね」

 

「そうだな。 俺も前に来た時と同じように見える」

 

「様式も上と変わりなし、か……」

 

「サラ教官、例の“扉”とやらが現れたのは、もっと奥の話で?」

 

「ええ。 あたしが見つけたのは、ここの最も奥の広間ね。 まあそこまでは、楽しいピクニックだとでも思いましょう」

 

「……そだね。 でも武器はどうするの?」

 

フィーの質問は今一番重要な事だ。 奥に進めばもちろん魔獣がいる。 まともに戦える状況ではないレト達はどうするか考え込み……結果、身体に合わせた武器を使う事になり、それぞれの得物の使い方をレクチャーをした。

 

「レトさん、魔導杖は問題ありませんか?」

 

「うん。 問題ないよ。 アーツもいつもより早く駆動できそうだし」

 

「あ、あはは……私が教える事なんてないですね」

 

「そんな事ないさ。 それで、どれにするか決めた?」

 

レトは1人で槍、剣、銃といった複数の武器を使う。 中身がエマである以上、どれか1つに絞って戦うしかない。

 

「そうですね……やはり魔導杖と同じポール型の槍でしょうか。 少しですが扱いやすいです」

 

「了解」

 

レト達は自身の得物の使い方を指導していき……扱える程度に形できた。 一通り武器の感触を確かめたレト達はサラ教官の言う扉に向かうべく、転移装置を使わずに地下五層の内部を進んでいく。

 

「はっ!」

 

フィーの振り下ろした大剣が紫色の魔獣を一気に斬り裂き、セピスだけを残して消滅した。

 

「たあっ!」

 

次いでリィンの放った矢が別の魔獣に突き刺さり……

 

「ふっ!」

 

アリサの繰り出した斬撃が追い打ちとなって魔獣を倒す。

 

「やっ!」

 

前方にいたエマの槍の石突きによる突きが魔獣を押し出し……

 

「シルバーソーン!」

 

後ろに控えていたレトによる幻のアーツが発動し、魔獣を消しとばす。

 

「せいっ! やあっ! 砕け散れ!」

 

隣ではラウラが双銃剣での連撃を放った後、魔獣に銃弾を浴びせていた。

 

「……ふう。これでこの辺の魔獣はあらかた片付いたようだな。 皆も無事か?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

「私も問題ないわ」

 

「フィーちゃん、大丈夫ですか?」

 

「……ん、大丈夫」

 

「サラ教官は……無事ですね」

 

「ちょっとどういうことよ? あたしだってか弱い女の子なのよ?」

 

そう怒りつつも、サラ教官は当然無傷。 レト達の状況を考えれば手助けしてやりたかったが……サラ教官は扉が現れた事態を判断してサポートに徹していた。

 

「……サラは女の子って歳じゃないから」

 

「あら、言ってくれるじゃない。 ちょっと詳しく話を聞きたいわね」

 

笑顔で額に青筋を浮かべるサラ教官にご指名を受けたフィーは「……それはまた今度」と逃げるようにレトの後ろに隠れた。

 

「あら?」

 

「ふふ……」

 

が、現在身長はレトよりフィーの方が高いため、見事に頭や肩がはみ出ていた。

 

「……はあ、まあいいわ。 それで君達の方だけど、入れ替わっている割には意外と様になっているじゃない。 これなら特に心配もいらないわ——この程度の魔獣なら、ね」

 

『…………』

 

「まあ、そうだよね……」

 

レト達は分かっていた。 この先には“この程度”のでは済まない魔獣が潜んでいる事を。 レトは「あははー」と笑っているが、一転して緊張した面持ちになったリィン達にサラ教官は柔らかく告げる。

 

「そう固くなることはないわ。 君達の頑張りは、担当教官であるこのあたしが誰よりも知っている。 そのあたしが大丈夫だと言うのだから胸を張って戦いなさい」

 

「サラ教官……」

 

「はい! 必ず全員で乗り越えてみせます!」

 

「うんうん、それでこそ君達VII組よ」

 

サラ教官の叱咤激励をもらい、レト達は迫り来る魔獣を退け……ついに例の扉がある五層最奥の広間へと到着する。

 

「これは……」

 

「へえ……(パシャ!)」

 

そこでレト達が目にしたのは大きな鉄の戸が開かれている扉だった。 どうやら地上での地揺れはこの扉が開いた時に起こっていたようだ。

 

「これは……(イレギュラーによる新たな試練が……?)」

 

「ますますきな臭くなってきたわね。 一体この先に何が待っていというのかしら?」

 

「それは分からぬ。 ただ私達を迎えているというのは確かだろう」

 

「そうだね。 この先はさらに注意しないと」

 

「手持ちの道具もしっかり確認しとかないとね」

 

「ああ、きちんと準備を整えてから出発しよう」

 

この先は何があるかは分からない、どんな事態にも対処出来るよう万全を期す必要がある。 レト達は武器やクオーツ、アイテムなどの確認をし……扉の奥を見据える。 そこは夜よりも暗く、光がほとんど届いていなかった。

 

「どうやら一筋縄ではいかないようだ」

 

「ああ。 とにかく気をつけて進もう。 皆、準備はいいか?」

 

「はい」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「……ん。 私も」

 

「常闇に落ちても影の国に落ちても問題なし、いつでも行けるよ」

 

「——じゃあ皆頑張っていきなさい。 あたしはここで待っているから」

 

「えっ……?」

 

微笑ましそうに見ていたサラ教官はそう言い、その言葉が予想外だったのかリィン達は呆けた顔になる。

 

「……サラは来ないの?」

 

「こらこら、甘えるんじゃないの。 この扉は君達が来たことで開いたのよ? つまり君達じゃないと駄目ってこと。 だからあたしの役目はここまで」

 

「まあ、そうだと思いますけど……」

 

微笑みながらそう言うサラ教官に、リィン達は無言で互いを見やり……頷いた。

 

「分かりました。 では少しだけ待っていてください。 俺達は必ず戻って来ますから」

 

「ええ、分かったわ。 でも無理はしないこと。 いいわね?」

 

『はいっ!』

 

「……ん」

 

大きく頷き、レト達はサラ教官に背を向けて扉の中へと進んでいく。 彼らの背中が暗闇の奥まで消えるまで、サラ教官は1度も目を逸らさずしっかりと前だけを見据えていた。

 



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50話 虚像の鏡面

精神が入れ替わってしまったこの現状を打破するため、ついに旧校舎の地下五層に現れた扉へと辿り着いたレト達はサラ教官を残して先へと進んだ。

 

開いた扉を外から見た時は一切光の届かない暗黒の空間にしか見えなかったのだが、一歩そこに踏み入れ、レト達は驚きを隠せなかった。

 

「これは……」

 

思わず声が漏れたのはリィン(見た目はアリサ)だった。 何故なら眼前に広がる光景は、雲が緩やかに流れる青空と、どこまても続く鏡のような水面だったからだ。

 

歩く度に波紋が水面を伝うも、靴が濡れる様子はない。 腰を下げ(その際、スカートには気をつけて)て右手で水面を触り、水面から上げると……右手は濡れてなかった。

 

その事実にも驚くが、なによりも驚くべきはこの空間である。 先ほどいたのは紛れもなく地下の遺跡区画だったはず。 それが今は地上にいるような美しい情景の中にいる。 頰を撫でる風は優しく、夢幻と呼ぶにはあまりにも精巧過ぎていた。

 

「ふう……」

 

とはいえ、悩んでも仕方ない。 今重要なのはこの試練を乗り越えて入れ替わった精神を元に戻すこと……気を引き締め、リィンは皆に再度気を引き締めるように促そうと振り返ると……

 

「——っ!?」

 

そこにいたのは一体の魔獣、リィンの様子を窺うように佇んでいた。

 

「魔獣!?」

 

すかさず距離を取り、リィンは導力弓を構える。 気配を感じ取れなかった事に歯を噛み締めながら矢の狙いを定める。

 

魔獣は人型で大きさは170前後、右手に狭長な骨と思わしき武器を所持しており、見た目は甲殻類の魔獣に近いだろう。 そして他の皆はどこに行ってしまったのか……様々な疑問がよぎったが、それを考えるのはこの魔獣を倒した後である。

 

「てやっ!」

 

力一杯弓を引き、リィンは魔獣を仕留めるべく矢を放った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同時刻——

 

アリサ(見た目はリィン)もまた、リィン同様に青空とその全てが反射した世界で一体の魔獣と戦っていた。

 

苛立ちを発散させるようにアリサは水面を駆ける。 対峙しているのは遠距離攻撃に特化している人型の魔獣、大きさはさほど大きくないがしつこく棘のようなものを放ち続ける。

 

一方ラウラとフィーもリィン達と同じようにそれぞれが個々人へと分断されていた。 対峙するのはやはり両者とも一体の魔獣。

 

ラウラ(見た目はフィー)の相手は長身で棍棒のような無骨な武器を両手に持つ破壊力重視の魔獣。

 

フィー(見た目はラウラ)の相手は小柄で両手の爪による連撃と、合間に放たれる棘のような遠距離攻撃が厄介な速度重視の魔獣。

 

アリサ達は戦いながら直感的に感じていた……まるで自分を見ているようだと。

 

「ほっ!」

 

同じようにレト(見た目はエマ)も穂先のある鉄の棒を振り回す人型の手数による攻撃型の魔獣と戦っていた。 レトは放たれた突きを軽々と避ける。

 

「っ!?」

 

エマ(見た目はレト)は放たれた突きが軽々と避けられた事に苦悶の表情を見せる。 対峙しているのはボールのような球体を片手の上に浮かしている人型の魔獣。 ノータイムでアーツを撃ってくる魔法重視の魔獣だった。

 

「はあはあ……」

 

エマは苦戦を強いられていた。 慣れない身体と槍といった理由もあるが、何よりも相手が強過ぎた。 こちらから放たれる突きや薙ぎはことごとく見切られ、その合間に放たれるアーツが少しずつダメージを蓄積させていた。

 

「——ティア」

 

槍を大きく薙いで相手を後退させ、自分も後退しその間に水のアーツを駆動させて傷を癒す……その繰り返しで何とか戦っていた。

 

(このままではいずれ私が倒れてしまう……その前に勝機を!)

 

槍を両手でしっかりと握り、魔獣の出方を窺う。

 

 

そして、レトは……

 

 

「………………」

 

鉄の棒を構えてこちらを見つめる魔獣を、レトも顎に手を当てて観察していた。

 

戦いが始まってからレトは襲いかかってきた魔獣の攻撃を避け、魔導杖を振るってアーツをぶつけ、魔獣は水のアーツを駆動させて傷を癒す……それを繰り返していた。

 

(うーん、なーんか変だ)

 

ほぼ青一色の世界……なんとなく足元に目をやり、一瞬白いのが見えて慌てて上を見上げながらもレトは考え込む。

 

「ちょっと仕掛けてみるかな」

 

レトは魔導杖を眼前に構え……分け身を使い5人に増えて横一列に並んだ。 そして5人一斉にアークスの駆動を開始した。

 

「なっ!?」

 

エマは目を疑った。 魔獣が陽炎のようにブレたと思うと……5体に増え、全部が魔法の駆動を始めた。

 

「っ!」

 

踵を返し、背を向けて走り出す。 次の瞬間、放たれたのは水のアーツであるハイドロカノン……直線上に放たれるこのアーツを5つ同時に発動、大波のようにエマに向かって襲いかかかる。

 

「でやああああっ!!」

 

槍を振り回し、石突きを地面に立てて棒をしならせ……エマは棒高跳びのように上空に飛び上がった。 そしてハイドロカノンは眼下を通り過ぎる。

 

(負けられない!)

 

エマは重力に引かれて落下する前に槍を投擲、すかさず腰から銃剣を抜いて大雑把に狙いを定めて銃を乱射する。

 

槍以外の武器の指導はレトから受けてなかったが、今は四の五の言ってはいられない。 とにかく勝つため、生きるために何でも使うしかなかった。

 

「——うわっ!?」

 

5連ハイドロカノンを飛び上がって避けられ、次いで魔獣は自身の武器である鉄の棒をレトに向かって投げてきた。 レトはそれを難なく避けたが、レトが驚愕したのはその後。 魔獣は右手を構えると無数の棘をデタラメに撃ってきた。

 

5人のレトは水面を蹴って散開、襲いかかる棘を避ける。 魔獣が地に着いた事を確認するとレト達は導力杖の柄頭を水面にぶつけた。

 

『赤雷よ……謳え!』

 

レトの魔力が導力杖を経由して導力魔法に変換されながら水面に流れる……地面から赤い槍のような雷が魔獣向かって隆起していく。

 

赤雷は魔獣に直撃し、雷が晴れていくと……そこには倒れている魔獣がいた。 レトは倒したか確認しようと魔獣に歩み寄り……

 

Fiat lux(光よあれ)!」

 

「グッ!?」

 

エマは地面から襲いかかってきた赤い雷をクレセントミラーで間一髪のところで防御し、倒したか確認しようとして近寄ってきた所を魔女の秘術……魔術による閃光を放ち、魔獣は腕で顔を覆う。それにより闇が祓われるかのように分身が消えていく。

 

「やあああっ!!」

 

勝機を見出しまたエマは銃剣を変形させて刀身を出し、両手で柄を持ち全身全霊の突きを魔獣の胸に向かって放ち……魔獣の胸に深々と剣が突き刺さった。 勝った、とエマは心の中でそう確信した。 が……

 

「——悪いね、それは残像だよ」

 

レトは目眩しの瞬間、一体だけ残して他の分け身を消し、本体は気配を消して魔獣の死角に隠れた。 そして魔獣の爪が分け身の胸を貫き……駆動していた地のアーツ、グランドプレスを発動、魔獣を水面に叩き伏せた。

 

「…………」

 

苦悶の声を上げる魔獣を見下ろし……レトはこう思った。 まるで……自分自身を見ているようだと。 そして、1つの答えに辿り着いた。 それは……

 

「“エマ”」

 

 

魔術の目眩しも使い、渾身の一撃も呆気なく交わされて上からの重圧に押しつぶされて顔を水面に叩きつけられているエマ。

 

(そんな……)

 

渾身の連続攻撃を避けられ、上からの重圧で叩き伏せられたエマは絶望の淵にいた。 このままでは殺されてしまう……だが身体は動かない。

 

そんな事を走馬灯のように思いながら、エマは目の前の魔獣をどことなく自分と重ねてしまう。 そしてこう思った……まるで入れ替わったエマの身体で戦っているレトだと。

 

「———」

 

その事実に気づいたように魔獣は……いや、彼はエマを見下ろしていた。 もっと早く気づいていれば、とエマは悔しく思った。 そして……エマは懇願するように彼の名を叫ぶ。

 

「——“レトさん”」

 

次の瞬間—-世界が割れた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

砕け散った破片は塵となって消え、レトの目に映ったのは扉を潜る前と似た薄暗い広間だった。

 

少し倦怠感を感じながら立ち上がると……レトは身体に異常を覚えた。

 

「……ん?」

 

身体を見下ろすと足元が見え、身体全体の丸みもなくなった上、声質も低くなっていた。 左手には馴染みのある槍も持っていた。

 

「元に戻った?」

 

軽く飛び跳ねながら調子も確かめると、いつもと同じ調子だと自覚し。 武器や手荷物を触り、自分の持ち物である事を確認して元の身体に精神が収まった事を確認する。

 

「レトさん!」

 

そこへエマが慌てながら駆け寄ってきた。 レトが上手く戦っていた事もあり、大した怪我はしてなかった。

 

他の4人もどうやら元に戻っているようだが、レトとエマと同じような戦いをしたのか、かなりズタボロだった。

 

「大丈夫ですか!? 私、レトさんの身体を傷つけてしまって……」

 

「気にしなくていいよ。 これが本当の自業自得ってやつだから」

 

お互いに謝りながら辺りを確認すると……広間の奥に赤い扉があった。 恐らく、第四層の時に現れた扉と同じ物だろう。 4人も赤い扉の存在に気付いた。

 

「ま、また扉!? 一体いくつあるのよ!?」

 

「流石にあれで最後だと思いたいが……しかしこの気配は……」

 

「……ん。 凄い殺気だね」

 

「うむ。 だが試練とはいえ、我らにこれほどの仕打ちをしたのだ。 一歩間違えれば、自らの手で大切な仲間を殺めていたかもしれぬ。 その報いは受けてもらわねばな」

 

「悪趣味な試練、ここで終わらせないとね」

 

「はい……」

 

「同感。 なんの試練かは知らないけど、年頃の女の子を男の子と入れ替えるなんて最低よ。 万死に値するわ」

 

「いや、何もそこまでしなくても……」

 

リィンが戸惑ったようにそういう。 エマもその被害者だが、対照的にどう反応していいか分からず愛想笑いをする。

 

「……まあリィンは男の子だしね。 実は嬉しかったり?」

 

「そんなわけないだろ……俺は」

 

「リ、ィ、ン?」

 

「い、いや、だから俺は別にやましいことはだな……」

 

「レ、ト?」

 

「飛び火した!?」

 

アリサとラウラに笑顔で凄まれ、リィンとレトは背に冷や汗をかいていた。

 

「……でもラウラ達の言う通り、私もお礼は必要だと思う」

 

「フィー、そなた……」

 

「……ん。 仲間を傷付けたのは許さない」

 

「そうだな。 俺も皆の意見には賛成だ。 何か意図があるのだと思うが、ラウラの言うように、もう少しで俺は大切な人を——アリサをこの手にかけるところだった」

 

「リィン……」

 

頰に朱の散ったアリサと目が合い、リィンは静かに頷く。

 

「たとえそれが僕達が乗り越えるべき試練だったとしても、仲間に剣を向けた償いはつけさせてもらおう」

 

「その通りだ」

 

「はい」

 

「ええ」

 

「うむ、同感だ」

 

「……だね」

 

全員の意見が一致し、一同は揃って新たな扉へと向かい合う。 先ほどから扉の先からは殺気が放たれたまま、何も起きずに静かなままだ。

 

この先はさらに過酷な戦いになる。 その前にレト達は治癒系のアーツやアイテムなどで、出来るだけ回復を図った。

 

「レトさん、怪我は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。 エマに筋力がもうちょっとあればダメージは深かったけど……不幸中の幸いだったね」

 

「良かった……」

 

「ラウラももう大丈夫そうだね?」

 

「うむ。 私もフィーの身長がもう少しあれば危なかったやもしれん」

 

「………………」

 

と、そこでアリサの頰にあった傷が治ったことを確認したリィンはホッと胸を撫で下ろしていた。 不可抗力とはいえ、女の子の顔を傷付けた事に罪悪感を覚えたのだろう。その視線に気付いたアリサ、2人の視線は自然と重なる。

 

「どうしたの? リィン」

 

「いや、綺麗になってよかったと思ってさ」

 

「……えっ? い、いきなり何言ってるのよ!?」

 

一瞬にして顔が茹で上がったアリサは慌てふためきながら身体を抱いて後退る。 その行動にリィンは不思議そうな顔をしていると、フィーが小首を傾げながら言った。

 

「……夫婦漫才?」

 

「ち、違うわよ!」

 

「……じゃあ一人相撲?」

 

「違う——って、え、えっと……そ、そんな事はないと思うんのだけれど……」

 

ちらり、とリィンの反応を上目で窺えば……

 

「——ラウラも準備はよさそうだな」

 

いつの間にか素振りを行うラウラの隣にいた。 それを見たアリサは気がすごく沈み、フィーはゆっくりと親指を立てた。

 

「……どんまい」

 

「……はあ。 一応、応援の言葉として受け取っておくわ……」

 

そんな事がありがらも準備は整い、一同は新たな扉の前へと進む。 すると、扉に刻まれていた花びらのような文様が輝き始めた。

 

『——《精神同調ノ試シ》“第一項”解除後ノ“初期化”ヲ完了』

 

「——なっ!?」

 

(………………)

 

突如響いた謎の声にリィン達は息を呑み、レトは警戒を強め、声はさらに響く。

 

『——精神同調状態ニアル《起動者》候補ノ波形10あーじゅ以内ニ確認。 コレヨリ《精神同調ノ試シ》“第二項”ヲ展開スル』

 

そう告げると、扉は唸るように音を響かせながら上にはスライドし、重鈍な扉は開けられた。

 

『——っ!?』

 

そうして中から現れたのは、第四層でレト達3人が倒した巨大な首なしの甲冑と類似した赤い巨人だった。 その右手には同じような剣が握られている。

 

「こいつはあの時の……」

 

「オル・ガディア……その亜種って所だね」

 

「そのようだな。 しかしなんという威圧感だ。 “残骸”は確認していたが、まさかこれほどの相手だったとは……」

 

「……ん。 厄介そう」

 

「でもやるしかないわ。 せっかく元に戻ったんだもの」

 

討伐すると消滅する魔獣とは異なり、倒しても消滅しないで残骸を残す人形兵器のような存在……それを前にしてレトとエマは同じ事を考えていた。

 

(地精……魔女と対を成す存在か)

 

(あれは……間違いなく地精の手によって作られた……)

 

未知の金属と技術で動いている赤い巨人を前に、2人は他の4人とは違う視点で状況を把握している。

 

「ああ。 こいつを倒して必ず帰ろう!」

 

太刀を右腰に佩刀しながら、鋭く巨人を睨むリィンに、皆もそれぞれの得物を手に頷く。

 

「当然よ! こんな所で負けていられないもの!」

 

アリサは導力弓を……

 

「右に同じだ。 我がアルゼイド流の真髄——しかとその身で味わうがよい!」

 

ラウラは身の丈ほどある大剣を……

 

「……戦闘開始、だね」

 

フィーは双銃剣を握り……

 

「皆さん、援護はお任せを!」

 

エマはアーツの駆動を始めながら魔導杖(オーバルスタッフ)を眼前に構え……

 

「これで終わりにしてほしいね!」

 

そしてレトは槍を片手で持ちなぎら頭上で振り回し、眼前にそびえる巨体へと意識を集中させる。

 

「———————ッッ!!」

 

レト達が戦闘行為を開始したのを確認したからか……声にならない雄叫びをあげ、巨人は自身の力を高めた。

 

「——いくぞ、皆っ!」

 

叱咤するように声を張り上げたリィンに……

 

「ええ!」

 

「承知!」

 

Ja(ヤー)!」

 

「はい!」

 

「いざ、参る!」

 

皆も強く答え、最後の試練が幕を開けた。

 

 



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51話 試練の幕引き

 

 

「——メルトレイン!」

 

特攻するリィン達を援護するように、アリサが燃え盛る矢の雨……メルトレインを浴びせ……

 

「……排除する」

 

一拍外してフィーの銃撃が正面から巨人……オル・リガディアを蜂の巣にする。

 

「——ッ!!」

 

しかしオル・リガディアは怯むことなく、リィンとラウラが左右から回り込み。 レトが直進する。

 

「エマ!」

 

「レトさん!」

 

魔導杖を構えてエマが地のアーツを発動した。 オル・リガディアを上から重圧で押し潰す……グランドプレスが発動し動きを止めた。

 

「ふぅ——せいっ!」

 

間髪入れずレトが槍の石突きで胸の鎧を強打し、オル・リガディアは地面を引きずりながら後退する。

 

だが、オル・リガディアは痛みも感じずに、強化された剣による渾身の一撃がリィンを襲う。

 

「——はっ!」

 

が、リィンは直前で時のアーツ……クロノドライブを発動し、加速して回避した。 オル・リガディアの剣が地面を削り、すぐに大勢を立て直そうとするが……

 

「——遅い!」

 

背後に回り込んだラウラが洸翼陣で魔法攻撃力と防御力を下げ、それを対価に物理攻撃力と防御力を向上させて飛びかかる。

 

「砕け散れっ!」

 

振り下ろされた剛剣。 オル・リガディアの背に亀裂が走った。

 

「フィー!」

 

Ja(ヤー)!」

 

ラウラに合わせるように掛け声をかけてフィーは双銃剣を十字に構え特攻。 オル・リガディアの左脇腹にフィーの十字斬りが炸裂する。

 

「やあっ!」

 

それだけでは終わらず。 間髪入れずに銃撃の嵐……リミットサイクロンを放った。

 

「……とどめっ」

 

最後に銃口に導力エネルギーを込め、特大の一発を放った。 弾丸は一直線にオル・リガディアへと向かって行くが……突如轟いた雷光がフィーの一撃を打ち消した。

 

リィン達が驚愕に目を見開いたのも束の間、オル・リガディアがフィーに向けて剣を突き出す。

 

「あぐっ!?」

 

瞬間、フィーの身体を稲妻が駆け抜けた。 この戦技は以前のオル・ガディアが使用していたのと同じ雷招来。 しかし、その威力は桁違いだった。

 

「フィー!? ——ぐあっ!?」

 

フィーの名を叫ぶラウラだが、直後にオル・リガディアの横薙ぎが襲い、大剣で受けるも弾き飛ばされてしまう。

 

「ラウラさん!」

 

「くっ……はあっ!」

 

続けて残りの4人にも剣が向けられ、雷撃が放たれたが……一瞬で発動してレトのクレセントミラーで防ぎ、弾き返した。

 

「アリサ、2人を頼む!」

 

「分かったわ!」

 

反射でオル・リガディアが怯んだ隙にリィンが駆け出した。

 

「二の型——疾風!」

 

咆え、リィンは多方向から高速の斬撃を見舞う。 本来、疾風は多勢に対して使用——斬りつけると同時に駆け抜けながら別の敵を斬る技だが、対象がこれだけ大きければ連撃を繋げる事が出来た。

 

リィンが時間稼ぎをしている間、アリサは治癒系の戦技——セントアライブで傷付いたラウラとフィーを治療し。 レトが火のアーツ……メルティライズで自身を強化し、エマが時のアーツ……クロノブレイクを発動した。

 

「——解け……童子切!! 結べ……蜻蛉切!!」

 

レトは速度が落ちた瞬間を狙い一気に距離を詰め突撃しながら突きを放ち。 続けて槍を薙ぎ払ってオル・リガディアの胴体を横一閃、大きな切り傷を残した。

 

「続けて行くぞ!」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

リィンが速度で撹乱、エマが動きを制し、レトが攻める……2人の回復する間の時間稼ぎとしてその工程を繰り返していた。 だがオル・リガディアもただではやられてはくれず。

 

動いていないアリサ達の方に歩み始めた。 接近に気付いたが、動けるまでまだ少しかかるようだ。

 

「させません!」

 

「燃え盛れ!」

 

エマは移動妨害のアーツからすぐさま迎撃のアーツの駆動に切り替え、リィンの太刀を炎が包む。

 

オル・リガディアは熱を感じたのか、踏み出すのをやめて飛びかかるリィンの業炎撃を正面から迎え撃った。

 

「——滅ッ!」

 

リィンの太刀がオル・リガディアの剣と衝突し、火花と衝撃波が巻き起こる。

 

「——なっ!?」

 

最中、リィンは絶句する。 先ほどまでレト達が刻んでいたオル・リガディアの傷が、徐々に修復されていたからだ。

 

(……自己再生能力……硬い上に厄介だね)

 

「——エクスクルセイド!」

 

レトが少しやっかんでいると、オル・リガディアの足元に金色の十字が浮かび上がった。 そして十字から衝撃が放たれ、その隙にリィンは後退する。

 

そしてリィンは皆に目配せをし、レト達は頷いた。 オル・リガディアの再生能力を見て、自身の最大級の戦技を持って一気に倒す……全員がその結論に至ったのだろう。

 

「——せいやっ!」

 

作戦が決まり、リィンは業炎撃の突撃から一転……力を抜き、オル・リガディアの剣に弾かれるように宙に舞い、空中で飛ぶ斬撃——弧影斬を放つ。

 

オル・リガディアはこれを左拳で搔き消すが、リィンに合わせたアリサの炎の矢——フランベルジュが剣を振り切ったことで伸びた右の肘関節へと突き刺さる。

 

「白き刃よ——お願いっ!」

 

エマの周囲に白い羽を模した剣が現れ、魔導杖を振るうと白き刃達が飛翔、オル・リガディアの硬い体に突き刺さり後ろに押し出した。

 

だがオル・リガディアは後退するのを地を踏みめて止め、剣を天に掲げて振り下ろそうとしたが……

 

「せいっ!」

 

振り下ろした剣の先にレトがおり、一瞬の交差と鍔迫り合いの後……オル・リガディアの剣が半ば斬り落とされた。 振り返らず姿勢を正そうとするレトのその左手には、魔剣ケルンバイターが握られていた。

 

『——っ!』

 

一瞬だけ動きの鈍ったオル・リガディアに、ラウラとフィーは互いに頷き——駆けた。

 

瞬間——2人のアークスが赤く輝いた。

 

それは不思議な現象だった。 治療を受けたとはいえ、未だにダメージが残っていたはずなのに、それが一瞬のうちに消えたと思えば、身体中に力が満ち溢れてきたのだ。

 

いける……そう確信した2人はフィーのクロノドライブで速度を上げ、オル・リガディアの真正面から特攻を仕掛ける。

 

「……ほいっと」

 

その途中、フィーは空中に閃光弾——Fグレネードを投げ、辺りに目映い閃光が包んだ。 オル・リガディアには目や頭どころか首すらない以上、効果はないだろう。 だが……ほんの僅かに注意を上に逸らすことができた。

 

「——せいやあっ!」

 

再び背後に回り込でいたラウラの回転斬り——洸円牙がオル・リガディアの両膝裏を刈り取るように薙ぐ。 ぐらりとよろけたオル・リガディアが上を向けば……そこには三角飛びで天井高くまで登り、双銃剣を十字に構えるフィーの姿があった。

 

「……行くよ」

 

呟くようにそう告げ、フィーは天井を蹴る。 重力の力も借り、放たれたスカードリッパーを受け、ついにオル・リガディアは地に転がった。

 

武器も失い、ここまででは危険と感じたオル・リガディアだったが……

 

「逃がさないわ——メルトレイン!」

 

「踊れ、炎よ——アステルフレア!」

 

降り注ぐ矢の雨と青白い炎がそれを阻んだ。

 

「お2人とも、今です!」

 

「承知!」

 

「Ja!」

 

アリサとエマが足止めしている間に大勢を整えたラウラとフィーは、寸分違わぬタイミングで頷いた。

 

「アルゼイドの秘剣——とくと見よ!」

 

ラウラの大剣に白光する導力がけたたましく覆う。 それはまるで留めなく溢れ出る、泉が如き峻烈の輝きだった。

 

「奥義——洸刃乱舞!」

 

先月のレグラムの実習で一層磨きをかけたラウラの戦技。 光の剣による袈裟斬り、逆袈裟と続きます、そのままの勢いで遠心力を最大に、一回転して左薙ぎが一瞬のうちに放たれ、さらに横薙ぎによって生まれた導力の奔流が、渦を巻いて再び襲いかかる怒涛のようか攻撃。

 

「……行くよ!」

 

オル・リガディアの鎧が砕け散り、大勢が大きく崩れる中、流水を彷彿とさせる柔らかな動きで低い構えを取ったフィーは一筋の閃光となって駆けた。

 

閃光は縦横無尽にあらゆる方向から走り抜け、オル・リガディアを通過する度にその強固な鎧を打ち砕いていく。

 

「——シルフィードダンス!」

 

最後にオル・リガディアの懐に潜り込み、たつまきが如く回転しながら銃を乱射した。 《西風の妖精(シルフィード)》の名に相応しい、華麗で優雅かつ鮮烈な戦技である。

 

「……一丁上がり」

 

すっと音もなく着地したフィーの背に、オル・リガディアが怒気を孕む雄叫びを上げ突進してくる。

 

「………………」

 

「——聳え立て、大いなる塔」

 

だがフィーはその様子をいつもの落ち着いた眼差しで見つめるだけ。 すると……フィーの足元に陣が展開され、陣から塔が這い上がりフィーは上に上げらる。

 

オル・リガディアは勢いあまり塔と衝突するが、塔はビクともしなかった。 塔は1つだけではなく、合計6つ……6つの塔で六角形を描きオル・リガディアを囲うように設置された。

 

「ロードアルベリオン!!」

 

アークスが赤く輝き。 エマが乗る塔以外の5つの塔の頂上に導力……魔力が充填され、そして充填された5つの魔力は中心にいるオル・リガディアの頭上に集まり——集束された光線がオル・リガディアに降り注いだ。

 

「静かに眠ってください……」

 

衝撃によって巻き起こった突風がエマの頰を撫で、アークスが赤く輝きながら続けてレトが駆け出し追撃を仕掛ける。

 

「天月が迷夢……どうかご照覧あれ!」

 

瞬間、レトの姿が搔き消え、全方向から槍が現れオル・リガディアに突き刺さりサボテンのようにし。 その刺々しい姿も一瞬で終わる。

 

「——連羽朧切!」

 

頭上で槍を回転させて遠心力によって攻撃力を増し、次に放たれた横薙ぎでオル・リガディアの鎧にヒビが走る。

 

しかし、オル・リガディアは怒りの咆哮を上げながら剣を振り上げる。

 

「そこ、危ないよ」

 

だがレトは防御や回避行動を取ることなくオル・リガディアに向かって振り返り、伝わるはずのない警告を告げる。

 

「——導力エネルギー充填……っ」

 

オル・リガディアの背後で……レト達同様にアークスを赤く輝かせているアリサが弓を引き、前方に光り輝く導力術式の陣展開させていた。

 

すぐさまオル・リガディアは剣に電撃を纏わせて阻止しようとするが……間に合わない。

 

「これが私の切り札よ! ロゼッタアロー!」

 

弦を手放した瞬間、陣から数本の光の矢が放たれ、オル・リガディアの身体を穿つ。 そして、本来ならそこで終わるはずのロゼッタアローに、先が出た。

 

「——まだ終わってないわ! もう一発!」

 

陣の中心で導力が集束していき……

 

「いっけえーっ!」

 

アリサの咆哮とともに弾けた導力は、真っ直ぐと放たれ……オル・リガディアの左腿を貫き、膝を突かせた。

 

『リィン!』

 

そして5人は叫ぶ。 今まで繋いできた道を託すように、この試練を終わらせてくれる名を。

 

「——焔よ、我が剣に集え……っ」

 

刀身に手を添え、アークスの輝きにも劣らない赤い焔が太刀を包み込んでいく。 リィンは振りかぶりように大きく構え、地を蹴って駆ける。

 

膝をついているオル・リガディアに袈裟斬り、振り下ろされてからの左薙ぎの二撃を放ち、上段に構え……

 

「はあああああああっ!!」

 

両手でしっかりと柄を握れば——赤き焔は、蒼き焔へと変貌を遂げた。

 

「——斬ッ!!!」

 

強烈な振り下ろしがオル・リガディアを両断……二つの柱となって炎上し。 オル・リガディアの身体が靄となって消滅した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『——乾杯っ!!」

 

心地良い音を響かせながら、各々がグラスの注がれていた飲物をあおる。

 

「——っぷはあっ! この一杯が最高なのよぉ!」

 

中でも一番美味しそうに飲んでいたのはサラ教官だった。 一口で空になってしまったジョッキに、トワが瓶のビールを注ぐ。

 

「あら、悪いわねぇ」

 

「いえいえ、サラ教官もお疲れ様でした」

 

「ありがとう。 トワにも見せて上げたかったわ。 蝶のように舞い、蜂のような鋭さで敵を穿つあたしの勇姿を」

 

(ほとんど何もしていよね……』

 

したり顔で言うサラ教官に、トワは「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

 

旧校舎の地下第五層で現れた巨人を倒し、“互いの精神が入れ替わる”という試練を見事に乗り越えたレト達は、サラ教官の珍しい計らいで、トリスタにあるキルシェで労いの意味を込めたささやかな宴会を行なっていた。

 

メンバーはVII組の面々と、トワやアンゼリカ、ジョルジュといった協力者達、そして……アルフィン殿下かは頂いたお菓子を届けにきて、入れ替わっていたリィンとアリサと出くわし色々と誤解をしたエリゼだ。

 

「それでレト君……エマ君の身体はどうだった?」

 

「え、ええっと……」

 

「柔らかかったかい?細かったかい? それとも……あのたわわに実ったメロンを食べギャフン!?」

 

「ア、アンゼリカ先輩! いい加減にして下さい!」

 

ほぼ狂気染みた目でレトに迫るアンゼリカを、エマが背後からトレーを全力で脳天に振り下ろして鎮めた。

 

「そういえば……例の扉は皆が出た瞬間消えたんだってね?」

 

「うん。 いつの間にか、跡形もなくね」

 

結局、オル・リガディアを倒した後、サラ教官の待つ広間に戻ると……あの赤い扉は音もなく、姿形も残さず消えてしまっていた。 謎を解こうにも証拠すら今回、残っていない。

 

「ふう……」

 

宴会は夜を迎え、未だに皆が盛り上がりを見せる中……レトは二階に登り、手摺に寄りかかって小休止していた。

 

と、そこへエマが階段を登り近寄ってきた。

 

「あの……レトさん」

 

「——エマの言いたい事は分かるよ」

 

「え……?」

 

レトはエマの言葉を先に遮り、エマは虚をつかれたような顔をする。

 

「エマを見ているとローゼリアの婆様を思い出すんだ。 つまり……魔女なんでしょう?」

 

「……………!」

 

「エマが何の目的でここにいるのかはわからないけど……邪魔をするつもりはないよ。 婆様にはお世話になっていたから寧ろ協力してもいいくらい」

 

「あ、あはは……おばあちゃんがレトさんに迷惑をかけていないようで安心しました。 そうですか……1、2年前におばあちゃんが頻繁に外に出ていたのは、レトさんに会いに行っていたからでしたか」

 

昔の出来事を思い出しながらエマは1人納得する。 そこでレトが「丁度良い」、と唐突に自分の過去……魔女と関係するに出生ついて掻い摘んで話した。

 

「——と、いうわけ。 僕はかの獅子心皇帝と槍の聖女の息子ってわけ」

 

「お、驚きました。 おばあちゃんに聞いていた人がまさかレトさんだったなんて……」

 

「聞いていた? 婆様から?」

 

「はい。 ドライケルスとリアンヌには一人息子がいて、今も生きていると。 最初、それを聞いた時はその人物が不老かなにかと思っていましたが……まさか時を超えて、私と同い年だとは思いもよりませんでした」

 

「それはお互い様だよ」

 

「——おーい! レトに委員長ー! 何してんのさー!」

 

階下から大きく手を振るミリアムに声をかけられ、2人は苦笑して返事を返しながら階段を降りていく。

 

「………………」

 

そして、密かに会話をしていた2人の真下……ラウラが立っていた。 その表情は少し暗く、俯いていた。

 

「おーい、ラウラー! ラウラも早く来てよー!」

 

「! あ、ああ……今いく」

 

またもやミリアムに呼ばれ、ラウラは気丈に振る舞いながらミリアム達の元に向かい、トリスタの夜は更けていく。

 

余談だが、この後ラインフォルトの技術者達によって、アークスに残ったデータは解析され、現存する全てのアークスにアップデート作業が行われた。

 

近い将来、VII組絆によって新たな機能が解放されるのを、この時はまだ誰も知らない——が、それは後にこう呼ばれる。

 

“オーバーライズ”、と。

 



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52話 次へ進むために

9月15日——

 

中身が入れ替わるなどドタバタした事があったが……学院を囲う外、エレボニア帝国の空気は不穏を増していた。 テロリストや隣国、クロスベルの国家独立……それに伴う大国カルバード共和国の動向……

 

その影響をVII組もまた受けていた。ガレリア要塞の一件が起き、特別実習を続けても良いのか議論を行われていた。 だが、問題は特別実習だけではなく。 来月に行われる学院祭の出し物について理事達に続いてVII組も議論をしていた。

 

そんな中……階下で会議に参加していたサラ教官が朗報を待ってきた。 特別実習は中止ではなく、続行の方向性で無事にまとまったそうだ。それを聞いて、レト達がほっと胸を撫で下ろした。

 

それからサラ教官は会議に参加した方々が帰るから見送りの挨拶を許可され、お言葉に甘えたレト達は教室を出て正門に向かった。

 

「やっほー、兄さん。 生きてたんだ?」

 

「おい、レト。 他の人に聞かれたらどうするんだ?」

 

「……っていうか、会って早々安否確認する?」

 

「はは、私達兄弟はいつもこんな感じさ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「そうそう。 大体こんな感じ、ね」

 

「——なぁー」

 

「む? いつの間にルーシェが」

 

いつの間にかレトの足元には赤毛の猫、ルーシェが座っていた。

 

「おや、ルーシェも見送りに来てくれたのかい?」

 

「フ……」

 

「は、鼻で笑ったよ……」

 

ソッポを向きながら、妙に人間味のある表情でオリヴァルトを嘲笑うルーシェにエリオットは戦慄を覚える。

 

「全く……お前達は相変わらずだな」

 

「あはは、簡単に変われれば……それほど楽な事はないんですけどね……」

 

「……ああ、その通りだよ」

 

「??」

 

(ふむ……?)

 

「あの、そちらの方は……」

 

隣にいた機甲師団の隊服を来た男性に目を向けた。 その強面そうな表情にエリオットとエマは少し気圧される。

 

「もしかして、皇子殿下の護衛を務めているヴァンダール家の……」

 

「ああ、ナイトハルトから聞いていたか。 第七機甲師団に所属するミュラー・ヴァンダールだ。 先日は皇子共々世話になった。 改めて礼を言わせてもらおう」

 

「……恐縮です」

 

「ヴァンダールの方とお目にかかれて光栄です」

 

「光の剣匠のご息女と八葉一刀流の使い手だったか。 同じ剣の道を志す者として、こうして出会えて嬉しく思う。 それにレミスルトもようやくと言った所、次に手合わせする日、剣を交えるのが楽しみだ」

 

「はい。 剣帝の名に恥じないよう、頑張ります」

 

胸に手を当てて真っ直ぐ答えるレト。 それを見たミュラーはフッと笑い、ラウラも自分も負けていられない風に拳を握る。 と、剣帝について知らないリィン達は首を傾げていた。

 

「それと君は……叔父が推薦した若者だったか」

 

「はい。 ゼクス閣下には色々とお世話になっています」

 

「なんの、ノルドの一件では叔父も世話になったと聞いている。 それ以外にも、頼もしい顔ぶれがここまで揃っているとは……フフ、皇子の思いつきも満更では無かったようだな」

 

「フッ、言った通りだろう? VII組に限らず、士官学院全体が非常に盛り上がりを見せているようだ。 かくなる上は……」

 

「にゃ」

 

「はいストップ」

 

「ああルーシェ、肉球が柔らか——(ザグッ!)痛い痛い! 爪を立てないでくれたまえ〜!」

 

それ以上言わせないようにレトはルーシェを抱え、ルーシェの前足がオリヴィエの頰を柔らかく殴り……爪を立てた。

 

「レミィ、わかってると思うが今起きている帝国の今後と結社の思惑は連動している。 私は表向を……レミィは結社として、裏を探ってくれ」

 

「ちょっと。 僕が受け継いだのは剣帝の名前だけ、結社には属してないよ。 でも、任された。 母上とあろう人が何故、世を貶める事に加担しているのか……そして崇める盟主とは何なのか、知りたいからね」

 

「なぁー」

 

最後にそれだけを聞くと、オリヴィエはニコリと笑い。 導力車に乗り込み、学院を後にするのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

9月19日——

 

「ピューイ♪」

 

「なぁ〜♪」

 

4日後……暑さも薄れ、陽の光が心地よく感じられるようになった駅前の公園。 その中にあるベンチの上で1羽の隼と1匹の猫が向かい合っていた。 その対面にあるベンチには1人の人間……レトがその光景を微笑ましく見ていた。

 

「いつでも飛んで来てとは言ったけど……まさかこんな早く来るなんてね」

 

「ピュイ?」

 

「何でもないよ」

 

「なぁ」

 

首を傾げるジークに何でもないと手を振り、レトは手元の手紙に目を落とした。 どうやら急いで書いたらしく、華麗な字が少しブレていた。

 

(どうやらクローゼさんも兄さんと同じ気持ち、命からがらといった所だね。 そしてクロスベル独立にどう対応するか揉め会っていると……どこもかしこも大変だねえ)

 

先月の西ゼムリア通商会議は各国に大きな影響を与えている……そう考えてもいいだろう。 レトはそう思いがら手紙をしまって腰を上げた。

 

「さて、学院を案内するよ。 王立学院とちょっと似ているけどね」

 

「ピューイ!」

 

「なぁー」

 

ジークが肩に止まり、ルーシェが頭の上に乗せてレトは学院に向かった。 その途中、トリスタの子ども達がジークを珍しがって囲まれたが……レトはスルリと子ども達の輪を抜けて坂を登る。

 

「ここがトールズ士官学院。 ジェニス王立学園と全然違うでしょ?」

 

「ピューイ」

 

「なぁ」

 

「あ、それとここの生徒会長はどこに……」

 

「——あれ、レト君?」

 

学生会館に向かおうとすると、本校舎からトワ会長が出てきた。 両手には紙の資料を抱きかかえている事から、学院祭についてだろう。

 

「トワ会長。 意外と早く見つかったね」

 

「ピューイ」

 

「? その白隼、どこかで……」

 

トワ会長は先月の通商会議に同行していた。 クローゼ……もといクローディア王女と一緒にいるジークを見ていてもおかしくはないだろう。

 

「きゃ!?」

 

「お……」

 

その時……一陣の風が吹いた。 風は思いのほか強く、2人は腕で目を覆い風を防いでいると……トワ会長の手から資料が一枚飛んだ。

 

「ああ!」

 

「——ジーク!」

 

すぐさまレトはジークの名を呼び、ジークは翼を広げ飛翔し……不規則に飛ぶ資料を咥え、レトの元に持ってきた。

 

「ありがとう。 はい会長」

 

「あ、ありがとうレト君。 あなたもありがとう。 えっと……」

 

「この子はジーク。 僕の友達です」

 

「ピューイ!」

 

「そうなんだ……ありがとうね、ジーク君」

 

ペコリと頭を下げてジークに御礼を言い、トワ会長はワタワタと駆け足で学生会館に向かい。 それを見送ったレト達は次に本校舎の屋上に向かった。

 

「王立学園には屋上がなかったっけ。 どう、少しだけ空が近いでしょ?」

 

「ピュイ♪ ピュイピュイ」

 

「……くぁ〜……」

 

再びベンチに座り、今度はまったりとした。 陽気に当てられてウトウトしていると、また風が吹いた。 風が頰を撫でてレトはふと顔を上げて空を見上げると……空高くにまた紙が飛んでいるのが見えた。 レトは目を細め、尋常ではない動体視力で紙に書かれている文字を読むと……

 

「ジーク!」

 

こちらもウトウトしていたジークを起こし、再び空に飛ばさせた。 ジークは空高く飛び上がり、レトの元に紙を届けた。 急に起こしてしまった事を謝罪し、手元に届けられたのは……一枚の手紙だった。 宛名はレト・イルビス。 裏目には……カンパネルラと書かれていた。

 

「いったいどんな配達方法……?」

 

「なぁー……」

 

「それにしても最近はよく手紙が届くことで」

 

頻発に手紙を読むなとレトは思いながらも封を開け、中に入っている紙を広げてそこに記述されてる文字を読む。

 

「“東トリスタ道で待っている”か……」

 

簡潔にそれだけが書かれていた。 この誘いを受けるかどうか迷ったが……レトは行って見る事にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

招待状をもらったレトはジークをリベールに帰し、ルーシェを家に置いていくとトリスタの東側の街道に出て、30分ほどでトリスタとケルディックの間まで進むと、ふと見知った気配を感じた。

 

街道から逸れ釣りが出来そうな場所に向かうと……そこにら赤いスーツを着ている少年、カンパネルラが立っていた。

 

「やあ、お久しぶり」

 

「2、3ヶ月振りかな?」

 

「そのくらいじゃない?」

 

大雑把に会っていなかった期間を言い、レトは彼の隣まで近寄った。 お互いに目を合わさず、カンパネルが先に口を開いた。

 

「いやー、鋼から聞いた時は耳を疑ったよ。 まさか君が彼女の息子だったなんて」

 

「自分でも驚いているよ。 過去の人間だった事も含めてね」

 

「まあ、そう思うと君の並外れた戦闘感とセンスは彼女からの遺伝だったわけだ。 また腕を上げたみたいだね?」

 

要件があるはずなのだが、世間話を始め自分から話の腰を折っていた。

 

「それと正式な皇族でもあるんだろう? ここで名乗りを上げたら絶対にこの国の皇帝になれるんじゃない?」

 

「皇帝の椅子には興味ないよ。 それに、事実だったとしても証明する事が出来ない」

 

「ならレミフィリア公国に頼めば? あそこの最先端の医療技術は最近、遺伝子とかいう研究をしていてね。 君の染色体はかなり古いかもしないけど、3割か4割くらい一致していれば証明は出来ると思うよ?」

 

「……他国の最新技術をよくご存知な事で」

 

裏で暗躍する結社身食らう蛇、その規模と技術力を改めてレトは理解した。

 

「それで、僕を呼んだ目的はなに? まさか母上との関係の確認と世間話をしにきただけ?」

 

「……あ、そうそう! そうだったそうだった。 はいこれ」

 

胸元から取り出したのはまた一枚の封筒。 レトは手渡された封筒を開いて中を見ると、そこには10桁くらいの番号が書かれていた。

 

「見た感じアークスの番号だけど……なんのつもり?」

 

「いやさ、君が結社に入る入らない関係なく、一々連絡取り合うの面倒じゃない。 その手間を省きたくてさあ」

 

「そんな理由で呼ばないでよ全く……それに、何度お願いされても僕は結社に入らないよ。 たとえ母上からお願いされたとしても」

 

「それはもちろん。 その番号は僕の導力通信機器に繋がっているから、いつでも連絡を入れてね」

 

「気分が乗ったらね」

 

要件がたったそれだけという事に少し安堵しなが手紙をしまい、用が終わりとばかりに踵を返して歩き始めた。

 

「ああ、連絡は用がなくてもしていいよ。 僕も嫌な仕事ばかり押し付けられて愚痴くらいは言いたいからね」

 

「さっさと帰れ!」

 

怒りながら振り返るが……すでに誰もいなく、やり場のない怒りはため息として出した。

 

「はあ……」

 

『————』

 

「!!」

 

不意に、レトの頭の中に直接語りかけるような声が聞こえてきた。 その声を聞くとレトはホッと安堵した。

 

「良かった……成功したんだね!」

 

『————』

 

「うん。 いつか会える日を楽しみにしているよ。 最も……君を世に出さない方が、本当はいいんだけどね……」

 

それから、レトは独り言を言いながらトリスタの帰路に着いた。

 

(もう、後戻り出来ない地点まで来ている。 僕はまだ何も決めてない、揺れるロウソクのような簡単に揺らいでしまう。 でも……それでも先へ行く。 次へ進むために)

 

 



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53話 実技テストVI

9月22日——

 

先日、学院祭でのVII組の出し物が最近流行を始めたロックバンドというのに決まり。 準備と練習を開始した。

 

色々と壁があるものの、仲間と協力して乗り越えようと張り切っていた。 だが、リィンとクロウの衣装案の意見の違いに不安を覚えていたりもした。

 

「ふーん、エマは気をつけたい方がいいんじゃない?」

 

「そ、そうします……」

 

「……なんでレトが心配するの?」

 

「入れ替わった仲だからだろう」

 

「——コホン。まあ学院祭は楽しみだと思うけど、気持ちを切り替えなさい。 来月は知っての通り特別実習も実技テストも無し。 だから今回は“区切り”として、ちょっと頑張ってもらおうかしら?」

 

そう言うと……サラ教官は懐から銃と剣を取り出し、それをレト達に見せつける。

 

「!」

 

「まさか……」

 

「……試合の相手は教官ご自身というわけか」

 

「けて、5月の実技テストの再現になるのかしら? 今回ばかりはあたしも本気を出させてもらうわ。 3名でかかって来なさい! メンバーは自由……っと思ったけど、どうにもリベンジしたい人達がいるみたいね?」

 

挑発的な笑みを口元に浮かべながらサラ教官の視線はレト、リィン、マキアス、ユーシスの4人を捉えた。

 

折角巡り巡って来たチャンス、汚名を返上するために3人は無言で頷き、サラ教官の前に出た。

 

「……って、レトは来ないのか?」

 

「負けて悔しくない訳じゃないけど、3名だしリィン達に譲るよ」

 

「そ、そうか……」

 

そう言われては仕方なく、3人は得物を抜きながらサラ教官の前に出た。

 

「——準備はいいわね。入学して半年、君達ならやれる筈よ……サラ・バレスタインという“壁”——見事乗り越えてみなさい!」

 

始まったリィン達の実技テスト。 以前とは違いちゃんと戦術リンクが機能、さらに活用してサラ教官と互角に渡り合えている。

 

実力は拮抗しているが、数ではリィン達が有利。 次第に推していき……ついにはサラ教官に膝をつかせる事が出来た。

 

「はあっ……はあっ……」

 

「さ、流石というべきか……」

 

「フン……」

 

「やれやれ……半年でここまで来たか。 まさか、あれほど息の合った連携を見せるまでに、大きく成長していたとはね……ふふっ、教官冥利に尽きるわね」

 

そう言うと、サラ教官は何事も無かったかのようにスクっと立ち上がる。

 

「——さあ! 残り3組、続けて行くわよ! 同じく3人ずつ呼ぶから、準備をしておきなさい!」

 

休む間も無く連戦、サラ教官の前に今度はレト、エリオット、エマの3名が出た。

 

「後衛2人の魔法主体かぁ……僕が抑えている隙に撃つ、これが定石だね」

 

「分かった、それで行こう。 2人となら絶対に上手く行くよ!」

 

「はい。 必ず白星を取りましょう!」

 

エマとエリオットは魔導杖を、レトは槍を取り出して構え。 サラ教官も銃と剣を構えた。

 

「さあ——かかって来なさい!」

 

それが合図となり、同時にレトが後方2人の詠唱の足止めのため飛び出した。

 

「飛ばして行くわよ! はあああああ!!」

 

雷神功。 開始早々、サラ教官は自身に落雷を落とし、身体能力を飛躍的に上昇させた。

 

「(狙いは僕を見越しての短期決戦……!)でも……させないよ!」

 

朧月陣(ろうげつじん)。 レトも足元に翠色に光る円形の陣を展開して自身を強化、踏みつけて加速しながら槍を突き出す。

 

「せいっ!」

 

「はあっ!」

 

互いの攻撃を見切り、ゼロ距離で最大威力の攻撃が何度も交わる。

 

「グリムバタフライ!」

 

「ファントムフォビア!」

 

同時に範囲の広いアーツをサラ教官の左右で発動し、無数の黒い蝶と巨大な骸骨が襲いかかる。

 

「甘いっての!」

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!」

 

電光石火。 サラ教官ら一瞬でエリオット達の前に躍り出て剣を地面に突き刺し紫電を走らせ、飛び退くと同時に銃を乱射した。

 

「——ヒートウェイブ!」

 

咄嗟に方向転換し、火のアーツを発動させたレト。 本来は攻撃魔法のヒートウェイブを巧みに操り、炎の壁となり銃弾だけを燃やした。

 

「さすがにキツイはね……特にレト!」

 

「それはどうも!」

 

それから何度も、目にも留まらぬ速さでレトとサラ教官は武器を振って火花を散らせ。 その合間にエリオットとエマによるアーツの援護により少しずつ追い詰めていく。

 

「常世に響け——ノクターン・ベル!」

 

「あぐ………!」

 

エリオットが隙を見て発動した魔導杖を使った戦技……複数の鐘が鳴り響き、共鳴しながら音を増幅させてサラ教官の頭の中を揺らすような音が轟く。

 

「………………」

 

鐘が響き渡る中、レトは手の中にある一つのクオーツに目を落とした。

 

(クロスベルの幻獣を倒した時に出たクオーツ、試した事無いけど……これで!)

 

鐘の音を振り払って来たサラ教官の剣の一撃を槍で受け止めながら、空いた手でアークスを開いて軽く放り。 剣を弾くと同時に異質な雰囲気を放つクオーツを指で弾いて盤にはめ込み、落ちて来たアークスを掴むと即座に発動した。

 

「——発動……ソル・イラプション!」

 

太陽のごとくアークスを輝かせながら発動したのは火・風・空の三属性を持つ「陽」を象徴する失われた魔法。

 

レトの頭上に巨大な球体の魔法陣が出現、陣自体が燃え上がり……小さな太陽を生み出した。 そして太陽はサラ教官に向かってゆっくりと落下を始めた。

 

「ちょっ!? そんなのありーー!?」

 

物量で迫られ避ける事も出来ず、太陽が着弾すると……サラ教官がオマケに見える程、戦場を焼き尽くした。

 

「おお〜」

 

「な、なんて威力……」

 

「ひえぇ……」

 

爆煙が収まっていくと……中から黒焦げ一歩手前のサラ教官が出て来た。 雷神功による強化も解除されており、かなりのダメージを負っていた。

 

「な、何よそれ……反則じゃない……」

 

「そうみたいですね。 ただのクオーツではない事は分かっていたけど……まさかここまでの威力だったなんて。 導力が全部持ってかれたし」

 

(あのクオーツは……)

 

勝敗は決したが、納得のいかない風にサラ教官はレトを睨みつけた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

数十分後……グランドには息絶え絶えで地べたに寝転んでいるサラ教官と、同じく息を荒げているVII組の面々がいた。

 

あの後、サラ教官は残りを……合計12人と相手をした。 成長した生徒全員の相手したので当然だろう。

 

「あー……さすがにクッタクタ……全く、特にレトと相手するのが反則なのよ……あの《死線》1人でも足止めされたんだから、そもそも《剣帝》なんて相手できるわけないじゃない(ブツブツ)」

 

サラ教官はチラリとレトを見ながら、ぐちぐちと小言を愚痴る。

 

「あ、あはは……負荷とかもかけて、これでも手を抜いた方なんですけど……」

 

「あなたも大概ね……」

 

手を抜いていてはテストにならないと思うが、レトにはむしろそれが丁度良かったりもする。

 

「ま、それはそうと……正直、ちょっと感心したわ。 これで心置きなく実習地が発表できるわね……っと」

 

すると、サラ教官はその場で軽く脚を振り上げ、振り降す勢いで軽やかに立ち上がる。

 

何事も無かったかのように懐から今月の実習先と組み分けが書かれているプリントが入っているファイルを取り出した。

 

「それじゃ、次の実習地の発表と行くわ。 さ、受け取りなさい」

 

そう言われるがままにプリントを受け取っていく。 定例となりつつあるこの特別実習、

 

 

【9月特別実習】

 

A班:リィン、アリサ、フィー、マキアス、エリオット、クロウ

(実習地:鋼都ルーレ)

 

B班:レト、エマ、ラウラ、ユーシス、ガイウス、ミリアム

(実習地:海都オルディス)

 

 

ルーレとオルディス、どちらも帝国の五大都市の一つであり、どの都市もVII組は過去の特別実習中、途中で経由している。

 

「これは……」

 

「ルーレに、オルディス……それぞれ帝国の五大都市か」

 

「そ、そうなんだけど……」

 

「ル、ルーレもそうだが、オルディスといえば……」

 

「……人口40万を誇る帝国第二の巨大海港都市。 貴族派のリーダー的存在、『カイエン公』の本拠地だな」

 

「ああ、そういえばそうだったね。 レグラムで会うまで忘れてた」

 

本当に忘れていた風にポンと手を叩いて思い出すレト。 だが、問題はそこではなく……ユーシスが問題(ミリアム)を指差した。

 

「じょ、冗談は止めてもらおう! この状況で、貴族派最大の都にこのガキを連れて行けと……!?」

 

「た、確かに……」

 

「そのチビッコにとったら完全に『敵地』ってわけか」

 

「下手したら火炙りかも」

 

革新派、もとい《鉄血の子ども》の1人であるミリアムは、貴族派にとって天敵でしかない。 もし問題でも起きればタダでは済まないだろう。

 

「んー、大丈夫だと思うけど。 オルディスなら何度も潜入してるし、皆も一緒にいることだし♪」

 

「くっ……何を呑気な」

 

「……流石に心配だな」

 

「まあまあ。 最悪の場合は僕の顔を使えば問題ないよ。 カイエン公限定だけど効果は絶大だよ」

 

レトの正体がレミスルト皇子だという事はVII組を含めた、ごく僅かな人物しか知らない。 その中にカイエン公も入っており、可能なら止めることも出来るであろう。

 

「それは……そうですが……」

 

「……レトは自分が皇族だってバレるのヤバいんじゃなかったっけ?」

 

「使えるコネは使っておかないとね」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「まあ、そのあたりの事は色々考えてるから安心なさい。 ただ、テロリストの件といい、安穏とできる状況じゃないわ。 オルディスもそうだけど……当然、ルーレの方もね」

 

その言葉にアリサが反応する。 ルーレにはR Fグループと、四大名門のログナー公爵がある。 どちらの実習先も簡単には終わらないだろう。

 

不安が広がる中……サラ教官が手を叩いて視線を集める。

 

「さっきも言ったけど、そのあたりは一応考えているわ。 来月は学院祭で、特別実習も無し。 その意味で——今回の実習もこれまでの“総括”と言えるわね」

 

今まで培ってきた経験を発揮される特別実習になる、そう考えるとVII組はそれぞれ気を引き締める。

 

「備えるべきは備えて……そして胸を張って臨みなさい。 君達がこれまで築き上げてきたVII組の成果に恥じないためにもね」

 

『はい……!』

 

サラ教官の激励にレト達は大きく、ハッキリと返事を返した。

 



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54話 紅き翼

 

 

9月25日——

 

今日から特別実習……普通であれば朝早くからそれぞれの班で実習地に向かっている筈だった。

 

しかし、今日に関してはいつもと違った。 8時を過ぎてもVII組のメンバーはまだ寮のロビーに集まっており、その理由も定かではなかった。

 

特別実習前日、夕食の場でサラ教官が9時に学院のグランドに集合するようにと言ってきたからである。

 

「朝9時にグラウンドに両班集合……か」

 

「一体、何を企んでいるのやら」

 

「……サラが唐突なのはいつもの事」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

今回向かう実習地へ向かう時間を考えればもう出発する必要がある。 故にサラ教官の意図が読めなかった。

 

「……大分思わせぶりに控えているけどシャロン、貴女何か事情を知ってるんじゃないかしら?」

 

「ふふ、滅相もありません。あくまで皆様のお見送りをさせて頂いているだけですわ」

 

後ろを向きながらアリサにジト目で睨まれるもシャロンは澄ました顔をして微笑む。 絶対に何か知っている風に見えるがこのまま気にし続けてはいられない。 遅れて降りてきたエリオットとクロウと合流して、レト達は学院を目指した。

 

朝早いが学生の姿も疎らに見えるが、レト達は真っ直ぐグラウンドに向かった。

 

「あ……」

 

「やっぱり……」

 

グランドに続く階段を降りると……サラ教官と一緒にシャロンがグランドで待っていたが、慣れたものでアリサは溜息しか出なかった。

 

そしてラインフォルトの主従関係が成せる見技を流し、サラ教官は話を進めた。

 

「さて。 A班、B班揃ったわね。09:00——ジャストタイミングじゃない」

 

『?』

 

何の意味か分からず、聞き返そうとした時……頭上から甲高い音が徐々に聴こえてきた。

 

(この音……アルセイユ?)

 

「風を切る音……いや……」

 

「飛行船の音だね」

 

「な、なんだって?」

 

レトが音の正体に検討が付いている中、フィーの出した答えに驚きつつ、全員が音の正体を確かめようと空を見上げると……

 

「あ!?」

 

「あ、あれは……!?」

 

「おいおい……なんだぁ、ありゃあ!?」

 

「——来たわね」

 

空高くに浮いていたのは巨大な紅い飛行船。 かなりの高度を飛行していても目視出来ることからかなりの大きさを誇っているのを感じられる。

 

リィン達は学院に向かって降下し続ける飛行船を呆然と見上げていた。

 

「………………」

 

「な、な、な……」

 

「なんだこれはあああっ!?」

 

「マキアスうるさい」

 

だがマキアスの絶叫も当然かもしれない。 何も聞かされずに集められこんな光景を見せられては、驚くのも当然だろう。

 

「あはははっ、カッコイーっ!」

 

「紅い飛行船……いったいどこの……」

 

「正規軍の飛行艦……にしては武装が少くない?」

 

「……しかし……このシルエットはどこかで……」

 

紅い飛行船を見てラウラの記憶に引っかかったのを見て、レトが少し嬉しそうな顔をして答えた。

 

「《リベールの白き翼》……《アルセイユ号》だね。 まさかもうII番艦が完成してたなんてね」

 

「あ!」

 

「い、言われてみれば!」

 

「《リベール王国》の高速巡洋艦……」

 

「オリヴァルト皇子がリベールから帝都に凱旋した時、乗っていたという船だな」

 

「レトは乗ってなかったのー?」

 

「僕はリベールから徒歩で国境を越えて、エレボニアへ。 その後はパルムを経由してレグラムに直行したからね。 でも乗った事はあるよ」

 

疑問を解消している間にも……導力飛行船は、ゆっくりと空から降下し士官学院のグラウンドギリギリに着陸した。

 

士官学院のグランドに着陸した紅い飛行船。 艦橋にはエレボニア帝国を象徴する黄金の軍馬の紋章が刻まれている。

 

「おー、スッゴイねー」

 

「本当に、紅いアルセイユ……」

 

「エレボニアの紋章……帝国の船である事は間違いなさそうだが」

 

「——やあ諸君❤︎。 10日ぶりになるかな?」

 

甲板から聞き覚えのある声にリィン達は驚き……レトは苛立ちを覚える。

 

現れたのは声の主であるオリヴァルトと、護衛のミュラーだ。

 

「オリヴァルト殿下……!」

 

「それにヴァンダール家の……」

 

「また会えたな、諸君」

 

「ハッハッハッ。 反応は上々のようだね。 うんうん、これなら帝都市民へのお披露目も成功間違いなしだろう」

 

「し、市民へのお披露目……?」

 

「あはは……もう何がなんだか……」

 

「——いいからその顔3秒以内に下げて。 はいイーチ(バンバン!)」

 

「2と3は!?」

 

飛行船に加えオリヴァルトが出てきて驚くのも疲れてしまう。 だがレトは問題無用で銃を抜き、1秒を数える間も無く空に空撃ちし。 オリヴァルトは反転して頭を抑えながら倒れた。

 

「チッ……」

 

「お、おいレト……」

 

「出会い頭に辛辣ね……」

 

「——レミスルト。 やるならちゃんとこの男の眉間を狙ってくれ」

 

「ごめんなさい、ミュラーさん。 次は外しません」

 

「僕の心配をしてー!?」

 

「まあそれはともかく……」

 

「酷い……」

 

「今回、自分はもちろんこの阿呆……(放蕩)皇子も脇役に過ぎない。 主役はあくまでこの艦とこちらの方になる」

 

「??」

 

「こちらの方……」

 

「(起き上がって来ないなー……って) この気配は……」

 

「——久しいな。 《VII組》の諸君。 初めての者も多そうだが」

 

ミュラーに促されるように現れたのは……軍帽を被っている光の剣匠、ヴィクターと遊撃士のトヴァルだ。

 

「あ……」

 

「そ、その声は——」

 

「そう来たかー」

 

「《光の剣匠》……」

 

「父上っ!?」

 

「ラウラのお父さん?」

 

「トヴァル殿もご一緒か」

 

「はは、お互い凄い状況で再開したもんだな」

 

「どうしてそこに……そ、その帽子は一体!?」

 

「見るからにそうだとは思うけど……」

 

ラウラはなぜ父であるヴィクターが軍帽を被ってそこにいるのか分からず、その疑問にミュラーが答えた。

 

「——紹介しよう。 今後、本艦を指揮していただくヴィクター・S・アルゼイド艦長だ」

 

「………!」

 

「あ……」

 

「あはは、そう来たかー」

 

「フフ、まあ詳しい経緯は後ほど説明させてもらおう」

 

「な、なんだこれは!?」

 

そこへ、朝練に来ていたパトリックと、アンゼリカ、ジョルジュ、トワ会長がグランド入ってきた。

 

こんな大きな飛行船だ。 遅かれ早かれ気付かれていただろう。 パトリックは開口一番に驚愕し、開いた口が塞がらなかった。

 

「わああっ、綺麗な飛行船!」

 

「やれやれ。 これは大したものだね」

 

「凄いな……聞いていたスペック以上にとんでもない性能みたいだ」

 

レト達と同じような反応で驚く中、続いてヴァンダイク学院長がやって来た。 学院長はレト達の隣まで歩み寄り、同じように紅い艦を見上げる。

 

「………!」

 

「学院長……」

 

「あの、これって……」

 

「ふふ、驚くのも無理はない。 理事長の提案で今回は特別な計らいとなってな。 その艦で、それぞれの実習先まで君達を送ってくれるそうだ」

 

「ええっ!?」

 

「ヒュウ、マジかよ!?」

 

「ふふ、あくまでお披露目の処女飛行のついでとしてね。 一旦帝都に向かってからルーレに直行してくれるって」

 

ついでかもしれないが、その飛行に同行出来る事を光栄に思っている。

 

「はは……何というか」

 

「お、驚き過ぎて頭がクラクラしてきました……」

 

「——それでは殿下。 そろそろ参ると致しますか」

 

「ああ、宜しくお願いする」

 

ヴィクターの言葉にオリヴァルトは前に出て、両手を広げた。

 

「ようこそ、《VII組》の諸君! アルセイユII番艦——高速巡洋艦《カレイジャス》へ!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

トールズ士官学院から離陸したカレイジャスは帝都の外周を反時計回りに一周した後、A班の実習先であるルーレに向かって進路を進めていた。

 

その間に指揮所(ブリッジ)でカレイジャスの性能と所属が皇族という扱い、どこの軍にも所属しない中立の船である事と。 子爵閣下の存在も含め他の2勢力の牽制としてこの《紅き翼》は空を駆ける。

 

「ほうほーう(パシャ!)」

 

説明が終わった後、レトは艦内を自由に見学しており。 前方甲板から見える空の景色を導力カメラに収めていた。

 

「この景色を見るのはアルセイユ以来だなー。 雲ばっかだけどまあ、悪くない」

 

「ハッハッ、気に入ってもらえて何よりだ」

 

写真を撮るレトにオリヴァルトが歩み寄る。 レトは振り返らず、導力カメラのファインダーを覗く。

 

「まあね。 いつ見ても空は変わらず、雲は揺蕩う……いつもの光景だけどね」

 

「フッ、常に誰にでも等しく、美しく咲くバラと違って、空は移ろいやすいからね。 レミィはいつも浮雲のような子だよ」

 

「さあてね」

 

導カメラばかりいじくり、オリヴァルトに顔も向けないが、レトはちゃんと聞いていた。 これが2人の兄弟としての形なのだろう。

 

その後、レトが抱きついてきたオリヴァルトに蹴りを入れている間に……カレイジャスはノルティア州上空に入り、ルーレに降りるA班に一時の別れを告げ、カレイジャスはルーレ空港に降り立った。

 

直ぐにA班は下船し、間も無く再びカレイジャスは離陸。 B班を乗せたまま西へ……オルディスに向かって進路を進めた。

 

「次はオルディス。 小1時間くらいで到着すると聞いた」

 

「列車ならその倍以上かかる。 渡りに船だな」

 

「うーん。 ガーちゃんでひとっ飛びだったからよく分かんないなー」

 

3階の連絡区画にある談話室、艦内の見学も終えてしまったのでレト達はそこでオルディスについで話していた。

 

「この中でオルディスに行ったことがある人は?」

 

「僕も任務で何度か来てるよー」

 

「僕とラウラもこの海の先にあるブリオニア島に向かう時に経由したからね。 少し街並みは把握しているよ」

 

「案内は任せるが良い。 最も、直ぐに不要になると思うがな」

 

「なら、それまでは任せるとしよう」

 

「フフ、盛り上がっているようだな」

 

と、そこへヴィクターがレト達の元にやって来た。

 

「父上……!」

 

「ヴィクターさん、指揮の方はいいんですか?」

 

「既にラマール本線沿いにオルディスに向かって進路を進めている。 1、2時間程のフライトで現状を維持……小休止程度に席を離れただけだ。飛行中は問題ない」

 

「へー」

 

どうやら水平飛行に入ったようで、席から離れたヴィクターはラウラの隣に座った。

 

「オルディスはルーレ以上に複雑な都市になっている。 其方達も気をつけるがよい」

 

「はーい!」

 

「お気遣い感謝します、子爵閣下」

 

「それでオルディスを回った後、進路としては、次は帝国南部辺りにカレイジャスを?」

 

「うむ。 南に反時計回りでセントアークへ。 そこからバリアハートに進路を進める予定だ」

 

2勢力に睨みを効かせるに有効なのは革新派の本拠地のヘイムダルと、貴族派の四大都市……妥当なルートだろう。

 

「セントアークはともかく、バリアハートにはかなり睨みを効かせられますね」

 

「……度々、迷惑をかけます」

 

「なに。 先に話した通りいつものいざこざだ、そなたが気にする事ではない」

 

「そーそー、気にはなーい気にしなーい」

 

「そうですよ。 あまり1人で気負わ過ぎないでください」

 

またアルバレアの責任を自分で負おうとするユーシスにレト達が慰めの声をかけ、それを見たヴィクターは笑いながら立ち上がる。

 

「さて……後半刻程で到着する。 それまでは寛いでいるといい」

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

そしてヴィクターはエレベーターの方まで歩き、上に上がってブリッジに向かって行った。

 

「? 半刻ってどれくらい?」

 

「1時間くらいだよ。 一刻で2時間。 けどそれまでどうしようか……」

 

「学院祭の運営を決める方は、全てA班に集中してしまいましたし……」

 

「到着するまで各自自由にしていれば良いだろう」

 

「えー、つまーんなーい!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

それから2時間後……カレイジャスはラマール州に入り、オルディスに到着した。 レト達はヴィクターとオリヴァルト、クルーの方々にお礼を言いカレイジャスを降り、オルディスの地に降り立った。

 

「とーちゃーーく!!」

 

「ええい、静かにしろ!」

 

早速騒ぐミリアムをユーシスが抑えつける。 このオルディス空港はバリアハート同様貴族の物となっている、という偏見がある。 故にこの空港内にいるのは基本貴族で、嫌な視線が集中してしまったが……カレイジャスから降りたことからか、直ぐにその視線は収まった。

 

だがこのままジッとしている訳にもいかず、レト達は空港から商業区画に移動した。 商業区画は高台にあり、オルディス湾と海を一望でき、広場の中央には海の大精霊と信仰された女性の像、(あお)のオンディーヌが置かれいた。

 

「わぁ、綺麗な海……」

 

「壮観だな」

 

「エマとガイウスは初めてだっけ?」

 

「さすがは《紺碧の海都》と言った所か。 だが、先にも言ったと思うがここは四大名門筆頭にして、帝国最大の貴族、カイエン公爵家の源泉だ。この膠着状態の中、あまり騒ぎを起こすなよ」

 

「……トラブルを呼び込むレトがいる以上、それは難しそうだがな……」

 

チラリと、ラウラはレトを見た後、小さく嘆息した。

 

「さて、先に宿泊行こう」

 

「確か北通りにある宿場でしたね」

 

「先ずは荷物を置いてからだな」

 

北通りに向かい、工房の向かいにあった宿酒場《海風亭》に入った。 そしてカウンターにいた茶髭の男性に声をかける。

 

「すみません。 トールズ士官学院・VII組の者です」

 

「ああ、君達が。 話しは聞いている、私はこの海風亭の店主、エドモンドだ。 どうかよろしく頼む」

 

「はい。 3日間お世話になります」

 

2階に案内され、当然男女別の部屋割りになっており。 荷物を置いた後、1階で再び集まり。 レトはエドモンドから特別実習の依頼が入っている封筒を受け取り、中身を広げた。

 

依頼は4つ。 浜辺の魔獣の一掃。

晩餐会に使う食材の調達。

海都に出入りする不良の調査。

偽ブランド商人の追跡。

 

「今回は少し多いな」

 

「総括と言うくらいだ。 この程度でなければ話にならん」

 

「そうですね。 最初は代表的な通りを歩きつつ実習を進めて行きましょう」

 

「よし。 VII組B班、早速特別実習を始めようか」

 

「おおー!」

 



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55話 紺碧の海都オルディス

レト達、B班はオルディスでの特別実習を開始していた。

 

最初は浜辺に巣食う魔獣の一掃と、貴族の晩餐会に使う食材……依頼人に聞くところによればブルマリーナという魚を調達して欲しく。 先ずはその2つの依頼を始めようと歩いていた。

 

「帝都同様、この街も巨大で全部は回りきれないと思う。 だから海都の代表的な地区を中心に回るのはどう?」

 

「具体的にはどこー?」

 

「そうだな……空港地区は良いとして、駅に面した商業区画。 そこから港に通じている北通り。 そしてオルディス湾だな」

 

「公爵家城館の手前にある、大貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街も一応入れておいた方がいいだろう」

 

「で、今向かうアウロス海岸道は貴族街から続いているわけ」

 

貴族街は他の区画に比べてとても綺麗で、特に目を引くのは帝都の次に大きい事あってかオルディス大聖堂も巨大で。 道の突き当たりの先にはこちらも巨大な城のような城館……カイエン公爵邸が鎮座していた。

 

「ほえー、何度見てもデッカいねー」

 

「セントアークで見た邸宅とは比べ物にならないな」

 

「ええ、ですが……」

 

立ち止まっているだけで周りの貴族の視線が痛く感じられる。 あまり歓迎されていないようで……レト達は逃げるようにそそくさと貴族街から街道に続く道を進んだ。 しばらくして海風が吹き、波の音が聞こえて来た。

 

「この風は……近くに浜辺があるようだな」

 

「ここがアウロス海岸道……」

 

「沿海州の港町や漁村に繋がっているけど、それほど人通りは少ないね。 ま、そのあたりの行き来は海路の方が安全だから当然だけど」

 

レトは封筒を取り出し、依頼の確認をした。

 

「この先にある浜辺があって、そこにいる魔獣を全滅させて欲しいそうだね」

 

「それでその浜辺を使えるように露払いをするのか」

 

「そのついでに魚を釣るのか……そういえば、この中で竿を持っているのは?」

 

ラウラがそう聞くと……全員無言を返した。

 

「……まあ、素潜りの銛突きで何とかなるよ」

 

「砂浜かぁ……それじゃあ、レッツゴー!」

 

幸先不安だが、とにかく足を動かして海岸道を進んでいく。

 

「あっ、ビーチが見えてきた! ほらほら、早く行こーよ!」

 

「全く、はしゃぎ過ぎだ」

 

はしゃぐミリアムを小走りで追いかける辺り、ユーシスもなんだかんだで心配しているようだ。

 

「これが……」

 

「イヤッホゥー! 海だ〜!!」

 

レトとラウラはブリオニア島でこれ以上の浜辺を見ていたためそこまで驚かなかったが、

 

「わわっ、本当にしょっぱーい! ほらほら、ユーシスー! 皆も早く来なよ〜!」

 

「全く……海には入るなよ!」

 

「えー! どうせ魚を捕る時入るんだからいいじゃんかー」

 

「入るのは僕だけだよ」

 

「あはは……では先にこの浜辺を掃除するとしましょう」

 

「……あってはいるが、言い方が少々怖いな……」

 

「ええっ!?」

 

浜辺の端に移動しながら先ずは魔獣の掃討から始め、レトは作戦を提案する。

 

「僕が浜辺の西から分け身を使って魔獣を倒しながら追い立てるから、ラウラ達は反対側に待機して逃げて来た魔獣を撃破して行って」

 

「分かった。 大丈夫だとは思うが、気を付けておくが良い」

 

ラウラの心配を笑顔で返し、レトはその場で跳躍、かなりの速さで反対側に向かって行った。

 

「そういえば……浜辺も結構広いし、レト1人で魔獣を追えるかなぁ?」

 

「ふむ、レトに限ってその程度問題ないと思うが……」

 

「だが……」

 

そこで言葉を切り、ラウラは浜辺の反対側を見ると……

 

『ほらほら! 早く逃げないと刻むよ!!』

 

「……魔王だな」

 

「……魔王ですね」

 

「マオーー!」

 

剣を振り回してながら声を揃えて魔獣を追い立てるレト達の姿を見て、ラウラ達の元に辿り着く前に全滅させるのではないかと戦慄を覚える。

 

「ボサッとするな。 俺達も行くぞ!」

 

「は、はい!」

 

「了解した」

 

「では、参るとしよう!」

 

「行っくよー!」

 

作戦通り、追い立てられた魔獣に向かってラウラ達が得物を構えて向かって行く。 魔獣達はレトから放たれる剣気による圧力で完全に戦意喪失しており、言い方は悪いが一方的な蹂躙だった。 それから数分後……

 

「ふう……こんな所かな」

 

剣を振り払いながら周囲を見回す。 浜辺には大小の大きさ形が異なる魔獣や人の足跡が無数にあって荒れているが、レト達以外の姿はなかった。

 

「手強くないとはいえ、この数は流石に疲れるな」

 

「ええ、レトさんが先に魔獣を混乱させてなければもっとキツかったかもしれません」

 

「うん。 相変わらず、レトは戦いになると無情になるというか……冷酷になるというか」

 

「——よっと……」

 

と、そこでいきなりレトが上を脱いで槍を手に持った。

 

「きゃっ!?」

 

「い、いきなり脱ぐやつがあるか!」

 

「それじゃあ行ってくるよ」

 

顔を真っ赤にしながら照れを隠すように怒るラウラを他所にレトは海に向かって走り……海の上を少し走った後、海の中に飛び込んだ。

 

「全く……本当に皇族なのか疑ってしまう時がある」

 

「……人が海に入る時は徐々に沈んで行くような感じだと思ったのだが……」

 

「レトに常識は効かない。 慣れるが良い」

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

「ブルマリーナは常に泳いでいると聞いた。 いくら素早いレトでも水中では追いつきようがないが……」

 

「まあまあ。 待つだけ待ってみよーよ」

 

レトが帰ってくる間、魔獣避けの街灯を設置して待つ事、再び数分……

 

「——獲ったどーー!!」

 

頭のてっぺんが剣のように鋭い大きな魚の胴体を槍に突き刺しながら、海中からレトが飛沫を上げながら飛び出て来た。

 

「ヤッホー! 獲れた獲れたー!」

 

「た、たくましいですね……」

 

「だがこれで依頼は完了だ」

 

レトはアークスを駆動し、自分に向かって威力と勢いをかなり落としたハイドロカノンで海水を落とし、フレイムタンとエアリアルが合わさって起こす温風で身体と服を乾かした。 妙な才能の使い道である。

 

依頼人はどうやらカイエン邸のコックだそうで。 ブルマリーナを抱えながらオルディスに戻り、貴族街に入ると……カイエン邸の方が何か騒がしかった。

 

「なんだろう?」

 

少し陰に隠れて様子を見る。 すると城館の方から現れたのは左右に護衛を控えさせている初老……にしては頭がかなり寂しいが、加えて身の丈に合わない高級品を着飾っており、お世辞にも似合ってはいなかった。

 

(あの御仁は……?)

 

(ラマールのロクデナシ放蕩貴族、ヴィルヘルム・バラッド侯爵……同じ放蕩だけど兄さんの方が万倍マシな方だね)

 

(言えてる〜)

 

(初めて会ったけど。 前に会ったカイエン……あの人のファーストネームって何だっけ?)

 

(……クロワール・ド・カイエンだ。 まあ、覚えていなくて当然か)

 

そして、バラッド侯を乗せた導力車は出発した。 恐らくオルディスから西にあるラクウェルで豪遊をしに行くのだろう。

 

(怠惰と強欲……アレがのし上がる事は永遠にないでしょう)

 

過ぎ去る導力車を尻目に、レト達はカイエン邸に向かい。 ブルマリーナをコックに渡し依頼を完了した。

 

次に向かったのは港湾地区。 そこでどうやらラクウェルからやって来た素行不良の少年達がたむろしているようで、追い返すまではしなくても解散して欲しいとの依頼だ。

 

「それで件の不良は……」

 

「……いたぞ」

 

港湾地区から貴族街に続く通りの横にある高台に数人の男達がいた。 かなり騒いでおり、下品な笑い声を上げ周囲の迷惑をかけていた。

 

「わー、典型的な不良だねー」

 

「品性が欠けているな、バリアハートではまず見られない。 近隣に娯楽都市があるが故の光景か……」

 

「これも帝国ならではの側面か」

 

類稀に見る光景にユーシス達はそれぞれ感想を言い、ラウラが彼らの前まで歩き仁王立ちした。

 

「そこのお前達。 お前達がそこで騒ぐせいでオルディスの人々が不安がっている。 疾くそこを退くがよい」

 

「あ? なんでテメェは」

 

「同じ服を着てゾロゾロと……何の用だ」

 

「私達はトールズ士官学院の者です。 今回は実習の一環でこのオルディスを訪れていて、依頼を受けてあなた方を

 

「は! 優等生の軍人の卵がこんな場所までご苦労なことだ」

 

当然のごとく彼らは反発する。 素直に言葉に耳を傾ける通りもないので当然の結果てあるが、やはり典型的だ。

 

「俺達がどこで何しようが勝手だろ」

 

「だが現にオルディスの住民がお前達を煙たがっている。 領邦軍やTMPが出てくる前に帰った方が身のためだぞ?」

 

「あぁ! 舐めてんのかテメェ!!」

 

「ユーシス、脅しちゃ駄目でしょ……」

 

「しかも逆効果だし」

 

ユーシスが脅すように説得するも……彼らの神経を逆撫でするだけだった。 と、そこで不良の1人がレトに目をつけた。

 

「……ん? そこの橙髪のお前……」

 

「僕?」

 

「お前……まさか、黄昏の悪魔(オレンジ)か?」

 

本人は何のことか分からないが相手はレトの何かの異名を知っているようで、他のメンバーも“オレンジ”と聞くと顔色を変えた。

 

「オレンジ?」

 

「オ、オレンジだって!?」

 

「聞いた事ある……2年前、ラクウェルの闇カジノを荒らしに荒らしまくってミラを巻き上げた橙色の髪をしたガキがいたって……!」

 

「帰り際を襲撃した奴らを半殺しにして、笑い声を上げながら渓谷の闇に消えていったと言う知る人ぞ知る伝説……襲撃した中には猟兵もいたって話だ!」

 

「うーん、間違ってはいないと思うけど……笑ってた覚えないような……」

 

どうやら色々と尾鰭がついているようだが、ミラを荒稼ぎして襲撃した人間を返り討ちにしたのは事実のようだ。

 

「あの時のか……どうやらかなり噂になっていたようだな、レト」

 

「アハハ! そういえば一時期、情報局でも噂になってたね。 娯楽都市を一夜で蹂躙した子どもがいるって」

 

「それが皇族の人間という訳か……相変わらず常識が通用しない奴だ」

 

「あ、あはは……」

 

目の前にいるレトが一応、皇族だという事に

……ユーシスは比喩でも頭痛がしているように頭を横に振る。

 

「それで……君達はどうしてここでたむろっているのかな? 依頼書を見る限り昨日からしいけど」

 

「は、はい……俺達は変な奴からここで待ってろって言われてここにとどまっていたんです」

 

ここでたむろっていた理由が誰かによる意図的な行動……それが何を意味するのか現段階では分からなかった。

 

「変な奴から? それは一体誰なんだ?」

 

「ああ、そいつは仮面をつけていて、声も変えて男か女かも分からなかったんだが……ここで待っていればミラをくれるって事で、居座っていたんだ」

 

「……どういう事でしょう?」

 

「分からない。 だが、何者かの意図があっての事だろう」

 

「………………」

 

しかし、何はともあれたむろう理由もなくなり、彼らはレトを畏れ敬いながらラクウェルに帰って行き。 これにて依頼完了となった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夕方になる頃にはもう一つの依頼を完了したレト達B班。 手慣れたものでスムーズにこなし、駅前から宿に向かって帰路についていた。

 

「いや〜、大変だったねー。 あのおばーちゃん元気良すぎだよ」

 

「あそこまで人は強欲になれるのだな」

 

「そこは感心しなくてもいい」

 

雑談を交わしながら商業地区に差し掛かった。 空の夕陽と海に移る夕陽が重なろうとする瞬間がとても美しい景色を見せているも、レト達は特別実習の疲労によってあまり見る気にはなれなかった。

 

「宿に戻ったら今回のレポートを直ぐにまとめて、学院祭に向けてエリオットが用意した発声練習をやるとしよう」

 

「それもあったかー。 “全員が歌うかもしれないからやっておいて”って言われてたっけ」

 

「じゃあじゃあ。 宿屋まで競争しよ! ビリの人は公衆の面前で歌う事!」

 

「地味にキツイ!?」

 

「誰がそんなふざけた真似を……って、おい! 先に行くな!」

 

「あははは——あて!」

 

先に走り出したミリアムは……前方を歩いていた巨躯な男とぶつかって尻餅をついた。

 

「あいたた……」

 

「大丈夫、ミリアムちゃん?」

 

「ヘーキヘーキ」

 

「あなたも……おや?」

 

ミリアムから視線を外しぶつかってしまった男に謝罪しようとすると……目の前には誰もいなかった。

 

「誰もいない……」

 

「おっかしいなぁ? 絶対に誰かとぶつかったと思ったのに……」

 

「………………」

 

(レト?)

 

ミリアム達が辺りを見回して男を探す中、レトだけが険しい顔をして考え込んでいた。 と、不振に思ったミリアムが「ねぇ」と声をかけ、レトは正気に戻った。

 

「どうかしたの? ボーッとして」

 

「い、いや……何でもないよ。 さ、早く宿に戻ろう」

 

「???」

 

ミリアムの質問に笑って誤魔化し。 悟られぬよう、顔を見られないように駆け足で先頭を歩いていく。

 

(まさか……この海都に血肉を求める狼がいるなんて。 結局……僕の身体には常に蛇が纏わり付いているんだね)

 

陽は沈み……海に移る月を見ながら、レトは独り自分の運命を呪った。

 



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56話 痩せ狼

ちくせぅ……ストーリーが思いつかない……

閃3ではオルディスの他にブリオニア島やラクウェルに行けた、それが無くなるとここまで短くなってしまうなんて……


翌日——

 

レト達は朝から特別実習に励み、商業地区にあるリヴィエラコートという貴族向けの店にいた。

 

「これで……どうだ、エマ?」

 

「え、えっと……少しキツイですね……」

 

「わぁ、これカッコイイー!」

 

そこで、レト達は少し時期外れの水着選びをしていた。

 

依頼を出してきたここリヴィエラコートの店長は、来年の夏と宣伝を考え……パンフレットの作成を決めた。 そこで多種多様の若い男女がいるB班にモデルを依頼したわけで。

 

「なぜ俺がこんな事を……」

 

「まあまあ、たまにはいいじゃない」

 

「ふむ、学院指定の水着とは違うのだな」

 

店の裏方の更衣室でそれぞれ水着を選んだ。 そしてレト達は着替え終えて店内に戻ってきた。

 

「わあ、皆さん大変よくお似合いですよ」

 

「そうかな?」

 

「自分ではよく分からないが……」

 

「フン、当然だ」

 

3人それぞれ違うタイプなので見栄えが良いらしく、ガイウスはブーメラン、レトとユーシスはトランクスタイプの水着を着ているが……

 

「なぜお前は上着を着ているんだ?」

 

「さあ? いきなり着てくれって言われたから」

 

「ふむ?」

 

「——ほ、本当にこれで行くんですか?」

 

と、そこへ女性陣が更衣室から出てきた。

 

「ヤッホー! お待たせー」

 

「うん。 皆も中々似合っているな」

 

ミリアムはフリルのついた白い水着。 活発なミリアムらしいチョイスだ。

 

ラウラのはトロピカルな南洋風の花が書かれた赤い水着。 堂々としているが、レトから顔を背けたことからやはり恥ずかしいようだ。

 

「うう……本当にこれで出なくちゃいけないんですか……」

 

扉の陰で恥ずかしそうに身を潜めているエマ。 エマの水着は大人っぽい黒いビキニタイプ。 豊満な身体と相まってかなり色っぽくなっている。

 

「いいじゃん似合ってるんだし。 委員長ー、エロいね!」

 

「だ、だから恥ずかしいんです!」

 

顔を真っ赤にして身を隠すエマ。 それから撮影が始まり……終わると同時にエマさバッと、素早く制服に着替えるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

そんなこんなで特別実習は進み、手配魔獣を倒して街道からオルディスへ帰った頃、時刻は午後を迎えようとしていた。

 

「ふむ……どうやらこれで午前の依頼は全部のようだな」

 

「ふう、後もう少しですね」

 

「でもなんか拍子抜けだなー。 もっと面白いの期待してたのに」

 

「なら沖合に行って見る? 運が良ければ幽霊船が出て……」

 

「それだけはイヤ!」

 

「全く……」

 

西ラマール街道にいた手配魔獣の討伐から戻ってきたレト達。 しかし、彼らは勝利を収めたとは思えない顔をしていた。

 

「それにして……さっきのは変な依頼でしたね」

 

「うん。 先日と同じ、何者かが意図的にラクウェルの荒くれ者を差し向けていた……」

 

手配魔獣を倒したすぐに、レト達は昨日の不良とよく似た雰囲気の集団に囲まれ問答無用で襲いかかってきた。

 

理由は分からないがとにかく応戦し、日頃の鍛錬とアークスの戦術リンクを相手に荒くれ者の集団が相手になる訳もなく……数分で制圧した。 その後目的を洗いざらい喋ってもらうと……

 

「またフードを被った男……何が目的なんでしょう」

 

「どうやら俺達VII組の存在を知っての事だろう。 嫌味な挑発だ」

 

「まあ、過去を思い返せば心当たりがないわけでもないが……」

 

VII組は事あるごとに厄介ごとに巻き込まれたり、テロリストと何度も敵対している……その辺りを考えれば恨まれても仕方ないのかもしれない。

 

「しかし、帝国解放戦線は基本、帝国の東を活動拠点にしている。 こんな西の果てまで来るほど暇な奴らでもあるまい」

 

「そうなのだろうか?」

 

色々と疑問があるも、レト達は宿屋に入った。

 

「エドモンドさん、ただいま戻りました」

 

「ただー」

 

「おう、お帰り。 すぐメシにするか?」

 

「お願いする」

 

席に着きながら昼食をもらおうとすると、

 

「お、そうだ、お前さんらに預かりもんがあるぞ。 ほい」

 

「おっと……」

 

「はぁ……これは、手紙ですか?」

 

「確かに渡したからな」

 

今思い出したようにエドモンドはミリアムに1枚の手紙を渡し、昼食を作りに奥へ行ってしまった。 残されたレト達は手紙に視線を集中させる。

 

「一体誰からだ?」

 

「えっと送り主は……《痩せ狼》だって」

 

「っ……!」

 

もしかしたら、と驚愕しながらレトはミリアムから手紙を受け取った。

 

封を開け、中の手紙を読むと……レトは眉をひそめるた。

 

「痩せ狼? 誰かの異名か?」

 

「分かりませんけど……どうやらレトさんに向けて送られたようですね」

 

「……レト、まさかこれは……」

 

「………………」

 

「ねぇねぇ。 痩せ狼って、身食らう蛇の執行者、No.VIIIの事だよね?」

 

まさかミリアムの口から聞かされるとは思ってもみなかったが、直ぐに冷静になってフッと笑った。

 

「さすが情報局。 そのくらいは知っていて当然かな」

 

「身食らう蛇……以前に教官が言っていた結社とやらか」

 

「どうやらこの手紙、挑戦状のようだが……」

 

だがこんな物を送り付けられた所で彼らは学生の身で今は特別実習中……しかし、レトは手紙を上着の内にしまうと席から立ち上がった。

 

「皆は先に休んでて。 僕は用ができたから少し行って来るよ」

 

「おい、まさか1人で行くつもりじゃないだろうな」

 

「これは僕宛の手紙……なら1人で行くのが筋だから。 それに——皆が来てちゃったら逆に酷い事になるかもしれない」

 

「いかに相手が強かろうと、我々とて遅れはとらない」

 

「んー、あり得るかも。 《痩せ狼》って強者との戦いを求める戦闘狂で、必要なら他人を平然と巻き込んでも構わないって聞くからね」

 

「えっ?!」

 

「その通りだよ。 この人は僕がどこまで《剣帝》として相応しいか試したいんだと思う……《剣帝》名乗るならこの挑戦、受けなきゃならない」

 

1人で行こうとするレト。 放たれる剣呑な雰囲気とミリアムの言葉で止める事も躊躇してしまったが……

 

「レト。 私達はそんなに頼りないか? 私達を……VII組の仲間を信じてはいないのか?」

 

「……信用はしている。 けど、あの人は惨忍だ。 目障りだと思ったら容赦なく皆に攻撃してくる。 僕もむざむざ負けるつもりはないけど……」

 

「だったら、俺達を導いてはくれないか?」

 

「え……」

 

思いがけないガイウスの突然の申し出に、レトは呆けてしまう。

 

「それって僕がリーダーになって作戦や指示を出せって? いくらなんでも僕には……」

 

「何を言っている。 VII組の重心がリィンがなら、お前はVII組の和だ」

 

「和?」

 

「率いるのがリィンさんで、まとめるとがレトさん。 ピッタリだと思います。 レトさんが勝手に歩けばそこが道になる。 そして私達は疑う事なくその後に続いていける……そんな気がするんです」

 

「それに、ついてくるなって言っても勝手に付いてくるからね。 どうなっても知らないからね〜?」

 

言っても聞かないようで……レトは溜息を吐くと同時に、降参するように両手を上げた。

 

「——ふう……分かったよ。 エステルさんが前に言っていた扱いに困るってこういう事なのかな?」

 

「ようやく自覚したか。 旅の時、そなたに付いていくのが大変で大変で……何度も剣の修行の為と己に言い聞かせた事か……」

 

「で、場所は……」

 

ようやく、自分の自由奔放さを自覚しながらレトは手紙を広げ、ミリアムが横から覗き込んで指定地を読んだ。

 

「ロック=パティオ?」

 

「一体どこにあるというんだ……そのロック=パティオというのは?」

 

「ここから東へラクウェル方面に、途中の峡谷道の外れに“岩の中庭(ロック=パティオ)”と言われている場所があるんだ」

 

「その場所は魔獣も徘徊しているため、地元の人間も寄り付かない……決闘をするにはもってこいの場所というわけか」

 

ぐぅ…………

 

「あはは……」

 

と、その時。 ミリアムから腹の音が聞こえてきた。 真剣な話をしている時に気の抜けた音が響き……レト達は苦笑した。

 

「全く、緊張感のないやつだ」

 

「先ずは腹ごしらえ、ですね」

 

「ああ、腹が減っては戦はできないと言う」

 

「すみませーん! ご飯まだですかー?」

 

それから昼食を食べた後、ロック=パティオへ向けてオルディスから東に向かった。

 

それなりの距離があったため苦労したが、西ランドック峡谷道の外れにある洞窟を抜け……きのこの様な形をした岩が点々と並んでおり、その上に木々が生い茂っていた。

 

岩の中庭(ロック=パティオ)……確かにその通りですね」

 

「なんでこんな地形になったんだろー?」

 

長い年月を掛けたとしてもどうやってこんな地形になったかは気になるが……それよりも先ずはこの先で待っている人物についてだ。

 

「……この先にいるんだろうか?」

 

「さあな。 だが気を引き締めた方が良さそうだ」

 

「結社、身食らう蛇。 一体何者なんだ? 組織にしては余りにも統率が取れていないようだが……」

 

「軍隊や犯罪組織と違って遊びが多い組織だからね。 執行者でも結社が何を目的にしているのか知らない人も多いし」

 

「ますますその存在が怪しくなってきますね……」

 

疑い深くなりながらも、レト達は薄暗い岩山の中を進んでいく。 すると、突然空気が重くなった気がした。 変わった空気にレト達は身構える。

 

「! なんだ……急に空気が」

 

「風が止んだ……」

 

「……クク……結構早かったじゃねぇか」

 

「あ……!」

 

そこにいたのは黒いスーツにサングラス、全身黒ずくめの男だった。 男はタバコを吸ってレト達をサングラス越しに見る。

 

「サングラス……?」

 

「もしや、奴が……!」

 

「久しぶりですね」

 

「よお、レト。 わざわざご苦労だったな。 呼んでねぇツレもいるようだが……せいぜい歓迎させてもらうぜ」

 

「あ、あの人が……」

 

2人は軽く言葉を交わした後、黒ずくめの男は煙を吐きながら口を開いた。

 

「フゥ…………執行者No.VIII、《痩せ狼》ヴァルター。 そんな風に呼ばれてるぜ」

 

「そうか……どうやらラクウェルのゴロツキを使って我らをけしかけたのはそなたのようだな?」

 

「ほう? 気付いてくれたか、俺のプレゼントを。 あんま派手じゃなかったが、余興にしちゃ丁度良かっただろ? ミラさえやれば何でもやる餓鬼ども……中々使い易かったぜ」

 

昨日と今日、実習中に何度も絡んで来たラクウェルの人間……どうやらそれらはヴァルターが差し向けたようだった。

 

「貴様……!」

 

「人をなんだと思っているのですか!」

 

「クク……社会からはみ出た屑どもを有効活用して何が悪い?」

 

「相変わらずですね。 ちっとも変わってなくて逆に安心しましたよ」

 

「クク……用があるのはレトだけだ。 外野は引っ込んでな」

 

すると、ヴァルターは右手を上げ……指を鳴らした。 すると、岩の陰からいくつもの影がラウラ達に襲い掛かった。

 

影の正体はそれぞれ3種類の毛色を持つヒツジン6体だった。

 

「わわっ!?」

 

「コイツらは……!」

 

「この辺りに生息している羊だ。 ここに滞在している間暇でな……飼い慣らすついでに少し武術をかじらせた。 ま、せいぜい遊んでやってくれや」

 

「くっ……卑怯な!」

 

ラウラ達は血気盛んにシャドーでジャブをするヒツジンに対処する事になってしまい。 分断されてしまったレトはヴァルターの前まで歩み寄る。

 

「それじゃあ……俺は早めのメインディッシュといこうか」

 

「………………」

 

不敵に笑うヴァルターを前にしてレトは左手を開き、ケルンバイターを出現させて掴んだ。

 

「ケルンバイター……クク、いいねぇ。 レーヴェとは1度も仕合えなかったが、奴の剣をどれだけ昇華させたのか見せてもらおうじゃねぇか」

 

「僕はただ証明するだけです。 今振るえる《剣帝》としての剣、あなたを倒して証明する」

 

「構わねぇさ。 ゾクゾクしてくるねぇ」

 

ヴァルターはニヤリと笑いながら拳を構え、両者は気を放ちながら互いを伺い……一瞬でその場から姿を消した。

 

「なっ!?」

 

「速い!!」

 

「上だ!」

 

特徴的な形の岩を足場にし、レトとヴァルターが空中で何度も交差、得物をぶつけて火花を散らしてた。

 

「じ、次元が違います……」

 

「だが、ここまで来た以上、怖気付くわけにはいかん!」

 

「ああ——だがその前に」

 

「こやつらを何とかしないとな」

 

援護に向かう前に、ヴァルターが寄越した6体のヒツジン。 全員が一斉に力を込め始めると、紫色のヒツジンが高く飛び上がった。

 

——ヒツジン阿修羅合体!!

 

「なっ……!」

 

「えええぇっ!?」

 

——完成! ビックヒツジン!!

 

白毛が3体、黒毛が2体、そして高く飛び上がった紫色の毛を持つ1体が中心となってヒツジンが合わさり、ヒツジン一族の究極奥義によりヒツジン度600%の巨大なビックヒツジンが現れた!

 

「って、ただくっついただけですよね?」

 

紫1体が真ん中に入り黒2体が足となり支え、白3体がその上に乗っかっているだけ……ただの組み体操のようなものである。

 

「こんなの、ガーちゃんで1発だよ!」

 

意気揚々にミリアムがアガートラムを操り強烈な一撃を繰り出すが……拳はヒツジンの羊毛で威力が分散され、弾かれてしまった。

 

「うええぇっ!?」

 

「跳ね返された! あの羊毛、相当柔らかいようですね!」

 

「なら、刈り取るまでだ!」

 

「時期遅れの毛刈り、冬は寒くなるが我慢するのだな」

 

「うん。 刈り入れ時だ」

 

得物に刃があるガイウス、ユーシス、ラウラはキラリと刃を光らせながらビックヒツジンの前に出る。 だがビックヒツジンもただではやられる訳には行かない。

 

八艘飛びヒツジン蹴り——下の黒2体が頑張って飛び跳ね、地面を凹ませて砂塵を巻き上げ、戦場を荒らしていく。

 

「くっ……」

 

「ちょこまかと……!」

 

「動かないで! シルバーソーン!」

 

動き回るとはいえまったく捉えられないわけではなく、アークスを駆動していたエマが発動した幻のアーツ……無数の槍がビックヒツジンの周りを取り囲い、陣を形成して動きを封じた。

 

「今です!」

 

「やあっ!」

 

間をおかず、動きを止めた隙を狙いラウラが大剣を振り下ろす。 刃は羊毛を斬り裂き、肉まで達して確実にダメージを与える。

 

「よし!」

 

「——! ラウラ、すぐに離れろ!」

 

「なっ……!?」

 

「あわわっ!」

 

ヒツジン巻き旋風波——ビックヒツジンもそのままやられる訳もなく、一気に肉薄し……その身を回転させてラウラとミリアムは弾き飛ばされてしまった。

 

必殺☆ヒツジン残虐拳——ユーシスが白3体に尻尾で掴まれて空高く投げられ……落下し地面に激突すると同時に6匹分の重さでのしかかり、何度も何度も踏みつけすり潰す技……まさしく残虐そのものである。

 

「ユーシス!」

 

「がはっ……ふざけた、マネを……!」

 

ビックヒツジンは再びユーシスに向かって飛び上がる。 またユーシスが踏み潰されそうになった時……チェーンが擦れる音を立てながら何かが飛来、ビックヒツジンに直撃し、吹き飛ばしてユーシスの前に落ちた。

 

「あれって……」

 

「鎌の刃?」

 

ビックヒツジンに直撃して宙に浮いたのは鎖で繋がれている機械的な機構が付いている鎌の刃だった。 鎌の刃は鎖に引っ張られると……カチャッと柄の先端に収まった。

 

ラウラ達の背後……そこにいたのは機械的なハルバードを持ちながら不敵に笑う金茶髪の少年だった。

 

「ここ数日、ラクウェルのゴロツキが体良く扱われているから調べてみれば……面白れぇ事になってるじゃねえか」

 

「そなたは……」

 

(確か、情報局のファイルにあったラクウェルにいる愚連隊の……)

 

「しかも何だありゃ? 黄昏の悪魔(オレンジ)がオルディスに来ているとは聞いていたが……あいつも相手もバケモンじゃねぇか」

 

少年はラウラ達に目もくれず、先を見つめる。 遠くで……レトとヴァルターの交戦している方向をただ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うらあぁっ!!」

 

「はっ!!」

 

繰り出されたヴァルターの正拳をレトはケルンバイターで捌き受け流す。 距離を取り、続けてヴァルターはその場で拳を放ち、正拳による拳圧を飛ばしてきた。

 

「せい!」

 

飛んで来た拳圧を斬り払い、続けてケルンバイターを投擲。 回転しながら飛来して来たケルンバイターを籠手で上に弾き……回り込んだレトが弾かれたケルンバイターの柄を掴んで振り下ろす。

 

「はっはー! いいねぇ、ゾクゾクするじゃねえか!」

 

「相変わらずですね!!」

 

ヴァルターは振り下ろされたケルンバイターを白刃取りで受け止められ、続けてレトは右足を振りかぶるが……ヴァルターがそのまま振り回し、レトを地面に叩きつけた。

 

叩きつけられた衝撃で地面は凹み、砂塵が上がる。 砂塵はすぐに晴れると……そこにレトの姿はなかった。

 

「見えてんだよ!」

 

「でしょうね」

 

背後を取ると読んだヴァルターは後ろに蹴りを放ったが……受けたのは殺気が乗ったレトの残像。 本体はヴァルターの正面におり、ケルンバイターの峰で右肩を強打させ、吹き飛ばした。

 

「ひとーつ!」

 

左足を軸にしながら制動をかけ、ヴァルターは右足の蹴りを放つも……添えられるように足に乗せられた右手が受け流し、左肩を切りつけた。

 

「ふたーつ!」

 

「いいぞ! そう来なくちゃなっ!!」

 

受け身を取り、直ぐに静止すると腰だめに拳を構え……前動作無く、同じ構えのままレトの懐に潜り込んだ。

 

「コオォォ……」

 

「なっ!?」

 

「フッ!!」

 

放たれたボディーブローはレトの腹部に当たる瞬間に止まった。 が、拳圧は止まる事なくレトの腹部にめり込んだ。

 

「ぐうっ……!」

 

苦痛で顔を歪ませながらも、悶える事なく反撃に転じる。 振り抜いた薙ぎが裏拳で弾かれるも、腰を落として踏み込んみ右拳を繰り出す。

 

拳は胸に直撃すると思いきや……身を捻り紙一重の所で避けられてしまう。

 

「…………!!」

 

「オラァ!!」

 

カウンターで放たれた蹴り。 レトに右脚が当たる瞬間……レトの姿がブレ、拳はレトの身体を擦り抜けた。 次の瞬間、ヴァルターの周囲を6人のレトが取り囲んだ。

 

「分け身か!!」

 

技の正体を見切ると同時に両足を踏みしめ、両手を左右に突き出して全方位に発勁を放った。 半球状に広がる衝撃は6人のレトに直撃するも、飛ばされないよう踏ん張り……

 

「一気に……」

 

「決めるよ!」

 

同時に駆け出し、一瞬で肉薄し左手のケルンバイターを構え……

 

「朧——」

 

『月牙!!』

 

6人のレトがほぼ同時に、6方向からヴァルターに向かって剣を振るい、六刀のケルンバイターをヴァルターの身に打ち込んだ。

 

6つの力が一点に集中し……解放されて衝撃が巻き起こる。 1人に戻りながらレトは距離を取って様子を見ると……

 

「ハッ、ハハハ、アーハッハッハ!!」

 

ダメージを物ともせずに、刺々しい気がヴァルターから放出される。

 

「《理》が“静”とするなら、《修羅》は“動”。 そして、感情を闘争の炎を燃え上がらせ、本能に動くヴァルターは確実に《修羅》……」

 

強烈な気当たりに、レトは気圧される事なく立ち向かう。

 

「……僕は理に至りたいかもしれない。 でも後に修羅に落ちるのかもしれない……どちらに行くか迷っている。 なら、答えは簡単——我が道を進むだけ!!」

 

ケルンバイターを構え、レトは全身から鋭く触れたら斬れるような研ぎ澄まされた剣気を放つ。

 

「ハッ、面白え。 来いよ、《剣帝》!」

 

「はあああああっ!!」

 

両者の気が膨れ上がり、踏み込みによりお互いの足場がヒビ割れ……

 

「——ッ」

 

「レト!!」

 

次の瞬間、2人の立ち位置が入れ替わった。 互いに背を向け、得物を振り抜いて静止していた。

 

お互いに攻撃を喰らっており、先に膝をついたのはレト。 そこへヒツジンと決着をつけたラウラ達が駆け付けた。

 

「グハッ……!」

 

その時、ヴァルターが息を吐き、そのまま後ろに倒れ伏した。 刹那の交差、その間の勝利を収めたのはレトの方だった。

 

「や、やったの……?」

 

「勝ったのか、レトが?」

 

「どうやら、そのようだな」

 

相手が戦闘不能になったのを見て、ラウラ達はレトの勝利を確信し、レトに歩み寄る。

 

「大丈夫か、レト?」

 

「な、何とかね……」

 

「おいおい……アンタに盗られたミラを奪おうとした奴らが返り討ちにされたと聞いて、かなり腕が立つと分かっていたが……相手もかなりヤベェじゃねえか。 とんだ人外だろ」

 

ラウラ達の介抱を受けているレトの横に金茶髪の少年が寄り、ありのままの感想を口にする。

 

「君は……」

 

「俺のことはどうでもいいだろ。 さて、先にコイツを締め上げるとするか。 ラクウェルを荒らした落とし前、キッチリと付けて、結社とやらについて洗いざらい吐いてもらうぜ」

 

少年はハルバードを構えて警戒しながら倒れているヴァルターの元に向かうと……

 

「——よっと」

 

「なっ!?」

 

突然ヴァルターは起き上がり、驚愕する少年を他所に自身の身体を見下ろし……落胆した。

 

「チッ……致命傷を避けやがったな。 あーあ、もう少しスリルを味わいたかったかが、ここいらで引き上げるとするか」

 

ヴァルターは満足した風にしながら両手をポケットに入れ、そのまま両足を曲げて跳躍して後退した。

 

「待ちやがれグラサン野郎!」

 

「おっと、威勢が良いガキだ、な!!」

 

「な、マジか——うおっ!?」

 

飛んで来た鎌の刃を手の甲で弾き飛ばし、少年は鎌の刃に引っ張られて壁に激突した。

 

「さて、頼まれてたお仕事も済んだ事だし、そろそろ帰るとするか」

 

「——待って。 こんな回りくどい事をしたんだ、何か思惑があるんでしょう……結社の方で?」

 

「あ……」

 

「そういう事か……」

 

「ん……ああ、今回の目的はお前だ」

 

帰ろうとした所を引き止め、質問するレトにヴァルターは答え……レトを指差した。

 

「なに? どういう意味だ?」

 

「結社が計画を進める上で、どれくらいお前の存在が障害になるのか見極めるためのな」

 

「……それで、お眼鏡に叶ったのでしょうか?」

 

「個人的にはまあ満足だが……結社を止めるには足りないな」

 

いくらレトが卓越した強さを有していたとしても、結社には躓くための道端に転がる石にもなれないという事だろう。

 

「次にやり合う時は、もっと俺を楽しませろよ」

 

「ま、待て!」

 

「いいよ。 行かせて」

 

「——クソ! 待ちやがれ!!」

 

レトは追いかけようとするラウラを手で制する。 だが、吹き飛ばされた金茶の少年は起き上がり、得物を構える。 ヴァルターは自身に爪を向ける少年を見つめ……ニヤリと笑った。

 

「金茶のガキ、良い目をしているな……《漆黒の牙》……いや、昔の《殲滅天使》と同じ目だ。 いや待て、その左眼……」

 

「なにブツブツ言ってやがる!」

 

「クハハ……帝国も面白くなりそうだな。 だが、俺はこの後共和国に向かう。 次に会うのはいつになるか知らねぇが……また会おうぜ」

 

再び跳躍し、《痩せ狼》はロック=パティオの闇の中に消えていった。

 

「チッ、クソが……!」

 

行ってしまったヴァルターが見えなくなると少年は悪態をつき、その場を去ろうとする。

 

「待て、そなたは一体……」

 

「んな事、アンタらには関係ねえ。 俺はただラクウェルを荒らしやがったグラサン野郎が気に食わなかっただけだ」

 

「それでも助けてくれた事には変わりありません」

 

「感謝する。 名前を伺っても?」

 

「ケッ……」

 

名乗らず、少年は背を向けて片手をヒラヒラさせながらその場を去って行った。

 

「彼は、ラクウェルの人間だったのでしょうか?」

 

「さてな。 別段気にする必要も無いだろう」

 

「にしても今のが痩せ狼かぁ。 ヤバさ満載のおじさんだったね」

 

暗闇に消えて行った先を見つめながらミリアムは身震いを起こす。 と、そこで「さて」と言いながらレトは膝についた砂をはたきながら立ち上がる。

 

「午後の実習放ったらかしにしているし、早く帰って依頼を終わらせないとね」

 

「そうだな。 宿の店主を心配させるわけにもいかないだろう」

 

「ええ〜? もう帰って寝ようよー!」

 

「なんだ、もうへこたれたのか?」

 

「早く帰って終わらせないと、日が暮れちゃいますね」

 

「うん。 急ぐとしよう」

 

ひと騒動起きたが、それでも終わればいつまのVII組。 レト達は駆け足でオルディスに戻るのだった。




二話でオルディス終了……ちくせぅ……


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終章I
57話 学院祭・準備


どうやらA班もB班と同じくトラブルに巻き込まれたらしく、帝国解放戦線とひと騒動あったそうで……その日、帝国解放戦線の幹部全員が死亡、組織は壊滅したらしい。

 

そしてザクセン鉄鉱山と、ガレリア要塞での功績を称えられVII組のメンバーはバルフレイム宮に招かれた。 だが、そこで問題があった。 関係者しか招かれてなかったため……皇族・レミスルトの立ち位置が曖昧になってしまった。

 

本来ならリィン達と同じように椅子に座る皇帝の前で跪き頭を下げる必要がある。 だがその場にはレトの正体を知る人物のみ……結果、リィン達が跪く中、頭を下げるだけで立つ事になったりもした。 その時のセドリックとアルフィンはユーゲンス皇帝の両隣で笑いを堪えていたのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

10月21日——

 

また騒動に巻き込まれてしまったが何はともあれ、こうして無事に学院に戻ってこれ、レト達は学院祭の準備に追われていた。

 

学院祭を2日後に控えているも、レト達VII組は未だにステージで行うバンドの練習を続けていた。 ちなみにバントの際、レトはエリオットと一緒にキーボードを兼任している。

 

「えっと……これがいいかな?」

 

その頃、レトは学生会館にある写真部の部室の中で写真と睨み合っていた。 レトは学院祭で写真部が出す写真を選んでいた。 出し物がステージである分、準備は少ない時間で出来るのでこうして唸っていた。

 

「うーん、これじゃあダメですか?」

 

「ダメに決まっているだろう。 そんな大きな魔獣を子ども達に見せるわけにもいかないでしょう」

 

レトが差し出した四足歩行のサメの魔獣が写っている写真。 それを部長であるフィデリオは首を振って却下した。

 

先ほどからレトが見せているのは全て魔獣の写真……趣味が悪いにも程があった。

 

「たまに風景画はあるけど……なんで君は魔獣ばかり撮るんだい?」

 

「んー、離宮にいた頃は撮る物が無かったし。 兄さんにコッソリついて行って、初めて魔獣を見た時から手当たりしだい……その後はセピスにしましたけど」

 

「え……」

 

「——あ、これなんかどうですか?」

 

何か聞き捨てならない事を聞いた気がするが……操作していた導力カメラを差し出して映し出された画面を見せた。

 

写っていたのはロック=パティオだった。 下から見上げる不思議な形の岩山はとても不可思議だった。

 

「うん、これはいいね。 じゃあこれで最後にしよう」

 

「はい」

 

最後にオーケーが出て、レトは息を吐いた。 だが最後の写真はまだ導力データで実物の写真はない……レトは現像するために第3学生寮の自室に向かった。

 

「あ、レト」

 

その途中、駅前の公園のベンチで座って休んでいたエリオットと会った。

 

「やあ、エリオット。 こんな忙しい日に日向ぼっこかい?」

 

「あはは、寮に忘れ物を取りに行って、少し小休止しているだけだよ」

 

そう言いながらレトはエリオットの隣に座った。 夏も過ぎ、少し肌寒くなったこの頃の日差しはとても暖かく感じられる。

 

「そういえば今まで聞かなかったけど……レトは誰からピアノを教わったの?」

 

「兄さんからだよ。 事あるごとに色んな楽器を押し付けては教えるし、何しなくてもすぐ側で演奏してくるから身体が勝手に覚えてね……あの変態め」

 

「そ、そう……でもオリヴァルト殿下からかぁ、薔薇園で聴いたリュートの音、かなりの腕前だということは分かったよ。 あの音色はそう簡単に出せないよ」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

嫌う節があるも、やはりレトはオリヴァルトの事が好いているようだ。 だが奴はおちゃらけた人間という事からか、素直にはなれないようだ。

 

「じゃあ僕はいくね。 午後になったら旧校舎で練習の続きだから、覚悟しておいてね」

 

「う、うん」

 

少し語尾を強め、エリオットは脅すようにそう言い。 レトは気圧されながらも頷くのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

部室に現像した写真を提出し張り出した後、手持ち無沙汰となったレトは他のクラスの手伝いをしつつ学院内を歩き回っていた。

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

後ろから声が聞こえ、振り返ると……そこには“カプア”と書かれているサンバイザーを付けた、長い青緑色の髪をした女性が荷物を乗せた台車を押していた。

 

「もしかして、レトか?」

 

「あなたは……ジョゼットさんですか?」

 

お互いに知り合いのようだが、長い間会っていなかったからか名前を言って本人か確認する。

 

「久し振りだねぇ! 影の国以来かい?」

 

「はい、お互いあの時は大変でしたね」

 

「そうそう。 特にあの女王がねぇ……」

 

昔を思い出しながら2人は会話を弾ませる。

 

「そういえば今思い出したけど、ジョゼットさんも帝国出身でしたっけ? 僕は帝都出身でしたけど……ジョゼットさんは?」

 

「あぁ……うん、リーブスっていう町。 帝都の西にあって、帝都を挟んでちょうどこのトリスタと反対側にある近郊都市だよ。前に里帰りで寄って見たけど……騙されて奪われた領地は作りかけの別荘地になってたよ」

 

「それは……」

 

「いいさ、これは僕たちカプア家の失態さ。 今はこうしてカプア特急便で充実している……不満なんてないさ」

 

気にしてない風にジョゼットは笑顔でバイザーを指で弾いた。

 

「そうだ。 学院宛に複数の荷物を届けに来たんだ。 多分、学院祭で使う備品だろうね」

 

「そうだったんですか。 なら手伝いますよ」

 

レトはジョゼットの配達を手伝う事にし、学院を案内しながらスムーズに配達物を渡す事が出来た。

 

「へぇ……当たり前だけどジェニスでの学園祭にも参加出来なかったし、この後は帝国西部に向かうから参加は無理かな」

 

「ですね。 それにしても山猫号を使っているおかげか、やっぱり運送が早いですね」

 

「ウチは“最速で、お届けします、真心を”が信条だからね」

 

そして、2人は配達物を全て配り終え。 レトはすぐに次の配達に向かうジョゼットを見送っていた。

 

「やぁ、助かったよー。 お陰で早く配達を済ませることが出来たよ」

 

「このくらい当然です。 リベルアークの時、ジョゼットさん達にはお世話になりましたから」

 

「んー、迷惑かけた記憶しかない気がするんだけど……役に立てたのなら良かったよ」

 

そう言いながらジョゼットはレトに1枚の紙を渡した。 その紙には複数の数字の羅列……恐らくは導力通信の番号が書かれていた。

 

「これは?」

 

「カプア特急便の連絡先だよ。 届ける物があってもいいし、それ以外の相談も受け付けているから気軽に連絡して来てな。 こっちも皇族御用達になれば箔がつくし!」

 

「それが本音ですか……っていうか、本来僕は表に出れないんですよ?」

 

「あはは、分かってるよ。 それじゃあな!」

 

ジョゼットはテヘッと舌を出し、笑いながらトリスタ駅に入って行った。 それを見送ったレトは呆れながら息を吐いた。

 

「全く、あの人もしたたかになったものだね。 いや、あの騙されやすい兄を持てばそうもなるかな……?」

 

ヒゲを生やした豪快に笑う太めの男性を思い出しながらレトは踵を返し、再びを学院に向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おーい! こっちにテープをくれー!」

 

「はーい、ただいま!」

 

「レト君、ちょっと備品の確認してくれる?」

 

「分かりました!」

 

「レトーー!」

 

日もそろそろ暮れ始めた頃……他の学生に頼られ、走り回っているレトがいた。 だが、学生達が頼っているレトは……複数人いた。

 

つまり分け身のレト達が学院内を走り回っていた。 トールズの学生達はこの光景をもう見慣れているらしく、手品を見ている風な目でレト達を見ていた。

 

レト達が横に並ぶと同学年にいる双子の姉妹以上に似ている……というか、当然同一人物である。

 

「レト、凄く頑張っているわね」

 

「やる事がないから分け身の精度を上げる為に手伝っているらしい。 理由はともあれ一石二鳥だな」

 

「……そうなんだ」

 

「あはは! レトらしいね!」

 

レト達がアリの如く働く光景をアリサ、ラウラ、フィー、ミリアムの4人が本校舎の屋上からその活躍を見ていた。

 

「……相変わらず、変な才能の使い方だね」

 

「——“天才は変人が多い”というのがリベールでの教訓だったりする」

 

「きゃっ!?」

 

いつの間にかレトがアリサ達の背後を取っており、突然声をかけられたアリサ達は驚いた。

 

「わわっ、いつの間に!?」

 

「ふむ、まるで気付かなかった」

 

「というか、こんなに増えて疲れないの?」

 

「大丈夫だよ。 そこで1人休ませているから」

 

「それ、余計に疲れない!?」

 

レトが指差した方向にはベンチがあり、その上でレトが飲み物を片手に休んでいた。

 

分け身の原理は定かではないが、複数の体を頭1つで操るので精神にかかる負担はとても大きい。 休むのなら1人に戻った方がいいとだろう。

 

「しかし、いくら修行とはいえ長時間の分け身をしては精度が落ちていくのではないか?」

 

「そうだね。 その証拠にほら、分け身の質が維持できなくて子どもの分け身が出ちゃった」

 

「……分け身ってそういう減り方するの?」

 

「ビックリだねー」

 

フィーは言うと共に同じ身長になったレトを見て、顔に出さないも内心かなり驚いていた。

 

「相変わらず常識が通用しないわね……頭痛くなって来たわ」

 

「うん。 流石の私も驚いた」

 

「———! 全員終わったようだねっと」

 

そうこうしているとレトは立ち上がり、一息吐くと背筋を伸ばした。 どうやら手伝いが終わったようで、レトは分け身を消したようだ。

 

それと同時に正門から導力バイクに乗ったリィンとエマが帰ってくるのを見た。

 

「どうやら衣装は届いたようだし、僕達も行こうか」

 

「うん」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「へえ……悪くないんじゃない?」

 

「ふむ、露出は多めだが良いセンスをしているな」

 

「黒でお揃いなのもカッコイイ感じだよねー」

 

「……これなら悪くないかも」

 

旧校舎のホール。 リィンとエマが受け取って来た学院祭のステージ衣装に身を包んだアリサ達、一人一人細部が異なり露出もあるが許容範囲のようで特に気にしては無かった。

 

が、しかしこの4人と違い、ただ一人だけが意気消沈していた。

 

「ううっ……何だか落ち着かないです……」

 

シャロンによってコーディネートされ、眼鏡をはずし、髪を下ろしてステージ衣装を着たエマ。 露出は少ないものの、身体のラインが綺麗に浮き出ているためかかなり恥ずかしいようだ。

 

「いいんちょ、色っぽいねー!」

 

「フフ、まさかここまで華やかになるとは……」

 

「これなら成功する事間違いなしですね」

 

「ぶっちゃけエロいね」

 

「うううっ……信じた私が馬鹿でした……」

 

恥ずかしがるエマを見て、アリサは顎に手を当てて何度も頷く。

 

「うんうん、睨んだ通り、髪を解いたのは正解だったわね。 さすがシャロン、セットも完璧、グッジョブだわ!」

 

「ふふっ、恐れ入ります」

 

褒められやんわりと返すシャロンを余所に。 明日、この格好でステージに上がるのかと思うと……

 

「……もういいです……こうなったら恥も外聞も捨てて開き直るしか……」

 

「いいんちょーが壊れた!?」

 

と考えたいたエマが壊れた。 その光景を、天井近くの柱に座っていた黒猫が溜息をつきながら見ていた。

 

「へえ…みんな予想以上に似合ってるな」

 

その時、白い王子様をイメージしたステージ衣装に着替えたリィン達が歩いて来た。

 

女性陣と違い細部の違いはなく、統一感のあるステージ衣装だ。

 

「あら、そっちもいいじゃない」

 

「白い装束……古い宮廷風の意匠も入っているようだな」

 

「エセ王子っぽいけど悪くないかも」

 

「あはは、ボク達と違ってデザインは同じみたいだけどー」

 

アリサとラウラは素直に褒めるも、フィーはユーシスとマキアスが微妙に気にしていることをズバリ言ってのけた。 ミリアムに至っては指をさして笑う始末。

 

「まあ、期間も期間だったから違うデザインにはできなくてさ」

 

「野郎のステージ衣装なんざあんま凝っても仕方ねえだろ。 華は女子どもに持たせて男子はあえてお揃いにする…これぞメリハリってヤツだぜ」

 

「フフ、なるほどな」

 

「髪の色や背の高さが違うから逆に引き立つかもしれないね」

 

「…………? そういえばレトは?」

 

互いの衣装を見合わせる中、フィーがレトの姿が無いことに気付いた。

 

「ああ。 なんか用があるとかで昇降機の方に行ったぞ」

 

「ふぅん? 逃げたのかしら?」

 

「それは違うだろう。 一足先に着替え終えてから向かったからな」

 

リィン達が昇降機の部屋がある扉を見つめる中……その中にいたレトは昇降機の上に乗り、制御盤を見ていた。

 

(今いける階層は第6層。 僕の時とは違うけど……恐らくここの試練、今月中に佳境を迎えるだろうね)

 

「——なぁ」

 

レトの背後から赤に近い茶色い毛並を持つ小柄な猫、ルーシェが歩み寄り。 跳躍すると肩の上に乗った。

 

「うん。 この先帝国が……世界がどうなるかなんてわからない。 けど、僕はこの国というオーブメントのフレーム、その中に潜む歯車を見極めてみせる」

 

「にゃあー」

 

「——おーい!」

 

「レトー!」

 

そこへ、レトを呼びに来たリィンとアリサが中に入ってきた。 何故か2人は妙に焦っていた。

 

「そんな所で何してるのよ、早く来なさい。 エリオットが少し怒っているわよ」

 

「あのエリオットが怒るなんて……早く行った方がいいね」

 

「にゃ」

 

少し想像できないがこれ以上ここに止まる理由もなく、レトは駆け足で旧校舎のホールに戻るのだった。

 



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58話 学院祭・初日

10月23日——

 

前日、レト達VII組のメンバーは2日間夜遅くまでエリオットからオーケーを貰うまでリハーサルを続け。 加えて予定になかった3曲目の練習を行った日から1日……今日は待ちに待った学院祭。

 

VII組のバンドとI組の劇は2日目からなので、初日は学院祭を楽しむ事となっている。

 

「ふぁ〜」

 

「くぁ〜」

 

そんな中、本校舎の屋上でレトはベンチの上で寝そべっており、その腹の上でルーシェが丸まっていた。

 

「結社との戦いが嘘になるくらい平和だねぇ」

 

「——こんな所にいたのか」

 

そこへラウラがやって来た。 ラウラはレトの前まで歩み寄るとレトの顔を見下ろした。

 

「学院祭だというのに、お前は相変わらずだな」

 

「面倒な授業もなくてちょうどいい日和……これで寝ないなんて人生の損だよ」

 

「やれやれ、本当にマイペースだな」

 

呆れながらもラウラはポケットからチケットを取り出してレトに見せた。

 

「このチケットは?」

 

「生徒会が発行した学院祭の出し物を優先して遊べるチケットだ。 会長殿にレトに使って欲しいと渡されたのだ」

 

「ふうん? 二人一組のペアチケットかぁ……ラウラ、一緒にどう?」

 

「え…………ま、まあ、レトがそういうのなら……受けるのはやぶさかではないな」

 

突然のお誘いにラウラはソッポを向き、髪をいじくりながら誘いを受けた。 そしてレト達は学院祭に参加し、IV組が出し物をしている喫茶店に入った。

 

「東方茶屋《雅》……東方風の喫茶店のようだな」

 

「んー、リィンの八葉一刀流と太刀、僕の天月流と和槍がまさしく東方風なんだけど……これが和風というものなのかな?」

 

中はししおどしや竹などがあり、これが東方風なのかとレト達はそう思う。

 

「うーん! このおまんじゅう美味しいね!」

 

「この緑茶というのも美味だ。 紅茶とは違った味わいがある」

 

「これなら毎日でも食べたいかもね」

 

「にゃぁ」

 

運ばれて来たお茶と茶菓子をゆったりと食べ、味わいながらのんびりと過ごすレトとラウラ。

 

と、そこへヴィヴィとリンデがそれぞれ箱を持って2人の前にやって来た。

 

「はーい、お2人共。 当店自慢の占いをやっていかない? どっちかの箱から1枚ずつ紙を引いて、そこに書かれた内容が結果よ。 こっちが恋愛、リンデのご開運よ。 どっちにする?」

 

「おみくじねぇ……ラウラ、どっちにする?」

 

「うん、どちらも興味があるが……」

 

「にゃ」

 

どちらを引こうか悩んでいると、ルーシェがレトの膝の上に乗り、前脚をヴィヴィの持つ箱に乗せた。

 

「じゃあそっちにするかな」

 

「ふふ、恋愛運ね。 猫ちゃんも分かってるぅ♪」

 

「にゃふ」

 

どちらを引くかルーシェが決め、2人は恋愛運を試すためにおみくじを引いた。

 

「なになに? “共通点を持つ相手が吉。 互いを補い、高めあえるよき関係を目指すべし”ねぇ」

 

「ふむ……私は“ひたむきな強さが魅力——だがそれだけでは縁は遠のく。 自分らしさを忘れず、誇りを持って己を磨くべし”……」

 

読み終えたラウラは……みるみる顔を真っ赤にさせて行き、レトはよく分からず頭をひねった。

 

「な、な、な……!」

 

「うん? うーん……共通点、写真、導力ネット、考古学者……剣? うーん……ラウラ、分かる?」

 

「し、知らぬ!」

 

「お、おおう……」

 

物凄い剣幕で迫まってくるのでレトは思わずたじろいでしまう。

 

「ま、占いだしね。 そんな深刻にならなくても大丈夫でしょう」

 

「う、うん……そうだな……」

 

「にゃあ?」

 

何故か気不味い雰囲気になってしまい、その2人のやり取りを双子が慌て、面白がりながら見ており……とにかくレトは膝上のルーシェの背を撫でるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふふ……」

 

先程、レト達はギムナジウムの練武場でみっしぃパニックというV組が作ったアトラクションで遊んだ。 それで高得点を取り、みっしぃ人形を手に入れラウラにプレゼントしたためラウラは上機嫌で人形を抱きしめていた。

 

(なんとか機嫌が直ってよかった……)

 

喜ぶラウラを見てレトは一安心する。 しかし、みっしぃパニックを遊ぶ際にレトが少しばかり本気を出してしまい……何体かのみっしぃは天に飛び立ってしまってたりする。 ちなみに、死因はピコハンによる撲殺である。

 

だがその甲斐ありラウラの機嫌は良くなった……儚い犠牲である。

 

「ラウラってみっしぃそんなに好きだったんだね」

 

「ん、そんなに可笑しいか?」

 

「ううん。 女の子らしくていいと思うよ」

 

「そ、そうか……そうかそうか……」

 

嬉しかったのか、ラウラはうんうんと何度も頷く。 その後、2人はフィーと合流し、そのまま一緒に学院祭を周り……今は学生会館で一休みしていた。

 

「ふう、流石に疲れたな」

 

「……ん。 こんなに楽しめたのは久しぶり」

 

「そうだね。 ジェニスも悪くなかったけど、これはこれで」

 

少し昔を思い出しながらもレトは喉が渇きを感じ立ち上がった。

 

「飲み物を買いに行こうかな……2人も何か飲む?」

 

「それでは紅茶を頼む」

 

「……オレンジジュースで」

 

注文を聞いて飲み物を買いに席を外し、カウンターに向かおうとすると……

 

「——ん?」

 

ふと、ガラス越しに見覚えのある人物が写っていた。

 

「ほーほー、やはり祭りはええもんじゃー(ハグハグ)」

 

「………………今のは……」

 

レトはもしやと思いながらその影を追いかけると……そこには地に着きそうな程長い金髪の少女……ローゼリアがいた。

 

その両手は学院祭の屋台で売られている食べ物で埋まっていた。

 

「なーにしてるんですか、ローゼリアの婆様」

 

「ふむん?(ゴックン)。 なんじゃ、レミィではないか。 久しいのー、息災であったか?」

 

「全く……こんな所で油売ってていいんですか?」

 

「ワシだってたまのばかんすだってしたいんじゃよ。 エリンの里は娯楽がなくて仕方ない」

 

「学院祭がバカンスって……まあいいか。 ここに来たのはエマの様子を見にきたんですか?」

 

既にレトはエマが魔女だということは知っており、ローゼリアは少し驚いたような顔をする。

 

「なんじゃ、知っとったのか。 それもあるが、ここに来たのはレミィが()を御せた祝いと……ヴィータを探しにな」

 

「ヴィータ? 誰ですか、その人は」

 

「エマの姉弟子じゃ。 まあ、本当に姉妹同然のような関係じゃったが……この町近付いた時に感じられた呪いの気配……あれは間違いなく魔女の秘術。 エマには扱えん、となれば残るは奴しかおらんのじゃ」

 

エマやローゼリア以外にもこの地に魔女の末裔がいる……しかしそれが誰か分からず、その人物を知っている事を前提に話しているローゼリアの話にはついて行けなかった。

 

「よく分かりませんけど……その人を探せばいいんですか?」

 

「——いや、あの娘の事じゃ、もうこの町にはおらんだろう。 ワシは何の呪いか探る、レミィは祭りの催しを楽しんでおれ」

 

「その割に婆様もとてもお楽しみのようで……」

 

両手に視線を向けると、ローゼリアは慌てて背の後ろに隠したが……目の前で隠したので当然意味はなく、少し恥ずかしそうにする。

 

「コホン……レミィよ、心しておけ。 祭りの後というのは、その次にさらに巨大な出来事が起こるものだ」

 

「あんまりシャレにならないですね、ソレ」

 

「フフ、まあ年寄の戯言程度くらいに思うが良い。 ではな」

 

言いたい事だけを言ってローゼリアは学院祭の人混みの中に消えて行った。

 

「……あ、飲み物」

 

呆気にとられてしまったが、レトは飲み物を購入しに再び学生会館に入った。

 




この時期でローゼリアに祭りに行かせるとこう言わせたくなる。

ローゼリア「……はむはむ。おぉー、いとおかし」

うーん、似てなくもないかな?


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59話 異変と仲間外れの皇子

学院祭初日の夜……初日の学院祭はつつがなく、とても盛況だった。 そしてVII組のメンバーが食堂で明日の出し物について話し合っている中……

 

「あーーっはははっ!!」

 

「ナァ……」

 

レトは1人、自室で《赤い月のロゼ》を馬鹿にするように読みふけっていた。 それを側で見るルーシェも呆れたような顔をする。

 

「あのローゼリアの婆様がレイピアと大型拳銃を二丁に加えて法剣を使うなんて……全く想像出来ないんだけど!」

 

レトはお子様体型のローゼリアに武器を持たせた姿を想像し……

 

ちなみに、《カーネリア》という七耀教会を題材にした星杯騎士団についてそれなりに詳しく書かれている小説がある。

 

最後にはヒロインが死ぬ事になるのだが……モデルとなった女性は今もなお、とても元気に生きていたりする。

 

「……母上も含めて、女性の化け物って多過ぎないかな……」

 

まさしく小説は事実より奇なり。 事実、《紅耀石(カーネリア)》はレトを(色んな意味で)子ども扱いしたあの《鋼の聖女》と単独で対抗できる数少ない人物だ。

 

「ナァ………(ピクッ)」

 

「——ん?」

 

唐突にレトは小説から顔をそらし、天井を漠然と見つめる。 ルーシェも何かを感じ取ったのか微動だにしない。

 

(この霊力の流れは……)

 

そう考えていた次の瞬間……部屋の外からゴーンゴーンと鐘の音が響いてきた。 いつも学院で鳴っている鐘ではない……まるでローエングリン城で響いた鐘と同じ音色だった。

 

気になりベットから身を起こし、道に面している窓を開けると鐘の音が大きくなった。 それと同時に寮の入り口が蹴破るように開き、食堂で会談していたはずのリィン達が飛び出して行った。

 

目的はもちろんこの鐘の音についてだろう……そう踏んだレトも身支度を済ませ、窓の縁に足をかけて跳躍、屋根伝いに学院前まで飛んだ。

 

鐘に導かれるまま旧校舎に向かうと……旧校舎がローエングリン城と同じように青白い光を放っていた。 さらに半球状の同色の壁が旧校舎を取り囲んでいた。

 

「皆!」

 

「レト」

 

「遅いぞ。 何をやっていた」

 

「ちょっとね」

 

置いていかれた感もあるが、遅れたことを軽く軽く謝罪する。 状況を把握すると……前触れもなく旧校舎の鐘が鳴り、すぐに今のような事態になったようだ。

 

この事態を見て学院長が教員やトワ達に指示を出し、学院祭を中止するという話に流れになって行っていた。

 

「ま、待ってください!」

 

「まさか……学院祭を中止にするつもりですか?」

 

「仕方ないわ、この状況じゃ。 こんな異常事態……夜が明けても続いたりしたら、とても来場客は入れられない」

 

「周囲にどんな被害があるかもわからない状況だし。 学院……ううん、トリスタにも避難指示を出す必要があるかも……」

 

「そ、そんな……」

 

「チッ……そうなっちまうか」

 

「……危機管理の観点からすれば当然かもしれませんが……」

 

この異常事態を見れば当然の決断。 しかし納得もできない……明日に向けて頑張って練習を続けて来たVII組や、他の学生達の成果が報われなくなっしまう。

 

「この一ヶ月——俺達、それに他のクラスも学院祭に全てを賭けてきました」

 

突然、リィンがこの一ヶ月や、今までの学院生活で思った事を話し始めた。

 

「単なる意地の張り合いだったり、身内への見栄もあるかもしれません。 皆で一緒に何かを成し遂げるのが単純に楽しかったのもあります」

 

「リィンさん……」

 

「………………」

 

「だけど——それだけじゃない。 俺達がここにいるのは“証”……それが残せるかどうかなんです。 勝ってもいい、負けてもいい。 大成功でも、大失敗でもいい。 これまで教官や先輩達に導かれお互い切磋琢磨してきた、全てを込めるためにも……どうか俺達に“明日”を掴ませてもらえませんか!?」

 

「あ———」

 

「……………………」

 

説得するように、しかし思いを告げるようにリィンは叫ぶ。 思いは確かに伝わったが、ヴァンダイク学院長は無言のままだった。

 

「ぼ、僕からもお願いします!」

 

「……自分からもお願いする」

 

「フッ、出来る悪あがきなど知れてはいるだろうが……」

 

「それでも、可能性がゼロでない限り最後まで諦めたくありません」

 

「同感。 いっぱい練習したし」

 

「ボクもボクも! これで終わりはやだよー!」

 

「元より、この建物の調査は我らの役目でもありましたゆえ」

 

「今回の異常事態についても私達が調べるのが筋でしょう」

 

「僕も、皇族としてではなく一学生として、この事態を解明して食い止めてみせます」

 

「……………………」

 

意思は固く止めても無駄のようで、サラ教官はやれやれと首を振る。

 

「あんた達……」

 

「ふう……本気みたいだね」

 

「やれやれ、聞いてるこっちが気恥ずかしくなってくるぜ」

 

「ふーむ、意気込みはともかくこの障壁をどうするかですが…………おやぁ、リィン君? 腰の所、どうしたんですか?」

 

「え——」

 

トマス教官がそう言い、リィンは腰を見下ろすと……腰のベルトに懸架していたホルダーが光っていた。

 

「……これは……」

 

「アークスのホルダー?」

 

「ああ、どうしてこんな——」

 

不可思議に思いながらもリィンはアークスを取り出した。 アークスを開くと中心から結界と同じ光を放っていた。

 

「……!」

 

「そ、それって……」

 

その淡い光は特別オリエンテーリングの際にアークスが発した光と同じだった。 その光に呼応してか、他のVII組メンバーのアークスも同じ光を放ち始める。

 

初めてリンクした時と同じ、全員の心が一つになる感覚……そらを初めて味わうクロウとミリアムも、驚きつつも心地よさそうだった。

 

「!」

 

「リィン?」

 

突然リィンが結界の前まで歩み寄り、光を放つアークスを掲げて結界に触れると……結界とアークスが共鳴するような反応を示し、弾かれることなく手は結界をすり抜けた。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「これは……旧校舎そのものと共鳴し合っているのか?」

 

「——ええ。 間違いないと思います。 そして、俺達VII組メンバーなら旧校舎の中に入る事が出来る」

 

それを聞いたレト達は、意を決して結界の前まで歩く。 それを見送る事しか出来ないサラ教官は溜息をつく。

 

「はあ……参ったわね——学院長、すみません。 どうやら育て方を間違えてしまったみたいです」

 

「フフ、この上なくよくやってくれたと思うぞ。 それに、どのように育つか選ぶのもまた若者達じゃろう」

 

どうやらヴァンダイク学院長は旧校舎の異変の調査を認めたようで、旧校舎に向かおうとするVII組メンバーの前に立った。

 

「——現在、19:40。 VII組の面々は24:00までの探索を許可しよう。 それ以上はさすがに“明日”に障りがあろうからな」

 

「あ……」

 

「それでは……」

 

「君達の“証”を残すためにやれるだけやって来なさい。 多少の無茶なら許可するわ」

 

「それと一応、女神の加護を。 無理をせず退くというのも勇気のうちだと思いますよ〜」

 

「みんな……! くれぐれも気を付けて! わたしたちも出来る限りバックアップするから……!」

 

「技術棟も開けておくから整備が必要なら来るといい。 それと、売店や食堂も閉めないように頼んでおくよ」

 

そしてトマス教官、トワ会長、ジョルジュ先輩達の応援を受け。 リィン達は旧校舎へと足を踏み入れるのだった。 が……

 

ゴチーン

 

『………………』

 

「…………え、なに? この流れて僕だけハブられるの!?」

 

抵抗無く通過しようと結界に向かって歩こうとしたら……結界に阻まれて片方の頰が潰れながらレトは叫ぶ。 結界の先にいるリィン達に手を伸ばそうとするも、返ってくるのは固い感触だけだ。

 

「え、嘘……マジですか!?」

 

「な、なんでレトだけが……」

 

「……まさかレトって本当はV組?」

 

「いやなんでV組? でもまあ、アークスも反応しているのにどうして通れないのかしら?」

 

「ふむ……(()()が関係しているなら納得するやもしれんが……それなら私とて少なからず影響が……)」

 

(古のアルノールの血が? いえ、もしくは緋の力の所為で候補者であろうと試練自体が彼を拒絶している?)

 

どうしてレトだけが通れないのか不審に思う中、サラ教官は諦めを促すようにポンとレトの肩を叩いた。

 

「なんだか分からないけど、レトはお留守番みたいね」

 

「くううぅっ! こうなったらケルンバイターで……!」

 

「あわわ! ダメだよそんなことしちゃ!」

 

「やめなさい! 何が起こるか分かったもんじゃないわ!」

 

「中にいるリィン君達に何かしらの影響を与えるかも知れないし、力づくはやめた方がいいかな」

 

「この程度の結界、ケルンバイターの前じゃバターにも等しいのに〜!!」

 

ケルンバイター取り出して振り回すレトを慌ててサラ教官達が抑え込む。

 

「すまないレト。 後のことは俺達に任せてくれ」

 

「お前はルーシェと戯れながらゆっくり待っているといい。 椅子に座って構えるのは得意だろう?」

 

「無用だと思うが、もしもの時があれば会長達を頼んだぞ」

 

「それじゃあ、行ってくるねー!」

 

結界に張り付くレトを置いて、リィン達は旧校舎に入って行ってしまった。

 

それを見送る事しか出来ないレトは……隅に寄って体育座りして蹲っていた。

 

「シクシク……グレてやる……執行者になってやる……」

 

「ナァ(ポンポン)」

 

「この程度で執行者になられたらたまったもんじゃないわよ」

 

「あはは……よくわからないけど、皆が無事に帰って来るのを一緒に待ってようね」

 

ルーシェに膝を叩かれながら慰められ、レト達はリィン達の帰還を待ち続ける。

 

「あーあ、世界滅びないかな——ん?」

 

「!? フーーッ!!」

 

不意に、落ち込んでいたレトは顔を上げ。 ルーシェは背中の毛を立てて空を睨みつける。

 

「……ちょっと用事を思い出しました。 ここは任せます」

 

「え、ええぇっ!?」

 

「ちょっと、レト!」

 

トワやサラ教官は驚愕し、止める間も無く……何かを感じ取ったレトはルーシェを乗せてその場から飛び出した。 その背中を……

 

「済まぬな。 お主に行かれると試練にならんのでな」

 

遠くから緋い瞳が見つめていた。

 

レトはさらに街を飛び出し、レトは西トリスタ街道から外れた林の中に入った。 少し待っていると上空から風を切る音が聞こえて来た。 すると夜空から巨大な翼の生えたトカゲのようは影が現れ……深緑色の竜がレトの前に降り立った。

 

「——レグナート! 急にどうしたの?」

 

『久しいな。 緋き獅子の心を持つ人の子よ。 そして……其方も。 幾千の時が流れ、もう会う事は無いと思っていたが……』

 

かなりの高さから急降下したのは恐らくレーダーに感知されずに帝国に侵入したかったのだろう。 レグナートはレトを一瞥した後、その頭上に乗る緋色の猫を見た。

 

「ナァー」

 

『…………話には聞いていたが。 元の姿はおろか念話すら出来ないとは。 《鋼》か……遥か東の地で起こる《黄昏》も既に末期……この時代で、とうとう災厄が起こるやもしれんな……』

 

「……歴史は繰り返される……か」

 

ふと、何かを思い出したレトは頭の上に乗るルーシェをレグナートに見せながら指差した。

 

「そうだレグナート。 ルーシェについて何か知らない?」

 

「ニャッ!?」

 

『ふむ、其奴の正体を知らなかったのか?』

 

「うん」

 

レトはルーシェが普通ではないとは思っていたが、長年の付き合いもあり深く調べようとはしなかった。

 

『そうか……其方の頭に乗るのは我れらの同胞(はらから)。 女神より遣わされし聖獣の1体……《焔の聖獣》トール。 それが其奴の名だ』

 

「へぇ、そうだったんだ。 昔から成長してない事や、妙に賢いとは思ってたけど……そうだったんだ。 もしかして父上は君の名をあやかって士官学院に《トールズ》って名前をつけたのかな? 獅子も猫だし」

 

「……フン……」

 

『フフ、素直では無いのは相変わらずだな』

 

口で発生する器官が無いとはいえ、レトにはレグナートの口元が緩んだように笑ったように見えた気がした。

 

「それでレグナート。 盟約から解放されて自由になった君が僕に何の用なの?」

 

『少し話がしたいと寄ったのだが……また、ただならぬ事態になっているようだな』

 

レグナートはレトから視線を離して学院の方を向いた。 その視線の先には旧校舎がある。 恐らく異質な気配を感じ取ったのだろう。

 

「あっちは僕の仲間に任せておいて平気だよ。 それより本題に」

 

『ああ。 話ついでに少し土産をな』

 

レグナートの頭上がキラリと光、光がレトの元に落ちてくる。 片手を前に出して受け取ったのは……手の平サイズの白い鉱石だった。

 

「これは……白い鉱石?」

 

『遠い東にある枯れた泉にあったものだ。 清浄な気配を感じたものでな……一眼見た時、お前の顔が思い浮かんだので土産にとな』

 

「へぇ、ありがとうレグナート!」

 

レトは月に向けて白い鉱石をかざす。 月明かりに晒された鉱石は光量を増して光を反射させる。

 

と、そこでレトはレグナートの視線に気づく。 レグナートはまるで観察するようにレトの事を見ていた。

 

『……また強くなったようだな。 人の子の生涯は我にとって刹那の間とはいえ、その短かき命を大きく輝かせる。 フフ、銀の剣士から受け継いだ意志と劔……己が物にしたか。 さしずめ、今のお前は《緋の剣士》と言った所か』

 

「そんな大層なもんじゃないけどね。 僕は僕のしたい事を、歩きたい道をただ歩いているだけ。 その道は険しく、辛いし間違っているかもしれないけど……後悔だけはしないつもり」

 

「ナァ……」

 

『そうか…………——ム?』

 

レグナートが異変に気付いた瞬間……前触れもなく、レト達の周囲に金色に光る……幻のような無数の蝶が飛び交い始めた。

 

「フーーッ!!」

 

「金色の……蝶?」

 

『——フフ、フフフ』

 

続いて、女性の笑い声がまるで周囲の蝶から発せられて来た。 囲まれた状態からなので四方から声が響いてくる。

 

『近くにはいないようだな』

 

「もしかしてまた執行者!?」

 

『和やかな所悪いんやけど邪魔するんよ。 身食らう蛇の執行者。 No.III、《黄金蝶》……今はそう名乗っておきましょうか』

 

「なっ!?」

 

まさか予想通りとは思わず、レトはケルンバイターを抜き首を常に振って辺りに漂う黄金の蝶を警戒する。

 

『伝説に名高き女神より遣わされし聖獣……お目にかかれて光栄どすえ。姿を見せない無礼をお許し頂ければ幸い』

 

『フム……あの時の輩どもと同じ者か』

 

「No.III……会った事は無いと思うんだけど?』

 

『お初にお目にかかります。 カンパネルラやマクバーン、それに《鋼の聖女》や《蒼の深淵》も気にいってはる《緋の剣帝》……興味が出るのは当然どす』

 

「……とーっても、不本意ですけど……」

 

『ふふ、いけずやなぁ』

 

レトは剣帝の名に色が付けられている事や、使徒や執行者に目をつけられている事を不満に感じる。

 

『共和国もそうだけど、なんだが帝国でも面白くなりはったようで。 少し見に来てみれば……本当に面白くて、見逃せない場面に巡り会えた。 ふふ、執行者の半数に気に入られているレーヴェの弟子に……まさか()()()の姿も見れるなんて、本当に今日は幸運』

 

「あの子?」

 

『ええ、まさかあそこまで感情豊かになるなんて……でも、腹の奥底はまるで変わってないようで安心したわあ。 それでこそ、《月光木馬團》の最高傑作』

 

「月光……木馬……?」

 

どこかの組織を示していると思われるが……その問いを聞く前に、徐々に飛び交う蝶の数が減って来ていた。

 

「! 待て!!」

 

『今日はもういぬとしましょう。 次に会えるのはいつになるかは分からない。 けど、その気があるなら東に来ひんさい。 (えにし)があるなら、ね』

 

最後に「ほなさいなら」と言い全ての蝶が消え……その場は静寂に包まれた。 狐につままれたような気分になる中、ルーシェが先に静寂を破った。

 

「ナァー。 ニャーニャー」

 

『! そうか……ツァイトも壮健であったか。 それは良き朗報だ』

 

「……この雰囲気からよくその話を持ち出せるね」

 

「フン」

 

本当に強引な空気の変え方だが、苦笑したレトは肩から荷が降りたようにリラックスした。 と、その時、突然レグナートが顔を空に向け。 翼を羽ばたかせ始めた。

 

「行くのかい?」

 

『ああ。 済まぬな、このような場で立ち会ったとしても、我は力になれぬ』

 

「気にしないで。 人間が引き起こした物は人間が沈めないと行けない……そこに聖獣の無理強いは出来ないよ」

 

『感謝する——さらばだ、緋き人の子よ』

 

強くなっていく風に比例し、徐々にレグナートの体が浮き上がり……レグナートは空高く、闇夜の中に消えて行っしまった。

 

「旧校舎の方も一大事だけど、こっちはこっちで一大事だねー」

 

「ナァ」

 

「……うん。 そろそろ明日になる、行こう」

 

もうじきレト達VII組が掴む“明日”が来る。 それを見届けるためレトは再び旧校舎に向かった。

 

旧校舎が見えてくると……あの旧校舎を覆う青白い結界が消えていた。 と、そこでトワが近付くレトに気がついた。

 

「——あ、レト君!」

 

「全くどこほっつき歩いていたのよ?」

 

「あはは……それよりもこれは?」

 

「ふふ、どうやらリィン達がやってくれたみたいね。 今から私達も中に入るんだけど……当然、あなたも来るわよね?」

 

「もちろん」

 

「ナァー」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

結界が消えた旧校舎に入り、レト達は奥の部屋にある昇降機で旧校舎の最下層である第七層に辿り着いた。 最下層には光る歯車が駆動している巨大な門があり、門の中はまるで異次元に繋がっているかのように空間に渦が巻いていた。

 

レトは特に何事もなかったかのように普通に中に入ると……そこは不思議な空間に浮かぶ遺跡だった。

 

「へぇ……」

 

「これは圧巻ね」

 

「……あ! クロウ君!!」

 

「——え!? み、皆!?」

 

門の側にはクロウ、エリオット、ミリアム、ラウラの4人がいた。

 

「どうやってここに……」

 

「ラウラ。 大丈夫のようだね」

 

「うん。 レトがいないかといって、この程度で根を上げてはいられないからな」

 

「オメェらがここに来れたって事は……奥でリィン達がやったようだな」

 

ここにレト達が来れた理由に検討がついたクロウは側にあった転移装置に歩み寄る。

 

「転移装置で最奥に行くぞ。 早く来い」

 

「う、うん!」

 

「ど、どうなったんだろう?」

 

(——レト。 おおよそ同じ道筋だった)

 

(………、そう……恐らく、リィンが……)

 

「…………」

 

ラウラが密かにレトの耳元でそう囁き、レトは1人納得した。

 

そして転移装置が起動し……最奥に到着し、さらに奥へと進んだ。

 

「ここが最奥……」

 

「……あ! 見て!」

 

「いたか」

 

するとら奥にあった扉の前でリィン達が倒れていた。 気絶しているが目立った外傷は無かった。

 

「しっかりしなさい!」

 

「だ、大丈夫っ!?」

 

「ん……」

 

呼びかけに応えるようにリィンが目を覚まし、それにつられて他のメンバーも次々と目を覚ました。 身体を起こし、辺りを見回すと……全員がまるで狐につままれたような顔をしていた。

 

だが、確実にいえる事は、VII組は試練に打ち勝った事だろう(1人を除き)……

 

「グハ……」

 

「(ポン)気落ちするな」

 

「(ポン)ナァ」

 

そこまで考え、仲間外れにされたレトがダメージを負い、励ますようにラウラとルーシェが肩を叩く。 と、そこでようやくリィン達が結界で阻まれたはずのレト達がここにいる事に気が付いた。

 

「もしかして異変が収まったのー?」

 

「えへへ、うんっ! 鐘の音も完全に止んだし、あの障壁も無くなったよ!」

 

「ちゃんと調べてみないと判らないけど……旧校舎も今まで通りに戻ったみたいだね」

 

「そうですか……良かった。 これで、明日の学院祭を中止にしなくて済みますね?」

 

安心したリィンがそう問いかけると、サラ教官は険しい顔をした。 リィン達はまさかと思ったが……サラ教官は真剣な表情で口を開いた。

 

「それは無理ね」

 

「うん。 無理無理」

 

便乗してレトも首を振る。 それを聞いたリィン達は困惑しながら驚いてしまう。

 

「え……」

 

「そ、そんな……異変が収まったのに!?」

 

「オイオイ、サラにレト。 そいつはあんまりだろ?」

 

「いやいやクーさん。 現実的に無理だから」

 

「現実的?」

 

「だって——もう日付変わっているから」

 

「あ……」

 

「もう、レト君……意地悪を言っちゃ駄目だよ」

 

「“明日”の学院祭は無理でも、“今日”の学院祭なら開かれる。 つまり、そういうことさ」

 

レト達が意地悪をしている事に気付くと、リィン達は気疲したように、しかしホッと胸を撫で下ろした。

 

「な、なるほど……」

 

「そうか……もう日が変わっていたのか」

 

「はあ〜……ビックリしたぁ」

 

「サラ、紛らわしすぎ」

 

「ふふっ……ごめんごめん。 さあ、学院長の言い付けもあるし、今夜はとっとと帰って寝なさい。 本番はあくまで“今日”の午後……ステージでの出し物でしょう?」

 

「はい!」

 

「ふふっ、それじゃあシャワーでも浴びて早めに寝ましょう」

 

「……深夜だから早めも何にもないと思うけど」

 

「それを言ったら——」

 

ガコン!

 

その時……正面にあった扉から重々しい音がして来た。 するとリィン達は扉の窪みを見て“赤い宝玉”がないと言う。 レト達が来た時には元からそんなものはないが……その疑問を解く前に、扉が開き始める。 そこには……

 

「こ、これは……」

 

(灰色か……)

 

(……騎神(デウス=エクセリオン)……)

 

——灰色の巨人が膝を立てて鎮座していた。

 



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60話 学院祭・最終日

10月24日——

 

学院祭2日目……今日はVII組の身内が何名か来ており、これは失敗出来ないと少し緊張が増していた。

 

講堂で演奏に使う楽器などのチェックが終わった後、VII組の面々は学院祭に訪れたそれぞれの家族の元に向かう中……レトは屋上で寝ていた。

 

「………………」

 

丸まっているルーシェを腹の上に乗せながらボーッとただ空の一点だけを見つめている。 考えている事はもちろん先日、旧校舎の最奥に現れた灰色の巨人について……帝国の歴史を紐解けばあれは伝説に伝わる騎士の伝承の一端だと思われる。

 

(けど、やっぱりおかしい……前々から思ってたけど、200年前の獅子戦役……騎神についての記録が全くない。 人伝でも全く伝わって無いのもおかしい……)

 

大昔でも、現代でも今の技術を超越した存在……記録に残さないにしても、人に与える衝撃は計り知れない。 とても忘れられる出来事ではないはずなのに……それは皇族の中でも伝わらず、細々と曖昧にしか今まで伝わらなかった。

 

「……しっかし、遅いなぁ」

 

皇族であるから仕方ないとはいえ、他のメンバーが家族と学院祭を楽しむ中、1人でいるのは少し寂しい……また仲間外れにされた気分になる。

 

「……何してるの、レト?」

 

「フィー?」

 

と、そこでレトの顔に影がかかった。 フィーが太陽を背にレトの顔を覗き込んでいたからだ。

 

「ラウラが呼んでいるよ。 怒らせるとメンドイから早く行こ」

 

「あ、うん」

 

「(クァ)………」

 

ルーシェをベンチに置き、レトはフィーに引きつられて屋上を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ラウラとアルゼイド卿、クラウスと合流したレトとフィーは学院祭を楽しんだ。 ラウラも最初は親の前ではしゃぐの恥ずかしそうだったが、次第になれて思うままに楽しみ……あっという間に午後を迎えた。

 

「ふぅ、流石に疲れたかな」

 

「うん。 少しはしゃぎ過ぎたようだな」

 

「……疲れた」

 

先程まで乗馬部主催のレースで勝負していたため、レト達3人はグッタリとグランド前のベンチに座り込んでいた。

 

「フフ、良き仲間と巡り会え、充実した学院生活を送れているようで安心した」

 

アルゼイド卿は娘の成長が本当に喜ばしいようで、嬉しそうに笑う。

 

その時……正門の方が少し騒ついているのをレトとフィーが感じ取った。

 

「? なんか騒がしいね」

 

「正門からだね」

 

気になって正門に向かうと……そこにはクレア大尉達、鉄道憲兵隊を護衛に引き連れたオリヴァルト殿下と、その妹のアルフィン殿下、リィンとエリゼが居た。

 

当然と言えば当然だが、皇族の登場で学院生はもちろん、来客までオリヴァルトとアルフィンに視線を集めていた。

 

「うーん、騒がれるとは思ってたけど……これじゃあ会いに行けないね」

 

「何を躊躇している。 家族と会うのに理由も何もなかろう?」

 

「いや、我が家の家族事情知っているよね? 僕が皇族だってバレたらマズイんだって」

 

「ふむ、なら私がともに行こう。 それなら波風立たずに済むだろう」

 

「ありがとうございます。 子爵閣下」

 

アルゼイド卿の提案を受け、アルゼイド卿に引きつられるように正門に向かいオリヴァルト達の前に出た。 と、そこでアルフィンがレトを視界に捉え……

 

「あ! あに——」

 

「ああー! アルフィン! 久しぶりだねー!」

 

呼ばれる前に、大声でかき消すようにレトがアルフィンを呼びかける。 さらにレトは唇に人差し指を当てながらアルフィンに目配せし、察したアルフィンは無言で頷く。

 

「やあ、愛しの我が弟よ。 元気にしてたかい?」

 

「あなたはもっと隠そうとしないのか?」

 

兄様(あにさま)、お兄様に対して隠し事は出来ないかと」

 

「うん。 それは兄妹揃ってだね」

 

アルゼイド卿に手伝ってもらった事に意味が無くなってしまい、レトは溜息をついて額を押さえる。

 

「そういえばセドリックは? あの子も来ると思ってたけど……」

 

「セドリックは他の予定が重なってしまってね。 兄様に会えないと、とてもガッカリしてましたよ」

 

「満面の笑みを浮かべながら言うんじゃありません」

 

「姫様。 あまりレト様をからかわないでください」

 

「ふふ、ならあなたのお兄様をからかってもいいのかしら?」

 

「姫様!」

 

おふざけをする姫をしかる付き人、毎度お馴染みの光景にレトとリィンは少しだけ緊張が解れる。

 

「それじゃあ僕達はステージがあるので、これにて失礼します」

 

「オリヴァルト殿下、エリゼをよろしくお願いします」

 

「ふふ、任せてくれ。 しっかりとエスコートしよう」

 

「よろしくお願い致します」

 

「父上、また後ほど」

 

「うむ。 日頃の成果を見せてみるがよい」

 

「……じゃ、また後で」

 

オリヴァルト達と別れ、レト達は講堂に入っていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……凄かったな……Ⅰ組の劇……」

 

I組の劇を見終わった後の第一声がそれだった。 緊張もミスもなく、相当練習を積み重ねた結果を目の当たりにし、完璧な仕上がりと言ってもいいだろう。

 

「ええ……気合の入れ方が違っていたわね……」

 

「フン……まあ悪くなかったとだけは言っておこう」

 

「し、しかし正直、自信が無くなってきたな……」

 

劇やステージにおいて公演する順番とはとても重要で、先に公演したI組の印象を残したまま次にVII組が公演する……いかにI組の劇に勝てるかが重要になるだろう。

 

また固まってしまった緊張。 サラ教官の激励を背に舞台側の控え室に向かった。

 

「リィン君達、失礼するね?」

 

本番の数分前……控え室にトワ会長とジョルジュが入ってきた。

 

「なんだ、陣中見舞いか?」

 

「はは、似たようなもんかな」

 

「えへへ……サプライズ込みだけど」

 

「——失礼するよ」

 

「え……」

 

「へ」

 

聞き覚えのあるハスキーボイス。 入って来たのは紺色のドレスを着たスレンダーな女性……と、思いきやアンゼリカだった。

 

「フフ、ギリギリ間に合ったかな? パトリック君達の舞台を見逃したのは残念だったが」

 

「ア、アンゼリカさん!?」

 

「先輩……来てくれたんですか!」

 

「なんとか来れたんだ」

 

「しかしなんつーか……お前、そんなに美人だったか?」

 

クロウの疑問も当然、ライダースーツの印象が強く疑問を禁じ得なかった。

 

「フフ、私としてはスーツの方が好みなんだが……学院生に行くために少しばかり父と取引してね」

 

「見合いを何件か受ける事になった、と」

 

「流石レト君、察しがいいね。 これは、それ用のドレスというわけさ」

 

「たしかに礼儀には適っている装いでしょうが……」

 

「アンゼリカさんが着るとちょっと迫力があり過ぎますね。 並みの相手が霞みそうなくらいに」

 

事実、それを狙っているのだろう。 予想通り、真面目に見合いをする気はさらさら無さそうで、しかもログナー公爵もそれを承知していそうだ。

 

「ふふっ、でもとっても素敵です」

 

「なんの、君達の艶姿に比べたらさすがに負けるというものさ」

 

いうや否やアンゼリカはアリサとエマを抱きしめて頬擦りを始めた。

 

「きゃっ……」

 

「ア、アンゼリカさん!」

 

「ん~やっぱり女の子はいいねぇ。 実家に帰ってからずっとむさ苦しい父の顔ばかり見て来たから癒されることこの上ないよ〜」

 

「……やれやれ」

 

「こ、こいつ……全然変わってねえ……」

 

「あ、あはは……」

 

「でも、これでこそアンちゃんだよね」

 

次にフィーとミリアムに抱き着くアンゼリカを横目にトワ会長はいつもの4人組に戻ったのが嬉しいようにニコニコと笑う。

 

「そういえばレト、確か皇子殿下と姫殿下も来ているんだっけ?」

 

「うん、来てるよ。 このステージを楽しみにしてるんだってさ」

 

「こ、皇族の方々が……一気に緊張して来たぞ……」

 

「ヘマをして方々のお目汚しをしたら、御家潰してで済むだろうな?」

 

「いや、そんな事よりむしろ嬉々して乱入してくると思う」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「はは。 それじゃあオリヴァルト殿下の出番を作らないように頑張らないとな」

 

学院での出し物であるがゆえそこまでレベルを求める必要がないが、皇族がご覧になるとなるとそれなりに緊張するだろう。

 

やがていつもの言い争いを終えたアンゼリカ達はレト達の方に振り向いて頷いた。

 

「——君達のステージ、楽しませてもらうよ。 だが、気負う必要はない。 今の君達を——VII組の全てをステージにぶつければいいさ」

 

「ああ、楽しんでくるといい」

 

「頑張ってね、皆!」

 

『はいっ……!』

 

2年生の先輩たちに見送られ、レト達はステージに駆け上がる。 全ての準備が終わり、アナウンス席に着いたトワ会長の放送を合図……ステージの幕が開いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ステージが終わり夕方……VII組のメンバーは教室の席で燃え尽きたよに意気消沈していた。

 

結果だけを見れば、ステージは成功したと言える。 ミスもなく1曲目、2局目の盛り上がりも良かったし、アンコールにも答えた……やり切ったと言えるだろう。

 

「ステージ……成功でいいのよね……?」

 

「一応、盛り上がっていたのは確かのようだが……」

 

「フン……観客席のことまで気にしている余裕などあるものか……」

 

「フフ……それがプロの役者や演奏家との違いであろうな……」

 

「まあ、終わった後にクヨクヨしても意味ないよ。 結果が何にせよ、やれるだけやったんだし、悔いはないよ」

 

「ああ、そうだな」

 

練習の成果を出しきり、これで終わりと思うと寂しい気もしながらVII組の皆はスッキリした表情をしている。

 

と、そこで教室の扉が開き……パトリックが入って来た。

 

「フン、だらしないな」

 

「パトリック……」

 

「……なんだ、君か……」

 

「なんかよう?」

 

何故ここに来たのかは分からないが……パトリックひVII組のダラけた姿を見て、呆れた表情をやれやれとして首を振るう。

 

「全く、これだからVII組の連中は……いくら疲れたとはいえ、あまりにもダラけすぎだろう」

 

「フン……余計なお世話だ」

 

「ふふ、ステージの熱が引くまではしばし容赦してもらいたい」

 

「それより……I組の舞台も凄かったな」

 

「うんうん……まさかあそこまで本格的だとは思わなかったよ……」

 

「ふふっ、フェリスもまさにハマリ役って感じだったし……」

 

「とても楽しませてもらった」

 

「そ、そうか……まあ僕達の実力をもってすれば当然といえば当然の反応だが……——って、嫌味か!」

 

(あー、もしかして……)

 

何のことか分からないが、パトリックの悔しそうな表情を見てレトは察した。

 

「と、とにかく! 君達がそんな調子でいたら僕達の立場がないだろう! とにかくシャキッとしたまえ!」

 

「……?」

 

「おっと、ひょっとして貰っちまったか……?」

 

次いでクロウが何か察したようで指摘すると……図星らしくパトリックは悔しそうな表情になる。 その後、褒め言葉か罵りたいのかわらかない言葉だけを並べ、去っていった。

 

「なにあれー……?」

 

「うーん……嫌味を言いに来ただけじゃなさそうだが……」

 

「負けて悔しいんだよ、きっと」

 

「あ、じゃあ……!」

 

「君達、やったわね!」

 

今度はサラ教官が扉を開け放つや否やそう言いながら教室に入り。 同行していたトワ会長達も教室に入って来た。

 

「教室、先輩達も……」

 

「どうかしたんですか……?」

 

「アンタ達ねぇ……すっかり忘れてるんじゃない?」

 

呆れるサラ教官。 意図が読めずレト達の疑問に答えるようにジョルジュが説明した。

 

「来場者のアンケートによる学院祭の各出し物への投票……事前に聞いているはずだろう?」

 

「あ……」

 

「……それがあったか……」

 

「すっかり忘れてましたね……」

 

「じゃあ、パトリックが悔しがっていたのって……」

 

「在校生、一般来場者からの投票を集計し終わったよ。 どこもかなり健闘していたが、最終的にはI組とVII組に絞れてね」

 

「投票数1512票! VII組のステージが見事一位に輝きましたー!」

 

トワ会長の発表で、疲れたVII組メンバーの顔に笑みが浮かぶ。

 

「あ……」

 

「……そうか……」

 

「フッ……」

 

「オイオイ、反応薄いじゃねーか。 もっとヒャッホウとか小躍りしてもいいんだぜ?」

 

「じゃあ踊って」

 

バンバンバン!

 

「おわっ!? とっ! おわああ!!」

 

レトは銃剣を抜き振り向かずに背面射撃でクロウを席から転ばせ、足元に撃つ事で踊らせるように翻弄させる。

 

「はいはい、血が出そうな踊りはそこまでしなさい」

 

「……まあ、振り返ってみればどこが一位になってもおかしくはなかったな」

 

「ええ。 どの出し物もとても楽しめたわ」

 

「——さて、ちょっとは復活しなさい。 まさか“後夜祭”まであるのを忘れたわけじゃないでしょうね?」

 

「そ、そうだった」

 

「素で忘れてたかも」

 

「士官学院祭を締めくくる学院生と関係者の打ち上げ……」

 

「たしか篝火をたいて……ダンスとかもあるんだっけ?」

 

「えへへ、皆の家族や知り合いも待ってるよー」

 

「篝火の準備も終わっているから、ボチボチ向かうといい」

 

「よし——これで今日は終わりだ。 なんとか気力を振り絞ってグラウンドに向かおう……!」

 

「ええ」

 

「あはは、打ち上げだー!」

 

鈍くなっている体を動かして席を立ち、後夜祭が行われるグラウンドに向かった。

 

「あ、そうだ。 皆で集合写真を撮らない?」

 

と、本校舎を出た辺りで唐突にレトが提案して来た。

 

「集合写真?」

 

「そ、思い出に一枚……どうかな?」

 

「うん! いいアイディアだよ!」

 

「ええ、日が暮れる前に撮っちゃいましょう」

 

「ふむ……それなら……」

 

そうと決まり集合写真を撮ろうと本校舎前の階段の上に並ぶ中……アンゼリカは忽然と姿を消した。

 

順番としては前の段、左からサラ教官、フィー、アリサ、リィン、エリオット、ミリアム、クロウ、トワ、ジョルジュと並び。

 

後ろの段には左からユーシス、マキアス、ラウラ、レト、どこか嫌そうに抱えられているセリーヌとエマ、ガイウスとなっている。

 

「よいしょっと……そういえばアンゼリカ先輩は?」

 

「あれ? アンちゃーん、どこー?」

 

「——お呼びかい? 愛しのトワ」

 

「わっ!?」

 

トワに呼ばれて出てきたアンゼリカ。 しかし、その装いはいつものライダースーツに戻っていた。

 

「ど、どこから持ってきたんですか……」

 

「せっかくの集合写真だ。 ここは決めとかないとね」

 

「んじゃ俺も」

 

クロウは紅いブレザーを脱ぐと、またもやどこからかトワ会長と同じ平民クラスの緑のブレザーに着替えた。

 

「なんでクロウも着替えたんだ?」

 

「いいからいいから。 ほら、サッサと撮ろうぜレト。 他の奴ら待たせたら悪いからな」

 

「はーい」

 

「——ニャ」

 

高さを合わせた三脚に導力カメラをセットし、頭に落ちてきたルーシェを受け止めながらレトはタイマーをセットしてラウラとエマの間に入り込んだ。

 

「リィン、笑顔でね!」

 

「ああ! ほら、アリサも」

 

「ちょ、ちょっと! ええっ!?」

 

リィンとエリオットが肩を組み、右隣にいたアリサと肩を組もうとするが流石に恥ずかしがられ……手を取るだけにしたがアリサは頰を赤く染める。

 

「ほら、君もこの時くらい笑いたまえ」

 

「ええい、鬱陶しい」

 

「うーん、こんな感じかしら?」

 

「………………ぶい」

 

マキアスも釣られてユーシスと肩を組もうとするも鬱陶しがられ。 ガッツポーズを決めるサラ教官をチラ見しながらフィーも右手でVサインを作る。

 

「イェーイ!」

 

「わっ! ちょっとクロウ君!」

 

「オメェらホントちっこいなぁ」

 

クロウは両手でVサインを作ってはしゃぐミリアムとトワの頭に手を乗せ、トワは子ども扱いされていると怒るもあまり迫力はなかった。

 

「ちょ、ちょっとセリーヌ。 暴れないで」

 

「にゃー!」

 

「ふむ、写真が嫌らしいな」

 

「黙ってこれだ」

 

「はは、アンらしいな」

 

エマの腕の中で暴れるセリーヌをガイウスは微笑ましそうに見て。 アンゼリカはグッと親指を立てながら拳を出しジョルジュは軽くガッツポーズをする。

 

「ピース! ほらラウラも、ピースだよ!」

 

「うん。 それが良いだろう」

 

「ナァー」

 

レトとラウラはVサインを互いの腕を交差させるように前に出し、レトの頭の上でルーシェが鳴く。 そして、導力カメラから“ピーッ”と音が鳴り……

 

「にゃー!」

 

「きゃっ!」

 

「おっと……」

 

セリーヌがエマの上から飛び出した瞬間……シャッターが切られた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

グラウンドに到着する頃には日は沈み。 グラウンド内に入ると、ちょうど篝火に火つけられ……木で組まれた台から勢いよく火が燃え上がり、学院生達から歓声が上げる。

 

炎が燃え上がるのを見ていると……グラウンドの反対側にVII組の身内が集まっているのが見え、そこへ向かった。

 

「兄さん、アルフィン。 まだ残ってたんだ」

 

「フッ、後夜祭のダンスと聞いて、参加しないわけがないじゃないか」

 

「——さ、兄様。 先ずは一曲お願いします。 あ、お兄様は帰ってもいいですよ」

 

「弟も妹が辛辣!」

 

レトの腕を掴みながらアルフィンは辛口でオリヴァルトを突き放し、オリヴァルトは大袈裟に泣き崩れる。

 

「はは、せっかくだけどアルフィンは兄さんと踊っておいで。 いくら学院の中とはいえ身分が分からない男と踊る事は根も葉もない噂を呼ぶからね」

 

「……そんな、兄様……」

 

「アルフィン」

 

「……ええ、分かってます。 兄様がわたくし達を突き放すのも心配だからこそ……」

 

そう言う割には不服そうで、プクーッと頰を膨らませてご立腹のようだった。

 

「ふぅ……まあいいです。 こんな時ですから、ラウラさんを誘ってはいかがでしょうか?」

 

「ラウラと? うーん、そうだね。 誘ってみるよ」

 

「そうですか。 ふぅ、寂しい気もしますが、ラウラさんが義姉になるのもまた魅力的ですわ」

 

「はいはい、マセた事言わない。 それじゃあ声をかけてくるよ。 兄さん、アルフィンをよろしくね」

 

「お、おー……任せたまえー……」

 

任せても良いのか不安になるが、レトはラウラを探しに篝火の周囲を散策した。 と、置いてかれてご立腹なアルフィンは、エリゼから離れていくを見かけた。

 

「エリゼ」

 

「姫様……」

 

「……お互い、寂しいわね……」

 

「……はい…………って、そんなんじゃありませんから……!」

 

知らぬ間に離れていってしまう兄に寂しさを共感する妹……

 

「ラウラ」

 

「レト……ふふ、ちょうどいい所に来た。 私と踊らないか?」

 

ラウラを見つけたレト。 ダンスに誘おうとしたが……逆に誘われてしまった。

 

「え……」

 

「ふふ、父上もサラ教官も見事なステップでな。 私も体を動かしたくなってしまった」

 

「そ、そうなんだ……実は僕もラウラに声をかけるつもりだったんだ」

 

「ほう……」

 

唐突だったのか、レトがそう言うとラウラは少しだけ頰を染める。

 

「改めてこっちから誘いたいだけど……いいかな?」

 

「ふふ、もちろんだ」

 

2人は自然にお互いの手を取り合い、輪の中に入りダンスを踊り出した。 お互いダンスの経験はあるがラウラはそこまで精通してなく、レトがリードし、次第にラウラもコツを掴み優雅に踊った。

 

しばらくして踊り終えると2人は篝火から離れ、グラウンドの階段に腰を下ろしまだ踊る生徒たちを見つめていた。

 

「皆、体力あるねえ」

 

「ふふ……そういう割には余力を残していると見える。 だが、なかなか楽しかった。 普段、こうして踊ることなど滅多にないことだしな」

 

「僕も同じようなものだったね。 社交界どころか離宮の外にすら出る事も出来なかったし」

 

「そうか……お互いによい経験になったか」

 

そこでレトはハッとなった。 自分の複雑な家庭事情を聞かされて良い気はしないだろう。 慌てて頭を下げて謝罪した。

 

「ごめん、失言だったね」

 

「いや、気にするな。 この学院にいると、本当に知らない自分が見えてくる……」

 

「確かにね……」

 

「私が士官学院に入ったのは、己の剣のためであり、そなたに誘われたからだ。 そなたとの旅を経て、少しは世間を知ったと思いきや……フィー達と出会い、まだまだ箱入りだと思い知らされ……結果、剣以外にも大切なものを多く手に入れられた。 本当にらこの学院に来てよかった。 ……そなた達に感謝を」

 

「それはお互い様だよ。 お互いがお互いを守りながら、一緒に歩いていく……ただそれだけのこと。 でも、ラウラが得られたのだとしても……僕が得られたのかよく分からない」

 

「ほう……?」

 

視線を上に向け、星々が映る夜空を見上げながらポツリと話し出す。

 

「僕はただ逃げてただけ。 自分の出自にも、逃げた先のリベールでも突き付けられた現実から逃げて逃げて……でも、後ろからは色んな物が追いかけて来て。 真実を求めてレグラムに行って、ラウラが同行するって言った時……本当は鬱陶しく邪魔だと思っていたさ」

 

「………………そうだろうな。 当時から、そなたと私の剣の技量には大きな差があった故、そう思われても致し方あるまい……」

 

「でも……次第に分かりあって行ったよね。 街道を歩いて、魔獣と戦って、地下道を駆け抜けて、隠された神殿を見つけて、罠を避けて謎を解いて先を目指して………そして、剣を交えあって。 少しずつ」

 

「……うん」

 

夜空から目を落とし、レトは隣に座るラウラの目を見つめる。

 

「正道とは言いがたいけど、ラウラとは“剣”という共通点もある。 いくら《剣帝》でもまだまだ道半ば……学ぶ事は山ほどある。 これからの学院生活も、お互いに高め合っていけるといいな」

 

「ああ……そうだな。 ……そのあたりが、今の時点での落とし所か」

 

「…………?」

 

「ふふ……なんでもない」

 

小声で話したため聞き取れなかったが、ラウラはとてもいい笑顔で首を振り誤魔化した。

 

「これからもよろしくな、レト。 いや、レミィと呼んでもいいだろうか?」

 

「はは、だーめ」

 

「むう……」

 

「あははは」

 

頼み事を断られ不貞腐れるラウラに、レトは面白そうに笑った。

 

その後、レト達は知る事になる。 ガレリア要塞が消滅したことを……

 




閃2のEDや閃3で出てきたVII組とトワ達の集合写真。 リィンが言うには学院祭の時に撮られたらしいんですが……アンゼリカ先輩がドレスではない事やクロウが以前と同じ平民の緑の制服を着ていた事に疑問を感じました。

ルーレにいたアンゼリカ先輩が学院に到着したのはVII組のステージ開幕直前。 撮影するなら終わった後になり、ちょっと無理矢理合わせる形になった事をご了承ください。


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61話 開戦

昨日公開された水着DLC……直視出来ないです! (//∇//)b


10月30日——

 

あの楽しかった学院祭から数日が経った。 後夜祭の最後、ヴァンダイク学院長が告げた衝撃的な真実……ガレリア要塞が列車砲ごと消滅したこと。 普通ではありえない事態と、クロスベルが隠し持っていたとされる兵器の破壊力を前に、帝国はかつてないほどの緊張に見舞われていた。

 

ローゼリアの言葉通り、祭りの後には必ずさらに巨大な出来事が起こる……それが現実になってしまった。

 

「………………」

 

朝のHR。 VII組の教室内は葬式のように静まり返っており、正面にある時計の音だけが鮮明に聞こえてくる。 教室の外もここと同じ状況らしく、学院全体が沈黙している。

 

「だあああっ……!HRはとっくに始まってるのにサラ教官はどうして来ないんだ!?」

 

サラ教官の遅刻か、それとも静寂に耐えられなかったのか……恐らくその両方で、マキアスが机を叩きながら立ち上がり静寂を破った。

 

だがマキアスの気持ちも分からない訳ではなく、レト達は一度教室の後ろに集まって話し合う。

 

「やっぱり、今まで通り学院生活を送れる訳にはいかないようだね」

 

「……無理もないさ。 教官達も今後の対策を検討してるんだと思うし……」

 

「はい……今朝の会議も長引いているみたいですね」

 

「しかし信じられないな……あの巨大なガレリア要塞が“消滅”してしまったとは……」

 

「正確には“一部を除いて”らしいけど……ナイトハルト教官が助かったのは奇跡に近かったみたいだね……」

 

「あのでっかい《列車砲》も消えて無くなったんだ……ちょっと信じられないかも」

 

「しかし、一体どんな兵器が使われたというのだ……? とても人の手によるもとのは思えぬのだが……」

 

「……判らない。 でも、現在の導力技術では不可能なことだけは確かだわ」

 

「フン……そんな“兵器”を今まで属州扱いしてきたクロスベルが保有している……帝国正規軍も躍起になる筈だ」

 

「——一応、一部始終を入手したけど……見る?」

 

「な……」

 

以外な声が降りかかり、リィン達は席に座って導力パソコンを起動させるレトに集まる。

 

「一体どうやって手に入れたんだ?」

 

「この前の演習中にネットワークのトンネルを掘っておいてね。 まあ細かいことは気にしなーい」

 

「き、聞かない方がいいのかな……?」

 

「俺に聞かないでくれ……」

 

そんな事がありながらもレトの導力パソコンに映し出されたのは……ガレリア要塞から写るクロスベル方面の映像。

 

音声は無く映像だけで、画面の端から何やら砲弾らしい2つの物体が弧を描きクロスベルに向けて飛来していた。

 

「これは……列車砲を撃ったの!?」

 

「まさか!?」

 

「6日前の昼……どうやらクロスベルに帝国軍、共和国軍が侵攻したようだね。 帝国軍は列車砲を取り出し導力戦車でクロスベルに進行。 共和国は導力戦車と飛行艇で……」

 

「両軍の同時攻撃……そんなの、1時間でクロスベル占領されるわよ!」

 

「だが……それは覆された」

 

「最初に両国軍が進軍した第一陣。 帝国軍は巨大な青い巨人が蹂躙し、共和国軍は紫の翼を持つ巨人が……そして、帝国軍は……」

 

「列車砲を使ったわけか」

 

映像が再び再生され砲弾がクロスベルに迫る。 その時、オルキスタワーから飛び上がった白い人型の巨人が迫る砲弾に手をかざすと……球状の力場に防がれ、砲弾が弾かれめ爆発した。

 

「なっ!?」

 

「防いだのか!」

 

驚く間も無く二門目の列車砲が砲弾を発射した。 白い巨人は砲弾に向かって右手を振り払った。 すると、砲弾周囲の空間が歪み……球状の力場の中で爆発させた。

 

そして白い巨人が透明になってその場から消えてしまい……次に姿を現したのはガレリア要塞の目の前だった。 手をかざし、二門の列車砲とガレリア要塞を包み込み……そこで映像は途切れた。 レト達は察した、今のでガレリア要塞は帝国時報に掲載された写真の通りになったのだと。

 

「交差する鐘か……それに人形兵器、どうやら結社が裏で糸を引いているようだね」

 

「あ、あれがクロスベルが保有している兵器……まるで歯が立たないじゃないか……」

 

「……なんか、旧校舎で出てきたアレに似てるね」

 

「あの騎士人形か……確かに、あれが動かせるのなら——」

 

「待たせたわね」

 

と、言葉を遮るようにサラ教官が入ってきた。 早速HRを始めるかと思いきや……HRどころか授業自体が中止になったと告げられた。

 

どうやらこの事態に対してオズボーン宰相が全国民に向けての声明を発表を決定し、VII組メンバーは正午にここで声明を聞く事にし、一旦解散となった。

 

リィン以外はそれぞれのクラブに顔を出す事にし、レトは学生会館の写真部の部室で今まで撮ってきた写真を並べていた。

 

「もし戦争になったら……戦場カメラマンをやるしかない……!」

 

「そ、そんな危険な真似をさせるわけないだろう!」

 

写真を選別する中、レックスとフィデリオはいつもみたく言い争っていた。 その内容はいつもとは違うが……

 

(もしかしなくても()の出番が来る。 念のため向かわせておこう)

 

そこでふと手を止めた。 手に持ったのはこの前の学院祭で撮った集合写真……ついこの前なのに、どこか遠い日に感じてしまう。

 

(人数分に現像しておこう。 それと他の写真も……)

 

今まで学院で撮ってきた写真を整理し……そうこうしているとあっという間に正午を迎えてしまい、レトは慌ててVII組に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『帝都市民、並びに帝国の全国民の皆さん——ご機嫌よう』

 

「すみません、遅れました」

 

レトが頭を下げながら教室の中に入ると、ちょうど声明が始まったようだ。

 

「遅いわよレト、何してたのよ?」

 

「少し写真の整理に手間取って……ちょうど始まったようですね?」

 

「ああ……」

 

「心して聞くとしよう」

 

導力ラジオから聞こえてくるのは、聞き覚えのある厳格で壮大、それでいて魅力と言う危険すぎる魔力の籠った声音だった。

 

『——諸君も、ここ数日の信じ難い凶報はご存知かと思う。 れっきとした帝国の属州であるクロスベルが、“独立”などという愚にも付かない宣言を行い……あろうことか帝国が預けていた資産を凍結したのである!』

 

最初に述べられたのはクロスベルの独立とIBCの凍結……クロスベルが向けた仕打ちを市民が理解させた。 オズボーン宰相は壇上に両手を置き、声明を続ける。

 

『当然——我々はそれを正すために行動した。 それは侵略ではない。 宗主国としての権利であり、義務ですらあるといえよう。——しかし“彼ら”は余りにも信じ難い暴挙に出た!』

 

そこでの彼らはどこを指しているのか、市民達は理解しているが……本当はどこを指しているのかは宰相のみ知っている。

 

『《ガレリア要塞》——帝国を守る鉄壁の守りを謎の大量破壊兵器をもって攻撃……これを消滅せしめたのである! 諸君——果たしてそのような悪意を許していいのか!? 偉大なる帝国の誇りと栄光を、傷つけさせたままでいいのか!? 否——断じて否! 鉄と血を贖ってでも、正義を執行されなくてはならない!』

 

導力ラジオの向こうで鉄血宰相が声を張り上げ、熱狂的な市民の歓声が響き渡る。 大衆を言葉巧みに誘導し、賛同を得ている。

 

「…………………」

 

「……これって……」

 

「大した演説ぶりだが……」

 

「フン……予想通りの方向に持っていくつもりのようだな」

 

「さて、何を言い出すのか……」

 

「ミリアム……? さっきから何をしてるの?」

 

宰相の演説に戦慄を覚える中、ミリアムは先程からアークスを耳に当て誰かと連絡を取ろうと試みていた。

 

「んー…………ダメだ。 やっぱり繋がんないや。 そりゃそうだよねー」

 

「どういう事だ……?」

 

「何を言っている……?」

 

レト達はミリアムが何を言っているのか分からず、ミリアムは気にせずアークスをしまった。

 

「んー、ボクが受けていた一番重要“だった”任務のお話。 もうちょっと早く気付けばな~。 でもまあ、クレアもレクターも、オジサンの読みすらも上回ってたし。 ——今回ばかりは()()()()()()()()()()()()()()

 

「はあっ……!?」

 

「ど、どうしてそこにクロウの名前が出てくるの!?」

 

ミリアムの言葉に、リィン達が言葉を失う。 特に、何を言っているのか分からない……そう思っている。 しかし、サラ教官は冷静に頷いて見せた。

 

「………………」

 

「…………! まさか……!」

 

「——なるほど、そう言う事か。 ミリアム、あんたの調査の一つは《C》調査だったのね?」

 

「なっ……」

 

「《帝国解放戦線》のリーダー…」

 

「死んだ男がいったい……」

 

ザクセン鉄鉱山で狙撃され、墜落し死亡したC……何故その名前が出るのか不明だったが、その答えをミリアムが出した。

 

「《C》の行動パターンから情報局がプロファイリングして導き出した“可能性”のうち……有力な可能性の一つが『トールズ士官学院の関係者』というものだったんだ。 でも《C》は鉄鉱山の事件でメンバー全員と爆死しちゃったしその線は消えたはずだったけど……でも甘かったみたいだねー。 ハァ、鉄血の子供達(アイアンブリード)の名前が泣くってもんだよ」

 

「………まさか…………」

 

まさかとは思うが……先月、クロウと班を同じにしてリィン達A班がザクセン鉄鉱山での出来事や、先々月のガレリア要塞での出来事を振り返る。 あり得ない……そう思うが、推理を進めていくうちにクロウが、《C》である可能性の裏付けがついてしまった。

 

「クロウが……C……」

 

「そういう事だったんだ……」

 

「! だ、だったら……クロウは今、もしかして!?」

 

「ドライケルス広場に行ったということは……」

 

クロウがCであるのなら、ドライケルス広場にいる理由はただ一つ……『度し難き独裁者に鉄槌を下す』ため……

 

「……凄腕の狙撃手に隙を見せたら終わり。 もし、鉄鉱山で飛行艇を撃墜したのがクロウなら……」

 

「確かに——もう“間に合わない”わね」

 

「…………………」

 

『正規軍、領邦軍を問わず、帝国全ての“力”を結集し……クロスベルの“悪”を正し、東からの脅威に備えんことを——』

 

そして……一発の銃声が響いた。 歓声が上がっていた広場は一瞬で静寂に包まれ……

 

『クク……見事だ《C》……クロウ・アームブラスト……』

 

マイクでは拾えない位の声、しかしレトにはしっかりと聞こえ……重い物が落ちる音と共に市民達の悲鳴が上がった。

 

『な、何という事でしょう!たった今、オズボーン宰相が狙撃されました! そのまま運ばれていきますが……うーん、大丈夫なんでしょうか!?』

 

聞こえてくるミスティの声に、エマが蒼白な顔で立ちすくむ。 クロウの手により、鉄血宰相は地に伏せた……それだけがラジオ越しで理解させられる。

 

だがまだ騒めきは収まらない……今度は何か得体の知れない物を見たような声が聞こえてくる。 それをその場にいるミスティがレト達に伝える。

 

『おっと、何でしょうあれは!? 南の空に銀色の“影”が見えます!』

 

「……あ」

 

(魔力の気配……)

 

『……といっても音だけだとロクに分からないでしょうね。 なら——士官学院の皆さんには学院祭で愉しませてくれた“お礼”をしちゃおうかしら?』

 

「えっ……?」

 

ラジオ越しの音を振動させて出る声から次第に鮮明に聞こえ始め……恐らくミスティにより脳に直接語りかけるような声を届けられる。

 

『響け 響け とこしえに——夜のしじまを破り全てのものを 美しき世界へ——』

 

「あ——」

 

「て、帝都の広場……」

 

「フシャー!」

 

「《蒼の深淵》の秘術——『幻想の唄(ファンタズマゴリア)』!」

 

「結社の第二使徒か!」

 

次の瞬間……レト達の目の前が光り出し、帝都の景色が映し出された。

 



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62話 防衛戦

閃4のWebCM第2、11秒辺りに出るヴァリマール、リィンと新VII組の場面。 なんかヴァリマールデカすぎない? 通常はリィンの身長で膝あたりだったのに、CMじゃあくるぶしまで……ガ◯ダムサイズじゃん。


《蒼の深淵》により映し出された帝都の光景……帝都上空にその姿を現した巨大な銀の飛行艇……貴族派達が秘密裏に開発した空中飛行戦艦——貴族連合軍・旗艦《パンダグリュエル》。 紅の方舟《グロリアス》と同サイズの戦艦である。

 

帝都市民たちがあまりの光景に言葉を失う中、グロリアス艦底のハッチが開き……数体の人型の兵器が降ろされた。 機甲兵と呼ばれるそれは、第一機甲師団の面々だけでなく、その光景を見ていた市民が自分の目を疑うような機動で戦車部隊に接近していく。

 

冷静に砲撃するも……先頭を走る二機の機甲兵はまるで人間が投げられた石を避けるように軽々と回避し、手にした槍で戦車の装甲を貫いた。 次々と降下してくる機甲兵達は帝都の散って残りの戦車部隊を次々と潰し制圧していく。

 

「あ、あの兵器は……」

 

その光景をバンクール大通りにある建物の屋上で見ていたクレア大尉は言葉を失う。 その顔を見た《C》……クロウは両手を上げながら口を開いた。

 

「貴族連合に取り込まれた『ラインフォルト第五開発部』が完成させた人型人形兵器——古の機体を元に、大量の鋼鉄から組み上げられた現代の騎士。 通称《機甲兵(パンツァーゾルダ)》ってやつだ」

 

「そ、そんなものを……」

 

クレアは宰相が討たれた事と機甲兵を前に動揺している、それを見たクロウは一歩下がるが……

 

「動かないで——!」

 

その一歩を見逃さず銃を突き付ける。 だが、クロウは銃を突き付けられていても不敵に笑う。

 

「そいつは出来ないな。 バルフレイム宮は《西風》に任せるとして——俺は俺は俺なりのケジメを付ける必要があるんでね!」

 

「! しまった……!」

 

クロウは動揺するクレア大尉の隙を突いて屋上から飛び降りる。慌てて追いかけようとするも……

 

「あ——」

 

『——じゃあな。 氷の乙女(アイスメイデン)殿』

 

クロウは他とは全く違う、蒼い機甲兵らしき兵器に乗り込んで空中に浮かんでいた。 他の機甲兵とは違う……まるで旧校舎の最奥で鎮座している灰色の人形に近い。 蒼い騎士はクロウの声を発すると、どこかへ飛翔していた。

 

その頃、帝都のドライケルス広場では壊滅した第一機甲師団の戦車の残骸を踏みつける形で停止した二機の機甲兵から二人の男が姿を現す。

 

「はー、呆気ないモンやな。 コイツらが大した代物なんは認めるけど……帝国を守る機甲師団があないに弱くてええんか?」

 

「……これからが本番だろう。 全土に展開する正規軍は多い。 いずれ、対機甲兵の戦術も組み立ててくるはずだ」

 

レグラムに訪れたカイエン公を護衛をしていた2人の男……黒いジャケットの左胸には緑色の風切り鳥のシンボルが刻まれていた。

 

「ハハ、確かにな。 喰い下がってきそうなんは第三、四、七って所か。 で、ウチのお姫様はどっちに付くんやろな?」

 

「全てはフィー次第……団長もそうお望みだろう」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ドライケルス広場での映像を最後に歌声が途切れる……ラジオの前に現れていた光りが消える。 何もかもが予想外の事態に、レト達は立ちすくむしかない。

 

「今見えたのは………本当の事なの?」

 

「……ええ、間違いありません。 《深淵の魔女》と呼ばれる私の“身内”の得意技……特定のイメージを唄声に乗せて遠くに届ける事ができます」

 

「《深淵の魔女》……」

 

「……ミスティさんが、か。それよりもこの状況は……」

 

ミスティの招待が魔女だった事よりも、エマがその事実を知っている事よりも……レト達はたった今この国が内戦状態に陥ったことを悟った。

 

「……まるで夢でも見ているような心地だが……」

 

「だが……間違いなく現実だろう」

 

ここまで非現実的な光景を見せられては夢だと思っても仕方ない……そんな中、サラ教官が導力ラジオを切って静かに状況を整理する。

 

「ま、その事についてはとりあえず置いときましょう。 問題は宰相が狙撃されて——帝都が占領されたことだわ」

 

「そ、そうだった……!」

 

「まさか、今頃父さんも……」

 

「くっ……(もしかして女学院も……?)」

 

「(アルフィン……)恐らくこの事態を招いたのはクロスベルに投入された帝国軍師団が壊滅したから……プライドが高いから負けっぱなしじゃいられず次々と師団を送り込んでは返り討ちされ……それで帝国軍が混乱している隙に貴族派の連合軍が帝都を電撃占領……結社の手の平の上で遊ばれているようだよ」

 

エリオットとマキアスが帝都に居るはずの家族の身を心配し、リィンも女学院居るはずのエリゼを想い唇を噛みしめ。 レトもアルフィンの身を案じるも冷静に状況を把握する

 

「……あの巨大な飛行艇に《機甲兵》という兵器……用意したのは間違いなく《貴族派》というわけか……」

 

「……わたしの身内もあの映像に映っていた。 ずっと行方がわからなかったのにこんなタイミングで……」

 

「フィー……」

 

「以前すれ違ったあの男達か……」

 

「最強の猟兵団《西風の旅団》……《帝国解放戦線》と同じように貴族派に雇われているみたいね。 そして——」

 

言葉を切り、サラ教官はチラリとミリアムに視線を向ける。

 

「やっぱり《C》の正体は睨んだ通りだったみたいだねー。 なんか蒼くて凄そうなのに乗ってっちゃたけど」

 

「クロウ、どうして……」

 

「………………」

 

(結社の幻炎計画……2年経った今、始まるというの?)

 

貴族派や帝国解放戦線の裏には結社の存在がある。 それはクロスベルを牛耳っているクロイスも同じ……と、その時……サラ教官のアークスが着信音を鳴らした。

 

「はい、こちらバレスタイン——ナイトハルト教官、これから緊急会議ですか?」

 

どうやら先程の出来事と関係があるようで、サラ教官はしばらく黙って話を聞き……驚愕の表情で叫んだ。

 

「——なんですって!? 当然、あたしも手伝います! ええ、ええ……それでは正門前で。 少し出かけてくるわ。 君達は絶対に学院から出るんじゃないわよ」

 

それだけを言い残し、サラ教官は扉を開け放ち駆け足で教室を後にした。

 

「な、なんだったんだ……」

 

「どうやら尋常ではない出来事があったようだが……」

 

「も、もう十分すぎるほど尋常じゃないと思うんだけど……」

 

「………………」

 

「ん?」

 

と、そこでガイウスとレトが何かを感じ取り、窓を開けて放つ。 そこへフィーも近寄り全身で風を感じ取る……

 

「ガイウス……どうした?」

 

「……西の方から何かが近づいてきている」

 

「……装甲車数台。 この駆動音は……あの人形兵器も来てるね」

 

「どうやらこの学院を押さえるようだね。 この学院には重要人物が多いし、保護するか人質にするか……どっちもかもね」

 

「クッ、ふざけるな……!」

 

「狙いはどうあれ、あのような暴挙を認められるものか……!」

 

「も、もしかして教官達、それを喰い止めるために……?」

 

「……相手は主力戦車すら凌駕できるほどの新兵器だ。 いくら教官達が強いとはいえ、限界があるだろう。 俺達の力がどこまで通用するかわからないが——」

 

リィンは振り返ってレト達と向き合い、拳を突き出した。

 

「皆、せめて助太刀くらいはさせてもらわないか……!?」

 

「もちろん。 やるっきゃないよね!」

 

レトは拳を握って突き出されたリィンの拳と突き合わせ、アリサ達もまた同じ気持ちだと拳を突き付けていく。 ここに居る全員、想いは最初から一つだった。

 

VII組は教室から飛び出し、正門前まで一目散に走る。 すると、既にトワ会長とジョルジュによって正門は閉じられていた。

 

「会長、ジョルジュ先輩!」

 

「リ、リィン君達?」

 

「君達、どうして……」

 

と、トワ達はVII組がここに来た疑問をすぐに理解する。

 

「ま、まさか……!」

 

「教官達の助太刀に行くつもりかい!?」

 

「ええ。 そのまさかです」

 

「迫り来る狼藉者を迎え撃たぬのはアルゼイド家の名折れですゆえ」

 

「無理をしない程度に全力で助太刀するつもりです」

 

「それに手は多い方がいいでしょう?」

 

「む、無茶苦茶だよ〜!」

 

いくらVII組とはいえ、彼らの行動は戦争に向かおうとするのと同じ……トワ会長は無茶だと彼らを止めようとする。 同じ意見のジョルジュも止めに入る。

 

「……あの映像は見たがとんでもない兵器みたいだ。 生身の人間が勝てる可能性は限りなく低い……それでもやるつもりかい?」

 

「ええ、俺達がこれからも共に学び、高め合う場所——この士官学院を守る為に!!」

 

「あ……」

 

「……参ったな……君達が来たら止めろって、教官たちに言われたのに……」

 

止めても無駄だと分かると苦笑いしか出来なかった。 そして少し考え込んだ後、トワ会長はVII組メンバー全員の顔を見回した。

 

「……わかったよ。 生徒会長として許可します。 でも、リィン君達はまだ軍人じゃないんだから! 命が危ないと思ったら絶対に、絶対に無理をしないこと……! 逃げるか、相手に投降するか……とにかく死んじゃダメなんだから! ちゃんと約束できますかっ!?」

 

「会長……はい!」

 

「約束します……!」

 

その言葉を聞き遂げ、トワ会長とジョルジュは正門を開いた。 道は開かれ、レト達は正門を越えて無人になったトリスタの街を走る。 やがて駅前に辿り着くと……戦闘音が聞こえて来た。

 

「くっ、この戦闘音は……」

 

「どうやら既に始まっているようだな……!」

 

「西口の方だね……!」

 

「行ってみましょう!」

 

どうやら帝都方面から侵攻をかけているようで、レト達は西トリスタ街道に向かった。 街道に差し掛かると戦闘が見え……教官達は装甲車相手に圧倒していた。

 

その光景を見たレト以外のメンバーは唖然してしまう。

 

「……なにあれ」

 

「あ、圧倒的じゃないか……」

 

「サラ教官はもちろん、他の教官達や学院長達も只者ではないとは分かっていたけど……」

 

(……トマス教官……立ち振る舞いが普通じゃない……)

 

「な、なんだか助太刀する必要もなさそうな気が……」

 

「いや——」

 

「現れたか……」

 

地面から伝わる装甲車が接近するのとは全く違う振動、まるで大地を踏みしめ揺るがすかのように現れたのは……機甲兵。

 

教官達は機甲兵相手に一歩も引かないが、どうしても決め手に欠けていて攻め切れなかった。

 

「——出るか」

 

「ああ、我ら程度では足手まといになるかもしれぬが……」

 

「それでも一体くらいは引き付けられるだろう……!」

 

「皆は後衛にいて。 僕が戦場を撹乱するから、その隙に——」

 

「ふふ……それには及びませんわ」

 

その時、いつの間にか真後ろにシャロンが気配を消しながらいつもと同じ穏やかな笑顔で控えていた。

 

「シャ、シャシャ……シャロンっ!?」

 

「ここはわたくしにお任せを。 サラ様達の突破口、必ずや開いてみせましょう」

 

「へ……」

 

驚く間も無くそれだけ言い残し、シャロンはスカートの裾を掴んでお辞儀をし……レト達を軽々と飛び越えて戦場に飛び込んだ。

 

「……!」

 

「速い……!」

 

「——! ……来たわね!」

 

サラ教官はまるで待っていたかのような口振りをし、シャロンは機甲兵よりも高く飛び上がり……どこからか取り出した鋼糸で一瞬で機甲兵を捕縛した。

 

「おおっ……!」

 

「鋼糸……?」

 

だが、生身ならいざ知らず、鋼の身体と常人を遥かに超える力を持つ機甲兵には効かず……力尽くで鋼糸を引き千切られてしまう。

 

「さすがのパワー……新型エンジンを搭載しているだけはありますわね。 ですが、それならば幾らでも封じようはあるというもの」

 

しかし、シャロンは全く動じない。 右手で腰から歪な形をした短剣を抜き、左手で鋼糸を掴み構える。

 

「縛られ、封じられ、雁字搦めにされる悦び……その甲冑越しに味わわせて差し上げましょうか……?」

 

シャロンは冷たい眼差しを向ける。 対面する機甲兵を操縦する操縦士は背筋に寒気が走る。 もし機甲兵に乗っていなかったら尻尾を巻いて逃げていただろう。

 

「フン……やっと正体を現したわね。 2年前、あたしの足留めをした時以上の技のキレじゃない」

 

隣に来たサラ教官がそう言い、シャロンは元の笑顔を見せながら短剣をしまい服装を整える。

 

「結社《身食らう蛇》に所属する最高位のエージェント……執行者No.IX——《死線》のクルーガー!」

 

「そちらの方は休業中です。 今のわたくしはラインフォルト家の使用人。 彼らの背後に誰がいようとお嬢様の場所を守るだけです」

 

「上等——! これが終わったら、美味しいツマミと一緒に色々話してもらうわよ!」

 

そして再び戦闘が再開された。 シャロンが加わり、教官達は少しずつ機甲兵を押して行く。

 

その戦いぶりは普通のメイドでは無い。 と言っても、シャロンが普通のメイドでは無いのは事は今更だと思う。

 

「えっと……シャロンさんて何者なんだ?」

 

「わ、私の方が知りたいわよ!? 母様は詳しい経歴を知っているみたいだけど……」

 

「やっぱり……執行者だったんだ。 薄々そう思っていたけど……」

 

「へぇ、そうだったんだ。 そう言えばレトも執行者だったよね? No.II——《剣帝》、カッコいいー!」

 

「な……!」

 

まさかレトもシャロンと同じ執行者とは思っても見なく……ラウラ、ミリアム、エマを抜いたメンバーが驚きを露わにする。

 

「ほ、本当なの?」

 

「《剣帝》なのは認めるけど、《身食らう蛇》に属した覚えも執行者になった覚えもないからね」

 

「とはいえ、これで勝機は見えたか。 どうやら導力戦車よりは装甲が薄いようだが……」

 

「あの機動性が厄介ですね……」

 

やはりここは助太刀すべきかと思い、リィン達が得物を抜こうとした時……

 

「これは……」

 

「……微かだけど……」

 

ガイウスとフィーが振り返り、思案顔で東の方向を向いた。

 

「まさか……」

 

「そ、そちらは帝都とは反対側ですが……」

 

「ガーちゃん!」

 

確認するためミリアムがアガートラムを呼び、浮かび上がって遠く見る。

 

「デカブツ3機、近付いてくる! 青いヤツと、緑のヤツだよ!」

 

「フン……随分な念の入りようだな」

 

東西からの挟撃。 教官達はとてもじゃないが手が離せなく、東に回る事は出来ないだろう。このままでは東から攻められトリスタは落とされてしまう。

 

「……やる事は決まったね」

 

「ああ……」

 

全員東の方を向いて得物を抜き……東トリスタ街道に向かって走る。 そして、3機の機甲兵を出迎えた。

 

「——状況開始。 VII組総員、これよりトリスタ東口の防衛を開始する。 まずは先頭の機体を狙うぞ!」

 

『応っ!』

 

『我らの大義を邪魔した報い、せいぜい受けてもらおう…! この機甲兵『ドラッケン』でな!』

 

トリスタを、トールズ士官学院を守る為の戦いが始まった。

 



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63話 騎士人形

レト達VII組はトリスタに攻めて来た帝国解放戦線から士官学院を守るため、二機のドラッケンと交戦を開始していた。

 

「くっ、やっぱり装甲が硬い……!」

 

「……導力銃じゃ歯が立たないね」

 

「形は違えど、導力戦車を相手にしているのと同義だからな」

 

『どけ!』

 

『はあっ!』

 

一機はブレード、もう一機は導力銃を所持しており。 銃でレト達を撃ちその隙にブレードで攻撃を仕掛けてきた。

 

「っ!」

 

「やっぱり攻撃範囲が広い……!」

 

「接近して撹乱する……近距離武器の者は俺に続け!」

 

「了解!」

 

一番槍をもらったリィンが疾風を繰り出し接近し装甲に傷をつけ、続くようにレト達が前に出る。

 

「そこだ!」

 

「はあっ!」

 

「せいっ!!」

 

『ちょこまかと……!』

 

ガイウス、ユーシス、ラウラが攻撃を繰り出し、操縦者は鬱陶しそうに彼らを振り払おうとする。

 

機甲兵は巨大で機械である分どうも動きが遅くなる、レト達は小回りを活かし着実にダメージを与えて行く。

 

『動くな!』

 

「——ラ・クレスト!」

 

ライフルのドラッケンの制止で動きを止め、その隙に威力を弱めたライフルが火を噴く。 その瞬間にエマが地のアーツを発動してレト達を守った。 そして仲間ごと撃っているが装甲で弾かれて実質無傷だった。

 

『喰らえ!』

 

「うわわっ!!」

 

「なんて弾幕だ!」

 

追撃をかけ、距離を取ったレト達に銃撃を浴びせる。 相手は銃のつもりでも向けられているこちらは大砲を突き付けられているのと同じ……圧倒的に火力負けしている。

 

「はあああっ!!」

 

迫り来る砲弾にレトは立ち向かい、槍を高速で振るい砲弾を弾き返した。 その人並み外れた行動に一瞬怯むも、狙いをレトに集中させた。

 

「レト!!」

 

「大丈夫! この隙に皆は……!」

 

『そこだ!』

 

「しまっ——」

 

引き付けている間に攻撃を仕掛けようと仕向けるも……先に抜かれてしまい、ブレードのドラッケンが後衛のアリサ達の前に立ち突きの構えをとり、振り抜くと地面を抉るほどの突きを繰り出して来た。

 

「うわっ!」

 

「な、なんてパワー……全くとんでもない物を作ってくれたわね!」

 

「これほどの力なんて……」

 

構えが大きいため避けられない訳でもないが、抉れた地面から破片が飛び散り

 

「ほっ!」

 

「はあっ!」

 

後ろに回り込み、レトとガイウスが膝裏に向かって槍を薙ぎ……強制的に膝カックンさせて体勢を崩した。

 

学院を出る前に教えて貰ったジョルジュの助言の通り、可動部である関節が狙い目のようだ。

 

「それー!」

 

膝をついた事で顔までの高さは低くなり、ミリアムはアガートラムを眼前までに飛ばし、重いストレートが顔面に直撃した。

 

『なっ……カメラが!』

 

今の一撃は倒す事が目的ではない。 外の状況を中の操縦士に映すカメラを破壊する事が重要であった。 ドラッケンの顔面は凹み、操縦士が動かそうとするもデタラメにもがくだけだった。

 

「セブンラプソディ!!」

 

「うおおおっ! マキシマムショット!!」

 

それを機に一気に畳み掛け、エリオットが魔導杖の特殊モードを起動しバイオリンのような形状に変え、弓を取り出し弾き始めた。 すると導力が活性化し、ドラッケンを取り囲むようにそれぞれが7つの七耀の属性を有した球体が現れた。 音楽で魔法を(アーツ)を巧みに操り、一斉にぶつけて虹色の爆発を起こす。

 

マキアスはショットガンを乱射し、最後に大型の導力ライフルを取り出して構え……トリガーを引き銃弾がドラッケンに直撃し爆発した。

 

そしてこの2つの強力な戦技に、とうとう一機目のドラッケンは沈黙した。

 

「やったー!」

 

「まずは一機!」

 

「この調子で行くわよ!」

 

自分達でも機甲兵が倒せる……それだけでもVII組の士気が上がる。

 

「アークス駆動——アクアブリード!」

 

「孤影斬——せいやっ!」

 

「はあああぁ——朧月牙(おぼろげつが)!!」

 

「グランドプレス!」

 

『ぐっ……!』

 

エリオットが詠唱の短いアーツを顔面にぶつけて視界を塞ぎ、リィンの抜刀により飛来する斬撃と一瞬で六刀振り威力を一点に集中させた斬撃で身体を揺らし、さらにエマの地のアーツにより地面を揺らし体勢を崩しさせた。

 

「今です!」

 

「風よ……俺に力を貸してくれ! うおおおおっ!!」

 

隙を狙いガイウスが空高く飛び上がり、翼のような闘気を解放させ十字槍をドラッケンに向けて構え……

 

「カラミティ——ホークッ!!!」

 

ドラッケンに向かって一直線に落下し、直撃すると巨大な竜巻が巻き上がる。

 

「今だ!」

 

『調子に乗るな!!』

 

両足のローラを駆動させ、その場で高速に回転し接近していたレト達を弾き返した。 そして、機を見た頷いたレトが叫んだ。

 

「——よし、今だルーシェ!」

 

「ナァー!」

 

『な……!』

 

『魔獣だと!? ぐっ……!』

 

ルーシェの名を叫ぶと……ルーシェが藪から魔獣の群れと共に飛び出て来た。 ルーシェはドラッケンの股下をくぐり抜け魔獣の群れをぶつけるとレトの肩の上に戻った。

 

「いつの間にルーシェを!?」

 

「ちょっと街道の魔獣を集めてもらってたんだ。 お疲れ様」

 

「ナァー」

 

『この……学生ごときが!』

 

纏わりつく魔獣を回転して一掃し、頭にきた操縦者が導力ライフルをレトに向け……爆発した。

 

『な、何っ!? なぜいきなり導力銃が……』

 

「——的が大きかったから狙わせてもらったわ」

 

銃口の射線上で弓を構えていたアリサが得意げに髪をかきあげる。 アリサはライフルを構えた瞬間を狙い矢を射て、矢を銃口からライフル内に入れて誘爆させたようだ。

 

「行くぞ、レト!」

 

「始めるよ、ラウラ!」

 

2人は顔を見合わせて頷き、駆け出しながらドラッケンに接近する。 ラウラの大剣に白光する導力が纏われ、レトの槍が十数本までに増殖させ

 

「我が渾身の一撃……喰らうがよい! 奥義——洸刃乱舞!!」

 

「天月が迷夢……どうかご照覧あれ! 秘技——連羽朧切!!」

 

ラウラの怒涛の斬撃とレトの激流の刺突がドラッケンに叩き込まれ……ドラッケンは身体から火花を散らしながら膝をついた。

 

『くっ……しまった……よもや学生ごときが……ここまでやるとは……!』

 

『どうなっている……この力、一体なんなのだ!?』

 

「はあはあ——やったか!」

 

「……やはり関節部が狙い目だったようだな……!」

 

『フフ、さすがは《C》のクラスメイトという所かしら?』

 

女性の声を出しながら今度は観戦していた青い方の機甲兵が前に出て来た。 ドラッケンとは細部が異なる事から別の機体であることが見える。

 

「ちっ……」

 

「その嫌味っぽい声……」

 

「帝国解放戦線の《S(スカーレット)》か」

 

西にV、東にS……どうやら帝国解放戦線は本気でトリスタを落とそうとしているようだ。

 

『フフ、ガレリア要塞での借りもあることだし……お次はこの隊長機《シュピーゲル》で遊んであげましょうか?』

 

「な、なんだ……さっきのヤツとは違うぞ!?」

 

「隊長機……特別な装備でも積んでいるの!?」

 

『とっておきをね。 無駄だとは思うけど……せいぜい足掻いてみなさいな!』

 

いくら幹部が搭乗しているとはいえ対処法は先程と同じ、接近戦を行う者はシュピーゲルを取り囲んで関節部を狙いに向かう。

 

全方位からの波状攻撃。 それを見たスカーレットは何かを念じると……シュピーゲルを覆うように結界が張られると全ての攻撃を防いしまった。

 

「なっ!?」

 

「これは……」

 

「……攻撃が通らない」

 

『——リアクティブアーマー 。操縦士の意志で展開できる防御結界みたいなものね。 本来は対戦車用の装備だけどこういう使い方もできるってわけ!!』

 

「そんな!」

 

「この!」

 

中距離からショットガンや弓での攻撃を試みるも結果は同じ……するとシュピーゲルは足のローラを回転させて剣を振り回し、周囲にいたレト達を一蹴する。 その時、アークスを駆動していたエリオットとエマの詠唱が完了した。

 

「きゃああああ!」

 

「ハイドロカノン!!」

 

「ファントムフォビオ!!」

 

『無駄よ!』

 

再びシュピーゲルが結界を展開し、2つのアーツは防がれ弾き返されてしまった。

 

「え……」

 

「うわあああああ!!」

 

「このーー!」

 

走り出したミリアムはアガートラムをハンマーに変形させ、担ぐと同時に炎を噴射して飛び上がった。

 

「ギガント——ブレイクーー!!」

 

シュピーゲルの頭上を取り、推進力で加速したハンマーを振り下ろした。 しかし……

 

「なっ!?」

 

「そんな!」

 

『無駄よ!』

 

ミリアムによる渾身の一撃もまるで効かず、シュピーゲルは大振りにブレードを構える。

 

『さあ、これで終わりよ!』

 

するとブレードに炎が纏わり……強烈な一撃で全体を薙ぎ払った。 レトは跳躍して回避したが、リィン達は一掃され、大きなダメージを負ってしまった。

 

「皆!」

 

『よそ見している場合!』

 

「——っ! ケルンバイター!」

 

迫るブレードを紙一重で避け、ブレードを足場に駆け上がり……すれ違い際にシュピーゲルの装甲を斬り裂いた。

 

『っ!? リアクティブアーマーを斬り裂いた!?』

 

「ケルンバイターは《外の理》によって造られた魔剣……絶対障壁を斬り裂いたこの剣の前にはそんなの紙装甲だよ!」

 

唯一シュピーゲルと対抗できるレト。 気を抜けばやられるとスカーレットは警戒を強めながら一人納得する。

 

『なるほど……あなたは解放戦線に物資を提供している組織の一員——』

 

「違うから」

 

『あらそうなの? ——なら』

 

「なっ!」

 

すぐに結社に属していないと否定すると……スカーレットは視線を上げて蹲るリィン達の方を見た。

 

シュピーゲルがレトを飛び越えてブレードを振り上げながらリィン達の前まで肉薄し……振り下ろされたブレードを間一髪の所でレトが受け止めた。

 

「ぐううっ……!」

 

「レトー!」

 

『フフ、確かにその剣には驚かせたけど……足手まといがいては話にならないわね。 このまま押し潰してあげる!』

 

スピードならともかくパワーでは完全に負けているも、レトは負けじと地面を砕き、徐々に沈みながら踏みしめて踏ん張る。

 

このままではレトが倒れる……そう思ったリィンは地面に突き刺した太刀を支えにして体に鞭を打ってでも立ち上がった。

 

「リィン……?」

 

「お、おい……」

 

「ううっ! ま、まさか……!」

 

すると、リィンの体から闘気が溢れ出した。 疲労困憊の状態でこの闘気……全員が“あの力”を使うのだと察した。

 

「……まさか……」

 

「“あれ”を解き放つつもりか……!?」

 

「だ、ダメです……!」

 

「やめるのだ、リィン……!」

 

『ふふ、Cが言ってた黒髪のボウヤの潜在能力……このシュピーゲル相手にどこまで通用するのかしらね?』

 

「なっ——」

 

『じゃあね!』

 

「うああああああ!!」

 

「レト!!!」

 

突然レトを推し潰そうとしていた剣が離れてつんのめってしまい、その隙に体を捕まられて持ち上げられて大きく振りかぶり……トリスタの南にある湖まで投げ飛ばされてしまった。

 

「ブハァ! 引き離された!」

 

着水すると同時にすぐに水面から顔を出し、投げ飛ばされた方向を睨みつける。

 

「早く戻らないと——痛ッ! 思いっきり握ってくれて……肋骨がやられた……」

 

陸に上がるとすぐにアークスを駆動し、水の回復魔法アセラスで傷を癒した。

 

湖からトリスタまでは約2000アージュ、クロノバーストを使えば2分で到着する。 治療を終え、立ち上がった時……

 

「よしこれで——」

 

「おっと、そうはいかないよ」

 

「!!」

 

パチン!

 

突然、辺りに指を鳴らした音が響いた。 次の瞬間、レトは真っ暗な空間に閉じ込められてしまった。

 

「これは……!」

 

これが誰の仕業かすぐに検討がつき、レトはその人物に向けて叫んだ。

 

「カンパネルラ……! これは何のつもりだ!」

 

「やぁー、僕も気が乗らないけどさー、これも幻焔計画を進めるために必要なんだよ。 もちろん、この後に君の出番もあるから心配しないで」

 

待ってもらえば出してはくれるようだが、そんなの今のレトには待てるわけもなかった。

 

「僕は今すぐに行きたいんだ! 邪魔をするなら容赦はしない!」

 

「おお、怖い怖い。 でも君にこれが破れるかな?」

 

「………………」

 

挑発に乗っては時間がもったいない……レトは目を閉じて集中し、力の流れを読みこの空間の核となる中心を探し出し……

 

「——そこ!」

 

虚空に向かってケルンバイターを振り下ろし、閉鎖空間を斬り裂いた。 脱出するやすぐに駆け出す。

 

「やれやれ、せっかちなんだから。 でも、充分に時間は稼げたかな?」

 

その背を、宙に浮くカンパネラが首を振りながら見送り……

 

「これは……!」

 

2分かけてようやく街道に戻った時、レトは目を見開いた。 目の前には……

 

「灰の騎神と……蒼の騎神」

 

蒼の騎神が地に膝をつき、その眼前にブレードを突き付きている灰の騎神がいた。

 

『約束だ——戻ってもらうぞ!』

 

どうやら勝敗は決したようだが……次の瞬間、膝をついていた蒼の騎神から膨大な霊力(マナ)が溢れ出して来た。 そして立ち上がり……力を解放した。 それは機体にも変化が現れた。 まるで鎧が開いたかのように装甲の蒼くない部分が黒くなった。

 

『あ——』

 

『お前はソイツに乗ったばかり……だが俺は3年前からコイツを乗りこなしている。 悪いが——“奥の手”を出させてもらうぜ』

 

『っ……!?』

 

リィンが驚く間も無くクロウはダブルセイバーを振るい……灰の騎神は倒された。 一撃、たった一撃で形勢は逆転された。

 

「今ので(ケルン)が傷ついた……っ! マズイ!!」

 

すぐさまレトは林から飛び出し、トドメを刺そうとするクロウの前に出た。 他の皆も同じ気持ちのようで、リィンを守ろうと立ち向かおうとしていた。

 

「皆!!」

 

「レト! 無事だったのか!」

 

「投げられたくらいで死ぬもんか。 湖には落ちたけどね」

 

「……だからビショビショなんだ」

 

『もう来たか……足止めを喰らわせた筈だが、この程度じゃ無理か』

 

「十分に足止めされたよ」

 

レトが話を伸ばして時間稼ぎをしている間にアリサはリィンに何かを伝えると……灰の騎神は起き上がり、ブレードを捨てて飛び立った。 そしてレト達は蒼の騎神と得物を手にして対面し……

 

『やめろ、やめてくれええええッ!』

 

悲痛なリィンの叫びに心が痛みながらも、全員が得物を手にクロウの前に立ち塞がる。

 

『やめとけ。 レトならいざ知らず、お前らが束になってもコイツには勝てない』

 

「百も承知!」

 

奥の手を使っている蒼の騎神。 1分でも稼げれば上出来だろうが……レトは誰も犠牲を出さないために再びケルンバイターを取り出そうとする。

 

「………………」

 

『——おっと、あの黄金の魔剣は出さない方がいいぜ。 Sの時と二の舞になりたくなければなら』

 

「くっ……」

 

「ごめんなさい、レト……」

 

「僕達が足手まといだから……」

 

「気にしないで。 だったら、VII組としての力だ立ち向かうまでのこと!!」

 

「その通りだ!」

 

決死の覚悟で、相討ちに持ち込ちこんでも倒そうと駆け出そうとすると……

 

『——今は斃れる時ではない!』

 

「なっ!?」

 

「この声は……!」

 

上空から力強い声がレト達に降りかかった。 空を見上げると……そこには真紅の飛行艇《カレイジャス》が飛行していた。

 

「あれは……カレイジャス!」

 

「父上!」

 

『未来を掴むためにも、落ち延び、機を伺うがいい!』

 

「!!」

 

アルゼイド子爵の言葉で、レト達はハッとなる。 一瞬迷ってしまったが……顔を見合わせて頷き、離脱を決意した。

 

「——総員離脱! 三手に別れてトリスタを脱出する!」

 

『了解!』

 

カレイジャスから砲弾が発射され、蒼の騎神に直撃すると……広域に煙幕が張られ、それを機に全員が散開してトリスタを脱出する。

 

レトは南に逃げ、その際にラウラ、エマ、ユーシスと合流したが……

 

『逃すかよ!』

 

煙を飛び出してクロウが追いかけて来た。 カレイジャスが引きつけているとはいえ、クロウはVII組の中で一番厄介なレトに目を付け……レト達は蒼の騎神を振り切れなかった。

 

「チッ……しつこいぞ!」

 

「ハアハア……このままじゃ……!」

 

「僕が引きつけるから、その間に皆は逃げて!」

 

「そんなこと、出来るわけ無かろう!」

 

「大丈夫。 こうするから!」

 

次の瞬間……レトの姿がブレ、複数のレトに分裂し四方に散って走り出した。 どうやら分け身を使って逃げ切るつもりのようだ。

 

『面倒な真似しやがって!』

 

「ほらいこう」

 

「はい!」

 

『チッ…………ん?』

 

撹乱している隙にラウラ達の姿も見失ってしまい、背後に迫るカレイジャスを一瞥して舌を鳴らしていると……逃げるレトの分け身の1体がチラリと、思わせぶりに目配せを送ってきた。

 

不審に思ったクロウはその分け身を追いかけ……ケルデイックの穀倉地帯で分け身は足を止めた。 振り返ってクロウを見つめるレトは……分け身ではなく本体であった。

 

『たっく、思わせぶりに目配せしたと思ったら……いいのかよ? 後でラウラ嬢がキレるぜ?』

 

「怒られた時に言い訳を考えておくよ。 今はクーさんを倒す、ただそれだけ」

 

『邪魔者がいなくなり、ケルンバイターが解禁されたからって勝てると思うなよ?』

 

「そんなの知っているよ。 ——だから、彼を呼ぶのさ」

 

レトはクローバーの形をした銀耀石(アルジェム)を取り出して上に放り投げた。 クロウの視線が銀耀石に向けられる中、レトはケルンバイターを構えて一振りし、背後に落ちてきた銀耀石を砕いた。

 

「さあ——出ておいで」

 

すると、レトの背に四葉を模した陣が展開された。 しかし……その陣は次第に緋に染まっていく。

 

『なっ!?』

 

『これは……』

 

蒼の騎神にのるクロウとカレイジャスに乗るアルゼイド卿もこの現象には驚き、次の瞬間……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

帝都ヘイムダル。 バルフレイム宮・地下区画最奥

 

「グルル……」

 

光も届かないその場所に、一機の銀獅子……ウルグラが足を踏み入れていた。 ウルグラは顔を上げ、目の前で膝をついている巨大な緋色の人形を見つめる。

 

その時、ウルグラの背後に銀色の陣が現れた。 主人であるレトが呼んでいる……しかし、本当にレトが呼ぼうとしているのはこの緋色の人形。 その眼を光らせると、まるで意志があるかのように立ち上がり陣の前に立った。

 

すると陣の色は銀色から緋色に染まり、人形は片手を伸ばして陣に触れ……そのまま吸い込まれて行った。

 

「グルル……」

 

再び静寂が包まれる中、ウルグラは踵を返してその場を去る。 そして誰もいなくなったその場には、脈動する支柱があった。 そこには……四肢が支柱に埋まり、拘束されている黒い光沢を持つ緋い騎神が残されていた。

 



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64話 緋の騎神

なんとか間に合った!

明日、閃の軌跡IVが発売前に閃1を終わらせる事が出来ました。



クロイツェン州にあるケルディックの穀倉地帯……そこで対面する蒼の騎神《オルディーネ》に搭乗しているクロウとレト。 両者を見つめる紅き翼《カレイジャス》が見守る中。 レトの背後に展開された緋い陣……その中から巨大な右手が出て来た。

 

『……マジかよ』

 

「——出でよ、緋の騎神《テスタ=ロッサ》!!」

 

右手を振り上げその名を叫び……緋色の陣の中から緋の騎神《テスタ=ロッサ》が姿を現した。

 

『オメェ……緋の起動者だったのか! ソイツは呪われて動かせないはずだろうが!』

 

「ちょっと裏技を使ってね」

 

帝国の歴史に名を刻む紅蓮の魔人の正体、伝承通りなら乗れることもこの場に現れる事すらあり得ない存在……その存在に向かってレトは歩き、ルーシェと共に光に包まれるとテスタ=ロッサの胸に吸い込まれコックピットに搭乗した。

 

コックピットに乗るとレトはキーボードを操作してシステムを起動し、手摺の上に設置してある半球の上に手を置いた。

 

「さて……初めて動かすけど、問題はなさそうだね。 後はどこまで粘れるかだけど……」

 

「ナァー」

 

レトは目の前のディスプレイに映る蒼の騎神を睨みつける。

 

『千の武器を持つ魔人か……相手にとって不足はねぇ。 ここで潰させてもらおうか!』

 

『やれるものならやってみるんだね!』

 

テスタ=ロッサの足元が緋く歪み、棒が出てくるとレトはそれを掴んで引き抜き……1つの槍を取り出して構えた。 しかし、槍と言ってもそれはスピア、和槍とは違ってレトの実力を十全に発揮出来ないだろう。

 

だが、それでも引くわけにはいかない。

 

『はあああ……!』

 

闘気を高め、それに呼応してテスタ=ロッサの霊力も上がっていく。

 

(……霊力がかなり消耗しているな。 奥の手を使い過ぎたか……これはちっとばかし不利だな)

 

それに対してクロウはオルディーネの元の姿に戻しながらダブルセイバーを構える。 その身から霊力を放出するも先程のような出力が無かった……リィンとの戦いで霊力を消耗し過ぎたのだろう。

 

『第2ラウンド目で疲れてるのかい?』

 

『丁度いいハンデだ。 お前がいかに強かろうと、騎神を駆るのは俺の方が上だ!』

 

互いの得物を構え、一気に霊力を解放させる。 紅き翼が見守る中、二機の騎神は同時に駆け出した。 そして……

 

『おおおおおっ!!/ はあああああっ!!』

 

双刃剣と槍が衝突し、衝撃で麦が根ごと飛ばされるように大きく揺れる。

 

『結べ——蜻蛉切!』

 

『アークスラッシュ。 はああぁ……せやっ!』

 

衝突後一歩下がるとまた同時に戦技を繰り出し、互いの刃がまたぶつかり合い先程より強い衝撃が放たれる。 実力は互角……と、思いきや、レトの方が押し負けていた。

 

『っううぅ……!』

 

『どうした!? 伝説に伝わる紅蓮の魔人様の力はこんなもんか!』

 

『このっ!』

 

薙ぎ払ってくる双刃をレトは槍で巧みにあしらう。 だが、クロウは一手一手力強く繰り出しており、技量ではレトが優っているが騎神の力が劣っているのでこのままでは押し切られてしまう。

 

『っ……』

 

『喰らいやがれ——クリミナルエッジ!』

 

捌き切れず腕を浅く切られ、攻めてきたクロウのダブルセイバーの双刃に霊力が集まり、回転斬りを放ち麦ごとレトを薙ぎ払った。

 

『ぐうぅ……! うわっ!』

 

槍を構えて防ぎ、受け流そうとするが……オルディーネの力が強くいなし切れず吹き飛ばされ膝をついてしまう。 そしてクロウは双刃剣の刃をレトの眼前に突き出す。

 

『実力は認めるが、どういうわけか俺らが乗るこの騎神に差がある時点でお前の負けだ——諦めて帝都に戻ってもらおうか』

 

『ッ……!』

 

『おっと!』

 

突如レトの右脇腹から矢が飛び出て来た。 不意をついた奇襲、しかしクロウは紙一重で回避し距離をとった。

 

その中でレトはディスプレイの横に映るデータを見て悪態を吐く。

 

『——っ……やっぱり殆どあっちに持ってかれてる! これじゃあ千の武器じゃなくて十以下の武器を持つ魔人だよ!』

 

『……起動者ヨ。 我ハ魔人デハナイ』

 

『そう愚痴りたくもなるよ!』

 

『しっかしなんだ……? 同じ騎神なのにここまで差があるなんて変だな……』

 

『何ラカノ理由デ、出力ガ半分シカ発揮デキナイモヨウ』

 

『レトはそれを承知のようだが……それならそれで好都合だ!』

 

何らかの理由でテスタ=ロッサが弱体化している、それが分かったクロウは一気に畳み掛けてくる。

 

『なんだ? 一か八かの勝負にでも出るのか?』

 

『ふぅ……命を賭けてるのなら、僕の運は跳ね上がるんでね!』

 

『それはお互い様だ!』

 

地を蹴りクロウが畳み掛ける。 レトは麦畑が荒らしてしまうのに心を痛めながら動き回りなんとか凌いでいる。

 

しかし、初の操縦のためテスタ=ロッサの霊力が余剰に消費してしまい、互角で戦闘を維持できるのも時間の問題だった。

 

『これで、終わりだ!!』

 

トドメとばかりに霊力を高め双刃剣で薙ぎ払う。 その刃がレトの喉元に届こうとした時……レトは何かを発見し、双刃剣をオルディーネごと飛んで避けその場所に降り立った。

 

『——見つけた! 霊脈(レイライン)!』

 

身を屈めて飛んで来たダブルセイバーを避けながら槍を地面に突き立て地脈のエネルギーを活性化、転移の一種である“精霊の道”を開いた。

 

『! テメェ、まさか最初からそのつもりでテスタ=ロッサを呼びやがったな』

 

『その通り、元からこうやって逃げるつもりだったんだ! アルゼイド卿、後はよろしくお願いします!』

 

『うむ、気をつけるが良い』

 

短い返答、それだけを言いこの領空から離脱するためカレイジャスは上昇を始める。

 

『逃すかよ!』

 

『ぐっ……! はあっ!!』

 

ダブルセイバーの刃が左肩に突き刺さるも、抜くと同時に地面に突き刺した槍を軸に回転して勢いをつけて蹴り飛ばした。

 

『クーさん! この内戦がどんな結末になろとも、絶対にVII組に戻って来てもらうからね! 』

 

『っ……』

 

そして……緋の騎神はその場から姿を消した。 後に残された蒼の騎神は逃げ去って行くカレイジャスを見上げた。

 

『たっく……どいつもこいつも。 一筋縄じゃいかねぇヤツらばっかりだぜ』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

どこかの高台……突如その場が光り出し、緋の騎神が光りの中きから現れた。 テスタ=ロッサはゆっくりと膝をつき、胸の核から光りが飛び出して地に降りると……満身創痍のレトとルーシェが現れた。

 

「はあはあ……操縦精度じゃなくて優先して共鳴率を上げていたとはいえ、流石に初の搭乗は無茶、だったかな……ウプッ……」

 

「ナァーー!」

 

霊脈の中は思った以上に荒れており、まるで稼働している洗濯機の中に放り込まれているようだった。 いつもならその程度で酔うことはないのだが慣れない騎神の操縦で疲弊して肉体的にも精神的にも限界であり、なんとか倒れまいと踏ん張るのでギリギリだった。 ルーシェも心配の声をかけられ、助けを呼ぼうとその場から走り出す。

 

テスタ=ロッサも核が無事とはいえ霊力の枯渇や深いダメージを負っており、動く事はおろか喋る気配すら無かった。

 

「ふうぅ……皆、逃げ切れた、かな……?」

 

VII組の皆の身を案じながらテスタ=ロッサの足に寄りかかる。 次第に意識が朦朧とし始め、とうとう瞼が落ちようとした時……

 

「——こ、これは一体……」

 

「ナァー!」

 

「…………ぅ…………」

 

微かに見えた水色を最後に……レトは意識を落とした。

 




ちょっと短くなりましたがこれで閃の軌跡は終わり、次は閃の軌跡IIに入ります。

閃2は新しくせずこのまま投稿しようと思います。 当分先ですが閃3、4(多分?)もそのまま繋げるつもりです。

今後は閃の軌跡IVをプレイするので投稿が遅れますがご了承ください。


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第II章 I部
65話 ウルスラ病院


閃IVをプレイ途中でこの作品との矛盾点が多々発生してしまった……特に緋猫が。 先取りして色々とキャラや設定を突っ込むもんじゃないね。 (と言いつつ突っ込むのです)


七耀暦1204年——

 

帝国で引き起こされた貴族派と革新派の対立の末に起きた必然ともいえる内戦……その裏では自身の尾を喰らう蛇が蠢く中。

 

この西ゼムリア大陸で最も歴史あるといえるこの国で、この現代で……歴史の再現ともいえる戦争が始まろうと……いえ、始まっていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

11月24日——

 

「——ん……」

 

どこかの病室、何度も日を跨いだその日……“ピッピッピッ”と室内に電子音が響く中、ベットで横たわって眠っていた橙色の髪をした少年の重い瞼を開いた。

 

「……ここ、は……?」

 

青い瞳を何度も瞬きさせ室内を見渡し、自分の左腕に刺されている点滴の針を見てどこかの病院だと分かり息を吐いて脱力した。

 

「ふぅ……何とか落ち延びたか……」

 

橙色の髪の少年……レト・イルビスは賭け事に強いとはいえここまで命の危機に瀕したのは初めて……いや、少なからずあったが、とにかく切った札が弱かったにも限らず生き残れたのは幸いだった。

 

「——目が覚めたのね」

 

と、そこへふんわりとした雰囲気を感じさせるこちらもフワフワした長い栗色の髪のナースが病室に入ってきた。

 

「あの……ここは?」

 

「ここはウルスラ病院よ。 あなたは1ヶ月前に倒れていた所をティオちゃんが抱えてきたんだけど……覚えてない?」

 

「ウルスラ……っ! ここはクロスベル——ぐっ!」

 

「いきなり起き上がっちゃダメよ! 外傷が少なかったのが不思議だけど、重症には変わりなかったんだから」

 

ナースが慌てて身を起こそうとしたレトの肩を抑えて落ち着かせ、そのまま再びゆっくりとベットに横たえた。

 

「1ヶ月……」

 

「ええ、もう12月に差しかかろうとしているわ」

 

「……あの、ルーシェ……僕と一緒にいたはずの赤毛みたいな猫は?」

 

「それならティオちゃんと一緒にいるはずよ。 呼んでこようかしら?」

 

「はい、お願いします」

 

軽く診断をした後ナースは病室を後にし、一息ついて冷静になったレトはシミのない天井を呆然と見つめながら考える。

 

(……乱れた霊脈で精霊の道を開いたからこんな遠くまで……いや、元々どこに落ち延びるのか決めてなかったのが原因か……)

 

後先考えてなかったツケが回って来たようで笑うしかなかった。 それから数分後……病室の扉が開き先程のナースと少女が入ってきた。

 

「失礼しま——って、あ!」

 

「ナァー!」

 

「わぷっ! ル、ルーシェ……苦しい……」

 

目が覚めたレトを見るや否や赤に近い茶色い毛の猫……ルーシェがレトに向かって一直線に飛びかかり、レトの顔面に覆い被さった。

 

当然息苦しくなるが、すぐにルーシェが離れ解放された。 レトは身を起こすと、ベッド脇にはルーシェを抱える水色髪の少女がいた。

 

「ダメですよ。 あなたのご主人に迷惑をかけては、まだ目が覚めたばかりですから」

 

「ナァー」

 

「もしかして……君が僕をここに?」

 

少女は質問に肯定するように頷いた。

 

「ええ。 病院を出たすぐにある高台で倒れていたあなたを見つけまして」

 

「そうですか……助けていただきありがとうございます」

 

「いえ、気にしないで下さい。 それと敬語も不要です。 どうやらあなたの方が年上のようなので。 それよりも、私が聞きたいのは……あの緋い人型の兵器、あれは一体何なのですか?」

 

やはり……とレトは思った。 最後にレトが記憶している場面は緋い人形……テスタ=ロッサの前で力尽きた事。

 

そこから助けたとなれば当然、彼女は緋の騎神を目撃していることになる。

 

「まあ、深く聞くつもりはないのですが」

 

「え……」

 

「軽く調べましたがあれはオーバーテクノロジーで造られています。 恐らく七耀歴以前、暗黒時代の遺物……それなりの事情を察します」

 

詳細はともかくそこまで分かっているのなら説明の必要はないだろう。 と、そこで少女は思い出したかのようにハッとなりレトの方を向いた。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。 私はティオ・プラトー。 あなたは?」

 

「僕はレト・イルビス。 よろしく頼むよ」

 

「ナァー」

 

自己紹介を終えると、それを見計らったかのようにルーシェがベットに飛び乗り、レトの足元で丸まり寝息をたて始めた。

 

「ルーシェはあなたの事を心配してました。 殆ど付きっきり……というか、あなたの側を離れたがりませんでした」

 

「そう……心配をかけちゃったね」

 

そこでレトは疑問に思った。 彼女は今まで眠っている状態でこの猫の名前をどうやって知ったのか……以前クロスベルに来たとはいえ彼女には会ってはいないのに。

 

「何でルーシェの名前を?」

 

「ティオちゃんはね、動物と会話が出来るのよ」

 

「会話ではなくあくまで感覚的なコミュニケーションですけどね。 それに会話する相手が賢いから会話が成立するだけです」

 

「心を通わせる……そんな感覚だね。 そういうのは僕もよくあるよ」

 

そう言われて納得する。 レトも何となくルーシェの言っている事が分かる時がある。 その原因はルーシェが聖獣である事も理由の一つでもあるが。

 

それからレトはティオからこの国、延いては諸国の知る限りの現状を教えてもらった。 このクロスベルはディータ・クロイスが“零の至宝”という両大国を寄せ付けない強大なの力を使いこの国を支配しているらしい。

 

そして共和国は恐慌状態、帝国は鉄血宰相が討たれのを引き金に内戦が勃発……あのトリスタ防衛戦を経たレトにとって予想通りの展開だった。

 

(……機甲兵が登場したという情報は来てないのか……)

 

そこまで考えた時、ふと目が隣のテーブルの上に自身の導力カメラに向けられた。 おもむろに手に取り操作し……本当にいつの間か撮っていた、灰の騎神と蒼の騎神が対面する場面を収めた一枚に目を落とした。

 

「………………」

 

「珍しいですね。 導力ネットワークと連動している導力カメラを持っているなんて。 しかし、これは……」

 

「見てみる?」

 

写真を興味深そうに覗き込むティオにカメラを差し出す。 少し躊躇したが、本人がいいと言っているので手に取り興味深そうに今まで撮って来た写真を見る。

 

「へぇ、学生だったんですね。 この人型も興味深いですが、他の写真も良く撮れてます」

 

「今までかなり撮ってきたからね。 アルバムを持っていればよかったけど……」

 

「ティオちゃん。 そろそろ」

 

「あ、はい。 それでは私はこれで。 早く元気になってくださいね」

 

導力カメラを返し、2人は病室を後にした。 残されたレトはカメラを置くとそのままベットに倒れ込んだ。

 

(今は心身ともに回復するのが優先。 とにかく早く帝国に帰らないと……)

 

ルーシェを手元に寄せ、暖かさを感じながら瞼を閉じ、レトは寝息をたて始めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

11月30日——

 

レトは異常なまでの速さで回復しており、僅かほぼ1週間でほぼ完治していた。 食べては寝て、食べては寝てを繰り返し、時には魔法(アーツ)を使って回復に専念した。 今ではもう全快。 残りの日をリハビリに費やし、いつでも行動に移せる状態にあった。

 

「これは……」

 

昨日から歩く事が出来るようになったレトはティオを連れ、警備隊が見張っている中ウルスラ病院をこっそりと抜けた。

 

目的は少し進んだ先にある高台。 そこには……地に膝を立てて身をひそめる巨大な人型の石像が鎮座していた。

 

「大きさと色合いからとても目立つので地のアーツで石像に見立てました。 何度か警備隊に発見され「こんなのあったっけ?」と不思議に思われながらスルーされました」

 

神機(アイオーン)を見ているのに無視するなんてね……まあ、実際に動いて超常的な力を振るうのに対してこれは動かない石像、最初のインパクトの違いだろう」

 

そのおかげで報告されずに済んだのだから不幸中の幸いである。 ホッと一息つきながらレトはテスタ=ロッサの前まで歩くと……石像の目が光り出した。

 

『我ガ起動者(ライザー)。 無事デナニヨリ』

 

「それはお互いにね。 そっちも回復した? 外傷は少なかったとはいえかなり霊力(マナ)を使ったでしょう?」

 

『3日前ニ霊力ノ補給ハ完了シタ。 最適化モ済ミ、ヨリ効率的ナ運用ガ可能ニナッタ』

 

少し片言だが、十分に受け答えができる事にティオは驚きを覚える。

 

「言葉を話せるなんて……本当に私の知らない、理解できない技術で作られているんですね」

 

「ナァー」

 

『霊力ノ高イ娘。 我ノ身ヲ隠蔽、誠ニ感謝スル』

 

「気にしないでください。 警備隊に持っていかれるのもシャクでしたし、個人的なつまらない意趣返しだと思っていただければ」

 

「……ティオも、病院の人達のようにこのクロスベルの政策に反対?」

 

病院の人達も正門にいる警備隊を良く思っていない人が多く。 レトがその事を聞くと、ティオは少し顔をうつむかせながら頷いた。

 

「ええ……確かにクロスベルに両大国に対抗する術がありません。それだけを聞けば仕方ないのかもしれません。 しかし……その力に私達の身内が利用されているのは我慢なりません」

 

「そう……」

 

帝国に様々な思惑があれば、このクロスベルも同様な意見もある……結局、貴族や平民、国同士のしがらみなど違いは大きさや規模だけ中身は対して差がないのだろう。

 

「テスタ=ロッサ、僕達は近いうちに帝国に戻る。 いつでも出発出来るように準備を進めておいて」

 

『了解シタ』

 

準備を始めるためテスタ=ロッサは瞳の光りを落とした。 レト達はウルスラ病院に戻るため階段を降り、正門前まで来た。 しかし正門は警備隊がいるためそのまま通る訳にもいかない。

 

レトはルーシェを頭の上に乗せティオを抱えると跳躍、警備隊の装甲車両を踏み台にして病院の敷地内に入り。 さらに高い柵を飛び越えて病院関係者が寝泊まりする寮の屋上に降り立った。

 

「到着っと」

 

「……マフィアの放った魔獣が再度侵入出来ないように置いた柵を飛び越えますか普通」

 

何やらレトを人外を見るような目で見るティオ。 そんな目で見られているとはいざ知らず、レトは寮内に入り一階にある食堂まで降りた。

 

「あら2人とも、用事は終わったの?」

 

遅めの朝食を食べようと席を探していると、レトの担当をしている看護婦……セシルがテーブル席に座っていた。 どうやら彼女も遅めの朝食のようだ。

 

「はい。 ご心配をおかけしました」

 

「いいのよ、無事でいてくれれば。 あなた達もこれから朝ごはんでしょう? お姉さんが奢ってあげるから座って待っていて」

 

「いや、流石にそこまでお世話に……って、人の話を……」

 

遠慮して断る間も無くセシルは立ち上がりカウンターに向かって行った。 止めようとした手が空を切る中、ティオは諦めた顔をしながら席に着く。

 

「優しさに境界線がないのがセシルさんです。 ここはお言葉に甘えましょう」

 

「い、いいのかな……?」

 

「いいんですよ」

 

本当にいいのかなぁ、とレトは心の中で思いながら席に着いた。

 

数分してセシルが両手に同じメニューを乗せたトレーを持ちながら戻ってきた、どうやら定食のようだ。

 

「お待たせ。 日替わり定食だけど、嫌いなものはない?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「よかったぁ。 それとはい、ルーシェちゃんにはミルクよ」

 

「ナァ〜♪」

 

お礼を言いながらトレーを受け取る。 ルーシェは本当に嬉しいようで、後ろ足で立ち上がり喜びを身体で体現する。

 

それから3人と1匹は朝食を食べ終え、ルーシェはねてレト達は食後のコーヒーを飲んで一息ついていた。

 

「それで、実際のところどうなったんだろう。 この大陸の現状は?」

 

「そうですね……」

 

一息ついた所で3人はこの大陸の現状について話し合っていた。

 

「あの日からクロスベル独立国は超常的な力を背に独自の外交戦略を展開されました」

 

「この戦略は両大国に虐げられて来た小国や自治州には魅力的に映ってね……異論を唱えていたリベール、レミフェリア、アルテリア法国もこの流れには逆らえなかった」

 

「そしてエレボニア帝国は貴族派と革新派による大規模な内戦が勃発、カルバード共和国はこの事件を発端に経済恐慌が発生、反移住民主義のテロが激化を始めた……」

 

クロスベル独立を引き金に西ゼムリア大陸中が混乱、どこもかしこも大騒ぎである。

 

「現在、帝国はほぼ《貴族連合》が占領されています。 各地に配備された正規軍も一部を除いて悉く退けられたそうです」

 

「ってことは、とう……皇帝陛下、アルフィンやセドリックは……」

 

皇帝を父と呼ぼうとする前に慌てて訂正し、レトは少し気落ちする。 せめてもの救いは恐らくオリヴァルトはカレイジャスに乗っていて今も無事だと言うことだけ。

 

「どれも騒動を収めるには一筋縄ではいかないか……ここで手をこまねいても仕方ないし、今日中にでも帝国に——」

 

「ダメよ。 動けるようになったとはいえまだ本調子じゃないんでしょう? もう少しリハビリをしてからでも遅くはないわ」

 

「……もう十分リハビリ出来ていると思いますが……」

 

ティオはレトが柵を軽々と飛び越えたのを思い出しながらボソリと呟く。

 

「せめて服が届くまで待っていてね。 あの紅い制服はとても目立つから」

 

「……はい、分かりました」

 

優しく問いかけるセシル。 レトは納得出来ないも頷くのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「やっ。 ほっ、はっ!」

 

夜……ウルスラ病院の屋上。 そこでレトは勘を取り戻す為に朝から槍を振るってリハビリをしていた。 その光景をティオとルーシェがベンチ座りながら見ていた。

 

「もう行ってしまうんですね」

 

「ふぅ……うん。 いつまでもお世話になる訳にもいかないし、帝国には僕の仲間もいる。 とにかく先ずはVII組全員が集まって、どうするか決めないと」

 

「そうですか……なんだか、私達に似てますね」

 

「特務支援課だっけ? おんなじだと思うよ、どっちも遊撃士みたいな事をしてるし」

 

動けない間暇だったので2人は今までの事を互いに話し合った。 そしたら以外にも複数の共通点があったりした。

 

「どうやって帝国に戻るつもりで? ガレリア要塞の風通しが良くなったからといって、テスタ=ロッサを連れて行くのは難しいですよ?」

 

「そうなんだよねー。 精霊の道を開いて行くのもアリだけど……運送で行くのもありかもね」

 

「……運送?」

 

「そうそう。 山猫の宅急便ってやつ」

 

何かを指しているような比喩を言うレト。 何のことか分からないティオは首をひねると……レトが肌寒さを感じて片手で身体を擦る。

 

「流石に寒くなってきたかな」

 

「夜は特に冷えますので、風邪をひかないでください。 答えは明日に持ち越して、私はもう寝ます」

 

「わかった。 おやすみ、ティオ」

 

「はい。 おやすみなさい、レトさん」

 

「ナァ」

 

ルーシェを軽く撫でた後立ち上がり、ティオは屋上を後にした。

 

レトは明日ここを発つ予定で、服も用意出来たようだった。

 

「さてと…….——ん?」

 

レトもこのままでは風邪をひいてしまうと思い槍をしまい、明日に備えて病院内に入ろうとした時……不意に人の気配を感じ取り振り返った。

 

そこには……白と青を基調とした、優雅ながら動きやすい旅装束を着たラウラがいた。

 

「! ラウラ、無事だったんだね!」

 

「………………」

 

「……ラウラ?」

 

「フーーーッ!」

 

久し振りに再開だと言うのにレトは反応がない、さらにルーシェが威嚇している事を怪訝に思いながら歩み寄よると……突然、大剣を抜き際に振り下ろして来た。 いきなりの事で驚愕したが、咄嗟にレトは後退して大剣を避ける。

 

「いきなり何——」

 

問いただそうとすると……背後から気配を感じ、振り返らずその場を飛び退くと、遅れて大剣が薙ぎ払われた。

 

(速すぎる……って)

 

背後に回り込んだ気配がなかった事を不思議に思いながら周囲を見渡すと……レトは目を疑った。

 

「ラ、ラウラが1人2人…………7人?」

 

最初に大剣を振り下ろした状態で固まっている1人、そして背後から襲って来た1人……さらに5人、いつの間か最初の1人の背後にいた。 全員が同じ格好、同じ顔をしたラウラが……ただ異なる点があるとすれば無表情な部分だけ。

 

「分け身じゃない……全員本物だ。 一体何が……」

 

「——驚いてくれたかい?」

 

彼女達の背後から現れたのは白衣とメガネをつけた猫背の男、まるで彼がこの状況をレトに見せたかったかのような口振りである。

 

そして、その声には聞き覚えがあった。

 

「……その声……使徒ですか」

 

「いかにも。 私はF・ノバルティス。 身食らう蛇の第六柱にして、《十三工房》を任されている。 フフ、皆からは“博士”とも言われている」

 

「あなたが……」

 

執行者の口々から度々耳にしている名前、名前から察するに技術系統で組織に貢献しているのだろう。

 

だが、次の瞬間レトはさらに驚きを露わにする……それは、彼の背後から《鋼の聖女》と《鉄機隊》の戦乙女3人が現れたからだ。

 

「母上……」

 

「…………………」

 

「性懲りもなくまた……!」

 

「いい加減諦めなさい。 喚いた所で事実は事実よ」

 

「それとも、マスターが虚言を言っているとでも思っているのか?」

 

「そ、そうとは言っていませんわ!」

 

未だに神速がレトの事を目の敵にしているが、それよりもレトはラウラ達について聞くことが今は重要だった。

 

「フフ、話には聞いていたが、君が聖女殿の息子か……実に興味深い」

 

「……そんな事より、彼女達は一体……僕の友人にソックリなんですけど?」

 

「彼女達は根源の……マリアベル嬢と協力して生み出した人造生命体《Aの血族(アルゼイド・ブロス)》……ご察しの通り、《光の剣匠》の遺伝子を元に作られている。 似ているのは当然だろう」

 

光の剣匠……アルゼイド卿の遺伝子から培養され生み出されたラウラ達……その事実にレト“キッ”と、鋭く怒りに満ちた目でアリアンロードを睨んだ。

 

「母上……! どうしてこのような命を弄ぶ所業を見過ごしたのですか!?」

 

「………………」

 

「母上!!」

 

返す言葉もない……沈黙がレトの質問に答えていた。 責め立てるも、その答えは母と戦乙女達も本意ではない事が伺える。

 

「なっ!?」

 

だが、それを聞く前に1人のラウラが走り出し大剣を突き出して来た。

 

「くっ!」

 

考え事の途中で不意を突かれ、即座に跳躍して回避する。

 

7人ともラウラと同じ大剣使い、レトは苦悶の表情を見せながら槍を抜き構える。

 

「先ずは戦闘力を計らせてもらおうか。 いくら《剣帝》とはいえ、甘く見ない方が身の為だよ」

 

「くっ……」

 

まるでテストと言わんばかりの態度にレトは苛立ちを覚えながらも槍を抜き、応戦する。

 

数は多いとはいえ、ラウラ達の剣にはどうにも感情……意志がない。 そんな剣に重みがある訳もなく、レトは冷静に対処していく。 その間にチラリと周囲を見渡すと、結界が張られていた。 通りで先程出て行った感覚が鋭いティオがここに来ない訳だ、どうやらこの空間は隔絶されたようだ。

 

「はあっ!」

 

「せいっ!」

 

振るわれている剣は間違いなくアルゼイド流。 しかしどうやら知識だけで身体がついて行ってないようで、7人とも太刀筋が定まってない。

 

「はあっ!」

 

レトは銃剣を抜くと同時に分け身を使い、7箇所で一対一を行った。 数の有利を覆され、次第にラウラ達は押され疲弊していく。

 

「……これが優秀な遺伝子から生まれた人造生命体の力? これじゃあ、あまりにも……」

 

「その通り。 彼女達は試作品だ。 次に検体を作る為の過程に過ぎない」

 

「このっ……外道が!」

 

「っ……」

 

「させませんわ」

 

本体のレトが相手をしているラウラを弾き飛ばし、ノバルティスに向かって刃を向けようとすると……鉄機隊の神速が道を塞いだ。 その背後には他の2人も控えている。

 

「あなた達も何をしているのか分かっているのか!」

 

「ええ、もちろん。 個人的はとても怒りを覚えますが……これも偉大なるマスターのため、私は意思を押し殺しますわ」

 

「分からず屋!」

 

怒りをぶつけるように銃剣をブーメランのように投擲。 《神速》のデュバリィは冷静に盾で防ぎ、上に銃剣は一瞬で距離を詰めたレトがキャッチしそのまま振り下ろす。

 

デュバリィはバックステップで避け頭上から振り下ろされた剣は屋上の床を鋭く斬り裂く。 そしてレトは距離を取ろうとするデュバリィに蹴りを入れて体勢を崩させ、剣技と蹴り技でデュバリィを押していく。

 

「っ! この戦い方……既に《剣帝》を超えたと言うんですの!?」

 

「超えてない。 今から超えさせてもらうだけ……貴方達を倒してね!」

 

「まぁ……」

 

「フッ、生意気な……だが悪くない」

 

「ふ、ふん! いかにあれから研鑽を積もうとも、結社最強とも謳われる我ら《鉄機隊》に単身で挑もうとは——身の程を知りなさい!」

 

「そんな事はどうでもいいので置いといて」

 

レトは両手を横に振り、彼女の前置きなどどうでもいいように放り投げる。

 

「なっ!?」

 

「一撃で決める!」

 

Aの血族の相手をしていた分け身を消すと同時に駆け出し、また新たな分け身を作り出して鉄機隊に迫る。

 

『これが僕の剣の道だ!』

 

アルゼイド卿は刹那の間にいくつもの型の剣を振るうに対し、レトが振るう型は1つだけ。 しかし、その人数は幾十……全力の一太刀を一点に重ねる、これがレトの……

 

『——秘技・洸凰剣!』

 

レトがすれ違い際に一太刀だけ振るう。 それが幾十と繰り返され……耐えきれなくなった鉄機隊は大きく吹き飛ばされ膝をつく。

 

「あ、ありえませんわ……こんな子ども相手に、しかも、アルゼイドの技で膝をつかされるなんて!」

 

「こうも容易く我らを退けるとは……どうやら甘く見過ぎていたようだな」

 

「若いって怖いわね。 いえ、どちらかといえばこれは思いの力……フフ、妬けちゃうわね」

 

何かを呟いた後、鉄騎隊が後退すると……今度はラウラ達が使徒へと続く道を塞ぐ。

 

「邪魔を……」

 

「するな!」

 

『朧月牙!』

 

立ち塞がるラウラ達を、分け身を使い一瞬で倍の人数に増えたレトが二振りで斬り払った。 倒れていくラウラ達……すると、いきなり次々と転移されていく。

 

最後の1人が消えたのを見送ったレトはノバルティスの方を向く。 その手には端末が握られており、彼の仕業だと分かった。

 

「ふむ……こんなものか。 初めてにしては上出来、良いデータが取れた」

 

「くっ……」

 

ただデータを取る為だけにこんなふざけた事を仕出かすノバルティスに怒りを覚えるレト。 だが怒りの形相で睨まれているノバルティスはそんな事は気にせず手元の端末を操作し転移を始めた。

 

「ご協力感謝するよ。 また会える日を楽しみにしている」

 

「待て!」

 

手を伸ばすもその前にノバルティスは消えて行った。 そして、それに続きアリアンロードの足元にも陣が展開し始めた。

 

「母上!」

 

「——レミィ。 願わくば……あなたが彼女達を……」

 

「!!」

 

その言葉を最後に、アリアンロードは戦乙女達と共に転移して行った。

 

「………………」

 

「ナァ……」

 

結界が消え再び夜の静寂に包まれる病院の屋上に残されたレト。 茫然と立ち尽くすレトにルーシェが歩み寄り心配そうな鳴き声を上げる。

 

そんなルーシェにレトは大丈夫と言いながら抱きかかえる。 そして顔を上げ、闇夜に浮かぶ三日月を見上げる。

 

「猶予はない……」

 

そう呟いた後、レトは駆け足で自分の病室に戻った。 入るや早速先の戦いでボロボロになった病人服を脱ぎ捨て、セシル達が用意してくれた服を手に取る。

 

白いシャツの上にフード付きの紺色のジャケットを羽織り、黒いズボンを履いて踝まである登山靴を履き立ち上がった。 腰のベルトに古文書を懸架し、ジャケットの内ポケットにアークスをしまう。

 

最後に背中まである橙色の髪を一纏めにし円状のバレッタで固定。 顔は割れているかもしれないが、これで目立つ事もないだろう。

 

「………………」

 

綺麗に畳まれたトールズ士官学院・VII組の象徴である紅い制服。 レトは寂しそうな目をしながら制服を見つめる。

 

(また、袖を通す時が必ず来る……)

 

そう信じて制服をこの病院に残す事を決意し、勝手に居なくなるからセシルやティオが心配するので書き置きを残した。

 

槍の入った袋を担ぎ病室、ウルスラ病院を後にした。

 



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66話 灰の騎神

12月1日——

 

「(ゴクゴク)……ふう……」

 

現在、喉を潤しているレトはウルスラ病院を出て北西に向かい、ノックス樹海の中を進んでいた。

 

レトが今目指しているのはガレリア要塞。 普通なら街道沿いに進んで行くのが一番なのだが、今クロスベルは結界に包まれており通り抜ける事は出来ずこうして樹海を横断していた。

 

この樹海を通っているのはそれもあるが、もう一つの理由は……

 

『がれりあ要塞マデ残リ2000あーじゅ。 コノママ進メバ1時間半デ樹海ヲ抜ケラレルデショウ』

 

この、緋の騎神である。 こんな目立つのがいては堂々と街道を通れるはずもない。 それが無くともいまのクロスベルには3機の神機の存在がある。 本来の力を有しているのならいざ知らず、半分以下の力しかないテスタ=ロッサにはとても対抗出来なかった。

 

「そう……後10分休んだ後出発しよう。 霊力(マナ)はまだ平気だよね?」

 

『コマメナ休息デ霊力ノ残存量ハ90%、稼動ニ支障ハナイ』

 

「クァ〜……」

 

膝の上で欠伸をするルーシェの背を撫でながら、レトは先程狩った猪肉を焼いていた。

 

島サバイバルの次は森サバイバル。 皇族とは思えないくらい逞しく生きているレトである。

 

「モグモグ……あともう一踏ん張りだね」

 

肉を食べてスタミナを回復させ、食べ終えて火の始末を済ませたレトはテスタ=ロッサの前に向かうと光になって吸い込まれ……テスタ=ロッサに搭乗した。

 

目を光らせ起動したテスタ=ロッサは立ち上がり、樹海内を進んで行く。 レトはこうしてリハビリとトレーニングを兼ねてテスタ=ロッサに乗り移動し、先を考えて効率良くことを進めていた。

 

「……お」

 

テスタ=ロッサの予想通り1時間半で樹海を抜け西クロスベル街道に出た。 そこから西に向かいベルガード門に到着した。

 

「さて、どうやって向こう側に行こうかな……」

 

レト1人ならともかく、目立つ色をしているテスタ=ロッサに乗っていては隠密行動は出来ない。

 

「ナァー」

 

「ん? 何、ルーシェ?」

 

「ナァ」

 

ルーシェの視線の先には大陸横断鉄道の線路があった。 確かに今は列車が運行停止中で、鉄道を通れば気付かれずに帝国に侵入できるかもしれない。

 

そうと決まればレトは線路上に降り、コソコソとベルガード門内に侵入した。

 

「誰もいない、かな?」

 

『生体反応感知……上部ニ複数ノ反応ヲ示スガ付近ニ生体反応ハナシ』

 

独り言の呟きをテスタ=ロッサは答えてくれ、なるべく音を立て無いやようにしながらベルガード門内を進んで行く。 巨体ゆえ、躓く事も出来ない……樹海で慣れてきた操縦で峡谷にかかる橋を通り抜け……

 

「こ、これは……」

 

鉄道の上には導力車が通るための道があるため、それが陰になって気付かれないが……その先の線路が無かった。

 

「あの白い神機の空間消滅の所為か……飛び越える事は簡単だけど、確実に気付かれるし……」

 

存在がバレると後々面倒な事になる。 そうして考えた策は……

 

「よっ」

 

ドカーンッ!!

 

ベルガード門の少し先で何が爆発した。 その影響でベルガード門からサイレンの音が鳴り響き、警備隊が出動した。 その隙にテスタ=ロッサは峡谷を飛び越えてガレリア要塞に入った。

 

「上手くいったね」

 

レトは1度テスタ=ロッサから降り、持っていたダイナマイトをベルガード門とクロスベルの中間に当たる街道の隅に置き、アークスによる遠隔操作で爆発させた。

 

そしてガレリア要塞のトンネル内に入ったレトはテスタ=ロッサを降り、辺りを確認するため地上に上がり、くり抜かれたアイスクリームのような窪みから要塞内を伺った。

 

「ふむ……?」

 

遠くてよく見えないが、反対側の入り口で戦闘が行われているようだ。 形式は2対5……2人組の方は恐ろしく強い上に連携が取れており、アークスの戦術リンクを使う5人組と対等以上に渡り合っている。

 

しかし、アークスを持っている人物は限られている。 もしかしたらと思い隠れながら進んで行くと……

 

「あ!」

 

相手はレグラムですれ違った西風の旅団の2人組、そしてもう片方は……リィン、エリオット、マキアス、フィーと同じくレグラムで会った遊撃士のトヴァルだった。

 

「良かった……皆、無事だったんだね」

 

「ナァ〜」

 

リィン達の無事に安心していると……突然、大きな拡声器の声が響いてきた。 顔を上げると、間道方面から10機の機甲兵が現れていた。

 

「おっと、マズイ」

 

リィンに灰の騎神がいるとはいえ流石に多勢に無勢、レトは物陰から飛び出し……黄金の剣《ケルンバイター》の柄を掴みながら振り抜き、リィンに向かって剣を振ろうと機甲兵の右腕を斬り落とした。

 

『なっ!?』

 

『だ、誰だ!』

 

『い、今のはまさか……』

 

「やあリィン、久しぶり。 元気そうだね」

 

「レト!?」

 

突然の登場と再会に驚く中、レトはあっけらかんな顔をしながら手をヒラヒラと振る。

 

「エリオットにフィー、マキアスも元気そうで良かった。 まさかこんな所で再会するなんてね」

 

『それより今までどこにいたんだ!? ヴァリマールでも反応が追えなかったからてっきり……』

 

「国外にいたからね。 そりゃ追えないよ。 積もる話はあるけど、それよりも先ずは彼らを片付ける、よっと……!」

 

話しながらレトは落ちた腕が持つ機甲兵用のブレードを蹴り上げ、ヴァリマールは落ちてきたブレードを掴んだ。

 

「ほら、行くよ!」

 

『……ああ、もちろんだ!』

 

ヴァリマールを駆るリィンはブレードを構え飛び出した。 隊長機を加えた5機をリィンが相手をし、残りの5機はレトが対応する。

 

『はあっ!』

 

「よっと……」

 

『くっ……ちょこまかと!』

 

前回での機甲兵との戦闘で生身の人間であるが故の機動力を生かしレトは5機を翻弄する。 しかもレトにはケルンバイターがある、腕を落とされた事実を知る搭乗者はやられる可能性もあると分かっており、攻めあぐねいていた。

 

「うーん、このまま戦ってもいいけど……あまりためにならないなぁ」

 

後退しながらそう感じ、レトはケルンバイターを納め、左手を空にかざした。

 

「じゃ、ここは剣ではなく……騎神の経験値を稼がせてもらうよ。 出でよ——緋の騎神《テスタ=ロッサ》!」

 

その名を叫び、次の瞬間……レトが足場にして立つ倉庫が突き破られた。

 

「うわぁ!?」

 

「な、なんだっ!」

 

「シャー!」

 

一同が驚愕し砂煙が舞い、煙の中から現れたのは……長く白い髪のようなたてがみが特徴な緋い身体をした巨人、緋の騎神《テスタ=ロッサ》だった。

 

『あ、緋い騎神……』

 

『あれって……まさか帝都の地下に封印されているはずの紅蓮の魔人!?』

 

実は降りた後、そのまま線路上を歩かせ、倉庫を挟んだリィン達の反対側に控えさせていた。 後は倉庫を突き破って出てくるだけだった。

 

呆然と緋い騎神を見る中、レトは先程のリィンと同じように光に包まれてテスタ=ロッサの胸に吸い込まれ。

 

操縦席に転移したレトは素早く設定を済ませると、テスタ=ロッサが保有している武器の中から比較的ケルンバイターと似た形状の片刃の剣を異空間から引き抜いた。

 

『さあ、かかっておいで』

 

『っ……』

 

『ひ、怯むな! 1機増えた所で数では我らが有利、数で押せ!!』

 

新たな騎神の登場に貴族連合の機甲兵は怯むが、指揮官が奮い立たせ5機のドラッケンがテスタ=ロッサに得物を向ける。

 

『長物はランスしかないし、今回は剣で行こう』

 

『了解シタ』

 

『ナァー!』

 

左手に持つ剣の具合を確認しながらレトはリィンの隣まで歩み寄り、剣を構える。

 

『リィン、戦術リンクだよ! 多分行けると思う!』

 

『騎神同士の戦術リンク!?』

 

思いがけない提案に驚くも、アークスを持っているのなら使うべき戦術リンク……数の不利を打開するためには必要な力、リィンはその提案を受け入れレトと戦術リンクを組もうとするが……

 

『おうっ!?』

 

『うわっ!? な、何が起こったんだ……』

 

リンクが繋がったと思いきや直ぐに切れてしまった。 ユーシスとマキアス、ラウラとフィーのような感じではなく、まるで耐え切れずに切れたような……

 

『——無理っぽいね。 よし、普通にやろう!』

 

しかし、騎神同士の戦術リンクが繋げないとわかるや否やレトは駆け出し、剣を薙ぎ払い……剣を持つドラッケンに受け止められた。

 

『あり?』

 

『な、なんだ……灰色のと比べて思ったよりパワーがないぞ』

 

ヴァリマールと比べ想像以上にパワーが無いことに驚きつつも剣を押し返され、レトは軽々と弾かれてしまった。

 

『うわっと……! そ、そうだった……半分に分けたから全スペックが半分になってたんだ』

 

『大丈夫か!』

 

『大丈夫……と言いたげ、今のテスタ=ロッサはそこのドラッケンと同スペックだと思っていいよ。 かなり弱体化してるから』

 

『騎神が機甲兵と同義って……もしかして、封印されているのに今ここにいる理由かしら?』

 

セリーヌはテスタ=ロッサの余りの弱さを不審に思い、それがここにいる理由と予測する。

 

「……苦戦しているね」

 

「あれって苦戦って言うのか? どっちかと言えば助っ人に来たのに逆に足引っ張っているようにしか見えないんだが」

 

「ど、どうしよう……」

 

「くっ、僕達も何か出来ることがあれば……」

 

と、その時、フィー達3人の身体が淡い青い光を放ち始めた。 その光はリィンとレトに反応を示している。

 

「……なにこれ?」

 

「これは……アークスが共鳴しているのか……?」

 

「よく分からないけど……この力があれば2人を援護出来る!」

 

「よし、やるぞ!」

 

フィーはレトに意識を向け、左手でアークスを持ち右手をテスタ=ロッサにかざした。

 

「そこ、ゲイルレイド!」

 

『! ……はあっ!』

 

『なっ——うおおおおぉ!?』

 

突然アーツが発動したのに驚きながらも標的を決め、魔法が発動すると……竜巻のような強烈な風の斬撃がドラッケンの装甲に傷を刻んでいく。

 

「……スゴ」

 

『普通のアーツと比べ物にならない威力だよ』

 

『っ……緋い騎士人形を狙え! 何故かは知らんが、奴の方が弱い!』

 

『はっ!』

 

先程の攻防でテスタ=ロッサを性能を知った隊長は支持を出し。

 

リィンと戦っていた2機のドラッケンがレトの方に向かった。 させまいとリィンは追いかけようとするも、残りの3機に道を阻まれてしまう。

 

『し、しまった……!』

 

「レト!」

 

『はああっ!!』

 

『……ふぅ……』

 

襲いかかってくるドラッケン達に対し、レトは息を吐いて脱力し。 そしてテスタ=ロッサに向かって銃弾と剣が迫った時……

 

『!?』

 

『なっ!?』

 

『——刹那刃!!』

 

『ぐうっ!』

 

全ての攻撃を最低限の動きで紙一重で避け。 刹那の間、とはいかないものの。 流れるように剣を舞わせ、全8機のドラッケンに一撃を喰らわせた。

 

『ふむふむ……思い通りに動かせるけど完全に再現できる訳でもない。 段々とわかって来たかな?』

 

足を振り肩を回したりしながら具合を確かめ、次第にテスタ=ロッサの動きが洗練されていく。

 

『おまたせリィン、もう足手まといにはならないよ!』

 

『ああ、行くぞ!』

 

「よし、僕も……エコーズビート!」

 

攻撃に転じる2機の騎神を音符が包み込み、徐々に装甲の傷が回復していく。 エリオットが援護で発動した戦技だ。

 

『ありがとう、エリオット』

 

『助かった……結構ヤバかったんだよねぇ』

 

いくら慣れたといえ、それまでのダメージは負っていた。 傷が直り、レトはエリオットに向けて手を軽く上げてお礼を言う。

 

『さあ、一気に決めるぞ!』

 

『おおっ!』

 

体力と気力も回復し、2人は剣を構えながら駆け出した。

 

『閃光斬!』

 

『砕破剣!』

 

閃く2連斬と全てを砕く一撃が放たれ、相手ドラッケンは纏めて押し出されて後退し、後ろにいたドラッケンごと薙ぎ倒した。

 

『ぐあっ!』

 

『これ以上好き勝手には……!』

 

『これでとどめだ——豪炎撃!』

 

上段に振り上げだブレードに焔が纏われ、地に振り下ろせば焔が爆ぜ、ドラッケンを吹き飛ばした。

 

『ば、馬鹿なッ……!?』

 

『灰色に緋の騎士人形……ここまでとは……!』

 

『さあ、どうする!? まだやり合うつもりなら相手になるぞ!』

 

『エリオット達の援護もあるし、力加減もだいたい慣れたし……もう遅れはとらないよ』

 

『ぐうっ……』

 

2つの剣を突き付けられ、残りの機甲兵は気圧されて怯み後退りする。

 

『た、隊長……!』

 

『ええい、怯むな! 数の利はまだこちらにある……包囲できさえすれば!』

 

だがまだ諦める訳には行かないようで、対抗しようとレト達も再び剣を構えようとした時……

 

「——そこまでだ!!」

 

『なっ……!』

 

『こ、この声は……』

 

肉声であるのにも関わらず、突然間に割って入るように轟くような豪胆な声が響いて来た。

 

すると、演習場方面から数台の導力戦車が現れた。 砲身が機甲兵に向けられると問答無用で砲撃が開始され、砲弾が命中した機甲兵が火花を散らして膝をつく。

 

『あ……』

 

「と、父さん……!」

 

『第四機甲師団……』

 

正規軍、第四機甲師団……その部隊の導力戦車の先頭には生身で支持を出すのはエリオットと同じ赤毛の男性……オーラフ・クレイグがいた。

 

どうやら横断鉄道方面にも貴族連合が現れていたらしく、そこを片付けてからこの場に駆けつけたようだった。 クレイグ中将は敵の隊長に対して挑発し、頭にきた隊長が増援を呼ぼうとすると……隊長機のシュピーゲル、突然その顔にあるカメラが狙撃され破壊された。

 

『狙撃……!? どこから……』

 

『そこだね』

 

レトにつられ、全員がその方面を見ると……背の高い建物の上で膝を立て、狙撃銃を構えている鉄道憲兵隊の制服を着た女性……

 

「あ、あの人は……」

 

「《氷の乙女(アイスメイデン)》……」

 

クレア・リーヴェルト大尉だった。 どうやら見物していた西風に銃口を向けており、当の2人は打つ手なしと、やれやれ首を振る。

 

「ほなな、フィー! オレらはそろそろ退散させてもらうわ!」

 

「次に会う時までに、せいぜい鍛錬を積むことだ。 ——内戦という焔に煽られ塵と化したくなければ、な」

 

「ゼノ、レオ……」

 

忠告のように最後にそれだけを言い残し、2人はその場から去ってしまった。 残されたフィーはその名を呟くだけで呆然としていた。

 

そして西風が消えたのを見て、隊長が撤退を命じ。 機甲兵団は背を向けて双龍橋に向かって撤退を始めた。

 

「ふう……やったか」

 

「あー、疲れた」

 

戦いが終わり膝を地に付けた2体の騎神。 その胸から光が出るとリィンとセリーヌ、レトとルーシェが出てきた。

 

「よっ、お疲れさん」

 

「はああ、一時はどうなることかと思ったが」

 

「ま、何とかなったわね」

 

「ナァー」

 

一息ついていると、レト達の元にフィー達が駆け寄り労いの言葉をかけてきた。 エリオットは厳格な中将から親バカに切り替わった父親に抱きしめられていた。

 

「それよりもアンタ、普通じゃないとは思っていたけど……どうやって緋の起動者になったのよ?」

 

「……それは知りたいかも」

 

「あはは、落ち着いたらね」

 

「ふふっ……何とかなったみたいですね」

 

と、狙撃地点から降りたクレア大尉がレト達の元に歩いてきた。 マキアス達はそこでようやく狙撃した者がクレア大尉だと驚きながらも確認する。

 

「《鉄道憲兵隊》の……それじゃあ、アンタが」

 

「クレア大尉……どうもお久しぶりです」

 

「ええ……学院祭の夜以来ですね」

 

「そうですね……あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、遠くまで来てしまった気がします」

 

「私もそう思います。 積もり話は多そうですがまずは場所を移しましょう。 中将閣下共々、話を聞かせていただきます」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ガレリア要塞の司令部は消滅した事により、第四機甲師団は以前の実習で軍事演習を行った演習場に臨時拠点を構えていた。

 

リィン達を交え、レトは今後について機甲師団と鉄道憲兵隊と相談し……VII組全員が集まるまで答えは出さないという事となった。

 

「ふいー、疲れたなー」

 

先程の話でクレア大尉もリィン達に同行することになり、出発の準備を整えるために一旦のその場で解散となり……レト達は司令部から出た。

 

「そういえば、レトは今までどこにいたんだ? ヴァリマールの探知で1人足りなかったからもしやとは思ったが……」

 

「クロウから逃げるために精霊の道を使ってね。 行き先も決めずに使ったからクロスベルに出て、そこで偶然に病院にたどり着いたんだ」

 

「そうだったんだ」

 

「それよりも、何でアンタがあの緋の騎神の起動者になっているのか、教えてもらいたいんだけど?」

 

この1ヶ月間どこにいたことよりも、セリーヌはレトがどうやって緋の騎神の起動者になったのか知りたいようだ。

 

レトは過去の出来事を思い浮かべ、リィン達の前に出ながら語り始めた。

 

「僕がリベールから帰った後、帝都ヘイムダルの地下にある遺跡……《深紅の墓所》に帰らないで真っ直ぐ行ったんだ」

 

レトは手摺に手を置き、ヴァリマールと並んで膝をついているテスタ=ロッサを見る。 そして腰から紅蓮の火を灯しているカンテラを取り出した。

 

「そこで深紅の墓所を攻略するに当たってのキーアイテム《紅のカンテラ》を入手、一層目の遺跡を攻略して次への道標を探しにレグラムへ。 そこでラウラと旅を同行することになったのは言ってたよね?」

 

「うん。 ラウラからもちょっと聞いていたし」

 

「レグラムの遺跡を攻略したらまた深紅の墓所へ。 深紅の墓所はスケールは全然違うけど、トールズ士官学院にある旧校舎と同じ原理で奥に進めたんだ」

 

「同じ原理?」

 

「もしかして、月毎に進める区画が増えていったのか?」

 

「月毎じゃなくて遺跡を攻略したらだけど、それで合っているよ。 一層目、エベル湖、二層目、アイゼンガルド連邦、三層目、ブリオニア島、四層目、イストミア大森林……この順番で遺跡と各地域にある神殿を攻略し、最後にバルフレイム宮最下層で封印されていたテスタ=ロッサと僕とラウラは出会ったんだ」

 

「………………」

 

「なるほど……それでテスタ=ロッサがここにいるわけだね」

 

「まだそれだけでは説明がつかない部分もあるわ。 紅蓮の魔人……緋の騎神は暗黒龍の返り血を浴びて呪われているはずよ。 それなのに何故呪われてないのかしら?」

 

「それが弱体化した理由だよ。 テスタ=ロッサは呪いから逃れるために自身を2つに分けたんだ」

 

「2つに……」

 

「分けたぁ!?」

 

「うん。 竹を割るみたいにパッカーンと」

 

レトは手刀を上から振り下ろし、2つに割るような表現をする。

 

「結果、ここにいるテスタ=ロッサは呪いから逃れ、片割れは今もなお紅魔城で封じられているよ」

 

「な、なるほど」

 

「ただ殆どの武器は片割れに持ってかれてね。 ここにいるテスタ=ロッサの保有する武器は両手で数えるくらいしかないんだ」

 

「千の武器を待つ魔人が形無しね」

 

確かに名前負け……というか、完全に別の存在である。 それもそのはずなのだが……

 

「ま、兎にも角にもテスタ=ロッサは弱くなった。 格付けするなら弱い順に緋、続け灰と蒼と紫は同格くらいで、金と銀……そして黒と言ったくらいかな」

 

「え……」

 

さもしれっと言った言葉にリィン達は一瞬呆けてしまう。 その表情を見たレトは不思議に思う。

 

「あれ、知らなかったの? 騎神って七騎あるんだよ」

 

「そ、そうなのか!?」

 

「あー……じゃあ、今のなし」

 

「出来るわけないでしょう!!」

 

セリーヌは声を上げて毛を逆立てる。 しかしレトは軽く風に流していると……

 

「——お待たせしました、皆さん」

 

引継ぎと準備を整え、私服に着替えたクレア大尉が歩いてきた。 以外な一面を見せられたマキアスとエリオットはどことなくデレデレしていた。

 

それからクレアを連れ、レト達は2機の騎神の前に向かった。 と、丁度そこへクレイグ中将が鉄道憲兵隊の隊員と第四機甲師団の兵士を連れて来た。

 

クレイグ中将はクレア大尉と部隊のことを、エリオットには音楽の道に進む事を認めた後……レトの方に向き合った。

 

「レミスルト殿下、本当はこの様な手を使いたくありませぬが……」

 

「——うん、分かってる。 それが一番だと僕も納得しているから」

 

「……感謝します」

 

「…………?」

 

(父さん? レトも一体何を……)

 

肝心な言葉が入っていないので2人が何を話しているのか分からないが、リィン達には何か大きな出来事が起こる予感を感じ取った。

 

その後、クレイグ中将達に見送られる中……2機の騎神によって精霊の道を開き、レト達はリィンの故郷であるユミルに飛んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——寒っ!?」

 

レト達は雪を踏みしめ、ユミルの地に降り立った。 その開口一番、レトは急速に寒くなった外気によって身を抱きながら声を上げた。

 

「この時期だからな。 高度もあるし、そりゃ寒いだろ」

 

「ナァ〜……」

 

「はいはい、おいでー」

 

寒がるレトの懐に潜り込むルーシェを見て、先程の戦いとは別人だとトヴァルは苦笑気味に思った。

 

「全く……私より毛が多いのに情け無い。 誰かさんにそっくり」

 

「ハハ。 どうやらちゃんと戻ってこれたみたいだな。 ここはユミルの裏手にある渓谷道の終点だ」

 

一瞬で数千セルジュを移動した事に、エリオット達が驚愕する中、クレアは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「これが《騎神》の力ですか……あの《蒼の騎神》も同じことが出来るとしたら少々厄介かもしれませんね」

 

「ああー、それは無いと思いますよ。 使える場所も限られていますし、燃料の霊力もかなり使います」

 

「不確定要素も多いし、戦術に組み込むにはあまり向かないんじゃない?」

 

「なるほど」

 

「そりゃ安心した。 いきなり現れちゃたまったもんじゃないからな」

 

レトとセリーヌの説明を聞き、クレアとトヴァルは安堵する。 と、そこで背後にいた2機の騎神が起動音を立てて膝をついた。

 

『霊力ノ残量低下……コレヨリ休眠状態ニ移行スル』

 

『回復予想時間ハ明日ノ早朝……次ノ転移ニハ間ニ合ウダロウ』

 

「そう……2機での転移だったから霊力はそこまで消耗しなかったのね。 それなら次に精霊の道を使っても行動に支障は出ないでしょう」

 

「そっか……お疲れ様」

 

「ありがとう、ヴァリマール。 おかげで皆と合流できた」

 

『礼ニハ及バヌ——《起動者》ヨ』

 

「テスタ=ロッサもお疲れ。 武器の話はまた今度にするね」

 

『今後ノ武器ニツイテモ、灰ト共ニ我モ検討シヨウ』

 

『ソウサセテモラオウ。 必要ナラバ呼ビ起コスガイイ』

 

そして2機の騎神は光を落とし、休眠状態に入った。

 

「しっかし……こうして見ると壮観だねぇ」

 

「灰と蒼に続き緋……騎神は全部で何機あるのでしょうか?」

 

「全部で7機だって。 そうレトが言ってた」

 

「そもそも、騎神とは一体なんなんだ?」

 

「それを説明すると長くなるし、凍えるからまた今度ね」

 

「そうだな。 日が暮れる前に渓谷を降りよう」

 

「ん」

 

今後についてや、気になることも多いが……リィンの先導の元、レト達は渓谷を降りて2ヶ月振りのユミルに向かうのだった。

 



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67話 宝探し

ちょっとした話、本編とそんなに関係ないかも。


ユミルより北方、アイゼンガルド連邦——

 

「ハアハア。 後ちょっと……!!」

 

いくつも連なる山々があるそこでレトは……

 

「おおおーー! お宝ーーー!!」

 

宝探しをしに崖を登っていた。 そもそも何故こうなったかは1時間前に遡る。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月4日——

 

昨日ユミルにたどり着いたレト達は以前この地を訪れた時に宿泊した鳳翼館で一泊した後、次に備えるため今日一日は休みを取っていた。

 

各々がユミルを楽しむ中、レトはルーシェとマキアスと共に宿酒場《木霊亭》でコーヒーを飲んでいた。

 

「ナァー」

 

「ふいー、一息つけたー」

 

「やはり寒い日には特にコーヒーが美味く感じるな」

 

彼らはそれぞれミルク、カフェオレ、コーヒーと温かいも比率の違う飲み物をそれぞれが飲んでリラックスしていた。

 

「しかし……今後を考えればこのひと時も束の間の休息なのだろうな……」

 

「束の間だろうが刹那だろうが今を楽しむ、それが大事だよ」

 

そう言いながらテーブルに置かれたクッキーを手に取って口の中に放り込んだ。 それを見たマキアスは怪訝そうに眉を細める。

 

「紅茶ならともかくコーヒーに合うのか?」

 

「結構合うものだよ。 レミフェリアで良くやっていて、『フィーカ』って言われているね。 帝国じゃ変わった風習だと思うけどね」

 

「確かにそうだな。 よし、なら僕も」

 

マキアスは菓子を口にした後、コーヒーを飲む。

 

「これは……確かに美味いな」

 

「でしょ?」

 

その後、2人は食後にチェスを始めた。 上級者のマキアスにも引けを取らないレト。 その時ふとマキアスは駒を動かしながら口を開いた。

 

「そういえば、レトは好きな事はあるのか?」

 

「いきなりどうしたの? 何かの作戦?」

 

「いや、単純に気になっただけさ。 いつもなら考古学や錬金術や写真撮り、遺跡や宝が好きなのは知っているが……趣味とかないのかなと」

 

少し考えながら手を出し、マキアスの駒を取りながら答えた。

 

「趣味かぁ。 考古学も錬金術もお宝探しも遺跡の調査も写真も好きな事だからやっているだけだし……そう言われてみれば無いかもね。 けど、ある意味今言った全てが趣味とも言えるのかもしれないね」

 

「そうだな。 写真や錬金術あたりがまさしくそうなのかもしれないな」

 

「——へえ、お前さんお宝が好きなのか?」

 

と、2人の会話に聞き耳を立てていたこの宿酒場の店主が唐突に声をかけてきた。 その質問に、レトは両拳を握りしめて元気よく答えた。

 

「はい、大好きです!」

 

「そうか。 ならあの話も気にいるかもな」

 

「あの話?」

 

「ああ、なんでもアイゼンガルド連邦の頂上に宝があるそうだなんだ」

 

「宝!?」

 

たった1つの単語。 それだけなのにレトは異常な反応を示して詰め寄った。

 

「その話、本当ですか!?」

 

「あ、ああ……数十年前、俺の親父から聞いた話なんだが、ある日突然旅人がこの地を訪れて山の奥に向かったそうだ。 帰ってきたその人に何をしに山に行ったのか聞いてみたところ……“自分では扱いに困るので宝石を双子の山に置いてきた”なんて言ってたんだ」

 

「……それ、宝じゃないですよね?」

 

「あはは、そうだな。 だが金目のものには違いない」

 

店主は大きな声で笑う。 と、そこである異変に気付いた。 マキアスと対面して一局打っていたあの橙色の髪をした少年が忽然と姿を消していた。

 

「って、あれ? あの子は?」

 

「あ」

 

「クァ〜……」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「えっと〜……あそこかな?」

 

崖を登り切り、目の前にそびえる山を見上げるレト。 すると腰から下げていたカンテラを取り出し目の前に掲げた。

 

「うー……寒」

 

何も考えずに飛び出したため大した対策も準備もしておらず、カンテラの火で暖を取りながら山道を登って行く。

 

しばらく強風に煽られながら進んで行き、アイゼンガルド連邦の中で一番高い山の山頂に到着した。

 

「さて、と」

 

店主が言うには宝物は山に置いてきたと言ったが、ここには山など幾らでもあり、どの山かは分からなかった。

 

レトは頂上から辺りの山々を見下ろす。 手掛かりである双子の山がないか当てずっぽに探していると……

 

「——あ!」

 

意外にも早く、1セルジュ程離れた場所にある高さが同じ2つの山が見つかった。 さらにその両方を観察し、西側の山の頂上に宝箱を発見した。

 

「よっと!」

 

すると助走をつけてから山頂から飛び降り、風を切りながら落下し、途中で鉤爪ロープを崖に向かって投げ、振り子のように揺れて飛び上がり……その山に飛び移った。

 

「あったあった」

 

レトは嬉しそうに駆け寄り、宝箱を開けた。 中には……翠色の宝石が輝く指輪があった。

 

「この指輪は……」

 

レトは見覚えがあり腰の古文書を取り出してページをめくり、すぐにその指輪と同じ絵が描かれているページを見つけ出した。

 

「——奇跡の指輪か」

 

古文書に記載されている内容を読むと……どうやら持ち主の望むものを何でも1つだけ叶える事ができる力を持っているようだった。

 

何でもという漠然とした話にレトは首を傾げるも指輪をしまい。 目的は達成されこの場を去ろうとした、次の瞬間……

 

グオオオオ!!

 

「おう!?」

 

突如として獣の咆哮が鳴り響き、目の前で空間が渦巻き始め……1体の2対4翼を有する鳥型の魔獣、幻獣フェニキアが姿を現した。

 

「指輪に反応して顕れたみたいだね。 まあ、この程度なら僕1人でも行けそうだねっと」

 

指輪をしまいながら虚空に左手をかざし……黄金の魔剣ケルンバイターを別の空間から引き抜いた。

 

「一狩りやらせてもらうよ!」

 

嬉々として、獲物に狙いをつけた肉食獣のような目をして地を蹴り、剣を振り下ろした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「たーだいま〜……」

 

山に入り3時間後……日も暮れ始めた頃にボロボロになったレトが鳳翼館に帰ってきた。 館内に入り食堂に入ると……そこにはエリオット達がおり、夕食を食べていた。

 

「おかえり」

 

「遅かったね」

 

「いきなり消えるからもしやとは思ったが……まさか本当に宝探しに山に向かうなんてな」

 

「あはは。 居ても立っても居られなかったから」

 

愛想笑いをしながら頭をかき、戦利品である指輪をテーブルの上に置いた。

 

「これが宿酒場の店主が言っていた?」

 

「うん。 奇跡の指輪って言ってね。 何でも望むものを1つ叶える力があるみたいって言われているね」

 

「え、それって古代遺物(アーティファクト)じゃ……」

 

「そうかもね。 だから前の持ち主は山に捨てたのかもしれないけど……なんで七燿教会に預けなかったのかなあー」

 

指輪をくすねようとするフィーを止めるエリオットを見ながらレトはそう考える。

 

「それでレトは、その指輪で何をするの?」

 

「んー、望むものだからねえ……欲しいものがあるわけでもないし、保留かな」

 

「なら私が貰っておくね」

 

「ダメだって」

 

フィーはゆっくりと指輪に手を伸ばし、盗られる前にレトが素早く取った。

 

そうこうしているうちにこの館のシェフが夕食を作ってくれ、レト達は束の間の休息を過ごした。

 



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68話 東へ

閃3に続くためのオリジナル回。 先を考えれば追加しない方がいいんですが……それでも突っ込みたい。


12月4日——

 

「う〜ん……」

 

早朝、レトはテスタ=ロッサの操縦席に座りながら腕を組み頭を悩ませながら唸っていた。

 

「剣が4、槍が3、弓が2……今後を考える心許ないなぁ」

 

テスタ=ロッサが保有する武器を並べてそう呟く。 専用の武器すらないヴァリマールよりはマシだが、それでも自分の形に会ってない武器になると話は別である。

 

前回は誤魔化しが効いたが、これから戦いが激しくなるに連れて僅かな誤差が命取りになる。 レトはそうなる前に何とかこの問題を解決しようとしていたが……何にも思い浮かばなかった。

 

「やっぱり一から作るしかないのかな?」

 

『ソウナレバ大量ノぜむりあすとーんが必要ニナル。 ソレハ灰ノ武器ヲ作ル時ニモ必要ダロウ』

 

「霊窟から精製されるゼムリアストーンには限りがあるし、僕がそれを採るとリィンの分が無くなる……となれば、この武器を錬金術で作り直すしかないかな?」

 

学院にいた時に実験的に趣味感覚でやっていた昔の魔導師が残した技術……錬金術。 物質を再構成して新たな物質を作る錬金術ならばこの問題を解決ができる。 しかし……

 

「そこまでの技術がない上、このデッカいのをどうやって錬成すればいいのやら……」

 

結局、その場で思いついただけの話であった。 考え込みながらレトはテスタ=ロッサから降りる。

 

「皆と相談してみるよ。 テスタ=ロッサはいつでも動けるように準備だけはしておいて」

 

『承知シタ』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

渓谷から戻ってきたレトは明日の準備を進めているリィン達に会いに、シュバルツァー男爵邸に向かった。

 

「ただいま」

 

「レト、どこに行ってたんだ?」

 

「ちょっとテスタ=ロッサと相談しに渓谷にね。それで実は皆に相談があって……」

 

帰って早々、レトは武器を調達……というより作り直すため東方に向かうと伝えた。

 

「というわけなんだ」

 

「そうか……」

 

「今すぐにじゃないといけないの? 皆揃ってからでも……」

 

「それだと遅すぎるんだ。 はっきり言って今のテスタ=ロッサは弱い、操縦は何とかなるが戦いにおいて武器の良し悪しはかなり違う……せめてそれくらいは埋めておかないと話にならないからね」

 

それはヴァリマールにも言える事だが、テスタ=ロッサの方が深刻のようだ。 並みの相手ならともかく、騎神の相手は務まらないだろう。

 

「……なら仕方ないね」

 

「他のメンバーを探すのは僕達に任せたまえ」

 

「頑張ってね、レト!」

 

「うん。 なるべく早く戻れるように頑張るよ」

 

「それはいいけど……アンタ、どうやって東の方へ行く気よ? そもそもこんな状況で」

 

セレーヌの言い分はもっともだ。 今の状況では騎神は愚か人一人だって国を越える事は難しいだろう。

 

「確かに。 帝国が内戦中の上、クロスベルは独立、ガルバードだって穏やかな状態じゃないだろうし」

 

「騎神を共に連れて行くならさらに難しくなると思われます。 騎神と機甲兵の存在はまだ周知されていないとはいえ、一見すれば帝国の新兵器と思われても可笑しくはないでしょう」

 

「大丈夫、足はあります。 そこの所はなんとかやり繰りして行きますので」

 

その後、レトはクレアと東方に向かうプランを立て相談し……日が暮れた頃に話がまとまり、人行き着こうとレトは男爵邸から出た。

 

「さて……」

 

少し歩き温室園の前でレトはアークスを取り出して番号を入力し耳に当てた。 数回のコールの後、通信が繋がった。

 

「——もしもし。 少し協力してもらいたい事があるのですが……」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月5日——

 

「いやさぁ。 届け物以外でも相談も受け付けているから気軽に連絡して来なー、って言ったけどさぁ……何もこの状況でなんて物を運ばせる気なんだい?」

 

朝、テスタ=ロッサ達がのいる渓谷道の奥には迷彩柄の小型飛空艇《山猫I号》が着陸していた。 レトは東に向かうための足をカプア特急便に依頼し……国間の危険がある中、こうして来てもらえたのだ。

 

そして軽く後悔しながら、ジョゼットは陽の光に反射して輝く灰色と緋色、2体の巨人を見上げながらボヤく。

 

「すみません。 当てがカプア特急便しかなくて……」

 

「ウチは運送業であってどっかの交通機関、じゃ……」

 

ジョゼットは愚痴を言おうとしたが、そこで何か思いついたようで、顎に手を当ててブツブツと考え込み始めた。

 

「……いやまてよ、お客の目的地まで運んでその距離の分だけミラをもらう。 導力バスと違って高価格になるかもしれないけど需要はある。 リベールの定期船のような旅客運送業……人1人に対して飛行船は割りに合わないけど導力車くらいなら……(ブツブツ)」

 

「? あの、ジョゼットさん?」

 

「あ、ああ……ごめんごめん。 しかし、レトが噂に聞く機甲兵を持っていたなんてね。 船底に引っ掛ける形になるけどいいかい?」

 

「はい、それでお願いします。 それで、運送料の方は……」

 

新しく設置された山猫I号荷物搬入用のクレーンで山猫号の船底にテスタ=ロッサを引き上げるのを見ながらレトは値段について聞くと、ジョゼットは手を横に振った。

 

「いいっていいって。 君とボクの中だ、初回限定でタダにしてあげるよ」

 

「——おいおい。 そりゃいくらなんでも太っ腹過ぎやしないか?」

 

そこへ2人の元にジョゼットと同じ髪の色をした首にゴーグルを下げている青年と、膨よかな体系の中年の男性が歩いて来た。

 

「おいキール。 誰か出っ腹だって?」

 

「誰もそんな事言ってねえよ! はあ……とにかくだ。 リベールからここに来る途中でもそれなりに危険だったんだ。 そこから共和国、さらに東に向かうなんざ命をかけるようなもんだぞ」

 

「身の安全は僕が確保しますよ。 彼と共に」

 

自分の胸に手を当てながら見上げ、テスタ=ロッサを見ながら言うとキースは首を横に振った。

 

「そこは大して心配してない。 問題はその後だ。 お前を下ろした後、誰が安全にリベールまで帰してくれるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

確かにその通りである。 東から無事戻り、レトが帝国に戻ったとしても、彼らの帰り道の安全は誰も保証できない。

 

「おいキール、オメェいつからそんな肝っ玉小さくなったんだ?」

 

「あ、兄貴?」

 

「落ちぶれたとはいえ俺らはカプア男爵家。 皇族の方の手助けをするのは当然だ。 仮にそんな関係がなくたって、レトの小僧個人にもそれなりの借りがある」

 

「気持ちは分からなくもないが本社には部下や新人だっているんだぜ。 俺らに何かあればそいつらの生活だって危なくなる」

 

キールの言いたい事も理解できる。 レトがカプア特急便に依頼しているとはいえ完全に私情が入っており、損得勘定でいえばカプアの方にメリットが無くリスクしかない。

 

「起こちまったら、そりゃその時に考えればいいじゃねえか。 ほれ、行くぞ」

 

「お、おい待てって……はぁ……」

 

止める間も無くドルンは梯子で浮かんでいる飛行艇に乗り込み、その後にジョゼットもついて行った。 残されたキールは大きな溜息を吐いて肩を落とした。

 

「キールさん。 ジョゼットさんやドルンさんはああ言ってますが、皆さんの安全は何とか確保してみせます。 後、報酬については請求していてください。 払うのはいつになるのか分かりませんけど、ラクウェルで稼いでいたので問題ありません」

 

「……黄昏の悪魔(オレンジ)の異名、こっちまで届いていたぜ……とはいえ、この先不安だぜ……」

 

「運送業も大変そうですね」

 

「そうなんだよなぁ。 この前だって、兄貴の人の好さに漬け込んでどこぞのマフィアにノーザンブリア詐欺に巻き込まれてよぉ……」

 

どうやらまたリーヴスが奪われた二の轍を踏みかけたらしい。 キールの気苦労がしれない。

 

「それで東のどこに行くんだ?」

 

「さあ?」

 

「さあって……まさか当てがないのか!?」

 

「昔に組織と袂を分かって東へと向かった錬金術師……それぐらいしか分かってませんから」

 

星見の塔で盗掘した古文書に記載されていた情報……その情報が正しければ東方には錬金術師がいるはずだが、いる確証が全くなかった。

 

「とりあえず龍来(ロンライ)か首都《イーディス》から南に位置するラングポートの東方人街に向かおうと思います」

 

「ったく……行き当たりばったりかよ」

 

「まあ、それも悪くないかな」

 

昨日、クレア達と顔を付き合わせて考えたが……結局はノープランと言っても過言ではなかった。

 

準備が整った所でレトは甲板に乗り、同じくユミルを出発しようとするリィン達を見下ろす。

 

「それじゃあ皆、行ってくるよ」

 

「気をつけるんだぞ」

 

「VII組の皆が集まってくる頃には帰って来てね」

 

「善処するよ」

 

リィン達に見送られる中、レトを乗せた山猫号は高度を上げ……東へと向かって飛翔した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

カルバード共和国南部、ラングポート《東方人街》——

 

「さて、続き続き」

 

とある街にある自宅兼アトリエに紅のような色をした艶のある赤目赤髪のショートカットの少女が帰ってきた。

 

「ここで薬草を入れて……少し煮えたら、蒸留水を投入……うん、いい調子……後は、ちょっと混ぜれば……」

 

アトリエ内にあった大きな釜の前に向かい、途中で手を止めていたと思われる作業を再開する。

 

「……あれれ? おかしいな、何この色!? うわわ、臭い! えっ、ちょっと……!」

 

しかし、窯の中が異様な色に変色。 少女が思っていた結果と異なる事態に陥り……最終的には失敗した。

 

この街から少し離れた家に1人の少女が暮らしていた。 亡くなった祖母から教わった術で、表では街の人々を助けるための薬を作るアトリエを営んでおり、裏では己の腕を磨くため勉強勤しんでいるが……その腕前はまだまだのようだった。

 

「うう、また失敗だぁ……はぁ……こんなんじゃ、いつまで経ってもお婆ちゃんみたいになれないし……真理にも、大いなる秘宝(アルス=マグナ)にも届かないよ……」

 

失敗して出来た産物を片付けながら、少女はかなり気落ちした。

 



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69話 カルバード共和国

現在、レトはカプア特急便の飛行艇《山猫I号》に乗り、レミフィリアを経由して共和国へ侵入し、そこから東方へ向かっていた。

 

ユミルを飛び立って半日……レミフィリアの領内を通って夜空の下、山猫号は飛んでいた。

 

「ふう……」

 

三日月が空に浮かぶ中、レトは小型の飛行艇の外で夜風に当たっていた。

 

「テスタ=ロッサ。 気分はどう?」

 

『問題ナイ』

 

山猫号の甲板から身を乗り出して船底を覗き込み、レトはワイヤーでぶら下がって船底に捕まるテスタ=ロッサに声をかける。

 

「皆、どうしているかなぁ……」

 

「——レトー! そろそろ共和国に入るよー!」

 

「分かりましたー!」

 

VII組のメンバーと士官学院の皆を心配している中、ジョゼットの言葉でレトは下を見下ろす。 丁度セントアークの上空を飛行しているようで、雲の切れ目から時折、街が見えてくる。

 

「あれがアルタイル市……もうカルバード共和国に……」

 

一言で言えば帝国人であるレト、共和国は敵国であるが……それだけで偏見を持つわけでもなく。 内心、未知の地に足を踏み入れる事にワクワクしていた。

 

「けど……最初は腹ごしらえかな?」

 

前を向き、山猫号はアルタイル市から離れた場所ある街道、さらにそこから逸れた広場に着陸した。

 

「さて、かなり遅くなっちまったが今日はここまでだ。 本当はクロスベル辺りに止まるはずだったんだけどな……」

 

「仕方ありませんよ。 神機の存在がありますし、ここまで来れただけ有り難いです」

 

「そうかい。 とにかく今日はここで野営だな。 ジョゼット、ちょっくらアルタイルに行って食料なんかの買い出しに行ってくれねぇか」

 

「今から!? それはいいけど、ドルン兄達は?」

 

「俺達は明日に備えて山猫号の点検、整備だ。 明日はカルバードの首都にも接近するし、その先は俺達にとって未知の土地だからな。 用心に越したことはない」

 

そこでレトが手を上げ、買い出しに行くと宣言した。

 

「それなら僕が行きますよ」

 

「え、いいのかい?」

 

「僕の無茶に付き合ってもらっているんですし、これくらいはさせてください。 それに夜の街道は慣れてますし、時間はかからないと思います」

 

「そういう事ならよろしく頼むよ」

 

ミラをもらい、ルーシェを連れてレトは夜の街道を走りだし。

 

数分でアルタイル市に到着し、すぐに買出しを行った。 食料は基本何でもいいが日持ちしやすい物、そして山猫号のための整備パーツを複数購入した。

 

「えっと…………うん、これで全部だね」

 

買うものが書かれたメモを確認しながら歩いていると、ふといい匂いが漂ってきた。 辺りを見回すと、屋台で焼き栗が売っていたので……

 

「ふおー! 焼き栗おいしー!」

 

「ナァ〜♪」

 

匂いにつられてついつい買い食いし、レトは自分とルーシェの口に焼き栗をポイポイと放り込んでいく。

 

「………………」

 

クロスベル独立とそれによる両国の在クロスベル資産が凍結……帝国の内戦のきっかけとなった出来事だが、共和国は経済の大混乱が発生。 それに乗じて全土の規模で暴動が起きる騒擾事態が起こっている。

 

そのため今持っている食べた物の値段は上がっている上、セピスの欠片の換金量も減っていた。

 

(帝国は帝国で大変だけど、共和国も大変なんだね)

 

「ナァ〜(ぱくっ)」

 

この国の事態は帝国とも無関係ではない。 早く所用を終わらせ、帝国に戻らないといけない。

 

レトは最後の焼き栗をルーシェの口に放り込み、荷物を持って山猫号のある街道へと走り出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌朝——

 

アルタイル近郊を出発したレト達を乗せた山猫号はカルバード南部、ラングポートに向かって飛翔し、共和国軍の飛行師団の警備網を潜り抜け……昼過ぎにようやくラングポートに到着した。

 

レトはこっそりと侵入し、国の情勢や錬金術師について調べ……郊外に不思議な薬剤師がいると言う情報を掴んだ。

 

「へぇ、ここが東方人街かぁ」

 

「噂に聞いていたが……」

 

ジョゼット達が街並みに驚く中、レト達は大通りを堂々と歩く。

 

街には共和国軍が警備をしてなく、すんなりと入れた。 恐らく国が混乱しているためだろうが、ここは国の情勢とは離れているらしい。 かなりのんびりとした雰囲気がある。

 

東方人街は背の低い木造建築が密集する街のようで。 街にある店や屋台の名前はリィンの部屋に飾ってあった掛け軸と同じ雰囲気の文字で書かれており、レトは内心ワクワクしていたが気持ちを切り替え、ジョゼット達と別れて薬剤師ついての情報をそれとなく集めた。

 

「ふぅ……見つからないなぁ。 でも、諦める訳にはいかない」

 

「ナァ……」

 

例え見つかったとしても、本当に錬金術師がいる保証もない上、いたとしてもテスタ=ロッサの武器を錬成できる腕前を持っている人物ががいるかどうか……しかし、それでもレトは行くしかなかった。

 

内戦を終わらせるため、VII組の皆で乗り越えるため、そして……

 

(身の証を立てるために……)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

錬金術師に関する情報を集め、街を散策していたレトは……

 

「うーん! 美味い!!」

 

「ハグハグ」

 

ルーシェと共に美味しそうにイールの蒲焼きを口にしていた。 どうやら匂いにつられたらしい。 情報集めをそっちのけで食べ物にありつく。

 

「やっぱり帝国料理よりこっちの方が好きだね! しかも雑魚扱いのイールがこんなに美味しくなるなんて」

 

「昔はヌルヌルで硬くて骨ばっかりであまり食べられていなかったんですが、数年前に調理法が確立されて、一気に人気が出たんですよ」

 

東方では人気らしいイール。 それで作ったイール丼、レトは無心で頬張った。

 

「モグモグ……あ、聞いていいですか? この街に薬剤師がいると聞いたんですが……どこにいるのかご存知ですか?」

 

「薬剤師? もしかしてソフィーちゃんの事かしら?」

 

恐らくその人がレトが探している人物……らしいが、噂話から得た情報なので本当に薬剤師だったらどうしようとも思った。

 

「はい、その人に用があって。 どこに行けば会えるんですか?」

 

「ソフィーちゃんは街外れにある丘の上の家で薬屋を開いているのよ。 そこに行けば会えると思うわ」

 

「丘の上……ありがとうございます」

 

「ケプ……」

 

代金のミラを置き、お礼を言いルーシェを抱えながら店を出た。

 

道行く人から丘への道を聞き、街からかなり離れ場所にある丘に到着した。 その丘の上には東方人街とは別系統の木造の建築の家が建っていた。

 

東方人街の家が“和”とするなら目の前の家は“洋”だ。 かなり浮いている。

 

「ここかあ……」

 

「ナァー」

 

家の前まで歩いて家を見回す。 帝国の一般な一軒家と比べると特に変わった所はないが、家中から独特な匂いが漂ってくる。 薬の匂いなのだろうが、科学的な薬品というより自然の匂いがしてくる。

 

「ごめんくださーい。 どなたかいらっしゃいますかー?」

 

「あ!? は、はーい!」

 

ノックすると少女の慌てた声が聞こえ……扉が開くと裾と袖の大きな紺色のコートを着た、紅のような色をした艶のある赤目赤髪のショートカットの少女が慌てて出てきた。

 

「《アトリエ・リーニエ》にようこそ! 何かご用ですか?」

 

「えっと、君がここの店主なの?」

 

「はい、3年前に死んでしまったお婆ちゃんから継いで、今は私が」

 

「そう……どうやら当たりのようだね。 君、錬金術師だね」

 

「!?」

 

彼女に質問しながら家の中を見回し、本が床に積み上げられていたりかなり散らかっているが部屋の隅に錬金釜を見つけた事で確信を持ち質問すると……ソフィーはビクッと身体を震わせ、ダラダラと汗をかき、目がそっぽを向いた。

 

「い、いいい一体なんの事でしょう?」

 

「動揺し過ぎ」

 

今まで隠し通せたのが不思議だが、恐らく聞かれた事が無かったのだろう。 驚き警戒する彼女を落ち着かせるため、レトは単刀直入に要件を言った。

 

「僕がここに来た目的は錬金術を使ってある依頼を頼みたいからなんだ。 話だけでも聞いてはくれないかな?」

 

「……えっと、話だけなら……」

 

そうと決まり、レトはソフィーを連れて家の裏手に出た。 街から反対側、レトは家の陰に……テスタ=ロッサを転移で呼んだ。 ソフィーは大層驚いたが、レトはそんな事御構い無しに説明した。 一通りの説明を言うと……

 

「と、言うわけで……君に武器の再錬成をお願いしたいんだ」

 

「——む、むむむ無理です!!」

 

ブンブンと残像が見えるほど速度で首を横に振るソフィー。 騎神が突然現れた事もそうだが、レトの依頼内容もそれに勝る驚くものだったようだ。

 

「私……こんなに大きな、しかもゼムリアの武器を再錬成するなんて出来ませんよ。 それこそ、おばあちゃんみたいな錬金術師でもない限り」

 

「やっぱり難しいかぁ……君以外の錬金術師はいないの?」

 

彼女が無理でと他の錬金術師なら。 そう聞くと、ソフィーはふるふると俯きながら首を横に振った。

 

「年々、錬金術師の家系から素質ある者が減ってきている傾向があり、衰退の一途をたどっているんです。 もっと東に行けばいると思いますが、この地域には私の家しか錬金術師がいません。 そして《リーニエ》家は長年、優秀な錬金術師を輩出していましたが、私の代で……」

 

「そう……」

 

一族の衰退……錬金術はエマ達、魔女が使う魔術よりも才能が必要になる。 適性が厳しいのだろう、長い月日の間に減り続けてしまったのだろう。

 

「まあ、そもそも急にこんな話をされても混乱するだけだとは分かっていたし、可能性があるならって気持ちでこの地に来たけど……無理強いはできないし、諦めるよ」

 

「ご、ごめんなさい……私がもっと勉強して、一人前の錬金術師だったら……」

 

「気にしないで。 作り直さないならまた一から作ればいいだけだし」

 

急なお願いを謝罪しつつテスタ=ロッサをもう一度山猫号に転移させ、踵を返して去ろうとした時……

 

「…………! そ、その本は……!」

 

ソフィーはレトの腰に懸架していた本を発見し、目を見開いた。

 

「あ、ああ……これは星見の塔で見つけた錬金術に関する古文書だよ。 君達、錬金術師の技術の起源とも言えるかな。 色々試して見たけどかなり面白かったね」

 

「えっ!? レトさん、この本のレシピで錬金術をしたんですか!?」

 

「気まぐれでね。 家の関係で素質はあったみたいだったし、古文書が本物かどうか確認する程度だけど」

 

「そ、そんな簡単に……」

 

独学で錬金術を習得し、幼い頃から続けてきた自分より腕が上であるレトに少しばかり劣等感を覚えてしまうソフィー……しかし、ソフィーは深く考え込み、意を決して顔を上げレトの目を見た。

 

「あ、あの!」

 

「うん?」

 

「わ、私に……錬金術を教えてください!」

 

「え……」

 

今日はレトの方がお願いをしに来たはずなのだが、逆にソフィーからお願いをされて一瞬呆けてしまった。

 

「教えてって……僕は独学だし、教えられる事なんか何もないと思うけど」

 

「いいえ! その本を読み解いただけでもかなりすごい事ですし。 私も同じ知識を持っている人が近くにいればもっと錬金術が上手になれると思うんです!」

 

つまり師弟のように先生が生徒に教えるのではなく、同じ勉強をして互いに教え合おう……ソフィーはそう言っているようだ。

 

「でもこっちは武器の再錬成をしに来たのが目的だし、それが出来ないのならここに止まる理由もない。 僕が来た帝国は今内戦状態、ここに来たのだって対抗する力を手に入れるため。 例え武器が手に入らなくても、時間無駄に出来ない……すぐにでも戻らないと行けないんだ」

 

「うぐっ…………だ、だ、だったから! 私が成長した暁には、ゼムリアの武器の再錬成をします!」

 

ソフィーはなんとかレトを引き止めるため苦し紛れで叫んだ。

 

「そ、それに同い年みたいですし! 気が合いそうなんです!」

 

「…………ソフィー、今何歳?」

 

「え? 14ですけど」

 

「……僕は17だよ」

 

少し気を落としながら答えると、ソフィーはビックリしたように飛び上がった。

 

「ええぇ!? え、いや、その……ごめんなさい」

 

「いいよいいよ。 まあ、ともかく、僕がソフィーに錬金術を教え。 その報酬、結果としてテスタ=ロッサの武器を再錬成してもらう……でいいかな?」

 

「はい! よろしくお願いします、先生!」

 

「せ、先生かぁ……なんだか恥ずかいな」

 

「クァ〜……」

 

流されて引き受けてしまったが、お互いに利があるので納得はした。 レトはアークスでジョゼット達に事情を伝え、多少呆れられながらも後で山猫号をアトリエ付近に停泊させると伝えられた。

 

そして、レトは軽く錬金術を教えるための授業内容を考えた後、早速始めることにした。

 

「それじゃあ、先ずは簡単なアクセサリーを作ろう」

 

「…………え…………」

 

「そうだね……アロマポーチなら教えられるし、最初はそれを作ろう」

 

作るものを決めるとソフィーは呆けた顔をする。

 

「どうかしたの?」

 

「え、えーっとその……私、街の皆には薬剤師として通しているので、薬以外の調合をやった事ないんです」

 

「あーー」

 

言われて納得する。 錬金術師と隠すため、今までソフィーは薬剤師として街の人々から認知されてきた。 薬の作り方も独特、もし薬以外の物を作っていると知られるとマズイので今まで作ってこなかったのも納得できる。

 

「んー、だったらいつも通りに薬を作ってみてよ。 どこまでの腕前か確かめてみたいしね」

 

「はい!」

 

「クァ…………」

 

暇すぎるルーシェが欠伸をしてテーブルの上で眠ろうとする中、レトとソフィーによる錬金術が始まった。

 



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70話 錬金術師

12月9日——

 

「でっきたー!」

 

錬金釜から取り出して手甲をソフィーは嬉しそうに掲げた。

 

レトがソフィーを指導し始めて数日、今では堰き止められていた川が決壊するように、ソフィーはメキメキと腕を上げ、今では装飾具の錬金まで出来るようになっていた。

 

「うわぁ……今までのより良い出来だよ!」

 

「同じレシピでもやり方次第で出来栄えは大きく変化する。 これは他のことでも言える事で……料理しかり、勉強しかり、剣しかり。 同じ目的、動作でも過程が変われば結果も変わる。 基本は創意工夫、覚えておくといいよ」

 

「創意工夫……ですか。 はい、分かりました!」

 

勢いに乗り再び錬金術を始めるソフィー。 と、アトリエの扉が開き、ジョゼットが入ってきた。

 

「ジョゼットさん、街の様子はどうですか?」

 

「かなり殺気立っていたよ。 クロスベルの流れで共和国は反移民主義によるテロが激化している傾向になってたし……共和国政府が東方人街に手を伸ばす事は無いと思うけど、あんまり時間がないと思う」

 

「そう、ですか……」

 

確かにこの数日でソフィーの腕はメキメキと上がっている。 だが、内戦が本格化するまで……と言われれば、恐らくは間に合わないだろう。

 

「とはいえ、このままソフィーを放り出して行くわけにも行かないですし……ギリギリまで待ちますよ」

 

「そう……ここまで乗りかかった船だし、最後まで付き合うよ。 帝国の状況が変化したらまた教えに来るから」

 

「ありがとうございます、ジョゼットさん」

 

こんな危険な事に付き合ってくれたジョゼットとカプアー特急便の人達に、レトは感謝の念しか出なかった。

 

気を取り直し、レトはソフィーの指導を再開する。 錬金術は知識と理解も大事だが、それ以上に感覚も重要になってくる。

 

「そういえば……ソフィーが錬金術を始めたきっかけってなに? 僕は星見の塔で見つけた古文書からだけど、ちょっと気になってね」

 

釜の中をかき混ぜる中、唐突にレトがそんな質問をしてきた。 ソフィーは驚きながらもかき混ぜる手を止めずに答える。

 

「きっかけ? きっかけですかぁ……うーん、やっぱりおばあちゃんですね」

 

「確か凄い錬金術師だって聞いたけど……」

 

「はい。 おばあちゃんの前の代から表向きは薬剤師と称した錬金術師が始まって……そしておばあちゃんは薬を作って、街の皆に頼られていたんです。 街の人がアトリエにお礼を言いに来たりしてて。 それを見て、ああ、いいなぁって。 私もおばあちゃんみたいに、錬金術で人を助けられたらいいなぁ、って思ったんです。 それで、せがんで錬金術を教えてもらったんですよ」

 

「なるほど……凄い人だったんだね」

 

「はい! だから、おばあちゃんがきっかけであり目標であるんです! いつかおばあちゃんみたいな錬金術師になって、たくさんの人を助けるんです!」

 

そこでソフィーは「まぁ」といい、照れ臭そうに頭をかいた。

 

「そうなるにはまだまだ力不足ですけどね、あはは……」

 

「はは、そうだね。 でも、いい目標だと僕は思うよ。 ソフィーなら、きっとおばあさんのようになれる……いや、超えられるよ」

 

「レトさん……! はい、先ずは目先の目標、ゼムリア武器の再錬成、頑張ります!」

 

それからも授業は続き、昼頃にはひと段落ついたので休憩がてら2人は昼食をとった。

 

「はー、美味しかったー。 先生は錬金術だけじゃなくて料理もお上手なんですね」

 

「旅をしていたからね。 自然と身についたんだよ」

 

「そうなんですか。 それにしても……こんなに楽しい食事は久しぶりです」

 

そう言いながらソフィーは少し悲しそうな顔をする。

 

「おばあさんが一緒とは聞いたけど、ご両親は?」

 

「早くに2人とも。 おばあちゃんも2年前に亡くしてしまって……」

 

「あ……ごめん、辛いこと事を聞いちゃったね」

 

「いえ、私も湿っぽいことを言ってすみません。 それに、今は寂しくないんです。 先生やジョゼットさん達が来てくれて、このアトリエも賑やかになりました。 街の人達も親切ですけど、こっちの方が暖かいんです」

 

「そっか」

 

「ナァ」

 

食後の紅茶を口にし、ソフィーは頰を押さえながら微笑む。

 

その後、レトは錬金術をよく知るため錬金術師の歴史をソフィーから教えてもらった。

 

「錬金術師が誕生したのは暗黒時代以前、本格的な活動を始めたのは幻の至宝が自身の意志で消滅してから……それから300年後、今から900年前に星見の塔が建てられ活動が加速。 その頃から錬金術師の間で争いがあったんです」

 

本棚から……ではなく、床に積み上げられた本の山を崩し、歴史書を取り出してテーブルに広げた。

 

そこには過去の錬金術師の活動記録が記載されていた。

 

「ある一派……ここでは過激派と言っておきます。 彼らは消えた幻の至宝を再現しようとありとあらゆる手段、それこそ非道の数々を繰り返しました。 そしてそれに反対した一派……穏健派、つまり私の祖先は説得虚しく、逃げるように東へ。 東方の今も続く龍脈の枯渇をなんとかしようしたのは方便なんです。 落ち延びるための理由ならなんでもよかったんです」

 

「あの日記にはそんな理由が……」

 

「方便とは言っても実際になんとかしようとしたそうですよ。 でも、強大な力の前になんの対抗も出来ず……500年前を最後に枯渇を遅らせる事を成功した以降、手を引きました」

 

災害の前に、ほんの僅かな人の力では無力。 枯渇を遅らせただけでも上々なのだろう。

 

「私の一族は穏健派の率いていたリーニエ家……元々、リーニエ家は()()()()()と同格の家で、幻の至宝《デミウルゴス》が消滅する前は両家が守って来ていたんです」

 

「っ!? クロイス、家?」

 

話が変わった瞬間、その名を聞き驚愕するレト。 ソフィーは不思議に思いながらもそのまま語り続ける。

 

「えっと……その後、リーニエ家は志を賛同する錬金術師はクロイス家率いる一派と袂を分かち、この地に落ち延びたのです」

 

クロイス家……レトはその名前に聞き覚えがあった。 その名は、通商会議で一気に名が知れ渡った人物……ディーター・クロイス。

 

(IBCの総裁にして、クロスベル独立を宣言した市長。 偶然にクロイスという名前が重なった? ……いや、星見の塔、錬金術発祥の地はクロスベル。 否定できない、何か裏があるはずだけど……クロイス家が錬金術の家系だったと仮定しても、一体何をする気なんだ……)

 

思考を巡らせ、答えを探す。 そのレトの険しい表情を見たソフィーは心配の声をかける。

 

「あ、あのぉ……先生?」

 

「あ、ああ、ごめん。 それで続きは?」

 

「後は最初にお話した通り、この地を訪れた錬金術師の家系は徐々に衰退の一途を辿り、今に至るんです」

 

話は終わり、テーブルに広げられていた歴史書を閉じた。

 

気になる点はいくつかあったが、特にレトはクロイス家について深く考え込んだ。 だがいくら考えても答えが出るわけでもなく、思考をやめた。

 

「それで、明日決行するんですか? その……武器の再錬成を」

 

「今のソフィーの腕なら出来るはずだよ。 ただ、少し手法は変わるけど」

 

「手法が、変わる?」

 

「僕達が今勉強しているのは釜を使った錬金術。 でもテスタ=ロッサの武器を錬成するとなると今の釜じゃはいる訳もないし、釜を用意したらどんな大きさになるのやら……」

 

「それこそ騎神と同じ大きさになりますね……」

 

「だから今回は“錬成陣”を使おうと思う」

 

そう言いテーブルの上に1枚の紙を出した。 そこには逆三角形の幾何学模様が描かれた円が描かれていた。

 

レトはここ数日の間にアトリエ内にあった錬金術に関する書物を読み漁っており。 一通りの内容は頭の中に入れていた。

 

「地脈の上に錬成陣を描いてその上に武器を置く。 錬金術を始めて武器を分解、再構成する。 まあ、地脈の力を使う錬金術は……どちらかといえば“錬丹術”って言われているね」

 

「うーん、原理は分かりますが、出来るのでしょうか……そんな高度な錬金術を」

 

「大丈夫。 釜と陣の違いはあるけど、やり方は同じだから」

 

レトは席から立ち上がり、窓際まで歩き丘の上から見える街を見ながら口を開いた。

 

「明日、この地で龍脈が集中している場所……南の洞窟で再錬成を行う」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月10日——

 

予定通り今日、テスタ=ロッサの武器を再錬成するため、レトとソフィーは東方人街から南にある洞窟に川沿いを歩いていた。

 

「そういえば先生、どうやってこの地の龍脈を調べたんですか?」

 

「テスタ=ロッサに頼んでね。 彼もいい練習になったって言ってたし一石二鳥だったね」

 

「ナァ……」

 

そうしているうちに洞窟に到着した。 道の真ん中には川が流れており、水食により自然で出来た洞窟だとわかる。

 

「この先には魔獣が多数存在する。 と、そうだ、今まで聞いてこなかったけど、ソフィーは戦えるのか?」

 

「はい。 薬に使う材料は自給してたのである程度には。 たまに魔獣から獲れる爪や牙、内臓も薬に使う機会もありますし」

 

そう言いながら取り出したのは、1冊の本だった。 特殊な本のようで、分厚く装飾が施されている。

 

「本? 魔導書か何かなのかな?」

 

「はい、錬金術で作った魔導書です。 この本には七耀の力が込められていて、直ぐに魔法(アーツ)を使う事が出来る優れものなんです」

 

(なるほど。 魔導杖(オーバルスタッフ)のようなものかな)

 

魔導杖、魔導銃など珍しい武器も増えてきたが、また不思議な得物が出た物だと胸の中でレトは思った。

 

「と、戦術オーブメントは?」

 

「あ、はい。 これです」

 

ポケットに手を入れ、差し出されたソフィーの手に乗っていたのは手の平に収まるくらいの大きさのオーブメントだった。

 

「これって新型オーブメント……いや、第5世代であるアークスも出ているから新型でいいのかな?」

 

「あの、これじゃあダメなのですか?」

 

「ううん、問題ないよ」

 

そもそも戦術オーブメント自体、個人で持てる物でもない。

 

オーブメントの性能に差があり戦術リンクが使えないが、そこはレトがフォローするようだ。

 

「ナァー」

 

「おっと。 それじゃあ行こう。 目的地は恐らく最奥……気を抜かずに行くとしよう」

 

「が、頑張ります……!」

 

緊張しているが自身を奮い立たせ、2人は洞窟の中に入った。

 

中は陽の光が届かないので当然暗く、レトのカンテラで辺りを照らしながら前に進む。 洞窟内には川が流れる音と2人の歩く音しか聞こえず……突然、数十匹のコウモリ型の魔獣が襲いかかってきた。

 

「き、来たぁ!」

 

「構えて、ソフィー!」

 

レトは槍を冷静に抜き、ソフィーも多少慌てながらも本を開き構える。

 

位置取りは当然レトが前衛、ソフィーが後衛となり。 念のためソフィーにルーシェを預け、レトは駆け出した。

 

「はっ!」

 

刹那の間に突きを何回も繰り出し、1匹に対して両翼と腹、三度突き倒して行く。 が、レト実力を見るため1、2匹程度討ち漏らし、ソフィーの方に向かわせた。

 

「えいっ……!」

 

迫って来た事に驚くも本を構える。 素人ではないものの、慣れてはいないようだ。 ソフィーは左手に本を抱え、右手を振るい魔力の刃を作り飛ばし。 1匹の翼を切り裂いたが、もう一体は外してしまった。

 

「きゃ……」

 

「よっと」

 

襲いかかろうとしたコウモリを背後から槍が貫き、セピスとなって消滅した。 他のコウモリは既に倒したらしく、レトは座り込むソフィーに手を貸した。

 

「大丈夫?」

 

「はぁはぁ……い、いつもの魔獣と同じくらいなのに、場所が変わるだけでこんなにも違うなんて……」

 

「明るい場所ばかり戦って来たんだね。 周りが見えないと結構精神も削られるから早く慣れた方がいいよ。 んー、こんな事なら錬金術だけじゃなくって戦い方も教えた方が良かったかな?」

 

「ス、スパルタァ〜……」

 

「ほら立った立った。 習うより慣れろ、今この場で頭と身体で覚えてもらうからね」

 

「うえぇ〜……」

 

錬金術なら嬉々として教えを請おうとするのに、どうやらそれ以外だと苦に感じるソフィーだった。

 

それからも戦闘が始まる度にソフィーに魔獣を流し、最奥に到着する頃にはある程度慣れ、スムーズに攻撃や防御などが出来るようになっていた。

 

「そろそろ到着する頃だろうね、ここいらで休憩しよう」

 

「は、はい……」

 

魔獣に見つからぬよう隅により、一息ついた。 携帯食料を苦い顔をして食べるソフィーを見て、レトは思っていたことを話した。

 

「ここ数日で分かったけど、ソフィーって錬金術以外は無頓着だよね。 掃除も料理も出来ないし、時間にはルーズだし」

 

「うぐ……調合に集中していると他の事が疎かになっちゃって……」

 

「僕がスケジュールを組んでなかったらずっと続ける気だったでしょう?」

 

序盤にレトはソフィーのずぼらな性格に気付き、毎日のスケジュールを組み彼女にそれをこなさせていた。

 

それにより料理はできなくても、最低限の整理整頓や掃除、食事の時間は何とか守らせる事ができた。

 

「さて、ここからが本番だよ。

 

「はい!」

 

「ナァー!」

 

レト達は再び洞窟を進み、しばらくして……水が流れる音が鮮明に聞こえてきた。

 

「ここが……」

 

「うわぁ……キレー!」

 

最奥の広間を囲うように泉があり、2人から上部に岩場から噴水のように水が溢れていた。

 

「川の源泉、ここから流れていたんだね」

 

「……むむ、強い龍脈の流れを感じます。 ここで間違いなさそうですね」

 

「よし、なら早速始めよう……と、言いたいけど……」

 

「へ……」

 

その時……ズリズリと何かが擦れ移動する音が聞こえてきた。 ソフィーは周囲を見回し、音源を探ると……

 

——カッ……

 

「え……」

 

唐突に上から石が落ち地面を鳴らした。 ソフィーは上を見上げると……丸太のような体躯をし、全身に鋭い鱗を持った大蛇型の魔獣……グーラ・ヒドゥが天井に張り付き、顔をのぞかせレト達を見下ろしていた。

 

「うわわぁ!?」

 

「どうやらこの洞窟の主みたいだね。 あれを倒さない限り再錬成は出来ない、討伐するよ」

 

「や、やるしかない。 あ、でもあの鱗……錬金術に使えるかも!」

 

戦闘は嫌いだがそれが錬金術に繋がるとやる気を見せるソフィー。 2人は武器を構え、ズルズルと降りてくるグーラ・ヒドゥを警戒する。

 

「せ、先生! 騎神は呼べないのですか!?」

 

「こんな閉鎖空間で呼んだらこっちも生き埋めになって出来ないよ! ここは2人でなんとかするよ!」

 

「は、はい!」

 

弱くなっているとはいえ、あの大きでこんな狭い場所で戦えば崩落は免れないだろう。 人の身で戦うしかない。

 

しかし、当然そんな考えはグーラ・ヒドゥには持ち合わせてなく、その巨体をうねらせて2人に迫って来た。

 

「行くよ、フォースブリッツ!」

 

ひとりでに魔導書のページが開き、開かれたページに模写されていた魔法陣がソフィーの目の前に展開。

 

収束して黄緑色の光弾となり、光弾を投げてグーラ・ヒドゥの顔面に直撃し弾けた。 そこで止まらずソフィーはすかさず、アーツの駆動を始めた。

 

「よっ」

 

レトは天井まで跳躍して槍を突き刺し、鉄棒で回るように回転。 天井から刃が抜けグーラ・ヒドゥに向かって突撃し……

 

「でやっ!」

 

「ストーンハンマー!」

 

勢いをつけて顔面に回し蹴りを喰らわせ、間髪入れずにソフィーの地のアーツが発動。 頭上から岩石を落下させた。 ただし、1発ではなく10発程、グーラ・ヒドゥに浴びせた。

 

(そういえばそんな名前だったっけ……)

 

今の1番弱い地のアーツの名前はニードルショット、少し懐かしいく思いながらレトはグーラ・ヒドゥの横から入り込もうとする。

 

しかし、グーラ・ヒドゥはとぐろを巻き、その場で回転を始めた。 巨大な巨躯と鋭い鱗により岩を抵抗無く削り取りながら進行してくる。

 

「おっと……このままだと洞窟が崩れそうだね」

 

「任せてください! オーラブレイク!」

 

手をかざした本が輝くとグーラ・ヒドゥの頭上に光が降り注ぎ、上から押さえ込んだ。

 

「さらに……ペトロスフィア!」

 

続けてソフィーはかざした手を地面に下ろしアーツを発動、グーラ・ヒドゥの足元が軟化し、回転を抑えた。

 

「よし、今のうちに……」

 

レトが仕掛けようとした時、グーラ・ヒドゥはとぐろを更に巻き、バネのように飛び跳ねてぬかるんだ足場と槍を回避した。

 

「そんなのあり!?」

 

「おっと……」

 

驚く間も無く、レトは跳躍から牙を剥き出しながら降下して来たグーラ・ヒドゥの突撃を回避し……

 

「アースランス!」

 

回避と同時にアークスを駆動させ、発動すると地面から槍が飛び出し硬い鱗と皮膚を貫く。

 

すると、グーラ・ヒドゥが大きく口を開け、大きく息を吸い込んだ。

 

「! ブレスがくる、ソフィー!」

 

「はい!」

 

次の瞬間、グーラ・ヒドゥの口から毒の霧が吐かれた。 その霧が洞窟を満たす前にレトは天井に張り付き、ソフィーは毒霧を風のアーツ、エアリアルで吹き飛ばした。

 

「ダークマター!」

 

さらにソフィーによって黒く渦巻く高圧の空間が発生、霧ごとグーラ・ヒドゥを引き寄せ締め付ける。

 

「ひとーつ!」

 

その隙を狙いレトが天井を蹴って急降下、グーラ・ヒドゥの目の前に落ちると一回転、槍の穂先が右側の牙を切り落とした。

 

「ふたーつ!」

 

痛みに悶えながら尾が振り下ろされ、怒り狂い続けて噛み付かれた所を避ける。 その際、避ける間際に槍を薙ぎ、左側の牙を切り落とした。

 

グーラ・ヒドゥはさらに怒る。 その時、視界にソフィーが映り込み……身をよじらせ、ソフィーに向かって尾を槍のように勢いよく突き出してきた。

 

「オーラフィールド!」

 

咄嗟の攻撃も落ち着いて対処、ソフィーは障壁を展開し尾を防いだ。 さらに数枚の障壁を尾に重ねるように展開させ、動きを抑え込んだ。

 

「今です!」

 

「さて、一気に決めるよ!」

 

ソフィーが攻撃を受けている間にレトは槍を納め、左手を目の前にかざし……

 

「行くよ——ケルンバイター!!」

 

「えっ!?」

 

異界から取り出したケルンバイターを見たソフィーは目を見開くが、レトは一気に畳み掛ける。

 

「見切る隙も与えない!」

 

朧月牙——分け身により6人に増えたレトがグーラ・ヒドゥを取り囲み、6方向からほぼ同時に斬りかかった。 斬撃が一点に集まり、弾けて二回グーラ・ヒドゥの身を斬る。

 

「これで、終わり!」

 

駄目押しとばかりに真下から潜り込んで槍を投擲し、逆鱗ごと喉を貫いた。 そして、グーラ・ヒドゥは断末魔を上げ、消滅した。

 

「ふう……」

 

「凄い……凄い凄い! 外の理で作られた剣だよ! 初めて見た!!」

 

「おわっと……!?」

 

一息ついていたら突然、ソフィーはケルンバイターに飛びかかろうとし、レトは刃があり危ないと剣を上にあげてた。

 

「いきなりどうしたの一体?」

 

「その剣は外の理に関わっています! 錬金術師達の追い求める領域……大いなる秘法(アルス=マグナ)とは違う、真理に繋がる道!」

 

どうやら錬金術師としての火がついたらしく、ケルンバイターに釣られるソフィーはレトの周囲をグルグル回る。

 

「真理に到達すれば《外の理》に繋がる……おばあちゃんが一番追い求めていた夢なんです!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

手を伸ばし、ソフィーの額を押さえて止めながら、レトは恐る恐るある質問をした。

 

「……君は、女神の存在を信じているのかい?」

 

「——この世界に女神はいません」

 

「!!」

 

質問に対し、身を引いてさも当然のように即答するソフィーにレトは驚愕し、続けてソフィーは口を開く。

 

「死の果てにも女神はいません。 あるのは魂魄となった人の意志……七の至宝の有無が女神の存在を証明しているのかもしれませんが、決して人一人に寄り添う存在ではないでしょう」

 

(……無邪気な子と思っていたけど……錬金術と関わりがあり、女神の存在を否定する集団《D∴G教団》。 ソフィーは非道、外道では決してないけど……根本は同じなんだ)

 

過去に袂を分かったとはいえ、彼女達が錬金術師であるのは事実。 狂信的に否定していないのがせめてもの救いだろう。

 

「さあ、錬成陣を書きましょう。 大きいので一苦労です」

 

「あ、うん……そうだね」

 

「………………」

 

ソフィーが女神を信じているかいないかは今は置いておき、レト達は広間の中心に直径10アージュの円を描き……

 

「さてと……出でよ——テスタ=ロッサ!」

 

『承知』

 

緋の騎神の名を呼び、テスタ=ロッサが転移でこの広間に飛んできた。 レトはテスタ=ロッサに乗り込み、今持っている全ての武器を錬成陣の上に置いた。

 

「レトさん、イメージしてください。 最も使いやすい形、大きさ、自身が理想とする武器に」

 

『うん、分かった』

 

レトはテスタ=ロッサを操縦し、錬成陣の上に両手を置いた。 そしてソフィーが黄緑色に光る魔力を高めて本を浮かせ、両手を目の前にかざした。

 

すると、錬成陣がの線が黄緑色に輝きだし、同色の電撃が陣の上に乗る武器から迸る。

 

「っ……やっぱり大きい分、魔力の消費が……」

 

『龍脈からの魔力を受け取りつつ、制御に集中するんだ! こっちも形成しつつ、制御を手伝う!』

 

『……ぜむりあ武器ノ分解ヲ開始、再錬成ニ移行スル』

 

陣の上にあった9つの武器がバラバラになり、破片が陣の上で飛び交う。 2人は意識を集中させると破片が集まりだし、レトが求める新たな形へと姿を変えて行く。

 

新たに形造る4つの武器……ケルンバイターと同じ形状の緋い剣。 緋い和槍。 緋い弓。 そして、緋い太刀。 ゆっくりと、しかし確かな形で、形成されていき……錬成陣から光が消えた。

 

「ぷっ……はあああぁ! 疲れたぁ……」

 

武器の再錬成を成功させたソフィー。 一気に気が抜けたのか大きく息を吐いて倒れ込んだ。

 

「錬金釜は時間をかけてじっくりと調合するに対して、錬成陣は一気に手がけるから1秒たりとも気が抜けなくて本当に疲れたよぉ……」

 

『あらかじめ練習したとはいえ、この大きさも無茶だったかもね』

 

「ナァ」

 

そう言いながらレトは新たな剣を手に取り、軽く振るって調子を確かめる。 それを槍、弓と繰り返し、太刀は何もせずに空間に納めた。

 

「どうでしたか?」

 

『問題ない、イメージ通りに仕上がったよ。 お疲れ様、ソフィー』

 

「はい!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

休む間も無く洞窟を出たレト達はアトリエに戻り、待っていたジョゼット達に事の次第を報告した。 ジョゼット達はこれでようやく帰れると息を吐き、一安心しながら帰国の準備を始めた。

 

と、言っても、ここは敵国、念のためにいつでも出られるよう出発の準備は既に終わっており。 後はテスタ=ロッサを吊るすだけだった。

 

「ありがとう、ソフィー。 おかげで最高の武器が手に入った。 それと付き合ってくれて悪かったね」

 

「いえ! 引き止めたのは私ですし、この数日間のご指導、ありがとうございました! 自分でも錬金術の腕が上がった事が実感できます!」

 

「そっか、それならよかった」

 

「ナァ」

 

そうこうしているうちに詰め込みが終わって山猫号が離陸し、後はレトが乗り込むだけとなった。 それを見たソフィーは心配そうな顔をしてレトを見る。

 

「これから、直ぐ帝国に?」

 

「うん。 かなり時間が経っちゃったし、そろそろ戻らないと大変な事が起きそうだからね。 仲間も心配してそうだし」

 

「そうですか……あ、あの!」

 

何か言いたそうにしながら俯くが……意を決し、意気込みながらソフィーは顔を上げた。

 

「私、いつか帝国に行きます! その時、また会って錬金術を教えてもらえますか?」

 

少し気圧されつつも驚いたが、レトはフッと笑いながら頷いた。

 

「分かった、いいよ。 それまでに腕を磨く事は難しいかもしれないけど、せめて教えるために錬金術の勉強をしておくよ」

 

「はい! お願いしますね、先生!」

 

別れを済ませ、レトはその場で跳躍、木を蹴ってさらに高く跳び飛んでいた山猫号に飛び乗った。

 

「よし、最後の荷物も乗ったよ!」

 

「ホントに人間かよあいつ……」

 

「よっしゃっ! 山猫I号、帝国に向けて全速前進だ!!」

 

ドルンの号令で山猫号は発進し、この東方の地に別れを告げた。 西の空に消えて行くのをソフィーは見届け、見えなくなると見上げていた顔を下げた。

 

「行っちゃった、かぁ……」

 

ポツリと呟いて踵を返し、アトリエに向かって歩き始める。

 

「さてと、次に先生と再会するまで腕を磨かないと。 先ずは、そうだなぁ……相談役の助手を作ろうかな?」

 




錬金術と言われれば、まず最初に思いつくのは手合わせ錬成を使う鋼な錬金術師……

鋼のと英雄伝説って意外にも共通点は多いんですけどね。 “全は一、一は全”という言葉、空の軌跡3rd辺りで出てたと記憶してます。


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71話 再邂逅

12月13日——

 

時間がかかってしまったが当初の目的である武器を手に入れたレト。 行きのルートは危険なため、大きく迂回しリベール方面へ、そこから帝国に入るのに丸3日かかってしまった。

 

「そろそろ帝国に入るよー」

 

「やれやれ、疲れたぜ」

 

「仕方ないとはいえ、やっとですか……」

 

「ナァー」

 

帝国を離れて1週間程、共和国は悪化の一途をたどっていたが、こちらの内戦はどうなっているのかは分からない状況である。

 

「さてと、帝国に入ったのはいいけど……ここから北部に行くには大きく迂回しないと絶対に見つかるよなぁ」

 

「とりあえず、補給のために一旦レグラム辺りに船を下ろした方がいいだろう」

 

「そうですね。 レグラムで1度帰った事を連絡したいですし。 と、何ならレグラムで契約満了でもいいですよ? ユミルに行くより安全ですし、リベールに帰るのも楽です」

 

「バッカやろー、そんな事しちゃーカプア特急便の名前に泥塗る事になるわ」

 

「乗りかかった船は最後まで乗るもんだぜ」

 

「そうだぞ。 レグラムで降りようがユミルで降りようが、ウチらに取っては大差ないんだよね」

 

「皆さん……」

 

本当にいい人達だと感謝するレト。

 

「…………ん?」

 

と、そこでレトは何か感じ取り、扉を開けて甲板に出た。 目を閉じて意識を集中、進行方向より北西から大きな力の波動を感じ取れた。

 

(この感じ……前にも。 1つはNo.I、もう1つ、これは……リィン?)

 

気になり深く考え込むレト。 思考から抜けるとアークスを取り出し、力が感じる方向を見据えながら船内のジョゼットに連絡を入れた。

 

「ジョゼットさん、進路を少しラマール州本面に寄せて、高度を上げてください」

 

『え、何だって?』

 

『オメェ、今からレグラムに向かうんじゃなかったのか?』

 

「少し変な予感がするんです。 お願いします」

 

漠然とした理由だが根拠のない話でもない、ジョゼット達はそれを2年前でのリベールで分かっていた。

 

「キール兄」

 

「……わぁったよ」

 

『ありがとうございます』

 

山猫号は進路を西寄りに変えた。 数分後、イストミア大森林上空に差しかかろうとした時……遥か真下に白銀の戦艦が視界の中に映った。

 

「な、何だありゃぁ!?」

 

「もしかして帝都を占領した時に現れたという……!」

 

「貴族連合が所有するパンタグリュエル……あ! あれって!」

 

レトは真下を覗き込むとリィンとクロウが戦っているのが見えた。 一緒にアルフィンと、結社や西風の旅団も。 その時、観戦していたマクバーンが顔を上げた。 レトは一瞬、その視線が重なった気がした。

 

「っ……山猫号を気付かれないようにあの戦艦の上にお願いします」

 

悪寒を感じながら身を引き、アークスを耳に当ててそう指示する。

 

「よし、全速前進!」

 

「おいおいマジかよ!?」

 

「ここまで来たら一連托生だね!」

 

山猫号は最速で前進、パンタグリュエルの上に移動。 到着するとレトは甲板の縁に立ち、パンタグリュエルを見下ろした。

 

「ナァ」

 

「よし、僕が降りたらこの空域を離脱してください!」

 

「あ、おい!」

 

止める間も無くレトは前のめりに倒れ……パンタグリュエルに向かって落下した。

 

「この高さから躊躇なく飛び降りやがった……」

 

「相変わらずぶっ飛んでいるやつだなぁ」

 

「はは、そう所だけ、オリヴィエに似ているんだよね、あの子」

 

レトの行動に呆れるしかないカプア一家、そのまま進路を変えこの空域から離脱する。

 

そして落下中のレトは強風で目を細めながら左手を目の前にかざした。

 

「出でよ——ケルンバイター!!」

 

黄金の魔剣を出現させてその柄を握り、上段に構えて大きく振りかぶり……

 

「来い——アングバール!」

 

「おおおおおっ!!」

 

顔を上げたマクバーンはニヤリと笑っており、黒き魔剣を出現させると同時に振り下ろされてきたケルンバイターを受け止めた。

 

その衝撃で艦は一瞬沈み、強風が巻き起こる。

 

「くっ……!」

 

「きゃあっ!!」

 

「な、なんですの!?」

 

「派手な登場するなぁ」

 

「お久しぶりです、ね!」

 

突然の出来事に驚く中……魔剣同士が弾かれ、受け身を取りながらレトはリィンの前に降り立った。

 

「やあリィン、1週間振りだね。 アルフィンも久しぶり」

 

「レ、レトなのか!」

 

「あ、兄様(あにさま)!!」

 

リィンとアルフィンはレトの登場に驚きながらも無事だった事を安心する。 と、そこで周りの人がレトの姿を認識する。

 

「あのボン、確かレグラムですれ違った……」

 

「——VII組最後の1人、レト・イルビス。 本名はレミスルト・ライゼ・アルノール、秘匿されている皇族にして緋の起動者、暫定的に結社のNo.IIにも属している人物です」

 

「ほ、ホンマかいなそれ!?」

 

「……流石の俺も驚愕する他ないな」

 

銀髪の少女の淡々とした説明に西風の2人は驚きを隠せない。 そんな中、怪盗紳士が仰々しく前に出た。

 

「やあ久しぶりだ、我がライバルの弟君よ。 息災でなによりだ」

 

「そ。 それよりも……クーさんも久しぶりだね。 元気そうにしているようだね」

 

「まぁな。 たっく、どんな登場の仕方だっての、相変わらず常識外れな奴だ」

 

ブルブランの挨拶を素っ気なく返し、レトはクロウの方を向く。 その時、レトとマクバーンが持つ2振りの魔剣が輝き出し、共鳴を始めた。

 

「っ……」

 

「お前のケルンバイターと俺のアングバールは《外の理》で作られた2対の剣、いわば兄弟剣……こうなるのも当然といえば当然だ」

 

そう言いながらマクバーンはアングバールを異空間に納めた。 どうやら相手にする気は無いらしく、リィンとアルフィンがいるため、その気にさせないようにレトもケルンバイターを納め、槍を抜いた。

 

「さてと、ここでお前が出てくるのは予想外だったが……1人で全員を相手にする気か?」

 

「ここに来たのは共和国帰りに寄り道したら偶然に鉢合わせしただけだけど……今の僕は、なんか負ける気がしないんだよね」

 

次の瞬間、11人のレトが周囲を取り囲んだ。 合計12人のレトに囲まれたデュバリィ達は武器を抜き、身構えて警戒する。

 

「おお……!?」

 

「な、なんて数の分け身!」

 

「……危険度、最高ランクに移行します」

 

「こりゃ本腰入れなあかんな」

 

「ふふ、久々に血沸くというものだ」

 

「…………! おい……!」

 

一触即発。 お互いが動けない状態が続いた時……遠くから甲高い飛行音と共に赤い飛行船がパンタグリュエルの頭上を通過した。

 

「あ、紅い翼——」

 

「お……」

 

次の瞬間、レト達に影が指した。 パンタグリュエルに降り立ったのは4人の人物……

 

「あ……!」

 

「サラ教官、皆さん……!」

 

「お待たせ、リィン!」

 

「って、おいレトまでいんのかよ」

 

「共和国にお出かけになっていると聞いてましたが……」

 

現れたのはサラ、トヴァル、クレア、シャロンだった。流石に人口密度が増えたため、戦闘の支障になると考えレトは分け身を消した。

 

そこへ、またカレイジャスが頭上を通過し……今度はヴィクター・S・アルゼイドがこの艦に降り立った。

 

「あ……」

 

「アルゼイドのおじさま……!」

 

「ヴィクターさんも来たんだ」

 

「フフ、リィン共々久しぶりだな、レト。 アルフィン殿下もご無事で何よりでした」

 

「くっ……《光の剣匠》まで……」

 

彼を見て苦悶の表情を見せるデュバリィ。 だな、マクバーンは獲物を見つけたような目をしてヴィクターのことを見る。

 

「へえ……アンタ。 強いな、この上なく」

 

「そなたの方こそ。 結社最強の《火焔魔人》……かの《鋼の聖女》に匹敵すると噂されるだけはある」

 

「クク……さて、光の剣匠もいいが、剣帝の小僧の方も悪くない。 どっちを取ろうか迷うが……」

 

『悪いが、トリは我々が頂かせてもらうよ……!』

 

「む……」

 

降り掛かった声と共に、残りのVII組のメンバーと、オリヴァルトがエマの転移で甲板の上に現れた。

 

「皆……!」

 

「リィン、大丈夫!?」

 

「す、凄い場所に来ちゃったみたいだけど……」

 

「だが、この上ないタイミングだったようだな」

 

と、そこで彼らはレトがここにいることに気付き驚いた。

 

「ヤッホー、皆元気してたー?」

 

「え……」

 

「レ、レト!?」

 

「おいおいおい、何でこんな所にいるんだ!?」

 

「ナァ」

 

「あんたも元気そうね」

 

「ついさっきカルバードから帰ってきてね。 ちょっと寄り道したらこの場面にぶつかったんだよ」

 

「……積もる話はあるが、それは後回しにしよう」

 

「お兄様……!」

 

「アルフィン、元気そうで何よりだ。 レトもあれ以来、流石の私も心配したよ」

 

「まあ、流石に無茶が過ぎたとは思っているよ」

 

「はは……」

 

唐突に彼らに笑い声がかけられた。 その方を向くと、クロウが堪えるように笑っていた。

 

「クロウさん……」

 

「直接顔を合わせるのはひと月半ぶりか」

 

「あはは。 なんか元気そーだね」

 

「ああ、おかげさまでな。 しかし揃いも揃って……どう収拾付けるつもりだよ?」

 

「うーん、そうなのよね」

 

この場で相対している戦略は五分五分、今はその拮抗により睨み合って膠着状態に陥っている。

 

「ふむ、どうせだったらこのままパーティと洒落込むのはどうだい?」

 

「ハハ、それもまた一興」

 

「うふふ、素敵ですわね」

 

「やー、こういうノリは嫌いやないなぁ」

 

「久しぶりにシャロンさんの紅茶も飲みたいし、それも悪くないかな」

 

「ああもう、なんでこんなに緊張感がないんですのっ!?」

 

「……グダグダですね」

 

一触即発ではあるも戦える雰囲気ではなかった。 その時、この場に鳥の鳴き声が静か響いた。 辺り見回すと、甲板の街灯の上に蒼い鳥……グリアノスが止まっていた。

 

「あ……」

 

「来たわね」

 

「グリアノス! ……ヴィータ姉さん!」

 

次の瞬間、グリアノスの真上が揺らめき……魔女ヴィータ・クロチルダの姿が映し出された。

 

『フフ……また会ったわね、エマ。 魔女としてはまだまだ未熟だけど、先ほどの転移術は見事だったわ』

 

エマを褒めながら辺りを見回すヴィータ。 どうやらこの場を収めようとしに来たらしい。

 

『皆、お疲れさま。 思うところはあるでしょうが今回については譲りましょう。 カイエン公のお叱りはこちらの方で受けておくわ』

 

「……姉さん……」

 

「くっ……納得行きませんけど……」

 

「依頼者の意向なら是非もない」

 

「ま、元からやりあう気は無かったし」

 

相手側は武器を納め、それを見たリィン達も武器を納めた。 そしてヴァリマールの拘束を解き、互いに向かい合うように甲板の両側に寄った。

 

リィンとクロウは騎神に乗り込み、関係のある者が一言二言話し合った後、クロウがオルディーネのダブルセイバーを抜き、リィンに刃を突きつけた。

 

『——余計な世話ついでに忠告だ。そろそろ“得物”もなんとかしろ。 お前の《八葉一刀流》——刀抜きで真価を発揮できんのか?』

 

『あ……』

 

『武装でばいすノ選択ハ重要——起動者トノ相性ニヨッテ戦闘効率ガ飛躍的ニ上昇スル』

 

「あー、そうだ。リィンに、共和国土産を持ってきてたんだ」

 

『え……』

 

パチンと、レトは指を鳴らすと……ヴァリマールの足元が揺らぎ、異空間から緋い太刀が出てきた。

 

「うわぁ!?」

 

「こ、これは……?」

 

「テスタ=ロッサの武器を崩して作った太刀だよ。 僕も武器で困っていたけど、それはリィンも同じ。 だからついでに作っておいたよ」

 

ヴァリマールが差し出された太刀を手に取り、構えを取った。 軽く握るだけだったが、問題はないようだ。

 

『よし、悪くないな。 すまない、俺のために、大事な武器を崩してまで』

 

「いいっていいって。 余っただけだし、それにその太刀は素人が作った急造品、後でちゃんと作った方がいいからね」

 

『たっく……俺の忠告が空振りじゃねえか。 ホント、お前は常識外れだよ』

 

「いや〜、それほどでもー」

 

『褒めてねえよ!』

 

『フフ……緋の騎神を駆る剣帝、これは面白くなりそうね』

 

そして、太刀を納めたヴァリマールが飛び立ち、それと同時にエマの転移、甲板から飛び降りて下を通過したカレイジャスに飛び移った。

 

カレイジャスは機関を全開にし、この空域から離脱していった。 が……

 

「おー、こうしてみるとやっぱり速いねー」

 

「——って、何であなたはまだここにいるんですの!?」

 

飛び去って行くカレイジャスを見送るレトに、デュバリィは勿論、他の面々も軽く驚く。

 

また何かするのかと警戒する中。レトはヴィータを見上げる。

 

『まだなんかあんのか?』

 

「つい数時間前まで共和国にいたからね、そこで色々な情報を得たんだよ……《巨いなる一》についてを」

 

『…………!』

 

「……巨いなる一?」

 

「なんやそれ?」

 

その単語に、ヴィータだけが反応を示したの。 それを見たレトは話を続ける。

 

「どうやら数代前のリーニエ家がこの件について調べていたらしい。 騎神が作られた理由、そして帝国に蔓延る“呪い”ついてよく調べられていた。 その上で聞きます、ヴィータさん……あなたは何を始めようとするんですか?」

 

『…………ふふ、大した着眼点ね。 オリヴァルト皇子同様、あなたもさぞ優秀な指し手なんでしょうね』

 

「僕は頭で考えるより、自由に動ける駒の方がまだ楽ですけどね。 それと、チェスより東方の将棋の方が好きです」

 

話は微妙に逸れているが、ヴィータはレトの質問に答えようとする。

 

『そこまで話したのなら答えなくてはならないわね。 私が目指しているのは盟主の意向に添いつつあくまで擬似的なものにする事……とだけは、言っておきましょうか』

 

「なるほど……つまり世界を壊す気はないと?」

 

『ええ』

 

「それを聞いて安心しました……それでは、失礼します」

 

「ナァ〜」

 

「あ!」

 

今度こそレトはパンタグリュエルを飛び降りた。

 

「ふ、流石は我がライバルの弟君、と言った所か」

 

「あなたはそれ以外の褒め言葉はありませんの?」

 

(……レト……イルビス。 あの不埒な人同様、警戒しておきましょう)

 

「おもろいボンやったな」

 

「この短期間でまた腕を上げたようだ。 あの中でもかなり突出しているようだな」

 

「ふぁ……楽しみは後に取っておくとするか。 悪くねぇが、場所が悪ぃし」

 

ゾロゾロと艦内に戻って行く中、クロウはオルディーネから降り、蒼穹のはるか先を見つめた。

 

「さて、役者は揃った。 後はどこまで粘れるか見せてもらおうか……リィン、そしてレト。 いや、《剣帝》レミスルト」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「まさかまだあの空域にいたとは思ってもいませんでしたよ」

 

「ガハハ、ホイホイ尻尾巻いて逃げるほど腰抜けじゃねえんでな」

 

「あんなのグロリアスと同じくらいだし、今更ビビることもないし」

 

パンタグリュエルから飛び降り、落下途中でテスタ=ロッサを呼ぼうとした時、どこからともなく山猫号が現れたのだ。 驚きながらも鉤爪ロープで引っ掛けて乗り込み、離脱した訳である。

 

「しかしさっきのが噂のカレイジャスかぁ。 アルセイユ同様、かなり速かったよね」

 

「ウチの山猫号だって負けてねえよ」

 

「いや、張り合わなくても……」

 

そうこうしているうちに、山猫号はクロイツェン州、バリアハート方面に向かっていた。

 

「さてと、それでどうする? ユミルに戻った所で誰もいないんだろ?」

 

「そうですねー……カレイジャスと合流するにもどこにいるのやら。 通信の周波数も知らないですし」

 

「なら予定通り、レグラムに降りるとしよう。 何らかの情報は得られるはずだ」

 

「よっしゃ! そんじゃあ行くとするか!」

 

「ナァ」

 

山猫号は進路をクロイツェン州に変え、数分後にはレグラムのエベル湖に着水、貴族兵がいないことを確認し山猫号を波止場に着かせた。

 

その際、船底にぶら下がっていたテスタ=ロッサは湖に沈むことになったが……ゼムリアの装甲をしているため、錆びる事はないしとそのままにしておいた。

 

「レグラム……なんだか懐かしい気もするね」

 

「——おや、レト様ではありませんか」

 

レグラムに来た船を確認しに来た、アルゼイドの家に使える執事のクラウスが波止場にやって来た。

 

「クラウスさん、お久しぶりです。 少し停めさせてもらってもいいですか?」

 

「もちろん構いませぬ。しかし残念ですな……もう少し早くこの地に来ていれば、お嬢様やリィン様とお会いできたのですが」

 

「あ、大丈夫です。 リィンに事情は話しているので。 とりあえず今日一泊したいのですし、宿酒場は空いていますか?」

 

「それならばアルゼイド邸をお使いください。 この内戦の中、あなた方が血を流す中、私はここで主人の帰りを待つしかできぬ身。 これくらいはさせていただきたい」

 

「なら、ご厚意に甘えさせていただきます」

 

本来なら、人として少しくらい遠慮や躊躇した方がいいと思うが、クラウスの言い分も理解しているレトは悩まずに厚意を受け取った。

 

ジョゼット達は明日の出発に備え、山猫号の点検をしてからアルゼイド邸に向かう事となり、一足先にレトはクラウスの案内で邸宅に向かった。

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰りなさいませ、クラウス様」

 

「あれ? 君は確か……」

 

「あ……」

 

出迎えたメイドは、以前特別実習で会ったクロエだった。 メイドの格好をしていてレトは少し驚いた。 その反応を見たクラウスは説明を始める。

 

「彼女は3ヶ月前からここで働けせていただています。 他の2名も、武練場の手伝いや門下生のケア、ギルドの受付をしております」

 

「ふぅん……」

 

「な、なによ、じゃなかった……何でしょうか?」

 

「いや、何も」

 

興味がなさそう、しかしフッと笑いながらクロエの横を通り、特別実習で寝泊まりした二階の部屋に入って行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月14日——

 

昨日、アルゼイド邸でお世話になり、ジョゼット達と相談した結果、レトはカレイジャスに合流する事にし、山猫号を降りることにした。

 

波止場にテスタ=ロッサを上げ、準備が整った山猫号にカプア一家が甲板の上に乗った。

 

「それじゃあ、カプア特急便の皆さん、お世話になりました」

 

「今度は会うときは、普通の依頼をお願いするぜ」

 

「またな、ボウズ」

 

「ボクはエレボニアでの運送も本格的に始めるから、この内戦が終わった後、山猫II号で会いに行くからね」

 

「はい!」

 

「ナァ〜」

 

別れの挨拶をし、船内に入るとすぐに離陸。 山猫号は南へ……リベールに向かって行き、レトは見えなくなるまで見送った。

 

「後で50万くらいで……いや、請求書くるまで待つかな。 さて、先ずはカレイジャスがどこにいるか探さないとね」

 

「ナァー」

 

『——灰色の騎神の反応は検出出来なかった。 恐らくは捜索範囲外、高高度で飛行しているのだろう』

 

と、突然テスタ=ロッサがそんな説明をしながら流暢に喋り出した。

 

「どうしたのテスタ=ロッサ? いつの間にそんな流暢に喋れるようになったの?」

 

『今の我は半身、戦闘では力になれない。 せめて相談相手にはなれようと、記憶データの整理をしていた』

 

「そうなんだ……ありがとう、テスタ=ロッサ。 でもあまり自分を卑下にしないで、テスタ=ロッサがいなきゃ、僕はここまで来れなかったかもしれないんだ」

 

「——おや、レミィじゃないか」

 

「うん?」

 

その時、背後から声をかけられた。 振り返ってみると……そこにはオリヴァルト達がいた。

 

「兄さん、どうしてレグラムに? それに子爵閣下やシャロンさん達も……カレイジャスはどうしたんですか?」

 

「カレイジャスはVII組の、トールズ士官学院に運用を任せた。 ついさっき艦を引き継いで、僕はこれからミュラーと合流するために大陸西部に向かう途中だ」

 

「そのためにエベル湖を渡り、旧道からパルム方面に向かう予定だ」

 

「なるほど……トヴァルさん達もそれぞれ独自に?」

 

「ええ、会長に頼まれていた物を探ろうかと」

 

「私も鉄道憲兵隊と合流して、各地方面を調べてみます」

 

「俺は言わずもがな、ギルド方面を当たってみる」

 

どうやらこの内戦を終わらせようとそれぞれが動き出したようだ。 レトも行動を始めるため、オリヴァルトからカレイジャスの通信周波数を教えてもらった。

 

「カレイジャスに通信するための周波数だ。 これでレミィも合流できるだろう」

 

「ありがとう、兄さん」

 

レトがアークスで周波数を操作する中、オリヴァルト達は波止場で膝をついているテスタ=ロッサを見上げる。

 

「しかし、改めて見ると……畏敬の念すら覚える」

 

「かつて、獅子心皇帝と槍の聖女が協力して帝都地下深くに封印した紅蓮の魔人……これが本来のあるべき姿なのだろう」

 

「何にせよ、貴重な戦力だ。 心強いことこの上ない」

 

「……あの、レミスルト殿下……」

 

「レトでいいですよ、クレアさん」

 

今は軍服を着てないため、レトは大尉を付けずそのままで呼んだ。

 

「レトさん、貴方がこの緋の騎神を駆ると言う事は……」

 

「うん。 身の証を立てるため、ですよ」

 

レトはクレアの言う事を否定せずに肯定する。 オリヴァルトは少し寂しそうな顔をするが、確かに頷いた。

 

「レミィがそうしたいのなら僕は止めるつもりはない。 後悔しないよう、頑張るといい」

 

「もちろん、そのつもりだよ。 学生であり、考古学であり、剣帝でもある……今更、ひとつやふたつ、肩書きが増えたくらいどうって事ないよ」

 

「……そうか」

 

レトはオリヴァルトに背を向け、テスタ=ロッサに乗り込むと立ち上がった。

 

『それじゃあ僕は行きます。 内戦を終わらせるために、自分の道を示すために』

 

「ああ、行くがよい。 己が信じた道を、仲間とともに」

 

『はい!』

 

『ナァー!』

 

「気をつけてな」

 

「また無事な姿でお会いできるのを楽しみにしています」

 

「お嬢様方のこと、どうかよろしくお願いします」

 

テスタ=ロッサは空を見上げながら膝を曲げ……背中のブースターを噴かせながら跳躍し、エベル街道方面に向かって飛翔した。

 

少ししてから連絡を取り、エベル街道上空でカレイジャスと合流、甲板に降り立った。

 

「よっと……」

 

「——レト!!」

 

するとブリッジの下にあった扉が開き、ラウラがいち早く飛び出し、後に続いてリィン達も出てきた。 感動の再会、と思いきや……

 

「この……大馬鹿者!!」

 

「へぶっ!?」

 

そうとはいかなかった。 ラウラはレトの目の前に来るやいなや右手を大きく振りかぶり、大剣を振るように平手打ちをかました。

 

その勢いは強く、甲板の端まで飛ばされてしまった。 あと少しで落ちると冷や汗をかくレトだが、今度は胸倉を掴まれて立ち上がらされた。

 

「よくも私達を謀ったな! あの後、私がどれほど心配したと思っている!!」

 

「いやぁ、あの時は仕方なかったんだよ。 カレイジャスが引きつけていてもしつこくクーさんが狙ってくるし、ラウラを守る為には仕方なかったんだよ。 それにほら、こうしてピンピン生きてるし、結果オーライだよ」

 

「もう二度と……」

 

「え……」

 

ラウラは胸倉を掴んだまま俯き、声を振り絞るように呟く。

 

「もう二度と、同じ事をしないと誓えるか……?」

 

「ええっと……あんまり自信はないけど……」

 

「約束出来るのか!?」

 

「ぐえっ!? で、出来ます出来ます! 誓いますから、確約しますから!!」

 

凄まれながら一歩前に踏み出され、片脚が甲板から出るとレトは慌てて頷き、約束した。

 

それで一応は納得したのか、後ろにレトを投げラウラは早足で艦内に入って行った。

 

「はぁ……」

 

「災難だったな。 だが自業自得だ」

 

「もう少し落ち着きを持った方がいいぞ?」

 

「レトって結構、勝手に独走するからね。 別に間違ってはいないんだけど、その後ろを僕達が着いていけないんだよねえ」

 

「今度から歩幅を合わせるといい。 仲間のために道を切り開くとも大事だが、仲間と共に歩んでいくのもまた大切だ」

 

「……あぁ、うん。 身に染みたよ」

 

「あんたの方でも、もう少し主人をどうにかしなさいよ」

 

「ナァ……」

 

「まあ、俺は人の事は言えないけど……お互いに直せるように頑張るとしよう」

 

VII組男性陣に指摘され、自覚していたのか図星を突かれ、レトは苦笑いしかできなかった。 そして、リィンから手を差し伸ばされ……

 

「お帰り、レト」

 

「ただいま、リィン。 皆も」

 



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II部
72話 紅き翼


12月15日——

 

手土産と緋の騎神と共にカレイジャスに合流したレトはVII組の、トールズ士官学院全体の方針として各地を回り、内戦の動きを見極めつつトリスタ……延いては士官学院を取り戻す方針となった。

 

「…………(ガリガリ)」

 

そんな中、レトは1階の工房・船倉区画にいた。 コの字型のコンパスのような物を使い、工房の一角に敷いた板の上に円を描いていた。

 

「さて——っ!」

 

描き終わると青銅と砂を円に乗せ、両手を地面に合わせるとバチバチと電撃が迸り……電撃が治ると、陣の上には砂時計が置かれていた。

 

「ふぅ……釜と違って気を使うね。 それをぶっつけ本番で成功させるなんて……やっぱりソフィーは天才だったんだね」

 

後から出てきた汗を拭い、レトは完成した砂時計を手に取る。 そこへ興味深く、一連の工程を見ていたジョルジュが歩み寄る。

 

「今のが陣を使った錬金術かぁ。 いつもは釜をかき混ぜているイメージであんまりパッとしなかったけど、今回のはとても分かりやすかったね」

 

「はは、錬金術にパフォーマンス性を求めてませんから。 それと試してみた感じ……陣を使った物は無機物の錬成が得意で、釜を使った物は有機物の錬成が得意みたいです。適材適所で使い分けるのが一番でしょう」

 

「なるほど……中々奥が深いね」

 

錬金術は神秘に近い術だが根本は職人などの技術者と同じ、そんな技術者の1人でもあるジョルジュは関心を持っていた。

 

「錬金術について色々と学んできたみたいだけど、それ以前に共和国はどうだったんだい?」

 

「帝国に流れてくる情報通りですね。 東方人街は比較的落ち着いていましたが、それ以外の地域はどこも恐慌状態でしたね」

 

「そうか……」

 

両国の情勢はとても良くない。 どちらもこの事態をいち早く収束させ、互いの国を牽制しなければならない状況である。

 

とはいえ、今は共和国の事よりも、先にこのカレイジャスで帝国内をなんとかしなければならない。 ジョルジュと別れてレトは船倉を後した。

 

「アルフィン」

 

「あ! 兄様!!」

 

少し暇ができたレトはアルフィンに会いに貴賓室を訪れた。 貴賓室に入ると、レトはアルフィンの前に置かれた書類に視線が行った。

 

「早速やっているようだね」

 

「はい、この艦の指揮権をお兄様から一時的に士官学院生に譲渡した証を残しておくと必要がありますので」

 

「……ごめんねアルフィン、僕に皇族としての権利があれば、そんな重荷をアルフィンに背負わせる必要は無かったのに」

 

「いえ、わたくしにはこれくらいしか出来る事がありません。 ほんの僅かでも、兄様達の力になれれば幸いです」

 

「そう……」

 

小さな身体でも、今は必要以上に重荷が彼女の圧となっている。 そんな中でもいつも通り、気丈に振る舞うアルフィンの頭を撫でる。

 

「兄様……?」

 

「もし……もしかしたら、この内戦の流れでは堂々とアルフィンと一緒にいられるかもしれない。 そうなったら、アルフィンは嬉しいかい?」

 

「それは……」

 

まるで本当に可能にするように、しかし可能性と言うレトの質問にアルフィンは悩み……しっかりと頷く。

 

「当然、嬉しいです。 しかし、そうなれば兄様には今以上の重圧にかけられるかもしれません……わたくしにはそれがとても耐えられません」

 

「……そうだね、詮無き事を言った」

 

誤魔化すように頭を撫で、アルフィンは気持ち良さそうな顔をしてされるがままだった。レトは夢心地になりかけているアルフィンをゆっくりとソファーに座らせ、貴賓室を静かに出て行った。

 

次にレトが向かったのは端末室。 そこで共和国で撮り溜めていた写真をまとめていた。

 

「共和国でも結構撮ったなー。 政治や国、人とのわだかまりがあっても……自然と遺跡は変わらないからね」

 

「レト」

 

そこへマキアスが端末室に入ってきた。 マキアスは共和国の話に興味を示し、レトに写真を見せてもらった。

 

「これが東方人街か……まさしく学院祭で出てきた喫茶店のような場所だな」

 

「確かにそんな感じだったね。 服装はこことはかなり変わっていたけど」

 

「これのことか? 確かにあまり見ない服だが……涼しそうだな」

 

「“着物”っていうみたいだよ」

 

マキアスが指差したのはゆったりとした、全身を1枚の布で包み込むような服を着た男性。いわゆる民族衣装というものだろう。

 

レトとマキアスは写真を見ながら雑談を続けていると……今度はラウラが端末室に入ってきた。

 

「ここにいたか」

 

「ラウラ、何か用?」

 

「うん。 剣の稽古に付き合ってもらおうかと思ったんだが……また今度にしよう」

 

テーブルに置かれていた写真を見て、残念そうに首を振るい、ラウラはレトの隣に座った。

 

それからラウラも交えて雑談を続けるが……ふと、レトはラウラの顔をジッと見つめる。

 

「………………」

 

「…………? 私の顔に何かついているのか?」

 

レトは話すべきか迷った。 ウルスラ病院での出来事を……アルゼイド卿から誕生させられた、ある意味ラウラの姉妹とも言える少女達について。

 

これはアルゼイドの罪ではない、結社の身勝手な私欲の結果である。 だからこそ、話すべきか迷ってしまう。

 

「う、ううん……何でもないよ」

 

「ふむ、そうか」

 

結局何も話せぬまま誤魔化すしかなかった。 と、そこで唐突にトワからの艦内放送が入ってきた。

 

『艦内にいるVII組関係者に通達します。 至急、ブリッジに来てください。 繰り返します——』

 

「何かあったんだろう?」

 

「行ってみよう」

 

不思議に思いながら進めていた手を止めて後片付けをし、ブリッジに向かった。 既にトワの前には艦内にいたVII組メンバーがおり、ちょうどそこへ地上から戻ってきたリィン達がブリッジに入ってきた。

 

「あ、リィン達……」

 

「……お帰りなさい、皆さん」

 

「ただいま戻りました」

 

連絡をもらい戻ってきたようだが、トワ達の浮かない顔を見て怪訝そうにする。

 

そして、トワから語られたのは……エリオットの姉、フィオナ・クレイグが双龍橋に半ば無理矢理に連れていかれたという事だった。

 

「姉さんが……!?」

 

「ええ。 昨日、帝都から双竜橋に移送されたそうよ」

 

「人質というわけか……」

 

「たぶんガレリア要塞方面にいる《第四機甲師団》を牽制するためにさらってきたんじゃないかな」

 

「家族を人質にとるとは……さすがに卑劣すぎるだろう」

 

しかも、一連の事件に貴族連合は関わっておらず、クロイツェン連邦軍の独断……つまり、ユーシスの父が貴族連合の主導権を握るため、勝手に行ったという事。

 

「……愚かな……とうとうこのような愚行に走ったか……!」

 

「ユーシス……」

 

「で、でも……姉さんを人質にしても父さんは絶対に降伏しないと思う。 どんなに辛くても、絶対に……例え僕が人質だったとしても」

 

「オーラフ・クレイグ中将……軍人として、家族の人質で止まる男ではないと言うことか」

 

初対面の印象では先ず考えられないが、それでもエリオットの父は帝国の軍人。 豪胆な部分だけを見れば身内の人質がいてたとしても軍を進めることを止める事はないだろう。

 

重い空気のまま沈黙が続き、時間だけが過ぎようとした時……レトが口を開いた。

 

「なら、僕達で助けだそう」

 

「え……」

 

その言葉に一瞬驚いたが、すぐに気を引き締めて頷いた。

 

「ああ……そうだな」

 

「いくら戦争とはいえ、このような事は許されません」

 

「しかし、何か理由が……大義名分が必要になってくるな」

 

レト達がやろうとしている事は内戦に、正規軍と貴族連合の争いに横槍を入れること。 皇族のアルフィンが後ろ盾にいるとはいえ、理由付けは必要である。

 

「そんなの“フィオナさんを助けだす”……それじゃあダメなのかな?」

 

「いいんじゃないかしら。 ダメなら遊撃士の規約を使えばいいだけだし」

 

「……職権濫用……?」

 

「まあ、今回ばかりはいいんじゃないかしら」

 

「うん。 何にせよ、大義名分には十分だろう」

 

その後、レト達は会議室に集まりフィオナの救出作戦の案を練った。 その結果——《双龍橋》の東西の二方面から騎神をもって守りを突破し……混乱の隙を突いて突入部隊が砦に潜入するという段取りとなった。

 



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73話 双龍橋

 

 

12月17日——

 

作戦決行日……最新に入った情報ではクレイグ中将率いる第四機甲師団が双龍橋に進行しているらしい。 エリオットの予想通り、身内が人質に取られていたとてしても進軍を止めるつもりはないようだ。

 

作戦内容はアルフィン皇女殿下の宣言後、《灰の騎神》は西側、《緋の騎神》は東側に降下……守備の機甲兵を撃破して砦内部の混乱を誘った上で突入班がフィオナを救出。

 

作戦を決行し、カレイジャスは双龍橋に向けて進路を進め……正午、双龍橋付近で交戦し睨み合う貴族連合と第四機甲師団。

 

どうやら人質に屈しないクレイグ中将と貴族連合が言い争っている場面に居合わせたようで……アルフィンは頷くと、手にマイクを持ち、声を張り上げた。

 

『お待ちなさい——!』

 

その一声で地上の全員が空を見上げて、飛来してきた紅き翼《カレイジャス》を見上げる。

 

「あれは……」

 

「……紅き翼か……!」

 

『クロイツェンの兵達よ、恥を知りなさい! 罪もない敵将の家族を人質に取り、戦に利用しようとなどという愚行——アルノールの名において断じて許すわけには参りません!』

 

皇族として、同期を証明するための声明。 大役を任されながらもアルフィンは本心でクロイツェン兵に投げかける。

 

正論を言われ、クロイツェン兵が怯む中……甲板で待機していたトールズVII組が行動を起こす。

 

「行くわよ——あんた達!!」

 

『おおっ!!』

 

作戦開始……まず第四機甲師団とクロイツェン兵が睨み合う双龍橋の東側にテスタ=ロッサが降下、エマの転移術でガイウス、マキアス、ミリアム、ラウラ、フィーも東側に転移し。 残りのリィン達はカレイジャスと共に西側に向かった。

 

「あ、あれが緋の騎神……」

 

「ひ、怯むな! 数ではこちらが有利、第四機甲師団共々打ち倒してくれる!」

 

双龍橋から増援の機甲兵が数機現れる。 機甲兵、レト達、クロイツェン兵、第四機甲師団と4つ挟みの戦況となった。

 

「現れたか」

 

「ちょっと……ややこしいポジションだね」

 

「だが、一歩も引いてなるものか!」

 

『やるよ、テスタ=ロッサ!! 先ずは双龍橋への道を開く!』

 

『よかろう!』

 

双龍橋方面から現れた機甲兵をレトが、後方の領邦軍はラウラが対処にあたる。

 

機甲兵はシュピーゲル2機にドラッケン2機……数ではこちらが不利だが、レトとテスタ=ロッサには負ける気がしなかった。 レトは槍を横に構え駆け出し、ドラッケン2機を押し出した。

 

『ぐうっ……』

 

『せいっ!』

 

押し出した後身を引き、振り返り側に槍を薙ぎ払いシュピーゲル2機を牽制。 銃を持つドラッケンが発砲してきたが、棒の真ん中を持って槍を突き出し手の中で回転。 円の壁を作り銃弾を防ぐ。

 

『守月陣……からの、童子切!』

 

銃弾が止むと同時に膝を折り……一気に距離を詰め、槍を突き出す。 しかし、シュピーゲルはハンマーを交差させ、槍を防がれてしまった。

 

『なめるな!』

 

『っと!』

 

背後から剣を持つドラッケンがブレードを振り下ろしてきた。 槌シュピーゲルの足をかけて転倒させテスタ=ロッサは振り返り……咄嗟に槍を盾にして防いだ。

 

『くっ……重い……!』

 

速さや技では勝るも、単純な力ではほぼ五分……押し返せずに鍔迫り合いとなり、その隙に背後からハンマーを持ったシュピーゲルが接近してくる。 銃ドラッケンも銃口をテスタ=ロッサに向けて狙いを定めている。

 

「やっぱりパワー負けしているのか!」

 

「レト、後ろだ!」

 

『っ……』

 

「させないよ……それー! アルティウムバリアー!」

 

次の瞬間、背後からハンマーと銃弾が迫ってきた。 それと同時にミリアムによってテスタ=ロッサを取り囲むように障壁が展開、銃弾とハンマーを弾き返した。

 

『なっ……!』

 

『反射、されて……』

 

『よし、ガイウス、お願い!』

 

「行くぞ……ワイルドレイジ!!」

 

反射に驚き怯んだ隙に……ガイウスによってレトの生命力を削り、霊力へと変換する。 そして、溜まった霊力を一気に解放、手の中で槍を回し……

 

『結べ——蜻蛉切!!』

 

回転で溜まった力を薙ぎ払い、銃シュピーゲルを切り倒した。 間髪入れず槍を担ぎ、振り返り側に投擲、剣ドラッケンの腹部……操縦席の真下を貫き、破壊して動けなくした。

 

『くそ!』

 

『っ……だが、手ぶらになった今なら……!』

 

『行くよ——ミリアム!』

 

「了ー解っ!」

 

武器が無くなったと残りの2機が畳み掛ける。 だが、既にテスタ=ロッサの手に入る剣が握られており、ミリアムから送られる青白い霊力が剣に纏われ、刀身が伸びて剣を薙ぎ払うような構えを取り……

 

『神技——星光剣!!』

 

斬り上げるように剣を振り抜き、シュピーゲルとドラッケンに斜め一閃が刻まれた。 この一閃で残り2機をまとめて戦闘不能にした。

 

『ふう……』

 

「やったー!」

 

進路確保(クリア)……突入するよ」

 

「——行かせんぞ!」

 

双龍橋に突入しようとした時、背後の領邦軍の制止の声がかかる。 振り返ると、歩兵と1機のドラッケンが剣をこちらに向けていた。 他の機甲兵は第四機甲師団によって破壊されている。 対機甲兵戦術による采配だろう。 半数以上の数が減らされていた。

 

「くっ……我が領地の兵ながらしつこいぞ」

 

『殿は任せて! 皆はリィン達と合流、エリオットのお姉さんを救出して!』

 

「し、しかし……!」

 

「行くんだ、ラウラ。 ここで俺達が出来ることはない」

 

次々と双龍橋に突入する中、ラウラは渋々納得し、双龍橋に入って行った。

 

『さて……』

 

見えなくなるとを確認すると、テスタ=ロッサは膝をつき……レトが降りてきた。 突然の出来事に兵士達は困惑と共に疑問を感じてしまう。

 

「な、なんのつもりだ……」

 

「勝敗が決まっている仕合いなんて、ただの蹂躙だからね」

 

「な、何……?」

 

質問に答えるように銃剣を抜き、彼らに刃を突きつける。

 

「さあ……勇気ある者、己が行く道に希望が満ちる者はかかってくるがいい。 この剣帝が相手になる!」

 

「う……」

 

「……くっ……」

 

例え有利であろうと、例え数では不利になろうと勝利の可能性を消させない……しかし、手を抜く気は無く、一刀でシュピーゲルの右腕を切り落とした。

 

「あの姿……まさしく皇族……いや、獅子心皇帝なのかもしれん……」

 

「ちゅ、中将……?」

 

その光景を見ていたクレイグ中将と第四機甲師団は、レトの戦う姿を見て、本当にその姿を知り得ないながらもある人物を連想してしまう。

 

そうこうしている内に領邦軍の全軍がレトによって制圧され、丁度そこに第四機甲師団に連絡が届いた。

 

「ふむ……どうやらナイトハルトの方も終わったようだ。 進軍を再開——砦を制圧せよ!」

 

『イエス、コマンダー!』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

それからすぐに双龍橋での戦闘は収束、領邦軍はバリアハート方面に撤退し、防衛線を引いた。 両軍は再び睨み合うように膠着状態になったが、今回の目的は達せられたため追撃は行わなかった。

 

その後、残りの事を第四機甲師団に任せ、フィオナの救出を果たしたレト達はカレイジャスで双龍橋を後にし、物資を補給するため一度ケルディックに向かうことになった。

 

「活気が一気に戻ってるね」

 

「ナァ」

 

レトはルーシェを頭に乗せ、街を見回っていた。 領邦軍からの圧力から解放されたからか、住民や商人の顔がとても活きいきしている。

 

そして街を一通り歩き回った後、詳しく街の状態を知るため、元締め宅に向かった。 ノックして邸宅に入ると……丁度、オットー元締めとアルフィンがソフィーに座って対面していた。

 

服装も目立たない聖アストライア女学院の黒制服を着ている。

 

「あ、兄様」

 

「え……」

 

「アルフィン。 もしかして挨拶をしに?」

 

「はい。 それと街の様子も聞きたかったので」

 

アルフィンは身の無事と挨拶、状況報告を兼ねてオットー元締めと会っていたようだ。

 

「も、もし……その、皇女殿下、今彼を兄と……」

 

「あ……」

 

「しまったなー」

 

普通の兄妹の会話だがアルフィンは皇族。 その兄となると該当人物はオリヴァルトただ1人……しかしアルフィンはレトの事を兄と呼んでしまった。

 

「出来ればご内密にお願いします。 信じてはもらえないでしょうが……」

 

「いえいえ、心底驚きましたが……お二人のやり取りを見れば納得出来ました。 とても、仲の良いご兄妹なのですね」

 

「ふふ……ええ、兄様とわたくしは本当に仲が良いんですよ」

 

「ふぅ……全くアルフィンは……」

 

不幸中の幸い。 2人が兄妹だと信じてはもらえた上、秘密にしてもらえた。

 

「……あの、兄様。 もしよかったらこの後……」

 

「うん?」

 

「い、いえっ。 なんでもありませんわ」

 

何か言いかけていたが、すぐにアルフィンは何でもないと誤魔化そうとした。 しかし、兄であるレトにはお見通しだった。

 

「アルフィン、どこか行きたい所はないかな?」

 

「……ぁ……ふふ、やはり兄様にはお見通しですか。 はい、わたくし、大市というものを見てみたくて……できればこの機会に色々と見て回りたいのです」

 

「なるほど……変な話だけど、この機会を過ぎたら行く機会も早々に無いだろうし……いいよ、連れて行ってあげる」

 

「本当ですか!? それでお願いします、兄様!」

 

満面の笑みを浮かべ喜ぶアルフィン。 アルフィンはオットー元締めと話し合い、それが終わった後、一緒に大市に向かった。

 

アルフィンは興味深そうに大市を見回す。

 

「噂に名高いケルディックの大市……あんな事があった後なのに、とても賑やかですね」

 

「縮小されたという話だけど、活気は元に戻ったも同然。 商人達の努力の賜物だね」

 

「ふふっ、燃える商魂というやつですね。 ああっ、あちらの屋台からいい匂いがします! 行きましょうっ、兄様!」

 

「こら、外で兄と呼ばない」

 

「アイタ!」

 

すごく楽しそうにはしゃぐアルフィンの頭に手刀を入れ、レトは微笑ましそうに見守る。

 

ケルディックの大市を見回り、2人は色んな商品を見て回った。

 

「美しい調度品ですね。 バリアハートの職人の腕が伺えます。 あ、地ビールです! 味わってみてもよろしいですか?」

 

「ダメに決まっているだろう」

 

「モグッ!?」

 

呆れながらレトは持っていた串焼きをアルフィンの口に突っ込んで、冗談を言う口を塞いだ。

 

「モグモグ……はぁ。 もう、兄様!」

 

「はは、でも美味しいだろう?」

 

「むぅ……はい、大変美味でした」

 

不貞腐れながらも無理矢理口に放り込まれたので、汚れた口元をハンカチで拭きながら答える。

 

「やっぱり、帝国西部の商品はほとんど見かけませんね。 鉄道網の規制で流通に制限がかかってしまっている影響でしょうか?」

 

「恐らくはね。 内戦が終わらない限り続くと思う。 それにしても……あの2人の政治談義の影響かな?」

 

「ふふ、はい。 オリヴァルトお兄様とセドリックのそんな話を聞いていれば嫌でも覚えてしまいます」

 

再び2人は大市を歩き回る。 今度は意識して商品の品揃えや商人の反応や雰囲気を見ていると……

 

「……ったく、いつになったらこの内戦が終わるのかねえ」

 

と、そこでふと、2人はそんな声を耳にした。 どうやら1人の商人が内戦の影響による不満を他の商人に洩らしているようだ。

 

その矛先は皇族にも向けられている。 不満もあるが、この大市の活気を取り戻したのも皇女殿下……アルフィンのおかげでもあるので、信用を得るにしても一進一退である。

 

「……大丈夫かい?」

 

最後まで立ち聞きをし、レトは落ち込んだ様子のアルフィンに声をかける。 アルフィンは大丈夫だとフルフルと首を振り、気丈に振る舞う。

 

「この内戦下、わたくし達皇族への不満は、どうしたってあると思ってました。 先の双龍橋での作戦を良く受け取ってもらえただけでも、十分救われた気がします」

 

「……ごめん。 本来なら、僕も一緒に背負うはずの物なのに……」

 

「いいえ、以前にも仰いましたがこれはわたくしの、わたくししか出来ない事です。 わたくし達は出来ることを頑張るしかありません。 お父様やセドリックのためにも……そして、お兄様の期待に応えるためにも。 兄様を支えて行くためにも」

 

「アルフィン……ありがとう。 僕もVII組の仲間と共に、アルフィンを守っていくよ」

 

「……はいっ」

 

頭を撫でてくれる手を受け入れて嬉しそうに顔を綻ばせるアルフィン。 と、そこで先ほど会話していた商人はレトに見覚えがあり声をかけてきた。

 

「あれ、よく見たらお前さん、士官学院のボウズじゃ…………って、そっちのお嬢さんはアルフィン皇女殿下!?」

 

(おっと……立ち止まり過ぎたかな)

 

「………………」

 

何とか誤魔化すか隠し通すか迷っていると……アルフィンは微笑むとレトの腕に自身の両腕を絡めて抱え込んだ。

 

「ふふ、よく似てるって言われますけど人違いですわ。 ねえ、兄様?」

 

「…………ふぅ、ええ、実はそうなんです」

 

「へぇ〜、ボウズにそんな妹さんがいたとはねえ。 確かに、よく見ればそれとなく似てるな」

 

「ふふ、兄様とは遠縁の親戚ですので。 だから結婚もできるんです」

 

「え゛」

 

語尾にハートが付きそうな声で、楽しそうにそう言うアルフィン。 血縁で見れば、レトはドライケルスの息子、アルフィンはその末裔。 かなり離れているので結婚自体は可能である。

 

商人はかなり驚愕したが、慣れているレトは本日2度目の手刀をかました。

 

「アイタ!」

 

「冗談を言って、人を困らせるんじゃありません」

 

「兄様のいけず。 何年も顔を合わせてくれなかったのにこの仕打ちは酷いわ」

 

「その事は半年前に謝っただろう」

 

「は、はは……えーっと。 まあ、仲が良くて何よりだな……?」

 

「……全くですね」

 

誤魔化す事は出来たが、色々と誤解された気がしてならない。 しかし事実なので強く否定も出来ず、とにかくその場から離れることにし。 レトは別れ際に再び手刀を入れ、アルフィンは軽く舌を出してカレイジャスに戻って行った。

 

レトは一息つこうと、視界に移っていた風見亭に入った。 店内を見回すとサラ教官が木樽ジョッキを掲げて声を上げていた。 それを無視し、目立たないように奥へ進むと……ラウラを見つけた。

 

「あれ、ラウラ。 ここで休んでいたの?」

 

「レトか……うん。 久しぶりにここの紅茶を飲みたくなってな。 今思えば、ここから始まったのだな」

 

「初めての実習……あれからそんなに経っていないのに、遠くまで来た気もするね」

 

「ここだけではない。 色んな場所に行ったのだ、それだけ密度の濃い日々を過ごし……切磋琢磨して行った。 そのような気持ちになっても不思議ではあるまい」

 

「かもね」

 

レトはラウラの対面の席に座り、注文を取るため手を上げて声をかけた。 すると、ウェイトレスではなく女将のマゴットが直々に注文を取りに来た。

 

不思議に思ったラウラが事情を聞くと、ウェイトレスはお使いに出たようだった。 せっかくなので2人はお世話になったお礼も兼ねて、ウェイトレスが戻ってくるまで手伝いをすることになった。

 

「ふふ、あんた達も面白いことするわね〜」

 

「そうですかね? ただ手伝いたかっただけなんですが」

 

昼間っからビールを飲んでいるサラ教官に呆れながら、レトは思ったことを口にする。

 

手伝いに当たってレトはカウンターの手伝い、ラウラはウェイトレス代理として宿を手伝っていた。 ついでに、ルーシェは店前で待機して招き猫をしている。

 

「とりあえず、生ひとつね」

 

「はいはい、トリアエズナマね」

 

「……なんか、言葉おかしくない?」

 

疑問の問いかけを無視し、木樽ジョッキにビールを注ぎサラ教官に渡す。

 

「そういえば……生ビールってエールでしたっけ、ラガーでしたっけ?」

 

「んー、エールじゃなかった?」

 

「——女将どの、注文が入った」

 

と、そこへラウラが注文を届けにカウンター前にやってきた。 着ていた青い旅装束の上に薄桃色のエプロン……ちぐはぐのように見えて、よく似合っていた。

 

「あらま、可愛らしいわね〜」

 

「そ、そうですか? 少々恥ずかしいですが」

 

サラ教官のノリが完全に親父である。 褒められたラウラは照れ臭そうにエプロンを摘み、自身の身体を見下ろす。

 

「学院に入ってから料理をするようになってからたまに見る姿だけど……やっぱり新鮮に感じるね。 よく似合っているよ」

 

「っ……ええい、歯の浮くようなことを並べるでないっ。 いいからきびきび働くのだ、レト!」

 

「はいはーい」

 

それから客が次々と来店してきた。 恐らく招き猫が原因かもしれないが……とにかく2人は目まぐるしく同じ場所を行き来した。

 

そしてしばらくの間、ウェイトレスが戻るまで店の手伝いをやり遂げるのだった。

 

「ふぅ、忙しかったけど結構楽しかったね。 お礼にケーキと紅茶もくれたし」

 

「うん、なかなか得難い体験だった」

 

「ナァー」

 

トールズはアルバイトなどは禁止してはいないが、金銭で困っていたわけでもない2人はやった事がなく、仕事を終えた後の爽快な気分を感じていた。

 

やっと一息つきながら2人は雑談をしていると……ふと、ラウラは何かを思い出して質問してきた。

 

「そういえばレト、そなたは一度レグラムに行ったのだな?」

 

「カレイジャスと合流する前に、補給目的でね。 それがどうしたの?」

 

「いや、クロエ達と会っていないか……気になってな」

 

「あー……」

 

レグラムでの実習の件を気にしているのだろう。 しかし、レトは気にしてない風に振る舞った。

 

「彼女達は自分が出来ることを、ラウラの手助けになれる事を始めた。 ならそれ以上、僕から言える事は何もないよ」

 

「そうか……クロエ達もようやく己が進むべき道を選び、歩き始めた。 私も、剣の道をただひたすらに歩き続ける……いつか、そなたに刃を届かせるためにも」

 

「はは、あんまり目標になれるほどの剣じゃないんだけど……出来るだけ、穢さないようには努力するよ」

 

「うん、そうしてもらえると助かる」

 

 



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74話 羊の王

 

12月19日——

 

ケルディック解放から翌日、カレイジャスは再び帝国東部の空を飛んでいた。

 

そして今日もオリヴァルトからの要請があり、レト達はユミルにある旅館、《鳳翼館》から依頼があったのでレト達は旅館を訪れていた。

 

「こんにちは、バギンスさん」

 

「おお、若! もしや依頼の件で来てくださったのですか?」

 

「ええ、まずは話を聞かせてもらおうと思って」

 

「最近、ここの露天風呂で不審なコトが起こるってー?」

 

「はい、それも夜な夜な……実に様々な現象が。 どこからともなく、奇妙な音が聞こえたり……壁に映った導力灯の影が動いたり……空に向かって“白い影”が飛んでいくのを見たという報告もあります」

 

「それはまた……」

 

「マ、マサカのそっち系!?」

 

(うーん、どこかで聞いたような状況だなぁ……)

 

覚えがあるようで思い出せずに頭を捻るレト。 その間にもリィンはこの件を引き受ける事にし、問題を解決するため他のVII組メンバーを旅館に呼び、事情を説明した上で、夜の露天風呂を男女で交代しつつ見張る事になった。

 

最初にレト達、男子が温泉に入り。 一応、警戒しつつも露天風呂に浸かり堪能していた。

 

「ふぅ、やっぱり露天風呂は落ち着くな」

 

「ああ、本当に最高の気分だ」

 

「でも、調査といいつつこんな贅沢していいのかな?」

 

「フフ、まあたまにならいいのではないか?」

 

「ああ、むしろこのくらいは当然だろう」

 

「うーーーーん……」

 

ほぼ調査の事など忘れかける中、露天風呂に入る前からレトだけが渋い顔して唸っていた。

 

「レト、さっきからどうしたの?」

 

「いい加減喧しいぞ」

 

「いやね、リベールにいた時同じような事があったんだよ」

 

「リベールで? もしかしてエルモ村の温泉か?」

 

「うん。 そこで今みたいに調査といいつつ湯に浸かっていて……そしたら何と……」

 

「ちょっと、皆くつろぎすぎー!」

 

と、その時、突然ミリアムが露天風呂に入ってきた。 湯着を着ているとはいえ、多少の恥じらいを待って欲しかったが……どうやら交代の時間のようで、レト達は露天風呂を後にした。

 

「それにしても本当に何も起きないね」

 

「取り越し苦労だったのか?」

 

風呂から上がり、着替えを済ませたその時……大きな水飛沫の音と共にアリサの悲鳴が届いてきた。

 

「今のは!?」

 

「まさか……!」

 

「ちょ、リィンにレト!?」

 

悲鳴を聞きつけレトとリィンがいち早く露天風呂に飛び込んだ。 するとそこには……湯着を着た女性陣の前に、数匹の白い毛のヒツジンがいた。

 

「皆、大丈夫か! ここは俺達に任せて……」

 

「あ、しまった……」

 

後悔しても後の祭り。 側から見れば、レトとリィンは女性が入っている露天風呂に堂々と入って来た絵面となった……

 

少しの間時が氷り、レトとリィン、女性陣の間にユミルの冷たい風が流れた。

 

「きゃあああ!!」

 

「リ、リィンさん!?」

 

「レト、そこに直れ!!」

 

「覚悟してもらう」

 

「ちょ、それより魔獣が……!」

 

魔獣よりも素肌を見られる事の方が重大のようで、女子達は目くじらを立てて男子2人を睨みつける。 その間に、ヒツジンの群れが柵を飛び越え。 露天風呂から逃走した。

 

「ひいふう……6匹か。 お仕置きは後——今は魔獣を追いかけるわよ!」

 

兎にも角にも先にヒツジンを追いかけ……後から追いついて来た女性陣とユミルの入り口にたどり着いた。

 

「逃げたのはこの先みたい」

 

「坂の下か……となるとボードで追った方が早そうだ」

 

「あ、だったらボクもガーちゃんと一緒に追いかけるー!」

 

「それなら僕も先行する。 木を伝って行けば雪道も関係ないし」

 

「あの数だ。 二手に分かれた方がいいだろう」

 

「そうだね。 その方が効率が良さそうだし」

 

そうと決まり、リィンはボードに、ミリアムはアガートラムに乗り。 レトは跳躍して木から木へ飛び移ってヒツジンを追いかけだした。

 

「それにしても……何でヒツジンは覗きをするんだろう?」

 

以前にリベールでも似たような事を経験したレトは、魔獣の生態について不思議に思いながらも森林の中を逃走するヒツジンを見下ろした。

 

「フッ!」

 

枝を蹴り一気に急降下、鉤爪ロープを取り出すと先頭を走っていたヒツジンを捕まえて支点とし……ロープを回して残りのヒツジンを搦め捕った。

 

「いっちょ上がりっと……」

 

ロープはゴムで出来ており、弾性があって力強くでは切れにくいがヒツジンには一応爪がある。 思いっきり引っ張って走り出し、森を抜けてユミルの麓付近に投げ飛ばした。

 

ちょうどそこにはリィンとミリアムもおり、残りのヒツジンも捕まえていた。

 

「よっ……リィン達も残りの半分を捕まえたんだね」

 

「そっちもやるねー! さっすが、レト!」

 

「さて、もう逃げ場ない。 悪いが、人里に現れた魔獣を放置しておく訳にもいかない……観念してもらうぞ!」

 

と、ちょうどそこへアリサ達も遅れてやって来た。

 

「大丈夫、リィン?」

 

「待たせたな、レト」

 

「それが先ほどの魔獣ですか……」

 

「またこの羊もどきか……」

 

「ふむ、今回は白一色のようだな」

 

白い毛が雪景色と同化し、保護色の効果を発揮しているのだろう。 この地域ならではのヒツジン……その時、いきなり辺りに地鳴りが起き、6匹のヒツジンが振動で飛び跳ねる。

 

「こ、この振動は——」

 

「来るよ!」

 

激震しながら現れたのは2匹の巨大なヒツジン……ヒツジン・ザ・ボスだった。

 

「わわわっ……すっごいや!」

 

「群れの仲間のようだな」

 

「覗き魔獣といえど、気を抜くなよ!」

 

「行くぞ、皆。 気合いを入れてくぞ!!」

 

『応!!』

 

レト達は一斉に飛び出し、ヒツジン軍団と交戦を開始した。 数では劣るが練度では圧倒的にこちらが有利、次第に押して行き……数分後に制圧した。

 

「ふう……こんなものかな」

 

「所詮は魔獣。 まあ、覗きなど低俗な事をしでかしたコイツらは野獣だろうがな」

 

「な、なんか上手いこと言ったね……」

 

「ちょっと面白いかも」

 

その会話が聴こえていたのか、1匹のヒツジン・ザ・ボスが怒りを露わにし、力を溜め出し始め……

 

——ヒツジン伐折羅(バサラ)合体!

 

「なっ!?」

 

「ええぇ!!」

 

力を解放するように高く飛び上がり、それに向かって4匹のヒツジン・ザ・ボスと、12匹のヒツジンが合わさり……

 

——完成! キング・オブ・ヒツジン!!

 

ヒツジン一族の最終究極奥義により今、ヒツジンの王、キング・オブ・ヒツジンが誕生した!

 

「また合体したよ」

 

「く、くっ付いているだけなのですが……」

 

「お、大きいね……」

 

5匹のヒツジン・ザ・ボスが両手両足と胴体を作り、片方の手に5匹ずつヒツジンが手の指のようにくっついている。 残りの2匹は胴体のヒツジン・ザ・ボスの頭の上に針葉樹の葉を被せ、頭のように見立てながら自身を目に見立てた。

 

一見すればお伽話に出てくる雪男(イエティ)にも見えなくもない。

 

「……流石に厳しそう……」

 

「フン、見てくれを大きくした所で所詮は木偶だ」

 

「しかし、確実に苦戦を強いられるだろう」

 

「…………だったら、やるしかない」

 

あの巨体相手に無謀だと判断したリィンは突然、太刀を納めた。 そして右手を握りながら目の前に上げる。

 

「リィン?」

 

「も、もしかして……」

 

「ああ、彼で行く。 レトも準備はいいな?」

 

「もちろん! 流石に驚いたけどね!」

 

意図が読めたレトも続いて槍を納め、左手を握りながら胸に当て……

 

「来い——灰の騎神《ヴァリマール》!」

 

「出でよ——緋の騎神《テスタ=ロッサ》!」

 

『——応ッ!』

 

握りしめた拳を開きながら同時に天にかざし、2機の騎神を呼んだ。 するとすぐに飛行音が聞こえ……灰と緋の騎神がユミルの地に降り立った。

 

レトとリィンはそれぞれの騎神に走り寄って転移して騎乗し。 ヴァリマールは太刀を、テスタ=ロッサは槍を抜いてキング・オブ・ヒツジンと向かい合った。

 

『やれやれ、こんなの相手に騎神を使うなんて……前代未聞ね』

 

『仕方ないだろ。 あんなに大きくなると切り崩すのも大変なんだから』

 

『ま、たまにはいいんじゃないかな。 こんな事があっても』

 

『ナァー!』

 

キング・オブ・ヒツジンが接近、腕を振り上げて拳を繰り出して来た。 見た目に反して重い一撃、防御するもテスタ=ロッサは後ろへ弾かれてしまう。

 

『うわっと……凄い力だね』

 

『これが団結による絆の力か……だが、俺達だって!』

 

『うん、そうだね!』

 

2機の騎神は飛び出し、太刀と槍を振るう。 しかし、刃は羊毛によって防がれる。 いや、防がれると言うより羊毛だけ斬り裂き肉に届いていないだけだ。

 

キング・オブ・ヒツジンは両手を前に出し、ヴァリマールの肩を掴むと物凄い力で押さえ込んだ。

 

『っ……なんて握力だ!』

 

「……あっ! あれって!」

 

「ヒツジンが!」

 

手の平であるヒツジン・ザ・ボスと指となっているヒツジンが力を合わせることにより強い力を発揮していた。

 

「1匹だけじゃない……何匹ものヒツジンの力なんだ!」

 

『とにかく離れろ!』

 

槍を振り下ろし、両腕を落とそうとすると……肩と腕の付け根が取れ、空振りになった。

 

『えっ……!』

 

『そ、そうか……実際の腕じゃないから取れて当然なのか!』

 

「くっ付いているだけだからねー」

 

ヴァリマールは肩に残っていた両腕を振り払う。 腕は一度バラけてから身体にくっ付き、再びキング・オブ・ヒツジンとなる。

 

そして、キング・オブ・ヒツジンはその巨体を揺らし、突撃してきた。 迫ってくるヒツジンにレトは防御の構えを取る。

 

『ぐうっ……!』

 

必殺☆ヒツジン圧殺拳——キング・オブ・ヒツジンは勢いのままアッパーを繰り出してテスタ=ロッサを殴り上げ、飛び上がってテスタ=ロッサを飛び越え……上から押し潰し地面に叩きつけた。

 

『うわあああっ!!』

 

『レト!! 離れろ!』

 

無明ヒツジン五段突き——助け出そうとするヴァリマールに迫る拳、太刀を構えて防御し、衝突すると……指となっている5匹のヒツジンが蹴りを繰り出し、大きく太刀が弾かれてしまった。

 

『くうっ……!』

 

『リィン!』

 

「危ない!」

 

拳を繰り出した後、左脚の蹴りを出してきた。 無理な体勢での蹴りだが、蹴り事態左足のヒツジンの独断……キング・オブ・ヒツジンとしての左脚とヒツジン・ザ・ボスの両脚が直撃しようとした瞬間……

 

「——守って、クレセントシェル!」

 

後方から飛んで来たエマからの援護。 月の光の力を有した障壁が2機の騎神を覆い、キング・オブ・ヒツジンの攻撃を防いだ。

 

『燃え盛れ……! 参ノ型・業炎撃!!』

 

防いだ瞬間を狙い、リィンは弾かれて上段に構えた太刀の刀身に炎が纏われ……振り降ろすと同時に火柱を上げた。

 

それによりキング・オブ・ヒツジンが纏っていた雪の鎧が溶け、雪が水とり羊毛を濡らし、この極寒の地の気温と風で毛がカチカチに凍りついてしまった。

 

ここぞと機とばかり2人は駆け出すが……

 

『なっ!?』

 

『硬っ!?』

 

動きは鈍くなったが逆に防御力が増してしまい、剣と太刀が弾かれてしまった。

 

『やあっ!』

 

レトは槍を腹に突き刺すが氷の毛に防がれる。 反撃され、槍を手放し避けるしかなかった。 しかし、それでは終わらず、リィンが太刀を地面に突き刺して手放し……

 

『はあああ——破甲拳!』

 

強烈な掌底が槍の石突きに直撃。 押し出され、氷の毛を砕いた。

 

「やった!」

 

「今だ! 行くぞレト!」

 

『了解!』

 

レトが上空に飛ばされる槍を回収し、剣を抜く中……機を狙いラウラがアークスをテスタ=ロッサに向ける。

 

「そこだ、アクアマター!」

 

『行け!』

 

ラウラから導力が送られ、テスタ=ロッサがアーツを発動。 強烈な水の激流が巻き起こりキング・オブ・ヒツジンを襲った。

 

『やるよ、リィン!』

 

『わかった!』

 

レトの合図で2機の騎神が飛び出し、キング・オブ・ヒツジンを左右から挟み込んだ。

 

『せいっ、やっ、おりゃ!』

 

『はっ、ふっ、はあっ!』

 

お互いが交互に攻撃を繰り出し、キング・オブ・ヒツジンを押しながら前進して行き、最後に大きく吹き飛ばした。

 

『おおおおおおっ……!』

 

『はあああああっ……!』

 

左側にレト、右側にリィンが立ち。 一気に霊力(マナ)を高め、刀身に纏わせ……

 

『緋王——一文字斬り!!』

 

刹那の間に一閃。 互いの得物を薙ぎ払い、巨大な斬撃を飛ばした。 斬撃は一瞬でキング・オブ・ヒツジンを追い越し……横一文字が胴体に刻まれた。

 

そして、それによりキング・オブ・ヒツジンの合体が解けてバラバラになり、数十匹のヒツジンが地面に力無く落ちて行く。

 

『さあ、これに懲りたら元いた場所に帰るんだ!』

 

『次に現れたら容赦しないからね!』

 

そう言いながらレトはトドメとばかり、脅しのように剣を一振り、ヒツジン達に向かって風を起こした。 それにより文字通り尻尾をグルグルに巻き、ヒツジン達はその場から逃げて行った。

 

(シェラさんのようには行かないか……)

 

「ふう、決着がついたみたいですね」

 

「これで一件落着か」

 

「ああ、これだけ痛い目にあえばもうユミルには来ないだろう」

 

「やれやれだな。 まさか魔獣が覗きとは」

 

「なにはともあれ、皆お疲れサマー!」

 

せめてもの情けで逃したヒツジンの背を見送り、この事件は解決した。 そして一同は鳳翼館に戻り、事の次第を報告した。

 

「なるほど、今回の一件の正体は魔獣でしたか……」

 

「うーん、何だか気付けなかった自分が恥ずかしいわね」

 

「はい……」

 

「まあ、夜の暗さと雪のせいですし、仕方ないと思います」

 

「だね、そんなに気にしなくてもいいと思う」

 

落ち込む2人に、アリサとフィーがフォローする。

 

「しかしヒツジンの一種か……これまでにも、同じようなことはあったのか?」

 

「まあ、たまに迷い込んで来ることはあるんだが……続けて現れるなんてこと、今までなかったと思う」

 

「確かに、1匹や2匹が迷い込むのは分かるけど……あんなに大勢で来るなんて」

 

「幻獣にしてもそうだが……帝国で一体何が起こっているんだ?」

 

「……内戦の影響かもしれません。 そのせいで少なからず魔獣にも影響を及ぼしているの可能性があります」

 

「なるほど……考えられる話だな」

 

「結局、この事件が起きたのも必然だったのかもしれんな」

 

「うん。 僕達の手で収められてよかったよ」

 

「いずれにせよ、事件はこれで解決だ。 後はそれぞれ休んで明日に備えて——」

 

何はともあれ、リィンがその場を収めようとした時……リィンとレトが女性陣から飛んでくる不穏な空気を感じ取った。

 

「ん?」

 

「……って、どうかしたか?」

 

「フフ、やれやれ……」

 

「レト、よもや忘れたとは言わせぬぞ」

 

「だとしたら……思い出してもらわないとね」

 

ほぼ有耶無耶になりかけていたが、どうやらヒツジンを追いかける前の露天風呂突入の件についてレトとリィンは糾弾された。

 

「あ……」

 

「思い出してもらった方がいいの?」

 

「フィー、茶化さない! それとこれとは話は別よ!」

 

「あはは、2人とも災難だねー」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

色々と関係がこじれそうになりもしたが……何とか落ち着きカレイジャスに戻ったレト達。 すると、帰還するや否や一同はいきなりトワに呼ばれ、何があったかと思いつつブリッジに向かった。

 

ブリッジに入ると、艦長席に座るトワと一緒にジョルジュとアルフィンもその場にいた。

 

「たっだいまー」

 

「お帰り、リィン君達!」

 

「ふふっ、お帰りなさい。 兄様、皆様」

 

「いいタイミングで戻って来たね」

 

いいタイミングとは何か……それについてリィンは聞こうとすると、正面右手に大型のスクリーンモニターが降りている事に気がついた。

 

「誰かから通信でも届いたのですか?」

 

「えへへ、うん。 実はさっきビックリする人から通信が入ったの。 ちょうど今の時間にかけ直すって言ってね」

 

「なるほど……それで俺達をここに」

 

トワが驚愕する人物……その人物について聞こうとした時、タイミングよくその人物から通信が入ってきた。 トワが頷くと通信が繋がり……

 

『——ハロー。 聞こえてるかな?』

 

「あ……!」

 

「まさか……」

 

スクリーンモニターに映し出されたのはライダースーツを着ている男装の麗人……アンゼリカ・ログナーだった。

 

「アンゼリカ先輩……!?」

 

「確かにこれは驚くね」

 

『やあ、仔猫ちゃん達。 学院祭以来だが、元気にしてたかい?』

 

再開とお互いの無事を喜び合う。

 

『アルフィン殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。 サラ教官も久しぶりですね』

 

「ふふっ、お久しぶりです。 お元気そうで何よりですわ」

 

「あんたも相変わらずみたいね」

 

「はは……でも本当に安心したよ。 後夜祭の後、ルーレに戻ってから全然連絡がつかなかったからね」

 

『フフ、済まなかった。 家の事もあって少々、立て込んでいたものでね』

 

「それは……当然そうでしょうね」

 

「四大名門の一角……《ログナー公爵家》だっけ」

 

ログナー家もカイエン家やアルバレア家同様に貴族連合に属している。 その意に沿わないであろうアンゼリカが立て込んでいるとなると……アンゼリカ曰く“親子喧嘩”一歩手前らしい。

 

「親子喧嘩……かなり壮大だねぇ」

 

「……大丈夫なのですか?」

 

『協力者がいるから心配してくれなくてもいい。 それより、今回は無事を報告するために連絡した訳じゃない……アリサ君に伝えておきたいことがあるんだ。 君の母上の居場所についてなんだが』

 

本題とばかりにその情報を伝えると、アリサは驚愕し目を見開く。

 

「イリーナ会長の……!」

 

「は、本当ですか……!? 母様は……母は無事なんですか!?」

 

『ああ、少々面倒な場所に軟禁されてしまっていてね。 なんとか助け出せないか策を講じているところさ。 まあ、それも私に任せて——』

 

次の瞬間……通信越しに、どこかで銃撃戦が始まった音が聞こえて来た。

 

「この音は……」

 

「……銃声だね」

 

「かなり近いで起きているね」

 

『……やれやれ、親父殿め。 もう嗅ぎ付けたのか』

 

「ア、アンゼリカさん……!」

 

『すまない、また連絡する! 声が聞けてよかった……こちらは気にしないでくれ!』

 

「アン……!」

 

「ア、アンちゃん、待っ——」

 

ジョルジュとトワが止める間も無く……アンゼリカは通信を切った。 ブリッジに再び静寂が戻っていく……

 

「……今のって」

 

「襲撃を受けていたようだけど……」

 

「ナァ」

 

「……何か危ない事に巻き込まれているのでは……?」

 

どうやら父であるログナー公爵にその身を狙われているようだ。 味方がいるとはいえ追われている身、劣勢を強いられているに違いない。

 

「味方がいるようだが、厳しい状況にあるみたいだな」

 

「アンゼリカさん……」

 

「そ、それに母様も軟禁されているなんて……」

 

「……さすがに心配だな」

 

「先輩は気にするなと言っていたが……」

 

「うん……さすがに見過ごせないよね」

 

「皆……」

 

「……ありがとう」

 

VII組の次に向かうのは《黒銀の鋼都》ルーレに決まった。 目的はアンゼリカの身の安全の確認とアリサの母、イリーナ・ラインフォルトの救出。 一同はルーレへ侵入するため、策を講じ始めた。

 




キング・オブ・ヒツジン……前ゼリフは某戦隊物の炎の神のやつ風に聞こえる。

見た目は天元を突破する作品の最初の方に出てきた何十連合体する毛むくじゃら……だと思う。


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75話 ザクセン鉄鉱山

12月21日——

 

前日にルーレ市へ侵入する経路をアリサの叔父であるグエン・ラインフォルトのアドバイスでユミル山麓方面からルーレ西側のスピナ間道に流れる小川からボートで降り、ルーレに侵入する流れもなった。

 

ボートという事なので人数を絞る事になり、メンバーから外れたレトはリィン達の出発を見送った後、山麓付近に着陸しているカレイジャスの外にいた。

 

「よし、ここでいいかな」

 

「何をするつもりなのですか、兄様?」

 

何をしようか不思議に思うアルフィン。 その視線が見守る中、レトは懐から四葉を模した銀耀石(アルジェム)を取り出した。

 

銀耀石を放り投げ、銃剣を撃ち砕くと……空中に四葉を模した陣が展開、その中から銀色の獅子、ウルグラが現れた。

 

「グルル……」

 

「久しぶり、ウルグラ。 心配をかけたね」

 

テスタ=ロッサを呼ぶためにバルフレイム宮地下に向かわせ、その後なんの音沙汰もなかった事をレトは謝った。

 

そんな中、アルフィンは機械の獅子に寄り添うのを兄の姿を恐る恐ると歩み寄る。

 

「あ、兄様……この機械の獅子は一体……」

 

「あー、そうだね……リベールで手に入れたお土産かな?」

 

レトは多少詳細をぼかしながら、アルフィンにウルグラについてと手に入れるに至った大まかな説明をした。

 

「そうだったのですか……本当に、危険はないのですのね?」

 

「大丈夫だよ。 ほら、撫でてみなよ」

 

「そ、それでは……」

 

襲いかかる事は無いが、それでもゆっくりと手を伸ばし……冷たい鉄を撫でるように触る。

 

「グルルル……」

 

「本当に大人しいですね。 しかし、あまり動物と触れ合っている気にはなりませんね」

 

「あはは、そうだね。 それならルーシェの方が触り心地はいいよ」

 

「ナァー」

 

レトは抱えていたルーシェをアルフィンに手渡し、アルフィンは嬉しそうな顔をしてルーシェをモフモフした。

 

「あー、癒されますわぁ……」

 

「ナァ〜♪」

 

「グル……」

 

「仕方ないよ、ウルグラ」

 

幸せそうに抱かれるルーシェを見てウルグラは情けない鳴き声を出し、目に見えて落ち込んでいた。

 

と、そこへレト以外のVII組待機組がやってきた。

 

「あら、皆さんも外の空気を吸いに?」

 

「ええまあ。 あまり艦内にこもっても息がつまるので」

 

「そ、その獅子は確か……」

 

「あー、そういえばあの時はうやむやになってたし、当時のA班の皆には紹介してなかったね」

 

紹介して行くにつれ、他のトールズの学生が集まって軽い騒ぎになったりもしたが……アルフィンの一声ですぐに解散となった。

 

その後、レトはリィン達の状況を確認するため、ブリッジに向かった。

 

「あ、レト君」

 

「何かリィン達から連絡がありましたか?」

 

「ついさっきね。 無事にアンと合流して、今はザクセン鉄鉱山に向かっている」

 

「ザクセン鉄鉱山に?」

 

「ああ。 今、鉄鉱山には《アイゼングラーフ号》が停まっていて、そこにイリーナ会長が軟禁させられているようなんだ」

 

「アンちゃんは今、ルーレの事態を何とかしようとして黒竜関を攻略しようとしている……イリーナ会長を解放して、RF本社を奪還できれば背後の心配をせずに挑むことができる」

 

「なるほど…………ザクセン鉄鉱山ですか……」

 

レトは顎に手を当てて考え込み……しばらくして顔を上げると踵を返した。

 

「レト君?」

 

「一体どこに?」

 

「ちょうど足が確保出来たので、ザクセン鉄鉱山に行こうと思います。 今から行けばリィン達と合流出来ると思いますし」

 

いきなりの事にトワとジョルジュは驚く。

 

「まさか、騎神で行く気なの!?」

 

「違いますよ。 ま、安心してください」

 

ヒラヒラと手を振りながらブリッジを後にし、まだ外にいたアルフィン達の元に向かった。

 

「ナァー」

 

「あら、兄様? どこかお出かけに?」

 

「うん。 少しリィン達の応援にね」

 

レトはウルグラに飛び乗るように跨り、立ち上がると四肢を踏みしめて力を溜め……

 

「ウルグラ……行くよ!」

 

「グルオオオッ!!」

 

飛び出すようにウルグラは走り出し、岩山を飛び越えたザクセン鉄鉱山に向かって南下を始めた。 障害物を超えて真っ直ぐに進んでいるためそこまで時間はかからず、1時間程で到着した。

 

「見えた……あれがザクセン鉄鉱山か」

 

エレボニアの経済を支える屋台骨。 リベールにある、七耀石を採掘するマルガ鉱山とは違い鉄鉱石を採掘を主にしている鉱山……その大きさに驚きつつ、ウルグラによってステルスになり、線路上に飛び降り貨物列車が停められている貨物ホームに入り込んだ。

 

すると直ぐ目に留まったのは……真紅に彩られた列車アイゼングラーフ号。 とても目立つ色をしているのでホームの暗がりの中でも見つけやすかった。

 

「アイゼングラーフ号、見るのは久しぶりだね」

 

「グルル……」

 

「うわっと……ウルグラ?」

 

唐突に、ウルグラがレトの背を頭で擦り付けてきた。 いきなりなんだと思うと、ウルグラはある方向を見た。 その方向に視線を向けると……リィン達がシスターの格好をしているアンゼリカと共に貨物ホームに入って来ていた。 合流しようと歩き始めた時……リィン達の前に猟兵が現れ、交戦を始めてしまった。

 

(……しょうがない)

 

加勢せず、リィン達を囮にするようにレトは隠れながらアイゼングラーフ号に近寄る。 乗り込む際にウルグラを消し、第2車両の天井に飛び乗る。

 

引き続きステルス状態で先頭車両の制御車に向かうと……甲高い音と共に、アイゼングラーフ号が発進し出した。

 

「うわっと! 走り出しちゃったか……急がないと!」

 

速度が上がる前に車内には入ろうとすると……車内から剣を咥えている豹型の軍用魔獣、ブレードクーガーが出てきた。

 

「おっと……! さすが猟兵、手早い」

 

ブレードクーガーの群れはレトを視界に捉えると唸り出し、飛びかかってきた。

 

レトは真後ろに飛び爪とブレードを避ける。 しかし、走行中の列車の上で飛んでしまったため思った以上に下がってしまい、4両目まで後退してしまった。

 

「っとと……」

 

着地と同時に槍を抜き振り回してバランスを取る。 その間にブレードクーガーは距離を詰める。 二度目の攻撃、槍を回転させて正確にブレードだけを狙って受け流していく。

 

足場が悪いため移動は控え、受け流し列車からブレードクーガーを落として数を減らしていく。 と、その時、車両の間から猟兵が上がって来て……機銃からの攻撃が襲いかかってきた。

 

「のわっ!」

 

それにより列車からズリ落ちそうになったが……冷静に鉤爪ロープを投げ、天井に引っ掛け何とか転落を免れた。 しかし、そこにはまだブレードクーガーが残っており、レトを落とそうと命綱でたる鉤爪を睨みつけている。

 

「くっ……」

 

足をかける場所もなく、ガラスは強化性で直ぐには壊せない……まさに絶体絶命。 苦し紛れのように銃を撃ち鉤爪に近寄らせないようにするも、強風に揺られる中で片手での射撃……密に撃ってしまうと鉤爪に当たってしまう可能性があり疎らに撃つしかなかった。

 

そして、一瞬の隙間を狙われ……ブレードが鉤爪を切り飛ばした。

 

「っ……!!」

 

再び襲う浮遊感。 急いでもう一度鉤爪ロープを振るおうとした時……レトの身体に鉄の糸が絡みついた。

 

「これは……!」

 

驚く間も無く引き上げられ、屋根に飛び乗った。 鉄の糸……鋼糸が解け、目の前にメイド服を着た女性……シャロンが悠然とした風に立っていた。

 

「シャロンさん!」

 

「お久しぶりでございます、レト様。 しかし再開を喜ぶ暇はございません……まだ行けますね?」

 

「もちろん!」

 

シャロンはブレードクーガーの方を向きながら短剣を握り、空いた手は何かを掴むように構え……空いた方の手を振るうと、ブレードクーガーの胴体に切り傷が走った。

 

続いて片足に鋼糸を絡めて体勢を崩し、ブレードクーガー同士を引っ張り合って1箇所に纏める。

 

「レト様!」

 

「一式・破岩(はがん)!」

 

入れ替わるようにレトが突撃、突進するように肩でタックルしブレードクーガーをまとめて押し出し……

 

「二式・虎爪(こそう)!」

 

そのまま槍を短く構えて爪を振るうように回転、前進しブレードクーガーをまとめて一掃した。

 

「っと……三までは必要なかったかな」

 

レトは続けて技を繰り出そうとすると、残りがいない事に気付き、振り上げてようとしていた足を下ろした。

 

「シャロンさん、助けて頂きありがとうございます」

 

「礼には及びませんわ。 それに、レオンハルト様には借りがありまして、それをほんの少しお返ししただけにすぎません」

 

いつものように微笑むシャロン。 次の瞬間、内戦が始まって以来時折見せる真剣な表情になり、列車の進む先を見据える。

 

「それよりも先ずはこの場を制圧しましょう。 間も無くこの列車はルーレに到着いたします、レト様は制御車を抑えて下さい。 わたくしはイリーナ会長をお助けに参ります」

 

「分かりました」

 

強風が吹く中でもシャロンは可憐にお辞儀をし、音もなく車内に消えていった。

 

続いてレトも急いで制御車にたどり着くと銃剣を抜き、一瞬で剣を4回振るい……正方形に天井を切り取り車内に突入する。

 

車内には傭兵がおり、レトが突然侵入してきた事に驚いていた。

 

「なっ!?」

 

「列車を止めさせてもらうよ」

 

問答は無用。 車内にいた3人の傭兵を見据えながら身体を揺らし……次の瞬間、彼らの背後に回り剣を振り抜いた状態で止まっていた。

 

レトは姿勢を正して立つと、傭兵達は全員力なく倒れ伏した。 気絶した事を確認する事なく、レトは操縦席に近づく。

 

「えっと……進路をRF社の地下に変更っと」

 

コンソールを操作して目的地を変更……数分後、列車はRF社の地下ホームに到着し、リィン達と合流したレトは貨物ホームに降りた。

 

「ここがRF社の貨物ホーム……」

 

「ええ、ルーレ市の基部である鉄道路線と直結しているわ。 普段は製錬された鉄鋼なんかの運搬に使われているけど……」

 

その時、エリオットは何かを感じ取り、耳をすませる。

 

「エリオット?」

 

「どうかしたの?」

 

「……この音……ガレリア要塞で出てきた機械と同じだ」

 

「それって……!」

 

「結社の人形兵器か……どうやらそれなりの数を買っているようですね」

 

「叔父上め……面倒なものを」

 

「……どうやら私がいない間に好き勝手やっているようね。 あなた達はこのままエレベーターで上に行きなさい」

 

「恐らく、会長室にハイデル取締役がいらっしゃると思われます」

 

それだけを言うと、イリーナは背を向けて歩き始める。

 

「イリーナ会長、一体どこへ……?」

 

「放たれた人形の他に、セキュリティの邪魔もあるわ。 まずはそのセキュリティを解除して、警備を無効化するわ。 シャロン、それとあなたにも護衛をお願いするわね」

 

振り返り側に指差したのはレト。 レトは左右を確認した後、自身を指していると確認する。

 

「え、僕ですか? まあ、密閉空間でこれ以上人数が増えても意味はないですし……」

 

「かしこまりました」

 

「母様、シャロン……気をつけてね。 話したい事は山程あるんだから」

 

「ふふ……せいぜい力を尽くしなさい」

 

「それでは、皆様。 またすぐにお会いしましょう」

 

「レトも気をつけろよ」

 

「うん、また後でね」

 

アリサは家族を心配しながらも、己が成すべきことを成すため見送り。 先に行ってしまったイリーナの後に続いて行った。

 



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76話 RF

目的地は地下にあるコントロールルーム。 一行はさらに下に進みながら通路を進んでいくと……その行く手をノルティア兵が立ち塞がる。 が、レトとシャロンの前には意味のない防衛だった。

 

レトが特攻で兵隊の陣形を崩し、漏れたのをシャロンが絡め取っていく。

 

「これでよし」

 

「お見事です、レト様」

 

「さすがね。 内戦が落ち着いたらRFに来てはもらえないかしら? 導力ネットにも精通しているようだし、ボディーガードとしても優秀……いいポジションで待遇するわよ?」

 

「あ、あはは……考えておきます」

 

こんな事態でもサラッとスカウトをする胆力に感心しながらも苦笑いをするレト。

 

それからも進んで行き、コントロールルームがある地下に辿り着く。

 

「このフロアの方にコントロールルームがあるわ。 急ぎましょう」

 

「………………」

 

「……? 2人とも、どうかしたの?」

 

「会長、お下がりに」

 

「誰かいますね」

 

2人はこのフロアに入って直ぐに気付く。 通路の奥の方の電灯が消えており、先が見えなかった。 すると……暗闇の奥からコツコツと、足音が聞こえてきた。

 

武器を構え、待ち構える。 数秒で人影の輪郭が見え始め……次第に光に照らされて現れたのは……

 

「……あなたは確かVII組の……」

 

青く長い髪を後頭部で纏めてポニーテールにし、同じく青い大剣を両手で持ちながら歩いてくる少女だった。 それはどこからどう見てもラウラ……しかし、その表情は影に落とされてよく見えなかった。

 

「ラウラ様? もしかしてレト様を追い——」

 

「2人とも、下がって!」

 

次の瞬間……ラウラは飛び上がると同時に大剣を掲げ、レト達に向かって振り下ろしてきた。 反応したレトは槍の棒を構え、振り下ろされた大剣を受け止める。

 

これには銃口を向けられてもどこ吹く風のように流したイリーナでも、さすがに驚きを隠せなかった。 大剣を弾き返すと、レトは静かに説明する。

 

「彼女達は結社によって生み出された人間……アルゼイド家の遺伝子を使われたようで、ラウラに似ているのもその影響です」

 

「まさか、そんな事が……」

 

「同じ遺伝子によって生まれる人間……いわば彼女のコピーということね」

 

『——そういうことだ』

 

その言葉を肯定するように、突然ノイズがかかった声が聞こえてきた。 声の発生源を見破ったレトはその方向に向かって即座に銃を撃つ。

 

銃弾は奥の柱に着弾。 すると、柱から出てきたのは目がついている黒い球体……どちらかといえば黒い目玉が浮いており、レト達を見下ろしていた。

 

「何あれ」

 

「どうやら遠隔で動く監視カメラのようなものかと。 それに複合音声……あなたは一体何者でしょうか?」

 

『フフ、名乗ってもいいのだが、まだ時期ではない。 まあ、あなた達とは因縁浅はかならぬ関係……とだけは言っておこう』

 

「何ですって……?」

 

そう言いながら目玉はイリーナとシャロンの方を見る。 イリーナは少し苛立ちを覚えながら片眉を釣り上げる。

 

と、今度は背後からラウラがもう1人現れ、イリーナとシャロンは再び驚愕する。

 

「これは……!」

 

「僕が知る限り彼女達は7人います……けど、今はこれ以上は出てこないと思います」

 

ここは地下の密閉空間。 人数が多いほど動きは制限され、それに加えラウラの使う大剣はそれなりに場所を取る。 この先、増える事は先ずはないと考えても問題ないだろう。

 

『はあああああっ!!』

 

地裂斬——大剣を振り下ろす事で衝撃が前後から迫ってくる。

 

「シャロンさん!」

 

「承知しました!」

 

戦術リンクを繋いでいるためそのやり取りだけで会話が成立する。 レトはアークスを駆動し、その間にシャロンはイリーナを庇う。

 

「ラ・クレスト!」

 

衝撃が直撃する瞬間、アーツが発動。 3人に身体中を包むように防御の膜が覆い、衝撃から身を守る。

 

「会長」

 

「分かっているわ。 気をつけなさい、2人とも」

 

イリーナは近くにあった部屋に入り、戦いの場から離れる。 それを確認したシャロンは鋼糸を飛ばし、2人の大剣に絡める。

 

『……………………』

 

「くっ……!」

 

しかし、想像以上に力が強く。 無表情で立つラウラ達と違いシャロンは苦悶の表情を見せる。

 

レトは槍を担ぎ投擲、足を狙い飛び……跳躍して回避される。 避けられるもそのおかげで踏ん張りが消え、シャロンは鋼糸を引きもう1人のラウラにぶつけた。

 

「………………」

 

表情を変えないまま受け身を取るラウラ達。 そして大剣を振り回し走ってくる。 以前より太刀筋は鋭くなっているが、それでもレトとシャロンは見切り、次々と避けながら後退して行く。 そして……

 

「…………っ!?」

 

「…………?」

 

時が止められたかのように動きが止まった。 よく見ると彼女達の身体中が糸によってキツく巻かれていた。 脱出しようともがくが、逆に肌に食い込み傷ついていく。

 

「押さえておきます。 あまり持ちそうにありませんが」

 

「意識を落とします。 そのままで……」

 

気絶させるため歩み寄ろうとした時……突如、ラウラ達の身に纏うように青いエネルギーが放出された。 次の瞬間……鋼糸が切れる音が聞こえたと同時に一気に距離を詰められ、レト達は防御するも吹き飛ばされてしまった。

 

「こ、この力は……」

 

「いきなり力が……オーブメントでも、導力魔法による強化でもない、まるで導力そのものが……」

 

ある意味、リィンの鬼の力と似て非なるものだ。 力が増すという点は同じ、しかし鬼と称すような禍々しさは感じられない。 暴走の可能性はありそうだが……

 

「…………! 傷が……!」

 

力任せに引きちぎるたせいで出来てしまったシャロンの鋼糸による深い切傷。 それが時間が巻き戻るように傷口が塞がっていく。 急速な回復で全身の傷が塞がり、服に切れ込みが残るだけとなった。

 

「一体彼女達は何を……」

 

「分かりません。けど、かなり危ないと思います……お互いに」

 

リィンと同様にあのような力は己の身も滅ぼしかねない諸刃の剣……あの力という両刃がいつ、誰に向けられるのかはわからない。

 

『はああっ!!』

 

「ぐううっ……!」

 

横に並んで振り下ろされた大剣を棒で受け止め、余りの力に驚愕しながら後ろに倒れこむように受け流し……1人を巴投げの要領で後ろに投げ飛ばす。

 

「……っ!?」

 

そして……もう1人のラウラが吹き飛ばされてたラウラに引っ張られるように飛んでいく。 目視では見えにくいが……2人を繋ぐように胴体に鋼糸が巻かれていた。

 

「——レト様!」

 

「せいっ!!」

 

両手を交差させ、ラウラ同士を引き寄せ合い……その隙にレトが頭上に回り込み、石突きで2人の後頭部を強く強打させ、昏倒させた。 荒っぽいやり方だが手段を選んでいる暇もなかった。

 

ラウラ達を見下ろすと、あの青い光が消えていた。

 

「ふぅ……」

 

「凄まじい力でしたね」

 

自身の手の平を見るシャロン。 その手は僅かに震えている。 かなり力を酷使したようだ。

 

「さて、何とかこの子達を説得して、人としての生活を送れるよう……」

 

「レト様!」

 

「うわっ!?」

 

突然、シャロンがレトを掴んで一緒に倒れ……頭上を何か鋭い物が通過する。 一瞬で切り替えたレトはその場から飛び退き、顔を上げる。 そこにいたのは……またラウラだった。

 

「残りのラウラ達!」

 

『——とても有意義な戦いだった。 お陰でいいデータが取れた』

 

彼女達の上に降り立ったのはあと黒い目玉……目玉は『さて』と言い、倒れているラウラ達を見下ろす。 すると目玉が何度かフラッシュし出す。 どうやら彼女達を調べているようだ。

 

『ふむ……結社からデータを収集するよう頼まれていたが、中々面白い人種だ。 ここまで導力との感応率が高いとは……結社め、《光の剣匠》の力ではなく《アルゼイドの血》が目的だったのか』

 

「何……?」

 

『——《戦乙女(ヴァルキュリア)》……《黄昏》とは何ら関係もないが、とても興味が唆られる。 これならば結社の思惑に乗るのも悪くない』

 

独り言のようにどんどん話が進んで行き、ラウラ達の足元に光り輝く陣が展開すると……転移して消えてしまった。 すると今度はレトを方を向く。

 

「消えた……」

 

『どうやら君達《VII組》は天命とも言うべき星の下に集まっているようだ。 歴史の中で、現代社会の中で縁がある』

 

「それどう言う意味……」

 

『フフ……さて、どうなんだろうな?』

 

答える事なく目玉は高速で回転を始め……アガートラムが消えるような音を立てて消えてしまった。

 

後に残されたレトは思わせぶりな単語を頭の中で反復し、答えが出ない事に悩まされていた。

 

「はあぁ……アルゼイドを侮辱するような行為でもいっぱいなのに、色んな事を言いたい放題言って……」

 

「どうやら結社と関わりのある、結社とは別の組織のようね」

 

イリーナも気にはなっているようだが、スッパリと切り替えて踵を返した。

 

「遅れたわ、早くコントロールルームに向かいましょう」

 

「……はい、会長」

 

スタスタと歩いていくイリーナの後をシャロンも続いて行く。

 

「ナァ……」

 

戦乙女(ヴァルキュリア)……どこかで……)

 

レトは少しだけ頭を捻った後……後ろ髪を引かながらも続けてイリーナの後を追いかけた。

 

それからすぐ、RF社の警備や流通を管理しているコントロールルームにたどり着いた。 早速イリーナは権限を使ってセキュリティを解除しようと試みるが……

 

「これは……」

 

警告音と共に画面に表示された《ERROR》の文字。 どうやらアクセス権限は無効にされているようだった。

 

「全く、抜け目がないわね。 シャロン、行けるかしら」

 

「……これは少しばかり時間がかかってしまいますが、何とか」

 

「——貸してください。 やってみます」

 

横から割って入ったレトは導力ノートパソコンを端末に繋ぎ、セキュリティの解除を試みる。

 

難無く解除を進めていくと……最後の壁で躓いてしまった。 ノートパソコンの画面に映し出されたのはコミカルなポムだった。

 

「これは……ゲームかしら?」

 

「これはクロスベルで流行っている導力ネットを使った対戦ゲーム《ポムッと》ですね。 どうやら防壁にこのゲームが組み込まれていて、勝たないとセキュリティが解除できない仕組みになっています」

 

「まあ……」

 

「このやり方、カンパネルラだな……!」

 

怒りを覚えながら何度も矢印キーを押して落ちてくるブロックを操り、このゲームの鍵であるCP(クラフトポイント)を溜める。

 

しかし、その間にコントロールルームの外から複数の足音が聞こえてくる。

 

「増援が来たようです。 私が抑えている間にセキュリティの解除を……」

 

「——ウルグラ!」

 

シャロンの言葉を遮るようにレトがその名を呼ぶと……入り口の前に銀獅子が出現した。 唸りながら威嚇するウルグラを前に兵士は恐怖を覚える。

 

「グルルル……」

 

「なっ、なっ!?」

 

「ひ、怯むな!」

 

「これは……シュミット博士が改修したという人形兵器」

 

「そう、獅子型人形兵器、ライアットセイバー・セカンド。 僕の愛獅子……なのかな?」

 

ユーシスの言うところ愛馬と言いたかったが、そんな単語があるわけもないので疑問文になってしまう。 そんな事を疑問に思いながらもゲームを進める手は止めておらず、時間が経つごとに徐々にブロックの落下スピードが上がっていく。

 

そして……溜まったCPを使って攻撃し、相手陣地をポムで埋め尽くし、レトは勝利した。

 

『アハハ、やるねぇ』

 

「うわイラつく」

 

相手はコンピューターによる操作であったが、あらかじめプログラムされていたカンパネルラの音声に苛立ちを覚えるも最後の壁を突破し……セキュリティを解除、完全に掌握した。

 

続いてここで管理していた人形兵器を停止させる。 すると外で行われていた戦闘が一瞬で止み、勝てぬと踏んだノルティア兵達は撤退して行った。

 

「よくやったわね。 私達も会長室に向かうとしましょう」

 

「はい」

 

「かしこまりました」

 

コントロールルームを出て、停止した人形兵器を素通りしながらエレベーターへ。 そして会長室のあるフロアに向かい、堂々と会長室に入った。 そこでは武器を構えているリィン達がハイデル取締役と思わしき男性と睨み合っていた。

 

「イ、イリーナ会長……!」

 

「母様……シャロン!」

 

「フッ、どうやらそちらも上手くいったようですね?」

 

「ええ、少々手こずったけど、このビルのセキュリティは完全に掌握したわ」

 

「建物内の人形兵器も全て機能を停止させました。 ジ・エンドですわね、ハイデル様❤︎」

 

「シャロンさん、そこはチェック・メイトにしましょうよ……」

 

サラッと笑顔で物騒なことを言うシャロンに戦慄を覚える。 その言葉を皮切りに大いに取り乱すハイデル。 そんな事は御構い無しとイリーナはハイデルの元に歩み寄る。

 

ハイデルは口達者に言い訳をベラベラと並べるが……問答無用とばかりにイリーナは両頬のビンタから流れるように正拳を繰り出し、数秒でハイデルをのしてしまった。 これにはリィン達も驚くしかなかった。

 

「うわお」

 

「す、凄まじいすぎる……」

 

「お見事です、会長」

 

「流石はアリサ君の母上だ、 う〜ん、惚れ惚れするねえ」

 

「はあ、でもこれで……」

 

「……何を呆けているのかしら。 こちらはもう大丈夫よ。 後の事は任せておきなさい。 貴方達のやるべき事はまだ残っているのではなくて?」

 

言われて気付く。 まだ黒竜関でアンゼリカがすべき事が残っている。 それとほぼ同時に……聞きつけたカレイジャスがルーレに、RFビルの真横に飛んできた。

 

「さあ、行くとしようか。 親子喧嘩をしにね!」

 

「ええ、行きましょう!」

 

レト達は真横に着いたカレイジャスの甲板に飛び乗り。 地上で見上げる市民をよそにカレイジャスは北に向かって飛翔した。

 



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77話 Aの血族

 

レト達を乗せたカレイジャスはルーレを後にし、ノルティア街道の外れでアンゼリカの協力者である領邦軍の兵士と合流。 機甲兵も用意しているようで、これに乗って黒竜関を攻めいるようだった。

 

「——よし、有志の皆も準備は出来ているみたいだ。 早速行ってくるよ」

 

「先輩、どうかお気をつけて」

 

「アンちゃん……絶対に無理しちゃ駄目だよ?」

 

トワ達が心配の声をかけるが、アンゼリカはいつものように拳を合わせる。

 

「ああ、心配しないでくれ。 例えしくじって地獄に落ちても、這い上がって来るつもりさ。 トワや皇女殿下達、可憐な少女の持つ桃源郷がここにある限りはね」

 

「ふふ、アンゼリカさんったらお兄様みたいなことを仰って」

 

「ふぅ、あんまりアルフィンを先輩の道楽に巻き込まないでくださいね」

 

「道楽とは失敬な。 これは私の生きるための本能さ」

 

「余計にタチが悪いわ!」

 

シスターの格好から元の姿に戻るとすぐにいつもの調子に戻ったアンゼリカ。 緊張はしてないようである意味安心する。

 

「……ん?」

 

と、その時……後方、ルーレ方面から何かが接近してくる音が聞こえてきた。

 

「何だろう……?」

 

「この風は……機甲兵だ」

 

「なんだって!」

 

「どうやらルーレに残っていた領邦軍の増援みたいですね」

 

「……僕が出るよ。 リィンはここに残って不測の事態に備えて」

 

「……分かった。 くれぐれも気をつけてくれ」

 

テスタ=ロッサに乗り込み、カレイジャスを飛び降りる。 地上に降り立ったレトは街道方面を向き、振り返らずアンゼリカに声をかける。

 

『水を差される前に僕が押さえます。 アンゼリカ先輩は後ろを気にしないでください』

 

『了解した。 感謝するよ、レト君』

 

アンゼリカは兵を率いて黒竜関へ、その後をカレイジャスが追っていく。 後に残されたレトはテスタ=ロッサを駆り、ノルティア街道に向かって歩いて行く。 するとすぐに2機の機甲兵と鉢合わせする。

 

『なっ……!』

 

『あれは……報告にあった緋の騎士人形!』

 

『——ここは通行止めだよ』

 

槍を地に突き立て、仁王立ちするテスタ=ロッサを前に機甲兵が現れる。 その姿に彼らは尻込みし、視線を落とし足元に引かれていた線を見つける。

 

『こ、この線は何だ……?』

 

『踏み越えない事を、おすすめするよ』

 

その言葉に、彼らにはニヤリと笑っているように見えた。 さらにテスタ=ロッサ……延いてはレトからの殺気が肌で感じ取れる。

 

レトがやるべき事は時間稼ぎ、彼らを倒す事ではない。 しばらく睨み合いが続いたが……

 

『……う、うああああっ!!』

 

『ば……!』

 

緊迫した空気に耐えきれず、一機のドラッケンがブレードを振りかざして突撃してきた。 それに対してレトは……槍を前に添えるだけ。

 

『……フッ!』

 

添えた槍の高さはドラッケンの頭と同じ高さ、その状態で身構え、ドラッケンが向かってくれば……自分から槍に飛び込む形となり、ドラッケンの頭は飛んだ。

 

『くっ……突撃!!』

 

『おおおおっ!!』

 

これを皮切りに残りの機甲兵が攻撃を仕掛けてきた。 それに続いて飛行船も上空からの狙撃を狙ってくる。 レトは槍を回し始め、防御の構えを取ろうとすると……

 

「——エリアルバースト……!」

 

『おっ!?』

 

『撃て!!』

 

突然、強風がテスタ=ロッサを包み込み、身体が軽くなった。 その急な変化に驚きながらも、飛行船と機甲兵の銃から放たれた銃弾を弾いて防御する。

 

防御をしながら背後を見ると……そこにはフィーとマキアス、そしてラウラがいた。

 

「助太刀する!」

 

「先輩達は黒竜関に到着した。 僕達はここを凌ぐぞ!」

 

『それは有難いけど……いきなり援護するのはやめてよ』

 

「ちょっとしたお茶目」

 

全然詫びる気はないフィーだが、援護は素直に有難い。 テスタ=ロッサは一歩前に踏み出し……一気に加速、機甲兵の正面を取ると槍を薙ぎ払い一掃する。

 

「ジオクエイク!」

 

『そこ!』

 

機甲兵の体勢崩した所で地面を破裂するように爆発。 装甲を潰し完全に動きを停止させた。

 

『くっ……て、撤退! 撤退する!』

 

『逃がさないよ……!』

 

全滅を逃れようとして飛び去ろうとする飛行船、それを見据えながら異空間から弓を取り出して左手で持ち、落ちていた機甲兵のブレードを蹴り上げてつがえ……

 

『——そこ!』

 

矢を射るようにブレードを射る。 放たれたブレードは高速で飛行船に迫り……導力エンジンの片側を貫いた。 すると飛行船は黒煙を上げながら墜落、近くの水場に落ちた。

 

『まだやる?』

 

残りに槍を突きつけると、彼らは後退りをする。 しばらくそのまま睨み合っていた、その時……

 

ドオオオオオン……!!

 

『っ!?』

 

「な、なんだぁ!?」

 

突然、後方……黒竜関方面から大きな爆発音と衝撃が響いてきた。

 

『爆発!?』

 

「この方角は……!」

 

「まさか!」

 

兵達もこの事態に戸惑い呆然としている。 レトは彼らを無視し、何が起きたか確認するため黒竜関に向かった。 するとそこは……

 

『これは……!』

 

黒竜関の前にある橋、その真ん中に爆発したと思われる機械の破片が散らばり、その辺りに炎が立ち上っていた。

 

その前にはリィンが乗るヴァリマールが呆然と立ち尽くしており、レトは急いで駆け寄る。

 

『リィン、何があったの!』

 

『………ッ………』

 

『え……』

 

近寄った時に気付く。 リィンに渡していた緋い太刀……それが半ば折れていた。 かなりの激戦だったと伺える。

 

『済まない……太刀が折られてしまった』

 

『……そう……いくらゼムリアで作られていたとしても、素人が作ったものだからね。 リィンが気にする事じゃないよ』

 

『………………』

 

ここで何があったかは定かではないが……こうして黒竜関での親子喧嘩は収まり、それに乗じてログナー家の“貴族連合からの離脱”と“内戦の不干渉”をアルフィンの前で誓った。 願い出た訳では無いが、ログナー候のせめてものけじめのようだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月22日——

 

「フン……まあまあだな」

 

ルーレにあるルーレ工科大学。 その中の1番大きな研究室にレト、白衣とモノクロを付けた常時不機嫌そうな顔をしている老人がいた。

 

「グルル……」

 

「良かった良かった」

 

レトはメンテナンスのため、ウルグラをシュミットに見てもらっていた。 それと同時に蓄積された戦闘データも取っているようで、顔には出てないがそれなりに満足しているようだ。

 

「しかし、貴様のような破天荒が《緋の騎神》を操っていたとはな。 《灰の騎神》同様、世も末だ」

 

「あ、あはは……あ、そうだ。 博士はこの石に見覚えはありますか?」

 

ふと思い出し、レトが取り出したのは白い鉱石……以前、レグナートからもらった物である。

 

「ふむ……」

 

鉱石を見たシュミットは珍しく考えにふけている。

 

「今の段階では確実なことは言えんが……どうやら《ゼムリアストーン》であるのは間違いないようだ」

 

「ゼムリアストーン……それってテスタ=ロッサの装甲や武器に使われているのと同じですね」

 

「この特殊な煌めきはゼムリアストーンの特徴だ。 だが白色に発行している個体とは珍しい。 貸せ」

 

その遠慮ない一言だが、レトは苦笑しながら素直に鉱石を渡す。 シュミットは側にあった計測器らしき装置に鉱石を置き調べ始める。

 

数分ほど待ち……シュミットは側に寄っていた装置から身を離した。

 

「どうやらゼムリアストーンの亜種のようだな。 硬度は通常のゼムリアストーンより遥かに高い……いくつか試したい事も思い浮かんだ、貴様がよければ私自ら武器を造ってやろう」

 

「そうですねぇ……ゼムリアストーンの加工法はラッセル博士が確立したやり方ですよね?」

 

「フン……あやつの名が出るのは癪だが、まあそうだと言っておこう」

 

シュミットは腕を組み、少し顔を歪ませながらそういう。

 

「あはは……まあ、とにかく、今後も激しい戦いが予想されますし、白ゼムリア鉱で造る武器の精製……お願いします」

 

「よかろう。 何を造ってほしい?」

 

「んー……剣は問題ないから、槍か銃剣になるかな。 …………よし、槍でお願いします」

 

「フン、では早速作業に取り掛かるとしよう」

 

言うが早いか、シュミットは白ゼムリア鉱とモデルとなるレトの和槍をかっさらうかのように手に取り、すぐに武器の作成に取り掛かった。

 

待つ事数分……驚く間も無くシュミットが完成した槍を持って戻ってきた。

 

手渡された槍は全体的に白く、特に刃がある穂は鏡のような刀身をしている。 レトは槍を見入るように見回した後、手の中で回した。

 

「……うん、しっくり来ます。 鍛治師でもないのにこんな武器を造るなんて凄いですね」

 

「フン……忌々しいがラッセルの研究成果の下地があったからこそだ」

 

本心でそう思いながら本当に忌々しいそうな顔をしてソッポを向くシュミット。 これ以上何を言っても怒らせそうなので、レトはウルグラを連れてコソコソと研究室を後にした。

 

その後、ウルグラを消してルーレの街に出た。 レトとラウラは旅の途中で行きと帰り、2度ルーレを訪れた事があったが、じっくりと見て回る機会は無かったので実質初めてなのかもしれない。

 

「へぇ、さすがルーレ。 街のそこら中に導力機があるや」

 

ツァイスみたいだ、と思いながら下層にある導力機専門店に向かうと……そこにはラウラがいた。 そこで物珍しそうに見回っている。

 

ハッキリと言ってしまえばレグラムは田舎、ここまで多くの導力機に囲まれる事などなかった、興味があるのだろう。

 

「ラウラ」

 

「む……用事はもう済んだのか?」

 

「うん、それで街を見回っていたところ」

 

せっかくなので、2人は店内を見て回る事にした。 どれも利便性が高く欲しいとは思っているが……ラウラはミラを見て尻込み、それを何度も繰り返している。 それに加え……

 

「お、おお……?」

 

「ちょ、ラウ——ぶはっ!」

 

導力食器洗い機のスイッチを適当に押し、水を溢れ出させたり。

 

「これは……」

 

「無闇に押さない……って、うわぁ!」

 

導力パソコンをいじり、繋がっていた導力プリンターから大量の紙を印刷したり。

 

「レトー! これは何なのだー?」

 

「うーるーさーーーいっ!!!」

 

導力マイクを持ちながら質問された声が大音量で放たれたりした。

 

ラウラが問題を起こすその度に、次第に怒りの形相になっていく店員に平謝りを繰り返していた。

 

「ラーウーラー?」

 

「な、何だ……?」

 

流石に騒ぎを起こし過ぎたため店を出て、少し離れた場所でレトはラウラを叱っていた。

 

「何度も言っているよね。 触っちゃダメだって?」

 

「わ、分かっている……! しかし、そこにボタンがあるとつい……」

 

「はあ……分かっていたけど、ラウラの機械オンチは筋金入りだね」

 

「つ、使い方教えてもらえれば問題はない!」

 

使い方が分からなければ、まず最初に触らないで欲しい……とレトは言いたかったが、もう何度も言っている事なので溜息しか出なかった。

 

「全く……本当に機械に関しては点でダメだね」

 

「わ、私が武骨であるのも自覚している……やっと今になって父上が私に聖アストライア女学院を勧めたのも納得している……って、何を言わせるんだ!」

 

「ラウラが勝手に言ったんでしょう。 まあでも、変わってないようで逆に安心したよ」

 

勝手に墓穴を掘るラウラを他所に、ふとレトは窓から外を見た。

 

「変わりたくなくても、変わらなきゃいけない時は幾らでもあるから……いつまでも自分であり続けるのは大変だからね」

 

「……変わらないのはそなたもだ。 いつまで経っても好きな事には真っ直ぐに……眩しいくらいだ」

 

「そ、そうかな……?」

 

「うん、そうだ」

 

上層に向かい、RF社前のベンチに座る。 と、ふとレトは思い出した……また、あのラウラ達と会った事を。 この事実をラウラに伝えるべきか。

 

「………………」

 

「レト? 私の顔に何か付いているのか?」

 

再び巡ってきた機会。 だがまた話すべきか躊躇するレト……

 

「ラウラ、聞いて欲しい事があるんだ」

 

「う、うん……」

 

「実は……」

 

それでも意を決し、いつになく真剣な表情をするレトに怯むラウラ。

 

「——レミスルト様」

 

「え……」

 

その時……別の場所から、レトの本名が呼ばれた。 しかも聞き覚えのある声で。

 

「なっ……!」

 

目の前にいたのは……長い青髪をポニーテールにした黄色い瞳をしている少女……

 

「初めまして、イチ姉さん。 私はラウラ……ラウラ・S・アルゼイドといいます」

 

「……私……だと……」

 

「くっ……!」

 

別人のように、女性らしく礼をするラウラ……本人はまるで鏡を見ているのかと錯覚してしまうほど驚愕していた。 レトはそんな彼女を庇うように前に立つ。

 

「まさか白昼堂々と現れるとは思っても見なかったけど……なんて呼べばいいのかな?」

 

「私達姉妹は全てラウラ……元となったヴィクター卿には既に1人の女児がいるため、繰り上がって2番目から。 私は7番目のラウラです。 姉妹の間では番号と名前で呼び……私の事はナナラウラとでもお呼びください」

 

「他はニラウラからハチラウラと……ややこしいね」

 

「レ、レト……か、彼女達は一体……」

 

動揺を隠しきれず、ラウラはレトの袖をギュッと握りしめる。

 

「それで、何の用?」

 

「ええ、少々貴方の耳にいれておきたい事が……」

 

「やっほ〜、ナナちゃ〜ん、見つけた〜?」

 

また同じ声……しかし、かなり軽快でかん伸びした声が聞こえてくる。

 

「ふ、増えた……」

 

「サン姉さん……」

 

「ンクッ、ンクッ……プハァーー! 酒って美味しいねぇ!」

 

「しかも酔いどれ……」

 

酒瓶をラッパ飲みして酔っているラウラ……絶対に未成年に加え、ある人物をどうしても連想してしまうラウラだ。 2人と違い、赤い目の色をしている。

 

「貴女は“工房”で残りと待っているよう言っておいたはずですが?」

 

「ああ、めんどいから末っ子ちゃんに任せてきた」

 

「……全く、なんで自我を持った瞬間こう……本当に同じ遺伝子で生まれたのか疑問に思えてきます」

 

「いいじゃな〜い、これもドクターが言っていた個体差ってやつよ。 ナナちゃんに剣の才能が無いのと同じ」

 

「っ!!」

 

悪気があった訳ではなさそうだが、その言葉にナナラウラは眉をひそめる。

 

「君達は姉妹喧嘩を見せに来たの?」

 

「そんなわけありません」

 

咳払いをして話を戻し、ナナラウラはポケットから一般的な導力通信機を取り出すと、レトに手渡した。

 

「近々、この実験は最終段階を迎えます。 その総仕上げに貴方をお呼びしたいと教授、及び工房の長から。 それは招待状です」

 

「……素直に行くと思っているの?」

 

「ええ……答えに応じなければ、私達は破棄されます」

 

「なっ……!?」

 

自分が殺されるとシレッと答えるが、彼女の表情に変化はない。 それはサンラウラも同じ……とは思えなかった。

 

「っ……君達はそれでいいのか!」

 

「人としての生を持って生まれた訳でもありません。

 

「卑怯な……!」

 

いくら人の手で生まれようと、敵であろうと殺される所を見過ごす事は出来ない……レトはそこを付け込まれた事に苛立ちを覚える。

 

導力通信機を強く握りしめるレトを見た後、ナナラウラはサンラウラの首根っこを掴んで背を向ける。

 

「実験の開始日は追ってご連絡します。 それでは……」

 

「じゃあね〜、イチ姉さ〜ん」

 

顔を真っ赤にし、手を振るサンラウラを連れて去って行く。 後に残されたレトとラウラ……レトは振り返ると、そこには呆然としているラウラがいた。

 

レトは今まで彼女達について知っている情報を伝えた。 聞く耳を持っていたかどうかは分からないが、それでも話し続けた。

 

「……………………」

 

話終わり、それから数十分、ベンチに座りながら俯き続けるラウラ……すると、突然立ち上がり、フラフラな足取りで歩き始める。

 

「ラウラ……!」

 

「1人に……1人にしてくれないか」

 

「こ、これはラウラのせいじゃないよ! 遺伝子を奪ってとか言ってたけど……ヴィクターさんだって、私生活で抜けて行く髪や切った爪とか一々気にするわけじゃない。 盗られる機会はいくらでもある、だから……!」

 

「分かってる……これは、父上のせいではない。 それでも……少し、考えさせてくれ……」

 

「あ……」

 

振り返らず、一目散に走っていくラウラ。 その背を追いかける事が出来ず、伸ばした手が空を切る。

 

「ラウラ……」

 

決して2人の仲が悪くなるような事件ではないが、それでも間が開いてしまった感覚をレトは感じてしまった。

 



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78話 神隠し

 

12月23日——

 

「はあ……後どれくらいで着くのー?」

 

「後もう少しだ」

 

「それさっきも聞いた〜」

 

「全く、少しは静かにしろ」

 

「この調子なら正午には着くよ」

 

現在レト、ラウラ、ミリアム、ユーシスはアグリア旧道を西に進み、パルム方面に向かっていた。

 

何故パルムに向かっているのかと言うと……今朝、オリヴァルトからパルムで起きた事件を解決して欲しいとの要請があり、VII組メンバーは相談した結果、要請を受けるメンバーとヴァリマールの新たな太刀を作るためのゼムリアストーン収集するメンバーに分かれた。

 

リィンは当然ゼムリアストーン収束に当たるため、レトがパルム方面に向かう事になった。

 

「それにしてもパルムかぁ……リベールから行き来する時に寄っただけであんまり見て回らなかったな」

 

「僕も任務で寄ったくらいしかなかったよ。 なんだか楽しみだなー。 そーいえば、ユーシスは特別実習で来てたっけ?」

 

「ふぅ、遊びに行くわけではないんだ。 そもそも、どんな事件が起きたか分かっているのか?」

 

「うん。 昨日からパルムで行方不明者が続出しているらしい。 この原因を突き止め、行方不明者を救出せねばならないだろう」

 

「原因不明……人によるものか、それとも魔獣によるものか、それとも……」

 

「ま、まままさか……」

 

レトが途中で台詞を止めたが、どうやらミリアムは続きが読めたらしく、引け腰になりながら後退りする。

 

「考えても仕方ない。 早くパルムに行こう」

 

「ちょ、ちょっと僕、用事を思い出した……」

 

「行くぞ」

 

「や、やだやだ! 離してよー!」

 

「ええい、まだそうと決まったわけではない!」

 

駄々をこねるミリアムをユーシスは引っ張って行き、定刻通り正午に紡績町パルムに到着した。

 

「ここが紡績の町、パルムか」

 

「内戦が起きているとは思えないくらいのどかだねー」

 

「この地の貴族連合の主力はセントアークにあるし、正規軍はドレックノール要塞を陣取っている……防御も薄いしケルディックと同じで、ここに軍を置いておく理由がないからねぇ」

 

「だからこそ、我らは自由に歩き回れると言うわけだ」

 

「行くぞ、元締め宅はこっちだ」

 

ユーシスの道案内で、一同はパルムを依頼主であるパルムの元締めのもとに向かった。

 

「この方がパルムの元締め、以前にも世話になった」

 

「ガラードという。 どうかよろしく頼む」

 

この町をまとめている元締めは一連の事件について話してくれた。

 

「2日前から、特に夜の時間帯頃、パルムで住民の行方不明が相次いでいてな。 行方不明になった本人や周りにも消える原因も何もないから探しようがなく……困り果てていたんだ」

 

「なるほど……確かに不可解だ」

 

「となると、外的要因の可能性があるな」

 

「やっぱり魔獣か、もしくは幽……」

 

「絶対に魔獣だから!」

 

レトの言葉を消すようにミリアムは大声を上げ、その要因を排除した。

 

「コホン……何にせよ、この件は我らに任せてもらおう。 必ず行方不明者を見つけ出してみせる」

 

「よろしく頼む」

 

「任せるがいい」

 

「それじゃあ、早速手がかりを探そう」

 

レト達は行動を開始、町を周り情報を集めた。 話を聞くと、どうも失踪した者を目撃した人物はいなく、調査は難航を極めた。

 

最後に元締めから聞いた、この街で1番の織物職人の家……ウィアルト織物店を訪れた。 多色に汚れたエプロンをしている女性が出迎えてくれた。

 

「失礼する」

 

「あら、あなた達は……」

 

「自分達は元締めの依頼でこの町で起きている事件を調査しに来た者です。 なんでも旦那さんがその被害に遭われたと聞いて、事情聴取に」

 

「そうでしたか……初めまして、私はヘレナといいます」

 

目に見えて落ち込んだ顔をするも、女性……ヘレナは当時の状況を話してくれた。

 

「それでは、貴方が夫と最後に会ったのいつだろうか?」

 

「昨日の日暮れ頃です。 その時は流水で洗うために染め終わった織物を持って側の川に。 しかし、夜になっても戻ってこなくて……気になって探しに出てみるとそこには夫の姿はなく、染物だけが残っていました」

 

「そうですか……」

 

「うーん、聞いた感じ、何らかの関与があったとは言い切れないねー」

 

ただいなくなっただけでは事件に巻き込まれたか失踪、もしくは故意で姿を消したか……判断材料が多く結論に至れない。

 

「それでは我らはこれで」

 

「危険もないとは限らない、あまり家から出ない方がいいだろう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

お礼を言い、家を後にしようとした時……

 

「……ん?」

 

「ラウラ?」

 

「この光沢、この手触り、これは……天川(あまのかわ)の衣か?」

 

「え……」

 

ふと足を止めたラウラ。 つられて見ると、ラウラが触っていたのは柱に下げられた一房の糸だった。

 

「本当だ。 これ天川の衣だ。 もしかしてここで織られたんですか?」

 

「ああ、もしかして、あの糸を持って来てくれたのはあなたですか? 余った糸でハンカチを作ったのですが、まだ余って残ってしまったものです」

 

女性は視線を横に向ける。 つられてその方向を見ると……家の隅の方に長い夜色の髪をした少女が、機織り機の前で織物を織っていた。 集中しているようで、こちらに振り返る気配はない。

 

シャッと杼で緯糸を通し、ガンッと筬を手前に引き通した緯糸を経糸にしっかり織り込ませ、ガコンと足踏みで綜絖の上下の糸を入れ替える、その一工程の音がせわしなく、淀みなく続いている。

 

「もしかして……この子が?」

 

「娘のルキアです。 以前帝都から届いた天川の衣を仕上げたのはこの子です。 ルキア!」

 

「ふぇっ!!」

 

母に声をかけられ少女……ルキアはビクリと身体を震わせ、溢れ落ちそうになった杼をしっかりも掴む。

 

「え、え、お客さん……!?」

 

「彼らはお父さんを探してくれている人達よ。 ミロス、挨拶を」

 

「は、はい。 ルキア・エルメス、です……」

 

半年前に巨大蜘蛛から採取した高級繊維、天川の衣……どうやらそれをドレスに仕立て、染めたのがルキアのようだが……かなりソワソワしている。

 

「へぇー、凄いねー!」

 

「なるほど……いい腕をしている」

 

「きょ、恐縮です……」

 

機織りにある作りかけの織物を見て、ラウラは少女を称賛する。

 

「どうして彼女にそんな大層なものを渡したんだ? あまり適任とは思えないが」

 

「親から見てもあの子の腕はかなりのものですが、見ての通り難儀な性格をしていて。 自身と度胸をつけさせようとして……以前よりは良くなった方なんです」

 

「へぇー」

 

おどおどして気弱な性格のようだが、確かに腕は確かのようだ。 となりに置かれ、織り終わった白地の織物は全て寸分違わぬ出来だった。

 

「今何してるの?」

 

「え、えっと……来年の“春の染上げ”のために使われる織物を作っています」

 

「春の染上げ?」

 

「毎年春の4月に行われる行事のことです。 染色職人達が染めた布の美しさを競い合うんです。 この子はその染物に行われ織物を作っているんです。 染めがメインですから布は基本全て同じ……根気のいる作業ですが、この子は苦もせずやってくれて助かっています」

 

「フン、そういえばそんなこともあったな」

 

ユーシスは腕を組み、ソッポを向く。 初めての特別実習、B班はこの地を訪れている。 当時はまだユーシスとマキアスの仲は険悪、どうやらその時の出来事を思い出しているようで、春の染上げに関係しているようだ。

 

「あ、あの! お父さんの事……どうかよろしくお願いします!」

 

「ルキア……」

 

「……うん。 承知した」

 

「必ず連れて来るからね」

 

「待っててねー!」

 

今度こそ、レト達はウィアルト織物店を後にした。 しかし、その後も引き続き手がかりを探し回ったが……

 

「とは言ったものの……」

 

「さして手がかりになるものは見つからないな」

 

「不審人物、魔獣の目撃もない。 打つ手なしだな」

 

「こうなると……張り込みしかないかな?」

 

人が行方不明になる時間帯は夜から。 人が消える原因となる現場に立ち会わせればいいという事だろう。

 

「そーだねー。 あんぱんと牛乳も必要だね」

 

「それは本当に必要なのか?」

 

「まあ食べ物云々はともかく、カレイジャスに連絡は入れておこう。 夜起き続ける事になるし、今は休んでおこう」

 

「うん。 そうだな」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

宿酒場で一休みして時間を潰し、日が暮れて夜になると街の見回りを開始した。 事件の影響か1人も出歩いてはおらず、家庭内の生活音がよく聞こえて来る。

 

「街の見回り……本来なら領邦軍か正規軍の兵がやるべきことを……」

 

「愚痴を言っても何も変わらないよ、ユーシス」

 

溜息をつくユーシスを励ましながら一行はパルムを歩き回り、時折住宅にお邪魔して異変がないか確認し回った。

 

「………今の所、何にもないね」

 

「……うぅ〜……」

 

「はぁ……無理にでも帰すべきだったか……」

 

深夜頃……いつもなら既に眠いと喚いてもおかしくないが、今はユーシスの背中にピタリと張り付くミリアム。 いつもなら夜の暗さなど怖くもないはずなのだが、今は辺りを見回す度にビクビクしている。

 

「………………」

 

「………………」

 

(何なんなのだ全く……)

 

(なんかギクシャクしてない、レトとラウラ)

 

今まで普通に会話はしてきているが、ユーシス達はそれにどことなく距離を感じていた。 実際、今2人が横に並んで歩く時の距離もいつもより離れている気がする。

 

その原因が何なのか分からないまま捜索は続く。

 

「……む……?」

 

と、その時、ラウラが何かを発見し目を細め、川の方面を睨みつける。 レトも気配を探り……顔をしかめる。

 

「あれは……」

 

「な、何々!? なんなのー?」

 

「……なにか、異質な気配を……そこ!」

 

即座に銃剣を手に取り、抜き撃ちで発砲する。 銃弾は川の水面に着弾すると……ゆっくりと、3つ白い人影が浮かび上がってきた。

 

「で、出たーー!!」

 

「魔獣……いや、魔物だね」

 

「ローエングリン城で出現した……ならば打ち倒すのみ!」

 

「急くな! あれには連れ去った者の元へ案内してもらう、痛め付ける程度にしておけ!」

 

「了解!」

 

「うぅ〜……ガ、ガーちゃん!」

 

一同が武器を抜く中、ミリアムは通常背後に控えさせるはずのアガートラムを、正面に壁のように置いた。

 

「おい、ミリアム……」

 

「だ、だって〜……」

 

「ユーシス、ミリアムのおも……サポートをお願い」

 

「おい、今お守りといいかけたか!?」

 

白い影……ミラージュバンシーはゆらゆらと左右に揺れながら近寄り、手をレト達に向かって伸ばしてきた。

 

次の瞬間……レト達は衝撃に見舞われる。

 

「うわわっ!!」

 

「くっ……」

 

「霊的な相反……喰らい過ぎると精神を揺らされて気絶するかは注意して!」

 

「承知!」

 

敵の攻撃に注意しつつ接近し、ラウラは大剣、ミリアムはアガートラムの拳を振るう……が、そもそも実体があるかどうか不確かな存在、手応えが感じられなかった。

 

「ぜ、全然効いている気がしないよーー!」

 

「っ……やはり剣……物理攻撃は効き目が低いか!」

 

「ならば……魔法(アーツ)で攻撃するぞ!」

 

「なら時間を稼ぐよ! ラウラ、一緒に行っくよー!」

 

「分かった!」

 

近接戦闘がメインのラウラとミリアムが戦術リンクを組み、コンビネーションでミラージュバンシーの動きを抑え……

 

「エアリアル!」

 

「ゴールドスフィア!」

 

極力倒さぬように、範囲魔法で削るように魔法を繰り出す。 2つのアーツが3体のミラージュバンシーを襲い、霊体に近い身体を削り取って行く。

 

その隙にラウラとミリアムはアークスを駆動。 そして、4人は一瞬で戦術リンクを組み替え……

 

「レト、頼む!」

 

「了解、強化するよ!」

 

「——喰らえ!フロストエッジ!」

 

アーツを発動する瞬間、リンクによってレトがラウラのアーツを強化。 勢いが増した氷の刃達がミラージュバンシーを切り刻む。

 

「ユーシス! フォルテ、行くよー!」

 

「行くぞ……斬!!」

 

ルーンブレイド——刀身に導力を流し薙ぎ払う。 ミリアムの火のアーツ……フォルテにより威力も上がり、3体纏めて吹き飛ばした。

 

すると、ミラージュバンシーは目の前に手をかざし……閃光を眩ませた。

 

「なっ!?」

 

「目眩し!」

 

「うわわっ!」

 

「チィッ……!」

 

目を閉じ腕や手で目を覆い……再び夜の暗闇が視界に写り、すぐにミラージュバンシーの姿を探すと……その白い影は黒い夜空の中にはっきりと見つけた。 どうやら逃走したようだ。

 

「逃げた!」

 

「予定通りだね」

 

「あちらは……セントアーク方面だ、追いかけるぞ!」

 

作戦通り、行方不明になった人達の元に連れて行ってもらうため……レト達はミラージュバンシーを追いかけて街道に向かって走り出した。

 

「………………」

 

その走り去る後ろ姿を、家の陰で見ている者がいた。

 



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79話 七十七柱の一

 

深夜……レト達はパルムで行方不明になった住民の手掛かりである魔物を追いかけ、南サザーランド街道を北上していた。

 

真っ暗な街道を道脇にある魔獣避けの導力灯沿いに走る中、上空を浮遊するミラージュバンシーに視線を向ける。

 

「予想だけど、恐らくあの魔物が人に取り憑いて、どこかに誘導していたんだと思う」

 

「奴らが一連の事件の犯人なんだろうか?」

 

「分からん。 だが、無関係ではないだろうな」

 

「は、早く終わらせよーー!!」

 

しばらく走り続け……そろそろセントアークに到着しようとした頃にミラージュバンシーは街道から逸れ、そしてレト達は街道外れにある広間に到着した。

 

「ここは……街道から外れた所こんな場所があるとは」

 

「……線路が引いてあるな。 ここは恐らく鉄道憲兵隊が管理しているのだろう」

 

「そだよ、ここはTMPが所有している鉄道路線だね。 帝国の各要所に同じ場所があるよ」

 

「そして……」

 

広間の中心、そこに何人もの人が倒れていた。 それを数体のミラージュバンシーが見張るように取り囲んでいた。

 

「パルムで行方不明になった人達!」

 

「ここに集められていたのか……早く助け出すとしよう」

 

「…………! 待って!」

 

異変に気付いたレトが静止の声を上げると……レト達の前の空間が歪み始め、そこから身の丈3アージュを有する半人半魚……人魚の姿をし、三又の槍、トライデントを持った魔物……悪魔が現れた。

 

「うわああーー!!」

 

「こ、これは……」

 

「まるで御伽噺に出てくるマーメイド……しかし、何て禍々しい姿をしているのだ……!」

 

「七耀教会の聖典にも記されている七十七柱の悪魔……こんなものが出てきているなんて! 皆、気を付けて! やられると魂が抜き取られて喰われるから!」

 

「レト! それなら彼らは無事なのか!?」

 

「まだ手下である眷属を街に放っていた事から……恐らくは」

 

「ひえぇ〜……」

 

「まさしく悪魔か……」

 

気圧されるもそれぞれの得物を抜き、人魚の魔物……ウェパールと対面する。 ウェパールはトライデントを頭上に掲げ回転させると、渦潮が巻き起こり。 レト達に向けて投擲、水の竜巻を起こした。

 

「来るぞ!」

 

「ガーちゃん、バリアー!」

 

アルティウムバリア——アガートラムが前に出ると腕を交差して障壁を展開、襲いかかった竜巻を受け止め……勢いが弱まると霧散して消えた。

 

それを見届けると即座にレト達が地を蹴り、ウェパールに向かって駆け出す。

 

「せいっ!」

 

「はあっ!」

 

ユーシスとラウラが斬りかかるとウェパールはトライデントを構え、2つの剣を受け止める。

 

その間、レトが頭上を飛び越えて背後を取り、振り返り側に槍を振り抜こうとすると……

 

「ぶっ……!」

 

尾びれが鞭のようにしなり、レトの顔面に当たりはたき飛ばした。

 

「レト!」

 

「ってて、油断した……」

 

「——ええい! グランドプレス!」

 

ラウラとユーシスが押され、弾き返され離れた瞬間を狙い……地のアーツを発動させたミリアム。 ウェパールの足元がひび割れていき、爆発するように弾け飛んだ。

 

胸に手を当て……歌い始めた。 その歌は聞くだけでまるで魂を揺さぶられるような気分に陥り……全身の力が入らなくなってしまう。

 

「う、歌だと……?」

 

「……力が抜けるよぉ……」

 

「小賢しい真似を……!」

 

「………………」

 

両手を地に着き支える事で何とか倒れまいとするが、その無防備な彼らの前にウェパールはトライデントを片手に近寄ってくる。 すると……

 

「——スパークアロー」

 

目を閉じ集中していたレトの呟きとともに駆動と同時に発動した風のアーツ。 緑の雷が矢となって飛び、ウェパールを貫いた。

 

それにより歌の力は失い、力を取り戻したレト達は立ち上がると体勢を立て直すため後退して距離を取る。

 

「ふぅ、アーツが発動できてよかった」

 

「手間をかけさせたな」

 

「さあて、反撃だよ!」

 

仕切り直し、警戒を強める。 ウェパールはトライデントを眼前に構え力を溜め始めた。

 

「そうはさせぬ!」

 

阻止しようために走りだそうとすると……その行く手を数体のミラージュバンシーが真上から降りて塞いできた。

 

「そこを退け!」

 

「邪魔だ——せいやあっ!!」

 

洸閃牙——以前、(不本意ながら)蜘蛛の巣の中で回転した経験と研鑽を経て洸円牙が進化した剣技。 ラウラを中心に大きな渦が巻き……全てのミラージュバンシーを引き寄せ、回転斬りを放った。 それにより、ミラージュバンシーは薙ぎ払われ、一掃された。

 

だが、捨て身の時間稼ぎは成功してしまい、ウェパールはトライデントを地面に突き刺すと大地が横に地割れし……そこから大量の水が溢れ、濁流となって襲いかかってきた。

 

「これは……!」

 

「流石に防ぎきれないかも……」

 

「——させるか!」

 

ユーシスは迫り来る濁流に手をかざし……凍りつかせた。

 

プレシャスソード——剣を一閃させ、凍りつかせた氷を砕き破片がウェパールを襲う。

 

「行くよ……」

 

その間に、目を閉じて集中していたレトがアークスを駆動させており……

 

「……ロストアーツ発動——ロストオブエデン!!」

 

聖なる光のごとくアークスが輝きながら発動したのは時・空・幻の三属性をを持つ「聖」を象徴する失われた魔法。

 

上空から巨大な魔力を有した剣がウェパールを中心に降り注ぎ、大地に巨大な魔法陣を描く。 そして溢れ出そうとする力が羽となって舞い……陣から七色の柱が立ち上った。

 

その衝撃波凄まじく、光の柱が消えるとウェパールはトライデントを地面に突き刺しそれを支えにして立っていた。

 

「よし!」

 

「一気に決めるよー!」

 

ロストアーツによりウェパールは大きなダメージを負った。 それを見たレト達は一気に畳みかけようとした時……突然ウェパールはレト達に背を向けた。 その後ろには……気絶しているパルムの住民達。

 

「! まずい、彼らの魂を喰らう事で回復する気だ!」

 

「くっ……やらせはしない!」

 

阻止しようと駆け出すが……そ行く手をミラージュバンシーが塞ぐ。 突破しようと試みるも……その間にウェパールは住民の元にたどり着き、1人の男性に手をかざす。

 

「しまった……!」

 

「やめろーー!!」

 

その手が胸を貫き、魂だけを取り出そうとした時……風を切る音が聞こえてくると、次の瞬間……ウェパールの手の甲に2本のナイフが突き刺さった。

 

「えっ!?」

 

「一体何が……」

 

「——せいっ!!」

 

突然の出来事に驚愕する中、分け身を使ったレトはウェパールの頭上を取り……槍を振り下ろして手を切り、真下に構えていた3人目のレトが受け止め距離を取り……

 

「はああああっ!!」

 

4人目のレトが石突きで思いっきり殴り飛ばし、他の市民が狙われないように突き放した。 ラウラ達も手下を倒して陣形を組み直す中、本体のレトが落ちた2本のナイフを手に取る。

 

「これは……ナイフだ」

 

「どこからこんなものが……」

 

「この暗闇の中で正確に手だけを狙うなんて……かなりの腕前だね」

 

「詮索は後だ。 今は魚もどきをなんとかするのが先決だ」

 

第三者が影からこの戦闘を見て、助太刀を入れた事に違いはないが、気を取り直しウェパールと向き合う。 ウェパールは両手を前に突き出し、レト達に向かって大量の水を勢いよく放水した。

 

水が迫る中……レトは自ら飛び出しながら左手を突き出し、現れた黄金の魔剣の柄を掴み強く握りしめる。

 

「行くよ——ケルンバイター!!」

 

力を解放し、髪の橙色が落ち金髪に変化する中……ケルンバイターを手の中で回転させて盾とし、放水を弾きながら距離を詰める。

 

「ラウラ、ユーシス!」

 

「承知!」

 

「いいだろう!」

 

レトが正面から突っ込む中、ラウラとユーシスが左右から接近し……

 

「ふっ!/せいっ!/はっ!」

 

3つの剣筋が胴体に六花(アスタリスク)のように刻まれ……ウェパールは断末魔を上げながら消滅した。

 

「ふぅ……疲れた」

 

「何とかなったか……」

 

「ああ、これで事件も解決か」

 

ちょうどそこで空も白くなり始めた頃に決着がついた。 軽く一息ついた後、レト達は気絶している行方不明者の元に向かった。 そこで先にミリアムが彼らの様子を見ていた。

 

「連れ去られた行方不明者の様子はどうだ?」

 

「外的傷害はないけど、かなり疲労しているね」

 

「魂までは喰われなかったけど、人が生きるために必要な生気は喰われていたみたいだね。 七耀教会に連れて行こう、この手については教会に頼るのが一番だ」

 

「——うっ……」

 

その時、先ほど食べられそうになった男性が目を覚ました。 恐らくウェパールが魂魄を喰らうために精神を揺らしたお陰で意識を取り戻せたようだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……」

 

「知識はハッキリしているようだな。

 

「我らはそなた達の行方を追いかけて来た者だ。 己の身に何が起きたか覚えているか?」

 

「…………川で染物を洗っていると、いきなり視界が揺れて……それで……」

 

「そうか……」

 

次第に意識が明確になり、男性は立ち上がってレト達に頭を軽く下げる。

 

「俺はエアルという。 助けてくれて感謝する」

 

「礼には及ばん」

 

「エアルさん。 体調に何か違和感はありませんか? どんな些細な事でも構いません」

 

「あ、ああ……少し気だるいが、問題は——」

 

危うく魂が喰われる所だった。 レトは異常がないかを確認しようとすると……エアルはレトが持っていたナイフを見て、驚くように目を見開いた。

 

「そ、それは……」

 

「…………? このナイフに見覚えが?」

 

「あ、ああ……それは娘が使っているナイフだ。 その指に挟みやすくする為に両内側が凹んでいる柄……間違いない」

 

「で、でもどこにもあの子の姿なんてないし……」

 

「まさか……数アージュ離れた距離から投擲したのか?」

 

武器を投げる行為は思っている以上に難しい。 的外れの場所に飛べば手ぶらになり、逆に危険になってしまう。 それがあの気弱そうな少女によって行われた事にユーシスは半信半疑になる。

 

「妻子と会ったという事は……娘が織物職人という事は知っているな?」

 

「う、うん。 かなり集中してた」

 

「機織り機で使われる杼……あれを使う要領で自然と使えるようになったそうだ」

 

「……馬鹿げた話だな」

 

「——ルキア! どこかにいるんだろう? もう安全だから出てきなさい!」

 

杼……シャトルの形状はナイフに似てなくもない。 そんな事より、エアルが無理をして大きな声で娘に呼びかけると……ルキアは岩の上からひょっこりと出てきた。

 

「あんな所に……10アージュは離れているぞ」

 

「強ち、機織りで得られた戦い方も侮れないというわけだね」

 

「剣の道にも様々な枝分かれがある……あり得ない話ではないのだろう」

 

ルキアは岩から滑り降り、パタパタと小走りに駆け寄ってきた。

 

「パパ、大丈夫?」

 

「ああ、心配をかけたな」

 

父の身の心配をしているようだが、気が弱い割にあまり動揺してなかった。 思いのほか胆力があるようだ。

 

「へぇ〜、意外と度胸があるんだね」

 

「あの悪魔を前にしても怯える事なく、正確で見事な直線を描いた投擲……中々出来る事ではない」

 

「さて……そろそろ帰るとしようか」

 

「ああ、行くとしよう」

 

意外な一面を垣間見るも、レト達は目を覚まし始めた市民を連れてその場を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

日が昇りかけた頃に、レト達は気絶した市民をパルムに連れ帰った。 念のため七耀教会で検査してもらい、異常がない事を確認し……ようやく一安心した。

 

「これで依頼は完了……皆、お疲れさま」

 

「ふぅ、何とかなったねー」

 

「よく言う。 終始震え上がっていただろう」

 

「あー! ユーシスそんな事言うんだー!」

 

抱きつこうとするミリアムを避ける続けるユーシス。 その光景をその場の人達が微笑ましそうに見る中……ルキアとヘレナがレトとラウラの元に歩み寄って来た。

 

「皆さん、夫を救っていただきありがとうございます。 加えて娘についてもご迷惑をおかけして……」

 

「気にしないで下さい。 彼女がいなかったらエアルさんは助けられませんでした」

 

「そうですか……機織りにしか脳がないあの子に出来た変な特技だったのですが、助けになれたのなら幸いです」

 

「酷いよ、ママ」

 

「ふふ……感謝している、ルキア」

 

若干酷い事を言っているが……危ない所をルキアに助けられたのは事実。 ラウラはクスリと笑いながらお礼を言った。

 

その後、行方不明者が手当てが進み、ひと段落した所でレトは教会内を見回す。

 

「しかしこの状況……この帝国もかなり危なくなって来ているね」

 

「あの聖典に記されている悪魔の出現か?」

 

「うん。 今回はただ迷い込んで餌を探していただけだけど……内戦を皮切りにこの帝国は歪み始めている」

 

「それは……」

 

表では内戦。 裏では魔獣の異常行動、幻獣や悪魔の出現……恐らくこの2つは無関係ではない。

 

「このパルムも、ずっとここのままではいられないかもしれない」

 

「今のままじゃいられない……」

 

「酷な話かもしれんが……内戦が行き着く先には、そうなる可能性も少なくはない」

 

「………………」

 

話を聞いていたルキアは思うことがあり、考え込むように俯き……少しした後、ポツリと呟く。

 

「変わらないと……ダメなのでしょうか」

 

「……この先、確実に帝国は変貌する。 その流れに乗るか逆らうかは、僕達次第だ」

 

「私達、次第……」

 

「あんまり深く考えなくてもいいと思うよー?」

 

「お前はもう少し考えて行動しろ」

 

そして……一同はアグリア旧道の入り口に向かい、パルムの市民に見送られる中、この地を出発する。

 

「それでは僕達はこれで失礼します」

 

「また何かがあれば気軽に呼んでくれ」

 

「ありがとうございます。 皆さんには本当に感謝しても足りないくらいです」

 

「あの……お礼に……」

 

遠慮がちにルキアから差し出されたのは1枚のケープだった。 風を模したような模様は美しつつも、目地がしっかりとしていて機能的である。

 

「わぁー、キレー!」

 

「ふむ、言葉も出ない美しさと言うのはこの事を言うのだろうか……?」

 

「私が織ったケープです。 皆さんの行く先から吹く向かい風、それから守ってくれるように……」

 

「そう……ありがとう、大事にするよ」

 

ケープは人数分あり、レト達はそれを羽織ると……とても暖かく感じられた。

 

そしてレト達はルキア達に別れを告げ、パルムの地を後にした。

 

 



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80話 焼き討ち

 

12月24日——

 

昨夜、帰還しようとカレイジャスを呼ぼうとしたところ……国境付近なため強力な警備が敷かれていたため呼ぶことは出来ず、レグラムも丁度領邦軍が停留していたため……苦肉の策としてテスタ=ロッサによる精霊の道を開き、ケルディックを訪れて一夜を過ごした。

 

「ふわぁ……疲れたー」

 

風見亭を出て陽の光を浴びながら身体を伸ばすレト。 そこへユーシスも出てきた。

 

「揺られないで寝るのも久しぶりな気もするな」

 

「カレイジャスに乗って早1週間……そう思えても不思議じゃなさそうだね」

 

今はそんなにいないが……学院生の中で乗艦当初、船に酔っていた学院生は何人かいた。 カレイジャスから降りられる機会は少なくため、かなり苦しかっただろう。

 

そんな他愛のない会話をしながら2人は大市に到着した。

 

「ケルディックの大市……もう始まっているのか」

 

「これでも遅い方だよ。 やっぱり内戦の影響は少なくないって事だね。 それにしても、自分の家の領内なのに知らないんだね?」

 

「……アルバレア家に迎え入れられてから、お前と似たようなものだったからな」

 

「へぇ、まあ僕は隙を見れば何度も抜け出していたけどね」

 

「………………」

 

ユーシスはレトと似た境遇だと思っていたが、性格や気持ちが変わればこうも違うのかと思ってしまう。

 

と、そこへミリアムとラウラもやってきた。

 

「おーい、ユーシスー! レトー!」

 

「そなた達、もう起きていたのか」

 

「なんだか目が覚めちゃってね」

 

言葉を切り、空を見上げるレト。

 

「……虫の知らせみたいな……昨日から胸騒ぎがしているんだ。 ユミルじゃなくてケルディックに精霊の道を開いたのもそのため」

 

「……レトが言うのならあながち外れてはいないだろうな」

 

「そうなの?」

 

「旅の時、そんな事を言う度にトラブルに出くわしたのでな」

 

そのトラブルがとんでもないものだったのか、少し身震いを起こすラウラ。

 

「あはは…………あれ?」

 

今度はミリアムが不思議そうな顔をし、東の方角をジッと見つめ出した。

 

「ミリアム?」

 

「どうかしたのか?」

 

「……東の街道から何か近付いて来ている」

 

「! まさか……!」

 

次の瞬間……

 

ドオオオオオン!!

 

突然、大市の中心にある棟が爆発、倒壊した。 それを皮切りに町全体から次々と爆発が起こって行く。

 

「こ、これは……!?」

 

「導力戦車の砲撃……一体どこから!」

 

その疑問に対する答えは……東の街道から武装している兵士と猟兵、そして導力戦車と機甲兵が現れる事で証明される。

 

「奴らは……!」

 

「あれはノルドでも現れた北の猟兵だよ!」

 

「それに加えクロイツェン州領邦軍……何故自分達の領土を焼き討ちを……!」

 

「詮索は後! 住民の避難を最優先、皆は西の街道まで誘導して!」

 

「そなたはどうするのだ?」

 

「僕は彼らを抑える……!」

 

レトは怒りの目で敵を見据え……背後の空間が歪み、テスタ=ロッサが転移してきた。 現れるや否や乗り込み、槍を抜く。

 

『これでも……僕は怒っているんだよ!』

 

槍を低めに薙いで足払いをかけ、転倒させる事で後続の進軍を食い止める。 しかし……

 

「きゃあああ!!」

 

「い、家が……!」

 

『っ……やめろ!!』

 

機甲兵と導力戦車に対処できても、動き回る猟兵までは手が回らず……次々とケルディックの町に火が投げられていく。

 

奴らの狙いが焼き討ちであり、市民に手をかけないのがせめてもの救いだが……

 

『早く逃げて!』

 

「は、はい……!」

 

「恩に着る!」

 

市民の安全を優先し、瓦礫で塞がれた道をテスタ=ロッサで開き市民を逃していく。 それでも、敵の破壊活動の方が早かった。 そして……

 

「あ、あなたぁーー!!」

 

「も、元締め……」

 

『あ……!』

 

恐れていた自体が起ってしまった。 焼け落ちた瓦礫に押し潰されていた。 その前には元締めがかばったと思われる男性と、悲痛な叫びを上げる元締め婦人……改めて町を見回すと被害はもっとある。

 

『オ、オットー……元締め……』

 

VII組最初の特別実習でとてもお世話になり、聞くところによればこの内戦の中でもリィン達に良くしてくれたオットー元締め……その元締めが力無く瓦礫の下で倒れる姿を見たレト。

 

『っ……うああああああっ!!!』

 

頭の中の何かが切れ……叫びとも取れる雄叫びを上げ、槍を力強くで薙ぎ払い機甲兵や導力戦車ごと軍全体を押し返した。

 

『な……!』

 

「こいつ……!」

 

「……撤退!」

 

突然の強烈な反撃に軍が驚く中、猟兵は潔く撤退を始めた。 その撤退を軍の司令が諌めようとすると……

 

「——伝令! 双龍橋方面から第四機甲師団が進軍してきました!」

 

「っ……そうか。 総員撤退! バリアハート方面まで後退する!」

 

北の猟兵が撤退した理由が分かると、領邦軍司令も即座に撤退を始めた。

 

『待て!!』

 

「レト!」

 

撤退を始めた軍を、ラウラ達の静止も聞かずにレトは追いかける。 追撃をかけるも、冷静に欠く今のレト攻撃は大振りで、危なげながらも避けられてしまう。 そして双龍橋、バリアハート、ケルディックを繋ぐ三叉路に差し掛かった時……

 

「——貴様らぁ!! 何をしているのか分かっているのかぁ!!」

 

「っ……もう来たか!」

 

豪胆な怒号が届いてきた。 双龍橋からやってきたのはクレイグ中将率いる第四機甲師団と鉄道憲兵隊。 この自体を聞きつけたようだ。

 

『はあああああ!!』

 

『ぐあっ!!』

 

「うわああっ!」

 

テスタ=ロッサのようやく攻撃が当たり……機甲兵だろうと、導力戦車であろと、歩兵であろうとレトは容赦なく潰していく。 怒りのあまり、いつ無差別に攻撃してもおかしくはなかった。

 

『………………』

 

「ヒ、ヒイィ!」

 

「く、来るなぁ!」

 

兵士を見下ろす目は何も感じず、無言で穂を下に向けながら槍を振り上げ……

 

『っ!』

 

『これは中々強烈ね……!』

 

振り下ろされた槍は横から割って入ったシュピーゲルが止めた。 その時の声で操縦者が判明する。

 

『スカーレット……!!』

 

『正直、全然気が乗らないんだけど……仕方ないと思って納得して……』

 

『あああああっ!!』

 

『ちょっ……!』

 

この感情をぶつけられるなら誰でも良かったのかもしれない……レトはシュピーゲルを睨みつけ、体当りをぶつける。

 

『ぐっ……!』

 

『ここから……出て行けぇーー!!』

 

テスタ=ロッサの背のブースターが火を噴き、シュピーゲルを盾にするように突進。 後退する軍をバリアハートの押し飛ばす。

 

『こんなの……こんなの……! 人の死に方なんかじゃない!!』

 

『っ……』

 

八つ当たりかもしれない。 だがそれに対してスカーレットは何も反論は出来ない。 押し出され色んな物とぶつかりながらも足を上げ、テスタ=ロッサに蹴りを入れる。 それにより離れる事が出来た。

 

だが、その時……操縦席に座るレトの前に、黄金の魔剣、ケルンバイターが出現。 力が溢れ出し、それに呼応してテスタ=ロッサからも霊力が放出され……

 

『おお……オオオオッーー!!』

 

『——オオオオオオッ!!!』

 

次の瞬間、雄叫びを上げながらテスタ=ロッサは紅蓮の焔を纏い、背中から半透明なクリアレッドの翼……蝶の翅とも見て取れる翼が陽炎のように出現する。

 

「う、うわあああ!!」

 

「撤退! 撤退ーー!!」

 

『っ……奴らの尻拭いなんて真っ平御免だけど。 やるしかないわね……!』

 

シュピーゲルがブレードを構える。 その時、テスタ=ロッサの背後からヴァリマール……リィンが現れた。 ヴァリマールはテスタ=ロッサの背後を取り、抑えつけるように羽交い締めにした。

 

『こ、これは……レト!!』

 

『くっ……第2形態一歩手前って所ね。 《紅蓮の魔王》としての力と魔剣の《外の理》の力……陰と陽の力が彼らの中で互いを打ち消し合い、混ざり合っているわ! このままだと彼も騎神も持たないわよ!』

 

『くっ……やめるんだ、レト!!』

 

『アアアアアア!!』

 

「レト……!」

 

ラウラ達や残りのVII組メンバーも追いつき、ヴァリマールに抑えられているテスタ=ロッサの姿に驚きを隠せない。

 

『落ち着け! 落ち着くんだ!!』

 

『コロス! 塵芥モ残サナイ! 燃ヤシテヤル!』

 

「レトー!!」

 

「やめるんだ、レト!!」

 

『ッ……』

 

この隙にスカーレットは戦線を離脱、領邦軍が防衛線をしいた。そして、レトに向けてラウラ達も呼びかけようとするが、聞く耳を持たなかった。

 

「セリーヌ!」

 

『——エマ! あの子のバレッタには霊力を抑える術式が組み込まれているわ! それを呼び起こしなさい!』

 

「え!? セリーヌ、あなたどうしてそんな……」

 

問い詰めようとするが……そんな場合ではないと首を横に振るう。

 

「……分かった。 やってみる!」

 

杖を構え、目を閉じて集中しながら自分の周囲に魔法陣を展開する。 準備が整い魔術が起動し、ヴァリマールが羽交い締めにしているテスタ=ロッサの頭上に魔法陣が出現、光が降り注ぐ。 その光が操縦席に届き、髪留めのバレッタに反応、レトを優しい光が包み込んでいく。

 

『ウウッ……ウアアア!!』

 

「レトーー!」

 

「自分を取り戻せ、レト!!」

 

『ウウ…………ゥ……』

 

その呼び掛けに答えたのか……次第に力が抑え込まれ、レトの意識は落とされた。 それによりケルンバイターの力は収まり、操縦席に落ち消え。 テスタ=ロッサからも紅蓮の焔は消え、両膝から崩れ落ち停止した。

 

「レト!」

 

『緋ノ起動者ノ意識消失(アンコンシャスネス)ヲ確認』

 

『よし、とにかくカレイジャスに連れて行こう』

 

防衛線をしく領邦軍が攻めずに警戒して銃口を向ける中、ヴァリマールがテスタ=ロッサに肩を貸して担ぎ、第四機甲師団と共にこの場を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それで、レトの様子は?」

 

「前のあんたと同じ、霊力(マナ)の枯渇による昏睡よ。 今回はエマもいるから直ぐにでも回復するわ」

 

「そうか……大事ないのならばよかった」

 

カレイジャスに運び込まれたレトとテスタ=ロッサ。 リィン達はケルディックの被害を見に行っていた。

 

テスタ=ロッサは格納庫、そしてレトは医務室へ。 ベットで寝かされているレトの側には、レトを診ているエマとセリーヌ、そしてラウラがいた。

 

エマは杖をレトの頭上に掲げ、そこから霊力を注いでいる。

 

「それにしても、どうしてあんな事に……」

 

「騎神は起動者の想い……想念に反応するわ。 この子の怒りの想念がテスタ=ロッサの中に残っていた《紅蓮の魔王》としての力の一片を呼び覚まし、それに魔剣の力も加わってあんな事になったんだと思うわ」

 

「ふぅ……でも、まさかケルディックが焼き討ちに合うなんて。 レトさんが怒るのも無理ないと思います」

 

杖を引き、その場にいたレトの心境を述べるエマ。 同意見のラウラもそれに頷く。

 

「焼き討ちなど、貴族として有るまじき行為……断じて許す訳にはいかない」

 

「ええ、レトさんが怒るのも無理なかったのかもしれません。 レトさんは人一倍、誰かが傷付くのを嫌いますから」

 

「妙にそういう所はリィンと被るわね」

 

ラウラは側に寄り、静かに眠るレトの髪を手で優しく髪をとかす。

 

「明日はアルバレア公の愚行を諌めるため、オーロックス砦に攻め入る。 それまでに目が覚めればいいのだが……むしろ、それが過ぎてから起きてもらいたいものだな」

 

「ふふ、そうですね。 治療の手を止めるつもりはありませんが、そう願いたいです」

 




分かる人は分かる。 それはレトの台詞じゃない、リィンの中の人の台詞だと。


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81話 前触れ

12月25日——

 

「…………ん……」

 

作戦決行当日にして作戦開始10分前……その時刻に、ベットで横になっていたレトが目を覚ました。

 

「……ここは……」

 

「目が覚めたようね」

 

まず最初に視界に飛び込んできたのはセリーヌ。 枕元から顔を覗き込んでいるためかなり近かった。

 

「セリーヌ……?」

 

「尋常じゃない回復力。 まさか作戦決行間近で目覚めるなんて」

 

「これも“古のアルノールの血”がなせるのでしょう」

 

そう言うとセリーヌはベットを飛び降り、医務室から出て行った。 恐らくレトが目を覚めたことを伝えに行ったのだろう。

 

「レトさん、これを。 霊力の回復を早める薬です」

 

「……ありがとう」

 

エマから手渡されたのは緑色の液体が入ったコップ……見た目の色はアレだが、ドロドロしている訳でもなく野菜ジュースと思い口に含むと……

 

「ゴホッゴホッ! な、何これ……?」

 

「ふふ、かぼちゃジュースとでも思ってましたか?」

 

「良薬口に苦しよ」

 

味はそんなによく無く、咽せて思わず吐き出しそうになったが……何とか飲み込んだ。 と、ちょうどそこへセリーヌがジョルジュを連れて戻ってきた。

 

「良かった、目が覚めたんだね」

 

「まあ、なんとか。 他の皆は?」

 

「……今は、皆さんある作戦を決行している最中なんです」

 

エマはレトが気絶してから起きた経緯を詳しく説明した。

 

やはりリィン達とアルフィンや第四機甲師団、鉄道憲兵隊もこの事件を起こしたアルバレア公を許すわけには行かず。 協力してアルバレア公の逮捕を決行したようだ。

 

「それで今日……と言いますか今現在、作戦が開始されています」

 

「! それ本当!?」

 

それを聞くとレトはすぐに飛び起き、壁に掛けてあった上着を手に取る。

 

「ちょ、どこ行くのよ!」

 

「僕もリィン達と合流する。 流石の僕もキレた……アルバレア公をぶん殴ってくる」

 

「お、落ち着いて下さい! まだ霊力の回復が充分な状態で騎神に乗るのは危険です!」

 

「テスタ=ロッサもまだ目覚めてない……行っても足手まといになるだけだ」

 

「っ……」

 

テスタ=ロッサが動けないと知りレトは踏み止まる。 本来ならレトの身一つで事足りるのだが、レトはテスタ=ロッサで殲滅する事しか頭になかった。

 

「第四機甲師団と鉄道憲兵隊の協力もあり、戦局はこちらが有利だ。 今君が行っても蛇足にしかならない」

 

「それでも……!」

 

「今は抑えて下さい、レトさん。 今の不安定な状態のレトさんが行ってはそれこそ……」

 

「それでも!」

 

「——兄様!!」

 

エマ達の静止を振り切ろうと歩き出そうとした時……アルフィンが医務室に飛び込むように入り、レトを視界に捉えると一目散に駆け寄り抱きしめてきた。

 

「あ……」

 

「焼き討ちがその場にいませんでしたが、わたくしには兄様のお気持ちは痛い程分かります。 しかし、それで兄様まで危険な目にあってしまっては、わたくしは……」

 

「アルフィン……」

 

「皇女殿下……」

 

アルフィンの説得とも取れる本音に……血が上っていた頭が急速に冷え、次第に周りが見え冷静になって行く。

 

そして丁度いい高さにあったアルフィンの頭を優しく撫でる。

 

「ごめん、アルフィン……少し落ち着いたよ」

 

「……グスッ……兄様の、バカ……」

 

(……なんでしょう……この関係をどこかで見たような?)

 

(あの2人並みの空気ね……)

 

(あはは……)

 

2人のやりとりを見て、どこか居心地が悪い表情をするエマとセリーヌ。

 

結局、レトは絶対安静となり、アルフィン達はレトを残し医療室を後にした。 残されたレトはベットに横になってボーッと天井を見上げていた。

 

「暇だなぁ……」

 

「——患者さん。 触診の時間ですよ」

 

「……どっかから湧いて出てきたかは、聞くだけ無駄だね」

 

時折、外から戦闘音が微かに聞こえる、何もできないもどかしさがある中……いつの間にかデスクのイスに白衣を着た少年……カンパネルが座っていた。

 

それを目にしてレトは特に無反応だった。この艦にセキュリティがあったとしても、奴にとってはないも同然。 無駄に喚くより大人しくしていた方が身にも優しい。

 

「何かあったの? 身体にダメージを受けているみたいだけど」

 

「いやぁ〜、支援課の人達にボコボコにされちゃってねぇ。 日頃の運動不足を痛感しちゃったよ」

 

「よく言うよ。 そのせいで僕と同じく療養中で暇なの? それと何で度々僕に絡んでくるの。 いい加減鬱陶しい」

 

リベール滞在時もそうだったが、帝国に帰国時もカンパネルラは事あるごとにレトに接触、絡んできていた。 今回のような直接的にも、RF社でのイタズラのような間接的にも。

 

「いい加減諦めてくれない? 僕は何があったとしても結社に組しないよ」

 

「アハハ、僕は君が気に入っているからちょくちょく会いに行ってちょっかいを出すんだよ」

 

「うわ、すごい迷惑」

 

「アハハハハッ!」

 

嫌な顔をするレトに対し、笑って誤魔化すカンパネルラ。

 

「それにしても、ここの領主は過激だよね。 まさか自分の領地を焼いちゃうなんて……《ハーメルの悲劇》を起こした軍人達も同じ気持ちでやったのかなぁ?」

 

「…………そうかもしれない。 動機は全然違うけど、許されない事は同じ」

 

「君も大概に大変だねえ」

 

「同情を装って誘うのもやめて」

 

と、そこでカンパネルラは大袈裟に手を叩いた。

 

「あぁ、そうだった。 僕がここにきた本題を忘れていたよ」

 

カンパネルラは懐から1枚の封筒取り出し、レトに投げてきた。 受け取って見ると、それは招待状だった。

 

封を開けて中を見ると……あのラウラ達が行なっている実験、その最終実験を行う日程と場所が記載されていた。

 

「通信でもよかったけど、それじゃあ味気ないから招待状を用意したよ。 実験開始予定日は12月29日の正午。 場所はブリオニア島……立会いとして僕もいるからね」

 

「………………」

 

「まあ、思う所はあるよね。 でもこう考えれもいいじゃない……思い人がいっぱいいてハーレム状態だー、って」

 

「——出来ると思っているの?」

 

冗談気味にカンパネルラは言ったが、レトの刃のように鋭い剣幕とマジ返しにたじろいでしまう。

 

「ま、まあ……彼女達に自我が出来てから面白くなってきているし、君さえ実験に協力してくれれば悪い事にはならない。 それだけは——約束すると、盟主の名に賭けて誓おう」

 

「………………」

 

説明通り、招待状に同じ内容が記載されている。 この実験に参加しなければ……ラウラ達8人が殺処分されてしまう。 レトとは無関係とはいえ、無視できなかった。

 

そして、カンパネルラが《盟主》の名を出した。 その名を出したからには、約束を違える事はないだろう。

 

「分かった。 必ず行くと伝えておいて」

 

「それは良かった。 僕も無抵抗のまま消されて行く少女達を見るのは気が進まないからね。 それと……そろそろ幻焔計画も第二段階に移行する。 “虚ろなる幻”を持って、帝国の焔を呼び起こす形でね」

 

言い終わると指を鳴らし、風が吹いてカンパネルラを中心に渦がまく。 そして……カンパネルラは音もなく消えてしまった。

 

しばらくした後、レトは改めてベットに横たわる。

 

「……やるしかない、か……」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月26日——

 

リィン達がアルバレア公の拘束を成功させた事でバリアハートが解放され、カレイジャスは物資補給のためバリアハート空港に着陸……そしていつも通り、トールズ一同は休息を取っていた。

 

「もう身体は大丈夫なの、テスタ=ロッサ?」

 

『ああ。 (ケルン)に少々ダメージを受けたが、身体の外傷はそれほど無かった。 問題なく動けるだろう』

 

格納庫でヴァリマールと対面する形で立っているテスタ=ロッサを見上げるレト。 先の戦闘で大事に至らなかった事を聞き、レトはホッと一安心する。

 

「良かった……僕のせいであんな事になっちゃったから、心配してたんだ」

 

『いや、あれは寧ろ我のせいだろう。 我の中に残留している魔人の因子……あれが不安定になったそなたの精神にフィードバックされ、それに魔剣の力も加わってしまった……』

 

「それもあるかもしれないけど、結局は僕の心の未熟さが原因。 怒りに囚われて隙を見せ、そこを“紅蓮の魔人”に付け入れられた……自分の未熟を痛感するよ。《剣帝》なんて名ばかりだ」

 

落ち込みながら溜息をつき、次いで大きく息を吸い込んで、レトは力強い眼をしてテスタ=ロッサを見上げる。

 

「テスタ=ロッサ。 近いうちに決着をつけなくちゃいけない相手が現れる。 力を貸してくれるかい?」

 

『よかろう、我が起動者よ。 存分に振るうが良い』

 

テスタ=ロッサは頷き、ヴァリマールと共に休眠状態に戻った。

 

その後、レトは鈍った身体を動かすために艦を出て、バリアハートの町を見回りながら散歩する。

 

ケルディックでの事件が少なからず影響しているようで、どこか街の雰囲気が悪くなっていた。 しばらくして貴族街に向かうと……

 

「ここにいたのか」

 

「あ、レトさん!」

 

木陰のベンチに座って休んでいるエマを見つけた。 エマは寄ってきたレトを見つめ……ホッと息を吐いた。

 

「もう霊力は充分のようですね。 一先ず安心しました」

 

「霊力が少なくなっているなんて、あんまり実感はないけど……エマがそう言うなら大丈夫なんだろうね」

 

騎神のダメージが起動者にフィードバックされるが、霊力が無くなった時の症状はあまり心身に現れていない。 霊力が無くなるといえば騎神が動かなくなる事くらいである。

 

「もうあまり無茶はしないでくださいね。 テスタ=ロッサに残っている“紅蓮の魔人”の因子はレトの負の感情に反応します。 それに加えて《外の理》の力を持つ魔剣の影響力もあります……リィンさんが持つ《鬼の力》よりもっと危険です。 重々気をつけてください」

 

「了ー解っ。 危険って事は身をもって知っているからね」

 

「本当に分かっているんですか……?」

 

あっけらかんとするレトにエマは頭を悩ませる。 と、そこでふと、エマはレトをジッと見つめ出した。

 

「……レトさんの髪にかかっていた髪の色を変色させる魔術……魔剣の影響でもう解けかけていますね」

 

「え、そうなの?」

 

「恐らくその魔術をかけたのはおばあちゃん……私達、魔女の長です。 しかし、いくら強力とはいえ《外の理》の力で弱まっています」

 

「って事は、そろそろこの髪色ともおさらばって事かな。 分かってたとはいえ、少し寂しかな」

 

元々自分は母親に似た、金糸のような金髪であるのは知っているが……それでも長年橙色の髪だったので、名残惜しそうに前髪を触るレト。

 

そして、レトは軽く息を吸った後、改めてエマの方を見る。 どうやらエマを探していた理由で、本題に入るようだ。

 

「急な頼みで悪いんだけど……エマにお願いしたい事があるんだ」

 

「え、お願い、ですか?」

 

突然のお願いにエマは驚く中、レトは静かに頷きながら口を開いた。

 

「うん。 エマにしか頼めないんだ。 皆には……特にラウラには絶対にないしょにしてほしい」

 

レトはお願いしたい事を淡々と告げると……次第に、エマの表情が驚きに変わって行く。

 

「……そ、それは本当ですか!?」

 

「……うん。 冗談なら良かったんだけどね」

 

「………………」

 

愛想笑いをするレト。 そんな中、エマは少しの間考え込み……ゆっくりと頷いた。

 

「分かりました……お引き受けします。 でも、後になったらまたラウラさんに怒られますよ?」

 

「その時はその時さ」

 

「——レト、エマ!」

 

その時、2人の元にラウラが走ってきた。 息を切らすラウラの姿に、2人は首を傾げる。

 

「ラウラさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」

 

「ふう……そなた達と連絡が取れないから探しに来たのだ。 まあよい。 早く艦に戻って欲しいとトワ会長が。 なにやらクロスベルで起こったらしい」

 

「クロスベルで?」

 

詳しい事情を聞くため、3人はカレイジャスに向かって走り出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

バリアハートから飛び立ったカレイジャスは路線沿いに北上した後、今度は大陸横断鉄道を沿ってクロスベル方面へ飛翔する。

 

レト達VII組一同はクロスベルの変化見るため、カレイジャスが高速で飛ぶ中、甲板の上いた。

 

「うっ……さすがに風が強いわね」

 

「大丈夫か、アリサ?」

 

「ええ、なんとか……」

 

「あ、クロスベル方面が見えてきたよ」

 

風に煽られて足元がおぼつかないアリサに、リィンが手を差し伸べる。 その内にカレイジャスはガレリア要塞跡地の上空へ……そして、クロスベルが肉眼で見える地点に到着する。

 

「なにやら向こうの空がほんのり光っているが——」

 

(……肌がピリピリする……)

 

そして、レト達の前に映った光景は……

 

「な……!?」

 

「な、何よ、あれ……!?」

 

「ま、前に見かけた蒼い障壁は消えているみたいだけど……」

 

進行方向正面、クロスベルの地には……青白い光を放つ大樹が聳え立っていた。 以前にクロスベルの街を囲っていた結界の姿は形と無くなり、代わりに天に届くほど高い大樹があった。

 

リィン達が大樹を前にして驚きを露わにする中……レトは静かに大樹を睨みつける。

 

(……虚ろなる幻を持って、帝国の焔を呼び起こす……この大樹の出現を機に、結社が帝国で動き始める……内戦が動くかもしれない)

 



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82話 ヴァルキュリア

12月27日——

 

バリアハートの一件、そして突如としてクロスベルの地に出現した《碧の大樹》の一件から数日が経ち。 リィン達一向はルーレでの戦闘で折れたヴァリマールの太刀を急遽造り出すために精霊窟を回り、ゼムリアストーンの結晶を集めていた。

 

そして昨日、試練を乗り越えて必要量のゼムリアストーンを集める事に成功し……シュミット博士をカレイジャスに招き入れ太刀の作製に当たっていた。

 

「ふぅ……これなら今月中には形になりそうだな」

 

「この程度の設備ではそれが妥当だろう。 全く、もう少しマシな設備を用意すればいいものを」

 

「はいはい、分かりました」

 

シュミット博士の憎まれ口をジョルジュは慣れたように風吹くように流す。

 

「相変わらずだね……」

 

「でも、これならなんとか……」

 

「——あ、皆!」

 

と、そこでトワが歩いて来た。 何でもある人物から連絡が届いて来たようで、一同はブリッジに向かった。

 

「クレア大尉——その話は本当ですか?」

 

『ええ、間違いありません』

 

通信を入れて来たのは鉄道憲兵隊のクレア大尉。 彼女から送られた情報に耳を疑い、リィンが確認を取るとクレア大尉は頷いて肯定する。

 

『貴族連合による帝都の防衛戦は先日、西側に後退しました。 その意味で、帝都の東側——トリスタ周辺の守備はかなり薄くなっている状況です』

 

「そ、そうなんだ……!」

 

「……朗報だね」

 

レト達、VII組……延いてはトールズ学生の目標は士官学院の奪還。 それが可能になると聞き、自然と笑みが浮かぶ。

 

トリスタ解放は鉄道憲兵隊の主導の下、行われようとしていたが……リィンの説得により、3日の猶予を設けることが出来た。

 

通信が終わり、それぞれがブリッジを後にする中……ブリッジを出た先でレトとエマがその場に立ち止まっていた。

 

「レトさん、どうするんですか? 正直、どちらも無視は出来ません……」

 

「分かってる。 でも、1日の猶予がある……間に合わなかったとしても、リィン達ならやってくれるよ」

 

振り返り、レトは扉の先にあるブリッジを見つめる。

 

「僕達は僕達にしか出来ない事をしよう。 これはただの自己満足かもしれないけど、それでも諦めきれないから」

 

「……はい」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月29日——

 

トリスタ解放の決行は明日に控える中……ヴァリマールの太刀の作製は急ピッチで進められていた。

 

作製にリィン達VII組も協力する中……その場に、レトとエマの姿は無かった。

 

「あれ……そういえばレトは?」

 

「そういえば今日は見てないな?」

 

「皇女殿下の元にいるのではないのか?」

 

「いや、ここに来るまでに現状報告としてお会いしたが……奴の姿はなかった」

 

リィン達が不審に思い始める中……貨物室にセリーヌが歩いて来た。

 

「ねぇ、アンタ達、エマを見なかったかしら?」

 

「セリーヌ?」

 

「……見てないよ」

 

「どうしたのかしら……決行は明日なのに」

 

レトに引き続きエマの姿が見えない事に、少しずつ嫌な予感が増していく。

 

その時……リィン達の背後にいたテスタ=ロッサの姿が歪み、転移してその場から消えてしまった。

 

「なっ……!」

 

「テスタ=ロッサが!?」

 

「なんでいきなり……」

 

「ふん? まあいい」

 

テスタ=ロッサが消えたことにシュミット博士が少し考え込むように眉をひそめ……すぐに興味を無くし視線を元に戻した。

 

「ど、どうしてテスタ=ロッサが……」

 

「どうやらこの艦にいないようだな。 恐らく、エマも一緒に」

 

「明日は私達にとって大切な日なのに……何考えているのかしら」

 

「ホント、どーしたんだろーねー?」

 

「…………っ!」

 

「ラウラ!?」

 

レトの行動に頭を悩ませる中……ラウラが走り出し、その場を飛び出して行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「今頃、皆驚いているだろうなぁ」

 

レトは操縦席に座りながらポツリと呟いく。 現在、レトとエマはテスタ=ロッサに乗り、帝国を西側に向かって飛んでいた。

 

レトとエマは朝早く、エマの転移術によって地上に降り。 魔女にしか使えない道を使い、薄暗い森を経由してミルサンテにほど近い、エイボン丘陵に出て。 そこでテスタ=ロッサを呼び出した。

 

目的は結社に属する組織が行う実験に参加するため……周りの目に映らぬよう、エマの魔術で姿を隠しながらブリオニア島に向かっている。

 

「それにしても、意外に乗れるもんだね」

 

「ええ、出来なかったら今頃強風に煽られていました」

 

準起動者なら起動者と同乗する形で騎神に乗れると、この前リィンから聞いたのだが……当時試練を共にしたラウラならまだしも、エマが乗れたのは不思議だった。

 

「詳しいことは分かりませんが、サラ教官も準起動者みたいなので……起動者の認証があれば問題ないのだと思います」

 

「なるほど……一応、誰でも乗せることは出来るんだね」

 

「ナァー」

 

エマはいつもルーシィが座る場所に腰掛け、ルーシィはレトの膝の上に座りながら流れて行く雲を見つめる。

 

「しかし、明日の作戦に間に合うでしょうか?」

 

「実験の流れ次第だね。 何の実験かによるけど……恐らく戦闘になると思う。 ラウラ達は全部で7人いる……今日中に終わらせればギリギリ間に合うと思う」

 

「ナァ」

 

まさかトリスタ解放決行日が明日に控えているとは思ってもいなく。 2人はどちらも重要なのでどちらも疎かにする事は出来なかった……とにかく今は目の前こ事だけを考え、正午になる頃にはブリオニア島に到着した。

 

テスタ=ロッサを島の浜辺に下ろし、降りるて辺りを見回していると……

 

『——ようこそ、お二人方』

 

「っ……」

 

「あ、あれは……」

 

2人の前に黒い目玉のような球体が出現した。 恐らくレトをこの実験の参加を強制させた本人だろう。 しかも別の場所で高みの見物を決め込んでいるようだ。

 

『しかし、まさか魔女の末裔も一緒来るとは……これも、ある意味縁があるのかしれない。 より一層、良いデータが期待できそうだ』

 

「なにを……」

 

球体の言っている事が理解できないエマ。 その時、2人に影がさした。 見上げるとそこは崖の上、そこには……

 

「やっと戦える……待ち遠しいかったわ」

 

大剣を担ぎ好戦的な青い眼をした2番目のラウラ。

 

「あれぇ? お酒は〜?」

 

酒がなくとも酔っている赤い眼をした3番目のラウラ。

 

「……ああ……イチ姉さんが来てない……一度会ってみたかったのに」

 

大剣を愛おしそうに抱えている紫色の眼をした4番目のラウラ。

 

「ふふっ……殺し甲斐がありそう」

 

まとわりつくような視線を向ける藍色の眼をした5番目のラウラ。

 

「きゃはははは! 楽しくなりそう!!」

 

何が面白いのか、楽しそうに笑い続ける緑色の眼をした6番目のラウラ。

 

「ふぅ……頭が痛くなります……」

 

この中で唯一、大剣ではなく普通の大きさの剣を持つ、この前会った黄色い眼の7番目のラウラ。

 

「……………………」

 

そして、静かに黙祷し続けるオレンジ色の眼をした8番目のラウラ。

 

7人一同、レトとエマの前にその姿を現した。

 

『来て早々、早速だが君達には私達の実験に協力してもらう。 報酬としては、彼女達の身の安全と、身柄をお譲りしよう。 ああ、今回の実験が終われば処分する予定だ。 気負いなく貰ってくれて構わない』

 

「!! 彼女達の命を何だと……!!」

 

『消耗品さ、ただの。 原価に置き換えれば5万ミラ程度の出費、何の痛手も無く、有意義なデータが収集できる……これ程コストパフォーマンスが高い実験道具はそうないだろ』

 

「…………御託はいい。 早く始めよう」

 

黙って聞いていたレトが前に出ながら左手を開き……別空間からケルンバイターを出現させて柄を握りしめた。 最初から本気のようだ。

 

『話が早くて助かる。 では始めるとしよう……実験の内容は戦闘テスト。 思う存分戦い抜きたまえ』

 

「——きゃはは!!」

 

開始と同時にいち早く、ロクラウラが飛び出し、大剣を全力で振り下ろして来た。 2人はバックステップで避け、大剣は浜辺の砂を大きく巻き上げながら叩きつけられる。

 

「避けないでよぉ!!」

 

「無茶言わないでください!」

 

「というか、性格違い過ぎ!」

 

十人十色とはよく言うが、この状況は一人七色……オリジナルを入れれば一人八色。 横薙ぎに振られた大剣を受け止めながらそう叫ぶ。

 

「そぉれ!!」

 

「っ……!」

 

「レトさん!」

 

「こっちよ……」

 

その中にさらにニラウラが加わり、援護に向かおうとしたエマの背後に……ゴラウラが回り込んでいた。

 

「っ!」

 

「おっと」

 

エマは咄嗟に、振り返り側に杖を振るい光弾を飛ばす。 ゴラウラは慌てる事なく大きくバク転しながら避け……エマの視線が上を向いた隙に下から潜り込むようにナナラウラが剣を切りかかる。

 

「くっ……」

 

「はあっ!!」

 

他のラウラ達と違いナナラウラは片手剣。 素早く剣を振るいエマを壁際まで追い込んでいく。

 

「エマ! ——比翼・燕!!」

 

「おおっ!?」

 

「チッ……!」

 

銃剣を抜き側に連射。 襲ってくるロクラウラと二ラウラの大剣の側面に何発も銃弾を撃ち込み横に反らせ。 さらにレトの元に向かうラウラと、エマの元に向かうラウラの足元に銃弾を撃ち込み防御と牽制を同時に行った。

 

それにより動きは一瞬止まり、その隙を抜って駆け出し、エマに振り返る剣を払い抱きかかえ……背を向けて走り出した。

 

「あ、待てーー!!」

 

「逃げたのか?」

 

「仕切り直されたわね……残念」

 

逃げるレトをラウラ達が追いかける。 途中、解放されたエマは走りながら疑問を投げかける。

 

「レトさん? どうして……」

 

「人数は当然だけど、地の利が悪い。 頭上は取られているに加えて足場は砂場……一旦、仕切り直した方がいいだろうね」

 

「な、なるほど」

 

走りながら逃げる理由に加え、レトはこの後の作戦をエマに伝え……集落跡地の近くにある広場で足を止めると、すぐにラウラ達が追いついてきた。

 

「もう、鬼ごっこはお終い……?」

 

「えー、つまんなーい」

 

「うっぷ……吐きそう……」

 

「全く……この人は」

 

5人のラウラが得物を突き付ける中、その背後ではサンラウラが顔を真っ青にして四つん這いになっていた。 その背を末っ子ラウラが呆れながらさする。

 

……時折、呻き声と共にキラキラしたものが見える。 海面から反射する日の光と思いたい。

 

「貴方達は……こんな事をされて何とも思っていないのですか!?」

 

「えーー? 私は戦えるならそれでいーしー!」

 

「……生きる意味なんて、よく分からない」

 

「あたしはお酒が飲めればそれでー」

 

「……人から生まれた落ちようと、木から生まれ落ちようと……私達には生きるすべ、生き方なんてありません。 だから、今は剣を握るしかない」

 

「そんな……」

 

「ふぅ……すぐに終わらせよう。 同じ顔の形でいろんな表情を見るのは疲れるし」

 

「………………」

 

それ以上は聞きたくない風にレトは嘆息し、するとレトの姿がブレ……ラウラ達と同人数のレトが現れる。

 

『さあ——行くよ!』

 

「お?」

 

「わ、増えた!?」

 

「分け身か!」

 

分け身を使い、7対7となり交戦を再開する。 人数ではエマの分だけ有利で、レト達の背後でアーツによる援護を受けレト側が優勢になる。

 

『はああっ!!』

 

『でやああ!!』

 

同じ顔の男女7人が入れ混じりの乱戦となり……島は騒然となる。 途中、魔獣も乱入するも一刀で斬り伏せられ、島中を駆け巡り剣を交じ合わせる。

 

それにエマも必死について行こうとするが……そもそも混戦になった時点で本体が分からないので、攻撃による援護に専念する。

 

「ふうん……イチ姉さんとつるんでいるだけあって、中々やるわねぇ」

 

「あー。 やっと酔いが覚めたー」

 

「やっとですか……」

 

「レトさん……」

 

「ちょっと、決め手に欠けるかな」

 

『——そろそろいいだろう』

 

唐突に、何かの頃合いを見計らっていた球体がレト達の前に出てくる。

 

『諸君、次の段階に入りたまえ』

 

「……了解しました」

 

「やったー! やっと本気が出せるよ」

 

「……あの人なら保ってくれそうね」

 

「…………! 何か大きな力の流れが彼女達から感じられます。 気をつけてください!」

 

「まさか、ルーレで見せたあの青い光を……」

 

何か仕掛ける気だと2人は身構え警戒していた、次の瞬間……

 

「えっ!?」

 

「その銀の髪は……!」

 

突然7人全員、身体の全体が蒼く発光し出し……青い髪が銀髪に変色した。

 

「でやあああああっ!!」

 

「それっ!!」

 

ロクラウラとゴラウラが大振りに大剣を薙ぎ払う。 無造作に、全く届かぬ間合いで振られたが……強烈な衝撃波が起こり、レト達とエマは大きく弾き飛ばされ岩に衝突、そのまま地に倒れふす。

 

分け身は消え、1人になったレトとエマは大きなダメージを追い、直ぐには立ち上がれない。

 

「ううっ……」

 

「こ、この力は……まさか!」

 

『——その昔、帝国の伝承で《鋼の聖女》は別名“妖精の取り替え子”と言われていた。 しかし、事実はそうではなかった』

 

豹変した容姿と力に驚きを隠せない中……等々に球体が語り出した。

 

「え……」

 

「それは……一体どういう事ですか?」

 

『簡単だ。 アルゼイドこそ……妖精の取り替え子だったのだ』

 

『!?』

 

その言葉に2人は驚愕する。 だがもちろん鵜呑みにする訳にもいかない……

 

『アルゼイドこそが妖精の取り替え子。 大陸各地に存在する精霊信仰の真実の一旦にして、古の戦闘民族……それがヴァルキュリア人だ』

 

ラウラ達が攻撃する途中でも目玉は続けて語り……7人を相手にしながらもレトとエマはそれに耳を傾ける。

 

『特徴としては七耀の力を有している事、髪が銀髪である事、そして超常的な戦闘能力を持っている事だ。 どうやらアルゼイドの血筋は“水”の属性に当たるようだ』

 

「そこはどうでも、いいっ!!」

 

『フフ……ヴァルキュリア人は帝国に限らず、大陸各地にその存在が確認されている。 もっとも、長い年月を経てその血筋は薄れ……その存在は歴史の中に消えて行った。 例外としてアルゼイドのような家もあるが……時折、隔世遺伝で力に覚醒する例もある。 君も知っているだろう……《銀閃》を』

 

「…………!」

 

その異名を聞き、レトは一瞬身をすくませる。

 

「そもそもどうやって調べた! アルゼイドの人間がヴァルキュリア人の末裔だなんて聞いた事もない! 母上の事だ、意図的に記録しなかったはず!」

 

『その通り。 力の強大さというより存在そのものを危惧した《槍の聖女》はアルゼイドのヴァルキュリア人の功績を《鉄騎隊》全体の功績にし隠した。 ヴァルキュリア人はいわば空の女神の使徒……天使とも言うべき存在。 信仰が深い教徒からすれば崇める対処であり、毒だ』

 

「ど、毒……? どうして……」

 

「ヴァルキュリア人はいわば現人神……七耀教会にとってはその存在は劇薬に近いんだ。 《銀閃》……僕の知り合いにヴァルキュリア人がいるんだけど……その人物がヴァルキュリア人だと判明したら、その翌日に聖杯騎士団がやってきた。 目的はヴァルキュリア人としての力を無闇に使ったり公表しない事……ヴァルキュリア人の存在は教会を真っ二つに割りかねないんだ」

 

『その通り。 教会は今もなお血眼になって強いヴァルキュリア人の血を引く者の所在を探し回っている——お喋りが過ぎたか』

 

目玉は上昇して再び見下ろし、再開されようとする実験を見直す。

 

ゆっくりとラウラ達が歩み寄る中、レトとエマはよろけながらも立ち上がろうとする。 レトは左手に持つケルンバイターを握り直しながら強く握りしめ……力を解放し、髪色が金髪に変色する。

 

「まさかアルゼイドがヴァルキュリア人だったなんてね……でも、力が上がった程度でこの剣帝を倒せるとは思わないことだね!」

 

「レトさん……私も、魔女の末裔として、貴方に繋ぐ勝利の道を切り開いて見せます!」

 

「あははは!! 面白くなって来たねぇ!」

 

「ふふ……その心意気、へし折ってあげる」

 

「……行くぞ!」

 

再び剣を交じ合わせようとした、その時……

 

「——はあああっ!!」

 

裂帛の声が頭上から降り掛かり……両者の間に人影が落下、土煙が舞い上がる。

 

「うわぁ!?」

 

「何者!!」

 

土煙の中、人影がスクッと立ち上がる。 次第に煙が晴れ、そこにいたのは……

 

「ラ……」

 

「ラウラ!?」

 

対面する7人と同じ顔の青髪の少女……ラウラ・S・アルゼイドが立っていた。

 

「私、達か……こうして見ると、不思議なものだな」

 

「オリジナル……イチ姉さんか」

 

「へぇ、あれが」

 

「……あぁ、やっと来てくれた」

 

「い、いやそれより……」

 

「一体どこから……魔術が発動した気配も無かったのに……」

 

確かにラウラの登場には驚かされたが、それよりもどこから現れたのかに疑問を持つ。 空から降りて来たようだが、頭上には空しか見えない。

 

「それについては後にしてもらおう。 今は彼女達を制圧する!」

 

「りょ、了解!」

 

「彼女達は強敵です。 気をつけて下さい!」

 

3人は改めて戦乙女となったラウラ達と対面し、駆け出した。




今後、4日毎に投稿が難しくなってしまいました。
エタろうとは思っていません。


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83話 決着

あけましておめでとうございます!

遅れながらも新年初めての投稿。 今後ともによろしくお願いします。


ブリオニア島では《Sの血族》7人と、レト達3人が実験の名目で戦いを繰り広げていた。

 

「洸円牙……せいやあっ!!」

 

ラウラを中心に渦が巻き、7人全員を引き寄せ……強烈な回転斬りでまとめて薙ぎ払った。

 

「おおー! 強烈〜!」

 

「いいわ、姉さん……欲しくなっちゃう」

 

「っ……」

 

ニラウラに嫌な視線を向けられたラウラは身震いをおこし、悪寒を覚える。

 

それから逃げるように3人は洞窟に入り、追撃してきたラウラ達をレトとエマが攻撃する。

 

「……このっ」

 

「む?」

 

「よっ……お?」

 

「砕破剣!」

 

「えいっ!」

 

ヨンラウラ、ニラウラ、サンラウラ、が反撃に出たが……天井に大剣が突き刺さってしまった。 狭い洞窟では大剣は満足には振るえない。 その隙にレトとエマが攻撃を仕掛ける。

 

「邪魔です!」

 

ラウラ達をかき分けるようにナナラウラが前に出る。 彼女は他と違い片手剣。 洞窟に阻まれる事なく剣が振るえる。

 

レトとナナラウラが駆けながら剣を振るい、斬り結んで行く。 技量は当然レトの方が上だが、ヴァルキュリアの力の恩恵のおかげで筋力では負けている。 しかし、レトは技で上手く力を受け流し、彼女を疲労させて行く。

 

洞窟は狭いため他のラウラ達も襲ってこず、一対一で相手する事が出来た。 だが……

 

「むぅうー!! めんどくさいなーー!!」

 

「え……」

 

「ちょっ!?」

 

痺れを切らしたロクラウラが力任せに大剣を振り回して突風が起こし、ナナラウラごとレト達は洞窟から吹き飛ばされ、島の反対側に投げ飛ばされる。

 

「なんて力技……!」

 

「私まで巻き込まれているんですが……」

 

「あ……」

 

一緒に吹き飛ばされたナナラウラが岩肌から飛び出したとんがりに服を引っ掛けて宙ぶらりんになっていた。

 

後から洞窟から出てきたラウラ達に発見されると、ロクラウラが人目も隠さず大笑い、他は笑いをこらえていた。

 

「……はっ!」

 

「ふぅ……全く……」

 

「ごめんごめん」

 

ヨンラウラによって助け出される中、レト達はどう対抗するべきか頭を悩ませる。

 

「エマ、なんか使えそうな魔術とかないの?」

 

「そ、そんな都合のいいのは流石に……」

 

「見たところそこまで連携が取れている訳でもない。 戦術リンクで攻めるのがよかろう」

 

「でも単純に力負けしてるからなぁ。 押されると確実に負ける、ちょっと危ないけど……」

 

左手に持つケルンバイターを握る力を込め……宝玉が光を発してレトに力を与え。 髪の色が橙色から淡い金髪に変色する。

 

「ぼくがなんとか押さえ込むから、その間に各個撃破をお願い!」

 

「あ!」

 

「おい、レト!」

 

止める間もなくレトは駆け出し。 今度は3人の分け身を使い、ラウラ達と剣を交える。

 

分け身はそう何度も使える戦技ではない。 一体作るだけでもかなりの技術と神経を使う……もうこれ以上、増やすことも出来ないだろう。

 

『朧月陣……!』

 

『洸翼陣!』

 

お互いに身体能力を高め、時折ラウラとエマが援護に入り込もうとするが……ラウラ達の身体能力が予想を上回り、決め手に欠けていた。

 

「はあっ!」

 

「よっ!」

 

「……ふっ!」

 

分け身を狙った地裂斬の延長にレトがおり、さらに本体を狙った地裂斬がレトに三方向から迫ってきた。 衝撃自体は避ける事が出来たが……

 

「ていっ!」

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ……かはっ!」

 

一気に間合いを詰めてきたロクラウラとニラウラの不意打ちによる蹴りからの鳩尾に膝蹴りを喰らってしまった。 肺から空気を吐き出し、

 

「ぐっ!」

 

「あっ!!」

 

それが一瞬の隙を与えてしまい。 他の分け身に一太刀浴びせられ消滅……ラウラとエマに狙いをつける。

 

「ま、待て……!」

 

「君の相手はワタシ。 めんどいけど」

 

追いかけようとするレトをサンラウラが立ち塞がり、彼女達はラウラとエマを引き剥がし、執拗にラウラを狙う。

 

「やっほー!」

 

「ぐっ……」

 

「ふん」

 

「うあっ!」

 

全方位からの滅多打ちに抵抗するも次第に崩れて行き、傷ついて行く。

 

「そこを退け!」

 

「お断り!」

 

「ラウラさん!」

 

「行かせない」

 

救援に使おうとする2人をサンラウラとハチラウラが妨害。 レトも長期戦の疲労が重なり、無闇に分け身も出来ず突破は難しかった。

 

「はあっ!」

 

「ぐうっ!!」

 

その間に、下から潜り込むようにナナラウラが接近、跳躍と同時に切り上げ。 それによって大剣が打ち上げられ、懐がガラ空きになる。

 

「これで……」

 

「おしまい!!」

 

「がっ……!」

 

そこへニラウラとロクラウラの2人の大剣が交差するように振り下ろされ……ラウラの胸にばつ印が刻まれ、そのまま倒れてしまう。

 

「ぁ……くぅ……」

 

「ラウラっ!!」

 

刃傷により血が溢れ出し、ラウラはうずくまり呻き声を上げながら痛みに耐える。

 

「やったー! 召し捕ったり〜!!」

 

「ふふ、このままお持ち帰りしましょう」

 

「……それ、いいかも」

 

「させません!」

 

援護に向かおうとするエマの前にハチラウラが立ち塞がり、エマが足を止めてしまうと背後からナナラウラが斬りかかる。

 

「無駄ですよ」

 

「きゃあ!」

 

「エマ!! っ……ラウラ! 起きて、ラウラ!!」

 

「……ぐっ、うっ……」

 

「まだ起き上がろうとしますか」

 

「辛くないのー? アタシだったらとっくにギブ〜」

 

「……んな……こんな……」

 

「あん?」

 

レトは残りのラウラを一手に引き受けながら呼びかける。 そして、地面を押し上げるように立ち上がろうろうとするラウラを、ニラウラとサンラウラは見下ろす。

 

「……こんな、所で……やられる訳には……!」

 

「そう」

 

「がはっ!!」

 

「ラウラ!!」

 

まだ諦めないラウラに、ニラウラの蹴りが腹部を蹴り上げる。 鳩尾を蹴られ肺から空気を吐き出し、痛み悶え苦しむラウラ。

 

「沈みなさい」

 

「ラウラーーー!!」

 

倒れるラウラの目の前で大剣を振り上げ、レトの静止の叫びが聞こえる中……大剣はラウラに向かって振り下ろされた時……

 

「—————」

 

「なっ!」

 

ラウラから放たれるように爆発が起こり、それにより近くのラウラ達は吹き飛ばされる。

 

「っ!?」

 

「うわわっと……!」

 

「おや……もしかして、覚醒しちゃった?」

 

『そのようだ』

 

どうやらサンラウラと球体はこの現象に覚えがあるようだ。

 

球体はゆっくりと立ち上がろうとするラウラを凝視する。恐らくはデータを測定しているのだろう。

 

『ヴァルキュリア人がその力に覚醒するためには素質に加え、自身の属性に対応する純度の高い七耀石の保持と、死に直面する必要がある。 ふむ……どうやら彼女達と同じく、大剣に蒼耀石(サフィール)が加えられているようだ』

 

「……な、なんて魔力。 彼女達とは比べ物になりません」

 

「さすがはオリジナル、と言った所ですか」

 

溢れ出るラウラの力に驚愕する中、彼女はゆらりと立ち上がった。 閉じていた目をゆっくりと開き、焦点の合わない眼でラウラ達を見つめる。

 

次の瞬間……ラウラの青髪が銀に染め上げられ、同時に地を蹴って爆発的な速度を出し、ラウラ達との距離を一気に詰める。

 

「おっ——わっ!?」

 

「うひゃああーー!」

 

「きゃっ!」

 

大剣を一振り。 ただそれだけで強烈な風圧が起こり、ラウラ達は踏ん張りも効かずに吹き飛ばされる。

 

「ラ、ラウラ?」

 

「な、なんて力……」

 

『フフフ……これが限りなく純血に近いヴァルキュリア人の力。 本来の数値なら私のホムンクルスが劣るはずはないのだが……なかなかどうして、面白い』

 

球体が冷静に、淡々と考察する中、一部のラウラ達の戦意が増していく。

 

「ふふ、楽しくなってきたわぁ」

 

「……これがイチ姉さんの力。 震えちゃうよ」

 

「いいわ……いいわよ、ラウラ!!」

 

「やっほーいっ!」

 

「っ……!」

 

「あ! ちょっ!」

 

「あーあ」

 

血気盛んな5人のラウラが飛び出す中、ナナラウラとサンラウラはそんなに乗り気では無かった。

 

「させません!」

 

「通させない!」

 

「邪魔よ!」

 

立ち塞がるようにレトとエマがラウラ達の前に出る。

 

だが、その背後でラウラがゆっくりと大剣を背に納めるように振り上げ……いつの間にか地に大剣が置かれていた。 次の瞬間……

 

「うわっ!?」

 

「きゃああああ!!」

 

「おおおぉーー!?」

 

大地を裂くように巨大な斬撃がラウラの前を走る。 ラウラ達やレト達の横を抜け島を飛び出し、水平線の先まで飛んで行った。

 

地裂斬に斬撃が加わった、まるで《光の剣匠》を彷彿とさせる剣技だ。

 

「うわぁ……エゲツなぁ」

 

「ヴァルキュリアだけじゃなく、潜在能力まで目覚めている……でも、このままじゃラウラの身体が保たない!」

 

「元々、瀕死の状態での覚醒。 長引けばラウラさんの命が……!」

 

「………………」

 

ラウラはゆらりと倒れ……姿がかき消える。 すると、距離を詰めてラウラ達の周囲に現れ……

 

「なっ!」

 

「おおっ?」

 

「……っ……」

 

「きゃっ……!」

 

「わわっ!」

 

「速い!」

 

「くっ……」

 

縦横無尽、目にも留まらぬ速さでラウラが他のラウラ達を斬りつけ、一箇所に集める。

 

「ぜあああああっ!!」

 

裂帛の気合い、というより獣の咆哮のような声を上げいくつもの型で大剣を全力で振るい……

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

強烈な風が吹き、レトとエマは腕で顔を覆って耐える。

 

煙が晴れると……そこには7人のラウラ達が倒れていた。 髪色が元に戻っている事から、ヴァルキュリアの力は消えているだろう。

 

「あ、あの剣技は……レグラムでの実習中にアルゼイド卿が見せた……!」

 

「洸凰剣!! ほぼ無意識のうちに放っている。 けど……」

 

ガンッと、ラウラは大きな音を立てて大剣を地面に下ろした。 大剣を持つ両腕は小刻みに震えており、持ち上げる事が出来なかった。

 

「使い慣れてない事に加えて力任せに技を放ったからかなり腕にきている」

 

「それに、もう決着が……」

 

「実験の合否はともかく——」

 

「ウッ……」

 

レトは一瞬で棒立ちするラウラの背後を取って首筋に手刀を打ち込み、気絶して倒れるラウラを支えた。

 

すると身体から発せられていた導力は消え失せ、銀髪は色を失って元の青髪に戻っていった。

 

「ふぅ……なんとかなったかな」

 

「外傷は酷いですが、命に別状はありません」

 

『——実験は終了だ。 ご苦労だったね』

 

頃合いを見計らって黒い球体が現れる。 レトはあまりいい顔をしないで球体を睨みつける。

 

『約束通り、彼女達は好きにするといい』

 

「そうさせてもらうよ。出来ればこんな事、

2度とごめんだけど」

 

『それは残念だ。 さて、これで私は失礼させてもらう……また会える日を楽しみにしている』

 

球体が回転を始め……消えていった。 彼女達を手放すことに本当に躊躇がなかった。

 

その後、レトとエマは8人のラウラを浜辺まで運び介抱した。

 

「さて、ここからどうしたものか……」

 

「え、まだ何かあるんですか?」

 

「いや、どうやってここから出ようかなぁ……って」

 

「あ……」

 

問題は今後……この島から出るにしても移動手段はテスタ=ロッサしかなく、この人数での移動は難しい。 どうしようかと、しばらく立ち竦んでいた。

 

「あれ? そういえば、結局ラウラさんはどうやってここに……」

 

『どうやら終わったようだな』

 

「え!?」

 

エマが質問を投げかけようとすると……上空に、突如として白い飛行艇が出現した。

 

「い、いつの間に……」

 

「光学迷彩……透明になって姿を消していたようだね」

 

「——うん。 頃合いを見計らって出てきたようだ」

 

「あ、目が覚めたんだ」

 

と、そこでラウラが目を覚ました。 何やらラウラは事情を知るようで、白い飛行艇は徐々に高度を落とし……砂浜に着陸。 船底のハッチが開き、老人神父とシスターが降りて来た。

 

「あれは七耀教会の……」

 

「あなたは……」

 

「——初めまして。 私は七耀教会・星杯騎士団所属。 守護騎士(ドミニオン)第八位……《吼天獅子》バルクホルンという。 以後、お見知りおき願おう」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

シスターによってラウラ達が白い飛行艇……メルカバに乗せられる中、バルクホルンがレト達に事情を説明していた。

 

「とある情報筋から騎士団はアルゼイド家の血筋からヴァルキュリア人の複製体が作られた事を知った。 我らは彼女達を保護するべく、この地に訪れた」

 

「あの球体から聞いていた通りですね」

 

「そもそも、騎士団はアルゼイド家がヴァルキュリアの血筋を引く家だと知っていたのですか?」

 

「獅子戦役の終わりにな。 当時、騎士団はレグラムを訪れ、当時のアルゼイドの当主と制約を交わした。 自身がヴァルキュリア人の末裔である事を秘匿する、というな。 そして長い月日が経ち、アルゼイド家はその制約すら忘れ去られていた」

 

「確かに。 父上からも、家の蔵書からもそのような話は聞いたことがない」

 

「恐らく、意図的に記録、口伝をしなかったんだと思う。 知らない方が安全だしね」

 

最初の世代はいいかもしれないが、月日が流れて行くうちに悪用する者が出てくる可能性は低くない。 知らないままの方が教会としても監視はしやすかっただろう。

 

「それで、ここにはアインさんの指示で? それとラウラとはどう言った経緯で同行していたのですが?」

 

「うむ、私がここに来たのは確かに総長の命令でな。まあ、彼女と会ったのは偶然だが」

 

「偶然、ですか?」

 

「ラウラが僕達を追いかけようとして……どうやってあなたと同行する事になったのですか?」

 

ラウラとバルクホルンが出会った経緯が読めず、レトが質問すると答えてくれた。

 

「私は其方達の不在を知るや否やルーレで無理に降ろしてもらい、鉄道で追いかけようとしたところ……曲がり角でバルクホルン殿にぶつかってしまってな」

 

「私はその時、内戦の影響を見て各地の教会を見に回っており、それでルーレ教会の帰りにな……慌てていた様子で事情を聞き。 偶然にも目的が一致した、と言ったところか」

 

「そうだったのですか……」

 

それでメルカバに同乗し、ここまで送ってもらった後、レト達の間に降下し間に割って入ったようだ。

 

納得した所で、バルクホルンがラウラ達の前に出る。

 

「さて。 我らがここに来たのは他でもない……オリジナルを含めた、彼女達についてだ」

 

「ラウラさんと、彼女達に?」

 

「………………」

 

星杯騎士団がここに来た理由だろう。 バルクホルンはラウラと、ラウラ達を視界に入れながら本題に入った。

 

「さっきの球体から聞いていると思うけど、教会はヴァルキュリア人を探しているんだ。 目的は無闇に力の保持や使用を控えるように法術による制約、もしくは保護をしている。 無闇に教会を混乱させないための処置だから、心配しないで」

 

「承知している。 私もこれ以上無用な混乱は避けたい、制約に応じよう」

 

「感謝する」

 

バルクホルンはラウラが応じてくれた事に感謝し、改めて説明を始める。

 

「君には制約……つまり法術による暗示を受けてもらう。 暗示の内容は先程言った通り、君自身と君の家がヴァルキュリアの血筋である事を秘匿する事、そして力の乱用を避ける事……相違はないな?」

 

「うん、それで問題はない」

 

「それではラウラ様には制約を。 彼女達は保護……それでよろしいですか?」

 

「承知した」

 

「では、始めるとしよう。 身体の力を抜いてくれ」

 

バルクホルンは聖杯のエンブレムが描かれたメダルを取り出し、目を閉じて身体の力を抜いているラウラに向けた。

 

(聖杯のメダル……?)

 

「——空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り」

 

聖句のようなものを紡ぎ出すと、メダルが仄かに光輝き始める。

 

「空の金耀、識の銀耀——その相克をもって秘蹟へ至る道を彼の者らに指し示したまえ」

 

光がしぼむように消え、次にラウラの身体から同じ光が纏われる。 ラウラは身体を見下ろして驚き……すぐにその現象は収まった。

 

「これで制約は成った。 快く協力してくれ誠に感謝する」

 

「この子達の身柄は七耀教会、星杯騎士団で預かります。 心身に異常がない事を確認し次第、その後の方針は彼女達の意思を尊重します」

 

シスターはそう言う。 よくわからなかったのか、彼女達は首を傾げたり顔を見合わせたりし、バルクホルンが補足説明をする。

 

「勝手に教会を出て行っても、そのまま残ってもいい。 商売がしたいんならその手伝いもする、そなたの元に行きたいのなら連れて行こう……そういう事だ」

 

「……まあ、それがいいかもしれません。 生まれが変わっていたとしても、自分で進むべき道を決めるのは人間として当然ですからね」

 

生きる意味を持たない彼女達には酷な選択かもしれないが、それが人であれる第一歩……先ずはそこから始めるべきだ。

 

と、そこへラウラ達を乗せて行ったシスターがメルカバから出てきた。

 

「出発の準備は整いました。 法国に向かう前に、先ずは皆さんをトリスタにお送りします。 明日はあなた方にとって大切な日なのでしょう?」

 

「は、はい!」

 

「感謝する」

 

「騎神はメルカバの後に続いてくれ。 飛ぶための霊力はこっちで送る、心配はない」

 

「分かりました」

 

トリスタまで送り届けてくれるそうで、バルクホルンに連れられてレト達はメルカバに向かって歩き出す。

 

「そういえば煮て良し、焼いて良し、薬味などにオススメなネギさんは元気ですか?」

 

「《千の護手》はクロスベルにいる。 《蒼の聖典》と協力して事態に対処している」

 

「あの大樹に関しては」

 

「まだ何も。 もしかしたら移動中に得られるかもしれんな」

 

ある人物の呼び名を軽くスルーしながらレト達はメルカバに乗り込んだ。

 

すぐにメルカバは離陸し、その後をテスタ=ロッサが追って飛び立つ。 離陸してすぐに光学迷彩を起動し、周囲に溶け込むように透明になると東に向かって飛翔した。

 

 



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84話 トリスタ奪還作戦

遅れて申し訳ありません。

色々と忙しくなってきた事に加えて、筆が乗らない日々が続いてしまいました……


 

「うーん……これ間に合うかなぁ?」

 

「ナァー」

 

そう、1人ごちるレトはメルカバの甲板にいた。 下を覗き込むと、ちょうどガラ湖が見える。 現在の時刻は11時……作戦開始時間は正午、トリスタまで残り1時間……ギリギリと言った所だろう。

 

「それにしてもすごいなぁー、テスタ=ロッサの姿が全然見えない」

 

今はメルカバの機体上部は目で認識出来るが、下部は透明で地上から見上げても見える事はない。 それと同じく後ろに着いて飛行しているテスタ=ロッサ、見えないが飛行音がしているので実際にそこにいる事を改めて実感する。

 

「落ち着かないのか?」

 

そこへバルクホルンが甲板に出てきた。 問いかけにレトは静かに頷く。

 

「まあ、そうですね。 勝手に抜け出した事も悪いと思っていますし、ちゃんと皆でトリスタを取り戻したいです」

 

「その心意気、そなたの長所であり短所だ。 己が出来ない事を知りながら誰も頼ろうとはしない……」

 

「自覚はしています。 でも性分なもので」

 

極力控えようと努力しているが、直そうとまでは思っていないレトである。

 

「半刻程でトリスタ上空に到着する。 戦の準備を整えておく事だ」

 

「はい」

 

「ナー」

 

バルクホルンは船内に戻って行き、遅れてレトも船内に戻った。 武器の整備やアークスの調整も既に終わらせたため手持ち無沙汰になり……残りの時間は他のラウラ達を見て回る事にした。

 

ラウラ達は武器は没収されているが拘束、監禁されている訳では無く。 船内である程度自由にしている。

 

「あら?」

 

「やあ」

 

最初は青い眼のニラウラ。 1階のカウンター席に座っており、その隣には赤い眼のサンラウラ。 第一印象通り、酒を飲んでいた。

 

「こんな所にいていいのかしら?」

 

「準備はもう終わってね。 その様子だと遺恨を残していなそうで良かったよ」

 

あの戦いで恨みを持たれ険悪な雰囲気にならなかった事に安心しつつ、隣に座る。

 

「それで少し聞きたいんだけど、君達は今後どうするんだい?」

 

「今後?」

 

「ぷはぁー!」

 

その問いに、ニラウラではなくコップを下ろしたサンラウラが首をひねって考える。

 

「んー、そうねぇ……私はご当地、お酒巡りの旅でもしようかしらねぇ〜」

 

「……ああ、そういう事。 そうね……イチ姉さんでも奪ってしまいましょうか」

 

「へ?」

 

サンラウラとは違い全く思いがけないニラウラの答えに、レトは一瞬呆けてしまう。

 

「私、ああいう堅実な人を見ると……人柄、人間関係、地位。 その全てを壊して、その全てを奪いたいのよ」

 

「へ、へー……」

 

「まあ、そのうちにだけど」

 

それを聞いて少しは安心したが……やめる気は無いようで、今後かなり心配になって来る。

 

次にテーブル席に座っていた紫色の眼のヨンラウラと黄色い眼のナナラウラ、橙色の眼のハチラウラの元に向かった。

 

「や。 調子はどう?」

 

「あなたは……」

 

「……何しに来たの?」

 

どうやらヨンラウラはあまり歓迎してはいなそうだ。レトは彼女達の正面の席に座る。

 

「少しね。 アルテリア法国に連れて行かれるみたいだけど、その様子なら心配はなさそうだね」

 

「他人の心配をするよりご自分の心配をなさってはいかがです? この後すぐに大事な作戦があるのでは?」

 

そういうナナラウラは眼鏡をかけており、片手で縁をクイっと押し上げて位置を直す。

 

「君って目が悪かったの? とてもそうは見えなかったけど」

 

「私は少し乱視でしてね。 戦闘に支障はありませんが、戦闘時以外は眼鏡をかけています」

 

意外にも似合っており、冷静な性格もあって理知的な雰囲気を出している。

 

「今ラウラ達に聞いて回っているんだけど、君達は教会から解放された後、どうするつもりなんだい?」

 

「……さあ、私はそのうちに。 でも、私達姉妹は離れ離れにはなるでしょうね」

 

「………………」

 

寂しそうな顔をしながらそういうヨンラウラ。 と、そこで静かにしていたハチラウラが口を開く。

 

「私は当分、旅をしようと思っています。 ある程度気が済んだら、 遊撃士になろうと思っています」

 

「へぇ、遊撃士に……ナナラウラは?」

 

「私もヨン姉さんと同じです。 身の振り方はゆっくりと考えないといけませんし」

 

「なるほどね」

 

お礼を言いながら席を立ち、次は工房内にいた藍色の眼のゴラウラと緑色の眼のロクラウラがいた。

 

「あ、レトー!」

 

「あら」

 

工房に入ってきたレトに気付くと2人は機嫌が良くレトを呼ぶ。 他のラウラ達以上に遺恨は全くないようだ。

 

「どうしたの?」

 

「ラウラ達に挨拶回りね。 それで皆の今後について聞いていたんだ」

 

「ふーん?」

 

「2人は教会から解放された後、どうするつもり?」

 

「うーん……私は戦えるならなんでもいいからなー。 ハチラウラみたいに遊撃士になるのもいいけど縛られるのもどうかだしー。 うーん……」

 

「私も特に何も考えないわ。 風の気の向くまま、その時になったら考えるわ」

 

「姉妹なのにまとまりがないなー」

 

「ナァ」

 

ルーシェも呆れて溜息をつく。 レトは教会から出た後、世に出た後のラウラ達を考え……心の中で静かに溜息をついた。

 

◆ ◆ ◆

 

 

1時間後、トリスタ上空——

 

『——指定ポイントに到着しました』

 

メルカバはその場で停止。 レト達3人は甲板におり、真下に見えるトリスタの街と……トールズ士官学院を見下ろす。

 

「見えました!」

 

「カレイジャスもすでに到着して作戦を始めたようだな」

 

遥か遠くでも見える紅い船体。 レトは一瞥した後、軽く飛び手摺の上に立った。

 

「予定通りならリィンは東トリスタ街道から攻め、僕は西トリスタ街道に攻めることになっている。 僕はこのまま西トリスタ街道に降下する。 2人は転移で皆と合流して裏門をお願い」

 

「承知した!」

 

「どうかお気をつけて」

 

レトは一転してからゆっくりと後ろに倒れ……その身を空に投げ出した。 トリスタに向かって落下するレト。 それを追いかけ透明化を解いたテスタ=ロッサが急降下、レトが転移で搭乗すると姿勢を立たせて背中のブースターが噴射、西トリスタ街道に着陸した。

 

その間にメルカバはこの空域を離脱、アルテリアに向かって飛んで行った。 また彼女達に会える日を楽しみにしつつ、前を見る。

 

「なっ!?」

 

「あ、緋い騎神!」

 

「くっ、2機の騎神による左右からの同時攻撃か! だが、我らは決して屈しはしない!」

 

分かってはいたが、やはり引く気はないようだ。

 

『敵機を確認』

 

「ゴライアスとケストルの後継機ってところだね。 解放戦線と違って領邦軍に死ぬ覚悟なんてないと思うし……オーバーフローによる自爆はないだろう。 遠慮なく倒させてもらうよ!」

 

テスタ=ロッサは槍を抜き側に走り出し……

 

「——結べ、蜻蛉切!!」

 

一瞬で背後を取り、通り抜き側に2機の四肢を切りつけてショートさせ、動けなくした。 残存する機甲兵が無いことを確認し、レトはテスタ=ロッサから降りる。

 

「うーん……! いい調子だね。 絶好調」

 

「行かせるわけにはいかない!」

 

「はぁ」

 

まだ立ち塞がろうとする歩兵の領邦軍に溜息をつくと、銃剣を抜き側に射撃。 彼らの足元に銃弾が撃ち込まれる。

 

「…………?」

 

「どこを狙って——」

 

竦めた身を戻そうとすると……一歩も、石になったかのように身体が動かせ無かった。

 

「なっ!?」

 

「う、動けない!」

 

影蕾(かげつぼみ)……もう指一本も動かせないよ」

 

「レト!」

 

レト達はほぼ乗馬部しか使わない裏門前でアンゼリカ達と合流した。

 

「やあ、元気そうだね」

 

「1日2日合わなかっただけで体調は崩れませんよ」

 

「心配したよ。 いきなりいなくなるんだから」

 

「いつもの事ながら、勝手し過ぎではないか?」

 

「あはは、そうかも」

 

「この事については後ほど。 今は学院を取り戻すことが先決です」

 

「うん。 行くとしよう」

 

色々と聞きたいことはあるようだがそれは後回しにし、レト達はグラウンドに突入した。

 

「さて……潜入できたのはいいが……」

 

「そうすんなり行くわけもありませんか」

 

グラウンドの真ん中、そこに2年の貴族生徒がレト達の前に立ち塞がっていた。

 

貴族生徒の1年のフェリス、その兄であるヴィンセント・フロランドとそのメイドであるサリファ。 乗馬部の部長のランベルト。 2年生最強の剣士とも言われるフェンシング部のフリーデルの4人が。

 

「久しいな、アンゼリカ。 そして特化クラスVII組諸君」

 

「フハハ、よく来たな!」

 

「ロギンス君とアランくんはさすがにいないか。 まあ、それはお楽しみとした取っておくとして……」

 

残念そうな顔をして嘆息した次に、フリーデルはレトに視線を向ける。

 

「レト・イルビス。 内戦時に風の噂で聞いたけど、なんでも《剣帝》なんて二つ名で呼ばれているそうじゃない?」

 

「……ええ、まあ一応」

 

「ふふ、士官学院の入学以降、優秀な問題児として色々と聞いていたけど……いち剣士として、本気の手合わせをお願いして欲しいわ」

 

「仕方ありませんね……」

 

「やれやれ、どうやら一筋縄ではいかないようだね」

 

突き付けられたレイピアを一瞥しながら銃剣を抜く。 それに続き、他のメンバーも武器を構える。 すると……彼らは戦術リンクを起動した。

 

「戦術リンク……適性が低くても使用でるまでに至っていたか」

 

「だが、練度はこちらが上……負ける通りは何一つとしてない!」

 

「フハハ、来るがいい!」

 

「舞踏会の開幕だ。 存分に楽しもうではないか!」

 

「お供いたします」

 

ヴィンセントが先導し、サリファ達が戦術リンクによる無駄のない動きで接近して来る。 レト達に比べれば劣るが、よく統率が取れている。

 

「疾ッ!」

 

先手でレトが一瞬で飛び出し、ヴィンセントに向かって剣を振るう。 それを予期していたかのように、フリーデルが前に出て剣を受け止めた。

 

「流石ですね」

 

「それほどでも!」

 

レトとフリーデルが戦いを繰り広げられている間に……他の場所でも一対一、前哨戦である個人戦が繰り広げられていた。

 

「はっ!」

 

「ソウルブラー!」

 

サリファによって撃ち出された銃弾をエマがアーツで防ぎ。

 

「フハハ、いいぞユーシス君!」

 

「部長こそ、いい太刀筋です!」

 

同じ乗馬部とした剣を交わせるユーシスとランベルト。

 

「我がライバルのアンゼリカ。 また一段と腕を上げたな!」

 

「そっちこそ。 中々の功夫じゃないか」

 

お互いを賞賛し合い、得物を交わせる中……ラウラが側面から回り込もうとしていた。

 

「……序章はこれくらいでいいだろう。 サリファ!」

 

「はっ」

 

サリファの2丁拳銃から地と水の弾丸が放たれ、回り込もうとするラウラの足元に鋭い岩と氷が飛び出して来た。

 

「はあっ!!」

 

進行を止められた隙にランベルトが大きな声で気合いを入れ、筋力の底上げを行い。 回り込んできたラウラに大剣を振り下ろした。

 

「ぐっ!」

 

「受け止めるか。 だが力はこちらが上だ!」

 

「せいっ!」

 

押し込まれそうになった所をユーシスが剣を振って割って入り身を引かせ、さらにユーシスは畳み掛ける。

 

「させん!」

 

「くっ……」

 

接近して来たユーシスをヴィンセントが槍のリーチを生かし距離を取らせ、距離が離れるとサリファが銃弾を撃ち込んでくる。

 

「比翼・(つばくろ)!」

 

即座に銃剣を変形させて銃口を構え、撃ち込んできた銃弾を銃弾で撃ち返した。

 

「嘘でしょう!?」

 

「現実ですよっと!」

 

「エクスクレイドル!!」

 

驚愕するフリーデルを蹴り飛ばし、背後からエマによるアーツの援護が飛んでくる。 足元に輝く十字架が出現し……ヴィンセントが駆け出し、回避と突撃を同時に行った。

 

「はああああっ!」

 

「ふっ!!」

 

ヴィンセントの連続の突きを……寸分違わず、同じ速度と同じ箇所の突きをユーシスは繰り出す事で防いだ。

 

「ヴィンセント様!」

 

「ダメだ、サリファさん!」

 

「逃さぬ!」

 

洸閃牙——ラウラを中心に巨大な渦が巻き起こり、ヴィンセント達はラウラに向かって吸い寄せられる。

 

「くうっ!」

 

「なんて吸引力だ……!」

 

「だが、その戦技は知っている!」

 

フリーデルは吸い寄せられ事を逆に利用して反撃に転じる。

 

「レト!!」

 

「よっ……今です!」

 

「——アンゼリカ先輩!」

 

「ドラグナーハザード!!」

 

ラウラが合図を送ると……鉤爪ロープが飛来してラウラの胴体に巻き付き、勢いよく引き寄せられてその場から離脱。

 

そして、その場にはヴィンセント達がまとまっており、間髪入れずに頭上から龍のオーラを纏ったアンゼリカが急降下。 そのまま戦技が直撃し、4人は勢いよく吹き飛ばされた。

 

「くっ……」

 

「ま、まだだ……!」

 

「——そこまでです」

 

そこで、止めに入るように制止の声が聞こえてきた。 声のした方向を向くと、白衣を着た老婆とちょび髭の男性が階段を降りてきた。

 

「あ……」

 

「ベアトリクス先生に、ハインリッヒ教頭」

 

「久し振りだ、諸君」

 

「もしかして横から見ていたんですか?」

 

「ええ、互いが力を尽くしたとてもよい立ち合いでした」

 

両者を賞賛しながら拍手を送ると、正門方面に視線を向ける。

 

「どうやらあちらも終わったようですね」

 

ベアトリクス教官は踵を返して校舎に向かって歩いて行く。 ついて来いと言っているようだった。

 

彼女の後に続きレト達は正門前に向かうと……そこでリィン達とパトリック達がいた。 決着はついたようで、互いに和解しているようだった。

 

「そっちも終わったようだね」

 

「あ!」

 

「レト! 今までどこに行ってたんだ!」

 

「エマ……あなたまで勝手に行ってしまうなんて予想外だったわ」

 

「ごめんなさい、セリーヌ。 レトさんに頼まれてつい」

 

「フフ、何はともあれ、またVII組全員揃ったわね」

 

トールズ士官学院を出てから約2ヶ月……レト達、VII組はようやくここに戻って来れた。すれ違っていたが、手と手を取り合い、ようやくお互いを仲間として認め合い……トールズ士官学院の心は1つとなった。 たが、内戦はまだ終わってない。 気は抜けないとはいえ、今この時だけは喜び合ったのだった。

 



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85話 前夜

夜——

 

ひと段落したところでリィン達はレトとエマを問い詰めた。 理由は当然勝手に出て行った経緯について……だが2人はその理由を黙秘したためややこしくなったが、ラウラとなぜかトマス教官がフォローしてくれたためことなきを得た。

 

「ふーー……」

 

占領という束縛から解放されたトリスタはほぼお祭り騒ぎ、大人も子ども喜び合った。

 

その喜びと笑い声の喧騒から少し離れた西トリスタ街道の入り口、そこにレトとテスタ=ロッサ、ヴァリマールが共にいた。 レトはテスタ=ロッサの足に寄りかかり、先程売っていたリンゴのジュースを飲んでいた。

 

「やっとここまで来たような、まだまだ遠いような……そんな感じだねぇ」

 

ここからでも帝都ヘイムダル、バルフレイム宮の一部が目視できる。

 

明日は皇族の救出に向かうため、トールズ一同はカレル離宮に向かうことになっている。 つまり、実の所レトの住んでいた家に帰ると同時に家族を救出しに行く訳である。

 

「物騒な帰宅になりそうだね」

 

「ナァー」

 

レトの言葉にルーシェは同意するように鳴く。 そこへ、町からリィンが歩いてきた。

 

「ここにいたのか、レト」

 

「やあ、リィン」

 

「ナァオン」

 

「この様子だと無用かもしれないが……ありがとう、守りをかって出てくれて」

 

『フフ、ソナタラノ影響ヲ多少ナリトモ受ケタラシイ。 皆デ取リ戻シタ大切ナ場所……セメテ今宵ハ感慨ニ浸ルトヨカロウ』

 

『我もそのついでだ。 気にするでない』

 

「はは、ありがとう。 しかし……最初に比べるとスムーズに話せるようになっているよな。 まあ、テスタ=ロッサよりは拙いけど」

 

「出来事を記憶する部分が回復しているんだと思う。 旧校舎の地下で眠りにつく前だし……何か思い出した?」

 

『ウム。 私ガ眠リニツイタノハ250年ト128日前——以前ノ起動者ハ、どらいけるす・あるのーるトイウ』

 

その名に、レトとリィンの2人はある人物を思い出す。

 

「ドライケルス・ライゼ・アルノール……《獅子心皇帝》……エレボニア帝国中興の祖。 精霊窟で幻影(ビジョン)を見てもしかしてとは思ったけど……」

 

「え!? 見たの! 父上の姿を見た事があるの!?」

 

「あ、ああ……精霊窟で度々……」

 

「ああーもう、そんな事ならついて行けばよかった……」

 

「ナァー」

 

今更ながらにレトはリィンについて行かなかった事に後悔する。

 

「…………ん? 父、上? もしかしてレト……お前の父親って……」

 

「あれ? 言ってなかったっけ? 僕の両親は《獅子心皇帝》と《槍の聖女》って」

 

「聞いてないぞ……」

 

肝心なところをいつも言い忘れレト。 何度も体験してきたが今回ばかりは驚いてしまった。

 

『“場ノ記憶”ト共鳴シタノダロウ。 カツテどらいけるすモソナタト同ジク精霊窟ヲ訪レタ』

 

「そこでゼムリア鉱石を手に入れて武器を作った……リィンも父上と同じ軌跡を辿ってわけだね」

 

『我も同様に記憶素子の損傷が激しく、記憶の断片しかないが、我も当時は敵として彼らと相対していた』

 

獅子戦役当時、テスタ=ロッサは偽皇オルトロスによって目覚めさせられ、ヴァリマールに乗るドライケルスと《槍の聖女》と戦った。

 

「そうだったのか。 さすがに伝説の皇帝と同じ立場なのは面映ゆいけど……」

 

「どんな人だったの、父上は?」

 

『フム、豪放磊落ニシテト泰然自若イウベキカ——茫洋トシナガラモ大胆不敵、自由キママデ傍若無人……ドコマデモ懐ノ深イ男デアッタ。 時ニ子供ノヨウナ目ヲシテイタガナ』

 

「それは……まさしくレトの父親だな」

 

「それどういう意味?」

 

リィンの言い分にレトはジト目で睨みつける。

 

『フフ、ソナタトモ昔ニ一度合間見エタ事ガアル。 ソノ時ハホンノ小サナ赤子ダッタガ』

 

「え……」

 

『戦ガ収束シタ直後、どらいけるすハソナタヲ魔女ノ元ニ連レテ行ッタ。 恐ラクソノ時ニコノ時代ニ飛バサレタノデアロウ』

 

「そこはルーシェが連れて来てくれたとは知っているけど……そうだったんだ、昔にヴァリマールと……」

 

当時は赤ん坊だったために記憶にはないが、レトは長い月日を経て再開できた事を嬉しく思った。

 

「レトはその、どう思っているんだ? 両親の事を……」

 

「……毎日のように父さんと母さんと触れ合う機会はそうそう無かったけど……ひと度会う時、とても良くしてくれた。 兄さんも、アルフィンも、セドリックも……2人とも僕の本当の両親について知りながらも受け入れてくれた。 まあ、周りはそうじゃなかったけど。 身元不明な子どもを皇族の側に置けないとかで邪険にされていたよ」

 

「そうか……実害が無かった俺は、恵まれていたのかもしれないな。 シュバルツァー家も、ユミルの皆もとても良くしてくれた」

 

「そう……僕はこの人生の半分を明日向かうカレル離宮で過ごしてきた。 道案内は任せておいて、秘密の抜道だって知っているんだから」

 

「ああ、明日はよろしく頼む」

 

と、そこでレトは顔を真上に上げ。 テスタ=ロッサを見つめてから、ゆっくりとリィンの目を見つめた。

 

「……リィン。 いつか必ず……僕達は騎神と別れることになる」

 

「レト……?」

 

「恐らく明日、世界は分岐点を迎える。 その佳境の先に……何があるのかは分からないけど、彼らと別れる事は間違いないと思う」

 

「それは……」

 

「彼らは、いつまでも僕達に寄り添える存在じゃない。 覚悟だけ、しておいて」

 

「……ああ、分かった」

 

レトは寄りかかっていた身を起こし、身を返してテスタ=ロッサと向かい合った。

 

「でもそれまでは……せいぜい付き合ってもらうよ」

 

『フフ、よかろう。 偽りではなく、真実の皇帝の生き様……しかと見定めるとしよう』

 

 

◆ ◆ ◆

 

リィンはもうしばらくヴァリマールと話しているといい、レトは西トリスタ街道から町に戻った後士官学院に向かい、学生会館2階にある写真部に向かった。

 

部室には誰もいなかった。 フィデリオは分からないが、レックスはこの気の緩んだ隙に女子を撮りに行っているのだろう。

 

「さてと……」

 

レトは自分が今まで撮って来た写真が貼られている壁に向かう。 写真は魔獣か風景画が多いが……レト達VII組メンバーの写真も疎らにあった。

 

「また、こんな日々が続けるようになるのかな……?」

 

「ナァオン」

 

「——兄様(あにさま)?」

 

と、突然そこへアルフィンが写真部に入ってきた。

 

「アルフィン、どうかしたのかい?」

 

「いえ、兄様がここに入っていくのが見えたので。 ここが兄様が所属している部活なのですか?」

 

「あー、うん。 趣味そのままだけどね」

 

アルフィンはレトの隣まで来て、壁に貼られたら写真を覗き込む。

 

「まあ……フフ、相変わらず魔獣ばかりお撮りになられているようですが、VII組の皆様、とても良い顔をしておられます」

 

「そうだね。 僕もそう思うよ」

 

レトはアルフィンの頭を投を優しく撫でる。 するとアルフィンは悲しそうな、しかし気丈に振る舞いながらレトに向き直った。

 

「兄様。 必ず、必ず明日は元気なままの姿で……お父様とお母様、そしてセドリックと一緒にお帰りになられてください」

 

「……うん……明日、必ず僕達の弟と両親を取り戻してみせる。 必ず」

 

「……はい」

 

「それで、ひとつ頼みがあるんだ」

 

「兄様……?」

 

いつになく真剣な表情をするレトを見て、アルフィンも緊張して息を飲む。

 

「僕は、家族を……アルフィン達を迎えてやれないかもしれない。 そうならないように努力はするけど……もしも、僕がいなかったら、代わりにアルフィンが——元気な笑顔で、兄さん達を迎えて」

 

「あ……兄様ーッ!」

 

感極まったのかアルフィンは涙を浮かべながら駆け出し、両手を広げてレトに飛びかかる。 そんなアルフィンをレトは手を差し出し、人差し指を丸めて親指で抑え……

 

ビシッ!

 

「あうっ!?」

 

デコピンした。 アルフィンはそのまま尻餅をついて倒れる。

 

「な、なんてことするんですか!」

 

「アルフィンは元気で、眩しいよ。 そういうアルフィンのままでいてね」

 

文句を言いながら突っかかってくるアルフィンの頭を片手で抑えながら、聞こえないようにレト呟いた。

 

それからプンプンと怒るアルフィンを連れて学院を見て回りながら顔見せをし……次にギムナジウムに向かった。

 

「兄様」

 

「……? アルフィン?」

 

ギムナジウムに入ろううとすると、アルフィンが入り口前で足を止めていた。

 

「わたくしはここでお待ちしいています。 少し歩き疲れてしまって、夜風に当たってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、そうか。 結構歩いたしね。 分かった、中庭のベンチで休んでいて。 後で迎えに行くから」

 

「はい。 兄様、()()()()()()()()()()

 

「??」

 

何のことやら分からないままギムナジウムに入るレト。

 

「あれ、いないなぁ?」

 

ある人物を探してプールを訪れたが、そこには誰もいなかった。 次は練武場を探しに行ってみると……

 

「いた、ラウラ」

 

「……む、レトか」

 

「やっぱりここにいたんだ」

 

「うん。 ここギムナジウムには色々と思い入れがあるからな。 水泳部てま活動したプールはもちろん、この練武場も懐かしい限りだ」

 

「授業でも使っていたし、時々ラウラと剣の稽古をしていたしね」

 

「ふふ、そのうち改めて、レトとも立ち会ってみたいものだ。 まだまだそなたの本気の剣を受け止める事は出来ぬが……心地よく斬り結ぶことはできそうだ」

 

「ラウラならすぐに追いつくさ。 それまで、僕自身の……《剣帝》レミスルトとしての剣を見つけてみせる」

 

左手を握って意気込むレト。 しばらくしてラウラは少し考え込んだ後、口を開く。

 

「レト、折り入って頼みがあるのだが」

 

「頼み……? 何かな?」

 

「あとで第三学生寮に行こうと思っていたところでな。 その、よかったらだが……レトも一緒にどうだ?」

 

「そういえばまだ自室を確認してなかったっけ……分かった、いいよ」

 

「そ、そうかっ」

 

レトが頷いたのを見ると、ラウラはホッとしたように、しかし嬉しそうな顔を見せる。

 

「あー、でも少し待って。 外でアルフィンを待たせているんだ。 一度カレイジャスに送り届けないと」

 

「分かった。 時間を置いて、寮で待ち合わせよう。 殿下にもよろしく伝えて置いてくれ」

 

「了解。 また後でね」

 

後で待ち合わせる約束を交わし、2人は別れる。 ギムナジウムを出ると中庭のベンチに座っていたアルフィンがレトに気付き、小走りで近寄って来た。

 

「ラウラさんはなんと?」

 

「どうしてラウラと会っていたのを知っているのはさておき……よろしくだって。 さ、カレイジャスまで送るよ」

 

「はい。 よろしくお願いします(とても気になりますけど……兄を送るのも妹の務め。 頑張ってください、兄様)」

 

何やら含みのある視線を向けられていたが、とにかくレトはアルフィンを送り届け、カレイジャスに戻って行った。

 

その後はトリスタを見回りつつ、入学からVII組が暮らしていた第三学生寮に足を向けた。

 

「あれ、リィンにアリサ」

 

「レ、レト!?」

 

「ど、どうしてここに……?」

 

寮に入ると、ちょうどリィンとアリサが出て行くところに出くわした。 何故か2人の顔は赤くなっていたが……

 

「寮の自室を確認しにね。 それよりどうしたの? 2人とも、顔真っ赤だけど?」

 

「す、少し寮の中を歩き回ったせいで火照ったのよ」

 

「い、色々と確認したかったからな」

 

「ふーん?」

 

何故居づらそうで、2人は逃げるように去って行った。 レトは「ま、いっか」と頭の隅に放り、第三学生寮に入った。

 

寮内は変わっているところは無く。 逆に2ヶ月間放置されているにも関わらず綺麗だった。 どうやら定期的に掃除の手が入っているようだ。

 

「レト——もう来ていたのか」

 

しばらく1階を眺めていると、ラウラが寮に入って来た。

 

「待たせてしまったか?」

 

「丁度今来たところ。 そっちの用事は済んだの?」

 

「うん、顔見せも一通りな。 ……それにしても……」

 

ラウラは寮内を見回す。 何も変わってない事に安心し、少しだけ感動する。

 

「ようやく……帰ってこれたのだな。 我らVII組が寝食を共にした、この懐かしい場所に」

 

「うん……とりあえず、自分達の部屋を見て回ろうか」

 

「うん、行くとしよう」

 

「……クァー……」

 

ルーシェがソファーに寝そべり寝始める中……2人は早速、同じ階にあるレトの部屋に向かう。 そこは……相変わらずの惨状だった。 書類や写真が床を埋め尽くし、本の山があちらこちらに出来ている。

 

呆れるラウラとあははと苦笑いするレト。 とりあえず本を棚に戻し、紙類ら大雑把に纏めた。 それからラウラの部屋に向かい、一通り回り終えると三階の踊り場で足を止めた。

 

「この内戦が終わったら……また、元の学院生活に戻れるのかな?」

 

「……分からぬ。 でも、必ず乗り越えられると信じている。 皆と一緒に」

 

「フフ、そうだね。 VII組なら——僕とラウラの剣ならね」

 

心意気を新たに感じ、明日の決戦に備える。 と、そこで唐突に、ラウラはレトの正面に立った。

 

「——レト、そなたに聞きたい。そなたは—— “剣の道”が好きか?」

 

レトはその質問に覚えがあった。

 

「ケルディックでのリィンに送った質問だね。 でも、どうして?」

 

「なに、対して意味はない。 ただ——この先の戦いで何かが変わってしまう前に。 言葉にして……聞きたいだけなのだ」

 

「そう……」

 

少しだけ考え込み……思い浮かんだ言葉を口にする。

 

「剣の道……その道筋に《剣帝》の剣が入っていいのかは僕には分からない。 でも、この手で振るう剣が道となるなら……僕の誇りが剣となって前に進む。 義務かもしれない、好きなのかもしれない。 でも……それがレミスルトだから。 って、答えになってないねこれ」

 

「ふふ、そなたらしい答えだ。 そなた自身が剣となり道となる、始めて会ったあの時から何も変わってない……私も同じだ。 あの時から、志は何一つ変わっていない。 己の誇りの全てを預け、ただひたすらに高みを目指して打ち込めるもの。 それが、私にとって最も大切な“剣”の在り方だ」

 

自分も質問の答えを回答し……少し照れ臭そうな顔をして頰を赤らめる。

 

「だが——ここに来て、困ったことになってしまった」

 

「困ったこと……?」

 

「皆と学院生活を過ごし、この内戦で共に戦う中で……“最も大切なもの”が、もう一つできてしまったのだ」

 

「それって……」

 

もしかして、と続けようとした時……

 

「レト……そなたと初めて会った日の出来事……覚えているか?」

 

「……うん、もちろん」

 

レトは当時の事を思い出しながら、ゆっくりと語り出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

約3年前——

 

「ゼェ、ゼェ……」

 

今日も晴れやかな晴天……とはいかず、レグラムの地域特有の薄霧が出ている頃。 アグリア旧道から1人と1匹がエベル湖の対岸に出てきた。

 

「やっ、やっと見えてきたぁ〜……」

 

少し服装が薄汚れ、少し顔がやつれており、対岸にあるレグラムを大きく一安心する。

 

「たっく……《影の国》の後にこの仕打ちはいかがなものだよ……」

 

「ナァ……」

 

リベールから帰国後、パルムからレグラムに向かった少年……レトは途中、数日前にとある事件に巻き込まれたが無事に帰還。

 

だがその時の疲労を蓄積したままの旅だったのでかなり疲労困憊の様子だった。 疲れた体を引きずって定期船に乗ってエベル湖を横断、レグラムの街に到着した。

 

「ふぃー、ここが湖畔の町、レグラムかぁ」

 

「——ナァ」

 

その呟きに返答するように、レトが肩に担いでいたリュックからルーシェが顔を出しながら鳴く。

 

ルーシェはリュックから飛び出ると器用に腕を伝って頭まで登り、器用に乗っかった。

 

「さて……レグラム周辺の調査の許可をもらいに行こうか」

 

「ナァオン」

 

波止場から歩いて階段を登り、丘の上に建てられている邸宅に足を向ける。 途中、変な女子3人組に絡まれたが……言っている事は意味不明だったため無視した。

 

「たのもー」

 

「ナオーン」

 

1人と1匹がアルゼイド邸の扉を叩く。 するとすぐに扉が開き、執事服を着た老人が出てきた。

 

「おや、あなた様は……」

 

「お久しぶりです、クラウスさん。 ヴィクターさんはいらっしゃいますか?」

 

「それならば危ないところでしたな。 ちょうど今、お出かけになるところでしたので」

 

「あー兄さんのアルセイユ号での帰国かー。 それは危なかった危なかった」

 

執事……クラウスはレトを邸宅に招き入れ、この邸宅の家主の元へ案内する。

 

「お館様、レミスルト様がお見えになりました」

 

『そうか……入るがいい』

 

「失礼いたします」

 

「失礼します」

 

椅子に中年の男性……ヴィクター・S・アルゼイドが座っていた。 ヴィクターは書類を書く手を止め席を立ち、レトの前まで歩く。

 

「久しいな、レミスルトよ」

 

「3年前の軍事指導以来でしょうか。 息災で何よりです」

 

2人は握手をして挨拶し、ヴィクターは一言二言クラウスになにかを伝えると、ペコリと礼をいた後クラウスは部屋から出て行った。

 

「聞けばオリヴァルト皇子同様、先のリベールでの事件の最中にいたそうだな。 一癖も二癖の波乱ある旅行のようだったが……実りのある旅行になったようだな」

 

「……はい。 色んな意味で未熟だという事を思い知らされました。 そしてまだ己が何者かも見出せず、迷いの渦の中にいます」

 

「フフ、迷ようがいい、若人よ。 迷い続け、歩き続けた先に必ずそれと見合うだけの答えが見つかろう」

 

年長者からの言葉をもらい、素直に受け止めるレト。 そして、ヴィクターは席に戻ると話を切り出した。

 

「して私に……いやこのレグラムに何用で参ったのだ? アルセイユに同乗しなかった理由は察するが、帰国後真っ直ぐにこの地を訪れた?」

 

「……ええ、もちろん。 単刀直入に言います……エベル湖の調査の許可、そしてローエングリン城への入城許可をいただけませんか?」

 

「ふむ……理由を聞こう」

 

レトは腰に懸架していた古文書を開きヴィクターに見せた。

 

「250年前……獅子戦役終戦直後、ドライケルスと協力していた良き魔女が帝国各地に合計4つの神殿を作りました。 そのうちの1つがここ……エベル湖の湖底にあります」

 

「ほう……」

 

「しかし、全ての神殿は巧妙に仕組み(ギミック)によって隠されており、探し出すのは容易ではありません。 その仕組みを解き明かす手掛かりがこの古文書に載っており……どうしてもローエングリン城に向かわなければいけないのです」

 

説明を終え、ヴィクターは「なるほど」と呟いて顎に手を置き考え込む。

 

「……よかろう。 エベル湖の調査及び、ローエングリン城の入城を許可しよう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ただし……」

 

喜びも束の間、条件が付け加えられる。 レトは嬉しさのあまりそこまで重荷に思っていなかった。

 

「目付役として我が娘を同行させる事が条件だ」

 

「え゛」

 

『お館様。 ラウラお嬢様をお連れしました』

 

「入るがよい」

 

『失礼します』

 

入ってきたのはヴィクターと似た髪色の少女……クラウスが呼んで来た事から、事情を説明する前に呼ばせたようだが……

 

考え込むレトを少し不審に思いながら横を通り抜け、ヴィクターの前に立つ少女。

 

「父上、一体何用でしょうか?」

 

「そなたに1つ、頼みがあって呼んだ」

 

「頼み、ですか。 珍しいですね、父上が頼みを申し出てくるとは。 して、その内容は?」

 

「この者はレト・イルビス。 ローエングリン城を調査の申し出を受け、許可した。 そなたにはその者の案内をお願いしたい」

 

「な!?」

 

(……ん?)

 

レトがやりたいのは神殿の探索でありローエングリン城の調査ではない。 もちろんローエングリン城にも興味は惹かれるが、今回の本命は神殿である。

 

意図的にその件について話さなかったことを不審に思うレト。 そんな事を他所に、少女は驚愕と怒りを露わにしてヴィクターに言いよる。

 

「父上! 父上が自ら認めたとはいえローエングリン城の入城を許可するなど……!」

 

「この者の身分は私が保証する。 人柄も知っている。 遺跡荒らしをする輩ではない」

 

「しかし……」

 

どうしても納得できない青髪の少女……ラウラ。 後ろで欠伸をしながら傍観していたレトだが、次の瞬間、ラウラが睨みつけられるように振り返った。

 

「そなた、名は!」

 

「え? レトだけど……」

 

「来い! 私自ら見極めてくれる!」

 

「えぇ〜、やだ〜、面倒くさ〜い」

 

一目でラウラの力量を測ったレトの優先順位手合わせよりも遺跡に優先され、煽るように断る。

 

これがレトとラウラとの最悪の初邂逅。 この後、レトはラウラを軽くあしらい……取り巻き女子3人に騒がれるのは目に見えていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それからラウラを片手間で倒して……半ば無理やりローエングリン城まで着いて来て、さらには湖底神殿にまで」

 

「そうだったな……私も当時は心身ともに未熟者だった」

 

「うん。 そして最後には、少しだけお互いを認め合った。 今思えば、あの時の口論が人生で1番だったと思う。 お互いがほとんど譲らないで……」

 

「お互いが嫌い合って、無駄な争いを生んで……本当に、あの時が初めてだった、個人に対して怒りを覚えたのは」

 

「今となってはいい思い出だけどね」

 

「うん……」

 

いろんな経緯や経験を経て、2人は互いを認め合い旅を乗り越えた。 それはとても得難い経験だった。

 

「あの時から、幼い頃より打ち込んできた剣に、それ以外の想いが込められるようになってしまった。 しかし今となってそれは、今まで以上に勇気と力を与えてくれている。 こんな気持ちは、旅先で多々あったが……ようやく自覚した」

 

ラウラはゆっくりと自分の胸に手を当て……

 

「……そなたの隣にいた時から」

 

「…………そう…………」

 

頰を赤らめて少し目を潤ませながら、精一杯の気持ちで伝え、レトは一言だけ呟く。

 

「レト——たぶん、私はそなたが“好き”なのだ。 友人として以上に……“想い人”として。 だから、その…………重ねてそなたに聞きたい。 私のことは“好き”か?」

 

いつもの凛とした表情ではなく、今まで一度も見たことがない女性らしい一生懸命な表情……そんな表情を見せられながらの質問にレトは少し照れ臭そうに頰をかいた。

 

「……ラウラとはそれなりに長い付き合いだし、相棒かパートナーだって思っている。 でもまさかラウラからそんな話を切り出すなんてね。 普通は男からだと思うけど」

 

「っ……す、すまぬ。 とうにも不慣れで……」

 

「ふふ、気にしてないよ。 さっき言った通りラウラとは背中を任せられるパートナーみたいなもの。 旅の中で何度も見せられたラウラの剣……最初はとても“稚拙で幼稚な剣”だと思ってた。 でも、僕の剣にはなかったものを持っていた。 何だと思う?」

 

「え? そ、それは……」

 

「剣にかける想いと、意志」

 

こんな状態ではまともに答えられる訳もなく、レトは少しからかいながら先に答える。

 

「前に間違えてお酒を飲んで呟いていたから忘れていると思うけど……「守るべき人が不安に駆られぬように、アルゼイドの剣士はどんな相手にも臆してはならない」って……自慢げに言ってたよ?」

 

「あ、あの時の事は忘れると言っただろう!」

 

「ふふ、いつも凛としても剣以外ではそうやってタジタジになって、時々ドジやって可愛い所を見せてくれる。 そんなラウラの綺麗な剣に次第に惹かれて……憧れていたんだ、ラウラ自身に。 そんなラウラと共に歩いていけるVII組が楽しくて……誇りなんだ」

 

「…………レト…………」

 

ラウラは固唾を飲んで自分が望む言葉を待つ。

 

「できればこれからも、ずっと一緒に剣の道を歩いて……いつか共に“高み”に辿り着けたらって。 いつの間にか、心からそう思っていた」

 

「…………あ…………〜〜〜っ〜〜〜……!」

 

一瞬、ラウラり惚けてしまったが……その後一気に顔を真っ赤にすると、レトに駆け寄ってそのまま寄り添うように抱きしめた。

 

「おっと……」

 

「想いが通じるというのがこんなに嬉しいなんて……は、恥ずかしくて顔から火が出そうだっ……!」

 

「ふふ、そうだね。 ラウラの前だから、かなり恥ずかしいよ」

 

笑いながら手をラウラの背中に回し、抱きしめ返す。

 

「帝国がどうなるのか……僕自身がどうなるのかは分からない。 それでも……必ず乗り越えて証明しよう。 僕達の“剣の道”は、まだ高みに行けるということを」

 

「うん、勿論だ……! そなたと私……VII組を守る双剣となって、往く道を切り開こう……!」

 

そして、しばらく間2人は見つめ合い……ハッとなると、一瞬で身を離し、照れ臭そうに笑い合った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

「……ナァー」

 

「——覗き見とは趣味が悪いのぉ」

 

2人のやり取りを上の階から見下ろしていた猫の側に、長い金髪の幼女が歩いてくる。

 

「フン」

 

「相変わらずお主は本当に生意気じゃのー。 はぁ、レグナートに虚偽を言うように言ったが……失敗じゃったかもしれん」

 

幼女は溜息をつきながらやれやれと首を振り、猫の視線の先にいる男女にある人物と重ね合わせる。

 

「ドライケルス、リアンヌ……そなた達の意志はしかと受け継がれておるぞ」



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終章II
86話 カレル離宮


 

12月31日——

 

翌日、にわか雪が降り道に少し雪が積もる中……リィンとヴァリマールは学院のグラウンドで完成したゼムリアストーン製の太刀を受け取っていた。

 

「——これがゼムリアストーンを加工した“騎神用の太刀”ですか」

 

「フン、その通りだ。 特殊な形状のため精錬と加工は困難を極めた。 そこの偏屈な弟子がいなければ完成はしなかっただろう」

 

「アンタにだけは偏屈なんて言われたくないんですがね……」

 

「ハハ……確かに」

 

シュミット博士の傲慢的な言いように、マカロフ教官は聞き慣れたような顔をする。 それはともかく、リィン達はジョルジュに引き続きマカロフ教官も博士の弟子だった事実に驚きを隠せない。

 

「大変だったんですねー」

 

「まあ、昔の話さ」

 

「全く、貴様といい、ジョルジュといい……私の元で研鑽を積んでおれば更なる高みに登れるものを」

 

「いやぁ〜、そんな畏れ多い」

 

「ジョルジュ、はっきり言ってやれ。 アンタの傲慢で独善的な研究姿勢にはとても付いて行けませんってな」

 

「フン、それはそうと……」

 

と、そこでシュミット博士はレトに視線を向けた。

 

「イルビス、私が改修したライアット・セイバーはどうした? 久し振りに見てやろう」

 

「ウルグラの事ですか? それならここに……」

 

パチン、と指を鳴らすと……レトの背後に銀色の獅子ウルグラが出現した。 ウルグラはシュミット博士に向かって威嚇しながら唸りだす。

 

「グルル……!」

 

「どうどう……」

 

「組み込んだ自立思考は良し悪しを判断するようになったか。 中々面白い成長をしているな。 マルチアクセラレータも発想としては悪くない……聞けば今所有している武器はお前が作ったそうだな?」

 

「ええ、まあ。 錬金術でですけど……」

 

「あの物質構成変換術か。 過程はともかく、武具の出来は及第点と言ったところか」

 

「ど、どうも〜……」

 

シュミット博士の性格から及第点を貰えるだけマシなのだが、ジョルジュとマカロフ教官に向けられた視線がレト自身に向けられているようで、内心ビクビクしていた。

 

まあ色々あったが、リィンは改めて太刀を手にし……準備が整い、決戦に迎え学生達をグラウンドに召集した。 生徒、教員全員が有角の獅子が描かれた腕章を身につけながら……

 

「トールズ士官学院、全学院生——集合しました」

 

「……うむ」

 

代表として、トワが前に出て報告をし、報告を受けたヴァンダイク学院長は短く頷く。

 

教官、学院生一同がカレイジャスを背にグランドに集い……アルフィンとヴァンダイク学院長が一歩前に出る。 学院生は少し思案した後、口を開いた。

 

「一年生、そして二年生も。 ここに居る諸君のほとんどは入学式の時に聞いた言葉を覚えているのではないかと思う」

 

入学時、ヴァンダイク学院長が生徒一同に送った言葉……その言葉は今もなお胸にあり、根付いて彼らの生きる道と術を教えてくれた。

 

「『若者よ——世の礎たれ』。 獅子戦役を平定し、本学院を設立したドライケルス大帝が遺した言葉だ。 “世”という言葉をどう捉えるか。 何をもって“礎”たる資格を持つのか。 そう問われた時、今の君達ならばそれぞれ心に思うこともあるだろう」

 

頷いて肯定もせず、目線もずらさずにただジッと、学院長の言葉を聞き入れ胸にしまう。

 

「——だが、“礎”とは決して“犠牲”と同じ意味ではない。 共に歩んでいく道を切り開き、踏み固める事であると、少なくともワシは思う。 その意味で——ワシの方から改めて贈れる言葉は一つだけだ。 必ずや生還して学院に戻り、再び春を迎え、共に巣立つこと。 そのために全身全霊と最善を、どつか尽くして欲しい——!」

 

「皆さんに空の女神と獅子心皇帝のご加護を——そしてどうか、ご無事で戻ってきてください!」

 

ヴァンダイク学院長と、エレボニア帝国皇女としての言葉ではなく、アルフィンの個人としての願いに……学院生一同は歓喜の声を上げる。

 

「巡洋艦カレイジャス——及びトールズ士官学院・全学院生。 皇帝陛下、及び囚われた方々を解放すべく出撃します!」

 

『おおっ!』

 

VII組だけではない。 トールズ学院生全ての声が響き渡り……カレイジャスは士官学院から離陸した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日、正午——

 

最後に帝国東側を巡回した後、カレイジャスは正午から開始させる正規軍と鉄道憲兵隊による帝都解放作戦の騒ぎに便乗して帝都を通過……帝都北西部にあるカレル離宮に降り立った。

 

突入班であるVII組は艦を降り、丘の上に立つ小さな宮殿を見上げる。

 

「ここがカレル離宮……」

 

「キレーな場所だね」

 

「帝都の近くとは思えない光景だな」

 

「うん、こんなに綺麗だとは思わなかったよ……」

 

「ふぅん? 皆にはそう見えるのかな? もう十年くらい見ている景色だからなんとも思わないや」

 

「君はそうだろうが……」

 

呆れていると……甲高い笛の音と共に、街道方面から警備に当たっていた領邦軍が出てきた。

 

そこへ、他のトールズの学生が現れ武器を抜いた。

 

「ここは任せたまえ!」

 

「君達は皇帝陛下を!」

 

「分かった!」

 

「VII組A班、離宮に突入! B班はこの場を確保しつつ、状況を見ながら動くわよ!」

 

『イエス・マム!』

 

サラ教官の支持に応答しながらガイウス、アリサ、ラウラ、エマ、エリオット、そしてサラ教官B班はそれぞれの武器を抜き。

 

突入のA班であるリィン、レト、マキアス、ユーシス、フィー、ミリアムの6人は離宮に突入した。 最初に坂を登り離宮を目指し……当然、途端で警備の兵が立ち塞がる。 が、兵達はレトの姿を見ると動揺を見せ出す。

 

「あ、あなたは……!」

 

「お、皇子殿下……」

 

「や、久しぶり。 君達が悪いとは思わないし、逆に再開早々悪いんだけど——」

 

次の瞬間、彼らの背後にレトが現れ……首筋に手刀を打ち込み、気絶させた。 背後に回ったレトは分け身らしく、気絶を確認すると直ぐに消えてしまった。

 

「彼らはもしかして……?」

 

「うん。 僕がここにいた頃から離宮を警備していた人達。 命令で侍女共に無闇な接触は禁じられていたけど……中に良くしてくれた人もいる。 この人達は違うけど……」

 

「そいつらと鉢合わせした時、お前は今のような事をするのか?」

 

「……うん。 それが領邦軍の兵としての仕事だし、仕方ない。 早く行こう……時間が経つにつれて防御が硬くなる」

 

「あ、ああ……」

 

リィンとマキアス以上に、レトも思う所があるのだろう……居ても立っても居られずに先走る気持ちを抑えながら離宮に突入した。

 

「思ったよりも広いな……」

 

「ああ、さすがに砦ほどの規模じゃなさそうだ」

 

「この離宮に牢屋はないし、囚われているとしたら3階奥の大広間だと思う」

 

と、そこへ軍用魔獣を連れて領邦軍の兵が現れた。

 

「貴様ら! ここがどこだと思っている!」

 

「下がれ——不敬であるぞ!」

 

「くっ……どちらが不敬だ!」

 

「あはは、そうだよねー」

 

「……見た事のない顔だね。 人の家を踏みにじってそんな獣を入れるなんて——とっとと出て行け」

 

「フシャー!」

 

「なっ!?」

 

思った以上にお怒りのようで、自分でも無自覚に汚い言葉が出てしまい、敵の隊長も罵倒されるとは思ってもみなかった。

 

「交戦開始」

 

「行っくよー! ビーーム!!」

 

交戦開始早々にアガートラムの目から水色のレーザーが照射、床を抉って土煙を上げる。 敵が土煙により動きを止めている隙に……

 

「弐の型——疾風!」

 

リィンが高速で移動しながら1人ずつ斬りつけ……

 

「そこだっ!」

 

「よっ」

 

マキアスとフィーが左右から銃撃を放ち1箇所纏め……

 

「せいっ!」

 

「ふっ」

 

ユーシスが人間に対して峰打ちを、レトが魔獣に対して容赦なく斬り裂き。 あっという間に制圧した。

 

「こんなものかな」

 

「まあ、情報で聞いた通りの練度だねー」

 

「さて、気を取り直して行こう」

 

「ああ」

 

「分かった……!」

 

勝利の余韻もなく早速2階に上がり、右折して3階を目指そうとすると……3階に上がる階段の前に数十人の兵と魔獣、そして結社の人形兵器が立ち塞がっていた。

 

「……かなりの人数。 突破は難しいかも」

 

「それなら左側から回ろう。 そこから大広間に行くルートを知ってる」

 

「よし、ならそこから行こう」

 

レト達は広間まで引き返し、反対側から3階に上がった。 警備が全くいない事から囚われているエリゼ達は間違いなく大広間にいるだろう。

 

「おいレト、皇族の私室や賓客室がある西側から直接東側に続く通路はないはずだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ、玄関口の広間を経由しなければ行き来は出来ん」

 

「だけど……あるんだよねぇ、実は」

 

「へぇー、そうなんだー!」

 

そうこうしているうちに簡単に3階に到着した。

 

皇族の方や来賓しか使用する事がないからか、廊下には数えるくらいの扉しかなかった。

 

「っと……ここ、ここ。 ここから行けるよ」

 

「……ここから大広間に?」

 

「ナァー」

 

その中の1つ……最奥の一歩手前でレトは足を止めた。 するとルーシェはレトの肩から飛び降りると、扉の下にあった小さな扉から入って行った。

 

「もしかして……ここが?」

 

「うん。 僕の部屋だよ」

 

レトは鍵を取り出すと扉の施錠を開き、そのまま部屋に入る。 何故今レトの自室に来たのかは分からないが、とにかくリィン達も後に続く。

 

「こ、これは……」

 

「うわぁーー! 広ーーいっ!!」

 

「……景色もいいね」

 

部屋は学院の教室と同じくらいの大きさで、3階にある事から外の景色も良く見える。 ルーシェは天幕付きのレトのベットの隣にある、猫用のベットで丸まっていた。

 

「……ルーシェ、緊張感ないね」

 

「ナオ〜ン」

 

「そして呆れるくらいの本の数だな」

 

「色んなジャンルがあるんだな。 もしかしてこれ全部を読んだのか?」

 

「あはは、ここに閉じ込められている時の趣味娯楽なんて読書くらいだからね」

 

こんな時でなかったら友人として招き入れたかったが……それに加え、ゆっくりもしてはいられない。

 

「さてと……」

 

「レト?」

 

レトは家具類が何も置かれていない壁に向かって歩き、付けられていた燭台に手を伸ばし……真上に押し込むと、壁の一部が凹むで沈み、隠されていた通路が出てきた。

 

「なっ!?」

 

「……隠し扉」

 

「避暑地であっても思いがけない事態がおこる事だってある。 離宮にはこういう仕掛けが多数あるんだ。 と言っても、知ってるのは僕くらいだけど」

 

長年このカレル離宮に閉じ込められていたレトしか知らない秘密……皮肉にもレトはこの時だけは閉じ込められた事に感謝した。

 

「ここから東側の3階、大広間前に出れるよ。 そこには確実に護衛がいるから……皆、準備しておいてね」

 

「分かった」

 

「それじゃあ、レッツゴー!」

 

そして隠し扉を通り抜けようとするが……先程通った通路よりもかなり高さも幅も狭く……レト達は横歩き状態で通り抜ける。

 

「せ、狭いな……」

 

「脱出用の通路だからね。 ダクトを潜るよりはマシでしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

「……どっちもどっち、だね」

 

レト達には狭いが、フィーとミリアムはスイスイと進んでいく。

 

「お、見えたよ」

 

しばらくして、少し開けた空間に辿り着いた。

 

「ふぅ……抜けられた……」

 

「この先が大広間の前……準備はいい?」

 

ja(ヤー)

 

「問題ない。 行くぞ」

 

この先に大広間がある……レトは壁に付けられていたレバーを下げ、扉を開き。 武器を抜きながら飛び出した。

 

「なっ!?」

 

「な、何故そのような場所から!?」

 

「さて、何故でしょう?」

 

「答えは寝てからねー!」

 

相手にしてみれば思いがけない事態、レト達は一気に奇襲を仕掛けた。

 

今回は相手の意表をついたため、一気に攻め落とし制圧した。

 

「ふぅ、思った以上に楽に倒せたな」

 

「こんな所に道があるなんて思ってもみなかったんだろう」

 

「……結構騒がしかったみたい。 後ろから増援が来そう」

 

フィーの言う通り、正規の通路の先から複数の足音が聞こえてくる。

 

「一々相手にしている隙はないぞ」

 

「大広間に突入したら、外から扉を開かないようにしておこう」

 

「——よし……行こう」

 

手早く準備を整えてから大きな扉を開け、大広間に入った。

 



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87話 黒兎

カレル離宮に囚われている人々を救うため、離宮に突入したレト達は人質がいると思われる3階の大広間に足を踏み入れていた。

 

「え……」

 

「君達は……!」

 

驚きの声が聞こえてきた。 片方の壁がガラス張りになっており、大広間の中央に……エリゼとカール、そして皇帝陛下と王妃が立っていた。

 

「に、兄様……本当に、兄様なんですか……?」

 

「ああ……! 良かった、無事で……!」

 

「父さん、無事だったか!?」

 

「ああ、陛下共々ね」

 

リィンとマキアスが家族の無事にホッとする中、レトは気まずい感じに声をかける。

 

「えっと……その、ご無事でなによりです」

 

「フッ、そなたが殊勝な心掛けをするような男でもなかろう。 いつものように、堂々と構えておればよい」

 

「もう、あまりレミスルト殿下を虐めてはいけませんよ。 殿下、アルフィンはお元気でしたか?」

 

「はい。 いつも通りに」

 

それを聞きプリシラ王妃はホッと息をつく。

 

「さて、トールズのVII組。 よくぞ来てくれた」

 

「どうやら全員、ご無事のようで」

 

(…………? セドリックの姿が……)

 

無事には無事だが、セドリックの姿が見えない事をレトは不審に思う。 そう考えながら歩み寄ろうとした時……

 

『——ここは通せません』

 

少女の制止の声が、レト達の歩みを止めた。 すると突然、レト達の前の空間が一瞬歪み……黒い傀儡の腕に腰をかけた黒装束の少女……アルティナ・オライオンが現れた。

 

「あ……!」

 

「君は……!」

 

「黒い戦術殻使い……」

 

レトを含めて初対面の者も多いが、敵である事には間違いなかった。 アルティナは黒い戦術殻……クラウソラスから降り大広間に降り立つ。

 

「……18日ぶりですね、リィン・シュバルツァー。 パンタグリュエル号以来ですか」

 

「ああ、と言いたいところだが。 どうやら俺達が来るのを予想していたみたいだな……?」

 

「ええ、ルーファス卿の支持を受けていましたので」

 

「くっ……さすがと兄上と言うべきか」

 

領邦軍の参謀であるルーファス・アルバレア、この日に皇帝陛下が救出される事くらい読めていたようだ。 アルティナとクラウソラスをジッと見つめていたミリアムが質問をする。

 

「ねーねー、キミ。 ちょっと思ったんだけど。 ひょっとしてボクの“妹”だったりする?」

 

「なっ……!?」

 

歳の近さや戦術殻の共通点から無関係とは思わなかったが……姉妹とまでも思ってもみなかった。

 

そして、その質問にアルティナは少し考え込み……

 

「——ある意味では。 貴方と私では“用途”が異なりますが」

 

「んー、なるほどねー」

 

「一体何を話ている……」

 

「意味不明」

 

「——君の正体は気になるが……今、それを質すつもりはない」

 

気にはなるが、これ以上の問答は無用という風にリィンは太刀を抜く。

 

「だが、立ち塞がるならば何としても退いてもらうだけだ!」

 

「ああ……悪いが全力で行かせてもらう!」

 

「最初に謝っておく……手加減はできないから!」

 

「兄様……」

 

「マキアス……」

 

「………………」

 

「レミスルト殿下……」

 

リィンに続き、マキアスとレトも武器を抜く。

 

「交渉終了ですね。 不本意ではありますが……少々、彼らの(はたらき)にも頼らせてもらいます」

 

すると、アルティナは片手を上げて指を鳴らし……彼女の左右にRFビルで現れた同形の人形兵器が出現した。

 

「これは……!」

 

「RFビルにいた!」

 

「厄介なものを……!」

 

「兄様、皆さん……」

 

「お二方、どうかお下がりを……!」

 

「うむ……」

 

「——ナァー」

 

「え……ルーシェ?」

 

「ナァオン」

 

いつの間にかプリシラ王妃の足元にルーシェが座って降り、エリゼ達を守るように前に出て座った。

 

「形式番号Oz74、《黒兎》アルティナ——これより迎撃を開始します」

 

「あ、本当に1個違いなんだ。 それじゃあ行っくよー! ガーちゃん!」

 

ミリアムが駆け出すとアガートラムもその背を追いかけ、アルティナも走り出す。 そして、2人は右腕を振りかぶり、2機の傀儡もその動きをリンクさせて右腕を振りかぶり……

 

「とりゃー!」

 

「えいっ!」

 

大広間の中央で白と黒の傀儡の拳が衝突した。 衝撃は拮抗する事なく2機の拳は弾かれる。

 

「ミリアム!」

 

「ぜんぜん大丈夫!」

 

「行きなさい」

 

アルティナの指示で2機の人形兵器……G・ゼフィランサスがレト達に向けてレーザーを放つ。

 

「来たぞ!」

 

「——ケルンバイター」

 

迫るレーザーをレトは出現させたケルンバイターを一振りし、消滅させた。 そしてすぐに鉤爪ロープを取り出して投擲、2機のG・ゼフィランサスに巻き付けた。

 

「取り巻きはこっちで始末する。 皆は黒兎の方を!」

 

「分かった!」

 

「無用な気遣いだとは思うが、気をつけたまえ!」

 

レトが2機のG・ゼフィランサスを引き付けている間に、リィン達がアルティナに向かって走り出す。

 

「そこだ!」

 

「ひゅ」

 

「——バリア、展開します」

 

マキアスとフィーが銃撃を放つと……アルティナは腕を交差し、クラウソラスがアルティナを守るように両腕を回し……彼女の周りに赤黒い障壁が展開された。

 

銃弾は障壁によって弾かれ、アルティナは右腕を横に振り上げる。

 

「メーザーアーム、オン——斬っ!」

 

障壁が消えると同時にアルティナと同じポーズで構えていたクラウソラスの右腕から赤いレーザーが照射。 アルティナが腕を振り払い、クラウソラスのレーザーが剣のように振り抜かれる。

 

「させるか——斬っ!」

 

ユーシスが導力を剣に纏わせて振り抜き、レーザーの剣を受け止めた。

 

「はあっ!」

 

「うっ……!」

 

その隙にリィンが肉薄、太刀を斬りつける。 クラウソラスが防御するが、衝撃はアルティナに伝わる。

 

「っ……ブリューナク、起動準備」

 

「ガーちゃん!」

 

すると、2機の傀儡の眼に光が集まりだし……

 

「照射!」

 

「ビーーム!!」

 

左右から相手に向けて同時にレーザーが照射。 そして赤と青のレーザーは衝突し、相殺され消滅した。

 

「……アークス、ドライブ開始」

 

アルティナはレーザーが相殺される前にアークスを取り出しており、駆動を開始していた。

 

「させるかっ!」

 

「——ターミネートモード、起動します。 トランス——フォーム……!」

 

「なっ……ぐあっ!」

 

「ユーシス!」

 

危険を察したユーシスが斬りかかりに行くが……その前にアルティナはクラウソラスを変形……推進器の着いた剣へと変形させて飛翔、走って来るユーシスを弾き飛ばした。

 

「よいしょ」

 

魔法(アーツ)は囮か!」

 

「来るぞ!」

 

アルティナは旋回して彼女の元に戻ったクラウソラスの上に乗り、上昇。 大広間の天井ぎりぎりまで登り……剣先を下に向けて急降下して来た。

 

「これで終わりです。 ラグナ——プリンガー!」

 

蹴り上げるようにクラウソラスから飛び降り、クラウソラスは一気に加速、リィン達に向けて振り降りてくる。

 

「リィン!」

 

「レト——ああっ!」

 

G・ゼフィランサスを九割破壊して戻ってきたレトは槍を横に振りかぶるように構えると……意図を察したその槍の上にリィンが飛び乗った。

 

「よい……しょっ!!」

 

槍を思いっきり振り上げ……リィンを重力に引かれて落下しようとするアルティナに向かって投げ飛ばす。

 

「せいやあっ!!」

 

「うあっ!」

 

リィンはアルティナに斬りかかるが……良心が出て来たのか、刃を返して峰を出し、峰打ちを繰り出した。

 

「ガーちゃん!」

 

「これで終わらせる」

 

その間にもクラウソラスは地上のレト達に向かってくる。 対抗しようとミリアムはアガートラムを変形させてハンマーに変え。 フィーが弾幕を張り軌道を制限させている隙にアガートラムを大きく振りかぶり……

 

「イッケーーー!」

 

ロケットの噴射で推進力を得たハンマーを振り抜き、クラウソラスを打ち上げ……落ちて来たアルティナを受け止めるようにぶつかり、そのまま一緒に落ちて来た。

 

「くっ……」

 

「こいつはオマケだ!」

 

「吹っ飛べ!」

 

追撃をかけらようにユーシスが剣を振り、マキアスがショットガンをゼロ距離で撃ち。 後方にいたG・ゼフィランサスをアルティナに向かって吹き飛ばした。

 

「……っ……」

 

それで限界が来たのか、2機のゼフィランサスはアルティナの左右で爆発四散した。

 

これ以上の戦闘続行が無理と判断したのか、クラウソラスに乗って離脱……高い位置にある回廊まで後退した。

 

「……目標クリア」

 

「ひゃっほー!」

 

「しかし、学院で相手にしていたものとはまるで比べ物にならなかったな」

 

「そこんところは、ミリアムと似たり寄ったりってところだね」

 

障害を退けた事でエリゼがリィンに向かって駆け寄り、感動の再会と抱擁を交わし……一瞬で2人だけの世界を作っていた。

 

マキアスも父の元に向かい、レトも2人の元に向かった。

 

「ご無事で良かったです。 本当に」

 

「フフ……そなたに心配される日が来るとはな」

 

「そういえば……レミスルト殿下、その髪は……?」

 

レトの橙色の髪はケルディックでの事件後、金髪になってしまった。 その事を指摘され、レトは自分の髪を摘みながら苦笑いする。

 

「ああ、うん。 髪の色を変えていた魔女の術が解けたみたいで……これが本来の髪色です」

 

「まあ、なんて素敵なプラチナゴールド……かの《槍の聖女》を彷彿とさせます」

 

「《獅子心皇帝》と《槍の聖女》の息子……強ち虚言でもなかったわけか」

 

「って、信じて無かったのですか!?」

 

「半信半疑だ」

 

「ナァー」

 

と、そこへVII組B班が大広間に入ってきた。 離宮入り口の制圧が完了し、ここに来たようだ。

 

「リィン・シュバルツァー。 ならびにVII組の一同よ。 改めて礼を言わせてもらうぞ」

 

「いえ、帝国国民として当然の働きをしただけです」

 

「それと、士官学院全体の団結があってこそですから」

 

「そうか……誇らしいものだ。 我が母校が、ここまで頼もしい後進を育んでいたとは」

 

その言葉に、リィン達はトールズのOBである事気付く。

 

「も、もしかして……」

 

「陛下もトールズのご出身でしたか……」

 

「うむ、元より皇族の男子はトールズにて学ぶのが慣わし。 オリヴァルトもそうであったし、レミスルトの場合は色々と揉めたがな」

 

「そういえば、第一希望であった《帝國学術院》の入学を反対させたれトールズに……」

 

「あ、あはは……当時は理由をあれこれ作って反発してたけど……今となってはトールズに入ってよかったと思っている。 こうして皆と出会えた訳だし」

 

「レト……」

 

トールズ入学当初は流されて入学していたが、今は感謝していた。 と、そこでレトはある事を思い出す。

 

「っと、そんなことより……父さん、セドリックはどこに?」

 

「そういえば……」

 

「……皇太子殿下はどちらにいらっしゃられるのですか?」

 

「ああ。 ちょっと可愛い感じの」

 

「こ、こらフィー!」

 

「ふふ、それがセドリックのチャームポイントだからね」

 

「あはは、そうみたいだねー」

 

少しでも場を和まそうとするが……余計だったようだ、うんともすんとも言わない。

 

「……先日、この離宮から移されたばかりでね。 帝都の何処かとは聞いたが……」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ちょっと心配ね……」

 

「——皇太子殿下なら《皇城》へお連れしました」

 

この場にセドリックがいない質問を……先程から頭上で見下ろしていたアルティナが応えた。

 

「皇城……バルフレイム宮に……?」

 

「い、一体どうして……」

 

「カイエン公が執り行うという儀式……それに協力して頂くために」

 

「ぎ、儀式……?」

 

「しかもカイエン公が……」

 

「………………」

 

「……まさか……!」

 

儀式と、何やら不穏めいた単語が出てきた。 そしてレトはある予想を立ててしまい、深く考え込んでしまう。 思考の渦に飲まれそこからの会話が頭に入って来なかったが……突如として、その思考を阻害するように頭に直接、歌が流れてきた。

 

「こ、この歌声って……」

 

「あ、あの時と同じ……」

 

「チッ、一体どこから……!?」

 

「どうやら空からのようだが……」

 

「……フシャァア……」

 

「こ、この唄は……そんな……そんなのって……」

 

この歌声は、以前にも耳にしたことがあった。 VII組の教室で……

 

「エマ君?」

 

「エマ、どうしたのだ?」

 

「——ッ!」

 

しかし、エマだけは歌声の持ち主よりも唄の歌詞に驚き……絶望した。 それと同時に、突然レトが胸を抑え、蹲ってしまう。

 

「レト!」

 

「ど、どうしたのだ、急に苦しみ出して……」

 

「——魔女の眷属に伝わり、最大の禁呪とされた“唄”……とこしえの闇から“緋き絶望”を呼び出すもの……」

 

「それって、まさか……!」

 

魔王の凱旋(ルシフェンリート)——」

 

唄の歌詞を口にした瞬間……異様な雰囲気とともに地鳴りが起き始めた。

 

「こ、これは……」

 

「まさか、地震……!?」

 

「——皇城の方か。 まかさ250年前の再現をするつもりとはな……」

 

「え——」

 

「それって!」

 

大広間のガラス張りの壁越しに見えるバルフレイム宮。 皇城が目で視認できるほどの紅の霊力を溢れ出させ、地中から黒い蔦が伸び出し……皇城は大樹が立つような巨大な赤黒い城へと変貌を遂げた。

 

「な、な、な……」

 

「なんだアレは……!?」

 

目の前に起きた現象に目を疑う。

 

「それでは私はこれで。 最後の任務が残っていますので」

 

「っ……」

 

リィン達が皇城の変貌に気を取られている隙に、アルティナはクラウソラスに乗り、フィーが銃口を向ける前に背後にあった窓を突き破って逃走した。

 

「……ゴメン。 逃げられた」

 

「あ……そういや捕まえるんだっけ」

 

「……いいさ。 もうそれ所じゃない」

 

「一体あれは……あの巨大な建物は……」

 

「あれは……《煌魔城》……テスタ=ロッサの……もう1つの半身……《紅蓮の魔王》としての緋の騎神を呼び起こしたのか……!」

 

ユーシスの疑問に答えるようにフラフラしながらも立ち上がったレトが答える。

 

「レト! 喋るでない……」

 

「紅の起動者として、共鳴しているのでしょう。その影響で……テスタ=ロッサにかけられている呪いも、レトさんを蝕もうとしています」

 

「そ、そんな……」

 

「その《紅蓮の魔王》を目覚めさせる儀式とやらに皇太子殿下は協力させられているのか……」

 

「皆さん、ご無事ですか!」

 

そこへ、憲兵隊を引き連れながら銃を構えたクレア、トワとアンゼリカが大広間に入ってきた。 大広間の扉は留め金が撃ち抜かれており、床に倒れていた。

 

「あ、クレアだ」

 

「会長とアンゼリカさんも……」

 

合流したクレア達とリィン達と話し合う中、レトはエマの魔術によって呪いの進行を抑えてもらっていた。

 

「っ……やはり抑えるので限界ですっ。 呪いの大元である《紅蓮の魔人》をどうにかしないと……」

 

「くっ……せっかくローゼリア殿の協力もあって2つに分けられる事で封じた紅蓮の魔王……これ以上、好きにはさせん!」

 

「え……」

 

「——レミスルト殿下。 そのお体ではもう……わたくし達と一緒に避難を……」

 

エマは呆けた声を出してラウラの言葉に耳を疑い……心配してか、横からプリシラ皇妃はレトに手を差し伸べる。 しかし、レトは差し出された手を取らずに首を振った。

 

「心配は無用です。 こんな状態ではおちおち休んでもいられませんし」

 

「殿下……」

 

「皇妃、止めてやるな。 今この時……レミスルトは己自身で選択しなければならない。 正直、《獅子心皇帝》と《槍の聖女》の手前、我らはではレミスルトの親代わりでは力不足であろう。 だが、それでも父親として、見送ろうではないか」

 

「陛下…………はい…………」

 

「……ふふっ、感謝します。 父上、母上」

 

レトは、育ててくれた両親の事を本当の親として呼んだことは無かった。 ドライケルスとリアンヌに対してだけ“父上”“母上”と呼び。 ユーゲンスとプリシラは“父さん”“母さん”と呼んでいた。

 

そんなレトが2人の事をそう呼んだ事に、プリシラ皇妃は目尻に少しだけ涙を浮かべた。

 

「さて……行くとしますか」

 

「ま、待ちたまえ! まさか1人で行く気じゃないだろうな!?」

 

「無茶だよぉ!」

 

「——レト。 俺も……俺とヴァリマールもあの城に向かう」

 

仲間が止めようとする中……リィンも共に行こうとする。

 

「リィン!?」

 

「……感じるんですね。 クロウさんと《蒼の騎神》を」

 

「あ……」

 

「……そういう事か」

 

「うん……そうなんだろうね。 あの城はリィンとクロウが戦う“最後の舞台”なんだと思う」

 

「ああ……250年前の《獅子戦役》すら単なる一端に過ぎないような……そんな巨大な“宿縁”のために用意されたもののように感じるんだ」

 

「……その表現はあながち間違ってなさそうね」

 

起動者しか感じ取れない感覚が、2人を呼んでいる。 巻き込みたくなかったが……

 

「それじゃあ、わたし達にとっても他人事じゃなさそうだね。 リィン君も、レト君も、クロウ君も——同じ士官学院の一員なんだから」

 

「会長……!?」

 

「ま、そういう事さ。 もはやこれは、君だけにとっての宿縁じゃない」

 

トワとアンゼリカは起動者の関係ではなく、士官学院生の関係として協力しようとする。

 

「……私達もそうよ。 同じVII組のメンバーとして、貴方やクロウの“仲間”として」

 

「ただ見届けるだけではなく、巻き込ませてもらう資格がある——」

 

「そう言い張らせて欲しいものだな」

 

「…………あ…………」

 

「そ、そうだよ! 水臭いことは言いっこなし!」

 

「因縁がある相手がいるのはリィンだけじゃないし」

 

「兄の思惑を見極めるためにも、最後まで付き合わせてもらうぞ」

 

「ボクも、ボクも! なんか色々と分かってきたし!」

 

「そもそも帝都がとんでもない事になりそうなのに他人事ではいられないからな」

 

「みんな……」

 

他のVII組の面々も協力を惜しまなかった。

 

「……やれやれ。 アタシ達だけでもと思ったけど」

 

「ふふっ、VII組の絆は使命より強いという事でしょうね。 もちろん私も含めて」

 

「エマ……アンタ変わったわね」

 

「ふふっ……」

 

使命よりも、責任よりも大切な仲間達……この10ヶ月の間で、それを見つける事が出来た。

 

「——それじゃあ、後のことはアンタに任せてわよ。 どうせTMPの連中を市街に潜入させてるんでしょ?」

 

「ええ、お任せください。 レクターさんも戻ってきましたし、目処が付きしだい、応援に駆けつけますから」

 

「……………………」

 

話がまとまる中、エリゼが無言でリィン達を見つめていた。

 

「これまで学院で培ってきた全てを活かしてくるといい。 そうすれば道は拓けるだろう」

 

「……女神の加護を。 無理だけはしないでください」

 

「承知しました。 知事閣下、皇妃殿下も」

 

「セドリックのことも、必ず助け出してみせるから」

 

「……ありがとうございます」

 

カールとプリシラ皇妃から激励の言葉をもらい、次いでユーゲンス皇帝が一歩前に出る。

 

「征くがいい——有角の若獅子達よ。 帝国の未来ではなく、そなたら自身の明日を掴むために。 そして一人も欠けることなく皆の元へと戻ってくるがよい」

 

はい(イエス)陛下(ユア マジェスティー)——!』

 

大きな声と意志で応え、レト達は走り出した。

 



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88話 煌魔城

 

カレル離宮から出ると即座にカレイジャスに乗り込み、離陸。 帝都の煌魔城に向けて進路を向け飛翔する。

 

『あと3分で帝都上空に到達——そのままドライケルス広場に向かうよ』

 

『導力機関、飛翔機関共に問題なし。 いつでも強襲作戦に移行できる』

 

『敵母艦が迎撃してくるだろうが、そちらの対象は任せたまえ』

 

「了解しました」

 

すぐ帝都は近くなので、レト達VII組は甲板で待機していた。 リィンはトワ達の指示に了解し……すぐに顔をしかめた。

 

どうやらエリゼがカレイジャスに同乗している事に納得していないようだ。 エリゼはリィンの反対を押し切って半ば強引にカレイジャスに乗った。 決戦の舞台に立つ訳でもないのでリィンも強く返す事が出来ず、仲間達の賛成もあってそのまま乗せてしまった。

 

「リィンも大変だね」

 

「ふふっ、レトこそ。 アルフィン殿下が乗っていたらどう思ったのだ?」

 

「そ、それは……」

 

「……似た者同士」

 

「やれやれ……君達は」

 

シュバルツァー家の口論に呆れる中、テスタ=ロッサに乗っているレトをエマは心配の声をかける。

 

「レトさん、具合はどうですか?」

 

「少し落ち着いたよ。 ありがとうエマ」

 

「とはいえ油断は禁物よ。 アンタとテスタ=ロッサは《紅蓮の魔人》と繋がっているんだから」

 

「分かってるって。 そんなの……自分がよく分かってる」

 

『帝都上空に出るよ!』

 

見えてきたのはいつもより紅く染まる帝都ヘイムダルの街並みと、変貌したバルフレイム宮……今は煌魔城となって帝都を包み込んでいる。

 

「こ、これって……」

 

「あ、ありえない……」

 

「んー……目算だと800アージュくらいかな?」

 

「《煌魔城》……250年前の獅子戦役でも姿を現したという魔城ですか」

 

「そして獅子心皇帝と槍の聖女によって封じられた……」

 

「こんなものを出現させて何をしでかすつもりなの……?」

 

その時、煌魔城の影から白い船艦……パンタグリュエル号が現れた。

 

「あれは!」

 

「……来るぞ!!」

 

どうやらパンタグリュエル号はカレイジャスを迎撃するようだ。 放たれる迎撃ミサイル、カレイジャスは機動力を生かして最大戦速で回避、ドライケルス広場に向かって降下した。

 

すると、今度はドライケルス広場に複数の魔煌兵が出現した。

 

「あ、あれは……!」

 

「魔煌兵……それもあんなに!」

 

「やっぱり出たわね……!」

 

これでは魔煌兵が邪魔で煌魔城に突入できない。 さらに、ドライケルス広場だけではなく、帝都中に魔煌兵が続々と出現している。

 

レトは少しだけ考え込み……すると前に歩き出し甲板の縁に足をかけた。

 

「皆……セドリックの方はよろしく頼むよ」

 

「レト?」

 

「何を……」

 

「これでも一応は皇族の一員……力無き民を守らなきゃいけない」

 

「まさか……」

 

 

 

レトは、VII組から離脱し魔煌兵の対処に当たろうとしていた。

 

「本当はすぐにでもセドリックを助けに行きたい。 でも出来ない……だから皆にしか頼めないんだ」

 

「レト……」

 

「け、けど……あれを1人で相手にするなんて無茶だよ!」

 

「大丈夫大丈夫。 トールズの皆もいるんだし、心配ないよ」

 

「ああ、その通りだ!」

 

エリオットの心配を無用とするように、パトリック達が艦を降り、武器を構えて魔煌兵と対面していた。

 

「ここは僕達に任せたまえ!」

 

「皆さんはどうかそのまま“城”へ!」

 

「そう言うこと。 ラウラ」

 

レトは腰に下げていたカンテラを掴むと、振り返らずに真後ろに放り投げ……綺麗な弧を描いてラウラの手元に渡った。

 

『これは……』

 

「それは《紅蓮のカンテラ》。 バルフレイム宮地下を攻略する時に使ったアイテムだよ。 城内の構造は変わっていると思うけど、そのカンテラでしか道が開けないギミックがあるのは変わらないと思う。 持って行って、きっと役に立つ」

 

「すまぬ、レト。 大切に扱わせてもらう』

 

『……ああ。 帝都の事は頼んだぞ、レト!』

 

「了解! テスタ=ロッサ!」

 

『よかろう』

 

転移でテスタ=ロッサに乗り込み、カレイジャスから飛び降りドライケルス広場に着陸する。 リィン達を煌魔城に送り届けるため、すぐにカレイジャスはバルフレイム宮に向かった。

 

「さぁてと……行くよ、テスタ=ロッサ。 250年前はこの帝都を闇に落としたけど……今回は、闇から救おう。 君の汚名を晴らす時が来た!」

 

『今こそ、我が雪辱を晴らそう!!』

 

異空間から剣を取り出して掴み、抜き側に一転……剣を振り回して斬撃を飛ばし、広場にいた魔煌兵を攻撃した。

 

「この場は任せます。 僕は街の中にいる魔煌兵をなんとかします!」

 

「気をつけてくださいね〜!」

 

トマス教官の間伸びした声に苦笑いし、テスタ=ロッサは背中のブースターを起動し、広場から勢いよく飛び出す。

 

広場から出るとすぐにヴァンクール大通り……その通りは何体もの魔煌兵が闊歩している。

 

レトは魔煌兵を斬り伏せながら大通りを歩く。 その間、通りの左右の歩道には立ち尽くす市民がおり、レトは避難誘導を行う。

 

「危険です、早く——」

 

「ま、また機甲兵が現れたぞ!!」

 

「きゃああ!!」

 

「え!? あ、ちょっと……!」

 

「うわぁあああ!!」

 

誘導しようにもまともに取り合ってもらえず、さらに混乱が広がるばかりだ。

 

「ダメだ……全く聞いちゃくれない。 バルフレイム宮はアレだし、霊脈のせいで街の雰囲気も悪くなってる」

 

『我の存在自体も、恐怖でしかないのだろう』

 

魔煌兵だろうと、機甲兵だろうと、騎神だろうと……この状況で市民に与える恐怖は全て同じ。 いくら操縦席から声をかけても彼らには伝わらない。

 

「……ふぅ……やるしかないか」

 

事前に予想もしていた可能性……それが現実となり、覚悟を決める。 レトはテスタ=ロッサから降り、腕を伸ばしたテスタ=ロッサの手の上に乗り、混乱する群衆の前に立った。

 

「——聞け!! 我が名は……レミスルト・ライゼ・アルノール! 今こそ、この名を檻から解放する……緋の騎神《テスタ=ロッサ》と共に!!」

 

何事かと群衆は顔を見上げ、レトの言葉を聞き動揺が一気に広がる。

 

「私はまごう事なき皇族に連なる者! しかし、それを今証明する物はない……しかし! 信じて欲しい。 私が望むのはそれだけだ。 どうか、今だけは信じて欲しい」

 

信じて欲しい、その言葉しかレトは言えない。 これだけでは市民はもちろん、領邦軍の兵士も届かない……

 

「さてと、言葉だけじゃなくて……行動で示さないとね」

 

『目標、魔煌兵10体。 1体だけではさほど手間がかからぬが、数が多い。 どうする気だ?』

 

「そんなもの、決まっているよ」

 

ニヤリと笑みを浮かべながら剣を持つ手を後ろに向け……

 

「斬って斬って斬り進めだけ!」

 

身体を横に向け、腰を落としながら倒れるように前のめりになり……

 

「刹那刃」

 

ゆらりとテスタ=ロッサが魔煌兵の間を、目に止まる速さで、流れるようにスルリと通り抜け……魔煌兵を抜けた先、剣を振り抜いた状況で立っていた。

 

「輪切りの一丁上がりっと」

 

『相変わらず、見事な剣技だ』

 

「操縦に慣れたものだけど、やっぱりスピードが足りないけどねぇ。 遅いのなんの」

 

『今の段階ではこれが限界だ』

 

本来の性能ならもっと動けるのかもしれないが、今は関係ないので置いておく。

 

と、その時、レトは周囲がざわめき始めた事に気がつく。

 

「す、凄い……」

 

「ね、ねぇ……皇族かはともかく、あの人って凄い人なのかなぁ?」

 

「うおーー! いいぞいいぞ!」

 

『レミスルト! レミスルト! レミスルト!』

 

「お……おお、おおぉ……と、とにかくこの場は危険で……危険だ。 領邦軍の兵達は速やか市民の避難誘導を、帝都郊外へと誘導してくれ」

 

『はっ!!』

 

溢れんばかりのレミスルトコール。 自身が皇族の真偽はともかく、レト本人は信用された。 これなら順調に避難誘導が出来る……レトは言いかけた丁寧語から強めの口調で兵達に指示を出し、避難誘導を開始した。

 

「ふぅ……ヴァンクール大通りから避難誘導が帝都全域に拡散すればなんとか」

 

『だが、避難完了までにはかなりの時間が必要だ。 その間に、事態が急変する可能性もある』

 

「だよねぇ……」

 

煌魔城が出現してからそれなりに時間が経っている。 今から避難誘導を進めたとしても今更遅いのかもしれない。

 

『むっ!』

 

「! 後ろ……!」

 

その時、背後から不意打ちで斧を持った巨漢の魔煌兵が現れ、同時に斧を振り下ろして来た。 レトは振り返り側に剣を振り抜こうとすると……

 

「——ふんっ!!」

 

横から人影が飛来、魔煌兵の背を斬り上げてから斬り下ろし、2刀で叩き伏せた。

 

「あ、あれは……」

 

「ヴァンダール家の……!」

 

領邦軍の中にミュラーを知る者がおり、それが周りに広がって群衆に勇気が出てくる。

 

「ミュラーさん!」

 

「また腕を上げたな、レト。 騎神越しでもお前の成長をひしひしと感じ取れた」

 

こんな状況ながらも、ミュラーはレトの成長を自分の事のように喜ぶ。

 

さらに、アルノールの盾であるヴァンダールの者と親しくしている事から、もしかしたらレトが皇族だと言うことは嘘ではないのかと思い始めていた。

 

「お前はお前のすべきことをやるがいい」

 

「やるべき事……?」

 

「……おい、お前が昔言っていただろう。 《紅蓮の魔人》が復活するような事があるなら、マーテル公園にある武器が必要になると」

 

「………………ああ、そういえばそうだった」

 

「全く……やはりお前とあのお調子者は、兄弟だな」

 

複雑な事情はあるとはいえ、2人が似た者同士だとミュラーは溜息をつきながら頭を抑えた。

 

「さっさと行って取ってこい。 私はドライケルス広場に向かう。 あそこに魔煌兵が集中しているようなのでな」

 

「はーい」

 

あまり緊張感の無い返事を聞かず、ミュラーは広場に向かって走って行った。 その間も領邦軍による市民の避難誘導は進んでいた。

 

「住民の避難、残り30分程で完了いたします!」

 

「了解した、引き続き頼む。 ふぅ……これで一通り避難できたかな」

 

大通りから兵と市民がいなくなった事を確認し、レトは広場の方向……煌魔城の方へ振り返った。

 

しかし、レトは煌魔城を見つめるばかりで、向かおうとはしない。 痺れを切らしたテスタ=ロッサが声をかける。

 

『我らも煌魔城に赴き、参戦しないのか?』

 

「んー、実は救助の途中である事を思い出してね。 そっちを先に何とかしないと……」

 

本当ならすぐにでも向かいたいが、ミュラーに言われた事を思い出していたのでどうにも踏みとどまってしまっている。

 

「ドライケルス広場は士官学院の皆がなんとかしてくれる。

 

「——レトさん!!」

 

踵を返し、煌魔城に背を向けて歩き出そうとした時……背後から少年の声が聞こえてきた。

 

振り返ると、テスタ=ロッサの前に蒼灰髪の少年が息を切らせていた。 レトはその少年に見覚えがあった。

 

「やあクルト、久しぶり。 帝都に実習に来てた時はゴメンね、自由時間があれば会いに行ってたんだけど」

 

「そんな事より、行かないのですか……あの城に?」

 

蒼灰髪の少年……クルトはヴァンダール家の者でミュラーの弟である。 兄は向かったのに、レトが行かないのを不思議に思っている。

 

「少し野暮用でね。 マーテル公園に行く」

 

「マーテル公園に? ……あ、ちょっと!」

 

考える間も無く、レトはマーテル公園に向かって歩き出し。 その後を追いかけてクルトは走り出す。

 

「ハァハァ……こんな時に遊んでいる場合ですか」

 

すぐにマーテル公園の入り口に到着し、レトはテスタ=ロッサから降りる。 隣には頼んでもいないのにクルトは全力で走って追いかけ、また息を切らせている。

 

息を整えたクルトは公園を歩いていくレトに横について行く。

 

「ここに一体何があるんですか?」

 

「それは見てのお楽しみに」

 

はぐらかすレトに不信を抱く中、マーテル公園にある小さな滝の前に来た。

 

「テスタ=ロッサ」

 

レトがテスタ=ロッサを呼ぶと、テスタ=ロッサは軽くて飛び、ゆっくりと川の中に足を踏み入れた。 それなりの深さがあり、テスタ=ロッサの膝上まで川の中に入っている。

 

そしてテスタ=ロッサはレトに向かって手を出し、レトその上に飛び乗り……クルトに手を差し伸べた。

 

「………………」

 

何をしようとしているつもりなのか……不信感はさらに増えるが、ここで足踏みしても拉致があかない。 クルトはその手を取り、レトと一緒に手の上に乗った。

 

2人が乗るとテスタ=ロッサは滝に向かって歩き出し、滝の前に来るとは空いた手を2人の頭上に翳し傘とし、滝を超えて壁に向かってそのまま歩き出し……壁をすり抜けた。

 

「なっ!?」

 

壁をすり抜けた事に驚きつつ、さらに滝の裏にこんな洞窟があった事にもクルトは驚愕する。

 

すぐに岸に上がり、2人はテスタ=ロッサに降ろされて洞窟に足を下ろす。

 

「マーテル公園の滝の裏にこんな洞窟が……」

 

「ここは霊的に隠されているからね。 この場所を知っているか、馬鹿が泳いで滝裏に行かない限りは見つからないよ」

 

「それでここに一体何が……」

 

聞こうとする前に、レトはスタスタと洞窟の中を進んでいく。 クルトは苦虫を噛み潰したような表情になるもその後を追う。

 

洞窟は側面や天井は岩肌が剥き出しに対して床はしっかりと平らに整備されている。 広さもそれなりに広いが、騎神には少し腰を落とす必要があるも問題なく進めた。

 

「こ、これは……」

 

5分程歩くとさらに開けた空間、テスタ=ロッサが暴れても問題ないくらいの広場に出た。 実は今までの道のりは平坦のようだったが実は少しだけ下りになっており、この広場は地下にある。

 

広場の中央は丸い舞台のようになっており、規則正しく幾何学的な模様が彫られてあった。 まるで広場自体が台座の役割があるような……そして、そこに祭られていたの一本の剣。

 

鍔に大きなオーブが埋め込まれている巨大な剣……騎神が持つにしても大きく、アルゼイド流の使うような大剣が地に突き刺さっていた。

 

『この剣は……』

 

「なんて巨大な……」

 

「250年前……かのドライケルスが灰の騎神ヴァリマールを駆った際に使っていた剣。 そして、君を貫いた剣でもある」

 

『…………ああ、よく覚えている。 我は、この剣と聖女の槍によって、あの城の奥深くに張り付けにされた……』

 

「し、獅子心皇帝が使っていた、剣……」

 

ゴクリと、クルトは唾液を嚥下する。それだけ貴重な物だと思っているのだろう。 触れることさえ尻込みする程に。

 

「銘はなんと言うのですか?」

 

「この剣の名前は—————って言う………あれ? これ喪われているね」

 

「? 今なんて……」

 

レトは剣の名前を言ったが、その部分だけノイズがかかったような気がし、聞き取れなかった。 クルトは聞き返そうとするが、その前にレトが再び歩き出す。

 

『これで我が半身を打ち倒すのか?』

 

「いいや、違うよ。 剣は自前のものがある。 それにこの剣は普通の剣じゃない。 この剣は——概念武装だよ」

 

剣の前に歩み寄りながらテスタ=ロッサの言葉を否定する。 そしてレトはテスタ=ロッサに乗り込み、剣の柄を握りしめ……台座から引き抜いた。

 

「………………何も、起きないか……」

 

剣が抜かれるのを見ていたクルトは仕切りに辺りを見回し……何も起きないとホッとする。 クルトは小説なのでよくあるお約束を懸念していたが、取り越し苦労だった。

 

「この剣は物質ではなく、霊力で構成されていて概念という現象が剣の形を模しているだけ。 だから実際は形を持たない……」

 

クルトが一安心している間、レトは剣から流れる力をひしひしと感じ取る。

 

「これから何をするつもりなのか……君なら分かるよね?」

 

『ふっ、何度もこの剣には斬られ刺されて来たが……まさかこんな日が来るとはな』

 

するとレトは剣を翻して逆手で持ち、天高く掲げるように振り上げ……剣先をテスタ=ロッサの腹部に向けて振り下ろした。

 

『グゥッ!』

 

「ッッッ!!」

 

「?! な、何しているんですか!?」

 

操縦席は胸の辺りにあるのでレトは無傷だが、痛覚のフィードバックで腹が焼けるような激痛が走っていた。

 

突然の奇行にクルトは驚愕と動揺、そして怒りが湧き出し叫ぶ。

 

「アレを止めるんでしょう!? 自殺とか本当に馬鹿ですか!!」

 

「ッッ……普通に考えれば……別たれた緋の騎神のどちらの方が強いのかは明確……地力は愚か武器の差だって火を見るよりも明らか……だから……!!」

 

クルトの叫びが聞こえているのかは定かではないが、レトとテスタ=ロッサは痛みに耐えながらさらに剣を腹部にねじ込む。

 

すると、剣が緋色に輝き出し……ボロボロと崩れ始めテスタ=ロッサの中に入って行く。さらにレトの懐から石が、レグナートから貰った白い鉱石が飛び出して霊力の奔流に一緒に飲み込まれて行く。

 

「そ、そんな……まさか……緋の騎神と剣が融合している!?」

 

「ぐぅぅ……あぁっ……!」

 

『——ウッ……オオオオオオォォ!!』

 

そして、剣が完全にテスタ=ロッサに吸収された瞬間……緋い霊力が爆発するように解放された。

 

「うわあああぁ!!」

 

その衝撃は凄まじく、クルトは壁まで吹き飛ばされてしまう。

 

「ハァ……ハァ……」

 

『……………』

 

衝撃で土煙が舞い、騎神の姿は煙の中に隠れていた。

 

起動者は荒い息を切らせながら身体中を巡る力をゆっくりと実感して行き、緋い騎神は上を見上げると……背にクリアレッドの翼を広げ、一気に飛び上がり天井を貫いて空高く飛び上がった。

 

「ッ……一体何が……」

 

後に残されたクルトは、緋い騎神が作った穴から降り注ぐ光に目を細めながら呟いた。

 

 



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89話 陰の緋・陽の緋

煌魔城——

 

城の上層付近で、全てを消し去るような焔を放ち、変貌した劫炎……《火焔魔人》マクバーンが圧倒的な力をリィン達に見せていた。

 

「か、火焔魔人……」

 

「これは……人の手で倒せるとは……」

 

「くっ……ここまでだったなんて!」

 

(ダメだ……このままじゃ全滅——)

 

「どうしたどうしたぁ!! 俺をもっと熱くしてみろっ!!」

 

「あ——」

 

考える暇もなく、マクバーンから高密度な火球が放たれる。 避けられない……そう覚悟した瞬間……天井にヒビが走る。

 

「うわあああっ!!」

 

「な、なんだ!」

 

天井が割れ、両者の間に落下、火球を踏み潰した。 影の乱入と火球の衝撃で城は揺れ爆煙が舞い上がる。

 

「い、一体何が……」

 

「あ、あれって……」

 

「あのシルエット……まさか騎神か!」

 

「まさか……!」

 

爆煙に浮かび上がる人型の影。 次第に煙が晴れると……そこには緋い騎神がいた。 しかし従来の形とは異なり、背にはクリアレッドの蝶の翼、腰には同色のマントの形をした焔が揺らめき、鬣は背中に届くくらいまで短くなりながら薄く赤に染まり首の辺りで装甲のようなバレッタで纏められている。

全体的に突起物も、特に肩付近の突起物が無くなりスマートな形となっている。

 

「テ、テスタ=ロッサ……なの?」

 

「あの翼……以前、ケルディックで暴走していた時に出ていた……」

 

「という事は、また暴走しているのか!?」

 

「いいえ、アレはそんなもんじゃないわ! アレはもう——完全な第2形態よ!」

 

「レト……レトなのか!」

 

姿形は違えど、あれが緋の騎神である事と、起動者がレトである事は間違いようがない。 だが、ラウラが声をかけるもレトは無言のままマクバーンと睨み合っている。

 

「っていうか、煌魔城を突き破ってるんですけど!?」

 

「元のバルフレイム宮に戻ったら……どうなっているんだろうな?」

 

「そんな心配は後にしなさい」

 

「へぇ……?」

 

マクバーンは観察するような目でテスタ=ロッサを見つめる。 既にリィン達は眼中にないようだ。

 

「いいねぇ……ゾクゾクさせるじゃねえか。 お前になら俺が倒せるんじゃねえのか?」

 

すると右手を前に突き出し……空間を突き破り中から一振りの歪な形をした紫の片刃の剣を取り出した。 あの剣が現れた瞬間、レトの持つケルンバイターが鼓動を示す。

 

「な——」

 

「け、剣……?」

 

「あれは……あの子の剣と同じ!」

 

「《魔剣アングバール》……そこにいる小僧がもつ《ケルンバイター》の対となる剣だ。 クク、俺との相性が良すぎるせいか、こんな風になっちまうけどな……」

 

手に持つ柄からマクバーンの力を送り込み、アングバールは一瞬で黒く染まりマクバーンと同等の力を放ち出す。

 

「ぐうっ……!」

 

「黒き焔……!?」

 

「………………」

 

無言で一連を見ていたレトは左手を突き出し、その手に新たなに誕生した剣を掴む。

 

刀身は緋く剣先から柄まで白い二重螺旋が描かれており、柄頭は拳くらいの大きさの輪っかがある長大な剣を……緋の騎神の力と白い鉱石、そして概念兵器によって作り出された新たなる剣……《霊剣レーヴァティン》——テスタ=ロッサがその左手で握りしめる。

 

「へぇ……中々面白いことするじゃねえか。 どうやらケルンバイターの力も巡らせているようだ」

 

不敵な笑みを浮かべながらマクバーンはアングバールから放たれる黒い焔を膨れ上げさせながら構える。

 

「今更レーヴェの阿呆の後釜なんざどうでもいい。 来な——レミスルト」

 

「———ああああああっ!!」

 

絶叫とともにレーヴァティンを振り上げ……一瞬でマクバーンの前に移動し、両手で振り下ろした。

 

「……いいねぇ……いいじゃねえか!!」

 

レトの一太刀をアングバールで受け止めたマクバーンは、続けて剣を弾き返し黒焔を斬撃として放つ。

 

至近距離から放たれた斬撃に、レトは身を反らせて避け……そのまま倒れるように片手をついてバク転しながらマクバーンを蹴り上げる。

 

斬って、避け、受け止め、鍔迫り合い……一連の流れを繰り返すだけでも余波で広場の支柱が砕け、壁が崩れ、床が裂ける。

 

「ひえええっ……!」

 

「なんという颶風だ……!」

 

「き、近代兵器どころじゃないんですけど……!」

 

「もはや常人が立ち入るのは許されない戦い…………レト……」

 

余波による風を受けながら戦慄を覚えるリィン達。 そこで両者は互いに距離を取り、その際にリィンの元に近寄ったレトは振り返らず呼びかける。

 

「行って、皆!」

 

「レト!」

 

「必ず追いかける。 後から来ると思うヴィクターさんにコレ押し付けるから!」

 

「コレとは言い草だな!」

 

「イタイっ!!」

 

話に気を取られていた隙にマクバーンに懐に入られ、跳躍と同時にかち上げられるように顎を蹴り上げられた。

 

再び激戦が繰り広げられる中、サラ教官が先導する。

 

「皆、今のうちに奥まで駆け抜けるわよ!」

 

『はい……!』

 

「レト……どうか無事で……」

 

レトがマクバーンを引き付けている内に反対側から回り込んで昇降機に辿り着き、上層へと登る。 ラウラはレトから託されたカンテラを抱きしめながら、最後までレトの事を見つめていた。

 

昇降機が天井に消えた事を確認したレトは、レーヴァティンを握る手を強く力を込める。

 

「オラッ!!」

 

「てりゃあっ!!」

 

お互い剣を振るっては弾かれ、振るっては弾かれを繰り返し、型はあるもののほぼ力任せに剣を振るっている。

 

「そこっ!」

 

先に抜け出したのはレト。 足元からレーヴァティンと同じ形状の焔の剣を飛び出させ、マクバーンに距離を取らせる。

 

だが、距離を取ると言ってもせいぜい人間を相手にしている時に取るレベルの距離……その程度ならテスタ=ロッサは一歩で距離を詰めれる。

 

「せいっ!」

 

「おっと」

 

一歩踏み出し、マクバーンとの距離を詰めると同時に薙ぎ払い。 マクバーンは跳躍してよけ、同時に繰り出された拳をアングバールで受け止めた。

 

「そらよ!」

 

その状態のままマクバーンは足踏みをし、テスタ=ロッサを取り囲むように火柱が立ち上る。 動けないレトにマクバーンはもう一度距離を置き、連続で黒焔の斬撃を繰り出す。

 

「させるか!」

 

『展開』

 

テスタ=ロッサを取り囲むように6つの焔の剣を作り出して回転、火柱と斬撃を搔き消す。 次いで逆手に持ち替え蹲るように構え、刀身に霊力を込める。

 

「せいせいっ、せりゃあ!」

 

逆手のまま斬り上げるように三度、斬撃を飛ばす。

 

「オラよっ!」

 

マクバーンも同様に三度剣を振るい、最後に斬り上げと同時にアングバールを真上に放り投げ、空いた両手に黒焔が集まり球となる。

 

「オラオラオラオラッ!!」

 

マクバーンは作っては投げ、作っては投げを繰り返して無数の火球を投擲してくる。 数は増えているがそれでも一つ一つの威力は落ちておらず、一つでも当たれば大きなダメージを負うだろう。

 

「てりゃああ!!」

 

回避行動を取りながら手の中でレーヴァティンを回転させて飛来してくる火球を防ぐ。 そしてマクバーンは撃ち止め、落ちて来たアングバールをキャッチし……

 

「なっ!?」

 

直線的な軌道ばかりだった火球。 それが左右から挟み込むような曲線を描いた軌道で2つの火球がテスタ=ロッサに迫って来た。

 

「にゃろう!」

 

スラスターを噴射させながら跳躍、一瞬で飛び上がり、足元で火球同士が衝突して爆発を起こす。

 

しかし、飛び上がった先に、既にマクバーンがおり……踏み潰すように蹴落とされてしまう。 レーヴァティンが手から弾き飛ばされてしまう。

 

「終わりだぁ!!」

 

「させるかぁ!!」

 

脳天に振り下ろされるようとするアングバール……それを寸での所、両手で左右から挟み込み、ギリギリの所で受け止めた。

 

「この程度で——っ!?」

 

「うおおおりゃああああああっ!!」

 

テスタ=ロッサの剣は受け止めたが、操縦席から飛び出て来たレトの剣までは受け切れず、レトの剣がマクバーンを斬り飛ばした。

 

手痛い一撃を受けたマクバーンは大きく吹き飛ばされ、膝をついた。

 

「……クク……なるほど。 奇策に奇策を重ねた訳か。だが……」

 

マクバーンは何事もなかったかのようにスクッと立ち上がった。 胸の傷からは煙が上がり、焼いて傷口を塞いでいる。

 

マクバーンは視線をレトの左手にやる。 その手には銃剣が握られている。

 

「惜しかったなあ。 もしその剣がケルンバイターだったら俺も少しは危なかった」

 

「……確かに、ケルンバイターは今、テスタ=ロッサに使っている。 でも、これでいいんだ……僕の出番はこれで終わり」

 

「あぁ?」

 

「——ここからは、私が引き受けよう」

 

ヒラリと、テスタ=ロッサの前に人影が飛び降りて来た。 立ち上がると大剣を抜き、一振りして構える。

 

「後はよろしくお願いします、ヴィクターさん」

 

その人物はヴィクター・S・アルゼイド。 《光の剣匠》の異名を持つ剣豪、火焔魔人ともまともに戦える帝国でも一二を争う達人である。

 

「……《光の剣匠》……そうか、アンタもいたか。 だがいいのか? そいつと共闘して俺を倒す手もあるんだぜ?」

 

「頂上で予定があるのでお断りします」

 

「そういう事だ。僭越ながら……このヴィクター・S・アルゼイドが貴殿の相手をいたそう」

 

大剣に闘気を纏わせ、いつもは片手で構えるのに対し今は両手で構える。 それだけ、マクバーンは尋常ならざす相手なのだろう。

 

レトは再びテスタ=ロッサに乗り込もうとすると……あ、っと何かを思い出し、ヴィクターに向かって水筒を投げた。

 

「ではお願いします! あ、アレと長時間いると熱中症やら脱水症になるので水分はこまめに摂ってください」

 

「すまないな」

 

「テメエ、本当に言い草だな」

 

「レーヴェさんを阿呆阿呆言っている人に敬意は払いたくありませんー」

 

ヴィクターは水筒を受け取りながら礼を言い、ベー、と舌を出してマクバーンに嫌味を言いながらテスタ=ロッサに乗り込んで空を飛び、吹き抜けから上層へと向かった。

 

「皆、大丈夫かな?」

 

『心配なら、先を急ぐしかあるまい』

 

「だね。 飛ばして、テスタ=ロッサ!」

 

速度を上げ、レトはテスタ=ロッサと初邂逅した場所……《緋の玉座》へと向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——着いた!」

 

飛び続けてものの数分、レトが駆るテスタ=ロッサは緋の玉座へ辿り着いた。 玉座の間、その前にはリィン達、VII組とヴァリマール。 対面するようにクロウとヴィータ、オルディーネがいた。

 

「レト!」

 

「随分と遅い到着だな」

 

着地すると直ぐにテスタ=ロッサから降り、周囲を確認する。 状況として、どうやら騎神戦でリィンの勝ちで終わった場面に出くわしたようだ。

 

「あー、もしかしてもう終わっちゃった?」

 

「見ての通りよ」

 

「一足遅かったな」

 

「フフ……こちらとしては有り難かったのだけど」

 

ヴィータはそういうが、実際にその場にいたとしても2人の間に割って入る気はなかった。

 

「さてと……」

 

終わったのならそれもよし、そう思ったレトはリィン達の横を抜けて玉座へと進み……顔を上げ磔にされているテスタ=ロッサの半身を一瞥する。

 

今ここに、呪われた騎神と七の騎神としての騎神……光と影、陰と陽、相対しながらも同一の緋き騎神が対面した。

 

「お久しぶりですね、カイエン公。 アルゼイド邸以来でしょうか」

 

「レ、レミスルト皇子……」

 

「あ、いたんだ」

 

「カイエン公……」

 

「あはは、なんか完全に忘れてたねー」

 

リィン達は素で忘れていたが、レトにはそんなことは関係なかった。

 

「リィンとクロウの勝敗も大事だけど、それ以上に僕は家族が大事なんだ。 返してもらうよ、カイエン公……僕の弟のセドリックを」

 

「おいおい、寂しいねえ」

 

「まあ、当然よね」

 

「くっ……ならば、こうするまで……!」

 

切羽詰まったカイエン公は走り出し、捕らえているセドリックの元まで向かった。

 

「まさか——」

 

「おい、やめろ——!」

 

「っ……」

 

何をするつもりなのか読めたクロウとヴィータは止めようとするが、カイエン公はやめる気はない。

 

尋常ならざる気配を感じ取ったレトは飛び出し。 跳躍し一気にセドリックの元に向かおうとすると……突然、目の前に何かが立ち塞がった。

 

「なっ……」

 

「レト!」

 

そこにいたのは……アガートラムと同じ胴体で一ツ目、両腕が三又の爪を持つ灰色の傀儡。 左右から鋭い爪が襲いかかり、レトは押し返されてしまう。

 

「な、なんだあれは!!」

 

「アガートラムによく似ているけど……」

 

「んー、何なんだろうね……」

 

直ぐに消えてしまった傀儡はミリアムもなんなのか分からなかった。 しかし、それよりもその間にカイエン公はセドリックの元に辿り着き……セドリックを掴むと磔にされている騎神に押し付けた。

 

「……ああああああああっ……!」

 

「しまった!」

 

「セドリック殿下……!」

 

「貴様、辞めろ——!」

 

「セドリック!!」

 

「うあああああああ……!!」

 

絶叫を上げるセドリックは……ゆっくりと緋の騎神に呑み込まれてしまった。

 

「……あ——」

 

「の、呑み込まれちゃった……」

 

セドリックが緋の騎神に呑み込まれしまった。 すると……脈動を感じた。

 

「……!」

 

「こ、これは……」

 

磔にしている柱が赧く輝き出し、帝都に渦巻いていた霊力が柱に集まっていく。 時間が経つ事に脈動は大きく強くなって行き……

 

「あ、あれは……」

 

「くっ、現れてしまったか……」

 

柱が消え、そこに立っていたのは緋の騎神。 しかし基本的な形状は似ているものの、緑色に輝く四つ目、身体中に張り巡らせている血脈のような緑の線、獣のような鋭い尾に四肢がまるで受肉したような質感を感じさせ、まるで巨人が緋の鎧を纏っているようだ。

 

そして、レトのテスタ=ロッサが光を放つ緋だとすれば、《紅蓮の魔人》は暗闇を放つ緋……同じ緋の騎神だというのに対極的な存在だ。

 

「ま、まさか……」

 

「《緋の騎神》を核に250年前にも現れた……」

 

「《紅き終焉の魔王(エンド・オブ・ヴァーミリオン)》——」

 

——オオオオオォォ!!

 

四つ目を光らせ、猛々しく吼える。 そこに騎士の姿はなく、まさしく獣の姿だ。

 

「! 霊脈を伝って紅蓮の魔王に霊力が……まさか!」

 

「帝都にいる人々から霊力を絞り立っているわね」

 

「そ、そんな!?」

 

「ま、まさか姉さんも……」

 

「心配しないで。 僕が居なかったのは住民の避難を進めていたから……直接はあっていないけど、アルト通りの避難は完了している」

 

「そ、そうか……良かった……」

 

「……!! そうでもなさそう!」

 

「え……」

 

突如として、魔王の咆哮から放出される緋い霊圧が襲いかかってきた。 寸での所でケルンバイターを構えたレトが霊圧を斬り裂いたが……大波を斬るが如く、再び襲ってくる。

 

「エマ……!」

 

「ッ……!」

 

咄嗟にヴィータとエマが杖を構え、防御結界を展開し霊圧から全員を守る。 が、2人の苦悶の表状を見るから、あまり長い時間は保たないだろう。

 

「な、なんて霊圧なの!?」

 

「っ……このままだと防御結界が……!」

 

「愚かな……これの出現だけは戒めていたのに……!」

 

「ローゼリアの婆様の苦労も水の泡だね」

 

「そ、そんな悠長な!?」

 

ローゼリアが苦労して試練を作り上げてレトが乗り越えた……その苦労がお互いに報われなかったようだ。

 

と、そこでクロウはヴィータが何かをしようと示し合わせ、策が決まると立ち上がる。

 

「っ……クロウ……?」

 

「策があるのね……!?」

 

「ああ……俺とヴィータでアイツの隙を作ってみせる」

 

「隙……作れるの!?」

 

「出来るならば是非もない!」

 

「そだね……このままだと全滅するだけっぽいし」

 

「だが……さすがに時間稼ぎにしかならないぞ!?」

 

「あれだけの巨体を制するには何か決め手が——」

 

そこで気付く。ヴァリマール、オルディーネ、そしてテスタ=ロッサの力なら紅蓮の魔王を倒せると。

 

「そうか……! 3機の騎神がいれば……」

 

「あれだけの力があれば、ひょっとしたら……!」

 

「おお、霊力が戻ればこっちのモンだ……! 皇太子が取り込まれた核さえ取り出せば——」

 

「あのデカブツを何とか出来るってわけだね!」

 

「ええ……この次元には顕現できなくなるはずです!」

 

「選択肢はなさそうね……!」

 

紅蓮の魔王が目覚めてしまった以上、倒して再度封印するか破壊するしかない。 結局、戦うしかなかった。

 

「判った——それで行こう! クロウ、クロチルダさん! よろしく頼みます!」

 

「おおよ……!」

 

「任されましょう。 グリアノス、セリーヌも手伝ってちょうだい」

 

「ああもう……仕方ないわね!」

 

グリアノスは二つ返事で了承するように鳴き、セリーヌは仕方ないながらも了承する。

 

決戦に備え、念入りに準備を整え……準備が整い、全員が武器を構え紅蓮の魔王を見据える。 そして、ヴィータが杖を頭上に掲げる。

 

「深淵より出でし蒼き息吹よ——」

 

「……おおおおおおおっ……!」

 

呪文のような言葉を紡ぐとクロウがダブルセイバーを構え、その刀身に蒼き光が纏われる。

 

「かの双刃に宿りて緋き焔を切り裂け——!」

 

「喰らえ——デットリー・クロス!!」

 

クロウの戦技にヴィータの術が付与され、結界の解除と同時に蒼き十字が緋い霊圧を切り裂きながら突き進み、エンド・オブ・ヴァーミリオンに直撃し霊圧の放出を止めた。

 

「今だ、皆!!」

 

「VII組総員——行くぞ!」

 

『おおっ!!』

 

道は開けた。 紅蓮の魔王の首を獲るため玉座に続く階段を駆け上がり走り抜け、近付いたその時……空間が歪み、レト達は異空間に飛び込んだ。

 




霊剣レーヴァティンの見た目はFGOの太陽を越えて輝け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)です。

なんかその方がカッコいい。


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90話 紅蓮の魔王

最後の決戦、紅蓮の魔王に挑むVII組。 飛び込んだ先は太陽のような焔の球が宙に浮いており、目の前に煌魔城、魔王が用意した舞台に足を踏みいれた。

 

「こ、ここは……」

 

「まるで旧校舎最奥での試練と似た……」

 

「ここは紅蓮の魔王によって作り出された空間よ。 どうやら相手もここで決着をつけるようね」

 

一斉に目の前の紅蓮の魔王を見上げる。 その大きさは騎神の大きさを優に超えており、異常な霊圧も相まって戦う前から強烈な威圧感をレトたちに与えていた。

 

「な、なんだか勢いのまま来ちゃったけど……やっぱり勝てるのかなぁ?」

 

「ちょっと、後悔してるの?」

 

「この後悔は思い出にしておけば? 大人になったらきっと酒の肴になると思うから」

 

「ら、楽観的だな……」

 

「お喋りはそのくらいにしろ。 来るぞ……!」

 

エンド・オブ・ヴァーミリオンは咆哮を上げながら右手を振りかぶる。

 

魔剣プロパトール——異空間から片刃の剣を取り出し、前方を薙ぎ払った。

 

「うわあっ!!」

 

「ヒュ」

 

後方にいた者は距離を置いて避け、身軽な者は跳躍して魔剣を回避する。

 

「はっ——ミリアム!」

 

「てやあっ!!」

 

剣を振り切った所をレトがケルンバイターで防ぐように押し返し。 止め切った剣の上からアガートラムが地面に叩きつけるように殴りつけた。

 

「そこっ!」

 

「はあっ!」

 

「はああっ!!」

 

とにかく先ずは攻撃を始め、ダメージの程度の具合を見計らう。 矢、散弾、大剣と喰らわせ……

 

「……前から思ってたけど、機甲兵や人形兵器、騎神に攻撃が効果的なのか分かりにくいんだけだ!?」

 

「岩を攻撃しているようで意味が見出せなくなりそうだ……」

 

「それでも、ただ己が信じる道をこの剣で切り開くのみだ!!」

 

ラウラは呼気を高めると同時に闘気を集め、剣先を地面に突き刺した。

 

「光よ——貫け!!」

 

熾洸剣——地面に大剣を突き刺して闘気を送り、エンド・オブ・ヴァーミリオンの足元から白い大剣が飛び出す。

 

「はっ! リィン!」

 

「ああっ!」

 

追撃を仕掛けたレトは脇腹を斬り、さらにリィンが追撃、反対の脇腹を斬り。 続けてエマとエリオットはアークスを駆動を開始する。

 

「アークス駆動……」

 

「はああぁ……!」

 

「疾き風よ——唸れ!」

 

畳み掛けるようにガイウスが右手の十字槍とは別にもう一本、十字槍を左手に持ち二槍構えると、槍から風が吹き、2つの竜巻を起こす。

 

「はあああっ!!」

 

槍を振るい2つの竜巻を左右から遅い、自身は正面から切込み2つの十字槍による乱舞を喰らわせ……

 

「——イクスペルランサー!!」

 

十字槍を目の前で交差させ、エンド・オブ・ヴァーミリオンの周囲を回っていた2つの竜巻を襲わせ、2つの竜巻が合わさり大きな嵐を巻き起こした。

 

「今だ!!」

 

「——ソル・イラプション!!」

 

「——ロストオブエデン!!」

 

竜巻で身動きを封じている隙に、エマとエリオットによる2つのロストアーツが発動。 この空間にもう一つの太陽が現れ、天から無数の武器が降り注ぎエンド・オブ・ヴァーミリオンを取り囲む。

 

太陽は徐々に落下し、地面に刺さった武器によって巨大な陣が形成……太陽の落下と虹の爆発が同時に襲い掛かろうとした、その時……目の前に半透明な壁が現れた。

 

「え……?」

 

「ええっ……!?」

 

「防がれ——ぐああっ!!」

 

「っ……」

 

マイティリフレクト——エンド・オブ・ヴァーミリオンを取り囲むように六角形で構成された障壁が展開し、物理、魔法攻撃、全ての攻撃を防ぎきり、反射して全体へと跳ね返る。

 

「させるか! プラチナムシールド!」

 

「月の光よ——クレセントシェル!」

 

前衛は喰らってしまったが、後方にいたユーシスとエマが物理と魔法に有効な障壁を展開、反射してきた攻撃から身を守った。

 

「そんなのありぃ!?」

 

「お前も似たような事が出来るだろう」

 

「思いっきりブーメランだね」

 

「規模や硬度は桁違いだけどね」

 

すると、エンド・オブ・ヴァーミリオンは両手を広げると、背後の空間が歪みだし……無数の武器を投擲してきた。

 

「おっと!」

 

「はあ!」

 

「うわわ!」

 

それぞれ回避、防御や迎撃で身を守るが、一体いつ終わるのか、剣の雨はまだまだ降り注いでくる。

 

「千の武器を持つ魔人。 名前に偽り無しか」

 

「どちらかと言えばそれはレトの方だけど」

 

「うるさいやい」

 

「だがっ……なんて弾幕なんだ!?」

 

「それを言うなら剣幕だけどね」

 

「それ別の意味になるから。 とは言え、これじゃあ近づけてないわ」

 

「なら……これで! レト、あの壁を!」

 

「了解!」

 

「助太刀する!」

 

レトとリィンが剣の雨を掻い潜りながら飛び出し、後方にいたアリサは同時に4本の矢で弓を引いた。

 

「踊りなさい!!」

 

4本の矢を射ると、炎の鳥となり剣の雨を物ともせずに弾きながらエンド・オブ・ヴァーミリオンに襲い、羽根を舞き散らしながら爆発を起こす。

 

「斬り裂け——ケルンバイター!」

 

刀身が輝く魔剣が一呼吸で縦横無尽に振り抜かれる。 この魔剣を握ってから久しく感じなかった衝撃が左腕を揺らしながら障壁を幾度となく斬り、バラバラに破壊した。

 

「肆の型——紅葉切り!」

 

間髪入れず太刀を納刀したリィンが居合いの構えを取りながら肉薄し、すれ違い側に膝裏を斬り膝を付かせる。

 

そしてその間に、アリサは空へと飛び上がり……その背に白き翼を広げる。

 

「大いなる輝きよ! 我が弓に宿れ!!」

 

弓が黄金に光り輝き、絢爛な装飾が施された弓と化し、また同じ槍のような黄金の矢をつがえ両腕を限界まで広げるように引き……

 

「——レディエンス……アーク!!」

 

風を切りながら放たれた矢は、エンド・オブ・ヴァーミリオンに直撃すると、巨大な火柱を上げながら爆発する。

 

「そこだぁ!! スレッジインパクト!!」

 

「切り刻め!! 紫電——一閃ッ!!」

 

サラ教官が紫電を纏った一閃で円形の紫電がエンド・オブ・ヴァーミリオンを取り囲み、そこへ大玉に変形したアガートラムが頭上に落下してくる。

 

エンド・オブ・ヴァーミリオンが落下してくるアガートラムを受け止めると、紫電が狭まり胴体を締め付ける。

 

「凍てつけ!」

 

「はあぁ…………はっ!!」

 

続けてガイウスとユーシスが武器の刃に氷や風を纏わせ攻撃を繰り出す。

 

「よし、このまま!」

 

「……! まて、様子が……」

 

勢いに乗り、このまま押し切ろうとした時……エンド・オブ・ヴァーミリオンは急速に霊力を貯め始めた。 そして、咆哮と同時に解放、全身がさらに緋色に染まり、蝶の翼が熱せられている剣のように白くなり、さらに大きくなる。

 

「きゃああ!!」

 

「なんて霊圧……! 今までとは比べ物にならなりません!」

 

「紅蓮の魔王の第2形態って所ね。 全く、厄介ったらありゃしないわ」

 

「愚痴を言う前にとにかく戦う!」

 

「エマ!」

 

「暗き炎よ——アステルフレイム!」

 

黒ではなく、暗い炎が杖にまとわりつき、振り放つとエンド・オブ・ヴァーミリオンの眼前に広がり、視界を塞いだ。

 

「行くぞ!」

 

その間にマキアスが走り出すとエンド・オブ・ヴァーミリオンの周りを回りながら、ショットガンを3度発砲する。

 

「ナイト! ルーク! ビショップ!」

 

エンド・オブ・ヴァーミリオンを取り囲むように三方向の地面に着弾すると、チェスの3つの駒の幻影が出現。 3つの駒が結界を形成し、トライアングル状の結界が紅蓮の魔王を取り囲んだ。

 

そしてマキアスは大型の導力ライフルをリロードしながら抜き構え、銃口に導力が集束し……

 

「——-チェクメイトだ!!」

 

トリニティクローズ——導力砲が結界をすり抜けてエンド・オブ・ヴァーミリオンに直撃し、拡散されるはずの力は結界によって内に留められ……結界の崩壊と同時に導力の本領が周囲に放出された。

 

「どうだ、見たか!」

 

意気揚々にマキアスは拳を握る。 が、光が収まって行くと……そこにはあまり代わり映えのしない姿の魔人が立っていた。

 

「あまり、効いているようには見えないな」

 

「く、くそ……」

 

「第2形態になった事でさらに硬さ等のスペックが上がっているみたいだね。 まあ、当然だけど」

 

「サラ、右お願い」

 

「ええ、このまま——」

 

フィーとサラ教官は左右から接近しようとすると……2人の目の前に緋が、エンド・オブ・ヴァーミリオンの手が広がっていた。

 

カオスディソーダー——左手に呪いのような黒い霊力が集束し、目の前で放たれ、爆発する。

 

「きゃああ!!」

 

「ぐあっ!」

 

「っ——」

 

さらに黒い霊力が無造作に連発。 場を荒らし、直撃せずとも余波を何度も受けてしまった。

 

「し、しまった……」

 

「くっ、このままだと……!」

 

「大丈夫——さあ、始めるよ!」

 

魔導杖の柄頭を地面に叩きつけ、小さなパイプオルガンを召喚した。 そして、指を弾き旋律を奏でる。

 

「清廉なる女神の息吹よ。 我が旋律に宿り、仲間たちに癒しを……」

 

鍵盤を弾く事に、エリオットの周囲に二色の魔法陣が展開し……

 

「フィナーレ!!」

 

終幕、魔法陣から七色の光が爆発し、虹のオーロラとなって仲間たちに降り注ぐ。

 

レメディオラトリア——魔導杖の特殊モードによる戦技により、七色の光が仲間の傷をみるみると癒していき、武器を振るう気力を与えていく。

 

「この光は……」

 

「傷が……」

 

「これなら、行ける!」

 

再び立ち上がり、気力の満ちた目で紅蓮の魔人を見る。

 

「ありがとう、エリオット」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

「しかし、反応速度まで上がっているとはな……」

 

「奴はあまり足を動かそうとはしない。 その分の力を上半身の動きや防御に回しているんだろう」

 

レトはサラ教官とフィーに目配せをし、意図を察した2人が銃口を向けると同時に走り出す。

 

「鳴神——はあああっ!!」

 

「そこ」

 

導力銃と双銃剣による銃撃。 銃撃の間に抜けながらレトは駆け抜ける。

 

「シャイニング!」

 

アリサから援護の魔法、視界に映る動きが明確に見え、地面から飛び出す槍を最小限の動きで避け、懐に飛び込み……

 

「——刹那刃!」

 

刹那の間に、ケルンバイターによる防御無視の7連撃を喰らわせた。

 

ダメージが目に見え始めた時……エンド・オブ・ヴァーミリオンは片手を掲げ、再び霊力を貯め始める。 それも先程とは比べ物にならないくらいの量を。

 

「っ……! なんて霊圧!」

 

「来るぞ!」

 

そして、両腕を交互に振り上げるように振るい、レトたちの足元から取り囲むように無数の槍が出現した。

 

「と、閉じ込められた……!」

 

「! 来るぞ!」

 

オブリビアンアームズ——跳躍すると右手に霊力が集束し、振り抜くと……背後の空間から、先程とは比べ物にならないくらいの数の剣が雨のように降り注いでくる。

 

「なっ!?」

 

「出し惜しむ事なく、随分と大盤振る舞いな事だ!」

 

「そんな事を言っている場合か!?」

 

「——はああぁ!!」

 

離れていたため檻に囚われなかったラウラは飛び出すと、剣の豪雨に向かって飛び込んだ。

 

「ラウラ!?」

 

「受けてみよ——我が全霊の奥義!!」

 

裂帛の気合いと共に目にも留まらぬ速さで大剣を振るい、降り掛かる剣の雨を直撃するものだけ斬り落として行く。

 

「吼えろ!! 獅子洸翔斬!!」

 

獅子の如く飛び上がり、渾身の大剣を振り下ろし……大地ごと、エンド・オブ・ヴァーミリオンを斬り裂いた。

 

「す、凄いや……」

 

「凄まじいの一言だな」

 

「……待って、様子が……」

 

——ウオオオオオオッ!!

 

怒り狂うように咆える。 呼応するように緋い霊力もその勢いを増してレトたちに強い圧を浴びせる。

 

その時、3機の騎神がこの空間に転移してきた。 どうやら霊力の充填が完了したようだ。

 

『霊力ノ充填完了——待タセタナ、リィン』

 

「ヴァリマール——!」

 

『コチラモ完了——クロウヨ、乗ルガイイ』

 

「よっしゃ、行くぜ——!」

 

『今こそ——呪いを撃ち破り我が半身を救い出そうぞ』

 

「終わらせよう……この戦いを——!」

 

準起動者は後退して戦線を離脱し。 リィン、クロウ、レトはそれぞれ片膝つく騎神の元に駆け寄り、転移して騎乗。 得物を抜き《紅蓮の魔王》と再び向かい合う。

 

生身の時は台の上で戦っていたため気付かなかったが、騎神に乗って改めて大きさを見ると《紅蓮の魔王》の方が一回りも二回りも大きかった。 単純に倍ほど離れている。

 

「図体ばかりデカくなりやがって……これじゃあいい的だな」

 

「だが、その分パワーは圧倒的にあちらが高い。 まともに喰らえば一溜りもない」

 

「数とスピードで押して、勝機を見出すしかないね」

 

半歩下がりながら右腕を引くと、その手に緋い槍が出現する。

 

魔槍エンノイア——赤黒い槍が3機纏めて貫く。

 

「闇よ——斬り裂け!!」

 

カオスセイバー——双刃剣の刃に闇が纏われ、双刃を一振りし、一撃目で槍を払いのけ、二撃目で斬撃を浴びせた。

 

「……! マジか——ぐあっ!」

 

だが、モロの食らっているのにも関わらず怯みもせず、反撃を返された。

 

「クロウ、大丈夫か!?」

 

「ッ……タフすぎんだろ」

 

「……ん?」

 

すると、エンド・オブ・ヴァーミリオンを取り囲むように障壁が展開される。

 

「生身ならいざ知らず、騎神なら!」

 

障壁を前にしても果敢にリィンは立ち向かい、太刀に霊力を集める。

 

「砕けちれ——やっ! せいっ! 斬っ!」

 

天衝剣——強烈な三段斬りを喰らわせ、障壁を破壊する。 だが、障壁が破壊された瞬間、剣が飛来し、ヴァリマールの手から太刀が弾かれてしまう。

 

「リィン!」

 

「危ねぇ!!」

 

無防備なヴァリマールに向かって剣を振りかざすエンド・オブ・ヴァーミリオン。 ヴァリマールに剣が振り下ろされようとした時……

 

「——ッッ!!」

 

伍の型・残月——紙一重のところで振り下ろされた剣を躱し、空いた懐に掌底を放ちエンド・オブ・ヴァーミリオンの体勢を崩した。

 

追撃をかけようとレトとクロウが左右から挟み込もうとするが、エンド・オブ・ヴァーミリオンの左右から剣が射出され、近付けなかった。

 

「意外に隙のない奴だ」

 

「……ん? この感じは……」

 

「……!」

 

霊力が急速に高まり始める。 この行動に、レトとリィンは見覚えがあった。

 

「同じ手が2度も通じると思うな!!」

 

「行くぞ、レト!」

 

レーヴァティンによる焔の剣が飛来、各部の関節に突き刺さり動きを封じた。 その隙にリィンが頭上を取り、刃を返し峰打ちをエンド・オブ・ヴァーミリオンの首筋に撃ち下ろした。

 

「クロウ!!」

 

「喰らいやがれ——クリミナルエッジ!」

 

峰打ちにより頭は垂れ、そこにクロウが刀身に霊力を集め、自身ごと双刃剣を振り回し一転して切り裂き、封じの焔の剣ごと吹き飛ばす。

 

「そこ——!?」

 

追撃を仕掛けたレトが、後一歩の所で踏みとどまり。 一瞬遅れて目の前に槍のような鋭い尻尾が突き刺さっていた。

 

「尾!?」

 

「チッ、どこまでも獣じみた奴だ!」

 

「にゃろう!」

 

負けじと挑み掛かるが、召喚される武器と尾による連携は凄まじく、接近は難しかった。

 

「ヤロウ!」

 

ブレイドスロー——双刃剣を投擲する。 高速で迫る双刃剣を、エンド・オブ・ヴァーミリオンは……

 

「はっ!?」

 

「身軽ぅ」

 

後ろに跳躍して避け、続けて弓矢を構える姿勢をとる。

 

魔弓バルバトス——エンド・オブ・ヴァーミリオンは後退と同時に弓矢を出し、風が渦巻く矢を射た。

 

「——行けっ!!」

 

「レト!?」

 

矢の射出と同時に、自分に言い聞かせるようにレトは飛び出す。 矢がテスタ=ロッサの眼前に広がると……剣を盾に真下に潜り込むように滑り込み、剣の軌道を上に逸らしながら距離を詰める。

 

「ひとーつ!!」

 

エンド・オブ・ヴァーミリオンの目の前に出るとその真上を飛び越え、前転しながら剣を振るい右翼を斬り落とし……

 

「ふたーつ!!」

 

着地し、振り回された尻尾を避けながらすれ違い側に左翼を斬り落とした。

 

「今だ!!」

 

「リィン——決めるぜ!」

 

「分かった!!」

 

レトの離脱と同時にリィンとクロウが交差するようにエンド・オブ・ヴァーミリオンを順に斬り、さらに背後から追撃をかけた後距離を取り……

 

「おおおおおっ……!!」

 

「はああああっ……!!」

 

オルディーネは双刃剣を頭上に掲げ、ヴァリマールは両手を広げながら太刀を構え……

 

『蒼覇・十文字斬り!!』

 

ヴァリマールの抜刀による斬り抜きと、オルディーネの十字の斬撃がほぼ同時に交差した。

 

「吹っ飛べ魔王——!!」

 

間髪入れずテスタ=ロッサが走る。 肩に担ぐようにレーヴァティンを掲げ……

 

「斬り裂け——レーヴァンティン!!」

 

胴体を右斜めに斬り付けた。この一撃で、エンド・オブ・ヴァーミリオンの腹部の装甲が剥がれ落ち、その中から球体……(ケルン)を見つけ出す。

 

「あれは……!」

 

「皇太子を取り込んだ“核”だ!」

 

「道は僕とクーさんが拓く——行って、リィン!」

 

「判った——頼む、クロウ、レト!」

 

すると、エンド・オブ・ヴァーミリオンの背後から無数の穴が開き……機関砲を掃射するが如く、高速で剣を射出してきた。

 

『おおおおおおっ……!』

 

『行けっ!!』

 

クロウは頭上で双刃剣を回転させて盾としながら直進させ、レトはレーヴァティンの力で無数の焔の剣を生み出し、奴と同じように掃射させて撃ち落として行く。

 

その時、エンド・オブ・ヴァーミリオンは尻尾を地中に突き刺し……直進していたオルディーネに槍のように鋭い尾が腹部を貫いた。

 

『ぐっ……』

 

『クロウっ!?』

 

『…………!!』

 

くぐもった声が聞こえるが、クロウは振り返るとリィンに投げ掛ける。

 

『カスっただけだ! ——立ち止まんな! 前を向いて、お前にしかできない事をやれ!』

 

『っ——ああ!』

 

(あの位置は……そんな……)

 

クロウの叱咤激励を受け、リィンは太刀を握り直す。 そして、レトは飛び交う剣の対処をしながら、最悪の事態を予想してしまった。

 

『ッッ……リィン!!!』

 

『八葉一刀流・漆の型——』

 

今だに襲いかかる剣の弾幕に対処しながらレトが叫ぶび道を切り開く。 その道をリィンが駆るヴァリマールが駆け抜け……

 

『無 想 覇 斬!!』

 

エンド・オブ・ヴァーミリオンの懐に潜り込み、何度も全力で太刀を振るい、執拗に腹部の装甲を狙い切り裂いて行く。

 

そして、最後の一太刀を振るい……納刀すると同時に紅蓮の魔王は膝をつく。 その腹部の装甲は全て剥がれており、核が丸見えだった。

 

『おおおおおおおっ……!』

 

リィンは腹部に両を入れて核を掴み、全力で引っ張り……エンド・オブ・ヴァーミリオンから核を引き剥がした。

 

『今だ!!』

 

後退するヴァリマールと入れ替わるようにテスタ=ロッサが懐に入り、胸部をレーヴァティンで貫いた。

 

「その呪い——断ち切らせてもらう!!」

 

核か取られた事で消え行く紅蓮の魔王の力を吸い出し、レーヴァティンに呑み込ませて行く。

 

そして、紅蓮の魔王が作り出してた空間が消滅。 元の煌魔城、緋の玉座へと戻ってきた。

 

「ハァ……ハァ……や、やっぱり……キッツい……ローゼリアの婆様が別かった理由が身に染みたよ」

 

『紅蓮の魔王の力をこの霊剣に封じ込めた。 我が半身は、この次元に顕現できなくなってしまったが、な』

 

周囲を見渡すと、核から出てこられたセドリックの周りにリィン達がいた。 レトは急いでテスタ=ロッサから降り、フラフラになりながらも弟の元に駆け寄る。

 

「レト、大丈夫か!」

 

「だ、大丈夫……!」

 

「そんな訳でないだろう! そんなにフラフラで……」

 

ラウラ達が心配するも、レトはセドリックの元に歩み寄る。 頰に青アザが出来ていて霊力の枯渇で憔悴していたものの、命に別状は無かった。

 

「セドリック……良かった、本当に……良かった……!」

 

レトはセドリックの無事を確認し、ホッと一安心し……真後ろに倒れ込んだ。

 

前のめりに倒れてはセドリックを押し潰してしまう、レトは最後の力を振り絞りなんとか仰向けに倒れた。

 

「レト!!」

 

「……ご、ごめん……霊剣との融合……マクバーンとのジャレ合い……紅蓮の魔王との死闘に呪いの封印で……もう、流石に……限、界……」

 

「レトさん!」

 

「ああもう! 何度霊力をすっからかんにすれば気が済むのかしら、この子は……」

 

何度繰り返せば気が済むのかと、セリーヌは呆れ気味に怒っている。 だが、その呆れ声に耳を傾ける前に、最後の力を振り絞ってレトはリィンのジャケットの裾を掴む。

 

「……リ、リィン……」

 

「なんだ、レト?」

 

「……ク、クロウは……もう……」

 

「え……」

 

「レト!!」

 

そこで、レトの意識は途絶えた。 その後、何があったかは知る由もなかったが……これだけは予め、予想していた。

 

クロウ・アームブラストは……もう助からないと。



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91話 帰還

3月9日——

 

突如として帝国を混乱に陥れた内戦は、納得のいかない形になりながらも終わりを告げ、帝都は解放された。

 

あの後、レトが気絶している間に色々あった中……煌魔城は蜃気楼のように消え、元のバルフレイム宮に戻った。

 

1つの問題は解決したが、それでは終わらなかった。 レトが市民を避難させていた事もあり、殆どの市民があの変異したバルフレイム宮を目撃、結果一種こデモのような説明の要求が求められた。

 

内戦による今後の不安。 突如として起きた魔煌兵の襲撃と煌魔城の出現。 色々溜まっていた不満が爆発したようなものだった。

 

そして帝国軍は……帝国は今、内戦の発端となったクロスベルに侵攻、全く血を流さずに占領した。

 

「——帝国のため、お互いに頑張って行きましょう」

 

「ありがとうございます! より一層、励まさせていただきます!」

 

そして現在。 レトは皇族として、内戦収束から今日まで帝都の復興のためその身を追われていた。

 

やる事と言えば各地区に訪問して激励の言葉を送り、感謝の言葉を贈られ、様々な式典に参加……今までサボっていたような皇族としての責務を果たしていた。

 

「はぁ……やってられねー」

 

「ナァー」

 

やや疲れ気味になりながらレトは導力リムジンの中で頬杖をつきながら、表には絶対に見せられない顔をしながら嘆息する。

 

兄様(あにさま)。 そのような事を言ってはいけません。 兄様はもう、この帝国を代表するアルノール家の一員なのです」

 

「それって僕は今まで家族の一員じゃなかった、て事?」

 

「そ、そう言う訳では…………もう! 兄様の意地悪!」

 

同乗していたアルフィンが励ましながら注意するが、意地悪を言うレトにプンスカと怒ってしまった。

 

ごめんよと、苦笑してアルフィンの頭を撫でながら謝罪し、レトは少しあの時の行動を後悔しながら思い返す。

 

あの事件から後日、帝都に帰還したユーゲンスIII世はレト……もといレミスルトを皇族であると宣言した。 この言葉に誰も……宰相閣下ですら抗議の申し立てをせず。 結果、レトは皇族である事が証明された上、世間から《緋の騎士》と呼ばれるようになった。

 

「リィン、大丈夫かなぁ……」

 

ガラス越しに空を見上げながら、今はレト以上に大変な目に遭っている仲間の名を呟く。

 

リィンは今、レトに次いで内戦を終結させた英雄として讃えられ……()()()にとっては程のいい駒として、クロスベルにいる。

 

レトと並び《灰色の騎士》と英雄視されている。 だが、その実態はレト同様、ただの偶像である。 それに加え、クロウについても……

 

「………………」

 

あの事件の後、VII組……延いてはトールズ士官学院は帝都の復興よりクロウの葬儀を優先して進め。 事件から1週間程で、ヒンメル霊園にて葬儀が執り行われた。

 

(そういえば……)

 

そこでレトは葬儀中の内容を思い返す。 レトは棺に眠るクロウに花を手向けようとした時、妙な不信感を感じた。 あの時は他に花を手向ける人もいたため、その原因を確かめる事は出来なかったが……

 

(そう、何かが……何だったけなぁ。 確かめられればいいんだけど、墓を掘り返す真似はしたくないし……)

 

「リィンさんはきっと大丈夫です。 大丈夫じゃなきゃ……エリゼが泣いてしまいます」

 

「……! そ、そうだね。 あのシスコンが妹を泣かせるような真似はしないでしょう」

 

「ナァー、ナァー(特別意訳:思っ切りブーメラン)」

 

ルーシェが何か言いたそうな目でレトを見つめるが、レトはアルフィンに視線を向けていたため気付く事はなかった。

 

その後、リムジンは元の緋いバルフレイム宮に入って行き。 2人は翡翠庭園に向かった。 そこには皇妃プリシラが1人、ティータイムの最中だった。

 

「お母様。 ただいま戻りました」

 

「まあ、お帰りなさい、アルフィン。 レミスルト殿下も、お疲れ様です」

 

「いえ、当然の事をしただけです」

 

2人はメイドに椅子を引かせてもらい、同席する。 レトはこうしてお茶をする機会は増えたが、まだ家族揃ってお茶会はしていない。

 

「お母様、セドリックの様子は?」

 

「まだ体調を崩しおられます。 恐らく、今年のトールズ士官学院への入学は来年へと見送る事になるでしょう」

 

「まあ、そうなるでしょう。 生身で《紅蓮の魔王》の中に放り込まれて、身体的にも精神的にも参っている。 本人は残念がるでしょうが……」

 

「ええ。 殿下と、シュバルツァー殿との後輩として学院生活を送れない事に、心底悔いていた様子でした」

 

「……その気持ち、わたくしも分かるような気がします。 女学院に在籍しているため一緒になれないのは当然ですが、兄様と一緒になれないのはとても……」

 

「ナァー」

 

セドリックの気持ちが共感できるアルフィンは胸に手を乗せるように押さえながら言う。 と、その時……

 

「——やっているようじゃのう」

 

「え……」

 

「この声は……」

 

頭上から幼い声が降りかかってきた。 レトは見上げると、段差の上には地に着きそうな長い金髪に時折口元から見える皮膚を突き破りそうな鋭い犬歯、緋い瞳を持つ幼い見てくれの少女……

 

「よお」

 

「え……?」

 

「あなたは……」

 

「ローゼリアの婆様!?」

 

どこからともなく、音もなく現れた正体不明の少女。 当然、衛兵やメイドは騒めき出す。

 

衛兵がローゼリアを捕縛しようと動こうとする前に、レトが手で制し。 メイド含め全員を翡翠庭園から下がらせて人払いをした。

 

「兄様。 このお方は一体?」

 

「ただのロリババ……もとい、魔女の郷の長だよ。 小説《紅い月のロゼ》で出る吸血鬼本人で、250年前の《獅子戦役》ではドライケルス皇子やリアンヌ・サンドロットと協力した“優しき魔女”本人……と言えば、分かりやすいかな」

 

「まあ」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

「どうやってバルフレイム宮に入ったかは聞きませんが、どうしてここに来たのかは教えてくださいますよね?」

 

同席したローゼリアに紅茶を出しながらレトは彼女の自己紹介をし、アルフィンとプリシラはかなり驚いた。 そしてローゼリアは一口飲んでからレトの質問に答えた。

 

「煌魔城の一件からもうかなり経っておるからな。 帝都の様子を見がてら寄っただけじゃ」

 

「それで、何か分かったのですか?」

 

「何にもじゃ。 あれだけの事が起こった後にも関わらず、何も……それが逆に不気味でしょうがない」

 

「フシャー!」

 

「ぬおう!?」

 

ルーシェがローゼリアに剣呑な顔で威嚇する。 飛びかかろうとした所をレトが抱き寄せる。 ルーシェはかなりローゼリアを嫌っており、レトの腕の中でシュシュっと届かない猫パンチを繰り出す。

 

「相変わらず嫌われてますね」

 

「全く……どうしてこうなったのやら」

 

「よしよし」

 

「フーーッ!」

 

レトはルーシェをアルフィンに預け、アルフィンがルーシェを宥めながら話を切り替える。

 

「それで婆様は今後、どのように動くおつもりで?」

 

「これ以上後手に回るのも悪くなって来た。 そろそろ年寄りと言い訳に傍観をし続ける訳にもいかんじゃろう。 再び運命が動き出すのはまだ先、妾は妾なりに動いてみよう。 それでレトよ。 あの灰の起動者はどうじゃ?」

 

ようやく重い腰を上げたローゼリアは、少し目を細めて視線を向けてくる。

 

「どう、とは?」

 

「お主も仲間から、妾もセリーヌから聞いた。 その上で共和国を牽制するためのクロスベル入り……かなり参ってしまっても仕方あるまい」

 

「………………」

 

「それはお主にも言える事じゃぞ?」

 

「リィンよりはマシな方ですよ。 衝撃的な事実には慣れてますし、どちらかと言えばクーさんの方が……」

 

「……さようか」

 

そのレトの質問に対する返答に、ローゼリアは一応納得したようだ。

 

と、そこで考え込んでいたアルフィンがローゼリアの方を向き直った。

 

「……ローゼリアさん。 1つ聞いてもいいでしょうか?」

 

「ふむ? いいじゃろう」

 

「リィンさんは帝国の要請を受けました。 それが何を意味するのか、リィンさんは分かっています」

 

「じゃろうな」

 

「その上で、かの宰相——いえ、ローゼリア様はリィンさんに何を……何を求めているのでしょうか?」

 

理由があったとはいえ、アルフィンは何もせずに傍観していたローゼリアに納得は出来てないようだった。 そして、しばらく間を置いた後……ローゼリアはゆっくりと口を開く。

 

「《獅子心皇帝》ドライケルス——」

 

その名に、レトは静かに息を飲む。 その反応にローゼリアは“ふむ”と1人納得しながら頷く。

 

「今より250年前。 獅子心皇帝と謳われた奴がどんな人物だったのか……妾は一応知っている。 その英雄と騎神が何をもたらすのか、この目で見てみたい——といったところじゃな」

 

「……リィンはドライケルスではありませんよ」

 

「じゃが灰の騎神の起動者じゃ。 奴を帝国の管理下にある以上、奴は英雄ではなくなる。 もちろん、お主もな」

 

「……ちょっと、分かるような気がします」

 

「……強大な力を持つ者は自由であるべき——とういう事ですか?」

 

「当たらずしも遠からず、そう思って貰って構わんよ」

 

紅茶を飲みながら曖昧に肯定するローゼリア。 だが、確かにその通りかもしれない。 今のリィンとレトは虚構の英雄だ。 実態は何の力もない、ただの人。

 

「でも、確か言える事は……僕とリィンは英雄ではないという事ですね」

 

「結果だけ言えばな」

 

「………………」

 

「そう気落ちするでない。英雄になぞならなくてもやれる事はある。 お主が英雄である必要は何にもないんじゃよ」

 

「……ええ、そうですね」

 

自分で言っておきながらフォローすると、ローゼリアはおもむろに席を立った。

 

「もう行ってしまわれるのですか?」

 

「ウム、それではの。 それと、行きがけの駄賃に少し貰っていくぞ」

 

「え……?」

 

すると、ローゼリアはススイとレトの背後に回り込み、両肩に小さな手を乗せる。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「ロ、ローゼリアさん!?」

 

小柄からはあり得ない力で抑えられ動けず、ローゼリアは口を開き犬歯をレトの首筋に寄せ……その皮膚に突き立てた。

 

「ッ!」

 

「わわっ!!」

 

「まあ」

 

鋭い痛みにレトは顔をしかめ、アルフィンとプリシラは驚愕で思わず口元に手を当てる。 空気が固まる中、首筋から口を離し身を起こしたローゼリアは少し高揚した顔で口元を拭った。

 

「ふぅ。 相変わらず芳醇な血と魔力じゃな。 容量を間違えればこちらが酔ってしまいそうじゃ」

 

「じゃあの」と、指揮棒のような杖を取り出すと一振り、足元に円形の緋い陣が現れ……ローゼリアはその姿を消した。

 

後に残された家族3人と1匹の間には微妙な空気が流れていた。

 

「……えー……コホン——じゃ」

 

「ナァ〜〜…………」

 

「兄様っ!!」

 

咳払いをしてからルーシェの首根っこ掴んで去って行くレトに、普段は聞けないアルフィンの怒号が響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「よっと」

 

レトは列車から軽く飛びながら駅のホームへと着地する。 あれから逃げるように宮殿を出たレトは人目を忍んで……もとい、人目に止まらぬ速さでヘイムダル中央駅に向かい、鉄道で約2ヶ月ぶりのトリスタに足を踏み入れた。

 

「内戦終結から来れなかったけど、皆元気にしているかなぁ」

 

「——レト!?」

 

すると、聞き覚えのある驚愕の声が聞こえた来た。 対向のホームに続く階段からリィンが降りて来ていた。

 

「リィン! もしかしてさっきの列車で?」

 

「ああ。 そう言うレトは……」

 

「皇族としてサボっていた仕事をね。 リィン以上にここに戻ってくるのに時間がかかっちゃった」

 

「そうか。 だがお互い、無事に戻ってこれて良かった」

 

「ナァオン」

 

「はは。 もちろんルーシェもな」

 

足元に寄って来たルーシェの頭を撫でるリィン。 よく駅内を見回すと、ヴァリマールも一緒にいた。 そこでリィンは少し辺りを見回す。

 

「テスタ=ロッサはどうしたんだ?」

 

「次の貨物列車で来るよ。 一般の車両に乗せるわけにも行かないから」

 

お互いに無事と再会を喜びながら駅から出て……2人は再びトリスタの街に足を踏み入れた。

 

「帰ってきたね」

 

「……ああ」

 

感傷に浸るように街並みを見回す。 リィンとレトは1カ月、3カ月ぶりのトリスタ。 そんなに離れた期間ではないが、どうしてか久し振りと感じてしまう。

 

「……ひと月ぶり、か……雪は降らなかったみたいだけど……」

 

「……あの時より、寒い気がするね……」

 

「ナァ……」

 

リィンは肌寒さに身を震わせ、レトはルーシェを抱きしめて寒さを実感してしまう。 帰って来たはずなのに、どうしてか肌寒く感じてしまう。 と、その時、2人の眼前に1枚の花弁が降って来た。

 

「え——」

 

上を見上げると、街並みに沿って植えられているライノの花が僅かに咲き始めていた。

 

「……ライノの花……」

 

「……僕たちには肌寒く感じるけど、この木々にはちゃんと感じているんだ。 春の訪れを……」

 

2人には寒々しいが、ライノの花は確かに春の訪れを……今のこの世界で暖かさを感じている。

 

「——お帰りなさい、リィン」

 

「レト」

 

その時、優しく2人を呼ぶ声が聞こえて来た。 顔を上げると、学院の方からVII組の全員と、トワたちが2人を出迎えてくれた。

 

「…………ぁ…………」

 

「皆…………」

 

「お帰り、リィン、レト」

 

「はは……何をぼうっとしているんだ?」

 

「フッ、咲きかけの蕾を見て柄でもなく浸っていたか?」

 

「……皆」

 

「物珍しげに見てただけ」

 

「ふふ、ちょうど昨日くらいに蕾をつけ始めたんです」

 

「1週間くらいでぼちぼち咲き始めるって」

 

「あはは、気が早いのもいるみたいだけどー」

 

「そっか……」

 

ライノの花に加えて、アリサたちが出迎えてくれたおかげで2人に笑顔が戻る。

 

「——ただいま、皆」

 

「何はともあれ無事に、帰って来ました」

 

「うん、よくぞ帰ってきた」

 

「本当に、お疲れ様だったな」

 

「——いや。 それほど大変じゃ無かったよ」

 

「僕の方は死ぬほど大変だったけどねー」

 

「えへへ、お疲れ様。 2人とも」

 

トワは労うように2人を迎い入れる。

 

「それと、お帰りなさい」

 

「皆、わざわざ出迎えてくれたんですか? 少し気を使ってしまいましたね」

 

「この時期、2年は授業もほぼ無くなっているからね」

 

「ヴァリマールとテスタ=ロッサの件もあるし、せっかくだと思ってさ」

 

「一年は授業中だけど、特別に自習扱いにしたわ。 どこぞの大尉さんが、2人の到着時間をご丁寧に連絡してきたしね」

 

「……そうですか」

 

「………………」

 

レトは改札を出る前、チラリと落ち込むように立ち尽くしていたクレア大尉の姿を見ていた。 どうやらリィンと、宰相閣下について色々とあったようだ。

 

「セリーヌも迎えにきてくれたんだな」

 

「つ、ついでよ、ついで。 あんな顔して出発するからちょっと気になったというか……って今のはナシ!」

 

そこでセリーヌは喋りすぎたと、少し声を上げて誤魔化す。

 

「ふふっ……」

 

「はは……皆ありがとう」

 

「どうする? 今日はもう寮で休む?」

 

「それなら荷物を運ばせてもらうぞ」

 

アリサとガイウスの優しさに、リィンはその優しさを有難く受け取りながら首を振る。

 

「いや……授業中なら俺も出るよ。 1カ月の遅れを何とか取り戻したいしな」

 

「僕は正直休みたい気分だけど……自習はちょくちょくしてたとは言え3カ月……出ない訳にはいかないね」

 

「むむ、今日はこのままお疲れさま会に雪崩れ込もうと思ったのに」

 

「サラ、ナイスアイデア」

 

「レッツ、パーティだね!」

 

「ええい、真面目にやりたまえ!」

 

「あはは……それは夜ということで」

 

「フフ……ならば学院に戻るとしようか」

 

踵を返し、レトたちは毎日のように通り続けてきた通学路を通り、学院へと向かう。 その途中、ラウラはレトに話しかける。

 

「レト。 あれから身の回りに変わりはないか?」

 

「あんな事を宣言しておいて、変わらない訳ないじゃない。 回りは色々と変わって来ているけど……家族との関係は全く変わらないよ」

 

「そうか……それなら良かった。 そなたの性格なら心配は無用だと思っていたが、どうしても気になってしまって……」

 

「ありがとう、ラウラ。 心配してくれて」

 

「ふふっ、良かったですね、ラウラさん」

 

隣で話を聞いていたエマも笑みを浮かべ……次の瞬間、陽光で眼鏡を光らせながらレトを見つめる。

 

「——それはそうと、レトさん?」

 

「うん?」

 

()()()()()()()……どうされたんですか?」

 

「…………あ…………」

 

咄嗟に手で左側の首筋を抑える。 そこにはローゼリアにやられた吸血の跡があった。

 

「お婆ちゃんと会っていたんですね?」

 

「え、えーっと……」

 

「またかなり霊力が減っているし。 これはかなりの量を吸われたわね」

 

気付かれたからと言って誤魔化す必要もないのだが、エマから発せられるは圧によってどうしても言葉が出なかった。

 

エマは「分かりました」と1人納得して、学院の方に歩いて行ってしまった。 レトはそれをただ見ていた。

 

(……ローゼリアの婆様。 長生きしているけど、とにかく強く生きて……)

 

「ナァオン」

 

「——レト」

 

「何? ラウ…………ラ?」

 

呼ばれて振り返ると……そこには鬼も裸足で逃げ出すような形相を浮かべているラウラが腕を組んで仁王立ちしていた。 心なしかポニーテールが逆立っているように見える。

 

「………………」

 

「いや、そんな気迫を出しながら無言で近寄らないで! 僕は被害者であって、何も悪いこと——」

 

——グラコロォォ!!(意味不明)

 

レトの悲痛な叫びがトリスタの空に響いた。 何があったのかは……誰も知りたがらなかった。



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後日譚
92話 冬の終わり


平成最後に間に合わず、令和最初の投稿です。


3月12日——

 

レトとリィンは内戦から勉強の遅れを取り戻すと同時に、残り半月の学院生活をVII組に限らずトールズ学生たちは送っていた。

 

教官たちも駆け足で授業を進め、生徒たちも何とか置いていかれないよう努力する日々が……平和な日々が続いていた。

 

そして、最後の自由行動日が明日に控えている中……

 

「……………(カシャ!)」

 

レトは屋上のベンチに寝そべりながら導力カメラを構え、雲が浮く空を撮った。 画面に映し出される空の景色を見つめ……ピッピッと、ボタンを操作してその写真を削除した。

 

「………レト」

 

ふと、聞き覚えのある声が聞こえ導力カメラをしまい身を起こすと、そこにはラウラがいた。

 

「ラウラ……水泳部に行ったんじゃ——」

 

立ち上がって疑問を投げかけようとすると……突然、ラウラは駆け出すとレトの体に寄りかかるように抱きしめてきた。

 

「ラウラ……?」

 

「……すまない。 部に行く前に少しだけこうしていてほしい。 その、久しぶりだから……」

 

「………………」

 

ラウラの思い掛けない、あまり見られない一面に驚きつつも、レトは優しく彼女を抱きしめ返した。

 

「ふふ……わがままだな、私は」

 

「いいよ、それくらい。 それくらいなら……」

 

それ以上語ることなく、2人はしばらくの間、抱きしめ合った。

 

その後、気恥ずかしさが残りながらも2人はそれぞれの用事を済ませるため屋上で別れた。 そして次にレトは技術棟に向かった。

 

「やあ、レト君。 君も来たんだね」

 

技術棟に入るとジョルジュが黒の導力バイクを整備していており、一緒にいたアンゼリカが軽く手を上げて挨拶をする。

 

「ええ、まあ。 君もとは?」

 

「さっきリィン君も来てね。 今はヴァリマールの所さ」

 

手を止めて顔を上げたジョルジュが技術棟の裏手に増築された部屋に続く扉に目を向けながらそう言うが……レトはジョルジュを見て少し眉をひそめる。

 

「ジョルジュ先輩、何かありましたか?」

 

「………どうしてだい? 僕はこの通りいつも通りさ」

 

「いえ、少し雰囲気が変わった感じがして……すみません、僕にもちょっと分からないです。 変な事を言ってすみません」

 

「気にしないでくれ。 あんな事があった後じゃ、仕方ないさ」

 

「後輩に心配される感じを出したジョルジュも悪いが……レト君もそう気に病まないでくれ。 アイツとまともにじゃれ合っていた君がそんな顔をすると、アイツも浮かばない」

 

「……はい。 そうですね」

 

気のせいだと思い、それ以上考えるのをやめた。 そしてレトは騎神・機甲兵の格納庫に向かい。 そこには2人が言っていたように、リィンもいた。

 

「やあ、リィン」

 

「レト。 レトもテスタ=ロッサを見に?」

 

「まあね。 テスタ=ロッサ、調子はどう?」

 

『問題はない。 寧ろやるべき事が無く、暇を持て余している』

 

「はは、たまにヴァリマールと手合わせをお願いするよ。 お互い、身体を動かしたいだろうし」

 

『ウム、ソノ時ハ相手ニナロウ』

 

「おいおい、勝手に話を進めないでくれ」

 

否定気味だが満更でもないリィン。 と、そこでレトは隣に立て掛けてある剣……霊剣レーヴァティンに目を向ける。

 

「レーヴァティンは今はどんな感じ?」

 

『——《紅蓮の魔王(エンド・オブ・ヴァーミリオン)》……かの力を十全に封じている。 解析も進み、もうしばらくすればその力を行使できるだろう』

 

「千の武器全部を使う気はさらさらないけどね。 基本はレーヴァティンと槍、せいぜい弓と大剣くらいで……後は遠距離攻撃で射出するくらい。 千であろうが無限であろうが、使うのは1、本……」

 

そこまで口にしたところで突然口を紡ぎ、レトは顎に手を当てて考え込み出した。

 

「レト……?」

 

「……なるほど、その手があったか。 そのうち試してみるのも……(ブツブツ)」

 

『思考ノ底ニ入ッテシマッタヨウダ』

 

『またあらぬことでも考えそうだな』

 

「あ、あはは……ありえそうで怖いな」

 

1人と2機の言葉にもレトには聞こえず、思考の底にはまっていく。 その後、現実に戻ってきたレトは学生会館に向かい、写真部に顔を出した。

 

「やあ、レト君」

 

「こんにちは、フェデリオ先輩。 レックスは?」

 

「レックス君なら今、学院中を回っているはずだよ。 卒業アルバムを作るための写真を急いで撮っているんだ」

 

部室内に部員であるレックスがいないのはいつもの事だがフィデリオに聞き。 卒業アルバムの事を聞いたレトは今思い出したかのようにポンと手を叩く。

 

「卒業アルバム……そういえばスッカリ忘れてましたね。 間に合うんですか?」

 

「内戦やその後のゴタゴタで時間が取れなかったからね。 何とか間に合わせるよう頑張るしかない」

 

そう言って再びテーブルに並べてあった写真を手に取り、アルバムに乗せる写真を選別する。

 

レトは一度部室内を見回し、壁に貼られている写真の数々を見る。 写真部3人がこの1年間撮って来た写真……それを一通り流し見してから、レトは手持ちの荷物から一冊のアルバムを取り出してフェデリオの前に差し出す。

 

「これは……」

 

「VII組のみんなの写真です。 使ってください」

 

「いいのかい?」

 

「もちろん。 残りのトールズみんなの写真も手伝いますよ」

 

「ありがとう、本当に助かるよ!」

 

有難くアルバムを受け取ったフェデリオと、レトはアルバム制作を始めた。

 

そして日も暮れ始めた頃に2年生分のアルバムがまとまり、細かい部分をフェデリオがやっておく事になりレトは一足先に写真部を出て寮に帰ろうとした……と、その前に、反対側にあるオカルト研の扉に目を向け……取手に手をかけて中に入った。

 

「あら」

 

部室内はいつも通りカーテンが閉められて暗く、またいつも通りの場所でベリルが珍しく驚いたような表情を見せる。

 

「久しぶり、ベリル」

 

「ウフフ、そうね。 それで何の用かしら?」

 

「それを聞くのは愚問、じゃないかな?」

 

「ウフフ、ウフフフフフ…………ええ、そうね」

 

不気味に笑みを浮かべるベリル。 レトは対面の座席に座り、ベリルはテーブルに置かれた水晶玉に両手をかざす。

 

「人の運命は無数に枝分かれしている。 けど貴方の運命の道は2つだけ……人か、修羅か……そのどちらかね」

 

「…………そう…………」

 

占いの導きに、レトはボソリと呟くように首肯し、席から立ち上がった。

 

「もういいのかしら?」

 

「それが正しいのか分からない。 でも、どうしたいかは決まった。 ありがとう」

 

1人納得し、早々と退室していくレト。 そして、ベリルは閉められた扉を見つめながら口元を歪めるように緩める。

 

「ウフフ。 貴方はどんな選択をするのかしら……レト・イルビス——2つの獅子の心を持つ男」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

少しだけ気が晴れた気持ちになりながら帰路につこうとするレト。 学院を出ようと正門に向かうと……そこにはレト以外のVII組の面々が集まっていた。

 

「あれ、みんなも今帰り?」

 

「ああ、みんな今帰る所で鉢合わせしてな」

 

「まさか全員がここで出くわすとはな」

 

「何はともあれ、揃った事だし行くとするか」

 

「うん、行くとしよう」

 

全員揃って帰路につきトリスタの街に入ると、全員が顔を上げ、ライノの木々を見上げる。

 

「……………………」

 

「もうちょっと、かな」

 

「ああ、今月末くらいに満開になるんだったか」

 

「3月末……ちょうど入学式と同じか。 我らが初めて出会った日と」

 

「そうですね……」

 

皆、懐かしむように入学式のことを思い返す。

 

「みんな、入学式の日に初めて会ったんだよね?」

 

「ああ、レトとラウラ以外はな。 正直あの時はどうなるかと思ったもんだけど」

 

「えへへ、そうだね。 マキアスとユーシスなんか出会っていきなりだったし」

 

エリオットは面白おかしく言い、マキアスはバツの悪そうな顔をする。

 

「あれは……その、僕も悪かったというか」

 

「まあ、気にするな。 未熟さゆえの過ちは誰にもあるだろうからな」

 

「ありがとう——って、自分は悪くないような顔をしてるんじゃないっ! 散々上から目線でこき下ろしてきたくせに!」

 

「だから誰にもと言っているだろうが?」

 

「あはは……」

 

口論は相変わらず変わらないが、その中に険悪な雰囲気が全く無いことを全員分かっており、エマは苦笑いする。

 

「レトさんとフィーちゃんも、勝手気儘に先に行ってしまいましたね」

 

「あはは、遺跡を調べてみたかったからね」

 

「……めんどかったから」

 

「お前たちはそこの部分は全く変わってないな……」

 

変わる者もいれば、あまり変わっていない者もいる。 実力や人間関係なのでは無く、性格が。

 

「ふふ……今となっては懐かしいわね」

 

「ふむ……懐かしいといえば、アリサとリィンのあれもあったか」

 

「ちょ、ラウラ!?」

 

(誰か言うと思った……)

 

慌てふためくアリサに、リィンは予見していたようにため息をつく。 そしてその話にミリアムは面白そうに食いつく。

 

「なになに、面白そう!?」

 

「ん、実は——」

 

「わ、わざわざ言わなくてもいいのっ!」

 

「なら——」

 

「言わなくてもよい」

 

(っていうか、見られてたんだ……)

 

アリサがダメなら次にフィーが視線をラウラに向けた瞬間、ラウラは気迫でフィーを黙らせた。

 

そんな事がありながら、話しが長くなりそうなのでレトたちは駅前の公園に寄った。

 

「ふふ……それにしてもサラ教官には驚かされたな」

 

「いきなり落とし穴がガコン——だもんねぇ」

 

「その後、何とか脱出して石の守護者(ガーゴイル)と戦って……」

 

「苦戦はしたが、何とか全員で倒しきったのだったな」

 

「そうそう、その後ちゃっかり、サラ教官が現れたんだった……」

 

「タイミングを見ていたとしか思えなかったわね」

 

「間違いないと思う」

 

「でも——あれが俺たちの“始まり”なのは間違いない。 多分、あの日のことはずっと覚えている気がするな」

 

「リィン……」

 

「ふふ……そうだな」

 

「……どんな時が流れても、色褪せない気がします」

 

「むー、いいないいなぁ。 こうなったら、ボクがもっと凄いことをして、最後に強烈な思い出を——!」

 

「やめときなさい」

 

「まったく……先が思いやられるな」

 

VII組の始まりの日の思い返し、改めて結束を深めながら再び帰路につき、第3学生寮の前まで歩く。

 

「そういえば……晩ご飯、みんなどうする?」

 

(あ。 なんかフラグ立った気がする)

 

(……ありえそう)

 

第3学生寮から吹くそよ風から、空気中に僅かに感じられるいい匂いがレトとフィーを納得させる。

 

「ふむ、キルシェあたりで済ませるつもりだったが……」

 

「自炊をしてもいいかもしれませんね。 手分けすればメニューも豊富になりそうですし」

 

「そうね、たまには料理しないと腕も鈍りそうだし」

 

「うん、私も異存はないぞ」

 

「よし、それなら買い出しも含めてみんなで手分けして——」

 

「その必要はありませんわ」

 

リィンの言葉を塞ぐように、音も気配もなくそこに現れたのは……

 

「へ——」

 

「貴女は……」

 

「だからシャロン! なんで貴女がいるのよっ!?」

 

「……フラグ、立ってたね」

 

「お約束」

 

RFのメイドであるシャロン。 彼女は初めて会った時のようにスカートの裾を軽く摘み、優雅にお辞儀をする。

 

どうやらアリサの母であるイリーナに許しをもらい、短い期間ではあるが再び第3学生寮の管理人になったようだ。

 

その後、サラ教官も交え、豪華な夕食を全員で食べるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「えーっと……これは、そこで。 これはここ……これは…………どこだろう?」

 

久し振りにシャロンのご馳走を食べた後、レトは自室で散らかり放題だった遺跡や神殿の調査資料を種類ごとに分けてまとめていた。

 

「ナァオ〜」

 

「あ。 ありがとうルーシェ」

 

「ナァオン」

 

丁度探していた資料を咥えて持ってきたルーシェにお礼を言いながら受け取り、部屋の掃除をするように再び資料をまとめていると……

 

コンコン

 

部屋の扉がノックされ、レトは「どうぞー」と入室を許可すると、部屋にリィンが入って来た。

 

「リィン、何か用?」

 

「いや、少しみんなの今後について話し回っていてな。 レトは一足先にトールズを卒業するけど、その後何をするのか詳しく聞いてないよな?」

 

「んー、まあね。 みんなが卒業した後、自分が進むべき道を歩き出そうとしているんだけど……僕はそう簡単には選べないから」

 

苦笑いするレトの言葉にリィンは察する。 少し前ならともかく、今のレトは名実共に皇族……兄のように放蕩でもしない限り自由には動けないだろう。

 

「政府や宰相の傀儡に成り下がる気はないよ。 けど、皇族としての僕はリィン以上に自由が許されなくなる」

 

「……ならレトは、どうするつもりなんだ?」

 

「共和国に逃げる」

 

軽く言ったその言葉に、リィンは驚きより奇行に走るレトに怒りの方が出てくる。

 

「な、何を考えているんだ!? 今の帝国と共和国の関係を考えれば無事じゃ済まない! それどころかレトは皇族……戦争や争いにまでには発展しなくても、混乱の火種になりかねないぞ!」

 

ジョルジュも卒業後、可能なら共和国のヴェルヌ社に訪問したいと言っていたが……レトはそれ以上に難しい。

 

「表向きの名目としては考古学者レト・イルビスが遺跡の調査を行うため共和国に行く。 一部のお偉いさんにはレミスルト・ライゼ・アルノールが捕虜とか人質みたいな名目で国に置く……そんな感じだね」

 

「だ、だが……」

 

「大丈夫大丈夫。 共和国政府も僕を開戦の引金にするつもりは無いそうだし、お互いに持ちつ持たれづの方が有意義なのは知っている。 むしろ牽制になればいいと思っている」

 

最もな事を言うが、それでも納得のいかないリィン。 そんや心配そうな顔を見ても彼を見てもレトの考えは変わらない。

 

「それに、アルタイル市にある《教団》が使っていたロッジや1202年に共和国領内にて出土された“巨大な像”にも、考古学者として興味がある。 それとあっちの方に弟子も残しているしね」

 

「ナァー」

 

「………………」

 

「大丈夫。 生存報告の連絡は頻繁に取るつもりだから、そんなに心配しないで」

 

「……物騒な事を言うなよ……」

 

「はは。 ……これが正しいかどうかは分からないけど、どうしたいかは決まった。 この二大国を争わせないためにも……それと、僕の心配より自分の心配をした方がいいよ。 僕はこれでも《剣帝》だからね」

 

「レト……」

 

決心がついたレトの意志に、リィンは止める事できない。 そしていつもと変わらず、夜は更けていく。

 



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93話 最後の自由行動日

 

3月13日——

 

学院生活最後の自由行動日……VII組に限らずトールズの学生は思い思いに過ごすか、いつも通りにこの日を過ごしていた。

 

「ふぁ〜〜…………」

 

「クァ〜〜……」

 

かく言うレトとルーシェも相変わらず昼寝をしていた。 最後の日だからこそ、変わらずに。

 

「あ、いた! レ〜〜トーー!!」

 

と、そこへ飛び込むようにミリアムが屋上に入ってきた。 すぐにベンチで寝そべるレトを発見すると、駆け出して勢いよく飛びかかろうとしたが……

 

「うにゃ!?」

 

寝そべるレトを貫通して、ミリアムそのままベンチに撃突した。

 

「悪いね。 それは残像だよ」

 

「ぶ〜!! 大人気なーい!」

 

「それで何か用なの、ミリアム?」

 

ぶーたれるミリアムに本題を切り出し、ミリアムは思い出したかのようにポンと手を叩く。

 

「あ、そうだった。 今調理室で試食会をやっているからみんなを誘っているんだ」

 

「試食会ねぇ……何を作ったの?」

 

「主にお菓子だよ」

 

「お菓子かぁ……」

 

懸念としてはマルマリータ……もといマルガリータである。 彼女は愛のあまり料理に妙な物を入れる傾向があり、過去試食で何人もの犠牲者を出している。

 

「それじゃあ、レッツゴー!」

 

「……キュリアの薬、足りるかなぁ……」

 

手持ちの薬を確認しながらミリアムに手を引かれ、レトは調理室でささやかな試食会に参加した。

 

参加者はほぼ女子ばかりで、男子は部長のニコラスを除き、レトを含めてエリオット、ガイウスの3人しかいなかった。

 

「へぇ、すごく美味しいね。 これってミリアムが?」

 

「うん! ニコラスに教えてもらいながら作ったんだー!」

 

「……通りで……」

 

編入した日から上達してはいるかもしれないが、一緒に作ったことで安心感を覚えてしまう。

 

「モグモグ……そういえばマルガリータは?」

 

「どうせいつもやっている事でしょう」

 

「お兄様も大変ですこと」

 

この場にマルガリータがいない事が当然のように思いながら、女子グループの中にいたヴィヴィがニヤケ顔でレトたちの元に近寄ってきた。

 

「そういえばレト〜」

 

「んー?」

 

「レトってどんな女性が好みなの?」

 

唐突にヴィヴィがそんな質問をし、スリスリと身体をこすり付けながら擦り寄って来る。

 

「ねね、私なんかどう? 結構お買い得だよ?」

 

「玉の輿狙いね……」

 

「浅はかな。 皇族に取り入ろうなんて……意外に命知らずなのですね」

 

「………………(ジーー)」

 

ニヤリ顔で近寄るヴィヴィ。 アリサとフェリスは呆れるが、ラウラは無言でレトを見つめている。

 

「んーん? そうだなぁ……ヴィヴィより、ラウラみたいな人が好みかな」

 

「ええー?」

 

「ごふっ!?」

 

ヴィヴィの色気仕かけに対し、レトがそう答えると……ジュースを飲もうとしていたラウラが口に含んでいたジュースをコップの中に吹き出した。

 

「レ、レト! 断るにしてももっとマシな嘘をつけ!」

 

「? どうして嘘だと思うの?」

 

「だ……だって、私は剣ばかりで……ヴィヴィのような可愛い仕草や可愛い装飾もしない。 女としての魅力がどこにもないからな……」

 

「両腕に乗っているぞ」

 

説明しながら腕を組んで自己嫌悪に陥るラウラに、レトが彼女自身の両腕に乗る双丘を指摘する。 それを聞いたヴィヴィも自身の胸をさする。

 

「ううっ……結局は胸か。 おっぱいなのか……」

 

「そ、そんな事……無いと思うよ?」

 

「中身じゃないかしら?」

 

「うわーん!!」

 

アリサの一言でヴィヴィは泣き出し、リンデに泣きつく。その際、手がワキワキと卑猥な動きをしてリンデに近付いていた……

 

「やれやれ、相変わらずだねぇ」

 

「……前から思ってたけど、レトってやっぱり皇族っぽくないね」

 

「そもそも皇族の人物像なんて決まってないからね。 兄さんを基準にされるのは心外だけど」

 

「ふむ、そういうものなのか」

 

「…………ん?」

 

とそこでふと、妙な感覚が走り……レトは席から立ち上がり窓際まで歩く。

 

(今のは……旧校舎の方か)

 

『——そなたも感じたか』

 

すると、頭の中に直接語りかけるようにテスタ=ロッサの声が届いて来た。

 

(テスタ=ロッサ。 今のは地脈の揺らぎが起きたのかい?)

 

『昨日観測されたのと同じものだ。 だが、それ以外の気配がある。 ヴァリマールも同じ見解のようだ』

 

(って事は、リィンも同じ揺らぎと騎神からの情報を得ているはず)

 

旧校舎の入り口が見える位置まで歩き、そこから下を見下ろして辺りを見回す。 視界の中にはリィンの姿は無かった。

 

(もう旧校舎に行ってるかなぁ)

 

「ナァー」

 

そう考えるとルーシェを肩に乗せてから一言断りを入れて調理室を後にし、レトは旧校舎に向かう。 すると、旧校舎の前にリィンと遊撃士のトヴァルがいた。

 

「おーい」

 

「レト!」

 

「おお、お前さんか」

 

レトの呼びかけに2人は気付く。

 

「レトも地脈の揺らぎを感じてきたのか?」

 

「うん。 ……見たところ変わった所はなさそうだけど」

 

旧校舎を見上げ、見回す。 異変と思える状態でもなく、鐘もなっていない……取り越し苦労かとレトは思ってしまう。

 

「そういやお前さんとこうして話すのは初めてだな。 遊撃士のトヴァルだ。 よろしくな」

 

「こちらこそ、レト・イルビスです」

 

「ふーん……まだそっちの方を名乗っているのか」

 

「あー、やっぱり知られてますか」

 

レトが皇族である事は、遊撃士は当然の事、市民にも周知されている。 隠し通せるとは思ってはいないが、気恥ずかしさはあった。

 

「リィンもレトも騎神やらなんやら大変そうだが……困ったことがあったら気軽にいつでも声をかけてくれよ」

 

「ええ、その時はよろしくお願いします」

 

「働き具合もミラ次第ですか?」

 

「おいおい、俺を猟兵かなんかと思ってるんじゃないよな?」

 

「ああっ……! いらっしゃったわ!」

 

その時、背後から少女の声が聞こえてきた。

 

「え——」

 

「って、この声——」

 

「もしかしなくても……」

 

3人とも聞き覚えがあるようで、振り返ると……そこには女学院の制服を着たエリゼとアルフィン、そして2人を護衛で同行している私服姿のクレアがいた。

 

「エリゼ……!?」

 

「や、アルフィン」

 

「おいおい、魂消たな」

 

何故ここにいるのかと驚く中、アルフィンたちはレトたちの元に歩み寄ってくる。

 

「兄様、レト様にトヴァルさんも。 ご無沙汰しております」

 

「うふふ、まさかトヴァルさんまでいらしていたとは思いませんでしたわ」

 

「えっと、一体どうして?」

 

「その、昨夜通信をしている時に元気が無さそうだったので……」

 

「だったら直接、確かめるよう、わたくしが背中を押したんです。 それに比べて、兄様(あにさま)ときたら、昨夜わたくしが連絡を入れたのにも関わらず出てくれなかったのですよ。 酷いとは思いませんか?」

 

「あーごめん。 昨日、アークスは荷物の中に埋もれていたから出られなかった」

 

アハハと笑い詫びもしないレトにアルフィンはポカポカとレトの胸に飛び込んで両手で殴る。

 

「ハハ、相変わらず大胆不敵なお嬢様方だなぁ。 ま、身の安全の心配はいらなそうだが」

 

「……恐縮です。 あの件以来ですか……ご無沙汰しています」

 

「ああ、こっちこそ。 お互い色々あるが……ま、今日はいいだろう」

 

「そうして頂けると」

 

鉄道憲兵隊と帝国の遊撃士……クレアに対するサラ教官の態度や過去に起きた帝都ギルドの襲撃事件のことを考えるとそう簡単に許せる事は出来ないが、今日だけはそれを抜きにするようだ。

 

だが、落ち度が無いのにも関わらずクレアの声が少し申し訳なさそうに、気を落ちしている風に聞こえてくる。 その理由は、クレアが次に視線を投げかけたリィンにあった。

 

(兄様。 お2人に何かあったのですか?)

 

(多分、ね。 あまり触れないでくれると助かる)

 

「まったく……何を遊んでいるのよ?」

 

リィンとクレアがただならない雰囲気を出す中、空気を破るようなセリーヌが歩いてきた。

 

「あ、セリーヌか」

 

「まあ、セリーヌさん! お久しぶりですわね!」

 

アルフィンはセリーヌの元に寄ると、許可も取らずにセリーヌを抱き上げる。 抱き上げられたセリーヌは鬱陶しそうにするも半ば諦めた顔する。

 

「ああもう……アンタも相変わらずねぇ。 妙な気配を感じたんだけど、アンタたちが原因だったわけ?」

 

「そうだ……それがあったんだ」

 

「僕たちもそれを感じてここに来たんだ」

 

会話に流されて忘れていたが、ここに来たのは地脈の揺らぎがなぜ起きたのか確かめるためだ。

 

「兄様?」

 

「どうかしたのですか?」

 

「そういや、この建物を調べていたみたいだが」

 

「ええ、実はさっき奇妙な気配を感じて——」

 

——ゴーーン……ゴーーン……ゴーーン……

 

突然、重々しく鐘の音が……旧校舎の鐘の音が突如として鳴り始めた。

 

「!」

 

「この鐘は——」

 

「……旧校舎の、鐘?」

 

「ちょっと待て、前にサラから聞いた——」

 

「まさか……!」

 

次の瞬間……鐘の音とともに旧校舎が淡く青白く光り始めた。

 

「建物が……!?」

 

「淡く……光ってる?」

 

「セリーヌ、これは……」

 

「ええ……只事じゃないわね。 あの夜と違って“結界”は発生していないけど……」

 

以前の異変と差異はあるものの、尋常ならざる事態なのは確かだ。

 

と、そこへ異変を聞き取ったVII組とトワたちが走って来た。 全員、旧校舎の異変を見て学院祭初日の夜の出来事を思い出す。 アリサは先にいたリィンに何故このような事が起きたか問いただそうとすると……エリゼとアルフィンの姿を見て驚愕する。

 

「って、エリゼさんに皇女殿下……!?」

 

「ほええ……クレアにトヴァルも?」

 

「な、何がなんだか……」

 

「むむっ、この場に最強15sが……?」

 

「アン、驚くのはそこじゃないと思うよ」

 

「セリーヌ……どうなってるの?」

 

「って言われても、アタシも来たばかりだし」

 

「リィン君、何があったのか、教えてもらえる?」

 

「トヴァルと大尉さんもいるし、とにかく事情を聞かせて」

 

リィンは地脈の揺らぎを感じ取ったところから今までの経緯を説明したが、確かな事は何も判らず……結界が発生してなかった事もあり、1度全員で旧校舎に入ってみることにした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

リィンが管理していた旧校舎の鍵で建物内に入ると……そこはまるで別世界だった。 この景色を見ても驚きの言葉も出ず、呆然とこの空間を見つめる。

 

「……なにこれ」

 

沈黙を破ったのはアリサの呟き。 その言葉は今全員が思っている言葉だった。

 

「空間が……完全に変わっているだと」

 

「それも尋常な変わり様ではないな……」

 

「第7層の最後の試しの空間が入り口に繋がったって感じだね……でもどうして?」

 

以前の旧校舎と現状の空間を比較しても何も判らず、エマが探りを入れてもそれは変わらず。 これから何か尋常ならざる事態に陥る様な雰囲気は無いが、このまま放置する訳にもいかない。

 

「魔女のエマにでも判らないとなると……《地精(グノーム)》の方が関係しているのかもしれないね」

 

「地精?」

 

「それって……確か精霊窟やヴァリマールたち騎神を作っていう」

 

「でも、それ以上の事は何も」

 

レトはこの状況に心当たりがあるようだが、それ以上のことは結局分からず。 どうしようかと悩んでいると……ふと、リィンが片手を突き出し……

 

「来い——《灰の騎神》ヴァリマール!」

 

突き出した手を掲げ、その名を叫ぶ。 するとリィンの前の空間が歪み……空間転移でヴァリマールが現れた。

 

トールズ関係者はそこまで驚かなかったが、今日ここに来たトヴァルたちはヴァリマールの出現に驚く。

 

「ヴァリマール、この状況のことが分かるか?」

 

「私たち“魔女”に伝わるのは《騎神》の秘密の半分のみ——」

 

「アンタだったらこの状況、何か知っているんじゃない?」

 

『フム——我ノ記憶モ未ダ完全ニハ戻ッテオラヌ。 ダガ、一ツ言エルノハ、コノ場所ガ“地精”タチニ築カレタ場所デアルトイウ事ダ』

 

レトの予想通り、この事態には地精が少なからず関わっていたようだ。

 

「やっぱりそうか……“煌魔城”や各地の神殿も、地精によって作られていると調査で分かっている」

 

「私たち“魔女(ヘクセン)”と協力して1200年前に何かを為した人々ですね」

 

『ウム——コノ場所ハ彼ラノ技術ノ粋ガ集メラレテイル。 大規模ナ位相空間ノ構築——柔軟的(フレキシブル)質料(マテリアル)ノ展開——ソシテ構築サレル“試シ”トイウ名ノ儀式(システム)——」

 

「リィンと私たちが潜り抜けた……」

 

「かつて大帝と槍の聖女も挑んだという試練……私とレトが受けたのと同じ」

 

「ああ、クロウも海都の地下で挑んだという……」

 

リィンは何故地精が試練の地を造り、騎神を封印して試練を用意し、そしてこの状況について質問するが……その部分の記憶が欠損してヴァリマールは答えることが出来なかった。

 

『ダガ、全テノ鍵トナルノハ《巨イナル一》トイウ存在——最初ニ生マレ、最後ニ立チシ者ダ』

 

「…………!」

 

「巨いなる一……」

 

「最初に生まれ、最後に立ちし者……」

 

「……その言葉……どこかで聞いたような……」

 

「むむ、長かヴィータなら何か知っていそうだけど……」

 

その“巨いなる一”という言葉に、1番反応を示したのはレト。 彼は顎に手を当て、深く考え込み出す。

 

(巨いなる一……焔と大地が融合する事で生まれてしまった……《鋼》……)

 

“巨いなる一”が何なのか、それだけは知っているが、それ以上のことは何も分かってはいない。

 

「……ト……おい、レト!」

 

「え——」

 

いつの間にか呼びかけられており、顔を上げると全員の視線がレトを指していた。

 

「あー、ごめん。 途中から話聞いてなかった」

 

「また深く考え込んでいたわね。 何か気になる事でもあったのかしら?」

 

「まあ、ちょっとね。 それで、この試練の攻略を開始するの?」

 

「……本当に聞いてなかったのか?」

 

「ここは試練を用意する場所。 なら、試練を受ける以外に何があるんだい?」

 

何はともあれ、この状況を把握するのにはこの先に進むしかなく、VII組は探索を決意し。

サラ教官、トヴァル、クレア。 そして音もなく現れたシャロン。 トワ会長とアンゼリカも協力してくれることになった。

 

次々と参戦する中、エリゼとアルフィンが顔を見合わせ、頷いた。

 

「それならば——」

 

「私たちも協力させていただきます」

 

突然エリゼとアルフィンも戦うと言い出し、全員が絶句する。

 

「なっ——」

 

「殿下、しかし……」

 

「止めないでください、大尉。 トールズは大帝ゆかりの学院——わたくしもアルノールの人間として異変を見届ける義務があります」

 

「そ、それならばレミスルト殿下が代わりに……」

 

「ん? レミスルトって誰のことですか? ここにいるのは旅の考古学者にしてトールズ学生のレト・レンハイムですよ」

 

「……苗字変わってるし……誤魔化す気も隠す気ないよね」

 

「ふふ、それにお兄様から、こんなものまで頂いたばかりですし」

 

アルフィンは腰から赤い宝玉が施された、通常の魔導杖の半分程の長さの杖を取り出した。

 

「それって……」

 

「魔導杖……それにしては大きさが」

 

「おいおい、そいつは……エプスタイン財団製の新型魔導杖じゃないですか?」

 

「エプスタイン財団製……」

 

「帝国でテストされている魔導杖の原型となった……」

 

「ふふ、お兄様がコネで手に入れたものみたいです。 調整も済んでいますので問題なく使えます。 魔法の手解きも兄様から直々に手解きを受けていますので、皆様の足手纏いにはなりません」

 

「レトが……それは大変心強い限り」

 

「アルノールの血に合わせた“特別な魔導杖”ですか……」

 

「うーん、兄がアレだし、この子ならとんでもない力を発揮するかも」

 

セリーヌが何やら失礼なことを言ったが、エリゼも同様にレイピアを構える。

 

「姫様が行くならば私も当然、ご一緒します。 いくら兄様が反対してもこればかりは譲れませんから」

 

「エリゼ……」

 

「ふふ……年貢の納め時みたいね」

 

「今まで心配かけた分、しっかり守ってあげないとね」

 

「くっ……レ、レトも何か言ってくれ! 妹である皇女殿下を危険な目に合わせる事なんて——」

 

「アルフィン。 危なくなった誰でもいいから盾にしていいからね」

 

「はい、兄様!」

 

「え、ええ〜……」

 

「はぁ……まあ、それくらいしないと、何かあってしまってはこちらの首が飛びかねない」

 

「ああもう……!」

 

結局同行する流れになったしまい、リィンは納得がいかないながらも渋々了承し、みんなの顔が見えるように前に出る。

 

「トールズ士官学院《VII組》——これより協力者の力も借りて、この地の異変を調査し、解決する。 これが俺たちの——《VII組》の最後の試練だ! みんなで、力を合わせて行こう!」

 

『おおっ!』

 

いつも以上に手を上げ激励をかけるリィンに、全員が力強い声で応えた。

 



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94話 白き幻影

旧校舎に起きた異変を確かめるために夢幻回路を攻略を開始し、4つの回廊を仲間とともに抜け……終点らしき門がある階層に到着した。 その門の中は白い光が渦巻いており、明らかに異質な雰囲気を感じる。

 

「………………」

 

「こ、ここって……」

 

「暗闇すら呑み込むような、混沌……」

 

「白き、闇……」

 

「膨大で……それでいて虚ろな霊圧を感じます」

 

「多分ここが……“回廊”の終点だろう。 今回の異常事態の原因……この先に進めば判る筈だ」

 

「恐らくは。 簡単には行かなそうだけどね」

 

この現象の原因はこの先にある……この先に進むために入り口で待機している他のメンバーも呼び。 “白い闇”が広がる門を潜り抜けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

扉を通り、白い闇から抜け出すと……そこは荒廃した砂漠のような戦場だった。 扉の前に舞台のような台座があり、その周りを無数の剣がまるで墓標のように突き立つ、空虚な砂漠が広がっていた。

 

そして、レトたちVII組は台座の方に見覚えがあった。

 

「こ、ここは……」

 

「見覚えがあるっていうか……」

 

「私たちが戦った、《煌魔城》の最上層……?」

 

「《緋の玉座》——いえ」

 

「色々混じっている……そんな感じがするわね」

 

「まるで、灰色の世界に緋い染みが入ってしまったような……」

 

『——至ったか』

 

この空間に目を奪われていると、脳に直接響くような重鈍な声が聞こえてきた。 すると、台座の上にある空間が光り出し……そこから巨大な人形の影が現れた。

 

「これは……」

 

「白き“影”……」

 

「なんか騎神っぽい……?」

 

「残滓……いや虚像だね」

 

「——アンタは何者だ!? 全てが終わったこの状況で何をしようとしている!?」

 

知性があり言葉も通じるようなので、リィンが代表して白い影に質問をする。

 

『我は“影”——《巨いなる一》の写し絵にして“裏の試し”を司る存在(もの)

 

「“裏の試し”だと……」

 

「それじゃ、前にボクたちが戦った黒い影の……?」

 

『かの《ロア=エレボニウス》は起動者候補への正当な“試し”——我は封じられ、本来ならば顕れるはずの無かった“裏の試し”——』

 

すると、白き影が消え、台座に白い波紋が広がる。 そこから白い翼のようなものが出現し……

 

『《ロア=ルシフェリア》なり』

 

名乗りと共にその巨大な白き影が現れた。 その姿に人は感動を覚え、畏敬すら覚える。

 

「その“裏の試し”とやらがどうして現れたの!?」

 

「あからさまに《VII組》を導こうとするやり方……」

 

「それでいて、わたくし達を排除するわけでもない……」

 

「何か事情があるんですね?」

 

『然り——』

 

サラたちの質問に、ロア=ルシフェリアは肯定するようにゆっくりと頷く。

 

『全ては《緋》——《煌魔城》の暴走が原因だ』

 

白き影は自身が現れてしまったのは先の事件の影響と言い、少なからず関係のあるレトは申し訳ない顔をする。

 

『紅き霊脈の余波はこの地までも及んでいた。 その結果、終わったはずの“試し”に異常を発生させ——本来顕れるはずのなかった“我”が表に出たというわけだ。 その意味では、何も得ることも叶わぬ“虚ろなる試し”でしかない』

 

「“虚ろなる試し”……」

 

「言い得て妙ね……」

 

「なるほど。 コインの裏表のようなものだね。 表の試しだけではシステムとして成立しない……裏が必ずしも必要で、あの事件の影響でコインが弾かれて裏が出てしまった、というか訳か……」

 

レトたちはしばしの間考え込む。 これはただの偶然で、事件性もない……これなら放置しても問題はないが……

 

「——状況は分かった。 だとしても俺たちは……俺たち《VII組》は、ここでアンタを倒さなくちゃならない」

 

全員の同じ答えを代表するようにリィンがそう言い、太刀を抜き放つ。 それに続き次々と全員が得物を抜き……

 

「得るものが無くても構わない。 俺たち《VII組》の最後を締めくくらせてもらうために——」

 

太刀の剣先をロア=ルシフェリアに向きつける。

 

「アンタという試練を、全身全霊で乗り越えてみせる!」

 

『意気や良し』

 

戦う意志を見せた彼らを見て、ロア=ルシフェリアは身構える。

 

『それではこれより“裏の試し”を開始する。 人の子よ——見事打ち克ってみせるがいい』

 

『おおっ!!』

 

——グオオオオォォッ!!

 

咆哮とともにレトたちはロア=ルシフェリアを倒すために、前衛は走り出し、後衛はその場で遠距離の武器を構えたりアーツの駆動を開始する。

 

臆せず挑みかかるレトたちを一瞥し、ロア=ルシフェリアは半身を捻って右腕を振り上げる。

 

ゲド・ゾーマ——鋭い爪を立て、前方を薙ぎ払う。

 

兄様(あにさま)!」

 

「はっ!」

 

レトが槍を防御に構え受け止めようとしたと同時に、アルフィンがクレストをレトに付与させ。 振り下ろされた爪を受け止めた。

 

間髪入れずサラ教官が駆け出し、誰よりも早く先陣を切った。

 

「さあて、開幕の一発、張り切って行きますか——はあああっ!!

 

「サラ教官!?」

 

飛ばすようにサラ教官はその身に紫電を纏い、一瞬でロア=ルシフェリアの前に移動すふ。

 

「はっ! せい! はあああっ!!」

 

斬りつけ、拳銃で乱射してから一度距離を置き……

 

「——ノーザンイクシード!!」

 

駆け出し、通り抜き側に紫電を纏う剣で一閃した。 すると蓄積された紫電が溢れ出し、巨大な雷撃が迸った。

 

「ふう……さぁて、まだまだ行けるわよ!」

 

「こりゃ負けてられないな。 俺もいっちょやるか!」

 

同業者に負けじと、トヴァルはアークスを取り出すと、無詠唱で無数の風の球体を展開した。 トヴァルは両手を動かして風を起こしながら球体を操り、球体を1つにすると飛び上がる。

 

「こいつは効くぜ——リベリオンストーム!」

 

球体の上に出ると両手を合わせて振り下ろし、ロア=ルシフェリアにぶつけると巨大な竜巻を巻き起こした。

 

「なんて荒々しい風なんだ!」

 

「これが遊撃士の実力か」

 

A級遊撃士の実力を改めて確認し、強力な戦技を2度も受け、怯んだ隙に懐に入る。

 

「はっ!」

 

「それー!」

 

「やあっ!」

 

リィン、ミリアム、アンゼリカが攻撃し……

 

「スワローテイル——はあっ!」

 

「強襲します——モーダルミラージュ!」

 

エリゼとクレアの戦技が追撃をしかける。

 

そして、後ろにいたエリオットたちの駆動が完了した。

 

「アースランス!」

 

「クリスタルフラッド!」

 

「ヴォルカレイン!」

 

「ジャッチメントボルト!」

 

マキアス、エリオット、エマ、トワによる地水火風のアーツが放たれる。

 

ヴァッシュ・オル・ゴーン——しかし、ロア=ルシフェリアは口から白い影を吐き出し。 アーツによる攻撃を消滅させた。

 

「っ……」

 

「おっと……」

 

さらに白い影は前にいたリィンたちを襲い、距離が離れたのを確認したロア=ルシフェリアは力を溜め出す。

 

「させるか!」

 

「待て! 間に合わな——」

 

リィンは防ごうし、ガイウスが止めようとするが、その前にロア=ルシフェリアはゆっくりと、両手を合わせた。

 

メギド・オーマ——合わせ両手をゆっくりと開き、その間から白と黒の影を拡散、リィンたちを吹き飛ばした。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……すまない」

 

回復魔法で傷を治す中、ロア=ルシフェリアはその巨大を揺らしながら縦横無尽にレトたちに襲いかかる。 相手が流れに乗り、状況的にこちらが不利になっている。

 

「……仕方ない、流れを変えるしかあるまい」

 

するとユーシスが前に進み、指を口にあてがう。

 

「来い、シュトラール!」

 

——ヒヒィーーン!!

 

指笛を吹くと……白い門からユーシスの愛馬のシュトラールが飛び出してきた。

 

「どっから出てきた!?」

 

レトの突っ込みも流してユーシスは走るシュトラールに飛び乗り、そのまま最高速でロア=ルシフェリアに突っ込んでいく。

 

「止めだ——アスティオンナイツ!」

 

馬による疾駆と剣による一閃により、ロア=ルシフェリアの足元に黄金の十字が走り、焔のように十字の柱が立ち上った。

 

「フン、そのまま果てるがいい」

 

背後でシュトラールに乗りながら剣を振り払い、最後にユーシスはそんな台詞を吐く。

 

しかし、ユーシスの戦技を喰らったのにも関わらず、ロア=ルシフェリアはまだ余裕だった。 すると、膨大な霊圧がロア=ルシフェリアから放たれてくる。

 

「こ、これって……」

 

「なんて威圧感……!」

 

「やばいのが来るぞ!」

 

全員が距離を取り、ロア=ルシフェリアの攻撃に備える中……アルフィンが一歩前に踏み出し杖を掲げる。

 

「万物の根源たる七曜を司るエイドスよ……その妙なる輝きをもって、大いなる加護を与えたまえ」

 

聖句を唱えるごとにアルノールの血による魔力が溢れ出し、杖を掲げて一人一人に陣を展開し、それが合わさり大きな魔法陣となる。

 

「——セイクリッドサークル!」

 

聖なる光が降り注ぎ、それが障壁となって彼らを守る盾となる。 しかし、この戦技の効果は自身には及ばない……これだけではアルフィンだけが無防備になってしまう。

 

「アルフィン!」

 

「皇女殿下!」

 

「月の光よ——クレセントシェル!」

 

「やらせはしない——プラチナムシールド!」

 

レトとラウラがアルフィンの前に武器を盾にして構えながら立ち、エマとユーシスの戦技によって防御を固める。

 

そして、霊力が解放され……ロア=ルシフェリアは目の前に白き影を集わせ、次に頭上に黒き影を集め出した。

 

アインズ・リーグ・ヴェーダ——掲げた黒き影を落とし、白き影にぶつけた。 交わることのない2つの影が融合し……混沌が尋常ではない衝撃となって全員に襲い掛かる。

 

「やってくれたね……! このままじゃやられないね!」

 

「アンゼリカ!」

 

「ありがとう!」

 

飛び出そうとするアンゼリカにミリアムが呼びかけ、アガートラムが右腕を振りかぶる。アンゼリカはウィンクすると跳躍しアガートラムの右腕に乗り……空高く打ち上げられた。

 

「お返しだよ——ドラグナーハザード!!」

 

重力に引かれながら蹴りを繰り出し、一頭の龍となってロア=ルシフェリアの顔面に強烈な蹴りを入れた。

 

「トワさん、ご協力を!」

 

「もちろんです!」

 

戦術リンクを繋げて、示し合わせずに2人は銃を構える。

 

「四属性、上位三属性をセット。 オーバルドライバー、ロード完了!」

 

「目標を制圧します。 ミラーデバイス、セットオン」

 

トワは魔導銃に七耀のエネルギーを充填し、四属性の陣を展開。 クレアは導力を反射するミラーデバイスを複数、ロア=ルシフェリアの周囲に展開する。

 

「レインボー——ショット!!」

 

「オーバルレーザー、照射!」

 

2人同時にトリガーを引いた。 トワの銃から放たれた4つの弾丸は1つに融合して飛来し、クレアの銃から放たれた1発のレーザーは周囲に展開されたデバイスにより反射、それが連続して行われるロア=ルシフェリアの周囲を何度も飛び交い……それにより陣が形成される。

 

そして、2人の戦技が合わさり、巨大な爆発が巻き起こった。

 

「エッヘン! どんなもんだい!」

 

「ミッションコンプリート。 ふふっ、お見事です」

 

ドヤ顔で胸を張るトワに、クレアは髪をかきあげながら微笑まそう笑う。

 

だが、衝撃を腕を振るって払いのけ、ロア=ルシフェリアは健在。 咆哮を上げると、周囲の影が集まりだし、数体のセイクリッドオーダーを生み出した。 白き影で構成された、丸い体と腕しかない、緋い一つ目が特徴的な魔物だ。

 

「これは……!」

 

「囲まれた!」

 

セイクリッドオーダーの群れは一斉に後方に向けて視線を向け……その赤い目から光線を一斉に掃射してきた。

 

「クレセントミラー!」

 

それをレトの十八番であるノーモーション、無駆動で発動させたクレセントミラーで防ぎ、弾き返す。 その光線の弾幕の中で、高速で移動する影が駆け出し光線をかいくぐりながらフィーが双銃剣を構える。

 

「これで決める——アクセル……!」

 

掲げた手を振り下ろして飛び出す体勢を取ると……フィーの姿が横にブレ、フィーが6人に増え、ロア=ルシフェリアの周囲を取り囲み、あらゆる方向から接近して攻撃と離脱を繰り返す。

 

「シャドウ——ブリゲイド!」

 

最後に6人全員一斉に襲いかかり、ロア=ルシフェリアとセイクリッドオーダーを巻き込んで飽和攻撃を繰り出した。

 

「こうして……!」

 

影蕾——銃剣より撃たれた銃弾がロア=ルシフェリアの白き影に着弾し、一瞬だけその動きを縛りつける。

 

「リィン!」

 

「こおおぉ——神気合一ッ!!」

 

リィンは己の中に渦巻く“鬼の力”を解放し、黒眼黒髪が灼眼銀髪に変化するのに加え、大幅に身体能力を高めていく。

 

「兄様!」

 

「ああ!」

 

『オーバーライズ!!』

 

そしてシュバルツァー兄妹のアークスが赤く輝き出し、一瞬で傷が癒え気力が回復した。 その間に、エマは魔導杖に込めた魔力を解放する。

 

「天道を司りし、大いなる星々よ! その神秘なる輝きを以って我が声に応えよ!」

 

魔導杖の宝玉に自身の魔力を乗せ真上に天高く放ち、虚ろな空に六芒星と十二星座を模した魔法陣が展開される。

 

すると、六芒星の中心が歪み……中に宇宙が現れた。

 

「——ゾディアックレイン!」

 

次の瞬間、無数の球体が落下し、ロア=ルシフェリアに降り注ぎ、セイクリッドオーダーは一掃される。 その最中、エリゼは爆発の合間を潜り抜けて距離を詰める。

 

「兄様の道を作るため……参ります、どうかお覚悟を」

 

レイピアを構え、未熟ながらも迷いのない踏み込みで斬り込んで行く。

 

「はあああ——秘剣・鳳仙花!!」

 

バレエのように回転しながら剣筋に力を溜め回転斬り、解放された剣気が渦となって斬り払った。

 

「兄様!」

 

「無明を切り裂く閃火の一刀——はあああっ!!」

 

裂帛の気合いと同時に太刀を振り下ろし、その刀身に焔を纏わせる。

 

「はっ! せい! たあ! おおおおっ……!!」

 

一気に距離を詰め、縦横無尽に太刀を振るい……その太刀筋が赤い軌跡となって宙に残り、背を向けたリィンはゆっくりと太刀を納刀し……

 

「終ノ太刀——暁!!」

 

鍔が鳴り、それが引金となって残っていた斬撃が拡散するように爆発した。

 

この怒涛の攻撃にさすかのロア=ルシフェリアはよろめき……さらに霊力を上げていく。

 

ダール・ゼ・エーヴ——右手を足元に向け、地面に白い影を打ち込み、全方向に衝撃を放った。

 

「くっ……!」

 

「うわぁ!!」

 

レトやフィーと行った身軽な者はギリギリの所で回避したが、あまり身軽でない者は衝撃を喰らってしまう。

 

しかし、ラウラの避けた先に……ロア=ルシフェリアが身構えていた。

 

「しまっ——」

 

「ラウラ!」

 

アーク・ゾック・オンケイム——待ち構えていたロア=ルシフェリアの胸に白き闇が渦巻き……ラウラが吸い込まれる瞬間、レトが彼女を押し出し、身代わりとなってロア=ルシフェリアの中に取り込まれてしまった。

 

「レト!!」

 

「は、早く助け出さないと……!」

 

「いや、アイツの事だ。 すぐに——」

 

すぐにでも救出しようとする前に……ロア=ルシフェリアの腹を裂くように黄金の剣が突き出してきた。

 

黄金の剣は上に上がり胸まで切り開くと、中からげんなりとした顔のレトが出てきた。

 

「なーんでいつもこんな役回りなのかなぁ……?」

 

「ラウラを庇ったからじゃない?」

 

「そういう運命とか?」

 

「……納得がいかない……」

 

愚痴りながらもロア=ルシフェリアの中から脱出し、着地したレトの前にシャロンが現れる。

 

「レト様。 ご一緒に、お願い致します」

 

「はい、やり返します!」

 

優雅にお辞儀をしながらのシャロンのお誘いにレトは乗り、2人は一気に駆け出す。

 

「死線の由来、とくとご覧あれ」

 

「剣帝の片翼、受けてみよ!」

 

シャロンはロア=ルシフェリアに何度も切り掛かりながらその後に鋼糸を張り巡らせ、レトは“分け身”で7人にまで増えると一斉に斬りかかる。

 

『——秘技!』

 

シャロンは鋼糸を握ったまま手を掲げ、レトたちは張り巡らせた鋼糸をくぐりながら接近し……

 

「死縛葬送! / 洸凰剣!!」

 

掲げた手を鳴らし、鋼糸が弾けると同時に7人のレトたちが高速の一太刀をロア=ルシフェリアに叩き込んだ。

 

咆哮と同時にロア=ルシフェリアに緋い霊圧が纏われる。 灰色の虚像に、緋い残滓……恐らくは、先に言っていたエンドオブヴァーミリオンの影響だろう。

 

「行こう、ガーちゃん!」

 

「え……」

 

「ちょっと、ミリアム!?」

 

すると止める間もなくアガートラムに乗ったミリアムは空高く、遥か天まで登り詰める。

 

「トランスフォーム!」

 

そして、ミリアムの指示でアガートラムが輝き出し……ミリアムが騎乗可能な巨大な大砲が現れた。

 

「ちょっと変形もう一回やって!?」

 

「あはは、質量とか色々無視してるね……」

 

「狙いを定めて——ギャラクシィカノン、発射ーー!!」

 

地上に向けられた砲門から、極大の光線が発射され、ロア=ルシフェリア

 

「ヴィクトリー!」

 

「殺す気か馬鹿者!」

 

だが、余波はかなりのもので、防御の戦技やアーツなどを張っていなかったら味方まで被害にあっていた事だろう。

 

「まだ倒れないのか!?」

 

「くっ、飛ばし過ぎて、もう力が……」

 

大技やS戦技など最初から飛ばして戦い続けていたため、疲労はすぐに蓄積されてしまう。

 

「皆さん、立ち上がって下さい!」

 

アルフィンがアーツの駆動を開始した。 しかし、アルフィンが発動させようとしているのは普通の魔法ではない。

 

「——三位一体の(しろ)、司るは龍は……龍は……」

 

「殿下?」

 

呪文を唱え始めるが、途中でどもってしまっているアルフィンに何かあったのかと思うと……

 

「…………以下省略! ロストアーツ発動!」

 

「ええっ!?」

 

ただ単に呪文だ思いつかなかっただけのようで、アルフィンはほぼやけっぱちになりながら片手を天に掲げ、ロストアーツを発動した。

 

テンペストロア——地脈から現れた三頭の龍による生命の息吹がレトたちに活力を与える。

 

「これなら……!」

 

——紅鬼炎斬

 

「決めるぞ!」

 

——蒼焔ノ太刀

 

レトの剣に紅き炎が、リィンの太刀に蒼き炎が纏われる。

 

「はああああっ!! / おおおおおっ!!」

 

裂帛の気合いと共に2人の剣が、2色の軌跡が交差するように炸裂。 ロア=ルシフェリアの胴体が斜め十字に斬り裂かれ、徐々に青白い光が溢れ出し……断末魔のような咆哮を上げ、消滅した。

 

そして、爆散するようにその白い残滓がまるで花びらのようにこの空間に降り注ぐ。 激戦の後だが、その美しい光景に目を奪われる。 よく見ると周囲に刺さっていた剣も無くなっていた。

 

「………………」

 

「は、はは……」

 

「……ふふっ……」

 

「……やったね」

 

全員の勝利に、VII組の面々は自然の笑みがこぼれる。

 

「ああ……“我ら”の勝利だ」

 

「虚ろな世界に色が咲く……綺麗な世界だね」

 

「これで……終わりか」

 

「……はい。 少なくともこの地では……」

 

「忘れられない……一刻となったな……」

 

「うん……本当に……」

 

「あー……楽しかったぁ!」

 

強敵で、倒せたことに喜びが胸の中にじんわりと広がって行くが……終わってみれば達成感と共に寂しさを覚えてしまう。

 

「あれ……なんでボク……」

 

その時、満足気に笑顔を見せていたミリアムが、目尻に本人が意図せずに涙が出てくる。

 

「……ミリアム……」

 

「お前……」

 

「涙を……」

 

「あはは、やだな……ボク、オジサンに言われて潜り込んだだけなのに……なんでこんな……」

 

以前、ミリアムは涙を流せない、流したことがないと言っていた。 そんなミリアムが無意識に流した涙……アリサはミリアムに歩み寄り、後ろから優しく抱きしめる。

 

「いいの……いいのよ」

 

「……そなたも我らの仲間だ」

 

「哀しい時は……泣いていいんだと思います」

 

「そだね……わたしたちも」

 

「うううっ……あああっ……! わあああああんっ……!」

 

「……ううっ……」

 

「…………っ…………」

 

「……グス………」

 

「……っく……ああ…………」

 

溢れ出る涙は止められず、声を上げて泣き出すミリアム。 それにつられて、女性陣は次々と涙を浮かべ、静かに嗚咽する声が漏れ出す。

 

「き、君たち……いい加減にしたまえ……」

 

「うううっ……僕たちだって……」

 

男性陣は表立って泣く事に躊躇はあるが、それでも涙は止められず。 だが、だからこそ涙を流せないよう耐える。

 

「フン……最後にこんな……」

 

「だが……我慢は無用だろう……」

 

「…………そう……だな……」

 

「……………………」

 

色々な出来事や、別れ……様々な事が重なりながらも気丈に振る舞い続けてきたレトたち。 そしてその溜め込んでいたものを吐き出すように、この時だけは……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3月25日——

 

士官学院・最終日……ライノの花が完全に咲き誇り、風に花びらが舞い散る中……トリスタ駅の前で私服に荷物を持ったレトたち《VII組》……いや、サラ教官とシャロンを含めた第3学生寮の12人と2匹を制服姿のリィンが見送っていた。

 

「——それじゃあ、お別れだな」

 

「リィン、元気でね」

 

「手紙……書きますね」

 

「ああ、みんなも元気で。 どうせまた……すぐに会えそうな気もするしな」

 

「ふふっ……そうね」

 

「帝国は広いとはいえ、我らにとって然程ではなかろう」

 

「どんなに離れていても僕らは繋がっていて、その気になればいつでも会いに行けるからね」

 

「うんうん、ボクなんかガーちゃんでひとっ飛びだし」

 

「あくまで一時の別れ……そう信じている」

 

「今はそれぞれ、為すべきことを果たすのみだ」

 

「ん、それが済んだら……」

 

「ああ——お互いに頑張ろう」

 

サラたちには分からないが、レトたちにだけ交わされた約束を果たすため……リィンより一足早くレトたちはトールズを卒業する。

 

「うんうん。 ライノの花もいい感じで咲いてくれたし」

 

「門出の季節、ですわね」

 

「ま、この風景はちょっと名残惜しいかな?」

 

サラ教官やシャロンたちも彼らの門出を祝ってくれる。 そして、示し合わせていたかのようにレトたちは頷き……一斉にサラ教官の方を向いた。

 

「え、え、何?」

 

「——サラ教官」

 

「この一年間……」

 

『どうもお世話になりました!』

 

「…………ぁ…………」

 

レトたちはこの一年間、彼らをを指導してくれたサラ教官に感謝し……お礼を言った。

 

「我らがこうして、新たな門出を迎えられたのも教官のおかげです」

 

「無茶苦茶な指導だったが……まあ、色々とためになった」

 

「サラ教官がいてくれたから、僕たちはここまで来られたんです」

 

「ふふっ、最後にみんなで一言お礼を言おうと思って」

 

「こうして……不意打ちさせてもらいました」

 

「また機会があれば、よろしく指導をお願いする」

 

「アンタたち……」

 

サラ教官は少し呆けた後、目元を潤わせ……口元を手で押さえて泣き出してしまった。

 

「グス……もう、冗談じゃないわよ……最後までカッコよく……素敵なお姉さんで……決めようと思ったのに……」

 

「サラ、ムシが良すぎ」

 

「ドッキリ大成功だね」

 

「ちょ、ちょっとやりすぎたかも……」

 

「……エマ君、さすがにあざと過ぎたんじゃないか?」

 

「そ、そうみたいですね……クラス委員長として最後に何か提案できればと思ったんですけど……」

 

「って……アンタたちの発案かい……!?」

 

涙をぬぐい、サラ教官は怒りを露わにすると同時に驚愕した。

 

「やれやれで」

 

「フフ……いいオチが付いたね」

 

少し離れた場所でセリーヌとシャロンが微笑ましそうに彼らを見つめる。 そして、レトたちはリィンに別れを告げてトリスタ駅に入って行き、ほとんのがヘイムダル行きの列車に乗る中、レト、ラウラ、ユーシスは反対側の列車に、今度はトリスタ別れを告げ……列車乗り東に向けて走り出した。

 

この列車は大陸横断鉄道。 レグラムき向かうラウラはクロイツェン本線に乗り換えるため、1度ケルディックで降りなければならない。 ここで2人は別れる……

 

「じゃあね、ラウラ、ユーシス」

 

ラウラとユーシスがケルディックのホームに降り、レトは列車の出入り口の前で2人を見送る。

 

「気をつけるがいい。 帝国の駒にならなくなったとはいえ、今度は共和国の駒にならないようにな」

 

「あはは。 肝に命じて置くよ。 ……ラウラも、元気でね」

 

「………………」

 

ユーシスはいつも通り皮肉気味に言うが、その裏返しな心配しているとレトは知っており。ラウラは顔をうつむかせたまま無言を貫き……しばらく間を置いてから顔を上げた。

 

「……レト……そなたの心配は恐らく無用だろう。 だが——」

 

決心して二の句を言う前に、レトはラウラの頬に手を伸ばし、顔を近づけてその額に軽く唇をつけた。

 

「な……!? な、な、な、なっ!?」

 

突然のことにラウラは言葉を失い、物凄い速度で後退りし、頰はおろか耳まで真っ赤にして狼狽している。

 

「やれやれ……お熱いことで」

 

「《剣士の誓い》だよ。 必ず無事に帰ってくる、僅かでも希望の光を見つけ出してね」

 

「わ、私が言いたいのはそういう——」

 

ラウラが言葉を紡ぐ前に、2人の間にドアが挟み込み……ゆっくり列車は走り出した。 いつの間にか発車定刻になっており、ラウラは列車を追いかけるように走りながら叫んでいるが、レトはあえてその叫びを聞かず……列車はラウラを置いてケルディック駅を出て行った。

 

出発してから、レトは列車後部にある貨物室に向かい……そこで膝を立てて鎮座していた緋い騎士人形……テスタ=ロッサを見上げる。

 

「さて、後が怖いけど——行こう。 世界を終わらせないためにも」

 

「ナァー!」

 

『よかろう』

 

道は別れてしまったが、またすぐに繋がる時は来る。 この世界の運命を左右ような出来事が起こる……その時こそ、仲間たちと乗り越えるために、レトは自分の道をただひたすらに歩き続ける。

 

「さあて、お宝探しの始まりだ!」

 

「ナァーーー!!(特別意訳:違うだろ!)」

 




閃3に当たってレトを第II分校に入れるのは、皆さん予想通りかもしれない。

しかし問題が……組み分け、どうしようかなぁ?


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第III章 序章III
95話 2年後


ちょっと短めです。


七耀暦1206年、3月30日——エレボニア帝国・クロスベル市、クロスベル駅内。

 

「言え! 一体何をしに帝国に入国した!?」

 

「あう……」

 

駅内にある正規軍の詰所の取調室で、裾と袖の大きな紺色のコートを着て、紅のような色をした艶のある赤目赤髪のショートカットを白い頭巾をカチューシャのように留めている少女が理不尽な尋問を受けていた。 彼女の側には身の丈と幅を超えているリュックがずっしりと置かれている。

 

「で、ですから先程から言った通り、あたしは《トールズ士官学院》に入学するために帝国に入国したのです。 証明書にも書いてあるはずです」

 

少女はとある目的でカルバード共和国から出国してエレボニア帝国に入国しようとしていたが……現在、両国は一触即発の状態にあり、一般市民でもスパイの疑いをかけられる始末だ。

 

男は両者の間にあるテーブルに置かれた証明書を手に取って目を通し……パッと少女に向けて投げ捨てた。

 

「なっ!」

 

「こんな簡単にバレる偽装でよく自信満々で来たものだな。 そもそもお前みたいな異国人が名門校であるトールズに入学できる訳がない」

 

「私が入学するのは今年から設立されたトールズ士官学院、第II分校の方です!」

 

「聞いたこともない」

 

聞いたことがないのではなく、聞く耳を持ってないの間違いではないのか……と、少女は胸に怒りを覚えながら堪える。

 

「本当のことを言いたくないのなら、お前は不法入国者として逮捕する」

 

「ふ、ふざけないでください! ただ共和国人というだけでこのぞんざいな扱い……

 

「チッ……ガキが、調子に乗ってるんじゃ……」

 

反論する少女に、思い通りにいかず憤慨する男が手を上げようとした。

 

(………………)

 

少女は男に冷たい目を向け、何んらかの力を行使しようとした時……突然、取調室の扉が開き、白いシャツの上に同色の白いジャケットを羽織っている、腰まである長い金髪を金属製のバレッタで一纏めにした青年が入ってきた。

 

「おい貴様っ、ここがどこだか……!」

 

「——控えろ」

 

男が席から立ち上がり青年の前に向かおうとすると……青年の後ろから正規軍の制服を着た巨漢の老人が現れた。

 

「ヴァ、ヴァンダイク総帥っ!」

 

男は老人が帝国軍総帥であるヴァンダイクだと分かると慌ただしく姿勢を正し敬礼する。 そんな男が萎縮しているのを余所に、青年は少女の手から証明書を取る。

 

「あ……」

 

「……しっかりと皇室専用の印が押されてある。 これを偽装することはほぼ不可能……これを見てなお疑いをかけるというのか?」

 

「そ、それは……」

 

「もうよい、そなたは席を外してくれ」

 

「し、しかし……」

 

渋る男に、ヴァンダイクは軽くひと睨みすると男は萎縮し「し、失礼しましたっ!!」と言って逃げるように取調室を出て行った。

 

「さてと……久し振りにだね、ソフィー。 半年振りくらいかな?」

 

「レ、レト先生!!」

 

青年……レト・イルビスが少女の方に向き直ると、ソフィーと呼ばれた少女はパタパタとレトに駆け寄る。

 

「皇族が招待状に使う印を使ったから問題無いとは思ったけど……まさか本当にこんな事になるとはね」

 

「申し開き用もない。 誠にこの度は迷惑をかけてしまった」

 

「いえ、ここまで案内してくれてありがとうございます。 改めてこの子の身元は僕が証明します。 この後は帝都に移動しますが、構いませんか?」

 

「うむ。 儂も用事を済ませたらガレリア要塞に向かう。 積もる話はまた、次の機会にでも」

 

「はい」

 

先にヴァンダイクが退室し、それを静かに見送っていると話の流れについていけないソフィーがオズオズと声をかける。

 

「あ、あのー……」

 

「ああ、ゴメン。 一先ずここから出よう。 少し落ち着いてから今後について説明する」

 

「は、はい!」

 

取調室を後にするレトを、ソフィーは巨大なリュックを背負って追いかける。 その後、レトは駅ターミナルで帝都行きの乗車券を購入し、列車に乗ってクロスベルを出発した。

 

しばらく流れる景色を眺めてからソフィーはレトに話しかける。

 

「レト先生。 さっきはありがとうございます。 本当に助かりました」

 

「いいよ、むしろ悪いのはこっちだし。 まさか共和国の人間だけであそこまで邪険にするとは思ってもみなかった。 軍人が戦うべきは敵国の軍であって、市民ではないのに……」

 

「……その区切りが付けられないんですよ。 お互いに……」

 

少し考えればいいはずなのに帝国人、共和国人というだからで互いに嫌悪し合う。 人種と国籍などで人を見るのは愚行の極みだというのに、それでもやめることはできない。

 

「そういえば()()()はどうしたんだ?」

 

「あー、彼なら“先に言って少し帝都を見て回ってくるー”って言って、あたしより早く帝国入りしたと思うんですが……」

 

「なるほど………まあ、本人は()()があるから、かなり前に帝国入りする必要があるんだけど……一応、調べてみよう」

 

レトは懐から戦術オーブメント《アークスII》を取り出すと操作し、表示された情報に目を通した。

 

「どうやら5日前に帝国入りしたようだね。 ソフィー同様、揉めたようだけど、何とか通れたみたいだ」

 

「な、なんで私だけ……」

 

「運が悪かった、と言うしかないかな」

 

「——ワン!」

 

落ち込むソフィー。 すると突然、彼女の隣に置いてあったリュックが開き……中から垂れ耳で茶色い毛並みの子犬が飛び出て来た。

 

「犬?」

 

「あ! こら、ヘイス。 ごめんなさい。 この子、私の助手なんです」

 

「助手? この子犬が?」

 

「はい! 先生と別れたすぐ、帰り道で死にかけていた犬を錬金術で回復させて、そのまま助手にしたんです!」

 

「………………」

 

倫理にギリギリ触れそうな危険なラインをスレスレ……とんでもないことを笑顔で口にしたが、レトは「コホン」と咳払いをして気を取り直した。

 

「さて、先ずはこの大陸横断鉄道で帝都まで、そこから西側にある近郊都市《リーヴス》に向かう。 そこがこれから僕たちが暮らしていく街だよ」

 

「はい! 頑張ります!」

 

「ワオーン!」

 

列車は渓谷を超え、エレボニア帝国へ……新たな舞台へと向かっていく。

 



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96話 春、ふたたび

翌日、4月1日——

 

「ここがリーヴス……」

 

帝都のホテル(本人は実家や宿屋でもよかったが、ソフィーが気後れしたため間をとって。 それでソフィーは部屋に入る時もカチコチに緊張していた)で一泊した後、朝早くの列車で帝都西の近郊にあるリーヴスに到着した。

 

ソフィーは新しい紺色の第II分校の制服の上に、さらにいつも着ている紺色のコートを羽織っている。

 

(あの人たちが手放なさざれるえなかった街、か……とても良い街なのに)

 

「のどかな町だねー」

 

「ワン!」

 

素直な感想を述べるソフィーにヘイスが一鳴きして応える。

 

レトはある事情を知るため、少し悲しい気分になるが……同時にトリスタと比べればライノの木の数は少ないが、どことなく似た箇所もあるため、この街にどこか懐かしさを感じ、感傷に浸る。

 

街の奥には真新しい建物もあり、レトたちはそこに用があった。

 

「それじゃあ僕は教員の集まりに向かうから、ソフィーは荷物を寮に置いてきたら校庭に。 あの子がいたらよろしく伝えておいて」

 

「分っかりました!」

 

ソフィーはリュックを背負い直し、駆け足で寮に向かった。 レトも続いて目的の場所に向かおうとすると……視界の隅に見覚えのある小さな背丈の少女が映った。

 

「……あれ? トワ会長?」

 

「え……? もしかして……レト、君?」

 

半疑のまま恐る恐るその名を呼びと……振り返ったのは、白い教官服を着たトワ・ハーシェルだった。

 

「やっぱりトワ会長だ。 久しぶりですね」

 

「本当だよー! カルバードに行ったって聞いてから殆ど音沙汰なしで……心配したんだからね!」

 

「うーん、色々あって定期的な連絡が出来なくなってしまいましたからね。 まあこうしてまた会えたからいいじゃないですか」

 

「もう……」

 

あまり悪びれる気がないレトにトワは膨れっ面になる。

 

「その格好から察するに、トワ会長もこの先の新設校に?」

 

「あはは、もう私は会長じゃないよ。 レト君の言う通り、この先にある第IIの、って……あれ? ならレト君ももしかして?」

 

「ええ、まあ。 色々と理由や役職を付けて、なんとか」

 

あははと頭をかきながら笑うとレト。 するとトワはレトを見た後、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「そういえばルーシェちゃんは? 姿が見えないけど……」

 

「ルーシェは今は離宮にいます。 近々ここに来る予定ですけど」

 

「わぁ、本当? 久しぶりにあのモフモフを楽しみたいなぁ」

 

「——レト!」

 

と、そこへ駅からレトを呼ぶ青年の声が聞こえて来た。 振り返ると、そこには2人と似た白い教官服を着ている黒髪の青年が立っていた。

 

「……もしかして……」

 

「や、リィン」

 

彼を見てソワソワし出すトワ。 レトが彼の名を呼ぶと、パアッと笑顔になる。

 

「わぁ、やっぱりリィン君だ!」

 

「え……もしかして、トワ会長ですか!?」

 

トワはとてとてとリィンに近寄り、ジロジロと彼の身体を見回す、ら

 

「はぁ〜っ……大人っぽくなったねぇ! 見違えちゃったっよー」

 

「お久しぶりです。 トワ会長は……あまりお変わりないようで、少し安心しました」

 

「むっ……それどう言う意味かなぁ?」

 

トワは少しだけ膨れっ面になる。 さらにリィンはまくし立てるようにレトに詰め寄る。

 

「それとレト! 今まで何の連絡もなかったのに、いきなり帰って来たと思ったら——」

 

「あー、はいはい。 こっちにも事情があったの」

 

レトはリィンのお叱りから顔を背けて、明後日の方向を向く。

 

「はぁ、詳しいことは後で聞くとして、レト……もしかして、トワ会長も?」

 

「そうらしいよ。 でもその話はまた後で……そろそろ時間だし、歩きながら話そうか」

 

この後の予定もあるため、3人はリーヴスの街を歩きながら久しぶりに言葉を交わす。

 

「はあ……まさか会長も同じ就職先だったなんて」

 

「ふふっ、ごめんね。 わたしの方は知ってたけど。 でも、リィン君の方だってある程度は聞いてると思ってたよ。 むしろレト君の方が不意打ちで驚いちゃったくらい」

 

「いえ、卒業の前後に色々とゴタゴタがありまして……」

 

「僕もその騒ぎの中に入っていましたし……トワ会長もご存知ですよね?」

 

「……うん、勿論。 わたしがこの街に来たのもそれが理由の一つだったし。 リィン君が同じ道を選んだのは嬉しいサプライズだったけど」

 

そこでトワは不思議そうな顔をして、レトの方を見る。

 

「そういえばレト君はどうしてここを選んだの? 色々と複雑な事情があるのは知っているけど……レト君ならそのまま考古学者や帝國学術院の方でも良かったんじゃないのかな?」

 

「それもありましたが、それだとあまり自由に各地には行きづらい点が多いんですよ。 その点、ここならそれが少なからず解消される……まあ、リィンが誘ってくれ無かったら思いつきませんでしたけど」

 

「レトの唐突さや突拍子もない行動には慣れたつもりだったが……久しぶりに驚かされたよ」

 

トワは足を止め、2人の方に向き直る。

 

「改めてになるけど……リィン君、卒業おめでとう。 多分、それを言いたい人は他にも一杯いると思うけど。 ちょっとだけ、抜け駆けさせてもらうね」

 

「……会長、ありがとうございます。 いや、もう会長は変ですか。 これからの事もありますし」

 

「『先輩』でいいんじゃないかな? トワ会長が先に赴任していて、僕たちは新任だし」

 

「そうだな。 よろしくお願いします、トワ先輩」

 

「よろしく、トワ先輩」

 

「ふふっ、よろしくね。 リィン後輩、レト後輩」

 

3人は改めて自己紹介をし、再び歩き出す。

 

「トワ先輩。 これから向かう“職場”……実際どういう状態になっているんですか?」

 

「うん……2人がここを選んだ時に色々なことを言われたと思うんだけど。 多分、思っている以上に難しくて大変な“職場”だと思う」

 

「そうですか……」

 

「色々な思惑が、この先に待っている訳ですか」

 

レトは前を向き軽く顔を上げると、進行方向の少し先に真新しい建物が見えてくる。

 

「“同僚”の方々とは一通り?」

 

「うん、もう挨拶して2人が最後になるかな。 これから紹介するけど……その、心を強く持っててね?」

 

「…………なんだか胃がキリキリしてきそうなんですが」

 

「何が来てもドンと構えていればいいよ。 予想外なら驚けばいいだけだし」

 

「……フォローになってないぞ」

 

レトの楽観的な考えに、リィンは少し溜息をつきながら頭を抑える。

 

「だ、大丈夫、大丈夫! わたしだって同じ立場なんだから! 同じトールズの卒業生として、力を合わせて乗り越えていこうね!」

 

「ふう……了解です」

 

「はい。 ——お、見えてきた」

 

「あれが……」

 

目的地の前にたどり着き、足を止めて見上げる。 トールズ士官学院・第II分校……門の左右には青い有角の獅子のエンブレムが飾られている。

 

「……デザインは違っても、同じ《有角の獅子紋》ですか」

 

「うん、わたしたちの新たな“職場”の正門……」

 

するとトワは一歩前に踏み出し、向き直って2人の前に立つと……

 

「ようこそ、リィン君、レト君。 ここリーヴスに新たに発足する、《トールズ士官学院・第II分校》へ——!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レトとリィンはトワに第II分校の本校舎、軍略会議室まで案内された。

 

「——よく来たな。 リィン・シュバルツァー君。 そして、()()()()()()()君」

 

会議室内にはレトたちの同僚となる2人の男性教官が先に待っていた。 1人は軍帽を模した帽子を被っている金髪の男性、もう1人はレトたちの教官服と似た白いジャケットを着た赤髪の青年。

 

「鉄道憲兵隊所属、ミハイル・アーヴィングだ。 出向という形ではあるが、本分校の主任教官を務める予定だ」

 

「あ……」

 

「なるほど」

 

鉄道憲兵隊……今のところ彼がここにいる詳しい理由は不明だが、あまりこちらに利があるような理由ではないのは確かだろう。

 

「ハハッ、まさかこんな所で噂の人物にお目にかかれるとはな」

 

次に赤髪の青年が自己紹介をする。

 

「ランドルフ・オルランド。 帝国軍・クロスベル方面隊からの出向だ。 《灰の騎士》の名前はあちこちで聞いてるよ、せいぜいお手柔らかに頼むぜ」

 

「………………」

 

「レト・イルビス。 訳あってこの度は第II分校で教鞭をとらせて頂く事になりました。 本分校の()()も兼任して務めさせてもらっていますが……そこはお飾りと思ってください」

 

リィンが思う所があるのか、無言のまま。 流石にこのままではまずいと思いレトが先に自己紹介をする。

 

「それとお久しぶりですね、ランドルフさん」

 

「おう。 まさかお互いにこんな場所で、こんな形で再開する事になるとはな」

 

「あれ? お2人はお知り合いだったのですか?」

 

「会ったのは1回だけ、顔見知り程度だがな」

 

「まあ、忘れられない出会いだったのには違い無さそうですけど——ほら、リィン」

 

レトは肘でリィンを小突き、気を取り直したリィンが自己紹介を行う。

 

「リィン・シュバルツァー。 この春、トールズ士官学院の《本校》を卒業したばかりの若輩者です。 よろしくお願いします、ミハイル少佐、ランドルフ中尉も」

 

「ああ、こちらこそ。 《灰色の騎士》の勇名——共に働けることを光栄に思う。 だが、ここで求められるのは《騎神》による英雄的行為ではない。 教官としての適性と将来性、遠慮なく見極めさせてもらおう」

 

「……肝に命じます」

 

「《緋色の騎士》レト・イルビス……君の希望もあり、敬うことはまずない。 シュバルツァー同様、同じ立場で見極めさせてもらう」

 

「ええ、それで構いません。 ここにいるのはレト・イルビスです。 お間違い無きよう」

 

ミハイルが求めているのは理想ではなく現実……むしろその方が気楽だとレトは思った。

 

「と、とにかくこれで《教官》は全員揃いましたね! 少佐、ランドルフ教官も改めてよろしくお願いします!」

 

「ああ、君には遠慮なく期待させてもらうつもりだ。 卒業時の鉄道憲兵隊の勧誘——蹴ってくれた埋め合わせの意味でもな」

 

「あ、あはは……ご存知だったんですか」

 

(意趣返しされる程優秀だからね……共和国でもそこそこ知られてるし)

 

トワはトールズ本校在学時も《西ゼムリア通商会議》に同行できる程優秀だった。 その方面ではかなり有名なのだろう。

 

その間、ランドルフがお約束のようにトワの見た目と年齢の違いに驚く中……リィンが室内をもう一度見回す。

 

「教官が5名……予想通り少ないですね。 このメンバーで一通りのカリキュラムを?」

 

「ああ、学生数も少ないし、何とかやりくりするしかあるまい。 平時の座学に訓練、それ以外の細々とした業務も行ってもらう。 ……まあ、特別顧問や分校長にも、一部手伝っていただくつもりだが」

 

「特別顧問……?」

 

「特別顧問、それに分校長……その方々は、今どちらに?」

 

「それは……」

 

その問いに珍しくトワは言葉を濁し、ランディは頭をかきながら苦笑いする。

 

「いや、なんつーか……帝国ってのは広いというか。 まさかあんな強烈な人間がこの世にいるなんてなぁ」

 

「へ……」

 

「あ、あはは……その、驚かないでね? 実は2人とも面識のある方なんだけど……」

 

「———!? (この僅かに感じる闘気は!)」

 

「——フフ、待たせたな」

 

唐突に感じ取れた殺気ともとれる気迫に身を震わせ、同時に会議室の扉が開き……その場にいるだけでも圧を放っているような銀髪の女性と、常時不機嫌そうな老人とが入室した。

 

「フン……何を腑抜けた顔をしている。 あの内戦以来になるが、私の顔を覚えていないのか? まあ、こちらは一向に構わんが」

 

老人の名はG・シュミット博士。 帝国随一の頭脳と謳われる導力工学者にしてラッセル博士、ハミルトン博士と並ぶ「三高弟」の一人。 ただし、かなりマッドな性格をしている。

 

「い、いえ……お久しぶりです、シュミット博士。 ヴァリマールの太刀の製作——あの時は本当にお世話になりました」

 

「礼は無用と言ったはずだ。 ——特別顧問という肩書きだが、私は自分の研究にしか興味はない。 せいぜい役に立ってもらうぞ」

 

腕を組みながら利用する気も隠さずそう言い、次にシュミット博士はレトの方を見る。

 

「それで、お前はいつまでその腑抜け面を続ける気だ?」

 

「………………」

 

「レト?」

 

「……しょ……しょ……」

 

「ん?」

 

「——将軍かよおおおおぉーーっ!!」

 

オーレリアを見て出てきた第一声がそんな言葉だった。 そんなレトの反応を見たオーレリアは苦笑する。

 

「今はもう将軍ではない。 この身は既に敗軍の将……改めてになるが、晴れて教官になるそなたら全員に名乗らせてもらおう。 オーレリア・ルグィン——これより《トールズ第II分校》の分校長を務めさせてもらう」

 

オーレリアの自己紹介に、改めてレトとリィンは驚きを超えて呆然としてしまう。

 

「一体、どれだけこの学院に色んなものを詰め込んでいるのやら」

 

「……色々な思惑が目で目視できるみたいだ……」

 

「あ、あはは……」

 

衝撃的すぎて言葉も出ず、ミハイルが軽く咳をして話を変える。

 

「——分校長。 そろそろ定刻ですがいかが致しますか?」

 

「うむ、始めるとしよう。 ハーシェル。 雛鳥たちをグラウンドへ」

 

「は、はい。 2人とも、後でね」

 

トワは一足先に会議室を後にする。 それに続き他の面々も出て行く中、リィンとレト、オーレリアがその場に残る。

 

「えっと……?」

 

「フフ……これより第IIの新入生全員への入学式を兼ねた挨拶がある」

 

「そ、そうだったんですか!?」

 

「んー? そんな連絡はどこにも……」

 

2人はこの学院の教官を務めるに当たり、送られた資料には日常しか記載されていなかった。 するとオーレリアはしてやったように笑う。

 

「クク、そなたらには何も伝えず日時だけを指定したからな。 他には、クラス分けと担当生徒との顔合わせもある。 灰と緋の騎士の気骨、せいぜい雛鳥たちに示すがよい」

 

言いたい事だけをいい、オーレリアも会議室を出て行く。 後に残された2人は少し疲れたように嘆息する。

 

「難しくて大変な職場……誇張でも何でもなさそうだな」

 

「こりゃ、生徒たちも癖が強そうかもね。 何だかんだ不安になってきた(まあ、最低でも顔見知りが2人はいるし、少しは楽かも)……って、何やってるの、リィン?」

 

いつの間かリィンは懐から眼鏡を取り出し、顔に掛けていた。 度は入っていないようで、伊達眼鏡のようだ。

 

「ああ、変装用の伊達眼鏡だ。 一応、用心して着けてみたんだが……」

 

「“分かりやすい特徴があれば、人はそちらに引き寄せられる”…………まあ、いいんじゃない?」

 

リィンの特徴と言えるべき点は黒髪……顔を隠す眼鏡ではあまり意味が無いと思うが、レトは「まあいいか」とスルーした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

経費や建設時間の削減のためか、この第II分校には講堂がない。 だが確かに、入学式や文化祭、卒業式と言った行事にしか使わない場所など今のご時世では不用意なのだろうが、レトは少し寂しさを感じてしまう。

 

そして、23名の生徒がグラウンドに並んでいた。 その様子は三者三様……軽口を言う者、緊張する者、無言で立つ者と色々。 そこへ、本校舎からレトたち教員が歩いてきた。

 

生徒たちは教員の一部……リィンやレト、オーレリア。 彼らを知る者は驚愕し、騒めきだす。

 

「あ、さっきの。 それに……わぁ、久しぶりだなぁ。 髪は……染めたのかな? オリビエさんにそっくり」

 

制服の上にパーカーを着ている金髪の少女はリィンを見てから隣のレトを見ると、嬉しそうに微笑む。

 

「ククッ……マジかよ」

 

「ふふっ…………予想外、ですね」

 

金茶髪の少年とミント髪の少女はリィンとレトを見つけると、苦笑い気味に驚く。

 

「《灰色の騎士》……それに殿下まで……」

 

「…………うそ…………」

 

蒼灰髪の少年は複雑そうな顔をし。 ピンク髪の少女はリィンを見つけると、あり得ないと言うような顔をする。

 

「……………………」

 

この中で最年少と思われる銀髪の少女は横目で彼らを一瞥し、すぐに視線を元に戻す。

 

「あ、先生」

 

先程、レトと別れたソフィーはレトを見つけ……

 

「……………………(zzzz)」

 

その隣に立っていた紺色の髪の少年は……器用に目を開け、立ちながら寝ていた。

 

「……あの人は……」

 

夜色の髪の少女はレトを見つけると、思い出すように彼に視線を向ける。

 

リィンとトワは銀髪の少女を見つけると驚愕する中、レトはソフィーの隣に、もう1人の弟子の姿を見つける。

 

(あ。 いたいた…………ん? あの子は……)

 

その近くに見覚えのある夜色の髪をした少女がおり、レトは誰だか思い出せず首を軽くひねる。

 

「静粛に! 許可なく囀るな!」

 

レトたちが生徒たちの前に到着し、ミハイル少佐が生徒たちを静かにさせる。

 

「これよりトールズ士官学院、《第II分校》の入学式を執り行う!」

 

第IIの入学式は他には見られない青空の下で行われるが、略式のため式辞と答辞は省略され。 早々とクラス分けが発表される。

 

《VIII組・戦術科》のランディと、《IX組・主計科》のトワが生徒の名前を読み上げ、呼ばれた生徒が2人の元に向かう。

 

(戦術科に主計科、か……まあいいか。 となると残るは……)

 

名前を呼ばれず、残された6名の生徒……ピンク髪と夜色の髪の生徒は困惑して両組をキョロキョロと見る。

 

「静粛に! これより本分校を預かる分校長からのお言葉がある!」

 

ミハイル少佐の一声でまた静まる中、残された6名……特に女子生徒2人らクラス分けを発表されないのことにさらに困惑する。

 

そんな事は当然置いておくオーレリアは「うむ」と答えながら生徒たちの前に出る。

 

「——第IIの分校長となったオーレリア・ルグィンである。 外国人もいるゆえ、この名を知る者、知らぬ者はそれぞれだろうが、一つだけ確と言える事がある。 薄々気付いている通り、この第II分校は“捨石”だ」

 

「ふえっ……!?」

 

「フン……?」

 

隠す気もないようで第II分校の現状をアッサリと話すオーレリア。 新入生たちかは動揺が広がり、教官陣も予想外の発言に驚愕する。 疑問を答えられる間も無く、オーレリアは続くて口を開く。

 

「本年度から皇太子を迎え、徹底改革される《トールズ本校》——そこで受け入れられない厄介者や曰く付きをまとめて使い潰すためのな。 そなたらも、そして私を含めた教官陣も同じであろう」

 

あまりに率直すぎるお言葉に、誰もが言葉も失ってしまう。 しかし、それを否定できる言葉は誰も持っていない。 だが事実であると、一部を除くこの場にいる本人たちが一番よく分かっている。

 

「ぶ、分校長! それはあまりに——」

 

「——だが、常在戦場という言葉がある。 平時で得難きその気風を学ぶには絶好の場所であるとも言えるだろう。 自らを高める覚悟無き者は……今、この場を去れ。 教練中に気を緩ませ、女神の元へ行きたくなければな」

 

この分校のメリットとデメリット、それを包み隠さず話した上で生徒たちに質問を投げかける。 しばしの沈黙……その間、誰も言葉を発さず、ただその場に立ち続けた。 彼らの答えに満足したオーレリアは微笑む。

 

「フフ——ならば、ようこそ《トールズ士官学院・第II分校》へ! 『若者よ、世の礎たれ——』かのドライケルス帝の言葉をもって、諸君を歓迎させてもらおう!」

 

波乱に満ちた入学式……始まりと同じように早々と閉会式が終わり、戦術科と主計科の教官と生徒たちが校舎に入って行く中……グラウンドには6名の生徒とリィンとレト、オーレリア、そしてシュミット博士ともう1人の生徒が残された。

 

「……って、なんか気迫に呑み込まれちゃったけど……」

 

「ああ……結局のところ、僕たちはどうすれば……」

 

「……………………」

 

「ど、どうなるんだろう?」

 

「…………(zzzz)」

 

「君には捨石とかそういうのは関係ないんだろうなぁ……」

 

残された生徒たちが置いてけぼりにされつつある中、ソフィーは羨ましそうに眠る少年の頬を突く。

 

「……将軍、いえ分校長。 そろそろ“クラス分け”の続きを発表していただけませんか?」

 

「まあ、こんな置いてけぼりは2年前を思い出しますけど」

 

「フフ、よかろう」

 

またしてやったような笑みを浮かべながら、オーレリアはリィンの質問に答える。

 

「——本分校の編成は、本校のI〜VI組に続く、VII〜IX組の3クラスとなる。 そなたら6名の所属は《VII組・特務科》——担当教官はその者、リィン・シュバルツァー。 補佐として、副教官はレト・イルビスとなる」

 




以前アンケートを取りましたが……愚問でしたね。 レトもVII組じゃないと、本当の意味でハブられる事になりますし。


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97話 アインヘリアル小要塞

タグにオリキャラを追加しました。

よくオリキャラは不評になりがちですが、変にならないように頑張ってみます。

よく考えればラウラズが出てきた時点でタグに載せるべきでしたね。


ミハイル少佐の案内で学院の裏手に向かい……そこで巨大な鉄の立方体のような建造物と対面した。

 

「わああっ……! すごい、設計図で見た以上だよ……!」

 

(相変わらずだなぁ……)

 

立方体の建造物を見て金髪の少女は感激し、そんな反応を見ていたレトは苦笑する。 そして心の中で(さて……)と言いながら首を回して背後を見る。

 

ソフィーは何か閃いたようで、メモ帳に羽根ペンを走らせ。 紺色髪の少年は先程、オーレリアに目覚めの一撃をもらい、仕切りに頭の上をさすっていた。 夜色の髪の少女は呆然と建造物を見上げている。

 

「現在、戦術科と主計科はそれぞれ入学オリエンテーションを行なっているが……VII組・特務科には入学時の実力テストとしてこの小要塞を攻略してもらう」

 

ミハイル少佐がレトとリィン、そして6名の新入生に対してそのような指示を出す。

 

「………………」

 

「こ、攻略……?」

 

「何やらせる気なんだ?」

 

「そもそもこの建物は一体……」

 

何故自分たちだけこの様な事をやらせるのか、この建物は何なのか……彼らの疑問は多かった。 その一つを少し面倒そうに、軽くシュミット博士が説明を始める。

 

「アインヘリアル小要塞——第IIと合わせて建設させた実験用の特殊訓練実施設だ。 内部は導力機構による可変式で、難易度の設定も思うがまま——敵性対象として、()()()()も多数放たれている」

 

「な……!?」

 

「ま、魔獣——冗談でしょ!?」

 

「へぇ?」

 

(素材を採りにいくのが楽になるかも)

 

魔獣が放たれている事に驚きを見せる者もいれば、好奇心が出てくる者や別方面の考え方をしている者も出てくる。

 

「……なるほど。 《VII組》、そして《特務科》。 思わせぶりなその名を実感させる入学オリエンテーションですか。 新米教官の実力テストを兼ねた」

 

「フッ、話が早くて助かる。 と言っても、かつて君たちがいた《VII組》とは別物と思うことだ。 教官である君たちが率いることで目的を達成する特務小隊——そういった表現が妥当だろう」

 

「なるほど……それで」

 

納得したリィンは隣にいた銀髪の少女に視線を向けると、視線に気付いた少女は露骨に顔を逸らす。

 

「ま、何にせよ。 これがVII組の始まりと言うなら、特に断る理由もありません。 思惑が何であれ、ね」

 

「あまり勘繰らない方がいい」

 

にべもなく返すミハイル少佐に、レトはそれ以上聞かない体を示すように肩をすくめる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

すると、そこでピンク髪の少女が申し出てきた。

 

「黙ってついてきたら勝手なことをペラペラと……そんな事を……ううん、こんなクラスに所属するなんて一言も聞いていませんよ!?」

 

「適性と選抜の結果だ。 クロフォード候補生。 不満ならば荷物をまとめて軍警学校に戻っても構わんが?」

 

「まあ、こんなクラスでもあんなクラスでも、全員がどのクラスに所属するなんて知らないはずだよな?」

 

「くっ……」

 

紺色髪の少年が正論を言い、ピンク髪の少女は悔しそうな顔をして黙ってしまう。

 

「……納得はしていませんが、状況は理解しました。 それで、自分たちはどうすれば?」

 

「全員で攻略するのですか?」

 

「ああ——クロフォード、ヴァンダール、オライオン……以下3名はシュバルツァーと。 リーニエ、ウォン、エルメス……以下3名はイルビスと隊を組み、小要塞内部に入りしばし待機」

 

そう説明しながらミハイル少佐はリィンとレトにそれぞれ4つのマスタークォーツを渡した。

 

「その間、各自情報交換と、両教官には候補生にアークスIIの指南をしてもらいたい」

 

「——了解しました」

 

「了解です」

 

「フン、これでようやく稼働テストが出来るか」

 

少し待ち遠しかったのだろう、シュミット博士は何時ものごとく、怒ってはいないだろうが怒鳴り声のような声を上げる。

 

「グズグズするな、弟子候補! 10分で準備してもらうぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

さっさと行ってしまうシュミット博士を、少女は駆け足で慌てて追いかけるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

アインヘリアル小要塞内はほぼ全てが金属で作られおり、微かに駆動音と振動が、この要塞が現代的だと思わされる。

 

シュミット博士と金髪の少女が奥の管制室で準備を進める中……リィンとレトは二手に分かれ、指定された場所で待機していた。

 

「完全オートマチックな実験施設か……相変わらずやる事が大きいな」

 

「かなり地下にも足を伸ばしているようですね。 加えて、霊脈などにも干渉しているみたいです」

 

「機械の権威っぽいのにオカルトにも詳しいのか? 流石に意味がわからないな」

 

「えーっと……もしかして、皆さんはお知り合いなのですか?」

 

「この子たちを推薦したのは僕だからね」

 

夜色の髪の少女が驚いたような顔をし。 レトは弟子の間に立ち、両手をポンと2人の頭に手を置く。

 

「さて、先ずは自己紹介をしよう。 と言っても、2人は知っているだろうけど、知らない子のためにね——僕はレト・イルビス。 トールズ士官学院・本校出身で、卒業後……考古学者としてカルバード共和国で調査を行っていた。 この分校には縁あって教官を務めさせてもらっている。 もしかしたら色々と知っているとは思うけど、ここでは君たちの教官として接して貰えると助かるよ」

 

「は、はい。 かの《緋色の騎士》の元で指導を受けられるなんて……!」

 

夜色の髪の少女は慌てるように礼をする中、残りの2人は特に無反応だった。

 

「まあ、あたしたちにとってはいつも通りだね」

 

「ああ。 むしろ前以上に密な指導を受けられるかもしれないな」

 

「そうだね。 ……錬金術以外は……」

 

同意をしてからの落ち込みようのソフィーに、レトは苦笑する。

 

「武術・戦術教練の担当、座学は化学・物理を教えることになっている。 《VII組・特務科》の副教官を務めることになるみたいだから、よろしくお願いするよ」

 

「は、はい」

 

「——それじゃあ、次は俺が」

 

次に紺色の髪に燃えるような黄色い眼をした少年が一歩前に出る。

 

「シンラ・ウォン。 カルバード共和国のアンカーヴィル出身だ。 この分校の入学は師匠の……レト教官の推薦で入った。 色々国同士であるとは思うが、そこに一個人が当てはまらない。 そう思っている」

 

その自己紹介に、夜色の髪の少女は思い出した様に顔を上げる。

 

「アンカーヴィル……《陽溜まりのアニエス》の舞台になった街ですね」

 

「あー、やっぱりそれが有名か。 まあ、結構いい街だよ?」

 

なぜ疑問形になったのかが不思議だが、続いてソフィーが元気よく手をあげる。

 

「あたしはソフィー・リーニエって言います! カルバード共和国南部にある煌都ラングポートにある東方人街の出身です! ご先祖様はクロスベル出身みたいだったんですけど、移民で共和国に。 相方のヘイス共々、よろしくお願いしますっ!」

 

「ワン!」

 

ソフィーの自己紹介と同時に、ソフィーのコート下からヘイスが出てきた。

 

「きゃっ! い、犬?」

 

「というかどっから出てきたんだ?」

 

ソフィーは素材の採取を行う際の入れ物が少し(?)変わっており、見た目以上の物が入る……らしい。 そんなことはいざ知らず、ヘイスはちょこんとお座りをする。

 

「お2人とも、カルバード出身なんですね」

 

「まあ、普通は疑われるかもしれないけど……私たちは共和国の政府や軍とは無関係だよ。 シンラが言ったように、国と個人は関係ないんだ。 それが理解出来るのは、とても難しいけど」

 

「そう、ですね……」

 

二大国の現状を考えれば不安になるのも当然だが、

 

「2人の身分は僕が保証している。 あまり安心は出来ないかもしれないが……」

 

「いえ、大丈夫です。 私個人としても、そう言ったいざこざや確執にはあまり興味がありませんし」

 

彼女は気にしてはいないと言っているが、それでも一度、非礼を謝罪するように一礼する。

 

「ルキア・エルメスです。 帝都南部、パルム出身です。 どうぞよろしくお願いします」

 

「パルムの…………あ! 思い出した! 確か2年前の」

 

「はい。 あの時は父共々、大変お世話になりました」

 

ルキアはレトに御礼のお辞儀をする。

 

「あれ、お知り合いだったんですか?」

 

「昔に少しね。 その時に初めて会った以来だから、顔を合わせても分からなかったよ」

 

「髪の色が違ってたので人違いだったら……と心配していましたが、あってすぐに思い出せました。 レト教官は色んな意味で有名ですし」

 

「えーっと、確か……《緋の騎士》とか、《叢雨の剣帝》とか、《奇跡の皇子》とか……そんな肩書きを持ってたんでしたっけ?」

 

「緋はアイツで、剣帝は……アレを見たらな……」

 

「……そうだね。 まさしく天災というか……」

 

「……何があったのですか……!?」

 

目を逸らしながら言葉を濁しあまり多くを語ろうとしない2人に、ルキアは恐怖を覚える。

 

「コホン。 まあ、一応ある程度知る通り、僕は皇族に属する者だ。 けど、ここにいるのはあくまでも第II分校の教官、レト・イルビスだ。 そこの所は間違えないでおいてね」

 

「はい!」

 

「はいよー」

 

「分かりました」

 

『お、お待たせしました!』

 

自己紹介も終わった丁度その時、天井付近に取り付けられていた拡声器から少女の声が響いてきた。

 

『アインヘル訓練要塞、LV0セッティング完了です! 《アークスII》の準備がまだならお願いします!』

 

(8分30秒……腕を上げたね、ティータ)

 

レトはアークスIIの時計を見ながら彼女の成長を自分の事のように嬉しくなる。

 

「じゃあ早速——みんな、これは入学時に送られて、持ってきているね?」

 

そのままレトは手の平サイズの導力機……戦術オーブメント《アークスII》を3人に見せる。

 

「はい。 あります」

 

「新型オーブメントとはかなり違いますね」

 

「戦術オーブメント——所持者と連動して様々な機能を発揮する端末。 基本は今までの戦術オーブメントと同じ効果を持っているんだけど……このアークスIIには更に追加機能が搭載されている」

 

掻い摘んで説明をし、3人は少し驚きながら手元にあるアークスIIに視線を寄せる。

 

「なるほど……新機能は気になるが、オーブメントと通信機をくっ付けた訳か」

 

「……あ。 このスロットじゃあ今までのクォーツがはめられない。 ううっ、苦労して集めたのに……」

 

「はは。 戦術オーブメントを使う以上、お互いそういう苦労は絶えないだろうね。 けど、それに割りに会うだけの性能は持っている。 次に、君たちにこれを渡しておく」

 

そう言ってレトは先程ミハイル少佐から渡された《マスタークォーツ》を3人に分配した。

 

ソフィーは幻のマスタークォーツ《パンドラ》。

シンラは空のマスタークォーツ《エンブレム》。

ルキアは風のマスタークォーツ《オベロン》。

自身には時のマスタークォーツ《グングニル》を、開いた《アークスII》の下部にあるクォーツ盤の中央のスロットにそれぞれがはめ込んだ。

 

すると、アークスIIと共鳴して4人の身体が青白く淡く光出した。

 

「わわっ!?」

 

「この淡い光は……」

 

「アークスIIと君たちがリンクしたんだ。 これで身体能力が強化されて、アーツも使えるようになる」

 

「変な感覚……けど嫌じゃない。 前のオーブメントより繋がりが強く感じられるような……」

 

『——フン、準備は済んだか』

 

見計らっていたのか、ちょうどアークスIIとの同期が終わった時に不機嫌そうなシュミット博士が声をかけてくる。

 

「シュミット博士。 ええ、いつでも行けます」

 

『ならばとっとと始めるぞ。 LV0のスタート地点はB1、地上に辿り着けばクリアとする』

 

「了解しました。 奥に見えるエレベーターから降りるんですか?」

 

『は、博士……? その赤いレバーって……』

 

レトが奥にあるエレベーターに乗って降りるのかと質問すると……拡声器から少女の困惑した声が聞こえてきた。

 

『ダ、ダメですよ〜! そんなのいきなり使ったら!』

 

『ええい、ラッセルの孫のくせに常識人ぶるんじゃない……!』

 

(その通り……)

 

心外にもレトはシュミット博士の言葉に同意してしまう。

 

『——それでは見せてもらうぞ。 《VII組・特務科》とやら。 この試験区画を、基準値以上でクリアできるかどうかを——!』

 

「もしかして……!」

 

「みんな、足元に気をつけろ!」

 

始まりを知るレトとリィンがシュミット博士がこれからやろうとしている事を察した、次の瞬間……ガコンッと、室内の二箇所で床が斜めに落ちた。

 

「え——」

 

「なっ……!?」

 

「お……」

 

「落し穴!?」

 

「きゃあっ!!」

 

ほんの一瞬の浮遊の後、殆どの生徒が地下に向かって滑り落ちる。

 

「落ち着いて、ゆっくりと流れに身を任せるんだ」

 

滑り落ちる生徒たちをフォローの声をかけながら、レトは上を向き声を上げる。

 

「リィン、気をつけてね!」

 

「ああ、お互いに教官として、生徒たちを導いて行こう!」

 

新米教官として、友人として互いに激励を受け取り、レトはスルスルと坂を滑り落ちて行く。

 



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98話 特別オリエンテーリングII

「アイタタ〜……な、何が起こったの……?」

 

いきなり落とし穴に落とされた4名、ソフィーは尻餅をつきながら痛む部位をさすっていた。

 

「……あれ? シンラは……?」

 

「……あー……いいか?」

 

「ほえ……?」

 

彼の声がソフィーの真下から聞こえてきた。 ソフィーは頭を下げて下を見ると……ソフィーはシンラの顔面に跨っていた。

 

「あ、シンラ」

 

「“あ、シンラ”じゃねーよ。 真っ暗で何も見えないが、俺はどこに顔を突っ込んでいるんだ?」

 

「ほっ……」

 

シンラが手を動かして顔に乗るソフィーを退かそうとしていると、3人に遅れて勢いよく滑り落ちていたレトは先が見えると軽く飛んで華麗に着地する。

 

「みんな、大丈……夫?」

 

3人の無事を確認しようとし……ソフィーとシンラの状況を見て言葉を詰まらせるレト。

 

「あ、あのレト教官……?」

 

「どうやらリィンとは別々の場所に落とされたみたいだね」

 

「み、見て見ぬ振りした……」

 

——パチーーン……

 

「ん?」

 

現実逃避をするようにソッポを向くと……どこからか、微かに張りのある乾いた音が響いてきた。

 

(……なんかデジャヴ……)

 

「先生?」

 

「何でもないよ」

 

レトは何でないと首を横に振る。 と、ようやく2人が立ち上がり、ソフィーはスカートを軽くて叩に少しだけ顔を朱に染める。

 

「シンラ、見た?」

 

「暗くて見えなかった」

 

「そ」

 

「……え、それでいいんですか!?」

 

意外にあっさりと終わり、話を改めてレトは辺りを見回す。 壁に沿うように台座が並んではいないが……まるで2年前、当時の旧VII組が落とされた状況と同じ感じの部屋のようだ。

 

「いきなり落とされてしまったけど、予定通り要塞の攻略に移る。 戦闘時のポジショニングの確認のため、3人の武装を見せて」

 

「えっと……本当にやるんですか?」

 

「ここに落ちてしまった以上、攻略する以外にここを出る手段はないでしょう」

 

チラリと、後ろを向いて見上げると……滑り落ちてきた落し穴が塞がっていた。

 

「安全に、かつ確実にここを出るためにも戦闘スタイルを知っておきたい。 特にルキアのをね」

 

「わ、分かりました」

 

「——なら、俺から」

 

シンラは腰に手を回し、同じ長さの2つ棒が鎖で繋がれた武器……ヌンチャクを軽く振り回しながら取り出し構えた。

 

「珍しい武器ですね」

 

「これはヌンチャク。 共和国で功夫(クンフー)を鍛える時によく使われる武器だ。 回転の遠心力から得られる打撃はかなりのもんだ」

 

シンラは感覚を確かめるように背に回したりしてヌンチャクを振り回す。

 

「なるほど。 また腕を上げたね」

 

「師匠が帝国に去ってからも一から基礎を鍛え、功夫を積んできましたから」

 

「それでソフィーちゃんのは……」

 

「ほい来た!」

 

待ってましたとばかりに、ソフィーはコート下から表紙に二又の槍のような模様が描かれた側が若葉色の表紙の、両手で抱えるほどの一冊の本を取り出した。

 

「あたしはこの書物が武器なんだ。 いわゆる魔導書(オーバル・ブック)ってやつかな。 ノータイムで魔法(アーツ)を使う事が出来るんだけど、この魔導書はさらに物質化した攻撃ができるんだー」

 

「物質化?」

 

「簡単に言えば物理攻撃と魔法攻撃……1度の攻撃で両方の効果を発揮出来るってこと」

 

魔導杖(オーバルスタッフ)より強く武器属性の効果が出るんだ。 かなり特殊な部類に入る武器なんだ」

 

「そして! あたしの助手たるヘイス! この子も参加するよ」

 

「ワン!」

 

パパーン、と両手をヘイスに差し出すソフィー。 それに応えてヘイスは一鳴きする。

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「先生のルーシェに出来て、ヘイスに出来ない道理はありません! 別に最初からヘイスに“たいあたり”や“かみつく”や“ひっかく”なんて事はさせません。 あくまでサポート的なものです」

 

「あ、“なきごえ”や“ほえる”はするかも」と付け加えるが、レトとシンラの興味はすでにルキアに向けられていた。

 

「な、なるほど……それでは、次は私ですね」

 

心配ながらも話は進み、次にルキアが左手で大きめな帯を抜き取り。 その中から少し大きめなナイフを3本、右手の指の間に持った。

 

「帯……?」

 

「いや、中に無数のナイフが入れられている」

 

「投擲用のナイフです。 基本は接近して切って刺したり、状況に寄っては投擲をします。 けど、あまり人に見せられるような腕前じゃないんです……」

 

「謙遜することはない。 今思い出したけど、暗闇の中で動き回る的を正確に当てるのは至難の業……自信を持って」

 

「は、はい……」

 

レトに励まされ、ルキアはナイフを上に投げ、落ちてきたナイフを流れるように帯の中に納める。

 

(確かに。 謙遜する割には淀みない体捌きだな)

 

「うわぁー、凄いナイフ捌き! 他に何隠し持ってるの?」

 

「別に隠し持ってません!」

 

「ははっ——最後は僕だね」

 

3人の武装を確認し、最後にレトが腰から自身の得物である身の丈を超える槍……和槍を抜き構えた。

 

「槍……あれ、でもあの時は剣を……」

 

「レト先生は槍、銃、剣などなど、色んな武器を使い分ける事が出来るんだぁ」

 

「加えてブーメランやら鉤爪ロープやら、色んな道具も持っている。 器用貧乏でないのが羨ましい限りだ」

 

「何でもそつなく使いこなすからねぇ」

 

「ルキアはもちろん、ソフィーとシンラも閉鎖空間内で初めての集団戦闘。 今日は槍だけを使って行こうと思う」

 

後は軽くポジションを決めたりし、戦術を一通りまとめ……レトたちは要塞内に入るため、入り口の前に立つ。

 

「——これは“実力テスト”。 そこまで複雑化されてはいないと思うけど、油断せずに後に続いてね」

 

「はーい!」

 

「了解」

 

「が、頑張ります……!」

 

「それでは早速、攻略を開始します。 ちなみにこちらからの応答は“イエス・サー”ではなく“ニャン・ニャー”と言うこと!」

 

「はい! …………え?」

 

「「ニャン・ニャー!」」

 

ニャンで気を付け、ニャーで敬礼をするソフィーとシンラ。 そして先に歩いて行くレト、後に続くソフィーとシンラにルキアはコソッと話しかける。

 

「えっと……以前からこういう事を?」

 

「ううん、今日初めて聞いた」

 

「まあ悪ふざけかジョークの類だな」

 

「皆さんノリいいですね!」

 

緊張をほぐすような冗談はさておき、レトたち一行は扉をくぐり要塞内に入り、早速一角の鼠型魔獣……シャイリーンが要塞内を徘徊しているのを発見した。

 

「ほ、本当に魔獣がいます……」

 

「でも小さいな」

 

「わぁ、綺麗な魔獣! あの角、錬金術に使えるかも! 生け捕りにしましょう!」

 

「それは後でね」

 

興奮して先走ろうとするソフィーの首根っこを掴んで後ろに放り投げる。

 

「先ずはお互いの武器の間合いと感覚をつかむため1人1体、各個撃破する」

 

この和みすぎた空気に緊張感を出すために、レトは漏れ出るように少しだけ殺気を放ち、ピリッとした緊張が3人に走る。

 

そして4人はそれぞれの武器を取り出し、シャイリーンの群れを前にする。

 

「よっ」

 

軽く一呼吸でシャイリーンとの間合いを詰め、頭上に掲げた振り下ろした槍の穂と棒を繋げるけら首がシャイリーンの脳天に振り下ろされた。

 

手を抜いているとはいえ虚をついた一撃、シャイリーンは一撃で消滅し。 残りがレトたちを発見すると同時にレトは即座に後退する。

 

「はっ!!」

 

入れ替わるようにシンラが飛び出し、身体の捻りを加えたヌンチャクの打撃でシャイリーンを壁に埋め込むような勢いで吹き飛ばした。

 

「とりゃっ!」

 

その隣にいたシャイリーンが、ソフィーが掛け声とともに虚空に創り出した青い刃によって切り裂かれる。

 

「えいっ!」

 

最後にルキアが右手の間に挟みこんでいた3本のナイフを助走を付けて投擲し、後方にいたシャイリーンを射抜き……レトたちの最初の戦闘を終えた。

 

「うん、中々いいね」

 

戦闘結果を見て、レトは満足する。

 

「シンラとソフィーは合わせられて当然だけど、ルキアもよく合わせてくれたね。 銃のような手元から離れる武器は同士討ちが多いけど……あの正確さや迷いの無い動きは流石だよ」

 

「い、一応……皆さんに当ててしまはないか、かなり緊張していました……」

 

そう言いながらも魔獣消滅により落ちたナイフをを手際よく回収している。

 

「しっかし近距離()中距離(ルキア)遠距離(ソフィー)、ベテランのオールラウンダー(師匠)……意外にこのチーム、バランスが取れているな」

 

「そこの所も、ミハイル少佐とかが事前に調べられて組まれたんだと思う」

 

それ以外の理由も予想されるが、それは今はいいだろ。

 

「もう少し魔獣との戦闘を繰り返してお互いの戦いを把握していく。 歩くことを止めず、常に考えて行動するように」

 

「はい!」

 

「「ニャン・ニャー!」」

 

「それまだ生きてたの!?」

 

レトたちのノリについてこれないルキアは戦闘よりも疲弊を感じてしまう。

 

しばらく色も景色変わらない閉鎖空間を進み、度々出会う魔獣と戦いながら連携の精度を徐々に向上させて行く。

 

「——あ。 液状タイプの魔獣ですね。 ああいうタイプは物理に強く、魔法に弱いはずです」

 

「ならここは、錬金術師のあたしの出番。 ちゃっちゃと終わらせちゃうよー!」

 

我先にとソフィーが前に出る。 右手にアークスII、左手に魔導書を構えるとアーツの駆動に入る。 しかし、駆動時に足元に出現する青い陣が通常よりも一回り以上大きかった。

 

「アークスと魔導書……W駆動(ダブル・ドライブ)スタート!」

 

「お」

 

「え……!?」

 

驚きの声が届くと同時に駆動が完了し、魔法を放つ。

 

「アイヴィネイル! ブルーアセンション!」

 

すると魔獣の足元から刺々しい茨が伸び、頭上から巨大な水球が同時に襲いかかり……あっという間に倒してしまった。

 

「へへーん! こんなもんだねー」

 

「凄い……2つの魔法を同時に使うなんて」

 

「錬金術師として当然だよ」

 

「よく言うぜ。 この前まで上手くいかないってベソかいてたくせに」

 

「あー! それ言わない約束ー!」

 

鼻を高くして調子が乗っているソフィーにシンラはにべもなくそう言い、ソフィーはポカポカとシンラを小突き出す。

 

「でもどうして今回はそんなアッサリ出来たんだ?」

 

「うーん、このアークスIIのおかげかも。 前の戦術オーブメントより繋がりが強いからかな? 特に2つの魔法が干渉せずに駆動する事が出来たよ」

 

「な、なんだかよくわかりませんけど……凄そうです」

 

ソフィーはもちろん、その後もシンラ、ルキアも続いて実力を発揮して魔獣を退け。 レトも3人をフォローしながら彼らを率いる。

 

「……手強そうなのがいるね」

 

「突破口は見え見えだが、一苦労しそうだな」

 

順調に進んでいると……目の前にレトたちの倍の高さがある触手があるナメクジのような魔獣……オルゲンギガントと、オルゲンギガントより小さいジューシーオルゲンの群れと遭遇した。

 

「ふむ……《戦術リンク》を試すのにちょうど良さそうだね」

 

魔獣を横目に見ながらレトはアークスIIを取り出し、戦術リンクについてを口にする。

 

「《戦術リンク》……レト先生から話には聞いていたけど」

 

「話に聞いてもよく分からなかったな」

 

「戦術リンクは感覚的なものだからね。 説明するより、自分の自身で体験してもらった方が早い。 早速セッティングを行おう」

 

事前の準備で4人はリンクを繋げ、早速戦術リンクの効力を試すため魔獣と交戦に入り……今までより早く、戦闘を終えた。

 

「ふぅ……初めてにしては上出来かな」

 

「これが《戦術リンク》……」

 

「まるでみんなと“繋がった”ような……」

 

「不思議な感覚でした。 でも、手応えはかなりあったと思います」

 

「今後、実戦では《戦術リンク》がとても重要になってくる。 なるべく早い段階で慣れれば、淀みなく連携が取れるようになる。 今の3人にはまだキツイかもしれないけど、戦術リンクを駆使すれば勝てない相手じゃない。 最後まで油断せず、迅速に対応するんだ」

 

先程の戦闘で付いた埃を払いながら、レトは槍を肩に担いで先の通路の方を向く。

 

「さてと……この調子で行けばリィンたちより早く終点に着くかもね」

 

「競争しているわけじゃないけど……遅れるのはやだなぁ」

 

「あのジジイに“この程度か”とか言われるのは腹立つしな」

 

「ま、そう言う事。 やっ! と」

 

シンラたちが先に進もうとした時……レトが振り返り側に彼らに向かって槍で突きを放った。 突然の出来事に3人は反応出来ず……槍は3人の横を抜け背後にいた、倒したはずの魔獣の額に突き刺さった。

 

それにより魔獣は完全に倒れ、消滅した。

 

「!? まだ息が……!」

 

「でも、生きていたならどうして戦闘が終わった後も動かないで……」

 

「恐らく、アレだろう」

 

シンラが指差す先に、地面に軽く穴が開いているような場所があった。

 

「銃弾痕?」

 

「さっきまであのデカブツの影があった位置だ。 “影蕾(かげつぼみ)”……師匠が一瞬で銃を抜き側に弾を影に打ち込んで魔獣を金縛りにさせたんだ」

 

「そんな事を……戦いながら一瞬で……」

 

「ただの保険だよ」

 

「というか、槍しか使わないんじゃ?」

 

「保険です」

 

『——皆さん、足が止まっていますが、どうかしましたか?』

 

と、そこで頭上からオペレーターの少女の心配そうな声が降ってきた。

 

「何でもないよ、ティータ。 すぐに再開する」

 

『了解しました! もう1組ももうすぐ終点に到着します。 レトさん達も引き続き気をつけて進んで下さい!』

 

心配そうな声から元気になった少女……ティータは激励を送ると通信を終了した。

 

「知り合いなんですか? あの金髪の子と?」

 

「リベールで知り合ってね。 それ以来の縁で、会うのはかれこれ3年ぶりくらいかなぁ」

 

「3年前のリベール、って……もしかして……」

 

再び攻略を再開。 同じ事を繰り返しながらしばらくして……

 

「うわーん! ごめんなさーーい!!」

 

ベソかいて泣きながらソフィーが謝っていた。 その手には袋が握られており、その中には……大量のイガグリがあった。

 

「痛って! このイガグリが良過ぎじゃねえか?」

 

「いや、イガグリは生きていない……と思うよ? 多分……」

 

レトたちは散らばってしまったイガグリを慎重に集める。

 

「ソフィーちゃん。 何でこんなにいっぱいイガグリを持ち歩いていたの?」

 

「出発前に作ってたのを持って来ていただけなんだけど……袋の紐を結ぶのを忘れてたよ……」

 

「クゥン……」

 

ヘイスも責任を感じているようにしおらしくなっている。 そんなこんなで時間がかかりながらも、ようやく全てのイガグリを集め終える。

 

「ふぅ、これで全部だね」

 

「すみませんでした……」

 

思っていた以上に時間を取られてしまい、急いで進もうとした、その時……不意にレトとソフィー、ヘイスが通路の先から何かの力を感じ取った。

 

「今のは……?」

 

「この感じ……」

 

「グルルル……」

 

「……? どうかしましたか?」

 

「……妙な氣を感じるな……」

 

何か異変を感じ、レトたちは遅れを取り戻すように先を急ぐ。 すると終点と思われる開けた空間に出ると……そこには両腕が異様に大きい魔導ゴーレム……魔煌兵《ダイアウルフ》が先に到着していたリィンたちと交戦していた。

 

「な、何あれ!?」

 

「巨大な人形!?」

 

「よっ」

 

シンラたちがダイアウルフに驚く中、レトはダイアウルフの胸部に槍を投擲し、注意をこちらに向ける。

 

「やっほーリィン、どうやら無事みたいだね」

 

「レト!」

 

苦戦して消耗はしているが、リィンたち4人とも大事には至っていないようだ。

 

霊子(プシオン)で動かしている……何だか面白そう! バラバラにして調べてみたい!!」

 

「それは後でお願いします……」

 

「そもそも残るのか? あれ」

 

「レト! ブレイブオーダーを使うんだ!」

 

ソフィーの興奮の仕様をスルーしながら、レトはリィンに言われて今思い出したかのようにアークスIIを取り出す。

 

「ブレイブオーダー? ああ、そう言えばそんな事言ってたっけ……」

 

オーダーを起動させようと操作すると……レトを含めたシンラ、ソフィー、ルキアの4人が淡く青い光に包まれる。

 

「これは……」

 

「さっきと同じ光……」

 

「オーダー……アストラルソウル!!」

 

レトはふと、脳裏に浮かぶだ単語をアークスIIを構えながら叫ぶと……翠色の光がシンラたちを癒すように身体にまとわりつく。

 

「おおっ!?」

 

「何か……キタァーー!!」

 

「力が湧き上がってくる……!」

 

レトのブレイブオーダーの効果からか、シンラたちの気力が一気に高まっていく。

 

「敵の動きを止める。 その隙に畳み掛けるんだ!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

3人に指示を出しながらレトは槍を投擲する構えを取り、ダイアウルフ……ではなくその足元にある影に向かって投擲する。

 

「影蕾——狂蘭」

 

影突き刺さった槍。 するとダイアウルフ自身の影から黒い槍……無数の影の槍が飛び出し、ダイアウルフの四肢を貫き動きを封じた。

 

化勁衝打(かけいしょうだ)——!!」

 

全身の捻りとヌンチャクの回転によって放たれた衝撃は、腕を交差して防ぐもダイアウルフの両腕を砕き、地面を引きずりながら大きく後退させる。

 

「フォースブリッツ——えいっ!」

 

ひとりでに魔導書のページが開き、開かれたページに模写されていた魔法陣がソフィーの目の前に展開。 収束して黄緑色の光弾となり、腕を振るって光弾を弾き飛ばす。

 

「リ・ロンド!!」

 

ルキアは両手の指の間に挟んだ6本のナイフで何度も切り掛かり、身体中に無数の切傷をつける。

 

「えいっ、やあっ!」

 

「はあっ!!」

 

「やあっ」

 

さらに隙を見て少しだけ動けるようになった3人が攻撃を繰り出し……

 

「緋空斬——!!」

 

最後にリィンが抜刀による燃える斬撃を飛ばし、ダイアウルフを斬り裂く。 だが……ダイアウルフはなおも立ち上がり、レトたちを攻撃しようとする。

 

「ッ、まだ動けるのか……!」

 

「いい加減に——」

 

「あ!? ちょっ、それ!!」

 

シンラはソフィーから何かが入った袋を奪い取る。 ソフィーは取り返そうとするも、その前にシンラはその袋をダイアウルフに向かって振りかぶり……

 

「しろっ!!」

 

「あたしのイガグリーー!!」

 

全力で投げる。 袋から大量のイガグリが散乱し、ダイアウルフに降り注ぐ。 ソフィーのイガグリは通常より遥かに硬く、重い鉄球のようで……ダイアウルフの身体に無数の傷をつける。

 

そして、レトはダイアウルフの真下に潜り込み、落ちてきたイガグリの中の一つに向かって大きく槍を振りかぶり……

 

「イガノック!!」

 

豪快に振り抜いた槍の穂でイガグリを全力で打ち上げ、高速の硬いイガグリがダイアウルフの顔面に直撃。 一瞬だけ足が浮き、ダイアウルフは背から倒れ……そのまま消滅していった。

 

「はあはあ……た、倒せた……」

 

「……っ…………はあはあ…………」

 

「……体力低下。 小休止します」

 

「あ……大丈夫? 今回復するね」

 

ソフィーがアークスIIから送られる回復魔法の術を魔導書を経由して増幅、この場にいる全員の体力と怪我を回復させた。

 

「あ……」

 

「疲れが……」

 

「外傷、及び疲労度の回復を確認。 かなり高度な回復魔法ですね」

 

「ふぅ、全力を尽くすって結構疲れるんだな」

 

「……………………」

 

初の強敵との後にへたれ込み、ソフィーの回復を受ける彼らにリィンは視線を向ける。

 

『お、お疲れ様でした! テストは全て終了です!』

 

と、そこでテストの終了が告げられた。 ようやく終わったとレトたちは軽く一息つく。

 

『——博士、いくらなんでも無茶苦茶ですよ〜!』

 

『フン、想定よりも早いか。 次は難度を上げるとして……』

 

『あううっ……聞いてくださいよ〜っ!?』

 

通信の先では恐らく、シュミット博士が管制室から早々と出て行くのを少女が止めようとしているようだ。

 

「……滅茶苦茶すぎだろう」

 

「次って、また同じことをやらせようってわけ……?」

 

「可能性は高そうですね」

 

「やったー! 素材取り放題〜♪」

 

「気にするところそこかよ」

 

「あ、あははー……」

 

「——いずれにせよ、“実力テスト”は終了だ」

 

「……ぁ…………」

 

何はともあれと、リィンは座り込むピンク髪の女子に手を貸して立ち上がらせる。 残りの2人も自力で立ち上がる。

 

「……すみません」

 

「3人とも、よく頑張った。 レトたちもありがとう。 しかし、もっと早く来ても良かったんじゃないか?」

 

「あ、あはは……ちょっとトラブっちゃってね。 でもまあ、アークスIIの機能も問題なく使えたし……結果オーライだよ。 それよりも……リィン、締めとして、VII組の担任としてのお言葉を頂けますか?」

 

「まったく……」

 

調子のいいやつだと思いながらも、リィンは再び口を開く。

 

「《VII組・特務科》——人数の少なさといい、今回のテストといい、不審に思うのも当然かもしれない。 士官学院を卒業したばかりでロクに概要を知らない俺たちが共感を務めるのも不安だろう。 先ほど言ったように、希望があれば他のクラスへの転科を掛け合うことも約束する」

 

「……え、聞いてないんだけど……」

 

「ああ、すまない。 要塞を攻略する最中に言っていたから、知らなくて当然か。 だが、そちらの3人にも今決めてもらいたい——VII組に参加するか、君たち自身で決めて欲しい。 自分の考え、やりたい事、なりたい将来、今考えられる限りの“自分自身”の全てと向き合った上で」

 

(最後は自分で、か……そこまで沿うんだね。 けど、それが《VII組》に所属するための大事なことだからね)

 

すると、少し沈黙の後に先にユウナ・クロフォードと、クルト・ヴァンダールが大胆にも生意気な事を言いながらも、《VII組・特務科》の参加を表明し。 アルティナ・オライオンも時間をかけて考えながらも、リィンの納得する理由で参加を表明した。

 

「これで3人か……こっちからもそろそろ参加を決めて欲しいかもね?」

 

「なら、お言葉に甘えて——シンラ・ウォン。 《VII組》に参加します。 共和国人である俺がここにいるのは本来、異常なのかもしれない。 祖国への裏切りと取れるかもしれないし、共和国軍と対立する可能性も大いにある」

 

しかし、シンラは「だが」と続ける。

 

「そんなの、俺には関係ない」

 

「え……」

 

「は?」

 

思いがけない答えに、ルキアとユウナは呆気にとられる。

 

「俺は師匠から武を教わり、功夫(クンフー)を高めるためにこの国……この学院に来た。 そこのクロスベル人のように、帝国人だからと言ってたグダグダ言うつもりはこれっぽっちもない」

 

「む……」

 

「高みを目指す——それだけだ。 理由としては不服だろうか?」

 

「……いや、充分だ。 だがこれだけは質問させてくれ。 もし、同じ共和国人と戦うことになったとしたら——君はどうする?」

 

「戦う」

 

リィンに質問に、シンラは迷うことなく即答する。

 

「抵抗があると言われたら否定はできない。 だが戦いに、戦争に善悪なんてありはしない。 俺は俺の信じる道を進む。 他人の価値観、論理観に惑わされるほど俺は弱くはない」

 

「なるほど……よく分かった。 《VII組》へようこそ、シンラ」

 

「——ルキア・エルメス。 参加します」

 

引き続いては、ルキアが名乗りをあげる。

 

「理由は、ただ漠然としたものです。 私はただの機織りです。 けど、移ろい行く時代と世界に、私と言うちっぽけな機織りがこのままのうのうと織物を織り続けられるのか……私は見てみたいんです、世界の行く末を。 その上で、私は織ります——私が最後まで見てきた日々を織り続けます」

 

このままでいいのか……そんな疑問に対する答えは他にもありそうだが、彼女はその答えを探しにこの学院を……延いてはこのVII組に答えを見つけられる何かがあると、そう思っていた。

 

「そうか……この学院に入学して、君が望む結果を目にするという保証はない。 だが理由としてはそれでも構わない。 ようこそ——ルキア・エルメス」

 

「はい!」

 

リィンからの歓迎を受け、ルキアは元気よく返事をする。 そんな彼女をレトはニヤついた顔で見ていた。

 

「へー、そんな事考えていたんだ」

 

「えっと……変、ですか?」

 

「うん、変」

 

「酷い!?」

 

軽く変人扱いされルキアはガーンとした顔になり、地に肘をつけて四つん這いになって項垂れる。

 

「次はあたし! ソフィー・リーニエ、《VII組》に参加してあげます!」

 

「なぜに上から目線?」

 

「理由……いえ、夢のため。 あたしは将来“最高の錬金術師”になります!」

 

元気よく夢を語るが、この場にある殆どの者はソフィーの言う錬金術師という単語に首を傾げる。

 

「たくさん困っている人を錬金術で助けてあげる……それが目下の目標です。 そして、最終的な夢は——大いなる秘法(アルス=マグナ)に至ることです」

 

「アルス……マグナ?」

 

「いったい、何を言って……」

 

「——ワンワン!」

 

目標、夢の大きさは漠然として分かるが、それ以外は何も分からないでいると、ソフィーの後ろからヘイスが出てきた。

 

「っと、そうだった。 この子はあたしの助手のヘイス! ヘイス共々、よろしくお願いします!」

 

「って、なんで犬を連れ歩いてあるのよ!?」

 

「……どこから出てきたのでしょうか?」

 

ひょっこり出てきたヘイスに戸惑いつつも、触りたい衝動にかられるユウナとアルティナだった。

 

「あ。 ちなみに帝国人とか共和国人とかそういうのには興味ないです。 あたしはほぼ共和国人だけど、祖先はクロスベルから移り住んだと言われてますし」

 

「え? そうなの?」

 

「そうなの! だから仲良くしてね、ユウナ!」

 

「よくは分からないが、その熱意と強い意志はハッキリと感じられる。 ただ、レトもそうだが、後で詳しく説明してもらえると助かる」

 

「了解ー。 この際だから全員に説明はしておくよ」

 

「先にここを出たらだけど」とレトは最後に言葉を付け加える。

 

これで6人……この場いる新入生全員が《VII組・特務科》の参加をこの場で表明した。

 

「——それでは、この場をもって《VII組・特務科》の発足を宣言する。 お互い“新米”同士、教官と生徒というだけでなく——“仲間”として共に汗をかき、切磋琢磨していこう!」

 

「ま、気楽にいこうよ」

 

こうして、違う形になったとはいえ再びVII組は始動した。

 



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第I章
99話 2度目の学院生活


大変長らくお待たせしました!!

現実で忙しかったこともありますが、監獄都市で冒険したり、寒冷地帯で狩に生きたり、ガラル地方で冒険したり、FGOやったり……言い訳になりませんね。 ごめんなさい。

本当はオリキャラぶっ込んだせいでどう収拾付けようかずっと悩んでいまして、それと再開するきっかけがあるのですが……


4月15日——

 

第II分校の入学式から早2週間……通常の学院よりハードなカリキュラムを駆け足で行われ、指導する教師、教わる生徒もとても忙しい学院生活が行われていた。

 

「よっと」

 

その教員、生徒が寝食をする学生寮……朝食を済ませて身支度を整えた人から次々と寮から出て通学していく中、ソフィーがリュックを背負って少し遅れて部屋を出ていた。

 

「ルキア、遅れてごめん」

 

「もう遅いよ、ソフィーちゃん。 みんなもう学院に行っちゃっているよ?」

 

「ごめんごめん。 荷物をまとめるのに手間取っちゃって」

 

多少慌てながらも身支度を整え、2人は自室を出て階下に降りるとクルト、ユウナ、アルティナが軽く談笑している姿があった。

 

「皆、おっハロー」

 

「おはようございます」

 

「おはよう、ソフィー、ルキア」

 

「おはようございます」

 

「……あ。 仲直り出来たみたいだね」

 

ソフィーはクルトとユウナの距離感を何となく感じ取り、そう指摘すると2人は照れ臭そうに目を背ける。

 

「う、うん……」

 

「良かったですー。 お2人をどう仲直りしようかとしていたのですが……ユウナちゃんとクルト君、あからさまに顔を背けていたから」

 

「……少しクラスの空気を悪くしていた事は謝ろう」

 

やはり自覚はあったのか、クルトはバツが悪そうに頭をかく。 と、そこでもう1人のVII組メンバーがいない事に気づく。

 

「そういえばシンラはどうしたんだ?」

 

「ああ、それなら——」

 

「ふぁ……」

 

その時、食堂の扉が開き、中から焼きたてのトーストを食べながら寝そうな顔をしたシンラが出てきた。

 

「よお、おっはよー(サクサク)」

 

「シンラ君、行儀が悪いですよ」

 

「まだ食べていたのですか?」

 

「育ち盛りなもんでね」

 

そう言いながら一気にトーストを平らげるシンラ。

 

「ヘイスはどうしたんだ?」

 

「あの子は部屋で寝てるよ。 本当は連れて行きたいんだけど、ミハイル教官が煩いから……」

 

「まあ、当然よね……」

 

何はともあれ、せっかく《VII組》は全員が揃ったので、ユウナたちは一緒に通学することになった。

 

「ふぅ、でもリーヴスって雰囲気もあって良い街よね〜。 のんびりとしながらセンスのいい店も多そうだし」

 

「ああ……田舎過ぎず、都会過ぎない街というか。 帝都からそう遠くないから程よい距離感なのかもしれない」

 

通学しながら町並みを見回し、

 

「そうか? アンカーヴィルと似たようなもんだろ」

 

「そりゃシンラはそうでしょうね」

 

「以前は、とある貴族の領地だったそうですね。 その貴族が手放した後、別荘地が造成されたものの、諸般の事情で頓挫——その跡地が、第II分校に利用されたとか」

 

淡々と、あまり知られない情報を口にするアルティナ。

 

「さ、さすが詳しいわね」

 

「なるほど、それで都合よくあの規模の分校が造れたのか……」

 

「先に下地が出来ていたから、再利用したんですね」

 

「……ああ、そういえば前に師匠から聞いたことがあったな。 とある貴族が詐欺にあって領地(ここ)を手放すことになって、んでその貴族はリベールまで逃げて盗賊やっていたとか」

 

「ええっ!?」

 

「な、何それ……!?」

 

さらなる情報にユウナはもちろん、ルキアも驚愕しながら軽く後ずさる。

 

「それにしても、帝国の士官学校がこんなにハードとは思わなかったわ。 訓練や実習は仕方ないけど、数学とか物理とか歴史とか芸術の授業まで……」

 

「範囲とかレベルも普通の高等学校よりかなり進んでいるよねー……」

 

VII組の中で勉強がそれほど出来ないユウナとソフィーは大きく溜息をつく。

 

「文武両道は帝国の伝統だからね。 ……特にトールズは大帝ゆかりの伝統的な名門だ。 たとえ分校であってもその精神は変わらないんだろう」

 

「むしろ今年からは本校の方が大きく変わっているようですが」

 

「分校は(ふるい)にかけられて落とされた捨て石(私たち)で、残された玉石たちの本校ですか……」

 

「それは……」

 

入学式で分校長に言われた捨て石という言葉……それが身に染みて聞こえてくる。

 

「? よく分からないけど、気合いを入れるしかないわね。 他のクラスに後れを取られないよう、あたしたちも頑張りましょう!」

 

「……まあ、やるからにはね」

 

「気合いでどうこうなる部分が少ないけどな」

 

「そこは指摘しなくていいよね?」

 

「まあそう言っても、授業の大半がVIII組かIX組との合同ですけど」

 

「うちのクラスはたった6人……他と比べると多いのか少ないのか微妙な人数だからな」

 

「別々なのはHRくらいですね」

 

「うーん、そうなのよね。 人数を考えると当然だろうけど、それじゃあVII組って——」

 

何のためにあるのか、そう疑問に思いながらそろそろ正門に差し掛かろうとすると、

 

「ハッ——選抜エリートが仲良く登校かよ」

 

正門の横、待ち構えていたように金茶髪の男子が両手をポケットにいれ、門に寄り掛かっていた。

 

「あなたは——」

 

「えっと、確かVIII組・戦術科の……」

 

「アッシュ・カーバイド、だったな」

 

「……おはよう。 僕たちに何か要件かな?」

 

「クク……いや、別に? ただ、噂の英雄のクラスってのはどんなモンなのか興味があってなァ。 VII組・特務科——さぞ充実した毎日なんじゃねえか?」

 

「………………」

 

そんなはず無いと、アッシュ自身分かっているはずだが。 アッシュはまるで煽るように彼らを挑発する口調で話しかける。

 

「悪いが、入ったばかりで毎日大変なのはそちらと同じさ」

 

「そうね、()()()()()のクラスだからって、今の所カリキュラムは同じなんだし」

 

「えっと……あたしたちは放課後に別の指導を受けているんだけど……」

 

「そこは例外でいいんだろう。 形式的には部活なんだからな」

 

「フン、だったらどうして、わざわざ別に少人数のクラスなんぞ作ったんだ? 他と違ってあの“オレンジ”が副担任についてやがる。 明らかに歳のおかしいガキもいるし、毛並みの良すぎるお坊っちゃんもいる。 曰く付きの場所から来たジャジャ馬の留学生に、色々と難癖付けて共和国から来たデケェ釜かき混ぜている怪しげな魔女もどきや、無駄飯喰らいのカンフー野郎もいるしなァ。 ついでに存在感が薄そうな女子。 おっと悪い……ジャジャ馬は留学生じゃなかったな」

 

煽るようにアッシュはVII組メンバーの事を指しながら軽く悪口を言ってくる。

 

「……っ……」

 

「無用な挑発はやめて欲しいんだが」

 

「言いたいことがあるならいつでも鍛錬場で付き合うぞ……?」

 

「……私、そんなに特徴ないのかなぁ……」

 

「うわぁ!? ルキアが地味に大ダメージ!?」

 

落ち込んで項垂れるルキア。 そんな彼女をユウナたちは何とかフォローしようとする。

 

「クク、綺麗に2つに分かれているようで面白いクラスだ。 だが俺が用があるのは——」

 

「うふふ、仲がよろしいですね❤︎」

 

そこへ、アッシュの言葉を塞ぐようにタイミングよく微笑みとともに割って入ってきたのは、同じ分校の制服を着たミント髪の女子だった。

 

「あ……」

 

「たしかIX組・主計科の」

 

「ミュゼ・イーグレットちゃん、だったよね?」

 

(タイミングを見計っていたのか?)

 

「……ふん?」

 

一気に注目を集める中、ミント髪の女子はどこ吹く風のように視線を受け流しながらスカートの両裾を摘んで軽く持ち上げ、右脚を軽く引きながら貴族令嬢のようにお辞儀をする。

 

「ふふ、おはようございます。 気持ちのいい朝ですね。 ですが、のんびりしていると予鈴が鳴ってしまいますよ?」

 

「確かに……」

 

「……そっちはまだ絡んで来るつもり?」

 

警戒気味に視線を向けると、アッシュは白けた風に鼻を鳴らしながら寄りかかっていた門から姿勢を戻す。

 

「クク……別に絡んじゃいねぇって。 そんじゃあな。 2限と4限で会おうぜ」

 

「じゃあな」と手をヒラヒラさせながらアッシュは分校に向かって行った。

 

「ふふ、ごきげんよう。 1限、3限、4限でよろしくお願いします」

 

アッシュの言い方を真似たようで、そう告げるとミュゼも分校に向かって行った。 ミュゼが離れた頃、ユウナは盛大に溜息をつく。

 

「はぁ……何なのよ、あの金髪男は! いかにも不良って感じだし、あんなのが士官候補生なわけ!?」

 

「……ユウナ、それ思いっきりブーメラン」

 

「露骨に僕たち《VII組》に含みがありそうだったが……」

 

「どちらかと言えば《VII組》というよりも……」

 

「——あっ!!」

 

その時、リーヴス方面からキィーンと甲高い音と少女の声が届いてきた。 振り返ると、そこには分校の制服の上に上着を着ている金髪の少女……ティータ・ラッセルが息を荒げながら走って来ていた。

 

ただし、その足元には靴底にローラーがついたブーツを履いており。 加えて、その後ろには工具箱を咥えている機械仕掛けの銀獅子もいた。

 

「ハアハア……お、おはようございます!」

 

「お、おはよう、ティータ。 ええっと……それって……」

 

「あ、はい。 これは小型導力エンジン付きのローラーブーツです。 整備された道限定ですが、結構移動に便利ですよ」

 

「いや、あたしが聞いているのはそんなんじゃなくて……」

 

クルッとローラーを利用して1回転するティータ。 しかしユウナは手を横に振りながらその隣にいる銀獅子にそーっと、驚愕の視線を向ける。

 

「グルルル……」

 

「——十三工房製、獅子型人形兵器の最終モデル“ライアットセイバー”。 その改修発展型の“ライアットセイバー・セカンド”……固有名詞は《ウルグラ》ですね。 さすがレト教官のご友人。 常識を外れです」

 

「それ、アルティナに言われたくないと思うよ」

 

「ソフィーさんにも言われたくありません」

 

戻ってこないブーメランの応酬がアルティナとソフィー間で行われる。 と、そこで分校の予鈴が鳴ってしまう。

 

「って、ヤバ……!」

 

「急がないとHRに遅れそうです」

 

「ああ、行こう……!」

 

このままでは遅刻してしまう。 ユウナたちは駆け出し、急いで正面の坂を登り分校へと向かう。

 

——スイーーっと

 

——ちょ!? やっぱりそれズルい!!

 

——は、はや〜い……

 

——言いから走れ!

 

——クラウソラス

 

——君はせめて自分の足で走ってくれ!

 

徐々に遠くなっていく話し声。 それを一部始終を陰から傍観していたレト、リィン、トワは彼らの背を見ながら嘆息する。

 

「ふぅ……ようやく2週間ですか」

 

「もう、という気もするけどね」

 

この期間がリィンには長く、レトには短く感じられた。 気の持ち用の問題だが、なんとか教官職を務めてられていることに安堵する。

 

「ふふっ、どのクラスの子も頑張って付いてきてくれてるね。 トールズ本校以上のスパルタだから大変だと思うけど」

 

「ええ……加えて本校には無かった“教練”や“カリキュラム”もある。 第II分校——政府側の狙いが少しずつ見えてきましたよ」

 

「…………………」

 

この第II分校は本校からあぶれた生徒を受け入れるための学院では無い……政府側から提出された生徒に受けさせるカリキュラムを見てそう思わざる得ない。

 

「うん……でも、この分校の意義はそれだけじゃないと思うんだ」

 

「トールズの伝統を受け継いだ“あの日”もあるからね。 それだけは安心したよ」

 

「そうだな。 “部活”の件も含めて放課後のHRで伝えよう」

 

「うん。 よろしくね!」

 

自分たちが受け継いだトールズの意志を生徒にも伝えて行こう。 それだけは、決して譲れないレトたちの思いだった。

 

「それじゃあ、リィン教官、レト教官、今日も頑張っていきましょう!」

 

「ええ——トワ教官も!」

 

「了解しましたー!」

 

帝国の思惑はどうであれ、今日も生徒たちを教え導くべく。 レトたちも遅れながらも第II分校に向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後——

 

今日も普段通りに他と比べれば難易度の第II分校のカリキュラムを終え、生徒たちは寮に戻らず分校内で各々の部活動を開始していた。

 

ちなみに部活動はほぼ強制されており、部活動に入らなかった場合は強制的に生徒会を作らされてそこに入れられることになっていた。

 

加えて、生徒会は“分校のより良い学生生活のための活動”……などではなく“学院長を奉仕する活動”のため、生徒たちはどんな部活であれ設立しようと少しだけ必死になっている。とはいえ、必死になっているのは現在も決まっていない生徒のみ。2名以上の部員と活動内容さえ決まれば申請はすんなりと通ってしまうため、早速部活動を始めている生徒は気楽なものだった。

 

顧問は教官の人数より部活動の数の方が多いため、教官陣は複数の部活動の顧問を兼任していた。もっとも、少し活動の様子を見る程度で活動自体に口出しはせず、生徒のみで活動している。 言い換えれば放任主義である。

 

そんな中……レト、シンラたち3人は菜園の崖の上、小さな滝の側にある2つの煙突が立つ木造の小屋の中にいた。 この小屋はレトが私金で作ったアトリエで《創作部》の部室である。 ここは3人のために作られたと言っても過言ではない。

 

菜園の近くの山から流れる小川。 それに加え2アージュほどの段差により出来る滝に、アトリエは隣接していた。

 

出入り口のある中央の共通スペースのフロアを中心に、その周りに扉のない吹き抜けの部屋が3つある。 その内の3つがソフィーたち部員の作業スペースであり。 ソフィーが錬金術、シンラが鍛治、ルキアが機織を行なっている。

 

「ん〜……これとこれ、あとこれも入れて……」

 

「クゥン……」

 

「ふぅ……まずまず、か」

 

「あ……もう絹が。 今度家から送ってもらわないと」

 

部活動設立から2週間……元々やっていた手につく職だった事もあり3人は迷う事なく自分の作業を行なっていた。ソフィーは手当たり次第素材を錬金釜に入れその光景を心配そうにヘイスが見つめ、シンラはクルトが使う短剣の研ぎ具合を確認し、ルキアは残りの絹糸が少ない事に気が付き作業の手を止めていた。

 

はっきり言えば、やっている事はバラバラな上に個人が勝手に活動しているだけ。 分校として、部活動としてはあまり成立しているとは言い難いかもしれない。 そして、レトはというと、

 

「……………………」

 

HRと軽い職員会議を終えてからこのアトリエに向かい、導力ノートパソコンと向かい合って資料の作成を行っていた。主に担当している科目のプリントの作成と、分校の運営についての資料を作成していた。

 

ちなみに、この創作部には他にもティータが料理部と兼任して所属している。 だが今このアトリエに彼女が作業を行えるためのスペースはないため、現在進行形で増築中である。

 

「みんな、少し休憩を入れよう」

 

「分かりました」

 

「オイっす」

 

「はーい」

 

中央のスペースは円形のテーブルが置かれており、3人が手を止め席に座る中でレトは茶と菓子を出した。

 

「3人とも近状報告を」

 

「はい。 シュミット博士に依頼されていた鉄鋼石“0.5トリム”の精錬が明日には終わりそうです」

 

「やれやれ。 0.5トリムとは言え2人でやる量じゃねえよ。 あのマッド爺ィめ……」

 

「ご苦労様です。 私の方は絹のロール10、綿のロール10を織り終わりました。 ただ、絹のストックが残り少なくて……」

 

「分かった。 パルムに絹糸の受注をお願いする。 それと学院からの追加の依頼だ。 保健室で使う亜麻(リネン)製のシーツを50程作って欲しいそうだ」

 

「ご、50……」

 

このように、この創作部は依頼された品を作る下請のような活動を行っていた。

 

近状報告を一通り聴き終えたレトは、ソフィーの工房に近寄り置いてあったソフィーが作った鉄鋼石の塊を人撫でする。

 

「……うん。 ちゃんと鍛錬は積んでいたようだね」

 

「えへへ。 より良い物を作るのが錬金術師ですから」

 

「ワン!」

 

指導から離れた半年の間の成果を見てレトは笑みを浮かべ。 ソフィーは照れくそうにヘイスを抱き上げ頭を撫でる。

 

「うん。 問題はなさそうだね。 あー。 後コレを渡しておくよ」

 

そう言いレトは3つの紺色の学生手帳を取り出し、ソフィーたちに渡した。

 

「これは……」

 

「少し遅れたけど、VII組の学生手帳がようやく出来上がってね」

 

「ありがとうございます」

 

手渡され、3人は学生手帳を受け取った。

 

「確かに渡したね——それじゃあ、僕はシュミット博士に呼ばれているからこれで。 無理せず自分のペース。 量より品質優先で」

 

「はーい」

 

報告を終え、レトは席を立つとアトリエを後にした。

 

師が去るのを見届け、3人は小休止を終えて再び作業に入ろうとする。 と、

 

「さてと……早く終わらせましょう」

 

「あ、ちょっと待って! コレ食べ終わってない……(モグモグ)」

 

「……ん? なんか焦げ臭くないか?」

 

異臭を感じ辺りを見回すと……ソフィーの錬金釜から煙が燻っていた。

 

「「「あ」」」

 

——ドオオオオンッッッ!!!

 

次の瞬間、アトリエの煙突や窓から勢いよく爆風と煙が吹き出した。

 

「……やれやれ。 褒めたと思ったらこれだ」

 

レトは煙立ち昇るアトリエを後にし、多少の用事のため途中で教員室を経由してから騎神と機甲兵が保管されている格納庫に向かった。

 

ここは研究棟とも併設されており、教練に使われる機甲兵数機と、《ヴァリマール》と《テスタ=ロッサ》が格納されている。

 

格納庫に入るとまず目に入ったのは、リベールから持ち込んだ複数のパーツを組み立てているティータの姿だった。

 

「ティータ」

 

「あ! レトさ——はわわっ……!」

 

ティータは工具箱と幾つかの図面を運んでおり、レトの呼びかけに気付き振り返ると……足元を滑らせ転倒し、工具箱の中身をぶちまけてしまった。

 

「あ、あいたた……はあ、やっちゃったぁ……」

 

「そそっかしいのは相変わらずだね」

 

尻餅をつくティータに苦笑いしながらを手を貸し、手早く床に散らばった物を集めまとめた。

 

「ありがとうございます、レトさん!」

 

「忙しいのは分かるけど、もう少し落ち着いた方が……って、リベールでも同じこと言ってたっけ?」

 

「あううっ……」

 

成長している所は確かにあるが、変わらない点もありレトは少し笑みを浮かべる。

 

「整備の方は順調かい?」

 

「えへへ。 まだ始まったばかりですけど、順調に進んでいます! 《機甲兵》はオーバルギアとは設計思想が全く違って勉強になります!」

 

嬉しそうに、興奮したようにティータは満面の笑みで語る。 赤いパーツの数々に目を向ける。

 

「オーバルギアか……影の国で話には聞いていたけど、確かパテル=マテルに対抗できるコンセプトで設計されているんだったよね?」

 

「はい! まだそこまでは行っていませんが、それでもかなりの性能に仕上げます!」

 

(影の国では再現体だったとはいえオーバルギア(コレ)って、偽物とはいえ単機で《剣聖》と《剣帝》と対抗できるスペックだからなぁ……)

 

昔、まさしく夢のような世界で実体を持つ幻として出現したオーバルギアは、同じような原理で現れた最強とも言える武人2名と正面からぶつかり合える性能を発揮している。

 

祖父は微マッド、母はバーサーカー、父はブレーキ役かと思いきや素で強く、その娘はコレである。 ……ラッセル家とだけは本気で敵対しないようにしないと、とレトは心に誓う。

 

「ただギアの姿勢制御のためのOSがまだ未完成で……」

 

「なるほど……それで僕に話が回って来たと」

 

一応、レトは導力ネットに関しては高い知識を持っている。 シュミット博士でも余裕で出来そうだが“貴様(レト)が出来るのならやっておけ”と言った感じだろう。

 

「引き受けるけど……部活の方は大丈夫なのか? 確か料理部とも兼任しているそうだし、別に創作部(ウチ)に入らなくても……」

 

「そ、創作部に入りたかったのは本心ですよ! ただまだ導力ネットワークについての理解がまだ追いついていなくて……」

 

「気にしなくていいよ。 こんな大きなプロジェクトは1人でやるべきじゃない。 仲間たちと協力した方が完成も早く、事故や見落としも少なくなる。 1人で背負い込むよりはいいでしょう?」

 

「……! はい!」

 

教官としてアドバイスをし、ティータは元気よく頷いた。 と、そこへシュミット博士が2人の元に歩いてきた。

 

「貴様か……」

 

「どうも、博士」

 

相変わらずの不機嫌そうな顔をするシュミット博士に対し、レトは軽そうな挨拶をする。 博士はジロリとティータに目をやる。

 

「図面と工具を持ってくるだけで何をモタモタしている、全く」

 

「あう、すみませんっ」

 

「フン。 また貴様の所の小娘がやらかしたようだな」

 

「ええ、まあ。 まだまだ半人前で困りものです」

 

ちなみに、今回のような失敗による爆発はこの2週間の間に3度起きており……問題児を集めた第II分校の中でも特に問題児扱いされているVII組は事あるごとにミハイル教官からお叱りを受けていた。

 

「そういえばシュミット博士ってラッセル博士とは兄弟弟子だったんですよね?」

 

「……腐れ縁だがな」

 

方向性は違えど、人に大きな迷惑をかける点は全く同じ2人である。 そうなるとC・エプスタインのもう1人の弟子である共和国にいるであろうL・ハミルトン博士も……

 

(……1人だけでもパンク寸前だよ……)

 

そう思うと正直、あまり関わりたくないと思ってしまうレトであった。

 

と言っても、ハミルトン博士の発明である飛行船や導力戦車と戦っていることもあり……結局の所、ハミルトン博士が間接的としてもレトに迷惑をかけていることは確実だった。

 




再び筆を取った理由はもちろん——(はじまり)の軌跡の発売決定!!

今から待ち遠しいです!

……発売までには閃IIIくらいは終わらせないとね(泣)。


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