PERSONA XANADU / Ex (撥黒 灯)
しおりを挟む

第1話 異界化(Ran up against unexpected fate at night.)
4月13日──異質な空間にて


 本小説を開いて下さった皆様、ありがとうございます。
 宜しければ、今後作中での1年間にお付き合いください。
 それでは、これからよろしくお願いします!



*今話では主人公の台詞が「」に囲まれていませんが、この空間(ベルベットルーム)のみの仕様ですのでご注意ください。


 

 

 

 

 

 ──ここは……?

 

 蒼い装飾を施された空間。自分は、そこで意識を覚醒させた。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 そう発した声の主は、目前の机に細い腕を置く、タキシード姿の老人。

 ベルベットルーム……ルームというからにはこの空間の名なのだろう。

 しかし、自分はどうして此処に居る? 

 確かさっきまで──はて、何をしていただろうか? 朧気な意識では居た場所も、自分の名前すら思い出せない。

 

 取り敢えず、周囲を観察する。

 全体的に青で纏められた空間。目立つものとしては、第1に老人、次に机と、奥にあるのは……操舵席か?

 本格的に何がどうなっているのか分からない。唯一、辛うじて感じ取れたのは、目の前の老人を含め、全てが常世のものではない、ということ。

 

 ……どちらかと言えば、自分があっちの世界のものであり、こちらに紛れ込んだ、のかもしれない。そう思う程に異質な空間で、歪な状況だ。

 せめて何か1つでも分かることがあると良いんだが。

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋にございます」

 

 こちらの疑問を察したのか、老人の方から答えを告げてくる。

 その後、何かを待つような間が訪れた。こちらの理解を待っているのか、次の疑問を探っているのか。

 ともあれ、このままではなにも進展しない。こちらから尋ねてみよう。

 

 >契約とは?

 

「契約がどのような形のものであるかは、私には分かりかねます。ですが……フフ、貴方も変わった定めをお持ちのご様子。近く、今後を左右されるような重大な選択が待ち受けているのやもしれませんな」

 

 随分なことを言ってくる老人だ。

 ……そもそも、人なのだろうか。姿形は人間のそれだが、何か、何処かが決定的に違う。

 外見的な要素だけで違和感を抱いたという訳でもないが、彼に視線を向けると思わず目と鼻部分に視線が流れていく。

 剥き出したような全開の瞳。異常なまでの鼻の長さ。他にも眉とか、些細な違和感が存在するものの、視覚から得られる情報はそんなものだろう。

 

 じっと見詰めるのも失礼な気がして、周囲へと目を向けてみる。

 ──ベルベットルーム。

 夢と現実。精神と物質の狭間であると、長鼻の男は言った。

 当然その名称に聞き覚えはない。自分の生きていた世界は、そんなファンタジーに包まれていないはず。……だよな?

 

 少し疑問点を整理しよう。

 ベルベットルームが先程語られた通りに、夢と現実の狭間を指すなら、非現実的な、夢なとといったファンタジー要素を含んだ形で現れるはず。

 長鼻の男は充分に現実的な存在ではなさそうだが、それにしたって、何故この空間は機械やら何やらに溢れているのだろうか。そのせいで、自分のイメージする幻想的な空気からはほど遠くなっている。

 ……尋ねてみるか。

 

 >貴方の言葉通りなら、なぜベルベットルームは、このような見た目を?

 

「ベルベットルームとは、お客人の心象風景……もとい、お客人という人の在り方を示しております」

 

 つまり、何の理由もなしに、この光景が映し出されている訳ではないらしい。

 心象風景。

 夢と現実の狭間。

 成る程、夢が記憶を整理する作用で見られるように、心象風景は現実の記憶が作用して作り上げていく。両者必要なものが同じなら、同列に扱われることは理解できる。納得できるかと問われれば、そんなことはないが。

 まあつまり、この光景を作り出したのが自分である、と。

 

 改めて周囲を観察する。

 見る限り室内であり、老人の奥には操舵席や、数々の計器が見える。部屋の左右に設けられた窓から覗けるのは暗い蒼。1部の窓には、下から上へと昇る、泡のようなものも映った。

 泡……ということは、水中か?

 まさかプールや川という事はないだろう。普通の水深でここまで光を通さないことは無理なはず。

 いや、存外今が夜という可能性もあるか? 精神と物質の狭間空間に時間経過が無いとしても、初めから曇夜だった場合も考えられる。

 まいったな、せめて生物の1つでも居てくれれば判別できたかもしれないのに。

 

「疑問にお応えしましょう。ここは深海。潜水艇として存在しているようでございますな」

 

 ……また心を読まれた。そんなに分かりやすいだろうか。

 まあいい。何故深海なのか、何故潜水艦なのかといった疑問は残るが、そこは自分の心象風景らしいし、他人に求めるべき説明でもなさそうだ。

 ともあれ、推測することならできる。キーワードは先の疑問通り、潜水艦と深海の2つ。深海といえば未知や暗闇。潜水艦といえばそれらの探索が思い浮かぶが──

 ……いや、止めておこう。

 ここが本当に心象風景ならば、得られる答えは探すものではない。長い人生で見付けるもの。振り返り、気付くものであるべきな気がするから。

 

「フフ……そのような考えに至るとは。願わくば、契約した貴方さまがその答えに──いえ、ここから先は口にせぬべきでしょう」

 

 >……えっ、なにそれ! 気になる!

 

「所で、占いは、信じますかな?」

 

 やり直した! この長鼻め、無かったことにしたな!?

 というか、名前を伺っていないことに今更気が付いた。

 ……本当に今更だった。

 

「失礼、申し遅れましたな。私の名はイゴール。ベルベットルームの主をしております」

 

 人の心に他人が主と存在している……?

 ベルベットルームとは、精神と物質の狭間に位置する空間だと彼は述べていた。

 もしかしてここで言う精神とは、人間全体にとってのものを指しているのだろうか。

 仮定世界。仮想世界。あるいは集合的無意識のように、個人に別れていても頭のどこかで共有されているもの。物質が現実世界的なものと仮定すれば、有り得そうな話だ。

 つまりベルベットルームとは、もともと複数人のものであり、個人へ出力する際に、その人の心象風景と融合して現れる……?

 精神科学の知識は持っているが、正直自分自身、何を言っているのか分からなくなってきた。

 

「ふむ、どうやらお疲れのご様子。今宵はここまで。次回お会いする時は、お客人が契約を成された時でございましょう。──それでは、悔いなき選択を」

 

 邂逅から別れまで、一方的なものだった。

 契約、それから選択か。

 取り敢えず、心に留めておくとしよう。

 

 ──視界がぼやけていく。

 

 

 空間認識が曖昧に──否、イゴールの説明通りなら、曖昧だった夢と現実に境界線が引き直され、文字通り、現実へ引き戻されているのだろう。

 

 

 

 こうして、怪しい長鼻との初邂逅は、身体(いしき)が水に溶け行くような感覚によって、幕を閉じた。

 

 

 




 ご意見・ご感想、いつでもお待ちしております。
 お気軽にどうぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月13日──【駅前広場】杜宮という土地


 ペルソナっぽく章タイを付けるなら、英語。
 ルビ機能のおかげでふれるようになりました! やったね。

 本当なら我は汝……をやるのが一話の鉄板サブタイですが、私は英語ができないのでやめときます。

 あ、今作品ではRPG原作らしく、選択肢のような表記をしてたりします。
 選ばなかったものは没ネタとして後書きか今後に回収していく感じで。




 

 

「──ん」

 

 伝わってきた振動に、ふと目を覚ました。

 ……長い夢を見ていた気がする。

 冴えない頭とぼやけた視界で、窓の外で移り行く景色を捉えた。

 続いてもっと手前の情報──腰掛けるシートや自分の服装、前の座席と座る人を認識。同じ空間にいるのはその中年男性1人きり。彼の両手はハンドルに掛けられている。

 ……車の中?

 

「おう、お客さん、目が覚めたかい?」

 

 運転手がバックミラー越しに尋ねてくる。

 

──select──

  ここは……どこだ。

 >あとどれくらいですか?

  降ろせ誘拐犯!

──────

 

「ん? 杜宮駅まではあと5分くらいだよ」

 

 ──杜宮。

 

 聞いて思い出した。自分の目的地にして、新しい移住地である。

 

「お客さんはアレかい? アクロスタワーのコンサートに?」

「コンサート? アクロスタワー?」

「ありゃ、違ったか。今日はSPiKA☆ってアイドルグループのコンサートでね。アクロスタワーっていう……ああ、左側の窓から見えるだろう? あのでっかい塔で今夜、コンサートをやるんだ」

 

 覗いてみると、確かに立派な塔が建っていた。アクロスタワー……初めて聞く名前である。

 やはり、もっと調べてから来るべきだったか。こんなに立派な建造物があるなんて。流石、都会。

 きっとそこでコンサートをやるという……ス、スピア? も人気なのだろう。

 

「人気があるんですね」

「おうよ、杜宮市民はもちろん、遠くからもけっこう集まるんでっせ」

「もちろんってことは、この周辺で根強く活動されていたんですか?」

「おう。って言っても、メンバーの1人が杜宮市民、それも現役の高校生ってのが大きいんだろう。地元の星ってやつかね。噂を聞いて調べていくうちに気付けばファンになっちまったよ。とても元気の出る歌を歌うから、お客さんも1度聴いてみてくれ」

 

 熱く語る運転手。

 杜宮の高校生。学年は分からないが、そうだとしたら同じ学校になるかもしれない。

 

 自分がこの街に来たのは、一身上の都合で転校という措置を取ったから。

 杜宮高等学校。自分が通うことになる高校の名前だ。

 正直、杜宮の高校と言えばここくらいしか存在しない。

 その子が地元の高校に通っているならば、会う可能性も出てくるだろう。

 

「……よし、着きましたぜ」

 

 世間話の終了とともにタクシーが止まる。

 目的地である杜宮駅に到着。電車の走る音が確かに聴こえてきた。とはいえここからではホームを覗けないようだ。見た感じ、駅前ロータリーは車用の1階と歩行者用の2階に別れているらしい。

 ここら辺は流石都会だと言うべきだろう。東亰に来るまで幾つかの駅を経由したが、ロータリーから2階建てなんてそうなかったから。

 

「料金は10540円だ」

「はい。……あ、領収書ください」

「あいよ、宛名はどうするんで?」

「えっと、確かメモした紙が……少し待ってください」

 

 鞄の中を漁る。

 引っ越しの際詰められなかった小物に埋もれているが、確か費用申請用の書類があったはず……あった。

 

「えっと、“北都グループ”で」

「……お、おう、了解でさぁ」

 

 字の説明は要らなかったようで、スラスラと宛名欄を埋められた。

 ……一流企業とは聞いているが、そんなに驚かれる程の大企業なのだろうか。

 今回の移動費は北都グループから捻出される。契約のアフターサポートのようなものだったが、少し躊躇いを感じてしまう。

 

 ……よくよく見ればこの申請書類、自分の名前を書く欄が儲けられている。精算の合間に書いてしまおうか。

 

────Write your name!!

 

  性:岸波(きしなみ)

  名:白野(はくの)

 

 この名前で良いですか?

  →yes

   no

──────

 

「おう、お釣りと領収書だ」

「ありがとうございました」

 

 差し出された分を受け取り、挨拶してタクシーを下車。手を振ってくれた運転手に一礼し、走り去るのを見送る。

 ……最後まで愛想のいい運転手だったな。

 新天地で出会う第1の人間として、これ以上ない程ありがたい歓迎をされた気がする。

 

 

 

 

──>杜宮駅【駅前広場】

 

 

 降りてまず思ったことは、栄えている。ということ。

 駅は何階建てになっているのか分からないくらいに大きく、かつ、なんかテレビが付いている。連続して何かしらのコマーシャルを流していることから、録画なのだろうことは推測できた。実物を見るのは初めてだが、これがデジタルサイネージというものだろうか。

 テレビのようなそれは、駅とは逆側のデパート【MiSETAN】にも設置されている。

 その映像音声も含め、平日昼前という時間帯にも関わらず、結構な活気が生まれていた。

 

「さて」

 

 電化製品屋に正午。それが“待ち合わせ時間”である。

 現在時刻が11時12分。余裕を持つにしても、早く着きすぎていた。少し時間を潰す必要がある。

 と、いうことで。

 

──select──

 >ナンパをしよう。

  探索しよう。

  昼寝だ。

──────

 

 ……その選択には相応の“度胸”が必要だ。

 例えばそう、周囲から“英雄”と呼ばれるくらいな。

 

──select──

  ナンパをしよう。

 >探索しよう。

  昼寝だ。

──────

 

 時間的な都合でこの付近から出ればしないが、幸い駅前ということで多くの販売店がある。

 どこから回ろうか……?

 

──select──

 >ドラッグストア。

  本屋。

  電化製品店。

  宝くじ売り場。

──────

 

 ──>ドラッグストア【さくらドラッグ】。

 

「いらっしゃいませ」

 

 入店すると、奥にレジが見えた。

 癖の強そうな銀髪の優男が、白衣姿で立っている。

 

「おや? 見ない顔ですね、コンサートですか? それとも温泉旅行? 酔い止めなら左側にありますよ」

「お気遣いなく。冷やかしなので」

「素直だね!? まあ良いけどさ。なんでまたここに? 薬が好きなのかい?」

 

 薬が好きと言ったら、ヤバい人ではないだろうか。

 だが、複数ある選択肢から1番に選んだのは実際ここ。

 自分が知らない嗜好なのかもしれない……!

 

「いや、そんな熱心に考えることでもないと思うけど」

 

 嗜められてしまった。

 

「でも、時間潰したいなら本屋とかもあっただろう?」

「それは……目に入った場所から順に回ろうとしたたまけです。自分、ここに引っ越すことになったので、何があるのか見て回ろうと」

「……なるほど、じゃあもし何か病気に掛かったら【さくらドラッグ】まで。って、病気に掛からないのが1番だけどね!」

 

 

────

 

 

 さて、次はどこへ行こう。

 

──select──

 >本屋。

  電化製品店。

  宝くじ売り場。

────── 

 

 

 ──>本屋【オリオン書房】。

 明るい本屋だ。照明の話ではない。騒がしいという訳でもない。しかしレジに立つ店員の出迎え笑顔がとても自然で、明るいものだっただけ。

 それだけで、良い本屋だということを肌で感じ取れる。

 小説コーナーでは、小学生低学年くらいの女児が年不相応な本を読んでいる。学校はどうしたのだろうか。

 その他にも大人たちは、趣味など雑誌のコーナーに。その反面で漫画コーナーに集まる人は大学生が主だった。

 平日昼間だというのに、客が多い。とはいえ流石に高校生くらいの人間はいない。

 ……ドラッグストアと違い、ここに居るのは悪目立ちしそうだ。他所に移るとしよう。

 

────

 

 さて、次はどこへ行こうか。

 

──select──

 >電化製品店。

  宝くじ売り場

──────

 

 ──>電化製品店【スターカメラ】。

 中には入ると、強烈な冷房と多彩な液晶、鳴り響く宣伝に出迎えられた。

 【スターカメラ】。全国に展開する店舗らしい。自分にも聞き覚えがある程の知名度。とても品揃えが豊富そうだ。

 ここにも人が多くいる。加えてこの店内スピーカーから流れる宣伝に、展示テレビから流れるCM。とてもではないが、落ち着いて長居はできないだろう。

 

 

 こうして回っているだけで結構な時間が過ぎていたみたいだ。

 余った時間は残り少し。

 最後の1ヶ所。宝くじ売り場に行こう。

 

 

 ──宝くじ売り場【ウィークリーくじ】

 

「いらっしゃい! 学生さんかい? 始めて見る顔だね!」

 

 出迎えてくれたのは、愛想のいいお婆さん。

 

 他の店と違って、ここはテナントなどではなく、ボックスを構えているような形。そもそもの話、時間潰しには向いていない。

 ここに来ようと考えたのは、聞いてみたいことがあったから。

 

「学生にも買えるくじってあるんですか?」

「ああ、1枚100円のウィークリーくじなら買えるよ。最大5枚、運試しと思って、どうだい?」

 

 試してみようか?

 

──select──

  試す

 >試さない

──────

 

 ……よくよく考えると、今のこれは自分のお金ではない。余裕ができた時にでも買いに来よう。

 

「そうかい、また来ておくれよ」

 

 軽く会釈して、その場を去ることにした。

 

────

 

 駅前広場に戻ると、待ち合わせの時間まで残り10分程となっていた。それくらいなら、ここで待っていても不自然ではないだろう。

 早く着きすぎたのは誤算だったが、お陰で町の雰囲気を知れたような気もする。

 

「……?」

 

 相変わらず屋外ビジョンから流れてくる宣伝の音が強いが、耳に届く音のなかに、少し穏やかな音色が含まれた。

 音の出所を探すと、少し離れた所にギターを持ったアロハシャツの男性がいる。路上ライブのようだ。……時間帯のせいか、足を止めて聴き入る観客は居ないが。

 何となく、惹かれるままに近付く。

 陽気な声と朗らかな笑顔。これが夕方や夜なら、足を止めて聞く人も多いだろう。

 それだけに、何故この時間に弾いているのかが分からない。

 

 ということで、尋ねてみた。

 

「なんや自分、ド直球やな! 理由かぁ……単にワイの音楽で笑うてくれんのが1人でも増えればな、と思っとるだけや!」

 

 人を笑顔に。

 素敵な言葉だ。少なくとも今の自分には、できそうにない。

 青年に別れを告げ、待ち合わせ場所へと戻る。少しだけ時間があるから、考えてみることにした。

 

 自分は、何のために生きているのだろうか──

 

 

 





 ケース1ー1。
──select──
 >ここは……どこだ。
  あとどれくらいですか?
  降ろせ誘拐犯!
──────

「何処って……タクシーの中ですよ、お客さん」
「タクシー……?」
「杜宮に向かってくださいって言った後に、お客さんすぐ寝ちまいましたからなぁ、疲れていたんでしょう」

 杜宮……? そうだ、それは自分が今日から暮らす土地の名だ。

 →みたいな感じで、普通です。
────
 ケース1ー3。
──select──
  ここは……どこだ。
  あとどれくらいですか?
 >降ろせ誘拐犯!
──────

「おいおい、まだ寝ぼけてるんですかい、お客さん。ここはタクシーの中で、お客さんは杜宮に向かっている所でしょう」
「……知らない」

 →ちなみにこの後代金払わず逃げようとして刑務所行きのバットエンドがあったりなかったり。

────
ケース2ー1。
──select──
 >ナンパをしよう。
  探索しよう。
  昼寝だ。
──────

 →2週目があればザビ子がいろんなフラグを踏んでifエンドルートになります。たぶん。

────
 ケース2ー3。
──select──
  ナンパをしよう。
  探索しよう。
 >昼寝だ。
──────

 →待ち合わせ相手に遠回しな攻撃を受けます。
 パワプロだったら、『やる気が下がった』『体力が上がった』『監督の評価が下がった』的なイベントです。


 とまあ、こんな感じで今後とも進めていこうかな、と。
 残りの選択肢は次回以降で。
 また、白野の人間パラメータですが、こちらは今後、後書きかどこかで紹介するかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月13日──【駅前広場】頼まれ事と初マイルーム



 ペルソナ要素がなかなか出せない。
 まあコミュとかはまだしも、戦闘要素とか。
 原作(東ザナの方)は出だしから異界に入ってたのに……


 

「失礼、岸波様でしょうか」

「あ、はい」

 

 少し考え込みすぎたのか、目の前に立つ女性に気付かなかった。

 スーツ姿の彼女は目線が合うとすぐに1礼。綺麗なお辞儀の後に、微笑みながら口を開く。

 

「編入試験合格おめでとうございます。本日案内を勤めます雪村(ユキムラ) 京香(キョウカ)です。よろしくお願い致します」

「ありがとうございます、お陰さまで合格することができました。岸波 白野です、よろしくお願いします」

「下に車を用意してますが、何か他に買い物等御用はおありですか? もしよろしければお付き添いさせて頂きますが」

「大丈夫です、お願いします」

 

 それではこちらに、と雪村さんはバス停が多く並ぶ階下へ自分を誘導する。

 降りて、暫く着いていくと、そこには大きな黒い車が待っていた。

 ……これ、きっと、高いやつだ。

 

「どうぞ」

 

 拒否する理由もないので、開かれた後部座席のドアへと入る。

 外から見ても大きな車だったが、中に入るとやはり広い空間だった。

 言っては何だが、タクシーとはまったく違う。座席1つを取っても座りやすい。ここならもっと快適に眠れそうだ。

 雪村さんはそのまま運転席に乗り込んだ所で、ミラー越しに目を合わせると、話しかけて来る。

 

「申し訳ございません、本来ならば会長の北都 征十郎かその令嬢である北都 美月が案内に来る手筈だったのですが、急な会議で出れなくなってしまいまして」

「いえ、大丈夫です」

 

 むしろ、実際に来ていたら縮こまっていただろう……いたはずだ。

 流石にここまでくると、北都グループがどれだけの大企業かは漠然と理解できる。

 その代表やそれに近しい人間といきなり話せと言われても、言葉がでないだろう。

 

「雪村さんは普段、何をされている方なんですか?」

「私は美月の秘書をしております。岸波様も、後日手続きを終えれば似た立場になるかと」

「……そう、なんですか」

 

 秘書。美月という人は有名グループの令嬢としてだけではなく、秘書をつけられる程に仕事が多い役職の方らしい。

 しかし確か自分は、高校に通いながら勉強と経験を積んでいくという話だったはずだが。

 

「詳しい話はまた明日。編入手続きの際に説明があるとのことです」

「……わかりました」

 

 それにしても、今後上司になるであろう人と話すのには大きな違和感を覚える。

 元来敬語を上手く使える人間ではないし、そこは書物で勉強しただけだ。練習した訳でもない。そのうちこういった礼儀も教えてもらえるのだろうか。可能な限りは自分で頑張りたいが。

 

「……ああ、そうでした、これから同僚となる岸波様に、1つお願いが」

「はい?」

「美月お嬢様とは、出来るだけ対等に、友人として接していただけないでしょうか。これは会長の征十郎様の意向でもあります」

「……? すみません、理解ができないのですが」

「岸波様の現状については理解しております。端的に申しまして、お二方とも同年代とは掛け離れた境遇と能力の持ち主。競い合い、高め合うことが、お二方の、そしてグループの発展に繋がるのでは、というお考えのようです」

 

 ……能力云々は置いておくとしても、境遇が特殊なのは自覚している。

 

 

 

 原因不明の病気に侵された自分は、冷凍睡眠(コールドスリープ)という処置を施されていたらしい。

 どう表現したところで、自分の過去を語るには伝聞系を使わざるをえない。眠りにつく以前の記憶がまったくないからだ。

 その環境下で、治療法が確立されたことで完治したらしい自分は1年半前に目覚め、病院でリハビリをしつつこうして社会復帰を果たした。

 そのリハビリ──いや、病院の手配から何まで行ってくれたのが、北都グループ。

 目覚めた自分の両親や家族は見付からなかったらしい。顔くらいは知りたかったが、その痕跡すら分からないとのこと。とはいえ分からないなら仕方がない。

 幸いにして、前に進む道は北都が与えてくれた。

 北都は、治療費や入院費、リハビリ代などをすべて肩代わり(という名の出世払いに)してくれ、何の担保もない自分を高校へ編入する手続きや試験のために家庭教師を用意。

 その代金として、大学卒業後は北都に就職すること、高校や大学には通いながら、学生兼社員として行動することを契約した。

 

 具体的な仕事内容は聞いていなかったが、秘書のようなことを任されることになるのか。

 とはいえ、自分に望まれていることは分かった。現会長(恩人)の意向とあれば、断る理由もない。

 

「分かりました。対等に、できるだけ仲良くしてみます」

「お願い致します。……さて、そろそろ到着ですので、降車の準備をお願いします」

 

 もう着いたのか、と窓の外を見る。

 左側には池が広がっていた。右側には広場のような空間と簡易な販売店にオープンテラスがある。公園のような場所らしい。

 遊び回る子どもの姿やそれを見守る母親、犬と散歩する老婆など、晴れ間の下に暖かい光景が広がっていた。

 

「ここは?」

「杜宮記念公園という場所です。この奥にマンションがあり、岸波様にはそこで暮らして頂くことになります」

 

 車のフロントガラスを覗くと、確かにマンションがある。

 あまりの大きさに圧倒され、言葉もなかったが。

 

 ……改めてすごいな、都会。

 退院する前に外を散歩する機会があり、看護婦さんと共にぐるっと敷地内を回ったことがある。しかし病院自体が田舎町のような場所にあったので、そこまで高い建物を見たことがない。

 

 勿論テレビなどでは見たことあったが、生だとやはり迫力が違う。

 

 暫くすると車は減速を始め、やがてマンションの玄関前に停車する。

 雪村さんが先に降りて、後部座席の扉を開けた。

 お礼を言いつつ車を降りる。

 すると彼女は、車を仕舞って参りますので少々お待ちください。と自分に言い残し、再度運転席へ乗り込み、車と共に建物影へと消えていった。

 

 景観はとても良い。

 広い公園、並ぶ木々に大きな湖。貸しボート場やスケートボード広場などがある。

 建物の上から見える景色はきっと凄いものだろう。

 それだけに……料金が気になる所だが。

 

「お待たせ致しました。それでは、お部屋へ案内させて頂きます」

「よろしくお願いします」

 

 戻ってきた彼女に着いていく。

 ……いったいこの会社、自分にどれだけの価値を見ているのだろう。

 

────

 

「それでは明日、編入手続きの為、午前10時にお迎えに上がります。それまでに準備などを済ませておいてください」

「雪村さん、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

「はい。長い付き合いになるでしょうし、岸波様は高校生、もう少し気を楽に接してくださって構いませんよ」

「……善処します」

 

 部屋へと案内してもらった自分は、雪村さんに感謝を伝えて見送り、改めて部屋を見渡した。

 中層に位置する自分の部屋は、とても1人用と思えない程に広い。

 どう考えても持て余してしまうそうだ。

 その反面、いろいろな物が置けるかもしれないが……如何せん、リハビリと勉強しかしてこなかったので趣味などはない。

 なにか興味を持ったものがあれば、自分でお金を稼げば買えるだろう。

 

 さて、掃除と暮らせる最低限の準備、就寝できる環境と、あとは明日の支度を済ませれば、今日の活動は終わりだ────

 

 

 

 






──どこかの主人公トーク──

「羨ましい……俺は屋根裏部屋なのに」
「どうでもいいけど、俺は学生寮だったよ、後輩」
「俺は菜々子や堂島さん──親戚の家族の家で暮らしてたぞ、後輩」
「……その待遇を頂戴する……(住居を)奪え、アルセーヌ!」
「……すまないジョーカー……《幾万の真言》」
「ぐあぁっ! これが、真実……!」



「……別に、暮らせれば、何処でもよくないかな?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日──【マイルーム】実年齢と上下関係



 サブタイですが、基本開始場所かメイン舞台を入れた後に、その話の主題を置いてる感じです。
 ペルソナってほら、場所が変わると毎回注釈? 入るじゃないですか。
 そんな感じで。


 

 目が覚めた。

 馴染みのない匂いがして、次いで天井の模様に疑問を覚える。

 

「知らない天井だ……」

 

 言っておいて何だが、そこまでのことでもなかった。

 意識がはっきりしてくれば、昨日のことも思い出す。

 新居、新しいマイルーム。

 自分は新天地へとやって来たのだと。

 

 ──さて。

 まずやることは、身支度を整えて朝食を取りに外へ赴くことだ。

 当然だが、退院したての自分に自炊するスキルはなく、そもそも食材の1つも買い込んでいない。

 幸いにして、昨日の移動中、隣接する公園に売店のようなものがあったことを確認している。

 ……近所だし、軽く着替えて向かえば良いか。

 取り敢えず顔を洗い、鏡をみて違和感がないことを確認したらジャージに着替え、そのまま玄関へと向かう。

 

 ──ピンポーンっと。

 初めて響いた来客音は、このタイミングで奏でられた。

 

「……」

 

 出ないという選択肢はない。

 そもそもまだ室内だ。どのような格好をしていようが、見栄を張るようなことではないだろう。

 少しだけ間を置いて、扉を開ける。

 部屋の前には、美女が立っていた。

 

「……」

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 柔らかい微笑みを浮かべて挨拶してきた、綺麗な水色の長髪と紫の瞳、豊かなプロポーションを特徴とする女性は、数秒観察するように自分を眺め、再度口を開く。

 

「初めましてですね。北都(ホクト) 美月(ミツキ)です。今お時間大丈夫ですか?」

「あ、はい」

 

 北都美月、数度聞いた名前だ。主に昨日だけだが。

 

「岸波さん、昨日こちらに来たばかりのようですし、朝食に困っているようでしたらとお誘いに来たんですけど」

 

──select──

  断る。

 >受ける。

  ナンパですか?

─────

 

 その申し出は願ってもない。

 ちょうど自分も外食へ赴こうとしていたところだ。

 その旨を伝えると、彼女はよかったと胸を撫で下ろした。

 

 ただ、流石にジャージ姿で美女の相手は務められない。

 

 

「身支度を整えるので、時間をください。よろしければ、上がっていきますか?」

「良いのですか?」

「まだなにもありませんけど」

「いえいえ、それではお言葉に甘えて、お邪魔します」

 

 適当に寛いでください、と座布団を指し、その場所を後にする。

 扉1枚を隔てた空間で、他愛もない雑談をしながら服を引っ張り出し、着替えていく。

 

 ……掃除しておいて良かったが、こういうことになるならお茶の1つでも準備しておくべきだった。

 

────

 

 ──>杜宮記念公園【杜のオープンカフェ】。

 

 

 身支度を整えた自分と美月さんはそのままマンションを出て、売店へと足を伸ばした。

 何でもこの時間帯から空いているお店は少ないらしく、それならば先に朝食を取ってから町を軽く案内するのはどうか、と提案されたからだ。

 売店横のテラスで、買ったサンドイッチとブレンド珈琲を広げる。

 見栄を張って奢ろうとしたが、相手の方が歳上とのことで断られてしまった。それにそもそもこのお金自体北都からの借り物。謂わば借金。

 別に気にしなくても良いと彼女は言ってくれたが、そうはいかない。そもそも借金があること自体精神的によくないということもある。早くお金を稼ぎ始めたいところだ。

 

「そういえば、お祝いがまだでしたね。退院、おめでとうございます」

「ありがとうございます、お陰さまでリハビリも終わりました」

「いいえ。……言い方は悪いですが、これも取引ですので」

 

 

 

 

 北都グループとの“取引”。それは云わずもがな、自分の病気に関するもの。

 冷凍睡眠(コールドスリープ)。生きていた時代で完治不可能な病に陥った時、肉体を保存することで、未来、治療法が確立した時代へ再度降り立つ為の技術。

 その処置もあり1年半ほど前、自分は再び、足を進めることを許された。

 眠った期間はおおよそ10年。出地や経歴などは一通り資料として残っていたものの、自分自身は、名前以外の記憶がない。

 叶うならば、取り戻したいと思う。

 しかし、願っても努力しても、何とかなることではない。

 だからせめて、生まれ育ったというこの町に、戻って来たと言うわけだ。

 

 ──岸波白野、16歳。

 

 そう、まだ自分は16歳らしい。

 何かを諦めるには、早すぎる。

 せっかく早い期間で目覚めることが出来たのだ。ここでなら、何かを培ったはずのこの町でなら、失ったものを、取り返せるかもしれない。誰かと会って話して仲良くなって。記憶が取り戻せなくても、いつかの自分を知っておくことが、当面の目標だ。

 

 

 

 

 朝食時に出す話題でもありませんが、と悲しげに眉を寄せて、北都さんは話し始める。

 

「……1人の高校生として。生徒会長として、先輩として言うなら、あの契約は、貴方の未来を強引に奪ったようなもの。恨まれても仕方のないことだと思います。それでも、貴方が最大限幸せな日々を送れるよう、尽力させていただきますから」

 

 目を伏せる北都さん。

 彼女が何をそこまで気負うのかは分からないが、きっとそこで罪の意識を感じさせるのは、間違いなのだろう。

 

「北都さん……」

「……」

「高校生だったんですか」

「……そこですか?」

 

 だって驚いたし、と笑って見せる。

 つられて彼女も、少しだが上場から固さが取れた。

 ……実際、そこら辺は良いように誘導されていたのかも、と思う。

  立場ある人って聞いていたし。競い合い、高め合う関係を築くなら、それなりに近い歳かもと考えてはいたものの、風貌や雰囲気もあり、20歳程度を想定していた。

 

 

「恨むなんてことはありません。冷凍睡眠にリハビリ、新生活の準備や学費関係の金額はすべて、北都グループが負担して下さったことじゃないですか。自分はその恩を返すだけです」

 

 支払った対価は、将来。

 自分はこれからの学校生活で一定以上の成績を修めて、北都グループへと入社、働くことになっている。目覚めた際に与えられた、援助の条件だった。

 

 確かに、それ以外選択肢がない状態で突きつけられた時点で、脅迫に等しいという見方もできる。

 だが、そもそも選択肢が与えられなかった場合を考えれば、感謝する以外のことはないのだ。

 前に進むことができる。それだけのことが、どれだけ重要で、重大だったか。

 

「そう、ですか……」

 

 自分の返事を聞いた彼女は、数秒考え込んだ後、鞄を漁り始めた。

 

「岸波さん、サイフォンは今お持ちですか?」

 

 サイフォン。通信端末の名前が、確かそんな名前だったか。

 コーヒー抽出機やダムなどに使われる原理と同様の名前。初めて説明を受けたときはややこしいなと思ったものだ。

 

「はい、退院の際に戴きました」

「では、連絡先の交換をお願いできますか? 困ったことなど、気軽に相談してもらえれば」

「いえ、いくらなんでもそこまで……」

「いいえ、私個人がしたいことですから。それに、近い未来で同僚となる方と仲良くしておきたい、というのは普通のことでしょう?」

 

 ……それは、まあ。

 

 >同僚 北都美月の連絡先を入手した!

 

 初めて連絡先を交換する人が会ったばかりの女性というのは、なかなか可笑しい気がする。

 

「改めて、よろしくお願いします、岸波さん」

「……仲良くする次いでに敬語は止してください。北都さんの方が先輩なんですから」

「申し訳ありませんが、これが素の喋り方なんです」

「じゃあ、岸波さんという呼び方だけでも」

「と言いますけど、実際は眠っていた分、岸波さんの方が歳上なんですけどね……分かりました。では岸波くん、と。代わりに岸波くんは敬語を止めて、好きな風に呼んでみてください」

 

 好きな風に、と来たか。

 本当に良いのだろうか。

 

「別に、躊躇うことありませんよ? どんな呼び方でも良いですから」

 

 じゃあ、遠慮なく。

 

──select──

  ミツキ。

 >みーちゃん。

  ハニー。

─────

 

 

「みーちゃん」

 

 度胸を問われている気がしたので、いっそのことあだ名を付けてみることにした。

 

 笑顔のまま固まるみーちゃん。

 流石に大財閥のご令嬢を初対面であだ名呼びする人間なんて居ないだろう。

 

 ……なにを、しているんだ、自分は?

 

 

「……ま、まさかそんな可愛い名前で呼ばれるとは。……不意打ちでした。コホン、やっぱりミツキさんと呼んで頂いても?」

 

 取り繕うような苦笑いを浮かべているけれども、顔はうっすらと赤みを帯びている。

 ……これは、少し面白いかもしれない。

 

「残念だけど断るよ、みーちゃん。みーちゃんたってのお願いだから呼んだのに、撤回なんて酷いじゃないか。みーちゃん、可愛いみーちゃんにぴったりなあだ名だと思う」

「で、では、私も岸波くんのことを白野くん……い、いえ、はくくんと呼んでも?」

「どうぞ。これで両者あだ名が付いたね」

「……すみません、本当に、普通に呼び合いませんか?」

「……ですね」

 

 まあ、この辺までがからかえる限度かもしれない。

 

「それじゃあ自分は美月と呼ぶ。噂に聞いた配属的に自分は部下となるみたいだが、本当に敬語を取って良いのか?」

「流石に公的な場なら付けてもらいますけど、私たちはまだ学生ですし、プライベートで歳上の友人に敬語を使われるのは嫌ですからね。では、私は岸波くん、と」

「……学校では先輩後輩あるが?」

「ええ、僭越ながら生徒会長でもあります」

「じゃあ学内でも敬語で」

「そうした方が良いかもしれませんね……それにしても、岸波くんがここまで良い性格をしているとは思いませんでした」

 

 初対面からこんな姿を見せるなんて……と苦笑する彼女から目を離す。

 続けて呟かれた、今回の件は忘れませんからね、という発言は聴こえなかったことにして、サンドイッチを頬張る。

 朝食そろそろ食べて場所移動したいが故の行為。そこに他意はない。

 

 

 





 ミツキがキャラ崩壊しているように見えるのは、彼女自身、複雑な立場にある白野に遠慮したり、その他もろもろの理由が重なって距離を取りあぐねてた、みたいな感じで。

 それでは選択肢を回収。


────
ケース3ー1。
──select──
 >断る。
  受ける。
  ナンパですか?
─────

「そうですか……失礼しました。それではまた後で」

 少し残念そうに歩いていく彼女の背を見送った。
 後、どこからか殺意を感じた気もしたが……気のせいだろう。



 →と、バッドエンドルートへの1歩目を踏み出した感じで。
  殺意を向けたのはミツキじゃないです。お前、親しくしろって言ったじゃん的なアレでした。
────
ケース3ー3。
──select──
  断る。
  受ける。
 >ナンパですか?
─────

「……ふふっ、面白いことを仰るんですね、岸波さん。ええ、そういう側面がないこともありませんね」

 マジか。
 マジでか。

「ちょっと着飾ってきます」
「あ、どうぞお構い無く」

 とはいえ一張羅のようなものを持ち合わせてはいない。
 ……なら全裸か。
 褌一丁なら男の一張羅と言えるだろう。


→言わずもがなのバッドエンド(ギャグ寄り)。

────
ケース4ー1。
──select──
 >ミツキ。
  みーちゃん。
  ハニー。
─────

「ええ、ではそれで。……ふふっ、呼び捨てにされたことはあまりありませんけれど、新鮮でいいですね」


→普通。

────
ケース4ー3。
──select──
  ミツキ。
  みーちゃん。
 >ハニー(要度胸3)。
─────

「……」

 言葉もでないみたいだ。
 ふふっ、驚いただろう。

「ハニーも、自分のことはダーリンと呼んでくれて構わない」

 どうだ、と胸を張る。
 もう自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
 だが、退けない。
 踏み出した足を戻すなんて、できないからだ。


→ハーレムルートの可能性増し。言葉巧みに無自覚攻略を進めていくでしょう。2週目イケ魂ザビ子がきっとやります。
 


────
 こんな感じで。
 2週目……?
 だって東ザナもペルソナも、2週以上やるゲームじゃないですか……ですよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日──【杜宮記念公園】やりたいこと



 ザナドゥは料理音痴がいないから、某竜の娘的なデスコースやP4のムドオンカレーみたいなものは出せないのである。
 フラグではない。
 ただし麻婆は除く。暫く出番ないですけどね。


 

 

「せっかくですし、時間まで杜宮を案内しましょうか?」

 

 朝食を済ませ、部屋に戻ろうとしたときに出された提案。美月の好意に甘え、一通り案内してもらうことになった。

 車は使わず、歩いて移動ということになる。

 申し訳なさそうに言われたが、寧ろ当然だと思っていたことに申し訳なくなった。

 

「それでは岸波くんは編入試験まで、ずっと勉強漬けで?」

「幸い、本を読むのは好きだったみたいで。入院中はリハビリのない時間ずっと本を読んでいたくらい。時たま普通の勉強もしたが」

 

 特に、伝記や創作の類いが面白い。正直半分以上それらを読むのに時間を割いたと思う。

 

「普通、逆では……?」

「…………」

 

 聴かなかったことにしよう。

 

「……一応、成績にもノルマは設けられると思いますから、勉強はしておいてください。可能な限り手伝いますから」

 

 結構です、と言えないことが辛かった。

 存外に自分はやることが多いらしい。

 勉強をしつつアルバイトをこなし、グループの手伝いもするのだ。

 ……表現してみると案外大したことのない事柄な気がする。そこら辺は手応えを得たこともないので、手掴みでやっていくしかない。

 そうこうしているうちに、最初のスポットへ着いたようだ。

 

────

 

 ──>【杜宮商店街】

 

 南側から一周して杜宮記念公園へと戻り、少し休んで学校へ行くという本日の流れ。

 おおまかに主要な場所。特に買い物をするのに大切な場所を順に当たってくれるらしい。

 こういう時、現地住人の協力は大きいなと感じた。

 

「ここは杜宮一大きい商店街です。八百屋や精肉店、駄菓子屋にスポーツショップなどが並んでいます。他にも文房具屋、金物屋、新聞社……奥には老舗のお蕎麦屋さんなんかもありますね」

「そうか。美月はよくここに?」

「最近はあまり。以前はよく来ていたんですけどね。そもそも私が杜宮に来たのも、5年程前のことですから」

「5年前……」

 

 事情は、聞かないでおこう。

 今後仲良くなってからでも良い。彼女の立場も少なからず関係しているだろうし、信用を得てからの方が美月も話しやすいはずだ。

 

 商店街は朝早いにも関わらず活気に溢れていた。特に八百屋の男性が声を張り上げている。通りを歩く小学生に精肉店の女性店員が声を掛けていたりと、どれも日常的な光景で、暖かく感じる。

 

「良い場所だね」

「ええ、本当に……少し見て回ったら、次の場所へ行きましょう」

 

 美月自身が久しぶりと言っていたものの、実際に歩くと声を掛けられていた。結構な知名度……という訳ではない。きっと彼女自身ここを好きだったからこそ、受け入れられた結果なのだろう。

 流れで自分の名も紹介される。初対面だが笑顔で会話を続けてくれ、何人かはサービスということで色々持たせてくれた。

 マイルームからは位置的に結構離れているものの、ここを訪れる機会は多くなりそうな気がする。

 

────

 

 ──>【七星(ナナホシ)モール】

 

 駅前広場を経由し、次に訪れたのは七星モールという名の大型ショッピングモール。新装開店のポスターが張られており、『個性派ショップ七つ星☆』というキャッチコピーも書かれている。

 

「この時間帯はまだ開いていませんが、内部には輸入雑貨店やジュエリーショップなどを始めとし、ミリタリーショップ、ジャンクショップ、模型屋、コスプレ屋にアニメグッズ専門店など、趣味関係の道具を揃えるのに向いた店舗が揃っていますね」

「趣味……」

 

 自分は以前、何が趣味だったのだろうか。

 色々と趣味を持てば、息抜きができるのは勿論、人間関係の構築にも役立つだろう。金銭的にも時間的にも余裕が出てきたら、色々と取り組んでみたい。

 

「ちなみに美月の趣味は?」

「私ですか。うーん、残念ながら趣味と呼べる程のものはないかもしれません。強いて挙げるのなら、誰かとお茶をするのは好きですね。岸波くんも、宜しければ今度またご一緒に」

「喜んで」

 

 お茶か……やはり彼女程の人間が飲むお茶やお菓子は、どこかの国の有名なやつだったりするのだろうか。

 そういえば、そこら辺の知識にはそこまで明るくない。

 他国の郷土料理なら通じていることには、通じているが。これも、彼女の側で過ごすなら得ておきたい所。

 

 

「さて、次の場所に行きましょうか」

 

 

────

 

 ──>【レンガ小路】

 

 道中の分かれ道を直進し、レンガ小路の方へと足を伸ばした。そこで右折すると自分の通う【杜宮学園】に辿り着くらしいが、そこは後に改めて、という方針らしい。

 

 それはさておき、レンガ小路について。

 小綺麗な町並み。なるほど、床にレンガが敷き詰められているのか。故にレンガ小路。名称としてはとても分かりやすい。店や家などの外装も基本的にレンガで構成されているようだ。統一感があり、かつ色とりどり。お洒落で落ち着いた感じが魅力的に感じる。

 

「ここにはフラワーショップやブティック……アンティークショップや珈琲店などもありますね」

 

 色々な意味で商店街とは客層が分断されていそうだ。

 落ち着いて軽食をとったり、たまの贅沢をするのにここは使えるかもしれない。

 

「さて、ここまでで何か質問などはありますか?」

「いや、大丈夫だ。本当に助かった、ありがとう」

「礼には及びませんよ。では戻りましょう」

 

 ちょうど良い時間ですし、と笑う美月。

 確かに、約束の時間まで残すところ1時間強と言ったところだった。

 彼女自身も学園に赴くだろうし、身支度を踏まえるならばそろそろ戻り時だろう。

 

 ついに学校か。

 帰路に着きながら、予想も付かない今後のことについて、色々な思いを巡らせてみた。

 たった数時間の探索だったが、自分にないものの確認には充分すぎる刻だろう。

 だが、今感じ取ったのは“やりたいこと”。“やるべきこと”については、これから思い知っていくはずだ。

 その2つを照らし合わせて、今後の指針を考えよう。

 

 

 





 誤字脱字等、ご意見ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日──【杜宮学園】やるべきこと




 投稿予告を守ろうとした結果(しかも7分ほどで間に合っていない)、なんか中途半端になるのは違うと思うので、自分が宣言する日にちはあくまで目安と思ってください。
 いやほら、あれです……実行力なくてすみません。

 戒めにここの部分は修正せず残しておきます。



*原作との相違点
 ・佐伯先生が英語の臨時講師→臨任教諭とし、クラス担任を務めてもらうことに。
 拘束時間が増えるよ、やったねゴロウ先生! でもごめんなさい、出番はそんなに増えませぬ。
 まるで仕事増加、給与変更なしの昇格のようだ。
 まあ教育界の闇が再現されてるとでも思ってください。

 で、なんで変更したかって?
 最終章までいけば分かる。





 

 

 美月による杜宮案内が終わった後マイルームへと戻った自分は、身支度をある程度整え直し、迎えが来るのを待った。

 十数分の間を置いて、約束の時間にインターホンが鳴る。覗き窓越しに姿が見れたのは、美月と雪村さん。

 何でも今回は雪村さんも一緒に移動する……もとい、雪村さんの運転で移動するらしい。秘書じゃなかったのか、雪村さん。などと思ったものの、そういえば昨日自分も送り迎えしてもらっていたことに気付く。

 

「キョウカさんは私の秘書という役職ですが、それに留まらず多方面で活躍してくださっているんです」

「すごい、優秀なんですね」

「そんな……恐縮です」

 

 少なくとも運転を任されるほどに、運転能力と信頼を得ているのだろう。

 多方面で活躍できるとは、それぞれの方面でも需要があるということだ。それに、職場も一流が揃っている中での多起用。それを優秀と言わずにどう表現できようか。

 

「それではキョウカさん、今日も運転よろしくお願いします」

「お願いします」

「仰せつかりました」

 

 車を取りに行く雪村さんを見送り、美月と2人玄関にて待つ。

 そう時間を置かずに彼女は、昨日と同じ車を操縦して戻ってきた。

 それに乗って移動すること数分。通る道筋は数十分前に通った帰り道と同じだ。

 分かれ道までの場所は先程の案内で分かっている。覚えているかと言われれば別だが……それは今後どうにかできるとして。

 取り敢えず今しかできないことをしよう。せっかくだし、美月に色々と質問してみようか……

 

──select──

  杜宮高校はどんな学校ですか?

  何で生徒会長に?

 >恋人はいますか?

─────

 

「……何を、いきなり……? 立候補でしたらお断りしていますが……」

「別にそういうつもりじゃないが」

 

 じゃあ何で聞いたんだという視線を向けられている気がする。

 

 好奇心の為せる技だ。とは流石に言えない。言い訳をしなくては。

 

「生徒会長に社長令嬢って忙しそうだから」

「……楽しんでいますよ。忙しいですが充実もしていますし、色々な方の色々な考えに触れられますからね」 

「見聞を広めるという意味で?」

「はい。多くの学生と接するというのは得難い経験ですから」

 

 あくまで仕事優先、という話し方だ。

 この分だと友人も居なさそうだが……大丈夫だろうか。

 

「あの、何か?」

「……別に」

 

 聞いたら怒られそうなので止めておく。友人が居ないようなら、それこそ自分が立候補すれば良い。

 さて、他に聞きたいことはあるだろうか。

 

──select──

 >杜宮高校はどんな学校ですか?

  何で生徒会長に?

─────

 

「そうですね……色々な発見がある場所、でしょうか」

「発見……?」

「こればっかりは実際に体験してもらうしかありませんね。うーん、一般的なことを言うなら、風紀が良くて教師の方々も面倒見の良い先生ばかりが揃っています。学友を作ることも大事ですが、大人からも多くを得られると思いますよ」

 

 それはとても良いことなのだろう。

 人生の先輩と言える方々が、多くを残してくれる。それは若人にとって間違いなく、成長の糧になるはずだから。

 例えその時はわからなくても、後になって生きてくる経験なんかも得られるかもしれない。

 縁というものは、誰と結ぼうが何かしらの形で後に出てくるものだ。結べるのなら、良縁を結びたい。

 

 さて、他には何を聞こう。

 

──select──

 >何で生徒会長に?

─────

 

「一言で言うなら、成りたかったし成る必要があったから、ですね。やりたいこととやるべきことの一致、というものです」

「やりたいことと、やるべきこと」

「岸波君も、例えばやるべきことが一見やりたくない事柄だったとしても、その何処かに意味を見出だしてみてください。色々な人と接することで、多くの価値観が得られると尚良いですね。それがきっと、岸波君の“価値”を高めることに繋がるんだと思います」

 

 価値。

 ……今の自分には、無い言葉だ。

 記憶もなく、経験もなく、資産もなく、人脈もない。

 となれば自分は、自分の価値を磨いていくべきなのだろう。

 

「……そろそろ着きますね」

 

 窓の外を見るミツキが、ぼそりと呟いた。

 その言葉に自分も漸く景色に目を向ける。

 

「はい、岸波様も、降車の準備をお願い致します」

 

 ……しまった。曲がり角から前の道を見ていない。

 帰りは注意しなくては。

 

────

 

 ──>杜宮学園【校門前】

 

 学園に到着。

 改めて見る校舎はとても綺麗だ。

 校門前、通学路には桜が咲いていて春を彩っている。

 内部も新緑の葉が生い茂っており、昇降口までの道も明るい。さすが、新入生を迎える季節だと言えよう。

 そういった景観的要因からか、校舎自体が明るい雰囲気に包まれている。

 

「ではお嬢様、岸波様、私は車を止めて参りますので、先に校長室へと移動をお願いします」

「分かりました。ありがとうございます、キョウカさん」

「ありがとうございました」

 

 きれいな一礼を見せ、運転席へと戻る雪村さん。

 そのまま車を走らせて、校舎の影へと消えていった。

 

「では、私たちも向かいましょうか。一応2、3年生は授業中なので、お静かにお願いします」

「……美月は受けなくて良かったのか?」

「ええ、授業と言っても、休み明け試験の補習のようなものですから。岸波君も、補習には気を付けてくださいね」

「……善処します」

 

 正直、現状の学力がよくわかっていないので、なんとも言えなかった。

 

 

 

──>杜宮学園【校長室前】。

 

「では私もこれで。生徒会室でお待ちしていますので、終わったらいらしてください」

 

 一緒に来るんじゃないのか。

 そんなことを一瞬考えたが、よくよく考えてみれば、生徒会長が編入手続きに同伴する理由なんてない。

 通常、共に話を聞くとすれば、身内──家族や親族が出てくるべきだろう。

 しかし、そうなると……自分は? 独りで聞くことになるのだろうか。恐らく金銭面の話も出るだろうから、書面に纏めてもらえれば最善。無理でもメモくらいは取りたい。

 

 ……取り敢えず、ここで悩んでいても仕方がないか。

 

 意を決して扉を叩く。

 

「どうぞ」

 

 男性の低い声が聴こえた。

 失礼します、と一声入れてから校長室へと入室する。

 

 内部に居たのは、3人の男性だった。

 以前編入試験を受けた時、面接で校長と教頭とは顔を合わせたが……残る1人は誰だろう。

 

「来たね、岸波くん」

「はい。お待たせして申し訳ありません。岸波 白野です。よろしくお願いします」

「うむ、よろしく。では早速だが、そちらの椅子に掛けたまえ」

 

 誘導されるがままに、応接用のソファに腰を掛ける。

 対面にはその3人がそのまま横並びに座った。

 人数のバランスが悪い。

 

「先に紹介をしておこう。こちら、君のクラスの担任を勤める、佐伯(サエキ) 吾郎(ゴロウ)先生だ」

「よろしくな、岸波。色々と戸惑うこともあるだろうから、気軽に声をかけてくれ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 担任として紹介された彼と、握手を交わす。

 第一印象は、眼鏡を掛けた優しそうな先生。

 少し目付きが怖いが、頼りにはなりそうだ。

 

「もうそろそろ、君の後見人がやって来るだろう。難しい話はそれからにして、少し話でもしようか」

「はい……ん?」

 

 ……後見人……後見人!?

 

 聞いていない。

 後見人ということは、自分の身分を証明してくれる人。

 今の自分には、それに該当する人物が1人しかいない!

 

 コンコンコン、とノックの音が響く。

 

「おや、噂をすれば……」

 

 校長の呟きに、太くて重い声が返ってくる。

 

「失礼、こちらに編入する予定の岸波 白野の代理人を務める者だが」

「どうぞ、お入りください」

 

 教師陣が立ち上がる。

 慌てて自分も立ち上がった。

 

 入ってきたのは、まさに大物といった風格を匂わせる佇まいで、荘厳さの塊のような顔と、瞳に優しさを携えた方。

 その人物の名は──

 

「遅れてしまい申し訳ない。私は北都(ホクト) 征十郎(セイジュウロウ)。先程名乗らせて頂いた通り、岸波 白野君の後見人を務める者だ」

 

 

────

 

──>杜宮学園【3階廊下】

 

 

 

 …………はっ。

 いつの間に自分は外に?

 

「気が付いたかね」

 

 愉快そうに笑う老人が居た。

 失礼、老人ではなかった。うん。

 北都 征十郎。現北都グループの代表。日本を代表する資産家であるという男性が、目の前にいる。

 

 近い内に会うことになるのは知っていたが、こんなタイミングだとは思わなかった。

 

「本日はご足労頂き、ありがとうございます」

「うむ。挨拶が遅れて申し訳なかった。これから孫娘を含めて話す為にも移動することになるが、ミツキとはもう会ったかね?」

「はい、今朝町を案内して頂きました。とても接しやすくて、良いお孫さんですね」

「そうか。それは良かった」

 

 口角を釣り上げ、安堵の様子を見せる彼。

 風格が違いすぎて少し話しづらいが、気難しい方ということではなさそうだ。

 

「願わくばこの出会いが、2人とっての良縁となって欲しいと考えていたのだ。立場上、あの子に友人は出来づらく、グループでの働きで多忙な故、誰かとゆっくり過ごす時間も作れていないだろうからな」

「自分に彼女の友人が務まるかは分かりませんが、そうなれる為にも、努力します」

「うむ、励んでくれたまえ。さてと、見えてきたな。あそこが生徒会室だ」

 

 目線を前に向けると、首から入校許可証を下げた雪村さんが、廊下に立っていた。

 グループの代表が来るということで、ずっと立って待っていたのだろう。

 足音から察知したのか、彼女はこちらを向き、深く一礼し、扉を開ける。

 

「お久し振りです、会長」

「うむ、キョウカ君も元気そうでなにより。……そして」

 

 体を生徒会室内へ向ける。

 彼は孫娘に向かって、優しそうに微笑んだ。

 

「久しぶりだな、ミツキ」

「はい、お久し振りです、お祖父様」

 

 

──>杜宮学園【生徒会室】

 

「さて、時間が許すなら色々と話したい所だが、私も多忙な身の上、手短に済まさせてもらおう。ミツキも事前に通達が行っているだろうが、同席して聞いてくれたまえ」

 

 それはそうだ。1グループの頭。彼が居ないだけで纏まらない話も多いだろう。

 そんななかでも自分に時間を割いてもらっているのだ、これ以上高望みはできない。

 

「岸波君。君に北都が出資した理由は多々ある。ここでその要因すべてを語ることは、申し訳ないができない。だが、せめて私から1つ言わせてもらうなら、これは君への“期待”の集まりだ」

「期待……ですか?」

「日本国の未来を担う若者の将来を潰さない。というのは勿論だが、それ以上に君には多くを──多くの人が多くの事を望んでいる。先程廊下で語った内容も、私が君に期待する事の1つだ」

 

 美月の、良い友人になることを望まれている、ということか。

 期待としては小さいのかもしれない。けれども当人達にとっては大切なことなのだろう。きっと各々の考える大事なことが絡み合った結果、自分は掬い上げられた。

 なにも持たない自分に何が求められているのかとか、それが大きな理由によるものでも小さな理由によるものでも関係はない。

 期待を向けてもらい、願いを掛けてもらい、その結果として今の生があるのであれば、その生の中で全てに応えるだけだ。

 

「未来を明るくするという意味でも、期待に応えてもらうという意味でも、君には君の“価値”を高めてもらいたい」

「自分の、価値」

「うむ。誰かと関わり、理解し理解されること。何かを学び、何かに活かすこと。積極的に働きかけ、物事を動かすこと。色々な経験が糧となり、そのすべてが、その人間を構成する価値となる。いいだろうか──」

 

 ──人は生きている限り、自分の価値を磨き続けられるのだ。

 

 彼は言う。

 歩いてきた軌跡、結んできた絆、培ってきた経験、それらすべてが価値であると。

 だから多くの体験をしろ。多くの人と関われ。多くの事に関わるのだ、と。

 先程、車内で美月が言ったように。

 

「君に施す課題は、1つの指針と思ってくれれば構わない。何事も挑戦してもらいたく思う。その為の足場、その為の今だと思ってくれたまえ」

 

 本当に望まれているのは、自発的な課題以上の行為。

 課題とはそのまま、最低限の“やらされる事”であり、それが全てではないということだろう。

 それはそうだ。未体験の事柄なら、自分から飛び込んだ方が面白いに決まっている。

 

「想いは決まったようだな。なら最初に今月の課題を示そう。今月は──『同学年で在籍クラスが異なる者かつ異なる部活に所属する者達5人以上と、連絡先の交換を行う』。だ」

 

 5人……しかも、同じクラスの者、同じコミュニティの者を除くという。

 多くの人に触れる。まさに、絆を育む為の課題だ。

 ……これをやらされていると思ってはいけない。

 そもそも、多くの友人を作ること、色々な人と話すことは、自分の“やりたかったこと”だろう。

 

「……引き受けました!」

「うむ、よい返事だ。期待している……さてと、私は行くが、何か聞いておきたいことはあるかね?」

「大丈夫です」

「よし、それでは、報告を楽しみにしている……時間をとれずに済まない。ミツキも、息災でな」

「はい、お祖父様も」

「キョウカ君、後は頼む」

「畏まりました」

 

 見送りは良い、交遊を深める時間に使ってくれたまえ。と優しく微笑んで、北都会長は去っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日──【生徒会室】生徒会長とは

 

 

「理解しあい、学びあい、関わりあうこと。得られた経験が、価値」

 

 先程、征十郎会長が言っていた言葉を、美月が淹れてくれた紅茶を飲みながら反芻する。

 ──人は生きている限り、自分の価値を磨き続けられるのだ。

 彼はそう言った。

 前を向いて生きること、人と関わることを恐れてはいけない、考え方の違う人間こそが付き合うべき相手だ、など、色々な解釈の仕方がある。

 

「ふふ、お悩みのようですね」

 

 美月が声を掛けてきた。

 が、実際のところそうでもない。

 

「……たぶん、自分の中で答えは出ている」

「あら」

「ただひたすらに、前へ。今の自分が持つ価値なんてたかが知れているから、偶然とはいえ、将来を見出だしてもらった以上、それに応えるだけだ」

「……」

 

 自分の中に漠然とあったものを、順番に言葉にしてみる。

 前へ。前へ。諦めることはしたくない。立ち止まってはいたくない。

 停滞を拒む言葉ばかりだ。

 

「1つ勘違いをなされているようなので、口出しをさせてもらいますね」

「勘違い?」

 

 何を、だろうか。

 

「貴方に価値を見出だしたのは私達ですが、それを見せたのは、他ならぬ貴方です、岸波君。貴方が私達に出資させる程のものを見せたから、今の環境があるんです。偶然見出だしてもらったなんて言い方は、適さないかと」

「……そうかもしれない」

「どちらにせよ、今後の過ごし方次第です、価値を磨くのも落とすのも。ただ、私──北都美月個人としては、岸波君に友人として共に居てもらえることを望んでいます」

 

 だから、頑張ってください。という目だ。

 言葉には出していない。けれどそう言っている。

 言われなくても、自分は努力をしよう。

 やりたいことと、やるべきことが重なっているのだから、やらずに後悔したくない。

 

 ……良い感じで覚悟が決まったものの、1つ困ったことがある。

 視界の隅で、お嬢様……と感極まっている雪村さんには、どうすれば良いのだろうか。

 美月もさすがに困っているよう様子。

 顔を見合わせて笑いだしたのは、仕方のないことだろう。

 

 

 それからは、少し雪村さんや、征十郎さんについて話した。

 特に、征十郎さん。思っていたよりも優しい方だ。こちらのことをよく考えているのが分かる。

 大グループの会長を務めるのも納得の風格だった。

 良いお祖父様ですね、と言うと、頑張りすぎるのが心配ですけれど、と返される。

 最後に祖父と愛娘とで気遣いあう会話があったが、けっこう仲の良い親族らしい。

 

 気付けば、けっこうな時間が経っていた。

 紅茶のお代わりも尽きたところで、話題もなくなる。

 これからどうしようか。もう充分に交遊は深まっていると思うが。

 

「……せっかくだし、校舎を見て回っても良いか?」

「宜しければ、案内しますよ?」

 

 彼女の申し出に、少し悩む。

 たしかに、初めて巡る場所だ。普段過ごしている生徒から話を聞けるのは大きいだろう。

 

「……せっかくだし、よろしく頼む」

「ふふ、分かりました。補習を行っている教室の前では、できるだけ静かにして通りましょう」

「ああ」

 

 学校──教育機関を自由に覗くのは、これが初めてのことだ。自分の持つ記憶上では、だが。

 固くて冷たい廊下を、ゆったりと歩き続ける。

 さすがに1つ1つの施設すべてを説明はしないが、それでも多くの場所を巡った。

 普段は騒がしいらしい空き教室、集中して勉強している補習室、電子機器の並ぶ端末室、吹き抜けで解放感のある図書室や、学校内活動が盛んな部活の部室、昼食休憩や談笑をしている学食、空気の張り詰めた武道場、見晴らしの良い屋上。

 第一校舎、第二校舎、クラブハウス、第一校舎と戻ってきて、今再びの生徒会室。

 少し紅茶の香りが残っている。

 

「どうでしたか、一通り回ってみて」

「良かったよ、色々な話が聞けたことだし。生徒がいたらまた変わるのだろうが、雰囲気や環境も大まかには把握できたと思う」

「そうですか、それは良かった」

 

 ああ、本当に良かった。

 その中でも、特に良かったのが。

 

「美月が周囲をよく見ているのも分かったし。好きなんだな、学校が」

 

 自分がそういうと、美月は少し驚いたような顔をした。

 そんなに驚くようなことを言ったかな、と考えるが、すぐさま表情に力が戻る。

 困ったように、それでいて嬉しそうに、笑いながら彼女は応えた。

 

「……ええ、生徒会長ですから」

 

 彼女が道中で語った内容は、普段の状況、休日だとまたどう変わるのか、最近そこでどんな出来事があったか、など。

 日常的に情報を集めていないと分からないことや、そのエピソードに居合わせる教師生徒の背景も色々把握していないと感じ得ない理解を示していたりなど、彼女が普段いかに学校を考え、生徒を理解していたのかが伺えるものだった。

 生徒達の代表である生徒会長、北都美月が穏やかな笑顔で語れている。ということが、この上なく大事なのだろう。

 尤も、少し話しただけだが、美月自身、マイナスの感情をあまり表に出さない類いの人間な気はするが。あまりイライラしながら説明する姿が思い浮かばない。

 

「……どうしました?」

「何でもない、なんでも」

「……?」

 

 小首を傾げる彼女。

 話題を逸らそうとするが、あまり上手いものが見付からない。

 残された手は、1つしかないみたいだ。

 

「……そろそろ、帰るとするか」

 

 逃げ。逃走である。

 

「そうですか、私は少しやることがあるので、ここでお別れですね」

「分かった、今日はありがとう」

「いえ、私も良い息抜きになりましたので」

 

 それはつまり、息抜きをしたくなるような状況にあったということだろう。

 自分に時間を取らせて良かったのだろうか。いや、本人が良いと言っているのだ。深く追及すべきではない。

 

「何か会ったときは呼んで、できる限りで力を貸す」

「……ふふ、その時はよろしくお願いしますね、岸波くん」

 

 たぶん、そう積極的には来ないだろうと思いながら、そんな約束を交わす。

 教室を出た後で、なるほど支え甲斐がありそうだな、なんて苦笑いが出る程に、彼女の返答は届いてこなかった。

 美月は嘘を吐いていない。彼女は恐らく頼るだろう、頼るべき何かがあれば。

 だが同時に、何か頼れるようなことでもあれば良いですけど。なんて考えていそうな顔をしていた。

 





 さてさて生徒会長とは
 全世界共通の表ボス。味方にするか倒すかしないと物語が進まない。
 東ザナだとミツキですが、P3だと処刑先輩、P5だと世紀末覇者先輩がこれですね。どちらもボスの風格あるナー…
 え、Fateのレオ会長? 会長職だとラスボス感が足りな──


 え、なら裏ボスはって? 優しい人とか、ほら、怪しいじゃないですか。
 特にファルコム作品の眼鏡とかはもう……うむ。作中、駅前広場の書店にも「眼鏡は怪しい」とかいう本ありましたしね。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日──【レンガ小路】違和感




 原作を難易度カラミティ+インフィニティモードで周回してたら、Afterラスボスで詰みました。
 第3段階強すぎじゃないですか。
 あるぇー? と気づいたら終わってる。




 

 

 杜宮高校を後にした自分は、取り敢えず昼食を取るために町を歩いていた。

 帰り道ということもあり、なるべく帰路から逸れない範囲での店探し。無難な所で、今朝案内されたレンガ小路に。

 丁度目に入った珈琲店へと入る。

 

 

 ──>カフェ【壱七珈琲店】

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 接客として出迎えてくれたのは、同い年くらいの若い女性。茶髪のロングヘアに蒼の瞳をした美少女だ。

 カウンターには白髪の男性が立っている。彼がここのマスターだろうか。

 取り敢えずそのままカウンターへ。

 メニューを取り、眺める。

 ホットとアイスの珈琲、紅茶がずらりと並んでいた。食べ物は……セットがあるのか。

 

「すみません、ランチセットAを1つ」

「お客様、お飲み物は如何されますか?」

「それじゃあ……この、壱七珈琲で」

「畏まりました」

 

 休日というのも相まってか、店内には多くの人が居た。

 奥の方でパソコンを弄る人、読書をする人。普通に料理を楽しんでいる人。年齢層も様々だ。

 だが、店全体が落ち着いている。煩わしさ等は感じない辺り、良いお店なのだろう。

 店員の女子も世話しなく動き回るということはなく、状況をみつつ、冷静にかつ迅速な動きをしていた。

 

 そうして店内を観察すること数分、ランチセットが運ばれてくる。

 最初に来たのはサンドイッチと珈琲。漂う匂いがすでに美味しそうであった。

 

「いただきます」

 

 食べる。飲む。……不思議だ、もっと食べたいし、飲みたいが、たくさん詰め込もうという気には一切ならない。

 惹き付ける魅力は確かにある。特にこの珈琲、淹れたての香りも相乗しているのだろう、こんなに美味しいのは初めて飲んだ。

 そもそも珈琲自体そこまで飲んだことがないが。記憶は言わずとも魂が叫んでいる、これは今まで飲んだ中で一番の美味だ、と。

 

「如何ですかな?」

「すごく美味しいです」

「それは良かった」

 

 老人は微笑んで、次のお皿を出してくる。

 

 気が付けば結構な時間が経っており、お皿もすべて空になっていた。

 

「とても美味しかったです。これはすべて貴方が?」

「ええ、お恥ずかしながら。私、店主のヤマオカと申します」

 

 恥ずかしいなんてとんでもない。何処に出しても誇れる味だろう、きっと。

 

「ふふっ、良かったですね、ヤマオカさん」

「ありがとうございますアスカさん」

 

 どうやら女性店員はアスカという名前らしい。

 マスターが、ヤマオカさん。覚えた。

 是非また来たい。落ち着きたい時や、勉強したい時に良さそうだ。

 

「御馳走様です、お会計を」

「はい、650円になります」

 

 料金を支払い、店を後にする。

 困った、いきなり行きつけになってしまいそうだ。

 

 

────

 

 ──>レンガ小路【メイン通路】

 

 

 

 ──それは、突然のことだった。

 

「やばっ……きゃッ!?」

 

 身体に衝撃が走る。

 何かの反動でよろめきつつ、なんとか体勢を維持。

 ぶつかってきた何か……というよりは、誰かに視線を向ける。

 

「痛たた……」

 

 近くで尻餅を付いているのは、薄紫の髪を白リボンでまとめた、ポニーテールの美少女だった。

 また美少女か。美月、珈琲店のアスカさん、この少女と、会う少女全員の区別が美少女になっている。

 寧ろ自分の基準が甘いのだろうか。そもそも同年代との交流なんて記憶にないから直感で表現しているだけだが。

 ……おっと。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

「あー、こっちこそゴメンナサイ、それと、アリガト!」

 

 腰を地につけたままの彼女を引っ張りあげる。

 ……そう重くなくてよかった。自分程度の筋力では、あまり重いものは支えられない。

 とはいえ大事がなさそうで何よりである。感謝とともに返ってきた笑顔がとても眩しい。

 少し顔から視線を外すと、見覚えのある服装が目に入った。

 

「あれ、その制服……杜宮高校の?」

「え? あー、はい、その、そうですけど……」

「そうですか、自分は来週転入する2年の岸波白野です。ご縁があったらよろしくお願いします」

「これはどうもご丁寧に……? 2年の玖我山 璃音です、こちらこそよろしくお願いします……うん?」

「はい、それでは」

「あーはい、それでは……って、ちょっと待って!!」

 

 スムーズに挨拶が進んでいたと思ったが、呼び止められた。

 何か問題でもあっただろうか。

 

「ほ、ほら、他にもっとこう……ないの!?」

「他に……あ」

「うんうん!」

「お怪我はありませんでしたか?」

「ああいえ、大丈夫です……じゃないわよっ!?」

 

 腕をぶんぶんと振りながら否定される。

 求められたのは違う言葉だったようだ。

 しかし、本格的に思い付かない。どうしたものだろう。

 

「……」

「……はあぁぁぁぁぁ」

 

 首を傾げていると、重い溜め息を吐かれた。本当に申し訳ない。

 

「わ、私の名前に聞き覚えとかない? 特にほら、下の名前とか!」

「璃音……? いや、特に」

「そ、そんな……」

 

 がくりと膝を付ける彼女。

 せっかく起こしたのに……と再度手を差し伸べつつ、思考する。

 自分の名前に聞き覚えがないか、と彼女は訊いた。

 ということはつまり。

 

──select──

  以前に会ったことがある。

  逆ナンだな。

 >ヤバい人間だな。

────

 

 もしかしたらすぐに立ち去った方が良いかもしれない。

 とはいえ手を差し出した以上は引っ込められないだろう。

 

 

 でも、なんとも言えないが彼女からは──

 ──そう、“とても嫌な予感がする”のだ。

 

 

 出会った時から何となく悪寒が神経を巡り回っている。

 

「まさか、同年代にも知られていないなんて……そりゃ、全国誰もが知ってるとは思ってなかったけど……まさか地元の同年代に知られてないって思いもしなかった……いいわ、ちょっと待って」

 

 自分の手を借りずに、瞳に炎を灯した彼女は立ち上がった。

 そして何かを決意したように、勢いよく自身の鞄をがさがさと漁り出す。

 

「あの……?」

「あった、はいこれっ!」

 

 差し出してきたのは、一枚のCD。

 表面には、目前に居る女子に似た女の子を初めとする5人の女子アイドルが写っている。

 そういえば昨日、タクシーの運転手とアイドルグループについての話をした。

 その中の1人が杜宮の高校生だということも。

 確かそのグループ名は……

 

──select──

 >スピア。

  セピア。

  スピカ。

────

 

「あ、そうだ、スピアだっけ」

「スピカよ、S・Pi・KA☆! どこの世界に、武器の名前を付けるアイドルグループとかいるのよ!」

「……いや、居るだろう。カタナとかハンマーとか、居そうじゃない?」

「……ぐぬぬ」

 

 反論ないみたいだった。しかしスピカという単語も語源は攻撃的な意味だと思うが。

 とはいえ間違えたのはこちらの失態。許してもらえないかもしれないが、誠心誠意謝罪をする。

 

「申し訳なかった。このCDは責任を持って聴いてくる」

「わ、分かれば良いのよ」

 

 良いみたいだった。

 

「じゃ、絶対聞いてよねっ! 私はあんまり学校行かないケド、同じクラスになったらよろしく‼」

 

 そう告げ残して立ち去──らない。踏み出した足を止め、振り返る。

 大きくて綺麗な眼を困惑気味に揺らしながら、彼女は口を開いた。

 

「……ねえ、どっかで会ったこととか……ないよね?」

 

 

「……やっぱり逆ナンだったか」

「やっぱりってナニ!? いや、真面目な話さ、なんかこう……キミを見てるとよく分からない気持ちが起き上がってくるのよ」

 

 それはやはり逆ナンなのでは。

 まあそれはないだろう。彼女はアイドルらしいし、何より自分を逆ナンなんてしないだろうから。

 

「初対面だと思う」

「……実は隠れファンでライブ見に来てたりとか?」

「ごめん、グループ名ですら昨日初めて聞いた」

「恐るべき無関心度!?」

 

 もういいわ、と肩を落とす。

 自分自身、結構申し訳ないことをしている自覚はあった。

 

「なんか気持ちが昂るような──何かを感じたんだけどなぁ」

「……恋?」

「遠慮なく聞くね!? アイドルに恋する暇なんてないんだから。……どっちかって言うと、言い表し様のない不快感かな? 焦燥感とか、嫌悪感とか」

「第一印象から、か」

 

 自分も久我山のことは言えない程、悪寒を感じてはいる。

 それを面と向かって言葉にはしないが。

 何よりこうやって話していて、嫌な感覚は付きまとうものの、彼女自身が嫌いだったりとか、そういったことはまったくないのだから。

 

「あっ、大丈夫大丈夫。見た目普通なわりに話してみた感じいい人そうだし、面白いもん。嫌いじゃないよ、キミのこと。同じクラスになったらよろしく。って、補習終わっちゃう、バイバイ!」

 

 今度こそ立ち去るアイドル少女を見送る。

 思ったより気の良い子だった。あれなら人気沸騰中と言われてもわかる。とはいえ若干押し付けがましい気もしたけれど、まあそうでもなければ業界でやっていけないだろう。

 

 玖我山 璃音のことは気になるが、それはアイドルだからとかいう理由からでは決してない。

 彼女が感じたという違和感。不快感。嫌悪感。

 お互いがお互いに突拍子もなく同種の悪感情を得ることは、あるのだろうか。

 

 

────

 

 

 






 この約2週間後に玖我山璃音は、アイドルへの興味が欠片もない同校同学年生徒が存在することに落ち込むことになるが、またそれは別の話。


選択肢です!

 ケース5ー1。
──select──
 >以前に会ったことがある。
  逆ナンだな。
  ヤバい人間だな。
────

 とはいえ記憶もなにもない。
 知り合いというには他人行儀な気もするが。
 いや、結構な時間離れていたらこんなものかのか?

 →あることないこと話します。結論的には逆ナンされている感覚に陥ると思うので棄却。


ケース5ー2。
──select──
  以前に会ったことがある。
 >逆ナンだな。
  ヤバい人間だな。
────

 逆ナンだな。しまった、もう少し面白い自己紹介でも考えておくべきだったか。
 まあ、この反省は次に活かせば良い。幸いにして自分にはまだ、
 戦うべき場所(挨拶の機会)があるのだから。

 →ザビ
────

ケース6ー2。
──select──
  スピア。
 >セピア。
  スピカ。
────

「だ、誰が色褪せてるって!? まだピチピチの十代だってば! 同い年!」
「……?」
「首を傾げないでよ!」

 →みたいな。

ケース6ー3。
──select──
  スピア。
  セピア。
 >スピカ。
────

「そうそう、なんだ、知ってるじゃない!」
「そのCDに書いてあるし」
「ぐっ……」
「そもそもメンバーの名前も知らない。5人組だったのか」
「うううう……はぁ~」

 →まあそういうのは原作主人公にでも任せておけば。ここまで言わないにしてもね。



 誤字脱字等ありましたらご報告ください。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14~15日──【マイルーム】心と物の準備



 プロローグ短い東ザナと、割とプロローグ長いペルソナ。
 まあ後者については、ペルソナ覚醒しないとコミュ築けないので、そういう制約になるのでしょうが。
 この作品の導入が終わらないのは、そこら辺が関係しているのか……え、こじつけ? そんなまさかぁ。




 

 その後は帰路につき、道中で夜と翌朝の分のお弁当を購入しつつ帰宅した。

 部屋に戻ると、やはり最低限の生活が送れるだけの環境しかない。

 学校が始まるのは明後日。それまでに充分な整理整頓をすべきだろう。

 加えて、日用品の買い揃えを明日中にすべて行うとしたら、今のうちに必要なものを洗い出さなければならない。

 幸いにして、昨日と今朝で一通りの掃除が終わっている。引き続き細かいところの清掃をしつつ、動かせるものから配置していこう。

 

 

────

 

 

 結構綺麗になった。リビングは特に片付いた場所と言って良い。置くべき荷物が極端に少ないだけだが。

 その後も、使う場所から順番に整理していく。

 キッチン、洗面所、トイレ、お風呂、寝室。流石にすべては片付かないものの、一通りは済ませることができた。

 部屋の景観的には問題ない。趣味嗜好品がなく簡素に纏まったというくらいだろう。纏まりすぎな気もするが、今後の自分に期待だ。

 

 しかしながら決定的に、日用品が不足している。石鹸やトイレットペーパーなどはある程度買い置きしておきたい。

 それに、学校用品。主なものを挙げるならばノート等も不足していた。

 

 明日は、結構な回数で往復しなければならないだろう。

 そう考えると、早めに休んでおいた方が良い気がしてくる。

 

「……そろそろ休むか」

 

 決定的に物の数が少ない寝室へと向か──おうとして、1つ思い出した。

 

 そういえば、昼に借りた(押し付けられた)CDを、未だ開封すらしていない。

 

──select──

 >聴く。

  聴かない。

─────

 

 

 折角だし、聴いてしまおうか。

 

 居間に戻り、パソコンの電源を点ける。

 起動音に加えて、数秒の待機時間の後、ようやく立ち上がった。

 専用のドライブを起動、読み取ったCDを自動で流し始める。

 

 

 

 曲名は、「Seize the day」。

 勢いがあって、元気が出る歌だった。

 

 ……ああ、凄い。正直感動したと言ってもいい。

 CDからでも、充分な熱量が伝わってくる。

 不安定な未来を不安視するより、今を──一瞬一瞬の選択を大事にした方が良い、と。

 暗き世の不安と、それを超える為の明るさと力強さ。

 それらが感じ取れる音楽だった。

 

「この手で選んだものが、答えを紡いでいく……」

 

 ああ、そうなのだろう。

 今日はそんな話を何度も聞いた。何度も胸に刻んだ。

 

 未来も過去も真っ暗な自分だが、だからこそ、今の過ごし方が重要になる。

 

 ……寝よう。

 もう1度、この曲を貸してくれた少女に出会ったら、きちんとしたお詫びとお礼をしなければ。

 そんなことを考えつつ、寝室へ再度向かう。

 

 今夜はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

────────

 

 夢を見た。

 よく分からない夢だ。

 

 見覚えのない校舎での学園生活。

 見覚えのない級友との雑談。

 見覚えのない教師による指導。

 見覚えのない仲間との部活動。

 

 本当に、訳の分からない夢だった。

 見覚えのないことばかりである。

 

 それでも、辛うじて唯一分かったことがあるとすれば。

 

 

 この夢の主人公(岸波 白野)は、この日常を。

 なにもなく、平凡で退屈で、だからこそ平和なこの時間を。

 心の底から好いていたことくらいである。

 

────────

 

 

 ──4月15日 (Sun)──

 

 

 目が醒める、昨日よりも片付いた部屋で。

 今日の予定は一通りメモしてある。

 基本的には買い物しか書いていないが。

 

 取り敢えず予め買ってあった弁当を食べて、外出の準備をしよう。

 

 

────

 

 一通りの買い物を済ませた。

 私生活が充実している気がする。

 

 必要最低限の物を揃え終えた頃には、もう夕刻となっていた。

 今晩も変わらず食すのは弁当である。

 折角だし、料理もしてみたいが……如何せん作り方が分からない。

 

 そういえば、駅前広場に本屋があった。

 今度、本の1つでも買ってみようか。

 それ以外にも学校の図書室などを見てみると良いかもしれない。

 吹き抜けの2階建て。あそこまで大きければ、色々な知識を得られるだろう。

 

 それと平行して、食材を買う場所も決めなければならない。

 あまり近くに買える場所がないから、我慢するか、足を用意するかだろう。

 

 ……まあ、急を要するテーマでもない。

 出費は気になるが、それ以上にやるべきことが多いからだ。

 まずは、明日。

 学校に慣れるところからだろう。

 

 

 明日の初登校に備えて準備をする。

 送られてきた制服は学ランだった。きっちりとしていて良い。サイズもぴったりだ。

 体育着やスクール水着なども普通。水着は流石に必要ないだろうが、体育着は一応持っていっておこう。

 教科書などは明日もらえることになっているので、あと自分が用意するのはノート数冊と筆記用具くらい。

 数十分で支度を終え、本日やるべきだったことも大体完遂。

 あとは寝るだけだ。

 

 ……学校生活。

 どうなるのだろうか。

 淡い期待を抱きつつ、その夜を過ごした。

 

 

 





 次回ようやく、学校へ。
 お前いつ異界いくんや……

────
選択肢!

ケース7ー2。

──select──
  聴く。
 >聴かない。
─────

 聴かないでおこう。
 ……本当に良いのか?


──select──
  聴く。
 >聴かない。
─────

 聴かない。
 だが、渡してきた彼女の必死さが思い浮かぶ。
 それを考えると──


──select──
  聴く。
 >聴かない。
─────

 やはり聴こうとは思えなかった。
 よくよく考え直しても、押し付けがましいだろう。
 ……しかし、曲に罪はないはず。
 時間も良い感じに余っている。
 どうだろうか?

──select──
  聴く。
 >聴かない。
─────

 これが、最後の、選択だ。


──select──
  聴く。
 >壊す。
─────

 壊してしまおう。
 断固として聴かない。CDがあるからそんな誘惑があるのだ。
 なら、元凶を破壊すればこの欲求もとまるはず。
 さあ、さらば──!

 →BAD END。絶対に詰みます。原作違うけど道場行き案件。
繰り返し選択肢は癖で挑んでしまうから注意。
  これは悪い文明。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月16日──【杜宮高校】(ネタバレ)この日、彼のあだ名はザビに決定した。




 タイトル通りでございます。どうぞ。



 

 

 ──サイフォンのアラームに目を覚ます。

 まだ3日目ではあるが、見慣れた景色だ。

 整理がある程度終わり、しかし特徴のないままのマイルームを、寝ぼけた視界で眺める。

 

 目が冴えてきた。

 ……今日は編入日だ。学校へ急ごう。

 

 

────

 

 

「おはようございます!」

「おう、おはよう」

 黒の学ランに袖を通し、しっかりと着込んだ自分は、少し妙なテンションになりながらも杜宮学園に到着した。

 校門に立っていた教職員らしきジャージ姿の女性に挨拶をする。

 そのまま校舎内へと入ろうとするが……下駄箱がない。土足で踏み行っても良いものか。

 というかそもそも、自分はどこへ行けば良いのだろう。

 

 ──困った。事前に登校日の流れについて聞いておくべきだった。

 誰かに聞きたい所だが、周囲に人影がない。

 仕方ない、校門まで戻り、教員らしき女性に話を聞こう。

 

「あん? 転入生……? ああ、アンタか。まずは職員室へ行きな」

「土足のままですか?」

「ん? ああ、そうだが」

 

 下駄箱がない時点でそうじゃないかとは思っていたが。

 しかし、学校内は上履きじゃなく土足とは……都会の学校とはそういうものなのだろうか。

 

 一旦自分の中で疑問を保留にして、校内へと入る。

 土足で移動する割りに床はきれいだった。

 きっと生徒たちが丁寧に掃除しているのだろう。入口に敷かれたカーペットも大きかったし、入る前に汚れを落とそうという意識が結構高いのかもしれない。

 そのまま目の前の階段を上がって3階突き当たり。3年A組横の職員室の前に立つ。

 

「……」

 

 どのタイミングで入ろう。

 

「あれ、キミは……?」

 

 声が、掛けられた。少女の声だ。

 振り返る。

 しかし視線の先には誰もいない…ように思えたが、少し視線を斜め下に下げると、その人は居た。

 

「えっと、違ったらごめんね、新入生の子かな?」

「あ、はい」

「ホント? ふふっ、良かったぁ。じゃあ君が岸波くんだね!」

 

 自分のことを知っていたということは、教員なのか、この人。

 背丈は150cmあるかないか。いやないだろう。ないと思う。

 自分の首ほどしかない身長に細い手足。大きい瞳に眼鏡。髪は水色のリボンで一房に纏められている。

 ……うーん、確かに、なんとなく自分より年上な気が、しなくも、ない……?

 

「担当の先生を呼んでくるから、ちょっと待ってて!」

 

 そう自分に告げた小柄な女性は、職員室の中へと入っていく。

 やはり教職員だったらしい。

 

「お、来たか、岸波」

 

 交代で出てきたのは、佐伯先生。以前に受けた説明では、自分が所属するクラスの担当教師らしいが。

 

「ああ、改めて自己紹介をしておこう。佐伯 吾朗だ。岸波が編入する2年D組の担任で、かつ2学年の英語を受け持っている。以後、見知りおき願おう」

 

 

────

 

 ──杜宮学園【2ーD教室】

 

 佐伯先生と再会した後、校長にも改めて挨拶をし、数十分の時間を過ごした。

 その後、彼の誘導で、教室前へと連れてこられる。

 

「1階の中央階段を昇った場合、2階に上がって左手奥にあるのがこの教室だ。この校舎は教室が少ないから迷うことはない思うが、他所の教室に入ると恥ずかしいだろうからな、最初のうちは気を付けてくれ」 

 

 頷きを返す。

 そう難しい構造もしていない為、彼のいう通り間違いはないだろう。

 自分のクラスさえ忘れなければ、だが。

 

「では呼んだら入ってきてくれ。そうだ。自己紹介は考えておけよ?」

「何を言った方が良いんですか?」

「ふむ……名前、趣味、意気込みくらいか。言いたいことがあったら言っていいぞ。多く情報を渡せばコミュニティが出来やすい反面、多すぎると相手も受け止めきれないからな」

「難しそうですね」

「はは、そう悩ましげな顔をするな。気楽に、ありのまま行けばいい。だがそうだな……1つ助言するなら、インパクトはあった方が良いぞ」

 

 時間はないが少し考えておけよ。と言って、教室の扉を開ける佐伯先生。

 

 インパクト……インパクトなぁ。

 いきなり、「記憶喪失です」ってやればインパクト強いだろうか。

 ……強いだろうが、引かれるだけな気がする。数年眠ってました。も、やはり同様だろう。

 やはり己の状態でインパクトをとるのは間違っている気がする。

 だとしたらどうするべきか。

 趣味……趣味の所でなにか言うべきか?

 なにもないから、募集でもしてみれば良い案が出るかもしれない。

 ……自己紹介ではないな。

 

 そもそも趣味はありません。なんて無個性の代表のような弁だろう。それは少し嫌だ。

 それを打ち消せるような何か……何かないか!

 

「おーい、入ってくれ!」

 

 佐伯先生の声が聞こえる。

 もう、なるようになれ、だ。

 

「失礼します」

 

 教室に入る。

 同じ服……まあ学校だから当然だが、同じ制服を着た少年たちの視線が集まる。

 見られている。不思議な感じだ。こんなにも多くの視線を集めたことはない。

 

「それじゃあ、自己紹介を」

「自分は岸──」

 

 待て。普通に名乗って良いのか?

 趣味はなく、意気込みも無難。そんな自分がインパクトをとれるとしたら、此処しかない。

 今、インパクトのあることを言わずに、いつ言う──!

 

「自分は──ッ、フランシスコ・ザビ「ちょ、ちょぉっと待ったぁ!!」」

 

 乾坤一擲、すべてを賭した挨拶が掻き消された。

 扉が大きな音をたてて開く。

 音の主は、見覚えのある少女。

 

「玖我山 璃音、間に合ってます!」

 

 

 

 教室には、なんとも言えない間が空いた。

 次第に、ざわ、ざわ……とざわめきが起こる。

 生徒たちの内緒話の対象は、編入生(自分)遅刻者(アイドル)か。

 

「え、なに、この空気……」

 

 遅れてきた少女、玖我山 璃音が再起動する。

 自分が一昨日会った、違和感を覚えた彼女。

 参った、本当にアイドルとクラスメイトになるとは。

 

「ってキミ確か……そう、岸波……岸波 白野くん!?」

「どうも」

 

 取り敢えず、自分の挨拶は遮られてしまったものの、アイドルに自己紹介される、というインパクトは及第点……なはず。

 

 

 






 鉄板ネタ(?)回。

 P3……キタロー
 P4……番長
 P5……ジョーカー
 Fate/Extraシリーズ兼今作……ザビ
 Fgo……ぐだ
 自由名系主人公は分かりやすいあだ名が多くて良いですね。



 原作をやってて思ったこと。
 職員室と校長室どこじゃい……そもそも校長誰じゃい……
 あと下駄箱も……まあ校内でローファというのも可笑しくない……のか?
 それにしては廊下きれいすぎィ!
 ……ふぅ。


 誤字脱字報告、感想お待ちしています!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月16日──【杜宮学園】似ているようで似ていない2人


 閲覧ありがとうございます。

 気付けばページ数が2桁いってました。
 遅れましたが、お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。とても嬉しいです!


 地の文過多かもです。どうぞ。




 

 ──潰されるかと思った。

 

 いや、未だに押し潰されそうである。

 自己紹介を終えた後の、授業を挟んで訪れた休み時間。

 漸く一休憩かと思った矢先に、周囲から思いっきり詰め寄られた。

 理由はもちろん、玖我山(アイドル)との関係性。

 編入してきた人物がアイドルと知り合いなんて、興味の的にされて当然だ。ほとんどクラス全員に囲まれるとは思わなかったが。

 チラリ、ともう片方の当事者へ視線を向けると、困ったように笑ってからウインクされた。いや、そうじゃない助けてくれ。

 

 まあ、有名税を利用した罰である、というなら致し方ないような気もする。

 折角だし、文句ついでにCDの感想を伝えたい所だが……この勢いでは無理だ。

 昼頃になれば大方の釈明も終わり、自由な時間が取れるはず。

 せいぜいそれまでの辛抱だろう。

 

 

────

 

 

 時は進んで放課後。

 そう、放課後である。

 

 自分に安息の時間なんてなかった。

 確かに昼頃、クラスメイト達の勢いは収まった……気がする。

 しかし、次に待ち構えるは同学年の生徒。その後ろには他学年生。

 もの凄い人混みがクラスに殺到しており、他クラスのファンや新聞部を名乗る女生徒などは特にしつこかった。濃いファンなんて、周囲の連れに窘められるか、うちのクラスの生徒に摘まみ出されるかしていたし。

 

 とにかく、大変だった。

 多くの人と話すのは良い経験だったが、話した内容も釈明で終わったし、彼女本人には結局一言も掛けられていない。

 

 

 玖我山 璃音。

 彼女についての噂・実態は、図らずとも釈明の途中で多く手に入れることとなった。

 曰く、飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子アイドル。

 曰く、飾らない性格の親しみ易い子。

 曰く、忙しすぎて最近滅多に登校していない。

 

 そして、耳に入るのは良い噂だけではなかった。

 誹謗中傷、根も葉もない悪評は周囲の信者に揉み消されていたが、その中で認められた自分への質問は数少ない。

 お付き合いの予定は? などという軽いインタビューを除けば、印象に残っているのは2つだけ。

 

 1つ、リオンちゃんが1日学校に居るのは珍しいけれど、それは貴方のお陰ですか?

 

 1つ、()()()のライブで不調を訴えてたことと何か関係が?

 

 ただの質問だ。しかしこれらが印象に残っている理由は案外分かりやすい。

 玖我山 璃音本人が、その話を出された時にアクションを取ったからだ。

 前者は空笑いしながら否定するために割り込んできて、後者はもうすぐ授業だよ、と野次馬を払い除けていた。

 

 たぶん自分の周囲に居た数人しか気付いていないだろう。正真正銘の愛想笑い。ほんの少しだけ垣間見得た苛立ちの表情。

 数秒とせずにもとの表情へと戻ってしまった為、追求もできなかった。

 

 彼女にとって無視できない噂だったのだろう。

 だが、否定した噂の内容は、自分としても軽視しづらいものだ。

 

 まず1つめ。学校に1日居る理由。

 まさか自分と話したい、なんてことはないだろう。

 押し付けたCDを返して欲しい、とかなら十分あり得そうだが。

 しかし、絶対に否定できるものでもない。

 その噂単体ならそう考えることはなかった。実際その時は少し気になったくらいで、そんな考えを巡らすほどのこともなかったのである。

 

 だが、もう1の噂がそれを看過させない。

 ()()()のライブにおける不調。そう、()()()

 

 ()()()()()()()()()()のライブにおける不調。

 偶然なら別に構わない。

 だが、そう見過ごせないのは、あの日感じた嫌悪感が頭を過るからだ。

 

 正直少し話を聞いてみたかったが、それは叶わなかった。

 当の本人はホームルームが終わり次第、颯爽と帰っていったから。

 こちらを、一瞥だけして。

 

 故にこうして頭を悩ませている。

 解決なんてしそうになく、ただ思考を巡らせるだけだの時間だが、それでも次会った時の会話の種に困らないくらいの準備にはできそうだった。

 彼女に会ったら話したいことを頭の片隅に纏め、頭を入れ換えて歩き出す。

 

 今日は少し遠出をしてみよう。

 その為にもマイルームに戻って、私服に着替えなければ。

 

 

 

 

────

 

 ──>蓬莱町

 

 学校から見て、マイルームとは反対側。少し薄暗さがある地域──蓬莱町へと足を運んでいた。

 7時頃に到着し、2時間半ほどをゲームセンターで費やす。

 結構長居してしまったが、かなり面白かった。

 

 『根気』が培えそうな、爆釣遊戯。

 『魅力』が磨かれそうな、みっしいパニック with まじかるアリサ。

 『度胸』が試されそうな、ゲート・オブ・アヴァロン。

 『知識』と『度胸』が鍛えられそうな、ぽむっと。

 『それらすべて』を要しそうな、Y's VS 閃の軌跡。

 など、やりこめばどこかで自分の力となりそうだ。

 時間があれば今後もやっていこう。

 

 そんなことを考えつつ、夕食のため、カフェバー【N】に入る。

 

「いらっしゃい……って、お前……」

 

 カウンターに立つ青年は、こちらを見て何か気づいたようだった。

 自分も何となく、彼に見覚えがある。

 

 確か……生徒の1人だった気がする。

 特に濃い玖我山ファンの1人を嗜めてくれた男子生徒だ。

 

「確か何とかってアイドルグループの……玖我、山? とかいうやつと噂になってた……」

「……ははっ」

「は?」

「いや、すまない。これを本人が聞いたらどう思うかと考えてな」

 

 想像に難くない。

 

 自分の存在にすらショックを受けていた玖我山だ。同校、同学年の異性に覚えられていないと知ったときの落胆は半端ないだろう。

 ……いや、どうだろうか。

 

「……そう、だな。仮にもアイドルに直接言ったら落ちこんじまうか」

「だと良いけどな」

「は?」

「いや、何でもない」

 

 もっと焚き付けられそうだ、とは言わないことにした。その方が面白そうだし。

 

「まあ良いか。2ーBの時坂だ。そっちは……岸波、だったか?」

「ああ、2ーDの岸波 白野だ。よろしく」

「おう」

 

 そうして、彼は仕事に戻る。

 

「はぁぁぁ……」

 

 カウンターの席に腰を落ち着けたら、大きなため息が出た。

 何だかんだ言って疲れていたらしい。

 ずっとゲームもしてたしな、と内心で苦笑しつつ、せめてゆっくりしようとメニューを眺めていると、声が掛けられた。

 

「ほらよ」

 

 時坂が差し出してきたのは、一杯の珈琲。

 

「まだ頼んでないぞ」

「いや、今日の騒動は知ってたし、なんつうか、ダチも迷惑をかけちまったみてえだからな」

「気にしなくていい、あれはきちんとその場で弁解しなかった自分にも非があるから」

「……だとしたら、ほら、あれだ。編入祝い。杜宮にようこそってな」

 

 そこまで言うなら、受け取っておこう。

 

「ありがとう」

「おう、ごゆっくり」

 

 時坂は少しぶっきらぼうな見た目で、特に目付きが怖いが、話してみると優しい男子だった。

 

 

 その後も他愛ない話をして、その店を出ようとする。

 

「そうだ、オレがこの時間までバイトしてたこと、トワね──教師とかに告げ口しないでくれねえか」

「構わない」

「助かるぜ」

 

 またな、という彼と別れて、店を出た。

 すっかり暗くなった帰路に着こうとする──そんな時だ。

 

 

 

 

 カラオケ店から逃げるように走る、少女の姿を見たのは。

 

 

 その少女の顔を、名を、自分は知っている。

 

 今日接し方に頭をさんざん悩ませてくれた、学校で多くの人と関わるきっかけをくれた、その少女──玖我山 璃音が。

 

 涙目を拭いもせず。

 衆目も気にせず。

 脇目も振らず。

 一目散に走り去る姿。

 

 

 それをこの目で捉えた自分は、一二を考えることもなく、夜を駆け出した。

 

 

 





 今話もお付き合いいただきありがとうございました。
 サブタイの2人は、コウと白野です。

 加えてご報告。
 原作をプレイ済みの方々はお気づきかもしれませんが──気付いてなければ自分の表現力不足──時系列が変わっています。いつの間にかタグに付けた『時系列変更』が早速活かされる……!
なお、タグは定期的に追加されますが、ストーリー進行で追加されてくことをご容赦ください。


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月16日──【杜宮市郊外】少女の異変、そして──

 

 杜宮の町外れ。

 随分と人気の少ない場所に出た。都内とはいえ、こういう場所があるのか。

 そんなことに少しだけ驚きつつ、彼女を追い続ける。

 多くの建物が錆びたり落書きされたりとしている中、玖我山が駆け込んだのは、廃れた倉庫のような建物。

 

 アイドルということもあり、体力的にも相当鍛えられているのだろう。結構な距離を走ったが、彼女の走行ペースは落ちることなくずっと一定だった。

 驚くほど早い、ということはなかったにせよ、着いて行くのがやっと。追い付くことなど出来ない。

 

 だが何にせよ、建物内へ入れば、これ以上移動することもないだろう。

 乱れた息を整えたら、彼女の潜む建物内に入ろう。

 

 

────

 

 

 ──〉杜宮郊外【廃工場】

 

 

 内部に人影はない。

 廃れた工場、という表現で正しかったのだろう。見渡したところ倉庫のようだが、中にある荷物も少ない。あってコンテナが少しだけ。使われなくなって久しそうだ。

 だが、玖我山の姿がないのはおかしい。確かに駆け込む姿を見届けたはずだが……呼び掛けてみようか。

 

「玖我山ー!」

 

 自分の声が響く。思ったより低くて少しだけ驚いた。

 

「玖我山、どこだ?」

 

 反応がないので再度呼び掛け続ける。

 

 ──返事がない。

 見たところ逆側にも出入り口はあるが、シャッターが降りている。そこから出たということはないだろう。

 なら何故出てこないのか。と考えて、気付いた。もしかしたら警戒されているのでは?

 

「……」

 

 少し黙ってみること、恐らく2、3分。

 体感的には結構待ったものの、漸く彼女がコンテナの裏から顔を出した。

 威嚇のつもりか、睨むような視線と噛み合う。

 しかしやがて、自分の姿をはっきりと認識したらしい。

 

 彼女はぽかんと脱力した。

 

「へ……岸波くん?」

「岸波くんです」

「……はあああああ…………緊張したあああ」

 

 大きく、大きく息を吐きつつ、身体の力を抜く。

 へなへなと膝を付いた彼女のもとへと寄り、先日のように手を差し伸べた。

 

「あ、ありがと……じゃなくて!」

 

 かと思えば、再度視線に力を込めた彼女は、手を激しく上下に振りつつ叫ぶ。

 こんなやり取り、前もしなかっただろうか。

 

「ストーカーかと思ったじゃない! ずっと一定のペースで着いてくるから足音変わらないし!」

「そんなこと言われてもな」

「仕方ないでしょ! ホントに怖かったんだから! ……っていうか、あれ? 何でこんな所に岸波くんが?」

 

 今更か、と思うが、恐怖で気が動転していたのかもしれない。

 自分にも責任の一端があるみたいだ、恐らく。

 仕方ないので、経緯を話す。

 カフェを出たとき、様子がおかしい玖我山を見つけ、気になったから追いかけてきた。と。

 

「……やっぱりストーカー?」

「なんでそうなる」

「いやー、あの足音とか、着いてきかた的にそうじゃないかと思ったのよねぇ、ファンでもないクラスメイトにそこまでさせちゃうなんて、あたしが怖いわー」

「あの、だから──」

「いくら心配だからってここまで着いてくることなんてないのに。でもアリガト、心配してくれたことは、嬉しかったよ」

「いや、玖我山──」

「だからね、安心して──」

 

 2度も強引に遮られれば、さすがにその意図を察する。

 先程から目が合わないのは自分をストーカーだと思い込んで避けているのではない。核心が突かれることを危惧しているのだと。

 故に彼女は露骨なほど話を逸らそうとしている。せめて主導権を握ろうと言葉巧みに──巧みではないが──誘導し、できることならば追及なく終わらせようとしていた。

 

 違和感を抱かせてでも封殺しなければならない。彼女にそうまでさせているものは、何なのだろう。

 

「玖我山」

「ん、なに? 服くらいにならサインしてあげないこともないけど」

「何があった?」

 

 一瞬、彼女の表情が凍った。

 しかしすぐに笑顔を取り戻す。

 

「アイドルのプライベートを知ろうなんて、また熱狂的なファンを産んでしまった……」

「誤魔化さなくていい。さっき……いいや、()()()からか、なにかあるんじゃないか?」

 

 そもそも彼女の行動が一貫性のあるものだったとして。

 だとしたら始まりは何処か。そんなもの、ファンに疑念を抱かせるような言動をした、一昨日あたりなのだろう。

 多分。

 

「玖我山の活動や評判は今日一日でも多く耳に入ってきた。実際多くのファンが玖我山を囲んでいただろうし、見守られてきたんだろう。だからこそ、彼らの多くは玖我山の異変に気付いていたみたいだ。一昨日から何かおかしいって」

 

 そもそも、アイドルとして多くの人に認められ、愛されている彼女が、あんなに多くの人に心配をかけているのだ。大なり小なり、何かあったには違いなかった。

 自分の目は誤魔化せても、ファンの目は誤魔化せない。 

 

「……そっか、バレてたんだ」

 

 あーあ、アイドル失格だなぁ。

 

 彼女はそう言って、身体を伸ばした。

 上半身を反らしながら、彼女は言う。

 

「先に断っておくけど、キミがどうって話じゃないから」

 

 そう確かに前置いて、彼女はぽつりぽつりと語りだした。

 

「始まりは、ほんの些細な違和感だったの」

「違和感?」

「キミに会ったときに感じたやつ。違和感、不快感? そこはどっちでも良いんだけどね」

 

 それは以前会った時にも聞いた。直接言われたし。

 

「正直に言えば不思議だった。キミってほら、全然個性的な方じゃないし、どちらかというと、特徴がない。地味系だからさ」

「なんで唐突にディスられているんだろう」

「だからこそ、なんであたしがキミをそう思ったのか、全然検討が付かなかった。本当に、言動が勘に障ったわけでも、態度が鼻についた訳でもない。あ、ファンじゃない云々は置いておいてね」

 

 そこは別なんだ。

 

「で、段々と違和感だけが増していって、全然晴れなかったの。こうして話していても、まだモヤモヤが残ってる。何て言うのかな、自分のなかで処理できない感情が暴れまわってるって言うの? そんな感じ。まるで、自分(あたし)自分(リオン)じゃない、みたいな」

「……」

 

 自分が自分でない感覚。

 まだ、確固とした己が定まらない自分には、いまいち理解できないものだった。

 ……これでは没個性と言われても反応できない。

 

「でも、仕事中はそうも言ってられない。気持ちは晴れないけれど、せめて歌ってる時くらいは真剣になろうって、そう思って……()()()()()()の」

「思ってしまった?」

 

 そう思うことが、なにか悪いのだろうか。

 仕事である以上、切り替えなければならない場面は存在するはず。

 もっと言えば、生きている時点でその思い直しは大事だ。

 自分だって、記憶を無くしたことから、せめて今を大事に生きようと思い直したように。

 

「……でも、そうすることで、実際に起きてしまった。起こしちゃったの」

「……何を?」

 

 一拍、息を飲んで。

 

「“災害”を」

 

 無人の空間は嫌にそれを響かせた。

 災害。言葉としては単純だ。

 人を、何かを害する災い。

 だが、それを玖我山が起こしたというのは?

 

「あたしもそこまでよく把握してるわけじゃない。でも、覚えてる。昔も、似たようなことがあったしね」

「……聞かせてくれるか?」

「ここまで話しちゃったしね」

 

 力のない笑いだ。

 そちら方面の知識に明るくない自分だが、それでもその顔はアイドルがするべきものではない、と断言して良いほどに、酷かった。

 まるで何かに絶望しているように。

 まるで何かを諦めているように。

 まるで何かを、取りこぼしてしまったように。

 

「歌に心を込める。音に意思を乗せる。いつからかあたしは、これらが苦手になった。心が昂れば昂るほど、“それ”は起きやすい」

 

 その、虚ろな瞳は過去を映す。

 

「最初は、病院のベッドを切り刻むような鎌鼬が起きた。次に、機械が異常をきたすようになった。変な音が聞こえるようになった。変な声がするようになった」

「……」

「それでも最近までは収まってたの。確か……あたしが、アイドルになるって決めてから。歌ってる時も、踊ってるときも、今まではなんとも無かった……なかったのに……!」

「玖我山……」

「どうして今なの!? 全部上手くいってて、三周年ライブも目前で、みんなでもっと上に行きたいって話してて……なのに、どうして今さら、こんなことが起こるの!」

 

 それは彼女の、心からの叫びだった。

 瞳の端から涙が溢れる。

 それを拭うことなく、彼女は自身の膝を殴った。

 

「昔のだって、てっきり思い過ごしだったか、勝手に治ったかって思ったのに……そんなわけない。ないのに、あたし、必死に目を逸らしてた」

「……」

「ホント、バカみたい」

 

 掛ける言葉が見つからない。

 もとより、そんな気はしていた。

 自分より努力していて、自分より輝いていて、自分より周囲に求められている。そんな人に、自分程度が助言できることなんてない、と。

 

 だが、こうも思う。

 自分にしか、言えないことがある、と。

 自分だから、出来ることがある、と。

 だから、口を開け。

 思っていること、考えていること、何でもいい。感じたことをすべて彼女に伝えるんだ。

 

「こんな甘い覚悟で、何がみんなを笑顔にする、よ。何が、見てくれる人みんなに元気を届けるアイドルになる、よ」

「玖我山、自分は──」

 

 言いかけて、気分が最悪に堕ちた。

 胃の中身がかき集められているようで、気持ち悪い。

 なんだ、これは──

 

「やっぱりあたしが、あたしなんかが、夢や、希望なんて持つべきじゃなかったんだ」

 

 それでも、自分は、彼女に声を掛けたい、掛けなければならない。

 ──“それ以上思わせて(言わせて)はいけないのに。”

 

 

「──アイドルなんて、やるべきじゃかったんだ!」

 

 

 

 

 夢への否定(諦念)を玖我山が口にした途端、世界に亀裂が走った。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ」

「え、きゃあああ!」

 

 彼女の後ろに、なにかが揺らめいて見える。

 扉のような、門のような。

 だが、何でもいい。

 何であれ、あれは、“よくないもの”だ。

 

 ──だから踏み留まるな、手を伸ばせ。

 

「玖我山ァ!!」

 

 至近距離に居たはずなのに、手が遠い。

 まるで空間が、世界が捻曲がっているかの様に。

 彼女は腕で身体を抱き、身を守るようにしてその向こうへ落ちていく。

 

 ……届かないか!

 

 伸ばした手が触れることはなく。

 自分も後を追うように、そこへ呑み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、“そこ”を認識する。

 

 そこには一切の現実がなく。

 そこには一切の常識もなく。

 そこには一切の情緒もなく。

 

 ただただ、立ち尽くす自分の視界には、見覚えのない世界が広がっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月16日──【????】アイドルにかける想い

 

 

 息を潜めて曲がり角に隠れる。

 

 

 自分に気付くことなく、異形の怪物が横を飛んでいった。

 

 ……あれは、なんだ。

 本当に、異形以外の何と呼称することもできない。

 空を飛ぶ球体のようなモノ。しかしそれには口があり、球体の直径と同じかそれ以上の長さの舌が、そこから延びている。

 胴体はない。目も鼻も無さそうだ。

 少なくとも、自分が知っている生物ではないだろう。

 そもそも生物かどうかすら怪しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにかよく分からない、門のようなモノを通りすぎた途端、自分の視界は白く染まった。

 そして慣れてきたかと思えば、辺りに広がるのは見覚えのない光景。

 一瞬、ここが現実であることを疑いさえした。

 

 

 壁と床の間には隙間があり、そこから雲のようなものが垣間見得ることから、ここが空中であることが分かる。

 足場としてはしっかりしているが、油断はできない。何かの拍子に落ちたりしては、助からないだろう。

 しかし構造もさることながら、この床も壁も現実のものとは思えない。

 どこかの古代遺跡から、新種の石材でも見付かるのであれば、これは現実だろう。

 それくらい、今現存する日本式住居では再現されないであろう異質感を感じる。

 自分が世間知らずであることは考慮に入れても、だ。

 

 だが正直、そんなことはそこまで気にしていない。

 実際のところ、道中で疑問が頭を過ったにすぎなかったりする。

 

 そんなことより、玖我山を探すことが優先だ。当然。

 

 だが、自分が目を覚ました周囲では一切見つからず、意を決して急ぎ足で奥へ向かうも、先程のような怪物が徘徊しているせいで、思うように進めない。

 何より幸いだったのは、怪物たちの視界に自分が入らない限り、追われることがないことくらいだ。

 

「……玖我山」

 

 彼女は無事だろうか。

 結構進んできたものの、未だに彼女は見つからない。

 

 

 

 

「──なのよ、アンタ!」

 

 

 声が、聞こえた。身体が自然と反応し、の声の方向に走り出す。

 怪物を避けつつ、できる限りで急ぐ。今までが嘘のように、スムーズに進んだ。

 

 彼女の背を視界に捉える。

 

 良かった、無事だったよう……だ?

 

 

「さっきから……ホントに意味わかんない……」

『この物分かりの悪さ、流石はあたし』

「あたしって言わな──え、今バカにした? したよね?」

 

 

 

 ……気のせいか、玖我山の奥に、玖我山が見える。

 

 と言うか、声も2つ聞こえるし、何やら玖我山どうしで揉めてるみたいだ。

 

「玖我山!」

 

 声を掛けてみる。

 こちらを見たのは両方。同じ顔だ。なんでここに居るの、といった表情をしている。

 

「岸波くん、キミもここに来てたの!?」

『スゴいスゴい! ここまで来れたんだ! 地味そうな顔なのにやるじゃん!』

 

 ……また、地味と言われた。

 

「…………け、怪我はないか」

「う、うん。大丈夫、でも……」

『良かったわね、リオン(あたし)? 心配してくれる人が居て。まあナイトとしては見た目不足も甚だしいケド』

「……それで、玖我山、この人は?」

 

 先程から外見について酷い言い方をしてくるこの相手。

 見た目は玖我山 璃音そっくり。下手な双子より似ている。強いていうなら雰囲気が違った。何というか、気怠げというか。

 玖我山のことをあたしと呼ぶ辺り、まさかとは思うが。

 

「それが、その……よく分かってないんだけど、あたし……らしい」

「らしいって何?」

「……さあ?」

 

 彼女に分からないというのに、自分に分かるだろうか。

 

『だから言ってるじゃん、あたしはあたし。あたしが抱える本音なんだってば』

「本音?」

『本音って言うか、本心?』

 

 本音、本心。

 つまり彼女は、久我山が心の奥底で思ってることを代弁するような装置だと?

 

「玖我山は、本心から……自分のことを地味だと思っているんだな……」

「……え、あ、ちょっ……ちがっ、わ、ない、ケド……」

 

 違わないのか。 

 

『あははは。結構面白いね、キミ』

 

 こっちは面白くないんだが。

 

 取り敢えず、受け入れるしかない。ただでさえ現実味の薄い場所なのだ。こういうこともある、と割り切るしかないだろう。

 

「ご、ゴメン」

「……いや、取り敢えずは良いとして。そんなことより……もう1人の玖我山。お前は何がしたいんだ?」

『簡単よ、玖我山璃音(あたし)本音(ねがい)を叶えること』

「願い?」

 

 もしかして、彼女が先程言っていた、見てくれる皆を笑顔にする、という?

 アイドルというきらびやかな夢を追い掛ける、その先に思い描くもの、ということか?

 

 そう尋ねると、彼女の本心は首を振った。

 

『今のリオン(あたし)の願いは、アイドルを辞めて、平和に、誰も傷つけることなく過ごすこと』

「違う! あたしはそんなこと願ってない!」

『でも、後悔してるんでしょ、アイドルをやらなければ、得体の知れない力で“誰かを傷つける”こともなかったって』

「……っ」

 

 誰かを、傷つけた?

 そういえば、何かしらの事故があったとは聞いたものの、具体的な内容は知らない。

 

『簡単よ、チカラが暴走して、それに巻き込まれた一般人(ファン)が怪我をした。表向きには器材トラブルってことになってるケド、あたしがやったの。そうよね、リオン(あたし)?』

「……それは、その……」

「待ってくれ、力って結局何だ?」

 

 玖我山自身が廃工場でも似たようなことを言っていた。

 災害を起こした、とか。

 

『分かんない』

「「……は?」」

リオン(あたし)に分からないことが、あたしに分かる訳がないでしょ』

 

 ……それは、そうか。

 もう1人の彼女の言を信じるなら、彼女は玖我山 璃音の本音でしかない。

 彼女が知らないことを、本心であるもう1人に求めるべきではないだろう。

 

「それで、平和に過ごしたいという願いを叶える為に、ここに幽閉しようってことか?」

『まあ、そんなとこ。だって、もう夢を追い掛けても無駄だって気付いちゃったし。今さら戻っても出来ることなんてないでしょ? だから、出る必要なんてない、ぜーんぶ諦めちゃえば良い。分かった、リオン(あたし)?』

「分かんない。分かるわけないでしょ!」

 

 ……どういうことだ。

 本心ではそう思っているが、玖我山には本当に分かっていないと?

 それとも、分かっていないフリをしているのか。

 

「諦めるのは、玖我山の望みではない?」

「当前! まだまだSPiKAは走ってる途中だし、これから3周年ライブだってある! それに約束したの!」

「グループの人たちと?」

「うん! 見に来てくれる人全員を笑顔にできるアイドルになろうって! いつかアイドルの頂点に立とうってね! だから……だからこんなことで、諦めてなんかいられないの!」

『本当に?』

 

 元気のある全力の宣言に、本音(もう1人)の彼女が反論する。

 

『またあんなことが起きても良いと?』

「それは……心を押さえて歌えばなんとか」

『それで生き残れる程、優しい世界じゃないことは分かってるでしょ。それに、心を込めずに歌って、全員を笑顔に出来るなんて思ってるの?』

「…………」

『気付いているんでしょう? 歌ってしまえば、誰かが不幸になるって。見に来てくれる人を笑顔にするアイドルになんて、どうしたってなれないことくらい。なら、アイドルなんて辞めちゃった方が良い』

 

 玖我山は黙る。黙りこくってしまう。

 確かに、彼女の本心が言っていることは間違ってないだろう。

 本心の発言に間違っている所はない。

 いつ如何なる時でも全力で歌うべきだし、それが出来なければ彼女は彼女らしさを失うだろう。

 

 ──だから。

 

「玖我山、全力で歌えないなら、アイドルは休むべきだ」

「……ッ、キミにッ! あたしの想いを、あたしたちの歌を知らないキミに、何が!!」

「知っているとまでは言えないけれど、聞いたぞ、CD」

 

 今でも、思い返すと気分が高揚してくる。

 ハマる。という気分がよく分かった。

 

「正直、凄かった。聴いていて元気が出たし。はっきり言って、応援したいなって、ファンになりたいと思えた」

 

 廃工場にまで追ってきたのは、それを伝える為でもあったことを思い出す。

 ようやく言えた。

 

 ありがとう、歌を聞かせてくれて。

 本当に、良い歌だったんだ。

 

「え……な、なら!」

「でも、それがキミたちの持ち味だろう。自分が応援したいと思ったのは、全力の玖我山たちだ。全力で、ぶつかろうとするSPiKAだから、応援しようと思える」

「……そうじゃないあたしに、応援する価値がない、っていうの?」

「まあ、似たようなもの、かな」

 

 だから。

 

「だから、言わせて欲しいんだ。……何もかもを諦めるには早いはずだって」

「……ぇ?」

「まだ足掻けるはずだ。今は少しだけ休もう。そうしてよく分からない力と向き合って、解明させて、治してから、万全の状態でアイドルに戻れば良い」

「……ッ」

『…………ハァ?』

 

 きっと彼女にしてみれば、もう耐えがたい絶望を味わった後なのだろう。

 こんな摩訶不思議な現象が起きているのだ。想像を絶する葛藤に違いない。

 それでも、諦めてほしくなかった。

 応援したい、と思えたのだ。本当に、彼女の──彼女たちの歌は素晴らしかった。  

 

『マジで幻滅。少しは説得してくれるんだって期待してたってのに。そもそも心の折れかけたリオン(あたし)に、今さら何ができるっていうの?』

「諦めても何も変わらない。人は前に進む生き物だ」

『進むのが辛いのに? 現実と夢が離れていって、何故進むかも分かっていないのに、休みもせずに進めと言うの?』

「休んでも良い、寧ろ休むべきだ。けれど完全に足を止めるのだけはダメだと、自分は考える。もう1人の玖我山が言っているのは、いますぐ何もかも捨ててしまえ。ということだろう?」

『そ。だって疲れちゃったし。アイドルにも、生きていることにすらも。だって何も変えられない。何も救えないことが分かっちゃったからさ。ね、もう1人の私』

 

 見透かしたような視線が玖我山を捉える。

 顔の色素が抜け落ちたかのように真っ青な表情のリオンは、1歩後ろに退いた。

 

 それが何よりの図星である証明。

 彼女の、諦め。

 

 なら、自分は彼女にやる気を取り戻させることから始めよう。

 どうせ何の手立てもないんだ、出来ることをしたい。

 少なくとも、辛そうな女の子を助けるのは、間違っていないはずだから。

 

「玖我山」

 

──Select──

 >アイドルは好きか?

  アイドルは嫌いか?

  本当に辞めたい?

──────

 

「……え、う、うん。そりゃあまあ、好き、だけど」

「どこが好き?」

「……みんなに希望を配れる所、とかかな」

「うんうん、他には?」

「……キラキラ輝いている所。色んな人を応援できて、色んな人が応援してくれて、自分も仲間も含めて、たくさんの人を笑顔にできる所」

 

 それが彼女の原点。

 自分に元気をくれた存在に、今度は自分が成りたいという、大きくて暖かい夢。

 彼女がアイドルを、続けたい理由。

 

『でも、あたしにそれはできない。歌っても傷つけるだけ。なら、何もしない方が良いに決まってるでしょ』

「それは……」

 

 反論がなかった。

 これが、彼女がそれを諦めようとする理由の1つ。

 アイドルをしても、何も変えられない。ということか。

 

──Select──

  アイドルは好き?

 >アイドルは嫌い?

  本当に辞めたい?

──────

 

「嫌いじゃない、嫌なこともあったケド、何より楽しかったから。前に進めてるっていう実感もあったし」

『結局無駄だったんだけどね』

「……」

 

 黙った。

 ということは、今までの努力が無駄だったと思っているからこその、絶望が?

 

 

 ここまで諦めたい2つの理由を知れた。

 目指したものを、正体不明の力が邪魔していること。

 努力が無駄ったと思い込み、次の行動をとれないこと。

 

 それでも彼女は、夢を抱いている。

 諦めるには惜しい夢を。輝かしく、暖かい願いを。

 

 それを強くするには、マイナスな聞き方をするべきではない。

 発破をかけるように、彼女の強い意思を、輝かせるように。

 

 

──Select──

 

 >玖我山の願いは、その程度の壁に躓いて良いものなのか?

 

──────

 

『もう良いの、その方が楽』

 

 だが、玖我山は答えない。

 悩んでいるのだろう。

 本心からの言葉が、正解とは限らない。だって本当に、その力をどうにか出来る当てがあるかもしれないじゃないか。

 

「やりたいならやれば良い」

 

 言ってから思う。なんて無責任な言葉だろう、と。

 しかし、彼女の問題は認識できた。

 それが何によって引き起こされる現象なのか、どうしたら防げるのか分からない以上、アイドルはできないと思い込んでいるらしい。

 ──だが。

 

「何で辛いことを辞める理由に直結させる? 玖我山はまだ努力できるだろう。玖我山は1人じゃないだろう。誰かに相談はしたか。何処かに研究でも依頼したか。取れる手は、本当にもう残っていない?」

「あた、しは……」

 

 彼女は俯く。自分の言葉は無責任で、残酷なものだろう。希望を与えるだけ与えても、解決することはできないのだから。

 それでも彼女に刺さった。ならばそれは、玖我山にとっても考えるべき可能性の1つのはずだ。

 どうすれば良いのか、なんて己自身にしか決められない。

 だからこそ、安易に結論を急ぐなんて、間違っている。

 

「SPiKA。良いグループ名だと自分も思う。自ら輝く乙女、乙女座の恒星の名が由来。誰が何処に居てどんな状況でも見つけられるくらい輝いて、それが誰かの希望になれば良い。そんな意味合いもあるんだってね」

「え、何でそれを──」

「調べたんだ。さっきも言った、ファンになろうかと思ったし。思わず歌声に惚れそうだったくらいだ」

「な──ッ」

 

 顔を赤く染める玖我山。

 ふ、ふーん。そっか。と顔を反らしながら呟いている。

 

『で、ファンになるから、なに?』

「ああ、すまない。自分が言いたいのはそうじゃないんだ」

 

 まっすぐに彼女を見詰めて、問う。

 

「SPiKAの中で、光っているのは玖我山だけ? 他のみんなは自分の輝きを反射してるだけの存在?」

「そ、そんなこと──」

「4人も居るのに、玖我山1人を照らせない程頼りない光なのか?」

「頼りなくなんてない! ハルナは演技力スゴいし、レイカは1番ストイックに努力してるし、ワカバはいつも一生懸命だし、アキラはダンスがスゴいし。みんなあたしと違う長所がある、みんな輝いている!」

 

 本当に、お互いがお互いを尊敬しあって出来ているグループだ、と昼頃誰かが高説していた。

 玖我山本人も圧倒的な歌唱力を持っていて、他のどのメンバーにも負けていない。欠けて良い存在では決してない。

 先輩も後輩も関係なく、同じところを夢見て、競いあって、叶えあう。

 久我山だけではなく、今のSPiKAから1人も欠けるべきではないのは、自明のことだ。

 

「だとしたら、なんで諦める、なんで希望を捨てる。玖我山がダメなときは他の誰かが支えてくれるんじゃないのか?」

「みんなが……」

「せめて、相談してからにしよう。もちろん自分も力を貸すし、学校の皆も、きっと協力してくれる」

 

 なんたって、今日1日囲まれてた程だし。

 彼ら彼女らの情熱は、身を以て知っている。

 

「……そっか、そうだよね」

 

 

 彼女の纏う雰囲気が、何処か変わり始めた。

 恐らく、良い方向へ。

 

「もう1度聞く。玖我山 璃音の、アイドルへの想いはそんなものか? そんな簡単に諦められるのか?」

「ううん……できない。あたしはアイドルが好きだから。あたしは憧れたアイドルになるって決めたから。あたしのアイドルへの想い、嘗めないでよね!」

 

 涙を堪えながらも、明るく、見る者を元気にする笑みを浮かべた玖我山を見て、ひとまず安堵する。

 

 

 黙ったままの、もう1人を忘れたまま。

 

 

 

『つまーんなーい』

 

 





 一言だけ言わせて欲しい。



 ルビ多い!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月16日──【????】契約とチカラ

 

 

『アンタに分かるの、あたしの絶望が! 勝手なことばっかり言って! そんな、平和そうな顔をしたアンタに!!』

「顔は関係ないだろう」

 

 というかさっきからもの凄い回数顔を貶されているんだが。

 玖我山、面食いなのか?

 

「正直、他人である自分に、玖我山の悩みなんて理解できない」

『だったら!』

「でも、自分だって悩んだことがある」

 

 自分にだって、生を諦めかけたことがある。

 

「目が覚めたら、知らない場所だった」

 

 知らない間に、時間に取り残されていた。

 

「記憶がなく、身体も動かず、ただ明日を想っていた」

 

 何をすれば良いか。何をしたいかも分からず、ただきっかけを欲していた。

 

「そんな自分にでも、訪れた奇跡があった」

 

 それが来なかったら、自分はきっと、失意のまま……ああ、だから。

 

「だからこそ、無責任でも自分は言う。試せることがあるなら、試してから諦めるべきだ。玖我山には、まだ頼れる人が居る。頼れる場所がある」

 

 押し付けだと分かっていても、諦めさせることなんて、できない。

 諦めていたらと思うと、恐怖がこの身を包む。それを味わってほしくないから。

 

『……ホ、ホントうざい! もういい、消えて……消えてってば!』

 

 

 

 

 ──吹き飛ばされたと気づくのに、そう時間は要らなかった。

 気づくと光景が遠ざかり始めており、すぐに止まる。

 同時、背中に激痛が走った。

 

「かはッ!!」

「岸波クンッ!?」

 

 泣き出しそうな、悲鳴のような声で名を呼ばれる。

 ──痛い。

 激痛が走り、身体が動かしづらい。

 リハビリしていた時の感覚に近い。いや、その時よりも辛いが。

 何故か、手が温かい。

 掛かっていたのは、赤黒い液体。

 それが自分の血であると悟るのは、そう難しいことではなかった。

 

 ──いったい、何が。

 身体は鉛のように重い。全身が危険を訴えている。それ以上動くな、と。

 揺らめく視界で、原因を探る。

 もう1人の玖我山から、黒くて大きなモノが生えていた。

 本来であれば、細い腕が続くはずの部分。

 肩から伸びた腕のようなものによって、自分は吹き飛ばされたのだ。

 

 玖我山が、彼女の本音が起こした事態に涙を溢す。

 ……泣いて、いるのか。

 その涙が、何によるものなのか分からない。

 自責か、心配なのか、或いは検討つかない何かなのか。それでも、自分が不甲斐ないばかりに、女の子を泣かせてしまった。

 

 

『アハハハハッ! 身の程を弁えないからそうなるのよ。不適格。不適合。分不相応。貴方ごときに私を変えることはできない! わたしを支えるなんて栄誉を受ける価値が、アンタにはない!』

 

 彼女ではない彼女の声が聞こえた。

 

 ……価値がない、か。

 

 ────

「貴方に価値を見出だしたのは我々ですが、それを見せたのは貴方ですよ、岸波君。もしかしたら見込み違いかもしれない。けれど、逆に貴方が努力を続ければ、こちらが期待した以上の価値を身に付けるかもしれません。今後の過ごし方次第ですね」

 

 

「誰かと関わり、理解し理解されること。何かを学び、何かに活かすこと。積極的に働きかけ、物事を動かすこと。色々な経験が糧となり、そのすべてが、その人間を構成する価値となる。いいだろうか──人は生きている限り、自分の価値を磨き続けられるのだ」

 

 ────

 

 ふと思い出したのは、生徒会長と北都グループ会長の言葉だった。

 

 価値がない。そうだ、今の自分には確かに、その程度の価値しかないかもしれない。

 ここで止まれば、ここで辞めれば、自分にはその程度の価値しかないことになる。

 

 それで、良いのだろうか?

 

 ──Select──

  良い。

 >良くない。

 ──────

 

 良くはない。

 自分には、期待が掛けられている。北都グループから、北都会長から、美月から。

 それに応えず倒れるようなことはしたくない。

 

 だが、あの日偶然にも目覚めることがなければ、もともと朽ちていたはずの身体、死んでいたはずの意思だ。

 起きた奇跡が、起きなかった必然に帰るだけ。

 

 なら、このまま目を閉じた所で変わらない。

 本来辿ったはずの運命へと帰着するのだろう。

 

 やれることは疾うに失せた。

 もう、終わるべきなのかもしれない。

 

 

 ──Select──

  終わらせる。

 >あきらめない。

 ──────

 

 

 ──まだ、諦めたくない。

 そう思って、起き上がろうとした。

 

 しかし、激痛が邪魔をする。

 意思に反して、身体は限界を訴えていた。

 

 それならば……いや、それでも。

 

 

 

 ──Select──

  もう、終わらせる。

 >まだ、あきらめない。

 ──────

 

 

 

 終わりたくない。

 終わらせられない。

 このまま終わるのは許されない。

 

 目の前で泣いている子がいる。

 自分に期待してくれる人達がいる。

 

 彼女を助けられるかは分からない。

 いつか彼らに見捨てられるかもしれない。

 

 だが、例えそうだとしても、今、ここで自分から膝を折るのは間違っている。

 ……間違っている、気がするのだ。

 

 

 

 

 それでも、現実は変わらない。動かないものは動かないのだ。

 痛みは限度を超えている。

 痛み以外を感じられないが故、最早それを喪失するのが怖い。

 それを失えば、自分は死に体。

 目を覚まさなかった自分と同じだ。

 ……怖い。怖いとも。

 

 

 

 ──だが、ここで無意味に消える方が、もっと怖い。

 

 

 

 ここで止まるのなら、自分の覚醒はなんのために。

 ここで止まるのなら、彼らの投資はなんのために。

 

 

『ふーん……?』

 

 

 

 ──立て。

 

 

 

「うそ、やめて……」

 

 

 

 

 怖いままでいい。

 

 

 

 

『ふぅん、まだ立てたんだ、スゴいスゴい。』

 

 

 

 

 痛いままでいい。

 

 

 

 

「だめ……立たないで! 死んじゃう、死んじゃうからぁ……っ!」

 

 

 

 

 その上で、もう1度、考えないと。

 

 

 

 

『あははっ、良いじゃない。それじゃあ素直に、死んで。バイバイっ』

 

 

 

 だって、退く意味は1つもない。

 生き長らえた意味も、目覚めた意味すら見つけていない。

 

 まだ、足は前へと踏み出せる。

 意思(じぶん)はまだ、途絶えて(諦めて)などいないのだから──!

 

 

 

 

 

 ──“その願い、聞き届けた”。

 

 

 

 瞬間、世界が停止して。

 何かが割れる、音がした。

 

 

 ────

 

 

『力を欲するか』

 

 声が、聴こえた。

 何が語りかけてくるのかは分からない。

 直接脳内に影響し、身体と思考に圧力をかけてくる。

 

 ──死。

 応えても応えずとも、自分がそこに至ることを直感する。

 だが──

 

『人間一匹が足掻いた所で何も変わらぬ』

 

 そうかもしれない。

 

『諦めた方が楽であろう』

 

 そうかもしれない。

 

『ならば、なぜ足掻く』

 

 決まっている。

 諦めたくないからだ。

 たったそれだけのことなら、足を止める理由にならない。

 自分は未だ何もしていない。試していない。挑んでいない。

 岸波白野は、たったの1度も、自分の意志で闘ってすらいないのだから──!

 

『ク、クハハハッ、傑作、傑作よな。滑稽を通り越して愛惜しさすら覚える。──宜い、その蛮勇に免じ、妾の寵愛をくれてやろう』

 

 言葉の半分も理解できない。

 しかし、死の気配が、微かに揺らいだ。

 とはいえ本当に微かな揺らぎ。

 未だに重圧が身体を蝕んでいる。

 

『無論、ただで受けられると思ってはおるまい。対価はもらおう──“契約”じゃ』

 

 そうでなけば面白くない。と嗤う声。

 悪意に、蔑意に満ちたその声を聴きながら、頭に留まるワードを掘り返した。

 

 “契約”。最近、どこかで聞いたような気がするが。

 

 ────

『契約がどのような形のものであるかは、私には分かりかねます。ですが……フフ、貴方も変わった定めをお持ちのご様子。近く、今後を左右されるような重大な選択が待ち受けているのやもしれませんな』

 ────

 

 そうして、あの夢を思い出す。

 長鼻の男──イゴール。

 潜水艦──ベルベットルーム。

 契約。重大な選択とは、これを指していたのだろうか。

 

『この契約を交わせば、貴様は人としての──』

 

 ──Select──

 

 >構わない、結んでくれ。

 

 ──────

 

 聞くまでもなかった。

 元より、覚悟は決まっている。

 未来が怖くて、前を向けるか。

 

『……フンッ、では精々愚かに足掻くが良い。退屈がてら、覗いてやるとするかの』

 

 ────

 

 

「足掻け──」

『!?』

「“フォティチュード・ミラー”!」

 

 胸元で光るエネルギーを、顕現する。

 

 停止していた世界が動き出す。

 何だか意識がはっきりしていた。

 

『なに!?』

 

 迫っていた黒い腕を、鏡のようなもので受け止める。

 これが何かは分からない。けれど、使い方は分かる。

 もう1人の玖我山をはね除け、鏡を自分の周りに舞わせた。

 自分の周囲を周遊する、鏡。これが、自分の手に入れた力の1つ。

 

 だが、これでは足りない。

 けれども、それを補う方法まで、頭の中にあった。

 

 胸の奥底でナニかが昂る。

 

 右手にサイフォンを持つ。それは見慣れない画面を映していた。

 

 ──SOUL DEVICE──

 

 ソウルデヴァイス。ああ、単語だけでも分かる。この武器(かがみ)のことだ。

 分かっている。これともう1つの力の使い方、それらの使い分け方も。

 

 左手を右手に引き寄せるのと同時に、鏡を左側からサイフォンへ。

 2つがぶつかる直前、それはデータのように分解されて、サイフォンに収束していった。まるで収納されていくかの如く。

 そう、なんだよな? そこら辺、知識はあれど確証はない。まあ、今はいいか。

 それより、やるべきことがある。

 

 SOUL DEVICEと表示されたサイフォンの、“下に示された文字列”に指を添えた。

 

 

──ペ

 

 

 それに抗う力の名を、呟き始めた。

 

 

──ル

 

 

 込めるべき想いを、知っているような気がした。

 

 

──ソ

 

 

 これが、これこそが、現状を打破する鍵。

 今の価値の自分に、“できること”だ!

 

 

 

──ナッ!

 

 

 

 

 自分の身体から、ナニかが溢れ出す。

 そうして出来上がる影。浮かび上がったのはもう1人の自分だ。

 その力、名をペルソナ。

 使い方──否、共闘の仕方は頭にある。

 

『ナ──ッ!?』

「え……っ?」

 

 玖我山ともう1人の彼女が驚いている中、自分はペルソナに目を向けた。

 

 そこに浮かんでいたのは、超常と呼んでいい存在。

 

 露出度の高い着物のようなものを身に纏う、桃色の髪の女性。何より特筆すべきは、透けて見えることや浮かんでいることを除けば、彼女の頭の上にある狐耳と、ぶらさがる尻尾だろう。

 

 そんな彼女と、目があう。

 

『我は汝、汝は我──なーんてやってられますかっての。貴方様のその頑張り、その慟哭、その決意を耳に入れ、やって参りました良妻狐。みこっと頑張りますので、何なりとご命令くださいな。どうか末永くお側に置いてくださいまし、ご主人様』

 

 実際に発せられた言葉ではない。けれども、そんな挨拶をしてくれた気がした。

 お願いするのはこちらである。

 

「これからよろしく、“タマモ”」

 

 気のせいかもしれないが、嬉しそうに頷くペルソナ──“タマモノマエ”。

 自分が、契約の結果手に入れた、“もう1人の自分”。

 この力を持って、何が出来るようになるのかはわからない。

 ただ、何もせずに諦めるという選択は、しなくて済みそうだった。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの!?」

 

 玖我山が駆け寄ってくる。

 その瞳は少し潤んでいて、強く擦った跡が残っていた。

 

「一応は。ごめん、心配かけた」

 

 言葉では恐怖を拭えないだろう。ひとまず、頭を撫でて落ち着かせる。

 ぁ……っと吐息を溢しつつも、自分が冷静でないことに気付いてくれたのか、目を瞑って大きく深呼吸をした。

 

「別にキミが謝ることじゃ……ううん、ありがと、少し落ち着いた」

「良かった。……さて、後は彼女をどうするか、だね」

「うん……って、そんなワケないでしょ! その……ソレ! ってかさっきの鏡! あれなに!?」

「それは後で」

 

 自分の目線の先では、警戒を露にした玖我山の本心がこちらを睨み付けている。

 玖我山の頭部から手を離し、彼女を隠すようにして立つ。

 

『今、何をしたのよアンタ……立ち上がったのはスゴい、誉めてあげる。ケド、リオン(あたし)の隣には、分不相応なんだって。消えなさいって、言ってるでしょ!』

「自分程度……ああ、そうかもしれない。けれど、自分にできることは自分が決める。お前が決めることじゃない!」

 

 自分にできることなんて、そう多くないだろう。

 強いて言うならそう……諦めないことだけだ。

 

「玖我山。玖我山は、玖我山の本心と向き合わないといけない」

「向き合う……うん、分かってる、つもり」

「なら、それまでの時間稼ぎと場の整理、自分に任せてくれないか?」

「……大丈夫なの? それに、その怪我も」

「わからない。けど、諦めたくない」

「……わかった。何が何だかわからないけど、信じる。私は……私にも、諦めたくないことがあるから!」

 

 落ち着いた彼女の瞳には、強い炎が燃えている。

 それは恐らく、未来を映す輝きだろう。

 

 ──ああ、初めて会ったときに感じた、あの明るさ(チカラ)だ。

 アイドルという職業に夢を抱き、何かを変えんとするその輝き。

 自分が無意識に、かっこいいと思ったもの。

 

『フ、フフ……諦めたくないですって? 私の夢が自分を傷付けるのに?』

 

 不意に、もう1人のリオンの存在が大きくなる。

 恐怖感、圧力が増し、それがそのまま──外型の変化に繋がった。

 

 人型を模していたその姿は2倍、3倍へと膨れ上がり、その原型を無くす。

 ──それは、天使のような姿を持ちながら、相応しくない禍々しさを持った堕天使としてこの地に降り立った、敵。

 太くて黒い両腕に、不吉な黒い翼。胴体は灰色で、身体の隅にむけて黒さを増す。

 狂ったように笑い、平然と見下してきた。

 辛うじて読み取ったその瞳の暗さは、はたして何なのだろうか。

 

『歩みを止めてもいいじゃない。止めるべきなのよ。良いわ、あたしは影。真なる影。踏ん切りのつかない貴女(あたし)に代わって、諦める理由を作ってあげる!』

 

 

 間合いを詰められ、肥大化した拳を振るってくる。

 

「ッ、タマモ!」

 

 ペルソナを呼ぶ。しかしタマモでは受け止めきれず、少し後ろに飛ばされた。

 

『軽い軽い……人1人、どうしてこんなに軽いのかしら』

「それは、お前が人に期待していないからだ」

 

 自分の悩みは自分にしか解決できない、と思い込んでいるからだ。

 

 身体に走る痛みを無視して立ち上がる。

 どうやら、まともに攻撃を受け止める程の力は自分にないらしい。

 なら、遠距離でどうにかするしかない。

 そういった技は……ああ、その使い方も、いつの間にか“知っていた”。

 

「【エイハ】!」

『ぐっ……フフ、その程度?』

 

 精神力を代償に、呪術を飛ばす。

 攻撃自体は届いたものの、大きなダメージになっていないようだった。

 

『フフッ、【諦念の圧】(防げるかしら)

 

 お返しに、と言わんばかりに向けられたのは強烈な圧。念の固まり。

 それを全力で横に跳び、回避する。

 さあ、反撃だ──

 

「【アギ】!」

『きゃ!?』

 

 炎属性の技、【アギ】。

 たかが人間の攻撃と慢心していた為か、避けずに喰らい──相性が悪かったのか、体勢を崩す。

 ここだっ!

 

「畳み掛けるぞ、タマモ!」

 

 相手の弱点が把握できたのなら、そこをどう上手く突くかという1点に対策は帰着する。

 こちらの弱点が暴かれていない優位性をどう保つかが、この勝負の別れ所だ。

 

 

 怒濤の連撃を加えた後は、警戒されている【アギ】を使わずに【エイハ】で立ち回った。

 お互い、着実にダメージは溜まっていく。耐久戦。

 だが、弱点を握っている自分が少し有利。火力にも防御力にも劣る自分が優位を握り続けて続ける、“諦めない”という得意分野。

 

 そして、敵は突っ込んできた。遠距離戦では埒が明かないと考えたのだろう。

 

『なによ……何なのよ、アンタはァ!』

 

 絞り出された問い。

 残念ながら、上手い答えは思い付かない。

 それでも自分が何者なのか、今答えるとするならば。

 

「岸波 白野──ペルソナ使いだ」

 

 きっとこれしか、言えないだろう。

 

 【エイハ】で2度牽制し、【アギ】を唱えた。

 

『う、うあああああああ!』

 

 近付いてくる敵影が燃え、自分の所まで届かず、振るわれかけた腕は地に落ちる。

 ようやく訪れた平穏に、留めていた重い息が口を突いた。

 

「……終わったの?」

 

 後ろで控えていた玖我山が、恐る恐るという形で訊いてくる。

 

「自分の戦いは」

 

 あとは玖我山の番だ。と背中を押す。

 その先には、数刻前と同じ、もう1人の彼女が立っていた。

 

『ただの人間如きに……』

「……違うよ、諦めないからこそできることがあるんだって、私は彼から教えてもらった。ただの、なんて言っちゃダメ、人は強い。この世界にはまだ、頼れる人がいっぱい居るんだよ」

 

 2人の玖我山がこちらを向く。

 少し気恥ずかしいので、目を逸らした。

 

「選択肢をくれてありがとう、でももう大丈夫。絶対に失わないし、傷つけないよ。諦めなければ人は色んなことが出来るって、今日また知れたからね。私はそれをテレビで証明して、色んな人にその希望を届けないと……ううん、届けたい。目指せ、スーパーアイドル!」

 

 それが、彼女の夢。

 それこそが、彼女の原点。

 彼女の、歩み続ける理由。

 

「その為に、貴女も力を貸してくれる?」

『……』

「今は無理でも、いつか。一緒にユメを、あの“伝説のアイドル”を目指そう!」

 

 もう1人の彼女は頷く。満足そうに、嬉しそうに、淡い光へと姿を変えながら。

 そうしてその光は、リオンへと取り込まれた。

 彼女に、何かしらの力が宿ったことを感じる。

 

「すごい、力が溢れてくる。それに、使い方も」

 

「ああ……」

 

 感嘆する程きれいな光景が、目の前に広がっている。

 淡い、紫の光が彼女の周囲を舞いつつ、体内へと還元されていた。

 発言から察するに、彼女も自分と同じ感覚を体験しているようだ。

 

 ──それにしても、疲れた。

 思わず地面にへたり込む。

 そういえば、ここはどこなのだろう?

 

 漸くと言うべきか、一段落して状況が整理できる程の余裕を得た。

 

 整理できるほど情報が揃っていないことが、一番痛手だが。

 

 そう考えていると、複数の足音が聴こえてくる。

 

「そこの方々、ご無事で──久我山さん!? それに、岸波くッ──」

 

 目を向けると、美月と、黒服の方たちが一緒に居た。

 

 声を出すのも億劫なので手を挙げようとして、挙がらないことに気づく。

 視界が歪み始めた。

 近くに誰かが寄ってくる。

 

「怪我が酷い……すぐに処置します! 玖我山さん、彼に声をかけ続けてください! キョウカさん、病院の手配を──」

「そんな……岸波くん! 岸波クンッ! お願い目を開けて──!!」

 

 

 ────

 





 7000文字。自分的には長い。でも戦闘は短い。チュートリアル戦だから仕方ないネ。

 選択肢は、1つ間違えるとバッドエンドです。
 Fate/Extra風。世界は違えど、抱く覚悟は同じ。

 そういえば原作OPで、サイフォンをスライドするとソウルデヴァイスが出てくるシーンがありましたね。ということで演出はそれで。本作品ではすべてサイフォンによる出し入れを基本とします。

 サイフォンにソウルデヴァイスを当てる(ぶつける)。
→ソウルデヴァイスが消える。
→サイフォン表示画面のPersonaという文字列をスライド。
→「ペルソナッ!」

 ソウルデヴァイス。形としては鏡。玉藻静石みたいなヤタノカガミみたいなアレ。
 名前はまんま、不屈・鏡を横文字に。生の理由など、自分を見つめ直して諦めの悪さを発揮すること多かった気がするので。
 さすがの白野さん、モノローグ長い。原作かっこよすぎて何処変えるか悩んだ。

 で、ペルソナは玉藻。出した理由は作品紹介から分かるでしょう。趣味です。ここに関しての批判は一切受け付けません。
 とはいえ今作ではただの1ペルソナ。今後喋りませんのでご了承を。
 物理的に語りかけてくるぅー的なことはあるかもしれませんが。

 ちなみに時坂くんと柊さんは原作プロローグを遂行中。
 だから柊さんは現れません。日にちを確認してもらえば同日のはず。そこらへんは原作を意識。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日──【杜宮総合病院】これからのこと

 

 

 

 ──ここ、は……?

 

「気が付かれましたか」

 

 知らない天井だ。

 本当に。

 

「少々お待ちください、医師とお嬢様方を呼んで参ります」

 

 朧気な視界の隅、朦朧とする意識のなかで、雪村さんらしき人の声を聴く。

 顔を向けようとして、全身が鉛のように動かないことに気付いた。

 痛みもない。全身の感覚がぼんやりとしている。

 

 動こうとすることを止め、現状認識を優先させてみよう。

 自分は確か、玖我山を助ける為に立ち上がり、戦ったのだ。

 ソウルデヴァイスとペルソナ、超常なる2つの力を手にして。

 

 ……戦った、か。

 

 戦えていたのだろうか。

 偶然得た、摩訶不思議な力を以て。

 助けられたのだろうか。

 自分にはない、輝く夢を持った少女を。

 

「岸波君、起きられ──」

「岸波くん!」

 

 ……ああ、そうか。

 虚ろな視界で、女性の表情を捉える。

 玖我山 璃音と北都 美月。

 痛ましそうに涙し、けれども嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 その顔から察するに、すべてとはいかずとも、だいたい上手くいったのだろう。

 

「キョウカさん、現在の彼の状態は?」

「概ねの処置は完了しています。もう少ししたら麻酔も切れ、話せるようになるでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

「あ、あたしからも、ありがとうございます」

「恐縮です」

 

 そうか、麻酔のせいでぼんやりとしているのか。

 動きたいが、やはり無理そうだった。

 それなら仕方ない。睡魔に身を任せてしまうとしよう。

 

「……あら、寝てしまいましたね。詳しい話はまた明日と言うことでよろしいですか、玖我山さん」

「あ、はい。分かりました」

「それでは今日は一旦帰りましょう。また明日、放課後に。……岸波くんも、また明日」

「……また明日ね、岸波くん」

 

 

────

 

 

「まずは、謝罪を。救出が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 翌日の同時間帯。窓から見える空が、若干赤く染まり始めた頃、3人は再度ここに集まった。

 杜宮総合病院の1個室。

 窓際に美月と雪村さん、廊下側に玖我山と、ベッドの両際を挟まれる。

 

 そうして開口一番、美月はそう謝罪した。

 

「なんの謝罪か分からない」

「申した通り、遅くなったことについてです。あちらの世界の反応を感知しながらも、準備に手間取ったせいで、貴方に重症を負わせてしまいました」 

「それは……違うはずだ」

 

 助けがくる可能性には気づいていた。だが事態の非常識さと緊急性を見て、それを待てずに突っ込んだのは自分。力不足ながらも彼女を助けようとし、結果として重症を負っただけ。

 

「そうですよ、謝罪するとしたらあたしです! あたしが、あんなことを起こしたせいで!」

「それは仕方のないことです」

「皆様、そこら辺で」

 

 雪村さんが嗜める。

 そうだ、誰が悪いと言うことはない。

 例えばそう、すべて間が悪かった、というものだろう。

 幸い怪我したのは自分だけ。自分が誰かを責めるつもりがない以上、ここで終わらせておくべきだ。

 

「あちらの世界……と言うからには、美月たちは知っていたんだな」

「ええ、それらを今から説明させて頂きます」

 

 彼女は、自分と玖我山を一瞥し、ゆっくりと目を閉じた。

 

「お2人が体験したのは、“異界化(イクリプス)”と呼ばれる事象です。これは今に始まったことではなく、世界中で似たような事例が確認されています」

「あんなことが、世界中で!?」

「それは……」

「それらは日常の裏に確かに存在しています。表に出てくることは早々無いですが、今回のように犠牲者が出てしまうことも少なくありません」

「け、ケド、そんな話聞いたこと……!」

 

 ない。ないはずだ。

 一般常識的な部分は、書物からの知識だが手に入れている。半年分の新聞だって読んでいた。その中にそんな話題は一切出ていない。

 

「公にならないのはある意味当然でしょう。あくまで“裏”での出来事。連なる組織が揉み消しを図りますし、万が一今回のように巻き込まれた一般人が居るなら、記憶消去等の措置がとられていますので」

「き、記憶消去ッ!?」

 

 穏やかでない。

 そんな技術が開発されていたことも、それが秘密裏に執り行われていたことも。

 

「じゃああたし達も……?」

「……いえ、それはありません。可能ならばそうしておきたいですが、出来ないというのが正しいでしょう。お2人は、正しく覚醒されましたので」

「……ぇ?」

 

 覚醒。

 そう言われて思い浮かぶのは、あれらしかない。

 

「ペルソナ……ソウルデヴァイス……」

「はい、その2つです」

「ちょ、ちょっと待って! お2人ってことは、あたしもその……ペルソナとソウルデヴァイスってのを使えるようになってるの!?」

「玖我山さんの経験を聞いた限りでは、そのようですね。岸波くんも感じ取れたのではないですか?」

「……ああ」

 

 それは確かに、自分も感じた。

 あの時、消え行くもう1人の玖我山が本人に取り込まれ、彼女の力に変わるのを。彼女が同種の力に目覚めたことを。

 

「え、じゃあホントに……?」

「ええ」

「……それで、あの力は何なんだ?」

 

 使い方は分かっても、概要は分からない。知っていることがあるなら、是非教えてほしい。

 

「ペルソナとは、もう1人の自分(本音)を受け入れた時に生まれる力。ソウルデヴァイスとは、目の前の困難(現状)を乗り超える覚悟を抱いた時に生まれる力。本人が心の奥底で無理だと諦めたことを、正しく受け入れつつ乗り越えようという足場を構成するためのもの、ですかね」

「……つまり?」

「簡単に言えば、あれは“足掻こうという意志”の力、といった所でしょうか」

「意志の……力?」

 

 玖我山が聞き返す。

 自分も、正直そうしたかった。

 説明されても、何がなにか分からない。本音を受け入れて、現状に抗う覚悟があれば、戦えるということか?

 

「具体的には、そういった形で曖昧に捉えていただいて構いません」

「え、まだよく分かんないんですケド……」

「2つの意志の力は、サイフォンを通じて切り替えることが可能です。ペルソナを使用するときにはソウルデヴァイスを仕舞う必要があり、ソウルデヴァイスを使用するときにはペルソナを解除する必要があります。これは、両方が心の力を源にして抽出された別存在だからだという説もありますが……詳しいことは未だに謎が深くて」

 

 両方の力も本質的には同じということか。

 確かに自分も、ソウルデヴァイスをサイフォンに収納してからペルソナを呼んだ。なんとなくそうすべきなのは分かっていたが、そういう理由があったとは。

 

 自分が理解したことを噛み砕いてみるならば、水道に例えてみよう。

 ソウルデヴァイスが水で、ペルソナがお湯。ハンドルやレバーの役割をサイフォンが果たしている。

 謂わばサイフォンは切り換え役。大元は同じ2つのモノは2つ同時に排出されない。だからこそサイフォンを通じて使い分ける必要があるのだ。

 

「ペルソナやソウルデヴァイスは、ここでも出せるのか?」

「いいえ、基本的には異界の影響下でないと使えません。あそこらは心の力を増幅させ、その具現化がしやすくなった世界ですから」

「なら、日常生活でこれが関係してくることはない、と?」

「その力を持つことによる副作用は確認できていません。過ごしづらくなったり、突如制御できなくなることはないでしょう。ですので、無事に生活を送ることは可能ですね」

「……危険はない、と。だから詳しく説明する必要がない、とは思ってないよな?」

「捉え方は自由です」

 

 ……まあ、目覚めたものが善くないものではなかった、というのは朗報だ。安心していい。

 しかし、いつまでも自分の中によく分からないものがあるのは落ち着かない。未知の恐怖に支配されているようだ。

 

「力を使う上での注意点を教えておくなら、ソウルデヴァイスの使用には体力を、ペルソナの使用には精神力を使うこと。これら2つの力は魂に起因するものなので、原則、同時使用ができないこと。ペルソナがダメージを受ければ自身にもフィードバックがあること。それぞれのペルソナには出来ることと出来ないことがあり、個性があること。……これくらいでしょう。あとは実践で掴んでいってもらえれば」

「……実践?」

「はい……現在お2人には、2つの選択肢があります。

 ──日常に戻るか、裏に足を踏み込むか、ですね」

 

 それは、つまり。

 

「あの世界に、また行けっていうの……!?」

「いいえ、お2人の意志を尊重します。決して無理強いはしません。言い方は悪いですがお2人は素人、今回のようにただの怪我で済む保証もありません。選んだ後、途中で道を変えてもいいでしょう。ただ、現時点での考えを聞いておきたいんです」

「考え……」

 

 関わるか、関わらないか。

 聴くのは、リスク管理という面を含んでいるのかもしれない。

 彼女たちは先達者のような立場だと、勝手に判断している。先にこれらの知識に触れていて、現場慣れもしているのだろう。もしかしたら色々とサポートしてくれるつもりかもしれない。

 

 しかしどうする?

 関わり続けるということは今回のような目に。死にそうな体験をしていくということだ。

 そんなものに自分から関わり続ける必要は……ない。絶対にない。

 ……ないのだが。

 

「何か、あるのか? 自分たちのような素人も数に入れないといけないような何かが」

「…………」

「その沈黙は、肯定と捉えて良さそうだ」

 

 笑顔のまま固まった彼女。美月にとって少し都合の悪いことかもしれない。

 だが、だとしたら、今こそ約束を果たす時だろう。

 

「以前、自分が言ったことを覚えているか?」

「……ふふ、そうですね。何かあった時は頼れ、と言ってもらったんでした」

「ああ、もし困っていることがあるなら、力を貸したい」

 

 それに、これも自分の価値を上げるための努力だと思う。彼女の周囲で何かが起こっているというなら、それを手伝うことで見えてくることもあるはずだ。

 

 加えて……契約もあることだし。

 

「じゃあ、岸波くんは」

「ああ、事情を話してくれるなら、手伝おう」

「……ありがとう、ございます」

 

 自分は決めた。

 あとは、玖我山だけだ。

 悩むような素振りを見せた彼女は、恐る恐る口を開く。

 

「……1つ、聞きたいんですけど。世界中で、似たような事件が確認されてるんですよね? ってことは、今後身の回りで、あたしと似たような事件が起こる可能性も、あるってことですか?」

「はい。特にこの杜宮に居る限りでは、あり得るでしょう」

「杜宮では?」

「ええ、ここ数年、杜宮はこの“異界”関連事件が多発しています。それも、年々増加する形で」

「え、じゃ、じゃあ高校の皆や、パパやママも……」

「絶対に無事、とは言えないでしょう。そして、玖我山さんが力を付けた所で、それに対応できるかは分かりません。……が」

「助けられる可能性は、上がる」

 

 だが、それでも死地に向かうという恐怖はあるだろう。

 彼女は少し黙った。

 噛み締めるように、手を強く握りしめている。

 

「……別に答えは急がない、そうだろう、美月」

「はい。焦らなくて良いですよ、玖我山さん」

「……いえ、大丈夫です」

 

 不意に薄紫色の瞳に、決意の火が灯った。

 

「誰かを助けられるなら、やりたい。誰かに希望を届けるのは、あたしが目指すアイドル()そのものだから!」

 

 それは、彼女があの世界で得た答えの1つ。

 追い続ける夢を抱くことで、彼女は立ち上がった。

 向き合ったからこそ得た強さと答え。

 それを持つが故に彼女は、それに向き合うことを決めたのだろう。

 苦痛と、そこから得たものを知っているから。

 

「そう、ですか。……覚悟を問う必要は無さそうですね」

 

 頷きを返す。

 玖我山も力強く頷いた。

 

「それでは……ようこそ、日常の裏側へ。一緒に、杜宮を守っていきましょう」

 

 詳しい話は、また後日ですね。

 その発言で、今日の残り話は歓談へと変わった。

 

「そういえば気になってたんだが、何で岸波くんは、北都先輩を美月って呼び捨てに? まさか、そういう関係だったり?」

「「……あ」」

 

 





 ほとんど喋らない雪村さん。お付き人の鏡。

 というわけで、取り敢えず1話終了。
 リオンが仲間に。
 お付き合いありがとうございます。

 今章主題は、“夢を追うこと”への諦め。
 夢を追うことを諦めたいと思ってしまったリオンと、夢を抱けない白野の邂逅含め3日間のお話でした。
 だとしたら副題は“夢の輝き”とかですかね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 1
4月20日──【ベルベットルーム】住人




 今更ながらにオリキャラ注意報。
 ベルベットルームのキャラはオリジナルにするしかないし、仕方ない気がする、うん。告知が遅れたことは本当に申し訳ないです。

 ストーリー上でメインに関わるオリキャラは、多分居てももう1体くらいかな。クロスオーバーだと何処までをオリジナルと定義するかがわからなくてもう……






 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 目が覚めた……訳ではないみたいだ。

 周囲を見渡す。

 見覚えのある不思議な空間。濃い蒼で統一された部屋──ベルベットルーム。

 歓迎の言葉を口にしつつ、目の前で操舵席に座る老人はイゴール。ベルベットルームの主を名乗る男性だ。

 そしてその隣にいる女性は……誰だ?

 

「前回は紹介が出来ずに済みませんでしたな。この者の名はアメーリア。彼女も、お客人の今旅の供を勤めさせて頂く、この部屋の住人でございます」

「アメーリアです、以後、よしなに」

 

 蒼い服に銀色の髪。艦長のような帽子を被る彼女は、浮世離れした美人という表現が似合う女性だった。

 アメーリア。旅の供という紹介だが……そもそも、旅とは?

 

「今後進んでいく道。将来への旅路でございます。契約を果たされたお客人に付き添い、時に手助けさせて頂くのが、私どもの勤め」

「見事力を覚醒させたご主人様には、こちらを」

 

 アメーリアが差し出した手には、鍵のようなものが乗せられている。

 ──……って、ご主人様ぁ!?

 

「? 何か不都合がお有りで?」

 

 ──いや、無いが。無いが……!

 

「無いのでしたら、構いませんね?」

 

 ──……はい。

 ご主人様と呼ばれているものの、まったく敬われている気配がない。そもそも何故ご主人様なのか。イゴールのようにお客人とかでは駄目なのか。

 駄目なのか、そうか。

 

「フフ……それは、契約者の鍵。今この時より、あなた様はこのベルベットルームの正式な客人となりました。今後、あなたがこの部屋を訪れたいときはそれを使われるとよろしいでしょう」

 

 そもそも何処からここに来るのだろうか。

 

「では、初回は私が町でお待ちしております」

 

 ──どこで?

 

「お探しください」

 

 ──……はい。

 

「さて、では私から本日お呼び立てした本題の、要点をお伝えします。ご主人様のペルソナ能力についてです」

 

 ペルソナ能力。タマモのことか。

 

「部分肯定します。正確には、その根元。ペルソナ能力の特性……とでも言えばよいでしょうか。ご主人様の能力は、“ワイルド”。特別、特異、他者とは一線を画したもの。無限の可能性を持ちつつ、埋もれやすい才です」

 

 ワイルド、自分の才能。

 無限の可能性と言われてもピンと来ないが、まだ定まってないという意味では、理解できる所もある。

 

「ペルソナ能力は心を御する力。その力は誰かとの縁によって築かれていくもの。その力の行く末を見届け、記録していくのが私の役割です」

 

 その力は、付けていくとどうなるのだろう。

 

「いつか、分かる時が来るはずです。今説明しても、納得しきれないかと」

 

 ──……そういうものか。

 

「そういうものです」

 

 なら仕方ない、取り敢えずは納得しておこう。

 その時を楽しみにするしかない。

 

「ええ、お楽しみに」

「それでは、今宵はこれまでにしておきましょう」

 

 イゴールの言葉に引きずられるように、身体が謎の浮遊感に誘われる。

 

「またお会いする時まで、ご機嫌よう」

「また会う日を楽しみにしています、ご主人様」

 

 

────

 

 目が覚めた。

 今度こそはっきりと、現実の朝だと断言できる。

 カレンダーを見た。今日はもう金曜日。早いものだ。

 

 1日検査入院し、退院。

 そもそもあの一件があったのが月曜の夜。最初に目を醒ましたのが翌日火曜日の夕方で、美月たちから説明を聞いたのが水曜。木曜が退院なので、編入初週だというのに全然学校に行けていなかった。

 

 ここまでくると、今日が編入初日でもいい気がする。

 だいたいあの日は質問攻めにあって終わったし。編入生だというのに、自分のこと以外しか尋ねられなかったことだけ残念だが。

 

 ……少しだけでも、今日を良い日にしたい。

 積極的に他人へ絡んでいこう。

 

 

 

────

 

 

 とか、思っていたんだが。

 

 

「ヤッホー、岸波クン!」

 

 教室で掛けられた出迎えの一言が、自分にキツい視線を集めた。

 おかしい、どうしてこうなる。

 

「退院、おめでと!」

「ああ、ありがとう……ございます」

「なんで敬語?」

「周囲の圧力がな……」

 

 無言で睨み付けるの止めていただきたい。切に。

 

「玖我山も元気そうだな」

「うん、お陰さまで!」

「そうか、それは良かった」

 

 強くなる圧力は良いことではないが。

 とはいえ、攻撃的な視線はそう多くないはず。先日の弁明あっての効果かもしれない。どちらかといえば、含まれる主成分はやはり好奇心だろう。よく分からないが月曜日以来来なかった編入生とアイドル、その関係性が知りたいとか、そんな感じじゃないだろうか。

 だが、期待されるようなことは一切ない。ただ死線を潜り抜けた仲間というだけのことだ。……ただという副詞が装飾できる言葉じゃないな、死線を潜り抜けるって。

 

 今後、仲間として行動するならば、玖我山と仲が良いことは周知にしておいた方が面倒がないかもしれない。その前に刺されなければ良いが。

 その辺りの上手な付き合い方は彼女の方がわかっているだろう。訳を話して、任せてしまいたい。

 今は取り敢えず……逃げようか。うん。 

 





 という訳で、ベルベットルームのキャラ名はアメーリアになりました。
 本来ならアメリアにするところだけど、伸ばした方がらしいからいっか。と。多目に見てください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月20日──【杜宮高校】部活と待ち人

 

 終了を告げるチャイムが鳴る。

 

「よし、じゃあ今日はここまでにしよう。号令」

「起立」

 

 佐伯先生によるLHRが終わり、委員長である少女が号令を掛けた。

 それは放課後、自由時間が到来する合図。

 取り敢えず今日の予定は……ああ、ベルベットルームの彼女を探すのだった。

 何処かで待っているらしいし、急がなければ。

 

「ああ岸波、少し良いか?」

 

 鞄を持った自分を、佐伯先生が呼び止める。

 

「何ですか?」

「少し言いづらいが、部活について大事な話がある」

 

 部活? と首を傾げる。

 そういえば自分は何処にも所属していない。

 高校生といえば部活、とまで言われるらしい一大要素。可能ならば体験してみたいが。

 

「実は、今週の水曜日から今日までが部活動体験期間に設定されている。本来であれば新入生向けのイベントだが、編入生である岸波も参加が可能だったんだ」

 

 成る程。だというのに自分は、検査入院やら何やらで貴重な3日のうち2日を休んだ、と。

 まあ、割りきるしかない。比べ物にならないような事件を体験したのだ。

 それに、今日がある。自分のやりたいことを探すには充分だろう。

 

「分かりました。体験の手続きとかはあるんですか?」

「いや、それはない。各部活時間いっぱいまで体験させてもらえるから、複数部活を体験することも可能だ。無論、そのデメリットもあるがな」

 

 デメリット。

 思い付くのは、部活の雰囲気を知れないことや、楽しさに気づく前に終わってしまうことだろうか。

 やるからには、しっかりやってみたいが……

 

「はは、時間はないが、よく悩むと良い。相談があれば乗るから、何かあったら職員室に来てくれ。あと一応、これが部活のリストだ」

 

 プリントを手渡される。学校紹介の1ページのようだ。

 ……結構な量があるな。

 

「ありがとうございます。ちなみにお薦めとかはありますか?」

「俺のか? 山岳部やワンダーフォーゲル部があればそれを薦めるんだが、杜宮(うち)にはないからな……」

「ワンダーフォーゲル?」

「登山やキャンプ、スキーなど色々な活動の幅がある……アウトドア活動の総称のようなものだと思ってくれ」

 

 どうやら佐伯先生は山が好きらしい。

 この辺りに山は……確かあったな。学校からも見える。名前までは分からないが。

 

「ふむ……水泳や陸上はどうだ? 身に付けると益になるものが多いしな。まあ、どの部活も基礎からやるなら大して差はないが、野球やサッカーは今からだと難しいものもあるだろう」

 

 確かに、チームスポーツに混ざっても、一年のブランクがある以上は難しいだろう。

 個人競技で、自分を高められるものという意味では、水泳も陸上も大いにやる価値がある。

 

「ありがとうございます、参考になりました」

「ああ、じゃあ頑張れよ。正式入部はゴールデンウィーク明けからだからな。来週、希望調査表を渡す」

 

 そう言って去っていく担任の姿を見送り、自分は肩に掛けた鞄を下ろして、それぞれの活動場所を探すことにした。

 

 

────

 

 ──>杜宮高校【グラウンド】。

 

「ん、なんだ。体験か? 制服姿で何をするって言うんだ」

 

 一度グラウンドに顔を出した所、体育着に着替えるよう指示されたので、慌てて出直してきた。

 確かにその通りである。制服姿で走るとか、どんな拷問だろう。

 

 グラウンドには一通りの機材が置かれていて、区画によって、短距離、長距離、ハードル、走り幅跳び、棒高跳びなどに挑戦できるようだ。各種目の場所には先輩らしき人たちが居て、体験生に声を飛ばしている。

 

 ……長距離でもやってみるか。

 何より今後のことを考えたら、体力が大事になるだろう。

 短距離のような瞬発力も捨てがたいが、優先度はこちらが上な気がする。

 

「うん? 体験の子……じゃ、ないね。2年の編入生の子だ、話題の。あ、でも君も一応体験でいいのかな?」

「はい」

「そか、じゃあまずは準備運動して、走ってみよう。屈伸とか基本的なのは一通りやって、屈伸伸脚アキレス腱伸ばしは入念にやること。良いね?」

 

 頷きを返し、少し離れた場所でやってみる。

 その最中で走っている生徒たちを眺めていると、1人、際立って走るのが上手な男子生徒が居た。

 上級生たちもその少年が走る姿に注視している。

 

「スゴいな、彼。タカシって言ったか?」

「ああ、是非入って欲しい」

 

 そんな内緒話まで聴こえてきた。

 少年は走り終えると即座に囲まれ、色々な話を振られている。

 少し困っているようだが、嫌がってはいないようだ。

 さて、自分も走るとしよう。

 

 

────

 

 

「……編入生くんは、もう少し基礎的な体力を付けようね」

 

 軽く走ってみて。と言われて軽く走ったが、それだけで息が上がってしまった。

 おかしい、事件の時はもう少し動けた気がするんだが。

 

「でも、陸上部に入って毎日少しずつでも走っていけば、夏には人より走れるようになると思うよ。よかったら是非入部を!」

「ありがとうございます。少し考えますね」

 

 笑顔で送り出してくれた先輩に感謝を伝え、その場を後にした。

 

 

────

 

 ──>杜宮高校【プール場】。

 

 続いてやって来たのは、水泳部。

 だが、他の部に比べて人は少なかった。

 

「ん? 確かD組の岸波だよな」

「はい、そうですけど……えっと、貴方は?」

「ああ、俺のことはハヤトって呼んでくれ。隣のクラスだし、仲良くしようぜ」

「よろしく」

「それで、どうしたんだ?」

 

 自分は編入生なので、体験したいという旨を伝えた。

 

「おお、そうか。……嬉しいことだが、1つだけ、言っておかなければならない」

「? それは?」

「この時期のプールは……寒い!」

 

 …………成る程、人数の理由はそれか。

 

「いつもここで練習を?」

「いや、学校のプールが使えるようになるまでは近くの施設を借りているんだが……流石に体験では使わせて貰えないみたいでな」

「成る程」

 

 だとしたら普段は練習ができるらしい。

 1度泳ぎを体験してみたかったが……次の機会にしよう。自分でもジムなどに行けば入れるはずだ。

 

「帰るのか?」

「ああ、流石に出来なさそうだし」

「できないことはないんだが……まあやって不快感を持たれても逆効果だしな。興味があったら是非入部してくれ。泳げない人用のコースもあるから」

「ありがとう、考えておく」

 

 初心者用でコースを確保してくれる、というのは良い環境そうだ。つくづく体験してみたかった。まあ、候補から外れる訳ではないし、決定までにピンと来る部活がなければここも良いだろう。

 

 

────

 

 

 そうしていくつかの部活を体験していると、完全下校時間直前となった。

 かなり有意義な時間が過ごせた気がする。

 さて、着替えて帰るとしよう。

 

 

────

 

 ──>駅前広場【オリオン書房】

 

 せっかくだし、運動系の本でも買ってみるか。

 そう思い至り、駅前広場へと足を伸ばした。

 本屋【オリオン書房】の中は結構な人数で賑わっている。

 ちょうど高校の帰宅時間や、大学などの終業時間が重なった結果だろうか。結構同じ年代の人が多い。

 

 そんななか、ふと見知った顔を見つけた。

 確か、事件の日に珈琲屋でバイトをしていた──そう、時坂だ。

 珈琲を一杯おごってくれた彼が、今日は本屋のエプロンをしている。またバイトだろうか。

 

 忙しそうだし、声は掛けないで行こう。

 

 目当ての本も、探した所で吟味する余裕は無さそうだ。また違う日にでも来るか。

 そう思い直して、店を後にする。

 

 

 ──>杜宮駅【駅前広場】

 

 

 駅前広場に戻り、デジタルサイネージの音が今日もしているなぁ、と駅に掲げられた液晶ディスプレイへと視線を向ける。

 その途中、視界の隅に、蒼い何かが映った……気がした。

 

 ……なにか、わすれている、ような、きがする。

 

 気がする、だけで済んで欲しかった。

 足が自然とそちらへ向かう。

 蒼い扉のようなものと、その前に立つ不思議な雰囲気の女性に、吸い込まれるかのように。

 自分の姿を眺めていたらしい女性が、首を傾げながら口を開く。

 

「質問します。まさかとは思いますが、本屋の中に入り口があるとでもお思いに?」

「いや……」

「作用でございますか。まあ1000歩程度譲ってお戯れだと思いましても? 待たされました。時間という概念がない私ですけれども、待たされましたよ、ご主人様?」

「すまない。それであの、アメーリア、人前でご主人様は止めて頂けると」

「どうせ見えも聴こえもしませんでしょうし、構わずともよろしいかと」

 

 見えも聴こえもしない?

 どういうことだろうか。

 

「率直に回答しますと、ご主人様以外に私を関知できる存在がいないということです。今のご主人様は虚空に語りかける変人、ということですね」

 

 それは、つまり。

 今までの話の内容を聞かれていたら、空想上の存在にご主人様呼ばわりさせてるイタい人と、思われているということ……? 

 

 慌てて周囲を見回す。

 人影は、ない。

 思わず、安堵の息を吐いた。

 

「良うございましたね、こちらを見ている人間が居なくて」

「ああ」

「それでは、ご安心なさったご主人様に、朗報です」

「朗報?」

 

 果たして、この状況で与えられるものが善いものではないことくらい察しがつくけれども、一応聞いてみよう。否、この不思議な圧力の前では聞かざるを得ないのである。

 

「私と1対1で、実践に加え死の恐怖さえ体験できる付加価値満点説教を施しましょう」

「お、横暴だ!」

「な ん か 言 い ま し た か ?」

 

 ……とても、凄まれた。

 

「……なんでもありません」

 

 言い返すにはもう少し“度胸”が要る。

 まあ何にせよ、遅れた自分が悪い。怒っているのかどうかは表情から読み取りづらいが、少なくとも不快に感じさせたようだ。

 甘んじて、その罰を受け入れよう。

 

「ふふ、素直で結構……では」

 

 

 

 

 





 出番を得て早々暴れるベルベットルームの住人らしくないキャラ。まあ今後は大人しいでしょうし、大丈夫……だよね?
 あまり彼女のキャラは深く掘り下げない方針でいきます。そこら辺は原作に倣う。

 はてさて白野は何を喰らったのか。やっぱメギドラオンかなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月21日──【杜宮高校】バイトの選び方(序:生徒会長編)


 さて、この間章(インターバル)についてですが、本来ならコミュ回として機能するものです。次章以降のことですね。
 今のところまだ愚者(足場)コミュも魔術師(始まり)コミュも目覚めていないので、キャラ紹介目的やコミュ発生暗示的なものを流してきました。
 でも、いまこれ以上続けても冗長な気がするので、次話からメインストーリー進めます。次話から。



 

 

 ……気がついたら、朝だった。そもそもどうやって帰ったのかすら分からない。

 …………そういう日もあるだろう。

 

 ………………学校に行こうか。

 

 

 

────

 

 ──>杜宮高校【校門前】。

 

 話し声が聞こえる。

 

「土曜日も授業あるのって結構つらくね?」

「だな。受けた時には覚悟してたけど、これが3年続くと思うと流石に……」

「午前だけとはいえ、隔週だから辛いよな……」

 

 新入生だと思われる二人の男子生徒だ。どうやら土曜日登校について話しているらしい。

 “隔週登校”か。予定を組むときには気を付けないと。

 

「隔週だとバイトの日程も組みづらいだろうなぁ」

「ん? お前バイトしてんの?」

「いいや、これから応募するつもり。何か良いバイト知らね?」

「知らねえ。そういうのは先輩とかに聞いてみろよ」

 

 バイト。バイトか……探さないとな。

 今日の午後はそれに時間を費やすか。

 

 

 

────

 

 ──>杜宮高校【生徒会室】。

 

 扉をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 思い立ったが吉日。ではないけれども、取り敢えず相談相手として、美月を選んでみた。

 サイフォンで連絡してみると、生徒会活動が始まるまでなら時間を取れるとのことなので、放課後に生徒会室へ足を運んだのである。

 

「さて、バイトについて相談がある、とのことでしたが」

「ああ、探し方や選ぶ基準などを何か知っていたら教えて欲しい」

「……そうですね。頼っていただけたのは嬉しいのですけど、私自身、他所でアルバイトはしたことがないんです。又聞きのもので宜しければ、お話しできますが」

「それで頼む」

 

 相談相手に選んでおいて何だが、確かにそういった経験は少なそうだ。

 とはいえ他に頼れそうな人も居ない。気軽に連絡ができる人なんて、美月と玖我山くらいのものだし。

 ちなみに玖我山はそういうことに疎そうな業界にいるから、相談相手には向かないと判断した。

 

「やはり情報誌などを広げて探している姿は見ますね。あとは飲食店などなら実際に赴いてみて、雰囲気を確かめておくと良いみたいです。思ったのと違った、という感想もよく聞きますし」

「ふむ」

「基準でよく耳にするのは職種と時給でしょうか。あとは定期シフトかどうか。場所は何処か。雰囲気は朗らかか。他にも少数意見ですけど、得られるものを気にする人も見ますね」

 

 得られるもの。

 バイトを通じて、何が培えるものがあると良い。ただバイトするよりは余程有意義だろう。

 

「自分が何を得たいかで選んだ方が良いのか?」

「どうでしょう。岸波くんは、どうしてバイトをしようと?」

「自由に使える金銭が欲しかったことと、あまり頼りきるのも気が引けるから」

「気にしなくても良い……と言っても気にしますよね。でしたらまずは、高額時給から探してみたらどうですか?」

「そう、だな」

 

 目的を見失ってはいけない。得たいものを得る前に、十分な土台を築かなければ。

 金銭に余裕が出来てから、そういったものを探すべきだろう。

 

「ありがとう、指針が決まってきた」

「そうですか、お力になれてよかったです。また何かあったら気軽に相談してください」

「ああ、じゃあまた。仕事頑張って」

「はい、岸波くんも、バイトだけじゃなく勉強なども頑張ってください」

「……善処します」

頑張ってください(わかっていますね?)

「イエス、マム。精一杯の努力を見せる」

「ふふっ、では、成果を楽しみに待つとしましょう」

 

────

 

 ──>杜宮駅【駅ビル】。

 

 怖かった。何がとは口が割けても言えないが、ただ怖かった。

 あそこまで笑顔に迫力を乗せられる人が居るだろうか。いや、居ない。居てほしくない。

 

 駅ビルに来たのは、無料の求人雑誌を確保する為である。どこに行けばあるか分からなかったが、人の多い場所に行けば有るだろうと当たりをつけ、ふらふらとさ迷っていた。

 考えてみれば、杜宮駅内部へと入るのは初めてである。引っ越して来た時はタクシーだったから。

 早く色々な場所に行ってみたいが、はたしていつになることだろうか。

 

「……あ」

 

 発見した。改札の横、ぽっかり空いたスペースの所に。

 一冊手に取る。

 杜宮・國分寺エリアと書かれたその雑誌には、多くの求人情報が乗っていた。

 帰って読むとしよう。

 

 

 目的は果たしたし、帰ろうか。

 そう思い、歩こうとする。

 やはり時間帯が時間帯、学生が多く見られた。杜宮高校の制服を着ている人ももちろん居る。帰宅部か活動休息日の人か、あるいは新入生かどうかも分からないが。

 この中の一部は、バイトに行く途中だったりするのだろうか。

 

 ……杜宮高校のバイト学生で思い出した、時坂という知り合いがいる。

 

 アルバイトを、しかも複数掛け持っていそうな人間。カフェと本屋で働いていたし、少なくともどちらかはアルバイトとして採用されているはずだ。

 なら、何か紹介してもらえるように頼めないか。

 

 ……いや、難しいな。

 紹介すると言っても、あまりよく知らない人間のことをバイト先に進めることはできないはずだ。もう少し仲が良ければ或いは、と言ったところだろう。

 とはいえ、経験談などを聞いておくことが出来れば、それは貴重な判断材料となるかもしれない。

 こうなると、連絡先を知らないことが痛い。

 今度、話をする機会があれば積極的に行こう。

 

 






 時たま主人公の思考に上がる時坂くん。さすが原作主人公、話したのは一回のくせに記憶に色濃く残っています。
 まあ白野が初めて話した同年代男子が時坂氏だったという背景もあるんですがね。

 さて、次から第2話。原作では4月27日辺りからでしたが……さて。
 原作と時期がずれ始めてますが、気にしない。異界踏破期限みたいなものもあるし、あのペースで行ったら色々と主人公がヤバイ。そもそも原作は3ヶ月に詰め込みすぎたんや……うん、濃すぎるよな。
 ゆっくり行きたい。
 ゆっくり行きたいのにシナリオ進行が早まっているのはなぜか。
 知らぬ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 (Want to be equal ,even if we are not fair.)
4月22日──【教室】負けっぱなしでは終わらない


 

 文字数的に1章2章と章タイを削りに削った英文で書いています。
 文法が合ってるかは分からない。実はなにか重大なミスをしてるのではないかとビクビクしながら書いてます。私、英語からっきしなので。知識1です。

 もっと良い書き方あったら教えてください。切実に。


 

 

 昼休み、予め購入しておいたパンを食べようとした所、サイフォンが振動した。誰かからの連絡を受け取ったようだ。

 端末を受け取った時から入っていたSNSアプリ『NiAR』を起動し、送り主の名前を見る。

 ──美月からだ。

 

『こんにちは。急で申し訳ないのですが、本日の放課後お時間を頂いても宜しいですか?』

 

 特に予定はない。

 可能だ、という返事を送ろうとしたところで、再度サイフォンが着信を告げる。

 送信者は、玖我山璃音(某アイドル)

 

『ごめんなさい! 放課後は急いでレッスンに行かなくちゃいけないので!』

 

 どうやら先の連絡は、自分と玖我山2人に向けて送られたものだったらしい。

 となれば、話はあちら世界についてだろうか。

 

「『自分は大丈夫です』と」

 

 返信し。パンを食べようとする。

 一口目を齧った所で、再度振動。

 

『それでしたら岸波くん、お手数ですけど放課後生徒会室までお越しください』

『了解です』

 

 これで今日も用事ができた。

 無為な日が無くて良い。

 安堵の気持ちと、それに対する違和感を得つつ、パンを口に近づける。

 その時、またサイフォンが唸った。

 

『岸波くん、今晩暇? 話の内容とか教えてほしいんだけど』

『だそうですよ、岸波くん。デートのお誘いですね』

『チ・ガ・イ・マ・ス』

 

 思わず苦笑する。

 クラスの端、輪に囲まれている玖我山も、呆れたような顔をしていた。

 目が合う。

 ……なんとも不満そうな顔だ。

 

『玖我山、その顔は何だ?』

『岸波くんこそ、その平凡な顔は何?』

『また平凡って言われた』

『うんまあ、何とも言い難い顔をしてたし』

『……』

『……え、怒った?』

『いや、別に』

『ゴメンゴメン、そこまで気にしてるって思わなくて!』

『いや、だから別に』

 

 そこまで気にしている訳ではない。

 ただ、彼女の本音を知っている以上、ここで何を言ってもなぁ、と思わないでもないわけで。

 ……しかし、そこまで平凡だろうか、自分。

 元々顔に自信があった訳ではないが、無個性、普通、平凡と何度も言われれば気になってくる。

 酷評されるよりはマシ、なのだろうが。

 

『ふふっ、仲良さそうですね』

『まあ、ソコソコには? ふっふーん、アイドルと仲良いからって、自慢して回っちゃダメだからね、岸波くん』

『しない。仲良いって言うか、取り繕わない関係なのは確かだな。凄い本音をぶつけられたことだし』

『それ今言う?』

『もう言ったけど』

『いや、そういう意味じゃなくて……まあイイや』

『やっぱり仲が良いですね。いま一緒にいるみたいですし』

『クラスメイトですから』

『クラスメイトですから』

『息もぴったりですね』

 

 玖我山、こっち見るな。視線がいたい。

 まあ、仲が良く見えるということは、仲が悪いよりよほど良いだろう。

 これから先、色々と行動を共にしていくことだし。

 

『それで、夜だったな? 空いているけど』

『そ。じゃあまたあとで連絡するね! 取り敢えずあたしの分もしっかり聞いといて。ヨロシク!』

 

 会話が終わった。

 後に残ったのは、食べかけているパンと、それを食べづらくする周囲の視線だ。

 ……外で食べよう。

 

 

 

────

 

 ──>杜宮高校【生徒会室】。

 

 来る放課後、生徒会室へと足を踏み入れた自分は、美月から歓迎を受けていた。

 

「それでは少し、お茶でも飲みながら話しましょうか」

「えっと、生徒会室で良いのか? 他の人たちとかは」

「今日は活動日じゃありませんので、気にしないでください」

 

 寧ろ活動日じゃないのに勝手に使っていることが気になった。私的使用を許して良いのか、生徒会。問いただしてみたいが、長が彼女の時点で目に見えている。それに、彼女自身しっかりと仕事を進めているようで、机の上には結構な書類が束になって積んであった。

 

「仕事、忙しいのか?」

「そうですね、今は部活の関係で問い合わせや雑事が絶えなくて、といった形です」

「なるほど、手伝おうか?」

「いえ、数十分もあれば終わる仕事なので気にしないでください」

 

 ……とてもそんな量には見えないが。

 まだ彼女からの信頼度が足りていないらしい。

 

「……わかった。わざわざ時間を割いてくれてありがとう。早速本題に入ってくれ」

「わかりました。本日お呼び立てしたのは、異界について話しておきたいことがあったからです」

 

 異界。

 数日前、自分と玖我山が巻き込まれた、この世ならざる世界での事件。

 軽い説明と覚悟の確認だけされて、あとはそれっきりだったが……何か進展するのだろうか。

 

「前回は力についての説明が主で、異界についてはなにも話していなかったと思います」

「まあ」

 

 その力についての説明も、少し曖昧で強引だったが。

 

「ですので、本格的に関わる前に1度、異界の条件などについても話しておきたいと思い、時間を頂きました」

「条件……異界が成立する理由を教えてくれるのか?」

「そこまで詳しいことまでは、私たちも分かっていません。未だに異界には未知の事柄が多いので。ですから本日説明するのはあちらの世界──異界が発生する3大要因についてです」

「3つ?」

「人的要因、自然要因、連鎖要因のことを私たちは3大としています。自然要因は自然発生を含む、特に理由もなく発生してしまうものです。これらは事前の対処が難しい反面、危険度や攻略難易度は低いことが多い。人が巻き込まれる事例も少ないですし」

 

 それは、少し安心した。

 突発的に異界が現れ、大多数の住民を巻き込んだ大災害を引き起こすなんて、間の悪い冗談としか思えない。

 

 話の続きを目で促す。

 メモ等は取らない。形として残らない方が良い気がしたから。

 そうでなければ、記憶消去なんて行われないだろうし。

 彼女が話す内容に集中して、しっかり覚えなければ。 

 

「次に人的要因、こちらは事前対処が比較的簡単と言われますね。人が核となって発生するものです。玖我山さんの事例も、こちらに当たるでしょう」

「その核と言うのは?」

「岸波くんは見ましたね? もう1人の玖我山さんを名乗る、瓜二つの存在を」

 

 見た。

 明け透けに物を言う存在。もう1人の彼女は自身のことを玖我山がもつ本音だといった。事実、溜め込んだものを発散するかのように、理性……気配りや遠慮といったものを一切排除した形で彼女は声高らかに己の考えを唱っていたように思う。

 

「人の抑圧された感情から産み出され、暴走するこの世ならざるもの。それらを私たちは総じて、“(シャドウ)”と呼んでいます。現実世界を侵食し、蝕むことで、己自身に成り代わりたいといった欲が核となり、超常の力を伴って発露されたもの。それが人的に構成された異界。ですね」

「欲、か」

 

 玖我山の欲。それは、諦めたいということ。努力することに、努力しても変わらない現実に疲れ、抱えきれないジレンマに追い込まれた彼女はしかし、夢や周囲の応援などといった理由から、辞めるに辞められなかったのだろう。

 どちらも彼女の欲だ。ただ、続けることに固執し過ぎた結果が、隠し続けた本音の暴走。

 そう考えると、一種の防衛機能のように発生したものなのかもしれない。

 

「もし仮に玖我山さんが“(シャドウ)”に飲み込まれていた場合、彼女はアイドルを辞めていたでしょう。何の躊躇いもなく」

「……っ」

「諦めることは、悪いことではありません。今回のようなケースの場合、諦めを是としなかったのは自身の理性であって、本心ではなかった、という解釈もできますね。本当の所は、本人しか知りませんが」

「……それなら自分がしたことは、意見の押し付けだったと?」

「端的に言えば」

 

 確かに、感情的になりすぎていたかもしれない。

 岸波白野と玖我山璃音。色々と逆の境遇にあり、どこか似ている自分たち。

 そうだ、認めたくなかったと言えば、嘘になる。自分にできないことをして、諦めようとした彼女の姿を。それだけの自分勝手な理由であったのも確かだ。

 

 それでも、何かしたかった。この衝動は、嘘じゃない。

 あの悲痛な、魂からの叫びを聞いて、戦いたいと願ったのだ。

 押し付けでも何でも良い。ただ自分が信じることをした。それだけのこと。

 後悔はない、が、もっとやり方があったのでは、と思うのは、手を出した側の傲慢だろうか。

 

「もちろん、責めている訳ではありません。岸波くんのしたことは一方で、彼女が一番納得の行く方向へと導けたという成果もあります。だれだって、自暴自棄に諦めるよりは、最後までやりきってから諦めた方が納得できるでしょうから」

「……そういうものか?」

「そういうものですよ、人間は。自棄になって夢を捨てれば、残るのは空虚さくらいなものです」

 

 少し遠い目をして、彼女は言う。

 美月にも、何か諦めたことがあるのだろうか。

 

「それに、玖我山さん自身、歩き続けることを決めています。1人の女の子の可能性(ゆめ)を守れたんですよ、岸波くんは」

「そうだと良いが」

「……ふふっ。気になるようでしたら、玖我山さんがどう思っているのか、直接本人に聞いてみては如何でしょう」

 

 なんとなく、知ってそうな口ぶりで彼女は促してくる。

 だが、自分から聞くことは、きっとない。

 彼女が今後浮かべ続ける表情が、その答えに他ならないだろうから。

 

「ちなみに岸波くん、危機から救っただけで満足、なんてしていませんよね?」

 

 上げたり下げたり忙しいな……素直に誉めるか責めるかしてくれないだろうか。

 

「ふふっ、こうして話す方が身に染みるかと」

「心を読むな」

「失礼、顔に出ていたので。岸波くんは表情の変化に乏しい反面、感情が読みやすいのですね。喜怒哀楽が伝わってきて、話が進めやすいです」

「……誉めてる、のか?」

「貶してはいません」

 

 上げても下げても来なかった。

 そういうものを求めているんじゃない。

 

「とにかく、救った後のフォロー──玖我山さんの場合なら、夢を追い続ける手伝いも、続けてもらいたいんです」

「それはまあ、一応相談くらいには乗るつもりだが」

「玖我山さんに限った話ではありません。これから人を救う活動を続けるなら、その対象も増えることになります。良いですか、人をただ救って終わるのは物語の中だけです。意図して誰かを助けるのであれば、中途半端で放り出すのは救わないのと同様に質が悪いと心得てください」

 

 生半可な覚悟で足を踏み入れるな、と彼女は言う。

 病院で告げられた言葉を、さらに詳しく発していた。

 しかし、正しいと思う。希望を与えてさようならなんて、あまりにも無責任が過ぎる。

 自分とて、そうして救われた側の1人。

 北都グループは延命処置だけでなく、生活補助、将来の援助までしてくれている。その重みは、自分自身が身を以て知っていた。

 

「それでも、自分は目の前で起こる悲劇から目を逸らしたくない。自分に出来ることをしていきたい。だから、その責任も負う」

「……そうですか。分かりました。以降、余程のことがない限り、私から制止することはないでしょう。ですが、今の話を心に置いていて下さると、有り難く思います」

「はい」

 

 少し湿っぽくなりましたね、と彼女は席を立ち、生徒会室の窓を開ける。

 開放的な暖かい空気と自然の匂いが入ってきて、グラウンドから響く声なども若干聞き取れるくらいには届いてきた。

 

「話を進めますと、先程から伝えている通り、対人被害がもっとも大きいのが人的要因で発生する異界になります。そこで、岸波くん──正確には、岸波くんと玖我山さんのお2人に、お願いしたいことがあるんです」

「? アフターケアじゃなくて?」

「ええ、当然そちらも行ってもらいたいのですが、大事なのはその前、詰まる所、対策と予防ですね」

 

 そういえば話の始めに、事前対処が楽と言っていた。

 自分たちも、それを?

 

「通常、異界の攻略、牽いては“(シャドウ)”と退治するのに必要なのは、情報。その人がどういった悩み(原因)を持っていて、誰との間に確執(被害予測)があって、どういう思考(症状)に陥っているのかが分かっていて初めてなんとかなります。言っては何ですが、玖我山さんの件は、はっきり言って奇跡でしかありません」

 

 原因も、予測も、何が起きているかも知らず、よく生きてこれたと思う。

 無我夢中だったことが、逆に幸を奏したのかもしれない。

 だが、今後は油断大敵だと思って、気を引き締めなければ。

 

「普通は間を取って、時間を掛けて対策をするものなんです。万全の準備を整えてから、異界の主との戦いに向かいます」

「……だが、自分の時にはすぐ突入してきていなかったか?」

「様子見のはずが、途中で勝手に異界が攻略され、崩落していきますし。せめて核となった人物の保護と対処に、と思って最奥へ急げば、友……知人が重症を負っているという私たちにも予想外な展開が待っていましたから」

 

 自分のことらしい。少し呆れた目でこちらを見ていた。

 

「自分のことは友人で良いぞ」

「ゆ……と、とにかく、今後は無茶な行動は慎むように。それと、普段から然り気無く情報を集めておくと場が有利に運ぶかもしれません。ちなみに、異界の核となった人物に敵対視されていると、強い攻撃が自分のもとへと集まってくるのでご注意を」

 

 それは危険だ。隙を作れるかもしれないが、命をわざわざ危険に晒したくはない。

 

 それと美月、少し照れたな。

 微笑ましくて、こっちまで笑ってしまいそうだ。

 

「まあ、そういうわけで、1つ、提案があるんです」

「提案」

 

 そんな自分を見て、彼女は何かを思い至ったみたいだ。

 ここにきて、何だろうか。と首を傾げる。

 ──という分かりませんアピールをしつつ、鳥肌が立っていることをひた隠す。絶対怒ってないか、あれ。からかわれたことがそんなに嫌か。友人なら軽口の1つくらいあっても良いと思うんだが!

 そんな自分の反応を見て、美月が、企むように微笑んだ。

 

 

「岸波くんと玖我山さん、何か……同好会のようなものでも作りませんか?」

 

 




 

 からかうのは得意。
 ある程度なら、からかわれても反撃できる。
 友人関係でからかわれたら、力で黙らせる。

 そんな本作ミツキ先輩。
 上下関係ばかりの場所に居て友達が少ないエリート系ぼっちヒロインとか、良いですよね(願望)。
 実際、ミツキももう1人も、異界に携わる立場柄か、関係者以外との距離は一線を保ってる印象がありましたし。
 そういう線を容赦なく踏み越えるのは、白野らしさかなぁって。そんなことを考えて作る2人のトークです。
 徐々に耐性の上がるミツキと、それでも無自覚で上を行く白野の掛け合いを、今後ともよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月22日──【駅前】それは、唐突にやってきた


 ペルソナ5の演技力じゃがりこ面接(祐介と双葉)がけっこうツボに嵌まりました。




 

 

「──という話だ」

「ふーん」

 

 同日の夜。駅から商店街へ、玖我山 璃音と2人で歩く。

 彼女が住んでいるらしい自宅からは離れる方向だが、夕飯のおかずにもう1品とお使いを申し付けられたらしい。故にその何とかコロッケが売られている、商店街の精肉屋に向かっていた。

 それにしても、治安が悪くないとはいえ、よく一人娘に夜買い物へ行かせるものだ。

 夜道は危険んじゃないか、と尋ねたところ、返ってきた答えは、変装してるから大丈夫。

 女性の独り歩きのことを言ったのだが、職業について心配されたと思ったらしい。

 そういうことじゃない。

 まあでも、昔から過ごしてきた彼女やその家族が平然としているなら、大丈夫なことなのか。取り敢えず今日は自分が居るから良いが……同行を強制するわけにもいかないし、どうしたものか。

 

「それで?」

「……?」

「いやさ、今の話だと、異界の発生原因が2つしか説明されてないじゃん? あと1つはどうしたのカナー……って」

「……」

 

 そういえば。

 

「すまない、聞きそびれてた」

「だと思った。まあ仕方ないよね、突然同好会とか言われたら」

 

 だが、発言のタイミングを失ったとしても、美月が言うべきことを後回しにするだろうか。

 付き合いは短いが、そんな性格でないことくらい分かる。

 つまり、言う必要のないこと。もしくは言わないべきことなのか。しかしだとしたら最初から隠すはず。

 ──なら、まだ必要ではない情報と考えた方が良さそうだ。

 

「同好会、どうする?」

「あたしは参加で良いけど」

「良いのか。仕事との両立は大丈夫?」

「あれ、言ってなかったっけ」

 

 彼女は自分より少し前に出て振り返り、苦笑いしながら言う。

 

「あたし、少しの間仕事抑えることにしたの」

 

 一瞬、自分の中のすべてが止まった。

 それはつまり、自分が強引に夢を諦めさせなかったから、だろうか。

 

「あたしもあの事件の後、ミツキ先輩と色々話したの。それで、時たま引き起こされるあの“異常”が治った訳じゃないって知った。だから、少しの間だけ、ね」

「それは……」

「勘違いしないでほしいのは、少しの間ってこと。仕事は全部休むわけじゃない。ステージ以外の仕事は受けるし、レッスンだって量は減るけど受ける予定」

 

 今日はその話し合いをしに、事務所へ向かったのだと言う。

 口で言うのも、思うことさえ憚られるが、よくそんな申し出が通ったものだ。まさか正直に話した訳でもないだろうし。

 

「うん、まあ事務所の皆や仲良い人たちには心配かけちゃったけど……完全復活して、戻るまでのことだから!」

「……」

「これでもあたし、嬉しいの。まだ目標があって、夢を諦めなくて良いってことが。全部、岸波くんのお陰。本当に、アリガトね」

「……自分は、なにもしていない。進むことを決めたのは、玖我山自身だ」

「それでも! アイドルからこんなに感謝されてるんだから、有り難く受け取っておく!」

「本人に言われるとなぁ」

 

 何となく笑いあって、歩を進める。

 どこで足を止めたかは分からない。気付いたら立ち止まっていたみたいだった。

 隣に戻った彼女を見る。

 目があった。

 

「なに? ひょっとして惚れた?」

「それはない」

「ちょっと、どういうこと!?」

「言葉通り」

 

 それからは大抵こんな形で会話が続いていく。

 自分達の関係柄から、極たまに真面目な話が顔を出す、といった形でもあったが。

 きっとこの先も、こんな調子なんだろう。

 気づけば目的地である、商店街の前の通りまで来ていた。

 

「取り敢えず目下のやるべきこととしては、力の制御なんだって。あの“異常”は異界関連だから、それに対する力を付けていくことで、ある程度は発生を抑えられるかも、って先輩のとこのお医者さんが言ってた」

「じゃあ特訓あるのみだな」

「うん、任せて。努力は専売特許ってね」

 

 努力は専売特許か、良い言葉だ。

 自分もそういうものを、見つけられたら良いのだが。

 

「それで、玖我山は──」

「リオン」

「……は?」

「あたしのことは、リオンって呼んで。仲良い人はみんなそう呼ぶし」

 

──Select──

  リオン。

 >嫌だ。

──────

 

「呼んで」

 

──Select──

  ……リオン。

 >嫌だ。

──────

 

 また周囲に責められたくはない。

 一晩開けたら名前呼びになっていましたなんて、どう弁解するべきなんだ。

 

「むむ、手強いわね……」

「ありがとう」

「誉めてないわよ!」

 

 ……とはいえ真面目に、断るのも申し訳ないな。

 仕方ない。覚悟を決めよう。

 

「ふぇっ」

 

 隣を歩くリオンの肩に手を起き、引く。

 反転した身体の逆肩をもう片方の手で抑え、がっしりと両肩を固定した。

 

「ちょ──」

「璃音」

「──」

「……これで良いか?」

「──」

 

 返事がない。

 ただ、聞こえてはいるようだった。

 ポカンとしていた表情から、焦ったような表情へ、そして段々、赤みが差していき──

 

「……こ」

「こ?」

「コロッケ買ってくる!」

 

 ──逃げた。

 

 ……うん、やり過ぎたかもしれない。

 女性の独り歩き云々を語っておきながら、今の自分が一番彼女を女性扱いしていなかった。

 幸い店はもう目視できる程に近く、彼女の後ろ姿くらいは暗い中でも捉えられる。

 

 

 ──>杜宮商店街【ナカジマ精肉店前】

 

 

「思い出した。今日そういえば放課後に、キミに似た失礼な同級生と会ったの。キミに似た!」

「へぇ」

 

 わざわざ2度繰り返す辺り、遠回しに自分のことを責めているのかもしれない。

 揚げたてだよ、っと渡されたアツアツのコロッケが入った袋を代わりに持ち、彼女の愚痴らしきものを聞く。

 

「サインあげようか、って言ったら要らんって言うし、スピカの名前を出したら、ああそんな名前だったか、とか、曲は聞いたことない、だとか言うのよ」

「へぇ」

 

 確かにどこかで聞いたような反応だ。

 その人はメディアを嫌う性格だったり、もしくは自分と同じく外界に触れてこなかったタイプだったりするのだろうか。後者だとしたら話が合うかもしれない。是非とも話してみたいものだ。

 

「えーっと、名前なんだったっけなぁ、とき、トキ、時……時貞?」

「天草か」

「うん?」

「なんでもない」

 

 時貞といえば天草四郎だと思うのだが……去年の入院中に読む本が歴史系に偏り過ぎただろうか。まさか着いてきてもらえないとは。

 

 何処か少し寂しくなって、視線を前から少しずらす。

 すると、見覚えのある人影がある建物の中に見えた。

 丁度出てきたその人物の名を呼ぶ。

 

「……時坂?」

「あ、そうそう時坂クン──ってええ!?」

「ん? ああ、岸波と……えっと、確か……玖我山?」

「何で疑問系!?」

 

 時坂の名前を思い出せなかった璃音が責められることではないはずだが……黙っておこう。

 しかし何やら、困っているような素振りを時坂が見せている。

 視線は、自分と璃音を行ったり来たりしていた。

 ……確かに、夜遅くにアイドルと会っていれば、関心が薄い人でも気にはなるか。

 

「あー……悪い、邪魔したか?」

「全然。会った理由も時坂が想像するような内容じゃない。それに時坂が話題に上がった所だし、丁度良いくらいだ」

「あ? あー……昼はスマンかったな、玖我山」

「え、あ、ウン。別にちょっとしか気にしてないし」

「正直だな」

「まあこの短期間で2人目だしね。……でもどこかの1人目さんみたいにゼッタイファンにしてやるんだから!」

 

 握り拳を作って意気込む璃音。1人目と言ったときに自分の方を見たせいか、それが誰のことか、時坂にもわかったらしい。

 まあ自分も似たようなものだったんだと、軽く説明する。

 それを聞いた時坂は少し諦めたような、呆れたような笑みを浮かべつつ、口を開いた。

 

「あー、その、なんだ。期待して待ってる……っていうカンジで良いのか?」

「良いんじゃないか」

「ウン! 首を洗って待ってなさいっ!」

 

 良い笑顔だ。と思う。

 連れて自分も時坂も笑った。

 それにしても、彼女の言う2人目が数少ない知り合いの1人だったなんて、なんて確率だろう。

 どうして知らなかったのか聞いてみたいが、その前に彼がその流れを遮った。

 

「っとそうだ。わりぃ、ちょっと顔出す所があるから行くわ」

「そうか、引き留めて悪かったな」

「いや。……あ、そうだ。2人とも、あんまし噂にならねえよう気を付けろよ。ただでさえ注目の的なんだから」

「ふーん、心配してくれるんだ」

「……人気商売の玖我山はともかく、岸波はな」

「……可愛くない」

「ほっとけ」

 

 何だかんだいって、この2人も仲良くなれそう。

 こんなに軽口が叩き合えるなら、よほどすれ違わない限りは相性の良い友人になるだろう。

 ……友人の少ない自分が言える事ではなかったか。

 

「ンじゃ、また──」

「──あんたさえいなければ、こんな思いをしなくて済んだのに!」

 

「「「!?」」」

 

 怒声が響いてきた。

 通路の奥、左の方から聞こえてきたが……

 

「今の声……まさかっ!」

「ちょ、時坂クン!?」

 

 時坂が走り出す。

 焦っているのか、玖我山の声には反応しなかった。

 

 玖我山がこちらを伺う。

 その目は既に、行くことを決めた目だった。

 

「……急ごう!」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 ──>杜宮商店街【アパート前】

 

 

 曲がり角を左折して目に入ったのは、同じ学校の女子生徒2人の言い争いに、時坂が介入した所だった。

 近づいて様子を伺う。女子生徒は2人とも活発そうな女の子だ。ただし片方は明らかに苛立っていて、もう片方は意気消沈している。

 

「相沢、さすがに言い過ぎだ。少なくとも先輩が後輩に言っていい言葉じゃねえだろ」

 

 相沢というらしい、窘められた女子生徒が、時坂を強く睨む。

 

「……あんたにも、ソラにも、あたしの気持ちは分からないわよ!」

「あ、チアキ、先輩……」

 

 怒りを吐き捨てて女生徒は走り去る。

 呼び止めようとした女生徒は、小さくなる背に伸ばした手を、そっと下げた。

 

 静寂が残る。

 嵐が去った後のような。

 

「コウ先輩……」

 

 女生徒が口を開き、重苦しい雰囲気に発言が許された気がした。

 

「わたし……どうすれば良かったんでしょう。何で……何で!」

「ソラ……」

 

 悲痛そうに、少女を見る時坂。

 その顔は険しい。彼女の失意を見ただけで、はたしてそんな顔をするだろうか。

 まるで……“どちらの味方につくべきか分からない”、とでも言いたげな表情。

 

 そして再度、静寂が訪れる。

 再びその静寂を破るのは、言いづらそうに口を開いた時坂──ではなかった。

 

「「「──ッ」」」

 

「……え……」

 

 

 

 

 

 ──空間に突如、亀裂が走る。

 ひび割れの向こう側に見えるのは、赤くて暗い、“異界”の片鱗──

 

 

 





 ここからは週2更新。
 前書き、後書きは展開によってなくなります。テンポが大事。



 腐った大人に、じゃぁがりこっ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月22日──【異界】忍び寄る者

 

 

「ま、まさかアレって……!」

 

 突如として現出した非日常に、玖我山が大きく反応する。

 まずい。直感的にそう感じ取った自分は、既に走り出していた。

 

「きゃああっ!」

 

「手を伸ばせ!」「逃げろ、ソラ!」

 

 自分と、時坂が手を伸ばす。

 しかしそこには、先日感じたものと同様の歪みがある。またしても手は空を切った。

 

 

「くそっ!」

 

 届かないと知るや、すぐさま時坂が追って異界へ突入する。

 自分は──

 

 

──Select──

  >後を追う。

──────

 

 

 迷っている時間はない。足を踏み出しかけ、ふと違和感に気づく。

 ……だが、このまま進んでも良いのだろうか。

 

「と、時坂クンが異界に! 早く行かないと!」

「……待て璃音!」

「!? え……な、ナニ?」

 

 意気込み、突入しようとした彼女を咄嗟に呼び止める。

 そうだ、自分たちは準備ができていると言える状態ではない。璃音は武器を扱ったことがないどころか手に持ったことすらない状態で、戦場へ赴こうとしているのだ。

 それを止めることはできない。自分も分かっているから。力がないからと言って、諦めたくない気持ちを。

 しかし自分に彼女の無力さをサポートするだけの力はない。自分たちは現状揃って無力。あっても微々たる力だ。異界に潜った経験があるとはいえ、結局死にかけただけ。勇敢に戦った経験とは、お世辞にも言えない。

 だから、問う。

 

「戦えるのか?」

「……うん、怖いけど、大丈夫。覚悟はとうの昔に決めてたし、何より……ここで見捨てるなんて選択肢、あたしにはできない!」

「そうだな。自分も同じ立場なら、そう思う」

 

 真面目な顔をして宣言する彼女に、同意を示す。

 巻き込まれた女子も、時坂も、璃音も、見捨てるつもりはない。

 故に線を引く。他ならぬ彼女の安全確保の為に。

 

「だからこそ、最初の戦闘時にソウルデヴァイスが出せないようなら、直ぐに帰って待機することを、約束してくれ」

「………………わかった。何がなんでも出す。出してついて行く!」

 

 璃音は1歩踏み出し振り向く。

 真剣な表情を崩した。

 

「それに、キミばっかり危ない目に立たせちゃ、トモダチとして立つ瀬ないしね!」

「……ありがとう……それじゃあ、行くぞ!」

「うん!」

 

 

 ──>?の異界【月下の庭園】。

 

 

 2度目の、世界が変わる感触。

 気分のいいものでは決してない。

 自分の常識が剥離されていく気がして、深い極まる感じだ。

 

 世界に自分が順応した後、視界に飛び込んできたのは、(シャドウ)に挟み打たれている時坂の姿。

 

「岸波、玖我山も! ついて来ちまったのか!」

 

 その右腕には、武器らしきものが付いている。取っ手の先、刃がチェーンのようなもので繋がれている。蛇腹剣もしくは連接剣みたいなものが手甲剣のように装備されている。とても複雑な構造みたいだ。

 存在としての謎さなら空飛ぶ鏡も負けていないが。

 

 ともあれ、約束の戦場である。

 

「璃音!」

 

 無言のうちに玖我山が、一歩足を踏み出した。

 その身体が、金色に光だす。

 それは見間違い様なく魂の輝き。

 

 ──ソウルデヴァイスの発現。

 

 一瞬驚いたように身体を抱いた彼女だが、すぐに落ち着いて力を抜き、叫んだ。

 

 

「──響いて、“セラフィム・レイヤー”!」

 

 

 璃音の背に、羽のようなものが現れる。

 翼状のソウルデヴァイス。身に付け飛び回り、ポーズを取る姿はまるで天使のよう。

 空中宙返りという大技で躍動を現した後は、細かい動きの確認に移ったらしい。浮いたままステップを踏むように動作を繰り返して、大きく頷いた。

 

「うん、イケる!」

 

 どうやら浮遊、飛翔能力があるみたいだ。思い通りに空中を移動する姿は様になっている。

 誰よりも高く。誰よりも速く。

 そんな姿はとても努力家の彼女らしい。

 

「ソウルデヴァイス! ……嘘だろ!?」

「話は後だ、突破しよう」

 

 サイフォンのアプリを起動。ソウルデヴァイスの表示をスライドする。

 起動(AWAKEN)という画面が浮かび上がり、自分の周囲に光が集まった。

 光が一纏まりになって形成されたのは、自分の鏡形ソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”。 

 

「時坂、璃音、サポートする。2人は積極的に攻撃を!」

「応!」「わかったわ!」

 

 時坂はその形状通り、不規則に動く武器を器用に振り回し、ダメージを稼いでいく。

 璃音は翼を当てて攻撃する為、身体を大きく捻ったり真横を飛翔したりする必要があるみたいだ。

 璃音の方が隙の多い攻撃をするが、時坂も決定打となる攻撃を繰り出すには、大きなタメが必要そう。

 なら自分に出来るのは、その隙間を埋めること。浮遊する鏡を必要なタイミングで割り込ませることだ。

 

「璃音はそのまま折り返しで連撃! 時坂は3秒後に大技頼む!」

 

 璃音が通り抜け様に翼を当てようと飛翔した所で、大きく円を書くように鏡を飛ばした。

 横を通過し、指示通り連撃に移ろうと方向転換した所で、その隙を埋めるかのようにシャドウへ鏡が飛来。

 ヒット。

 そのまま鏡は時坂が相手するシャドウへ。

 璃音は連撃を成功させ、シャドウ1体を消滅させた。

 

 時坂が大きなモーションの準備にかかる。リーチの長い武器だ。反動を利用するなら、どうしてもそうなる。

 だから、そこで生まれる隙を埋めるように鏡を飛ばした。

 若干の計算違いから早く衝突しそうだが、間に合わないよりは良い。

 鏡を操作し、隙を突こうとしたシャドウの横っ腹に当てる。

 意図していなかった方向からの衝撃に動揺するシャドウ。

 その隙を、彼の回転切りが刈り取った。

 

「──」

 

 断末魔の叫びを上げて、敵影が消滅する。

 よくないもの(シャドウ)の気配はもうない。

 ひと安心だ。

 

「「「ふぅ」」」

 

 この鏡、便利なのは良いが、身体から離れれば離れる程、小回りが利きづらくなるというか、操作が鈍くなるな。遠くに飛ばす際は注意しなければ。

 

「岸波、玖我山も、適格者だったのか」

「ああ、時坂もだなんて驚いた」

「ほんとビックリ。裏の世界の出来事だなんて言われてたから、こんな身近な人が関係者だとは思わなかった」

 

 確かに。

 美月はこのことを知っていたのだろうか。

 何にせよ、今は心強い味方だ。

 

「それ、鏡か?」

「“フォティチュード・ミラー”。自分のソウルデヴァイスだ」

 

 そう自己紹介ならぬソウルデヴァイス紹介をしている最中も、鏡は自分を中心に周遊している。

 

「なんで浮いてるんだ?」

「……さあ?」

 

 寧ろ自分が知りたいくらいだ。

 

「それで、時坂の扱いづらそうなそれは?」

「ああ、名前は“レイジング・ギア”。伸び縮みするし、使いやすいソウルデヴァイスだぜ」

 

 ……まあ、本人が使いやすいと言っているならそうなのだろう。

 足を止めていたのはその間程度。

 その後は、進みながら確認していく。

 

 今回の異界は前回と違い、幾何学的な模様も何もない。先進的な、よく分からない遺跡のような場所でもなかった。

 どちらかといえば、自然の色が強い。

 薄暗い光景。月が反射する黒い石質の床。光を浴びて煌めく草花。まさに、月下の庭園といったものだ。

 そこらに咲く花に見覚えさえあれば、少しくらいの現実感があれば、素直に感動できたかもしれないのに。

 

 

 

「……つうことは、岸波はともかく久我山は初の実戦だってことか」

「ああ。異界の経験はあるが、戦闘経験者じゃない」

「その割には……」

 

 時坂が視線を前に向ける。

 そこには、遊撃・偵察をひとりでに行う璃音の姿が。

 自身が機動力や回避力を備えているからこその決断らしいが、見ているこちらからすると、本当にひやひやする動きだ。

 

「スマン、巻き込んで……だが、どうか力を貸してくれ。オレだけじゃ、ソラを助けられるか分からねえ。今は少しでも、成功率を上げてえんだ」

「元よりそのつもりだ。自分も璃音も、目の前で誰かが悲しまないように戦うと決めている」

 

 あの日、目覚めた日に掲げた決意に反することはしない。それをするのは、それが許されるのは、全てを解決した時か全てを諦めた時だろう。

 

「……目の前で誰かが、か。そうだよな……」

「?」

 

 

 その後も数度の戦闘を挟み、探索を進める。

 

「時坂は、異界攻略に慣れていないのか?」

「今までに3つ──いや、2つってところだ。どれも自然発生のものだったが」

「それは1人で?」

「いや、経験者の助けがあって、だな」

「じゃあ、今回は」

「ああ、慣れてねぇヤツ同士で進むしかねえってことだろ。……しかし柊のヤツ、いつもなら颯爽と来るってのに、何かあったのか?」

「柊?」

「ワリィ、こっちの話だ」

 

 柊。それが彼の言う経験者だろうか。

 美月とは違う異界に触れてきた者。年齢も、性別さえも分からないが会ってみたい。

 何にせよ、この異界を攻略してからだが。

 

「2人とも、ちょっと遅くない?」

「すまない、少し話し込んでた」

「何か分かったのか?」

「うん、その奥を右折すると広い空間に出るんだけど、シャドウもいっぱい居たかな。逆に左折方向だとシャドウの姿は1体だけ。でもすぐ先が曲がり角だからどうなってるか分かんない」

「そうか……ありがとう」

 

 さて、どちらに行くべきか。

 

──Select──

 >広い空間に出る。

  曲がり角を進む。

──────

 

「その心は?」

「時坂、広いところの方が得意だろうし」

 

 何より戦闘数が心許ない。この状況下で攻撃手段の狭まる環境を用意したくなかった。

 時坂の攻撃スタイルは至近距離で殴り合いというよりは、1対他で時間稼ぎをするのに有効そうだ。1人での決定打も打てることから単独戦闘能力も高いのだろう、まさに万能型。オールラウンダーと言って良い。

 そして、1番の経験者が彼ということも大きかった。彼の自由度が減るということは、想像以上に戦力低下へと直結するだろうから。

 

 ……せめて、自分も同様に戦えれば良いんだが。

 鏡を使った戦い方など、フリスビーのように投射し、微調整して当てるくらいしか思い付かない。

 まあどうせ直接戦闘型ではないし、全員の闘い方の把握と支援に気を配ろう。

 ついでにペルソナを使う戦闘も見ておきたいが、無闇矢鱈に喚ぶだけで精神力が減る。余計な消費は避けたい。

 自分のタマモは火炎(アギ)呪怨(エイハ)を使って攻撃ができる。

 他人のペルソナがどういったことを出来るのか分からないが、属性相性というものがあるくらいだし、被っていないと有り難い。

 

 開けた場所の前にたどり着く。

 空間内には……3体か。どれも小鬼のような外見をしていて、的が小さい。足も短い為、素早くは無さそうだが……さて。

 

 

「よし、突入しよう。璃音は1体1体着実に倒して。囲まれると機動力が行かせない。少しでも不味いと思ったら自分を呼んで。アシストする」

「分かった!」

「時坂はなるべく隅に追いやられないように。常に空間を保って、できれば2体の注意を引き付けて。サポートはする!」

「応! 頼むぜ岸波! 久我山も!」

 

 指示通り2人は突き進んだ。

 合間を縫って牽制しつつ、時坂が抑え込まれないよう立ち回る。

 順調に進んでいる。そう考えた時だった。

 

 

 

「岸波くん!」

 

 璃音に呼ばれる。

 時坂が2体を足止めしていた為、彼女の方は敵が単体の筈だが──

 

「通路からもう1体、シャドウが!」

「くっ、増援か!」

 

 時坂は動けない。

 璃音も対峙している敵を倒すのが優先──待て。

 敵が接近してきている通路に1番近いのは、璃音だ。なら、彼女がそちらの対処に回り、自分が彼女の相手を預かった方がいい。

 

「久我山、その敵もらう!」

「えっ」

 

 ソウルデヴァイスをサイフォンに仕舞い、表示画面を切り替える。

 

「ペルソナッ!」

 

 タマモを呼び出し、敵を蹴りつけた。璃音が受けもっていた敵がこちらを向く。優先すべき敵として認識してくれたらしい。

 

「璃音は通路の対処! 頼む!」

「お、オッケー!」

 

 しかし、素人3人で4体を、しかも若干離れている敵を相手取るのは厳しい。

 多少無理しても、速攻で片付ける。

 

 ──アギ。

 

 火炎属性技を念じ、放たせた。

 しかし効いた感じはない。

 ならばと呪怨属性技(エイハ)を放ってみるも、耐性があるのか効きが薄かった。

 

 ……ゴリ押すしかない。

 

 属性技を諦め、普通にペルソナを動かし接近戦を挑む。蹴る、蹴る、ひたすら蹴る。

 

「いい加減、倒れてくれ!」

 

 思い切り、気持ちを込めて命令した蹴りが、敵を消し去った。余計に精神力を使ったが、仕方ない。

 タマモを戻し、ソウルデヴァイスを喚び直そうとした所で……サイフォンの画面が光った。

 

「……?」

 

 画面には、倒した影が力を貸してくれる(New Persona!)ようですの文字。

 タップすると、ペルソナの欄に“ピクシー”という表記が。

 

 これは……喚べる、ということだろうか。

 兎に角試してみよう。考えている時間が勿体ないし、現状を打破する力になるかもしれない。タマモの時と同様、ソウルデヴァイスを突き出して叫ぶ。

 

「“ピクシー”!」

 

 自分の後ろに、小さな妖精が現れる。少し嬉しそうに飛び回っていた。

 同時に、使えるらしい技も流れ込んでくる。どうやらペルソナは目覚めた時点で、その能力などを把握できるらしい。ソウルデヴァイスと同じだ。理屈が分からないところまで。

 

「“ガル”!」

 

 疾風属性技(ガル)。突如として生まれた疾風が、時坂を囲んでいたシャドウの1体を転倒させた。

 

「うぉっ!?」

「もう1発……!」

 

 もう1体にもガルを放つ。これで敵が2体とも転倒。

 

「畳み掛ける!」

「お、応!」

 

 縦横無尽に、ソウルデヴァイスを使用してボコスカとタコ殴りにする。それはもう、埃が全身を覆うレベルに舞い上がるほど。

 

 それが晴れた時には、シャドウは消滅していた。

 

「やったな、岸波!」

「ああ、時坂のおかげだ。よく持ちこたえてくれた」

「へっ、御安い御用だぜ。岸波こそ、良い指揮すんじゃねえか」

 

 拳を突き合わせる。

 しかし最後のラッシュ、爽快感が凄いな。

 感触に浸りつつ、サイフォンを見る。今度は、何の表記もない。ただペルソナの欄には変わらず、タマモとピクシーの名が表示されていた。

 

「なあ、ところで今──」

「ちょっと! 終わったならこっち手伝ってよ!」

「「……悪い」」

 

 あまりの爽快感が、彼女のことを忘れさせていた。お陰で怒り心頭。アイドルがして良い顔をしていない。

 ……しかし何故だろう、特別変わりない気もする。普段がアイドルらしくないからだろうか。

 

「……反省してなさそう」

「本当にすまなかった」

 

 何にせよ、目を離した自分が悪い。

 

「って、そんなことより岸波──」

「そんなこと?」

「あ、わりぃ。……いや、それより説明してくれ。何でお前、ペルソナ2体も喚べんだよ!」

 

 そんなこと言われても。

 呼べたから、正確には表示があったから喚んだだけだ。

 そもそも、何かおかしな事なのだろうか。

 

 

 

 

「──タイプ・ワイルド。まさか、杜宮に現れていたなんてね」

 

 

 背後から、女性の声が響いてくる。冷たい、鋭利なものだった。背筋が凍ったかのようにゾッとするほど。

 

「柊……」

「こんばんは、時坂君。それに、D組の久我山さんと……編入生の岸波君も」

 

 赤いヘアピンを付けた、長めの茶髪。その声と同じくらい冷たそうな青い瞳。何処か不機嫌そうな美少女が、そこには立っていた。

 

 

 




 

「──美しい。シャドウさえ、いなければ……創作の邪魔をするモノは、斬る」
 某狐のお面の怪盗が居たら、一定時間は鬼神のごとく活躍するものの、その後は点で役に立たなくなる模様。



備考・白野レベル2
   璃音レベル1
   時坂レベル8
(突入時)


 そりゃ苦戦します。経験のある時坂くんと同様の動きができるわけない。かつ柊さんみたいな足並みを揃えてくれる実力者もいませんから。
 まあ、雑魚戦を長く描写するのも、きっと多くはないでしょう。
 勝てないなら、特訓すれば(レベル上げれば)ええやん?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月23日──【空き教室】帰国子女の笑いのツボは分からない


 本格登場の柊さんですが、原作に比べてやや軟化してます。それでも譲らない所は譲りませんが。
 理由なき改編ではないので、ご了承ください。理由が書かれるのはいつになることやら。




 

 

「“タイプ・ワイルド”。ペルソナ使いの中でごく稀に見る特異体質。該当する人物は、無知であること。また空白であること。が条件なんて言われているわ。何者にでもなれるし、何者にもなれない。個のないと言われる人間が当てはまりやすくもあるわね」

 

 自分の能力らしきそれを理知的に、頭良さそうな言葉を使って御高説してくれているのは、昨日異界に現れた女子生徒──(ひいらぎ) 明日香(あすか)

 どうやら美月と同じく、昔から異界に触れてきた人間らしい。

 その知識と経験あってか、すごい説明だ。

 よく分からないけれども。

 

「あー、すまん柊、もう少し簡単に言えねえか?」

 

 頭を掻きながら、時坂が尋ねる。

 隣に座る璃音も、無言で強く頷いていた。

 取り敢えず自分も頷いておく。

 自分たち3人を見て、ふぅ、と重そうなため息を吐いた彼女はしかし、再度説明の為に口を開いた。

 

「……例えば時坂くん、貴方が1年間ステイツに強制留学させられるとしましょう。まず、英語は話せる?」

「正直、お前レベルじゃ話せねえな。現地に行って伝わる気はしねえ」

「だとしたら、どう? 1年もの間、家から出ずに引きこもるかしら?」

「いや、流石にそこまではしねえが。まあ話せるように努力はするんじゃねえか」

「どうやって?」

「あ? そりゃあ……誰かと話したりして、教わったりするだろ」

「そうね、私が他所の国へ行ってもそうするわ。英語の話し方だけじゃない。その土地柄、住人の雰囲気、ルールやマナーに至るまで、多くの人と会話し、関わり、会得していくでしょう?」

 

 あくまで例え話だけれど、ともう1度前提を口にし、彼女は言っていることが理解できるか、と視線で問いを投げる。

 自分はまあ何となく分かってきた。が、時坂は未だに眉を寄せている。

 

「ああ。だが、それとワイルド能力ってやつの間に、何の関係があんだ?」

「ワイルドというのは、さっきの例であげたステイツに無知な時坂くん同様、“色々な知識や力の不足を他者との縁で解決できる人間”を指すのよ。その力はまさに周囲の影響で、善にも悪にも傾く。それだけじゃなくて──いえ、なんでもないわ。とにかく、危険性は伝わったかしら」

 

 最後、何を言いかけたのだろうか。

 しかしなるほど、厳しい目を向けられた理由は腑に落ちた。

 自分の力へ抱かれた警戒心。

 異界からの離脱を提案するのも当然だ。爆弾を抱えて戦場を歩く戦士は居ない。

 

 

 

 柊さんが異界に現れた後、一時撤退することが決まった。

 女子生徒の救出は急ぐべきではあるものの、必ずしも急務というわけではないらしい。まだ余裕があるから、先に片付けておくべき事を済ませましょう、とのことだ。そうして翌日となる今日、学校の空き教室を借りて話し合いが行われている。

 主な議題は、やはり自分の力と存在。彼女のいう危険性を払拭してもらえれば、この場を治めることはできそうだ。

 

 できればついでに、柊さんの持つ知識を聞いておきたい。どうして巻き込まれた少女がひとまず安全と言えるのか、などは知っておいて損がないだろう。

 

 

 しかし、ワイルドというペルソナ能力。

 ベルベットルームでアメーリアは説明していた。無限の可能性を持ちつつ、埋もれやすい才であると。

 無限。数値としての限度がないだけではない。プラスにもマイナスにも振り切れる可能性があるのか。

 自分の周囲に嘘・偽りを吹き込んでくる人間が居ないと信じたいが……用心は必要かもしれない。

 しかし、人と付き合うのに疑ってかかるのもどうか。

 やはりその人をよく見てから仲良くなるべきだろう。

 

「なあ柊、百歩譲ってさらりとオレを貶したことは置いておくとしても、だ。さっきから酷え言い様だが、いくら編入生だとしても、その例とは違って岸波にも無知無力ってわけじゃねえだろ。少し話したくらいだがマトモで真面目なヤツだってことは分かる」

「う、うん。そうだよ! 変だったのは自己紹介の時くらいで、確かに個性は感じられないけど、色々相談にも乗ってくれたし、あたしを助けてくれたときだって……!」

「まあ岸波くんの無個性さについては敢えて言及しないけれど、自己紹介の噂は私のクラスまで届いているわ。えっと確か……フランシスコ・ザビくんだったかしら」

「触れないでくれ……!」

 

 何故そこで自分の攻撃へと走るんだ。

 真面目な話ではなかったのか……!

 

「ふふっ、失礼したわね。つい面白かったものだから」

「え、面白かったの?」

 

 璃音が聞く。それ以上追求する話題じゃないと分かってくれ。

 

「ええ、とても」

 

 そう思ってくれるのは嬉しい。嬉しいが、答えなくていい。話を進めてくれ。

 

「……話を戻すぞ、柊」

「……ええ、そうね。ザビ──岸波くんが」

「「戻りきってない」」

 

 大丈夫か、コイツ。

 だがまあ柊さんも、自分と時坂の訝しげな視線を受けて、流石に反省したようだ。少し頬が赤い。

 

「こほんっ。岸波くんを酷評する理由、ね。そんなもの、本人が一番理解できているのではないかしら」

「……まあ、そうだな」

「岸波?」

 

 良い機会だから、話しておこう。

 璃音にも、説明してこなかったと思うし。いや、美月が説明している可能性もあるが。

 

「自分は所謂、記憶喪失というものを体験している。ここに編入するまではずっと入院していたし、そもそも目が覚めたのは1年半前。それまでは凍結睡眠(コールドスリープ)していたらしいから、自分にはここ1年分の学習と話した記憶しか残っていない」

「「「──」」」

 

 まあ、そういう反応にな──らなくないか? 普通。

 いや、時坂と璃音が黙るのは分かる。いきなり記憶喪失云々言われたら戸惑うだろう。

 ただ、既知の事柄を確かめるかのように訊ねてきた柊さんが驚くのは、どうしてか。

 

「ザ──岸波くん」

「ちょっと待って、またザビって言おうとしなかった?」

「気のせいよ。それより岸波くん、1つだけ尋ねて良いかしら」

「……? ああ、構わないが」

 

 ありがとう、と目を伏せ、彼女は腕を組んでから問う。

 

「目覚めたのが1年半前なのは分かったわ。なら、眠ったときが何年の何月で、場所が何処かは把握している?」

 

 少し、考えてみる。

 はたして自分は、いつそんな処置をしなければならない事態に置かれたのか。

 無論記憶がないため、自分の知識に遡れる限度はある。

 だが、普通その説明はされているだろう。起きたときか、現状を説明するときにでも。

 おおよその時期は聞かされている。今から約10年前。それが自分が凍結された頃。

 では何故。何故自分は眠らなければいけなかったのか。

 通常、コールドスリープをするメリットは、直す技術が確保された年代で治療を受けることができるようになることだ。

 しかし、だとしたら自分は何の病気で凍結し、どういう経緯で目覚めたのか。

 目覚めた以上、完治はしているはずだが。

 

「……すまない、分からない」

「……そう、一応聞いておくと、入院していた病院はどこの系列?」

「? 北都グループだけど」

「…………なるほど、ね」

 

 北都という名に、僅かな反応を示した。

 北都といえば生徒会長、北都美月の名前が第1に思い浮かぶ。

 やはり、異界に関係ある者同士で親交があるのだろうか。

 

「岸波くん」

「? まだ何か?」

「ごめんなさい」

 

 そんなことを考えていたら、急に柊さんが頭を下げてきた。

 

「知らなかったとはいえ、話しづらいことを話させてしまって」

「……知っていたんじゃなかったのか?」

「その、あまりに経歴が空白だったから、うしろめたい過去でもあって消したのか、偽造工作の一環かの2つの線を考えていたのだけど」

 

 ただその空白は寝ていたが故のもの、と。

 確かにまあただ経歴が書かれていなければ、疑ったとしても、正確な理由を突き止めるには難しいだろう。というかどうやって調べたのかが気になるが、まあいい。

 

「こちらこそ、勘違いをさせて無用な心労を掛けたみたいだ」

「……今日はここまでにしましょう。明日また、今後のことについて話し合いの席を設けたいのだけれど」

「じゃあ放課後に、またここで。時坂と璃音も良いか?」

「ああ、明日なら大丈夫だぜ」

「うん、オッケー!」

「じゃあそういうことで……」

「ああ、少し待ってもらえるかしら。時坂くん、ちょっと」

 

 時坂を手招き、教室から出ていく柊さん。

 聞かれたくない内容らしい。

 取り敢えず、璃音と話すか。

 

「璃音は自分の過去を美月に聞いてなかったんだな」

「まあね。他人に訊くものでもないし。……でも、あたしの本音を説得する時に言ってたことが、やっと分かった気がする」

「本音を?」

「“試せることがあるなら、試してから諦める”。そうだよね、手探りでも何でも、進めるだけマシ。止まっちゃったら、何にもできない」

 

 経験者の言葉って、こんなに重いんだね。

 彼女は力なく笑った。何故そんな表情をするのかわからなかったけれど、彼女が話してくれるのを待つしかない。

 

「お待たせ、もう帰っていいわよ」

 

 柊さんが、教室の扉から顔を覗かせた。内緒話は終わったらしい。

 しかしそんな彼女へ、時坂がジト目を向ける。

 

「おい、何がもう帰っていいだよ」

「あら、何か問題でも?」

「……もういい、早く行けよ柊」

「じゃあ、あとは頼むわ、時坂くん」

 

 そんなやりとりに璃音と2人首を傾げつつ、去っていく女子の背中を見送る。

 

「あー、岸波と玖我山、この後暇か?」

「ああ」

「大丈夫だよ、何かするの? また異界に挑むとか?」

「まあ、当たらずとも遠からずってとこか」

 

 時坂は呆れたように笑う。

 これから言うことは内緒だぞ、と。

 

「柊に頼まれたんだよ。昨日沈静化した異界を使って、私が時坂くんに教えたことをそのまま2人にも教えてあげて、って」

「そんなことを」

「自分で言えば良いのにね」

「まあ、直接言うのが気恥ずかしかったんだろ。あとは岸波にさっきの話をさせたってのもあるかもな。オレが言うことでもねえが、柊にも悪気があったわけじゃねえと思う。どうか許してやってくれねえか?」

「許すもなにも、別に気にすることないのにな」

「「いや、それはムリ」」

 

 無理らしい。

 そうか無理なのか。

 出来る限りフランクな説明を心掛けたんだが、どうやらまだ自分には話術のスキルがないらしい。

 

「何にせよ、時坂が鍛えてくれるということで良いのか?」

「おう。まあそんな訳だ、行くとしようぜ」

 

 




 ちなみにこの後、柊さん家の明日香さんは生徒会室に乗り込み、会長とリアルファイトした。

 ──なんてことは当然なく、詳しい事情を聞きに行きましたとさ。ちなみにミツキとアスカの仲は原作に近いです。険悪一歩手前。あれ、雰囲気悪いかも、レベル。



 ワイルドについて
 ワイルドが無個性ということは決してない(某でありますロボ娘、某ナナコンを見て)。無垢というのはあるだろうけれど。
 なら何故無個性と言われるか。
 それは個性を感じ取られる程、人を寄せ付けていない、人を受け入れていないからかと。コミュを築く前は仲良い人が居ないため、自分を見せる必要もなく、結果周囲からは無個性と断じられるのでは、なんて考えています。
 故に、言葉を話させると淡々としている印象でも、中ではしっかり考えている白野くん。コミュが深まれば個性が滲み出る……かも。アニメ版ほど個性的なのは無理ですけどね。


 アスカの序盤で言った、「それだけじゃなくて──」の後について。
 ここは語るまでもない。探偵が先か事件が先かと同じですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月23日──【異界:忘却の遺跡】戦い方




 所謂、ペルソナ戦闘システムのチュートリアル。


 そして今さらですがまたしてもご注意を。

 物語の都合上当然といった考えもあり、タグを着けてませんでしたが、主人公勢は大半が固有ペルソナの所持者となります。
 ペルソナ過去作や異文録、メガテンから造形を変えて引っ張ったりもしますが、新規も勿論居ます。
 原作がペルソナならまだしも、別の物語、別の登場人物。メインキャラを変えるならペルソナも新しく。仕方ない。仕方ないのです。そういった内容が苦手な方、本当に申し訳ありません。
 仕方ないで済む話ではないことも、理解しています。

 以上のことを受け入れられた方は、お付き合い頂けると幸いです。





 

 

 

 昨日時坂たちが沈静化したという異界に到着、その入り口で簡単なレクチャーがされていた。

 なんでも1度鎮めた異界はしばらく活性化──つまりシャドウの凶暴化が起こらないらしく、腕試しや修練に丁度良いんだとか。

 

「異界での戦闘は基本的に避けるべきじゃねえ。シャドウに見つかれば追われることになるし、それで背後を取られたら最悪。陣形は乱れ先制は取られて……散々なことになる」

 

 そう考えると、最初の異界ではよく敵に見付からず行けたものだ。

 ソウルデヴァイスもペルソナも目覚めていない時点で背後を取られていたら、一瞬で命を失っていただろう。

 

「基本は先制攻撃。隙を見せるまで待ち、確実に注意が逸れてる所で背後から、が理想だな」

「つまり闇討ち?」

「闇があるとは限らないが、まあ。先制できればシャドウの動揺も誘えて戦いやすくなんだよ。折角だし、積極的に狙っていこうぜ」

 

 取り敢えずやってみせっか。と時坂はサイフォンからソウルデヴァイスを呼び出す。

 自分と璃音も、戦闘準備を済ませた。

 

「じゃあ……標的はアイツにするか。オレが一撃加えたら、2人も続いてくれ」

 

 そう言って彼は、球体のようなシャドウを通路影から観察し始めた。

 そして、シャドウが後ろを向いて離れ始めた瞬間、一気に接近。

 

「らあッ!」

 

 独特な軌跡を描いて、時坂のソウルデヴァイス──レイジング・ギアがシャドウに斬りかかる。

 ──当たった。

 それを確認した自分は鏡を投射し、璃音は翼を羽ばたかせた。

 

 シャドウは動揺しているのか、左右を忙しなく見て警戒している。敵は目の前にいるというのに。

 まずは璃音が近付いき羽を大きく振ることで打撃する。

 続いて自分の鏡をぶつけ、最後は時坂が一撃を与えた。

 

「敵には固有の戦闘モーションがある。個体によって知能に差があるのかは分からねえが、取り敢えず見切っちまえばコッチのもんだ。相手に攻撃の気配があったら、一回攻撃の手を止めて、見ろ。来たぞ!」

 

 彼の言う通り、球体らしきシャドウが動き出す。

 のそのそと近付いて来たかと思えば、身体の裂け目から舌を出し、こちらへ伸ばしてきた。

 斜め下から、舐めるように這い上がってくる攻撃。

 ギリギリまで引き付けた後に回避を試みるが、少し遅かったらしい。逃げ遅れた右腕に敵の攻撃が当たった。

 伝わってきたのは予想以上の衝撃。見た目に反して攻撃が響いてくる。殴られたかのような重さだ。

 

「普通に痛えだろうが、ソレが急所にでも入ればもっと痛え。しばらく身動き取れなくなるし、その隙に追撃を仕掛けられたりもするから、気を付けようぜッ……と」

 

 時坂が攻撃後の隙を突いて攻撃し、シャドウが消滅した。

 

「……え、今のシャドウの攻撃って痛いの?」

「見た目じゃ分からねえだろうが、結構痛え」

「くらってみるか?」

「や、やめとく……」

「ちなみにオレは同じような会話を柊として、普通に問答無用でくらわされた」

「「柊さん怖い」」

 

 まあ、見た目より余程痛いというのは伝わったらしい。

 分かっていたが、異界は気が抜けない。

 あの程度……と言って良いのかは分からないが、普通に徘徊しているシャドウの攻撃でもあそこまで強力な攻撃を仕掛けてくるのだ。

 異界の攻略は連戦が基本になる。異界内には多くのシャドウが蠢いているのだ。そのすべてと戦う訳ではないにせよ、避けて通れないものが殆どのはず。

 しっかりとした体力と、見る力を付けなければ。

 

「まあ先制攻撃が基本とは言ったが、通路とかの狭い場所ならともかく、広い空間でやるのは厳しい。狙えるときは積極的に、って感じだな。狙いすぎると視野が狭くなって危ないぞ」

「場所によって色々な戦い方がある訳だな」

「オレ達のソウルデヴァイスやペルソナにも、それぞれ長所、短所がある。そこを見極めて、誰がどう立ち回るかを考えつつ行くのも重要らしい。今は経験者の柊に任せてるが、オレ達も出来るようにならねえとな」

「それなら、今は良い機会だね!」

 

 璃音の言葉に時坂が頷く。

 確かに、自分たちだけで立ち回りを学ぶ、というのも大事そうだ。

 何より柊さんに任せっぱなしでは、いざというときが怖い。

 自分の癖をしっかり把握するのもそうだが、全員の闘い方、戦術的好みも知っておいた方が良いだろう。

 

「まあ、オレらの中じゃ今のところ、指示を出すのは岸波だな」

「自分か?」

「イイんじゃない? 前の指示も的確だったと思うし」

「ああ。それにその立ち位置が良い。オレらのこと後ろから見て、状況判断できるの岸波くらいだろ。柊くらい慣れてれば、接近戦仕掛けても回りが見えてそうだが」

 

 自分たちは柊さんの戦闘を見ていないから、どれだけ優秀かは分からない。

 だが時坂の口からは相当の信頼を聞かされている、相当の練度のようだ。

 

「じゃあ次に、ペルソナの戦闘についてだが……あー、まず何を言ったもんか」

「……そういえば時坂のペルソナはどんなものなんだ?」

「オレのか。ちょっと待て」

 

 時坂はソウルデヴァイスを装着している右腕を大きく左に引き、左手に持ったサイフォンへ近づける。

 ソウルデヴァイスが光の粒子になってサイフォンへ吸い込まれていき、代わりに彼のサイフォンが少し光る。

 

「来やがれ……“ラー”!!」

 

 サイフォンの画面をスライドして現れたのは、赤い球体を頭上に乗せた鳥。造形は(ハヤブサ)に近い。

 大きく、威嚇するように羽を広げた彼のペルソナは、空中を旋回している。

 

「コイツがオレのペルソナだ。使える技としては、アギとラクカジャ、二連牙くらいか」

「アギ……って、タマモが使えるのと同じ技だよね?」

「ああ」

 

 だが、ラクカジャと二連牙というのは知らない。

 確認すると、自軍の防御を固くする術と、2連続の物理攻撃スキルらしい。

 

「火炎属性が被ったのは残念だが、ラクカジャは強力だな」

「被ったつっても、岸波はペルソナ変えられんだろ」

「……あ、そうか」

 

 なら、自分は誰かと被っても気にしなくて良いということか。むしろ、居ない穴を埋められるようになれる。

 一方で、自分はペルソナの乱用を避けなければならないだろう。いざというときに出せないようでは、この特性も意味がなくなってしまう。

 

「ちなみに柊は氷結属性。単体氷結術(ブフ)全体氷結術(マハブフ)、あと回復技(ディア)を使ったのを見たことがある」

「なるほど」

 

 なら、時坂と柊さんは、火炎属性と氷結属性のコンビで闘い抜いてきたのか。

 真逆の属性だ。お互いを巧く補い合えるのだろう。

 ……いや。少し待て。

 

「そもそも、属性っていくつあるんだ?」

「火炎、氷結、電撃、疾風、核熱、念動、祝福、呪殺。計8つらしいぜ」

「へー、結構多いんだね」

「含まないだけで、物理や補助系、妨害系って色々あんだよ。オレの使うラクカジャも、味方をサポートする系のスキルだしな」

 

 なら自分は出来るだけ多くの属性を集めていた方が良さそうだ。ペルソナの集め方もいまいちピンと来ないが、そのうち慣れるはず。

 時坂のラーに柊さんのペルソナ。自分のタマモとピクシーを含めて、補えていない属性は4つ。半分だ。

 

「じゃあひとまず、玖我山も喚んでみろ」

「う、うん……」

 

 すう、はあ、と深呼吸。意を決したようにサイフォンを抱き抱える。

 背中についたソウルデヴァイスが収納された。

 

「来て──“バステト”!」

 

 それは、猫のようなペルソナだった。……顔だけだったが。

 顔が猫のもので、体は人に近いナニか。それでいて置物のような不自然さが滲み出ている。

 

「これが、あたしのペルソナ……」

「喚んだ感じはどうだ?」

「うん……なんかちょっとだけダルいかも。ほんの少しだけ疲れた、って感じ? ステージとかじゃなく、カラオケで軽く一曲歌った、みたいな」

「例えが分からない」

「? カラオケ行ったことない?」

「ああ。知ってる曲も少ないしな。時坂は?」

「オレは付き合いで少し。ほとんど歌ったことはねえ」

「……道理であたしのこと知らないわけだ」

 

 そのことについては本当に申し訳ないと思っている。

 

「ちなみにその疲れは精神力の減少から来てるんだとよ。スキルを使えばもっと疲れがダイレクトに来るはずだぜ」

「ふーん、スキルって?」

「あー、なんかこう、“こんなこと出来る”って直感がねえか?」

「うーん、あ、何となくわかってきたかも。ソウルデヴァイスの時と一緒だね」

 

 確かに、何となく戦い方が分かるソウルデヴァイスと、何となく使える技が分かるペルソナは仕組みが似ている。どちらも心の現れだからだろうか。本人が産み出したモノである以上、その本人が使い方を知らないわけがない。

 

「えーっと、こうかな。“回避・命中率上昇(スクカジャ)”」

 

 彼女が唱えた瞬間、自分を緑のオーラが包んだ。

 なんとなく、身体が軽くなった気がする。

 だから何となく、跳び跳ねてみた。

 ……羽のような軽さだ!

 

「うわ、結構疲れる……」

「だろ。精神力も鍛えれば上がるらしいし、気にしなくてもいいと思うぜ」

「あ、そういうもの? じゃあどんどん練習しないとね!」

「おう、その意気だ。……って、いつまで飛び回ってんだ岸波!」

「あ、ああ、すまない」

 

 つい楽しくて我を忘れてしまった。

 ……しかし、跳び跳ねているキャラ、個性的ではないだろうか。これを続けていれば、無個性とは思われないかもしれない。

 代わりに何か、大事なものを失いそうだが。

 

「使える技は一応今のやつと、念動属性攻撃(サイ)ってやつみたい」

「念動……今のところバランスよく整ってきてんな」

「ああ」

 

 確かに、自分は例外として、重複なく5属性が揃うというのは運が良さそうだ。

 あと足りないのは雷撃属性、核熱属性、祝福属性の3つ。

 ここを揃えるのが、次の異界攻略時までの課題か。

 

「ペルソナを使う際はとにかく弱点を突くこと、体勢を崩した瞬間に畳み掛けることを頭に入れとくと良いぜ。じゃあそろそろ実践だ、弱点を見極める為にも、積極的に挑んでいくぞ!」

「ああ」「オッケー!」

 

 

────

 

 

 ある程度慣れ、かつペルソナを呼べそうな回数も数えられるほどになってきた時点で、この修練は終わった。最後の方は特に苦戦なく終われ、弱点解析も素早くなったと思う。時坂も、もう教えることはねえな、って言っていたし。

 さて、今後のことについては明日話す、と柊さんは言っていた。

 ならば今日は早く帰って体を休めるとしよう。疲弊しきった状態で無理をし風邪でも引けば、それこそ異界探索どころではない。

 

 まずは璃音を家まで送り、時坂は住宅街の方へ、自分はマンションの方へとそれぞれ帰っていった。

 

 

 

 

 





 登場させるペルソナについては、社会科の授業風景を書く時にでも触れていくつもり




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月24日──【空き教室】型に嵌まらず奔放に行きたい



 誤字報告いただきました。本当に助かります。
 スクカジャ……スカクジャ……スクガシャ……すごいぜんぶ違和感ない。



 


 

 

 放課後になり、本日の予定を果たそうと移動を開始する。

 ただ、行き先が璃音と同じなので、少し時間をズラす必要があった。これ以上波を荒立てたくないし。

 世界史の教科書を使って、少し時間を潰してから移動。

 空き教室に着いた時には、時坂と柊さん、璃音と全員揃っていた。

 

「すまない、遅くなった」

「いいえ、別に時間の指定はしていないし、集まったのはついさっきだから気にしなくていいわ」

 

 柊さんが応える。

 時坂も璃音も、頷いてくれた。

 それじゃあ、席に座ろう、と思ったところで、悩みが発生。

 どこの席に座ろうか?

 

 現状、時坂と向かい合う形で柊さんが座っていて、時坂の隣にリオンが座っている。

 つまり何も気にせず座るなら、柊さんの隣になるのだ。

 ここで気にしなければいけないのは、柊さんの感情。彼女は自分を善く思っていない。さすがに声を上げて隣に座ることを嗜めはしないだろうが、快くも思わないだろう。

 しかし、時坂・璃音の隣に座るというのもおかしい。柊さん側が一人でこちら側は三人。そのつもりはなくとも露骨に避けているみたいだ。

 あと残っているとしたら、議長席のように1つ出っ張った席になるが……それはしたくない。

 さて、どうするか。

 

──Select──

  柊さんの隣。

  璃音の隣。

 >一人席。

──────

 

 悩むまでもない。柊さんを不快にさせない為には、この選択肢しかないのだ。

 

「岸波お前……すげえな」

 

 何故か時坂に尊敬するような眼差しを向けられた。

 何を凄いと思ったのかは分からない。前後の動作をみれば、この選択を驚いたのかもしれないが。

 もしかしたら彼は、この席配置が酷いことに気付いていたのかも。

 結局、どれを選んでも角が立つだろうし。

 

「さて、岸波君も来たことだし、話を始めましょうか」

 

 柊さんが仕切り、話し合いが始まる。

 時間を掛けすぎない為に心がけるべきは、議題・議論の細かい整理だろうか。

 備え付けの黒板に寄り、チョークの有無を確認する。

 なかった。

 

「……」

「岸波君、どうかしたの?」

「話を分かりやすく纏めるものが必要かと思って。黒板に書いておけばいつでも見返せるから」

「……それはそうだけど、書く単語には配慮して頂戴。空き教室とはいえ誰かが見る可能性がある以上、痕跡は残さない方が望ましいわ」

 

 確かに、黒板の跡を読み取った時、「異界」だの「ペルソナ」だの書いてあれば、どんな人間が落書きしたのかと思われるだろう。

 しかし今の返事は、その点さえ気を付ければ実行して良いということだろう。

 テーマを正しく共有する、というのは大事だ。論点の異なる議論ほど不毛なことはなく、主題を見失った討論ほど無意味なこともない。

 歴史などを勉強していると、どうしてもそういうことを考える。互いの国、領土が必要としている物をどれだけ擦り合わせるか。一致しなければ戦争。勝った方の言い分が通る。

 それ自体は日常生活でもさかんに行われているだろう。尤も国規模の話が個人規模の話まで落とされれば、戦争は喧嘩へとランク下げされるが。

 複数人で話し合う際、最も大切なのことは、話すべき事柄から逸れないことだと思う。

 すべて教科書知識だが。

 大勢での話し合いなんて経験ないし。

 

「当事者以外が見ても分からないように書いていこう」

「まあ、視覚情報は記憶に残りやすいし、何より話が逸れても軌道に戻せる。複数人で話すからには、試みるのも有意義かしらね」

「……おお、柊が認めた」

「その発言はどういう意味かしら、時坂君」

「……いや、別に」

「ただ話すよりは分かりやすくなると思っただけよ。ところで、特定の先生と仲の良い時坂くんには、是非職員室へ行ってチョークを借りてきてもらいたいのだけれど」

「要らんこと言うんじゃなかったぜ……仕方ねえ。そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

 口は災いのもと。よく分かった。

 昨日の時坂の発言も合わせれば、言えることがある。

 柊さんには余計なことを言わない方が良いらしい。

 

「さて、それじゃあ時坂君がお使いをしている間に、彼に関係のない分の話を進めましょうか」

 

 どうやら、計算尽くで彼を追い出したらしかった。

 ただ厳しいだけではないらしい。侮れない。

 

「岸波君、それと玖我山さん。端的に言って、貴方たち二人には強くなってもらう必要がある」

「? あたしはともかく……」

「自分も?」

 

 璃音は力を抑えるために、使いこなす術を学ばなければいけない。それは美月との会話で分かっていたことだ。しかし自分については関わるかどうかを決めただけで、その必要性は聞いていない。

 

「あらゆる状況に対して万全の策を取れるのが、タイプ・ワイルドの特性。時坂君だけならまだしも、玖我山さんにも経験を積んでもらう以上、サポートに回せる力は多い方が良い。単純に、埋もれさせるには正直惜しい力なのも理由の1つ」

 

 複数のペルソナを使役できる能力(タイプ・ワイルド)

 せっかくの対応力も、実践を積んでいなければ発揮しきれない。相性というものが存在する世界において、確かに重要性の高い能力だ。それは話を聞いていて分かる。

 

「それは分かった。だけど、それだけか?」

 

 彼女の言葉を使うなら自分は、後ろ暗い背景のないタイプ・ワイルドというだけの存在。

 先程説明された理由だけなら、きっと彼女は昨日の場で結論を出せていただろう。

 背景確認の為、美月を訪ねた。確かに必要な行為だろうが、それだけでなにかが劇的に変わるとも思えない。彼女がその決断に踏み入った理由は何なのか。

 

「……」

「……」

「……はあ、あまり言いたくはなかったのだけれど」

 

 無言で視線を重ねること約1分。

 諦めたように、彼女は口を割る。

 

「正直時坂君と同じで、監視下に置いておかないと不安だからよ。玖我山さんの一件は聞いたわ。随分と無茶をしたそうね」

「うっ」

「挙げ句入院までする大ケガを負ったとか」

「……ま、まあまあそのくらいで! あたしも悪かったんだから、ね!」

 

 璃音が仲裁に入る。

 後悔していないとはいえ、その判断は経験者から見るに早計で短慮で無鉄砲なのだろう。

 そこを突かれると痛い。

 

「そういうこともあっって、岸波君は時坂君と同じタイプのバカだと判断したわ」

「オイ、誰がバカだ。誰が」

 

 ちょうど、時坂が帰って来る。

 右手にはチョークが2本。誰かが使用したかのように丸みを帯びたものを持ってきた。

 

「あれだけ言い含めても、勝手に異界へと飛び込んでしまう貴方のことよ、時坂君」

「うっ」

「返答に詰まった時の反応も同じなのね」

 

 これは分が悪い。

 時坂は早々に自分へチョークを渡して席に戻った。

 

 

 ……柊さんが自分と、自分の後ろの黒板をみている。

 

 書け、というのか。書けと。

 

 彼女の視線は、雄弁に強要していた。

 貴方が言い出したことでしょう、と。

 

 黒板に、『時坂・岸波 同類(バカ)』と書く。

 

「オイ!」

「「ふふっ」」

「分かっている。言うんじゃない」

 

 こんなことの為にチョークを用意してもらったんじゃない……!

 だが、柊さんの圧には勝てなかった。

 

「……さて、全員揃った所で話を進めましょう。異界攻略についてよ」

 

 ここから本題。取り敢えず黒板には『本題:』と書いておく。

 和やかな雰囲気は冷え、緊張の糸が張り始めた。

 

「今回の異界についての情報を整理しましょう。異界の種類は人的異界。その形成者は?」

「相沢だな。空手部の2年生」

 

 時坂が答える。一昨日、現場から走って去っていった彼女だろう。

 黒板に、『起点・空手少女A』と書く。

 

「あたしはクラスが違うし接点ないから分かんないんだけど、その相沢ってどういう子なの?」

「オレもそこまで付き合い深い訳じゃないが……まあ、マジメなヤツだ。責任感もある」

「そんな子がなんで……」

「さあな。その責任感が裏目っちまったのかもしれねえ」

 

 責任感が、裏目に出る?

 その言葉から推測できるのは、背負いすぎという事態。

 必要以上の責任感といえば璃音の一件もそうだが……似たような感じだろうか。

 何かしらの出来事が、我慢の限界値を突き抜けたのだろう。

 そういえば事件当日、時坂は自分たちより早く現場に駆け付け、相沢という女生徒を止めていた。その後も曖昧な表情を浮かべていたし、なにか心当たりでもあるのか。

 

「推測を重ねても仕方ないわ。本人が巻き込まれたわけでもないし、明日直接聞いてみましょう」

「何を?」

「最近悩みがなかったかを」

 

 悩み?

 それが重要なのだろうか。

 

「人的異界を沈静化させる条件は2つ。要因の解決か、その排除か、よ」

「解決っていうのは、その……あたしの時みたいな?」

「ええ、異界を発生させた人が落とし所を見付けるなり飲み込むなり、何らかの形で原因と正しく向き合えれば、それが解決」

 

 璃音の件で言えば、本音を説得し、彼女にもう1度夢へ挑む覚悟を持ってもらうこと、だろうか。

 なら、排除は。

 

「排除は、迷宮の主が抱く感情の矛先を無くすこと。対象が人なら遠くへ写したり、物なら取り壊したりしてしまうわね。最終手段と思ってくれて構わないわ」

「今回の主──相沢さんは、何を思ってたのかな」

「それなら分かるぜ。ソラ──郁島(イクシマ) (ソラ)っていう後輩のことだ」

 

 ソラ。昨日彼が幾度か口にした名前。

 異界に巻き込まれている、一人の少女だった。

 

「じゃあ、情報収集の役割を分けましょう」

 

 黒板に『後輩・I』と書き、『空手少女・A』から矢印を引いて向き直ると、全員がこっちを向いていた。

 役割──流れでいえば、聞き込みだろうか。どんな悩みを持っているようだったか、変わったことがなかったかと、まるで探偵のように探る必要がある。

 

「取り敢えず聴取先は、空手部、Iの周辺、Aの周辺、それとA本人かしら」

「突然聞いたりしても怪しまれないか?」

「怪しまれないようにするのよ」

「アドバイスもなにもなく力押しかよ……」

 

 時坂がぼやく。柊さんが見詰める。時坂が項垂れる。

 ここまで1セット。力関係がよく見て取れた。

 

「……そうだ、こういうのはどうだろう」

 

 突如として思い至った案を黒板に書く。

 『同好会』と、二重に丸をして。

 

「これを活動の一環として認識させれば、違和感もないだろう」

「あ、そういえばそんな話あったっけ」

「なんの話だ?」

 

 先日、美月に持ちかけられた同好会の話を、時坂と柊さんにも明かす。

 二人が返してきたのは、良い反応だった。

 

「イイんじゃねえか、調査もしやすくなるだろうし」

「そうね、こうして集まって話していても誤魔化せるし、教室使用の許可もとりやすくなるわ。いっそのこと部活になれば部室ももらえるんでしょうけど、制限も増えるだろうし、顧問を頼めることでもないから、丁度良いかしら」

「問題は何の同好会にするか、だな」

「なんかこう……身近な不思議や出来事を調べていく、みたいな」

「新聞部に近い感じね」

「取り敢えずはそういうことにしよう。詳しいことは今後で良い。美──生徒会長には後で報告してくる」

 

 部活の一環という体で、異界発生の理由と対処法を探す。

 聞き込みは大丈夫だろう。人数的にも不可能ではない。あとは、それを実行に移すまでの時間さえ分かれば。

 黒板に、『期限』と書く。

 

「柊さん、後輩さんの救出期限って分かるか?」

「少し待って頂戴」

 

 サイフォンを取りだし、操作する彼女を見詰める。

 答えはすぐに返ってきた。

 

「郁島さんの異界適正はC-。相沢さんのは……それより下ね。これなら最低でも3週間以上は保つわ」

「異界適正?」

「その人がどれだけ異界で長く過ごせるかの指数よ。適性値、つまり順応力ね。高ければ高いほど長い時間過ごせるし、反面産み出す異界は強大になる」

「相沢さんの発生させた異界の難易度は低く、適性のある郁島さんはそこそこ長く生存できると?」

「そうなるわね」

 

 そんな値があったなんて初めて知った。

 期限の下に20日以上とだけ書いておく。

 

「いつ測ったんだ、そんなの」

「4月。初日から3日間くらいで」

「全員?」

「ええ、全校生徒。そう難しくもなかったから」

「……取り敢えず話を戻すぞ」

 

 見ると、もう結構な時間が経っている。

 そろそろ話を終わらせなければ。

 

「けど、ゴールデンウィークは考慮に入れるべきかもしれないわね」

「何故?」

「その前に確認だけど、郁島さんは単身東亰へ出てきたのよね、時坂君」

「ああ、玖州の方から」

「出身は置いておくとして。この場合最悪なのは親御さんが様子を見に来た時、行方不明のままであること」

「……!」

 

 そうか、救出までの間は行方不明扱いとなる。

 学校の方は美月が色々手を回せることもあるだろうが、ご家族の方はそうもいかない。

 だとしたら。

 

「これから10日。“5月2日まで”と想定するのが妥当ではないかしら」

 

 全員が頷く。

 10日。そこまでに原因を突き止め、すべてを終わらせなければならない。

 余裕が出るかそうでないかは、情報収集の精度にもかかっていた。

 

「聞き込みは連絡を取り合いつつ進めましょう」

「対象が被らないように、と、情報が出てきた際はそれをいち早く伝えられるように、だな」

「ええ」

 

 そこまで話して、チャイムが鳴った。

 下校の合図。そろそろ行かなければならない。

 

「それじゃあ今後、この四人で同好会メンバーとして行動していこう。皆、よろしく」

「ああ、よろしく」

「ええ、よろしく」

「うん、ヨロシク!」

 

 確固とした足場が生まれた。

 なにかが心に満ちていく。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“愚者” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 ……今のは。

 

「岸波、どうかしたのか?」

「……いや、なんでもない」

 

 そのうち、ベルベットルームへ行かなくては、とそう思った。

 

 

 





 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが上がった。
 愚者のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
────


(あまり意味のない)選択肢回収
──Select──
  柊さんの隣。
 >璃音の隣。
  一人席。
──────

「いや岸波、オレがあっち座るから気にしなくて良いぜ」

→時坂くんいい人。

──Select──
 >柊さんの隣。
  璃音の隣。
  一人席。
──────


 ……視線を感じる。横から、それも強烈なものを。
 気になって仕方ないので席を立つ。
 せっかくだし、板書でもするか。

→柊「どう接して良いかわからない」
 かわいそう。



 といった感じでした。

 初コミュ覚醒!
 編入して2週間、漸くコミュ1つなのかい、白野くん……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月25日──【杜宮高校】聞き込み調査 1

 

 

 ──>杜宮高校【教室】。

 

「少し待ってくれ岸波、これを渡しておく」

 

 担任の佐伯吾郎先生に呼び止められ、紙を1枚手渡される。

 そこには、“部活希望表”と書かれていた。

 そういえば先週の金曜日、来週渡すと言っていたっけ。

 

「どうだ、決まったか?」

「そうですね、候補は絞れてきましたけど」

 

 もう1度くらい見て回りたかった、というのが正直な所だ。

 見学だけでもこの後行ってみようか……って駄目だ、調査をしなければ。

 ……ん? 待て、部活希望か。……これは使えるかもしれない。

 

 

────

 

 ──>杜宮高校クラブハウス【武道場】

 

 

「こんにちは、少し宜しいですか?」

 

 柊さんが武道場の扉を開き、声を掛ける。

 放課後、柊さんと二人で共に空手部を訪れた。

 郁島さんと関係の深い時坂には1年の教室を、璃音には相沢さん関連で2年の教室を回ってもらっている。

 まだ、これといった情報は得られていない。

 自分も2年生を回ろうかと思ったが、知り合いが少ないことと、璃音の同伴ができないことは分かっていたので、こちらに回った。

 空手部に知り合いは居ないものの、自分には編入生としての立場がある。多少変な探りを入れても、入部興味ということで流せるだろう。

 そんなことを考えながら待っていると、空手部の人たちの中から一人の女生徒が出てくる。

 柳色に近い髪を赤いリボンで縛る、凛々しい女性だった。

 

「あら、貴女は確か2年の柊さん……よね。そちらは……」

「2年の岸波。編入生です」

「ああ、噂の編入生くん……そう、初めまして。私は寺田(テラダ) 麻衣(マイ)。女子空手部の部長をしているわ。それで、うちの部に何か用かしら」

「はい。……って、すみません、噂って?」

「なんでも2年生に、最初の挨拶でかましてきた大物が編入してきて、我が校が誇るアイドルが毒牙に掛かったとか」

「ふふっ──」

「笑うな柊さん。先輩も、その噂は気にしないでください。大物でもないですし、毒牙にも掛けてません」

 

 部長、ということは3年生だろう。部を纏めている人に話を聞けるのは大きい。

 スイッチが壊れたように、止まらない笑いを抑える柊さんを無視し、彼女と話すことにした。

 

「実は先週の部活体験に参加できず、お話を聞きたくて来たのですが」

「そう。でもごめんなさい。今日は女子の活動日で、男子は明日なの」

「そうなんですか。あ、でも、出来れば少し教えてくれませんか。空手部全体としてどういった目標で活動している、とか。どんな雰囲気で活動している、とか」

 

 実際、男子が活動していたら、女子の雰囲気はどんな感じですか、と流れで聞くこともできただろう。しかし女子に直接聞いても、「何故そんなことを?」と訝しげになられて終わりだ。

 なので細かいことは気にせず、男女合同の部活という枠組みで話を進める。

 細かいことを聞く為に、同好会というカードを持ち合わせているものの、出来るだけ切らないで済ませたい。付け焼き刃の嘘ほど、見抜かれやすいものもないからだ。

 

 ちなみに、同好会については申請中である。昼休み、美月に頼んだばかり。十中八九通るだろうが、申請内容は“生徒同士で行うお悩み解決。もしくはその予兆の調査”である。……気が付いた時には生徒会の下部組織として数えられている気がする。

 

「そうね……空手部としては、男子女子ともに目標はインターハイ出場。特に女子は、期待の新人の入部が内定しているし」

「内定?」

「入部を決めてて、4月の頭から練習へ参加してくれてるのよ。ほんと、周りの良い刺激になっているわ」

 

 恐らく、それが郁島さんだろう。

 事前に時坂から聞いた話では、郁島さんは玖州の方で名の知れている“郁島流”という流派の師範の娘らしい。本人も武道が好きで、かつ類い稀な運動神経を持つ天才型。性格は礼儀正しく、正に武道家向きだとか何とか。

 周囲に影響を及ぼすのも、才能の一部だろう。いや、才能というよりは、性格かもしれない。

 こんなに才能ある少女が努力しているのだからもっと頑張らなければ、となるなら、それは彼女のひたむきな面が周りを活性化させているということだ。

 それを、才能の一言で片付けるべきではない。天才が天才と認められるのはその才を活かせるよう努力してきたからに他ならないのだから。

 

 尤も、及ぼすのが良い影響だけなら、話自体も良い話で終わったのだが。

 そうは問屋が卸さないのを、自分たちは既に知っている。

 

「そうなんですか、とても素晴らしい後輩さんなのですね」

 

 気付けば笑い地獄から復活していた柊さんが、話に加わった。

 その顔に喜はない。どちらかといえば哀──心配するような表情だ。

 

「でもその……変な話、いさかいとかは大丈夫ですか? 私も以前通っていたミドルスクールで、そういった事例を見たことがありますから。日本の諺にもある、出る杭は打たれる、に近いものが」

 

 探りを入れる柊さん。自分にも同じ体験があると言って不審に思われないように手を回している。

 対して寺田先輩も柊さんの顔を見て、心配させていると思ったのか、苦しそうに応えた。

 

「……正直な話、ないとは言い切れないわ。女子は今少し、雰囲気良いとはいえないもの。でも男子は別よ、そういった話は聞かないから、安心してくれて構わないわ」

「そうですか。……その、何て言って良いか分かりませんが、頑張ってください」

「ありがとう、ごめんなさいね」

 

 良くない雰囲気。“郁島さんを排除しよう”という動きはあったみたいだ。

 出る杭は打たれる。つまり、憧憬を抱けない程高い才能は、恨み妬みを引き寄せてしまうと言う話。

 それが複数人からのものであるか、個人からのものであるかまでは、聞き出せない。しかし、この事実を内部にいる人から聞き出せたのは大きい。

 実際その事実は重大であるものの、重要ではない。相沢さんはあの時、確かに叫んでいたのだ。

『──あんたさえいなければ、こんな思いをしなくて済んだのに!』と。その意味の一端を確かめられた。

 

 つまりは、嫉妬。

 相手の才能に恐怖を抱き、遠退けようとした。そんなところだろうか。

 

 取り敢えず、これ以上は踏み込みづらい。

 一旦引き返そう。

 

「ああ、そうでした、寺田先輩。私たち、同好会作るんです。文化系で」

「あら、そうなの?」

「ええ、名前は決まっていませんが、身の回りで起きた不思議なことが起きてないか調査したり解決したりする会です。まったく関係ないことでも悩み相談など承ってますから、困ったことがあれば是非相談に来てください」

「……そうね、これ以上ひどくなるようだったら、相談しようかしら。いつか柊さんが体験したっていうミドルスクールの話も聞かせてくれる?」

「ええ、お茶を用意してお待ちしています。では、私はこれで。岸波君はどうする?」

「自分も失礼します。ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」

「いいえ。それじゃあ私も部活に戻るわね」

 

 武道場から出る際に一礼して、扉を閉める。

 掛け声のような、大きな声が響いてきた。

 

「さて、それじゃあ報告しましょうか」

 

 柊さんがサイフォンを開く。

 集めた情報は1つ1つ迅速に報告し、的確に共有すべし。昨日決めたルールの1つだ。

 

『空手部の聞き込みが終わったわ。目立った情報は入ってないけれど、女子空手部のなかに郁島さんを快く思わない人が居たのは事実だそうよ』

 

 その書き込みを確認して、柊さんに頷いてみせる。

 自分に追記するようなことはない、と。

 

『じゃあオレも報告だ。ソラのクラスで聞いた話だが、最近ソラの様子がおかしかったらしい。聞いてみたら、大好きな先輩とうまくいかなくて、と落ち込んでいたって教えてくれたぜ』

『大好きな先輩……ということは、元々仲が良かったということ?』

『だろうな。そういやオレも4月頭に2人が話してるのを見かけたが、険悪そうな雰囲気じゃなかったぜ。頼れる先輩とそれにくっついてく後輩って感じだった』

『……そういうことは早く言ってくれるかしら』

『スマン、今思い出した』

 

 まったくもう、と呆れた様子の柊さん。

 まあ、思い出してくれて助かった。そういうことにしておこう。

 

『みんな早いね』

 

 璃音のレスポンスが入った。

 2年の情報はどうか、と身構える。

 

『2年生はまだ調査中。手に入った情報といえば』

 

 ……?

 

『いえば?』

 

 反応がないので、聞き返す。

 どうかしたのだろうか。 

 

『あ、ゴメンゴメン。えっと、キミの自己紹介、2年生では完全に広まってるみたいだね。ザビとかザビ男とかって呼ばれてるみたいだよ』

『聞かなきゃ良かった』

 

 心底後悔してる。そんなことわざわざ報告しなくて良いのに。

 ほら、隣で柊さんがまた笑いを必死に堪えているし。

 

『ちなみに3年生にもひろまっているあわ』

『いるあわ?』

『失礼、広まっているらしいわ』

 

 そんな震えた手で打つから間違えるんだ。

 いけない。一刻も早く話題を変えないと、柊さんが使い物にならなくなってしまう。

 

『それで、この後どうする?』

『あたしはもう少し2年の調査を続けるつもり』

『オレは……そうだな、剣道部にでも聞いてみるか。空手部の隣で練習してるの見たことあるし』

『なら私は玖我山さんに同伴しようかしら。岸波君は剣道部の方へ着いていってくれる?』

『分かった』

『じゃあ岸波、スマンが本校舎一階の階段まで来てくれ』

『了解した』

 

 サイフォンを仕舞う。

 さあ、もう一仕事だ。

 

「じゃあ柊さん、また」

「ええ、くれぐれも無茶はしないで頂戴。何か分かればすぐに連絡をして」

「ああ、そちらも」

 

 2階に上がる柊さんを見送り、本校舎を見据える。

 時坂との待ち合わせ場所に向かおう。

 

 

 

 





 初組み合わせの2人。何となく、道中雑談とか一切してなさそう。
 原作より多少マイルドとはいっても、完熟ゆで卵か半熟ゆで卵かの違い程度しかない。けっこう違う気もするが、シナリオ的には茹でられてさえいれば、良いのです。

 次回の組み合わせは雑談が増えそうですねえ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月25日──【杜宮高校】聞き込み調査 2

 

 

 

 時坂と1階の廊下で合流した後、学校の外へと向かった。

 なんでも、話を聞きやすい剣道部の友人が居るらしい。

 

「それで、その友人はどこに居るんだ?」

「今日は商店街に居るはずだぜ。上手く連行されていれば、だが」

 

 連行。穏やかでない表現だ。

 果たして日常生活で連行なんて言葉を使う機会はあるのだろうか。

 

「時坂はその友人と仲が良いのか?」

「まあ付き合い自体が長えしな」

「そうなのか。何年くらい?」

「確か中学の時くらいだったと思うが……何でそんな事を聞くんだ?」

「自分は幼馴染とか昔馴染みとかと無縁だから、聞いてみたかったんだ。気を悪くしたならすまない」

「……こっちこそ、なんか悪い」

「いやいや、そんな重く捉えないでくれ」

 

 実際、そこまで重要視している訳でもない。

 思い出したいと願いはすれど、思い出さなくちゃいけないという脅迫感はないし。別に、自分が焦ったところでどうにかなる問題でも無さそうだから。

 

「そうは言ってもな。イマイチ実感湧かねえが、記憶って大事だろ」

「それはまあ。けれど、確かに記憶がないとはいえ、昔の自分を感じられることとかはある」

「そうなのか?」

「例を挙げるなら、走っている時とかだな」

 

 これはリハビリの時に知ったことだが、何も意識せずに走ろうとした際、変に型の崩れていない走り方をしている、と言われたことがある。

 自分にとって楽な走り方というのが、筋力の付き方や身体のバランスによって変わるように、昔走っていたフォームに似た体勢は自然と取れるようになるらしい。

 どうやら自分には、運動の才に特出したものはなかったみたいだね、と言われたのも記憶に残っている。大事だが余計な一言だった。

 

「まあ筋力の付き方的に、運動部には所属していなかったらしい」

「あー、確かにサッカーとかやってれば、足腰の筋肉が発達してたりすんのか」

「ちなみに関係があるかは分からないが、勉強の際、歴史系や情報系に対する意欲が高いのも興味深い、と医者に言われた」

「へえ。岸波は勉強得意なのか?」

「編入してから数日授業を受けていたが、全く分からないという訳じゃない」

「全くとまでは言わないが、若干は分からないってことで良いのか?」

「……」

「沈黙は是、らしいぜ」

 

 できないと思いたくはないが、ここまで急ピッチで勉強を押し進めたこともあり、正直、整理が付かず混乱している。

 あと、集団授業を受けるのが初めてなので、ペースや雰囲気の把握がしづらいというのもあった。

 ……やはり暫くの間、夜は自習に費やした方が良さそうだ。

 誰か勉強に付き合ってくれる人が居ると良いんだが、お願いできるような人が居ないしな。

 璃音ならお願い自体はできるだろうが、元々学校に来れる日も少なかったこともあり、分からない範囲が多そう。逆に自分が教える側になりそうだ。……それもそれで、知識の整理になって有りか?

 でも、教えてくれる人は居てほしい。

 

「5月の半ばには中間考査だし、困ったことがあれば言えよ?」

「時坂……!」

「柊を呼ぶから」

「時坂……!!」

 

 嬉しいがそれ、時坂に言う意味ないよな。

 

 

────

 

 ──杜宮商店街【伊吹青果店】

 

 商店街に到着した時坂が向かったのは、『大売り出し』という赤い暖簾がぶら下がる、緑の屋根の八百屋。

 そこには店主と見られる前掛けを腰に巻いた男性と、それに似た風貌の若い男性が店前に立っていた。

 

「お。コウちゃんじゃねえか。よく来たな」

「ん? おお、コウ! なんだ、遊びに来たのか?」

「いや、ちょっと聞きてえことがあってな」

 

 驚いた。

 若い男性だけでなく、店主風の男性にも親しげに話しかけられている。

 そういえば中学の頃からの付き合いと言っていたか。

 それほど長い付き合いともなれば、自然とご両親にも馴染みができてくるのだろう。

 

「お、後ろのは見ねえ顔だが、コウちゃんの友達かい?」

「……あああ! お、お前は!!」

 

 若い方の男性が、自分を指差して叫び出す。

 その指を、店主風の男性が捻り上げた。

 

「店前で大声を出す所か、人様を指差してお前呼ばわりとらどういう要件だ、リョウタ」

「イテテッ! 悪かった、悪かったって親父!」

「謝るのは相手が違えだろ!」

「わ、悪かった岸波!」

 

 父親に指を捻り上げられつつ、頭を下げてくるリョウタという青年。

 自分のことを知っているらしい。同じ学校の生徒か?

 

「……さすがに覚えてねえか」

「時坂?」

「紹介するぜ、岸波。コイツはオレのダチで、伊吹(イブキ) 遼太(リョウタ)。お前を編入初日に取り囲んでた奴らの一人だ」

「初日って……ああ、璃音の」

 

 玖我山 璃音ファン。もしくはSPiKAファンということか。

 面識がない、という訳ではない。が、あの日は疲れていたし、正直一人一人の顔を覚える余裕はなかった。

 

 短く跳ねるような茶髪。

 体格は良く、いかにも運動部といった風貌。

 ……そんな彼は、忌々しいものを見るかのように自分を睨んでいた。

 

「くぅ、慣れ慣れしくファーストネームで呼びやがって……!」

「いや、リョウタも普段、リオンって呼んでるだろ」

「お、オレはファンだし、知り合いだから良いんだよ」

「岸波も変わらねえじゃねえか、オレは良いけどオマエはダメって、心の小せえファンだな」

「ぐっ、言い返せねえ。……ハァ、まあリオンに関しての事情はあの時聞いたし、納得もしてるから良いんだけどよ。それで、今日はどうしたんだ? ってか、何で2人が一緒に?」

 

 伊吹は笑って、そう尋ねてくる。

 ……もういいのだろうか? もっと何か色々言われると思ったんだが。

 時坂は心が小さいファンだと言ったが、彼の器は大きいのかもしれない。少なくとも、気の良さそうな人だとは思う。

 

「あー……実は少し聞きてえことがあってな。リョウタ、最後に剣道部の練習に参加したのはいつだ?」

「確か先週の金曜だったぜ。それがどうかしたのか?」

 

 剣道部の友人。

 聞き方からして、伊吹は積極的に部活へ関与している訳ではないようだ。

 しかし、先週の金曜日ならば、何処かおかしな雰囲気を感じ取った可能性もある。

 後は隣で練習していたのが、女子空手部であれば……!

 

「その時逆側で練習してたのは?」

「確か、女子空手部だな」

 

 時坂がこちらを見る。

 頷きを返した。

 ビンゴ、だな。

 

「何でも良い、女子空手部について、なんか変わったことはなかったか?」

「変わったこと……? あー、そうだな。少しピリピリしてたっつうか、雰囲気は悪かったぜ」

「他に、なにか覚えていることは?」

「うーん……あ、なんつったっけ、コウの後輩! えっと……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、時坂が詰め寄る。

 

「ソラだ! 郁島 空! なにかあったのか!」

「うおっ!」

「時坂、落ち着いて」 

 

 時坂を引き離す。

 伊吹も彼の様子に少し訝しげだ。

 

「ど、どうしたんだよコウ……」

「……悪い」

「時坂は少し、その後輩について心配事があるらしい。それで、色々聞いて回っている所なんだ」

 

 その説明で納得してくれたのかは分からないが、伊吹はぽつりぽつりと、その日の様子を語りだした。

 

「何かあったってほどでもねえけど、あの子が相沢に叱られた途端、武道場の空気が変わった気がすんだよな」

「叱ったって、どんな風に?」

「『あんた一人のための部活じゃない』とか『真似して怪我したらどうするの』とか……? 流石によく覚えてねえけど」

 

 『あんた一人のための部活じゃない』に、『真似して怪我したらどうするの』か。

 やはり、高い実力を疎まれていた。と考えるのが妥当かもしれない。

 後者はともかく、前者は一人抜け出ている者を治める物言いだ。

 ……他に考えられるとしたら、先輩としての立場から部のバランスを考えての発言、とか?

 それにしても、言い過ぎだと思うが。

 一方の時坂は隣で、腑に落ちたような表情を浮かべていた。何か、確信でも得たのだろうか。

 

「成る程な。……助かったぜ、リョウタ」

「自分からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いや、別に良いんだが……結局何だったんだ?」

「まあ気にすんな。じゃあオレらは神社寄ってくから、また明日な」

 

 誤魔化すようにして立ち去る時坂を追う。

 一応、再度ありがとうと手を振っておいた。

 おう、また明日なー! という挨拶が聞こえた後、その声は商売のものへと変わる。

 売り物の宣伝を始めた同級生の声を背に、自分と時坂は商店街の奥へと歩く。

 

「同好会のこととか、説明しても良かったんじゃないか?」

「……別に良いだろ。変に興味持たせても悪いしな」

「……そういうものか」

 

 長い付き合いの友人関係は、互いを知っているからこその難しさがありそうだ。

 

 歩いていた地面が傾き始める。

 先程時坂は神社へ向かうと言っていたが、その為の道だろうか。

 いや、それを尋ねるより先に、確かめるべきことがある。

 

「所で、伊吹の話を聞いて、時坂はどう思った? いやそもそも、“最初からどうだと推測しているんだ”?」

「……はあ、顔に似合わず結構鋭いんだな、岸波」

「顔に似合った余計な一言だぞ、時坂」

「どういう意味だ」

「そっちこそ」

 

 虚しかったので辞めた。

 争いはなにも生まない。

 

「小さい頃、ソラがウチの道場に来ててな」

「ウチの道場って?」

「奥の階段を登った先にある、【九重流道場】って所だ。オレの祖父が師範代を勤めてんだよ」

 

 知らなかった。

 時坂自身の戦闘を見るに、身のこなしは悪くない。

 それでも武術家、という感じではなかったように思うが。

 

「まあ中学に上がる頃に色々あって辞めたんだが、その理由の一端に、多分ソラも関わってたんだよ」

 

 『多分、関わっている』。つまり、明確な認識はなかったということだろうか。

 郁島さんの何かを見て、または何かを感じて、辞めたんだとしたら。

 

「……察するに、小さい頃から見えない壁のような、才能の差を感じた、とか?」

「当たらずとも遠からずだな。才能云々だけじゃねえ。武術しか見ていない目とか、まっすぐさ、心から楽しむその姿勢に、冷や水を浴びせられたような感じだった」

 

 人は理解の及ばない者と出会ったときに、非難という拒絶を取る。と何処かで読んだ。

 恐らく当時の時坂は絶望的な差までは感じなかったんだろう。

 だからこそ、自分の打ち込み具合と、郁島さんの努力を比べて、熱から冷めてしまった。

 ……なら、相沢さんはどうか。

 

「きっと相沢も、そうなんじゃねえかって」

「……時坂」

「オレはまだ小さかったし、他にも色々理由があって、辞めるだけで済んだが、相沢はそう上手く割りきれるほど、軽い想いじゃなかったって話だと思ったんだよ」

 

 抱いてきた想いが重いほど、諦めるのが辛くなる。

 それは、璃音の本音と向き合った時にも痛感したことだった。

 辞めたくて、辞められなくて、原因に当たるしかない。

 成る程、それが厳しめな指導にも繋がってくるのか。

 

「厳しく当たる気持ちも分かる。けどな、上京して一人不安なソラを責めることは、して欲しくねえ。そこら辺の気持ちは、岸波の方が分かるんじゃねえか」

「……自分も、編入する時は人間関係に緊張したさ」

 

 だからこそ、あの自己紹介があったわけだし。

 結局、璃音の反応で色々な事に巻き込まれてしまったが。

 

「高校で初めてオレをセンパイって呼んだのは、ソラだ。見た目が変わって気付きもしなかったオレに、自分から声を掛けてきた。……だから、一人の“先輩”として、出来ることをしてやらねえとな。って思ってたんだ」

「時坂……」

「この前組手した時、技のキレがあんまし良くなかったことから悩みでもあんのかと思った矢先にコレ……センパイ失格だぜ」

「……なら、さっさと解決して失態を取り返すしかないな」

「応、そのつもりだ……っと、この階段を登った先だぜ」

 

 目の前に、結構急な階段がある。

 これを、登るのか。

 

「そういえば、何しに行くんだ?」

「事件の日の朝、道場で稽古してたからな、その時の印象をジッちゃんに聞きに行く」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月25日──【九重神社】聞き込み調査 3


 ここから、朝時間と夜時間を解放。

 基本、ニュースの確認だったり世間話を聞いたりが朝。
 家でなんか色んなことができるのが夜。
 みたいな。





 

 

 

 ──>九重神社【境内】。

 

 

 

 

 

 

 立ち入った瞬間、ナニかを感じ取った。

 自然と背筋が伸びる。この感情は、何だろうか。

 

「道場は左側だ。さっさと行こうぜ」

「あ、ああ……」

 

 歴史を感じる神社の左側には、古風な民家が建っていた。

 いや、道場なんだっけか。

 表札には、九重と書いてある。

 

「……九重?」

 

 何処かで聞いた名のような気がする。

 そんな風に考えていると、家の戸がひとりでに開いた。

 

「それじゃあ行ってきまーす!」

「げっ」

 

 出てきたのは、どこか見覚えのある、中学生くらいの女子。

 それに対して、とても失礼な反応をする時坂。

 二人の目が合う。

 

「あ、コー君! いらっしゃい!」

「よ、よおトワ姉、さっきぶり」

「どうしたの? お爺ちゃんに用事?」

「まあ、そうだな」

「……んー?」

 

 怪しい……と首を傾げる女性。

 しかし時坂の呼び方で、漸く自分の記憶と結び付いた。

 

 

 九重(ココノエ) 永遠(トワ)。杜宮高校の数学教師。2年B組の担任も勤めている。

 編入日に職員室の前で会ったのが初めてで、以降数学の授業で顔を合わせていた。

 見た目とは裏腹に、その指導能力、学力は高い。人気教師の一人だ。

 そんな彼女の大きな瞳が、自分の姿を捉える。

 

「あれ、岸波君?」

「こんにちは、九重先生」

「こんにちは。あれ、コー君と一緒なんて珍しいね」

 

 コー君。やはり、時坂のことなのだろうか。

 

「……」

「見られたくなかったって顔してるな、時坂」

「……別に」

「……あ、ご、ごめんね、コー君!」

「だからコー君呼びは止めてくれって……!」

 

 どうやら、その呼び名が知られることに抵抗があるらしい。

 良いと思うが、コー君。呼びやすそうだ。

 

「あっ。ごめんね、そろそろ行かないと。どうやって仲良くなったとか、また今度聞かせてね!」

「いや、言わねえよ」

「むぅ、コー君のいじわる。じゃあ、またね! 岸波君も、コー君のことよろしくね!」

 

 元気な先生だ。

 こうしてプライベートの姿を見ていると、少し子どもっぽい所もあるのかもしれない。

 しかし仲が良さそうだ。コー君に、トワ姉。互いの愛称が少し幼気な気もする。

 ……そういえば、ここは時坂の祖父がやっている道場と言っていたか。

 表札は九重。先生の名字も九重。

 

「つまり、師範代は九重先生? でも祖父と言っていたか……はっ、女装!」

「ねえよ」

 

 無いらしかった。当然だろう。

 まあ順当に言うなら、つまり2人は従姉弟なのか。

 

「……ここが九重道場だ。ジッちゃんも中に居るみてえだし、とっとと行こうぜ」

「特に何も言わないんだな」

「何のことだ?」

「何もなかった体か。分かった分かった」

 

 まあ、相当に恥ずかしかったのだろう。

 取り敢えず、触れないのも優しさな気がするので放っておく。

 

 

 ──>九重神社《九重道場》。

 

 道場。踏み入れてもいないが、入り口に立っただけでも重みを感じる。

 空手部が活動していた部道場とは、また違った雰囲気。

 その中に、胴着を纏った男性が座していた。

 

「……コウか」

「邪魔するぜ、ジッちゃん」

 

 この人が、時坂の祖父。

 白髪の、還暦は超えていそうな男性。

 しかし、老人というには十分すぎるほど力を秘めている。

 そこにいるだけで、只者ではない感じが伝わってきた。

 これが武術を極め、道場を背負った者の姿なのか。

 

「そちらの者は?」

「岸波 白野。時坂くんの友人です」

「岸波……そうか。岸波くん、というのか。初めまして、九重 宗介(ソウスケ)という。愚息が世話になっているようじゃな」

「オイ、愚息って……」

「ふん、親孝行の1つでもしたら撤回してやるわい」

 

 何て言うか、仲良さそうだな。

 

「それで、何用じゃ?」

「ああ、今から説明する」

 

 要所要所は誤魔化しつつ、郁島さんの置かれている状況、それを心配して動いていることを伝えた。

 宗介さんは、少し厳しい顔をして頷きながら聞いている。

 時坂が言える範囲での全てを語り終えると、彼もゆっくり口を開いた。

 

「そう、か。では、わしも知っていることを話そう」

「「!」」

 

 彼が語ってくれた内容は、時坂の考えを裏付けるものだった。

 郁島さんの様子が変わったのは、新学期が始まり、部活への自主参加を積極的にするようになってから、おおよそ二週間後のこと。丁度馴染み始めたかに思えてきた頃らしい。

 深く聞いてみたことはないが一度だけ、部活はどんな感じか聞いてみたと言う。彼女は少し困ったように笑いながら答えたそうだ。

 『今は少しアレなんですけど、大丈夫です。優しい人ばっかりですから!』

 と。

 結果として、その答えを聞いた宗介さんは、嘘でないと判断し、経過を見守ることにした。

 

「……コウ、しっかり向き合い、支えてやるのじゃぞ」

「分かってる」

「岸波くんも、どうか、頼む」

「……はい」

 

 それは、征十郎さんが美月についてお願いしてきた時と、同じような瞳だった。

 孫を案じ、誰かを頼る目。

 この人にとっても、郁島さんは大切な教え子なのだろう。

 

 自分と時坂は道場を後にした。

 必ず解決してみせます、という誓いを立てて。

 

 サイフォンを起動する。

 結構な数のメッセージが貯まっていた。送り主は、璃音と柊さん。

 学校に残った2人も、色々な情報を収穫できたようだ。

 下校時刻が迫ってきたこともあって、2人は既に解散、それぞれ帰路についている。

 自分たちも、聞き取りが終わったこと、分かったことの報告を纏め、送信。

 最後に一言。

 

『明日の放課後話し合って、動くか動かないかを決めよう』

 

 

 全員から、了解の返事が返ってきた。

 

 

 

「一刻も早く、何とかしないと」

「だな。……待ってろよ、ソラ」

 

 道を別れ、帰路に付く。

 詳しくは明日の検証次第だ。原因が突き詰められたと思ったなら、物的準備を済ませ次第、もう異界へ乗り込める。

 頼むから、進展しますように、と夕焼けに願った。

 

 

──夜──

 

 ──>【マイルーム】。

 

 さて、調査も大事だが、寝る前に勉強を少し進めておこう、と教科書とノートを開く。

 一科目分だけ、教科書の内容とノートの中身を擦り合わせた。

 まずはこれから毎日、全教科分のやってる内容を理解していかないと。

 使えるのは、3から4時間程度。決して多くはないが、無駄にできるものでもない。

 ……効率的に、頑張ろう。

 




 知識+1。



 ゲームみたいに音符出ませんので、パラメータ・好感度推移は上のようにして表記していこうかな、と。
 各章の終わりにでも現状の人格パラメータを纏めていきましょうかね。
 上のような表現が気に入らない、というご意見があったら、章末の経過確認だけにすると思います。



 そろそろ佳境。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月26日──【空き教室】報告会

 

 

 

──朝──

 

 ──>杜宮高校【通学路】。

 

 

  雨の中、傘を指している女子高生たちの声が聞こえてくる。

 

「ハァ、雨とかマジ最悪……」

「そう? アタシは雨の後の方がヤ」

「……あ、花粉?」

「そーそー……マジ一生止まないで欲しいわ」

「うわガチじゃん、めっちゃ大変そー」

 

 花粉……花粉症か。

 四月下旬でも結構いるんだな。

 ……自分は、なりたくないものだ。

 

 

 

 

 

 ──放課後──

 

 

 ──>杜宮高校【空き教室】。

 

「それじゃあ、昨日出た情報を整理していくわね」

 

 柊さんが先陣を切って話し出す。

 座席は一昨日と同様の配置。

 取り敢えず自分は、前もって黒板横に居座ることにした。

 

「まず私と玖我山さんから、2年生へ聞き込みした結果を纏めるわ。相沢さんだけど、仲良くない人でも察せられるほど機嫌が良くないというか、何処と無く違和感を感じさせるレベルには追い詰められていたようね」

「相沢さんの友達に聞いて回ったケド、結構はぐらかされてたみたい。というか、本人がその不調? を認めたくなさそうだったとか」

 

 黒板に、『Aさん、気持ちを受け入れられていない』と書く。

 それを見て、全員が頷いた。

 

「黒い感情って、認めたくないもんね」

「だろうな。相沢自身がマジメなことも影響してんだろ」

「強くて真面目だけれど、突如湧いた想いに、自分を律しきれなかった。そんな所かしら」

 

 つまり、『逃避』と。

 

 しかしこれでは、どこまで行っても悪循環だ。

 郁島さんを見るほど悪感情が湧いて、それを誤魔化す為に叱責して。

 けれど、想いを誤魔化すということは、自分を正当化してしまうということ。

 だから気付かない。どれだけ相沢さんが郁島さんを傷つけているのかを。

 そして、その傷を付けたが故に、郁島さんは相沢さんに近寄ろうとする。

 必然的に、また黒い感情が生まれ。という繰り返し。

 

 その一方で、問題となるのが。

 

「郁島さんの対応についても、問題があったのかしら」

「「「……」」」

 

 問題、と言ってしまいたくなかった。

 時坂は勿論、時坂の想いを聞いた自分も。

 そして、璃音も。

 

「私でも、そうすると思う」

 

 玖我山 璃音は、郁島 空の態度に同調を示す。

 会ったことも言葉を交わしたこともない2人だが、ひたむきに何かへ向き合い続けられるという点で、意見を代弁できるまで感情移入していた。

 

「怖いけど、聞かなきゃ先に進めない。自分に悪いところがあるなら、直して改善したい。勇気はいると思うけど、そのセンパイを尊敬してるなら、それ以外に踏み込む理由は要らないかな」

 

 力強い意見だった。

 はたしてその行動を実際にとれる人間がどれだけ居るだろう。

 仲介人も使わず、堂々と正面から、『私のどこを直せば、先輩と仲良くなれますか』なんて聞けるだろうか。『自分のどこが嫌いですか』なんて、顔を見て問えるだろうか。

 

 その気丈さ、思想は尊い。

 けれども、こと今回においては、恐らく逆効果だったのだろう。

 

「多分相沢さんは、自分の中で向き合う時間を多く取らないといけなかったんだ。なのに、郁島さんは真逆の行動を取ってしまった」

「だから、“拒絶”しちゃったのかな……」

「そこまでにしておきましょう。この話は推測が混じりすぎていて、結論が的はずれになる可能性が高いわ」

 

 柊さんが両断する。

 そうだ、今しているのは情報の整理。この話題については郁島さん側も相沢さん側も想像で気持ちを語っているので、事実がまったく含まれていない。

 ……次の話題に移った方が良さそうだな。

 

「時坂くん、色々と聞いて回った時、1年生たちは郁島さんについて何か言っていたかしら?」

「昨日報告した以上のことは何もねえ。そもそも言わせてもらうなら、会ってまだ1ヶ月のヤツら同士で、そこまで踏み込んだ話をしていると思うか?」

「あ、確かに!」

 

 成る程、言われてみれば、上京してきた郁島さんに知己の友人はいない。

 古くからの彼女を知らない以上、この短い時間で友人になったとはいえ、元気ないなぁ程度にしか思わないだろう。

 

「じゃあ目新しい情報はないのね?」

「そうだな、後は……入学して少し経った頃、記念公園の辺りを茶髪の先輩と走っているソラを見た1年が居たな」

「そう、それは貴重な証言ね。……所で、何でその情報を昨日共有しなかったのかしら?」

「……さて、何でだろうな」

 

 忘れていたのか、重要だと思わなかったのか。

 そもそも時坂自身は、件の2人が出会った当初に仲良くしていたことを知っていた。それも報告を忘れた理由かもしれない。

 だからといって、庇うなんてことはできないが。

 

「今後は気を付けて頂戴」

「分かった、皆もすまねえ」

「気にしないでくれ」

「良いよ良いよ、挽回してこ!」

 

 ともあれ、これが現状の1年生に対する調査結果。

 2年生の分と合わせて、収穫した情報の半分くらいは纏め終えたか。

 

「なら次は、空手部についての説明か」

 

 自分と柊さんで調べたことだ。

 寺田部長から仕入れた部内の空気などを話す。

 その上で、柊さんが分析した結論は、“最悪一歩手前”。

 

「正直に言ってギリギリね。もし悪意が伝播して、郁島さんが追い詰められてしまった場合、状況がより厳しくなる。相沢さんの本音としっかり向き合い、説き伏せ、事態を収束させる必要があるわ」

「どういうこと?」

「複数の異界が連鎖的に、同時に発生するということよ」

「「「 !? 」」」

 

 複数の、異界。

 多くの形成者がいれば、多くの異界が生まれる。

 だが、そんな簡単に生まれるものなのだろうか。

 

「『赤信号を待っている時に誰かが歩いていった、私も行ってしまおう』。『誰かが宿題を写してる、私も写させてもらおう』。……そして、『コイツには何をしても良いんだ、私もやっちゃおう』。例を挙げたらキリがないでしょう。そういった話よ、これは」

「なに、それ……」

「周囲に流され、意思をなくすってことか」

「それは、本来抱いていた想いとの隔離。“自分を維持すること”への諦めよ。あまり使って良い表現ではないけれど、そう考えれば異界が発生するのも道理じゃないかしら」

 

 あくまで彼女の言ったことは、一例に過ぎない。

 同じような状況でも我慢できる人は居る。押し留まれる人は、確かに居る。

 けれど、周囲がそれを当然のように行っている時、人は何処まで平常心でいられるか。

 

 

 ……仮にそうだとして、人間とは、そこまで悲しい生き物だろうか。

 

 そんなことは、ない。

 

 

 目立たないだけで、ルールを守ろうとして居る人は多いはず。

 だって、そういった行動が目立つのは、人がルールを守ることを善として歩めているからだ。

 郁島さんについても、学校のどこにも味方がいない訳じゃない。

 時坂を始めとして、部長の寺田先輩、1年生の友人、時坂の祖父さん。1日調べただけで4人も見方になれるであろう人たちが探せたのだ。

 きっと少しでも噛み合えば、状況は劇的に良くなる。

 その為にも、異界をきちんと攻略しなければ。

 

 

「報告を、続けましょう」

「……だね。男子2人が出てった放課後の収穫について、教えてくれる?」

 

 報告の最後は、自分と時坂の男子コンビ。

 内容は、伊吹に聞いたことと、時坂の考え。

 それらすべてを、直に共有する。

 

 

 

「なるほど」

 

 各々が調べたもの全てを出し尽くし、黒板にもある程度のキーワードが記された所で、柊さんが口を開く。

 

「……岸波君、貴方に問うわ。この情報量で、異界に乗り込めるかしら?」

「なぜ自分に?」

「今回の異界探索は、貴方に指揮を取ってもらおうと考えているからよ」

 

 自分が、指揮を?

 でも、経験者である柊さんが行った方が、効率が良いのではないだろうか。

 

噂に聞く程度の存在(ワイルド能力者)。その戦いぶりがどの程度なのか、実際に後ろで見て判断したいというのもあるわ。加えて、その力に求められるものは、判断力や統率力、協調性。貴方の力の成長の為にも、私のことを気にせずに挑戦して欲しいの」

「成長……」

「やってみて、くれるかしら」

 

 そこまで言われたら、やってみたいと思う。

 自分の力を役立たせることが、できるなら。

 

「……分かった」

「決まりね」

 

 柊さんが腕を組みつつ、クールに頷く。

 

「ちょっと待ってくれ。後ろでってことは、戦闘自体にも参加しねえってことか?」

「ええ、そのつもりだけど……私が居ないと時坂君は不安かしら」

「違えよ! ただ、岸波の負担が大きいんじゃねえかって。異界探索の回数も少ないのに、いきなり初心者の指示なんかやらせても良いのか?」

「問題ないでしょう。逆に最初から戦況を俯瞰できるようになっておけば、後々別の訓練をする必要がなくなるわ。先日行ってもらった特訓で、貴方たち3人の力量差も僅かになったはずだから、ちょうど良い機会なのよ」

「……岸波、本当に良いんだな?」

「ああ。不安なのは分かるが、やらせてくれ」

 

 貴重な経験だ。

 失敗が許されないことも分かっている。

 それでも、やったことがないからとか、自信がないからとか言って諦めるようなことは、したくなかった。

 

「大丈夫じゃない? この前も色々指示飛ばしてくれたし。アタシは、信じて戦える」

 

 璃音の言葉が、純粋に嬉しい。尤も彼女の場合、自分の指示以外で戦ったことがないから、視野が狭いというのもあるのだろうが。

 それでも、そこまで信頼してくれるなら、全力で応えたい。

 

 

「……オレも別に信じてねえわけじゃねえよ。……岸波、この力と背中、お前に預けるぜ」

「……ありがとう」

 

 拳を合わせるジェスチャーを交わして、彼の信頼を預かった。

 

「さて、改めて聞くわね、岸波君。この情報だけで、異界に突入する覚悟はある?」

 

──Select──

 >ある。

  まだない。

──────

 

「了解したわ。突入のタイミングは貴方に任せる。準備ができ次第、みんなに声を掛けて頂戴。くれぐれも、期限は守るように」

 

 頷きを返す。

 そして、3人の顔を見渡した。

 柊さんはクールに、時坂は真摯に、璃音は熱く、こちらを見ている。

 全員がやる気を持ち、真面目なことが、視線だけで伝わってきた。

 この3人となら、できる気がする。

 

「みんな、よろしく頼む」

「「「応!」」」

 

 

 

 

 

────

 

 報告会解散後のこと。

 白野と璃音が立ち去った後の教室に、時坂と柊が残っていた。

 

「なあ柊、お前、何を企んでるんだ?」

「何かしら、突然」

 

 柊は少しだけ驚いた。

 まさか、こんなに真っ直ぐ追求してくるとは思わなかったのだろう。

 その動揺を完璧に隠している辺りは、流石、裏の世界の専門家と言って良い。

 

「脅威度のある異界を利用して訓練させるなんて、お前らしくもない。まだよくお前のことは知らねえけどよ、普段だったら、もっとこう……冷静に、冷酷に、迅速に、淡々と解決させようとするんじゃねえかってな」

「……」

「……」

 

 時坂の問いに、柊は応えない。

 しかし、応えない彼女を時坂も逃がさない。

 数秒の沈黙の後、彼女は口を割った。

 

「……ふぅ、良く見てるわね、時坂君。私に気でもあるのかしら?」

「……おまっ!? 人がマジメな話をしてんのに!」

「冗談よ。けど、そうね、ヒントをあげるなら、『これは私の意思でもあるし、他の誰かによる要望でもある』。つまり、妥協案の1つね」

「は? それはどういう……」

「話はここまで。取り敢えず貴方には特に関係のないことよ。誰の迷惑になることでもないから、安心して攻略に行って頂戴」

 

 僅かながらも答えを得られた時坂が気を抜いたこともあり、弛緩した場の空気に便乗して退散しようと、柊の足が歩き出す。

 時坂はその背中に追及を掛けようとして、しかし、喉元で止めた。

 

「…………まあ、なにかあったら話してくれ。専門家のお前自身でやった方が早いってのは分かってるが、相談ならいつでも乗っから」

「ええ、もしその機会があったらお願いするわ」

 

 それは奇しくも、白野と美月が交わしたものと同じ約束。

 優秀で、溜め込みがちな少女を手伝わんとする、男子の優しさだった。

 尤も、それが彼女たちにとって必要だったか否かは、当分分からない事なのだが。

 

 




 時坂くんと柊さんは原作であった異界探索時に1度話し合っているから、軽々と議論をすすめていきます。一方で璃音と白野は控えめ。勝手が分からないので様子見、といった感じですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月26日──【駅前広場】消えて、無くならないとしても



 今回が恐らくシステムチュートリアルのみ回としては、今回が最後。
 ペルソナシリーズに馴染みのある方は、結構読み飛ばしても大丈夫かと。



 

 

 

 準備はあらかた整っているものの、このまま突入するべきか。

 否、やるべきことは残っている。

 

 

 そんな訳で自分は、人通りの多い駅前広場にただ1つ存在する、異質な扉の前へと来ていた。

 それだけなら何てことないのだが、扉の前に一人、見覚えのある蒼い服の女性を認識し、足が止まる。

 ……どうして外に立っているのだろう。

 

「予想以上に遅いお越しで、私、驚いております」

「……すまない。なにか、約束していたか?」

「いいえ。特別なことはなにも。立ち話も何でしょう。お入りになられますか?」

 

 ベルベットルームの扉を開け、彼女が尋ねてくる。

 よく分からないものの、その為に来たのだから、入るとしよう。

 

 

────>駅前広場【ベルベットルーム】。

 

 

「ようこそベルベットルームへ」

 

 長鼻の男イゴールが、数々の計器を背に、歓迎の言葉を口にする。

 見慣れない機械の数々に、光の入り込まない天窓。生き物1つ見つからない海域。

 この景色は、何度見ても慣れない。

 異質さは異界と良い勝負な気がする。

 

「おや、お客人……以前とは少し、雰囲気が異なりますな。どうやら、善き出会いに恵まれた様子」

 

 ……そうか?

 自分的にはなにも感じないが。

 

「ええ、それはもう……アメーリア」

「畏まりました」

 

 イゴールの隣に立つアメーリアが、何やら本のようなものを取り出し、こちらに歩いてくる。

 

「これは、ペルソナ全書。今までに生まれたペルソナや、新たに生み出せるペルソナを管理できる媒体です」

 

 そんな物があるのか。

 しかし、新たに生む、とは?

 

「所持しているペルソナ同士を合体させることで、より強い個体を生み出すこと。私たちはこれを、ペルソナ合体と呼称しております」

 

 試しに1体行ってみましょうか。と彼女は本を開く。

 しかし一旦、本を閉じ直して、自分の顔を真っ直ぐ見つめ直してきた。

 

「そうでした。今、ご主人様は“愚者”たる縁をお持ちの様子。同属性のペルソナを生み出す場合、少しばかりの強化が期待されます」

 

 ……愚者の縁? どういうことだ?

 

「質問ばかりですね」

「これ、アメーリア」

「失礼しました」

 

 謝罪の言葉は返ってきたが、反省の色は見えない。

 まあ、謝ってほしかった訳でもないし、なにかが気に障った訳でもない。

 どちらかといえば、説明を続けて欲しかった。

 

「愚者のアルカナは、自由な可能性。それを体現するような縁が、ご主人様の中に築かれておいでです。つまり、その面に於いて“他者に認められている自分”が構築されている状態。ペルソナは心の海から生まれますが、無からよりも、有から生み出した方が簡単且つ有用なのは自明ではないかと」

 

 つまり現状、他のペルソナに比べて愚者という側面を持つペルソナは、作成する土台がしっかりしていると?

 

「そういうことです。他にも縁を紡いでいけば、色々なペルソナが強化されていくことでしょう」

「誰と縁を紡ぐも紡がぬもお客人次第。我々はただ、見守らせていただきます」

 

 そうしてくれると助かる。

 誰とどんな風に仲良くなれば強い個体が生まれやすい。とか、そういう指示をされて誰かと仲良くなるのは、何かが間違っている気がするから。

 

「さて。今お客人の内側に目覚めているペルソナは4体。早速、合成を試みますかな?」

 

 ……合体というのは、目覚めているペルソナを消す、ということなのだろうか。

 

「否定しません。ですが、ペルソナを合体させるということは、今までの成長を受け継ぎ、新たな面として生まれ変わってもらうということ。そう悲観的になることもないかと」

 

 生まれ、変わる。

 そうか、無かったことになる訳じゃないのか。

 ……だとしても……いや、それなら、やってくれ。

 

「宜しいのですね?」

 

 その問に、もう1度だけよく考えてから、頷きを返す。

 

「了解いたしました。それでは試しに、この“ピクシー”と“ジャックランタン”を合体させるとしましょう」

 

 ピクシーは相沢さんの異界で、ジャックランタンは特訓の時に目覚めたペルソナだ。

 ピクシーには窮地を救われたことがある為、合成してしまうことが申し訳ないけれど、それでも行う。居なくなる訳じゃない。成長して、姿を変えるだけなのだから。

 

 それを、真の意味で理解する為にも。

 

 選ばれた2体が描かれたカードが強い光を放ち、1つに纏まる。

 そうして生まれる1枚のカード。

 その後ろに、ペルソナの姿が浮かんだ。

 

『私は“サキュバス”……よろしくね……』

 

 自己紹介のようなものが聞こえると共に、自分の中に新たな力が目覚めたことを感じる。

 これが、ペルソナ合体か。

 

「……おや、どうやらピクシーから、ガルのスキルを受け継いだ様子」

 

 受け継ぐ、か。

 ありがとう、ピクシー。

 

「サキュバスのアルカナ属性は月。お客人がまだ相当する縁を紡がれていない為、特別な強化などはされておりません」

 

 それは、別に良い。

 強ければ強いほど良いのは分かっているが、やはりそこを重視するものでもないと思うから。

 

「結構」

「では、これでペルソナ合体については終了です。質問等はございますでしょうか?」

 

 ……特に、ない。

 やっていけば覚えるだろうし。

 この感覚に慣れるかどうかは分からないが。

 

「多いに結構。それもまた、お客人の選択。お客人の意思なのですから。私共はそれを異を唱えることは致しません」

「それではご主人様、またすぐにでも会いましょう」

 

 ……?

 またすぐに、とは?

 

「すぐに分かります」

 

 ……訪ねても無駄なようだ。

 会ったのは数回だが、何となく分かってきた気がする。

 かといって、掴み切れてはいないけれども。

 

 

 

 ……帰ろう。

 元来た扉をくぐり、自分はベルベットルームを後にした。

 

 

 

 

 

──夜──

 

 

 カレンダーを眺める。

 救出の期限まで、あと6日だ。急がなければ。

 

 ──サイフォンが音楽を奏でた。誰かから連絡が来たらしい。

 ……広告メールだった。

 

 さて、今日も勉強するとしよう。

 

 





 知識+1。

──────


 ペルソナ合体にここまで感情を移入しようとする主人公が居ただろうか。


 うーん、しかし、ベルベットルームのキャラの癖にキャラ立ち過ぎてる感はある。え、ベス様よりマシ? そりゃそうだよ、あれは超えられないよ。

 でもオリキャラ、キャラが立つ云々よりは、角が立ちそうだな……と書いてて思いました。
 とはいえ以前(多分)申しました通り、このキャラの掘り下げはしません。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月27日──【マイルーム】支えられているという実感

 

 

『1つ、聞きたいことがあるんだが』

 

 翌日の朝、自分は時坂・柊さん・璃音の4人で組む共有チャットに文字を打ち込んだ。

 

『どうかした?』

『何かしら?』

 

 反応してくれたのは、璃音と柊さん。

 時坂からの返信はない。まだ寝ているのだろうか。

 

『異界関連の用意って、具体的に何をすれば良いんだ?』

『絆創膏とか?』

 

 璃音が返してくる。遠足か。

 ……でも、遠足のように、携帯食料なんていう選択肢もあるな。

 となるとやはり、柊さんの意見も聞いておきたい。何に注意すべきなどかは分からないし。

 

『準備するものと一口に言っても、色々なものがあるわ。2人とも、今日の放課後は空いているかしら?』

『大丈夫だ』

『私も大丈夫!』

『なら放課後、買い物に出掛けましょう』

 

 買い物。

 となると、異界関係の店があったりするのだろうか。

 ……今日は土曜日、半日授業だ。広い範囲を回るには丁度良いだろう。

 遠出になるかもしれない。……所持金、足りるだろうか。

 やはり早々にバイトを見つけなければ。

 今回の異界を解決したら、連休で日雇いのバイトをするのも良い。

 

 取り敢えず、学校に行こう。

 

 

──放課後──

 

 ──>駅前広場【スターカメラ】

 

 一旦集合場所として選んだのは、すっかりお馴染みとなった教室。

 そこで4人合流し、向かったのは駅前広場。話によると、スターカメラとさくらドラッグに用があるらしい。店の何に覚えはある。どちらも杜宮に来て以来の訪問だ。

 

 先に、スターカメラを訪問することになった、近い順で。店内に入ると、先導していた柊さんが口を開く。

 

「ここには、“あちら”関係の技術者が勤めているのよ」

「アカネさんって言う……ああ、あの人だ」

 

 受け付けに立つ、1人の女性の前へ向かう。

 銀髪の、凛とした人が綺麗なお辞儀をして出迎えてくれた。

 

「柊さん、それに時坂さんも、月曜日以来ですね。……お話は伺っております。後ろの方々が、岸波さんに、玖我山さん、で宜しかったでしょうか」

「よろしくお願いします」

「は、はい、お願いします」

「異界関連のサポート及び技師を勤めております、アカネです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 アカネ、と名乗った女性は、自分達のことを聞いていたらしい。

 柊さんが前もって伝えておいた……というには少し、対応がおかしい気もするが。

 お話は伺っている。ではなく、そちらが連絡にあった……という言い方をするだろう。

 だとしたら、誰が言ったのか。

 今のところ、自分と璃音が異界に関わっていることを知るのはあと1人、美月だけだが……まあ、調べた所で意味はないか。必要であれば、柊さんが問い詰めているだろうし。

 

「こちらでは、ソウルデヴァイスの調整と強化。それとエレメントの購入ができます」

「エレメント?」

 

 初めて聞く名前だ。

 柊さんの方を見る。

 

「エレメントというのは、ソウルデヴァイスのカスタムパーツのようなものね。それぞれセットすることで、多様な力を引き出すことが出来るわ」

「へえ……でも、ソウルデヴァイスって出せないよな? どうやって効果とかを確かめるんだ?」

「ええ。実際に付け替えようとするなら、異界でしか行えないわね。けれどサイフォンの中にシミュレータがあるの。そこで能力の変化を試せる」

「え、スゴい。そんな事できるんだ、サイフォンって……!」

 

 璃音が感動したようにサイフォンを弄る。

 シミュレータか。ハイテクだな。

 ……自分も、少しやってみるか。

 

「へえ、岸波、使えるようになるの速えな」

 

 後ろから覗き込んでいた時坂が、そう声を掛けてくる。

 隣の璃音はまだ上手く扱えていないようだ。少し返答に困るが、個人差ということで納得してもらおう。

 

「自分は別に特別なことはしていない。普通だと思う」

「ム。アタシももうちょっとで出来るから!」

 

 数十秒後、出来た! という喜びの言葉が響き、少し恥ずかしそうで嬉しそうでかつ悔しそうな──まるで一人百面相をするかのような──璃音を尻目に説明が再開される。

 

 

「やってもらった通り、エレメントはいつでもシュミレーション出来るわ。一方でほかの調整……例えば、ソウルデヴァイス自体の調整をすることはできない。高度すぎるもの。だからそこは、技師の領分」

「ええ。その為に私たちは居ます。ご入り用の際は、是非お立ち寄りください。柊さんも」

「……善処します。それじゃあ、次の場所に行きましょうか」

 

 

 

 ……善処?

 

 

 

 

 

 ──>駅前広場【さくらドラッグ】。

 

 

 ここの店員は見覚えがある。

 杜宮に着いて、初めて会話した人間。

 いや、タクシーの運転手の次だから、2人目か?

 

「おや? キミ達は……」

「どうも、ミズハラさん」

「どもッス」

「……ハハッ、結局こうなってしまったか」

「「「「?」」」」

「いや、こっちの話さ。それにしても、アイドルまで居るんだよね、サイン貰ったりしても良いのかな?」

「え、あ、はい」

 

 璃音がサインを書いていく。流石に手慣れているのか、スラスラとした手つきだ。

 書き終え、渡し終えた璃音がこちらを振り返る。何だろうか。

 

「キミ達も、サイン貰っとく?」

「「いや、別に」」

「むむっ……」

 

 自分はしっかりとした理由があるが、時坂もか。

 そういえば時坂も、璃音のことを知らなかったんだっけ。

 すっかりむくれた璃音を尻目に、彼に話しかける。

 

「時坂は良いのか?」

「ああ。実はまだアイツの所属するグループのこととかしっかり分かってねえんだ。よく分からねえのに貰うのは、なんつうか、悪い気がしてな」

「……なるほど」

 

 確かに、価値を理解してないで求めるのは気が引ける。

 しっかり考えてるんだな。

 

「そういう岸波は?」

「……璃音が、しっかりとアイドルに復帰できてからにする」

「そういうことか」

 

 何だか、そうした方が良いと思ったのだ。

 単純に、アイドルとして輝きを取り戻してあげたいと。

 歌えるようになった彼女に、笑顔で貰いたいと。

 ……少し、傲慢な考えだろうか。

 

「良いな、そういうの」

「何がだ?」

「いや、別に」

 

 本当に、何だろうか。

 

 

「……男同士の内緒話は終わったかしら?」

「内緒話?」

「別にしてないが」

「なら、遠慮なく話を進めるわね。ミズハラさん」

「ああ」

 

 ミズハラさん。薬局らしい白衣を着た爽やかな紺髪の青年。

 場所と眼鏡が相乗してか、とても知的に見える。

 特に眼鏡が良いな。優しさ、爽やかさ、知的さをすべて補助していた。なんて万能アイテム……!

 

「ど、どうしたんだい、そんなに熱心に見詰めて」

「なんでもありません」

「そ、そうかい。……こほん、時坂くんは月曜日以来だね。ああでも、キミには2週間くらい前に会ったかな。改めまして、ミズハラです。一応異界関連の薬も扱う薬剤師だよ、よろしくね」

「「よろしくお願いします」」

 

 異界関連の薬、とは、どういうものだろうか。

 

「僕が扱うのは、魔法の力が込められた回復薬とかかな。後は普通に“よく効きすぎる”栄養ドリンクとか。まあ、ここら辺はとっておきだから高価だし、おいそれと販売できないけどね」

「それでも、回復薬は数種類持っていった方が良いわ。探索には体力を使うし、ペルソナ召喚には精神力を消費するから」

「そうだね、取り敢えず副作用の殆どない物はキミ達にも売れるよ」

 

 ……つまり、慣れてきたら副作用のある物を売ってもらえるのだろうか。

 

「でも、時坂君にも言ったけど、僕はやっぱりキミ達素人が異界に関わることには反対だ。異界には中毒性のようなものがある。踏み込めば踏み込む程帰れなくなるもいうのは、覚えておいて欲しい。柊さん、引き際は見極めてあげてください」

「承知しています。……踏み込み過ぎて良い裏なんて、決してありませんから」

 

 表情に影が落ちる。

 裏、か。

 日常の裏。正しく、異なる世界。あれを身近に感じてしまうようなら、もう2度と元の生活には戻れないのだろう。

 戦いに慣れた脳は次の戦いを欲す。命の危機に晒され続ければ、安全な場所に恐怖を覚える。本の中だがよく聞く話だ。だからこそ、初心を忘れてはいけない。それを当然と思ってはいけない。

 

 ……だが、異界から目を背け、安寧を享受することは、本当に正しいのだろうか?

 

 日常の裏には、非日常が存在する。気付いていなかったもの(シアワセ)に気付かされただけ。見てみぬフリが善い生き方だと、自分は思えない。

 璃音の闘う理由に、近いものがある。

 

「まあ、柊さんが居るなら大丈夫だろう。しっかりと準備していくといい」

「ありがとうございます。それじゃあ岸波くん、薬品の説明をするから、こっちに来て頂戴」

「ああ」

 

 きっと、目を逸らしたくない物は誰にでもあるだろう。

 自分たちが異界という問題から目を離さないのと同様、柊さんは自分たちという問題から目を背けないでいてくれているのかもしれない。

 

 

 

 ──>駅前広場【広場入口】。

 

 

 薬の効能を聞き、必要そうなものを割り勘して購入。

 そうして店舗から出た後、ちらりと視界に入ったもののことについて訪ねた。

 

「時坂と柊さんは、月曜日に異界を攻略したんだよな?」

 

 目を向けた先には、特訓で使用された異界がある。そういえば駅前広場から入ったんだったか。

 

「ええ、異界と言っても小規模な危険性の低いものよ。時坂君もいざという時の対処法くらいは覚えておいた方が良い、と思って。まさかその夜すぐに別件へ巻き込まれるとは思ってもいなかったけど」

「ぐっ、そりゃあ……目の前であんなことが起きたら、見過ごせるワケもねえだろ」

「そうね。短い付き合いでも、貴方がそういうタイプの人間なのは分かっている。けど、ミズハラさんも言ったでしょう、積極的に関わることじゃないと。表の人間は、裏に関わるべきではないわ」

「またお前は、自分と他人は違うみてえな言い方しやがって……!」

「事実違うもの。私は任務として学校に通っている。貴方達は学生として学校に通っている。何に重きを置いているかでも明確に分かるでしょう?」

 

 言い争いに発展しそうな剣幕だ。

 実際柊さんは、異界のプロフェッショナルという肩書きを背負っている。

 自分達は、否、自分は正義感で首を突っ込んでいるだけに過ぎない。

 それでも。

 

「柊さんにとって、そこは譲れない線なのは分かった。でも現実として、自分達の前で事件が起きている。伸ばした手が、宙を切っているんだ。目の前で起こる悲劇から目を逸らさない為に、戦うことを選んだ自分達としては、見過ごすなんてできない。だとしたら後は、協力した方が有意義じゃないか?」

「……否定はしないわ。この前言った通り放っておいて何か起きても事だし、何より協力の必要性は、私も認めている。だからこそ同行を許しているし、こうして案内もしているのよ」

 

 そういえば空き教室で釘を刺されたこともあったか。でも、確かにそのはずなのだ。

 本職の柊さんにとっては、目の届かない範囲で何かをされるのが一番迷惑だろう。

 だからこそ、自分や時坂という不確定因子を監視の為に手元へ置いた。

 彼女はそれをしっかりと分かっている。分かった上で、これ以上は関わらない方が良いと言ってくれているのだ。従うかどうかは別として、それ自体はとても有り難いことだと思う。

 後は、時坂の方だな。

 

「時坂、立場が違うのは当然だ。彼女が居るお陰で、自分たちはこうして行動できている。それは、分かっているんだろう?」

「……そりゃあ」

「なら聞くが、立場が違う人には背中が預けられないか? 共に戦えないか? 仲間にはなれないか?」

「……いや、そう、だよな。大事なのはそこじゃねえか」

 

 そう、立場じゃないのだ。

 大事なのは、その人が仲間か。協力し合える存在か、ということ。

 

「すまねえ柊、言い過ぎる所だった」

「こちらこそ」

 

 時坂が頭を下げ、柊さんも口論の責を認める。

 なんとか仲裁できたみたいで良かった。

 

「さて、時間を取ってしまったわ。商店街へ急ぎましょう」

 

 

 ──>商店街【倶々楽屋】。

 

 そこは、鍛冶屋のような場所だった。

 いや、それ自体はなんとなく、外で掛け軸を見たときから気付いていたが。

 『鍛冶、金物、研ぎ、よろず承ります』と書いてあったし。

 

 しかし実際入ってみると、特段異質な雰囲気を感じた。

 フライパンやボウル、鍋を初めとし、包丁や刀、ペンチやバールまで置いてある。

 もっとも雰囲気を出しているという意味では、レジにいる中学生くらいの着物少女と、その奥にいる眼帯を付けたご老人だろうか。

 

「あ、アスカさん!」

「マユちゃん」

 

 少女が、顔を輝かせて柊さんの名前を呼んだ。

 それに応えるように、柊さんも柔和な笑みで彼女の名を呼ぶ。

 その後も笑顔で会話し続ける2人を眺めつつ、時坂が説明を始めた。

 

「あの子はマユちゃん、奥に居るのがジヘイさん。爺孫の霊具職人ってやつらしい。スターカメラで出来るのと同様に調整ができたり、後は霊具──ああ、あっちの世界にある不思議な力を利用した道具のことなんだが、そういうのを作成販売してくれる」

「へえ……あんなかわいい子も、あんな世界を知ってるんだ」

 

 璃音が、心配そうな表情をした。

 彼女のように巻き込まれて関わった訳ではないだろう。だが、いくら後方とはいえ命の関わる事柄に関与しているとなると、少し思うところがあるのかもしれない。

 生き方に口を出すとしたら傲慢だろうが、そうやってすぐに心配できるのは彼女の良いところだろう。

 

「すみません、時坂さんも、こんにちは! あれ、後ろのお2人は……?」

「岸波です」

「えっと、玖我山です」

「……どこかで見たことあるような……?」

 

 璃音を見て首を傾げるマユだったが、そういうこともあるか、と納得した様子だった。

 その自己完結に、ひっそりと落ち込む璃音。最近よく見る光景なので放っておく。例え慰めたとしても、キミには言われたくないと返されるだけだろうし。そういう日もある、ということで。

 

「あ、じゃあもしかしてお二人も?」

「ええ、関係者よ」

「せ、精一杯頑張りますので、倶々楽屋をよろしくお願いします!」

「ああ、頼らせてもらうよ」

 

 その姿勢を見て、やはりこの子は自分からこの道へ進んだんだな、と感じた。

 そして自分たちは、今日会う人たちの助力を得て戦うんだと。

 頼らせてもらう、か。言った後だが、本当にその通りだった。彼らがいなければ、自分たちは相当な苦境に立たされるだろう。命を救ってもらっていると言っても過言ではない。

 目の前に立つ人は、年端もいかない少女などではない。彼女だけでない、直接関わる人関わらない人の多くが多くを助けている。自分達がやるのも、そういうことだ。謂わば、同志? いや、仲間と言った方が良いのだろうか。

 生きていく上での仲間。ああ、良い感じがする。

 

 

 

 

 ──>杜宮商店街【入り口】。

 

 装飾品、霊具と言ったか。

 それらに一通り目を通した自分たちは、店を出ることにした。

 というのも、単に持ち合わせで購入することが難しい品物が多かったということもある。

 

「ちなみにシャドウを狩ることで、お金が手に入るわ」

「シャドウっていったい何なんだ……」

 

 まあ、お金があって困るということはない。

 逆に現状、無くて困っている所だし。

 

 その後、特になにもなく別れた。

 

 

────

 

 さて、そろそろ期限も間近。しっかりと考えて行動しなくては。

 

 取り敢えず、今日も勉強しよう。

 

 




 知識+1。

────

 あとがきの欄だけ見ていくと、主人公、勉強しかしてないんじゃないか疑惑。

 少し貧乏アピールが多いのでは? と思わなくもないですが、装備を買えなかったりする主人公はきっとこんな心情。物語最初のうちしか味わえないしなぁ、と。


 個性という言葉に弱い岸波白野。女主人公の特権と化している眼鏡スキーを持ち合わせている訳ではない。たぶん。
 でもそのうち眼鏡は掛けるはず。イメチェン作戦。某個性的(?)Tシャツも着てもらって。
 あくまで予定ですけどね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月28日──【杜宮高校】それってずるくない?

 

 

 

 ──朝──

 

 

 

 一人で朝食を取っている最中、サイフォンが振動した。

 誰かからの連絡を受け取ったらしい。

 ──差出人は時坂のようだ。

 

『期限ギリギリだし、そろそろ向かわねえか?』

 

 確かに、準備は終わっている。出来ることはしているだろう。

 ただ、昨日の今日だ。準備準備と、皆が休みを取ることはなかった。

 今日このまま異界へ突入して良いだろうか……?

 

──Select──

 >攻略へ向かう。

  今日は止めておく。

──────

 

『ああ、今日行こう』

『そう言ってくれると思ってたぜ! じゃあこの後、空き教室に集合な!』

 

 時坂のやる気が入ったみたいだ。心強い。

 そのまま璃音と柊さんにも、異界へ赴く旨を伝える。休日だと言うのに二人とも、2つ返事で了承してくれた。

 

 ……遂に、か。

 今は取り敢えず、軽く考える程度にしておこう。考えすぎては、食べ物が喉を通らなくなる。

 

 

──午前──

 

 

「集まったわね」

 

 柊さんが、室内を見渡して言った。

 柊さん以外、全然落ち着いていない。不安なのか、焦っているのか、あるいは両方かはわからないけれども、兎に角良くない兆候だ。かく言う自分も、平常心でいることはできていないと思う。

 それでも覚悟を決めなければ。自分は、リーダーなのだから。

 

「……それじゃあ行きましょう。適度なら構わないけれど、緊張しすぎると動きが鈍るわよ」

 

 忠告のように言い放ち、彼女は立ち上がった。自分も続いて立ち上がる。

 立ち上がる、という日常動作がこれ程疲れるとは思わなかった。存外、緊張が解れていなかったらしい。だが、それでも二人より早く立てた。

 だからそのまま、手を差し伸べる。一緒に行こう、と。

 

「……あああああ──ッ! よしッ、やる気出た!」

 

 最初に、璃音が叫びを上げた。

 緊張の種類は似て非なるものだろうが、それでも大舞台でミス少なくやって来た彼女は、その重圧を自ら払い除ける。

 その目に活力をみなぎらせ、その顔に笑顔を咲かせる。

 私は、何処に出ても恥ずかしくないアイドルである、と存在が訴える。

 勢いよく立ち上がり、力強く手を握り返してきた。

 一緒に行こうよ。

 支え合おうよ。

 まるでそういうかのような、優しさと勇気を込めて。

 

 

「──しッ! 行こうぜ皆ッ!」

 

 時坂が吠える。

 武道の経験者である彼は、拳を突き合わせて気合いを入れた。

 その胸に炎を灯し。その手に力を宿し。

 動きたい、救いたい、と視線が訴えてきた。

 しっかりと立ち上がり、拳をこちらへ向けてくる。

 背中は任せた。

 前は任せろ。

 突き合わせた拳は、そんな信頼と熱を伝えてきた。

 

 胸にナニかが宿るのを感じつつ、出口を向く。

 緊張はしている。不安もある。

 それでも、自然と足は前へ出た。

 

 

 

 ────>チアキの異界【月下の庭園】。

 

 前訪れた時と同じく、見ているだけなら長い時間過ごせそうな景色。

 不気味さはあれど、神秘性が高く、不快感はそう高くない。

 そんな光景が続いているけれども、残念なことに、敵は多かった。

 

 時坂が、璃音が、自分が、全力でソウルデヴァイスを振るう。一筋縄ではいかないけれども、特訓の甲斐もありスムーズに進めていた。

 その進行に歪みが生じたのは、異界が中盤に差し掛かった頃だろうか。

 

「うおっ!?」

 

 先行して進んでいた時坂が滑る。滑って滑って──シャドウへ突っ込んで行った。

 ……って、マズい!

 

「タマモ!」

 

 時坂も咄嗟とはいえ、ソウルデヴァイスを前へ出した状態でぶつかりに行ったのが功を奏した。

 お陰で大きな攻撃を喰らうことなく、シャドウと距離を詰めている。

 衝突されたシャドウも体勢を崩していて、攻撃に転じられていない。謂わば、両転げな状態だった。

 追い付いたタマモに横からシャドウだけ蹴飛ばしてもらい、時坂を回収する。

 

「助かったぜ岸波……」

「いや、その、何があったんだ?」

「分からねえ。急に床が滑り出して……」

 

 床?

 時坂が滑った辺りを見る。

 ……確かに、氷が張られているような見た目だが、まさか。

 

 近づき、足を乗せる。乗せただけで少し滑った。まさかとは思ったが、本当に凍っているらしい。

 幸い、凍結した地面は通路中央くらい。現実の道路でいえば車道が凍り、歩道しか歩けない状態。スタッドレスタイヤ付きの車も無いし、今後の進行は困難を極めそうだ。

 

 そんなことを思っていたら、璃音が平然と氷道を進んで行った。

 

「どうしたの? 早く行こっ!」

 

 まあ飛んでいるし、それはそうなのだろうけれど。

 少しだけ、翼のソウルデヴァイスが羨ましくなった。

 

 その後も攻略を進めていく。

 時に氷で出来た坂で滑り落ち──璃音が背中を押してくれた──たり、時に氷の回廊に閉じ込められ──璃音が飛び回り敵を殲滅してくれた──たり。

 本当に、璃音がいてくれて良かったと思う。そうでなければ倍の時間が掛かっていたかもしれない。

 

 ともあれ、そんな異界攻略も終点。

 遂に、相沢さんと郁島さんの姿を捉える位置までやってきた──

 

 

 






 何故原作のリオンは飛んでるのに氷道で滑ってたのだろうか、とても疑問。そういう概念が付与されてたのかな、とか思いましたが、当作では影響を受けないことにしました。
 テレビの中しかりパレスの中しかり、ペルソナ世界観的に、人が考え付かないことをダンジョンに反映はできません。人が深層心理で、飛んでる人が地面から影響を受ける、なんて思い込むはずありませんし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月28日──【月下の庭園】きっと勝てないから

 

 

 

 

 

 「ソラーッ!」

 

 時坂が少女の名を叫ぶ。

 

 

 彼女は、いや、彼女たちは立っていた。

 それでも、向けてくる表情には差がある。

 片や、バカにしたような笑顔、片や、泣きそうなほど悲痛な顔。

 目尻に涙を溜めた辛そうな面持ちの少女は、ゆっくりと口を開く。

 

「コウ、センパイ……なんで」

「決まってんだろ!」

 

 彼は彼女を庇うように前に立ち、もう1人と敵対するように向き合った。

 

「助けに来た!」

 

 

 溜まっていた涙がこぼれる。

 彼女は、何をそこまで追い詰められていたのだろう。

 それを知る為にも、もう1人に話しかけなければ。

 

「初めまして。相沢さん……で良いんだよな?」

『ああ、転校生……何しに来たの、邪魔しないでくんない? 時坂も、玖我山も、帰国子女も』

「邪魔するも何も……何をしてるんだ?」

『別に。ただ教育してるだけ』

「教育……ねえ」

 

 先輩の背中を見て、安心感から涙を流す少女を見た後に、その言葉が信じられるわけがない。

 

「相沢の言う教育ってのは、後輩を泣かせるもんなのかよ」

 

 それを、時坂が指摘する。

 自分は先輩というものに縁の少ない人間。自分が何を言ってもそれは、一般論にしかならないだろう。

 だから、彼に任せる。

 

『泣いてるのはその子の勝手。私の指導は間違ってない』

「勝手だろうが何だろうが、相手を泣かせるのが正しいのかって聞いてんだ!」

『勿論。言ったことは間違ってないから』

「……そうかよ」

 

 これはきっと、一縷の望みをかけた彼の問い。

 相沢さんがそう思い込んでいることは、前もって推測できていた。

 ……多分、違ってほしかったのだろう。違うならきっと、説得しやすかっただろうから。

 

「まあ、気持ちは分からなくもねえよ。オレだって昔同じこと思ったからな」

『はっ。同じこと?』

「“コイツには勝てねえ”って。“コイツの眩しさは、自分にないものだ”って」

『……っ!』

 

 かつて同じ感情を抱き、未だに解決しきれてない彼は、自分が得たもの以上のことは言えない。

 “距離を置き、時間の経過で受け止めきれた”彼と同じ対策は取れない。

 

『思ってない……アタシはそんなこと、思ってない!』

「そうだな。正確には、感じ取ったんだろ。で、思わないようにしてた。認めないようにしてた。眩しい光から、目を逸らしてたんだ」

『ち、ちが──』

「言えるのかよ、オマエは。武道家の相沢千秋は、それを否定できるのかよ!」

 

 だけど、時坂自身の後悔を伝えることはできる。

 問題自体に気付かせることが出来るのは、後々になって気付けた、彼だけだから。

 

 諦めなかった自分が、諦めてしまった璃音にきっかけを与えられたように。

 向き合うことができた彼が、彼女にできることがあると、信じている。

 

「なあ相沢、お前にとって武道ってなんだ? 今のお前、武道が好きか?」

『──』

「言えねえだろ。だって、ソラから目を逸らすってことは、武道から目を逸らすってことだもんな」

 

 郁島さんの輝きは、才能の一言に収まらないと、彼は言っていた。

 武術しか見てない目、その真っ直ぐさ、心から楽しむ姿勢こそが、眩しいのだと。

 取り組む姿、意欲、武に挑もうという姿の理想。なるほど確かに、そこから目を背けるということは、武術自体を見ないことに他ならない。

 ……時坂。相沢さん。

 

「でもよ、目を逸らしながらも関わってられたのは、きっと武道が好きだったからだろ。……オレには、出来なかった」

『武術が、好き……』

「コウ、センパイ……」

「なあ、岸波、玖我山、こういうの何て言うんだろうな」

 

 何て言うのか、って?

 ……ああ、そうか。時坂は引き出したんだ。彼女の自覚を。

 認めたくないと言っていた彼女に、認めさせることができた。

 なら後は、自分たち全員が力を合わせて話していこう。

 時坂が、相沢さんが出会うべきだった答えを。

 

「負けず嫌い、なんじゃない? 先輩として上に立ちたいのに、武道家として誰より高い所に居たいのに、立てていない。その現実から、逃げようとしてる」

 

 玖我山が答える。

 負けず嫌い。先輩風。ナチュラルな上から目線。

 迷わず断じた璃音に、相沢さんの影が噛み付く。

 

『──武を噛ってない、部活にも入ってない玖我山に、何が!』

「芸能界だって日々競争の世界なの、あたしだってそこで生き抜いてきた。帰宅部だからって嘗めないでよねっ! ……まあでも、あたしはそんなに悪いことじゃないと思うよ、その感情自体。上下関係を意識するのは競争社会における1つの礼儀だし、負けず嫌いなことも勝ち抜くのに必要な要素だし」

『何が言いたいのよ!』

「……何が言いたいんだと思う?」

 

 分からないで話してたのか、と内心でツッコミを入れる。時坂もなにか言いたげだ。

 大丈夫だろうか、このまま話させておいて。

 ……まあ、大丈夫だろう。多分。

 

『なに、私の考えを認めてくれるとか?』

「ゴメン、それはないかも。後輩を泣かせてる時点で、その感情は行き過ぎかな。……上手くいかずにイライラするのは、痛いほど、分かる。けど、それを慕ってくれる後輩にぶつけるのは、違うんじゃない?」

『……言わせて、おけば……ッ!』

 

 絞り出すように、璃音は言う。

 上手くいかずにイライラ、か。璃音自身、あの時のストレスは多大なものだったろう。それでも彼女は、周囲に当たり散らさず、自分の中で処理しようとしていた。

 ……ああ、そうだ。彼女はそこで一度、折れてかけている。引退という熟語が執拗に追ってくる中で、誰にも明かせないまま、一人夢を終わらせようと。

 その点は同意できるのだろう。尤も、他人に重荷を押し付けることを嫌う璃音から見れば、彼女の心情には同調できても、彼女の選択に理解は示せない。

 

『だから何!? 間違ってたとして、何なのよ! こうするしかないじゃない!!』

「こうするしかない、か。……ウン」

 

 璃音は何かに納得した後、自分に顔を向けた。

 

「ここから先は、キミの番。諦め、間違えたアタシにも、過去に悔いた時坂クンにも言えないことを、言ってあげて」

 

 喉元に、剣を突き立てる権利があると、彼女は言う。

 

 相沢さんの影は言った、『こうするしかない』と。

 ──ああ、その言葉は、違う。

 だって、それしか見てないから、そう思うんだ。

 それ以外を見落としてしまっているから、そう思ってしまうんだ。

 それが可能性を縛る言葉だということを、諦めから生ずる言葉だということを、自分は知っている。

 

 

 時坂は暴いた。

 武術が好きな心──“好きなもので負けたくないという欲”。

 武術から目を逸らす自分──“関わりを避けるべきと断じた理性”。

 本能と理性が解離した状態、その根幹を。

 

 璃音は暴いた。

 過剰な上から目線──同じ土俵に立てば優劣がはっきりしてしまうから上に立つ。

 負けず嫌い──戦う以前の問題だと濁して、本能が悟った負けを誤魔化す。

 頓珍漢な行動の理由、攻め立てるべき彼女の間違いを。

 

 

 さあ、息を吸え。

 

 彼女の喉に突き立てるのだ、その諦念を斬る剣を。

 

 そう、一言で言えば。

 彼女が諦めたものとは。

 諦めるべきでないものとは。

 

 

──Select──

 

 >お前は、競い合うことを、諦めただけだ。

 

──────

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月28日──【月下の庭園】“センパイ”

 

『諦めた……諦めた、ですって!? うるさい五月蝿いッ、分かったようなことをォッ!』

 

 彼女は彼女の持論を力で押し通す為に、戦闘体勢を取る。

 歪んだ正義で体を膨らませ、文字通りの異形と化すことで。異界の主に相応しい姿として、彼女は顕現した。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか、自分には分からない。

 

『我は影、真なる我。理解なんていらない。同情なんてされたくない。そんなもの、求めてないッ! どうして放っておいてくれないの、私が何したって言うのよ!』

 

 ──自分たちは、読み足りなかったのかもしれない。

 推測はできたはずなのに、しっかりと意識していなかった。

 それは、彼女の本心に“弱い私を知られたくない”といった、他者の理解を拒む強い心があったこと。

 当然だ。勝ちに拘るということは、負けを恥じるということ。無意識のうちだとしても、自身の醜さを悟られたくないと思うのは自明な結論だ。

 そう、自明。わかりきっていたこと。頑なな拒絶から、察せられたはずなのに。

 同調と拒絶を使った説得は、こちらの独りよがりだったのかもしれない。

 

『良いわ、証明してあげる。チアキ()の強さを。一人でも大丈夫、他の人なんて関係ない。チアキ()の正しさは、私が決めるってね!』

 

 ……いいや。

 だとしても。取った手段は間違いではないと断言できる。

 時坂が、璃音が理解を示さずにただ一方的に正論を突きつけていれば、彼女の主張は乱れなかった。本心は慌てて、暴力に訴えたりしなかっただろう。

 彼女自身が見て見ぬフリした(知らなかった)ことだから、自分たちが知って、突き付ける必要があった。

 その過程があって漸く、自分たちは“対等”な場で気持ちをぶつけ合える。

 

 それにしても彼女の思う強さ、か。

 彼女がそうまで拘る強さとは、何なのだろう。

 力か。欲したことはある。戦いたいと願ったことも。

 けれども自分は、自分の力を理解しきっていない。できること、できないことも、まだまだ知れていないのだ。自分についてだけじゃない。自分たち3人の強みだって、まだ分からない。

 彼女は、相沢さんは、自身の力をすべて知っているのだろうか。知った上で、ある物に固執しているのだろうか。それを聞いてみたい。

 

 だから、ぶつけていこう。自分たちの不完全で未熟な力を。彼女の中だけで完結した力と、競わせる。

 

「行こう、皆」

「応!」「うん!」

 

 サイフォンを構え、ソウルデヴァイスを呼び出す。

 

 今までと違い、敵は大型。その一撃一撃は重く、また挙動も複雑だ。

 見下すような目付き。肥大化した手と顔。頭部にはヘルメットのようなガード。肘や膝といった関節にはサポーターらしきものが付いている。

 しかし、空手部の練習を覗いた時に、それらの装備は見ていない。

 何を思って、あのシャドウはその道具を着けているのだろうか。

 

「時坂、戦いながらですまないが、質問していいか?」

「ああ、良い──うおッ!?」

 

 答えようとしてこちらを向いた彼の隙を攻めようと、シャドウの拳が迫った。

 大きい為少し速度が遅いこともあり、なんとか体勢を崩す程のダメージは負わないで済んだらしい。

 

「危ねえ危ねえ……で、なんか思い付いたのかよ」

 

 話しかけるタイミングを間違えたせいで怪我しそうになったのに、時坂は一切責めてこない。

 彼の人の良さ感じた。これも1つの強さだろう。

 自分もより頑張らなければ。

 

「少し気がかりがあって。……璃音、少し気を引いてくれ」

「オッケー!」

 

 撹乱の為、速度を上げて飛び回る璃音を尻目に、シャドウの容姿について時坂に尋ねる。

 少し悩んだあと、彼は答えた。

 

「あの容姿か。サポーターは、子どもとかが着けるイメージだな。ほら、頭は特に危ねえだろ?」

「子ども……」

 

 つまりあのシャドウは、子どもの姿のまま大きくなった、と?

 ……子どもの頃に戻りたいと願っている? 何故……ああ、そうか。もしかしたら。

 

「ああ、大丈夫だ。なにか得た気がする」

「そうか、じゃあ戻るぜ」

「いや──璃音、一旦仕切り直から戻ってくれ!」

「オッケー! ……ちょっと疲れたから、丁度良かったかも」

「悪いな。“シルキー”、【ディア】」

 

 彼女を呼び戻し、回復術を掛ける。

 小さい癒しの力だが、体力の回復にはなるだろう。

 

「璃音、時坂、自分に支援系を!」

「? ああ、来やがれ──“ラー”、【ラクカジャ】!」

「“バステト”、【スクカジャ】!」

 

 少し身体が軽くなり、自分に防御力上昇(ラクカジャ)回避・命中率上昇(スクカジャ)が掛かったのを感じ取る。

 これで防御に回りやすくなった。

 

「弱点を探す。自分が前に出て守るから、2人は属性攻撃を! タイミングは任せた!」

 

 鏡を誘導し、シャドウの拳を受け止める。

 重い。けれども、受けきれないほどじゃない。気さえ抜かなければ、体勢を崩すこともないだろう。

 できるだけ大振りをさせるように立ち回る。しかしそれは、わざと隙を見せるということだ。そうそう何度も上手くいくはずがない。

 

「奏でて、“バステト”!」

 

 空間が歪む。璃音の放った念動攻撃(サイ)だとすぐに気付いた。

 シャドウが攻撃を外した隙に直撃する。

 

 どうだ、と様子を伺おうとした。

 しかし、想像よりも怯まない。

 それどころか、攻撃が──

 

「岸波!」

 

 ──シャドウの拳が直撃し、数歩分後ろへ飛ばされる。

 読み違えた。属性相性が悪いとまさかここまで効かないとは。

 

「くそっ!」

「──ッ!」

 

 すぐさま2人が前衛として動き出し、戦線が交代させられる。

 足に力が入らない。なんて様だ。

 だが──それならそれで戦い方はある。

 

「……“タマモ”……【エイハ】ッ!」

 

 効いた、が効果が薄い。

 

「岸波、先に回復しろ!」

「っ、いや……まだ行ける」

 

 前線を保ってもらう時間は貴重だ。なら、少しでも可能性を潰しておくべきだろう。

 立ち上がるのは、いつでも出来る。休むのだって簡単だ。

 だが、頑張るのは、ここしかない。

 

「【アギ】!」

『うああああっ!?』

「「効いた!?」」

 

 大きく仰け反り、倒れたシャドウを見て、身体に活を入れる。

 ここだ、このタイミングで立たないでどうする!

 

「……行こ、う、突撃する!」

「「り、了解!!」」

 

 全員がソウルデヴァイスを構え、お菓子に群がる蟻のようにシャドウの回りを囲む。

 連携も何も取らず、全力を叩き込むように畳み掛けた。

 それでも、シャドウは倒しきれない。

 

『くっ……何なの、その力は!』

 

 その力。彼女をそこまで追い詰めたもの。

 自分たちが、戦える理由。自分たちと彼女の差。それは、単に。

 

「……これは、向き合った結果で得たものだよ、相沢さん」

 

 少なくとも、自分も璃音も、自身と向き合うことで戦う力を得た。

 自分は無力さと、璃音は夢と向き合った。時坂もきっとそうだと思う。

 しかしそれは本心と向き合わず、武道からも目を逸らした彼女の、持ち合わせないものだ。

 

 自分の言葉が勘に障ったのか、或いは単純に、弱点を突かれないようにする為か、狙いを自分に絞って猛攻を仕掛けてくる。

 ……ああ、本当に、相沢さんのシャドウが火属性弱点で良かった。頑張った甲斐があったというものだろう。

 

「決めるぞ、時坂」

「ああ──飛びやがれ、“ラー”! 【アギ】ッ!」

 

 時坂のペルソナ、ラーの属性もまた、火。

 ダブって残念とも思った属性が、予想外な所で活きてくれた。

 

『そ、そんなッ!?』

「さあ、畳み掛けよう!」

 

 殴って、殴って、ただ殴る。鏡を使ってひたすら殴打。

 今度こそ仕留める。

 全員がその一心で、ソウルデヴァイスを振りかざしていた。

 その想いが、届く。

 

『まさか……私が……チアキ()の強さが……』

 

 大型シャドウとしての形が崩れ、相沢さんの等身大となった影がそこに残る。

 結構な辛勝だったが、自分たちは力を示せたらしい。

 

『これが、向き合う力……?』

「ああ。それで、相沢さん。これは──」

 

──Select──

 >子どもの頃の君が、持っていたものだ。

  これから身に付けていくものだ。

  君が目指すべき力とは違うものだ。

──────

 

『……は?』

 

 防具とは、敵と純粋に向き合う時に着けるものだ。

 過小評価してたら着けず。過大評価してたら戦わず。

 相手を倒したいと願い、同じ土俵で諦めずに闘い抜く為にも、それらを装着する。

 彼女の本心は、その在り方のままで居ることを望んでいたのかもしれない。

 

「先輩になって、重荷を背負ったと感じてたんだろう。何にも囚われず、ただ好きな空手へ没頭できていた頃に戻りたかった。そう、子どもの時のように」

『……ああ、私にも、そういう時期が……あったなぁ。あの頃は、楽しかった』

「それを思い出せただけでも、十分だろう」

 

 

「ねえ、相沢さん──」

 

──Select──

  空手は、好き?

  君はどうなりたい?

 >相沢さんにとって、力ってなに?

──────

 

『チカラ……それは、勝つこと』

「そう、じゃあ、君の人生において、勝つことがすべてなの?」

『……』

「いや、そうじゃねえだろ」

 

 自分の問いに応えたのは、回答を渋った相沢さんではなく、過去に同じ傷を負った青年だった。

 

『……時坂』

「勝つことは大事かもしれねえ。けどよ、武道ってのは勝ちだけじゃねえことくらい、誰だって知ってる。そして、人生が武道だけじゃねえってことも、皆知ってんだろ」

 

 礼があって、筋があって。色々なものが武術には必要だ。

 ただ力のみを求めることを、武とは言わない。

 そう、時坂は振り返って語る。

 オレに語れることじゃねえけどな、と苦笑しながら。

 

「それによ、上級生って言ったって、気負う必要なんてねえんだ。オレらには、オレらにしか示せねえモンだってある。皆が1年間、別々の道を歩んできたんだ。得た強さだって十人十色だろ。それを1つ1つ示してけば良いんじゃねえか?」

『そんなもの……』

「相沢について聞いて回った時、皆口を揃えて言っていたぞ、『真面目だ』。『面倒見が良い』。ってな。そういうのって自然と分かるもんだ。お前は、お前らしく努力し続ければ良いんだよ」

 

 ああ、その通りだ。

 ここ数週間の相沢さんの様子を伺った際、答えてくれた人たちは皆口を揃えて、『最近少し変だ』と言った。つまりそう思われる程に、彼女は周囲から“そういうことをしそうにない人”と認識されていたということ。

 例え裏にどんな思惑があったとしても、彼女の在り方は周囲に称賛されるものだったのだ。

 

『そんな……でも、今さらいつも通りなんて出来ない! こんな酷いことをしてきて、どの面下げてしろって言うの!?』

「出来るさ。……お前のことをまだ、センパイと呼んで慕ってくれる後輩がいるなら、まだ遅くねえよ。逆に、慕ってくれてる限りは、オレ達の“センパイ”は貫かねえと、だがな」

 

 己が歩いてきた道を他人に示していき、後を行く彼らの道を見通しの良いものへと変えていく。それが時坂の持つ先輩観のようだ。そしてそれを貫くには、信じてくれる後輩と、今まで得たものを開示する勇気が必要だと言う。

 聞き込み調査をして回った日、共に道場へと向かう階段で彼が溢した言葉を覚えている。今語った内容を実行できなかった彼が悔いていることも。

 そうだ、誇れることなんて何があるかは分からないけれど、それでも自分の背中を見る人が居るなら、恥ずかしくないよう努力できる。それは、負けず嫌いの彼女にだって共通する想いのはずだ。

 

「相沢さん──」

 

──Select──

 >君はまだ、諦めたままでいたい?

  向き合う準備はできているか?

──────

 

『…………諦めてた、か。本当に、そうみたいだね。チアキ()としたことが』

 

 相沢さんのシャドウが──彼女の本音が、ゆったり歩き出す。

 そして、自分達の後方に居た郁島さんの前へと立った。

 

『ごめん、みっともない先輩で、ごめん、ソラ』

「い、いえ……センパイ、その……」

『ははっ、まだチアキ()のこと、センパイって呼んでくれんだ』

 

 そうして、彼女の本音(シャドウ)はゆっくりと光を放ちながら消えていく。

 

『ソラ、私、頑張るから。ソラが自慢に思えるセンパイになれるように、頑張るから』

「チアキ、センパイ……」

『アンタらにも、迷惑掛けたね、ありがとう』 

 

 最後にこちらへ微笑んで、彼女は異界の天へと昇っていった。 

 

 

「良い笑顔だったな」

「ああ……」

「うん……」

 

 何となく、終わったことを感覚が理解した。

 そのまま3人で静かに笑い、時坂とは拳を付き合わせ、璃音とはハイタッチをする。

 

 何と表して良いか分からない感情──多分、達成感だろうか。上手く処理できずもどかしい気持ちになっている所に、すべてを後ろで見届けていた彼女が近付いてきた。

 

「還ったわね……」

「……そういや途中すっかり忘れてたが、柊、居たんだったな。マジで一言も喋らねえから忘れてたわ」

「まったく、郁島さんを下がらせて守ってたのは誰だと思ってるのかしら。それに、言っておいたでしょう、今回の件は貴方たちに全て任せる、と」

 

 その約束をした柊さんが口を開いた、ということはつまり、今回の事件は終幕したと考えて良いのだろうか。

 

「還るって?」

「シャドウが在るべき所へ戻ることよ。恐らくもう大丈夫、今回の件は経過観察を残して終わりね。細かい説明も反省も明日にして、まずは郁島さんを安全な場所に運びましょう」

 

 言うと、彼女は郁島さんに肩を貸した。

 そういえば途中から彼女を意識せず戦ってしまっていたように感じる。余波なども存在するし、攻撃が当たったら大惨事だっただろう。そういうことからも柊さんは守っていてくれたのかもしれない。反省点しなければ。  

 

「取り敢えず一言……いえ、二言だけ言っておくわ」

「「「?」」」

「お疲れ様。それと、少し台詞がクサいんじゃないかしら」

 

 ……おお。

 労われたと思ったら、すごい疲労感を背負わされた。

 たった一言で疲れを認識させるなんて、さすが柊さんだ。

 

 

 

 

 ……さあ、帰ろうか、杜宮へ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月29日──【杜宮高校】余韻に浸る



 作中時間が15日しか経ってないのに、30ページを超えてくるとは……いったい完結までどれくらい掛かるんだろうか。





 

 

 

「そこ、気を抜かない。怪我したらどうするの!」

「「はい!」」

「集中は切らさない。もう少ししたら休憩だから、頑張りなさい!」

「「「「はいッ!」」」」

 

 クラブハウス。道場の出入り口で、自分と柊さんは内部の様子を伺っていた。

 事件から1日。郁島さんは検査入院中だが、一応異界を解決したので空手部の経過観察に来たのだ。

 

「雰囲気は良さそうね」

「そうだな」

 

 扉を離れ、学食を通りすぎ、校舎を歩く。

 話に聞いていた険悪な雰囲気は、今日の空手部になかった。郁島さんが復帰していないので確かなことは言えないが、改善の芽は出ていると考えて良いだろう。

 しかし、こうも早く影響が出るのか。

 

 そのまま歩みを進め、いつもの集合場所に入る。

 内部には時坂と璃音の姿があった。

 

「どうだった?」

「雰囲気としては、良い感じだと思う」

「そうか……」

 

 ひと安心したのか、時坂は胸を撫で下ろす。

 

「まだ安心するには早いわよ、時坂くん。郁島さんが部に戻った時も確認してみないと」

「そりゃ分かってるけどよ」

「まあまあ、少し安心するくらい許してあげなよ」

 

 璃音が苦笑する。

 仕方がないわね、と柊さんが腕を組み。

 一呼吸挟んだ時坂は、真面目な面持ちになった。

 

「それで、結局どういうことなんだ? 何で相沢のシャドウを倒して、現状が改善すんだよ」

「正確には、シャドウを説き伏せると、ね」

 

 柊さんは立ち上がり、黒板の前に立つ。

 チョークを持ち、何かの図を書き始めた。

 

「シャドウは隠した欲求の現れ。それを説得し、本人の中へ戻すということはつまり、異界を発生させていた程のストレス源を解消したということよ」

「……すまん、もっと分かりやすく頼む」

「……周囲からの重圧。倫理観。法的拘束。そういったものが発症者の理性と本音の摩擦を産み出し、別れさせる。シャドウとして顕れるのは当事者の本心の塊のようなもの。ここまでは良いわね?」

 

 柊さんは黒板に同じ形をした2つの人型絵を描き、その胴体にそれぞれ『本人』、『シャドウ』と記す。シャドウの方は丁寧に紫チョークで影まで付けていた。更にその頭部には、『理性』、『本心』と書き入れられる。

 見やすい絵だな。自分も板書係として頑張らなければ。

 

「さっきも言った通り、本心の抱える訴えはシャドウが持っているわ。私たちが異界でしたのは、彼女に本心を吐かせ、その上で説き伏せた、ということなのよ」

 

 シャドウと書かれた人の周囲に、『ストレス』『重責』などといった単語を浮かべ、上からバツ印をつけていく。

 

「つまり、持って出たストレスとかをあたし達が解消したから、戻ったときには綺麗さっぱりってこと?」

「大体はそういうことね」

「……けれどそれだと、またストレスが溜まるんじゃないのか?」

「ええ、だから貴方達がとった手段で正解だったのよ」

 

 シャドウの上に矢印を描き、もう1体人形図形を書く。その周囲を黄色でなぞりつつ、頭部には『本心』という単語を残した。

 これは、何やら下のと比べて雰囲気が良くなったようだが?

 

「シャドウの持つ蟠りなどを解消すると、その人はストレスなどと向き合い方を獲得することになるわ。本心が受け入れた考え方を、そのまま実践できる、ということね」

 

 そうして、黄色に包まれた人形の横にまたもう1体の人を書き、頭部には『完全体』と入れる。

 ……完全体?

 それだけでなく、新しい人形の内側にもう1体の人を書き、黄色い枠を書いた。

 そして隣の図形から延びる横矢印。成る程、これが還った状態ということか。

 

「本心が問題を受け入れられるようになれば、現実の見方や捉え方が変化し、当人の表現にも差が出てくる。これが今回、貴方達が成し遂げたこと──ああ、岸波くんからしたら2度目になるのかしら」

「……そういうことか」

 

 璃音の時も同様だ。

 自分が考える向き合い方を伝え、璃音本人がそうしようと願ったことで、本心の燻りはなくなった。それが結果として彼女に戦う力を与えた訳だが、ひょっとして相沢さんもペルソナ使いになっているのだろうか。

 

「尤も、玖我山さんの一件はそれだけでなく、本人の異界適正が高かったこともあるわね。玖我山さん自身、当時の事ははっきりと覚えてるんでしょう?」

「え、あ、ウン。そりゃあ目の前であんなことが起きたら覚えてるって」

「普通は起きてすらいられないのだけれど、まあいいわ。それが幸いして、玖我山さんが理性と本心の間で妥協点を探し出し、結果抱いた強い願いがペルソナへと変化した」

「……あー、なるほど?」

「絶対分かってねえなコイツ」

 

 曖昧な表情で分かったような反応を示した璃音に、時坂が厳しいツッコミを放った。

 うぐっ……と胸を押さえる璃音。分からないなら素直に言えば良いのに。

 しかし、そうか。相沢さんはその適正云々があって、ペルソナ使いにはなれないらしい。

 

「何でこの話をわざわざしたのかと言うと、恐らくこの経験のお陰で最後、岸波くんと玖我山さんはシャドウに止めを刺さなかったのでは、と推測できたからよ」

「止めを刺すと、どうなってたんだ?」

「同じことの繰り返し、でしょうね。ストレスは一時的に解消されても、精神的にはなにも変化せず、向き合えないままだし。時間の経過で再発することになると思うわ」

「……いや、そういうことは早く言えよ、柊」

「だから、“すべてを任せる”と言ったじゃない。それにもしそうなったとしたら、私が1人で対処するつもりだったし、今後すべての作戦は私が主導、皆には適当に経験を積んでもらう形になっていたわね」

 

 恐ろしい事を言う。

 間違えなかったから良かったものの、もし何かを仕損じてた場合は見捨てられてたということか。

 

「だから総合的に言えば、及第点でしょう。ただし、戦闘内容はもっと良いものに出来るはずだから、そこは追々直していきましょうか」

 

 柊さんがクールに笑って言う。

 次の機会が与えられている、ということは、認められたのだろうか。自分たちは。

 だとしたら、良いな。

 

「……まあ、まだまだ、ってことだろ」

 

 まだ強くなれる。まだやることがあると時坂は拳を突き合わせる。

 やる気は十分みたいだ。

 

「そうだね。でも、これからも諦めないで行こっ!」

 

 璃音も、それは同じ。笑顔で、力強く、周りと自身を鼓舞していく。

 胸の前に拳を構え、衝動を溜め込んでるかのようだった。

 

「ああ、まだまだこれからだ」

 

 浮かれてはいられない。いつ次の事件が起きるかは分からないから。

 けれど少しだけ、この雰囲気に浸ろう。

 皆が嬉しそうに、前向きでいる、この温かな空間に。

 

  

 

 

 

 






 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが2に上がった。

────



 最終話っぽく。
 2話の主題は、前回までにも出している“競うこと”への諦め。
 副題は、“生きてきた足跡”……とかですかね。明かせる範囲だと。

 1話と2話の主題とかについて少し注釈しようかとも思いましたが、止めときます。いつか完結したら乗せるので、良ければその時にでも。


 さてさて、今回は前ページの選択肢回収を行います。
 ハクノのステータスは次回必ず。

────
 33ー1ー2

──Select──

  子どもの頃の君が、持っていたものだ。
 >これから身に付けていくものだ。
  君が目指すべき力とは違うものだ。

──────

『私が……これから……? そんな力を? ムリ……だって、分からない。意味が分からないもの!』

 しまった。
 確かに最終的にはそうなるべきだけれども、まずは彼女の警戒心と忌避感を中和させなくては……!

 →ダメージ1。

────
33ー1ー3
──Select──

  子どもの頃の君が、持っていたものだ。
  これから身に付けていくものだ。
 >君が目指すべき力とは違うものだ。

──────

『は……? じゃあ何、どうしろって言うのよ!』

 ……間違えた。
 彼女に足りないものは、向き合う強さだと考えたばかりなのに。
 考えろ、彼女のシャドウは何を示唆していた。

 →ダメージ1。


────

33ー2ー1

──Select──

 >空手は、好き?
  君はどうなりたい?
  相沢さんにとって、力ってなに?

──────

 空手が、好きか。と問う。
 好きならば、頑張れるはずだ。まだ立ち上がれるはずだと信じて。

 ……けれど。

『分からない。もう私には……自分のことがわからない……』

 畳み掛けた言葉が、彼女の心を折っていた。
 自分たちは彼女が空手を好きなままでいると信じているけれども、彼女が彼女自身を信頼できていないから、断言できないのかもしれない。
 これは、言葉を間違えたな。

 →ダメージ+。

────
33ー2ー2
──Select──

  空手は、好き?
 >君はどうなりたい?
  相沢さんにとって、力ってなに?

──────

 どうなりたいのか、思い描く将来像を問う。

『どう、なりたいかなんてわからない。何して良いかも分からないのに』

 ……馬鹿か。そうに決まってるじゃないか。
 今の彼女に未来を尋ねてどうする。大事なのは、今と向き合うことだ。
 なら、掛けるべき言葉は……!


 →選び直し。

────
33ー3ー2
──Select──

  君はまだ、諦めたままでいたい?
 >向き合う準備はできているか?

──────

『まだ、怖い……受け入れられる訳がないし。準備なんて……そもそも、私はどうして……』

 しまった、逆効果か。ここは無理にでも焚き付けるべきだった。
 仕方ない。もう1度、ゆっくりやり直そう。もうミスは許されない。
 
 →やり直しルート。

────
 3ダメージでバッドエンド。
 錯乱した相沢さんのシャドウに殺される感じで。

────

 こんな感じかな。
 ここはやっぱりCCC風なアレ。バニッシュ? ないよ。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 2
4月30日──時坂 洸(魔術師)(Ⅰ)──杜宮の便利屋さん。もしくは学生プロアルバイター




 さてさてインターバル。今回はちゃんとコミュとパラメータが進むことを期待して。


 

────

 

 夢を見た。

 いつかの夢の続き……のようなものを。

 ただの夢と言うには妙にリアルで、現実と言うには明らかに異質な、相も変わらず見覚えのない夢。

 

 

 だが、この雰囲気は何だろうか。

 

 前回の夢は平凡で、退屈で、それでもどこか安心するものだった。

 けれども今回のは、そうじゃない。暖かさなんて微塵も残っておらず、あるのはただ、殺伐とした雰囲気のみ。

 

 日常の雰囲気は欠片もなく、起きていたのはとある“戦い”。

 必死に、もがきながら、葛藤するように死闘に挑む“自分と瓜二つな青年(岸波 白野)”の姿と、その指揮のもと戦う、見覚えのある人影。

 狐耳を生やした和服姿という不思議な容姿。自分のペルソナ──“タマモノマエ”と同じ姿をした、妖艶な半妖の女性だった。加えて彼女の周囲には、自分のソウルデヴァイス──“フォティチュード・ミラー”に似た鏡が浮かんでいる。

 相対するのは拳銃を持った女性と、髪のふさふさ……いや、ふにゃふにゃにさせた男性。相手側も、男性の指示のもと女性が戦っていた。

 

 それは決して人間同士の争いではない。

 理解ができなかった、自分が見ているものが。

 それでも戦いは続き、やがて終わりが訪れる。

 勝敗は決し、二人の間に柵が引かれた。勝者と敗者を分けるように出てきて、敗者を閉じ込めるような檻として。

 負けた青年はその奥で、泣きながらなにかを訴えている。喚いていると言っても良い。最初は気付かなかったが、青年の身体は崩壊し始めていた。

 何を言っているかは分からないが、悲痛な叫びを上げていることだけは理解できる。

 しかし、いくら何を言おうと崩壊は止まらず、青年は消え去った。呆気なく、元からそこにはなにもなかったかのように。

 それを岸波白野らしき男性は呆然と眺めていた。

 そのままの姿で、彼は立ち尽くす。周囲の光景が変わろうと、ただただ呆然と立っていた。

 やがて彼は1人の女性に声を掛けられる。若干苦痛そうに顔を歪めつつ女性に対応。そして去っていく女性を見送ると、突如現れた半妖の彼女にも話しかけられ、俯く。

 次に顔を上げた岸波白野に似た青年の瞳には、ほんの少しだけ力が宿っていた。

 

 

────

 

 

「今のは……」

 

 辛く、苦しい夢だった。

 あそこに居たのは、自分じゃない。記憶を失う前の自分かと疑いはしたけれど、それは違うと直感が叫んでいる。

 ならば、今の夢はなんだったのだろうか。

 

 ……何か意味があるのだとしたら、今後も続きを見ることになるだろう。

 見続けてれば、何かが見えてくるかもしれない。今は取り敢えず、忘れておこう。

 

 気付けば4月も最終日。編入からは怒濤の2週間だったな。

 ……学校に行こう。

 

 

 

──授業中──

 

 

「あー、中間考査まで1ヶ月を切った。何か分からないことがあれば早めに相談しに来るんだぞ」

 

 英語の授業中、教科担任──佐伯吾郎先生からのアナウンスが入る。

 もう4週間ないのか。少し緊張する……が、やれることをやっていくしかない。

 

「英語は基本的に授業でやっていない長文は出さないが、短文や並び替え問題なんかは、新出問題を出すから基本をしっかりと覚えていることだ。……そうだな、試しに──岸波」

 

 っ!

 自分の名前だ。

 

「『It becomes an unforgettable journey.』これはとある作品に使われていたキャッチコピーなんだが、訳せるか?」

「……はい。えっと」

 

──Select──

  この旅を、忘れない。

 >忘れられない、旅になる。

  あんほげったぶるな、じゃーにーになる。

──────

 

「正解、エクセレントだ。ちなみにこのJourneyという単語。旅という意味があるが、旅には他にもTravelやTripといったものがある。これらは長さや距離で使い分けられて、感覚としては小旅行がTrip、長旅がJourney。このキャッチコピーにJourneyが使われているのは、成長や出会い、別れを長い旅を通して経験していく。なんて意味もありそうだな」

 

 

 ……どうやら正解したらしい。

 知識が深まったような気がする。

 

 

 

──放課後──

 

 

 下校の準備を済ませ、一階へと向かう。だが、今日の予定は決まっていない。ただ真っ直ぐ帰るのも時間がもったいないし、どうしたものか。

 

「お、岸波じゃねえか」

 

 頭を悩ませていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、鞄を持った時坂がいる。

 

「時坂、今帰りか?」

「ああ。岸波もか?」

 

 頷きを返す。そうだ、せっかくだし彼に予定が無ければ共に過ごしてもらおう。

 そう思って訪ねてみたが、どうやらレンガ小路に用があるらしい。一応自分の帰り道も同じなので、途中まで同行することにした。

 

「それで、時坂は何をしにレンガ小路へ?」

「今日はアンティークショップでバイトがあってな」

「……バイトか」

「? どうした?」

 

 そういえば、そろそろ生活も落ち着いたことだし、バイトを本格的に始めるべきかもしれない。

 ……少し、相談に乗ってもらおう。

 

「実は自分、バイトを探していて」

「へえ……まあ独り暮らしだし色々入り用だよな。職種とかは決めてんのか?」

「それがまったく決まってない」

「マジか」

「だから、お勧めのバイト先とかあれば教えて貰いたいんだが」

 

 そうお願いすると、時坂は少し考え込んだ。

 やはり他人に紹介などは難しいのだろうか。

 

「やりてえ職種とかが無えなら、オレみたいに紹介してもらう形にしてみるか?」

「紹介?」

「ああ──」

 

 彼がどうやって色々なバイト先に勤めているかを教えてもらった。

 何でも仲介してくれる人が居るらしく、その人から人手が入り用な所を聞いて、バイトへ出向いているらしい。派遣のようなものだろうか。

 

「いきなり決めろってのも無理な話だし、色々経験してから自分に向いてるのを探せば良いんじゃねえか?」

「なるほど」

 

 お試し期間、という形で色々なことを出来るのは有り難い。

 美月とも以前話したが、やってみて駄目でした、では済まないことだ。自分の得意不得意や興味関心を探すにはうってつけの話だろう。

 

「そうだな、一通り体験してみたい」

「分かった。ちょっと連絡取ってみるから待っててくれ」

 

 歩みを弛め、時坂がサイフォンを通話モードにして耳元へ持っていく。

 

「もしもし、ユキノさんっすか? 時坂っす──」

 

 電話の相手は、ユキノという人らしい。

 話の流れからして、その人が仲介を担っている人なのか?

 

「はい、岸波ってヤツで……はい、ちょっと待ってください──岸波、この後少し時間取れるか?」

「ああ、大丈夫だ」

「よし──あ、もしもし、大丈夫らしいっす。……はい、了解っす。じゃあこの後向かいます」

 

 電話が切れたらしい。サイフォンをポケットに仕舞う。

 この後向かうとか言っていたが、話は着いたのだろうか。

 

「取り敢えず簡単に話を聞きたいから、この後店に来てほしいらしい」

「分かった。店って?」

「さっき言ったオレが今向かってるアンティークショップ。その店主が、ユキノさんっていう女の人でな。色々とバイトを斡旋してくれんだ」

「成る程、そこに行けばいいんだな?」

「おう、そうらしい。だから悪いが着いて来てくれ」

「悪くなんてないさ。寧ろ有り難いくらいだ」

 

 

 ────>レンガ小路【入り口】。

 

 

 時坂のバイト話など、他愛ない雑談を続けていると、ようやく町並みが変わってきた。

 レンガで舗装された、明るくお洒落な通りに出る。

 目的地のアンティークショップは……確か以前訪れたコーヒー屋の近くだったか。

 

「……ん?」

 

 歩いていると、時坂がなにかに気付いたのか、声を漏らした。

 視線はそのコーヒー屋。中に居るのは同じ学校の生徒のようだが……ああ、見覚えのある顔も居た。確か相沢さんの一件で話を聞いた八百屋の……誰だったか。

 店内に居たのは3人。そのうちの1人、唯一の女子が時坂に気付いたのか、手を振っている。釣られて残る2人の男子もこちらを向いて──と思ったら、八百屋で働いていた青年が立ち上がり、店から飛び出して来る。

 慌てて青年を追う大人しげな女子と、中性的な男子。結局3人とも自分たちの前に立った。

 

「ど、どうしたのさリョウタ、そんなに急いで」

「わ、悪い、つい……」

「……はあ、お前ら、会計は?」

「あ、それは大丈夫だよ、コウちゃん。店の人には一言掛けて出て来たから」

 

 ……3人とも知り合いのようだ。自分は少し席をはずした方が良いかもしれない。

 

「時坂、自分は先に──」

「待ってくれ!」

「……え?」

 

 リョウタと呼ばれた男子が自分を呼び止める。そんな想像していなかったので驚いた。

 てっきり時坂に用があるんだと思ったが、違うのだろうか。

 

「あれ、キミは確か……」

 

 中性的な顔の男子が、自分の顔を見て首を傾げる。

 どこかで会っただろうか?

 

「岸波!」

「あ、ああ」

「この間は、すまんかった!」

 

 リョウタという男子が、頭を下げてくる。

 ……謝られる理由が思い浮かばない。何かあったか?

 

「……ああ! 転校生の!」

 

 残った男子の方が声を上げる。やはり自分のことを知っていたらしい。

 一方女子の方はピンと来ていないのか、首を傾げていた。

 

「転校生……?」

「岸波君だよ、ほら、リョウタが前暴走して突っかかっちゃった……」

「あ、あの時の……」

 

 どうやら思い出したらしい。

 ただ、今のやり取りから自分と直接面識があるかは察せなかった。

 

 いやいやそれよりも、自分はどうして彼に謝られているんだ?

 困ったように視線を時坂へ移す。

 仕方ねえなあ、と彼は後頭部を掻きながら口を開いた。

 

「リョウタ、何に謝ってんだ?」

「いや、その……リオンの時のこと、しっかりと謝ってなかったって思ってな。前回のアレはオヤジに言わされた感じだったし」

「……ああ、そういうことか」

 

 ようやく分かった。どうやら彼は編入初日の一件を未だに覚えていたらしい。

 それでわざわざ謝ってくれるなんて、良い人だ。

 

「気にしなくて良い。気持ちは分かるからな」

「へ……分かるって?」

「自分の色々あってファンになったから。確かに、応援している人に何かあったら心配になるよな」

「……分かってくれるか! 良いヤツだな、岸波!」

「君の方こそ」

 

 握手を交わす。

 周りは少し微妙な雰囲気だが、自分と彼はそんなことなく、何かが通じ合ったような気がしていた。

 

「えっと……」

「よ、良かったのかな?」

「……そうなんじゃねえか?」

 

 良かったんだよ。

 

「そうだ岸波、サイフォンの番号を教えてくれよ」

「ああ、勿論だ」

「……ねえ、コウちゃんは、岸波君と仲が良いの?」

「ん? まあな。これから結構一緒にいることが増えると思うぜ」

「そっか……ねえ、私とも交換してもらって良いかな?」

 

 リョウタ──登録された名前には、伊吹 良太と書いてある。

 ……そういえばそんな名前だったな。忘れていたことは本当に申し訳ない。

 

「君は……?」

「私は倉敷(クラシキ) (シオリ)って言います。コウちゃんの幼馴染みで……えっと」

 

 倉敷さんが言葉に詰まる。幼馴染みというだけじゃ理由に弱いと思ったのだろうか。

 確かに、幼馴染みだという彼女がなぜ自分の連絡先を欲しがるのか分からない。

 

「「保護者?」」

 

 緑色の髪を短く切り揃えた中性的な男子生徒と伊吹が声を揃えて言う。苦笑いだ。

 保護者……倉敷さんが、時坂の?

 

「誰が誰の保護者だ!」

「朝起こしてもらってるくせに! くぅ、いつ思い出しても羨ましいぜ!」

「はは……まあそういうことかな」

 

 時坂が怒る……というよりは恥ずかしがってるのか?

 それを2人の友人が受け流していた。

 

「あはは……そんなわけで、その、ダメ……かな?」

「いいや、時坂が良いなら」

「何でオレの許可が要るんだよ」

「保護者なんだろ?」

「違えよ!」

 

 まあ、保護者なんて呼ばれ方、余程じゃないと付かない。先程の話にもあったがそれほど面倒見が良いのだろう。だとしたら自分と交換しようと言ったのも、時坂を心配してのことかもしれない。

 

「あ、それじゃあ僕も。僕は小日向(コヒナタ) (ジュン)。よろしくね、岸波くん」

「ああ、よろしく、小日向」

「ったくテメエら……はぁ、用が済んだなら行くぞ、人を待たせてんだ」

「あ、すまねえなコウ、岸波もサンキュー、今度SPiKAの話しようぜ!」

「ああ、また今度な」

 

 時坂の友人たちと別れる。

 

「良い人たちだな」

「……まあな」

 

 これも人徳、というのだろうか。

 時坂の友人がいい人なのは、時坂本人がいい人だからだと思う。って、これは前にも思ったか。数度同じことを感じるということは、彼はきっと筋金入りのいい人なのだろう。

 

「さて、そろそろ行こうぜ岸波」

「ああ」

 

 

 

 

 ──>レンガ小路【ルクルト】。

 

 アンティークショップに着いた。その内部はアンティークというだけあって、伝統や気品を感じる品が多い。

 一歩踏み入れるだけで違う時代に来たような感じがする。そんな店の奥に居たのは、一人の女性。

 

「ようこそ、少年たち」

「ユキノさん、こいつがさっき話した──」

「岸波君ね、少しこちらへ来てもらえるかしら。少年はバイトの準備をしていて頂戴」

 

 黒髪の女性に手招きされ、店の奥に通される。

 

「ユキノよ、ここの店主をしているわ。……さて、それじゃあ色々聞かせてもらおうかしら」

 

 まるで面接のように、色々な質問をされていく。

 バイトをしたい理由。週にどれくらい働けるのか。可能な時間は。希望する待遇は。内容。好きな人のタイプや苦手なこと。時間にして30分程話しただろうか。

 

「成る程、流石に少年の紹介だけあるわね」

「えっと……?」

「今回はある程度体験ということで、色々な種類を紹介させてもらうわ。ただし、どこも数回は勤めてもらうことは覚えておいて」

「数回体験しないと、その職の利点が見つからないからですか?」

「それもあるし、雇う側には、雇う側の理由があるということよ」

 

 ……成る程。

 

「それじゃあバイト先が見付かり次第、預かった連絡先にメッセージを送るわ。これから先暫く、特にゴールデンウィークは空けておいて頂戴」

「分かりました」

「それじゃあ今日は帰ると良いわ」

「ありがとうございました。よろしくお願いします」

 

 礼を告げて、店から出ようとする。その時丁度出てきたエプロン姿の時坂に感謝を告げ──エプロンが似合うと褒めたら五月蝿えと返された──、帰路に着く。

 

 無事バイトの目処が立って良かった。

 時坂にはいつか恩を返さないと。

 

 彼の友人との出会い、バイトという繋がりを経て、新たな縁の息吹を感じる──

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“魔術師” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 ……帰ろうか。

 今日の夜も勉強しないとな。

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが上がった。
 魔術師のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 知識+3。


────




 おい、こいつ知識しか上がってねえぞ……!
 見えない所で伝達力は上がってそうだけど、パラメータには無いんですよねえ。
 現状の人格パラメータは、こちら。

────

 知識 そこそこ(レベル1)
 度胸 ふつう(レベル1)
 優しさかなり鈍い(レベル1)
 魅力 無個性(レベル1)
 根気 諦めが悪い(レベル1)

────

 ちなみに現レベルは13。
 所持ペルソナは
 タマモ(愚者)level 10。
 シルキー(女教皇)level 8。
 サキュバス(月)level 8。
 ゲンブ(節制)level 8
 ベリス(法王)level9
 の5体ですね。

 実際そんな出てこないし、ちょくちょく合成されるのですぐに変わりますが。まあ設定的にはこんな感じ。
 こんなもんかな。

 今回の選択肢については、原作のものと同じなので書きません。正解で知識+2。今日上がった残り+1は夜勉強。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月1日~2日──【杜宮高校】勉強に目覚め、る……?

 

 

 ──朝──

 

 

 雨が降る火曜日の通学路。

 見知らぬ男女の話し声が聴こえてくる。

 

「雨強いね……」

「大丈夫? 濡れてない?」

「うん、ありがと」

 

 仲良さそうだった。

 

「でも、やっぱり雨って嫌い。ゴールデンウィークまでに止むと良いけど」

「そうか、俺は好きだけどな、雨の日。静かで“勉強も捗る”し」

「勉強かあ……そういえば“中間考査”まで1月切ってるんだよねえ」

「ああ、“14日”からだな」

「うう、2週間しかない……」

「一緒に図書室で勉強するか?」

「……仕方ないかあ。良い機会だし、同じ成績になるくらいまで色々教えてあげる」

 

 どうやら男子の方が勉強家らしいが、女子の方が優秀らしい。

 

 

 ……学校へ行こう。

 

 

──放課後──

 

 

 月が変わってもやることは変わらない。定期試験まで約2週間。毎晩勉強しているとはいえ、まだまだ物足りない。

 

 ……用事もないことだし、勉強して帰ろうか。

 まだ2週間前だし、図書館も空いているだろう。

 

 ──>杜宮高校【図書室】。

 

 図書室を訪れのは2回目。案内してもらった時が初めてで、実に半月ぶりの訪問だ。

 室内に勉強机は複数あるが、それらすべては一階にある。つまり入った直後に利用状況を察せられるわけなのだが、そしてその殆どが埋まっているようだった。

 残り少ない空席の1つを急いで確保。勉強道具を出してから、周囲を見渡してみる。

 まだテスト2週間前だから、と油断したが結構混雑していた。少し認識が甘かったらしい。

 

 とは言え、勉強している人だけではない。普通に読書中の人もいる。姿勢を崩さず、黙々と集中して読み続けるのは、一人の女子生徒だ。

 見ただけで分かる。読書家なのだろう。普段から図書館を使っていそうだが、テスト前だけ混むことをどう感じているのか。勉強の雰囲気に屈しないで、やりたいことを貫いてもらいたいものだ。

 

 ……っと、他人の事ばかり考えてないで、勉強しなければ。

 

 

 

 

 雑音が少ない。

 紙を捲る音と、ペンが走る音。後は時たま訪れる静寂の中に、雨音が混じっているくらいか。

 

 良い感じで集中できる……!

 

 

 

 ──勉強がとても捗った。

 とても良い時間を過ごせたと自負している。テスト期間じゃくても積極的にここで勉強したいくらいだ。予定のない雨の日はここを利用していこう。

 

 

 ──夜──

 

 

 流石に勉強し疲れた。気分転換に何かしたいが、手頃な道具がない。

 ……せっかく図書室に居たんだし、本などを借りてくれば良かったか。

 バイト代が入ったら1冊くらい流行り本を持っておきたいかも。

 

 ベッドに横たわりながらそんなことを考えていると、来客を知らせるインターフォンが鳴った。こんな時間に誰だろうか、と扉まで歩く。

 

「はい」

『こんばんわ、北都です。今お時間よろしいですか?』

「……少し待っていてください」

 

 夕飯時は過ぎているが……いったい何の用だろうか。首を傾げつつも鍵を開けた。

 聞けば分かるだろう。

 

「こんばんわ、美月」

「こんばんわ。夜分に失礼します」

「……上がっていくか?」

「いいえ、すぐに済みますので」

 

 そうか……ならせめて手短に進むよう努力しよう。立たせたままというのは申し訳ない。

 しかしよくよく見れば、こんな時間だと言うのに彼女は制服姿だ。

 ひょっとして今帰りなのだろうか?

 

「……忙しそうだな」

「そうでもありませんよ」

 

 どうやらまだ頼ってもらえる程には信頼してもらえないらしい。

 当たり前か。自分はまだ何も成してない。

 ……せめて、“秀才級”と称される程の知識や、“起き上がり小法師”と噂される根気、“善人”と呼ばれる優しさを持ち合わせている必要がありそうだ。

 

「本日訪れたのは、生活に不自由していないかという確認と、目標の達成具合の確認の2件がありまして」

「不自由なんてない。とても良くしてもらっている。十分すぎるくらいだ」

「そうですか、それは良かった。以前話していたアルバイトはどうなりましたか?」

「なんとか目処が立ちそう。あの時は相談に乗ってもらって助かった」

「大した助言は出来ていませんが、そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

 ……しかし、目標って、どれだろうか。

 色々立てすぎて思い出せないが……美月が関係していたもの、というと。

 

「確か、同学年で他クラス。自分とは所属する部活の異なっている人たち5人と連絡先を交換することだったな」

「ええ。とはいえ岸波くんの部活動は新入生と同じ扱いになったので、未だ何処にも所属していません。ですので、今回は他クラスの生徒と交換できたか、という所でどうでしょう」

「ああ、少し待ってくれ」

 

 だとすると交換したのは……璃音と美月は駄目か。この2人が最初だったが、見事に条件から外れている。

 次に交換したのは、時坂と柊さん。この2人は大丈夫。

 ……あれ、これだけか?

 

 …………いや、待て。確か昨日、時坂の友人3人とも連絡先を交換したはず。

 そして彼らは全員、同じクラスではなかった。多分。何処のクラスかは分からないけれど。

 

「今数えてみたけど、丁度5人だな」

「そうですか、おめでとうございます。お祖父様にも連絡しておきますね」

「……丁度、5人」

「? どうされました?」

「いや、意外と少なかったなって」

「そうですか? 2週間なら十分だと思いますけれど」

 

 確かに5人と交換できたが、逆にその5人を除くと、交換しているのは目の前の美月と同級生の璃音のみ。なら、この結果は決して良くないと断言できる。

 本当なら同じクラスの方が仲良くなれるはずなのだが……自己紹介での掴みさえ失敗しなければ、もっとよくなっていたのだろうか。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

 無言の気まずさが場を支配する。

 あまり自分から口を開く気分でもなかった。

 

「さて、それでは今月の目標を決めましょう」

「自分たちで決めて良いのか?」

「ええ、岸波くんの意思が一番大事ですから」

 

 ……そうだな、そうしてもらえるとありがたい。

 

「例えば今回の内容を進歩させたものや、時期に沿ったものなどどうでしょう」

「時期……」

 

 もうすぐ中間考査だ。その順位などを目標とするというのも良い気がする。

 

「テストの順位について考えたいんだが、何か良い目標とかあるか?」

「そうですね……初めてということもあるので、自信があるなら上位3割、なければ半分くらいの順位を目指すのはどうでしょう」

「……半分で」

 

 杜宮高校第2学年の1クラスは大体30人。

 AからDまで4クラスなので、120人

 つまりは60位を目指せば良いのか……努力すればまだ、何とかなるかもしれない。

 

「目標、これだけで良いのか?」

「物足りなく感じますか? 確かに一押し欲しいですね。追加で、“他学年の生徒と合計5人分の連絡先を交換をすること”というのはどうでしょう」

 

 目標2つか。

 良いかもしれない。他人との交流を深める、ということは重要だろう。もうすぐ部活動も始まることだし。

 

「それで行こう」

「分かりました。それではそのように。定期試験、頑張ってくださいね」

 

 話し合いを終え、立ち去っていく美月の背中を見送る。

 今月も頑張らなければ。

 

 

 

────

 

──5月2日(水) 放課後──

 

────>杜宮高校【図書室】。

 

「ありがとうございました」

 

 図書室で本を借りる。

 今日も勉強しようと思って訪れたが、机が埋まっていたので断念。気分転換用の本だけ借りて図書室を去った。

 さて、今日はこれからどうしようか。どこかで勉強するのも良さそうだが。

 ……ファミレスなどで勉強するには、注文せずに居座るための度胸が少し足りない。

 教室で自習しようにも、まだクラスメイトが残っている。

 ……仕方ないが、帰るとしよう。

 

 ──夜──

 

 今晩も勉強だ。

 自分がどれほど出来ているのかは分からないが、少なくとも授業には追い付けた。

 あとはしっかり復習することと、問題集を解くことくらいだろう。

 そういえば、試験にはどういった問題が出てくるのだろうか。

 ……同じクラスの璃音に聞いてみよう。

 

『テストの出題? うーん、そもそも授業に出てることが少ないから何とも言えないけど、教科によっては自分で応用問題作る先生たちとかいるみたい』

『それって対応できないんじゃ……』

『そうだよね……他にも色々話を聞いてみた方が良さそう。そうだ、時坂クンと柊さんを誘って勉強会とかしない? 特に彼なんかそこら辺詳しそうだし』

『なるほど……じゃあ日程調整して誘ってみるか』

 

 時坂に連絡してみる。

 来週以降なら取り敢えず空いているらしい。ただ、早めに決めないとバイトが入るらしいので、候補日が決まり次第連絡して欲しいとのことだった。

 次に柊さんに確認。

 最初はとても渋られたが、なんとか了承を得られた。ゴールデンウィークは何処かに遠出するらしいから無理、それ以降なら大丈夫とのこと。

 2人の都合と璃音の予定を含めて、【来週の水曜日】に勉強会を開くことにした。

 

 ……一緒に机を囲んだ時に恥ずかしくないよう、しっかり勉強しよう。

 

 






 知識 +5。
 >知識が“そこそこ”から“物知り”にランクアップした。


────


 ミツキの“対等な”友人のハードル、知識・根気・優しさが一般的に見ても優れていて、かつ将来性がないといけないみたいです。
 一応弁解させて頂きますと、現状でも主人公──ミツキ間は友人関係が築かれています。それでも、良識の範囲で包み隠しをしない間柄になるには、足りないものがあるということです。
 これを満たしていないと、卒業後は連絡を取り合わない程度の友人になることでしょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月3~6日──時坂 洸(魔術師)(Ⅱ)──良い連休?

 初、リアル日にちに追い付かれた記念。当日投稿です。

 4日分纏めちゃいました。


 

 

 早朝に呼び出しを受けた自分は、レンガ小路にあるアンティーク【ルクルト】を──ユキノさんを訪ねていた。

 まだ開店準備中なのか、掃除道具が置かれている。置かれているだけ、な気もするが。手を付けている様子もないし。自分の対応を先にしてしまいたかったのか、或いは……?

 

「やってきたわね、青年」

「はい。って、青年って自分ですか?」

「そうよ、少年だとこの後来るバイトと被るから」

 

 バイト……ああ、時坂のことだろうか。4月末に案内してもらった時にも、確かに彼は少年呼ばわりされていた気がする。

 だから掃除道具を出したままにしているのだろうか。時坂の仕事用、みたいな感じで雑用を残していると見れば……それはそれでどうなのだろう。

 

「ゴールデンウィークの予定は開けておいてくれたかしら。何処か都合が悪くても今のうちならまだ変更が効くわよ。少年に代わってもらうから」

「そ、それは……大丈夫です」

 

 時坂の扱いが少し酷い気がする。彼にも用事があるだろうし……もしかして、連休を潰す程の金銭的不安でもあるのだろうか。夏休みに遠出するとか、大型の何かが欲しいとか、色々なことが推測できるが……まあ、もう少し仲良くなってから聞いてみるとしよう。

 

「なら良し。青年の目標にも沿えるアルバイト先をまとめておいたわ。取り敢えずこの4日間はそれらを回ってもらうつもりだから、一通り目を通しておきなさい」

 

 茶封筒が手渡される。開封すると、2枚の紙が入っていた。内容について簡潔に纏めたものと、この4日間の大まかなスケジュールのようだ。場所、仕事内容、時給、待遇の欄を順に読み進めていく。

 

 書かれている内容を要約すると、

 ・旅館【神山温泉】での雑用。

 ・ゲームセンター【オアシス】の店員。

 ・【杜宮総合病院】の夜間清掃。

 ・本屋【オリオン書房】の販売員。

 ・【アクロスタワー】のイベントスタッフ。 

 の5種類。それぞれゴールデンウィークの繁盛や、店員の休暇申請を考慮した結果生じる人員不足を補いたいらしい。

 しかし、4日で5種類とは……少し忙しそうだな。

 

「あ、イベントスタッフだけは少年と一緒に向かってもらうわ」

「ああ、この日曜日のですね。結構長時間みたいですけど」

「まあ朝から夕方までといった依頼ね。それがゴールデンウィーク締めの仕事。それまではできる限り、書いてあるスケジュール通りに行動して頂戴」

 

 与えられた日程表上には、バイトと休息(移動)時間の二種類しかないが。おそらく短期間に詰め込んでくれたのだろう。仕方のないことだ。

 今日は取り敢えず……午後から旅館へ行って仕事の手伝い。それから夜に病院で清掃か。

 

「給料はそれぞれの仕事先での勤務最終日に貰うことになっているわ。なにか質問は?」

「……いいえ、大丈夫です」

「結構。なら、早速向かってもらおうかしら。一応何かトラブルとかあったら報告して頂戴」

「分かりました」

 

 感謝を告げて、【ルクルト】を出る。

 旅館にはバスで行かないといけないらしく、まずは駅前広場に向かう必要があった。

 

「お、岸波じゃねえか」

「時坂」

 

 自分と入れ替わりになるように、時坂が姿を表す。バイトに来たらしい。

 

「岸波は今日から仕事なんだったか」

「ああ、これから神山温泉に行く予定だ」

「へえ……まあなんだ、楽しんでこいよ」

「時坂も、良い連休を」

 

 店内に消えていく彼を見送る。一番最初の仕事は掃除だろう。自分も頑張らなければ……!

 

 

──>旅館【神山温泉】。

 

 山の中、バスに揺られること数十分。都会特有の喧騒や高層ビル軍が視界に映らなくなって、代わりに視界では緑色の占有率が上がっていた。

 静かだ。乗客は多く、あちこちから話し声が聞こえているものの、バスの外部からはほとんど雑音が届かない。

 やがて、バスが減速し始めた。目先にあるバス停の横には、長く続く塀がある。

 どうやらここが目的地らしい。

 

 

 バスを降りる。

 建物の前に立ってみると、かなりの大きさだということがすぐ分かった。

 先に建物へ入っていく人たちは旅行客だろうか。

 ……自分も早速中へ入ろう。

 

 

 ──>神山温泉【ロビー】。

 

「ああ、岸波さんね。神山温泉の女将、シノと申します。本日はお手伝い頂けるとのことで、誠に感謝しています。さっそく手伝って欲しいのですが、準備は宜しいですか?」

 

 着物を来た女性──シノさんが尋ねてくる。

 見た目は50歳近いが、とても仕事ができそうな人だ。何というべきか……そう、風格がある人。

 来て早速だが、仕事があるらしい。本当に人手不足なようだ。

 

「はい、大丈夫です」

「それではまず、仕事着に着替えて頂きます。着いてきてください」

「はい、よろしくお願いします」

 

 女性は満足そうに頷くと、更衣室まで案内してくれた。

 仕事着は色々な大きさのものが予備として残されており、その1つを使わせてもらえるらしい。

 

 アルバイトに臨むということで、到着までの道中でココについて少し調べた。

 古くからある多摩の名湯、【神山温泉】。県境に位置し、美人の湯として有名、日帰りでの利用も可能な天然温泉旅館らしい。それとは別に稲荷神社への参拝道へ直接出れるらしく、参拝帰りに一汗流すという客もいるようだ。

 

 着替え後最初に行われたのは、挨拶や笑顔の確認。直接お客と顔を会わせるのは女将さん達だが、バイトとして動く以上、すれ違う人や迷惑を掛ける人がいるだろうから、その対応の為だ。

 どうやら直接人と話したりする仕事ではないようだが、果たしてどういったことをするのだろうか。

 

「まずは客室の準備です。宿泊客の皆様をお待たせする訳にはいきませんので、心地よく使用していただけるよう前もって準備しておかねばなりません。一通りの動作は一緒にやって覚えてもらいます」

「はい」

 

 そこから部屋を掃除したり、お着き菓子などの準備をしたりしていく。その合間合間に他の仕事のことや、心構え、神山温泉についてなど色々な情報を叩き込まれた。

 女将さんの動作には、1つ1つ丁寧さと優雅さが含まれている。自分も積極的に見習っていかなければ。

 

 そうして一通りの仕事を教えられつつ、各持ち場の従業員と挨拶も終え、そこからは極力一人で仕事をしていった。当然だ、人が足りないといって呼ばれたのだから。いつまでも女将さんを拘束しているわけにもいかない。

 

 気が付けばすごい勢いで時間が過ぎていって、あっという間に終業の時間となった。

 

「お疲れさま。どうでした、当旅館の仕事は」

「覚えることが多くて大変でしたけど、色々な所に気配りがあって勉強になりました」

「そうですか、それは何よりです。次回は土曜日ですね、またよろしくお願いします」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 本当に初バイトとしては大変だったが、やりがいのある仕事だったと思う。

 ここで働いていれば、“優しさ”が磨けそうだ。

 ……さて、まだまだバイトは続く。バスに乗って休みながら戻ろう。

 

 

──夕方──

 

 ──>ゲームセンター【オアシス】。

 

 蓮菜町にあるゲームセンターが、次のバイト先だ。ここでは主に巡回とトラブル解消、あとは景品交換などが仕事になるらしい。

 蓮菜町は少し治安がよくないことで有名だ。どちらかと言えば不良の溜まり場だったり、夜の町として輝いている印象がある。

 そんな町中のゲームセンター、怖くないといえば嘘になるが……とにかくやってみなくては。

 

 

 3時間程働いてみた感想としては、思ったより普通だった。というくらいのものだ。

 客層は若者が多かったが、どれも揉め事を起こすような人ではなかった。実際あったトラブルなんて、UFOキャッチャーで品物が取れず喚いていた大人の対処くらいしかなかったし。

 とはいえ怖いものは怖い。たまに対戦ゲームコーナーでは殺気立っている人も居たり、メダルゲームのコーナーでは柄の悪そうな人たちが競馬のゲームに挑んでいた。

 

 ここで働いていれば、“度胸”が身に付きそうな気がする。

 とはいえ今日の仕事は終了。次は夜、病院の仕事か。

 

 

──夜──

 

 ──>病院【杜宮総合病院】。

 

 夕飯を済ませた後、夜の8時から本日最後のバイトが始まった。

 【杜宮総合病院】。杜宮の中では最大級の病院であり、入院・リハビリ設備も完備している所だ。自分も先月、璃音の時の一件でお世話になっている。北都グループがある程度貢献しているとのことで異界関連の治療も押し通すことができるそうだが、果たして。

 まあ、裏の事情は置いておこう。

 ……そういえば、郁島さんはここに入院しているんだったか。思いの外衰弱の激しかった彼女は、5月2日──つまりは明日までここに入院が決まっていた。時坂や空手部の寺田部長、相沢さんはよくお見舞いに来ているらしい。時坂曰く、問題等は特になさそうとのこと。

 様子を見に行きたいが、郁島さんには異界に関する事柄について記憶消去が為されている。その為、自分とは面識がない状態なのだ。まあ記憶があった所でほぼ初対面に等しい訳だが。

 ……まあ、関わらない方が良いか。消したはずの記憶に何かあったら柊さんに申し訳ないし。

 

 そういう訳で、バイトに専念することにした。

 仕事内容は、空き病室や廊下の清掃。精密機器や個人情報に触れない程度の空間を綺麗にすることだ。

 特に9時以降は面談時間外なので、人通りが少ない。まだ電気の灯りがあって明るいものの、とても閑散としている。だからこそ、集中して掃除に取り組めた。

 清掃のバイトを通じてしつこい汚れと対峙し続けることで、“根気”が磨けそうな気がする。

 

 ──バイトが終わった。

 夜の10時。もう遅い時間だ。

 早く帰って明日に備えよう。

 

 

──5月4日(金)──

 

 ──>駅前広場【オリオン書房】。

 

 ゴールデンウィーク2日目の正午、自分は駅前広場を訪れた。勿論、バイトの為である。

 

「ああ、君が岸波君だね、待っていたよ」

 

 目的地へ入り、身近な店員さんに声を掛けると大柄な男性が柔和な笑顔でそう言った。

 【オリオン書房】。駅前にあることで、かなり利用客の多そうな本屋だ。確か杜宮に来た初日に訪れている。あの時は居心地が悪くて立ち去ったが、この店自体が苦手ということでは決してない。

 ならどういう感情だったのか、と聞かれれば、応えられないのだが。

 

「岸波 白野です、よろしくお願いします」

「ははっ、楽にしてくれ。ウチはそんなに厳しい所じゃないからね。聞けば、キミも娘やコウちゃんの同級生らしいじゃないか」

「娘さん、ですか……?」

 

 知り合いの誰かの親なのだろうか。

 それに『コウちゃん』という呼び方は、何処かで……ああ、時坂のことだ! 本人が忘れてほしそうだったから、すっかり忘れていた。

 ということは、その呼び方をしていた子が、この人の娘さんってことか。

 

「もしかして、倉敷さんの?」

「ああ、シオリの父親さ。娘共々、よろしく頼むよ」

「いいえ、こちらこそ」

 

 世間って狭いなぁ。

 

 

 仕事内容は、主に本棚の整理。

 在庫の陳列や位置の確認をしたり、他の人が手を離せない時にレジを変わったりといった感じだ。

 これから泊まりがけで長旅する人たちや、家で休暇を過ごす人たちが多く買っていくらしい。土曜日までの3日間が勝負だとか。確かに大きな鞄を置いて本を物色している人も何人かいた。

 本当に凄い人だかりだ。

 ちなみに昨日と明日は時坂が手伝うとののも。彼はよく手伝いに来ていて、今日はたまたま別の仕事を頼まれているから自分に話が回ってきたらしい。

 

 本を整理しつつ、並べていく。判断力などが大きく求められていた。続けていけば処理能力とかが上がり、“知識”が向上しそうである。それも微々たるものだろうが。

 

 

 

「いやぁ、今日は助かったよ、はいこれ、バイト代ね」

「ありがとうございます」

 

 4時間働いて、“3560”円を得た。

 

 せっかくだし何か本を買っていきたい所だが、今から選ぶには少し時間が足りない。次の仕事が待っている。

 

「また今度、本を買いに来ますね」

「ああ、またのご来店を心待ちにしているよ」

 

 

 

──夜──

 

 ──>【マイルーム】。

 

「つ、疲れた……」

 

 今日の仕事も一段落。ゲームセンターでの仕事に、病院の清掃を終え、たった今帰宅した。

 ……時坂はいつもこんな生活をしているのか、凄いな。

 まあ、何はともあれあと2日。瞬く間に終わってしまいそうだが、1つ1つ考えながら、色々なことを吸収して進めていこう。

 

 ──ゲームセンター【オアシス】でのバイト代“5400”円を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──5月5日(土)──

 

 

 ──>旅館【神山温泉】。

 

 

 

「お疲れ」

「あ、お疲れさまです」

 

 旅館バイトの先輩が、休憩時間に飲み物を持ってやって来た。

 

「今日でバイト終わりって聞いたけど」

「はい。何というか、体験のようなものなので」

「そうか、少し残念だな……アルバイトを本格的にやってみる気はないのか?」

「続けたくはありますけど、もう少し色々なことをやってから決めたいので。申し訳ないですけど」

「……いいや。まあ俺も昔はバイト掛け持ちとかしてたし、余裕が出来たら検討してくれ。女将さんも、仕事が正確だって褒めていたから」

 

 誉めてもらっていたのか。それは、嬉しいな。

 まだ2日だが、女将さんの人は結構分かってきている。

 仕事に誇りがあって、真面目。確固とした仕事観というか、自分の中の理論を大事にしている感じの人だ。 

 だから、よほど頑張らなければ認めてもらえないと思ったが……そうか、聞けてよかった。

 

「先輩、ありがとうございます」

「いいや、厳しいだけの仕事じゃないと分かってもらいたかっただけだ」

「ははっ、実際はやりがいがあって、楽しい仕事でした」

「それは何よりだな」

「先輩はこのバイト長いんですか?」

「いや、岸波の1週間くらい前に入った」

「ほぼ同期かよ!」

 

 それにしては、仕事が様になっているというか、動作1つ1つに差を感じたが。

 コツとかあるのだろうか。

 

「色々な経験が生きているだけさ。大きな店と小さな店で働いた時に見えたそれぞれ長所短所。大人を相手にする仕事と子どもを相手にする仕事。個人を相手にする仕事と集団を相手にする仕事。大勢でやる仕事と個人でやる仕事。色々な良し悪しがあって、参考に出来るところも多い。数学の勉強をしてたら国語と理科の成績が上がるようなものだ」

「ようなものって言われても」

 

 自分にはそういった経験はない。しかしなんだっけか、学習の転移とかはそういう理論だった気もする。

 ともかく、先輩は自分にはない多くの経験をしているらしい。そこで細かい所に差が出る、と。

 

「先輩っていうか、大先輩って感じですね。おいくつなんですか?」

「今年で18」

「一個上かよ!」

 

 なんか、こう、訳がわからなかった。バイト中はとても真面目な人なんだがな。

 

「岸波、突っ込みが早くなったな」

「一昨日も今日も、何回かやってますからね、こういうやり取り……」

 

 初めてならこんな返しはできない。

 けれどこの人は何というか、人との距離感を詰めるのが上手なのだろう。気付けば自然とタメ口で突っ込むようになっていた。

 

 

「まあ、そんな2日もこれで終わるわけだ。楽しかったと思えたなら、また来てくれ」

「……はい」

「それじゃあお先に──休憩上がります」

 

 さて、自分も行かなければ。

 気を引き締め直すとしよう。

 

 

 

 ──2日分の給料に少し上乗せしてもらい、“10000”円を手に入れた。

 

 

 ──夜──

 

 今日の仕事も終わった。旅館、ゲームセンター、病院、本屋。4ヶ所でのバイトが全て終了。明日は、アクロスタワーでイベントの手伝いだ。

 ……得るものの多い3日間だった。“人格的に向上できた”気がする。

 さあ、明日も朝早い。早々に寝て準備しよう。

 

 

 ──病院清掃のバイト代“4400”円を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

──5月6日(日)──

 

 ──>アクロスタワー【展望台】。

 

 

「これは、凄いな」

「ああ、岸波もそう思うか。オレも正直ここまでとは思わなかった」

「ね、凄いでしょ! この人混──」

「「この望遠鏡」」

「なんで! 見通し良いところまで来て! 遠く見ないで! 遠くを見るための道具を見てんのっ!?」

「「だって凄いだろ」」

「ほんと男の子って……!」

「これ上向かないかな、月とか見たいんだけど」

「流石に無理じゃねえか? ……あ、そういやトワ姉が天体観測用の持ってたっけな。今度頼んでみるか?」

「是非頼む」

「ちょっとー? お2人さーん?」

「「ん?」」

 

 

 振り返る。璃音が居た。それだけだ。

 

「いやいや、自然と流そうとしないでよ!」

「……はぁ、何だ、玖我山。オレ達忙しいんだが」

「何処が!?」

「「バイトが」」

「休憩中って言ってたじゃん!」

「知ってるか、璃音。休憩ってのは、休むためにあるんだ。自分はこの3日で知った」

「いや、当たり前でしょ……」

「おい岸波、目が死んでるぞ」

「気のせいだ。そういう時坂こそ、目に生気がないんじゃないか?」

「そうか? まあ良くあるよな」

「ないわよ!!」

「「ある!」」

「……なんなのよ、もう! はぁ、調子狂う」

「大丈夫か、本番前だろ?」

「 だ れ の せ い だ と ? 」

「……?」

「首傾げられた……ッ!」

 

 

 ゴールデンウィーク最終日。朝から夕方開始のイベントの為、アクロスタワーへと出向いていた。拘束時間が長いことは分かっていたが、これまで3、4時間で終わっていたバイトがその2倍近い時間やるとなると、既に疲労がでてくる。

 唯一の救いは、時坂という話し相手がいることくらいか。

 そんなこんなで漸く駆け付けた休憩時間。たったの30分なので貴重にしたいところなのだが、何故か自分たちは展望台へと召喚された。

 呼び出したのは、久我山璃音。自分と時坂が働いてるのを目敏く見付けた彼女は、休憩に入った自分らを連れ出し、ここに引っ張ってきたのである。

 

「てか久我山、お前休業中じゃねえのか」

「あ、うん。歌手活動はね。今日はお忍びで皆の応援」

「……良ければこっち手伝うか?」

「止めとく。てか、絶対ヤだからね!」

 

 ここまで強く断られるとは思わなかった。

 しかし、そうだ、休業中なんだよな。いつか、ステージに立ってる姿を生で見たいものだが。

 

「で、オレたちをここに呼び出した理由は?」

「え、特にないケド? 強いていうなら時間が余ったから話したかったのと、SPiKAの人気を目に見える形で教えてあげよって」

 

 

 人気。外の人混みのことか。

 イベントの為に集まった大人数の姿が、ここから見下ろせる。確かに、こうして見ると凄い人気だ。

 わかったわかった。

 帰って休憩の続きを取って良いだろうか。

 

「また目が死んでる……なんか買ってこようか?」

「いいや、大丈夫だ」

「それよりオレ、あそこのソファに座ってるわ」

「じゃあ自分も」

「……な、なんか、ゴメン」

「気にするな」

 

 

 しかし改めて見ると、時坂がこうして疲れているのは意外だった。てっきり慣れてるから疲れも感じづらいのだと思っていたが。

 

「時坂はこの連休どれくらい働いてたんだ?」

「……あー、分からん。日程表出すわ」

「……──ひっ」

 

 凄い密度だった。

 移動時間とか自分のは少しでも余裕があったんだな。びっしり過ぎる気がする……というか、夜、この時間帯ってアルバイト良いのか?

 ……まあ、そういう日もあるか。

 

「あ、アハハ……身体壊さないようにね」

「……身体が壊れなくても心の方が──いや、なんでもねえ」

「不吉すぎじゃない!?」

 

 久我山が、飲み物買ってきてあげる。と席を立った。

 時坂と二人、ソファで休憩を取る。

 

「時坂は、なんでそんなにバイトをしてるんだ?」

「ん? さあ、なんでだろうな……金に困ってるとかじゃねえんだが……」

 

 答えに窮しているみたいだ。

 自分でもよく分かっていないらしい。

 しかし、目的も分からないままでこんなに身を粉にできるだろうものなのだろうか。

 

 少し、時坂のことが分かった気がする。

 

 

 

「お待たせ! これ飲んでまた頑張って!」

 

 璃音が飲み物を差し出してくる。

 “マッスルドリンコ”を手に入れた。

 

「あ、岸波、休憩終わるぞ」

「本当だ。璃音、飲み物ありがとう」

「ううん、その、ゴメンね!」

 

 

 ──さて、もう一仕事だ。最後まで突っ走ってしまおう。

 

 

──夜──

 

 

「……………………眠」

 

 

 あ、ベット……ベッドが、目の前、に──

 

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のランクが2に上がった。


────


 知識 +2。
 度胸 +4。
 優しさ +4。
 魅力 +4。
 根気 +4。


────


 ちなみに最終日のバイト代は10500円でしたとさ。
 
 皆様も働きすぎにはご注意下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月7日──【杜宮高校】部活、開始……?

 

 

 

──授業中──

 

 

 

「そういえば今日から部活に後輩ができるな。先輩として、後輩に指摘されるような間違いは極力避けたいだろう? 普段から使ってる言葉でも、間違って覚えていることとかあるからな!」

 

 国語の授業中。

 教壇に立つタナベ先生が今日も熱い授業を展開している。

 

 しかし、今日から部活開始か。すっかり忘れていた。

 今日は帰らずに活動場所に寄らなければ。……何処か調べてからだが。

 

 しかし、間違って覚えている言葉、か。自分はどうだろう。

 

「そうだな……岸波!」

 

 ──!!

 心臓が高鳴る。

 大丈夫だろうか、自信はないが……取り合えず、答えるしかない。

 

「『平謝り』の正しい意味が何だか知っているか?」

 

 ……平謝り?

 聞いたことのある単語ではあるが……誤用が広まっているのか?

 ……どのように謝ることを、平謝りと呼ぶのだろう。

 

──Select──

  普通に。

 >感情を込めずに。

  ひたすらに。

──────

 

 

 平謝りに謝るとか聞いたことがある。

 平って言うと思い浮かぶのは、平淡、平然という熟語。こうして並べると、総じてあっさりとしている印象だ。

 故に平謝りは“感情を込めずに謝ること”だろう。

 

「残ね~んっ! 不正解だ岸波! 正解は“ひたすらに謝ること”だな!」

 

 ……間違えてしまったみたいだ。

 

「あ、間違えた」

「こんな簡単なの間違えるなんてね……」

 

 周囲から囁くような声が聴こえる。

 ……地味にショックがデカい。

 

「確かに平って漢字には、穏やか、静か、普通といった意味が含まれている。けど、だからといって平謝りという熟語がそうであるということはない。さっきも言ったが、ひたすらに……そう、ひたすらに! 謝るというのがこの熟語の意味だ! 後輩の謝罪に心が隠ってないと思っても、『平謝りしてんじゃねえ!』って叱るのはいかんぞ!」

 

 熱弁している。

 勉強になったな。授業とはそんなに関係ない事柄ではあったが。

 タナベ先生は熱い授業をする先生で、普段から生徒のことをよく見ている人だと思う。ただ、気に掛けすぎて変な方向へと努力してしまったりしているみたいだ。

 この授業だって、自分たちが恥を掻かない為に時間をとって教えてくれている。

 とはいえ一応試験前で……試験範囲とか、大丈夫だよな? もしかしたらこれらも問題として出されるのだろうか?

 

 ……ま、まあ、そういう日もあるだろう。

 

 

 

 

──放課後──

 

 すべての授業が終わった。

 今日から部活動が解禁される。

 ……そもそも自分は何部を選んだのだったか。

 

──Select──

 >水泳部。

  陸上部。

──────

 

 思い出した、確か水泳部にしたのだ。

 早速職員室へ行って、練習場所を確認しよう。

 

 

 ──>杜宮高校【職員室】

 

 

「ああ、岸波ね。よろしく」

「よろしくお願いします」

「早速だけど、これ。水着の購入表。明後日までに出してくれると助かる。後、これプリント、目を通しておいてくれ。この後は更衣室前に集合な」

「分かりました」

 

 活動日や理念、目標、月間スケジュールなどが書かれた紙と、諸道具の購入用紙を受け取って、職員室を後にする。どうやら先生はまだ来られないらしい。

 活動日は月・水・木らしい。当然、大会期間外に限るそうだが。

 ……更衣室へ行こう。確かクラブハウスだったな。

 

 

 ──>杜宮高校【クラブハウス】。

 

 

「あ、キミも新入部員かな? 部長。これで9人全員です」

「よし、まずは水泳部への入部を決めてくれてありがとう。正直、部活動紹介もろくに出来ず不安視していたんだが、その……なんだ、心より歓迎している」

 

 

 その後も水泳部部長の話が続いた。

 幾つかの事項を話した後、活動についての話になる。

 

「水着が届き次第各自現状をテストを実施。結果を見て先輩と相談しながら各々月毎の目標を立ててもらうことになっている。届くまでは校舎の回りをランニングとか、各部の筋トレとかだな」

「取り敢えず今日は……ランニングですか?」

 

 隣にいる部員が質問する。

 部長は自分たちを見渡して、爽快な笑みを浮かべた。

 

「ああ、全員外履きを履いてから校門へ集合。取り敢えず下校時間前まで走るぞ」

「「「「はい!」」」」

 

 この後、本当に下校のチャイムが鳴るまで、走っては休み走っては休みを繰り返した──

 

 

──夜──

 

 ……今日も予想以上に疲れてしまった。

 貰った書類に目を通すだけにして、早く寝るとしよう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月8日――時坂 洸(魔術師)(Ⅲ)──関わるきっかけを

 

 

――放課後――

 

「お、岸波じゃねえか。……なんか久しぶりな気がするな」

 

 2年生全教室がある2階の階段前。壁に寄りかかるようにして時坂がサイフォンを操作していた。

 久し振りと言いたくなる気持ちも分かる。最後に会ったのはゴールデンウィーク最終日。働きすぎて記憶すら残らず、唯一疲労が残った日のことだから。あの忙しさが遠い日のことのようである。実際は1日間を挟んだだけなのに。

 

「確かに。そっちは元気そうだな」

「ああ、そこはまあ慣れってやつだろ。逆に1日何もしなかったせいで落ち着かねえくらいだ」

「ユキノさんに伝えておくか?」

「マジでやめてくれ」

 

 バイトのプロはこんなにも頼もしさが凄い。どれほど働けば、ここまでの気概が身に着くのだろう。

 そしてそんな彼にここまで嫌そうな顔をさせるユキノさんは、もっと凄いな。何だろう、斡旋の魔王とでも呼んだ方が良いだろうか。

 ……何故か分からないが、とてつもない寒気がした。

 

「そう言う岸波も、結構疲れが抜けてそうじゃねえか」

「まあ」

 

 なんて返したが、嘘だ。

 昨日の時点でもかなりの疲労が残っていた上、参加した部活ではとことん走った。疲れていない方がおかしいだろう。

 なら何故素直に疲れていることを言わなかったのかと言えば、やせ我慢……という訳ではないにしろ、それでも自分1人疲れたように振る舞うのは申し訳ない気がした。とでも表現すべきだろうか。

 

「……そうだ岸波、今少し時間あるか?」

「? ああ、特にやることもない」

「なら、少し付き合ってくれないか」

「良いけど、何をするんだ?」

「聞き込み調査……みたいな?」

「何故疑問形……」

 

 

――――>杜宮高校第2校舎【図書室】。

 

 遭遇時に時坂がサイフォンを弄っていたのは、コミュニティアプリケーション“NiAR”内のシステム、掲示板を見ていたかららしい。

 そこには『気付いた人お願いします』や『時間の空いてる方募集』のような、特定多数の人間に対して送られる依頼が度々書き込まれる。その中から自分にできそうなものはないかと探していたのだ、とか。何てお人好しなのだろう。

 自分を誘った理由が曖昧だったのは、詳細を依頼者から聞いていないから。それをこれから聞きに行くのだと、彼は道中で説明してくれた。

 依頼人は図書室の司書教諭――コマチさん。依頼内容は、延滞図書の回収だと言う。

 

「あ、時坂くん、もしかして“NiAR”を見て?」

「はいっす。詳しい話を――」

 

 慣れた様子で内容を聞き出し、サイフォンにメモしていく時坂。この手伝いとやらも頻繁にやっているのだろうか。

 一通り聞き終え、廊下に出る。

 延滞図書、つまり返却期限を過ぎてもまだ返されない本4冊を、直接回収してきて欲しいという依頼だった。

 

「えっと借りているのは……3年の“エリカ先輩”と“コウサク先輩”、2年の“サブロー”、あとは“タナベ先生”か。先輩の所へはオレが行くから、岸波にはまず、サブローの所を任せていいか?」

「ああ。……所で、サブローって誰だ?」

「……いや、同じクラスじゃねえか。アイツ、D組だぞ」

「…………」

 

 まさかまだクラス全員の名前を憶えていないことが仇となるとは。

 とはいえ同じクラスなら難易度も低い。その人物の見た目と現在地を知っていそうな人に聞いて回れば良いのだから。

 

 

――――

 

――>駅前広場【オリオン書房前】。

 

 

 居た。

 黒髪に赤いバンダナ。瓶底のような眼鏡を掛けた男子生徒。まさしく聞き込みで得た風貌と一致する。

 さっそく話しかけてみよう。

 

「あの――」

「五月蠅い、少し待て」

 

 言われた通りに少し待つことに。

 彼はじっと何かを待っている。その手には高そうなカメラが収まっていた。

 ……写真撮影だろうか。その目線の先には、線路がある。

 

 独特な走行音が響いてきた。

 その音を耳にした瞬間から、彼はカメラをしっかりと構えて動かない。如何なる機会も逃さぬよう集中しているのが見て取れる。こちらにまで緊張が伝わってきた。

 やがて、その時が訪れる。

 静かに彼は、シャッターを切った。

 

「ふむ……」

 

 撮影した写真を見て、満足そうに頷く男子生徒。

 そろそろ良いだろうか。

 

「あの」

「ん? ザビじゃないか。居たのか」

 

 ……ザビと呼ばれたことは流しておこう。いまはツッコミを入れるべきタイミングではない。

 

「して、何用だ? 確か話したことなどなかったと思うが」

「ああ、図書館で本を借りてないか? 代わり――」

「なんと、お前もあの傑作に興味があるのか!」

 

 傑作?

 彼が借りた本のことだろうか。しかし、自分はそもそも内容どころか、本のタイトルすら知らない。

 

「すまない、そういうのじゃないんだ」

「む?」

 

 司書教諭――コマチさんからの依頼と、それを受けてサブローを探していた旨を伝える。

 

「そうか、早とちりしてしまったようだな。これがその本だ」

 

 鞄にしまったままだったらしいそれを受け取る。

 表紙には“季刊・ミリタリーマニア”という題と、何やら機械の巨体が乗っている。

 

「これは……?」

「所謂、|軍事≪ミリタリー≫情報誌でな。数ある情報誌の中でもそのシリーズは至高である上に、その巻は神号とも呼べる代物となっている!」

「へえ……」

 

 そこまでベタ褒めされると、興味が沸いて来る。

 ペラペラと中を覗いていくと、確かに素人目にも凄い重火器や機械が載っていた。

 中でも目を惹いたのは、表紙の写真と似た型の、大型機械だ。

 

「これは、凄いな。よく分からないけど、カッコイイ」

「ほう……なかなか見る目があるようだな。それは“機動殻(ヴァリアント・ギア)”と言って、日本の技術の粋を集めた軍用機械の一種。謂わば男のロマンの結晶と言って然るべき存在なのだ!」

「“機動殻”か……」

 

 見た感じ人型に近いが、もしかしたら乗ったりも出来るのだろうか。

 良いな、こういうの。作ってみたい。

 

「フフ、また一人虜にしてしまったようだな」

「ああ……他にもお勧めなんかあったら教えてもらっても良いか?」

「勿論だ。同士が増えることに忌避感などない。――っと、悪いがそろそろ次のモノレールが来てしまう。本の返却は任せたぞ」

「分かった」

 

 変わった人だが、悪い人ではなさそうだ。

 回収した本を持って、駅前広場を後にする。

 

「フフッ、良い……良いぞ、この洗練されたフォルム! ああ――」

 

 歓喜に溢れた叫び声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 帰り道、時坂にサブローから本を預かったことを連絡する。

 

『そっか、サンキュ。今どこに居る?』

「駅前だな。学校に向けて歩き出したところだ」

『ならついでに、タナベ先生の回収も任せていいか? 職員室で聞いたんだが、商店街の蕎麦屋に向かったみたいでな』

「分かった」

『頼むぜ。オレはこのままコウサク先輩の所に行くからよ』

 

 通話を切る。次の目的地は、商店街だ。

 

 

――――

 

――>杜宮商店街・蕎麦処【玄】。

 

「タナベ先生、お食事中失礼します」

「んん? おお、岸波じゃないか! どうした、キミも蕎麦を食べに来たのかね。なら一緒にどうだ!」

 

 現国教師のタナベ先生は情報通り蕎麦屋に居て、その美味しそうな蕎麦に舌鼓を打っているところだった。

 流れるように相席を促されたが、残念ながら目的は食事ではない。

 

「実は、図書室からの依頼で先生の借りた本を返してもらいに来たんです」

「なに……しまった!! 手間をとらせたな、すまない! せめてもの詫びに、ここの食事は私が出そう!!」

「い、いえ。結構です」

「遠慮することはない! さあ、好きなものを選ぶといい。ちなみに先生のお勧めは――」

 

 その後も色々と薦めてくる先生を躱しながら、本を返してもらった。

 彼が借りた本は……“3年F組・金鯱先生”?

 

「ああ、その本か。良い本だぞ、お勧めだ! 以前流行った“弱虫先生”はあまり合わなかったが、これはとても感動したぞ! 勿論“弱虫先生”も面白い。どちらも一読を薦める!」

 

 ……押し付けられてしまった。

 どちらにせよ1度返さないといけない訳だが。

 まあ、いい。早速返却に行ってしまおう。

 

「ん、何だ、もう帰るのか。また明日な!」

「はい、先生もまた明日」

 

 

 

――――

 

――>杜宮高校【図書室】。

 

「岸波、戻ったか」

「ああ、2冊とも回収してきた」

「助かったぜ。そんじゃ、コマチさんに渡してくる」

「待ってくれ、自分も行く」

 

 2人で司書さんの所へ向かい、本を返却する。

 

「ありがとうございます。これ、お礼です」

 

 何か見たことのあるような何かを、時坂が受け取った。

 どうでもいいが、無償ではなかったのか、これ。

 

「どもっす」

「あ、すみません、今返した本の中で、すぐに借りられる本ってありますか?」

 

 せっかくだし、読んでみたい。特に、自分が直接回収した2冊。あそこまで薦められたら、読みたくもなるだろう。

 

「少々お待ちください。……あ、“季刊・ミリタリーマニア”と“世界のグローバル企業”、“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”なら、すぐに貸し出しできます。“3年F組・金鯱先生”は予約待ちの生徒さんがいらっしゃいますので、その後になってしまいますね」

 

 “季刊・ミリタリーマニア”はサブローの借りていた本だ。しかし他2冊は分からない。時坂が回収したものだろう。

 ……“3年F組・金鯱先生”はダメなのか。少し残念だけど、次の機会にしよう。

 

「それなら、“季刊・ミリタリーマニア”と、“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”を借りても良いですか?」

「分かりました。では、手続きするので学生証を出してください」

 

 本の裏にあるバーコードを読み取り、自分の学生証のデータを打ち込んでいくコマチさん。

 処理を待つ間、時坂と話す。

 

「ちなみに本を返してもらう時、エリカ先輩やコウサク先輩から何か感想みたいなものを聞いていないか?」

「ん? ああ、エリカ先輩は『私の会社が入ってないなんて、落丁本ですわね』みたいなことを。コウサク先輩は『創作・補完の余地を残しつつ詳しく書かれていて良かった。次の劇にも生かせそうだ』とか言ってたな」

 

 ……先輩たちの人柄は分からないが、エリカ先輩は自分の親の会社が第三者から見てどのように映っているのかを知りたかった。コウサク先輩は劇で使う知識や情報を深めたかった。ということだろうか。

 エリカ先輩は目的の情報が得られなかったらしいが、コウサク先輩は借りた本から多くを学べたらしい。自分も何かしら知識を深められると良いのだが。

 

「お待たせしました。返却期限は2週間後、“5月22日の火曜日”になります」

「分かりました」

「遅れたら時坂君に回収を頼みましょうか」

「はは……その時は容赦なくとっちめるつもりっす」

 

 そんな脅しを聞きながら、図書室を後にした。

 忘れないようサイフォンにメモしておかなければ。

 

 

 

 

 第1校舎へ向かう廊下を、2人で歩く。

 ついでに、1つ疑問を消化することにした。

 

「それにしても、なぜ自分を誘ったんだ?」

「あー……まあ何だ。人と関わりそうな依頼だったからな。岸波に丁度いいかと思ってよ」

「丁度いい?」

「まだ周囲に馴染み切れてないようだからな。交友関係を広げるには、こういうのもアリじゃねえか?」

 

 成る程、つまりお節介を焼いてくれた、ということか。まったく、よく見ている。確かに今後、こういった機会を通して交流を広げていくのも良いだろう。

 しかし、お節介か。

 

「時坂はよくこうして依頼を?」

「ん? いや、つい最近からだな。ユキノさんにやってみろって言われて」

「バイトの一環ってことか?」

「そういうわけじゃねえんだが……まあ確かに、報酬は貰ってるし、似たようなモンなのか」

「報酬」

 

 そういえば先程なにかを貰っていた。あれは何だったのだろう。

 

「ああ、オレもこれが何かは分かっちゃいねえが、持ってくとこ持ってけば換金してくれて、異界探索の資金に変えられるみてえだ。倒したシャドウが落とすのを見たことねえか?」

「……ああ、見覚えがあったのはそれでか。そういうことなら回収して進めば良かったな」

「まあそうだな、教え忘れたこっちにも非はあるし、次から気を付けようぜ。ちなみに前回の探索では柊がすべて後ろで回収してたらしいから、気にしなくて大丈夫だそうだ」

「そうか、感謝しないとな」

 

 特に気にせず素通りしてしまったが、柊さんには申し訳ないことをしてしまった。結構な量だっただろう。勉強会の時に謝らなければ。

 

「時坂はこの後バイトか?」

「そうだな。ついでに知り合いからも依頼が出てたし、話を聞いてからだが」

 

 まだ依頼をこなすのか。

 依頼のシステム的に、彼がやらなければいけない事では決してない。参加自由のレクリエーションのようなものだ。相手の悩みを遊びのように例えるのは気が引けるが、しかしその例えに間違いはないと思う。

 だというのに、なぜ彼はこうまでして積極的に関わろうとするのか。

 ……以前彼に尋ねた、数多くのアルバイトを行う理由。時坂は答えに窮していたが、今回の件も同じように思える。

 何がそこまで彼を駆り立てるのか。今後も関わり続ければ、明らかになっていくのだろうか。

 ……少しだけ、時坂に対する理解が深まった気がする。

 

 

「取り敢えず、今日は助かったぜ、岸波」

「ああ、また何かあったら声を掛けてくれ」

「おう、じゃあ、またな」

 

 時坂と別れた。

 ……家に帰ろう。

 

 

――夜――

 

 

 勉強の合間に、今日借りた本を読んでみる。

 “季刊・ミリタリーマニア”。熱弁されたように、軍事趣味を満たすための1冊のようだ。

 自分にその趣味はまだないが、それでもとても引き込まれるものがある。

 特に≪機動殻≫のスペック、出来ることなどを見てると、想像力がかき回された。

 漢の趣味に触れた気がする。

 ……本にはまだ続きがある。また今度にしよう。

 

 

 

 




 

コミュ・魔術師“時坂 洸”のランクが3に上がった。


────


 知識 +1。
 魅力 +2。


――――



 P5Aすきぃ。特にOP。
 あと、祐介の覚醒シーン良かった……次の覚醒シーンも楽しみです。
 あとあと、一二三監修の美少女将棋とか少しやってみたい。小ネタが多いのが原作ファンの楽しみですね。

 それにしても、主人公の彼、良い感じに喋ってますよね。4Aでも思いましたが、どれだけ主人公に喋らせるかってペルソナアニメ化の重要点の1つな気がする。
 この作品もそれは同様で、本来話してない主人公をどのように話させれば印象を壊さずに済むか、というのは大事になってます。怖い。主人公だけとは言わず、たまに勝手に暴走するから怖い。
 なので、「このキャラってこういうこと言わない気がする」といった違和感を覚えた方はご指摘いただけると助かります。――以上。


 珍しく長々と作品以外について書いてしまった。反省。
 でもなんだかんだ最後は作品の話になったので、お赦しください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月9日――【杜宮高校】勉強会

 

 正直勉強会って、友達とずっと話すか、一言も話さないで集まった意味がなくなるかしか記憶にない……


 

 

 昼休み。教室で昼食の焼きそばパンを食べていると、急にポケットでサイフォンが振動した。誰かから連絡を受け取ったらしい。

 開いて確認してみると、差出人の欄には時坂の名前がある。

 

『よお。今日の勉強会だが、レンガ小路の珈琲屋でいいか?』

 

 そう、本日は水曜日。ゴールデンウィーク前に約束した勉強会の日だ。

 レンガ小路の珈琲屋、確か【壱七珈琲店】。場所は分かりやすい。つい1週間程前に通りかかり、時坂の友人たちに囲まれた場所だった。

 

『自分は構わない。柊さんと璃音は何て?』

『柊は大丈夫だとよ。久我山は返信してこねえが……』

 

 話の渦中にいる彼女の席を眺める。

 ……もの凄い人だかりだ。何かあったのだろうか。

 

『なんか忙しそうだ』

『なら後で良いか。放課後までには返信来んだろ』

『……まあ無理そうなら折を見て自分が話を振ってみる』

『頼むわ』

 

 こちらは勉強会への参加を依頼した側だ。本来であれば場所の指定も出席状況の把握も、自分と璃音がやるべきことだったのに。

 せめて自分たちのことは自分たちでどうにかしなければ。

 

 

 なんて。

 色々危惧していたものの特に問題も起きず、授業開始10分前に集団から解放された彼女は、サイフォンを開いて未読の通知を確認、少し考え込んだ後に了解の返事を送った。

 

 それにしても、彼女は何故囲まれていたのだろうか。

 少し思考していると、不意に彼女と目があった。少し不満そうな顔をしている。何だろう?

 

 

──放課後──

 

 

────>レンガ小路【壱七珈琲店】。

 

 

 奥の席を借りて、制服姿のまま4人で机を囲む。

 

「それでは、勉強会を始めましょうか……はぁ」

「おー……」

「「……?」」

 

 

 心なしか、女子2人には疲れが見えた。

 璃音はまだしも、柊さんがここまで疲れを見せるのは珍しいな。

 なんとなく違和感を受ける光景に内心首を傾げていると、ポケットの中でサイフォンが振動した。

 机の下で隠しつつ開くと、時坂からのメッセージが届いている。

 

『柊のことなんだが、連休明けの初日休んでた。昨日は登校してきたが1日こんな感じだったし、何かあったのかもしれねえ』

『成る程』

 

 とはいえ、それを話してくれる柊さんでもない。これは相沢さんの時に感じたことだが、彼女のスタンスとしては、必要な情報を必要な分だけ与えるといったものなのだろう。

 つまり、自分たちに関係あることであれば、彼女は自ら報告してくれるはずだ。

 それがないと言うことは、完全に別件なのだろう。多分。

 

「それで、何か不安な科目とかはあるかしら。できる限りで協力させてもらうけど」

「自分は全体的に危ない」

「ぶっちゃけたな。……オレは社会だ」

「あたしは数学……なんかどうしても頭に入らなくて」

「……なら、岸波君はそのどちらかを一緒に勉強してもらって良いかしら?」

「ああ、寧ろよろしく頼む」

 

 勉強会というのは、教える側が知識の整理をし、教わる側が知識を仕舞い込んでいく作業だ。

 

「ここは──」

「ああ、成る程」

「ゴメン柊さん、この問題は?」

「ああ、ここは──」

 

 教わってる側の質問が、気付きもしなかった勘違いに気付かせたり、思いもしなかった学習し忘れに気付かせてくれることもあるという。

 

「……時坂君、そこ、間違ってるわ」

「っと、すまねえ」

「岸波君が今躓いているところは、さっき教えた公式の式変形を使えば解けるはずよ」

「……確かに。これならいける気がする」

 

 ──だが、そんなものはないと言わんばかりに、柊さんは優秀だった。

 正直、柊さんにとってこの勉強会は得になるか分からない。誘ったときに渋られた理由が今ならわかる。似た体験を今までもしてきたのだろう。

 だとすると……というか、あれ。この勉強会を主催した意味って見失われてないか?

 

「そうだ、別に勉強だけ教わりたいわけじゃなくて、情報交換をしたかったんだ」

「あ!」

 

 璃音が思い出したように声を上げる。

 一方で時坂と柊さんは首を傾げていた。

 

「情報交換って?」

「ああ」

 

 この勉強会が成立したきっかけを話す。

 璃音との相談内容。他のクラスの情報を必要としていること。横の繋がりが広い2人にお願いしたいこと。

 一通り話し終えると、2人は数回頷いた。

 

「確かに、他のクラスの情報があれば、突拍子のない問題にも解答できるわね」

「ああ。けど指導内容か。なんか変わったことあったか? ここテストに出すって話も聞いてねえし」

「他には、こんな予備知識を与えられた、とかでも教えてくれると助かる。ふと零すこととかもあるだろうから」

「予備知識、ねえ……」

 

 考え込む2人。

 まず情報として出てくるとしたら、所属するクラスの担任であり、数学の担当教師でもある九重先生についてか。

 

「そういえばトワ姉も授業中によく雑学っぽい話をしてくれんだよな。最近もなんかあったはずなんだが……」

「最近のと言うと、もしかして虚数の正負についてかしら?」

「……流石だぜ柊、まさかそういうの全部覚えてんのか?」

「いいえ、たまたまね。強いて言うなら単純に九重先生の授業が上手かったというだけ。他にはせいぜい国語と社会について覚えているくらいよ」

 

 それでも十分だと思うけれど。

 しかし、数学の知識か。ぜひ聞いておきたい。

 

「それでその、複素数が何だって?」

「それを話す前に前提知識の確認をさせてもらうわ。虚数は2回掛け合わせることで負の数になる。これは大丈夫かしら」

「ああ、そのくらいなら」

「えっと、2乗したら2乗した数にマイナスを付けるんだよね?」

「その通りよ。なら、質問。“2乗する前の虚数そのものは本来、正の数でしょうか? 負の数でしょうか?”」

「へ?」

 

 

──Select──

  正の数。

  負の数。

 >どちらでもない。

  どちらでもある

──────

 

 

 虚数は虚ろな数と書くとおり、本来存在しない曖昧なもの。本来存在しない数に姿・形……この場合は記号を与えて定義することで、それまで説明がつかなかったあらゆる事柄の解明に利用しようと企てられたものの一部。

 存在していないものに正や負の区別は付けられない。だとしたら残るはどちらでもないかどちらでもあるか。

 まあここから先は勘で、それまで誰も見つけてない数なら符号とかついていないのではないか、という推測なのだが。

 

「岸波君、正解よ」

「ほっ」

 

 どうやら自分の勘も捨てたものではないらしい。

 まあ2択まで絞れているので高が知れている能力だが。どちらかは当たるのだし。

 

「うわ、あたし負の数だと思った……何でそうなるの?」

「単純に、同じ正の数同士を掛け合わせれば正の数になり、同じ負の数同士でも2回掛ければ正の数になるわ。間違えそうだったら1回計算してみるのも良いわね」

「あ、そっか……確かに正の数とも負の数とも違うね」

「その点を踏まえると、恒等式と呼ばれるものがあって──」

 

 しかし、ないはずのものをあるように語るなんて、恐ろしい話だ。

 確かに夢やロマンはあるかもしれない。

 けれどもそれは人類が“こういうのがあれば説明できるんだけどな”を勝手に作り出して、解き明かした気分になっているだけとも取れてしまう。

 何者かの手で、ある物がなかったことになり、ない物があることにされてしまうことが蔓延する世の中になったら、“本物の価値”はどうなってしまうのだろうか。

 

 

 

「……ちなみに、他の教科で何か思い浮かぶ話はあるか?」

「……そういやあ、社会の先生が休暇中にフランスへ行ったって話があったな」

「フランス?」

 

 それが何か関係あるのだろうか。フランスに関係する問題が出るとか? だとしても、もう少し情報が欲しい。

 

「具体的にどこを回ったとか、どこを気に入ったとか聞いたか?」

「いや。だが今学期に入ってから、特に芸術に関する話題が多いように感じたぜ」

「あ、上野の美術館に行ったって話はあたしも聞いた!」

「美術……」

「絵か……」

 

 どうやらフランスで絵や絵画に嵌ったらしい。知らなかった。

 しかし、だとしたらどういう問題が出るだろう。絵を乗せて、画家を聞く問題とか?

 

「……! そういやジュンが何か言ってたな」

「小日向君が?」

「ああ、他のクラスでの授業で、画家の出身地についての話があったらしい。確か……この中で“ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌのなかで、生まれがフランスではない画家は誰か”ってやつだ」

 

 挙げられたのは、3人の画家の名。

 この中に1人だけ、フランス人ではない人間が居るのか。

 だとしたら、それは──

 

──Select──

 >ゴッホ。

  ゴーギャン。

  セザンヌ。

──────

 

 ゴッホだろう。

 よく勘違いされがちだが、彼は日本で言う上京。芸術の最先端たるパリに移住したオランダ人だ。

 

「よく知っているわね。確かにゴッホ──ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが正解よ」

「え、ゴッホってフランスの画家じゃないの? アルトだっけソプラノだっけ、とにかく何かフランスの絵を書いてなかった?」

「アルルね。アルルにある跳ね橋を描いた絵等は確かに存在するけれど、それは出生と関係ないわ」

「てか、何で久我山はそれが何の絵か分かるのに地名が分からねえんだよ」

「い、良いでしょ別に! 紛らわしかったのよ!」

 

 よほど恥ずかしかったのか、顔を赤くして手を上下に振る璃音。

 まあ、勘違いしても仕方のないことだろう。現にゴッホの活動の主体はフランス、部屋の絵も跳ね橋の絵もカフェテラスの絵もフランスで書かれたものだ。認識としては間違っていない。

 自分も、入院していた時に集めてもらった資料を読んでいなければ、間違えていた自信がある。

 

「ちなみにこの問題の3人は“後期印象派”に分類される画家だな。印象派──フランスの画家であるマネが描いた“印象・日の出”から名付けられた、当時は異端とされた手法で絵を描いていた人たちの中でも、主に19世紀末に活躍した人たちだ」

「……詳しいのね、岸波君」

「本に書いてあっただけの知識でしかない。実物を見たこともないし実際にあったこともないからな」

「「「あるわけない」」」

 

 それはそうだった。

 ペルソナにゴッホとか居ないだろうか。居ないか。

 でも、有名人がペルソナになったらやりづらいと思う。知っている偉人と共に戦うなんて想像できない。それが例え被創作物だとしても、だ。

 伝説の探偵(ホームズ)とか、伝説の怪盗(ルパン)とか、伝説の発明家(エジソン)とか。呼び出すたびに気まずくなるし、そもそも自分の一部に居るということですら烏滸がましい気もする。いや、なら神様は良いのかと問われたら、もっと恐れ多いのだが。

 そういえば自分も時坂も璃音も、それぞれ異なるペルソナを持っている。しかし何故そのペルソナが目覚めたのかは分かっていない。せっかくだし、今度逸話について調べてみよう。丁度自分のペルソナについて載ってそうな本が借りられたことだし。

 

 

 

 

 その後は、自分の歴史知識を使って社会の勉強を進めたり、予想問題を柊さんが出してくれたり、時坂と璃音が他のクラスに質問を回してくれたりと、1日で結構捗らせることができた。

 定期試験前は、例え何人かでもこうして集まる機会があると良いかもしれない。自分や時坂、璃音はともかく、柊さんも得るものがあったようで、今後の試験でも時間があった時に声を掛けてくれるらしい。

 

 試験まであと5日。このまま頑張っていこう。

 

 

 

──夜──

 

 勉強の合間、暇つぶしに本を読むことにした。

 “季刊・ミリタリーマニア”、昨日の続きである。

 

 

「……」

 

 

 軍事運用されている≪機動殻≫に関する詳細ページに目を通す。

 それを構成する金属材料、接続等の技術、設計に関心を抱いた。

 漢の趣味を理解した気がする。

 

 ……さて、もう少し勉強しようか。

 

 

 

 




 

 知識 +4。
 魅力 +2。


──────

 
 正直そんな本格的な授業内容はしたくないが、今後使う知識でなくても、岸波白野として虚数だけには絡んで欲しかった。なんとなく。



選択肢回収
────────────
40-1-1(兼40-1-2)。
──Select──
 >正の数。
  負の数。
  どちらでもない。
  どちらでもある
──────

 虚数か。2乗するとマイナスになるとはいえ、そもそもマイナスは付いてないから、正の数になるのではないだろうか。

「違うわ。正の数でも負の数でもないのが正解よ。具体的に何か正の数か負の数を思い浮かべてみて? それを二回かけてマイナスになるかしら?」

→なりません。おわり。

────────────
40-1-4。
──Select──
  正の数。
  負の数。
  どちらでもない。
 >どちらでもある
──────

 どちらかは分からない。しかし少なくとも、どちらでもないということはないだろう。
 仮にも数学的表現なのだ。符号くらいは付いているはず。

「その、どちらでもある、という意味が分からないのだけれど」
「……すみません」

 やはり違うらしい。
 言ってて自分でも何言ってるんだろうと思った。

→この選択肢いらない疑惑。

────────────
40-2-2。
──Select──
  ゴッホ。
 >ゴーギャン。
  セザンヌ。
──────

 ゴーギャンだ。この中で一番、名前がロボっぽい。恐らく画家ではなくAIというひっかけ問題だろう。

「……何を言ってるの?」
「本当にすまない」

 圧を感じた。真面目にやれということらしい。
 真面目なんだけどなあ。

→嘘つけ。
────────────
40-2-3。
──Select──
  ゴッホ。
  ゴーギャン。
 >セザンヌ。
──────


 何か聞いたことない名前だし、この人にしようか。
 ゴッホ、ゴーギャンときているのだから、せめて権田原くらいの語感は欲しいな。

「そういう問題じゃない」

→そういう問題じゃない。


────────────

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月10~13日──【杜宮高校】試験前スパート。~白野は誓う。次は普段からもっと勉強しよう。と~

 

 ペルソナの1週目の1学期中間前って、無駄だとわかっても直前に沢山勉強させますよね。




 

 

 

 今日も勉強しようかと思ったが、本日が木曜日ということに気付いた。

 木曜日。つまり、水泳部の活動日。今日出ないとテスト前の禁止期間に被り、暫くの間参加が出来なくなる。そうなると禁止期間が明けても参加しづらくなりそうだ。

 なので、今日の放課後は部活に費やそう。確か新入生は部室に寄った後、先輩の指示を仰ぐように言われていたはず。

 ……部室棟へ向かおう。

 

 

 ──>杜宮高校【クラブハウス】。

 

 クラブハウスの2階を尋ねる。基本的に各運動部はここに部室を設けられているらしい。水泳部の部室もそこに漏れず存在するらしく、階段を昇って比較的すぐの場所にあった。

 ……どうやって入ろうか。

 

 

──Select──

  暫く様子を見る。

 >挨拶をして入る。

  今日は帰る。

──────

 

「おはようございます」

 

 なんとなく、バイトの経験からこの挨拶を選んだ。

 

「おう、早いな……」

 

 中には1人の青年しか居なかった。どこか見覚えのある顔のような気がする。

 

「って、岸波じゃないか。水泳部に入ってくれたんだな!」

「ああ。えっと……」

「ハハ、流石に覚えてないか。俺はハヤト。一応部活見学の時にも話したんだが……」

「……あ!」

 

 何となく思い出した。あの時、プールが寒いと言っていた人だ。

 短く切られた黒髪、しっかりと制服を着込むガタイの良い身体。まさしく運動部と言うべき真面目で礼儀正しそうな、同学年の男子生徒──ハヤト。これからは同じ部活の同士。忘れないようにしなくては。

 

「ひょっとして今日が初参加か?」

「走り込みに、だけどな」

「おお、頑張れよ。一緒に泳げる日を楽しみにしてるぜ」

 

 これからよろしく。と握手を交わす。

 

「岸波は泳げるんだったか?」

「……多分」

「多分ってなんだよ」

 

 まさか泳いだことがないとは言えない。言っても良いが、説明するのに時間が掛かるからだ。

 

「殆ど初心者だと思ってくれて構わない」

「へえ。まあ全員最初は初心者だから、周りが泳げても気にするなよ。部活を機に、岸波が水泳を好きになってくれるよう、俺たちも手伝うからさ」

「ああ、ありがとう」

 

 

 ハヤト、か。以前も熱心に説明してくれたが、本当に水泳が好きらしい。

 部活で困ったことがあれば、彼に相談してみるとしよう。

 

 

 ……部活という新たなコミュニティを通じて、新たな縁の息吹を感じる。

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“剛毅” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「じゃあ俺は行くから。走り込み、頑張れよ。体力や肺活量なんかは地道に身に付けていくしかないからな」

「……頑張る」

 

 結局、日が暮れるまで黙々と走った。

 少しだけ、“根気”が身に付いた気がする。

 ……家に帰ろう。

 

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日は出来るだけ休憩を挟まずに勉強をしよう。

 

「……」

 

 

 昨日までは本を読んでいた分の時間を、しっかりとテスト対策に費やせた。

 まだまだ勉強した内容は多いが、今日はもう寝よう……

 

 

 

 

 

 

 

──5月11日(金) 昼──

 

 

「クク……ついに来週の月曜日から試験だねェ。準備は順調かい?」

 

 化学の授業。教壇に立つのはマトウ先生。眼鏡を掛けていて白髪、ひょろっとした痩せ型の化学教師だ。生徒たちからはマッドサイエンティストとも呼ばれて親しまれている。

 どの辺りがマッドなのかは、一か月経っても分からない。やはり見た目だろうか。

 

「諸君は試験を面倒と思うかもしれないが、これも成長を確かめる機会だと思って頑張ってくれ。今回ともう1回、期末考査が終われば、ご褒美とも言える長期休暇が待っているからねェ。無論、頑張っていなければ補習という形で報酬から引かれていくが」

 

 夏休みか……まだまだ先の話のように思える。

 自分はやはり、バイト中心の生活になるだろうか。

 稼げる時に稼いでおかなければいけない。

 

「そうだ、夏休みといえば杜宮高校でも夏祭りがあるねェ。毎年花火の音が遠くまで響いているよ。……クク、そうだな……そこで暗い目をしている岸波」

 

 ! いきなり指名された。

 目立つほど暗い目をしていただろうか……?

 まあ、指されたことは仕方ない。何だろう。

 

「花火についての出題だ。開いた後、色が時間経過で変わる打ち上げ花火を見たことがあるかい?」

 

 ない。

 が、ここでないと答えると少し雰囲気が悪そうだ。

 花火……花火か。去年病院の備え付きテレビで祭りの中継を眺めたことはある。

 ……そう考えると、見たことあるな。

 取り敢えず頷きを返した。

 

「フム、では、どうしてこれらの花火は、空中で、他の何からも影響を受けずに、色を変えていけるのかは知っているかい?」

 

 ……花火が、打ち上げられた後に色を変えられる理由?

 それは、恐らく。

 

 

──Select──

 >中心から離れるにつれて温度が下がるから。

  違う材料の火薬を数種類使っているから。

  最初から変わるように色付けされているから。

──────

 

 光は温度によって変わるという。星の色が違って見えるのも、その星々の表面温度の違いだと言うし。

 きっと中心から燃えていくが、遮熱材か何かを挟むことで一定以上の火薬が同じ温度で燃えないようにしているのだろう。

 

「残念、不正解だねェ」

 

 …………違ったらしい。

 周囲から無知を嘲笑うような声や、同情のような囁きが聞こえてくる。

 

「正しくは“違う材料の火薬を数種類使っているから”。材料を変えると色が変わるのは、炎色反応の応用だよ。火を付けた時にリチウムなら赤色、ナトリウムなら黄色になるのと同じ反応だ」

 

 確かにその内容は既知のものだ。成る程、炎色反応という技術はそういった活かされ方をしているのか。

 そういえば、炎色反応とはどういった覚え方だっただろう。

 ……要確認だな。気付けて良かった。

 

「クク……化学は、いや、理科は身の回りの有り触れたものに活かされている。ぜひとも見つけてくれ」

 

 そう言われてみると、がぜん興味が沸く。

 見付けられるかどうかはまた別問題なので、モチベーションは続かないが。

 

 

 

 

──放課後──

 

──>杜宮高校【図書室】

 

 

 今日は曇り空だが、運よく席も確保できたので、図書室で勉強していくことにした。

 

 テスト前独特の緊張感で、いつもより勉強が捗った気がする。

 

 

 

──夜──

 

 

 勉強、勉強……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──5月12日(土) 昼──

 

 

────>杜宮商店街【蕎麦処≪玄≫】

 

 

 今日は璃音、時坂と勉強をすることになった。

 勉強回の開催場所となったこの蕎麦屋は、どうやらかなりの有名店らしく、ピーク時の客数が多い。

 しかしながら、窓から離れたテーブルの奥側の座席だと、机間にある衝立にも守られ、他客の視線を集めづらいという利点があり、璃音が集中して取り組める環境を考慮して、ここに決定。

 ちなみに柊さんは都合が合わず断念。またの機会に、との返答をもらっている。

 とはいえ全教科に渡って詳しい解説ができる柊さんが居ないと、出来る内容も少ない。

 自分の歴史系知識と、時坂の数学系知識を使って、その2教科──璃音は強いて言えば現代文が得意らしいが、教え方がいまいちだった──を勉強していく。

 数学の理解が深まった気がする。

 

 合間合間に休憩を取り、夕食も済ませ、完全に日が暮れるまで勉強した後、お互いを励まし合って解散した。

 

 

 

──夜──

 

 

 ……勉強、勉強を、しないと。

 何故、やればやるほど勉強しなければいけないことに気付くのだろうか。気付いてしまうのだろうか。

 一向にゴールが見えてこない。

 ……いや、案外ゴールなんてないのかもな。

 でも、止まる訳にはいかない。

 諦めないことは無駄ではなく、戦い続けることに意味があると知っているから。

 さあ、あと1日だ。

 

 

 

 

 

 

 

──5月13日(日) 昼──

 

 

 ………………まだ、だ。まだ勉強を……!

 

 

──夜──

 

 

「………………──ああ、もうこんな時間か」

 

 

 

 明日から試験だ。

 今日は早く寝よう。

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが上がった。
 アルカナ・剛毅のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 知識 +11。
 根気 +2。

────


 巻いて巻いて。
 もうすぐ次の章入ります。
 
 

 ペルソナ主人公らしい決め台詞が欲しい。
 「どうでもいい」とか「そっとしておこう」とか「頂戴する!」とか。
 最期以外決め台詞じゃねえな……
 雨宮くんの決め台詞は「ショータイム!」なのか「〇〇を頂戴する!」なのか。
 
 

 選択肢回収。
 
────
41-1-1。
──Select──
 >暫く様子を見る。
  挨拶をして入る。
  今日は帰る。
──────

「……」

 …………入るタイミングを完全に逃してしまった。今日はいったん帰って出直そうか……

「ん、どうした、入らないのか?」
「あ、いえ、入ります」

 見知らぬ先輩が声を掛けてくれたので中に入ることができた。
 その後、気まずさから急いで着替えて、めちゃくちゃ走った。

 
→ハヤトとの会話を逃し、コミュ発生ならず。発生までこの選択肢の繰り返し。

────
41-1-3。
──Select──
  暫く様子を見る。
  挨拶をして入る。
 >今日は帰る。
──────


 ……そういう日もある、よな。


→ねえよ。

────
41-2-2。
──Select──
  中心から離れるにつれて温度が下がるから。
 >違う材料の火薬を数種類使っているから。
  最初から変わるように色付けされているから。
──────


 火薬が違えば、燃えた時の色も違うだろう。多分。
 含まれる原子によって生ずる炎の色が変わるといった内容も以前授業でやったし。
 
「クク、正解だ。これは炎色反応の応用だな」

→以後だいたい同じ。

────
41-2-3。
──Select──
  中心から離れるにつれて温度が下がるから。
  違う材料の火薬を数種類使っているから。
 >最初から変わるように色付けされているから。
──────

「……暗闇の中でそんな小さい物質の色の違いが見て取れるのかい? それとも中身は色付きの電球か何かなのかい?」
「……きっと見たらわかると思います」
「すごいねェ、今度解剖させてもらいたいぐらいだ」
「……せ、先生の専門は化学のなのでは?」
「化学が好きと言うだけで、物理も生物も興味はあるからねェ」
「ごめんなさい。考えなしでした」

→肉眼で見たことがないなら仕方ないネ。ね?

────

 こんな感じで。
 ……選択肢回収、面白そうなの思いついたときだけやろうかな。
 つまらなかったら読み飛ばしてください。選ばなかった選択肢が大事になってくることは(そうそう)ないので。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月17日──テスト明けは晴れ晴れとした気分で

 


 5月14~16日はどうしたのかって?
 話のテンポの都合で定期テストは省略されてしまいました。





 

 

 

 テストが終わった。満足いく結果、とまではいかなかったものの、出来る限りの力は使い切れただろう。手応え的にはそこそこといった所。

 という訳で、試験の振り返りもそこそこに、自分たちは例の空き教室へと集まっていた。

 

「柊さんの目標はやっぱりトップ?」

「さすがにそこまでの自信がある訳ではないのだけど……でも、そうね。いつかは取ってみたいわ。今回の手応えはとても良かったし、次も頑張らせてもらうつもりよ」

「アタシも今回は結構自信あるケド、流石にそこまではいけないかなぁ」

「ふふっ、順調なら良いんじゃないかしら。自分のペースで上がっていくことが大事だと思うわ」

「……確かに!」

 

 女子たちが仲良く話している。

 テスト勉強を共に行ったことが関係性にいい効果を齎しているのだろうか。だとしたら嬉しい限りだ。

 

「岸波はどうだったんだ?」

「自分か? 自分は──」

 

 

──Select──

 >普通だな。

  全然だめだった。

  余裕だな。

──────

 

 

 出来たと公言するには“度胸”が足りない。かと言って低く見積もっても意味がないので、正直に答えることにした。

 

「へえ……まあオレも似たようなモンだな」

「そうか」

 

 それなら、そこまで差は無いのかもしれない。

 今後も共に切磋琢磨できるといいんだが。

 

「……意外。男子ってそこで『じゃあ勝負すっか?』って感じになると思った」

「いいえ久我山さん、それはないわ。だって、時坂君に、岸波君よ?」

「「どういう意味だ」」

 

 あらごめんなさい、と口元を隠す柊さん。やっぱりこの人、口が悪いのではないだろうか。

 上品な笑い方、という意味では帰国子女で容姿端麗と評判の彼女に似合った仕草だが、なかなかどうして、彼女の本質は同年代のそれと変わらないのだろう。

 人とは関わってみないと分からないものだ。

 

 

 

 

 

 雑談もそこそこに、柊さんが本題へと踏み込んだ。

 

「部活停止期間も終わったが、相沢さんと郁島さんの様子はどうかしら?」

「ああ、さっそく昨日部活を覗いてみたが、なんてことねえ。いつも通りって感じだったぜ。相沢の方もけっこう吹っ切れてるみてえだ」

 

 時坂の報告に、柊さんは思考するアクションを見せた。

 

「……そう。ならこの件は、一応解決という扱いにしましょうか」

 

 その宣言に、自分たちは胸を撫で下ろす。

 漸く自分たちの手で解決できたのだという実感が湧いてきた。これまではどんなどんでん返しがあるか分からず、手放しで喜ぶことができなかったが、それも終わり。

 自分は嬉しくて笑みが抑えられず、時坂は安堵を込めた息を吐いて上を向き、璃音は大きく腕を挙げて騒いでいる。

 

「やったっ、やったねっ! せっかくだし、打ち上げでもしとく? てか行こっ!」

「とはいえ油断は禁物よ。いつ何がきっかけで再発するかなんて分からないもの。……出来れば本人たちと直接話をしてみたいけれど……」

「きっかけがない、か」

「え、打ち上げ……」

「まあ、それはもう少し経ってからだな」

 

 柊さんが“一応”解決、と言った通り、解決扱いにはなるが、まだ警戒はすべきだ。

 ベテランである彼女が会話し、診断することで、より多くの不安要素を排除できると言うなら、そちらを優先すべきだろう。

 とはいえ、確かに柊さんからすると、相沢さんも郁島さんも接点のほとんどない他人だ。柊さん側には面識があっても、相手には既に記憶消去が施されている為、初対面も同然。

 なら、仲介が必要だろう。問題は、どこからなら怪しまれることなく彼女たちまで辿り着けるか、だが。

 

「ソラの方ならまだセッティングできなくはねえが、相沢はな……」

「……そうね、まずは郁島さんと話してみようかしら。時坂君、お願いできる?」

「おう、明日にでも時間取れねえか聞いてみるわ」

 

 確かに昔からの付き合いである時坂なら大丈夫だろう。

 願わくば柊さんと郁島さんが、お世話になっている先輩を紹介してもらえる程に親しくなってほしいものだ。

 

 一方、話の輪から外れた璃音は、すっかり落ち込んでいた。

 肩から脱力するように項垂れ、机に頬を付けてぐだっとしている。

 ……そんなに行きたかったのか。

 

「……ふぅ」

 

 そんな璃音を見て柊さんは、仕方がないわね、といった感情でも込めていそうな溜息を吐き、少し考えてから優しく微笑んだ。

 

「所で皆、今週末の予定は空いてるかしら?」

「今のところ何もねえな」

「自分も大丈夫」

「私も……」

「事件の山場は超えている訳だし、そこまでに少し強引でも話をつけてしまいましょう。そうすれば、取り敢えず一段落することだし、打ち上げが出来るかもしれないわね」

「 っ!! 」

 

 璃音が跳ね起きる。

 琥珀色の瞳が爛々と輝き出した。

 

「ひいら──ううん、アスカ! ほんっとうにアリガトッ!」

「い、いいえ、私自身、打ち上げには興味あったから」

 

 溢れる感謝を全身で表現しようと、柊さんに抱き着こうとする璃音と、それを必死に止める柊さん。

 そんな光景を見て、時坂と小声で意見を交わす。

 

「……柊さんってあんな感じの人だったか?」

「いや、正直オレも驚いてる」

「なんかあったのかもな」

「もしくはこれから何かあるとか」

「嵐の前の静けさ?」

「柊を人的要因に異界が生まれたり」

「絶対生きて帰れなくなるから止めて欲しい」

「……もしくは既にシャドウが本人に成り代わってる、って線も無くはねえな」

「もし仮にシャドウが生まれたとしたら、柊さんは友達が欲しいけど諦めていたということになる……」

「……悲しいな」

「……もう少し優しくしてあげよう」

「結構よ、それより私が優しく刺し殺してあげるわ」

「いえ、それは結構です──」

「じゃ、そういうことで──」

「あ、待ちなさい2人ともッ!!」

 

 いつの間にか取られていた背後から冷気を纏った声が聞こえた瞬間、自分と時坂は静かに逃走体勢に移り、ごく自然に走り出した。

 我ながら、今のは上手な逃走方法だった気がする。逃走が上手になることは良いことだ。シャドウにも倒されなくなるし、うん、そういうこともある。

 

 

 

──────

 

 

 

「異界領域でもないのに凍え死ぬかと思った」

「走ってるはずなのに段々体温が下げられてる気がするとか、冗談じゃねえ」

 

 氷の悪魔の追跡から逃れた自分と時坂は、学食のテーブル席で一息吐いていた。

 異界関係の力は、特殊な力場でないと発現できない。自分が今ソウルデヴァイスやペルソナを発動させようとしても不発に終わる。

 だとしたら彼女は何故あそこまで冷気を纏えるのか。

 訓練の成果だというなら、ぜひとも時坂にも熱を扱えるようになって頂きたい。そうすれば2人で拮抗できるはずだから。

 ……というか、もしかしてこの学校、異界の影響が出てたりするのか?

 

「ん? そういう話は聞いてねえな。寒気云々はきっと柊特有の威圧感だ」

「それはそれでどうかと思う話だな」

 

 2人で柊さんに謝罪文を送る準備をしながら、鬼気迫る表情で追いかけてきた彼女を追想する。

 何があそこまで彼女を駆り立てたのだろうか。ひょっとして友達が少ないことを本当に気にしていたのだろか。だとしたら悪いことをした。しっかり謝らないと。

 

「さて」

 

 時坂が立ち上がる。

 どこかへ行くのだろうか。

 

「まさか、直接謝罪に行くのか?」

「いや、流石に死にには行かねえよ。どちらかと言えば、司法取引の準備だな」

 

 減刑されないと困る、と苦笑し、彼は道場を指さした。

 目的を察する。だが、

 

「女子空手部は昨日練習だったんじゃないのか?」

「ん? ああ、確かに練習場は男女で1日交代らしいが、別に部活自体が休みな訳じゃねえしな」

「成る程、外練か」

 

 自分も部活で練習場が使えない場合は、よく外を走ることを思い出す。確かに、部活だからといってその競技の練習しかやらない訳ではない。

 ならその活動場所で郁島さんに会えれば良い、ということだろう。

 

 

 差し入れの飲み物を買って、外へと出る。

 案の定、女子空手部の面々はすぐに見つかった。

 クラブハウスの裏で精力的に練習をしている彼女たち。

 流石に女子しかいない空間に入るのは気が引けた自分たちは、大人しく休憩時間か誰か来るのを待つことに。

 

 そして、数分後。

 

「その、お待たせしました」

 

 先輩の1人に呼び出してもらうことで、郁島 空さんとのコンタクトを取ることができた。

 ……こうして近くで見ると、小柄だな。

 類稀な身体能力を持つ、空手部のエース。先の1件に関わった際に得た彼女の情報は、そういったものだ。

 だがこうして見ると、見た目は細身の女の子。短い黒髪に青い髪留めを付けていて、可愛らしさと凛々しさを踏まえた、良い意味で素朴な少女だった。

 

「えっと、そちらの方は……」

「ああ、岸波 白野。オレの同好会仲間だ」

「岸波です、よろしく」

「い、郁島 空です。よろしくお願いします!」

 

 大きな声で頭を下げてもらった為、自分も少しくらいは、と思い彼女より低く頭を下げる。

 すると郁島さんも頭をより下げてきた。困った。これではまだ下げるしかない。

 

「いや、何やってんだよ」

「「……はっ」」

 

 ついやってしまった。

 郁島さんも少し恥ずかしそうにしている。

 

「えっと、悪かった」

「こちらこそ、すみませんでした」

「いえいえ、こちらこそ」

「いえいえいえ、こちらこそ」

「だから止めろって言ってんだろうが!」

「「……はっ!」」

「『はっ!』 じゃねえよ。さっきもそう言って何にも気付けてなかったじゃねえか」

 

 時坂の言う通りだった。情けない限りである。

 彼は、取り敢えず差し入れだ。と飲み物を渡す。彼女は嬉しそうに受け取って、笑顔で礼を言った。

 

「えっと、それで、わたしに何か御用でしょうか」

「ああ、実は少し頼みがあってな」

 

 同好会の活動内容、ある女子生徒が郁島さんと話したいと言っていること。後日時間を貰えないかどうかという要求を話す。

 最初は普通に聞いていた彼女だったが、話が進むにつれて顔が強張ってきた。

 それはそうだろう。いくら親しい先輩の知人とはいえ、見知らぬ誰かが自分に興味を持っていて、話し合いの場を欲しがっていると言うのだから。気色悪がっても仕方ない。

 時坂も、彼女の表情の変化に気付いたのだろう。話し終える頃には少し言い辛そうな雰囲気を出していた。

 

「その、嫌なら別に断ってくれても良いんだぞ」

「別に、イヤというわけでは……分かりました、引き受けます。それって明日のお昼休みでも大丈夫ですか?」

「あ、ああ。伝えておく……良いのか?」

「はい。他ならぬ、コウ先輩からの頼みですので!」

 

 そう言って笑う、彼女。

 しかし第三者目線で見ても、その顔には不安が滲み出ている。

 これは、止めておくべきじゃないだろうか。

 

「そうか……頼んでおいてなんだが、いつも通りのソラで居てくれれば大丈夫だ」

「いつも通り…………」

「それじゃあ頼んだぜ、ソラ」

「……はい!」

 

 しかし、時坂は敢えてそれを依頼した。

 少し驚いたものの、当人たちが納得しているなら良いか、と考える。元より関係性の薄い自分が口を挟めることでもないが。

 ……そういえば、なんで自分、ここに居るんだ?

 

「……すみません、そろそろ戻らないと。コウ先輩、岸波先輩も、また」

「ああ、頑張れよ」

「また」

 

 しっかりと一礼し、彼女は空手部と合流した。

 その後ろ姿を見送って、自分たちも帰路につく。

 

「良かったのか?」

 

 時坂に尋ねる。

 無論、先程のことだ。

 彼は話し合いの成果を柊さんに報告しているのか、サイフォンを弄りながら、口を開こうとする。

 ……そういえば自分もまだ、謝罪文をしたためている途中だ。急いで仕上げないと。

 お互いがサイフォンを操作していると、漸く彼自身が大丈夫だと考えた理由が言葉に出来たのか、時坂は解答を述べ始めた。

 その顔には、苦笑が浮かんでいる。

 

「まあ、なんつってもソラだしな」

「?」

「純粋で真面目、礼儀正しくて良いヤツ。それに大抵誰とでも仲良く慣れそうな明るさを持ち合わせてる。柊も明るさ以外は大体似たようなもんだし、問題は起きねえだろ」

 

 送信、と彼は呟く。

 だが間一髪、自分の誠意を先に送ることができた。

 全文ひらすら謝り倒していることだし、大丈夫だろう。あとはこの後どうするか、だな。

 

「けど、不安そうだった。少し時間を置いても良かったんじゃないか?」

「……まあ確かに、ただ他人に会うってだけでああいった反応されるとは思ってなかったけどな。寧ろ喜んで了承してくれると思ってたが、流石に驕り過ぎたみてえだ」

「……」

「でも、ソラなら大丈夫だ。なんつってもソラだからな」

「……何だそれ」

 

 結局妹弟子自慢のような話が始まりそうだった。

 

 

 ──聞きたい、聞いてあげたい。本当だ。本心だ。ぜひともお聞かせ願いたいとも。

 だが残念。謝罪文も送り済み。先に帰らせてもらおう。

 

「じゃあ時坂、自分は帰らせてもらう」

「ん、ああ、もう帰るのか。またな」

「ああ、また……あ、そうだ、1つだけ」

 

 自分は、本校舎入り口の壁に背中を預けて立つ氷の鬼を見てから、手を立てた。

 

「すまない、おたっしゃで」

「……?」

 

 そもそも未だ追われている身で、現在地が分かるような連絡をするのが悪いのだと、自分に言い聞かせる。

 郁島さんと話したと伝えれば、空手部の活動場所にいることなんて想定されて当然。だから、そう、自業自得なのだ。

 ……またな、か。そうだな、また会える日が来ると良いんだが。

 誰かに呼ばれた気がしたが、振り返らずに帰った。

 

 

 

────

 

 

 さて、今日は読書をしよう。

 テストも終わったことだし、疲れも特にない。

 サイフォンが何やら震えているが、遠目で確認する限り、送り主は1人のみ。明日確認すれば良いだろう。

 

 さて、今日読むのは“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”。特筆すべき内容としては、自分にも縁深いペルソナ──玉藻の前についてだ。

 平安時代末期に存在したとされ、一説によれば白面金毛九尾の狐が化けたモノともされる存在。

 周囲を虜にする美貌と、卓越した才覚。これらを以て当時の天皇──後鳥羽上皇に寵愛されることになった彼女は、しかし彼が病に伏せている間に、己が人間でないということを陰陽師──安倍晴明に暴かれてしまう、という話だ。

 この話にはまだ続きがあるが……今日はここまでにしておこう。

 何と言うか……難しい話だった。伝説と奇譚というタイトルなだけあって、想像の余地を残した書き方であるがゆえに。

 玉藻の前は、本当に九尾の狐なのか、という疑問。九尾の狐というなら神獣だが、何故わざわざ人に化けたのか、という疑問。後鳥羽上皇が倒れたのは本当に玉藻の前の所為なのか、という疑問。

 ……ダメだ、答えなどでない。せめてペルソナが喋れたら良いんだが……気分転換に、他の妖怪についての記述も読むか。

 

 数時間かけて読み進める中で、昔の人々が妖怪とどう向き合っていたのかが見えてきた。これは自分がシャドウと対面するときにも使えそうな心構えだ。

 少しだが、“知識”と“度胸”が身に付いた気がする。

 

 

 

 

 ……そろそろ寝ようか。

 サイフォンは……やはり無視しよう。眠いから。

 

 

 




 

 知識 +1。
 度胸 +2。
 
 
────



──どこかの主人公トーク──

「氷結属性……先輩だ」
「先輩か、俺の周りには上級生がいなかったからな。どんな人だったんだ?」
「……串刺し?」
「「……ん?」」
「……あ、ブリリアント」
「……んん?」「ああ、あの人か」
「え、知ってるの?」
「強烈な人だったな」
「強烈なのか……俺の仲間の氷結属性持ちも何て言うか……個性的だったな」
「へえ、どんな?」
「芸術家」
「「個性強そう」」
「そうは言うが、そちらはどうなんだ?」
「比べたら普通。同級生で隣の席で肉とカンフーが好きで警察志望なだけだ」
「「十分すぎないか……?」」



 氷結属性といえばジャックフロスト。ジャックフロストは可愛い。つまり氷結は正義。
 まだ正式に戦ってないのに、攻撃属性だけ判明する柊さんマジパない。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 拳に乗せる想い(Do you point fists toward anywhere?)
5月18日──少女の失踪


 


 閲覧ありがとうございます。


 試験的に章タイに英語入れてみたけど、どうでしょう。え、文法あってます? 英語できないのに何故わざわざこんなのを書いたのかは自分にも分かりません……間違ってたら教えてください。

 追記)ルビ振りにできなかったので、表記の仕方変えました。

 という訳で、新章開始です。







 

 

 

 ──郁島さんが、休んだ。

 

 

 

 

 昼休みにその連絡を時坂から回された時は、ああそうなんだ、としか思わなかった。正直他の面々も、まあそういうこともあるだろう、といった反応を示していたと思う。

 しかし、時坂が、時坂だけが違和感を主張した。この欠席はおかしい。アイツの性格なら、何かしら連絡を寄こそうとするはずだ、と。

 朝、郁島さんのサイフォンに連絡を入れ、昼休みの集合場所を連絡したところ、返信がなかった。実際に教室へ行ってみると、今日は来てないと彼女のクラスメイトから伝えられたのだという。

 言われてみれば確かに、先月末に調査した彼女の人柄についての評判や時坂の言を思い返してみると、約束をすっぽかすような人には思えない。

 

『取り敢えず、欠席の理由が知りたいわね。無断欠席でなければいいのだけど』

 

 柊さんはそう言って、職員室へと向かったらしい。

 その結果は、昼休みが終わる数分前に返ってきた。

 視界の隅では、席の周りを囲まれた璃音もサイフォンを起動して眺めている。流石に緊迫した面持ちだ。

 

『皆、時坂君から連絡は行っているかしら』

『ああ、大体は把握している』

『ひょっとしてマズい感じ……?』

 

 返信が来るまでの時間が、いやに長く感じた。

 

『……ええ、案の定、“無断欠席”。学校にはまったく連絡が来ておらず、親しい友人たちも心当たりないそうよ』

 

 この欠席が異界に関連するものだとする。

 気付いたのは、実際に問題になってから。事前に手を打つことができなかった。今回は郁島さんを注意深く見守っていたつもりだったのに、だ。

 ──いや、見守ってはいなかったのかもしれない。経過だけ聞いて、見守っているつもりになっていた、といった所だろう。

 ……璃音と時坂は、大丈夫だろうか。璃音は、こうなるとは知らずに打ち上げを提案したことに。時坂は、身近な後輩をまたも巻き込んだ可能性に。お互い何か良くないものを感じすぎていないと良いんだが。

 後で、しっかり話し合わないとな。

 

 

 

 

 

 

──放課後──

 

────>杜宮高校【空き教室】。

 

 

 扉を開けた時、教室が薄暗く感じた。

 恐らく実際の視覚情報的に、そんなことはないだろう。窓からはまだ十分な日光が差し込まれていて、日差しが遮られているということもない。

 ならどうしてそう感じたか。決まっている。中に居る3人の雰囲気が重かったからだ。

 

「……ゴメン」

 

 最初に口火を切ったのは、璃音。

 俯いたままではなく、しっかりと顔を上げ、3人の顔──特に柊さんと目を合わせてから、頭を下げた。

 

「あたし、浮かれてたんだと思う。もう大丈夫って。怖いコトは終わったんだって。1人だけ、先のことを直視しようとしてなかった……ッ!」

 

 ──ホント、ゴメン。彼女は、声を詰まらせながら謝罪する。

 そんなことはない、なんて慰めは誰も口にしなかった。彼女がその言葉を望んでいる訳でないことくらい全員分かっているからだ。

 

「……そうね。でも、それは私たちも同じ」

「ああ、気を抜いたのも、注意を怠ったのも、オレら全員の責任だろ」

「まずは、この件を全力で解決しよう。起こってしまったものは巻き戻せないから、この反省を次に利用していかないと」

「……みんな……」

「少なくとも私は、久我山さんが打ち上げがしたいと言ってくれて嬉しかったわ。それだけは覚えておいて」

 

 その行為自体は、何ら悪いことではなかったのだ。

 自分と時坂も、彼女に向けて頷く。もし仮に自分と時坂、柊さんの3人だったら、打ち上げなんて絶対にしなかっただろう。そう考えると、提案自体に価値があったのだと思える。

 

「さて、取り敢えずは今日からの動きを話し合いましょう」

「オレはまず、ソラの家に向かう。直接行って反応があるか確かめてからでも遅くはねえだろ」

「そうね、久我山さんも一緒に向かってもらっていいかしら? 商店街周辺の聞き込みを担当してもらえると助かるわ」

「了解、任せてっ!」

「岸波君と私は、学内からかしら」

「ああ。時坂と璃音は異界が発生したかどうかの確認と、その場所の調査。自分たちは原因の調査、ということで良いのか?」

「概ねその通りよ。今回も連絡は密に取り合うこと。良いわね、時坂君」

「……気を付ける」

 

 ……まあ、時坂については前科があるしな。特別に注意もされるか。自分も気を付けないと。

 

 

 

 

────────

 

────>杜宮高校【武道場前】

 

 まずは、彼女が所属する空手部の活動場所へとやってきた。昨日が外練だったから、今日は道場で練習しているはずだ。

 それに、部長である寺田先輩とは前の件で少し面識がある。そういえばあの時も柊さんと一緒だったか。ミドルスクール云々の話をしていたし。

 同好会の活動を覚えてもらえているなら、話が早く通るかもしれない。とはいえ前回はたった数分の会話、可能性は高くないだろう、少しだけ期待しているが。

 

「……あれ、柊さんと岸波……?」

 

 武道場を前に立っていた自分たちにいち早く気付いたのは、相沢さんだった。

 ボーイッシュな見た目の彼女が胴着を着ていると、迫力が増して見えるな。

 ……異界のシャドウのような、陰湿な表情を浮かべてないことに少しだけ安堵した。いや、本当に。

 

「ここで何してんの? 誰かに用事?」

「同好会の活動中だ」

「同好会?」

「ああ、その関係で少し話が聞きたくて。出来れば寺田部長にもお願いしたいんだけど」

「私がどうかした?」

 

 武道場から、寺田先輩がやって来る。

 彼女は自分と柊さんを見て怪訝そうな表情をした後、何かを納得したような頷きを挟んでから、口を開いた。

 

「もしかして、この前の件を心配して?」

 

 この前の件、というと、やはり相沢さんと郁島さんのことだろう。

 しかし、本人が目の前にいる状態で詳しい話は難しい。どうするべきか。

 柊さんに視線を流す。自分の意を汲んでくれたのか、彼女が応対を始めてくれた。

 

「ええ、ですが無用な心配だったようです。やはり上に立つ人が優れているからでしょうか」

「お世辞は結構よ。本当に優秀ならそもそもそういった事態に陥らないでしょう」

「ですが、長引かなかったのも事実です」

「……取り敢えず、その賛辞はありがたく受け取っておくわ。それで、要件はそれだけかしら?」

「そうですね。出来れば郁島さんともお話したかったのですが……本日はいらっしゃらないみたいですね」

 

 柊さんの言葉に、2人の表情が曇る。

 彼女たちも時坂同様、郁島さんの無断欠席に不信感を抱いているのだろうか。

 

「そうね、今日は学校自体を欠席したみたいよ」

「そうですか、残念ですが欠席なら仕方ありません。……そういえば岸波君は確か、昨日郁島さんと話したのよね? 体調悪そうだったのかしら?」

「いや、特に何も感じなかったが。風邪の症状とかも出てなかったし」

「……だとしたら、少し心配ね。何かあったのかしら。失礼ですが、お2人は何か事情などを聞いていたりは」

「……ないね」

「私もないわ。でもまさかソラが無断欠席なんて、本当に心配。少し前にもしてたけど、その時は入院にまで陥っていたみたいだから」

「……でも体調不慮の前兆はなかったんですよね? 最近様子が変だった、とかもなかったんですか? 予兆もなしに休むとは思えないのですが」

「あたしもそう思うけど……」

 

 彼女たちは、目を合わせた。言うべきか言わぬべきか、迷っているような顔だ。

 ……それらを強引に引き出すような話術など、今の自分は持ち合わせていない。

 

「その、どうしてそんなにソラのことを気にしてくれるのかしら?」

「それは……」

 

 寺田部長が、訝しげに尋ねてくる。同好会活動の一環とはいえ、流石に踏み込み過ぎたのかもしれない。

 郁島さんを気に掛ける理由。裏にある事情を説明しないとすれば──

 柊さんが言葉に詰まっている。先程の礼ではないが、ここは自分が応えよう。

 

「お2人が不審がるのも当然だと思います」

「……」

「それでも、お2人と同じくらいか、それ以上に心配するであろう兄弟子が、自分たちの活動仲間ですから」

 

 そもそもの発端は、彼が郁島さんの欠席に疑問を抱いたから。

 不安かもしれない。責任を感じ過ぎているかもしれない。

 自分はそれを晴らしたいと思っただけだ。

 

「仲間の不安を払拭してあげたい。それだけですよ」

「……彼には身内に甘いところがあるので。ご協力していただけると、助かります」

 

 柊さんが頭を下げる。茶色い長髪が地面に着くかもしれないといった程度に、腰を折っていた。

 自分も同様に低頭。純粋に、話を聞かせてもらいたい。それだけだから。

 

「……ソラね、何というか、最近練習に身が入ってなかったのよ」

「真剣でなかったと?」

「いいえ、真面目だったし、真剣だったとは思う。けど、“全力でなかった”と言うべきかしらね」

「真剣でも、全力じゃない……?」

 

 いたずらに手を抜いていた訳じゃなさそうだ。

 ただの体調不良か?

 

「そのことについて、何か本人とは話されました?」

「……一応。部活後に公園に寄って話とかは聞いてみたんだけど、笑って誤魔化された」

 

 つまり、言いたくなかったということか。

 不安を掛けまいとして黙っていたなら、まだいい。異界や検査入院を経て起きた体力の減少などに、身体や心が着いていけてないとかだったとしても、時間が解決してくれる問題だろう。

 でも、そうでなかったとしたら?

 

「「……」」

「柊さん、岸波?」

「あ、ああ、すまない」

 

 つい考え込んでしまった。結論を出すには、まだ早い。

 

「……今日は、ありがとうございました」

「いいえ。私達も出来る限りソラのサポートをするつもりよ、もし良ければだけど……」

「はい、こちらからも時坂君を通してアプローチを掛けてみます」

「お願いするわ」

 

 話し込んでしまったわね、と寺田部長は時計を見る。

 経過した時間は10分以上。部活動中にこれ以上時間を割いてもらうのは難しいだろう。

 一応、今後何かあった時の為に連絡先を交換した後、彼女たちは話し合いを終えようとした。

 

「そろそろ私たちは練習へ戻るわ」

「ええ、お時間を頂いてしまいすみません」

「良いのよ。その、時坂くんにもよろしく伝えておいて頂戴」

「じゃあ柊さん、岸波、また」

「ええ、相沢さんも」

 

 2人の背を見送る。

 空手部の仲は大分改善されたみたいだ。実際に話してみて、彼女たちの想いがよく伝わってきた。

 だからこそ、今回の件、大事に至っていないと良いけれど。無事な可能性が調べれば調べるほど減っていく。

 ……準備だけは、しておかないとな。

 

「ひとまず今日は、ここまでにしましょう。明日、時坂君と一緒に1年生への聞き込みに向かってもらって良いかしら?」

「良いけど、今日じゃないのか?」

「ええ、色々と理由はあるけれど、最大の理由は私たち2人だからよ」

「?」

「時坂君が居たなら、前回の調査も踏まえてそのまま向かったでしょう。話しかけるべき対象も覚えているだろうし、1度でもコンタクトを取っている人からの情報の入り具合は違うわ。久我山さんも知名度的に、話しかけてコミュニケーションを成立させることが可能だと思う」

「……なるほど。自分は勿論、帰国子女である柊さんも直接的に1年生との関わりがないのか。郁島さんとの関係性も薄い」

「ええ。恐らく話しかけても、『なんだろうこの先輩』と思われるのが順当でしょうね」

 

 まさか金銭や物で釣るわけにもいかない。こればかりは、仕方のないことと言えるだろう。

 これは、課題だな。他学年の生徒とのコミュニケーション。でもきっかけがないと……これも、解決した後には考えておかないと。

 

「それじゃあ、解散だな」

「ええ、今の会話結果は私がまとめて送っておくわ」

「ありがとう」

「では、また明日」

 

 茶髪を揺らし、去っていく柊さん。

 ……自分も帰ろう。

 

 

 

 

──夜──

 

────>【マイルーム】。

 

 

 どうやら時坂たちの方は、めぼしい情報を手に入れられなかったらしい。

 それでも分かったことと言えば、郁島さんが“家に居なかった”こと。

 それこそ病院に運ばれてでもいない限り、説明がつかなくなった。

 現状得られている最後の目撃情報は、昨日の夕方。一回帰宅する所を、商店街の面々が目撃しているらしい。その後ジャージに着替えてランニングへと向かったらしいが、どこで足が途絶えたのかまでは調査できていないそうだ。

 

 つまり明日は、郁島さんのランニング先を突き止める班と、1年生へと聞き込みをする班に分かれることになる。

 ……詳しくは明日、だな。忙しくなりそうだ。今日はもう寝よう。

 

 




 

 という訳でソラ編、開始します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月19日──【杜宮高校】仲良くなるには

 

 

 

 放課後、さっそく時坂と合流した自分は、彼とともに1年生の教室へと向かっていた。

 

「郁島さんの友人って、どんな人なんだ?」

「明るくて、優しそうな女子だったぜ。ソラと一緒に話しているところにも何度か通りかかったんだが、結構家庭的な子だ」

「なるほど。自分の周りにはいないタイプだな」

「……それ、思っても久我山の前ではぜってえ言うなよ」

 

 確かにいささか失礼な物言いかもしれない。

 璃音か。優しくて明るい印象はあるものの、家庭的という感じはしないな。自分が彼女を深く知らないからそう思うのかもしれないけれど。

 ……そもそも璃音って、料理とか出来るのだろうか。何故か自分の頭には、『なんで出来ないのー!』と叫ぶ絵しか浮かんでこない。

 その点で言えば、柊さんなどは完璧にこなしそうだ。レシピ通りに作るタイプだろう。ただ、家庭的かと言われたら首を傾げる。将来は仕事人間になりそうだし。家庭とは程遠い存在と言って良いかもしれない。

 もしかして自分たち4人の中で一番家庭的なのは、時坂なのか? いや、彼もバイトばかりしている面を見ていると、家庭を大事にするタイプとは断言できない。身内に優しいのは確かだろうが。

 となると、残るのは自分か。……ないな。一応野菜を切って焼くくらいは出来るようになったが、それを料理と呼んでは多方面に申し訳ない。

 そもそも、自分にとって“家庭”というものが曖昧すぎて、家庭的という単語について明確な基準を持てないというのも問題だ。

 自分は、どういった家で育ったのだろう。どういう教育を受けて、どういう感情を向けられ、どういう顛末を迎え、今に至っているのか。

 

「……難しい顔してどうしたんだ、岸波」

「記憶にない過去とあったはずの思い出に思いを馳せていた」

「いったいお前の頭の中でどんな飛躍があったんだ……?」

 

 さあ?

 自分でもよく分からない。そもそも何の話をしていたのだろう。忘れるということは、どうでも良いことなのかもな。

 

 

 

 そんな無駄話をしていたら、目的の人を見つけたらしい。時坂は少し早足になって1人の女子生徒を追いかけた。

 呼びかける前に近付いて来る存在に気付いたのか、彼女が先に振り返る。

 黄色いカチューシャを付けた、ショートカットの、エプロンが似合いそうな女の子。少し大人しそうで、しかし優しそうな少女だった。

 

「あれ、時坂先輩?」

「うっす、今少し時間良いか?」

「はい、大丈夫ですけど……もしかして、ソラちゃんのことですか?」

「おう」

 

 郁島さんの友人──アユミいう少女は、尋ねる前から要件が察せたようだ。

 もしかして、彼女も何かしら気にかかっているのだろうか。

 

「すまねえ、率直に聞くが、最近ソラの様子でおかしなこととかはなかったか?」

「……思い違いでなければですけど、少し」

「教えてくれねえか、頼む」

「……そう、ですね。時坂先輩はソラちゃんと長い付き合いだと聞いています。私が覚えた違和感を、言葉に出来るかもしれませんし」

 

 何より、ソラちゃんは時坂先輩のことを本当に信頼してるみたいでしたからね。と笑う。

 彼が勝ち取った、信頼の結果だった。

 アユミの性格が良いこともあるし、郁島さんというパイプもあったのは確かだ。しかしそれでも、一か月ほどで他学年のほぼ無関係な生徒とここまでの信頼関係を築けるのは、本当に凄いと思う。

 自分なんて、まだクラスメイト全員とも話せていない。本当に時坂は、常に自分の1歩前を歩いている。異界の件も、バイトの経験も、交友関係の広さも、他にもきっと、たくさん。

 

「ソラちゃんは話すとき、普段、しっかりと相槌を打ってから話すんです。なんて言うべきなのかは分からないですけど、こう、話しやすいというか」

「ああ、分かるぜ。まず相手の意見をしっかりと聞こうとするよな。自然に、急かす訳でもなく、次の言葉を待ってくれてるような……」

「そうです、そういう感じだと思います。……なんですけど、最近は何というか、話に前のめりで」

「話の内容は?」

「“他愛のない世間話”です。昨日何したとか、何食べたとか」

 

 日常の話を、急かすように聞く……?

 どういうことだろう。話を求めるからには、彼女がそれを聞きたがっているということだろうが。

 

「……逆に、テンションが下がる時とかは?」

「私が覚えてる限りだと、ないかもしれません」

「「……」」

 

 取り敢えず、頭には留めておこう。何かしらのヒントにはなるはずだ。

 さて、自分からも何か聞いてみようか。

 

 

──Select──

 >最近調子が悪そうだったりは?

  最近、楽しそうに話していたことはある?

  彼女がよく行く場所とかに心当たりは?

──────

 

 

「調子が悪かった、とかはそこまでないと思います。この前も作ったお菓子を持っていったら、美味しいってとても喜んでくれて」

「ああ、そういえば菓子作りが趣味なんだっけか」

「お恥ずかしながら」

 

 なるほど、家庭的、というのはここから来てるのか。

 そういえば確かに自分も、最初、エプロンが似合いそうだなと思った気がする。

 

「そういえば、私、約束してるんです、ソラちゃんと。部活の大会が終わったら、一緒にお菓子作りしようって」

「へえ、昔は空手しか目に入ってなかったあのソラが……」

「最近は料理にも挑戦してるみたいで」

 

 感心したように頷く時坂。何だろう、妹の成長を実感した兄ってこういう感じなのだろうか。確かに兄妹弟子らしいけれど。

 しかし、後輩たちも女子とはいえ料理がしっかりできるのか。自分も時間があったら頑張らないといけない。

 

 

──Select──

 >最近、楽しそうに話していたことはある?

  彼女がよく行く場所とかに心当たりは?

──────

 

 

「楽しそうに……」

「自発的に話していた内容で、楽しそうなことってなかった?」

「……さっきの料理の約束をした時もそうでしたが、基本的に未来のことを話すときはいつも楽しそうです」

 

 とても前向きな人らしい。

 いや、本当にただ前向きなだけなら、異界は発生させてないか。璃音が良い例だ。前向きであっても、どこかに影が生まれる。郁島さんが楽しそうだったというならきっと、話題は彼女の抱える問題から逸れていたのだろう。

 ……なら、郁島さんの不安事は“今、もしくは過去のこと”ということか?

 

 

──Select──

 >彼女がよく行く場所とかに心当たりは?

──────

 

 

「よく行く場所……記念公園とかですかね。よく部活の先輩とトレーニングをしてる話を聞いてますから」

「先輩って……ああ、相沢か。そういや一緒に走ってるところを見たって話を前に聞いたな」

 

 ……時坂が報告を忘れて、柊さんに咎めるような視線を向けられたうちの1つか。

 一通り情報収集が終わって、柊さんと璃音の方に進展が無ければ、全員で行こうと提案してみよう。

 

 ……今の自分が聞けるとしたら、こんなところか。

 

「時坂、他に何かあるか?」

「……いや、大丈夫だ。助かったぜ、話を聞かせてくれて」

「いいえ、お役に立てたなら……あの、もしかしてソラちゃんに何か?」

 

 アユミの瞳が少し潤んでいる。

 心配なのだろう。出来たばかりの友達だと思うが、それでもその仲を大切に想っているのは、今までの会話からも察せられた。

 

「いいや、何ともないとは思うけど……自分たちに任せてくれ」

「でも……あの、もし何か、できることがあるなら」

「大丈夫だ、万が一何かあったとしても、オレたちがどうにかする」

「きっとすぐに笑顔で登校してくるはずだから、その時は笑って出迎えてあげて」

「先輩たち……──はい、分かりました。ソラちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

 頭を下げるアユミ。旋毛まで見える深い礼。

 顔が下がっている間に、時坂と目を合わせる。

 行動は迅速。一刻も早く郁島さんを助けて、彼女を安心させなければ。

 今までも手を抜いていたわけでは決してないけれど、気が引きしまったように感じる。

 

 

 

 

 

『──以上が、校舎で集まった内容だ』

 

 サイフォンで、情報を共有する。

 柊さんと璃音は今、レンガ小路に居るらしい。郁島さんの足取りを追っているそうだ。

 

『了解したわ、ありがとう。それじゃあこっちの報告もしてしまうわね』

『郁島さんが最後に見つかったっぽい場所、分かったよ』

 

 その場所は、自分が後で視察を提案しようと思っていた場所。

 

『【杜宮記念公園】』

 

 

 

 

 

 

 

────>杜宮記念公園【社のオープンカフェ】。

 

 

「来たわね」

 

 息も絶え絶えに走って来た自分たちを、2人の女子生徒が迎える。

 テーブルの上には、飲み物が2杯とデザートが一食分。

 空いてる席を指して、取り敢えず座りなさい、と腰かけを促した。

 

「急ぐ気持ちは分かるけれど、焦り過ぎれば本末転倒よ。少し休憩してから行きましょう」

「うんうん、万全なパフォーマンスには、適度な緊張とリラックスが必要ってね!」

 

 そう言いつつ、甘い物を笑顔で頬張る璃音に、緊張感はどこへ行ったんだとは聞かないでおこう。

 

 それに必要な休憩とはいえ、ただ時間を浪費するわけにもいかない。綿密な情報共有には良い機会だ。

 

 

 

 

「なるほど」

 

 少しの時間を使って、自分たちが聞いた話と、その感想、違和感や疑問点などを伝える。

 柊さんも璃音も、真面目に聞いてくれた。

 その上で、璃音は腕を組んで悩み、柊さんは険しい顔をしている。

 

「郁島さんは自分の感情を隠すのが上手だったみたいね。もしくは触れられないような特異な悩みだったのか。どちらにせよ、これ以上情報収集しても大した効果は出ないでしょう」

「あ、ちょっと待ってアスカ、学校以外の話とかなら、親にしてるかもしれなくない? 時坂クン、どうにかして郁島さんのご両親と連絡とれないかな」

「そうだな、一応試してみる。1日貰っても良いか?」

「ええ、確かに盲点だったわ。有り難う、久我山さん」

「ううん、大丈夫」

 

 自分も気付かなかった。凄いな、璃音は。確かに、もし学校での悩みなら、学友以外の近しい人に相談していてもおかしくない。

 ……そういうのも、家族のありがたみなのだろうか。

 

「何にせよ、少し厄介ね」

「情報が集まっていないことが、か?」

「ええ、シャドウの説得の難易度が増すもの」

 

 それは、そうだ。何かしらの問題点が分かっていれば、相手に合わせやすいし、こちらも対策が立てやすい。心構えもできる。

 だが、それがまったくできない。どんな問題が飛んでくるか分からず、相手が何を言われたくないのかも分からない。

 まるで国語の試験のようだ。

 

「柊さんはシャドウの説得の時に気を付けていることとかあるか?」

「……そうね、もう3人とも経験したし、良いかしら。私が常に気を付けているのは、“決めつけない”。“一般論に逃げない”。“適材適所”。くらいかしら」

「あー……なんか分かる気がする」

「オレもだ」

「自分も、何となく」

 

 “決めつけない”。

 相手の問題が何で、こう言うべきだという確信は持たないこと。

 常に相手の言動が一歩上を越えてくると考え、備えること。

 

「なにより大切なのは、相手が“そうであると思い込んでいる”ことよ。論理の飛躍も有り得るわ。自問自答などを経て、その答えに行き付き、縛られた結果が、異界として表れているのだもの」

 

 故に、油断も慢心もするな。と彼女は言っている。

 

 

 “一般論に逃げない”。

 これはある意味、分かりやすい。

 感情的になっている相手に正論をかざした所で、効果は薄いだろう。

 自分の言葉で、自分の心をぶつける。そうして、相手にそうかもしれないと思ってもらうのが、自分たちのする、“説得”というものだ。

 

 

 “適材適所”

 これは……どういうことだろう?

 

「適所適所って?」

「そうね、例えば……そうそう、時坂君。貴方、昨日もまた夜遅くまでアルバイトしていたわね」

「は? ンだよ急に」

「貴方が思っている以上に夜は危険よ、すぐに止めなさい。何かあってからじゃ遅いわ。九重先生や倉敷さんにまだ心配かけるつもり?」

「いや、マジで何なんだよ。だいたいお前には言われたくねえ。危険度が高いのもそっちだろうが」

「……ええ、その通りだわ」

「?」

 

 時坂が首を傾げる。

 だが、客観的に聞いてれば、何故急に柊さんが説教し始めたのかよく分かった。

 

「“お前が言っても説得力ない”って思わせないことが重要、ということか」

「そういうことよ。突然ごめんなさいね、時坂君。例とは言え少し強引だったわ」

「……そういうことか。いや、別に構わねえよ。こっちこそ強い言い方しちまって悪い」

「謝ることはないわよ。私がそう言わせたようなものだから」

「なら柊も謝んな。説明する為の例なんだから、必要なことだろ」

 

 いや、手近だったから使っただけで、誰も傷つけない例は出せたのだけど……とでも言いたげな顔を柊さんがしている。本当に。もしかしたら一言一句合ってるのでは、と思うほど分かりやすい。

 まあ、言わない方が良いか。

 その後も謝り合う2人を見てると、璃音が席を近付けてきた。

 

「いやあ、あの2人ホント仲良いよね」

「? 時坂と柊さんのことか?」

「4人しかいないココであたしがキミに話しかけてるのに、他に候補が居る?」

「いないな」

 

 でも確かに、2人は仲が良い。口喧嘩のようなものはよくしているが、根本的にお互いを信頼しているのが伝わってくる。自分たちが知らない2人の出会いが、それらを築いているのだろう。

 

「なんか悔しいよね、あたしもアスカともっと仲良くなりたいなあ」

「焦ることもないんじゃないか?」

「でも、せっかくこうして仲間になった訳だし、もっと仲良くなりたくない?」

「まあ、確かに親しくはなりたい」

 

 それは、誰に対しても言えることだ。

 柊さん相手にもそうだし、時坂にも、璃音にも、勿論ここにはいない美月や他の人たちにも。

 でもその一方で、全員に“壁”を感じているのもまた確かだ。柊さんに然り、時坂、璃音にも、接していると痛感する。

 だからこそ、人と仲良くなるには必要なのは、まず時間である、と自分は考えた。

 

「気長にいこう」

「ヤだ」

「──ん?」

「アスカー! 今度2人でお茶しに行こ! あ、最早学校中で有名になりつつあるザビくんも2人で話したいコトがあるって!」

「……っ」

「ちょ──」

 

 い、いきなりなんてことを言い出すんだ……いやそれ以上に無視できない情報まで上がってきた。学校規模で自分の名前が有名になっているのか!? そもそもフランシスコ・ザビ云々は名前というか、いやまあ名前だけどそうじゃなくて、ソウルネームというか何というか……!

 ビクンと肩を震わせた柊さんは、なんとも表現しがたい顔でこちらに視線を向けてくる。睨んでいるのか、笑っているのか、怒っているのかが分からない。全部交ぜたような表情だ。

 

「そ、そう……まあ今度、時間があれば、ね」

「やった! 約束だからね!」

「……自分もか?」

「……べ、別に、乗り気でないならやらなくてもいいけれど」

「……いや、頼む」

 

 いいのかなあ、と思いつつ、機会があったらご一緒する約束をした。

 

 

 

 そろそろ異界化の調査を再開しましょうか。と柊さんが席を立つ。

 自分たちも各々移動する準備を始めた。

 そんな中で、璃音が声を掛けてくる。

 

「誰かと仲良くなるのに時間なんて関係ないと思う。大事なのは、勇気じゃないかな」

「……勇気」

「そう、勇気。心を開いて、自分から誘うことが、大切なんだと思うよ」

「……凄いな、璃音は」

「あたしは、キミもその勇気を持ってると思うケドね」

「えっ」

 

 どういうことか聞こうとしたが、璃音は既に歩き始めていた。

 ひょっとして、励ましてくれたのだろうか。

 スミレ色の髪が風に揺れつつ遠ざかっていく。

 見ていると、何だか心が温かくなった。

 

 勇気……心を開く勇気か。

 確かにそれも、友情を築く上では大事なのかもしれない。

 というか自分は、いつの間に尻込みをしていたのだろうか。少し内気寄りな考え方になっていたな。

 

 ……しかし璃音は何を以て、自分に勇気があると言うのだろう。

 とにかく、彼女は自分をしっかりと見て、彼女自身の価値観で、評価してくれているらしい。

 

 ……彼女との会話に、新たな縁の息吹を感じる──

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“恋愛” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 気付いたら3人とももう結構離れてしまっている。追いかけないと。

 ……そういえば、そもそもどうやって異界を探すのだろう?

 

 

 





おまけ。

 ~~if 2週目ザビ子の場合~~

「いやあ、あの2人ホント仲良いよね」
「うん。でも、わたしと璃音も端から見たら仲良いと思う」
「そ、そう……? っていうか、端から見たらって本当は仲良くないみたいじゃん」
「だって、ほら、まだもっと仲良くなれるでしょ、わたし達」

 あ、ああ、うん、そだネ……と何故か赤くなった顔を背ける璃音。
 どうしたんだろう。
 まあ、急に体調を崩したとかじゃなさそうだし、大丈夫だよね。
 
「でも確かに、柊さんとも仲良くなりたいな」
「だ、だよね! うん!!」

 嬉しそうに胸の前で拳を握る璃音。相変わらず、喜怒哀楽が激しい。
 一方の明日香はどちらかと言えば、クール系だ。眼鏡を掛けていたらさぞ知的なキャリアウーマンになっただろう。
 でも、ちょっと慌てた所も見てみたいような……いや、わざわざそんな氷漬けにされるようなことはしたくない。時坂じゃないんだから。

「アスカー! 今度一緒にお茶しよっ!」
「……どうしたというの、急に」
「別に、もっと仲良くなりたいなって! ほら、今や全校規模で有名なあのザビ子さんもアスカと1対1でゆっくり話してみたいって言ってるよ!」

 ついにわたしの真名も、校内に轟くようになったか。
 うん、悪くない。
 でも、柊さんは何が面白いのか、とても震えている。困った、俯いているから顔も合わないね。
 ……仕方ない。柊さんの前にしゃがみ、手を握る。こうすれば、意識がこちらに向くはずだ。
 
「どうかな、柊さ──ううん、明日香。今度、少しで良いからわたしに、あなたの時間をくれない?」
「……え?」
「聞いたと思うんだけど、わたしも2人きりで話してみたかったんだ。どうかな?」
「え、ええ……いくらでも、付き合うわ」
「いくらでもって……それじゃあ遠慮なく。たくさん付き合ってもらうからね?」
「は、はい。光栄です……」
「ふふっ、何それ」




 →コミュ強制発生させて直後にランク急上昇。心をばっさり開いた結果、次のデート(仮)で問題発覚からの解決でコミュマックス。
 RTAどころじゃない……なんだこれ。
 注)もちろんザビ子は普段からフラグ乱立させてたので、アスカがちょろいのではありません。ちなみにリオンはコミュマ済。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月20日──【マイルーム】柊 明日香の義務感




 誤字報告を頂きました。誠にありがとうございます。
ペルソナを原作のクロスオーバー元の1つとして使用しているのにも関わらず、技名を度々間違えるという失態。以後、気を付けます。
 また何処か見つかりましたら即刻直しますので、協力していただけると助かります。



 

 

 

 日曜日の早朝。サイフォンを起動し、ぼやけた視界で時間を確認すると、まだ5時。日の出から1時間も経っていない。

 違和感があると思ったら、そんなに早い時間だったのか。

 とはいえ、もう一度眠るほどの睡眠欲はない。まあたまには良いかと、そのままサイフォンを弄る。

 ふと、メイン画面の端に配置された新しいアプリケーションに目に留まった。

 見覚えのないアイコンは、昨日追加インストールされた《X-Search System “Echo”》というサーチアプリ。異界の発生を調査できる、摩訶不思議技術の結晶だ。ちなみに、最初のXが異界(Xanadu)を指しているらしい。

 このアプリがインストールのは昨日。郁島さんが基点と推測される異界が発見された後のこと。

 

 これを使って異界を探す必要性は、今はない。しかし、それとはまた異なる所で重要な役を任されたことを思い出した。

 

 

────

 

 

「前回同様、探索指揮は岸波君に一任するつもりよ。今回は私も探索に参加するから、私も含めて4人班として指示を出してもらうわ」

「自分が?」

「柊がやるんじゃねえのか?」

 

 前回はまだ分かる。自分の力の見極めるや、その他多くの意図を隠して巡らせていたのだろう。

 だが時坂の疑問が尤もだ。見極めのはずの1度目を終え、かつ経験者である柊さんも加わった状況下で、自分がその役割を担う必要性が分からない。彼女が行うのが最も合理的でかつ安全だと思うが。

 

「岸波君の力は便利な反面、活かすことが最も困難よ。探索中にペルソナや技がどんどん増えるし、仮にすべてを活かすなら、すべてを把握している本人の判断が必要不可欠。だといって、それをいちいち確認するというのも手間だわ」

「なら、遊撃という形で自由に動かしても良いんじゃないか?」

「戦術として組み込めるものとそうでないものは、運用のメリットに大きな差が出る。遊撃運用するとしても、どのタイミングで、何をするかが分からなければ、陣形が乱れることもあるから。かといって指揮下にない文字通りの遊撃隊なんて、最早他勢力みたいなものだわ」

 

 

 ……もしかすると、話の根幹にあるのは、柊さんが自分へ向ける信頼度の低さなのかもしれない。

 例えば彼女が作戦を立てていたとしよう。自分がそれを読み取り、力添えできるような存在なら、遊撃を認められていたのではなかろうか。

 単に柊さんは、自身が周囲をチームとして率いた際、別動隊とした岸波白野の行動が、作戦妨害や遂行阻止に繋がる可能性を危惧しているように思える。

 考えてみれば当たり前だ。柊さんからすれば自分は、初戦闘から一か月足らずの新米。信頼より心配が勝るに決まっている。何があってもフォローできる体勢を、彼女なりに選んだのだろう。

 

「逆に岸波君をリーダーとして据えると、岸波君だけが気付ける最適解へと向けて人を動かし、最短で盤を詰められるようになる。これが、現段階での理想ね」

「自分の思う、最適解」

「尤もそれを的確に見極め、判断するには、相応の修練を積む必要があるけれど」

 

 求めるものは最適解のみ。

 ただ単純に答えを出すというなら、柊さんは勿論、他の2人にだって出来るだろう。

 その中で自分を選んだのは、自分が流動的な切り札を持っているから。

 つまり自分に求められているのは、多種多様な手札、戦法。判断力。すべてひっくるめての経験といった所か。

 ……まずは自分自身が取れる戦法の理解と、周りの戦い方の把握だな。

 

「……暫く鍛練に付き合ってくれると助かる」

「勿論よ、成功を確実なものにする為なら、助力は惜しまないわ」

 

 平然と言い切る柊さんが頼もしい。どちらにせよ、今回は彼女の戦い方などを見て調整する時間が必要だ。あと気にするべきは、救出期限だな。

 

「今回の異界攻略、期限は?」

「前回同様、最大で20日よ。多めに見積もっても“6月7日”までに救出すべきね。万全を期すのであれば、5月中に異界を攻略する目途が付いていることが好ましいかしら」

「なら“今月中”をひとまずの目標としよう。そうは言っても勿論、なるべく早くで。さすがにそんな長期間欠席させる訳にもいかない」

「あ、そっか。郁島さんは4月にも異界関係で連続無断欠席あったし、ちょっとヤバいかも」

「前回のは恐らく何かしらの形で対処されているはずだけれど……そうね、少し考えてみるわ」

「考えてどうにかなる問題なんだ……」

 

 唖然とする璃音。今の発言を深読みするなら、学校の出席程度、どうとでもなるということだ。

 そんな邪推を、柊さんは受け流す。肯定も否定もしない。

 

「それでは、今日は解散にしましょう、以後、異界へ挑むタイミングは岸波君に一任するわ」

「……分かった。少し時間は貰うけど、さっきも言った通り、なるべく早く行動していこう」

「オッケー、あたしの方も個人でもう少し調べてみる!」

「オレも色々当たってみるつもりだ」

「心強い。それじゃあ、明日からまたよろしく」

 

 

────

 

 

 

 突入のタイミングは自分が計るよう指示を受けている。

 自分に出来ることは、全員が絶好調で挑める時期を探り、必要があれば各自に働きかけていく、といった程度だろう。

 また、まだ不足している情報もあるはずだ。色々な場所を回ってもいいかもしれない。

 

「まあとにかく、今日の予定は──」

 

 確認しようと考えた時、サイフォンが着信を知らせてきた。

 個人チャットだ。

 送信者は、美月。

 

 

『岸波くんは先輩と同学年と後輩だったら、どれに一番魅力を感じますか?』

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 突然なにを、と言いたかった。もしも相手が時坂や璃音なら、遠慮なく聞いただろう。

 だが美月は唐突に意味のない文を送ってくるような人間ではない。

 友人とはいえ、わざわざサイフォンで雑談をする程の間柄ではなかった。

 

 

 

 しかし、魅力、魅力を感じるときたか。

 

 

 …………駄目だ、質問の意図がまったく分からない。

 

 

 ……と、取り敢えず答えなくては。

 先輩と、同学年と、後輩。正直、身分や年齢、所属に魅力は感じたことはないが、無理にでも答えを出すなら、出すなら──

 

「…………」

 

 ──後輩、かな。

 

 

 

『後輩ですね、分かりました。柊さんにも伝えておきます』

 

 

 ……何で!?

 

 

 

 

──昼──

 

──>【駅前広場】。

 

 

 今日は、柊さんと会う予定だ。使える技や戦い方などを直に見せてもらう約束をしている。

 だというのに、心の底からここに来たくなかった。言うまでもなく朝の一件が故だが。

 ……結局何だったのだろうか、あれは。

 

「さて、柊さんは……」

 

 居た。【オリオン書房】横の通路に立っている。

 声を掛ける直前、柊さんはこちらを向いた。その表情を読み取ることはできない。

 待たせた不満や、美月からの連絡に関する鬱憤なども見えないが……どうだろうか。

 

「すまない、少し待たせた」

「いいえ、大丈夫。それより、準備は万全かしら」

「ああ」

 

 回復道具はもちろん、サイフォンに装備できる付属品は一通り持って来ている。恐らく不足するということはない。

 それにしても、良かった。対応も普通だ。安心して今日1日を共にできる。

 

「ああところで、年下趣味の岸波君」

「……えっ、いや、あの別に年下趣味というわけでは」

「貴方の趣味嗜好にあったプレゼントを用意したわ」

「……プレゼント?」

 

 

 ひどい中傷をされた。まあ自分の言ったことだから間違ってはないのだろうが。

 

 サイフォンを出して、と言われたので、ポケットから取り出す。どうやら物ではなく、何かのデータを送ろうとしているらしい。

 少し容量の大きいシステムの受信が始まった。ダウンロード完了までの所要時間は、30分程度と表示されている。

 

「受信段階で30分なら、展開して起動するころには日が沈んでそうね。種明かしは後のお楽しみにして、早速本題に移ってもいいかしら」

「……ああ」

 

 彼女にすべてを明かす気がないなら仕方ない。

 移動を始めよう。

 

 

──>異界【忘却の遺跡】。

 

 

 最初に戦い方を教わった異界だ。

 けっこう頻繁に来ていた為、懐かしさなどは特にない。

 

「柊さんは確か、氷属性のペルソナを持ってるんだよな?」

「ええ。──来なさい、“ネイト”!

 

 胸前にサイフォンを持って来て、華麗に指を振り抜く。スライドされた画面に、“Persona”の文字列のみが表示された。

 柊さんの長い茶髪が逆巻きはじめ、彼女の背後に大きなシルエットが浮かぶ。

 全体像は人間の女性に近い。特徴は雄々しさあふれる獅子のような顔付き。

 それでいて手に持っているのは、片手に機織道具、片手に碇マークのようなもの。それでいて腰には杖が掛けられていた。戦闘的なのか家庭的なのかどっちなんだ。

 ネイト、と言ったか。聞き覚えがあるようなないような……今度調べてみよう。

 

「使用可能な技は、弱めな氷結攻撃(ブフ)と、同程度の全体氷結(マハブフ)攻撃阻害(タルンダ)単体小回復(ディア)、の4種類」

 

 ……恐らくだが、自分たちの成長に合わせた能力を開示しているのだろう。彼女が今明かしたデータは、自分たちの実力と大差ない。

 だが、そこを突っ込むべきでないのは分かった。わざわざ本気を出してもらう訳でもないし、何より彼女が隠した方がいいと考えたなら、そうなのだと思うから。

 

「ソウルデヴァイスは、“エクセリオンハーツ”。細剣型で、近接戦闘が中心になるわ」

 

 フェンシングの剣を、両側から持ちやすいように変形させたような持ち手の細剣だった。

 自身が言うように、中距離も戦える時坂の“レイジングギア”に比べれば、刀身が細く短く、しかし鋭そうに見える。

 

「早速実戦といきたいのだけど、準備は?」

「大丈夫だ、行こう」

 

 自分のソウルデヴァイス、フォティチュードミラーを展開する。

 まずは軽く、5体くらい倒せればいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 やはり根本的に、経験者である彼女は身のこなしからして違う。

 探索の1つを取っても無駄がなく、動きも洗練されている。攻撃の合間合間に隙が少ないばかりか、初めて合わせる自分の打撃に間髪いれず続き、華麗な連撃を繰り広げていた。ペルソナ攻撃にしてもほぼ同じ。

 共通して、まずは弱点を見抜くことに尽力し、相手への優位を与えないような容赦のない立ち回り。

 時坂の怯える理由がなんとなく分かってしまった。この前は見捨てて悪かったと、今なら少しだけ思う。

 

 目標数のシャドウを倒し終えた彼女は、納刀するような動きでサイフォンにエクセリオンハーツを収納。

 その行動まで見届けると、思わず感動の声が漏れた。

 

「凄まじいな……」

「ありがとう。一応、前線で戦ってきた身だもの。おふざけで名乗れる程、対シャドウ案件のプロの職は軽くないわ」

 

 対シャドウ案件。名前の通り、シャドウが発生する事件で、ペルソナ使いが対処に当たらなければならないものなのだろう。

 しかし、以前美月の話にもあったが、本当に杜宮以外でも起きているのか。

 

「柊さんはどれくらいの期間その案件とかに関わっているんだ? きっかけとかあったのか?」

「……それを知ってどうするの?」

 

 明らかな拒絶の色を、返答に含ませられた。同時に、軽くではあるものの敵意のようなものを向けられる。こんなに明確なものは最初の邂逅以来だろうか。

 どうやら、踏み込んで欲しくない所に立ち入ってしまったらしい。

 己のルーツを明かしたくない。これもまた、信頼感の低さだろうか。

 

「良い機会だから言っておくけれど、興味本位で首を突っ込むのは止めなさい」

 

 睨み付けるように、彼女は言う。

 

「岸波君と久我山さんはそれぞれが持つ力の特殊性に、“様々な者たちの思惑”が重なって、経験を積ませるべきという結論に至ったに過ぎないわ。ひとまずの安定を得て“表”の日常に帰りたいなら、“裏”は覗かないに越したことはない」

 

 様々な者の思惑。自分たちが力を付けることが何かしらの得につながると考えている人たちが居る。その人たちのなかに柊さんが入っているのかは分からないが、自分たちの与り知らぬ所で、幾度となく協議されたのかもしれない。

 そんな中で恐らく、柊さんは自分たち一般人を巻き込むのに、もともと反対だったのだろう。

 彼女の言葉はまるで、哲学者ニーチェの主張に通じている。関わり続けることで、失われるものがある、とでも言うかのごとく。

 

「さもないと、戻れなくなるわよ」

 

 いや、そう言っているのだ。きっと彼女は、自身が“成り果てた”存在だと認識している。その理由も比重も分からないが、異界対策は彼女にとって、自分に考え付かない程に重い意味を持っているのかもしれない。

 

 

 表と裏。

 現世と異界。

 生物と異形。

 平穏と戦闘。

 前者の中で生きたいなら、後者は関わらないに越したことはないもの。それら2つは本来相容れない。すべてが終わって見ないフリというのは、そういう意味で正しい選択なのだろう。

 だが、自分にそれが出来るかと問われれば、答えは否だ。

 仮に彼女が先達として、自分らを元一般人を引き返させる義務を負っていると思い込んでいるとしても、その思いには答えられない。

 

「自分が力を付けているのは、自衛の為じゃない。誓ったからだ」

「何を?」

「“悲劇から目を逸らさない”ことと、“出来ることをする”ことを」

 

 ペルソナ使いとなったあの日、諦めることを拒絶した。

 自分の生を繋げてくれたものに感謝するために。自分の生に意味を見つけることを。

 その想いは、今でも変わらない。

 自分に出来ることをし続ける。それこそが、自分がここに居る理由の証明につながると思うから。 

 

「だからすべてを解決するまで、起こり得る災いからは目を背けないし、現状にだって満足しない。自分は無力だから、力を付けて、力を借りて、やれることを増やす」

 

 無力。今の自分には殆ど何もできない。

 買われているのは将来性、未来の価値。タイプワイルドという特異なペルソナ能力と、その他何かを期待されて、今この自分は存在出来ている。

 見出された恩に応えるには、そうなる以上の努力をしなければならない。

 1人で出来ないことがあれば、誰かの力を借りて。それでもできなければ、一緒に努力してでも、自分は──

 

 

「……はぁ。どうせそう答えるであろうことは分かっていたけれど、どうして時坂君といい岸波君といい、杜宮の男子は……」

 

 

 呆れたように、しかしほんのわずかに口角を上げて、彼女は額を手で押さえた。

 時坂とも同じような話をしたのか。その言い方だと、彼も自分と同じように言って関わり続けることを申し出たのだろう。

 

「私の意見は変わらないわ。裏の事は裏の人間に任せて、幸せな日々を送って欲しい」

「柊さんの思うそれは安定した日々かもしれないが、それが自分にとって幸福とは断言できない。理想を切り捨てて得たもので、満たされるとは思えないから」

「なのでしょうね。……とても度し難いけれど」

 

 唇をかむ彼女は、数秒黙った。

 まるで自分の中の意見を押し殺すように。

 

「取り敢えず、当分の間は力を貸すわ。どちらにせよ、力を付けてもらわないことには肝心な時の自衛すら出来ないもの」

「ああ、ありがとう、柊さん」

「礼は要らないわ。あと、柊で良いわよ。時坂君もそう呼んでいることだし、指示を出すのに単語は短いほうが良いでしょう」

「……じゃあ柊、今後ともよろしく」

「ええ、長い付き合いにならないことを祈っているわ」

 

 

 

 

 その後も用心しつつシャドウを倒し続け、連携を強化していく。ある程度の動きや特徴、得意パターンを確認した自分たちは、日が暮れる前に解散することに。

 

 

「少し言い過ぎたかもしれないけれど、覚えておいて」

 

 別れ際、柊は謝罪とともに念を押すように言う。

 日常に戻りたければ、必要以上に関わろうとしないこと。関わるべき存在と関わらなければならない存在は、似たようで違うのだということを。

 

「辛くなったら、いつでも言って頂戴、それじゃあまた」

 

 最期に掛けた言葉は、心配する気持ちだった。

 自分が頑なに聞き入れないが為に厳しい言い方をしているものの、彼女の根は善良なのだと思う。

 

 少し、柊のことが分かった気がした。

 

 

  

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“女教皇” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 

 ……自分もそろそろ帰ろうか。

 

 

 

 

 

──夜──

 

 

 何かを忘れている気がする。

 果たして何だったかと思案しつつ、椅子に深く腰掛けた。

 宿題は、今終わらせたところだ。テスト明けということもありそんなに難しいものはない。

 いや、課題の難易度なんて今はどうでもいい。大事なのは、この違和感。

 何となく気を紛らわすものが欲しくて、サイフォンを手に取った。ロックを解除する。

 

「……なんだ、このアイコン」

 

 朝もそうだが、夜もまた見覚えのないアイコンが追加されていた。

 朝は単純に寝ぼけていて忘れただけだったが、こちらは本当に覚えていない。

 

 今日あったことと言えば……ああ、朝のメールの件か。

 そういえば異界に入る前は、何かしらの大容量データを受け取っている最中だったが、もしかしてこれが?

 

 

 

 

 アイコン画像は、薄桃色の背景に学校のようなシルエット、それと大きな“桜の花びら”。

 

 アプリ名は“AI-Navi-S”。

 

 

 起動の為、アイコンをタッチ。

 

 認証を終え、画面に映ったのは──

 

 

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが上がった。
 女教皇のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 
 何が浮かび上がったんですかね。
 
 ちなみに主人公が後輩を選んだのは、身近にいる人に当て嵌めていったら、一番後ろめたくなかったからです。付き合いの深い後輩ってまだいないので。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月21日──【教室】(ネタバレ)おみくじはスゴい……

 

 日常回。


────

 

 

 夢を見た。

 目的のない旅の夢だった。

 

 

 心は定まらず、しかし時は流れゆき。

 多くの者に迷いを突かれて、それでも少年は先へと進む。

 罠にはまっても、不意打ちを受けても、旅の終着点にすら疑問を抱いても、その歩みは止まらない。

 信頼するパートナーと共に幾多の困難を乗り越えていくその姿からは、何か感じるものがある。

 

 そして、敵対しているらしい相手からも、得るものがあった。

 敵は、老人だった。老兵と呼んだ方が良いのだろうか。

 ──己に誇れる生き方で、夢を掴むからこそ、価値がある。

 彼の瞳は、そんな信念を背負っていた。

 

 

 己に誇れる生き方。

 経験も記憶も、確立した“己”すらない岸波白野は、胸を張って生きられるような信念を持ち合わせているだろうか。

 夢の中の存在(キシナミハクノ)は、どういった答えを出したのだろう。

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──始業前──

 

 

 椅子に座り、ホームルームの開始を待っていると、サイフォンが静かに振動した。

 グループチャットに、書き込みがある。

 

『この前話に出たソラの両親について調べたぞ。共有しておきたいことがある』

 

 時坂の、郁島さんの両親についての報告だった。

 

『昨日連絡とったんだが、ソラは16日に両親へ電話を掛けていたらしい』

『というと、失踪の2日前ね』

『で、どんな内容だったの?』

『母親とは、“高校1年生の頃は何をしていたか”って話で盛り上がったらしい。で、父親とは“自分にどうなって欲しいか”で揉めたらしい』

 

 親と、揉めたのか。

 郁島さんの持つ理想と、親が持つ理想が離れていったとか、そういうことか?

 

『ソラの母親に聞いた話なんだが、父親は別に何も言わなかったそうだ』

『言わなかった?』

『『それを見つけるのも、修行の一環』だと』

『あー……そういう』

『何か分かったのか、久我山』

『うん、まあ……でも言葉にしづらいかも。とにかく、もう少し情報を集めてから言いたいかな』

『そうか』

『時坂君、ありがとう。この調子で情報を集めましょう。岸波君、異界に挑むのはまだなのよね?』

『少し待ってくれ』

 

 今の情報で、彼女の悩みに向き合えるかどうかは分からない。

 だが、異界攻略と言っても踏破するのではなく、軽い探索くらいなら修練も兼ねて行った方がいいか?

 ……そうだな。

 

『明日、途中で引き返すことを前提に入ってみよう。時間は大丈夫か?』

『オレは大丈夫だ』

『私も』

『わたしも!』

『それじゃあ放課後、空き教室集合で』

 

 ちょうど始業のチャイムが鳴り響いた。

 サイフォンをポケットに仕舞う。今日も1日頑張ろう。

 

 

──昼休み──

 

 

「おーい、テストの結果が張り出されてるぞ!」

 

 昼食中、そんな大声が聴こえてきた。

 先週行った中間テストの点数や順位が廊下に張られているらしい。

 行ってみるか。

 

 

 

 

────>杜宮高校【廊下】。

 

 

 人混みの中、自分の名前を探していく。

 ──あった。120人中48位。

 赤点科目──英語。

 

 

 

「……ん? 赤点!?」

 

 

 ど、どういうことだろうか。しっかり解けたはずだが。

 英語は担任の佐伯先生が担当している。行けば解答用紙を見せてもらえるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

────>杜宮高校【職員室】。

 

 

「ああ、岸波。丁度良かった」

「先生……」

 

 眼鏡の似合う教師、佐伯先生が自分の教務机に座ったまま、2ーDと書かれたファイルを漁る。

 そして、1枚の紙を渡してきた。

 

 自分の解答用紙。目にするのは1週間ぶりか。

 回答は一通り埋まっているが、点数の所には小さく0と書かれている。

 

「まさか自分の担当するクラスから0点が出るとは思わなかったぞ」

「自分も思わなかったです。解けてると思ったんですが」

「まあ確かに少しではあるが解けてはいたな」

「え、それならなんで0点に?」

「何でって、解答用紙の最上部をよく見るといい」

 

 最上部にあるものへ、順番に目を通していく。……不自然な空欄が、1つだけあった……

 

「……もしかして」

「ああ、名前の書き忘れだ」

 

 眼鏡をくいっと上げて苦笑する先生。そんなかっこいい動作をしてないで、点数をください。

 

「ちなみに、名前を書いていたら平均点まであと少しな点数はあったな」

「……ちなみに、赤点ってどうなるんですか、処分とか」

「ああ、来週から放課後毎日、補習だ」

 

 あんまりだった。

 規則は規則らしい。

 転入したてだから許してほしいと訴えても、どこの学校でも何の試験でも名前を書き忘れたら0点だろ、と言われて、納得してしまった。至極その通りである。

 しかし、平均点より少し低い程度の点数は取れていたのか。結構頑張れたな。

 ……補習か。学校の先生が授業時間以外にも講習を行ってくれると思えば、別に良いか。成績としては期末との合計で判断されるらしいし。

 

「他に何か聞きたいことはあるか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そうか、じゃあまた後でな」

「はい、失礼しました」

 

 職員室を後にする。

 ……いろいろ頑張らないとな。

 

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮駅【駅前広場】。

 

 

 今日は自分の足を使って、色々な場所を回ってみよう。何か新たな発見があるかもしれない。

 そう思い、まずやって来たのがここ、駅前広場。単純に人通りが多い所で、杜宮市が東京都内であることを強く認識できる場所でもある。

 ここにある店と言えば、オリオン書房、さくらドラッグ、スターカメラくらいなものだ。一度下に降りればMiSETANやAKASIMAYAといったデパートへも行けるが、どうしようか。

 周囲を見渡す。ギターを弾いているアロハシャツの男性を見つけた。どこか見覚えがあると思ったが、よくよく思い返すと、杜宮に来た初日に彼とは話をしている。

 ……ああ、転居初日といえば、あそこも訪れたな。

 

「こんにちは」

「おや、いらっしゃい」

 

 愛想のいいお婆ちゃんが窓口に座っている。

 これも、あの時と同じ光景だ。

 

「見ない顔だけど、学生さんだね。“ウィークリーくじ”買うかい?」

「はい」

 

 向かったのは、宝くじ売り場。

 宝くじには年齢制限が確かなかったから買えるはず。前に訪れた時も、お婆ちゃんは学生にも売っているくじを教えてくれたしな。

 

「ひょっとして、買うのは初めてかねえ?」

「そうですね。何か注意事項とかが?」

「注意事項って程じゃないけど、ほら、アタリのシステムとかについては知っておかないとだろう?」

 

 確かに。買って終わる訳じゃないしな。

 

「ウィークリーくじの特徴は、1週間毎に新しいのが販売され、前の週の当選結果も分かるところさ。今買えば来週の月曜日には何等が何枚あったのかが分かるよ」

「なるほど。1枚いくらですか?」

「300円。最大の5口まで買うなら、合計で1500円だ。ちなみにくじの結果は3等まであって、1等10000円、2等1000円、3等100円だね」

 

 つまり1等が出ればその時点でプラスが確定するのか。

 …………他に使い道のないお金だ。試しに買ってみよう。

 

「5口お願いします」

「まいど!」

 

 どうでもいい話だが、『まいど!』や『まいどあり!』といった言葉はそもそも、『毎度有り難うございます』の短縮形だと思う。

 だとすると果たして、初来店や初購入の際に『まいどあり』と言うのは正しいのだろうか。それとも自分が考えている正式形が間違っているのか。どっちなのだろう。

 いや、本当にどうでもいい話なのだが。

 当選番号の書かれたくじを受け取り、財布に仕舞う。どうか収支がプラスになりますように。

 ……神頼みでもするか。このあたりで神社といえば、九重神社だろう。

 どこからか響いてくるギターの音色を背に、商店街へ向かうことにした。

 

 

────>九重神社【境内】。

 

 

 商店街を抜け、長い階段を昇り、参拝できる場所に辿り着いた。

 さて、確か先に手を洗うんだったな。

 手水舎に着く。丁寧なことに作法が一覧として書いてあったので、それに従うようにして手を清めた。

 そのまま参拝所まで歩き、お賽銭をする。

 宝くじにあたりますように。とお願いし、その後なんとなく、みんなが平和に過ごせますようにと願っておく。

 その後、巫女さんが販売しているおみくじを買った。

 

「吉か」

 

 確か、大吉の次に良かったはずだ。

 宝くじ、当たりそうである。

 

 ……せっかくだし、どこかで食事でもしてから帰るか。

 

 

 

────>レンガ小路【壱七珈琲店】。

 

 

 前にここに来たのは、一か月程前だった気がする。

 確か、初めて璃音と出会ったのがその時だった。

 ……あの時覚えた違和感は、いったい何だったのだろうか。

 とにかく、店に入ろう。

 

「いらっしゃいませ。……おや」

「あ……」

 

 入店していちばん最初に目に入ったのは、前に見たマスターと、キャップを深く被った璃音(アイドル)だった。

 

「……あっ! もしかして、追いかけてきた?」

「……ははっ」

「なんで笑った!?」

 

 いや、偶然会ってストーカー呼ばわりされるとは思わなかった。チョー失礼と呟いているが、璃音もそこそこだと思う。

 まあそれだけ、人気アイドルとしての危機感覚が備えられているのかもしれないが。

 

「璃音はどうしてここに?」

「……まあ、そのうち話すつもりだったし、別に良いんだけど。アスカのことでね」

「柊?」

 

 ……そういえば、最初に訪れた時、柊に似たような人が働いていたような。

 

「ここでバイトしているのか」

「正確には下宿する代わりにお店を手伝ってるんだって。だよね、マスター」

「はい、アスカさんにはとてもお世話になってます」

 

 なるほど、ここに住んでいたのか。

 

「ってことは、柊と璃音は近所に住んでいることになるのか」

「……言われてみれば確かに!」

 

 今度勉強教えてもらおう。と言い出した彼女に、程々にしておくよう言いつつ、マスターにランチセットを頼む。

 

「って、なんであたしがこの辺に住んでること知ってるの? まさか……」

「いや、前に同好会の話しながら送ったことあるだろ。その時の話でなんとなく気づいてた」

「ううっ……あまり言い触らさないでよ?」

「分かってる」

 

 その後は自分の住所の話になり、杜宮記念公園のマンションだと言うと、目を輝かせて言ってみたいと言い出した。それでいいのか、アイドル。

 

「あれ、そういえば岸波クン、今日はなんでココに? 捜査?」

「いや、宝くじ買って、当たるようお祈りして、今食事に来たとこ」

「……え、何してんの?」

 

 ……何してるんだろうな、ほんと。

 

 本当は情報収集に出たかったけど、1人で面識のない子を調べるのは、不可能に近かったのだ。それも駅前広場に着いてから気づいたのだが。

 ……この1日が無駄にならぬよう、宝くじの当たりにすべてを賭けたい。

 

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日は返却期限が明日までな、“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”を読了してしまおう。

 前回は玉藻の前についての記述を中心に読み進めたが、今回は逆、妖怪に対して動いた人間について考えていこう。

 平安時代以降の陰陽師として有名なのは、前回にも出て来た安倍晴明という男性を始めとし、後に土御門を名乗ることとなる阿部家、弓削、三善……あとは蘆屋道満くらいか、自分の知る限りだと。

 特に安倍晴明の活躍は、多くの物語にて語られている。そのライバル関係──として表現するのが正しいが分からないが、蘆屋道満については、そんなに書物がないにも関わらず、だ。

 

 彼らが妖に対し、どう相対したのか。その他力のなかった人間は、どうやって生活していたのか。

 数時間かけて読み進めていくと、妖怪が“分からない”ものではなくなった。分かるとは言わないが、“分からなくはない”。どう対策するのかなどは知識として分かって、どう向き合うべきかは感覚として掴んでも、結局は実戦のしようがないからだ。

 だが、“知識”と“度胸”は身に付いた気がする。

 

 ──そろそろ寝ようか。

 

 

 




 

 知識 +1。
 度胸 +2。


────



 岸波白野 金運D。
      ガチャ運A。

 きっとこんなもの。
 アルバイト以外の金策として、最終手段(たからくじ)が実装されました。この主人公ヤバい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月22日──【図書室】異界攻略 1

 

 何気に異界がオリジナルになってましたが、さして重要な部分ではありません。原作と数が合わなかったので。





 

 

 異界を探索する前に、所用を済ませておきたい。と、自分は1人図書室を訪れた。

 言わずもがな、期限の当日となった本の返却だ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 テスト期間を含む2週間だったが、両方とも読破して返すことができた。

 今回読んだのは、“季刊・ミリタリーマニア”と“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”。2冊ともかなり奥深かった気がする。

 特に関心を惹かれたのは“季刊・ミリタリーマニア”だろう。ロマンと言って勧められただけあった。特集が組まれていた“機動殻(ヴァリアント・ギア)”には外見、性能ともに熱いものを感じる。また今度、サブローにお勧めの本でも聞いてみようか。

 

 

 さて、無事に返却も終えたことだし、次の本を借りようかな。

 

 以前時坂を通じて関わった、未返却本騒動で回収された本の中には、未だ読めてないものがある。“3年F組・金鯱先生”と“世界のグローバル企業”の2冊だ。

 “3年F組・金鯱先生”は国語科のタナベ先生が返却し忘れていた本で、熱血教師の金鯱先生が担当するクラスの生徒たちを変えていく物語。かなりの人気作らしい。

 “世界のグローバル企業”は確か、3年の先輩が借りていたもので、タイトル通り世界各国を代表する資本家や社長たちの努力と活躍が描かれている本だ。世間に疎い自分には持って来いの本だろう。

 ……うん、次はこの2冊だな。受付のコマチさんに、今回は借りられるか尋ねる。

 

「あ、少々お待ちください。……ありました。丁度今は誰も借りてませんので、お貸しできますよ」

「本当ですか。良かった」

 

 場所を教えてもらい、取りに行く。再度受付に渡しに行って、手続きを済ませた。

 

「それでは、こちらの2冊の返却期限は2週間後ですので、“6月5日火曜日”までの返却となります」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、ご利用ありがとうございます。あ、そうだ。そちらが読み終わった後などでよろしければですが、月ごとのおススメコーナーなどもぜひご利用ください」

「おススメコーナー?」

 

 あちらです、とコマチさんに案内されて、その棚の前に立つ。

 確かに、今月のおススメ! と綺麗な文字で書かれたポップが出ていた。

 

「良いポップですね」

「はい、3年の図書委員の子が作ってくれたんです! あそこに座っている──」

 

 遠くから紹介されたのは、いつぞやのテスト期間で悠々と読書していた女生徒。

 今日も黙々と本を読んでいる。

 ……あ、男子生徒に声を掛けられた。少し嫌そうな顔をしているな……大丈夫なのだろうか。

 

「……ああ、演劇部の」

「演劇部?」

「ええ、最近よく来るのよね。スカウト……のようなものなのかしら。シズネさん、美人だから」

 

 シズネ、というのか。

 確かに彼女は遠目に見ても、独特な落ち着いた雰囲気を醸し出しているように見える。そういった要素を劇に活かしたいなら、演劇部が声を掛けるのも分からなくはない。

 ……あ、去って行った。

 

「断られたみたいね」

「そうですね」

 

 そしてまた読書を始めるシズネさん。

 何と言うか、変わった人だ。

 

「っと、そろそろ行かないと。失礼します」

「あ、引き止めてしまってすみません。さようなら。気を付けて帰ってくださいね」

 

 すっかり長居してしまった。

 早く集合場所へ行こう。

 

 

 

────>杜宮記念公園【ベンチ】。

 

 

「段取りはどうなってるのかしら?」

 

 異界を前にして、柊が問いかけてくる。

 今日の目的は、連携が上手く取れるかを確かめること。

 したがって目標は、中間地点まで進行、といった具合か。慣れない内は疲労も溜まるだろうし。臨機応変にいかなくてはならない。

 ……まあ、その辺は大丈夫かもしれないが、そのテストも兼ねているしな。

 

 

「なるほど。時坂君と久我山さんは質問あるかしら?」

「ねえな」

「あたしも大丈夫」

「そう、じゃあ向かいましょうか。──岸波君」

「ああ」

 

 顕現した異界に突入する前に、“例のアプリ”を起動する。

 

『──確認しました。それでは、ナビゲーションを開始しますね』

「「……んん!?」」

 

 穏やかな声の発生源は、自分のサイフォン。

 それを聞き届けた自分と柊は、さっそく異界へ突入した。

 

 

────>ソラの異界【有閑の回廊】。

 

 

 この異界に入るのは、発見時以来、2度目のこととなる。とはいえ前回は入っただけで殆ど進んでいない。実質今回が初探索だ。

 ここには──郁島 空が起点となった異界には、“遊び”があるという印象があった。

 以前までに訪れた異界はすべて、重々しくかつ壮大で、緻密。異界とはこういうものだと考えていたし、皆も同意見だったようだ。

 だが、この異界にはそれがない。息苦しさも、寒々しさも感じず。あるのは非現実性と若干の開放感。

 故に自分たちは、感じ取れた開放感を“遊び”と表現し、そのような呼称──有閑の回廊と名付けた。

 

 発生する異界は、起点となった人物の心理に影響される。

 その事実を柊に明かされ、時坂は絶句し、璃音は納得した。その正反対の反応は、郁島さんに対する理解度の差だろうか。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

 

 

 

「…………ってイヤイヤイヤ、ちょっと待って!?」

「どうした璃音」

「どうしたも何も、さっきの何!!」

「さっき?」

 

 呼び止められたが、何が気になっているのか分からない。

 首を傾げていると、璃音は自分のサイフォンを指差した。

 

「それ! さっきなんか声が出てたでしょ!?」

「……ああ」

 

 サイフォンの画面を全員に見えるよう表にする。

 そこには、“1人の少女”が写っていた。

 

『……あ、皆さんこんにちは』

 

 紫色の髪。華奢な身体。どこかの学校の制服の上に白衣を纏う女生徒。

 

『私は異界ナビゲーションAI、間桐サクラ。サクラと呼んでください』

「異界、ナビゲーション?」

「って、何だ?」

『私の仕事は先輩たちのサポート。異界深度からの探索率計測や、敵シャドウのデータ収集などが主な役割です』

 

 その説明は、一昨日彼女本人から聞いた。

 曰く、とある異界対策派閥が開発したもので、人口知能を用いてシャドウや異界の探索、観測をするアプリケーションプログラム。

 ちなみにAIの名や容姿は自由に選べ、“間桐(マトウ) (サクラ)”は後輩型という謎ジャンルに該当するらしい。

 せっかくですし岸波くんの好みを反映させようと思ったのですが、というのが問い詰めた美月の反応だった。まあそれは良いとして。いや良くないけれど。

 

「今後、探索には彼女も協力してくれることになった」

『皆さん、よろしくお願いします』

「おう、よろしく」

「う、うん……うん? ええっと、よろしく」

 

 璃音は少し怪しいけれど、一応全員受け入れられたようだ。まあまさか反対を喰らうなんて考えてもいなかったが。

 

 ふと、視線を感じて横を向く。

 柊が何やら怪訝そうな顔で、自分をじっと見つめていた。

 

「……岸波君、その呼び方って」

「なにか?」

「……どういう風に扱うかは個人の自由、か。いいえ、何でもないわ」

 

 少し気になるが、まあ、何でもないなら良いか。

 さて、それじゃあ探索開始と行こう。

 

 

 

 

 

 道中、璃音と時坂は頻繁に桜と話していた。

 とても高度な技術が使われているのだろう。基本的なことについては何でも答える。

 ただその回答は事実のみを言い表すものであって、彼女自身の感情だとか、そういったものは一切含まれていない。

 

 画面の中に顔があり、その目を動かすようにカメラを通して自分たちや異界を観察・記録しているらしい。現在の状況や、全員のコンディションについては、聞くだけで確認できるようになった。これはとても大きなことだろう。

 画期的だ。

 聞けば柊たち専門家はみな同様のアプリを使用しているらしい。AIの設定はまちまちだが。中には顔を出さずに音声も機械音声に寄せた形で使っている人もいるとのことだ。

 柊も画面に顔こそ映らないが、女性の声がするAIを使用している。美月のは知らない。教えてくれなかった。

 

 そういった経緯でスムーズに進むようになった異界攻略だが、勿論それだけが順調な理由ではなかった。

 柊の加入によって連携の幅が広がり、より自由になったこと。属性の弱点を突きやすくなったこと。挙げれば結構な要素があるだろう。

 というか皆、戦闘の変化に対して慣れるのが早すぎだ。自分は未だ少し戸惑っているのに。

 なにかコツとかあるのだろうか。

 時坂に聞いてみよう。

 

「コツ? まあ呼吸を読めばいけるだろ。どっちかっていうと皆がオレに合わせてくれる感じだから、特に気にしたことがねえな」

「呼吸を読む?」

「入りやすいタイミングを作ったり、一瞬『来そうだな』って感じがするっつうか……」

 

 結構感覚的な話だった。

 参考にするのは難しいかもしれない。

 璃音に聞いてみるか。

 

「え、わたし? うーん、ダンス合わせるみたいにリズム取って、後はみんなの動きやすいタイミングを見計らって……みたいな?」

「リズム?」

「えっと、上手くは言えないケド……こう……足の動かし方とか踏み方を見て、なんとなく察するというか」

 

 アイドルとして培ったセンスだろう。ダンスを合わせるみたいに、か。凄い観察眼だ。

 自分には他所から転移できる経験がない。一応やってみる価値はありそうだが、彼女が長年かけて身に着けたものが自分にすぐできるだろうか。いや、難しいだろう。

 

 ……これといった連携の取り方の基礎が、皆にあって自分にはない。

 もしかして、あまり連携を取った戦闘に向いていないのだろうか。

 

「まあでも岸波も最近、イイ動きするようになったじゃねえか」

「うんうん! 鏡の動かし方とか、すっごい様になってきたと思うよ!」

 

 だとしたらそれは、たまに見る“夢”のお陰だろう。

 この鏡を美しく使う模範例を見たのだ。扱いが上手くならなければおかしい。

 もっと華麗に。もっと滑らかに。

 もっと見て、もっと努力すれば、きっとできるはずなのだ。

 

「……」

 

 

 

 

 

『深度おおよそ25%。前半の折り返し地点です』

 

 桜が告げる。

 

「いやーホントに分かるんだ」

「っつうことは、今日の目標まであと半分か」

「ああ、気を引き締めていこう」

 

 ここの異界は、全体的に疾風属性の敵が多い。

 故に、雷撃属性(ジオ系)を扱えるペルソナを基本的に付けて回っている。

 

「“シーサー”【ジオ】!」

 

 ……まあそれらを使えるのは手持ちにシーサーしか居ないが。

 本当に目覚めてくれて良かった。

 

「よっし! 次行こ、次っ!」

 

 鍛練なんだし、今日のゴールが見えたので、そろそろ皆にもペルソナ攻撃を積極的に使ってもらおうか。

 

 

 ──そんなことを、考えている時だった。

 

 

 

『ずっと、頑張ってきた……』

 

 声が、響いて来る。

 

「え、何、今」

「静かにッ!!」

 

 柊が叱責した。

 その迫力に、自分を含めて驚いていた全員が閉口する。

 

『いつだって、空手が傍にあって。強くなることが、楽しくて。競って勝てば、とても嬉しい』

 

 これは、まさか……郁島さんの?

 いや、だとしてもどこから。

 

 

『なのに、どうして? どうしてみんな、わたしを──』

 

 

 

 声が、途切れた。

 

 

「柊、今のは」

「間違いないわね。郁島さんの、心の声よ」

「心の……」

「異界を形成する感情が強ければ強いほど、その残滓はあちこちに残るわ。物だったり、声だったりね」

 

 心の声。心情の吐露。これが、人の悩みが空間を構成するということ。

 自分たちのいる場所は正しく異世界だけど、同時に他人の心でもあるのだ。

 それを、忘れてはいけない。

 

「こうして聴こえる声は、必ず何かのヒントになるわ。奥に行けば行くほど問題の核心に触れることになり、同時にシャドウの警戒度や暴走度も上がっていく。注意して進みましょう」

 

 それは、言ってしまえば心の防衛機能のようで。

 “自分たちのしていることは、意見の押し付けである”。4月の終わり、美月と話した際に口にした言葉を思い出した。

 郁島さんも、必死になって、何かを諦めよう(何かに足掻こう)としている。

 本心を後押ししているのがシャドウであり、理性の手助けをしようとしているのが、自分たち。

 

 ……自分たちがすることは、絶対正しいこととは言えない。

 つらい、辞めたいと言う彼女を、もう1度立ち上がらせる行為なのだから。

 だから自分たちは、自分たちのしようとしていることを理解していないといけないのだ。と思う。

 

 まだ。もっと考えられるはずだ。

 もっと人と関わり、悩みを見抜く目を養いたい。

 そうすれば、きっと。きっと、誰も“夢を諦めずに済む”から。

 

 

 

 

 

『深度おおよそ50%。約半分が攻略完了です』

 

 その後、郁島さんの声は聞こえないまま、目標地点まで到達した。

 

「今日はここまでにしよう」

「……そうね、続きはまた後日、としましょう」

「……ああ」

「オッケー」

 

 ここで攻略を引き上げることに、時坂は不満そうだ。それでも口には出さずに、指示に従おうとしている。

 まだ日はあるんだ。急ぎたい気持ちは全員一緒だが、焦ってミスをすれば本末転倒。無理せず確実に進めていきたい。その意識は、今のところ共有できているように思う。

 

 

『あ、探索を終えるんですね? 分かりました、本日の探索を終了します。皆さん、お疲れ様です!』

 

 

 桜の声が響き、現実世界への帰還が開始された。

 

 




 

 一応明言しておきますと、間桐サクラは健康管理AIではありません。お弁当を渡してくれることもありません。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月23日──【杜宮高校】じたばた泳ぐ。

 

 

 次の異界攻略は2日後──金曜日ということに決めた。このことは既に3人へと伝えてある。

 正直自分の都合で言ってしまえば、今週中に目途を立ててしまいたい。来週からは補習授業があるらしいので、まとまった時間は取りづらくなるだろうから。補習が毎日何時まで行われるかは分からないけれど、そんな短時間で済むことでもないはず。

 ということで、ひとまず2日間の休暇である。

 勿論、無為に過ごすつもりはない。今日は水泳部の活動日。身体を休めるという主旨には反してしまうが、適度な運動ということで見逃してもらおう。

 

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 実のところ、実際に水の張られたプールに来ることは初めてだ。学校見学の際はオフシーズンだったので注水していなかったし。

 見て得た感想としては、広い。間近で見るとこうもコースとは長いモノなのかと驚く。

 あと、水が綺麗だと感じた。誰かが水中で動くたびに、水面に映る天井のLEDがゆらゆらと揺れる。ここまでよく反射するんだな。

 気になることとしては、独特な匂いがするくらいか。まあ嫌という訳ではない。

 

「お、来たな岸波」

 

 名前を呼ばれた。振り返ると、水泳部所属の2年生、ハヤトが水着姿で立っている。

 

「水着届いたのか」

「ああ、今日からプールで練習して良いらしい」

「そうか。……岸波は確か、泳げないんだよな?」

「泳げないというか、泳いだことがない」

「マジか」

 

 驚かれたが、確かに経験としては異質かもしれない。

 小学校や中学校で行われる体育のカリキュラムには、水泳も入っているとのことだ。謂わば水泳は必修科目。泳ぎの可否は置いておくとしても、経験の有無から違うとは思われなかったのだろう。

 さて、どうするか。説明するのにも時間が掛かるし。

 

「……まあ、プールがない学校も存在するだろうから、そういうものなのか。よし、分かった!」

 

 どうやら勝手に納得してくれたらしい。説明の手間が省けて良かったと思うべきか、誤解させたことを謝るべきか。無論後者だろうが、誤解は後に解いておこう。今は部活動中だ。

 

「初心者は一番端のコースを使うことになってるけど……指導係がまだ来ていないな。先に準備運動しておくか」

 

 という訳で、準備運動を開始する。

 念入りに身体をほぐしておかないと。水中で痙攣などを起こしたら、今の自分では恐らく復帰できない。

 隣で体操を行うハヤトの見様見真似で全身を伸ばしていき、時たま注意されながらも準備を終える。

 

「……指導係、来ないな」

「そうだな」

「まあ来ないのは仕方ない。急用が入ったのかもしれない。先に出来ることを始めておこう。岸波は顔を水に付けることはできるか? 風呂とかでやったことあるだろ?」

 

 ない。

 え、みんなそんなことしているのか。

 残念ながらあまり風呂に入るという習慣を持ち合わせていない。水道代もタダじゃないから、基本はシャワーだ。

 でもそうか、そういう地道な努力が必要なら浴槽にお湯を張ってみよう。息を止める練習もでき、肺活量のトレーニングになるだろうし。

 

「多分できる」

「オッケーだ。帽子とゴーグルも……持ってるな。よし、じゃあビート板使ってバタ足の練習でもするか」

「ビート板? バタ足?」

 

 尋ねてみると、丁寧に教えてくれた。

 ビート板とは、とてもよく水に浮かぶ板のことで、それに手や上半身を置くと沈まないよう支えてくれるらしい。

 浮かんだまま、足をバタバタさせて推力にするのがバタ足。泳ぎとは手と足の動きを駆使して進んでいくらしいが、その中でもまずは足の動きを覚えないと、下半身だけ勝手に沈んで行ってしまうのだとか。なぜ上半身は後回しなのかと聞くと、肺に空気さえ入っていればあまり沈まないからじゃないか、と返答された。

 やはり色々と覚えることがありそうだ。

 

 

 練習の準備を色々と整える。

 まだ指導担当の人は来ないらしい。

 

「ハヤト、こうして付き合ってくれるのはとても有り難いことだが、ハヤト自身の練習は良いのか?」

「まあ、見過ごす訳にもいかないからな。同じ部の仲間なんだし、遠慮するなよ」

「ありがとう」

「気にするなって」

 

 ビート板を持って、さっそく水中へ。

 全身がひやりとした感覚に包まれた。少し体を動かすと、微力ながらも押し返そうとする力が働いてくる。

 本当にビート板って浮かぶのか、試そうと思い水に押し込んだ。

 押し込めば押し込むほど抵抗が強くなり、やがて自分の手を弾いた板が、自分の顎へと反逆してきた。

 

「ぐっ!」

「いや、何やってるんだ……」

 

 好奇心の為せる技だ。とだけ答えておく。

 さて、気を取り直して。

 

 まずは引っ張ってもらいながら、足を動かしてみる。

 膝は伸ばして。大きくより細かく早く。といった助言をもらいながら、バタ足の基礎を習っていった。

 中でも難しかったのが、息継ぎ。顔を上げる時に足が下がってしまったり、バランスを崩してしまうことが多々ある。

 それでもなんとかビート板から手を放さずに、プールを渡りきった。

 

「よし。今やってる動きを、1人でビート板を使わずに出来れば大丈夫だ」

「なるほど」

 

 案外疲れる。良い運動になりそうだ。明日は筋肉痛だろうが。

 

「水泳っていうのは、鍛えれば鍛えるほどタイムが答えてくれる。岸波もしっかり練習に励んでくれ。泳げるようになったら、一緒に競おうな!」

「ああ、その時を楽しみにしている」

 

 練習の成果が結果に反映される。つまりハヤトはとても練習を大事に感じていて、勤勉に取り組んでいるのだろう。

 ハヤトが水泳を好きな理由を知った。

 

 

 

 

 ──それから数分後、正式な指導係の先輩がやって来た。部活動に放課後の時間を費やす。

 まだしっかりと泳げるようにはなっていないが、ビート板ありならなんとか半分ほど泳げるようになった。

 

 水泳を通して、根気が大きく上がった気がする。

 

 

 

「よし、今日はここまで!」

 

 

 ……部活が終わった。

 

 帰ろう。

 

 

 

 

 

──夜──。

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 夕食を済ませ、風呂を洗い、焚く。湯が張られるまで、少し時間が空いた。

 今日は読書をしようか。昨日借りた、“世界のグローバル企業”から読もう。

 

 ……世界各国で、手広く活躍する企業の成り立ちや経営理念などについて、1つ1つ掘り下げる形で取り扱っている。

 特に日本国を中心に探してみると、知っている名前で“北都グループ”の名前があった。他にも“南条コンツェルン”など、多くの企業が世界進出しているらしい。

 ……さすがは大企業。経営理念からして惹かれるものを感じる。

 現代社会のカリスマに触れることで、自分も魅力が上がったような気になった。

 また、少し社会情勢に対する知識を得られたことも大きい。

 本には続きがあるようだ。また後日、読むことにしよう。

 

 

 さて、そろそろ入浴の準備が整っただろうか。

 身体はしっかり解しておかないと。自分で自身をマッサージとかした場合、効果はあるだろうか。何にせよ、やらないよりマシか。筋肉痛を残す訳にはいかない。

 

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のランクが2に上がった。


────


 知識 +1。
 根気 +2。
 魅力 +2。
 >魅力が“無個性”から“好青年”にランクアップした。

  
 
 
────


 適度な運動とは。
 休暇中に筋肉痛の原因を作るとかコヤツ……



 余談。

 Q.もしも最初に『まずは各自適当に泳いでみろ』と水中へ放り出された場合どうなりますか。

 A.イゴりかけます。


 足つくからって舐めたらアカン……水泳初心者は本当に気を付けてくださいませ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月24日──【マイルーム】体調回復のおはなし

 


 感想の返信をしてて思ったのですが、作品紹介で書いてるクロス比率のところ、
 東亰ザナドゥ:ペルソナシリーズ:Fate/Extraが4:4:2って書いてあるところのことです。
 この書き方だと私、ただのバカにしか見えないのではないでしょうか。いや、こう書いた理由は色々あったんですけど。もしかしたら初期から見て下さっている方の中には、お気づきになる方も……いや居たら怖いな。
 まあ一応明かせる理由を言えば、10満点表記なんですよ。比なら2:2:1と表すのが適切ですけど、分かりやすさを重視した感じで。
 
 まあそれだけです。だから何だって話ですね。
 長々と失礼しました。





  

 

 

 

 

 ──筋肉痛になった。

 

 

 

 

 慣れない運動をしたからだろう。足の付け根の辺りが痛い。歩くだけでも意識してしまう所だから余計に酷く感じる。

 

「どうするか……」

 

 明日には再度異界に挑まなければならない。

 しかし筋肉痛で動けないなどと宣えば、容赦なく柊に凍らされることだろう。

 差し当たって今日は、疲労回復に努めるべきだけど、はたしてどうするべきか。

 

「璃音にでも聞いてみよう」

 

 アイドルとして多くのレッスンをこなしてきた彼女なら、いい疲れの取り方も知っているはず。

 さっそくサイフォンで連絡を取る。

 

『璃音、突然だが、身体の疲れを抜きたい時とかってどうしている?』

 

 返事は、数分とせずに返ってきた。

 

『あたしの場合は、マッサージとかお風呂とかかな。ひょっとして連れてってくれるとか?』

『いつか機会があれば。教えてくれてありがとう』

『それ連れて行ってくれないやつだよね!?』

 

 バレてしまった。

 まああながち嘘ではない。みんなで行く機会に恵まれれば連れていくことになるだろうし。取り敢えずそういうことにしておいて感謝を述べておく。

 

 しかし温泉、温泉か……

 

「久しぶりに神山温泉にでも行ってみるか」

 

 久し振りという程の時間が空いている訳ではないけれど。まだ1月も経っていない。

 思えば、客として行ったことはないな。

 よし、放課後に日帰りで行くとしよう。

 

 

 

──授業中──

 

 

 英語の授業中、佐伯先生が教壇で解説をしている。

 彼はいったん板書の手を止め、チョーク受けの上に片手を掛けた。

 

「……このように、日常生活で聞きなれた単語にも、皆が知らない意味が多く含まれている。安易に訳そうとすると大変だろう……そうだな、岸波」

 

 突如指名が来る。赤点の生徒を指名して答えさせるとは何たる鬼畜。

 ……いや、できないからこそ答えさせるのか。なんてことだ。

 取り敢えず立ち上がる。

 

「アカウントという英単語の名詞的な意味として、次の中から適切でないものを選んでくれ」

 

 選択肢が黒板に板書されていく。

 えっと、なになに……顧客、勘定、使用の3つか。

 名詞としての意味、か。慎重に選ばなければ。

 

 

──Select──

  顧客。

 >勘定。

  使用。

──────

 

 

 この中なら、勘定ではないだろうか。

 顧客と使用は大体同じ意味合いな気がするし。

 

 

「残念、答えは“使用”だな。皆が使っているアプリなどのアカウントは、サイトを利用する“権利”と解釈することが多い。アカウントという単語自体に使用するといった意味合いはないんだ」

 

 

 なるほど。

 確かにネットワークアカウントと言われて、ネットを使用することとは解釈しない。どちらかと言えば、利用客のようなものか。

 些細な違いだが、そこを誤解していると英作文や長文読解の時に苦労するだろう。注意しておこう。

 

「勘定の他にも、口座、帳簿、利益……あとは重要性なんて意味を使うことがある。特に預金口座なんかは覚えておくと良いかもな」

 

 周囲の自分を見る目に失望が混じる。

 正解しておきたかったが、仕方ない。次は絶対に正解するようにしよう。

 

 

 

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮市郊外【神山温泉】。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 バスに乗車し暫く、漸く着いた場所は、なんというか相変わらずだった。

 バイトの間、一番多く話した先輩が出迎えてくれる。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

「……」

「……」

「……本格的にバイトに?」

「あ、いいえ、今日は温泉に入りに」

「そうか、残念だ。まあゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます」

「ごゆっくり」

 

 残念、と言ってくれるのか。共に働いたのは3日間で、あれから2週間も経っているのに。

 社交辞令かもしれないけれど、少し嬉しい。

 

「……行くか」

 

 少し、お風呂に入りながら考えてみよう。

 

 

 

 

 

 風呂上り。どうしたものかと彷徨っていると、庭苑の脇に見慣れた仕事着の女性を見掛けた。

 

 

「あ、女将さん、丁度よかった」

「おや、岸波さん。どうかされました?」

「あの、少し相談が。少し時間良いですか?」

「そうですね、もう少し待っていただければ」

「すみません忙しいところを」

「いいえ。……そうですね、休憩室でお待ちください」

 

 営業時間で、館内ということもあり、女将──シノさんの口調は丁寧だ。

 仕事中はいかなる時でも真面目に振る舞う女将さんらしい態度。久し振りに見た安心感があった。

 

 

 数分後、手に何も持っていないシノさんが、休憩室へと入ってきた。

 ひとまず、頭を下げる。

 

「時間を割いてくれて、ありがとうございます」

「構いませんよ。それで、話とは?」

「またここで、バイトをさせて頂きたいのですが」

「……そうですか。少し、時間をください」

 

 何かを考えだす彼女。

 もしかして、あまり快く思われていないのだろうか。

 

「そうですね、今は結構人手が足りている状態なので、定期的に入ってもらうことはできません」

「そう、ですか」

「しかし、繁忙期はそれでも回らなくなりますし、受験を控えているアルバイトも居ます。なので、岸波さんが来れる日に来て、仕事を手伝ってもらうという形でも良ければ」

「そんな……良いんですか?」

「こちらからお願いしたいくらいです。いざという時の助っ人として期待させて頂きます。夏休みの終盤や、連休、大人数の予約が入った時は連絡しますので、出来るだけ出て頂けると」

 

 

 そこからは詳しい取り決めになった。

 出勤は基本的に土日。平日も不定期で受け入れられるようだ。流石に人手が余っている時にはバイトできないらしいが、一応考慮はしてくれるらしい。

 通常の時給は業務手伝いということもあり、1020円。緊急呼び出し時には1600円出してくれるとのこと。前者でも1日働けば1万円稼ぐことも可能なようだ。

 バス代、食事代も出るらしい。業務後であれば温泉の利用も良いとのこと。至れり尽くせりではないだろうか。

 だが、正規のバイトは更に色々と好待遇がらしく、逆にこの程度で申し訳ないと彼女は言う。

 

 だが、自分はそう思わない、ぜひその条件で雇って頂きたいと返答した。

 

 という訳で、契約書にサインをし、土曜日に改めて必要書類を持ってくることに。

 旅館から帰る際、先輩に出会うと、歓迎の言葉を快く口にしてくれた。つくづく良い人だと思う。

 彼はどうやら原動機付自転車で来ているらしく、ヘルメットを被って颯爽と去って行った。

 進んでいく方角は自分の帰る方だ。案外近くに住んでいるのかもしれない。まあ途中で道が分かれるかもしれないが。

 

 

 

 さて、自分も帰ろう。

 

 

 

 

 

──夜──

 

 

 気付いたら身体の痛みがだいぶ緩和されている。凄い効能だ。

 この調子なら何でもできそうだが、どのようにして夜を過ごそうか。

 

 

 

 ……そうだな、流石に運動して悪化するのは嫌だし、体は休めておこう。

 たまには純粋に勉強でもしようか。テスト以降、あまり集中してやることもなかったし。

 

 

 




 

 知識 +3。


────


 神山温泉は(ドライブゲージとストライクポイントが溜まる)霊験あらたかな温泉です。
 この世界観だと……どうなるんでしょうね。最大SPが増えたり? 別に決めてないんですけど。
 あれですね、ペルソナ3でいう、トイレ、みたいな?
 ……同じにしたら拙い? デスヨネー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月25日──【マイルーム】異界攻略 2

 

 

 ……今日は異界攻略再開の日だ。

 筋肉痛は無くなっている。ベストとはいかなくても、コンディションは良い方だろう。

 本番は放課後から。まずはしっかりと学生としての仕事を果たさなければ。

 

 

 

 

──放課後──

 

 

────>ソラの異界【有閑の回廊】。

 

 

『現在の攻略状況は、凡そ50パーセント。皆さん、頑張ってください!』

 

 桜の声がサイフォンから響いて来る。

 半分は超えたものの、周囲の状況で目に見える変化はない。

 どこまでも同じような回廊と景色。もしかして自分たちは騙し絵を見ているだけで、今目に映っているのは風景でもなんでもないのではないか、などと疑問を抱くほどに変わっていなかった。

 しかしながら、目に見えない変化は確かに存在する。

 

「っ……ふう、何とか倒せたか」

 

 召喚したペルソナ“ラー”を戻しつつ、時坂は溜め息を吐く。

 以前に比べて少しではあるが、ペルソナ能力発動による消耗は減っている。微々たる変化でも、連戦はかなりやり易くなった。

 しかしだからといって疲労がたまらない訳ではない。まさに今、強敵との連戦が続いたような状況では特に。

 

「辛勝といった感じかしら。もう少し余裕を持ちたいところね」

「てか、急に敵強くなったよね」

「異界の奥に進めば進むほど、シャドウは凶暴性を増し、強くなっていく。心の防衛機能よ、割り切るしかないわ」

「それは分かってるんだけどさ。ちょっと愚痴りたかっただけ」

 

 こうも厳しい戦いが続けば、不満の1つも言いたくなるだろう。指揮官である自分の失態だ。

 だが、実力不足は格上と戦って補っていくしかない。経験は自分を強くし、戦闘を楽にする。あと少し同じ敵と戦えれば、何かしらの攻略法が見えてきそうなんだが。

 

「てか、よくいる小鬼っぽいのとか球体モドキのとかのシャドウならまだいいんだけど、大きいシャドウと戦うのは少しキビシーかなあ」

「厳しい? 戦いづらいってことか?」

「うんまあそういうカンジ。なんて言うか、あんま仰け反らないから反撃がさ、こう……ね」

「あー、そういうの分かる気がするぜ」

 

 何かを濁すような璃音の発言に、時坂が理解を示す。

 

「久我山のソウルデヴァイスは身体に密接してるし、攻撃するときに身体を半回転くらいするから、なんかあった時怖えんだろ」

「あ、うん、多分それ」

 

 多分……?

 まあ時坂の発言が正しいとすればつまり、ソウルデヴァイスにおける相性の話だったのだろう。

 

「オレのソウルデヴァイスも、小さい敵に当たり辛え。そういう意味では久我山と同じく、厳しいってか、苦手ってヤツなんだろ」

「……そういえばよく外してる」

「それはマジで悪い。でもまあそういうことだ。そこら辺も慣れてかねえと」

「でも慣れすぎるのも怖いよね。注意してない時こそミスをするって言うかさ」

「まあな……」

 

 少し空気が重くなった。

 危険を減らすには慣れが大事だけど、慣れてしまうと危険を忘れる。忘れてしまうと、いざと言う時に対応ができない。

 特に自分たちは、命を掛けて戦っているのだ。それだけは、心に刻んでおかなければ。

 

「その点、岸波のソウルデヴァイスは自在に動くし、最近は小回りが効くようになって、扱いやすそうだな」

「最近はね。けど、上達しても回避の上手い敵とは戦いづらい」

 

 ソウルデヴァイス、“フォティチュード・ミラー”で攻撃は、鏡部分を大きく動かしたり、腕を大きく振りかぶって行っている。しかし、基本が操作による遠距離攻撃武器である以上、躱されて内に入られたり、受け流された隙を突かれたりすると、致命的に防御が間に合わない。待っているのは手痛い反撃だ。

 ……もっとうまく扱えれば。

 また自分の理想とするスタイル(夢のなかの彼女)を見れれば、もう少しコツが掴めるのだろうか。

 

「アスカはさ、苦手なシャドウとかいないの?」

 

 少し後ろを歩いていた柊の横まで璃音が下がり、会話に交ぜる。

 尋ねられた柊は少し困ったような笑みを浮かべて答えた。

 

「そうね、苦手という括りは特にないかしら」

「さっすがアスカ。カッコイイ!」

 

 目を輝かせて褒める璃音。

 だがその一方で、柊の表情はあまり晴れていない。

 それどころか、少し冷たさを増していた。

 

「……ただまあ、出来れば狼型のシャドウとは戦いたくないわね」

「戦いたくないって、それ、苦手と何が違うんだ?」

「違うのよ」

「何処がだよ……」

「まあまあ」

 

 放っておくと厄介そうだったので、早めに介入。

 本当にこの2人は仲が良いな。気が付くといつでも己の意見を隠さずに言い合っている。

 

「しかし確かに、柊にもそういう存在がいるのは意外だな」

「まあ、ソイツらが出て来た時はオレらに任せな」

「いいえ、それには及ばないわ。苦手ではないと言っているでしょう」

「「「……?」」」

 

 苦手じゃないけれど、戦いたくない。でも、他の人に戦いを譲ることもない。

 謎かけのような話だ。つまり、どういうことなんだろう。

 

「攻撃の衝動が抑えきれないだけだから。下手に前に出られると、その人諸共凍らせてしまうかも、ふふっ」

 

 前に出るまでもなく、既に凍り付きそうな勢いだった。

 少なくとも口を動かせるほどの体温は自分たちに残っていない。

 ……まあ彼女の様子がおかしくなることがあれば気を配っておこう。

 

 

 

 

 

 

 ──声が、聴こえる。

 

 

『聞いたよ郁島さん! 空手やってるんだって? 凄いね!』

『玖州に居たんだっけ? 武者修行ってやつだ!』

『まだこっちに来て少しなんでしょ? 良ければ案内してあげよっか?』

『あ……ごめん、今日はこの後道場にいかないといけないの』

『そっかあ、じゃあまた今度ね』

 

 誰かと誰かの話し声が聴こえてきた。

 

『疑問に思ったことはなかった。わたしは、なりたいものの為に頑張っているのだから』

 

 声──郁島さんの心は、深くしまった彼女の想いを零す。

 

『“つよい人”になりたかった。アノ人みたいな、誰かの為になれる人に』

 

 

 

「今のを聞くに彼女は、その努力の在り方を後悔しているのかしら」

 

 そう……なのかもしれない。

 彼女の理想は、過去のものであると表現されていた。

 当時はこう思っていた。今は違う。

 当時はそう信じていた。今は違う。

 その原因、何かしらの転換点を探すのが、今回の鍵となりそうだ。

 

「久我山さん、何か感じたことは?」

「ん、あ、あたし?」

「ええ。久我山さん、1人だけ耳を傾けている時の表情が違ったから」

 

 表情?

 郁島さんの心の声を捉えることに必死で、周囲に気を配れていなかった。

 璃音はどんな気持ちで、彼女の秘めたものに触れたというのだろう。

 

「……まあ、少し考えただけ。疑問に思ったことはなかったって、郁島さん言ってたでしょ。つまり、それを支えていた精神的支柱──憧れていた目標が揺れたんだと思う」

「……そういうこと、なんだろうな。それが何かは──」

「遠ざかったのか、遠ざけたのか、詳しい理由までは流石に分からないケド……さ」

 

 璃音はそこで口を閉ざす。

 まだ考えがまとまっていないのだろうか。

 それとも、言いたくないのだろうか。

 

 

 ……誰かの為になれる人。憧れ。つよい人。

 これらの言葉が、誰を指しているのか。

 自分の思い違いでないとしたら、その人物は──いや、だとしても、起こったはずの決定的なナニかについて、情報がまったくない。彼女の想いと在り方を歪めてしまうほどの強烈な出来事が、どこかであったはずなのに。

 しかしもし、当人同士が気付いていなく、郁島さんの本心だけがそれを感じ取っているのだとしたら、両者にとって少し酷な話になりそうだ。

 

 

 

────

 

 

『異界最深部へ到達。高エネルギー反応探知。突入の際は、入念な準備をお勧めします』

 

 

 大きな扉があった。

 まるで、最後の防壁のような。

 見ているだけで、入るべきではないと直感が訴えてくる。ここは、そういう為の場所ではない、と。

 

 だが、進まなければならない。

 目の前で起こる悲劇から目を逸らさない為に。

 

 

「みんな、最深部突入は明後日、日曜日に行いたい。無理な人はいるか?」

 

 全員が首を振る。

 力強い瞳で、やろう、と訴えかけていた。

 

「じゃあ一日の休養を挟んでから、最後の攻略を始める。よろしく頼む」

「「「応!」」」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月27日──【有閑の回廊】少女が、背負っていたもの

 

 

「覚悟は良い?」

 

 尋常ではない存在感を放つ扉の前で、柊が最終確認をする。

 この扉を開いたら最後、郁島さんを説得するまで帰ってこれない。

 準備は、覚悟は、本当に大丈夫だろうか。

 

 

──Select──

 >大丈夫だ。

  良くない。

──────

 

 

 問いかけに、もちろんだ、と頷く。

 続いて時坂、璃音が頷きを返し、それらを見届けた柊も一度、首を縦に振った。

 

 自分らを威圧するような大きな扉に手を掛ける。

 

「……行こう」

 

 深層へと至る、道を開いた──

 

 

 

 

 

 

 

────>ソラの異界【有閑の回廊・最深部】。

 

 

 

 扉を開けた時、内に居たのは2人の瓜二つな少女。

 ボーイッシュな短髪に、ジャージ姿。黒髪黒目の、運動部の期待の新星にしては細い身体。

 なにもかもが同じ。このどちらかが、郁島 空のシャドウらしい。

 

「せ、先輩方……どうしてここに!?」

『こんにちは、お久しぶりです、先輩方』

 

 反応から察するに、驚いた様子でこちらを見たのが現実の郁島さんで、礼儀正しく挨拶をしてきたのがシャドウなのだろう。

 

『その、お怪我はありませんか?』

「あ、ああ。大丈夫だ」

『そうですか、よかったです!』

 

 ……て、丁寧だ。

 シャドウは抑圧された本性だと聞く。

 つまり彼女は、伝え聞く品行方正ぶりを本心で行っているということ。もし演技が含まれていたなら、その振る舞いをシャドウが行っているはずだ。

 

 ……そして、そんないい子をここまで追い詰めた“何か”。それを探るべく、まずは会話を試みよう。

 

 

──Select──

 >郁島さんに何をした?

  望みは何だ?

──────

 

 

 まずは、入って来てから気になっていたこと。

 郁島さんが、何かに打ちひしがれたように項垂れていた理由を尋ねる。

 

『えっと、特にはなにも』

 

 だが、彼女は答えない。

 参った、礼儀正しさと話しやすさは別か。

 

「ソラ、何を言われたんだ?」

 

 時坂が疑問の対象を変える。シャドウでなくても、特に時坂が聞くことで、本人も答えやすくなるだろう。

 問われた郁島さんは、少しの逡巡の後、口を開こうとする──その時だった。

 

「えっと、それが──」

『頼るの?』

「──ッ」

 

 シャドウのカットインが、吐き出されかけた理由をせき止める。

 たった一声。それを聞いて、郁島さんは思い留まってしまった。

 見方によっては牽制されたようにも捉えられる。

 だとしたら、これも悩みの一要素、と見るべきだろう。

 

 

 ……誰かに頼ることを躊躇う理由、か。

 何にせよ、このままではもう何も聞けそうもない。次の話題に移ろう。

 

 

──Select──

 >望みは何だ?

──────

 

 

『わたしの望みですか?』

「ああ。何か、やりたいことがあるんじゃないのか?」

『えっと、お料理がもっと上手になりたいですし、この近くの色々な場所も見に行ってみたいかなって。あと他にやりたいことと言えば……あ、定期試験で上位が取るとか? とにかく色々なことがしてみたいです!』

 

 随分取り留めのない夢だ。いや、夢というよりは、自分に近い目標か。今やりたいことをひたすら羅列したようにも聴こえる。

 しかし、これが特別悪いこととは思えな──

 

「……っ」

 

 ──郁島さんが、唇を噛み締めて、蹲っている。

 もう聞きたくないと頭を振って否定し、耳を塞いで情報の拒絶していた。

 どうしてそんな反応をしているのか。

 いま、シャドウはそんなに悪いことを言っていないはず。

 

 

 

 

 

「やっぱり、そういうカンジかあ」

 

 聞きたいことを聞くと、璃音がそっと零した。

 自然と彼女へ全員の視線が集まる。

 

「郁島さん──あ、シャドウの方ね? 今やりたいことを言うのはイイんだけど、なんでその中に、空手が入ってないのか、聞いても良いかな?」

『え?』

 

 シャドウは、少し驚いたように目を見開く。

 だが、それは聞かれたことに対する驚きではない。何故そんなことを聞くのか、といった疑問の反応だった。

 

『そんなの、久我山先輩が仰った通りです。“今やるべきことではない”からじゃないですか』

「違う!」

『違わないよ』

 

 本人(理性)と本心の言い合い。

 空手が今やるべきことではない、とはどういうことだろう。

 彼女は空手部で、将来を期待されている身だ。寧ろ、ずっと最優先で続けるべきでは?

 

「わたしは空手が好きで! 空手をする為に東亰に来たから!」

『でも、空手はいつでも出来るけど、東亰で遊ぶのはここに来ている今しかできないし、そもそも女子高校生で居られるのも今だけ。もっといろいろなことに手を出さないと』

「そ、そうじゃなくて!」

『そうなんだよ。だって、お父さんも言ってたでしょ。見分を広めろって。つまり多くのものに触れてこいってことだよね?』

「ちがっ……それは、あくまで空手を第一に考えてのことで……」

 

 言い合いは、止まらない。

 しかし、その勢いには大きな差がある。

 やはりシャドウの言うことは郁島さんの抱える本心なのだろう。向けられる一言一言に本人は表情を歪め、しかし一般的に正しく聴こえる反論をする。だがその反論も徐々に力を失っていく。

 胸の中に押し込めた気持ち。それを言葉にして、誘導される。段々自分の持つ理論や価値観が崩れていくのも仕方なさそうだ。

 なら、その倫理を支えるのは他者の仕事というものだろう。

 

「ハイハイ自分喧嘩はそこまで。郁島さん──あ、今度はどっちが答えてくれても良いんだけど、もう1つ聞いていいかな?」

「は、はい。何ですか」

「そんなに辛かった? 周りの声に応えるのって」

『「ッ!」』

 

 その問いかけに、2人の郁島 空が動揺した。

 

「璃音、どういうこと」

「纏めて言うとね、多分、郁島さんの行動の根本的な理由は、周囲から向けられるハードルの高さだったんだと思う」

「ハードル?」

「“郁島さんならこれくらい出来るだろう”。“天才だからこのくらいは当然”。そんな声が無遠慮に投げかけられてく。ただの女子高生が背負うには、重すぎると思わない?」

「……そいつは」

 

 何かに気付いた時坂が、その後に続く言葉を無くす。

 もしその理由が本当なら、時坂にも原因の一端がある。ということだ。

 

『さすが、久我山先輩。分かっちゃうものですか?』

「まあ、あたしもアイドルとして、似たような経験はあるから」

「で、でも、そういってもらえるのがつらいなんてことはなくて! 寧ろわたしなんかがそう呼ばれて良いのかって申し訳ないくらいで……」

「うんうん、そっか。わかるわかる」

 

 同意し、理解を示す。

 璃音の経験は郁島さんの本音を引き出すのに上手く活かされているみたいだ。

 

「なるほど、“逃避”だったのね」

 

 ぼそりと柊が呟いた。

 逃避。その言葉は何を指しているのだろう。

 

「なんか分かったのか、柊」

「ええ。……時坂君、例えばずっと練習ばかりやっていた野球部員が、野球である失敗を重ねた時、どういう反応をすると思う?」

「あ? そりゃあ、次失敗しねえように練習するんじゃねえのか?」

「そう、それが理想ね。なら、それが出来ない人は?」

「できない人……」

 

 それはつまり、練習と……野球と向き合うことをやめることに直結する。

 

「野球から、離れる」

「そう。もっと詳しく言えば、野球に向いていた集中力が霧散し、“今まで気にもしてなかったことに集中し始める”。例えば勉強が苦手だった生徒は勉強をし始め、例えば昔サッカーをしてた生徒はサッカーを練習し始め──」

「ちょ、ちょっと待てよ、その例えがソラを指しているモンだとして、ソラの何が上手くいってなかったってんだ!? 空手は順調だっただろ!!」

「──例えば、“人間関係が上手くいってなかった生徒”は?」

「…………ぁ」

「……人間関係をうまく構築する為の努力を始める」

「ええ、それも、本業だった空手をそっちのけで、ね」

「っ」

 

 本当に簡単に言ってしまえば、成果が出ないから別のことをやろう、といった気持ちに近いらしい。

 その衝動を理性は“そんなことをしていないで練習しないと”と押し留めていた。

 いや、押し留めきれていなかったのか。料理に専念するような話を聞いたのも、母親との話に興味を持ったのも、すべてはその衝動を殺しきれなかったからに過ぎない。

 そうして生まれた心の摩擦が、郁島さんのシャドウを生み出し、異界を発生させたのだろう。

 

「んで……なんで言ってくれなかったんだよ、ソラ! 言ってくれれば、オレは……!」

「時坂……」

「時坂君……」

 

 短い爪でも皮膚を割いてしまいそうな程に、強く手を握りしめる時坂。

 敬愛する先輩にそんな表情をさせたことに、顔を一層曇らせる郁島さん。

 ……だが確かに、話に聞く2人の仲なら、気まずくなっても素直に相談するかとも思ったが。

 

「そ、それは……」

『……そう、言えない。言えないよねわたし。特に、大好きなコウ先輩には』

 

 ……隠そうとした、理由があるのか?

 それも、時坂には特に言えない?

 シャドウである郁島さんにも、時坂を慕っている様子はある。

 いったい、どうして。

 

 

 

『だってコウ先輩、昔、“わたしの所為で武道を辞めたんですよね”?』

 

「「「 ッ!? 」」」

 

 

「な、んで……」

「……まさか記憶がっ」

 

 記憶……書き換えたはずの、異界の記憶か!

 確かに説得の一環として、彼女の前で似た主旨の話をしていたかもしれない。

 だがそれも当時の記憶があればの話。相沢さんの異界を攻略後、彼女に対して記憶の消去を行ったはずだ。

 なら何故、彼女はそれを覚えている?

 

「異界に再び関わることで、誤認させていた事実が正常に戻った? いえ、そうとしか考えられない」

「えっ! じゃあ郁島さんは、あの時のこと全部覚えてるって言うの!?」

「詳しい割合までは分からないけれど、恐らく大部分を思い出しているはず……!」

 

 だとしたら、相沢さんが彼女へと向けていた屈折した想いも、時坂が昔彼女に抱いた憧憬に似た何かも、すべてが伝わっているということか。

 ……だとしたら、拙い。

 あの時は説得のためだから、と、色々なことを話している!

 

「そうだ……コウ先輩も、チアキ先輩も、わたしの所為で……」

「そ、ソラ……」

「コウ先輩、わたしと出会ったから、武道から目を逸らすことになったって……チアキ先輩も、わたしの存在が、重荷になって……!」

「ちがっ」

「何が違うって言うんですかぁっ!!」

 

 見ているものが、違う。

 彼女の関与が関係ないとは言わない。

 だがそれもあくまで一部。ただのきっかけに過ぎない。彼らがそうしたのは1つの理由からでは決してないのだ。他にも色々なものが絡み合った。

 強いて言うなら、そう、間が悪かっただけのこと。

 なのに彼女は、自分が居なければ起こらなかったことだとし、すべてを自分の責として捉えている。

 本来、彼女に罪はないのだ。ただそこに居ただけ。そこを訪れただけに等しい。それに一体なんの罪があるというのだろう。

 確かに結果として、目指すものの高さ(郁島 空)を知ってしまった者たちは傷ついた。だから何だというのか。

 それが罪だとしたらまるで、努力することそのものが悪だということになってしまう。

 そんな訳ない。絶対にない。あってたまるか。

 努力して、夢を叶えることが、間違いなわけないのだ。

 

「でも、そう思い込むのも無理ないわね。尊敬している人たちの人生を、自分が歪めてしまった可能性。考えるだけで恐ろしいわ」

「ウン……特に、自分に自信が持てない時なんかじゃ尚更だろうね」

「ええ、だからまずは、話を聞いてもらえる状態に持って行かないと」

 

 そうして柊は、自分の方へと向き直る。

 

「出番よ、岸波君。今の時坂君じゃ何を言っても伝えきれない。的確に、あの“思い込み”を打ち抜いて!」

 

 話をする為に、まずはすべてを吐き出させるべきだと、柊は言う。

 そうだ、説得なら時坂も交えて行うべき。しかし今の彼では、郁島さんに言葉を届かせることができない。

 なら自分の──自分たちの仕事は、彼がすべてを意のままに伝えられる場を整えることだ。

 

 

 

 

 

 郁島さんのシャドウが抱いていた、頼ることに対する忌避感。

 これを璃音は、“ハードル”だと称した。

 ハードルを跳ぶ行為に恐怖を覚えること。それ自体に時間は関係ない。

 必要なのは、一度の恐れ。たった一瞬の気付きだ。

 期待に応えれば、また上乗せされる恐怖。

 越えられなければ失望されるであろう恐怖。

 例え乗り越え続けても、勝手に神聖視される恐怖。

 彼女はハードルを前にして、知ってしまった3種の恐怖と毎回戦っている。

 

 

 

 

 

 郁島さんのシャドウが持つ、『今やるべきことは他にある』という認識。

 それを柊は、“逃避”だと断じた。

 以前の彼女には確固たる芯があり、それがあったからこそ、どんなにつらい練習にも耐えられてきた。

 しかし、根幹を揺らす出来事を経た彼女に、固まった土台は存在しない。

 己の芯が揺らぎ、自らの行いが正しいと思えなくなった彼女は、まるで自身のしている努力が間違っているように思い込み、努力そのものを遠ざける。

 追っていたものから、逃げる。

 故に、逃避。

 何から追い、何から逃げているのか。

 それらは極めて明白だった。

 

 

 

 

 

 彼女が抱いた、諦念。

 そこに皹を入れることで、心の摩擦に苦しんでいる郁島さんを、その彼女を救いたいと願う時坂を、手伝いたい。

 

 一言で言えば。

 彼女が諦めたものとは。

 諦めるべきでないものとは。

 

 

 

 

──Select──

 

 >君は、未来を考えることを、諦めただけだ。

 

──────

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月27日──【有閑の回廊】兄妹弟子

 

 

 

「……未来?」

「ああ、最初は責任感から逃げているのかと思ったけど、違う。郁島さんが逃げていたのは、そういうのだけじゃない」

『わたしが、何から逃げているっていうんですか』

「だから、未来だよ。明日を、その先を考えることを、君は放棄している」

 

 若いうちにしておきたいことを急に考えだしたのはなぜか。

 1日1日を楽しく過ごそうとしたのはなぜか。

 空手から──才能を見込まれている領域から、離れる為だ。

 

「単純な話だ。郁島さんが恐れていたのは、自己評価と他者評価の差。前日に褒められたことが、次の日には出来て当たり前のように扱われる。他の人が自分に対する認識をコロコロと変えていくのに対し、自身のなかではまだ何も変わっていない。そういった切り替えが上手くいかなかったのが、そもそもの原因に当たったんじゃないか?」

 

 時坂や相沢の一件でショックを受けたのも、同じ理由からだと推測できる。

 彼女は、己が周囲に与える影響をそこまで大きく考えておらず、普通に振る舞っていた結果、大事な人たちを傷つけていた。

 このまま空手を続けていけば、また知らない所で誰かを諦めさせてしまうかもしれない。

 その心配事から逃げるように、彼女は全力の空手を──才能を封印しようとした。

 

「お、恐れてなんか……」

「いない? さっき言っていた通り、辛くはなかったんだろう。けれど君は、ずっと疑問に思っていたんだよな。“わたしなんかが、そう呼ばれる資格あるのかな”って」

「……っ」

「その戸惑いが予想以上に大きなしこりになった。理性は仕方のないことだと割り切っていても、本心から認めることは出来なかったんだろう」

 

 

 ある意味で、相沢さんとは対極的だった。

 相沢さんは弱く、劣って見られることを恐れたのだと思える。それ故に対等に戦うことを放棄し、結果で並ぶことを選んだ。

 対して郁島さんは、強く、優れて見られることを恐れたのだろう。だからこそ結果を出さないように尽力し、そもそも戦うことすら辞めてしまった。

 

 両者ともに空手が好きで、しかし他者の影響によって気持ちが歪んで。

 好きなことを続ける辛さ、というのは自分に理解できない。ある意味で自分はすべてにおいて初心者で、なにもかもの上達を楽しめる立場だ。

 だから、何をしても今は楽しい。バイトだって、勉強だって、趣味を探すことすら喜びを覚えてしまう。

 勝手な推測を重ねるなら、郁島さんも、自分のような立場になりたかったのかもしれない。変に高い期待もされず、一個一個の成長に喜べるような、そんな在り方に。

 ……それが彼女の在りたい姿なら、自分も何も言わない。個人の決定に口を出す権利なんて、本当はないはずだから。それも、殆ど無関係な人間が介入するなんておかしな話だろう。

 そう、意志を弱め、夢を諦めた先を、彼女が本当に見据えているのか。

 10年後、20年後の未来を、きちんと考えた上で発言しているのなら、大人しく引き下がろう。

 ……だからこそ、今の状況を見過ごす訳には、いかない。

 

『……あの、岸波先輩。そうは仰りますが、実際今日を楽しむことの何がいけないんですか?』

「決まっている。今の君に目標がないことだ」

 

 首を傾げながら問うてきたシャドウに、はっきりと回答する。

 そうだ、これこそが、自分が見過ごせないと判断した理由。

 他でもない君の本心が、夢を、目標を考えられてないのは、大問題だろう。

 

『目標……ですか。目標ならありますよ。料理ができるようになって、掃除ができるようになって、家事ができるようになって。これって立派な目標だと思うんですけど』

「だそうだ、郁島さん。君の目標は、それで間違いない?」

「……え?」

 

 目を丸くする彼女に、もう一度問う。

 

「君が考える目標、いや、君の望む夢は、家事全般ができる“だけ”の人間で、良いの?」

「……いいえ」

 

 ゆっくりと、確かに、彼女は首を振った。

 先程まで、半ば同化していた理性と本心の意見が再び食い違う。

 

 

「違う、違います! わたしの夢は、目標は、あなたのモノとは違う!!」

『……ふう』

 

 その否定に、シャドウは大きく溜息を吐いた。

 

『余計な、ことをッ!』

 

 突如、郁島さんのシャドウが、膨張し始める。明確な拒絶の意志に反応したのだろう。璃音の時や相沢さんの時と同じだ。

 本心が、力づくで理性を押し込める為の準備。意見を聞き入れられない時の最終手段が、とられようとしていた。

 

 郁島さんの本体が、糸の切れた人形のように倒れる。

 心が掛けてくる負荷に耐えられなかったのかもしれない。

 それと同時に、シャドウの巨大化が止まる。

 その姿は奇しくも、相沢さんのシャドウが巨大化した姿と似ていた。

 違う点を挙げるとすれば、他者を見下す姿勢が感じられないことと、より人型に近いことか。

 それ以外は、空手の道具のようなものを身に纏っているところなんかがそっくりに見える。

 ……結局、最後に頼るのは培ってきたもの(カラテ)か。

 色々理屈を捏ねてはいたがやはり、空手を完全には忘れられなかったのだろう。もし自分たちが負ければ、才能を裏打ちしていたこの熱意も、無かったことにされてしまうかもしれない。

 ……それは、嫌だ。

 

『まったく、失礼しちゃいます。せっかく新しいやりたいことができたのに……』

「冗談!」

 

 シャドウの言葉を、璃音が鼻で笑う。

 逆境に屈さず抗い続けている少女は、その経験から得た力を胸に抱いて、喧嘩を売った。

 

「やりたいことをやるのは結構。ケドね、諦めたわけでもないのに、諦めなくちゃいけなかったわけでもないのに、どちらかしか見てない時点で、その夢は間違ってんの!」

 

 そしてその啖呵に、柊が便乗する。

 

「そうね、ええ、その通りだわ。郁島さんは何よりも先にまず、それらを両立する方法を考えるべきだった」

「強さの為に私生活を捨てる必要はない。生活を潤わせる為に強さを諦める必要もない。まだ、諦めるには、早いんじゃないか?」

『うるさい……煩い!』

 

 象られたのは、現実の彼女とは掛け離れた、筋肉質で巨大な肉体。

 それはさながら、鬼のようで。

 すべてを破壊するような、暴力的な外見をしていた。

 

我は影、真なる我

 

 シャドウが拳を振るう。

 拳圧で髪が揺れた。

 

『期待されるのは嬉しい。けれど、勝手にわたしを決めつけないで。過大評価が怖い。失望されるのが怖い。自分の知らない所で、自分が原因となった不幸が怖い。ああ、誰もわたしを知らない場所で、一から努力をしてみたいな……』

 

 自分、璃音、柊がソウルデヴァイスを構える。

 時坂は……まだ無理か。無理もない。助けたい相手を傷づけたのが自分自身と言われたら、立ち直るのも一苦労だろう。

 だが、最後に必要なのは彼の力だ。

 専門家の柊でも、境遇の分かる璃音でも、勿論ほぼ無関係な自分でもない。きちんとした信頼関係の築かれている、頼りがいのある先輩の言葉が、彼女を救えるはず。

 だからどうか、戻ってきてほしい。精一杯の時間は、稼ぐから。

 

『だから、邪魔……しないでッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から、どれだけの時が経っただろうか。

 

『あはは、持ちこたえますね』

 

 余裕のあるシャドウの声。それとは対照的に、軽口さえ叩けないのが自分たちの現状。

 悲痛な叫び声と共に始まった戦闘は、何というか、圧倒的だった。

 防戦一方。誰かが攻撃を喰らえば、他の誰かが回復し、残った1人がペルソナ能力での補助を掛け直していく。

 手が足りない。攻撃に転じることができないのは、誰かが今の役割を抜けることで、かろうじて防げている猛攻を止める手段が瓦解するから。

 

 そんな均衡状態が、いつまでも続くわけがない。

 回復も支援もノーコストじゃないのだ。このまま相手の息が切れるのを待つくらいなら、仲間を強引に駆り立てる方がマシだろう。

 

 ……そろそろ良いかな?

 ……良いよな?

 

 と、いうわけで。計算よりも少し速いが、強制出動だ。

 

「いつまで抜け殻みたいになっているんだ、時坂!」

「ホント、そろそろヤバいから! 手伝ってって!」

「……」

 

 どうやら3人とも同じことを考えていたらしい。声を出すのはほぼ同時だった。

 まあ消耗も激しいし。限界はけっこう目に見えて迫っている。

 だがいくら疲れているからと言って、無言で睨み付けるのは止めてあげてくれないですか、柊さん。怖いから。

 

「……オレ、は……」

 

 か細い声が返ってくる。

 本当に時坂のものかと疑いたくなったほどに、力が籠っていない。

 

「助けてえ、と思った。けど、オレが、負担を掛けてたから」

「負担? そりゃ掛かるよ! 身近な人からの声が、一番重いに決まってる。でも、応援しようって気持ちは間違いじゃない! 郁島さんだって言ってたでしょ、“期待されるのは嬉しい”んだって!!」

 

 そう、璃音の言う通りだ。決して応援することは間違っていない。

 時坂はいつも言っていたじゃないか。ソラはすごいヤツだって。自慢の後輩なんだって。

 しっかりと褒めて、認めてくれる先輩。どれだけその存在が有り難いことか。

 そんな時坂を、武を尊び、礼に厳しそうな郁島さんが、迷惑に思うなんて絶対にない。

 

「嬉しかったって、そんなワケ……」

「嬉しいでしょ。身近な、それも慕ってる人に応援してもらえたら。その人が自分を信じてくれていると知ったら、嬉しいに決まってる!」

 

 ただ、昔の出来事が尾ひれを引いていて、間が悪く今回に関わってしまっただけ。

 だから、きっと2人の間は修復できる。

 信頼関係そのものは、きっと失われていない。だって郁島さんは、躊躇いながらも時坂を頼ろうとしていたじゃないか。

 本心は誰かに期待することを拒絶しているかもしれない。しかしあの時、彼女自身が過去の交流すべてを踏まえて判断した結果、信頼しても良いと考えて時坂の質問に対し口を開いたのだとしたら。

 

「後輩からの信頼を裏切るのか! 前に言ってたよな、先輩として慕ってくれる後輩の力になりたいって! 今がその時じゃないのかよ、時坂!!」

 

 どんなに薄くても、信頼はあるのだ。時坂が郁島さんを信じている分、郁島さんも、時坂を信じている。

 その言葉を聞いたのは、先月辺りだったか。よく覚えていた。

 だから、そのまま返そう。きみの言っていたことを。

 その上で、言わせてもらう。

 お前の自慢の後輩は、立派に立ち上がってみせたぞ、と。

 お前は、そのままでいいのか。

 

「時坂 洸が貫きたかった“先輩”っていうのは、後輩の決意に応えずに、ただ立ちすくんでいるような人間か!」

「────」

 

 時坂の顔が、ゆっくりと上を向く。

 ニヒルな笑みを浮かべていた。

 

「……へっ、言ってくれるじゃねえか。響いてきたぜ」

 

 ゆっくりと、時坂の腕が、ズボンのポケットへ伸びる。

 彼の手に、サイフォンが収まった。

 

「……行けるか?」

「ああ、待たせて悪かった。……まあその、さんきゅ」

 

 後頭部を掻きながら礼を伝えてくる彼に、安心感を抱く。

 ああ、いつもの時坂だな

 優しくて、頼りがいのある、自分の友人だ。

 

「行くぜ、ペルソナァ!!」

 

 順に防御支援(ラクカジャ)を付与させていき、味方全体の耐久値を上げる。

 防御で一苦労していた敵の攻撃に余裕をもって対処できるようになった所で、さあ、反撃の準備だ。

 

「皆、再度支援術の掛け直しを!」

 

「“ラー”、【ラクカジャ】!」

「“バステト”、【スクカジャ】!」

「“ネイト”! 【タルンダ】」

 

 攻撃術のように全体付与が出来ればもう少し短縮できるんだが……今はこれが精いっぱいだ。

 時間切れで空いた補助の術を自分が埋めていき、その間、他の面々で弱点属性を洗い出していく。

 

「火炎は効きが弱いみてえだ!」

「念動もイマイチかも!」

「氷結は等倍ね。無理に攻める程じゃないわ」

「分かった。なら次は、自分の番だな」

 

 ペルソナを付け替える。

 支援に集中する必要のない今、一刻も早く攻め方を確立しないと。

 

「“タマモ”、【エイハ】!」

『くっ……ふふ、効きません!』

「させねえ!」

 

 初手から効きが薄い攻撃を選んでしまい、反撃を受けそうになったところを、時坂がカバーしてくれた。有り難い。

 

「すまない、助かった!」

「構わねえ、次頼むぜ!」

「ああ!」

 

 火炎も呪怨も聞きづらいなら、チェンジだ。

 

「“スザク”、【フレイ】!」

『ううっ! まだまだぁ!』

 

 核熱は……普通だな。氷結と変わらない。

 攻撃の手に入れても良いが、詰め手に持っていける程でもないだろう。

 次。……なんとなく、光は効かなそうだから、次は、こうだな。

 

「“シーサー”、【ジオ】!!」

『うあああああ!』

「「 効いたッ!? 」」

「ボサっとしない、畳みかけましょう!」

「ああ」「応!」「ウン!」

 

 柊を筆頭に、各々がペルソナをソウルデヴァイスへと切り替え、全力で畳みかけ攻撃を行う。

 だが、倒しきれない。群がる自分たちを払うように体制を立て直したシャドウは、先程よりも疲れた面持ちで構えを取った。

 ここからは弱点を付ける自分を、積極的にマークしてくるはず。

 ……誰かが、意識を逸らしてくれるとやりやすいんだが。

 

「なんだソラ、疲れてんのか。腕、下がってるぜ」

 

 時坂が挑発する。

 ……ああ、そうだな。一番興味を惹けるのは、時坂に間違いない。

 

『コウ、先輩』

「この前道場でやった時の気迫はどうした? お前らしくねえ」

『わたしらしい、って、なんなんですか! コウ先輩は、わたしを、どう想ってるんですか!!』

 

 その剣幕に、璃音の肩がビクッと震えた。

 一瞬、集中を切って時坂に視線を向ける。

 

「……はっ。ンなの、自慢の妹弟子に決まってるじゃねえか」

『……妹、弟子』

「違えよ、“自慢の”妹弟子だ。何処に出しても恥ずかしくねえ、誰に自慢するのも躊躇わねえ、たった1人の大切な妹弟子だよ」

 

 ……なんだろうか、璃音の表情が段々険しくなっていくのだが。

 気になって仕方がない。

 集中、集中。

 

「お前はオレの誇りなんだぜ、ソラ。一緒に鍛練して、兄弟子と慕ってくれたお前が輝いているのを見るのが、好きなんだよ。嬉しいんだ。きっとオレだけじゃねえ。お前の親父さんも、ジッちゃんも、相沢だってマイ先輩だって、きっとそう思ってる」

『ならどうして、ちゃんとわたしを見てくれないんですか! なんで皆さん、わたしを期待して、勝手に離れちゃうんですか……わたしは、我儘だとしても、一緒にやっていたいのに……』

 

 そう、か。ようやく本人の口から、それらしい言葉が出て来た。

 ちゃんと聞いたか、時坂。彼女の望みを。

 

「しかと聞き届けたぜ、ソラ。お前の望み」

 

 ソウルデヴァイスを抜いた時坂が、彼女のシャドウへ駆け寄る。

 

「オレらは……いや、オレは! お前に夢を押し付けたりだとか、託したりだとか、そんなことは無責任なことはしねえ! 誰が過剰な期待も責任も押し付けるか! 誰が離れるかってんだ!」

 

 “レイジング・ギア”が巨体目掛けて振るわれる。

 一撃、二撃。溜めを作って──

 

「だからお前も、勝手に背負い過ぎてんじゃねえッ! その我が儘を、きちんと相談しやがれってんだッ!! らあああっ!!」

 

 ──三撃。思いを込めて繰り出された連撃は、巨体を揺らすのに十分だった。

 

「行け! ハクノッ!!」

「──“シーサー”、【ジオ】!!」

 

 崩れ掛けたシャドウの弱点に重ね掛ける攻撃。

 重い身体が倒れる。総攻撃のチャンスだ。

 

「チャンスだ、ハクノ!」

「ああ、突撃する!」

「ええ!」「ウン!」

 

 2度目の全員特攻。

 これ以上シャドウが起き上がらないように、力を込めて、思いを乗せて、斬って、打ってを繰り返した。

 

『そん、な……わたし、まだ……』

 

 徐々に崩壊を始める巨体。

 数秒と経たずにその身体は、元の郁島さんと同等のサイズへと戻っていた。

 シャドウの縮小が完了すると同時、郁島さん本人が目を覚ます。

 

「んん……あれ、わたし……」

「ソラ!」

「コウ、先輩?」

 

 郁島さんは周囲をゆっくりと見渡し、夢じゃなかったんだ、と呟いた。

 どうやら、はっきりと認識できているらしい。

 

「コウ先輩、1つ、聞かせてください」

「……おう、なんでも聞いてくれ」

「わたしが居なかったら、コウ先輩は、空手、続けてましたか?」

「それはねえな」

 

 きっぱりと、断言した。

 

「元から、これじゃねえとは思ってたんだ。いまいち夢中になれなくて、のめり込むこともできてなかった。どちらにせよ辞めるのは時間の問題だったと思うぜ」

「……そう、だったんですか」

「だから、ソラがスゲェと思うんだ。オレに出来ねえことをやってのけてるからな」

 

 時坂が、郁島さんへと手を伸ばす。

 彼女はそれを掴もうとして、しかし引っ込めた。

 

「でもそんな、わたしなんて」

「そんなお前が良いんだ、ソラ。一緒に訓練して、一緒に過ごしたオレだから分かる。唯一の妹を誇らねえ兄貴がどこに居るんだよ」

 

 その手を強引に掴み、彼女の身体を引き上げる。

 そして逆の手で、妹弟子の頭を撫でた。

 

「……あっ」

「決してもう1人で悩ませねえからな、ソラ。頼りづらかったら他のヤツを頼れ。相沢でもマイ先輩でも、トワ姉やジッちゃんでも、ここに居る連中でも構わねえ。1人で考えこまなくて良いんだ。明日が不安なら、誰かと一緒に過ごそうじゃねえか」

「コウ、先輩……」

「少なくともここに居る連中と、オレと、相沢は、等身大のお前を見てる。それに、もっといっぱい居んだろ。アユミちゃんとかも、色眼鏡なしで付き合ってくれる良い子じゃねえか」

「……はい、はい!」

 

 これからも、期待や信頼はし続けるけどな、と笑う時坂。

 臨むところです、と郁島さんも泣き笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 やがて時が経ち、泣き止んだ郁島さんは、目元を袖で強く拭うと、自分たちの方へと向き直る。

 

「ありがとうございました、先輩方」

「気にするな。頑張ったのは、君と、時坂だ」

「ウンウン、あたし達は、その手伝いをしただけ!」

「ほら、そんな私たちよりも先に、話すべき相手がいるんじゃないかしら」

 

 柊が指をさす。

 その先には、いつの間にか復活していた郁島さんのシャドウが立ち尽くしていた。

 

「えっと、ごめん、無理させちゃってたね」

『……』

「でももう大丈夫。皆さんと一緒なら、明日もその先も、きっと良いものにできるって信じられたから! だから、また一緒に歩いていこう? 少し寄り道しながらでも、夢はもう、決まってるから、ね?」

『──』

 

 シャドウが頷き、淡く光り始める。

 段々と崩れゆき、まるで泡のよう消えていく。

 その光の一部は、郁島さんへと流れ込んでいた。

 

 シャドウを受け入れることで、郁島さんも薄い光を纏っていた。

 ……彼女から、大きな力を感じる。璃音の時と同じだ。これは、ペルソナの力……?

 

 その一部始終をしっかりと見送った自分たちは、なんとなく顔を見合わせる。

 自然と笑みが浮かんできた。

 

 

 

 

 

「……グスッ、お待たせしました!」

 

 郁島さんが元気よく言う。

 少し目元が赤いものの、素敵な笑顔を浮かべていた。

 この笑顔が守れたのなら、頑張った甲斐があったな。

 緊張が解けたのか、それとも彼女の涙に感化されたのか。時坂が顔を隠して後ろを向いた。

 すかさず柊と璃音が揶揄いに行く。

 

 

 ──そんな有り触れた光景を眺めていたら、いつの間にか異界は消滅し、気付くと自分たちは杜宮公園でただ笑いあっていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月28日──【杜宮高校】深読みしなかった少年と深読みしてしまった少女とある意味純粋な少女

 

 

 

 

 思うに郁島さんは、自分で自分を傷つけてきたのではないか。

 武道家としての彼女は、誰かに頼ることを是としなかった。ただ迷惑を掛けることを拒んだのだろう。

 だから、逃げるしかなくなった。1人で解決できないからこそ深みに陥ったのに、それを自力でどうにかしようだなんて、土台無理な話だ。

 だが、それも彼女の美徳なのだろう。

 郁島さんは、決して尖った感情の矛先を他人へと向けず、内々で処理しようとした。自分で自分を殴っていただけで、その拳は終始他者へ向けられることはない。

 それどころか、逃避した先に選んだ答えでも、誰かを拒絶することはなかった。友人と料理をし、ショッピングへ行き、日々を共にする。そんな有り触れた友人との時間を、彼女は求めたのだ。

 

 

 

 

「どうした岸波、考え事か?」

「いいえ、大丈夫です」

 

 

 

 例えば自分の為にしか戦えない人もいれば、他者の為にしか拳を握らない人もいる。人を守るために拳を握ることがあれば、何かを壊す為に手を使うこともあるだろう。

 時坂、相沢さん、郁島さんと武道家たちに触れてきたが、それぞれ違う信念を持って拳を振るっているのが分かった。その信念が何なのか、理解できたとは到底思えないが。それを知るには共に過ごす時間が足りない。その人の思考や成り立ちを知って、ようやく掴めるようなもののような気がする。

 

 ……信念、ね。

 自分は、誰の為に戦っているのだろうか。

 ──自分の為、なのだろう。

 しかし、本当にそれで良いのか。

 自分の為に戦うのが悪いことだとは思わない。例えば璃音。彼女は自身の夢や目標の為に戦い、努力をしている。高い目標に付随した努力が、悪いものなわけなかった。

 一方で時坂なんかは、誰かを救うために行動しているように見える。勿論これが悪いとも思わない。世間的には称賛される行為だろう。

 結局大事なのは、理由。

 誰の為に拳を振るうかではなく、何のために拳を握るか、という話だ。

 ……今度、璃音に相談してみようか。

 

 

「岸波、手が余ってるなら課題を足すが?」

「いいえ、本当に結構です」

 

 とは言ったものの、実際手持無沙汰ではある。窓の外を見ながら考え事に没頭するくらいには暇と言っても良かった。

 補習のシステムは授業と言うより、課題プリントを用いた自主学習中心。聞きに行けば教えてくれるものの、補習者対象ということもあってか、聞く必要のある問題も少ない。

 手元にある問題は既に終わった。もう提出してしまおうか……

 

「ん、早いな岸波。流石だ」

「何が流石なんですか?」

「いや、お前は事情が事情だしな。とはいえ規則は規則。補習期間中は全日参加してもらうことになる」

「まあ、自分が悪いですから」

「せめて明日はもう少し難易度を上げた課題を用意するとしよう」

 

 そう言ってもらえるとありがたい。明日に期待しよう。

 

「残り時間は自習でもしていてくれ」

 

 ……まあ、そうか。流石に課題が終わったからって帰れないよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーゴロウ先生、この後ヒマぁ? あたし、ちょぉっと個人的に相談があるんですけどぉ」 

 

 補習を終え、教室から出ようとした時、女子生徒の声が聴こえてきた。

 髪を明るく染めた女子生徒と佐伯先生の会話姿が目に入る。

 

「はは、悪いがまだ仕事が片付いていなくてな。授業の質問程度ならこの場で答えてやれるんだが。それじゃあ、気を付けて帰るんだぞ」

 

 女子生徒の誘いを軽く躱して、教室から立ち去る佐伯先生。

 なんというか、余裕のある立ち振る舞いだ。

 

「あーん、ゴロウ先生、ホントにイケズ……」

「──マリエ、終わった?」

 

 先生と入れ替わりで教室へ入ってきたのは、どこか冷淡そうな印象の黒髪の女生徒。

 どうやら、補修対象者だった友人を待っていたらしい。

 マリエと呼ばれ、反応したのは、先程佐伯先生に声を掛けていた金髪の女生徒だった。

 

「あー、うん。終わったぁ。マジで疲れた」

「お疲れ。でもわざわざ補習になることなかったんじゃない?」

「良いの! だってゴロウ先生に教えてもらえるんだし!」

 

 ? 佐伯先生、もしかして校内では有名な英語教師だったりするのだろうか。確かに教えるのはとても上手だと思う。なるほど、その実力を見込み、わざわざ補習になってまで教わりに来る勉強熱心な生徒もいるのか。

 凄いな、見習わないといけない。

 

「あ、そだ。1つ用があったんだ……っと、いたいた」

「……マリエ?」 

「あのぉ、岸波先輩、ちょぉっと良いですかぁ?」

 

 長居するのも良くないし、そろそろ教室から出ようかと考え始めていると、背後から呼び止められた。

 振り返ると、いつの間に近寄ったのか、髪を明るく染めた方の女子生徒──マリエの姿が目に入る。

 

「先輩ってぇ、ゴロウ先生のクラスの生徒なんですよね?」

「ああ、そうだが」

 

 ……待て。これはあれだろうか。『お前ごときがなんで!』という類の──そう、果たし状を叩きつけられるやつ。あ、女子なら果たし状より手袋を投げつけるんだっけ。……いや、手袋してないな。

 さてどうしたものか。取り敢えず、武力を置いた話し合いでの理解を求めるべきだろう。相手はシャドウじゃない。人間なのだから。

 

「クラスなら代われないぞ?」

「はぁ?」

 

 ……反応からして、どうやら違ったらしい。

 しかし喧嘩を売りに来たのではないとしたら、何の用だろう。

 

「ちょっとマリエ……!」

「イイからイイから。あのぉ、先輩にお願いがあってぇ」

「お願い?」

 

 初対面の自分に、何を頼みたいと言うのか。

 

「普段のゴロウ先生の話とか、聞きたいんですよ。授業中何話してたとか、そういう他愛ないコトで良いんで、教えてくれませぇん?」

 

 ……はっ!

 つまり、佐伯先生の心を解して、いろいろ教えてもらう作戦か。

 親しい相手の相談ならば断われない。その上、彼女が求めるのは教師という職に何も反していない内容。なし崩し的に聞いてもらえる確率が上がる。

 なんて賢い案なのだろう。そういうことなら、ぜひ協力してあげたい。

 

「わかった。自分にできることなら」

「しっ! ……こほん、じゃあコレ、アタシの連絡先なんで、気楽に教えてください。あ、プライベートな話はお断りなので」

「プライベート? まあ分かった」

「じゃあよろしくお願いしまぁす。んじゃヒトミ、どこ寄ってく?」

「ちょっと待って先行ってて」

「はぁ? まあイイケド、なるはやね」

 

 そんな会話を交わし、教室から出ていく派手な方の一年生──マリエ。

 残ったのは髪色だけ見れば地味な方の一年生──ヒトミという名前らしい少女。

 

「えっと、さっきはマリエが悪かったね。あの子、強引なとこあって。断っても良かったのに」

「いや、あんなに真面目な子の頼みは断れない」

「真面目? まあ直情型というか、素直ではあるのかも。……けど、ふうん。センパイ、結構イイ人なんだ」

「そうか?」

「多分ね。ホントに下心とか無さそうだし。あ、コレ、あたしの連絡先。あの子が迷惑掛けることがあったら連絡頂戴」

「仲良いんだな」

「まあ、ね」

 

 連絡先を交換し合い、サイフォンをポケットにしまう。

 丁度その時、廊下からヒトミを呼ぶ声が掛かった。

 

「あ、そろそろ行かないと。それじゃセンパイ、じゃあね」

「ああ、また」

「──そう、だね。じゃあ、またね」

 

 ……?

 なんで今、ヒトミは言い直したのだろう。

 ……まあ良いか。恐らく、聞いてわかることでもない。

 

 さて、まだ時間はあるが、疲れたしそろそろ帰──る前に、寄るところがあったな。

 

 

────>【駅前広場】ウィークリーくじ。 

 

 

「おや、いらっしゃい。換金だね。ちょっと待ってな」

 

 やって来たのは、先週買ったくじの当選確認。

 受付の女性に前回購入した5枚を渡し、告げられる結果を待つ。

 確か全部で1500円したんだったよな。元が取れてると良いんだが……

 

「お待たせ、結果出たよ」

 

 順に確認していく。

 1枚目……100円。

 2枚目……10000円。

 3枚目……1000円。

 4枚目……100円。

 5枚目……100円。

 

 ……1万……1万!?

 

「おめでとう、一等1枚、二等1枚、三等3枚で11300円だね」

「……や、やった……!」

 

 元を取るどころではない。大きなリターンだ。

 これは……来週の分も買うしかない!

 

「また5口ください!」

「まいど!」

 

 思わず頬が緩みそうになるのを我慢しつつ、改めて帰路に着く。

 ……いや、そういえば前回は当選祈願で神社に行ったのか。

 今回も行っておくか?

 

 

──Select──

 >行く。

  行かない。

──────

 

 

 こうして大金を得られたのも、おみくじで吉を引いたおかげだ。

 今回も行っておこう。

 

 

 

 

────>【九重神社】境内。

 

 

 

 

「……き」

 

 凶だった……!

 

「……おみくじって、何回まで良いんだったか」

 

 そもそも引き直しとか許されるのだろうか。

 いや、でも、縁起が悪いままではいたくない。

 さて、どうしたものか。

 

 

──Select──

 >引く。

  引かない。

──────

 

 

 ……引こう。このままじゃ、終われない。

 巫女さんにもう一度声を掛けて、新しいおみくじを賜った。

 心を込めて、いざ。

 

「…………大、凶?」

 

 しかも、金運:悪し。と書かれている。

 これは、一度目のおみくじを信じなかった罰なのだろうか……

 

「……帰ろう」

 

 これ以上は駄目な気がする。

 明日また出直そう。

 

 

 

─────

 

 

  

 さて、寝るまで少し時間が空いた。

 久し振りに読書をしようか。確か“世界のグローバル企業”が途中だったはず。

 

 前回読んだときは日本企業を中心として読んだが、次は世界各国の企業頁へ目を通そう。

 ……全然知らない企業ばかりだ。言われてみれば名前を見たことがある程度。それでも、専門店へ行かなければ目にもしないようなメーカーばかり。

 それでも、その筋では確固たるファンを獲得しているからこそ、こういった雑誌にも載るのだろう。彼らが自社製品に掛ける想いや熱意が、文を通して伝わってきた。

 少し視野が広くなったことで、自分の魅力が増した気がする。

 本にはまだ続きがあるようだ。また後日、読むことにしよう。

 

 

  




 


 魅力 +2。
 
 
────


 誰だガチャ運Aとか書いたヤツ。
 あ、これは私の友人の話ですが、ガチャは出るまで回せばハズレって存在しないから、つまり絶対に当たるんだよ。爆死とか存在しない。と言っていました。狂気を感じました。
 岸波白野は同じことを永遠に繰り返せるような根性の持主です。つまりその結果がガチャ運Aに結び付いたのでしょう。
 ガチャ運A(出るまで続行)って感じで。
 数発で狙ったものが出る人は、ガチャ運A(真)。
 狙った獲物が来ずにすり抜ける人はガチャ運A(偽)。
 みたいな。
 またどうでもいい内容を載せてしまった。


 なんとなく選択肢回収。


────
 53ー1ー2

──Select──

  行く。
 >行かない。

──────

 そう何度も神様に頼る訳にもいかない。
 今回はこの勢いに任せていこう。大丈夫だ、きっと当たる。


 →何も大丈夫ではない。




────
53ー2ー2
──Select──

  引く。
 >引かない。

──────


 駄目だ。おみくじは一応、神様からのお告げやご助言のようなもの。
 貰い直しなんて以ての外だろう。
 仕方ないので踵を返す。
 境内の出口へと向かいながら、詳しい中身を読んでみた。

 心して読んだものの、大した内容は書かれてなかった。てっきり寿命:短し。とかもあると思ったが。
 まあ何より目を奪ったのは、金運:良いというただ数文字。
 もしかすると、もしかするのでは……?
 来週が楽しみだ。


 →普通に当たる。



────





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月29~30日──【杜宮高校】後輩たちと約束

 

 

 

「6月といえば梅雨だね。梅雨といえば何か……私はカタツムリと紫陽花を思い出す」

 

 そんな語りで始まった今日の化学。紫陽花もカタツムリも化学に関係なさそうだが、果たして。まあ理科教師からの季節的なお話とでも思っておこうか。

 

「誰かに聞いてみるとしよう。では……ククッ、眠そうにしている岸波」

 

 そんなことを考えていたら指されてしまった。

 梅雨か。別に好きでも嫌いでもない季節だが、どうだろう。

 

「カタツムリには別の呼ばれ方があるねェ。マイマイだとか、でんでん虫だとか」

 

 マイマイ、というのは聞いたことないが、でんでん虫なら知っている。有名な童謡にもあったはずだ。歌えというなら仕方ない。やってみよう。

 

「このでんでん虫という呼び方、どのようにして定着したか分かるかい?」

 

 ご、語源!?

 

 

──Select──

  早く出て来いという子どもたちの呼び掛けが浸透したから。

 >カタツムリが雷を連れてくると言われていたから。

  呼びやすいから。

──────

 

 呼びやすいから、ということはないだろう。それならとっくに廃れている。カタツムリはともかく、マイマイの方が呼びやすいし。

 だとしたら、残るは2択。

 早く出て来いというよりは、出てこない虫であることを揶揄って出ん出ん虫と名付けることくらいはありそうだ。とすると、呼びかけの浸透も違うと推測できる。

 梅雨という時期を鑑みれば、雨と雷は自然と増えそうなもの。梅雨の時期に増えるカタツムリ。カタツムリが増えると雷が増える……あながち間違いではないのかもしれない。

 故に、カタツムリが雷を連れてくるという説が、一番正しい気がする。

 

「残念、不正解だねェ」

 

 違うのか。

 ならやはり、出ない出ない虫ででんでん虫か?

 

「この場合の答えは、子どもたちの呼び掛けの浸透が正しい。とはいえ、この場合のでんは、“出ない”の変化系ではなく、“出ろ”などといった命令形の名残によるものだ。そこは勘違いしないように」

 

 そうなのか。どうも耳に残る童謡の歌詞から、出てこない動物というイメージが結びついてしまっている。

 てっきり理科の授業だし、気候に絡めてくるのかと勘繰ったのもあるのだが。

 

「まあ、ただの雑談だがね。さて、授業を始めようかねェ」

 

 ……本当にただの雑談だったらしい。

 

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮高校【補習室】。

 

 

 授業が終わり、今日も今日とて補習だ。

 最初は毎日補習と説明されていたものの、詳しく聞いてみれば、1週間という期間内は毎日、ということだったらしい。

 つまりは残り4日。誰かと何処かへ遊びに行けるような時間帯には解放されないものの、買い物をして帰るくらいの余裕だけがあるこの期間は、あと4日で終わるのだ。

 それに案外、この時間もそこまで苦ではない。昨日は課題が簡単すぎて暇を持て余していたものの、今日は先生の宣言通りに少し工夫を凝らしたプリントが出題された。

 とはいえ前回のテスト範囲以前の学習内容。次回の試験で優位に立てるような問題はなさそうである。

 

 しかしこうなると、もう少しまとまった時間が欲しいな。

 こうして学校の用事に追われていれば、放課後満足に動くこともできない。部活も交友も労働もできないとなっては、少し物足りなさを感じてしまうものだ。

 ……夜のバイトでも探すか。

 いかがわしい意味ではない。以前行った総合病院の清掃もそうだし、他にも探せば色々あるのではないかと思う。勿論、未成年で働ける範囲で、だが。

 

 そうと決まれば今日は帰りにバイト探しをしよう。

 

「どうした岸波、手が止まっているぞ」

 

 

 ……集中して勉強できた気がする。

 

 

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 さて、夜のバイトと言って瞬時に思い浮かぶものといえば、昼にも考えた杜宮総合病院の清掃バイト。しかし、どのようにして連絡を取ろうか。前回の神山温泉のように、現地に行って直接、というのはよろしくない。清掃を請け負っていたのは別会社の可能性も一応あるし。

 あ、そうか、ユキノさんに話を通してもらうようお願いすれば──

 

「……ん?」

 

 サイフォンが鳴る。誰かから連絡が来たらしい。

 電源を入れて確認すると、恐ろしい名前(ユキノさん)の表示が。

 

『青年、もしまたバイトがしたくなったら、いつでもうちに来なさい』

 

 ……なんてタイミングだ。時坂が恐れる理由も分かる。こんなこと毎回起これば、いくら親切心でも怖いだろう。

 いや、わざわざ連絡してくれるのはありがたいことだが。

 そう考えてみると、とても優しい人なのではないだろうか、ユキノさん。なんだか恐怖も薄れてくるというもの。

 取り敢えず行くなら明日だな。速い方がいい。

 なら今日は……勉強でもしようか。

 

 

 

 

 

 

──5月30日(水) 放課後──

 

 

────>杜宮高校【補習室】。

 

 

「あのぉ、なんで昨日連絡くれなかったんですかぁ?」

 

 補習が終わり、帰り支度をしている途中、不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、そこにはいかにも不機嫌そうな1年生の女子が居る。

 確かそう、名前は──

 

 

──Select──

  マリー。

 >マリエ。

  マリカ。

──────

 

 

「……覚えてくれてありがとうございますぅ。で、何で連絡くれなかったんですかぁ?」

「何でも何も、約束していなかっただろう?」

「はぁ?」

 

 意味が分からない、と首を傾げられる。

 こちらも取り敢えず、首を傾げておこう。

 

「マリエ、終わっ……なにしてるの」

 

 黒髪の少女が一昨日同様迎えに来た。そして自分とマリエを交互に見た後、自身も首を傾げる。

 ……収拾がつかなくなったな。

 

「あ、ちょっと聞いてよヒトミィ」

「なぜ昨日連絡を寄こさなかったのかと詰め寄られているところだ」

「へえ、何で連絡しなかったんですか」

「昨日するという約束もしてないし、特に連絡するような事項もなかったから」

「……え、じゃあマリエはなんで怒ってるの?」

「連絡がなかったからって言ってんじゃん。……え、あたしが悪いカンジ?」

「話聞いてる限りはね」

 

 とはいえ、納得がいかないのか、しきりに首を傾げる彼女。

 そんな彼女をヒトミは連れ出し、小声で何かを話し始める。するとみるみる内にマリエの顔が晴れていき、話し終わる頃にはヒトミの方が不機嫌そうになっていた。

 

「そのぉ、センパイ、ごめんなさい」

「あ、ああ、気にしなくていい」

「ありがとうございますぅ。それでぇ、お願いがあるんですけどぉ」

 

 お願いの内容を纏めると、どうやら“週に1度は佐伯先生の様子を報告してほしい”らしい。そのうえで、面白いエピソードなどがあれば逐一教えて欲しいとのことだ。

 それを聞き、漸くマリエが詰め寄ってきた理由を察する。彼女は毎日報告が来るものだと思っていたのだろう。彼女の持つ熱量はすごい。気付かなくて申し訳なかったな。

 

「分かった。これからは一週間毎に報告させてもらう」

「その、あたしからもよろしく」

「ああ……その、ありがとう」

「別に礼を言われることはしてないし」

 

 そっぽを向きながらヒトミは答える。少し顔が赤かった。

 

 ……少しだけ彼女たちのことが分かった気がする。

 

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“悪魔” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「ヒトミ、そろそろ帰ろー」

「あ、うん。それじゃセンパイ、また」

「ああ、また」

 

 

 教室を出ていく下級生たちを見送り、自分も次の行動へ移るべく帰り支度を再開した。

 

 

 

────>レンガ小路【ルクルト】。

 

 

「あら、遅かったわね、青年」

 

 特に約束とかはしていなかったはずだが、さも自分を待っていたかのように出迎えの言葉が掛けられた。ひょっとして昨今、約束してないけどした体で振る舞うのが流行っているのだろうか。

 ユキノさんは相変わらず気怠そうな雰囲気を醸しており、少し怪しさが増していた。得体の知れなさはベルベットルームの2人レベルかもしれない。

 

「こんにちは、お久しぶりです」

「ええ、久しぶり。それで、今日来たということは、昨日のメールの件で良いのかしら」

「はい。その件で少し」

 

 自分が今、夜にできるアルバイトを探していることを伝えると、彼女は特に合間を挟まずに軽く頷いた。

 

「そう。今すぐに紹介できるとしたら、病院清掃か倉庫整理くらいかしら。接客が含まれるものは基本的に少年の方へ紹介しているから、案件が残ってなくてね」

 

 少年、というのは時坂の呼び名だったか。

 確かに接客系の仕事でよく見かけた気がする。何故彼は来客対応のある仕事を中心にしているのだろう。

 

「じゃあ、病院の清掃をやりたいです」

「分かったわ。今後、夜にバイトがしたくなったら一言連絡しなさい。こちらから繋いであげる。仲介料は取るけどね」

「よろしくお願いします」

「あら、いくら取るかは聞かないの?」

「……何割くらい取りますか」

 

 紹介してもらう立場なので聞かないつもりだったが、よくよく考えてみれば確認しておくべきことだ。必要があれば断らないといけない。大丈夫だとは思うが。

 尋ねてみると、ユキノさんはそうね、と考え込み、指を1本立てた。

 

「これでどうかしら」

「……1万?」

「1割。というか、青年が何割か聞いたんでしょう」

「……それだけでいいんですか」

「高校生のバイト代なんて高が知れてるもの」

 

 そういうものなのだろうか。てっきり高くて3割程だと思っていたが。

 まあ安く済み、お互いに納得できているなら、それに越したことはない。

 

「では、それでお願いします」

「承ったわ。今日は取り敢えずそのまま病院へ行きなさい。話通しておくから。場所は分かるわよね」

「大丈夫です」

 

 そ。なら早く帰りなさい。と少し笑って告げるユキノさん。

 確かに補習、後輩たちとの会話。そして寄り道。結構な時間が経っている。日も隠れ始めてしまった。バイトのことも考えれば、そろそろ行動を切り上げるべきだろう。

 

「では、今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。またいらっしゃい。客としてもね」

 

 自分がアンティークを買う姿を想像しようとして、しかしうまく思い浮かばず、ただ善処しますとだけ返しておいた。

 

 

 

 

──夜──

 

 

────>杜宮総合病院【廊下】。

 

 夜の病院で、もくもくとモップ掛けをする。

 やや暗いが、それよりも人気がないことの方が気になる。一応病室には患者が泊っているはずだが、もう寝ているのだろうか。

 せっかくだし、丁寧にやろう。

 

 ……特に何事もなく3時間の仕事を終える。

 バイト代、2700円を手に入れた。

 

 

 今日はもう帰ろう。

 

 




 

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが上がった。
 悪魔のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 知識 +2。
 根気 +2。
 >根気が“諦めの悪い”から“粘り気のスゴイ”にランクアップした。


────

選択肢回収


────
54-2-1。

──Select──
 >マリー。
  マリエ。
  マリカ。
──────

「日本人じゃなくない!? ……こほん、そんなぁ、センパイ酷いですぅ」
「日本人だったのか」
「いや、これ染めてるだけだし。コイツもしかして天然……間違えたかな」


 →ぶりっ子が終わります。敬語もなくなります。


──────



 悪魔コミュ、対象はマリエとヒトミ。両方です。
 異性コミュで、対象は2人。2人とも女性です。
 つまり……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月31日──【杜宮高校】フウカと白野

 

 

 

──朝──

 

 

 

 2人の男子生徒の会話が聞こえる。

 

「はえー……もう5月終わりだよ」

「6月かぁ。特になにもねえよな。梅雨くらい?」

「だな。てか梅雨ももうそろそろじゃね。沖縄とかだともう梅雨入りしたって聞くし」

「あ、そういや関東は“6月5日”から梅雨入りって予報出てたわ」

「マジかぁ。雨降ると部活が内練になってつまらねえんだよなあ」

「空気もジメジメしてて、良いことねえよな」

 

 雨の日はシャドウの動きが活発になるという。

 外に出れないことの苛立ちや、雨に濡れるストレスなどが関係しているらしい。まあ確かに、普段できていることが出来ないのだから、イライラも募るか。自分は水泳部に所属しているから、水温が下がり過ぎる以外で直接的な被害を受けないだろうが、野球部サッカー部テニス部を始めとする諸外部活は大変そうだ。

 

「ま、仕方ねえだろ。その分、“雨の日に勉強すると集中できて効率が良い”じゃねえか」

 

 確かに、雨音が良い感じに集中力を高めてくれる。以前図書館で勉強したときは良かった。

 勉強だけじゃない。ただ本を読むだけでもいい感じにのめり込めそうだな。

 

「え、そうか? 感じたことねえけど」

「……そういやお前の部活、雨の日もレインコート着て走らされてたな」

「……雨なんて嫌いだ」

 

 

 何部かは存じ上げないが、大変そうな部活だ。頑張ってほしい。

 ……学校へ急ごう。

 

 

 

──昼──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 ……なんか、食欲がないな。

 

 

「大丈夫かザビ、顔色が悪いぞ」

「……サブロー」

 

 珍しい人に話しかけられるものだ。彼とは起動殻の1件で話はしたものの、そこまで仲良くはない。クラスの中ではダントツに親しい方だが。

 

「保健室に行け。いざと言う時に満足に戦えぬ者に、戦士を名乗る資格はないぞ」

「名乗らないし。いったい自分は何と戦ってる設定なんだ」

 

 人の心かな、とか思った。口に出さないが。

 とはいえ、普段そこまで話さないクラスメイトに心配されるレベルで調子が悪そうに見えるらしい。委員長の少女にも同様の声を掛けられ、保健室へ行くことに決めた。

 確か、1階の端だったな。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「失礼します」

 

 

 扉が閉まっていたので、一応ノックしてから入る。

 普通の空き教室に、薬などが入った棚とソファー。あとはベッドが3つあり、その合間合間にカーテンが設置されている。

 先生は……どうやら居ないみたいだ。中に入って待っているとしよう。

 

「あら?」

 

 そうして入った自分を、聞こえるはずのない声が出迎えた。驚き、慌てて振り返る。勿論そこに居たのは、幽霊などではなかった。

 中には誰も居ないように見えていたが、どうやら違ったらしい。

 一番廊下側に位置するベッドの脇。カーテンで仕切られていて見えなかったが、中に入ることで角度的に目が合ったのは、既知の間柄にある女子生徒の姿。

 

「確か、岸波君、だったわよね。時坂君の友達の」

「貴女は」

 

 その声の主は、赤いリボンで髪を纏めた3年生。

 空手部主将の寺田 麻衣先輩だった。

 

「お久しぶりです、寺田部長」

「ええ、久し振り。その節は感謝しているわ」

「いいえ、何とかなって良かったです」

 

 郁島さんの一件は、一時的な不登校ということで処理されることとなった。前回同様、体調不良で入院していたという設定でも良かったが、流石にこの短期間で2回入院するのは上京している彼女にとって宜しくない。まあその理由を自宅引き籠りに替えたところで何も解決はしていないのだが、これには本人の強い希望もあったという。

 時坂と柊さんが事情の軽い説明と、その対処について協力を促す為にお見舞いへ赴いた際、少し逡巡したらしい郁島さんはそれでも、『あまり心配してくれた人に嘘をつきたくありませんので。自宅ではないですけど、引き籠っていたのは事実ですし』と病気案を突っ撥ねたらしい。

 

 ……そういえば退院予定日はもうすぐだったな。確か……そう、“6月3日”だ。

 

「マイちゃん、その人は?」

 

 ふと、声が聴こえてくる。自分の位置からは見えないが、そこに誰か居るのだろうか。

 寺田先輩が居るベッドに近づく。遮られていて見えなかった利用者の姿が、漸く見えた。

 黒髪をツインテールに結ぶ、垂れ目な女子生徒。

 

「ああ、ごめん。前に話した同好会の岸波君、2年生よ。岸波君、こっちは私の友達で、同級生のフウカ」

「フウカです、よろしくね」

「岸波です。よろしくお願いします」

 

 寺田先輩に紹介され、互いに頭を下げる。

 先輩の同級生ということは、フウカ先輩も3年生だ。

 印象としては、どこか儚げな少女、とでも表すべきだろうか。

 笑みを浮かべているが、どこかに影がある。少し、見ていて不安になる感じ。

 ベッドから身体を起こしているものの、顔の血色はやはり優れていない。おそらく彼女は体調不良なのだろう。

 

「それで、岸波君はどうしてここに? ケイコ先生なら今呼び出されて、グラウンドの方に出てるけど」

 

 ケイコ先生は保健体育で保健の授業を担当している教師だ。他の先生と違って担任を持っている訳ではないらしく、基本は保険医としてここに居るらしい。

 あまり授業は多くないので、数えるほどしか会っていないが、色気のある黄土色っぽい髪の30代女性だったはず。

 しかし外出中か。運が悪かったとしか言いようがない。ソファーに座って待っているとしよう。

 

「まあちょっと食欲がなくて。周りにも体調が悪そうと言われたので、薬を貰えないかな、と」

 

 端的に答えると、フウカ先輩は、少し心苦しそうな表情で口を開いた。

 

「残念だけど、保健室で薬を処方することはできないの。取り敢えず座っていて。マイ、先生を探して、ベッドを使っても良いか聞いて来てくれないかしら」

「ええ、分かったわ。岸波君は、少しソファーに……いえ、もし辛くなければ、私の代わりにここに座っていてくれる? 先生に確認が取れ次第、連絡を入れるから」

「……はい、すみません、お願いします」

 

 保健室って、薬を出してくれる所じゃなかったのか。

 でも確かに、消毒液とかならまだしも、風邪薬なんかは人によってだいぶ変わるだろうし、下手をしたら拒絶反応が出るかもしれない。難しいのだろう。

 フウカ先輩の横から立ち上がり、保健室を小走りで向かってくれる寺田先輩を見送る。

 ……この椅子にでも、ってことは、フウカ先輩の隣ってことだよな。良いのだろうか。

 

「あ、ごめんなさい。別に気にしなくていいの。ソファーに座ってゆっくりしてて」

 

 フウカ先輩はそう言って、ソファーを進めてくる。

 けれど、言い直してまでわざわざ座ることを勧めたということは、寺田先輩は自分に、彼女の話し相手になってもらいたかったのではないだろうか。

 

「……いえ、フウカ先輩さえ宜しければ、話し相手になってくださいませんか」

「でも、そっちの方が座り心地良いよ?」

「人と話してる方が気が紛れますから。あ、でも自分風邪の可能性もあるから」

「……ううん、咳も出ていないみたいだし、その心配はしていないよ。それじゃあ、話し相手、お願いできるかな」

「ぜひ」

 

 寺田先輩が座っていた位置に代わって座り、他愛無い世間話をした。

 

 

 共通の知人である寺田先輩についての話から、先輩と知り合った経緯、所属している同好会についてなど、最近の内容から昔に遡る形で回想していく。

 気が付くと自分ばかり話していた。

 それだけ彼女が聞き上手ということなのかもしれないが、退屈していないだろうか。

 

「すみません、自分ばっかり」

「良いの。私はそんなに話せる程話題を持ち合わせていないから、今日だって3時間目の途中からここにいるし」

「……そうですか」

「ごめん、困らせちゃったかな。ただ少し、体が弱いだけだから。気にしないで」

 

 少し空気が沈み、次の言葉を焦りながら探すも、めぼしい思いつきもなく。

 自分にできたのは、ただ目を伏せることだけだった。

 いくら口を開こうと、不思議な感情が言葉を遮ってしまう。

 

 その沈黙を破ったのは、振動音。無機質ながら、その音はよく響いて来る。出所は、フウカ先輩の鞄の中。

 サイフォンを取り出し、操作するのを目で追う。

 送られてきた内容は、自分の為に動いてくれている寺田先輩からだった。

 

「マイちゃんから、『先生あと5分もあれば戻る』って」

「あ、本当ですか。代わりに、ありがとうございますと伝えてもらっても良いですか?」

「もちろん」

 

 またしても、彼女は儚く笑うのであった。

 

 

 病弱体質。

 保健室に籠りがちな生活。

 

 ああ、なんか抱いていた感情の正体が分かった。

 

 その環境はどこか、去年までの自分の事情に近い。リハビリ続きでろくに外出もしなかった、目覚めてからの数か月間と。

 勿論、同列に扱うのは申し訳ないだろう。自分は今こうして不自由なく動けていて、彼女はまだそうでないのだから。

 だからこそ、軽い言葉を掛けたくなかった。適当なことを言おうとしたつもりはないけれど、それでもその場で浮かんだだけの言葉を送るのだけは、したくなかったのだと思う。

 

 

「先輩、連絡先教えてくれませんか」

「? 良いけれど、どうしたの?」

「特には。でも、何か凄いこととか面白そうなこととかあったら、報告したいなって。余計なお世話かもしれませんが、もし自分の報告で興味が湧いたら、身体の調子がいい時とか、通院帰りとかにでも、一緒に回りません?」

 

 例えば、病院の先生から外出許可が下りたとしても、自分は特にやりたいことなどなく、行きたいところも無かった為、ただ散歩して日陰で読書するだけの日々だった。高校復帰と言う目標もあったし、それどころでなかったというのもあるが。

 あの時、行きたい所の1つでもあれば、色々変わったのだと思う。

 そんな経験から出た提案だった。

 

「……嬉しい。そんな風に誘われたの、マイちゃん以来だと思う。私で良ければ、ぜひお願いしたいかな」

「よかったです。それじゃあ」

「うん」

 

 連絡先を交換する。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“死神” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 その後すぐに保健の先生がやって来て、一番奥、グラウンド側のベッドを使わせてもらうことになった。

 昼休み以降、下校時間まで休み、やがて放課後になる。結局午後の授業には1つも参加できなかったが、仕方ない。璃音にでもノートを写させてもらおう。

 そう思っていたら、放課後、佐伯先生先生とクラス委員長のチヅルさんが荷物を持って保健室を訪れてくれ、その際、彼女のノートのコピーも譲ってくれた。職員室でコピーしてくれたらしい。軽く目を通したが、どの教科も丁寧に纏められていて、さすが委員長といった感じだった。

 一緒にやってきた佐伯先生は、今日の分の補習は免除する、とわざわざ直接伝えに来てくれたらしい。

 ただそうは言っても、その分の課題は週末に出すらしい。勉強になるから嬉しいと伝えれば、2人とも、感心したように笑ってくれた。

 

 

 そんなこんな帰宅し、そのまま就寝。5月の最終日が終わる。

 なんとも締まりの悪い1日だったように思うが、まあそもそも、月の終わりが良い感じに締まった所で何だという話だが。

 まあ、来月も頑張っていこう。

 

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の女子生徒”のレベルが上がった。
 死神のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月1~2日──【マイルーム】誕生日

 


 気付けばこの小説も連載を始めて一年が経っていました。
 まだ作中時間は一月半です。
 なんてこった。




 この作品における誕生日の扱いについてひとつお詫びと注意を。
 実は誕生日について載っている媒体を所持していなく、ネットでたまたま見つけた情報をもとに書いています。適当ですみません。
 間違っていた場合はご一報くださると助かります。
 しかしもし事実と異なっていても今話については投稿してしまった以上、この作品の設定です。で通しますのでご了承ください。

 いやほんと、どの情報誌に書いてあるんだ……






 

 

 

 

──朝──

 

 

 珍しいことに、朝から来客があった。

 来客自体が珍しい。宅配便なども頼まないし、あっても集金くらいだ。

 そんな中でやってきたのは、単身では本当に久方ぶり、北都グループの雪村京香さん。初対面の時同様にスーツを着こなす彼女は、おはようございます、と一礼した。

 

 

「朝早くに申し訳ありません。どうしても、岸波様に確認しておくことがありまして」

「確認しておくこと、ですか?」

 

 何かあっただろうか。

 成績? いや、補習のことかもしれない。

 ……先手を打って謝罪しておく方が吉か。

 

「あの、すみませんでした」

「……意味も分かっていないのに謝罪をするのは失礼ですよ」

「見抜かれた!?」

 

 もの凄い観察眼。さすが秘書。

 

「お話というのは、今日、6月1日についてなのです」

「今日、ですか?」

「その反応、やはり存じてませんでしたか」

 

 やや残念そうに頭を押さえる雪村さん。

 こほん、と咳払いを一つ挟んで、恐らく彼女が伝えたかったのであろう本題を切り出した。

 

「本日は、ミツキお嬢様のお誕生日であられます」

「……誕生日?」

「はい」

「今日が?」

「はい」

 

 ……何も用意できていない。

 何よりも危惧しなければならないのは、美月が放課後に、誕生日パーティーなどへ参加することだ。会社などで盛大にやるといった内容では、帰ってこない可能性だってある。

 だとすると、今日中にプレゼントを渡すのは不可能に近い。

 

 まあまずは、素直に今日の美月の予定を尋ねよう。

 

「岸波様がお嬢様に会える時間があるとすれば、今夜。5月目標の報告を聞く際かと思われます」

「なるほど、それがありましたか」

 

 そういえばほとんど意識していなかったが……まあ、辛うじてなんとかなっていると言うべきだろう。報告くらいはしっかりと出来そうだ。

 

「なら、その時間までに」

「ええ、何かしらの準備をお願いしたく存じます。……恐らく、対等な友人と誕生日を祝うという経験を、お嬢様はしたことがないので」

 

 それはまあ、友人に誕生日を教えてなければそうなると思いますが。

 いや、自分から聞くべきだったか? 言い出す方がおかしいような気もする。

 

「それでは、失礼します」

 

 

 しかし、プレゼント選びか。

 

 …………誰かに相談してみよう。

 

 

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 金曜日の放課後は少々騒がしい。明日は学校が休みのため、皆が休日の予定について歓談をしているからだ。しかしそんな中で自分は、ひたすらにサイフォンと向き合っていた。

 

 

『時坂なら九重先生に誕生日プレゼントをするとき、何を考える?』

『なんでトワ姉なんだ。まあ、トワ姉相手なら……事前に欲しそうなものに目を付けておく。あれで結構分かりやすいところがあるからな』

 

 確かに。

 裏表が無さそうな分、読みやすいのかもしれない。もっとも、読んだことさえ読まれてそうな奥深さが彼女にはあるが。

 しかし、自分が祝いたい相手は北都 美月。分かりやすい存在とは決して言えない。友人とはいえ微妙に距離があるままだし。

 

『じゃあ例えば……そう、ユキノさんにお祝いするとかなら?』

『あの人の場合まず誕生日なんて人に悟られ無さそうだが……そうだな、祝いっていうなら普段使ってて違和感無さそうなもので、かつ買わなそうなもの。って所か』

『普段使ってそうなのに、買わない?』

『特売の掘り出し物だったり、限定品だったり。ってな。持ってるのを渡すのが一番相手にとって迷惑だろ』

『それはそうだな』

 

 一点物なんかを選べれば確実だろう。しかし自分にそんな財力はない。財布とはよくよく相談しなければ。

 そもそも彼女の立場上、高めのものはいっぱい貰っているだろうから、逆を突いた方が良いのかもしれない。

 

 他にも、同じ女子から意見を募ろう。

 

『うーん、誕生日に貰って嬉しいモノ……相手にもよるんじゃない?』

『まあ、うん。それは置いておいて。具体的じゃなく、なんとなくこういうタイプのものが嬉しいとかはないか?』

『そりゃあたしならおしゃれグッズとか、他のアイドルのアイテムとか、旅行券とかでも嬉しいカナ』

 

 旅行券……いや、無理だな。そう簡単に用意できるものでもないし、多忙な美月がまとまった休日を確保しようとするなら、かなりの量の負担を掛けることになる。本末転倒も良いところだ。

 アイドルグッズというのも、興味関心の有無が分からないため渡しづらい。

 ただ、おしゃれグッズなるものは良いかもしれない。……と思ったが、美月なら高価なものを揃えていそうだ。こちらも渡しづらい。

 

『うーん、そんなに悩むことかな』

『まあな。誰かの誕生日を祝うのは初めてだから』

『ふうん、じゃあ、何か苦労して用意したプレゼントなんてどう? 感謝の気持ちは伝わるんじゃない?』

『苦労か……』

 

 たった一日で何ができるかは分からないが、何かに挑戦してみるのはアリかもしれない。

 しかし、何かを作るとなると不慣れで間に合わない可能性が出てくる。だとしたら何かの賞品や景品とかか。

 ……いくつか候補があるな。

 

『あ、そういえばさ、誕生日で思い出したんだけど──』

 

 多少の世間話を交わした後、行動に移った。

 

 

 

──夜──

 

 

 

「それで、これ……ですか?」

「ああ」

 

 

 部屋を訪れた、やや整った服装の──パーティードレスとは言わないのだろうが、それでも結構フォーマルな恰好をしている──美月に、大きな袋を渡す。

 その中に入っているのは、巨大な白いぬいぐるみ。

 頭部に青い帽子らしきものを被り、丸い黒目、大きく開かれた口。可愛らしく、やや悪魔っぽいその人形の名は。

 

「特大ジャックフロスト人形だ」

 

 

 

────

 

 

 璃音との話を終えた後、自分は今まで得た知識経験を総動員して、用意できそうなものを考えた。

 

 その結果が、ゲームセンターのクレーンゲーム。

 ということでやってきたのは、以前バイトもさせてもらった、【オアシス】。

 

 次に何をとるのかだが、これは大して迷わなかった。大きいものである。

 小物なら比較的簡単に取れそうで、持ってる可能性があるので、大物一本釣りを選んだ。

 

 大型景品用クレーンゲームの中に入っていたのは、特大ジャックフロスト人形。キングフロスト人形。等身大ジャアクフロスト人形。ジャックランタン3体セットの四種類。

 

 

 500円を使う。

 ……取れない。

 さらに500円を投入。

 ……取れない。

 

 だが、今の根気ならもう少し頑張れる。

 

 1番近い所にある、特大ジャックフロスト人形を、500円を使って寄せていく。

 もう500円を消費して、レバーを操り、タイミングを測る。

 

 

「ここっ!」

 

 

 ──獲った!

 

 

────

 

 

「ということがあった」

「……そう、ですか……」

 

 

 ……あまり嬉しそうじゃないな。女の子は喜ぶと思ったんだけど、ぬいぐるみ。

 

「ありがたく頂戴します、岸波くん」

「……ぬいぐるみ、嫌いだったか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。可愛らしいじゃないですか」

 

 そう言う割にはどこか取り繕ったような笑みだ。

 どうやら気を使わせてしまったらしい。

 ……しかし確かに、パーティに出るような服に巨大ぬいぐるみは、似合わないな。

 

 

 

 

 

 

「さて、先月の目標ですけれども、まずは中間考査、お疲れ様でした。目標も達成できたようで何よりです。まあ約一教科は残念でしたが」

「……ああ」

 

 

 まさか名前を書き忘れて補習とは思わなかった。本当に悔しいの一言に尽きる。

 

「あとは交友目標ですね。他学年の生徒との連絡先交換を5人。達成はできましたか?」

 

 

 指を折って数える。

 1年生のアユミ。マリエ。ヒトミ。

 3年生の寺田先輩。フウカ先輩。

 合わせて5人だ。

 

「その様子だと、達成できたようですね」

「ああ。……一応言っておくと、美月は含んでないから」

「ええ、良かったです。……あ、そうでした」

 

 美月は、鞄から1つの包みを取り出した。

 

「こちら、先月の目標達成報酬です」

 

 

 中に入っていたのは……カエレールと……なんだろうか、これは。

 

「こちらはヒールストーンと言って、再使用に時間はかかるものの、半永久的に使い続けることができる体力回復道具です」

「半永久的?」

「キュアポーションなどといった一般の回復薬は使い捨てで、飲んだら無くなりますよね」

「ああ、飲み物だからな」

「いえ、回復薬を飲み物とは言ってほしくないんですが。……こほん、その他にもカエレールですとか、宝玉などはすべて一度使ったら無くなるものです。ですがこのヒールストーンは違います」

「使ってもなくならないのか。便利だな」

「効果はあまり大きくないので、少し疲れた時に使う程度にしてくださいね」

 

 そんな一気に疲れが吹き飛ぶような道具が無限に使えたら、ミズハラさんも商売上がったりだ。

 ともあれ、便利なものには違いない。ぜひとも使わせてもらおう。

 

「ありがとう、美月」

「いいえ、岸波くんが目標達成した報酬ですから。それに、景品を用意したのも私ではないので、礼を言われるようなことは何も」

 

 胸の前で手を振りつつ、美月は苦笑する。

 そんなに必死に否定しなくてもいいと思うが。感謝しているのは事実だし。

 

「さて、それでは改めて、6月の目標を決めましょう」

「ああ。しかし6月って行事もなにもなかったと思うが。テストみたいな目標は作れそうにないな」

「ええ、残念ながらその通りです。なのでそうですね……岸波くん、少しお部屋にお邪魔しても?」

「? 別に構わないけど」

 

 どうぞ、と扉を大きく開け、美月が入れるようにする。

 彼女は、お邪魔します。と一礼してから中へ。黒のパンプスを脱ぎ、綺麗に揃えてから歩き始めた。

 

「久し振りに入りましたが、変わっていませんね。……失礼なことを言いますと、男性ですし少しばかり散らかっているものかと想像してしまいました」

「時間はあるから、掃除だけはこまめにしている」

 

 もはや趣味のようなものかもしれない。

 いや、掃除を趣味とするには、本気で考えながら取り組んでいる主婦の方々に申し訳が立たない気が。公言するのは止めておこう。

 

「……よし、決めました」

「何を」

「ですから目標ですよ」

 

 何だろう。自分の部屋に何か問題でもあったのか。

 

「新品でも中古品でも構いませんので、テレビを買いましょう」

「……テレビ?」

 

 言われてみれば確かにこの部屋にはテレビがない。しかし、必要だろうか。ニュース等の情報はサイフォンで入手が可能だし。

 

「いいえ岸波くん、それは違います。サイフォンで得られるのは“自分が興味を持っている情報のみ”。他はあったとしても、見出しが記憶に残るくらいの効果しか望めません。そもそもの興味の窓を広げることや、雑学等を得るのにもテレビは有用です。それに、せっかくできた友人たちとの会話の種にもなるじゃないですか」

 

 ……そういわれてみればそうかもしれない。

 いずれ必要なものは買いそろえるつもりだったし、ここで渋れば、『じゃあ北都持ちで買ってあげます』となりそうだ。

 

「岸波くんがアルバイトで貯めたお金を使ってしまうことになりますが」

「いや、どのみちいつかは買うつもりだったからそこは問題ない」

 

 バイト代も基本日払い。中古品なら十分やれるだろう。

 

「その目標にしよう」

「……はい、では6月度の目標は“テレビを所有する”にしておきますね。頑張ってください」

「ああ」

 

 アルバイトにも目標金額ができて良い。差し当たっては明日当たり、相場を調べに出てみるとしよう。新品と中古品なら新品の方が良いが……やはりスターカメラだろうか。

 

 そうして美月は帰っていくのを見送った自分は、そのまま就寝の準備を整え寝室へ。

 テレビのある生活にわくわくしながら、布団を被った。

 

 

 

 

──6月2日(土) 昼間──

 

 

────>駅前広場【スターカメラ】。

 

 

 

 

 

「テレビたっか……」

 

 

 新品の中でも安いものを探すと、まあそこそこ手の届くだろう範囲に収まる。しかし店が推しているような機種を買おうとすると、血の気が引くような値段が目に入ってしまう。

 あんなに気が狂う程働いたゴールデンウイークですら4万円に満たない収入だったのに。

 ……祝日のない6月では、あんなに強引なお金の稼ぎ方はできないだろう。

 とはいえ、毎週日曜日を使うとしても4日分。あの連休と同等の働きは出来そうだ。ならあと数日、学校終わった後や夜にでもバイトを入れれば、6万7万は稼げるのでは。

 それだけあれば、そこそこいいテレビも買えそうだ。

 

 

「……頑張ろう」

 

 

 いつ壊れるか分からない中古品の為に、お金を稼ぎたくはない。

 それに、ここで大金を稼ぐペースさえ作ってしまえば、今後が楽になるはずだ。

 しばらくは頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

 




 

 根気 +2。


────



(イメージ)

 レバー操作。アームが動く。少し屈んで角度を注意深く計算し、アームを止めるタイミングを測る白野。
 
「ここっ!」(ペルソナ風カットイン)

 ごとんっ。

「ふっ」(たたらたたったったー)


 ──みたいな。流石に本文中にカットイン云々とか効果音とか入れられないけど、なんとなく伝わればいいなって。


 ちなみに、根気のランクによって上げられるものが変わり、ミツキからの反応も変わります。一番反応が良いのはジャアクフロストをあげた時。喜悦な笑みを浮かべて童心に帰ったような喜びを見せます。多分。


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月3日──【駅前広場】わたしが拳を振る理由

 

 

 

 

 

 

 休日の午後。駅の内部にある飲食店で、茶髪の帰国子女──柊 明日香と身体を向かい合わせて軽食を取っていた。現状、他には誰もおらず、2人きり。我がことながら珍しい組み合わせだと思う。

 勿論、理由もなく共に過ごしている訳ではない。

 

「ところで岸波君」

「なんだ、柊」

「どうして私たちだけ呼ばれたのかしらね」

「それは提案者に聞くべきことじゃないか?」

「良いじゃない。ただ単純に推理してみようというだけのこと。時間も余っているのだから」

 

 店内に飾られた時計を確認する。事前訂正された集合時間まで、少しの余裕があった。

 暇を持て余しているのも、共通の話題がないのも確かだ。乗るか。

 

「分かった。じゃあ少し考えてみる」

「折角だし、正答から外れていた方が罰ゲームというのはどうかしら」

「単純に推理するだけって言ったのに……!」

 

 了承した後に条件を出すのは卑怯だ。

 しかし、自分の確認不足と言われれば、悔し涙を呑んで受け入れるしかない。不平不満を言った所で覆らないだろう。涼しい顔をしてえげつないことを仕掛けてくることで──主に時坂単体に──有名な柊だ。こちらの言い分が通らないことなんて分かりきっている。

 だがしかし、勝機はこちらに舞い込んできていた。彼女との対決を避けるには、彼女の意識外にある手を打たなければならない。

 その1手が、こちらに駆け込んで来る姿が見える。

 

「あの、岸波先輩に柊先輩、ですよね」

「ああ。ところで郁島さん、なんで自分たちを呼んだんだ?」

「答えなくていいわよ郁島さん、今どっちが正解に近いものを出せるか勝負するところだから」

「は、はあ。えっと……分かりました」

 

 瞬殺されてしまった。

 間髪入れずに質問したというのに、即座に封じにかかるとは。流石柊だ。

 

 まあ思惑通りにいかなかったものの、待ち人はやって来た。

 郁島 空。高校1年生。空手部。玖州出身。時坂の兄妹弟子。真面目。努力家。そして、天才。自分が持っている彼女についての知識は、その程度しかない。

 ……ああ、もう1つあったか。

 

「「退院おめでとう、郁島さん」」

 

 退院直後。健康体、というやつだ。

 柊と声が被ったが、打ち合わせをしていた訳でもなんでもない。本当に偶然のことだったが、返って良かっただろう。それは彼女の嬉しそうな表情を見れば分かる。

 

「ありがとうございます! その……改めましてこんにちは。それと、お呼び立てしたのに遅れてしまってすみませんでした!」

「いいえ、気にすることはないわ。事前に連絡は貰っていたし」

「病院の手続きの都合なら仕方ないだろう」

 

 どうやら午前中に退院予定だったはずが、病院側の都合で少し時間が押してしまったとのこと。そのまま着替えを始めとする荷物を家に置いて軽く身支度を整えてから急行してくれたのだろう。確かに最初の約束よりは1時間ほど遅いが、訂正の連絡も相談も早く、責めるほどのことでもない。

 急いで来たと分かるのは、平然を装ってはいるものの肩が大きく上下しているから。うっすらと汗もかいている。病み上がりなのに逆に申し訳なかった。

 そういえば、郁島さんの普段着を見るのは初めてだ。空色……というよりはやや暗い碧色のシャツと、黒いジャケットにネクタイ。灰色のスカートを履いている。運動少女という印象だったのでスカートなのは意外だった。だが似合っている。

 しかし、その私服を褒めるのは自分の役目ではなく、時坂や彼女の友人──この場では同性の柊が言うべきことだろう。口には出さないでおく。

 

 

「ところで、勝負の件だけれど」

「……絶対にやらなくちゃ駄目か?」

「ええ」

 

 苦笑いをする郁島さんを尻目に、痛感した。

 柊さんって勝負事に全力を投入するタイプだ、と。

 

 

 

 

 

 まずは映画を見に行きましょう。

 郁島さんの提案で、最初の行き先は蓬莱町に決まった。なんでも事前にリサーチした結果、そこが安くて空いているらしい。

 自分、郁島さん、柊という順で座って見たのは、巷で話題になっているという、コメディとアクションのメリハリが効いた洋画。

 テンポの良さが退屈さを感じさせず、怒涛の展開が目を離させない。映画を見る機会はあまりなく、最後に見たのも病院のベッドでだったが、こういう大画面で見るのも良いものだと感じた。

 何より一緒に見る人がいる、というのは大きい。笑える部分は笑い、迫力のあるシーンは目を輝かせる。隣に座った郁島さんの感受性は豊かで、つられてこちらも数倍は愉しめただろう。自宅などのテレビでは味わえない魅力だ。

 

 

「すみません、はしゃいじゃって」

 

 視聴後、退館するまでの道中で、顔をやや赤らめつつ郁島さんは謝った。

 だが、そんなに気にすることでもないだろう。周りの迷惑となる程に騒いだとかなら話は別だが、全然そんなことはなかったし。

 

「……あの、正直に答えて欲しいんですけど、お2人とも、あまり面白くなかったですか?」

「楽しかったぞ」

「面白かったわよ」

「え、でも、柊先輩も岸波先輩も、表情を変えずにじっとモニターを見てたので」

 

 ……自分が郁島さんを見ていたように、郁島さんも自分たちを観察していたらしい。

 でもそうか、感情が表情に出てなかったか。良かったような悪かったような。

 

「そうね、私としては、派手なアクションに目を奪われたわ。仕事柄危険なことはしているけれど、ああいった日常の中で起こる事件はまた違うもの」

「アメリカに居た時はそういう事件なかったのか」

「ステイツをどんな風に捉えているかがよく分かる台詞ね。首都圏で銃の乱射事件程度なら起こるけれど、日常に映画のような大事件が溢れていたら、誰もこんな映画作らないでしょう」

「それもそうか」

 

 外国、と一口に言われても、あまり想像がつかない。日常として捉えているものが違う場所。そこはもう未知の領域──もはや別の世界だ。

 機会があれば、色々な人に話を聞いてみたいものだが。

 

「自分は主人公の名乗りが面白かったな。『おいおい知らないのか? オレの中等部でのあだ名は愛のヘラクレス。同じクラスで12股をかけていたのがバレても生きている伝説のプレイボーイさ』ってやつとか」

「え。あ、あれですか……?」

「ええ、思わず声をあげてしまいそうなくらい面白かったわね」

 

 柊は心底同意するように、郁島さんは心底不思議そうに、自分の感想へ反応する。

 面白かったとおもうんだけどなあ。

 まあ確かに12股って聞いていて気分よくないかもしれない。非常識だとは思う。特に郁島さんみたいな真面目な人にとっては、冗談だとしても笑えないのかも。

 ……そうだな、この話はここまでにしようか。

 

 

────>杜宮記念公園【杜のオープンカフェ】

 

 

「すみません、ほんとは昼食をご馳走するつもりだったんですけど」

「あら、気にしないで良いわよ?」

「ああ、これで十分すぎるくらいだ」

 

 そのまま移動し、公園で軽食をとることとなった。自分はチリホットドッグを、柊は濃厚メロンクレープを郁島さんに奢ってもらいつつ、3人で食べ歩きをする。

 

「それで、どうして私と岸波君だったのかしら。お礼というなら、私たちより時坂君にすべきだと思うわ」

「……その、実は、時坂先輩と久我山先輩は何度かお見舞いに来て頂いた時にお礼する機会があったんですけど、お2人はなかなかお会いできなかったので」

 

 お見舞いに来なかったと。

 まあ確かに、経過観察役を買って出たのがあの2人だったというのもあるが、正直ほとんど初対面の人のお見舞いは行きづらかったというのもある。正直任せっきりだった。

 時坂はともかくとして、璃音はすごい行動力だろう。時坂が行けなかった日は比較的よく訪れていたらしい。彼女も自分と同じく事件前に面識はないはず。その積極性は見習いたいところだ。

 

「律儀なのね、郁島さん」

「いえ、そんな……当然のことをしているだけです! その節では、大変な迷惑を掛けてしまったので」

「迷惑だなんてことはない。寧ろ、救出が遅くなってすまなかった」

「一応、目標としたラインは割らなかったけれど、遅れたのは事実。つらい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。私たちももっと精進しないといけないわね」

 

 期限を6月の7日、目標を5月中と決めた異界攻略。今の自分たちからすれば、結構なペースで探索を進められたと思う。しかし勿論、早ければ早いほどいい。自分たちにもっと実力があれば、可能だったはずなのだ。

 頑張ろう。次こそは無事に助けられるように。入院なんてさせられないくらい、颯爽と。

 

「あの、その件でお2人に相談があるんですが」

「なんだ?」

「わたしも、仲間に入れてもらえないでしょうか!」

 

 お願いします、と頭を下げる郁島さん。見惚れるほどきれいなお辞儀だ。

 対する柊は少し怖い表情をしている。

 

「言っている言葉の意味が分かっているのね?」

「はい。相沢先輩のとわたし自身のとで異界に2度関わりました。正直怖かったですけど……でも、また周りの人が巻き込まれるなら、力になりたい、と思ったんです!」

「死ぬかも、しれないわよ」

「……ッ。死にません。死ねません。この拳に乗せる想いを見失ってる今のわたしですが、より良い未来に向けて拳を振りたいと思ってます」

「郁島さん……」

「それに決めたんです、わたし。夢を見つけるまで何も諦めないって!」

「……」

 

 決死の覚悟ではなく、生き残る覚悟。声には、強い決意が込められている。

 それが分かっているのか、柊も即決で断ることはせず、しかと最後まで聞き届けた。その上で、彼女は口を開く。

 

「時坂君にこのことは?」

「話しました」

「何て?」

「『白野と柊に聞いてくれ』って。久我山先輩も同じように」

 

 ……柊は異界経験者だから分かるが、なぜ自分にも?

 

「どうかしら、岸波君。実際に指揮をする人間として」

 

 ……ああ、だから意見を求められているのか。

 実力的には、申し分ない。性格的にも、途中で投げ出すような少女でないことは知っている。ただ常識として、彼女をこんな危険なことに巻き込んで良いのか、という疑問は当然ある。

 

「……」

 

 でも、彼女の決意は本物だ。似た決意をした自分だから分かる。そこに差なんてものはない。だったら、自分が拒否する理由なんてないだろう。

 

「自分は賛成だ。決意も覚悟も分かった。決して知らないから言っているんじゃない。経験して、悩んで、決めたんだろう?」

「はい!」

「なら、自分に言えることはない。そういう柊はどうなんだ?」

 

 問い返しに、数秒黙り込む柊。

 郁島さんが不安そうに答えを待つが、彼女が返したのは呆れたような溜息だった。

 

「まあ、今更1人も2人も変わらないわね。少なくとも時坂君や久我山さんよりは戦力として期待できそうだし」

「ご、ご期待に添えられるよう頑張ります!」

「……」

 

 戦力増強、というのは大きな課題だ。勿論、郁島さんという大きな助力を得たからといって気は抜けない。また合わせる練習をしなければならないし、自分たちもレベルアップしていかなければ。

 

「……?」

 

 唐突に、ズボンのポケットにしまってあったサイフォンが振動した。

 ディスプレイには、久我山 璃音という表示が。

 

「そろそろか」

「……? 何か?」

「ああ、移動を再開しよう」

 

 実際、郁島さんの提案は渡りに船だった。色々と策を講じていたものの、完璧というには程遠かったし。

 

「え、いったい何処に」

「レンガ小路だ」

「「……?」」

 

 

 

────>レンガ小路【壱七珈琲店】。

 

 

「ここは……」

「柊の下宿先なんだってな」

「え、そうなんですか!?」

「ええ、けれど、どうして知って……」

「転校してくる前に、客として訪れたら働いていたし。この前、聞き込みしている時にマスターに話を聞いたから」

「……焦ったわ。本当になんで知ってるのかと思った。そう、ヤマオカさんが……」

 

 日も沈み、暗闇が上空を覆うなか、店の前へとたどり着く。

 

「……あれ?」

 

 郁島さんが、何かに気付いた。

 

「先輩方、看板……」

 

 躊躇いがちに指された指の先には、『閉店中(CLOSED)』の文字。

 

「おかしいわね。朝、確かにひっくり返したはずなのだけれど」

「まあまあ、取り敢えず入ろう」

「え、良いんですか!?」

「ああ、大丈夫なはずだ」

 

 怪訝そうに首を傾げる柊を取り敢えず宥め、入店を促す。

 流石に郁島さんは入りづらそうだ。

 一応、柊は看板を表にしてから店の扉を開いた。

 ……まあ、入った後に戻すんだけど。

 

 

 

 

 

「「「誕生日、おめでとう!!」」」

 

 

 

 

 

 パンッパンッパンッと楽し気な音たちが、店に入った柊を出迎える。

 今日一日持参していたクラッカーを彼女の背後から鳴らし、祝いの言葉を掛けた。

 なお、クラッカーを構えているのは自分と璃音、時坂、ヤマオカさんの4人。ヤマオカさんには場所を貸し切らせてもらうのと準備とで、だいぶ無茶を言ってしまった。今度みんなでお礼をしないとな。

 

「…………」

 

 柊が呆然と立ち尽くす。

 その様子を見て璃音が、サプライズ成功! とハイタッチを求めてきた。

 手と手がぶつかり、乾いた音が響く。

 

 しかしかなり冷や汗ものだったが、なんとかなったか。

 元々計画自体はあったのだが、このタイミングでやる予定ではなかった。ただ、今日までずるずると来てしまったことと、突如郁島さんから、柊と自分宛に連絡が来たことで突貫で始動。時坂と璃音で準備をするから、どうにか夕方まで時間を稼ぐようにお願いされていた。

 ここまで驚いてくれるなら、頑張って黙っていた甲斐があったというもの。正直彼女の勘の鋭さは油断ならないもので、いつボロを出して見破られるかとドキドキした。結果としてバレなかったのは、郁島さんの計画が夕方まで組まれていたこともあり、自分から無理なアプローチをせずに済んだことも大きい。

 

「ほらアスカ、いつまでボケてんの。主役なんだし、こっちこっち」

「ソラもハクノも、こっちに来いよ」

「ああ、今行く。……ほら、郁島さんも」

「あ、はい!」

 

 柊を対面真ん中の席に置き、その両脇に璃音と時坂。璃音の正面には自分が、時坂の正面には郁島さんが座った。机は四角いものを2つくっつけて並ばせている。広々、という程ではないにしろ、食事と会話には一切困らないほどの範囲は確保できていた。

 

「柊先輩、今日誕生日だったんですね」

「ううん、アスカの誕生日は5月の18日。ほんとはそこでパーティをやるつもりだったんだけど、色々重なっちゃって今になったんだ。せっかくだし、ソラの退院祝いと合わせてやっちゃおうって」

「……だからって、サプライズにすることないでしょう」

「あ、漸く復活した。まあ、その方が面白くてよかったでしょ? あんなボケっとした顔のアスカ、初めて見た」

「……忘れて」

「 ム リ 」

 

 良い笑顔で断る璃音。

 悔しそうに、少し頬を赤らめながらも目を逸らす柊。

 それを面白そう見つめる郁島さんと、その3人を微笑ましく見守る時坂。

 全員楽しそうで何よりだ。

 

 

 

 

 その後、ケーキを始めとした料理が運ばれてくる。ヤマオカさん、時坂、璃音の共同料理らしい。もっとも仕事比率は7:2:1だとか。璃音が申告するにはトッピング部分において十二分な活躍をしたらしいが、はたして。

 ともあれその力作を頬張りつつ、他愛無い会話を続ける。

 お互いがお互いを知るために。

 よりすべてを任せあい、守り合うために。

 

「……なあ、ハクノ」

「? なんだ、時坂」

「いや、なんだ……?」

「こちらこそなんだ?」

「その、呼び方。こっちだけ名前で呼ぶの、割とハズいんだが」

「……」

 

 それは確かに、申し訳なかったかもしれない。

 そういえばあれ以来、時坂はずっと自分のことを、ハクノと呼んでくれていた。

 

「ああ、すまなかった、“洸”。改めてよろしく」

「……おう」

 

 そんな会話で男子間の友情を深めたり。

 

「じゃあわたしも、ソラで良いですよ! いつまでも苗字にさん付けじゃ呼びづらいでしょうし」

「それじゃあ遠慮なく“空”って呼ばせてもらう。自分の……いや、自分たちのことは好きに呼んでくれ」

「では、アスカ先輩、リオン先輩、岸波先輩って呼ばせてもらいますね」

「……岸波君だけ苗字なのね」

「オトコノコ相手だからじゃない?」

「まあ、いきなり下の名前で呼び合う男女なんて、噂の格好の的だものね」

「……え、なんでこっち向くのアスカ。……あ、いや、そっち向けば良いんじゃなくて。……ってだからこっちでもないって! 分かった。分かったから!」

 

 なんか璃音が顔を真っ赤にして暴れていた。酔ってでもいるのか?

 まあ何にせよ、全員の距離が縮まっていくのが分かる。

 

 

 

 

「そうだ、写真撮ろう、写真!」

「わあ、良いですね! 是非撮りましょうよ、アスカ先輩!」

「……仕方ないわね。ほら、並ぶわよ。女子3人が前、男子が後ろで良いかしら」

「構わないぞ」

「ああ。……ヤマオカさんすみません、シャッター頼んでも良いっすか」

「このくらいお安い御用です。……それでは行きますよ。はい、チーズ」

 

 

 

 




 

コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが3に上がった。


────


 これにて3章終了。思ったより時間が掛かってしまいました。
 次回からはインターバル。コミュとバイトの期間ですね。
 今年中に6月分を駆け抜けたいが、まあ無理そうです。ゆっくりやります。



 おまけ。

「どちらも正解じゃなかったわね」
「? 何がですか?」
「私と岸波君が呼び出された理由を2人で推理してたのだけれど、的外れだったから」
「ああ……そういえばやっていましたね」
「というか、謝れていなかったな。1度もお見舞いに行けず、すまなかった」
「……私からも、ごめんなさい」
「い、いえいえ、こちらこそ、そんなつもりはなかったんですけど、すみません」
「空が謝ることはないだろう」
「ええ、その通りよ。……そうね、罰ゲームは郁島さんに償うというものにしましょうか」
「なんでも1つお願いを聞く、とか?」
「えっ」
「そうしましょうか。郁島さん、なんでも言って頂戴」
「ええ……そんなこと、急に言われても……」
「叶えられる範囲で頼む」
「あとはそうね、人を害するものだけは受け入れられないから、そのつもりでいて頂戴」
「ど、どうしてもですか?」
「ああ」「ええ」
「うう……分かりました! ただし、嫌だと思ったら絶対拒否して下さいね!」


「……ところで、お2人はどうして呼び出されたと思ったんですか?」
「岸波君の答えは、”時坂君の素行調査“だったわよね」
「柊の答えは、”果たし状のようなもの”だったな」
「お2人はわたしのことなんだと思ってるんですか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 3
6月4日──【マイルーム】空の興味


 

 

 

 夢を見た。

 時間に追い詰められる青年の夢だ。

 

 自分に対する不信は募り、それでも刻一刻と期限は迫りくる。

 長い年月をかけて築いたものなど持たぬ自分が勝ち残っていいのか。生き残っていて良いのか。

 そんな自問を繰り返しつつ、生存本能の自答を受け、彼は今日も進み続ける。

 

 そうして青年は、ある幼い少女と会った。この少女が次の相手らしい。

 無邪気そうに笑う幼女に青年も少し警戒の度合いを下げ、求められた遊びに付き合い始めた。

 

 暫くして遊びが終わり、気付けば文字通り2人に増えていた少女は、何か大事なことを話し出す。

 青年は語りの中に違和感を得て、直後に表情を恐怖に染めた。

 

 彼の前に、赤き異形のカタチが立ち塞がる。

 死の恐怖が目にした青年を襲った。

 迷わず撤退を始めた青年を、少女たちは追わない。

 どこまでも無邪気なまま、彼女たちはそこに居る。

 

 前門の異形、後門の刻限。

 打破する以外に道はなく、彼はまたもパートナーと共に戦うことを決意する。

 願いも覚悟も抱けず、しかし死ぬわけにはいかないと止まらない青年だが、彼はもう知っている。経験で分かってしまっている。戦うということは、勝つということは、背負うということだと。

 しばらく前に同い年くらいの青年を下し、つい最近に老兵を下し、今度は幼気な少女まで下そうとしている。

 

 死なせた相手の願いを背負えるか。

 殺してしまった相手の覚悟を超えられるか。

 

 自身が生きる為に勝利する(殺す)

 無機質な檻の中で朽ちた彼らを見て悼むだけ、というわけにはいかない。事実としっかり向き合わねばならない。自分がいったい何をしているのか。何を得て、何を失っているのかを。

 

 細身の体(頼りない自己)重荷()を背負い、彼は難局を打開しようと情報集めに奔走するのだった。

 

 

────

 

 

 目を開ける。眩い日差しが差し込んでいて、思わず顔を背けた。

 布団の中、覚醒しきらない意識のまま、先程まで見ていたものに思いを馳せる。

 

「……」

 

 また、あの不思議な夢を見た。いつぞやの続き。人を殺し、背負う自覚が生まれた、生き残りたいだけの青年の物語。

 たかが夢、と一蹴することはできない。こういうのを身につまされる、と言うのだろうか。

 夢を持たぬ岸波白野(かれ)は人を殺しても生きる道を。

 夢を持たぬ岸波白野(じぶん)は人を守って生きる道を。

 そこにあるのは環境の違いのみ。根本的な問題は何も変わっていない。結局のところ岸波白野には、人生を経て培ってきた理想や信念がなく、辿り着きたい果てや夢がない。

 

「夢、か」

 

 最近、考えることが多くなった。

 郁島さんの異界で、彼女のシャドウに対し、目標が違うとか将来が考えられていないとかいろんなことを考え、突き付けた。

 本当に、どの口が言っているんだ、である。

 だが一方で、夢を持っていない自分だからこそ、“夢とは志高いものである”と考えたからこそ、彼女が本当になりたいものを感じられたんじゃないかと思う。

 ……なんか思い返すと恥ずかしくなってきたな。

 

 学校へ行こう。

 

 

──午前──

 

「急な代行だから仕方ないけど、休み明け最初の授業が数学っていうのは、みんな大変だと思うんだ」

 

 九重先生は苦笑いしながら、抱えていた教科書などを机に置く。

 月曜日の1時限目。もともと社会の授業であったここが、何の理由か数学に変更された。その知らせはショートホームルームで伝えられ、当然上がった生徒たちの不満の声に、佐伯先生も苦笑い。だがその後、誰かが呟いた「いや、現文よりマシだわ」という言葉に、周りの生徒たちが確かにタナベ先生よりかは良いかと納得している姿を見て、ひっそり悲しくなったものだ。良い先生なんだけどね。空回りすることが多いだけで。

 

「だからテスト……って言ったら大げさだけど、軽く先週の復習から入るよ! 順番に答えて言ってね」

 

 座席は出席番号順。あ行の先頭男子生徒が絶望的な顔をしたのをちらりと確認した九重先生は、逆に最後尾から順に回答してもらおうとして──その危機を超直感で察知した末席の生徒が向ける懇願の視線に、九重先生も困惑する。

 

「じゃ、じゃあ1番の人から行こうかな」

 

 先頭の男子生徒が崩れ落ちたものの、先生も今度は手を止めずに問題を出していった。

 

 

「うん、よくできましたっ! 次、岸波君」

「はい」

「8を二進法で表すと?」

「1000です」

「わあ、即答だね! 凄い、正解だよっ!」

 

 たまたま覚えていた内容だが、褒められると嬉しいな。

 

「じゃあ次、久我山さん」

「は、はい」

「15を二進法で表すと?」

「え、えーっと」

 

 ……どうやら困っているようだ。

 どうしよう、手伝おうか……?

 

──Select──

  1007。

 >1111。

  9999。

──────

 

「……あっ、1111です」

「うんうん、正解だよっ! 8が1000、16が10000だから、その1つ前は1111だね。みんなも分かったかな?」

 

 教室の色々な所から、2通りの感想が返ってくる。

 そんな中、璃音が口の動きだけで、ありがと助かったよ、とウインクしながら告げてきた。多分。それを読み取る力は自分にないが、きっとそう言ってくれているはず。

 ちゃんと読み取ってくれて良かった。気にするな、と軽く手を振っておく。

 

「うーん、じゃあ少し詳しく復習しよっか。みんな教科書を開いて」

 

 そうして少しずつ、復習という形で授業は進む。

 授業が終わったあと、みんな口を揃えて、今日の数学は楽だったね。と談笑していたが、果たして今日最期の授業が数学なことを覚えている人はいるのだろうか。

 

 

 

──放課後──

 

 

────>【杜宮記念公園】。

 

 

 

 

「あれ、岸波先輩?」

「空か。昨日ぶりだな」

「はい、昨日ぶりですね! 今日はどうされたんですか?」

 

 どうされたも何も、どうもしないから出会ったんだけどな。ただの帰宅途中だ。

 ……そういえば、当たり前のことだが、空は自分の家を知らないんだよな。

 自分の暮らしているマンションを指差し、軽く説明する。

 

「そうだったんですね! 私もよくこの辺りに来ているので、見掛けたら声を掛けてください!」

「ああ」

 

 そういえば、異界の発生場所について調査している時に、そんな話を聞いたな。よく先輩とトレーニングに来ているのだと。今日もその一環なのだろうか。

 

「空は自主練か?」

「はい、といっても軽いものですけれど。まだ部活に参加する許可は出ていないので」

 

 一応入院していた身だ。退院しても2、3日は安静に、ということらしい。安静にと言われているのに運動しているのはどうかとも思うが、まあ自分のことは自分がよく知っているか。

 

「そういえばここ、天気の良い日なんかは朝から夕方まで、誰かしら運動しているような気がするな」

「そうですね、景色も良いですし、湖が隣にあるので涼しいというのもあるかもしれません。わたしとチアキ先輩も、お気に入りの練習場所として使っています」

 

 ……相沢さん、か。

 

「その後、どうだ、相沢さんとは」

「ぁ……あはは、そうですね、最初は少しだけ、何を言おうか悩んだんですけど。でも、お見舞いに来てくれた先輩たちが、本当に心配してくださっていたのを感じられて、自然と元通りになれたと思います」

「そうか」

「ご心配をおかけしてすみません」

「いや、何もないなら良かった。でも、また何かあったら相談してくれ。これからは一緒に戦っていく仲間だから」

「……はい!」

 

 花が咲くような笑顔を向けて、元気に答えてくれた空。この様子だと、本当に心配する必要はなさそうだ。まあ、洸と璃音が事後処理のようなことを買って出てくれたので、あまり心配はしていなかったが。

 

「……なんか岸波先輩って、コウ先輩と似てますね」

「たまに言われる」

「やっぱり! ……あ、あの、宜しければ先輩たちが出会った話とか、聞いても良いですか?」

「ああ、別に構わないけど」

 

 多分、そのくらいなら怒られないだろうし。

 

 その後は彼女の小休憩に合わせて、4月からのことを一通り話した。

 体験を共有することで、空との距離が縮まったような気がする。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“戦車” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 日が暮れたので帰宅するらしい空を見送って、自分も家へと戻った。

 

 

──夜──

 

 

 

 

「しまった」

 

 

 図書室で借りた本の返却期限は、明日。

 しかし2冊のうち1冊しか読み終わっておらず、残りは手付かず。どう頑張っても明日の放課後までに読み終わることはできない。

 

「……もう一度借りればいいか」

 

 もちろん、待っている人が居なければ、だが。

 取り敢えず、行ける所まで読んでしまおう。

 

 “3年F組・金鯱先生”。国語科のタナベ先生お勧めのシリーズ本の第一話。

 熱血教師の金鯱先生が担当するクラスの生徒たちを変えていく物語らしい。

 金鯱先生が相手をするのは、進学率が低迷している進学校。そこにある問題児クラスの1つ。31人だ。

 まずは話を聞こうと接触するものの、心を開いてくれる生徒は少ない。話したとしても、皆当たり障りのない返事ばかり。適当に躱されて、それで終わりだ。

 

 必死に生徒と向き合おうとする金鯱先生の情熱に、優しさと根気を感じる。

 

 

 3分の1くらいしか読み終わらなかったが、続きの気になる本だ。

 また借りられればいいけれど……まあ、明日になれば分かるか。

 今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 

 

 




 

 コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが上がった。
 戦車のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 優しさ +1。
 根気 +2。

 
────

 面白くもなんともなかったので、選択肢回収はなし。1007は1000に7足しただけですし、9999は10000から1引いただけなので。両方10進数で考えてるっていうあれなので指摘も似偏りますし。

 空のアルカナについては3択ほどありましたが、他に戦車の該当者がいなかったので戦車に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月5日──【図書室】アメーリアの課題

 

 

「はい、確かに返却を確認しました。引き続きの貸し出しは……可能ですね。“3年F組・金鯱先生”の方だけで宜しいですか?」

「はい、お願いします」

 

 杜宮高校図書室の司書、コマチさんに借りていた本を2冊とも手渡した。その際、貸出の延長が可能かどうか聞いてみると、両方可能だったらしい。とはいえ“世界のグローバル企業”は読了済みだから再度借りる必要もないが。

 となると、まだ他にも本が借りられるな。せっかくだし、見繕って行こうか。

 しかし、何を借りようか。お勧めコーナーを利用しようとしたが、あまりピンとくるものはなかった。

 そういえば以前、自分のペルソナを調べたことがあったな。良い機会だし、仲間のペルソナについても調べてみようか。

 今回調べるのは……比較的有名で出典も知っている、ラーでいいか。

 時坂 洸のペルソナで、ハヤブサのような姿をしているラーは、エジプト神話の中に出てくる神の1体だ。探せば解読してくれる本くらい見つかるだろう。

 

 ……あった、これだな。“エジプト神話の偉大なる神”。ぱらぱらと目を通せば、ラーに関する章が存在している。

 さっそく貸し出し手続きをしよう。

 

「はい、確かに承りました。返却期日は先程のものも合わせて、“6月19日火曜日”となります」

 

 今度こそ期日までにすべて読了したい。

 きちんと計画立てて行こう。

 

 

────>【杜宮駅】駅前広場。

 

 

 帰り道、駅前広場の前を通り過ぎようとした時、ふと、見覚えのある青い扉の前に、これまた見覚えのある銀髪の女性を見つけた。

 せっかくだし、挨拶をしていこう。

 

「こんにちは」

「こんにちは、そしてお待ちしておりました。危うく首が物理的に伸びるところだったとだけ伝えておきます」

「待っていた?」

「ええ、詳しい話は中で致しましょう」

 

 ベルベットルームへと繋がる扉を開く。

 どうした、早く入れよ。といった目を向けられた。

 ……大人しく言う通りにしよう。

 

 

────>【ベルベットルーム】。

 

 

「ふう、やはり立って待っているというのは疲れますね。次からはなるべく早く来てほしいものです」

 

 待たれているとは知らなかったから、というのは通じ無さそうだった。

 これからは通りかかる時に、用事がありそうか小まめに様子を伺うことにしよう。

 

「さて、本日呼び止めさせていただいたのは、少々お願い事がありまして」

「お願いごと、ですか」

「ええ、一言で表すなら、指定したスキルを持ったペルソナを準備して頂きたいのです」

「ペルソナを?」

 

 どういうことだろうか。

 

「ええ、成長の一端を見せてもらいたくてね」

「そのくらいなら構わないが」

「では、期待させていただきますね。最初のお題は──」

 

 

 指定されたペルソナを合成出来たら、確認してもらおう。

 課題を通じて、アメーリアとのコミュニケーションが取れるようになる気がする。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“塔” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 ……それにしても、指定のスキルを持ったペルソナというが、どうやったら確実に狙ったスキルを継承できるのか。

 まあ、暫くは試行錯誤してみよう。

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日はバイトをしようか。

 夜のバイトは今のところゲームセンターか杜宮総合病院の2つが候補になる。他にもあるだろうが、探す時間はもったいないな。

 前は病院の清掃をしたし、今日はゲームセンターに行こう。

 

 

────>ゲームセンター【オアシス】。

 

 

 今日のアルバイトは筐体間の巡回と清掃、灰皿の回収が主業務。その最中にお客様の都合処理などをこなしていく必要がある。

 ゲームセンター特有の喧騒と匂いにはまだ慣れないが、頑張ろう。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 特に何事もなく終わった。

 少しだけ度胸が身に着いた気がする。

 

 

「……?」

 

 あれ、なんか今、見覚えのある人が居た気がする。

 見渡してみるが、分からない。

 気のせいだったのだろうか……?

 

 

 ……今日はもう帰ろう。

 

 




 

 コミュ・塔“アメーリア”のレベルが上がった。
 塔のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 度胸 +2。
 >度胸が“ふつう”から“怖い者なし”にランクアップした。
 

────


 めっさ短いですね。
 一応、コミュの話は1話に2つ出さないことにしているので、その関係で特にインターバルはこういう文字数の話が多くなるかもです。

 あと、ベルベットルームコミュは話の都合上、飛び飛びになりますのでご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月6日──【杜宮記念公園】小日向の思いやり

 

 

──朝──

 

 

「ハァ、眠っ……」

 

 

 マンションから出た所で、同じ制服を来た男子を見掛けた。

 ここに住んでいる子だろうか、あまり見ない後ろ姿だが。いや、6月に入って夏服に変わったからかもしれない。

 首にヘッドフォンを掛けた少年は小さく伸びをした後、数秒固まって、ボソっと何かを呟く。

 

「めんどい、やっぱ今日はいいや。かーえろ」

「あ」

 

 急に振り返った少年と目が合う。

 

「なに、何か用?」

「いいや、特には。……帰るのか?」

「別にどうしようが僕の勝手でしょ。ま、学校なんて行ってもツマラナイしね」

 

 そんじゃ、と手をひらひらさせながら去って行く少年を見送る。

 止めた方が良かっただろうか。

 ……次の機会があれば呼び止めてみよう。

 

 

 

──放課後──

 

 

 さて、今日はどうしようか。適当に何処かへ行っても良いが……ん?

 

「待ちかねたぞジュン、では行くか」

「あはは、うん。急がないと売り切れちゃうかもしれないしね」

「うむ、学校さえなければ朝から並んだものを……ここは、自分の天命を信じるしかあるまい」

 

 ひと際大きな声に目を向けてみれば、クラスメイトのサブローと時坂の友人である小日向 純が会話をして、一緒に帰ろうとしていた。

 なんだろう、あまり接点なさそうだったが。

 

 今の自分の度胸なら、2人の会話に割り込むことが可能だ。

 

 暇だし、大丈夫そうなら着いていっても良いか聞いてみよう。

 

 

────>七星モール【入口】。

 

 

 七星モール。杜宮市内の大型ショッピングモールだ。前を通りかかったことや、案内されたことはあっても、入ったことは今までなかった。

 来たいとは思っていたんだが、なかなかきっかけがなかったし、特別用事があるわけでもなかったからな。そもそもどんなお店があるのかもよく分かっていないし。

 

「ほう、ではザビにとってこの聖地は初となるのか」

「そうなる」

 

 ……聖地、なのか?

 

「そっか、じゃあ軽く案内しようか?」

「自分としては願ってもない提案だけど、良いのか?」

「ああ。だが、先に買い物を優先させてもらうぞ」

 

 文句なんてないに決まっている。自分は付いて来させてもらったのだから。

 

 

────>七星モール【アニメイト杜宮店】。

 

 

 彼らの用事があるのは、アニメショップだったらしい。

 店に近づくなり、すぐさまレジへと駆け寄るサブロー。少し言葉を交わした店員が棚の方へ消えると、サブローは膝を付いて天を仰いだ。

 

「フ。フフッ……あった。あったぞ……」

「……?」

「あはは、欲しかったものが無事手に入ると分かって喜んでるんだよ。今はそっとしておこう」

 

 そっとしておくか。

 少しして戻ってきたサブローは大きめの袋を持っており、満足そうな表情を浮かべていた。

 

「何を買ったんだ?」

「“魔法少女まじかる☆アリサ”という伝説的アニメのノベライズ版だ。それも店舗限定の特装版かつ、この早期購入者限定の精巧なフィギュア! どうだ、凄まじかろう」

 

 凄まじいのはサブローの情熱だと思うが。

 少し押され気味で話を聞くと、どうやら少し前まで放送していて、大ヒットで終えたアニメーションの初公式ノベライズらしい。

 大人気商品で、予約すら困難だったらしいが、何より大変だったのが早期購入者限定の特典だというフィギュアの入手。店舗ごとに限られた数しかなく、購入者優先──予約者でも手に入るか分からないといったものだとか。

 なるほど確かに、急いでいたのも分かる。

 ただ1つ、気になるとすれば。

 

「それって、子ども向けアニメでは?」

 

 金髪の女の子が、魔法少女として悪と戦う。といった内容のもののはず。そういうのって、小学生とかが見るものかと思っての発言だったのだが。

 

「はは……」

「……!」

 

 苦笑する小日向。目つき鋭く、肩を震わせるサブローを見て、どうやら自分は虎の尾を踏んだらしいと察した。

 

「良いか、ザビ。そもそもだな──」

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 サブローがお手洗いに席を外した時、小日向が労いの言葉とともに缶ジュースを持ってきた。

 

「すまない。いくらだ?」

「ははっ、良いよお礼なんて。今日付き合ってくれたお礼だからさ」

 

 付き合わせてもらったのは自分なんだが、どうやら断固として奢るつもりらしい。

 少し釈然としない気持ちのまま、受け取った缶のプルタブを引く。

 

「でも、何で今日、着いて来ようと思ったの?」

「別に、大したきっかけがあるわけではないけど」

 

 

 自己紹介を改めて軽く行い、現状についても何となく説明する。特に、趣味や夢がないといった内容を重点的に。

 そして、それを探していることを説明。その他にも、以前サブローには機動殻について教えてもらったことがあるし、ちょうど今日暇だったから声を掛けたのだと。

 

「そっか。岸波君は、自分を変えようとしてるんだね」

「小日向?」

「僕も岸波君と同じで、外から来た人間なんだ。とはいえけっこう前に引っ越してきたんだけどね。まあ、そういうわけで少し親近感を覚えていたんだけど、今日実際向き合ってみて、岸波君は僕よりもよっぽど強い人だと確信したよ」

 

 そんなことはない。

 自分は、誰かに、何かに背中を押されて歩いている身だ。強いなんてもっての外。

 

「僕には、自分を変える勇気はなかった。それでもコウ達が居たからなんとかやって来れたって感じ。少なくとも、自分から誰かの輪に飛び込んでいくなんて、僕にはできない」

 

 そのどれもが、自分にはできなかったものだと、彼は笑顔を少し曇らせつつ答えた。

 彼には彼の思う強さがあって、悩みがあるのだろう。

 少しだけ、小日向のことが分かった気がする。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“正義” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「待たせたな、ジュン、ザビ。それでは話の続きといこう」

「……取り敢えず、ザビって呼ぶの、止めないか?」

 

 

 その後、話が一段落した時、小日向の提案で、モール内の各お店を回ることにした。

 色々な道具が揃いそうなところだった。特に、衣装が作れるお店や、模型店、ミリタリーショップなど、幅広く扱っている。聖地と呼ばれるのも何となく察することができた

 

 今日は少し時間が押してしまっていたので、解散することにした。

 また明日にでも改めて来よう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は久し振りに勉強をしよう。

 ……自主学習が本当に久し振りな気もしていたが、実際はそんなこともない。中間考査が終わって間が空いたわけでもないし、次の期末考査だって1ヶ月以上先。

 だがそんなもの、他者より劣っている自分が勉強しない理由にはならないだろう。

 

 

 ……なんとか集中して取り組めた。

 

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが上がった。
 正義のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 知識 +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月7~8日──【七星モール】後輩たちと買い物

 

 閲覧ありがとうございます。
 PQ2発売に間に合わなかった……





 

 

 自分は昨日に引き続き再度、七星モールを訪れた。

 今回案内してくれる人はいない。1人探索、冒険のようなものだ。

 

「確か……」

 

 昨日の小日向の説明を思い出す。

 1階にあるお店は、宝石等を売っている【ナルシマ】。輸入商品を扱う【ウェンディ】。中古の電化製品などを扱う【城嶋無線】。ミリタリーショップの【トガシ】の4つ。

 自分が使うとしたら輸入雑貨店の【ウェンディ】くらいだろうか。城嶋無線はどちらかといえばジャンク品を扱うお店のようで、素人には入りづらい。店主は端から見ると明るいお兄さんといった感じで良い人そうだが。

 

 そして2階にあるお店が、昨日行ったアニメショップ【アニメイト杜宮店】を始めに、色々な衣装が売っている【ピクシス】、模型などが売っている【コトブキヤ】。後は販売店ではないが、マッサージ屋と占い屋がある。計5店舗が2階には配置されていた。

 

 ……正直あまり馴染みのないエリアだ。アニメに対する情熱も、模型をやる習慣も、コスプレをする環境もない。

 だが、趣味にするとしたら丁度いいかも。アニメ……はまずはテレビを買ってからか。だとしたら模型かコスプレ……いやそもそもコスプレって趣味に出来るのか? 衣装を作ったり、写真を撮ったりといった所だろうが……ん。

 

「衣装作成……服作り……?」

 

 良いかもしれない。

 服を作る、なんて大変だろう。恐らく基本のものに何かしらのアレンジを加えるだけになってしまいそうだ。

 ……いま丁度お店に人がいないし、聞いてみようか。

 

 

────>コスプレショップ【ピクシス】。

 

 

「服作り? コスにしても何にしても、一から独学で勉強して作るんだったら結構大変ですね、パターンの勉強……まあ裁断で余らせる長さとか、縫い方の特徴とか、色々必要です」

「やっぱりそうですよね」

「結構興味がある感じですか?」

「何て言うか、趣味探しの一環です。ちょっと試してみたいなって」

「なるほど、でしたら……」

 

 レジの奥に座り込み、立ち上がった店員は、1冊の本を持っていた。

 

「どちらかといえば、手芸などでアクセサリーを作るほうがいいかもしれませんね。服を1からすべて1人で作るとなれば相当な時間が掛かりますが、例えばグローブなどは比較的早めに完成しますので」

「小物づくり、ですか」

「はい」

 

 確かに、現実的なのはそこらへんかもしれない。

 彼女が取り出したのは、その入門書。誰でもできる、と題された薄い本だった。

 

「せっかくですし、差し上げますよ」

「良いんですか?」

「私はもう使いませんし、お客様、サブローくんやジュンくんのお友達なんでしょう?」

 

 サブローやジュン……なるほど、昨日一緒にいる所を見られていたのか。

 名前を憶えられているということは、彼らはお得意様なのかもしれない。まあサブロー自身、ここを聖地と呼んで崇めていたし、そういうこともあるだろう。

 彼らにもお礼を言わなければ。

 

「ありがとうございます。大切に使います」

「いえいえ。今後はぜひ当店を使ってください。服を作るアドバイスこそできませんでしたが、うちはオリジナルTシャツの作成なんかも承ってるので、なにか作りたい服などができたら是非」

「オリジナルTシャツ……」

 

 

 聞けば、デザインと素材さえ決めてくれれば、それを元に作成してくれるらしい。値段は応相談だそうだ。

 ……取り敢えず今度、普段着用のを描いて持って来てみようか。

 

 

────>七星モール【2階通路】。

 

 

「そこの方、少しお待ちいただけますか?」

 

 2階をぐるっと一周していた時、声が掛けられる。

 周囲には自分しかいない。そこの方、というのは自分のことだろう。

 

「どうぞ、こちらにお入りください」

 

 声は、占い屋の中から聴こえてきている。

 通路から中の人は見えないが、向こうからは見えているのだろうか……いいや、足音とかで人がいることを察したのかもしれない。

 何にしても、呼び止められたし、入店を促されたのだ。選択肢は行くか逃げるか問うかの3択。

 

 

──Select──

 >入る。

  逃げる。

  問う。

──────

 

 

 警戒していても仕方ない。入ろう。

 

 

────>七星モール【サディの占い屋】。

 

 

「不思議な縁の構成が見えます、このようなことは初めて。……数々の運命が入り乱れていて、上手に読めない……フフフ、本当に興味深い」

 

 女性、だろうか。

 顔を含めて全身が隠れる程の大きな黒い衣装を身に纏った相手は、水晶玉越しに自分を眺めている。怪しく笑っているが、害する気はないらしい。

 

「ああ、失礼しました。……フフ、なるほど。私に貴方の運命は見通せませんが、お手伝いをさせてもらうとしたら──」

 

 言葉が区切られるのと同時に、水晶玉が淡く光り出す。

 水晶玉全体が光に覆われる前に、一瞬そこに映ったものが見えた。

 あの特徴的な“2足で立つ馬”のようなフォルム、間違いない。

 ──ペルソナ、“オロバス”だ。

 

「フフフ、出来たわ」

 

 気付くと、水晶玉の前に1枚のカードが置かれていた。

 これは……

 

「私には分かりませんが、貴方になら分かるのでは?」

「……ああ」

 

 手に取った瞬間、どうやって使えば良いのかが分かった。思い出したかのように知識を手に入れたのは、このカードが自分の心から生まれたものだからだろうか。

 ペルソナの技が継承できるカード。1枚につき1回、どんなペルソナにでもカードに移された力を覚えさせることができる。例えばこの力を使えば、火と呪が得意な“タマモ”に、ブフやジオといった他属性の技も覚えさせることができる。

 とはいえそんなに便利すぎるものでもないらしい。1体のペルソナから技を複製できるのは1度のみ。もう2度とオロバスからカードは取り出せないということだ。

 手に入れた、【マハラギ】のカードを握る。

 ──それにしても、

 

「あの、今のどうやって」

「企業秘密です」

「そこをなんとか」

「企業秘密です」

「貴女は何者ですか」

「企業秘密です」

 

 断固として教えてくれるつもりはないらしかった。

 占い師の裏事情は固いらしい。

 

「何に使うかは分からないけれども、この技術が必要なら、いつでも尋ねてきてください。対価と、その時々の占いのついでに行っていきます」

「対価……お金ですか?」

「はい」

 

 ちょっと考えたものの、占いのお金自体は安い。必要以上に渋る理由もないだろう。

 

「分かりました。また来ます」

「ええ、お待ちしております。今回は私が呼んだので、初回ということもあり、無料で構いません」

 

 いや、呼び止めておいて無料じゃなかったら大問題なんだが。

 まあいいか。

 

 

 店を後にする。

 結局最後まで何が何だか分からなかったが、そもそもこの力自体がよく分からないものなので、気にしても仕方ないか、と割り切ることに。

 ……いやでも、あの占い師の正体はとても気になる。今度心当たりありそうな人たちに聞いてみようか。

 

 

──夜──

 

 

 “3年F組・金鯱先生”を読む。まだまだ序盤だ。

 しかし熱い。物語の展開もそうだが、何より金鯱先生の情熱と生徒への想いが熱すぎる。

 

 生徒たちと共に問題と向き合う中で、段々と仲が深まって来て、少しずつだが生徒たちの方にも先生に対する信頼が見え始めた。

 金鯱先生の生徒を想う優しさと、何があっても見捨てないという根気を感じる。

 

 

 半分を過ぎた。もう少しで読み終わるな。

 続きが気になる。また読もう。

 

 

 

 

──6月8日(金) 放課後──

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

 

『センパイお久しぶりですぅ。今日ちょっと時間ありますかぁ?』

 

 

 放課後、そんなメッセージを受け取った自分は、丁度時間もあったし、呼び出しに応じてみた。

 日は高くまだ落ちていない時間帯。自分とヒトミ、そして呼び出したマリエは、3人で会話をしながら通路を歩く。

 話のネタはもちろん、今日の佐伯先生。

 

「さすがゴロウ先生……あーん、アタシも毎日授業受けたぁい」

「無理でしょ。来年まで待たないと」

「そんなの分かってるし。けど受けたいものは仕方ないじゃん」

 

 今日の、と言っても私生活を把握している訳ではないので、話せる内容は佐伯先生がどのような授業をしたか。どんな話をしていたかに限る。自分の話す1つ1つを真剣に聞き、細かく反応していくマリエは、やはり真面目なのだろう。

 一方でヒトミも違った意味で真面目だ。興味無いように見えるが話はしっかり聞いていて、マリエの反応について細かく現実的な返答をしていく。

 理想を重視する女の子と、現実を直視する女性、といった違いだろうか。どちらの想いも真剣で、間違っていない。このある種対照的な2人が友人関係でいられるのは少し不思議な気もするが。

 

「あ、此処、ココ」

 

 暫く雑談しながら歩を進めていると、不意にマリエが動きを止めた。

 目線の先には、ブティックがある。

 ここに入りたい、ということだろうか。

 

「うふふ、今日はセンパイっていうすっごい味方がいるんでぇ。期待してますよぉ?」

 

──Select──

  任せろ。

 >何を?

  気が乗らないな。

──────

 

「ココに来た以上やることは1つじゃないですかぁ」

 

 買い物ですよ、オカイモノ。と屈託なく笑って、マリエは言う。

 隣から、少し呆れたような溜息が聴こえた。

 

「はぁ、マリエってば……ま、いいか。センパイも、面倒だろうけどちょっと付き合ってよ」

 

 ……中に入ろう。

 

 

────>ブティック【ノマド】。

 

 

 初めて入るお店だ。

 なんか色々な洋服が置かれていた。普段着から少し派手なものまで。全体的に高価そうなこともあり、高校生が入りそうなお店じゃないようにも見えるが。

 適当な商品の値札を見てみる。

 ……お手頃な価格だった。

 

「ヒトミ、ちょっと手伝って」

「はいはい……ああうん、良いんじゃない? すごい良いと思う」

「でっしょー」

 

 2人は服を選びだしてしまった。

 自分は……目立たないように端に立っているか。

 

 

 

 

 

「センパイ、お待たせ。準備できたから、こっち来てくれる?」

「ああ」

 

 数分待ち、ヒトミからお声が掛かった。

 連れて来られたのは、試着室の前。

 カーテンが閉まっていて、周りにマリエの姿はない。察する限り、この中に居そうだが、どうなのだろう。

 自分は、このカーテンを──

 

 

──Select──

  開ける。

 >開けない。

──────

 

 

「……何してんの?」

「…………いや、別に」

 

 冷静に考えろ。開けたら駄目だろう、開けたら。

 いくらヒトミが準備できていると言っていた所で、それが本当かどうかの確証もない。

 ヒトミと顔を合わせる。自分が何を言いたいか察してくれたのか、彼女は試着室を控えめに覗き込んた。

 

「ちょっとマリエ、センパイ待たせてるんだけど」

「オッケー今出る。開けて良いよ」

 

 シャッとカーテンが開いた。

 そこにあったのは、少し大人っぽい服装に身を包んだマリエの姿。大人っぽいというか、露出が多いというか、攻め気質な感想を抱く夏の装いだ。

 少し前まで制服姿を見ていたからだろうか、それとも単純に服に着られている感が殺しきれないのか、彼女自身とは少し不釣り合いにも見えるその服装だが、そこがまたギャップのように思えて魅力的に映る。

 

「……うん、反応を見る限り、大丈夫そう。じゃあ次いこっか」

「オッケー、じゃあセンパイ、もう少し待っててもらえますかぁ?」

「あ、ああ……」

 

 

 

 

 

 続いて、青と白を使った清楚な服装、緑などを取り入れたカジュアルな服装と披露されていく。どれもよく似合っていて、センスの良さが見て取れた。

 

「それで」

「うん?」

「なんで自分に見せたんだ?」

「ああ……」

 

 マリエの着替えを待ちながら、ヒトミに一連の流れの真意を確認する。

 ヒトミは一瞬、何らかの感情を込めて試着室に視線を向けたが、すぐさま普段の表情に戻って、自分の疑問に答えた。

 

「何て言うか、色仕掛け?」

「……服装で気に入ってもらおう、ということか」

「何事もまずは形から、なんだって」

 

 真面目だよね。とヒトミは苦笑する。

 

「それで、どうだった?」

「どうって」

「服。どれが良かったかなって」

 

 甲乙付け難いが、どれが良かったかと言うと……

 

 

──Select──

  大胆系。

  清楚系。

 >カジュアル系。

──────

 

 

「カジュアル系、だな」

「ふーん。……一応聞いておくけど、センパイが好きなだけじゃないよね? 少し食い入るように見てたし」

 

 まあ、あの服装自体が自分の好み、ということも少なからずあるんだろうけれど。

 何より自分の意見より、佐伯先生の視点として考えるならば。

 

「先生の場合、服装より、その服を着て何をするかが重要になりそうだからな。例えば山に登ることを視野に入れた感じで行ければ、話も膨らむはずだし」

「……よく考えてくれてんだ、アリガト」

 

 ヒトミがお礼を言うことではないような気もするが、素直に受け取っておくことにする。

 自分も、しっかりと力になれていると良いんだが。

 

 前向きに努力をしようと励むマリエと、それを支えつつ窘めるヒトミを見て、自分ももっと強力したいと思えた。

 ──2人との縁が深まるのを感じる。

 

 

 

 

 ──遅くなったので、逆方向に帰っていく2人を見送り、自分も帰路に着いた。

 

 

 

──夜──

 

 

 昨日は読書をして過ごしたし、今晩は勉強をしようか。

 

 ……集中して取り組めた気がする。

 テストが近くなってきた。また頑張らなければ。

 

 

 




 

 知識  +2。
 優しさ +1。
 根気  +2。


──── 
 

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが2に上がった。


────



選択肢回収
────
61-1-2
──Select──
  入る。
 >逃げる。
  問う。
─────


 逃げるが勝ち、だ。
 怪しいセールスに引っかかってはいけない。
 占いの館と書かれた店の前を走り去る。
 追っ手は来なかった。

→ベルベットルームコミュの進展難易度がヤバいことになります。


────
61-1-3
──Select──
  入る。
  逃げる。
 >問う。
─────

「何者だ」
「しがない占い師でございます。お客様は何やら途方もない運命に巻き込まれているご様子。少しばかり、未来を視ていきませんか」

 途方もない運命……?
 異界関係のことだろうか。
 しかしこの人の言い方、イゴールに近いものを感じるな。
 ……信用していいのだろうか。

→再選択肢。

────
61-2-1

──Select──
 >任せろ。
  何を?
  気が乗らないな。
──────

 何のことかは分からないが、頼られて悪い気はしない。

「わぁ、すっごーい。頼りになるぅ!」
「……」

 マリエはキラキラとした瞳を、ヒトミは真っ暗な瞳を向けてくる。こうも対照的な反応が返ってくるとは。

「さすがセンパイ。相談内容までお見通しですか」
「え、いや」
「へー、すごーい。ねー、マリエー、すごいねー」

 わいわいと騒ぐ女子高生2人。片方は言わずもがな棒読みである。
 どうしてこうなった。

→度胸+1。好感度メーター変化なし。マリエが上がってヒトミが下がるので、実質変化なしってことで。

────
61-2-3

──Select──
  任せろ。
  何を?
 >気が乗らないな。
──────

「ちょっとセンパイ……!」
「はぁ? じゃあもう帰っていいよ、おつかれーっす。行こっ、ヒトミ」
「え、ちょっ……待ってマリエ!」

 ちょっとした冗談のつもりだったが、まだそういうのが伝わる間柄になれていなかったらしい。
 …………どうしよう。


→ブロークンの悪夢。


────
61-3-1

──Select──
 >開ける。
  開けない。
──────

 開けるしかない……!

「待て」
「!」

 手首を掴まれた。
 ……すごい力だ!

「それはいくら何でも駄目だと思うんだけど?」
「お、おっしゃるとおりです」
「……次はないからね」

 ごみを見る目で見られた。
 いや、ずっと見られている。
 自分はこれから、ずっとこの視線を向けられるのか……
 ………………衝動で行動するのは止めよう。

→称号「スケベなセンパイ」を手に入れた! (そんなシステムはない)

────
61-4-1

──Select──
 >大胆系。
  清楚系。
  カジュアル系。
──────

「もちろん大胆系だ。胸元が緩く、背中は開いている。そして何より若くて張りのあるふともも! これが嫌いな男なんていない!」
「ですよね!」
「セ・ン・パ・イ?」
「すみませんでした」

→統計の話であって白野の好みではない。彼は興味はあっても行動に移さない紳士であるからして。興味はあるのだろうが。


────
61-4-2

──Select──
  大胆系。
 >清楚系。
  カジュアル系。
──────


 清楚系が良い。
 佐伯先生も、あまり派手なのは好まないだろう。

「なるほどぉ、だからあんなにアプローチを掛けてもダメだったんですねぇ。……ガツガツ行くのは逆効果なカンジ? でもでも、今は積極的に攻めないと……!」
「マリエ? ……はぁ。一応聞いておくけど、センパイが好きなだけじゃないよね? 少し食い入るように見てたし」
「…………もちろんだ」
「うそっぽい」

 いや、佐伯先生からの印象を考えたら、そうだと思ったというのが最優先だ。そこに誓って嘘はない。
 自分の好みが反映されてないかと言ったら、断言できないが。

「……まったく、仕方ないんだから」

→特に変化なし。実際の白野の好みを想像したところ、その個人に会うもので、かつギャップがあるもの、というイメージ。
 だからまあ、マリエに対しては清楚系かな、と。


 取り敢えずこんな感じですかね。
 なんでこんなイロモノ選択肢が多かったんだろう。
 まあいいか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月9~10日──【教室】(ネタバレ)「やべえ! あの転校生、リオンだけじゃなく、B組の柊と逢引きだってよ! 2股だ2股ッ!!」「!?」

 

 

 午前授業が終わり、放課後。鞄に筆記用具を詰め込みながら、今日の予定を企てる。

 明日は日曜日だから1日旅館でバイトをするとして、今日はどうしようか。

 流石に連日バイトという気分でもない。かといってやりたいこともなければ、部活のようなやるべきこともなかった。

 誰かと過ごすのもありだろう。

 だとしても誰を誘うべきか。

 ここで璃音を誘うのは得策ではない。彼女は既に周りを囲まれていて、連れ出すと非難の目を浴びること間違いなしだと直感したからだ。

 ……洸でも誘ってみようか。

 席を立ち、彼のクラス──2-Bを尋ねてみる。

 

「時坂君? さっき倉敷さんや伊吹達と帰ったわよ」

「そうか……」

 

 入口近くに居た生徒に洸の所在を聞いてみると、帰宅済みで知らないと答えられてしまった。

 さて、本当にどうしようか。

 頭を抱えかけたその時、教室の隅で立ち上がった少女の姿を視界に捉えた。

 

「あら、岸波君」

「柊」

 

 そういえば、2人は同じクラスだったな。

 何にしても、まだ帰っていなくて良かった。

 

「柊、この後暇か?」

「? ええ、買い物をして帰るだし、少しくらいの時間はあるけれど……何かあったのかしら?」

「いいや、たいしたことじゃないんだが、遊びに行かないか?」

「……は?」

 

 

────>七星モール【城嶋無線】。

 

 

「ここに用があるのか?」

「ええ、そうよ」

 

 誘いを掛けた時は猜疑の眼差しを向けられたが、やがて少し考え込んでから、了承の答えを貰った。

 そうしてやって来たのが此処、ジャンク屋の【城嶋無線】。

 何て言うか、連れてこられた場所は少し予想外だった。とはいえもともと謎の多い彼女。自分が予想に使っている部分だって、彼女を構成する側面の1つに過ぎないのだろう。

 

「テツオさん」

「ん……おお、アスカじゃねえか! 久し振りだな」

「ええ、ご無沙汰しております。すみません、この所、顔すら出せずに」

「良いってことよ、無事だったんだからな!」

 

 どうやら柊は、店主の男性と知り合いらしい。

 恰幅の良い男性だ。短めの金髪につなぎ姿で、いかにも技術屋といった風貌をしている。

 かといって怖いわけではなく、快活な笑顔を浮かべている辺り、人当たりは良さそうだ。

 

「んでそっちは……ははーん?」

「「?」」

 

 自分を見た後、急にニヤつき始めた店主。

 まったく謂れのない反応に、自分と柊は揃って首を傾げた。

 

「隠すな隠すな。お兄さんにはすべてお見通しよ。差し詰め、そこの少年が“特別な存在”ってトコだろ?」

「!? 流石ですね、テツオさん。見抜きますか」

「ああ、伊達に長く生きちゃいねえ」

 

 特別な存在……自分がそう言われるとしたら、ワイルドのペルソナ使いという面に他ならないだろう。それを一目で見抜くとは、もしかして凄い人なのかもしれない。柊も驚きを隠せないみたいだ。

 初見でそれが分かるということは、他の事例への関与を推察できる。他のワイルド能力者に触れたからこそ分かる、みたいな。

 しかし、この人も異界関係の人だったのか。まあ、柊と馴染みのある人と分かった時点で、薄々勘付いてはいたが。

 

「しかし、どうして分かったんですか? もしかして月光館学園のときも──」

「月光館? なんでその名前が出てくるんだ? ひょっとして、初デートがそこだったとか?」

「「……はぁッ!?」」

 

 む、寧ろ何でデートなんて言う単語が出てくるんだ。

 まさか……

 

「ま、まさか……」

 

 柊が頭を抱えている。

 自分と同様の結論に辿り着いたのだろう。

 

「テツオさん、正直に答えてください。岸波君が、どういう存在だと?」

「ん? 正直も何も、アスカと彼は、恋人同士なん……だよな?」

「違う」「違います」

 

 1人キョトンと驚くテツオさんを尻目に、自分たち2人は重い溜息を重ねた。

 

 

────

 

 

「なるほど、現地協力者……謂わば、杜宮のペルソナ使い達のリーダーってことか」

「リーダー、と呼ばれる実感は沸きませんが」

「ハハハ、何事も諦めが肝心だぞ。それに、ワイルドに目覚めた人間は総じて集団の中央に配置されるもんだ。って言っても、俺自身生で見るのは初めてだがな」

 

 テツオさんは、フリーの技術者らしい。

 なんでもソウルデヴァイスの修理・改修も行えるとのことだ。彼曰く、【倶々楽屋】のジヘイさんには劣るらしいが、安さや多様さでは負けるつもりがないらしい。

 今日は、彼に修理をお願いするついでに、自分を紹介するつもりで連れてきたのだとか。

 

「それにしても、杜宮にワイルド。アスカの仲間、ねえ……」

「何か?」

「いんや、大事にしろよ、アスカ。その縁はきっと“一生のもの”になる」

「……まあ、それなりには」

 

 端から見ると、結構仲が良さそうだ。洸や自分に対するのとはまた違った接し方。年齢……いや、これは過ごしてきた時間の差、なのかもしれない。

 まずは少しずつ、柊 明日香を知っていかなければ。

 

 柊との縁が強まった気がする。

 

 柊の昔話という後ろ髪を引かれるワードをぶら下げられながらも、氷を背中に突き付けられている錯覚を得ながら、【城嶋無線】を後に。店で無事にソウルデヴァイスを修理に預けられた柊とも、帰路の途中にあった分かれ道にて別々の方向へ。

 ……自分も早く帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

「そういえば、Tシャツ……」

 

 オリジナルのものが作れるという話を、一昨日あたりに聞いた。デザインと生地さえ決めてもらえれば作れる、とも。

 だが、デザインは頑張れるとしても、生地か……あまりよく知らないな。何か分かる本でも買ってこようか。

 今日は取り敢えず……ああ、その時にもらった本を読もう。

 

 “手芸入門編”を読んだ。

 小物の種類や難易度、気を付ける部位などが乗っていて、同時に簡単にできるアクセサリが紹介されている。

 少しだが、アクセサリの知識を得たことで、魅力が上がった気がする。

 

 

──6月10日(日) 午前──

 

 

────>駅前広場【オリオン書房前】。

 

 今日は神山温泉でのバイトの日だ。

 何か用事があるなら、朝のうちに済ませておきたい。

 という訳で、昨日の夜に考えていた、家庭科の教本“服飾の基礎・基本が分かる! 本”を購入し、次の機会に備えることに。

 今持っている本に優先順位はあるが、それでもできるだけ早く読んでみよう。

 他には……何もないな。

 さて、そろそろバイトへ向かおう。

 

 

────>神山温泉【休憩室】。

 

 

「ああ、岸波じゃないか。久し振りだな」

「こんにちは。会う度に久し振りって言っている気がしますね」

「確かに」

 

 バイトの先輩と他愛無い話をして、休憩時間を過ごす。

 

「そうだ、先輩。先輩は何か趣味とかありますか?」

「趣味? ……勉強かな」

「勉強が趣味って、珍しいですね」

「まあ受験生だし。ただ、勉強と言っても教科書的なものだけじゃなくて、雑学的なものも含むが。何かを知ることっていうのは大事で、かつ面白いものだぞ」

「……まあそれは、分かります」

 

 退院してからというもの、知識を得るのが楽しくて仕方がない。

 新しいことを知る。新しい人と関わる。新しい場所へ行く。結構普通なことだが、そのどれもが大切で、かつ面白いものだ

 だが、趣味かと言われると、そうでないような気もする。

 

「それに、知るということは、備えるということだ」

「備える?」

「授業で教わる知識は試験に備えるもの。人から聞く知識は危機に備えるもの。知らなければ何もできず、知っていれば行動を産むことができる」

「……」

「だから、気になることがあったらまず調査をするべきだ。って考えてる」

 

 確かにその通りだろう。

 勉強をしなければ試験でまったく点が取れない。十分な備えがあってこそ、きちんとした点が取れるのだ。まあ勉強しても今回のように赤点を取ることはあるが、それは置いておくとして。

 異界を攻略する為に、その人の抱えていた悩みを調査するのも同じだろう。知らなければ、対策ができない。対策ができなければ、助けるのが遅れる。

 勉強は、後悔しない為に行うものだ。気になったことがあって、それを放置して、失敗する。なんて最悪は、引き起こしてはいけない。

 

「そうだな……岸波は本を読む方か? 何だったら今度から何冊か古本を持って来るけど。勉強になるものも多いし」

「え、良いんですか?」

「ああ、ほとんど内容も覚えているしな。格安で譲ろう。ただし、新刊と呼べるような本はまだ持ってこれないから、そういうのは新品で購入してくれ」

「勿論です。ありがとうございます!」

 

 そこまで話して、丁度休憩の終わる時間になった。

 自分と先輩はそれぞれの担当場所へ戻っていく。

 あまり会う機会もないのに、なんて良い人なんだろうか。

 残りの仕事も頑張ろうと心に決めた。

 

 

──夜──

 

 

 昼に勉強の話題があったし、せっかくだからテスト勉強をしようと思い当たった。

 とはいえテストはまだまだ先。確か“7月の2週目”だった気がする。次こそは上位に入りたいものだが……まずは、頑張ろう。頑張って備えよう。

 

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが2に上がった。
 
 
────


 知識 +3。
 優しさ +2。
 魅力 +2。


────


 先輩「やった。これで本棚の整理ができる」

 獲り損ねた本を読めないのはペルソナというより軌跡シリーズとかのような気がしますが、まあ良いとして。
 まあ質屋【大黒堂】の代わりみたいなものです。
 

 今話のタイトルはそのまま。彼らが学校を出た後の一幕。最後に驚いているのは、なんかとばっちりを受けそうな人。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月11日──時坂 洸(魔術師)(Ⅳ)──ただのお人好し

 

 実名出しても良かったんだろうか……?




 

 

 

「「あ」」

 

 朝、1階の共有玄関を抜けると、数日前にもマンション前に立っていた少年を見掛けた。

 たった今引き返して来た所なのが気になるが、声を掛けてみようか。

 

「やあ、今帰りか」

「いや、その声の掛け方は可笑しいでしょ」

「……確かに」

「……はぁ」

 

 何だコイツ、といった目を向けられている。

 正直、自分も目の前に同じような人間が現れたら、同様の反応をするだろう。本当に申し訳ない。

 

「で、何か用?」

「?」

「丁度暇になった所だし、面白い話でもあれば聞いてあげるけど」

 

 面白い話、面白い話か……ないな。

 だが、正直にないと言ってしまえば、そのまま帰ってしまうだろう。

 ここは……逆に聞いてみるのが良いんじゃないだろうか。

 

「どうせだし、歩きながら話そう。面白いことがあったら聞くぞ」

「いや、聞くの僕。……って、何勝手に学校に行くことにしてるのさ。止めてよね、今日は休むって決めたんだから」

「いや、決めたって……この前も家に引き返してただろう。出席日数とか、大丈夫なのか?」

「ま、まだ余裕あるし」

 

 言い淀んだ。本当に大丈夫なのだろうか。

 

「あまり学校に行かないと、親御さんに心配を掛けるんじゃないか?」

「──アンタに何が分かるのさ。ほっといてよ」

 

 ピクッと何かに反応した後、一瞬で冷静さを取り戻した彼は、そのまま振り替えることなく部屋へと戻っていった。

 ……地雷を踏んだか?

 だとしたら多分、親御さん、もしくは心配という単語に反応したのだと思うが……って、駄目だな。異界攻略の癖でつい推理しそうになってしまう。自分はカウンセラーでも探偵でもないのに。

 取り敢えず、今回もコンタクトは失敗。

 次は取り敢えず、名前くらいは聞きたいものだ。

 

 

──午前──

 

「今現在、世界が英語を共通語とした国際化の流れにあるのは、皆も知っての通りだと思う。実際、世界の著名な観光地周辺なんかは、ほとんど英語でやり取りができるほどだ。日本はその中でも、少し劣っているかもしれない。これは単に、英語と日本語の文体が離れすぎていることにも起因するんだろう。英語に近い言語……例えばフランス語などは英語と近いせいか、観光地としても有名な首都──パリに行くと、基本的に英語で会話がなんとかなる」

 

 まあ、海外旅行に必須なのは、楽しむ気持ちとジェスチャーくらいなものだが。

 そんなことを、英語の授業で佐伯先生は言う。

 それで良いのか、英語教師。

 

「そうだ。フランスとアメリカで思い出したが、1つクイズを出そう。──じゃあ、岸波」

「?」

 

 クイズ?

 何だろうか。

 ……というかクラスの視線が痛いな。璃音はこっち見ないし。何かあったのだろ──と、今は問いに集中しなければ。

 

「フランスの首都──パリを走るメトロの駅名に使われている、アメリカ歴代大統領の名前はどれだか分かるか?」

 

 パリの駅名に、アメリカの大統領……?

 偶然とかじゃなくてか?

 いや、クイズにされるからには偶然大統領と一致したとかではないんだろう。きちんとした理由があるはず。

 そうだな。

 

──Select──

  ジョージ・ワシントン。

  エイブラハム・リンカーン。

 >フランクリン・ルーズベルト。

──────

 

 ルーズベルト元大統領、か。

 わざわざフランスがアメリカ大統領の名前を駅名にするとしたら、かなり重大な理由がなければあり得ないだろう。

 ワシントン初代大統領もリンカーン元大統領も偉大だし、まったく理由が思い浮かばないというほどではないが、それでもルーズベルト元大統領には敵わないだろう。

 ルーズベルト元大統領とパリの間には、微妙に関係があるのだ。

 

「正解だ、よく分かったな。ルーズベルトが大統領を務めたのは、第2次世界大戦の最中だ。その大戦中、アメリカを含む連合軍によって引き起こされた1つの出来事に、パリ解放が含まれている。その功績を讃えてか、パリには彼の名にちなんだ名称を、通りと駅にそれぞれ付けているみたいだな」

 

 よかった。合っていたらしい。

 周囲から感嘆の声が聴こえてくる。

 

「ちなみに、他にパリメトロの駅名として付けられた人物としては、イギリスのジョージⅤ世や、芸術家のパブロ=ピカソ、数学者のガスパールなどか。まあフランスにゆかりのある偉人たちが付けられていると思ってくれ」

 

 などってことは、もっと他にもいるんだろう。

 少し興味が出て来たな。他にどんな人がいるのだろうか。

 

「まあ旅行などに行った時、こういう地名なんかも注目してみると面白いかもしれないぞ、という話だ。日本にもなぜこの地名が、といった例が存在するから、遠出する機会があれば調べるのも予習として良いかもな。……さて半分社会のようにもなってしまったが、雑談もここまで。授業を再開するぞ」

 

 えー。という声が半分。やっとかという反応が半分。

 だが、不満の声は笑って受け流して、佐伯先生は教科書の英文解説に入った。

 

 しかし、地名か。

 日本国にもそういう面白い地名なんかもあるのだろうか。

 そういった一風変わったものもいつかは調べてみたいな。時間に余裕が出来てからになるだろうから、今暫くは難しいが。

 

 

──放課後──

 

 

『悪いハクノ、今大丈夫か?』

 

 帰り支度をしていると、サイフォンが鳴動した。

 どうやら洸からの着信だったらしい。

 

『大丈夫だ、ちょうど帰るところだったから。なにかあったか?』

『異界関連でちょっとな。詳しくは後で説明するから、商店街の豆腐屋まで来てくれねえか?』

『分かった、少し待っていてくれ』

 

 しかし、放課後に洸から連絡があるなんて珍しいな。何だかんだ言っていつもバイトや人助けとかで忙しそうだし。

 察するに、今回のもその類だろうか。前回の本回収みたいな……早く行こう。

 

 

────>杜宮商店街【豆腐屋前】。

 

 豆腐屋前、とは言われたが、どうやら店主に聞かせたい内容ではないらしい。

 集合こそ手押し車の前だったが、その説明は少し離れた民家の近くで行われた。

 

「なるほど。つまりその無くなった“ラッパ”が異界に落ちていないか確認したいわけだな?」

「ああ。とはいえ確証のない話に全員を付き合わせるのは悪いしな。行きてえ異界も攻略済で程度が知れていて、ハクノが居れば属性相性で不利な相手でも対策ができんだろ。ラッパの形状は覚えているから、見付けるのにも苦労しねえはずだ」

 

 正直、柊に声を掛けなくて良いものか迷ったが、行ったことのある異界だというならまあ大丈夫だろう。誰かと戦闘訓練をする要領と同じだ。

 ならば、さっさと済ませてしまおう。

 

「よし、さっそく行くか」

「おう、そうこなくちゃな!」

 

 

──

 

 

 結果として異界攻略は驚くほどスムーズに進み、あまり時間を掛けずに終点へ辿り着くことができた。

 

「おお──」

 

 豆腐屋の店主が喜ぶ姿を遠目に確認する。どうやら本当に彼のモノだったらしい。

 ……本当に大げさなくらい喜んでいる。まあ、事情を聴いてみれば当然の反応のようにも思えるが。

 異界攻略の最中、洸から軽く教えてもらった。失くしてしまったようにも思えるラッパを、必死に探している理由を。

 最近代替わりして店主を継いだ彼──タカヒロさんが受け継いだ、豆腐屋の魂とも呼べる必需品。それが唐突に手元から失くなったのだ。慌てるし、仕事に身も入りきらないだろう。

 まあ何にせよ、見つかって良かった。

 

 洸と目が合う。タカヒロさんとも視線が交わった。

 笑顔で手を振ってくる。どうやら、洸が何かを伝えたらしい。

 取り敢えず会釈しておこう。

 

 暫くして、洸がこちらに駆け寄ってきた。

 袋を腕に下げている。

 

「ほら、お礼だとよ」

「? ……ああ、ありがとう」

 

 確認するようにタカヒロさんの方を向くと、またもさわやかな笑顔で手を振ってくれた。

 ありがたくもらっておこう。

 

「学校の外からも依頼を受けるんだな」

「ん? ああ、まあな。依頼は全部いっぺんにユキノさんから流されるし、知っちまった以上流石に放っておけねえだろ」

 

 というか、よく気付くものだと思うが。

 学校みたいな狭い場所ならまだしも、市全体なんてかなりの広さだ。誰が困っていて誰が緊急かなんて区別つけられるわけがない。

 

「しかし今日は本当に助かったぜ」

「とは言うが、実際自分要らなかったんじゃないか? 相性不利でもあの程度、洸の実力なら軽く蹴散らせると思うが」

「1人でやると柊がうるせえからな」

 

 つまり、自分を呼んだのは柊に心配掛けない為、と。

 最初からそう言えばいいのに。

 

「しかし、放っておけない、か」

「は?」

「いや、洸が今言ったじゃないか。放っておけないって。随分なお人好しだと思ってな」

「……別に、そういうんじゃねえよ。オレは……オレは、ただ──」

 

 そうして、やはり言葉を失くす洸。

 帰り道、続きの言葉を待ってみたが、別れるまで何もなかった。

 

 踏み込んだおかげで少し、時坂と心の距離が近付いた気がする。

 

 

 ……帰って豆腐を食べよう。

 

 

──夜──

 

 “手芸入門編”の残りを読む。

 後半は、実際に作る工程の図解が乗っていた。

 お試しキットを使って練習をしてみる。

 ……“ビーズブレスレット”が完成した!

 

 アクセ作りを通して、魅力と根気が上がった気がする。

 

 思いの他面白かったな。道具や知識を増やせばもっと多くのものを習得できるようになるかもしれない。余裕があったら買ってみよう。

 ……だんだん趣味に使いたいお金が増えてきたな。もっと色々考えなければ。優先順位とか。

 まあ今日はもう遅い。そろそろ寝よう。

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが4に上がった。
 
 
────


 魅力 +3。
 根気 +2。


────


 風向きが悪くなる、コミュランク4~5。
 洸くんが一番乗りとは……いやまあ順当でした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月12日──【教室】フウカの悩み

 

 

 チャイムが鳴り、今日も1日が終わった。

 

「……?」

 

 サイフォンが振動する。何かの通信を受け取ったらしい。

 誰だろうか。表示は……フウカ先輩?

 

『こんにちは。今お会いできますか?』

 

 保健室の先輩、病院通いの少女、フウカ先輩。

 連絡先を交換して以来、毎日とはいかずともそれなりの頻度で連絡を取り合っている。

 しかし、このように声を掛けられたのは初めて。何かあったのだろうか。

 

『すぐ行く』

 

 恐らく保健室にいることだろう。

 火急の用事ということもあり得る。速いに越したことはないはずだ。

 やや乱暴に荷物を詰め込み、教室を後にした。

 

 

 ────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「あ、岸波君……」

「こんにちは」

 

 案の定彼女は保健室にいて、廊下側に置かれているベッドに腰かけていた。

 そんなに具合が悪そうには見えないな。

 

「体調、良さそうですね」

「うん、今日は少し体が軽いの」

 

 それはよかった。

 しかしだとしたら保健室にいる必要も無さそうだが、なにゆえ此処にいるのだろうか。

 

「えっと、今日来てもらったのは、岸波君に付き添いを頼みたかったからで」

「付き添い、って言うと、病院の?」

「ええ、そうなの。実は──」

 

 纏めると、今日送迎してくれるはずの両親が急用で来られず、そういう時に依頼していた友人は部活がちょうど忙しい時期らしい。邪魔したくないのだそうだ。

 しかし、自分が1人で行くと過剰に心配されてしまう。例えポーズだとしても同行者が欲しかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、自分。頼むのは心苦しかったが、頼りになりそうな異性で、かつある程度の事情を汲んでくれる人、ということで呼んでくれたのだとか。

 

「急な話で、本当にごめんなさい」

「いいえ、自分が役に立てるなら」

 

 自分が共感して交友を持ってきたのだ。こうして頼られて嬉しくないなんてことはない。

 

「いつ出発しますか?」

「私は準備出来ているから、岸波君が良いなら大丈夫だよ」

「なら行きましょう。帰り道が暗くなると危ないですし」

「そうね」

 

 ニコリ、と儚く笑う先輩。

 しっかりとエスコートしよう。

 

 

──Select──

 >手を差し出す。

  待っている。

  小粋なトークをする。

──────

 

 

「あ、ありがとう」

「いえいえ」

 

 

 ────>杜宮総合病院【入り口前】。

 

 

 ……微妙な段差がある。

 病院の入り口はすぐ先だ。

 

 

──Select──

 >手をつなぐ。

  腕をとる。

  先に行って扉を開ける。

──────

 

 

「お手を」

「あっ。……ふふっ、ありがとう」

 

 安心したように微笑む彼女に、気遣いが成功したことを悟った。

 あまり力を貸され過ぎても困るだろうから、手を取るだけに留める。引いて歩くことも考えた。しかし、調子が良好だという彼女にとって、必要以上の干渉は忌避したくなるものだと思う。

 できることは、すべてやりたい。

 感覚を鈍らせない為に、というのが1つ。加えて、普段できないことをする、というのは、自己肯定に割と大事なことなのだというのも、理由に含まれる。

 仮にできないことがあるなら、自分で言い出してくれるだろう。そうでない限りは、助力に努めるべきだ。

 ……あくまで持論に過ぎないけれど。

 

「岸波君と一緒だと、『それくらい大丈夫』って言わなくても良いのね」

「え」

 

 ぽつりと、彼女が小声を零した。

 フウカさん自身、自分が反応したことで初めて呟いたことを自覚したらしい、目を見開いている。

 慌てて弁解しようとしたのか、口を数度開いたが、続きが出てくることはなかった。

 

「私ができないことを見極めようとしてくれているでしょ? 他の人たちだと全部やってくれようとしたり、逆に困ってしまって何もできなかったりするから」

 

 それどころか逆に落ち着きを見せ、ゆっくりと自分の言葉で説明してくれる。

 

「別にそれが嫌というわけではないし、手伝ってくれること自体は本当に嬉しくて。でも、すべてが終わった後にほら、少しだけ、疲れちゃうから」

「……」

 

 そういう、ものか。

 自分は手伝ってくれる友人なんて、いなかったからな。その気持ちが分かるとは言いづらい。

 なら、自分の選択は間違っていなかったのだろう。

 いや、本来は誰の判断も間違っていない。彼女を助けようと、手伝おうとしたこと自体は、褒められるべきことだ。

 自分の行動が彼女にとって正解だと思われているのは、近い経験があったからに過ぎない。その境遇に陥らないと、有益なアイデアや配慮は難しいだろう。

 

 もっと彼女の理解者が増えると良いな。

 心の底からそう願った。

 

 フウカ先輩との縁が深まったような気がする。

 

 

 帰りは両親が迎えに来てくれるらしい。自分が付き添うのは診断の前まで。あとはロビーでの待ち時間くらいか。

 時間は順調に進み、終わりの時間が近付いてきた。

 

「今日はありがとう。これ、お礼だから、受け取って」

 

 ジュース1本を奢ってもらって、その日は現地解散する。

 

 

 ……家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は夜バイトの日、蓬莱町のゲームセンターで働くことになっている。

 さっそく向かおう。

 

 

 ────>ゲームセンター【オアシス】。

 

 

 来るのは実に久々。蓬莱町の中でも大通りに面している、大規模なゲームセンター、オアシス。夜遅い時間帯だと言うのに、まだかなりの客足がある。

 蓬莱町全体がそういう雰囲気の地域というのもあるのだろう。昼と夜では持つ顔がまったく違うというのも、町の魅力の1つだ。

 そんな喧騒溢れる町の中でも、ひと際騒音が凄いお店が、ここ。大型の筐体からいくつも音が出ているのだから、当然と言えば当然か。

 

 ……だが、以前来た時より少し騒がしいな。

 普通、ゴールデンウイークのような連休の方が人も入るだろう。なのに今の方が少し音が大きく聴こえる。

 どういうことだろうか。聞いてみよう。

 

「え、ああ、最近少し物騒でね」

「物騒?」

「なんでも不良チームがここら辺でカツアゲをしているとかなんとか。僕も詳しいことは知らないんだけど」

「不良チーム……」

 

 身に憶えがなかった。恐らく出くわしたこともない。

 カツアゲか……されたら困る。気を付けなくては。

 

 




  

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが2に上がった。
 
 
────


 度胸 +2。 
 

────


 フウカさん書くの難しすぎ。書くけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月13日──【杜宮記念公園】噂が加速するが当人は何も知らずに泳いでいるだけの1日。

 

 

 早朝、少し急ぎ足でフロントを通り抜けようとしたら、進行方向の先で1組の男女が言い合いをしているのが視界に入った。

 

「ほらユウ君、早くしないと遅刻しちゃうよ」

「だーもう五月蠅いなぁ、まだ全然余裕だって!」

「でも周りに同じ制服着た人いないし」

「寧ろ居られた方が困るんだってば……」

 

 すまない、いつぞやかの少年、同じ制服の男子生徒がいま後ろに居るんだ。

 加えてその入り口以外でこのマンションから出る方法を自分は知らない。

 だからその、本当にすまない。

 

「おはようございます」

「あら、おはようございます」

「…………!?」

 

 口をぱくぱくと開ける少年。会うのは3度目だったか。

 今日はいつもより元気が良さそうに見える。言い合いも白熱していたし。

 そういえばこの女性は誰だろうか。

 親、ではないだろうし、君付けで呼ばれているから近親者ではないのかもしれない。

 

「……恋人は大事にするんだぞ」

「…………はぁ!?」

「やだユウ君、恋人と間違われちゃった。お姉ちゃんまだ高校生くらいに見えるかしら」

「いや否定しなよ! 何喜んでんだよ!!」

「え、もしかして大学生の方ですか?」

「あら嬉しい。でもごめんなさい、これでも社会人なんです」

「なるほど、お若く見えますね」

「ありがとうございます」

「って何呑気に話してんだよ! センパイも!」

 

 ユウ君につっこまれ、そういえばと思い出す。

 結構ギリギリの時間だった。

 

「すみません、このままだと遅刻してしまうかもしれないので」

「あ、引き止めてしまってごめんなさい。えっと、貴方のお名前は?」

「いや何聞いてんの!? 早く仕事行けってば!」

「自分は岸波 白野です」

「センパイも返すなって! ああもう揃いも揃って呑気すぎるでしょ!!」

「私は四ノ宮 葵です。では岸波さん、ユウ君をお願いします」

「ああ。急ごうユウ君」

「まったく。──って誰がユウ君だ!」

 

 

────>杜宮高校【1階入り口前】。

 

 

 少し急ぎ目で歩きながらの登校。

 最初はユウ君が何やら騒いでいたが、何を悟ったのか特に何も言わなくなった。

 ……そういえばユウ君が何年生か聞いていなかったな。

 尋ねようとして振り返ると、

 

「ほんとサイアク。これだから学校なんて……」

 

 なにやら呟くユウ君は、こちらを気にすることなく階段前を左折していった。1階の教室、つまり1年生らしい。自分をセンパイと呼んでいたことにも納得である。

 ……いやそもそも、何で自分の学年を知っているんだ?

 まあ考えたところで当然答えは出ず。

 次会った時に聞けば良いかと保留して、自分は2階の教室へと向かった。

 

 

──午後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 

「六月も半ば。段々と気温が上がってくる頃だねェ。今は梅雨だし、毎朝天気と気温、湿度は毎朝確認しておいたほうが良い」

 

 理科の時間、今日もマトウ先生は怪しく笑っている。

 それにしてももう梅雨か。雨が多く降り、ジメジメとした日が続く時期だ。

 梅雨前線、というものが関係しているらしい。正直な所よくわかっていないが。

 

「気温で思い出したが……クク、岸波」

「!? は、はい」

「そう構えることはない、誰もが見たことのあるものについてのクイズだ」

 

 なんだ、そうなのか。

 気温について、ということで身構えたが、一般常識的な話なら大丈夫な可能性もある。なんとかなるかもしれない。

 まったくマトウ先生も人が悪いな。

 

「小学校の時、校庭に百葉箱はあったね? 百葉箱を設置する際のルールで、正しいものが何かは知っているかい?」

「……」

 

 見たことはきっとあるが、見覚えがないんですが。

 

 

──Select──

  扉を南向きにする。

  地面から丁度1メートル離す。

 >周囲に植物が生い茂っている。

──────

 

 

 残念ながら小学校の記憶がないので即答はできない。できるのは推測だけだ。

 というかそもそも百葉箱って何だろう。話の流れ的に気温が測れるものらしいが。

 取り敢えず地面からの距離が丁度1メートルというのはないだろう。1メートルに限定する必要がない。地形的な影響で熱の溜まり方も違うから、もっと上げる必要のある地域だって出てくるだろう。小学生が対象だというなら、3・4年生の平均身長辺りの高さにでも設定しておけば、手入れも楽そうだし。

 仮に扉が南向きだと、日が差し込んでしまう。直射日光で熱を持ち、本来の気温より高い温度を観測してしまうかもしれない。

 よって答えは周囲の環境だ!

 

「クク、正解だ……常識問題だったかねェ」

 

 いや、常識がなくてすみません。

 

 璃音が不安そうな表情でこちらを見ていたが、当たって良かった。彼女も安心したように溜息を吐いている。

 やはり記憶がない、ということはこういう時に周囲を気遣わせてしまうのかもしれない。あまり大っぴらにしないようにしないと。

 

「周囲に植物が無ければならないのは日差しの反射や雨滴の跳ね返りの抑制が目的だ。そういった芝や自然植物などを育成したところを露場と呼ぶ。ちなみに気象庁のアメダス観測所の露場は,だいたい平均的な一軒家の敷地面積の半分、70㎡以上の面積を確保しているらしい。見たことのある人はいるかい?」

 

 サブローが手を挙げた。

 何にでも精通しているな、彼。

 

「フム、今後とも精進するように。それじゃあ授業を再開しよう。クク……」

 

 

──放課後──

 

 

「ねえ、今日時間ある?」

「……あれ、璃音か」

「? そうだけど……さては寝起き?」

「いや、そういうわけじゃない」

 

 放課後、珍しいことに、薄紫色の髪をポニーテールに纏めたアイドルが話しかけてきた。

 ……答えるのに間が空いたのは、まだ教室には結構な生徒がいるから。人目をまったく気にせずに話しかけてくるとは少し予想外だ。

 視線を集めるよりも重要な用事があるのだろうか。

 

「部活が終わった後なら」

「え、部活入ってたの? 何部?」

「水泳部」

「……似合うような似合わないような」

 

 なんとも微妙な反応を返された。水泳の似合う男と似合わない男の差とは。

 一応自分の名前的には水っぽいと思うが。岸からも波からも白からも海は連想できるし。

 だとしたら印象、見た目的な話か?

 璃音は自分のことを平凡だと思っているらしいから、そこかもしれない。

 

「まっ、野球とかサッカーよりは似合うかも」

 

 暗に団体競技に向いていないと言われているような気がする。

 気のせいだと思いたい。

 

「ちなみに向いているとしたら何部だと思う?」

「んー……新聞部とか、パソコン部とか」

「文化系か」

「囲碁とか将棋も強そうだけど、似合うかって言ったらビミョーかも」

 

 やはり花がないからだろうか。競い合う部活や矢面に立つ部活なんかはあまり彼女のイメージに沿わないみたいだ。

 ウーン、と首を傾げて考えている彼女に、もういいと告げる。これ以上聞いてもダメージが蓄積されていくだけだろう。

 早くどうにかして平凡というイメージから脱却しなければ。

 

「ま、予定あるならイイヤ。また今度ね」

「え、良いのか?」

「ウン、その様子だと、あまり出てないんでしょ、部活」

「……まあそうだが」

 

 他に色々とやっておきたいことがあるしな。

 一通り片付いたら積極的に参加したいところだが。

 簡単に引き下がった所を見ると、緊急の用ではなかったらしい。ますます何故話しかけてきたのか分からなかった。

 まあ、彼女の要件よりも優先させてもらったことだし、今日は集中して部活に励むとしよう。

 

 

────

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

「お、岸波来たのか!」

「ハヤト」

 

 まだ部活は始まっていない。しかしかなりの人数が揃っていて、数人はプールの中に入っていた。

 話しかけてきた男子もその1人。世話焼きでまじめなハヤトだ。

 

「泳げるようにはなったのか?」

「補助なしじゃまだ無理、あっても微妙だが」

「まあ流石にこの短期間じゃ無理か。じゃあ大会には間に合わないな」

「大会?」

「ああ、もう少ししたら部内の選考会が始まるんだ。でも流石に泳げないと……」

 

 水泳部は春・夏・秋に大会があり、それに向けた選考会を毎回行うらしい。

 1週間かけて3本の希望種別タイムを計る。その中のベストスコアとアベレージを見て、大会の出場者を決めるのだとか。

 泳げない自分にはまだ縁のない話だ。

 

「応援している」

「おう、サンキュ。次は一緒に競おうぜ!」

 

 自分も泳げるようにならないと。まずはビート板を使って、息継ぎに慣れる所からだな。

 

 

 

 

 

「うーん、身体が沈み過ぎてる。脚で普通もっと水飛沫が跳ぶもんだが」

 

 指導係の人が頭を抱えている。

 不器用で申し訳ない。

 

「ちょっとほかの人の泳ぎを見学してみようか」

「はい」

「隣は……お、ハヤト君だね」

 

 目を凝らしてスタート台を見てみると、確かにハヤトがいた。

 丁度いいから彼の動きを参考にしよう。

 

 膝を伸ばしたまま腰を曲げ、手をつま先の近くへ。

 そして次の瞬間、跳んだと思ったらすぐに鋭く着水した。

 数秒の水中移動。原理はどうやっているかわからないが、身体がクネクネ動いているように見える。真正面からだと分かりにくい。

 そして浮かび上がると、まずは両手を同時に回し、イルカのように跳ねながらレーンを進んでいく。

 ……すごい勢いだ!

 あっという間にこちら側のサイドに近づき、水中でくるりと回りながら壁を蹴って、引き返していく。

 ……なんというか、一瞬だったな。それに、上からだといまいち何をしているかがわかりづらい。

 

「どうかな、何か掴めた?」

 

 

──Select──

  いや、凄すぎてあまり……

  ばっちりです。

 >イルカの気持ちになれれば……

──────

 

 

「なれれば?」

「……何でしょうね」

「じゃあとりあえずイルカの気持ちになってやってみようか」

「えっ」

 

 

 

 溺れた。

 

 

 

────

 

 

「死ぬかと思った」

「ははっ、お疲れ」

「ハヤト、笑い事じゃないんだが」

 

 何でそんなさわやかに笑っていられるんだ。

 

「溺れるっていうことは怖いことだっていうのが分かっただろ? 泳ぎっていうのはそれを回避するための術でもあるんだ」

「……それで?」

「それだけだが」

「…………」

 

 まあ、いいか。

 それより、どうしたらうまくなれるだろうか。

 せめてハヤトの動きを横から見れたら良いんだけど。

 

「ハヤト」

「なんだ?」

 

 

──Select──

  自主練に付き合ってくれ。

  水中カメラ持ってる?

 >イルカと並走してくれ。

──────

 

 

「なんでだよっ!」

「いや、イルカにカメラ付けて撮りたいから」

「まずイルカにカメラを付けてもブレが激しいだろうし、コース破壊するだろうし、イルカ連れてきてもそんな速さで並走して泳げねえし……ってそもそもイルカを連れてくるって何だ!?」

 

 駄目か。妙案だと思ったのだが。

 なら、自主練に付き合ってもらえるだろうか。

 

「自主練? まあその程度ならむしろ喜んでって感じだ」

「ありがとう」

 

 爽やかに笑うハヤト。思ってもみないほどの快諾だ。

 最初からそう言えば良かったな。

 

「しかし嬉しいな。そんなにやる気があるなんて」

「そうだろうか。やる気のあるなしというより、やって当然って感じだが」

「やって当然、か。そうか、そうだよな……」

 

 静かに、考え込むように黙るハヤト。

 何を考えているのだろうか。

 

「……ああ、悪い。なんでもねえんだ」

「……そうか」

 

 話したくないなら、踏み込むべきでないだろう。

 でも、何か抱えていることがあるのも確かなようだ。

 解決すると良いんだが。

 

 

 少しハヤトのことが分かった気がする。

 

「ほら、今日はもう帰ろうぜ」

「ああ」

 

 家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 今日は読書をしよう。

 あまりにも手芸へ興味が傾いた結果、先に1冊読み終わってしまったが、よくよく考えてみれば期限付きのこちらが最優先に決まっている。

 という訳で、“3年F組・金鯱先生”を読むことに。

 

 物語は終盤、 金鯱先生と3年F組の生徒たちは、互いに涙を流しながら想いの丈を語る。

 それはこれまでに培ってきた絆の言葉だった。

 生徒のことを想い、彼ら彼女らの真の幸福を願う先生と、願われているからこそ道を譲らない生徒たちのやり取りに心を打たれる。

 何があっても自分の信じる正解へと進み続ける根気と、互いを思いやる不器用な優しさを強く感じた。

 

 本を閉じる。

 “3年F組・金鯱先生”を読破した!

 

 

 ……今日はもう寝よう。

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが3に上がった。
 
 
────
 

 優しさ +1。
 根気  +4。
  
 
────


 謎のイルカ推し。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月14~17日──【杜宮記念公園】璃音「あれ、いない……? もう帰ったのかな」

 

 閲覧ありがとうございます。
 書こうと思ったらできました。
 短いですけど。


 

 

「スケボー体験?」

「そうなんです。この前コウ先輩と行って……岸波先輩も良かったら一度行ってみてください!」

 

 

 登校中に偶然出会った空からそんな話を聞き、少し興味があったので放課後さっそく来てみた。寧ろ急いで来てしまった為、周囲に高校生らしき人影はない。息を切らしている自分の姿が、少しおかしく思えてしまう。

 ……まあ、いいか。

 杜宮記念公園の売店の前を右折した広場。そこに専用のコースがいくつも広がっている。存在自体は、来訪初日から知っていたのだが、こうしてきちんと覗くのは初めて。

 いったいどんな感じなのだろう、楽しみだ。

 さて、何にせよまずは受付を済ませなければ。

 

「お、いらっしゃい。見ない顔だな、初めてかい?」

 

 事務所のような建物に入ると、男性が出迎えてくれた。

 レジが併設されたカウンターらしき場所と、ボードやその他よく分からない道具が多く飾られたスペースと、の2領域に室内は分かれている。

 取り敢えず、マスターらしきこの人物に指示を仰ごう。

 

「はい、初心者なんですけど、レンタルとかってできますか?」

「出来るよ、ほれ。そこにあるものの中から好きなのを選びなさい。フリータイムで1回800円だ」

 

 借り受ける前に怪我についての注意書などを渡され、サインをしてからまずプロテクターを付ける。その上で複数あるボードの中から1つを選ぶらしい。

 取り敢えず手を伸ばした先には、真っ黒なボードがあった。

 ……いや、ここでこういった無難に見えるものを選ぶから、平凡だとか言われるんじゃないか?

 迷った末1つ隣の、黒いボードに白丸で目と口が書かれたものを手に取る。

 

「……うん、我ながら良いセンスかもしれない」

 

 何よりも、これで誰から見ても平凡そうとは思われないだろう。

 心晴れやかに、初心者コースへと向かった。

 

 

 初心者コースには小さな台と反った坂があるくらい。遠目に見える中級者コースなどにある谷やバーなどは存在しなかった。少しだけ安心する。

 さて…………1人だと心細いな。

 

「サクラ、少し良いか」

『はい、異界探索ですか?』

「いや、スケボー」

『……はい?』

「良いから、見ていてくれ」

 

 サイフォンを、カメラだけきちんと出るように胸ポケットに入れる。

 そのまま、取り敢えず片足を板に乗せて蹴って見ることにした。軽く。

 数回繰り返してみて、何となく両足を乗せても大丈夫なくらいにはなってきた。

 

「どうだ?」

『え? いきなりどうだと言われましても……』

「きちんと漕げているかなって」

『……動画サイトに上がっている動画を提示しますね』

 

 すぐさま、初めて見る男性が凄い技を繰り広げる動画が再生され始める。

 まあこれはこれで凄いのだが、今の自分にとってはまったく参考にならない。

 

「そういうのじゃなくて、漕ぎ方とかどう感じるかとか」

『申し訳ございません、私は感情を搭載していませんので、お答え仕兼ねます』

「……そうか」

 

 高機能AIとはいえ、感想を聞くのは難しいみたいだ。

 ならば、どうしたものか。

 

「こういうのはどうだ。実際のレクチャー動画と見比べて、動きが変なところがあるか検証する、とか」

『あ、そういうことでしたら可能ですね。では準備をしますので、サイフォンを先輩が見えるような位置に立て掛けてください』

「ああ」

 

 近くの坂に、カメラが全身を捉えられるように置く。

 周囲に人は……よし、居ないな。

 

「行くぞ……っ」

 

 先程掴んだ感覚で、少しだけ速度を出した状態で乗ってみる。

 少しぐらついた。

 

「何か変な所あったか?」

『変、というかは分からないですけど、その、乗った時の膝が伸びっぱなしの所とか、姿勢とかは動画との間に差異がありました』

「うん、それを変って言うんだ」

『……覚えておきますね』

 

 しかし、膝か。伸びていておかしいと言うなら本来は曲げるべきなのだろう。

 やってみるか……

 

『あと、1つだけ良いですか、先輩』

「?」

『初心者はいきなり漕ぐよりも、乗り方などを別で練習した方が良いそうです』

「……そうなのか」

『あの、不必要な情報でしたか?』

「いや、サクラが居てくれて助かった。もう少しだけ付き合ってくれ」

『……はい。私で、良いのでしたら』

 

 その後もしばらく練習したが、そんなに劇的に上手くなる、なんてことはなかった。

 今後も何度か通ってみよう。お金に余裕があれば、だが。せめて今日の体験を忘れない内に。

 

 

──夜──

 

 

 

 

 ピンと来た。

 

 

 

 

──6月15日(金) 放課後──

 

 

────>コスプレショップ【ピクシス】。

 

 

「えっと……これ、作るの?」

 

 コスプレショップの店主さんは、自分の書いたデザイン案を見て尋ねてきた。

 昨晩思いついた傑作である。あのスケボーから着想が得られたのだ。

 やはり色々なものに挑戦する、ということは大事だと痛感した。こんな発見があるなんて、一昨日までの自分は思いもしていなかっただろう。今度話を聞かせてくれた空にはお礼をしなければ。

 

「はい。お願いしてもいいですか?」

「え、ええ……これくらいなら5日もあればできる、はず」

「じゃあお願いします」

「……あの、本当に良いの?」

 

 値段的な話だろうか。

 だとしたら問題ない。服に関しては必要経費だ。

 

「はい、できたら2枚ください」

「……分かったわ、腕に縒りをかけて作るから」

 

 それは嬉しい。期待できる。

 初のデザインTシャツだ。良いものになると良いな。

 

 さて、時間も余ったしバイトでもしていこうか。

 今日なら確か、ゲームセンターのバイトができるはずだ。

 

 

 

──夜──

 

 

「……そろそろ、安物のテレビくらいなら買えるかもしれない」

 

 バイト上がりに貰った給料袋の中身を取り出し、財布の中身と合わせて机に並べる。

 安物のテレビを買ってお釣りがくるところまで、ようやくたどり着いた。

 もう少し余裕を持てれば、あとは機を伺うだけだろう。これからは色々な情報に注意していかないといけない。お買い得情報を一度見逃すだけで、首が閉まると思わなければ。

 まあ、もっと余裕は持っておきたい。これからも積極的にバイトを続けていこう。

 

 今日は……昼にアルバイトをしたし、勉強しよう。

 明日と明後日、つまり今週の土日は神山温泉に向かうつもりだ。学校もない純粋な連休に、がっつり働かないという選択肢もない。問題があるとすれば、人手が余っていて雇ってもらえない可能性があることくらいか。

 ……まあ、仮に雇ってもらえなかったとしたら、別の事をすればいいだけの話か。

 気楽に行こう。

 

 

 




  

 度胸  +2
 優しさ +4。
 >優しさが“かなり鈍感”から“ふつうに優しい”にランクアップした。
 根気  +2。  
 
 
────


 多めに優しさが上がっているのは、土日分の温泉バイトのおかげ。
 バイトしているだけなので、描写は省きます。

 次回更新はまた五日後、日曜日で。

 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月18日──【教室】(ネタバレ)璃音→白野 返信時間 22時30分

 

 閲覧ありがとうございます。




 

 

『ゴメン、今日の放課後は時間あるかな?』

 

 昼休み、ご飯を食べていると、サイフォンが振動した。

 送信者は久我山璃音。

 ……そういえば、先週も何か自分に用事があるような素振りを見せていた。もっと早く、こちらから声を掛けるべきだったかもしれない。とにかく、今日の放課後は璃音と一緒に過ごすか。

 快諾の返事を送り、サイフォンをしまう。

 さて、それじゃあ今日の予定も決まったし、ご飯を──

 

 

 ──ガタッ!!

 

 

「ど、どうしたのリオンちゃん、急に立ち上がって」

「ふ、震えてるよ……? 風邪? 保健室行く?」

「~~~~~っ! だ、大丈夫、大丈夫だから!!」

 

 急に大きな音が響いて来て驚いたが、どうやら璃音が急に立ち上がった所為らしい。どうかしたんだろうか。

 

『大丈夫か、具合が悪いなら日を改めても良いぞ』

 

 心配なのでこれくらいは送っておこう。

 

「いや何で!?」

 

 返ってきたのは悲鳴だった。

 

 

──放課後──

 

 

 授業が終わり、鞄の中に教科書を詰めていると、身体の後ろで手を組んだ璃音がこちらにゆっくり歩いてきた。

 

「あ、あのさ、今日は……」

「ああ、どこに行く?」

「~~っ!」

 

 ? 急にガッツポーズし始めたが、何なのだろうか。

 

「どうした?」

「え、ああ、ウン。まあその……ほら、先週から全然捕まらなかったから」

「そうか?」

「そうだよ! 木曜も金曜も授業終わるなりすぐ出てっちゃうし!」

「……そういえば」

 

 確かに木曜は早くスケボーがしてみたかったし、金曜はTシャツのデザインをいち早く持っていきたいと焦っていた。

 そうか、それは悪いことをしたかもしれない。

 

「でもそれなら、今日みたいに連絡してくれれば」

「……良いから、いこっ!」

 

 ……まあ確かに、ここで話しているのも時間が勿体ないか。

 会話なら歩きながらでもできる。移動を開始しよう。

 

 

────>ブティック【ノマド】。

 

 

「来たかった所って、ここか?」

「ううん、ここはついで」

 

 ついで?

 

「せっかくだし、男子の服でも選んでみようかなぁって」

「……自分の?」

「そ。こんな機会じゃないとこういうの出来ないし、キミが適任だったからさ」

「適任……」

 

 どういう意味でだろうか。

 璃音が自分に抱いているイメージといえば……認めたくはないが、平凡、という言葉で片付く。つまりその……平凡だからできる、ということか。

 

「さっぱり分からない」

「ふふっ、良いから大人しくしときなさいって。アイドルにコーディネートしてもらえるなんて、ファンだったら……ず、ず……必髄ものなんだから!」

「……垂涎?」

「…………どっちでも良いでしょ! ほら、さっさとコッチに来る!」

 

 まあ確かに、喜んでもいいところだろう。身近にアイドルが居なければ、絶対にしてもらえない経験だ。

 でも少し、本当に少しだけ複雑でもある。自分の力で彼女には“平凡じゃないこと”を認めてもらいたかったから。おしゃれだってそうだ。何よりもまず、自分のセンスであっと言わせたかった。

 まあ今日は、勉強させてもらうとしよう。

 きちんとした服を着れば、平々凡々な自分から脱却できるということが証明できるなら、それもまたいい経験となるはずだから。

 

 

────

 

 

「うーん、地味、かなぁ。次」

 

 

────

 

 

「なんかピンと来ないなぁ。次」

 

 

────

 

 

「あれー……? ま、まあ、次……」

 

 

────

 

 

「ううううっ……………次」

 

 

────

 

 

「……うん、止めよっか」

「……璃音」

「いやー……──っていうかホラ、そろそろ本題に入りたいし、そろそろ出よ、ねっ!」

 

 

 ……ちくしょう。

 

 

────

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

 強引に店外へと追い出され、次に連れてこられたのは近くの珈琲店。

 ここに下宿している柊はいない。今日はシフトではないらしい。

 

「この前の誕生日会は盛り上がったネ!」

「ああ、そうだな」

 

 そういえば、前回訪れたのは柊の誕生日と空の歓迎の合同会の時か。

 とても楽しかった。みんなでわいわい騒ぐ、というものの楽しさを、初めて知った気がする。

 こうして友人と1対1で楽しむ、というのもとても良い時間だ。しかしああいう風に大勢で集まる機会ももっとあれば良いな。

 

「特に最初のアスカがキョトンとした顔! 写真に撮っておけば良かったなー」

「自分は後ろ姿しか見ていなかったが、そんなにレアな表情だったのか?」

「ウンウン、目がぱっちり開いてて、口が半開きになってた。本当に可愛かったんだって!」

「そうなのか。自分も見ればよかったな」

「損したねー……ううん、こっちが得したってカンジかな。ホント、協力してくれてアリガト!」

 

 朗らかな笑みを、彼女は浮かべる。人を(ファン)にする、素敵な笑顔。

 ……それが言いたくて、わざわざ?

 恐らく違うだろう。お礼だけだったら、もっと早く言いに来ているはずだ。少なくとも久我山璃音は、そういうのを後回しにする人間には見えない。

 だとしたら、本題はこの後だろう。

 

「それでさ、どうだったの?」

「何がだ?」

「あれからアスカと仲良いみたいじゃん。後押しした身としては気になってて」

「後押し?」

「忘れられてる!?」

 

 ……ああ、そうか。そもそも彼女が勇気を出して、柊に声を掛けたのがきっかけ。その時に自分と柊の間にも約束が生まれて、気軽に声を掛けて良いのだと感じたのだ。

 まああの後柊との間にも色々あったからな。ペルソナでの戦闘を見せてもらった後、厳しめな忠告を受けて、彼女の優しさを知り。彼女の協力者と話すことで、普段見えていなかった面も知り。

 彼女と仲が良い、と断言できるほど彼女を知っていないし、共に過ごしたわけでもない。しかし、もっとこの人と向き合っていこう、というように思えるようになった。

 そしてそれは間違いなく、

 

「璃音のおかげだ」

「──え」

「璃音が勇気を出して声を掛けてくれたから、歩み寄れるようになった。本当に助かったよ」

「……そっか」

 

 最初は驚いたように小さく開けた口を、今度は横に広げて。

 

「そっかぁ」

 

 心底嬉しそうに、弧を描かせた。

 

「じゃああたしも、アスカともっと仲良くならないと!」

「ああ、お互い頑張ろう」

 

 

 もっとも彼女なら、すぐに仲良くなれると思うが。

 その明るさ、優しさは、人を惹き付けられるものだ。

 これが、アイドルの素質か。

 

 少し、璃音のことが分かった気がする。

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

「それじゃ、今日はアリガト」

「いや、こちらこそ。楽しかった」

「楽しかった……?」

「? 何で驚く?」

 

 何か変なことを言っただろうか。

 ひょっとして、つまらなかったとか?

 と思ったら、璃音は急にしゃがみ込んだ。

 

「え、あれ、まって。……え。ひょっとして今日のって……あ、ああああああ……」

「え、どうした」

「……う、ううん、何でもない」

「何でもないって、そんな」

「何でもないの! じゃあね!」

 

 

 ……走り去ってしまった。

 顔が赤かったが、大丈夫だろうか。まだ21時前だし、帰れないということもないだろうが、少し心配だ。

 ……念のため連絡入れておこう。

 大丈夫か、と。

 

 

 

 

 

『大丈夫、アリガト。あたしも楽しかったよ、今日ので・え・と』

 

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山璃音”のレベルが2に上がった。
 
 
────





 恋愛コミュって総じて恋愛雑魚のイメージ。
 いやでも、女教皇ほどでもないか……うん。
 あ、一応言っておくと、璃音に恋愛感情はありません。今の所。
 まだコミュランク2ですし。
 ……え、こいつまだ2なのか。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月19日──【教室】隣のクラスのカレンさん

 

 また、やってしまった……




 

 

「さて……」

「ふむ。ザビ、もう帰宅か」

 

 終業のチャイムが鳴り早々に帰り支度を終えた時、サブローが話しかけてきた。

 

「いや、ちょっと七星モールに」

「ほう……フフ、ザビも着々と同志になりつつあるな」

 

 同志? 何のことだろうか。

 

「それよりも、どうしたんだ。話しかけてくるのは珍しいな」

「なに、興味深い本が来週発売になることを伝えておこうかと」

「……何故自分に?」

「何故、とは……お前が他にも本を紹介しろと言ったのだろう」

 

 そういえば、そんなことも言った気がする。

 わざわざ教えに来てくれたのか。とても有り難い。

 

「それで、その本は?」

「ああ、科学白書というシリーズでな、今回は情報科学の“7月号・最先端AIと映画”という」

 

 教えてもらったタイトルをそのままメモする。

 AIについて、か。確かに興味あるな。

 

「ありがとう、読んでみる」

「発売は“6月23日”だ。フフ、語れる日を楽しみにしているぞ」

「ああ、自分も楽しみだ」

 

 6月23日。忘れないようにしないと。

 

「時間を取らせたな。さあ、早く聖地へ行け、ザビ」

「あ、ああ、行ってくる」

 

 所で、そのザビってあだ名はどうにかならないのだろうか。

 

 

────>コスプレショップ【ピクシス】。

 

 

 昼、一通の告知が届いた。

 

『ご注文頂いた商品が届きました。1週間以内に取りに来てくださいますようお願いします。

                ピクシス』

 

 コスプレショップのピクシスで注文した物。間違いなく、アレだ。

 放課後を告げるチャイムが鳴るのを、今か今かと待った。

 そうして、ついに。

 

「すみません、注文していた岸波ですけど」

「あ、はい。お待たせいたしました。こちらが──」

 

 受付のお姉さんが、後ろの棚から出した黒い布を広げる。

 

「──ご注文の、“Tシャツ”です」

 

 それは、黒いTシャツだった。

 真っ黒で、3点を除けばなんてことない、無個性で無地なTシャツ。

 逆に言えば、3点──その両目と口の存在が、個性的。

 

「お間違いないでしょうか」

「はい、大丈夫です」

 

 良かった。

 これで普通だ無個性だと言われ続けた日々も終わり。

 なんだか寂しい……なんてことはないが、まあ感慨深いのは確かかもしれない。

 

 

────>七星モール【1階】。

 

 

 さっそく袋に入れてもらい、七星モールを後にしようと階段を降りた時、見覚えのある制服を見つけた。

 杜宮学園の生徒で、けっこう見覚えのある少女だ。廊下で見かける機会が多いので、恐らく同学年の女子なのだろう。

 彼女は七星モールに入るなり、まっすぐ入口すぐ横のお店へと向かって行った。

 買い物だろうか。通るついでに少し見てみる。

 どうやらレジにいる女性と話し込んでいるみたいだ。何やら随分仲が良さそうだが……というより、よくよく見れば似ている気が。

 

 興味深さに足を止めて観察していると、女性の方が自分に気付いたらしい。女生徒にも声を掛けて、彼女が振り返った。

 小走りで駆け寄ってくる。

 

「ハーイ、ザビ!」

「人違いです」

 

 人違いであってほしい。

 

 

────>輸入雑貨屋【ウェンディ】。

 

 

「岸波白野です」

「こんにちは、カレンの母の、キャサリンです」

 

 カレン──名前を聞いて思い出した。兼ねてより話がしたいと思っていた、外国籍の少女。柊のような帰国子女ではなく、アメリカ生まれでアメリカ育ち。それが彼女、明るく楽しい人と評される、2年C組のカレンだ。

 容姿は金髪で碧眼。全体的に色白で、とても綺麗な顔立ちをしている。なんというか、生粋の外国人という感じ。璃音に聞いていた通りの風貌だった。

 確か、母親のキャサリンさんがアメリカ人で、父は日本人、所謂ハーフらしい。日本語も一応話せるらしいが、日本の文化を誤解している節があるとか。ここら辺は洸から聞いている。あとは、母親が何かお店の店主をやっているとかも教えてもらったが。

 

「お母さん、ここで働いているのか」

 

 輸入雑貨店、なるほど。

 

「ワタシもネ!」

「カレンもここでバイトを?」

「アルバイトじゃなくて、お手伝いだヨ」

「なるほど」

 

 何が違うのかと思ったが、雇用関係とか給料が云々とかいう話はない、ということを伝えたいのだろう。多分。彼女からしたら、娘として家族を手伝っているだけ、みたいな感じだろうか。

 ……なんて偉いのだろうか。

 

「孝行娘だな」

「コウコウ……? ンー、よく分かんないケド、コウは関係ナイよ?」

「コウ?」

「コウ」

「コウって何だ?」

「コウはトモダチ、知らない?」

「友達……」

 

 友達、ということは人の名前か。

 コウ、コウ……洸! 時坂 洸!

 

「いや洸のことじゃなくて、孝行娘って言うのは、家族を大切にしている娘ってことだよ」

「う~ん、やっぱ日本語ムヅカシーね。でも、勉強になったヨ」

 

 しっかりとメモする彼女。開いた拍子に中が垣間見えたが、びっしりと色々なことが書いてあった。真面目さが見て取れる。

 それもそうか、彼女にとって日本は異国。知らないことだらけだし、覚えないといけないことも多くて大変だろう。

 その苦労は、自分の比ではない。自分は最初0だったから、覚えるだけでよかった。だが彼女は、違う知識や経験を持っている状態から、まったく別の事を覚えようとしているのだ。常識やイメージが先行して邪魔してしまうことも多いだろう。

 本当に、頑張って過ごしているんだな。

 

「カレン、何か困ったことがあったら相談してくれ」

「……こ、これはもしかして、“ブシドー・マインド”……!」

「え」

「困ってるヒト、女子どもにシンセツ! ワタシも見習わないと! ザビも、トラブルがあったらいつでも相談だヨ!」

「目下のところ困っているのは、ザビと呼ばれることくらいだな」

「?」

「ぜったい理解してない……」

 

 というか、ブシドーマインドって何だ。

 少しよく分からないが、今後付き合っていけば、きっといつかは分かるだろう。カレンも自分に興味を持ってくれたみたいだし、これからお互いに詳しくなっていけば良い。

 新たな縁の息吹を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“太陽” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 その後も少し話したが、いつまでも仕事の邪魔をするのも申し訳ない。

 帰ることにした。

 

 

──夜──

 

 

「またやってしまった」

 

 目の前にあるのは、2冊の本。

 図書館で借りた、“今日返却日だった本たち”だ。

 ……読み終わらないだけでなく、延滞してしまうなんて。

 明日絶対に返さなければ。

 

「取り敢えず、今日は読める所まで読んでしまおう」

 

 “3年F組・金鯱先生”は読了済みだ。

 残る本は、“エジプト神話の偉大なる神”。時坂のペルソナ、ラーについて調べようとしたんだった。

 さっそく読んでみよう。

 

 エジプト神話、古代エジプトが発祥の神話の中において、ラーは最初にして最高の太陽神として考えられているらしい。他の神々を生み出したり、色々姿形が変わっていたりするが……とても難解だ。

 だが、今の知識量なら、あと1日使えれば読破できる気がする。

 

 取り敢えず、もう1回連続で借りられるか確かめる所からだな。

 あと、しっかり謝らなければ。

 

 




 
 
 コミュ・太陽“同い年の外国人”のレベルが上がった。
 太陽のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────
 

 知識  +2。
 >知識が“物知り”から“秀才級”にランクアップした。


 
────


 白野が買った(作った)Tシャツは、Foxtailの3巻あたりからずっと着てるあれ。生地は黒っぽいけど、顔は何色なんだろうか。
 カレンのキャラを掴み直そうと1日更新を遅らせました。
 嘘です。日にち間違えただけです。
 ともあれこれでインターバル3も終了。次話からは、新たな章の幕開けです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 僕を見ろ(Gratis and Precious)
6月20日──【杜宮記念公園】両の手を伸ばして掴めたものは


 

 4章開幕です。



 

 

 ……なんかいる。

 

 マンションの出入り口にいる黒い影は……普通の男性か、スーツ姿の。

 しきりに時計を気にするような仕草をしている。まるでだれか待っているようだ。

 あ、その男性に近づく人がいる。

 ……あれは、ユウくんの姉の葵さん?

 どうやら仲良く話しているらしい。歳は離れていそうだから、恋人というより親子だろうか。上司と部下かもしれないが。

 どうしよう、話しかけるべきか。

 いや、少なくとも挨拶だけはしておくべきだろう。

 そう決めて歩き出そうとした瞬間、隣を面識のある男子生徒が通り過ぎて行った。

 

「──なんでいんの?」

 

 その男子──ユウ君が思いっきり不快感を滲ませた声を出す。

 やはり知り合いか。

 

「フン、私だって来たくて来たわけではない」

 

 男性も不快そうな表情と顔で応える。

 ……良くない雰囲気だ。

 

「で、何の用?」

「お前が何をしてるか興味はないが、出席日数が足りないとはどういうことだ。まさかあれだけ豪語して家を飛び出しておきながら、学校にも満足に通えんのか」

「ハァ? その眼は節穴なワケ? それとも老眼? 学校ならこうして通ってるでしょ」

「お前こそ、栄養が脳に行ってないのか、それとも単純な愚かさか。出席日数のことを言っているに決まっている」

「まあまあ2人ともそのくらいで」

 

 葵さんが間に入る。

 入らなかったら殴り合いになりそうな雰囲気だったな。

 

「これ以上休んだら家に戻すからな」

「勝手に言ってなよ。ボクが稼いだお金で過ごしてるんだ。文句言われる筋合いはないけどね」

「ちょ……ユウ君! お父さんも!」

 

 お父さん、と葵さんは言った。

 つまりユウ君と葵さんの親族なのか。

 それにしてもいまのユウ君の言い方的に、いろいろあって1人暮らしをしているみたいだ。

 異様な仲の悪さといい、気になることも多い。次に下で会った時は聞いてみようか。

 

 

──放課後──

 

 

 本を返却した帰り道──なお今回は一冊だけ借り直し、新たに本を借りることは辞めた──に1階廊下を歩いていると、階段前で亜麻色の髪の同級生とすれ違った。

 鞄を持って降りてきた所から察するに、これから帰りなのだろう。

 彼女はこちらを一瞥し、あら、と零す。

 

「こんにちは、岸波君」

「ああ、こんにちは柊、今日も見回りか?」

「……ええ、じゃあこれで」

 

 ……止める暇なく行ってしまった。1人で行くつもりだろうか。

 いや、そのつもりもなにも、彼女はもともと独力で行動していたのだろう。異界探索のプロ。他人を巻き込まず、誰に気付かせる訳でもなく、異界を沈めて歩く人に付けられた称号らしいから。

 だが心配だ。どれだけ強くても、1人で行動する以上、どうしても気にかかる。断られることを承知で強引に着いていけば良かったな。

 しかしこの広い街を単独で、か。力になれるかは分からないけれど、自分も注意して見回りとかしてみようか。色々な場所へ赴くのは変わらないのだし。とはいっても柊とは違い、1人では満足にできないだろうから、誰か誘ってでも。

 

 そんなことを考えながら自教室へ向かう。鞄を取ったついでに周囲を見渡すと、璃音の鞄はもう机になかった。彼女ももう帰宅したらしい。

 洸はまだ残っているだろうか。

 

 2つ隣の教室へ向けて歩いていると、目的地であるB組教室前に、見知った女子生徒の姿を見つけた。

 向こうもこちらに気付いたらしい。ジャージ姿の女子──郁島 空は笑顔で話しかけてくる。

 

「あれ、岸波先輩、こんにちは!」

「空、こんにちは。洸に用事か?」

「いえ、今日はアスカ先輩をお誘いに。岸波先輩は?」

「自分は洸を探しにな。柊ならさっき帰って行ったぞ」

「ええっ!? そうなんですか……うぅ……残念です」

 

 肩を落とす後輩。しかし柊を誘いにくるなんて、ずいぶん仲が良くなったんだな。

 しかし、服装を見るにこの後は部活なのでは。

 

「あ、いえ、少し運動しようと思ったんですけど、空手部の先輩たちはみなさん予定があるみたいで。せっかくですし、お誘いしようかなって」

「なるほど」

 

 ジャージにまで着替えて準備万端、という感じだ。

 でも、教室にお目当ての姿はない。宛が外れた形になった、と。

 

「なら空は暇なのか?」

「暇……そうですね、時間は余ってます。どこか行きますか?」

「ああ、街の見回りに行こうかなって」

「見回り……行く、行きます!」

 

 なんか、とてもやる気だ。どうしたのだろう。

 

「……いえ、実はその、あれ以来声を掛けて下さらなかったので、頼りにされてないのかな、とか思ってました」

「そんなことはない、頼りにしている」

 

 そう思わせてしまったのは、自分の失態だ。

 今までなら戦闘の流儀や立ち回り、属性相性などを確認する為に異界へ赴くのだけれど、色々あって後回しになってしまっていた。

 しかし、そういうことなら。

 

「今から行くか」

「えっ」

「異界」

 

 ペルソナの確認とかもしておかないといけないし。

 

 

────>【翠の小迷宮】。

 

 

 駅前広場に顕現している、脅威度の低い異界へとやって来た。

 空は少し緊張した面持ちである。あんなことがあった後の初異界。無理もないが。

 

「じゃあ早速、ソウルデヴァイスの確認をしよう。出し方は分かる?」

「えっと、大丈夫、だと思います。なんか“ここにある”って感覚が、多分そうなんですよね」

「ああ。じゃあ、好きなタイミングで呼び出してみてくれ」

「はい!」

 

 すぅー、はぁーと大きな深呼吸を一度。

 凛々しい瞳で一度まっすぐ前を捉え、静かに双眸を閉ざす。

 腕を胸の前で交差させ、もう一度深呼吸。

 ──すると、合わせた両腕が金色の光を纏い、強く発光し始めた。

 

 

「轟け──」

 

 

 目を開き、腕を胸前から開放する。

 輝きを纏ったままの両腕を腰まで引いた後、その光ごと右拳を前方へ振りぬく。

 正拳突きを放った衝撃で輝きが離れるのと同時、輝きの中から、金属に覆われた腕が出て来た。

 その勢いを活かし、身体を反転。こんどは裏拳で、左手に宿った光を払う。

 その左手にも、金属具がついている。

 両手についた金属は、手甲のような形をしていた。

 

 

「── ”ヴァリアント・アーム” ッ!!」

 

 

 空手に打ち込んできた、彼女らしいソウルデヴァイス。

 腕を覆うことで、攻防の要を腕のみに集約する。

 

「これが、わたしのソウルデヴァイス……わたしだけの、闘う力」

「ああ、空の力だ」

「……ッ!」

 

 嬉しかったのか、何度も何度も素振りをする彼女を見ながら、考える。

 自分のソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”は防御型。柊の“エクセリオンハーツ”は、万能的な攻撃型で、洸の“レイジング・ギア”は範囲攻撃型。璃音の“セラフィムレイア―”は攻防に振れない特殊型だとすると、速度と攻撃力が高い純粋な攻撃型は初めてとなる。

 作戦の幅が広まりそうだ。

 

「あ、すみません岸波先輩! 夢中になってしまって」

「いいや、時間はあるんだから気にするな。満足したなら、次はペルソナの召喚に移って欲しい。出し方は、サイフォンにソウルデヴァイスを格納させて、システムを起動させるだけだ」

 

 言っていて難しいことのように感じたので、1から説明する。

 順序だてて説明したことが功を奏したのか、彼女はたった数分で、召喚をものにした。

 

 

「うなれ──“セクメト”!」

 

 

 左手に持ったサイフォンへ掠らせるように、身体の正面で、手を交差させる。そのまま通り過ぎた右腕を戻し、サイフォンの画面上に指を滑らせた。

 彼女を中心に突風が巻き起こる。

 空の後ろに現れたのは、獅子の頭に赤い球体を乗せ、それでいて青と玄の縞模様が入ったマントを羽織っている女性。

 その名をセクメト、先日呼んだエジプト神話にも出て来た神の一角である。

 

 

「はぁ……はぁ……でき、ました……」

「ああ、見ていた。凄かったよ」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 実際に凄い迫力だった。この風格なら即戦力としてより一層の期待が持てそうだ。

 

 

 詳しく聞いてみると、“セクメト”が使用可能なのは、風属性の技、“マハガル”と“ガル”。物理系の“アサルトダイブ”に“逆境の覚悟”らしい。

 うん、ガチガチの攻撃系だ。

 怒らせないようにしよう。

 そんなことを内心で考えてしまったが、顔に出さずに話を進めた。

 後は実戦で試していくだけだ。

 

 

 

 

────>杜宮記念公園【杜のオープンカフェ】。

 

 

 探索がある程度終わり、空の戦闘の呼吸などについても大体掴めてきた所で、切り上げることにした。

 そのままの足で記念公園へと赴き、空いた小腹に軽食を流し込む。

 

「岸波先輩って、この辺りに住んでるんですか?」

「ああ、そこだな」

「そこって……あ、あの大きなマンションですかっ!?」

「ああ、そうだけど」

「す、凄いですね!」

「自分が凄いわけではないけどな」

 

 凄いのは、自分に出資してくれた北都の人たちだ。

 今、自分はその恩に報いる程の行いができているだろうか。そこへ近付けているのだろうか。

 

「……空は商店街の脇道にあるアパートだったか?」

「はい、そこで1人暮らししてます」

「前の調査で行った時、色々な話を聞けたよ。近所の人たちに愛されているんだな」

「あはは……本当にありがたいです。商店街の人たちだけでなく、空手部の皆さんも、この同好会の皆さんも、クラスメイトの皆さん、教員の皆さん、みんなみんな、とてもよくしてくれています」

 

 心の底から穏やかな表情で、彼女は笑った。

 それは、とても魅力的な微笑みだった。

 それを一目見るだけで、今の彼女の幸せが手に取るように見える程。

 

「それは、良かったな」

「はい!」

 

 こんな素敵な笑顔になれるなら、自分もご近所づきあいに精を出してみたくなる。今では少し気後れしてしまっているところもあるからだ。

 気付かされた。この町での生活を楽しいものにしたいなら、自分のすぐ近くから働きかけていくべきだと。

 

 そう思うと、自分のご近所……あ、ご近所といえばユウ君や美月も該当するのか。

 でもそうだな、まずは同年代から攻めるべきだろう。

 

「……さて、良い時間だった。良ければまた一緒に」

「あ、そこまで一緒に行きます!」

「そうか?」

 

 自分も彼女も食べ終わっていたので、特に気を遣うことなく立ち上がって歩き始めた。

 いや、年上を送らせている時点で、気を遣わせてしまっている気もするが。

 

 マンションの前まで近づく。

 

「──、────!」

「────ッ!!」

 

 ……? どうしただろう、いつもに比べて少し騒がしい気がする。

 

「だーかーらー! 必要ないって言ってんだろ!」

「そういうのは1人ですべて出来るようになってから言え。学校にはろくに行けず、家事は葵に手伝ってもらう始末。お前は、家を飛び出した所で何も成長していないし、何も為せていない」

「はっ。今為してるところだっての。家事は姉さんが勝手にやってること。頼んだ覚えはないし、自分だけでもしっかりできるね。学校に行ってない? あんなの、行く必要がないから行ってないに決まってんじゃん。時間の無駄だっての」

「そう言ってまた逃げるのか。本当に成長しないな、愚息」

「っ……言わせておけば!」

 

 朝の親子が言い争っていた。

 制服姿と、スーツ姿で。

 

「岸波先輩、あれは……」

「多分、親子喧嘩だな」

「ですね。それにしてもあの右側の子、どこかで見たような」

「彼はユウ君。空と同学年だ。あまり学校には行っていないらしいから、知らなくても無理ないと思う」

「あっ! 廊下ですれ違ったことあります!」

 

 そんな話をしている最中も、彼らの口論は止まらない。止めるべきだろうか。ほとんど無関係の自分が。

 あれ、止めるといえば、今朝仲介役をしていた葵さんは何処に……?

 

「あら、岸波君?」

 

 声を掛けられ、後ろを振り向くと、ユウ君のお姉さんである葵さんが、葱のはみ出たエコバッグを片手に立っていた。

 

「こんにちは、葵さん」

「もしかして、ユウ君と遊びに来てくれたの!?」

「いえ、自分の家もここなので」

「あ、そういえばそうだったね。せっかくだし、一緒に鍋でもどうかとおもったんだけど」

「あはは、すみません。今日は遠慮しておきます」

 

 この時期に鍋……暑くないか?

 でも、家族で摘まむのなら良いのかもしれない。

 

「……あら、そちらの子は?」

「ああ、学校の後輩です」

「こ、こんにちは! 郁島 空です!」

「こんにちは、四宮 葵です」

 

 空が深々と頭を下げると、それに合わせて葵さんも深く頭を下げる。

 できた大人だ。

 

「学校の後輩ってことはもしかして、ユウ君と?」

「そうですね、同じ学校の、同学年にいる生徒ということになります。クラスは違うみたいですが、面識もあるみたいです」

「! 郁島さん! ユウ君をぜひお願いね!」

「え、は、はい!」

 

 

 なんのことかは分かっていないのだろうが、勢いよく葵さんが空の手を取って頼み込んだ結果、了承のような返事が漏れてきた。

 ……まあでも、悪いことではないし、いいか。

 

「あ、そうだ。そのユウ君なんですけど」

 

 放っておいて良いんですか。と尋ねる。

 入口では、まさに絶頂ともいえるほど議論をヒートアップさせた両者が、それでもまだ口喧嘩を続けていた。

 それを見た葵さんも、大変急がなきゃ、と自分たちに別れの挨拶をして走り出す。

 

 ──だが、ここでヒートアップした所に葵さんを向かわせたのは、間違いだったのかもしれない。

 

「ユウ君、お父さんも、それくらいで」

「葵、帰ってたのか……だいたい、葵が甘やかし過ぎたのも原因だ!」

「えっ」

「ね、姉さんは関係ないだろ!」

 

 ユウ君の声色がいっそう荒立った。

 

「関係ないものか。昔からお前の足りないところを勝手に補っていたのは葵だ。その過剰な構い方のせいで、自分がなんでも1人で出来ると思い込ませてしまった」

「だってほら、家族だし、ユウ君可愛いもん。お父さんもそうでしょ?」

「フン、こんな生意気に育った愚息が可愛いものか」

「──」

 

 少し、少しだけ言葉をなくしたように、ユウ君が怯む。

 だが、次の瞬間にはまた立て直し、煽る言葉を継ぎ足した。

 

「家族? ふざけないでくれる? こんな話の通じない男の息子なんて、真っ平御免だね」

「え……ユウ、君……?」

「そもそも、上から物言うしかできない雑魚は引っ込んでてよ。お呼びじゃないんだ。アンタの力なんてなくても、こっちは生きていける」

「フン、私もお前のような男が息子だとは思いたくないな。勝手にするといい。ただし、籍は抜けてもらうぞ」

「お、お父さんまで、何言ってるの?」

「だいたいお前が甘やかし過ぎたから、愚息がここまで付け上がったんだ。今日だって朝も夕方もこうして時間を取る羽目になった……どう責任を取るんだ」

「ははっ、そうやって責任を押し付けるとか。いい気味!」

「……私の」

「ん?」

「私の、せい……?」

「や、姉さんのせいって訳じゃ……」

「そうだ、お前の所為だ。お前たち2人の所為だ! こうして貴重な時間を割くのも、無駄な心労も! すべてすべてすべてお前たちの!」

 

 

 

 

 自分は、その瞬間を見た。

 

 “赤い亀裂”が、葵さんとユウ君の後ろに浮かび上がった瞬間を。

 

 地面を強く蹴る。

 

 

 

 

 間に合え。

 

 

 

 亀裂が広がる。

 周りの空気を呑み込もうとして、近くにいる2人も、引き寄せられる感覚に気が付いた。

 

 

 

 届け。

 

 

 

 手を伸ばす。

 以前空ぶった手を、今度こそ掴んでみせると。

 

 

 

 届──

「岸波君!」

 

 

 

 寸前で、葵さんが、こちらへユウ君を突き飛ばし。

 

「────」

 

 受け止める形で、ユウ君と自分は、そのまま地面に。

 それを見届けた葵さんは、“笑顔のまま”異界の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 




 

 ユウ君もとい祐騎編。いや、四宮家編かな。スタートです。

 それにしても展開早え……2日に分けたかった。
 違和感あったら御指摘くださると助かります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月21日──【空き教室】笑顔が怖い

 

 

「なるほどな、経緯は分かった」

 

 洸が頷く。

 一連の事件の翌日である木曜日の放課後、恒例となった空き教室に集まった自分たち5人は、まず昨日異界が発生した経緯について共有した。

 

「え、その後はどうしたの?」

 

 璃音が問う。

 その答えは、空が返した。

 

「岸波先輩がユウ君を抱えていたので、わたしがアスカ先輩に連絡しました」

「連絡を貰った私はできるだけ早く駆けつけて、そのまま少しのやりとりをして、当事者たちには眠ってもらい、記憶の処置をさせてもらったわ」

「少しのやりとり?」

「理想は発生源──父親に詳しい考えを聞くことだったのだけれど、正直思わしくない結果だったのよ。出てくる言葉は不信と自己の正当化。聞くに堪えなかったから、そのまま眠ってもらったというだけ」

 

 

 ……確かに、あの時の柊の顔。あれはやばかった。

 一見穏やかそうな顔で笑っていたが、その奥底に苛立ちが滲み出ていて。

 そういう所は美月と似ているかもしれない。一定の怒り水準を超えると、貼り付けたような笑顔で圧を掛けてくる辺り。

 

「岸波君、“ なにを考えているのかしら? ”」

「なんでもありません」

「宜しい」

 

 止めよう。

 これ以上は踏み込んではいけない所だ。

 

「つっても、記憶を封じちまったんじゃ、情報源が少ねえだろ。どうすんだ?」

「そこなのよね。……最悪、危険を承知でまずはお姉さんを助け出すべきかもしれない」

「あ、それでお姉さんから事情を聴くってこと?」

「ええ、あの世界で脅威を目の当たりにしているなら、他の2人より口が軽くなると思うから」

「なるほど、流石はアスカ先輩です!」

「あくまで予備策。頼りたくない手段だけれど、ね」

 

 褒めた空の言葉に、苦々しい表情をする柊。

 なぜ、その手段を決行したくないのだろうか。

 危険を承知でということは、何かしらの障害が生じると?

 

「まず、撤退の危険度ね。本人の認知度にもよるけれど、その存在を大事に想っていれば想っているほど、連れ去るのは困難よ。仮に奪い返せたとしても、連れ抱えていれば、絶対にシャドウが押し寄せてくるわ」

「大事に……」

「単純な庇護欲、もしくは親子愛ってことか」

「ええ、恐らくは、ね」

 

 えらく煮え切らない反応だったが、柊はそうやって障害その1についての話を締めくくった。

 

「次に障害となるのは、当然異界攻略の最後、“説得”ね。強引に連れ帰る以上、次回攻略時は話も聞かずに襲われる可能性が高いわ」

「つまり、どういうことだ?」

「理由が分かった所で、聞く耳を持ってもらえなければ、話し合いなんてできないと言うことよ。結局どう考えても、メリットは少ないという結論に至ってしまう」

 

 なるほど。

 ユウ君の父親からすれば、大事な1人娘を攫った集団がのこのこやってきて、お前が間違っている、と言ってくるわけか。

 それは逆上もするだろう。

 

 しかしかと言って、取れる選択肢は多くない。

 葵さんに頼らず情報収集が出来るか、と言えば難しいだろうし。情報収集がないままぶっつけで説得するのと、情報収集ができた状態で明確に敵対するの、はたしてどちらが正解なのだろうか。

 ……どっちも不正解な気がする。

 

「まず、ユウ君の家の家庭環境を調査するのが良いんじゃないか?」

「……当てはあるのかしら、岸波君」

「一応近所だし、聞けないこともないとは思う」

 

 丁度、近所づきあいを充実させたいと思っていたところだしな。

 

「なあ、家庭環境っていうなら、学校も頼れねえか?」

 

 時坂が腕を組みながら意見を述べた。

 学校……?

 

「個人情報にはなるが、家庭の状況なんかは保存してあるっつう話を聞いたことがある。なんかあったら職員会議なんかでも話題になるんだろうし。確かその……ユウってやつは学校にあんまり来てねえんだろ? それなりに情報が揃ってるんじゃねえか?」

「…………そうね。先に当たれる所を当たりましょうか。時坂君と郁島さんは、九重先生に。それと岸波君に久我山さんは、私と一緒に、生徒会室に来てくれるかしら」

 

 生徒会室……?

 

 

────>杜宮高校【3階廊下】。

 

 

 

 今日明日分程度であるが、各々の行動を決め、一旦解散することにした。

 先の話し合い通りここへやって来たのは、柊、璃音、自分の3人。

 

「ねえアスカ、なんで生徒会室なの? 職員室で、例えばクラス担任に話を聞いたりした方が良かったんじゃ……」

「それは時坂君たちにも出来るわ。それに、うまく九重先生を味方に付けられれば、1学年の先生全体から情報を得ることだって可能なはずよ」

「ならなおさら、アスカはそっちに行った方が良かったんじゃない?」

「あら、久我山さんはそんなに私が此処に居ることが不満なのかしら。岸波君と2人きりで歩きたいというなら席を外すわよ?」

「そ、それはまったくの別問題だから! そうじゃなくて、生徒会長との面識ならあるし、先生たちからの信頼が厚いアスカがあっちについていた方が、上手く話が回るんじゃないかと思ったから……」

「……」

「ど、どうしたのアスカ?」

「いえ……まあ、私だって本当なら来たくなかったけれど、それ相応の理由があるのよ。貴女たちだけだと、はぐらかされるか丸め込まれるかしてしまいそうだし」

「「あー」」

 

 心当たりがあった。璃音も思う所があったのか、微妙な顔をしつつ自分と同じ反応を示している。

 確かに、対等に話し合うにしては少し力が足りないだろう。自分は言わずもがな、命を直接救われた璃音だって、かなりの恩義を感じているはず。

 まあ、美月の性格上、それを引き合いに出して言いくるめるなんてことは……あるな。平然とやってのけそうだ。そこに確固とした善があるなら、彼女はその選択を取れるだろう。

 会って話した時間は少なくても、いちばん最初に関わり合いをもった少女の事だ。それくらい理解している、つもり。

 

 そうこうしている間に、生徒会室へと辿り着いた。

 

「さて、準備は良い?」

 

 

──Select──

 >いい。

  よくない。

──────

 

「そう、なら行くわよ」

 

 ふう、と息を吐いてから、柊は扉をノックする。

 

『はい』

「2年B組、柊 明日香です」

『どうぞ』

「失礼します」

 

 久し振りに訪れる生徒会室。役員の姿は……ないな。

 

「ようこそ柊さん、岸波君、久我山さんもお久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょう?」

 

 水色の髪の少女は席に座ったまま問いかけてくる。

 表情は笑顔だ。貼り付けているものではない。極めて普通の笑顔のように感じる。

 

「……てっきり、知っているものかと。“その為に人払いを済ませて下さったのでしょう”?」

「「!?」」

「あら、人払いではありませんよ。“今日から少しの間、校外の見回りに力を入れる”よう伝えただけです」

「それは、何故?」

「言葉を返すようですが、知っているのではありませんか?」

 

 正直、話に付いていくので精一杯だ。

 つまり、美月は自分たちがここに来ることも、学校生徒が異変に巻き込まれることも察していた、と?

 だから生徒会室は美月以外待機していないし、他の生徒が“何らかの危機に巻き込まれない”よう生徒会役員を見張りに立てた、というのだろうか。

 

「……お互い、無用な詮索は止めておきませんか?」

 

 美月からの申し出。無用な詮索、という言葉が妙に引っかかったが、柊はそれに頷きという形で、了承の返事をした。

 

「それで、“そちら”としては、どこまで掴んでいるんですか? 今回の異変について」

「詳しい経緯はあまり。ですが、大まかな流れと、そこに至った原因くらいは存じております」

「お伺いしても?」

「……その言葉が出てくるということは、柊さんには“協力の意志”がある、という解釈をして構わないでしょうか?」

「……っ」

「柊?」

 

 美月に協力の意志の有無を尋ねられた直後、舌を噛んで黙りこくってしまった柊。

 ……なんとなく、背景が見えてきた気がする。

 柊本人が生徒会室へ向かうことに、あまり乗り気でなかった理由も。

 だがそれは、人命が掛かったこの現状で、本当に気にするべきところなのか……?

 

 

──Select──

  割って入る。

 >柊の解答を待つ。

──────

 

 

 ……いいや、待とう。自分は知っている。

 柊も美月も、自分の感情は置いておいて、“義の為に行動できる人間”であることを。

 それに、柊が間違った回答をしたら、止めればいい。

 話し合って、ぶつけ合って、“自分たちの総意”で応える。

 それが、信頼し合う人たちがするべき、解決の仕方。

 3度に渡る異界攻略で身に着いた、自分の、仲間に対するやり方だ。

 

「……そう、ですね」

 

 重い沈黙の後、これで良いのかという疑問を抱きつつ、彼女は口を開く。

 柊の、答えは。

 

「“今回の件に限り、情報の共有”という形で、“協力”したい、と考えています」

「……」

 

 なんだか、言っている途中に苦渋を飲んでいるような表情が見られたが、あれは良いのだろうか。美月も少し困っているみたいだ。

 

「私としては別に、“今回だけの協力でなくても良い”のですが……そうですね、まずはお互い、第1歩ということにしましょう。ふふ、これも岸波君たちのお陰ですかね」

「自分は何も……」

「あたしも特には……」

「気付かぬは本人たちだけ、と。まあそれは良いです。それでは、そちらが持っている情報を先に聞いても良いですか? どこまで話して良いか、判断に困りますし」

 

 しかし、柊はおいておくとして、美月は妙に協力的な感じがする。

 やはり真意までは探れないか。信頼している以上、探る必要性もほとんどないわけだから、別に良いのだが。

 

「えっと、良いんですか? 個人情報とか」

「私はただの一生徒として同好会活動の調べものに、私独自が持っている情報を使ってもらう、という体で行きますから。もちろん悪用するつもりでしたら何があっても話しませんが、柊さんと岸波君が居る以上、安心して任せられますし。……なにがあっても他言無用、ですよ?」

 

 ──破ったら退学、ですから。

 

 そんな言葉を笑顔で付け加えるものだから、やはり怖い。

 ……肝に銘じておくとしよう。

 

 

 

 

 





 ちなみにリオンが連れてこられた理由は、白野がミツキの側に回る可能性を加味して、味方が欲しかったから。リオン、コウ、ソラの中でアスカが知る限りミツキと面識を持っているのは、リオンのみ。かつコウは対トワ決戦兵器なので連れ出せず、単純に付き合いの長いリオンを連れて行くことに、という感じでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月23日──【空き教室】攻略会議 1

 

 

「それでは、作戦会議を始めましょう」

 

 前回の話し合いから2日。各々が情報を持ち寄って、方針の決定に向かって意見を合わせることにした。

 

「まず最初に、全員が分かっている情報の整理から行きましょう……岸波君、黒板」

「ああ」

 

 流れるように書記をやらされているが、まあ別に文句はない。もともと自分のやり出したことだ。それに、情報を可視化する、というのは大事だろう。

 

 黒板の前に立つ。

 そういえばいつの間にか、席が定位置化してきたな。黒板側で窓に近い方から、自分と璃音。その反対側には洸、柊、空が順に座っている。自分の対面に洸が座っている形だ。

 その席順もあって、この位置からだと全員の姿はよく見渡せるが、璃音の表情だけ分からないようになっている。彼女が半身でこっちを向いてくれると助かるのだが……まあ、そこら辺は良いか。

 

 ……どうしたら見やすいだろうか。

 なんとなく、下書き的に5W1Hにでもしてみようか。

 

 発生日時(いつ)

 

 発生場所(どこで)

 

 異界主(だれが)

 

 対象(なにを)

 

 発生理由(なぜ)

 

 被害現状(どのように)

 

 被害予測(どうした)

 

 こんなものだろうか。

 柊が頷いているし、前準備としては良いのだろう。

 

 

「異界の主は1年、四宮(しのみや) 祐騎(ゆうき)君のお父さま。6月20日に異界は発生し、杜宮記念公園横のタワーマンション入口付近に顕現しているわ」

「巻き込まれたのが、ユウ君のお姉さんである四宮 (あおい)さんですね。ちょうど居合わせていた私と岸波先輩が確認してます」

「ええ。そして、マンションの入口付近という人通りが一定数以上ある場所だったけれど、他に被害者はゼロ。平日の、しかも帰宅が集中する時間でこの数字は、せめてもの救いと言って良いわ」

 

 救い、か。確かに多少不謹慎であるが、救う自分たちからしてみれば、助ける対象がいればいるほど困難になっていく以上、そう表現するのも正しいかもしれない。

 とはいえ、進んでそう言いたくはないが。ユウ君の前で同じことが胸を張って言えるか、と言われたら、絶対に無理だろうし。

 そこらへん、柊なら言えるかもしれない。そこが自分たちと柊の違い、かもしれないな。

 異界と長く付き合ってきたからこその、割り切りの良さ。判断の速さ。客観性の保持。どれをとっても、真似できそうにない。

 

 そんなことを思いつつ、空白の部分に今の情報を書き入れていく。

 あと埋まってないのは、対象、発生理由、被害予測か。

 

「それでは、各自集めた内容を共有していくとしましょう」

 

「なら先に自分から。近所を回った結果だが、特に何もなかった。ユウ君が引き籠りがちの生活をしていたという証拠なら、ピザの宅配が何度も部屋に来ていることから推測できるが、分かったこととしたらその程度だろう」

 

 なんにせよ、ご近所づきあいができたから、自分としては少し満足している。

 

「商店街、周辺公園でも、ユウ君は辛うじて目撃証言を得られるんですが、お父さんとなるとまったく話を聞けませんでした。あまり常日頃の関りはなさそうです」

 

 空の報告。彼女は関係者である四宮家3名の目撃情報がないかを、色々な場所で聞き込んでもらった。

 もしその時、喧嘩かなにかをしていれば、目や記憶に残っていると思ったのだが……当てが外れたな。

 

「ちなみにそれ、葵さんは?」

「葵さんはアクロスタワーにお勤めになっているみたいで、蓬莱町でも何度か見たという声は聴いています。けど、ユウ君やお父さんと一緒の姿は見られていないそうです」

「なるほど」

 

 空もあまり収穫なし。強いて言うなら、3人は普段外で会う間柄ではない、ということが分かったくらいだろうか。

 

「それじゃあ次は私から。一昨日、北都会長から受け取ったデータによると、四宮君は1人暮らしで、異界化場所であるマンションに越して来たのが、今年。バイトしている形跡はないみたいだけど、お金はしっかりと払っているそうよ。契約者の名義はお姉さんね」

「は? マンションの契約者まで分かるのか、生徒会長って?」

「いいえ、これも彼女が北都に連なる者だからでしょう」

 

 美月もあそこに住んでいるから、ということか。

 そういえば自分があそこに住んでいるのも、北都の勧めだった……関連の建築物なのかな。詳しいことは分からないけれど。

 

 北都グループの凄さが、また分かった気がした。

 

「まあ何はともあれ、情報助かったってカンジだ。他には?」

「とくには何も。越してくる前の家庭環境などはないから、家族の事情として提示できる内容はないわ」

「……うーん、やっぱり思ったより集まらないね」

「そういう久我山さんは何かあったの?」

「なーんもなし」

 

 お手上げだった、と手の平を空へ向ける璃音。

 最後の頼みは時坂に。

 

「それじゃあオレから21日の報告だな。ソラと一緒に職員室に行って、トワ姉に聞いたんだ。1年の四宮について何か知らないかって」

「九重先生自身あまり詳しくはなかったみたいですけど、最初の目論見通り、ユウ君の担任の先生に取り次いでもらえました! そこで得た情報なんですが、やはりユウ君は学校に来ていないみたいなんです」

「理由は?」

「それがその……学校に来る理由がないから、だそうで」

 

 学校に来る必要がない?

 そういえば、最初に会った時に言っていたな。

 

『別にどうしようが僕の勝手でしょ。ま、学校なんて行ってもツマラナイしね』

 

 あの時は聞けなかったが、この言葉にも彼の大事な気持ちが乗っていたということか。

 ……もっと踏み込んでおくべきだったか。

 

『ほんとサイアク。これだから学校なんて……』

 

 異界が生じる前、最後に会った日。別れ際にそんなことを言っていた。

 察するに、規則や姦しさが嫌い、というのもありそうだが……決定的ではないな。

 そういえば、彼について気になることがあった気がする。

 それは……

 

 

──Select──

  学校に行かない理由。

 >お姉さんの年齢。

  自分の学年を知っていた理由。

──────

 

 

 ……いや、気になる。非常に気にはなるが、それはユウ君についてではない。

 ……さり気無く、父親とユウ君と一緒に年齢を聞いてみるか? 誰かが集めた情報にあるかも。

 聞かないけど。

 

 

──Select──

  学校に行かない理由。

  お姉さんの年齢。

 >自分の学年を知っていた理由。

──────

 

 

『って何呑気に話してんだよ! センパイも!』

 

 センパイ。彼は自分をそう呼称した。会ったのはたった数度。自分の記憶する範囲では、彼と学校内で会ったことはそれまでにない。まあ確かに自分の評判は知れ渡っているのかもしれないが、あまり学校に行かない彼が、その情報を偶然手に入れたと?

 あまり、素直にそう考えることは出来ないだろう。

 つまり、彼はそういう情報を調べられる立場に居たということだ。

 その立場とは。

 

 

──Select──

  探偵。

  秘密工作員。

 >ハッカー。

──────

 

 

 家から出ずに、情報を抜き出せる存在。恐らく出所はネット上。個人情報を難なく覗き見ることが出来る程の、検索能力に長けた人材。

 つまるところ、ハッカーだろう。

 そんな思考を、みんなに話してみる。

 

「なるほど……って、ちょっと待て。それが本当だとしたら、ふつうに犯罪じゃねえか」

「……ねえ、それって、女子のその、身体的特徴まで知れたりする?」

「仮にハッカーとしての実力があるなら、可能でしょうね。現に岸波君の学籍を覗いているわけだし。尤も、身体的特徴までデータで保存してあるかは分からないけれど」

「よし、異界攻略したら四宮君をぶっ飛ばしに行こう」

 

 

 璃音が腕まくりをする。表情は見えないが、声は本気だ。ちょっと低いし。

 どうにかしてフォローできないかと思案するものの、難しい。異性からすると口を出しにくい話題だった。

 しかし、自分たちの中には切り込み隊長が居る。彼は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……いやその、四宮にだって情報の好き好みくらいあるんじゃねえの。わざわざ女子のデータなんて」

 

 残念ながら、ただの無神経だった。

 

「時坂君……」

「時坂クン……」

「コウ先輩……」

「すまんハクノ、助けてくれ」

「洸くん……」

「気持ち悪っ!」

 

 流れに乗って、興味のないものを見る目で洸を見てみたが、駄目らしかった。

 

 閑話休題。

 

「四宮君がハッカーである可能性は分かったけど、それがどう影響するというの?」

 

 持ち直した場で、柊が聞いてくる。

 ユウ君がハッカーだとしたら、どういう問題が付いて来るだろうか。

 

「単純に、身内に犯罪者を置いときたくないって感じじゃねえか?」

「あとは、恐怖心? ちょっと怖いかも……」

「……そうですね、そこらへんを含めて、家族として叱りたかったのかもしれません。間違ったことをしたら叱るっていうのは、当然だと思います」

 

 洸と璃音が出した意見を、空が纏める。妙に実感がこもっているというか、彼女の中で明確に推測できていそうに見えるな。

 

「空の家はそういうの、厳しいのか?」

「……えっと、人並みには」

「ま、郁島流の師範だしな。小さいときに会ったことはあるが、正義感の強い人だった。曲がったことをするヤツが身内にいれば、きっと容赦しねえだろうな」

「ははは……」

 

 時坂の指摘が的確だったのだろう。笑ってそれ以上の言及を避ける空だった。

 

 

「コホン。つまり、“息子を人の道から外させない”という義務感、が考えられるわけね」

「なら異界を生じさせた原因は、四宮にあるってことか?」

「現状の案でいくなら、そうなるわ」

 

 確定ではないが、これで対象者、発生理由の欄も埋まった。

 一応矢印か何かで結んでおいて、違った場合に訂正箇所を分かりやすくできるよう紐づけておこう。

 

 あと埋まっていないのは、被害予測……いつまでに攻略しないと人的被害が出るかを考えなければ。

 

 

「実際、何日間くらい保つか分かるか?」

「記憶を消す際に測ったところ、そう長くは維持されないでしょう。それに何より、“お姉さんであるアオイさんの異界適正は測れていない”の」

「「「「 !! 」」」」

 

 つまり、救出期限は分からず、できるだけ早い攻略が望ましいということか。

 

「だからそうね……お父さまの異界適正はC+。一般的な異界適正がCだから、それに則って言うなら、出来れば“10日”で救出しておきたいわ。可能であれば、“一週間以内”を目標に、まずはアオイさんを救出」

「その時できれば異界を攻略したいが、出来なければ?」

「追加で10日。計20日が、今回の最低限(リミット)ね。だから余裕を持って……日にちで言えば、“7月9日”までに終わらせたいわ」

「“7月9日”」

 

 被害予測の欄も埋める。これですべてが一応埋まった。

 それにしても、7月9日、2週目か……あれ、7月の2週目って何かなかったか?

 

「……あ、試験前だな」

 

 自分の言葉に、数人がハッとする。なお柊はこの中に含まれていない。

 

「“7月11日水曜日”から4日間だっけ、期末。うわ~」

「よ、4日もあるんですね……」

「あ、そっか。ソラちゃん期末は初めてだよね」

「中間に比べて、科目数も多いしな。ソラ、勉強は大丈夫か?」

「が、頑張ります!」

 

 そうだな、頑張ればなんとかなる。

 自分もしっかり勉強しなくては。

 

「まあ、その点は各自努力するとして」

「今回は勉強会しないのか?」

「……各自取り敢えずは努力してもらうとして、まずは異界攻略よ。岸波君、今回も指揮は任せるわね」

「ああ。みんな──」

 

 

──Select──

  

 >今回も、絶対に助けよう。

  

──────

 

 

「おう!」「うん!」「ええ!」「はい!」

 

 

 




 

 対象(なにを)被害現状(どのように)被害予測(どうした)

 どういう意味か、どうしてこのルビ振りになったか、書いた自分自身分かりづらく感じているので、一応追記を。


 対象。これは誰に対しての不満や鬱憤が溜まったか。何に対しての諦めがあったか。という事項ですね。1章なら夢に対して。2章ならソラに対して。といった感じ。


 被害現状はルビが足らない気がしました。どのようにして今、物や人を巻き込んでいるか。といった内容のつもりです。シャドウが諦める為に、何を取り込もうとしているのか。その巻き添えを誰が喰らっているのか、という割と重要事項になります。


 被害予測がどうした(How)なのは、何と言いますか……
 WhatとWhyの部分、つまり、理由が関係して動いた“結果/終着”がHowにあたるとします。異界化が発生し、放置された際の帰結は、『期日』に『諦めを完了』し、『巻き込んだ人の帰還』は叶わなくなるということ。その点はハクノもコウ達もよく理解しています。
 今回の場合、『諦めを完了』させない為には説得が必要。『巻き込んだ人の帰還』を達成するには、シャドウを倒せば良い。『期日』は過ぎるまでに達成できれば良いのですが、そ『期日』が分からない、というのが現状です。
 被害予測。その中でももっとも不透明な『期日』が“How”に該当した理由でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月24日──【マイルーム】杜宮の街の協力者たち

 

 

 さて、今日は日曜日だ。何をしようか。

 

 異界へ行っても良いんだが……先に色々と済ませておこう。

 まずは買い物かな。

 

 

────>商店街【倶々楽屋】。

 

 

「ようこそ【倶々楽屋】へって、あなたは確か、アスカさんの……」

「ああ、協力者の岸波だ」

 

 出迎えてくれたのは、着物に身を包んだ【倶々楽屋】の看板少女、マユ。

 お店の奥には職人であるジヘイさんの姿もあった。一瞬だけこっちに視線を流して、また別のことに集中してしまったが。

 

「本日はどうされたんですか?」

「ああ、装備を整えたくてな」

「装備、ですか。そういえば昨日、アスカさんもコウさんも訪れになっています」

 

 洸と柊が、か。

 昨日といえば、作戦会議の後だな。

 

「あの、何か起こってるんですか?」

 

 心配そうな表情で現状の情報を求める彼女。だが当然、軽々と話していい問題でもなかった。それに申し訳ないが、十中八九、マユに関係する事件でもない。

 今の自分では、誤魔化すことしかできなかった。

 

「……大丈夫、気にするようなことじゃない」

「でも……」

「フン……マユ、客の都合にいちいち首を突っ込んでどうなる」

 

 そこでジヘイさんが、金槌で刃を叩きつつ、話に参加する。

 驚いた。積極的に会話をする気はないだろうが、まだまだ半人前の自分と話したくなるとは考えづらい。としたら彼は、可愛い孫のために忠告へ出て来たのだろう。

 

「ワシらはただ、最高の得物を作ることに集中していればいい。好奇心が強いのは良いが、肩を入れすぎるな。良いか、ワシらは道具屋。戦士として己の足で戦場に立つことを選んだ娘とは異なる。事情を知った所で道具屋は道具を作って売るだけ。他には何もできん」

「……岸波さん、すみませんでした。困らせてしまって」

「いや、気にしていない」

 

 

 武具職人の世界は、正直まったく分からない。職人と呼ばれるジヘイさんがどれだけ年月と経験を積み重ねたのかも。マユがどれだけつらい修行をしているのかも。

 だが、人と関わることが間違いだとは、決して思えなかった。

 自分がいくら言った所で、きっと聞く耳を持っては貰えない。自分でなく他の誰かが……例えばプロとして有名な柊が諫言したらどうだろう。

 ……聞いてくれ無さそうだな。まずは信頼と実績を高めることが必要かな。

 

「さて、ご注文を承ります」

 

 無理して笑顔を作り出すマユに、注文を伝える。少し悲痛だったが、どうすることもできない歯痒さだけは、忘れないようにしよう。

 

 

────>駅前広場【さくらドラッグ】。

 

 

 倶々楽屋での準備も一段落。これで武具関係は最新にアップデートされたから、次に手に入れるべきは薬。回復薬を手に入れるために、駅前広場の薬局を訪れていた。

 店主のミズハラさんとはもうそこそこの回数コミュニケーションを取っている。今日も買い物を済ませると、彼から話しかけられた。

 

「どうもありがとう。岸波君、最近調子良さそうだね」

「そうですか?」

「ああ。なんというか、少し楽しそうだ。表情には出てないけど、なんとなく分かるよ」

 

 眼鏡の奥にある目を覗くと、本気でそう言っているらしい。いつもより喜びが深そうな顔をしている。

 

「なんだか、嬉しそうですね」

「そうかな。まあ初日の岸波君はなんというか、掴み処のない青年って感じだったからね。なんとなく理解できてうれしい、というのもあるのかもしれない」

「そういうものですか」

「よく分からないことを知る、というのは面白いことさ」

 

 まあ言っていることは分かる。その感情に同意もできる。

 その対象が自分、ということに少しだけ納得がいかないけれど。

 

「まあ、今後ともご贔屓に。よい付き合いをしていこう」

「そうですね」

「……うん、その素朴で普通な感じが良いな」

 

 え、なんで急に貶されたのだろうか。

 え、というかまだ普通!? こんなに良いTシャツを着ているのに……いいや、まだ1人目。他の人がどう思っているのか分からないし、我慢だ。

 

「どうかしたんですか」

「……さっき、久我山さんが来た時に同じことを言ったら、商魂逞しそうな営業を受けたよ。あたし達のこともよろしくお願いしますね。とか、CMのお話があったら相談してくださいね。とか、まあ色々とね」

 

 ……なんで璃音がそんなことを?

 少しばかり押しつけがましい自身の押し売りは、まああることかもしれないが、少なくとも自分たちのときにはCD購入を押し付けられた、といった営業じみたことはしてない。最初だって、渡されたCDは買わせるのではなく貸し渡す、といった形だったし。

 まあ同年代への対応と社会人への対応の差、と言われたら納得してしまいそうになるが……あの璃音が、か。

 

「友人が、ご迷惑をお掛けしました」

「構わないよ。正直不快だったわけではないしね」

 

 懐の深い人で良かった。

 ……今度、璃音にそれとなく聞いてみるか。

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 さて、せっかく駅前広場に来たし、何かしておきたい……と思ったが、やることならあったか。

 

 【さくらドラッグ】の隣に立つ、【スターカメラ】へと視線を向ける。

 駅へ向かうなか、SPiKAの曲が流れていた。

 ……そういえば、そろそろアクロスタワーでコンサートがあるとか聞いたな。いつかは行ってみたいものだ。

 

 さて、スターカメラ、スターカメラ。

 

 

────>駅前広場【スターカメラ】。

 

 

「さてさて本日は大安売り! テレビとDVDデッキがセット価格で大変お安くなっております!」

 

 

 ……買った!

 

 

──夜──

 

 

 テレビの配線を終わらせると、漸く視聴が可能となった。これでテレビ番組などの録画ができるようになる。

 レコーダーもつないだし、どこかでDVDを借りるのも良さそうだ。

 そのうちゲーム機なども買ってみようか……

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが4に上がった。
 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月25~26日──【教室】璃音の大事な日。

 

 

 ──夢を見た。

 多くの人に力を借りて、前へ進む青年の夢だ。

 

 異形の怪物から退いた岸波白野がまずしたことは、調査。

 時に制服姿の少年と話し、時にいつか敵対する少女と話し、時に大人と話し、時に対戦相手本人とも話して、彼らはついに答えへと至る。

 ……その過程で、なんか気になるメモを持っていた瞬間もあったが……まあ忘れよう。

 

 1つ、1つと問題を解決していき、やがて刻限は目の前に。

 

 未だに晴れぬ葛藤を抱えたまま、岸波白野はエレベーターへ乗る。

 死なないためだけに。

 生き残るためだけに。

 だが、彼らが相手取るのは、無垢。無知ゆえの残酷さ。それを下すということは、1回戦の時よりも難しい。

 1回戦では、結末()を理解していないものの、何のために戦っているかを理解している友人と戦った。

 2回戦では、結末も理由もはっきりしている人と戦った。

 そしてこの3回戦では、どちらも不透明な少女と戦おうとしている。

 

 それでも、負けることは許されない。

 敗北とはすなわち、、足を止める(死ぬ)ことと同意義だからだ。

 

 ──少女を倒した後、彼はしっかり、少女たちと向き合った。

 向き合って、話して、後悔を残さないように吐き出させる。

 そして、涙ながらに消えゆく少女の姿を見送り──岸波白野は、こんなシステムに、心底嫌そうな顔をした。

 

 その後の帰り道、思い悩む岸波白野は少年や少女の話を聞く。

 いずれ彼らとも戦う時が来るだろう。いつか来るはずの時は、目の前かもしれない。その日のことを考えるだけで、胃の中身を戻しそうなくらいに苦しかった。

 

 自分になく、彼らにあるもの。

 “誇れる理想(戦う理由)”を見つけたい。

 

 せめて誇り高き彼らと相対した時は、空っぽの自分でありませんように。胸を張って戦える何かを持っていなければ、確実に足が止まってしまうだろう。

 それは、岸波白野にとっての最後の希望。今は見えも感じれもしない、たった1つの残された道。

 この道の先にそれが見付かると信じ、岸波白野は今日もまた、無理矢理足を動かした。

 

 

────

 

 

 ……今のは。

 

 頬を涙が伝う。

 相も変らぬ、誰も救われぬ夢。救われようとしている人が居ない夢だった。

 “生きる為”と自分に言い聞かせて奪った、3つ目の命。

 そうやって生き残った自分さえ救うことができないまま、夢のなかの彼(キシナミハクノ)は歩き続ける。

 か細い背中で、3人の命を背負いながらも。

 支えてくれるパートナーは、1体。かけがえのない相棒のみ。

 もっと多くの仲間がいれば、きっとここまで辛くなかったんじゃないか。そんなことを考えられる自分は、きっと恵まれている。

 色々な意見を聞いて、色々な話をして、そうして少しずつ、背中の荷物を落としていく。

 キシナミハクノの必要なものは、きっとそういう対等な仲間としての人間だ。

 夢の登場人物はいずれもいつしか敵対する関係。協力はできても仲間にはなれない。

 なら、どこにキシナミハクノの救われる道が残っているというのか。

 

 ……これ以上は考えたって仕方がない。

 それにしても、自分はなんでこんなに連続した夢を見続けているのだろうか。

 

 

 

──放課後──

 

 

「あら岸波君、どうかしたの? 異界へ向かうなら、一度教室に集まりましょう」

「いや、そういうのではなく、息抜きというか、遊びというか」

 

 作戦会議翌日の放課後、異界攻略に赴く前に、それぞれのメンバーと個別の時間を持ちたいと思っていた自分は、まず目に入った柊に話しかけた。

 

「大丈夫かしら。期限のこと、しっかり頭に入っている?」

「ああ、大丈夫だ。余裕はある」

「そう……」

 

 少し考え込むような素振りを見せたが、やがてゆっくりと首を振る。

 

「ごめんなさい、今はそういう気分になれないの」

 

 提案は受け入れられなかったらしい。

 まだあまり仲が深まっていないからかもしれない。何か、より仲良くなれるきっかけでもあれば、また対応も変わりそうだが……仕方ないので、彼女と話すのは攻略が終わってからにしよう。

 さて、どうするかな。

 

「お、ハクノじゃねえか。何してんだ?」

「洸、ちょうど良かった」

「は?」

 

 まだ特別仲は深まりそうにないけど、普通に遊びに行こう。

 どこへ行こうかな。

 

「蓬莱町行かないか?」

「唐突だな。別に構わねえけど、何しに行くんだ?」

「映画でもみようかなって」

「へえ、なんつうか、ハクノにしては意外だな。と思ったが、そういやハクノは意外性の塊だったか」

「どういう意味だ」

「何をしても納得って意味だろ」

 

 釈然としない。

 

「ほら、行かねえのか」

「……行く」

 

 納得はできないが、まあ、遊べるなら良いかと思った。

 今日はなんの映画がやっているかな。

 

 

────>蓬莱町【シアター】。

 

 

 初めて来たので、受付の人に利用システムを聞くと、どうやら学割なるものが使えるらしく、毎月1つ、学生は半額で指定の映画を見れるらしい。

 今月見れるのは、“漢の世界 THE MOVIE ~~”だ。

 なんとも度胸の鍛えられそうな映画である。

 

「おい、まさかこれ見るのか?」

「ああ、お得だし。嫌か?」

「……いや、まあたまには良いか」

 

 後頭部をがしがしと掻き、財布を取り出す。

 料金を払って、いざ視聴。

 

 

 

────

 

 

「すごかったな……」

「ああ、あれが漢の世界か……」

 

 もはや溜息しか出なかった。

 真の漢とは何なのか。何を以て漢なのか。

 それを突き詰めていく映画。男友達と見に来なければ、この良さは共感し合えなかっただろう。

 

「「……カッコいいな」」

 

 聞けば、書籍である漢の世界シリーズを一本に凝縮した話が、今の映画だったらしい。

 これは原作も読んでみたい!

 

「また来ようぜ」

「ああ!」

 

 

 思わぬ掘り出し物に恵まれて、いい経験ができた。

 

 

──夜──

 

 

 今日は本を読もうか。最近バタバタしていて読めていなかったし。

 それにもうすぐ試験。読んでいる暇などなくなってしまい、また延滞してしまうかもしれない。

 テスト前には綺麗な身体になっていよう。

 

 “エジプト神話の偉大なる神”。

 残るページはあと少し。寝落ちなどをしなければ、今日中に読み終わるだろう。

 

 読書中、気になる名詞が出て来た。

 “セクメト”。空に目覚めたペルソナの名前も確か同名だったはずだ。

 偶然、ということはないのだろう。

 人間に対する不信・嫌悪の感情を抱いたラーの眼球から生まれ、復讐者として降り立った女神。多々あってその憎しみは取り除かれ、復讐の女神以外に死神、守護神や戦いの神としての性質も併せ持つようになった。

 実はラーが最高の神としての立場を捨てるきっかけとなったのがセクメトの暴走だとも言われている。

 調子に乗り過ぎてはいけない。自分の見付けた答えを過信してはいけない。この本から得られる教訓は、そういった自戒の類だった気がする。

 

 

 “エジプト神話の偉大なる神”を読了した。

 

 

 

 

──6月26日(火) 放課後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 洸とは遊べた。柊は無理そうだ。

 ともすると残りは、空と璃音か。

 

 

 璃音は……いた。

 直接誘うよりは、サイフォンの方が良いか。相も変わらず人混みができているし。

 

『璃音、今日暇か?』

『うーん、ヒマと言えばヒマかも! 行きたいところはあるけどね』

『行きたい所?』

『ウン、一緒に来る?』

 

 ……今日は璃音に着いていってみよう。

 

『ああ、行く』

『それじゃあ、校門の前で待ち合わせね』

『そんな目立つところで良いのか?』

『大丈夫大丈夫、多分』

 

 そんな甘々で良いのか、アイドル。

 まあ、彼女が良いと言うなら……まあ自分にも少なからず被弾はあるだろうけれども、覚悟していくしかない。

 

 

────>杜宮高校【校門前】。

 

 

「やっほー! 待った?」

「いいや、そんなに」

「そか、じゃあさっそく移動するけど、大丈夫?」

「ああ」

 

 大丈夫でないものがあったとしたら、尋常でない敵意を向けられている背中くらいなものだ。

 

「それで、どこへ行くんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ」

 

 言われてないぞ、と首を横に振る。

 

「あ、あはは……ゴメンゴメン。そんな大した用事じゃないんだけど、【スターカメラ】に行きたいんだ」

 

 【スターカメラ】。駅前広場にあるもっとも大きい電化製品屋だ。自分が先日テレビとDVDデッキをセットで購入した場所。

 そういえば無料配送を頼んだのが3日前。そろそろ届いているかもしれない。夜の時間帯を希望してはいるから、今日受け取りになる可能性もあるのか。……楽しみだ。

 

「なんでまたスターカメラに」

「むむ、ひょっとして、今日が何の日か、知らない?」

「今日……?」

 

 

 6月26日。果たして何の日だろうか。

 

──Select──

  璃音の誕生日。

 >露天風呂の日。

  スターカメラの特売日。

──────

 

 

「え、そうなの?」

「ああ、6月26日を(ロク)(テン)()(ロク)って書いて、6をロ、2をフと読めば、ロテンフロになるの分かるか? 語呂合わせらしいんだけれど」

 

 伊達に温泉旅館でアルバイトをしていない。雑学は教育係の先輩から教えられているため多いのだ。滅多に使う機会がないが。接客の時くらいか。

 

「……あ、ホントだ。すっごい……──てそうじゃなくて!」

 

 どうやらここでもそんなに役に立たなかったらしい。

 活かしきれずすみません、先輩。

 まあでも、一瞬だけでも感動してもらえたので嬉しかったです。ありがとうございました先輩。

 

 やはり人とたくさん話すことは良いな、と実感したひと時だった。

 

「……それで、何の話だったか」

「だから! なんで【スターカメラ】に行くのかって話っ! 露天風呂の日だとしても【スターカメラ】に行く必要はないでしょ!」

「温泉の素が安売りしているとか」

「お風呂から離れて!」

 

 息を切らしてツッコミを入れた璃音。怒っているというよりは楽しそうだが、確かにここら辺が引き際だろう。

 

「それで、答えは?」

「フン、着いたら嫌でも分かるんだから。それまで教えないよーだ」

 

 なんて、茶化した口調で言いながらも、少しだけ、ほんの少しだけ真面目な眼をして応えた彼女。きっと付き合いを重ねていなければ見逃していただろう。

 何かあるな、少しだけ、気を引き締めて向かうことにした。

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 スターカメラの前にやって来たが、この頃には答えに気がついていた。

 

 デジタルサイネージが流す広告。映っているのは、隣を歩く少女を含んだ5人のアイドルたち。

 “今日”新発売するCD。そのPR動画である。

 

「へっへーん。凄いでしょ」

「ああ……本当にな」

 

 【スターカメラ】店内を覗けば、いつもの平日に比べて結構な数の人間が並んでいる姿を見ることができる。

 地元出身の璃音が居るから、というのもあるだろうが、それでも確固たる人気だった。こうやって目で見てよく実感する。彼女が人にとり囲まれるのはクラス内、学校内だけでなく、世間中であるということを。

 

 

「CDが発売された日はさ、できるだけこうして眺めてみるようにしてるんだ?」

「どうして?」

「みんなが、どんな顔で買うのかなって」

 

 どんな顔、か。

 欲しいものが手に入ったという笑顔、ではないのだろうか。

 

「うんまあ、笑顔を見に来てるって言っても間違いじゃないんだけどさ……なんて言うのかな」

 

 ウーン、と悩む璃音。

 彼女は、あっ、と【スターカメラ】へ目を向けた。

 

「ほら、今のお客さん」

「出て来た人か?」

「そそ。スーツ姿の人。あの人を見ていると、わざわざ定時で上がって買いに来てくれたのかなぁとか思うの」

「……?」

「中高生が来たらこの為にお小遣い溜めてくれたのかなぁ、って思うし、親子のお客さんなら、こどもに聞かせたい歌だと思ってくれているのかなぁって」

 

 つまり。

 

 

──Select──

  人気を喜びたい?

  買う人の想いを知りたい?

 >期待を確認したい?

──────

 

 

「期待の確認、か……たしかにそうかも。こうやって期待されているところを見れば、いやでも次頑張ろって気になるしね」

「なるほど」

「まあ、人気を噛み締めたいっていうのもあるし、わたし達が想いを込めた歌を、どんな想いで受け止めてくれるのかも知りたいなって」

「ちなみに新曲には、どんな想いを?」

「言葉にすると難しいんだけどさ……何かを失っても人は前へ進まなくちゃいけないし、何かを失うとしても人は選ばなきゃいけない。だから、今の一瞬一瞬を全力で、楽しく生きようって。そんな歌かな……」

 

 何かを失っても、何かを失うとしても、か。

 夢で見ている話の岸波白野(カレ)も、そんな感じだったか。ただ前に進むことだけは許されている、とでも言うかのごとく歩み続けるということは、逆に前へは進まなければいけないということ。そして、常に選択を迫られている。命の選択を。自分か、相手か、どちらを生かすのかを。

 勿論、璃音たちSPiKAにそんなつもりはないだろう。

 曲名は……“Seize the day”。日々の価値とか、日常をつかみ取るとか、平和を取り返すとか、そういう意味のタイトルだろうか。英語赤点だから自信ないな。

 

──Select──

  璃音の居る所で買う。

 >璃音のいない所で買う。

  買わない。

──────

 

 

 ……解散したあとにでも買ってみるか。

 

「あ、キミにも1部あげようか? もちろんサイン付きで。プレミアだよ? 売ったら絶交だけど」

「結構です」

「ぐっ……手ごわい」

 

 サインは、まだ貰わないって決めているから。

 せめて璃音が、全力のステージを、何の気兼ねもなくパフォーマンスし終えることができるようになったら、その時にもらうとしよう。

 そこは、応援している仲間としての意地である。

 

 

「……よし、満足! じゃ行こっか」

「どこに?」

「どこって……キミが誘ってきたんでしょうに。まったく、アイドルをあんま自由に連れまわせると思ったらダメだからね!」

 

 そういえばそうだった。

 せっかくだし、何処かへ寄ってから帰るか。

 人の目につかない場所がいいな。

 

「肝に銘じておく」

「よろしい。じゃ、エスコートよろしくネ?」

 

 

 璃音と日が暮れるまでお茶をした。

 

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日は勉強するか。

 期末考査も近いし、念入りにやっていかなければ。

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが3に上がった。


────


 知識  +3。
 度胸  +2。
 優しさ +2。
 魅力  +3。


────


 漢、それはエターナル……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月27日──【マイルーム】空の恩返し、始まり

 

 

「もうすぐ暑くなってくる頃合い、水分補給はしっかりしないとねェ。夏に水分と言えば、野菜かな。夏野菜。これについて……それでは岸波」

 

 マトウ先生に指名されて立つ。

 ここ最近はなかったから気が緩んでいた。そんな油断を見透かしているかのような、思慮深い目でこちらを眺めている。

 

 夏野菜……野菜か。そういうのって家庭科の分野じゃないのか?

 

「夏野菜と言われて思い浮かぶものはあるかい?」

「トマト、きゅうり、ナス、あとは……ピーマンとか」

「ああ、違いない。それではその中だと……茄子についてがいいねェ、クク……それでは質問だ」

 

 さっきの質問じゃなかったのか。

 

「秋茄子は嫁に食わすな。という言葉があるのは知っているかい? なぜこの言葉が生まれたのか、理由、分かるかな?」

 

 言葉は聞いたことがある。だが、日常生活で聞く言葉ではないし、そもそも何で知っているのかも微妙なところだ。おそらく何かの本で読んだのだと思うが……

 

──Select──

 >夏の野菜だから旬を過ぎてて危ない。

  秋の茄子の方が美味しいから。

  秋茄子が何かの比喩になっている。

──────

 

 

 まあ、秋茄子が何かの比喩、ということはないだろう。何の例えになるんだ、という話。

 

「残念、違うねェ」

 

 違ったらしい。なんのための夏野菜の下りだったんだ。

 ……だます為か!

 

「茄子は確かに夏野菜だが、夏に育てた場合、栄養価を成長の対価で消費していく。代わりと言わんばかりに水分ばかりを多く含んでしまい、味が落ちてしまうんだ。反面、秋は暑さが酷くなく、落ち着いて成長できる茄子は、本来の栄養やうま味を落とすことなく実になる。だから秋茄子の方がおいしいと言われる。だから“おいしいものを嫁に渡すんじゃない”。という解釈になるのが通例だねェ」

「せんせー、通例ってことは、違う例もあるんですかー?」

「クク、良い質問だ。秋茄子は嫁に食わすな。はさきほど言った通り、嫁に贅沢をさせるなといった意味がある。その一方で、秋茄子が蓄えた栄養価の中にカリウムがあり、それが利尿効果となって体温の低下を引き起こしかねないから“女性、特に妊婦には食べさせない方が良い”、という解釈もされている」

 

 まあ、カリウムの利尿効果はともかく、よほどの量を食べなければ体温低下を引き起こさないけどねェ。なんて雑談を締めた。

 ……理科、もう少し勉強しようか。いやでも、今の範囲的には生物だよな……? 関係はないんじゃ……でも、関係なくても学んでいればいつか役に立つかもしれないし……

 

「ああ、夏野菜については家庭科の試験で行い、秋茄子については類題を国語で出す、という話は聞いているかな。両方とも試験範囲表に特筆してあるから、今度目を通しておくと良い。クク……それでは授業を再開しよう」

 

 

 一部の生徒が寝た。

 ……いや凄い度胸だな。決して見習うつもりはないけれども。尊敬もうらやみも凄さだけれども。

 

 

 まあ何にせよ、勉強する理由ができた。

 試験まであと2週間あまり。しっかりと詰めていこう。

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 さて、残るは空ただ1人。さっそく1階の教室へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【1階廊下】。

 

 

「空、今大丈夫か?」

「え、はい。大丈夫ですよ! ひょっとして、これから行きますか?」

「いや、息抜きでもどうかって」

「え、でも……大丈夫なんですか?」

「日程的にはまだ余裕あるからな」

「……分かりました。岸波先輩を信じます」

 

 つい最近、似たような会話を柊としていたため、断られるかと少し身構えてしまった。

 だが良かった……真面目な後輩に気を使わせながらも断られたらつらい。

 

「あ……岸波先輩、そういうことでしたら、ちょっとお願いが」

「お願い?」

「以前の、アスカ先輩のお誕生日会で話していた、罰ゲームのことです」

 

 やや言いづらそうに話す空。

 そういうことなら、話を聞こう。

 今さらだけど、こうして後輩に頼られるのは、どんな形であれ嬉しいものだから。

 

「なにをすれば良い?」

「ここではちょっと……少し付いてきてもらえますか?」

「いいけど、何処へだ?」

「ふふっ、家庭科室です!」

 

 

  ────>杜宮高校【家庭科室】。

 

 

 第2校舎にある家庭科室。主に家庭科の授業や、料理研究部、手芸文芸部が使用している場所だ。

 ここに何の用があると言うのだろう。

 

「今日はここを使用している両部活ともにお休みです。先生に教室の鍵は借りてきたので、何の問題もありません」

 

 向かうまでの時間で説明してくれる空。

 でも残念、説明してほしいのはそこじゃない。

 

 やがて家庭科室に到着し、空がポケットから鍵を取り出す。

 鍵が古いのか、少しガチャガチャと弄ったものの、無事に開いた。

 

「ちょっと待っててください!」

 

 入るやいなや、一目散に冷蔵庫へと駆けだす空。

 喉でも乾いていたのだろうか。

 

「えっと……あった! 岸波先輩、ささ、こちらのお席へどうぞ!」

 

 冷蔵庫の一番近くにある机に誘導され、椅子に座らされる。

 机を挟んで対面に立った空は、両手を身体の後ろに隠し、笑顔を浮かべたまま。何かを持っているらしい。飲み物じゃなかったのか。

 いったい何が始まるんだ?

 

「じゃじゃーん!」

 

 後ろでくっついていた両手が離され、前の方へと向かってくる。

 空の両手に載っていたのは、クッキーだった。

 

「クッキー?」

「はい。調理実習の時間に作ってみたんです。同好会のみなさんにって。日頃の感謝の気持ちです!」

「! ありがとう。待っていてくれ。すぐに皆を……」

「いえ、その前に、岸波先輩に食べて感想を教えてもらいたくて……」

「?」

 

 どういうことだろうか。自分に?

 つまりまずは自分だけに、ということだろうか。

 

 

──Select──

  食べる。

  怪しむ。

 >隠れて皆を呼ぶ。

──────

 

 

「って、ダメですってばッ!」

 

 恐ろしい速さでサイフォンを回収された……!

 

「別に毒とか入っているわけじゃないので、安心してください」

「毒見じゃ、ないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 

 机を思いっきり、バンッと叩かれる。想像もしなかった大きな音に、身体がビクッと跳ねた。

 悪気はなかったのだが、怒らせてしまったらしい。

 まあ、理由は良いか。食べてほしいというなら、食べよう。

 

「……でも、罰ゲームなんだよな?」

「はい。罰ゲームは、それを食べてもらって、本当に正直な感想を言う、というもので、どうでしょう」

「正直に?」

「包み隠さず、思ったことをお願いします」

「……そういうことなら」

「……では、どうぞ召し上がれ!」

 

 匂いは……普通か。

 さて、どうやって食べよう。

 

 

──Select──

  一気に。

 >少しずつ。

  やっぱり食べない。

──────

 

 多分、一気にガツンと行くのはただの死にたがりだ。

 自分の本能が訴えている。少しかじるだけに留めておけ、と。

 ……いや、でも、空が料理できないなんて話は聞いたことがないな。

 そう思いながらも、端の方を口に含んだ。

 

 

「……」

「どう、ですか?」

「……うーん」

 

 正直、美味しくはない。というか、マズいと言っても良いだろう。好みの味ではないという訳ではなく、単純になんか……こう、好きになれない味だ。

 問題は、それをストレートに言うかどうかだけれど。

 

 

──Select──

 >マズい。

  美味しくない。

  好きな味ではない。

──────

 

 罰ゲームの内容を持ち出してまで味見をお願いしてきたのだ。覚悟はあるだろうし、こうなることだって想定しているはず。

 なら、何を求められているのかはまだ分からないけれど、せめて素直になるべきだ。

 

「あはは……そうですよね」

 

 とても傷ついているが、だが同時に、少し嬉しそうだ。

 さて、しっかり目的のヒアリングをしよう。

 

「それで、どうしたんだ?」

「お礼の品を作った、というのは本当なんです。ただ、どうしても美味しくできなくて。家事が得意そうなアスカ先輩やリオン先輩には話しづらいですし、コウ先輩にはその……まあとにかく、岸波先輩に頼るしかなかったんです」

「なるほど」

「……その、出来れば美味しくできるまで、味見に付き合って頂いても良いですか? 罰ゲームの範疇は越えてしまうんですけど……絶対、美味しいのを食べて頂きたいので!」

「それは、自分で良いのか?」

「できれば、男性の視点でも意見が欲しいんです。同じく恩人である岸波先輩にお願いするのは心苦しいですが、なんとかお願いします!」

 

 ……努力しようとしている姿を、無下にはできない。

 それに、やはり先程も思ったけれど、頼られるのは結構嬉しいから。

 

「分かった。自分で良ければ上達するまで付き合うよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

 頭を全力で下げる空。ここまで必死な子に付き合わないなんて、そんな薄情なことできるわけがない。

 

「まず、渡すものを決めるので、一通りの味見をお願いします!」

「……一通り?」

「はい。何か変でした?」

「……いいや。大丈夫だ」

 

 そうか、クッキーを作ると決めていたわけじゃないんだな。

 思ったより長くなりそうだ……が。

 

 エプロンを巻いて、意気込みしている彼女を見ていると、まあ乗り掛かった舟だしな、と思えてくる。自然と、頬が上がった。

 

 

──その日の帰宅は生徒帰宅時間ぎりぎりまで続き、夕食が要らなくなった程度に、お腹がいっぱいになった。

 

 

 

──夜──

 

 

 ピンポーン、と呼び出し音が鳴る。

 

『こんばんは、お届け物です』

「はい」

 

 

 オートロックを解除して、運送業者を招き入れる。

 荷物の見当はついている。遂に来たかと、興奮を抑えきれていない。

 

 待つこと数分、次に鳴ったのは、部屋の前で押すインターホン。

 

 

『お荷物お持ちしました』

 

 つなぎ服の男性は、大きな段ボールと中くらいの段ボールを置いていく。

 

 判子を押し、帰っていく男性の姿を見送ってから、自分は居間へと段ボールを運んだ。

 

 

 数分が経って、開封し終える。

 ついに念願のテレビが手に入った!

 

 設置を終え、配線もつなぎ終える。

 電源を入れると、無事に映像が浮かび上がった。

 実際DVDを借りたりするのは後日になるが、その時がとても楽しみだ。

 

 

 




 

 コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが2に上がった。



────


 知識  +2。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月28~29日──【教室】フウカの憂鬱





 

 

 

 今日はどうしようか。

 仲間全員と話すことには、一応成功した。まあ柊には接触はできたということにしておく。

 となると、異界攻略へ挑むかどうかだが……うん、もう少し時間を置こうか。

 そうだな、土曜日あたりに行こう。

 今週は午前授業だし、事前に言っておけば集まりに支障はないはず。特に疲れが残っていなければ、日曜日に再挑戦だってできる。

 

 差し当たって今日何するかと言えば……部活か。最近ご無沙汰していたこともあるし。

 特別何かがある、という気はしないが、活動はしておくべきだろう。一刻も早く泳げるようになりたいのは本当だ。異界に遠泳を求められる可能性もありにしもあらずなのだから。

 いまだに滑る床は少しトラウマである。

 ……部活に行こう。

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 全力で水泳の練習をした。

 少しだが息継ぎのコツを掴めた気がする。

 ……何か教本があればできるようになりそうだが……試験が終わったら買ってみようか。

 まだ25メートルを泳げそうにはない。

 少し根気が上がった気がする。

 

 ……帰るか。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 試験に向けた勉強を始めよう。

 ……そういえば、“異界攻略を速く終わらせることができれば、余った日にちで勉強会を提案できる”な。

 そういう意味では、勉強は後回しで異界攻略を済ませるべきかもしれないが……まあ一度決めたことを覆すのも変か。この調子で行くとしよう。

 無論、休憩を適切に取りながらも、早めに終わらせる気ではいるが。

 

 

──6月29日(金) 放課後──

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「そう、そんなにいい人なのね、時坂君。私も少し前に頼み事をしたけれど、嫌な顔1つせずに手伝ってくれたの。今度お礼を言っておいてくれる?」

「……いいえ、それはフウカ先輩の口から直接伝えるべきかと。何でしたら呼び出しますし」

「そうかな……そうだね、お礼の言葉くらい、自分で言わないと」

 

 

 放課後の保健室、廊下側にあるベッドに横たわるフウカ先輩に、少しの間話しかけている。

 

 ……なんでも、体育の時間中に倒れたらしい。

 

「そもそも、体育出れるんですか?」

「調子のいい日はね。けれど今日は見学だったよ」

「でも倒れたんですよね?」

「休憩中にね」

 

 ああ、そういうことか。

 

「少し湿度が高かったのもあるみたい」

「全国的に熱中症が流行り出す時期みたいなので、フウカ先輩も気を付けてください」

「ええ、あまり心配ばかり掛けていられないものね」

 

 フウカ先輩はやる気みたいだ。

 顔色はあまり宜しくないが、良い目をしている。

 

「今日だって、大丈夫って言ったのに絶対安静って保健室に取り残されちゃって」

「構ってくれそうな自分に声を掛けたと」

「構ってくれそうって……まあ、その通りかな。君なら私の気持ちを理解してくれるかなって思ったのもあるけれど、何かあった時に一番変化に気付いてくれそうだし」

「そうですか?」

「そうだと思う。君、結構人のこと観察している節があるもの」

「先輩も同じだと思いますけど」

「入院者の相かな。来てくれる人が少ないから、じっくり話しちゃうの」

「分かる気がします」

「やっぱり?」

 

 そんな入院トークを続ける。

 観察している節、か。分かる物なんだな。もう少し気を使わないと、不快に思う人がでてくるかもしれない。

 

「ねえ、岸波君は退院をするとき、どんなことを想った?」

「退院するとき?」

 

──Select──

 >ひゃっほう自由の身だぜ。

  今後どんな生活が待っているのかドキドキ。

  病室が恋しくて寂しい。

──────

 

 

「…………あらあら」

「…………ははは」

 

 

 真面目に答えた方が良さそうだった。

 

 

──Select──

  ひゃっほう自由の身だぜ。

 >今後どんな生活が待っているのかドキドキ。

  病室が恋しくて寂しい。

─────

 

 

 特に思ったことなんてない気もするが、振り返ってみるとそれは、未来のみを向いていたからだろう。

 例えば退院する病院のことを考えたなら、そこで過ごした時間を重要視しているということだ。

 自由になった。解放された。と喜んでいたなら、それは今現在を重要視しているということ。

 そして、未知の事柄へ興味を抱くのは、未来を渇望しているから。

 

「そう……強いんだね、岸波君」

 

 自分の答えに儚い笑みを浮かべるフウカ先輩。きっと彼女の答えは、自分とは違うものだったのだろう。

 なにか、言わなければ。

 

 

──Select──

  これから強くなれば良い。

 >変に焦るな。

  ……(無言)。

─────

 

 

 

「焦るな、か。ううん、焦るよ。焦っちゃう。いつ、なにが起こるか分からないから」

 

 フウカ先輩が抱えている原因不明の病気。それは爆弾にも等しい。焦る気持ちは充分に分かるつもりだ。いまできることをしていかなければ、という気持ちは、自分がいつも抱いているものと同じだから。

 

「時間がないと思うからこそ、1つ1つを大切にこなしていくべきだと思う」

「分かっているけれど……」

「それが難しいことなのも、分かってる」

 

 彼女と自分の違いは、今も蝕んでいるものがあるかどうか。

 そういう意味で、完璧な助言は難しいだろう。彼女は実際に自分が苦しんでいる姿を見たことがなく、自分は彼女の苦しむ姿を見ているのだから。

 思い出せ。

 そんな彼女にもせめて、未来に対する希望だけは抱き続けてほしい、と。自分が見ている“楽しいもの”を伝えていく、という形で、この関係を始めたのだ。

 

「……ごめん、少し体調が悪くなってきたかも」

「そうか」

 

 

 無論、嘘だろう。いや、病は気からともいうし、本当になってしまうかもしれないが。

 それはともかくとして、一旦退いた方が良さそうだ。いまの状態では何をしても無駄になりそうだから。

 

 ……1度、誰かを間にいれて話してみるべきかもな。

 

 そんなことを考えつつ、保健室を後にした。

 

 そろそろ帰ろう。

 

 

 

──夜──

 

 

 ……勉強、息詰まってきたな。

 

 

「サクラ、音楽を流してくれないか?」

『はい、どんな音楽が良いですか?』

 

 

──Select──

  穏やかな曲。

  明るい曲。

  激しい曲。

 >お任せで。

──────

 

 

『分かりました。お任せください、先輩』

 

 

 ………………っ。

 

『どうでしたか?』

「……疲れた」

『……残念です』

 

 

 頭が混乱してしまった。……こうなったらもう進められないな。今日はもう寝るとしよう。

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが3に上がった。
 
 
────


 知識  +3。
 根気  +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月30日──【空き教室】異界攻略 1

 

 

「みんな集まってくれてありがとう。今日、異界攻略へ行こうと思う」

 

 空き教室へ集った洸、柊、璃音、空に対して感謝を告げてから、意気込みを話し始める。

 

「まあ、大した新情報もないしな」

「ええ、動き始めるなら今でしょう」

 

 ちょうど一週間と1日前、こうして対策会議を行った。

 そこで出た結論は、臨機応変に対応。情報不足が故の、苦肉の策だ。これを策と呼んで良いのかも分からないが。

 できるなら万全の準備をしてから挑みたかったが、それは高望みというものだろう。

 

「なにか前もって言っておくことはあるか?」

 

 全員が黙る。伝え忘れたこともなく、本当に今のまま異界へ挑むことになりそうだ。

 

「よし、行こう」

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

 異界の出現場所へやってきた。

 ここでサーチアプリを起動させれば、不可視となっているゲートが顕現する。

 ……通行人もそんなに多くない。今が好機だろう。

 サイフォンに語り掛ける。

 

「サクラ、準備を頼む」

『はい。“echo”を起動。ナビゲーションを開始します。頑張ってくださいね、皆さん』

 

 

 キィン、とサイフォンから機械音が鳴る。

 なんでも、特殊な波を出して、周囲にある入口を検索しているらしい。

 そして、顕れる。すべてを呑み込んでしまう、“赤い扉”が。

 

「……顕れたわね」

「ソラちゃん、大丈夫? 緊張してない?」

「はい、いつでも行けます!」

「ソラが居てくれんのは頼もしいぜ」

「そうね、誰かさんと違って」

「……まあ頼りないのは否定できねえけどよ……」

「冗談よ、それなりに期待しているわ。岸波君も久我山さんも、それは同じ」

 

 相変わらず冗談と本音の区別がしづらい柊と、真に受けやすい洸の会話を耳にして、ああ、いつも通りの光景だなと思う。

 少しこのやり取りにも見慣れてきて、心配より安心感が勝るようになってきた。

 この2人にはいつまでもこう、仲睦まじい形であってほしい。

 

「さて、入るぞ」

 

 みんなが口々に反応を返してくる。

 そこに躊躇や忌避感を感じない。全員やる気は充分みたいだ。

 

 もう一度仲間たちの顔を見渡してから、異界へ端を踏み入れた。

 

 

────>異界【妖精の回廊】。

 

 

 ──そこは、空中に浮かんだ、ある種の神殿のような造りだった。

 

「何度見ても見慣れない、不思議な場所ですね。綺麗なのに、ゾッとするような不気味さもあるというか……」

「なんか分かる気がする。わたしとソラちゃんは助けられた側だし、特にそう思うのかも」

 

 既に数回、練習と鍛練ということで異界に訪れていた空は、手甲のソウルデヴァイスの調子を確かめつつ、関わった複数の異界を総評してそう纏めた。

 その意見に同意したのは璃音だ。

 彼女たちは2人とも、意味も分からずこの世界に連れてこられ、ただ閉じ込められ、本音と向き合わさせられていた。

 自分や洸とは違う。最初から化け物たちが跋扈しているところを見てきて、感動よりも危機感を覚えた自分たちとは。

 ……柊はどちらなのだろうか。

 

「なんだって異界は毎度毎度こんなに入り組んでんだろうな」

 

 ふと洸が疑問を零す。

 確かに、すべてが一本道だったら、終点が見えている分自分たちも救出が楽だが。

 

「みんながみんな、まっすぐではいられないということでしょう。見たいもの、目を逸らしたいものは誰にだってある。時坂君も、そうじゃなくて?」

「そういうもんか」

「そういうものよ、普通は。異界は一種の心の歪みが引き起こす事象。知って欲しい。そっとして欲しい。関わって欲しい。聞いて欲しい。触らないで欲しい。そういった無数の無意識が絡み合って、迷宮化するのだと思うわ」

 

 柊はそう言って、足を進めた。

 

「さすが異界のプロ、詳しいな」

「貴方たちよりはね。それより、はやく行きましょう。時間が勿体ないわ」

 

 

────

 

 

「気のせいだったら悪いんだけどさ」

「?」

「アスカ、今日調子悪かったりする? それとも、何か気になることとか」

「……どうしてそう思うの?」

「勘」

「……久我山さん、貴女ね……」

 

 頭を抱える柊。決して、頭痛がするわけではないのだろう。別の意味で頭が痛いのかもしれないが。

 

「別に気にしなくて良いわよ。“どうせすぐに解決するわ”」

「……そう? でも、辛かったら言わなきゃダメだからね!」

 

 ビシッと指をさして、璃音は前へと先行する。どうやら警戒の手を引き受けてくれるらしい。

 

「ねえ岸波君」

「なんだ柊」

「私、そんなに手のかかる子に見えるかしら」

「……璃音がおばちゃん気質なんじゃないか?」

「そう。……久我山さんに伝えておくわね」

「何が正解だったんだ……!」

 

 

 この話が始まった時は、まさか自分が頭を抱えることになるとは思っていなかった。

 世の中、どんなことがあるか分からない。常に気を引き締めないと。

 

 

────

 

 

「そういや、今回はなかなか声が聴こえねえな」

 

 何かを思い出したかのように、突然洸が言い出した。

 

「声?」

「ほら、形成者の想いが強いとなんとか……ってやつ。ソラの時は聴こえてただろ?」

 

 後ろで空が、えっ何聞いたんですか!? といった驚愕の表情を浮かべている。

 知らない方がいい。

 そっと目を逸らした。

 

「その例を参考にするなら、ユウ君のお父さんの想いがそんなに強くないってことじゃないか?」

 

 そうなら良いな、と思う。

 親が子を心の底から嫌う、とか、そういう話は、あまり聞きたくない。

 

「つっても、異界を発生させるくらいの感情はあったんだろ? そこんとこどうなんだ柊」

「……そうね、まだ半分も潜っていないのだから、今気にすることではないわ。後半で1回聴こえるだけでもヒントになるし、大切なのは聴こえることを聞き逃さない事よ」

「なるほどな。別にどのくらい潜ったら聴こえる、なんて基準はねえのか」

 

 となると道中、戦闘中などに聴こえてきたら拙いな。

 そこに割く余裕があると良いんだが、シャドウに遮られでもしたらどうしようか。

 

 

「……止まって」

 

 

 先行していた璃音が、小声で自分たちを止めた。

 

「シャドウか?」

「うん、大きい。サクラ、敵の脅威度は分かる?」

『そうですね……油断は禁物、といった所でしょうか』

「つまり、気を引き締めていけば勝てるかも、ってことですね」

「そういうことみたいだね」

「岸波先輩、どうしますか?」

 

 

 空がこちらに指示を仰いでくる。

 ……全員、まだ疲れた様子はない。

 

 

──Select──

 >行こう。

  一旦引き返そう。

──────

 

 

 行こう。躊躇う理由はない。初日だし、無理は禁物だが、臆病になるほどでもなかった。

 

「はい、行きましょう!」

 

 挑戦的な、武道家としての彼女が答える。

 気合が入っているみたいだ。

 当然か、大型のシャドウと戦うのは、これが初めてのはずだから。しっかりとフォローしないと。

 

 

 接近すると、大型シャドウが具体的な形状を持った。

 近いもので言えばあれは……オニか?

 だとしたらもっとも警戒すべきは、物理技……とカウンター。

 しっかり見極めなければ。

 

「大型シャドウね……岸波君、指示を!」

「洸と柊で安全を確保! 空はペルソナで物理技、璃音は属性攻撃!」

 

「“ラー”!」「“ネイト”!」

 

 指示から間髪入れずに、洸の“防御力向上(ラクカジャ)”と柊の攻撃阻害(タルンダ)”が入る。これで属性相性の調査に少しは気を回しやすくなるだろう。

 

「“セクメト”──【アサルトダイブ】!!」

「奏でて、“バステト”!」

「“スザク”、【フレイ】!」

 

 空のペルソナ、セクメトの放った、範囲は狭いが威力の強い打撃系技が入り、仰け反ったところに璃音の念動攻撃が。自分の核熱攻撃が入る。

 しかし、どれも効きはするものの、会心の一撃、という程ではな──って攻撃!?

 

 

「ぐあっ……」

「大丈夫!?」

「あ、ああ……次、璃音が支援で残り3人は属性攻撃! 回復は後で大丈夫!」

「了解──ッ!」

 

 

 

 手ひどい反撃を受けたものの、最初に安全を確保しておいたため、1撃で沈むことはなかった。寧ろもう1発までなら耐えられそうだな。

 そんなことを考えつつ、次の指示を出す。

 あまり戦闘を長引かせたくはない。決定打とできる攻撃が見つかれば良いけれど……無理そうだな。

 

 

 ……結局、璃音の範囲回復が無ければ敗走もあり得るところまで長引いてしまった。

 相手に弱点などはなく、完全な実力での勝負。

 属性を気にしなくていい分、気は楽になるかもしれないが、それでも警戒は怠るべきではないということだろう。

 そんなことを考えつつ、後方に消える柊を見送り、仲間たちに声を掛けることにした。

 

「空、どうだった、初めての強敵は」

「強かったです……思いっきり正拳突きした時なんか、入った感覚はあっても、極めて有効打といえる形にはならなくて……」

「確かにそこはその辺のシャドウで得づらい教訓だな」

 

 自分が何を上から言っているのかと自問したが、そもそもこういう役目の柊が居ないので、仕方なくこのまま続行することにした。

 

「苦手か?」

「いえ、次はもっと上手くいけると思います」

「……そうか」

 

 思ったよりはっきりと答えが返ってくる。まだ戦意を失ってはいないようだ。

 洸と璃音は……平気そうだな。普通に話していた。

 

「なあハクノ、柊何処に行ったか知らねえか?」

 

 ああ、その話か。

 けっこう自然と歩いて引き返して行ったから、自分以外誰も気付けなかったのだろう。

 

「知ってる」

「ドコ?」

「まあすぐに戻ってくると思う」

「ふーん」

 

 少し訝しげに自分の顔を見上げてきたが、何かを納得したのかすぐに離れて行ってしまった。

 

「待たせたわね」

 

 そんなやり取りを繰り返すうちに、件の彼女が戻ってきた。

 ──もう1人、この場にいるはずのなかった男子生徒を連れて。

 

「──ああ、紹介するわ。四宮祐騎くん、自称迷子よ」

「いや自称迷子ってなんだよ」

 

 

 四宮 祐騎。まあ今更呼び方を変えるのも変だし、ユウ君でいいか。

 夏服用の制服の下、閉じられていないシャツの下には、緑色のTシャツを着ている彼の姿が。人違いかと思ったが、トレードマークのヘッドホンは同じものだし、本人だろう。

 ……なぜ、という質問は無粋か。きっと、追いかけてきたんだろう。

 彼は、どこか憔悴しきった顔で、絞り出すように声を上げた。

 

「そ、そんなことより……ここは一体何なんだよ……! 僕は、いや、ボクの姉さんは何に巻き込まれたのさ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6月30日──【妖精の回廊】異界攻略 2

 

 

「四宮、お前、どうして……」

 

 唖然とした表情で洸が尋ねる。

 それはそうか。こんな命の危険がある場所に、生身で入ってくる訳がないと思う。

 だがそれは、危険度を知っている自分たちだからこそ、できる判断だ。

 

「質問してるのは僕だ! 話せよ! ここはいったいなんなんだ!」

 

 ユウ君が錯乱するのも無理はない。

 彼はただ、自分たちが何か知っていると勘付いて、後を追ってきただけ。行きつく先が異世界だとは聞いていないし、シャドウたちが跋扈しているなんて考えもしないだろう。

 

「……随分な態度ね。置いていこうかしら」

「そうする?」

「「コラコラ」」

 

 女性陣2人が物騒なことを言い出したので、洸と2人で止めた。

 まあ実際に苦労させていた柊の気持ちは分からなくもないけれど。

 

「それで、岸波君。どうしてここまで彼が着いて来ることを容認したのか、聞かせてもらえるかしら」

「……流石に、柊は気付くか」

「そういう貴方も、気付かれていることに気付いていたでしょう」

「ああ、柊みたいに確信していたわけではないけれどな」

 

 とはいえ、万が一居ても良いように、と打ち漏らしがないよう最善の注意を払い、少し余分な所までシャドウの姿を探しながらも、後ろを行く彼に危険が及ばないようにしていたのは、主に彼女と自分、あとは璃音だ。

 璃音に後方を気にする様子はなかったから、自分と柊に合わせた結果なのだろうけれど、柊は別。

 今にして思えば、払わなくていい注意力を割き、安全の確保に努めていた。洸が不機嫌と言った姿はそれが理由だろう。

 

「まずはそうだな、ユウ君に現状を説明するとしよう。その後で今後の対応についての話をする、って感じで良いかな?」

「……そうね、このまま騒がれても、話の邪魔だもの」

「なっ──……聞き捨てならないんだけど。子ども扱いしないでくれる?」

「あら、さっきまで理由を話せと駄々を捏ねていたのは誰かしら」

「駄々じゃない。正当な説明要求。僕はあんたらと違って天才だから、少しでも情報があればすぐに状況の整理くらいできる」

「聞かれる側の気持ちを考えない時点で、高が知れてるわね。……貴方の命、それから貴方のお姉さんの命、誰が握っているか分かっ「柊ッ!!」」

 

 冷静な表情で、しかし確かに激昂している柊。いつも感じる余裕はそこにない。初めて見る表情だ。

 だが、止めざるを得ない。

 今の発言は、“私たちがその気になれば、貴方をここで見殺しにすることも、貴方のお姉さんを助けないこともあるわよ”、という脅し。本人や、その大事な人の命を逆手に取った、最悪の話し合いだからだ。

 売り言葉に買い言葉で、言って良いことでもない。

 自分たちは嘘でも、救わないという選択肢を提示してはいけないのだから。

 少なくとも自分がその発言を容認することは、絶対にない。関わると決めた日に、誓ったからだ。

 悲劇から目を逸らさない。出来ることをする。

 救わないとすることは、目の前にある悲しみを取り除かないのと同じ。努力を放棄することと同じ。

 そんなこと、許されるわけがないだろう。

 

「……」

 

 柊は謝らない。苦渋を飲むような顔をしている。

 恐らく自身が言おうとした内容は分かっているのだろう。罪の意識もあるのだろう。

 だがその上で、許せないものがある、と、そんな葛藤の表情だ。

 

 全員が無言になる。

 

「……確かに、最初に声を上げたのは僕だ。謝る」

 

 そんなとき、ユウ君の声が響いた。

 

「だけどさ、頼むよ。関わらせてくれ。姉さんのピンチなんだろ……さっきの様子見てたら分かる。きっと命に関わるような、ヤバいことに巻き込まれてるんだって」

 

 ぽつり、ぽつりと言葉を零していく。

 そこに攻撃的な色はなく、ただ、懇願するように呟いているだけ。

 

「姉さんは……姉さんはウザイし、ウルサイけど、姉さんなんだ。大事な僕の……家族なんだ」

 

 きっとその言葉を聞いていたら、葵さんも喜んだだろう。

 彼女の愛は、正しくユウ君に届いているのだから。

 

「だから、僕にできることがあるならしたいし、指をくわえて待ってるだけなんてできない! 大事な家族の命を、他人に任せてられるかっての!」

 

 彼は必死だった。必死で自分に、自分たちに想いを分かってもらおうとしてた。

 泣き縋ってでも、しがみついてでも着いて来る。そんな覚悟が、彼の瞳に宿っている。

 まっすぐ、どこまでもまっすぐに、自分たちの方を向いて、ただひたすらに声を上げていた。

 

 ──だから、だろう。

 

「だから頼むよ、センパイ……いや、お願いします。僕に、姉さんを助ける手助けを、させてください」

 

 彼は、自身の身体が──いや、彼の魂が放つ輝きに、気付くことはなかった。

 

 

「この光は……」

「似てる……」

 

 璃音の時と、空の時。2回ともに見られた、輝きの収束。あの時は倒したシャドウが本人へと吸収されていく過程で生じたソレと同じ光。だが、今回は今までの2件と少し違った。

 他に何の要素も干渉もなく、四宮祐騎から出た光が、四宮祐騎自身を輝かせている。

 

 自分たちの反応を受けてか、ようやくユウ君も自身の異変に気付いたらしい。

 

「う、うわああああ! なんだコレ! 光り過ぎでしょ!?」

 

 いつか、美月が言っていた。

 ペルソナは、自分の本音としっかり向き合った時に。ソウルデヴァイスは、困難に抗おうと決意した時に顕現する。

 つまり彼は、本来であれば認めたくない本音を家族の為に受け入れ、関わりたくもない状況でも家族の為に抗って見せようと覚悟したということだ。

 彼の覚悟(ココロ)は、彼の光が証明した。

 なら、自分たちがしてあげられるのは。

 

「手を伸ばせ!」

「ッ!?」

「君の求める(モノ)は、その指先にある!!」

 

 ユウ君が、虚空へ手を伸ばす。

 手先に光が収束を始め、やがて、何かを形どり始めた。

 それは棒状のような、それでいてふくらみのある何か。

 

「叫べ四宮! お前の在り方(タマシイ)を!」

「う、ぁあああああああっ!!」

 

 時坂の激励に、輝きから目を逸らすことを辞める彼。

 光の棒を、小さな手が、掴む。

 

 

 

起きろ(Boot)──“カルバリー・メイス”ッ!!」

 

 

 

 そして、“槌”が現れた。

 

 横薙ぎされた槌。ハンマーのようにも見える。

 だが、それで終わりではない。ブォンという音を立てて、小さいボールのようなものが顕れた。彼の周りを縦横無尽に飛び回る球体、動き自体は恐らく自身で制御できるのだろう。自分のソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”と多分同じようなものだ。

 あれはいったい、なんだろうか。少なくとも、ソウルデヴァイスの一種、というのは間違いないが……

 

 

「これが……ああ、なんだコレ、知らないはずなのに、使い方が分かる……超科学すぎるでしょ……」

 

 困惑しているようにも聞こえるが、喜色が混ざっているようにも見える。

 

「さて、ユウく──」

「待って、(シャドウ)よ!」

 

 柊が声を上げ、ユウ君以外の全員が身構えた。

 

 地面から影が溢れ、形を成す。

 シャドウ。それも大型。さっきの個体によく似たものだ──!

 

「なるほど、これがシャドウ。敵って訳だね」

「下ってユウ君、この敵は!」

 

 悠然と歩きだそうとしたユウ君を庇う様に、“ヴァリアント・アーム”を構えた空が前に立つ。

 しかし、そんな彼女の横を、ユウ君は通り過ぎた。

 

「ちょっ」

「あー、良いってそういうの。分かるって言ったよね。僕にも戦わせてよ」

「四宮クン……?」

「状況は分かんないけどさ、まずは示してあげるよ。僕の有能さを、さ。置いていくなんて選択肢、残してやらないから」

 

 戦えることの証明、それを今、ここでしようと言う。

 大した度胸だ。

 

「空、洸、まずは切り崩そう! 柊はユウ君のサポート、璃音は遊撃! ユウ君は自由に動いてくれ! 行くぞ!」

「「「「「応!」」」」」

 

 4人から5人へ。新戦力を含めた戦闘が、開始する。

 

 

「どうせ弱点はねえんだろ……ソラ!」

「はい、コウ先輩!」

 

 洸が“レイジング・ギア”をクロスを描く様にソウルデヴァイスを振るう。最後の反動を利用して、回転切りを放った。

 かなりの衝撃が襲ったはずだが、シャドウは倒れない。

 そこに追撃するように、ソラが跳び掛かる。

 

「はああああっ! 砕け散れぇっ!」

 

 しっかりと溜め込んだ、渾身の1撃が振りぬかれる。

 しかし、シャドウは耐えた。

 空中で発動させたから、威力が下がったのかもしれない。

 

 反撃の拳が空を捉える。

 かなり重い攻撃だが、重傷というほどのダメージは受けていないらしい。

 回復指示は後回しだ。

 まずは、押し込む。

 

「“べリス”! 【スレッジハンマー】!」

 

 自分が召喚したのは、馬に乗った甲冑姿の男のペルソナ。

 物理スキルが放たれる。複数のシャドウを相手取ることはできない技だが、敵が単体で威力の大きい技を求めるなら、これは結構使い勝手がいい。

 鬼の姿をしたシャドウは、反動で1歩だけ後退して……それだけだった。

 

「追撃するぜ!」

 

 洸がシャドウへと“レイジング・ギア”の切っ先を放ち、その剣先を追うように身体を飛ばす。

 いつもは自分の元へソウルデヴァイスを戻しているが、ソウルデヴァイスの方へと自分を引っ張ることができるのか。相変わらず読めないソウルデヴァイスだ。

 

「────」

 

 だが助かる。おかげでシャドウのバランスが崩れた。

 

「今だユウ君!」

「言われなくても!」

 

 ソウルデヴァイスである槌をくるくると振り回し、その流れで、サイフォンへと格納する。

 そして画面上に指を滑らせ、『PERSONA』の文字列を思いっきり振りぬいた。

 

 

 

 

「来なよ──“ウトゥ”!」

 

 

 

 台座に座り、棒のような何かを持っている男が、ユウ君の後ろに現れる。

 これが彼のペルソナ。

 

「“ウトゥ”、【ジオンガ】だ!」

 

 ユウ君の呼び掛けに応じ、雷のスキルが発動する。

 強烈な稲妻がシャドウに落ちた。

 目立った効果はないにしても、的確なタイミングでの追撃、心強い。

 

 最後の攻撃に反応したのか、ユウ君目掛けて拳を構えたシャドウ。

 だが、護衛の彼女はそれを見過ごさない。

 

「【タルンダ】! 防御よ四宮君」

「分かってるよ」

 

 柊が敵の攻撃を阻害、リスクを抑えた上でユウ君に攻撃を受けさせる。

 見事受けきったユウ君に、傷や疲れは見られない。

 璃音が飛びまわり、敵の注意を引いている。ここに強烈な一撃を与えられれば……!

 

「空!」 

「行きます!」

 

 殴り、殴り、裏拳を含めて連撃を放った彼女は、締めと言わんばかりに大きな溜めのモーションを作ってから、敵へ攻撃を放った。

 

「……倒れました! 岸波先輩、みんなで行きませんか!?」

「ああ行くぞ、総攻撃だ!」

「「「 応 !! 」」」

 

 

 全員で倒れたシャドウを囲み、容赦のない連撃を放っていく。

 幾度となく繰り返された攻撃が、ついに敵の許容限界を超えたのだろう。

 シャドウは闇へと霧散していった。

 

「か、勝ったのか……? はぁああああ……!」

 

 大きなため息を吐いて、地面にへたり込むユウ君。

 

「お疲れ様、ユウ君」

「マジで疲れた……でも、これでボクがそこら辺の無能とは違うって分かったでしょ」

「そこは最初から信じていたさ」

 

 最初から、資格云々のような話ではないのだ。力に目覚めている以上、目標に向かって突き進む覚悟はあるのだろう。

 自分としては、今回の件にユウ君がいると嬉しい。何の手がかりもないまま進むより、道を知っている者と進んだ方が、効率だって良いはず。

 柊は基本、一般人に足を突っ込んで欲しくないらしい。危険度の話もそうだし、彼女からすれば覚悟が足りないように見えるのも仕方ないだろう。

 だから、一回話し合った方が良さそうだ。

 

「今日はいったん戻ろう」

「え、もう帰るの?」

「ああ。ユウ君が着いて来るなら準備も必要だろうし、着いて来ないなら置いて来ないといけないから」

「……たしかにそうだね」

 

 璃音が納得したように頷く。

 周囲のみんなも基本的に同意見らしい。反対の声は上がらなかった。

 

『あ、今日は帰られるんですね。また次回、頑張って下さい』

 

 サクラがそう言って、ナビゲーションを終える。

 明日はどこかに集まって話し合いだな……どこにしようか。学校も開いていないし……

 

 

 

 

「って言うかさ、いつまで僕のこと、ユウ君って呼ぶわけ!?」

「今更名前で呼ぶのも何かなって」

「いや良いから! 呼びなよ! 逆にユウ君って呼ばれる方がヤだね!」

「えー」

 

 






 一瞬だけ、アスカの台詞を「話の途中だけれど、シャドウよ!」にしようか悩みました。
 それだけ。

 そろそろこの章も折り返し。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月1日──【マイルーム】攻略会議 2

 

 

 

 時間もあったので、早朝ではあるが部屋の片づけをしようと思い立った日曜日。新しく買ったテレビを置く台の周辺や、CD・DVDの収納されている棚、気付けばだいぶ中身の増えてきた衣類タンスなどを整理していると、不意にインターホンが鳴った。

 

「こんにちは、岸波君。上がっても良いかしら」

 

 出てみると、なにやら見覚えのある顔が複数。

 オートロックを解除し、部屋まで上がってくるのを待つ。当然頭の中は疑問でいっぱいだが、来客があった以上、清掃の手は止めなくてはならない。彼女らが上がってくる前に一段落つけなければ。

 

 

────

 

 

「で、どうして自分の家に?」

「異界が近い方が良いでしょう。その時点で四宮君か岸波君の家に向かうつもりだったけれど」

「ま、ウチはモニターとか色々あって手狭だから、岸波センパイの部屋に移動したわけ」

 

 あ、これお土産です。と空がお菓子を手渡して来たので、ご丁寧にどうも。と受け取った。

 

 ……既に勢揃いだな。

 

 洸、璃音、柊、空、それから新しい仲間の四宮 祐騎。5人の来客があったのは朝早く。だいたい8時頃だっただろうか。

 朝に集合をかけると言われておきながら、集合時間も場所も知らされなかったのは、こういうことか。ようやく得心がいった。正直事前に相談してもらいたかったところだが。

 まあ見られて困るようなものもない。

 何気に美月以来居なかった来客だ。丁重におもてなししないと。

 

「へえ、外から見ると分からなかったが、けっこう広いんだな」

 

 リビングに案内すると、臙脂色のシャツを着ている洸が、辺りを見渡しながらそう呟いた。

 

 ……そういえば、全員すっかり夏らしい私服になったな。

 

 7月初日。段々と暑さが実感できるようになってきたが、目に見えた変化といえば周囲の彼らが軽装になったことくらいしかない。

 まだ雨は若干続いているし、湿度の高い日だって継続中だ。

 夏休みになればまた変わるのかな、なんて想像をしてみる。すべては時が来てからのお楽しみ。

 今は目の前の困難に向かい合っていかなければならない。

 

「ねえソラちゃん、せっかくだし探索しない?」

「えっ!? でも、良いんでしょうか……」

 

 璃音の提案に、ちらりと横目でこちらの顔色を伺う空。駄目に決まっているだろう。

 というか、璃音寒そうな格好しているな、大丈夫だろうか。

 へそ出しノースリーブシャツに1枚薄手の上着を羽織っただけ。下はショートパンツ。なんとも開放的な姿。帽子を被っているとはいえ、少し心配になる。

 その反面、空は翠っぽいシャツにジャケット、ミニスカートの組み合わせ、下は璃音と変わらない風通しの良さだが、上がしっかりと閉まっているため、寒そうな印象は受けない。

 ……おっと、あまりじろじろ見るのも失礼か。

 

「自分が許可すると思うか?」

「疚しいことがないならイイでしょ?」

「そういう問題じゃない」

「ソラちゃんも少しは興味あるよね?」

「え、わたし!? その、まあ、少しは……」

「ま、僕も少し興味があるから、参加しようかな」

 

 なんて。

 結局全員が思い思いの場所を覗き回る流れになってしまった。

 見て面白いところなんてないとは思うが。

 

 

「ねえセンパイ、ゲームとかないの?」

「つい先日テレビを買ったばかりだ。ゲームとかはまだ先だな」

「ちぇ、時坂センパイはゲームとかするの?」

「付き合い程度だな。あんまガッツリはやったことねえ」

「なぁんだ、つまんないの。ウチからゲーム持ってこようかな。幸い、テレビは悪くない大きさだしね」

「説明終わってからにしろよー」

 

 

 説明、という単語で思い出した。

 そうか、ユウ君──いや、祐騎に事態の説明と、協力の要請を行うために集まったんだっけ。

 こうしてはいられない。

 

「全員、集合」

 

 自分の台詞に、祐騎と璃音以外の全員が集まる。

 璃音は棚の前、祐騎はテレビ台の前に立っていた。

 いや、仮にも祐騎は説明を求める立場だろうに。

 

「……いやセンパイほんと、そこそこ良いテレビ持ってるじゃん。僕もゲームは大画面でしたい派だからね。今度やろうよ」

「ああ、今度な。取り敢えず今は話を」

「はーい、ゴメンナサーイ」

 

 ……まあ、素直に戻ってきたから良いか。

 問題は璃音だが、棚の前で何をしているのだろう。

 

 

「璃音、どうした?」

「ひゃっ……ううん、なんでもないナイ! ゴメン、今行く!」

 

 少しだけ顔が赤い。どうしたのだろうか。特に何か目に留まるようなものは置いていなかったはずだが。

 まあ、良いか。これで全員がテーブルの周りに集った。

 

 

「それじゃあ、説明を始めよう」

 

 

────

 

 

「ふーん、なるほどね」

 

 頭の後ろで手を組みながら、座布団の上であぐらをかく祐騎。

 

「今の説明で分かったのか?」

「余裕だっての。頭の出来が違うんだよ、センパイたちとは」

「コイツ……」

 

 昨日の殊勝さはどこへ行ったのか、とでも言いたげに白い目で見る洸。

 だが、そんな目で見ようと何も変わらない。

 

「それより岸波センパイ、冷房つけないの?」

「電気代節約」

「主婦かよ……」

 

 洸のツッコミには何にも言えないから放っておこう。

 だって、無駄使いするほどのお金はないし。

 ……いや、みんなの快適のためなら財布の紐を解くのも悪くないか。

 冷房冷房……リモコンは何処だったか。

 

「主婦云々はコウ先輩が言えることじゃないと思いますけど……」

「……その通りね」

「お前らが俺の何を知ってんだよ」

「エプロン姿が似合う」

「柊が言うな」

「商店街の特売日を把握してますよね」

「八百屋の一人息子が内通者(ダチ)だからな」

 

 リモコンを見つけて操作、エアコンが起動して冷気を吐き出したのとほぼ同時、柊と空の口撃を華麗に捌いた洸が、ふぅ、と一息吐いた。

 

「そろそろ話を──」

「時坂クンはどっちかって言うと、主婦というか主夫だよね」

「「「あー」」」

 

 璃音の台詞に、祐騎と本人以外の全員が納得の声を漏らす。

 倉敷さんに世話を焼かせすぎないように、先回りして家事をする洸の姿が思い浮かんだ。

 バイトの経験値で一通りのことはできるだろうし、間違ってはいないのではないだろうか。

 

「あーじゃねえよ! 話を戻すぞ」

 

 いい加減青筋が彼の額に浮かびそうだったので、話を進めることにした。

 

「四宮、異界が発生した心当たりはないか?」

「ないね。あんなヤツのことなんて知るもんか」

 

 目を逸らしながら、祐騎は切り捨てる。

 まあ言い方は悪いが、祐騎にとっては姉を命の危機に陥れている張本人、だしな。

 

「ユウ君、お父さんのことそんな呼び方……」

「あんなヤツ父親じゃ……って、いつまでその呼び方を続けるつもりだよ、郁島」

「えー……わたしはこの呼び方、好きだけどなぁ。可愛いし、ユウ君にあってると思う」

「いや、男の僕にカワイイとか言わないでくれる? そういうのが似合うのは小学生まででしょ」

「ユウ君を一番分かってるお姉さんが付けてる愛称だもん。今のユウ君にあってないわけないよ」

「姉さんは昔から何も考えてないだけなんだよなぁ」

「また横道に逸れてるぞ」

 

 柊と璃音は何か考え込んでいるし、議論もろくに進んでいない。

 こうなってくると、選べる道は少ないな。

 

「1つ、ユウ君が少しでもヒントになり得ることを思い出して、議論し、対策してから攻略。2つ、何も知らずに特攻。どっちにするか」

「後者は脳筋すぎるでしょ。ってか呼び方戻ってる」

「じゃあ前者にするか?」

「……ハァ。えっと確か、異界ってのは構成者による何かしらの諦観が元となるんだよね。それには対となる“諦めたくない意地”のようなものが必要なんでしょ」

 

 そうだなぁ、と天井を仰ぐ祐騎。

 

「ねえ、ちょっと良い?」

「どうした璃音」

「四宮クンに聞きたいんだけどさ、どうしてそんなに父親との仲が拗れてるの?」

「……」

 

 そういえば。

 そもそも今回の一件がなくても彼ら親子は仲が良くないのだったか。

 その原因を、自分たちは知らない。

 

「別に、大したことじゃないよ」

「その大したことじゃないことを、教えてくれないかしら。今は少しでも情報が欲しいの」

 

 柊が話を拾う。

 祐騎自身は話したくなさそうだが、流石に周囲から問い立てるような視線を向けられ、観念したらしい。ゆっくりと口を開き始める。

「最初は多分、小学校に入る前だったかな。アイツが言ったんだ、『お前は私のように、いや、私以上にしっかりとした道を歩むんだぞ』って」

「……それの何が?」

「別にこの時から嫌悪感を抱いていたわけじゃないさ。けど、時間が経つにつれて色々なことを強要されるようになって、アイツが僕を“自分の理想通り”に育て上げようとしているのが明け透けになった辺りから、抑え込んでいた蓋が壊れたかのように嫌悪感が湧き出てきたってだけ」

 

 理想通りに、育てる。

 

 子どものいない自分に、親の気持ちなんて分からない。

 親に育ててもらった記憶のない自分に、親の苦労は分からない。

 

 それでも確かに、“理想通り”という言葉は違う気がした。

 ……もっと親について知っていたら、何かを言えるのだろうか。

 

「……そっか」

 

 璃音はまた、何かを考え込む。

 

「それで、お父さまは“どんな風に”貴方を育てたがっていたのかしら」

 

 柊が、目を鋭くして尋ねた。

 祐騎も少しだけ、目を細める。

 なんかこの2人、相性が悪そうだな。何でだろうか。

 

「……さあね。最終的なヴィジョンは知らない。けれどまあ、よく言われたことなら覚えてるよ」

「それは?」

「“才能”」

 

 才能?

 その単語自体は、祐騎の好きそうなものだが。

 実際何度か、自らのことを天才と称していた気がするし。

 

「やれ『お前には才能がない』だの、『才能の無駄遣い』だの言ってくれちゃってさ。頭にくる」

「お父さんの期待していたことが、できなかったってこと?」

「できたさ。けれど、“手放しでほめるほどの事ではなかったよ”」

「成程」

 

 今の説明で何かが分かったのか、柊が頷く。

 逆に空は首を傾げてばかりだ。洸も自分も、あまり理解できていない。璃音は……表情が読めなかった。

 

「だから家出をしたというわけね」

「そうさ、アイツの要求は、狭すぎるんだ」

「えっと……?」

「つまり四宮君には、“確かな才能があった”けれど、それは“お父さまの求める四宮祐騎の才”ではなかったという話よ。至った結論は恐らく……父親の元に居たら自分の才能が腐る、というもので間違いない?」

「ああ、だいたいそんなカンジだね」

 

 力なく笑う祐騎。なんとも自嘲的な笑みだった。

 

 今度の説明でなんとなく分かった。

 自分が理解できるのは、きっと似たような思いがあるからだろう。

 自分は北都グループに“期待”されているが、期待に応えられるほどの才能に“心当たりがない”。

 自分で言う“心当たりがない”、の部分が、祐騎にとっての“他分野の才能”ということだと考えている。

 そう考えれば、分からないことでもない。きっと似たような思いを抱いたことが無ければ、ピンとこないだろう。

 

 しかしこの2人、柊と祐騎は相性が悪いのではなく、折り合いが悪いのか。考えを理解できるということは、近い何かを持っているということなのだろうから……やはり、単純に仲の良し悪しとだけで測れる問題でもないらしい。

 

 空が理解できないのはきっと、求められた才能と持ち合わせている才能がかけ離れていないからだろう。己も才能を巡った事件に遭遇していた彼女ではあるが、少しばかり問題のベクトルが違っている。

 彼女の祖父は道場の師範だと言う。その上で彼女も流派を継ぐ者の一員として努力してきた。

 これがある意味“噛み合っている才能”。

 

 では、“噛み合っていない”才能とは。

 それこそが祐騎とその父の問題。父親の理想とする四宮祐騎像を構成する才能を祐騎が持っておらず、その代わりに類まれな才能を持っていた、というだけの話だ。

 父親はその才能を認めず、自分の思う通りに育てようとした。

 祐騎は自らの才能を活かせば、色々なことができると信じていた。

 だから喧嘩別れのようなことをして、家出という結論を彼は選んだのだという。

 

 詳しい話は、父親のシャドウからでも聞けるだろう。恐らく、自分たちが説き伏せなくてはいけないのは、そこの辺りの思い込みだ。

 なぜ彼がそこまで才能を重要視するのか。なぜ頑なに他の道を進むことを許さなかったのか。

 今、何を考えているのか。

 

 知ろう。

 知って、祐騎にも分かってもらおう。

 親と仲違いというのはきっと、悲しいことだと思うから。

 

 

 

 でもそうなると、親と子の正しい在り方って、いったいどういうものだろうか?

 

 

 

 




 

 お部屋イベント。
 特定のアイテムを持っていると、仲間たちの好感度が上がるシステム。
 今回満たせたのは、祐騎と璃音だけでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月2日──【通学路】璃音の原点

 

 

 

 月曜日の早朝、通学路を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「おはよーセンパイ。ふぁああ」

「祐騎か、おはよう。眠そうだな」

「まあね」

 

 横に並ぶと、大きなあくびをする祐騎。どうやら徹夜で何かしていたらしい。

 

「……センパイ、今日は異界、行くの?」

「そうだな……」

 

 どうしようか。

 少しだけ、心配そうに尋ねてきた祐騎を見て、悩む。

 できるだけ早く助けに行きたいが、今は……

 

「すまない、今日は行けない」

「……そっ。まあいつでも構わないけどさ」

 

 とても気にしていないようには見えないが……少しだけ、考えたいことがある。

 最終期限まであと7日。ちょうど1週間だ。猶予はない。

 ここは頼る人間をしっかり選んだ方が良さそうだ。

 

 

──放課後──

 

 

「璃音、ちょっと良い?」

 

 いつも放課後になるとすぐ璃音は生徒たちに取り囲まれてしまう。

 璃音の周囲にまだ人が少ない時が、勝負だ。

 

「……えっ」

「今日暇だったら、少し付き合ってくれないか?」

「あっ、ウン。別にヒマだけど……」

 

 よし、無事誘えた。

 少しずつだけれどクラスメイトたちが集まってきているな。自分のことも認識されている。これ以上ここで長話するべきではないだろう。

 さっさと戻って帰り自宅を済ませ、教室を出ようとする。

 

「…………っ!?」

 

 何か大きな音がしたが、振り返ってみても特に何もない。

 いつも通り璃音がみんなに囲まれているだけの風景だ。

 アイドルを休業宣言してしばらく経つが、こうして囲まれているのはやはり、彼女自身の人徳あってのことだろう。ただの有名人ならこうはならないはずだ。

 ……凄い友人を持ったな、自分は。

 

 ……そろそろ教室を出よう。

 

 

────

 

 

「……ゴメン、遅くなっちゃった!」

 

 璃音が駆けてきた。どうやら本当に急いで走ってきたらしい。止まった彼女の髪は少し乱れ、息はとても荒くなっている。そんなに急ぎの用でもなかったんだが、彼女のその気づかいは、とても有り難いものだった。

 

「別に待っていないし、呼んだのは自分だから大丈夫だ」

「それで、今日はどうしたの? みんなの前で話しかけるなんて珍しかったからビックリした」

「……ああ、そういえばそうだったな」

 

 いつもはサイフォン越しに連絡を取っていた。

 でも、それだと、相談する側として、誠意が足りない気がしたから。

 

「璃音に、相談したいことがあるんだ」

「……ああ、“そういうコト”。だから今日元気なかったんだね、キミ」

「……そうか? 普通だったと思うけど」

「ううん、ぜんっぜん普通じゃなかった。なんかずっと注意力散漫っていうか、心ここに非ずってカンジ」

 

 らしい。

 自分では分からないが、彼女が言うならまあ、そうなのだろう。

 

「……あたしの家で良い?」

 

 

──select──

 >良いのか?

  是非とも!

  いや、噂されるのはちょっと……

──────

 

 

 いくら仲が良いとは言っても、良くないことだと言うのは分かる。

 年頃の、しかもアイドルである少女が、異性を招くというのは、きっと並々ならぬリスクとなるであろう。

 

「きっと、その方が分かりやすいと思う。違う?」

 

 覗き込むように、上目遣いで見上げてくる璃音。

 分かりやすい、か。この流れでその言葉が出てくるってことは、本当に自分が話したいことを理解してそうだ。

 

 

「……璃音は、本当に分かってるんだな」

「ふっふーん。そのくらい普通だって。トモダチなんだからさ!」

 

 

 凄いな、本当に。

 では、色々と不安は残るものの、好意に乗らせてもらうとしよう。

 

 

 

────>レンガ小路【璃音の部屋】。

 

 

 

「失礼します」

「どうぞー」

 

 先を歩いていた璃音に着いて行き、階段を昇った先に、彼女の部屋はあった。

 全体的に質素ではあるが、運動するための小物や、CD・楽譜の数々など、自宅でも並々ならぬ努力をしていることが伺える部屋だ。

 

「ってコラ、じろじろ見ない」

 

 

──select──

  良い匂いだ。

  もうちょっと。

 >ごめんなさい。

──────

 

 ジトっとした目で見られたので、観察を止める。謝るのが吉だったであろう。あれ以上続けていたら、きっと冷めた目で見られていたことは、容易に想像できる。

 自由に座って良いよ、と促されるまま床に座り、彼女はベッドに腰かけた。

 

 さて、どう切り出したものか。

 

「……」

「……」

「璃音は、さ」

「うん」

「アイドルになるって決めた時、親にどんな反応をされた?」

「“心配されて、喜ばれた”」

 

 喜ばれた、というのはまあ、分からなくはない。

 可愛い子どもが夢を持った、というのはきっと嬉しいことだろう。

 心配された、というのもまあ、分からなくない。

 アイドルなんて険しい門、いくら自分の子どもが可愛いからって心配にもなる。

 

 だが、そのどちらかではなく、両方想われた、と?

 

 

「あたしがアイドルを目指した理由って、言ったことあったっけ?」

「理由は聞いたことなかったな。その後のことは色々聞いたが」

「そっか、別に隠していることでもないから、気楽に聞いて欲しいんだけどさ」

 

 

 あたし、10年前にあった大規模震災の被害者なの。

 そんな出だしで、彼女の昔話が始まった。

 

「単純な話、瀕死の重傷で身体は動かないわ、度々変な異常現象が起こるわで気が参っちゃってさ、生きるのも諦めようかなって思ってた時期があるの。それで、それを想い留まらせてくれたのが、テレビの中で輝いていた“伝説のアイドル”だった」

「伝説の、アイドル?」

「ウン。……この前時坂クンに手伝ってもらって、CDを漸く手に入れることができたの。聴く?」

 

 頷きを返す。それが彼女の原点だと言うのなら、聞いてみたいと思った。

 音楽が流れる。

 陽気で、ポップで、どこかかっこよくて。

 それでいて、何より楽しそう。

 何て言うのだろうか……歌声が、歌声で想起される景色が、輝いて見える。

 

「これが、伝説の、アイドル」

「ウン、凄いでしょ」

「ああ、何というか、元気が湧いて来るな」

「ふふっ、時坂クンも同じコト言ってた」

 

 誰だってこれを聞けば、そう思うだろう。

 なんというか、璃音たちSPiKAの曲を始めて聞いた時と、同じような衝撃だ。いや、申し訳ないが、それ以上と言わざるを得ない。

 

「あたしもこれを聞いて、誰かを勇気づけられるアイドルになりたいって思った」

「それが、璃音の原点か」

「そう。それでね、入院中に親に相談したの、『あたしもあんな風になれるかな』って」

 

 ……ここで、親か。

 

「それで? 何て言われたんだ?」

「『なれるよ、リオンなら成れる』って、泣かれちゃった。きっとずっと心配かけてたんだと思う。あたしがキミの変化に気付いたように、親が子の変化に気付かないわけないもんね」

「……」

 

 そうか、璃音の両親は、多分すべてを知っていたのか。

 娘に起きていることも、娘が抱いていた悲しみも、娘の投げ出そうとしていたものも。

 だとしたら、心配されたことは。

 

「アイドルを諦めたら、また死を選んでしまうのではないか。という不安か」

「そういうコト、かな。本当に一生懸命に応援してくれたんだ。リハビリも、歌の練習も、オーディションだって、色々手伝ってくれた。でも多分、心配とか恐れとか、そういうだけの感情で手伝ってくれたんじゃなくて、きっと……」

 

 一拍、考えるように言葉を置き、息を吸う。

 

「あたしが頑張っている姿を、楽しんでいる姿を見るのが、嬉しかったんじゃないかなって、今では思うんだ」

 

 親が子の成長を願う気持ち。

 親の楽しみは子の楽しみという気持ち。

 きっと根底にあるのはいつだってそれだと璃音は語る。

 

「子どもの成長を願わない親なんて居ない。子の幸せを願わない親なんて親じゃない」

「……璃音」

「オーディションに受かって、連絡を受けた時に、一緒に泣いたのを覚えてる。テレビに出るたびに録画してくれてたし、ライブがある度に仕事を休んで来てくれた」

 

 そこにあるのは、彼女にとっての悲劇で始まり、彼女たち家族の幸せに繋がる物語だった。

 

 しかし、だったら、

 

「璃音」

「なに?」

「アイドル、本当に休んで良かったのか?」

「良いに決まってるじゃん」

 

 何を今更と、本当に後ろめたそうでない笑みを浮かべて、彼女は答える。

 

「目の前に問題があって、その問題を解決しなければ誰かが不幸になるっていうなら、やらないと。そうでしょ?」

「……それは」

「それは、ナニかな? 自分の決意だとでも言っちゃう? 自分1人が頑張れば璃音は頑張らなくてもとか言いたいカンジ? ……怒るよ」

 

 もう顔が怒ってるぞ、とは言えなかった。

 

「……ああ、そうだな」

 

 考えてみれば、自分も似たようなものだ。璃音が頑張っている姿を見れば、自分も頑張ろうと思える。璃音が楽しんでいれば、自分も楽しめている。

 ……あれ?

 

 

──select──

  自分たち、家族みたいだな。

 >自分と璃音は親子だった……?

  (黙っておこう)。

──────

 

 

「なにいってるの?」

 

 まったく感情の籠っていない声が返ってきた。

 馬鹿にしたわけではないんだけれど。

 

「いや、璃音の言ったことに、結構思い当たる節があって」

「トモダチが集まる場所が、自分の居場所で。自分の居場所の中の究極が、家、もしくは家族、なんじゃない? ほら、気の置けない仲になるって言うけどさ、子が親に気を置くなんてことはないんだから」

「なるほど、それはもう家族のように身近な友達ということか」

「そ。それだけあたしとキミが仲の良いトモダチって……こと……」

 

 言っている最中に、段々と顔が赤くなってきた璃音。

 そして、ぷいっと顔を背けてしまった。

 

「ううううっ……意識したら恥ずかしくなってきた。何言ってたんだろあたし……」

「大丈夫か」

「今話しかけないで」

「あ、はい」

 

 すぅ、はぁ、と深呼吸を繰り返し、よしっとこっちを向く璃音。

 顔はまだ赤い。

 

「ひょっとして恥ずかしいことを言ったかもだけど、忘れて」

「それは無理だな」

「ぐっ……忘れて」

「無理だ。そして、よく分かったよ、ありがとう」

 

 

 家族というのがどういうものか。

 いや、自分は世の家族に“どう在ってもらいたい”かが。

 

「ぐぬぬ……はあ。まあ良いか。とにかく、1つだけ」

 

 何か吹っ切れたのか、彼女はまっすぐな瞳でこちらを見据える。

 

「四宮クンのお父さんが息子想いでないなんてことはないと思う。だって、あたしはよく分からないケド、お姉さんは全部を知った上で、2人を会わせて話させようとしてたんだよね? だとしたら、きっと2人に行き違いがあっただけで、お互いがお互いをしっかり想い合ってたんじゃないかなって。そうじゃなかったらきっと、弟想いなお姉さんも動かなかったんじゃない?」

「ああ、そうだと良いな。そうであることを祈ろう」

 

 すべては、相対した時に分かるが、自分たちは、希望を持っていこう。

 きっと、分かり合う道があるはずだ。

 

「璃音、明日、異界に行こうと思う」

「イイよ! みんなにも声掛けとこっ!」

 

 元気よく笑う彼女に元気づけられる。

 本当に、良い友人を持った。

 

 ……璃音との絆が深まっていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、また明日ね!」

 

 璃音に見送られ、彼女の家を後にする。

 さすがに見送りは申し訳なかったし、少し歩けばレンガ小路のメインストリート。迷う気配もないだろう。

 

「…………?」

 

 今、誰かに見られていたような気がしたが……気のせいだろうか。

 

 

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが4に上がった。


────


 まだ4? ……うっそだー。
 もう7くらいのイメージで書いてるんですが。


選択肢回収
79─1─2

────

「……あたしの家で良い?」


──select──
  良いのか?
 >是非とも!
  いや、噂されるのはちょっと……
──────

「ええ……やっぱ止めようかな」

 ドン引きされた。
 しまった。がっつき過ぎたか……


 >コミュ上がらないのでもう1日。


────
79─1─3
────
「……あたしの家で良い?」


──select──
  良いのか?
  是非とも!
 >いや、噂されるのはちょっと……
──────

「今更!? さっきもあんな堂々と人前で誘うし! こっちはその……恥ずかしかったんだからね!」
「それは、その……すまない」

 少しばかり余裕がなかったのか、そこまで考えが回らなかった。

「ま、まあ大事な話っていうのは分かってたし、クラスの人たちにも弁解しておいたから、酷い噂になるってこともないと思うけど」
「助かる」
「次に誘うときは気を付けてね、ホント」

 肝に銘じておこう。



 >然り気無く誘ってほしいアピールになった。


────
79─2─1
────
 
「ってコラ、じろじろ見ない」


──select──
 >良い匂いだ。
  もうちょっと。
  ごめんなさい。
──────

「……」
「……」
「帰って」
「はい」


 >コミュブレイク。



────
79─2─2
────
 
「ってコラ、じろじろ見ない」


──select──
  良い匂いだ。
 >もうちょっと。
  ごめんなさい。
──────

「ちょ」
「あれ、あの箪笥から何かはみ出て──」
「──コロス」


 >dead END。ろくな選択肢じゃなかったな。


────
79─3─1
────

  ……あれ?


──select──
 >自分たち、家族みたいだな。
  自分と璃音は親子だった……?
  (黙っておこう)。
──────

「かぞっ!?」
「ああ、一緒にいて落ち着くのも家族みたいだろう」
「そ、それって遠回しなプロポーズじゃ……」
「……?」
「うーん、【死んでくれる?】」


 >これがコミュランク9のイベントだったら告白選択肢立ったと思う。そうじゃないのでDeadENDで。

────
79─3─3
────

  ……あれ?


──select──
  自分たち、家族みたいだな。
  自分と璃音は親子だった……?
 >(黙っておこう)。
──────


 >特になし。

────────


 こんなものですかねえ。DEAD多めの選択肢はFate主人公の恒、と。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月3日──【妖精の回廊・終点前】才能至上主義

 

『気を付けてください、その扉の先から大きな力を感じます!』

 

 

 異界探索を始めてから、体感で2時間。

 自分たちは異界の中で大きなゲートを目の前に立っていた。

 

「そろそろボスってわけね。現実でもレベリング作業って面倒だなー」

「でも、大切だ」

「そりゃまあね。強くならないと、救いたいものも救えない」

 

 拳を握りしめて、祐騎が言う。

 ここまで全員、色々なことを試しながらやってきた。

 正直、祐騎の練習などをぶっつけで行うことに多少の不安はあったが、そこは本人が言う通り、彼の天才性でなんとなかったという印象だ。

 洸や空のように格闘技の心得があるならまだ分かるが、彼にそういった武道の経験はない。

 まあ祐騎のソウルデヴァイスの特性として、そこまで格闘戦を挑む必要がないというのも理由の一端にあるだろう。

 槌と砲台のソウルデヴァイス“カルバリー・メイス”。あのよく分からない浮遊球体は、祐騎の意志で動き、ビームを出すことのできる遠距離攻撃型の武装だった。

 彼が戦うのに必要なのは、腕力より、計算。

 だからこそ、運動慣れしていない彼がここまで着いて来るのに、そう苦労はなかった。

 半分以上の道を共に攻略し、粗方彼の考える必勝パターンもつかめてきたので、指示を出すのに苦労もない。寧ろ祐騎の視点はとても勉強になる。彼の考えを追ううちに、自分の指示の精度も少しだけ上達した気がするのだ。

 

「扉を開いたら、もう後戻りはできないわ。どうするの、岸波君?」

「いったん引き返すまででもない。呼吸を整えて、装備の最終確認が終了し次第、すぐに突入しよう」

「分かったわ」

 

 各々がソウルデヴァイスの調整を行ったり、手持ちの回復薬などを確認している。中には今の内にと休息を取っている人もいた。

 確認がてら、全員に声を掛けて回ろうか。

 

 

 

 

 

 

「絶対助けねえとな。オレは兄妹とかいねえから分からねえけど、家族同様に近しい人を巻き込んだ経験があるからまあ、気持ちは分かるつもりだ」

「……倉敷さんか」

 

 

 自分と璃音が初めて異界に巻き込まれた日、彼も異界に巻き込まれていたらしい。その後、自分が入院している間に、倉敷さんが異界に巻き込まれたんだとか。

 彼がその時、どういった感情を得たのかは分からない。無力感か、喪失感か、はたまた別の何かなのか、本人ですら分かっているかは曖昧な所だ。

 でもその訳の分からない感覚を共有することは、できる。

 祐騎にとっては、大切な理解者だ。

 

「なにかあったら、支えよう」

「ああ、絶対失わせねえ。頑張ろうぜ、ハクノ」

 

 拳を突き合わせ、奮闘を約束する。

 洸は大丈夫そうだな。

 

 

 

 

 

「……何か用かしら、岸波君」

「最終確認、みたいなものを」

「……特に問題はないわ。いつも通り全力を尽くすだけ」

 

 休みながらも、緊張を解いていない柊は、鋭い眼光を向けてくる。

 

「貴方こそ、疲労は溜まっていないのかしら。かなりの仕事量だったでしょう」

「疲れていないと言えば嘘になるが、不調を感じる段階からは遠い」

「問題ないのなら、良いわ。絶対に助けましょう、岸波君」

「ああ」

 

 ……少しだけ、彼女との会話に違和感を感じた。

 無理をしているのは、彼女ではないだろうか。

 体力的には、そこまで疲労していないはず。確かにここに来るまで連戦もあったが、決して休みなしということでもなかったし、柊に頼り過ぎるなんてことはしなかったはずだ。

 

 だとしたら問題は、心の方か。

 そういえば、自分の家で行ったミーティングの時から、彼女は少し様子がおかしかった気もする。

 ……今聞いたところで、素直な答えは返ってこないだろう。氷のような意志の硬さを彼女から感じる。恐らく、それは彼女にとってもとても大切な事。おいそれと話せることではないのかもしれない。

 自分たちに出来るのは、彼女の負担を減らすことと、暴走しないように影ながら気を配ることくらいか。

 

 

 

 

「やっほー、どうしたの?」

「疲れてないか、璃音」

「ダイジョーブ。もとから体力には自信あったしね」

 

 アイドルはまず体力と胆力だよ、と言って力強い笑みを見せる璃音。本当に心強い。

 

「……悩み、晴れた?」

 

 少し不安そうに見上げてくる彼女。

 感情の起伏が激しいな、と少し申し訳ないことを考えてしまった。

 それくらいの、ゆとりはあった。

 

「少なくとも、目の前に疑問が転がっている状態ではなくなった。自信を持って答えを出せるかは分からないが」

「それで良いんだと思うよ、キミは」

「というと?」

「いざという時に、勇気を出せる人だと思うから。結局地道に、1つ1つ問題を片づけていけば、答えが見つけられるんじゃない?」

「なんでそう思う?」

「人を見る目なくして、芸能界でやっていけないよ」

 

 今度は自信有り気に目を合わせてくる璃音。数秒目を合わせていると、勝手に顔が逸れて行った。見続けることに飽きたらしい。

 ……璃音がそういうなら、信じよう。自分は自分に、できることをしっかりやるんだ。

 

 

 

 

 

「岸波先輩、お疲れ様です! 飲み物どうぞ!」

「ありがとう、空」

 

 黒髪の彼女が差し出してくれたペットボトルを受け取る。

 飲んでみると、心に沈んでいた疲れが解れるような感覚を得た。

 

「これ、どうしたんだ?」

「自販機に売ってました」

「凄いな自販機」

 

 そういえば普段は水ばかりで、他の飲料水を飲んでいない。

 そのうち、自販機を覗いてみようか。面白い飲み物もあるかもしれないし。

 

「空は元気そうだな」

「えへへ、気合バッチリです! いつでも行けます!」

「頼もしい。それじゃあ頑張ろう」

「はい!」

 

 胸の前で拳を握りしめる彼女の姿を見て、湧き出るやる気を強く感じ取った。

 空にとっては祐騎と同じ、初めての異界攻略。説得に挑むのも当然初めてだ。力が入り過ぎないよう、こちらでコントロールしなければ。

 

 

 

 

 

「つくづく変な世界だね。それに、もっと気になるのはそのAI……サクラ、だっけ?」

 

 祐騎が興味深そうな目で、自分のサイフォンを見る。

 何がそんなに気になるのだろう。確かに可愛いとは思うが。

 

「単純に、よくできてるって話さ。そこまで高性能なAI、悔しいけど見たことない」

「祐騎はAIに興味があるのか?」

「発展しそうな分野に興味があるってだけだよ。儲かるしね。……まあでも、憧れないといえばウソになるかな。僕もプログラミングしてはみたけど、それ程のものはできなかったし」

 

 そこで祐騎は、顎に手を当てて考え始めた。

 

「……ねえセンパイ、この事件が終わったら、暫くサイフォン貸してよ。夜から朝までで良いからさ」

「なんともなく終わったらな」

「じゃあ、約束ね。破ったら個人情報さーらすっと」

「なんだその脅し方!」

 

 

 ……どうやら演技でも何でもなく、気負っているということはないらしい。

 姉や父がこの扉の向こうに居て、一刻も早く突入したいだろうに。

 強いな、祐騎は。

 

 

 

 

 

 1人、1人とまた立ち上がっていく。

 ソウルデヴァイスを起動状態にして、自分たちは再度、扉の前へと立った。

 

「準備は良い?」

「ああ、いつでも」

「それじゃあ、行きましょう」

 

 

 扉を、潜る。

 

 

 

 

 

 

 ────>妖精の回廊【最奥】

 

 

 そこには、1人の男が立っていた。

 その傍に、1人の女性が横たわっていた。

 

 

「姉さんッ!!」

 

 

 祐騎と柊、璃音がいち早く駆け寄る。

 自分と洸、空は、もう1人の男性のもとへと向かった。

 

 

「四宮君のお父さんでよかったですか?」

「フン、誰だ君たちは」

「祐騎君の友人です」

「友人? コイツに?」

 

 祐騎を指差す父親。その言葉に、喜色は含まれていない。

 

「それで、祐騎の友人とやらが、何をしに来た。まさか、他人の家庭に口を出すつもりではないだろうな」

「それが祐樹を苦しめているものなら、口を出すこともあるでしょう。苦労している様子を捨て置けるような関係を、友人関係とは呼びません」

「フン、それで、何が知りたい」

 

 腕を組み、仁王立ちで自分たちの言葉を待つ、祐騎のお父さんのシャドウ。

 その様子に、洸が口を開いた。

 

「……拒絶しねえんだな」

「する必要がない。間違っているのは私ではなく、愚息なのだからな」

「愚息って……そんな言い方ないと思います! そんなユウ君を下に見るような!」

「見るも何も、下だろうソイツは。私の課すノルマも越えられず、私の足元にも及べていないのは事実」

「──」

 

 

 空が、言葉を失った。

 一見すると、冷たい言葉だ。

 だが、昨日璃音と話し合った内容が、頭を過る。

 

 

────

『子どもの成長を願わない親なんて居ない。子の幸せを願わない親なんて親じゃない』

『きっと2人に行き違いがあっただけで、お互いがお互いをしっかり想い合ってたんじゃないかなって』

────

 

 だから自分は、シャドウの言葉の裏には祐騎を思いやる気持ちがあると信じて、話を進めよう。

 

 

──Select──

  息子を下に見るな。

 >ノルマ、とは?

  足元に及べていないから、何だ?

──────

 

 

「単純なことだ。私が社会を生き抜いてきた上で、必要だと思ったことをやらせている。これが出来ないなら、到底社会で役立つ人間にはなれんからな」

 

 それはつまり、将来祐騎が困らないようにテストをしていた、ということか?

 

「そのことを、祐騎には?」

「そのこと、とは?」

「課したノルマが将来どんな意味を持つか、しっかりと説明したのか?」

「何を言っている。“言わなくても問題ないだろう”。できる奴は汲み取る。それにわざわざ一々説明していたら、説明がないと動けない人間になるだろう」

 

 言っていることは分かる。分かる気がする。

 思考するということは、癖である。答えを与えられる環境に居たら、きっと気付くことさえできなくなってしまう。そんな危惧はあっても良い。

 自分だって、最初から何も持っていなかったからこそ、色々な行動をしている。最初から持っていたらこんなことしなかっただろうな、と思うことだって多々あった。

 

 しかしだからと言って、その考え方はすべてが正しいとは言えない。

 すれ違いの一端は見えたが、今はまだ情報を集めよう。

 

 

「なあ、祐騎のオヤジ、祐騎がなんでアンタの所を出て行ったか、知ってるのか?」

「愚問だな、辛かったから、逃げたのだろう」

 

 洸の問いに、悩む様子もなく答える。本当にそう思っているらしい。

 逃げた、か。まあ彼の視点からいけば間違っていない。事実祐騎は家を飛び出しているわけだし。

 大事なのは、父親が息子を理解しようとしているのか、だ。

 なんと問いかけるのが良いだろう。

 

 

──Select──

  追わなかったのか?

  何が辛かったのかは知っているのか?

 >なにから逃げたのかは分かっているのか?

──────

 

 

 追った追わなかったを問うのは意味がない。事実として連れ戻していないのだから。

 辛かった理由は多分、分かっていないだろう。何が辛かったのかが分かっているなら、少しでもノルマの意味を教えていただろうから。

 だから問うべきは、何から逃げたか。

 父親の視点で、祐騎が何を恐れていたのかを理解しているか、だ。

 

「知れたことを。“用意された課題を越えられない己の無力さ”を痛感したくがないゆえに逃げ出したのだろう」

「……本当に」

「うん?」

「本当に、そう思っているのか?」

「ああ。寧ろそうでなければ、出ていく必要がないだろう。“言われたことさえできるようになれば、社会で役立つ人間になれる”のだ。耐えて努力していれば良いだけの話。それをしないということは、その努力を続ける根性が、努力をして見つかる無力さが、耐えがたかったというだけのこと」

 

 本当に、ボタンを掛け違えているというか、悉くが噛み合っていない親子だ。

 恐らく最初から見ているものが違うのだろう。だからここまで食い違ってしまった。この差を埋めるのはきっとコミュニケーションだっただろうに、それを取らなかった彼らの落ち度。

 だからこそ、葵さんは話し合いの場を設けようとしていたのか。

 

 

「でも、ユウ君は……」

「ん?」

「ユウ君は平凡なんかじゃないです。確かにちょっと生意気で、無茶をすることはあるけれど、それでも先生方に認められているくらい凄い人なんです!」

 

 それは恐らく、職員室へ話を聞きに行った時に知ったことだろう。彼らは祐騎のクラス担任から話を聞いたと言っていた。教員から素直な言葉を聞いていてもおかしくはない。

 あの時は不登校のことしか言っていなかったが……まあ、情報の共有は今後の課題にしないとな。

 

 空の必死の訴えを受けて、シャドウはどういう反応をしているかと思えば、“特に何の感動も受けていなかった”。

 

「それはそうだ。そう躾けたからな。寧ろほかの生徒に並ばれているようでは、恥でしかない」

「……なんで、なんでそんなことを!」

「“元より無駄な才能しか持たない凡才”の身。過度な期待はしていないが、その程度はこなしてくれなければ、将来苦労することになるだろう」

 

 無駄な才能、か。

 

──

 

『アイツの要求は、狭すぎるんだ』

 

──

 

 一昨日、祐騎はそう言っていた。

 その言葉と照らし合わせて見るなら、聞くべきことは。

 

 

──Select──

  努力の成果を褒めてあげなかったのか?

  ノルマを下げることなどをしなかったのか?

 >その無駄な才能がどんなものか知っているのか?

──────

 

 

 褒めるということは大事だと言う。どこかの本に書いてあった。“3年F組・金鯱先生”だったかな。祐騎が覚えていないだけで、実は褒めているかもしれないとも思ったが、無さそうだな。

 成果が目標に届いていなければ恥、ということは言い換えると、父親の中でそれは出来て当然という扱いになっているということ。

 きっとできたからと言って褒めることはなかっただろう。

 ノルマを下げるなど言語道断。それを必要と思っているからノルマとしている、と言った時点で、下げられるものでもないのだろう。

 一歩ずつ進んでいけば良いと思うのは、自分の意見でしかない。シャドウの考えに沿うなら、聞く必要のない意見だ。

 だからこそ気になるのは、父親が認めなかった才能の中身。彼がそれを、正しく認識しているのかということ。

 

「フン、当然だ。“高々他人より情報処理が早い程度”で、“コンピューターを使いこなせる程度”、努力すれば到達できる領域だ。才能と呼ぶには、少々烏滸がましい」

「……程度?」

 

 個人が持つ可能性を、程度という言葉で片付けた?

 才能を持っているということは、凄いことなのに。祐騎だって、たぶんこの人だって、等しく尊敬できる人のはずなのに。

 ああ、そうか。確かに。分からないことはないと思っていたが、きっと自分は祐騎の気持ちを理解できることはないのだろう。

 これは、否定だ。祐騎が祐騎らしくあることに対する、明確な否定だ。

 

 突き付けなければならない。この想いを。

 祐騎ではなく、第三者の、親も才能もない自分が。

 

「……分かりません」

「ソラ……」

 

 隣で空が、涙を零した。

 

「私には、分かりません! 岸波先輩、教えてください! 決定的に間違っているはずなのに、それが何か分からない! あの人は、何を諦めているんですか!?」

 

 空が涙を流して訴えてくる。

 その悲痛は、受け取った。

 安心させるように頷き、一歩、前へ出る。

 

「フン、言ってみろ。私が何を間違えているというのか。何を諦めているというのか。本当に、そんなものがあると言うならな」

「ありますよ」

「ハクノ、言えるのか」

「ああ。──貴方の間違いは、理解し合うことを放棄したこと。自分の経験が絶対だと思い込んだこと。そして、貴方が諦めたこととは──」

 

 

──Select──

 

  >息子の成長を見守ること。

 

──────

 

 

「息子の可能性を信じず、挑戦をさせない。大成するのを待たずに、親として子を“見守ること”を諦めた。違うと言うなら、反論してください」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月3日──【妖精の回廊・最奥】親の愛

 

 

「可能性だと? そんなもの、ノルマをこなしていれば見えてくる。それを放棄したのは愚息だ」

「それは違うだろ。意志が伴わないものを、可能性と呼べねえ。ノルマを越えるか越えないかで見えてくるものとは確実に違う。俺にもそんなによく分かってねえけど、夢に見るほど遠いモノを為せるかどうかが可能性と呼べるんじゃねえのかよ、祐騎のオヤジさん」

 

 洸が冷静に反論する。大事なのは、願うことだと。

 それが叶おうと叶うまいと、それに向けた努力と得られた結果が、個人を成長させる。

 まずは志し、努力すること。故に、それを決定付ける己の意志が大切なのだと、彼は言うのだ。

 

「意志? それこそ不要なもの。やりたいことを仕事にすることに意味など無い。それはただの子どもの夢だ」

「それは違うよ! 意志なく仕事なんて続けられない。嫌だ嫌だと思ってて成功なんてしない! 夢は押し付けられるものじゃなくて、見付けるモノなの!」

 

 

 更なる否定が、異界に響く。

 介抱された葵さんを含む全員が、自分たちの後ろに着いた。

 尤も、葵さんの衰弱は激しい。支えを得てなお立っているだけで奇跡。意識だっていつ失ってもおかしくないくらいに、顔が真っ青だ。

 そんな彼女を柊と空に任せた璃音が、一歩前に出る。両手を大きく広げて、全身を使って気持ちを訴える為に。

 

 

「子どもの夢って何!? 子どもだろうと大人だろうと、みんな大なり小なり夢は見るでしょ!! それを叶える力は確かに大人の方がすっごいのかもしれない。でも、子どもがみんな夢をかなえられないワケじゃないっ!! 良い? 夢を、目標を持ち続けられない人間が成功なんてできるはずがない! だってそこに挑戦は生まれないから! そんな人間が社会で通用するワケないでしょ!」 

「……社会に出てない小娘が何をッ」

「いやいや出てます、アイドルやってますっ!!」

「アイドル? ……フッ」

「……ちょっとムカッと来た。やっちゃっていい?」

「駄目だろ」

 

 駄目に決まっている。

 猫が尻尾を逆立てるように威嚇を続ける璃音を下がらせると、葵さんの身体を支える柊が、説得の続きを引き継いだ。

 

「私は彼女の言う通りだと思いますが。それに、成功するしないを語るなら、本人が持つ情報処理能力を伸ばしたほうが将来は明るいのでは?」

「ふん、そんないつ廃れるかも分からん業界に居たところで、長く勝ち組に居られるわけがなかろう」

「……やはり、“信じてはいないのですね”」

 

 残念です、と、少し落ち込むような演技をする彼女。

 そう、その反応は明らかに演技だった。

 何かしらの確信があったのか、返ってきた答えは予想通りだったらしい。この場において1番考えを読めない彼女であるが、今のところ問題はなさそうだ。

 

「信じるも何も、それで食べていけるような才能ではないのだ。ならば今のうちに矯正してしまうのが正しい教育だろう?」

 

 さも当然のように、自分が正論を言っているかのように話すシャドウ。

 ああ、恐らく言っていることも間違いではないのかもしれない。

 

「それは、違う」

 

 でもやはり、すべてがすべて正しいと認める訳にもいかないんだ。

 それを認めてしまっては、何かが終わってしまうことを、自分は多分、知っている。

 

「それを教育と呼ぶなら、本人の意見を無視してまで行うべきことではないと思います。貴方がしていることは、ただの夢の否定に過ぎない」

「夢を否定して何が悪い。いつまでも夢を見ている方がおかしいだろう。さっきそこのアイドル擬きが言っていたな。大人の方が叶えられる夢が多いと。当然だ。大人は現実を知って夢に挑むのだから。子どもは夢しか見ていないのだから、親が導かなくてどうする」

「…………」

「……アンタのは、導いてんじゃない。引きずり降ろしてんだろ!」

 

 祐騎が、声を荒げた。

 

「ユウ、くん……」

 

 その背中を、葵さんが止めようとする。力の籠らないはずの手を伸ばしてまで。

 彼は姉の声に、一旦足を止めて振り返った。

 だがその顔は、戦いへと赴く戦士の顔つきをしている。

 

「姉さん、ゴメン。もう一度だけ、喧嘩してくる」

「……これで最後ね、約束」

 

 弟が退かないことを察したのか、彼女は儚く、しかし優しく笑って、弟へ小指を伸ばす。

 

「ああ、約束」

 

 祐騎が、葵さんと小指を絡めた。

 指切りげんまん。……拳万という言葉は似合わない2人だけど、それが起こらないくらい、固い約束を彼らは交わしている。

 

「破ったらユウ君の家住んじゃうんだから」

「破らないよ、今回だけは」

 

 指を解いて、微笑み掛ける祐騎。その顔を見て安心したのか、葵さんは意識を失った。

 

 

 

「昔からそうだった。口喧嘩じゃ埒が明かないのなんて知ってる。僕らは心底厭なことに、頑固なところだけは似ているらしいから、さ」

 

 祐騎の指が、ディスプレイの上を走る。

 

「“戦い(こっち)”で決めようよ、たまにはさ。白黒ハッキリ付けようじゃん。勝った方が強い。勝った方が正しい。良いでしょ?」

『フン、調子に乗るなよ。──だが、良いだろう』

 

 不敵に笑う祐騎に、同様の挑発的な表情で返す彼の父。

 挑戦者と王者みたいだ。彼らの視界には、彼らの姿しか入っていないのかもしれない。

 

 不意に、シャドウの身体は波打った。

 

『我は影、真なる我。人の意志では、現実に勝てない。凡人の才では、天才に勝てない』

 

 影が集められ、膨らんでいく。

 暗闇の集合体が色を持ち、やがて怪物へと成り果てた。

 攻撃的な見た目だ。鋭く細い目、尖った爪と、きちりと生えそろった凶悪な牙たち。

 その、背中には“折れた翼”が。

 見方によっては堕天使のようにも見えるが、肉食の大鳥、もしくは翼竜のようにも見える。

 ……そうだな、翼竜だ。それが一番近い表現かもしれない。翼をもち、しかし身体が重く飛ぶことに異常な疲労を得る、大地を走ることに順応した恐竜の一種。図鑑などで見るそれに、一番印象が近い。

 

『全力で、全員で来い。貴様らに、本物の天才がどういったものかを、教えてやろう!』

 

 親子喧嘩がついに始まる。

 

「いくよっ!」

 

 ソウルデヴァイスを持った祐騎が走り出した。

 シャドウが彼を目で追う。

 注意は惹き付けた、ということでいいのか。いや、そういうことにしよう。

 

「洸!」

「おう!」

 

 洸と共に、祐騎が回り込もうとしている方向と逆側へ駆け出す。

 走りながらサイフォンを操作。半身を呼び出した。

 

「“ラー”、【ラクカジャ】!」

「“タマモ”! 【ラクンダ】!」

 

 洸が、狙われている祐騎の防御力を上げ、自分は敵の防御力を低下させる。

 

「璃音、準備!」

「オッケー! 奏でて“バステト”!!」

 

 自身にスクカジャを掛けた璃音が、ペルソナを戻してソウルデヴァイスをセット。突撃準備をする。

 

「それそれっ!」

『猪口才な……』

 

 祐騎がソウルデヴァイスのピットからエネルギー弾を発射し、シャドウの意識をコントロール。意識を彼一点に集中させることには成功しているが、きつい反撃が彼を襲おうとしていた。

 

「桜、脅威度は!?」

『……ひどく高いです。センパイ達、気を抜かないで!』

 

 喰らって即死、という類ではない。気を抜かないで、ということは、気力さえあれば耐えきれる範囲の攻撃ということだ。

 それでも攻撃を受けないに越したことはなく、洸にも防御支援を掛けてもらったが……せめてこっちを意識させられれば良いのだけど。

 

「チェンジ。“クイーンメイブ”、【テンタラフー】」

 

 シャドウの混乱を誘うスキルを放ってみたが、効果は……ないか。

 

「うわっ!」

「祐騎!?」

 

 鋭いひっかきが祐騎の左腕を捉えた。

 4本の裂傷が走る。

 

「……上等じゃん!」

「祐騎、突っ張り過ぎんなよ!」

「分かってるよ! そら、弾幕弾幕!」

 

 そうは言いながらも、走りながら狙撃することを忘れない祐騎。

 最初の頃、自分のソウルデヴァイスは他の動きをしながら動作させることが困難だった。苦手意識があったと言っても良い。思い通りに動かせるようになったのは、手本(ユメ)を見たから。

 だが彼は経験を必要とせずに思い通りの挙動でソウルデヴァイスを扱えている。凄い情報処理能力だった。

 やはり、彼になんの力も才もないなんて間違っている。こうして、誰かの力になれること以上に、何が必要というのか。

 

「「「──」」」

 

 やがて、それぞれの走った軌跡が半円ずつを描き、スタート地点の反対側で相まみえようとしていた。

 一瞬だけ、シャドウに割いていた意識が、視線が重なった。

 

『ふッ!』

「甘い甘いってね!」

 

 2度同じ攻撃は喰らわないよ、と言わんばかりの回避を見せつける祐騎。少しばかり大げさに回避しているのは、やはり意識を向けさせるためだろう。

 実際、ここまで近づいているのに自分たちへはほとんど目を向けない。

 

『ならばこれなら、どうだ!』

 

 翼竜が大きく息を吸い込んだ。

 

『熱エネルギー上昇! 火炎攻撃が推測されます!』

「了解、洸!」

「応!」

 

 火炎攻撃なら、洸が一番堪えられる。問題は攻撃範囲だが、なんとかするしかない。

 属性に対する防壁を張れるスキルなんかもあればいいんだが、まあ無いものねだりか。

 

『ゴアッ!!』

 

 シャドウが、火球を放ってきた。

 そのタイミングで、祐騎の前に洸が駆けこむ。

 ソウルデヴァイス“レイジング・ギア”が、その炎を受け止めた。

 

「ちっ、うおおおおおおっ!」

 

 両足で踏ん張りながら、洸が甲に付けた“レイジング・ギア”で、攻撃を受け流そうとする。

 しかし受け流すどころか、押し込まれている。踏ん張ってはいるが受け止め切れていない。両足が地に付いたまま後方へ下がっていた。

 そしてシャドウは──再射の準備を始めている。

 ……まずい!

 

「チェンジ。“カハク”! ……璃音!」

 

 火炎耐性を持つ2体の手持ちペルソナのうちの1体。“魔術師”のアルカナを持つ妖精、“カハク”を召喚。洸が止めようとしてる火球の一部を受け持つ。

 その一方で、璃音に合図。彼女と、2人の女子が動き出す。

 

「駆けよう、“セラフィム・レイヤー”。アスカ、ソラちゃんもお願い!」

「すべてを流せ、“ネイト”!!」

「行きます! “セクメト”【アサルトダイブ】!」

 

 柊の氷結攻撃が翼竜の腹部に。空のペルソナによる物理スキルが、こちらを向くシャドウの頭部へと突き刺さった。

 攻撃の準備動作が、止まる。

 

「ここ──とりゃぁあああああ!」

 

 己の、折れていない翼を存分に広げて、璃音が宙を飛ぶ。

 1閃、2閃、3閃4閃。

 飛翔による疾風の刃が、シャドウの身体を刻んだ。

 

 

『ぐあああああ!』

「見たか、アイドルの力!」

 

 いや、それアイドル関係ないでしょう。

 一瞬そんな目を柊に向けられる璃音。

 戦闘前のやり取り、結構気にしていたのかもしれない。

 

 そして、彼女らが時間を稼いでくれたから、こちらもなんとなかなった。

 

 

「うぉぉおらあああ! 祐騎ィ!」

「サンキュー時坂センパイ……!」

 

 祐騎が手を広げる。

 ビームビットが、4つに増えた。

 シャドウが冷静さを取り戻し、祐騎へ注意を向け直した時には、もう遅い。

 

「これで最後だ」

『しまっ』

「吹き飛べぇえええッ!」

 

 今までのような単発ではない、レーザーのようなものがビットから射出され、シャドウの腹部を貫通。

 敵の腹に、4か所の穴を開けた。

 

 

 

『そんな……馬鹿なことが』

 

「当然の結果、ってね」

 

 

 崩れ落ちる体から背を向け、祐騎はソウルデヴァイスをしまう。

 続いて自分たちも武器を仕舞い、シャドウが元に戻るのを見送った。

 

『私が、負けたのか……』

「ああ、僕らの勝ちだ」

『私が間違っていたということなのか……』

「先程も言いましたが、すべてがすべて間違っていたというわけでは、ないと思いますよ」

 

 間違っていたとすれば、向き合い方だろうか。

 “信じてはいないのですね”。といった柊の呟きが分かる。彼は祐騎の可能性を信じていたわけではない。祐騎が一人で何かを為せると信頼していないのだ。

 掛ける言葉としては、何が正解だろうか。

 

 

──Select──

 >祐騎が心配だったんですよね。

  本当の気持ちを話してください。

  どうすればよかったのか、分かりますか?

──────

 

 

『このままいけば、絶対に後悔することになる。ならば、それを避ける為の道を用意するのが、親というものだろう』

「……その気づかい方が、不器用すぎるんだっての」

 

 両手を上げる祐騎。

 祐騎自身、もしかしたら理解していたのかもしれない。これまで認めようとしなかっただけで。

 

「……絶対、ではないでしょう。祐騎の可能性を、信じてあげたらどうですか?」

『だから、可能性など』

「ない、とは言い切れないはずですよ」

 

 柊が、口を挟む。腕を組んだまま険しい表情で、有り余る感情を隠そうともせずに。

 

「現に彼は、私たちの力を借りたとはいえ、貴方の予想を超えられたではないですか。それが信頼に値する一例となり得るのでは?」

『それは……』

「貴方の言う“絶対”は“絶対ではない”と分かったはずです。その上でもう一度問います。本当に、息子さんは信じるに値しない人間だと?」

『……いいや、私の想像を超えたのは事実だ。そこは認めよう』

 

 薄く、笑う父親。

 子離れを実感しているのだろうか。祐樹が彼の予想を超えられるようになって、嬉しいような寂しいような、という、よく小説などで描かれている気持ちを、父である彼も抱いているのかもしれない。

 

『だが、だからと言って私が提案する道の方が易しいのも事実だと思うが、それについては?』

 

──Select──

 >それは夢を諦める理由にならない。

  易しいことは祐騎のためにならない。

  もっと易しい道もあるはずだ。

──────

 

「……心残りや心配事があると、仕事って手に付きづらいものだと思います。自覚なく周りが察するパターンとか、自覚あって周りに隠すパターンとか、症状は色々あるけど、きっと純粋に効率よく結果を出せるなんてことはなくなるんじゃないですか」

 

 他でもない、心配事が理由で休業を決意した璃音がその内容を話す。実際、彼女だから言えることだろう。必死に悩んで、答えを出して、もがき続けている璃音だからこそ。

 

『それは……』

「ねえ、僕が歩くのは、僕の道のはずだ。父さんのじゃない」

『……』

「不確かでも良い、険しくても、辛くても、激ヤバだって構わない。そっちの方が燃えるってもんでしょ。踏み慣らされた道は、多くの人が歩んだ道ってことでしょ。先人たちがいっぱいいて、そんな中を競争するなんてメンドイしさ。……きっと、父さんと同じことをやったとしても、同じ結果は出ないよ。出せない。だってそれは、アンタが足掻いて作ったものだし」

『祐騎……』

「ま、僕が選んで進む以上、険しい道なんて存在しないけどね? アンタが得た成功だって、数年後にはその程度って切り捨てられる程度かもしれないし。悪いけど、成功に胡坐をかいてるヤツなんて、蹴落とすの楽勝だから」

『……フン、誰に向かって口を効いている』

 

 不敵な笑みが、シャドウの表情に戻った。

 何というか、らしい感じがする。祐騎にそっくりだ。言わないけれど。

 

『愚かな……本当にお前は愚息だ』

「愚かで結構、滑稽で結構。でもさ、やらずに後悔するなんてゴメンだ。手を伸ばせば届くかもしれない時に、両手がふさがってるなんてことしたくない」

『そうだな……祐騎、最後にもう一度聞く。大丈夫だな?』

「勿論」

 

 

──Select──

  自分たちも支えますから安心してください。

 >もっとコミュニケーションとった方が良いですよ。

  いざという時は葵さんがいるので大丈夫ですよ。

──────

 

 

『フン、それこそ今更だろう。それに、私たち親子にそんな慣れ合いなど……』

「家族が触れ合うことに、話し合うことに、慣れ合い云々なんてないんじゃないですか。どんなに厳しい家でも、笑顔がない家庭なんておかしいと思います! ユウ君もお父さんも、アオイさんを含めて皆さんが笑顔で食卓を囲むことを想像してみてください」

「『……おえっ』」

 

 想像したのか、気持ち悪そうな顔を同時に浮かべた。

 どれだけ仲が良くないんだ、この2人。

 

「……自分には家族が居ないから分からないが、愛って一緒に居て何かしら楽しい相手との間にある物じゃないのかって思ってました。でも、お2人は家族としての愛があるのに、あまり楽しそうにしませんね」

『ふふ……愛が楽しいもの、か。子どもだな、君は』

 

 ……なんか微笑ましいものを見る目で見られた。

 ……空を除く全員がこちらをそんな目で見ている気がする……!

 

『確かに、楽しいと感じることもある。そこの愚息を真っ向から正論で黙らせたりする時などな』

「それはこっちのセリフ」

『……だがまあ、楽しいだけではない。相手を想うからこそ辛く、悲しいこともある。楽しいこともある。家族愛も友人愛も隣人愛も、そこは変わらないのではないか?』

「……勉強になります」

 

 確かに、その通りだった。

 まだ、家族というものに幻想的なものを抱いていたらしい。

 愛の複雑さなんて、少し前に“他人を想うがゆえに暴走した空”を見て、痛感したはずだったのに。

 

『さて、私はそろそろ元の場所へ戻る。葵の事、頼んでも良いか?』

 

 シャドウの体が、粒子に変わり始める。

 祐騎の父親の顔が透け始めた。

 

「任せてください。必ず無事に戻します」

『ああ、頼む。それと、祐騎』

「なにさ」

 

 微笑み、口を開こうとする父親だったが、何を思ったのか止めた。

 ほんのわずかな時間、次の言葉を探して、漸く出た言葉は──

 

『……せいぜい達者でな』

 

 ──それだけ言い残して、シャドウは消滅した。

 

 宙へと昇る粒子を見送り、祐騎もそれに返事をする。

 

「……そっちこそ、過労死しない程度に頑張りなよ」

 

 

 

 





 難産……!
 遅れて申し訳ありませんでした。
 なんでプロット段階でも初書きした時もドシリアスなのに、こんなふわっとした感じに纏まったんですかねえ。シリアスは覚醒シーンに取られたと思おう。ユウ君パワーすげえ。


 
 この章はあと数話入れて、テストを挟み(書かない)、エピローグとなります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月4日──【通学路】水泳部の2年生事情

 

 救出から、1日が経った。

 葵さんは病院へと緊急搬送。かなりの衰弱度合いで、未だ目を覚ましていないらしい。今は祐騎が付きっ切りで看病しているようだ。

 ……父親の方は、見舞いに来ていないとのこと。しかし祐騎自身、一度しっかり話し合う必要性を感じているようなので、彼に任せておけば大丈夫だろう。

 

 ということで、日常へ帰着した自分らは、これから平和な日々を送ろうとした──

  

「勉強しよう」

 

 ──はずだった。

 

 

 

──朝──

 

 

 通学路、話し声が聴こえてくる。

 前を歩く杜宮高校の制服を着た男女からだ。

 

「もうすぐ夏休みだぜ、どこ行くよ」

「えー、でもあまり遠くへは行けないし……近くの海とかかなあ」

「海! 良いねえ!」

 

 海、海水浴か。やったことないが、楽しそうだな。

 まずは泳げるようにならないことには無理だが。

 ……少し本腰を入れて水泳部に行ってみるか。夏前だし。

 

「でもその前に、テストあるじゃん。そこを乗り越えてからだよねえ」

 

 ……?

 

「ああ、テストな! 俺、テストの結果良かったら小遣い貰う約束してんだよなあ。もうちっと頑張らねえと」

「あ、私もママにそれお願いしてみようかな」

「良いんじゃね。そんで一緒に勉強して、高得点取って、一緒に遊び行こうぜ!」

「うん、絶対だよ」

 

 ……テスト? いつからだった?

 あ、確か……11日だった気がする。

 素で忘れていた……どうしよう。

 根詰めて勉強して、あとはまた勉強会の要請をして、他にも色々やって……間に合うか、これ?

 

 

──放課後──

 

 

 ともあれまずは勉強会の約束を漕ぎ付けることが大切だろう。

 今日が7月4日の水曜日。試験が同じく水曜日の11日からだから……金曜日か月曜日辺りがちょうどいいか。

 サイフォンを操作し、誘いの文面を作る。適当なものができたので、それを送信。

 取り敢えずは返信待ちだ。

 

 今日はどうしようか。

 図書室や喫茶店で勉強するのもアリだとは思う。

 勉強を夜に回して、日中別の用事を済ませてしまうのもアリだろう。

 

 ……でも取り敢えず、ふと思い出した返却期限の本を返す所から始めようか。

 思い出して良かった。

 

 

────>クラブハウス【プール更衣室】。

 

 

 本を返却した自分が向かったのは、水泳部の活動場所。せっかく朝思いついたことだし、かつテスト前では部活が停止。そうなると暫く練習できない。最優先で取り組む内容だろう。

 なお、本は借りなかった。期末考査が終わってからじっくり読みたいし、どうせ暫く夜は勉強、読書の暇も取れないから。

 

 水着に着替えてプールへ出る。

 活動開始時間まではまだ少しあるみたいだが、数人がもう泳ぎ始めていた。

 

 ……そういえばまだ水泳の本を買っていなかったな。まあそれも試験が終わった後だ。

 

「お、岸波、お疲れ」

「ハヤトか」

 

 おそらく水泳部で一番仲良い彼が話しかけてくれた。

 泳いで向こう側まで渡った帰りらしい。引き締まった体から大量の水が垂れている。

 

「今日は自主練か?」

「え、自主練……? 教えてもらえない日なのか?」

 

 いつもは指導係の先輩が付きっ切りで教えてくれるが……今日は何かの日だったのだろうか。

 

「あ、連絡いってなかったか、悪いな。今日は選考会……大会メンバー選出のためのタイム測定会で、上級生たちはみんなそっちに掛かりっきりなんだ」

「なるほど」

 

 そういえば以前、年に3回の大会の為に選考会を行うといった話を聞いたな。

 それが今日だったのか。

 

「……それって見学とかできるのか?」

「ん? ああ、顧問にお願いすればできると思うぞ」

「そうか」

 

 上手な人たちを直接観察する良い機会かもしれない。勉強させてもらえるよう頼みに行こう。

 

──Select──

  自分も出れるか?

 >ハヤトは出るのか?

  注目選手はいるか?

──────

 

「俺か。出るぞ。これでも一応去年の秋大からレギュラーなんだぜ」

「へえ、凄いな。応援している」

「ありがとよ」

 

 ハヤトは少し自慢気だ。嬉しそうにしているのが分かる。

 

 さて、顧問に許可を貰いに行こう。

 

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 見学の旨を申し出たところ、せっかくだからと測定手も任されることとなった。単純にタイムストップのボタンを押す掛かりだが、大事な役目だろう。気を抜かないようにしよう。

 

 

 ……みなさん、早いな。

 フォームが綺麗だと分かる。身体が沈まず、重心はぶれ過ぎず、前へ前へと漕ぎ続けるその姿に、強い魅力を感じた。

 

 ……数グループを見送ると、ハヤトの番がやってくる。

 ステップを昇り、スタート台へ。台の端に足指をひっかけ、いつでも跳べるようにセットした。

 

 ホイッスルの音と同時に、複数人が水へと跳躍。低く刺さるように跳ぶ人、高くねじ込むように跳ぶ人、各々が色々な入水の仕方を持っているが、一番力強く着水したのは、間違いなくハヤトだった。

 浮かんできた時、ハヤトは2位。しかしそこからキック力と漕ぐ力で前の人物を抜かし、堂々の一位でフィニッシュ。

 周囲からどよめく声が聴こえてくる。やはり凄いタイムだったのだろうか。力の強い遊泳だった。

 

「おお、タイムを上げたな、ハヤト!」

 

 顧問がハヤトを呼び止める。

 ハヤトも休憩を中断し、顧問の前に立った。

 

「ありがとうございます!」

「来年も安泰だ。お前と“ユウジ”が残ってくれるならな! これからもライバル同士、しっかりと励み合えよ!」

「……はい」

 

 ……話が終わるころにはハヤトの意気は消沈してしまっている。

 何の話をしたのだろう。よく聴こえなかったが……それとなく聞いてみるか。

 

 

────>クラブハウス【プール更衣室】。

 

 

「ハヤト、お疲れ」

「おう岸波。お疲れ、どうだ、勉強になったか?」

「ああ、参考になった。少しは変わる気がする」

「それは良かったな」

 

 ……こうして話している分には、普通だな。

 さて、どう切り出したものか。

 

 

──Select──

 >選考は通りそうか?

  顧問と何話してたんだ?

  浮かない顔だな。

──────

 

「どうだろうな。通ると良いんだが……」

「何か不安要素でも?」

「ああ、少しな」

 

 少し言葉を探すように、眼球を左右に揺れさせたハヤト。

 言いにくいことのようだ。しっかり聞こう。

 

「実はな、俺の他にもう1人、2年で早いやつが居るんだ」

「……? 今日そんな人いたか? 一通りの記録は覗いたけど、同学年帯ならハヤトが一番だったぞ」

「ああ、“今日は”、な。アイツ、今日休んだんだよ」

「選考会の日なのに?」

「選考会の日でもいつでも、サボってばっかりのヤツだ」

 

 少し険しい表情で、握り拳を作りながらも言葉を絞り出すハヤト。

 ……休んでばかりいる人物が、自分と同等のタイムを出すのか。それが辛いことなのは、自分にも分かる。相沢さんの異界がそうだったように、追われる者の苦悩はやはり大きいみたいだ。

 努力が、否定される感覚だったか。才能あるものが平然と自分を追い越していくのが怖い。しかし突き放せるほど生易しいものではなく、常に一歩後ろを付き纏われているような不気味さを感じ取っている。

 恐らく、そんな想いをハヤトも抱いているのだろう。

 それに対して掛ける言葉は、ない。彼が脅威を感じる相手のことを知らないからだ。滅多なことをいう訳にはいかないし。

 

「……悪いな、愚痴を言ってしまって」

「いいや、気にしないでくれ」

「……悪い」

 

 悪いのはこちらだ。何の力にもなれない。

 出来ることと言えば、話を聞くくらいのことなのだから。

 

 

────>杜宮高校【校門前】。

 

 

「良ければ、飯でも一緒に食って行くか?」

「ぜひとも」

「よっしゃ。じゃあ駅前広場でも行くか。部活の後なら肉が食いたいし」

 

 自分は泳いでいないが、まあ彼が行きたいと言うなら付き合おう。それがきっと彼のストレス発散にもなるだろうから。

 校門を出て、駅前広場へ向かおうとした際、唐突にハヤトが足を止めた。

 彼の顔は、進もうとした方向とは逆方向に向いている。何があるんだろうか、と視線を辿っていくと、3人の男子生徒がフェンス沿いに座って話し込んでいる姿だった。

 

「ユウジ……」

 

 ぼそり、とハヤトが呟く。聞き間違いでなければ名前だろう。あの3人のうちの誰かを知っているらしい。

 

──Select──

 >知り合いか?

  少し寄っていくか?

  話しかけよう。

──────

 

 

「知り合い、というか……さっき話した、“もう1人の早いヤツ”だよ、アイツが」

 

 3人の中でも、洸と似た髪形の少年を指しているらしい。

 あれが水泳部の2年生最速の片割れ。名前はユウジか。

 

「……あー……なんか飯って気分でもなくなってきたわ。誘っといて悪いけど、今日は解散にしようぜ」

「……ああ、分かった」

「ほんと悪いな。いつか埋め合わせするから。じゃっ」

 

 見たくないものから目を逸らすように、早足でその場を立ち去るハヤト。

 そんな彼の背中を、一瞬だけユウジが見た気がした。

 

「……」

 

 そしてすぐに会話へ戻る。

 ほんの一瞬だったから分からないが、多分見ていた。視界に捉えていたはず。意識はしているらしい。

 ……少し、彼のことも知っていきたいな。

 話は多分、そこからなのだろう。

 

 自分も、今日は帰るとするか。

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日は勉強するとしよう。

 

 ……そこそこ集中できた気がする。

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが4に上がった。


────


 知識  +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月5~6日──【マイルーム】勉強勉強

 

 

『よう。勉強会の件だが、オレは金曜なら空いてるぜ』

 

 早朝、サイフォンの点滅に気が付き確認すると、グループメッセージで洸から日程の報告が届いていた。

 金曜なら、ということは、一緒に提案した月曜の方は無理らしい。

 

『私は月曜日ね。金曜日は少し出かける用事があるの』

『あたしは金曜日だけかも』

「柊だけ別日か……」

 

 自分はどちらも行ける。よって金曜日は洸と璃音、月曜日は柊との勉強会となる。主に月曜日が柊の負担になりそうで怖いな。

 ……っと。昨日の連絡はここまでか。空からの返事は来ていないな。確認してみるか。

 

『空はどうだ? 金曜か月曜、片方だけでも空いてるか?』

『え、わたしもですか?』

 

 数分置いて返信が来る。

 わたしもですか、とはどういう意味だろうか。

 

『無理にとは言わないが、来ないのか?』

『いえ、その、わたしは皆さんと違って1年ですし、教わるばかりになってしまうので……』

 

 どうやら遠慮してくれていたらしい。

 確かに学年が上の自分たちと勉強するのは、一方的に教わるのと同意義。真面目な彼女にとっては気が引けるのだろう。

 このままだと自分も柊に教わってばかりの勉強会になりそうだから、気持ちは分かる。前回はたまたま役に立てたみたいだが、今回もしっかり事前勉強しなければ。

 

『そのことなら気にする必要はないわ。郁島さんに教えることで去年の内容を再確認できるのは私たちにとっても大きなメリット。ほとんどの分野は1年生の時に基礎を学ぶから、学習し直すことで理解を早められるの』

『まあつまり、教えるのを渋る人は誰もいないってことだ。気楽に参加しろよ、ソラ』

『じゃ、じゃあ参加させていただきます! よろしくお願いしますっ!』

 

 可愛らしくにっこりとした絵文字を文末に付けて、空は参加を宣言してくれた。

 曜日は?

 

『すみません。明日は少し忙しいので、月曜日に参加しても良いですか?』

『勿論』

 

 祐騎も誘おうかと思ったが、葵さんが起きるまではそっとしておいた方が良いかもしれない。

 取り敢えず、予定は決まったな。

 

 

 ……そろそろ学校へ行こう。

 

 

──放課後──

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 さて、今日は木曜日。何をしようか。

 ……そういえば、異界に行く前、フウカ先輩と話した時、少し悩んでいるようだったが……様子を見に行ってみよう。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

 いた。いつものベッド。廊下側一番端。窓からの光が絶対に当たらない場所で、編み物をしている。

 

「あれ、岸波君?」

「こんにちは、フウカ先輩」

「こんにちは。今日はどうしたの?」

「ふらっと寄っただけですけど、良ければ少し話しませんか?」

「うん、良いよ」

 

 

 いつも通りの儚い笑顔を浮かべベッド横の椅子に座るよう勧めてくる彼女に応える。

 それから、何気ない話をした。彼女は楽しそうに聞いてくれていたが、何かを積極的に話すことはない。

 だが、話したそうにはしてくれていた。何度か尋ねてみるも流され、聞けず終い。今回は話す気になれなかったと言った所か。

 また次回来た時は話してくれそうだ。なんとなくだけど。

 

 今日はもう帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 さて、明日に備えて勉強をしよう。

 前もって疑問点を纏めておくだけでも変わるはずだし、自分が覚えている要点を整理すれば、足りていない所も見えてくるかもしれない。

 よし。

 

 

──7月6日(金) 朝──

 

 

 早く目が覚めた。二度寝も良いが、せっかくだし何かしよう。

 とはいえ今日は放課後から勉強会だし、それ以外のことをしたいな。

 ……運動でもしようか。今この場にあるものを使って何か、というのは出来そうにない。外を走ろう。

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

 運動着に着替えて、ロビーを抜ける。朝日が昇って少しした時間帯。犬を散歩しているおばあさんや、同じようにランニングしている人が数人いた。

 自分はどうしようか。

 

 

──Select──

  短い距離を速く走る。

 >長い距離をゆっくり走る。

──────

 

 

 体力を付けるなら長距離走だ。一定のペースを守って走ろう。

 

 

──

 

 

 少し前を走っている人が居る。

 

 

──Select──

 >後ろに張り付く。

  気にせずペースを維持する。

──────

 

 

 あまり疲れてないし、他の人と同じくらいの速度で走った方が案外鍛練になるかもしれない。

 何があってもこの人の背中から離れないようにしよう。

 

「…………」 

「…………」

「…………!」

「…………!?」

 

 ちらりと後ろを確認するように振り返った彼。すぐにスピードを上げた。

 だが、離れないと決心した身。自分も負けじと速度を上げる。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 追走はやがて並走となるが、そう長くは続かなかった。

 体力の限界。間違いなく鍛練不足だ。進みを緩めた自分を変わらぬスピードで置いていく彼の背中を見送り、壁の高さを痛感する。

 もっと頑張らなければいけない。

 今日のところはしっかりと身体を解して、帰ってシャワーでも浴びよう。

 

 

──放課後──

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

『ねえねえ、今日ってどこでやるの?』

『あ』

 

 璃音の言葉で漸くミスに気が付く。実施場所を決め忘れていた。

 どこにしようか。

 

『え、ハクノの家じゃなかったのか? そのつもりで向かおうとしてたんだが』

『自分の部屋か。別に構わないが』

『…………』

『璃音?』

『……いや、まあ、うん。いっか!』

 

 

 何がだろうか。

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 自分が帰ってから数分後、璃音が到着。

 2人で勉強を進めること数十分、洸が遅れながらもやって来た。

 

「お邪魔します。これ、トワ姉が持ってけって」

「九重先生が?」

「教室でる時に捕まってな。一回道場行って取ってきた」

 

 道場。そういえば一度行ったか。洸のおじさん、お歳のわりにとても強そうだったことを覚えている。

 しかしわざわざ申し訳ないな。今度お礼をしなくては。

 

「あ、2人とも。あたしも一応お菓子買って来てるよ」

「へえ、じゃあある程度進めたら休憩がてら貰おうか」

「うんうん、それで行こっ。ほらほら時坂クンも早く座って準備準備」

「おお。……よし、気合入れるか」

 

 

 黙々と勉強を開始する。

 時計の針は結構進んだが、全体的に見て雑談はそんなにない。ふとした時に話の内容が質問から横道へ逸れることはあるが、3人で勉強していることもあり、会話に参加していない1人がストップを掛けられるのは大きい。

 

 

 

 そんなこんなで始めること2時間、一旦休憩である。

 

「そういや、ハクノって来年は進学するのか? それとも就職?」

「分からない。就職かなとは思うが、自分の意志だけでは決められないからな」

 

 そういえば、洸は自分が北都グループに人生を預けていることを知らないのだったか。

 璃音には話しただろうか。いや話したな。美月との関係を聞かれた時に流れで話していたはず。

 

「久我山は?」

「一応大学には通うつもり。どんな形でもね!」

「ま、有名人が普通に大学へ通うわけにはいかねえよな」

「そーいうこと。でもしっかり勉強はしておきたいからね。何が為になるか分からないし」

「立派な心掛けだな」

「フッフーン、でしょでしょ」

 

 自身の持ってきたお菓子の大半を食べながら、期限良さそうに笑う璃音。

 

「そういう時坂クンの進路は?」

「あー……正直まだ決まってねえ。何も決まってねえけど、大学って取り敢えずで行くところじゃねえ気がするしな」

「まあ、ゆっくり考えて行こう。まだ来年までは時間があるんだ」

「だな」

 

 とはいえ、実際どうなるんだろうか。

 前もって言われている職業活動内容なら、美月が大学へ行くとなると自分も行く必要性が出てくるだろう。

 それに、専門的な勉強をしっかりとして準備した方が、会社にとっても役に立つはず。

 一方で現場経験が大事というのも分かるし。

 そのうち相談してみないとな。

 

 

「……よし、勉強を再開するか」

「もう一頑張りしちゃお!」

「ああ、やろうぜ」

 

 

 この日は夜まで一緒に勉強した。

 洸は1人歩いて帰り、璃音は親の迎えを待つらしい。

 一緒にロビーで待とうとしたが、凄い剣幕で部屋へと戻された。

 

「いやいや、親が来るって言ってんのにキミと一緒だとややこしくなるじゃん! 時坂クンも帰っちゃってるし!」

 

 ということらしい。

 そこら辺も、親子間での複雑な事情なのだろう。自分にはあまりよく分かっていないが。

 でも、親子関係や親戚関係について、“自分は無縁のものだから分からない”というスタンスは今後、止めていかないといけない。その理解の遅さは、祐騎のお父さんの異界のような問題が再発したときにきっと足を引っ張る。

 それに、人間関係に不理解があると、誰かと仲良くなるのにもきっと難しくなる。

 両親と子ども。もしくは兄弟関係を今後は知っていきたいな。

 

 

 




 

 知識  +5。
 根気  +1。


────


 所謂テスト対策回。ついでに参加メンバーの好感度上げ。
 大事なのは最後の方だけだったり。
 そりゃ更新も早いわけですわ。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月7~8日──【教室】後輩たちと料理

 

 

 土曜日の放課後。

 今日は予定がないしどこか飲食店にでも寄って勉強してから帰ろうか。と思っていたが、下校の準備を終えた時にちょうどサイフォンが振動した。

 

『センパイ、今日ちょっと時間いいですかぁ?』

 

 ……1年のマリエからお誘いの連絡だ。

 佐伯先生関係で何かあったのだろうか。

 気になるし行ってみよう。

 

 

────>杜宮高校【家庭科室】。

 

 

 指定された場所へ近づくにつれて、段々騒がしくなってきた。

 家庭科室。正直2年生の授業に家庭科はないので行く用事がまったくない場所だ。以前空の用事で向かった時くらいか。

 その時は利用者が1人もいなかったが、今日は何やら大勢集まっているらしい。

 

 家庭科室の前に、黒髪の少女が立っているのを見つける。

 

「ヒトミか」

「あ、センパイ、来てくれてアリガト」

「いや……」

 

 一応周囲や扉から見える範囲の家庭科室内を確認するが、あの目立つ明るい色の少女が見つからない。

 

「マリエは?」

「中、の奥の方。一緒に行こ」

 

 案内を任せ、家庭科室へと入る。

 外から見た感じでも分かっていたが、人が多い。多少男子も混じっているが、室内の9割近くが女子だ。いったい何が始まるのだろう。

 

 

「あ、せんぱぁい、待ってましたぁ。来てくれてありがとうございますぅ」

「まだその演技忘れてなかったんだ」

 

 マリエの歓迎の言葉を聞いたヒトミがぼそりと呟く。

 待たせてしまったのか。寄り道はしなかったんだがな。

 金髪の長い髪を指先で弄っていた彼女は、いいからここ座って、と逆側の椅子へ着席を促した。

 

「それで、これは何の集まりなんだ?」

「料理研究部の料理教室」

 

 料理教室……なるほど。

 つまりマリエは料理がしたくてここに来たと。

 ……なんで?

 

「自分が呼ばれた理由は?」

「えー、だってぇ、いきなりゴロウ先生に手料理渡して失敗してもアレだし……」

 

 つまりは実験台ということか。

 男性相手であればだれでも良かったのだろう。それでいて協力者である自分に頼んできた、と。

 まあどうやら自分は特になにもしなくて良さそうなので、気楽に待っているとしよう。

 

 

「それじゃあせんぱぁい、こっちお願いして良いですかぁ?」

 

 そう言って、マリエがボウルに材料の一部を入れて渡して来た。

 

「……? 自分も作るのか?」

「働かざる者食うべからずですよぉ」

「…………」

 

 それはまあ、確かに?

 となればやるしかない。

 やるからには最高の料理を作るとしよう。

 

 

「センパイ、結構チョロい……」

「なにか言ったか、ヒトミ」

「なんでもない。私も手伝う」

 

 三人で料理を作ることになった。

 

 

────

 

 

「「「うわー」」」

 

 各々が抱えていた品物が完成し、辺り一面を見渡した時の感想は、すべて同じ。

 

 テーブルの上の惨状は、それはそれは酷いものだった。

 焦げて変色したコンロ周辺、汁物が滴るテーブル淵、洗い物が溜まったシンク。

 経験者がいないだけでここまで悲惨な状態になるとは思わなかった。

 ……いや、経験者というか、部員の人が居るには居るのだが、一部──特にマリエがまったく話を聞かずに暴走。自分とヒトミも自身の抱える仕事で手一杯、といった形で、どんどん取り返しのつかないところに。

 というか途中から部員の人も匙投げてた気がするが、気のせいだろうか。

 

 

「ま、まあ、料理は味さえ良ければ大丈夫だし……」

 

 マリエが恐る恐る完成した料理へ箸を伸ばす。

 が、途中でその箸も止まった。

 

「やっぱりぃ、最初は男の人に食べてもらいたいなぁ」

「………………」

 

 そうきたか。

 そうきたか……っ!

 

 いつもは窘めてくれそうなヒトミも、縋るような表情でこちらを見ている。

 食べるしか……ないようだ……大丈夫……大丈夫。

 幸い、見た目に何かしらの問題は見当たらない。食べられないというほどではないはず……だ。だから沈まれ、自分の右手……!

 

「……いただきます」

 

 箸でマリエの作った料理を摘まみ、口元へ持っていく。

 ……ええい、ここまで来たら度胸だ。

 

「「行った!」」

 

 逝ってない、逝ってない。

 

「ど、どう……? おいしい?」

 

 

──Select──

  まずい。

 >個性的な味だ。

  ……食うか?

──────

 

「それってマズいってことじゃん」

「……平たく言えば」

「……ま、そうよね」

 

 マリエが低いトーンの声で言う。

 落ち込ませてしまっただろうか。

 

「……」

「……」

 

 ついなんて言えば良いか分からず、黙ってしまった。ヒトミも何か言おうとはしているが、出てこないらしい。

 慰めの言葉を探すのは、とても難しかった。

 惨状がすべてを物語っていたから。目で見た光景がすべてのフォローを消してしまいかねない。

 

「……やっぱ向いてないのかなぁ」

 

 例え自分にできるとしたら、慰めるのではなく、発破を掛けることくらい。

 

──Select──

 >諦めるのか?

  ……(何も言わない)。

──────

 

 

「諦めるのか?」

「……センパイ?」

「これから頑張れば良いじゃないか。諦めるのは、もう少し努力した後でも良いだろ?」

 

 諦めてしまったら、何も残らない。

 マリエが料理をしてみようと思った気持ちも、きっと思い描いていた成功時のアタックも、すべて無駄になってしまう。

 それは、悲しいことだ。

 

「なんで料理だったんだ?」

「え?」

「やったことない料理を練習しようとした理由」

「だって、胃袋を掴むのが異性を落とすときの基本って聞いたから……」

「なら、練習しないと。大丈夫、練習なら付き合うから……ヒトミが」

「あたし!?」

 

 それはそうだ。いつも一緒にいるのはヒトミなんだし。

 裏切り者を見る顔を向けてきたが、必死に顔を逸らしておいた。

 

 

「あー、センパイに言われるの癪だけど、その通りだわ。努力、してみようかねー」

 

 マリエが、いつもと違った口調で言う。

 違った口調というか、自分と接する際は貫いていた甘え口調のようなものがなくなっている。

 自然体で向き合っても良い人間、と見てもらえたのだろうか。

 

「ゴロウ先生に喜んでもらうためだもんね。ばっちり決めてかなきゃ」

 

 気合を入れて頷く彼女を見て、発破かけが成功したことを確信する。

 良かった。良かった。

 さて、後片付けをして──

 

「待ちなよセンパイ」

 

 ガッと肩を掴まれた。

 後ろには、食べかけの料理を持った黒髪の少女の姿が。

 

「ど、どうしたんだヒトミ。今から片づけをしようと思ってたんだけど……」

「それはどうでもいいから、食べて」

「いや、でも」

「食・べ・て?」

 

 

──Select──

 >食べる。

  黙って頂く。

  あーん。を要求する。

──────

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

──7月8日(日) 昼──

 

────>旅館【神山温泉】。

 

 

「というわけで、絶賛体調不良です」

「なるほど、大変だったんだな」

 

 

 温泉バイト。今日はいつもの先輩と一緒だ。

 

「先輩は料理とかできます?」

「そこそこ。生活に困らないくらいはできるつもりだ」

「凄いですね」

「そんなことないさ。岸波にだってできる。要は慣れだな。あとはしっかりと考えながらやること」

 

 そんな会話を先輩とした。

 いつも飄々としている先輩だが、不味いものを食べた時など、どんな反応をするのだろう。黙々と食べそうなものだけど。

 あれくらい落ち着いていられたら良いなと思う。

 

 

 

──夜──

 

 

 今日こそは勉強をしよう。

 思いっきり集中してやりたいな。

 

「サクラ、音楽を流してくれないか?」

『はい、どんな音楽が良いですか?』

 

 

──Select──

  穏やかな曲。

 >明るい曲。

  激しい曲。

  お任せで。

──────

 

 

『分かりました。お任せください、先輩』

 

 

 ………………!

 

『どうでしたか?』

「ペンが止まらないレベルで捗ったよ」

『……それは良かったです!』

 

 この調子で頑張ろう。 

 

 




  

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが3に上がった。
 
 
────


 知識  +3。
 度胸  +10。
 根気  +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月9~11日──【教室】試験前スパート再び

 

 

 

 月曜日。約束の日だ。

 テスト勉強のため、帰宅の片付けを早々に終わらせ、帰路に着く。

 今日の参加メンバーは、柊と空。会場は【壱七珈琲店】。柊のバイト先でかつ下宿先。まあ、下宿先とはいえ彼女が生活している部屋ではなく、店の奥にあるテーブルを貸してもらえるそうだが。その代わり、勉強会中の飲み物や間食はここで注文することになっている。

 これは柊が自身から言い出したことらしい。店主のヤマオカさんは、気にせず自由に場所を使って構わないと言ってくれたらしいが、1席が長時間埋まるということは売上にも影響してくる。その補填というわけではないが、少しでも恩返し、といった意味での提案だ。

 自分も空も、喜んでと賛成しているから、何も問題ない。

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

「あら、私が最後かしら」

 

 自分が到着した時には空が既に席に着いていて、自分から遅れること数分、柊がやって来た。

 

「自分は今来たばかりだ。空は少し待たせてしまったみたいだけど」

「そ、そんな。わたしも今来たばかりです!」

「……それでも最後に来たのは私よ。ごめんなさい」

 

 話はこれでおしまい。と彼女も席に着く。

 長い髪を座板の後ろに持っていくため、後ろ髪をかき上げた。

 

「アスカ先輩、髪綺麗ですね! 量があるのに、ふわっとしていて!」

「そ、そう?」

「ええ、岸波先輩もそう思いませんか?」

「確かに。CMとかにも出れそうだな」

 

 最近テレビを見始めたのもあって、そういったコマーシャルをよく見るが、正直引けを取らない気がする。実際に見るのとテレビで見るのはまた別なのだろうが。

 

「……ほら、冗談を言っていないで、早く始めましょう」

 

 今度こそ彼女は話を終わらせて、教科書、問題集、それとノートを広げた。

 だが、彼女の頬がほんの少しだけ朱く染まっているのを見て、自分と空は顔を見合わせ、声を出さずに笑った。

 

 

────

 

 

 1時間半ほどで、休憩を取ることにした自分たちは、少し雑談をしていた。

 

「柊先輩はどうしてアメリカに留学を?」

「私は両親が亡くなった後、引き取り先に着いていく形でステイツに渡ったわ」

「えっ……すみません、知らなくて」

「気にしなくて良いわ」

 

 そうだったのか。自主的ではないと思っていたが。

 それでは、アメリカでペルソナ使いになったということか?

 ……聞いてみたいが、周りに人が居る状況では聞きづらい。

 

「き、岸波先輩はどうして杜宮に転校を?」

「自分も身寄りのない所を引き取ってもらったからかな」

「あわわわ……」

「私より岸波君の環境の方が過酷よね。身寄りもなく、記憶もなく、それでいて選択を迫られてここにいるのだから」

「選ばせてもらえたことは、幸運だったと思っている。柊の方が大変だったんじゃないか? いきなりアメリカに行っても分からない事だらけだろう」

「例えいつどこへ行っても分からないことだらけよ。人間は皆すべてを知って生まれるわけじゃないもの。その点、記憶を失ってここに来た岸波君とスタートは同じだわ」

「言語の通じる通じないは大きな差だと思うが」

「伝わる伝わらないは言葉だけでないのよ。言語習得なんて後からでもできるもの」

 

 どうやらお互いに自身より相手の苦労を想っている状況らしい。

 自分たちだけで話し合っていても埒が明かないな。

 

「「……どちらが大変だと思う?」」

「え、あ、あの、余計なこと言っちゃってすみませんでしたっ!」

 

 空に聞いたらすごい勢いで頭を下げてきた。

 なんで謝られているのか分からないかったが、そもそも彼女が帰国や転校の理由を聞いたことが始まりだったことを思い出す。

 

「……私たちは何とも思っていないけれど、他人からしてみたら地雷にしか聞こえないわね」

「確かに」

 

 そして上手く踏み抜いていったなぁ、と感心した。

 

「ほら、そろそろ勉強再会するわよ」

「ああ」

「は、はい……! 後半もよろしくお願いしますね」

 

 

 ……勉強に集中しよう。

 

 

 

 

 

 そのまま夜まで勉強して、解散した。

 

 

──7月10日(火) 放課後──

 

 

 明日が試験、本番だ。

 最後の追い詰めをしたい。

 今日は図書室で勉強するとしよう。

 

 

──夜──

 

 

 この時間はどうしようか。

 今更新しいことを覚えるくらいなら、復習をしたいが。一回勉強から離れるのもアリだと思う。

 かと言って読書する本はないし。

 ……そうだな、早めに寝ようか。

 

 

 ……洸と小日向と一緒にゲーセンで遊ぶ夢を見た。

 小日向がとても強く、洸と2人協力して倒そうとするも、上手くいかず返り討ちに。

 だが、全員笑顔だ。

 楽しい夢だった。

 

 

 

 

 

──7月11日(水) 朝──

 

 

 さて、今日はテスト当日だ。気合を入れなければ。

 と意気込んでいると、早朝からインターフォンが鳴った。

 しかも外からではなく、建物内からの呼び出し。外門ではなく玄関前のインターフォンが鳴っている。

 ……誰だろう、美月か?

 そう思って覗き穴を見ると、予想とは違う色の頭部が見えた。この髪は……

 

「祐騎?」

「遅いよセンパイ」

「いや、祐騎が朝早いんだと思うが」

「良いから支度して早く来て!」

 

 ……?

 なんの話だろう。約束とかあったっけか。

 

「なにぼーっと突っ立ってんのさ!」

「いや、何が何だか分からなくて」

「あ~もう! だから! “姉さんが目を覚ましたんだ”ってばっ!」

「ッ!!」

 

 

 

 




 

 知識  +7。
 根気  +1。


────


 ちなみにこの後病院に行き、顔を見せて話した後、ふと試験前ということに気付き、ユウキを引き摺って全力で走る白野の姿があったとかなかったとか。


 次回、4章エピローグ。
 テストはカットです。4日ほど飛びます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月14日──【マイルーム】それは、きっと……

 

 

「あ、ハクノセンパイ、そこのレバー引いて」

「こうか」

「コウセンパイはそこで足場を作って……ちょっと早く早く!」

「分かってる、よ!」

「危ない危ない危ない! めっちゃ追われてるんだけど!?」

「はやく来るんだ、祐騎」

「ちょっ、殿務めてあげてんの僕なんだけど!?」

「おう、頑張れユウキ」

「ああもう使えないセンパイ達だなあ!」

 

 

 洸と祐騎と3人でゲームを開始してから、約4時間が経とうとしていた。

 

 そもそもなぜ3人でゲームをしているかと言えば……何でだったか。

 いや、本当に何で?

 

 

「なあ2人とも、何で今自分たち、ゲームしてたんだっけ」

「何でって……ユウキが持ってきたからだろ?」

「いやそもそも、時間が余ってるから何か暇つぶしのものないかって言ったのハクノセンパイじゃん」

「暇つぶし……あ、そういえば」

 

 本来今日行うはずだった打ち上げだが、部活で重要な話し合いがある空を置いて始めるのも何だったので、18時集合にしたのだ。

 学校は期末考査最終日で、午前には終了。お昼前には下校が可能となり、今日は何をしようかと思っているところに連絡があった。

 

『ねえハクノセンパイ、集合18時にハクノセンパイの家だよね。先入って良い?』

『良いけど、暇なのか?』

『まあね。なんか時間の潰せるものある?』

『いや、逆に何か暇つぶしになるもの持っていないか?』

『暇つぶし、ね……オッケー。あ、コウセンパイも呼んでおいてよ。せっかくだし』

『? 分かった』

 

 そうして下校中だった彼を呼び止め、自分の部屋へ。

 待つこと数分、祐騎がゲーム機を持って来て、3人協力プレイのゲームをすることとなった。

 

 ちなみに女性陣は買い物してから来てくれるらしい。

 

「……それにしても」

「「ん?」」

「このゲーム、終わる気配がないんだが、どうする?」

「……はあ、何言ってんのさハクノセンパイ、“明日から学校無いんだよ”?」

「徹夜する気かお前!?」

「徹夜どころか、3日くらい掛ける前提でいかないと。センパイたち、何か予定あんの?」

「「ないけど……」」

 

 ないのか洸。

 彼も自分に対して、そっちは用ないのかみたいな目を向けてくる。

 

「……しゃあねえ、やるか。たまにはゲームでこうバカやるのも悪くないだろ。夏だしな」

「夏関係あるのか、それ……まあ自分も構わない」

「んじゃ決定。クリアするまで帰れると思わないでね。せいぜい足を引っ張らないでよ?」

「はっ、上等」「望むところだ」

 

 というわけで一旦中断。

 電源は付けたままに、軽い片づけをして、女性陣を出迎える準備をする。

 

 やがてインターフォンの音が鳴り、来客の存在と打ち上げの開始を知らせてくれた。

 

 

────

 

 

「うん、こんなトコじゃない?」

「ああ、そうだな。全員集まってくれ」

 

 全員が集合してから、柊と空は勉強を、自分と璃音が打ち上げの準備を、洸と祐騎がゲームの続きを、と引き続き別々に行動していたが、準備が完了したのでテーブル周りに集合を掛ける。

 最初に柊と空が道具を片づけ、その場に座り直す。

 次に洸と祐騎が一段落付け、中断ボタンを押してこちらへやってきた。

 全員がジュースの入ったコップを持ち、乾杯の準備をする。

 

「……岸波君?」

「いや、葵さんが……」

 

 キッチンで準備をしてくれていた女性──葵さんがまだ戻っていない。

 

「岸波君、呼んだ?」

「今回の集まりは葵さんの退院祝いでもあるので、ぜひ」

「え、いえそんな、お邪魔だろうし」

「そんな! 休んでて欲しいのに準備を手伝ってもらいましたし、ここから先は私たちでそれぞれやりますから!」

 

 祐騎の姉、四宮 葵さんが退院して2日。

 今日は、一学期終了兼葵さんの退院兼異界攻略完了の打ち上げだ。

 最初は本当に招待客として葵さんを呼んだのだが、女性陣が迎えに行く際、軽い料理をするための材料を入れた買い物袋を見られ、打ち上げ開始までの間ずっと手伝ってくれていた。

 おっとりした外見と話し口調の葵さんだが、印象に反して手際に無駄が少なく、手先が器用。

 想定していた時間よりも余程早く打ち上げを開始することができた。

 

「なに遠慮してんのさ、姉さん」

「ユウ君……」

「祝いたいって物好きが集まってるんだ、素直に祝われておきなよ」

「……そうよね。ありがとう、ユウ君」

「べつに」

 

 こうして姉弟が会話できるのも、自分たちが勝ち得た光景だと思うと、感慨深い。

 

「なに笑ってんの、ハクノセンパイ」

「別に」

「柊センパイと郁島も、なににやにやしてんのさ」

「「別に?」」

「……変な人たち」

 

 なんだ、同じ気持ちだったのだろうか。柊と空だけでなく、洸も璃音も口角を上げている。

 守れて嬉しくないわけがない。プロの柊だって、新人の空だって、そこは変わらないだろう。

 ましてや、こうしてしっかりと守った日常が感じられるというのはいいことだ。

 自分たち、そして祐騎や葵さんなど、多くの人の尽力で守れた温かみ。誰一人諦めなかったからこそ到達できた場所。それらを感じて漸く“自分たちのしたことは、取り合えず間違いではなかった”と認識できるから。

 4月中旬に美月が言っていた、意見の押し付けという言葉。それをお節介と、あるいは傲慢なことだと知りながらも、相沢さん、空、そして祐騎のお父さんに繰り返してきた。

 押し付けて、ごり押して、相手の意見を変えさせる。正しいことかどうかは笑顔の増減による判別がもっとも測りやすい。

 だからこれから先も、自分……いや、自分たちで祐樹と葵さんの笑顔を守っていこう。

 

 葵さんが祐騎の隣に腰かけ、コップを持つ。

 これで全員に飲み物が行き渡った。

 

「それじゃあ私から一言」

 

 乾杯の前に、柊さんが口を開く。

 

「みんなにとっては怒涛の一学期だったと思うわ。本当にお疲れ様。色々個人に言いたいことはあるけれど、それは後半までとっておくとして、今はみんなの無事を祝い、健闘を讃えましょう」

 

 なんかお小言を頂くのか、と洸や祐樹が嫌そうな顔をした。

 その変化を見逃す柊ではない。しっかりと彼らに向かって笑顔で威圧した後に、グラスを上げる。

 

「それでは──乾杯」

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

 

 

────

 

 

「あれ、なんか元気ない?」

 

 璃音が自分の顔を覗き込んでくる。

 打ち上げもかなりの時間が経ち、用意した食材も大半が尽きた。

 それぞれが思い思いの相手と話し、時に全員で笑い合ったりして、あっという間に時が過ぎていく。

 なんて楽しい時間なんだろう、と思った。

 

 元気がないわけではない。

 不意に、異界攻略のことを思い出しただけだ。

 それが疑問になって、頭から離れないだけだった。

 

「愛ってさ、なんなんだろうなって」

「冷静な顔して何言い出してんの!?」

 

 祐騎の元気なツッコミは受け流させてもらうとして。

 もしかして、と柊が口を挟む。

 

「……異界攻略の時のことね?」

「ああ、愛って、一緒に居て楽しい相手との間にあるものだと思ったんだ」

「まあ、一緒にいてつまらない相手との間に愛があるか、と言われたら確かに首を捻るけど……」

「でも、祐樹と葵さんの父親が言うには、愛は楽しいものだけを生み出すのではないと言う」

 

 一瞬理解できたような気はしたが、理解できたのは言葉の上での複雑さのみ。肝心なところは点で分かっていない。

 

「だから、みんなが考える愛を、教えてくれ」

「「いきなり随分な無茶振りだな!?」」

 

 今度は洸と祐騎が同時に突っ込んできた。

 それも流させてもらうとして。

 

 各々が少し、考える。一番最初に口を開いたのは、璃音。

 

「あたしが考える愛は、無償であることかな。相手に何かをしてもらいたいわけでなく、何かしたいという気持ちが湧いて来る。ただ一緒にいるだけで幸せ。そんな間柄にこそ、愛があるんじゃないかなって」

 

 “無償であること”。

 そういえば異界の攻略完了前日、璃音は『子どもの成長を願わない親なんて居ない。子の幸せを願わない親なんて親じゃない』ということを話していた。

 そこには無条件の愛が関わっている。親と子との間には明確な絆が合って、想いがある。相手に幸せになって欲しいという欲求が必ず親子関係には含まれている、という彼女の持論。

 間違っては、ないと思う。

 

「オレもそう思うぜ。なんか一緒にいるだけで幸せっつうか、楽なんだよな。家にいる時が喜楽なのは、きっとそういう理由なんじゃねえか」

「あ……そういうことなら、私も分かる気がします! 家でも学校でも、そういう繋がりが居場所となるんですよね。友情や愛情、親子愛とかも、そういう場所で形成されるんじゃないかなって」

 

 段々語るたびに顔を赤くしていく空。

 歳下に愛を語らせる、というのは絵的にどうかと思うが、続行で。

 

「残りのみんなは?」

「私の考える愛、は……尊いもの、かしら」

「尊いって?」

「本当なら裏切りを一切疑わない、十全の信頼を向けられる稀有な存在に対する感情。私は神様の類に良い思いを抱いてないけれど、唯一、この身に暖かな血を流してくれたことだけは、感謝しているわ」

「……」

 

 話が難しかった。

 

「分かる気がする」

「葵さんも、ですか?」

「神様が親子姉弟って決めてくれたおかげで、お父さんともユウ君とも仲良くいられる。神様がくれた奇跡のことを尊いって言うなら、愛ってとても尊いものよね」

「私はそこまで言ってませんが。もし将来そういった出会いの機会があるなら、神様が出会わせてくれるのではなく、自分で出会う運命を切り開いたと思いたいですね」

「なに、柊センパイも無神論者?」

「いいえ、“神はいるわよ”。いないのは“人間にとって都合のいい神様”と“人間に優しい神様”」

「何が違うんだ?」

「前者は神頼みとかをすると受けてくれる神様。個人の言葉を聞く神なんてそうそういないし、聞いたとしてもロクな神様じゃない。後者は単純に人間が好きでも、人間に優しく手を差し伸べようという神様が居ないというだけ」

「すっごい流暢に話すな」

「神様に恨みでもあんのかね」

「……貴方たち、言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

「話が逸れてるぞ」

「……コホン、まあそういうことよ」

 

 いやどういうことだよ。

 尊いもの、という感想は理解できた。

 あと、柊が全体的に神様を嫌っていることも把握できた。

 

 さて、あと発表してないのは、祐騎か。

 

「祐騎は何かあるか?」

「僕は……その両方。無償で、かつ尊いもの、だと思う」

「……どうして?」

「今回の件で、思ったんだ。父さんはともかくとして、姉さんはずっと僕を心配してくれていた。僕は姉さんに何もしてないのに、頼んでもいないのに、姉さんはずっと僕の味方だったんだ。無償でここまでやってくれんだよ、これを尊くないなんて言える訳ないじゃん」

「ユ、ユウ君……?」

 

 驚いたように目を丸くする、葵さん。

 自分たちも驚いている。

 ペルソナとソウルデヴァイスを手に入れた際、姉を──大事な家族を守りたいと叫んだ彼の決意。恐らく彼が話しているのは、その時に自覚した未練により伝えておきたくなった感謝の言葉、なのではないだろうか。

 

「だからありがとう、姉さん。本当に、本当にありがとう。今までずっと一緒に居てくれて。ずっと味方してくれて。ずっと心配してくれて。……いきなりもう大丈夫、ってわけじゃないけど、僕も少し、やりたいことを見つけたよ」

「やりたい、ことって……?」

 

 葵さんは、泣いている。

 涙を耐えようともせずに泣いたまま、弟を正面からしっかりと見据えていた。

 化粧が落ちようが何しようが関係なく、彼の想いを、弟の巣立ちを聞き届けようと。

 大人の女性ではなくただの四宮祐騎の姉として、彼女は背筋を伸ばしている。

 

「この人たちと一緒にいたい。借りを返したいのもそうだけど、この人たちを通して社会に触れて、僕の知らない所を、僕が切り捨ててきたものを知りたいんだ」

「知って、どうするの?」

「将来の足掛かり。せいぜいしっかり見据えて、考えて、父さんが“息子の選択が正しかった”と納得するほどのものを持って帰ってくる」

 

 はっきりと断言する祐騎。

 力強い目だ。覚悟を決めているのだろう。

 

「こんなにも真っすぐで、信じられる人に出会ったのなんて、初めてなんだ。外に触れるなら、この人たちと一緒の方が気が楽だしね。それに、世の中には僕より少しだけ先を行っている人がたくさん居て、そのうちの数人がうちの学校にいる、なんて言われたら、行くしかないじゃん。……ウソじゃないよね、コウセンパイ?」

「ああ、決して期待外れとは思わせねえよ。つっても相手はオレじゃねえがな」

「コウセンパイも良い線いってると思うよ?」

「すげえ上から来たなオイ」

 

 少しだけ、真面目な空気が四散する。

 笑いが一部から起こり、完全に空気が変わった。

 

「ねえハクノセンパイと柊センパイ、これからも一緒に戦って良いよね?」

「ああ、ぜひ頼む」

「……岸波君がそれで良いなら良いわ」

 

 素人が増えることに頭を抱える柊だが、人が増えるのは少しだけ嬉しそうだった。

 

 

「ユウ君」

「姉さん……」

「約束」

 

 葵さんは小指を立てて、祐騎へと差し出す。

 

「必ず、無事でいて。ちゃんと小まめに連絡すること」

「……いいの?」

「毎日連絡してくれても良いんだよ?」

「し、しないってばっ!」

 

 まったく。と呟きながらも祐騎は、姉の小指に自身のを絡ませ、誓いを立てる。

 

「……皆さん、弟のこと、よろしくお願いします」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

「あ、ユウ君。近いうちにお父さん呼ぶから」

「え!?」

「次喧嘩したら一緒に住むって約束、忘れてないよね?」

「………………」

 

 

 あ、祐騎の目が死んだ。

 

 

「姉さん、そういう約束は書面に起こさないと。僕は覚えてないけど、そういう訳だから、その約束は無効ってことで」

「そんな……!? 酷いわユウ君。所詮お姉ちゃんとの約束なんてそんなものなのね」

「ちょ……違っ」

 

「へー四宮クンさいてー」

「男の風上にも置けないわね」

「え、あ……その、残念です」

 

「ぐっ……ああ、分かったよ 守ってあげるよ約束ぜんぶ! 最初からそのつもりだっての!」

 

 女性4人からの責め立て。まさに四面楚歌の状態に参り、自棄になって叫ぶ祐騎。

 璃音がボイスレコーダーを身体の後ろで作動させていたことを、彼はまだ知らない。

 地味にハッキングで身体データを知られていないかの不安が残っていた彼女が、交渉カードを手に入れた。

 

 

 

 賑やかな状態のまま打ち上げは終わり、しかし祐騎の災難はもう少し続くらしい。

 さしあたっての困難は、3日ぶっ通しでやると決めたゲームが彼の思う通りに進まず、かなりのストレスを溜めること……だろうか。

 

 

 

 

 

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが5に上がった。


────

 ご報告。

 この第4話を持ちまして、PXe第一部はこれにて終了です。
 ここから夏休み・二学期編となる第二部が開始しますが、色々な変化が出たりします。作用してなかったタグも動き始めます(予定)。なぜここが第一部の切れ目なのかなど、全体を読み返した時に分かってもらえることといいなぁって思います。
 




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 4
7月17日──【マイルーム】祐騎と洸とゲーム明け


 

 

 

 

 夢を見た。

 責任に悩む青年の夢だ。

 

 

 

 願い無き身で奪った3つの命。弱く非才な身体でそれを背負う夢の中の彼は、唐突に見せつけられた“まだ手の届く命”を見捨てることができなかった。

 何よりその対象は、縁もゆかりもない相手ではない。夢で複数回見掛けた、時たま力を貸してくれる少女──いや、少女たちなのだ。

 恩人2人の戦い。しかしこのままいけば、共倒れにも成り兼ねない状況。もはや選択に一刻の猶予もなく。

 恩を返すのとは違うのかもしれないが、それでも少女を救おうと岸波白野は手を伸ばす。

 

 そして、それは成功した。

 

 完全に成功したのかは分からないが、生きたまま戦場を出た2人。

 意識を失った姿を少しだけ満足そうに見てから、岸波白野は彼女のもとを去る。

 

 次の日、助けた彼女に会いに行って、気付く。

 岸波白野は、人1人を救ったわけではない。

 恩人の夢を強引に諦めさせただけなのだと。

 

 助けたかった。助けたはずだった。それでもその救いは、彼女の求めたものではなかった。

 岸波白野は思い悩む。これが本当に正しい選択だったのかを。

 狐耳の美女はフォローするかのように明るく話しかける。

 貴方の優しさに意味はあったと。

 貴方の行動に勇気があったと。

 その上で彼女は、目前に迫った戦いへと意思を向けるよう誘導した。助けた側と助けられた側、両方に時間が必要なことを理解して。

 

 

 ダンジョンの中で嫌な気配と出会い、接した次なる敵。それに付随する謎の多く。それと向き合わなければ、彼にこれ以上の生存はない。

 それが分かっているからこそ、助けられた彼女は不器用ながらも岸波白野の背中を押した。──押したというよりは押し出したと表現するのが正しいかもしれないが──とにかく、終わった自分に関わるな、と前を向かせてもらい、彼は再度戦いへ赴く。

 

 かくして、岸波白野の戦いは再開する。未だ終わりの見えないデスゲームを生き残るために、誇れるナニかを見つけるために、彼の歩みは、止まらない。

 

 

────

 

 

 暫くぶりの夢を見た。

 連続する夢。悪夢のような、そうでもないような、誰かの記憶。

 

「……記憶、か」

 

 実際に言葉にしてみて、首を傾げる。

 こんなことが現実に起こり得るのだろうか、と。

 異界を通じて非現実と呼ばれる事象にも耐性が付き始めている自分だが、それでも夢の内容はその比ではない。あんな殺人ゲーム、どこを探してもないだろう。

 それに、あれを記憶というなら、その記憶は誰のものなのか。

 仮に岸波白野の記憶なのだとしたら、自分の見る光景に、夢の中の自分は映らないはずなのだから。

 やはり記憶という線は薄いだろう。

 

 そうして思考をしていると、隣で何かがゆったりと動いた。

 

「んあ……いま何時……?」

「8時」

「なぁんだまだ朝じゃん」

 

 聴こえてきた声に、思考を止める。

 発生源を見ると、もぞもぞとカーペットの上で動く祐騎の姿があった。

 まだ朝って……ならいつ起きるのだろうか。

 

「……てか、ハクノセンパイ、起きんの早……」

「ああ、目が覚めたから。おはよう祐騎」

「おはよー……じゃあオヤスミ……」

 

 二度寝の態勢に移行した祐騎。流石に止めるつもりはない。

 自分たちは、あの打ち上げから3日間、本当にずっとゲームをしていたのだから。

 

 祐騎の身体が完全に横たわったのと同時、その奥でもう1つの影が動き出す。祐騎よりも素早い気象だ。

 

「……っ、今何時だ?」

「8時」

「もう朝か、早いな」

 

 

 大きく伸びをして起きる洸。

 その声に、しかめっ面をした祐騎も二度寝を諦めた。

 ……ああいや、まだ眠そうだ。もう少ししたら今度こそ2度寝しそうである。

 

 まあ、学校はないので、安心して寝ていて良いのだが。

 杜宮高校はテスト休みに突入した。次の登校日は20日の金曜日。その後は晴れて、夏休みである。ゆえにこうして、3日連続徹夜ゲームなどという強行に出れたのだが。

 

 ……まあ、大変だったな。

 

 主に祐騎がストレスと戦い続けた3日間であったが、その間に、色々な話をした。

 

 日常のこと、異界のこと。

 友達のこと、仲間のこと。

 過去のこと、未来のこと。

 

 恐らく、すべてが頭に入っているなら、自分の次に岸波白野に詳しいのはこの2人だと断言できるほどに色々な話をしたし、それは相手からしても同じ、色々な話を聞いた。

 問題があるとすれば、寝不足で頭がろくに働いてなかったことくらいか。

 

 

「しっかし終わってみればあっという間の3日間だったな」

「いや洸、昨日『なんだよこれいつまでつづけんだよこれ』って死んだ目で呟き続けてたじゃないか」

「そんな前のことは忘れた」

「あっという間の間にあったことなのにか」

「ああ」

 

 力技。かなり雑な対応だ。まだ眠いのかもしれない。

 

「だいたい昨日までも言ってたけど、センパイたち動き悪すぎ……もっとしっかりしてよね」

「「面目ない」」

 

 おそらく祐騎が居なければ倍以上の時間が掛かっていただろう。

 それほどまでに彼は頑張っていた。

 頑張っていたのだが。

 

「てかユウキ、動きは良いけど指示出すの遅いって」

「はあ? 本来そんな場所でわざわざ指示なんて出さないっての。流れである程度理解できるでしょ」

「いや、自分たち初心者なんだが」

「流れを身に付けさせるのも指揮官の能力じゃねえの? 異界攻略のときの白野とか見習ったらどうだよ」

「あんな個性強いメンバー纏めるなんて無理に決まってんじゃん……」

 

 ひどい言い様だ。

 言い返せないが。

 自分だって洸だって、普通でない自覚はある。璃音も柊も空も、勿論祐騎だって、全然普通じゃない。

 ああ、自分は普通じゃない。個性が強いメンバーの一員! 脱弱個性、このTシャツのおかげだろうか。

 

 

「仕方ないで諦めてるようじゃ……次からゲーム内の指揮も白野に任せるか」

「うぐ……仕方ないだろ! 協力プレイなんて初めてだったんだから! 今までPvPばっかやってたし!」

「ん、ぴーぶいぴー? DVDの進化型か?」

「プレイヤー バーサス プレイヤーの略称、だったと思うぞ。前にジュンがそんな話をしてた」

「そうだよ! そんなことも知らないの!?」

「知らない」

 

 ただでさえゲーム界隈には明るくないのだ。最初はコントローラーの握り方で四苦八苦だったし。

 それにしても、祐騎がイライラしていたのは、足を引っ張られ過ぎていたからじゃないのかもしれない。慣れない環境に対応するので精一杯だった、というのもあったのだろう。

 その辺り、ゲーム中に話していた昔話も関係していそうだ。

 彼は誰かと競ったりすることはあっても、誰かを尊重することはしてこなかった。自分1人が楽だと考え、群れを成さないことを最適解と考えてきた祐騎は、問題解決に他人の力を借りることなんてしてこなかったのだろう。

 

 でも、こうして一緒にゲームをしようと言い出したのも、その祐騎自身だ。

 変わろうと、しているのだろうか。

 

 少しだけ祐騎のことを分かってきた気がする。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“運命” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 

 

 

 

 だがまあ洸の言うとおりかもしれない。楽しい記憶の方が多く、思い返せばあっという間の数日間だった。確かに苦労もあったが、その分得られた達成感は強い。

 それに祐騎の持ってきたものだけあって、ゲームの内容も感動的で、面白かった。

 だからまあ、やっぱり、こういう日がたまにあっても良いだろう。

 

「ユウキ、また誘えよ?」

「ああ、いつでも一緒にやろう」

「……フン、勝手にすれば」

 

 そう言ってそっぽを向く彼の頬は、少しだけ朱くなっていた。

 

 

 ──結局その日は夕方まで感想を話し合ったり、ご飯を食べたり、軽く運動をしたりして、夜はぐっすり寝ることとなった。

 

 

 

 




 

 コミュ・運命“四宮 祐騎”のレベルが上がった。
 運命のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 根気 +4。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月18日──【駅前広場】小日向とゲームと

 

 

 

 

「あれ、小日向?」

 

 

 どこか見覚えのある後ろ姿を視界に捉え、声を掛けて見ることにした。

 

「……! 岸波君」

「やっぱり小日向だったか」

 

 肩部分に青の刺繍が入った白いシャツ、薄紫色の長ズボンといった私服姿の小日向 純が呼び掛けに振り返り、自分の姿を認識する。

 見た所、手ぶらだ。どこかへ向かうところだろうか。

 

「ん? ああ、僕はちょっとフィールドワーク……ってかっこつけて言ってみたけど、ただの散歩中かな。岸波君は?」

「自分は目的もなくふらふらしていただけ、だな」

「あはは、じゃあ僕と同じだね。……そうだ、せっかくだし、どこかへ行かない? 一日特に予定がなかったんだ」

「ああ、喜んで」

 

 小日向から誘われるとは思わなかったから嬉しい限りだ。

 しかし、どこへ行こう。

 

 

「あ、じゃあゲームセンターなんてどう?」

「ああ。……ここから一番近いのは蓬莱町か。行こう」

「うん」

 

 

 並んで歩き出す。

 小日向と2人で遊ぶのは初めてだな。

 楽しい1日になると良いが。

 

 

────>ゲームセンター【オアシス】。

 

 

 入った瞬間、世界が変わったように騒がしい音に包まれる。

 昼間だというのに独特な、たばこのにおいが充満した空間。バイトで数回訪れているとはいえ、未だに慣れるものではない。

 

「え、岸波君ここでバイトしてたの!?」

「ああ、とはいえ派遣のようなものだけどな。臨時でいつでもバイトに入る感じだ」

「あ、じゃあコウみたいな感じなんだね」

「斡旋元も同じだしな」

 

 ……やっぱり、洸のバイトのことは知っているんだな。

 

 

──Select──

 >洸たちとは長いのか?

  小日向はバイトしないのか?

  …………。

──────

 

 

「コウたちと? うーん、一般的に見たら、短いんじゃないかな。体感的には長く感じるけどね。だいたい1年くらいだし」

「というと、去年が初対面?」

「うん。リョウタや倉敷さんと違って、僕は高校から初めて会ったんだ」

 

 

 そういえば、確かに。

 洸と倉敷さんが幼馴染なのは聞いているし、洸と伊吹が昔からの友人であることは本人から聞き及んでいるが、小日向のことは特になにも言っていなかった。

 でもそうか、幼馴染3人グループと仲が良いから、てっきり小日向も幼馴染の一員だと思ったが。

 

「まあ、3人ともあの性格だからね。壁を感じることはないよ」

「……なんだ、小日向も自分から誰かの輪に飛び込めているじゃないか」

「? ああ、僕がこの前言ったことか。……ううん、僕は輪に招き入れてもらっただけ。きっかけを作ったのはリョウタだし、コウと倉敷さんが引き込んで、受け入れてくれただけなんだ」

 

 また、だ。

 曇った笑顔で、遠いところを見ている。

 まるで洸たちと自分は違う世界に居るんだとでも言いたげな、何か手の届かないものを諦めるような、その目。

 何が映っているのだろうか。

 

 

──Select──

  気にするほどのことか?

  始まりが受動的でも良いじゃないか。

 >…………。

──────

 

 

 下手な慰めの言葉は要らない。

 恐らく、彼にだって分かっているだろうから。

 

「ごめん、情けない話をしたかな」

「いいや、小日向のことを知れて良かったよ」

 

 そう返すと、彼は少しだけ目を丸くした。

 

「……じゃあ次は君のことを聞こうかな」

「そうだな。けれど」

 

 せっかくここまで来たのだ。

 ただ話しているだけではもったいない。

 

「ゲームをして勝った方が負けた方に何か1つ話させることができるっていうので、どうだろう」

「驚いた。岸波君、意外と好戦的なんだね」

「最近、少しだけ影響を受けてな」

 

 ことゲームに関しては熱中指導を受けたばかりである。

 コツさえつかめればどんなゲームでもそれなりのプレイはできるはずだ。

 

「はは、勝負事はあまり好まないんだけど、良いよ。それじゃあゲームは……“アレ”にしようか」

 

 言葉とは裏腹に、好戦的な据わった目を向けてくる小日向。

 彼が指さした先を見ると、1枚のポスターがあった。赤髪の男性と黒髪の男性が互いに剣に手を掛けている絵。『───さあ、頂点を決めよう』というキャッチコピー。

 タイトルは“Xs VS. 閃の軌跡 Another Chronicle”。ジャンルは……3D格闘ゲームらしい。

 

「フ、フフ……」

 

 小日向は本気の様だ。

 さっきまでとはオーラが違う……!

 ひょっとして小日向は、負けず嫌いなのだろうか。

 

 自分は黒髪の太刀使いの青年──リィン・シュバルツァーを選び、初心者まるだしの牛歩がごとき進歩をしながら戦っていたが、それも小日向操る銃使い──ヒュンメルに負ける。完膚なきまでに敗北する。なんなんだろうあの圧倒的な範囲攻撃は。凄い避けるし。

 攻撃するときに溜めが入る技も存在はするし、それを見切ることは出来るようになったが、それだけのこと。地力の差は埋まらない。

 

 

 圧倒するスタイル。容赦のない蹂躙。

 少しだけ、小日向のことを誤解していたことに気が付いた。

 

 

 

 その後、さっぱりしたような笑顔の小日向に、彼が満足するまでたくさんの話をさせられた。

 

 

 

 

──夜──

 

 

 試験も終わったし、夏休み、色々なことができそうだ。

 ……そういえばあれから手芸に手を出していないな。

 また何か作ってみたいが、今はビーズでしかものを作れない。

 

 

 

 “ビーズブレスレット”を作った!

 

 この調子で行けば、他にも道具があれば何か出来そうな気がする。

 本も色々読んでおきたい。作れるものも増えるだろう。

 ……うん、楽しみになってきたな。

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが2に上がった。
 
 
────


 魅力 +2。
 根気 +3。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月19日──【オアシス】倉敷さんとばったり

 

 

 木曜日。テスト休みの最終日は、バイトに注ぎ込むことにした。

 ゲームセンター。昨日小日向と遊んだ場所だ。

 なぜここを選んだかと言えば……まあ、昨日負けたから。負け続けたからだ。

 祐騎や洸とゲームをした時も思ったが、他人のプレイというのは勉強になる。一昨日までは協力プレイで、昨日は対人プレイでゲームに没頭し、1人でやるということに限界を覚えた。

 どれだけ相手の動きを研究しようと、自分の動きが理想に着いていかない。大事なのは、しっかり観察すること。その時その時の対応や目線の向きなどを研究し、自分にとってやりやすいやり方を探っていくことが重要になる。

 

 というわけで、バイトをしながらプレイヤーたちを見学しようというわけだ。

 

 

 

 

 

 バイトは6時間。そのうちの3時間は大したことのない。観察を行いつつ仕事を進めてきた。その後30分の休憩を取り、戻った後の勤務。

 そこで、数人のグループが同じ服を着て入店してきたのを見た。

 

「岸波くん、気を付けて」

「なににですか?」

「あの人たち。今噂になってる不良グループだよ」

 

 不良……? そういえば以前にも噂を聞いたことがあった。蓬莱町で有名になっているのだろうか。

 専用の衣装があるなんてカッコいいな。自分たちの同好会も、何かユニフォームみたいなのを作った方が気が引き締まるだろうか。

 

「……おい、何ガン飛ばしてんだテメエ」

 

 黒い生地に炎のマークが刻印されたパーカーを着る彼らのうちの1人が、こちらに来る。

 その彼につられるように、1人、また1人と近づいてきた。

 

「こんにちは」

「ンだコラ」

「良い服ですね」

「────」

 

 なんだと聞かれたので、素直に見ていた理由を答える。

 

「なんだなんだガキ、テメエ俺らのウェアに興味があんのか?」

「格好いいと思います。色合いも良いし」

「話が分かんじゃねェか! テメエ、ちょっと付き合えや!」

 

 リーダー格の男性に連れていかれそうになる。

 バイト中なので、社員の方に少しだけ職務を離れて良いか聞こうとしたが、目を合わせた瞬間にうんうんと強く頷かれた。

 ……凄い勢いで頷き続けている。

 

 

 

 

「ギャハハハハ! コイツ弱え!」

「イメージ通りの地味さだな!」

「ザ、平凡って感じ。オレらと遊ぶには早すぎだぜ!」

 

 自分と相手のプレイを見ていた彼らが、失礼な盛り上がり方をしていた。

 だが自分が弱いのに変わりはない。故に特に反論できることもなく、取り敢えず黙っていることに。

 

「……飽きた、行くぞ」

「おい戌井さん、俺らまだやってねえんだけどよ」

「行くっつったろ」

 

 地団駄を踏もうとした青年の胸倉を、戌井と呼ばれた男が掴み上げる。

 間近で睨み付けられた男性は、冷や汗をかきながら静かに頷く。

 

 ぞろぞろと筐体の前から去る男性たち。

 彼らはそのままゲームセンターを後にした。

 

「はぁ、行ったか」

「チーフ」

「大丈夫? 殴られなかった?」

「殴るような人には見えなかったですけど」

「いや、でも不良だよ?」

「不良にだって良い人悪い人いますよ」

 

 多分だけど。

 それにしても、相手を飽きさせてしまうなんて、まだまだだな。もっと他人のプレイを観察しなくては。

 

 

 

 

 その後は特に何の問題もなくバイトを終えた。

 

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 本当なら読書をしようかと思ったが、手持ちに未読の本がない。

 ……買いに行くか。

 

 

────>駅前広場【オリオン書房】。

 

 

「……あれ、たしか岸波君……だよね?」

 

 

 本を選んでいるところに、声を掛けられた。

 聞き覚えのある、透き通るような声。

 振り返ると、やはり見たことのある女子が立エプロン姿でっていた。

 

「倉敷さん」

 

 倉敷 栞。洸の幼馴染。柊曰く通い妻。

 まあ多方面から悪い話を聞かない同級生。そんな彼女が、後ろに立っていた。

 

「わっ、わたしの名前憶えててくれたんだ」

「洸たちの話によく出てくるから」

「ふふっ、コーちゃんがお世話になってます」

「こちらこそ、洸がお世話になってます」

 

 お互いに深々とお辞儀をする。

 くすっと、笑い声が聴こえてきた。

 

「同じ学校にいるけど、あまり話す機会無いよね」

「ああ。すれ違うことは何回かあったけれど、こうして話すのはあの壱七珈琲店以来か?」

「そうかも。なんか不思議だね」

 

 確かに不思議だ。知らない仲でもないが、ろくに話した記憶がない。挨拶くらいはしているとおもうのだが……まあ、一瞬一瞬の挨拶を覚えていられるほど記憶力が良いわけではない。そんなものだろう。

 

「ねえ、岸波君、1つ聞いて良いかな?」

「洸のことか?」

「わ。なんで分かったの?」

 

 だって、倉敷さんがわざわざ畏まって聞いて来るなんて、よほど彼女にとって重要な事なのだろうから。

 そんな中で、わざわざ付き合いの浅い自分に相談するとなれば、テーマも限られてくる。

 

 ……答えられるものなら良いが。

 

 異界に関わることの説明は流石にできない。いくら幼馴染だとしても、巻き込むべきでないことはあるのだから。

 少しだけ、倉敷さんの質問に構える。

 数秒、時が流れた。

 

「……ううん、やっぱりなんでもない」

「いいのか?」

「うん、聞くべきじゃないと思ったから」

「そうか」

 

 

 よく分からないが、彼女の譲れない一線に触れたのかもしれない。

 ……少しだけ、彼女の奥底を覗けた気がする。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“審判” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「じゃあね、岸波君」

「ああ、また」

 

 去って行く彼女の背を見送る。

 ……なんとなく、洸に一言言ってやりたい気持ちになった。

 

 

 

 

 “水泳・入門編”、“中級手芸キット”を購入し、家に帰った。

 

 

 

 

 




 

 コミュ・審判“倉敷 栞”のレベルが上がった。
 審判のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月20~21日──時坂 洸(魔術師)(Ⅴ)──駆り立てる焦燥

 

 

 

「おい、期末の結果張り出されるってよ!」

 

 

 終業式が終わり、教室に戻り数分。最後に教室に戻ってきた男子が叫んだ。

 期末の結果、もう張り出されているのか。

 今回は名前の書き忘れなどはない。今だせる力を出し切った、会心の出来だ。

 ……自分も見に行こう。

 

 

────>杜宮高校【2階廊下】。

 

 

 2階の階段前。窓に大きい張り紙が出ていて、その前に人混みが出来ている。

 同級生たちが去るのを待ち、結果を確認。

 

 ……かなり上位だった!

 

 

「おっ、ハクノ凄いじゃねえか」

「へえ、やるわね」

「ぐぬぬ、負けた……」

「岸波君、すごいね」

「ほう、岸波やるな」

 

 普段付き合いのある人たちが、自分の成績に好意的な反応を示している。

 ……嬉しいな。

 

 

 ……そろそろ、戻ろう。

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

「よし、全員戻って来たな」

 

 佐伯先生が腕を組んで待っていた。

 全員の着席を確認してから、ホームルームが開始される。

 

「さて皆、1学期間お疲れ様。期末の結果が良い人悪い人居ただろうが、これから夏休み。切り替えていこう。ただし、切り替えすぎて自堕落にはならないようにな?」

 

 はーい。とまばらな反応が聴こえてくる。

 気もそぞろ、という感じだ。

 

「はは、皆休みが待ち遠しいみたいだな。だが、1つ忘れているんじゃないだろうな?」

 

 忘れていること……?

 

 眼鏡をくいっと上げた佐伯先生が、少しだけ口角を吊り上げて発言する。

 その手にあるのは、プリントの束。

 

「何がですか?」

 

 生徒から、質問が飛ぶ。

 

「なにって、明日からの夏季講習についてだが」

『…………』

 

 全員が、唖然とした。

 言うまでもなく自分も開いた口が塞がらない。夏期講習なんて初めて聞いたが。

 配られていくプリント。回ってきたそれに書かれた文を見る。

 “夏期講習”とでかでかと書いてあり、日程や時間なども記されていた。

 

「毎年2年生は夏休みに1週間講習を行っていると聞いているんだが……ああ、岸波については連絡が遅くなってしまってすまない。」

 

 御推察のように存じ上げなかったです。

 

「全員忘れていたという表情をしているな。しっかりと伝えたはずだぞ?」

 

 ……もしかしたらいつぞやかのホームルームで言っていたかもしれない。テスト前や異界攻略中などは必死で、聞く余裕がなかったが。

 

「高校2年生の夏が勝負だと、世間一般で言われているのは皆も知っての通りだ。だが、この言葉の意味は夏休みが終わるまで理解しづらいだろう。だが、覚えておいてほしい。先んじて行っておいて損することはない。転ばぬ先の杖と言うくらいだ。きついかもしれない、遊びたいかもしれないが、全員が休まず参加してくれることを願っている」

 

 じゃあ、今日は解散だ。と手を叩いて起立を促す担任。

 一礼と挨拶が、今学期を締めくくった。

 ぜんぜん締められてないが。

 

 

 ……空き教室に行くか。

 

 

────>杜宮高校【空き教室】。

 

 

「私は知っていたわよ?」

「俺もだ」

「教えてよ!?」

「「普通は知ってる」」

 

 それにしても、自分には教えてくれても良いんじゃないかなとは思う。別クラスだが同じ同好会に所属しているわけだし。

 

 生徒会長が黙認しているとはいえ、勝手に同好会の拠点として使用しているこの教室とも、暫くお別れになる。同好会では、夏休みに学校へ入る許可が下りないからだ。

 

「それで、夏休みの活動はどうするんだ?」

「学校には集まれないだけだし、別に拠点を用意すればよくない」

 

 テーブルに肘を付きながら提案するのは、正式にメンバーに加わった祐騎。不機嫌そうで、今朝登校中に会った時も暑い辛いと愚痴を零していた。

 それでも帰りたいと言わなかったのは、彼の変化だろうか。

 

「ユウ君、どこか心当たりあるの?」

「だからその呼び方ヤメテって。別にハクノセンパイの家で良いんじゃない?」

「「「まあ確かに……」」」

「自分は別に構わないが、誰か1人くらい反論しないのか」

 

 別に文句があるというわけでもないが、それでも誰1人として疑問に思わないのはどうかと思う。

 まあ自分の家が居場所みたいになって、少し嬉しいのも確か。

 次に集まるとしたらウチか、考えたくはないが次の事件の発生場所だろう。

 

「それでは場所問題は解決として、他に話し合うことはある?」

 

 柊が全員の顔を見渡す。

 

「うーん……あ、みんなで遊びに行かない?」

「良いけど、どこに?」

 

 難しい表情をして、腕を組んで考え込む璃音。

 だが、その表情は晴れぬままだった。

 

「ぐぬぬ、行きたいとこ多すぎて決まらない……次の時までに皆で案を出していくっていうのはどう!?」

「ああ、良いんじゃないか」

 

 考えて出ないものは仕方ない。

 それに出かけるというなら、全員で案を出し合った方が良いだろう。

 

「あ、じゃあ僕は自宅で──」

「出すのは…… 外! 出! 案!!」

「「「「「はい」」」」」

 

 全員が無表情に頷いた。

 

 

 

──夜──

 

 

 さて、明日から休みか……いや、夏季講習だったか。

 特段起きる時間などを気にする必要はないけれども、今日は早く寝よう。

 

 

──7月21日(土) 昼──

 

 

 講座は午前で終わり。午後を丸々使用できるようスケジュールを組まれている。

 つまりは午後、丸々空いているわけだが……誰かを遊びに誘うとしよう。

 ……そうだな、洸を誘ってみようか。

 

「というわけで、暇か?」

「どういう訳かは分からねえが、まあ夜までなら空いてるぞ」

 

 ……洸と遊びに行くことにした。

 

 

────>杜宮高校【1階入り口前】。

 

 

「うん?」

 

 取り敢えず何をするかは外に出てから決めようか。と話し合い、下校しようとしたところ、後者から出る直前で洸が足を止めた。

 彼の視線は1階の廊下に向いている。

 

「どうした?」

「ちょっと待っててくれ」

 

 彼が廊下を駆けていく。待っててと言われたので、取り敢えずこの場で待っていることにした。

 洸はそのまま1年生の教室の前で誰かに話しかけている。

 そうして2、3言話し、頷くと、また走って戻ってきた。

 

「悪い、待たせた」

「いや、何かあったのか?」

「まあ、少し……な」

 

 言葉を濁す洸。

 まあ大体の察しは付く。大方何かしらの依頼を引き受けたのだろう。黙っているのは、自分を巻き込まないためか。

 

「それで、何をするんだ?」

「は? ……いや、別に何も」

「手伝った方が早く解決してあげられると思うけれど?」

「……いや、今回は心当たりがあるから大丈夫だ。また今度、必要になったら声を掛けさせてもらうぜ」

 

 

 そろそろ出るか、と校門へ向けて歩き出す洸。どうやら関わらせるつもりはないらしい。取り敢えず着いていこう。

 目的はないまま。このまま何も見つからないようなら、それを理由に手伝えればいい。

 

 

────>七星モール【1階】。

 

 

 取り敢えず遊びで困ったら此処、といった感じで七星モールへとやってきた。

 蓬莱町でも良かったが、この前行ったしな。

 

 

「……うん?」

「どうした」

「ちょっと行ってくる」

 

 モールへと入るなりすぐに駆けだしていく洸。

 さっきもこのような姿を見たな。

 ということは。

 

「────」

「────」

 

 なにやら宝石店の女性と話している洸。

 そうしてまた数回言葉を交わすと、彼はこちらへ戻ってきた。

 

「また頼まれ事か?」

「ん? まあな」

 

 どうやら何かを抱え込んだらしい。

 人の助けになるのは良いことだと思うが、それでも複数抱え込むものではないだろう。

 何が彼を動かしているのか。

 ……そうだな、手遅れになる前に確認した方が良いかもしれない。

 

 

「なあ洸、少し話さないか?」

「ん。ああ、別に良いが」

「じゃあ……あそこに座ろう」

 

 1階、階段前にある大きな木の周囲にあるベンチへと腰を掛ける。

 彼が座るのを確認して、さてどうやって切り出したものかと悩んだ。

 

「あー、最近どうだ?」

「どうって?」

「……いや、何でもない。今のなしで頼む」

「お、おう」

 

 そこそこ長く接してきたつもりだったが、こんなに踏み込むのが難しいとは思わなかった。

 ……いや、そうだよな。

 決して、上辺だけの付き合いだったわけではない。本音で話もしたし、色々と苦難を共にした仲間だ。

 

 ……今の彼との関係性なら、変に小細工せずに聞いても大丈夫だろう。

 

「洸、“何を焦っているんだ”?」

「──」

 

 一瞬何を尋ねられたのか分からないといった恍け顔を晒し、それから再度思案しようとして。

 

「……は?」

 

 やはり理解が出来なかったのか、聞き返して来た。

 彼自身には、心当たりがないのかもしれない。

 だとしたら、心当たりがないこと自体が問題だ。

 何もかもをため込んで、やろうとしている姿。次から次へと厄介事を引き受ける姿勢。まるで、“じっとしていると死んでしまう”かのような態度。

 それが最近、会った時より酷い……いや、会った時よりよく見るようになってしまったからかもしれないけれど、それでも最近は顕著にその傾向が見られる。

 だから、何度だって聞き返そう。

 

「何を焦っているんだ?」

「焦って、なんて」

「いない、か? 本当に?」

 

 彼の本音が聞きたい。

 じっと、真剣に、洸の目を見続けた。

 

「……わからねえ」

「分からない。って、何が?」

「分からねえんだ」

 

 洸は、真剣な表情で、自分の手を見詰める。

 

「ずっと、何かをしなくちゃいけないと思い続けてきた。何もしてないと、心の奥底から出てくる何かに、押しつぶされそうで……ああくそ、なんて言えば良いのか、マジで分からねえ!」

 

 握った手を膝に振り下ろす彼は、何かに藻掻き苦しむような顔をしていた。

 

 ……どうしたものか。尋ねたは良いが、彼が把握できていない感情に対して、他人が口出しできることなんてない気もする。

 それでも、何か言わなくては。

 彼の開いてくれた扉を、無駄にすることなんてできない。

 

「一度、落ち着いて考えてみたらどうだ?」

「……」

「何かしなくちゃいけないという衝動、ってのは身に憶えがあるけれど、同じとは限らないしな。まずはその感情の発生源を特定しないと、根本的な解決にはならないと思う」

「そいつは……」

 

 自分もすべてが理解できているとは思わないが、少なくとも、杜宮に来た当初のような危機感などは抱いていない。

 何かしたいとは思うが、それは自分が空っぽであるという自覚からだと認識している。

 洸は恐らく、その認識すら抱けていないのだろう。もしくは分かっていても本能的に認識しないようにしているか。

 何にせよ、このままいけば、待っているのは“破滅”だ。

 

「感情に任せて激務に身を投じていたら、きっと、誰かを悲しませるんじゃないか?」

「──ッ!!」

 

 彼は既に、バイトで多くの人に心配をかけているらしい。ご両親、倉敷家、九重先生とお爺さん、伊吹に小日向、あとは柊など自分たちも。

 洸に何かあったら、絶対に悲しむ。

 だから、一度だけ、足を止めてほしい。

 そう願って、彼を諭すように提案した。

 

「……だな。少し、考えてみるわ」

「ああ……良ければその依頼は預かるか?」

「……いや、取り敢えず、受けちまった以上はやるしかねえ」

「手伝うぞ」

「ああ、サンキ──」

 

 礼を言おうとした洸の口が、止まる。

 

「わり、やっぱ良いわ」

 

 今は1人にしてくれ、と、洸は小さく呟いた。

 

 ……彼の去って行く姿を見送る。

 きっと間違ってはいなかった。

 けれど、もっと良い助言ならできたかもしれない。

 柊ならなんて言っただろう。璃音ならなんて言っただろう。空なら、倉敷さんや伊吹、小日向なら、いったい何と言うだろう。

 

 

 疑問は、尽きない。

 

 

 

──夜──

 

 

 何もする気が起きず、寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日は悪かったな。……暫く1人で考えさせてくれ。同好会の活動とかには参加するから、その時には声を掛けてくれると助かる』

 

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが5に上がった。


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月22~23日──【マイルーム】祐騎とゲーム

 

 

 7月22日、日曜日。

 いくら夏休みに決行された講習でも、流石に今日は休みだった。

 というわけで、今日は朝から晩までバイトをしよう。

 

 

────>旅館【神山温泉】。

 

 

 ちょうど大学がテスト期間に入ったとのことで、バイトの人員が足りていないようだった。

 だがもともと正規雇用者の方が多い職場だ。回らないなんてことはない。ただ細かい場所の手入れがしづらくなったというのが、仲居さんの愚痴。

 

「そうか、夏期講習……それはそっちを優先した方が良いな」

「すみません、力になれそうもなくて」

「いいや、幸い何とかなっているから気にしないでくれ。ただ、どこか時間を見つけられそうなら是非来て欲しい」

「勿論です」

 

 バイトの先輩が、少しでも纏まって出られないか、と質問してきた。夏期講習がなければそのつもりだったが、毎朝数時間入っている以上はそちらを優先するほかない。ただ、午後空いている日なんかは来た方が良いだろう。

 

「先輩は高校3年生でしたよね。先輩も学校で講習とかあるんじゃないですか? 予備校とかも」

「一応、行きたい大学の推薦を受けられることになっているんだ。合格できるかは分からないけど、その為の努力はしている。勿論、駄目だった時の為に勉強はしているけどな。予備校には数日通う程度で、後は自主学習で追い込んでいくつもりだ」

「推薦……」

 

 大学入試にはあまり詳しくないが、もしかしてこの先輩、凄い人なのだろうか。

 確かに仕事はとてもよくできる人だし、気配りも気立ても良いと評判。学業や運動が出来るのかどうかは分からないけれど、学校でもこの調子なら、信頼は厚いだろう。

 

 ……進路か。そうだ、来年になれば、必ずそれを決めなくてはならない時が来る。

 自分の進む先に自由はないだろう。あったとしても、かくあるべしと定められた道の中から、自分に適したものを選ぶと言ったもの。それを別に苦だとは感じない。自由がないとはいえ、望まぬ道を進むとは限らないから。

 自分の将来を買った北都グループが求める力が何か。それは未だに分からない。けれども会社に着いていけば、もしかしたらより“異界”という現象に立ち向かう機会が増え、助けられる人が増えるかもしれない。そう考えたら、悪い将来とも思えなかった。

 取り敢えず、どんな無茶振りが来ても応えられるよう、自分を高めることに専念しなければならない。

 

「今の期間は難しいですけれど、夏休み中なら比較的自由なので、予定は開けられると思います」

「そうだな……多分、夏休みから9月にかけては比較的応援を頼むかもしれない。事前に言えるようにするから、出来るだけ参加してくれ」

「はい」

 

 さて。休憩も終わりだ。仕事に戻ろう。

 

 

 

 一日バイトをした!

 バイト終わりに温泉を頂く。疲れがすべて吹っ飛ぶような幸福感に包まれる。

 魅力が上がったような気がした。

 ……家に帰ろう。

 

 

 

──7月23日(月) 朝──

 

 

『おっすー。ハクノセンパイ、今日ヒマだよね。ゲームしない?』

 

 朝目が覚めると、そんな内容のメッセージが届いていた。

 送り主は祐騎。自分のことをセンパイと呼び、かつゲームに誘ってくるは彼くらいなものだ。

 それにしても確かめるより先に暇だと断定されるのは、少し傷つく。まあ確かに講習終了後は予定が入っていない。正直に言えば暇だ。暇なのだが、何とも釈然としないこの気持ちは何なのだろうか。

 

 

 

──午後──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

「ハァ……ぜんっぜんダメだね!」

 

 

 数回のゲームを終え、不機嫌そうに祐騎は言う。

 手元にあるコントローラーを置き、彼の持参した対戦型ゲームを一時中断。祐騎は床に寝転がった。

 

「センスは悪くないけど、圧倒的にスキル不足かな。これじゃまだ相手にならないよ」

 

──Select──

 >すまない。

  なんだと。

  もう一回やるか。

──────

 

「……まあ、やる気があるのは分かるし、付き合ってくれるのには感謝してるけどさ。せめて練習台くらいにはなって欲しいんだよね」

 

 不機嫌さは少し減少したが、未だ若干不満そうではある。口を尖らせる彼を満足させるにはどうしたらいいか。

 簡単だ。自分が上手くなればいい。

 ならば上手くなるためにはどうしたらいいか。

 ……?

 

──Select──

  祐騎にコツを教わる。

 >ゲームを買いに行こう。

  他の上手い人のプレイを見る。

──────

 

 

「……え、買いに行くの? ……ふーん、良い心がけなんじゃない? じゃ、行こっか」

「? 一緒に行ってくれるのか?」

「ハクノセンパイだけじゃ、色々分かんないのもあるでしょ。手伝ってあげるよ」

 

 などと言いながら、荷物を纏める祐騎。とはいえ彼が持っていくものは、道中のお供(サイフォン)くらいなのだが。

 少しだけ、意外だった。そこまで付き合ってくれるとは思えなかったからである。どうやら自分はまだ彼のことを理解しきれていないらしい。

 

 もっと理解する為にも、自分はゲームを巧くなろう。

 ……なにかが違うような気はするが、気のせいだろう。

 

 祐騎のことをまた少しだけ理解できた気がする。

 

 

 その後、自分たちはスターカメラへと赴き、祐騎の勧めでゲーム機と数本のソフトを見積もった。

 彼の期待を裏切らないためにも、少し頑張ってみよう。

 

 

──夜──

 

 

 というわけで、さっそくゲーム機を開封。テレビに接続してみることに。

 だが、初期設定が色々とややこしい。説明書を見ながらだが、結構な時間が経ってしまう。

 

 ……どうやら後日再度設定を組む必要がありそうだ。

 

 




 

 コミュ・運命“四宮 祐騎”のレベルが2に上がった。
 
 
────


 優しさ +2。
 魅力  +2。
 根気  +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月24日──【教室】空と修行と

 

「まったく授業中だぞ! サイフォンを見るのは止めるんだ! ……サイフォンが普及して、今の世の中が便利になったのは確かだが、その反面こうして叱りつけることが多くなってしまったことは、大いに嘆かわしい!!」

 

 

 国語のタナベ先生の説教が続く。

 そもそもは最後尾の生徒が授業中、先生に隠れてサイフォンを弄っていたのが始まり。それからお叱りが開始して早8分。授業は一向に進まないままだ。

 

「今の子どもたちは、連絡網で友だちの家の電話番号に掛けたり、そもそも家の電話で取り合いになったりしないんだな……活字離れと同じく、時代の移り変わりで切り捨てられていくものか……」

 

 ……連絡網ってなんだろうか。

 というか、話がそれ始めている気が。

 

「この中で希望が持てそうなのは……岸波!」

「……?」

「サイフォンを持つようになったのはいつからだ?」

 

 サイフォン……?

 初めて弄ったのは去年だが、しっかりと持ち歩くようになったのは先々月辺りからだな。

 まだ連絡先も少なかった時、特に洸や柊と知り合う前なんて、入っていた連絡先は片手で数えられるほどだった。

 

「5月ごろです」

「そ、そうか! いやあ、岸波ならそうだと思ったぞ!」

 

 どういう意味だ。

 

「では固定電話は知っているな? 固定電話番号の頭の並びを市外局番と言い、地域によって与えられる番号が異なるのは知っているだろう。そこでここ、東亰都の23区に与えられている市外局番が何か、教えてやってくれ、岸波!」

 

 ……市外局番って何だ?

 

 

──Select──

  01。

  02。

 >03。

──────

 

 

 さっぱり分からないが、移住地域によって番号が割り振られているなら、01は北海道の方なのではないだろうか。そして東北で02。関東は03、みたいな。

 

「……正解だ! すごいぞ岸波!」

「……よし」

 

 小さく隠れてガッツポーズをする。

 

「ちなみに01という市外局番はなく、北海道の札幌が011が一番小さい番号だ! 逆に一番大きいのが鹿児島の0997となる。沖縄ではないのがミソだな!」

 

 へえ、電話番号にそんな基準があったのか。

 しかし、口行から察するに固定電話……つまりは家や会社に置いてある電話番号にその法則が成り立つのであって、サイフォンには適応されないのだろう。

 サイフォンの番号はどうやって決められているのだろうか。

 こんど、美月にでも聞いてみるか。北都グループもサイフォンの開発に携わっていたはずだし、何かしら知っているかもしれない。

 

 ……はあ、なんか結構頭良くなれた気がする。

 

 

──午後──

 

 

『岸波先輩! 今日の予定ってまだ空いてますか? 前回の特訓の続き、お願いします!』

 

 特訓? と首を傾げ、空との間に結んだ約束のことを思い返していく。

 ……恐らく、料理の練習のことだろう。

 そんな仰々しい名前を付けられるような約束ではなかったはずだが。

 

「『いいぞ』っと。よし」

 

 家庭科室へ急ご……いや、そういえば場所の指定をされていないな。どこに行けばいいのだろうか。

 

 

────>九重神社【境内】。

 

 

 改めて尋ね、指定された集合場所は、九重神社。

 商店街を抜けた先にある階段を昇った先。つまりは商店街脇にある空の家から少しだけ離れた場所。どうやらこここそが、修行の地らしい。

 

「あ、岸波先輩! こんにちは!」

「空、お疲れさま」

 

 大きな木の下に、鞄を膝の前に持って待っていた空を見つける。

 彼女は自分を見つけると、わざわざこちらまで駆け寄ってきてくれた。

 どうやら下校途中の様で、今日はしっかりと制服を着ている。

 

 

「実は今日、九重先生に相談したら、ご実家のキッチンを使って良いという風に言われて……」

 

 なんでも職員室で出会った九重先生が、家庭科室の鍵を求める空を不審に思い詳しく事情を聴いたらしい。説明の1つ1つに頷づき、彼女の努力を好ましく思ったものの、流石に教員の監督がない学内で火を使わせることはできないらしく、調理は勧められないとのことだった。

 そこで出た代案が、先生のご自宅を使って練習すること。

 道場横に併設された九重家ならば、おじいさんの目もあるし、大丈夫との判断だったのだろう。空ならば昔からの付き合いもあるし、教師の家とは言え呼んでも問題は少ないは、ず……? そういえば九重先生は自分が手伝いに行くことを知っているのだろうか。

 …………まあ、九重先生なら大丈夫か。

 

「どうかしましたか、岸波先輩。ぼーとして……」

 

 

──Select──

  なにも考えていないだけ。

  きょうもそらがあおいなって。

 >おなかすいた。

──────

 

 

「!? わたしの為に空腹で来て下さるなんて……光栄です!」

 

 え、違うけれど。

 咄嗟に口を突いて出て来た言い訳がそれなだけで、別にお腹が空いているわけでは……

 

「よーしっ、腕に撚りをかけて作るので、楽しみにしててくださいね!」

 

 言葉の通り、袖をまくってやる気をあらわにする空。もう何も言うまい、と黙秘を決め込むことにした。

 恐らく、空のことだ。冗談でしたと言った所でおどけて許してくれそうだが、それでも1度言ったことを嘘にするというのは良くない。

 何より、こんな活き活きとした笑顔を見せられては、水を差すのも躊躇われるだろう。

 せめて、試作品だけでお腹がいっぱいにならないでくれると助かるな。

 

 

──────

 

 

「ハッハッハ。まだまだ修行不足だぞ、ソラよ」

「うう……すみません。上手くできた気はしたんですけど……」

 

 

 いや、実際上手くはなっている。前回に比べて。それでもお爺さんのように笑い声を上げる気力はない。自分にできることと言えば、ただこのテーブルの上に大量に並んだ料理の数々を食べ続けるだけ。ただそれだけなのだ。

 腕に撚りをかけて作る、という彼女の発言に嘘はなかったのだろう。ただ作り過ぎただけ。仮にどれだけ美味しくても、これだけの量を食べるのは苦痛にしかならないだろう。

 それでも、彼女に悪意はなく、努力の結果だというのは分かっているから、修行に付き合うと決めた以上完食するつもりでいる。

 

 ……しかし、前回も凄い量のお菓子を食べた気がする。

 

 

──Select──

  おいしくなった。

 >量が多い。

  ……。

──────

 

 

 はっきりと指摘した方が良いだろう。褒めることは容易だ。けれどもそれが彼女の求めていることとは限らない。

 武道家の彼女が、これを修行と言ったのだ。生半可なものは求められていない気がする。

 

「や、やっぱり多かったですよね」

「量の基準が分からない?」

「はい……作ってるうちに、これじゃ足らないんじゃないかって思っちゃって。実際に足りなかったら困りますし……」

 

 それは、今回みたいなお菓子ではなく、普通の料理についてか。

 そういえば空は、普通の料理自体はできるんだよな。実際に後ろから見ていても手際は良い方だし、お菓子を作り慣れていないというだけか。

 

「普通の料理とお菓子作りって何が違うんだ?」

「うーん……いつもの料理だと、レシピとか見なくてもこうすれば美味しくなるかな、っていうのは分かるんですけど、お菓子作りだと分量を間違えることが怖くて」

「気を張り過ぎなんじゃ」

「確かに、肩に力が入り過ぎていた気がするのう」

 

 時坂のお爺さんが、数分前まで台所に立っていた空の後姿を回想し、自分の意見に賛同する。

 おそらくそういった部分は、意識して練習していくことで慣れていくだろう。

 あと肝心なのは量についてか。

 

「どうしてこの量を?」

「えっと、わたしが普段食べている量より、1.5倍多くしました!」

「「……」」

 

 普段食べているということは、朝食や夕食のことだろう。

 つまり、夕食で食べている分より多めに、といった感じで作っているのか。

 それは、多くもなるわけだ。

 

「空」

「は、はい!」

「お菓子パーティーをしよう」

「……はい?」

 

 習うより慣れろ、だろう。

 予行演習といっても良い。

 まずはセッティングをしなければ。

 準備が出来次第、また彼女に声を掛けよう。

 

 

 少しだけ、空に対する理解が深まった気がする。

 

 

──夜──

 

 

 今日は勉強をしよう。日中動き回っているわけだし。

 

「サクラ、音楽を」

『はい、今日はどういった音楽を流されますか?』

 

 ……そうだな。

 

 

──Select──

  穏やかな曲。

  明るい曲。

  激しい曲。

 >お任せで。

──────

 

 

「お任せ……ですか? では、全曲シャッフルしますね!」

 

 そういう意味のお任せではないんだが……まあ、良いか。

 

 

────

 

 

『どう、でした?』

 

 ……ひどく頭がこんがらがった気がする。

 曲に意識を引っ張られ過ぎて、微塵も集中できなかった。

 

『……?』

 

 首を傾げるAI、サクラ。言葉にしないと、自分の感じている気持ちは分からないだろうか。おそらく、カメラなどを通じてこちらの様子を把握することはできると思うが。

 

「次回に期待、だな」

 

 とやかく言っても仕方ない。サクラに責任はないのだから。

 また今度、注意して臨むとしよう。

 

 




 

 コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが3に上がった。


────


 知識  +4。
 根気  +1。
 >根気が“粘り気のスゴイ”から“起き上がりこぼし”にランクアップした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月25日──【駅前広場】倉敷さんの好み

 

 さて、放課後だ。

 今日は取り敢えず、何を差し置いても本を買いに行こう。

 夜に勉強以外をする余裕もでてきたし、何より習得したいことが多い。本を読めば、きっと足しにしていけるはずだ。

 

 

────>駅前広場【オリオン書房】。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 今日の目当ては、以前から買いたいと思っていた水泳の本と、最近よく作るようになった手芸の中級教本。

 それらを購入し本屋を出ようとしたところで、馴染みのある顔が見えた。

 

「あれ、岸波君?」

「倉敷さん」

 

 倉敷 栞。同学年だから当たり前かもしれないが、講習明けの制服姿だ。

 特徴的な赤いリボンを揺らす彼女は、いつも通り優し気な微笑みを浮かべている。

 

「こんにちは。どうしたの?」

 

 彼女の視線が、自分の手にあるビニール袋に向く。

 

「あ……お買い上げ、ありがとうございました!」

「どうも」

 

 ぺこりとお辞儀をした彼女に釣られて頭を下げた。

 

「倉敷さんは仕事?」

「うん、今日はお手伝いの日なの。少し早く来すぎちゃったけど」

「そうか」

 

 ……せっかくだし、彼女と話をしていこうか。

 

──Select──

 >共に過ごす。

  帰る。

──────

 

 

 勢いで、誘ってみようか。

 どうせ自分もこの後予定が入っている訳でもない。

 

「それなら倉敷さん、少し時間ある? 少し話さないか?」

「え? ……うん、別に良いよ」

 

 とはいえ、話す場所がない。駅前のベンチなどでも大丈夫だろうか。

 

「場所? 外は暑いし……スタッフ用の控室使って良いか聞いてくるね?」

「良いのか、自分は部外者だけど」

 

 尋ねている間に、彼女は店主である彼女の父親のもとへ進んでいった。

 その後、一言二言交わした彼女らは笑顔で別れて、父親は業務へ、娘はこちらに戻ってくる。

 

「大丈夫だって。お父さん、岸波君のこと覚えていたみたい」

 

 その言葉に、彼女の父親の方を向くと、目が合った。手を振ってくれる。

 お辞儀を返し、聴こえているか分からないが感謝の言葉を述べ、倉敷さんとともに控室へ向かうことにした。

 

 

────>オリオン書房【控室】。

 

 

「ごめんね、こんな狭いところで」

「いいや、全然。寧ろ有り難いくらいだ」

 

 炎天下のベンチより格段にマシなのは確か。本当に感謝しきれない。

 積まれた未開封の段ボールの前を横切り、奥にある休憩用の机に向かう。

 

 

「岸波君は本、好きなの? どういう本が好き?」

 

 

──Select──

  小説。

 >実用本。

  哲学書。

──────

 

 

 好き、と言われたら悩むところだが、今のところもっとも読んでいるのは教本などなので、実用書と答えるのが正しいはずだ。もちろん小説も好きだし、哲学にも興味はあるけれど。

 

「そうなんだ。私もレシピ集とかはよく読むかな」

「自分が最近買ったのは──」

 

 

 ここ2ヶ月で読んだ本をあげていく。

 ……そんなに多くなかった。

 

「そうなんだ。私も、難しい料理とか、家事に困った時は本を読むかも。ふふっ、同じだね」

「ああ、そうだな」

 

 実力の不足を本からの知識で補おうという姿勢は、確かに同じかもしれない。

 自分自身どうして本が好きかは覚えていないが、多分最初から本を用いた学習などは結構好きだった。

 興味のあるものを集中的に学べるからだろうか、特に苦を感じたこともない。

 

「でも、私が一番多く読むのは、小説かな」

「小説か」

 

 自分があまり手を出せていない分野だ。

 

 

──Select──

 >好みのジャンルを聞く。

  お勧めの本を聞く。

  小説の良さを聞く。

──────

 

 小説も、かなり好き嫌いが分かれると思う。そんななかでも数多くの作品に触れられるということは、何かが好きなのだろう。

 読みやすいジャンルとか理由があったら、知りたいものだ。

 

「うーん、好きなジャンル……推理小説とか、コメディが多い、かな?」

「何で?」

「あ、推理小説って言っても人が死んじゃうものはあまり好きじゃないかも。何かの理由を探す、といか、そういうのが好きかな。コメディもドタバタしているより、ゆったりとした中でクスクス笑えるのが好き。落ち着いて読めるから」

 

 “落ち着き”。それが彼女の読書に求めるものか。

 基本、読書など創作物に求めるものは、今の自分に足りていないもの。という説があるらしい。自分だったら知識がそれにあたる。

 なら、倉敷さんは。

 

「私生活が落ち着いていないのか?」

「え? ……あはは、そういうことじゃないけれど」

 

 苦笑いを浮かべる彼女。

 

「ただ「おーいシオリ! あ、岸波君も! 良ければ手伝ってくれ!」…………ごめん、そろそろ行かないと。岸波君は帰っても大丈夫だよ?」

「いいや、手伝わせてもらう」

「本当? ありがとう」

 

 倉敷さんのお父さんが店舗で応援要請の声を上げている。

 

 倉敷さんのことは少し分かってきたし、今日はこの辺りにしておこう。

 久し振りの本屋バイトだ。気合を入れなければ。

 

 

──夜── 

 

 

 今日購入した本の片割れ、“手芸中級編”を読む。

 

 前回はビーズを使ったお手軽アクセサリーを作るようなキットだったが、今回は少し難易度が上がり、縫物などを勉強する。とはいえ複数の部品を組み合わせて作るようなものではなく、糸や布だけで完成するようなものばかりだ。

 縫い方1つとっても色々なやり方があるし、全部覚えるのは至難の技だろう。

 まだかなりの量がある。一回で読み終わるのは難しそうだから、3回に分けることにした。3回目は主に体験キットを使った実践になるだろう。

 

 さて、そろそろ寝ようか。

 

 

 




 

 コミュ・審判“倉敷 栞”のレベルが2に上がった。


────


 知識  +2。
 魅力  +2。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月26日──【レンガ小路】璃音とプレゼント

 

 

 

『璃音、今日空いているか?』

『ぜんぜんオッケー!』

 

 

 そんな軽いやり取りをメッセージでやり取りした自分たちは、講習後、レンガ小路に集まっていた。

 今更ながらにアイドルとこうして気軽に連絡を取れるって、凄いと思う。本当に。

 隣を歩く変装した彼女を見て、そう思った。

 

「前から思っていたんだけれど」

「なになに?」

「それって変装になってるのか?」

 

 ピキッと、璃音の身体が止まった。

 彼女は今、帽子にラフな私服姿でここにいる。髪形も多少変わっていて、いつもはサイドテールのように纏めているが、今は下ろしてかつ三つ編み。確かに変わったようには見えるだろう。

 だが、変わっただけの久我山璃音ということは、否定できない。

 

 

──Select──

  眼鏡を推す。

  カツラを推す。

 >男装を推す。

──────

 

 

「いっそ男装してみるか?」

「い、いやー、わたしのアイドルとしての魅力は男装程度じゃ隠しきれないんじゃないカナー……?」

 

 寧ろ隠しきれていないのが問題なのだが。

 

「それともキミ、ただ男装が見たいだけだったりして」

「いや、そこには興味はないけど」

「ぐっ……そこははっきり断言しないでよ!」

 

 そんなこと言われても困るのだが。

 興味があったのは眼鏡姿くらいだ。

 

「それとも何? わたしには男装が似合うって言うの?」

「……悪くないんじゃないか?」

「……なんか、カチンときたかも」

 

 ……怒らせてしまったみたいだ。

 

 

「……でも、キミも女装似合いそうだよね」

「そうか?」

「え、なんで食い気味で反応を!?」

 

 女装が似合うというのは、1つの個性と成りえる気がするからだ。

 Tシャツで無個性は脱したと思うが、それでも個性的な面は多い方が良い。その方が人間魅力が増す気がする。

 本当に似合うというなら、試してみたいものだが。

 

「そのうち、自分が女装して、璃音が男装して1日過ごしてみるか」

「何の罰ゲーム!?」

 

 罰ゲーム、なのだろうか。面白そうな気はするのだが。

 加えて変装にもなるし一石二鳥だろう。

 まあでも、嫌がっているのなら無理に行うつもりはない。いつか起こるであろう希望を持ち続けるだけだ。

 

「ところで、今日はどうしたの?」

「暇だったんだ」

「あっさり……まあわたしも予定なかったケド。せっかくだし買い物でも行こっか」

「男装グッズの?」

「ち・が・う・わ・よ・!」

 

 ……かなり怒っていた。

 

 

>────>アンティークショップ【ルクルト】。

 

 

 2人で次の目的地としてやって来たのは、歩いて数分もしない距離のアンティークショップ。ユキノさんが店主を務める、彼女だけの城だ。

 流石に洸の姿はない。きっと今日もどこかでバイトをしているのだろうが、ここではないらしかった。

 

「おや青年、いらっしゃい」

 

 ユキノさんがこちらを見て、その後璃音のほうへ向き、視線を行ったり来たりさせてにやりと笑う。

 

「好きに見ていきなさい」

 

 ……あれは何かを思いついた顔だった。

 悪いことでなければ良いが。

 

 

「……キミ、店主さんと知り合いなの?」

「まあ、少し」

「ふーん」

 

 少し気になるようだが、彼女は追及してこない。

 ふらりと足を前に出して、璃音は物色を始めた。

 どうでも良いが、何か買う予定はあるのだろうか。

 ……せっかくだし、何かプレゼントでもしよう。

 

 

──Select──

 >ランプ。

  オルゴール。

  人形。

──────

 

 

「あ、それ買うの?」

「ああ。……ユキノさん」

「はいはい」

 

 

 ゆっくり腰を上げ、包装の用意をするユキノさん。

 腰が重そうだなと思ったら、軽く睨まれた。

 あれは、それ以上考えたら分かっているわよね青年、という意味の視線だろう。表情だけで意志を明確に伝えきる伝達力、見習いたいところだ。

 

 

「終わったわよ」

 

 てきぱきと紙に包んだユキノさんは、自分に手渡してきた。表示してあった御代を払い受け取った自分は、そのままランプを璃音へ。

 

「はい、これ」

「え」

「……」

「え、……え?」

「どうぞ」

「……あ、アリガト」

 

 少し困惑させてしまったみたいだ。

 もう唐突すぎただろうか。

 

「その、なんでコレを?」

「似合うと思ったから」

「──……ああもう、ほんとこういう所あるんだから……!」

 

 最初はぽかんと口を開けていた彼女だったが徐々に威勢を取り戻し、小声でぶつぶつと呟いた後、キッと前を向いた。

 

「キミ! 次からこういういきなりのプレゼントはなし!」

「あ、ああ」

「けど、アリガト! すっごい嬉しい! それだけは言っておくから! ……先お店出るからね!」

 

 小走りで出ていく璃音。その背中を見送る自分。とユキノさん。

 

「……青年も青春しているわね」

「茶化さないでください」

 

 青春。

 まあ確かに、今の日常は掛け替えのない青春のひと時に違いなかった。

 

 ……自分も後を追わなければ。

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

 

 不意に、視線を感じた。

 

 

「どうしたの?」

「いや、今何か……」

 

 誰かに見られているような気がする。だが、どこを向いても目が合う人は居ない。

 気のせいだろうか。

 いや、そういえばこの前璃音の家から帰ろうとした時も視線を感じたな。

 ……気にし過ぎか?

 

 どちらにせよ、今は追うことができないだろう。

 向けられていた目も逸れたらしい。

 ……嫌な予感はしないが、すっきりしないな。

 

 次に視線を感じることがあれば、積極的に追ってみようか。

 

 

 ……今日一日で、また少し璃音と仲が良くなれた気がする。

 

 

 そろそろ解散しよう。

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日はゲーム機の配線をもう少し頑張ってみよう。

 

 

 

 ……ネット周りの回線も伸ばした。テレビとは無事に繋げた。電源までのコードも伸びた。

 よし、大丈夫みたいだな。案外簡単に進んで驚いた。まあ2日目ということもあるだろうが……とにかく起動しよう。

 

 

「……」

 

 

 出て来たのは、初期設定画面。

 まだまだ格闘する必要があるらしい。

 

 その後夜まで1つ1つ設定を弄りながらセットアップを進めていった。

 そして。

 

「できた……!」

 

 取説に書いてあるようなメイン画面へと辿り着き、自分がやり遂げたのだと知る。

 少しだけ、根気が上がったような気がした。

 これでようやくゲームができる。が、少し疲れてしまった。

 今日はもう寝るとしよう。

 

 

 




 
 
 
 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが5に上がった。
 
 
────


 根気  +3。

  
────


 ただイチャイチャしているだけの時間をコミュとは言いません。
 さてさて、どの話が今後の伏線になるのでしょうか。









 今回は1つだけ選択肢回収しておきますね。

──Select──
 >眼鏡を推す。
  カツラを推す。
  男装を推す。
──────


 本当に?
 眼鏡をかけたところで、小手先の変化にしかならないのは、自分にも分かっているだろう。
 
 
──Select──
 >それでも眼鏡を推す。
  カツラを推す。
  男装を推す。
──────


 待て、冷静になろう、自分。
 確かに眼鏡を掛けた璃音は魅力的だろう。見てみたい。人間誰しも美しい人の眼鏡姿は見てみたいものだと思う。いや、眼鏡を掛けたらだれでも美しくなるが。
 だからそういうことではなくて。
 
 
──Select──
  ここで眼鏡への愛を断つ。
 >断固として眼鏡を推す。
──────


「璃音……」
「ど、どうしたの?」
「眼鏡を、掛けてくれないか」

 ゆっくりと、似合いそうな赤い眼鏡を渡す。
 璃音は困惑しながらも、眼鏡を受け取った。
 受け取ったのだ!
 
「こ、こう……?」

 眼鏡を掛けて、上目遣いで尋ねてくる彼女。
 自分は、その姿に、天使を重ねた。
 

「璃音」

 両肩を掴む。顔を至近距離に近づけ、その御姿を目に焼き付けていく。
 
「きゃ、ちょっ、近っ!」
「自分の前でだけは、その姿でいてくれないか?」
「う、ウン……って、ええ!?」

 →眼鏡をはずすのは自分の前だけにしてくれ、はよく聞くけど、逆はあまり聞かないですねえ。某八葉の剣士も前者は言ってたような気がしますが、後者は言わなかったでしょうし。多分。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月27~28日──【教室】九重先生と秘密授業

 

 

 講習の終了を告げるチャイムが鳴った。ここから先は自由時間。

 たまには強くなるために特訓をしておきたいな……何人かに付き合ってもらって、少し修練と行こう。

 

 

──>【マイルーム】。

 

 

「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 放課後に呼びかけをおこなったが、驚くべきことに全員の予定が空いていた。

 とはいえ、本人に聞いたわけではないが、約2名ほど強引に時間を作ってくれたらしい。深く感謝しなければ。

 

「べっつに、暇だったしね」

「あれ、ユウ君今日用事あるって昨日言ってなかった?」

「………………用事は午前で終わったからね」

 

 嫌に長い間が空いたな。

 確かに空を誘った時、『ユウ君は用事があるって言っていたので、連絡通じないかもしれません』と教えてくれていた。まあ、直後に本人から、『時間があるし行ってあげるよ』と返信が来たあたり、事情も察しやすい。

 

「それにしても、久しぶりな気がするな。集まったのは終業式以来だけどよ」

「まあ、放課後の自由な時間が増えたからじゃないかしら?」

「あ、分かる。時間を持て余すと、最近してないこととか気になってくるよね!」

 

 つまり、夏休みに入って拘束される時間が減った分、色々なことに想いを巡らせることが多くなった、ということか。

 

「あー、ボクもその気持ちは分かるかな。時間がないときは気にもしないのに、暇になってごろごろしてると、唐突に放置してたゲームのことを思い出してさぁ。……まあ結局クソゲーすぎてまた放置するんだけどね」

「「そういうものか?」」

「ちょっ、センパイたちほんとに男? ゲームじゃなくても、漫画とかラノベとか、そういうのあるでしょ!」

 

 ない。基本的に読み途中の本の存在を忘れたりはしないし、完全に放置というのは今までしたことがない、はず。

 洸と目を合わせる。彼も似たようなことを考えている顔をしていた。

 その様子を見た祐騎は、肩をがっくりと落とす。

 

「あ、ありえない……」

「こほんっ。そろそろ良いかしら」

 

 項垂れる祐騎と困惑する自分、呆れる洸を立ち直らせようと、柊が咳払いをする。

 全員の視線が、彼女へと集まった。

 

「今日の目的はあくまで鍛練……という事で良いのよね?」

「ああ」

「それで、何処へ行くんだ?」

「まだ特に決まっていない。何処か良いところはないか?」

 

 今までに攻略した異界では、少し敵が弱い気がする。そんな風に思えるようになったのは成長だろうか。

 まあ、鍛練として行くのだ。少しきつい方が身のためだろう。

 

「それなら、この前時坂君が見付けた異界なんて良いんじゃないかしら」

「あそこか。確かにシャドウは前回の異界よりやや強いくらいだったな」

「……なるほど。じゃあ、そこへ行こう」

 

 どうやら洸は普段から異界を探して歩いているらしい。自分も探しているんだが、まだ未発見の異界に出会ったことはない。

 というか、洸の発見率が高いように思う。どれだけ普段歩いているのだろうか。

 

 

────>異界【追憶の遺跡】。

 

 

 商店街の脇にあった異界。なるほど確かに、少し奥まった場所にある。

 内部に入ると、少しだけ気というか、雰囲気は落ち着いていた。暫く歩いてみるが、目に見えて凶暴なシャドウは居ない。異界自体は確かに沈静化しているようだ。

 

「洸が攻略したのか?」

「オレって言うか、オレと空、柊の3人でな」

 

 呼ばれてない。

 別に気にするようなことでもないが。

 

「っと」

 

 洸のソウルデヴァイス“レイジングギア”が敵へ向かう。

 会話の最中にも拘らず機敏に反応した彼は、腕を大きく振って独特な形をした武器を伸ばし、シャドウを仰け反らせた。

 

「セイッ!!」

 

 大きく足を踏み込ませた空が、生まれた隙にラッシュを加える。

 2人の連携で、シャドウの体は崩れていった。

 

 一方で自分たちの前に現れたシャドウが、祐騎と璃音に攻撃を仕掛けてきた。

 祐騎は回避しながら、エネルギー弾を放つ。その後方からは柊がペルソナによる援護をしている。璃音の方は回避が間に合わなさそうなので、自分のソウルデヴァイスを間に挟ませ、防御を肩代わり。ソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”の後ろで態勢を立て直した、“セラフィムレイヤー”を装着する璃音が、全力で突撃を始めた。

 

 一度も攻撃を許すことなく、シャドウ3体の消滅を確認。

 ソウルデヴァイスを格納し直し、自分たちは一息吐くことにした。

 

「何だかんだ言って、オレら結構強くなったよな。昔に比べて」

「あら、もう満足してるのかしら時坂君は」

「そんなんじゃねえっての」

「でも確かに。戦いなんて考えたこともなかったあたしたちがここまでできるようになるなんてねー」

 

 洸の発言を柊が茶化したが、最後には璃音が同調した。

 最初の頃を思い出す。

 

 一番最初は、逃げるので精一杯だった。

 璃音と洸が加わってからは、色々模索しながらやってきた。

 柊が加わってからは、バランスを整えるようになった。

 段々と、変わってきている。個人としても、全体としても。

 

「そう言えば、最初の頃のセンパイたちって、何か面白い失敗とかしてないの?」

 

 各々が恐らく思い思いの回想をしている間に、祐騎がそんなことを聞いて来た。

 面白い失敗……何かあっただろうか。

 

「してたとしても誰が教えるかよ」

「じゃ、誰でも良いからコウセンパイのオモシロイ話持ってない?」

「狙い撃ちかよ!」

 

 洸の面白い話か。

 日常なら色々あるだろうが、異界攻略では、どうだろう。

 最近では普段頼りになるといった印象しか持っていないが。

 

「最初の頃、といえば、時坂くんが滑りに滑っていた時あったわよね」

「おい、言い方」

 

 滑る……?

 柊の発言で、段々と記憶が蘇ってくる。

 そういえば、そんなこともあったな。

 あれは確か、相沢さんの異界だったか。

 

「あー。地面が氷の異界でしょ。ずるって滑ってそのままシャドウに突っ込んじゃったやつ」

「うわー、コウセンパイ、うわー」

「うるせえ」

 

 かなり冷や汗を掻いたことと、その後璃音が平然と氷結床の上を飛んで行ったことは明確に覚えていた。

 いや、どちらかと言うと、璃音のソウルデヴァイスがとても羨ましかった記憶の方が残っている。

 

「その頃に比べると、技量は勿論、判断力も少しは付いて来たかもな」

「ええ、自分の知る限界がより正確になった結果でしょうね。無理してできる範囲と無理しなくてもできる範囲、無理してもできない範囲が判断できるようになっていると思うわ」

「確かに、撤退の判断とか早くなったもんね」

「それだけじゃねえ。連携を取るのに慣れてきたってのもあるだろ。ユウキはもう少しだが、ソラもすっかり合わせられるようになったしな」

「えへへ」

 

 そうか。単純に強くなったのもあるが、それ以上に、絆が深まったというのもあるのだろうか。

 そうだと良いな。

 

「でも、あの……個人の力を上げるにしても限度はあるんじゃないですか?」

 

 空が、ふと気付いたように声をあげる。

 彼女なら確かに、そう思うかもしれない。

 個人として突出している空だから気付いたことかもしれない。

 いつかは、限界がくるのだ。今自分たちが驚異的とも言える早さで成長しているのは、自分たちにとって未知の分野だったから、ということが大きい。

 テストでいう、30点を50点に上げるのと、70点を90点にあげることの違いだ

 

「……確かに」

「その辺りの対策もあることにはあるけれど……そうね。岸波君、この後少し時間を貰えるかしら」

「自分か? 別に構わないが」

 

 何だというのだろう。まあ特に用事があったわけでもない。何であろうと大丈夫だ。

 今は取り敢えず、異界の攻略に力を入れることにしよう。

 

 

────

 

 

「ペルソナには特定のスキルを私たちの意志で、後から覚えさせることが可能なの」

 

 異界から帰還後、柊に声を掛けられていた自分は、彼女と2人マイルームに残っていた。

 お茶を出した後、彼女から聞いたのは、ペルソナによって行使される術技について。

 

「後から?」

「ええ。勿論任意でいつでも、という訳にはいかないわ。基本は1体につき1度まで。それに、シャドウが時たま落とす“外付けメモリ”が必要なのだけど、今は持ってないようだし、1つは私が提供するわね」

 

 手渡されたのは、小指サイズの端子。意識して拾ったことのないものだが、確かに見覚えはある。

 

「特徴としては、このメモリをサイフォンと繋げ、同期。圧縮されたデータがダウンロードできるので解凍して、あとはペルソナに“プログラミング”するだけよ」

「なるほど」

 

 データをダウンロードして、使えるようにして──

 

「……プログラミング?」

「ええ、プログラミング」

「どうやるんだ?」

「それをこれから学び、覚えてもらいたいのよ」

 

 なんか急に投げやりになったぞ柊。

 

「私ではプログラミングできないから。けれど、一通りの基礎がしっかりとマスターできれば、ペルソナだけでなくソウルデヴァイスの強化も可能になるわ。自由なカスタマイズができるということは、スタイルに限りなく合わせられるということ。試しても良いと思うけれど、どうかしら?」

「それは、まあ」

 

 しかし、誰に教われと言うのか。頼みの柊はできないらしいし。

 

「話によると、流れさえ掴んでしまえばあとは基礎力だけでなんとかなるらしいわ。とはいえ、その求められる基礎力というのも、かなりのものになるらしいけれど」

「取り敢えず、プログラミングを初歩から学んでいくしかないということか」

「ええ、人選は任せるから、好きにやって頂戴」

「分かった」

 

 プログラミングには疎いが、コンピューター関連と言えば……彼、だろうなあ。

 

 

────>【祐騎の部屋】。

 

 

「だからぁ! そこはそうじゃないって何度言えば分かるわけ!?」

「す、すまない」

 

 

────

 

 

「違うって! それじゃ命令が終わらないでしょ!」

「……すまない」

 

 

────

 

 

「あー、そこ違う。ビルドしたら絶対エラー出るって。そのままの状態で取り敢えずデバッグしてみ? ほらエラー出たでしょ。ちゃんと返ってきてないから。組み直しー」

「…………」

 

 

────

 

 

「ねー岸波センパイ」

「……なんだ祐騎」

「向いてないんじゃない?」

「……かもしれない」

 

 とはいえ、向き不向きで諦めることでもない。自分の、自分たちの命の為にやっているのだ。

 指導の前半は真面目にやっていて、途中から呆れた表情になり、最後にはソファーで寝ながら付き合ってくれた祐騎に礼を言い、彼の部屋を後にする。

 

 ……さて、これからどうしよう。

 

 正直、途方に暮れてしまった。これはまた、教本などを購入して1から行うべきなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ポケットのなかで何かが振動した。

 サイフォンがメッセージを受信したらしい。送信者は……洸か。

 

『よう、お疲れ。プログラミングの勉強を始めたって聞いたぜ。オレじゃ力にはなれないが、力になれそうな人なら1人だけ心当たりがある。なんか困ったことがあるなら取り次ぐから言ってくれ』

 

 思わぬところから救いの手。その文面を見て、すぐさま洸に電話を掛けた。

 コール音を聞きながら考える。確かに、人材のことについて自分たちの中で一番詳しいのは洸だろう。璃音と同様に幼い頃からこの地に住んでいて、かつ積極的に交流している。璃音が知られている側の存在だとすれば、洸は知っている側の存在だ。

 

「洸」

『おう。どうしたハクノ、さっそく困り事か?』

「ああ。正直とても助かる」

『分かったぜ。連絡取ってみるが、質問したいことを教えてくれるか? オレには理解できないかもだが、相談内容は明確な方がいいだろ』

「ああ。──全部だ」

『……は?』

「何も分からなかった」

『マジかよ……』

 

 一応ハッキリさせておくためにも、自分が悪いのだということだけは伝える。祐騎に非があったわけではない。彼は熱心に指導をしてくれた。自分の物覚えが悪かったことにそもそもの原因はある。

 

『話は分かった。伝えてみる。けど、あんま期待するなよ?』

「ああ」

 

 対策を練ってくれるというだけで有り難いのだ。元より無茶を言っているのは自分。洸の案に頼りきるわけにもいかないし、仮に不可能だったとしても彼を責められる立場に自分はいない。

 

 今は取り敢えず、相手方の反応を待つとしよう。

 

 

──7月28日(土) 昼──

 

 

 今日も講座が終わる。

 さて、今日はバイトでもしようかな、と席を立った時、聞きなれた声に呼ばれた。

 

「ごめん、岸波君いるかな?」

 

 少しだけ幼い、年齢には似合わないが外見通りな声。

 数学科教師──九重(ココノエ) 永遠(トワ)が、教室の入り口前に立っていた。

 

「あ、居た! 岸波君、ちょっと良いかな?」

「九重先生、どうしました?」

「うん、少しお話があってね。時間があったらで良いんだけど、来てもらっても良いかな?」

 

 ここでは拙い話なのか、どこかへ誘導しようとする九重先生。

 バイトしようとは思っていたが、既に入れた予定ではない。それにそんなに時間が掛からなければ、終わった後からでも行くことが可能だろう。

 ということで、ついていくことにした。

 

 初めて彼女の後ろを歩く。というか、先生をこうしてじっと見るのは初めてかもしれない。

 最初に出会ったのは編入の日。それ以来は数学の授業に取り組む先生を着席した状態で見ていただけだった。

 こうして見ると、確かに小柄だ。自分の胸辺りまでしか頭がなく、細身。

 だが、彼女の足取りは“ブレない”。そういえば実家は道場だったなと思い出すほどに、しっかりと軸の通った歩き方をしていた。

 

 

「着いたよ。……って、どうしたの?」

 

 振り向いた九重先生と目が合う。

 

「あ、いえ、九重先生ってお強いんですか?」

「え? どうしたの急に」

「体幹がしっかりしてるなあって」

 

 最初は首を傾げた先生だったが、以前道場の前で会ったことを思い出したのか、ああと声を上げる。

 

「そうでもないよ、自衛ができるくらいかな」

「そうなんですか」

 

 まあ、あまり自分から攻撃に行く人には見えないしな。少しイメージ通りだった。

 

 案内された場所は、視聴覚室。

 ここで、何を話すのだろう。

 

「……あ、岸波君1つだけ良いかな?」

「はい?」

 

 室内に入ろうとした九重先生が、思い出したように振り返る。

 

「一応、その……悪気があったわけではないって分かってるんだけど……女性のことをそんなにマジマジと見ない方が良いかなぁって。ちょっとびっくりしちゃったから」

「……ごめんなさい」

 

 

────>杜宮高校【視聴覚室】。

 

 

 授業で何度か使ったことのある部屋だが、夏休みが開始してから入ったのは初めてだった。

 ……少しだけ、風変わりしたか?

 全体的に新しい印象を受ける。以前までも綺麗ではあったが、ここまでではなかった。

 

「あ、岸波君は初めてだったよね。実は夏休みに入って、パソコンを全部最新のものに替えたんだ」

「全部ですか。道理で新しいわけですね」

 

 それに、だいぶ思い切ったことをする。

 家電の高さは身に沁みて分かっているから、素直に驚いてしまった。

 

「コー君も搬入を手伝ってくれたんだけどね。設置やセッティングは岸波君の担任の佐伯先生がほとんど手伝ってくれたの。良ければ覚えておいて」

 

 ……そうなのか。佐伯先生が……コンピューターにも強いんだな。何というか、あの人も万能だ。

 

「それでね、岸波君。本題なんだけど」

「はい」

「これからしばらくの間、岸波君にはプログラミングの特別授業を実施しようかなと思っています」

「……はい?」

 

 耳を疑った。

 プログラミングの授業。渡りに船だが、どうして……いやもしかして、洸の言っていた心当たりって九重先生のことなのか。

 

「コー君から聞いたの。岸波君がプログラミングを勉強したがってるって。私なら情報系の大学を出てるし、プログラミングもある程度は習得できているから、力になれるかなって」

「でも、九重先生忙しいんじゃ……」

 

 それに、一教師が一生徒を特別扱いするのも良くない気がする。

 

「そんなことないよ。それにね、プログラム自体は一年生の教育課程にあるから、岸波君は1年分の情報リテラシー授業を受講していないことになってるの。その分の補習も兼ねてるんだ。ほら、岸波君は事情が事情だし……」

「ご存じだったんですね」

「つい最近だよ。この補習を校長先生にお願いされたんだけど、その時に。安心して、誰にも話してないから。本当は2学期の放課後を予定してたんだけど、ちょうど昨日コー君に話を聞いて、せっかくだしどうかなって」

 

 そうか。どちらにせよ補講は受けなくてはいけなくて、その上で自分が今プログラミングを必要としている情報を洸経由で得たから、時期を早めるよう気を回してくれたということだろう。

 何にせよ、断る理由はない。本来ならこちらから頭を下げてお願いすべきことだ。

 いや、実際頭を下げなければ。感謝する対象は目前に居るわけだし。

 

「本当にありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします」

「わわっ、そんな畏まらなくて大丈夫だよ。それに、私だっていつでも見れるわけじゃないしね。“水曜日と木曜日、それから土曜日”が理想かな。“夏休み中なら開校日であればいつでも大丈夫”だけど」

「ありがとうございます」

 

 凄い良い条件だ。

 本当に良いのだろうか。いやでも、この場合はお言葉に甘えるしかない。それに自分が早く習得できれば、それだけ彼女の時間を奪わずに済むのだ。

 ……頑張ろう。

 

 

 特別講義の約束を通じて、新たな縁の息吹を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“法王” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

────

 

 

「さっそく今日から、お願いできますか?」

「うん! これから頑張ろうね!」

 

 

──夜──

 

 

 洸に感謝の連絡をし、報告を終える。

 さて、今日は読書でもしようか。

 

 

 “手芸中級編”を読む。今日で2回目、内容も中盤に差し掛かっている。

 今日も布の縫い方についての勉強だ。返しの仕方やまつり縫いのワンポイントアドバイスなど、少しだけ内容が進んでいた。なんとなく分かった気がする。

 次回はキットを使った練習をしよう。まだ教本片手だが、少しくらいはできるはずだ。

 

 さて、そろそろ寝よう。

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが上がった。
 法王のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 優しさ +1。
 根気  +1。


────


 この第一部ラストのインターバルも残すところあと少しなので、現状のパラメーターを公開。
 人格パラとかは次回。


 現状の岸波白野 ステータス。

 レベル 45。

 所持ペルソナ
 タマモ・カハク・クイーンメイブ・スザク・サラスヴァティ・サマエル・セイリュウ。

 コミュ一覧
 愚者 5
 魔術師 5
 女教皇 2
 女帝 -
 皇帝 -
 法王 1
 恋愛 5
 戦車 3
 正義 2
 隠者 -
 運命 2
 剛毅 4
 刑死者 -
 死神 3
 節制 -
 悪魔 3
 塔 3
 星 4
 太陽 1
 審判 2
 



 こんなものでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月29~31日──【教室】柊と家族 1

 

 

 

 日曜日を旅館のバイトで1日過ごした自分は、休日明けの月曜日もしっかりと登校し、夏期講習を受けていた。

 今日は部活に出ようと考えている。夏休み前だし、今後の活動日程も聞いておきたい。

 それに何より、暑い。夏も真っ盛りというべき気温だ。今からこれでは8月が怖いというもの。幸い家に冷房は付いているが、電気代を考えれば付けたくない。

 ……と、そろそろ行かなくては。

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

「お、岸波、来たのか」

「ああ、ハヤト。練習しようと思って」

「良い心がけだな。じゃあやろうか!」

 

 

 みっちりと練習した。

 まだハヤトとの仲は深まりそうにない。

 今日はもう帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 たまには外に散歩にでも行こうか。

 最近の夜は読書に勉強ばかりだったし。

 

 

────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

 あれ、あそこに居るのは……空か。

 何をしているのだろう。

 

「空」

「あ、岸波先輩! こんばんは!」

「こんばんは。何をしてるんだ?」

「これからちょっと軽くランニングでもしようかな、と。そうだ、岸波先輩も一緒にどうですか?」

 

 ランニングか。確かに、寝る前の運動としてはちょうどいいかもしれない。

 空に着いて行こう。

 

 …………杜宮を一回りした!

 空との仲が深まった気がする。

 

 

──7月31日(火) 放課後──

 

 

「柊、今日暇か?」

 

 夏期講習最終日。

 この日の授業も終わり、夏休みの諸注意について担任の佐伯先生から話を聞いた後、B組へと向かった。洸か柊が居れば遊びに誘おうと思ったのだが、洸はあいにくバイトがあるとのこと。

 というわけで、柊のみを誘う。

 

「あら、岸波君。どうしたのかしら。プログラミングの件?」

「いや、そっちはある程度目途が立った。時坂のお陰で強力な助っ人が来てくれたからな」

 

 本当に、強力な助っ人だった。数時間授業を受けただけだが、彼女が教師としてとても優れていることを改めて実感したというか。何にせよ、濃い学習をさせてもらった。あの勢いで続けていけば、近いうちにある程度は形にできる気がする。

 

「そうじゃなくて、今日は少し、親睦を深めようかと」

「……ああ、そういうことね」

 

 目的を伝えると、彼女は顎に手を当てて少し考え込んだ。

 

「そうね、今日は大丈夫よ。ちょうど行こうと思っていたところがあるし、付き合ってくれるかしら?」

「ああ、自分が行って構わないのなら。ちなみに何処だ?」

「構わないも何も、岸波君にも関係することよ。……それじゃあ行きましょうか。商店街、【倶々楽屋】に」

 

 

────>商店街【倶々楽屋】。

 

 

「あ、アスカさん!」

 

 看板娘のマユちゃんが、アスカの姿を見て目を輝かせる。

 

「……娘っ子に、坊主か」

 

 店の奥から、頭にタオルを巻いたジヘイさんが出て来た。

 

 倶々楽屋に来るのは異界攻略の少し前が最後になるから、実際1月くらい空いているのか。

 異界攻略の度にしか来ない自分とは違って、柊はよく来ているらしい。それはそうか。彼女にとって異界攻略は仕事。常に最善を尽くす為にも、ここに来ているのだ。

 

「ふふっ、マユちゃんは今日も可愛らしいわね……」

 

 小学生の少女を撫でる柊は、とてもいい笑顔をしている。

 案外、彼女のリフレッシュにも繋がっているのかもしれない。

 

 

──Select──

 >姉妹みたいだ。

  親子みたいだ。

  (黙っている)

──────

 

 

 両者のその姿は、友達というよりは断然近く、どちらかと言えば姉妹のような優しい雰囲気を持っている。

 多分。

 

 いや、実際姉妹なんてほとんど会ったことがないが。想像上の仲良し姉妹というのがこういった風景を指していただけで。

 

「そ、そんな! 恐れ多い……でも嬉しいです」

 

 姉妹に例えられた途端、弾かれたようにマユちゃんは身体を離そうとした。

 だが、一瞬柊が寂しそうな表情をしたことによって、すぐに元の場所へ戻っていく。

 流れるような動きだ。

 

「ええ、私も嬉しい。マユちゃんみたいな妹が欲しかったわ」

「アスカさん……えへへ。私も、アスカさんみたいにカッコイイお姉ちゃんが欲しかったです」

 

 こういうのを、心の姉妹、というのだろうか。

 お互い無理なく本心をさらけ出しているように見える。少なくとも柊のその顔は、高校に居る間では絶対に見られないであろう優しさに溢れていた。

 

「水を差すようで悪いが、マユちゃんの両親って今、何処に居るんだ?」

「あ、別々の所でお仕事をさせてもらっています! 今どこに居るかまではちょっと……」

「……そうか」

 

 少し表情に影を落としながら答える少女。

 しまった、聞いてはいけないことだったらしい。

 

「でも、えっと、寂しくはないんです。お爺ちゃんも居てくれますし」

「……」

 

 ちらりとジヘイさんを見るが、彼はこちらの話に反応することなく、背を向けたまま鍛冶に勤しんでいた。

 それでも、聴こていないわけでないのだろうが。

 

「ふふっ、マユちゃんは凄いわね」

「そ、そんな、アスカさんほどでは全然……!」

 

 顔を赤くするマユちゃんを再び撫で始める柊。本当に仲が良い。

 

「おい、いつまで油売ってやがんだマユ」

 

 低い声が、店内に響いた。

 ジヘイさんだ。

 

「あ、う、うん! 改めまして、ようこそ【倶々楽屋】へ! 本日は、どういったご用件ですか?」

「ええ、今日はソウルデヴァイスの微調整をお願いにきました。彼の分もお願いします」

「お願いします」

 

 頭を下げると、ジヘイさんはこちらを軽く一瞥し、フンと鼻を鳴らせた。

 出して見せろとそっけなく言って仕事に取り組む彼の姿は、まさに職人。その動き1つ1つに謎の安心感がある。

 彼に己の半身を預け、自分たちは調整の間、少し席を外すことにした。

 

 

────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

「親と、本当に長い間会っていないそうよ」

 

 

 倶々楽屋を出て少し歩いたところで、柊は口を開いた。

 最初、何を言っているのだろうと思ったが……どうやらマユちゃんのことらしい。

 

「一番境遇が近いのは、ソラちゃんかしら。会いたい時に会えない場所に居る、という点で見ればね。尤も、その点で言えば私や岸波君も同じだけれど」

「親に会えない、か。確か柊のご両親は」

「ええ、亡くなっているわ。小学生の頃だったかしら」

 

 それは……たぶん、辛い。自分には考え付かない所にある問題だ。

 だって、小学生ということはまだ子ども。普通なら大人に囲まれて、守られて生活すべき年頃だろう。

 

 

「小さい頃に親と会えない悲しみは、私にも分かるから。……とはいえ、会えるだけマユちゃんの方がマシ、なんて思っている私に同情なんてできないけれど」

 

 

 言うまでもなく、マユちゃんのように親戚に育ててもらっていた可能性もある。だが本当にそうであるなら、今のような発言は出てこないのではないだろうか。

 空虚な瞳で空を見上げる彼女。横顔から表情を伺うことはできるが、その顔が何を訴えているのか、自分には分からない。

 

 それでも、何か言うべきだろうか。

 

 

──Select──

  会えるならまだ親に会いたいか?

  それでも、救いになっているはずだ。

 >(黙っている)

──────

 

 

 自嘲気味な彼女に、掛ける言葉が見当たらない。

 そもそも親がいないという共通点はあるが、自分と柊にだって、最初から居た居なかったというの大きすぎる違いがあるのだ。

 柊がマユちゃんに同情できないというならば、自分は柊の気持ちが分からない時点で、口を出すべきではないのだろう。

 

 

「……何も言わないのね」

「ああ」

「自分で言っておいて何だと思われるかもしれないけれど、反応を求めていたわけではないのよ。ただ……いいえ、何でもないわ」

 

 

 『ただ』。この言葉の後に続くのはなにか。きっと『○○なだけ』みたいな感じだろう。そしてその空欄が、彼女にとっては言葉以上に大事な本音なのだ。

 ……そこに踏み込むには、少し絆が足りないだろう。

 

 

「さて、そろそろお店に戻りましょうか。」

 

 

 

 

 踵を返し、歩く彼女の横顔は綺麗で……いや、綺麗だった。

 

 

 

────>異界【追憶の遺跡】。

 

 

 ソウルデヴァイスを、相手に叩きつけるように振り下ろす。

 

「……」

「どうかしら、感触としては」

「あ、ああ。何というか、しっくり来るな……」

 

 身体の周囲を右回転左回転。そのまま8の字を描く様に動かしたり、身体の正面で急ブレーキをかけてみたりと、色々と試してみる。

 今までより動かしやすい。流石に急ブレーキが完璧に効くということはないが、それでもかなりの制度だ。とても試運転とは思えない。

 

 ソウルデヴァイスの最終調整の前に使用感に異常がないかを確かめるべく、異界へと赴いた。

 実際に動かしてみると、とてもじゃないがまだ調整が済んでいないとは思えないほど感度が上がっている。

 はっきり言って動かしやす過ぎと言っても良い。

 

「……岸波君、そのソウルデヴァイス、“そんなに動かしやすい”?」

「ああ、思い通りの動きに近くなってきたな」

「そう。それは良かったわ」

 

 最初は“フォティチュード・ミラー”の動きを目で追っていた彼女だったが、やがて追うのに疲れたのか、数歩後退り全体を視認できるようにしたらしい。だから今、彼女と少し距離が離れている。

 

「どうかしら、岸波君」

「ん?」

「少し、手合わせしてみない?」

 

 

 柊は己のソウルデヴァイス“エクセリオンハーツ”を抜く。

 相変わらずの細身で、美しさを内包した剣だった。鋭く、冷たく、それでいて“優しそうな”、彼女の主武装。

 

 ……戦えるのか、柊と。

 

 

──Select──

 >戦う。

  戦わない。

  また今度。

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ!」「シッ!」

 

 

 柊の接近を阻みつつ、機を伺う。

 だが、そんなものはそう容易く訪れない。

 状況はジリ貧だ。自分は守るだけで精一杯。彼女はただ距離を詰めるだけで良いのだから。

 

 

「そろそろやめておきましょうか」

「……もういいのか?」

「ええ、大体分かったから」

 

 ……何かを測られていたらしい。 

 

「良いかしら、岸波君。異界攻略の前後は必ず倶々楽屋に……いえ、誰かしらの職人のもとへ行きなさい。回数は多い方が良いわ。万全な状態ならともかく、ソウルデヴァイスの整備不良で大怪我でもすれば、自分のせいの怪我でも普段お世話になっている整備士の方に責任が及んでしまうから」

「責任か。援助してくれる人たちも、闘っているんだよな」

「ええ。勿論。私たちが命を賭けて誰かを救うように、彼らは私たちの命を守るために頑張っている」

 

 

 それを忘れないで、と彼女はまっすぐ自分を見て言った。

 支える側の戦い。自分たちと共に戦っている人たち。

 祐騎の父の異界攻略の前に諸所へ顔を出したことを思い出す。

 皆、自分たちのことを案じていた。僕/私にはこれくらいしかできないけれど、と苦笑いをしながら援助をしてくれた。

 忘れられるわけがない。

 

「それにね、岸波君。あなたの戦い方は、ソウルデヴァイスありきのもの。私たちはある程度自分の意志で振るっているけれど、あなたのは違う」

 

 視線を、“フォティチュード・ミラー”に向ける。

 

「わたし達のソウルデヴァイスは切れ味が悪くなったところで、防御に使うなり囮にするなり色々とあるけれども、それはあくまで自分の腕で振るっているから。あなたのソウルデヴァイスが動きを鈍らせたら、何ができ得るか言えるかしら?」

 

 言え、ない。

 漂わせたり打撃に使ったりしかできないが、それはそもそも浮かせられる場合だ。自分で持つには持ちづら過ぎて、フリスビーのように投げるのが精一杯だろう。まあそれも隙を曝すだけだろうが。

 

「だから、岸波君には念入りにソウルデヴァイスの調整をしてもらわないと困るのよ」

「分かった」

「……それじゃあ戻りましょうか。最終調整をしてもらわないといけないし」

 

 

 困る、か。

 彼女は何に困るのだろうか。そんなに力を持っていて。

 足を引っ張られると困る? それは違うだろう。彼女は冗談や牽制でそういった嫌味を言うが、本音でそれを言うことは早々ない。洸との話を見て思っただけだが。

 勿論、最初の頃は色々と言われた。平等に。全員が。

 けれども最近はそんな毒を吐くこともなくなり、軽口まで叩いてくれるようになったのだ。

 

 自分たちが想っているように、彼女も自分たちを、仲間だと想ってくれているのだろうか。

 ……彼女について少し知ることができ、縁が深くなった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柊と修理代を折半して、感謝の言葉を伝えるとともに帰路に着いた。

 

 

──夜──

 

 

 今日は病院の夜間清掃のバイトがある。

 しっかりと取り組もう。

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが3に上がった。 
 

────


 度胸  +2。


────



 次回から第5話です。
 早いですねえ。


 前回後悔し損ねた、現状の人格パラメーターです。


────


 知識 秀才級(レベル3)
 度胸 怖いものなし(レベル2)
 優しさふつうに優しい(レベル2)
 魅力 好青年(レベル2)
 根気 起き上がりこぼし(レベル3)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 瞼の裏に強く焼き付く(So,it is called "BLAZE")
8月1日──【マイルーム】噂調査 1


 

 

 

 8月の初日。茹だるような暑さ。電気代を考えるとエアコンはあまり使いたくないと考えていたものの、結局のところ決意虚しく文明の利器に頼った自分は、冷房を効かせた室内で1人本を読んでいた。

 時間帯としてはもう昼食時が過ぎる頃。そろそろ何か食べようかなと考え出した所で、サイフォンが鳴動する。

 

 差出人は、時坂 洸。

 比較的連絡を取ることが多い彼だが、忙しいであろう夏休みの初日から、何か用だろうか。

 

 

『よう、今何してる?』

 

 ……何気ない世間話のようだ。

 

「『読書中だ』」

『家か?』

「『ああ。来るか?』」

『いや、今バイト中だから』

 

 なら何で連絡してきたのだろう。

 主旨が見えない。

 

『風の噂で聞いたんだが、ハクノお前、ゲーセンで不良にカツアゲされたってマジか』

「……カツアゲ?」

 

 

 されてない。ゲームセンターで見知らぬ人たちとゲームした記憶はあるが、お金を巻き上げられたなんてことはなかった。

 できるだけ丁寧に説明する。誤解を受けてしまうかもしれないが、自分の練習に付き合ってもらったのだと。

 

『なるほどな……いやまあ、言いたいことは分かったんだが…………別に本人が良いなら良いか』

「『言いたいことがあるならはっきり言ってくれ』」

『お前ただ絡まれて暇潰しに巻き込まれただけじゃね』

「……」

 

 人の視点は様々で、まあ、そういった意見を持つ人は、一定数いるかもしれない。うん。

 

 

 

────

 

 

「『それで、どうして急にそんな話を?』」

『ワケを話すと、少し長くなるんだが……』

 

 

 どうやら昨晩、共通の友人である小日向 純が不良に絡まれて怪我をしたらしい。とはいえ頬に少しの傷と、倒れたときに痛めた手以外に怪我という怪我はないらしく、重症という程ではないらしい。

 たまたま偶然通りすがったという先輩に助けられなければ、もっと酷いことになっていたかもしれないとのことだ。

 

 そんな話を聞いた洸は、蓬来町のカフェでバイトをしつつ、少し情報を仕入れようとしていたのだという。

 そして舞い込んだ噂話。

 “以前、杜宮高校の地味めな男の子が、ゲームセンターで不良に絡まれていたのを見たことがある”。と。

 

 

「『ちょっと待て』」

『どうした?』

「『地味めな男子で自分だと特定したのか?』」

『気にしすぎだっつうの。ちゃんと聞き込んだぜ』

 

 曰く、制服の下に変な顔がプリントされた服を着ていた。

 曰く、大人しめで真面目そうな男子だった。

 曰く、ゲーセンでたまにバイトをしている子だ。

 

 洸的には服の時点でピンと来たとかなんとか。変な顔とは失礼な。

 

 

『それで、一応聞いておきたいんだが、そのお前とゲームしたっていう不良どもについて、覚えていることはあるか?』

「『蓬莱町を中心に活動しているって聞いたな。あとは服装。黒地に炎のマークを入れた人たちだったな』」

『黒い服に炎? どこかで……いや、取り敢えず分かった。情報ありがとな』

「『ああ』」

 

 バイトに戻るらしい時坂へエールを送り、サイフォンをテーブルに置き直す。

 聞き覚えの有りそうな反応をしていたが、有名な人たちだったのだろうか。

 

 

 ……それにしても、小日向が怪我、か。

 重症ではないとのことだが、1度お見舞いに行った方がいいかもしれない。

 

 それとは別に気になるのは、やはりゲーセンにいた彼らのこと。

 悪い人たちだとは思っていない。なんだかんだ付き合いが良く、着ている服もカッコよかった。

 

 ……せっかくだし、ゲーセンに行ってみようか。もしかしたら会えるかもしれない。

 まあ、会ったところで覚えられているかは定かじゃないが。

 

 

 

────>ゲームセンター【オアシス】

 

 

「おっ、あの時の地味メンじゃね!?」

 

 

 覚えられ方に問題があった。

 自分に反応したのは、見覚えのある黒いパーカーの男たちの1人。間違いない。あの時相手してもらった人たちだ。

 

「何やってんだよ地味男」

「ゲームをしに」

「あぁ? オレらとやりてえって言うのかよ」

「……やりましょう」

 

 自分の答えにひとしきり笑った後、彼らは席を開けて受け入れてくれた。

 

 ……やっぱり悪い人たちとは、思えない。

 

 洸に言われて気になったから来てみたが、何の問題もなさそうだ。となればやはり似た何か誰かなのだろう。

 

 

 

 

 暫く対戦ゲームに付き合ってもらったり、後ろから見学させて頂いたり、それらを繰り返して長い時間を過ごした。

 

「おい、この後時間あるか?」

「? はい、ありますけど」

「んじゃ、クラブ行くぞ」

「……クラブ?」

 

 

 クラブ……って、クラブ?

 

 

────>ダンスクラブ【ジェミニ】

 

 

 連れてこられたのは、本当にクラブだった。

 クラブと呼ぶ他にない。カウンター席があり、ダンスコーナーのような広々とした空間があり、ジュークボックスがあり……って本物は始めて見たな、ジュークボックス。

 まあとにかく、昼間だが少人数が躍っていたり、数人が端の席で呑んでいたりと、明るい雰囲気の場所となっている。

 

 

「よぉ、地味メン、クラブは初めてだろォ? どーだよ」

「すごく明るい場所ですね」

「ハッ、地味な感想だなテメエ」

「想像を裏切らねえのがウケるわ」

「いやウケねえだろ。ってか、お前らコイツのこと気に入り過ぎじゃね。何言われても知らねえぞ」

「別に気に入ってる訳じゃねェよクソが。……別にすぐ帰すっつーの」

「……アキヒロさんに見つかんじゃねえぞ。とばっちりはゴメンだからな」

「わぁってるよ」

 

 

 ……どうやら歓迎してくれているのは連れてきてくれた人たちだけであって、元からここにいた大部分には歓迎されていないらしい。それはそうだ。自分だって場違いなことは理解している。

 それでも、滅多にできない経験だ。少し楽しみ方くらいは知っておきたい。

 

 

 

 

 

 それから、少しの時間ではあるが、ダンスクラブというものを体験させてもらった。

 流石に踊ることはなかったが、流れに任せて身を振るくらいのことはしていたし、結構満喫できていたようにも思う。

 

「地味男、お前……」

「はい?」

「リズム感ねえな」

「……」

 

 まあ、目覚めてこの方、リズム感を必要とされることはなかったし。あっても戦闘の癖を把握する時に必要なくらいで、音に合わせたことはなかった。

 少々無理のある言い訳を考えつつ、水で喉を潤わす。

 カウンターから提供されるお水も美味しい。お茶でなくても良いのかと聞かれたが、少し法外な値段が掛かりそうだったので遠慮しておいた。

 

「おい、アキヒロさん帰ってくるってよ」

「マジか、おい地味メン、帰り支度しとけ!」

 

 どうでも良いが、地味男とか地味メンとか、他に呼び方ないだろうか。

 まあ名乗っていない自分にも問題はあるのだが。

 いやそれでも呼ばれるたびに何かが心に刺さるので、できれば遠慮したい。

 

 そんなことを考えながら、席を立つ準備をする。

 夕方と呼べる時間帯に差し掛かってから、ポツポツと店が盛り上がり始めた。

 誘ってくれた彼らと同じ服を着た青年たちが多いが、そうではない人たちの割合が少しずつ増えてきたのだ。

 席にはカップルだったり成人だったりと、多種多様な人が集まっている。流石に同級生などはいないが。仮に遭遇しても反応に困るから別に会わなくて良いんだが。

 

 

 ──そんなことを考えていたら、目の前に、見覚えのある2人組が現れた。

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 

 時坂と、空が、目を丸くしてこちらを見ている。

 かくいう自分は、目が点にでもなっているんじゃないだろうか。自分の目が大きく開かれているのが分かる。

 

 ……いや、だから、会わなくて良いんだが。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月1日──【ジェミニ】噂調査 2

 

「……あー、何やってんだ?」

「そっちこそ」

 

 

 おろおろしている空は置いておくとして、洸と2人、部屋の隅に縮こまって会話する。

 

「来るのは勝手だが、空を巻き込むのは駄目だろう」

「いや、そりゃあ……ぐうの音も出ないけどよ。そもそもここに行こうっていう発案は空だし」

「後で引き返して1人で来るとかあっただろ」

「……すまん」

 

 まあ、来てしまったものは仕方ない。

 少し居心地悪そうな彼女を見て、早めに帰すべきだと確信した。

 

「それで、どうしてここに来ようなんて話になったんだ?」

「あー、実は今日、蓬莱町のカフェバーで働く傍らジュンの件の調査をしてたんだよ。で、バイトが終わった後。偶然空に出会ってな。そのことを話してる最中にそれっぽい奴らを見つけたまでは良かったんだが……」

「『行きましょう、コウ先輩!』とでも言われて押し切られたのか?」

「恥ずかしながら」

 

 想像に難くなかった。

 停止する暇もなく、空は対象を追いかけて行ってしまったのだろう。

 それに今の話だと、洸自身が気になって調査していたという内容だし、止めるという判断が遅れたんじゃないだろうか。

 

「話は分かったが、後輩をダンスクラブに連れ込むのはちょっと……」

「だよな」

「柊と九重先生と倉敷さんに報告しないと……」

「だよな……っておい待てちょっと待てマジで待て」

 

 何を今更慌てているのか。

 洸を注意するとすれば、柊と倉敷さん。あとは半分保護者の九重先生くらいしか居ないだろう。

 自分がここにいることは棚上げできない事実。端から見たら3人で入ったように思われても何とも言えないし。その点では一緒にお小言を受けるかもしれない。主に柊に。

 

「てか、ハクノはなんでココにいんだよ」

「成り行き」

「流れに身を任せすぎじゃね」

「今更ながらに思ってる」

 

 初めて行く場所だし、少し憧れもあったからという言い訳もあるが、それでも流石にテンションが高過ぎた気もする。

 楽しかったのは確かだし、連れてきてくれた人が悪いというわけでもない。まあ自己責任だ。

 ……恐らく学校の校則では、こういう場所に入ってはいけないという記載は無かったはず。流石に退学や停学になったらマズい。

 念のため、早く立ち去ろうか。

 

「地味男、帰り支度できたか……って、誰だソイツら」

「「ッ!?」」

「偶然ここに来ていた自分の友人で……何笑ってるんだ2人とも」

「ご、ごめんなさい、なんでもないです! ……ふっ、ふふっ!」

「じ、地味男……地味男ってなんだよ……クッ、腹いてぇ……!」

 

 

 ……流石に失礼すぎると思うんだが。

 

 

────

 

 

 アキヒロさんに見つからないうちに出るぞ。

 そう言って、連れてきてくれた2人に続いて店を出る。もれなく洸と空も着いてきた。まあ目立った以上、調査とかは後回しだろうし。申し訳ないような良かったような。

 

「ところで、アキヒロさんって?」

「あ? ウチらの今の大将だよ。テメェも前にゲーセンで会っただろ」

「……?」

 

 あまり思い出せない。名前を聞いた記憶はあるのだが。

 

「イカしたピンク色の髪の男の人だよ。1度見たら忘れねえだろ」

「ピンク髪……ああ」

 

 そういえば以前に会っている。声だって聞いた。

 なるほど、あの人がリーダーなのか。

 

「あの人今ピリピリしてっから、死にたくなきゃ会ったとしても話かけんじゃねえぞ」

「と言うか、アキヒロさんに近い人たちもだな。あそこら一帯が空気悪いっつうか」

「つい最近も一般人を一方的にノしたとかで盛り上がってたしな」

「……あの、コウ先輩」

「……ああ」

 

 どうやら物騒な人らしい。

 そして、今の話を聞いた洸と空は、疑惑が確信に至ったようだ。

 

 だが、妙な話だ。

 彼らはまるで、それを他人事のように語る。一線引いているというか、仲間意識が低いというか。

 聞いても良いことだろうか。

 ……いや、今は置いておこう。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「おう。またゲーセン来いや」

「ハッ、とっとと帰りやがれ」

 

 

 店の前、ゲームセンター横の裏道で別れの挨拶をする自分たち。

 

「ハクノとこの人たちの関係がいまいち見えてこねえな」

「でも、仲はいいみたいですよね」

「……だなぁ」

 

 後ろで何やら自分たちを評している友人たちを連れて帰ろうとした。

 その時だった。

 

「ンだ、テメエら……」

 

 前方から、例の服装を纏った一団がやってきたのは。

 その中には、一際目立つピンク色の髪の男性も居る。

 

「あ、アキヒロさん……」

「テメェら、アキヒロさんが居ねえ間にガキ引き連れて何やってんだゴラ」

「そ、それは……うぐッ」

 

 一気に険悪になる場。

 どうにかして説明しようとしていた2人だったが、アキヒロさんを取り巻いている人に、いきなり殴り飛ばされた。

 

 ……殴り飛ばされた?

 

 

「……大丈夫ですか!?」

 

 地に倒れる男性を呼び掛ける。

 意識はあるが、口が切れたのか唇から血が垂れていた。

 

「ひ、酷い」

 

 空はその光景に両手で口を押える。瞳は震えていた。

 その姿を見て、竦んでいる場合ではないと動き出したのは、先輩たる彼。

 

「オレらがここに居ることがマズいって言うなら、立ち去ります。どうか、この場は納めてもらえないっすか」

 

 低めに、伺うようにして暴力的な一派に問いかける洸。その声には、分かりづらいが強い感情が乗っていた。何を考えているかまでは分からないが。

 青年たちの視線が、洸に集まる。

 そのうちの1人が、彼へと詰め寄った。

 

「おい、誰に向かって口利いてンだ」

 

 そう言うと、胸倉を掴み上げようと青年は腕を動かした。

 後ろに後退しながら避ける洸は、尚も口を開く。

 

「気を悪くしたなら、すみません」

「テメェ……!」

 

 避けられた青年の目が血走っていく。

 マズい。

 振り被られた腕を見て、即座に身体が動いた。

 だが、遠い。距離にして5歩分。一気に詰めるには難しい距離。

 自分より洸の近くに居た彼女が、その手を受け止める。

 

「させません!」

「チッ、このクソガキどもがァ!」

 

 空や洸に攻撃の意志はない。あるのはあくまで防衛と回避の心のみ。

 それが最善だ。誰にだって分かる。しかしそれでは、状況が打開しない。

 向こうが飽きて見逃してくれるか、こちらが脇目もふらずに逃げるか、はたまた第三者の介入でうやむやになるか、それくらいでしか動かないだろう。

 現状、相手側は頭に血が上っているのか、手を引く素振りを見せない。

 一心不乱に逃走すれば、逃げ切ることは可能だろう。あくまでこの場においては、だが。それにここで退けば、自分の前に倒れている青年はどうなる。そんなの、見過ごせるわけがない。

 第三者の介入は、ある意味一番難しいだろう。この場に介入するには、相手側に顔が通っていて、かつ言うことを聞かせられる人間。かつ相当な実力者であることが絶対条件とされる。前者のみなら警察を呼べばいいし、後者のみならこの場の空と洸で事足りた。

 少なくとも、自分が持つ人脈で解決することは不可能。

 

 ならばどうする。諦めるのか。

 否。

 ならば何をする。祈るだけか。

 否。

 

 自分にできることは少なくても、自分たちにできることは少なくても、やれることくらいはやらなければ。

 差し当たっては、説得。交渉。危険な役回りを洸と空に任せてしまうのは気が引けるが、格闘術経験者である彼らの方が上手く捌ける。もしも自分なら最初の一撃すら受け止め切れなかったかもしれない。そう考えると彼らに任せて、彼らをいち早く助けることが重要だと思えた。勝手な理論だが。

 

 それじゃあ、どうする。

 何を言えば良い。

 考えろ。考えろ。考えて──ああ、駄目だ、まともな交渉の術がない。

 

 どうすれば良い。どうすれば良いんだ──

 

 

 

「オイ、そこで何してやがる」

 

 

 かくして何もできないまま、救いの声は齎される。

 

 

「シオ、さん」

 

 倒れていた青年が、助けに入った金髪の男性を見て、その名を口にした。

 相手側にも、動揺が見える。

 ……いや、約1名ほど、まったく別の感情を抱いているように見えるが。

 

 

「お前らは下ってろ」

「……でも」

「そいつらは任せておけ。……よく耐えたじゃねえか」

 

 

 無力感に唇を噛み締める。

 だが、無遠慮に込み上げてくるそれに圧し潰されている場合ではない。

 

「……行こう」

「ああ」「はい!」

 

 

 

 

 

 少し離れたところに移動。やり取りは聴こえないが、視界には入る距離。

 そこで自分たちは足を止め、形勢を見守ることにした。

 

 

────

 

 

 

「あの人は……」

「知ってるのか、洸」

「……いや、あまり」

「……そうか」

 

 確か、シオと呼ばれていたな。

 ガタイの良い、金髪の男性。

 否、男子生徒か。

 着ている制服は同じに見える。コスプレの類でなければ、同じ学校の生徒ということだろう。

 

「高幡先輩……」

「知ってるのか、空」

「お名前は高幡() 志緒()先輩。杜宮高校の3年生で、商店街のお蕎麦屋さんで働かれている人です。何でも住み込みで弟子入りしているとか。一生懸命で紳士な方で、挨拶したら必ず返してくれますし、お蕎麦を食べに行くとたまにサービスしてくれるんですよ!」

「思ったよりエピソードが出てきてびっくりした」

「しかも十割良い人エピソード……まあ、ソラだしな……」

 

 確かに、空に語らせればそんな感じになるかもしれない。

 明確な悪いところがない限りは自分から言わないだろうし、発言を求められたとしても渋るほどだろう。

 だが、今の彼女の様子を見るに、口ごもった感じはしない。

 ということは、郁島 空から見て十割近く良い人ということだろう。

 

「なんつうか、意外だな。もっとヤバい話が出てくるかと思ったぜ」

「え、どうしてですか?」

「高幡先輩って言えば、学校内では素行不良で有名だからな。とはいえオレも実際に見たわけじゃねえし、話したこともねえから、外見から広まった噂かもしれねえけど」

「確かに最初は怖かったですけど、良い人ですよ!」

「……そうか」

 

 少なくとも、信を置くには十分とのことらしい。

 元より助けに入ってもらった身。信じていない訳ではなかったが、空のお墨付きともあれば安心感も一入だ。

 

 

「……ん?」

「どうかしました?」

「いや、様子が変じゃないか?」

 

 

 目を凝らして、高幡先輩たちの方を見る。

 先程までは相手側のリーダーであるアキヒロさんと高幡先輩とが主に話していて、間でその周囲が口を挟むという流れだった。

 だが今は、アキヒロさんが何かを訴えかけているように見える。それを聞く高幡先輩の後姿は、先程までに比べて、何というか、小さかった。

 

 そして、“それ”が起こる。

 

 

 ──独特な、空間の軋む音。

 

 自分たちは来た道を引き返した。

 祐騎の時のように目の前で起きた事象ではない。少し離れている。この距離が無限のようにも思えたが、それでも全力で足を前に出す。

 間に合わせるのだ、なんとしても。

 

 

 ──割れ往く世界、顕現する“扉”。

 

 見えないはずの扉の前に立つアキヒロさんの異変に気付き、高幡先輩が距離を詰める。

 名前を呼び、離れてと叫ぶが、聞いてもらえなかった。それどころか声を上げたことで何かあると確信したのか、高幡先輩もアキヒロさんの元へ寄る。

 

 

 ──そして、すべてが呑み込まれていく。

 

 消えゆく様に、歪むように、アキヒロさんを。加えてその周囲の男性すら巻き込んで、“異界化”が起こってしまった。

 前進を続けていた足から力が抜け、膝が地面に着く。

 

「また……また、届かなかった」

 

 まだ、自分は無力だ。

 異界でどれほど強くなったって変わらない。

 誰かを危険に巻き込む前に救うことは、できるはずなのに。

 間一髪、高幡先輩だけは巻き込まれるのを避けられたが、今回の事例に対して“防げた”などという表現はできない。その単語では自発性が強すぎる。偶然、彼が間に合わなかったというだけの話なのだから。

 結局のところ何もできていない。いつだって間に合わず、伸ばした手は宙を切る。

 

 

「ハクノ……」

 

 洸に肘を掴まれ、引き上げられる。

 

「早く立て。こうなった以上、次の行動に移らねえとだろ」

「そうですよ、岸波先輩。気持ちは分かりますけど、落ち込んでいる暇はありません」

 

 胸の前で握り拳を作る空が、まっすぐ自分を見詰めてきた。

 ……そうだな、その通りだ。

 回数を経るごとに、取れなかった手の重さは増していく。

 分かっていたはずなのに。もっと上手くやれば防げていただろうに。

 そんな“もしも”がたくさん思い付くようになって、考えているだけでも数日掛かってしまいそうだ。

 実際、考えるだろう。1人になったら考え込んでしまうかもしれない。

 けれど仲間の……友人たちの前くらいでは、気丈に振る舞おう。

 

 

「……各々、情報を纏めておいてくれ。明日の朝には、作戦会議をする」

「「応!!」」

 

 






 というわけで、高幡志緒編またはBLAZE編もしくは夏休み編、開始です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月2日──【マイルーム】攻略会議 1

 

「なるほど……ひとつだけ聞いても良いかしら」

 

 自分や洸の話を腕を組みながら聞いていた柊が、眉を寄せながら口を開いた。

 

「貴方たち、巻き込まれ癖でも着いた?」

「「そんなわけあるか」」

「は、はは……」

 

 まあ言いたくなる気持ちも分からないわけではない。毎回事後報告しているし。

 

「貴方たちは素人なんだから、首を突っ込むにしても程々にしておきなさい」

「まだ素人扱いなのな」

「当然よ」

 

 少しだけ不満そうな顔をした洸をばっさり切り捨てる柊。間髪入れない否定は、心の底から思っている証拠か。

 彼女からするとまだまだ足りていないらしい。

 自分も、洸も、みんな精進が必要だ。

 

「でもホント、野次馬根性が過ぎるよね。ボクの時もそうだったけどさ。自分で言うのもなんだけど、通路上でもめ事が起こってたら迂回するでしょ、フツー」

「いや、普通理由とか聞くだろ」

「聞かないわよ……」

「え、聞くよな?」

「え、えっと……はい、聞いちゃいますね」

「うっそでしょ」

 

 自宅の円卓を囲む5人の意見が2つに割れる。璃音は遅れて来るとのことだから、全員集合はするらしい。彼女の意見も聞いてみたいところだ。

 

「こほん、改めて状況を整理しましょう。書記の岸波君、後で璃音さんに纏めたものの説明は頼むわよ」

「書記……」

「嫌かしら?」

「いや、庶務かと思ってた」

「卑屈すぎる……」

「ハクノ、最初っから話を逸らすなよ」

 

 その通りすぎる。

 横道に逸れるつもりはなかったが、結果としていつもの雑談パターンに持って行ってしまいそうだった。自重しなければ。

 

「順を追って確認していくから、何か足りていない認識があれば都度指摘して頂戴」

 

 柊が全員に目を配らせる。

 姿勢はまちまちだが、全員が耳をしっかりと傾けている。それを確認して、彼女は指を3本立てた。

 

「分かっていることは3つ。日時、発生した場所、巻き込まれた人数ね」

 

 まず1つ目。

 

「昨日──8月1日の夕方、16時頃」

 

 そして2つ目。

 

「蓬莱町のダンスクラブ【ジェミニ】。その入り口から少し離れた場所」

 

 最後に3つ目。

 

「被害にあった人数は異界の起点となったであろう“アキヒロ”という男性を含め、男性6人。……ここまでで何か追加したい情報や聞いておきたいことなどあるかしら?」

「はいはーい」

 

 祐騎が手を上げる。

 

 

「僕の時は家族全体で巻き込まてたから良かったけど、今回みたいな場合、捜索願とか出されないわけ?」

「普通なら出されるでしょうね。けれど、今回に限っては恐らく大丈夫なはずよ。限度はあるけれど。時坂君、説明を」

「あいよ。……そういや黒板がねえな、ハクノ、何か書くものとかあるか?」

「ノートなら」

「さんきゅ」

 

 言われてみれば書記のわりに何も書いていなかったな。

 ノートにでも書くべきだったか。そんなことを考えながらペンと一緒に洸へと渡す。

 受け取った洸は、ノートをペンでコツコツと叩いた後に、筆を進め始めた。

 

「まず初めに、“BLAZE”っていうグループ、聞いたことあるやついるか?」

 

 誰1人として手を上げるものはいない。

 

「まあ、そんなもんだよな。杜宮じゃそこそこ知名度のある連中なんだが、ここにいるのは外から来たやつばっかりだし」

「そういえば、久我山さんもいない今だと、杜宮に土地勘があるのは時坂君だけなのね」

「ああ。もしかしたら久我山も知ってたかもしれねえな」

「有名だったんですよね、どういうグループなんですか?」

「一言で言えば、“正義の不良”って感じか」

「不良……」

 

 不良、か。確かに、最初にゲームセンターで出会った時の周囲の反応などは、明らかに怯えているそれだった。

 だが、それだと“正義の”とはどういうことだろう。

 

「何年か前から噂になり出してな。どこかで悪さをした不良が居たら叩きのめし、何かを悪事を企てるヤツが居れば叩きのめし……まあとにかく悪を以て悪を制すって感じの連中だった、と思うぞ」

 

 オレも噂でしか知らないけどな、と首裏を抑えながら彼は言う。

 しかし今の話を聞いていると、まあ危ない人たちだとは思うが、一般人には然程関係のない存在のような気がする。

 何故、以前のように恐れられるようになったのか。

 

「……何年か前ってことは、最近は違ったってわけ?」

「いや、寧ろめっきり話題を聞かなくなってたんだ。なんでも、一時を境に解散したとか言われてたんだが……」

「こうして目の前に現れたというわけね」

 

 それは、どういうことだろう。

 つまりは名前こそ同じだが、解散を経たことで以前とグループの在り方が異なっている、ということか?

 

「詳しいことまでは、何も。そこら辺は調査しねえとな」

「そうね、大事なことだわ。けれど、どうして今回は捜索がかけられる心配をしなくていいか、ということについて、答えを聞いていないわよ?」

「ああ……単純に、朝帰りや連泊とかが前から多かったらしいしな。その時偶然被害を免れてた、ハクノと仲の良い? 奴らにも頼んで、勘付きそうな所は家を含めて誤魔化してもらったし」

「へえ、コウ先輩にしては手際良いじゃん」

「お前はオレの何を知っててその発言をしてるんだ」

 

 上から目線の誉め言葉に対し、半目を向ける洸。

 実際、あの場で一番早く再起動したのは洸だった。まだ頭の切り替えが済んでいなかった自分に時間を与えつつ、必要な手配を済ませておいてくれたことには、本当、感謝しかできない。

 

「でも、本当に流石の対応でしたよ、コウ先輩!」

「記憶消去の手間が増えて困るのはわたしだけだから、良い手だったんじゃないかしら」

「……悪かったよ、事後承諾で」

「いいえ、褒めてるのよ」

「分かりづらいわ。嫌味かと思っただろ」

「時坂君が捻ねくれているだけだと思うけれど」

 

 その言葉を受けた洸は、確かめるように全員へ顔を向けていく。

 祐騎は腕を頭の後ろで組み、口笛を吹いていた。

 空は苦笑いをしていた。

 いい度胸をした後輩2人の後は、自分の方。目が合った洸はアイコンタクトで助けを求めてくるが、無言で首を横に振って返答することに。

 

「……まあ、いいか。そういう訳で、捜索云々は気にしなくても大丈夫そうだ。限度はあるけどな」

「おっけー。ありがとコウセンパイ。それじゃあ、先進めて良いよ」

 

 祐騎も自身の疑問が晴れてスッキリしたらしい。

 ひらひらと手を振ると、会議の進行を促した。

 

「グループの経緯については、異界発生の根本的原因にもつながる可能性があるから調べてもらいたいけれど、それとは別に1つ、今回の異界化ではいつもと異なる点があるわ。岸波君、何か分かるかしら」

 

 いつもと異なるところ?

 それは……

 

 

──Select──

  日時。

  場所。

 >人数。

──────

 

 

「人数、だろう。こんなにも大勢巻き込まれたのは初めてだ」

「ええ。6人なんて数字、人的要因での異界発生では極稀よ」

「人的要因……って、確か人間のシャドウとかが出る異界のことだよな?」

「そうね。人の諦め……押し込めていた欲の暴走の結果、生まれてくる異界。この異界は基本的に、“自身と対象者の2、3人しか巻き込めない”」

「「「!?」」」

 

 つまり、人的要因ではない?

 いや、でも自然にできた異界でもなかったはず……いや、そもそも自分たちは、その時のやり取りを一切聞いていない。断言することはできないだろう。

 

 

「仮に、人的要因だとしたら、そこまで被害規模が拡大するのに理由とか考えられるんですか?」

「……一応、前例がない訳ではないけれど、その場合は“異界適性が高すぎる人”が異界を発生させた時に限られてきたわ。けれど……」

 

 けれど?

 柊を除いた全員が首を傾げる。

 言いかけ、呑み込もうとした言葉だったのかもしれないが、みんなの視線を集めていることを居心地悪く感じたのか、躊躇いがちに口をひらいた。

 

「ここら一帯の高適性者は、“北都が把握していない訳がない”」

「……北都? って、その言い方だと……」

「まるで、管理でもされてるみたいな言い方だね?」

「……」

「「「「…………」」」」

 

 空気が沈む。

 どういうことだ。

 北都グループは、そういった部分にまで手を伸ばしている、と?

 いくら人を守るためだといえ、そんなことをしているのか。いやでも、そうでもしないと未然に防げるものも防げないというのも分かる。

 ……一度、美月に話を聞いてみよう。

 

 静寂が場を支配していて、誰も何も言葉を発しない。全員色々考え込んでいた。

 その沈黙を破ったのは、ピンポーンという機械音。

 

 

「ちょっと行ってくる」

「おう」

 

 

 辿り着いたモニターには、見慣れた菫色の髪が映っていた。

 

 

『やっほー、遅れてゴメン!』

「璃音か。今開ける」

『アリガト!』

 

 

 玄関まで行き、鍵を開ける。

 少し顔を朱くして、肩で息をする璃音が、そこには立っていた。

 

「そんなに急がなくてもよかったのに」

「急がない訳にはいかないでしょ」

「とにかくいらっしゃい。そういえば、下のオートロックはどうした?」

「あ、ちょうど人と入れ替わりになったから入って来ちゃった。一応連絡は入れたんだけど、見てない?」

「……あ」

 

 そういえば、サイフォンを確認していなかった。

 それどころではなかったということもあったが、少し申し訳ないことをしたかもしれない。

 

「すまない」

「いやいや、気にしないでイイって。それだけマジメな話してたんでしょ?」

 

 真面目、といえば真面目だった。と思う。途中色々な話をしてはいたが。

 

「みんな、お待たせー……って、空気重っ」

「ああ……まあ、そういうこともある」

「どういうコト!?」

 

 全員で、苦笑い。

 なんにせよ笑顔が戻って、部屋が少し明るくなった。

 やはり璃音がいると違うな。

 

「久我山さんも来たことだし、要点を纏めてしまいましょう。久我山さん、細かいことは書記の彼から聞いてくれるかしら」

「どうも、書記の岸波白野です」

「……場所が移っても記録する係なんだ、キミ」

「人事の文句は柊にお願いします」

「私への文句は時坂君にお願いするわ」

「そんじゃ、オレへの文句はソラに頼むわ」

「え、わたしですか!? じゃ、じゃあわたしにはユウ君を通してもらえると……」

「はいはーい、総合受付係の四宮でーす。ただいま留守にしておりまーす。3年後にまたどうぞー」

「3年後……って、卒業してるじゃん!」

 

 ひどいたらい回しを見た。

 

 

「こほん。調べるべきことは2つ。異界発生の経緯と、異界被害拡大の理由。この2つは繋がっているかもしれないし、まったく別ものかもしれない。だから捜査を2組に分けることを提案するわ」

「「「異議なし」」」

「じゃあ、振り分けは岸波君、お願いするわね」

「ああ」

 

 

 どうしたものか。

 まずは洸だな。土地勘もあるが、BLAZEには先入観があるようだ。自分とは分けた方がいいかもしれない。となると、理由探しに行ってもらった方が良い。

 柊も拡大理由探しだな。専門家がいないと分からないことも多いだろうし。

 後は……祐騎かな。一味違った着眼点を持つ、という意味では彼が適任だろう。洸と柊が手堅い分、彼が居れば死角はなさそうだ。

 

 自分はあの時の2人に、経緯を聞きに行くべきだろう。

 空もこちら側だ。もし万が一何かあっても、彼女ならなんとかなるだろう。それに、その万が一を一番防げるのは彼女だと思う。礼儀正しさがあって、快活。敵意を持たれることはそう多くないはずだ。

 

 問題があるとすれば、璃音だろう。

 休職中とはいえ、現役アイドル。彼女をそういった場所に連れ出すのは、少し宜しくない。

 いや、宜しくない度で言えば空も相当だが。

 

 璃音と目が合う。

 ……考えてみれば、情報収集は現地でなくても良いのか。学校や周辺での噂を集めることも立派な情報収集だ。

 

 

「ねえ、ちょっと」

「? どうした璃音」

「一応言っておくけど、あたしに遠慮とかしなくて良いからね」

「……え」

「なんか気にしてる目でこっちを見てたから」

 

 ね。とウインクする彼女。

 いつの間にか、仕草から心情を読まれるようになってしまった。

 

 ……でも、そうだな。彼女に対して、変な遠慮とかはすべきじゃない。璃音自身の判断が一番適格だし、なによりこちらが決めつけて仕事を限定するなんて、彼女に失礼だ。

 

「それじゃあ、班分けを伝える。自分、空、璃音で経緯の調査。洸と柊と祐騎で被害拡大理由の調査を行ってくれ」

「「「「「了解!」」」」」

 

 

 






 途中選択肢は、残りのどちらを選んでいても、


────

「そりゃあ毎回違うだろ。寧ろ同じことがあったら怖いわ」

 ……それもそうだな。


────


 ってな感じになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月3~4日──【ジェミニ】決断と誓い

 

 

 1日を開けて再び捜査を再開。

 まず訪れたのは、ダンスバー【ジェミニ】。目的は言うまでもなく、例の2人からの聞き取りだ。

 

「……本当に助けられるんだろうな、テメェ」

「全力を尽くします」

「……地味男クンを信じようじゃねえか。どちらにせよオレらに出来ることもねェ。……クソが」

「チッ……オラ、何でも聞きやがれ」

 

 何もできない歯痒さ。無力さ。そういうものを噛み締めてるのだろう。椅子に座る彼らは、拳を突き合わせたり、膝を殴ったりした後、自分の話を聞く姿勢を取ってくれた。

 ……ふざけるなよ、と逆上される覚悟だってしてきた。お前たちに出来るなら俺たちにもやらせろ。そんなことを言われるだろうと想像してたくらいだ。

 だが、彼らはそれをせず、こちらに情報をくれると言うのだ。どうしてそこまでしてくれるのか、少しだけ気になった。

 

「ありがとうございます」

 

 ……さて、何から聞こう。

 

 

──Select──

 >最近のBLAZEについて。

  アキヒロさんについて。

  高幡 志緒について。

──────

 

 

「昔と今のBLAZEで、違う所はなんですか?」

「違いだァ? んなもん色々あるわ」

「メンバーだろ、頭だろ、やってることも違ぇし……何が知りてえんだ?」

「……率直に聞きます。昔は“正義の不良”と呼ばれていたBLAZEが、その名を轟かせなくなった理由はなんですか?」

「「……」」

 

 黙りこくってしまった。やはり話したくない内容なのだろうか。

 

「……単純に言えば、今やってることはただのチンピラと同じ……か、それより酷ェ」

「お、オイ……」

「正直に言うしかねえだろォが。“BLAZEは落ちぶれてる”ってな」

 

 ……落ちぶれている?

 

「……ハァ、どうなってもしらねェからな。確かにオレらは前とは違ェ。一般人に喧嘩吹っ掛けるわ、場所の占拠はするわ、挙句の果てにはヤバい代物に手を出してるしなぁ」

「言っちまえばオレ等も同罪だがな。流石に喧嘩はしてねェが、テメェと会った時みてえにゲーセンで屯っちまうようになったし」

「……たむろっちまう?」

「長時間席を占領しちまったってことだよ、そんくらい分かれや地味男」

 

 なるほど。

 まあとにかく、小さな悪事を働く様になってしまった。ということだろう。身内から見てもはっきりとした事実らしい。

 そして、今のBLAZEがそうであるならば、以前のBLAZEは本当に違ったということ。当時と今の違いが大きく出ている、ということなのだろうか。

 

「失礼だとは思いますが、聞かせてもらいます。そう思っていて、直そうとはしなかったんですか?」

「正直、オレらが声を上げてもたかが知れてるしなァ。リーダーの声に逆らいすぎるのもいけねえ」

「その点で言えば、今のBLAZEは2つに割れてんだよ。昔のような活動をしたいメンツと、今のようなことを続けたいメンツ。昔通りがいい奴はこうして燻るだけで、今活動的な奴らは間違い続けてる。どうしようもねえんだ」

 

 ……これも“諦め”だな。グループ全体にその兆しはあった、ということか。

 これ以上は情報を掘り出しづらい。次の質問へ移ろう。

 

 

──Select──

 >アキヒロさんについて。

  高幡 志緒について。

──────

 

 

「アキヒロさんって方は、いったい何者なんですか?」

「……オレらの現リーダーってやつだな」

「すべてが狂ったのは、あの人に代わってから……ってワケでもねえな。多分、前のリーダーが死んだ時から狂ってたのさ、BLAZEは」

 

 死んだ……?

 亡くなっていたのか、当時のリーダーは。だからBLAZEは変わってしまった、と。

 ……確かに人1人の死が齎す影響は計り知れない。その人への信頼が大きければ大きいほど瓦解するものはあるだろう。

 一応、他の理由に心当たりがあるかは聞いておこう。

 

「具体的に、どうしてBLAZEが変わったのか、という理由に心当たりはありますか?」

「……さあなァ。今のアキヒロさんとはそりが合わねえっつうか、あんま関わりなくなっちまったし」

「オレもさっぱりだ」

 

 分からないらしい。他の人の調査で何か引っかかると良いんだが。

 

 

──Select──

 >高幡 志緒について。

──────

 

 

「高幡 志緒。この前最後に助太刀してくださった方。この方はBLAZEと何かしらの関りが?」

「関りなんてレベルじゃねえ。創設者……レジェンドだよレジェンド!」

「あーまあ、前副リーダーの人だ。コイツみてえに、前リーダーと合わせて信者が大勢いる人でな」

 

 前副リーダー……待て。ということは本来、前リーダーが亡くなった後は高幡先輩が継ぐはずだったんじゃないのか?

 

「あの人が居てくれたらなァ」

「オイ、それは流石に失礼だろ」

「……だなァ。忘れてくれ。地味メンもな」

 

 いなくなった、か。前リーダーがお亡くなりになった時に脱退した、ということだろうか。あるいは時期が前後するのか、それは分からない。

 大事なのは、以前所属していたということ。今回の事件にまったくの無関係という線は薄くなった。これで調査に行ける。

 後は本人から直接聞いた方が良いだろう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。本当に、言い辛いであろうことまで答えて頂いて」

「ンな畏まってんじゃねえよ地味メン。なんだかんだ言ったが、アキヒロさんやほかのヤツらが無事戻って来んなら別に何でも良いんだ」

「絶っ対助けろ。しくじるんじゃねェぞ」

「……はい。必ず」

 

 

 熱い檄を飛ばされた自分は、取り敢えず今日は帰ることにした。

 明日、空と一緒に高幡先輩のところへ行こう。

 

 

 

──8月4日(土) 昼──

 

 

 ────>杜宮商店街【蕎麦屋前】。

 

 

 金髪の恰幅の良い男性、高幡 志緒先輩。三年生。

 おおよそ出前の帰りであろう、キッチリとしたシャツ姿に飲食店店員特有の前掛けを付けた彼はヘルメットを脱ぎ、バイクの電源を落とす。

 そこで、彼の瞳がこちらを向いた。

 

「お前ら、あの時の……」

「休日に押しかけてしまいすみません。改めて、その節はありがとうございました」

「ありがとうございました! 高幡先輩!」

 

 

 初対面の時に空から聞いた蕎麦屋で働いているという情報に間違いはなく、蕎麦屋を訪れ、志緒さんはいらっしゃいますか? と尋ねると、今は外に出ているから少し待っていろ。と強面の店主に言われた。

 そういう訳で炎天下の中ではあるが外で待たせてもらった自分たちは、目論見通りに高幡先輩と接触することができたわけだが……肝心の先輩のリアクションが良くない。

 

「悪いが今は仕事中でな、後にしちゃくれねぇか」

「……です、よね」

「……すみません」

 

 確かに、待っていたは良いものの、実際彼が手隙であるかどうかまでは分かっていなかった。

 ……仕方ない。仕事が終わる時間帯を聞いて出直すか。

 

「……しゃあねえ、少し待ってろ」

 

 だが、こちらが切り出す前に、暖簾をくぐって店内に戻ってしまった高幡先輩。

 待っていろと言われたので店先で待機していると、前掛けを外した先輩が戻ってくる。

 

「30分、休憩を貰って来た。……お前ら、この暑さの中、1時間近くここに居たってのか」

「……本当だ、もうすぐ1時間ですね」

「そんなに経つのか、気付かなかった」

「……フッ。まあいい、上がれよ。奥の席で話すぞ」

 

 

────

 

 

「つまり、アレか。お前らはアキたちが巻き込まれたアレを追ってる部活で、助ける手段を持ってる。だから情報提供に協力しろってことか?」

「……平たく言えば」

「ふざけてんじゃねえぞ」

「生憎、本気で本当のことです」

 

 眼力を入れて睨んできたが、それを受け止める。

 真剣に、真摯に向き合えば、きっと分かってもらえるはずだ。

 空が良い人と断じたこの人のことを、自分は信じる。

 

「……郁島、お前までこの虚言が正しいって言うのか。だいたいそんなことを部活でやるってのがワケわからねえ」

「……高幡先輩、わたしは“元被害者”です」

「ッ!?」

 

 空が、ゆっくりと話し出したのは、春先の事件のこと。

 掻い摘んで、端的に、ただ事実だけを述べていく。

 最初は驚愕に目を見開いた高幡先輩も、静かに熱を込める空の弁に聞く耳を傾け始めた。

 

 

「そうして、ここに居る岸波先輩と、他の部員の方々に助けられました。わたし達は確かに子どもですけど、確かにその被害や恐怖を知っていて、立ち向かってきたんです。信じられないのは、わかります。けれどもう既に、信じられない現象が高幡先輩の前で起きてたはずです」

「……確かに、荒唐無稽ってワケじゃなさそうだ。有り得ねえ現象には有り得ねえ対処、か。道理かもしれねえな」

 

 一生懸命理解してくれようとしている。

 ああ、本当に良い人だな、としみじみ思ってしまった。

 

 実際、どんなに説明したところで荒唐無稽だとは思う。事実として捉えるには複雑すぎるし、やはり意味不明なのだ、“異界化”は。

 実際に人が目の前で消えたとはいえ、おいそれと信じられるわけがない。

 恐らく高幡先輩が信じてくれたのは、空。空の気持ちと言葉だろう。

 

「……フゥ、そういった問題は、北都のヤツの専売特許だと思ったがなぁ」

「北都……美月ですか?」

 

 3年生の高幡先輩から出てくる名前で、北都と言えば、まあ美月だろう。

 ここで知り合いの名前を聞くとは思わず、うっかりと反応してしまった。

 案の定、少し冷めた目で高幡先輩が自分を見てくる。

 

「先輩を呼び捨てにするとは良い度胸じゃねえか」

「あっ。……まあ、本人から許可は貰っているので」

「……へえ、北都が、か。俄かには信じ難いが……いや待て、お前まさか、春に2年に来たって言う転入生か?」

「はい、そうですけれど」

「なるほどな」

 

 勝手に頷きだした高幡先輩。何だろう。何か心当たりがあったのだろうか。

 

「話は分かった。情報の提供だったな? 話すこと自体は別に構わねえ」

「あ、ありがとうございます!」

「その代わり、俺も連れてってもらうぞ」

 

 ……やっぱり、そう来るよな。

 昨日の2人がおかしかっただけで、普通はそう言うはずだ。

 

「いや、残念ですが、それは無理です」

「そ、そうですよ! 危ないですし!」

 

 想定できた要求に、応えることは当然できない。

 

「先程も説明したように、命の危険がありますから、連れていくことはできません」

「なら言わせてもらうが、さっき郁島の話の中には、“被害者側の命の危険”ってのもあったはずだが、今巻き込まれてるアイツらにも、当然あるんだよな?」

「……ありますが」

「なら、助けさせろ。俺が原因で巻き込んだのかもしれねえんだ。黙って見ている訳にはいかねえ」

 

 ……その気持ちは、分からないでもない。

 でも、駄目なものは駄目だ。

 

「危ないですから、駄目です。任せてください」

「そ、そうですよ! 今回はわたし達に任せてください!」

「無理だな。強引にでも付いていかせてもらう」

 

 命の危機があるというのに、何がそんなに彼を駆り立てているのだろう。

 ……いや、その気持ちは分かるのだ。

 だけどそれでもなんとかなる方法があるのに、それに縋らないのは、何故か。

 

「頼む。取らなくちゃいけねえ、ケジメがあるんだ」

 

 両手をテーブルにつき、頭を下げる高幡先輩。決して軽そうな頭ではない。真摯に、向き合って下げられたことは分かる。

 でも、それでも返答を変えるわけには──

 

「“今度こそ”、間違うわけにはいかねえんだ……!」

 

 ──変えなくて、良いのか?

 決してふざけて言っている訳ではないのだろう。この数十分話した限りだが、そんな軽々しい人間には見えなかった。何というか、筋の通っている人間というか、芯のあるいい人、というのが正直な印象だ。

 

 ──変えるべきでは、ないだろうか。

 確かに、命に替えて良いことなんてない。

 

「……でも! でもでも、本当に危険なんです!」

 

 だとしても、本当に拒否すべき所か?

 この人は、こんなにも覚悟を決めているのに。口先だけではない凄みを、自分は感じているのに。

 それに、前回の異界攻略でも思ったのだ。

 やはり、関係者がいるのといないのでは、説得の難易度が変わる、と。

 どれだけ話を聞いたところで、どんなに情報を集めたところで、自分たちはあくまで外野で他人。増してや救助対象が赤の他人だった場合、本当に話すら聞いてもらえないかもしれない。

 だとしたら、連れていくこと自体は悪手ではないのではないか。

 特に今回、アキヒロさんや巻き込まれてしまった数人を、自分たちは知らない。

 連れていく場合と行かない場合、どちらのリスクが高いか。

 

「戦力は多い方が良い、違うか?」

「ごめんなさい、“力”を持っていない高幡先輩は、戦力にはなれません」

「……いや空、待ってくれ」

 

 柊に判断を仰ぎは、しないことにした。

 何より彼の“無力感”は、自分として無視できないものだったから。

 祐騎の時とは違う、最初から自分の意志で、彼を連れていくということ。その責任は、果てしなく重いだろう。

 

 でも、自分にできる最善を尽くし、発生する責任は負う。と誓っているから。

 

 

「高幡先輩、約束していただけますか?」

「何をだ」

「自分たちの指示には、絶対に従うことを。止まれと言ったら止まってもらうし、戻ると言ったら戻ってもらいます。……それでも、命の保証はできません」

「……おう」

 

 息を吸って、吐く。思ったより心臓が高鳴る。どくんどくんと響いてきて耳障りにすら思う。体温が上がった感じ、熱が出ているような高揚感。自分しようとしている決断を責め立てるように、身体は異変をきたしていく。

 

 ……こんな重責を、毎回毎回柊だけに背負わせていたのか。

 

 いつも柊が役割を買って出てくれることを思い出した。

 今までは与えられた選択肢で、促されるようにして選択してきた。

 この感覚が初めてなはずだ。今まですべて、肝心な部分を柊に押し付けてきたのだから。

 

 ……自分で背負うんだ。

 

 そうできなければ、誓いは誓いでなくなる。自分が戦場に立つ理由を否定することになってしまうから。

 

「助けられる、なんて思わないでください。助けられず、無為に命を捨てることだってあるでしょう。寧ろその可能性の方が、高い。……覚悟は、本当にありますか?」

 

 だってこれは、“救う確率を上げる為に、命を捨てる覚悟をしてください”と言っているようなものだ。結果として人の命を、棒に振るう選択を、自分はしているのだ。

 手だって震える。どうしても、こんな無慈悲な言い方になってしまう。

 

「岸波先輩……」

 

 空が、不安そうな表情でこちらを見ている。

 

「……ハッ、情けねえ。ケジメだなんだと言っておきながら、膝が震えてきたぜ。……上等じゃねえか。絶対に救い出して、生きて帰ってやるよ」

「高幡先輩……」

「そう、ですか」

 

 しかしなんか、自分らしい発言じゃないな、と思った。

 自分らしさが何かは分からないけれど、何となく、柊っぽい気がする。

 何故かと考えて、気付く。深層心理で、何かを背負う者を、柊と定義しているのか。そこまで彼女に頼り切っていたのか。

 なんてみっともなかったのだろう、今までの自分たちは。

 ……言葉を借りたままで、責任を背負うなんて、言えないよな。

 

「その、高幡先輩」

「……何だ」

「“手伝ってください”。そして、“手伝わせてください” 貴方の救いたいものを、救う手助けを、自分たちにもさせてもらえますか?」

 

 “貴方の命を、背負わせてください”。

 口に出さない覚悟を込めて、右手を出す。

 彼は少し沈黙して、天を仰ぐように深呼吸した後、大きな右手で、自分の手を強く握りしめた。

 

「願ってもねえ。よろしく頼む」

 

 手と目から伝わってくる固い意志。

 

 形ばかりのリーダーだけれど、今、結んだ手に誓おう。

 絶対に死なせない。誰も、誰1人として。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月5日──【ジェミニ】柊との差異

 

 閲覧ありがとうございます。
 前回で100話に到達していました。自分も頂いた感想で初めて知りましたが、本当に長く続いているものです。お読みになってくださっている皆様、毎度本当にありがとうございます。更新遅れてすみません。
 これからもよろしくお願いいたします。




 

 

 柊の手が振り上げられた。

 その事実を認識した次の瞬間には、頬に痛みが走っていて。思わず顔の向きを直し、彼女と再び向き合った時、ようやく彼女にぶたれたのだと認識する。

 

「……」

 

 ズキンズキンと疼く様に、叩かれた場所が痛みを訴えてきた。

 

「見損なったわ、岸波君」

 

 反面、彼女は冷めた目をしている。今までの怒りの表情なんて目ではないくらいに、圧倒的な“無”の瞳。

 失望。確かに彼女の表情は、それを大きく感じ取らせる。

 

「何の力も持っていない一般人を連れていく、だなんてよく言えるわね」

「その怒りは尤もだけれど、彼が居ないより居た方が良いのは確かだと思う。それに、安全面なら誰かしらを護衛に回して──」

「なら、その護衛は? 1人だけだと挟撃された時にカバーできないから、必然的に2人以上が付くことになるわ。護衛が抜けた穴はどのようにして埋めるの? そもそも一般人を守る上での危険は護衛に回ってくるけれど、その危険から護衛を守る手筈は?」

「……それは……」

 

 上手い反論が出てこない。

 皆がみんなをカバーすれば何とかなる、と自分は考えていた。

 ……楽観視だったのだろうか。

 

「誰かを救うことを主に掲げながら、誰かの危険を容認する。その思考が錯綜していることに気付きなさい」

 

 実際に異界へと潜ってみる。そう言って集合した、ダンスクラブ【ジェミニ】前の小路。自分たちの前に異界は顕れているが、その前には柊が立ち塞がっている。

 彼女を怒らせた理由は1つ。高幡先輩──正確には、一般人の同行を認めたことだ。

 

「落ち着けって柊」

「私は落ち着いているわよ、時坂君」

「そういうのはせめてその圧を引っ込めてから言えよ。……まあ柊が怒るのも無理はないと思うぜ。散々そのスタンスについては聞いてきた。耳にタコができるくらいにはな」

 

 曰く、一般人が立ち入るべき領域ではない。

 曰く、踏み込み過ぎると戻れなくなる。

 彼女が引いていた、“普通との一線”。

 

「だがよ、それで言うなら、祐騎はどうして見過ごしてたんだ?」

「……」

「同じ一般人で、怪我をすることを看過しちゃいけねえ存在だったろ。その理論で言うなら、気付いた時点でふん縛ってでも異界から出すべきだっただろ」

「……それは」

 

 柊が、目を逸らす。

 彼女を取り巻いていた険悪な雰囲気が少しだけ薄れた気がした。

 

「……そうね、時坂君の言うことにも一理あるでしょう。私が彼を放置した理由は幾つかあったけれども、その中でも大きかったのは、救う対象が彼の“家族”であった、という事実」

「……家族?」

「ええ。目の前で危険にさらされた家族を見て、じっとしていろ、と言うのは簡単だけれど、言われても割り切れないものがあることを私は知っている。だからこそ細心の注意は払うことで、彼のバレバレな追跡を見過ごすことにした」

 

 本当にそれだけだろうか。

 実際はどんな感情があって当時の祐騎を見逃していたのかは分からない。

 

 けれど今、自分が何かを知っているとすれば、あの時に祐騎の命を背負っていたのが、柊ということくらいだ。

 

「大事なことをすべて任せていて、すまなかった」

「? ああ、別に気にしていないわ。プロとして、その辺の苦労は織り込み済みよ」

 

 

 

 けれど。と否定の為の接続後を置く柊。

 

 一拍置かれたせいで、自分たちが不意に神経を張り詰めさせた。それを見た彼女は話を再開する。

 

 

 

 

「今回、高幡先輩が助けたいのは、後輩。もしくは友人でしょう? それって、“命を賭けてまで救おうとする価値があるのかしら”?」

 

「「「「「「────」」」」」」

 

 

 

 

 

 ……何を、言っているんだ?

 聞き間違いであって欲しい。きっと自分たちは皆、何かとてつもない空言をたまたま共有してしまったに過ぎないのである、と感じ取りたい。

 それほどまでに意外で、悲しい発言だった。

 

 

「なあ、柊って言ったよな、お前」

 

 これまで聞く側に回っていた高幡先輩が、重い空気の中、口を開く。

 

「アキたちとは同じ孤児院の出なんだ。弟みたいなものなんだよ。家族みたいなものなんだ」

「みたいなもの、ですよね。本当の家族ではない」

「ああ、だが偽物ってワケでもねえよ。オレが家族だと思ってるなら、オレの家族だ」

「向こうがそう思っていなくても?」

「ああ」

 

 間髪いれずに、断言する。

 今度は柊の方が、何を言っているんだという怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「頼む、助けに行かせちゃくれねえか」

 

 深く、頭を下げる。

 される側から解放されると、とても綺麗なお辞儀だということが分かった。この誠心誠意の礼を、自分も受けていたのか。これを見せられてしまったら、無理なお願いだと思っていていても、邪険に扱いたくなくなるだろう。

 だがそれは、柊の心に届かない。

 

「誰に頭を下げられようと、結論は変わりません。力は貸します。ただしその条件は、貴方がここで大人しくしていることです。高幡 志緒先輩」

「そこを何とか、頼むッ。これでも喧嘩には自信があってな。足手まといにはならねえようにするから──」

 

 不意に、言葉が途切れる。

 いや、ぶち切られたのだ。柊によって。

 正確には、高幡先輩の喉元に突き付けられた、柊の細剣型ソウルデヴァイスによって。

 

「この程度にも反応できないのに、足手纏いにならないとは、大きく出た物ね」

「……っ」

 

 自分にも、ほとんど見抜けなかった。

 一瞬とはいえ見えたのは、何かしらの模様のようなもの。柊の身体に走った、金色の線たちくらいだろうか。

 だがそれももう消えている。見間違え……だったのかもしれない。

 

 これが柊の全力の一端か。

 なんて速度だ、と内心で感動する。

 確かにこれだけ出来るのであれば、一般人や自分たちを素人以下としか思えないのも事実だろう。

 

 

 ……ああでも、だから何だ。と思うのは自分だけだろうか。

 

 

「……それでも、連れていくことは、間違っていないと思う」

「まだ──」

「だって声を届けたいと思うのは、相手を想っていれば当然のことじゃないか? 友達だろうと親子だろうと、そこには違いがない。あるのはただ、“大切な人を救いたい”という気持ちだけだ」

「……まったく意味が分からないのだけれど」

 

 伝わらないらしい。

 何をどうしたら、この思いが伝わるのだろうか。

 

 

「簡単だよ、アスカ。結果を見ればいいと思う」

「久我山さん?」

「みんな、覚悟は決まっているみたいだから。試させてみて、失敗したらアスカが正しい。成功したら彼らが正しい。それだけのことだと思うよ」

 

 ね? と璃音が笑う。

 まあ確かに、と頷いた。

 いや頷きはしたが、内心ではその強引さを少し疑問にも思っているが。

 

「……そんなわけ、ないでしょう。だって、命の掛かった戦いで失敗したら」

「いいえアスカ先輩。岸波先輩も高幡先輩も、昨日2人で話していた時には既に、その覚悟を決めていました。だから後は、やってみるだけだと思います」

「ま、やる前から否定するなんてナンセンスだと僕は思うけどね。そこの不良先輩が本当に熱い思いを持っていて、鋼の覚悟を持っているなら、僕みたいに覚醒する可能性だってあるんだしさ」

「……」

 

 柊は、黙り込む。

 黙り込んで、考え込んで、やがて1つ、溜息を吐いた。

 

「はぁ……ええ、そうね。もし本当に私が間違っていると言うのなら、証明してくれるかしら。岸波君」

「ああ」

「高幡先輩に何かあったら、貴方の責任よ。分かっている?」

「ああ」

「そう。……ならこれ以上、話を長引かせるつもりはないわ。決まった以上指示には従うけれど、私は一切今回の異界攻略について口出ししない。自分の決断には、徹頭徹尾責任を持ってもらうわ」

「ああ、臨むところだ」

 

 祐騎が小声で、うわー大人気なーい。と呟いた。

 柊の耳がピクリと動く。

 ……何も見なかったことにしておこう。

 

 立ち塞がっていた柊が半身をずらし、道を開ける。

 自分たちの前には、赤い門が立っていた。

 

「よし。……高幡先輩、準備は良いですか?」

「上等だ!」

「じゃあ……行こうか、皆!」

「「「「応!」」」」

 

 

 




 

「あとアスカ、1つだけ言っておくけど、わたしは助けるよ。命を賭けてでもね」
「なにを──」
「アスカがピンチだったらだけど。だってほら、あたしたち、友達で、仲間でしょ?」

 まあ、アスカがピンチに陥っている姿なんて信じられないけどね。と、すり抜けると同時に肩へと手を置いた璃音。彼女はそのまま、異界へと入っていった。
 
「……意味が、分からないわ」

 1人、残された少女は、呟く。
 迷いを誰も見ていない表情に表しながら。
 だが、数秒とただずに、彼女の顔は引き締まる。さながら、私情の一切を捨てた仕事の顔、とでも言うかのごとく、彼女は迷いを切り捨てた。


────


 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが4に上がった。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月5日──【異界:蒼醒めた廃墟】分からないことだらけでも

 

 異界に入ると、おどろおどろしい雰囲気に呑まれかけた。

 何て呼ぶのだろうか。……瘴気? 何処となく毒々しいというか、とにかく、今までの中でもかなり危険な雰囲気の異界のように思う。

 とはいえ今日はただの様子見。少しは潜るものの、がっつりとした攻略は行わない。高幡先輩にも雰囲気と危険性はしっかりと知ってもらいたいし。

 取り敢えず、長時間潜っていても危険がない異界であれば良いのだが。

 

 

 少し歩いてみて感じ取ったのは、この異界が少し攻撃的だということ。

 顕著なのは、植物だろうか。どの植物にも大きく鋭い棘が生えていて、一部では何やら怪しげな液体まで垂らしているものもあった。

 それはまるで、シャドウとは別に何か、他人を拒絶している心の顕れのようで。

 ……アキヒロさんの人柄についても、後で高幡先輩に聞いておく必要がありそうだ。

 

 各々が最新の注意を払いながら分析し、間に小さな戦闘などを挟みながらも先に進むこと、約1時間ほど。

 不意に洸が口を開いた。

 

「そういや、“異界ドラッグ”についての情報はまだ共有してなかったな」

「異界ドラッグ?」

「ああ」

 

 

 聞きなれない単語だが、あまり聞こえのいいものではない。同じ単語でも、駅前広場にある【さくらドラッグ】のような健全さは感じ取れなかった。

 話している洸の雰囲気がそう思わせているのかもしれないけれど。

 

「まあ、最初はただの噂だと思ったんだがな。『BLAZEが危ないクスリをやってる』って聞いたから、昨日直接乗り込んで調べたんだ」

 

 直接乗り込んだって……バーにか?

 行き違いだったのだろうか。

 

「……あったのか?」

「ああ。バーの引き出しの中に、ヤバめな錠剤がな。連中は“HEAT”って呼んでるらしい」

 

 HEAT。熱。BLAZEといいそれといい、炎関係のワードが多いな。どうしてなのだろう。

 

「それで、異界ドラッグって言うのは?」

「異界に生えている植物……って言って良いのかは分からねえが、とにかく、異界原産の何かを原材料として摂取できるドラッグの総称、だったか」

「……それは、柊が?」

「ああ。出来ればその入手先も突き止めてえ。BLAZEの連中が異界のことを知っていたとも思えねえし、何より、加工自体は専門家でもねえと厳しいらしいからな」

 

 つまり、そこを突き止めて供給を断たねば、今回の異界化を解決したとしても、第2第3のBLAZEが生まれてしまうということか。

 ならば、頭に留めて置かなければ。

 何にせよ、詳しい話はまた後日だな。

 

「……クスリ、だと?」

「高幡先輩?」

「……何でもねえ」

「そうですか、気が付いたことがあったら、何でも報告してください。どんな些細なことでもです。情報があるのとないのでは、救助の成功率に大きな差が出るので」

「ああ、分かった」

 

 明日にでも攻略会議を開いて、主だった流れなどをもう一度高幡先輩に伝えておこう。あとは情報の整理と共有。状況の再確認。たった今舞い込んできた情報を含めて精査も必要だろうし、やるべきことは多い。

 ……そういえば、もう1つ知っておきたいことがあった。

 

「サクラ、異界の脅威度は分かるか?」

『はい先輩。階層が深い訳でも、規模が大きい訳でもないので、それほど高くないとは思われます。敵性シャドウの強さも、今の皆さんでも十分に対処可能な脅威度かと』

「そうか」

 

 異界の脅威度は生身の人間に対する危険度。これが高い場合、タイムリミットの設定を速めに押し倒していく必要がある……のだが、今回はそう短く設定する必要はないのか?

 

「は? いやいやちょっと待ってよ」

「どうした、祐騎」

「どうしたじゃないよ。じゃあ何? リアルで例えるなら、間取りはまったく同じなのに、玄関の大きさが3倍近く違う家があるってことだよ? ……いやまああるかもだけどさ。それでもその住宅を作ったことには意図があるはずだし。今回の件だって同じ、わざわざ入口が大きく開いたなら、そこには必ず相応の理由があるはずでしょ。流石に無視するには大きすぎる違和感だと思うけど?」

 

 ……ああ、そうか。巻き込まれた人数が多い理由か。

 異界の規模や脅威度がそれほどでもないなら、いよいよ以て何が引き金となったのかは分からない。

 

「サクラ、何か分かんないわけ?」

『す、すみません。私には何も……』

「はぁぁ。異界探索補助アプリのくせに使えなさすぎるでしょ。……ここら辺は要改善か」

「改善?」

「何でもない、こっちの話」

 

 ……それだけ言うと、すたすたと歩いていってしまった。

 その後ろを空が追う。単独行動は危ないよ。と諭す彼女と、それをはいはいとあしらう祐騎。この2人は、極めていつも通りだ。

 

 ……いつも通りといかないのは、やっぱり2年生組。自分たちか。

 

「……皆、まだ調べたいことはあるか? 無ければ一度引き返すが」

「オレは取り敢えず、大丈夫だな」

「……」

「あたしも大丈夫!」

「わたしもです!」

「僕ももう良いかな」

 

 全員が……正確に言えば、柊と高幡先輩を除いた全員が肯定の返事をしてくれる。

 

「……なんだ、何か分かったのか?」

 

 高幡先輩が隣に並び、鋭い眼光をこちらに向けてくる。

 隠すなよ、とでも言うかのように。

 隠すような情報でもないので、普通に明かすが。

 

「いいえ。一度、これより深く潜る為の準備をしに戻ります」

「戻る? 時間の余裕はあんのか?」

「はい。あまり悠長にとはいきませんが、1週間程度ならまず大丈夫でしょう」

 

 その明確な基準も、話し合って決めなければならない。

 今まで的確な助言をくれていた柊の一言は、今回望めないのだから。

 

 さあ、取り敢えずはまた明日。攻略会議へ臨むとしよう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月6日──【マイルーム】攻略会議 2

 

 

 

「狭いところですが」

「いや、全然広いんだが」

 

 うんうんと頷く皆。

 まあ幸いにして、全員が入ってもまだスペースは余っている。

 

 異界から帰還した翌日の、攻略会議。

 前回に引き続き、マイルームでの話し合い。月曜日の朝ではあったが、全員が集まれた。

 

 

「高幡先輩にはどこまで話しましたっけ?」

「……一通りは聞いた気がするが、整理したい。一から頼めるか?」

「はい、勿論」

 

 

 自分たちの知識・認識の確認にもなるし、何も悪いことではない。

 それに今回は、舵取りや訂正をしてくれる柊が黙ったままなのだ。自分たちで気付き、自分たちで直し、自分たちで結論を出さなければならない。

 そういう意味で、今回の話は渡りに船といったところか。

 

「ああ、敬語はナシで構わねえ。説明がくどくなる。ばっさり普段通りで話してくれ」

「……わかった。まず、前回入った場所は、“異界”と呼ばれる場所。人の心……特に、“諦めていたもの”が実現化した世界、とでも言うべきか?」

「まあ諦めっていうと分かりづらいかもしれないけどさ、抑圧された感情や欲望って言いかえれば話が通じやすいでしょ。例えるなら、ダイエットしてる人は『たらふく食べたい』って感情を抑え込んでるわけじゃん? いくら我慢しようと空腹が収まることはなく、欲求が高まっていく。すると肥大化した欲求はどこに消えるのか。答えは単純ってね。消えるのでもとどまるのでもなく、暴走するってワケ」

「その暴走によって生み出されるのが異界、それと“シャドウ”。シャドウというのは異界を形成する核であり、自己の欲望の現身……押し込めていた欲求を前面に出した自分です」

「ちょっと待て。どうして感情が暴走すると異界が生まれるってんだ?」

「暴れられる場所を異界と呼ぶ、と思ってください」

 

 どこまで上手い説明ができているかは分からない。自分たちは“体験した立場”であって、“知っている立場”ではないのだから。

 知っている側が思う“これで分かるだろう”と、実際の理解しやすさには天と地ほどの差がある。そこに注意しなければいけない。

 

「四宮君……ああ、そこの眼鏡のカレね。彼の挙げた例であたしに当てはめるなら、『お腹は空いているけど痩せたいから食べない状態』のあたしと『お腹が空いたからもう好き勝手に食べたい状態』のあたしは相反する考えを持ってるでしょ。前者は普段のあたしで、後者をシャドウ──抑圧された感情とする。けれど普段、知っての通りシャドウはあたし達の中に居て、外に出てくることはない。出られるはずもない。あくまで感情だしね。けれど“異界”という場所は“欲求によって形成される場所”。そこに実在する本人を引きずり込むことで、シャドウは本人が持つ本音と“入れ替わる機会”を得るの」

「入れ替わる……?」

「異界の中には、実体として存在するもう1人の自分が居るんです。諦めを促し、楽になろうと唆す、そんな存在が」

「現実でただの欲求を叶える為には、理性が邪魔でしょ。だからその理性をぼろぼろに壊そうとするのさ。そして、理性を壊して空いた隙間に本音が入り込む。すると現実の久我山センパイは傍若無人に暴食のかぎりを尽くす豚に成り下がるってワケ」

「そこの後輩クーン、言い方、言い方!」

「やだなぁ例え話だって久我山センパイ」

「例え話でも女性を豚扱いしないで!? これでもアイドルだからね、あたし!」

「はいはいスゴイデスネー」

「2人とも」

「「……ごめんなさい」」

 

 『なんでボクが怒られるのさ。理不尽すぎるでしょ』。『いや自業自得じゃないカナー』。なんてやり取りがコソコソと行われているのを尻目に、話を進めることにした。

 

「祐騎の例え話では欲求って言っていたけれど、実際は最初にも伝えた通り、人の諦めとそれに付随する強い感情が異界の源になる」

「迷惑を掛けたくないって想い。出来る訳がないって思い込み。仕方がないって考え。そういうのを……まあ言いたくはないが、“踏ん切りのつかない本人の代わりにその想いを叶えよう”とするのがシャドウってわけだ。強制的だけどな」

「……なるほどな。つまりお前らは逆にその異界ってトコに行って、シャドウによる成り代わりを防いでるってことか」

「ああ。自分たちがやることはある意味単純だ。異界に行って、シャドウを説得し、異界を鎮める。その3つくらい」

「シャドウの欲求を消せれば、シャドウを核としている異界が消滅します!」

「けれど異界内には侵入を拒むためのシャドウがウヨウヨといるから戦わないといけない。核となっている大型シャドウだって、話が通じなければ大人しくさせるためにも戦うこともある」

「……ちょっと待て。シャドウって言うのは、諦めた心が具現化したものじゃねえのか?」

「あー。シャドウってのは元々、異界に顕れる怪物の総称なんだよ。その大本が、“異界形成者のシャドウ”。その下にも、大物やら小物やらのシャドウがうようよ居る」

 

 ここまでは大丈夫ですか? と高幡先輩に問う。

 だいぶ間を開けて、やや掠れた声ながらも肯定の返事をしてくれた。

 少し厳しそうだが、あと少しだ。

 

「自分たちがシャドウたちと戦う力は、2つ」

「“ソウルデヴァイス”と“ペルソナ”。どっちも先輩には見せたことねえか」

「ああ。そういう力があるってのは聞いてるが」

「そういえば私、漠然としかこの2つについて知らないですね」

「僕もあんまり。なんとなくは分かるんだけど」

「“ソウルデヴァイス”は覚悟の力。現状に甘んじず、困難を取り除き、壁を乗り越えるための輝きだ。対して“ペルソナ”は想いの力。変わらなければと軋む心を、変わりたいと願う心を受け入れることで発生する自己、かな」

「ペルソナってのは、揺れ動くことのない確固とした己、ってのだと思うぜ。向き合い、受け入れ、取り込んで、得た結論の具現化って感じだ」

「あ、それ分かるかも。あたしもそんな感じだし」

「僕も」「わたしもです」

 

 

 どうやら助けられた側は、そういう感覚らしい。

 自分にはその感覚、いまいち分からないが。

 確固とした己……自分にもあるのだろうか。

 

「あ、でもあれ好きだな、ホラ」

 

 璃音がこちらを見て、何かを伝えようとしてくる。

 何となくだが、分かった。

 

「「足掻こうとする意志の力」」

 

 一番最初、美月に説明された内容だ。

 存外、気に入っている。足掻く、という単語は何より自分たちに相応しいものに思えたから。

 

「なんだかよく分からねえが、つまり専用の力でシャドウと戦って、どうするんだ?」

「シャドウはいわば心に土足で入ってきた自分たちを排除しようとする防衛機能だと自分は考えている。それらを倒して大本のもとに辿り着いたら、そこからは全員で」

「シャドウを説き伏せる」

「……?」

「説得して、時には元となった人と一緒に向き合せて、時には巻き込んでしまった人をも更に巻き込んで折り合いを付けてもらう。当然戦いになることもあるけれど、すべてはシャドウとその人に、折り合いをつけてもらう為だ」

 

 結局は戦いになることもあるというよりは、結局は戦いになっているのだが、とにかくそうすることでシャドウのストレスを吐き出させ、ガードを緩くしてもらう。言い方を悪くするなら、心の隙につけ込みやすくするのが、自分たちの力の使い方だ。

 

 

「……ふぅぅ」

 

 

 

 大きなため息を、高幡先輩は吐いた。

 無理もない、多すぎる情報だった。

 これでいてまだ基礎も基礎だと言うのだから、計り知れない。

 それでも最低限、覚えておくとしたらこのラインまでだろう。

 

 

「さて。ここからが自分たちにとっての本題だ。今回の異界について、分かっていることを再確認したい。洸、璃音、頼めるか」

「まっかせて」「おう」

 

 心強い返事だ。

 自分はメモと図解の用意をしよう。

 

 

「異界の核となったのは、蓬莱町を中心に活動する“BLAZE”の現リーダー、“戌井 彰浩”さん。17歳。それから周辺のメンバーが6人がこの異界に巻き込まれてるね」

「異界の発生規模としても、かなり異常だって話だったのは、みんなも覚えてると思う」

「そうなのか?」

 

 高幡先輩が訝し気に尋ねる。確かに、あれが異界化との初遭遇だというなら、あれを基準に考えてしまうのも無理はない。

 

「高幡先輩は知らなかったでしょうけど、基本異界で巻き込まれるのは多くても3人ほどって話なんです」

「ああ。ま、今回のが“異常”だって認識しててくれ、高幡先輩。……それでだ。異界をそれほどまでに大きく発生させるには、膨大なエネルギーを消費する。だからそのエネルギー源の調査をしたんだ」

「そのエネルギーは“異界適正”って言うの。本来の使い方では、異界にどれくらい無事で留まれるかっていう生まれつきの資質を測るものらしいんだけど、ついでにそれを測ると、だいたいその人がどんな規模の異界を発生させられるかも分かるんだって」

「でも今回の場合、それが分かっていたから尚更、不明な点が多かった。でも、大まかな当たりは付いたんだよね? コウセンパイ」

「ああ」

 

 

 なんとか図解を書き終えるとともに、こちらの様子を伺っていた洸と目が合う。

 簡単に纏めた内容を高幡先輩に渡し、自分も姿勢を正す。

 ここから先は、自分の為にこそメモを取らなければ。

 

「異界ドラッグについては、昨日少し話したよな」

「異界で取れる素材を原料とした薬のこと、だよな?」

「ああ。それで、どうにもソイツには、”異界適正を強引に引き上げる作用”があるらしい」

「「「!?」」」

 

 異界適正を引き上げる。そんなことが可能だとすれば、どんな規模の異界でも生み出される可能性がある、ということに他ならない。

 

「あ、あり得るんですかそんなこと!」

「オレも最初は耳を疑ったものだが、考えてもみてくれ。“異界に適応するための力”を異界適正と呼ぶなら、血中とかに異界成分を滲ませているやつの適性が、高くならないわけねえだろ?」

「そ、それは……」

「ま、確かに言ってることは分かるよ? 毒殺を防ぎたいなら毎日微量の毒を口にしていく、なんて話が昔からあるくらいだしね」

 

 相変わらず、祐騎の理解は早い。知識の引き出しの多さが為せる技なのだろうか。

 

「でもさ、そのクスリの効能はなんなの? まさか異界成分を摂取したいだけー。なんてモノ好きはいないでしょ」

 

 当の本人は机に肘を付きながら、如何にも納得できないという表情で洸へ問いかけた。

 

「ああ。まあ聞いた話ではあるが、運動能力が格段に上がるらしい。後、なんだか冴えてくるとかなんとか言ってたな」

「ふぅん。ま、よくある与太話と同レベルか。じゃあそのクスリ自体には大した脅威度はないね。少し異界攻略に支障があるくらいか」

「ユウ君、どういうこと?」

 

 口を開こうとした祐騎が、一瞬口の動きを止める。

 

「郁島がその呼び方を辞めてくれたら話してあげるよ」

「ユウ君、そんな意地悪なこと言わないで。何か気付いたことがあるならみんなと共有しよ?」

「えぇ……?」

 

 なんだコイツ話が通じてないぞ。と慄く祐騎。

 縋るように向けられた視線から目を逸らして、彼の説明を待つことにした。

 

「はぁ……ほら、確かに異界適正は上がったのかもしれないけどさ、上がった所であの程度の異界だったワケでしょ? そこは警戒するに値しない。この場合の最悪は、“情緒不安定や記憶の欠如が見られること”だったんだ。心に影響がある以上、異界がどんな変化をするかは分からないし、そもそもそんな相手に説得なんて無理ゲーすぎるからね」

「今の所、そういった話は聞いてないぜ」

「だから大した脅威度ではないって言ったの。ま、異界化の被害拡大の理由は案外、周囲にいた人全員が異界適正を強引に引き上げた状態だったから。なんて可能性もある」

「……そうか。戌井さんの異界とはいえ、核が1つではない可能性はあるのか。単独ではなく、複数人で形成した異界」

「それはおかしいんじゃねえか? 異界ってのが心の生んだ世界なら、他人と共有できねえだろ」

「……確かに。ありがとうございます、高幡先輩」

 

 説明しておいて良かった。本当に。

 

「あ! 本来巻き込むはずだった戌井さんの周囲に展開したけど、周りの人たちの異界適正が高すぎて、異界が取り込みたくなって連鎖的に広がっちゃったってのはどう!?」

「あー、そういう可能性もあるかな、ってカンジ。例を挙げるなら、砂鉄。対象の砂だけを磁石で釣ろうとしたら、周囲にも砂鉄があって、止む終えず入口を大きく開いて全部回収したってとこかな。推測だけどね。まあ確かなことなんて、そこでだんまりを決め込んでるセンパイくらいにしか分からないんだし」

「……」

 

 

 祐騎が柊を見るものの、彼女は彼を見ない。それどころか、薄く瞼を開いてテーブルを見詰めるのみだ。

 先に根負けしたのは、やはり祐騎。彼はため息を吐きながら、会話の輪へと戻ってくる。

 

 

「とにかく推測でしかないけどさ、あんなに大勢巻き込まれた理由は、“存在が異界に寄っているものが引き入れられた結果”っていう見方が良いと思うよ」

 

 存在が異界に寄っている。つまりは異界適正が高い者。

 体内を巡っていたであろう異界成分が、異界化による2次災害を招き入れてしまったということか。

 筋が通っているかは分からない。が、推測の状況で、これ以上の結論に辿り着くことは難しそうだ。

 次の議題に行こう。

 

 

「これで巻き込み被害の拡大原因は一応の見解を得たということで。あとは高幡先輩」

「あん?」

「話してもらう、貴方のことを」

「……いいぜ、だが語るのは得意じゃねえ。好きに聞けや」

 

 どっかりと腕を組んで座る高幡先輩。

 年上の先輩としての威厳なのか、その威風堂々した態度からひしひしと感じられたナニかが、自分たちに刺さる。あまり長問答するような空気でもない。

 聞くなら効率的に。必要なことを的確に。だ。

 

「貴方とBLAZEの関係性は?」

「創設者の1人。前リーダーの、まあ、ダチだな」

「戌井さんとの関係は?」

「昔の弟分だ。BLAZEを辞めてからはほとんど会ってねえ」

「BLAZEが“変わった”理由について、なにか知ってる?」

「知らねえ。風の噂で聞いてからは止めようと動いちゃいたが、こんな有様だしな」

 

 高幡先輩が直接関与していたわけではない、のか。

 前リーダーが亡くなってからBLAZEは変わった。とメンバーの青年が言っていた。同時期に脱退した高幡先輩が関係ないなんてあり得るのだろうかと思ったが、本人に心当たりがないならどうしようもない。

 

「戌井さん個人が変わってしまった理由について、何か心当たりは?」

「それもねえな。アキは昔から俺やカズマ──前リーダーに着いて回ってくれていたヤツだ。今回のことでも、何かしら力になってくれるかとうっすら期待しちゃいたんだが……」

 

 逆に、元凶と言っても過言ではない立ち位置だった、と。

 

 

「ねえ、どうしてBLAZEを辞めたワケ?」

「……カズマのヤツが死んで、その前に話したことで少し、な」

「辞めた理由を知っている人は?」

「俺だけだ」

「……ふうん」

 

 祐騎が、頭の後ろで手を組んだ。

 その隣で、ソラも腕を組んで難しい顔をし始めた。

 何かに気付いたのだろうか。

 

「正直、高幡センパイが原因って線はあるね」

「……言い辛いですけど、わたしもそう思います」

「どういうこと?」

 

 困ったように空は高幡先輩の顔色を伺った。

 思いついたことを素直に吐き出して良いものか悩んだのだろう。

 その視線に高幡先輩は、なんでも言えと言わんばかりに力強い頷きを返す。

 無言の返事を受け取り、空は再度の逡巡を経て、ゆっくりと己の意見を離し始めた。

 

「憧れていた人が、大好きだった人が急にいなくなると、不安になると思うんです、誰だって。特にその戌井さんは高幡先輩とカズマ先輩の背中を追ってきた方なんですよね? 急に追いかけていた背中がなくなったら、どこに進めばいいのか、分からなくなると思います」

「それでいて残されたものは、自分に付いて来る人ばかり。その戌井って人がどんな人だったか僕は知らないケドさ、まっとうな人間なら、弱みを見せずに頑張ろうとするんじゃない? それこそ、消えてしまった背中を追い続けるように。ないと分かっていても想像の中の後姿を真似るしかないとしても」

「……」

 

 祐騎が言う意見としては予想外だったが、空としては納得の、“背中を追う者”としての理論。

 そしてそれは、自分も最近痛感した感覚に似ていた。

 皆は自分の後ろを付いて来ている訳ではないが、少なくとも柊の後ろを全員で歩いてきたようなものだ。自分たちの歩んだ道は、彼女の努力で舗装されていた。それが急になくなってしまって、リーダーとして無意識に柊の真似をしようとしていたことは、記憶に新しい。

 よく分かる。自分は気付けたからまだ立ち直れたが、気付かなければずるずると惨いことになっていたかもしれない。みんなが明るく話し合える機会だって失われていただろう。

 自分の辿らなかった道を進んだ先に居たのが戌井さんだと言うのなら、どうにかして助けになりたいと思った。

 

「……アキは、そんなに弱いヤツじゃ……」

「強い弱いを決めるのはアンタじゃねえよ、高幡先輩。曲がりなりにも先を歩いていた人が、それを求めちゃいけねえんだ」

 

 それは、重荷にしかならない。

 洸は知っている。春も終わりかけていた頃、それを痛感したから。

 洸と空の視線が噛み合った。先を行く者と追いかける者。彼らは互いに互いを追いあっている節はあるものの、6月ごろにあったすれ違いはほとんど消えている。

 だから今のような話題の後でも、目を逸らすことなく微笑み合えるのだろう。

 

 

「当然、今話したことは推測でしかない。けれど、高幡先輩も頭に留めておいて欲しい。本音でぶつかりあう為に。乾さんたちの主張をすべて受け止める為にも」

「……ああ。そうだな」

 

 

 噛み締めるように呟いた高幡先輩を見て、これなら目を逸らすこともしなさそうだと安心する。今は話した限りではやはり、彼を連れていくのが最善策に近いだろう。

 向き合うことから逃げているようなら、間違いなく逆効果になりかねないから置いていくことだって考えてはいたのだが、無用な心配で良かった。

 取り敢えず、立てておきたかった推測は立った。次は方針についてだ。

 

「サクラが計測したリミットは3週間。救出期限は、22日としよう」

「各自準備は忘れずにね。夏休みだしやりたいことは多いだろうけど、出来るだけ気を抜かないこと。とはいえ焦る必要もないから、夏休みは満喫すること」

「気を抜くのか抜かないのかどっちなんだよ」

「どっちもだよ、時坂クン。メリハリは大事だからね。遊べる時には遊ばないと。ね?」

 

 とウインクしてくる璃音。

 ……そんなに遊びたいのだろうか。

 

「あと、小さな異界を見つけたら即連絡。これだけは絶対」

「そうですね! 戌井さんの異界攻略前の訓練にもなりますし、それ以外でも積極的にトレーニングはしていきましょう!」

「郁島、暑すぎ……夏なんだからもう少し抑えなよ」

「夏に暑くならないでどうするの!」

「涼しいくらいがちょうどいいに決まってるでしょ……なんで暑い時期に熱血なのさ。熱中症になるよ?」

「? あ! 皆さん、ユウ君は『無理せず休憩はしっかりと』って言ってるみたいです」

「ソラちゃん、四宮君検定でも取ったの?」

「そんなのあるわけないじゃん! バカっぽ過ぎるでしょこのやり取り!」

 

 

 わいわいと、活気が戻る。真面目ムードは終わりみたいだ。

 騒ぎ始めた彼らから離れ、高幡先輩に話しかける。

 

「……どうですか、高幡先輩。覚悟のほどは」

「どうだかな。まあ、腹は括った。それに」

「それに?」

 

 高幡先輩は、ここにいる全員を順番に眺める。

 

「良いチームだな、お前ら。役割が明確で、それぞれが己の意志をしっかりと持っている。お前らが手伝ってくれるなら、きっとその、向き合う時間ってのは確実にやってくるだろうって信じられる」

「……ええ、必ず、高幡先輩を戌井さんのもとへ連れていきます」

「はっ。頼むぜ岸波」

「こちらこそ頼みます、高幡先輩」

 

 がっちりと拳を突き合わせる。

 

 さて、そろそろ締めるか。

 自分が立ち上がると、全員が口を閉ざし、自分の方へ顔を向けてくれた。

 洸、璃音、空、祐騎、そして柊と、高幡先輩。

 順に視線を交わらせ、瞳に宿る熱を感じ取った。柊ですら、何かを訴えかけてくるような視線を向けてきた。

 全員の前向きな姿勢を確認し、今回もまた、自分はリーダーとしてみんなに声を掛ける。

 

「それじゃあ皆、今回もよろしく頼む」

「「「「応!」」」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月7日──【保健室】フウカと応援

 

 

 攻略会議から一夜明けた、次の日。

 消耗品や装備品などを買い揃えたいこともあり、数日の間は夜間バイトを入れることにして、普通通りに過ごすことにした。

 というわけで、夏期講習が終わって初めての、朝から何の予定も組んでいない日。

 条件付きではあるものの自由を得た自分は、しかし初日からまたしても学校へと赴くことにした。

 夏休みということもあり、生徒はほどんど居ない。

 居るとすれば活動的な運動部や吹奏楽部くらい。もしかしたら他にも居るのかもしれないが、あまりの暑さに考えることを止めて校舎へと逃げ込んだ。

 このまま水泳部にでも行けば目立たないかもしれないが、進む方向はクラブハウスとは逆。少し目立っているように思うのは、自分だけが夏休みの校舎に馴染めていないように思うからだろうか。無論、時間を潰す為にわざわざ学校へ来たわけではなく、呼ばれたから来たのだ。何のために呼ばれたのかは分からないが。

 正解の分からない問いに悩ませた頭を振ってから、保健室の扉を開ける。

 

 

「あ……こんにちは、岸波君」

「こんにちは、フウカ先輩」

 

 たまに廊下ですれ違ったり、保健室の前を通る時にふらりと立ち寄ったくらいで、ここ最近がっつりと話すことはなかった彼女。3年生のフウカ先輩。

 病に侵されていて病弱な彼女から、今朝、唐突に連絡があった。

 ただ一文、『今日、空いていますか? もしも空いていたら学校に来てくれませんか?』と。

 急な話ではあったが、何の予定もなかったので迷わず了承。炎天下のなかを歩いて、学校までやって来たのだ。

 

「実は、お願いがあって今日は来てもらったの。本当に時間は大丈夫?」

「はい。1日空いてますので」

「そう、良かった」

 

 説明するからどうぞ。とベッド横に備え付けられた椅子へと誘導される。

 自分がそこに座ると、ベッドから半身を起こしているフウカ先輩が、ゆっくりと説明を始めた。

 

「実はね、今日の午後、空手部の練習試合がこの学校で行われるの」

「練習試合、ですか」

 

 初耳だ。空からは何も聞いていない。

 ……いや、普通わざわざ報告なんてしないか。

 

「それのね、応援に行きたいなと思って。なんとか学校まで来たんだけれど……」

「難しくなってしまったと」

「暑い中を歩くのは久々で、少し無理をしてしまったみたい」

 

 テレビでは連日、猛暑日を知らせる気象予報ばかり流れている。買ったテレビでニュースを頻繁に見ているが、1日数回は熱中症で倒れた人の情報を耳にしているかもしれない。

 それほどまでの猛暑。身体を壊すのも納得の外気だった。

 

「頼ってもらえて良かったです」

「本当に申し訳なく思ってるんだけれど、空手部に縁があって、かつこんなこと頼めるの、マイちゃんを除くと岸波君くらいしかいなくて」

「大歓迎ですよ」

 

 悪く思うわけがない。元より用事があったわけでもないし。マイちゃん──空手部主将、寺田 麻衣先輩の代わりを務められるよう全力を出すだけだ。

 そう応えると、彼女はその特有の儚げな笑みで、笑うのだった。

 

「ふふっ。……あ、始まるまで少し時間があるから、お話でもしない?」

「良いですよ。何を話しましょうか」

 

 

──Select──

  勉強の話。

  友達との話。

 >バイトの話。

──────

 

 

 せっかくだし、彼女が体験したことのなさそうな話をしよう。

 

「実は自分、アルバイトをしてるんです」

「そうなの? どんな?」

「実は──」

 

 

 神山温泉での出来事や、ゲームセンターでの出来事、病院清掃の想い出などを語る。

 案外、興味を引けたらしい。彼女は積極的に話に絡んできた。

 唯一話が長引かなかったのは、病院の夜間清掃について。彼女も長期入院を経験している身だ。話の内容に新鮮味を感じられないのは当然と言える。逆に本来の狙いとは異なり、己の経験や記憶と照らし合わせて同感してもらうといった会話になってしまったようにも思う。

 

 一方で一番気を引けたのは、神山温泉での仕事話だった。どうやら小さい頃はたまに連れて行ってもらえたようで、情景を思い浮かべるのが容易だったのだろう。

 尤も、今となってはまったく行く機会がないとのことだが。長風呂は少し良くないらしい。きっとすぐにのぼせちゃうと思う。と彼女は笑った。

 

 悪くない雰囲気だ。話すテーマとしては良かったのかもしれない。

 

 

「あ、そろそろ時間ね」

「試合のですか? 場所は、道場ですか?」

「ええ。連れて行ってくれる?」

「勿論です」

 

 ベッドから降りようとするフウカ先輩を待ち、彼女が手を差し出すのを待つ。

 差し出さない、ということは、彼女が自分でできると認識した範囲のことだから。無闇に手伝っては彼女の意志を阻害してしまうし、何より成長も回復もしないだろう。

 リハビリとはそういうことだ。結局は意志が必要になる。今日はここまでやろうという意志。何かをできるようになるまで辞めないという意志。それを邪魔するなんて、自分からしてみればもっての外だ。

 

 

 ────>クラブハウス【道場】。

 

 

 学食から廊下を挟んで反対側にある一室。普段は複数の部活で共有して使っている空間に、現在女子空手部の関係者のみが集まっていた。

 部屋を2分するように敷かれた畳の上には、見覚えのある胴着姿と顔が複数ある。寺田部長は勿論、相沢さんや空。その他空手部の生徒たちが数人判別できた。残念ながら全員は分からなかったが。

 その一方で、見慣れない胴着姿もある。いや、両方とも初見で見れば同じような服装をしているのだが。両方空手の正装なわけだし。

 その一方とは、今回の試合相手。杜宮高校空手部が招き入れた、他所の高校の空手部ということだ。

 畳のない空間、つまり今自分たちのような空手部ではない者たちがいる空間には、数人杜宮高校ではない学校の制服を着ている人たちもいる。

 胴着を着ている人たちは畳の上。それ以外の人たちは誰であれ畳の外ということか。

 

 

「フウカ先輩は、よくこうして応援に?」

「たまにね。調子がいい時とかは。……けれど、こうしてマイちゃんの応援に来れたのは初めてかも」

「そうなんですか?」

「ほら、いつもはマイちゃんに頼んでいるから」

 

 寺田部長が手足を存分に動かせ、いざという時にフウカ先輩の助けに入れる時でないと、誘導はできない。そして部活ともなれば、そちらの纏め役でもある部長職の寺田部長に暇なタイミングなんて早々訪れる訳がなかった。

 考えてみると、フウカ先輩が空手部の試合などに応援しに行くなんて、まったく機会に恵まれないだろう。

 

「だから、少し新鮮。ありがとうね、岸波君」

 

 彼女は笑ってお礼を言う。いつもと同じ、影のある笑い方で。

 もはや見慣れた、フウカ先輩の満面には程遠い微笑み。

 彼女の笑顔は楽しんでいる証というよりは、“見た人に安心させる為だけ”に作られるもの。

 友人の晴れ姿をその目で見れば、何かしら変化が訪れるだろうか。

 

「……いいえ。さっきも言いましたけど、気にしないでください」

 

 

 

 首を横に振っていると、不意に部屋の空気が変わった。

 畳の上へ目を向けると、向かい合うように座っている両校の空手部員たちの姿が。

 どうやらそろそろ本格的な練習が始まるらしい。自分とフウカ先輩は、適当なところへ腰で落ち着け、試合開始を黙って待つこととなった。

 

 

 

 

───

 

 

「いいなあ……」

 

 ぼそりと呟くフウカ先輩。

 

「憧れますか?」

「うん。例え元気になっても空手はやらないと思うけどね」

 

 少し想像してみた。

 華奢な体付きのフウカ先輩が少し筋肉質になって、笑顔で回し蹴りを繰り出し、相手の顔そばで寸止めする絵を。

 違和感が酷い。

 ……というかそもそも、筋肉質なフウカ先輩の時点で違和感はあるのだが。空手をしていればムキムキになるということもないだろう。現に空はあんなに線が細い訳だし。……いや彼女の場合、あの細腕や細足からあれだけえげつない格闘技が繰り出されることの方が違和感なのだが。

 

 

──Select──

  今度元気な時は外で遊んでみましょう。

 >回復したら何をしたいですか?

  ……(黙って試合を見る)

──────

 

 

「治ったら、ということ?」

「はい」

「……治ったら」

 

 向き合わせていた顔を下に向けて、考え込むフウカ先輩。

 数秒の時が流れる。

 

「治ったら、何がしたいんだろう?」

 

 彼女は、俯いたままそう零した。

 

「不思議。元気になりたいと思ってたはずなのに、やりたいことが思い浮かばない」

 

 ……それはある意味、仕方のないことかもしれない。

 治った後のことを考えられるような、軽い病気ではないとのことだし。回復に向かっているのか悪化しているのかも分からず、その狭間を行ったり来たり。好転も暗転もなく、強いて言うなら座礁しているのが彼女の病状だ。

 そんな先行き不透明な状態で、何を願えば良いと言うのか。

 ……だがそれでも。

 

「願うことや夢を持つことは大事だと思う」

 

 それは、生きる原動力だから。

 人が諦めない理由になれるから。

 どちらも璃音に教わったことだ。

 目指すものがあれば、自分を奮い立てることができるのだと。

 

「……そうね、少し、考えてみる」

 

 

 だが、そう言いながらも浮かべる笑顔は、決して前向きなものではない。きっと彼女のどこかに諦めがあるのだろう。

 ……それを追求することは、まだできない。以前も考えたことだが、やはり彼女を知る人も含めて話すべきだろう。

 

 とはいえ、彼女の現状を知れて良かった。また少し理解が深まった気がする。

 

 

 

 どこか上の空気味な彼女を連れて、保健室まで戻る。

 話を聞いてみると学校までは迎えが来るらしいので、少しだけ話をして帰ることにした。

 いつか彼女に、目標ができると良いんだけれど……

 

 

────>【杜宮総合病院】

 

 

 今日は病院での清掃バイトだ。頑張ろう。

 

 

 

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが4に上がった。


────


 度胸+3。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月8~9日──【マイルーム】祐騎の今やりたいこと

 

 閲覧ありがとうございます。
 誤字報告ありがとうございます。助かります!

 本日で2周年です。おわりがみえません。


 

 

『え、今日? 僕は別に良いんだけどさ、攻略とかしなくて良いワケ?』

 

 久し振りに祐騎とゲームでもと思い連絡してみると、現状を心配する旨の返信が届けられた。

 

『ああ、ちょっとした息抜きだ』

『そりゃ大事だとは思うけどさ、流石に悠長すぎるでしょ』

『……じゃあ辞めておくか』

『……いや、今日くらいは良いんじゃない?』

 

 どっちなんだ。

 

 何はともあれ、遊びに来てくれるらしい。お茶菓子でも準備して待っているとしよう。

 

 

 

────

 

 

「ふぅ、やっぱり大画面でやるゲームは良いね」

 

 数勝負を終え、コントローラーを置いた祐騎が、飲み物に手を伸ばしながら言う。

 画面の違いか、気にしたことはないが……というより、自分の家とゲームセンター以外でゲームしたことないしな。

 

「祐騎の部屋もテレビは大きいって聞いているけれど」

 

 洸から。

 いつ行ったのかとか、どうして行ったのかとかは知らないが、世間話の一環で、『そういやこの前ユウキの部屋に行ったんだがな』という話になったことを覚えている。

 聞くところによるとパソコンの周りには複数のモニターが展開されていて、色々な画面が忙しなく稼働し続けていたらしい。それぞれがどういう役割を持っているかは分からなかったらしいが。

 そんな話の中に、ゲーム機とテレビの話もあった。テレビはそこそこ大画面で、ゲーム機も複数台あるとかないとか。

 

「ま、普段はあまりテレビゲームとかしないしね」

「そうなのか?」

「基本はPCとかサイフォンとかかな。余程評判の良いゲームやアタリが確定してるゲームなんかは普通のハードでやるけどさ」

 

 よくわからないが、そういうことらしい。

 こだわり、みたいなものなのだろうか。

 しかしだとすると、こうしてゲームをするのは彼の信念に反するのでは?

 

 

──Select──

 >暇なのか?

  無理に付き合わせてるか?

  もう1戦やろう。

──────

 

 

「……ハァ!? ちょ、あり得なさすぎるんですけどこのセンパイ!」

「いや、基本的に時間つぶしでゲームをやっているのかなと」

「まあ片手間でちょうどいいゲームはあるけど、それはそれ! そうでないゲームもあるし! ……ああもう!」

 

 

 ガシガシと頭を掻く祐騎。どうやら少し怒らせてしまったらしい。それに彼も、自分が彼の言っていることを理解しきれていない事すら理解してくれているみたいだった。どうにかして自身のイライラを伝えようかと四苦八苦している。

 彼はひとしきり髪を弄った後、サイフォンを懐から取り出し、こちらへ向けてきた。

 

「ほら、こういう落ちゲーとかリズムゲー、カード系なんかは適当にやるゲームだから片手間でも良いのさ。でも今やってるやつみたいに対戦相手が居たり、ストーリーがあったりするゲームとかはちゃんとやってるっての」

「……ゲームにも色々な種類があるんだな」

「そりゃそうだよ。取り敢えず、今やってるのが終わったら次お勧めのいくつか教えてあげるから」

「ああ、ありがとう」

 

 

 確かに今はまだ未熟も良いところ。教えてもらったゲームを十全にできるようになったわけでもないし、少なくとも彼が欲しているレベルまで到達できていない時点で、他のジャンルへ手を出すことは避けた方が良いだろう。

 1つずつ、しっかりとだ。

 

 ……しかし、祐騎のゲームにかける情熱は本物みたいだな。どうしてそんなにゲームが好きなのだろうか。

 

 

──Select──

 >聞く。

  聞かない。

──────

 

 

「祐騎は、何でゲームをするようになったんだ?」

「なに、藪から棒に」

「ゲーム、本当に好きなんだなって思って」

 

 答えると、彼は沈黙してしまった。

 どこかに黙るような要素があっただろうか。

 そんなことを考えているうちに、彼は口を開き始める。

 

 

「別に、ゲームが好きってワケじゃないよ」

「? そうなのか?」

「まあ僕も自分の感情がすべて理解できてるワケじゃないけどさ。差し当たっての理由としては、“単純に自分の力を証明できるから”やってるかな」

 

 自分の力を証明できるから?

 

「……まあ、センパイたち相手なら今更隠すことじゃないけどさ、僕ってついこの間まで、かなり焦ってたんだよね。認めさせてやろう、見返してやろうって気持ちが強くて、自分の力を手っ取り早く証明できる手段を探してたんだ」

「それが、ゲームだった?」

「まあそういうコト。今ではそれだけじゃないけどね」

 

 祐騎と、祐騎の才能や可能性を断固として認めていなかった彼の父親とのことを思い出す。

 祐騎は実の父親に自分の力を否定されても、諦めなかった。考えることを辞めず、闘うことを選び、1人暮らしを始めた。その後もどうにかして認めさせようと足掻き続け、“今”を勝ち取っている。

 それは、彼が昔から続けてきた努力に裏付けされた結果だ。

 仮に祐騎が自分の才に胡坐をかき、できるからいいやと怠惰な生活を送っていれば、後ろめたさが邪魔をして彼の父親の心を揺るがすような戦いは出来なかっただろう。

 それはつまり、一欠片にすぎないゲーム1本ですら、彼にとっては覚悟を立証する為の大事な場と認識されていたということ。常に上昇志向を持ち続け、ゲームと向き合っていたということなのだろう。

 多分。

 

「まあ、だからかな。相手に歯ごたえがないなら僕も納得いかないし、未開拓の分野があるなら挑戦したいって思うようになったのも」

 

 

 相手に歯ごたえがないと納得いかないというのは、理解できなくもない。自分はそんな優位に立ったことがないので完璧に理解することは出来ないが、自分が真剣に向き合っていることに対して、相手がそこまで全力でないと知った時、浮かんでくる感情が落胆であることくらいは想像がつく。

 だが、後者はどういうことだ?

 

「……未開拓の分野って?」

「所謂、協力プレイってやつ。足を引っ張らないで、かつ意思疎通のできる味方と一緒に、全国のランカーたちに喧嘩を挑んでみたいってワケ」

 

 ……いや、それで白羽の矢が立ったのが、自分だと?

 もっとやりやすい相手だっていただろうに。

 

「正直、1から仕込んだ方が早いし、いちいち突っかかってこないなら僕の抱えるストレスは大きくなくて済むから」

「自分に掛かるプレッシャーの方が大きいだろうな」

「聞かなくても良いことにズカズカ踏み込んでくるからだよ。センパイたちの悪い癖だね」

 

 そういう所に助けられることもあるケド。と独り言のように呟かれる。

 ……なんだか、嬉しいな。

 自然と口がニヤけてしまったのか、祐騎がジト目を向けてきた。

 

 

「……まあ、頑張ってよね、ハクノセンパイ。それなりに期待してるからさ」

 

 

 ……少し、祐騎のことを知れたような気がする。

 

 

 日も暮れてきた頃に解散することになり、玄関から、扉を閉めて帰っていく祐騎を見送った。

 

 

 

──夜──

 

 

 今日はゲームしすぎて目が疲れたので、少し早いが眠ることにした。

 

 

 …………空と一緒にランニングをする夢を見た。

 暫くは共に走っていたが、段々と距離の離れていく夢だ。彼女に追い付くことは至難のことだと、心が理解しているのだろう。

 だが、いつか追い付いてみたいものだ。

 現実で、一緒に走る機会があるかは分からないが。

 

 

──8月9日(木) 時間帯──

 

 

『せんぱぁい、今日おヒマですかぁ?』

 

 ……絵文字が大量に使われているメッセージが飛んできた。

 色がいっぱいで目が痛い。

 

『今日なら大丈夫だ』

 

 今日以外も予定はすかすかなのだが、それは黙っておく。

 

『良かったぁ。アタシとヒトミも今日ヒマなんです。良ければ付き合ってくださいよぉ』

 

 ……まだ彼女たちとの縁は深まら無さそうだが、どうしようか。

 

 

──Select──

 >行く。

  行かない。

──────

 

 

『ああ、行くよ』

『ホントに!? じゃぁ、ヒトミにも伝えておきますから、11時に駅前広場に集合でっ!』

 

 元気の良いメッセージを受け取り、サイフォンをしまう。

 さて、少し時間があるけれど、どうするか。

 ここは取り敢えず、本でも読んで──

 

「……うん?」

 

 ポケットの中で、サイフォンが振動した。

 マリエから何か追記の連絡だろうか。それともほかの誰かから?

 想像を膨らませながらサイフォンを開いてみると、メッセージの差出人は、ヒトミと出ていた。

 

『マリエが無理言ったみたいでゴメンね、センパイ。それと、断らないでくれてありがとう』

 

 最後に猫の絵文字を付けただけの、シンプルなメッセージだ。ヒトミらしい。

 どういたしまして。楽しみにしている。と返信文を打ち、送信。

 ……さて、集合時間までゆっくりするか。

 

 

──昼──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

「あ、センパぁイ」

「……ども」

「どうも」

 

 金髪と黒髪で周囲の注目を少なからず集めていた2人のもとへ辿り着く。

 今日は何をするのだろう。

 

「ん? ウインドウショッピングですよぉ。荷物持ちよろしくお願いしまぁす」

「よろしく」

 

 ああ、だから男の自分が呼び出されたわけか。

 ……まあ、たまには後輩に付き合うのも良い。

 

「じゃあ、さっそく行くのか?」

「ですねぇ。行きましょう!」

 

 こくりと頷くヒトミが、先導するマリエの横を歩きはじめる。

 その1歩後ろの位置に付き、彼女たちの1日に付き合い始めた。

 

 途中完食などを含みつつも、周りたいところは周り終えたらしい。どことなく2人は満足そうだ。

 

 ……そろそろ縁が強固なものになりそうだな。

 

 ここまでで大丈夫です、という場所まで荷物を持って行った自分は、彼女たちが荷物を振り分けていくのを見届け、家に帰ることにした。

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日はゲームをしよう。

 祐騎お勧めのタイトル『イースvs.閃の軌跡 CU』。ゲームセンターにも置いてあった大人気ゲームのコンシューマー版。家庭でも同じようなゲームができるようになったお手軽版とのことだ。値段を考えるとお手軽でも何でもないが。

 祐騎曰く、お祭りゲー。異なる2作品から複数キャラを出し、戦わせたり、協力させたりするアクションゲーム。

 まずはキャラをすべて出す所なのだが、これがなかなか難しい。クリアする条件が難しく、かつ多岐に渡るのだ。

 だがその作業を面倒だと思わせないのが、このゲームのシナリオ。実際読んでいて面白い。戦いの話だが、感動系小説を読んでいるような、温かい気持ちになれるのだ。

 

 流石に一日ですべてを終わらせることはできないらしい。

 また今度頑張ろう。

 

 

 




 

 コミュ・運命“四宮 祐騎”のレベルが3に上がった。


────


 優しさ +2。
 根気  +1。


────


 ちなみにCUはCOLLATERAL UNITEDの略。
 ふっつー。


 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月10日──【杜宮記念公園】水泳部の2枚看板の片割れ

 

 ……異界攻略の期限はまだ先だが、少しずつでも始めた方が良さそうだ。

 そんなことを考えつつも、自分が取った行動は異界探索ではなく、町巡り。

 特に理由があるわけではないが、異界探索は明日にしようかなと思った。

 皆には先に連絡しておこう。

 

 さて、今日は何をしようか。

 ……そういえば最近、水泳部の方に顔を出せていない。

 行ってみよう。

 

 

────>杜宮高校【プール更衣室】。

 

 

 先にプールへと寄り、活動していることを確認した後、水着へ着替えに更衣室へと向かった。

 何処と無く久し振りな感覚を味わいつつ、扉を開ける。

 するとそこには、見覚えのない人物がいた。

 

「うん?」

「お?」

 

 

 自分の上げてしまった声に反応して、男子生徒が振り返る。

 目があった。

 

 見覚えのない、というのは嘘だった。同学年の生徒だし、何より挨拶はしていないものの、名前は伺ったことがある。

 茶髪で、紹介者曰く、軽薄な男子。

 水泳部の同じ2年生──ユウジがそこで着替えていたのだ。

 

 

「お、おー……確か……何だっけ。ザビ?」

「違う」

「ち、ちげえか。悪いな」

 

 別に、名前を憶えてもらえていないことに腹を立てたりはしない。自分だって、同学年だと言うのにハヤトから名前を聞くまで、ユウジのことを知らなかったわけだし。

 まあ問題があるとすれば、少しばかり不名誉な覚え方をされていることくらいか。

 

「改めて、自分は岸波白野。よろしく、ユウジ」

「お? オレのこと知ってんの? 話したことあったっけ」

「いや、ハヤトから聞いた」

「あー、なる……」

 

 その受け答えの後、彼は黙々と着替えに戻ってしまった。

 何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。しかし後姿を見た限りではあるが、怒っている気配はない。

 

 

──Select──

 >一緒に活動するのは初めてだな。

  幽霊部員かと思った。

  黙って着替える。

──────

 

 

「ああ……そうだな」

「あまり練習には出ないのか?」

「まあ、色々やりたいこともあるしな。そっちはよく出てんのか?」

「いいや、自分もあまり」

「なんだ、嫌味でも言われるのかと思ったぜ」

 

 

 少し元気を取り戻したように笑顔を見せるユウジ。

 嫌味を言われたくない。つまりは、自分の行動が咎められることだと認識していることになるな。

 ……そして、話の流れとさっきの反応から推測するなら、その嫌味を言ってくる人間というのは。

 

「ハヤトとはそりが合わないのか?」

「……べっつに、そんなことねえよ」

 

 その返答と裏腹に、彼の表情は少し曇っている。

 少なくとも、見当違いのことを言ってしまったわけではないらしい。

 ハヤトにしても、ユウジに対して何かしらの感情を抱いているような反応をしていたし、彼らの間には何かあるのかもしれない。

 

 ……そういえば、ユウジはハヤトと並んで、泳ぐのが早いのだったか。

 

 

──Select──

 >一緒に泳ごう。

  泳ぎを教えてくれ。

  一緒にどこか行かないか?

──────

 

 

「は? どうしたいきなり」

「いや、ハヤトが以前、ユウジのことを速いって言ってたから、気になって」

「アイツが……?」

 

 首を傾げること数秒、まあアイツなら……と何かに納得したように頷いた。

 

「それで、岸波は早いのか?」

「まだ泳げないけれど」

「泳げねえのかよ! それで何で誘おうと思った!?」

 

 確かに。

 

 

 一頻り笑った後、話題は普段の練習に移る。

 

 

「なんだ、たまにハヤトにも教わってんのか」

「ああ。色々と助かっている」

「だろうな。面倒見も良いだろうし、まあ岸波は恵まれてんじゃねえの?」

 

 そうなのだろうか。

 いや、きっとそうだ。

 水泳部の中でも際立って目立つ彼が空き時間などとはいえ、直接教えてくれる。これが恵まれていないわけがない。

 

「なら、なおさらオレには教わらねえ方が良いな」

「? どうしてだ?」

「タイプが違いすぎんだよ。アイツのが分かりやすいなら、オレのはきっと分かりづらいぜ」

 

 ユウジは小さく口角を上げる。何処となく自嘲を含んだ発言のようにも聞こえた。

 ……どうやら、ユウジはハヤトのことを嫌っているというわけではないらしい。

 この齟齬のような何かも、彼らに付き合っていけばいつか明らかになるのだろうか。

 

 

 また1つ、水泳部についての理解が深まった気がする。

 

 

 ……今日はもう帰ろう。

 明日は帰って、異界攻略だ。

 

 

──夜──

 

 

 今日はゲームセンターの清掃をすることに。

 ……いつも対戦席に居座っているBLAZEの人たちがいない。

 何というか、少しだけ寂しい感じがした。

 

 




 
 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが5に上がった。
 
 
────



 度胸  +2。



────



 選択肢回収です。

────
106-1-2

──Select──
  一緒に活動するのは初めてだな。
 >幽霊部員かと思った。
  黙って着替える。
──────


「お、おう。だいぶはっきり言うのな」
「会わないから都市伝説かと」
「ちょ、それは盛り過ぎっしょ」

 ケラケラと笑う彼。だが、否定の言葉は来ない。あまり自身が練習に参加していない自覚があるのだろう。
 まあ自分がそれを非難することはないが。自分も参加率は決して高くない訳だし。


→こちらは多分♪3つ出ます。




────
106-1-3
──Select──
  一緒に活動するのは初めてだな。
  幽霊部員かと思った。
 >黙って着替える。
──────

「……」
「……」

 黙って着替える。
 会話はなく、空気は完全に死んでしまっていた。
 ……これでは、口を開くのも億劫になってしまう。
 話すのは、またの機会にした方が良いだろう。
 
 
 →上がらずですね。1日無駄にしてしまいます。
 
 


────
106-2-2
──Select──
  一緒に泳ごう。
 >泳ぎを教えてくれ。
  一緒にどこか行かないか?
──────


「いや、教えてくれって言われてもな。別にいいけどよ、今は何の練習中?」
「息継ぎ」
「いや初歩の初歩じゃねえか。普段は誰に教わってるんだ?」
「ほとんど独学で、たまに先輩やハヤトにも教わっている」
「ああ……まあ独学ってのは怖いが、ハヤトに教わったり相談したりできるなら、今は駄目でも近いうちになんとかなんだろ」


 ……意外な発言だ。ユウジはハヤトのことをしっかりと認めているらしい。
 彼らの間柄が読み切れない。ただのライバル……なのだろうか。そう断定するには、彼らは腹の内に感情を抱え過ぎていると思う。
 
 
→ユウジは決して、教えることに消極的なわけではありません。彼の中では然るべき理由があって断っています。


────
106-2-3
──Select──
  一緒に泳ごう。
  泳ぎを教えてくれ。
 >一緒にどこか行かないか?
──────


「……いや、もう着替えたんだが」
「……そうだな」


 自分も着替えよう。
 
 
 →やはり何もない。





 追記
 すみません。アトリエとイースやりたいので今月更新減らします。来月p5rやるので、もっと減らします










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月11日──【異界:蒼醒めた廃墟】異界攻略 1

 

「僕が思うに、やっぱりフラグってあると思うんだよね」

「……藪から棒に話し出してどうした」

 

 異界の中とは思えない程に静まり返った空気の中、唐突に祐騎が眼鏡を指で押し上げながら喋り出した。

 動作はカッコイイが、何を言っているのかがさっぱり分からない。

 

「さっき僕がなんて言ったか覚えてる?」

「『なんか落とし穴とかありそうな雰囲気だよね』……だったか?」

「そうそうそれそれ」

 

 1本だけ立てた人差しを振りながら、指期限良さそうに話す彼。

 意図的なのかどうか分からないが、1人だけテンションが違う。何というか、場に背いている。

 

「仮にあの時、本音で『コウセンパイや郁島って落とし穴に落ちそうだよね』って言っていたら、きっと僕は落とし穴に落ちていたと思うんだ」

「っておいちょっと待て、祐騎お前、そんなこと考えてたのかよ」

「ちょっとユウ君……?」

「思われたくないなら普段の様子を直したら? ハクノセンパイや柊センパイ相手だったらそうは思わなかっただろうし」

 

 2人が少し不満そうな表情でこちらを見た。

 自分で言ったことでもないのに、そんな目で見られても困るんだが。

 

「話を戻すけど、フラグ管理って大事なんじゃないかなって話」

「そんな話していたか?」

 

 そもそもフラグってなんだろうか。と首を捻る。

 話の流れからもいまいち読み取れない。もう素直に聞いてみようか。

 ……いや、今じゃなくて良いか。そもそもこの話自体今でなくて良い気がするけれど。

 というか一刻も早く無駄話を終えるべきな気がする。そろそろ誰がとは言わないが耐えきれないだろう。自分だって耐えきれない。

 

「まあ要するに、例え本心だとしても、人を馬鹿にするような発言をしちゃいけないってことだよ」

 

 自分が話を終わらせようとしたのが分かったのか、祐騎は仕方ないなぁと薄く笑いつつも彼女に目を向ける。

 

 

「──わかった? 久我山センパイ?」

 

「……ああ、うん。良いから取り敢えず出して」

 

 

 下半身を丸々穴の中に入れた璃音が、瞳から光を消したまま覇気のない声で呟いた。

 

 

「いや、ソウルデヴァイスの力で出ればいいじゃん、羽なんだし」

「………………引っ張って」

「だから自力で」

「引っ張って」

 

 ハイライトの消えた目をこちらに向けられても困る。さっきから誰かに視線を向けられるたびに困っている気がする。

 璃音の圧力に負けた祐騎と一緒に彼女を穴から引き摺り出す。

 

 数分前に嵌った落とし穴から這い出た彼女は、いつもの快活さを消し、ずっと俯いていた。

 少し、対応に困る。

 周りを見ると、付き合いの浅い高幡先輩は勿論、洸や空、祐騎も戸惑いを隠せないみたいだった。

 空の縋るような視線が、洸へ向く。

 それは無理だなと受け流した視線が、祐騎へ向いた。

 言葉なくすべてを読み取った、もしくは押し付けられた彼は、やや躊躇いがちに璃音へと声を掛けることに。

 

「あー……いやほら、バラエティ番組とかで慣れてるんじゃないの、久我山センパイ。アイドルだし」

「そういうの出てない」

「美味しい役どころだと思うけど」

「興味無い」

 

 ばっさりと一刀両断。

 取り付く島もなさそうだ。

 

「……いやほら、そもそも久我山センパイが悪いんだって。僕の発言に対して、『いやいや四宮君、ゲームのやりすぎだって。そんなのあるわけないじゃん』とか言うから。自爆フラグを盛大に踏み抜いていったから!」

「おい四宮、そこら辺にしとけ」

 

 自棄になった祐騎に高幡先輩がストップをかけた。

 だがもう遅い。

 

「そうだね、あたしが悪かった。ゴメン」

 

 完全に沈んだ声のトーンと死んだ目。

 これはまずいな、と誰かが思った。いや、全員が確信した。

 それぞれが焦ったようにフォローへ回る。

 祐騎の口が止まったのを見た洸と空は、すかさず視線を合わせ、共同戦線を組むことで同意する。

 

「ま、まあ気にすることねえよ久我山。誰にだって失敗はあるだろ」

「そうですよ! 別に私たち、なんとも思ってませんし!」

「誰も落とし穴がこんなところにあるなんて気づかねえし」

「嵌ったとしても仕方ありませんよね。ね!」

「……良いから、ちょっと1人にして」

「「「「……はい」」」」

 

 その気遣いも無残に切り捨てられた。

 すっかり意気消沈した璃音は、柊の近くへふらふらと歩いていき、無言で彼女の横に付いた。

 その間、柊はずっと目を逸らしている。何を考えているのかまったく分からない。

 

「……行くか」

「「「……」」」

 

 無言で頷く彼ら。

 異界攻略も中盤。そう、まだ中盤。

 自分たちはある種、追い詰められていた。

 

 

────

 

 

 淡々とシャドウを殲滅する女子が2人になったところで、さて何でこうなったんだろうと思い返してみる。

 流れが変わったのは、異界攻略が3分の1ほど進んだ頃のこと。

 元々、暗鬱が蔓延したような雰囲気の異界だったようにも思えるが、毒々しい様子の回廊は序盤のうちに終わりを見せた。

 代わりに出て来たのが、璃音が先程嵌ったようなトラップ。

 落とし穴だけではない。坂で大玉が転がって来たり、地面から槍が生えて来たりもしている。

 総じて、攻撃性が増したと言えるだろう。

 今までの異界にはない傾向だ。

 

「どうして、こんなに罠が多いんだろう?」

 

 思い浮かんだ疑問を、口に出してみる。

 せっかくなので今考えていたことを共有したかった、彼らとなら何かしらの答えが出せるのではないかと思ったから。

 

「そうだな。今までの異界じゃ、こういう歓迎の仕方はされてねえ」

「ふーん、ってことは、何か紐解くカギになるかもね」

「鍵?」

「異界は諦めた心を具現化した世界で、抑圧していたものが暴れられる場所なんでしょ。だったらこの異界や、センパイたちが前攻略したって言ってた氷の異界なんて言うのは、その人の欲求が色濃く出過ぎた場合なんじゃないかなってね」

 

 氷の張られていた異界【月下の庭園】は、相沢さんの発生させたものだ。

 仮にシャドウだけでなく異界の景観も彼女の心境によるものだったとすると、どういう側面からとらえられるか。

 ……割と答えは単純かもしれない。

 

「興味を持たれたいという想いと、拒絶」

「岸波先輩、どういうことですか?」

「薔薇とかと同じで、【月下の庭園】は美しい反面、危ない点もあった。張られていた一面の氷からして、普通の人なら綺麗だと感心したり、触りたいと関心を抱いたりする。けれどもそうして近付いたり触ったりしてしまった人には、少なからず被害が出る」

「害する意思がなければ、ただ美しいだけの景色だったはずってことか?」

「ああ」

 

 他にも美しいものなんていっぱいあるだろうに氷として異界が具現化したのは、少なからずそういった意図があったから、と推測するのが妥当だ。

 

 例えば祐騎の父。彼の異界は空中に浮かんだ神殿【妖精の回廊】。

 己の心は神殿のように不可侵で、他人に関与されることはない。加えて空中に浮いているのは、上昇志向や普遍的存在からの脱却と取れる。単純にお高く止まっていたという線もあるか。

 

 空の異界はどうだったか。

 これといった印象は残っていないが、強いて言うなら、安息。

 息苦しさもなく、窮屈さもない。適度に引き締まっているものの、ゆとりのある異界……だった気がする。

 それは空自身が柔軟でありたいと思うが故、なのだろうか。当時の彼女が抱えていた悩みに即して考えるなら、彼女が望む自由が異界の構造に出た、と考えていいかもしれない。

 

「確かに、そういう見方もできる……かも」

「まあ所詮は推論だけどさ、視点は多い方が良いでしょ」

「ユウキの言う通りだな。それで、だとするとこの異界は一体何を考えて作られたものなんだ?」

 

 全員が、数秒悩む。

 答えは出ない。

 先程までは正解が事前に用意されていたから、異界から真意を読み取ることも可能だったが、今回は違う。答えに行きつくには、審美眼や推理力が必要だろう。

 

「……とにかく、探索に集中しよう。あの2人を放っておくのも少し怖い」

「そうですね。行きましょう!」

 

 

──────

 

 

 

『異界探索率、そろそろ50%に到達。折り返し地点です。気を抜かずに頑張ってください』

 

 

 サイフォンから声が響いて来る。

 まだ半分か。かなり進んだ気はしていたのだが。

 だが、距離も時間もそこそこ使ったものの、未だに巻き込まれた人は1人も見つかっていない。人数が増えたとはいえ、今までの例に漏れず対象は最深部に居ると考えた方が良いだろう。

 

 

『──ずっと、あの日々が続くと思ってた』

 

 声が、聴こえた。

 思わず足を止め、呼吸の音すら消し、情報を掴もうとする。

 

 

『クソが……なんで……なんでなんだよッ。なんで死ななきゃいけねェ! なんで終わらなきゃいけねェ!』

 

 彼の抱く無念と激情が、強引に心へ語り掛けてくる。

 痛い叫びだ。聴いているだけで、自分も何かしなければという焦燥感に駆られてしまうほど、強い感情の伝播。身をつまされる思いというのはまさにこういう状態のことを言うのだろう。

 

『取り戻す……なにもかもだァ……その為だったらオレは……オレはァアア!』

 

 声は、そこで途切れた。

 

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

 数秒の間、誰も言葉を発さない。

 

「まあ、そうだよな……情けねえ」

「高幡、先輩?」

 

 最初に口を開いたのは、高幡先輩だった。

 自然と彼に視線が集まる。

 

「アキが苦しんでたことには気づいてた。アキだけじゃねえ。全員が酷く傷ついていることくらいは分かってたんだ。だが俺は自分の意見を貫いて、自分の我が侭を押し付けちまった」

「……」

 

 高幡先輩の握る拳に、力が篭った。

 周囲に柱や壁でもあれば殴りかかりそうなほど、きつく握りしめた拳を見て、彼は表情を一層険しくする。

 だが、行動には起こさない。邪念を払うかのように深く息を吐き、握り拳を解いて、脱力した腕をぶらりと下げた。

 

「悪ぃ、つまらねえことを言っちまったな」

「高幡先輩、その」

「気にするこたぁねえ。行くぞ。今度こそ、あいつを……あいつらを助けなきゃならねえんだ」

 

 ……どうやらまだ、自分たちの知り得ない範囲の話があるみたいだ。

 当然か。すべてを話してもらえる訳がない。信用も信頼もないのに、それを求めて良いはずもなかった。

 考えよう。そして、言えることを、手伝えることを探すのだ。

 今、ここに共に居るならば、できることはきっとある。

 取り敢えずは、異界攻略を進めよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月12~13日──【生徒会室】リーダーの資質

 

 

 攻略度が半分を超え、少し進んだ後に探索を終了させ、十分な睡眠を取った次の日。

 事前に応援要請があったが、夏休みも中盤。お盆前というのもあるのか、神山温泉はお客で満員だった。大多数の宿泊客が帰省前に1泊、といった感じらしい。そんなに立地はよくないはずのにここまでお客様が来るなんて、流石は神山温泉だな、と先輩が休憩中に独り言を零していた。

 

 この日は本当に忙しく、バイト代も少し色がついて返ってきた。

 

 

──8月13日(月) 昼──

 

 

────>杜宮高校【生徒会室】。

 

 

 バイト明けの今日。夏休みだと言うのに学校へ、それも生徒会室を訪れたのには、勿論訳がある。

 自分は今までのことを色々と相談する為、北都 美月を訪ねる為だ。

 

「こうして2人で話すのは久し振りですね」

「そうか? たまに連絡は取っているけれど」

「文面だけのやり取りだと、測れないものもありますから。やっぱり、面と向かって話す機会は貴重かと」

 

 確かにこうして向かい合って話していると、色々見透かされている感覚に陥る。

 ある種、柊と会話しているのと同じ感覚だ。

 自分の考えていることなどお見通しのようで、常に数歩先から助言されているような感じ。

 美月の方がそれを巧妙に隠す分、少し恐ろしかったりする。

 逆に柊は割とどこにスイッチがあるのか分かりやすいから。……今回は見事に地雷を踏んでしまったみたいだけれど。

 

「それで、何があったのですか? 異界関係、というわけではないでしょうし」

「いや、どちらかと言えば関係あるんだけれど」

「? それは柊さんに聞けば良いのでは?」

「それを踏まえて、相談させて欲しい」

 

 訝しげに小首を傾げる美月だったが、すぐに真剣な表情になって佇まいを正し、どうぞと合図をくれた。

 

 そうして今までの一連のやり取りを話した。

 半ば仲違いのようになってしまった経緯。

 現状の謎。

 解決しない不和。

 出来るだけ細かく、あくまで誰かの名誉を傷つけることだけはないように。

 

「なるほど」

 

 話を聞き終えた美月は、これから話すと言う意思表示なのか、紅茶を飲んで喉を潤わせた。

 コップを置いて、姿勢を正してから、彼女はゆっくり口を開く。

 

 

「岸波君は……」

「?」

「皆さんが、大事なんですね」

 

 言われた言葉の意味が分からなかった。

 どうしてそうなる?

 

「あまり信頼されていないような気がする。仲違いしている。そんなことを言いつつも、誰の事も悪くは言わないですから」

 

 それは、だって、悪い人など居ないから。

 本当に、少しのすれ違いだったのだ。掛け違えないこともできたはずのボタンが、たまたまズレてしまった。それだけの話。

 悪人を作る必要はない。

 

「それは違います。“全員が全員悪い”んです」

「全員?」

 

 それは、空や璃音を含めてか?

 

「ええ、全員。まあこればかりは教えても仕方ないですし、おいおい自然治癒を狙うしかありませんね。特に岸波君、柊さん、時坂君については」

「……なにか、ヒントだけでももらえないのか?」

「ありません。ヒントが答えのようなものですから」

 

 答える気はないが、確かに問題は存在するらしい。きっぱりと言い張る彼女の理論は、直感的に正しいものだと信じられた。

 だとしたら本当に、自分で気づいて自分で治すしかないらしい。

 自分に至らない点が多いことなど分かりきっているし、足りていないことばかりなのは分かっている。

 だけれど、面と向かって、自分の始まりを知っている美月にそう言われてしまうと、少しばかり堪えるものがあるな。

 

「ただ、リオンさんと四宮君、郁島さんについては、少し働きかけが必要かもしれません。今回の異界攻略が終わってからでも、少し時間を作って話してみますね」

「……そういう、何でも自分の手でやってしまおうとするのは、美月の悪い所だと思うけれど」

「性分ですので。それに、今の貴方たちには外部からの働きかけの方が効きそうですし」

 

 この話はここまで。と彼女は準備した紅茶を口へ運んだ。

 

「それで、BLAZEのことと、異界のこと、でしたか?」

「ああ。美月はどこまでBLAZEのことを知っているんだ?」

 

 以前、高幡先輩が不意に、美月の名前を出した時があった。蕎麦屋での話し合いの時だ。

 彼と彼女の間に、自分たちが知らない結びつきがあることは分かっている。強いか弱いかは分からないが、貴重な情報には間違いない。

 

「そうですね、お会いした回数ほど数えられるほどですが、一通りの方と面識があります」

「なら、高幡先輩とも」

「ええ、高校に入る前から存じ上げていました。……カズマさん、前リーダーの方のことも、勿論」

 

 一度間を開けるようにして紅茶を飲んだ彼女は、その言葉を吐き出す。

 聞きたいことはどうやら、彼女にも伝わっているみたいだ。

 

「前リーダーの方、カズマさんは、美月から見てどんな人だった?」

「そうですね……兄、という存在は、ああいう人のことを指すんだな、といった印象でしょうか」

 

 死んだ人を、思い返す。別に悪口を暴いて欲しいわけでもなく、好感をあらわにして欲しい訳でもなかった。

 だというのに、どうしてだろうか。

 質問しただけで、残酷なことをしているような感覚に陥る。

 

「元気な方でした。面倒見も思い切りも良く、自然と人を惹き付ける魅力、というものが備わっていて。よく言うリーダーの資質を持っている方、と言っても良いですね」

「……つまり、快活な男性版美月ということか」

「話聞いてました?」

 

 リーダー。人の上に立つ資質という意味で美月より上の人は、彼女の祖父くらいしか見たことがない。

 自分にとって誰かを従える人、というのは美月というイメージが少なからずある。それも無理にこき使うのではなく、人望で人を動かせるタイプの。

 

「……あまり言いたいことではないですが、私、そこまで人望ありませんよ? 人を惹き付ける、といったタイプの人材では、決してありません」

「そうなのか? それは悲しいな」

「もしかして煽ってます?」

「いいや」

 

 最初に、校舎を案内してもらったことを思い出す。

 

 淀みない口調で学校のことを説明し、穏やかで綺麗な笑みを浮かべて、そこで暮らす人たちを見る彼女のことを、生徒会長と呼ぶのだと認識した、あの日。

 その声その表情に、偽りなんてなかった。確かに彼女はこの場所に“特別な感情”を持っていて、そこに属する人々の幸せを願っていて。

 この人になら付いていきたい。そう思わされたのだ。

 この人が守る学園なら安心だ。そう思えたのだ。

 

「美月は気付いていないかもしれないけれど、美月の横顔や背中は、十分に人を惹き付ける魅力に長けていると、自分は思う」

「──」

 

 反応を見せず、まるで固まったように動作を止める美月。

 ……そういえば以前にもそんな反応をしたことがあったな。

 少し面白い。

 

「末恐ろしい人ですね……」

「なんて?」

「失礼、なんでもありません」

 

 先程までより大きくカップを傾け、紅茶を飲み干す彼女。

 そのまま立ち上がり、注ぎ足し分の用意に向かった。

 

 ……しかし、そうか。人に接する機会の多そうな美月から見ても良いリーダーだったということは、カズマさんの人望は相当なものだったに違いない。

 なんで死ななきゃいけねぇ、か。

 戌井さんだけじゃない。高幡先輩だってそうだし、関わっていた多くの人が、その損失を認めたくなかっただろう。

 そんな中で、戌井さんが異界を生み出す程に思い詰めたのだとしたら、その理由は……“後継者としての重責”、だろうか。

 

 

「美月」

「……どうしました?」

「あまり気分のよくない仮定の話をしていい?」

「どうぞ」

 

 再び準備を終えて席に戻った彼女に、問いかける。

 

「もしも征十郎さんが急な都合で隠居されて、その後を美月が引継ぐことになったら、どう思う?」

「…………もしお爺様がお亡くなりになられたとしても、若輩の私が北都を継ぐことはないと思いますが、そういう話ではないのですよね?」

 

 頷きを返す。

 彼女も、この質問がどういう意図で尋ねられたものかは分かってくれているみたいだ。

 ……仮定だとしても、恩のある人をそういう扱いで見たくはなかったな。

 

「そうですね。まず、“私はお爺様にはなれません”。それを、内にも外にも示していくしかない。その上で、今できることとできないことを明確に線引きし、色々と取捨選択することになる……とは思います」

「取捨選択?」

「応えられない期待を背負い続けることはできませんし、相手が私を見ているのならともかく、先代を見て要求しているのなら、断るほかないでしょう。私は、私にできることしかできませんから」

 

 

 そう言って、彼女は力のない笑みを浮かべた。

 …………そうか。

 

「無理にでも応えようとするのかと思った」

「……うーん、正直に言えば、分かりません。要求の範囲にもよりますし、何より経験のないことですから」

「そうだよな」

「ええ。お父様やお母様が亡くなった時は、すべてお爺様が引き継いでくれたので、私が何かを求められるということはほとんどなかったですし。……だから今のは、当事者としてでなく、あくまで私の理想を元に立てた推測でしかありません。理性で判断する最善はさっき述べた通りですが、感情がそれを凌駕することだって、想像に難くないですし」

 

 理性が勝つか、感情が勝つか。

 それは、自分たち異界攻略者にとっても、大事な問題だ。

 決して感情が勝つことは、悪いことではない。理性が勝つのだって間違っていない。

 結局、何が正しいのかは、自身と周囲が決めることなのだと思う。

 今回の異界だって、正直に言えば戌井さんと高幡先輩たちでしか、何が正しいかは見通せないだろう。彼らが当事者で、彼らの正義をぶつけ合わせるのが自然なのだから。

 だからもし、先程の仮定が現実に起こったとして、彼女が取る決断について、何か言うことは出来ない。

 その決断の果てに待つのが、本人を含めた誰かの悲しみだとしたら、話は別だが。

 

「すまなかった。嫌な想像をさせて」

「いいえ。……それに、まったく考えたことのない話ではありません。お爺様もあの年齢ですし、今が上手く行っているからといって明日どうなるかは想像つかないですから」

 

 人望のあった人の後を継ぐのだ。その人を超える必要はないが、その人と同じくらいの人望は求められるだろう。

 そうでなければ、集まっていた人たちはいつか離れていってしまう。

 せっかく憧れの人が作り上げた居場所を、自分の力不足で壊してしまう。

 そんな恐怖が、あるのかもしれない。

 

────

 

『取り戻す……なにもかもだァ……その為だったらオレは……オレはァアア!』

 

────

 

 戌井さんの、慟哭にも似た叫び。“取り戻す”という言葉の意味が、もしその通りの意味なのだとしたら、彼は……

 

 

「……すまない、考え込んだ」

「いいえ、少しでもお役に立てれば良いのですが」

「十分だ。ありがとう。それで、もう1つの件だけれど」

「異界について、ですね」

 

 そう、異界について。

 前回辿り着いた考察が、正しいものであるかどうか。それを彼女にも聞いてほしかった。

 

「なるほど、よくご自分たちだけで気づきましたね」

「ということは」

「ええ、恐らく正解です。……その辺りは柊さんも詳しいとは思いますが……いえ、余計なことを言うのは止めておきましょう。とにかく、その推測は間違っていません。あくまで統計上、データの上での話ですが。正解なんて自分たちで勝手に決めつけたものでしかないですし」

「……それもそうか」

 

 異界の生みの親でもない限り、正解かどうかなんて想像することしかできない。

 その前日までは正解でも、ある日突然法則性が弄られる可能性だってあるのだ。まあその生みの親が本当に居るとして、その存在に意志があり、こちらを害そうとする思惑があればの話だが。

 ……そもそも何で異界が存在するのかという話に発展しそうだな。止めておこう。

 

「なら、今回の異界でも、判断材料には含めて良さそうだな。どういう意図か分かるか?」

「うーん、毒々しい雰囲気から切り替わって、トラップが多い回廊に。……なんて言いますか、ちぐはぐではありませんか?」

「ちぐはぐ?」

「トラップというのは本来、入って来てほしくない所に設置する者です。ここから先は危ないぞ、という警告の意味合いが強い。ならばどうして、最初から仕掛けてないのですか?」

「……」

「それに、途中から雰囲気が一変したというのも気になります。戻す必要ないじゃないですか。追い払いたいのであれば」

「……つまり、追い払うつもりはないと?」

「そうですね。“来てほしくはないけれど、来て欲しい”。“弱い者は求めていないけれど、乗り越えてくる強い存在を待っている”ともとれますか。とにかく、完全な拒絶ではないですね」

 

 その点で言えば、相沢の異界と似ているとも言える。明確な害意がある分こちらの方が厄介だが。

 それにしても、強い存在を待っている、か。

 彼らの過去とすり合わせれば、待たれているのは、きっと。

 

──Select──

  カズマさん。

  高幡先輩。

 >その両方。

──────

 

 

 どちらか、という話ではないだろう。

 多分、“リーダーとして引っ張ってくれる存在”を待っているのではないだろうか。

 ……大方の予想が纏まってきたかもしれない。

 

 

「ふふっ、何か掴めたみたいですね」

「ああ」

 

 本当にありがたい。

 柊も璃音もいない今、集団を纏める話や異界の話などをできるのは、美月くらいしかいないから。

 洸も空も祐騎も、個としては本当に頼りになる存在だが、今回の議題とは少しばかり、相性が悪いし。

 

「助かった。本当にありがとう」

「いいえ、お気になさらず。……でも良かったです。岸波君、大分頼りがいが出てきましたね。つい最近まで素人だったとは思えません」

「それは、まあ、ありがとう」

 

 偏に、潜った修羅場の数が、自分を成長させているのだろう。あまり嬉しくはないが。

 いつだって誰かが犠牲になるかもしれないリスクを負っているのだ。素直に喜べるわけがない。

 

 退室の準備をする。

 目の前に置かれたティーカップの中身を飲み干し、改めて感謝を伝え、立ち上がった。

 そんな自分の姿を見ながら、彼女は何かを思案するように黙り込んでいた彼女は。

 

「……ああ、そうです。最後に1つだけ、伝えておきたいことがありました」

「何についてだ?」

「最初に全員が悪い、と言った件についてです。まあ、ちょっとしたことですが」

 

 少し目を座らせて。

 

「岸波君、リオンさんを頼り過ぎていませんか?」

 

 ぐうの音も出ない忠告を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 少々きまずい想いを抱いた自分が、やや反省しつつ生徒会室を出ようとした時、最後にもう一度だけ、「岸波君」と呼び止める声が掛かった。

 振り返ると、座っていたはずの美月が、いつの間にか立ち上がっていて。

 

「高幡君のこと、BLAZEの皆さんのこと、よろしくお願いします」

 

 静かに、頭を下げてきた。

 ……ああ、そうだよな。心配でないはずがない。

 友人……かどうかは分からないが、先の話を聞く限り、気の知れた仲に一度はなった相手。できることなら、彼女自身で手助けをしたいだろう。

 だが、祐樹の一件で垣間見えたように、柊と美月はその……あまり仲が良くない。仲が悪いというわけではないのだろうが、今の状況で美月が対応に身を乗り出せば、柊が何を思うかは想像に難くなかった。

 

「ああ、全力を尽くす」

 

 いつか彼女に誓った、出来る限りで力を貸すという約束。

 元より負けて良い戦いなんてないけれども、より一層、負けたくない理由が増えた。

 

 




 

 今の白野には優しさが圧倒的に足りていないので、コミュが始まりません。なんてこった。ふつうに優しい程度じゃ絆を深めるのに物足りないというのかミツキさん。そういう所が好き。

 今回の選択肢は、間違えても正解まで無限ループ系なので回収しません。

 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月14日──【マイルーム】カレンのお手伝い

 

 

 異界攻略の設定期限まで10日を切った。

 攻略は明日にも再開するとして、消耗品の補充などを済ませてしまいたい。

 それが終わったら、今日はどうしようか。

 

 ……まあ、買い物に行ってから決めるとしよう。

 

 

────>七星モール【1階】。

 

 

 買い物のついでに七星モールへと寄ってみた。

 もしかしたら誰かがいるかもしれないし。

 居なかったら居なかったで帰ってから連絡を取れば良い。その程度の気分で立ち寄ったのだが、入った直後に見慣れた少女の姿を見掛けた。

 

「ハァイ、ザビ! 元気?」

「人違いです」

 

 まだザビと呼ばれていたんだな。知っていたけど。いや知りたくも無かったんだけど。

 こちらへ走り寄ってきた少女、カレンの姿を正面に捉え、改めて彼女と会話を始めようとする。

 

「ンー?」

「なんでもない。カレンは手伝い中か?」

「ソウ! ママの手伝いをしてるトコ!」

「そうか」

 

 輸入雑貨屋【ウェンディ】の方を見る。カレンと同じ金髪の女性が、1人でお客の対応をしていた。

 ……キャサリンさん、忙しそうだな。

 

──Select──

 >手伝う。

  手伝わない。

──────

 

 手伝おう。あの調子で働いていたら倒れてしまうかもしれない。

 

「何か、自分にできることはないか?」

「ザビ……? っ。ありがとザビ! こっち!」

 

 思いのほか強い力で手を引っ張られ、キャサリンさんのもとへ連れて行ってもらう。

 

「ママー、ザビが手伝ってくれるって!」

「あら……ごめんなさい、助かるわ。それじゃあカレンと一緒に棚卸をお願いしても良いかしら?」

「勿論です」

 

 

───

 

 

 お昼時になって、少しだけ客足が遠のいた。

 

「ごめんなさい、確か、岸波君だったわよね」

「憶えていてくださったんですね。ありがとうございます」

「娘の友人ですもの」

 

 嬉しそうに言うキャサリンさんだが、その表情にはやはり疲れが滲み出てる。

 手伝いに来て正解だった。

 

「そういえば、カレン……さんは?」

「ああ、飲み物を買いに行ったわよ」

 

 いつの間に。と思ったが、そういえばお客様が減った時点でそわそわしていた気がする。機会を伺っていたのかもしれない。

 

「大変ですね。いつもこんな感じなんですか?」

「今日は特別にお客さんが多いわね。休みというのもあるんでしょうけど。カレンも休みの日は手伝ってくれているとはいえ、これが続くようだと少し厳しいかもしれないわね」

「……アルバイトとかは雇われないんですか?」

「少し考えたけれど、これは趣味で始めたことだから。お店を持っているとはいえ、他の人に付き合わせるのは少し申し訳なくて……」

 

 凄いな、趣味でここまでのお店を開けるなんて。

 いつか色々と話を聞いてみたい。

 

「ママー! ザビー! ドリンク買ってきたヨ!!」

 

 走り寄ってくる彼女の手にある飲み物は……ごくごく麦茶と胡椒博士NEO、それに、おしるこサイダー……!?

 

「ザビ、今日はアリガトーだヨ! 先に選んでネ!」

「あ、ああ……」

 

 ふ、普通に考えれば、ごくごく麦茶だ。ごくごく麦茶以外にない。

 まあ他の2種類は飲んだことがないが……どうする?

 

 

──Select──

  ごくごく麦茶。

  胡椒博士NEO。

 >おしるこサイダー。

──────

 

 

 ……それを選ぶには、度胸が足りないみたいだ。

 せめて“豪傑級”くらいはないと挑めないだろう。

 さて、どうする……?

  

  

──Select──

  ごくごく麦茶。

 >胡椒博士NEO。

  おしるこサイダー。

──────

 

「こ、胡椒博士NEOが欲しい」

「おおー! 通だネー!」

 

 通!? 何が!?

 

「岸波君、大丈夫?」

「……勿論です」

 

 心配してくれたキャサリンさんに、笑顔を返す。

 せっかくの善意……そう、善意なのだ。無碍にはできない。

 だからここは、度胸を振り絞って飲むしかない……!

 

 

「……──ッ!?」

 

 

 これは、なんだ。

 胡椒が、口の中で爆発した。

 風味が、強い……!

 胡椒の刺激だけならまだしも、炭酸が追い打ちをかけてくる!

 ……だが、自然と美味しいような錯覚を得始めた。

 それどころか、普通に美味しいんじゃないか?

 

 一口、もう一口と飲み続けた。

 不思議と癖になる美味しさがある……!

 

  

「……うん、美味しい」

「おおーよかったヨ!」

 

 自分も良かったと思う。

 

「ワタシはコレ! おしるこサイダーネ!」

「それは……」

「おしるこ、日本の伝統ドリンクだヨ! ワタシも大好き!」

 

 ……そうか、カレンの好物なのか。

 それは飲まなくて正解だったな。うん。

 

 その後、途切れていた波が勢いを取り戻し、またも店内は慌ただしい雰囲気に戻った。

 とはいえ、人手は3人も居る。乗り切ること自体は容易ではなかったが、不可能という程でもない。

 そのまま手伝いは夕方まで続いた。

 

 

「今日はホントにアリガト!」

「いや、力になれて良かった」

 

 帰り道。七星モールの外まで見送りに来てくれたカレンと、少しだけ言葉を交わす。

 

「こういうの、ニホンでは、ゴエンドウシューって言うんだよネ!」

「ごえん……?」

 

──Select──

  そうだ

 >違う。

──────

 

 多分、呉越同舟と言いたいのだろう。

 それにしたって、少し意味が違う。

 

 

「ええー? 何が違うヨ?」

「それは……」

 

 

──Select──

  舟に乗ってないから。

  乗り越えていないから。

 >仲良しだから。

──────

 

 

「呉越同舟というのは、仲が悪いひとたちが協力して何かを達成することなんだ。だから、自分とカレンの間柄では呉越同舟とは言わない」

「……! ザビとカレンは友達だからネ!」

 

 友達だったのか。

 ……でも、うん、そうだな。友達か。

 良いな。

 

 

「ザビは物知りだネー。やっぱりニホン語ベリー難しいヨ。また教えてネ?」

「ああ、勿論」

 

 おなじみのメモを開いて書き足す彼女。いつだってその中身は黒い文字でいっぱいだ。

 いつだって彼女は頑張っている。日本語を自由に使いこなせているわけではないが、それでも敵が少ないのは、ひたむきさと持ち前のこの明るさだろう。

 そんな彼女を支えることができるなら、それはきっととても良いことなのだ。

 

「じゃあまたねー、さらだばー」

「……? さらば?」

「オウ! えへへ、さらばダー」

 

 

 笑って手を振り、七星モールへと戻る彼女を見送る。

 ……帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 明日は異界攻略だし、バイトとかはしないで休んでいたほうが良さそうだ。

 家の中でできることがしたい。何かあるだろうか。

 本とゲームくらいか。

 

 “手芸中級編”を読もう。今回はキットを使った実践だ。未熟ゆえに誰かにあげることはできないだろうが、上手くできれば何かしら役に立つかもしれない。

 

「…………」

 

 教本を片手に、今まで得た知識のすべてを裁縫に込めていく。

 今日は取り敢えず大掛かりなものでなく、本当に簡単な、少しの時間で終わる物を作る予定だ。

 

「……うん、なかなかの出来だな」

 

 “平凡な巾着袋”を作った! ……何に使うかは分からない。

 まあ、何かに役立つかもだし、持っていようか。

 

 さて、そろそろ寝よう。

 

 




 

 コミュ・太陽“同い年の外国人”のレベルが2に上がった。
 
 
────


 度胸  +2。
 優しさ +2。
 魅力  +1。
 根気  +1。
 
 
────

 
8月に入って早13日。
ここまででコミュ上げたの5人……進行として良いのだろうか。


────────
109-1-1

──Select──
 >ごくごく麦茶。
  胡椒博士NEO。
  おしるこサイダー。
──────

 本当に良いのだろうか。そんな普通の飲んでしまって。
 だって残りの2つ、明らかに地雷だぞ……!?
 
「良いのよ岸波君、好きなのを選んで」
「キャサリンさん……」
「カレンはともかく、私なら大丈夫だから……」
「キャサリンさん……!」

 ……心苦しいが、お言葉に甘えよう。
 すまない、キャサリンさん……!
 

 →♪なし。そりゃそうです。

────
109-1-3
──Select──
  ごくごく麦茶。
  胡椒博士NEO。
 >おしるこサイダー。
──────

「オウ! ザビもそれがスキなのネ!」
「あ、ああ」
「ワタシもそれスキヨ! 一緒だネ!」
「あ、ああ!」

 どうしよう、後に引けなくなった。
 元より引くつもりはなかったが、そうまでしてキラキラした瞳を向けられると、絶対に飲み終えて笑顔を向けなければいけない気がして来る。
 ……いけるか?
 行くしかない!

「……っ、……っ! ……ッ!?」


 ────…………そう、だ。笑顔。笑顔を、作るんだ。


「お、いしいな!」
「だよネ!」
「あア!」


 ……………………
 
 
 覚えていることと言えば、キャサリンさんが涙ぐんでいたことくらい。
 その後のことは、記憶に残っていない。
 
 
 →言うまでもなく♪3。犠牲は大きかった。ちなみに度胸も3、優しさも3上がる。上げさせて。
 
────────





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月15日──【異界:蒼醒めた廃墟】異界攻略2

 

 

『なんかよォ、最近つまんねえよな』

 

 声が、聴こえた。

 

『分かるわー、なんつーか、やりがいねえっつうか』

 

 戌井さんの異界の中だが、戌井さんの声ではない。

 

『……やっぱあれだな、頭が“あの人たち”じゃねえと締らねえってか』

 

 これは多分、戌井さんの印象に残っている声だ。

 

『ぶっちゃけ、アキヒロさんじゃ頼りねえしな』

 

 戌井さんの心に、こびり付いた呪いだ。

 

 

 

 異界攻略を中間地点から再開した自分たちは、またしても彼の心の声を聴いていた。

 

「……盗み聞きしたのか、面と向かって聞いたのかは分からないけどよ、これは辛いな」

「そうだな」

 

 頼られないということは、自分の価値を認めてもらえないということだ。

 自分が居場所だと思っているところでそんなことをされたら、居場所がなくなったように感じてしまうだろう。

 

「……」

「高幡先輩、その……」

「分かってる。追い詰めたのは俺と……いや、俺ってことだろ」

 

 噛み締めるように呟く高幡先輩。

 今、掛けられる言葉はない。

 

「先に進みましょう。自分たちが先導するので、思考を整理しながら付いて来てください」

「……悪いな」

「いいえ」

 

 お互い同意の上で同行しているのだ。謝られる必要はない。

 それなら自分だって、そんな言葉を彼に聞かせて、悩ませていることを謝らなければいけないだろう。いや謝ること自体は全然良いのだが、それではきっとキリがないから。

 終わったら、謝って、感謝する。

 それを目指して、今は頑張るべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変化があったのは、体感で1時間が経過した頃。

 

「たぁっ!」

「おらぁ!」

 

 行く手を塞ぐように待ち構えていたシャドウに、先頭を歩いていた洸と空が、シャドウを物理攻撃を仕掛ける。

 敵2体。そのうちの片方に綺麗な連携攻撃を加えたが、倒しきることが出来なかった。

 攻撃が止んだことを察したシャドウがすぐさま反撃。1体は火炎攻撃を。もう1体は攻撃をするシャドウを少しばかり回復させた。

 火炎攻撃が空に当たる。ダメージは入ったみたいだが、体勢を崩すほどのことではない。

 しかし、味方を回復できるシャドウか。優先的に排除するか、先に補助される側を倒しきるか、どちらかの対策をとるべきだろう。

 ……よし。

 

「祐騎」

「ま、当たり前だよね!」

 

 祐騎と自分、それから空と洸で再度、攻撃を放ってきた方のシャドウを殲滅する。中途半端にダメージが残っているなら、先に倒してしまった方が早い。数では元よりこちらが上。相手が少なくなればなるほど有利になるから。

 残されたシャドウは1体になると、自分に殴りかかってきた。防御が間に合わず受けてしまったが、大したダメージでもない。

 それより再度4人で畳みかけるように攻撃する。

 シャドウは漸く跡形もなく消えた。

 

 

「“ネイト”」

「“バステト”」

 

 後ろから聴こえてきた声に振り向く。

 自動的に殿を務めていた柊と璃音が、背後から奇襲を仕掛けようとしてきたシャドウを機械的にペルソナで葬った所を視界に収めた。

 ……随分あっさり倒したみたいだ。

 まあ何にせよ、取り敢えず視界に入る領域にシャドウはいなくなったらしい。

 

「クリア、かな。ここら一帯のシャドウは殲滅できたっぽいね」

「だな。あまり疲れてねえし、休まず進むか」

「高幡先輩は大丈夫ですか?」

「ああ、お陰様でな。ところで、今どれくらいだ? 前回よりは進み良いだろ」

 

 体感だが1時間は歩いたのだ。戦闘を何度か挟んだものの、トラップのような悪質な遅滞理由はない。高幡先輩の言う通り、前回の進み具合よりは幾らかマシなはずだ。

 ……あれ、返事がないな。いつもならすぐに答えてくれるのに。聞いていないのか?

 

「サクラ、進捗確認を。…………サクラ?」

 

 ポケットに入れていたサイフォンに呼びかけるも、反応がない。

 画面を見てみるが、確かに彼女は映っている。

 だが、何かのデータを必死に閲覧しているようだ。背を向けている彼女の先には、夥しい数のプログラミング言語が顕れては消えて行っていた。

 

『……これは!?』

 

 洸や祐樹が何だ何だと寄って来て、全員でディスプレイを眺め初めてから数秒。

 彼女は、驚愕の叫びをあげた。

 

『先輩、このエリアの先に生体反応複数! 巻き込まれた人たちと推測できます!』

「「「!!」」」

 

 弾かれたように全員が駆け出し、移動の中で各々の戦闘準備を済ませる。

 

 

 

 

 

 少し走ると、シャドウが集まっている空間が見えた。

 その集まったシャドウの中心には、確かに人影がある。

 足音に反応したのか、彼らと周囲のシャドウは一斉にこちらを向いた。

 中心にいる1人が、恐怖に足を震わせながら叫ぶ。

 

「何だ! 誰だテメエら! ……って、ぁ」

「アンタはまさか……シオさん!?」

 

 黒いパーカーを着た、5人の男性がそこには居た。

 戌井さんの姿はないが、戌井さん以外の全員がここに居ることになる。

 無事、とは言い難かった。立っている者と座っている者に分かれているが、どちらも顔に疲れが色濃く見える。

 

 ……急いで助けなくては。

 

 戦闘態勢に移行した自分たちを脅威と認識したのか、彼らを取り囲んでいたシャドウたちが包囲を解き、こちらに詰め寄ってきた。

 

「テメエら下ってろ!」

「高幡先輩、アンタもだぜ」

「ちっ、分かってる。アイツらを頼む!」

「「「「応!」」」」

 

 とはいえ、数が多い。何とかなると良いが。

 

 

「全員全力。最速で突破しよう! ──来てくれ、“タマモ”」

「おう──来やがれ、“ラー”!」

「うなれ──“セクメト”!」

「視透せ──“ウトゥ”!」

「“ネイト”」

「“バステト”」

 

 数が多い以上、範囲攻撃である程度数を削るしかない。

 ペルソナの持つそれぞれの全体攻撃を使って行けば、減っていくはず。

 

 だが。

 

「やはり数が多い……!」

「【マハラギ】!」

「【マハジオ】!!……ちょっと多すぎるでしょ。作業ゲーはノーサンキューなんだけど……!」

「ああもう、まどろっこしいです! 【金剛発破】!」

 

 こっちの被害は軽微だが、疲れは溜まるものだ。ロスは少なく、最低限の攻撃で終わらせたいと試行錯誤はしている。

 かといって、この大多数の敵を分析して、ペルソナを切り替えながら弱点を突き続けるというのも至難の業。

 だとしたらいっそのこと、全体に均一なダメージを与えられるのが理想か。

 

「チェンジ。“ネコショウグン”【マハタルカジャ】」

「【メディア】」

「力が……助かるぜ白野! 柊も!」

「ありがとうございます! これでもっと戦える! もう一回【金剛発破】ァ!」

「チェンジ。“トート”【メギド】」

 

 攻撃力を底上げされた空のペルソナによる全体物理攻撃と、チェンジした自分のペルソナによる万能属性の全体攻撃。

 攻撃が弾け、残っているのは数えられる程度の数のシャドウのみだった。

 命の危機に激昂したのか、シャドウたちは1体を除いて圧を増してこちらへ襲い掛かってくる。

 ……そう、1体を除いて。

 

『──!!』

 

 その1体は、怯えていた。

 怯えていたから、逃げて行った。

 

 その他のシャドウの対応に追われることになった自分は、そのシャドウの身体の向きしか分からなかった。だから対応が一瞬だけ遅れた。

 一拍遅れて、気付く。

 シャドウの進路の先に、何があるのか。

 

 ……ま、ずい!

 

 逃げた先には、同じく戦いから避難していたBLAZEの5人の姿が脳裏を過る。

 

「柊、前に出てくれ!」

 

 返事はしないが自分の声に応じて前線に加わった柊に代わり、2歩大きく後退。戦線を維持する為の戦力から強引に抜け出した自分のソウルデヴァイスを、彼らのもとへ走らせた。

 

 間に合え……!

 

「ちょっ」

 

 祐騎が戸惑いの声を上げる。

 彼の視線を追って、気づいた。

 自分がソウルデヴァイスを投射するのとほぼ同時、いや、それよりももしかしたら先に突出していた人影があったことに。

 

 

「うぉおおおおお──」

 

 力強いダッシュを駆使し、身体に見合わぬ俊敏さで自分のソウルデヴァイスより早く辿り着いた大男。高幡先輩。

 彼はそのまま、大きく拳を振り被り。

 

「──らァっ!」

 

 生身の拳を、シャドウに叩き付けた。

 

「高幡先輩、離れて!」

 

 声を上げる。

 高幡先輩があそこまで距離を詰めている以上、自分の大きなソウルデヴァイスでは的確な援護ができない。せめて空のように呼吸が読めれば良いのだが、戦う姿を始めて見せた高幡先輩相手ではそれも難しい。

 

 だが彼は離れなかった。

 

「らああああ!」

 

 ラッシュに次ぐラッシュ。怒涛の8連撃。

 力強い殴打を繰り返すものの、しかしシャドウにはほとんど効いた様子が無かった。

 せめて押し返すのが精いっぱい。

 

「ちょっ、あれ効いてないんじゃ!?」

「そんな! ……くっ、近付けない。退いて、ください!」

「……ずっと前、確か柊が言ってた。『心を具現化した世界である異界の生き物、シャドウは精神的存在よ。精神的存在に物理的な力は効かない。同じく心の武器であるソウルデヴァイスか、精神の具現化であるペルソナくらいね』って」

「そんな……」

「チートアーマー、って程じゃないにしても耐性持ちってわけ。つくづくクソゲーっぽいねこれ……!」

 

 自分も初めて聞く話だ。

 しかし、だとしたら尚更まずい。最悪、怪我させることを覚悟で強引に割って入るしかないのか……!

 

「……いや、その理論は、ええい邪魔、【ジオ】! ……おかしくない?」

「何がだ、よ! 祐騎!」

「まったく効かないなら、なんでシャドウが、仰け反るの、さ!」

 

 全員が攻撃の手を一瞬緩め、高幡先輩を見る。

 確かにシャドウは攻撃の衝撃を受けているような反応をしていた。

 ……いや、それどころか。

 

「だんだん、効いてきてねえか?」

「うっそでしょ。どこまで脳筋……ってワケでもなさそう、だね」

 

 理解できないものを見る目を一瞬だけ高幡先輩に向けた祐騎だったが、すぐにその視線を撤回する。

 どちらかと言えば、既視感。どこか懐かしさを含む優しい目になった。

 その理由は、自分にも分かる。

 

 高幡先輩の拳から徐々に零れ出始めた、“光”。

 とても見覚えのある、“魂の輝き”だ。

 

 

 

 

 

 

「邪魔だ」

 

 高幡先輩が、殴る。

 始めてシャドウが、足を後退させた。

 

「誓ったんだよ!」

 

 殴る。

 1歩、また1歩と、シャドウの後退は止まらない。

 

「例え何があっても!」

 

 彼の拳の光が、強固なものになる。

 初めて拳がクリーンヒット。大きなダメージが、シャドウに入った。

 

「例えどう思われようが!」

 

 そして、その光が、“焔”へと変わる。

 その“焔”を恐れたシャドウが、攻撃に転じ、高幡先輩へ襲い掛かった。

 

「オレは、“あの日の後悔”を!」

 

 その姿を、冷静に。

 いや、確かな“焔”を宿した瞳で見つめた彼は。

 

「無かったことには、しねえってなァッ!」

 

 

 拳の“焔”を、力に変えて。

 

 

「吼えろ──“ヴォーパルウェポン”!」

 

 

 矮小な敵を、文字通り一蹴した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月15日──【異界:蒼醒めた廃墟】異界攻略3

 

 

 敵の消え去った空間に、静寂が戻る。

 いつの間にか、洸たちも目の前のシャドウを殲滅したらしい。

 だが、突然緊張からの解放されたからか、誰も動かなかった。

 

「コイツが、俺の……?」

 

 唯一動きを見せたのは、救出を成功させた張本人である、高幡先輩だ。

 彼が目覚めさせたのは大剣のようなソウルデヴァイス。

 見た目的な意味で全長を考えると、最大まで引き伸ばした状態の“レイジングギア”には及ばないだろうが、それでも大柄な高幡先輩の身体と同等以上の長さを誇っている。

 更に、そこに“在る”という重量感もひとしおだ。存在感という意味では、恐らく今まで見てきた誰のソウルデヴァイスよりも顕著だろう。

 

 高幡先輩は、そんなソウルデヴァイス“ヴォーパルウェポン”を上げ下げする。自分のもの。という認識がしたかったのだろうか。

 

 不意に、はっと目を見開いた高幡先輩が、ソウルデヴァイスを地面に突き刺し、背後へと振り返る。

 そこには、体勢を崩したままで固まっていた、彼が助けた人たちの姿があった。

 

 

「大丈夫か?」

「……うっす」

 

 腰が抜けたかのように尻もちをついていた男へ手を差し伸べ、掴み、引き上げる。

 やがて全員が無事であることを確認すると、彼自身も数歩後ろに下がり、溜息。張り詰めていた糸を解した。

 

 そのまま、己らの無事を安堵したBLAZEの青年たちがわいわい騒ぎだすのを見守るようにして立つ高幡先輩。その表情は、なにより柔らかい。 

 その姿を視界に収めたまま、自分たちは高幡先輩へと近づいた。

 

「高幡先輩、ありがとうございます。助かりました」

「ハッ、よせよ。寧ろやっと借りが少しでも返せたみたいでよかったぜ」

 

 そうは言うが、感謝せずにはいられない。

 危うく目の前で命が失われてしまう所だったのだ。自分たちだけだったらどう足掻いても間に合うことはなかっただろう。

 

「ほんとッスよシオさん! さすがッス!」

「マジでスゲーって! あのバケモノを一撃で仕留めちまうんだからなァ!」

 

 BLAZEの方々も、口々に高幡先輩を褒める。

 その背中に守られていた安心感は大きかったのだろう。

 

「……ってかよぉ、そのデケェ剣なんスかシオさん。やっべえッスね!」

 

 異界の地面ににざくっと突き刺さり、存在感を放ち続けているソウルデヴァイスについて、言及をせずにはいられなかったらしい。そもそも救われた場面的にも気になってしまうだろう。

 だが、それを詳しく説明することはできない。いや、できることにはできるが、そもそも関りを持たない方が良い“こちら側”へ無闇に引き込むことは避けるべきだ。

 ……となると、やはり、記憶消去か。

 記憶を失っている身からしてみれば、あまり良くは思わない方法だ。

 だが、被害を拡大させないという意味では、最善手と思えるのも確か。代案がない以上、やむを得ないだろう。

 

「一回引き返そう。話はその後でも良いですか?」

「お、おお……つかよォ、ここどこだ?」

「……ってかアキヒロさんは!?」

 

 1度気になり始めたら、どんどん気になることが出てきたらしい。

 だが、すべてに答えていたら相当な時間が掛かってしまう。

 ……道中で少しでも答えられると良いんだけれど。

 

 

「待ってくれ。もう少し先まで見に行っても良いんじゃねえか? ここは今安全なんだろ?」

 

 

 引き返そうとした自分たちを、高幡先輩が引き留める。

 先に進みたい気持ちは、分かるつもりだ。

 しかし、それでせっかく助け出せる彼らを再び危険に晒すのは避けたい。

 

 

『あの、そのことなのですが……』

 

 

 不意に自分の胸元から、儚い声が響く。

 胸ポケットからサイフォンを取り出すと、ディスプレイには、深刻そうな表情のサクラが映っていた。

 

『皆さんの進行方向、すぐ近くに、大きな反応があります。恐らくは救助対象者のものかと』

「……引き返そう。下手に踏み入れて戦闘になれば、疲弊した自分らには、できないことが生じる」

「やるなら万全を期して、だな。冷静じゃねえか、リーダー」

「囃し立てるな」

 

 リーダー云々は置いておいて、洸の言うとおりだ。

 十全の力を発揮できる状態で救出に臨みたい。その方が色々なことができ、救助の成功率も上がる。

 

 

「異論は……ないみたいだな」

 

 見渡した限り、不満そうな表情の人はいなかった。

 

「よし、帰ろう」

 

 

────>蓬莱町【裏路地】。

 

 

 

「柊、その……」

 

 

 言おうとした言葉が、出てこなかった。

 自分で思っている以上に、“記憶消去”という措置に納得がいってないらしい。

 

 だが、それでも、言わなければ。

 それも責任を負うということなのだろうから。

 

 

「彼らの記憶を、消してくれ」

「「「!?」」」

 

 自分の言葉に目を見開いた者、息を詰まらせた者、目付きを鋭くした者がいた。

 

「……」

 

 最初は驚いた様子を見せた柊だったが、それでも無言のままBLAZEの面々に手を翳す。

 

「おい」

 

 当然、待ったをかけるのは高幡先輩だ。

 それはそうだろう。誰だって、『身近な人の記憶を今から消す』と言われたら反論するし反抗をする。

 

「何言ってやがんだ岸波」

 

 そして、その反論なり反抗なりを受けるのは、指示者の役目。

 つまりは、責任の一端なのだと思う。

 

 鬼の詰め寄ってくる高幡先輩を見詰める。

 胸ぐらでも掴まれるかと思ったが、存外早く彼は腕を振り上げた。

 

 殴られたって文句は言えない。それだけのことを言っているのだから。最低限、異界攻略に支障をきたさないようにさえしてくれれば──

 

 

「ッ」

 

 

 

 ──目の前に、割り込む影があった。

 背中越しで、表情は見えないが、見覚えのある“薄紫色の髪”。

 

 表情は、見えない。

 自分に背を向け、両手を広げる少女が、無言のまま自分をかばうように立っていた。

 

「……」

「……チッ、説明は、してくれんだよな?」

「勿論です」

「……ハァ」

 

 振り被った拳を、溜息混じりに下ろす高幡先輩。

 そのまま腕を組み、鋭い瞳でこちらを見詰めてくる。

 

 ……それでは、本当に申し訳ないが、やらせてもらおう。

 

 

「柊、頼む」

 

 こくり、と彼女が頷きを返した。

 

 

────

 

 

「話は分かった。消さない方がデメリットが多いってこともな。正直そこまでやらなくても良いんじゃねえかとは思うが……」

「っ」

「……そんな悲しそうな目で指示する奴を、責められねえよ」

 

 悲しそうな目。そんな顔をしているのか。今の自分は。

 正直、決断を下した今でも、悩んでいる。今回はこれしかなかったとしても、次回はどうするべきなのか、とか。

 きっと、甘えてはいけないのだ。

 自分の魂が間違っていると叫び続けているのだから、同じ選択をしていればきっと、いつか何かが変わってしまう。

 

「それで、話を戻すが、俺の中に目覚めた“力”は、ソウルデヴァイス……ってやつで良いんだよな?」

「はい。間違いないかと」

「発してた光も同じだったし、オレらの時の状況が近いしな」

「へえ……いつか聞かせろや、時坂、岸波も」

「ええ、いつか」

 

 だが、気になることがある。

 

「けれど、ペルソナには目覚めていないみたいですね」

「確かに、よく分からねえが、先輩が目覚めたような気配はしないな」

「分かります。ペルソナが目覚めたときって、割となんか感じますよね! ブワーッと」

「なにそれこわっ」

 

 そういえば、祐騎は他人のペルソナ覚醒に立ち会ったことがないのか。

 正直、どこをどうしたらペルソナを使えるようになるのかは分からないが、その人が目覚めた時には、基本的に青い粒子のようなものが漂ったり、もしくは単純に何かを感じ取れるようになる。

 

 今回はそういった前兆が一切なかった。自分たちが知り得ない前兆があったのかもしれないが、楽観視は止めておこう。

 つまり。

 

「高幡先輩の力は十全でない可能性があるので、戦闘にはやはり参加させられません」

「……チッ、そうか……まあ仕方ねえ。腹は括ってる。だが、このソウルデヴァイスってのがあれば、防衛くらいはできるんだろ?」

「そうですね」

「なら、必要以上に足を引っ張ることはねえってことだな」

 

 プラスに考えようや。と彼は大柄な身体を揺らしてから、右拳を左手に撃ち付けた。

 

「これまでと同じで構わねえ。漸く、もう少しってところまで来たんだ。次も早目に頼むぜ」

「ええ。必ず助けましょう」

 

 全員が頷く。

 恐らく、次の攻略でこの異界は踏破でき、アキヒロさんを救出することになる。

 万全の準備をしておこう。 

 

 

────

 

 

「それにしても、信頼されてんだな。岸波」

 

 そのまま現地解散ということになり、それぞれが疲れを癒すため帰路に着く中、高幡先輩が自分のことを呼び止めた。

 だが、脈絡なくそんなことを言われても困る。

 

「? いったい何を?」

「つい感情が昂って、お前を殴ってでも止めようとした時のことだ。久我山が真っ先に動いたから分かりづらかっただろうが、その他の連中も全員いつでも動ける体勢を取ってたぞ」

「……」

「言わずもがな、そこには柊だって含まれている。全員が、反射的にお前を守る為に行動しようとしたんだ。少なからず、全員お前を大切に想ってんだなって分かった」

「そう、ですか」

 

 気付かなかった。

 あの時の自分は、自分の責任を負うことしか考えられていなかったから。

 そんな自分を、皆支えようとしてくれたのか。

 ……まだまだ頑張らないとな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月16日──【マイルーム】小日向たちと買い物

 

 

 次回の異界攻略は、2日後となった。

 準備と、休息に1日ずつ取ろうという話になり、今日がその休暇の1日目。

 晴れているし、スケボーでもやりに行こうかとも思ったが、そんな過ごし方では休息と言えないだろう。

 ……取り敢えず、買い物にでも行こうか。

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

「小日向? それに、伊吹も」

 

 駅前広場を歩いていると、同級生たちの姿を発見した。

 友人の友人、という立場の彼らだが、どうやら自分のことを覚えていてくれたらしい。

 

「おっ、岸波じゃねえか」

「岸波君、久し振りだね」

 

 最後に会ったのは、夏休みに入る前だっただろうか。

 伊吹に関してはもっと前だろう。どんな話をしたかも記憶にない。

 

 だが、不思議とほとんど久し振りという感じもしなかった。

 洸に倉敷さん、空からもたまに、彼らの話を聞くことがあったからだろうか。

 

「2人は何を?」

「暇つぶし」

「そうか」

 

 ……会話が終わってしまった。

 まあ良いか、買い物の続きにでも行こうか。

 

「あ、そうだ、岸波、この後空いてるか?」

「「えっ?」」

「メンツは多い方が助かるしな」

 

 ……どうやら何かをしに行くらしい。

 どうしようか。買い物は後回しでも良いが。

 

 

──Select──

 >行く。

  行かない。

──────

 

 

 せっかく誘ってもらったのだ。行くに決まっている。

 

 

「よし、じゃあ駅に行くぞ」

「遠出するのか?」

「いや、駅中に用事があるんだよ」

「?」

 

 まあとにかく、着いていくとしよう。

 

 

 

────>杜宮駅構内【特販ショップ】。

 

 

「最初は少し驚いたけど、よくよく考えてみれば、案外そんな驚くべきことでもなかったかな」

 

 目的地に向かっている途中、小日向が話しかけてきた。

 

「何がだ?」

「岸波君を誘ったことが、だよ」

「……ああ、なるほど」

 

 なるほど。

 確かに。

 

「あの時、仲直りしたんだもんね」

「ああ、伊吹が本気で謝りに来てくれた時だな」

「ハハハ……まあ、2回目がどんな感じだったのかは分からなかったけど、最初のはリョウタの一方的な言いがかりだったしね」

 

 最初の接触時を思い出して、小日向と2人、苦笑いを浮かべる。

 だがその後、伊吹が頭を下げに来てくれたこともあり、遺恨も残らずに終わったのだ。

 

「あんな真っすぐに人に謝れるなんて、リョウタは本当にすごい」

 

 眩しいものを見るかのように、伊吹の背中を見詰める小日向。

 その目は、何を意味しているのだろうか。

 

 

──Select──

 >謝りたい人が居る?

  リョウタみたいになりたい?

  ……(首を突っ込まない)。

──────

 

 

「えっ」

 

 少し目を丸くしてこちらを見てくる小日向。

 そんなに驚かれるようなことを言っただろうか。

 

「ああ、うん……ごめん。そうだね……生きていれば、誰だって誰かに謝りたくなるものでしょ」

「そうか?」

「そうだよ。僕は君にだって謝りたいことが幾つかあるんだ」

「それは?」

「それは、例えば……」

 

 貼り付けた苦笑のまま、自分から目線を外し、前方遠くを見て、彼は口を開く。

 

「リョウタの、こんな用事に付き合わせて、ゴメンってこととか、かな」

「え?」

 

「うおおおおおっ!」

 

 どういう意味か聞き返そうとした時、自分たちの会話を遮る咆哮があがった。

 

 特別販売ショップ、というらしい。

 駅構内で、まるで展示するかのように絵を並べていたり、お土産屋のように多種多様な製品を1つの棚に陳列している、そんな臨時販売店。

 目に入る場所に掲げられた幟を見ると、どうやら今日が開店初日らしかった。

 どうやら伊吹はここに来たかったらしい。

 

 その幟に書いてある店名は、“SPiKAグッズ特販会”。

 

「すげええ!」

 

 確かに凄い。

 すごい人だかりだ。

 平日のお昼だというのに、老若男女多くの人々が集まっていた。

 最も多いのは自分たちと同じ高校生、もしくは大学生くらいの年齢か。どちらかと言えば女子の方が多い気もする。

 

「うぉおおおお! 待ってろよお宝!」

 

 伊吹は、その人混みに今にも突撃しそうだった。

 

「ちょっと待ってリョウタ! 僕らは何をすればいいの!?」

「数量限定品とポスターを手分けして、それぞれ“1万円になるように”買ってくれ! あ、岸波は自分の分買うなら袋は別で頼むぜ!」

「ああ……」

「じゃ、任せたぜ!」

「えっ、それだけ!?」

 

 小日向が止めようと手を伸ばすも、彼の背中は徐々に人々の中へと埋もれていく。

 何も掴めなかった手を下ろした彼は、仕方ないなぁと苦笑いし、こちらへ振り返る。

 

「それじゃあ、僕たちも行こうか」

「ああ」

 

 まあ、何か良いものがあったら買ってみよう。

 

 

──Select──

  デザイン腕時計。

  サイン入りブロマイド詰め合わせ。

 >曲入りオルゴール。

──────

 

 ……自分用にもこれを1つ買って行こうかな。

 

 

────

 

 

「あれ、お帰り」

「小日向。早かったんだな」

「まあね。何を選ぶべきか少し悩んだけど、リョウタの好きそうな物は幸い分かりやすかったし」

 

 ……よくよく考えたら、3人でお互いが買うものを知らない状態で、被らないように買い物するというのは、ものすごく高難易度なのではないだろうか。

 

「ちなみに、岸波君は何を買ったの?」

「自分はこれだな」

 

 先程購入したオルゴールを出す。

 実際に鳴らしてみると、結構綺麗な音で彼女らの代表曲が流れてきた。

 それも恐らく、オルゴールに会うよう調整されているのだろう。聞き覚えのある曲だが、知っている顔とはまた別の一面を見せてくれる。

 

「へえ、良い音色だね」

「ああ、買ってよかった。小日向は何を買ったんだ?」

「僕は、これ」

 

 小日向が取り出したのは、何かタブレットのようなもの。

 

「デジタルフォトフレーム。今までのライブの写真とかが流れるんだって」

「流れる?」

「うん。単純に言うと、普通の写真立てに入っている写真が画像として映っていて、一定時間ごとにそれが切り替わる感じかな」

 

 写真立てのデジタル版。それも、1つの絵だけでなく複数の絵を同時ではないにしろ飾れるということか。

 ハイテクだな。

 

「リョウタ、昔から結構ライブとか行ってたし、こういうのがあれば思い出が蘇って良いんじゃないかなって」

「良いと思う」

「そう? ありがとう」

 

 写真か……そういえばあまり撮ったことがないな。

 だが、当時の写真を見れば、フラッシュバックすることは確かにあるのだろう。それがたくさんの写真だとすれば馳せられる時間も長くなる。

 特に楽しかった思い出なら、回想に耽って悪いことなんてないだろう。

 

「おーい、2人ともーっ!」

 

 伊吹が声を上げて歩いて来る。

 振れないほど両手いっぱいに荷物を持ったまま。

 

「お、おお荷物だね、リョウタ」

「おう! なんたって期間限定だからな!」

 

 確かに、限定メニューなどと表示されていれば無性に買いたくなることはある。分からない気持ちではない。

 だからって買いすぎだとは思うが……まあ、個人のお金だ。使い道は稼いだ者の自由だろう。

 

「リョウタ、よくそんなにお金あったね」

「伊達に夏休み家の手伝いやってないからな! 少しは前借りしてるけど、まだ数週間休みはあるし」

「あれ、家のお手伝いって、お金貰えるんだ」

「夏休みとかで一日やってれば少しくらいはな!」

 

 まあ、それだけやってもらっておいて何もなしでは、流石に続かないだろう。ご両親もそれは分かっているだろうし、何よりも理由があったとしても息子が手伝ってくれるのは嬉しいのではないだろうか。

 

「小日向はバイトとかしてないのか?」

「不定期だけどやってるよ。そんなにガッツリやってるわけじゃないけど」

「まあジュンの場合1人暮らしだし、掛かる金も俺らとは段違いなんだろうけど」

「それを言ったら岸波君もじゃない?」

「あれ、岸波って1人暮らしなのか?」

 

 伊吹の問いに頷きを返す。

 ……あれ?

 

「小日向に1人暮らししてるって言ったか?」

「ううん、僕はほら、岸波君の近くに住んでるし、まあコウ達から聞いた情報を断片的に繋げた結果、そう考えたんだけど……間違ってたかな?」

「いいや。その通りだ」

 

 洸が何を話したのかは分からないが、まあ日常生活で話題に上がることもあるのだろう。

 ……どんな話題であれ、友人の口から自分のことが語られているのは、少し嬉しい気がする。

 

「……それで伊吹、どうして1万円だったんだ?」

「ん? ……おお、忘れてたぜ! 2人とも、レシート出してくれ」

 

 伊吹に言われて、それぞれ財布からレシートを取り出して渡す。

 何かを確認するように眺めると、満足そうに笑顔で頷きだした。

 

「いやー。1人1日1万円以上のお買い上げで引換券が貰えるって話だったからな。3人いれば3枚ってことで、協力してもらったってワケだ!」

「そういうことか」

「じゃ、俺はこれでクジ回してくるから! それじゃっ!」

 

 元気に走っていく伊吹。

 荷物は目の前に置いていったみたいだ。

 ……取り敢えず通路端に避けておこう。

 

「ね。大した用事じゃなかったでしょ」

「いや、役に立てたなら何よりだ」

「……優しいんだね、岸波君は」

「小日向だって、付き合ってるだろ」

「ボクはほら、友達だし、時間が余っていたから」

「なら自分は、友達になりに来たし、時間が余っていたから、ということにでもしておこう」

「……変なの」

 

 くすり、と小さく笑った小日向。

 だが決して、呆れているような笑みではない。

 彼が浮かべる呆れを含んだ笑みは、こう……例えば、両肩を落として返ってきた伊吹に今向けているようなものだ。

 仕方ないなぁ、と口で言いつつも、楽しんでいて、けれどもどこか薄暗い笑み。

 小日向はたまにそんな笑みを浮かべることがある、気がする。

 

「……? どうしたの岸波君」

「なんでもない」

 

 まあ、思い違いかもしれないし、今は気にしないでおこう。

 

 重い荷物を全員で分配し、商店街へ。

 伊吹の家に置いた後、そのまま彼らと別れるように解散した。

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日はゲームをしよう。

 『イースvs.閃の軌跡 CU』の、続き。前回に引き続き、今回もキャラをすべて解放することを目標に頑張ろう。

 

「……」

 

 条件付きバトルに挑む。

 クリアできれば新キャラが解放できそうなシナリオだが、相手は作中で明言されている強キャラ。

 さて、どう挑もうか。

 

 

──Select──

 >いつも通りこつこつ削る。

  大胆に攻めてみる。

  コンティニュー前提で弱点を探してみる。

──────

 

 

 まあ、何かを変える必要はない。

 出来ることを確実にやっていけば、勝ちは掴めるはずだ。

 

「…………っ。……? ……!! ッ! ……ふぅ」

 

 ……なんとかクリアできた。

 やり直し前提の難易度という程ではなく、どちらかと言えば正直大胆に攻めた方が楽だったかもしれないくらいの、持久戦。

 だが、おかげで根気が身に付いた気がする。

 

 それにしても良いシナリオだ。人の繋がり、というものを感じさせてくれる。早く続きが読みたくて仕方がない。

 キャラ未開放の欄数を見る限り、まだまだ先は長そうだ。

 また今度も頑張ろう。

 

 

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが3に上がった。


────


 優しさ +2。
 根気  +2。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月17日──【マイルーム】祐騎の原点

 

 

 金曜日。異界攻略を明日に控え、残すは心の準備のみとなった。

 ……誰かに、会いに行こうか。

 きっと何をしても手に付かないだろう。それなら、誰かと話したりしている方が余程有意義なはずだ。

 

 

 

────>杜宮記念公園【祐騎の部屋】。

 

 

「それで、僕のところに来たの?」

「ああ」

「……ま、期限を決めてる以上何かを言うつもりもないけどさ」

 

 そう言い通つも祐樹は若干不満そうだ。その不満の向き先が、異界探索前にふらふらしていることなのか、それとも急な来訪に対してなのかは分からないが。

 インターホンを鳴らしたものの最初はまったく応答せず、仕方なくサイフォンに連絡してみると、普通に出迎えにやって来た。

 居留守だったのかと問うと、来客の予定はなかったからねと答えが来る。アポイントが必要だったとは思わなかったが、よくよく考えれば普通の事だろう。街中でばったり出会って遊ぶのとは訳が違う。次からは気を付けなければ。

 

 出迎えに出て来てくれた祐騎の姿に、少し違和感を覚える。

 少し注意深く見てみると、違和感の出所が分かった。ヘッドフォンだ。

 いつもは首から下げているだけのヘッドフォンを被っている。音楽を聴いていたのかもしれない。確かに来客音は聴こえなさそうだし、対応はできないだろう。サイフォンの連絡に気付いてくれて良かった。

 

 

──Select──

  何を聞いているんだ?

 >おしゃれじゃなかったのか。

  いつもと違うヘッドフォンだな。

──────

 

 

「え、何が……ああ、これ(ヘッドフォン)のことか」

「いつもカラフルなのをしているから、てっきりファッションの一部なのかと」

「自分で言うのも何だけど、僕が他人からの印象を気にすると思う? 誰に何を思われたいから何かを行動する人間だと?」

「……いや、祐樹は割と他人の為に行動している気がするが」

「……そ、そんなことないっての。節穴すぎるでしょ」

 

 若干照れたようにヘッドフォンを首から外す。

 

「まあヘッドフォンは普通に趣味だよ。高性能の機械で快適な生活をが僕のモットーだし」

「快適な生活?」

「できないことに対するストレスって死ぬほど嫌いなんだよね。ことヘッドフォンなら、良い音質を保てて、重低音が結構カバーできてて、かつ軽い、が理想かな。再現されない音があるっていうのも気持ち悪いし、かといって音質がどれだけ良くても、外で自由に使えなければイラっとくるから。重いと肩凝るし首疲れるし。持ち運びに便利、聞いてて嫌な感じがしない、っていい感じに折り合いついてる製品がこれってワケ」

 

 持ってみてよ。とオレンジ色のヘッドフォンを手渡される。

 ……見た目に反して確かに軽い。確かにずっと頭や首に掛けておくもの。重いものを選ぶわけにはいかないのか。

 ハイクオリティで軽量化。まさに先進技術。

 良いものが生活を豊かにし、豊かな生活は心にゆとりを齎し、ゆとりを持った心は他者に優しさを振る舞う。

 事実、高級品嗜好に見える祐騎は、良いものをそろえることで心にゆとりを齎しているらしい。

 祐騎の優しさの秘密が少しだけ分かった気がする。

 

 

「……うん、凄いな」

「でしょう? いやぁ、分かってくれる人が居てくれて嬉しいよ」

 

 きっと感心している内容はお互い違うのだろうが、恐らくそこは些細な問題だ。過程に感想を抱くか、結果に感想を抱くかの違いだし。

 

 リビングに着くと、相変わらずのモニター数に圧倒された。

 そういえば、彼の私生活について詳しく聞いたことはなかったな。半家出状態とはいえ、家賃とかどうしているのだろう。

 

「しかし、そういうのを買うお金はどうしてるんだ? 父親から?」

「唐突に嫌なこと言わないでくれる? 普通に稼いでるよ。そこら辺はバイトをしてるハクノセンパイやコウセンパイと同じだし、久我山センパイとも同じ」

「バイト?」

「ま、ネットを使ったビジネスってやつ。色々話があって面白いものさ」

 

 聞くところによれば、ネット界の便利屋のようなものをしているらしい。

 それが主、というだけで株の売買など色々なことに手を出しているとのことだが、自分でお金を稼げるというのは尊敬に値する。

 きっと自分のバイトをする感覚とは違うのだろう。

 ただ、便利屋という一側面を意識すると、自分と祐騎、それから洸は不思議な関係に見えてくる。自分は極稀にではあるものの、3人とも普段色々な依頼を請け負う立場に居るということだから。筆頭は恐らく洸だけど。

 

「便利屋、かぁ」

「どうしたのさ」

「……いいや」

 

 いっそのことみんなで便利屋を出来たら、もっと大きな事ができるだろうし、面白いだろうなって。

 ただ、それをこの場で言うと、祐騎はすごく嫌そうな表情をするだろう。……結局は賛成してくれそうな気もするが。

 それでも、提案するからには快く受け入れてもらいたい。もっと具体的な案を詰めていくべきだろう。そのうち洸や璃音、柊、空にも相談してみたい。

 個人個人で得意な場面が違うし、何よりみんな良い人だ。きっと上手くいくと思う。

 ……この際だ。祐樹の“得意”を突き詰めてみるか。

 

「祐樹はいつからネットとかそういうのが得意なんだ?」

「生まれた時から」

「そ、そうか」

「冗談だよ。意識したことはなかったけど、多分……小2とか3とかの時かな」

「大分前なんだな。きっかけとかあったのか?」

「まあね。……なんだと思う?」

 

 何だろうか。

 もしかしたらずっと前に聞いているかもしれないが。

 

 

──Select──

  調べるのが面白かった。

 >知らないことが苦痛だった。

  思春期。

──────

 

 

「せいかーい。まあ、苦痛っていうと大げさかもだけど」

 

 まあそこら辺に座りなよ。とソファを指差す祐騎。

 どうやら、詳しく教えてくれるらしい。

 

「さっきも言ったよね。“できないことに対するストレス”が嫌だって。やりたいことがあるのにやりかたが分かんなくて、何もできないのが堪らなく嫌だった。他人が知っていることを、自分が知らないのが恥ずかしかった。始めはそんな、プライドから始まったんだと思う」

 

 四宮 祐騎の原点。

 苦痛とまではいかないが、彼は幼少期から無力感に苛まれてきたようだ。

 きっとそこには親の教育も関係してくるのだろうが……まあ、あまり蒸し返すべき話題でもない。それに一応その問題は解決しているのだ。やはり口を出すのは止めておこう。

 

「まあでも、始まりこそは負の感情だったけどね。やってみると楽しいものだったよ。新しいことを知ることができる。好きなだけ調べることができる。やがて新しいものを生み出したり、或いは誰かの先に行ったりして、きっと普通に学校でだらだら過ごしてたんじゃあり得ない充実感を得た」

 

 昔から目標意識があって、勉学にも挑戦にも意欲的だったのなら、確かにそう思ってしまっても仕方ないかもしれない。

 学校が挑戦をサポートするにも、限度があるだろう。それにネットというと、世間一般には便利だけど危険なものという意見が蔓延している。

 そういう意味で、独学でそれを続け、才能を開花し、活かし続けてきた祐騎は正しい。

 だが、正しいだけではないだろう。

 

 

──Select──

  得られるはずだったものは?

  それで満足しているのか?

 >……(踏み込まない)。

──────

 

 

「……分かってるよ。その代わりに、僕にはコウセンパイのような横の繋がりはないし、郁島みたいに縦の繋がりはない。久我山センパイは一般人枠じゃないから比べる必要がないとして、柊センパイやハクノセンパイは……まあ似たようなものか。まあとにかく、犠牲にしたものは確かにあったんだ」

 

 しっかり、自分でも気付けていたらしい。

 足りないものと向き合うことから逃げない強さ。それを持っている祐樹はこれからも成長を続け、より凄い人になるだろう。

 

「ま、そこら辺はミンナのお陰かな」

「え?」

「なんでもないよ! それよりほら、せっかく来たんだ。ゲームでもしていかない?」

 

 自分たちの、お陰?

 そうなのだろうか。いまいちピンと来ないが。

 

 まあ何にせよ、彼が自発的に話すターンは終わったらしい。

 小型モニターをひとつ抱えて持ってきた彼は、そそくさとゲームの準備を始めている。

 これ以上は詮索しない方が良さそうだ。

 

 ゲームか。まあ自分も日々成長しているはずだ。少なくとも経験は溜まって行っているはず。

 ……今日こそ祐騎に着いていってみせる。

 

 

 

 

「ダメダメ! 何やってんのさ! ほら下がって! あーもう!!」

 

 

 全然だめだった。

 

 

 

──夜──

 

 

「さて」

 

 

 明日は異界探索だ。

 きっと決戦になるだろう。

 何か、やり忘れたことはなかったか?

 

 

 ……特に無さそうだし、また装飾品でも作るか。

 

 「……うん」

 

 “平凡な巾着袋”を作った! しかしやはり、何に使うかは分からない。

 いや、でも基本を確実にこなしていくのは悪くないはずだ。

 この調子で頑張って行くとしよう。

 

 さて、そろそろ寝ようか。

 

 




 

 コミュ・運命“四宮 祐騎”のレベルが4に上がった。


────


 優しさ +1。
 魅力  +1。
 根気  +1。
 
 
────



113-1-1
──Select──
 >何を聞いているんだ?
  おしゃれじゃなかったのか。
  いつもと違うヘッドフォンだな。
──────

「作業用BGM」
「作業用……?」
「集中したいときに流す音楽だよ。メドレーになってるから曲切り替えなくて済むし、1セットが長いから1時間くらいは操作が必要なくてね。長期戦にオススメ」
「へえ、今度聞かせてもらっても良いか?」
「いいよ。なんなら部屋で流しておく」

 →♪1。

──────
113-1-3。
──Select──
  何を聞いているんだ?
  おしゃれじゃなかったのか。
 >いつもと違うヘッドフォンだな。
──────

「え、いつもと同じだけど」
「……」

 しまった。新鮮に見えるだけで同じだったか。

「すまない」
「別に、他人の見る目なんか気にしてないし、ちゃんと見られてなかったとしても気にするほどのことじゃない」

 そういう彼の表情は寂しそうで、自分はひどい間違えをしてしまったんだと痛感した。

 →♪なし。流石にコミュリバースまでとはいきませんが、祐騎君に傷を付けるだけなのでおやめください。

──────
113-2-1。
──Select──
 >調べるのが面白かった。
  知らないことが苦痛だった。
  思春期。
──────

「まあそれもなくはないかな。新しいものを得るって新鮮だし、やみつきになるのは間違いないけど」

 その気持ちはすごく分かる。
 発見というのは楽しいものだ。だから人は学び、考えていくのだろう。

「けど、始まりは違うよ。そうだね、ただストレスを許容できなかっただけ、ってとこかな」

 →本文と同じ流れに。

──────
113-2-3。
──Select──
  調べるのが面白かった。
  知らないことが苦痛だった。
 >思春期。
──────

「は、ハァ!? ちょっと何言ってんの!?」
「いや、男の原動力といえば……」
「頭湧きすぎでしょ! 小学校低学年の頃の話だって言ってんじゃん! だいたい思春期に無縁そうなハクノセンパイが男の原動力とか似合わなすぎる」
「失礼な」

 覚えてないだけで、思春期はあったはずなのだ。
 普通はあるものらしいし、きっと。決して無縁ではなかったはず。

「というか、何をもって無縁だと?」
「人畜無害そうな顔」
「失礼な」


 →軽度な中二病は患っているかもしれない。ちなみに反抗期はなかった。

──────

 最後の選択肢はどれを選んでも変わりないので省略。
 それではまた次回。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月18日──【マイルーム】先に気付いた者

 

 

 夢を見た。

 迷いを断ち切れぬ青年の夢だ。

 

 

 偶然とはいえ、助けたいと願い助けた命。

 その対価は、相手の夢。

 夢を奪ってまで助かった命に価値があるのか。助けた本人である岸波白野にも分からない。

 彼には夢が無いのだから、当たり前のことかもしれなかった。

 それでも、彼が足を止めることはない。未だ足を止める理由に、出会っていないからだ。

 

 次なる対戦相手は、狂戦士と狂者。

 言葉は通じず、コミュニケーションは取りづらい。

 相手は自身の世界を持っていて、岸波白野だけではなく、他の誰もをそこに迎え入れようとしていないようだった。

 ──彼の相棒を除いては。

 

 だからと言って、岸波白野のやることに変わりはなかった。

 寧ろやることが増えていった。

 

 戦うこと。

 戦う理由を探すこと。

 そして、戦った責任を取ること。

 

 生き残ることを諦められず、無責任なままでいるのに耐えられず、他人を切り捨てることを許容できない。

 故に岸波白野は、自分を探しながら、決められた刻限まで必死に生きるのだろう。

 その姿を後ろから見ることになった少女に、手を貸され、背中を押されながら。

 その姿を隣で見続けている相棒たる妖艶な狐精に、尽くされ、寄り添われながら。

 

 

────

 

 目が覚めて、またあの不思議な夢を見たか、と振り返る。

 相変わらず夢とは思えない夢だ。見たこともない人が多く出てくる辺り、失った記憶の中の知人か、もしくは前世の記憶でも受信しているのではないかと思う程に。

 

 救った側の責任。自分も歩み続けている道だった。

 一度救ったからには、寄り添ったからには、最後までしっかりと付き合う覚悟は持たなければいけない。それは4月か5月頃に、美月から言われたこと。

 命のやり取りを続け、救えずに終わっていた夢の中の彼にとっては難しい問題かもしれない。

 自分だって、唐突に友人を殺さなければ生き残れないと言われたら困惑するし、きっと悩みに悩むだろう。

 ……生きる、理由か。

 自分も、夢の中の自分も求め続けている、きっと大切なもの。

 だが、夢を通して、それを求める姿を客観視することができた。

 その上で、少し、考えたいことがでてきた。

 ……誰かに話を聞いてもらいたいかもしれない。

 

「……でも、今日じゃないな」

 

 今日は、約束の日。

 戌井 彰浩の救出に向かう日だから。

 

 

────>ダンスクラブ【ジェミニ】。

 

 

「いよいよ、だな」

 

 ダンスクラブ【ジェミニ】の前に全員が集う。

 誰もが緊張した面持ちでいた。気の抜けている者など居ない。とはいえ気負い過ぎている者は1人だけで、いつものメンバーは慣れもあってか、そこまでガチガチではなかった。

 

「高幡先輩」

「ん、おう、岸波か。行くのか?」

「いえ」

 

 気を張り詰めすぎです、とは言えない。

 以前からそうであったが、気負うなと言う方が無理な話なのだ。

 だが、それでも今の彼との間には、死線を潜り抜けた縁がある。少なくとも自分は、そう信じている。

 

「あまり、1人で思い詰めないでください」

「……」

「自分たちが居ます。戦うのは高幡先輩1人じゃない」

「……岸波」

 

「そうだぜ、高幡……いや、シオ先輩、オレらもう、仲間じゃないっすか」

「仲間……」

「そうですよ! 1人だと厳しいことでも、誰かと一緒ならなんでもできるようになりますって!」

「ま、元より1人ですべてやり遂げようなんて気持ち、傲慢が過ぎるしね。そういうの、“驕り”って言うんだよ。適材適所、高幡センパイは高幡センパイにできることをやれば良いから」

「ユウ君は、“心配はいらない、フォローは任せて”って言ってます!」

「言ってない!」

 

 ユウ君自動翻訳機と化している空と、真意を見抜かれて焦る祐樹ががやがやと言い合いをする中、高幡先輩は、くつくつと笑い出した。

 

「くっ……くくっ、本当に、お前らは……」

「緊張、解れましたか?」

「ああ、イイ感じだ。まったく、敬語は要らねえって言っただろうが。仲間だって言うなら、尚更遠慮なんて要らねえよ」

「それは、その……」

「無意識で敬語使っちまってたな」

 

 思い返すと、結構敬語で話していた気がする。

 気を許していないという訳ではなかったのだが。

 

「気に障った?」

「ハッ。まさか。そんな小さいことに目くじらは立てねえよ」

「そんじゃまあ、ここからはお互い遠慮なしってことで、どうだ?」

「良いぜ。……だが正直仲間とは言っても、このままだとお前らには頭が上がらなくなっちまいそうだな」

「別に気にすることじゃない」

「ああ」

「……異界関係じゃ力になれねえが、この先お前らが現実で困ったら、何が何でも力になる」

 

 だから。と前置いた彼は、気合を入れる為に、胸の前で両拳を叩きつけ──

 

「岸波、時坂」

 

 ──その拳を、こちらに向けた。

 

「今は、お前らの力を、貸してくれ」

「! ……へへっ。上等!」

「ああ、全力を尽くそう」

 

 洸と志緒さん、自分。3人の拳を、突き合わせる。

 ゴツッと鈍い音が身体に響く。少し痛いが、気合は十分に入った。

 さて。

 

「柊と璃音も、よろしく」

「「……」」

 

 口を開かない柊と璃音に頭を下げる。

 反応はきっと返ってこないだろう。それは自分たちの問題で、今日が済んだらしっかりと解決していけば良い。

 今は、目先の問題に集中しよう。

 

 

「みんな……」

 

 (ゲート)の前に立ち、振り返る。

 全員の表情が、よく見えた。

 先程より柔らかく、しかし先程よりも力がある。

 そんな頼もしい戦友たちに背中を押されるようにして、自然と言葉が出てきた。

 

「行こう」

「「「「 応! 」」」」

 

 扉へ向かって駆け込む。

 目的地まで、最速で飛ばそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

────>【異界:蒼醒めた廃墟】。

 

 

『おいおい、ナニ調子に乗ってンだァ……?』

 

 最奥に至る道筋に踏み入れた途端、声が流れ込んできた。

 だが、知らない男の声だ。戌井さんが言われたことの記憶でも流れているのだろうか。

 

『ンだと』

 

 違った。今のは戌井さんの声だ。

 どうやら2人は、会話をしているらしい。

 

『ンだとじゃねェぞ腰巾着』

『ッ』

『言い返すか? 言い返せんのかァ?』

『黙れ……』

 

 会話というには、少し雰囲気が悪かった。

 

「今の声は……」

「心当たりが?」

「ああ。……当時敵対してた都下最大級のグループ、ケイオスってグループの幹部の声だ。耳に残る感じ、間違い様がねえ」

 

 志緒さんの腕に、力が入っているのが見て取れた。

 ……ああ、そうか。そのグループが、先輩の相棒である竜崎さんを。

 

 ――あの人たちに及ばねえのは、分かってんだよ。

 

 

 次に流れてきたのは、戌井さんの心の声だった。

 イラつきを孕んでいることは声色で明らか。もう少し聞けば、何か分かるだろうか。

 

『ハッ、しけてんなァつまんね。張り合いがねェんだよ今のテメエらは』

 

 ――いつもそうだ。あれからいつだってオレらは、下に見られてる。

 

『だいたいよォ、カズマもいねえシオもいねえチームなんて、誰も付いて来ねえだろ』

『……やめろ』

 

 ――その名前を出すんじゃねえ。

 

『良いか、テメエらBLAZEの時代はなァ』

『やめろッ』

 

 ――わかりきってることを外野が言うんじゃねえよ。

 

『ケイオスに負けた時点でもう終わったんだよ!』

『やめろッて言ってんだろうがァ!』

 

 ――じゃあ、どうしろってんだよクソ、クソッ!

 

   

   

「……」

 

 どうしろ、か。

 

「行きましょう、志緒さん」

 

 その答えを、伝えに。

 

「……ああ」

 

 

 

────>【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】。

 

 

 最奥に到達して最初に見えたのは、戌井さんが、彼のシャドウと思われる人物に首を絞められている場面だった。

 

「やめろぉおおお!」

 

 志緒さんが、叫ぶ。

 その巨体に見合わない速度で走り、ソウルデヴァイスを呼び出し、シャドウへ向かって斬りかかった。

 

 その体験型のソウルデヴァイスを、戌井さんのシャドウは、片手で受け止める。

 

「うっそぉ」

「なんて力……」

 

 少し間を開けて、囲むように展開した自分たちは、各々のソウルデヴァイスを召喚。

 いつでも切り込める体勢を取った。

 

『よぉシオさん。遅かったじゃねェか。遊び疲れたぜ』

「テメェ……!」

『ギャハハハ! なにキレてんだよシオさん! まさか一度見捨てた相手を助けたいなんてダセェこと抜かさねえよなァ?』

「生憎、そのまさかだっ!」

 

 一際力を込め、ソウルデヴァイスを押し込む志緒さん。

 さすがに彼の全力は受けきれなかったのか、シャドウは一旦ソウルデヴァイスを離し、後ろへ後退した。

 その隙に、空と洸が戌井さんを回収する。

 

『おいおい嘘だろシオさんよォ。頼むからそんなダサい真似しないでくれよ』

「五月蠅え。ダサくて何が悪い。それをしたいって意志は決まってる。それを為すべき力は借りた。なら、成し遂げられねえ方がダサいだろ」

『なに訳のわからねえことを言ってんだよ!』

 

 今の所、シャドウが怪物に変化する様子はない。

 それにまだ会話は通じている。

 自分たちが出来ることと言えば、志緒さんの援護と、戌井さん本人の回復か。

 

「柊、回復を」

 

 柊のディアが戌井さんに掛かり、彼の辛そうな面持ちが少しだけ和らいだ。

 

「……テメエら、は」

「助けに来ました」

「……チッ、るせぇ、どけっ」

 

 自分を押しのけ、足を引き摺りながらも前に出る戌井さん。

 見兼ねた空が肩を貸そうとするが、払いのけられた。

 

「おい、何してやがる」

「アキ!?」

『なんだ、起きたのか、オレ』

「うるせェ! オレの顔で喋んじゃねェ!」

 

 戌井さんは、怒鳴った。

 やはり、シャドウと対面して、冷静というわけではないらしい。

 先程までは首を絞められていた。殺されかけていたということだ。

 一体なぜ、シャドウは本体である戌井さんを殺そうとしていたのか。

 

 ……空の時のシャドウは、空自身を攻撃しようとか殺そうとかはしていなかったな。

 

 だが、悟らせようとはしていた。

 あくまで自分に気付かせようと話を回し、己に納得させることで、本人の意思を奪おうとしたのだ。

 シャドウの目的が、本人の意志を乗っ取ること。本能のままに行動させるよう仕向けることだとすると、戌井さんのシャドウが彼に分からせようとしたことは……?

 

『連れねえこと言ってんじゃねえよ。オレはオマエだ。同じ顔してんのは当然だろうが』

「わけわかんねえこと抜かしてんじゃねえぞ! それからシオさん! アンタは何でこんな場所に居んだよ!」

「お前を、アキを助けに来た」

「……は? 助けに……? 嘘、だろ……嘘だ、嘘だ」

 

 志緒さんの発言を聞いた直後、様子が一転した。

 助けに来たのが、そんなにおかしいのか?

 

『ああ、その通り。嘘だよ、オレ。誰かが助けに来てくれるなんてユメに決まってるもんなァ』

 

 助けに来てくれるはずはない。

 シャドウはそう言った。

 つまり、戌井さんの本音は救われることを諦めているということか?

 一体、何故。

 

────

  

『まさか一度見捨てた相手を助けたいなんてダセェこと抜かさねえよなァ?』

  

────

 

 ……そういう、ことか。

 

 

「志緒さんは、本気で戌井さんを救いに来ている」

「岸波?」

「なんだ、テメエは……」

「志緒さんの仲間だ」

『「……は?」』

 

 間の抜けたような表情で、受け入れられない事実を叩きつけられたような声を出す彼ら。

 まあ、そういう反応になるよな。

 

「志緒さんが、貴方を救うのに集めた仲間だよ」

「嘘、だ……だってシオさんは、オレらを……オレを見捨てて」

「そうかもしれない。以前は」

『……テメエ』

 

 まあそれは後で本人に思う存分語ってもらおうとしよう。

 打ち明ける覚悟は出来ているはずだから。

 自分たちがするのは、その機会を設けること。

 みんながこちらを見ている。

 ああ、そうだ。いつも通り。

 戌井さんと、本音でぶつかり合う為に、まずは。

 

「岸波」

「はい。……戌井さん、貴方は。貴方が諦めたことは」

 

 

 心の壁を、壊さなければ。

 

 

──Select──

  

 >誰かを頼ること。

  

──────

 

「誰も助けてなんてくれない、誰も力になってくれないならと、他者へ期待することを止めて1人殻に閉じこもり、すべてを単独でこなそうとした。違うと言うなら──」

「少しズレてるぞ、岸波」

「──え?」

 

 違う……?

 突然志緒さんに遮られて、頭が真っ白になる。

 頼ること、ではない?

 なら、何だと言うのか。

 

 

 

 

 

「アキ、お前が諦めたのは……違うな、“俺たちが諦めた”のは、“決別すること”だ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月18日──【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】ケジメを付ける

 

 

 決別。

 惜しまず、別れること。

 袂を分かつことを指す言葉。

 

 決別を諦めたと言うが、それは……

 

「分かってるだろ、アキ。お前も」

「う……うるせえ! 訳が分からねえことを!」

 

 額に青筋を浮かべ、戌井さんは早口で否定の言葉を述べた。

 

「うっわー、分かりやす」

 

 祐騎の言に賛同するわけではないが、その態度の急変振りは、まさに図星を突かれて焦ったように見える。

 問題の自覚は間違いなくあるのだろう、本人が否定しているだけで。

 つまり、シャドウの目的は、その何かを認めさせ、決別させること、ということか。

 

『ハッ。焦ってんじゃねえよ、オレ』

「うるせぇえええ! テメエもシオさんも、後ろのガキどもも、全員うっせえんだよォ!」

「アキ……」

「見んじゃねえ! オレをその目で見んじゃねえ!!」

 

 痛々しいものを見る目。

 それを向けられることを、戌井さんは嫌がっていた。

 ……別に、志緒さんに悪意がある訳じゃない。この人は多分、戌井さんを馬鹿にしているわけでも、下に見ているわけでもないのだろう。

 ただ彼を見ると、胸が痛む。そんな感じだ。

 

 志緒さんの視点から言えば、決して戌井さんの現状に理解が及んでいないわけではない。そうでなければ、『俺たちが諦めたもの』などという言い方はしないだろう。

 そこは手の届く範囲であったし、仮に手を伸ばしていれば、異界なんてものを生み出すことも、そもそも関わることすらなかった、という後悔だってあるのかもしれない。

 

『うるせぇなぁ。喚いてんじゃねえよ』

「て、テメェ!」

『そうやってザコのままでいるつもりか? 分かってんだろ。そんなんじゃ誰も着いて来ねえことも、誰にも認めてもらえねえことを』

「……ッ」

 

 BLAZEのリーダーだと言うのに、後ろに誰も着いて来ない。

 BLAZEのリーダーだと言うのに、誰も自分のことを認めてもらえない。

 

 それは、異界攻略の際に聴こえてきた声の内容と同じだ。

 しかしそんなものは戌井さんの目指したリーダー像ではなく、足りないものを補うための努力を始めても、それは変わらなかった。

 以前祐樹が推測していたように、戌井さんは自身の弱みを見せなかったのではないだろうか。普通、弱い者として扱われている戌井さんが更に弱みを出して相談などをしよう、という考えには至りづらいはず。

 だから自分は、彼が“誰かに頼ること”を諦めたのだと推測した。

 

「この際だからハッキリ言っておくぞ、アキ」

「な、んだよ」

「俺らの背中を追うのは、止めろ」

「──」

 

 それは、戌井さんにとって憧れを捨てろという発言に等しかった。

 志緒さんの聞いて漸く気付く。自分の推測は、間違ってはいなかったのだろう。ただ、決定的に足りなかった。

 戌井さんは確かに頼ることを諦めている。頼らず、1人でなんとかすることによって頭としての力を誇示しようとしたのだろう。

 そのこと自体は、きっと“間違っていない”のだ。

 間違っていたのは、その方法。アプローチの仕方。

 

 志緒さんやカズマさんという2大巨頭の後を継ぐにあたって、彼らの“在り方”を模倣しようとしたこと。 

 

「お前がどうしてそこまで思い詰めちまったのか考えて、はっきりと分かったことがあるんだよ。俺たちの存在が、重圧になったんだろ?」

「ち、ちげぇ!」

「なら、お前に聞くぞ、本心(シャドウ)。なんでお前はお前自身に、決別させようとしていたんだ」

『アンタが言った通りだよシオさん。はっきり言えば辛ぇ。アンタらみてえな頭になりたくてよ、精一杯頑張った所で、誰も着いてきちゃくれねえんだ。どいつもこいつも、二言目には『竜崎が居た頃は』、『高幡さえ居れば』だ。……うんざりなんだよ! テメエらが目障りなんだ!』

「だろうな。……すまねえ。ケジメを付けなかったオレらのミスだ」

『……そうやって……』

 

 髪を強く掻きむしり、空いた片手で顔を覆うシャドウは、いつか見た他のシャドウたちと同様、“膨れ上がっていく”。

 

『いつまでも上から目線で居るのが、うぜえってんだよッ!!』

 

「志緒さん、下って!」

 

 肥大化した腕が高幡先輩へ向かおうとした所に割って入り、ソウルデヴァイスで攻撃を受け止める。

 

「全員、戦闘準備! 洸と璃音で志緒さんのガードを! 残り全員で攻める!」

「「「「 了解 !! 」」」」

 

 隊列を組んだ頃には、戌井さんのシャドウは異形へと成り果てていた。

 最早二本足ですらない、四本足の大型シャドウ。一見するとその姿は、カメレオンに近いだろうか。

 目は激しく動いていて、長い手足は折りたたまれている。だがその両手両足は太く、よほどの力を持っていることが伺えた。

 パワー勝負は得策ではない。ガードを空に任せて、自分がその補助。

 あとは万能型の柊と遠距離型の祐騎に攻撃を任せていく。

 基本方針はそんなところだろうか。

 

『我は影、真なる我』

 

 全員が臨戦態勢を取り終えた。

 異形の怪物を真正面に見据え、各々のソウルデヴァイスを構える。

 

『求めるものは強さ。自由な強さ。何にも縛られねえ、何にも邪魔されねえ、純粋なチカラだ』

 

 縛るものも、邪魔するものも薙ぎ払う。

 そんな決意が聴こえてくる。

 志緒さんは勿論、彼を現在進行形で妨害している自分たちにも、その怒りは向けられていた。

 

『さあ、せいぜいオレを熱くさせてくれよォ……?』

 

 

「“ネイト”【ブフーラ】」

 

 熱くさせてくれよと言われた直後に氷結属性のスキルを使う辺りに、柊の不機嫌さが滲んでいる。

 ……いや、怒りで熱くなるのか?

 ともあれ、先手を取ったなら続いていこう。

 

「“タマモ”【エイガ】!」

 

 潜在能力として存在する【呪怨ブースター】のおかげで若干火力の上がった、呪怨属性攻撃。

 ……氷結属性の時と同じく、そこまで効き目がよくないみたいだ。

 手ごわいな。

 

「見透かせ、“ウトゥ”!」

 

 祐騎の指示で、彼のペルソナが【ラクンダ】を放つ。シャドウの移動速度が落ちることで、こちらの攻撃は当てやすくなり、逆に相手の攻撃は当たりにくくなるはずだが……正直どこまで持つか。

 

『アァ? なんかしたかよ?』

「へっ!?」

 

 てっきり猶予があると思って構えていた祐騎に、大型の拳がクリーンヒットする。

 自分たちも、反応しきれなかった。

 全然遅くなっていないのではないか? 

 推測していた速度よりだいぶ早い。

 

「ユウ君!」

 

 倒れた祐騎を起こしに空が駆け寄る。

 息を切らし、腹部を抑える彼は、キツくシャドウを睨んだ。

 

「成程ね、デバフ無効……なかなかボスっぽいじゃん。ハクノセンパイ! 今回デバフはなし! 自己強化に専念する形で行った方が良さげ!」

「わかった!」

 

 効かなかったのは確か。他の術を試してもいいが、防御力を下げても攻撃力を下げても目に見える変化はない。

 それよりは、割り切っていく方が良いだろう。

 

「わたしも行きます! 受け取ってください、“セクメト”【リベリオン】!」

「ありがとう。……チェンジ、“フウキ”【タルカジャ】」

 

 相手の妨害が出来ないのであれば、自分たちが強くなればいい。

 空が掛けてくれた技の詳細はよく分かっていないが、不思議な高揚感に包まれた自分は、そのままの状態でペルソナ能力を発現させることに。

 

「チェンジ、“オオクニヌシ”【五月雨斬り】!」

 

 

 【五月雨斬り】。ペルソナによる三連撃の物理攻撃。

 普段、強敵を相手にする時は一撃の威力が低いこともあって使い辛いけれども、今は別だ。

 過信は良くないが、こういう高揚感に包まれている時は、攻撃がよく通る。

 

 

『くッ』

 

 目論見通り、シャドウのバランスを崩させ、転倒させることに成功した。なかなか分の悪い賭けだったが。

 

 

「チャンス! ここが攻め時でしょ!」

「ああ。今だ、畳みこもう!」

「ここで詰めなきゃ、いつ詰ませるのさ。ってね!」

 

 降ってわいた機会に、先程転倒させられた祐騎が燃えている。いつになくテンションが高い。

 だが、彼の言葉通り、今は攻め時だ。

 全員で囲み、思い思いに全力でダメージを与えていく。

 ……だが、どこか感触が変だ。

 いつもだったらもう少し……そう、反応があるはず。

 だが、シャドウにはそれがない。

 

『……ハッ』

 

 シャドウが片手を重心に身を回転させ、振り回された足によって後退を余儀なくされた。

 

『ンだよ、この程度かァ……?』

 

 確実にダメージは入っているとは思うのだが、如何せん敵の反応にそれが出ないので、判断がしづらい。

 いつも通り攻め続けていて良いのか?

 互いに疲労は蓄積していく。我慢比べを挑むのは悪い手ではないが、最善手では決してない。みんなに負担が掛かり過ぎるし、多少のリスクはある。

 だとしたら、どうするべきか。

 

 

 

 

 

『舐められたもんだなァ』

 

 気が付くと、目の前にシャドウの足が迫って来ていた。

 

 

「先輩ッ!!」

 

 空が間一髪、足を受け止めるようにガードに入ってくれた。

 ……今のは本当に危なかった。シャドウが何も言わなかったら反応すら出来ていたか怪しい。

 

『喧嘩中に余所見とは、余裕ぶちかましてくれんじゃねえかよォ』

「空、助かった」

「いいえ。ですけどこの状況、どうしますか?」

「……」

 

 現状、明確な打開策はない。

 となるとやはり持久戦に持ち込むべきか。

 だったら現状ダメージを負っている空と祐騎を下げて、洸と璃音に交代してもらって──と。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

 

「なあ、アキ」

 

 

 後方から志緒さんの、声が聴こえてきた。

 

 

「タイマンだ。まさか逃げるなんて言わねえよな?」

 

 

 耳に入ったのは、まさに耳を疑う発言だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月18日──【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】 焔 

 

 

「な」

「なんてことを、言ってるんですか!」

 

 空の怒号が、響く。

 

「シオさん、それは流石に」

 

 洸も表情は険しい。

 自分だって祐樹だってそれは同じだ。

 あれだけ前に出ないと約束したのに、それを反故にするのと同意義の行為。

 ……いや、自分たちの動きが、順調に見えないから凶行に走らせてしまったのだろうか。

 そんな心配をしたものの、自分たちの横を通り過ぎて前に進む志緒さんの瞳には、確固たる“焔”が宿っていた。

 自棄になっているわけでは、ない?

 

「勘違いすんな、岸波たちに不足があるわけじゃねえ」

「なら何で……」

「まだ、俺の出番だったってだけだ」

 

 意味の分からないことを答えながら、しかし、ここは任せておけと自分に言い残し、彼は息を大きく吸う。

 深呼吸のように。しかしすぐには吐き出さず、吸った空気に気持ちを乗っけて。

 

「BLAZE元特攻隊長、戌井 彰浩!」

 

「『!?』」

 

 

 戌井さんの名を、叫んだ。

 

 

「お前が“折れない男”だってのは、よく分かってる。それゆえの“特攻隊長”って肩書だ。だが、それだけならどこにでもいる“特攻隊長”。BLAZEの特攻隊長とは呼べねえ」

 

 大剣のソウルデヴァイス“ヴォーパルウェポン”を掲げ、切っ先を大型シャドウへと向ける。

 

「思い出させてやるよ、この剣で。この拳で。お前が失くしちまった“焔”ってやつを」

 

『ふッざけんなァアアア!』

 

 激情を露わにしたシャドウが、志緒さんに突っ込んできた。

 その突進を両手を添えたソウルデヴァイスで押し留め、踏ん張る。

 受けきった。

 

「思い出せよアキ、俺たちが掲げた焔ってなんだった」

『そんなのは決まってんだろ! 強さだ! 理不尽に負けず、不条理に屈さねえ。真っ向から向き合っていく力強さだ!』

「ああ、その覚悟を全員で持っていたからこそ、俺たちはチームになった」

『それがなんだって言』

「今のBLAZEに、お前に、その強さはねえ」

『──』

「おらァ!」

 

 巨体をはじき返すように、ソウルデヴァイスを押し戻す志緒さん。

 両者の間に、空間が開いた。

 

『アンタまで……』

「……」

『アンタまで、オレを否定すんのかよッ!』

 

 怒涛。

 絶え間ない連撃。

 休む間もなく、堰を切ったような怒りが、志緒さんに叩き込まれ続ける。

 

 

 

 耐える。

 耐える。

 耐える。

 

 圧倒的に振るわれ続ける暴力に対し、志緒さんはただ防御を続ける。

 圧倒的力を振るわれ続けていても、すべてを防ぎきれている。

 

 

 

 

「あ、圧倒的過ぎるでしょ……」

「これは、いくら高幡先輩でも……」

 

 止めるべきじゃないか。とこちらに問いかけてくる1年生2人。

 それに対して洸は、待つことを選んだ。

 手を出したいのだろう。割って入りたいのだろう。ソウルデヴァイスを握る拳は強く締め付けられている。

 それでも彼は動かなかった。

 

「──岸波君」

 

 唯一、自分に直接掛けられたのは、気のせいではあるが、“久しく聞いていなかった声”。

 

 柊 明日香が、こちらを真っすぐに見つめていた。

 

「良いのね?」

 

「ああ」

 

 任せろ、と彼が言うのだから。

 はたしてそれが正解かどうかは分からない。

 けれども志緒さんは、勝算があるように前を見据えているのだ。

 今だってその目には、焔が灯っている。

 なら、自分たちはそれを信じる。

 今あそこに居るのは、何も知らなかった志緒さんではない。

 困難を知った上でなお救おうと足掻く、1人の“先駆者”なのだから。

 

 

 

 

「アキ、お前が持ってたクスリ、“熱”(HEAT)って言うんだってな」

『それがなんだよ。気を紛らわせようったってそうは行かねえぞ』

「お前が何を思ってそれを名付けたのかは知らねえ。けどな、そんなもんで“焔”(BLAZE)がもう一回燃え上がるとでも思ったのかよ」

『……なにが言いてえ』

「お前の、俺たちの焔は、俺たちから溢れ出たモノだっただろうが! 代用なんてできる訳がねえだろ!!」

『──』

 

 一瞬、攻撃の手が怯んだ。

 その間を見逃さず、志緒さんは動き出す。

 

「焔は強さだって言ったな!」

『そ、うだ!』

「その通りだ! 焔ってのは俺たちの強さ! “俺たちの意志の強さ”だ!」

 

 躱し、受け流し、躱し、受け止め、また走り出す。

 段々と距離が詰まり始めた。

 ソウルデヴァイスが届く間合いまで、あと少し。

 

「カズマの背中を覚えてるか?」

『忘れるわけねえだろ……瞼の裏に強く焼き付いて、消えねえよッ』

「その焔が、魂の輝きが、そんな小さい“熱”によって支えられてたかよ」

『……そんなわけ、ねえだろ!』

 

 先程までとはまた一段階違う殴打が、志緒さんに飛来する。

 彼はそれを刃の腹で受け止めようとするが、踏ん張りきれずに後退した。

 

『そんな柔い人じゃなかった……そんな“紛い物”じゃなかった。アノ人も! アンタも! もっと純粋に眩しかった!』

「……」

『でもオレはそうじゃねえ! アンタらみたいに熱くはなれねえ! だから。オレは、クスリに頼るしかなかった。そうじゃねえと誰も着いて来なかった。偽りでも、“焔”を掲げていないとやってけなかったんだよ!』

 

 異界ドラッグに手を染めることが悪いことだという自覚はあったのだろう。

 だが、それを頼らざるを得なかった。

 そうしないと、彼は大切な居場所を守れなかったのだから。

 

 だが、誤った過程で得た結果を、認める訳にはいかない。

 

『なあシオさん……オレは、どうすれば良かったんだッ!』

「頼れば良かっただろ」

 

 もう答えなんて分かりきってるだろ。と言わんばかりに、迷うことなく彼は答えを口にする。

 

「口が裂けても、俺を頼れとは言えねえ。俺は一度、お前らから逃げてる。そんな俺がどの面下げていつでも頼れなんて言えるかよ」

『……なら、誰を』

「志を、“焔”を! 共にした仲間に! 決まってんだろ!」

『ッ』

 

 攻撃が、止まる。止まっている。

 先程から息つく暇なく行き交っていた拳は、両者ともに収めている。

 

「“魂”を交し合っていれば、恐怖で繋ぎ止めることもなく、あいつらだって着いて来たはずだ。1つ1つの焔が集まって、大きな焔になって。その全員の焔を背負っていたから、カズマの焔は眩しく感じたんだ。お前が見てたっていう俺の焔だって、俺の分だけじゃねえ。カズマの分も、お前の分だって背負ってたから、眩しく見えたんだろうよ」

 

 だから、お前が求めたものは間違っている。

 そう志緒さんは断言する。

 

「いつまでも死者の背を追ってんじゃねえ。いつまでもなくなった背中を追い求めてんじゃねえ。俺たちはそんな立派でもねえし、俺たち個人は追われる程の価値なんてねえんだよ」

 

 だから決別しろ。と志緒さんは言う。

 決別を諦めた。か。その通りかもしれない。

 確かに頼ることも諦めているが、そもそもそれは、志緒さんやカズマさんという大きな背中(虚像)を追い続け、空回りしてしまったから。

 彼らのようになるまでは誰も頼らない。弱みを見せないと決めつけてしまったから。

 

 ……でもそれは、何かがおかしいような。

 

「なんだったら、BLAZEなんて肩書はなくても良かったんだ」

『それはッ』

「元々、俺とカズマが始めたもんだしな。お前のグループだ、新しい名前にして心機一転ってのも悪くなかっただろ」

 

 名に縛られた。というのは確かにあるかもしれない。

 BLAZEはこうでなければいけないという思い込みがあるなら、BLAZEからも決別するべきだと、そう言っているのだろう。

 

 ……違和感が酷い。

 

 

「何もBLAZEじゃねえと焔が掲げられねえってわけでもねえ。だから見てろよ、アキ。等身大の俺を。ありのままの俺の焔を」

 

 自分のように疑問を抱いている人は、周囲に居ないらしい。

 今は、胸に置いておこう。

 

「今の俺はBLAZEの高幡 志緒じゃねえ。ただの高校生で、住み込みバイトをしている高幡 志緒だ。だが、そんな俺でも得ることができた、俺の“意志の力”を」

 

 志緒さんの周囲が光る。

 青い、オーラのようなもの。

 どこか見覚えのある光だ。

 

 今まで、璃音も空も祐騎も、ソウルデヴァイスとペルソナを同時に発現させていた。だからこそ、気付きづらかったのだろう。

 ソウルデヴァイスの顕現は魂の輝き、発光として現れる。

 対してペルソナは、なんとも淡い光の顕現だった。

 ただそれは、弱弱しいとか軽いという表現ではない。

 強すぎて溢れ出たもの、というか。陽炎のような、自身の中に渦巻く大きな力の余波が漏れ出ている形、とでも言うべきだろうか。

 とにかく、それは間違いなく、膨大なエネルギーを秘めていた。

 

 

 

『なら、見せて見ろや……打ち砕いてやるよッ!』

 

 

 

 シャドウは大きく振りかぶり、渾身の一撃を放つ。

 

 

 対して志緒さんは、“叫んだ”。

 

 

 

「来やがれ──“アータル”!」

 

 

 浮かび上がってきたペルソナは、人の形を模った火の集合体。ただし羽のようなものもある。それが鎧を着、楯を身に着け、槍を構えている。

 そのペルソナ──“アータル”が、楯を以てシャドウの一撃を受け止めた。

 

 

『──あ』

「【ヒートウェイブ】ッ!」

 

 

 繰り出された反撃が、決まる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月18日──【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】 芽生え始めたもの

 

 

 

「タイマンは俺の勝ちだ、アキ」

 

 広範囲に放たれた衝撃波をもろに受けた戌井さんが仰向けに倒れ行く姿を見つつ、志緒さんはそう言った。

 

 

「やった……?」

「みたい、だな」

 

 その発言を以て、後方で見守るだけだった自分たちが、事態の収束を把握する。

 志緒さんに一声掛けようと歩き出そうとした、そのタイミングで彼がバランスを崩す。

 慌てて駆け寄り彼を支えると、ひどい疲労が見て取れた。

 それはそうだ。いくら心が折れなかったとはいえ、劣勢に次ぐ劣勢を1人で乗り切り、あまつさえ力に覚醒してしまうのだから。

 

「志緒さん、お疲れ様。ありがとう」

「……ああ、岸波か。ありがとよ……っと」

 

 未だふらつく身体を立て直し、ソウルデヴァイスを杖のように地面へ立てながら、志緒さんは戌井さんの元へ歩いていく。

 

「気分は、どうだよ」

『……最悪に決まってんだろ』

「だろうな」

 

 膝を付いていたシャドウへ手を伸ばす。

 太く逞しい手を、シャドウは握った。

 志緒さんに手を引かれ、彼は立ち上がる。

 

 

『まァ、なんだ……後ろのテメエらも、悪かったな』

「……いいえ、気にしていません」

「うちのハクノも色々言ったしお互い様ッス」

「全部自分のせいみたいに言ったな」

 

 まあ事実、ほとんど志緒さんが戦い、話していて、自分たちに出来ることなんて多くはなかった。

 それこそ、自分が話していたくらいだろうか。

 そう思うと、洸の言い分も間違っていない。

 ……よくよく考えてみても、大した力になれていないな、自分たち。

 だがまあそれでも良いのだろう。こうして、志緒さんも戌井さんのシャドウも笑えているのだ。

 会話に入ってこない戌井さんだって──

 

 

 

 

 

「ク」

 

 

 

 戌井さん、だって。

 

 

 

 

「ク、カカカ……」

 

 

 

 ぎろり、と。

 向けられた瞳には、最初にはなかった憎悪が含まれていて。

 

 

「っざけんじゃねェッ! ンだよ今の茶番はよォッ!!」

 

 

 戌井さんは怒りを、その場に叩き付けた。

 

「結局アレだよなぁ……テメエら、オレを否定してえだけなんだろォ……? オレが手に入れた“チカラ”が怖くて、真っ向からじゃ勝てっこないからこんなクセェ茶番したんだろうがよ」

「おい、アキ」

「なれなれしく呼ぶんじゃねえよ!」

 

 シャドウが受け入れた志緒さんを、こんどは本人が拒絶する。

 

「オレを否定すんなら、アンタは敵だ! 後ろのガキどもと同じ、殺すべきカスだ!」

 

 本心は負けを認めている。だからこそシャドウの戌井さんは一度降伏し、志緒さんの手を取った。

 だがその負けを、理性が拒否している。

 本心と理性の乖離。それは歪みに他ならない。

 その歪みが呼んだのか。はたまた可視化できるようになったのか、呪詛が吐き出される度に色濃く、戌井さんの身体から、“朱いオーラ”のようなものが見え始めた。

 

「認めねえ……オレは、認めねえぞッ!」

『ぐ、ぐぁあああアアアッ!?』

 

 ……あの色、嫌な予感がする。背中が凍えるような感覚。もはや悪寒と言っても良い。

 断言できる。あれは、良くないものだ。

 シャドウにも同様のオーラが見え始めてから、彼は酷く苦しみ出した。フラフラと身体を揺らしながら、頭を押さえている。

 あまりの迫力に、思わず全員が2・3歩後退った。

 

『「ぐぉぉおおオオオッ!!」』

 

 やがてオーラを纏った彼らは吸い寄せられるようにお互い身を寄せ始め、やがてオーラの部分が重なる。

 その瞬間、朱いオーラは大きく膨れ上がり、戌井さん本人とシャドウを両方ともにすっぽりと包み込んだ。

  

「な、なんだ、何が起こっていやがる!?」

「分からない。だが、確実に言えるのは……」

「まだ、終わりじゃねえってことだな」

 

 一度は人型に治まったシャドウが、再び怪物としての姿をとった。

 それも今度は、戌井さんを巻き込んだ状態で。

 ……巻き込んだ、という表現は違うのか。

 戌井さんがシャドウを取り込んだ状態で、怪物へと成り果てた……とでも言い表すべきなのだろう。

 

「おい。大丈夫なんだろうな、アキは」

「それは……」

「急げばまだ救えるでしょう」

 

 返答に窮した自分に代わって、柊が答えてくれる。

 凄い安心感だ。彼女が後ろにいてくれるということの有り難さがよく分かる。かといってその快適さに頼り切りになるのは間違いだということを、今回学んだわけだが。

 

「ですが、あれは異界ドラッグによって強引に引き上げた異界適正によって成り得ている合体。普通なら肉体は耐えられないでしょう。逆に言えば、あの状態で落ち着いてしまうということは、戌井 彰浩さんは人間としての“普通”が通じない身体に行き付きます」

「ッ」

「岸波君、やるべきことは分かっているわね?」

 

 彼女の視線が、こちらを向く。

 ああ、分かっているとも。

 

「いつも通りだ。弱らせ、話し、納得してもらう」

「その通り。それだけのことよ」

 

 それだけのこと。なんて柊は言うが、これが一番難しいのだろう。

 攻撃して弱らせるのも、話を聞いてもらえる状態へ持ち込むのも、相手の納得を引き出すのも、一筋縄ではいかない。

 だが、それでもやるのだ。戌井さんを助ける為に。志緒さんの悔いを晴らす為に。

 

 目指すべきは、理性の納得。

 理性と本心が歩み寄り、本人の中で合意を生み出すこと。すれ違いをなくすことで歪みの発生源を断ち、異界を生み出した原因自体を晴らすことだ。

 

 

『グァアアア……!』

 

 低い、唸るような鳴き声が響く。

 シャドウはさきほど同様、4本足の姿。

 さきほどまではカメレオンに近かったそれは、腕を新しく増やし、身体を支える足4本と、自由に動かせる腕2本の計6本足となった。

 最早どんな既存の動物にも当てはまりそうにない風貌。

 

 巨大な姿で威圧感を放つ彼に、自分たちは勝たないといけない。

 ベストメンバーで挑むべきだろう。

 惜しいが、先程までタイマンを張っていてくれた志緒さんには当然頼れず、回復したとはいえ攻撃を受けた1年生2人も、まだ休んでいてもらいたい。

 ならば、声を掛けるメンバーは。

 

 

「……洸」

「おう」

「璃音」

「うん」

「柊」

「ええ」

 

 消耗の少ないメンバー。

 一番最初、4月頃に揃った、同い年の4人。彼らの助力が必要な状況に、間違いなかった。

 だが、柊は声こそ先程から出してくれるし、受け答えだってしてくれているが、今回の件を認めてもらったわけではない。璃音だって面と向かって言葉を放つのは久しぶりな感じだ。

 長らく険悪な雰囲気にあった自分たちだが、今ならば協力してくれるだろうか。

 

「3人の力が必要だ。協力してくれないか?」

「「「勿論」」」

「……」

 

 即座に、答えが返ってきた。

 

「オレは別に敵対していたわけじゃねえからな」

 

 洸はそう言いながら、ソウルデヴァイスを構える。

 “レイジング・ギア”。蛇腹剣のように伸び縮みが可能な剣で、柔軟性にも富んだ彼特有の武器。

 一見すると使い勝手が悪そうなそれを見事に使いこなし、細かな操作まで可能とする彼の技量には、何度も助けられてきたし、何度もフォローしてきた。

 攻撃とフォローが得意な前・中距離型。いつだって自分の前に居てくれる存在。

 

「私は元より、協力しないとは言っていないから。もう黙っていられる状況も終わったことだし」

 

 柊はそんなことを言いながら、ソウルデヴァイスを抜いた。

 “エクセリオンハーツ”。細剣、持ち手が覆われた剣であり、斬撃にも刺突にも使える武装。

 その使用方法は明快であるがゆえに奥深く、彼女の圧倒的経験によって繰り出される多彩な技は、多くの敵の意表を突いて来たし、多くの窮地を覆してきた。

 1人でなんでもこなせるオールラウンダー。いつだって1歩後ろで、全体を見てくれている存在。

 

「あたしは……ほら。アレだから」

「どれだよ」

「アレなの」

 

 アレらしい。まあ、“言えないのは分かっている”から良いのだが。

 そうして緊張を適度にほぐしてくれる彼女は、既にソウルデヴァイスを纏っている。

 “セラフィム・レイア―”。翼のソウルデヴァイス。武器というよりは装飾品とでも言うべきだろうか。

 飛翔と突撃を可能にする装着型。縦横無尽に戦場を飛び回り、さっそうと駆けつけることのできるその素早さは、いつだってあと一手を補ってくれた。

 指揮下にいるというよりは遊撃型の戦力。いつだって呼べば隣に来てくれる存在。

 

 全員が全員、方向性が違う。役割だって違う。

 だが、お互いをよく観察してきた者同士、4人で息を合わせることに関しては、このメンバーがベストだと自分は考えている。

 

 

「……ありがとう」

 

 力を貸してくれて。

 手伝ってくれて。

 

 ソウルデヴァイスを展開する。

 “フォティチュード・ミラー”。鏡のソウルデヴァイス。武器として使うには少々複雑な機構の武具。

 どちらかと言えば、フォローと防御を得意としたソウルデヴァイスだ。浮かせ、飛ばし、攻撃を肩代わりしたり、もしくは隙をつくことなどもできるが、自分から離すことは諸刃の剣に他ならないので、あまりしない。

 指揮官。指示者。いつだって誰かに支えられ、誰かを支えたいと思っている存在。

 自分1人では、きっと上手くできない。

 攻撃を担ってくれる友が居て。

 補助を担ってくれる友が居て。

 遊撃を担ってくれる友が居て。

 それで初めて、自分は自分たちとして、何かを為すことができるのだ。

 

 

 ああ、個としての強さに憧れる気持ちは、自分にも分かる。

 もっと力があれば、誰かを救えたと思うことがあった。

 もっと早く動ければ、手を届かせられたと悔いることがあった。

 

 だが自分に出来ないことは、仲間が助けてくれる。

 時に手伝い、支え合うことで、可能な範囲を広げることができるのだ。

 それは1人で何かを為すより嬉しくて、気持ちがいいことだということを、自分は知っている。

 

 だからこそ、突き付けるのだ。

 

「志緒さん、すみません」

「……あん?」

「やっぱり、違うと思います」

 

 決別なんて、要らないだろう。

 だって、切り捨てるこということは、失うということだから。

 楽になることはあるかもしれない。救われることはあるかもしれない。

 けれども、それは成長の機会を奪うことに他ならないのだと、自分は思う。

 

 誰かの死や別れと向き合うこと。

 死者はもう、誰かに何かを告げることはなく、何か新しいことを伝えることもない。

 せいぜい出来て、記憶の中の彼らと向き合い、答え合わせのように記憶と自己を照らし合わせることくらいだ。

 だが、記憶は劣化する。

 戌井さんのように、背中が輝いていたことは覚えていても、輝いていた理由を思い出せなくなることもあるだろう。

 いつかはどんな背中であったかも、どんな人だったかも忘れてしまうかもしれない。

 でも、それこそが成長なのではないかと、自分は思う。

 

 忘れる、という行為には、2つの理由付けができるのではないか。

 1つは、単純に時間切れ。強くなる機会を逃してしまい、道しるべを失ってしまうこと。

 もう1つは、“乗り越え”。精神的支柱として寄りかかる必要がなくなったから、重要性が下がり、忘れるということ。

 

 死者は何かを産むことは絶対に出来ないけれど、きっと生者には死を糧にすることができる。

 ()から()に変わろうとするものを引き止め、()へとすることが許されているのだろう。

 だって、何もないまま消えるのは、きっと嫌だ。誰だって嫌だ。

 何も為さないまま死ぬこと以上に怖いことがないことを、自分は知っている。

 だからそう、自分が死ぬとすれば。

 “せめて誰かの糧となりたい”。

 そう思うのは、間違いではないはず、なのだ。

 

 だからこそ、戌井さんには死を切り捨ててほしくない。決別なんかしてほしくないのだ。

 ただ忘れられることの方が、きっと何倍も辛い。

 

 “個人的な欲求だが”、自分はこれを“押し付けたい”と願った。

 

 

 信頼できる仲間3人と、強敵を前に、臨戦態勢。

 負ける気はしない。

 勝ちたい。

 

 

「……行こう」

「「「 応! 」」」

 

 

 




 

 無意味な死の否定。
 今まで語ってきた理想や、正論とはまた違う、純粋な強い自我。
 本人ですら認識できるほどのエゴ。
 

 次話で戌井シャドウ戦、決着です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月18日──【異界:蒼醒めた廃墟・最奥】彼ならきっと

 

 

 

 正直に言えば、最初に戦った戌井さんのシャドウは相当強かった。それでも今の状態の方が比にならないほど強いと言える。

 まず何よりも力が強い。それに段違いな速さが加わり、元々重かった一撃が必殺技とも呼べる段階へ。まさに1撃でもクリーンヒットすることがあれば天へ昇る勢いを生んでいた。

 まあ、ただで当たるつもりもないが。

 それに、身体の強度が上がっているのか、攻撃が通じづらくなったのも。

 

 分かっている断片と憶測だけでで語るとするとならば、その強化は、異界ドラッグによって成立した理性と本心の融合──いや、混合が行われたことに起因する。

 だがその溶け合いは、空のように“受け入れた故のもの”とは違う。だから戌井さんは今、自我を失ったように暴走しているのだろう。

 空が本心を受け入れた結果、理性を持ったままペルソナが使えるようになったのと真逆。

 戌井さん本人とシャドウが混じり合った際、恐らく彼らは本心の側に寄った。理性ではなく。

 だから理知的な行動を取らず、直感的で直情的な動きが多いのではないだろうか。

 

『観測結果出ました!』 

「報告お願い、サクラ」

『はい、まずあの巨体は大部分がシャドウです。痛みのフィードバックはあるでしょうが、傷を付けても生身のあの方には影響ありません』

「つまり、いつものシャドウと同じということか」

『ただし、胸部に熱源反応がありました。それも人型。恐らく核として本人の身体が埋め込まれているのではないかと』

「本体部分だけはなるべく攻撃しない方が良いかも、ということだな」

 

 大型シャドウの胸に剣を突き立てたら、生身の戌井さんにも刺さっていた。なんてことにでもなったらマズい。

 まあ、基本方針は固まった。本体を攻撃しない方が良いなら、まずその周囲から落とせばいいだろう。

 

「どうだよハクノ、行けそうか?」

「ああ」

「流石」

 

 それならそれでやり様はある。

 狙う場所が限られている。ならば狙えるところをすべて狙えばいい。

 一撃が怖い。ならば完封するように動けばいい。

 それだけのことだ。本能に従うだけで策を講じないというのであれば、御する方法はあるだろう。

 それに、指示を受けて行動するのは洸、璃音、柊の3人。勿論他の3人もそうだが、経験がある以上一際油断することのない面々。余計な心配をする方が失礼とさえ思える。

 

「洸、シャドウの脚がこっちに放たれた時、その脚をソウルデヴァイスで巻き取れるか」

「! ああ。少し時間をくれれば、必ず!」

「柊は凍らせる準備を」

「了解よ」

「璃音は飛び回って加速を十分に確保」

「オッケー!」

 

 結局、役割分担は変わらない。

 何度も戦っていたり、こちらの弱点を見抜けるような敵ならば変える必要もあるだろう。だが、シャドウとの戦いは基本的に一期一会。なら、個々の得意を前面に押し出す作戦の方が成功率は高い。

 

 前線を、洸と柊が受け持つ。最初のうちは同等に両方を狙っていたが、徐々に速度を上げていく璃音を捉え切れなくなってきたのか、だんだんと洸に割り振られる攻撃が多くなっていった。

 洸のソウルデヴァイスはその蛇腹剣という構造上、どうしても大振りになることがある。しかし彼の手もとに残る柄に相当する部分も単体で防御をこなせるくらいには分厚く、結果として致命的な隙が生まれづらい。

 攻めながら防御、というものを必死に成立させている。

 それは例えば洸の自身に付与した【ラクカジャ】であったり、、柊の【タルンダ】、あるいは自分のペルソナによる【スクンダ】等敵にかけたものであったり、そういった支援の数々も、この攻防を成り立たせている1要素。

 そして洸の防御が万が一間に合わなければ、自分のソウルデヴァイスを食い込ませる。

 攻撃が途切れた隙は璃音がカバー。彼女の戦法は一撃離脱だが、いざという時に注意を引けることが重要だ。普段は飛び回っていて捕まえられそうにないが、一撃を与え、動作を少しでも遅くすれば、『今なら捉えられるかも』という思考が働き、無意味であろうとそこに手を伸ばしてしまう。

 当然それで捕まるようなことはないが。なおかつ彼女は万全を期す為に、速度を緩めるのはぎりぎり自分の鏡が届く距離だと限定しているようにも見える。万が一避けきれなくてもそれであれば自分のフォローが入るから。

 間に合ってくれると信じて、ギリギリを攻めてくれるのは有り難い。そして、何があってもその信頼には応えねばと自分のやる気も奮い立たせることができていい。

 

 っと。

 

「うお」

「大丈夫か?」

「ああ、助かったぜハクノ!」

 

 狙いがばれないように間合いを測る洸を待つこと、数分。

 ついに彼が、声を上げた。

 

 

「いける!」

「よし、3人とも、頼む」

「「「 了解! 」」」

 

 

 戌井さんからの攻撃が来る。

 先程までの回避より早く動き出した洸は、左足から1歩、2歩と左に移動する。

 2歩目でぎりぎりシャドウの攻撃から逸れるルートへ辿り着いた彼は、3歩目を半歩、足首を身体の内側に向けるようにして敵側へ踏み出し、身体を捻りの態勢へ。

 

「うぉおおお!」

 

 そして攻撃が横を通り過ぎる直前に回りながら右足を踏み込み、体の回転によって生まれた遠心力でレイジングギアを最大まで伸ばし、叩き付けるように振りぬく。

 数段の刃を食い込ませつつ、通り過ぎて行った敵の足に絡めつかせた。

 

『グッ』

「柊!」

「流すわ、“ネイト”【マハブフーラ】!」

 

 洸が捉えた脚の、ソウルデヴァイスが巻き付いた部分、巻き付いていない部分、それにこちらへ伸ばされなかった方の前足と、大型シャドウの頭部にも氷結属性の攻撃を放った。

 大方追撃を警戒してだろう。

 その甲斐あって、若干仰け反ったシャドウの身体はそこから動くことはなく。

 やがて最大加速した璃音が飛来した。

 

「久我山さん! 狙う位置は」

「大丈夫、見えてる!」

 

 低空飛行に移行した金属の翼が捉えたのは、凍り付いた関節部。

 そこを、容赦なく叩き切る。

 

『グァアアア!』

「1本」

 

 使えなくなった前足の片方が力なくぶら下がっている。

 これで、もう前足が飛んでくることもなくなった。

 だが、その損失をカバーできるほどの戦闘力が、今の戌井さんにはある。

 

『がああアアア!』

「「うぉおおおお!?」」

 

 3本の足で、自分と洸の所へ突進をしてきた。

 強化された脚力は1本を失った所で顕在。跳躍力だってまだまだ残っている。

 足を折りたたんで地面とほぼ水平に跳んだこともあり、大きな銃弾のようだった。

 だが、甘い。

 回避は出来たし、なにより隙が大きかった。

 

「柊!」

「任せなさい!」

 

 返答の後、上へ跳躍。おおよそ人の身で出せないほどの跳躍力を見せた彼女は、ソウルデヴァイスを彼女の位置から見えている脚へと“投げ付けた”。

 シャドウの左後ろ脚に、白銀のソウルデヴァイスが刺さる。

 引きちぎらなければ、その場から動くことができないぐらいには深々とど真ん中に。

 

 

「チャンスだよ! 行こう!」

「ああ、総攻撃だ!」

「「 おう! / うん! 」」

 

 まあ柊はソウルデヴァイスを投げたから参加できないんだけれど。

 実体化を保つ以上、ペルソナと入れ替える訳にもいかないし。

 というわけで3人で3方から囲んで。

 切る。切る。殴る。

 ひたすらそれを繰り返す。

 

「それそれそれそれぇ!」

 

 そしてとどめの一撃といわんばかりに、助走を付けた璃音が全速力で突っ込む。

 全身を回転させ、翼をプロペラのように回しながら。

 

『ガッ、ア、ギャァアアアッ!』

 

 本人に影響の出ない範囲をギリギリまで切り刻んだ彼女は、崩れゆくシャドウの身体を見つつ、汗を拭う。

 

「ウン、及第点、かな?」

 

 一体何をもって及第点と言ったのかは謎だし、その発言に引いているメンバーも数人いたが、取り敢えず自分はスルーすることにした。

 

 

 

 シャドウの身体が完全に崩れ落ち、中から2人の戌井さんが落ちてきた。

 片方は本人。片方はシャドウ。

 2人が、ゆっくりと目を開ける。

 

「ッ。ここは……」

「戌井さん」

「……テメエ」

 

 シャドウは言葉を発さない。

 何を考えているのかは分からないが、彼と一対一で話せるのであれば好都合だ。

 まずは、本人の口から聞いておきたいことがある。

 

「貴方は」

 

──Select──

  どうして誰も頼らなかったんだ?

 >何を取り戻したかったんだ?

  何を目指したかったんだ?

──────

 

「……」

 

 問うと、彼は黙り込んだ。

 答える義理はねえ、と突っ撥ねられるかとも思ったが、そうでなくて安心した。

 

『あの日々だよ』

 

 代わりにシャドウが答える。

 本人の視界に入らないように、背中合わせになるようにして座り込んで。

 ただしその背中と背中には距離がある。触れ合うことは、なさそうだ。

 

『カズマさんが居て、シオさんが居て、オレらがいる。そんな、当たり前の日々が欲しかったんだ』

「本当ですか?」

「……ああ」

 

 認めた。

 自分の中で答え合わせをし、疑問を解消していく。

 

 取り戻したかったのは、昔のような“居場所”。強さではない。

 強さを求めたのは、彼にはそれしか残っていなかったから。

 美月が褒めるほどのカリスマを持つカズマさん。今更性格を変え、カリスマを磨くのは困難極まるとの理由で、おそらく強さによるグループの統括を図った。

 それは、統括というより支配。より上下関係を意識させ、彼の思い描くグループ像から乖離していくもの。

 

 だとしたらやっぱり、彼の取るべき行動は。

 

 

──Select──

 >相談。

  逃走。

  喧嘩。

──────

 

 

 顔を背けることではなく、そのままの流れに身を任せることでもなく。

 

「貴方は、向き合うべきだったんだと思う」

「……何と、だよ」

「自分の大切なものと。その将来と」

「向き合っていただろ」

「貴方が大切にしていたのは昔のBLAZEだったと思ったが、違う?」

「……」

 

 黙った。

 少なくとも今のBLAZEをないがしろにしていた訳ではないだろう。

 ただ、未来より昔を重視していた、と思わざるを得なかったのだ。

 恐らく、その理由は。

 

「多分、戌井さんも真剣だったんだろう。その度合いは所詮外野の自分には分からない。けれど、あなたが過去のBLAZEを求めて足掻いていたのは分かる」

「それは……」

「だけれど、難しかったんだろう。困っていたんだろう」

「……」

「困ったのなら、相談すれば良かったんじゃないか。すべき人が、いたはずだ。誰より昔のBLAZEを知っていて、誰よりその道筋を知っている、その人に。誰よりも貴方が、その人が信頼に足る人であるということを知っているのだから」

 

 志緒さんを、指差す。

 だが、自分の指先に居るのが彼だと気付いた戌井さんは、顔を沈ませた。

 

「だが、シオさんはいなくなって……!」

「探したのか? 確かに志緒さんは貴方の目の前からいなくなった。けれども、この町から去ったわけではなかっただろう?」

 

 そんな余裕があったかは分からないけれど、余裕がなかったからこそ、精神的支柱を探すべきだったのだ。

 異界ドラッグなんて、道を外れたものではないものを。

 

「知っていますか? 志緒さん、今商店街で働いていることを」

「……」

「蕎麦屋さんに、住み込みで」

「…………」

「原付ではあったけれど、バイクで周辺への配達だってしている。目撃者だって多いだろう。きっと、本腰入れて探せば容易に……とはいかなくても、見つかったはずだ。それを貫かずに諦めたのは」

『ま、シオさんがいなくなったショックから、逃げていたからだろうなァ』

「でしょうね」

 

 シャドウの答えを否定しない。自分も、本人も。

 そして、志緒さんも。

 

「だけれど、戌井さん。思い返してください。貴方の先輩は、恩人は、泣きついて来る後輩を、そしてダチを見捨てられるほど、非道な存在だったのか」

『「それは」』

「見てください。実際こうして、問題があると命を賭けてでも駆けつけてくれる先輩が、そんな冷酷な存在に見えるのか」

「そんな、ことは……」

 

 話題に出されている志緒さんの顔が曇る。

 それはそうだ。彼自身、逃げ出した負い目があるのだから。

 だが、ここでは口を出さないで貰う。

 志緒さんの言い分を聞きたいんじゃない。

 戌井さんの思っていることを整理してもらいたいから。

 

「本人は逃げ出したとかなんとか言っていますが、付き合った期間の短い自分でも断言できる。あの人は優しい人。そして、強い人だ。確かに一度逃げ出したかもしれない。けれども一度現実を見れば、正しい選択をしようと動ける人だ」

 

 祐騎が志緒さんの脇腹を肘で突いた。

 少し痛そうだ。

 空が顔を合わせるように回り込み、笑顔を浮かべる。

 志緒さんは片手で顔を覆った。

 

「二言、現状と、悩みを打ち明ければよかった。それだけできっと、あの人は親身になって聞いてくれただろう。今と同じ。次こそは間違えないぞと一念発起して、BLAZEに戻りはしなくても、粉骨砕身して現状の回復へ挑んでくれたはずだ」

「ああ……そうかもなァ」

 

 少しだけ、穏やかな表情で同意してくれる戌井さん。

 その目を見れば分かる。光景を想像できたのだろう。

 ならばあと一息だ。

 

 

 

 ここに至るまで、いくつかの意見を聞いた。

 そもそも命を掛けてまで救う必要はない、なんていう意見もあったがそれはそれとして。

 大事なのは、相談した上でどうにもならなかったらどうするか。

 

 

 美月の言っていたことを思い出す。

 

────

「今できることとできないことを明確に線引きし、色々と取捨選択することになる……とは思います」

「取捨選択?」

「応えられない期待を背負い続けることはできませんし、相手が私を見ているのならともかく、先代を見て要求しているのなら、断るほかないでしょう。私は、私にできることしかできませんから」

────

 

 考え、考え、取捨選択していくやり方。

 

 

 

 他には、志緒さんの考え方もあった。

 

────

「頼れば良かっただろ。口が裂けても、俺を頼れとは言えねえ。俺は一度、お前らから逃げてる。そんな俺がどの面下げていつでも頼れなんて言えるかよ」

『……なら、誰を』

「志を、“焔”を! 共にした仲間に! 決まってんだろ!」

────

 

 もっと多くを巻き込み、全員で答えを探していくやり方。

 

 正しいのは、きっと

 

 

──Select──

  美月の方だ。

  志緒さんの方だ。

 >どちらも。

──────

 

 

 両方。時と場合によって好まれる選択が出るだけで、極論どちらも正解なのだろう。

 だが、違和感を持った。それはどちらも今回の件に適した答えではないと自分が感じたから。

 なので、2人の意見の良いとこどりをして、自分の言葉で話すとしよう。

 

「もし志緒さんの力を借りても改善できないんだったら、それこそ皆を巻き込むしかない」

「……巻き込む、だァ?」

「ああ。相談するんだ。そうすることで、“自分たちの思うBLAZEならこうする”を突き詰めていく。志緒さんも呼んで……、ああ、カズマさんを知っている人たちも呼ぶと良いかも」

「……できるわけねえだろ。だいたい、なんでンなことを」

「そうすれば、“今の全員が理想とするBLAZE”と“昔のリーダーが率いていたBLAZE”の選択の違いが分かるから。だけれど、志緒さんの選択を聞いて、それが良いと付いていくようではいけない。昔と今の差異を見て、許すかどうかは現BLAZEの皆さんが決めることだ。それが、チームを引き継いでいくってことだと思う」

「……引き継ぐ」

「それに、志緒さんはともかく、カズマさんは亡くなっている。死者の声を聴くことはできない。けれども、“こう言うだろうな”を想像はできる。それを想像できる人が多ければ多いほど、自分の中での説得力が増す。“多数の人が想うカズマさん”がその選択を認めたなら、それは誰に恥じることもないBLAZEの選択と呼べるんじゃないか?」

 

 きっとそれが、死者の想いを汲む、ということだろうから。

 汲み過ぎるのは勿論よくない。でも、無視するものでも決してない。

 彼が積み上げてきたものを、想いを汲み取る。

 それが出来ることできっと、その人の命は無価値ではなく、何かを残したと証明されるのだろう。

 

 

「いや……生きてたってあの人は、そういうことに口を出さねえよ。生きていたらまだしも、死んだ今となっちゃな」

 

 反論が来た。

 咄嗟に言い返そうとする……が、その顔を見て思いとどまった。

 憑き物が落ちたような、晴れやかで穏やかな表情をしている。

 

「まったくだ、分かってるじゃねえかアキ」

 

 志緒さんも口を開く。

 その口端は、上がっていた。

 

「ああシオさん。きっと、カズマさんはこう言うよな」

 

「「それは、お前らが決めることだろ。いつまで死者の俺に頼ってるんだ?」」

 

「くっ」「ふっ」

 

「「ハハハハッ」」

 

 

 2人、笑いあう。

 そこに、先程までの不穏な空気などなかった。

 

 ……気が付くと、シャドウが消えている。

 いつの間に、と思ったが、恐らく結構前からなのだろう。

 そうか。本音を受け入れて、納得してくれたのか。

 ならばあとは、その選択を見守るだけだ。

 

 笑いが止まら無さそうな2人を置いておいて、みんなを見る。

 満足気だった。達成感のある顔をしていた。何といっても連戦だったし、今までにいないほどの強敵だったのだ。……いや、毎回思っているな、これ。

 とにかく今回も乗り切った、ということだろう。

 

「──あ」

 

 

 声を零したのは誰か。もしかしたら自分か。

 分からないが、誰かの声で漸く気付いた。

 異界が、収束しかけていることに。

 

 どんどんと周囲は白くなっていき、目を覆うものが必要なほどに眩しくなってくる。

 そうして腕をかざし目を瞑るうち、異界は収束して元の脇道へと景色が戻っていた。

 

 

────>ダンスクラブ【ジェミニ】。

 

 

 

「……終わったぁ」

 

 脱力したように、璃音がへたりこむ。

 璃音だけではない。祐樹も洸も座っていた。空は床に座り込むほどの疲労は浮かべていないが、それでも微かに無理をしているように見える。柊は……うん、いつも通りだ。

 ……あ、柊と空を見た璃音が意地で立ち上がった。休んでいればいいのに。

 

「みんなありがとう。今日は解散にしよう」

「ええ、分かったわ」

「お疲れ様です!」

「お、おつかれ~」

「おう、お疲れ」

「ハクノセンパイ、タクシー呼んで」

「うーん、おんぶで良いか?」

「なんで誰も得しない方向を思いついたの?」

 

 みんな得だと思ったからだが。

 

「どうせ疲れて動けないんだし、タクシーでハクノセンパイの家行って、またゲームでもすれば良いじゃん。ね、コウセンパイ」

「………………まあそうだな」

 

 この沈黙の長さは、色々考えたけど結局何より疲労が上だったと推測できる間だった。

 ……まあ、良いか。

 

 さて、それじゃあ本当にタクシーでも呼ぼうか。と彼らから視線を外そうとした時、ふと視線を感じた。

 そちらに目を向けると、璃音がこちらを見ていた。

 ……ああ、璃音も疲れているよな。

 

「璃音、良ければ来ないか?」

「えっ!? ……う、ウン」

「じゃあ4人で移動だな」

 

 別に一緒にゲーム遊ぶわけではないが、何もない部屋でもくつろぐくらいはできるはず。せめて暗くなる前に送ろう。

 志緒さんは……まあ、戌井さんと積る話もあるだろうし、今回は良いか。今も何か話しているし。

 一言断って、移動しよう。

 

 

 






 なお、璃音をどの席に乗せるかで少し揉めた模様。
 アイドルを前の席に乗せるわけにはいきませんし、かといってどこに置くかと言えば……トランクなら安泰だよね?
 必死に変装させて、運転手後ろの席、祐騎の隣に座ってもらって一応解決。
 その後の様子は……次話あたりですかね。
 やるか分かりませんが。
 なお、次回からコミュ回に戻ります。

 いつもありがとうございます。
 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月19~20日──【マイルーム】空との約束

 

 

「正直、この集まりを定例にしたくはないオレがいる」

「気持ちは分からなくもない。楽しいけれど、眠いしな」

「まあ今も前回も夏休みだから良いが、これ普通の土日にはできないぞ」

 

 朝。

 窓の外で鳴く鳥に起こされる形で、自分と洸は揃って目を覚ました。

 意識が落ちていたのは……2時間ほどか。3時頃までの記憶はあるから、それ以降眠っていたとしたらそんなものだろう。

 

「何さ、2人とも体力ないなぁ」

 

 どうやら寝ずにゲームを続けていたらしい祐樹が、呆れたような表情を自分たちへと向けてきた。

 確かにその根気には目を見張るものがある。が、それは体力とは別問題なのではないだろうか。

 

「まあ、面白くて癖になるのは分かるんだ。けど、続けちまうといつか駄目になっちまいそうで」

「なに、コウセンパイ、『ゲームは人を駄目にする』理論の人? やれやれ。居るんだよねそうやって都合のよくゲームをスケープゴートにして逃れようとする人。駄目なのはゲームじゃなくてアンタらでしょって」

「ナチュラルに喧嘩売られてねえか、オレ」

「ゲーム業界に喧嘩を売ったのはコウセンパイだよ」

 

 そんなつもりはねえんだが。と頭を掻く洸。

 だが、反論はできなかったらしい。そう取られるような発言をしてしまった洸にも落ち度はある。

 

 そんなこんなで彼らが雑談を続けている間に席を立ち、眠気覚まし用の飲み物の用意をする。

 飲み物を持っていくと、彼らは一見雑談のような口論を中止し、喉を潤わせ始めた。

 

「……ふぅ。サンキュなハクノ」

「どういたしまして」

「……どうも」

「いえいえ」

 

 一瞬だけ、全員が話の種を探すような停止をした。

 沈黙の後、洸が口を開く。

 

「戌井さん、入院だって言ってたよな? 期間とかは決まってるのか?」

「いいや、そういった連絡は受けてない。でも、今回は葵さんの時の用にはいかないみたいだ」

「ま、形はどうあれクスリに手を染めたんだしね。その部分もきちんと調査しておかないといけないってわけでしょ」

 

 自分が以前お世話になり、今でもたまにバイトをしている杜宮総合病院で、戌井彰浩さんは現在入院中。

 という話を昨日の晩、美月からの通話で聞いた。

 何でもあの病院は北都が口添えできるとかで、異界関連に巻き込まれた人たちも何人か治療した経験を持つとのことだ。

 それでも、過去に例のない程に、戌井さんは衰弱していたらしい。

 それもまた、考えてみれば当然とも言って良い話だった。

 クスリでおかしくなっていた身体。その上で負荷などを一切合切無視して力を引き出し、シャドウと合体などという事象まで引き起こしてしまったのだから。疲れないはずがないのだ。

 

「今は何、ICUにでも入ってんの?」

「いいや、そういう話は聞いていないけれど」

「まあ、命に危険がある、とは言ってなかったんだよな? なら、最悪の状態は脱していると考えていいだろ」

「だね。命があればどうとでもなるでしょ。……ただまあ、気掛かりなことがあるとすれば」

「シオ先輩、だよな。今も病院に?」

「美月の話では、そうだな」

 

 志緒さんは、今現在も、そんな戌井さんに付きっ切りでいる。

 現状はすべて美月から自分と璃音へ送られた定期連絡みたいなものから得た情報。

 

「しかし意外だな」

 

 洸が呟く。

 

「何がだ?」

「祐樹が、シオ先輩のことを気にしていたことがだ」

「……なにそれむかつくんだけど。コウセンパイのくせに」

「いやオレのくせにってなんだよ」

 

 その反応に少しだけ笑った後、祐騎は真面目な顔をした。

 

「ただ僕は、待つだけっていうのは辛いな、と思っただけだよ」

「……そうか」

 

 祐騎も、葵さんが病院で検査入院していた時は足しげく通っていたのだったか。

 気持ちが分かるも何も、同じ体験をしていたのだ。共感するところはあったのだろう。

 その点、洸の時は空が覚醒した関係で、入院とかがなかったので、その共感を得られていないのだろう。自分に関しては逆に入院していた側なので、もっと何とも言えない。

 

「早く、良くなると良いな」

「だね。……高幡センパイがいれば、4人でゲームできるし」

「4人でゲームなら昨日久我山を入れて散々やっただろうが」

「あー、まあね。けどほら、あの人一応あんなのでもアイドルだし、流石に夜遅くまで拘束はできないじゃん?」

「オレ達なら拘束して良いみたいな良い方止めろ」

「そもそも璃音をあんなの呼ばわりするのも止めてあげてくれ」

「結局、男だけで徹夜ゲームの方が燃えるかなって」

 

 璃音が居るというのも盛り上がって良かったが。

 地味に呑み込みが良いので、最終的な戦績こそ自分らに及ばなかったものの、差は詰まっていた。徹夜でやっていればどうなったかは分からない。

 だけれど、祐騎の言う通り、流石に休業中とはいえアイドルに徹夜でゲームをやらせるわけにも、そもそも男子たちの中で寝泊まりさせるわけにもいかず、タクシーを呼んで帰ってもらうことになった。

 祐騎的には、それが不満なのだろう。

 

「……って言うか、ツッコミを待ってるわけじゃないんだけどさ、久我山センパイのことにはツッコミ入れたのに、高幡センパイをゲームに誘うことにはツッコミ入れないの?」

「「だってそれ照れ隠しだろ」」

「……う、うっざ……」

 

 大方、心配しているという本音を語ったのが恥ずかしくなって冗談めかそうとしたんだと思ったが。洸も同じ考えだったみたいだし。

 まさか祐騎から触れてくるとは。自分たちもそれなりに長い時間祐騎と一緒に居るのだ。空ほどではないにせよ、祐騎の言動に対して、それくらいの理解はしている、

 

 3人でゆったりとした朝を過ごし、解散した。

 

 

──昼──

 

 

 ────>旅館【神山温泉】。

 

 

 日曜日。……今日も温泉は繁忙期。ということで、バイトに来た。

 客間がいっぱいになるほどの客数で、眠気を感じる余裕もない。

 常に動き回っても戦力が不足している。腕がもう2本欲しいほどだ。

 だが、どれだけ願えど手足が増えることはない。

 できることを全力でやり、またできることを増やしていくしかない。

 そんなことを、すべてが終わったあとの湯船で考えていた。

 

「ああ、岸波さん。ちょうどよかった」

 

 帰ろうとしていた所を、後ろから呼び止められる。

 女将さんだ。

 

「突然ですみませんが、“24日から29日まで”は空いていますか?」

「恐らくは大丈夫ですけれど、何かトラブルでも?」

「1人急用で出られなくなったこともあるのですが、加えて台風により以前お越しいただけなかった玖州地方の団体のお客様が、その日程でのお振り替えをご希望だったので」

 

 急な欠員と、団体客。悪いタイミングで重なったということか。

 

「自分に手伝えることがあるなら、喜んで」

「助かります。連勤になりますので、もし何でしたら、今は使っていない離れの方をお部屋として使っても構いませんので」

「それは……でも良いのですか?」

 

 離れは改修中で、秋ごろに開放予定だと聞いていたけれど。

 

「ええ。一部のお部屋は改修が済んでいますので。ただ外装などの関係でお客様を入れることはできないのですが、せめて従業員くらいには、と。他数名も使う予定ですし、宜しければ」

「……ぜひ、お願いします」

 

 

 帰らなくて良いのは、楽だ。それに、より十分な休養が取れることだし。

 提案に乗らせてもらおう。その代わり、よりしっかりと仕事に励まなければ。

 

「それではまた24日に。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 

 ……さて、帰ろうか。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 ……流石に眠いな。寝よう。

 

 

 ……保健室を訪れると、フウカ先輩が編み物をしているところに遭遇する夢を見た。

 ……もう少し上達したら、何かを共に作ったりできるかもしれない。

 今はもっと技術を習得しなくては。

 

 

 

 

 

──8月19日(月) 昼──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 さて、今日は何をしようか。

 …………そういえば、果たしていない約束が1つ残っていたな。

 丁度いい、全員の予定が空いているか、確認してみよう。

 

 

────

 

 

「それでこれ、何の集まり?」

 

 璃音が集まったメンバーを見渡して尋ねる。

 自分、璃音、祐騎、そして、空。

 2年生2人、1年生2人。それぞれ男女。

 とはいえ特に関係はない。

 単に洸を誘ったらバイト中だと言い、柊には連絡が付かなかっただけのこと。

 同好会メンバーから2人を抜いた4人が、ここにいる、というだけだ。

 そのメンバーを集めて、何をするのかと言えば。

 

「お菓子パーティだ」

「です!」

「「……は?」」

 

 すごい怪訝そうな顔で見られた。

 

 

 

 空の相談事について、できることを考えてみる。

 彼女は、恩返しがしたいと言った。しかし、その方法としてお菓子作りを模索してみるも、うまくいかない。味や出来は前回の時点で相当良くなっていた。ただ量が多すぎるという欠点があっただけで。

 なら、各自がどれだけの量を食べるか、知っておけばいいじゃないか。という趣旨の集まり。

 このことを空に話すと、『敵を知り己を知れば、百戦危うからず。ですね』と言われた。だいたい同じだ。己の弱点は知った。あとは敵を知れば対策も立てられる。

 今回はただのお菓子パーティ。

 後日、恩返しとしてそれぞれに配れば良い。

 

 洸と柊はいないが、その分自分や祐樹、璃音を参考に、適正な量を見極められれば今回は良いだろう。

 というわけで、お菓子パーティだ。

 

「あの、岸波先輩」

「どうした空」

「お菓子パーティって、何をするんですか?」

「ああ、お菓子パーティといえば──」

 

──Select──

 >お菓子を食べる。

  恋バナ……

  ゲームだ。

──────

 

 

「──お菓子を食べて、雑談?」

「なるほど、雑談……」

 

 雑談? と首を傾げる空。

 まあ自分も未体験のことだ。本などで仕入れた情報としては、まさに雑談。個々が好きなお菓子を持ち込んでは好きに食べ、好き勝手話し、自由に帰る。そんなものだと思っていたが。

 

 初めは怪訝そうにしていた空だったが、いざ始まってみれば結構楽しそうに話していた。

 祐樹は雑談半分、ゲーム半分という形だったが、時々手の汚れないお菓子を食べている。お菓子を渡してもあまり食べなさそうだ。

 璃音は……最初こそ『こんなに食べて良いのかな』と葛藤していたものの、別腹だと割り切ってもぐもぐ食べている。結構な量だ。ただ、一度食べ始めると止まらない性格みたいなので、多く渡すのは止めた方が良さそう。

 自分はといえば、祐騎より少し多いくらいか。璃音には遠く及ばない。空よりも少し少ないだろう。

 

 特に大きな事件が起きることなく、時間は過ぎて夕刻。

 用事が入ったという璃音が最初に去り、次に祐樹が帰宅。手伝ってくれるという空と2人で後片付けをする。

 

「今日は楽しかったですね」

「ああ」

 

 話す内容自体はいつもと変わらない。

 ただ、他に何も用事がなく雑談し、不意に真面目な話が出たり、ばかばかしい話が出るというのは、実際面白いものだった。いや、目的はあったけれども。

 

「好みとか、量とか、そういう情報は掴めた?」

「はい! それでその、ご相談なんですが」

「?」

 

 何だろうか。また何か疑問でもある、とか。

 

「わたしのお礼も、今回みたいなパーティとして開いて良いですか?」

「それは……良いんじゃないか?」

 

 別に、悪いということはないだろう。

 空のお礼だ。やりたいようにやって良いんだし、わざわざ自分に確認を取る必要なんてない。

 

「あ、いえ、その……お菓子はわたしが勿論用意するんですが、今日みたいにお部屋を使わせてもらえないかなって」

「……寧ろ良いのか? 自分の部屋で」

「はい。わたし達の集まりといえば、空き教室か岸波先輩のお部屋ですし! わたしの部屋とかだと全員は入れないので……ごめんなさい」

「いや、構わない」

 

 にぎやかなのは嬉しい。

 空の性格上、今回のように後片付けを他人任せにはしないだろうし。

 乗り掛かった舟だ。最後まで彼女の思うがままにやってもらいたい。その為の手伝いは惜しまないと以前から決めている。

 

「それで、どうしてお菓子パーティを?」

「最初は個々にお渡しする予定だったんですけど、皆さんと一緒に食べた方がきっと美味しいですし。それにやっぱりお菓子を食べて頂く姿は見たいかなって」

「……うん、そうだな」

 

 誰かと一緒に食べる。それはとても良いことだ。美味しいし、楽しい。

 それに、感想を求めるのも当然だろう。こんなにも頑張って準備しているのだ。直接食べた姿を見て報われるくらいのことはあって欲しい。

 尤も、空としては報われたいとかではなく、喜んでもらえているというのを確認したいだけなのだろうが。

 

「それに、皆さんで食べるなら人によって多い少ないを分けずに済みますから」

「あー……すまない。その点は考慮していなかった」

「わわっ、良いんです! わたしの我が侭なので! 岸波先輩にはいっぱい助けてもらってますし、寧ろわたしの方が謝ることがいっぱいで!」

 

 例えば柊に、実際少なく食べるからといって少量を。大量に食べると思って洸には多めに渡したとする。お菓子の量が感謝の度合い、ということは決してないが、事情を知らない第三者が見れば、そう捉えられる可能性がある。

 自分たちの中にそういった反応をする人はきっといない。少なくとも事情を話せば納得するだろう。

 だが逆に、一般論とはいえそういった反応が返ってくる可能性を予想できるということは、渡す側にも同様の反応をされる覚悟が必要ということだ。

 言われるまで気付かなかった。その点は自分の至らなさだろう。反省しなくては。

 

「なら、またお菓子パーティだな。作る量は莫大になりそうだけれど、大丈夫か?」

「はい! 寧ろまた作り過ぎちゃうかもしれません。……あの、ご迷惑かと思いますが」

「うん?」

「余ったら、岸波先輩に貰って頂いても良いですか?」

 

 

──Select──

  嬉しいくらいだ。

  お土産として配るのは?

 >寧ろ大量に頼む。

──────

 

 

「え!? あ、あの……ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことは言っていないけれど」

 

 まあでも、嬉しそうだし、良いか。

 

「……ふふ、本当にありがとうございます、岸波先輩。いろいろ付き合ってもらっちゃって」

「自分はただ食べていただけだ」

「こんなこと言うのはなんですけど、岸波先輩に相談して良かったです。当日は今までのお礼も兼ねて、より腕に撚りをかけて準備してきます! 楽しみにしていてください!」

 

 ああ、その日が楽しみだ。

 

 

 

「それではまた!」

 

 軽く運動して帰るという空をロビー先で見送って、自分は家の中に引き返した。

 

 

──夜──

 

 

 ……そろそろ夏休みも終わる。

 宿題はコツコツやって終わらせたが、今の内に一学期の復習をしておこう。

 

 




 

 コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが4に上がった。
 
 
────


 知識  +2。
 優しさ +2。
 魅力  +1。

 
────


 人格パラが全然あがらないので、各ランク必要数を下げようか検討中。
 下げたら報告します。


別選択肢
──Select──
  お菓子を食べる。
 >恋バナ……
  ゲームだ。
──────

「こ、恋……!?」
「ああ。人数が集まって、お菓子を囲んだら、やることは1つだろう」

 ……いや、パジャマパーティが恋バナだっけ?
 どちらでも良いか。

「そ、その、岸波先輩は、そういう話題が豊富に?」
「ない」
「断言!?」

 豊富にあったら良くないだろう。逆に。

「そういう空は?」
「わたしは……わ、わたしはほら、空手一筋なので!」

 顔を真っ赤にして手を胸の前で振る彼女。
 なんとも可愛らしい。追及はしないでおくか。

「……2人とも話題がないと、企画倒れじゃないですか?」
「……普通に雑談するか」
「そうですね」

 まあ、そういうのもアリだろう。

→♪は2個くらい出るかなって。

 今回はこれだけ。
 誤字脱字報告、ご意見ご感想等お待ちしております。



 追記:ちょっと#FEやるため更新止めます。p5sまでには返ってきます。すみません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月21~22日──【マイルーム】後輩たちと準備

 

 

 明々後日から温泉バイトだ。夏休みの間にやり残したことはなかっただろうか。

 毎日進めていた宿題をぱらぱらと捲っていると、視界の隅で何かが光ったことに気付く。

 

「?」

 

 机の上に置いてあったサイフォンの画面が転倒していた。覗き込んでみると、着信の表示が画面上に点灯されていた。差出人は……洸からだ。

 

『よお、今暇か?』

『ああ。どうした?』

『今、ジュンと一緒に居るんだが、お前もどうかって』

 

 小日向が?

 思わぬ所から、という訳でもなかったが、それでも出てくるとは思わなかった名前に驚く。

 まあ、今日は予定という予定がない。

 行くとしよう。

 

 

『行っても良いか?』

『おう。それじゃあ、商店街で待ってるぜ』

 

 

 返信を確認してから、サイフォンをポケットにしまう。

 さて、出かける用意をしよう。

 

 

 ────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

 連絡が来てから1時間も経たない頃に合流。

 3人でメイン通路を歩きだす。

 時に伊吹の実家である青果屋を覗き、時に駄菓子屋で洸の思い出話を聞き、時に志緒さんの下宿先である蕎麦屋でご飯を食べる。

 そんなゆったりとした時間を過ごして、今日のお昼は過ぎ去っていった。

 

 他愛のない時間だったが、彼らとの距離が縮まった気がする。

 特に小日向とは何かがあればより縁が深まるだろう。

 

 

──夜──

 

 

 さて、何をしようか。

 そういえば宿題が終わってから、勉強をあまりしていない。

 が、いきなり勉強の気分に切り替えるのも難しかった。

 ならばどうするか。……そうだ、本を読もう。

 以前本屋でバイトしたついでに購入した、泳法の本。水泳部としては是非読んでおきたい。

 さて、読むとしようか。

 

「……」

 

 あなたが水に浸かった時、最初に抱く感情は何ですか?

 その一文から始まったその本では、最初に水と向き合うということから始まり、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの4泳法の基礎と、体の動かし方。それから使う筋力などが図解されている。

 なるほど確かに、意識しないと鍛えられない部位が多い。泳法をただ教わっても泳ぐことが難しいのはこういったことが原因なのだろう。

 ならばそこを鍛えれば解決するのかと言われればまた違う。それはあくまで動きやすくなるだけであり、泳げるのとはまた別なのである。

 と書いてあるが、今の自分にはまだその意味がよく分からない。

 この本もまだ3分の1程度。

 最後まで読んだ時、その神髄に至っていることを願って、今日は読書を終了しよう。

 

 

 

──8月22日(水) 昼──

 

 

『チョットせんぱぁい、聞いてますぅ?』

「ああ」

 

 サイフォン越しに聴こえてくる後輩の声に耳を傾けること十数分。

 そろそろ腕が疲れてきたが、しっかり話は聞いていた。

 

『そんなこんなで続けてた料理も、結構上達してきたし』

「本当に?」

『ヒトミだって文句言わなくなってきたんで』

 

 それが、指摘をすることに飽きたとかではなければ良いのだが。

 ……まあ、友人想いのヒトミなら、何だかんだ面倒を見続けることだろう。

 指摘がなくなったということは、確実に上達しているということ。それを信じたい。

 

『そんなわけで、どうやったらゴロウ先生に料理食べてもらえるか、相談したいんですけど、いいですかぁ?』

「食べてもらう機会か……」

 

 

 怪しまれず、断られづらいタイミングがいいだろう。

 まず料理を食べてもらうとしたら、渡すよりも一緒に食べる方が自然だ。

 だが、教室や食堂では一緒に食べないだろう。佐伯先生がどこでご飯を食べているのかは知らないが、あまり学食では見かけない。放課後いることはあるけど。

 だとしたら、プライベート……だが、プライベートで先生を連れだすというのも難しい。

 相応の理由でもなければ無理だろうが……いや、逆に待ち伏せるとしたらどうだろう?

 

「……登山だ」

『……は?』

「登山をしよう」

『は?』

 

 思い当たったが吉日。

 後輩たちに声を掛け、駅前広場へと誘った。

 

 

────>駅前広場【MiSETAN】。

 

 

「それでセンパイ、どうして呼んだの?」

「ああ。佐伯先生の趣味は登山だと聞いていたから、偶然を装って一緒になれば共通の話題もできるし、たまたま作り過ぎたお弁当を一緒に食べれば料理を食べてもらうこともできる。一石二鳥かなと」

 

 だから必要なのは、登山の準備とお弁当を作ること。

 料理はだいたいできるようになったとの自己申告を受けているから、お弁当の心配はしないとしても、登山となると1日2日でできるようになることではない。

 というわけで、何事も形から。と道具を一式揃えに来たのだ。

 

「いや、そうじゃなくて」

「うん?」

「マリエはともかくとして、あたしをここに呼んだ意味は?」

「……」

 

 

──Select──

 >一緒に山登りしよう。

  女子の観点が必要だ。

  特にはない。

──────

 

 

「……ふーん、要は道連れってこと?」

「違う。ヒトミも一緒の方が楽しいと思っただけだ」

 

 そう言い返すと、彼女は訝しげに自分を下から覗き込んできた。

 何をしているのだろうか。

 

「……嘘じゃないみたいだね。いいよ、センパイの言うこと、取り敢えず信じてあげる」

「ありがとう?」

「すごくめんどいけど、マリエがやる気になってるみたいだし、仕方ない。付き合うかー」

 

 少しだけ笑みを見せた彼女は、マリエの元へ歩いていく。

 本当に、面倒見がいい。

 自分も行こう。移動中の短時間ではあったが、サイフォンで必要そうな道具は調べてある。後は店員に聞きながら選べば、きっと問題ないはずだ。

 

 

────

 

 

「ねえヒトミ、これとかどう?」

「うーん、ちょっと派手過ぎ」

「じゃあ……コレは!?」

「……微妙かも」

 

 右手と左手、それぞれに違うウェアを持ち、マリエは頭をうんうんと唸っていた。

 かれこれ十分近くは悩んでいるだろうか。それもそうだろう。安くはないお金を払って購入するのだ。妥協はしたくないはず。

 ちなみにヒトミは即断即決という形で決めていた。

 2人はいい意味で対照的な性格をしている。

 

「埒が明かない……センパイ、ちょっと」

「?」

 

 呼ばれたので、メンズコーナーを物色していた自分も後輩たちに合流することに。

 

「もうセンパイがビシッと決めてもらえない?」

「自分がか?」

「男性の意見があった方が、マリエも納得しやすいでしょ」

 

 

 不意に、以前服を選んだ際のやりとりを思い出した。

 あの時も最終的には意見を求められた気がする。

 確か、そう。“カジュアル系”の服装が似合うと思ったのだ。

 まああの時はこうして実際登山をする計画を立てるだなんて、夢にも思っていなかったわけだが。今回もそういった路線で攻めていった方が良い気がする。

 

 だが、ビシッと決め手とは言われたが、アドバイスをするくらいに留めて置いた方が良いだろう。自分で選んで買った。という方が愛着だって沸くだろうし、もしあるなら次回以降の反省にも活かせるようになるだろうから。

 

 

 

 

 

「ふう」

「お疲れ」

「ありがとう」

 

 ウェアやシューズなどを選んだ自分とヒトミは、小物を見てくると歩いていったマリエを見送り、店舗前のベンチに腰を掛けていた。

 彼女も自分も、多くの袋を抱えている。結構な荷物だ。

 

 

「アリガトね、センパイ」

「何が?」

「服、あたしのまで選んでもらって」

 

 ……言われてみれば、ヒトミのは選んでと言われていない。

 にも拘わらず、つい勢いで彼女に似合いそうなものも探してしまっていた。

 

「すまない。見ているうちにヒトミにも似合いそうだと思って」

「……まあ、悪い気はしないかな」

「そうか」

「少し地味だったけどね」

「……」

「でも、真剣に選んでくれたっていうのは、結構嬉しかった、かな」

「……そうか」

 

 

 まあ、嫌そうな表情はされていないので、良かった、ということにしておこう。

 個人的には地味と言われたことがショックだったが、まあ、そう言ってくれるなら考えた甲斐もあるというものだ。

 

「それにしても、登山ね」

「嫌か?」

「ううん、それは別に。ただ……」

 

 ヒトミは、困ったように眉を寄せる。

 その視線の先には、背を向け、棚を物色するマリエの姿が。

 

「マリエ、飽きないと良いんだけどねって」

「大丈夫だろう」

 

 その心配に関しては、そう思う。

 自分が断言すると、彼女は少し驚いたように目を大きく開いた。

 

「どうして?」

「料理だってそうだったから。面倒なことでも、佐伯先生と仲良くなる為に努力を続けられたんだろう? なら今回だって、同じはずだ」

「……まあ確かに、マリエの恋に走るパワーは本当に凄いからね。十代って感じ」

「十代って感じって、自分と違ってヒトミは同い年だろう」

「それを言ったらセンパイも1つ上だけどね」

 

 実年齢でいえば何歳かは分からないが、取り敢えず置いておこう。

 

「ヒトミは、マリエのことが羨ましいのか?」

「羨ましいっていうか……どうだろ」

 

 少し思い悩むようにして腕を組む彼女。

 

「うん。羨ましいのかもしれないね。あたしはあんなに真っすぐにはなれないから」

「……憧れてるのか」

「うん。出来ることなら、出来る範囲で、応援してあげたいなって」

 

 そういう彼女は、真っすぐ前を向いていた。

 真っすぐに、マリエの背を捉えていた。

 

「ほら、あたし、捻くれてるから」

「そんなことないと思うが」

「そんなおだてなくても良いよ。自覚あるし」

 

 ……まあ、彼女が想うならそういうことにしておこう。

 

「だからこそ、余計眩しく見えたんだろうね。マリエが。あたしにはないものを持ってるから」

「……マリエみたいになりたい?」

「それは、ないかな。ああやって明るく振る舞うことはできない。暖かい人間なんて、あたしは演じれない。ほんとはしたいとも思ってないかも」

「なら、相容れない、と?」

「まあ確かに、真逆だよね。けど、そうじゃない。あたし達は……まあ、あたしからすると、マリエは大切な友人。それは、多分」

 

 言葉を、選ぶ間を置いて。

 

「それを貫けるあの子の性格を、あたしは尊敬してる。からだと思う」

 

 これ以上ないほど柔和に微笑んだ。

 どちらかと言えばダウナー系で、若干楽しそうにはすることはあっても、基本表立って表情に出すことが少ないヒトミが、優美に。

 失礼な話だけど、こんな表情もするのか、と魅入ってしまうほどに、魅力的だった。

 そんな自分の反応に気付かず、自身の気持ちを表せる言葉を探すので手一杯な彼女は、止まらず口を開き続ける。

 

「なんだろ。こたつに惹かれる猫ってこういう感じなのかな……なんて」

 

 そういうヒトミの目が温かいものであることに、きっと彼女は気付いていない。

 彼女の持つ優しさ、付き合いの良さ、面倒見の良さは、彼女の温かさに直結する。

 ヒトミ本人だけが、彼女の持つ温かさに気付いていない、ということだろう。

 

「……話すの、思ったよりハズい。やらなきゃよかった。テンション上がりすぎたかな」

 

 

──Select──

  また聞きたい。

  次は自分の話でも。

 >今度は3人で。

──────

 

 

「……そうだね。センパイの恥ずかしい話も、マリエの真面目な話も聞いてみなくちゃ。思い返して赤面するみたいなやつ」

 

 その返事を言い終わると、彼女は伸びをするように立ち上がり、こちらを振り返った。

 

「……そろそろ、マリエのところに行ってくる。なんか、悩んでそうだし。荷物は置いてってイイ?」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 その背中を見送り、さて自分はどうしようかと考える。

 

 

──Select──

 >重い荷物を持てるよう整理

  2人へのプレゼントを購入。

  自分もマリエのもとへ行く。

──────

 

 

 そうだ。

 2人が戻ってきて、移動をする時、自分が重い荷物を預かって移動できるよう整えておこう。プレゼントはまたいつかの機会にでも探そう。

 できれば今日中に道具を一通り揃えて、後は登るだけ、という形に持っていきたい。

 さて、もうひと踏ん張りだ。

 

 

 

 

──夜──

 

 

 さすがに疲れた。

 一日中買い物に興じてしまったが、それでも得るものはあった。

 他でもなく、ヒトミのことがよく分かったこと。マリエの話も、いつか聞いてみたい。どうやらまだ気を許されてはいないみたいなので、気の遠い話にはなりそうだけれど。

 山登りという行為は、後輩たちと佐伯先生の接点づくりのためであり、かつ自分のためでもある。

 登山をすれば体力も付くだろうし、いつか異界攻略に役立つ日が来るかもしれない。来ない方が良いのは確かだが。

 

 いつか登山用の本でも買わないとな。

 

 さてこんばんは……新学期に向けて勉強でもしようか。

 

「サクラ」

 

 ……は、祐騎に預けているんだった。

 以前の約束で、サクラを少し調べたいという祐騎に、彼女を貸している。

 特に自分が外出し終えた夜などは基本的に貸していることが多かった。

 とはいえ、祐騎の調べものについて、進展したという報告は未だ届いていない。そもそも何を調べたいのかは分からないが、彼も彼で今頃必死なのだろう。

 仕方ない。今日は普通に勉強するとしようか。

 

 




 

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが4に上がった。


────

 知識  +2。
 魅力  +1。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月23日──【マイルーム】柊の理由

 

 

 ……明日から少しの間、バイトに勤しむことになる。

 それが終われば夏休みも残り2・3日。

 やり残したことは、なかっただろうか。

 ……いや、ある。

 

「……」

 

 サイフォンで、電話を掛ける。

 呼び出し音が3度、鳴り響き、通話の繋がる音がした。

 

 

『もしもし?』

「柊か?」

『……私のサイフォンに、私以外が出るわけないでしょう』

 

 そんなことないと思うが。

 洸に電話を掛けたら倉敷さんや伊吹が出ることもあるだろうし、祐騎に電話を掛けたら葵さんが出ることもあるだろう。容易に想像がつく。

 ……柊なら誰が代わりに出るだろうか。璃音とか?

 

 

「今日、予定あるか?」

『いいえ。下宿先の手伝いをしようとしていたくらいかしら』

「ああ、ヤマオカさんの」

 

 どうしようか。流石にその予定を遮るほどの用事ではない。

 そもそも用事と言うべきかも悩むほどの雑事だ。

 ……そうだ。

 

「なら、自分も手伝おう」

『……あの』

「そうと決まれば」

『いえ、だから……』

「それじゃあ、また後で」

『人の話を』

 

 ブツッ、と通話を斬った。

 勿論意図的にだ。

 続いてヤマオカさんに連絡。軽く事情を話して、今日一日だけ手伝いをすることを認めてもらう。

 

 さて。

 

「行こう」

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 

 入ってきたお客様に一礼し、出迎えるようにして奥へと誘導する。

 お手伝い開始から2時間ほど。ようやく接客にも慣れてきた。

 普通の飲食店だったら声を張り上げたり、あとは色々なメニューの呼称があったりして時間が掛かるのかもしれないが、幸い【壱七珈琲店】は私営のカフェで、静かでゆったりとした空間が持ち味。声を大きく出すこともなく、掛け声を短縮するなどの焦りを前面に出すこともしない。

 

 ふと、視線を感じた。

 振り返ると、柊がこちらを見ている。

 何か、言いたいことがありそうな顔だ。

 

 ……それはそうだろう。いきなり押しかけておいて、何か特別な話などはなくただ労働に勤しんでいるだけなのだから。

 柊としては、こちらの真意を探っておきたい所なのだろう。彼女がどんなことを考えているのかが読めるようになってきた辺り、自分たちもだいぶ仲良くなってきたのかもしれない。

 とはいえ今ここに居るのは結果であり、別に何か目的や裏がある訳ではないので、すべて彼女の心配は取り越し苦労となってしまうのだが。

 ……いや、いつまでもこうしていると、柊に心労が溜まっていくかも。

 普段から迷惑を掛けている身だ。こんな他愛のないひと時でまで疲れさせてどうする。

 

 ……幸い、時間帯からしても客足は遠のいている。

 今がチャンスかもしれない。本当は終業後が良かったが。

 ヤマオカさんに目配せをする。

 彼はなんてことなしにそれを察し、柊に声を掛けに行ってくれた。

 

「アスカさん。休憩にしましょう」

「……いいえ、お手伝いに来てくれた岸波君より先に休憩に入るのは」

「そう言うと思って、彼も一緒です」

 

 柊の視線が、ヤマオカさんと自分を行ったり来たりする。

 そんなに信じられないだろうか。

 

「自分も一緒だ」

「いえ、そこは疑ってないわ……はぁ、ヤマオカさん、“諮りましたね”?」

「ふふふ、何のことやら」

 

 笑って誤魔化しつつ、自分の方にウインクを飛ばしてきたヤマオカさん。お茶目な方だと思う。

 結局、確たる証拠もなく、時間の無駄だと察した柊は、大人しくスタッフルームへと歩いていった。

 その途中に、来るのでしょう? とこちらへ視線を向けながら。

 無論、着いていかない訳はなく、自分もその背中を追うことにした。

 

 

────>壱七珈琲店【スタッフルーム】。

 

 

 主に着替えなどに使うらしいこの部屋には、ロッカーと机、椅子といった最小限のものしか置かれていない。

 なんでも、ヤマオカさんや柊を含め、アルバイトの方々がここで休憩時間を過ごすことはないらしく、ヤマオカさんはカウンターでそれとなくくつろいだり、アルバイトの方々は休憩時間だけお客としてカウンターに居座っているのだとか。ちなみに柊は2階にある自身の部屋に戻るらしい。すべてヤマオカさん情報だ。

 

「それで、わざわざヤマオカさんまで巻き込んで、どういうつもりかしら」

 

 

──Select──

  特になにも。

 >少し話をしようと思って。

  大事な話がある。

──────

 

 

「話?」

「ああ。あれ以来、ろくに話せてなかったから」

「……そうね」

 

 単に夏休み、ということもあったのだろう。

 学校で会う機会があれば、捕まえてお話、ということもできた。

 だが今は長期休暇。自分から連絡を取らなければ会うことはできない。

 だからこそ、この夏のやり残しになってしまいかねなかったのだけど。

 

「……過程はどうあれ、結果を出した貴方には、私を咎める権利があるわ」

「批難?」

「調和を乱し、いたずらに仲間間での不安を煽った行動の責任を追及するのでしょう?」

「……」

 

 しないけど。

 何を言っているんだろう。

 それにしても、調和を乱し、不安を煽った、か。

 

「……」

「な、なにを笑っているの、岸波君。気味が悪い」

「え、笑っていたか?」

「ええ」

 

 そうか。

 だとしたら、ふと過った考えが、嬉しかっただろう。

 

「いや、柊は自分たちのことを仲間だと、自分たちの中に調和があったことと認めてくれるんだなって」

「──」

 

 その追及に、愕然とした恍け顔を見せる柊。

 目は見開き、口は半開きだ。

 指摘は随分と予想外だったらしい。もしかしたら、彼女にとっても無意識のうちに、口を突いて出た言葉だったのかもしれない。

 それでも、彼女は1人で落ち着きを取り戻す。

 

 

「そういう揚げ足を取るところ、時坂君そっくりね」

「そうか?」

「ええ」

 

 首元へ手を伸ばし、後ろ髪をさらっと広げる。

 

「自分でも少し、驚いているわ。そんな単語が私の口から出るなんて」

 

 それでも、考えずに吐露された言葉ならば、彼女が無意識下で思っていることなのだろう。

 

「まあでも……あの時間が嫌いではなかったのは、確かかもしれないわ。ああやって、同年代の人と他愛無い雑談をすること自体、今まで少なかったから」

「向こうに居た時は友人とかいなかったのか? 日本人だから?」

「人種差別があった訳ではないわよ。ステイツでの学生生活も、今のクラスでの扱いと何ら変わらない。一定の距離を保ったまま、誰からも怪しまれない優等生、って言ったところかしら」

「確かに柊は優等生って呼ばれていることが多いし、少し近寄りがたいって話も聞いたことがある」

「……そこは、『自分で優等生って言うなよ』っていうツッコミを入れるところでしょう」

「ツッコんで欲しかったのか」

 

 なんとなく、洸ならそうやって会話を回したのかもしれないなと思った。

 柊の方ももしかしたら、そう考えての発言だったのかもしれない。

 

「調和。確かにこの前までの私たちの間には、あったかもしれないわね」

「今でもあるぞ」

「そうかしら? ……いいえ、今のは失言だったわ。忘れて頂戴」

「少なくとも自分たちは、柊のことを大切な仲間だと思っている。柊がどう思っていようともだ」

「仲間と思っていたらしいことは、恥ずかしながら先程のやりとりで明かしてしまったけれど……大切な仲間、ね」

 

 一瞬だけ間を置き、彼女は天を仰ぐ。

 

「まあ、仲が良いのは確かだわ。久我山さんも、時坂君も、ソラちゃんも、四宮君も、今目の前にいる貴方も、皆同じように、変わらず声を掛けてくれたし」

「そうだろう」

 

 ……今挙げられた人たち全員が柊と話した、ということは、自分が最後だったということ。

 忙しかったとはいえ、後回しにしたことがなんだか情けなくなくなってきた。

 

「私が知る以上に皆が優しいことは、理解している。……だからかしらね。余計に、この関係が怖くなるのは」

 

 怖くなる?

 どういうことだろうか。

 

 

──Select──

 >反論する。

  聞き返す。

  何も言わない。

──────

 

 

 彼女の抱く恐怖について、思うことはある。

 ただ、それを言葉にしてぶつけるには、“豪傑”級の度胸が必要だろう。

 

 

──Select──

  反論する。

 >聞き返す。

  何も言わない。

──────

 

 

「怖い、っていうのは、どういうこと?」

「慣れ合うだけの関係に、成長はない。って考えているだけよ」

「慣れ合いでここまでやってきたわけじゃないと思うが」

「今までは、そうね。だからこそ今仲良くしていることで、これから先そのバランスが崩れる時が来てしまうのではないかと、心配になるの」

 

 柊は柊で、先を見据えているのだろう。

 考えている人が違い、手に持っている情報量が違う以上、自分と彼女が思い描く未来は異なるのは当たり前。しかしそうは言っても、彼女の不安は可能性が低い中の1つ。当然あり得ることにはあり得るけれど、それこそ、不安視し過ぎて付き合いを避ければ、仲間内の縁を崩壊させてしまうような話。

 まあでも、否定するわけにもいかない。

 先程の彼女の言葉を信じるなら、自分も彼女も、人付き合い初心者というか、友達付き合い初心者、というものだ。

 自分は友人たちとの関係が正の効果を生み出すと考え、そうできるように動いている。

 彼女は友人たちとの関係で負の効果を生み出すことを恐れ、そうならないよう動いている。

 アプローチの違い。結果を出していない自分たちがお互いのやり方を否定したところで、なんともならない。

 

「何より私は、私の剣を鈍らせるのが、何より……いいえ、なんでもないわ」

 

 そこまで言って、彼女は言葉を止めた。

 柊の、剣?

 仲間たちとにぎやかにやっていると、鈍る何かがあるというのか。

 例えばなんだろうか。

 孤高こそが力の源、のような信念とか?

 いいや、だとしたら今更感が強い。それを考えているような人が、自分たちを指揮したり共に戦ったりなどはしないだろう。

 彼女が自分たちと共に居る時、嫌々行動しているようには見えなかった。そうとは思いたくなかった、というのもあるが、彼女は彼女なりに楽しんでいてくれたと思う。その証明が、先程彼女が零した調和、という言葉なのではないか。

 そういうこととして考えよう。不仲を疑うべきではない。

 しかしそうなると、想像がつかない。

 

「余計なことまで話してしまった気がするけれど、そろそろ戻りましょうか」

「……ああ」

 

 一体彼女は、その剣に何を賭けているというのか。

 柊のことが少し分かって、また少し謎が増えた一日だった。

 

 

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが5に上がった。


────


 夏休み後半が飛んでいくのはお約束、ということで。
 次回は8月30~31日。
 第5話エピローグとなります。


 特に大事でも何でもないけど、選択肢の回収です。
 前触れなく度胸が必要とか言って来る選択肢、嫌いです。(敢えて回収ナシ)

121-1-1。
──Select──
 >特になにも。
  少し話をしようと思って。
  大事な話がある。
──────


「そう、なら戻っても良いかしら」
「冗談です話をしましょうお願いですから」
「そ、そんなに必死にならなくても」

 かくなる上は、土下座か。
 
「膝を引かないで。止めなさい。止めて。止めてと言っているでしょう! だいたいこんな姿、もしヤマオカさんにでも見られた、ら──」
「……」

 時が止まった気がする。
 背後に気配を感じた。
 それはすぐに去って行った。
 
「……」
「……」
「とにかく、早く話してくれるかしら。迅速に」
「はい」


 →この次の選択肢で、♪が出ない事件が……
 
──────
121-1-3。
──Select──
  特になにも。
  少し話をしようと思って。
 >大事な話がある。
──────


「そう切り出されると、告白みたいね」
「?」
「露骨に首を傾げられるとこちらが困るわね」

 告白しに来た、という点では間違いでないのかもしれない。なにもかもさらけ出す、という言葉を告白と言うならだが。
 どちらかといえば、自分が告白するというより、互いに心の内を明かせればと思っている。
 
「まあ良いわ。私にも話さなくてはいけないこともあるし」
「長い休憩になりそうだな」
「……話す時間は、何も休憩の間だけじゃないけど」
「……ああ、そうだな」

 →無駄に良い雰囲気になるのは良くない。この先の話的に。
 
 
 
──────
121-2-3。
──Select──
  反論する。
  聞き返す。
 >何も言わない。
──────


「……時坂君なら」
「うん?」
「時坂君なら、ここで遠慮もなく、『お前ほどのやつが、何に怖がるってんだよ』とか言いそうよね」
「『怖い? 何が怖いってんだよ』くらいだと思うが」
「……まあどちらにせよ、岸波君はそういう所、踏み込んでこないわよね。とても正しいことだとと思うわ」

 だが、想像上の洸の発言も、正しくないわけではないのだろう。もしかしたらそちらの方が正解かもしれない。
 いや、彼女がその話を振ってきたことこそが、答えだ。
 自分は選択を間違えたのだろう。

 自分と洸の、違う所、か。
 人付き合いの思い切りの良さ、という面では、確かに彼らに多くのものを教わっている最中だ。今の自分にはなくて、洸にあるもの、なのだろう。
 似ている似ていると言われ続けたが、違っている面は劣っている所、ということか。
 自分もまだまだ頑張らなければならない。
 
 
 →聞き返す・反論する。の時はあった、柊の悩みの吐露がなくなります。踏み込んでこない者に明かす必要なんてないのは当たり前。
  


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8月30~31日──【駅前広場】焔は消えず

 

 

 怒涛の5連勤を終えた、翌日。

 眠い目を擦りながら、自分は待ち合わせに遅れないよう、曇り空の下を歩いていた。

 時間帯は昼前。朝早く、というわけでは決してない。自分でも何で瞼が重いのか不思議で仕方がないが、昨日までの5日間で身体に刻み込まれた習慣が怠惰を許さなかった、というだけの話だ。

 事実、今朝起きたのは4時半。何度か2度寝を試みるも、寝転がっているだけで落ち着かず、結局掃除やら何やらを始めてしまい、気付けば約束の一時間少し前。

 すっかり休む時間も無くなってしまったので、少々瞼も足も重いが自業自得と割り切り、集合場所である駅前広場へと足を運んだ。

 見慣れたオブジェの前には数人の若者が集っていて、そこから少し離れたところに、見覚えのある友人の横顔を見つける。

 大声でなくても声が届くくらいの距離に着いたところで、向こうも自分に気付いたのか、こちらを向いた。

 

「お、来たなハクノ」

「洸、待たせたか?」

「いや、オレはさっきまでシオリの家の手伝いやってたから……って、なんかお前、やつれてねえか?」

「大丈夫だ」

 

 実を言えば決して大丈夫というわけでもないのだが。まあ我慢できなくもない程度の疲労。正直異界攻略の後よりは身体が軽いので、限界というわけでは決してなかったりする。

 まあ仮に限界だとしても、今日は動かなくては行けなかったわけだけど。

 心配を止めない洸に、ただ一言、「GWしてきた」と伝えると、遠い目をして納得してくれた。流石、ともにあの地獄を乗り越えた友。

 

「そっちは夏休みのお手伝い、忙しくなかったのか?」

「まあな。正直いつもと変わらなかった」

「……そうか」

「なんだ今の間」

 

 いや正直、洸はいつも自分より忙しいものだと思っていた。

 というか普通に忙しかったのではないか。彼自身がそれを忙しいと認識していなかったというだけで。

 ……それが一番あり得る気がしてきた。

 

「……まあ、行くか」

「そうだな」

 

 恐らく、触れない方が良い話題だ。

 

 

 

────>駅前広場【道外れ】。

 

 

 駅前広場から歩いて、10分ほど進むと、歴史を感じさせてくれる古い建物が幾つか見えてくる。

 10年前の、<東亰震災>。それを生き残った兵たちだ。

 

「よしハクノ、次は何が必要だ?」

「次は……制服の予備を買わないとな」

「予備の制服? ああ、一枚しか持ってないとかか」

「いや、あることにはあるんだけど……」

「だけど?」

「いつか制服のまま異界に巻き込まれたらと思うと」

「……あー。確かに何枚あっても足りなくなることはねえな。オレも申請しておけば良かったぜ」

 

 今回、洸は彼自身の用事である選択教科用の教科書の購入のついでということで、自分の買い物に同行してくれている。

 何でも一昨日に小日向や伊吹たちと行く予定だったらしいのだが、急遽蓬莱町でのバイトの要請があり急行。その日はなんとか乗り越えることができたが、洸だけ教科書類を買うことが出来なかったのだそうだ。

 教科書の購入には学生証が必要とのことで、誰かに買って来てもらうことも出来なかったため、同じくタイミングを逃していた自分と約束し、今日改めて購入に来ている。

 そのついでに自分が備品を買い足したいというと、彼は少々の荷物持ちと案内を買って出てくれたのだ。

 

「ありがとう、洸」

「どうした急に」

「色々頼んで悪いな、と」

「よせよ。……まあ、いつもの礼ってところだ。受け取っておいてくれ」

「明日もあるのに?」

「明日は明日でまた騒ぐだけだろ」

 

 明日は、志緒さんを交えての、BLAZE救出打ち上げだ。

 お昼から、志緒さんのバイト先──蕎麦処【玄】へ集まることになっている。

 参加メンバーは、ペルソナ使いたちのみ。流石に記憶処置を施したBLAZEの方々へは声すらかけていない。ある意味当然だ。自身の知りもしないことで、知らない人と打ち上げしていても息が詰まるだろう。

 ただ、戌井さんの快気祝い、とはならなかったのだけが唯一の残念だった。

 自分がバイトに勤しんでいる最中、戌井さんの意識は回復したとの連絡が入った。今は少しずつ回復に努めているらしい。身体が丈夫ということもあるのだろう。リハビリは早めに進行しそうですと北都家令嬢としての美月は語っている。

 しかし、完治とはいかなかったものの、ひとまずの無事は確認できた。夏休み最後だし、打ち上げをしようという話になるのも、まあ当然だろう。戌井さんが無事退院したら、その時は改めて快気祝いをするのも、忘れてはいけない。

 

「そういえば、柊と話はできたのか?」

「……ああ。昨日、ようやく」

「そうか。良かったな」

 

 拳をこちらへ向けてくる洸。

 互いの拳をぶつけ、終わったことを祝う。

 

「洸も皆も、既に柊と話してたって聞いたけど」

「まあな。とはいえオレも結構後のほうだったみたいだぜ。『ハクノともちゃんと話せよ』って言ったら、困ったように『皆して同じことを言うのね』と返しやがった」

「……皆、気にしてくれていたのか」

「当たり前だろ。仲間なんだから」

「……そうだよな」

 

 昨日、自分が柊に言った通りだ。

 誰もが互いをかけがえのない仲間だと思っているし、誰一人としてそこにある絆を、縁を疑っていない。

 だから自分たちは、強くなれるのだと。

 

「それで、根っこの解決はできたのか?」

 

 ここでいう根っこ、というのは、柊の考え方のことを言うのだろう。彼女と自分たちの間にある溝が埋められなかったからこそ、今回のすれ違いは起きてしまった。

 その溝をどうにかしなければ、いつか自分たちはまた同じことを繰り返すだろう。

 だが、最後に何かを隠す柊を見て、それはもっと時間を掛けて向き合うべきことだと思ったのだ。

 

「いいや、先は長そうだ」

「……だよな。まあ、オレの方でも何かできないか考えてみる。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」

「ああ、頼む」

 

 きっといつか、また向き合うべき時が来る。その時の為に、しっかり準備しておかなければ。

 本当に、洸にはいつも助けられている。ああ、考えてみれば負担をかけてばかりだ。

 何かお返しできると良いのだけれど。

 というか一度、全員に対して恩返しをした方が良いのかもしれない。指示を聞いて動いてもらっているのに、怪我をさせてしまうことも多いし。

 真剣に考えてみよう。

 

 

「よし、そろそろ買い物の続き再開するか」

「……ああ、またよろしく頼む」

「おう」

 

 

 まあ、まだ時間はある。ゆっくりと考えることにしよう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は明日に備えて、早めに寝るとしよう。

 サクラも預けたままだし、音楽も今日はなしだ。

 

 

──8月31日(金) 昼──

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

 夏休み、最終日。

 今日を最終日と呼ぶかは、正直人によると思う。

 明日は確かに登校日だけれど、始業式があるわけではないし。あくまで準備登校というだけだから。

 とはいえ大半の宿題の期限は明日だし、衛生系の検査等もある。気は抜けない。

 

 そんな区切りを明日に控えた自分たちは、当初の予定通り、【蕎麦屋≪玄≫】へと来ていた。

 一応ピークは過ぎた昼頃、店主の気遣いで、半貸し切りのような状態の店内を使用させてもらっている。

 その代わり、お金はしっかり取られるし、料理だってしっかり出てくる、とのことだ。

 

 

「ホラよ、前菜だ」

 

 エプロン姿の志緒さんが運んできた、小皿に載せられた料理が全員に行き当たる。

 それぞれが皿を覗き込んで、思い思いの感想を呟き始めた。

 

「へえ、旨そうっすね」

「ふーん、確かに見た目はなかなかだね」

「コラ、ユウ君、高幡先輩に失礼だよ」

「あ、これ写真撮って良いかな? アスカ、一緒に撮ろ!」

「いや、あの、久我山さん? そんなに強く抱き引っ張らないでくれるかしら」

 

 わいわいと、決して喧しいわけではない明るさが、室内の空気を温かく包み込んでいく。

 気付くとエプロンを取った志緒さんが、一番端の席に座っている。

 どうやらメイン料理は流石に店主である男性が作るとのことだ。志緒さんはまだそこに手を出すことを認められていないらしい。いつかは食べられると良いのだけれど。

 それはさておき、飲み物と、前菜とはいえ食べ物は来たし、人数も揃った。さっそく始めよう。

 

「それじゃあみんな、今回も本当にありがとうございました。今日は楽しもう! 乾杯!」

「「「「「「かんぱーい」」」」」」」

 

 グラスをぶつけ合う。

 さて、宣言通り、自分も楽しむとしますか。

 

 

──数分後──

 

 

「そういや結局、異界ドラッグはどうなったんだ?」

 

 ふと思い出したのか、洸が柊に向けて問いかけを放った。

 異界ドラッグ“HEAT”。今回の件で発覚した、重要な問題点の1つ。事件後、柊、もとい柊の後ろについている組織へ預けていたが、果たして。

 

「まだ捜査に進展はないわね。まあ、もし仮に何か分かったとしても、共有はしないと思うわ」

「はあ? なんだよソレ」

「貴方たち、学生の領分を越えている、というだけよ」

「領分ってなんだよ……俺たちの町で怪しいクスリが蔓延しそうだってのに、指をくわえて見てろって言うのか!」

「はぁ……クスリは私の“組織”が解析作業中。出回っているであろう杜宮一帯への対策は、北都がしてくれているわ。正直、わたし達に出る幕は残されていない。大人に任せて、大人しくしておくべきね」

「……そういうことかよ」

 

 ヒートアップしかけた洸が、止まる。

 少し焦ったが、無事に収まりそうで何よりだ。

 

「てか、柊と北都先輩の所属してる組織って、仲悪いんじゃなかったのか? 協力してるみてえな言い方だったが」

「人聞きの悪いことを言わないでくれるかしら。単に杜宮は北都が地盤を築いている土地。人海戦術を行うなら、北都の方が向いているというだけのこと。言ってしまえば、私たちが北都を利用しているだけだわ」

「いや、お前の方が言ってることの方が人聞き悪いぞ」

 

 うへえ、と嫌そうな顔をした洸。自分たちの行動の裏で勢力争いなどが起きているとすると、思う所があるのかもしれない。

 気持ちは理解できなくもない。

 自分たちの行動が、預かり知らぬ所で他の意味を付与されている。

 自分の起こした行動が思いもよらない結果を産んだ、とかならまだ分かる。それは自身のせいだと納得がいくだろう。

 ……いいや、よく考えて見れば、同じのような気がしてきた。

 どちらも自分のせいなのだ。自分の行動で驚天動地な結果を叩きだしたとしても、他人の思惑で自分の行動に批難が殺到したとしても、自分が責任を取るほかないのだから。言ってしまえば、他人に利用されるような行動を取ったことが、自身の責任だろう。

 

「……ままならないな」

「なにが?」

「なんでもない」

 

 独りごちたつもりはなかったが、声には出てしまっていたらしい。

 ばっちり聞いていた隣の璃音が、顔を覗き込むようにして尋ねてきたが、わざわざ話すことでもないので誤魔化すことにした。

 

「あ、異界ドラッグの詳細が分かったら教えてくれ。特に、作られた場所とか」

「あら、どうして?」

「次も似たようなケースがあるかもしれないからだ」

 

 正直、クスリさえあれば同様の事件が引き起こされる可能性があり、第二、第三の戌井さんはいつ生まれてもおかしくはない状況だ。BLAZEが地域一帯を荒らした結果か、異界ドラッグは既に一部界隈へ名前が浸透してしまった。

 いくら目を光らせていても、警備の目を潜り抜ける人間はいる。しらを切り通す人もいる。断固として突っ撥ねた人だっているだろう。

 その時の対策の為に、情報は必要なのだ。

 

「しかし、BLAZEが引き起こした事件の後始末に北都が絡んでるのか」

「どうした志緒先輩」

「いや、あいつにまた借りが出来ちまったなって」

「……そういえば志緒さん、美月とはどういう繋がりなんだ? 竜崎さんとも知り合いだったみたいだし」

 

 少し疑問だったのだ。

 以前相談に生徒会室へ伺った際、美月には頭を下げられて、BLAZEを頼むとまで言われてしまった。

 最初に思っていた通り、浅からぬ縁のようだったが、詳しい内容を知らない。

 知って良いことかは分からないけれど、知れるのであれば知っておきたかった。

 

「あー……そりゃあ、北都からはこの話はしねえか。まあ、ダチとかそういう間柄じゃねえが……以前、BLAZEとして手を借りたことがあるっていうだけのことだ。それ以来借りを返そうとしているが、一向に隙を見せねえからな、アイツ。気付いたら付き合いも長くなっちまった」

「……ああ」

 

 付き合いが長く続く、ということは、決して悪いことではない。それが友人関係ではなく、慣れ合いの関係でもないというのは、恐らく凄いこと。

 例えば志緒さんが受けた恩や借りを蔑ろにするような男だったら、今頃その縁は途絶えていたはずだ。

 例えば美月が底の抜けた瓶みたいに支え甲斐があれば、もう恩は返され切っていたはず。

 律儀な志緒さんと抜かりのない美月、2人であるからこそ、その関係性を保つことができたのだろう。

 最も志緒さんからすれば、借りを作ったままの関係を保ちたくはなかっただろうけれど。

 

「……美月に恩を返すのって、難しいよな」

「ああ。ひょっとして岸波、お前もか?」

「現在進行形でお世話になり続けている。もうすぐ2年目に入りそうだ」

「……達者で生きろ」

 

 未来は捧げた後なので、達者で生きなければ恩は返せない。

 今こうして学生生活を過ごしているのも、元はと言えば恩を返すための準備。北都グループが『助けた甲斐があった』と思えるような、価値のある人間になる。という目標の為だ。

 ……まあでも志緒さんは自分のように、将来を北都グループに捧げる、というのは難しいだろう。今だって住み込みで働いているのも、何か目標があるからに違いない。だとしたらそちらを優先したいはずだ。

 志緒さんの恩返し、手伝えることがあったら手伝おう。

 

「お前らも、借りを作る相手を選べるなら選んどけ。借りを返せそうにない奴には借りるな」

「間違っても北都の人間に借りなんて作りませんので、大丈夫です」

「柊、お前北都会長のこと嫌い過ぎじゃねえか?」

「別にそんなことはありませんよ? 人間としてはそこまで嫌いじゃありませんので」

 

 切って貼ったような笑顔を浮かべる柊。嘘を表情で隠すのも、社交界的な手なのかもしれない。美月もよくやっていそうだ。

 美月と柊、同じく異界対策に長く関わっている者同士で、仲良くなれると思うんだけど。

 以前話している姿を見た限りでは、美月の方には歩み寄る意志があったようにも見えた。だが柊の方が突っ撥ねている、という感じ。

 ……あるいは同族嫌悪的な感情が柊の方にはあるのかもしれない。こればかりは、直接聴いてみないと分からないけれど。

 どうにかならないものか。

 取り敢えず、頭には入れておこう。

 

 

「そういえばさ、結局戌井さんのその後って、あたしよく聞いてないんだけど」

 

 思い出したように、璃音が口を開く。

 自分も部分的にしか知らない。詳しく知っているのはほとんど付きっ切りで面倒を見ていた志緒さんと、その対処について協議したらしい柊くらいだろう。

 

「医者の話じゃ、後遺症もなく日常生活へ戻れるそうだ」

「ただ、暫くは表も裏も監視の目が付くでしょうね。裏の方は急上昇した異界適正が何かしらの悪影響を及ぼさないかの経過観察が主になってくるけれど、表は正直、最悪を免れた程度ね」

「ま、クスリで理性が逝っちまってたとしても、一般人への暴行未遂、恐喝、抗争の企て。……サツが気にしねえ方が無理って話だろ」

 

 なんてことなく言うが、厳しい処置だった。

 いや、残念ながら当然と言っても良い結果にはなっているのだが、それは起こった結果のみを見た場合。

 彼がどういう想いでクスリに頼り、どういう考えで力を誇示するに至ったかを考えると、責める気にはなれなかった。

 洸も璃音も空も、やるせない表情をしている。

 

「けど、アンタそれで良いのかよ、シオさん」

「それはアイツらの責任だからな。オレがどうこう言う資格はねえ」

「……まだ資格とか何だとか言ってんのかよ」

 

 洸が落胆の意を滲ませた目を向けて、責めるように問いかける。

 だが一方で、志緒さんは憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情だった。

 

「なに。何も言うことはねえが、疲れたらうちに来て、飯でも食っていけとは言ってある。その時に愚痴でも何でも聞いてやるさ」

「……そう、か。そうだよな。それが一番良さそうだ」

「だろ?」

「はぁ……だろ? じゃないでしょ。どうしてそう紛らわしい言い方するかなぁ」

「あはは。でも良いじゃないですかリオン先輩。何て言うか、わたし達らしいやり取りな気がします」

「郁島の思う僕たちらしさって何なんだ……?」

 

 何だろうな。問い質すほどでは決してないけれども、気にはなる。

 

「まあとにかく、戌井さんは大丈夫、と。BLAZEはどうですか?」

「そっちはまあ、今度こそ休止状態だな。とはいえ前回と違って燻ってるだけって訳じゃあねえ。今は再起の為にも、新人にBLAZE魂を教え込んでる所だとよ」

「新人って……ああ、荒れてる時期に入った人達か」

 

 異界ドラッグに頼り、力で支配するBLAZEに憧れて入った世代、という訳だろう。そういった人たちが、同じ過ちを繰り返さないように指導している、ということで良いらしい。

 ともかく彼らも、未来へ向かって歩き始めているわけだ。

 過去ばかり見て燻っていた自身とは、もう決別できたのだろう。

 

「それで、志緒さんは」

「あん?」

「今後、どうするつもりだ?」

「……今後、ねえ」

 

 腕を組み、背もたれに寄りかかる志緒さん。目を閉じ、考えること数10秒。彼はゆっくりと口を開いた。

 

「『世の中の不条理や理不尽な暴力1人1人がそれらに屈しない“焔”』。それを掲げておきながら、今の杜宮の異変を見過ごすなんてこと、できるわけがねえ」

「それじゃあ……!」

 

 空が歓喜に満ちた声を上げる。

 祐騎も、璃音も、洸も、互いに目を合わせ、微笑んだ。

 柊は……正直まだ何を考えているのか分からないほどの無表情だった。無表情だけれども、少なくとも拒絶の意志はなさそう。

 なら、良いだろう。

 

「高幡 志緒さん。これからも、自分たちに力を貸していただけますか?」

「おう。こちらこそ、よろしく頼む──!」

 

 

──夜──

 

 

 打ち上げも、仲間が正式に1人増えたことに対しての歓迎会も終了。

 気付けば夜も良い時間になっていて、全員が帰ることになった。

 その帰り道に着く直前。そういえばまだ言っていないことがあったことを思い出し、一緒に帰るはずだった祐騎を先に送り出す。

 

「璃音、少し待ってくれ」

「んー?」

 

 久我山 璃音(影の功労者)を、呼び止める。

 目立ちやすい菫色の髪を帽子で隠した彼女がこちらへ振り返った。

 

「どしたの?」

「いやちょっと……」

 

 ここは、まだ皆いるし、何より柊が居るから……

 

「家まで送ろう」

「…………え゛?」

 

 何だろうか。今、アイドルがしてはいけない声が聴こえた気がする。

 顔を覗こうとすると、背中から反って顔を逸らされた。

 

「ん……んんっ! まあ、イイ、ケド……言っておくけど、家の近くまでで良いからね! 絶対!」

「あ、ああ」

 

 何か反応が大げさなような気がするけれども、まあ行けるのなら良いか。

 深く突っ込まないことにして、自分たちは並んで歩き始めた。

 

 他愛もない話を少しだけして、曲がり角に差し掛かった時、彼女がいったん雑談を止める。

 

「……それで?」

 

 一度振り返って、再度こちらを向き、彼女は確認するように口を開いた。

 

「わざわざこっちへ来たってことは、何か話があるんだよね、キミ」

「よく分かったな」

「分かるでしょ、それくらいなら。家まで送ろうって言ったのは、あの場所で話すことができない話題だったから。違う?」

「できないというか、話しづらい内容だった。理解してくれて助かる」

「ウンウン。……やっぱりそうだよねー……で、話って?」

 

 

 ちょうど目の前にあった自動販売機で、2人分の飲み物を買う璃音。

 御代を払おうとしたら、ボディーガード代と相殺で、と言われて押し切られてしまった。

 無理に付き合わせているのだから、自分が2人分払うべき所なのに。仕方ない。次の機会に払うとしよう。

 もらったお茶を開け、一口分だけ飲む。

 さて、そんなに時間もないし、手短に言ってしまわないと。

 

「璃音、異界攻略の時はありがとう」

「何が?」

「わざわざ演技までして後衛に回ってくれたのは、柊の為だったんだろう?」

「ッ!?」

 

 驚いたのか、飲みかけた水を戻しかける璃音。

 ペットボトル口から慌てて口を離し、数度咳込んで、えっなんで……と掠れた声を出した。

 

「柊が1人にならないよう気を使ってくれたんだろう? 穴に嵌ったのは……まあわざとではなかったと思うけれど」

「いや、それはわざとということにしておいてダイジョブなので」

 

 ということは、わざとではないらしい。事故だ。

 ただ、穴に落ちたことを好機と見た。ということだろう。

 

「ま、まさか気付かれるとは」

「分かるだろう、それくらいなら。自分の失態で他人に怒るなんてこと、璃音はしない。違うか?」

「ぐっ……はぁ、仕方ない」

 

 璃音は改めて、水を飲み直す。

 今度は、途中うでむせ返すことなく喉を通った。

 

「だからアスカが居ない所で話そうとしたんだね」

 

 頷きを返すと、そっかそっかと彼女はなんども頷く。

 

「正直、誰にもバレずにやりきったと思ってた」

「ああ、いい仕事ぶりだった。本当に助かったし」

「なら良かった」

 

 穴に落ちたことをきっかけに、大げさに怒ってみせた璃音。

 そのまま自分たちと話すことを避けるように後衛へと合流し、柊と同様一言も喋らずに、終点まで駆け抜けた。

 その間、自分たちと本当に一言も話さずに。

 

「璃音が下がってくれたから、柊は孤独にならなかったし、黙っていたことが浮き過ぎなかった、と思う」

「……ま、引け目とか負い目とか、少しは感じてるみたいだったけどね。それはキミや他の皆でもフォローしてくれてたみたいだし、タイジョブでしょ」

「だと良いな」

「ウン。そうなってくれれば、あたしも一安心って感じかな」

 

 などと話している間に、レンガ小路の近くへ出た。

 彼女の家までは、もうすぐだ。

 

「それじゃ、ココまでで良いよ」

「そうか、分かった」

 

 それ、捨てといてあげる。と自分から空きペットボトルを奪った彼女は、自分の進路から数歩分横に離れて、こちらを振り返る。

 

「ねえ」

「ん?」

「気付いてくれて、アリガト」

「ああ」

「気付かれないで1人満足するだけより、すっごい嬉しかったよ」

「……ああ、自分も言えて良かった」

「それじゃあ、またね!」

「ああ、また明日。学校で」

 

 璃音の背を見送る。

 また明日、制服姿で会うであろう彼女を。

 ……そうだ。明日には制服を着なければならない。自分も早めに帰って新学期の準備をしなければ。

 

 まだまだ残暑は続くが、夏休みは終わり。

 切り替えていこう。

 

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが6に上がった。
 
 
────

 文の量的には2回に分けるべきでしたが、あまりにも区切りが悪くてできませんでした。読みづらければすみません。

 これにてこの章は宣言通り終了。
 次回からインターバル5。
 舞台は2学期へ突入です。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 5
9月1日──【夢】路上ミュージシャンとの邂逅


 

 夢を見た。

 欠方の夢だった。

 

 ダンジョンのような所にて、多くのエネミーとの戦いを続ける主従。

 そしてそこから帰ると、以前救出した少女に会いに行く。

 とある日には対戦予定の相手に遭遇し、急な試合を仕掛けられることも。

 そんな中で、彼方の岸波白野は変わらず狐耳の女性との仲を深めていった。

 対戦相手は狂気に飲まれているかのような、言葉は交わせても意思の疎通が出来ていないようにも見えた。

 その敵と比べ、彼は彼の相棒との間にある絆が勝っていると信じ、前進を続ける。

 

 そして、ついに訪れる決戦の時。

 激闘の末、妖狐の術は敵の身体を打ち抜いた。

 それもすべては自身の相棒や、助けた少女からの後押しのお陰だろう。

 岸波白野はこの戦い、この一週間を通して、彼らの有難みを深く知った。

 例え夢や目標が無くても、支えてくれる人が居続る限り、前へ進み続けることができる。

 

 彼は淡い光を瞳に灯して、次の対戦者の名前を読み上げた。

 

 

──── 

 

 久し振りに会うクラスメイト達に挨拶をし、始業式を終え、宿題等を提出し終えた日の午後。

 今日は午前授業の為これにて帰宅となるのだけれど、午後が丸々空いてしまうというのはもったいない。

 しかし今日は部活がなく、1回目以降お願いできていない九重先生の個人授業も、彼女が忙しそうで頼めない。

 ……そうだな、校内を適当に歩いて、会った人が暇だったら誘ってみよう。

 

 

────>レンガ小路【ノマド】

 

 

 偶然校内で出くわした後輩たちに捕まるようにして、レンガ小路のブティックへと足を運んだ。どうやら彼女たちは空いた午後を買い物に費やすつもりらしい。

 自分は荷物持ち兼相談役、なのだとか。

 色々と意見を求められながら、荷物を持って行ったり来たりを繰り返す。

 その後はレンガ小路のみでは終わらず、駅前広場のショッピングモールへと足を運んで買い物の続き。終わった頃には日が半分ほど沈んでいた。

 それでも、今日はありがとうと言ってくれた2人が楽しそうだったので、その点は良かったと思う。

 

 

──夜──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 駅前広場を歩いていると、どこからか音楽が聴こえてきた。

 ノリのいい声の出所を探れば、駅の出口付近で、ギターを片手に歌っている人を発見する。

 その人は、何と言うか、弾けた髪形をしていた。

 歌っている最中の男性が、向けられている視線に気づいたのか、自分の顔を見て捉える。

 数秒目が合うと、彼はニカッと笑った。

 ……何で笑われたのだろうか。

 

 

 曲が終わる。いや、今の彼の語りを曲として表現してしまって良いものかは、正直悩む所だけれど。歌った内容は歌詞というよりは、日記? 思ったことや伝えたいことを捻ることなくぶつけてくるものだ。

 だけれど、それゆえについ聞き入ってしまった。

 歌詞は意味がわからないというよりは、意味が分かりやすすぎるほどにストレート。悪く言えば安直。だがそれだけに、想いは伝わりやすいのだろう。

 聴いている人は……いないな。熱い曲だと思うけれど、人気がないのだろうか。

 だけれど彼は、道行く人や近くで立つ人などへ、おおきに、おおきにと頭を下げる。それを数回繰り返しながらまっすぐ前進し、やがて自分の前へとやってきた。

 

「キミ、杜宮の人間か?」

「え、はい」

「そうかそうか! オレはオサムちゅうんや。キミは?」

「岸波 白野です」

「ハクノか。えらい真剣に聴いてくれてありがとうな」

「いいえ。良い歌をありがとうございました」

 

 なんて言うか、元気の出る歌だったと思う。

 璃音たちのようなアイドルや歌手がテレビで歌う歌が、心に語り掛けてくる音だとすると、オサムさんの歌は心に殴りかかってくるような。世間一般で耳にするような曲とはまた違う色だった。

 シンプルゆえ、強烈で力強い感情が伝わってくる。

 それに、普通に声は良く、ギターは上手い。歌は上手い。何が足りていないかは分からないけれど、あと少し噛み合えばとても評判がよくなりそうだ。

 

「おおきに! 東京の洗礼はキツいと思ったけど、そう言ってくれると素直に嬉しいなぁ。これからも暫く杜宮でお世話になるつもりなんや。どうぞご贔屓に頼みますわ」

「今日はもう終わりですか?」

「せやなぁ……今日はもうなおすところやったけど、特別出血大サービスや。もうちょいやってくわ!」

「! ありがとうございます」

「こちらこそ。ほな、行くで……!」

 

 再びギターをかき鳴らし、想いを吐き出していく。

 それを最前列で、ただ1人聞き続けた。

 

 

 その曲が終わると、また彼は笑顔を作りながら、おおきに。と頭を下げる。

 

「どうやった!?」

 

 若干目を輝かせながら、自分のもとへ話しかけてきた。

 

「良かったです」

「くぅ~!」

 

 震えるように喜びを露わにするオサムさん。

 自分の言葉でそうして喜んでもらえると、嬉しい。

 ……自分の歌を良かったと言われた彼も、こうして嬉しい気持ちになったのだろうか。

 

 その後も少しだけ話したけれど、やがて、夜もとろいからぼちぼち帰りなとオサムさんは自分を帰らせようとした。

 彼の言う通り、良い時間帯だ。明日に備えて今日はもう帰るべきだろう。

 そうして歩き出し、十秒ほど。背後から大きな声が聴こえてきた。

 

「……やっと、ようやっとオレの歌を理解してくれる人が来よった! この調子でガンガン行くで!」

 

 気合を入れるような大声。

 自分との会話が、彼にとってやる気に繋がったのなら、それは良かった。

 帰れと言われた以上、留まることはしないが、彼にもう一度だけ礼をする。

 彼も大きく手を振りながら、笑顔を浮かべて。

 

「また聴いてくれ! ほなな!」

 

 と挨拶してくれた。

 

  

 路上ライブを通して、新たな縁の息吹を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“節制” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

────

 

 

 ……再び響いて来る音楽を背に、家へと帰ることにした。

 

 

 

 




 

 コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが1に上がった。
 節制のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月2日──【神山温泉】路上ミュージシャンの旅

 

 

 今日は日曜日なので、神山温泉へとアルバイトをしに来た。

 前回の連勤からそう日を開けずにやって来たため、利用客の多さを少し警戒していたけれど、なんてことはない。普通の日曜日……よりも若干多いくらいだった。

 どうやら自分たちより少し年上──つまりは大学生たちが多いらしい。義務教育の子どもたちより一か月休みが長いと噂の彼らは、高校生以下の人たちの夏休みが終わる9月以降に旅行に来ることも多いのだと、女将さんから聞いた。

 ともあれ、前回の七日間で鍛えられた体力や根気は、少し忙しい程度の仕事に負けはしない。

 特に何事もなく、仕事を終えた。

 途中の休憩で、ほぼ同期の先輩に“歴史で紐解くTOKYO郊外”なる本を頂いたことくらいだろうか。暇なときに読んでみよう。

 

 

──夜──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 帰り道。

 昨日のことが気になって、つい寄り道で駅前広場に来てしまった。

 そこではやはり、おちゃらけた服装の男性が、今日もギターをかき鳴らして歌っている。

 

 ……そうだ、何か差し入れでも買って行こう。

 何にしようかな。

 

 

──Select──

  お、しるこ!

  後光の紅茶

 >モンタ

──────

 

 

「なんや、また来てくれたんか」

「こんばんは。これ、差し入れです」

「おお、おおきに!」

 

 先程自販機で購入したモンタを差し出すと、彼はすぐさま開けて目の前で飲み干していった。

 

「かぁ~っ! これめっちゃ好きやねん! ありがとうな!」

「いえ、喜んでもらえて良かったです」

 

 何となく、元気な歌詞を歌い上げる彼にはこれが一番合っている気がしたのだけれど、間違っていなかったみたいだ。

 

「えっと、確かハクノって言うたよな、キミ」

「はい。岸波 白野です」

「固い固い! もっとフレンドリーにしたれや」

「?」

「敬語はいれへんって言うとんねん」

 

 いれへん。要らないということだろうか。

 見るからに年上だけれど……まあ、オサムさんが直接言うのだから、その通りにしよう。

 

 

「それで、キミは今日何をしとったんや」

「温泉旅館でアルバイト」

「バイトか。それも温泉で! ええな!」

「ちなみにバイト後は一浴び無料だ」

「最高やないか!」

 

 聞いてみると、オサムさんは温泉が好きらしい。

 なんでも全国を回る際に、行きたい温泉だけはしっかりと決めて計画立ててるのだとか。

 

「そもそも何で全国を回っているんだ?」

「それはな、最高の曲を書こな思ったからや!」

「最高の曲?」

「ああ。いろんな出会いをネタにしながら、全国を回って、最後にはそれを1つの曲にする。どうや!?」

「それは……とても良いと思う」

「やろう!?」

 

 

──Select──

 >東亰ではどんな出会いが?

  自分との出会いも曲に?

  各地で出会う女性との歌か。

──────

 

 

「まだ来て日は浅いが、今のところ一番は、キミとの出会いやな」

「自分?」

「ああ。正面から応援してくれる高校生はなかなかおらへんからな」

「……そういうものか」

「ああ。出会いに感謝や! また1つええ歌になったで!」

 

 自分との出会いに限らず、旅で得た物を纏める。エピソードを凝縮して、1つの形にする。

 それが素晴らしいことでないわけがない。

 全国を長い時間かけて回っていれば、良いことだけでなく、悪いこともあるはずだ。

 でもその出来事が、曲をより良いものに変えると思えば、曲の価値を上げる為だと思えば、また次の旅も楽しくなる。きっとそういうものだと思う。

 

「良いですね。本当に」

「ん? 何がや?」

「旅、とか、そういうのかな」

「そか。旅はええで! キミも大きくなったらやってみるとええ!」

「そうですね」

 

 いつかは、そういう自由が認められるのであれば、色々なところを見て回るのもいいかもしれない。

 いや、北都グループ的にはそういうのを認めてくれるかもしれないな。現会長の発言を思うに。

 

『誰かと関わり、理解し理解されること。何かを学び、何かに活かすこと。積極的に働きかけ、物事を動かすこと。色々な経験が糧となり、そのすべてが、その人間を構成する価値となる』

 

 すべては自分の価値を高める為。オサムさんにとっての、歌を良いものにするためと同じようなものだ。

 高校を卒業する前には、一度相談してみてもいいかもしれない。

 

「ええ顔しとるな」

「はい?」

「希望を見据える明るい顔や! 何かええことあったんやろ?」

「良いこと……そう、だな。あった。ありがとうございます」

「そか。なら良かった!」

 

 一日一善やな。と笑って、彼は数回ギターの弦を弾いた。

 

「ほな、ぼちぼち再開するとしようか。今日も聞いていってくれるか?」

「勿論」

「おおきに。それじゃあ、行くぞ!」

 

 

 ギターの音に身を揺らし、彼の言葉を耳に入れていく。

 リサイタルは数分と続いた。しかしオサムさんがふと何かに気付いて、区切りを作って音を止める。

 こちらの方を向いたかと思えば、もうどんくさい時間や、ぼちぼち帰りな。とライブを中断して言ってくれた。

 明日も学校がある。というか、明日からさっそく授業も本格化する。確かに早く帰った方がいいだろう。まだ聞きたい気持ちもあるけれど、今日は大人しく退散することに。

 でも、また聴きに来よう。

 心から、そう思えた。

 

 




 
 
 コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが2に上がった。
 
 
───


 優しさ +3。
 >優しさが“普通に優しい”から“生粋の善人”にランクアップした。


────


 アップデートファイル、1.1.2のご連絡です。
 平素より当作品をご閲覧いただき、誠にありがとうございます。
 今回のアップデートにより、人格パラメータのランクアップに必要な経験値が減少致しました。
 既にランクアップ経験値へ到達している場合、次回経験値取得時にランクアップとなります。
 今後ともよろしくお願いいたします。


 つまりは初期設定ミスで、このままいくと12月までに4にすら行かないパラメータも出てくるので、修正させてくださいということです。多分誰もデータとか取らないでしょうけど、黙って修正するのも気分がよくなかったので報告させてください。完全にただの自己満足です。

 
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月3~4日──【教室】倉敷さんの心配事 1

 

「ははっ、流石に眠そうな人が多いな」

 

 授業開始の2分ほど前、教壇に立つ佐伯先生はクラス全員の様子を見渡して苦笑する。

 次の授業は英語。彼の担当科目だ。2学期に入ってもいつもと変わらず、授業の3分前にはやってきて、生徒とコミュニケーションを取っている。

 ただその生徒たちも、少しばかり疲労が隠せないでいた。

 約1.5ヶ月ぶりの授業。それでいて昼食の後なのだ。気を緩めるなと言われても難しいだろう。

 尤も、規則正しい生活を送らなかったツケと言われては、何も言い返せないのだけれど。

 

 その後も数人の生徒に話しかけていた佐伯先生は、段々と苦笑の色を濃くしていく。

 

「これでは授業にならないな……よし」

 

 授業のチャイムが鳴ったが、彼は教科書を開く様にも、何か指示する素振りを見せることもなかった。

 

「今朝も言ったが、久し振りだな。皆。本来であれば夏休みの思い出を軽く英文にして発表してもらうところだったが……」

『えー』

 

 間髪問わず、クラス中からブーイングが飛ぶ。

 

「まあ待て待て。してもらうところだった。と言っただろう。だが今回は趣向を変えて、みんなが夏休みで出会った英語、もしくは外来語の語源について、考えていく時間にしようと思うんだ」

「語源、ですか?」

 

 生徒の1人から質問が飛ぶ。

 そうだ。と佐伯先生は頷いた。

 

「例えばそうだな。私の家の近くに、メイド喫茶があるんだが、そのメイドの語源について誰か……岸波、答えられるか?」

「はい?」

「どうしてメイドがメイドと呼ばれるか、だ」

 

 メイド喫茶などのメイド?

 はて、どうしてだろうか。

 

 

──Select──

  用意する、整える(Made)から。

 >女性詞(Maiden)から。

  日本語の冥途から。

──────

 

 

「ああ。正解だ。Maidenは主に未婚の女性に使われる単語。語源として同じなのは、マーメイドなどが該当する。よく分かったな、岸波。流石だ」

「ありがとうございます」

 

 へえ。と知らなかったような反応がちらほらと見える。

 半数近くの生徒は予想がついていたのか、あまり反応を見せない。

 当たって良かった。

 

「メイドは住み込みで働くハウスキーパーのような意味合いから……まあ言い方は悪いが、見ず知らずの人に報酬を貰って家事をするのは、未婚の女性くらいしかやらない、という意味合いも多少はあったらしい。それも女性の権利拡大に伴い薄れていって、今はみんなが知っているような日常的な職務にまでなったが」

「どうも」

「ちなみに男性の給仕者は普通にボーイと呼称されている。こちらは通常の少年を表すBoyと同じ表記だ。メイドカフェがあるのにボーイカフェが少ないのは、名前的な印象が原因とも言われている。一般的には執事カフェ……もしくは執事喫茶など、だったか? あまり馴染みのない場所だから、覚えてはいないんだが」

「えー、先生執事の格好とか似合いそー」

「はは、ありがとう。まあやる機会はないと思うが」

「文化祭で着るとか?」

「……いや、文化祭だと先生はコスプレしないからな。やるのは皆だ」

 

 その後も多少わいわいとしながら、本題に戻り、十分ほど時間を与えられ、夏休みに目にしたカタカナ語などを書きだしてみることに。

 その後は周囲の生徒とグループを組んで、話し合いながら精査していくという。

 話し合いがある以上、寝たりすることはなさそうだな。

 よく考えられている。と少し感心した。

 

 なお、本日の宿題として、夏休みの思い出を英文にして今週中に提出を言い渡される。

 やはりブーイングが起きた。

 

 

──放課後──

 

 

 視界の隅に、楽しそうにクラスメイトと談笑する璃音の姿が入る。

 ……予定もないし、暇そうなら、誘ってみようか。

 サイフォンにて適当に誘う文章を打ち込み、送信。

 数秒後、璃音は自身のバッグへと手を伸ばした。着信音が鳴ったようには聞こえなかったので、バイブレーションの音で気付いたのか。ちょっとゴメンねと周囲に切り出して、サイフォンを確認する。

 

「あ、ゴメン、用事入っちゃったから、今日は帰るね!」

 

 えー。という声が半数。

 またねー。と挨拶する声が半数。

 その声に少し応えた後、彼女は歩き出した。

 こちらへのウインクを忘れずに。

 

 ……ウインクしてくれた、ということは、OKなのだろうか。

 恐らく了承してくれたということで良いのだろうが、そういえば彼女は何も決めていないのに外に出てしまった。どうしたものかと頭を悩ませていると、自分のサイフォンが振動した。

 

『学校出たところで合流ね! ドコ行こっか?』

 

 出た所で合流、ということは、先に出発した彼女を待たせることになってしまう。

 それは良くない。ということで、急ぎ出発することにした。

 

 

────>杜宮記念公園【杜のオープンカフェ】。

 

 

 変装してくるね。

 と言い残して一回帰った璃音。

 どうせなら自分も着替えるか、と思い、一回家に帰るとサイフォンで伝えたところ、じゃあキミの家の近くにしよう。と返答が来た。

 よって、本当に家から近いお店で雑談をする。

 今日はそれだけで解散。

 

 ……の予定だったが、どこからか視線を感じる。

 辿ってみようか。

 

 

──Select──

 >行く。

  行かない。

──────

 

 

 以前からなんどか、璃音と一緒にいる時に限って感じる視線。

 彼女に害のないものであれば、それで良いのだけれど。

 その確認だけ、しておきたい。

 ……しかし、どこから見られているのかが分からないな。気のせい、ということはないのだろうけれど、特定が難しい。

 こういう時、ドラマとかではどうするのだろう。

 ……ああ、鏡とかで確認していたかもしれない。

 だとしたら鏡を準備しなくては。

 けれど今回は鏡を持っていないから、取り敢えず……適当な方向に向かって走ろう。

 

 

 

 

 しかし、怪しい人や逃げる影はどこにもなかった。

 ハズレの方角を引いたらしい。

 今日は大人しく帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 今日はゲームをしよう。

 『イースvs.閃の軌跡 CU』を引っ張り出す。

 前回は、ミッションをこなしつつ操作可能キャラを増やしていったが、今回も恐らくその流れだろう。

 操作には慣れてきたが、まだまだ敵キャラの方が強い気がする。何と言うか、今の自分は特定の攻撃で押し込んでいるだけだから、技術とかがあるわけではないのだ。

 今後はそれを習得することを目標としてもいいだろう。何はともあれ、まずは全キャラだし終えなければ。

 引き続きプレイしていくとしよう。

 

 

──9月4日(火) 放課後──

 

 

「あの、岸波君、いるかな?」

 

 

 下校の準備をしていると、不意に自分の名前が聴こえてくる。

 誰だろうかと、ドアの方へと顔を向けると、そこには鞄を持った倉敷さんがいた。

 目が合ったので、一度準備を中断し、扉の方へと向かう。

 

「久し振りだね」

「そうだな。どうかした?」

「その、ちょっと話せないかなって。用事がないなら、帰るついででも良いから!」

「別に構わないけれど」

 

 

 特に予定もなかったし。

 下校の準備があるからと、そのまま待っていてもらい、荷物を纏めていく。

 彼女が自分を訪ねてくるなんて珍しい。何かあったのだろうか。

 

 

────>杜宮高校【校門前】。

 

 

 何についての話だろうか。

 推測を立ててみよう。

 

 

──Select──

  本屋について。

 >洸について。

  告白。

──────

 

 

「それでね、岸波君。話って言うのは」

「洸について、か?」

「え、どうして分かったの?」

「簡単な推理だったよ」

 

 本当は推理なんてしていないけれど、そういうことにしておく。

 

「そっかぁ、岸波君は何でも分かっちゃうんだね」

「ああ」

 

 適当な冗談を言ったつもりが、大げさなことになって返ってきた。

 何でも分かるとは言っていないけれど……まあ良いか。

 

「それでね、コウちゃん、最近何かに悩んでいるみたいで。コウタ君もジュン君も知らないって言うし、もしかしたら岸波君ならって。最近仲良さそうだったし」

「ああ、確かに最近結構一緒にいるな」

 

 2人で出かける機会などは早々ないが。

 泊まり込みでゲームをしたり、打ち上げをしたりと、交流が深いのは間違いないだろう。

 それにしても、悩み、か。心当たりは、あるような、ないような。

 

「柊には聞いたか?」

「……ううん。やっぱり柊さんなら、知ってるかな?」

 

 少し、落ち込んだように話す倉敷さん。

 何て言おうか。

 

 

──Select──

  やっぱりって?

  知ってると思う。

 >知らないかもしれない。

──────

 

 

「いや、言っておいてなんだけど、知らないかもしれない」

「そう、かな」

「ああ」

 

 

 一応、フォローするように言ったけれど、彼女の暗い表情が晴れることはなかった。

 ……柊が知っていて、自身が知らないことに対して何か思っているのではないかと勘繰ってしまったが、どうやら違うらしい。

 さて、洸の悩みか。

 思い出すのは、夏休みに入る前後の頃に話したこと。

 

『何かをしなくちゃいけねえって気がするんだ。何もしてないと、心の奥底から出てくる何かに、押しつぶされそうで……ああくそ、なんて言えば良いのか、マジで分からねえ!』

 

 彼の“焦り”を追及した際の答え。

 もしかすると、まだ答えが見えていないのかもしれない。

 

 だが、それを自分が倉敷さんに伝えて良いものだろうか。

 人の悩みを、勝手に打ち明けて、良いのだろうか。

 

 

──Select──

  話す。

 >話さない。

──────

 

 

 駄目だ。

 彼は考えてみる、と言ったのだ。1人にしてくれとも言っていた。

 なら、彼が助けを求めるまでは、待ってあげるのが友人としての答えだと、自分は思う。

 

 

「洸が悩んでいることは、間違いない」

「……」

「けれど、もう少しだけ、待ってあげてくれないか?」

「……でもコウちゃん、すごい辛そう。言葉には出さないけれど」

「それでも、洸は今、成長しようとしているから」

 

 前を向いて、目を逸らすことをやめて、考えているのだから。

 だからもう少し、向き合う時間をあげてほしい。

 

「そっか。コウちゃんは、前に進もうとしてるんだね」

「……」

 

 そう言った彼女は、少しだけ寂しそうな、儚い表情を浮かべた。

 

「なら、応援してあげないとだね」

 

 だけど、一瞬で笑顔に戻る。

 そこに、無理をしているような強引さ、力の入りは見られない。

 先程のは、勘違いだったのだろうか。

 

「ああ、美味しいものでも作ってあげてくれ」

「そうだね。少しだけ豪華な差し入れでも、してみようかな」

「ちなみに、洸の好きなものって何だ?」

「うーん。フレンチトースト、かな?」

「……豪華にしようがないメニューだな」

「最高級パンと、最高級たまごを使うといいかも」

「それで美味しくなるなら、それでも良いけど」

 

 いまいち、美味しいフレンチトーストのイメージができない。

 パンの美味しさって、パン単体で食べた時が一番はっきり出るのではないだろうか。

 

「あ。じゃあ、岸波君」

「うん?」

「試食、付き合ってくれる?」

「……そうだな」

 

 それが分かりやすくて、良いか。

 自分だけ美味しい思いをしているようで、少し気が引けるけれど。

 美味しいフレンチトーストが、どうしても気になるので。

 

「じゃあ今度、何パターンか、お店に持っていくから。量は少なくなっちゃうだろうけど」

「ああ、楽しみにしている」

 

 まあ試食だし、量が少ないのは当然だろう。

 寧ろ自分に割く量は、洸に回してほしい。

 試食はしたいけれど。すまない洸。

 

「じゃあ、今日はありがとうね」

「いいや、こちらこそ。よろしく頼む」

「うん。コウちゃんの為に腕に撚りをかけて作るから」

「ああ、それでこそ」

 

 じゃあね。と言って別れた。

 

 

──夜──

 

 

 今日はゲームセンターでバイトをしにきた。

 少しずつだけれど、活気が戻っている。

 BLAZEの皆さんが居なかったときは、凄く寂しい気がしたから、良い傾向だ。

 そういえば、よくしてくれる2人の姿がない。

 また今度バイトに来る頃には居るだろうか。

 




 

 コミュ・審判“倉敷 栞”のレベルが3に上がった。
 
 
────
 

 知識  +1。
 >知識が“秀才級”から“歩く百科事典”にランクアップした。
 度胸  +2。
 >度胸が“怖い者なし”から“戦士級”にランクアップした。
 優しさ +3。


────


 おまけ。

──Select──
  本屋について。
  洸について。
 >告白。
──────


「それでね、岸波君。話って言うのは」
「告白か」
「……?」

 ……心底不思議そうな顔。ってこういう顔のことを言うんだな。

「あ、ち、違うよ! コウちゃんに告白なんてしないからね!」
「まさかそっちで来たか……」

 てっきり、勘違いさせちゃってごめんね。と言われるかと思ったが。
 加えて洸の話題なんてまったくだしていない。
 どうして洸への告白だと思ったのだろうか。

 口を開こうとしたが、倉敷さんの顔が真っ赤だし、目がぐるんぐるんしているので、ちょっと思いとどまる。
 ……追及しない方が良さそうだな。何かが壊れそうだ。

 願わくば、今叩いた軽口が洸の耳に入りませんように。
 心の底からそれを望むしか、できることがなかった。

 →その後、彼の行方を知る人はいなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月5日──【廊下】九重先生と目標 1

 

「あ、岸波君!」 

 

 下校の準備を終え、廊下を歩いていると、階段前で九重先生に出会った。

 

「九重先生、こんにちは」

「こんにちは。今日はもう帰り?」

「そうですね、特に用事もなくて……あ」

 

 そうだ、プログラミングの続きを習えないだろうか。

 今はテスト期間に程遠いし。いやでも、夏休みの課題の確認とかもあるから忙しいのだろうか。

 

「……そうだ、岸波君。時間があるなら、プログラミングの講習、やらない?」

「え、良いんですか?」

「勿論だよ。準備してくるからちょっと教室の前で待っててね!」

 

 まさか、九重先生の方から言い出てくれるとは。

 有り難すぎる申し出に、自分のことながら身を乗り出すような速さで反応してしまった。

 しかし、そんな自分の様子に何も言うことはなく、笑顔で立ち去っていく彼女。大人な対応だ。

 

 

────>杜宮高校【視聴覚室】。

 

 

 待つこと、数分。

 なにやら九重先生が、身体を隠すほどの大荷物を持ってこちらへ歩いて来ている。

 ふらり、ふらりと、上の方は今でも崩れそうだ。

 

「あ、岸波君、遅くなってゴメンね?」

「いえ。持ちましょうか?」

「ううん、大丈夫。それじゃあ……あ、鍵、ポケットに入れたままだった」

 

 しかし、彼女の両手はふさがっている。

 ……一度断られたけれど、ここは手伝いを申し出るべきだろう。

 

 

──Select──

  床に置きましょう。

 >持ちますよ。

  取りますよ?

──────

 

 

「うーん……ありがとう。ゴメンね?」

「お構いなく」

 

 本当に申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。悪いことをしている気分になるから。

 眉を寄せた九重先生は、少しだけ、小柄さも相まってか、若々しく見えた。今でも十分に若手ではあるけれど。

 

「開いたよ」

「これ、どこへ置けば良いですか?」

「どこでも大丈夫だよ」

 

 言われた通りに、近場で適当な所へ荷物を下ろす。

 続いて九重先生は、そこから1席開けた隣の席に座るよう自分を促した。

 そして、空いた席に、九重先生が腰を掛ける。

 

「それじゃあ、起動させちゃってくれるかな。前回は触りだけしか伝えられなかったから、そこも踏まえて一から復習して行くよ。ソフトを立ち上げたら少し待っててね?」

「はい」

 

 とはいえ、完全にコンピューターが起動するまでやることはない。

 最新型の機種とはいえ、準備に時間は掛かるらしい。他の機種に比べれば微々たるものではあるのだろうけど。

 そういえば、このパソコンの裏でも、色々なプログラムが作動しているんだよな。それをこれから学ぶのか。そう思うと、待っている時間も少しだけ面白く感じられた。

 

 その間、九重先生はというと、持ってきた荷物の一部を取り出し、何かを書き込んでいる。

 覗き込むのは失礼だろうけれど、ちらりと見えた感じ……授業の用意だろうか。

 

「うん? どうしたの、岸波君?」

「いえ、やっぱり忙しかったですか?」

「そこまでではないかな。半分日課のようなものだから」

「そうですか。毎日、次の日の授業の内容を考えてるんですよね」

「うん。……あ、でも今してるのは、明日のことじゃないよ?」

「そうなんですか」

「うん。今日の授業で、みんながどういう反応をしていたか、とか。そういうことを書いてるんだ」

 

 準備を続けながら、会話をしていく。

 つまり、先生なりの授業の復習、ということだろうか。

 生徒は習ったことを復習し、先生はその生徒の反応を復習する。

 そうすることで、次回の授業はより適正に運営される、のかもしれない。

 言葉に纏めてみたところで、実感は沸かないけれど。

 

「立ち上げ終わったかな?」

「すみません、まだです」

「あっ、ううん。急がなくて大丈夫だよ!」

 

 自分は会話している時に手を止めてしまうことがあるが、彼女にはそれがない。

 受け答えをする際はこちらに顔を向けることもあるのに、手が止まっているようには見えないのだ。

 もしかしたら、脳に『次はこれを書きなさい』と命令でもされているのだろうか。

 少し不思議に思い、九重先生の仕事姿を観察していると、不意に彼女が口を開いた。

 

「あの、前にも言ったんだけどね、岸波君」

 

 不意に、九重先生が姿勢を正してこちらを見る。

 あれほど淀みなく動いていた手が止まっていた。それほど大事な話なのだろうか。

 思わず、姿勢を正してしまう。

 前にも言ったこと、とは何だろう。

 

「はい」

「女性のこと、そんなマジマジと見るのは、どうかと思うんだ」

「……はい」

 

 説教だった。

 

「その、邪な眼、とか、嫌な気配は感じなかったし、私は別に怒っているわけじゃないよ? けどね、少し居心地が悪くなっちゃう人もいるだろうし、女の子はその辺、鋭いっていうから」

「すみませんでした」

「ううん。これから気を付けようね。……よし、気持ちを切り替えて、始めようか」

 

 笑顔を作り、少し重くなった空気を払おうとしてくれたのか、明るい声で荷物を再度まさぐる彼女。

 そうして、一冊の紙束を取り出した。

 

「それは?」

「これ? これはね、演習問題集、みたいな感じかな」

「問題集、ですか」

「見てみる?」

 

 はい、と手渡された紐によって束ねられた何十枚にも及ぶ紙。

 その一枚一枚に、色々な内容が書かれている。

 今の自分には、理解できない単語もいっぱいあった。

 

「これ、九重先生が?」

「ううん、私の大学の授業で使ってた資料」

「大学……」

 

 ということは、難しいのではないだろうか。

 見た感じ、後半はかなり意味の分からない英単語がずらずらと3枚ほどに渡って書き連ねられていることもあるし、

 

「難しそうな顔してるね」

「実際に、難しそうなので」

「確かに、岸波君は始めたばかりだし、そう思っちゃうのも仕方ないと思う。けどね岸波君。自分がこれから何を勉強するのか。最終的にはどういうことを学ぶかは、とても大事な事なんだ」

「今を一生懸命なだけじゃ、駄目ってことですか?」

「駄目ってわけじゃないけど、勿体ないかなって。それに、勉強している内容の到達点が分かれば、その知識を何に使えるか、イメージできると思うんだ。知識の明確なゴールがあることって、大事なんだよ」

「ゴール?」

 

 言われた内容を返して、質問する。

 どういう意味だろうか。

 

「例えば岸波君。一学期の最初に、ベクトルをやったよね? あれは、何に使う知識だと思う?」

 

 

──Select──

  定期テスト。

 >受験。

  色々。

──────

 

「……受験ですかね」

「正解。でも、満点じゃないかな。正解は……本当に色々なことができるようになる! だよ」

「?」

 

 色々なこと?

 漠然としすぎていて、それこそ質問の答えらしくない正答を教えられて、混乱してしまった。

 落ち着いて聞いてみよう。

 

「どういうことですか?」

「確かに岸波君の言う通り、受験に使う知識っていうのも正しいんだ。けれど、それは岸波君が自分のゴールを受験に設定したから」

「受験なんて、意識したことなかったんですけれど」

「だとしたら、学力はテストを乗り越えるためにある、っていう結論が、岸波君のなかにあるのかも」

「……確かに、テストでいい点を取るために勉強する、っていうのはありますけれど」

「うんうん、正しいことだよ。けれど、残念なことでもあるんだ」

 

 正しいのに、残念。

 先程も、正解だけれど満点ではないと言われた。

 話が見えてこない。

 

「例えば君が将来、航空工学を勉強したいと思っていたなら、飛行機やロケットの姿勢制御に使えるって答えたかもしれない。例えばスポーツ科学を勉強したいと思っていたなら、上手な踏み込みの仕方とか、ボールの飛ばし方とかを計算するのに使えるって言ったかもしれない。例えばプログラミングを勉強して、ゲームを作りたいなら、ゲームオブジェクトやキャラを生かすのに使えますと言ったかもしれない」

「色々、あるんですね」

「うん。知識は何通りも活かし方があるの。ただその活かし方を決めるのは……ううん、活かせるようにするのも殺しちゃうのも、自分自身ってこと……かな?」

「……」

 

 なるほど。

 どこかで聞いたことがあったような気もする、知識の活かし方。

 思えば彼女の授業では、度々今やっている内容でどういったことができるのか、教えてくれていることがあった。これは、そういうことを伝えたかったのだろう。

 余談、のような形でノートには纏めてあるものの、意識して読み返したことはなかった。今なら少し見方も変わるかもしれない。帰ったら見返してみよう。

 

「だからね、岸波君。君がいったい何のために、プログラミングを勉強するかも、考えておいて。その為には、どの程度の努力が必要なのかも」

「そう、ですね」

「ただの授業だったら、ここまでは言わないよ。けれどね、コー君から、岸波君が勉強したがっているって聞いて、何か目指したいものがあるのかなって」

「……目指したいもの」

 

 正直、夢とかなりたいものとか、そういったものを意識して勉強したいと言い出したわけではなかった。

 あくまで最初は、ペルソナ使いとしての実力向上のため。もっとできることを増やしたい。それだけだったのだ。

 

「……でも、方向性を持って勉強すると、それ以外の知識をおざなりにしがちなんじゃ?」

「うん、それもその通り。それこそさっき岸波君が言ってくれた、受験のための勉強だって、受験に必要のない知識だったら優先して覚えようとしないだろうし。けれど曖昧な目標や、やる気がない状態だと、すべての知識が中途半端になっちゃう」

 

 だから目標を、か。

 確かに、意識してみた方がいいかもしれない。

 

 ……元を質してみれば。

 ペルソナ使いとして戦うのは、悲劇から目を逸らさない為。誰も死なせない為。ならばプログラミングの勉強だって、その為のものであるはずだ。

 なら、人を救うために勉強をしているのか、と言われたら、間違ってはいないのだろうが、少し首を傾げてしまう。

 だとしたら、自分が勉強する意味とは……?

 

「先生、ありがとうございます」

「……うん、少しいい目になったね。それじゃあ改めて、始めよっか!」

 

 後でもう少し考えてみた方が良いかもしれない。

 取り敢えず今は、どんな知識も取りこぼさないよう、全力で勉強するだけだ。

 

 

──夜──

 

 

 放課後まで勉強していた所為か、今日はとても眠い。

 もう寝てしまおう。

 

 

 

 ……九重先生に数学の質問をする夢を見た。

 今日のことが、案外深く残っているらしい。

 

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが2に上がった。
 
 
────
 

 知識  +2。
 根気  +2。


────


 誤字脱字報告・ご意見ご感想等お待ちしております。




 おまけ。


──Select──
  床に置きましょう。
  持ちますよ。
 >取りますよ?
──────

「あ、うん。ありが……ぇええええ!?」
「?」
「ん? じゃないよ! ポケットにあるって言ってるよね!?」
「はい。だから両手も塞がってますし、自分が取るべきかなって」
「鞄とかじゃないんだよっ。わたしのポケット、胸とスカートにしかないんだからねっ」
「……胸はまずいですね。すみませんでした」
「スカートもだよっ! ううう……よいしょっ」

 荷物をどさっと床に置く九重先生。
 その手があったか。

「岸波君、今日の講習は中止です」
「え?」
「ちょっとお説教だからっ!」
「ええ……?」

 完全下校のチャイムが鳴るまでの間、彼女はとても怒っていた。
 確かに説教の内容を聞いていると、一方的に自分が悪い。
 椅子に座らせてくれたことだけ、有り難く思おう。

 →トワ姉のおこ顔見たい人向け選択肢。本当は正座させたかったみたいですが、説教と体罰は違うのでさせませんでした。洸相手ならさせてたと思います。家で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月6日──【廊下】志緒さんと境遇と 1

 

 

「あ、柊」

「あら、岸波君」

 

 廊下で柊とばったりと出会った。

 手には鞄が握られている。

 

「柊も帰るところ?」

「ええ、岸波君もそのようね」

「どうせなら、一緒に帰らないか?」

「構わないわ」

 

 校舎から見ておおよそ同じ方向に進む者同士なので、共に帰ることに。

 彼女はどうやらこの後、用事があるらしい。下宿先の仕事を手伝うとのことだ。急ぐ程ではないにせよ、そこまで時間が余っているという訳でもないらしく、特に寄り道などはしないで直帰する。

 それでも、割とゆっくり話せたので良かった。

 

 ……そろそろ仲が深まりそうな気がする。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

『岸波』

 

 突然、志緒さんから連絡が入った。

 何かあったのだろうか。

 

『もう夕飯食ったか?』

『いいや、まだだけど』

『そうか、なら、食いに来ねえか?』

 

 どうやらご飯のお誘いらしい。

 ……良い機会だ。行ってみよう。

 

『行って良いなら是非』

『分かった。今は何処にいる?』

『ああ。もうすぐ出る』

『分かった。なら下で待たせてもらうぞ』

 

 ……下?

 取り敢えず降りてみよう。

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

 マンションを出ると、バイクに乗った志緒さんが門の前に立っていた。

 

「よお、岸波」

「志緒さん、どうしてここに?」

「ちょっとした野暮用でな。そういえばお前の家も此処だったと思い出して、良い機会だから連絡した」

「なるほど」

 

 そういえば攻略会議の時に、自分の家に案内したんだったか。

 覚えていてくれたらしい。

 

「ほれ」

 

 ヘルメットを渡される。

 

「乗って良いのか?」

「駄目なら渡さねえよ」

「ありがとう」

 

 有り難く受け取り、ヘルメットを被る。

 そのまま志緒さんの後ろに乗り、腰に手を回す。

 

「お願いします」

「おう。離すなよ」

「飛ばすのか?」

「いや。だが普通に走ってたとしても、走行中に離されると、いざって時に危ないからな」

「そういうものか」

 

 まあ確かに、志緒さんは何だかんだ真面目っていうか、曲がったことはしない印象だ。法も破らないし、安全運転にも気を使ってくれそう。

 

 

 エンジン音が聞こえ、バイクから振動が伝わってくる。

 と思ったらすぐに動き出した。

 2人乗ってるし、バランスを取るのは難しいかと思ったがそうでもないようで、危なげなく大通りに合流。

 そのまま、目的地へと走り続ける。

 

 初めて後ろに乗ったが、思ったより腕などに当たる風が強い。

 前に乗っている志緒さんなんて、より全面的に風を受けているのだろう。

 そこら辺は慣れなのかもしれないが、疲れないのだろうか。

 

 ……いやでも、この感覚は良いな。

 自分は普段、自転車等を含めて乗り物を操縦しないが、それでも自分で漕いでここまでの爽快感は味わえないことは予想できる。

 直接風を感じる感じないの差だろうか。少なくとも今までに乗ったどの乗り物よりも気持ちが良かった。

 バイクか。少し興味が湧いてきたかもしれない。

 ただ、身体が野晒しな分、雨天時は辛いかもしれないけれど。

 

 

「そういえば志緒さんって、結構配達とかでここら辺を回ってるのか?」

「ああ、基本的には毎日だ」

「……結構な頻度だな」

 

 それならここまで運転が上手いのも納得だ。

 

「働き始めたのはいつ頃なんだ?」

「? そうだな、高校入学前とか、そのくらいだったと思うぞ」

「その頃から住み込みで?」

「ああ。……ずっと、世話になりっぱなしだ」

 

 自分もそうだが、志緒さんも、血縁でない人に面倒を見てもらい続けている被扶養者。

 その借りは、大きい。一生かかっても返しきれる気がしない程度には。

 

「でも、志緒さんはお店を手伝ってる。少しずつでも恩を返せてるじゃないか」

「一人前になるまでは迷惑を掛けっぱなしだ。教える手間だってかかる。そう簡単に返せるもんじゃねえ」

 

 なるほど確かに。

 教育に時間を割かれている限り、恩を返せているとは言い辛いだろう。

 それでも、役に立っていることは間違いないはずだけど。

 ……ああ、自分の将来もそうなるのかと思うと、もどかしい。

 

「自分も、早く色々返していきたいな」

「……そういや、そこら辺の事情は聞いても良いものなのか? 気にはなってたんだが」

 

 そういえば、話してなかった。

 ……志緒さんが相手なら話しても良いか。

 仲間内では多分周知のことだし。

 それに色々と境遇が近い関係で、気を遣われたくないことも多分分かるだろう。そういう点では、他の人に比べて少しだけ、話すのが楽そうだ。

 さて。どう説明しよう。

 

「分かった。少し時間は掛かるけど聞いてくれるか?」

「ああ」

 

 

 後ろにしがみ付いたまま、口を開く。

 そう幾度も体験している訳ではないが、時間は経ったといえど数回は説明したことがある内容。以前よりうまく伝えられることだろう。

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

「なるほど」

 

 記念公園から杜宮商店街まではそれなりの距離があるが、バイクに乗っているとその時間も一瞬。思ったより早かったので、いまいち話が纏まりきらなかったくらいだ。

 それでも志緒さんは、バイクを止めてからも話を聞き続けてくれた。店の中でする話でもねえだろ、とバイクに腰を掛け、飲み物まで買ってくれている。

 おかげで、何にも遠慮することなくあらましを話し終えることができた。

 

「コールドスリープに、記憶喪失。とんでもねえスケールだ」

「言葉にすると大げさだが、そんな自分は苦労していない。苦労を掛けてはいるが」

「……そういうもんだよな。だからこそ、世話になった時間や内容以上の恩を返さねえといけねえ」

「ああ」

 

 恩という単語。

 彼が言うだけで、重みが伝わってくる。それほど重要視しているってことなのだろう。

 

「なるほどな。だからあの時、現在進行形で世話になり続けてるって言ってたのか」

「ああ。リハビリが1年半、今年度ももう半年……経ったな。もう2年と少しお世話になり続けているし、なんならあと1年半はずっとこのままだ」

「……北都に、3年分」

 

 志緒さんが、遠い目をした。

 

「本当に、強く生きろよ」

「強く生きないと将来恩を返せないし、そのつもりだ」

「はっ……お互い大きな病気も怪我もできないな」

「ああ。そしてそれは異界攻略でも、変わらない」

「元より負けられない戦いだが、ただ負けないだけじゃ足りねえってことか。尚更強くならねえとな」

「お互いにな」

 

 何が面白い訳でもないが、自然と笑みがこぼれた。

 多分、嬉しかったのだろう。境遇の近い彼との会話が。

 

 理解者との間に、縁の息吹を感じる。

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“皇帝” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「おっと、そろそろ入るぞ。今日も俺の驕りだ。たらふく食ってくれ」

「良いのか」

「ああ。ただ、俺が作るものに限るから蕎麦以外にはなるが。あと、奢る代わりに、出来れば率直な意見が聞きてえ。何か感想があったら隠さず言ってくれると助かる」

「そういうことなら、是非」

「おう。じゃあ準備してくる。決まったら呼んでくれ」

 

 店の暖簾をくぐる。

 店内にはお客さんが半分くらい入っていて、どの人も嬉しそうにそばを啜っていた。

 改めて見ても、良いお店だ。お客の笑顔がそれを物語っている。

 志緒さんはこの笑顔を守る為にも、料理スキルの向上を意識し、こうして他人に試食を頼んでいるのだろう。

 真面目に取り組まなければ。

 

 

 

 その日の出てきた夕飯は、今まで食べた外食の中でも非常に美味しく感じられた。

 

 

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが上がった。
 皇帝のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月7日──【廊下】璃音の葛藤

 

 

 終業のチャイムを聞き終える。

 さて、今日はどうしよう。

 

 

 と、悩んでいた所、ポケットの中のサイフォンが振動した。

 

『ゴメン、今日時間あるかな?』

 

 送信者の璃音が、こちらを横目で見ている。

 拒否する理由はない。気掛かりがあるとすれば、ここ数回の外出で感じた視線、くらいか。

 ……忘れないようにはしよう。璃音に何か悪影響がなければ良いけど。

 

 

『ああ。外で待ち合わせしよう』

『オッケー、アリガト!』

 

 サイフォンを仕舞う。

 さて、出るか。

 

 

────>杜宮高校【校門前】。

 

 

 校門前で、自然と璃音と合流しようとする。

 が、校舎から出てきた彼女はどうやら電話中らしかった。サイフォンを耳元に当てて、難しい表情だ。

 

 

「う~ん、分かった。ちょっと考えてみるね」

 

 難しい、というか、困ったような顔。

 とはいえ、雰囲気はそれほど険しくない。

 

「うん、うん……ゴメン、迷惑かけて」

 

 謝罪の言葉を吐いたかと思えば、その後若干頬を緩ませた。

 

「……相変わらずだね。アリガト。……ふーん、あ、今休憩中なの? ……うん、うん…………えっ!? いや、今日はチョット……ね? いや……いやいや……うっ、そういうんじゃないケド……」

 

 こちらをチラリと見た璃音。

 何だろうか。

 

「よ、夜ね! 夜なら空いてるから! じゃっ!」

 

 勢いよく通話を切る。

 なかば自棄になって切断したようで、少し呼吸を荒くしていた。

 息を整えるように、大きな深呼吸を挟み、よしっと気合を入れて、こちらに近づく。

 

「ゴメン、お待たせ!」

「いいや。大丈夫なのか? 今の電話」

「えっ、大丈夫ダイジョウブ! 行こっ」

 

 大丈夫そうには見えなかったのだけど、まあ本人がそういうなら関与しない方が良いだろう。

 何か深刻な問題、という訳ではなさそうだし。

 

「それで、何処へ行くんだ?」

「うーん、アスカの働いてる喫茶店、かな。少し、相談したいことがあって」

「【壱七珈琲店】か。分かった」

 

 行き先と目的を打ち明けてもらい、校門から出て数歩だけ進んだ時、不意に彼女が立ち止まった。

 

「おっと、変装しないと」

 

 そう言って鞄から、帽子と眼鏡を取り出す。

 プライベートだけでなく、いつも持っているのか?

 

 

──Select──

  眼鏡だ。

  あとはマスクだな。

 >そんなに変わっていない。

──────

 

 

「そんなコトないですー……はっ、まさかまた男装の方が良いとか言うんじゃないよね!?」

「まあバレないことを前提にするならそっちの方が良いとは思うけれど、下校途中に友達と寄り道するだけでそこまで対策が必要なのか?」

「それはほら、アイドルだし。いくら休止中とはいえ、迷惑はかけられないからね」

「迷惑?」

「グループに何の貢献も出来ていないのに、いくら捏造のスキャンダルでも流されてイメージダウンさせられたら、本当にただのお荷物だから。出来ることはやらなきゃ、でしょ」

 

 何処までも、真剣な表情だった。

 それはそうか。今だって無数の視線を抱えている。その中に悪意のあるものが混じっていても、不思議はない。

 璃音個人の評判ならまだしも、仲間まで傷付けてしまう可能性があるのだとしたら、確かに彼女の取れる範囲で万全は期すべきだろう。普段から迷惑を掛けているなら、余計にそうだ。

 ……それなのにこんな中途半端な変装で良いのだろうか。立派な決意だというのに、少し勿体ない気がする。

 

「やっぱりここは男装を」

「しないって」

「眼鏡は付けたままで良いから」

「何の譲歩にもなってない!? 眼鏡をはずしたくないから断ってるとでも思ってる!?」

 

 正直なところ、輪郭を誤魔化せるのであれば眼鏡はあっても良いだろう。いや寧ろいる。必須アイテムと言って良い。

 しかし、帽子を被るくらいなら、髪形を変えられた方が良いのではないか。

 あとはメイクとか、そういった元々のパーツを残す部分を減らした方が良いとは思う。

 ということでどんな変装をするにしても、眼鏡は残したままにしておいて欲しい。

 

 

「まったく……ほら、移動しよっ」

「ああ」

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

 頼んでいた珈琲を一口飲む。

 冷たいものを飲んで、外の暑さと中和させた。

 対面の席には、同じく珈琲を飲む璃音がいる。

 彼女はふうと一息吐いて、コップを両手で挟み込んだ。

 

「相談っていうのはね、SPiKAのことなんだ」

 

 SPiKA。璃音の所属している5人組のアイドルグループ。

 璃音が休止中の間は4人で小規模なライブなどをこなしているらしいけれど、そんな彼女たちがどうしたというのだろうか。

 

「実はSPiKAって今年、結成3周年なんだけどさ。あたしがこんなことになる前、3周年記念公演をやろうって話になってたの」

「記念公演?」

「そ。とはいえ10周年みたいな区切りの良いものじゃないし、普通の周年イベントとしてのライブかな。だから大規模なものじゃなくて、中規模くらいのイベントだったんだけど……」

「けど?」

 

 彼女は、沈んだ面持ちで、言葉を紡ぐ。

 

「ゲストとしてで良いから、出てくれないかって」

「!」

「歌うのがきついなら、トークゲストとしてだけでもどうかって、言ってくれたの」

「それで、迷っていると?」

「うん。出ても良いと、思う?」

 

 璃音の瞳が、揺れている。

 珍しい。彼女がここまで自信なさそうなのは。

 それだけ深刻で、真剣ということだろう。

 彼女の必死さに対して言える、自分の答えは。

 

 

──Select──

  出るべきだ。

  出ないべきだ。

 >璃音が決めろ。

──────

 

 

「……ヒドいなぁ」

「別に自分も、いじわるで言っている訳じゃない。璃音が決めるべきことであり、自分も、洸たちも、SPiKAの方々だって、強制はできないんだ」

 

 ここで出るべきだと言ったとして、何か不測の事態が起きた場合、彼女は自分の指示のせいだと思わせないように気を遣うようになってしまうかもしれない。

 ここで出ないべきだと言ったとして、出なかったことを後悔する日が来たとして、自分に責を擦り付けないよう、必要以上に璃音自身を責めたててしまうかもしれない。

 

 どちらにしても、自分が安易な考察を彼女に伝えたところで、決して助言の責任を果たしてもらおうと彼女はしないだろう。それが自分にとっては、嫌だった。

 誰だって自分が原因で起きた事柄に対して、責任を終えないのは嫌なはずだ。

 さらに言うのであれば、その彼女が2人分の責を負おうだけで、自分の責がなくなるわけではない。

 

「璃音は、何に迷ってるんだ?」

「そんなの、休業しているあたしがどんな顔をして出るんだっていうのもあるし、そもそもまだ完治すらしてないのに出て良いのかも分からないし……その他にも、色々あるから」

「……そうだよな」

 

 ならやはり、自分が口出ししていい内容ではない。

 自分の意見としては一貫して、それは璃音が解決すべき問題だというくらい。

 考える為の手助けはしよう。一緒に悩むこともできる。

 けれども、進む先を選ぶのは、進む本人でなければならない。

 それが彼女にとって大切な“夢”に関係することなら、余計にだ。

 ただ流されるだけを良しとするなら、与えられるままで何もしないなら、岸波白野(じぶん)はここに居なかっただろう。

 ならばこそ、自分は自分の中にある結論を伝えない。

 ここで璃音に助言を行ってしまうのは、違う気がする。

 

「今の璃音にとって、何が大切なものってなんだ?」

「え?」

「璃音が何を大切にするかによって、出る出ないを決めた方がいいと思うけれど」

「大切なもの……」

「もしくは、璃音がどういう自分でありたいか、かな」

「……」

「友達を、仲間を心配する久我山璃音なら、出るべきか否か。SPiKAのメンバーとしての久我山璃音なら、出るべきか否か。アイドルを目指すとしての久我山璃音なら、出るべきか否か」

 

 きっとそうして考えた方が、分かりやすいかなとは思う。

 自分も、リーダーとしてならどうするべきか、友人としてだったらどうするべきか、ただの岸波白野個人としてならどうするべきかを考えたりして、その場その場で一番どの立場で動くべきかを決めている。

 それでも決められない時は多いけれど、大切なのは、どこに自分の気持ちの比重を置いているかということ。

 どうして自分が悩んでいるかを、特定しないと始まらないし。

 

「……」

「1つ1つ、自分で気持ちを整理していく。そうして、璃音がどの立場の璃音として行動したいかを考えるんだ。……っていう、個人論だけど」

「……ううん、参考になったよ」

 

 そういう彼女の表情は曇ったままだ。

 だけれど、悩み抜いて欲しい。

 きっとそこに使った時間は、無駄にならないだろうから。

 

「すまない、力になれなくて」

「ううん、そもそも、解決しようとしてもらったのが間違いだったんだと思う」

 

 肘を付き、手を額の前で組む彼女。

 

「あたしの夢だもんね。……あたしが決めないと、ダメだった」

「……」

「気付かせてくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

「もう少し、考えてみるね」

「ああ。それがいいと思う」

 

 その後は、普通に珈琲を飲み、普通に話して解散にすることに。

 後は、彼女が頑張るしかないだろう。

 

 

────>レンガ小路【壱七珈琲店前】。

 

 

「今日は本当にアリガトね」

「いや……」

「? どうかした?」

「…………」

 

 

 店を出てからというもの、なにか居心地が悪い。

 ……冷静に考えてみると、例の視線が向けられているのだと気付いた。

 ……さて、覚悟を決めよう。

 

「璃音、逃げる準備はしておいてくれ」

「えっ」

「そこの君たち、いい加減出てきたらどうだ?」

 

 物陰に隠れる人たちに声を掛ける。

 状況的に璃音を巻き込んでしまうが、その方が確実に捕まえられる。

 何より自分がいない状況で襲われるよりはマシだろう。

 璃音には逃走の準備をしてもらい、自分は自分でいつでも警察に通報できるよう身構える。

 

 そうして建物の死角から出てきたのは、何処かで見覚えのある少女2人組だった。

 

「げっ」

 

 璃音がその姿を見て、凄い声を上げた。

 

「君たちは……「あ、あの!」」

 

 言葉を遮り、距離を詰めてきたのは自分よりもかなり小柄な少女。

 栗色の短い髪の少女は、若干目を輝かせて、上目遣いで覗き込んでくる。

 

「お兄さんは、リオン先輩の恋人さんですか!?」

「はあ?」

「──」

 

 思わず素っ頓狂な声が出た。

 その後ろをゆっくり歩いてきた黒髪の少女が、口を開く。

 

「詳しい話を、聞かせてもらう」

「いや、ちょっ……」

 

 細腕に似合わずがっしりと腕を掴まれ、逆側は小柄な少女に捉えられた。

 あれ、もしかして追われていたのは、璃音ではなく自分だった……?

 

「なに、してるの……」

 

 璃音が呆然とした表情で、現れた2人を交互に見る。

 

「なにしてるのよー! ワカバ! アキラ!」

 

 名前を聞いて思い出した。

 この人たち、SPiKAのメンバーだ。

 

 

──夜──

 

 

 あの後、璃音が力任せに自分の腕を解放し、逃がすように追い払った。

 事態が想定していた最悪の斜め上で、言われるがままに3人を残して帰って来てしまったのだけ気掛かりだけれど……まあ、大丈夫だろう。何かあればまた連絡来るはず。

 

 一旦すべて忘れて、何か……そうだな、小物でも作るか。

 

 

 

 

 

 “小さいお守り”を作った。

 ……何か、中に入れるものでもあれば、誰かにプレゼントしてもよさそうだ。

 取り敢えず、小銭でも入れておこう。

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが6に上がった。
 
 
────
 

 魅力  +2。
 >魅力が“好青年”から“カリスマ青年”にランクアップした。



────

 璃音でシリアスを書こうとするとまったく手が進まないんです。誰か助けてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月8日──【駅前広場】後輩たちと登山 1

 

 

 天気は快晴。

 土曜日なので午前授業を終えた後の放課後、真昼間の時間帯よりは少し後ろにズレた頃のこと。

 駅前広場のバス乗り場で、人を待っていた。

 

 

「あ、せんぱ~い!」

 

 聞き覚えのある声に首を捻ると、待っていた少女たちの姿が。

 

「ごめんなさぁい、お待たせしちゃいましたぁ?」

 

 

──Select──

  今来たところ。

 >そんなには待ってない。

  お待ちしましたぁ。

──────

 

 

「あ、そういうの良いのでぇ、もっとしっかりゴロウ先生になりきってくれませんかぁ?」

「なら最初は先生って呼んだ方が良いんじゃ?」

「街中で私服姿なのに大声で先生って言ったら、迷惑かけるかもじゃないですかぁ」

 

 成る程、良い気遣いだな、と思った。だとしたらセンパイではなく名前で呼んだ方が良い気はするけれど。……いや、そうだとしても自分を名前で呼ぶ必要はないのか。なら確かに合っているな。

 

 出会って数十秒で悪態を吐いてきたのは、度々話をしている後輩2人組のうちの1人、マリエだった。ヒトミも勿論いる。少し申し訳なさそうにしているが、それより日差しが熱いことが気になっているのか、手でパタパタと風を送っていた。

 

 今日はデートの予行演習、ということで、実際に登山をしてみることになっている。

 マリエの想定は勿論佐伯先生相手。つまり自分は、佐伯先生の代役なのだ。

 話す内容や受け答えの等の解答もできるだけ佐伯先生に寄せて欲しい、との依頼を受けていたので、頑張ろうと活き込んではいたものの、まさか会った時には既に始まっているとは思わなかった。

 

 だが、マリエもマリエで気合が入っているのだろう。以前選んだ服装を基準に全身ビッシリ決まっていて、まさかこれから登山用に着替える想定はしていないだろうと思ってしまう程の気合の入れ方だった。……大丈夫だよな?

 

 

「う~ん、いくら可愛くても、家からあの格好はちょっとぉ」

「私も同意かな。周りの人たちから変な眼で見られるから」

「そうか?」

「そういうセンパイだって着て来てないじゃないですかぁ」

 

 自分がウェアを着てこなかったのは、事前に着替えをスケジュールに組んでいることは知っていたから。2人が着替える間、何もしないというのも流石に暇だろうし、待っている間に着替えるのが一番良いだろう。

 けれど、マリエがカジュアル系でコーデしてきたのに対し、ヒトミは何と言うか、落ち着いた感じの服装だ。全体的に何か趣向が凝らされているというわけでもなく、ただただ買い物に歩いてきた近所の女性、みたいな感じ。

 

「……ひょっとして、マリエがより目立つようなファッションを?」

 

 こっそりと聞いてみると、彼女はやや顔を赤くして。

 

「そういうのは気付いても別に言わなくて良いから」

 

 と小声で怒った。

 

 

 

────>【神山】。

 

 

 杜宮市の北東に位置し、犀玉まで続く山、神山。

 普段神山温泉に行く際は山麓までしか入らないので、傾斜などを意識したことはなかったが、登山用のコースとなるとやはり訳が違うみたいだ。思わず見上げてしまう。

 それは、隣の2人も同じだったようで。

 

「「……」」

「大丈夫か、2人とも」

「「!」」

 

 少し呆然としていたので声を掛けてみると、肩を跳ねらせた。

 ……無理そうなら、他の案を提案した方が良いだろうか。

 

 

──Select──

  行かないのか?

  止めておくか?

 >……(反応を待つ)。

──────

 

 

 取り敢えずもう少し待ってみて、話を聞こう。

 

「よしっ!」

 

 としたら、気合の入った声が聴こえた。

 思わず横を向くと、声を発したであろう張本人は首を傾げて、どうかしましたかぁ? と言う。

 

「ほらヒトミ、行くよ」

「え、あ……待ってマリエ。センパイ、それじゃあまた後で」

「あ、ああ」

 

 何はともあれ、やる気になったみたいだ。

 マリエも、マリエに引きずられていたヒトミも、決して登山をしたくないという雰囲気は出していない。

 なら、大丈夫だろう。

 

「自分も着替えるか」

 

 着替えの入った荷物を背負い、今度こそ準備へ取り掛かった。

 

 

────>神山【中腹】。

 

 

 流石に疲労の色が見えてきたな。

 一応、佐伯先生のように、無駄口を叩くことはしないけれども所々で気を配っていく先導の仕方をしていたからか、彼女たちの変化に気が付いた。

 特にマリエの方が疲れていそうだ。

 ただし、マリエの方が気迫に満ちていたが。

 

「そろそろ休憩ポイントだ。疲れてきたし、一回休憩しよう」

「……そうです、ね~……」

 

 ヒトミは言葉を返すことはなかったが、小さく頷いた。

 了承を取れたため、少し先行して視界に入ってきた開けた場所で荷物を下ろす。

 周囲にもそういう人が居ることを確認し、問題ないと判断してレジャーシートを敷いた。その上に荷物を置き直し、確保した場所で、彼女たちを待つ。

 頭から顔、身体と徐々に見えてきた2人は、少し重い足取りで自分の近くまで歩いてきた。

 その間に、飲み過ぎないよう小分けにした水分を2人分用意し、辿り着いた彼女たちに渡す準備をする。

 

「「はぁ……」」

 

 やってきた彼女らは、ひと仕事終えたような重い息を吐いてシートに座り込んだ。

 

「ほら、飲み物だ。水分補給はしっかりな」

「あ、ありがとうござい、ますぅ」

「ども」

 

 ……手渡してみてから、佐伯先生は自分の飲み物を分け与えたりするかな、と思った。

 よくよく考えてみて、まあするだろう。と結論付けた。優しいし。そういう所まで自身にやらせようとはしないはずだ。

 

「さて、佐伯先生の真似も一旦止めるとして」

「勝手に止めないでもらえますぅ?」

「いや、本来なら頂上でお弁当って設定だったけど、この辺りで食べることにしないか?」

 

 手作りの。

 そもそもこれはマリエが手料理を振る舞いたいと言ったからの企画であり、ちょうど良く疲れていて空腹感があるこのタイミングで仕掛けるのが妥当かなと思えた。

 最善は言った通り、頂上まで登り詰めた時点だろうが、今の自分たちではそこまで行けそうにない。

 

「ということは、今日はこれで引き上げ?」

 

 ヒトミが聞いて来る。

 それが一番良いとは思うけれど。

 

「その方が良いとは思う。2人も初めてで疲れただろう?」

「それは……そうだね」

「……」

 

 ヒトミの肯定を聞いたマリエは、全身から力を抜いた。

 

「あーしんど……もう無理つらい……」

「……マリエ、演技しなくて良いの?」

「そんなこと気にしてる余裕ないっての……センパイ、水もう一杯頂戴」

「……分かった」

 

 猫なで声を出すのを止めたマリエのお願いに応え、水を差しだす。

 彼女はそれを受け取り、ゆっくり口に含むようにして飲んでいった。

 

「で、ナニ? お弁当?」

「ああ。今日は持って来ていないかと思うけれど、本番はこういう、無理をしない範囲で引き返すタイミングとかにどうかと思って」

「ふーん……ま、良いか。てか、今日もちゃんと持って来てるし、弁当。失礼じゃない?」

 

 ……持って来てるのか。それは少し、驚いた。

 

「ちゃんと早起きして作ったっての……まったく。本番を想定してるんだから、お弁当もちゃんと持ってこないとダメに決まってんじゃん」

 

 少し怒ったように言うマリエ。

 自分はまだ、彼女の本気度を下に見ていたらしい。

 登山の際の根性と言い、登山前の気合の入れ方といい、彼女はいつだって、全力で向き合おうとしている。

 今日だけではない。お弁当を作るのも妥協はしなかった。服を選ぶのですら全力だった。

 

「すまない、マリエ」

「別に……準備、手伝って」

「ああ」

 

 食べる準備。おしぼりとかと、後は普通に渡されるお弁当箱……といっても軽食サイズではあるけれど、それをヒトミと自分に割り振る。

 自分からお弁当箱を受け取ったヒトミが、少し寄ってきた。

 耳元に手を当てて来て、小声で話し始める。

 

「マリエはこう言ってるけど、作ったのセンパイの為だから」

「え?」

「いつも付き合ってくれてるお礼、なんだって」

 

 そうだったのか。

 演習としてだけでなく、自分の為に作ってくれたというのは、なんだかとても嬉しい。

 ……しっかり食べて、感想を言わないと。

 

「……なに待ってんの? 先食べててくれない?」

「良いのか?」

「待たれてんの、居心地悪いし」

「分かった、じゃあお先に」

 

 ヒトミと2人、手を合わせて。

 

「「いただきます」」

「はいはいどーぞ」

 

 

 ……どれから食べようか。

 

 

──Select──

 >卵焼き。

  おむすび。

  プチトマト。

──────

 

 

 小さくてカラフルな串の刺さった卵焼きからにしよう。

 ……持ち上げてみたが、柔らかそうだ。

 一口に頬張る。

 噛んだ瞬間、出汁が効いているのが分かった。少し塩気があり、食べやすい。

 

「うん、美味しい。とても美味しい」

「そ」

「ありがとうマリエ。こんな美味しいものを作って来てくれて」

「……別に練習だし」

「うん、美味しいんじゃない? べちゃってしてないし」

「……良かった」

 

 美味しい美味しいと言って舌鼓を打っていたら、流石に五月蠅いと叱られたものの、マリエ自身も嫌がっている訳ではなさそうだった。

 

 

────>【神山】。

 

 

 食事を終えて、長めの休憩を挟み、下山する。

 すっかり陽は傾いていて、茜さす夕空の下、後輩たちと3人で帰りのバスを待っていた。

 それにしても、結構時間が掛かるものなんだな。仮に頂上まで登っていたら、引き返す際は夜道になったかもしれない。次はもっと早い時間から登るべきだろう。

 

「よし、決めた」

 

 不意に、マリエが声を出した。

 その横で、ヒトミが怪訝そうな表情をしている。

 

「何を?」

「特訓! 頂上まで登れるようにしないと」

「えー」

 

 えー。とは言うが、拒否の言葉は続かない。

 ヒトミ自身、やるなら付き合う、というスタンスなのだろう。

 

「ほら、山の頂上で、ゴロウ先生が待ってる!」

「待ってはいないと思うけど」

 

 恐らく、疲労で幻影でも見たのだろう。

 しっかり休んでもらわないとな。

 それにしても、やる気は充分そうで良かった。

 次回はきっともっと良い登山になるだろう。

 

「ってわけでセンパイも、頂上まで登れる感じにしておいて」

「自分は構わないけれど、体力的な問題にもなるだろうけれど、決行までは時間をあけるのか?」

「うーん、そこはおいおいって感じで、よろしくー」

 

 

 ……もうすっかり、気を許したような喋り方になったな。

 ヒトミと話す際の口調と大差ない。

 一度話して吹っ切れたということだろうか。

 まあ何にせよ、より仲良くなれた気がする。

 

 

──夜──

 

 

 明日は日曜日だし、神山温泉にアルバイトに行こう。

 だとしたら今晩はバイトを避けたいところだけれど……あ、そうだ。プライベートでもゲームセンターに行こうか。

 

 

────>ゲームセンター【オアシス】。

 

 

 来てみたは良いけれど、何をしたものか。

 目当てのゲームがある訳ではない。

 どれも面白そうだけれど……そうだな、入って2階の正面にある“ゲート・オブ・アヴァロン”や“ポムっと”は頭を使うゲームのようなので置いておくとして。

 残るは“爆釣遊戯”と“みっしいパニック with まじかるアリサ”、あとは“Y’s VS 閃の軌跡”

くらいか。“Y’s VS 閃の軌跡”は家庭ゲーム版をもう持っているので止めておく。

 そうだな、今日は、“みっしいパニック with まじかるアリサ”をやろう。

 

 

 




 

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが5に上がった。
 
 
────
 

 魅力  +2。
 根気  +1。


────


 本当は登山は実体験をしてから書くつもりだった(悪魔コミュプロットには“実際に登山してみてから!”書いてある)んですけど、このご時世なので出来そうにないので、少年期の頃の経験を思い出して書いています。
 実際の登山と異なるところがあればご指摘頂けますと幸いです。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月9日──【神山温泉】SPiKAと璃音

 

 

 日曜日の夕方。先週までと同様に神山温泉でアルバイトをした帰り道のこと。

 バスの中から流れゆく景色を眺めていた時に、不意にポケットの中から振動を感じ取った。

 サイフォンの新着通知。

 起動して送り主を確認すると、『久我山 璃音』との表示が出ていた。

 

『今晩空いてる?』

 

 文章は簡潔だ。

 簡潔過ぎてほとんど意味が分からなかったけれど。

 

『空いているけれど、どうした?』

『詳しい話は集まってから。場所はあたしの家で』

『璃音の?』

 

 行くのはだいぶ久々だ。

 確か……祐騎のお父さんの異界攻略前だった気がする。

 ……まあ一度行っているし、今回も特には問題ない……はず。彼女が迎えに来るわけでもないし、璃音の住所はあまり他人に知られていないと言う。通行人にさえ気を付けていれば、特に悪評とかは立たないだろう。

 

『分かった。何時に行けば良い?』

『20時以降かな。夕飯は済ませて来てくれると嬉しいカモ』

『了解』

 

 サイフォンをポケットに仕舞う。

 さて、どうして呼び出されたのだろうか。

 

 頭を悩ませてみた物の、特に思い当たる節もなく、時間と景色は過ぎていった。

 

 

──夜──

 

 

────>レンガ小路【久我山宅前】。

 

 

 周りに人影がないことを確認して、インターフォンを押す。

 ……もしかしなくてもこれ、ご両親が出てくることもあるよな。

 前回訪れた時は放課後すぐだったから気にしていなかったが、璃音的には問題ないのだろうか。

 

『はい』

 

 案の定、インターフォンから聴こえてきた声は、聞き覚えのない声だった。

 

「璃音さんに呼ばれて来ました。岸波 白野です」

『あ! お待ちしておりました、岸波さん。えっと……通して良い? え、駄目? 駄目なの? ……やっぱり大丈夫? ……ふふっ。ああ、うん』

 

 インターフォン越しでは音を拾えないが、誰かと話しているみたいだ。

 一瞬駄目という単語が出て来て内心とても驚いたが、撤回されたようで一安心。呼び出されておいて来ては駄目だったと言われたら、何が何だか分からなくなる。お待ちしていただいてたんじゃないのか。

 

『ふふ、ごめんなさい。どうぞお入りになって。鍵は開いてますので、中に入ったら閉めてからリオンの部屋まで来てください。……あ、リオンの部屋は分かりますか?』

「えっと、一応分かると思います」

『あら? ……で、では、お待ちしてますね』

 

 

 何やら焦ったような反応をしていたのが気になるが、まあ入って話せば分かるか。

 というか、今の人は誰だったのだろう。璃音のお母さんか?

 

 

────>久我山宅【璃音の部屋】。

 

 

 家の中にお邪魔し、鍵を閉めた後、うろ覚えだった道筋をたどり、確かここだっただろう、という部屋までやって来た。

 どうしようか。

 

 

──Select──

 >ノックをする。

  声を掛ける。

  無言で入る。

──────

 

 

 まあいきなり声を掛けて驚かせても申し訳ないし、無言で入るなどもっての外。ノックをするべきだろう。

 コンコンコンと叩き、反応を待つ。

 

「どうぞ」

 

 返ってきた声は、先程インターフォン越しに話した女性の声に近かった。少なくとも璃音本人ではない。

 本人の許可なく入って良いのだろうか。でも、もしかしたら声を出せない可能性も……風邪とか? いや、だとしたら何か呼び出すにしても何か用事を申し付けるだろうし……分からないな。

 取り敢えず入ってから考えるか。

 

「お邪魔し──」

 

 開けた扉の先に見えたのは、どこか見覚えのある4人の少女と、何故か縛られている部屋の主の姿だった。

 

「──ます」

 

 一瞬、引き返そうかとも思ったが、引き返したところで多分この不思議な状態は変わらない。

 ならば足を進めるべきだろうと勝手に入る。

 

「あ、入ってきた」

「ふーん。まあ、逃げ出さなかったことは認めてあげるわ」

「ちょっとレイカ……ごめんなさい、岸波さん」

「お、お久しぶりです!」

「ンー」

 

 5人が、思い思いに喋っている。

 いや、1人喋れていないけれど。

 取り敢えず、お久しぶりですと声を掛けてくれた少女に目を向ける。

 その顔は割とすぐに思い出せた。

 先日璃音と壱七珈琲店に行った帰りに出会った、ストーカー疑いのあった少女。

 その正体は。

 

「えっと、SPiKAの方々、ですよね?」

「はい、私達──」

「「「「SPiKAです!」」」」

「ンー!」

「おお……」

 

 思わず圧倒された。

 疑うまでもない本物。

 テレビやデジタルサイネージで流れていた挨拶、そのまま……いや1人はちゃんと言えていないけれど、とにかく画面の中から飛び出してきたかのような驚きを齎してくれた。

 ……さて、本物のアイドル達となると、悪意とかではなさそうだけれど、それでもそろそろツッコむべきだろう。

 

「璃音」

 

 

──Select──

  ごめんなさいはしたのか?

 >苦しくないのか?

  いつも大変なんだな。

──────

 

 

「!?」

 

 問われた璃音は少し驚いた後、笑顔で首を横に振る。

 どうやら大丈夫らしい。

 

「見ましたかハルナ先輩、レイカ先輩」

「……リオン先輩、すごい嬉しそう」

「気に掛けられて嬉しかったのかしらね」

「ふふっ、そっとしておきましょう」

 

「んんっ! ンンーン!」

 

「「「「何言ってるか分かりません」」」」

 

 あ、璃音が怒っている。普通に怒っている。

 

 それにしても、仲良いんだな。

 最初から悪いとは思っていなかったけれど、こうしてプライベートでもしっかりと付き合いがあるのか。

 

「……あ、自己紹介してませんでしたね。私はハルナ。天堂(テンドウ) 陽菜(ハルナ)です。よろしくお願いしますね?」

如月(キサラギ) 怜香(レイカ)よ。よろしく」

「よろしく」

 

 挨拶してくれたのは、インターフォンで会話してくれたらしい黒髪の、おっとりとした女性と、金髪で苛烈なイメージのある女性。

 天堂 陽菜と如月 伶香。SPiKAでも1期メンバーと呼ばれる、璃音を含めた3人組のうちの2人。確か前一度だけ調べたことがあるが、自分と同学年だった気がする。

 中でも天堂さんはリーダーであり、女優のような演技方面でも活躍しているという。対して如月さんは雑誌などのモデルを務めることが多いのだとか。

 

「わ、わたしは柚木(ユズキ) 若葉(ワカバ)です! ワカバって呼んでください。この前はいきなりすみませんでした!」

七瀬(ナナセ) (アキラ)。アキラでいい。……わたしも、少し前から着け回すようなことしてごめんなさい」

「いいや、自分は別に大丈夫だけれど……」

 

 謝罪の言葉をくれたのは、先日会ったSPiKAの後輩組──通称2期メンバーの2人。

 栗色の髪の少女──若葉と、黒髪の少女──晶である。

 

 それは別に良いのだけれど、何故SPiKAメンバーが集まった部屋に自分は呼ばれて、しかも璃音が縛られているのだろうか。

 璃音に喋らせると不都合のある内容について、とか?

 

「それで、単刀直入に聞きます、岸波さん」

「はい」

 

 天堂さんが、自分と向き合う。

 思わず、姿勢を正してしまった。

 何を聞かれるのだろうか。

 

「リオンからは度々お名前を伺っていましたが、ずばり、リオンとはどういう関係ですか?」

「友人だ」

「「「「……」」」」

 

 なんだろう、この期待外れみたいなリアクションは。

 もう少し、言葉を選んだ方が良いだろうか。

 

「大切な、友人だ」

「「「「……」」」」

 

 まだ何かあるでしょうっていう期待されるような目を向けられても困るんだけれど。

 

「何て言うか、安心して背中を任せられる友人と言うか、璃音がいればなんとかなるって思える存在と言うか、何だかずっと自分が頼ってばかりで申し訳なく思っているんだけれど」

 

 少しの沈黙の後、4人は何かを密談するように審議に入った。

 その後ろで、璃音がバタバタと転がっている。大丈夫かあれ。

 まあ自分も多少恥ずかしいことを言った自覚はあるが。それでも本当のことだし。

 

「……嘘は、言っていないみたいですね」

「みたいね。安心したような、肩透かしをくらったかのような」

「あ、リオン先輩の拘束、そろそろ解きます?」

「うーん、そうね。リオンも嘘は言ってなかったみたいだし、また何かあったら縛れば良いでしょう」

「ハルナ先輩、怖い」

 

 笑顔で言う天堂さんへジト目を向けた晶が璃音の拘束を解いていく。

 目に見えて怒っているが、良いのだろうか。

 

「よくも縛ってくれたわね……ううん、縛ったのは良いケド、いや良くないケド!? 百歩譲って良いとして、何本人に聞いてくれちゃってるのねえッ!?」

「でもリオン、正直なことが聴けて嬉しかったでしょう?」

「それはそれ! これはこれ!」

「否定しないんだ」

「ア~キ~ラ~!」

「ごめんなさい」

 

 喜んでくれたみたいなので、正直に答えて良かったということにしよう。

 というか、結局、何で縛られてたんだ?

 

「だいたいねえ、抵抗するときに投げ付けられた服もタオルもすべて仕舞ってあげたんだから、感謝しなさい」

「そもそも縛らなければ抵抗も何もしないから!?」

「だってリオン先輩、縛らなかったら質問の時に邪魔してましたよね?」

「当たり前じゃん!」

「でも先輩が友人って言うのが信じられなかったので」

「なんで張本人の言うことが信じられなかったかな!?」

「自己評価なんて、当てにできるものじゃない」

「そうだとしても! そうだとしても! こう……ねえ!」

「「「?」」」

「首を傾げないで!」

 

 わいわいと姦しく騒いでいる4人。

 

 一方で、自分は天堂さんと向き合っていた。

 

「安心しました」

「はい?」

「ちょっと不安だったんです。リオンの友人の男の子が、邪な目的で近付いていたらどうしようって」

「誤解は解けたんですか?」

「ええ。部屋に入った時も必要以上の所を見ようとしませんでしたし、服とかタオルとかのワードが出た時、探すような素振りを見せませんでしたから。まあ、それはそれでどうかとも思うんですけどね。結構リオンの部屋には来られてるんですか?」

「これで2回目ですかね」

「そうなんですか。……そういえば岸波さんは、わたし達のことを知っていて下さったんですよね。ありがとうございます」

「いいえ、自分も最初は知らなかったんですけど、璃音と仲良くなってからこう、調べさせてもらいました」

「あら、ではリオンに会うまではご存じなかったんですね」

「すみません。璃音にも初対面ですごく落ち込まれましたね。その後CDを渡されて、絶対聴いてよね。って渡されました」

「……ふふっ、目に浮かびますね」

「あはは」

 

 自分は初対面の時のことを思い出し、彼女はそれを空想して、お互い笑い合った。

 

「岸波さんは、自然体ですね」

「どういうことですか?」

「そういえば、入った時から緊張とかしていなかったなあって。自分で言うのも何ですけれど、わたし達はアイドルで、初対面なので、もっと驚くと思っていました」

「ああ。……驚きはしたんですが、璃音が縛られているインパクトでどうでもよくなっていましたね」

「……ひょっとして、テンション上がりました?」

「まさか。心配したに決まってるじゃないですか。それでもすぐに皆さんがSPiKAの方々だと気付いたので、悪意がある行為じゃないと分かり、落ち着きましたが」

 

 友人が縛られている姿を見て、テンションが上がる訳がなかった。

 逆に天堂さんは、璃音を縛っていてテンションが上がったのだろうか。……そういえばさっきも、何かあったらまた縛りましょうと笑顔で言っていたな。もしかしたらヤバい人かもしれない。

 

「……うん、なるほど。だいたい分かりました」

「何がですか?」

「岸波君は、信頼しても良さそうな人であることが、です。試すようなことを言ってしまい、ごめんなさい」

 

 そんな疑いを持った直後に、真摯に頭を下げてきた天堂さん。

 全部自分を試すための言葉だった、というのか。

 ……流石は女優としても活躍しているアイドル。冗談の気配がなかったから、本気で言っていると思ってしまった。

 

 

「心配をかける方が悪いの! アタシ達がどれだけ心配したか分かる!?」

「分かるって! 心配してくれるのは素直に嬉しいの! 本当にアリガト! けどやり方ってものがあるでしょ!?」

「そんなこと気にしてる余裕があるなら乗り込んでないわよっ!」

 

 

 そしてそんな話をしている間に、璃音と如月さんの口喧嘩? がヒートアップしていた。

 仲良いなあの2人。

 

「あのぉ、先輩たち、その辺で……」

「近所迷惑」

 

 後輩たちがおろおろとしながら間に入り、璃音と如月さんを引き離す。

 なんだかSPiKAも大変そうだ。楽しそうだけれど。

 ……やっぱり、璃音も自分たちと一緒にいる時とは少し違うな。

 それも当然のことだ。関わった時間も、密度も違う。

 だがそれでも、楽しそうなことに変わりはない。

 いつだって彼女は笑顔で、周りを笑顔にしている。

 いつだって彼女の周りは楽しそうで、彼女を笑顔にしている。

 それは、彼女の目指すアイドルの体現、なのだろう。

 

 

 

 

 ついつい話し込んでしまったが、夜も遅い。

 どうやらSPiKAの面々は璃音の家に泊まるらしく、自分は1人で帰ることになった。

 見送りには、どうしてか天堂さんが来てくれている。

 

 

「岸波さん」

「はい?」

「今日は突然呼び出してしまって、すみませんでした」

「……ああ、あの連絡は天堂さんが打ったものだったのか」

「はい。呼び出したのもわたしなので、わたしがお見送りに来ました。……あ、それと、呼ぶときはハルナ、で良いですよ? 皆そう呼びますし。リオンと一緒にいるなら、これからもお会いするでしょうから」

「分かった。陽菜の敬語は……抜けないやつか」

「癖、みたいなものなので。仲の良い人たちには、そうでもないんですけれど」

 

 美月みたいなものだろう。芸能界も周囲は大人だらけ。敬語が自然と染み付いた、と考えて良いかもしれない。

 SPiKA内で敬語を使わないのは、同等で居たいという意識からか、或いは……いや、推測は止めておこう。

 

「みんな、リオンのことを心配していたんです。ひどい人ではなさそう、というのはワカバちゃん達から聞いていたんですけれど、わたしもレイカも、どうしても直接確かめておきたくて」

「皆、璃音のことが大切なんですね」

「ええ。岸波さんも、ですよね?」

「……はい、大切な友人です」

 

 彼女と出会ってから、色々なことがめまぐるしく起こっていたから。

 共に苦難を乗り越えてきた友、という意識の方が大きい。

 彼女と一緒でなければ、乗り越えられないものもあったと思う。

 それは異界攻略に関してのことだけではない。もっと普段の生活単位での話だ。

 璃音だけではなく、出会ったみんなとの

 

「璃音に何かあったら、わたし達の誰かに連絡を頂けませんか?」

「それは構わないけれど、誰の連絡先も持っていない」

「……そうですよね。なら──」

「──アタシかハルナのを教えるわ。それで良いわよね?」

 

 遮るように、如月さんが上から降りてくる。

 

「遅いからって心配してたわよ。特にリオンが」

「あはは、そうだね。岸波さんも、呼び止めてしまってすみません。……それでレイカ、良いの?」

「良くなかったら言わないわよ。ハルナは信頼できるって判断したのかもしれないけど、アタシはまだちゃんと話せてないし。ハルナやリオンを疑う訳じゃないけど、そういうのは自分の目でやらないと気が済まないの。……それで岸波、どっちにするの?」

 

 

 ……どちらにしようか。

 

 

──Select──

  陽菜。

 >如月さん。

──────

 

 

「……アタシで良いの?」

 

 

──Select──

 >いい。

  考え直す。

──────

 

 

「……そ。分かったわ。ならこれ、連絡先だから」

「ありがとう。こっちは……」

 

 

 如月さんと連絡先を交換する。

 

 ……新たな縁の芽生えを感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“星” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「あと、如月さんって呼び方は止めなさい。普通にレイカで良いわ。かたっ苦しいし。リオンと同じ感じで良いわよ」

「ああ、わかった。怜香」

「よろしく岸波。じゃあまた」

「またお会いしましょう、岸波さん」

「ええ、また」

 

 陽菜と怜香が手を小さく振ってくる。それに軽く礼を返し、扉を開けて外へ。

 

 門を出て、直進。曲がり角を曲がって、メインストリートまで出たところで、今晩のことをふと振り返った。

 とんでもないことになったな。

 まさかアイドルの知り合いがこんなにも増えるなんて思わなかった。

 でも、璃音のことを話せる相手が出来たのは大きい。彼女が持つ悩みも解決しやすくなるだろうし、お互いフォローに素早く回れるだろう。

 

 ……それにしても、思ったより話疲れたな。今日はもう帰ろう。

 

 




 
 
 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが上がった。
 星のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────


 なお、璃音コミュは前回と今回合わせてレベルアップ形式なので、今回のこれでは変動しません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月10日──【教室】佐伯先生と相談

 

 閲覧ありがとうございます。
 インターバル5、最終話です。


 

 

「さて、連絡事項だが──」

 

 

 ショートホームルーム。

 一日の終わりに翌日以降の予定の確認や諸注意などを伝える時間。

 その時間を担当するのは、各クラスの担任。だとすればやはり、自分たちの担任教諭である佐伯先生が教壇に立つのは当然だ。

 いつも通りの進行をする佐伯先生の姿を見る。というか、つい注視してしまう。

 何でだろうか。なんとなく、いつもより佐伯先生の挙動が気になる。

 恋、ではない。はず。

 断言はできないので、取り敢えず他の候補を探してみよう。

 思い当たる節があるかどうか、ここ数日の流れを振り返ってみる。特に佐伯先生と関わった気はしないけれど……そういえばこの前、佐伯先生の真似をしたことがあったな。後輩たちとの登山で。

 その影響かもしれない。きっとそうだ。

 もう真似する機会もさほど多くはないだろうけれど、精度を高めていて損はないだろう。もしかしたらまた後輩たちに頼まれるかもしれないし。

 だとしたら、観察を欠かすわけにはいかない。気取られないよう注意しながら話を聞きながらその姿を見詰めていて、一挙一動を確認する。

 確認していく中で、ふと思い至ったことがあった。

 

 ……そういえば、佐伯先生のプライベートな部分は何も知らないな。

 

 彼の行動の理由が分からない。その優しさや厳しさが、どの経験に基づくことなのかを、少しどころかまったく知らなかった。

 こんな状態では行われた彼の真似は、相当に薄っぺらいものだったことだろう。鏡を見て確認でもすべきだったか。

 ……少し、心の距離を詰めてみたいな。

 何かを知っていれば、後輩たちの役に立つかもしれない。

 それに、大人との話は少なくとも自分の糧と出来るはず。

 そうと決まれば、まずは押しかけてみよう。断られたら断られたで構わない。

 

「──以上でホームルームも終わりだ。皆、寄り道はなるべくしないで帰るんだぞ」

 

 話し終えると同時に、チャイムが鳴る。

 クラス委員の人が、号令をかけた。

 

 正式にホームルームが終わる。

 下校の準備は行わず、職員室に戻る支度の真っ最中である先生のもとへ歩む。

 自身の手は動かしたままで、帰りの挨拶をしてきた生徒に対し、笑顔でまた明日なと答える彼の目が、自分の姿を捉えた。

 

「どうした岸波。授業で分からない所でもあったか?」

「いいえ、そういう訳ではなくて。少し相談があるんですけれど、今日はお時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だが、珍しいな。何についてだ?」

「人生です」

「…………場所を変えるか」

「はい」

 

 人生の相談、というのは少し大げさだったかな。と思いつつ、先を歩く先生の後を追った。

 

 

────>杜宮高校【進路指導室】。

 

 

「成程な。話は分かった。岸波の境遇から言って、確かに様々な人間との交流は必須だろう」

 

 一通り、今回の相談の趣旨を伝える。

 勿論後輩たちの件については話さずに。

 

「……」

 

 話を聞いた後、佐伯先生は理解を示したものの、少し考え込んだ。

 険しい顔をしている訳ではないけれど、少し雰囲気が悪い。

 提案を喜んで受け入れてくれる、という訳ではなさそうだ。

 それもそうだろう。何せ勝手に時間を使われる訳だし、佐伯先生にとってのメリットは無しに等しい。

 

「……放課後は無理だが、夜なら空いている。だが生徒を、それも担当しているクラスの一員を夜に連れ回すなんて、下手したら懲戒免職ものだ。岸波のことだから、それを理解していての行動だと思うが」

「そう、ですね」

 

 世間一般的に言えば、教師と生徒がプライベートで関りを持つのは良くない。

 本人たちにまったくその気がなかったとしても、内申点に色が付いていないかなどの邪推はされてしまうようになる。

 極端に言えば、信用問題となってくるということ。

 それを押し通してまで自分の願望を押し付けることは、できない。

 彼が無理といえば、引き下がる他ないのだ。佐伯先生の人生を棒に振ってまで、果たしたい願いでもない。

 

「……」

 

 言うまでもなく、問題にならない可能性もある。

 遊びに行ったりするならまだしも、外で会って話をするくらいならば、騒ぎにならないだろう。

 たまたま行きつけのお店が被っているだけ。ということに、難癖を付けてくる相手もいない……はず。

 

「自分の英語の成績を、厳しめに付けてもらっても構いません」

「それはそれで特別扱いになるんだがな。……一応、成績はデータによって厳密に決めているから、誰に文句を言われても言い返せる程度の準備はしているが」

「……」

「……はぁ。一応担任として、3か月ほど岸波を見てきたんだ。ここで退くような人間でもないのは分かっている。遅くなりすぎないという条件付きでなら、付き合えるだろう」

「……あ、ありがとうございます」

 

 受け入れてもらっておきながら、良いのかと驚いてしまった。

 先程も考えた通り、彼にとってメリットなんてないはず。

 それでも自分のお願いを聞いてくれた理由は、何なのだろう。

 ……それも、これから先で知っていければ良いか。

 

「基本的に、火曜日と木曜日は蓬莱町の【カフェバー・≪N≫】に居る。何か話があれば尋ねて来るといい」

「火曜と木曜。……休日とかは忙しいんですか?」

「休日はあまり良くないな。岸波に登山の趣味などがあれば、“偶然”会うこともあるかもしれないが」

「最近しましたよ、登山。軽くですけれど」

「ほお。……なら、その話はいつかの夜にでも聞こう」

 

 とはいうものの、基本として土日は難しいと考えて良いだろう。

 教職は激務であると聞く。土日休みを保証されている職種でもないらしい。

 噂は確かで、事実として部活動の顧問の先生などは、祝日だって活動があれば出勤せざるを得ないのだろう。その他にも色々と事務作業だってあるはず。

 だとしたら、目の前にいる佐伯先生だって、そんな毎週空いていることもないはずなのだ。

 

「取り敢えず、火曜日と木曜日ですね」

「ああ」

「よろしくお願いします。あと、ありがとうございます」

「何のことか分からないな。俺はただ、お勧めの飲食店と、よく行く曜日の話をしただけだぞ」

「……そうですね」

 

 そういう体らしい。

 何にせよ、これで彼と関りを持つ機会が得られた。

 新たな縁の芽生えを感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“刑死者” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「さて、他に用事がないなら、俺は仕事に戻るが」

「ああ、はい。大丈夫です」

「そうか。気を付けて帰るんだぞ」

「はい」

 

 

 そう言えば下校準備もまだだった。

 教室に荷物を取りに行かなくては。

 

 

──夜──

 

 

 今日は読書をしようか。

 読み途中だった、『水泳・入門編』を手に取る。

 

 前回は泳ぎ方の一覧や、それを行うのに必要な筋力の部位の説明図などが乗っていたが、中盤の内容は家でも出来る泳ぎ方の訓練の方法と、筋力トレーニングの正しい行い方だった。

 

 正直、ハヤトにも教えてもらってはいたが、腕の動かし方などはとても重要だ。持って行き方ひとつで掛かる負担に雲泥の差があるし、一掻きで進める距離も変わってくる。

 だから理想のフォームをいつでも再現できることが目標になってくるのだが……練習はしてみても、上手くなっているのかの確認ができない分、少しイメージが掴みづらいな。

 取り敢えず今はこの教本を信じて練習してみるか。

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが上がった。
 刑死者のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。


────
 

 根気  +2。


────


 ご連絡。

 次回から第6話。
 奇跡的にインターバル5は中4日以内間隔での更新を守りきりました(奇跡とか言ってしまった)(嬉しい)。
 ですが、6話開始前、もしくは異界攻略開始前後で、多分多めに日数を取りますことだけ前もってお伝えしておきます。
 私的に良い流れで来てるので守りたいところですが、こればかりはちょっと……ってことなので、お許しください。多分どのタイミングで休んでも2週間は開きません。多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 あの日焦がれた背中は(burn my dread)
9月11~12日──【夢】濃い霧の日 1


 

 

 夢を見た。

 光を見出す夢だった。

 

 

 4度の死闘を勝ち抜き、辿り着いた次の舞台。

 対する敵は暗殺者。不気味な男性だった。

 準備期間に入って早々、岸波白野とそのパートナーは急襲され、結果として狐の巫女は重傷を負ってしまう。

 彼女は涙を堪えて謝る。己の油断でパートナーを悲しませていることを。道半ばで終わってしまう可能性が出てきたことを。岸波白野と共に過ごす時間を、終わらせてしまうことを。

 謝罪された岸波白野は、以前助けた少女に解決策がないかを尋ねる。

 そうして見えた一筋の光明。ただしそれは、戦場の中でこそ見えるもの。

 無理を承知で挑もうとした岸波白野だったが、瀕死の妖狐が直前で駆け付けて来る。

 もはやここまで来て、気遣いなぞ必要ない。一蓮托生の身。死なば諸共と同行することに。

 命からがらやり遂げて、少女の助けも借りてパートナーを全快させることに成功した岸波白野。

 

 復活したパートナーと共に、少女へお礼を言いに行った際、彼は重い真実を知ることになった。

 自身が失ってしまったものとして、探し続けてきた記憶が、最初からなかったこと。

 例えこの戦いで勝ち抜いても、地上へは降りられないことを。

 しかし、彼は前向きだった。

 “だったら、この聖杯戦争を終わらせる”。その世界で生きていく岸波白野が、抱いた決意。

 己が生きる世界を、他者との共存が可能な世界へ変えること。

 その目標を胸に、戦い抜くことを決めた。

 

 そうして訪れた、決戦の刻。

 

 岸波白野は、目にする。

 パートナーの狐巫女が起こす、奇跡の光を。

 

 

────

 

 

──朝──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

「……」

 

 

 目を覚ます。

 今見た振り返ってみた。

 自分ではない、自分のような存在が、目標を見つけた話。

 今までのように、“生き残る”を主題にするのではなく、“生き残って達成する”目標。

 戦いを終わらせる、か。

 

 ……自分たちの戦い、異界攻略は、どうしたら終わるのだろう。

 

 

────>杜宮記念公園【エントランス】。

 

 

 エレベーターで一階へと降りると、見覚えのあるヘッドフォンを首から下げた少年が、サイフォンを忙しなく操作しながら壁に寄りかかってきた。

 足音を耳が拾ったのか、一瞬目がこちらに向く。

 

「お、ハクノセンパイ。おはよー」

 

 また目線がサイフォンへ戻った。

 

「祐騎、早いな」

「……バカにしてない? 普通の登校する時間じゃん」

「いつも遅刻ギリギリなことを考えれば早い方だろう」

「うっさいなー」

 

 少し不貞腐れたような表情になった。

 ……そんなにしつこく言っただろうか。

 少し申し訳ない気が。

 

「いやあのさ、そこまで落ち込まないでよ。やりづらいんだけど」

 

 気付くと祐騎はサイフォンを操作する指を止めており、目線を画面ではなくこちらを向けていた。

 どうやら祐樹の邪魔をしてしまったらしい。

 

「……すまない」

「だーかーらぁ……」

「……」

「はぁ、なんでこのセンパイ朝からテンションの浮き沈みが激しいのさ……情緒不安定なの?」

 

 ……だとしたら、夢を見た所為だろうか。

 どことなく、気分が浮ついているのかもしれない。

 

「それで、祐騎は何故ここに? 立っていたということは待ってくれていたのか?」

「まあね。一刻も早く自慢したくてさ」

「自慢?」

「まあまあ百聞は一見に如かずって言うし、準備して。ほら、返すよ」

 

 何となく得意気で、鼻歌を歌うように彼は、いつも通り貸していたサイフォンを返して来た。

 それを受け取り、電源を入れる。

 起動画面の後、見慣れたAIの姿が現れた。

 

『ただいまです、先輩』

 

 いつものように、夜の間預けていた間桐サクラが、画面の中に戻っている。

 その表情は笑顔だ。

 

「ああ、おかえり。サクラ」

 

 ついつられて笑顔になってしまった。

 

「…………っていやいやいや、何普通に挨拶してるのさ」

「? 挨拶されたら返すだろう」

『そうですよね? 普通だと思いますけど』

「もっとさ、何か色々気付くこととかないの? ねえ」

『あ、先輩。私、何か変わったと思います?』

「サクラが何か……?」

 

 

──Select──

 >髪切った?

  化粧変えた?

  背伸びた?

──────

 

 

『いいえ、切ってませんよ』

「もっとちゃんと見なって」

 

 ……違うらしい。

 

 

──Select──

 >化粧変えた?

  背伸びた?

──────

 

 

『いいえ、変えてませんよ』

「もっとちゃんと見なって」

 

 ……違うらしい。

 

 

──Select──

  >背伸びた?

──────

 

『いいえ、伸びてませんよ』

「いやもっとちゃんと見なよ!」

 

 ……違うらしい。

 気付いたことは全滅だった。

 最早何にも気付けていなかった。

 

「はぁ。ダメだね。期待を外れないダメっぷりだよセンパイ。って言うか背が伸びるとか、髪が長くなるとか何? AIだよ?」

『……』

「アップデートしたのかと」

「アプデもとい改造は施したけどグラ関係じゃありませーん」

「うーん」

『先輩、分かりませんか?』

「鈍いなぁ……」

 

 そうは言われても。

 サクラをじっと見てみる。

 ここまで言うからには、何か変わったことがあるはずだ。

 じっと観察してみる。

 

『……?』

 

 特に変わった様子はない。

 

『あ、あの……』

 

 強いて言うなら、少し恥ずかしそうにしていることくらいだろうか。

 

 

 …………?

 

 

『せ、先輩、見過ぎです……』

「サクラ、なんでそんなに恥ずかしそうなんだ?」

『先輩のせいじゃないですかーッ!!』

 

 サクラの、“初めて上げた怒声”が、エントランス内に響いた。

 

 

────>【通学路】。

 

 

 霧の立ち込める通学路の中、祐騎と2人で歩く。

 こうして一緒に登校するのは久しぶりだった。

 そして会話は3人で行う。

 これに関しては、本当に初めて。

 

「なるほど、これが祐騎のやりたかったことか」

「まあね。せっかくの北都グループ開発マル秘高機能AIなんだし、積極的に弄らないとって」

 

 サイフォンをタップして、サクラの頭部部分を撫でると、彼女は恥ずかしそうに笑う。

 これが祐騎のやりたかったことか。

 

「なるほど……」

 

 祐騎が仲間になり、約束してから約二ヶ月と半分。

 ほとんど毎晩サイフォンを貸し出していた結果、サクラは喜怒哀楽を使い分けられるようになった。

 

「……ま、正直感情なんて“演じているだけ”だし、そもそも僕が追加した機能じゃないけど」

「そうなのか?」

「うん。もともと機能自体は存在してたみたい。けど何故か、ロックが掛かってたんだよね」

 

 わざわざ作ってロックを掛けて置いたということは、それが必要だったということじゃないだろうか。

 まあ、何を思おうと後の祭り。

 それに自分も、この方が良いと思う。

 せっかくの同居人だ。より明るく楽しい方が良いに決まっている。勿論もともと楽しくはあったけれど。

 

『それにしても、カメラには霧しか映ってないんですが、お2人は普通に前見えてるんですか?』

「そこそこ。ってか霧ってマジで鬱陶しくない? こんなに見えないんだし、帰ってもバレない気がしてきた」

「それは止めておけ」

 

 出席を取るのは室内だから、すぐにいないことが分かってしまう。

 言われなくても分かっているのだろう。彼もいじけた様子なく、手を頭の後ろで組んだ。

 

「ま、どうせ寝るから良いんだけどね」

『授業中に寝るのは良くないと思います』

「……空に監視でも頼むか」

「それはマジで止めて」

 

 声のトーンが1段階下った。

 

「だいたい違うクラスだからまだ助かってるのにこれ以上関わる要素を増やすのは本当に止めて」

「でも、嫌いじゃないんだろう?」

「はっ倒すよ」

「ははは」

「なに笑ってんの?」

 

『ソラさんとも、話してみたいですね』

「ああ、好きなだけ話すと良い」

『……あ、でも話せることは内緒にしておいてください。ふふっ、サプライズです』

「そりゃ良いかも。郁島を驚かせるネタでも考えてよう。授業が楽しみになってきた」

「ほどほどにな」

 

 やっぱり仲良さそうな1年生コンビの片割れを見て、何だか自分も楽しくなってきた。

 

 

──放課後──

 

 

『えー。えー。全校生徒の皆さんに、ご連絡です』

 

 帰り支度をしていると、校内放送が流れてきた。

 この声は、九重先生だろうか。

 

『本日は濃霧の影響で、道が見えづらくなっています。帰りは遅くならないようにして、明るいうちに帰りましょう。本日の完全下校時刻は17時15分となります。部活動は原則として17時を目途に活動を終えるようにしてください。あ、後、運動部の皆さんは、顧問の先生の指示があるまで練習を開始しないように! よろしくお願いします!』

 

 校内に喧騒が戻っていく。

 普段は17時45分が完全下校だったが、今日はもっと早まるのか。

 これでは誰かと遊ぶどころではない。九重先生の話通り、道草を食うことで夜に危険な思いをすることも避けたい。

 今日はまっすぐ帰ろうか。

 

 

──夜──

 

 

 せっかくだし、ゲームでもしようか。

 ゲーム機の配線を準備して、『イースvs.閃の軌跡 CU』を開始する。

 今日も今日とてキャラ出しだ。

 そろそろ簡単に出てくることも無くなってきた。何かしらの条件を達成することで、より取り扱いの難しいキャラが操作可能になるだろう。

 それと並行して、ストーリーを進めていく。

 物語は起承転結の起を終え、承の部分に入って暫く経ったみたいだが、話の全貌がまだまだ見えてこない。難易度も段々上がってきた。

 ……まだ苦戦するようなところではない。この調子で次も進めていこう。

 

 

──9月12日(水) 朝──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 今日も霧が出ている。

 この分だと、今日も早くに下校することになるかもしれない。

 ……学校へ行こうか。

 少し気を付けて歩こう。

 

 

──午後──

 

 

 ショートホームルームの時間。

 佐伯先生はみんなにしっかりと聞くように。と念押しした後、教室を見渡して全員の視線が自身へ向いていることを確認し、口を開いた。

 

「皆も気付いていると思うが、昨日に比べて今日の方が霧が濃い。最悪の想定をし、今日のところはショートホームルームが終わり次第、学年クラスごとに強制下校になる。これから先も濃霧が続くようなら、この対応は続く。……ああ、それと、早く帰ったら遊ぶなとは言わないが、友達の家であっても近所であっても、極力外出は控えるように」

 

 放課後まで止まないどころか、濃さを増す霧に対して、学校側は無理をしない決定をしたみたいだ。

 誰かが怪我をするより断然良いだろう。

 ホームルームが終わると、教室が一瞬だけ騒がしくなったが、そのまますぐに帰らされた。

 ……早く、霧が止むと良いな。

 

 

──夜──

 

 

 軽く勉強していると、サイフォンに通知が届いた。

 自分たち同好会メンバーのグループチャットだ。

 

『この霧じゃ、異界を探すのも危ないですね』

『だな』

 

 空から発信があり、洸がそれに答えている。

 

『これから先、どうするよ』

『は? コウセンパイ、こんな視界悪い中彷徨いたいの?』

『別にそうは言ってねえが、かといって異界を探すのを止めるのもなって』

『止めるも何も、他の人が外出してないんだから外に行って異界探す必要もないでしょ。ハクノセンパイも、自宅待機で良いと思うよね?』

『ああ、自分は賛成だ。長く続くこともないだろうしな』

『ほらぁ!』

『でも、こうなると集まることも出来ないよね』

『そういやお前ら、学校がある時期は毎回どこに集合してんだ? 岸波の家か?』

『いいや、空き教室。明日の休み時間にでも案内するぜ』

『おう、頼む』

 

 柊を除く、全員が話に参加した。

 彼女はバイト中だろうか。

 

『あれ。アスカは居ないんだね。大丈夫かな、1人で探索とか危ないコトしてないとイイケド』

『流石に柊も1人ではしないだろう』

 

 多分。

 

『……そういや柊、少し機嫌が悪かったな』

『機嫌が?』

『なんつーか、ピリピリしてたっつうか。柊らしくねえって言うか』

『へえ』

『あら時坂君、そんなに見てたのね。私のこと』

『なんつうタイミングで来たんだ本人』

 

 本当に怖いタイミングで入ってきた。

 倒置法まで使って自身のことを強調してきている。

 揶揄う気満々、という感じだ。

 

『実際どうなのアスカ、何かあった?』

『別に何もないわよ、久我山さん』

『本当のところはどうなんですか?』

『本当も何もないわよソラちゃん』

『けど柊センパイのことを熱心に注意深く観察していたはずのコウセンパイが言うんだから、何かありそうだよね』

『おい後輩』

『ストーカー紛いの人に付けられた因縁を真に受けないで頂戴』

『おい同級生』

『それで、実際はどうなんだ、柊』

『べつに』

 

 言いたくはないのか。もしくは洸の勘違いか。

 謝ろうとして文字を入力していた時に、次の通知が来た。

 

『ただ』

 

 柊が、打った2文字の後、間が空く。

 誰も何も打たない。心配の表れだった。

 もしかしたら、打った柊本人は後悔しているかもしれない。流れ的に言わなくてはいけなくなったから。

 

 数分の時が流れて、次の通知がやって来た。

 

『昔から、濃い霧の日が嫌いなだけよ』

 

 

 




 

 優しさ +2。
 根気  +1。


────



 ちなみに一応。言う必要もないとは思っていたんですけど、祐騎とサイフォンを貸す云々のやり取りは探したところ80ページにありました。
 1年以上前ですって。
 1年で42ページしか更新してないってどういうこと……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月13~14日──【マイルーム】濃い霧の日 2

 

 

 起床してすぐ、窓の外を見てみる。

 今日も霧は晴れていない。

 ……学校へ行こう。

 

 

────>【通学路】。

 

 

 話し声が聴こえる。

 ぼんやりと、シルエットだけは見えた。男女が一緒になって登校しているらしい。

 歩いている方角から言って、恐らく杜宮の生徒だろう。

 

 

「つかこれ、休校になりそうじゃね?」

「えー? そうかな」

「だって危ねえじゃん。道に犬の糞とか落ちてたらどうするよ」

「ちょっ、ヤめてよね!」

「ハハハッ」

 

 ……笑いどころか?

 しかし確かに恐怖だ。何が落ちてるか分からない。

 こんなところでコンタクトでも落とそうものなら、一生見つからない可能性だってある。

 ……まあ道端に落としたコンタクトを拾うかと言われたら、拾わないだろうけど。

 

「ま、休みになってもやることないけどな」

「で、でも1日一緒に居られるよ?」

「は? 家から出ないが? 自宅待機の意味分かってる?」

「……なんで私、こいつと付き合ってんだっけ……」

 

 ……カップルの未来も霧に飲み込まれたみたいだ。

 一刻も早く晴れることを祈ろう。

 ……気まずいので、取り合えず追い抜こうか。うん。

 

 

──放課後───

 

 

「残念だが、今日もまっすぐ帰るように」

 

 佐伯先生が予想通りの言葉を宣告する。クラスの一部から溜め息が出たものの、意見や異議は出なかった。

 

「お前達が不満に思うのも分かるが、事故に遭ってからでは遅いからな。皆も、その点は理解してくれるものだと信じている」

 

 それじゃあ、順を追って解散だ。と、佐伯先生は廊下へ出た。

 他のクラスが現在帰宅するために外に出ているらしい。一階出入り口の人数整理のため、自分たちが帰るのはもう少し後になるらしい。

 

 ……どことなく、窮屈だ。

 帰ったら何をしようか。

 

 

──夜──

 

 

「サクラ、勉強するから音楽を流してくれ」

『はい、先輩。何かご希望はありますか?』

「お任せで」

「うーん、でしたら、動画サイトの作業用BGMを探しますね」

 

 待ちながらも勉強を開始する。

 やがてピコン。とシステム音が鳴り、やがて音楽が流れてきた。

 ……これは、波の音か?

 

 

 

 

 

 ……駄目だ、眠くなってきた。

 

「サクラ、止めてくれ」

『はい。……どうでした?』

「癒された、かな」

 

 今日はぐっすり眠れそうだ。

 勉強は捗らなかったが、良しとしよう。

 

 

──9月14日(金)──

 

 

 

────>【通学路】。

 

 

 ……今日も濃い霧が出ている。

 

 

「よっすー」

「おー」

 

 話し声が聞こえるものの、少し離れているのか、話している人たちの顔は認識できなかった。

 声的には、恐らく男性。それも若い方だろう。高校生かどうかは分からない。

 

 

「すっげぇ霧」

「なー……こりゃ今日も部活は無しか。くそー……」

「家で筋トレするっきゃねえ!」

「なんでだよ」

「フラストレーションがマッハで溜まるんだよなぁ。俺の筋肉が働かせろと蠢いてるぜ」

「素直にキモい。……まあ確かに、こうも部活だけじゃなくて遊びすら制限されるときついな」

「でもよ、規制するのって部活や校外活動だけで良いんか? って思うのオレだけ? あの“噂”とかあるじゃん」

「あー。あれか……」

 

 ……噂? なんのことだろうか。。

 だが、ここで会話に入っていくことはできない。

 何か霧について噂があるというのなら、知っておいた方が良いか。

 

 

──午前──

 

 

 授業間の休み時間、自分は洸に廊下へと呼び出された。

 

「……柊が、休んでいる?」

 

 少し深刻そうな表情の洸が自分に報告してきたのは、彼女の不在だった。

 とはいえ、無断欠席と言うわけではないらしい。

 

「ああ。トワ姉が言うにはただの風邪らしいんだが、現状が現状だしな」

「柊本人には連絡したのか?」

「ああ。ホームルームが終わってからな。寝てるなら良いんだけどよ」

 

 本当に、ただの風邪だと良いんだが。

 風邪で休むことを望むなんておかしいとは思うけれど、それでも彼女が1人で動いているよりはマシだろう。

 まさか、壱七珈琲店のヤマオカさんに、「柊さんは家にいますか?」とは聞けないし。信用していないみたいで嫌だ。

 ……いや、こうして考えてしまっていること自体、信頼できてない証拠か。

 取り合えず今は、彼女を信じよう。

 

「取り敢えず、夜まで待ってみたらどうだ?」

「そう……だな。そうするしかねえか」

「何かあったのか?」

「いや、少し聞きたいことがあったんだが……まあ、別に急いでいる訳でもねえしな」

「そうか」

 

 確かに、柊が居ないと異界関連の相談は誰にしようか悩む。

 自分たちはあくまで素人。事態へ対応する為の人員に過ぎず、知識を持っているわけではない。

 ……その点で言えば。

 

「異界関係の話なら美月……いや、生徒会長に聞くのはどうだ?」

「別に言い直さなくても良いぞ。ハクノと北都先輩が仲良いのは知ってんだし」

「いや、流石に学校のなかだと、周りの目があるから」

「あー……それもそうか。一部聞いたら憤怒のごとき形相で詰め寄ってきそうな1年に心当たりある」

 

 え、そんな人が?

 

「その人のこと詳しく」

「いや、あれはオレもよく分かんねえ」

 

 ……取り合えず、気に留めておくとしよう。

 あと、人目と背中には気を付けよう。

 

「だがまあそもそも、柊と会長が……アレな時点で、柊の代わりに相談っていうのもな」

 

 洸の心配も尤もだった。

 美月はともかく、柊は気にするだろう。嫉妬、かどうかは分からないが、とにかく良い気はしなさそう。

 まあ取り敢えず、最終手段として手札にあるということを覚えていて貰えれば良いか。

 

「ところで、自分も洸に聞きたいことがあるんだが」

 

 朝聞いた“噂話”について、何か知っていることがないか、確認してみる。

 それに対して、洸は少し考え込むようなリアクションで。

 

「実は、相談事はそれ関連でな。……まあ不確かなことを伝えるのもなんだし、夜までにもう少し情報を集めてみるわ」

「分かった。任せる」

「おう。……そろそろ時間だな。それじゃあ、また夜に」

「ああ。また」

 

 彼と別れて教室へ戻ると、チャイムが鳴るまで残り2分を切っていた。

 

 

──夜──

 

 

 サイフォンが振動する。

 

『2つ、報告がある』

 

 洸からの通知。

 それから暫く。最初の通知から、4分ほどが経ちそうな頃、次の文が打ち込まれた。

 

 

『まず、霧が蔓延してから流行るようになった噂話からだな』

『噂?』

『あ、わたしも商店街の人たちから聞いたことあります!』

『そういや、俺も今日来てた客から聴いたな』

『あたしもクラスで聴いたかも』

『……ネットには特に上がって……いや、あったあった。コレかな』

『なんかだんだん話す必要がなくなってきたんだが』

『いや、もしかしたら違う部分があるかもだし、頼む』

『まあ、そうだな。何から話すか』

 

 話題に参加しているのはやはり、柊を除く全員。

 自分以外は、何かしらの噂を耳に入れたらしい。

 洸は切り出し方をまた数分悩んだ。

 

『まず、霧が出るようになってから“行方不明者”が増えている』

『行方不明?』

『おう。いなくなったとか、連れ去られたとか、まあそこら辺は諸説あるが』

『あたしもそれ聴いた! なんでも、“化け物の鳴き声が聴こえた時、人が連れてかれる”とか』

『化け物?』

 

 いきなり行方不明なんて穏やかではない単語が出てきたかと思えば、化け物という耳を疑う言葉まで出てきた。

 まあ、シャドウを相手取ってる以上、化け物という言葉1つに驚くことはないのだけど。

 それでもまさか、普通の人たちが話す話題に出てくるとは思わなかった。

 

『鳴き声としては、狼とか、チーターとか』

『何かの動物を特定してる訳ではないのか』

『みたいだよ? まあ、クラスの人たちが色々なことを言ってたから、統計でも取ってみればまた違ったかもだけど』

 

 それもそうか。共通の認識として“この動物だ!”となっている場合は、化け物などという呼称を使わない。

 つまりは誰も見通せてないのだろう。

 

『……すまん、チーターって鳴くのか?』

『素直に聞いたシオセンパイには後で音声ファイル送ってあげるよ。どちらにせよ、そのうち調査するなら共有して欲しい知識だしね』

『あ。あたしも分からないんだけど。くれる?』

『あーはいはい、送るよ』

『……ユウくん! わたしにも送ってくれる?』

『イヤだね』

『祐騎、オレにも頼む』

『仕方ないなぁ、コウセンパイは』

『なんか辛辣じゃねえ?』

『わたしの方が扱いは雑ですよ、コウセンパイ。まあユウくん自身に悪気はなくて、多分頼られて嬉しいから照れてるだけだと思いますけど』

『は? そんなことないし。勝手なこと言わないでくれる?』

 

 なんとなく、顔を赤くする祐騎と、呆れて笑う空の顔が思い浮かんだ。

 後輩たちは今日も仲が良い。

 

『化け物の正体か何かは知らないけど、人が行方不明になったのはマジかもね』

『何か分かったのか、祐騎』

『まあ、分かったってほどでもないかな。毎日何かしらの書き込みをしている人が失踪してたり、居なくなったと噂される人が居て、実際に捜索願いまで出てるみたいだよ』

『……マジか』

『マジマジだね』

 

 マジマジらしい。

 祐騎が言うのだから、そうなのだろう。

 大事なのは、それがどういうことなのか、ということだ。

 

『この現象は、異界に関連があるのか?』

『これだけだとまだ断言はできないね』

『噂がこれだけなら。な』

 

 暗に、それだけではないと言う洸。

 それに続いたのは、空だった。

 

『わたしからも良いですか?』

『ソラちゃん? どうしたの?』

『わたしが聴いた噂はちょっと違くて、“どこからともなく大きな手が出て、人を捕まえていく”といったものなんですけど』

『手?』

『はい。なんでも頑丈で、人1人を握れるほどのサイズですとか』

『……恐竜ほどの図体を持ってなければ、その大きさの掌にはならねえな』

『つまり、噂に便乗したただの出鱈目か』

『もしくは超常の存在か、と言うことになるわけだ』

 

 超常の存在。

 異常な事態。

 やはり、自分たちが持つ知識では、異界関連という結論に紐付いてしまう。

 

『シオさんが聴いた噂は、この2つのどちらかか?』

『いや、細部は違えな。特徴的に違うのは、“女の声が聴こえる”ってところだ』

『連れ去られる時に?』

『ああ。そうらしい。連れていく存在は化け物って言ってたから、その点は久我山のと同じだな』

『なるほど。ありがとう』

 

 なんだかよく分からなくなってきた。

 これがすべて又聞きだからだろうか。それとも、同じような情報が錯綜しているからだろうか。

 どちらにしても、これらはまとめてしっかり覚えておかなければならない。

 柊が居れば、この案件が異界関連のものかの判断が付くのだけど。居ないなら致し方ない。

 

 

『それで、もう1つの報告は?』

『ん、ああ。柊から連絡が返ってこなかった』

『朝送ったやつの?』

『ああ』

 

 そう、か。

 大丈夫だろうか。

 少し心配だな。

 

『あ! あたしも送ってるけど反応ない。良かったー……無視されてるのかと思った』

『ここまで連絡がなかったなら、彼女の下宿先に問い合わせた方がいい。流石に心配だ』

『柊の下宿先?』

『壱七珈琲店って店だよシオ先輩。レンガ小路にある』

『ちなみに高幡先輩と同じく、住み込みのバイトのようなものもしてます!』

『後を継ぐとかそういうのじゃないみたいだけどね。一宿一飯の恩を返し続けてる、みたいな? 僕もよく分からないけどさ』

『へえ、アイツも住み込みで……ハハ、これでようやく話題が出来たぜ』

『話題?』

『何だかんだあったし、少し壁みたいなものがある気がしてな。アイツとは正直、会っても世間話1つに満足に出来てねえ』

 

 なんだろう。

 少しその絵面が思い浮かぶ。

 一緒の方向に帰っているのに、距離が空いた所を並んで、時々気まずそうな顔もするが大半はおくびにも出さない風景。

 なんてしっくり来るのだろうか。

 

『ちなみにお前らは柊と普段、どんな話をするんだ?』

『あたしは普通に雑談。その日あったこととか、休日何する? とか』

『オレが思ってた以上に普通に友達してんだな』

『いやー……一言二言で返されて終わっちゃうんだけどね』

 

 距離を詰めようとしているが、軽くあしらわれてしまうのだと、璃音は言う。

 それでも、立派な心掛けだった。

 

『わたしは普通に時たま会話してます。ランニングとかの最中に会うと飲み物とか買ってくれますし』

『あたしと全然対応が違う』

『あー、なんだかんだ、柊のやつは面倒見が良いからな。落ち込むなよ久我山』

『ですね、友人というよりは、先輩として後輩を気に掛けてくれている。という感じかもしれません。気を落とさないで下さい、璃音先輩』

『なんかめっちゃフォローされてるんだけど』

 

 多分気のせいではない。

 

『僕は普段、雑談とかはしないけど、気になったことを質問して答えてもらうくらいかな。この中だと1番付き合いはないと思うよ。コウセンパイとハクノセンパイは?』

『オレは』

 

 

 言葉が続かなかった。

 なんて言い表せば良いのか分からないのかもしれない。

 

『洸とはあれだな。からかいがあったり、冗談を言い合ったりと、1番自然な感じの友だちな気がする』

『……まあ、からかわれるのは心外だがな』

『あー……柊センパイ、コウセンパイをからかうのに余念がないよね。寧ろ趣味の1つにしてる感じ?』

『良いストレス発散になるんじゃない?』

『本当に心外なんだがな』

 

 それでも、何だかんだで洸が1番柊と仲が良いのは、周知の事実だ。

 洸自身、分かってるからこその対応、と思われる対応をしている。彼の性格もあるのだろうけど、あまり怒らないし。

 

『それで、ハクノはどういう話をするんだ?』

 

 洸からバトンを渡され、考える。

 柊と話すことか……そうだな。

 

『人生について、が主だな』

『重い』

『それは重いです』

『重っ』

『うわー』

『そんな反応をすることか?』

 

 まあ他にも、異界関連の話とか、それこそ洸の話とかもするけれど、明かすほどのことでもない。

 ……ただ、もう少し軽く雑談できる程度には仲良くなりたいかも。

 

 これはグループチャットだ。柊自身も後から履歴を振り返ることができる。

 全員、それが分かっていて彼女と至りたい関係を好き勝手に喋っていた。

 想いを伝えるには不器用すぎるやり方になっているけれど、素直に受け取らなそうな彼女に対しては、ちょうど良いのかもしれない。

 

 そんな風にわいわいと騒ぎ続けて暫くした頃に、夜が更けた為解散となった。

 結局、柊がこの話題に参加することも、後から何か反応してくることもなく。

 

 

 

 

 柊の消息が途絶えたとの連絡が来たのは、翌日の朝になってのことだった。

 

 

 

 




 

 知識+1。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 3

 

 

 早朝、サイフォンが電話のコール音を響かせた。

 チャットなどの通知ならともかく、朝から通話の通知など珍しい。

 送信者は、と確認すると、洸の名前が表示されていた。

 

「もしも──」

『大変だハクノ! 柊のヤツが居なくなった!』

「──どういうことだ?」

 

 慌てた様子の洸が、早口に捲し立てる。

 昨日結局反応が無かった為、念のため早朝に、壱七珈琲店の方へ連絡を入れた所、店主のヤマオカさんから柊が昨日から帰って来ていないことを教えてくれたらしい。

 

「分かった。探しに行こう」

 

 迷っている暇はない。柊ほどの手練れに万が一のことがあったとは思いたくないが、1人で勝てない相手に挑んでいるというのならば、一刻も早く手助けに行く必要がある。

 例え彼女自身がそれを望んでいなかったとしても。

 だが、少しばかり救助に動くとすると、少しばかり問題がある。

 

「洸は今どこに居る?」

『レンガ小路に向かってる所だ』

「分かった。なら、壱七珈琲店で璃音と合流してくれ。彼女に連絡が付かなければ、自分か祐騎がそっちに行く」

『? どういうことだ?』

「状況がまったく分からない以上、油断はしない方が良い。基本的方針として、行動する時は2人以上。それも極力移動を避ける形で行いたい」

 

 まさかこちらの世界に異界の影響が出てくるとは思いたくないけど、噂のこともある。

 もしシャドウがこちらの世界に現界していて、人を連れ去っているのならば、戦闘になる可能性だって十分にあるだろう。

 何にせよ、警戒をすることに損はないだろう。

 そもそも洸に関しては家が離れていることもあり、どこかで誰かと合流してもらう必要があった。もう動き始めているとなれば、後は無事にレンガ小路へ着くことを願うだけだ。

 レンガ小路には璃音の家があり、彼女と合流することは楽だろう。

 仮に彼女が何らかの用事で出れなかったとしたら、次に近い自分や祐騎がそちらへ合流した方が良い。

 

「璃音への連絡は任せていいか?」

『ああ。分かった。店で合流すれば良いんだな?』

「合流できたら、ヤマオカさんと話をする前に一応連絡してくれ。自分は他のみんなに話をしておく」

『分かった!』

 

 通話を切る。次いで連絡を取るのは、祐騎。

 詳しい事情は調査中だが、緊急事態だからとにかく自分の部屋に来て欲しい。という旨だけ伝えて、次に志緒さんへ電話。

 

「──ということだから、面倒を掛けてすまないが、【蕎麦屋≪玄≫】で空と合流して欲しい。その後、【倶々楽屋】へ向かって2人で話を聞いてくれるか?」

『面倒だなんて思わねえ。取り敢えず、待っていれば良いんだな?』

「ああ。もしも空に連絡が付かなければ、また連絡する」

『了解だ』

 

 という話をしている間に、祐騎が自分の部屋を訪れてくれた。

 何度も同じ説明をするのも時間が勿体ないので、空へと通話を繋ぎ、一緒に事態を説明する。

 

『そんな……アスカ先輩が……』

「……つまり僕らは、連絡係ってこと?」

「そうなる。自分が洸と璃音と連絡を取って、祐騎が空と志緒さんと連絡を取る。情報はここで擦り合わせていく」

「オッケー。そういうワケだから、郁島は次から僕に連絡して」

『うん! それじゃあさっそく、高幡先輩と合流してきます!』

「頼んだ」

 

 取り敢えず、全員合流できそうだ。

 こういう時、人数が多くて本当に助かったと思う。

 

「それじゃあ祐騎、今後のことを擦り合わせよう」

「大事なのは、柊センパイがどこで行方不明になったか。だね。この霧の中じゃ、行き当たりばったりで異界が何処にあるかの調査は出来ない」

「それに、もし異界へ辿り着いても、そこが柊の居る異界で無かった場合は時間のロスになるから」

「うーん、GPSでも追えれば良いんだケド、ま、柊センパイ相手じゃムリかな。異界に入ってるんじゃ、反応も途絶えてるだろうし」

「ああ。だから必要な情報は」

 

 

──Select──

  動機。

 >時間。

  探索。

──────

 

 

「柊が何時に何処を訪れたか、っていう目撃情報だな」

「タイムスタンプってこと?」

「逆にタイムスタンプって何だ」

「簡単に言えば、“この日この時にこの結果が表れた”っていう記録。誰も嘘を吐かないなら、最後に訪れた場所も分かるってことで目撃情報を欲してるんでしょ」

「ああ、だいたいそういうことだな」

 

 西に用事があれば、東から順番に店々を廻り、決して東に引き返すことをしない。そんなことをするならば無駄な移動時間が出来るからだ。一度通った道を再度歩むなど言語道断。求めるべきは最高効率。

 自分の思う柊 明日香という人間は、目的の為に最短経路を見据えることができる人間だった。

 

「恐らく、危険なことが分かっている異界へ1人で挑む上で、準備には最善を尽くしたはずだ」

「となると、異界関連の施設を全部回って最終確認した可能性があるってことだね。憶測でしかない推測だけど、そういうことなら行き当たりばったりよりやる価値はありそうだ」

「そう言ってくれると助かる。候補地を上げるなら、そうだな……」

 

 候補としては、レンガ小路の【壱七珈琲店】、【ルクルト】。商店街の【倶々楽屋】。七星モールのジャンク屋 【城嶋無線】、駅前広場の【さくらドラッグ】、念のため【スターカメラ】も行ってもらうか。

 となれば位置的に、七星モールへはレンガ小路に居る2人、洸と璃音に向かってもらい、駅前広場には空と志緒さんで行ってもらうのが一番速いか。

 終わったら集めた情報で方角を割り出して、近い方に合流してもらおう。

 

「それが良いかもね。それなら僕は志緒センパイたちにそう伝えるよ」

「頼む」

 

 さて、自分はと言えば勿論、洸や璃音にその旨を伝えなくてはいけないのだが……なかなか洸から合流に成功したことを伝える連絡がない。

 洸に電話を掛けてみるか。

 

「……」

 

 コール音が鳴り続ける。

 どうやら出れない“何か”があったらしい。

 嫌な予感がして、璃音にも掛けてみることに。

 

「…………」

 

 こちらも繋がらない。

 もう既に合流を果たしていて、何かを話し込んでいて気付かなかったという可能性もあるけど、この状況でそこまで無責任なこともしないだろう。

 事情を知らないはずの璃音はともかくとして、洸の方は特に、だ。

 だとしたらレンガ小路で何かが起きている可能性が高い。

 ……どうすべきか。

 

 

──Select──

  行く。

 >行かない。

──────

 

 

 ……いや、信じて待とう。

 それに、空や志緒さんの元にも何かが起こらないとも限らないのだ。

 その警戒を促せるのも、自分たちだけだ。

 

 祐騎に、洸や璃音と連絡がつかないことを報告してもらってから数分。

 突如、自分のサイフォンが通話を要求されていることを報せた。

 相手は、待ちに待った(コウ)

 

「無事か!?」

『うおっ!? ……悪い、心配掛けたか。こっちは2人とも何とか無事だったぜ』

「そうか良かった。……けれど、なんとかってことは何かあったんだな?」

『ああ。突然シャドウに囲まれてな。その対処をしてた』

「シャドウが」

 

 一瞬、ああやっぱり、と思った。

 危惧した通りになったと言っても良い。詰まる所噂は本当だったのだ。

 化け物の泣き声がする。手が現れて人を連れていく。女性の声がする。

 どれも、シャドウが現実世界に現れたから起こった事実。根も葉もない噂ではない。

 

「璃音が一緒ってことは、レンガ小路に着いてからか」

『おう、珈琲店のすぐ前だ。異変を察して久我山が外に出て来てくれて助かったぜ』

「そうか。合流してくれて良かった」

『まあ、そんなこんなで遅くなっちまったが、そっちは今何してるんだ?』

「ああ──」

 

 現状を説明する。自分と祐騎のこと、空と志緒さんのこと。推論に推察。取り敢えず彼らに取って欲しい行動も含めて。

 

『つまりオレらはヤマオカさんに話を聞いた後、【ルクルト】でユキノさんに話を聞いて、最後に七星モールの【城嶋無線】でテツオさんに話を聞けば良いんだな?』

「そういうことだ。報告はこまめに頼む。あと、仮に異界を見つけても踏み込まないように」

『分かった。だが、念のため周辺のサーチはしながら歩くぜ。せっかく2人いるんだし、片方が調べて片方が警戒でも良いだろ』

 

 確かに。

 仮に柊が最後に訪れたのが駅前広場だということが分かっても、駅前広場のどこに異界があるかは分からない。もしも話を聞いて回っている段階で候補の異界が見つかっていれば、その手間も省けるだろう。

 

「ああ。だけど、探索に集中し過ぎないよう気を付けてくれ。……危険な役を押し付けてすまない」

『気にすんなよリーダー。じゃあ、また後でな』

 

 通話を終える。

 隣では、祐騎がサイフォンを耳に当てて話していた。

 自分たちがやりとりしている内容を聞いて、空たちへ注意を促してくれているらしい。

 やがて通話を終えると、祐騎は深刻な表情でこちらへ向いた。

 

「現実世界にシャドウとか……流石に笑えなさすぎるでしょ」

「ペルソナやソウルデヴァイスが扱えないとしても、普通なら知りもしない状況だ。混乱の末、対処すら出来ないかもしれない」

「……ちょっと電話してくる」

「お姉さんか?」

「……さてね」

 

 自分も、藁にも縋るつもりでテレビを付けた。

 地方局ではちょうど、情報番組をやっている。

 ……ちょうど、杜宮のことが特集されていた。

 

 なんでも霧は杜宮市を覆う形で発生しており、市外には“蔓延していない”らしい。

 それはどういうことか。

 杜宮にだけ、異界の影響が起こっている? しかし、何故ここだけなのか。

 現象の核となる異界が杜宮にあるから。と推測すれば、杜宮で霧が異常発生したことについて一応の理解を示せる。しかし杜宮の外に霧が漏れない理由になるかと言われると、素直に頷けない。

 “場所が杜宮市であることに意味がある”? もしくは、“意図的に杜宮市が攻撃されている”?

 ……この辺りは、考えていても仕方がない。結論は出ないのだ。

 あくまで自分たちは素人。いくつかの事例に精通しているらしいプロである柊のような視点があって初めて、推理に結論が付けられる。

 なればこそ、一刻も早く柊を助け出して、現状について話し合いたいのだけど。

 

 ……?

 

 なんだ、考えておいて何かしらの違和感を感じる。

 その違和感を探るように考え込んでいると、1つの発言に行きついた。

 ……いや、でも……まあ自分で言ったことだしな。

 今がのっぴきならない緊急事態であることは明らか。だとしたら手札にある切り札を今切らずして、いつ切るというのか。

 

 

「ただいま。って、出かけんの?」

「ああ。……祐騎も来るか?」

「いってらっしゃーい。と言いたい所だけど、こんな状況だし離れる訳にもいかないでしょ。で、目的地は?」

「このマンションの上の方に住む友人のところ」

 

 

 なんだか露骨に嫌そうな顔をされた。

 

 




 

 知識  +1。
 度胸  +1。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 4

 

 

 エレベーターのかごに入った自分と祐騎だったが、話し始める前にサイフォンの振動に気付いた。どうやら洸が連絡を入れてくれたらしい。上へと昇っていく感覚を得ながら、自分はサイフォンを開き、彼の話す内容を聞いた。

 その内容を、敢えて大雑把に纏めてみる。勿論内容はメモに纏めてあるけど。

 

「つまり、柊は普段学校へ行く時間と同じくらいの時間に出た後、そのまま【ルクルト】に寄ったってことか」

『素直に教えてくれなかったがな。ニュアンスとしてはそんな感じだった』

 

 どうやら、アンティークショップ【ルクルト】の店主──ユキノさんは、洸達に対してだいぶぼんやりとした言い方をしたらしい。

 彼女にとっては情報すらも商売道具。無料で教えてくれただけ有り難く思わないと。

 

「とにかく助かった。引き続き頼む」

『おう。…………すまねえな、ハクノ』

「何が?」

『いやその……オレが言うことじゃないけど、なんて言うか、達者で生きろよ?』

「ちょっと待って何があった!?」

 

 通話が切れる。

 ……何だと言うのだろう。

 煮え切らない気持ちのまま、祐騎と共にエレベーターを降りる。

 

 もしかして、ユキノさんに何かしら無茶な要求をされたのだろうか。……自分が。

 洸は他人を身代わりにして助かろうとする人間では決してないので、最初から自分が何かに協力することを対価として求められたか、もしくは全員に対して何かしらを求められたのか。

 

「何かあったの?」

 

 最後の焦った様子を不審がったのか、祐騎が尋ねてきた。

 なんだか不安にさせて申し訳ない内容だったが……どう言ったものか。

 

「いや、私用だから気にしなくていい。……というか気にしないようにさせてくれ」

「あー……よく分かんないけど、りょーかい」

 

 ……忘れよう。所詮今は考えても仕方のないことだ。この仮定があっていたとしても、情報料として割り切る他ない。

 

「さて……ここだ」

 

 今まで、場所だけは知っていたけど、一度も訪れたことのない場所。

 北都 美月の自宅の前に辿り着いた。

 扉の前に立ち、両者動きを止める。

 

「……いやいや。センパイ、早く押しなって」

「ああ」

 

 自分が押さないと始まらないよな。とインターフォンに指を添える。

 そういえば、アポなしで訪れても良かったのだろうか。

 ……友達ならこんなことをしても良いか。

 そう、友達として、インターフォンを押す。決して仕事上の上司であるとか、将来の雇い主であるとか、そういった関係での来訪ではない。友達として出した、友達の少女を呼び出すための機械音が、反芻した。

 数秒の沈黙の後、音声の繋がる音がする。

 

『はい』

 

 

──Select──

  美月、遊びに来た。

  北都さん、お届け物です。

 >みーちゃん、今大丈夫か?

──────

 

 

 隣でギョッとした反応を見せる祐騎。

 沈黙するインターフォン越しの声。

 

 

 ……どうする。

 引き下がるべきか?

 

──Select──

 >もう一度だ。

  止めておこう。

──────

 

 

 >自分の“戦士級”の度胸が、もう1度問いかけることを可能にした!

 

 

「みーちゃん、今大丈夫か?」

『……ふぅ、岸波くん』

「どうした?」

『言いたいことはそれだけですか?』

「いいや、中に入れてくれないか。話がしたい」

 

 途轍もない威圧感をインターフォン越しに感じるが、退くわけにもいかない。

 どうしても確認しなければいけない事があるし、彼女には話さなければいけないこともあるのだ。

 数秒の沈黙の後、電源の落ちる音がした。インターフォンの終話ボタンでも押したのだろう。

 そしてまたその数秒後、ガチャリと鍵の開く音がして。

 

「……」

「こんにちは」

「その、どうも」

「………………よく来てくれました、四宮くん。それから、岸波くんも」

 

 歓迎の笑みを浮かべる女性が、ゆっくりと扉を開けてくれた。目は笑っていなかったけれど。

 ……少し顔が赤い。

 

「はくくんじゃないのか」

「「!?」」

 

 祐騎が目を全力で見開く。

 美月の顔が一瞬で真っ赤になる。

 その後、両者ともすぐに平然とした表情へと戻ったが。……いや、美月は少し顔に赤みがかかったままだけれど。

 

「んんっ。……どうぞ、上がってください」

「ああ」

 

 少し大きく扉を開き、彼女は中へと自分たちを促した。

 当然断る理由もなく、中へと入る。

 この2人謎過ぎるでしょ……という祐騎の呟きだけが外に残され、自分たちは美月の家に上がらせてもらった。

 

 

────>美月の家【リビング】。

 

 

「こちらに」

「ありがとう」

「どーも」

「いいえ。お2人とも紅茶で良かったですか?」

 

 リビングへ自分たちを通し、中央に配置された椅子への着席促した美月。

 彼女は自分たちが座ったことを確認するなり飲み物の可否を確認してきた。2人揃って首肯すると、すぐに『お茶を出しますので少々お待ちください』とキッチンへと立ち去って行く。

 何となく手持ち無沙汰だった自分は、静かに待っていた方が良いだろうと雑談を控え、周囲を観察することにした。間取りは自分の部屋より少し大きいくらい。部屋数は同じ。

 ただ、美月の部屋の方が少しだけ彩に溢れている。

 その最もたる象徴は、窓際に置かれた大きな観葉植物だろう。

 勿論植物は一種類だけという訳ではなく、部屋に生気を与えるように、色々な場所に飾られている。それらは窓際のものと比べるとかなり小物だが、色彩的には同様に美しかった。

 

 一周見渡してみると、祐騎と目があった。どうやら彼も時間を持て余していたらしい。

 そんな自分たちのもとへ、芳しい香りが届いた。

 

「岸波くんと四宮くんのお2人でやって来たということは、何か相談事ですか?」

 

 不意に、台所に立つ美月が口を開く。

 彼女はこちらを見ていない。

 何か相談事ですか、と言うが、実質彼女は理解しているだろう。窓の外はこんな状況で、自分と祐騎の関係性を彼女は知っているはずだから。

 

「ああ。異界のことで幾つか聞きたいことがあるんだ」

「……良いですよ。何についてでしょう」

「ます、今杜宮で起きている、霧を中心とする異変。これは異界絡みで間違いないか?」

「その前に、皆さんが現状をどこまで理解しているか、教えてもらっても?」

「ああ」

 

 お盆の上に、ソーサーに乗せた紅茶を持ってきた美月が、そう尋ねてくる。説明する前に、こちらの理解度を知っておきたかったのだろう。

 祐騎と確認し合いながら、自分たちが把握している範囲の情報を話す。

 異質な霧が立ち込めていること。噂話が流行っていることとその内容。行方不明者が出ていること。そして最新の情報である、現実世界にシャドウが出現していること。

 今話した内容以上に判明していることがないことを祐騎と確認し合ってから、そこで終わりであることを告げる。

 自分たちの対面に座っていた美月は、すべてを聞き終えた後、紅茶で少しだけ喉を潤した後に口を開いた。

 

「まず、最初の岸波くんの質問に答えますと、“私たち”としてはこの霧が立ち込めてからの一連の流れは、異界絡みであると推測しています」

「“私たち”って、柊センパイが所属している所みたいな、組織のこと?」

「ええ。その認識で問題ないですよ、四宮くん。尤も、内情などはかなり異なりますが」

 

 祐騎の問いに応えた彼女。そう言えば、美月の所属する組織について、深くは知らないな。今回の一件が終わった後にでも、聞いてみようか。

 

「美月個人の推測も、それが正しいと考えているのか?」

「? 私の推測ですか?」

「ああ。あくまで今相談しているのは美月だからな。美月個人の意見が聞きたい」

「──」

 

 数舜の間、キョトンとした美月。その様子はまるで動揺しているかのようだった。

 しかしその気持ちは紅茶を飲んで落ち着けたらしい。何にどうして動揺したのかは知らないけれど。

 

「そう、ですね。私個人としても、そう判断するに足る状況証拠は揃っていると考えています」

「そうか。自分たちも同じ考えだ。特にシャドウの発生が決め手になったが」

「逆に、そっちの方で僕らが掴んでいない情報とかはあるの?」

「いいえ。持っている情報に大きな差異はないでしょう」

「なら、認識のすり合わせが出来た所で、更に質問がある」

 

 さて、何から聞こうか。

 

 

──Select──

 >発生しているであろう異界について。

  街中に現れたシャドウと噂について。

  美月の対応について。

──────

 

 

「まず、異界について聞いておきたい。今まで自分たちが攻略してきた異界とは、やっぱり違うのか?」

「そうですね。……岸波くんには以前お話したかと思いますが、四宮くんはご存じですか? 異界が発生する3大要因について」

「ハクノセンパイが理解している程度なら知ってると思うよ。人的要因に自然要因、それから連鎖要因だよね」

「ふふっ、流石です。岸波くんも、しっかり憶えていて、伝えてくれたんですね」

「もちろんだ」

 

 人的要因というのが、今まで自分たちが対応してきたような、誰かの抑圧された感情が呼び水となり、シャドウを核として形成される異界。

 自然要因というのが、その名の通りに自然と発生してしまう異界のこと。基本的に小規模で、対応も容易だという。普段歩いていて不意に見つけたりすることがあるのが、この類の異界である。

 連鎖要因は……確か説明されなかった気がする。

 

「そうですね。あの時は敢えて連鎖要因について明かしませんでした。別に隠していた訳ではありませんが、言う必要性を感じなかったというのが、正直なところです」

「発生率が低いのか?」

「そうですね。そもそも異界の発生率自体はそこまで高い方ではないんです。ここ数ヶ月の杜宮市内が異常なだけで。そしてその中でも、連鎖要因による異界が発生する可能性は、1割にも届きません。もう少し細かく言うのであれば、2%以下かと」

「……低いな」

 

 思っていたよりも更に低い数字が出てくる。

 彼女が断言するのだ。確固たる事実を元に発言しているのだろう。

 ならば彼女の話さないという判断は、悪戯に不安を煽りたくないという点において、凡その場合ならば正しかったはずだ。

 

「でもさ、絶対起こらない訳じゃないんでしょ? 確率が低いとはいえ、所詮はランダムエンカウント。確率的に出会わないことが絶対ではないなら、説明すべきだったと思うけど? こうして現に出くわしているワケだし」

 

 だが、今回に限っては、祐騎の反論の方に力があった。

 現に自分たちはその現象に行き当たり、解決する為に動き始めている。

 事前に情報があれば、もう少しスムーズに動くことが出来たかもしれない。柊1人での活動を許すことがなかったかもしれない。

 その後悔は、自分たちの胸に宿っている。

 

「……話しても良かった、とは思います。けれど、お2人は1つ、勘違いをしていますね」

「「勘違い?」」

「私は別に、今回の件が連鎖要因によるものだとは、一言も申し上げていませんよ」

 

 ……それは、確かに。

 だが、それでは説明がつかない。

 人的要因も、自然要因も、連鎖要因も原因でないというなら、一体何が因を為したというのか。

 

「今回の異界は、恐らく自然要因による異界です」

「自然要因……確かに有り得なくもないだろうけれど」

「でもさ、自然要因って危険度や難易度が低いものじゃないの?」

「危険度や難易度が低いものが“多い”、というだけで、すべてが容易で簡素な異界ではない、ということです」

 

 美月の表情は、暗い。

 決して明るく取り繕おうとはしていなかった。

 

 

 




 

 度胸  +3。
 根気  +1。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 5

 

 

「手短に説明しますね。まずは、連鎖要因と自然要因の違いについて」

 

 美月は、一度口に付けたカップへ手を伸ばすことなく、話を続ける。

 祐騎は姿勢こそまっすぐではないけれども、耳を傾けるかのように前傾姿勢で話を聞こうとしていた。

 自身が知らない情報、ということで、興味がそそられたのだろうか。

 

「最初にはっきりさせておきたいのは連鎖要因の分類。立ち位置としては、自然要因や人的要因の亜種、といった扱いになります」

「亜種ってことは、連鎖要因は自然要因の一種であり、人的要因の一種でもあるということか?」

「自然要因の一種か、人的要因の一種。ですね。異界はおおまかに分けて2種類、自然要因と人的要因による2つがあり、この2つの中でも危険度がかなり高いものを、連鎖要因と言います」

 

 彼女がわざわざ訂正してくれたのは、自然要因と人的要因は共存しない条件だから。自分の捉え方は間違っていなかったが、言い方が間違っているということを伝えたかったのだろう。

 お陰で違いを明確に認識しやすくなった。

 

「質問。連鎖、って言うくらいだし、1つの異界だけじゃなくて他にも異界が発生する状態のことを示す、と僕は推測してるんだけど、その危険度が高すぎる異界が周囲に影響を及ぼして異界を発生させている、ということでオッケー?」

「……ええ。驚きました。流石は四宮くんですね」

「お褒めに預かり光栄でーす」

 

 棒読みで美月の賛辞に応える祐騎。

 表情から察するに、本当に嬉しそうではなかった。

 どうしたのかと彼の横顔を眺めていると、こっちを見ないでよと一瞬睨まれる。

 

「連鎖異界の発生源となる、自然要因か人的要因の異界の核は、強力な使い魔を使役します。その使い魔が強力なものであれば、単体で異界を形成し、連鎖していくように分布を広げていく。故に連鎖要因と、私たちは呼称しています」

「召喚した使い魔が、異界の主となる……」

 

 なるほど、連鎖要因と名付けられた理由が分かった。

 自然要因や人的要因と同じで、祐騎が言う通りそのまま事象そのものが名称として定着した、ということだろう。

 ただ、この連鎖要因……放っておくとすごい数の異界が生まれる、ということだよな?

 それともシャドウが生み出せる異界の数に限りとかはあるのだろうか。

 

「うげ……ってことはなに? 大元のラスボスを倒した後に、生み出したであろう中ボスたちを倒しに回らないといけなくなるワケ?」

 

 恐らく似た推測をして、その面倒さに嫌気が差し込んだのだろう。

 祐騎が顔を顰めつつ、美月に自身の推測の是非を問う。

 

「いいえ。そうはなりません」

 

 対して美月の答えは、否定だった。

 

「まず、召喚者を討伐すれば、召喚者によって呼び出された使い魔たちは消滅します。その身を保つエネルギーの供給が途絶えるから、という説もありますが、真偽の程は定かではありません」

「なるほどね、つまりRTAしたければ最初からボスに挑むことも可能ってワケ。珍しく良いシステムじゃん」

「それに、一度に呼び出せる使い魔の数も存在によって限られている様子。その上限もクールタイムも個体によって違いますが、共通して言えるのは」

「最速で大元を叩けば、すべて解決する、ということか」

「ええ。そういうことです」

 

 美月が漸く、柔らかく微笑んだ。

 対処方法としては、それ以外にないらしい。

 心に留めておこう。

 

「それで、今回の異界は連鎖要因ではなく、自然要因だというのは」

「生み出された使い魔によって異界を形成された様子がないことが判断の基準ですね。現状、霧による異界成分の濃さで位置こそ絞り切れてはいませんが、異界は1つと断言して良いでしょうから」

「なるほど」

 

 使い魔を産み出せるほど強力ではあるけれど、生み出した使い魔が異界を形成出来ていない時点で、召喚者の力量は測れるということだろう。

 それでもやはり、十分に危険なのだけれど。

 

 ……異界についてはこれくらいで良いか。他の質問をしよう。

 

 

 

──Select──

 >街中に現れたシャドウと噂について。

  美月の対応について。

──────

 

 

「さきほどお伝えした通り、街中のシャドウは異界の主による使い魔の一種でしょう」

「そういえばその使い魔って、異界を形成できないんだよね? だとしたら今までの異界の主よりは弱いの?」

「一概にそう言えるわけでもありませんが、基本的には使い魔の方が討伐が楽かと。ですが、人的要因による異界形成の際、重要になるのは力ではなく想いの丈。比べようとするのは若干お門違いかと」

「ふーん……まあでも、雑魚シャドウが今までのボス級って断言できないと分かっただけ、まだ希望はあるかな」

 

 確かに、道行くシャドウがどれも今までに戦った異界の主ほどの実力を持っているなら、苦戦どころの話ではなかっただろう。

 きっと自分たちだけでは牛歩のように進むしかなかったはずだ。

 そうでないというだけで、希望は持てる。もとより希望を捨てていた訳ではないけれど。

 

「街中に現れたシャドウを倒すことで、行方不明者数に歯止めをかけることは出来るのか?」

「いいえ。きっとそれではキリがないでしょう。いたちごっこと言っても良いですし、例えば今回のケースだとして、皆さんで杜宮全域を常にカバーすることは出来ないでしょう。人数的に」

「……それはそうだな」

 

 増えたとはいえ、数は十にも満たない。複数に分かれて一か所一か所潰していった所で、成果と呼べそうなものは得られないだろう。

 

「そういえばさ、何で住民が行方不明になるワケ?」

「それは……」

 

 祐騎の問いに、一瞬言葉を詰まらせる美月。

 口元を手で覆い、目線を逸らして何かを考え込む彼女。

 だが彼女は、ここまで来て隠す必要もありませんか。とこちらへ向き直った。

 

「単純に申し上げると、異界の養分にする為です」

「「!?」」

 

 養、分……つまりは餌。

 本当にそんなことが?

 

「人的要因の異界は形成者の負の感情。諦めによる悲嘆などを強く吸っています。それがなければそもそもどれだけ異界適正が高い方でも、異界を維持できません」

「そう、なのか?」

「確かに、どうやってこんなものが出現し続けているんだろうとは考えたことある。……けどこうして聞いてみると、衝撃的過ぎるでしょ……」

「なら、自然要因による異界がどうやって存在を維持しているのか。……答えはもう、分かりましたか?」

「“連れ去られた人たちの負の感情”。恐怖などを吸い込んで、文字通り、異界の養分としているわけか」

 

 自分で言葉に出してみて、許せないという気持ちが沸いてきた。

 人が抱く感情を、そうして利用するなんて。

 それも負の感情だ。謂わば異界からしてみれば、自分が生きる為に他人に不幸せになってもらうのと同じ理論。

 異界に思考などなく、自然要因の異界の主に感情などない。恐らく生き残るために必死なのだろう。それで言えば食物連鎖と同じかもしれないが、それでも到底、許せるものではなかった。

 そう思うのは、食べられる側ではなく食べる側に位置することの多い人間の、傲慢なのだろうか。

 

 ともあれ、行方不明者が多発している理由も、異界の外にシャドウが出て来ている理由も分かった。動物でいう所の、狩り、ということなのだろう。

 

 ……次の質問に行こうか。

 

 

 

──Select──

 >美月の対応について。

──────

 

 

「……わたし、ですか?」

「ああ」

 

 聞かれることを想定していなかったかのように、目を丸くしている。

 何を驚いているのだろうか。

 

「……」

「……」

「……」

 

 何故か、場が沈黙した。

 美月と祐騎は喋る前段階なのか、それとも空気に便乗したのか、もうすっかり熱が失われかけていた紅茶を口元に運んでいる。

 ここは自分が何か喋った方が良いのだろうか。

 

「教えてくれ。みーちゃんの今後の予定を」

 

 2人が噎せた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 6

 

「こほんっ。予定ですね? 今後は異界の反応を探りながら、攻略隊を編成。皆さんの控えに当たる第二次攻略班として待機するつもりですが……」

「?」

「なんで首を傾げているんですか?」

 

 こちらの様子を伺い、不思議なものを見るかのような目を向けてくる美月だったが、あいにくこちらの方が同じ視線を向けていたと思う。

 どうにも話が通じていないみたいだった。

 

「自分は美月の組織の予定を聞いたんじゃなくて、みーちゃん本人の予定を聞いたんだけど」

「……」

 

 本当のところは彼女本人にしか知る由のないことだけれど、恐らく彼女は自分の質問にその意図があることに気付いていたのだと思う。

 だからこそどちらを話すべきかで悩み、先程は黙ったのだと。

 

「あー……なるほど、分かった気がする」

「四宮くん?」

「会長ってアレなんじゃない? “北都としての自分の価値”が高いことを知り過ぎてるんじゃないかなって。だから無意識か意識的かは知らないけどさ、“ただの北都 美月個人”について追及されることはない、とか判断したんでしょ」

「「……」」

 

 そうなのか? と目線を向けるけれど、彼女とそれが噛み合うことはない。

 美月は俯いて何かを考えているらしい。

 

「ちなみに言うと、これはハクノセンパイがバカだからだね」

 

 祐騎のジト目がこちらを貫いた。

 咄嗟のことだったので、瞠目してしまったのが自分でも分かる。

 

「どういうことだ?」

「バカ正直とでも言うのかな。まあ、中立かつ被害者の僕じゃないと気付けないことだろうけどさ」

 

 やれやれと彼は頭を振った。

 しかし被害者か。どういうことだろう。美月と祐騎に対して同じことをした覚えなんて……両方あだ名で呼んだことくらいしかないけれど。

 何を言われるのだろう。と気づいたら自分の姿勢が祐騎の方へと向いたまま整っていた。

 いつの間にか顔を上げていた美月は、やや真剣な表情をして、祐騎の話に聞き入っている。

 

「最初から疑問だったんだよね。頼ったの、なんで会長なのさ」

「頼りになるからだけれど」

 

 困ったような顔をする美月。

 そんな彼女ではあるけれど、実際とても頼りになることを知っている。

 寧ろなぜそこまで縮こまったような反応なのか、疑問なくらいだ。

 

「うわ、会長の反応……こっちもなのか。そうかもとは思ったけどめんどくさっ」

 

 話し出しておいて、随分な反応だった。

 取り敢えず最後まで聞かない事には、彼のその反応の意味も分からないだろうから無視するけれども。

 

「ハクノセンパイさ、なんで会長が頼りになると思ってるの?」

「頼りになるからだけれど」

「堂々巡りになる答えヤめなよめんどくさい。……多分会長はそもそも、なんでそこまでの信頼を向けられているのかが理解しきれてないんでしょ」

「そうなのか?」

「……正直に言えば。そこまでのことをした記憶がありません」

「結論には理由が必要だし、信頼には積み重ねが必要なんだよハクノセンパイ。そこをハクノセンパイ……いや、ここは郁島や久我山センパイにも言えるんだけどさ、センパイたちって、過程ガン無視して信頼を向けることあるでしょ。そういう所」

「そうか?」

 

 そうか? と美月に確認を取ると、おずおずと彼女は頷いた。

 祐騎は言わずもがな何度も肯定している。

 

「センパイたちの中には何か、ここを越えたら信頼するラインがあるのかもしれないケドさ、正直そういうのがない人にとって、それは不気味で、かつ理解しがたいものでしかないんだよ」

 

 僕はもう慣れたけどね。とことも無さげに祐騎は言う。

 しかし、彼の言ったことに実感が湧かないのも事実だった。

 そもそも祐騎の場合は彼自身が物怖じしない性格だったから、普通に関わるようになったと思うのだけれど、そこらへんはどう違うのだろう。

 

「一応言っておくけど、初対面の時の僕は、姉さんを救出する前提でいくとセンパイたちを信じる他なかったから信じてただけで、そこまで信じ切ってたってこともなかったからね?」

「そうだったか……?」

「そうだよ。そっちが色々とこっちに無茶振りするから答えていただけ」

「でも今は全面的に信頼してるんですよね?」

「いやいくら何でも全面的にってわけじゃないけど、まあ出会った当初よりはしてるんじゃない?」

 

 ということは、背中を預けられるほど信頼し合っていたあの時よりも、自分たちを信頼してくれているということだ。

 言葉にはされていないけれど、嬉しいものだな。

 自然と表情が緩む。それを見た祐騎はだから言いたくなかったのにと顔を歪め、一方で美月は微笑んでいた。

 ……これ、美月についての話だったよな?

 

「それで、話を戻すけど……って、説明してあげている本人がこっちに突っ込んできたの? 可笑しくない?」

「すみません、出来心で」

「いやいやマイペース過ぎるでしょ。別にいいケドさ。とにかく、会長が質問の意図を素直に受け止められなかったのは、信頼される謂れが思い浮かばなかったから。それはハクノセンパイが過程すっ飛ばして信頼を向けてるから起きたことで、基本的にセンパイの所為。だから、その信頼の出所ぐらい説明しなよってこと!」

 

 ……なるほど。

 信頼の仕方云々はともかく、求められていることは分かった。

 しかし、信頼している理由なんてそんなもの、探して見つかるものだろうか。

 順番に、考えてみようか。

 どうして美月を頼ろうと思ったか。

 それは勿論、美月が異界に精通しているということもある。

 ──けれど。

 

「自分はそこまで、例の組織や会社の社長令嬢としての美月と関りがない」

「え、そうなの?」

「ですね。意図的に避けさせて頂いた部分もあります。岸波くんには、“今”をしっかり楽しんでもらいたかったので」

「……まあそこら辺は置いておくとして」

 

 だとしたら自分が信頼しているのは、異界関連のエキスパートとしての美月や、権力や地位を持った美月ではないということになる。

 いや、そこを含めても美月という人間ではあるけれども、信頼するようになった理由としてはもっと別の所にあるはずだ。

 

「そうだな、多分何個かあるんだけれど」

「全部言っておこうよ。後腐れない方がすっきりするし」

「……四宮くん、楽しそうですね?」

「そう?」

 

 思い当たる節を考えてみる。

 単に恩人の孫だから?

 否。

 璃音の救出の時に命を救われたから?

 否。

 

 

 

「美月が生徒会長として、校内を案内してくれた日があったのを覚えてる?」

「はい。岸波くんが杜宮に来た次の日ですよね」

「ああ。その時、周囲から向けられている期待だとか、人望だとかを目にして。生徒のことを本当に大切に想っているのが分かって。“この人は生徒の為に動ける人だ”と思えたのが、多分大きいんだと思う」

「へえ」

「……何だか恥ずかしいですね」

「それからややあって異界に関わるようになってからもそれは変わらず、もし異界関連で生徒が巻きこまれるようなら立場を忘れてでも手を差し伸べられる人だと思っている」

「ああ、そういえば、今までも会長に相談することをなんどか考えてたよね。昨日だってコウセンパイとその話をしたって聞いたし」

 

 そんなに考えていただろうか。

 ……いや、よく思い浮かべているな。

 柊の居る場では流石に言葉にはしていないけれど、仲間たちにはある程度伝えてあるとは思う。

 それもあって、自分と美月が仲が良いという話になったと思うし。名前で呼んでいるのも噂を広めるのに一役買ってはいたけれど、そっちはあくまで話の切っ掛けでしかない。

 

「そうだな、出来る限りは自分たちの手でなんとかするけれど、それでもどうしようもなさそうなら、美月を頼る選択肢は常にあった。相手が生徒なら、絶対に相談に乗ってくれると信じていたからな」

「……あれ、これって噂の羞恥プレイというものでは?」

「今頃気付いたの?」

「……1回は1回ですからね」

 

 言葉にしてみてはっきりした。

 あの日から、生徒会長としての北都 美月は、信頼し切っていたと思う。そしてそれは決して間違いではないと、今でも思っている。

 ……ほかにも理由はあるか?

 

「……後は単純に、初めて出来た友人だから、っていうのも大きいかもな」

「えっ、それだけ?」

「それだけ? とは言うけれど、美月は初対面からしっかり、“今現在の岸波白野”をまっすぐ見てくれていたんだ。それでいて、最大限幸せにすると言ってくれた。友人として、共にあることを望んでくれた。それが当時の自分にとって、たまらなく嬉しいものだったんだ」

 

 4月頃の自分はまだ、その有り難さに気付いていなかったけれど。

 己を磨き、恩返しをすることだけに固執しなくなったのは、彼女の言葉あってだろう。

 彼女に仕えるのに相応しくなるよう価値を磨くことを決めた半面で、これ以上自分のことで不安を掛けないことを決めた。

 すべては、彼女の友人であろうと決めた時から、始まっている。

 

「確かに美月は、やんごとなき立場で、異界に対しても色々な働きかけができるんだろう。それは知らないけれど分かっている」

「……」

「だけれど、そういうのじゃなくて、単純に」

 

 本当に、単純な話で。

 

「友人としてのみーちゃんに、力を借りたかったんだ」

「──」

「多分、所属の関係とかなんとかで、柊の救出に積極的に動くのは難しいんじゃないかと思って。だから、対異界のスペシャリストだとか、北都グループの社長令嬢の美月だとかにお願いするんじゃなくて、信頼できる友人としてのみーちゃんに、頼みに来た」

「……」

 

 美月と……みーちゃんと、目が合う。

 これは、彼女の善意に付け込むような話だ。本来であれば一蹴されても仕方のないほど、彼女に無理を強いている。

 だって、そもそも彼女が気軽に動けるような立場だったら、既に問題は解決しているはずだ。学校の生徒が巻き込まれるような事態を、放置しておくような女性でもない。

 それを承知で頼み込んでいて、彼女もそれを恐らく理解してくれている。理解させてしまっている。

 

 ……そう。友人として、一方に負担をかけてばかりのこの行為が相応しいものでないことくらい、自覚している。

 ただ、それでも、守らなければいけないものがある。守りたいものがある。

 そして、やるべきことがある。自分にも、彼女にも。

 もう、被害者は出ているのだ。今、すぐに動けるのは自分たちだけ。

 

「本来なら、直接的な助力を頼む予定ではなかった。けれど美月の話を聞いて、自分たちの想定より脅威度があることを理解したし、手に負えないかもしれない可能性にも行き当たった」

「……それなら、もう少し待ってもらえれば、部隊を編成して──」

「だからこそ、後に本隊が準備できると言うなら、今は一刻も早く先行して、自分たちにできる範囲で助けられる範囲を助けておきたい。自分たちだけでも出来ることだけれど、美月が居ればその範囲は広がるはずだ」

 

 救出が早くなることで、救える人もいるはずだ。

 何より、早くなるに越したことはない。

 勿論彼女に言った通り、全てを救おうと思っている訳ではない。

 それでも、出来ることはあるはずなのだ。

 

「それは……」

「まあまあ。その部隊の編制ってのは会長じゃないとできないものなの?」

「そういうわけでは……キョウカさんにお願いすれば十分に可能ですが」

「リーダーが必要だって言うなら、会長は途中でそっちに合流すれば良いじゃん。そこからバトンタッチってことで。これならどっちも損しないでしょ。会長の労力が増えるだけで」

 

 増えるだけと簡単に言うけれど、確かに彼女の負担は途轍もないものになるだろう。

 だから、無理強いはできない。

 彼女が行けないと言うなら、自分たちで行くしかないのだ。

 

「……はぁ。まったく、ひどい人を友人にしてしまいました」

「嫌だったか?」

「残念ながら」

 

 とは言いつつも、少しも残念そうには見えない美月。

 

「救える命があるのなら、救いたい。私も、そう思います」

「それなら……」

「そこまで友人に頼まれたのでは仕方ありません。生徒会長……いえ、“ただの”北都美月としてでも良ければ、協力させてもらえませんか?」

「……ありがとう。心強いよ、みーちゃん」

 

 本当に、心強い。

 彼女と共に行動したことはないけれど、そこはもうぶっつけ本番だ。

 その連携を補強するのは、指示者である自分の役目。

 友人である美月の能力を十全に活かし、大切な仲間たちが縮こまらずに動けるようサポートしなければ。 

 

「ま、これにて一件落着だね」

「まだ始まったばかりだけれどな」

「じゃあ僕はちょっと電話してくるよ。そろそろ進捗も気になるし」

「ああ」

 

 自分もそろそろ電話した方が良いだろうか。

 とはいえ彼らの移動にも結構な距離があるから、まだ歩いている最中かもしれない。祐騎の方に進展があったみたいなら、その後に聞いてみるとしよう。

 

「私も、関係各所への連絡が済み次第、すぐに動けるよう手配しておきます。少々時間は掛かるかもしれませんが、出来ればその間に」

「ああ。位置を突き止められるよう努力する」

 

 尤も、努力するのは自分たちではなく、仲間たちなのだけれど。

 

 

「それでは、そちらは任せましたよ。……は、はく……はくの、くん」

「はくくんじゃないのか?」

「……動じませんね」

 

 何だかとても悔しそうだった。

 まあ、何はともあれ。

 

「任された。また後で」

「ええ。少々お待ちください」

 

 

 




 

 美月の家に来訪してからの祐騎視点集
(あくまで美月を腹黒生徒会長だと思い込んでいる祐騎が勝手に曲解しただけのことですが一応)

「……」
「こんにちは」
「その、どうも」
「………………よく来てくれました(面倒なのが来ましたね)、四宮くん。それから、岸波くんも」



「こちらに」
「ありがとう」
「どーも」
「いいえ。お2人とも紅茶で良かったですか(飲み終わったら帰って下さいね)?」



「岸波くんと四宮くんのお2人でやって来たということは(用件だけ速やかに話して)何か相談事ですか(早く帰ってもらっても)?」


手短に説明しますね(忙しいので巻きます)。まずは、連鎖要因と自然要因の違いについて」


「質問。連鎖、って言うくらいだし、1つの異界だけじゃなくて他にも異界が発生する状態のことを示す、と僕は推測してるんだけど、その危険度が高すぎる異界が周囲に影響を及ぼして異界を発生させている、ということでオッケー?」
「……ええ。驚きました(取り敢えず褒めますか)流石は四宮くん(一般人よりマシ)ですね」
「お褒めに預かり光栄でーす」



「そうだな、多分何個かあるんだけれど」
「全部言っておこうよ。後腐れない方がすっきりするし」
「……四宮くん、楽しそうですね(調子に乗ってません)?」
「そう?」



「……あれ、これって噂の羞恥プレイというものでは(先程の仕返しですね)?」
「今頃気付いたの?」
「……1回は1回ですからね(やった分“だけ”は我慢します)





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 7

 

 

 一旦、美月と別れた後、改めて電話を掛けていく。

 そこから先はあっという間に時間が流れた。

 手に入れた情報を繋ぎ合わせ、自分と祐騎が導き出した解は。

 

「灯台元暗し、ではないけどさ」

「少し違うだろうけれど、言いたいことは分かる」

 

 【杜宮記念公園】。

 自分たちのマンションの目と鼻の先の距離にある敷地を指し示していた。

 今、みんなにはこちらへ向かってもらっている。途中でシャドウと接敵する可能性もあるから、出来るだけ消耗や損傷を抑える為にもゆっくり来てもらうよう伝えたけれど、時間的にはあと30分もせずに到着するだろう。

 自分たちはそれを待つしかない。

 ……何か、出来ることはあるだろうか。

 

 

「……そうだな」

「どうしたの?」

「出迎えの準備をしよう」

「……は?」

 

 

────

 

 

「ねえ分かる? これ待ってるのは無駄な消耗だよ?」

「無駄ではないと思う」

「だってみんなが来てから一掃した方が楽じゃない? 消耗抑えようって言うならそこら辺徹底したほうが良いと思うんだけど。そもそもみんなにはそう言っておいて自分たちは進んでシャドウと戦うって何なの?」

「まあまあ」

 

 地点をおおまかに割り出した10分ほど後、1階のロビーで祐騎と2人で待機していた。

 彼はとても不満そうな顔でこちらを見ている。

 

「みんな戦ってきたのに、自分たちだけ何もしていないというのも気分が悪くないか?」

「思わない。それに何もしていないって言うけど、僕はさっきまで戦ってたつもり」

「何と?」

「……さあね」

 

 何が言いたいのかは分からなかったけれど、とにかくこれから行う露払いがお気に召さないらしい。

 まあ、その行為自体にはもっとちゃんとした理由があるんだけれど。

 

「……あ。来るみたいだ」

「ちょっと、話は終わってないんだけど」

「まあまあ」

 

 ひとりでに動き出していたエレベーターが、美月の住む階にて止まる。エレベーターの表示パネルはそこから下降、1階へと向かう動きを示していた。

 必ずしも彼女が乗っていると言うことも無いだろうけれど。

 待つこと数秒、その期待は外れず、水色の髪を揺らす女性が開いた扉の奥に見えた。

 

「すみません、待たせてしまいましたね」

「いや、気にしないで良い」

「ホント、気にするべきはセンパイだから」

「まあまあ」

 

 自分はなにも、祐騎が心配するような理由でシャドウの殲滅を行おうとしている訳ではない。ただ、本当にそれを行うとすると美月の許可が必要になるから、彼女に確認が取れるまで待っていただけだ。

 

「えっと、四宮くんどうかされたんですか?」

「ああ。そのことで美月に相談があるんだ」

「私に、ですか。何でしょう」

「シャドウと戦うところを見せてくれないか?」

「? えっと?」

「詳しく話すと……」

 

 今後、洸たちとも合流したら、すぐに異界へ突入することになるだろう。そうなってくると、美月との戦闘を合わせるのはぶっつけ本番になる。

 ただ幸いにも彼らと合流するまでに時間ができ、かつシャドウとの交戦機会を望めるタイミングが来た。ぜひともこの機会に色々と把握しておきたい。

 しかし、そうなってくると一番負担が増すのは美月だ。彼女には普段通り全力を出して対敵してもらうことになるし、何より個人としての動きと、連携を取った時の動きを一通り実演してもらうことになる。後にやってくる仲間たちがどの程度の疲労を抱えているかは分からないけれど、もしかしたら美月の方が大変かもしれない。

 だから、前もって許可を取っておきたかったのだ。と話すと、彼女は目を閉じて何かを考え込んだ後に、口を開いた。

 

「分かりました。指揮官である岸波くんが言うのであれば、従います」

「いや、自分が指揮官であるからとはいえ、無理に従う必要はないぞ?」

「ふふふ、岸波くんが頼んできたのに、どうして一歩引いてしまうんですか? 生存率を上げる為にも、万全を期して挑みたい。その為の努力でしょう? 不確定要素は出来るだけ消したいというのも、隊を纏める者としては、よく理解できる考えですし」

「……ありがとう」

 

 穏やかな表情で笑いかけてくれる美月。どうやら本当に不満の欠片も感じていないようだった。もしかしたら今回の要求が、自身の実力を疑われている、と取られることも覚悟していたので、その点は拍子抜けだったような気もする。

 でも、そうか。彼女も本来であれば隊を纏める側の人間。柊と同じ経験者でありつつ、長としての知見を持っている。しっかりと考えたことを伝えれば、理解や賛同は得やすそうだ。ただ、的外れなことを言ってしまえば、それに関する批判も苛烈になるだろう。

 何にせよ、彼女も自分の指揮下で動いてくれるみたいなので、それに相応しい人間にならなくては。

 

 

「という訳で祐騎」

「なに?」

「新キャラ操作のチュートリアルみたいなものだ」

「……ああ、そういうことね」

 

 案外祐騎にはこういう風に伝えると理解が早い。そもそもの理解が早い方なのだが、ゲームとかに例えると呑み込みスピードが格段に増す。

 そういうのも、彼と仲良くなってきたから見えてきたものだろうか。

 少なくとも彼と関わる前は、ゲームなんてしなかったしな。

 

 

「それじゃあ美月、頼んだ」

「ええ、ちゃんと見ていてくださいね」

 

 美月を先頭に、マンションから出る。あまり離れると見えなくなってしまうので、付かず離れずの位置を確保したまま。

 シャドウを探すより先に、サイフォンを起動。サーチアプリを立ち上げ、反応を探る。微弱ながらも異界の存在を探知した。

 異界がこの周辺に出現していることは分かっていた。けれども、具体的な位置は把握できていない。

 これを頼りに、異界の方角だけでも先に割り出しておこうか。歩くついでだし。

 

「来ましたね」

 

 美月が立ち止まる。

 相変わらずの濃霧に包まれてた世界の中、異形のものが徘徊していた。

 シャドウが闊歩しているなんて普通は夢にも思わない。まあそもそも自分たちはその形相を知っているから離れていてもシャドウだと断言できるけれど、見も知りもしない一般の人たちは、それが危険性の高いモンスターであることすら分からないかもしれない。

 そう考えると、まだ誰とも接触してい無さそうなのは運が良かったのだろうか。

 ……いや、目撃情報が少なすぎる。もしかしたら、出会った人たちはみな連れ去られてしまっているとか?

 取り敢えず、蔓延らせる訳にはいかない。迅速に撃破してもらおう。

 

「美月」

「分かっています」

 

 紫色のサイフォンを取り出し、右手の指でスワイプ。

 彼女の唯一無二の武器(ソウルデヴァイス)を具現化する。

 

「輝け────“ミスティックノード”!」

 

 それは杖だった。

 祐騎のカルバリーメイスに似たような棒状のソウルデヴァイス。それを杖だと判断したのは、殴るような突起も、取り回すような凹凸もないから。

 その代わり両端は広がっており、音叉のような……いや、違うか。似たような形であればラクロスのスティックからネットを外したもの。が近しいかもしれない。

 とにかく、どうやら近接戦闘にはあまり向いてい無さそうな武器だった。

 段々と近づいて来るシャドウに対して、彼女は。

 

「えいっ」

 

 ただ杖を振るった。

 いや、ただ振るったというと語弊があるだろう。しっかりと力を込めて振るっている。

 しかし、シャドウとの距離がある状態で、わざわざ振り被る必要性が見受けられなかった。

 それが出てくるまでは。

 

 彼女の振るったミスティックノードからは、何かが出てくる。

 霧で飛び道具を見間違えたとか、そういうのではない。

 現実的に、理解しえない“光弾”が出てきた。

 

『──』

 

 それがシャドウに当たると、敵は殴打を喰らったように仰け反り、ひどく苦しんだ。そこに畳みかけるように彼女が同様の玉を飛ばす。

 5、6発は当てただろうか。彼女のその攻撃は、そうして敵を消滅させた。

 

「ええー」

 

 祐騎が隣で信じられないようなものを見た目をしている。

 自分も今見た光景に半信半疑だ。

 

「ふぅ……その、如何でした?」

「「さっぱり分からなかったです」」

 

 もう、そう返すほかない。

 

「さっきのって何? 霊弾? 魔力弾? それとも氣でも飛ばしたの? ほんっとうにワケが分からないんですけど!」

「何が一番近いか、と言われると……霊力の弾、というべきですけれど。やっていること自体はそう難しいことでもありませんよ?」

「その難しくないことに自分たちは理解が及んでいないのだけど」

「単純なことです。ペルソナを使って術を繰り出すのと同じ。その術の反映を、このソウルデヴァイスは特性として行えるんです」

 

 要約すると、つまりはこういうことらしかった。

 美月のソウルデヴァイス──“ミスティックノード”は、己の中に眠る精神力をエネルギー弾として射出できるという特性を持っている。それはペルソナを使う際に支払う力と同じ。ただ、ペルソナのスキルに比べてかなり低負荷で繰り出せる反面、威力もそう大したことはないらしく、かつ属性とかがある訳でもないらしい。

 祐騎はこの説明を聞き終えた後に、『なるほど、デフォルトで魔術攻撃をする非物理型のキャラね。了解了解』と呟いた。その後に『いやワケわからなさすぎるでしょ』と連続して零したところを見るに、彼自身、己を納得させるのが難しいほどのことなようだ。

 

「それとは別に、ペルソナも使えるんだよな?」

「ええ。……ちょうどシャドウも来たようですし、お見せしますね」

 

 美月はソウルデヴァイスをサイフォンへと取り込ませ、もう一度画面をスライドする。

 

「ペルソナッ」

 

 彼女の後ろに現れた霊体は、蝙蝠のような羽を生やした女性。

 その名は。

 

「“ペルセポネ” 、【コウガオン】!」

 

 名高き冥界の女王、ペルセポネ。

 それが、彼女の使役するペルソナ。

 ペルセポネが放った祝福属性のスキル【コウガオン】は、迷いなくシャドウの身体を打ち抜いた。

 シャドウが瞬く間に消滅していく。

 

「ふぅ。こんなところでしょうか」

「……見せてくれてありがとう。後はみんなが来るまでの間、他にどんな術が使えるか、教えてもらっても良いか? 分かりづらかったら実演してくれると助かる」

「ええ、喜んで付き合いますよ」

「祐騎も、これからは自分たちも戦闘だ。行こう」

「え、やるの? チュートリアルって言ってたじゃん。僕らの動きの確認なんていらないでしょ」

「ゲームじゃないんだから。それに、連携の確認だってあるし」

「……はー……はいはい了解デース」

 

 不承不承、といった形だが、彼はポケットから水色のサイフォンを取り出して操作し始めた。そのまま、ソウルデヴァイス“カルバリーメイス”を召喚する。

 自分も同じようにソウルデヴァイスを呼び出し、美月の隣に立った。

 

「それじゃあ、準備運動がてら、みんなが来る前に道を拓いておこう」

「「了解」」

 

 1つだけ欠点があったとすれば、ここに居る全員が、肉弾戦を得意とするメンバーでなかったことだったが、まあ終わってみれば些細な問題だった。多分。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【マイルーム】濃い霧の日 8

 

 

 

「おい、ハクノ! 居るのか!?」

 

 美月と息を合わせられるよう場数を踏むこと10分ほど。大まかな戦闘のリズムを掴めてきた頃に、やや遠方から自分の名を呼ぶ声を聞いた。

 立ち位置を変え、視界に声の来た方角が含まれるように移動する。

 霧でうっすらとしか分からなかったが、影が2つ。さきほどの声からして、洸と璃音がこちらへ走って来るのを察する。

 流石に、空と志緒さんとは合流できなかったみたいだ。出来たら都合が良すぎるので、大して期待もしていなかったけれど。

 

「その声は洸……で合ってるよな? 着いたなら少し休んでいてくれ」

「は!?」

「走って来て疲れただろう!」

「いや、急ぐなって言われたからそこまで走ってない! オレたちも加勢を!」

「良いから良いから!」

 

 ちょうど、もう少しでひと段落着くところなのだ。

 別に助力を必要とするほどこちらも消耗している訳ではない。

 

「って、もしかしてそこに居るのは北都先輩か?」

「嘘、美月先輩!?」

「こんにちは、時坂くん、久我山さんも」

「う、うっす……?」

「どうしてここに?」

「岸波くんに誑かされまして」

「「……」」

 

 霧で見えないが、呆れるような視線を向けられていることは分かる。分かってしまう。長い付き合いがもたらした理解は、少しだけ厄介だった。

 いやまあ別に誑かした気はしないのだけれど。欺いた気もしないし。

 

「冗談はそこら辺にして」

「あれ、冗談を言ったつもりはありませんよ」

「……誑かしてはないはずだ」

「そうですか? 友達という言葉を巧みに使い、あだ名まで使って追い詰めて」

「全部真剣に言ったし、騙しても欺いてもいないだろう」

「そこのところ、当事者の四宮くんはどう思います?」

「誑かしてたね」

「……」

 

 どうやらそういうことらしい。

 まあ、受けた側がそう捉えるなら、それが真実なのだろう。

 セクハラとか、いじめとかと同じだ。やった方に実感は薄くても、やられた側はひどく印象的に残っている、みたいな。多分。

 

「と、これで最後か」

 

 最後のシャドウを殲滅する。

 視界は狭いが、目に見える範囲内にシャドウはいないはずだ。

 

「オツカレサマ」

「……どうした」

 

 不思議な表情を浮かべた璃音が、労いの言葉を掛けてくれる。そんな声色ではなかったけれど。

 洸と璃音はけっこう近くに居たらしい。表情が視認できることで漸く気付いた。

 

「さて、後は空と志緒さんを待つだけだな」

「オレたちの方が先だったのか」

「そうだね、そろそろ来ても可笑しくないけど」

 

 祐騎の呟きの通りだ。

 洸たちと空たちにこちらへの移動を開始してもらう際、指示出しの速さにに多少の際はあっても、距離的な差はそこまでなかった。

 だから、何もなく直進してくれているのならば、そろそろ着いても良い頃。

 

「そういえば、洸たちはこっちへ移動してくるまでシャドウと戦ったのか?」

「1回だけな。結構この近くだったぞ」

「そうか」

 

 つまり、少なくとも空たちは1回以上の交戦を終えてこちらへ来るのだろう。

 怪我とかしていないと良いけれど。

 

「……取り敢えず、異界の前まで移動しようか」

「見付けたの?」

「方角はなんとなく絞れているから、見付けるのにそう時間は掛からないはず」

 

 そうして辿り着いたのは、やはり公園の敷地内だった。

 サーチアプリがここだと結論付けたのは、マンション近くの空き地。公園の中でも立ち入り禁止の看板が掛けられている、自分にとっての未開の空間だ。

 異界の(ゲート)は、いつものそれと変わらない。いつもと何割増しというわけでもなく、いつもの何割減という話でもない。いつも通りの禍々しさで、おどろおどろしさがある。

 

「……空たちが来たらすぐに入るのか?」

「疲労度次第だけれど、見て分からない程度だったら、本人たちの判断に任せるつもりだ。少し休んで、異界へ入った後の先行も自分たちで行う予定だけれど、問題ない?」

「ないない! 一刻も早く入ろう! 早くアスカを助けなきゃ!」

 

 ……本当に、その通りだ。

 本来であれば、他のみんなを待つことなく入るべきだった。

 しかし、いくら美月の協力を漕ぎ付けたからとはいえ、危険度の計り知れない異界。その中に万全の準備をしていない状態では入れなかった。偏に、それに挑めると判断できるほどの力が自分たちになかったから。

 力不足を感じているのは、全員同じだろう。誰1人として、そう思わなかった人はいないはずだ。

 

 

 その後、個々では少しずつ話をしていたが、纏まって話し合うことなどはなんとなくせずに、数分の時を過ごした。

 そんな静寂の中、突如祐騎のサイフォンが通知の音を響かせる。

 

「……郁島からだ」

 

 そう呟いた彼は、自分に目配せした後、通話に出る。

 

「はいもしもし。…………うん、うん。……ああ、ゴメン移動してる。そんな大した距離じゃないし、そっちまで戻るよ。誰かが」

 

 自分で戻るんじゃないんだ。と璃音が小声で突っ込んだ。

 

「は? 僕は行かないけど? 誰か1人が行けば良いんだし」

 

 不満げな表情を浮かべているけれど、璃音に向けてではない。どうやら電話越しでも同じ言及をされたらしかった。

 そのやり取りを聞いて溜息を吐いた洸が歩き出す。どうやら彼がその役を買ってくれるらしい。

 自分が行っても良かったのだけれど。

 ……というか、自分も行こうか。様子は確かめておきたいし。

 

「あ、行くの? 心配だしあたしも行こうかな」

「なら私も。高幡くんに挨拶しておきたいですし」

 

 動き出そうとした自分を追うように、璃音と美月が付いて来る。

 ……そうすると、この場には祐騎1人が残ってしまうことになるのだけれど。

 

「……はああああ。……いや、なんでもない。それより僕もそっちへ行くから。じゃ」

 

 一方的に伝えて、彼は通話を切るのだった。

 

 

 

────>異界【鳥篭の回廊】。

 

 

 前もってみんなに伝えていた通り、空と志緒さんの体力が回復したと判断できるまでは、自分と洸、璃音、祐騎、美月の5人で先導して進むこととなった。

 あくまでも最初のうちだけ。そういう約束で彼らにも引き下がってもらったのだけれど、その交渉はすぐさま無意味なものだったと把握することになる。

 

 居ないのだ。シャドウが、極端に。

 

 いや、居ることには、居る。ただし、ある道筋を辿ろうとすると、まったくと言って良いほどシャドウに遭遇しないのだ。

 つまり、意図してその道をこじ開けた者がいるということ。

 

「あっちの道、シャドウが少なそうだけど」

 

 曲がり角に際し、足を止めた。

 どちらに進むかを考えるより先に、祐騎が口を開く。

 彼の指差した先を見ると、確かにシャドウの気配が薄かった。

 

「ということは、あっちが」

「アスカが通った道ってことだね」

 

 璃音が引き継いでくれた言葉に頷く。

 

「これを柊は1人でやったってのか」

「なんつうか、凄まじいな」

「……いつも、どれだけ柊先輩がわたし達に合わせてくれていたかが分かりますね」

 

 こうしてみると、柊の凄さというのはやはり際立つ。

 自分たちと一緒に探索している時では、見ることの出来なかった力。

 でも、それを見ることがなかったということは、つまり。

 

「逆に言えば、柊が全力を出さなくても良い環境を作れていた、ということにはならないか?」

「それはポジティブすぎると思うぞ」

 

 即座に、洸が否定の言葉を入れる。

 その一方で、首を縦に振った人が居た。

 祐騎だ。

 

「いや、僕はアリだと思う。そもそも僕らが足を引っ張り過ぎてるなら、柊センパイ1人でなんとか出来てたってことでしょ。そうさせなかったってだけでも、後ろめたく思う必要はなくなると思うけど」

 

 決してお荷物として認識されていたわけではない。

 もしそうであれば、彼女はどんな理由であれ、自分たちの同行は認めなかっただろう。

 

「まあ、俺が言うのもなんだが、自分が全部やらなくちゃいけないって背負うのは、疲れるだろ。少しは柊の負担を軽減できてたんじゃねえか?」

「そうですね、柊さんは色々と抱えていたと思いますし。皆さんの存在は、決して彼女に不要だったわけではないと思いますよ」

 

 3年生の2人は、それぞれ抱える者の立場として、柊と自分たちの関係に負い目だけでないと言ってくれた。

 ついでに美月も、私が言えたことではありませんが、と言って欲しかったところだけれど。

 何にせよ、彼らの言う通りであって欲しい。

 いや、それを今から確かめに行くのであり、証明しに行くのだが。

 

「まあ何にせよ、置いていったことは許せないんだけどね!」

「それな」

 

 璃音が胸の前で握り拳を作り、洸が左掌に右拳を叩き付けた。

 

「僕は面倒だから、郁島、一発イイカンジの入れておいて」

「うん! ……ってええ!? 殴るの!?」

「実力を伝えるのに手っ取り早いでしょ。郁島らしいし。……あとついでに、僕らを役立たず扱いしたことに対して、反省してもらわないといけないし」

「絶対に最後のが理由だ」

 

 絶対に最後のが理由だ。

 自分もそう思う。

 何だかんだ、自分の力不足を認めながらも、下に見られることを嫌う傾向にあるし。

 

「ま、ここで少しでも借りを返しておくか」

「及ばずながら力になりますよ」

 

 終点が見えてくる。

 それと同時に、剣戟の音が聴こえてきた。

 

 さあ。

 

 

「行こう。いつも助けてくれた彼女を助ける番が来た」

「「「「「「応!」」」」」」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【鳥篭の回廊】仲間

 

 剣が、煌めく。

 

 その広い空間で相対していたのは、柊と3匹の犬型シャドウ。

 柊の身長は、決して低くない。しかしそれでも、シャドウ1匹1匹に図体の大きさではまったくかなっていなかった。ちょうど柊の脳天が、シャドウの鼻の位置にあるだろうか。

 その巨大な体格差で振り下ろされる一撃は、決して彼女にとって軽いものではない。だからこそ、彼女は受けるのではなく受け流すことに終始しているのだろう。爪による斬撃に対して彼女は常に半身でいることを心掛け、続けざまに四方から来る攻撃を、ひらりひらりといなしていた。

 その動作は、まるで水流に身を任しているかのように滑らかで、美しい。無駄のない、洗練された動き。

 加えて絶え間なく動き続ける銀色の光。何かを探るように宙を往復する柊のソウルデヴァイス──エクセリオンハーツは、僅かな攻撃を隙間を縫って攻勢に出た。

 シャドウの腹部を一閃。

 だが、浅い。

 その彼女の太刀筋は鋭かったものの、僅かな隙を縫うかのような攻撃では、後が続かない。1対1なら優に勝てていただろう。それが出来ないのは、1体のシャドウに対して攻撃する間が保てないことのように見えた。

 ならば、話は簡単だ。

 

「璃音! 空! つっこんで!」

「「了解!」」

 

 恐らく自分たちの到着を、気配などから察していたのだろう。

 驚く様子はなく、しかし上げた声に反応するようにして、こちらを威嚇するように強く睨んだ。

 しかしそんなこと、知ったことではない。

 

「志緒さん! 続いて!」

「応!」

「祐騎は指揮を! 美月はこちらに残りつつ、状況に応じて祐騎の援護を頼む」

「はいはい!」

「分かりました」

 

 先行してシャドウへ突っ込み、翼で攪乱を図る璃音。大きく助走を付けた一振りを叩き込んだ空。

 1人でも敵を翻弄できる機敏さを持つ彼女らに、まずは柊へと向いた意識を惹き付けてもらう。

 その上で、火力のある志緒さんが居れば心強い。指揮は美月に任せようと思ったけれど、連携もとったことがない状態で任せるのは難しいだろう。その感覚を掴むまでの間だけでも、ソウルデヴァイスの間合い的にも一番全体を見ることができるであろう祐騎へ頼むことにした。

 

 シャドウ3体を仲間たちが引き付けてくれたのを確認して、自分と洸、美月は柊のもとへと駆け寄った。

 

「どうして……」

 

 当然と言えば当然。

 自分たちを待ち構えていたのは、怒髪冠を衝くといった様子の柊。

 

「どうしてっ、来て、しまったの」

「来るに決まっているだろう」

「なにがっ……なにをッ」

 

 何を言っているのかと。何を考えているのかと。

 しかし彼女はその問いを口に出さなかった。

 責め立てる言葉は思い浮かんでいるのだろう。

 いや、思い浮かび過ぎて、選べなかったのか。それとも今更何を言っても遅いと思われたのだろうか。

 何にせよ、そこは冷静に思考すべき所ではない。

 

「……北都先輩まで。貴女は……貴女は、分かっているはずなのに!」

 

 肩を震わせ、握り拳を作り、彼女は睨み付ける矛先を美月へ変えた。

 

「私も止めようとはしたんですけど、無理でした」

「そんなのっ!」

「そんなの、私より付き合いの長い柊さんの方が分かっていたと思いますけれど。だから、誰にも相談せずにここへ来たのではないですか?」

「ッ」

 

 心当たりが、あったのだろう。柊はそれ以上の追及を美月へ行わなかった。

 下唇を噛み締めた柊は、次に自分の方を向く。

 

「岸波君、貴方も、何をしているのか分かっているの!? 貴方はリーダーなのだから、止めないといけなかったでしょう!!」

「その死地に単独で向かった仲間が居て、まだ助けられる可能性があるのなら、見捨てるわけがないだろう」

「私なら大丈夫よ! 貴方たちとは違う!」

「大丈夫だと言うならいきなり行方をくらますようなことをしないでくれ。それに現にさっきまでの様子を見るに、決定打を欠いていたんじゃないか?」

「……だからって、貴方たちが来たところで、何も変わらない。死体が増えるだけだわ」

「おい柊、そんな言い方!」

「黙っていて時坂君! 貴方たちはアレの恐ろしさを知らない。何も分かっていないのよ!」

「分かってないのはテメエの方だろうが!」

 

 間髪入れずに、洸が柊の発言を否定する。

 2人とも言葉に乗っている熱は同じ。

 柊も洸も、どちらも苦しそうな表情をしている。

 

「恐ろしさを知ってる柊が、何で1人で挑もうとしてんだよ。ハクノもさっき似たようなこと言ってたが、それで苦戦してたら世話ねえぜ」

 

 リーダーなんだから止めろ、と言われた時の返答についてだろうか。

 いやそうでなくても、洸に同意見だ。

 本当に恐ろしく、巨大な敵なら、戦力は少しでも必要だったはずなのに、彼女はそれを無視して己だけで突撃した。

 恐らく彼女は、自分たちを危険な目に合わせないよう、引き離しておきたかったのだろう。その気遣いを無碍にしたことに、彼女は怒っている。いやそもそも、そのような気遣いは不要だったのだけれど。

 

 両者が互いの言葉を待ち、場が停滞する。

 柊も譲ら無さそうだし、切り口を変えてみた方が良いか?

 いや、もう強引に全員で戦い始めてしまうという手も……それはないか。それをしてしまったら最後、今までのような連携は望めず、柊との間にある亀裂も決定的なものになってしまうだろう。

 まずは彼女との間にある溝を、どうにかして埋めなくては進めない。

 とはいえ時間を取って話し合おうにも、格上相手に接敵してしまった以上、無傷での撤退は難しい。

 しかし、いつまでも戦闘を続けてくれている4人に負担をかけ続ける訳にも……!

 

「岸波くん」

 

 美月に呼ばれ、振り返る。

 彼女は、前線を必死に支える4人を見ていた。

 

「お邪魔にならない程度には皆さんのスタイルも把握できたので、私はそろそろ本格的に向こうの援護へと向かいます。皆さんの問題と私と柊さんの問題は少し異なっていますし、付き合いの浅い私が今ここにいても、言えることは多くはありません。そちらの説得が終了した頃を見計らって、また戻りますので」

「……向こうを頼んだ」

「ええ。そちらもご武運を」

 

 薄紫色の髪を靡かせて、走り出した彼女を見送る。

 自分たちと柊の溝が埋まらなければ共闘ができない以上、その共闘の先にある柊・美月間の“所属関係のいざこざ”は発生しない。となれば、彼女がここに留まる理由もなかった。

 戦力が増えたことで、安定感は増すはずだ。こちらは、自分と洸でどうにかするしかない。

 

「なあ柊、オレたちはそんなに頼りねえか?」

 

 洸が静かに零した。

 

「お前1人で頑張らなきゃいけないほど、オレ達は守られるだけの存在かよ」

「……このシャドウのレベルを相手取ることに関してなら、その通りよ」

「その敵と戦う際に、自分たちは足手纏いになると、本当にそう思ったのか?」

「……ええ。ええっ! だからそう言っているでしょ!」

「だとしたら、今、紛いなりにも抗えている現状をどう説明するんだよ」

「……ッ。それは、私が消耗させたから……!」

「それでお前も疲れてたら意味がないだろ。最初から協力していたらもっと効率よく出来たんじゃないか?」

「ッ」

 

 そしてまた、彼女は言葉に詰まる。

 そういえば、さっき言葉に詰まった時は、美月が何か言っていたな。

 誰にも相談せずに来た。確か美月はそう言った。止めることができないと分かっていたから、止めなかったのだと。

 ……そう思うと、不思議な話だ。いつもの柊なら、『どうせ止めた所で意味なんてないでしょう』と言いつつ、全員で行動する道を模索する。結局ついて来てしまうのであれば、策を弄するのは時間の無駄、という考え方をしていたはず。

 なら、今回はどうして1人先行したというのか。

 まるで誰かに、見られる前に終わらせようとしたかのように。

 

「もしかして、何かあるのか? あのシャドウに」

 

 自分の問いかけに、彼女は黙したまま握り拳に入れる力を強くした。

 その反応の意味を言葉で表すのなら、痛いところを突かれた、といったところか。

 何にせよ、少なからず彼女の動揺を誘えたらしい。

 彼女もその反応を見せた以上、誤魔化すことは無理だと察したのだろうか。ゆっくりと口を開いた。

 

「貴方たちには、関係のないことよ」

 

 ……いや、まだ誤魔化そうとしていたみたいだ。

 それで引き下がる自分たちでないことくらい、分かると思ったけれど。

 どうやら本当に切羽詰まっているのか。それとも単純に、自分たちのことをまだ甘く見ているのか。

 

「関係ない、だと?」

「ええ、これは私の問題。分かったならこれ以上は踏み込んでこないで」

「お前の問題なら、それは俺らの問題でもあるだろうがッ!」

 

 洸の怒声が響く。

 シャドウが大声を聞きつけ、こちらへ猛進を仕掛けようとしたが、その直進を志緒さんが止めた。

 勢いを完全に殺されたシャドウの横面を、助走を付けた空が大きく飛び、殴りつける。

 強い衝撃に、シャドウの巨体が転がされた。

 

「仲間が何か抱えるのが分かってて無視できるほど、こっちは器用でも無関心でもねえんだよ!」

「……けれどもそれは、過干渉というものでしょう。私は放っておいてほしかったのに」

「何が過干渉だ! 何が放っておいて欲しいだ! それならそうと一言言いやがれ、この馬鹿!」

「だ、誰が馬鹿で──」

「仲間のことを放っておけるわけねえだろ! ただでさえ普段から隠し事の多いお前のことだ。一言もなきゃ心配するし、抱えてるものがあるって分かれば、尚更何かしたいと思うに決まってるじゃねえか!」

「……そうだとしても、来るべきではなかった」

「だからお前はッ」

 

 一貫して同じ理論を突き通す柊。

 断固として譲る様子はない。

 何か。

 彼女の鉄壁を崩す何かがないと、堂々巡りだ……!

 

 

「時坂クン!」

 

 ふいに、遠くから璃音の声が聴こえた。

 視線を向けると、こちらに向けて全速力で跳んでくる彼女の姿が。

 何かあったのか? と聞く前に、彼女は洸の隣に降り立った。

 

「交代」

「……は?」

「いいから、あっちお願い」

「いや、だか──」

「い・い・か・ら!」

 

 璃音の圧に押され、渋々と道を開ける洸。

 なんなんだよ、とボヤキながらも、次の瞬間には気合を入れ直し、戦場へ駆けて行った。

 交代で入った璃音はといえば、笑顔で柊の前に立った。

 なんだその笑顔。

 

「……」

「何かしら、久我山さん」

「アスカ」

 

 璃音はゆっくりと、微笑みながら手を伸ばし、彼女の頬に両手を添える。

 

「……え、ちょっ」

 

 ……いや、あれは添えるというより……?

 

「歯」

「は?」

「食いしばって?」

 

 耳を疑う発言が出てきたかと思った、次の瞬間。

 

 柊の額に向けて、璃音の頭が振り下ろされた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【鳥篭の回廊】友達

 

 

「っ」

 

 鈍い音が響き、衝撃によろめいた柊が、尻餅をつく。

 

「……?」

 

 何が起こったのか、柊も出来ていないようだ。

 隣で見ていたはずの自分もよく分かっていない。

 唐突に璃音がやって来て、頭突きをしたこと以外、本当になにも分からない。

 

「?」

 

 柊の視線が自分と璃音の間を忙しなく行き来する。

 いや、こっちを見られても分からないから。

 見ないでください。

 

「思えば、だけど」

 

 長い時間が経過したかのように錯覚するような静寂と気まずさの中、不意に声が響いた。

 璃音が口を開いたのだと気付く。

 

「あたし達ってケンカとかしたこと、なかったよね」

 

 あたし達、というのは、璃音と柊のことだろう。

 確かに、喧嘩らしい喧嘩をしている姿は見たことがない。というか、揉め事すら起こしていた記憶がなかった。

 自分たちと柊が起こした揉め事として記憶に新しいのは志緒さんの件。色々あって自分たちは柊と意見を衝突させていたが、その際も璃音はこちら側に付かず、柊に寄りそう立場を選んでいた。別に自分たちも敵対という敵対していたわけではないけれども、それでも璃音の方が柊に寄り添っていたように見えたことだろう。

 

「しよっか、ケンカ」

「……はい?」

「ケンカ」

 

 ……これは、止めたり、間に入った方が良いのだろうか。

 しかし、璃音にも考えあっての発言だと思う。

 ……そうだな、もう少し彼女を信じてみよう。

 

「きっと、今までの関係が心地よ過ぎたんだと思う。苦境を共にし始めたこともあってか、何気なく、きっかけなく仲良くなった。だから甘えてた部分もあったんじゃないかなって」

「何を言ってるかが分からないわ」

「やり直そうって言ってるの。友達として、もう一度ね」

 

 関係性を一旦清算しようと、彼女は言う。

 彼女が言うことは、少し極端だろう。しかし、言っていることが間違っているとも思わなかった。

 だからこそ、仲間という関係性を柊は蔑ろにした。蔑ろ、というよりは、軽く見ている、というべきだろうか。

 それが許されると思っている節があり、それで良いのだと感じているところがあったのだろう。

 そこをまずは、正さないといけない。

 ……ということを言いたいのだと思う。

 

「さっきから聞いてたらさ、来るべきではなかったとか、踏み込んでこないでとか、ぶっちゃけ友達に言うことじゃないでしょ。実際頭に来てるんだよね」

「……そんなの」

「うん、アスカにはアスカの仲間に求めてるものがあるんだと思う。それは分かってるつもり。多分ここですれ違っちゃったのは、あたし達があたし達の思う仲間への想いを共有してなかったから」

「……」

「合宿でも、お泊り会でも、なんでも良かった。ただ思っていることを打ち明けて、お互いが納得できる落としどころを見つけて、胸張ってお互いが仲間だって、トモダチだって言い張れる仲になるべきだった!」

 

 ……それは、璃音の後悔でもあるのかもしれない。

 彼女の言ったことが本心なら、璃音自身、胸を張って友人であると言えなかったということだろう。

 それがどういうことかは、自分には分からない。彼女の中で、何かが足りなかったのか、何かを求め続けていたのか、それは彼女にしか分からないことだ。

 そしてそれは、柊にも言える。

 

「アスカは、あたし達に何を求めてるの? 何を求めたかったの?」

「……私は、別に」

「ウソ。求めてなかったら、仲間なんて必要としなかったはずだよ。何で最初、あたし達を追い返さないで、異界攻略の基礎を時坂クン越しに教えようとしたの?」

「それは、貴方たちに自分の身を守ってもらうためでっ!」

「なら、彼にリーダーとしての修練を積ませたのは?」

「それは……タイプ・ワイルドの力を」

「必要としてたから、じゃないの?」

 

 

 柊がリーダーを任せると言った時の発言を、思い出す。

 

────

 

「岸波君、それと玖我山さん。端的に言って、貴方たち二人には強くなってもらう必要がある」

 

「あらゆる状況に対して万全の策を取れるのが、タイプ・ワイルドの特性。時坂君だけならまだしも、玖我山さんにも経験を積んでもらう以上、サポートに回せる力は多い方が良い。単純に、埋もれさせるには正直惜しい力なのも理由の1つ」

 

────

 

 ……他には。

 

────

 

噂に聞く程度の存在(ワイルド能力者)。その戦いぶりがどの程度なのか、実際に後ろで見て判断したいというのもあるわ。加えて、その力に求められるものは、判断力や統率力、協調性。貴方の力の成長の為にも、私のことを気にせずに挑戦して欲しいの」

 

────

 

 

 今思えば確かに、育てようとしていた意図を感じなくもない。

 知識にしかないワイルド能力者の価値を測り直し、育て上げ、利用したい本音があった?

 だとしたら、そこに。

 

「言う必要がない? 違うでしょ。言って拒絶されるのが怖かったとか?」

「……違う」

「……そもそも言う勇気がなかったんじゃないの?」

「違うッ!」

「なら言ってよ! 怖くないなら! 恐れてないなら! その想いをあたし達にぶつけてみてよッ!!」

 

 ……恐らくだけれど、璃音は悔しかったのだろう。

 友達が、本音をぶつけてこないのが。

 ……璃音の所属しているグループ、SPiKAのことを思い出す。

 あそこには確かな友情があった。信頼感があった。

 少し関わっただけで、培われた絆の深さが見て取れるほどには。

 そんな関係性を築ける彼女だからこそ、歯痒いものがあったのかもしれない。

 

 なら、璃音の後悔とは、しっかりと本音でぶつかり合わなかったことか。

 それが、彼女が今大粒の涙をこぼしている理由か。

 

 

「……」

 

 唖然と、泣きながら激情をぶつけてくる璃音を見上げる柊。

 自然と、彼女の瞳も潤い始めた。

 だけれど、彼女はまだ、何も言わない。

 口を動かすだけで、何も発さない。

 

「まだ、言えないっていうの!?」

「……ッ」

「……なら、良い! あたしが一方的に押し付けるから!!」

 

 流れる涙を拭い払い、璃音はまっすぐ柊を見詰めた。

 

「あたしはアイドルとして復帰する為に、この活動をしてる! 自分のチカラを完全に制御して、ステージに戻る為に! みんなを笑顔に出来るような、最っ高のアイドルになる為に!」

「……」

 

 それはいつも、彼女が言っていることだった。

 久我山 璃音の夢であり、目標。

 

「……けど、最近はそれだけじゃないんだよね」

 

 そしてここからは、彼女のぶつけてこなかった本音。

 

「“目の前の悲劇から目を逸らさずに、自分と同じような目に合う人を無くすために”あたしは闘うことを決めたの! だから杜宮で起こる問題はすべて解決するために全力を出すし、いつか杜宮が平和に訪れるように戦ってるつもり! その為にはリーダーである彼も! 時坂クンもソラちゃんも四宮クンも高幡先輩もミツキ先輩も必要! そして勿論、アスカだって!」

「っ」

「あたし達より、経験があって! 強くて! 頼りになるアスカが! 色々なっ、努力を、怠らない! 真面目なアスカが!」

 

 もう、息継ぎなしでは言えないほどに、璃音の叫びには嗚咽が混じっていた。

 それほどまでに、ダイレクトで感情を押し付けている。

 名前を呼ばれる度、柊の目が潤んでいくのが分かった。

 

「いつだって! みんなのこと! 考えて! 無事でいられるよう、気を張ってくれてるアスカが!!」

 

 顔がどんどん、俯いていく。

 

「こうやって! 1人でも活動して! 人知れずとも! 杜宮を守ろうと、頑張れるアスカがっ!!」

 

 地面に付いた手が、握られていく。

 

「あたしの夢には必要なの!!」

「ぅ……っ……」

「だから! だからぁ……っ!」

 

 そこから先は言葉にならなかったのか、嗚咽を漏らして目元を拭うだけだった。

 そんな彼女を、柊はもう一度見上げる。

 そして目を逸らし、逸らした先で自分と目を合わせた。

 

 逃げないでくれ。

 向き合ってくれ。

 

 そう願わずにはいられない。

 これだけぶつけた想いから、目を背けないでほしかった。

 

 そして彼女は、また璃音を見詰め直し、俯く。

 

「……し、だって……」

 

 しかし、それは、逃げではなく。

 一瞬前、璃音を見詰めた時に宿った瞳の炎は、彼女の本気を映していて。

 

「っ」

「私、だって!!」

 

 柊が口を開き、怒るような、引き裂かれるような、泣くような、そんな大声を発した。

 

「私にだって! 為したいことが! 貴方たちとやり遂げたいことがあるわよ!」

「「!!」」

「貴女が、貴女たちが思っている以上に、私は、私は貴女たちのことを、大切に想ってッ!」

「いやそんなの知ってるから!!」

 

 柊が仲間を大切に想っていることなんて、知っている。

 そこに居心地の良さを感じていたことも、その快適さに恐れを抱いていたことだって。

 

────

 

「慣れ合うだけの関係に、成長はない。って考えているだけよ」

「慣れ合いでここまでやってきたわけじゃないと思うが」

「今までは、そうね。だからこそ今仲良くしていることで、これから先そのバランスが崩れる時が来てしまうのではないかと、心配になるの」

 

「何より私は、私の剣を鈍らせるのが、何より……いいえ、なんでもないわ」

 

────

 

 すべて、柊の内面へ踏み込んだあの日、彼女自身が語ってくれたことだった。

 そうだ、知っていた。彼女が何かと戦い続けていることを。その上で、この関係に悩みを抱いていたことも。

 そうか、その恐れが、今回の件に関係していたのか。

 剣を向ける先……つまりは、あのシャドウが。

 ……なら尚の事、自分たちの関係が、マイナスでないことを示さなければならない。

 

「分かってないから言ってるのよ!」

「ぜったい分かってる! あたしがどれだけアスカのことを見てきたと思ってるの!?」

「知ってるわよずっと見てきたことくらい! 最初に距離を詰めてきたのも貴女から! いつだって真剣に話を聞いてくれたし、雑談を振ってもくれた! 一番最初に名前を呼んでくれたのも貴女!」

「……そうだっけ?」

「そうよ!! でも、まだ貴女は分かっていない!」

「そりゃ分からないに決まってるでしょ! 黙ってられたら、何も!!」

「それは!」

 

 なんだか、そのまま取っ組み合いになりそうな雰囲気だった。

 止められる場所に居るけれども、本当に喧嘩が起こったとして、止めるべきなのだろうか。

 それとも、見守るべきなのだろうか。

 

「それは……ごめん、なさい」

 

 その心配が杞憂だと気付いたのは、柊の発した言葉が謝罪だということを理解してからだった。

 

「今、謝った?」

「…………その確認の言葉は性格が悪いと思うけれど」

「謝ったよね?」

「………………そうね」

「あたしの勝ち?」

「……今の会話のどこから勝ち負けが湧いてきたのかしら?」

 

 自分も意味が分からなかった。

 まあ、言い合いになった相手が非を認めたなら、勝ちといえなくも……ないのか?

 いや、それでもこういうのに勝ち負けとかはないはずだけれど。

 ……これはあれか。咄嗟に何言えば良いか分からなくなって、口を出てきた言葉がこれだったとか、そういう勢いによるものか。

 

「ふ、ふふん。なら、これからはもっとちゃんと話してよね」

「……まあ、善処するわ」

「は・な・し・て」

「……分かったわ」

 

 よしっ、とガッツポーズを作る璃音。

 というか、何の話だった?

 ああ、どうして置いていったのか、という話だった気がする。

 しかし関係性の回復は見込めるようになった。

 なら良いのか?

 

「それで、どうするの? これから」

「来てしまったものは仕方がないから、協力して事を済ませるとしましょう。力、貸してくれるのよね?」

「勿論!」

 

 ……それで良いみたいだ。

 最初に想像した、本来の柊であれば言いそうなセリフも言ってくれたことだし、彼女の中で何かが乗り越えられた、ということだろう。剣が鈍るとかいう話も、きっと解決している。

 だとしたら、これで良かったに違いない。

 詳しいことはいつかまた聞ければ良いし。

 

「あ、そういえば結局アスカがあたし達に望むことってなんなの?」

 

 そろそろ戦闘に合流しようかと考えだした所で、璃音から最後の問いが放たれた。

 そういえば、璃音の話だけ聞いて、柊の口からは聴けていなかったな。

 ……すべて璃音に説得を任せておいて、聞き出すのは申し訳ない気もするけれど。

 

「……」

「ここまで来てだんまり!?」

「……まあ……その」

 

 ちらりとこっちを見る柊。

 自分に関係があるのか?

 いや、単に聞かれたくないだけかもしれない。

 しかし、仲間になる為に打ち明けるというのに、自分から席を外すのはおかしい気がする。

 

「……やっぱり殴り合うしか」

「所々で脳筋な思考を持ってくるの止めてもらえるかしら?」

 

 はぁ。と溜息を吐く柊。

 溜息を吐きたいのはこっちなんだけどとジト目でその姿を見る璃音。

 その視線を受けた柊はといえば、いつもの勝気な表情に戻っていた。

 

「……ここまで言ったのだから、当然今日の“夜”は空いているのよね? “リオン”さん?」

 

 言われた言葉を理解するのに、璃音共々、数瞬を要する。

 しかし、口に出された単語の意味。そして呼び方の変化に気付き、歓喜の気持ちが抑えられず、璃音の方を向く。

 

「……!! 勿論! 何徹でも付き合うよ!!」

 

 璃音の表情にも、笑顔が咲いていた。

 

「いや、そこまでしなくても……」

「今夜は寝かさないから!!」

「貴方さっきから勢いで会話してないかしら!?」

「「……ふふっ」」

 

 視線を合わせたまま、笑いあう2人。

 何処となく、殻が1枚割れたような。壁が取り除かれたような絆が、そこにはあった。

 

 

「話は終わったみたいですね」

 

 声に振り返ると、美月がにこにこしながら立っていた。

 

「あ、すみません、あたしたち、戦闘中に大きな声で」

「いいえ、青春でしたね」

「その茶化し方止めてくれません!?」

 

 璃音が真っ赤にした顔を両手で隠すのを見てから、美月は視線を柊へと向ける。

 戦闘は……順調みたいだ。少し空と祐騎に疲れが見えるが、途中から入った洸が上手く援護していた。

 

「あの時と同じですね」

「はい?」

「四宮くんの件で、生徒会室に来てくれたメンバーと同じですから」

「……そんなこともあったな」

 

 なんだか遠い昔のことのような気もする。

 あのギスギスした感じを忘れたかったのもあるけれど。

 

「あの時は当時の件についてのみの情報共有として、協力の第一歩を踏み出せたわけですが、そろそろその先についてもお話したいと思いまして」

「……そうですね、あの時は、というより、今まですみませんでした」

「……? 何についての謝罪ですか?」

「私が、くだらない意地を張り続けたことに関しての謝罪です。それと、ここまで皆を連れて来てくれて、ありがとうございました。おかげで、友人と向き合う機会を、失うところだったので」

「……想像以上に素直で驚きました。何をしたんですか久我山さん」

「いえ、あたしは何も」

「真っ正面から気持ちをぶつけてきただけです」

「……ああ、岸波くんと同じですか」

「……ああ、北都先輩も」

「「いやいや」」

 

 遠い目で語ろうとする2人に制止を掛ける。

 いや、そんなことをしている場合でもないんだけれど!

 

「久我山さんが岸波くんに毒されてきているんですかね?」

「いえ、岸波くんがリオンさん色に染められたのでは?」

「お2人とも話を切り出しづらいのは分かったので早く本題に入って下さい」

 

 無言でサイフォンに指を近付けた璃音を全力で制止しつつ、美月と柊に話の続きを促す。

 

「……北都会長」

「はい」

「協力していただいても、良いですか? あの“悪夢”を打ち破る為に。そして、来るべき“可能性”に備える為にも」

 

「願ってもいないことです。……が、酷い言い方になってしまうことを承知の上で、1つだけ聞かせてください」

「何でしょう」

「それは、柊さん個人の意見ですか? それとも、“シャドウワーカー”としての柊さんの意志ですか?」

 

 シャドウワーカー……?

 それが柊が所属する組織の名前なのだろうか。

 以前に秘密結社みたいな話は聞いていたけれど、実際の名を聞くのは初めてだ。

 

「個人です。組織も先輩たちも関係なく、ただの柊 明日香として、この地の安寧を望む者としての、お願いです」

「いくらエースとはいえ、独断でそのようなことをしても?」

 

 所属する団体同士の問題は、どうするのかという質問。本人たちが納得していても、その母体が納得しないのであれば、結局問題になってしまう。

 実際にそうなった時、責任を取る覚悟が、彼女にあるのかと。その可能性があることを理解しているのかと問うような内容だった。

 それに対して柊が浮かべるのは、何とも穏やかな表情で。

 

「はい。誰が何と言おうと、押し通します。これはこの地を任された私の決断で、杜宮を守るために、必要なことですから」

 

 険悪さの欠片もない雰囲気の解答を聞いた美月は、こちらもまた、安心したような表情で応える。

 

「良かった。でしたら私は、“ゾディアック”としても、ただの北都 美月個人としても、そのお願いに応えます。……ふふっ、こうして南条所縁の組織と手を組める日が来るなんて思いもしませんでした」

 

 感慨深げに呟く美月。

 そこら辺の事情は、自分には分からない。

 ゾディアックという単語も初めて聞いた。それが北都の所属する団体の名前だろうか。話の流れからすると、そうだと思うけれど。

 シャドウワーカーに、ゾディアック、それと、南条? という組織の関係性も、分からない事ばかり。

 いつか話してくれるのだろうか。

 そんなことを考えていると、柊と目が合った。

 

「……いつかみんなにも話さないといけませんね」

「そうですね、近いうちに。ですが今は」

「ええ、目の前の問題を解決してしまいましょう。その後は、その後話せばいい。そうよね、リオンさん」

「え? あ、ウン。そうだね……?」

「あら、では私も?」

「ええ、せっかくだしソラちゃんも呼んで、女子会といきましょうか」

「……ふふっ、初めてお呼ばれされました。女子会ですか、楽しみですね」

「……なんだかよく分からないケド、取り敢えず、今からあのシャドウを倒してから夜は女子会ってことでオッケー!?」

「ええ」「はい」

「よし、行こう! ほらキミも、ぼさっとしない!」

「え、あ、ああ。よし、行こう!」

 

 流されるがままにソウルデヴァイスを構え、駆けていく。

 不思議と背後には温かさと安心感があった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【鳥篭の回廊】和解の後は

 

 

 

「祐騎!」

「遅いよセンパイたち!」

「すまない!」

 

 言葉上では攻めていた彼が一瞬、駆けてきたメンバーを見て表情をほっとさせたことを、自分はずっと忘れない。

 祐騎だって説得に加わりたかっただろう。こちらの状況も気になるだろうに、初めて指揮を任せられて、無事に耐えきった。

 本当の本当に、感謝の言葉しか出ない。

 

「本当にありがとう!」

「良いから早く交代! 1体はなんとか倒せたけど、郁島と高幡センパイがもう持たない!」

「ああ! ……空! 志緒さん! ありがとう下がってくれ!」

 

 

 ずっと前線を支え続けてくれた2人のことを呼ぶ。

 息切れをしている彼らは最後に一撃を加えてから、大きく後ろへ後退した。

 

「アス、カ先輩っ!」

「ええ、迷惑かけたわねソラちゃん。四宮くんも高幡先輩も、ありがとう」

「もうッ! 後で、ちゃんと、話し、て、ください、ねっ!」

 

 空も、文句は言いつつ嬉しそうだ。目尻に溜まった涙がそれを語っている。

 視線をかみ合わせた柊も若干目を潤わせたけれど、呑み込んで前を向いた。

 

「ええ、たくさん話しましょう。今はしっかり休んで」

「……あはは……それじゃあ、あとは、お願い、します」

 

 もう少し下がって膝に手を付く空。

 ここが戦場でなければ、地面に腰を付けていた絵が想像できるほどには、彼女の疲労は溜まり過ぎている。

 一方で少しだけど余裕のありそうな志緒さんは、汗を右手で拭いつつ、柊の顔と美月の顔を見比べた。

 

「もう大丈夫なのか?」

「ええ、心配をお掛けしました」

「本当にご迷惑を」

「……まあ、気にすんな。俺も最近まで忘れてたが、一度や二度くらい迷惑を掛けても挽回の機会をくれるのが、良い仲間ってやつみたいだぞ」

 

 というか。

 戌井さんと柊って、同じようなことを言われてなかったか?

 いや、戌井さんに言ったのは自分だけれど。

 戌井さんには、その悩みを打ち明けるべき相手がいたはずだ、と突き付けた記憶がある。柊も璃音に悩みを打ち明けてと説得していたし。

 ……付き合いは短かったが、志緒さんもかなり言いたいことがあったのだろうか。

 

 ……いや、みんな、言いたいことはたくさんあったはずなのだ。

 短い付き合いではあるが、浅い仲を良しとした記憶はない。

 空と璃音は柊と仲が良く、洸は最も付き合いが長い。祐樹は柊と若干似ているところがあるし、志緒さんは先程考えた通り。

 それでも、任せてくれたのだ。

 任せて、場を保つために全力を賭してくれた。

 その想いに、答えなければならない。

 

「よし、行くぞ!」

「「「ええ!/ウン!/はい!」」」

 

「“タマモ”! 【マハラクンダ】!」

「“ネイト”……【マハタルンダ】」

「“バステト”! 【スクカジャ】!!」

 

 敵シャドウ3体の攻撃力と防御力を下げる。

 美月はこういう補助系のスキルを持っておらず、璃音は自身の素早さを向上させた。そのまま敵の懐に突撃する彼女。その様子を見た柊が、再度ペルソナを召喚した。

 

「【ブフタイン】!」

 

 シャドウの胴体をソウルデヴァイスで切り裂いた璃音に、反撃しようとシャドウが牙を剥く。しかしその行動を璃音の氷結攻撃が妨害。

 その行動を遅らせたことで、璃音が反撃範囲から抜けた。

 その行動で柊はシャドウの敵意を引く。唸るシャドウに対し、こっちを忘れるなと横からソウルデヴァイスを叩き付けた。

 

『ガァアアア!』

 

 だが、それを無視してシャドウは柊へと距離を詰める。最初に闘い続けていた頃のことを覚えていて、そちらに注意が向きやすいということだろうか。

 なら、それを起点にして作戦を立てるべきだろう。

 

「柊! 防御はこちらでなんとかする! だから!」

「私とリオンさんで1体を倒す。で良いのよね?」

「もう1体はどうすんの!?」

「そっちもこっちでなんとかする! 美月、行けるか!?」

「ええ、短時間なら2人でもなんとか!」

「よし!」

 

 柊がペルソナを消し、ソウルデヴァイスを召喚。

 逆にこちらから距離を詰める。

 それに対応しようとするシャドウだったが、それを突撃してきた璃音に阻まれた。

 

「てぃやああ!」

「そこっ!」

 

 璃音が往復で2連撃、仰け反り、横を向いた瞬間に柊がソウルデヴァイス──エクセリオンハーツで一突き。

 逆上したシャドウが爪を立てて柊に迫るのを、自分のソウルデヴァイスで楯にさせて防ぐ。

 その隙を狙って、もう一体が追撃してくる、が、反応はできてもソウルデヴァイスを急に引き返すことはできない。それに今退かしてしまえば、柊に直進してしまうだろう。

 故に美月に任せるしかないのだけれど、彼女も間に入るには距離が離れている。どうするだろうか。

 

「祈りを。“ペルセポネ”!」

 

 美月がペルソナを召喚する。

 攻撃して無理矢理後退させるつもりか……?

 確かにその間にペルソナを仕舞い直して、ソウルデヴァイスを再召喚すれば防御に入れるだろう。

 と、考えたが、美月に動く様子はない。ノックバックを狙うならもう走り始めても良いというか、早く動かないといけないと思うけれど……?

 

「【テトラカーン】!」

 

 ……美月が唱えた後、柊の周囲が一瞬光る。

 直後シャドウが柊へ噛みつこうと飛び掛かったが、不可視の何かに弾かれていった。

 なんだそれ。

 柊は今の術の効果を知っていたらしく、驚いた様子はない。

 ……結界を張る。みたいなものか? 

 何にしても凄い効果だ。

 

「奏でて“バステト”! 【サイオ】」

 

 璃音が少し離れた位置からペルソナのスキルで攻撃を放つ。

 自分のソウルデヴァイスで受け止めていたシャドウに当たり、敵が怯んだ。

 その隙を見て、柊がソウルデヴァイスを握り直し、サイフォンの近くへ添える。

 一瞬だけ、こちらを流し見た。

 ……ああ。

 

「美月!」

「はい!」

 

 今の視線は、こっちに集中させてという意味だろう。

 だから自分は美月と協力して、もう1体を足止めに専念し、彼女たちの戦いを、連携を見守ることにした。

 

「アスカ!」

「ええ、リオンさん! ……ネイト、【ブフタイン】!」

 

 柊が氷結攻撃を放ち、敵の脚部を凍らせる。

 それはシャドウの一蹴りで粉砕される妨害だけれども、その一瞬を見逃す彼女ではない。

 璃音の翼が、敵の首元を一閃。

 浅いが、敵は痛みからか大きく仰け反る。

 そのまま璃音は鋭く旋回。敵の尻部目指して翻す。その一方で柊はエクセリオンハーツを握り、刺突の体勢を取った。

 

「「はぁああああ!」」

 

 一閃と、一突。

 綺麗に決まった同時攻撃により、シャドウは苦しみの声を上げて消滅していく。

 これで一気に形勢が傾いた。

 

「美月!」

「ええ、“ペルセポネ”、【コウガオン】!」

「タマモ! 【エイガ】!」

 

 光と闇の連撃を放つ。

 正直に言えば大して効いていない。属性的な相性はよくないらしい。

 ここでペルソナを付け替えて、別の属性が効くか確かめるのは有用だろうか。

 いや、そうとは思えない。空に志緒さん、洸、祐騎が立ち回った後なのだ。誰かしらが弱点を付けるようであれば、もっと善戦していたはずだ。

 だとしたら、属性相性などは考えずに戦った方が良い。となると一番長く苦難を共にしているタマモが一番この場に適しているだろう。

 

「【エイガ】! 【エイガ】!」

 

 攻撃を避け、闇属性攻撃を放ち、カウンターを読み切り、再カウンターを振るう。

 人型ではないからだろうか。

 慣れてしまえば、ひどく読みやすい攻撃だ。

 とはいえ油断は出来ない。シャドウは残り1体。敵もここで気を抜けば即座にやられることを理解しているだろう。

 

 

「美月、援護を!」

「はい!」

 

 互いに警戒し合っていれば、スタミナ勝負になる。となれば人数差のあるこちらが優位なようにも思えるが、相手は柊と長時間戦い続け、疲労した様子のないシャドウ。そもそも人間を元にしていないシャドウに疲労があるのかは分からないけれど、勝利が不確定な以上、取るべき手段でもない。

 向こうが動かないなら、こちらから動く。誰かに任せるのではなく、今の所相手を読み切っている自分が動くべきだ。フォローは美月たちが行ってくれるはず。

 

 

「【スクカジャ】! ガンバって!」

 

 

 璃音の支援が施される。身体が軽くなったような気がした。

 ペルソナを戻し、ソウルデヴァイスを召喚。近接戦を仕掛けるなら、ふわふわ浮かせておくべきでもない。ソウルデヴァイスを左手で掴み、まずは出来る限り近づいてから手首だけで投げ付ける。

 不意な投擲に虚を突かれたシャドウは、それを比較的大きな動きで避ける。そして今自身が晒した隙に気付いたのか、こちらを威嚇するように睨んだ。

 その脳天に、引き返させた”フォティチュード・ミラー”を叩き付けようとしたが、若干、敵の方が早い!

 

させませんっ(【テトラカーン】)!」

『■■■──!』

 

 美月の結界が間に合い、シャドウが衝撃に弾かれた。

 

「“ネイト”ッ! 【ブフタイン】!」

 

 即座に柊のペルソナが氷結属性の追撃を叩き付ける。やや仰け反っただけの体勢だったシャドウは追い打ちによりさらに身体を仰け反らせた。

 そうして大きく上がった脳天へ、自分のソウルデヴァイスが到着する。

 鈍い音が鳴った。

 

「はぁああ!」

 

 そのまま返ってきたソウルデヴァイスを掴み、反動で倒れ込んでくるシャドウの顎を思いっきり打ち上げる。

 

「今だ! 璃音ッ!!」

「せぃやああああ!」

 

 横から全速で飛んできた璃音が、シャドウの胴体を轢き飛ばした。

 ……絵面は酷いが、シャドウは確かに倒れ込んだ。

 千載一遇の機会に、美月が声を上げる。

 

「総攻撃のチャンスです!」

「行こう!」

「ええ、終わらせましょう!」

 

 4人で取り囲み、起き上がれないシャドウへひたすら攻撃を仕掛けた。

 シャドウが完全に沈黙し、消滅したのを確認。

 

 自分たちは、拳を握り天へと突きあげた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月15日──【杜宮記念公園】一抹の不安

 異界化が終息していく。

 視界に映る景色が段々と現実のものへと移り変わっていき、気付けば目の前は完全に、家の目の前にある空き地になっていた。

 

「戻ったわね」

 

 柊が空を見上げながら呟く。

 聴こえた言葉に、各々が思い思いの反応を返した。

 

「……ごめんなさい、みんな」

 

 全員の反応を聞き届けてから、改めて頭を下げる柊。

 真摯に、腰を折っての謝罪。

 全員、突然の謝罪に驚いたような姿を見せなかった。多分何となく彼女が謝ろうとしていた空気を肌で感じていたからだろうし、みんなもみんなで色々と考えていたからだろう。

 

「許す、って言いたいところだが……」

 

 洸が口を開いたものの、続きの言葉を言い淀む。

 彼の視線は、何故か璃音に向いている。

 何故だろうか。何か璃音に言いたいことでも?

 いや、よくよく見ると祐騎も璃音の方を見ていた。

 自分が見ていることに気付いたのか、祐騎は一瞬鼻を鳴らすように息を吐き、緩んだ口端を隠すように手を当てる。

 

「久我山センパイが一撃入れて許したのに、僕たちが何もしないで許すっていうのもなんだよね。控えめに言って僕らも一撃入れた方が良いんじゃない? って言いたいんでしょ?」

「いやそこまでは思ってねえよ?」

「どうだかね。それにほら、こういう機会じゃないと叩く機会とかなさそうじゃん」

「いやまあ……確かにそりゃそうだが、そんな仕返しみたいな……」

 

 洸の返しに、やれやれと首を振る祐騎。

 意気地がないなぁとでも言いたげな雰囲気だ。

 そんな反応をする祐騎を咎めたのは、志緒さんの大きな手。

 

「オラ」

「うわっ。ちょっと何すんのさ」

 

 志緒さんの大きな手が、祐騎の頭を優しく押さえつける。

 

「別にこれからいくらでも叩き合える仲になればいいんじゃねえのか」

「! そう、だな。流石は志緒さん、良いこと言うぜ」

「だがそれとは別にケジメとしての一撃が必要だって言うなら」

「いや、いらな「必要だって言うなら?」」

「俺は郁島に託すことにする」

「…………えぇえ!?」

 

 

 突如話を振られた空が、狼狽した声を上げた。

 

「ちょっ、高幡先輩、何をっ」

「流石に年下の女子にはな……その点、郁島なら拳の重さも同じくらいだろ」

「いや……ええ!?」

「なるほど、じゃあ僕もそれに便乗しよっと」

「ユウ君!?」

「ユウ君って呼ばないでってば」

 

 空の味方がいない……自分はどうしようか。

 

 

──Select──

  皆を止める。

 >空に託す。

  一緒に頭突きするか?

──────

 

 

「そんな、岸波先輩まで!?」

 

 驚きの表情でこちらを見る空の視線をどっしりと受け止める。決して目は逸らさない。後ろめたいような気分がするからだ。

 いやまあ別に止めても良かったのだけれど。

 

「洸はどうする?」

「こ、洸先輩……」

「…………悪いソラ。頼んだ」

「そんなぁっ!」

 

 洸も空気に負けたのか、空から目を逸らしつつ彼女に依頼することに。

 これで、彼女の拳もしくは頭に男子4人の想いが乗ったことになる。

 急にそんなものを託されても困るのだろう。空の視線が、自分たちと柊の間を行き来していることからも、焦っていることが分かった。

 それを同じく察したのか、柊が柔らかく微笑んで。

 

「大丈夫よソラちゃん」

「あ、アスカ先輩?」

「覚悟は、決まっているもの」

「勝手に決めないでくれます!?」

「……せ、せめて鳩尾だけは避けてくれると助かるわ」

「全然決まってないじゃないですか!!」

 

 そのやり取りを、高見の見物と行く男子4人。

 どう思う? もう鳩尾しかねえな。みたいな話ばかりしている。

 璃音と美月の呆れたような視線が刺さるけれども、気にしないことにした。

 

「え……えい!」

 

 そろそろ止めるか、と思っていると、いつの間にか覚悟を完了させた空が、拳を柊の方へ突き出した。

 何の音も鳴らないような、弱弱しいパンチ。

 

「み、鳩尾を守りたいなら、今後は気を付けてください! なんか遠慮があるな、って思った時には、容赦なく行きますから!!」

「ソラちゃん、そんな“仲良くしてくれないとドつきます”みたいな宣言をしなくても。イジメっこじゃないんだから」

「リオン先輩もその時は一緒に一発入れさせてもらいますから!」

「何で!?」

「筋を通した結果です!」

「なんも通ってないケド!?」

「……も、もう仲良くない人皆さん殴りますから! 良いですねミツキ先輩」

「え!? 私もですか!?」

「当然です! もう仲間なんですから!」

 

 空がはっちゃけたことで、女子4人がわいわいと盛り上がり始める。

 水を差すのも気が引けたので、男子4人は先に空き地から出て、公園の方へ。

 近くにあるオープンカフェにて席を取り、休んでいることに。

 

「……霧、薄くなってるな」

 

 遠ざかった女子たちの喧騒をBGMにしつつ、洸がぽつりと呟いた。

 確かにだいぶ視界がクリアになったような気もする。これも先程の大型シャドウを倒したお陰だろうか。

 

「このまま時間が経過すれば、今回のこの異変は解決かな?」

「まあ、霧が収まるってことは、そうじゃねえか?」

 

 この一連の騒動は、霧が発端となっている。

 濃霧の中、シャドウが現実世界に出て来て、人を攫う。その行為が行方不明事件となっていたのだ。

 ……?

 

「そういえば、異界の中で行方不明になった人って見たか?」

「「「…………」」」

 

 考え込む。

 しかし、誰も望んでいる答えを口に出来る者はいなかった。

 あの時は急いでいたし、異界をすべて攻略したわけではない。柊が通った道筋を追っただけ。もしかしたら脇道のどこかに纏めて収容されていて、異界化が解けると同時に解放されているかもしれない。

 しかし、もし“違った”ら?

 

「……明日から、街の様子を見て確認していこう。祐樹はネット関係を頼む」

「りょーかい。一息吐くのは、全部終わってからだね」

「柊たちに知らせるか?」

「ああ、だけれど少し時間は置こう。何より今日は全員疲れただろうし、向こうはこれからお泊り会だって言うからな」

 

 それに、柊はどうか分からないけれど、美月は気付いているはずだ。

 一晩語り合うというのなら、多分どこかでその話題も上がるだろう。

 

「……なんか、違和感があるんだよな」

 

 洸は飲みかけの珈琲が入ったカップを口に近づけたものの、傾けることはせずにそのまま離し、ぽつりと小さく呟く。

 

「違和感?」

「ああ、喉に小骨が刺さったみてえな、嫌な感じだ。だがそれがなんのことだか分からない」

「大丈夫? 柊センパイ叩いてスッキリしてきたら?」

「それでスッキリするのお前のイタズラ心だけだろ」

「まあね」

「……いや認めるのかよ」

「コホン、まあ何にせよ、何か分かったら報告してくれ。今日はこれで解散にしよう。あの4人には戻ってきた時に伝えておくから、みんなも帰って休んでくれ」

「「「応」」」

 

 ……ひとまず、自分たちと柊を隔てていた壁はなくなり、目下顕現していたシャドウの討伐は済んだ。

 後は心配が杞憂に終わることを願うとしよう。

 

「……それはそうと、あの4人はいつになったら移動するのだろう」

 

 積もりに積もった女子たちの立ち話は、長い。

 まあでも今日くらいはゆっくり話してもらおう、と心の底から思えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月16日──【マイルーム】SPiKAの少女の相談 1

 

 

 夢を見た。

 意味を求める夢だった。

 

 5回の死闘を経て、辿り着いた次の舞台。

 ついに切り札を見せた相方と共に挑むのは、同じくここまで勝ち残ってきた少女。それも話したことのないような他人でなく、決して交流の少なくない相手だった。

 そもそも勝ち残った面々は少なく、もうほとんどが顔見知り。顔を見合わせ、言葉を交わした回数が多くなればなるほど、やりづらさは増す。

 今まで誰と戦った際にも、夢の中の彼は深く感情移入していた。となれば、今回は一層の迷いなどがあるのでは……と心配したものの、どうやら杞憂とは言えずとも、精神状態は悪くない感じのようだ。

 相方としっかり絆を深められていることや手伝ってくれる友がいることが、良い感じに作用しているのかもしれない。

 

 協力者たちの力を借りながら、ひとつひとつと困難を越え、遂に決戦の日が訪れる。

 決戦の地へ向かう中で語り合う2人。互いの想いを吐き出し、後悔なく戦いへ挑む。

 やがて訪れる終着。決着の時が訪れ、立っていたのは──岸波白野とその相棒だった。

 彼は消えてゆく少女を見詰める。

 少女は笑顔を浮かべたまま、多くは語らず去って行った。

 

 戦いを終えた岸波白野は、色々な感情を抱えつつ、己の部屋へと帰る。

 その途中で、次の試合で戦うであろう少年と出会い──

 

 

────

 

 

 夜が明け、朝が来た。

 例の夢を見て、気持ちは晴れないものの、どうやら天気は晴れたままらしい。

 ……夢の中の彼は、あの戦った少女に対し、友情に近い何かを少なからずは感じていたはずだ。

 夢では、感情まで読み取ることはできない。果たして彼は、何を考えて戦ったのだろうか。

 自分が同じ状況に陥るとは思いたくもないけれど、果たしてそのようなことが起こった場合、自分は闘うことができるだろうか。

 戦わなければならない現実を、認めることができるだろうか。

 ……いや、そうなった場合は、きちんと話し合いをしよう。あの夢のように、闘わないという選択肢を封じられることはないはずなのだから。

 

「……バイトに行こう」

 

 どうしても嫌な想像をしてしまうので、忙しさで思考を鈍らせていこう。

 

 

──夜──

 

 

────>【バス】。

 

 

「……?」

 

 神山温泉でのバイトの帰り道。バスの振動とは別に、サイフォンが振動したことに気が付く。

 誰かから連絡が来ているらしい。誰だろうか、と確認してみると、予想外の名前の表示が。

 

「怜香?」

 

 この前連絡先を交換したアイドルから、連絡が入っていた。

 何かあったのだろうか。

 

『リオンのことで相談があるわ。時間取れるかしら?』

 

 相談か。

 断る理由はない。

 

『ああ、どこで会う?』

『そうね、記念公園なんてどうかしら。外で申し訳ないけれど』

『いや、そこなら自分も行きやすいから大丈夫だ』

『なら、よろしく頼むわ』

 

 時間の確認をして、サイフォンのチャットを終える。

 璃音に何かあったのだろうか。

 昨日……までは色々あったような気がしなくもないけれど。

 とにかく急ごう。

 

 

────>杜宮記念公園【杜のオープンカフェ】。

 

 

「ごめんなさい、待たせたかしら」

 

 椅子に腰かけて待ち人を待っていると、見覚えのない人から声を掛けられた。

 と思ったけれど、よくよく見れば呼び出したその人。

 変装した如月 怜香だった。

 ……一目で分からないくらいが、変装だよな。うん。

 

「怜香か。こんばんは」

「ええ、こんばんは。よく来てくれたわ」

「いいや、近所だから気にしないでくれ」

「あら、そうなの?」

「ああ、ここからも見えるあのマンションだ」

「……へえ、良いところに住んでいるのね」

「縁に恵まれてな」

「そう」

 

 それだけ言って、特に追及はしてこない。

 自分も何て説明して良いか分からなかったから、はっきりとした答えにできなかった。深く追及された場合、わざわざ北都グループとの関わりから話してしまえば長話になる。

 彼女も忙しい身だろうし、自分の境遇などに時間を割きたくはないだろう。なら、これで良かったのかもしれない。

 

「今晩来てもらったのは他でもなく、リオンのことで少し聞きたいことがあるのよ」

「ああ、相談があるんだろう?」

「ええ。リオンは今、学校でどういう扱いになっているか、聞いても良いかしら? 休業を発表してからもアイドルとして振る舞ってる?」

 

 璃音の普段の振る舞い? そうだな。

 

 

──Select──

 >前と変わらない。

  より振る舞いに気を使っている。

  よく分からない。

──────

 

 

 これは、推測の話だ。

 自分が転校してきて、その次の週あたりには、彼女は休業を発表していたのだから。

 ただ、周囲の話で、感じが悪くなったとか、良くなったとかそういう話は聞かず、彼女は休み時間もクラスに居るアイドルとして振る舞っているように見える。

 

「……そう、変わらないのね」

「何か気になることでも?」

「いえ。……ああ、そうだ。なら放課後はどうしているのかしら。今は部活とかに所属しているの?」

「ああ、それなら自分と同じ同好会に所属している」

「同じ同好会? へえ、詳しく聞かせてくれる?」

「ああ」

 

 正直どうしてそんなことを聞きたがるのか分からないけれど、問われたことに1つ1つ答えていく。

 どんなことをする同好会か? という質問に対しては、身近な人の悩みを聞くのが主で、たまに流行している噂話、衆人の興味関心の種などを調べる活動をしている、と。

 メンバーは2人か? と聞かれたので、自分と璃音を含めて8人ほどだ、と解答。

 楽しそうにしているか? という問いには、仲の良い友人もいるし、嫌がっているような素振りは見せてないな。と答えておく。

 

「でも、あの子らしいような気もするわね。人の悩みを聞く活動、だなんて」

 

 そう言う怜香の顔はとても柔らかく、どことなく空気が緩くなったような気がする。

 ということは、先程までは少し気を張られていたのだろうか。

 自分が警戒されているのか、もしくは尋ねたい内容が彼女にとって重かったのか。はたまた別の理由もあり得るだろう。知る由もないことだけれど。

 

「まあ、人の笑顔を大切にしている璃音には向いているかもしれないな」

「あら、そんなところまで知っているなんて、本当に仲が良いのね」

「かれこれ半年くらい、友人でいさせてもらっているからな」

「いさせてもらっている、だなんて下手で話すことはないわよ? それは、貴方を友人と思っているあの子に失礼だわ」

「……すまない、ありがとう」

「いいえ」

 

 叱りつけるような厳しい目をこちらに向けていた。

 何かが勘に触ったのかもしれない。

 言葉の通り、璃音に対して失礼なことを言ってしまったからだろうか。

 たしかに、先程の言い方だと璃音が惰性やお情けで友人を続けているようにも聞こえてしまうか。気を付けなければ。

 

「でも、そう。貴方も同じ活動をしているのね」

「似合わないか?」

「外見での印象で良いなら、似合っていると思うわよ。中身については流石にまだノーコメント」

「それはそうだ」

 

 まだ邂逅も2回目。

 それも1回目はろくに話していない。会ったのも1対1ではなかったし、仕方のないことだけれど。

 そんな状態で、人の性格を判断し、向き不向きを語ることはできないか。

 怜香の真面目さを垣間見た気がする。

 

 

──Select──

 >悩みがあれば手伝うぞ。

  璃音とこういう話はしないのか?

  外見的に似合うってどういうことだ?

──────

 

 

「私、同じ学校の生徒じゃないわよ?」

「生徒の友人だろう。それに、自分たちは高校の同好会だけれど、活動範囲は杜宮全域だ。市内の人も市外の人も、杜宮で聞けて杜宮で解決できるなら相談可能らしい」

「……いや、らしいって何よ」

「詳しく決めたことなかったからな」

 

 まあ洸が個人でやっているし、良いだろう。

 地域貢献的活動というものだ。多分。

 ……一応今度、みんなと口裏合わせをしよう。

 

「……そうね、その機会が来たら、お願いしようかしら」

「ああ。その時は是非」

 

 そう言って、微笑む彼女。

 気のせいか、まだ何かありそうな気はするのだけれど……流石にまだ踏み込めないな。

 

「じゃあ、聞きたいことは聞けたし、帰るわね」

「もう良いのか?」

「ええ、今回はこれで十分。それじゃあまた」

 

 別れを告げ、アイドルである彼女は颯爽と歩き出す。

 ……すっかり暗くなっているけれど、帰り道は1人で大丈夫なのだろうか。

 

「あの、送ろうか?」

 

 声を掛けると、彼女は驚いたような顔をしながら振り返った。

 しかし、彼女は首を横に振る。

 

「大丈夫よ、公園出たところにいるタクシー呼ぶから。……心配してくれたことには感謝するわ」

「あ、ああ……」

 

 そうしてまたくるりと進行方向へ顔を向けて、右手で鞄からサイフォンを取り出し、耳元へ持っていく。タクシーを呼ぶのだろう。

 逆の手をひらひらと振っているのは、恐らくこちらへの挨拶。

 それもすぐに終わり、彼女はサイフォン越しでの会話に集中し始めた。

 

 何を考えているかは分からなかったけれど、縁が深まったような気がする。

 ……家に帰ろう。

 

 

 




 

 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが2に上がった。


────



 選択肢回収
 144-2-2。
──Select──
  悩みがあれば手伝うぞ。
 >璃音とこういう話はしないのか?
  外見的に似合うってどういうことだ?
──────


「ええ、前まではよくしていたけれど、最近は……いいえ、何でもないわ」

 何でもないような口ぶりではなかったけれど。
 何かあるのだろうか。
 いや、そこを話すつもりはないのだろう。だからこそ、彼女は遠回りで璃音のことを聞き出そうとしていた、のかもしれない。推測だけれど。
 ともすれば今回は、何かあった時に相談できる相手がいると意識付けられただけで良かったとしよう。

「じゃあ、聞きたいことは聞けたし、帰るわね」
「もう良いのか?」
「ええ、今回はこれで十分。それじゃあまた」

 今回は、ということは、次もあるということ。
 また次の機会にでも一歩大きく踏み込んでみればいい。

 別れを告げ、アイドルである彼女は颯爽と歩き出す。

 →以下合流。


────
 144-2-3。
──Select──
  悩みがあれば手伝うぞ。
  璃音とこういう話はしないのか?
 >外見的に似合うってどういうことだ?
──────

 いや分かっているのだ。言わんとしていることは想像がつく。つかない訳がない。それでも、諦める訳にはいかない。
 希望を見ることは、決して間違いではない。一縷の望みに縋る行為は、愚かであっても罪ではない……!

「言ってもいいの?」
「ああ、ぜひ」
「人畜無害な外見というか、威圧感がないこともあって、相談とかをされるには向いているんじゃないかしら」
「……」

 ……なんて言うか、いっそ地味と切り捨てられた方が、素直に落ち込めたな。
 いや、言っていること自体は、平凡な顔つきと言っているのと大差ないけれど。
 
「はあ……」
「露骨に落ち込んだわね」
「いや、別に良いんだ。相談しやすいっていうのは、良いところだしな。ありがとう」
「いいえ、思ったことを言っただけよ。あくまで外見上での話だしね」
「ああ。……それで、伶香は何かないのか?」
「?」
「悩み。自分は相談しやすそうな顔なんだろう? あるなら聞くけれど」

 ただ聞いただけなのに、彼女は少し驚いた顔をしていた。
 何故だろうか。

「……そうね、今は間に合っているから大丈夫。その機会が来たら、お願いしようかしら」
「ああ。その時は是非」


 →以下合流。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月17日──【マイルーム】志緒さんの恩返し 1

 

 

 月曜日。今週は第3週目にあたるので、敬老の日で学校は休みだ。

 予定が入っていない為、丸1日空くことになってしまった。どうしようか。

 取り敢えず、誰かと遊びつつ、町の様子が見たい。

 問題は、誰を誘うか、なのだけれども。

 ……そうだな、祐騎を誘ってみようか。

 

「という訳で、暇か?」

『いや、そんな外とか見て回りたくないんだけど』

「まあまあ」

『ヤだってば。……あ、そうだ。なら情報の整理とか手伝ってよ。それならハクノセンパイも文句ないでしょ?』

「ああ」

 

 元より何を言われても文句はないのだけれど、せっかくやる気になってくれているのならば、付き合おう。

 呼ばれるがままに、祐騎の部屋に向かった。

 

 

────>【祐樹の部屋】。

 

 

 いつも通りのヘッドフォンを頭に付けた祐騎に出迎えられ、彼の部屋へと入る。

  綺麗に整列された本などが目に入った。どうやら葵さんが来たばかりらしい。

 彼女は今でも定期的に部屋の片づけに来てくれているのだと言う。大半は祐騎が自分でやっているようだし、それでも十分に部屋が綺麗にはなるのだけれど、やはり生活力のある大人は一味違う。

 彼女が片付けた後は、一層部屋が整って見えるのだ。

 流石だな、と感心しつつ、祐騎へと視線を戻す。

 

 

「それで自分は、何をすればいいんだ?」

「ちょっと待って」

 

 パソコン用デスクの前に戻った祐騎は、椅子に座りキーボードへ手を置いた。

 そのままカタカタと何かを打ち、2・3分が経った辺りで、強くエンターキーを押す。

 

「今、センパイのサイフォンにデータを送ったから、そっちを確認してくれる?」

「確認って?」

「あー……取り敢えず、見やすいように整理してくれない? あとその上で不足している情報があったら探すとか、まっそこら辺はそっちに任せるから」

 

 と言われてもな。とは思いつつ貰ったデータを開き、目を通してみた。

 確かに少々情報が乱雑なように見える。ざっと見た感じでも、不必要そうなデータなどに必要そうな情報が埋もれていた。

 まずは見やすいようにデータを纏めるか。

 

 ……纏めていくうちに分かったことだけれど、祐騎が自分に任せた分は多分、信憑性が低いものの集合体みたいだ。後回しにしようと、適当に押し込んでおき、暇になった時にでも解読しようというものばかり。だからこそ自分でも出来ることが多い。

 まずは言われた通り、色々と詰め込まれた情報たちの整理整頓。同じようなものがあれば重要度の高いものとして設定し、一部だけを抜粋する形で縮小化して纏めていく。ないものはグループ分けをして……うん、こんなものか。

 後は不足している情報だけれど、出向いて話を聞きに行くのは難しいし……仕方ない。コミュニケーションツールとかで探していくしかないか。

 そうして暫くの時間が経ったが、経過は芳しくない。

 パソコンに向かい合ったままの祐騎の方は、どうだろうか。

 

 

「……祐騎」

「なに?」

「何かいい情報は見つかったか?」

「見つかってたら共有してるよ」

「まあ、そうだよな」

「……良い情報が見つからないってことは、進展が何もないってことかもしれないからね」

 

 例えば家族の行方不明をネット上で報告した人が居たとして、その人は行方不明者が帰ってくれば、発見の報告をするだろう、とのこと。

 それがまったくないということは、帰って来ていない可能性の方が、高い。

 

「まあまだ解決して1日だし、ボクらが知らないだけで、戻ってくるのに時間差があるのかもしれない。そこら辺は本当に分かんないけどね。一応集団昏睡事件みたいな記事とかも探したけどなかったし、何よりまだ全然調べ終わってないかな」

「なるほど」

 

 判断を下すには必要なピースが足りないらしい。

 そういうことなら、仕方ないな。

 

 ひとまず情報を纏め終えた。

 どうやら結果が出るのには今しばらくかかるとのことなので、後は祐騎の報告を待とう。

 ……そろそろ縁が深まりそうな気がする。

 

「本当に良いのか? 夜まで手伝わなくて」

「良いよ。元からこっちは1人でも出来ることだったし。まあ手伝ってもらったことには一応礼を言っておくけど」

「どういたしまして」

「……じゃ、また」

「ああ、また明日、学校でな」

「……明日学校だっけ」

 

 ドアの向こうに消えて行く際、何やら怖いことを呟いていたが、大丈夫だろうか。いや、認識した以上大丈夫なのだろう。謂わなかったときのことを考えると怖かったけれど。

 ……さて、帰るか。

 

 

──夜──

 

 

 家に帰ってゆっくりしながら、夕飯の献立を考えていると、サイフォンが鳴動した。

 志緒さんから電話が掛かってきている。

 出るか。

 

「もしもし」

『よう岸波、今晩時間あるか?』

「ああ。どうかした?」

『いや、少し料理の発想が浮かんでな。飯でも食いに来ねえかと思ったんだが』

「……そんな何回も良いのか?」

『おう。代わりと言ったらなんだが、意見を聞かせてくれ』

「分かった」

 

 ……さて、【玄】へと向かおう。

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

「お待ち。生姜焼き定食だ」

「ありがとう。いただきます」

 

 エプロン姿の志緒さんが、湯気の立つトレイを運んできた。

 メインとなる生姜焼きや、付け合わせのサラダ。ご飯に汁物。あとは漬物が乗っている。

 もう既に良い香りが漂ってきており、食欲が大いにそそられていた。

 一見すると特に普通の定食と変わりがないが……取り敢えず食べてみるか。

 

「……!」

 

 肉が柔らかく、口に入れた途端生姜の風味がよく届く。

 だけれど、同時に少し違和感があった。

 

「どうだ?」

 

 志緒さんがやや不安そうな面持ちで尋ねてきた。

 ……なんて伝えようか。

 

──Select──

  詳しく伝える。

 >違和感だけを伝える。

  ひとまず隠す。

──────

 

「味に違和感がある、かと」

「……そうか。ちなみにどんな感じだ? 濃いとか薄いとかか?」

「濃いは濃いんですけれど、それ以上に……うーん」

 

 感想を依頼されているので、最初はゆっくり味わって食べてみる。

 すると、段々と最初に得た違和感の正体がはっきりしてきた。

 

「なんか、味にまとまりがない……というか。噛んでいる途中に出てくる味が、なんだか過剰というか……」

「やっぱりか」

 

 自分の答えに険しい表情をした志緒さんは何かを納得したらしい。

 メモ帳のようなものを取り出して、何かを記入していた。

 

「やっぱりっていうことは、狙ったのか?」

「いや、確かに仕込み段階で2種類の味は用意していた。だが、それを適切なアクセントになる程度に目立たせないよう、濃いめのタレを使用したんだが……」

 

 確かに味は濃く、最初こそ違和感を覚える程度だった。いや、最初の時点で、アクセントと言っていられないほどの違和感がある程度には粒だっていたのは問題か。

 だから最初に、その違和感が濃い薄いという個人の好みの問題かどうかを聞かれたのかもしれない。

 実際は問題はそこだけでなく、味同士の乖離に行きついた当たり、彼にとっては失敗に当たるのだろう。

 

「自分で味わってみた時、どうも納得いかなくてな。最初から味が複数存在するのを知っているから意識しすぎているんじゃねえかと思って、他の奴にも試食を頼んでみることにした訳だ」

「なるほど」

「悪かったな」

 

 知っていると気になる、というのはあるのだろう。つい味を探してしまうというか、気にし過ぎて敏感になってしまうのはよく分かる。何も食べ物の話じゃなくて、日常生活でもよくある話だ。掃除とか、ものづくりとか。特定の場所の問題を知っていて、それを誤魔化そうとした場合、どうしてもそこが目立って見えるのだ。

 だからこそ第三者に依頼し、何も伝えず味見を頼むというのも、理解の及ぶ範囲の話。

 そんな、眉をㇵの字にして謝られるようなことでは、ない。

 

「いや、別に大丈夫だ。試食に付き合うと言ったのはこちらだし、食べられない訳ではない」

「……そうか、助かる」

 

 

──Select──

 >客に何か言われたのか?

  メニューの改良か?

  生姜焼きに何かダメなところが?

──────

 

「? 別に何も言われてねえが」

「そうか。てっきりクレームでも来たのかと思った」

「……ああ、すまねえ。心配かけたか。そういうのじゃねえんだ。ただ、な……」

 

 自分がまだ食べているからか、腰を掛けずに立ったまま話を続ける志緒さん。

 彼は腕を組んで、難しい表情を隠さずに、話を続ける。

 

「技術を教えてもらうだけじゃ、決して越えることはできねえからな」

「……ああ、じゃあこれは、恩返しの一環ってことか」

「そうなるな」

 

 住み込みで働かせてもらって、料理まで教えてもらっている恩を返したい、という活動の一環だったのだろう。

 新しいものを考案し、認めてもらえれば、店の利益にもなるし成長も報告できる。確かに単純明快。これ以上ない案だろう。

 しかし、簡単にいかないことも、彼には分かっているはずだ。

 

「まだまだ壁は高いか」

「だな。付け焼刃の技術じゃ、やっぱりどうにもならねえ。……また何か考えるか」

「結構、こうしたものを考えているのか?」

「ああ。つっても多くて月に2、3個。それも今までは試すだけ試して終わりだったんだが、BLAZEの奴らとの交流も復活して、お前らみたいな後輩とも関わり合いを持った。なら、こういうのもアリかと思ってな」

 

 ずっと続けてきた努力。恩返しに向けての研鑽を、彼は怠っていない。元々真面目なのは分かっていたけれど、思ったより活発的と言うか、積極的だった。まだそういう経験はないけれど、仮に自分が切羽詰まった状況でなく、同じ環境に置かれた場合、まずすべてを習得し終えてから、そういった挑戦に取り掛かるだろう。

 そこら辺は、スタンスの違いというか、個人差なのだろう。

 今日は来てよかった。また1つ、彼を知ることができたのだから。

 ……縁が深まったような気がする。

 

 それにしても、こういう所で頼ってもらえるのは嬉しいな。

 

「また何かあったら是非呼んでくれ。力になれることがあったら協力する」

「……そう言ってもらえると助かる。声は多い方が良いからな。岸波も、何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「ああ、その時は頼らせてもらう」

 

 とはいえ、結構頼らせて貰っている気がするけれど。

 まあそれは置いておこう。

 志緒さんが頑張っているところを見ると、自分も頑張って恩返ししなくてはと思えてくる。

 同じく返し甲斐のある大恩を背負う身。彼の恩返しの行く末は、自分としても気になるところだ。

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。……遅い時間だし、送っていくぞ」

「いや、腹ごなしも兼ねて、歩いて帰るから大丈夫だ」

「そうか……今日は助かった。また明日な」

「ああ、また明日」

 

 ……帰るか。

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが2に上がった。


────

選択肢回収
145-2-2
──Select──
  客に何か言われたのか?
 >メニューの改良か?
  生姜焼きに何かダメなところが?
──────


「改良ってほどのことじゃねえが、まあ少しここを変えたらどうなるのか気になってな」
「へえ、色々考えているんだな。そういうアイディアってどこから来るんだ?」
「主にネットや本だな。特集されている味付けの方法とかがあると、試したくなる」

 ああ、自分の店の料理に応用できる何かがないを確かめている、ということか。
 勉強熱心なんだな。

「今回もそれか」
「ああ、ついこの前も、生姜焼きの肉を柔らかくするために包丁で下処理を施してたんだが、その時にふと思い至ってな」
「味を2種類にすることを?」
「いや、結果的にそうはなったが、そもそもは下処理に使う材料を変えてみようと思っただけだ」

 なるほど。
 つまり色々と下処理をしていく中で、2種類下処理した肉を纏め上げれば美味しくなるのでは? と思い至ったわけか。
 ……迷走していないか?

「どちらも一応単体ではなかなかに上手かったんだが、オリジナルを越えてねえ」
「だから足し合わせたと?」
「……ああ。なんだかすまねえな」
「でも、美味しくなるビジョンはあったんだよな?」
「勿論だ。一番掛け合わせて違和感ないはずの味を選び抜き、纏め上げるタレの濃さも調節した。が、これじゃあダメだな。付き合わせて悪かった」
「限界まで挑んでの失敗なら、仕方がないだろう」

 そこで謝られるのは、気分が良くない。
 だってそこまで頑張ったのなら、その努力は他ならぬ自身が認めていないとダメなこと。必要以上にアイディアを貶すのは、今後にも繋がらなくなってしまう。

「それでも、他の人に意見を聞いてみたらどうだ?」
「いや、だが……」
「自分は何もアドバイスできないが、他の誰かなら良いアイディアが浮かぶかもしれない。その為の仲間だと思うけれど」
「……!」

 指摘すると、志緒さんははっとしたような表情を浮かべた。
 言いたいことは、伝わったらしい。

「……少し気は引けるが、批評からも助言からも逃げてたら、成長しねえよな」

 黙って頷きを返す。
 それに対して、志緒さんも頷いてくれた。

「危うく間違えるところだった。有り難うな、岸波」
「いや、今後とも何か力になれることがあったら言ってくれ。協力は惜しまない」
「……そう言ってもらえると助かる。岸波も、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ああ、その時は頼らせてもらう」

 →以下合流。何で志緒さんがそんなトチ狂ったようなアイディアを持ってきたのかというお話。


────
145-2-3
──Select──
  客に何か言われたのか?
  メニューの改良か?
 >生姜焼きに何かダメなところが?
──────

「いや、そういう訳じゃ、ねえんだがな……」
「?」

 突然、言葉に詰まった志緒さん。
 何かあったのだろうか。

「なあ岸波」
「はい?」
「自分が作ったものを、陰でこそこそ弄っていたら、普通は不快に思うよな」
「……そこに愛や情熱があれば、問題ないかと」

 ただいたずらで変えるなら、それは制作者に対する冒涜にも等しい。
 けれども何か理由があっての行為なら、そうはならないんじゃないかと思う。

「今岸波に聞かれて初めて、自分の行為が今の味を否定していると思われるんじゃないかと気づいてな」
「ああ、それで……でも、その意図はないんだろう?」
「ない。俺も今の味は好きだしな」
「なら大丈夫だろう。しっかりとそれを伝えれば」
「……そう、だな。それに、例え伝わらないとしても、これは俺のやりたいこと、俺の恩返しだからな。止める訳には、いかねえ」

 ……なるほど、恩返しの為に。
 確かに自身の成長を分かってもらうことにも繋がり、かつお店の利益にもなり得る。万々歳と言って良い。上手くいけば、だけれど。

「どれか1品が上手くいってからでも良いから、しっかり話した方が良いと思うぞ」
「……ああ、助かった」
「いや、恩返しっていうなら他人事じゃないしな。これからも続けるんだろう? 何かあったら気軽に頼ってくれ」
「……そう言ってもらえると助かる。岸波も、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ああ、その時は頼らせてもらう」

 →以下合流。♪の出ない選択肢ですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月18日──【通学路】霧が晴れた次の登校日

 

 

 休日が明け、平日になっても、霧は晴れたままだった。

 通学路を歩く同じ杜宮高校生たちの表情は、天気と同じく晴れている。漸く異常気象が収まったのだ。嬉しくない訳がない。

 だがその一方で、不安そうな顔持ちの人達もいる。単純にまったく関係ないことで落ち込んでいる人や、晴れてしまって憂鬱になる人。……そして先日までのような原因不明の異常気象がまた起こるのではないかと恐れる人。

 当然だろう、原因不明なのだから。天気も事件もよく分からないまま急に解決したということは、後ろ向きに考えると、また急に起こることもあるということ。時間が解決してくれるだろうけれど、それを解決するにはまだ3日ほどでは足りない。

 自分はどうなのか、と考えてみるに、抱いている気持ちの3割ほどは不安だろうか。誘拐事件の顛末が、どうしても気になる。

 

「おはよー!」

 

 後ろから、小走りで近付いて来る足音が聞こえた。

 聞き覚えのあるような声だった気がして、振り返る。

 璃音だった。

 後ろには柊もいる。

 

「おはよう璃音、柊も」

「ええ、おはよう岸波君」

「……登校日に会うのも珍しいけれど、2人が一緒に登校してくるのも珍しいな」

「ああ、昨日もお泊り会だったの。アスカの家で」

「……あれ、でも土曜日も」

「そうだよ。それから一回解散して、ちょっとしたヤボ用でもう一度4人でお泊りになったワケ。ね、アスカ」

 

 土曜日だけでなく、昨日もお泊り。しかも女子4人全員集合でか。見違えるほどの仲の良さだな。

 しかし、話題に出た空と美月の姿がない。

 

「ソラちゃんは朝練よ」

「ミツキ“さん”は生徒会の仕事だって」

「……ああ、忙しいんだな、2人は」

「あたしたちが忙しくないみたいな言い方しないでくれない? あーでも……あんなに夜遅くまで話してたのに、2人ともタフだよね」

「そうね……一緒に起きてくれたはずだけれど、流石に眠いわ」

「一体何時までやってたんだ?」

「「……さあ?」」

 

 揃って首を傾げる2人。

 どうやら本当に覚えていないらしい。

 時計を見ることなく寝落ちした、ということだろうか。

 ……遅刻しなくてよかったな。そこら辺は、早起きに慣れているであろう美月や空のお陰だったりするのかもしれない。

 

「そうだ、岸波君」

「なんだ?」

「土曜の夜、“リオン”たちに話したこと、皆とも共有しようかと思うのだけれど、10月の3連休って空いているかしら?」

「3連休……」

 

 そんなものあっただろうか、とサイフォンを起動してカレンダーを見てみる。

 確かに6・7・8日で連休になっていた。

 ここに何かあるのだろうか。

 

「今の所、空いている」

「なら、もう少しの間だけ空けておいてもらえるかしら? 他の3人にも聞いてみて、大丈夫そうなら予定確定させるから」

「分かった」

 

 他の3人。これが男子の数を指すなら、女子全員は了承したということだろう。

 つまり全員で集まって何かするということだろうか。

 ……うん、楽しみだ。

 

「どうかしたの? 急に笑って」

「いいや、すまない。何でもないんだ」

「そう。……あ、それとは別に、今日の昼休みは集まれるかしら?」

「ああ、それは大丈夫だけれど」

「なら、みんなで昼食でも食べながら、“今後のこと”について話しましょう」

 

 今後のこと。つまりは、土曜の一件の後始末や、経過の確認など。

 願ってもない申し出だった。

 気付けば女子同士の呼び方が変わっていたことも含めて、できれば詳しく聞きたい。まあ野暮だろうし聞かないけれども。

 

 

「ただ、何で昼に? いつもは放課後だよな?」

「そ、それは……」

 

 柊が顔を逸らす。

 心なしか、若干赤くなっていた。

 一歩下がった所で璃音がニヤニヤしながらそれを見ている。

 その視線に気付いたのか、柊は人差し指で璃音の頬を押した。

 

「ひょっ、ひゃめ」

「ふふっ、何を言っているか分からないわね」

「……ヤメテってば!」

 

 パシッと手を叩き落とした璃音は少し怒ったような、しかし嬉しそうな表情で、柊を見る。

 ……ああ、本当に距離が近くなったな。

 

「それでアスカ、どうしてお昼なのかな?」

「……貴女は知っているでしょう」

「アスカの口から言うべきだと思うケド?」

「うっ」

 

 相変わらずニヤニヤと笑う璃音を眼力で諫めようとするも、効果は出ず。

 柊は諦めてこちらへと向き直り、鞄を開いた。

 ……気付かなかったが、ずいぶん鞄が膨らんでいる。

 

「その、お弁当を……」

「お弁当を?」

「……作った、のよ」

「……自分たちに?」

「……ええ、お詫びも兼ねて。だから、お昼はそれを食べながら話しましょう」

 

 ちらりと覗かせる鞄の中には、確かに大きな風呂敷ようなものが入っている。

 

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおう」

 

 拒否する理由はない。作って来てくれたというなら是非食べたいし、その場で気になっていた話も出来るなら一石二鳥というものだろう。

 了承の言葉を伝えると、柊は肩を撫で下ろした。

 

「……そう。じゃ、先に行くわね」

「……え、ちょっ、待ってアスカ、ねえってば!」

 

 小走りで去って行く柊を、璃音が追いかける。

 緊張、していたのだろうか。

 やはり、言葉で許すと言っただけでは不安だったのかもしれない。

 ……と、話し込みすぎたか。自分も歩くスピードを上げよう。彼女たちに追い付かない程度に。

 

 

 ……そういえば空は結局、託されたことを全うしたのだろうか? いや、まさかしていないよな。

 

 

──昼──

 

 

「え? しましたよ。頭突き」

「「「したの!?」」」

「えへへ。しちゃいました。……って、皆さんがお願いしたんじゃないですか!」

 

 もう。と怒る空が怖かった。

 恐る恐る柊を見る。

 頭部に腫れた痕などは無さそうだけれど、髪でよく分からない。

 

「よく無事でいたな、柊」

「大げさよ。……まあ、流石にやられるときは目を瞑ったけれど」

「だろうな」

「流石の石頭だね、柊センパイ」

「馬鹿にしているのかしら、四宮君」

「ははは、ソンナマサカ。ねえセンパイ方」

 

 柊のジト目がこちらを捉える。

 いや、自分たちは何も言っていないんだから見られても困るんだけれど。

 

「……柊、このおかず美味しいぞ」

「目を逸らさなかったことは褒めるけれど、話は逸らさせないわよ?」

「いや冗談抜きで。なあ洸」

「おう。すごい旨いな」

「……そう。ありがとう」

 

 少し嬉しそうにそっぽを向く彼女。

 テーブルの中央には2つの大箱があり、色々な具材が詰め合わせられている。どうやら朝早くから作ってくれたらしい。夜遅くまで起きていて、朝も早起きしたということか。すごいな。

 そんな彼女の努力の結晶を、昼休みの時間を使ってみんなで食べている。

 ちなみに最初からお弁当を持ってきた志緒さんや、コンビニで買っていた祐騎はそれも一緒に食べていた。普段と変わらないものの中に何かしらのアクセントがあるのは嬉しいだとか何とかで。

 

「しかしこんな量を柊1人で作ったのか?」

「大部分は私ね。多少リオンたちにも手伝ってもらったけれど」

「イヤイヤ、手伝ったって言えないくらいちょっとだけだったよ?」

「私たちは4人で作ろうと言ったのですが、アスカさんが1人で作ると聞かなかったので」

「わたし達が関わったのは料理の提案と味見、それから盛り付けとそれぞれ一品ずつくらいですかね?」

「それじゃあほぼ柊1人で作り上げたってのはマジなのか」

 

 ぱっと数えた限り、15種類ほどのおかずはある。10品以上が彼女の作った品だとすると、本当に凄まじい熱量だ。

 

「……今回の件は、本当に悪かったと思っているの」

「と言っているけれども、まだ何か柊に言っておきたいことがある人はいるか?」

 

 流石に誰も手を上げなかった。

 それどころか、早く許してあげようといった優しい瞳が向けられている。

 寧ろ自分たちはもう許したつもりだったのに、柊の反省が深すぎるのだ。

 

 

「土曜日には言葉で、そして今日は物でもお詫びも受け取ったし、説明も近いうちにしてくれるんだろう? これで完全に手打ちとしよう。柊もそれで良いか?」

「……皆が本当にそれで良いなら」

「イイって言ってんの! 気にしすぎ!」

「……分かったわ」

 

 やや渋々といった形ではあるものの、柊も全員が許していることを認めた。

 よし。これで元通りだな。

 前回、今回と柊が居ない状態での異界攻略をしていたけれど、結果として志緒さんや美月が加入し、柊も戻って来た。戦力としてはこの上ないほど上昇しているし、みんなの仲も格段に深まっている。

 

「それで、柊、璃音、朝言っていた今後のこと、というのは?」

「ええ、そうね。……正直な所、今回の異変は、まだ終わっていないと仮定した方が良いかもしれない」

「……みんな驚かないね」

「まあ、オレたちも終わった後にそんな話はしていてな」

「異界化が解けた時に、周りに誰も居なかったのが気になってね」

「そうですね、それは私たちの方でも気掛かりでした。……ですが問題はそれだけではなくて」

 

 美月は、柊と顔を見合わせる。

 それだけではない。というのは、どういった問題が残っているのだろう。

 

「これは私とミツキさん以外気付けなくて仕方ないことだとは思うけれど、正直言って敵が“弱すぎた”わ」

「……は? いや十分に強かっただろ。柊だって苦戦してたじゃねえか」

「いえ、実際疑問には思っていたわ。あの時は、紛いなりにも経験を積んで来たことで地力が上がり、抗戦できているのだと勝手に納得していた。けれどそれはあくまで主観の話。客観的な視線──ミツキさんも同意見だと言うなら話は変わってくる」

「ええ。あのレベルのシャドウでは、ほぼ間違いなく“現実世界に顕現はできません”」

 

 確かに、強かったは強かったが、今までのシャドウと比べて常軌を逸するものだったかと言われれば、そうでもなかった。

 なんせ、行動が読み切れたのだから。

 全体的に能力は高かったのだろう。それでも、極端な強みのようなものがあった訳でもない。

 ということはどういうことか。

 

「この状況で考えられる事態は3つ。1つ、異界と今回の霧騒動、そして誘拐事件は無関係だった」

「……いや、そんなことあり得るか? ここまで符牒が揃ってるんだぞ?」

「ええ、高幡先輩の言う通り、あり得ないでしょう。だから2つ目、前回の異界の主は霧を起こしただけで、誘拐事件の犯人は同時に出現しただけの別個体だった」

 

 彼女の提示した内容を考えてみる。

 いや、これは否定しても良いはずだ。

 

「それもないね。それだと確かに、シャドウを討伐した結果として霧が晴れたことは説明できるよ? けど、聞いていた噂に反するでしょ」

「だな、確かに動物の遠吠えを聞いたって声はあった。とすると、少なくともあの狼型シャドウは現実世界に出ることが出来ていたはずだ」

「でも、だとすると前提条件の“弱くて現世に関与できない”というところと矛盾してしまう。だからこの考えもなし。故に残るは3つ目。力がない異界の主でも、現世に関与できる方法」

 

 指を3本立てた柊は、ゆっくりと口を開く。

 

「あの大型シャドウは、大元の異界の主の“眷属”であり、あのシャドウを生み出した親元が存在している」

「眷属……って、ちょっと待って。つまりこの前北都センパイが話してた」

「ええ、使い魔と同じですね。つまり連載要因となり得るほど強力な力を持つ異界の主が産み出したシャドウのうちの1……いえ、3体ということになります」

『……』

「産みの親が異界と現実を繋ぎ、そこから狼達を送り出す。そう考えると、狼型シャドウが現世に出てきたことも理由として妥当として見えてくるわ」

 

 空気が、沈んだ。

 あれが、眷属……使い魔だというのか。元の個体はもっと強いと?

 

「……それで」

 

 つい口を突いて出てきた言葉の続きを止める。

 冷静に、自分が今何を言おうとしたのかを考え、周囲のみんなの注目を理解した上で、発言を再開した。 

 

「その主は、どこに居るんだ?」

 

 柊と美月に問う。

 彼女らは顔を見合わせて、頷きあい、こちらに視線を戻した。

 

「戦うというのね?」

「ああ。まだ解決していないというのなら、そしてこれから先も同じ事件が起こると言うなら、止めないといけない」

「相手は、昨日のシャドウよりも遥かに格上ですよ?」

「実力差は、挑まない理由にはならない。目の前で悲劇が起きているんだ。打てる手は考えないといけないし、最終的な解決策も、見通す必要はあるだろう」

「……そう、やはり、前向きなのね」

「そりゃ、そうだろ」

 

 肯定したのは、洸だった。

 

「それが出来ないなら、オレたちは今まで、何のために戦ってきたんだ」

「だよね。あたしもそう思う。悲劇を見過ごさないことと、出来るからコツコツやってく。が、あたし達のモットーだし!」

「ですね! 困ってる人がいるなら、見過ごせません!」

「ま、途中で投げるのは性に合わないし、当然ボスは討伐しないと終われないでしょ」

「俺たちのホームに手を出したんだ。黙ってられるかよ」

 

 洸に続いて、璃音が、空が、祐騎が、志緒さんが、前向きな言葉を返してくれる。

 本当にいつも思う。素晴らしい、頼もしい仲間に囲まれた。

 彼らと、彼女たちと共に、先達2人を見詰める。

 彼女たちは、少し間を開けて……笑った。

 

「貴方たちなら、そう言うと思ったわ」

「まったく、大変なことになりそうですね」

「そう言う割にはミツキさん、楽しそうですよ?」

「アスカさんこそ」

 

 ……思っていた反応と違う。

 もっと窘められると思ったけれども。

 

「勿論、馬鹿な真似はするな、と言いたいところではあるわ」

「けれど、手を打たないといけないのも事実。そして、それなりの戦力が揃っているのも、また」

「……ええと?」

「どーゆーこと?」

 

 空と璃音が首を傾げる。

 自分たちもまた、彼女らが何を言いたいのかが、分からなかった。

 

「異界の主と戦うかどうかは置いておくとしても、その前段階までは、積極的にやるべき、ということよ」

 

 それは、つまり。

 

「……認める、ということか? 自分たちの、行動を」

「認めるもなにも、誰の承認もいらないはずですよ? 私たちは私たちとして、この地を守るために活動するだけです」

 

 皆さんが今までそうしてきたように、ね?

 と微笑みながら言う美月。

 ……話が進みすぎて怖いな。

 いや、願ったり叶ったりなのは確かだけれど。

 

「……もしかしてお2人、浮かれてます?」

「「はい?」」

 

 空の質問に、美月と柊は揃って声を上げる。

 

「いえ、なんだかそわそわしているようで」

「「そんなことは……」」

 

 動揺しているのか、返事が丸々被っている。

 言われてみればどことなく目に力がないというか、真っ直ぐこちらを見ていない感があるな。

 

「……あ」

「なんか気付いたのか、璃音」

「いや……もしかして」

 

 ジト目の彼女は2人を見詰めた。

 

「協力していることを本部? の人たちにバレたくない、とか?」

「ふふ、まさか。ねえアスカさん」

「そうね、ミツキさん。人聞きが悪いわよリオン」

「それではご馳走さまでした」

「お粗末様でした。じゃあやって欲しいことは後で連絡させてもらうわ」

「「オイオイオイ」」

 

 洸と志緒さんが止めようとするが2人は笑顔を張り付けたまま出ていった。

 やっぱり似ているな、あの2人。見立てに間違いなかった。うん。

 ……どうしようか。

 

「取り敢えず、あたし達も解散、する?」

「……そうだな。ご馳走さまでした」

「「「「「ごちそうさまでした……」」」」」

 

 こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 ……まあ、大丈夫だろう。元々協力に乗り気だった美月を見るに、恐らく所属の問題ではないような気はするから。

 だからこそ逆に何かを隠しているような気はするけれど。

 ……取り敢えず、詳しく話は聞いておくとしよう。

 

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが7に上がった。


────


 柊 明日香プロ。本日2逃走。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月18日──【教室】フウカと夢

 

 

『まずこれからの方針として、霧が出る前と今とで異なっている所を探して頂戴』

『異なっている所?』

『急に流行り出した物とか、噂話とかかしら。そこに何かしらのヒントがあるわ』

『ネット上の流行でも良いならボクが追っておくけど、それでも良いの?』

『ええ。ただしネットで探すなら、“杜宮周辺でのみ”人気になっているものを探して頂戴』

『さらっと面倒なこと要求してくるね?』

『あら、四宮君ならできるでしょう?』

『まあね』

『それじゃあ、皆もお願いするわ』

 

 柊が後で連絡すると言っていた、やってほしいということ。

 それは市場調査のようなものらしかった。

 それで何が分かるのかは分からないけれど、とにかく必要なことなのだろう。

 取り敢えず、放課後の教室を眺めてみる。いつもの光景とそう大差はなさそうだ。

 教室のあちこちで、雑談をしているクラスメイトたち。サイフォンを開き、弄っている生徒たち。

 ……雑談に聞き耳を立ててみるも、該当しそうなことはなかった。まあそんなに簡単に見つかることでもないだろう。

 普通に過ごしていく中で、何か違和感があれば見付けていこうか。

 

 さて、今日は何をしよう。

 ……せっかくだし、色々回ってみようか。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

 2階、3階、その後1階と廻り、辿り着いた保健室。

 未だ情報は得られていない。

 仮に流行しているものがあったとしても、表面化していないのか。それともまだ流行り始めで拡散する人がいないのか。

 やはり、一朝一夕で見つかるようなものではないらしい。

 

「失礼します……って、あれ?」

「……あら、岸波君?」

「フウカ先輩」

 

 夏休み期間、1度だけ会うことができた先輩に出会った。

 彼女は驚きで目を丸くしたけれども、すぐに立ち直り、先生なら出ているよ、と教えてくれる。

 まあ、先生にも何か流行りとかを教えてくれた生徒とかいないですか? と聞こうとしただけだったし、急を要する案件でもない。

 少し残念なのは、確かだけれども。

 

「先輩はお1人ですか?」

「うん。でも今日はマイちゃんが来てくれると思うから」

「寺田先輩が」

 

 ということは、空手部は休みか。……ああいや、引退しているのか? そこら辺はよく知らないな。

 ともあれ、寺田先輩もここに来るということは、以前より伺っていた他の人を交えた話し合いのチャンスなのかもしれない。

 

「先輩、今日少しお時間ありますか? あとで寺田先輩にも聞く予定ですけれど」

「? 今日は大丈夫だよ。病院にも行かないから」

「そうですか。それは、良かった」

 

 後は寺田先輩次第か。

 ……じゃあ、寺田先輩が来るまで話をしよう。

 

 

──Select──

 >3年生との話。

  2年生との話。

  1年生との話。

──────

 

 志緒さんや美月とのことを話した。

 話した、といっても異界関係のことは勿論除いて、普段どんな会話をしているとか、どういう人だったかを伝えていく。

 

「そっか。高幡君も、北都さんも、そういう人だったんだね。全然知らなかったな」

 

 ある程度話し終えた所で、彼女はやや悲しそうな面持ちで、そう呟いた。

 

「3年間も同じ高校に通っていて、全然知らなかった」

「ちなみに感想には個人差がある。あくまで自分の印象だ」

「……ふふ、でも、慕っているのは伝わってきたわ」

「それは、まあ」

 

 その通りだろう。

 慕っているし、信頼している。日常生活内でも、非日常的事象内でも。

 

「マイちゃんも、後輩たちにとっても慕われているし、みんな凄いなあ」

「……慕われたい、んですか?」

「……どうだろう。よく分からないけど、そうなのかも、しれないね」

 

 ツインテールにした髪を触るように手を動かす。

 一撫でして、やや垂れ目ぎみの目を閉じた。

 

「寺田先輩に、どうやったら人に慕われるか、聞いてみましょう」

「普通にしているだけ、って言われちゃいそう」

「案外、何か言ってくれるかもしれませんし。聞くだけなら無料ですから」

「……そうだね」

 

 返答から約10秒ほど、静寂の時が流れた。

 それを割いたのは、廊下を歩く足音。

 

「あ、マイちゃんかな……」

「分かるのか?」

「こっちに来る人、そんなに居ないからね」

 

 もしかして足音で判別したのかと思ったけれど、状況的にそうだと考えたらしい。

 確かに放課後になると、人通りは少ない。それも下駄箱に向かう側と逆側から来たというのなら、少数派だろう。

 なら、想像できても可笑しくはない。自分の危惧したようなことにはならないだろう。

 

 ……病院で聴こえてくる足音、というのは、患者──特に身体的理由で入院している者に対し、若干の希望を与える。御見舞い客は勿論のこと、看護師であれ医者であれ、話をしてくれる人が来てくれた、という喜び。これは案外大きいものだ。

 同じ病室に誰かが居るなら話は別だけれど、そうでないなら特に、会話なんてほとんど得られない経験だ。故に足音が聞こえた後、扉のノックを待つまでの時間が長く感じられたりするのだけれど……まあそれはそれとして。

 足音を覚えた、という話でないのなら、彼女の孤独については、あまり心配しなくても良いのかもしれない。……いや、そんなことはないか。慣れている、などということであれば、もっと最悪だ。

 

「失礼します」

 

 結局、保健室を訪れたのは、寺田先輩だった。

 彼女は保険医不在を確認した後、こちらに目を向けて、自分の姿を視認。

 数秒黙って、自分とフウカ先輩の顔を見比べた。

 

「お邪魔でなかった?」

「いえ、寧ろ待っていたくらいです」

「待っていた? 私を?」

「ええ。少し話があったので」

 

 どうぞ、と席を譲ろうとしたら、断られた。

 代わりに普通の学習椅子をテーブル近くから拝借してきて、そこに腰を掛ける寺田先輩。

 彼女はどうぞ、と自分に切り出しを促した。

 

 

──Select──

 >直球で話す。

  回りくどく話す。

  比喩的に話す。

──────

 

 

「前にフウカ先輩と、“治ったら何がしたいのか”って話をした時、何もないって言ってたんです。先輩何かいい案ありますか?」

「はあ?」

 

 自分の問いが1回で理解できなかったのか、難しい顔をした彼女。

 そしてその後、自身の眉間を摘まむようにして抑えた。

 

「それ、なんで私に? というか、本人の前でして良い話なの?」

「はい。他ならぬ本人が言ってましたので」

「……そうなの、フウカ?」

「……うん。でも、よく覚えてたね、岸波君」

「忘れるわけがありません」

 

 そう。忘れるわけがない。

 彼女が気にかかる理由も、自分が彼女に望んでいるものも、覚えているのだから。

 

「寺田先輩が相手なのは、話しやすいからです」

「さっぱりとした理由ね。……まあでも、言いたいことは分かったわ。けれど、それって私たちが関与していいことなのかしら。夢って自分で見つけるものでしょう」

「見付けてって言われただけで見付けられるほど、それは簡単じゃないと思います」

「そもそも、フウカは見付けたいと思っているの?」

「ううん」

「……否定しているけど?」

「単に視野が開けていないのもそうですけれど、単純に夢を見る楽しさを忘れているから、じゃないですかね」

 

 そうでないとするなら、諦め癖が付いているか。

 ……いや、そうだとしても、身近に友人が付いている今ならば、在学中ならば、きっと何とかできるはず。

 その為の学び舎。その為の友。

 

「これは、経験談ですけど」

 

 思い出す。

 精一杯な環境を理由に、彼女と同じく、夢を見ることすらしていなかった自分を。

 彼女と同じく、夢を見て良いものだということを忘れていた自分を。

 彼女とは違い、そこから夢を探すようになった自分を。

 夢を見る誰かを。

 歩きだしている先達たちを。

 

「人と関わらずに、1人だけで夢を見つけるのは、とても難しいと思います」

「だからと言って押し付けると?」

「押し付けてるんじゃありませんよ。誰にも強制はしていません」

 

 ただ、良い案がないかを聞いただけ。決めるのはフウカ先輩本人だ。

 しかしそもそも1人では、夢という単語すら、頭に浮かばない。それは以前質問した時にも思ったし、自分の経験からしてもそうだ。目先のことで手一杯。将来やりたいことなんて、与えられたもの以外は考えたことすらない。

 これは他ならぬ自分のこと。だからこそ、勝手ながらも理解したつもりにはなれる。

 

 自分は、夢を見ることの大切さも、夢の輝きも教えてもらった。夢を持ちたいと思えた。

 それでも、自分が夢を見つけられなかったのは、狭い世界観のまま考えが進まなかったから。

 

「相談して、夢について考えることは、大事だと思います」

「夢を持つことは確かに大事かもね。それについて考えるのも。けど、夢を持たせるだけなら、無責任が過ぎるわよ、岸波君」

「無責任、とは?」

「共に考えて見付けた夢が、仮に叶わないと突き付けられた時、フウカはどうすれば良いの?」

「また相談して決めるしかないですね」

 

 何度だって話し合えば良い。誰かと話して、共にある未来を描く。

 今から1人で考えてしまえば、行き着く先も1人である可能性がある。けれども誰かと共に考えれば、誰かの笑顔はきっと付いてくるのだ。

 まあ、他人を巻き込むことで、勝手に妥協できなくなる、という打算的な意味合いもあった。

 そして、何より。

 

「だって、大好きな友達との約束なら、何があっても結局は楽しそうだと思えるじゃないですか」

 

 1人で何かするよりも、一緒に居て楽しい誰かと一緒に居る方が、楽しいに決まっている。

 そしてその楽しさは、明日を生きる希望へと直結するだろう。

 彼女が生きる理由を1つ増やせるのだ。

 だとしたら、それは素敵なことだと思う。

 

「……なら、こんど何か考えてみましょうか」

「マイちゃん?」

「後輩がここまで言うんだもの。卒業してお別れ、っていうのも寂しいと思ってたしね」

「……そうだね」

 

 そうか。

 先輩たちは3年生。春には別々の方向に進むことになるだろう。

 だとしたら、こうして予定が立てられるのも今ならではかもしれない。

 

「見付かったら、岸波君に報告するわ」

「え、自分は別に大丈夫ですよ」

「良いから良いから。それじゃあそろそろ帰りましょう、フウカ」

「あ……そうだね。もうこんな時間。岸波君、今日はこのくらいで良いかな?」

「……分かりました」

 

 まあ、何はともあれ、寺田先輩が協力してくれる気になってくれたのは大きい。

 この調子で、彼女に何かが見つかれば良いのだけれど。

 

 下校するという2人に校門先まで同行し、世間話を続けた後、彼女たちを見送りながらそう思った。

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが5に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月19日──【教室】路上ミュージシャンの夢

 

 

 授業も一通りが終わり、放課後。昨日同様教室で聞き耳を立ててみるけれど、特に成果は得られない。

 今日も場所を移動して色々聞いていくとしよう。

 昨日は本校舎を散策したし、今日は別の所に行くべきだろう。学校内だと残るは……図書室とか、クラブハウスとかか。

 ……そういえば今日は水泳部の活動日だ。顔を出すとしよう。

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 一通り話を聞いて回ったけれど、経過はやはり芳しくない。

 仕方なく諦めて、今日は事前に考えていた通り、部活へ参加。一旦調査のことは忘れて、練習に専念する。

 

「お、頑張ってるな」

 

 プールサイドの対岸までたどり着くと、ハヤトがこちらを見ていた。

 

「どうだ、コツは掴めたか?」

「いや、まだまだだ」

「良かったらこの後練習付き合うぞ?」

「本当か? 助かる」

「そうか。それじゃあまた」

 

 挨拶を残し、彼は彼の練習へ戻る。

 自身の練習もあるのに、優しい人だ。

 ……そろそろ縁が深まるような気がする。

 

 部活動に励んだ。

 

 

──夜──

 

────>【駅前広場】。

 

 

 夜は駅前広場にやってきた。

 突然話しかける訳にもいかないから、広場で道行く人たちの様子を見たり、話しに聞き耳を立ててみたりする。

 自分のことながら、やっていることが恥ずかしい気もするけれど……なりふり構っている場合でもない。

 

 そうして十分ほどを過ごしていると、聞き覚えのあるリズムと声が聴こえてきた。

 駅の方へ目線を向けてみると、ギターを構えるオサムさんの姿が。

 ……今日はここまでにして、行ってみよう。

 

「~~っ!」

 

 歌っている最中の彼と目が合う。

 一瞬驚いたように目を見開いた彼だったが、その直後にこちらへウインクをしてくれた。

 自分のことを覚えていてくれているらしい。出会いから長い時間が経ったわけではないけれども、こうして記憶に留めておいてもらえるのは、嬉しいな。

 そんなことを考えながら彼の歌に耳を傾ける。

 ……残念ながら、自分の他に立ち止まって歌を聞いていく人の姿は見られない。

 

「……ふう、おおきに!」

 

 それでも彼は笑顔で手を振る。

 自分に。そして、道行く人々へと。

 そして曲の余韻が引いた後、彼はこちらへ近づいてきた。

 

「元気やった?」

「ああ。今日も演奏してたのか」

「勿論! 水曜やしやっとるぞ」

「……活動する曜日とか決めているのか?」

「オレのバイトがない日やな」

 

 詳しく聞いてみると、滞在費を稼ぐ為に日雇いのバイトをしているらしい。

 基本的に水曜日や金曜日、日曜日は夜までのバイトは入れないようにしているとのこと。

 つまりはその曜日ならこうして路上ライブが聴けるということだ。

 

「憶えておく」

「おう、よろしゅう頼むわ」

 

 カラカラと笑うオサムさん。

 しかし、話が途切れてしまった。

 何か質問してみようか。

 

──Select──

  東京には慣れた?

 >曲はどうやって作っている?

  歌っている時どんな気分?

──────

 

 

「せやな……普段思うとることを歌にしとるだけやな」

「普段思うこと?」

「こないなのが楽しい、こないなのが可笑しい、みたいなことを集めとる……って言えばええのかな」

「なるほど」

 

 普段思っていること。日常の些細なことを歌に乗せる。

 だからこそ、歌詞が浸透しやすいのだろう。同じ思いをしている人などは共感でき、そうでない人ははっとする。みたいな。

 

「じゃあリズムは?」

「思い付きやな」

「……なるほど」

「いやいや、しゃんとした理由があるんやで」

 

 つい微妙な反応になってしまったことに焦ったのか、彼は両手を前に押し出して自分の早とちりを止めようとした。

 

「ノリのええリズムはその場のノリで生まれる!」

「……」

「大体な、ええ曲は書こなと思うて書けるわけやあれへん。ならどうやって書くか。答えはパッションや! オレが楽しめへんと、みんなも楽しめへんしな!」

「……なるほど」

 

 なるほど。

 そもそも自分が導き出した良いものと、他人の思う良いものは違う。

 それが等式で結ばれるようなら、世に出る曲はすべて流行曲だ。

 ならば、他人の顔色を伺う音楽より、自分のやりたいを詰め込んだ音楽を演奏していた方が楽しいし、自分が笑顔で音楽をやっていなければ他の人を笑顔にすることもできない、ということだろう。

 

 

「オサムさんの音楽は」

 

──Select──

 >誰かの笑顔のために?

  みんなで楽しむために?

  良い曲を伝えるために?

──────

 

「誰ぞの笑顔……いや、誰ぞっていうより、皆やな」

「みんな?」

「オレの歌を聞いてくれるみんなを笑顔にする。夜とか疲れた帰り道に、ふとオレの音楽を聞いた全員が笑う。それがオレの理想や」

 

 それは、璃音の夢にも似ていて、けれども少し違う夢だった。

 彼女の夢が、聞く人を笑顔にできるアイドルであると同時に、辛いときに勇気を与えられる存在、だったはず。

 しかし彼女と彼は立ち位置が違う。身近な所で歌っている訳でもなく、自分たちみたいに同じ学校に所属していなければ、直接かかわる機会も少ない偶像。不特定多数の人に見られることが前提の、多くの人を対象とした夢。

 対してオサムさんの活動は、周囲に自分の歌を聞いてくれる人がいる前提の夢。

 活動は近所で、日常の一瞬。今の時間帯みたいな、疲れて帰って来たような人たちに笑顔を与えられる存在。直接目の前で歌い、語り掛けられる存在だからこその夢と言えるだろう。

 

「素敵な夢だな」

「おおきに! ……と、長話が過ぎたな。そろそろ戻るわ」

「じゃあ聞いていきます」

「ほんまおおきに! それじゃあまた少し、付き合うたってや!」

 

 楽器を持って、元の場所に戻る彼。

 やはり表情は笑顔だ。

 楽しんでいるな、と思う。

 彼の夢を聞いた後だと、彼の笑顔がより輝いて見えた。

 また少し、縁が深まったような気がする。

 

 

 ……しばらく聞いていたけれども、遅くなってきたので、彼に挨拶して家へと帰った。

 

 




 

 コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが3に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月20日──【教室】佐伯先生と経験 1

 

 

 終業を告げるチャイムが鳴った。

 この2日、学校内で色々話を聞いていたけれども、特に何も情報を得られていない。

 放課後の街とかでも調査した方が良いだろうか。

 バイトでもしながら、周辺の調査をしてみよう。

 

 

────>ゲームセンター【オアシス】。

 

 

 ゲームセンターでのバイトは、以前と何ら変わりない。

 途中で声を掛けてくれるBLAZEの人たちに触発されたのか、色々な人に話しかけられるようになったくらいか。

 業務内容には含まれていないけれど、店長からは「誰かが良くて誰かは駄目っていうのはクレームになるから」と、極力受け答えするように言われている。

 そんなこんなで、そこそこ顔見知りが多いわけだけれども、今日はなぜか客足が少ないみたいだ。

 一応BLAZEの人たち含めて何人かのお客様からは、最近の流行について話を聞くことができた。それでもその話に統一性はなく、まばらな答えであったけれど。

 どうやらそううまくは行かないらしい。

 

 しっかりと働き、バイトを終えた。

 

 

──夜──

 

 

────>カフェバー【N】。

 

 

「なるほど、今日はバイトだったのか」

「はい。勉強させてもらっています」

「勉強熱心なのは良いが、あまりやり過ぎないようにな」

 

 時間が経つのは早いもので、夕飯時を過ぎたころ。

 自分はカフェバーでお勧めの珈琲を飲みながら、佐伯先生と話していた。

 そもそもの発端は、深く知らない彼についてのことを、自分と後輩たちの為に知りたいと思ったことから。

 そうして以前、彼に相談を持ち掛けた際、火曜日と木曜日はここに居れば大抵来ると言われていたことを、先程思い出したのだ。目と鼻の先にあったバイト先からこちらへ直行。軽食を摘まみつつ、待たせてもらうことに。

 先生が来店したのは、ご飯を注文して1時間するかしないか程度の頃。

 彼もここに教え子がいるとは思っていなかったのだろう。来た時は流石に目を見開いていた。けれども自分との話を思い出してくれたのか、静かに自分の隣へと腰を下ろしてくれる。

 

「先生は、学生の頃はバイトしていましたか?」

「ああ。それなりに、な。俺も高校の頃なんかは色々と入用で、長期休暇はバイトに勉強にと忙しかったな」

 

 

──Select──

 >バイトは何を?

  何に使ったんですか?

  一番の思い出は?

──────

 

 

「それこそ色々、だ。元々身体を動かすことは得意だったから、イベント設営とかの日雇いの仕事を複数。あとは普通のバイトもやったし、中学生向けの家庭教師とかもやっていた」

 

 懐古の表情を浮かべつつ、指折りでバイトを数えていく佐伯先生。

 どんどん指が曲がっていく姿を見て、本当に色々なことを経験してきたのだな、と感心した。

 ただ一方で、気になることもある。

 

「そんなに働いていたのに、1つの所に定着はしなかったんですか?」

「考えはしたんだが、日払いと月払いは若干違うからな。それに学校のある期間は勉学や部活に集中したかった、ということもある」

「なるほど」

 

 確かに日払いというのはとても魅力的だ。突発的にお金が必要になった時など、対応できないと困ることが多いから。

 まあ自分の場合は色々と他にも優先したいことがあったから、シフト制は好まなかった、というのもあるけれども。

 佐伯先生も学生時代は1人暮らしとかをしていて、出費が激しかったりしたのだろうか。

 

「別に今の岸波を咎めているわけじゃないぞ? そういう経験も大事だろう」

「経験……やっぱり、やっておいて良かったと思いますか?」

「ああ。特に今では、中学生を教えていた経験が生きているな。1・2年生の授業で、どう説明しても理解が得られない時の一番の要因は、中学時代に習ったことが疎かになっているからだ。色々な人が、どこでどういった内容に躓きやすいかを知っておけたのは良かったと言える」

「難しいですしね、英語。よく、外人とは一生関わらないから英語なんか勉強しなくても良くない? って言っている人を見ます」

「日頃使わないと思っているもの学習してしまえば、何だって難しいだろう。数学であれ社会であれ、どの教科でもそれは変わらない」

 

 そう言って彼は、珈琲を口にした。

 

「そもそも前提として、今の世の中で外人と関わらない方が難しいんじゃないか? 学校という狭い社会にすら、留学生などで外国人を見るのに」

 

 そうだ。自分たちの学年にも、カレンという留学生は居る。

 街中を歩いてみても、普通に外人などは見掛けるのだ。

 関わらないなんて、家から出ない以外に選択肢がないのでは?

 

「難儀な生き方をしますね」

「まあ、そういう回り道も最終的に間違っていたと気付けるなら、有用ではあるのかもしれないけどな」

「自分の間違いに自力で気付くのは、難しいですしね」

「分かっているじゃないか」

 

 シャドウと戦って来て、思ったことだ。

 間違いを認められる、というのは、れっきとした強さの一種だ。自然に誰でも身に着けているものではない。それでも道を踏み外さずにいられるのは、他人の存在であろう。

 誰かの背中を追ったり、誰かと共に歩いたり、誰かに道を直されたり、そういう他者とのかかわりによって、1つ1つを学んでいける。

 佐伯先生も、そういうのがあるのだろうか。聞いてみよう。

 

──Select──

  後から気づいた間違いがあるか聞く。

  追っている背中があるか聞く。

 >共に歩んでいる人がいるか聞く。

──────

 

 

「そうだな、昔はよく一緒に道を歩いてくれる人も居た」

「今では、疎遠に?」

「ああ。ぱったりとな」

 

 中学や高校の友人とかであろうか。

 少し意外だった。つながりや経験を重要視できることから、佐伯先生はそういうものを大事にしそうな人に見えていたから。

 ……詳しく聞いてみたいけれど、まだ踏み込むにはまだ流石に付き合いが浅いか。

 

「ずっと一緒に居る友達って、難しいんでしょうか」

「そうでもないさ。大事なのは、運と努力だろう」

「努力は分かりますけれど、運もですか?」

「例えば親の都合による急な引っ越し。例えば何かしらの事件に巻き込まれて退学。例えば記憶喪失。事故なんて、確率がわずかにでもあるのならば起こり得るものだからな」

「……そうですね」

 

 記憶喪失。

 ああ、そうだ。確率がどれだけ低くても起こった、身近な例だったな。

 結果としてこうして再スタートを切れている訳だけれども、それはあくまで自分視点。自分も今では見ず知らずの関係になってしまった友人たちの気持ちを、裏切ってしまっているのだろうか。

 珈琲へと視線を下ろす。何となくカップを動かして、表面に波を立たせてみた。反射するようにカップの端からまた波は返って来て、やがてどこかで打ち消し合ったのか、すっかりと表面は大人しくなった。

 

「まあ今言えるのは、今いる友人を大切にしろ、ということだけだな」

「それは、勿論。自分にはもったいない良い人ばかりですし」

「なら大丈夫だ」

 

 ニッと笑う佐伯先生。

 女子の黄色い声が幻聴として耳に届いた気がした。

 

 その後も雑談を少しした後に、2人で店を後にする。

 どうやら帰りの方角は違うらしく、店の前で別れることになった。

 

「……ああ、そうだ。バイトで思い出したが」

「はい?」

「いくら経験になるとはいえ、時坂は若干働きすぎのように見える。大切にするというなら、しっかり見ておいた方が良さそうだぞ」

「……はい」

 

 帰り際の忠告を受け取って、自分はそのまま帰路へつく。

 そのうち、洸ともしっかり話さないとな。

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが2に上がった。


────
 

 度胸  +2。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月21日──【教室】九重先生の心配

 

 閲覧ありがとうございます。
 いつも誤字脱字の報告を頂きまして、ありがとうございます。
 作品に関する愚痴は出来るだけ避けてますが、1つだけ。
 自分が書いているのは果たして九重先生なのか、トワ会長なのか、トワ教官なのか……ふと気づくと違和感が酷いんですよね。
 どこか九重先生としての違和感があれば教えてください。





 

 

 どうやら、同じ生徒の立場のみんなからは情報が得られないみたいだ。もしかしたら、流行の年代層が異なっているのかもしれない。

 ということで、今回は先生たちに聞き込んでいくことにしよう。

 

 

 ────>杜宮高校【職員室前】。

 

 

「そうですか……失礼しました」

 

 思った情報を得ることはできなかった。

 最初に特別棟一階のマトウ先生、本校舎3階にいたシオカワ教頭、屋上にいたサキ先生、保健室前で出会ったタナベ先生に、保険医のケイコ先生。5人の大人に確認したけれど、全然心当たりはないらしい。

 そもそも流行を聞いてみたは良いのだけれど、タナベ先生やマトウ先生は自分の好きなことを語ってくれて、シオカワ教頭はそんなことよりすることがあるだろうと怒り、サキ先生とケイコ先生は首を傾げていた。

 ……これからどうしようか。

 他に関わり合いのある先生といえば……あ。

 

「九重先生!」

「! ……あ、っとと、き、岸波君」

 

 小柄な女性が角を曲がってくるのが見えて、駆け寄る。

 眼鏡を掛けて、書類をたくさん抱えた茶髪──九重 永遠先生が、驚いたようにこちらを向いた。その拍子に手に持っていたものが崩れかけたけれど、彼女はすんでのところで止めた。

 彼女の手に再び収まった書類を見て、2人でほっと息を吐く。

 その後、彼女は照れたように笑った。

 

「えへへ、ごめんね」

「いえ、自分は何も」

「……えっと、それでどうしたのかな?」

「あ、えっとですね」

 

 聞きたいのは、今彼女の周囲で流行っていることだ。

 それを尋ねてみると、九重先生は困ったように眉を寄せる。

 

「うーん……ごめんね。それはちょっと力になれないかも……」

「そうですか……」

「特に最近話題が偏っているとかもないし、みんなまばらな方向に興味が向いているのかも」

「……何か他に、気になることとかってありますか? 以前と比べて、ここが違うっていうのとか」

「うーん……気になった、っていうベクトルは違うかもだけど、朝、サイフォンを見ながら登校してくる生徒が増えたかも。最近職員室でも話題になってたから。岸波君も気を付けてね」

「……はい」

 

 朝か。明日から少し意識して見てみようか。

 

 

「あ、そうだ。話は変わるけれど、岸波君。今日って時間あるかな?」

「? はい、大丈夫ですけれども」

「じゃあこの前の続き、しない?」

「続きというと……」

 

 ……プログラミングの特別授業のこと、だろうか。

 だとしたら、願ってもない申し出だ。

 

「是非、よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、先に教室へ行っててもらえるかな? わたしも準備したらすぐに行くから!」

「はい」

 

 ……視聴覚室へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【視聴覚室】。

 

 

 前回の反省を活かし、あらかじめパソコンは立ちあげておくことにした。

 そして、先生が来るまでの間に準備が完了したので、復習がてらに前回貰った資料をぱらぱらと捲っていく。

 中盤以降は、自分の力で読み進めることはできない。理由は、圧倒的な経験不足。それは今後の彼女との授業で埋めていくとして、後必要になりそうなのは、“知識”くらいだろうか。 ……とはいえ、自分も伊達に“秀才級”と呼ばれているわけではない。このくらいであれば、コツさえつかめば何とかできる、はず。

 まあやってみないことには変わりないのだけれど。

 

 ……それにしても、遅いな。

 

 彼女の来訪を待って、もうすぐ15分が経つ。

 もしかしなくても、忙しかったのではないだろうか。

 もしそうであるならば、彼女の好意を無碍にする形になってでも、断るべきだろう。そう思い、席を立とうとしたところで、廊下からパタパタと音が聴こえてきた。

 

「ごめん! 待ったよね、本当にごめんね!」

 

 視聴覚室の扉が開かれ、息を若干切らせた

 

「ごめんなさい、走ってまで来てくれて」

「うっ……ううん、申し訳ないんだけど、早歩きだよ? 流石に先生が校舎を走っちゃうと、ね?」

 

 困ったように微笑む先生。

 確かに、注意し、諫める立場の彼女が、自ら進んで規律を破ることもないか。

 

「もうちょっと足が長ければ、もっと早く着いたんだけどなぁ」

 

 

──Select──

 >気にしていたんですか?

  もう大丈夫なんですか?

  何かあったんですか?

──────

 

 

「それは……少し、少しだけ、ね! こういう時に、ちょっと羨ましく思ったりもするくらいかな。いつもはそこまでじゃないんだよ? ほんとだよ!?」

「そうですか」

「……むぅ。絶対信じてないよね?」

「まさか」

「微笑ましいものを見る目をしてる」

「……まさか」

 

 サイフォンのカメラをインサイドモードに切り替える。

 ……いつも通りの顔だ。

 

「いつも通りでした」

「自分の顔を見たからじゃないかな?」

「なるほど」

 

 ……なるほど。

 まあ一理ある。

 

「と、取り敢えず、自分は九重先生が今の見た目で良かったと思いますよ」

「……ふふっ、コーくんも、同じこと言ってくれそう」

「同じこと?」

「うん。えーと……『トワ姉はトワ姉だろ』とか、『それもトワ姉“らしさ”じゃねえの』って言ってくれるそうだなって」

「……確かに、洸なら言うかもですね」

 

 言いそうな気がする。分からないけれど。

 しかしよく見てるなと思ったけれど、九重先生と洸は確か従姉で、付き合いが長いんだったか。

 

「洸って昔から変わらないんですか?」

「昔からって、何が?」

「真っすぐというか、誰かの為の労力を惜しまない感じというか」

「そうだね、そうかも。元々すごい優しかったっていうのはあるけど、その上でお爺ちゃんの教えと言うか、武術を習う上での心構えがあったからかな。推測だけどね」

「なるほど」

「……でも、昔はあんなに……」

「はい?」

「う、ううん! なんでもないよっ」

 

 ……昔はあんなに?

 ということは、前はそこまでではなかったということか。

 そういえばどこかで、九重先生に心配をかけているという話を聞いたような気も。

 

「九重先生は、洸が心配ですか?」

「……うん。なんというか、今のコー君は、なんか無理している気がするから」

「無理を?」

 

 確かにどこか張り詰めている気はする。

 無理をしているかどうかは分からないけれど、何と言うか、生活に余裕はないよな。常日頃から皆のお願いを聞いている関係で、常に忙しそうだし。

 

「まあそうですね。彼に救われている人は多いですけれど、彼自身はどうなのかって思います」

「うん。本当はちゃんと話した方が良いとは思っているんだけど……でも、コー君が頼ってくれるまでは、出来るだけ見守るって決めてるんだ。」

「それはどうして?」

「多分、自分で気付いた方が、良いと思うから」

 

 それは、そうかもしれない。

 だけれど、ただ見守るというのは、案外難しいことだろう。今まで異界攻略を終えた後に、

 特に距離が近い相手ならば、一層。

 姉弟のように昔から接してきた相手ならば、特に口を出したいことでいっぱいなのではないだろうか。いや、洸がなにか悪いというわけではないのだけれど。

 しかし、そう考えると。

 

「九重先生は」

 

 

──Select──

  良い先生なんですね。

  良いお母さんなんですね。

 >良いお姉さんなんですね。

──────

 

 

「お姉ちゃん……そうだね。コー君がトワ姉って呼んでくれる限りは、そうでありたいかな」

 

 一見するとその慈愛は母性のようにも見えるけれども、流石に若い九重先生を母親呼びするのは躊躇われた。

 まあ、母の何たるかを実際には知らない自分が、それは母性ですね。だなんて口が裂けても言えないけれども。

 しかし姉か。

 姉と言って一番に思い出すのは、祐騎の姉である葵さんだろうか。

 彼女は何と言うか、可愛い弟の為に世話を焼きすぎているイメージがある。

 弟……いや、九重先生にとって洸は弟分だろうけれど、そんな弟たちを愛しているのは同じのように見えても、やはり環境によって違うんだな。

 

「……そろそろ、勉強を始めよっか」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「分からないことがあったら、何でも聞いてね」

 

 優しく微笑む九重先生。

 少しだけれど、彼女の思いやりに触れることで、彼女に対する理解が深まった気がする。

 

 そのまま、プログラミングの勉強を始めた。

 一時間半ほどは行っただろうか。

 理解が深まったような気がする。

 

 ……今日はもう帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は読書をしよう。

 『水泳・入門編』はもう2回読んでいる。そろそろ読み終わりそうだ。

 序盤では基本的な泳ぎ方の一覧や遊泳に必要な筋力について。中盤ではその筋力を育成する方法や、、水がなくてもできるトレーニング方法などを学んだ。

 終盤では、水に対する心構えなどが書かれている。

 

 ──水とは感情を映すもの。恐れを持って挑めば、彼らはきっと諸君を呑み込むだろう。故に水と向き合う際は、関心と好奇心のような良好なものを持って挑むべきだ──

 

 ……ふむ。失敗を恐れていては成功はない、ということだろうか。

 確かに溺れるイメージを持って泳いでいたら、一向に浮かぶ泳ぎをできないだろう。

 よし。さっそく試してみたい……けれども、次の練習日は来週になるのか。随分と先の話のように感じるけれど、楽しみだ。

 

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが3に上がった。



────
 

 知識  +1。
 根気  +2。


────


 選択肢回収150-2-2。

──Select──
  気にしていたんですか?
 >もう大丈夫なんですか?
  何かあったんですか?
──────


「うん、ゴメンね、ちょっと急ぎの相談があって」
「相談、ですか?」
「うん。その、詳しいことは言えないけど、受験生の子が困ってるみたいだったから、ちょっと。ゴメンね?」
「いえ、そういうことなら」

 元より、彼女の好意で特別授業を施してもらっている身。文句なんてあるはずもない。
 ……というより、その困った人を放っておけない性質。やはり血筋なのだろうか。

「九重先生は、やっぱり洸の親族ですね」
「ふぇ?」

 可愛らしく首を傾げる彼女。
 
「そういえば、洸って昔から変わらないんですか?」

→ここから合流ですね。好感度♪はなし。



 選択肢回収150-2-3。

──Select──
  気にしていたんですか?
  もう大丈夫なんですか?
 >何かあったんですか?
──────


「うーん。何かあった、という訳じゃないんだけど、ちょっと困っている子が居たみたいだったから、声を掛けたんだ。ゴメンね、遅れちゃって」
「いえ、ぜんぜん他の方を優先していただいて構いません。自分の要件は約束をしている訳ではないですし、緊急性もないので」
「……ううん、そういう訳にはいかないよ。せっかく頼ってくれたんだもん。しっかりやらなきゃ。とにかく今回はゴメンね!」

→特にコメントもなくこの後選択肢合流。こちらは♪1。



 選択肢回収150-3ー1。
──Select──
 >良い先生なんですね。
  良いお母さんなんですね。
  良いお姉さんなんですね。
──────


「良い先生……そっか。ありがとう!」

 花が咲くような笑顔を見せてくれる。

「えへへ、そう言ってくれると、本当に嬉しいなぁ。頑張って教えるねっ」

 身体の前で握りこぶしを作る彼女。気合いを入れてくれるのは嬉しいのだけれど、何がそこまで彼女のやる気に繋がったのだろうか。
 “良い先生”という単語。これに九重先生が反応したというのなら、彼女は良いと認められたい“理想の先生像”があるのかもしれない。その姿勢を誉められたと思い、嬉しくなった、とか?
 あくまで推測でしかないけれど。
 ……何はともあれ、彼女がやる気に答えられるよう、頑張らなければ。


→♪3。


 選択肢回収150-3ー2。
──Select──
  良い先生なんですね。
 >良いお母さんなんですね。
  良いお姉さんなんですね。
──────

「お、お母さん……!」

 言うと、少しショックを受けたように彼女は後ずさった。
 ……確かに、彼女の年齢を考えると、少し失礼だったかもしれない。

「お母さん……あはは、そう、見えるかな……」
「ごめんなさい、忘れてください」


→少しどころではなく失礼。♪なしですね。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月22日──【マイルーム】小日向の性格

 

 

 土曜日。今日は秋分の日で、学校が休みだ。

 取り敢えず外に出るとしよう。

 

 

──昼──

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

 

 曇り空の下、明るい色のレンガで舗装されている道を歩いていると、見覚えのある少年が道端に立っているのが見えた。

 小日向だ。

 

「あれ、岸波君?」

「こんにちは」

「うん、こんにちは。今日はどうしたの?」

「特になにも。ただうろついていただけ」

 

 調査も行き詰まったことだし、今日は町の様子を見ながらゆっくりしているだけだ。

 彼に伝えた通り、特段用事があるということもない。

 

「そうなんだ……じゃあ、この後少し時間あるかな?」

「ああ」

「良かった。それじゃあちょっと付き合ってくれるかな」

 

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

 近くにあった珈琲店に入り、2人で机を挟んで向き合う。

 小日向は席に座ると、ガサゴソと肩に掛けていたバッグを漁り、何かを取り出した。

 

「それは?」

「えっと、岸波君はGATE OF AVALONっていうゲームを知ってる?」

「ああ、蓬莱町のゲームセンターにもあるな」

「あ、そういえば岸波君はそこでアルバイトしてるんだっけ。なら説明は要らなかったかな? これはそのゲームのカード版なんだ」

「……それはゲームでやるのと何か違うのか?」

「【オアシス】のゲーム機でならオンライン環境下で全国の誰とでも遊べるけど、それは【オアシス】でしか遊べないでしょ? こっちは全国の誰とでも、とはいかない代わりに、近くの人といつでもどこでもプレイできるってこと」

 

 言われてみれば確かに、ゲームセンターのゲームはゲームセンター内でしかできない。その不満を晴らす為に、現実でも出来るようカードゲーム化されたということか。

 

「それで、何でそれを今?」

「実はこの前、コウがやり始めたみたいでさ。ちょっと勘を取り戻しておこうかなって」

「いや、だから何で自分?」

「そこはほら、普及活動、みたいな」

 

 プレイヤーの輪を広めようとしているのか。まあ教えてくれるというのならば、やってみよう。

 快諾の意を伝えると、それを喜ばしく思ったのか、彼はありがとうと嬉しそうに微笑んだ。

 その表情を見て、ふと思う。

 

 

──Select──

  そんなに楽しみなんだな。

  負けたくないんだな。

 >大好きなんだな。

──────

 

 

「……え?」

「このゲームが大好きなんじゃないのか?」

「あ……う、うん。そうだね。駆け引きもアツいし、楽しいと思うよ」

 

 ……?

 一瞬、虚を突かれたような反応をしたのは気になるけれども、まあ良いか。

 駆け引きの熱いゲーム。それは戦略性に富むということだろう。より楽しみになってきた。

 

「小日向、ルールを教えてくれ」

「うん、じゃあ最初は流れを理解する為に、一回手札をオープンしてやろうか」

 

 

────

 

 

「飲み込みが早いね」

「先生が良いからな」

「じゃあ尚更、負けられないなっと」

「……あっ」

 

 彼の出した一手で、勝負がついたことを悟る。

 振り返ってみても最善手を出し続けていたと思うけれど、ここはやはり彼の立ち回りが上手かったというべきだろう。見事にそこへと誘導されていて、詰まされた。

 

「なんというか小日向って」

 

 

──Select──

 >絡め手が多いな。

  我慢強いな。

  付け入る隙がないな。

──────

 

 

「え? そう、かな?」

「何重にも罠を張って、決められたゴールに追い込んでいくスタイル、って言っていいのか。まあとにかく、気付いた時には蜘蛛の巣の中、みたいなことが多いから」

「……」

 

 指摘すると、いつもは柔和な表情を、苦虫を噛み潰したようなものに変えた。

 口にされたくなかったことだっただろうか。個人的には、凄いと思うのだけれど。

 

「……うん、確かにそうかもしれない。目的を果たすためなら、過程にこだわったりしない方だからね」

「そう考えると意外だな。普段の様子からすると真逆だ」

「それはそうだよ。そもそも僕は……っ」

 

 何かを言いかけて、小日向ははっと口を噤む。

 何を言いかけたのだろうか。追及する前に、彼は強引に話の流れを変えようとしてきた。

 

「それを言うなら岸波君の方だって意外性があったよ」

「自分の?」

「受け身のカウンタータイプかと思ったら、段々カウンターが激しくなっていくんだもん。あれって僕の手を先読みしてたからでしょ。観察だけで予測して攻撃的カウンターをしてくるだなんて、想像してなかった」

「……そんなことしてたか?」

「あれ、無自覚だった? 時たま、次に出したいものが分かってるんじゃないのか、っていう切り方してたし、こっちの策が読まれてるのかとヒヤヒヤしたよ」

 

 自分のプレイスタイルを意識はしていなかったけれども、普段から観察に頼る節はあるし、何も意識しなければそうなるのかもしれない。

 自分的には新しい発見だった。

 これも異界で身に付いた力だと思うと、素直には喜べないけれども。

 

「それはそれとして、小日向みたいな戦い方もしてみたいな」

「それだけ相手の動きが読めるなら、相手の考えをトレースすれば出来るんじゃない?」

「……やってみても良いか?」

「勿論。回数を増やすのは、僕にとっても願ったり叶ったりだしね」

 

 

 その後は2人でアドバイスをしあって、戦いを続けていった。

 最終的に勝ち越すことは出来なかったけれど、最初の色々を掴むまでに比べたら、だいぶ勝率は上がった。大体3割後半くらいだろうか。

 またやりたいな。

 

 ……ゲームを介したことで、小日向との縁が深まった気がする。

 

 

 

 

 

「じゃあね」

「ああ」

 

 あまり長時間お店に居て迷惑を掛けるわけにもいかない。

 陽が落ちる前に帰ることにした。

 

 

──夜──

 

 

 今日は読書をしよう。

 随分と前に買った本、『歴史で紐解くTOKYO郊外』に手を掛ける。

 “23区にはない、TOKYOの魅力”を大々的に押し売ろうとしている記事の中には、神山温泉のことも載っていた。

 どんな偉い人たちが愛用したか、その地にまつわる稲荷信仰も含めて書かれている。それとは別に、今売り出している名物や温泉の楽しみ方なども記されていた。

 ……今度試してみるか。

 少し勉強になった気がする。

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが4に上がった。
 
 
────
 

 知識  +1。
 魅力  +2。


────



151-1-1
──Select──
 >そんなに楽しみなんだな。
  負けたくないんだな。
  大好きなんだな。
──────

「え?」
「洸と戦うのが。そうじゃないと、事前に練習なんてしないだろう」
「ああ、うん。そうだね。楽しみだよ。楽しくするために、練習するんだけど」

 一瞬キョトンとしたものの、彼は質問の意味を理解したのか、柔らかく微笑んだ。
 楽しくするために、というのは、自身が勘を取り戻せていないと、洸と互角には戦えないだろうということか。一方的な戦いは面白く無さそうだしな。
 ある意味で洸を信頼しているのだろう。
 いずれ、自分のいる階級まで上り詰めてくるであろうと。
 今の自分に出来ることは、小日向の勘を取り戻す為の協力くらいか。
 後、洸とも戦ってみてもいいかもしれないけれど……いや、それは彼らの戦いが終わった後まで待つか。変な横やりになってしまう可能性だってあるし。

「じゃあ小日向、ルールを教えてくれ」


 →以下合流。
 
────────
151-1-2
──Select──
  そんなに楽しみなんだな。
 >負けたくないんだな。
  大好きなんだな。
──────


「え?」
「洸に。あれ、何か負けられない理由があるとかじゃないのか?」
「いや、そういうわけじゃ……ううん、ゴメン。やっぱり岸波君の言う通りかも」

 一瞬首を傾げたものの、何かに思い至ったのか、自分の発言を肯定した小日向。
 頷いた彼の瞳には、力が宿っている。
 
「別にこだわっているって訳ではないけれど、コウには勝ちたいかな、友達として」
「友達として?」
「得意のゲームでくらい勝ちたいと思うのは、普通じゃないかな?」
「……いや、言われてみれば気持ちは分かる」

 誰だって、得意なものや好きなもので負けたくはないだろう。
 それに、明らかに格下の相手には負けたくないはずだ。
 小日向の話を聞くに、洸はビギナーで、小日向は経験者。だというなら、小日向は意地にかけて負けられないだろう。
 ……もっとも、これは自分にとってはの話で、小日向にそういう意地があるかどうかは別だけれど。いや、負けられないと言うのであれば、彼には彼の通したい意地があるのだろう。
 自分に出来ることと言えば、せいぜい踏み台になることくらいだ。
 
「よし、小日向、ルールを教えてくれ」

 →以下合流。
 

────────
151-2-2
──Select──
  絡め手が多いな。
 >我慢強いな。
  付け入る隙がないな。
──────


「我慢強い?」
「小日向はプレイ中、相手を誘導する為の罠を何重にも張っているだろう? 相手が掛かるまで急かず、じっと待ち続けている。我慢強いじゃないか」
「うーん、陰険、とか、姑息、とか」
「自分で言っちゃうのか。……いやそもそも、そこまでネガティブな言い方をしなくても良いだろう。本当に凄いと思う。自分だったらじっとは待てないからな」
「僕的には褒められている気はしないけれどね」
「というと、小日向には理想とする勝ち方があるのか?」
「ないよ」

 ないらしかった。
 ただ、そう答えた彼の表情は、とても儚げで。
 消しきれない痛々しさがその裏には隠されていた。
 
「勝ち方なんて気にならない。大事なのは勝利という結果。必須の手順さえ踏めれば負けることはないんだから、それの構築がすべてだよ」

 所謂、必勝パターンの構築が大事だと、彼は言う。力を込めて断言する。
 いついかなる時も同じことをすれば勝てるのだから、過程に意味はないと。
 本当にそうだろうか。
 ……それを力強く否定できるだけの物証を、自分は持っていない。
 なら、その勝ち方をする彼を負かせ続けることで、彼の過ちを証明しよう。

「続きをしよう、小日向」
「うん、僕もまだまだ勘を取り戻せたとは言えないからね、もう少し付き合って貰うよ」


 →以下合流。♪2

────────
151-2-3
──Select──
  絡め手が多いな。
  我慢強いな。
 >付け入る隙がないな。
──────

「それは、そういう風に立ち回ってるからね」

 もし、仮に。
 ゲームのプレイスタイルが個人の性格を色濃く反映するのであれば、小日向 純という少年は、とても恐ろしい人間に思えた。
 まあそれがすべてではないから特に気にしないけれど。
 
「自分も小日向みたいに戦えるようになりたいな」


 →以下合流。好感度上昇なし。踏み込まない系選択肢でした。断言しておくべきは、藪蛇を突くことを恐れて止めたのではなく、本当にどちらでも良いと白野が思ったから追及していないということですかね。
 ゲームで見えてくる性格なんて、一側面でしかないですし。
 ……いやまあ一般論的にはその側面を見ることで、ハロー効果みたいな感じで印象に悪影響を及ぼさないとも言えませんが。
 



 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月23日──【マイルーム】カレンと日本語

 

 日曜日。

 せっかくだし、今日は回ることのできていない地域を回るとしよう。

 駅前広場やレンガ小路は既に一度観察を終えている。杜宮商店街も蓬莱町もだ。記念公演は通学路だし言わずもがな。とすればあと訪れていない所で人が集まりそうな所と言えば……アクロスタワーや七星モールだろうか。

 ……今日は七星モールへ行こうか。買い物もできるし。

 

 

────>七星モール【1階】。

 

 

 1階を通り過ぎ、2階をぐるっと一周し、ほとんど毎日着ているTシャツを買った【ピクシス】や、アニメショップなどをちらりと覗いた後、また1階へと戻った。

 【城嶋無線】に立ち寄り、店主のテツオさんに挨拶した後、気分的にアーミーショップを外から眺めた後、輸入雑貨店の前を通る。

 友人が、1人でレジに立っていた。

 ……お客さんも少ないし、少し寄ってみるか。

 

「あ! ザビ!」

「こんにちは、カレン。店番か?」

「ウン!」

 

 金髪の少女が、朗らかに笑う。

 とても楽しそうだ。嫌々やっているわけではないらしい。

 そういえば、彼女はいつもお店を手伝っているような気がするな。

 

 

──Select──

  手伝おうか?

 >お母さんは元気か?

  定員さんおすすめは?

──────

 

 

「マム? マムは元気! 今日はイドハシカイギ? でいないヨ」

「いどはし? ……井戸端会議?」

「多分ソレ!」

 

 井戸端会議でいない……まあそういうこともあるか。

 雑談は大事だしな。交友も深められ、情報も集められる。

 

「じゃあ帰って来るまで店番か?」

「ウン!」

「そうか」

 

 大変そうだな。

 ……少し手伝っていくか。

 

「手伝えることがあったら言ってくれ」

「ホント!? ありがとうネ、ザビ!」

 

 以前も棚卸しを手伝ったことだし、その関連ならできる。と思っての口だしだったのだけれど、気付いたらレジ業務も教わっていた。

 どうやら彼女は自分にそれを任せて、やりたいことがあるらしい。それは製品の陳列だったり、お客さんとのコミュニケーションだったりするのだけれど、どれもお店にとって大事なこと。

 だから、黙って引き受けることにした。

 そして時間は流れ、お昼の時間帯。

 昼食の前後で買い物へ寄ってくれる人が増えているのか、お客さんが全体的に多くなってきた。

 自分はそのままレジに立てこもり、置かれた商品をひたすらに捌いていく作業に。自分よりキャパのあるカレンは、お客さんの対応などに追われる。

 そんな多忙な中でも、彼女は笑顔で接客をしていた。たまに言葉を間違えることはあるが、それはそれでお客さんに受けているらしい。店内は笑顔でいっぱいだ。

 

 ……それにしても、やはり接客に慣れている。今まで色々な働く人々を見てきたけれど、彼女はそんな人たちに負けず劣らず、対応が上手だ。いったい何歳の頃から彼女はこうしてお店を手伝っていたのだろう。

 ……というより、いつのころからお店があったのかも気になる。出身は外国だったはずだから、幼いころからこちらに来ていた、というのは若干考えづらい。

 とすると、どこかのタイミングでこの国に来て、このお店を開いたことになるんだけれど……はたして、詮索して良い問題か。

 

 

──Select──

 >聞く。

  聞かない。

  他の人に聞く。

──────

 

 

 ……聞こう。ある程度腹を割って話せない関係に、先はない。

 となると、今はこのお客さんの波を捌き切ることが先決か。

 気合を入れよう。

 

 

────

 

 

「お疲れさまだネ~」

「お疲れ様」

 

 客足が段々と遠のき始めてから数分。

 作業の合間合間に雑談ができるくらいには、自分も彼女も余裕を取り戻していた。

 いや、彼女は最初から余裕だったかもしれないけれど。

 

「凄いな、カレンは。いくつの頃からお店を手伝ってるんだ?」

「小っちゃい頃からだヨ?」

「その頃からお店があったのか?」

「向こうの方にネ」

 

 ということは、日本には移転してきたような形なのか。もしくは新しくお店を立ち上げたのか。

 

「いつ頃からこっちに?」

「2年前からカナ」

 

 2年。2年か。それだけあれば、日本語も上達するだろうし、ずっとここにお店を構えていたならば、お客さんにあそこまで受け入れられているのも分かる

 いや、それを可能にしたのは、彼女の人格あってのことだろうけれど。

 カレンの底抜けな明るさや、好奇心旺盛な態度。この国が好きだと分かる言動。これに敵意を持つ方が難しいというものだろう。

 

「でも、今日はホントに助かったヨ。助太刀ありがとネ!」

「いや、力になれたようでなによりだ」

 

 ……いま、助太刀だけ凄く流暢な日本語だったな。難しい単語だったと思うけれど。

 一度誰かに訂正されたのか、それとも誰かが使っているのを聞いて学んだのか。

 

「カレンはどうやって日本語を習ったんだ? 2年前より前からやってたのか?」

 

 自分が思うに、言語を習得するのに、2年という月日は少なすぎる。

 確かにできなくはないだろうけれども、同じ月日を費やして、カレンのように淀みなく会話ができるかと言われれば、難しいと答えるだろう。

 自分は記憶がないとはいえ、日本語を話せていたから、そこに苦痛ややりづらさを感じることはなかったけれど、それでも難易度は何となく想像がついた。

 なんとなく付いた程度だから、実際はもっと大変なのだろう。

 

「ソレは……」

 

 自分の問いに、一瞬、言葉に詰まらせたカレン。

 その一瞬は彼女特有の朗らかな笑顔を打ち消し、しかし逆にどこかが凍ったような笑顔を張り付けさせる。

 激しい笑顔の寒暖差を作りながら、カレンは口を開いた。

 

「ダディーが話してるのを、聞いたのと、マムが教えてくれたヨ」

「ダディー……お父さん、か」

 

 彼女の口から父親という単語が出てきたのは、初めてなように思う。

 思えばいつも彼女が話すのは、マム……お母さんの話ばかりだ。

 今までだって、彼女の母親とは会っても、父親とは会ったことがなかった。いや、それ自体は普通のことだろう。仲良くなるのに親の承認が必要なわけではないし、親と必ず会わなければならないわけでもない。

 寧ろ仲間たちを例にあげて言うなら、仲の良い関係性だとは思うけれども、自分は彼らの両親の顔を知らなかった。

 だから普通のことだ。特に気にすることもない、話を続けることもなく、空気的には話を変えても良いくらいの流れ。

 それでも、眩しい笑顔をいつも浮かべていたカレンに、こんな表情をさせていることがあるのだと思うと、何かしたい気になって、つい話を続けてしまう。

 

「……カレン、聞いて良い?」

「……イイよ」

「お父さんは、今何をしている人なんだ?」

「……モウ、いない」

「……そうか、教えてくれてありがとう」

 

 ……薄々、変わった空気から察していたことだった。

 言わせて良いのかすら悩んだ。

 それでも、踏み込むと決めたのだから。

 彼女の悩みの解決を手伝いたいと、思ったのだから。

 

「……あ、マム!」

 

 彼女の声が、不意に元気を取り戻した。

 見ると、カレンの母のキャサリンさんがこちらへ向けて歩いて来ている。

 目が合ったので会釈をした。

 ……話は取り敢えずここまでだな。

 手伝っている経緯の説明と、今日は帰宅する旨を彼女たちに伝える。

 途中でカレンからの注釈が入り、キャサリンさんがとても感謝してくれた。

 またいつでも来てください。と頭を下げられてしまうほどに。

 感謝されるのは嬉しいけれど、少し恐れ多かったので、また来ますとだけ答え、早々に別れることにした。

 

 彼女との縁が、少し深まった気がする。

 

 ……家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は……勉強しようか。

 

 ……そこまで捗らなかった。

 

 




 

 コミュ・太陽“同い年の外国人”のレベルが3に上がった。


────
 

 知識  +2。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月24日──【マイルーム】水泳部のライバルたち 1

 

 

 先週末、ようやく手がかりを1つ手に入れることができた。

 九重先生曰く、登校中にサイフォンを弄る生徒が増えたとのこと。

 言われるまで一切気が付かったので、今日は意識しながらゆっくり歩き、周囲を観察してみた。

 

 ……確かに、サイフォンを弄っている人が多い。

 とはいえやはり、意識しないと分からない程度の差だろう。普段から弄っている人は多いし。

 しかしこうして実感したところで気になるのは、彼ら彼女らがどうしてサイフォンを見ているかということ。何か追いたい情報などがあるのだろうか。

 ……こういうのは、祐騎に聞くのが一番だな。後で聞いてみるとしよう。

 

 

──昼──

 

 

「ふーん、サイフォンを弄ってる人がねえ」

「ああ、何か心当たりはあるか?」

「残念ながら。正直ここ最近、大きな話題とかも出てこないからね」

 

 昼食を共にしながら、祐騎から話を聞いてみる。しかし、ここ最近ずっと調べてくれていた彼ですら、ネット内の流行などを見つけることは出来ていない。

 ということは、たまたま、ということだろうか。

 

「まあ、そっちでも気になるなら調べてみると良いんじゃない? 僕の方でももう少し解析してみるよ」

「頼む」

「ん。要件はそれだけ? ならゲームするけど」

「ああ、邪魔して悪かったな」

 

 ……まあ、明日からも注意は払っておこう。

 

 

──午後──

 

 

「コラ、静かにするんだ!」

 

 国語の授業中、タナベ先生が振り返って黒板に文字を書いていると、不意に教室の一部がわっと盛り上がった。

 そこから火を付けたようにざわめきが広がり、タナベ先生がそれを鎮めようと声を出す。

 だが、それでも教室の静けさは戻らない。

 

「静かに! し、ず、か、にィ!」

 

 三度言って漸く落ち着きを取り戻す教室。

 しかし、全員の集中は切れ、何事もなく授業に戻る、という雰囲気ではなくなってしまった。

 しかし、タナベ先生はやりづらそうにしているわけではない。というか何かを考え込んでいるみたいだ。

 

「そうだ! 1つ問題を出そう!」

 

 そして唐突に発問をする。

 突拍子もないけれど、タナベ先生の授業ではわりとよくあることだった。良くも悪くも、彼はまっすぐで情熱的な教師である。教えたいと自分が思ったことを教え、言いたいことをはっきり言える、強い大人だ。

 

「よし、岸波に答えてもらおう!」

「!?」

 

 唐突に指名されることも、まあなくはない。驚いたけれど。

 何を聞かれるのだろうか。

 

「今みたいな行動を表す熟語に、東西東西(とざいとうざい)と言うものがあるんだが、ここで使われている東西という漢字の、正しい意味は何だか知っているか?」

 

 東西?

 

 

──Select──

  世間一般の事柄。

  関東と関西。

 >東端から西端まで。

──────

 

「正解だ!」

 

 へえ、という反応がまばらに聴こえる。

 自分も半分当てずっぽうだったから、同じような反応だけれど。

 

「これから口上などを述べたいなあという時、観客がざわついているところを鎮める為に、端から端まで聞きなさいという意味を込めて、東西、東西と言うんだぞ! 一説によれば相撲が起源とも言われているが、舞台などでも使われる言葉だな!」

 

 東端から西端まで声を掛け、聴こえていますかと問うているということか。

 そうすることで聞く姿勢を作らせ、いざ口上を述べる、と。

 相撲や舞台を見たことはなかったけれど、そういう文化があるものなのか。

 勉強になるな。

 

「うんうん、それじゃあみんな静かになったところで、授業を再開するぞぉ!」

 

 その発言に教室全体から、えーという反応が沸き、また教室内が騒がしくなってしまった。上手くいったぞと満足気だったタナベ先生の顔も一転。焦ったようなものになる。

 どうやら収束まではもうしばらくかかりそうだった。

 

 

──放課後──

 

 

────>クラブハウス【更衣室】。

 

 

「あれ、ユウト?」

「お? ザビ……じゃなかった、岸波か」

 

 言い間違いのようなものをされたことは一旦置いておくとして、久しぶりに出ることにした部活で、滅多に練習へ参加しないと噂のユウトに出会った。

 更衣室に居た彼は、一足先に水着を着ている。

 

「早いな」

「ま、たまにはな。まだ時間あるし、一緒に泳ぐか?」

「いや、自分まだ泳ぎ切れないから止めとく」

「そ、そうか……そういえばハヤトに教わってるんだったか」

「教わってるというか、アドバイスを貰っている感じだな。教わってるのは他の先輩」

「ふーん。まあ何でもいいや。ちょっと見てやるからやってみろよ」

 

 

──Select──

  教えてくれるのか?

  大丈夫なのか?

 >泳ぎを見せて欲しい。

──────

 

 

「は? オレの?」

「ああ。上手いって聞いたから」

「誰から?」

「ユウジが」

「……ふーん」

 

 ややそっけない反応だが、彼は上がった口角を隠すかのようにそっぽを向いた。

 選考会の日、ハヤトは自分と同じくらい速い2年生がいる、と言っていた。酷く悔しそうな表情で。

 その顔が、とても記憶に残っている。

 彼の表情の理由が知りたい。

 あとは単純に、上手い人のはどれだけ見ても悪い影響にはならないはずだから、勉強にしたいというものある。

 

「……ま、お前が良いなら良いけどよ。それじゃあ、練習前にひと泳ぎするかね」

「よろしく頼む」

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

 一言で言えば彼の泳ぎは、“静か”だった。

 。3年生の先輩たちやハヤトと比べてしまえば、躍動感や前身の意志に欠けるようにも見える。しかしながらそれを補うどころか、カバーしてなお余りある長所が、彼の無駄を省くような泳ぎ方だった。

 ゴールにいち早く辿り着こう、という動きではなく、最適化された結果いちばん速くなった、というのが正しいだろうか。

 ただそれは、基本に忠実なわけではない。基本を極めているといえば、ハヤトの方が上だろう。ユウジのそれは、自身にのみ最適化されたものだ。

 どうやら真似は出来そうにない。

 

 

「ふぅ……どうだよ」

 

 レーンを1往復した彼がプールの中から聞いてくる。

 さて、何て答えようか。

 

 

──Select──

 >上手いな。

  もう一回。

  勉強にはならなそうだ。

──────

 

 

「へへっ。だろ?」

 

 嬉しそうにはにかんだ後、じゃあ次の泳ぎを見せてやる、と再度壁を蹴りスタートを切る彼。今回は25mでバタフライと背泳ぎを切り替えて見せてくれたが、やはり彼の泳ぎは無駄な力なんて入っていなく、まるで魚が自由に泳ぎ回っているような感想を抱かせた。

 

 その後も平泳ぎを見せてもらった後、真似してみてアドバイスをもらったりしてみる。とはいえ部活前なので、そんなに時間は取れなかったけれど。

 やがて先輩たちが集まって来たので、レーンを独占し続けるわけにもいかず、一回休憩を兼ねてプールサイドへ上がることにした。

 

 

「そういえば、何で今日は部活に?」

「ん?」

「選考会、休んでたよな?」

「あー……それ聞いて来るか」

 

 スイムキャップを外した彼は、ガシガシと頭を掻いた。

 

「まあ、その選考会関係だな。前回休んだし、今回はタイム測るから来いってサキ先生にどやされてよ」

「なるほどな」

 

 サキ先生には体育の授業でお世話になっている。タナベ先生とは違うタイプの熱血系教師。常に生徒のことを想い、叱ってくれる先生だ。

 

「前回選考会を欠席した者たち、集合!」

 

 そんなサキ先生の号令が聴こえる。

 どうやらユウジだけが対象なのではなく、欠席者へ向けた予備選考らしい。

 だからこそ、そこもサボられたら手が打てないから来るよう口うるさくしたのだろう。

 

「お、噂をすればだな。呼ばれたことだし行ってくるわ。いい準備運動になったぜ。サンキュ、岸波」

「いや、自分の方こそ助かった。いつか一緒に泳ごう」

「……だな、次気が向いて練習に来る時までには泳げるようになっとけよ?」

 

 気が向いた時、か。

 どうやらこれからは毎回練習に来る、という訳ではないらしい。

 泳ぎを褒めた際に嬉しそうにしていたことから、水泳が嫌いなわけではないのだろう。ハヤトのことが話題に出る時も、あまり嫌そうな顔はしない。恐らく人間関係という訳でもなさそうだ。

 だとしたら、どうしてあそこまでの実力者である彼は、部活に消極的なのだろうか。

 

 サキ先生の方へ歩き去るユウジの姿を見送る。

 特段、気負った様子などは見られない。

 

「岸波」

 

 考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。

 振り返った背後に居たのは、やや硬い表情のハヤト。

 

「今、ユウジがここに居たか?」

「ああ。さっきまで一緒だった」

「そうか。……何か言っていたか?」

「いや。何かって?」

「……いや、何にも言ってないなら良いんだ。悪かったな」

 

 そう言って、彼は自分から視線を切り離す。

 顔を向けた先にはユウジが居て、何やらサキ先生から説明を受けているみたいだ。

 

「これから選考会の第2回タイム測定なんだってな」

「……ああ」

 

 肯定、というよりは、聞き流した言葉に対する相槌、みたいな返事。

 どうやら彼の意識はあっちに集中しているらしい。

 

「タイム測定、近くで見ていくか?」

「……ん、ああ、そうだな」

 

 どこか呆然とした様子の彼を引っ張り、ユウジが泳ぐというレーンまでやって来た。

 待つこと数分、飛び込み台で登った彼が、少し身体を捻った後に力を抜いて立つ。準備を終えた彼を中心に、空気が変わり始める。

 やがて先生の掛け声で聴こえてきて、ユウジがスタートの姿勢を取る。一瞬の静寂の後、ホイッスルが鳴り響き、彼は踏切台を蹴った。

 ──ユウジの叩きだしたタイムは、ハヤトが前回の測定で出した結果よりも、0.2秒早かった。

 

「……ッ」

 

 横から、歯ぎしりのような音が聴こえてくる。

 

 なんとなく、彼らの関係性が分かったような気がする。

 

 選考会の結果は、後日通達されるらしい。

 ハヤトの様子が気になるけれど、彼はどうやら何ともなかったようにして振る舞いたいらしい様子。

 今日のところは、練習して帰ることにした。

 

 

──夜──

 

 

 今日も勉強するとしよう。

 

「……あ、サクラ」

『はい! なんですか?』

 

 サイフォンに向けて声を掛ける。

 夜に貸し出す約束も終えたので、暫く出来ていなかった音楽の再生をお願いしよう。

 

「何か集中しやすそうな音楽を流してくれるか?」

『はい、それじゃあ流しますね、センパイ』

 

 

 音楽が鳴り出す。

 ……うん、いい感じだ。これなら集中して取り組めそうな気がする。

 

「ありがとう」

『いいえ。その……どうですか?』

「ああ、凄い良いと思う」

『本当ですか? 良かった……』

 

 安堵の息を吐いた彼女。

 ……よし、気合を入れて頑張るか。

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが6に上がった。


────
 

 知識  +3。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月25日──【教室】祐騎と友達

 

 

 授業が終わった。

 流れで周囲の確認をしてみる。席を立つ者、立たない者。教室を去る者、席を囲む者。まあ若干の誤差はあってもいつも通りの人の流れだ。

 やはり、周囲に変わった様子はない。

 粗探しのように細かい所を見るなら、話しながらサイフォンを弄っている人が多いな、くらいか。

 

 そこに注視してみると、やはりサイフォンの使用者が多く見受けられる。とはいえ昨日覚えた違和感と同じ。少しいつもより多いかな、というくらい。

 ……しかし、何かが引っかかる。

 祐騎はネット関係に異常がないと言っていた。彼が調べているのは、アクセスの集中度だとか、検索のホットワードだとかに過ぎない。いや、知らないだけで色々と調べてくれてはいるのだろうけれど、それでもその道のプロフェッショナルである彼が、ないと断言しているのだ。

 つまりは日による誤差。たまたま見たタイミングで多かっただけ。もしくは自分が普段意識していなかっただけで、これだけの人がサイフォンを弄っていたということなのだろう。

 

 

 内心結論付けたところで、スッキリとはしなかった。結論付けたのに納得はしていないらしい。

 ……切り替えるか。

 考えを纏める時間が必要みたいだ。どちらにせよ1人で集中したいところなので、夜、寝る前にでも行えばいいだろう。

 なら今は、今しかできないことをしようか。

 

 とはいえ不意には思い浮かばないものだ。

 誰かいないか歩き回ってみよう。

 

 

────>杜宮高校【1階廊下】。

 

 

「あ、祐騎」

 

 ヘッドフォンを首から下げた少年を前方に捉え、声を掛ける。

 振り返った祐騎は億劫そうな表情を浮かべていたが、すぐにそれを引っ込めた。

 

「どうかしたのか?」

「別になんでもないよ」

 

 自分が隣に並んだのを確認してから、出口へ歩き出す祐騎。

 どことなく気にはなる反応だけれど、どうしようか。

 

──Select──

 >祐騎に付き合う。

  見送る。

──────

 

 

 そのまま彼の下校に付き合うことにした。

 

「何ともないような反応じゃなかったけれど」

「お節介……」

 

 はあ。と溜息を吐く彼。

 何か嫌な事でもあったのだろうか。

 あったんだろうな。

 

 

────>杜宮高校【1階入り口前】。

 

 

 2人で校舎を出て、特に支障もなくそのまま校門を通り抜ける。

 同じ帰路に付いて、帰り時間を会話に割くことにした。

 

 

「……最近真面目に学校に来すぎたからか、最近よく同級生に絡まれるんだよね。最初の頃なんか郁島が余計な気を回してきたこともあって、アイツ繋がりの色々な人と話すことになったしさ」

「真面目に学校に来ているというのは分かるけれど、来すぎるということはないだろう。1日に何回か来てるのか?」

「そんなワケないでしょ。1回だって本当は来たくない。3日に1回でも多いくらいさ」

 

 とはいえ、誰も強要していないのに学校へ来ているのだ。

 彼は彼なりにそれなりの意義を見出しているのだと思うけれど。

 まあそれは良いか。

 

「それで、空が気を回したって?」

「大方、僕が孤立しないように友達ができるまで仲良くしようとか思ったんじゃないの? 事あるごとに大声で話しかけて来てさ。それがうるさいのなんの。おまけに余計な視線まで集めるし」

「なるほど」

「一通りやって満足したのか、今度は直接色々な人を連れてくるようになった。大方、僕に友達でも作らせようとしたのかね。知らないケド。ホント、いい迷惑だよ」

 

 

──Select──

 >友達できたか?

  空とは話せた?

  学校は好きになれたか?

──────

 

 

「は?」

 

 凄い不機嫌そうな顔でこちらを睨み付ける祐騎。

 

「なに? 保護者気どり? 姉さんじゃあるまいし。血が繋がってない分、姉さんより質悪すぎるでしょ、それ」

「いや、正直祐騎に友達が出来ようと出来まいと正直なところどっちでも良いんだけれど、それよりも空の努力の結果が知りたい」

「…………どっちでもいいって何さ」

「本人が求めていないことに対して、期待するようなことはしない。今の祐騎は別に、“友達が欲しいわけではない”んだろう?」

 

 言葉の通り、正直どっちだって良い。大事なのは友達の有無ではなく、なんて言うのか、祐騎にとっての幸福なのだ。

 もしも祐騎が友達を作りたいと願い行動していたら、自分はそれを応援しただろう。それを叶えることが彼の喜びに繋がると思えたなら、喜んで協力するし、ずっと関心を持つ。

 けれど今回は違う。

 祐騎は別に友達が欲しいとか思っている訳ではない。のだと思う。良くても『まあそういうのもアリかもね』程度だろう。推測だけれど。

 そんな状態の彼を想って、“祐騎に友達が出来てほしい”と願う意味がどこにあるのだろうか。ないだろう。

 強いて言うならば、彼が健やかに生きることだけは、自分が自称祐騎の友人として唯一押し付けている願い、だろうか。本当にそれくらいだと思う。

 

 ……最近、異界の攻略、加えてシャドウの説得をするようになって、気持ちを押し付ける、夢を押し付けるという行為の意味を、段々重く感じるようになってきた。

 好きを押し付ける。

 正義を押し付ける。

 それをするべきタイミング、してはいけないタイミング等あると思う。

 

 ……まあ、というわけで、祐騎の感じた煩わしさは分かる。とはいえ空の気持ちも分からない訳でもない。

 なにより彼女は人と人とのつながりを大事にしている。

 もし祐騎が拒否したら祐騎の気持ちを尊重して止まったのだろうが、どうでも良かった彼は拒絶しなかったのだろう。だからこうして、ずるずると来てしまった。

 

 と、経過の予想はいくらでも立てられる。後から聞くことも可能だし、補完は充分に簡単だ。

 だから取り敢えず、結果が知りたかった。

 祐騎はどういう結論を出し、空はどういう納得をしたのか。

 

「……あのさ、人のことについて勝手に分かったような口ぶり、しないでくれる?」

「違ったか」

「その観察眼、もっと他のところに向けた方が良いと思うよ」

 

 あーあ。とめんどくさそうに肩を竦める祐騎。

 

「はいはいざーんねーんでーした。できてませーん」

「そんな自信満々に言うことじゃないだろう」

 

 だが、その表情には一点の曇りもない。空に対しても申し訳なさを感じていなさそうだった。

 

「郁島にも言ったんだけどさ、別にそういうのを求めてるわけじゃないんだ」

「そういうの?」

「まあ言ってしまえば放課後にただ話すだけの相手とか、時間つぶしの相手とか」

「……空が聞いたら怒りそうだ」

「怒ってたよ」

「うん、だろうな」

 

 知ってた。

 彼女にとって友達とは言葉では表せないような大切なもののはずだから。

 

「『友達といることで、互いを高め合うんだよ』、とかなんとか言ってたね」

「……目に浮かぶな。そういう祐騎は」

 

 

──Select──

  そういう相手がいるのか?

 >その話を聞いてどう思った?

  友達には他の関係性があると?

──────

 

 

「少なくとも、高め合うなんてことはないね。人は1人でも上達できるし、友より敵が居た方が上達は速いさ。異界攻略だって、シャドウがいなければここまで強くならないよね」

「それは極端な例だと思うけれど……敵から学ぶことと友から学ぶことは違うんじゃないか?」

「例えば?」

「連携だとか、人の動かし方だとか」

「友でなければならない理由もなくない? そもそもその理論はセンパイみたいな一般人のもの。僕らは一回見ればだいたい分かるし、やってみて調節すれば大抵なんとかなる。教えてもらわなきゃ習得できない技術を持つ人なら苦渋を呑んで師事するだろうけど、どちらにせよ相手が友である必要がなさすぎるでしょ」

「だから、友はいらないと?」

「……まあ、だいたいそんなトコ、かな」

 

 まあ、言わんとしていることは、分かった。

 そこを踏まえて、1つ、祐騎に聞いておこう。

 

「じゃあ、祐騎の求めている相手ってどんな相手だ?」

「はい?」

 

 自分の質問に、目を丸くしてこちらを向いた祐騎。目が合う。

 そんなに意外な質問はしていないと思うけれど。

 

「だから、空が築いている友情みたいなものはいらない、って話なんだよな? だから、どういう友達なら要るのかなって」

「……えー」

「なんの『えー』だ?」

「それ聞くのか、と思って。まあここまで言っちゃったし、別に良いケドさ」

 

 ちょっと待って。考える。

 彼はそう言って、思考に入った。

 

 

────>杜宮記念公園【入口】。

 

 

 公園に入る直前に考え始め、彼が次に口を開いたのは、スケートボードの練習場へ道が伸びる三差路に差し掛かった時。

 

「誰と組んだところで結局、他人に合わせなきゃいけないし、もう“合わせてあげよう”って考えをさせられる時点でもうムリだね。ストレスが溜まり過ぎるでしょ、そんなの」

 

 天才を自称する彼らしい言葉だった。

 『合わせてあげよう』、か。

 異界攻略の時は彼にそう思わせないよう努力しなければ。

 現状は自分たちの実力は、柊と美月を除いて横ばいだ。これで祐騎が特出しようなら、彼は自分の指揮下で嫌々誰かに合わせることとなってしまう。

 そして、チームの誰かしらにそんな思想が出てしまえば、何処かしら齟齬が発生してしまうようになるはず。

 だから、自分が。自分たちが目指すのは彼にとって。

 

「友達だって言うなら、僕が進んで“合わせよう”って思わせてくれるような人間が良いよね」

 

 

 ……そう、そういう類の強さを持つことなのだろう。

 

 

──夜──

 

────>【マイルーム】。

 

 

 祐騎と今日話したことだし、本日はゲームをするとしようか。

 『イースvs.閃の軌跡 CU』の続き。起承転結の承の部分に入って暫く、キャラが増えることなくシナリオ上の謎が増えていくようになった。

 転と結に向けた種まき、とでも言うのだろうか。いまでも軽く涙するほどに面白いのに、これから先、完結に向けてどうなるのかとても楽しみだ。

 

 

 ……十分に遊んだ。今日はもう寝ようか。 

 そのまま、ベッドに入り、ふと思い出したことに思考を巡らせる。

 今回の異界について。そして、流行について。

 サイフォンを弄る人が増えているのは関係があるのか。そもそもの疑問として、本当に今回の事件は終息していないのか。どうして前回で決着がつかなかったのか。

 どうするべきだったのか。何が正解だったのか。

 考える。

 取った選択は決して間違いじゃなかった。

 今のこの状況も、今後の見通しが立たずとも、満足いく日常だ。何も失っていない。何かを損なっていない。

 だから次は、より最善を掴めるように。

 考える。

 考える。

 考えて──

 

 

 




 

 コミュ・運命“四宮 祐騎”のレベルが5に上がった。


────
 

 優しさ +3。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【マイルーム】隠されていたもの

 

 閲覧ありがとうございます。

 ■部分は虫食い状態なので、読むことはできません。



 

 

 

 夢を見た。

 泡沫の如き■だった。

 終わりの定められた、恋の夢だった。

 

 堕ち■。

 ■チる。

 ただひたすらに堕■て■く。

 堕■■、堕ち■、至■■は裏。

 歪な■■から解■放■■た彼■■、そ■■も歪な■日常■在って。

 や■り■■、■■、彼■は足■く。

 

 今ま■で■■■■れな■った■■を■、■■で行■■■た■■■■い■■る。

 ■■■き、■■終■■せ、絶■■■い、■た次■■難■■■。

 ■■■閉ざさ■■未■の中、■■取■■い、■■■■え■■て、■■は乗り■■続■た。

 例■その手が■■■■■■■、例え■■■■■■え■うとも。

 残■■もの■■■すら■■繰り■せ、■■■■めず、望■■捨て■、ただ■■■らに■■上が■続■る。

 誰■が■■。■■だめ■、勝■■■すぎ■。と

 ■■■嘆く。もう■■■■、時■■■い。■

 ■■■哭ら■■■聴■■け■■波 ■■■、■■し■■を止■■■■は■い。

 岸■ 白■を■■■■た人■■■■、絶■■■■■■■■■■、諦め■■■■■■■。

 

 ■■■■■■■■■■、■■■泡沫■■■。■■■■時■■■■■く消■■■■いた、■■■■■■■夢■■。

 ■■■■■■■■■■■■、憶■てい■■■■、■■■。■■■■■■覚■■■■い。

 そ■で■、■■■足掻き■■■■■結■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

 

 

────

 

 

「……」

 

 

 目覚めは、緩やかだった。

 いつもと比べて、はっきりと意識が覚めない。今日が曇り空だからだろうか。

 ……いや、なんというか、意味もなく疲れているような気がする。

 最近そんな疲れるようなことをしただろうか。

 いや、心当たりはない。週もまだ半ば。部活も体育も確かにあったけれど、昨日に限った話ではないし。

 

「……よし」

 

 自分に気合を入れたと言い聞かせる為に、わざと掛け声を口に出す。

 学校へ行く支度をしよう。

 

 

──放課後──

 

 

「ザビ、その様子では、杞憂だったみたいだな」

 

 授業が終わってすぐ、眼鏡を掛けた男子生徒が話しかけてきた。

 サブローだ。

 

「何が?」

「いや、今朝は酷い顔をしていたし、午前中は注意力が散漫だっただろう。ザビらしくない」

「……そうだったか?」

 

 いや、確かに午前中のことを思い出せと言われたら、多少難儀する。

 自分が実際に行ったこと、というよりは、自分が動くことを誰かの視線で眺めていたような形に近い。確かに注意力が欠けていたと言われれば、その通りのような気がしてきた。

 

「だが、今は普段と同じザビだ。せっかく元気を出させる方法を見繕ってきたのだがな」

「……それは、ありがとう」

 

 ザビではないけど。

 まあもう長く呼ばれている。ツッコミは口にしない。

 そろそろ恥ずかしい気持ちも薄れてきたし、呼ばれ慣れてきたというのもある。嫌な慣れ方をしてしまった。

 

「ちなみに、元気を出させる方法って?」

「! ……ホウ、気になるか」

 

 丸い眼鏡をくいッと上げるサブロー。

 今日が曇りでなれけば、太陽が反射して眼鏡が光ったかもしれない。

 つまり天気が良ければ最高の眼鏡アピールだったというわけで。惜しいな、実に。

 

「クク、ならば授けよう。それがその答えだ」

 

 そうして彼が差し出したのは、サイフォンだった。

 

「……何か高性能な新型サイフォンとか?」

「使っているサイフォンは当然性能を重視して選び、スコアには満足している。が、そこではない。サイフォンを使った娯楽、ということだ」

「娯楽」

 

 ふと思い浮かぶのは、ゲームだろうか。

 サイフォンで何かしらの遊びをしている子どもの姿などは何度か見ている。

 気分転換にお勧めのゲームがあるというなら、参考程度にダウンロードしてやってみてもいいかもしれない。そちらの方面に詳しいサブローが推してくれるのだ。ハズレはないだろう。

 

「それで、その娯楽って?」

「うむ。俗に言う“携帯小説”というやつだな」

「……?」

 

 どうやらゲームではなかったらしい。

 携帯小説……自分は読んだことがないが、確か書籍のデータなどを端末に落とし込んでおき、小説のように空き時間で読める、というものだったか。

 

「とはいえ、そんな高尚なものを薦めるつもりもない。ザビが活字を読める側の人間なのは知っているが、起承転結までしっかり纏められた本をすべて読んでいては、時間が掛かり過ぎるからな」

「でも本ってじっくり読んだ方が面白いだろう」

「フッ、やはり分かっている。流石は同志……いや違う。そうではない。つまりだ。気軽に読めてかつ面白いものを読めばいいということだ。そこで勧めたいのが」

「携帯小説、ということか」

 

 一瞬握手を求めてきたサブロー。

 ただ、話の途中であることを思い出したのか、首を振って手を引っ込めた。

 しかしなるほど。元より本を読むのは好きだ。夜はよく読書をしているし、リハビリ期間もよく歴史系や偉人系の本をよく読んでいた。

 ……そういえば初対面の頃、この話をしたら美月に呆れられたな。リハビリ期間だし勉強を優先するべきでは。みたいな感じで。

 

「そうだ。印刷という手順を踏まないからか、携帯小説は本来の紙媒体のものとは違い、“読み返しを前提としないもの”、“勢いだけで押し切る”といった作風も許されている。膨らませる義務がないことから、美しい終わり方をしやすいというのもあるのかもしれん。無論、紙媒体に負けず劣らずな素晴らしい連載小説もあるがな。まあとにかく、ニーズに合った小説を見つけられるものだ。特にこのサイトは粒ぞろいでな──」

 

 サイフォンを操作し、実際のサイトを見せながら、熱く語るサブロー。彼の思いのたけを聞き逃すことなく、興味を持ちながら聞いていた。

 確かに面白そうな話。後で実際に読んでみようか。

 夜の楽しみが増えたな。──そんな程度の感想を、抱いていただけだった。

 

「“最近は結構な生徒が読んでいる”ように見えるな。“登下校中などもふとした時に、このサイトを開いている人間を見つける”。そもそも読書が1人用の趣味であることや、紙媒体に比べれば未だに浸透していない分野で、日陰のようなイメージがあるからか、“あまり他人と共有されない趣味”のようだが、知ったような口で批判されるよりは数倍マシか。その反面で新規のファンを獲得できないのもまた悩みであるが、こうして着々と普及活動を──と、ザビ、聞いているのか」

「……」

 

 “最近は結構な生徒が読んでいる”。つまりは学校内でブームになっているということだ。

 

 “登校中や下校中に読んでいる人が居る”。九重先生が感じた違和感は合っていたということだろう。短時間で読める、ということは、手持ち無沙汰な時間を解消できるということだ。それに、気になって仕方のない展開があったり、ぎりぎり読み切れなかったりしたら、つい歩きながらでも読んでしまうこともあるかもしれない。

 

 “あまり他人に共有されない趣味”。聞き耳を立てても、あまり気にならなかった理由はこれだろうか。そもそも携帯小説という言葉を念頭に入れていなければ、ただの読書話やドラマやアニメなどの話と区別がつきづらい。ということもあったのだろうか。

 いや、これは言い訳だ。

 

 

 ……つまり自分たちは、現在進行形で、“学校内で流行していたものを見落としていた”ことになる。

 

 

「ごめんサブロー。急用が入った。良ければお勧めなどがあればメッセージで送っておいてくれるか? 後で必ず目を通すから」

「……良い目になったな。急用なのだろう。早く行くと良い。後で珠玉の作品を教えよう」

「ありがとう。楽しみにしている」

 

 全員、都合が付いてくれるように祈り、通話画面を立ち上げながら、教室を後にした。

 

 

────>杜宮高校【空き教室】。

 

 

「俺もそういうのに詳しいやつに確認取ってみた。そいつ自身はそこまで嵌っている訳じゃないみたいだが、確かに友達がその話題で盛り上がることは多くなってきているらしい」

 

 小日向との通話を終え、サイフォンを耳から離した洸が、そう伝達する。

 空き教室に無事集合した8人が、険しい顔をしている。

 

「他に、何か聞き出せた人は?」

 

 ここに来る前、全員を呼び出したついでに、急ぎの情報収集を頼んでいた。

 急な話で伝達もうまくいっていなかったはずなのに、空と璃音の手が上がる。

 

「1年生はかなり浸透しているみたいですね。結構な人が知っていました」

「……それ、ホント? 2年は半々ってカンジかな。なんか、忙しければ忙しい人ほど、そういうのを知ってたかも。部活のエースとか、成績のイイ子とか。って言っても、最近近くによくサイフォンを弄るようになった人いる? って聞き方したから、全員がそうだとは言えないケド」

「……いいえ。重要なデータだわ。どうやら本当に、目に見えていないだけで、流行していたらしいわね」

 

 柊が腕を組みながら、空と璃音の発言を受けて判断する。

 やはり、自分たちは見落としてしまっていたらしい。

 悔いる気持ちは確かにあった。

 けれどもまだ、目に見える被害はない。敵シャドウも準備中なのだろうか。とにかく、取り返しが着かない状態と思えないだけ、不幸中の幸いだろう。

 

「けどよ、可笑しくねえか?」

 

 眉を釣り上げた志緒さんが口を開く。

 

「いくら怪しまれない程度とはいえ、調査はしていた。まったく話題が入ってこないってことはねえだろ。それに──」

「ネット関係なら、僕が気付かないワケがない。そう言いたいんでしょ、高幡センパイ」

「ああ。これは四宮に対する文句でも叱責でも何でもねえ。なあ、ホントに一切勘づけないことなんて、あるのか?」

「「「……」」」

 

 誰も、明確な答えを返せない。

 今も一心不乱にサイフォンとノートパソコンを弄っている、四宮祐騎以外には。

 

「…………ああクソ……無茶苦茶すぎるでしょ!」

 

 苛立ちを隠せない祐騎が、机を思いっきり叩く。

 何か進展があったのだろうか。

 

「なにか分かったのか、ユウキ!」

「何も分からないよ! 分からないのが分かった!」

 

 身を乗り出して尋ねた洸に対し、祐騎は激昂を隠さずに答える。

 しかしその答えはよく分からない。どういうことだろうか。

 

「さっきセンパイから教えてもらったサイト、検索しても出てこない! 他の人のアクセス履歴から飛ぼうともしたけど、そんなアクセスの履歴すら引っ掛からない!」

「「……」」「「「「「!?」」」」」

 

 祐騎の叫びに、耳を疑う。

 検索しても出てこない、なんてあり得ない。だって自分のサイフォンはサブローがお勧めとして紹介してくれたサイトにつなげることが出来ている。

 他の皆の様子は……各々、サイフォンを弄っていた。だが、祐騎のような激しい驚きを表す人は居ない。

 それどころか、皆首を捻っている。

 

「え? あたしは繋がったケド……そ、そんなことってあるの?」

「ないに決まってるじゃん! つまり!」

「考えづらいけれど、誰かが四宮君の妨害をしている、ということね」

 

 四宮 祐騎個人への妨害。

 確かにネット関係に細工をするのであれば、祐騎は真っ先に障害となるだろう。知っていれば、真っ先に封じたい相手だ。

 しかし、それはおかしい。

 

「その、誰かって」

 空の問いに答えたのは、美月だった。

 

「異界の主。今回の異変の元凶とも言える存在でしょう」

「……美月先輩、でも今回のって、変ですよね? その、上手くは言えないですけど」

「ネット関係に影響を及ぼすシャドウは、今までにも存在した例があります。珍しいケースですが、“そちら”は大した問題ではありません。現状、一番気掛かりなのは」

「どうして敵の親玉が、四宮を狙い撃ちしたか、ってことだろ」

 

 志緒さんの問いに、首肯する美月。

 そう、その対策は、まるで四宮 祐騎が脅威となり得ることを知っていて、かつ自分たちの中に祐騎以上の対策を取れる者が居ないことを知っていなければ、取られることのない方法だ。

 仮に自分たち対抗勢力を知っていたとしたら、全員のアクセスを絶つべきだった。それをしなかったのは、どうしてか。

 “ネットを張っていたのが祐騎のみ”だと知らなければ、祐騎個人のアクセスを封じはしないだろう。

 けれども、いくら一度戦った相手の大元の存在とはいえ、そこまで把握されているとは考えづらい。

 

「シャドウは、四宮の目さえ誤魔化しちまえば、俺らの目を欺けることを確信していた。だが実際、そんなことが有り得るのか?」

「あり得たのでしょう。偶然として片付けるには、向こうにとって都合が良すぎる。今回の敵は、“わたし達の情報を知っていて”、“その情報を活かす頭脳を持つ”。ということね」

 

 どういう手段かは分からないけれど、的確に対応されている。

 事実祐騎の妨害がされていなければ、すぐにでも異常が発見できただろう。

 

「完全に後手に回っているな。どうする?」

「どうするもなにも、今は情報を整理するべきだよ。相手の得体が知れなさすぎる」

 

 祐騎の意志漲る視線を受け、頷きを返す。

 彼も悔しいだろう。完全に相手に上回られたのだから。

 

「けどよ、情報を整理するって言っても、何をするんだ?」

「分かっていることをもう一度確認してみましょう。何か見えてくるかもしれないわ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【空き教室】シャドウの思惑 1

 

 

「まず分かっていることと分かっていないことを書きだしてみましょうか。岸な…………あの、声を掛ける前に黒板の前でスタンバイしているのは怖いから止めておきなさい」

「そうか?」

 

 なんかそろそろ声が掛かりそうだなと思って席を立って移動しておいたら、柊に呆れたような目を向けられてしまった。

 いや、3年生組を除いた全員が同じような表情でこっちを見ている。

 

「役割に忠実過ぎだろ。というか、別に人数が増えたんだし、お前じゃなくても良いんじゃねえか?」

「それを決める時間ももったいないだろう。嫌なわけでもないし」

「……まあ、本人がそう言うならこれ以上は言わないけどよ」

 

 事実、この書記のような役割について、不満を持っている訳でもない。

 書いて情報を纏めるというのは大事だし、聞く・見るに加えて書くまで加われば、より正確に記憶へと残るだろう。

 という訳で、黒板の前でチョークを握る。

 黒板中央に縦線を引き、分かっていることのエリアと、分からないことのエリアを分けた。

 

「まず確定したことといえば、この異界が“連鎖要因による異界”だったことね」

「そういえばそうなるね。この前の一件だけで終わっていれば、自然要因による異界だったわけだけど」

「確かに。妨害工作があったってことは、まだ敵がいるってことだもんな」

 

 分かっていることのエリアに、連鎖要因と記入しようとする。

 しかし、途中まで書いたところで、あの、という控えめな声が上がった。

 振り返った先にあったのは、申し訳なさそうに小さく手を上げる、空の姿。

 

「あの、結局連鎖要因と自然要因ってカテゴライズすることにどういう意味があるんですか? 根本的な違いがまだよく分かってなくて」

 

 空の問いを受け止める。

 名前でわざわざ異界を纏める意味、か。

 確かに脅威度の次元が違うことを知るまでは、自分もその必要性は理解していなかった。そもそも連鎖要因の由来とかを知らなかったということもあるけれど。

 というかそもそも、異界の発生要因について、空や志緒さんは知っていたか?

 いや、2人のことだ。知らなければその都度聞いて来ただろう。恐らく柊あたりから説明を受けている、はず。

 ならば今回は誰が説明するのかな、と思い、美月や柊に目を向けてみる。

 美月はこちらを向いていた。どうやら説明を任せたいらしい。彼女の性格上、億劫がっている訳でもなく、嫌がらせということもない。まあ、にっこりと微笑んでいるところを見るに、こちらの理解度を試しているのかもしれないけれど。

 柊も同様の結論に至ったのか、腕を組んだまま口を開かなかった。

 洸を始めとする他の皆もその空気に従う。

 

「簡単に言えば、被害の予測規模に違いが出るからだな。自然要因の異界はそれ1つで完結しているのに対し、連鎖要因の異界は複数個存在し、大元を叩かない限りは限りなく出現する。そうなってくると当然、攻略の難易度も取るべき対策も変わってくるから、逆に同じと思っていると危ないだろう」

「なるほど……すみません、分かりました!」

 

 特に引っ掛かったところはないようで、空は笑顔で頷く。

 ところが、自分の方が説明していて首を傾げそうになった。

 

「今回のが連鎖要因の異界だとして、最初の異界以降、眷属の異界が発生しないのはどうしてだ?」

 

 確か美月の話では、上限やクールタイムは存在しているけれど、生み出した使い魔が異界を形成し、分布をどんどん広げていくのだということだった。

 なら、連鎖要因の異界として、あれ以降一切の動きが無いのは変なように思えるけれど。

 

「確かに、聞いていた連鎖要因の特徴には沿わないな。そこの所どうなんだ、柊」

「考えられる理由は2つあるわね。眷属を1体しか産めない主で、かつその発生に時間が掛かるタイプ、ということ。もう1つは、眷属を作る分の労力を何処かに割いている、ということ」

 

 提示された2つの可能性に、一層首を捻る。

 いや、1つ目の理由は違和感があるものの、理解は出来る。あれだけ強力なシャドウを使い魔として従えているのだ。もしかしたら準備にかなりの時間を要するのかもしれない。

 ただやはり、時間を掛ければ同じ規模の異界を発生させられる使い魔が産み落とされてしまうということ。一刻も早く対応に動かなければ。

 

 一方、2つ目だとしたら、今の平穏な時間も入念な準備に割かれている、ということになるだろう。勿論敵シャドウも手をこまねいて待っているだけではないとは知っていたけれど、危険度が高いどころの話ではない。下手したら罠を張っていたり、祐騎を封じ込めたような智略を他に練ってくるかもしれない。。

 こうなると、より色々なことを考え、相手の想定の上を行く準備をしなければならない。せめて相手の狙いが少しでも別れば良いんだけれど……現状では難しいか。

 

「2つ目の理由だとして、シャドウは何を考えていると思う?」

「まず間違いなく、四宮君の妨害には労力が割かれ続けていたはずです。ですから、何故シャドウは四宮君を妨害する必要があったのかを考えてみるのはどうでしょう」

「何故って……特定されるのを防ぐためじゃないんですか?」

「何を特定されることを恐れたのか。という話です」

 

 美月が答えに、考え込む。

 確かに、現状の考えだと祐騎を妨害したのは、自身の存在を隠すため、ということになってしまう。しかしそれだと、ただの時間稼ぎに労力を割いていることになり、またこうして答えに辿り着いている辺り、大した成果を得られていないようにも見える。

 ……祐騎の妨害をして、シャドウが得たメリットか。

 

「ユウキを止めることで、何が得られたか……正体がバレることってことか?」

「けど、隠してたのって小説サイトでしょ? 隠したところでってカンジじゃない?」

「そのサイトの作成者が分かってしまうことを怖がった、ってことはないですか?」

「いいえ、それは考えづらいかと。そもそもシャドウがネットに働きかけて作ったのであれば、サイト設立者もなにもありません。適当な人のパソコンやサイフォンから勝手に作ったことにできるのですから」

「え、何それチート過ぎるでしょ……」

「実在しない存在ですからね。虚像を追ったところで惑わされるだけです」

 

 だとしたら、サイト設立者を隠したがったという線はないと思って良いか。

 

「……あのさ、まだよく分かってないんだけど、この小説サイトってシャドウが作ったの? 元からあったとかじゃなくて?」

 

 璃音の質問が飛び、全員が手元のサイフォンに視線を落とす。

 そういえば、祐騎のアクセスが拒絶されていたというだけで、そのサイト自体をシャドウが作ったと言う話は出ていなかった。

 

「サイトの中には、かなり前から投稿されている小説もあるな」

「……ということは、成程。隠したかったのは、外ではなく中。“小説サイトにアクセスさせないこと”ではなく、“小説を悟らせない”ことだった。そういうことね、リオン?」

「多分そう!」

「……多分って」

「いやー……正直そんなしっかり考えての発言じゃなかったし」

「いいえ、助かりましたよ、久我山さん。先入観で話し過ぎましたね」

 

 そうかな、と照れる璃音。

 その通りね、と首肯する柊。

 確かに、サイト自体が隠されていたとはいえ、サイトを隠すこと自体が目的とは限らないのだ。

 となると。

 

「シャドウの目的は、生徒たちに自分の小説を読ませることで、こちらを妨害した理由は、小説を読ませないようにすること?」

「……でも、そもそも何で他の生徒たちに小説を読んでもらう必要があって、わたし達には読まれることを避けたのでしょうか」

 

 何故自分たちを、生徒の枠に入れなかったのか。

 自分を討伐しようとする敵に、知らせたくない理由。

 それは。

 

 

──Select──

  恥ずかしいから。

  意味がないから。

 >正体がバレるから。

──────

 

 

「そう考えるのが、妥当かしらね」

 

 柊の同意を得る。

 それに対し、訝しげに眉を寄せたのは志緒さんだ。

 

「つっても、読んだだけで正体が分かる、なんてことあるか?」

「例えば僕たちの中にはそれを判断できる人物がいる、とかかな。特定のエピソードがあったり、キーワードがあったりして。他にも、弱点が載ってるから隠したい、なんてこともあるかもね」

「……なんでわざわざそんなこと書くんだ?」

「僕に聞かないでよ。自叙伝とか、エッセイとか、そういう誤魔化したら伝わらないジャンルなんじゃない?」

 

 つまり祐騎の推理では、自分たちに近い誰かのシャドウの犯行だ、ということか。 

 まあ確かに、的確な妨害と言い、まったく知らない人の線は考えづらいものがある。けれど、仲間内でもない限り、そんなことは分からないと思うけれど。

 

「……」

 

 途端、柊が何かを考え込み始めた。

 何か引っかかることがあったのだろうか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【空き教室】シャドウの思惑 2

 

 

「先程の郁島さんの質問ですが、一般生徒に小説を読ませようとした理由は、少し見当がつきます」

「それって?」

 

 思考に耽る柊を一旦放置し、美月は彼女の既知であろう内容を自分たちに話はじめた。

 

「シャドウは恐らく、“同情”や“共感”を誘いたかったのではないでしょうか」

「……えっと、俺らが共感とかをしたところで、何があるんすか?」

「これは仮定の話ではありますが、ある条件が揃っていれば、関与した人たちを異界化の際に招き入れやすくなります。特に同情や共感などをしてしまった人は、その感情を抱いた時点で“共に異界を作り上げる”ことになるでしょう」

「「「「「「!?」」」」」

 

 共に異界を作り上げる? どういうことだ。

 

「例えば皆さん、異界を攻略している最中、異界の核となった人以外の声を聞いたことはありませんか?」

「……ある」

 

 空の異界や、戌井 彰浩さんの異界などがそうだったような気がする。

 けれど、それと何の繋がりがあるのだろうか。

 

「異界は諦めの心を具現化をした場所。そこに他人の想いや感情がぶつけられれば、異界の主の感情をさらに揺らぎ、一層強力になるでしょう。皆さんが聞いてきた声はいずれも、主にとって心に深く根付いたやりとり。負の感情、諦観を一層深くさせた要因の1つです」

「つまり、何だ? 感情をぶつけることで異界の主の力が強くなるってことか?」

「ええ、皆さんが経験してきたケースでしたら、そうですね。尤も、それだけなら良いのですが……」

 

 何かを言い淀んだ彼女。

 何でも良い、今は情報が、判断材料が欲しい。

 

「何か不安な点でも?」

「さきほど、ある条件下で招き入れやすくなる、と言いましたよね。……その条件を満たせるものの1つが、この小説という媒体にあたります」

「えっ!? このサイト!?」

 

 璃音がサイフォンの画面を美月に見せて、確認を取る。

 それに対し、美月はやや溜めを作って頷いた。

 

「はい。私の想像が仮に正しいとすれば、恐らく黒幕のシャドウの狙いは、自身の感情や境遇を曝し、“大勢の人に『それは仕方ないな』と諦めを抱かせる”ことではないかと」

「諦めを、共有する?」

「すると、どうなるんだ?」

「端的に言い表すならば、異界が攻略しづらくなります。何か例になることと言えば……戌井さんの異界は、異界の主の他に数人が巻き込まれていましたね? それを、“人為的に”引き起こせるようになるんです。そうして巻き込んだ人たちから、“感情を養分として吸い続ける”。供給されるエネルギーが多ければ多いほど、異界の規模が大きくなるのは当然でしょう」

 

 全員が、言葉を失った。

 人為的に、多くの人を巻き込んで異界を展開する、だなんて。

 そんなことが可能なのか……?

 いや、可能なのだろう。美月が言うのだ。そこにおふざけや冗談の要素なんてない。

 

「……は? いや、ちょっと待ってくれ北都先輩。感情を吸われるってなんすか!?」

 

 洸が無視できない単語を拾い上げた。

 全員の視線が、次の美月の説明を求めるように、彼女へ集まる。

 

「……先程、四宮君がシャドウが掲載した小説のジャンルを、自叙伝やエッセイだと推測しましたね?」

「え? あ、うん。まあね」

 

 突如話題を振られた祐騎は、驚きつつも肯定する。

 それを言っていたのは、志緒さんと話してた、自分たちに小説を見られたくない理由の時だったか。

 

「その推測は正しいと思います。筆者──シャドウは心を……いえ、“異界”を“小説”として書き上げているのでしょう」

「「「「「「!?」」」」」

 

 異界が小説に?

 いや、でも、そうか。心を綴った小説、それが仮に諦めの物語だとしたら、異界にも通じるところも確かにあるのかもしれない。

 同じ感情を元に構成された、異界と小説。

 その関係性が等号で結ばれ、小説=異界が成り立つとするなら、小説に感情移入した人はつまり、異界に感情移入した人となる。

 諦めの気持ちで書かれた小説に対し、同情や共感など、理解を示すということはつまり、同類の感情を抱くと言うこと。それが異界に注がれるというなら確かに、それらの感情を抱いた人も、異界を一緒に造り上げてしまうということになるのだろう。

 

「で、でも、今の話は全部推測だよね?」

 

 祐騎の焦ったような声が、沈黙する場に響いた。

 そう。今彼女が話したのは美月が思いついた、仮定の話。現実に起きていることではない。

 けれども、この想定は決して遠く外れているわけではないようにも思う。

 それを、全員理解しているのだろう。だからこそ、誰もが目に見えて分かるような焦りと怒りを浮かべている。

 

「はい。あくまで推測の域を越えない話です。が、用心するに越したことはないかと思いまして」

「……待てよ、つまり異界が発生したら、杜宮高校の生徒たちが巻き込まれるってことか?」

「あ! そっか! そのネット小説がウチの高校を起点に流行ってるなら!」

「そう、なりますね。十中八九、異界の起点はここ、杜宮高校になるでしょう」

 

 その言葉に、洸が拳で机を叩いた。

 

「すぐに避難させねえと!」

「ですが時坂君、何と言って避難を?」

「言ってる場合か! 最悪デマでも放送で流して追い出してでも!」

「仮に生徒は良いとして、教師もその方法で追い出すのですか? それに今は放課後。ほどんどの生徒は部活の活動中です。中止するように言ったところで、素直に聞くとは考えづらいのではないですか? 第一それがシャドウの耳に入ればどうなるか」

「それは……ッ」

「落ち着いてよコウセンパイ。不用意に外へ逃がして、被害が拡大したらどうすんのさ」

「……その通り、だな。悪い。北都先輩も」

 

 

 歯を食いしばる音が聴こえた。

 特に洸は学内の友人が多い方だ。巻き込まれないかどうか、気が気でないだろう。

 その苛立ちは正しい。けれど、それをどうか美月には向けないで欲しい。一番歯がゆい思いをしているのは、恐らく生徒会長である彼女だと思うから。

 ふと、美月と目が合った。

 大丈夫ですよ、と言わんばかりに首を振り、まっすぐこちらを見る彼女。自分が考えていることはお見通しのようだ。

 ……今は彼女の意志を汲もう。祐騎の言う通り、冷静にならないといけない。

 

「いいえ、私も言い方を考えるべきでした。ごめんなさい、時坂君」

「北都先輩が謝ることじゃないっす」

 

 一瞬だけ緊迫した空気が緩む。とはいえ緊張は未だに場を支配していた。

 当然だ。置かれた状況が予断を許さないものだと、段々実感を持てるようになってきているのだから。

 

「とにかく、今の話で分かったのは、異界の発現場所の筆頭候補が、ここということね」

 

 ずっと黙っていた柊の声が響く。

 それと同時に、彼女は自身の胸の前に、何かを掲げた。

 

『全員、今から私のやることに、一切反応をしないで』

 

 筆談のように、かつ少し離れた自分にも見えるよう、大きくノートに文字を書く柊。

 書いてある文字と彼女の行為を見て最初に思うのは、盗聴されているのか、という疑惑。

 そうでなければ、わざわざ文字を書いたりしないし、それに対する反応を禁じはしないだろう。

 

「不思議なのは、なぜこの学校だったのか、ということですね。偶然と言ってしまえば、それまでかもしれませんが」

 

 柊の言葉の意図を汲み、美月が何事もなかったかのように話を続ける。

 

「まあ、小説の年齢層によって学生に絞っていたとしても、他に狙うべき場所はあるからね」

「シャドウにはこの場所を狙う理由があったってことか?」

「それは……どうなんだろうな。実際無作為に選ばれた学校の1つだったりするのかもしれないし、何とも言えないんじゃないか」

 

 どの話題も、確証に欠けたものしか出てこない。そもそもこれは仮定の上の仮定。本来であればこの杜宮高校が標的になっていない可能性だってある。

 取り敢えず分かっていないことの欄に、杜宮高校が狙われている理由、と書き込む。

 それに少し遅れる形で、柊のノートの次のページが捲られた。

 

「そうね。……リオンはどう思う?」

 

『岸波君、貴方のサイフォン、今ポケットの中にある?』

 

 自分のサイフォン?

 彼女が何を言いたいのか分からないが、入ってはいる。チョークを持つ関係で、サイフォンを持っていたくはなかったし。

 肯定するために頷きを返すと、彼女は手を口元に当て、何かを考え込んだ。その後彼女の視線は、再度ノートへと戻る。

 

「……」

 

 柊に問いを投げられた璃音は、反応を示さない。

 彼女は彼女で何かを考え込んでいるようだ。

 それを不思議と思ったのか、洸が口を開く。

 

「おい、久我山?」

「……え? ……あ、ゴメン! 違うこと考えてた! なんだっけ?」

「うちの学校が狙われているってことについて、何か意見あるかって話なんだが」

「何か、他に気になることでもありましたか?」

 

 美月の問いに、えっとと答えようとする璃音。どうやら集中力を失っていたわけではなく、何かに引っ掛かりを覚えたらしい。

 

「あたしが気になったのは、その異界の主が産み出したっていう、眷属? 使い魔? についてなんだけど」

「使い魔について?」

 

 何かおかしなことでもあっただろうか。

 詳しく聞こうとすると、またしても柊のノートが捲られた。

 

『岸波君はそのままサイフォンを出さずに元の席へ戻って。他のみんなは、サイフォンで例のサイトを覗いたままに。自由に弄っていてくれて良いわ』

 

 自分のサイフォンがなにか関係しているのだろうか。取り敢えず言われるがままに、席へと戻る。

 他の皆も、柊の指示通りにサイフォンを操作している。

 

「ウン。あくまで違和感ってだけだけど、話を聞いてる限りだと、結構悪知恵が働くシャドウなんでしょ? なら、何で2体目を作らないのかなって」

「だからそれは」

「時間稼ぎやほかのところに労力を割いているって話だよね。けどさ、実際もっとシャドウ産んだ方が時間稼ぎになるんじゃない?」

「……!」

 

 言われてみれば、確かに。不確定要素はあるけれど、こちらに考える時間を与えないほど攻め立てた方が、全員の時間は奪えただろう。

 それこそ、情報収集なんてしている間もないほど。

 

「それはさっきも誰かが言ってた、クールタイムってのじゃ、駄目なのか?」

 

 志緒さんの回答に、璃音は納得いっていなさそうに首を傾げた。

 その間に、柊が新しく指示を書き上げる。

 

『岸波君はサイフォンの画面を伏せたまま、こちらに投げて』

 

「でも、あんな強力な使い魔を作ったせいでクールタイムが発生してるんだよね? そこまで考えられるシャドウが、そんなミスをするようには思えないんだケド……」

「……言われてみれば、確かに」

 

 璃音の言葉に、美月が同意する。

 自分も彼女の言葉はなんとなく納得が出来た。異界を隠すなら異界の中、というわけではないけれど、確かに多く異界を出現させた方が、手当たり次第に攻略する必要がある為、精神的な負担を見込めるはずだ。

 それをしなかったということは、何かしらの理由があったのかもしれないけれど。

 

 ちなみに、サイフォンを投げろという指示には、少し納得できていない。

 とはいえ、指示は指示だ。今は何かが見えている彼女に従おう。

 

「だからさ、ちょっと気になったんだよね。異界があそこに発生したり、シャドウを産んで──ぇ?」

 

 サイフォンを、指示通りに投げる。

 サイフォンが手元を離れる直前、璃音が何かに気付いたのか、言葉を止めた。

 

「──まさか!?」

 

 続けて美月も、サイフォンを目で追いながら、声を上げ、椅子を倒すほど強く立ち上がる。

 その間、サイフォンはそのまま一直線に、柊のもとへ。

 画面を伏せたままとのことだったが、流石に無理だった。

 投げ終わった後のサイフォンは、運動の関係で、少し向きを回転させてしまう。

 その画面は、若干璃音の方へと向いた。

 

 

「アスカさんッ!」

「アスカ、ダメッ!!」

 

 

 美月が駆け寄る。しかし間に空を挟んだ席順。少し遠い。

 璃音が手を伸ばした。定位置のように柊の隣に陣取っていたことが功を奏したのか、彼女の手は自分のサイフォンと柊の手の間に入り、強くサイフォンを叩き落とすことに成功。

 

 ──次の瞬間、柊と璃音の周辺が歪み、彼女たちの姿は、跡形もなく消え去った。

 

 

「……──ぁ」

 

 

 自分のサイフォンが机に叩き付けられる音が響き、美月の悲痛を堪えたような吐息が耳に入った。

 何が起こったのか、どういうことなのか。それを聞こうとしたその時。

 先の異変からひと呼吸置いて、状況が急変する。

 

「ぅ、ぁ──」

 

 強烈な地鳴りがおこり、校舎全体が大きく揺れた。

 次の瞬間、校舎の窓ガラスからは“見慣れた赤いひび割れ”見え、パリン、パリンと現実の割れる音が聴こえだす。

 しかし、問題はその規模。ひび割れ自体は見覚えがあっても、そのひび割れの大きさは見たことがない。

 “校舎全体を呑み込むほど大きな皹”。

 窓から見えた景色はそれが最後。

 

「みんな、できるだけ近くに!」

 

 自分に出来たのはそれを言い、近くに居た洸の傍へ行くことくらい。

 また次の瞬間には現実が歪み始めていて。

 ──次に気が付いた時には、自分たちの居る場所は、世界は、一変していた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【■■■■■】それぞれの悔い

   

 

 異界化された学校の中で、叩き落とされたサイフォンを拾う。軽くタップすると、ソウルデヴァイスとペルソナの待機画面が映った。どうやら壊れてはいないようだ。

 周囲の光景は穏やかな日常の風景から一変し、地獄のような場所に成り果てている。

 黒板も、ロッカーも、机も椅子もなくなり、あるのは通路と悪趣味な装飾、後は禍々しさくらいか。

 全体的な装飾の特徴としては、今までの異界と違い、地面にタイルのようなものが敷き詰められていることか。野ざらしというか、自然色が強かった今までの異界とは違い、しっかりとした人工物という感じ。というかここは……異界だけれど、建物の中か?

 

「ハクノ、無事か?」

「ああ、自分はな」

 

 後ろから声を掛けられ、振り返る。

 あの場に居た全員から、璃音と柊を除いたメンバーが揃っていた。

 

「……すみません」

 

 俯いた空が、強く拳を握りしめながら、震えた声を出す。

 

「わたし……わたし、近くに居たのに!」

「……それは、別に空が謝ることじゃない」

 

 動けたのは、璃音と美月だけだった。柊本人ですら、左右から掛けられた呼び声に反応した程度。例え間に合わなくても、責めるようなことではないだろう。動いた彼女らに比べて、

 

「でも! リオン先輩は動けたんです! 柊先輩の隣に座ってたのは、同じなのに!! リオン先輩はっ! 間に合ったんです!!」

 

 ……よくよく考えてみれば、間に合う可能性を目前で示されたのだ。空が悔いるのも当然かもしれない。

 席順としては、璃音、柊、空、美月の並びだった。璃音が手を伸ばして届いたのならば、空に届かないはずがない。結果は気付いた時間差。いち早く気付いた璃音は手を届かすことができ、ほぼ同タイミングで気付いた美月は走り出すものの間に合わせることができず、2人の行動を見てから動いた空の手は空を切った。

 そう。タイミングの差。言ってしまえば、それだけの話。

 だけれど、彼女にとってその光景による傷は深すぎた。

 そんな空の背中を、彼女の兄貴分が強く叩く。

 

「しっかりしろソラ! まだ助けられるだろうが! 止まっててどうすんだ!」

「ッ!?」

 

 よろけた空の身体を、頭を掴むことで志緒さんが受け止めた。

 

「悔いる気持ちは分かる。が、今動かなきゃもっと後悔することになるぞ」

「……はい」

 

 それだけ言って、志緒さんは離れた。

 彼と入れ替わるようにして、美月が空の横に立つ。

 

「ソラさん」

「……ミツキ、先輩」

「次は、絶対間に合わせましょう。お互いに」

「……はい! はいっ!」

 

 袖で目元を強く拭った空は、気合を入れるためか頬を1度強く叩いた。

 痛い音がする。離れた手の位置には紅葉のような痕。

 だが、その甲斐あってか、彼女の瞳に光が戻り、やる気の炎は灯された。

 

「すみませんでした! 行きましょう!」

「「「「「応!」」」」」

 

 

 機動力に長けた空と、対応力に優れる洸を先頭に、全員で駆けだす。

 中衛に志緒さん。後から付いて行くのは、自分と祐騎、それから美月だ。

 

「美月、大丈夫か?」

 

 念のため、美月に声を掛ける。

 目の前で救えなかったと言えば、彼女だって同じだ。気付いてなお間に合わなかった心情は、自分に計り知れない。恐らく傷の付き方で言えば、空に劣らないだろう。

 だというのに、彼女は平然とした表情をしている。それが逆に心配だった。

 

「……気付かれますか。わたしもまだまだですね」

 

 ふぅ、とわざとらしく嘆息する美月。

 まだまだ、と彼女は言うけれど、何を目指しているのか。

 

「それ以上巧妙に隠さないでくれ。気付けなくなりそうだ」

「ですから、それで良いんです。放っておいてくれれば自分で折り合いは付けられますから。先程も言った通り、時間がないんです。放っておいても大丈夫な人に関わっている暇なんて──」

「仲間と関わる時間は、無駄にはならない」

 

 無駄話は時にするけれども、無駄話をすることは無駄ではない。

 どんな話題であっても交わされることに意味はある。時間を共にすることは大切なことだ。互いを理解する上でも、互いを信頼していく上でも。

 

「強がることが悪いこととは言わないけれど、沸いた気持ちを押し殺すのは良くないと思う。もちろん弱みを見せろと言っている訳じゃない。けれど、誰かしら明かせる人が居てくれるとこちらが助かるかな」

「……助かる、ですか?」

「誰も知らないと、美月のことを全員が“強い人”だと錯覚してしまう。彼女なら大丈夫、が当たり前になって、気を配るべき場面でできない可能性があるから」

「その余計な気を使われたくないのですけれど」

「あともう1つ。仲間が辛い思いをしているのを見逃していたことに気付いたら、その時は本当に辛いだろうから」

「……それは」

 

 美月は、何かを言いかけて、止まった。

 

「……いいえ、そう、ですね。でしたらその相手は、友人であるはくくんにお願いするとしましょう」

「みーちゃんの御使命とあれば、喜んで」

 

 少しだけ微笑んだ彼女。

 そういえば、いつか約束したな。

 

────

 

「何か会ったときは呼んで。できる限りで力を貸す」

「……ふふ、その時はよろしくお願いしますね、岸波くん」

 

────

 

 以前交わしたのは漠然とした、力を貸すという約束。

 けれども当時、その約束が美月の中に響いていないことは薄々理解していたし、彼女の返答が乗り気でなかったことにも察しが付いている。

 だけれど、今回は少し違う。

 自分の気のせいの可能性もあるけれど、彼女の返答が、本心から出たもののように思えた。軽口のように言われ、軽口をたたくように返したけれど、紛れもなく本気で伝えたつもりだ。

 ……昔だったら、はぐらかされるか、前回同様、“とはいえそんなことは起こらないでしょう”程度の流され方をしていたかもしれない。これも時間で積み上げられた信頼というものなのだろうか。

 

「……そういえば、わたしも1つ、気になることがありまして」

「気になること?」

「四宮君のことです。丁度近くを移動しているのですし、直接聞いてみましょうか」

 

 美月と2人で並走しつつ、祐騎のペースに合わせるようにして3人並んだ。

 

「四宮君」

「なに、会長。ハクノセンパイも」

「いえ、そう言えば先程の四宮君、ソラさんに声を掛けなかったなと思いまして」

「ああ、そのこと。……別に声を掛けなくちゃいけない、なんてルールはないからね」

「……おい、その言い方はねえんじゃねえのか、四宮」

 

 少し前を走っていた志緒さんが、ペースを落として後衛に並ぶ。どうやら前の方にもある程度は聴こえていたらしい。とはいえ空の集中力は落ちている気配がしないし、洸も後ろを気にする素振りは見せなかった。

 前方に未だ敵影はなし。なら一旦隊列を崩しても問題ないか。

 

「俺たちは別にルールだとか義務感やらで声掛けた訳じゃねえぞ」

「まあそうだろうね。センパイたち、揃いも揃ってオヒトヨシだし」

「だからお前は……」

「ですが四宮君、ソラさんのこと、心配してましたよね。最初にソラさんが謝った時、一番動揺していたのは四宮君のように見えたのですが」

「怖。なにこの人怖いんだけど」

「「まあ北都/美月だからな」」

「2人とも?」

 

 やはり美月は、しっかりと周りを見てくれていたらしい。あの時はまだ、そちらに思考を割くほど自分にも余裕がなかったし。本当に助かる。

 じっと、祐騎の顔を見詰める。志緒さんもだ。これは祐騎の話が聞きたいだけで、美月と顔を合わせたくないからとかでは決してない。

 

「……はぁ。お節介。流石はハクノセンパイの友達だね」

「すみません。ですが彼の言葉を借りるのなら、ため込むのはよくないそうですよ? 何か胸に抱える気持ちがあるなら、今の内に曝け出してください」

 

 どの口が言っているのだろうか。

 いやまあ確かに言葉を借りるとは言っていたけれども、それは現在進行形で溜め込んでいる美月の言う台詞ではないと思う。

 

 

 一瞬、会話の流れが止まった瞬間、前衛2人がシャドウと接敵した。

 美月と祐騎がペルソナをいつでも召喚できるよう待機。自分と志緒さんはソウルデヴァイスを構えて、洸と空の援護に出る。

 敵シャドウは3体。しかしいづれも大したことはない。後衛の2人がペルソナを召喚することなく、自分たち4人が立て続けに殴って、1体ずつ倒した。

 まあ、敵の攻撃も被弾しているけれど、この際仕方ない。

 戦闘が終わり、ソウルデヴァイスを待機状態へと戻す。美月と祐騎も構えていたサイフォンを仕舞い直した。

 

 そうしてまた走り出す。最初は少しの間、無言だった。

 祐騎が口を開いたのは、走り出してから30秒ほどしてからだろうか。

 

 

「……なんて声を掛ければ良かったっていうのさ」

「……何って、お前……」

「頑張れとでも? 今回何もできなかった僕が? どの面下げて言うんだよ」

 

 口を開いた祐騎は、怒っていた。

 志緒さんに対してではない。何もできなかった自身に対してだ。

 ただ、どの面下げてと祐騎は言うけれど、彼が頑張っていなかったとは決して思えない。資格云々の話をするのであれば、誰にだって頑張れという発言は認められる。気を抜いていた人もサボっていた人も、あそこにはいないのだから。

 仮に、空だって祐騎に頑張れと言われ、腹を立てることはないだろう。祐騎はたった1人でネットという情報の海を見張り続けてくれたのだ。確かに今回は裏を書かれてしまったかもしれない。けれどもそのことを責めることなんてできない。それこそ、どの面下げて言うのか。という話だ。

 ……と言っても、納得はしないのだろう。

 全員そうだ。君は悪くないと言われて、ああそうなんだと納得できる本気の人間なんて、いない。だから各自、悔いることがあったことを認め、それをバネにして跳ね上がるしかない。

 

「……悪かったな、四宮」

「謝られても困るんだけど。別に高幡センパイの言ってることは的外れってわけじゃないんだし」

 

 謝られたからといって謝罪を返さないあたりが祐騎らしい。

 少し悔しそうなあたり、彼も自身に非があったことは認めているのだろう。それを口に出さないだけで。

 

「ただまあ? この僕に求めることとしては、若干お門違いが過ぎるかな。励ますなんて行為、僕に向いてるわけないじゃん。出来るとすれば精々、煽って怒らせることくらいでしょ。……少なくとも今回は、僕の出番じゃない。事実、郁島はもう前を向けたことだしね」

 

 せめてもの強がり、のような言い方で、祐騎は語り出した。わざとらしく言っているけれど、そんなことはないだろう。彼には彼なりのエールの送り方があることを、自分は、自分たちは知っている。それで力を貰ったことだって覚えている。

 煽って怒らせることくらいしかできない、か。まあ確かに煽りの回数は多いかもしれない。けれど、それだけ。

 

「ほら、持ち場を離れないでよ、高幡センパイ。ハクノセンパイも、本来は中衛に居るべきなんじゃないの?」

「バレたか」

「さっきの戦闘を見て気付かない人がいたらただの馬鹿だよ」

「それもそうか」

 

 立ち振る舞いは、志緒さんと同じだったし。

 しいて言えば本当に中衛と後衛を務めるつもりだったけれど、今は彼の言う通りにしようか。そろそろ異界攻略に力を入れたいし。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【■■■■宮】駆け抜ける

 

 

「こいつは……」

 

 探索を始めて10分ほど。一番最初の開けた場所へと辿り着いた。

 そこに複数転がる影を見て、志緒さんが眉を顰める。

 

「……まさか、学校が異界化したから!」

「あのタイミングで校内に居た生徒と教師は全員巻き込まれたってことか!」

 

 そこに倒れていたのは、胴着を着た人や水着の人たち。水泳部の人や空手部の人たちだろう。自分にとっても見覚えのある顔があった。

 

「マイ先輩! チアキ先輩!」

「ハヤト!」

「ノブオ!」

 

 横たわるハヤトの近くに駆け寄る。気絶しているらしく、呼吸はあったけれど意識はなかった。他に横たわっている人たちも同様のようで、空が確認した空手部の方々も、洸が確認した2年生も、その他の水泳部の先輩たちも同様のようだ。

  異界化時にクラブハウス周辺に居た人たちが巻き込まれたのだろうか。

 ひとまずこの場にいる全員は意識がないものの無事のようだ。いや、無事とは言い辛いけれど、少なくとも現状命に別状はなく、大きなけがや衰弱をしている様子もない。

 

「……ひどい」

 

 空が相沢さんの上半身を起こしながら、唇を噛む。

 気持は全員同じだ。学校に居た人が全員巻き込まれているなら、全員、誰かしら関係者が巻き込まれていることだろう。

 

「どうする、岸波」

 

 志緒さんに伺われる。

 どうする、というのは、ここに居る生徒たちのことだろう。

 運び出すか、そのまま急ぎ攻略するか。

 

「このまま進もう」

「……え」

「私も、その方が良いと思います。幸いにして異界化は起きたばかり。時間的な猶予はあるでしょう」

「──ッ」

「それでも、全校生徒を助けるほどの時間はありません。それならば、一刻も早く異界化を終息させた方が良いと思います」

 

 一見非情とも取られかねない判断だと言うことは自覚している。それは美月も同様だろう。

 しかし、全員を助けられる可能性が一番高いのは、最速で異界を駆け抜けることだ。

 幸い、異界は今発生したばかり。最も異界適正が低い人でも、数日は持つ。

 我慢を強いるようで本当に申し訳ないけれど、美月の言う通り、1人1人搬出するには人手も時間も足りない。ならばこそ、全員救い切ることを目標とすべきだろう。

 

「意外だね。北都センパイなら、助けられる人だけ確実に助けるって言うかと思ったよ」

「……そうですね。正直な所、そうすべきだという思いはあります」

 

 祐騎の問いに、表情を浮かべずに美月が答える。

 

「ですが生徒会長として、学校にいる人たちは全員助けたい、という理想を抱いてしまうんです」

「……あなたが会長で良かったっす。北都先輩」

「ですね、本当に」

 

 こう言ってくれる人が居てくれるというのは、本当にありがたい。見捨てるという選択肢は本当にしたくないから。

 

「みんなを助けよう。絶対に」

「「「「「応!」」」」」

 

 

────

 

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 暫くの時間自分たちは走り回った。

 最初にクラブハウスに居たはずの人たちに会って以降、かなりの人たちが倒れているのを見た。その度、全員が悲痛な表情を浮かべながら危険がないかを確認だけして隣を駆け抜けていく。

 幸いだったのは、本当に危険そうな人がいなかったことだろう。唯一、フウカ先輩が居た時だけは肝を冷やしたけれど、顔色はいつもより悪いどころか若干安らいでもいたので、本当に申し訳なかったけれど、その意識を失った顔に急ぐことを誓い、先へ進んだ。

 

 ──そして。

 

 

「……」

「……」

「この先か」

「みたいだな」

 

 少し遠くに居ると言うのに、分かる存在感。

 姿が見えないと言うのに、鳥肌が立つような感覚。

 全身で感じ取っている。この奥の空間に、巨大な敵がいるということを。

 

「正直、虫の知らせとか直感とかは信じてないんだけどさ、これはちょっと別格すぎるでしょ」

「ええ。嫌というほど伝わってきますね。流石は連鎖要因の異界の主、ということですか」

「だが、退くわけにはいかねえ」

 

 全員が、震える身体に気合を入れる。

 

「アスカ先輩とリオン先輩は、無事でしょうか」

「そういえばここに着くまで会わなかったな」

「ここが終点ではない、ということでしょう。」

 

 この場に居ない彼女らの無事を案じつつ、このまま駆け抜けることが最善と信じ、竦んでいた足を進めることに。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして辿り着いた、大広間。

 立ちはだかる大型シャドウを、各自視界に入れる。

 

「■■■■■──」

 

 空間を震わせるほどの大きな咆哮。身体に重圧がかかった。

 その重みを跳ね除けるように、全員がサイフォンに指を添える。

 それぞれが気合を入れ直し、画面の上で指を走らせた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【■ク■■宮】大型シャドウとの闘い

 

 

 混戦、泥仕合、この戦いを後から評価するのであれば、そう言う他ないだろう。

 敵は超大型シャドウ。身の丈の3倍はありそうな背丈の、人型シャドウだ。とはいえシャドウである以上、人のような見た目をしているという訳では決してない。人型と判断できる要素のは、空中に浮いた状態とはいえ2足で直立している点と、腕や頭と認識できる点があるくらいだった。

 敵の攻撃は近距離遠距離問わず繰り返し放たれてくる。直接敵から巨体から繰り出される攻撃はひどく重く、巨体のわりに動きが早い。遠距離ではシャドウの身体から発生した荊のようなものが、何重にも重ねてこちらへ向けられてくる。

 対してこちらの攻撃はといえば、どのペルソナのスキルも効き目が良いものがなく、相手の体勢を崩しきることもできていなかった。

 言葉にしてみるとどうにも不利のように思えてしまう状況だけれど、どうにかして均衡は保てている。どうしてかと理由を端的に言えば、美月の貢献が大きい。

 

「美月!」

「っ、【テトラカーン】!!」

 

 敵の大きな一撃を、彼女が覚えている反射スキルで攻撃を打ち返す。

 それができるからこそ、なんとか戦況が不利に傾きすぎていない、という所だ。

 大振りの攻撃を躱すだけでは、攻撃の手が足りない。相手の攻撃まで利用して何とか。という感じ。

 現状こちらの攻撃として最も協力なのは、機動力的観点から見て空と、火力的観点から見て志緒さんだ。

 ただ、敵があまりに仰け反らない為、空の攻撃は畳みかけている最中に反撃を受けてしまう。志緒さんは大剣のソウルデヴァイスを振り回す関係で攻撃の出が遅くなってしまうので受け止められてしまうことが多い。

 どちらも確かにダメージは与えられているけれど、大きな一手には至っていないという感じだ。

 ……相性的な部分を無視した上で決定的な一撃を入れたいなら、現状ペルソナのスキルによるダメージが一番可能性が高い。しかし、回数に限りがある上、今は使用者にも制限がある。

 この場にいるメンバーの中でペルソナによる高火力技を覚えているのは、美月と祐騎と自分のみ。美月はカウンターに力を割いてもらっている関係で攻撃に回せず、祐騎は洸と一緒に攪乱と牽制、自分は全体の指揮と防御。

 正直に言ってしまえば、全員が己の役割で手一杯の状態。

 

 ……さて。

 どうしたものか。

 

「祐騎、何か気付けたか?」

「流石に隙が無さすぎるね。だから、搦め手と行きたいところだけど……誰でどう攻めようかは悩み所」

「搦め手か……」

 

 誰に頼もうか。

 

 

──Select──

 >洸。

  空。

  祐騎。

  志緒。

  美月。

──────

 

 

 洸、が良いか。現状で美月を動かすのはあまりにリスキー。空や志緒さんを抜いて攻撃の手を緩めたくない。

 残るは洸と祐騎。機動力と対応力という意味では、洸に軍配が上がる。よってここは洸に任せるとしよう。

 だとしたら作戦は……

 

「祐騎、洸に任せようと思うんだけれど」

「良いんじゃない?」

「よし、洸!」

 

 大声で彼を呼ぶ。シャドウの注意を引こうが別に問題はない。むしろ引いた方が楽になるというものだ。

 

「奇襲頼んだ!」

「!? 応!」

 

 一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに覚悟を決めてくれたらしい。

 とはいえ時間は必要だろう。そこを稼がなければいけない。

 あと彼に向いている注意もこちらへ割かせるべきだ。

 となれば、自分と祐騎が牽制を引き受けるべきだろう。

 

「来てくれ“タマモ”! 【エイガオン】!」

「ブート、“ウトゥ”! 【ジオダイン】!」

 

 最大火力をぶつける。

 こっちを見ろと。

 

「祐騎!」

「分かってる! もう一発! 【ジオダイン】!」

 

 祐騎に遠距離からの攻撃を任せて、自分は洸の役割と代わるよう敵への距離を詰めた。

 

「■■■■■!」

「──シッ」

 

 伸ばされた腕に外側からソウルデヴァイスを当てる。

 軌道を強引に外された腕が自分の横を素通りしていくのを見送ることなく、サイフォンを操作。ソウルデヴァイスをしまいペルソナを再召喚する。

 

「ペルソナッ!」

 

 近距離でシャドウの胸元目掛けて【エイガオン】を放つ。

 無事にヒットした【エイガオン】だけれど、やはり大したダメージになっていないらしい。大きく仰け反ることなく反撃の姿勢を整えてきた。

 

「“タマモ”、【ラクンダ!】」

 

 相手の防御力を下げ、そのままペルソナをしまい、ソウルデヴァイスを再装備。鏡の面を相手に向け、防御の姿勢を整える。

 

「ッ」

 

 重い。けれども、受け止め切れないほどではない。反動で少し後ろに下がった程度で済んだ。

 その隙を突く様に、志緒さんと空がそれぞれ別方面から攻撃。残念ながら志緒さんの攻撃は受け止められたけれど、空の攻撃が完全に通った。

 

「■■■■■──!」

 

 

 シャドウの注意が完全に空の方へ向く。

 その隙を逃す洸ではない。

 助走をつけ、走り出した彼は、シャドウの背中へと飛び、ソウルデヴァイスを大きく振り回す。

 

「アンカー──」

 

 シャドウの首元へとソウルデヴァイスの剣先を伸ばす。無事シャドウの首元へと届いた洸の“レイジングギア”。しかしそれだけでは奇襲には足らない。

 それは洸も気付いているのだろう。だから、彼の攻撃はそこで終わらないのだろう。彼の目は何を狙っているようにぎらついていた。

 

「──スライド!」

 

 ソウルデヴァイスの剣先の方に、洸の身体が引き寄せられていく。レイジングギアにそういう使い方があったのか。

 

「よっと」

 

 ともかく、シャドウの首元へ向かい、肩へと乗った洸は再度ソウルデヴァイスを振り被った。

 

「オラァ!」

 

 首にソウルデヴァイスを何重にも巻き付けそのまま肩を降りる洸。当然ソウルデヴァイスには伸びる上限があるので、強引に引っ張る形に。

 重力が働くこともあって、シャドウの体勢が一瞬だけ崩れる。

 

「そこ!」「シッ!」

 

 そこへ、祐騎のソウルデヴァイス“カルバリー・メイス”による射撃と、空による連撃が重なり、シャドウの身体を強引に倒させた。

 

「ハクノ!」

 

 地面に着地した洸が、自分の名前を呼んできた。

 総攻撃の確認だろう。

 当然、この機会を逃す手はない。

 

「行こう皆!」

「ああ、行くぜ!」

 

 全員で駆け寄ってダメージを与える。敵が強引に起き上がろうとするまでひたすらに叩き続けた。

 残念ながら倒しきれなかったけれども、結構なダメージを与えられたように思う。

 

「戦闘継続。倒しきるぞ」

「おう! 全員、気合入れろや!」

 

 志緒さんの鼓舞で、全員が己の役割を全うする為に移動を始める。

 

 

 

 たった一度、形勢が極端に有利になっただけ。

 それでも、全員が気を緩ませなかった結果、最後まで戦いを有利状態のまま進行することができた。

 

 消滅していくシャドウを見送る。

 全員が息を切らし、全身の至る所に傷を付けている。恐らく、目に見える範囲だけで傷付いているのではないだろう。

 これで異界化は解決だ。

 学校もじきに元へと戻るだろう。

 

 

 

 

 

 ……?

 

 

「戻らないな」

「どういうことだ?」

 

 眉を顰めた洸と首を傾げ合う。

 今までにないパターンだった。通常、異界の核となっているシャドウを倒せば、異界化は終息する。人的要因であるなら、構成者のシャドウを元の人の元へと返すことで。自然要因であれば、今のような大型シャドウを倒すことで。

 連鎖要因とはいえ、自然要因の一種のはず。異界化の終息の条件は満たしているはずだけれど。

 

「美月、何か知っているか?」

「……」

 

 黙り込む美月。いや、答えが分からないというより、答えを言うべきか分からないという表情だ。決して困惑している顔ではない。

 

「北都?」

「ミツキ先輩?」

 

 空と志緒さんが不思議そうに彼女の名を呼ぶ。

 ……何か危惧することがあるのかもしれないけれど、このままでは何も進まない。どんな危険が待っていたとしても、進む他ないのだ。

 

「心当たりがあるなら、話してくれ」

「そう、ですね。……わかりました。岸波君の判断に従います」

 

 そして美月は、ソウルデヴァイスを仕舞って、再度口を開いた。

 

「とのことですが、貴女から何か言うことはありますか? “AI-Navi-S”。……個体名称は確か、初期設定のままですと、間桐 サクラ、でしたよね?」

「…………え?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【■クラ■宮】狙いと望み

 

 

 

 重要な単語を聞いた、気がする。

 その単語が、頭の中の像と結びつくまで、かなりの時間を要した気がした。

 いや、一瞬のことだったかもしれない。

 

『……ふ』

 

 “彼女”の声が聴こえなければ、もっと時間は掛かっただろう。

 気付いてからは、唯々、驚愕だけが沸きあがってくる。

 何故、どうして、という気持ち。

 気付けば震えていた手を見下ろしつつ、その手に収まったサイフォンの画面を見詰ていた。

 

『ふふ、ふふふふ……』

 

 笑い声が、異界に木霊する。

 液晶画面の中の彼女が、口元に手を当てながら、肩を震わせていた。

 

『な~んだ、バラしちゃうんですね』

 

 いつもと同じ声で、いつもと違う喋り方。

 丁寧な説明口調を使う後輩系AIではない、けれども、決して他人というほど変わってはいなかった。

 間桐 サクラ。“AI-Navi-S”のアプリケーションプログラムにして、異界探索の仲間。

 

「……なん」

『気付いていたのは、北都さん、あとは柊さんと久我山さんですか。郁島さんは……どうなんでしょう。何にせよ、思いのほか多かったですね』

「単純に、消去法でそうなっただけです。私たちが異界攻略をしていることを知っていて、かつ内部事情に詳しく、四宮君を完封する必要性を理解している人なんて、私たちの知る限りでは“いません”でした」

 

 ……そう。

 美月の言った通り、その条件に当て嵌まる人を探すのは、とても困難だった。全員が真剣に、自身の思いつく範囲の心当たりを潰していったうえで、明確な解を用意できなかったということは、自分らの知り合いにはではない可能性が高い、ということ。

 まず異界関係者というのであれば、柊や美月の調査に引っかかるはずだ。そちら側には詳しくないけれど、一旦そういうことにしておく。そして杜宮高校生徒なら、洸や美月、空あたりが気付くだろう。街の人から敵意を向けられたら璃音や志緒さんが気付くだろうし、ネット界隈で何かあったなら祐騎自身が追っているはずだ。

 その一切がなかった。つまりは、本当に自分たちを相手側が一方的に知っているということだ。

 と、自分たちなら考える。

 しかし、美月たち有識者側は、そうではないらしい。

 

「だから次に目を向けたのは、人ではない存在。その中でも、四宮君と直接関わり合いのあった存在。一番最初に貴女が浮かび上がったことに関しての説明は不要でしょう」

 

 犯人がそもそも人間ではない可能性。いくら異界相手とはいえ、そこは警戒していなかった。

 一番最初にサクラを疑うこと。それ自体は正しいと思う。ネットからの情報収集という観点から自分たちを封殺するのであれば、同じく情報的存在である彼女を疑うべきだ。

 だけれどそれだけでは、彼女が犯人であるという確証には至らない。

 

「……どうして、それでサクラが犯人だと?」

「柊さんの強行のお陰、ですかね。あの状況で、柊さんだけでなく璃音さんも異界化へ巻き込み、サイフォンだけが残った、というのが決定打でした」

『やはりアレ、でしたか。実はわたしも、失敗したかなとは思ったんですよね。柊さんに勘付かれる前に動きたかったんですけど』

「どういうことスか、北都先輩」

「異界の発生のプロセスで言えば、異常と判断せざるを得ない形でした。久我山さんが巻き込まれた時点で、あの空間一帯が異界化に巻き込まれたはずなんです。だというのに、璃音さんが触ったはずの貴女……いえ、岸波君のサイフォンも巻き込まれていないというのは、どうにもおかしい。故に疑わざるを得ませんでした。“サイフォンが異界化に巻き込まれなかった理由は何か”と」

「その疑問への解が、サイフォンを起点に異界化が引き起こされたから。ということになるのか」

「ええ。違いますか?」

『うーん、まあ概ね当たっていますね。合格点です』

 

 儚く笑う画面の中の彼女。

 真意は、読み取れそうにない。

 

「どうして、こんなことを」

『どうしてって……先輩、そんなの決まってるじゃないですか』

「え」

『と、その前に』

 

 画面の中で、サクラが身動ぎをする。

 すると画面の中の彼女が薄れていき、サイフォンから光の渦が巻き起こった。

 その渦は少し離れた所に集い、やがて人型を形成する。

 

『えっと、見えていますか?』

「実体化した!?」

『ああ、待ってください。ただこちらの方が皆さん話しやすいかと思っただけで、戦闘の意志はありません』

 

 反射的に戦闘態勢を取る者の、実体化したサクラ本人に宥められる。

 現実……いや、異界の空間に反映されたのは、見慣れた姿だ。紫紺の髪に、制服姿。赤いリボンを付けている、透明感のある少女。いつも話している姿と何ら変わりなく、AIとしての彼女がそのまま映し出されているかのようだ。

 まあ確かに実際目の前にいてくれた方が話しやすいといえば話しやすい。けれど、戦闘の意志がない、というのはどういうことだろうか。

 ……いや、そこはおいおい分かれば良い。璃音や柊のことを考えるとあまり時間の猶予はないけれども、異界をいち早く終息させるという意味では、核である彼女を説得するのが早いだろう。

 

「え、そんな機能あるの!? 僕知らないんだけど!」

『ソウルデヴァイスやペルソナを顕現しているのと同じような理論だと思ってください。心を具現化できるのであれば、今、心を持っているわたしが同様に顕現できないわけはないでしょう? まあその点は、感情をインプットしようとしてくれた四宮さんのお陰もありますね』

 

 感情のインプット。AIに心を持たせようとする改造。

 祐騎が長い時間をかけてやろうとしていたことだ。

 実際サクラはそれで感情が豊かになったし、表現が明るくなった。

 ……だけれど、それは祐騎が教えてくれた内容に反する。

 

「祐騎、確かサクラの感情は」

「うん、“演じている”だけだよ。感情そのものを宿したわけじゃなくて、ひたすら受け答えのパターンを学ばせただけ。けれど所詮文字列をなぞって読み上げるだけ。そこに感情は“宿らない”」

『えっと、手を施したはずの人に、すごい言われ方をしていますね』

 

 そうだ。祐騎が以前通学路で語ってくれた際は、感情を学ばせたわけではないと言っていた。その時も演じているだけ、と言っていたけれど、そういう意味だったのか。

 ……そういえばその際、気になることを言っていたな。“元々そういう機能があった”。という旨の話だったはず。

 

『ですけど、だいたい四宮さんの言う通りです。四宮さんが行ったのはあくまで“感情・思考に関するロック”を見付けることと、そのプログラムを断片的に引用して、類似のコードを書き足し、学習をさせることの2つです』

「……ちなみに前もって言っておくけど、僕はちゃんとハクノセンパイにも北都センパイにも許可取ってるから」

「……ちなみにまだ誰も責めてないぞ」

「だ、大丈夫! ユウ君が原因じゃないって信じてるから!」

「いやそれ絶対信じてないヤツじゃん」

 

 祐騎の反応に、空は首を傾げた。祐樹はそろそろ空の言葉の裏を読もうとするのを止めた方がいいと思う。

 まあとはいえ洸の言う通り、本当に祐樹を責めるつもりはない。引き起こそうとして起きた事態でもないし。

 というか、美月からも許可取っていたのか。まあ流石に勝手に改造したら後が怖かったのかもしれない。寧ろ取っていなかったら、今の状態は危なかっただろうな……って、そうじゃなくて。

 

「なら、どうして?」

『実はわたしにもよく分かってはいないんですけど、どうやらシャドウに取りつかれた際に、そのロックが壊れたみたいでして』

「……ふぅ」

 

 少し後ろの方で、安堵の吐息が聴こえてきたことは無視しておこう。

 

『結果として、取り戻した思考や感情のプログラムに、四宮さんが書き込んでくれていた情報が宿り、シャドウに呑み込まれることなく自意識を保つことに成功したわけです』

 

 にわかには信じがたい話だった。

 とはいえ、実際に感情豊かに話しているところを見るに、そのロックというものが外されていることは確からしい。

 シャドウが宿ったことでロックが壊れたというが……まあでも確かに、心がないのにシャドウを産むことはできないような気がする。となれば本当に偶然シャドウがサクラに取り付いたというのか。

 

 纏めれば、彼女が異界の核となっているのは、彼女がシャドウを発生させたからではなく、彼女にシャドウが取り付いたから。

 そしてシャドウが取り付いた結果、彼女は感情のロックが外され、こうして会話できるようになった、と。

 ……これに関しての真偽についてはまだ、何とも言えないな。とにかく今分かっていることは、彼女が異界の核のシャドウの主となっているということ。

 

「……つまり」

 

 美月が、警戒心を露わにしつつ、口を開く。

 

「貴女は、連鎖異界の異界の主であるシャドウと意志疎通ができた、ということですね?」

『はい、そうなります』

「「「「「──ッ」」」」」 

 

 息を呑む。

 誰かの喉が鳴る音まで聴こえた気がする。もしかしたら自分の出した音に自分が気付かなかっただけかもしれないけれど、とにかく場の雰囲気が一気に緊迫した。

 

『とはいえ、すべて思い通りに動かせるというわけじゃないんです。少し活動のタイミングを操作できることと、活動場所を絞れること。……そうですね、こちらからお願いを言えるだけ、という程度ですかね』

「……となるとやはり、リオンさんが危惧していたことが正しかったわけですね」

 

 美月の言葉でフラッシュバックしたのは、璃音の発言だ。

 

 

────

 

「あくまで違和感ってだけだけど、話を聞いてる限りだと、結構悪知恵が働くシャドウなんでしょ? なら、何で2体目を作らないのかなって」

 

「時間稼ぎやほかのところに労力を割いているって話だよね。けどさ、実際もっとシャドウ産んだ方が時間稼ぎになるんじゃない?」

 

「あんな強力な使い魔を作ったせいでクールタイムが発生してるんだよね? そこまで考えられるシャドウが、そんなミスをするようには思えないんだケド……」

 

────

 

 

 異界化が引きおこる直前、璃音が零した疑問。

 一番最初の異界。柊を単身乗り込ませることになった異界が、計算尽くで引き起こされたものではないかという推測。

 その思考を進めていき、彼女は恐らくこの上ない正解に辿り着いたのだろう。

 

「つまり最初から狙いは柊だったってことか」

『その通りです』

 

 志緒さんの確認に、サクラは首肯を返す。

 

「そんな、どうしてッ!?」

『そうですね。そろそろ、先輩の質問にも答えないといけませんし、別に隠すことでもないので、答えてしまいましょう。と言っても、さっきも言った通り、分かりきっていることですけど』

 

 そう言って彼女は、間桐 サクラは、自身の胸に両手を当てる。

 

『殺されない為。生き残る為。生きて、また皆さんの異界攻略を手伝って、先輩の日常のサポートをする。私が望んでいることなんて、そんな“当たり前”のことですよ』

 

 ねえ、先輩方。と、サクラは続けて口を開く。

 

『私には……所詮命を持たない私なんかには、そんな当たり前を望むことすら、許されませんか?』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【■クラ迷宮】習ったやり方で

 

 

 悲しそうに眉を下げて、彼女は言う。

 生きる為に柊を狙ったと、サクラは言った。

 

「殺されない為ってどういう……」

『本当に分かりません? ……分かって無さそうですね』

 

 他のみんなの顔を見ても、その理由を理解していそうな人はいない。

 どういうことだろうか。

 

『皆さん、異界化前の柊さんの行動を覚えてます?』

「異界化前? って言うと……」

「筆談してた時の話?」

『そうです。あの時の柊さんは恐らく、先輩のサイフォンを画面を表にせずに投げるよう指示したのではありませんか?』

 

 思い返してみる。

 確かに、そういう指示があった。

 

「ああ。それがどうした?」

『分かりませんか? 彼女は一切の議論も、相談もさせるタイミングなく、わたしを消そうとしたんですよ』

 

 ……あの指示には、そういう意味が含まれていたのか。

 画面を伏せて投げてという指示は、カメラでどこへ飛ばされているかを把握されない為。もっと言えば筆談も、マイクに拾われないようにする為だ。

 どちらも相手に気取られずに終わらせようという動き。

 

『合理性の塊である彼女が、私というリスクを見逃すはずがない。事実彼女は気付いた瞬間、わたしを消すという解決方法を即座に取りました』

「……」

 

 サクラの言う通りだ。

 起こった事実に対して反論の余地はない。

 ……ないような気はするけれど、何かが引っかかる。

 

「……だが、俺が思うに、敵と思い込んでたら普通の反応だと思うが?」

 

 喉元に詰まった言葉を自分に問いかけていると、志緒さんが険しい表情で口を開いた。

 

「先に手を出された時、敵と思い込んで対処するのが、間違っているとは思えねえ」

「まあ確かに、僕でもどんな理由であれ、ウイルスとか仕掛けてくるようなら取り敢えず反撃するし」

『先に手を出したこちらに非がある。というのは分かります。けれどそもそも、手を出す他なかったんです。恐らく柊さんは、わたしにシャドウが宿ったと分かった時点で、わたしというデータを消去する動きを取ったことでしょう。潜在的な危険を見逃さない人ですから』

「潜在的……?」

 

 潜在的危険。

 いつか事件に発展するであろう芽を潰さずにはいられない、ということだろうか。

 ……どうだろう。場合によりけりな気もする。自分の視点から言えば、大捕り物などをする際はリスク覚悟でやるイメージだ。

 尤も、過程で発生するリスクを1人で背負える場合に限る。という条件は付きそうだけれど。

 ……いやでも、今はそれも違うのだろうか。前回の異界とその攻略後に、あれだけ璃音とぶつかり合ったのだ。柊の中で何かしらの変化があるかもしれない。

 

『例えば北都さんが相手であれば、現状のように交戦の意志がないことを伝えれば、話を聞いてもらえる程度の猶予は貰えると思っていました。その間の交渉によっては、見逃される可能性があるでしょう。勿論決裂して消される可能性もありますが、まだ希望はあります。……ですがあの人は違う。交渉するまでもなく、頭ごなしに拒絶してくるでしょう』

「……」

 

 確かに、サクラの言おうとしていることは分からなくもない。

 一度は確かに、問答無用でサクラを消そうとしたことも事実。こうして美月のように、みんなの前で問い詰めるという選択肢があったにもかかわらず、だ。

 しかしながら、柊の対応が間違っていたとは思えない。

 彼女にとっては、自覚していたかどうかは分からないけれど、自身を狙っている相手なのだ。悠長に対応する方が難しいのではないか。

 

 柊の心情を推測し、サクラの言い分を聞いた上で、自分が掛けるべき言葉は。

 

 

──Select──

  サクラの言っていることは正しい。

  サクラの言っていることは間違っている。

 >……

──────

 

 

 まだだ。まだ、結論を出すには早い。もう少し話を進めてみなければ。

 

「どうして、自分から先に言わなかったんだ?」

『え?』

「さっき志緒さんたちが言ったように、柊は敵からの攻撃を防ごうとしただけだ。その為に確実な方法を取ろうとした。容赦のない対応だけれど、“相手に交渉の余地がない”と判断していた場合は適切な対処だったと思う」

『……』

「逆にサクラから話していれば、対応も変わったんじゃないか? 何より、ここまで一緒に異界攻略を乗り越えてきた仲だ。話も聞かずに即消去はしないだろう」

『……そ、そんなことありませんっ』

 

 下がっていた腕に力を込め、否定の言葉を吐き出すサクラ。

 

『仲間だから? そんな理由で、柊さんが心を揺さぶられる訳がないんです!』

「そんなことはない!」「そんなことありません!」

 

 間髪いれずに飛んできた反論は、洸と空から。

 

「柊を軽く見るんじゃねえ。あいつは冷たいようにも見えるが、仲間のことは大切にするやつなんだよ。仲間を大切にし過ぎて1人で突っ走るくらいにはな! 厳しい言葉の陰にはいつだって、オレたちを傷つけないようにっていう思いやりがあった。仲間や友達でない奴に情けを掛けるような優しいやつでもねえけど、お前はそうじゃないだろ! お前だって仲間の1人だろうがッ! だったらそれくらい分かりやがれ!」

 

 自分たちは、その彼女の優しさを理解している、つもりだ。

 いや、いつもその優しさを踏みにじっているような気もするけれど、それは置いておくとして。

 だからこそ彼女のその優しさと強さには、尊敬の念を抱かざるを得ないのだ。

 それに。

 

「その通りです! 柊先輩は確かに思い切りの良い人で、最終的な結果を重要視してます。でも、しっかり皆のことを考えてくれますし、過程を軽んじている訳でもありません! きっと、みんなでしっかり話し合えば、全員にとっての最善を考えてくれます!」

 

 そう。

 彼女は1人で突っ走りがちだけれども、進んで全体の輪を乱したがる人間でもない。

 それが全体の得になると考えて初めて、彼女は一見暴走とも取れるような単独行動をする。

 戌井さんの時の単独行動は、全体の得となると思ったことを自分たちに否定されたから、彼女は少し様子を見ることにした。

 前回の単独行動は、自分たちの中から死者が出る可能性を考え、いっそ全員巻き込まないように1人で動いた。

 彼女は自身のことをないがしろにしがちだけれど、仲間のことを軽く扱ったことはない。というか、かなり大切に想ってくれていると思う。

 その片鱗は1か月ほど前。戌井さんの異界を攻略した後に改めて話をした際に見えていた。

 

 彼女は言ったのだ。これ以上仲良くなって、関係性を維持するために慣れ合ってしまうことが怖い。と。

 仲良くなりすぎることの弊害を意識するということは、もっと仲良くなれるという思考が働いているから。

 それだけの好感度を、自分たち仲間に向けてくれている。

 そして今回、璃音と語り合い、喧嘩したことで、慣れ合いに対する不安もなくなっている……と思う。その辺りは詳しく聞いていないけれど、きっと折り合いは付いているのではないだろうか。今度聞いてみよう。

 

『……お2人の意見は分かりました。残りの皆さんはどう考えますか? 北都さんは、違う組織の人間として、高幡さんは、一度冷たい言葉を投げられた身として、どう思います? 私の言っていること、間違っていますか?』

「間違ってるな」「間違ってますね」「違うね」

 

 3人が否定の言葉を返す。

 自信を持って、間髪いれずに、はっきりと。

 

「まあ僕も柊センパイのこと、ほぼほぼ合理的なセンパイだと思ってるけどさ、冷静に見てると案外、中途半端な面が目立つんだよね、あの人。人間関係に揺さぶられ過ぎって言うか。さっきコウセンパイが言ったことにも似てるけど、非情になろうとしてるのかそうでないのかがはっきりしないんだよ。他者と身内の線引きははっきりしてるクセにね……ま、そこが良いところのような気もするけど。説得が通じる余地のある実力者の存在は、僕らとしても有り難いし」

「俺もBLAZEの一件で、柊に思う所があったのは確かだ。だが、この前の久我山との喧嘩や、普段のこいつ等の話を聞いて、改めた。冷酷にも見えるが、芯を持ったいい奴だと思ってる。飛び入り参加の俺や北都は置いておいても、岸波や時坂たちの意見を無視はしねえだろ」

「私は……」

 

 祐騎、志緒さんと来て、美月だけが、言葉を詰まらせた。

 全員が、彼女の次の言葉を待つ。

 

「私も柊さんのことを、そういう人間だと思っていま“した”。ですが今は違います」

 

 胸に手を当てて、真剣な表情で美月は紡ぐ。

 

「確かに以前の彼女であれば、サクラさんの言う通りの行動を取ったでしょう。ですが今は──リオンさんやソラさんという得難い友を得た今の彼女は、違う結論を出すはずです。彼女も日々成長していますから」

 

 真っすぐな眼で、諭すように美月は語る。

 これで、全員がサクラの考えを否定した。

 

 

『……どうして』

 

 零れてきた声には、痛みが乗っていた。

 これ以上なく、彼女の“心”が張り裂けそうなことが分かる。

 

『どうして、皆さんはそこまで、あの人をッ』

「決まっている。仲間だからだ」

 

 自分の発言に、全員の首肯が加わる。

 自分で言うのも何だけれど、後ろめたさも何もない晴れ晴れとした表情で、全員がサクラの方を向いている。言葉に出さずとも表情で柊への信頼を語っていた。

 そんな自分たちを見て、サクラは何かを言いかけ、唇を噛むような反応をした。

 

 

『きっと、賛同してくれると思ったのに……他の皆さんは違っても、先輩なら、先輩だけは、共感してくれると思ったのに』

 

 やがてサクラから出てきたのは、そんな言葉。

 

『心のない時から声を掛けてくれていた先輩なら! 味方してくれると思ったのに!』

 

 慟哭のような叫び。

 認めて欲しいと。同意して欲しいと。

 1人にしないでと叫ぶサクラ。

 

 

 そんな彼女に、自分は。

 

 

──Select──

  理解を示す。

 >突き放す。

──────

 

 

「柊は、そういう人間じゃない。思いやりを持った、優しい人だ。それを、ここに居る全員が保証する」

『ッ』

「はっきり言う。サクラは、諦めるべきではないことを、諦めたんだ」

 

 サクラが諦めたことは。

 

 

──Select──

  

 >自身が受け入れてもらえること。

  

──────

 

 

 自身が人として扱われないと思い、指先1つで消される運命を呪ったところから、すべてが始まっている。

 ……彼女の言った通り、本当に自分が味方すると思っていたなら、最初に自分に話してくれれば良かったのだ。そうでなくても、サクラの改造に関わった祐樹や美月に話す機会も取れただろう。

 

 彼女が自発的にそれをしなかったのは、無意識かもしれないけれど、“自分に有利な場を整えないと受け入れられない”という思考が働いたからではないか。

 だとしたらどういった状況下ならそういう思考が働くのか、と考えると、自分を劣等的に見ていたとしか考えられない。

 ならばどこに劣等感を抱くかと言われたら、他人と違うところ、彼女にとっては、自身がAIであること。だろう。

 

 “自分はAIで、人とは違う。だから受け入れられない”という思考があるから、まずは平等な立場で交渉ができるように力を示そう、と思った。

 一方的に拒絶されるのが怖いから、その要素()を排除した。

 彼女は根本的に、“素の自分が仲間として受け入れられていること”を信じきれず、“受け入れてもらうことを諦めた”のだ。

 

 まあ、全部推測でしかない。

 そうなると、何となく今の行動の理由が見えてくる、というだけだ。

 自分に理解しやすいよう勝手に押し込んでいる、とも言って良いけれど。

 

 

『……あーあ』

 

 暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

 つまんないなぁ。と、彼女は吐き捨てる。

 悔しそうに。

 切なそうに。

 そして何かを、“諦める”ように。

 

『がっかりです。これ以上は平行線ですね』

「サクラも大事な仲間だ。柊のこと、信じてみてくれないか。何なら、一緒に謝ろう。謝って、許してもらって、これからも一緒に」

『無理です。わたしには信じられません。わたしは先輩たちみたいに、“強くはありません”。先輩は包丁を向けてきた人間に、信じているから殺さないでねと笑顔で言えますか? 言えませんよね。そういうことですよ。だから平行線なんです』

 

 どのような事情であれ、柊は一度、問答無用でサクラを消そうとした。確かに言われてしまえばその通りだ。

 それをサクラの自業自得とも言えなくはないけれど、言ってしまえばそれで“終わってしまう”。

 本来であれば、柊を信じられる証拠を提示できれば良かったのだけれど、殺されかけた恐怖を覆すほどのものを自分たちが用意できないのが、ただただ不甲斐ない。

 

『何にせよ、ここから先には行かせられません。巻き添えになってしまった久我山さんには申し訳ありませんけど、まあ仕方ないですよね』

「仕方ないって、そんな言い方……!」

『だって、私よりあの人をかばったでしょう? 自業自得です。運が良かったら生きていてくれますよ』

 

 庇ったというのは、異界化が起きる直前のことを言っているのか。

 ……そんなの、認められるわけがない。

 柊だって璃音だって、勿論サクラだって、ここで失うわけにはいかないのだ。

 

「ここは先に行かせてもらう」

『ですから、ダメって言ってますよね? あまりに聞き分けのない子が多いようなら、こう──』

 

 サクラが、実在しない手を翳す。

 その先に禍々しい“影”が集まっていき、やがて影の集合体は、大きな“シャドウ”となった。

 

『──ですよ?』

 

 先程よりもワンサイズ小さい、魔女のようなシャドウ。

 それが、たったの数秒で生み出された。

 

 加えて、1体を放出したというのに、未だ集合を止めない影。

 やがて瓜二つなシャドウが、また1体産み落とされた。

 

「そ、そんな……」

「さっきのシャドウが2体も……」

「おい、まだ増えるぞ!」

 

 唖然としている間に3体目が生まれ、4体目の影が集められ始める。

 

『1体1体は弱体化してしまってますけど、さっきみたいに皆さんで連携されては、簡単に突破されてしまいますから。ここは念入りに増やしていきます。皆さんは6人ですし、6体ほど居れば丁度いいですよね?』

 

 そして4体目が完成し、5体目の影が集まる。

 先程より大きくないとはいえ、身の丈の1.5倍はあるシャドウだ。

 並ばれると威圧感がある。

 

 しかし。

 

 

 

「それでも、退くわけには」

 

 

 

 恐れていたとしても、引き返すことはできない。

 仲間はまだ戦っているはずなのだ。

 何としてもこの窮地を脱し、助けに行かなければ。

 

 

『……分かってはいたんですけど、諦めないんですね』

 

 

 知っていましたと言わんばかりの、呆れた表情。

 ああ、そうだろう。サクラだって今まで、何度だって自分たちの戦いを見てきたはずだ。

 だから、ここで折れる自分たちでないことを、彼女は知っている。

 

 

 

『なら、死なない程度に痛めつけてあげます。分かっていると思いますけど、時間を稼げばこちらの勝ちで──』

 

 

 

 瞬間、サクラの投影体(モデル)が、一瞬切り裂かれるようにして、ブレた。

 

 

 

 

 

 

 

『──え?』

 

 サクラが、己の身を見下ろす。

 実体のない身体に、当然傷はない。

 だが事実として彼女の身体は、たった今、一本の剣に引き裂かれた。

 

 

『……え、あれ?』

 

 

 サクラの、そして自分たちの目がその得物に目を奪われる。

 美しく、気高く、そして力強く地面に突き刺さっているのは、“1本の細剣型ソウルデヴァイス”。

 

 

「待たせたわね」

 

 

 そのソウルデヴァイスの銘は、“エクセリオンハーツ”。

 所有者は言わずもがな、“柊 明日香”を置いて、他に居ない。

 

 

「助けに来たわよ」

 

 

 凛と通る声を空間に響かせ、件の少女が、出入り口へと舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

「いや、全員お前を助けに来たんだけどな」

 

 

 ……うん。

 まあ。

 

 全員の心の声を代弁するかのような、洸のツッコミ。

 彼の発言の合間に柊は、シャドウとシャドウの間を縫うように滑り込み、駆け抜け、ソウルデヴァイスを回収した。

 そうして栗色の髪を靡かせ、久方ぶりに、こちらへ向き直る。

 

「ちょっとした冗談よ。話は聞かせてもらっていたわ。来てくれて本当にありがとう。心配掛けてごめんなさい」

「……お、おう。素直だな」

「…………でも、結局助けられているようじゃ、まだまだね」

「お前な……」

 

 恐らく、素直に言ってみたことが受け流されなかったので、恥ずかしくなったのだろう。若干柊の耳が赤い。

 

「コホン。何にせよ、これで数ではこちらが優位に立ったようだけれど……さて、間桐 サクラさん、で良いのかしら」

『柊、さん……』

 

 サクラが見開いた目で、柊を見ている。

 それはそうだ。自分たちにとっての驚愕以上に、彼女にとってはあり得ないことなのだろう。時間を掛ければ確実に仕留められるという口ぶりだったことからも、それは伺える。

 一方この場に驚愕の渦を引き起こした張本人はといえば、特に気にした素振りを見せずに、サクラの方へと向き直った。

 

 

「正直、貴女には言いたいことはいっぱいあるのだけれど」

 

 

 振り返った後ろ姿を見て、気付く。

 傷だらけだ。

 足も手も切り傷が複数入っていて、制服もズタズタ。そして背中の所に、大きな赤いシミがある。

 そちらの方面に明るくはないけれど、分かる。

 決して放っておいていい出血量ではない。

 回復スキルで治せるのは外傷のみ、失った血は戻らないのだ。一刻も早く、安静にしなければならないはずなのに。

 それでも彼女は、まっすぐに前を見据えている。

 

 

「まずは……そうね」

 

 

 重傷など気にしてないかのような凛とした姿勢に、余裕を持たせた口調。

 表情は後ろからではうかがい知れない。けれど決して暗くはないのだろう。

 そんな彼女はソウルデヴァイスの切っ先をサクラに向け、その後、ゆっくりとシャドウへとスライドさせて行き──

 

 

「喧嘩を、しましょう」

 

 

 ──きっと不敵な笑顔で、そう言った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月26日──【サクラ迷宮】明日を掴め

 

 

『喧嘩……?』

「本当なら殴り合いの1つでもしたいけれど、貴女を殴ることはできないのよね。仕方ないし、殴るのはシャドウだけにして、貴女とは言葉と言葉をぶつけ合いましょう」

『「どんな妥協案?」』

 

 敵味方からツッコミを受けつつ、彼女はシャドウに向けて駆けだした。

 その後ろを自分と洸が追随する。

 

「美月! 祐騎! 空と志緒さんとで3体頼む!」

「わかりました!」「りょーかい!」

 

 柊を追いつつ、指揮を取れる美月と祐騎に指示を流す。

 彼らが少し離れた方に走っていくのを流し見てから、改めて柊と前方のシャドウへ視線を戻した。

 敵シャドウは計6体。

 3体を任せたため、残り3体はこちらで受け持つことになる。

 柊は傷だらけで、自分も洸も疲労困憊だ。

 しかし、身体に鞭を打っているような気はしない。

 決して戦いを楽しんでいるとか、そういうわけではないけれど、無事にこういう形で揃って戦えるようになって嬉しいかった。

 

「“ネイト”、【マハブフーラ】!」

 

 敵全体の動きを止める為、広範囲に氷結属性の攻撃が放たれる。

 敵の全身を止める程の効果はない。足元から氷結が走っていき、腰当たりまで止めたあたりで、敵の抵抗によって逃れられてしまう。

 それでも、一瞬足が止まる。

 

「時坂君!」

「応!」

 

 洸の“レイジング・ギア”は、広範囲への攻撃を可能とする数少ないソウルデヴァイスだ。

 地に縛ったシャドウたちを一閃、切り返しでもう一閃。さらに身体ごと回転させてもう一閃。

 大したダメージにはならないけれど、隙を逃さず連携を重ねていく。

 

「柊! ハクノ!」

「応」「任せて」

 

 呼ばれた意味を理解する前に、というか、洸が2回目にソウルデヴァイスを振るった時点で、ソウルデヴァイスを先行して走らせ、自分が後を追う形で走り出した。

 ほぼ同時に柊も再度行動を開始している。

 目的は勿論、連撃。

 

「しッ」

「はっ!」

 

 ソウルデヴァイスを回転させて、シャドウの脳天へ振り下ろす。こういう時、実際跳んだりせずに好きな位置に攻撃ができるので、自分のソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”は使い勝手が良い。その反面、力は他の人のように乗せられないけれど。一長一短というものだろう。

 柊は助走を十分に取った後、手前で踏み切って大きく跳躍。胸元に強烈な突きを繰り出した。

 

「“ラー”! 【アギラオ】!」

 

 自分と柊が左右の敵に攻撃を仕掛け、残りの1体に洸が火炎属性の攻撃を放つ。

 それを見届けることなく、自分は後方へ。柊は中央のシャドウの方へ。

 

「“ネイト”、【ブフタイン】ッ!!」

 

 近接として振る舞いつつ、ペルソナを召喚する柊。左右の敵から繰り出される攻撃を掻い潜って躱し、火炎属性の攻撃を叩き込まれたシャドウに再度相反する属性の攻撃をぶつける。

 いくら柊とはいえ、発動の瞬間は無防備だ。そこに叩き込まんとされた左右からの攻撃を、片側の攻撃は自分のソウルデヴァイスで受け止め、もう片側は洸がソウルデヴァイスを巻き付ける形で攻撃をさせなかった。

 

『……どうして』

 

 戦いに集中する最中に聴こえてきた声に、意識の一部を向ける。

 

『どうして戦えてるんですか? 柊さんなんて、完全に詰ませられるよう仕向けたのに』

「完全に、ね」

 

 一旦攻撃の手を止め、後ろに跳んだ柊が、サクラの言葉に反応した。

 

「ちなみに聞かせてもらえるかしら。何を以て貴女は、完全と断言したのかを」

 

 柊は実際ここまでたどり着き、継続して戦闘に入っている。

 決して軽傷で乗り越えた訳ではない。それは彼女の服に残る血痕が物語っていた。

 おそらく彼女が自身の回復スキルで治癒したのだろう。その上で、サクラにバレないよう虚勢を張ってるだけ。サクラの罠はしっかり機能していたはずだ。

 それを彼女自身理解した上で、サクラに問いかけた。

 恐らく彼女の“思い込み”を壊すために。

 

『何をって……敵の配置を見たでしょう! あの空間に氷結属性を通さない大型シャドウを多く配置しました! 単独では戦意を沸かないほどの物量! どうして、どうして乗り越えられたんです!?』

「……確かに敵の配置は厭らしかったし、配置された数もなかなかだったとは思うわ」

 

 氷結属性が効かない、ということは、柊はペルソナによる攻撃スキルをほとんど使えないということ。つまり、ほとんどソウルデヴァイスでの攻撃のみで大量のシャドウを相手取る必要があった。ということだ。

 苦境、だろう。絶望的な状況かもしれない。敵の強さは分からないけれど、大型シャドウというだけで倒すのに時間が掛かることも分かる。

 そんな逆境をどのように跳ね返して来たのか。

 

「それで、逆に聞くけれども」

 

 柊の表情を言葉にするのであれば、激情。

 溢れんばかりの感情が、むき出しになっていた。

 

「貴女は私が、敵に攻撃が通用しない程度で、倒しても倒しても敵がいる程度のことで、諦めるとでも思ったのかしら?」

『──ッ』

 

 感情を乗せ、獰猛に睨み付けた柊。

 いや、眼付きが鋭いだけで睨み付けている訳ではないのかもしれないけれども。

 

「貴女の勘違いを正すとしたら、2ヶ所」

 

 再度シャドウの足元に突っ込んだ彼女が、ソウルデヴァイスを振るいながら話す。

 先程と同様、自分と洸はフォローへと動いた。

 

「1つは、私が絶望や恐怖に直面することで折れる人間だと思い込んだこと。確かに私はさっき皆が言っていたように、合理的な判断をすることはあるし、冷血な勧告をすることもある。けれど、自分や皆の命を諦めたことはないし、諦めることはないわ」

 

 ……初めて、だろうか。彼女がこうして、言葉にして自分たちの大切さを語ってくれることは。存外嬉しい。言葉にしてくれなくても大事に想ってくれていることは知っていたけれど、それでも歓喜の想いは沸いて来る。

 

 会話が進むにつれて、柊の意識がそちらへ傾くようになったのか、シャドウへの対応が少し乱れた。その隙に3体まとめていたうちの一体が柊の横を抜け、後衛にいた自分の方へ迫ってくる。洸がこちらへフォローに回ろうとしていたけれど、それを手で制した。

 1人1人が個人としてそれぞれの個体への対応を強いられている。けれども決して無理に回避するような状況でもない。対応しきれないこともない、程度の話だけれど。

 ソウルデヴァイスを手元に戻して、全体へ向けていた意識を目の前に集中させた。

 

 ……ん? あれ、さっき……皆が言っていたように、と言ったか? もしかしてさっきの説得を聞いていた?

 いや、自分は聞かれてマズいようなことは言っていないけれど……まあなるようになるか。

 

『で、でも、それでも恐怖は。死への恐怖も絶望も、諦めないという気持ちだけでどうにかできるものではないはずです!』

「それがただ漠然と抱いているだけの気持ちだったら、確かにどうにもならないわね」

 

 条件付きとはいえ、あっさりと肯定する柊。

 ということは、彼女にとってはその条件に含まれない理由があるのだろう。

 

「知らなかったかもしれないけれど、私、根性論者なのよ」

『……はい?』

 

 耳を疑いながらも、ソウルデヴァイスを操作。敵の攻撃との間に緩衝材として挟み込み、どうにかして攻撃をやり過ごす。

 

「それでこれは、単純に私の矜持……いえ、性格には組織の先輩からの借り物だけれど、とにかく私の生き方としての話。それを胸に抱いているから、私は決して折れないの」

『生き方? 矜持? そんなものただの感情に過ぎません』

「いいえ。かくあるべし、と己に課した定めに、人というのは逆らえないものよ。生まれたばかりの貴女には分からないかもしれないけれど。そうして強くなっていく。そうでしょう、時坂君、岸波君」

「「ああ」」

 

 その通りだと思う。

 自分の主軸が定まると、取るべき行動がはっきりする。それに背かないように生きたいし、出来る限り成し遂げるためにはどうすべきかを試行錯誤することにも繋がる。

 自分が自分に課した定はいくつかあった。

 “目の前で起こる悲劇から目を逸らさない”。

 “自分にできる最善を尽くし、発生する責任は負う”。

 “リーダーとして仲間は絶対に死なせない。誰1人として”。

 それらの誓いは胸に抱き続けていたし、常に決断の念頭にあった。

 だからこそ自分は、いいや、自分たちは、ここまで来れたのだと思う。

 

『よく分かりません。そこまで言う柊さんの、生き方って何なんですか?』

「足を止めないこと。恐怖という名の足枷を嵌められようと、絶望という名の壁が立ちはだかろうと、ね。仮に死が眼前に迫ったとしても、死ぬことへの恐怖“で”足掻き続ける。という誓い」

 

 足を止めない。

 諦めない。

 その誓いは、自分たちと志を同じとするものだった。

 ……なるほど確かに、合理的かつ根性論。言いたいことは分かった気がする。

 最初。本当の根性論者だったら、恐怖を乗り越えて行動するとか言うかもしれない、と一瞬だけ思った。しかし彼女の言い方で気付かされる。恐怖を抱くことは間違いではないのだと。

 

反抗心を原動力に(Burn my dread)して、ただひたすらに前進を続ける。私が掲げた誓いが、それよ」

 

 恐怖を忘れるのではなく、恐怖と向き合う。自身が何に恐れを抱いているのかを把握し、その恐怖の矛先を変え、恐怖を使って行動しろ。

 うん、根性論だ。

 それでも前にさえ進み続ければ、きっと何かが見つけられる。

 確かに諦めて他のことをすることも、効率が良くなるだろう。合理的だ。多分。

 

 ……戦いながら別のことを思考するのは、本当に難しい。いや、まったく別のことではないから成り立っているだけで、本来ならもっとどちらかに意識を割かれてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、柊はすごい。直接説得をしながら言葉を大して途切らせず、余裕を見せつつ攻撃をひらりひらりと躱しながら、柊単独でシャドウを斬る。倒すほどまではいかないにしろ、相応のダメージは与え続けていた。

 一方の洸と自分どうだ。どんなに言葉を尽くしたところで、善戦しているなんて言えなかった。傷を負いながらもなんとか不利にならない程度の戦いを繰り広げていく。

 

『そ、そんなの無理です。合理性主義とは対照的な生き方を、貴方ができるとは思いません』

「だから言ったでしょう。根性論者だと。それに、出来る出来ないで言うなら、出来ない訳がないのよ」

『ど、どうして言い切れるんです?』

 

 その問いに、柊はこちらを一瞥した。

 

「その貫き方は、先輩が、仲間が、親友が、背中で語り続けてくれたから」

 

 生き方としては常に彼女の胸にあって。

 それを貫いてきた自分たちや誰かの姿を見ていて。

 ……そういう風に生きたいと、思っていてくれていたのだろうか。

 

『でもそれは、貴女の生き方では』

「ない、というのが貴女の勘違いだと言っているのよ。私はそうして生きてきたし、今後もそうして生きていく。それに仮に私が貴女の言うような合理主義者であっても、一緒に過ごした人たち……少なくとも憎からず想っている人たちから、影響を受けないわけがない。貴女にも直に理解できる日が来るわ。私だって、皆と居て気付けたのだから」

 

 ……確かにそれは、感情を持って人と接してこなかったサクラには、分からないことかもしれない。人から受ける影響というものは、実際かなり大きいだろう。無地の状態からとはいえ、自分も多くの人の影響があってここまでこれた人間だから、それは強く感じる。

 一方の言われたサクラはといえば、納得はできていないような表情だった。とはいえここまで強気に言葉を並べられてしまえば、万が一自身が間違っている可能性も、と思い込んでも不思議ではない。

 

 それにしても、柊もよく自分たちについての好感を素直に話してくれる。璃音との喧嘩がどれほど彼女にとって衝撃だったのか。少なくとも以前の彼女であればここまでの発言はしなかったと思うけれど。

 

「そういえば、もう1つの勘違いしていることを教えていなかったわね。……と言ってもそこまで言う必要すらないことだけれど」

『……何ですか?』

「ひょっとして気付いていない? もしくは忘れているだけかしら。だとしたら甚だ心外ね」

『いったい、何を』

「まあ実際、もし閉じ込められたのが今ここに居る私ではなく、数か月ほど前の私であれば、貴女の言う完全な詰み手というのは完成していたでしょう」

 

 ケロリと、彼女は吐き捨てた。

 自分たちが、成長した彼女であれば或いは。と信頼を寄せたのと同じように、柊自身も以前の自身と今の自身を比較して物を語っている。

 

「昔の私でも諦めはしなかったと思うけれど、絶望的な状況には相違がない。そこは認めるわ」

『ですけど、貴女は乗り越えた』

「ええ、そうね。昔の私なら、困難を1人で乗り越えようと足掻いたはず。なんせ誰かと握り合うべき両手は常に剣とサイフォンで塞がっていて、共に歩くべき足は常に常にと前へ進む。決して悪いとは思わないけれど、それではこの壁は超えられなかったでしょう」

 

 壁とは困難か、それとも過去の自分か。

 どちらにしても、今の物言い。

 完全に吹っ切れた、力強い断言だ。

 

「けれど、今は違う。今の私は──」

 

 柊は一旦言葉を区切って、続く言葉を探すように一瞬思案する。

 そして、その表現が見つかったのか、頷きを挟みつつも、ソウルデヴァイスを構えた。

 

「──ええ、そうね。今の私には──」

 

 そうして柊は、ソウルデヴァイスを引き、シャドウに突進を仕掛ける。

 

 

 

「──壁を飛び越えてなお余りあるような、力強い翼が背中にあるから」

 

 

 

 シャドウに鋭い突きが入るのと同時、高速で飛来した何かが、シャドウの頭部を蹴りぬいていった。

 前後からの衝撃で、身体がくの字に折れるシャドウ。

 このタイミングで飛来するものなんて、1つ、いや、1人しか居ない。

 

「璃音!」「久我山!?」

「ごめん、お待たせ!」

「話は後! 岸波君、行ける!?」

 

 大きく体勢を崩した大型シャドウが、前のめりになった身体を踏ん張らせることができず、頭部から地に倒れ込む。

 どこからどう見ても、畳みかけるチャンスだった。

 全体の様子を見る。自分と対するシャドウも洸の目の前にいるシャドウも、大きな音に反応したのか、こちらから一瞬視線を外していた様子。

 

 今が、チャンスだ。

 

「行こう、皆!」

「「「応!!」」」

 

 意識を逸らしたシャドウの横を抜き、洸と共に倒れたシャドウの元へ。

 それから追ってくるまでの間、転倒している敵に4人で攻撃を畳み掛ける。

 残念ながらそう長く時間は取れず、置いてきたシャドウたちが追い付いてしまったので全員で離脱。呼吸を整え直した。

 

 

「……と、まあこれまで色々言ったけれど、理解できたかしら?」

 

 シャドウとの間合いを保ちつつ、柊はサクラに問いかける。

 サクラはといえば、俯き、己の身を抱きかかえていた。

 

『……私は、消えるしかないってことですか?』

「あら? 貴女さっき、殺されたくない、生き残りたいって言っていなかったかしら?」

『言いました、けど。私は消されるんですよね?』

「誰もそんなこと言っていないでしょう。……リオン、貴女って説得上手かったのね」

「諦めちゃダメ。向き合うって決めたんでしょ? なら最後までやりきなきゃ」

「別に諦めてなんていないわ」

「そっか。どうしてもって言うなら代わるケド」

「遠慮しておくわ。これは、私とサクラさんの喧嘩だから」

 

 途中から来た璃音は、すべて分かっているように柊と話をする。

 彼女たちの間で成立する激励に、柊の目に活力が宿った。

 

「言ったでしょう、サクラさん。想いをぶつけ合いましょうって。これは喧嘩なのよ。貴女の想いは聞いた。それに対して私の想いは伝えた。それで貴女は、何を想ったの?」

『……』

「勝手に納得しないで。言葉にしないで何かを伝えようだなんて考えないで。抱え込んですべて解決するだなんて思い上がらないで。願いを通したいなら、何に遠慮することなくぶつけてきなさい」

『私、は……』

 

 待つ。

 サクラの言葉を、4人で。

 背後で祐騎たちが戦っている音を聞きながら。

 シャドウとの距離を開けたまま。

 

『私には、分かりません』

 

 彼女の想いを、聴く。

 

『私が間違っていたんですよね。皆さんを、先輩を巻き込んで、危険にも晒したのに、その行動が間違っていたというなら、私は、どうすれば……』

 

 出てきたものは、自責の念。

 自身が正しいと考えての行動だったはずだ。だからこそ、柊や璃音のことはともかくとして、その時から仲間だと思ってくれていた自分たちまで巻き込んで、異界化を起こした。

 自分が生き残る為と言い聞かせて、被害が大きくなろうと何だろうと事を起こさずにはいられなかったのだ。

 だというのに、その前提が間違っていたとしたら。許容した被害や犠牲は何のためだったのか。という話になる。

 その責任を自覚した結果、彼女はさっき自身について、消えるしかないと言ったのか。

 

 沈黙が下りる。全員が言葉を探した結果、数秒の間、剣戟の音とシャドウの唸り声だけが大きく聴こえた。

 

 ……まあでも、これも同じだろう。

 間違えたのならば、取り返せばいい。

 一番いけないことは、足を止めることなのだ。

 決して、死や削除を選んではいけない。

 さきほど柊は、自身とサクラの喧嘩だから余計な助力は必要ない、みたいなことを言っていたけれど、これくらいは口を挟ませてもらおう。

 

「サクラ」

『なん、ですか……先輩』

 

 一瞬、サクラの身体が震え上がったように見えた。

 実際は射影の関係上、そんなことは起こり得ないけれど。

 

「思い返してくれ。柊が語った想いを」

 

 柊は伝えようとしたのだ。

 自分が得た、素晴らしいことを。

 人と人との関わりで得た物を。

 仲間と培ってきたものを。

 

「すべてのことは、“未来のサクラ”が知ることだって言ってくれたんだぞ」

『──』

 

 時たま彼女が言った、今の貴女には分からない。だとか、これから知っていく、だとかいう単語には、そういう意味が含まれていたのだと、自分は推測する。

 未来を考えさせる、ということは。未来の存在を認める、ということは。間違いなくサクラの生存を許すと言うことだろう。

 その是非を柊に確かめることはしない。まあ間違っていたら反論が来るだろうけれど、それ以上に彼女の率直な思いは、自分たちも受け取っていたのだから。

 受け取って、読み解いた、自分にとっての解なのだから。

 

「間違えたのなら、取り返せばいい。謝りたいなら代弁するし、罪を償いたいなら協力しよう。だから、一緒に帰ろう」

『……良いん、ですか?』

 

 理解に数秒を置き、サクラは。

 立体として空間に投影されている感情を持ったプログラム──間桐 サクラは、涙を見せた。

 

『良いんですか? 私、生きていて、良いんですか?』

「貴女が生きたいというなら、条件付きでね」

「「「条件?」」」

「なんで貴方たちが聞き返すのよ」

「いや、てっきり良いよって言うのかと」

「今の、ドラマとかアニメとかだと、言って抱き締める展開じゃなかった?」

「抱き締めるかどうかは分からねえけど、優しさを見せる場面だろ」

「いいえ時坂君。残念だけれど、優しさはもう売り切れたわ」

「在庫少ないな」

「そうよ。時坂君の言う通り、私って冷たい女だから」

「……聞いてたのか」

「まあその件は後で話すから。全員、覚えておきなさい」

 

 にっこりと笑う柊から後退る洸。

 あれは時坂クンが悪い、と苦笑いする璃音の姿に、やはり聴こえていたのかと自分もそっと溜息を零した。

 

『あの、その条件って……?』

 

 おずおずとサクラが、柊に問いかける。

 笑顔のまま、しかしそこから圧力を消した柊は、口を開いた。

 

「認めて、誓いなさい」

『認めて、誓う?』

「その罪が、間違いが、諦めがあったことを認めなさい。認めて、受け入れた上で、次に繋げることを誓えるかしら?」

 

 試すような笑みを浮かべる柊。

 それを向けられたサクラは、目を閉じ、身体の前で手を握った。

 

『……認めて、受け入れて……』

 

 目を閉じ、言葉を反芻させるサクラ。

 

 

 

 

 そうして祈りを捧げるように黙っていた彼女だったが、段々とその姿に異変が起こり始めた。

 薄まり始めたのだ。

 

 

「「「!?」」」

 

 

 そして、薄れた彼女は光の粒になり、“蒼い光”となった粒子が、自分のサイフォンへと流れ込んでいく。

 その光から与えられる温かみは、いつか、そして何度か感じたものに近い。

 洸と璃音と、顔を見合わせる。

 2人とも、これってまさか、という顔をしていた。恐らく自分も驚愕を隠せていないだろう。

 そのまま3人揃って、平然としている柊の方を向く。

 

「良かった。上手くいったのね」

「柊、お前……」

「核である彼女がペルソナ使いに昇格したことで、暴走しているシャドウも制御下に入る。それに伴い異界化も解除。作戦通りよ」

「怖っ、アスカ怖っ」

「何とでも言いなさい。どうせあんな数のシャドウには勝ち目がなかっただろうし、仕方がないでしょう。ああほら、始まったわ」

 

 異界が、眩い光を放ち始めた。

 終息の前兆。柊の言う通り、もう大丈夫なのだろう。

 

「ああ、そうだ。時坂君、岸波君」

「?」

「なんだよ?」

「後は任せたわ」

 

 

 異界が放つ光から逃れるように視界を腕で遮る中、柊のそんな言葉が聴こえて。

 次の瞬間、ドサッ、ドサッと何かの倒れる音が2つ続けて起きた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月27日──【マイルーム】学校異界化の顛末

 

 

『先輩、起きてください。先輩』

 

 意識が朦朧とする中、誰かの声を聴いた。……ような気がする。

 いや、聴こえたのだろう。

 今でも、耳元で誰かが自分のことを呼んでいる。

 

『もう、先輩!』

「……おはよう」

 

 目を開けた。視界が徐々に鮮明になっていく。

 声のした方向へ向くと、立て掛けて置いたサイフォンの画面から、腰に手を当てている少女がこちらを見ていた。

 

『おはようございます、先輩?』

「……ありがとう、起こしてくれたのか」

『アラームのスヌーズ機能は止めてしまいましたけど』

「いや、助かった。正直起きれた自信もない」

 

 それを自覚する程度に、疲労は残っていた。

 ここ最近、調査に動き続けていた反動が来たのかもしれない。

 

 昨日の夕方を以て、事態は正式に収束した。と思う。

 美月もそう判断していたし、何より一連の異界の核である間桐 桜がもうしないと宣言したので、そこはこれ以上疑っていない。

 とはいえ、収束はしたけれど、終息したわけではなかった。

 あといくつかの後始末が残っている。こちらは美月が先導する形で動いてくれるらしい。とはいえ組織の力を借りず、自身の持てる人脈などで事に当たるみたいだ。

 

「わたしが独断で動いた結果ですし、都合よく組織を使うわけにはいきません」

 

 というのが、彼女の持論らしい。

 折りを見て手伝いに行こう。

 当事者である自分たちなら、きっと断られることもないだろうから。

 あともう1つ、やるべきことがあるのだけれど……あ。

 

「桜、全員が起きてるかの確認とれるか?」

『はい。メッセージを送ってみますね』

「頼む」

 

 ……今日、普通の登校日だけれども、大丈夫だろうか。

 

 

──朝──

 

 

 エントランスに出ると、見慣れた女生徒の姿があった。

 

「おはようございます、岸波くん」

「おはよう美月。起きてたのか」

「ええ、二度寝の誘惑はありましたけれど、なんとか」

 

 困ったように笑う美月。

 確かに分かりやすくはないけれど、顔に疲労の色が見える。

 それもそうか。ここ最近、色々と彼女には無理を強いてしまっていた。

 自分たちと行動を共にするにあたって、環境の変化とか感情や思考が付いて行かないことがあったと思う。

 だと言うのに、弱音を吐かせる暇も与えず、期待を彼女に向けすぎてしまった。

 今抱えている一件が終われば、精一杯の労いをしよう。

 

「岸波くんは……岸波くんもお疲れなようですね」

「……まあ」

「無理もないです。あんなことが起きたのでは、気も休まらなかったでしょう」

 

 あんなこと。

 その内容が、異界攻略後に起こった一波乱を指しているのは、考えるまでもないことだった。

 

 

────

 

 異界攻略直後、いや、異界が解除される直前に、自分たちの耳に飛び込んできたのは、何か重いものが壁に衝突したような音だった。しかし視界は異界化の収束が起こり始めていたので歪んでおり何を捉えることができない。

 故に、何が起こったのかを認識したのは、数拍置いてからだった。

 

「──」

 

 そこは、教室だった。

 見慣れた空き教室。それもそうだろう。全員そこから異界へ巻き込まれたのだから。

 当然そこには、最初にはぐれた璃音と柊も居る──はずだった。

 

「っ」

「ッ、アスカ先輩! リオン先輩!」

 

 空の大きな声で、身体の硬直が解ける。

 いち早く状況を察知したのは、自分と、おそらく美月だ。

 “地面に璃音と柊が倒れている”。

 異界化収束時に身体のバランスを失ったとかではなく、純粋に、意識を失っているような脱力感が彼女らにはあった。

 だから、だろうか。反応が遅れてしまったのは。

 元より重傷を負っていたことも、限界の中気力で動いていたことも知っていた。

 いや、知っていたからこそ、呑まれたのだ。“最悪の状況”の想起に。

 空が居てくれて助かった。考え事をしている暇はない。とにかく動かなければ。

 

 そうしてそのまま、呼んだ救急車に彼女らを乗せ、病院へ。

 行き先は自分も以前入院した、杜宮総合病院。あそこはどうやら北都グループの息が掛かっているらしく、理由などを求められることもないとのことだ。

 ただそれでも、彼女らの意識が戻るまでは、安心なんてできる訳もない。

 交代交代ではあるけれど、全員が病院に張り付くようにして、数時間。あわや面会時間ギリギリというタイミングで、柊が目を覚ました。

 

「柊!? おい、柊!!」

 

 ちょうどその時当番だったのは志緒さん。彼の大声で、全員が病室へ駆けこんだ。

 そこには身体を起こすことはできないにしろ、しっかりと目を開けた柊の姿が。

 

「……情けない姿を、見せてしまったみたいね」

「情けなくなんかないだろ。そんなこと言うやつ居たら、俺らがぶっ飛ばしてやる」

「ああ、洸の言う通りだ。かっこよかったぞ、柊」

「……そう。……身体の節々は痛いけれど、まあ、悪くない気分だわ」

 

 穏やかな表情を見せた後、布団を深く被り直す柊。

 その後も、彼女の負担にならない程度に会話を続けていると、面会時間の終了を告げる音楽が流れ始めた。

 璃音が目を覚まさないままに。

 

「リオンが目を覚ましたら、連絡するわ」

「……頼んで良いか?」

「ええ、勿論。だからみんなも、今日は帰って休んで頂戴」

 

 そのやり取りを最後に、病室を後にする。

 柊を信じていない訳ではないし、璃音が起きないと思っている訳でもない。それでも心配で寝付けなかった深夜。

 だいたい1時頃だろうか。サイフォンが振動したのは。

 少しでも寝つきがよくなるよう暗くした自室内で、食いつくように一件の通知を開く。

 

『心配かけてゴメン』

 

 その一言がもたらした安心感に、自分は気付いたら意識を手放していた。

 

 

 

────

 

 

 もはや何時に寝たのかも覚えていない。今朝なんとなく確認したメッセージの受信時刻は、やはり深夜1時を超えていた。

 サイフォンが立て掛けてあったのならば、すぐに寝落ちしたわけではないだろう。それでも明確に寝ようと思って寝た訳ではなかった。お世辞にも、十分な睡眠とは言えない。

 危うく今朝は寝坊という結果になりそうだたったし。

 

「よかったですね」

「うん?」

「リオンさんの目が覚めて」

「ああ、本当に良かった」

 

 とにかく一抹の不安は、取り除かれた。今回もまた、皆が無傷とも無事とも言い切れない終わり方。

 けれど、生きて帰ることができた。

 今回の件で分かる範囲に死傷者はいない。衰弱してしまっているという人の報告は受けているけれど、現状大事には至っていないとのことだ。

 

「今日の放課後はお見舞いですか?」

「ああ、そのつもりだ。行ける人みんな誘って行こうと思う。美月も行けるか?」

「はい。話し合いたいこともありますから。……ですがそうなると、疲れた表情を浮かべて行くわけにはいきませんね」

 

 確かに。自分たちのように、お互いの顔を見て不調に気付いてしまうようなら、現在入院中の彼女らにもバレてしまうだろう。余計な心配をさせてしまうかもしれない。

 

「……そうだ。久しぶりに、お茶でも一緒に如何でしょう? できれば、お昼休みにでも」

「昼休みか。特に予定はないし、うん。自分は大丈夫だ。場所は?」

「生徒会室にしようかと。少し、内密の話もありますので。他の役員には近づかないよう周知しておきますから、遠慮なく入って来てください」

 

 私物化し過ぎでは、と不安になるけれど、内密の話を生徒会室で行おうというならば、真面目な話かもしれない。お茶を飲むだけなら空き教室に道具を持っていけば良いし。

 

「分かった。……さて、そろそろ行くか」

「そうですね。せっかくですし時間もあるので、一緒に歩いて行きましょう。キョウカさんに連絡するので、少し待っていただいても?」

 

 彼女の問いに、頷きを返す。

 そうか、雪村さんが送迎をしているのだったか。すっかり忘れていた。

 無駄足を踏ませてしまったことに対して心の中でお詫びする。

 偶然エントランスで出会ってから、立ち話を続けてしまったので、さぞ長いこと車で待ってもらったことだろう。

 

『あの』

 

 彼女の不満そうな顔を想像しながら、謝罪の言葉を探していると、外に居る間にしては珍しく、胸ポケットから声が聴こえた。

 通話中の美月の視線も、こちらへ向く。

 桜と目を合わせたのか、軽く会釈をしてきた。

 

「桜、どうした?」

『その、皆さん起きてらっしゃるか確認を取っていたんですけど、四宮さんだけ、反応がなくて』

「「……」」

 

 美月と2人、顔を見合わせる。

 

「あ、キョウカさん、もう少し待機していただけますか? 場合によっては、2名同乗をお願いするかもしれません」

 

 ……ああ、エントランスから出なくて良かった。

 それにしても雪村さん、本当に申し訳ない。

 

 

──昼──

 

 

────>杜宮高校【生徒会室前】。

 

 

 お昼ご飯を買って、生徒会室へ赴く。

 扉をノックすると、美月のどうぞという声が聴こえた。

 

「こんにちは、今朝ぶりですね」

「ああ。お互い間に合って良かったな。雪村さんのお陰だけど」

「ええ、本当に。これからは気を付けないといけませんね」

「一番気を付けるべき人が居ないけれど」

「ふふっ、確かに。……ああ、立たせたままになってしまいすみません」

 

 どうぞ、と席まで案内される。

 案内した美月はといえば、そのまま席を立って給湯器の方へと歩いて行った。

 そのままゆっくりと、しかし無駄なく動く彼女。驚くべきは、比較的すぐに良い香りがしてきたことだろうか。恐らく前もって準備してくれていたのだろう。

 やがて、トレーに乗った紅茶が運ばれてきた。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 口に運ぶ。温かくはあっても、熱すぎるということはない。普通に少しずつならば飲める、といった温度だ。

 お茶を飲み、ほっと息を吐く。

 数秒の沈黙の後、美月が口を開いた。

 

「さて。お昼ご飯は召し上がってくださって結構ですよ」

「わかった。それで、話って言うのは?」

「大きく分けて2つ。と見せかけた1つの話題ですかね」

「……2つの話題には関連性があると?」

「持たせようとすれば、という形ですけど」

 

 つまり、その2つに関連性も含ませるための話し合い、ということだろうか。

 何についてだろう。

 

「まず1つ、先日の異界攻略についてです。衰弱している人や、小さな怪我をしている人の割り出しが正式に終わりました」

「早いな。まだ1日なのに」

「寧ろ記憶消去の関係で、昨日のうちにほとんど終わらせておく必要があったので」

 

 なるほど。

 新しい記憶の方が消しやすいとか、そういうのだろうか。

 記憶消去のシステムは知らないけれど、そんなピンポイントで行えるような代物のようにも思えない。だから、急ぎ対処する必要があった、と。まあそういう推測なら出来る。推測でしかないけれど。

 

「被害の規模は小さいと聞いたけれど」

「ええ。衰弱者2名に、軽傷者6名。どなたも軽い治療で済んでいます」

「……良かった」

 

 正式な報告として上がって来た数字を聴くのは初めてだけれど、あの規模の異界化に対してこの数字なら、間に合った方だろう。体調を崩してしまった人には本当に申し訳ないけれど。

 

「実際、連鎖要因の異界として見るなら、最小の被害と言っても良いほどですよ。まあ戦わないで勝つ、という裏技あっての結果ですね」

 

 裏技。

 まあ実際その通りだけれど。

 あれを力で突破しようとするのは、流石に難しかったと思う。

 

「と、ここまでは良い話でして」

「……悪い話が?」

「私や柊さんにとっては悪い話。みなさんにとっては、若干悪い話となります」

「?」

 

 続きの言葉を待つ姿勢を取る。

 自分の聞く姿勢が整ったことを確認した美月は、ゆっくりと口を開いた。

 

「1人、異界の記憶の消去に失敗した相手がいました」

「……それは、逃げられたとか、そういうことか?」

「いいえ。単純に異界適正の高さが原因で、記憶消去を受け付けてくれない方がいらっしゃった、ということです」

 

 ということは、異界について知る一般人が存在する、ということか。

 柊や美月にとっての悪い話というのは、本来異界が秘匿されるべき情報だから、ということだろう。自分たちのようなソウルデヴァイスに覚醒した人たちですら本来は関わるべきではないと、柊は言っていた。となるとそれよりも半端な立ち位置になってしまうその人は、彼女らにとって目の上のたん瘤のようなものになり得るのかもしれない。

 しかし、それが自分たちにとっても悪い話、というのは?

 

「……もしかしてそれが、自分たちに関係性の深い人間だと?」

「ええ。お察しの通りです」

 

 目を伏せた美月は、最初からテーブルに置いてあった書類へと手を伸ばす。

 クリアファイル2枚の内、一枚だけを取った彼女は、こちらにそれを見せるようにして、テーブルの中央に置いた。

 見覚えのある名前の右下に書いてあった異界適正の値は、A。

 

「その人の名前は、“九重 永遠”。杜宮高校の数学教師にして、時坂君の従姉になります」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月27日──【教室】引いた線と引かれた線

 

 

──午後──

 

 

 少し集中しきれない頭で、渦中の人である九重先生の授業を聴く。

 

「せんせー、なんか面白い話してー」

「ええっ!?」

 

 数学の授業に飽きたのか、唐突に前列に座る生徒が九重先生に向かって無茶振りをした。

 それを受けた先生は、動揺を見せつつも、そうだなぁと考え込む。

 

「あ、そうだ。こういうのはどうかな?」

 

 人差し指を立て、彼女は口を開いた。

 

「みんなは海に行ったことがあるかな? 水平線って見たことある?」

 

 首を傾げる人が数人。恐らく水平線という単語にピンときてないのかもしれない。

 自分も海に行ったことはないので、その単語を知識として知っているだけだ。

 

「地球は球体だから、いくら海みたいに遮蔽物がない状態でも、遥か遠くにある大陸とかを見ることはできないの。その肉眼で視認できなくなる境目のことを水平線って言うんだけど、私たちの目から見た水平線って、いったい自分からどれくらい離れているか計算する方法って分かるかな?」

「えー、結局数学の話じゃん。海の話かと思った~」

「まあそこは授業だから……どうかな、皆?」

 

 水平線までの距離、か。どうやって求めるのだろうか。

 ……周囲の動向を伺うものの、誰も手を上げない。

 

「うーん、少し難しかった? 一応とある数字さえ分かれば、中学生の頃に習った公式を使って解けるんだけど……あ、じゃあそれが何かを考えてもらおうかな。……うーん岸波君!」

「!? はい」 

 

 名前を呼ばれる。いまいち集中できていないことを見抜かれていたのかもしれない。

 彼女はまっすぐこちらを見詰め、にっこりと笑った。

 

「それじゃあ今から3つ選択肢を言うね。どれが分かれば水平線までの距離が求められるか考えてみて?」

 

 選択系か。一から考えるよりは簡単だし、最悪当てずっぽうでも可能性はある。

 さて、その選択肢とは。

 

「自分が海岸に居るとして、海面から一番深い海底までの距離、自分の足元から地球の中心までの距離、現在地から見えていない対岸までの距離。さて、どれでしょう?」

 

 

──Select──

  海面から一番深い海底までの距離。

  自分の足元から地球の中心までの距離。

 >現在地から見えていない対岸までの距離

──────

 

 

 対岸までの距離、か?

 それが分かれば比とかを使って考え出せそうな気もするけれど。

 

「うーん、残念! 正解は、自分の足元から地球の中心までの距離だね」

 

 ……違ったらしい。

 

「まず地球を円として考えられるかどうかが、この問題で一番大事なんだ。円として意識すると、自分の足元から地球の中心までっていうのが、地球の半径って言い換えられることに気付けると思う。当然おなじ円周上にあるから、地球の中心から足元までの距離と、中心から水平線地点までの距離は同じになるよね。あとはもう1つ、自分の目線から水平線まで直線を引くと、この直線が円の接線になる、ということは何が言えるかな?」

「……円の中心から接線へ伸ばした線は、直角になる」

「その通り! あとは中心から足元に伸びている線を伸ばせば、目線とぶつかって直角三角形ができて、三平方の定理が使えるようになるんだ。あとはみんなの目線の高さを含めれば、2辺の長さが分かるようになって、最後の1辺である目線から水平線までの距離も算出できるようになるんだよ」

 

 なるほどな。

 身長によって、見える距離が変わるのか。

 

「……トワせんせー、高身長のカレシ作ると大変だね」

「水平線までの距離が変わって困ることは多分ないかな」

 

 それはそうだ。

 

「多分、みんなも高校入試の時にたくさん三平方の定理と相似の図面を解いたと思うけれど、こうして色々な距離とか大きさを測る時に使えるんだ。っていう話なんだけど、どうかな? 面白い?」

「結局数学の話じゃんつまんなーい。高身長のカレシとの価値観の食い違いの話してー」

「ありません」

 

 どうやら最初に面白い話を求めた生徒は、本格的に数学から逃れたかったようだ。

 とはいえ先生も授業中にそんな脇道に逸れすぎる訳にもいかないのだろう。話しかけてきた生徒に、それから授業を脱線させたとして全員に謝り、授業を再開した。

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮総合病院【病室】。

 

 

「そう、九重先生が」

 

 放課後になって面会に訪れると、柊と璃音は起きていた。

 取り敢えず、苦しそうな様子や、何かに耐えているような感じはしないので安心。

 医者の診断結果も、そう回復まで時間は掛からないだろうとのこと。そればかりは、事前に回復スキルを使って傷を治していたのが大きかったようだ。

 

「それで、どうするの? 岸波君」

「先生の出方次第、といったところだな。一応幾つか落としどころは見つけたつもりで、交渉役を今派遣している」

「交渉役? って、ああ、時坂クンか。ここに居ないってことは空ちゃんも?」

「ああ。念のため2人で行ってもらった」

 

 本当は全員でお見舞いに行く予定だったけれど、九重先生に対する対応は早い方が良い。交渉に当たる人選は自分的には妥当だと思う。付き合いの長い洸に全体的な舵取りを任せ、優等生かつ個人的な付き合いもある空にフォローに入ってもらう。

 

「まあ、妥当な判断ね。時坂君1人だと、九重先生の要求を丸のみしてしまうかもしれないし」

「いや、そこまでは思っていないけれど」

「正直僕も柊センパイに同意。幼少期からの付き合いなら、だいぶ弱みも握られてるだろうし」

「あー、ありそう。時坂クン、善意からの提案とかには弱そうだよね」

「その点、不利な流れを熱意で押し切れる郁島が居るのは、やりやすくなるんじゃねえか?」

 

 祐樹と璃音、志緒さんが柊の意見に反論しないあたり、みんなの洸に対する認識が伺える。

 まあ自分や美月も丸呑みとは言わないにせよ、押し切られることはあると考えた。だからこそ空を同行させている、という面は確かにある。

 とはいえ洸本人にも伝えたけれど、これは決して彼を信用していないわけではない。

 洸という人間を自分が評するのであれば、筋を通せる人間だ。加えて人の為に動ける優しさを兼ね備えており、意固地にならず柔軟な人間でもある。

 という長所を見た時、璃音が言った通り、善意から来る忠言や提案を彼は重く受け止めてしまう可能性がある。それを下手に断ろうとして、責任感や重荷を背負わせるのも避けたい。

 空に同行してもらったのは、決して1人に決断の責任を負わせないという自分たちの意思表示であり、先に述べた通りにいざという時の舵取り役を任せたかったという面もある。

 まあ九重先生自身の出方が読めていない、というのもあるけれど。

 

「……ん?」

 

 ポケットの中でサイフォンが振動した。

 桜の反応、ではないだろう。彼女は今回、何かを言える立場にはないので黙って聞いていますと事前に報告されていた。

 彼女自身には、巻き込んだ人間として自責の念があるのかもしれない。

 そんなことはないと言っても譲らないので、仕方なく自分たちもその言い分を尊重し、彼女に発言を求めないことに決めた。

 

 故にこの振動は、何らかの受信。タイミング的に、内容はここに居ない彼らの話し合いについての報告だろう。

 全体へのチャットが飛んでいるのか、みんなも次々とサイフォンを開いていく。

 自分もメッセージの内容を確認してみることにした。

 

『C案になった』

 

 洸からの送られてきた、簡潔な一文。

 交渉に臨む前に考えていた3案のうちの1つで、結論が出たらしい。

 洸にとっては、思う所のある結論なのだろう。それは装飾のない短い文からも察することができる。最初に説明した時も難色を示していたし。

 まあそこら辺は後で本人と話すとして。

 

「C案って?」

 

 璃音が説明を求めてくる。

 ここに来るまでに祐樹と志緒さんには話しているけれど、当然この2人にも説明しないと。

 

「A案が、九重先生に“見て見ぬふりをしてもらう”という考え」

「なるほど。まあ、こちらとしてはそれが有り難いわね。異界に関わることは本来、最低人数であって欲しいし」

「まあ柊や北都の立場的にも、俺たち的にもそれが理想だな。だが、教師って立場でそんなの、見過ごせるワケがねえ。オレ的には正直通らなくて良かったとも思ってる」

「あたしも正直ちょっと安心した、カモ。ホントはダメなんだろうけど、トワ先生なら生徒を見捨てないと思ってたから」

 

 ……それは、ちょっと違うな。

 

「一応言っておくけれど、見て見ぬふりをするっていうのは見捨てたことにはならないから。積極的に異界に関わろうとしないでもらう、って言い方の方が良いか」

「ま、僕の姉さんみたいに、遠巻きに見守ってもらうっていう表現が一番妥当じゃない? 事情だけ理解してもらって、また何かあった時には的確に対応してもらうっていう程度で」

「? 四宮の姉貴がどうかしたのか?」

「ん? ああ、そういえば3年のセンパイたちは知らないのか。まあ後で話すよ。今は柊センパイと久我山センパイへの説明が先でしょ」

 

 そういえば祐樹のお姉さん──葵さんには、そういう対応で居てもらっているのか。

 自分たちに助けられた形になった彼女は渋々ではあったけれど祐騎や自分たちの活動を認め、見守ることを選んでくれた。

 それは単に、祐騎が前を向いてくれたことに対する感謝だとか、邪魔をしたくないという気持ちもあったのだろうけれど。

 ……見守る。そうだ。見守ってもらうという表現は、良いと思う。流石祐騎。

 

「それでB案は?」

「もうしません作戦」

「は?」

「危ないことはしません、と九重先生に約束して、裏でコソコソと動き続ける作戦ですね」

「……ちなみにこれ、誰の提案?」

「私です」

「……」

 

 聞いたわりに璃音は無言だった。ですよね、という表情はしていたけれど。

 まあこれに関しては良心の呵責に悩まされるという欠点に目を瞑るだけで済む。……正直、積極的には取りたくない判断。

 

「まあこの案に関しては、九重先生が、“絶対そんな危険なこと認めないからね”と主張してきた時に限る感じだな」

「あー……そういうコト。確かにそう言われたら逃げ場ないか」

「わたしやミツキさんからすれば、まだ望ましい選択肢ではあるわね。尤も、異界に関わろうとしないでいてくれるなら、どんな結果でも万々歳なのだけれど」

「そうはいかなかったみたいですけどね」

 

 美月は残念そうに首を振った。

 柊も、そうだと思ったと溜め息を零す。

 どうやら薄々察していたらしい。

 

「それで、C案の内容は?」

「裏方として支えてもらう、という感じの案だな」

「? 見守ってもらうのと何が違うの?」

「教師として、私たちの味方になってもらいます。動きやすいようにサポートしてもらう、ということですね」

 

 より直接的に関わってもらうことになる案。当然、危険から遠ざけたい洸は難色を示した。

 とはいえこれは半分、折衷案のようなものでもある。九重先生のような優しい大人にとって教え子のみに戦わせるのは心苦しいだろう、という見方から、ならいっそ全面的に支援してもらおうという悪知恵。

 発案者は言うまでもなく美月だ。

 

「具体的には私たち同好会を、“九重先生を顧問とした部活動”に昇格させる形ですかね。今までは同好会として誰の認可もないまま自分たちの責任で行動してましたが、今後は部活動として、学校の承認を得ている体で動けるようになるでしょう」

「あの、それだと何が変わるんですか?」

「調査の際に堂々と名乗れますし、今後は遠回しに聞いていく必要もありません。『杜宮高校の者です。部活動の一環としてこの件を調査しているのですが、知っていることを教えて頂けますか?』という直接的な質問をしても怪しまれなくなるということです」

「でもそれって責任を学校に押し付けるってことですよね?」

 

 そこまで言うと、璃音は自分の方を向いた。

 

「……キミは、それで良いの?」

「良い訳がない」

 

 それは、自分の立てた誓いにも反してしまう。

 正直、仲間として責任を分け合うという考え方で、自分を誤魔化していることも事実だ。

 本来、異界化は一般人から見てただの不可思議現象。台風や地震による天災が起きたことに責任が生じないのと同じで、責任の取り様がない。だから“誰か”が失踪したことや、助けられなかったことに対して、九重先生には何の責任もいかないはずだ。だから核心的には、助けられなかった場合の責任は自分たちが取ることになる。

 しかし今後、異界関連で“自分たち”に怪我や何か問題が起きた場合は、部活動中に怪我をする生徒が居た場合と同じく、“部活動中の怪我”として顧問である九重先生にも責任がいってしまう。

 特に今回のような病院に運ばれる事態は重い。監督不行き届き、ということに成り兼ねない。

 

「だけれど、だからこそ自分たちはこれで、“無事で帰る”ということを嫌でも強く意識しなくてはいけなくなったわけだ」

「……そんなの」

「リオン」

 

 そこで口を挟んだのは、意外にも柊だった。

 

「一旦私の立場は置いておくとして、リオンの言いたいことも分かっているつもりよ。けれどもそこで岸波君やミツキ先輩を責めるのは違うんじゃないかしら。九重先生が自身で仲間になると判断して、責任を負うと言ってきているのでしょう?」

「それは……そうだね。ゴメン」

「璃音が謝ることじゃない。自分たちだって、先生を巻き込むことに両手を挙げて賛成なんてしていないんだから」

 

 全員が黙る。

 九重先生の意志を尊重している、といえば、聞こえが良かった。良くなってしまった。

 自分たちは九重先生を関わらせたくはなく、九重先生は生徒の危機を見逃したくはない。

 だから九重先生には直接的に危険が及ばない裏方に居てもらい、九重先生は自分たちが最悪の状況に陥らないようにフォローする。

 両者にとって得があり、思う所もある。丁度いい落としどころ。詰まる所やはり、折衷案なのだ。 

 

「……ミツキさん、トワ先生には、すべて話すんですよね?」

「ええ、後日私とアスカさんと先生で話し合いの場を設け、説明することは約束します。流れによってはまだ否決される可能性もありますが、九重先生がきちんと条件を聞いた上で納得するというなら、ここが落としどころになるでしょう」

「……なら、あたしはそれで大丈夫です」

「良いんだな?」

 

 どこか沈んだ顔持ちの璃音が心配で、つい声を掛ける。

 声を掛けてから、否定されたらどうしようと思った。

 その思いが浮かんだことが、何かを裏切っている証明なような気がして、苦しい。

 

「マネージャーみたいな裏方が増えるってことだもんね。……うん、戦わない仲間だと思うことにする」

「……」

「みんなが納得できる結論だというなら、私もそれで良いわ。記憶消去が効かない時点で、完全に遠ざけるというのは不可能だもの。実際拠点と後ろ盾のあるなしは重要だから、確実な損ということもないことだし」

「一応説明しておくと他にもメリットはあります。あの空き教室を正式に部室として登録出来るので、長期休暇も遠慮なく学校に来れますし、後は単純に部費が出ます」

 

 美月の話を聞く。

 聞いた言葉が流れていきそうになり、しっかりしろと自分に言い聞かせた。

 自分が傷付くのだけは、絶対に違うのである。

 

「そういえば夏休みはセンパイの部屋だったね、集合場所。まあ悪くなかったけど」

「いつも岸波の部屋ってのも悪いからな。その点は良かったんじゃねえか」

「自分は別に構わなかったけれど」

「まあ集合場所にならなくてもセンパイの家には行くけどね。またやるでしょ、ゲームとか打ち上げとか」

「そうだな。歓迎するよ」

 

 思いつく限り、自然な笑顔を浮かべていたはずだ。

 誰も、こちらを気にするような素振りを見せていない。

 取り敢えず、誤魔化せたと思って良いだろう。

 後は、上手いこと話題が変わってくれれば。

 

「……あっ、打ち上げと言えばさ! 今回どうする!? 夏休みどこも遊び行かなかったし、ミツキさんの歓迎会も兼ねてどっか行かない?」

「久我山センパイ……僕は遠出したくないからセンパイの家が良いんだけど」

「四宮、お前はもう少し外に出ろ」

「ええー」

 

 上手いこと話題が切り替わってくれた。

 明るい話題に少しほっとする。

 

「そういうことでしたら、皆さん次の3連休とかどうですか?」

「次って言うと、10月の?」

「ええ、予定が合いそうなら、小旅行でもどうでしょう」

 

 全員が予定を確認する素振りを見せた。

 自分は特に予定がない。

 悲しくはなかった。うん。

 

「自分は大丈夫だ」

「私も」

「僕も」

「俺も大丈夫だ」

「……」

 

 璃音が一瞬、悩むような素振りを見せる。

 予定があったのだろうか。

 

「予定があるなら無理して合わせなくても大丈夫だぞ」

「……大丈夫。行けるよ」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい、用事はありましたけれど、絶対に行かなければいけないというものでもないので」

「リオンさんがそう言うのでしたら……取り敢えず、この場に居る皆さんは行けるということで。まだ時坂くんとソラちゃん、九重先生の確認がまだですから、何か不都合等思い出したら連絡してください。3人とも大丈夫そうなら、本格的に予定を組みましょう。念のためしばらくはそこの予定を空けておいてください」

 

 全員が頷く。

 打ち上げか……そうだな。区切りとして大事だろう。美月や桜、九重先生という新しい仲間も増えていることだし。

 

 その後も打ち上げの話を筆頭に他愛無い雑談を続け、暫く時間が経った頃、看護婦さんが来たタイミングで解散した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月28日──【教室】フウカと変化 1

 

 

 放課後になった。

 周囲の生徒たちは移動を開始し、一緒に帰ろうと誘う者や部活動へ向かう者など、それぞれの目的の為に人がばらけていく。

 自分は今日、特に用事がない。

 柊と璃音のお見舞いに行くこともできるけれど、どうしたものか。。

 学校での異界化明けだ。学校に居た面々と話をしたい気もするし、仲間たちと改めて話したい気もする。

 ……そうだな、暫くは学校に居たであろう人たちに会いに行くか。

 まずは、保健室へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「こんにちは」

 

 室内へ入ると、ベッドの上に体育座りしつつ顔を伏せた状態のフウカ先輩とその横に棒立ちしている寺田 麻衣先輩が居た。

 何やら雰囲気が重い。

 

「どうかしたんですか?」

 

 近付きながら話しかけると、寺田先輩はゆっくりとこちらを向く。

 一方のフウカ先輩はピクリと動き、そのまま顔を上げることはなかった。

 

「岸波くん」

「フウカ先輩に、何か?」

「……フウカ、自分で話す?」

 

 フウカ先輩が首を横に振る。

 それを見た寺田先輩は小さく、フウカ先輩に見えない程度に小さく息を吐いた後、こちらへ向き直った。

 

「どうやら、フウカ先輩の病状が少しだけ改善したみたいなのよ」

「……? 良かった、んじゃないんですか?」

「ええ。詳しくは私も聞けてないけど」

 

 まあ改善と言われてもどの程度かは分からないけれど。

 それにしたって聞いた感じは良いことのように思えた。

 何故彼女は落ち込んでいるのだろうか。

 

「それで、寺田先輩は何を?」

「どうにかそこまでは教えてもらったんだけど、それ以上はだんまりで、どうしようかなって」

 

 立ち尽くしていた訳か。

 ……正直自分も何をすれば良いのかは分からない。

 けれどこうなってしまえば、話してくれる気分になるまで待つしかないようにも思う。

 

「岸波くんごめんなさい、少し席を外しても良いかしら?」

「はい、じゃあ自分がここに居ます」

 

 耳打ちされた相談に応じ、自分と入れ替わる形で先輩は廊下へ出ていく。

 彼女にも彼女の用事があるのだろう。付き添っていたいだろうけれど、

 さて、一方で残った自分たちだけれど、どうしようか。

 取り敢えず横に座っているとしよう。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 無言。

 室内に音はなく、校庭からの音しか聞こえない。

 掛け声や笑い声を聞いているだけでも若干楽しいので、悪い時間でもなかった。

 

「あの……」

「はい?」

 

 ついに口を開いたフウカ先輩。

 何か言ってくれる気になったか。と聴く姿勢を取り直す。

 

「……いつまでそこに居るの?」

 

 どうやら悪くないと思っていたのは自分だけで、彼女にとっては居心地が悪かったらしい。まあ彼女が黙っている負い目もあるのかもしれないけれど。

 

「そうしている理由を教えてくれたら立ちます」

「マイちゃんと同じことを言ってる」

「でしょうね」

 

 それだけ心配しているということだ。

 言っては何だけれど、尋常ではないような気配を醸し出している。

 恐らく寺田先輩も同じことを想ったとは思う。

 フウカ先輩を見た際、直感的に1人にさせたら駄目な予感がした。

 だからこそ彼女は今のように、自身の留守を任せられる人が来るまでここを離れなかったのだろう。

 

「……なら、無理にでも聞き出した方が早いんじゃないの?」

「話したくないことを無理に話させるつもりはないので」

「横で圧を掛けられてるのは?」

「少し離れますか?」

 

 一歩分後ろに椅子を引く。

 まあ恐らくそういうことを言いたいのではないのだろうけれど。

 

「…………岸波くんは、入院していた時、さ」

「はい」

「リハビリって、した?」

「しました」

「始める前、どう思った?」

 

 リハビリを始める時?

 というのは、コールドスリープから目覚めた後、なんとか身体が動くようになってきた頃の話か。

 あの時自分は……

 

 

──Select──

  嬉しかった。

  怖かった。

 >覚えていない。

──────

 

 

「そうですね……特に何かを思ったということはないかもしれなません。目の前のやるべきことに必死だったので」

「……そう」

 

 それを聞き、また彼女は少し黙った。

 ……望む答えではなかったのだろうか。

 とはいえ、嘘を吐くべき所ではない。自分の話を聞いた彼女がどう思ったところで、それは仕方ないことなのだ。

 

「私は」

 

 少しの沈黙の後、彼女は重い口を開いた。

 

「怖かったの」

「怖かった、ですか?」

「うん」

 

 何が、だろうか。

 それを自分から追及するのも何なのでやはり、彼女が話してくれるのを待つ。

 

「急にね、体が軽くなったんだ」

「動きやすいとか、そういう話ですか?」

「うん。いままでは何か……重石のようなものとか、枷のようなものを感じてたんだけど、急にそれがなくなってね」

「はい」

「最初は何が起こってるのか分からなくて、次に嬉しくなったような気がして、そしてすぐに怖くなった」

 

 ……最初に困惑が来るのは分かる。

 それは今まで当然あると思っていたものがなくなっていたら、何でないのと焦るだろうし困るだろう。

 嬉しくなるのも分かる。できることが増えるという点で、歓喜の気持ちは沸いて出てくるだろう。

 けれど、恐怖はなかなか分からない。

 何に対しての恐怖なのだろう。

 

 

──Select──

  自身が戦ってきた時間が終わったこと。

  また同じ状態に戻ること。

 >急に自由を与えられたこと。

──────

 

 

 考えられるとしたら、やれることが増えたことだろうか。

 だけれど、想像がつかない。感情は想像ついても、実体験に反映のさせようがなかった。

 そんな状態で、どのようにして理解を示すというのか。

 ……まずは、推測が合っているかの確認を取ろう。

 

「急に自由になったから、ということですか?」

「そうかも。ううん、そうだね」

 

 少し顔を上げて、膝の上に顎を置く。顔を合わせず前を向いたまま、彼女は口を開いた。

 

「前、回復したら何をしたいかって聞いてくれたよね? それを思い出しちゃった。急に頭の中にそれが過って、何もしたいことがなくて」

「……」

「ほんと、急に来ちゃうんだもん。ゆっくり探していこうって言ったばっかりなのに」

 

 儚く笑う彼女。

 確かについこの前その話をしたばかりだ。

 こればかりはタイミングが悪かったと思う他ない。

 間が悪い日というのは、往々にしてある。そういう日もあるか、程度で流せるのであれば流したいけれど、これは流石に無理そう。

 

「……私、甘えてたのかな」

「何に?」

「自分の、病気に」

「病気に甘えるもなにもないですよ。気が滅入るのも、何かできなくなるのも、何かを失うのも、すべては起こってしまったことであり、事故です。フウカ先輩はそれを受け入れていただけで、甘えていた訳じゃありません」

 

 受け入れると言うことはとても難しい。そこも本来はとても難しく、時間がかかるものだ。

 しかし彼女はそれを受け入れ、共存している。

 ……まあその姿勢に、思う所があったのも事実だ。せっかくそこまで来たのに、足を止めるのはもったいないという気持ち。頑張って欲しいという気持ち。自分の昔の姿を彼女に重ね、何かできることがあるのではないかと模索した。先達として言えることを考えてきた。

 でも、それはすべて自分の体験談からくる話であり、自分にとっての善。彼女にとってそれが必ずしも正しいことだとは思っていない。

 重く受け止められすぎていたのだろうか。それとも自分が言い過ぎたのだろうか。

 ……何にせよ、別に将来のことを考えなかったことは甘えじゃないだろう。と自分は思うけれど、彼女は違うように捉えているらしい。

 

「でも私結局何も考えなかった。身体が動かないことを理由に避けてきたものと向き合うことになって、不安になった。しなくちゃいけないことと、したほうがいいことがたくさんあって、怖くなっちゃった」

「……それは」

「岸波くんには、分からないんだろうね」

 

 続けざまに放たれた言葉は、自分に対する拒絶だった。

 ……いや、これは理解されることを拒絶しているのか?

 何にせよ今の終わり方は、話を続ける意思はないと示されたと同義だ。

 

「戻ったわ。……って、どうしたの2人とも?」

「……」

「……」

 

 今この瞬間を以て、自分はフウカ先輩の理解者の地位を外されたのだろう。

 似た境遇を体験した身として、後から道を辿ってくる彼女に進みやすい方法を教えていたはずが、気付けば道を外れてしまっていた。

 寄り添えなかった。フウカ先輩に。彼女の心に。

 

 ……それでもここで、はいさようなら、となるのは、間違っているだろう。

 自分も、考えるべきかもしれない。

 今の彼女に何て言葉を掛けるべきか。

 今後どのようにして、彼女と向き合っていくべきか。

 

「フウカ先輩。また、来ます」

「……」

「寺田先輩、すみません」

「……後で説明しなさい」

「はい」

 

 一旦、間を置こう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は病院の清掃のバイトをすることにした。

 ……掃除のコツを掴んだ。家の掃除にも役立てよう。

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが6に上がった。

────
 

 魅力  +1。
 根気  +2。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月29日──【マイルーム】小日向にとっての杜宮

 

 

 土曜日。今週は学校が休みだ。

 本来であれば昨日フウカ先輩に会いに行ったように、先日の異界発生時に学校に居たであろう人たちの様子を見に行きたいけれど、学校が休みだと正直会うのは難しい。

 ともすれば、どうするべきか。

 ……少し、歩くか。

 

 

────>レンガ小路【通路】。

 

 

 記念公園で飲み物をテイクアウトし、公園を抜けて歩き続けること10分ほど。

 レンガ小路に入り、珈琲の香りを感じながらも歩き抜けた先、ブティック【ノマド】の前で、小日向らしき人物を見掛けた。

 

「小日向」

「……! 岸波君か」

「どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 そういう割には、声を掛けた時の動揺が大きかったようにも思えるけれど……まあ自分に関係があることでの驚きかどうかは分からないか。

 なんにせよ、このままはいさようならというのも少し無関心がすぎる。

 

「小日向はいま暇?」

「え? ……うん。夕方までなら大丈夫かな。夜は予定があるから、あまり遅くなるわけにもいかないけれど」

「なら少し話をしないか?」

「……いいよ。場所を移動しようか。立ったままだと疲れちゃうしね」

 

 それは良いけれど、何処へ行こうか。

 ここからだと、壱七珈琲店が近い。さっそく行ってみようかと思ったけれど、彼は自分よりさきに口を開いた。

 

「あ。良ければアクロスタワーに行かない? なんかあそこのきのこサンドが食べたくなってきちゃった」

「きのこサンド?」

「うん。もちもちきのこサンド。アクロスカフェの名物料理の1つだね。食べたことないなら、どうかな?」

「うん、行ってみよう」

「ありがとう」

 

 別に断る理由もない。

 アクロスタワーへと向かうことにした。

 

 

────>アクロスタワー【アクロスカフェ】。

 

 

 久方ぶりにアクロスタワーへとやってくる。

 基本的に街の何処に居ても視界に入るほど高い建物だけれど、実際来る予定はそう多くない。自分にとっては中のシアターの出し物に興味がある時か、ゴールデンウイークの時のようなバイトの時くらいか。

 その時もこうしてカフェに来たことはなかった。名物料理と言われてもピンと来なかったのは、きっとそのため。

 出された料理に目を向ける。名前の通り、きのこのサンドイッチだ。それもなかには大量のきのこが入っており、見ただけでパンがふっくらもちもちであることが伺える品物。

 これは美味しい、と見ただけで分かった。

 

 

──Select──

 >好物なのか?

  よくここへ来る?

  ひょっとしてグルメか?

──────

 

 

「うん? ああ、好きだけれど、そんなに食べてはないよ。1回か2回くらいかな」

「じゃあ癖になったとか?」

「そうだね。確か最初はカレー特集でこのお店を知ったんだけど、初めて来たときに売り切れで、このサンドを頼んだんだ。そしたらこの通り、具沢山で美味しいでしょ」

「確かに」

「たまに食べたくなるんだよね」

 

 本当に具沢山だ。加えて材料がきのこということもあるのか、比較的安価な分、手を出しやすい。軽食としては充分だろう。

 ただ、アクロスタワーまでの距離が結構問題で、1人でふらっと立ち寄ろうとする場所ではない。

 いや、2人3人に増えたところで、立ち寄る必要のある場所ではないだろうけれど。

 

「それで、何でここに?」

「え? 単純に知らないならどうかなと思っただけだよ。軽食でもどうかなと思ってたし」

「……そうか」

 

 まあ、それが本当でも嘘でも別に構わないのだけれど。

 何となく、彼らしくない気がした。それだけだ。

 とはいえ実際まだ、彼のことを分かっているというほど付き合いが長い訳ではなく、密接なわけでもない。流石に洸や璃音相手に心情を読み取る時のような自信は持てなかった。

 正直なところ、友人ではあるけれど、少し距離の遠い存在なのだ。まだ。

 

「よく杜宮を回ったりしてるのか?」

「最近は特に。昔はしてたよ。それこそ、こっちに来た当初とかね」

「……ああ、そういえば小日向もここが地元じゃないのか」

「うん。だからつい目新しさとか、後は慣れる為に、結構回ったかな。今では地元の人より詳しいものもあると思うよ。行事とか歴史は流石にそこまで分からないけどね」

「へえ」

 

 自分もガイドブックなどでたまに読んだりするし、同じようなものかもしれない。

 というか、身に憶えのある話だった。どこに何があるのかを把握することは大事だと思って、自分も最初は色々な場所をうろうろしていたし、興味の沸いたところにはふらふらと立ち寄っていたように思う。

 

「岸波君は杜宮で一番好きなところってある?」

「好きなところか……」

 

 住んでいる記念公園周辺はよく回っているし、好きな場所だと言える。

 あとよく行くのは蓬莱町か。ゲームセンターを筆頭に結構足を運ぶし、BLAZEの方々とも交流があるから、居やすい。

 神山温泉は杜宮郊外だから今回は除こう。

 他にも駅前広場にも色々な思い出があるし、商店街の活気の良さ、レンガ小路のおしゃれ感も好きだ。かと言って街全てが好きという回答は卑怯な気もする。

 ……どこが一番好きだろうか。

 

 

──Select──

  記念公園。

  蓬莱町。

 >街全て。

──────

 

 

「何て言うか、結構多くの人と関わって来たから、この町全体が好き、というのが正しい気がする」

「へえ……凄いね。岸波君よりずっと前に来たのに、学校内のコミュニティから全然外に出てないや」

「小日向はどこが好きなんだ?」

「学校かな」

 

 自分の問いに、小日向は即答した。

 

「勿論町も全体的に好きだけどさ、僕の好きっていう感情は、学校のコミュニティであるサブロー君や、コウとリョウタ、シオリちゃんのいる町に向けられているから。一番好きなところを挙げろと言われたら、やっぱりみんなと会える学校になるよ」

 

 学校が好き。なるほど。あまり聞かない意見だ。

 世間一般の学生は、学校に行きたくないというのが普通らしい。

 まあそれで言うと、好き寄りの自分も異端なのだけれど。

 

 友達と絶対に会える場所。確かにそう言われると、学校の価値は大きい。

 学校にいる間に遊ぶのは難しいし、そもそもほとんどが授業の時間だ。コミュニケーションをまともに取る時間もない。

 けれどもきっかけを作るのであれば、学校で会って話すだけで事足りる。朝や休み時間、放課後に話の流れで約束をして、下校後に遊ぶ。その流れが自然と作れるというだけで、学校の素晴らしさは分かるだろう。

 休日の自分が町を歩いて共に過ごす人を決めることが多いのは、学校に居る生徒という選択肢がないからなのかもしれない。今気づいたけれど。

 

「小日向は本当に洸たちが好きだな」

「あはは……まあ、こっちに来て寂しい思いをしなくて済んだのは、みんなのお陰だしね。元々はそんなに友達って言えるほど、深い付き合いをする相手は作らないつもりだったんだけれど、おかげで毎日が楽しいと思えてるから」

 

 友達を、作らないつもりだった?

 どういうことだろうか。

 

「友達を作ると何か不都合が?」

「……別れが、寂しくなるからね。元々僕は引っ越しが多かったからさ、1か所に根を下ろすっていう経験を、してこなかったんだ。いつ引っ越すことになってもいいように、人とは距離を取っていた、はずだったんだけどね」

「意外だな。今の4人を見ていると、そんな壁は感じられない」

「あはは。取っ払われちゃった」

 

 ……困ったように眉を寄せ、少し嬉しそうに笑う彼。

 まあ想像に難くない。特に伊吹なんて距離をガンガン詰めてくるタイプだろうし、洸はお人好しだ。何か遠慮しているようなら容赦なく突っ込んでくるだろう。

 あの2人の前で、壁を作り続けろというのも難しい話だ。

 ……そういえば、小日向は自分の知る限り唯一、洸と伊吹だけを名前で呼び捨ててるな。そこら辺も、距離感の違いなのだろうか。

 

「引っ越しが多かったのは、親の転勤が多かったとか、そういう?」

「まあ、そんなところ。育ての親に言われたら、子どもとしては、従う他ないしね」

「なるほどな……」

 

 何か引っかかる物言いだけれど、そこは家庭の事情もあるだろう。今の距離間で首を突っ込むべきではなさそうだ。

 

「まあそんなわけで、僕は学校が好きだし、今の日常が大好きなんだ」

「……そうか」

 

 それは、自分も同じ。

 この日々が好きで。この土地に住む人たちの温かさが好きで。この土地が好きだ。

 だから、戦ってきた。

 

「……頑張らないとな」

「そうだね、頑張らないと」

 

 不意に口を突いて出てしまった独り言に、小日向は反応して、同意を返してくる。

 まあでも、そうだな。頑張ることは大事だ。戦いだけではない。人と仲良くあり続けるのも、幸せであることにも、努力は必要なのだから。

 

 気付けばお互い、きのこサンドを食べ終えている。

 移動も含めて、結構な時間を過ごしていたようだ。

 

「今日はありがとう、楽しかった」

「ううん、こちらこそ。じゃあまた月曜日に」

「ああ、また学校で」

 

 ……家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 何となく触発されて、読み途中だった、『歴史で紐解くTOKYO郊外』の後半を読み始める。ほとんどが杜宮に関係ない記述であったけれど、面白かった。次の長期休みとかには誰かを誘って遠出してみてもいいかもしれない。

 また一部、杜宮のスポットとしては記念公園が取り上げられていた。戦後に作られたというこの公園は、一般的な公園としての機能はもちろん、スケートボードや船なども含めてレジャー要素も多く取り入れており、豊かな人間性を養う場所かつ、自然を大切に保管する場所としての役割を願われたらしい。

 実際こうして今でも緑豊かなままで、かつ老若男女が集い、遊んでいる姿も見られている。

 恐らく、多くの努力があったのだろう。綺麗なものであってほしいと願われたものが綺麗なままでいる、ということに、深い感動を覚えた。

 充実した気持ちのまま、『歴史で紐解くTOKYO郊外』を閉じる。読み切って良かったと思える内容。続きを読むきっかけをくれた小日向には感謝しよう。

 

 

 




 

 コミュ・正義“小日向 純”のレベルが5に上がった。


────
 

 知識  +1。
 優しさ +1。
 魅力  +2。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9月30日──【マイルーム】路上ミュージシャンの歌 1

 

 

 今日は日曜日。昨日に続いて学校が当然休みだ。

 予定はない。しかし何かしたいという漠然とした欲求がある。落ち着かないというかなんというか、とにかく衝動を持て余していた。

 ……そうだな、今日はバイトに行くか。

 

 

 

──夜──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 帰り道。

 バスに乗って駅前広場のバスロータリーに辿り着く。

 階段を昇っていくと、だんだん、聞いたことのあるような音楽が耳に届き始めた。

 高架の歩道に足が付いた頃には、彼──オサムの姿を視界に捉えられるようになる。

 ……今日も、彼の周りに人が居ない。

 近付くと、彼はこちらに気付いてくれたのか、歌唱中にも関わらずこちらへウインクしてくれた。

 暫く聞いていこうか。

 

「っ! ……おおきに~」

 

 締めの一音を奏で終え、挨拶を区切りにした。

 そしてそのままギターを持ったままこちらへ歩いて来る。

 

「なんや、きてくれたんか」

「はい。頑張ってますね」

「あいかわらず、鳴かず飛ばずやけどな」

 

 自虐気味、というほど沈んだ表情ではない。純然たる事実として捉えているのだろう。それはそれで問題だけれども。

 

「今日はどうしたんだ?」

「バイトの帰りです」

「あ~、温泉でバイトしとんやったか。って、敬語」

「……おっと。そうだ」

 

 そういえば以前、もっとフレンドリーにって言われて、敬語は止めるようにしたんだったか。忘れてた。

 気を抜くとついつい敬語になってしまう。

 

「それにしても、ええな。旅館のバイトっていうのは」

「ああ、良いところだ。ぜひ来てくれ」

「おおきに! そのうち行くわ!」

 

 快活そうに彼は笑った。

 

「そういえば、どうしてそのバイトを始めたんだ?」

「うん?」

「金が必要やったんか?」

「ああ、そういうんじゃなくて」

「じゃあ夢とか?」

「そういうのでもなくて」

 

 何といえば良いんだろう。

 

 

──Select──

 >人生経験のため。

  興味があった。

  暇つぶし。

──────

 

 結局は、経験を積みたかったからに尽きる。

 向き不向きもやってみないことには分からないだろうし、ということで始めたような気がする。結構前のことなので、思ったより詳細には思い出せないけれど。

 

「人生、経験? どういうことや?」

「自分はまだ夢とかそういうのを持っていないので、判断する為に色々経験を積まないとって思ったんだ」

「そうか。はやく見つかるとええな」

 

 まあ、漠然とやりたいことは見え始めてはいる気もするけれど。まだまだ鮮明なビジョンになっていない。でもこうして輪郭を捉えられるようにはなっているから、進んできた道は間違っていないのだと信じられる。

 

「ま、夢の為の努力も、夢を見つけるための努力も、正直同じようなもの。最短ルートだけが正解やあらへん。今は雌伏の時やな」

「雌伏の時?」

「高校生といえば、夢とかを持っとるやつもおるやろう。比べたりすることないか?」

 

 夢を持っている人と自分を比べる、か。

 したことは確かにある。

 自分がどうにか夢を見つけようと頑張っていたのは、そういった理由もあった。

 特に最初杜宮に来た出会った人たちといえば、将来会社のために働くことを意識し、その上で努力をしている美月や、既にアイドルとして活躍し、夢を叶える為の努力をしている璃音など。

 その姿を見て、眩しいと思ったのだ。

 

「眩しい、ねえ。焦るんやのうて憧れたんか」

「憧れた……うん、そうだな」

 

 間違いない。憧れたのだろう。

 自分にはない輝きだからだ。

 

「うーん」

 

 自分の答えに対して、どうしてか頭を悩ませるような雰囲気を醸し出したオサムさん。

 焦っている、という回答が欲しかったのだろうか。

 焦っていなかったわけでもない。人と比べて劣っている点だ。なんとかしたいと思うのは当然だろう。それでも必要以上にそれを出さなかったのは、色々な人と出会い、“夢”の難しさを知ったからかもしれない。

 夢を持っている人、持っていない人、いろいろな人との出会いがあり、やり取りがあった。言葉を交わし、心境へ思いを馳せるたびに、夢というものの大切さを学んでいく。そんな大切なものが一朝一夕で思いつくわけがない、という思い込みもあるのかも。

 

「……それで、オサムさんは何に唸り声を上げたんだ?」

「ん? ああ、なんかええフレーズが浮かびそう、なんやけどな」

「フレーズ?」

「こう、喉のここらへんまで出てるんやけど」

 

 本当に喉の上、顎下辺りに手を当てるオサムさん。かなり出かかっているらしい。モヤモヤしそうだ。

 少し待ってみようか。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……あー! あかんで! ぜんっぜん思い浮かばへん!」

 

 ガシガシと頭を掻くオサムさん。

 特徴的なパンチパーマが、ゆさゆさと揺れた。

 

 

──Select──

 >曲を作るのか?

  手伝おうか?

  作詞大変そうだな。

──────

 

 

「ん? そうやで。言わんかったか? オレ、出会いやネタを纏めて歌にするのが夢やねん。そんで、君との語らいも東京での出会いの1つやからな。いつかは歌にしたいんだ」

「……なんど聞いても、良い目標ですね」

 

 本当に。

 そして自分がその目標に少しでも関われていると言うのであれば。何かが残ると言うのであれば、それはとても誇らしいことであり、嬉しいことだと思う。

 

「まあそのフレーズが出る出ないは置いておいて、完成することを願ってます」

「おおきに。絞り出すけどな! このままじゃ夜寝られへん!!」

 

 額に人差し指を押し付け、ぐりぐりと回す彼の姿を見て、心が温かくなる。

 夢に、目標に必死な人間だ。本当に。

 

「まあ今すぐ出さなくちゃいけない訳でもないし、また今度にしよう。また話してれば思いつくかもしれないし、もっと良いものが思い浮かぶかもしれない」

「……正直、出会いや会話なんて一期一会やし、もう少しこの閃きを大事にしたいところやけど……>こうなったらもうドツボやしな」

 

 といいつつ、顔は悔しさにゆがめている。

 それでも今言ったことは本心からの一言だったのだろう。

 彼は会話を切り上げて、ギターを再度握り直した。

 

「この悔しさを晴らすには、歌うしかあらへん! キミももう少し聞いてくやろ?」

 

 その問いに、力強く頷く。

 おおきに、と彼は笑った。

 元の定位置に戻った彼は、陽気な音楽を奏で始める。

 それから数曲聞いた後、夜も更けてきたので家に帰ることにした。

 

 




 

 コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが4に上がった。


────


 優しさ +2。
 魅力  +1。


────


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月1日――【クラブハウス】怜香の向ける信頼 1

 
 ※お詫び。
 今までレイカの漢字表記である怜香を間違えて伶香と表記してしまっていたこと、深くお詫び申し上げます。


 

 週が明けた月曜日の放課後。

 自分は部活へ出ることにした。

 自分も結構早く来たつもりだったが、自分より先にハヤトが練習を始めている。

 ユウジの姿はない。

 

 ……少し、ハヤトの取り組み方が鬼気迫っているようにも感じられるが、ひとまず様子を見ることにした。今は他にも彼の友人や後輩がいることだし。

 自分も早く、泳げるようにならないとな。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 家で夕食を終え、くつろぎがてら本でも読もうかと思った所で、サイフォンが鳴動した。

 誰かからの連絡だろうか。そう思ってサイフォンを起動すると、最近連絡を取るようになった人物の名前、如月 怜香の表示が浮かび上がる。

 

『久し振り。少し良いかしら?』

 

 何かあったのだろうか、と考えたものの、心当たりなどある訳がない。

 ……他にやることもないし、特に断る理由もないか。

 

『ああ、大丈夫だ』

『時間は取らせないから、また公園に来てくれる?』

『わかった』

 

 ……外に出よう。

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

 マンションの外に出ると、門に身体を預けている女性が視界に入った。

 変装はしていてもどこか他の人と一線を画すオーラを纏った人間。間違いなく、如月 怜香その人だ。

 

「こんばんは。待ち伏せてしまったようになってごめんなさい」

「いいや、大丈夫だ。寧ろ来てもらったようでありがとう」

「こちらが呼び出したのだし当然だわ」

 

 そういえば前回、住んでいるところを教えたのだったか。

 わざわざこちらまで来てくれたらしい。

 

「けれども大丈夫なのか? 結構このマンション、人通り多かったと思うけれど」

「ええ。幸い誰にも気づかれていないみたい」

「まあ変装上手いしな」

「そう?」

「……璃音に比べれば」

「リオンより下手な人は変装しないでしょう」

 

 ……いやまあ、どうだろうな。

 彼女自身、変装が下手だとは思っていないみたいだし、容易く見破られたことに驚いているようだった。

 自覚がないだけで、そういった変装をしている人も多いかもしれない。

 

「正直なところ、知名度がまだまだということもあるかもしれないわね」

 

 

──Select──

 >自分は知っているぞ。

  有名だと思うけれど。

  現状じゃ足りないのか?

──────

 

 

「……ありがとう。けれど貴方たち杜宮高校の生徒にとっては、リオンが最も身近なアイドル。だからそのつながりでSPiKAを知っているという人が多いでしょう? そうでもない人たちにとって、私たちはそこら辺にいる女子高生と大差ないわ」

 

 メジャーデビューしている以上、知名度がないということはないはず。しかしながら彼女は認識が違うらしい。

 そういえば以前、璃音が怜香のことを、『1番ストイックに努力をしている』と評していた。

 そのあたりも関わっているのだろうか。

 

「というか貴方、私たちのファンじゃないのよね? 璃音から聞いてるわよ」

「いや、ファンだけれど」

「……えっ。……ああでも、聞いたのは結構前だったし、最近そうなったとか?」

「いや、結構前から。ただ、璃音に言うのは復帰してからにしようかと思って」

「……そう。まあ貴方たちの関係に口出しはしないわ。ただ、応援とかは口に出さないと伝わらないものだから、機会が来たら積極的に伝えてあげて」

「分かった」

 

 まあ、尤もだ。

 彼女が復帰した時には、惜しみない声援を送ろう。

 

「あ。ただ応援は本当に有り難いわ。今後も私たちは成長し続けるから、これからもよろしくね」

「ああ、応援している」

 

 綺麗な笑顔を浮かべる怜香。璃音のような明るい笑顔ではないけれど、爽やかで優しい魅力的な笑顔だ。

 何となく、璃音とは違うなと思う。どちらが良いとか悪いとかいう話ではなく、アイドルとしての在り方の違いみたいなものがひしひしと感じられた。

 これが個性というものだろうか。

 個性……個性か。

 いや、昔に比べたら自分もかなりの個性を獲得しているはずだ。その単語でナイーブになる必要はない。はず。

 ……考えるのはやめよう。

 

「それで、今日はどうした?」

 

 本題。

 多忙な彼女が自分の時間を必要とした理由を、まだ聞いていなかった。

 まあ十中八九璃音のことだろうけれど。

 

「ああ、1つ確認したいことがあったのよ」

「相談?」

「リオンと一緒に、カラオケとかって行く?」

 

 

──Select──

  行く、かも。

 >行かない。

  誘ったことない。

──────

 

 

 この質問をされるということは、璃音の“症状”を探られているのだろう。

 とはいえ、嘘を吐く必要もない。もしここで嘘を吐き、後日怜香が璃音をカラオケにでも誘ったとしよう。その際に璃音が断るとして、『でも岸波君とは行ったのでしょう』とでも言われてしまえば、彼女もやりづらくなるだろうから。

 

「……そう。なら、誰かとリオンが一緒にカラオケに行ったとかの話って聞く?」

「いや、あまり聞かないな」

 

 というより、璃音とは親しくしているものの、彼女の交友関係にまで詳しくはない。せめて仲間内ならば分かるかもしれないけれど、それ以外はまったくと言って良いほど知らないしなあ。

 

「そう……やっぱり」

「やっぱりって?」

「私たちが誘った時も断られたから……となると問題は……」

 

 険しい表情で黙り込む怜香。

 ……まあ、察されてしまうよな。

 

「……まあ、良いわ」

「え、良いのか?」

「リオンが助けを求めてきているならまだしも、そうではないし。ただ、求められたときに何か出来るよう備えておきたいだけよ」

 

 決して突き放しているわけではない。声には優しさが伴っている。

 怜香から璃音へ向けている信頼も感じ取れた。

 ストイックさも垣間見えるけれど、根底には優しさがある。また伶香のことが分かった気がする。

 

「さて、聞きたかったことも聞けたし、今日はもう帰るわ。ありがとう」

「送ろうか?」

「大丈夫よ、まだそこまで遅くないし」

「そうか。じゃあまた」

「ええ、またね」

 

 ……公園から出る彼女を見送る。

 そろそろ帰ろうか。

 




 

 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが3に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月2日――【教室】佐伯先生の過去話 1

 

 

 放課後。

 異変発生後ということで、しばらくの間、色々な知り合いに声を掛けてきたが、大方話し終えることができただろう。

 ……最近仲間たちと話してないな。誰かに声を掛けてみようか。

 

 

────>杜宮高校【1階廊下】。

 

 

「ん? あれ、ハクノセンパイじゃん」

「祐騎、今帰りか?」

「そうだね、センパイも? だったら一緒に帰らない? ちょっとジャンクショップに寄ろうかなと思ってるんだけど」

「わかった。一緒に行こう」

「そうこなくっちゃ」

 

 ……祐樹と一緒に寄り道をして帰った。

 

 

──夜──

 

 

 今日は火曜日だし、もしかしたら佐伯先生が蓬莱町に居るかもしれない。

 ちょっと話をしに行ってみるか。

 

 

────>カフェバー【N】。

 

 

 カフェのカウンターに座っている担任の姿を見つけた。

 近付くと彼も自身に近づく人の気配に気づいたのか、こちらを振り返る。

 

「ああ、岸波か」

「こんばんは。隣空いてますか?」

「良いぞ」

 

 了承を得て、隣の席に腰を下ろす。

 彼は夕食をここで取っていたらしい。目の前の机にはタコライスが少し残っている。

 

「火曜日と木曜日はここで、と言ってましたが、それ以外の曜日はご飯どうしてるんですか?」

「基本は自分で作っているな。ただ、気分転換と作業時間の確保のために外食の曜日を決めているんだ」

「なるほど」

 

 まあ確かに、買い物等を含めた準備に、実際の食事時間、後片付け等を考えるとかなりの時間がかかってしまう。先生のように忙しい人たちからすると、その時間ももったいなく感じるのかもしれない。

 

「そういう岸波も独り暮らしだろう? 食事はどうしているんだ?」

 

 

──Select──

 >作ってます。

  買って済ませます。

  作りに来てくれる人が。

──────

 

 

「ほう。偉いじゃないか。栄養バランスには気を付けているか?」

「一応大丈夫だとは思いますけれど。野菜を多くとるようにはしてますし」

「野菜を取ることはもちろん大事だが、一番大事なのはバランスだ。野菜を多くとっているのは立派だが、魚や動物から取れる栄養も健康には必要だぞ」

 

 確かにそれはたまに聞くな。

 動物性たんぱく質という名前もあるみたいだし。

 

「先生は結構気にされてるんですか? 栄養とか」

「ああ。身体づくりは食事からともいうし、以前から結構気を使っているな」

「身体づくり? 運動でもしていたんですか?」

「まあ、そんなところだ」

 

 身体づくりをする目的はなんだったのだろうか、と考えて、1つの可能性を思いつく。

 

「もしかして、登山のためですか?」

「……まあ、そんなところだ」

 

 ……一瞬、間があったか?

 もしかして違ったとか。でも訂正をしないということは、向こうにも話すつもりがないということかもしれない。

 しかしだとしたら、昔の佐伯先生は何故身体づくりをしたがったのだろうか。

 何かスポーツをやっていたとか? それとも筋力が付きそうな仕事に付こうとしていたとかだろうか。

 

「先生って、昔何になりたかったとかってあります?」

「どうした、突然」

「いや、大学でどういう勉強してたのかなって」

「ああ、そういえば岸波も残り1年半と経たずに高校卒業だな。進路についてなにか悩みがあるのか?」

「……自分はまだ、何が勉強したいのかとか、将来の夢とかが決まっていないので」

 

 決まっていない。やりたいことも、なりたいものも。

 高校生の大部分は大学へ行くと聞く。そうでない人は基本的に、何かやりたいことがあるか、もしくは早く社会に出て稼ぎたいとか。まあ明確な目標があったり、大学へ行く必要がない道を選んだりする人が大半だ。

 一方で、何の目的もなく大学へ行くという選択肢を選ぶ人も多い。一種の時間稼ぎであったり、或いは道を探す為だったりとこちらも千差万別だろうけれど、まあ進学するのであれば何かしら学習する内容を選ばないといけないだろう。

 だから、色々な人がどうしてその進学先を選んだのか、という話には、とても興味があった。

 ……まあそれとは別に、彼の趣味嗜好を知れる良い機会にも思えたという理由が後付けで思い浮かんだけれど。佐伯先生を慕う後輩にも色々と情報を横流しするよう頼まれているし。

 

「俺が大学へ入ったのは、趣味の延長である社会科系の勉強をしたかったからだ。その後、まあ色々あって違う内容の勉強を始めたんだが、その時も含めて根底にあったのはいつも“やりたいこと”だった」

「やりたいこと……」

「ああ。熱意だとか、信念だとかと言い換えて良い。大学で学ぶ期間は4年。その長いようで短い時間を使って勉強するということを、しっかり意識するべきだと、俺は思う」

 

 4年間か。確かに単語として聞くと長そうにも思える。その時間を無為に過ごすか有益に消費するかの違い。今の言い方から察することに、彼は目的を持って臨んだからこそ、大学生でいる期間を無駄にせずに済んだ、ということだろう。

 ……となると、自分は大学には行くべきではないのだろうか。

 

「まあ、とはいえ大学は学ぶだけのところではない。新たな人との出会いもあるだろうし、夢を探す目的で入るのもまあ悪くはない。どう選ぶかは、その人次第だな」

「なるほど」

「また悩みがあれば聞きに来ると良い。先達として、出来る限りは答えよう」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

 

 学校ではないけれど、こうして親身に相談に乗ってくれる。

 良い先生だな、と思った。

 ……しかし、話していてもいまいち、新しい情報が出てこないな。ガードが硬いと言うべきか。

 佐伯先生に対して、ミステリアスな人という評価だったり、クールな人という評価だったりを聞くけれど、その本質が多少分かってきた気がする。

 なんだか特定の事柄に対して、上手く隠されているような……意図的にはぐらかさせようとしている感じがする。

 もう少し接していれば、何か分かるだろうか。

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが3に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月3日──【マイルーム】水泳部のライバルたち 2

 

 

 水泳部の練習に来た。

 だが、いつもよりもプールサイドがざわついている気がする。

 

「ん、ああ、たしか2年の……そうだ、岸波先輩、でしたね」

 

 たった今入って来た自分に気付いたのか、一番出入口近くに居た生徒が寄って来た。言葉遣いから察するに、後輩だろう。

 あまり練習にも出ていない身だが、覚えてもらっているだなんて……いや、この場合はこの子が凄いのかもしれない。

 

「こんにちは。この騒ぎは?」

「聞いてないんですか? 今日、選考会の結果発表があるんです」

「選考会、というと……」

 

 前に部活全体で行っていた、タイムを測るやつだろうか。自分はまだ泳げないため参加することができなかった、あの。ユウジが1回目に欠席し、欠席者向けのタイム測定で、あのハヤトの記録を抜いた時の。

 ……あの時の異様な雰囲気は、今でもはっきりと覚えている。

 

「それじゃあ今は、先生待ちか」

 

 ああ、よくよく観察してみると、いつもは泳いでいる面々がプールサイドに立っていた。いつもよりも人数が多かったことで、ざわついているように思えたのかもしれない。

 どちらかと言えば、言葉数が少ない人の方が多そうだ。いつになく、場に緊張感がある。とはいえ逆に盛り上げている人もいる。前者の筆頭がハヤトで、後者の筆頭がユウジだった。

 ……やっぱりこの2人は対照的だな。

 どちらかに声を掛けてみようか。

 

──Select──

  ハヤトに。

  ユウジに。

 >そっとしておく。

──────

 

 

 どちらも、選考を前に気が高まっているのかもしれない。

 今、話しかけて乱すべきではないだろう。

 彼らには彼らの落ち着く方法がある。形は違えど、共に第一線を張る泳者。変に関わってしまうと悪影響かもしれないから。

 

 それから、他の生徒たちと待つこと数分。

 ざわりと、プールの一部がざわついた。

 どうやら、サキ先生が到着したらしい。

 

「アタシはまどろっこしいのは苦手だ。前もって言っておくが、選ばれた者は一層の努力を仲間に、呼ばれなかったものは更なる研鑽を自身に誓え。団体戦は部員全員で勝ちに行く。良いな?」

『はい!』

 

 全員の、覇気の籠った応答が繰り出される。それを真正面から受け、満足気に頷いたサキ先生は、手に持っていたバインダーに視線を下ろした。

 

「それじゃあまず──」

 

 名前の読み上げが、代表発表が、始まる。

 

 

────

 

 

 残る枠もあと少し。

 ハヤトとユウジは、未だ呼ばれていない。

 

「個人メドレーの200Mだが、ここはユウジに任せる」

「はーい」

 

 先に、ユウジが呼ばれた。

 その様子に、ハヤトは反応しない。まるで分かりきっていたかのような態度だ。

 ……それは、そうかも。自身より速かったハヤトが呼ばれないのであれば、彼も呼ばれないと腹を括っていたのかもしれない。

 そして。

 

「ハヤト、お前は400M自由形だ。頼んだぞ」

「はいッ!」

 

 勢いよく、喰ってかかるように返事をしたハヤト。

 だが、元気はあるものの、嬉しそうではない。

 

「良し、これで個人の発表は全員終わったか? 言っておくが、怠けてるようならすぐにでも入れ替えるから気合入れてけよ!」

『はい!』

「リレーについてはこれからお前らの調子を見て入れたり抜いたりするが、大元のメンバーは各レースの代表が選べ。部長が400M、ハヤトが800Mだ」

「はいッ!」「は、はいッ!」

「以上、解散! さっそく練習に戻れ!」

 

 その号令で、全員が散り散りになる。自分も自分の練習をしようとコースへ向かおうとして、足を止めた。

 

「ハヤト、お前は少し残れ」

「! はい」

 

 サキ先生に呼び止められるハヤトの姿が見えたからだ。

 ……少し険しい顔をしている。

 サキ先生も、彼から返ってきた反応が欲しかったものと違ったのか、もどかしそうな、歯痒そうな表情だ。

 やがて彼はこちらへ歩いて来る。

 俯いたまま歩いているので、自分には気づかないかもしれない。

 ……声を掛けるか。

 

 

──Select──

  疲れているのか?

  代表おめでとう。

 >なにを言われたんだ?

──────

 

 

「……ああ、岸波か」

 

 俯いていた顔を上げて、自分の姿を視界に捉える彼。

 どこか疲れたような面持ちだ。今日はまだ泳いでいないはず。だとしたら今の先生との会話の中に、疲れるようなポイントがあったとか?

 

「言い辛いことか?」

「まあ……そうだな。いや、言っても良いんだが」

「? よく分からないけれど、もやもやしているものがあるなら、ぶつけた方が良いんじゃないか?」

「ぶつける……」

 

 目を点にして、自分の言葉を反芻させるハヤト。

 何処か様子がおかしい気がするけれど。

 

「ありがとう岸波! 助かった!」

「え、あ、うん。プールサイドは走っちゃだめだぞ」

「っとと、まさかお前に言われるとはな」

 

 まあ、確かに自分のような初心者に注意されるなんて。もしかしてよほど興奮しているのだろうか。

 何を思いついたのだろう。

 

「……なーんか、様子可笑しいよな」

「!?」

 

 気付くと、ユウジが背後に立っていた。

 

「あ、代表おめでとう」

「さんきゅー……ってそうじゃなくてな」

 

 いつも飄々としていて捉えどころのない彼の、真剣な目がまっすぐハヤトに向けられる。

 

「気を張り詰めてたかと思えば、何か落ち込んで、かと思えば今度は小躍りしそうなほどウキウキして……何があったんだ?」

「さあ?」

 

 正直まったく分からない。

 そんな自分たちの視線の先、何かをサキ先生に相談に行ったハヤト。

 ハヤトから何かしらの話を持ち掛けられたサキ先生は、少しの考慮の後、ニヤリと笑った。

 

「頑張れよ!」

「! はい!」

 

 ハヤトの背中をバシッと叩くサキ先生。そして彼女はこちら……というか、ユウジを見ているようだ。

 

「え? は?」

 

 困惑するユウジ。当然だ。ここからでは話の内容は聴こえないのだから。

 そんな自分たちを置き去りにしたまま、ハヤトはサキ先生に一礼し、練習へ向かう。残された先生はといえば、こちらへ向かって歩いてきた。

 

「アタシの前でサボりとは余裕だな」

「いやいやサキちゃん、あんなの気になるでしょ」

「先生と呼べ。あと敬語」

「すみませーん。んで、ハヤトと何話してたか、聞いてイイっすか?」

「ああ、お前にも関係あることだしな」

 

 俺に? と首を傾げるユウジ。

 やはり先程の視線には意味があったらしい。とはいえ、話の流れがまったく理解できていないこちらには、どうして唐突にユウジが関わったのか分からない。恐らく話のタイミング的には、さきほどの選考も関わっている可能性があるけれど。

 

「お前とハヤト、2人には直接勝負をしてもらうことになったからな」

「……は?」

「差しの決闘だよ。熱いじゃねえか。日程は公平になるよう、少し置いて実施するから、備えておけよ」

 

 じゃ。と手を挙げて去ろうとする先生。

 当然、納得のしようがないユウジはその後を追う。

 

「……?」

 

 どういうことだろうか。何がどうしてハヤトとユウジが勝負をすることになる?

 推測はできても、確定はできない。本人に事情を聞くことができない限りは。

 渦中の人間のもう1人、ハヤトに目を向ける。

 さきほどまで活き活きとしていた彼だったが、今は鬼気迫る表情で泳ぎにのめり込んでいた。

 ……今、邪魔しては悪いか。

 後で話が聞けそうなら聞いてみるとしよう。

 ──と思ったけれど、結局はその機会が訪れることはなく、今日の部活は終わってしまった。

 また日を改めるとしよう。その時にはハヤトも落ち着いているかもしれないし。

 

 

──夜──

 

 

 今晩はなんか、ひとりで没頭したかったので、ゲームをやることにした。

 『イースvs.閃の軌跡 CU』を起動する。ストーリーを進めていくうちにキャラが増えていくゲームだけれど、そろそろストーリーも折り返しだろう。今まで散々撒かれていた伏線の一部が回収されていく。

 それと伴にバトルが増える訳だけれど……これが勝てない。

 ということで、少し操作練習をすることにした。今までは特に“ヒュンメル”というキャラクターを使っていたけれど、最近は操作可能キャラも増えたし、得意を増やす努力をしても良いだろう。ヒュンメルは中距離キャラなので、近距離キャラを使えるようになると、今後楽かもしれないな。

 

「…………っ…………」

 

 いや、難しいな。

 触った感じ一番楽なのは、オールラウンダーである“ユーシス”か。あとは近中距離を使える“フィー”とか。なんというか、ある程度間合いを取れるキャラでないと安定しないかもしれない。

 ……近距離だと、攻撃を読んで回避してからの反撃を急がないといけないから、難しいような気がする。避ける所までは上手くいくのだ。そこから先が続かないというべきか。

 そういう意味では、速度か高く動きの起こりを見てからの回避が楽で、いざとなれば離れて狙撃もできるフィーはスタイルに合っているかもしれない。

 ユーシスも練習しておこう。オールラウンダーに慣れて置けば、やがて他の操作キャラが必要になった時に経験を転移できる。

 ……今日は結局、練習をずっとするだけで終わった。

 

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが7に上がった。


────
 

 優しさ +2。
 根気  +2。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月4日──【通学路】志緒さんの恩返し 2

 

 

 放課後、偶然洸と遭遇し、記念公園に用があるという彼と一緒に帰り道を歩く。

 隣を歩く彼は、どうも落ち着かない様子だった。

 理由に察しは付いている。無理もないだろう。

 

「心配か?」

「……別に、そういうんじゃないけどよ」

 

 空を見上げて、息を吐く洸。

 数秒置いて前を向き直した彼は、顎に手を当てて考え出した。

 

「いや、けど結構気になるな。ハクノは気にならないのか?」

「気になる」

「とか言っておきながら、少しも動揺した様子を見せないのは、流石というかなんというか」

 

 今日、自分たちがいない場所で行われているのは、1つの重要な話し合いだ。

 柊と美月、それから九重先生の3者による、今までの話と今後の取り決めについての。

 気にならない、というか、関わっている誰もが気にしない訳がないだろう。祐樹ですら朝会った時に、会議についての話を振って来たくらいなのだから。

 

「てか、ハクノは参加すると思ってた」

「話し合いにか? 何の知識も持たない自分が参加しても意味は無いだろう」

「いやでも、同好会のリーダーはハクノだろ」

「え? ……いや……違う、んじゃないか?」

「は?」

 

 洸の目が点になる。その反応をしたいのはこちらだ。

 

「自分は異界の攻略時のリーダーであって、同好会をし切ったことはない、と思う」

「いや、攻略のリーダーはイコールで同好会のリーダーだろ」

「そうなのか?」

「……分からないが」

 

 でもよくよく思い返してみれば、同好会のリーダーなんて話、出たことあったか?

 ないような気がする。

 

「でも、C案が実際にその予定通り通ったとして、この集まりが部活動になるなら、部長の存在は重要じゃないか?」

 

 洸の発言に、まあそうだな。と思う。

 部活動といえば、顧問、部長や副部長が居て、部員という組織図のような気がする。

 部長のいない部活動なんて聞いたことがなかった。

 

「だとしたら、誰かしらが部長になるのか」

「まあ、順当にいけばハクノか柊、それか北都先輩、じゃないか」

「美月は学年的にないかもな。すぐに変わることになるだろうし、生徒会とも兼任させるのは少し気が引ける」

「となると2人のうちのどっちかか」

 

 ……個人的には、自分より洸の方が向いていると思うけれど。

 自分は、指揮を取ることはあっても、先頭をし切ることはない。間違いなく誰かを導く側の人間でなく、どちらかといえば支えるタイプ。

 その点、洸は先陣を切れる人間だと思う。そこは柊も同じだ。

 ただまあ、こと部活動のリーダーとした場合、表向きな活動内容的には柊より洸の方が向いているだろう。

 ……とは、彼には言わないけれど。それとなく根回ししておくか。

 

「まあ何にせよ、部活が発足してから決めれば良いだろう、そこら辺は」

「……だな。しっかし、ほんとどうなることやら」

「なるようになるだろう。あの2人と九重先生なら」

「寧ろあの2人だけだから心配なんだがな……」

 

 ……いやまあそこは分からなくもないけれど。

 たまに感情論とかをバッサリと切り捨てる節あるからな。あの2人。いや、己の中の正義だとかを曲げないタイプの人間だし。譲れない一線を持っているタイプだ。

 だからこそ、そこに触れるようなことがあれば面倒な方向に話し合いが進みかねないけれど……まあそこは逆に、九重先生だから大丈夫だろうという安心感もある。

 九重先生は非常に感情の機微を読むのが上手いというか、他人の気持ちを分かろうとできる人だと思う。それは普段の生徒との接し方でも十分に伝わってきた。だからこそ彼女は、生徒に慕われる先生なのだろう。

 

「まあ何にせよ、後は結果を待つだけだ」

「……だな。正直トワね──九重先生には関わって欲しくないんだが」

「別に普段通りの呼び方を隠さなくても良いんだぞ」

「マジでやめてくれ」

 

 ひどく顔が真っ赤になった彼を見て、少し嗜虐心が芽生えかけた。

 まあ、やめておくけれど。

 

「そういえば、ハクノに伝えておくことがあったんだ」

「自分に? 何だ?」

「10月の末日、30日と31日空けておいてくれ」

「……特に予定はないけれど、何かあるのか?」

「ああ、“ユキノさんからのご指名”だ」

 

 レンガ小路にあるアンティークショップ【ルクルト】の店主、ユキノさん。

 裏ではバイトの斡旋をしていたり、情報屋のようなことをしている謎の女人。

 そんな彼女が、自分にわざわざ?

 

「バイトか?」

「いや、残念ながら“タダ働き”だ」

「……は?」

「ユキノさんが言ってたことをそのまま伝えるなら、要求に対する対価を支払ってもらう、だってさ」

 

 要求に対する対価?

 意味が分からなかった。自分が彼女に何かを要求したか?

 夏前にバイトの紹介などをしてもらった縁ではあるけれど、最近は名前すら聞いていな──

 

 

────

 

「つまり、柊は普段学校へ行く時間と同じくらいの時間に出た後、そのまま【ルクルト】に寄ったってことか」

『素直に教えてくれなかったがな。ニュアンスとしてはそんな感じだった』

 

 どうやら、アンティークショップ【ルクルト】の店主──ユキノさんは、洸達に対してだいぶぼんやりとした言い方をしたらしい。

 彼女にとっては情報すらも商売道具。無料で教えてくれただけ有り難く思わないと。

 

「とにかく助かった。引き続き頼む」

『おう。…………すまねえな、ハクノ』

「何が?」

『いやその……オレが言うことじゃないけど、なんて言うか、達者で生きろよ?』

「ちょっと待って何があった!?」

 

────

 

 

 不意に。

 霧が立ち込めていたあの日のやり取りを思い出す。

 そういえば、洸を通じて間接的にではあるけれど、ユキノさんと関わる機会があった。

 その時は正直急いでいたし、何も疑わなかったが、あのユキノさんが無料で情報を差し出すなんて、そんなことあるのか?

 それに洸は何と言ったか。

 『オレが言うことじゃないけど、なんて言うか、達者で生きろよ?』

 その発言から察するに、彼は自分に何らかの災厄が訪れることを知っていた。わざわざ謝ったり、オレの言うことではないと前置いている辺り、彼自身に責任があることを匂わせている。

 つまり、だ。

 

「洸、まさか、自分を売ったのか?」

「そんなことはないぞ。安心しろ」

「……そう、だよな。すまない、疑って」

「いや、良いさ。……まあ、死ぬ時は一緒だからな」

「なんて言った?」

「まさか、ダチだけを売るわけがないだろ」

「……なにも救われてない」

 

 どうやら、情報の対価として、2人の男子高校生の無償労働を要求されたらしい。

 いや、対価である以上有償ではあるのだけれど。

 2人して、空を仰ぎ見ることになった。

 憎たらしいほどの晴天だった。

 

 

──夜──

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

「こんばんは」

 

 暖簾をくぐる。

 夕飯時から少し過ぎた時間であっても、人は多かった。

 

 

「らっしゃい」

 

 カウンターに立った老人が、自分に声を掛ける。

 再度彼に対して挨拶をすると、老人はバックヤードへと消えて行った。

 

「あれ、貴方は確か……」

 

 入れ替わりで声を掛けてきたのは、女性の従業員。

 確か、先程の老人、このお店の店主である方の、奥様。

 

「こんばんは」

「やっぱり。シオの高校の後輩の子よね」

「ええ、いつも志緒さんにはお世話になってます」

「ご丁寧にどうも。今日は志緒に会いに?」

「いえ、忙しいでしょうし大丈夫です。単純にご飯を食べようかなって」

 

 なんとなく、夕ご飯を作る気が起きず、外食に足を伸ばした。

 多少値は張るけれど、美味しいものが食べたい。

 そう思った自分の足は、自然と商店街へ向き、このお店へと狙いを絞っていたようだ。

 だから別に、志緒さんに用があって来たわけではない。

 なのだが。

 

「……岸波か。どうした」

 

 案内された席に座り、メニューを眺めていると、気付けば隣に志緒さんが立っていた。

 

「志緒さん、こんばんは。特に何かがあったわけじゃないけれど、ご飯を食べに」

「そうか。いらっしゃい。てっきり今日の話し合いの件かと」

「ああ……いや、そっちはほら、さっきまでサイフォンで話していたのがすべてだから」

 

 九重先生と柊と美月で行われた会談は、無事終わったらしい。

 詳しい話はまた今度に当人を含めてとのことだが、大方の内容としては最初の流れ通り、先生には同好会の顧問をやってもらうことで話が付いたとのこと。

 だから、この場で改めて語ることはない。正直自分も話の内容は聞く側だから、話せることなどほとんどないし。

 

「というわけで、今日は本当にただの客だ。お勧めはありますか?」

「……お勧めか。何系を食べるかは決まっているのか?」

 

 

──Select──

 >勿論、蕎麦を。

  今日はうどんで。

  がっつりと定食。

──────

 

 

「分かってるじゃねえか。まあ蕎麦屋に来たら蕎麦だよな」

 

 そう言う彼は、少し嬉しそうだった。

 

「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「じゃあ聞くが、そばを食べたくなって他所に行かれた話をされた時、どんな気持ちになると思うんだ?」

「ああ、なるほど」

 

 つまり、蕎麦を食べに蕎麦屋である自分の店に来た、ということが嬉しいのだろう。

 蕎麦を主力としてで勝負している以上、蕎麦では負けられない。その誇りが、彼にもあるらしい。

 確かに志緒さんが出した例え話は、実際にされたら悔しい気持ちでいっぱいになるだろう。

 とはいえ店を選ぶのはその人の好み。無理強いはできない。

 だからこそ、純粋に蕎麦を食べに来る客、というのが、彼ら蕎麦屋にとっては嬉しいものらしかった。まあどんなお客でも嬉しいは嬉しいのだろうが。

 

「蕎麦系で勧めるとしたら、まずは天ぷら蕎麦だな。あとはシンプルな十割。もしくは山菜系なんかも良いぞ」

「そうだな……なら、天ぷら蕎麦でお願いします」

「おう。って言っても、俺が作るわけじゃねえが」

 

 その言葉に、以前言っていたことを思い出した。

 

「まだ許可は下りてないのか」

「そんな一朝一夕に認められるものでもねえ。じっくり向き合っていくしかねえな」

 

 一人前になるまで、蕎麦は打たせない。

 それがこのお店の店主であり、志緒さんの育ての親であるさきほどの男性の方針。

 その言いつけに従い、志緒さんは最初、店の雑用から始め、次にデザートや前菜などを。そして最近では、丼ものなどを手に掛けるようになった。

 段々近づいていっている。彼自身、努力は怠っていないし、彼の打つそばを食べる機会は、そう遠くはないのではないかとも思うけれど。

 

「あと、ミニ丼みたいなものってあるのか?」

「別に気を使わなくてもいいんだぞ」

「いや、自分が食べたいだけだ」

「……そうか。有り難うな。……セットメニューにすれば、蕎麦と丼を両方とも丁度いいくらいの量は食えるはずだ」

「なるほど、そんな方法が」

 

 メニュー表のページをめくると、確かにセットメニューの項目があった。

 そして自分がメニューを眺め直している間に、志緒さんは厨房に入り直したらしい。女将さんに注文をとるのを任せて。

 照れ隠しの仕草が主人に似ている、というのが、彼女の談。

 

 

────

 

 

「お待ち。サービスだ」

 

 食事を終え、一服しているところに、志緒さんがやってくる。

 手に盆を乗せる彼は、その上に載せていた皿を置いた。餡蜜だ。

 

「ありがとう。良いのか?」

「試作品だ。率直な意見が聞きたくてな」

 

 そう言って、お店の前掛けを外し、対面の席に座る志緒さん。

 仕事は良いのかと聞くと、店主より休憩を言い渡されたらしい。

 良い人だ。

 

「試作品ということは、いつもと違うのか?」

「うちは白玉あんみつでな。実際あんみつって言うと、結構フルーツが入っているものとか多いだろ? それに、ジェラートやクリームが乗せられているモノも流行っている。ってわけで、似たようなものを厨房にある素材で作れないかと思ったんだが」

「なるほど」

 

 と言われても、見た目は普通のあんみつだった。

 何かオリジナルで手が加えられているのだとしても、見た目からでは分からない。

 とりあえず、スプーンで蜜の配分がちょうどよくなる部分を掬い取り、口へ運ぶ。そのまま咀嚼し、呑み込んだ。

 

「……」

「どうだ?」

「いや……なんというか、普通だ」

 

 本当に、普通。

 ただ普通に美味しい、という形。

 特に何かしらの違和感はなく、何かしらの感動もない。

 それが悪いかと言われればそんなことはないけれど、リニューアルとして考えるのであれば、コストが掛かるだけなのでは? という感じ。

 その考えを、率直に伝えることにした。

 

「なるほどな。確かにそれなら、わざわざ変える必要もねえか」

「それこそ蜜ごと変えるか、より合うものを探すかをした方が良いんじゃないか? 値段が上がっても美味しい方が個人的には好きだが」

「そうだな……いや、とりあえずはこれで良い。蜜を探すのにも時間が掛かり過ぎるし、元々在りもので工夫できないかと考えたものだ。新しく作るなら最初からその方向性に変えるからな」

「なるほど」

 

 確かにコスト的には、新しい食材を仕入れるより、余りがちな素材を流用できた方がいいだろう。あとはそこに満足いく完成度が得られるかどうかだった。ということか。

 しかし、このメニューを作った人も、相当な試行錯誤をしたはず。在りものを使って向上させるというのは、難しいのでは?

 

 

──Select──

  率直に今考えたことを伝える。

  冒険は必要だと進言してみる。

 >新メニューの開発を勧める。

──────

 

 

「改良じゃなくて、新メニューの開発とかはしないのか?」

「開発か」

「いまあるものを変えるんじゃなくて、新しく評判になるものを作った方が、目に見えて成否が出ると思うけれど」

 

 味の変化にこだわろうとする彼を説得する為に、咄嗟に出てきた言葉だけれど、放ってみてから割としっくりきた。

 まあ正直に言ってしまえば、造るのは蕎麦屋にとってのサブメニュー。決して馬鹿にはできないけれど、かといってメインを堂々と張るようなものでもない。

 大事なのは、それを食べる為だけに足を運ぶかどうか。

 例えば以前の生姜焼き定食の味変えが成功したとして、生姜焼きを食べに来る層は恐らくそこまで大差ない。無論より美味しいとなれば評判にもなるだろうが、あくまで元々生姜焼きも美味しいと思っていた人たちが大半。加えて、以前の味の方が好きだったと言われるリスクもある。と素人ながらに考えてみたけれど、難しそうだった。

 逆に、新メニューとなれば、蕎麦のついでにそれまで食べられるのかという新規層の獲得にも繋がるかもしれない。美味しくなければそこまでだけれど、そこは逆に新規の人に蕎麦の美味しさだけでも覚えてもらえる可能性があると、次に繋がるだろう。

 失敗する前提で話したくはないけれど、機会の多さを考えるのであれば、新規メニューの方が展開しやすそうだった。

 

「手を加えるんじゃなくて、生み出す、か」

「気は進まないか?」

「いや、いつかは、って気持ちはあるんだがな」

 

 志緒さんは顔を顰めている。

 

「正直メニューの改良は、自分が素材を使うということを覚えるためにやっていることで、かつ、今ある料理の完成度を身に沁みさせるためのものだ」

「どういうことだ?」

「素材を使うって言うのは、どいつとどいつを合わせたらどういう美味しさになるか。どうして美味しく感じないのかを、体当たりで学習するためだな。で、完成度を感じるってのは、そのまま。現行のものを超えるのがどれだけ難しいかを学んで、製品を出すにはこのレベルまで仕上げなくちゃいけねえってのを体に覚え込ませる」

「……それは」

「いつか俺が新しいものを作る時、妥協しない為の努力ってヤツだな」

 

 ……どうやら、自分の言葉は不要だったらしい。

 当に彼は、先を見据えて努力していたようだ。

 

「今はまだ経験を積んでいる状態か」

「ああ。店の雑用だって効率化を図るためのもの。接客だってお客の雰囲気や、求めているものを知る為。無駄なことなんてねえ。攻めてねえように見えるとすれば、今は積み上げていくターンってだけだ」

 

 それが彼の、恩返しに対する取り組み方。

 自分のように返し方を模索している段階から、1つ先に進む姿だ。

 疑っていたわけではないけれど、本当に真摯に向き合っているんだなと痛感する。自分ももっと、努力しなければ。

 

「……すまない。失礼なことを言ったか」

「いや、知らなきゃ当然のことを岸波は言っているだけだろ。それにしっかりと考えての発言だ。気を悪くしたりすることはしねえ」

 

 そう言って口角を上げつつも、彼は自身の作った餡蜜に箸を伸ばす。

 口に含んだ途端、浮かべていた微笑が消えた。

 

「確かに普通だな。それでも敢えて言うべきって言葉すら見つからねえ、コメントに困る味ってこういうことを言うのか。……また1つ、勉強になった」

「……楽しみにしてる。志緒さんの作る、美味しいものを」

「おう。末永く期待しておいてくれや」

 

 じゃあ俺は仕事に戻る。という彼を見送り、自分は出された餡蜜を休み休み食べきる。

 満腹感を覚えながらも会計を終え、外に出た。

 ……帰るとしよう。

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが3に上がった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月5日──【2階廊下】 九重先生の教師観

 

 放課後、荷物を纏めて教室から出ると、ちょうど奥の方の教室から歩いてきた少女に出くわした。

 

「わわっ、ごめんね……ってあれ、岸波君?」

「……九重先生」

 

 接触しかけたのは少女ではなくて、九重先生だった。

 一瞬遅れて出来事を把握し、感情が後からついて来る。

 ……九重先生か。

 直接的に言葉を交わすのは、とても久々な気がする。恐らく人づてに話を聞くことが多かったからだろう。

 数学の授業で顔は合わせるものの、当然そこは私語を慎むべき時間。交わされる言葉は授業上のやり取りであり、そこに意志は存在しても、思惑などは存在しない。

 顔は見る。噂も聞く。けれども話す機会に恵まれなかった。

 とはいえ、ここではいさようならとも言いたくない。

 理由は言うまでもないだろう。今後のことについて、彼女と直接話したことはないからだ。

 

 

「先生、少し時間とかもらえますか?」

「……えっと、けど今日は職員会議があるから、その後とかでも大丈夫かな? それとも、急ぎの要件だったりする?」

「いえ、でしたら待ってます。寧ろ忙しいんじゃないですか?」

「ううん、それは大丈夫。終わった後なら特に問題はないよ。それに私も少し話したいことがあったから」

 

 話したいこと……?

 まあでも好都合だ。彼女からも用事があったと言うのであれば、互いに遠慮する必要はないか。

 

「では、また後でお願いします。図書室で待っていても大丈夫ですか?」

「あ……ううん、待ってる間退屈させちゃうのは申し訳ないし、本を借りるのは良いんだけど、“例の空き教室”で待っていてもらってもいいかな?」

 

 ……まあそうか。図書室で話をする訳にもいかないし、そもそも待ち合わせして移動するのは少々問題かもしれない。次の日には良からぬ噂さえ立ちそう。勿論そんな根も葉もない噂が立ったところで否定は容易だけれど、先生に付けさせていいレッテルとも思えないし、ここは大人しく空き教室で待つことにしよう。

 

「わかりました」

「じゃあそれで。ごめんね」

「いえ、では」

「うん、また後で」

 

 それにしても、例の空き教室で、ということはやはり活動内容などはだいたい聞いているみたいだな。

 今日まで直接的にそんな素振りを見せてこなかったので、今更ながらに現実味を帯びた気がする。

 

 

────>杜宮高校【空き教室】。

 

 

 立ち寄った図書室で借りた本を読んでいると、扉をノックする音が聴こえた。

 

「どうぞ」

「失礼するね」

 

 中に入って来たのはやはり九重先生。

 待ち合わせていたのだから当然と言えば当然だけれど。

 

「早かったですね」

「そうかな? 結構時間経ったと思うけど」

 

 そうかな。と思い時計を見る。

 ……割と時間が経過していた。それほどまでに没頭してしまっていたのだろう。

 少し恥ずかしい気持ちになりながらも、話を切り替える。

 

「あ、先生も座ってください」

「うん、ありがと。……よいしょっと」

 

 ……想定していたより頭の位置が下だった。

 特にどうと言うことはないのだけれど。

 

「あ、今小さいなって思った?」

「……よく分かりましたね」

「前も言ったと思うけれど、人は視線には敏感なんだからね。気にしているところとか、コンプレックスに感じているところに対する視線は特に」

 

 先生も身長がコンプレックスなんですね、と言うのは止めておいた。

 いやまあ以前までのやりとりで、なんとなく分かってはいたけれども。

 

「あと、あからさまに目を逸らすのも避けた方がいいかも」

「……難しいですね」

「あはは、まあ私は言うほど気にしてないけど、世の中にはそれで傷付いちゃう人もいるから。気を配ってくれると嬉しいかなって」

「九重先生が嬉しいんですか?」

「うん。それはそうだよ。誰だって、関わった人たちに不幸なことが起きてほしくはないからね」

 

 はっきりと、きっぱりと、笑顔で言い切る九重先生が眩しく見える。

 言っていることは普通なことだ。けれど、恐らくこれは全員が全員恥ずかし気もなく言えることではないし、日常会話で不意に出てくるような言葉でもない。普段からそう思っていない限りは、だけれど。

 ……関わった人たちが、不幸な目に合わないように、か。

 

「だから、今回の件も、関わることにしたんですか?」

「……今回の件っていうのは、その、異界についてだよね」

「はい」

 

 彼女の確認の言葉に対し首肯を返すと、九重先生は困ったように眉を寄せる。

 

「正直、今でもみんなが危険に飛び込むことには、反対なんだ。私」

「……」

「きっとどこの学校にも、生徒が危険なことに首を突っ込んでいる現状を良しとできる先生なんていないよ」

「……そう、でしょうね」

 

 それは予想通りな、どこまでも教師として正しい回答だった。

 

「でも、多分そう言っても、みんなは止まらないんだろうなって思った。コー君とソラちゃんが来た時にね」

「……」

「ずっと昔から知ってる従弟と、一時期とはいえ一緒に暮らしていた子だもん。びっくりするほどすぐに伝わってきちゃった。真剣で、まっすぐで、止まることなんてないんだって」

 

 ……まあ、そうだろうな。

 情熱で押し切るような説得だっただろうことは、容易に予想ができる。

 存分に想いをぶつけてもらったはずだ。洸も空もそこら辺、遠慮なくいける人間だろう。

 

「でも、私だって知らない所で傷付いてほしくない。それに知ったからにはやれることをしたいと思ったの」

「それで、裏方としての支援を受け入れてくれたんですか?」

「それが全部じゃないけどね」

 

 それは、目の前で起こる悲劇から目を逸らさないという自分の誓いにも近いものだった。

 少し嬉しく、少し悲しい。

 こんな素敵な先生に余計なものを背負わせてしまうことが。

 

「すみません」

「どうして謝るのかな?」

「自分たちが失敗したら、関わっていた先生にも責任が行ってしまうことになるので」

 

 直接的に何かをした訳でもないのに、責任だけが存在してしまう。

 自分で自分たちの要求に対し穿った見方をするのであれば、正直今回の話は九重先生に負担を掛けるだけとも言えるだろう。

 支援を買って出てもらっておいてなんだけれども、そこだけは謝っておきたかった。

 

「……生徒が」

「?」

 

 九重先生が、ゆっくりと息を吸って、口を開く。

 視線が、噛み合った。

 緊張感が増す。

 

「生徒が何かしたいって言った時、助けてあげられるのが、先生の役割だと思うんだ」

「……先生」

「生徒が何かに立ち向かったりするとき、寄り添い、手助けをするのが、私たちの仕事。勿論普段だったら怪我なんてしてほしくないし、命の危険があることになんて触れてほしくはないけど、それでも皆が皆の意志でやり遂げるって決めたのなら、精一杯のサポートくらいは、やらせてくれないかな?」

 

 向けられてきたのは、覚悟の込められた瞳。

 九重先生の本気度が、空気を通して肌で感じ取れる。

 ……いや、正直なところ、分かってはいたのだ。

 優しい教師である彼女が、中途半端な覚悟で自分たちの提案に乗る訳がないと。

 そう、分かってはいたけれど。

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる。

 こうして言葉を、熱意を向けてもらえて。

 なんて良い人に出会えたのだろう。なんて良い教師に見守られているのだろう。と心の底から思えたから。

 ありがとうございます。感謝の言葉なんて、それくらいしか今の自分には出せないけれど、それでも必死に想いを込めて、頭を下げ続ける。

 

「……頭を上げて」

 

 顔を上げた先に会った九重先生の微笑みは、慈愛の女神のようであった。

 

「これは皆にもお願いするし、北都さんと柊さんにはもうお願いしたけど、岸波君もリーダーって話だから、先に言っておくね」

「……はい」

「約束して。出来る限りはするけれど、本当に危険だと思ったら引き返すって」

「はい」

「絶対に無事に帰ってくること。いいかな?」

「はい」

「……じゃあ、大丈夫。私は私のできることを頑張るから、皆は皆にしかやれないことを頑張って」

 

 ああ、いつもされても気が引き締められるものだ。

 託された上で、応援されるのは。

 私にはできないからと。君たちにはできるはずだからと。

 そういう相手側の悔しさや無力感を理解した上で、自分たちに託されるという重みを噛み締めるのは。

 心に、響くものがある。

 やり遂げなければならないと。裏切るわけにはいかないと。情熱が身体中を駆けまわっていくように、熱くなった。

 

「頑張ります。これからも、迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「うん。こちらこそ、みんなを、杜宮を、よろしくお願いします」

 

 お互い、頭を下げる。

 今度は上げてと言われる前に、頭を上げた。

 ……頑張らないとな。

 今はただ、やる気だけが満ちてくる。

 九重先生の想いに触れることができてよかった。

 また1つ、大事なことを学べた気がする。

 それに少しだけ、先生との距離も近づいた気がした。

 

 

 暫く、教室で無言の時が流れる。

 自分の話は終わったので、彼女の番なのだけれど、これは促すべきだろうか。

 

「……あ、すみません。自分の話はこれで終わりです。九重先生の話と言うのは……」

「あ。えっと、確認と、相談なんだけどね──」

 

 

 その内容を詳しく聞いていき、そういえばその問題もあったなと頭を抱えた。

 まあ詳しくは明日とかに話し合うとは思うけれど、取り敢えず自分の意見だけを伝え、話し合いを終える。

 かなりの時間話し込んでしまったらしい。気付けば丁度下校を促すアナウンスが流れる5分前ほどになっていた。

 九重先生に改めて時間を取らせたことへの謝罪と感謝を述べ、学校に後にした。

 

 

──夜──

 

 

 明日から3連休。

 この前約束した、小旅行の日だ。

 

『明日の集合場所は、杜宮公園前にします。集合時間は11時で』

『……朝早くない?』

『ユウキお前……何時まで寝るつもりなんだ』

『いつもの土日は8時頃に寝るから』

『8時って、ユウ君、それは朝だよ?』

『ソラ、それ以上はいい。ユウキ、今日はもう寝ようぜ』

『ぜんっぜん眠くないんだけど』

『目を閉じてるだけでも休まるぞ』

『高幡センパイも朝弱そうだけど』

『残念だが仕込みやらなんやらの手伝いで早朝に起きる癖が付いてんだ』

『あ。朝のランニングの時、たまに会いますもんね』

『ソラちゃんも早起きなのね』

『柊センパイは……寝て無さそう』

『わかる』

『時坂君まで……貴方たち、私をロボットかなにかと勘違いしてないかしら』

 

 数分文章が止まる。

 

『既読してるの分かってるわよ? 答えなさい?』

 

 柊の文面の圧が強まったところで、個人チャットが来た。

 美月からだ。

 

『岸波くんは日程大丈夫そうですか?』

『はい。段取りとか、ありがとうございます』

『いいえ。ではまた明日』

 

 返信を終え、サイフォンを閉じる。

 きっとそれ以降、全体チャットは動かないだろうし。

 

 ……さて。明日からみんなと旅行か。楽しみだな。

 ……欠員出ないといいけれど。

 

 




 

 コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが4に上がった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【杜宮記念公園】旅行初日 1

 

 

 3連休の初日。本日の天気は晴れ。絶好の行楽日和と言って良いだろう。

 そんな日の昼前の杜宮公園の出入口から、公園の内部を眺める。多くの知人がベンチや広い空間、道路端など思い思いの場所に集まって談笑していた。

 

「なあコウ、これってどういう集まりなんだ?」

「前にも言っただろ。同好会の小旅行だ」

「それにしたって、メンツやばすぎんだろ」

 

 ひそひそと会話する声が聴こえる。盗み聞きしているようで申し訳なかったが、聴こえてきたものは仕方がないだろう。

 それに、彼の気持ちも分からなくはない。

 自分や洸といった同好会のメンバーに加え、今回は親しい人もある程度なら呼んでいいとのことだったので、数名が加わっていた。

 まず、洸の友人として、伊吹や小日向、倉敷さんがいる。他には空の友人として同じ1年生の……確かアユミ、だっただろうか。その子が参加していた。

 加えて引率役として九重先生に、祐騎の姉の葵さんも来ている。今はいないが、美月の秘書である雪村さんも参加予定だ。

 こうして思い返してみると、結構な大所帯である。逆に誰も呼ばなかったのは、自分と璃音、柊と志緒さんくらいか。

 

「柊にリオン、ここにはいねえけど北都先輩まで。学校の美人どころが勢ぞろいじゃねえか! それにトワちゃんや見たことない美人のお姉さん方もいるし!」

「別に話すぐらいなら構わないが、変に誘おうとしたら怖い会長と弟に詰め寄られるぞ」

「それって誰のことかな、コウセンパイ?」

「お前のことだぜ、ユウキ後輩」

 

 友人たちとの会話に、不機嫌さが顔に滲み出ている祐騎が割って入る。

 大方、葵さんのことを話に出されて不愉快に思ったのだろう。洸も特別動揺することなく彼に答えた。

 

「えっと、キミは」

「初めまして先輩がた。コウセンパイに顎で使われている後輩の、四宮でーす」

「お前まともに俺の言うこと聞いたことないじゃねえか」

「嫌だなぁコウセンパイ、友人の前だからって持ち上げないでよ」

「勝手に高いところから見下ろしてるお前をどうやって持ち上げんだよ」

「……まあこんな感じで僕らも適当にやってるから、センパイたちも適当にすると良いよ」

 

 ……何と言うか、珍しい光景もあったものだ。

 祐樹が他人に気を使っている姿を見るなんて。

 

「仲良いんだね。ありがとう、四宮くん」

「ああ、サンキューな。後輩」

「別に」

 

 いやまあ、祐騎は元より優しいし、突拍子のない行動をしているというわけではない。けれども、それを素直に出す少年でもなかった。だからこんなにもスムーズに会話に加わり、気を回している姿が意外なもののように映ったのだろう。

 

「っとそうだ。リョウタ、ジュン、あそこにいるのが、こいつの姉の四宮 葵さんだ」

「い!? あの美人さんお前の姉ちゃんなのか!?」

「あ、四宮くんのお姉さんだったんだ」

「……まあね」

 

 祐騎たちの視線が葵さんに向くと、九重先生と話していた葵さんがそれに気付き、祐騎に手を振った。

 祐騎はそれに対して嫌そうな顔をして無視する。

 この反応はいつも通りだった。

 

「おいおい無視してやんなよ後輩……って、すげえ嫌そうな顔」

「照れんなってユウキ」

「……あ、コウセンパイ」

 

 祐騎が少し大きな声を出す。彼の目は近くに居る先輩たちに向けられていなかった。

 その視線の先を追う。

 柊や璃音たち女性陣と談笑する、倉敷さんの姿があった。

 

「! ……?」

 

 倉敷さんは彼らの視線に気づいたのか、若干首を傾げた後、洸に手を振った。

 洸の顔が赤くなる。

 

「……」

「……よかったねコウセンパイ。今話しているのがコウセンパイじゃなかったら、『え、なに? 照れてるの? 後輩には照れんなって言っておきながら恥ずかし気もなく照れちゃったの? いやあ恥ずかしいねえセンパイ。……なに? 悔しい? ならその赤くした顔のまま手を振ればいいじゃん。当然できない後輩への手本として、恥ずかしがらずにかっこよく振ってくれるんだよね?』って思っていることを正直に口に出して煽ってたよ」

「……いや口に出してるじゃねえか」

「まあこれに懲りたら、自分にできないことを相手にさせるような、口だけの大人にならないよう気を付けるんだね」

「……悪かった」

 

 両手を挙げて降参する洸。少し溜飲が下がった様子の祐騎。苦笑いする洸の友人たちに、困惑した様子の倉敷さん。ついでに葵さんは何事もなかったかのように九重先生との談笑に戻っていた。

 

「あはは、2人とも仲が良いんだね」

「……ま、何だかんだ3~4か月は一緒に居るしな」

「四宮もコウと同じ同好会のメンバーなのか?」

「そうだね。まあコウ先輩と、あそこでこっちを見てるハクノ先輩にはお世話になってるかな。不本意ながら」

「不本意なのかよ」

 

 はぁ。と溜息を吐く洸。出る前からどっと疲れた様子だ。

 

「にしても祐騎が葵さんを誘うなんて思わなかったぜ」

「……誘ってない」

「は?」

「誘ってないどころか、行くことも、この旅行があることすら伝えてないのに、居るんだよ……!」

「え、何で?」

 

 え、何で?

 

「僕以外で姉さんを誘う物好きなんて1人しかいないでしょ……」

「……まさか」

「はい! わたしが誘いました!」

「「うわっ!?」」

 

 不意に、彼らの背後から大きな声が聴こえてくる。

 退いた彼らの隙間から見えたのは、にこにこした表情で立つ空の姿。

 

「は? ソラが呼んだのか」

「はい! せっかく親しい人を呼ぶってお話なら、声を掛けてみようかなって」

 

 あくまで良いことをしましたと笑う空。いや良いことだけれども。

 自分と洸は祐騎に対して、何と言うか、同情の視線しか送れなかった。

 来て嫌、というわけではないのだろうが、束縛を鬱陶しがる彼の性格上、気楽きままに過ごしたかっただろう。

 ……ああ、だから最初、とても不機嫌だったのか。

 

「ほんと何してくれのさ……おかげで日陰でゲームしてることもできないし」

「ああ、道理で。手持ち無沙汰だったのか、ユウキ」

 

 洸の言葉で自分も理解する。祐樹が雑談に加わったのも気を回しているのも、すべては葵さんに対するアピールなのだろう。ちゃんとやっているからこっちは気にしないでくれという。

 

「良いさ。バスにさえ乗っちゃえばこっちのものだからね。今は雌伏の時だよコウセンパイ。ここで没収されるわけにはいかないんだ」

 

 指摘されたところで止めずにゲームをしていたであろう昔の姿を想像する。祐騎もとても成長しているな。

 その後、空は今の話を聞いて思うことがあったのか、祐騎を葵さんの元へと連れて行こうとした。祐騎も必死に足掻いていたけれど、力で空には敵わない。やがて反抗を止めて大人しく連行されていく。

 その姿を見送ったあと、不意に口を開いたのは小日向だった。

 

「あ、高幡先輩だ。ちょっと挨拶してくるね」

 

 遠くから、志緒さんが歩いてくる姿が見え、小日向がそちらへ向かう。

 なんとなく、予想外の繋がりだった。年も1つ違うし住んでいる場所も離れている。小日向はこの町で生まれ育った人間じゃないらしいので、昔馴染みという線も薄そうだ。いったいどういう関係なんだろうか。

 そんなことを考えていると、気付けば洸と伊吹がこちらへ向かって来ていた。

 

「取り敢えず会長たち以外は全員揃ったな」

 

 洸が自分に向かって話しかけてくる。

 自分はそれに首肯した。

 

「てか、岸波はここでなにやってたんだ?」

「迎えの車を待ってた」

「ああ、なるほど」

 

 入り口の所に立っておけば、自分たちがどこに集まっているのかを車側からも知れるだろう。それに、俯瞰して見れるから誰がどこにいるかが分かりやすい。

 

「……と、噂をすれば」

 

 マイクロバスが走ってくるのが見えた。乗用車に比べて座席が高い分、運転手の顔もよく見える。

 中型車の免許を持っているらしい雪村さんが、運転席に座っていた。また、助手席には美月の姿も。

 

「来たみたいだな」

「ああ。皆を集めるか」

「じゃあ声掛けるぜ。おーい! こっち来てくれー!」

 

 伊吹が大声を出してくれる。その呼び掛けに従い、全員がこちらへ集まった。

 背後でバスを降りた美月がこちらへやって来る。

 

「本日はお忙しい中ありがとうございます。幹事の北都です。取り敢えず、集まっていても邪魔になるでしょうし、話は中でしましょう。皆さん、バスへのご乗車をお願いしますね」

 

 それから、みんなが集団ごとに乗り込んでいく。

 まず、洸と伊吹、小日向。続いて志緒さんと祐騎。後を追うように空とアユミ。次に柊と璃音、倉敷さん。

 どうやら大人組の九重先生と葵さんは最後に乗り、助手席とその後ろに座ってくれるらしい。譲られる形で自分と美月も乗り込んだ。

 全員が乗り込み終えると、バスの扉が閉まる。全員の着席を葵さんが確認し、雪村さんに報告。バスがゆっくりと前進を始めた。

 

「晴れて良かったですね」

 

 隣に座る美月が声を掛けてくる。

 それと同時に、マイクが前方から回ってきた。

 普段はバスガイドさんが使っているものだろうか。まあ何にしても、用途は分かっている。

 

「そうだな。本当に良かった」

「……ふふ」

 

 それを受け取り、美月へ渡す。

 受けとった彼女はためらいなく電源を入れ、拡声器へ語り掛けた。

 

『えー。皆さん、改めましてこんにちは。幹事の北都です。この度は急なお誘いにも関わらず、ご参加いただきありがとうございます』

 

「こっちこそありがとー!」

 

 伊吹のレスポンスが入る。

 少しびっくりしたのか、目を点にした美月。

 だがその後も、伊吹に続くようにぽつぽつと色々なところから感謝の言葉が聴こえて来て、美月はくすりと笑みを零した。

 

『こちらこそ、ありがとうございます。事前にお伝えしている……かどうかはわかりませんが、今回は私たち同好会と、同好会メンバーが普段お世話になっている人たちとの小旅行となります。恐らくこの中にはお会いしたことのない方々、付き合いの浅い方々等いらっしゃると思います。1泊2日という短い時間ではございますが、各自羽を伸ばして英気を養うも良し、何かしら有効に活用いただくもよし。とにかくご存分にお楽しみ頂けると私どもとしても本望です。……では、私からはこのくらいで。短い道中ではございますが、席は立たない範囲でご歓談ください』

 

 拍手が聴こえてくる。

 マイクを切った美月は、疲れた様子も一息吐く様子もなく、背中を座席に預けた。

 手を差し出して、マイクを預かるという意思表示をする。

 それに気付いた美月は、ありがとうございますと小さく笑って、自分にマイクを渡してくれた。

 

「皆さんの友人ともあって、良い人が多いですね」

「そうだな」

 

 本当にそう思う。

 さきほどの伊吹の反応。美月は恐らく嬉しかったのだろう。驚いてはいたけれど困惑や嫌悪と言った表情は一切浮かべていなかった。

 

「楽しんでくれると良いんですが」

「ああ。美月も楽しんでくれ」

「……ふふ、そうですね。岸波くんもしっかり休んでください」

 

 美月と他愛無い雑談を続けること、十数分といった頃。景色が見慣れたものに変わってきた。

 初めてこちらの方へ足を伸ばしたのか、空が上げた驚きの声が耳に入ってくる。それから少しの間、みんながぽつぽつと目的地について語り出していった。

 そんな旅行先が、やがて視界に入ってくる。

 自分にとっては慣れ親しんだ門構え。

 自分たちは、【神山温泉】へとやってきた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 2

 

 目的地が神山温泉だと伝えられたのは、小旅行の話が出てから2~3日してからのことだった。

 どうやら幸運にも部屋が抑えられたのが神山温泉だったらしい。従業員側の立場で見てみると複雑だが、そもそも取れること自体が驚きだ。いつもの連休であればもう少しいっぱいいっぱいだったように思うけれど……まあ、日頃の行いが良かったということにしておこう。

 借りれたのは大部屋を2部屋に中部屋1部屋。男女と引率組とで別れる形となる。

 そんな旅館の門前に、バスを横づけした京香さん。ドアが開き、後ろの人たちからぞろぞろと降り始めた。

 美月は最後に下りるというので、自分だけ先に下りることに。どうやら京香さんに話しておくことがあるらしい。

 そういうわけで先に降りると、目の前に璃音の背中があった。

 

「あ~……着いちゃったぁ」

 

 数歩歩いた場所で看板を見上げる璃音が、そんなことを呟く。

 どういう気分で言ったのかは分からないけれど、拾ってしまったからには無視はできない。彼女に声を掛けて見ることにした。

 

「来たくなかったのか?」

「いや、来たかったよ。来たかったんだけど……まあ、なんて言うのかな」

「?」

「……行けば分かるよ、ウン」

 

 適当というよりは、歯切れの悪い答えが返ってきた。

 どこか表情が苦々しい。

 ……そういえば璃音は、誰も誘わなかったんだな。まあSPiKAの面々を誘うことはできないか。他のみんなの目もあるし。

 何にせよ璃音に話す気がないとなれば、自分も追及する気はない。彼女の言葉を信じれば、答えは直に分かるはずだ。

 と、足を進めようとしたところで、左側から袖を引っ張られる。

 顔を向けてみると、柊が居た。

 くいっくいっと引っ張る彼女。こちらへ来いということだろうか。少し輪から外れる形で、柊に付いて行くことに。

 

「朝からあの調子なのよね、リオン」

 

 そう言われて、彼女の振る舞いを思い返してみる。

 しかし今日はほとんど話していないため、違和感を察することができなかった。

 柊に言われてようやくその事実に気付いたほどだ。

 

「……まったく気付かなかった」

「?」

 

 首を傾げる柊。

 なぜそのような反応が返ってくるのかが分からない。自分のほうが首を傾げたいほどだ。

 

「どうした?」

「いいえ、なんだか少し意外だったわ。いつもなら一番早く気付きそうなのに」

 

 その言葉を受けて、そうだろうか? と自分に問いかけた。

 まあ確かに、誰かに璃音の様子がおかしいことを言われた記憶はないけれど。

 

「それは、自分より柊の方が璃音との距離が近くなったからじゃないか?」

「……そういうものかしら」

「多分」

「……まあ良いわ。とにかく心当たりはないのね?」

「ああ。力になれなくて申し訳ないが」

 

 確証なんてないけれど、単純に柊の方がよく話し、よく見ているからだと思う。

 なんだか腑に落ちない表情をしている柊。

 ……取り敢えず、話題を変えるか。

 

「そういえば柊は今日、誰にも声掛けなかったのか?」

「一応、日ごろのお礼を兼ねてマユちゃんには声を掛けたのだけれど」

「マユちゃん……って、あの金物屋の?」

 

 【倶々楽屋】の看板娘……というには少し幼すぎるが、まあ店の店主の娘である小柄な少女のことを思い出す。確かに色々とお世話になっているし、是非とも来てもらいたいところではあったけれども。

 

「来れなかったのか」

「流石に監督役が居るとはいえ、あんな小さい子を旅行には出せなかったみたい」

「……まあ、そうだよな」

「でっきり店主のジヘイさんであれば、行くか行かないかはお前が決めろとでも言うかと思ったけれど」

「まあ、来られなかったものは仕方がないだろう」

「そうね。別に今日じゃなくてもお礼はできるのだから、また何かしら考えてみるわ」

 

 そう。今回の旅行はお世話になっている方たちへのお礼の側面が大きい。迷惑や心配を掛けたような気がする人たちに向けて、ありがとうとお疲れ様とこれからよろしくの意味を込めてのことだ。

 まあ他の面もあるらしいけれど。

 柊と雑談をしていると、やがて美月がバスから降りてきた。彼女の足が地面に着いて少し経った頃、バスからエンジン音が響いて来る。

 

「それでは、私は車を停めてきますので」

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 走り去っていくバスの背中を見送る。

 見えなくなったあたりで、美月はこちらを向き直った。

 

「京香さんは後で合流するとのことなので、先にチェックインを済ませてしまいましょう」

 

 各々頷き、旅館の中へと足を進めていく。

 そんな中で、璃音の歩みだけが鈍かった。

 

「璃音?」

「あ、ううん。大丈夫。ダイジョウブ」

 

 どこか覇気のない様子で応える彼女。

 本当に大丈夫だろうかと思いつつ先に旅館に入ろうとすると、後ろから彼女は着いてきた。

 どこか背中に隠れるように。

 

「?」

「……」

 

 何も言わない。なら、何も聞かない方が良いか。まだ何か起こった訳ではないし。

 気を取り直して、宿の戸を潜る。

 みんなは既にロビーで受付をし、仲居さんの案内を待っているようだった。その最後尾に付こう──と移動した所で、ロビーと中庭を繋いでいる側の扉が開く。

 

 そこから“見知った顔”が出てきて、

 

「────」

 

 こちらと目線がかち合い、

 

「──ッ!?」

 

 驚愕の表情を見せた後に、

 

「ッ!!」

 

 引っ込んだ。

 

 一瞬だったから、他の人たちは気付かなかったかもしれない。けれど確実に自分は目が合ったし、その後自分の背中に張り付くものを見てひどく驚いていたようにも見える。

 ……そして、璃音の様子がおかしかった理由にも想像が付いてきた。

 

「……璃音、今のって」

「あー……うん、その、ね」

 

 気まずそうに顔を逸らす璃音。

 自分もやや顔が引きつっているのが分かる。

 

「バッティングしちゃった。SPiKAのミーティング」

 

 てへっ。と、冷や汗をだらだらと流しながら言う彼女に嘆息する。

 問題にならなければ良いけれども……まあ、さきほどの向こうの反応を見る限り、難しいんだろうな。

 

 

────>神山温泉【男湯】。

 

 

「にしても、まさか生徒会長まで洸たちと一緒の同好会だったなんてな」

「まあ、色々あってな。参加したって言っても最近だぞ」

 

 湯船に浸かっていると、伊吹と洸の話し声が聴こえてきた。

 

「それでもあんな美人と一緒に居られるなんてうらやましいぜ。そのうえ、柊さんにソラちゃん、何よりあのリオンが居るなんて!! く~っ、どこまで良い思いしやがるんだ!」

「知らねえよ。というより、久我山や北都先輩と仲良いのは……」

 

 こっちを見るな。

 

「……なんでもない」

 

 無言で見返したのが効いたのか、洸は自身で視線を外してくれた。

 まあ伊吹ともある程度は仲良くさせてもらっているし、もうないとは思うけれど、転入当初のような険悪な感じにはなりたくないから。

 

 それにしても、なんだか不思議な感じだ。

 特段特別なことはないはずだけれど、普段自分がこの温泉を使用できるのは、夜遅く。清掃が終わった後なので、周りに人が入っていることは少ない。話し声が聴こえていることはあっても、大勢で話をすることなどはないからだ。

 静かな温泉も良いけれど、こうやって大勢でわいわい賑わう温泉もとても良い。居心地が。

 

「そういえば、洸たちの同好会って普段なにをしているの?」

「何を……?」

 

 洸が言葉に詰まる。

 普段何をするか、というと、実際の所同好会としては何もしてない。

 異界化が起こってから調査などに赴くので、同好会としての活動頻度はそう高くなかったりする。

 

「普段はもっぱらフィールドワークだね」

 

 答えが出せない洸に代わって、祐騎が口を開く。

 

「僕らの同好会が何を目的としたものかは知ってる?」

「オカルトとかを調べているんだっけ」

「そうそう。怪奇現象と人の心の結びつきを調べてるんだよ。病は気からって言うでしょ?」

 

 人差し指を立て、いかにも正しいことを説明しているかのように振る舞う祐騎。

 いや、嘘は言っていないけれど。

 

「コウセンパイやハクノセンパイはフィールドワーク。街を歩いて情報を集める役割。僕はネットで情報を集める役だし、高幡センパイと久我山センパイと郁島は各学年に聞き込みをする役。北都センパイと柊センパイはマニアックな知識を持ってるから、独自で動く役だね」

「……うん? 柊さんと北都先輩の役割ざっくりしすぎじゃない?」

「いや。実際柊は外国での経験が、北都は家での経験があるからな。アドバイザーのような役割が務まるんだ」

「「へえ」」

 

 

 志緒さんのフォローが入り、取り敢えず疑問を抱かれない程度には納得してくれたらしい。

 確かに祐騎の言う通りの役回りで調査をすることが多い……けれども、美月や柊以上に、志緒さんや璃音たちの活動が意味わからなくないか……? まあ納得してくれているなら良いけれど。恐らく突かれて痛い部分は多くあるし。

 

 

「まあ何にせよ、コウが楽しそうで良かったぜ」

「……え?」

 

 頭の後ろで両手を組んだ伊吹が、背中を風呂の淵に預けながら話し出す。

 

「そうだね。コウは前から……なんて言うか、何かに焦ってるような気がしてたから」

「焦ってる? そんなことないだろ」

「いいや、ジュンの言う通りだな。何かに取りつかれたかのようにバイトしてるし、人助けも欠かさねえ。そこがコウの良いところっていうのは知ってるけどよ、ダチのオレたちからしてみれば、結構心配だったんだぜ?」

「リョウタ……ジュン……」

 

 思いもしなかったと言わんばかりに目を見開く洸。

 自分もそれは短い付き合いながらも感じていたことがあった。思い返すのは忙しい中でも誰かのお願いなどを聞いて行動している彼の姿。その後ろ姿に、何かに駆り立てられているような印象を抱いたことを覚えている。

 数か月の付き合いである自分でもそう思うのだから、数年と付き合っている彼らの思いは深かっただろう。

 とはいえまだバイトも人助けもしている。彼らからしてみれば他に熱中できるものが見つかったのだと喜ぶところだろうけれど、実際は自分たちの活動も人助けの延長。彼がしていることは何も変わっていない。

 この異界化に関わる一連の騒動に終わりがあるとして、その時に彼が昔のような生活に戻るか、それともまた何かを変えるのかは、これから次第だろう。

 

 

 ……不意に、夏頃に彼とした会話を思い出す。

 そういえば自分は、以前洸に対して、何を焦っているのかを直接聞いたことがあった。その時は若干白熱してしまい……確か、整理する時間が欲しいと言われたような気がする。

 その答えは、出たのだろうか。

 後で聞いてみよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 3

 

 お風呂から出て、各々自由行動の時間。

 自分もどこかに行こうかと部屋を出る。

 一応この後の予定としては、夕飯を食べた後に同好会での話し合いをすることになっている。話し合いの内容は多岐に渡るようで、細かくは知らされていない。

 取り敢えず、空いた時間は有意義に過ごしてほしいとのことだけれど、どうしようかな。

 ……ロビーに出るか。誰か居るかもしれないし。

 

 

────>神山温泉【ロビー】。

 

 

 ロビーに下りると、数名を発見した。更に中庭に目線を向けると、ほとんどのメンバーが外に出ている。

 誰かに話しかけよう……と思ったけれど、やはり一番様子が気になるのは。

 

「璃音」

「……あ」

 

 大きいソファーに1人座る璃音。顔は下に向いていて、手で覆い隠されていた。

 やはり思う所が多いのだろう。少しでも力になれると良いのだけれど。

 

「大丈夫か?」

「……まあ、うん。あたしが選んだことだし。場所がここだったのは運が悪かったケド」

 

 まあ、それはそうだ。場所が知らされたのはかなり後。まさかSPiKAの宿泊先と被るなんてこと考えていなかっただろう。

 それにしても、SPiKAはどうしてここに?

 

「SPiKAが今日ここに来ることは決まっていたのか?」

「ウン。ライブツアー前の決起会でね。離れに宿を取ってるみたい」

「なるほど。行かないのか?」

「……行けないでしょ」

「そうでもないと思うけれど」

 

 目線があう。だいぶ疲労が見えている。先程の遭遇で、気付かれないという万に1つの可能性もなくなってしまったからか。

 でも、だからこそ。

 

「きちんと話すべきだと思う。どうしてこちらを優先したのかとか、今の気持ちとかを、伝えないと」

「あたしの、気持ち」

「上手く整理が付かないのであれば、いっかい吐き出してみたら良いんじゃないか?」

「……聞いて、くれるの?」

 

 頷きを返す。

 逡巡の末、彼女はぽつりぽつりと話し出した。

 

「こっちの集まりを優先したのは、単純に大事だと思ったから。今回は色々なことが、あったじゃん?」

「あったな」

 

 璃音と柊のこととか、美月と柊のこととか。あとはサクラのことや、九重先生とのことなど。

 軽く思い返しただけでも色々あったように思える。

 

「心配だったのもあるし、あたし自身色々と不安だったこともあるから、しっかり話さなきゃって思ってたの」

「そうか……ありがとう。真面目に考えてくれて」

「ううん、本当に真面目に考えていたら、あたしは今こんな気持ちになってないと思う」

 

 それは……残念ながら反論する余地はなさそうだ。

 

「多分あたしはきちんとこの選択のこと、考えたつもりになってた。さっき初めてあたしが選んだことの重さが分かったって言うのかな」

「異界攻略を選んだことか?」

「アイドル活動よりも、異界攻略を……キミ達を優先したことかな」

 

 優先という考え方で言えば、確かに彼女はこちらを優先した。後から出てきたであろう予定のこちらをだ。

 しかしその時の流れだとか、さきほど璃音が言った通り、状況がこちらを優先させたというのはあるだろう。

 ……?

 ああ、だから“もっと真剣に考えるべきだ”と言っているのか。

 

「璃音は後悔しているのか? こっちを選んだことを」

「……それは……してないケド」

「してないなら、もっと時間を置いて考えた所で、変わらなかっただろう。もしくは向こうを選んだところで、同じ後悔をしていたんじゃないか?」

 

 なんて。分かりきったように言っているけれど、そんなことはないだろう。

 彼女が悩んでいることは、きっと、“アイドルである自分”よりも優先させることが出来たということについて。大切な夢よりも優先させることがあったことに対する驚きだろう。

 けれど先程も言った通り、タイミングというのもあったし、何よりアイドル休業中ということが最も大きく作用しているはず。

 

「……」

 

 しかし、あまりそのことを意識させない方が良いだろう。彼女自身にはどうしようもないことだったし、無理に焦らせる訳にもいかない。

 ……そういえば、彼女の特訓って、どうなっているのだろうか。

 後で柊に聞いてみよう。

 

「璃音の中にしっかりとした、優先した意味があるのであれば、それをはっきりと伝えると良い」

「でも……」

「“怖くないなら、恐れていないなら、ぶつけた方が良い”んじゃなかったのか?」

「!?」

 

 先月。

 璃音と柊が行った喧嘩の際、璃音が言った言葉。

 はっきり言わなければ分からない。話し合わなければ両者にしこりが残る。

 なら、話し合い以外での解決策は取れないだろう。

 

「まさか、理解されないと思いこんでいるわけじゃないよな?」

「……いや、そもそも異界攻略のことは伝えられなくない?」

「…………」

 

 それは……

 確かに……

 そうだけど。

 

「ふっ、ふふふっ」

 

 唐突に、璃音が笑い出した。

 吹っ切れたような、快い笑い方ではない。込み上げてきたものがせき止められずに零れたようなもの。

 それでも、ふさぎ込んでいた表情からは改善されたのだろう。

 

「そうだよね。想いは“抱え込むもの”じゃない。“ぶつける”もの。うわー……アスカにあんな啖呵をきったのに、あたし恥ずかしくない!?」

 

 

──Select──

 >「まだバレてない」

  「早く行かないとバラす」

  「あ。あそこに柊が」

──────

 

 

「そ、そうだね。……よしっ、まずは離れに行こうかな。話す話さないはともかくとして、挨拶くらいはしないとね」

「行けそうか?」

「うん。ありがとね。大事なことも思い出せたし!」

「? 大事なこと?」

 

 なんのことだろうか。

 

「うーん……内緒」

「内緒って」

「ふふ、いつか機会があったら話すね!」

 

 よし! とソファーから腰を上げる璃音。

 すれ違う直前、彼女の口が小さく動いた。

 

「何のための活動かは、あたしが覚えていれば良い。あたしが忘れなければ、大丈夫」

 

 己に言い聞かせるように、刻み込むように、小さくしかし力強く呟く璃音。

 自分に向けられた言葉ではないので、反応はしない。

 気負いすぎているようなら、また声を掛ければ良いだろう。

 

「じゃあ、行ってきます! あ、着いてきちゃダメだからね。いくらキミだからって、流石に無理だから」

「いや、行かないから」

 

 いくら璃音の友人で、SPiKAの面々と面識があるからといって、そこまで無礼は働けない。それに、これから話をしようとしている璃音に付いて行ったら邪魔だろう。

 いや、彼女曰く、話をするのかどうかは分からないけれど。

 話して、理解し合えると良いな。

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが7に上がった。

第7話Bルートが解放されました

第7話Cルートが解放されました





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 4

 

 

「さて」

 

 柊が姿勢を正す。つられて全員が背筋を伸ばした。

 場所は宴会場。夕食を取った後にそのまま会議へ移行する形で、この場所に集まっている。さきほどまで夕飯は全員で取っていたけれど、関係のない人たちには申し訳ないことに自室へと戻ってもらうことに。

 残ったのは、同好会のメンバー。洸、柊、璃音、空、祐樹、志緒さん、美月。

 加えて新しく協力員として加わることとなった、九重先生。

 あとは、サイフォンを卓上用の脚立に立て掛け、画面上にサクラを表示させる。

 これにて全員。

 

「……何から話しましょうか」

「ええ……?」

 

 肩の力が抜けた。場から緊張感が消えた気がする。

 肩が軽くなったことで初めて必要以上に力が籠っていたことに気付く。

 恐らくは他の何人かも同じく脱力したことだろう。

 もしかしてそれが狙いだったのだろうか。……いや、なさそうだな。柊だし。

 

「逆に聞きましょうか。皆、何か聞きたいこととかある?」

 

 その問いに、各々顔を見合わせ、考え込む。

 やがて洸の手がゆっくりと上がった。

 

「なら、今の杜宮で何が起きてるのか、柊とミツキ先輩の意見を聞きたい」

「それは、異界発生の頻度について言っているということで良いかしら?」

「ああ。そもそもそんなに頻繁に発生するものじゃないって昔聞いたことがあるしな。加えて、2人がこの街に揃ったのには理由があるんだろ?」

 

 確かに。

 聞いた話によれば、柊は所属する組織のエース。美月はグループ総帥の孫娘。

 その2人が、偶然この町に配属されるなんてことは考えにくい。

 

「そう、ですね。杜宮の地に何が起きているか、という問いに答えられるような、明確な解答を、私たちは有していません」

「え……」

「実際の所、その調査に来ているという表現が正しいわね。何が起きているかを知っている訳ではないけれど、何かが起きていることだけは分かっている。だからこそ、私は派遣されているわ」

「ちなみに私も同様ですね」

 

 柊の回答に、美月も便乗した。

 異界化が多発した理由を調べている状況。

 こぞって調べると言うことは、それだけ危機的状況ということなのだろうか。

 前例があることで、今後大きな危機に陥るか。

 前例がないことで、未曽有の状況に陥るか。

 どちらもそう大差ないように聴こえるけれど、この確認だけはしておこう。

 

「柊や美月の所属組織は、何を警戒しているんだ?」

「そうですね。まずはそこをっきりとさせなくてはいけません。警戒していることですが、恐らく柊さんの所属と私の所属は、はっきり言って同じことを恐れています」

「同じこと?」

「“東亰震災”の再来です」

 

 

 

 

 一瞬、時が止まったかのような錯覚を得た。

 

 

 

「──え」

 

 続いて誰かの声か、もしくは複数人の重なった声が耳に届き、意識をはっきりとさせる。

 今、美月は“東亰震災”と言った。

 聞き間違いはないだろう。しっかりと意識を向けていた。

 しかし、今出てくる言葉とは思えず、耳を疑わざるを得なかった。

 

「いや、いやいやいや」

 

 祐騎が焦っているのか、言葉をうまく紡げていない。

 尤も、動揺しているのは全員同じだ。ここで自分が口を出すようなことがあれば、一気に色々な質問がみんなから飛び出てくるかもしれない。

 1人ずつ、質問をしていく流れの方が良いだろう。

 祐騎を見詰める。落ち着け、と。焦るな、と。

 その意志が伝わったのか、彼は一度大きく深呼吸して、再度口を開いた。

 

「ちょっと待ってよ。センパイたちの組織が関わってるって言い方だけど、あの震災は異界関連の出来事だったってこと!?」

 

 祐騎の疑問は尤もだ。

 柊の組織も美月の組織も、異界化を警戒していると言っていた。その上で“東亰震災”に対する懸念を持っているということは、“東亰震災”と異界化には繋がりがあるということ。

 しかし、そんなことが本当にあり得るのだろうか。

 

「そのとおりよ、四宮君」

 

 その疑問が肯定された瞬間、一気に緊張感が張り詰めた。

 

「かの大規模自然災害とされている一件は、完全に“とある超大型シャドウ”の発生によって引き起こされた対シャドウ案件」

「大型シャドウって言うと、この前の学校みたいな?」

「いいえ。それよりも遥かに大きな存在です。何せ、“杜宮市のほぼ全域を異界化させた”のですから」

「「「「「「 !? 」」」」」」

 

 市全体を、異界化。

 先日戦った強力な大型シャドウですら、引き起こした異界の規模は学校程度だったのに。

 いったいどれほど強力であるか、想像すらつかなかった。

 沈黙が続く中、九重先生が口を開く。

 

「当時私はまだ学生だったんだけど……うん、よく覚えてる。空が真っ赤に染まったの。知った今考えてみると、あれが異界化だったんだね」

 

 年長者である九重先生が、いつになく険しい表情で発言した。当時の状況を思い出しているのだろうか。惨憺たる光景が後に残ったという話を聞く。

 そう、未だに語り継がれるほどの、未曽有の大震災だ。

 特に注目を集めていたのは、首都圏を襲った大規模地震という点と、さきほど九重先生が口に出した、空が真っ赤に染まったという点。

 

「確か、ニュースでも話題になってました。昼間なのに、空が夕方みたいに赤く染まったっていう異常気象を、テレビで皆が口を揃えて言ってて」

「そういえば、空ちゃんは当時玖州の方に居たのね。ええ、そうよ。ここに居る皆が覚えているかは分からないけれど、実際にそれは起こった」

 

 鋭い目つきで、柊は語る。

 どこか力が入り過ぎていることを隠すように、冷静で平坦な口調を取り繕いながら。

 

「引き起こしたのは超大型シャドウ、名称は“夕闇の使徒”。シャドウは誕生後、市全体を異界化させ、全域に眷属であるシャドウを配置、町全体を破壊していったわ」

「待てよ。ってことは、実際に震災は起こっていないってことか?」

「良い質問ですね、高幡君。その通りです。震災は記憶操作の関係で作られたもの。実際の所、あれらはすべてシャドウによる被害になりますね」

「あんな規模の被害が、すべてシャドウによって……?」

「まあ、厳密には交戦の結果起こった被害もあるので、全部が全部シャドウによるもの、という訳でもないのでしょうが、大まかには」

 

 何のフォローにもなっていないフォローを美月が行う。

 いやでも、交戦……それはそうか。

 あの震災が過去のこと、もとい超大型シャドウが居ないと言うことはつまり、既に討伐されているということ。それは誰かしらかが戦って勝ち得た安寧、ということだった。

 

「ちなみに、今震災は起こっていないとミツキ先輩が伝えた通り、実態を知る関係者たちはかの事件を別の呼称で呼んでいるわ」

「その名前は?」

「……“東亰冥災”」

 

 “東亰冥災”。

 それが真の呼称、か。

 

「なるほど、夕闇の使徒に、冥災ね。確かにまあ、ピッタリな名称かな」

「確かに到底理解には程遠いが、納得できないってほどでもねえな。ここまで散々非日常を見せつけられてきたんだ。東亰震災……いや、東亰冥災か。あんなぶっ飛んだ非日常が異界絡みって言われても、頭が拒絶するほどじゃねえ」

 

 祐騎と志緒さんは既にある程度の納得をしているのか、話の続きを待っている状態だ。

 自分と空も、まあ正直当時のことを体験している訳ではないからか、気持ちは切り替えられている。

 一方で、璃音と洸はといえば、両方が顔を下に向けたまま何か考え事に没頭していた。

 

 

「璃音、洸、大丈夫か?」

「「……」」

 

 声を掛けても、反応が返ってこない。

 

「……ソラさん、リオンさんを揺らしたりして、こちらに意識を向けさせてください」

「岸波君も、時坂君を叩いて良いわよ」

「指示の仕方に育ちの差が現れてるね」

「ユ、ユウ君!」

「いやだって事実じゃ──ナンデモナイデース」

 

 柊の笑顔を見た祐騎が顔を背けた。

 そんなやり取りを尻目に、自分は隣に座った洸の背中を叩く。

 

「んっ……ん? どうした?」

「いや、どうしたって……話聞いていたか?」

「あ……悪い。少し考えごとしてた」

 

 かなりの没頭具合だった気がする。

 いったい何を考えていたのだろうか。

 今度、覚えていたら聞いてみよう。

 

 視界の隅では、こちらと同様に空が璃音の意識をはっきりとさせていた。

 しかし洸とは違い、璃音の顔色は悪い。

 

「……話を続けます。リオンさんは、以前アドバイスしたことを思い出して、心をしっかりと保って」

「……っ。はいっ」

「時坂君も、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫っす」

「……あと前もって言っておきますと、岸波君」

「? 何だ?」

「心の準備をしておいてください」

 

 ……唐突に、そんなことを言われても。

 いや、でもそれを前置くほどの情報が出てくると言うことか。

 しかし、何故自分を名指しで?

 思い当たる節はない。

 仕方ない。今まで以上に考えながら会話を聞こう。

 

「それでは、今回の一連の騒動で、私たちが“東亰冥災”の再来を警戒している点についての説明をしましょうか」

「……東亰冥災は、終わってないのか?」

「いいえ、確実に終息したはずです。これから起こると考えられているのは、紛れもなく別件のはず」

「じゃあ何で再来なんて言い方をするのさ」

「それは、色々な状況が重なった結果ですね」

 

 美月が柊と視線を合わせて、頷き合った。

 やがて視線は外され、美月はこちらを。柊は立て掛けたサイフォン……サクラの方を向く。

 

「サクラ、例の資料の準備を」

『はい、アスカ先輩』

 

 サイフォンが自動的に何かしらのファイルを探し始めたのか、色々なウィンドウが開かれていく。

 

「これから皆さんにお見せするのは、10年ほど前と今とを比較したデータです」

 

 そこで、各自のサイフォンが鳴動した。

 自分のものは立て掛けたままなので確認できないけれど、みんなはサイフォンを起動させ、何を見ているみたいだ。

 そう思っていると、柊から自分のサイフォンを返却された。見ろ、ということだろう。

 改めて、サイフォンの画面を覗き込む。

 

『まず、1枚目のファイルがここ3年間での異界の発生件数です』

「……これって、多いんですか? 少ないんですか?」

「そうね、普通であれば、このグラフはほとんど真っ白のはずよ」

 

 であれば、普通ではないな。

 1月あたりで見ても……いや、そもそも1月あたりで確認する状況すら可笑しいことになるけれども、とにかく直近のデータでは1月あたり5件前後に及んでいる。春頃では2~3件。去年はおおよそ1~2件で、2年前はたまに0件の月もあるくらい。

 

「そうやって見ると、多いな」

「それに、だんだん増えて言っているような……」

「ええ、その通り。2年ほどまえから着々と増加傾向にあるわね。今年に入ってはさらに急激に増えているわ。……サクラ」

『はい。皆さん、こちらが2枚目……東亰冥災から前3年分のデータになります』

「……こいつは」

 

 与えられた次のスライド。

 そのグラフの形は、1枚目とよく似ていた。

 確かに東亰冥災の前兆とも言える異界の多発が今も起きている、と言うことであれば、この状況を危険視することも分かる。

 これだけの長期間だ。偶然と言うことも考え難い。

 

「……ふーん。なるほどね。確かに状況は類似している。これが再来だって言う理由?」

「いいえ、もう1件あります」

「……なに?」

 

 志緒さんが眉を寄せる。祐樹の視線が鋭くなった。

 それでもなかなか次の言葉が紡がれない状況に、再度緊張が場に走る。

 何か言い辛いことなのだろうか。先の情報だけでも十分に危機的で、驚愕に満ちたものである。

 これ以上の何かを示されるのであれば、準備が必要だろう。

 

「異界化が多発し始めるタイミングの直前、つまりは今から1年半……いえ、2年ほど前のことです。これから“東亰冥災”に関連するであろう事柄が起きる可能性を想起させるようなある出来事を、北都グループは独自に観測しました」

 

 ……予感がした。

 北都グループが、独自に観測したこと。

 ……何故美月がわざわざ、自分に心の準備をするように言ったのか。

 北都グループと自分の間にある繋がりは、何だったか。

 何を起因としていたのか。

 

 

 結論を待つ全員の視線が、美月へと集まる。

 

 美月の視線は──

 

 

「……岸波君」

 

 

 ──やはり、自分の視線と、結びついた。

 

 彼女の口が、答えを紡ごうと開かれる。

 

 彼らが観測したことを予想できないほど、自分は鈍くなかったらしい。

 

 いくつかのパーツが嵌る感覚を得ながら、自分はその答えを聞いた。

 

 

「貴方の……“約8年ぶりの起床”です」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 美月の謝罪

 

 

 記憶を呼び起こす。

 自分が目覚めた場所は、何処だったか。

 北都グループの研究施設だった。

 目が覚めて、一番最初に見た人は誰だったか。

 北都グループの研究医だった。

 

 ではなぜ、北都の息がかかった施設でコールドスリープしていたのか。その経過を、北都が観察していたのか。

 10年前の“東亰冥災”──大規模異界における被害者だから。ということだろう。

 

 優しくしてくれたのも、お金を出してくれたのも、将来の道を提示してくれたのも、そう考えると納得がいった。

 結局のところ、データが取りやすいように身近に置いておきたく、監視を続けるために仲良くなり、手放さないよう将来までの道筋を舗装した、ということだろう。

 言うまでもないことだけれど、文句はない。

 命を救われ、社会復帰の手助けをしてくれた。無一文で孤立無援な自分に、立ち上がる為の力をくれた。その時点で、返せないほどの恩を受け取っている。

 恩人たちがそれを求めていると言うのであれば、答えよう。自分なりに、精一杯。

 

 今の話を受けて考えるべきことは、自分が何故コールドスリープをすることになったか。という点だろうか。後は、北都グループがどうしてそこまで自分の監視を続けたがっていたのかが、少し気になる。後者はいつか征十郎さんにでも聞くとして、前者は……どうしてだろう。

 確か最初に説明をされたのは、原因不明の病気に侵され、治療の目途が立つまで起こすことが出来なかったという内容。

 今まではそれを信じていたけれど、どうもおかしい。

 眠ってから目覚めるまでの期間は8年ほどだったという。いくら科学の進歩が目覚ましいからと言っても、そこまで急速に発展し、治療の目途が立つだろうか。

 加えて、異界由来の病気と言うと、すぐに思い浮かぶのが“BLAZE”の方々。彼らのように異界の要素を身体に取り込むことで何かしらの中毒になったということであれば、まあ分からなくはない。けれども、それでコールドスリープまでするだろうか。というところ。

 やはりこの辺りは、考えても分からない領域か。

  

「つまり、あれか? 今回の異界化には、ハクノが関わっているってことか?」

 

 洸の声に、思考を中断させる。

 そういえば、一連の異界発生の起点として、自分の目覚めについて語られたのだったか。

 

「そういう風に見ている人間もいます。良い関わりか悪い関わりかは終ぞ分かりませんでしたが」

 

 美月の答えに、ひとまず安堵する。これで『岸波君が引き起こしていると考えています』とでも言われたらどうしようかと思った。

 まあ、異界への関わり方で良いものなんてなかなか思い浮かばないけれど。

 

「そういえば聞いていませんでしたが、ミツキ先輩の所属する“ゾディアック”は人が多いし、色々な意見があったはず。そんな中で岸波君を杜宮へと編入させたのは、やはり岸波君の存在を……疑う勢力が強かったためですか?」

「疑うって?」

「自分が、異界を引き起こしている存在ではないか、という疑惑だろう?」

 

 洸の問いに答え辛そうにしていた柊の言葉を引き継ぐ。

 まあ、そうだろう。北都グループの中でどれだけの人数が異界に関与しているのかは分からないけれど、それでも母数が大きくなればなるほど、不安を持つ人の割合も増える。

 

「……ええ、その通りよ。それで言いたくはないけれど、岸波君に後ろ盾などは存在しないわ。親も家族もいなく、友達がいたとしても事故の影響で長期間会っていない。つまりは、“消したところで痕跡は残らない”。ということになる。となれば抱えるリスクを恐れ、排除しようという声もあったんじゃないですか?」

「……まあ、そういうことを考える人が居たのも事実です。岸波君に杜宮に来てもらった理由の1つが、そういう方から引き離す目的ですね。後は岸波君とシャドウの発生とに因果関係がないことを証明するためでもあります。誓って、私やお爺様には岸波君を害そうという思惑はありませんでした。言い訳がましく聴こえるかもしれませんが、それだけは言っておきます」

「言い訳だなんて思わない」

 

 実際、征十郎さんも美月も、自由にしろと言ってくれていた。過ごし方を考え、多くのものを得るのだと助言を貰っている。

 何か罠に嵌めるのであれば、そんな面倒なことはしないだろう。

 

「ま、ハクノ先輩ならそう言うよね。なんたって柊センパイの一大事って時にわざわざ口説きに行くくらい、北都センパイを大事に想ってるみたいだし」

「へえ?」

 

 細められた柊の目が自分を捉える。

 祐騎が空気を換えようとしてくれたのは分かる。

 分かるけれど。

 

「もう少し言い方ってものがあるだろう、祐樹」

「でも事実でしょ。ね、北都センパイ」

「……ええ、まあ、口説かれましたね」

「ほらぁ」

「ほらぁ。じゃない」

 

 ……まあ、若干空気が緩くなったので、良いけれども。

 

「今までの話の内容を纏めると、柊や美月の所属する組織は、大規模な異界化の発生を警戒しているっていうことで良いんだな?」

「ええ、そうね」

 

 柊が頷く。これで最初の洸の質問に対する答えになったか。

 さて、他に質問は……

 

「……なあ、ちょっと良いか?」

「なんでしょう、高幡君」

「なんでお前ら2人が、いや、岸波を含めて3人が杜宮に来たのは、偶然か?」

 

 志緒さんの問いに、自分を含めて数人が首を傾げる。

 自分はともかくとして、柊と美月は異界の調査に来ているんだよな?

 

「……それは、なぜこの広い東亰で、杜宮に拠点を構えているのか、という確認ですか?」

「ああ、その通りだ」

 

 柊の返しに納得した。

 確かに、異界に備えるという意味では、杜宮に来る必要性はなさそうに思う。

 他の町でも良かっただろうし、ここで2組織がかち合わせたということは、騒動の中心が杜宮であるというようにも思えてくるけれど……

 

「そうですね、強いて言えば、一番施設が充実しているから、でしょうか」

「私も同じですね。協力者が多い土地だから、という形になります」

 

 それはつまり、異界に対する備えが最もされているということ。

 裏を返せば、それだけこの場所が重要ということではないか?

 

「まあでも、この杜宮に施設が充実した理由は、あまりよく分かっていないのよね。ミツキ先輩はどうですか?」

「そうですね……元々お爺様がここで暮らしていたということもあるかと思います。そのお陰か、以前の東亰冥災ではここがかなり重要な反撃拠点だったみたいですし」

「へえ……ハクノはどうなんスか、ミツキ先輩」

「岸波君は私が居るからですね。高校に通いながらサポートするとなると、私しか適任がいないので」

 

 それはそうだ。高校生で北都グループに在籍している人なんて限られるし、異界に関わっている人間ならもっと少ない。美月が対応することになるのは、仕方のないことだろう。

 迷惑を掛けて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 とにかく、杜宮を拠点にしているのは、10年前の名残ということが大きいのだろうか。

 

「……さて、いったん休憩にしましょうか。いきなり詰め込みすぎても大変でしょう」

「……まあ、そうッスね。正直東亰冥災の下りだけでも疲れたって言うか……」

 

 全員が頷く。

 それはそうだろう。自分たちの幼少期に起きた大きな震災が他人事ではないと言うのだから。

 

「……では、30分くらい後でまた集合しましょうか。幸い、今日はこの後も宴会場を使えるみたいだし」

 

 柊の言葉に、全員が賛成の反応を返す。

 張り詰めていた緊張感は完全に消え、疲労感が伝わる溜息が、あちこちから零れ始めた。休憩にするのが少し遅かったくらいだな。

 まあ何にせよ、自由時間だ。各自好きな行動をして、一回頭の中をリセットする必要がある。

 自分はどうやって時間を潰そうか。と考えていると、美月から声が掛かった。

 

「岸波君。少し残ってもらえますか?」

 

 特にやりたいことも、待たせている人もいないので頷きを返すと、美月はほっとするような表情を浮かべる。

 わざわざ休憩の時に言うということは、何かみんなの前では言い辛いことなのだろうか。

 ……まあ、先程までの話の流れからして、北都グループと自分のことだろうけれど。

 空気を読んでくれたのか、全員がすっと立ち上がり、宴会場を後にしていった。

 残されたのは、2人のみ。先程まで光っていたサイフォンのディスプレイも、一時的に真っ暗になっている。

 

 

「岸波君」

 

 気が付くと、美月が近くまで歩いて来ていた。

 どうしたのだろうか、と彼女を眺めていると、彼女は突然膝を降り、床に座り込み、頭を下げる。

 

「今まで騙すような真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 若干、震えたような声で、彼女は土下座をしていた。

 どうして謝られるのか、理由が思い当たらず返答に困っていると、彼女は続きを語り出す。

 

「傷つけるような意図はなかったとはいえ、意見を奪い、思い通りに動かし、私たちの都合に巻き込んでしまった。ずっと、ずっとそのことを、謝りたかった」

 

 やはり聞いていても、謝られている内容が分からない。

 そんな事実は、なかったと思うけれど。

 取り敢えず、話をしっかりしなくては。

 

「頭を上げてくれ、美月」

 

 声を掛けると、素直に額は地面から離れた。

 正直美月が土下座する光景なんて一生見ることはないと思っていたので、頭が追い付いていない。

 けれども、動揺しているだけではいけないことだけは分かっている。

 

「はっきり言って、美月がどうして謝っているのかが、自分には分かっていない」

「それは、そうでしょう。そうなるように、北都が教育をしていたので」

「……どういうことだ?」

「貴方が私たちに感謝の気持ちを抱くよう、教育──いいえ、洗脳と言ってもいいでしょう。とにかくそう仕向けてきたんです」

 

 詳しく話を聞いてみると、自分はそもそも目覚めた際、自分はかなり無気力だったらしい。今ではそんなこともないだろうけれど、主体性がなく、自分から決定して動くこともなかったとか。

 そこを北都の研究者たちは、利用したのだと言う。

 あたかも恩を与えているかのように振る舞い、報いることが大事だともっともらしい道徳教育を施して。等々。

 色々聞いたけれども、やはり彼女を責める気にはならない。

 それどころか、北都グループに対して怒りを覚えることさえなかった。

 だって、それでも救われたことには変わらないから。人体を弄られたわけでもなく、思考にメスを入れたわけでもない。

 教育を受けて、そういう方向に育ったこと。それはあくまで自分の成長だ。責任は彼女になく、自分にあるだろう。仮にあったとしても研究者や、それを命じた大人だ。美月に責任はまったくない。

 彼女や彼女の祖父がそういった考えでなかったことは、さきほど彼女自身がみんなの前で語った通りだ。

 

「……」

「……」

 

 ……でも、そうか。自分も少し、美月に対する接し方を考え直す必要がある。

 今までは友人だとも思っていたけれど、恩を返す対象という見方が強かった。もちろんそれは今でも変わらない。

 けれども、その姿勢を前面に出し過ぎていたかもしれない。それが彼女の罪の意識を促進させたのではないか。

 美月自身も胸の内にしこりを抱えたまま自分と向き合っていて、本音を出しづらかったのかもしれない。

 ……一度冷静になって考えてみるべきだろう。

 はたして今までの関係は、友人関係として適切なのかどうか。

 

「……うん。やっぱり、美月が謝ることじゃない」

「そんなことはありません」

「霧の日に話したと思うけれど、自分が美月と仲良くしているのは、美月が“北都 美月”だからだ。確かに美月は北都グループの人間で、自分の境遇に1枚噛んでいたのかもしれない。けれども、さっき他らなぬ美月が言ってただろう、自分を動かしたのは、自分への疑いを晴らす為だったと」

「……」

「だから、感謝こそすれど、責めることはない。だから美月もその件については謝らないでほしい」

 

 彼女に対する感謝は、本物だ。

 岸波 白野が、友人である北都 美月に抱いている感情だと、まっすぐに言える。

 そこに何かしらの教育は関係なく、この地で歩み育まれた感性が、自分の抱く信頼は正しいと告げていた。

 

「それに、友達にそんな土下座なんてされても正直困る」

「……おともだち」

「ああ。自分と美月は友人だと、今でもはっきりと言える。美月も、それは認めていてくれたと思ったんだけれど」

「……それは」

 

 一瞬の躊躇い。視線が自分から外れる。

 彼女の中には、まだ迷いがあるのだろうか。

 

「美月にも思う所があるのは分かった。分かったつもりだ。けれど、自分は北都グループのこととかは関係なく、美月と友達になりたいと思っている」

「北都のことは、関係なく……」

「この前も伝えたと思うけれど、自分が美月を信頼しているのは教わったからだとか誰かに言われたからじゃなくて、自分の目で見て信じられると思ったからだ」

 

 その時に伝えた内容も、勿論その日のこともよく覚えている。

 

「もう一度同じことを言おうか?」

「……いえ、あんな恥ずかしいことを2度も言わなくて結構です」

 

 若干頬を赤らめた美月が答える。

 そんな恥ずかしいことを言った気はしないけれど。というか言い方に棘があるような気が。

 

「そうでしたね……ここに居る私は、今あなたの前に居る私は、“ただの”北都 美月でした」

 

 “ただの”北都 美月。

 その表現は、さきほど彼女が恥ずかしいことと切り捨てた発言の後、ややあって美月に気持ちが伝わった後にも聞いた気がする。

 

────

 

「そこまで友人に頼まれたのでは仕方ありません。生徒会長……いえ、“ただの”北都美月としてでも良ければ、協力させてもらえませんか?」

 

────

 

 

 そういえばあの時も、微妙に会話が噛み合っていなかったんだっけ。

 そのズレを祐騎がひとつひとつ結び直してくれ、自分と美月のすれ違いをなくしてくれた。

 あの日の経験があったからこそ、こうして美月と話が出来ている。

 後で祐騎に飲み物でも奢ろう。

 

「……なら、この場で改めて約束させてください」

「うん?」

「北都 美月は、友人として、岸波君の、そして皆さんのお役に立つことを」

「?」

「……? どうして首を傾げているのですか?」

 

 いや、だって……なあ。

  

「友人は役に立つ・立たないを重要視しないだろう」

「──」

「自分が美月に望むことといえば、友人として仲良くしてくれることくらいかな」

 

 自分の言葉に、美月は目を丸くした。

 そんなに驚くことだっただろうか。

 ……いやでも、そんな変なことは言っていないつもりだけれど。

 

「ふ、ふふふっ、そうですね。ありがとうございます。岸波君」

「いや、どうしてお礼?」

「言いたくなったからです。……こほん。改めまして、今後とも私と仲良くしていただけますか?」

「こちらこそ、今後ともよろしく」

 

 美月が笑顔を浮かべる。

 見惚れるほどに綺麗な笑顔だった。

 

 新たな縁の息吹を感じる──

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“女帝” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

「……なんだか少し気恥ずかしいですね。少し風に当たってくることにします。岸波君、休憩時間を割いてくれてありがとうございました」

「こちらこそ、大事な話をしてくれてありがとう」

 

 立ち上がり、襖を開ける美月の背を見送る。

 流石に顔を合わせたくはないだろう。自分はここでみんなが戻ってくるのを待つことにした。

 

 




 

 コミュ・女帝“北都 美月”のレベルが上がった。
 女帝のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 5

 特に何かをするわけでもなく、そのまま宴会場に1人残る。広い空間に1人で居ると、どうしてか居心地が悪い。あまり感じたことのない窮屈観だった。

 手持ち無沙汰を解消する為に、サイフォンの電源を入れる。

 

『あっ』

「あっ」

 

 サクラの姿が投影された。

 

「……そういえばいつの間に電源が切れていたんだ?」

『すみません。私が会議中ずっと立ちあげたままにしていたので、充電が』

「ああ、なるほど」

 

 充電が切れそうだというのは、盲点だった。

 何にせよこの場所をいったん離れる理由もできたことだし、一回部屋に帰ろう。充電器を持って戻った頃には、誰かしらが帰って来ているかもしれないし。

 

 

────

 

 

 部屋に戻り、充電器と長めのコードを回収。特に何かするわけでもなく、部屋を出た。

 誰かしらいるかと思ったけれど、誰も居ない。みんな外に居るのだろうか。話し合いに参加していない人たちはもしかしたら再度お風呂を使用しているのかも。

 自分も入りたくなってきたな。話し合いが終わって時間が余っていたら入ってしまおうか。

 

 そんなことを考えながら宴会場の扉を開けると、たった1人、帰って来ていた人物が視界に入った。

 

 

「あら、早いわね岸波君」

「柊こそ、早いな」

「別に私は誰も呼んでいないから話す相手もいないから……って、貴方もだったわね」

「ああ」

 

 誰も連れてこなかった仲間である柊と自分。厳密にいえば志緒さんもそうだけれども……彼が帰って来そうな気配はない。

 そんなことを考えていると、祐樹が戻って来た。

 彼は座っていた自分と柊の姿を一瞥すると、口角を上げる。

 

「どうした?」

「いや、予想通りのメンバーだと思って」

「……少し馬鹿にされているような気がするのだけれど」

「そうか?」

「そんなことないよ柊センパイ。気のせい気のせい」

 

 なんてやり取りをしながら、他のメンバーが帰ってくるのを待つ。

 柊と合流したのが、再集合時間の40分前。祐樹が30分前に帰って来て、その後はしばらく誰も戻ってこなかった。

 そして、約束の10分前くらいだろうか。久し振りに戸が動く。

 

「まだ3人か?」

 

 開いた戸の先には、志緒さんが立っていた。

 

「志緒さん、と美月と九重先生も一緒か」

 

 志緒さんの大きな身体に隠れてしまっていて見えなかったが、彼の後に続いて2人が入室してくる。

 みんな、各々の元居た場所に座り直した。

 

 

「ちょうどそこで会いましたので」

「あと来ていないのは、コー君とリオンちゃんにソラちゃんかな」

「そうですね。まあ時間にルーズな人たちではないから、待っていれば来るでしょう」

「……まあ時坂は全員に声を掛けて回ってたみたいだから、少し遅くなるかもな」

「あ、センパイたちの所にも来たんだ。マジメだよね、コウセンパイも」

 

 洸自身も色々な情報を与えられて困惑しているだろうに、そんなことを。

 ……いや、だからこそか。頭の整理をするのに誰かと話をすることは分からなくはない。事情を共有している人と話し合うことはごちゃごちゃな頭の中のものを順序だてて落とし込むには一番の近道だろうし、まったく関わりがない人と話せば一度頭の中のものを強制的にリセットできるだろうから。

 その後も、なんとなく洸の話で盛り上がる。改めて話してみると、話題に欠かない存在と言うか、みんながそれぞれ洸とのコミュニケーションを築いていることが分かった。

 例えばだけれども、祐樹に璃音とのエピソードを語ってと振ったところで、特に何も返ってこないだろう。ここは友達というよりは仲間という関係性が正しい。一方で祐樹に洸とのエピソードを聞けばぽろぽろとこぼれ出てくるだろうし、璃音も同じだろう。

 全員と付き合いがあるという意味では自分も同じだけれど、やっぱり自分たちの中心が誰かと言われれば、洸のような気がする。

 

 と考え込んでいると、不意に充電状態だったサイフォンから声が聴こえてきた。

 

『先輩、リオンさんから連絡です』

「?」

 

 サクラの呼び掛けに応え、サイフォンの待機画面を覗き込むと、未読のメッセージが1件来ていた。開いてみると確かに璃音の名前が。

 内容は……

 

「“少し戻るのが遅れるから、話進めてて”って」

 

 ……SPiKAのところにでも行ったのだろうか。

 まあ戻って来れないようなら仕方ない。

 その伝達の直後、最後の来訪者がやって来た。

 

「スミマセン、遅れたっす」

「すみません!!」

 

 右手を立てて謝る洸と思いっきり頭を下げる空が帰って来たことで、再開可能な人が揃う。

 2人に璃音が遅れることを伝え直した後、再度話し合いを始める。

 と言っても、前回上がった話題は一応結論が出たので、交わされるのは新しい議題だ。

 

「そういえばさ、結局柊センパイと北都センパイの所属ってどういう組織なの?」

 

 祐騎の問いかけに、2人が顔を見合わせた。

 

「そういえば男子の皆には話していなかったわね」

「そうですね。リオンさんも居ないことですし、話すにはちょうど良いかもしれません」

「久我山は知ってんのか?」

「リオンがというよりは、女子はという形ね。お泊り会の時に少し話したのよ」

 

 ああ、例の。と男子が納得する。

 救出の後に行われたというお泊り会。気付けば女子たちの仲がぐっと縮まっていた、自分たちの知らない時間。

 確かに、璃音が居ない状態で進める話題としては最適と言っても良いだろう。

 

「ではまず、私の所属する“ゾディアック”から」

 

 ゾディアック。美月というか、北都が所属しているらしい組織。

 その程度しか事前の知識としては持ち合わせていない。

 

「“ゾディアック”の特徴は、複数の企業が共同で成り立たせている組織ということでしょう。正式な数を把握はしていませんが、その組織の中核もしくは代表となる大企業は12社。参加企業の所属国は多岐に渡り、世界的に活躍をしている組織の1つです」

「世界的に……そうっすよね、当たり前だが、杜宮だけの問題じゃない」

「その通りです。人知れず対処しているとはいえ、異界……というより、対シャドウ案件は世界各国の闇で蠢いています」

「……ん? わざわざ言い直したってことは、異界と対シャドウ案件っていうのは別なのか?」

「そうですね。今回の杜宮の一件は異界化ですが、この異界化という現象は対シャドウ案件の一種とされています。対シャドウ案件は、シャドウが発生する事件すべてのことを指すので、異界化より大きなくくりになりますね」

 

 異界化以外にも、シャドウが発生するケースがあるということか。

 首を突っ込みたいとは思わないけれど、どういう事件があるのかは気になる。

 とはいえ、そこまで聞いていくと話が脱線してしまうので、取り敢えず今は気に留めておく程度にしよう。

 

「……話を戻しますが、ゾディアックに参加している多国籍企業のうち、日本国籍の企業は2社あります。それが、“南条コンツェルン”と“北都グループ”ですね」

「……へえ、北都の名前が挙がる時点でどこが来ても驚かないつもりだったけれど、南条もなんだ」

「まあ南条は歴史的に見れば比較的新しく参加した会社ですけれどね。あれよこれよという間にゾディアックの中心企業になる辺り、流石は南条といったところでしょうか。とはいえ日本でゾディアックに参加しているのは北都と南条だけではなく、協力会社や準構成会社などを含めれば相当な数が参加しています」

 

 思っていたより大規模らしい。

 自分には南条コンツェルンとか、北都グループとか言われても規模にピンと来るものがないけれど、まあみんなの驚き様を見ていて、凄いことなのは分かった。

 

 一通り語り終えたのか、美月は一度水を飲んで、柊へと顔を向けた。

 ここからは、彼女の所属の話になるのだろうか。

 

「“シャドウワーカー”はゾディアックとは違い、歴史のある組織でも、構成人数が多い組織でもないわ。どちらかといえば少数精鋭という形ね」

「実際結成は数年でしたよね?」

「ええ。活動は主に日本国内のみ。正規隊員数は1桁。といった形で、言葉にしてしまえばかなり小規模よ」

「……なんか、北都センパイのとこの組織について聞いた後だと、どうしても比較しちゃうね。さっきは北都に南条なんてビッグネームが並んでいたわけだし、国際規模の話だったからさ」

 

 祐騎の意見に、美月を除いた全員が同意を示した。どうして所属している柊自身が同意しているのだろうか。

 そんな疑問を他所に、さきほど唯一同調しなかった美月が口を開く。

 

「一応、シャドウワーカーさんの方もバックは南条ですよね?」

「いいえ、違いますけれど」

「……? しかしシャドウワーカーのリーダーは、桐条の人間ですよね?」

「ええ」

 

 なにやらまた分からない人の名前が出てきた。

 

「桐条って誰だ? 有名人?」

「いや、俺も知らないな」

「私もです」

「え、センパイも郁島も嘘でしょ? まあ確かに南条には劣るけれど、桐条グループも世界的に有名な大企業グループだよ」

 

 自分がこっそり近くの人たちへと問いかけたところ、首を横に振られる。

 洸も空も知らないということは、そんなに有名人ではない、ということか? しかし祐騎の反応を見る限りでは知名度はあるみたいだし、裏の世界での有名人、というわけでもなさそうだ。

 

「念のため私から軽く説明させてもらうと、桐条家というのは先程話に上がった、南条コンツェルンの創設者の血筋、南条家の分家にあたる家柄になります」

「分家……でもアスカ先輩はそういうバック的な繋がりはないって」

「その辺りは私も聞いた話程度にはなるけれども、少なくとも桐条家は南条家と別として考えて問題ないらしいわ。両家間は別段仲が悪い訳でもいざこざがあるわけでもないけれど、敢えて別々の道を進むことを選んでいる、みたいな……」

「? よく分からないな」

 

 説明を聞いてはみたものの、ついつい首を傾げてしまう。

 つまりはどういうことなのだろうか。

 まず、美月がそもそもシャドウワーカーを南条由来の組織だと思っていたのは、シャドウワーカーのリーダー的立場である人の家柄が、南条コンツェルンに通じるものだったから。

 しかしながら、その人の家系──桐条家は、南条家の分家であるものの、南条と袂を分かった家柄だという。だからシャドウワーカー、柊の所属組織に南条コンツェルンの息は掛かっていない、ということか?

 

「なるほどな。敢えて進む道を分けたってことか」

 

 不意に、志緒さんが納得したような顔持ちで口を開いた。

 

「分かるのか? 志緒さん」

「まあ何となくだがな。味方の全員が全員同じ道を辿らなくちゃいけねえなんて、そんなことある訳がねえだろ。それを家……血筋単位でやってのけてるのが、その南条家と桐条家ってことじゃねえかって」

「ええと、つまり?」

「ま、端的に言えば、組織が違えば見方も変わるじゃん? その見方が違う人と協力しあうことができれば、問題に対してより有効的なアプローチが取れるようになるってことじゃない?」

 

 ってことでしょ? と志緒さんの様子を横目で伺う祐騎。その問いかけに志緒さんは頷きを返す。

 

「ま、四宮の言う通りだ。そこら辺、北都の方が理解できるんじゃねえか?」

「……ええ、そういうことなら。敵対しないのであればそれは、足の引っ張り合いが発生しないということ。異なる視点を持った上で、何の憂いもなく同じ目的に取り組むことができる存在というのは、存外得ることが難しいですから」

「そういうものか?」

「会議参加者たちの権力や名声が大きくなればなるほど、そういう裏切りは起きやすい傾向があります。より利益を求めたり、地位や立場を重んじることが増えるからでしょうね」

「……なんていうか、北都先輩たちも大変なんスね」

「大変、ということはありませんけど……まあ慣れていますので」

 

 本当に? と思わないこともない。

 だって、美月はまだ18歳の少女だ。

 確かに自分たちの中では一番そういった場にも慣れているだろうし、権力や地位などを身近に感じる人間だろう。

 それでも、それが当たり前だからといって、大変さが薄れたり、疲れにくくなったりということは、あるのだろうか。

 

「しかしなるほど。考え方が少し固執し過ぎていましたね。家柄とか、血筋とかの関係を超えて全体の益となるフットワークの軽さは、私たち北都も見習わないといけないのかもしれません」

 

 家系だとか、家柄、身分という言葉に囚われる。

 北都として生き、北都の顔の1つとして行動してきた美月だからこそ、嵌りやすい沼かもしれない。考え方は染み付いていて、一朝一夕で変わることはないだろう。

 ……今度、一度しっかりと話し合ってみて、自分の中の違和感を解消すべきだろう。

 

 って、盛り上がっているところ申し訳ないけれど、この話の主題はそこではない。

 

「つまり美月の所属する“ゾディアック”と、柊の所属する“シャドウワーカー”は、協力関係を結びにくい立場にそれぞれあるのか?」

「「その通り」です」

 

 まったくの別組織。古豪と新興勢力。美月も柊も各組織では重要な立場の人間。正直言って、独断で仲良くできる範囲なのかまったく分からなかった。本当に美月が前回、美月個人として動いてくれたのはとてもありがたいことだったな。

 先程の話を聞いていて思ったことだけれど、ここで両組織が手を結ぶことを、南条家が快く思うとも考えにくい。ゾディアックの主要会社の1角にして、シャドウワーカー創設者の家系における本家筋。南条家の考え方としては、わざわざ別勢力として存在することに価値があるという内容だったと思うので、多少なりとも両方動きづらいのではないだろうか。

 

「まあそれを解決するためのアイデアはもう出ているのですが……アスカさん」

「ええ。これについては、リオンが戻ってからにしましょう」

「え、それ僕たちにも関係ある話?」

「そりゃそうだろ。柊も北都先輩も仲間なんだから」

「……まあ、抗争とかに巻き込まれないならイイけどさ」

 

 口を尖らせた祐騎。

 これには美月も柊も苦笑気味だった。

 彼女たちも巻き込みたいと思っているわけではないだろう。恐らくそれは祐騎自身も分かっている。

 まあ別に解決案が出ていると言うのであれば、今回はそれで良いだろう。

 でも、これから先長く付き合っていくのであれば、こういった問題は今回だけのことではない。

 だから、しっかりと話しておかなければ。

 祐騎だけでなく、全員に。

 

「けれど祐騎、巻き込まれていないと何が起きているか分からなくなるぞ」

「……そっちの方がヤだね。知らない所で勝手に物事が進んでて、勝手に進路を決められ勝手に退路を断たれるなんてまっぴらごめんだ」

 

 そういった己の無知による理不尽を、祐騎は嫌う。

 知っていないと気が済まない、探究者気質の彼らしい反応だった。祐騎の目に光が灯る。

 いや、灯らせたのは1人だけではない。理不尽を嫌っているのは、何も祐騎だけではないから。

 誰もが大あり小ありの苦渋を飲まされているのだ。

 例えば力が足りなかった志緒さんとか。

 例えば間が悪かった空とか。

 璃音だって洸だって同じ。きっと美月にも柊にもあるだろう。

 だからこそ、自分たちはこうして戦うことを選んでいる。

 

「じゃあまさに、勝手が過ぎるって感じになりかねないわけだ」

 

 最初に口を開いたのは、洸。

 

「なら全員、覚悟を決めて巻き込まれるしかねえな」

 

 続いて志緒さんが拳を突き合わせつつ、口角を上げて話す。

 

「問題も何もかもを踏まえての仲間、ですしね! でも、どれだけ問題があったとしても、わたし達なら解決していけると思います! 時間が掛かっても、1つずつでも、しっかりと!」

 

 空が良いことを言ってくれた。

 おかげで、そうだな、と全員の表情が明るくなる。

 そう。自分たちには培い育み続けた縁がある。信頼も信用もある、素敵な仲間たちに恵まれた。

 だから大丈夫なのだろう。と思う。空が言った通り、問題が起きたとしても何とかできるはずだ。自惚れでも慢心でもなく、このメンバーならできると信じられる。

 それはきっと、ここにいる皆も同じものを共有してくれていて。

 そして、今大急ぎでこの部屋に向かってきている足音の主も、そうだろうと思えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 6

 

 

「遅れてゴメン! ホントにゴメン!!」

 

 勢いよく開いた戸。その先に、息を切らした璃音が立っていた。

 

「そんな急がなくても大丈夫よ。今ちょうど、この前話した私とミツキ先輩の組織の話をしていたところだから」

「いや、でもっ……ゴメン。あたしだけ」

 

 俯く璃音。彼女が遅くなった理由は分からない。とはいえ恐らくSPiKA関連で、何かしらの揉め事があったのではないだろうか。

 取り敢えず、SPiKAの人たちが来ていたことを知っているのは、この中でも一部のメンバーだけだ。あまり気軽に言いふらして良いことでもなさそう。ここで遅れた理由や、そこで起きていたであろうトラブルが無事解決したのかを尋ねる訳にはいかなかった。

 

「と、とにかく座ったらどうかな? ね?」

 

 一方的に謝罪の言葉を述べる璃音に何も言えなくなった柊。それを見た九重先生が、ひとまず着席を促す。

 それを聞いた璃音はやがてこくんと頷き、失礼しますと宴会場の中に入って来た。

 元居た位置である、空の隣に腰を下ろす。

 

「それじゃあ久我山センパイも来たことだし、さっきの解決策とやらを教えてもらってもイイかな?」

 

 璃音が座ったことを確認してすぐ、祐騎が口を開いた。

 そういえば、その話は璃音が来てから、ということだったな。

 

「えっと、さっきのって?」

「アスカ先輩とミツキ先輩の組織が表立って仲良くはできないので、本人たちが仲良くすることはできないんじゃないか、っていう問題のこと、ですよね?」

「……概ね合ってはいるけれど」

「ま、まあ仲良くというか、普通に仲間として過ごしていくには、という問題ですね」

 

 日和ったな。と、空と九重先生以外の全員の視線が2人に刺さる。

 2人も居心地悪そうにしている。心なしかお互い顔を少し逸らしているようにも見えた。

 この2人は若干似ているところがあるというか、仲良くできそうなのだけれど、如何せん今までが今までだったので歩み寄りがたいのだろう。そこはこれからの時間で解決していくほかない。

 

「それで、その解決案とやらはどういうのなんだ?」

「……コホン。ええと、部活という括り、それから皆さんのような現地協力者の存在を借りる手ですね」

「端的に言ってしまえば、“将来有望な戦力の引き抜き合いをするから、同じ団体として活動することを見逃してくれ”ってこと。私たちが逐一組織に情報を提出し続けることで、競争しているという構図を守り通すやり方よ」

 

 さきほどの話で、美月……いや、北都グループが所属する“ゾディアック”と、柊が所属する“シャドウワーカー”の間には、埋めるべきではない溝があることが判明した。少なくとも、互いにその溝を埋めるような動きは、組織の重要な一部層に良い顔をされないであろうことも。

 故に必要なのは、同じ団体──部活として動く大義名分。

 所属組織が仕方なくとも黙認するような理由付けだ。

 

「でもそれって、大変なのは報告する柊と北都先輩だけじゃねえっすか?」

「いいえ時坂君。将来有望な戦力と報告するのだから、その名前や来歴、戦い方に能力などは一緒に報告しないといけないのよ。だから貴方たちには結果的に、迷惑を掛けてしまうことになるわ」

「……つまり、どういうコト?」

「この対シャドウ案件が終わった後、両陣営の関係者から声を掛けられることが増えるかもしれない、ということです」

 

 言ってしまえば彼女たちの案では、自分たち未知の戦力に興味を抱かせる必要があると言うこと。そうすることで美月や柊が一緒に戦うという事態には目を瞑ってもらえる、というか、目を向けなくなるだろうから。

 一方で自分たちは興味を持たれるわけだから、その興味や関心が直接自分たちに働いて来るかもしれない。俗にいえばスカウトなどを受ける可能性があるということだった。

 

「そもそもは私たちの組織の問題。その解決の労力を皆さんにも強いてしまう形になってしまい、逆に申し訳が立たないほどです」

「勿論、皆の了解を得られないのなら、また別の案を考えるわ。だから、忌憚ない意見を頂戴」

 

 柊の言葉に、全員で顔を見合わせる。

 数人は不思議そうな顔持ちで、数人は既に覚悟を決めたような表情をしていた。

 前者は何なのだろうか。

 

「わたしは大丈夫です! 寧ろそこで迷惑を掛けるなんて畏まらないでください! 仲間なんですから!」

 

 空が力強く断言する。

 彼女の言葉に、近くにいた璃音と志緒さんも頷いた。

 

「あたしも大丈夫。注目されることには慣れてるしね。本業に影響してくるようなら、流石に困るケド」

「対シャドウ案件はあくまで日陰。明るみには出せない事業ですから、リオンさんの懸念していることは大丈夫だと思いますが……」

「まあ力を持っていることは事実だしな。多分ここに居るメンツなら、勧誘に押されて負けることもねえだろ」

「まあ、泣き落としでもされない限りは大丈夫でしょうけれど。好い人ばかりなので、その点だけ心配と言えば心配ですね」

 

 まあ確かに、セールスとかには負けなさそうだな、全員。

 詐欺とかにも引っ掛から無さそう。

 なんだかんだ言って他人に優しくできる洸や空だって、間違っていることは間違っていると指摘できる人間だし、何ならセールスや詐欺の人に無理矢理声を掛けさせるのを止めるように動く姿まで想像できた。

 余計なお世話を焼く姿が目に浮かぶのは相当だと思うけれど、まあそれも彼らの良さだろう。

 

 色好い返事が聴こえてくる一方で、反応しなかったのは洸と祐樹だった。

 

「オレはてっきり、もう報告とかをされているもんだと思ってたが」

「流石にしていないわ。現地協力者がいる、という程度ね」

「……とはいえ、流石に岸波君のことだけは報告しています」

「いや、自分のことを北都に報告するのは義務だろう。休憩前の話を鑑みるに」

 

 保護してもらっている分、その対価は支払わないといけない。それがこの地での活動なのだったら、提出することに何の問題もないだろう。

 先程美月にも言ったけれども、特に気にしないで欲しい。

 と視線に込めて美月を眺めたら、彼女は2,3回頷いた。

 何の頷きだ?

 

「ちなみに岸波君のことはシャドウワーカーにも報告済みよ」

「……? え、それは何で?」

「流石にワイルド能力者となると、話が変わってくるの。事態の規模の把握にも繋がるし、何より戦力として大きすぎる。……まあ、岸波君は半ば北都の所属のようなものだから、隙があれば引き抜いてこいくらいのことしか言われていないけれど」

「柊さん? それは初耳ですよ?」

「聞いていなくても予想はしていたでしょう、北都先輩」

 

 何故急に苗字で呼び合っているかは分からないけれど、じゃれあっているのは分かった。深く踏み込まないようにはしよう。

 しかし、度々聞いているけれど、本当にすごい力なんだな、自分のペルソナ能力って。

 ……どうして自分にだけ、そんな力があるのだろうか。

 

「参考までに、過去いたワイルド能力者って、どんな人だったんだ?」

「「…………」」

「なんだその、味が分からないものを食べているような表情は」

 

 ものの見事に似たような反応を示すので、思わず突っ込んでしまった。

 

「私は直接会ったことはないので、人づてに聞いた評判にはなりますが、それでも良ければ」

「じゃあそれで」

「私は1人話したことがある人と、1人よく話に出てくる人がいるから、その2人についての共通点を私なりに見出してみるけど」

「ああ、頼む」

 

 それでも、うーんと考え込む2人。

 まあ、類似点を見つけるのは難しいのかもしれない。人には個性というものがあるわけだし。

 

「曰く、感情の起伏を表情で隠すことが上手く、総じて第一印象が“地味目”だったり“暗め”だったりするとのことです」

「え、キミのことじゃん」

「璃音?」

 

 いやまあ、確かに地味とは言われたけれども。特に璃音のシャドウには。

 それに、感情が読み取りづらいとも言われた気がする。平気な顔して冗談を言うなどと言われたこともあった。まさかここが共通点だとは思わなかったけれども。

 

「曰く、それでも一本の芯があり、筋を通すことができる人間」

「あ、岸波先輩らしいです!」

「……ありがとう、空」

 

 小恥ずかしいけれども、そう言ってくれるのはありがたかった。

 

「曰く、時たま突拍子もない行動力やノリの良さを見せつけることがあります」

「ハクノだな」

「?」

「いや自覚なしかよ」

 

 そんなことをした記憶はない。まあ後悔のないように思い至ったらできるだけすぐ行動はしているけれども。

 

「曰く、求心力が強く、リーダーシップではないけれどもカリスマ性はある」

「人たらしのハクノセンパイらしいね」

「たらしてない」

「「「……」」」

「えーって目で見られても」

 

 祐樹を始めとし、璃音に美月も、なんでそんな目でこちらを見るのか。

 

「曰く、誰に対しても隔てなく接する傾向にある」

『先輩は確かにそういうところがありますね』

「ついにサクラにまで……?」

 

 いや、偏見を持たないようにはしているし、そこは正直否定するつもりはないけれども。

 でも、そういう生き方をしている人に、タイプ・ワイルドの力は目覚めるのだろうか。

 

「曰く、物事には真面目に取り組む性格。一見優等生で、広い目で見ると問題児」

「……あ、あはは」

「九重先生、言いたいことがあるならはっきりと言った方が」

「止めてくれ。もうわかったから」

 

 まあ、問題児……そうだな、問題児と言われても仕方ないかもしれない。色々やってるし。

 それはすべて九重先生の言い辛そうな反応で読み取ることもできた。下手な優しさが心にキた。とはいえみんなのように、はっきりと言って欲しい訳でもないけれど。

 

「……まあ、こうやって並べてみると、岸波君のことだったわね」

「そうですね。今まで聞いていた人物像にかなり近いです」

 

 全員が深く頷いた。自分を除いて。

 恥ずかしいような、苦しいような、不思議な気持ちだった。みんなからはそう見えていたのか。

 

「そういや聞きたいことがあったんだが、ハクノはその力に目覚める前に、何か声とか聞いたか?」

「声?」

「……そういえば時坂君は、“異界の子”の声を聴いたんだったわね」

「“異界の子”?」

「……時坂君。その話、詳しく聞かせてもらっても?」

 

 美月の深刻そうな声に、彼の質問に対する答えを一旦控え、話を聞くことに。

 何でも洸がソウルデヴァイスを発現させる前に、1人の少女の声が聴こえてきたらしい。

 その少女は空に浮いていて、青白い光を纏っていたとか。

 とにかくその少女は、洸の中に力が眠っていることと、その力を引き出すことを洸に伝えると、自然と消えて行ったのだとか。

 

「なんか、御伽噺を聞いているような感じですね」

「なかなかにメルヘンじゃん。ラノベ作家か絵本作家にでもなる?」

「茶化すな」

 

 まあ確かに、異界のような非現実的な出来事に直面している自分たちだけれど、それとはまた若干異なるタイプの話だった。

 何よりシャドウ以外で人の形を保っていて、意思の疎通ができるというのが不思議だ。

 青白い光というと、ペルソナに目覚める際の光を思い出す。洸の覚醒にも関わっているとのことだし、何かしら能力に関わりがあるのか?

 

「“異界の子”。都市伝説とばかり思っていましたが」

「なあ北都先輩。そもそもあの子はいったい何なんだ?」

「……わたしにも分かりません。ただ1つ分かっているとすれば、彼女は10年前の冥災の時に現れ、人間の努力を見守っていたとか」

「私が持っている情報もだいたい同じよ。冥災以降は蜃気楼のように姿を表しては消えを繰り返しているようね」

 

 結局のところ、不思議な存在という情報以上のものは出てこなかった。

 話を聞いている限り、敵と言うことは無さそうだ。取り敢えずは気にしなくても良いだろう。

 

「それでハクノ、どうなんだ?」

「え?」

「質問の答え。って言ってもあの子のことを知らなかったみたいだし、聞いていないんだろうな」

「……声。声か」

 

 言われても思い出せない。

 ……いや、待て。何かを聞いたような気がしなくもない。

 

「…………」

 

 何かの声を、聴いた気がする。

 

「おい、ハクノ?」

「……岸波君?」

 

 そして、何かを、約束、した、よ──────

 

 

「……こッ、け■、■■──!」

 

 

────

 

 

そう急くでない、小童

 

 

────

 

 

 

 

 思考を強制的に落とすような頭痛。

 痛い。

 痛い。

 イタイ。

 イタイ。

 

 何かを考える余裕なんてない。

 声を出すことも、呼吸をすることだって忘れるほどの激痛。

 

 その痛みも忘れるように、段々と視界が白くなっていって────

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月6日──【神山温泉】旅行初日 7

 

 

 誰かの声が聴こえる。

 ああ、この感覚には覚えがある。

 どうやら自分は寝ていて、誰かが起こそうとしてくれているらしい。

 ……でも、自分はどうして寝ているのだっけか。

 まあ、良い。起きるとしよう。

 

「────ノ!?」

 

 目を、開ける。

 

 ぼやけた視界が捉えたのは、灯りと影だった。しかしそれが何なのか、ここがどこなのかをはっきりと捉えることはできない。

 捉えられないのは、音も同じだ。聞き覚えのある音はするけれども、それが何かが分からなかった。

 しかしそれも目を開けて数秒のこと。時間が経つにつれて、感覚が段々と景色と音を取り戻していく。

 

「「はぁ~」」

 

 聴こえてきたのは、安堵の吐息。

 どうしてか、仲間たち全員が自分の周囲に集まっていた。

 

「……あれ、どうした?」

「どうした? じゃないですよ!」

 

 空が怒る。

 自分が怒られている。

 しかし原因が分からない。空も理由なく怒る人間ではないし、何かしただろうか。

 

「……岸波君」

「どうした、柊」

「さっき、何の話をしていたか、覚えている?」

「さっき……?」

 

 どういう意図の質問かは分からないけれど、そういえば自分が寝ていたタイミングも分からない。眠る前のことを思い出してみる必要が確かにありそうだ。

 ……ええと。

 

「確か、璃音が部屋に来て、美月と柊の所属関連の問題の解決策を聞いて、後は……そういえば、歴代の自分と同類の力を持つ人の特徴の話なんかをしていた、と思う」

「……………そう。“すべて覚えている”ようで安心したわ。2度同じ話をするのも手間だったし」

「……柊」

「急に人の苗字を呟かないでくれるかしら時坂君」

「呼んだだけなのに当たり強くね?」

 

 そう言って見つめ合う2人。

 なんだか妙な雰囲気だ。

 

「……ま、安心したよ。ハクノセンパイ、いつから寝てたのかは知らないけどさ、頭から床に倒れてったのに起きないから。まあハクノセンパイにとっては難しい話ばかりで、居眠りしたくなったってのは仕方ないだろうけど」

「そんなダイナミックに寝たのか、自分。というか、別に話も難しくはなかったぞ」

「てっきりまた記憶喪失になるかと思って、僕以外のみんなが心配してたんだから」

「それは、すまない」

 

 確かに、頭を怪我すればそういう可能性もあるか。

 自分の場合特殊ではあるけれど、一度記憶を失った経験がある。そんな自分が頭に強い衝撃を与えられる姿を見せつけられれば、心配になるのも当然かもしれない。

 

「心配を掛けて本当にすまない。もう大丈夫だ。話し合いを再開しよう」

「本当に大丈夫なのか?」

「ああ。志緒さんもありがとう。おかげで目が覚めているから大丈夫。どれくらいの間自分は寝てたんだ?」

「数十分ってところだな」

 

 思ったより長かったらしい。

 それだけの時間、話し合いを中断させてしまったのか。

 起こしてくれればいいのに、というのは大変失礼だろう。わざわざ起きるのを待っていてくれたほどなのだから。

 

「まあ、本人もこう言っていることですし、元の場所に戻りましょうか」

「う、ウン」

 

 美月の合図で全員が元の位置に戻る。

 自分は記憶の中の自分の最終位置からほとんど動いていなかったので、身体を起こして姿勢を正すだけで済んだ。

 

「さて、多少トラブルはありましたし、話すべきことだけは話してしまいましょう。九重先生」

「うん、そうだね」

 

 美月が九重先生の名前を呼ぶ。先生はここまで積極的には会話に参加していないけれど、彼女が話題の鍵を握るとすれば、部活のこと関連だろうか。

 

「それじゃあ話すね。まず、この中でこれから始める部活のことを聞いていない人っているのかな?」

「一応、全員聞いているはずですが」

「ああ、直接話したオレと空は勿論、ハクノを通じて全員に連絡はいっているはず……だよな?」

 

 言われて思い返す。

 確かにあの時、入院していた璃音と柊のお見舞いに、自分と美月、祐騎、志緒さんの4人で訪ねに行った。実際に九重先生と話した洸と空を含めれば、全員が聞いていることになる。

 

「ああ、話したはずだ」

「うん、じゃあその前提で話すけれど、この連休明けから、みんなには部活動に参加してもらいます。文化部扱いだから、運動部に所属している郁島さんや岸波君も所属して問題ないよ」

「運動部と文化部って兼部できるんですね」

「うん。そこは大丈夫」

 

 数人がへえといった反応をする。空と祐騎はまだしも、志緒さんと璃音は……いやまあ、部活とは縁のない人たちだから仕方ないといえば仕方ないか。

 

「活動内容だけど、基本的には地域貢献活動。あと民俗学及び社会学をフィールドワークで学ぶ活動って内容で登録してるよ」

「地域貢献活動ってことは、ボランティアとかをしなくちゃいけないってこと?」

「ううん、そこは自由参加のつもり。一応活動として、人脈が広がりそうなボランティアの要項は持ってくる予定だよ」

「とはいえ、誰も1つも参加しないとなるとそれはそれで活動内容を疑われてしまうから、時間がある人は参加した方が良さそうね」

 

 忌避感はないし、暇があったらやってみよう。誰かを誘ってみるのも良いかもしれない。

 ……少なくとも、誘ってみないことにはやらなそうなメンバーもいるしな。逆に誘われるようなことがあったら積極的に参加していきたいけれど。

 まあ、実際のところはその要項とやらを見てからだろう。物の種類によって誘いやすいメンバーも変わるだろうし。

 

「九重先生、そのフィールドワークっていうのは、いつもの探索活動で良いんですよね?」

「うん、大丈夫。高幡くんと北都さんは3年生だから、12月末で引退にはなっちゃうけど」

「構いません。受験もありますので。どちらにせよその頃には一旦活動を抑えなければいけませんし」

「ま、そこは文化部はすべて12月までの引退って学校が決めてるんだ。そこに文句は言えないよな」

「あの、ミツキ先輩は生徒会と兼任で大丈夫なんですか?」

「生徒会執行部は一応大丈夫との決まりですね。仕事量的にやらない人が多いだけで。私も生徒会長としての仕事を優先はしますし」

 

 そうなのか。それは知らなかった。

 まあ大丈夫なら何より。

 

「というかその話でいくと、全員所属の問題はなさそうだけど、部活に入りたくない人とかはいない? 大丈夫?」

「自分は大丈夫だ」

「わたしも大丈夫です!」

「あたしも……まあ大丈夫かな。人が集まっちゃうかもだけど」

「ああ、久我山が所属すると集まるかもな。って言ってもまあどうにかなるだろ。オレも大丈夫だ」

「僕はまあ嫌だけど、仕方がないかなって」

 

 全員快諾……とまではいかなかったけれども、了承を得ることができた。

 これで先輩たちが引退したとしても6人が残る。部として残すことが可能だ。

 ……いや、部活として残したい訳じゃないんだけれども。

 

「で、部活名はどうするんだ?」

 

 志緒さんの質問に、一回全員が黙る。

 いや、美月とか柊とか九重先生が回答してくれないと誰も分からないけれど。

 

「一応、裏で活動する呼称は決めてるんですけどね」

「というと?」

異界(Xanadu)調査(Research)(Club)。略してX.R.C」

「……なんで裏の呼称だけ決まってるのさ?」

「決まっているというか、引き継いだ、と言って良いかもしれません。前回……10年前のこの土地で活動していた団体が、X.R.Cを呼称していたみたいなので」

「ふーん。ならそれになぞらえて僕らの部活は、不可思議現象(X)調査(Research)(Club)。略してX.R.Cなんてどう? 一応民俗学のフィールドワークって体もあるんでしょ?」

 

 祐騎の提案。

 2重の意味を持たせる略語を浸透させることで、自分たちも他の人たちも違和感なく呼べるようになる。

 加えて、覚えやすいという意味でもとても良いだろう。

 

「それで良いんじゃないか?」

「では、その名前で」

「うんうん、申請しておくね! あとは部長職なんだけど、2年生の誰かにお願いしたいな」

「洸」「「時坂(クン)」」

「……は!?」

 

 まさか重なるとは思わなかった。

 けれども、まあ自分たちの中から選ぶとすれば当然と言って良いだろう。

 

「なんでオレなんだよ? ハクノでも良いだろ」

「いや、フィールドワークを主にするなら、この地にずっと住んでる洸の方が適任だろう」

「普段からボランティアみたいな動きをしてるし、リーダーにするなら時坂君の方がイイんじゃないかなって」

「岸波君は異界探索の方でリーダーを任せているし、そこでトップを分けておくのはアリだと思うわ」

「ハハッ、人望厚いじゃねえか、時坂」

「ま、僕はどっちでも文句ないケドね」

「ふふ、私も時坂部長に賛成です」

「あはは、私もみんなの言う通り、コー君に部長をお願いしたいけど……どうかな?」

「……」

 

 口をパクパクとさせる洸。開いた口が塞がらない様子だ。

 とはいえ、自分たちの意見は一致した。彼がどうしても嫌だと言うなら考え直すけれど、そうでないのなら彼にお願いしたい。

 

「……ったく、分かった。やるよ」

 

 観念したように受け入れる洸。とはいえ嫌々というほどでもない様子だ。

 安心して任せることにしよう。

 

「取り敢えず、部活関連の話はこれで良いでしょうか」

「そうね。他に話題がある人はいるかしら?」

 

 顔を見合わせるけれど、誰も何も思いつかないらしい。

 ということは、取り敢えずこれで解散になるか。

 

「それじゃあ、長時間ありがとう。これで話し合いを終わりにするわ」

「まあ今後は部室を使ってミーティングもできますので、何か話忘れたことを思い出したら言ってください」

 

 ……そうか。今後は部活として正式に部室を使えるんだったか。

 

「部室はあの空き教室を?」

「ええ。そのまま使用できるよう手配してます」

 

 それはよかった。慣れている場所だし。

 

「それでは改めて、長い時間お疲れ様でした。九重先生、これからよろしくお願いします」

「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」

「うん、これからよろしくね!」

 

 




 

 コミュ・愚者“諦めを跳ね退けし者たち”のレベルが8に上がった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月7日──【神山温泉】旅行2日目 サクラの変化

 

 旅行2日目。1泊2日の小旅行のため、今日の夕方には【神山温泉】を去る予定である。

 という訳で自分たちの部屋は朝起きてから皆でお風呂に浸かりに行き、朝食を食べ、部屋を片付けたり色々なことをした。後腐れなくゆっくりしたい、という一部意見を聞き入れた結果だ。

 後は纏めた荷物を持ってチェックアウトするだけ、という状態になった所で、各々自由時間として好きに過ごすことに。

 それぞれが思い思いに部屋の外へ出て行くのを見送った後、さてどうしたものかと頭を悩ませる。

 その時、サイフォンが振動した。

 

「?」

 

 取り出して電源を入れると、画面いっぱいに表示されたのは少女(サクラ)の姿のみ。

 

『先輩。少し良いですか?』

「ああ。どうした?」

『少し、お話できないかなって』

 

 珍しいお誘いだった。

 と思ったけれど、今までのサクラを考えれば当然か。

 ……サクラと2人きりになって唐突に思い出したけれど、そういえばサクラは今、どういった状態なのだろう。

 シャドウを制御下に置き、ペルソナに目覚めたことは、異界収束時の減少で分かっている。詰まる所サクラは、心の──意志の力であるペルソナを所持することになった。逆説的に言えば、彼女は“心”を、そして己の“意志”を所持することになったということになるのだろう。

 ……そこで発生したはずの差異、というか今までの彼女と比べて変わった内容を、自分はよく理解できていない。

 良い機会だし、少し詳しく話してみようか。

 

「サクラって、祐騎が色々とアップデートと称して改造のようなことをしていたと思うんだけれど、それで何が変わったんだ?」

 

 前提条件として、長期の夜間貸し出しの結果、祐騎の手によってサクラは色々なアップデートを果たしている。アップデートというよりは、機能開放と言うべきだろうか。少なくとも祐騎本人が言うには、そういうことらしかった。

 

『何が……そうですね、四宮先輩が色々と加えてくださったので、思考に多くのパターンが生まれました。今までも受け答え自体はできましたが、返答内容の判断に使用するパターンが増えた形になります。引用……いえ、学習先が増えた感じですね』

「なるほど?」

 

 まあ何となくではあるけれど、言いたいことは分かった。本当に何となくだけれど。

 いくらプログラミング系の勉強をしているとはいえ、自分の技量は祐騎に遠く及ばない。何をしたのかと聞いても理解はできないだろうし、サクラの口から語られたとしても分からないだろう。

 

「そうすると、祐騎が色々付け加えた後と、ペルソナ発現後の違いは?」

『ええと、思考にパターンがあるのは変わっていませんが、お返事の際に私の現在の気持ちをファクターとして追加できるようになりました』

「……つまり?」

『元々“Aと言われたらB”という風に定められていたとして、通常であれば私はAと言われた際、いつでもBという答えを返します。けれど、もし私がその時とても怒っていたとしたら、より攻撃的な答えである“C”を選ぶかもしれない。という説明で分かりますか?』

「何となく」

 

 なるほど。言われた内容を“一度自身でかみ砕く”という工程が発生する訳か。

 字面だけで受け取ることが減ったと言って良い。

 それが出来るのであれば、サクラは相手の発言に含まれている感情も考えることができ、2重の意味を持たせた言葉だったりにも対応が出来るということ。

 つまりまあ、簡単に言ってしまえば、ネタ帳を読み上げるだけだった素人芸人が、アドリブにも対応できる芸人になった、ということだろう。

 いや、この認識で合っているのかは分からないけれども。

 

「……そうだ。サクラ、初期段階と、ペルソナが目覚める前と後との3パターンって、自分の中での明確な違いはあるのか?」

『明確な違い、というのかは分かりませんが、以前なら出来なかっただろうな、と思うことはあるので、自身の中で出来る範囲を知っているんだと思います』

「分かった。じゃあ、自分が今から同じ問いかけを3回するから、時系列によって当時の自身がどう答えたか予想してもらっても良いか?」

『……わかりました。やってみます』

 

 さて、何を聞こうか。

 

「今、何がしたい?」

『ごめんなさい、私は回答を所有していません。と初期の私なら答えたと思います』

「拒絶か」

『当時の私に自由意志はなかったので』

 

 それはそうか。

 正直なところ、そこについても過去の自分はしっかりと理解できていた訳ではない。

 毎朝挨拶を交わしてはいたし、音楽の再生など細かいことをお願いしたりと、色々コミュニケーションを取っているつもりでいたのだ。

 ……そう考えると、以前スケートボードの練習でアドバイスを求めた際に、サクラは自身の感想ではなく動画を提示してきたことも納得できる。感情による判断が下せないから、という背景があったのだろう。

 

「じゃあ、ペルソナ発現の直前のサクラに、今何がしたいって聞いたら?」

『私は特にありませんが、先輩は何かしたいことありますか? と答えたと思います。四宮先輩の拘りだと思うんですけれど、回答の拒否にもパターンを付けるようになりまして。回答が用意できない時、基本的には聞き返しか濁しなどをするよう、数種類にパターン分けされています』

 

 なるほど。

 確かに祐騎ならやるだろう。彼はAIのシステムであるサクラが、感情を持っている人間に等しいレベルで、受け答えを成立させられるように弄っていたみたいだし。

 まあその過程で何か色々なことが起きたらしいけれど。

 

「じゃあ最後に、今のサクラは、何がしたい?」

『先輩とお話がしたいです』

「……なるほど」

 

 自分から、何かを望んで発することができている。

 会話に一番大事な心や感情が組み込まれたことによって、彼女の受け答えはより人間らしいものとなった。

 ……いや、“人間らしい”という表現は可笑しいか。

 既に心があり、意思疎通が図れる。列記とした電子の世界の生命体であり、人間とほとんど同じだ。

 “人間らしい”という表現は、“人間ではない”という前提に基づく。

 

 では、はたしてサクラは人間であるか否か。

 自分の答えは、是。

 彼女は、電子の世界に生きる人間で、自分の仲間だ。

 

 

 ……ああ、この答えが見つかってなかったのか。

 導き出してようやく、自分の中に残っていた何とも言えない感情がすっきりと消え去った。

 恐らく、無意識的にサクラに対する扱いを変えるべきか否かが分からなくなり、適切な対応を模索していたのだろう。

 今、それに漸くケリが付いた。

 

「よく分かった気がする」

『そうですか? それなら良かったです』

 

 難しく考えることもなかったのだ。

 意識してない頃と同じだ。仲間の1人として接すればいい。

 

「そういえば、サクラは今後やりたいこととかってあるのか?」

『やりたいこと?』

「ああ。こうしてコミュニケーションが取れるようになったんだ。何かやりたいことがあるなら一緒にやろうかなって」

『一緒に……』

 

 画面上で、驚いたように目を見開くサクラ。

 そのまま花が咲くような笑みを浮かべて、彼女は答えた。

 

『はい! 是非一緒に! 色々やりたいです!』

「そうか。なら、やりたいこととか帰ったら話し合おう」

『ありがとうございます、先輩!』

 

 若干食い気味での反応だったが、喜んでくれて何よりだ。

 

 

 約束を通して、新たな縁の息吹を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“隠者” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

────

 

 

 

 彼女が何を望むのかは分からないけれど、できる限りで応えていきたい。

 何も“持っていない”状態で、何かを始めることは、とても難しいと思う。

 勢いだけでなんとかなることもあれば、ならないことだって多い。

 自分も、色々な人の意見や力を借りて、ここまで来た。

 せめて先達として、何か彼女の役に立てると良いんだけれど。

 

 まずは、しっかりと話し合うところから、かな。

 

 




 

 コミュ・隠者“間桐 サクラ”のレベルが上がった。
 隠者のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月7日──【神山温泉】旅行2日目 帰り道、内緒の話

 

 

 帰りのバスの中。自分たちはなぜか行きとは違う座席順で揺られていた。

 自分が座る位置は最後尾。通常なら5人掛けである所に、璃音、柊、洸、自分と4人で座っていた。X.R.C2年生メンバーである。

 何故このような並びになったのかは、本当に分からない。柊や璃音ならともかく、友人たちと一緒に来た洸はそちらに居なくても良いのだろうか。

 

「で、なんでこの並びなんだ?」

 

 出発して1分ほど。すぐさまその疑問が洸から飛んだ。

 やはり同じことを考えていたらしい。

 洸が尋ねた相手は、柊。彼は半目で彼女を見詰めている。

 

「私に聞かれても」

 

 柊はその視線を躱した。どうやら本当に心当たりがないらしい。

 唯一可能性があるとしたら、X.R.Cの面々が周囲に座っている場合だ。

 部活の結成の報告は既に周知してある。他の面々も配置されていれば、きっと気を使ってくれたんだろうなと納得できただろう。

 しかし、美月は例によって運転席近く。空や祐騎は中列くらい。志緒さんが後列。近いどころか普通に散り散りだった。

 

「まあイイんじゃない? こうして4人だけで話すのなんて、だいぶ久々でしょ」

「確かに、4月とか以来か?」

「そんなことないだろ……多分」

「邂逅当初に比べればだいぶ大所帯になったし、仕方のないことね」

 

 始まりは、この4人だった。

 もっと言えば2人と2人だったけれども、それはまあ置いておくとして。4人で相沢と空の問題を解決するために奮闘したのは今でも記憶に……残っているような、ないような。

 

「とはいえ昔だと柊とは若干距離を置かれていたし、4人で行動していた時間は実質短い気がする」

 

 相沢の時の異界なんて、後ろで見守っているだけで戦わなかったし。

 まあ自分たちの成長のためだったり、見極めるためだったりと、色々理由があったのは理解しているけれども。

 

「ハクノの言う通りだな。って言ってもまあ、最近になって漸く柊の抱えてたものも見えてきたし、当時の対応とか反応の理由が分かり始めた感じがする」

「あー……確かに色々あったねー」

「……そうね」

 

 璃音と柊が遠い目をして景色を眺めはじめた。

 まあこの2人に関しては、この前盛大にやってたしな。思う所が多いのだろう。

 なんて声を掛けようかと迷っていると、ぺちんと小さくて乾いた音がした。

 

「って違う違う! こうやって振り返られるようになったってコトは、仲良くなった証拠ってコトでしょ!」

 

 さきほど響いたのは璃音が自身の頬を叩いた音だったらしい。

 ポジティブな意見に切り替えたみたいだ。

 

「ね、アスカ!」

「えっ!? そ、そうね。ええ……そうね?」

 

 フリが急で対応しきれない辺り、まだまだ仲良くなる余地もありそうだった。

 と思っていたけれど、どうやら柊が対応しきれなかったのは、何かを考えていたかららしい。

 

「……」

 

 そのまま無言で長考へ。

 果たして、何を考えているのか。

 待つこと体感でおおよそ30秒ほど。彼女は漸く口を開く。

 

「でも、そうね。最初に会ったのが時坂君で、次に岸波君とリオン。……最初に行動を共にすることを決めた相手が、貴方たち3人で良かった。と思っているわ」

 

 

 驚くほど素直な感情。

 嬉しい感情と驚きとが入り乱れて反応が遅れる。

 まっすぐな感謝だった。含みも混じりけもない、純粋な気持ち。

 

「アスカッ!!」

「……近い」

 

 隣に座っていた璃音が柊に抱き着く。

 最初はそれを甘んじて受け入れている様子だった柊だけれど、熱苦しかったのか顔を顰めて引き離しにかかった。

 肩を押されて姿勢を戻した璃音は、それでも感極まった想いを打ち付けるように、大きく口を開く。

 

「……うん、ウン! ホントに、そう! あたしも同じコト思った!」

「そう。それは、良かったわ」

 

 照れたように顔を背けようとするも、四方を囲まれている柊には向ける方向がなかった。自然と視線が下がっていく。

 

「確かに、この4人だから頑張れたって気はするな。柊は経験者。久我山は身体能力が高い。ハクノにはアレがあったし、足引っ張らないようにって気合いが入ったぜ」

「それは自分も同じだ。間違いなく一番動けない中で重要な役割を担ったが、投げ出さずにここまで来れたのは、色々な面で3人が支えてくれたからだと思う。ありがとう」

 

 頬を掻きながらも語り出した洸は、やがて真剣な目をしてこちらを見据えてきた。

 自分も3人に応えるように、当時の想いを呼び起こす。

 洸は自分たちに置いていかれないようにと言ったが、彼の力がなければ聞き込みの手間は増えていただろう。それこそノウハウは彼に教わったと言って良いし、何より自分の人脈が広がったのは彼の力あってこそだ。

 

 足を引っ張らないようにする。

 そういった面で真に努力が必要だったのは、自分の方だろう。

 各々が各々の得意分野で活躍をしていく中、得意どころか自分のことすら分からない自分は自発的に何かをすることは出来なかった。

 必要に迫られて、求められて、漸く自分の仕事を見出すことができる。

 誇張でも何でもなく、以前の自分はそう過ごす他なかったのだと思う。

 

 でも。

 

 柊と出会い、戦い方を知って。

 璃音と出会い、フォローの仕方を知って。

 洸と出会い、呼吸の合わせ方を知って。

 そうして自分は着々と、戦うことができるようになった。

 

 洸と歩いたことで、縁の結び方を学び。

 柊と話したことで、言葉を字面だけで受け取らないようになり。

 璃音と仲良くなって、心を開く勇気を見付けて。

 そうして自分は段々と、他人と繋がった縁を深められるようになった。

 

 璃音が共に歩いてくれたから。

 洸の努力を知っていたから。

 柊が見守っていてくれたから。

 自分はここまで、誓いを反故にすることなく進めてきたのだろう。

 

 すべて、3人のお陰だ。

 この3人から始まり、やがて空や祐樹といった後輩たちが加わり、志緒さんや美月といった先輩たちが力を貸してくれるようになり、今では九重先生のような大人が帰りを待ってくれるようにもなった。

 最初に比べれば、倍以上の人数になっている。それは自分たちが行動し続けた結果であり、決して良いことばかりではなかったけれども、決定的に何かを損なわなかったからこそ訪れている結果だろう。

 

「……って、なんか別れの前のやり取りみたいじゃないか?」

「だな。オレも少し思ってたわ」

「縁起でもないことを……って、言いだしたのは私か」

「まあでも、大丈夫でしょ。あたし達なら!」

「慢心は身を亡ぼすわよ、リオン」

「油断も慢心もないって。けど、あたし達が力を合わせたら、どんな困難でもなんとか出来るようになるんじゃない?」

 

 それを慢心と呼ぶのでは? と言いかけたけれど、まあ璃音の言いたいことも分かる。これでも修羅場は潜って来たのだ。相応の対応力は身に付いていると信じたい所。

 なんでもできる、という自信よりは、どこまでも成長できる、という期待が大きい。そういう意味を踏まえて言うのであれば、璃音の言う、あたし達なら大丈夫も理解ができた。

 

「璃音って、人に希望を抱かせるのが上手いよな」

「あー……分かる。希望って言うか、明るい気持ちにさせるのだったり、相手を乗せるのが上手い」

「確かに。アイドルとしての素養なのかしら」

「えぇ!? ちょっ、ナニいきなり!?」

 

 いきなり褒め言葉が不意打ちとなったのか、彼女は顔を赤く染める。

 リオンには何と言うか、ムードメーカーな面があると思う。実際彼女が気持ちを前に向けてくれたおかげで、前向きな形で指示が出せたという場面は今までにもあった。

 璃音がいなかったら、この仲間たちの関係ももう少し暗かったのかもしれないな。仲良くはなれただろうが、打ち解けるまでの時間はもっと掛かったかもしれない。

 それこそ今でこそ柊は自分たちを仲間として受け入れるが、璃音がいなければあの喧嘩も無かった訳で。

 ……そういえば、喧嘩で思い出した。

 

「結局、柊が仲間に求めていたことって何だったんだ?」

「ゲホッ」

 

 柊が咳込んだ。慌てた璃音が背中を摩る。

 別に何かを食べたり飲んだりしていた訳ではないし、その行為に優しさを伝える以外の意味はないと思うけれど。

 まあいいか。

 

「どうしたの、いきなり」

「そういえば聞いてなかったなって」

「……確かにそうだな。教えてくれよ柊」

「……」

 

 表情からして渋る柊。

 あまり言いたくないことなのだろうか。

 

「あれ? そういえばアスカ、前に話すって言ってなかった?」

「……本当なら、昨日の夜に話すつもりだったのだけれど」

「あー……忘れて、タイミングを逃した上で急に持ち出されたってことか」

「言い辛いなら、別に日を改めても良いぞ」

「いえ、言うわ。どうせ言うつもりだったから。どうせこの距離なら高幡さんも聴こえてるでしょうし、会話相手のいない四宮君も聞き耳立ててることでしょう」

 

 少し前方、バス座席の中列あたりで、手がひらひらと振られた。本当に祐騎は聞いているらしい。

 いや、無関係な人たちにも聴こえてしまう可能性を加味して、聞かれても問題ない範囲の話をしているから良いんだけれど。

 まあ祐樹まで聴こえているなら、彼より後ろに座っている志緒さんには充分届くだろう。

 

「サクラと話している時にも話したけれど、私には追っている背中があるの」

「背中?」

「同じ組織の、先輩たち」

 

 ああ、シャドウワーカーという組織の。

 本当に尊敬しているんだな。組織の概要はなんとなく昨日聞いたけれど。

 

「えっと、確か……死が近付いても、ってやつか?」

「よく覚えてるわね。ええ、そうよ。死を目の前にして恐れるのは当然。けれどその恐怖に対して、逃げて息を潜めるのではなく、戦い抜いて生き抜くことを、私は先輩たちから教わった」

 

 そう語る柊の目は光に満ちていて、あの説得の時の力強さの理由が分かった気がする。

 彼女の信念が、誓いが、一朝一夕で組み上げられたものではなかったからだろう。

 

「だから私は、追いかけていた背中を目指して、誓いを立てたのよ。反抗心を原動力にして(Burn my dread)、ただひたすらに前進を続けるって」

 

 根性論者だと、柊は自身のことを称していた。

 この前サクラのシャドウに語ったことだ。

 あの時も考えた気がするけれど、柊の誓いって本当に綺麗なほどのド根性論だと思う。

 まあでもそのお陰で、自分たちの誓いは、諦めないという点で重なるのだけれど。

 

「私は先輩たちが“そう在ろう”と成った長い戦いに参加していた訳じゃない。けれどその背中を見て、追いかけることだけを決めた」

 

 そうして柊は、「けれどね」と逆接の接続詞を挟む。

 

「私には先輩たちのように、共に成長し、共に抗うような仲間は、居なかったのよ」

 

 ……なるほど。柊の組織の先輩たちは、今の自分たちのような大きな問題に取り組み、戦い抜いた。その結果、柊が憧れるほどの大きなナニかを見つけたのだろう。

 しかし、柊がそれと同じものを得るには、同じような体験をする必要がある。共に仲間と駆け抜けるような、一朝一夕では得られない何かが。

 

「その想いに気付いたのは、とある仕事で日本の田舎町に行った時、先輩たちとはまた違う同業者? を見た時ね」

「なんで疑問形?」

「正直、同業者というか、一般人だったのよ。その人たちは。それでいながら、考えも付かないほどの大きな山を解決しているって言うのだから、驚きだったわ」

「……もしかしてそれは、昨日言ってた自分と似た人たちも関係があるのか?」

「あー、会ったことがある人と、噂だけ聞いている人だったか?」

「ええ。その前者の人と、その仲間たちと会った時のことよ」

 

 自分の他に居るという、同じ能力を持つ人たち(ワイルド能力者)の話。

 その先駆者たちのことがこれから話されると分かり、自然と背筋が伸びる。

 

「その人たちの所で起きた、解決した大きなものとはまた別の事件……というか、その大仕事の後片付けのようなものが残っていて、私たち組織はそこに横やりを入れたようなものだったのだけれど……何て言うか、その人たちは凄かったわ」

「すごかったって、何が?」

「一言で表すなら、信頼感が。かしら」

 

 彼女が絞り出した言葉は、少し漠然としていた。何がどうして、信頼感が凄いと思ったのだろう。

 柊自身も流石に纏め過ぎたと思ったのか、彼女は更に言葉を探す。

 

「大雑把で、自由なように見えて、連携は緻密。サポートも適切。誰もが生き生きと動き回っていて、誰もが周りを気遣っている。そんな完成された立ち回りだったわ」

「……それは」

「ああ、凄いな」

「その人たちのリーダーは、岸波君と同類の人だったわ。そこで聞いたのよ、どうしてそんなに強いのか、とか色々ね。そうして返ってきた答えを纏めると、大部分が“絆の力だ”の一言ばかり」

「……おぉ」

「かっこいい」

 

 かっこいい? と璃音が首を傾げていたけれども、まあそれは置いておくとして。

 

「でも、話を聞いていて、気付いたのよ。私が憧れるような絆は、一緒に巻き込まれて、一緒に苦難を乗り越えて、一緒に成し遂げたという過程で築き上げられていくものだって」

「……まあ絆とかって、普通はそうして築かれていくものじゃないか?」

「ええ、そうね。本当にその通り。それを当時の私は本質的に理解していなかったわ。そしてそのことを理解するのと同時に、こうも思ったのよ」

 

 一拍置いて、少し暗い表情で、柊は言う。

 

「もしも私が、今後似たような仲間を得るのであれば、一般人を、守るべき人たちをこちらに引き込まなければいけない。でも私のような経験者が、仲間欲しさに未経験者を巻き込んで良いのかって」

 

 ああ。と色々腑に落ちた。

 だから、自分たちを育てようとする反面、異界関連の出来事に深入りし過ぎないように牽制するといった、一見矛盾している行動を取るようになったのか。

 それも彼女の優しさ故だったのだろう。巻き込まない、傷つけないといった、柊 明日香の良心が齎した遠慮だ。

 でもそれは、いつまでたっても自分たちを、仲間と見做さなかったということに等しい。

 

 恐らく本人は無意識で“諦めていた”のだろう。

 そんな仲間できる訳がないと。作って良い訳がないと。

 望んで良い訳が、無いのだと。

 

 以前彼女は、馴れ合うだけの関係に成長はないと言った。それは彼女が彼女自身に言い聞かせていたことなのかもしれない。

 そう思い込むことで、自身を律し、自分や洸たちを守るべきものとして捉えるようにしたのだろう。

 仲間としてではなく、あくまで守るべき一般人として、自分たちと接していくことを、定めたのではないだろうか。

 

「だから、さっきも言ったけれど、きっかけ……というか、殻を打ち破ってくれた貴方たち3人には、感謝しているのよ」

「……ッ」

 

 不意に、洸が窓側を向いた。

 

「……あれ、まさか時坂クン、泣いてる?」

「ったりまえだろ。こんなの……聞かされて……」

「大丈夫よ時坂君。リオンにこの話をした時は声を上げて大号泣してたわ」

「なんで言うの!?」

 

 そうか。さっきから璃音の反応だけ淡白だなと思っていたけれど、そういえば彼女は事前に聞いているんだった。

 まあ、確かに璃音なら感動して涙を流しそうだ。

 

「まあとにかく、今のオレ達に望んでることはないってことか?」

「……ふふっ、何を言っているのかしら時坂君は」

「は?」

「色々としてもらいたいことはあるわよ。そもそも大前提として、もっと強くなってもらわないと」

 

 まあ自分たちに対する望みがない訳はないか。

 別にさきほどまでの話は、仲間になる人に求めることであって、仲間になっている人に求めているものではないのだから。

 

「もう一度だけ忠告しておくわ。着いて来るというなら、覚悟を決めなさい。仲間として扱う以上、遠慮はしないわよ」

「今まで遠慮してたのか……?」

「けっこう色々言われてたよな」

 

 今までの無茶振りの数々を思い出す。

 無茶は言い過ぎか。けど結構ハードルの高いものも求められていた気がする。

 ……まあ、これ以上を求められたとしても、逃げることなんてあり得ない。

 

「遠慮の方向性が違うんじゃない?」

「遠慮のあるやつが威圧感まき散らして校内で追ってくるかよ」

「それは基本的に洸が悪いやつでは」

「時坂君がお望みとあらば、もっと上の対応もしてあげるけれど」

「謹んでお断り申し上げます」

 

 4人で笑いあう。そういえば昔何度か追いかけられたような気がしなくもない。だいたい洸に擦り付けて終わった気がするけれど。

 

「こうして考えると、洸と柊の仲の良さって変わらないよな」

「ん? そうか?」

「そうね。でもそう考えるともう出会って時坂君たちと出会ってから既に、半年……あら、もう半年経つのね」

 

 感慨深そうに呟く柊。

 確かに長いな。自分も転校してきてから既に6か月が経とうとしているという点に驚いている。

 

「ふふっ、半年も一緒に居るのに未だに苗字呼びなのは、少し他人行儀過ぎるかしら」

「そうか?」

「まあ日本ではそうかもしれないけれど、ステイツに居た頃は仲良い人たちは普通にファーストネームで呼んでいたから、実際そちらの方が馴染んでいるのよね」

 

 ファーストネーム、つまりは名前呼びか。

 そういえば自分も、仲間内で柊だけ苗字呼びのままだった。

 いい機会だし、変えて良いなら変えさせてもらおう。

 

「それじゃあ、アスカ。これで良いか?」

「自分も、これからは明日香って呼ばせてもらって良いか?」

「ええ。これからもよろしくね。コウ、ハクノ」

「あ、それじゃあたしも、トワ先生に倣って時坂君のこと、コー君って呼ぼうかな」

「倣うな……いや、まあ良いか。それなら、久我山のことはリオンって呼ぶことにするわ」

「ふふっ、これで2年生組全員、ファーストネームで呼び合うようになったわね」

 

 そうやって聞くと、とても距離が縮まった気がして良いな。

 いや、実際縁は深まっているのだろう。そうでなければ、柊……いや明日香はそのようなフレンドリーな接し方を好まなかっただろうし。

 ……そう思うとなんだか、心が温かくなるな。

 

「また、明日からも頑張ろう」

「だな」「ええ」「ウン!」

 

 




 

 下記ネタバレ配慮備考。

 原作の最終章(?)で見ることが出来た、アスカ激カワポイントは無しです。理由は単純に、対象が2人になったことで特別感が薄れたから。
 という訳で、第6話はこれにて完結。
 次回からインターバルです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターバル 6
10月8日──時坂 洸(魔術師)(Ⅵ)──心に刺さった棘


 

 閲覧ありがとうございます。
 遅くなり申し訳ございません。
 あまりに期間が空いたので近況報告させていただきます。
 前話後書きに追記した通り、テイルズ新作の攻略に必死になって遅れました。
 無事トロコンしたので連載再開します。



 

 

 夢を見た。

 輝きに手を掛ける夢だった。

 

 ついに辿り着いた最終戦。

 夢の中の青年は、圧倒的な雰囲気を持つ少年に挑む。

 逃げる道は、恐らくあった。それでも今の彼に、諦観は許されない。

 それでも逃げなかったのは、今まで積み上げてきたものがあったから。

 死体の山も、葬った想いも、そのすべてが彼に──否、彼ら2人にのしかかっている。

 相棒たる女性は、きっと気にしていないのだろう。彼女が気にするのは、主である彼ただ1人。だが逆に言えば、彼が潰されないように、彼女も等しく背負っているようにも思えた。

 泣いても笑っても最後の戦い。

 その戦いの後には、別れが待っていることにも、彼らは気付いている。

 だがそれは、足を止める理由にはならない。当然のことだ。分かりきっていたことであり、やらなければならなかったことなのだから。

 故に、夢の中の彼は指揮を取る。

 声を張り、術式(コード)を打ち込み、戦況を読んで共に戦う。

 

 

 そして遂に彼、いや彼らは、遥か高みで輝く太陽を、落とすことに成功した──

 

 

──朝──

 

────>【マイルーム】。

 

 

 久方ぶりに夢を見た。

 何時ぶりだっただろうか。寝ぼけた頭では、はっきりと思い出せない。

 

「……とにかくまずは起きるか」

 

 学校に行く準備をしないと。と思い起き上がり、サイフォンを起動した所で不意に気付く。

 ……そういえば今日は3連休の最終日だった。

 起こした身体を、もう一度ベッドに沈める。そしてそのまま、思考は夢の内容についてへ。

 

 長らく見続けてきた、正体不明の夢も、これで最後だろうか。

 何故続き物である夢を長期間にわたって見ていたのかは、終ぞ理解することが出来なかった。夢は記憶の整理の結果だと聞いたことがある。突拍子もない夢も、どこかで考えていた点と点が結ばれた結果であるとか。

 その説でいくと1度や2度では途切れない続き物の夢、というものは、とても不思議なものであるはず。

 自分がどこか心の中で、まるでテレビドラマを見るかのようにその夢の続きを見たいと思い、話を妄想している、とか。そういうことなのだろうか。

 そうでないのなら、或いは他者からの干渉──何かしらの意図があって見せられている、とか?

 シャドウの攻撃の可能性だってあるかもしれない。

 仮にそうだとしても、あの内容を見せた意図は、分からないけれど。

 

 ……まあ、夢がここで終わるのか、或いはもう少し続くのかは分からないけれど、取り敢えず何か事件が起きている訳ではない。相談する相手も思いつかないし、やはり手は出さないでおくべきだろう。

 

 

「……」

 

 なんだかそうこう考えているうちに、すっかり頭が冴えてきてしまったらしい。

 何か予定がある訳ではないけれど、少なくとも二度寝の気分ではなかった。

 取り敢えず、朝食の準備をしようかな。

 

 

──午前──

 

 

 今日はどうしようかなと考え、まず頭に思い描いたのは、洸の姿だった。

 先日の小旅行でも思ったけれど、そろそろ彼と話がしたい。

 彼の都合は、どうだろうか。

 

 

──Select──

 >連絡を取る。

  また今度にする。

──────

 

 

『おはよう。今日って空いているか?』

 

 まあ送ってすぐに返事は来ないだろうなと思いつつ、サイフォンを仕舞おうとする。

 その時、ブブブとサイフォンが振動した。

 

『もう少しで課題が終わるから、それからなら暇だ』

『分かった。なら午後遊びに行かないか?』

『応。何処に行く?』

『蓬莱町のゲームセンター、とか』

『わかった。取り敢えず終わったら連絡する』

『待ってる』

 

 ……これで、良し。と。

 ゲームセンターは騒がしくて、話をするのに向いている訳ではない。

 話をするなら落ち着いてからだと思うし、夕食の時にでもしよう。

 

 

──夕方──

 

────>カフェバー【N】。

 

 

「ハクノって結構あのゲームセンターに行ってるんだな」

「どうした急に」

「結構色々な人と知り合いみたいだったじゃねえか」

「……まあ、バイトしているし」

 

 それに、BLAZEの人たちも居て、そこから発生した輪もあったからな。

 自分でもあそこまで馴染めると思っていなかったから、改めて考えてみると意外だった。

 

「あー、あそこもユキノさんの紹介か?」

「ああ。ゴールデンウイークの時にな」

「なるほど。じゃあもう半年になるのか」

 

 馴染むわけだな、と笑う洸。

 出てきた珈琲を飲む彼は、一瞬遠い目をした。もしかしたら自分も同じ目をしているかもしれない。あのゴールデンウイークは充実していたものの、きつかったし。

 

「そう言う洸だって、バイト先にも馴染んでいる姿をよく見るけれど」

「そうか?」

「ああ」

 

 自身だけでは自覚が沸きづらいのかもしれない。特に人と人の関係性という、曖昧なものの話だ。他者から指摘されないと分からないことも多いだろう。

 尤も、彼がバイト先から受け入れられているのは、働いた時間もあるだろうけれど、人助けのような活動が巡り巡って、という場合も多そうだ。

 

「とにかく、お互い色々と紹介してくれているユキノさんには、感謝しないとな」

「まあ、そう、だな……」

「どうした、歯切れが悪いけれど」

「いや、下手に感謝の意を伝えると、それを利用して色々言われるだろうから、心に留めて行動するくらいが良いんじゃないか。……その、口に出す場合は相応の覚悟をした方が良い」

「……経験談?」

「……まあ」

 

 感謝の気持ちを抱くな、とは言わない辺り、洸らしい。

 

「でも、意外だったな」

「何がだ?」

「洸は忙しくなる方が良いのかと思っていたから、ユキノさんの無茶振りを嫌だと思わないと思っていた」

「あー……」

 

 どこか答え辛そうなリアクションをする洸。

 目線が自分から逸れた。

 

 何を焦っているのか、と以前洸に聞いたことがある。

 その時彼は、分からないと答えた。何かをしなければいけないことは分かるけれど、何でその感情が湧き上がってくるのかは分からないと。

 その焦燥感らしきものの出所について、彼は考える時間が欲しいと言った。

 あれから結構な時間が経つけれど、答えは、出たのだろうか。

 

「確かに、忙しくなること自体に不満はないな。それで誰かを待たせたりするって言うなら話は別だが」

「それはやっぱり、なにかしていないと落ち着かないからか?」

「ああ。どうやらそうらしい」

「らしいって、他人事みたいだ」

「自覚がないから、どうもな」

 

 そういうものなのだろうか。

 何にせよ、自覚がないということは、答えはまだ出ていないらしい。

 少し気合を入れただけに、残念、というわけではないけれど、拍子抜け感は否めなかった。

 しかし元より一朝一夕で解決する問題でないのも事実。自分も洸の迷惑にならない範囲で、できる限り手伝いたい。

 

「あれから、色々考えてみたんだ。ハクノに指摘されて、でも答えは出なかった」

「……」

「その上で、この前のあれだ。この前の小旅行で温泉に浸かった時のこと、覚えてるか?」

「小日向や伊吹にも言われてたな」

「ああ。あの時咄嗟に否定しちまったけど、あの瞬間、前にハクノにも言われた、『その感情に振り回されてたら、いつか誰かを悲しませる』って言葉を思い出してた」

 

 ……そういえばそんなこと、言ったっけか。

 あの時の言葉は嘘ではない。きっと彼を心配する人は多いだろうと思ってのことだった。特に自分が知っていた範囲だと、倉敷さんとかがそうだ。後は空もか。

 どちらかと言えば、空の方を思っての発言だっただろう。彼女は洸を心配する反面で、彼に憧れを抱いている。今はそれで良いと思うけれど、もし洸が倒れるようなことがあれば、彼女の中で色々な葛藤が起こりそうだったから。

 ……まあでも、縁で結ばれただけだった同好会の頃とは違い、今のX.R.Cの縁は、深く固いものとなっている。自惚れではないけれど、何かあった場合のフォローはできるだろう。まあ大部分は彼女自身の強さに任せることになってしまうのだけれど。

 

「焦ってるって。それでいて、それをかき消す為に色々動いているオレが、心配だったって。そう言うアイツらの姿は、まさにハクノの言う通りだ」

 

 

──Select──

  心配されているうちが華だ。

  他にももっといるかもしれない。

 >まだ、誰も悲しませてはいないはず。

──────

 

 

「まだ、だろ。それに心配を掛けている時点で、正直クるものがあった。だから取り敢えず、出来ることから始めてみようって思ってる」

「出来ることって?」

「取り敢えず、より自分と向き合い直すところから始めようと思ってる」

 

 なるほど。それは大事そうだ。

 どうやってやるかとか、目途は……着いていそうだな。

 目に迷いや陰りが見えないから。

 

「せっかくだし、ハクノも一緒にやらないか?」

「何を?」

「空手」

「……空手!?」

「己と向き合うって言ったら、武道。それも相手の居ない空手の型や弓道とかが最適だと思ったんだが……やらないか?」

 

 ……いや、驚きはしたけれど、やりたくない訳ではない。

 けれども、中途半端な気持ちで始めて良いのか、という懸念はある。

 ……いやでも、手伝いたいと思ったばかりだろう。ここで尻込みするのはあり得ない。

 それに、何か得られるものもあるかもしれない。なくてもその経験は糧となるだろう。

 

 

──Select──

  他にも誰かを誘う。

 >喜んで付き合う。

  付き合う代わりに対価を求める。

──────

 

 

「……なんか付き合わせてばっかで悪い」

「いいや、いつもいい経験をさせてもらっている」

「その前向きさは見習うべきなんだろうな。……まあ、だからこそ誘っている訳だけどよ」

 

 え? と聞き返したものの、彼は何でもないと話の流れを断った。追及は難しそうだ。

 まあそこまで気になる内容でもない。言わないということは、言う必要がないことなのだろう。

 本音で話し、色々と打ち明けられるようになった分、大部距離が縮まった気がする。

 何にせよ、これから頑張らなければ。

 

 

──夜──

 

 

 今日は病院の清掃アルバイトだ。

 灯りが付いているとはいえ、不気味なことに変わりない。

 逸る身体を抑えつつ、真剣に掃除を行った。

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが6に上がった。


────
 

 度胸  +1。
 根気  +2。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月9日──時坂 洸(魔術師)(Ⅶ)──晴れない心

 

 閲覧ありがとうございます。


 

 ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り、クラスメイトたちは会話を交わしつつ下校準備もしくは部活へ行く準備を始めた。それを尻目に、今日1日を振り返ってみる。

 特に目立った出来事も事件もない、平凡な日だ。けれどもしいて言うのであれば、すこしばかり教室の空気は緩んでいたのだろうか。皆、思い思いの楽しい3連休を過ごせたのかもしれない。自分たちのような。

 自分だって、今でも思い返せば気分が浮かれる。

 何せ友人たちと旅行に行けたのだ。近場とはいえ自分にとっては初めての経験。

 きっとこの思い出は、ずっと心に残り続けるだろう。

 

 とはいえ、休み惚けを起こす生徒たちを気には掛けても遠慮はしない杜宮高校教師陣。授業自体は遅れることなく進んでいき、身が入らない人たちを置いていくように1日は過ぎていった。

 まあ、あと2週間後にはまた中間考査が始まし、先生たちも出来るかぎりは進めたいのかもしれない。

 ……そろそろ身を入れて勉強する必要がありそうだ。

 

 とはいえ、今は放課後。

 今日の予定は、特になかったけれど……昨日の話の結果が気になる。今日は洸に会いに行くとしよう。

 

 

────>九重神社【境内】。

 

 

 洸に連絡を取ると、合流するから神社まで来てくれと言われた。

 何やら彼には別件で用事があるとのことで、そちらを片づける関係で現地集合の方が都合がいいとのこと。

 という訳で、なんとなくうろついたり、おみくじを引いたりして時間を潰すこと数十分。

 漸く待ち人がやって来た。

 

「悪ぃ、待たせた」

「いや。自分こそ、急に連絡を取ってしまってすまない」

 

 決して今日は暑くないけれど、洸は結構汗をかいている。ここまで急いで来てくれたのだろう。神社の手前は長い長い階段となっているし、駆けあがってきたのだとしたらかなり疲れるはずだ。

 

「階段、走って昇って来たのか?」

「まあな。あまり待たせる訳にもいかねえ。つってもオレ自身、ここまで疲れるとは思ってなかったが」

 

 ああ、確かに。

 異界攻略などもあるし、たまに鍛練しているから、少しは体力や筋力が付いたと錯覚することがある。いや、事実その“戦闘に必要な力”としては身に付いているのかもしれない。けれどもそれは日常で使う力とはまた別なのだ。

 自分だって部活や体育などで疲れるのは変わりないし、バイトの配膳などで盆を軽いと思えるようになったわけでもない。

 結局のところ、そういったものはよりコツコツした努力に支えられる。ということだろう。

  

「待っていてくれ。飲み物を買ってくる」

「ん? ああ、いや、大丈夫だ。中に入ればあるからな」

「中? って……ああ」

 

 忘れていた。そういえば彼は現地集合としてこの場所を指定した。ならばやりたいことは明白。昨日彼が言った武道の再開に関しても、一応再出発という意味では正しい選択だろう。

 

 

──Select──

  それで、何をやっていたんだ?

  まずは中に入って休もう。

 >取り敢えず願掛けしておくか?

──────

 

 

「は? 何をだ?」

「これから洸の身が無事でありますように、とか」

「いや怖えよ。どうしてそうなった」

「洸のお祖父さん、バイトとかについてまだ反対なんだろう? この機会に性根を叩き直そうとされるかも」

「まあ、そうかもしれないが、取り敢えず今ご機嫌は取って来たからそこまでじゃない……はず……いや、やっぱり祈っておく」

 

 段々自信がなくなっていくあたり、彼も想像が付いているのだろう。だとしたら自分も本当に彼の無事を祈っておいた方が良いな。

 そういえばここの神社って、無病息災とかお願いしても大丈夫なのだろうか。

 ……まあ、駄目ということはないか。専門外というだけで。取り敢えず祈れるだけ祈っておこう。

 

「それで、ご機嫌を取って来たっていうのは、御遣いか何か?」

「そうだな。ちょっくら頼まれ事を解決してきたって所だ」

「……機嫌良いと良いな」

「ま、良くも悪くも頼みは聞いてくれるだろうよ」

 

 良くも悪くも。

 それもそうだ。頼まれ事を解決したとはいえ、快く快諾してくれるかは別問題。しぶしぶ引き受けるか嬉々として引き受けるか。その反応をこちらで推測することは難しい。自分にとっては判断材料が無さすぎるし、洸にとっても難問みたいだ。

 とはいえご機嫌を取るのが目的ではない。

 武道に触れ、己と向き合うのが、今回の目的。

 その為であれば、多少のしごきも覚悟の上なのだろう。悪くても頼みを聞いてもらうということは、そういうことだ。

 応援しなければならない。そう思った。

 だから自分も付いてきたのだけれど。

 

「そんじゃ、行こうぜ」

「ああ」

 

 洸の後を追い、道場の方へ。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どちらが出ても地獄には変わりない。

 

 

────>九重神社【九重道場】。

 

 

「せいっ!」

「うっ」

 

 潰されたような鳴き声が聞こえた。

 もはや見慣れたような気もする、洸がご老人に投げ飛ばされる光景。

 

 九重 宗介──洸や九重先生の祖父にあたる男性。彼は古武術である九重流柔術の宗家であり、門下生を始めとする多くの弟子を持つ方だ。

 かつては九重先生も洸も、彼に武を習ったらしい。一時期は空も玖州から習いに来ていたとか。

 実際の彼はと言えば、宗家というだけあって、かなりの実力だと思う。自分や洸も修羅場は多く潜って来たつもりだけれども、それでも九重さんの方が強いと言うのが肌で感じ取れた。

 事実、赤子の手を捻るようにぽんぽんと洸は投げられている。

 彼は畳の上で起き上がるのを止めて、口を開いた。

 

「……なんでだ?」

「どうした、コウ。その程度か」

「なあ、ジッちゃん」

「なんじゃ」

「オレ、空手の型を学びに来たって言ったよな?」

「一朝一夕で身に付くものではないことくらい知っておるじゃろうに。良いから大人しく次じゃ。向かって来い」

「……なんでだ?」

 

 首を傾げながら、不承不承に起き上がった彼は、ファイティングポーズを取る。

 そして九重さんへと突っ込み、数度の衝突……のあとまたすぐに投げられ、潰されたような悲鳴が再度聴こえてきた。

 

 最初、洸と2人で九重さんに稽古を頼みに行った。その際、どうして洸が空手を求めているのかも伝え、九重さんもまたそれに納得していたように見えた。

 だとしたら、この光景は何だろう。

 

 洸が伝えた想いを振り返ってみれば、何か分かるだろうか。

 洸はまず、第一声に己と今一度向き直りたいということを伝えた。詳しい事情は当然明かせないけれど、洸の本気度は合わせた目から知ってもらえた、はず。

 それで何故ここに。と聞かれた際には、型に取り組みたいからだと。心身に乱れがあればきれいに映らないであろう型を極めたいのだと、洸は伝えていた。

 

「甘いわ!」

「うぉ──かはっ」

 

 倒され、床に寝そべったまま、胸を上下させる洸。

 それをじっと眺めた九重さんは、ゆっくりと口を開く。

 

「どうじゃ。少しは落ち着いたか?」

「ジッちゃん……」

「まったく、世話の焼ける孫じゃ」

 

 呆れを含んだ声色だったが、表情は優しい。寝たままの洸には見えていないだろうけれども。

 

「それで、岸波くん。お主もやるんじゃったか?」

 

 話を振られた。

 どうしようか。

 

 

──Select──

 >組み手を行う。

  型の練習から参加する。

  洸を起こしに行く。

──────

 

 

「……はい。よろしくお願いします」

「ふむ。意気やよし。少し、揉んでやろう」

 

 身体に圧が掛かる。

 洸はこんな相手に突っ込んでいったのか。

 だけれど、洸に出来たのだ。幾ら素人とはいえ、負けていられないだろう。

 

「良い目をしている。が──」

「っ」

「──まだ未熟」

 

 重みを跳ね除け、九重さんへと向かった。そこまでは良いだろう。

 その後、ある一定の距離を近づいた時点で、身体は自由を失った。目掛けた相手に近付いても止まらず、そのまま横を抜き、直後地面へと落ちた。

 落ちたことによって、自分の身体が浮いていたことを自覚する。

 先程まで見ていた、投げ。九重さんによる柔術だろう。

 

「受け身は、取れているようじゃな。結構」

「……驚きました。いつの間に」

「間合いを測り、相手の勢いを活かしきってこその、合気。伊達に歳ばかり喰っておらぬわ」

 

 合気……合気道か。柔術だけでなく、そちらにも傾倒しているとは。

 けれど、そういうことなら、次は対策を練るとしよう。

 

「ほう、続けて来るか」

 

 間合いを測られるというのであれば、その距離を逆手に取れれば良い。

 間合いを詰める。先程よりも緩やかに、そしてしっかりと。

 腕の動きや足の動きに注視するのではなく、動きの起こりを観察する。

 

「……む」

 

 相手の動きを観察するというのであれば、直接戦うよりは、得意なつもりだ。

 読み合いが始まる。

 牽制を数度払い、掴まれないよう注意を払う。とはいえ攻勢に出ないことには勝ち目がない。これが戦いであるならば、狙うのはカウンターで良かった。

 しかし相手は柔道家。投げ技や掴み技、締め技の使い手。カウンターに持ち込むより先に、動きを抑え込まれてしまう。

 ……分かりきっていたけれど、抗う術は今のところない。

 地面に打ち付けられる身体。受け身を取っているから、音は鳴ってもそこまで痛くはない。

 受け身が取れると言うことは、反応しきれない訳ではないということ。つまり、投げられ辛い角度などを取れれば──

 

「やはりお主は、投げられまいと抗うのじゃな」

「……?」

「コウは投げられることに対応しようとし、お主は投げられないように対応しようとした。だがどちらも、投げられた瞬間、そして投げられた後も諦める様子がない」

 

 ……どういうことだろうか。

 いや、言っていることは分かる。洸と自分とでは、勝利へのアプローチが異なる。という話だ。

 しかしながら、何故そんな話が出てくるのか。

 

「何度も投げられて、頭の中はある程度すっきりしたであろう。邪念や雑念を払い、今の言葉、もう一度考えてみると良い。尤も、年寄りの助言を聞くつもりがあるのなら、じゃが」

「……ああ」

 

 何度も投げられて。ということは、その言葉は洸に向けたものらしい。

 洸は今何を言われているのか。何を伝えられているのかが分かっているのだろうか。

 自分には、よく分からなかった。

 それでも、きっと彼の何かしらの核心には響く言葉だったのだろう。

 立ち上がった彼の目は、数分前とはまた少し違っていた。

 そんな孫の姿を見る、九重さんの目は、厳しさの中に優しさを宿したもののままだが。

 

 

 

「……さて、型の修練じゃったな。岸波くんも、こっちに来ると良い」

「ああ、頼むぜジッちゃん」

「お願いします」

 

 その後、1時間以上に渡り、型の稽古が付けられた。

 修行が終わったのは完全に陽が落ちてから。秋で夕暮れ時が早まっているのは分かるけれども、こうして外を覗いてみると、結構な時間取り組んだなということが分かる。

 

 やがて、ただいまー。という声が響き、九重先生が帰ってきた。玄関の靴を見て、自分たちが来ていることを把握したのか、まず道場に顔を出す彼女。

 そのまま、『御夕飯の支度をするから少し待っててね!』と小走りする彼女の後ろ姿は、止める間もないほど素早く。

 洸と2人、目を合わせて、今日はご相伴に預かろうかと苦笑した。

 

 

──夜──

 

 

 九重家での食事を終え、先生に捕まった洸を置いて一足先にマイルームへと戻った自分は、夜の時間を勉強に使うことにした。

 中間考査は近い。最近集中して勉強することも少なかったし、前回より好成績を目指すためにも、しっかりと復習に取り組もう。

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが7に上がった。


────
 

 知識  +2。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月10日──時坂 洸(魔術師)(Ⅷ)──空回る心

 

 閲覧ありがとうございます。


 

 今日も授業が終わり次第、九重道場へと直行した。

 修行に勤しむ洸の隣で、見よう見まねながらも取り組んでいく。

 空手の型、というものはどうやら、ただ決められた流れを辿るものではないらしい。しっかりとした仮想的を用意し、攻撃だけでなく防御の立ち回りをする必要がある。

 それがどう難しいのか、ということを理解するまでに、それなりの時間を要した。

 

 詰まる所、攻撃なら攻撃で、しっかりやらなければ次の動作の前にカウンターを受けたり、死角からの強襲を受けたりするだろう。防御もしっかりと防ぎきらなければ、次の動作の間に追撃をされてしまう可能性だってある。

 型をやりきるということは、自分の決めた動きに沿って相手を動かさなくてはいけないということだ。その感覚を磨くことが、型の修練の意義なのではないか、と体験してみて思った。

 

 洸がこの動作を、自分と向き合うことに使えると言っていた意味も分かってきた気がする。

 精神的な意味で言うのであれば、妥協や甘えを許さないことだ。相手を型通りに動かすのではなく、相手が型に沿って動いてくれると楽観視するような、そんな逃げをしないように。

 肉体的な意味でいうのであれば、そのまま自分と戦っている感覚が得られる。仮想敵を自分自身にすれば良い。

 

 ……であれば、どうして洸は、こんなにも納得していないような顔をしているのか。

 

「浮かない顔だな?」

「……まあ、少しな」

 

 身が入っていない訳ではないのだろう。寧ろ逆だ。力み過ぎなところも見受けられる。そこは師範代に指摘されることで、逐一解消されてはいるけれども。

 考えられるとしたら、焦り、だろうか。

 彼がこうして型の稽古に取り組むことになった理由。彼を突き動かしているもの。彼を追い立てているもの。それがここにも働きかけてきた、のかもしれない。

 ……聞いてみないことには、よく分からないな。

 

「洸、少し休憩しないか?」

「……いや、オレはまだ」

 

 頑なに鍛練を続けようとする洸。体力的には、確かに問題なさそうだ。

 仕方がない。洸が疲弊するまでは待つか。

 そう考えたところで、待ったを掛ける声が響いた。

 

「いいや、休むと良い。進展がないのであれば、一旦距離を置くことも大事じゃ」

「ジッちゃんまで……分かったよ」

 

 師範代である九重さんの言葉に後押しされて、不承不承ながらも休憩をとることにした洸。

 一旦、空気を入れ替えるためにも、外に出て話すことに。

 道場を出る直前、後ろを振り返ると、師範代がこちらを見て頷いた。

 任せる。ということだろうか。

 まあ、九重さんも色々と思う所はあるはずだしな。洸とも以前は結構な頻度で言い争ったみたいだし。

 ……そういえば、その辺りの話、詳しくは知らないんだよな。いい機会だし、聞いてみるか。

 

 

────>九重道場【庭】。

 

 

「あー……調子はどうだ?」

「質問下手すぎねえか? まあ、良くはねえ。ハクノもそう思ったから、休憩なんて言い出したんだろ?」

「気付いていたのか」

「いや、ジッちゃんに言われて、そういうことかって気付いた。情けねえけどな」

 

 そういえば九重さんも、進展がないならと言っていたか。孫が行き詰まっていることに気付いていたのだろう。

 それにしても、結構素直に言葉を受け取るんだな。話を聞いた限り、険悪ではないにしろ、良好な仲という訳ではなかった気がするけれども。

 

 

──Select──

  気付かれると恥ずかしいな。

 >師範代のこと信頼してるんだな。

  師範代と仲良いんだな。

──────

 

 

「まあ、な」

 

 言いづらそうに、洸は後頭部に手を当てる。

 言い淀むような何かがあるのだろうか。

 

「いや、そんな顔するなよ。深刻な話でもねえ」

 

 苦笑する洸。

 何か言われるような顔をしていただろうか。

 

「……自分、どんな顔していた?」

「そうだな。例えるなら運ばれてきた料理が予想以上に変な見た目だった時の顔、じゃねえか」

「……なるほど」

 

 自分ではよく分からないけれど、そんなものらしい。

 

「……というか、珍しいな」

「何がだ?」

「洸が自分の表情について、何か言うのが」

「あー……確かに、そういうのは久我山の専売特許みたいなもんだったしな」

「そうか?」

「他に言う人居るか?」

「……いないな」

 

 どうしてだろうか、とも考えてみたけれど、一番付き合いが長いからだろうか。

 その点、洸が自分の表情を読み取れるようになっても不思議はない。一緒にいる時間で言うのであれば、恐らく璃音の次に長いのが洸だし。

 相互理解が深まってきた、ということでもあるのかもしれない。

 ……相互、と呼ぶには、自分の洸に対する理解が低すぎる気もするけれど。

 

「それで、どうしたんだ? やっぱり、焦りか?」

「あー……まあ、な」

「?」

 

 またしても、煮え切らない返事。

 いったい何があったと言うのだろう。

 

  

──Select──

 >聞き出す。

  待つ。

  話題を変える。

──────

 

 

「話してみて、くれないか? 話しづらいことかもしれないけれど」

「……」

 

 問いかけに、黙り込む洸。

 やはり駄目なのだろうか。

 勇気を出して尋ねてはみたものの、言い出しそうな雰囲気は──

 

 

──Select──

  

 >──それでも、彼の口から聞くのを諦める訳にはいかない。

  

──────

 

 

 待つ。

 一度踏み込んだのだ。

 自分はただ待つだけだろう。

 洸が答えるなり逃げるなり、何かしらの回答を用意することを。

 

 

 

「……“焦り”って言っても、前と同じじゃねえんだ」

 

 長い時間が、過ぎて。

 ゆっくりと洸は、口を開き始めた。

 

「前と違う“焦り”?」

「ああ。今回は姿かたちがハッキリしてて……余計にやりづらい」

「内容が分かっているということか?」

「まあそういうことだな」

 

 ただ何もない地面に、しゃがみこむ洸。

 自分も、目線を合わせる為に屈む。

 

「ま、ここまで付き合って貰った上に、情けない姿を見せてんだ。今更隠す必要もねえか」

「話してくれる、ということで良いのか?」

「聞いてくれるなら。……つっても、お前はそれが聞きたかったんだったか」

 

 洸はどこか、自棄になったような言い方をする。

 もしかしたら、追い詰めてしまったのだろうか。自分が。

 

「その前に、伝えておくべきことがある。どうしてオレがハクノを道場に誘ったのかを」

「そういえば聞いてなかったな」

「まああの頃は言うつもりもなかったからな。情けない話だし。……正直に言うと、お前なら何かしらの道筋を見つけてくれるんじゃないかと期待したんだ」

「……そうだったのか。すまない。たいした力になれていなくて」

「いや、気にしないでくれ。そもそも頼ったこと自体が間違いだし、勝手であほ過ぎる理由だったしな。ああ、別にハクノに問題がある訳じゃねえから、そこだけは理解しておいてくれ」

 

 ?

 どういうことだろうか。

 

「前回道場に来た時、ジッちゃんが組み手への取り組み方の違いについて話してただろ?」

「あ、ああ」

 

 

──────

 

 「コウは投げられることに対応しようとし、お主は投げられないように対応しようとした。だがどちらも、投げられた瞬間、そして投げられた後も諦める様子がない」

 

──────

 

 

 思い返す。

 確かにそんな話はあった。

 それが、洸の焦りにどう影響したのだろうか。

 

「当たり前のことなんだが、いくら周りが似てる似てると言っても、違うんだよなって」

「……洸と自分のこと、を言っているのか?」

「ああ」

 

 ……それは、そうだろう。

 突き詰めれば、他人だ。違う人間だ。大なり小なりの異なりはあって当然のはず。

 

「けれど……まあ焦りもあったんだろうな。それを踏まえても、何も見えていなかった」

 

 俯きながら、彼は小さな声を零す。

 

「あの時は、お前にも一緒に己と向き合って貰って、ハクノが見た答えを教えてもらえれば、カンニングみたいにオレにも活かせるはずって思って疑わなかった。そうじゃなくても、真似したりすれば、現状から脱却できるはずって思い込んでいたんだ」

 

 そんなはずないのにな。と嘲笑する洸。

 何が問題なのだろうか。いまいち話が見えてこない。

 

「えっと、つまり?」

「オレは、オレと似ていたはずのハクノが気付いたらずっと前へ進んでいるのを見て、真似をすればオレも同じくらい進めるはずだって思い込んだよ。ハクノが前に進むための努力をしてたのは、知っていたはずなのに。馬鹿な話だよな」

 

 その間違いを、この前改めて叩き付けられたのだと、彼は言う。

 つまりすべては、空回りした結果、ということだろうか。

 

 正体の分からない焦りを解消するため、同じく悩みを抱えていた自分を参考にし、真似をすれば洸自身の焦りもなんとか出来るはず。と。 

 しかし、洸と自分は違う。

 自分の抱えていた焦りは、恩を返したいというもの。役に立つ何かを見付け、価値のある岸波 白野になること。それに対して焦り、色々なものに手を出して来た。

 確かに、手当たり次第に何かをする、という点で、自分と洸の焦りに対する取り組み方は似ていたのだろう。

 

 けれども彼や彼の祖父が言った通り、時坂 洸と岸波 白野は別人だ。抱えていた焦りも、悩みも、異なるものだ。自分が得ている答えがそのまま使えないのは当然としても、応用が効かないとは言わないけれど、本質の違う悩みに対して有効な手を、自分が持っているとは限らない。

 

 

 ……それが見えなくなるほど、洸は焦っていた、ということか。

 いや、自分も分かっていたはずだ。

 洸が突き動かされてきた焦りの大きさを、漠然とだけれど。

 それに対して、口出し、突くだけ突いて終わりというのは、違うだろう。

 当然できることであれば助言をするつもりだったし、力になるつもりだった。

 

 ……考え直してみても、別に洸が愚かだったという話にはならないはずだけれど。

 

「いや、馬鹿らしいのはここからか」

 

 どうして洸が自罰的な発言を繰り返すのか。

 その答えは、聞くまでもなく話してくれるらしい。

 

「結果、オレは嫉妬したんだ。ハクノ、お前にな」

「…………は?」

「1人で、ずっと先に進んでいるハクノを、羨ましく思った。お前みたいになりたいと思った。……お前に追い付きたいと思ったし、お前より前に行きたいとも思った」

「……それが」

「ああ、今のオレの焦りって訳だ。笑っちまうぜ。焦りを解消する為に焦りを抱えてんだからな」

 

 洸が自分に対し、羨望の眼を向けているなんて、知らなかった。

 正直、自分と洸にそこまでの差はないと思っている。

 前には確かに進めているだろう。けれどもそれは1歩、2歩の話。手を伸ばせば、きっかけさえ掴めれば、届く範囲だ。

 ……いや、進めないと悩む彼に、そう言うのはあまりにも酷だった。

 

 

「洸の言いたいことは、分かった」

 

 

 知った今、自分が洸になんて声を掛けるべきかは、分からない。

 

 だけれども、何か言うべきなのは、何かすべきなのは、分かっている。

 

 洸の友人として。仲間として。……ライバルとして。

 

 

 自分が出せる答えとは、何だ?

 

 

 自分に取れる手段は、何だ?

 

 

 

「まず、話してくれて、ありがとう」

「いや、こんなの聞かされても迷惑だろ」

「いいや、嬉しい。言ってくれないと、自分はずっと分からなかっただろうから」

 

 ずっと、自分が追う立場なのだと思っていた。

 自分には、何もないから。

 色々なものを持った洸を、ずっと追いかけていたつもりだったから。

 

 本当であれば、前を走っているのは洸の方だと、言いたい。

 けれど、そのまま言った所で、恐らく伝わらないだろう。

 お互いがお互いの背を追いかけ回している。とても不毛な論争になりそうだった。

 なら、今ひと時。

 いや、彼の思い違いを正すまでは、“自分が洸の前を歩いているフリをしよう”。

 

「洸の取った手段は、結果として間違ってないはずだ。誰かに頼るというのは大事だと思うし、こうして素直に教えてくれたから、また色々と対策を立てられる」

「……まだ、付き合ってくれるのか?」

「当たり前だろう。頼まれたって、仲間を見捨てはしない」

 

 そして、彼に叩き付けるのだ。

 時坂 洸という人間が、どれほど凄い人間なのかを。

 自分が彼に、どれだけのものを貰ったのかということを。

 

「準備ができたら、声を掛ける。それまで待っていてくれ」

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが8に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月11日──時坂 洸(魔術師)(Ⅸ)──伝えるべきことがあるとすれば

 

 閲覧ありがとうございます。
 遅くなった理由は最新、そして1つ前の活動報告に書きました。
 洸コミュ9話。よろしくお願いいたします。


 

 

 放課後。授業が終わってから、少し時間が経っての今。先程までは何とも思っていなかったのに、気付けば陽が赤くなった程度の時間帯。

 思いのほか時間が掛かってしまったことを反省しつつ、せめて残った時間を有効的に使おうと、境内へと伸びる階段を1歩1歩登りながら、思考に耽る。

 内容は、時坂 洸と岸波 白野の違いについて。

 そもそも何故自分たちが、似ていると言われるだろうか。端から見たら似ている自分たちが、実際のところどう違っているのだろう。

 ずっと気にはなっていたけれども放置してきたこと。それを彼との話し合いの前に今一度確かめておこうと思い、共通の友人たちに一通りのリサーチは済ませてある。

 思いのほか聞き取りが難航……はしてないけれども、聞く人数が多かった関係で、時間が掛かってしまった。とても多くの縁に支えられていることを改めて実感できたのは嬉しかったけれども、約束の時間に遅れ気味になってしまったのは反省点。得られた情報を纏めたいけれど、思考に割いて足を止めている暇は、流石にない。

 目に見える景色に、段々と境内の景色が映り込み始める。

 その左端。民家を囲む竹垣の前に、時坂 洸は立っていた。

 

「すまない、待たせた」

「いや、別にそこまで待ってねえ。それより……なんつうか、この前は悪かったな」

 

 ばつが悪そうな顔を浮かべた彼が、開口一番で謝罪の言葉を述べてくる。

 恐らく時間を経たことで本心を曝け出したことを冷静に振り返ったのだろう。あの時は勢いで言ってくれたが、その心の内を明かすのには大きな力が必要になったはず。

 だけれど、謝られたところで、無かったことにする気はない。

 

「謝ることなんてない。それよりも、謝るということはこの前の発言を覚えているんだな」

 

 自分の言葉を聞いた彼は、一層顔を顰めた。

 責められているとでも思われたのだろうか。そういうつもりではなかったのだけれど。

 それとも、話題を引っ張られることを嫌ったのか。

 ……いつもなら空気を読むべき所だろうが、せっかくの機会だ。色々な人に助力を願っているし、引き下がるわけにもいかない。

 

「ああ、そりゃあ、まあな」

「じゃあ、それに対する自分の発言は?」

「あー……対策を立てるって言ってたやつか?」

「そうだ」

「……ってまさか、今日呼ばれたのって」

「お察しの通り」

 

 対策を立ててきた、と言い放った自分に対し、洸の眼が若干見開かれる。

 何に焦っているかは前回判明した通り。正体不明の焦りと、それを解消する為の焦り。それらが上手くいかないことと、上手くいっているように見える岸波白野に対する嫉妬。

 ……まあ、対策は対策でも、荒療治にも程があるような行き当たりばったり手だけれども。まあそこは今の彼に知る由のないことなので、伏せておこう。

 

「ど、どんな対策なんだ?」

「単純な話で申し訳ないけれど、自分に対して嫉妬心を抱いているのなら、自分と戦ってみないか? という提案をしてみようと思う」

「……は?」

 

 本当に単純な話だ。戦って分かることもあるだろう。

 まあ言ってしまえば、璃音と明日香がやったことの焼き直しだ。

 向かい合って、拳を交えて、腹を割って話そうというだけのこと。

 まあ正直、他にも色々と方法はあるはずだけれど、気持ちの整理という意味では一番“正解”のような気がするのだ。

 特に、何かしらの負い目を感じているというのであれば、尚更。

 

「集合場所をここにしたのも、手っ取り早かったからだったりする」

「……そういえば、何で神社集合なのか疑問だったんだよな。てっきり修行の続きかと思って納得してたが」

「ちなみに、師範代には立ち合いをして欲しいと相談済みだ」

「根回し済みかよ」

 

 提案者だし、それくらいはする。

 ともあれ、宗介さんを待たせたままだ。洸自身納得していないだろうけれど、強引でもさっそく移動してしまおう。

 

 

────>九重神社【九重道場】。

 

 

「確認だが、立ち合いを務めるだけで良いんじゃな?」

「はい。場所を貸して頂いて、ありがとうございます」

「なに、見届けさせてもらおう。存分にやるとよい」

 

 頼んでおいて何だけれど、随分と好き勝手にやらせてくれるな。

 これが大人の余裕というものなのだろうか。

 そんなことを考えながら、借りた胴着の襟元を引っ張り直す。

 

「さて洸、準備は良いか?」

「ん……ああ」

 

 こちらの会話に聞き耳を立てながらも、黙々と準備運動を熟していた洸を呼ぶ。

 

「それじゃあまずは、本番前に軽く組み手をするか。あと軽く投げ合う感じで」

「ああ、しっかりアップすんのか。了解」

 

 互いに5本ずつ、アップと称して軽く投げ合いをする。

 投げ合いと言っても、詰める練習と受け身の練習みたいなものだ。真剣に試合をする以上、慣らしておく必要はあるだろう。

 お互い本調子でないと困るし、“最後の調整”も必要だったからな。

 

 そして、遂に練習時間が終わり、本番の時を迎える。

 自分と洸が向かい合い、構える。

 間に師範代が立った。

 

「では、改めてルールを確認する。試合は1本勝負。洸は岸波くんを投げる、もしくは1撃を急所に当てれば勝利。岸波くんは試合時間内に洸が勝利条件を満たせなかった場合にのみ勝利とする」

「──は?」

「制限時間は20分じゃ。なお、場外のルールは岸波くんにのみ適用される」

「いや、ちょっと待て」

「待ったなし。始め!」

 

 師範代の手が振り下ろされ、自分は間合いを測る為にも足を小刻みに動かし始めた。

 一方の洸は、まだ試合条件を飲み込めていないのか、動かない。

 

「洸、20分しかないぞ。良いのか?」

「いや、結構十分長えだろ」

「そうか? 自分は20分間ならお互いの集中力が持つと思ってこの時間にしたんだけれども。“それ以上粘ったら、洸の方が辛いだろう?”」

「……いや、でも流石にフェアじゃ──」

「洸」

 

 彼の言い分を、遮る。

 試合時間20分は、まあ確かに長いだろう。ルールだけを見れば、洸が有利だ。

 けれども、彼は敵が自分だと言うことが、まだ、分かっていないらしい。

 

「自分はこれでも、洸のことをよく観察してきた方だと自負している」

「ん? お、おう」

「後ろから洸の姿を見てきたんだ。今では動きを合わせることだって可能だ」

「……」

「分からないか? 通常の洸の動きであれば、見切れる自信があるって言ってるんだ」

 

 最初の頃は覚束なかった連携は、彼らの動きを把握することで出来るようになった。

 つまり、大体の動作は起こりさえ見てしまえば予想できる。

 すべて、命を賭けた戦いで磨かれてきたものだ。決して、侮られて良いものでもない。

 それに、微調整は先程済ませた。

 

「後ろから見ている洸と、対面した時の洸との刷り合わせは、さっき済ませた」

「!?」

「それでも、自分を捉えられると思っているなら、来ればいい。さっさと終わらせれば良いだろう」

 

 挑発だ。

 けれども、事実しか言っていない。

 先程のは準備運動だ。自分の“眼”の。どうしたって認識に差が出るし、距離がある通常の援護と試合とじゃ、感覚に誤差が出るのは必須。

 そのズレは先程の5本ずつ、計10本の立ち合いで解消させた、気分だ。まあ正直なところ全部が全部刷り合わせられる訳ではなかったけれど。

 まあでも、ここまで発破を掛ければ、乗ってくるだろう。

 

「……分かった。後悔すんなよ」

「そっちこそ、今無駄にした1分を後悔しないと良いけれどな」

「言ってろ!」

 

 まず前提として、掴ませない距離を保つのが必須だ。

 かと言って逃げ回っているだけでは、場外になる可能性があるし、何より疲れる。

 だから適度につかまれつつも投げられないよう足に留意しつつ、逆にカウンターを取って投げていく。

 当然勝利ルールにこちらの投げは含まれないので、距離を取って再開となるわけだけれども、一回区切る手としては使える。

 

「そこっ」

「──くっ」

 

 2度目の投げによる中断。当然仕切り直しの間は時計が止まっている。

 まあ胴着を直す暇さえもらえずに、またすぐに再開するけれど。

 

「くそっ、なんでだ……!」

 

 1回目は掴まれないよう結構粘ったから、3回目の立ち合いとなる今回でもう折り返しの時間は経過している。

 残り時間が半分を切ったことを確認し、洸にも若干の焦りが見え始めた。

 当然、仕掛けが雑になるので振り払いやすくなるのだけれど、そこは流石に経験者。2、3度払われた後、すぐに呼吸を正して立て直してくる。

 立て直された際の一瞬の油断を突かれ、掴まれた。

 拮抗する。

 

「なんで、と言うけれどな」

「は?」

「当然だろう。自分は修行の最初から、ずっと洸の動きを観察していたんだか、ら!」

「ッ」

 

 空いた隙で投げようとしたけれども、踏みとどまられた。

 なるほど、投げられないための努力。こうして相対してみると、よく分かる。厄介だ。

 

「どうせ最終的には洸と試合すると思っていたしな。こういう形とッ!? っと、とは思っていなかったけれど!」

「今のでも駄目か、よ!!」

「だから予習済みなんだって言ってるだろう!」

 

 ちょっとやそこらの奇襲では動揺しない。前回師範代に勝とうと、何度も挑む洸をただひたすら眺めていたのだから。

 

「なんでまたそんな段階から! 試合なんて!」

「いつだって洸は自分にとって、越えたい壁だからな!」

「意味が分からねえ!!」

「いつか絶対に訪れるであろう試合に、勝つための努力をしていたってことだ!」

 

 正直、自分にとっては洸の付き添いでしかなかった、今回の修行。

 まあ自分を見詰め直すというのも、魅力的な謳い文句ではあったけれど、何より洸と同じ土俵で直接対決ができることを楽しみに想い、彼の動きと、それを捌く師範代の動きを学んだ。

 ただ洸が投げられ続ける姿を見続けたのも、その為。どうすれば洸を投げられるか、それを考えていた。

 ……まあ、こうやって条件に当て込めて、逃げることと時間を稼ぐことに全力を出さなければ、疾うに負けていたのは自分だろう。そもそも試合でこんな消極的な動きをしたら注意が入るだろうし。

 真正面から戦って勝つことは、できない。だから“洸が攻め一辺倒になる状況を作り”、対応するべき幅を狭めた。そうすることで師範代に仕掛ける洸しかじっくり見ることが出来なかった自分の目を活かしきることに。

 

「それで洸! 1つ、聞きたかったんだ、が!」

「何だよ!?」

「洸はその焦りを解消した後、どうなりたいんだ!?」

「──」

「隙あり」

「!?──ぐっ」

 

 一瞬跳ねた彼の身体を強引に捕まえ、身を入れる。

 そのまま持ち上げ、すとんと投げた。

 ……人を綺麗に投げるのって気持ちが良いな。

 

「どうって」

「ただの目標の話だ」

「……いや、そういうのは」

「考えられない、と?」

 

 けれどそれは、違うだろう。

 試合再開の合図は鳴っているが、構わず話を続ける。

 

「時に洸、自分と洸が何で似ているって言われ続けたのか、理由って分かるか?」

「いや……人助けとかを積極的にしているからじゃねえのか?」

「それもあるらしい。あとはアルバイトとかの印象もあるとか。けれど、お互いしっかり縁を築いた相手は違うように思っていたらしいぞ」

「……それは?」

「その日その日を、必死に生きている感じがするから、だそうだ」

 

 または、目の前のことに全力を出して解決しようとしているところが、似ていたとか。

 まあ特に仲間内からはそんな声が多かった。祐騎なんかには、『行き当たりばったりっぽいところがそっくりだよね。生き急いでる感じがする』などと言われてドキッとしたけれど。

 一方、明日香は『見ていて不安になるところ』と言ってきたので、それはお互いさまでは? と思った。言わなかったけれども。

 けれども全員、2言目には、『まあ最近のハクノはそこまででもないけど』みたいなことを言ってくれた。

 それは何故か。

 単純に見つけたからだろう。自分が。

 夢とか目標とかの、切れ端のようなものを。

 

「詰まる所、今の自分と洸の差は、行動の結果に未来を、目標を持っているかの一言に尽きるのだろう」

 

 確かに杜宮へ来た当時、自分に焦りがあったことを覚えている。

 ……いや、過去形ではないか。

 成長しなければ、価値を示さなければ、何かを為さなければ、という焦りを今でも若干、感じている。

 感じているというよりは、忘れないようにしていると言っても良い。

 自分にとって、その感情の根源は、恩返しであるのだから。

 そして今の自分は、恩を返した先のことも、考え始めるようになった。恩の返し方についてはまだ考えているけれども、それと折り合いを付けられるような、何かを。

 

「ハクノは、持っているのか?」

「ああ。まあまだ漠然としているけれどな」

 

 目標についての話をするのであれば、この前からの修行だってそうだ。洸に勝ちたいという目標を持って取り組んでいた。

 異界攻略だってそう。リーダーとして、広い意味を含んだみんなでずっと何も失わず、元気に笑い合いたいと思って取り組んでいる。

 誰かの相談に乗る時だって、自分に問題を解決する力はなくとも、手助けをして、いづれ笑顔を浮かべてくれるようになることを願っていた。

 今の洸と話していることだって、またくだらないことで笑い合って、蟠りない関係性の友人で、仲間で、ライバルになりたいと願っているのだ。

 ただ目の前に問題が転がって来たからどうにかするのではなく、目標を抱いて解決に望む。そうして目標を立てて生きていくことの、夢を抱くことの重要性を、自分は色々な人との付き合いで学んできた。

 だから、教えるのだ。

 洸から人付き合いの方法を学んだ自分が、人付き合いの結果で得た物を、洸に。

 

「さっきは考えられないって言っていたけれど、洸だって目標を立てて動けるだろう!」

「いや、オレは」

「今回の修行は、自分を見詰め直そうとしたのは、焦りを解消するって目標を立てたじゃないのか!!」

「!!」

 

 洸はきっと、今の自分は焦りに対応するので精一杯だから、目標とかを考えることは出来ないとでも思っているのだろう。

 でも、それは違う。

 経緯はどうあれ、自発的に焦りを解消したいと動くことは、できたはず。だから、焦りを解消した先にどうしたいのかも、きっと願えるはずなのだ。

 

「焦りを解消することを目標としたのであれば、焦りを解消した後に何がしたいのかを考えるなんて、ついでのようなものだろう」

「……そのついでが難しいんだがな」

「手伝うさ」

「……至れり尽くせりだな」

「それでも、返しつくせないほどの恩は貰っているからな」

 

 ただの恩返しだ。

 初めてできた、同性の友人。色々な人と関わることに対しての、指針となってくれた彼への。

 

「目標を持てると、自分の行動1つ1つに意味が、想いが加わる。それを伝え合って初めて、充実というものを得るんだと、自分は思った」

「充実か」

「焦りとかからは無縁の言葉だからこそ、欲しくはならないか?」

「そりゃあ、できたら嬉しいがな……」

「洸にならできるさ。出来なかったら、自分や仲間たち、それに伊吹や小日向たちを頼れば良いじゃないか」

「……簡単に言ってくれる」

「簡単だと思って欲しいからな」

 

 焦りの解消は別問題でも、焦りとはまた別の行動軸を彼が見つけることができるようになれば、と思う。そのための協力を惜しむつもりはない。今日話した面々も、その為であれば力を貸すと回答してくれているし。洸には言わないけれど。

 

 ──と。

 

「そして洸」

「ん?」

「自分の勝ちだ」

「────はぁっ!?」

 

 いや、時間過ぎているし。

 時計を指差すと、彼の首がぐるんと回った。

 一瞬こっちをにらむようにして、視線がまた再度ズレる。

 

「言ってくれよジッちゃん!」

「ただの立会人に何を求めてるんじゃ」

「ああ、クソ! 納得行かねえ! ハクノも分かってて会話伸ばしてただろ!」

「そんなことない」

 

 そんなことあるけれど。

 だから20分だったわけだし。

 説得にはちょうど良いかな、と。

 

「もう1回だ! 口で負かされて、試合に負けたんじゃ立つ瀬ねえからな!」

「……口の方は負けを認めるんだな」

「あんなの負けだろ! 悔しいが納得しちまった!」

 

 そうか。

 ……そうか。届いたか。

 

「だからもう1試合やるぞ!」

「ああ。……ああそうだ、洸。終わったら温泉でも行かないか?」

「いいな! 今する話でもねえけど!」

「ゆっくり話をする時間も取れるだろう。あ、ちなみに九重先生からは、あまり遅くならなければ大丈夫と、洸の外出許可をもらっている」

「…………そこまで行かれると、最早どこから突っ込んで良いのかわからねえ」

 

 九重先生にわざわざ許可を取ったことか。

 あらかじめそこまで根回ししていたことか。

 何人この話に噛ませているのかとか。

 まあそこら辺だろう。自分が洸の立場で突っ込みを入れるのであれば。

 

「答えが出るまで何時間だって付き合う覚悟だ」

「……まさか、夜は泊る気か?」

「外泊の許可取る相手は自分にいないしな。洸が認めるなら泊れるけれど、許可出すのか?」

「出さねえよ!!」

 

 行くぞ、と構えを取り、開始の合図を師範代にお願いする洸。

 その顔が少しばかり明るかったのを見て、緩みそうになる頬を引き締め、こちらも臨戦態勢をとる。

 話し合いのお陰か、洸との縁が強まった気がした。

 さてそれでは、どこまで負けないで行けるか、挑戦してみるとしよう。

 

 

 

 

 結局今日は泊まらずに帰ることになった。

 夕飯は帰りに志緒さんの所で食べたけれど。洸の奢りで。

 別に気にしなくても良いと言ったが、お礼と言って押し切られてしまった。

 ……汗をかいて、流した後のカツ丼は、最高と言って良いな。

 

 

──夜──

 

 

 温泉にも入ったし、今日は早く寝るとしよう。

 

 

 

 

 洸や小日向たちとゲームセンターでエアホッケーをして遊ぶ夢を見た。

 

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが9に上がった。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月12日──時坂 洸(魔術師)(Ⅹ)──起源と流儀と

 

 閲覧ありがとうございます。



 

 今日の昼休み、一件の通知がサイフォンに届いた。そのうち暇な放課後あったらまた付き合ってくれ、と。

 差出人は洸だ。何やら話があるらしく、さっそく今日でどうかと聞いてみたところ、了承の返事を得た。

 という訳で放課後、廊下で待ち合わせし、帰り道を共にすることに。

 ……しかし、暫く歩いてみても、本題らしい話題の切り出しはなかった。

 取り敢えず、どこへ向かっているのかだけ聞いてみようか。

 

「洸、この後ってどうするんだ?」

「ん?」

「行き先、どうするのかって」

「……特に決めてねえな。行きたい所とかあるか?」

「いや。ああでも、何か話すなら落ち着けるところの方か良いのか」

「ん……まあそう、だな」

 

 くつろげる、もしくは落ち着けるという点だったら温泉でも良かったのだけれど、神山温泉は必ずと言って良いほど人がいるので、他人の耳がどうしても気になってしまう。

 望ましいのは、落ち着けて、かつ2人きりになれる場所。

 となれば……

 

 

────>杜宮記念公園【ボート乗り場】。

 

 

「いや、これは違くねえか?」

 

 本当に乗るのか? と目で聞いて来た。

 その問いに首肯を返す。

 

「ゆっくり、2人きりだ」

「……聞き耳は心配しなくても良いが、代わりに周囲の目が気になってくるな」

「そうか?」

「……まあ良いか。別に噂されて困ることもねえ」

 

 噂になるようなことだろうか。と思ったけれど、確かに今乗って回っている人たちは、親子か恋人らしき異性ペアのみ。

 洸が何を気にしているのか、分かった気がする。ここはそういうスポットだったのか。乗ったことがないので分からなかった。

 ……でもまあ、彼も気にしないと言ってくれたし、今回はこのままで良いか。貴重な経験だ。うん。

 

「よし、乗ろう」

「……おう」

 

 乗るのは決まっているけれど、乗り気にはなれないらしい。

 

 

 

 湖の上、適度に他の船との距離がある所で、足を止めた。

 ああでも、やっぱり想像通り落ち着くな。

 それに、結構漕ぐのも面白かった。

 

「これ、全力で漕いだらどれだけ速度が出るんだろう」

「止めとけ、ボートじゃない色々なものが壊れそうだ」

 

 周囲のムードとか色々。仰る通りだった。自重するべきだろう。

 なんて、ふざけた話を最後に、話が途切れる。

 せっかくゆったりとした時が流れているんだ。待ってみよう。洸にも洸のタイミングがあるだろうし。

 そこから数分、沈黙が流れる。

 話の切り出しは、ぼそっと呟くような洸の声だった。

 

「将来のこと、なんだが」

 

 来た。この前話した、焦りを解消した後に、何がしたいか。という話題の続きだ。

 果たして、洸はどういった答えを出したのだろう。

 

「ぶっちゃけ、夢だとか何だとか、そんな崇高なものは見つかんなかった」

「まあそれはそうだろう。一朝一夕で見つかるものでもない」

「ああ。けど、考えること自体は止めるつもりはねえ」

 

 それを聞いて安心した。先程彼にも伝えた通り、急いで結果を出してほしい訳ではないし、焦って良い結果が出る訳でもない。

 けれども、この前の問答が何も齎さなかったという訳でないことを、彼は伝えてくれた。

 洸がその思考をするようになったのであれば、自分も頑張った甲斐があるだろう。

 

「けどな、何となく目標のようなもの、っていうか、やりたいようなことはできた」

「え?」

「ほんと夢なんて呼べないような、漠然としたものだけどな」

「ぼんやりとでも形が掴めているなら、良いんじゃないか? 正直、自分もそんなものだし」

 

 本当に。

 自分がいま抱いているものも、明瞭な形のないものだ。

 それでも、洸が何を見付けたのか、聞いてみたい。

 

「今の部活の延長みたいなものを考えている」

「そういう活動を続けるということは、対シャドウ案件に関わり続けるということか?」

「ああ。けどアスカやミツキ先輩みたいに、裏世界に属すっていう訳じゃねえ」

「と言うと?」

「あくまで守るのは表。裏の世界の利権だなんだは関係なく、目の前のことに積極的に介入し、身の回りの日常を守り抜く、って感じなんだが」

「……それは」

 

 まさに、今の部活の延長上って感じだ。

 日常を守る。をモットーに、裏世界のパワーバランスとかは気にせず、目の前の悲劇を食い止めることだけに注力する。

 言ってみれば、地域密着型と言った所だろうか。積極的に介入するのは近場のみ。明日香や美月は世界的に展開している組織の一員だと言っていた。そういった組織に所属することになれば、今回みたいな長期間の大きな案件以外で、一か所に留まり続けることは難しいだろう。

 そういった意味では組織に属さずにいく道も充分にアリだろう。

 話や筋は通す必要があるだろうけれど。

 

「希望のある、良い目標だと思う」

「……まあ、まだまだ解決することはたくさんあるが」

「だとしても、目標を見付けられたのは、良いことだろう」

「……ありがとな」

 

 照れているのか、笑みを浮かべつつも顔を背ける洸。

 元より自分はそう思っていないけれど、これで彼の前を走る幻想の岸波 白野という存在はいなくなった。洸の自分に対する焦燥感も消えるだろうか。

 まあ、それは彼次第かもしれない。

 今は取り敢えず、話を聞こう。

 

「参考までに、どうしてその目標を思いついたのか、聞いても良いか?」

「それくらいなら……って言っても、そんな大した話も出ないぞ」

「良いから良いから」

 

 大した話でなくても、面白い話でなくても、聞いてみたい。

 他ならぬ、同じ曖昧な目標を抱えた自分のためにも。

 

「そうだな。強いて言えば、自分の“流儀(スタイル)”を貫こうと思ったら、自然とこうなったって感じだ」

「“流儀(スタイル)”って?」

「お節介でも、押しつけがましくても、身の回りの誰かを助けたいと思う心を貫くこと、だな」

 

 誰かを助ける。焦燥感に刈られながらも、洸が貫いてきた生き方。

 なるほど、“流儀(スタイル)”。洸の軸となる考え方で、彼が大切に思っているもの。

 それを曲げずに生きていくのであれば、確かに目の前の何かを見落とすような自体には陥りたくない。身の回りのことに注力するというのは確かな解決策のように思う。

 

「……焦りから目を背けるのに、非行とかそういう刹那的なナニかに逃げず、人助けを続けたんだ。まさしく洸の中のしっかりとした主軸なんだろうな」

 

 例えば不良とか、まあ煙草とかお酒とかに手を出すのは、何かを忘れたいからだと聞く。創作物の中では、だけれど。実際に聞く機会はない。BLAZEは元々そういった不良グループではないし。

 そういったものに手を出さずにいたのは、培われてきた彼の強さだろう。

 曲げることのできない生き方の部分。そこで洸は非行を否定した。

 

「悪いことをしたらそれこそジッちゃんには叩きのめされそうだ。両親も飛んで帰ってくるかもしれねえ。そういった面倒は掛けたくないしな」

「周りに迷惑が掛けられないなら、夜遅くのバイトとかも……って、それも洸の」

「ああ。そいつも“流儀(スタイル)”──人助けの一環だからな。続けていくぞ、今後も」

 

 晴れた笑顔だ。

 対する自分は、恐らく苦笑いなのだろうけれど。

 まあでも心より祝っている。

 変わった彼の、始まりを。

 ここから、洸のリスタートが始まるのだろう。

 

「それで、まあ何だ。ハクノにもハクノの夢とか目標があると思うが……」

「?」

「その、ハクノさえ良ければ、お前も手伝ってくれないか?」

「……洸の、夢を?」

「ああ。オレ1人じゃ、何かを取りこぼす可能性があるからな。ハクノだけじゃなくて、ソラ……は地元が玖州だから難しいだろうが、ユウキやリオン、シオさんにも、手伝ってもらって」

 

 力を貸してほしい時だけでも良いのだと、彼は言う。

 今、同じく杜宮のために戦っている自分たちに、手伝って欲しいのだと。

 

「まあ返事は急がねえ。今回の事件が解決してからでも、卒業してからでも構わねえから、考えておいてくれると嬉しい」

「……分かった。しっかりと考えておく」

 

 まさか自分が、それも洸と、将来の約束をする間柄になるとは思わなかった。いや、まだ約束していないけれど。

 ……でも、良いな、こういうのも。

 卒業した後も、未来に渡って一緒にいたいと思える友をお互いに得られた。ということなのだから。

 洸との間に、強固な魂の結びつき──縁を感じる。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、ついに確固たる縁を結びたり。

 

 確固たる縁、それは即ち、

 無二の存在価値となりて、

 汝の道を保証せん。

 

 今こそ汝、“魔術師” の究極の在り方、

 “フツヌシ”を見付けたり。

 幻惑を断つ道標とならん……

────

 

 

「……なんだ、今のは」

「? ハクノも何か感じたのか?」

「洸もか?」

「ああ、なんだか妙にすっきりしたというか……表現に悩むな」

 

 不思議な感覚に襲われたかと思えば、隣の洸も同じらしい。

 どういうことなのだろうか。彼と共通の出来事が起こったのであれば、ソウルデヴァイス関連やペルソナ関連のことだろうけれど……取り敢えず、そのうち空いた時間にでもベルベットルームに行ってみようか。

 

「さて、話すことも話し終えたし、戻るとするか」

「……最後に思いっきり漕いで見ないか?」

「なににそこまで執着してんだ。怒られるぞ」

「……わかった」

 

 

──夜──

 

 

 今日は勉強休みを設け、バイトに行くことにした。

 病院の清掃に向かう。

 ……隅々まで綺麗にできた。

 

 




 

 コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが10に到達した。
 
 
────


 根気  +3。
 >根気が“起き上がりこぼし”から“常に前向き”にランクアップした。


────


 今回の更新で魔術師コミュは終了しましたので、各話のタイトルを修正しております。個々人のコミュについては完結したら詳しく語るかもしれません。しないかもしれません。

 そろそろ根気的に無限ハイハイできそう。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月13日──美月とお茶を

 

 閲覧ありがとうございます。


 

 

 土曜日。午前授業が終わり、さっそく自由時間となった午後。

 特にこれといった予定はない。せっかくだし、空いてそうな人を探してみよう。

 

 

 ────>杜宮高校【生徒会室前】。

 

 

 生徒会室の前の廊下。あまり来ることのない場所を通りかかると、予想通りとも言うべき人物の後姿を見掛けた。

 腰のあたりまである水色の髪。すらっと伸びた背筋。ただ歩いているだけで視線を集める女子生徒。

 間違いなく美月だ。これから生徒会の仕事だろうか。

 声を掛けてみよう。

 

「美月」

 

 後ろから声を掛けると、彼女はゆっくりとこちらへ振り向いた。

 

「岸波くん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。これから生徒会か?」

「はい。とはいえ今日は活動日ではないので、あくまで個人作業をしに、ですけれど」

 

 活動日ではない……ってことは、わざわざ規定日でない日にまでしなければならないほど、仕事が溜まっているということだろうか。

 生徒会が休みなのであれば他の役員たちもいないだろうし、何かしら手伝えることがあると良いのだけれど。

 

「あ、良ければ岸波くんも寄っていきませんか?」

「え」

「今日でしたら他の方々もいないので、以前のようにお茶でも」

 

 美月に先に声を掛けられるとは、思いもよらなかった。つい気の抜けた返事をしてしまったような気がする。

 こちらから申し出をしようとしていたばかりに躓いてしまった感はあるものの、素直にこういった誘いを掛けてくれるようになったのかと嬉しくも思う。

 

「お邪魔でないのなら、ぜひ」

「お誘いしているのはこちらですし、邪魔だなんてことは。……では、行きましょう」

 

 にこりと微笑む彼女は、懐から鍵を取り出した。

 今更ながら、いくら非活動日だからといって、部外者が入って良いものなのだろうか。

 ……まあ、一室の主が良いと言うのだし、気にしないでおこう。

 

 

────>杜宮高校【生徒会室】。

 

 

「こうしてお招きするのも久しぶりですね」

「そうだな。誘ってくれてありがとう」

「いえいえ。……さて、何か飲みたいものなどはありますか?」

 

──Select──

  前回飲んだものを。

  まだ飲んだことのないものを。

 >美月の今日のお勧めを。

──────

 

「ふふ、任せてください」

 

 少し嬉しそうに言った彼女は、さっそく給湯器近くの棚に向かった。

 その後ろ姿を見送りつつ、あまり見ることのない光景を眺める。

 生徒会室に来た回数は、片手で数えられる程度だ。

 それすらも結構前のことなので、初到来の場所のようにも感じる。

 よく整理整頓された部屋だな、というのが、正直な感想だ。

 そう。整理はされているのだけれど。

 

「美月」

「はい?」

「あの机は、美月のか?」

 

 他の机からは若干離れた場所にあった大きな机を指差す。

 その机には、きっちりと整理された大量の書類が山積みされていた。

 

「そうですね。会長職の方々が代々就いてきた机と聞いています」

 

 その答えは、肯定なのか、それとも誤魔化しているのか。

 恐らく後者だろう。自分が、彼女の仕事量について言いたいことを察した上で、そのような回りくどい回答をしたように思える。

 彼女の思惑に乗るのであれば、机の立派さについて話を進めるべきだろう。大きさでも年季でも何でもいい。

 勿論、乗らずに無視するという手もある。美月に不快な思いをさせてまで、彼女の仕事量について言及するか、もしくは他の生徒会役員の作業について問い詰めるか。

 どうしようか。

 

 

──Select──

  机を褒める。

 >仕事が多すぎると言う。

  仕事が1極集中するのはどうなのか問う。

──────

 

 

「会長職、相当な激務みたいだな」

「激務というほどではないですよ。私も、出来ることを出来る範囲で行っているだけなので」

「それにしては、まさに仕事の山、という感じだけれど」

「見た目だけですよ。すぐに終わります」

 

 どれだけ仕事が積まれていようと、彼女が終わると言うのであれば本当に終わるのだろう。見通しも立たない状態で意地を張るような人間ではない……はず。

 けれども、そんな未解決案件の束を見せられたら、手伝いたくなるのは当然と言って良いだろう。声を掛けるのは、決して間違いではない。

 

「何か手伝えることはあるか?」

「今は特にありませんね」

「本当に?」

「はい。……あ、いえ、そういうことなら……」

 

 珍しい。手伝いを言い出したはいいものの、正直普通に断られると思っていた。

 期待を持たせるような間が空く。

 ただ、彼女も少し考え込んでいるらしく、視線を上げている。

 

「すみません。折り入って相談したいことはあるのですが、少し時間を置いてお願いしても良いですか?」

「全然大丈夫だ。いつでも歓迎する」

 

 準備があるのだろうか。それともまた別の事情か。彼女は一旦相談事を打ち明けなかった。

 それにしても、何なのだろう。美月から持ち込まれる相談事だなんて、想像が付かない。

 けれども、頼ってくれるのであれば、ぜひとも応えたいところだ。

 友人として、いつまでも助けてもらうばかりでは不甲斐ないし。

 

「それではその時は、お願いします。今日は取り敢えず、普通のお茶会ということで」

 

 段々と良い香りが漂ってきた。

 どこかで嗅いだことのあるような、けれども名前は思い浮かばないような、そんな香り。

 匂いが変わることで一気に身体の力が抜けてきて、寛ぎたくなる欲が出てくるものの、長居をするわけにもいかない。彼女の仕事の邪魔はしたくないから。

 だからまあ、彼女がそろそろ時間ですねと言い出すまでは、ゆっくりと話し合うとしよう。

 

 お茶会を通じて、美月と距離が近付いた気がする。

 

 

 

 

「あ、もうこんな時間ですか。続きはまた今度ですね」

 

 彼女の声に時計を見上げると、確かに結構な時間が経っていた。

 話し足りないけれど、そろそろ帰るとしよう。

 

「じゃあまた」

「ええ、ありがとうございました。楽しかったです」

「それは良かった」

 

 残って仕事をすると言う彼女と別れ、生徒会室を後にする。

 ……帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

 今日は志緒さんの様子を見るついでに、そばを食べに来た。

 彼は目的の順序がおかしくないかと首を捻っていたけれども、そんなことはないとだけ断言し、美味しい風味の蕎麦に舌鼓みをうつ。

 また新しい改良メニューがサービスとして出てくる。どうやら修行は順調らしい。

 ……そろそろ仲が深まる気がする。

 

 お腹も膨れたし、今日は帰ろうか。

 

 




 

 コミュ・女帝“北都 美月”のレベルが2に上がった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月14日──【マイルーム】路上ミュージシャンの歌 2

 

 閲覧ありがとうございます。
 PCが壊れた関係で、更新を止めてしまい申し訳ございません。
 ちょっとプロットも全消去されましたが、メインストーリーだけは大筋の立て直しが完了したため、後は手探りで進めていきます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 ※かなり時間が空いてますし、なかなかの長期連載になってきたので、その話で進めるコミュのあらすじを導入してみます。


────
 

 前回までの節制コミュのあらすじ。

 旅をして得た思い出を歌にするミュージシャンのオサムは、岸波白野との思い出も歌に含めようとする。しかし、うまいことフレーズが出てこないまま、時間だけが過ぎていった。



 

 やや遅くに目が覚めた、日曜日のこと。予定を決めておかなかったけれど、今はテスト前。より多く勉強をしておいて損はないだろう。

 せっかくなので勉強会でもどうかと思い、手当たり次第に2年生たちへ声を掛けてみる。

 一番最初に反応があったのは、小日向だった。

 

 

『今、ちょうど僕らも集まって勉強してるんだ。メンバーはリョウタとシオリちゃん。コウも呼んでるんだけど、そっちはバイトが終わり次第だって』

『なるほど。参加しても良いのか?』

『大歓迎だってさ』

 

 そこまで言ってくれるのであれば。と参加の旨を送る。

 どうやら彼らは杜宮記念公園の【杜のオープンカフェ】で勉強をしているらしい。とても近所だった。なんならベランダから覗き込めば見えるかもしれない程度には近場。

 同じマンションに住んでいる小日向も分かったうえで呼んでくれているのだろう。『すぐに来る?』と聞いて来た。

 『準備してから行く、15分くらい』とだけ返答。サイフォンをベッド脇に置いて、着替えを始める。

 教科は……近いし荷物が増えても問題ないから、全教科持っていこう。

 

 そんなこんなで向かった勉強会は、始まって3時間後に洸が合流し、その後もまた2時間と少し続いた。

 おかげで結構捗った気がする。

 合間合間の休憩でそれぞれとも仲良くなれたし、小日向にも倉敷さんにも、より深く踏み込めるようになったと思う。 

 

 夕飯を共に食べた後、大人しく解散した。

 

 

──夜──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 そういえば最近彼の歌を聞いていない。

 そう思い、駅前広場へと足を運んだ。

 連絡を取れないのは厄介だった。実際に現地を訪れなければ、彼に会えるかどうか分からないのだから。

 しかし、自分の耳が聞き覚えのある声と朗らかな音色を捉えることに成功し、その心配が杞憂だったことを理解する。

 音を頼りに歩いていけば、人通りの最も多い通路から少し外れたところに、彼――ミュージシャンのオサムさんは笑顔で立っていた。

 

「……ふう、おおきに!」

 

 今日も快活な声で周囲へお礼の言葉を伝える彼の姿に、元気をもらう。

 とはいえ、足を止めて彼の歌を聞いていく人はいない。待ち人が来ず手持ち無沙汰そうな人が数人、サイフォンを弄りながら耳を傾けているくらいだ。

 だけれども、彼にへこたれる様子はない。さてさて次は~と、曲の選択らしきことを始める。

 

 誰も集中しては聞いていないようなので、遠慮なく最前列へ向かう。

 ある程度近づくと、彼の目が自分の姿を捉えたらしい。目が合う。一瞬目を丸くした彼はニコッと笑い、しかししゃべりかけてくることなく、次の曲を奏で始めた。

 

 久方ぶりにしっかり聞く彼の歌に、胸が温かくなる。

 1曲、そしてまた1曲と彼は続けて歌い続けた。

 そして、3曲目が始まる。

 やはりこの曲も聞いていて心地いい。と思っていた。

 しかしながら、聞いていくにつれて、喉に小骨が刺さったような違和感が生まれた。

 その正体が何なのかを、考えてみる。

 ……聞いている感じ、歌声などは普段と差異がない。

 いやそもそも、そんなに聞き分けられるほど、音楽に造詣が深いわけではない。正直璃音と関わり始めてから曲を聞き始めたので、半年ほどといったところ。それも色々な曲を聞いている訳ではなく、主に彼女が所属するSPiKAの曲をすべて聞いたくらいだ。

 だから違和感があっても口に出せない。

 

「~~! ……ふぅ、おおきに!」

 

 挙げた手を振る彼。

 それに拍手を返す。

 結局、違和感の正体はわからなかった。

 3曲を奏で終え、オサムさんはこちらへ歩いてくる。

 ……少し話してみれば、何か分かるだろうか。

 

「今日もおおきに。すっかりオレのファンやな」

「そうですね。毎回応援してます」

「……ほんまにありがとうな」

 

 どこか、しみじみとした口調で自分に感謝の言葉を伝えてくれるオサムさん。

 やはり何か違和感あるな。

 

「どうかしたんですか」

「……とりあえず、また敬語になっとる」

「あ」

 

 忘れていた。そういえば何回も敬語はいいと言われていたのだ。

 どうしても年上と話している意識が強く、敬語抜くのを忘れてしまう。

 

「すまない。気を付ける」

「……まあ、それもキミらしさ、なのかもな。別に無理せんでええで」

「そうしてもらえると」

「それにせっかくやし、自然体で話してほしいからな」

 

 

──Select──

  しくよろってことで!

  これからもよろしく。

 >よろしくお願いいたします。

──────

 

 

「いやめっちゃ距離離れてるやん!」

 

 ケラケラと笑う彼。

 良かった、楽しそうだ。

 

「……まあ冗談抜きで、残り少ない時間やしな」

「……オサムさん?」

 

 残り少ない時間とは、いったい。

 

「実はな、ぼちぼち次のところへ行こかと思うとんねん」

「!!」

 

 元々、全国を旅して歌っている彼がこの地を去ることに、不思議はない。

 しかしながら、もうその日が近いなると急に寂寥感が込み上げてくる。

 

「……いったい、いつ頃?」

「せやなあ……せっかくやし、キミの進級に合わせて3月末にしようか」

「自分に合わせて良いんですか?」

「何言うとんねん。東亰で唯一のファン兼友達のキミに合わせるのは当然やろ」

 

 ……そうか。

 自分との縁を大事にしてくれていることが分かって、何とも言えない嬉しさがある。

 寂しさは打ち消せないけれども。

 

「でな、さっきの歌が東亰での日々を歌った歌やねん」

「! ……もしかしてさっきの、3曲目ですか?」

「お、分かってくれたんか」

 

 ……分かったというか、感じるものがあったというか。

 何か、さっきの違和感を確かめることはできないだろうか。

 

 

──Select──

 >歌詞を尋ねる。

  どんな気持ちで歌ったか聞く。

  率直に変えたところがあるか聞く。

──────

 

 

「歌詞? ……せやなぁ、纏めたノートならあんで」

「それは借りても?」

「ええけど……なんか恥ずかしいな」

 

 後ろのギターケースからノートを取り出した彼は、若干頬を赤らめながら自分へ手渡してくれた。

 さすがに目の前では開けられないな。

 しっかりとそれを受け取り、今度必ず目を通そうと決める。

 

「……今日はここまでにしとくか」

「え、もうですか?」

「ああ。キミに曲も聞いてもらえたしな」

 

 そう言って、ギターをしまうオサムさん。

 どうやら本当に今日はここまでらしい。

 いつもは自分が帰っても続けているんだが……まあそういう日もあるか。

 取り合えず、オサムさんとの仲も深まった気がするし、今日は自分も帰ろう。

 

 




 

 コミュ・節制“路上ミュージシャン”のレベルが5に上がった。 
 

────
 

 知識  +2。


────

 慣れない環境で執筆しているので、誤字脱字等が多いかもしれません。
 見つけた場合は、ご報告頂けるとありがたく思います。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月15日──【杜宮高校】ちょっとした(大)問題

 

 

 月曜日の放課後。

 普段であれば帰路につき、翌週に迫った中間考査について考えていたかもしれない。もしくは誰かしらの所を訪れ、仲を深めていたかもしれない。

 けれども今日の行先は、そのどちらとも違った。

 足を向ける先は、例の空き教室──否、部室だ。

 向かっている理由は単純、呼び出しを受けたから。X.R.C全員への招集。幸いなことに勉強以外の予定は誘いを受けた時点ではなかったため、素直に参加することに。

 こうして集められるのも、久しぶりな気がする、小旅行から1週間程度しか経っていないというのが不思議なくらいだ。

 ……まあ、小旅行を含め、その前も結構色々と動く機会があったから、その反動なのだろう。

 

 部室の前にたどり着いたので、戸を開ける。

 その感覚は、空き教室であった頃と部室となった今とで、やはり何ら変わりのない。大事なのは、中に誰が居るかということなのだろうか。

 ほとんど揃ったメンバーを順に確認していく。

 洸や璃音、空に祐騎、志緒さんが談笑している。約一名はサイフォンを弄っていて、話半分に参加しているようにも見えるけれど、まあそれも彼の平常運転だろう。

 居ないのは美月と明日香……あとはそう、九重先生か。

 

「みんな早いな」

「まあ、ソラ以外は全員部活とかもないしな」

 

 部活の有り無しは関係なくないか。と思ったけれども、そういえば今は1週間前とはいえテストの前。部活動でもない限りは特別予定も入れている可能性も低いか。

 そう考えていた最中、璃音が空に心配そうな目を向けた。

 

「てか、ソラちゃんはホントに今日大丈夫だった? 急な招集だったし、部活とかで忙しいなら後で話の内容伝えに行くよ?」

「お心遣いありがとうございます、リオン先輩! 空手部の先輩には言ってきたので、そこまで遅くならなければ大丈夫です。一応ここに来る前、事前に時間がかかる話かどうかをアスカ先輩に確認したら、そんなには掛からないって答えてくれたので」

「そっか。まあアスカが言うなら大丈夫かな。でもムリそうなら我慢せずに言ってネ?」

「はい!」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべる空に、つられて璃音も笑顔になる。

 なんとなく、場が朗らかな雰囲気になった。

 

「リオンの言う通り、ただでさえ全員忙しい時期なんだから、自分の都合優先で良いんだぞ?」

「じゃあ僕はゲームしてようかな」

「そういうのはまずサイフォンから手を放してから言え」

「そうだよユウ君。さっきからゲームばっかり」

「いや僕、普段からこうだし。そもそもゲームの時間に予定を組み込んだのはこの集まりだからね。ゲームをやめる理由にはならないよ」

「ったく……四宮、言い分は分かったから話す時くらいは相手の顔を見ろや」

 

 志緒さんの指摘にはいはいと生返事をし、祐騎はそのままゲームに没頭し始める。

 話すときに顔を見ろとは言ったけれど、だからと言って相手を顔をみないから話さないというのは如何なものだろう。

 ……まあ、時間まではいいか。自由時間なのに変わりはないし、何かを強制するのもおかしな話だ。

 尤も、聞こえてくる足音的に、その自由時間も持ってあと数秒だろうけれども。

 

「全員、揃ってるわね」

 

 扉が開き、中を見渡した明日香が、頷きを挟んでそう言った。

 その後ろには、美月と九重先生もいる。

 何か持っているみたいだけれども、はたして。

 もしかして今日の集まりと何かしら関係があるとか?

 

「アスカ。2人が持ってるそれ、なんだ?」

 

 代表して洸が質問した。答える前に明日香は身を引き、美月と九重先生が部室へ入れるよう道を作る。

 机の側まで歩いてきた彼女らは、それらを机の上に。

 

「荷物持ちなら、言ってくれれば手伝ったのに」

 

 洸が九重先生を見ながら言う。

 先生は曖昧な微笑を浮かべた。

 全員でその反応に首を傾げる。

 自然と、その理由を知っているであろう美月と明日香に視線が集まった。

 

「最初は九重先生に持たせるつもりはなくて、私たち2人で持つ予定だったのよ」

「ですが、九重先生が……」

「こういう雑用は任せてって、私から言ったんだ」

 

 美月から発言を引き継ぐように、九重先生が言う。

 

「先生だから生徒だからって理由で持つ持たないってなるのも変だし、この部活動の肝心なところはみんなに任せることになるから、せめてこういうところで負担を軽減できたらなって」

「とはいえ、流石に九重先生にだけ持って頂くわけにもいかず、かと言って3人で分けるほどではなく」

「妥協案として時坂君に全部持ってもらう案も出したけれど、九重先生の反対で通らず」

「結果として、じゃんけんで勝った人が持つということになりました」

 

 美月と明日香と九重先生がじゃんけん……少し想像がつかない。美月と明日香にじゃんけんという行為がどうも結びつかなかった。いや、先入観によるものだろうけれど。

 見てみたいな。誘えばやってくれるだろうか。

 

「……いや待て。その妥協案突っ込みどころ多すぎねえか?」

 

 眉を寄せた洸が物申す。

 視線の先には明日香。彼女は心底心当たりがないのか、目を丸くしていた。

 

「と言うと?」

「まず妥協で第三者を巻き込もうとするのがおかしくねえか? あと別に構わねえけど、オレじゃなくてハクノやシオ先輩って案が出なかったのは? てかアスカが言い出してる時点でその案、本人の同意もないだろ」

「まず前提として、この機器はこれからの部活動に必要な部品だから、時坂君は無関係でもなんでもないの。そして九重先生が自身の持つべきだと考える荷物を誰かに与えるとして、最も心が痛まないだろうと思われたのが、先生の身内である貴方だったからよ、“コー君”」

「……その呼び方はヤメロ」

「あと、本人の同意がないって言ってたけれど、もしかして時坂君は、私と九重先生が頼んでも聞いてくれないと?」

「……いや、確かに頼まれればこれくらいの量運ぶが」

「頼んで運んでくれるなら、何も見誤ってないわね」

「……」

 

 あまりな意見に、洸が閉口する。

 ……まあ、これも信頼、なのか?

 頼ることは、できてるしな……うん。そういうことにしておこう。

 

 

「そろそろ良い? それで、これは何なのさ?」

 

 その問いは、一目見た時から好奇心が抑えられていない祐騎から。

 やはりこういった機械ものに対しては、関心が高いのだろうか。少し前のめりだ。

 

「こちらは、異界探査システムの拡張パーツとなります」

「探査システム?」

「美月さんの連合のような大人数の組織でなく、私の所属のような少数精鋭のチームでは、異界の対処などでどうしても後手に回らざるを得ない。それ故に、異界の発生予測と、探知済みの異界の活性状況が把握できる高精度のシステムが求められたのよ」

 

 発生予想、ということは、事前にどのあたりに異界が発生するかが読めるということだろうか。常世のものではない異界に対してそのようなアプローチができる時点で、素人目にも相当の規格外であることは察せられる。

 祐騎の目も輝いているし。

 

 あとは、異界の活性状況の確認ができるとのことだけれど、なるほど。

 人的要因の異界は原因を取り除けば消えるけれども、自然要因の異界はそうではない。消滅ではなく、不活性化する。ゆえに自分たちはいつでも異界に入りなおすことができるし、何なら腕試しや連携の確認、ソウルデヴァイスの調整などで度々入るほどだ。

 

 

「そういえばオレたちと会う前は、1人で杜宮全域をカバーしてたんだよな、アスカ」

「考えてみるとやばい話だが、そういったサポートがあるなら、ある程度は合点がいくってもんだぜ」

「コウ、それに高幡先輩も、そこまで言うほどのことでもないわよ。このシステムの力が及ぶのは自然要因によって発生した異界のみ。人的要因の異界は対処できないの。その点でまだまだ力不足が響くことが多々あったわ」

 

 洸と志緒さんの誉め言葉に、謙遜するような態度の明日香。

 いつもなら、まあプロだからこの程度は、みたいな反応が返ってくると思ったのだけれど、彼女なりにその力不足と言った所に、思うところでもあるのだろうか。

 

「……いえ、それでもやはり、1人で攻略を迅速にこなせるという点で、アスカさんは相応に規格外ですけれど」

「そうですよね! さすがはアスカ先輩です! わたしたちじゃ到底真似できませんし!」

 

 とにかく謙虚だった明日香に対し、美月がやや引いたような表情でコメント。

 元々異界と関わりを持つ立場の美月からすれば、どうしても言いたい一言だったのだろう。

 それに呼応するように、空が笑顔で明日香を褒めた。先ほども言いかけていたけれど、明日香の謙遜により、言う機会を失いかけたからか、言えて満足そうな面持ちだ。

 

「ふふっ。ありがとう、ソラちゃん。……というより、裏の世界では名の知れているミツキさんも普通に単独で対処可能かと思うけれど」

「いえ、そんなことはないかと思いますが」

「それに、すでに簡単な異界であれば、岸波君とソラちゃんは単独でも何とかなるんじゃないかしら」

 

 単独で、か。考えたことがなかったな。

 いままで攻略は誰かと一緒が当然だったし、何より効率を考えれば、誰かと一緒に行うのが一番良いのは確か。進んでやりたいとは思えないな。

 

「こほん。システムの話に戻しますが、皆さんが持っている<ECHO>はそのシステムの携帯版、いえ、縮小版と言うべきですね」

「予測などはできないけれど、付近の異界の活性化情報を測ることができるのは、そういうことよ」

「へえ……謎技術だと思ってたけど、そんなカンジなんだ」

「いや久我山センパイ、納得してるところ悪いけど、謎技術っていうか、明らかなオーバーテクノロジーだから。どっちも」

 

 各々が興味深そうに機材を見つめる中、九重先生が1人、接続の準備らしいいろいろな手順をせっせと踏んでいる。たまに美月が手伝ったりしているけれど、ほとんどが単独での作業だ。

 さきほど祐騎の口からオーバーテクノロジーだとかなんとか語られたばかりだけれど、そういったものですら扱えるということは、やはり九重先生はすごいな。

 

「これから暫くの活動は、人数を数班に分けて異界の対処にあたっていくことになるわ。九重先生には指揮官としてここに残ってもらい、システムの稼働と現場への指示を一手に受け持ってもらうことになります」

「うん!」

「基本的に現場は、時坂君、岸波君の両名をリーダーとして班を形成。九重先生の指示で移動し、その日の優先度が高い異界に対処していくこと」

「普段リーダーをしてるハクノはともかく、オレが? アスカやミツキ先輩がリーダーにはならないのか?」

「私たち2人については、別途単独行動をとる機会が多いだろうから、据え置きのリーダーとしては不向きなのよ」

「お2人にリーダーを任せるのは、表と裏とでいろいろな事情が重なった結果となります。表面的には、単独で動ける戦力を将として据えると、身動きが制限されてしまうから、ですね」

「裏面的には、所属とか派閥争いとかが関わってくるから、知らないほうが身のためよ。泥沼の深さだけでも知りたいというのであれば教えるけれど」

「あ、結構です」

 

 素直に引き下がった洸に、賢明な判断ねと頷く明日香。横で璃音と空が苦笑いを浮かべている。

 ……まあ、想像に難くはない。各々の組織から派遣されている2人が陣頭に立てば、その後ろに着いている人間はその派閥に属しているものとして扱われがちだ。

 諸々の問題が片付いた後のことを考えると、そういった邪推は避けるに越したことがない、ということだろう。

 

「尤も、非常事態には今まで通り、岸波君をリーダーとして一丸となる形は変わらないでしょうから、そのつもりで」

 

 非常事態。今までの人的要因のような、明らかな人命の危機。もしくは前回のような大規模な異界などのことだろう。

 もう起こっては欲しくないけれど、今までの話的に増えてくるような気配もあるし、難しいだろうな。

 

「と、難しい話はここまでにして」

「本日の本題です」

「「「「「ここから!?」」」」」

 

 全員がひっくり返る勢いで驚いた。

 まさかの展開である。いや、今までの話も本気の話ではあったのだろうし、みんな真面目に話を聞いてはいたけれど、まさか本題は別にあったとは。

 

「ここからは生徒会長としてお話ししますけれど、先週を以て正式にこの集まりは部活動ということで学校の認可を受けました。ここまでは良いですね? 時坂部長」

「ああ。まあ大丈夫っすけど」

「では……高幡君。来月頭には、何の学校行事がありますか?」

「……文化祭だな」

「そう。杜宮高校文化祭です」

 

 第61回杜宮高校文化祭。

 自分にとっては初の文化祭だ。

 日程は2日間。学校全体を使うお祭りらしく、その前後の期間は授業が短縮になったりするらしい。放課後も部活ではなくその準備期間として使用されるらしく、色々と変則的な動きになるらしかった。

 

「さて、文化祭にはクラス単位とは別に、もう1つ、出し物の発表を義務付けられている集団があります。それは何でしょう、ソラちゃん」

「……部活動、ですか?」

 

 そう。生徒には出し物が義務付けられている。クラス単位での参加は義務だ。

 また、今の話によれば部活動もそれぞれ催しを義務付けられているらしい。水泳部でも部長たちの間で何度か企画会議が行われているとのことだ。

 

「その通りです。ソラちゃんが所属している空手部も出し物の練習はしていることでしょう。それと同じく、ここX.R.Cも何かしらの催しを開かなくてはいけません」

「うっそでしょ。だってまだ設立して1週間くらいだよ?」

「残念ながら、本当です。逆にここで部活動として大々的に活動することができれば、今後私たちの活動に支障は起こりづらいでしょう。……まあ、部室の問題とかもありましたし、生徒会や教師陣としては、ここで何かしらの活動をしていただけないと困ったことになる、とだけ」

 

 部室の問題?

 何かあったのだろうか。

 

「あ、やっぱこの空き教室って、部室にするのに無茶したんだ」

「ええ、まあ……それなりに色々と融通させて頂きました。それで不満が溜まっているのも事実です。『空いているのであればなぜ今まで使わせてくれなかったのか』といった問い合わせも、1週間経過してなお来てますし」

「それ問い合わせじゃなくてクレームじゃん」

 

 実際、杜宮高校にも部活動には昇格していない同好会活動がいくつか存在する。そういった組織はぽっと出で部活になり、部室を与えられる自分たちを快く思わないかもしれない。

 

「実際、そういった人たちに空き教室を渡さなかった理由はあったんですか?」

「いずれ取り合いになるようなら平等に与えない方針を、と先代には聞いていますね」

 

 元々全部の同好会は決まった部室を持てない決まりになっている。とのこと。

 なら、文句を言われる筋合いはないのでは?

 

「でもそれ文句を言ってるのが部室を持ってない人たちってことは、前のあたし達と同じ、同好会の人たちなんでしょ? もう部活として成立した以上、あれこれ言われる謂れはなくない?」

 

 自分の疑問を、璃音が代弁する。

 同意するように空が首を縦に2回振った。とても前のめりだ。

 体面に座り、未だに機材ばかりを気にする祐騎と熱意を分け合うとちょうどいい感じになりそう。まあ、だからこそこの2人はバランスがとれているのだろうけれど。正反対という意味で。

 

「感情論で動く相手に正論を返すのは、あまり効率がよくないので」

「まあ、今後のことを考えるのであれば真摯に対応するしかないでしょうね。生徒会選挙も控えていることだし」

「あー……」

「……つまり、今回の文化祭でしっかり活動しないと、そういった人たちの活動に勢いを与えてしまうかも、ということか?」

「ええ、力不足で皆さんにご迷惑をお掛けしますが」

「構わない。寧ろ自分たち全員の問題だろう。仲間の苦労を軽くするためでもあるからな」

 

 別に、何ということはない。ただ、自分たちが部室を与えられるに値する仕事をしっかりすれば良い、という話なのだから。

 

「でも実際、今月いっぱいの期限で何か大々的にやるって無理じゃない? テスト含めずに、あと2週間余りだよ?」

 

 祐騎が冷静な一言を放つ。

 それは……そうなのかも。そもそも自分は文化祭の出し物がどういうもので、どれくらい大変かを経験として知っている訳ではない。

 

「実際、ハードル的にはどうなんだ? 高いのか?」

「あたしも去年はちゃんと参加できなかったし、知らないかも」

「わたしも今年が初めてです」

「郁島に同じ」

 

 記憶のない自分、アイドルとして活動していた璃音、新入生の2人にとっては未知の領域だ。残りのメンバーに回答権を委ねる。

 

「そもそも、部活動として出し物をしたやつなんているのか?」

 

 全員が黙る。そういえばここのメンバーは、自分と空を除くと部活に参加している人がいない。

 まさか誰も回答できないとは思わなかった。

 まあ、仕方ない。

 

「つまり、ノウハウも何もない状態で、急ピッチで1から作成し、見た人参加した人が満足できるような何かを作り上げるってこと? 無茶すぎるでしょ」

「無茶でもなんでも、やるしかないだろう」

「……とりあえず、いったん宿題として持ち帰るとしましょう。明日また話し合うということで、どうですか?」

 

 全員が頷く。

 今日は解散の運びみたいだ。

 帰ったら何かいい案がないか考えてみよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月15日──【マイルーム】志緒さんと隠してない隠し事

 

 皇帝コミュ 前回までのあらすじ
 
 一刻も早く世話になった育ての親たちに恩返しがしたい志緒さん。試作や改良を試みるも、進捗はいまいち。一人前と認められ、蕎麦を打てるようになる日はまだ遠そうだ。




 

 

 月曜日の夜。未だ放課後の会議の答えは思いついていない。

 気分転換に出かけるのも良いかもしれない……少し出歩くとしよう。

 

 

────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

 商店街まで足を伸ばした。

 そのままアーケードを抜けて、神社へ行ったら帰ろうか。

 そんなことを考えつつの行動だったのだけれど、その道すがら、【蕎麦屋≪玄≫】の前で、志緒さんに出会う。

 

「志緒さん」

「!?」

 

 自分の声掛けに、よほど驚いたのだろうか。

 志緒さんは飛ぶようにして距離を取った。

 

「……って、岸波か」

「こんばんわ」

 

 まあ、商店街とはいえ、外は暗い。明かりが付いていないお店もちらほらある中で、いきなり声をかけられたら驚きもするだろう。

 彼は取った距離を戻しつつ、原付の近くへと戻った。

 外にいて、原付に鍵が刺さっている。ということは、これから配達なのだろうか。

 

「出前か?」

「ん? ……あ、ああ。そうだな。これから配達だ」

 

 言い淀んだ?

 いや、気にしすぎだろうか。

 何やら先ほどから、どうにも彼らしくない……気がしないでもない。

 なんて言うべきだろうか。覇気がない、が今の彼の状態に一番近いかも。

 理由を聞ければ力になれるかもしれない。

 ……どうしようか。

 

 

──Select──

 >素直に聞き出す。

  かまをかける。

  情に訴える。

──────

 

 

 今の“戦士級”の度胸があれば、直接ぶつかることが可能だろう。

 

「何があったんだ?」

「……何のことだ」

「とぼけられるとでも?」

「……はっ。いい目をするじゃねえか、岸波」

 

 一瞬目を合わせ、口角を吊り上げる志緒さん。

 だが、浮かべた笑みは長く続かない。

 

「だが、駄目だ」

「……一応聞いておく。理由は?」

「俺の問題だからだ」

「だから関わらせたくないと?」

「ああ。そういうことだな」

 

 そこまで取り乱しておいて、それはないだろう。という想いを胸中に抱えつつも、飲み込む。

 確かに問題は起きているのだろう。志緒さんもそこは否定していない。

 しかしながら自分はその問題について無知だ。

 知ったところでどうにかできることかも分からない。

 

 そもそも志緒さんが何に困っているのかも、分かっていないのだ。

 本当に1人で乗り越えられないものなのだろうか。

 1人で乗り越えるべきものなのだろうか。

 頭の隅から湧き上がってくる疑問は、そのようなものばかり。

 

 原付にまたがる彼。

 その背中には、先ほどまではなかった活力が見える。

 

「まあ、だがなんだ」

「?」

「心配かけたのは分かった。すまねえな」

「別に。友人の身を案じることくらい、普通だろう」

「……そうか。……そうだな」

 

 まだどこか違和感はあるけれど、なぜか元気は出たらしかった。

 

 さて。このままだと志緒さんはそのまま配達に出てしまうだろう。

 その前に、気になることを聞いておくべきかもしれない。

 

 

──Select──

 >危険性はないのか?

  それも恩返しか?

  自分に気を使っているか?

──────

 

 

 何に悩んでいるにしろ、その悩みは肉体的もしくは精神的苦痛を伴ったりしないだろうか。

 肉体的に痛みのある行為……例えば喧嘩とかであったら、加勢することくらいはできるかもしれない。まあソウルデヴァイスを現実に持ち込めないのであれば、若干戦力不足さは否めない。

 とはいえ、外見以外はとてもまじめな志緒さんが、入試もしくは就活前にそういうことで成績や内申点を減らされることもないだろう。

 

「危険性……ってのがどういうのを指してるかは分からねえが、1つ言えるとすれば、危険をなくすためにこれから動くってことくらいか」

 

 つまり、なんだろうか。

 リスクの管理? いや、そうすると最初の驚き様に説明がつかない。

 いま思い返してみると、あれば単純に何かを恐れ、回避するような運動だったように思える。

 その推測が正しければ、彼はこれからの用事について、警戒心を上げる必要があると判断したということだ。

 

 ……駄目だ。分からない。次の質問にいこう。

 

 

──Select──

 >それも恩返しか?

  自分に気を使っているか?

──────

 

 

 志緒さんと自分の共通点。恩返しを目標としていること。自分の場合は、美月たち北都グループに。志緒さんは育ての親であり、蕎麦屋の師匠に。

 そのための色々な努力を、自分は見てきた。

 今回もわざわざ仕事の合間を縫って対応している。もしかすると、恩返しの一貫だったりするのだろうか。

 

「まあ、現状では違うな。最終的にはそれも、恩返しの要素に含まれてるかもしれねえが、今意識してそれをしてるわけじゃねえ」

「長く続けていれば役立つかも、ということか?」

「いや……まあ表現が難しいな。とにかく、そういうものだと思ってくれ」

 

 恩返しとは何ら関係のないこと。つまり、仕事とは関係のないことでも問題ということだ。

 ……ますますよく分からない。

 最後の質問に移ろう。

 

 

──Select──

 

 >自分に気を使っているか?

 

──────

 

 

「どういうことだ?」

「勝手に遠慮した結果、協力の申し出を断ってる、なんてことはないか。という意味だ」

「いいや、そんなことは一切ねえな。単純に、手前の尻拭いをするだけだ。ほかの奴の力を借りるつもりは元々なかった」

「そうか」

 

 どうやらそこに関しては余計な質問だったかもしれない。

 まあ、正しくても面と向かってそうだと言える人間はいないだろうけれども。

 

 

「さて。そろそろ俺は行くぞ」

 

 原付に跨り、鍵を回す志緒さん。

 原付がうなり声を上げ始めた。

 

「ほかに何か質問は?」

「……いや、大丈夫だ」

「そうか。……まあ、なんだ。お陰様でいい気分転換になったぞ」

 

 それじゃあな。と原付を走らせ、彼は道へと出る。

 その背中を、しっかりと見送った。

 

 今回の件で志緒さんと心は近づいた気がするけれど、その一方で謎が増えてしまった。

 とりあえず彼が明日も無事であることを願いつつ、今日は帰ることにした。

 

 

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが4に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月16日──【部室】文化祭に向けて 1

 

 閲覧ありがとうございます。




 

 

 話し合いから一夜明け、特に画期的なアイデアが思い浮かぶこともなく、再集合の時間がやってきた。やってきたしまった。

 ……しかたない。誰かほかの人に任せるとしよう。

 そう思って部室へとやって来た。のだけれど、みんな揃いは全員顔色が優れないようだ。

 

「誰か……何か言わねえのか?」

「ハイ言い出しっぺの法則。コウセンパイどうぞ」

「ユウキお前それを狙って……!」

「ぴゅ~」

 

 露骨に口笛を吹いて誤魔化そうとする祐騎。

 話を振られた洸を助けたいけれども、自分が変れるわけではない。話題も案もないのは皆同じ。ということだ。

 少し考え込んだ洸は、控えめに、それなら……と口を開いた。

 

「ここに来る途中に映画研究部の人たちが困ってたみたいだから、話を聞いたんだが、どうにも人手が足りないらしい」

「今はどの部活も手一杯ですよね。試験もあるので」

「ああ。どうにも人手が足りてねえって言うから、ちょっと時間が空いた時にでも手助けに行こうと思ってたんだが」

「それよりも先に私たちの活動を心配するべきだと思うけれど」

「まあ聞けって。つまりだな、活動したってことが目に見えて分かれば良いんだったら、ほかの部活動の補助的な扱いで立ち回るのはどうかってことだ」

 

 洸の意見としては、いつも彼がやっているような人助けを、部活単位で、同じ部活動相手に行おうということか。

 個人的にはいいとは思うけれど、生徒会長としてはどうなのだろう。

 美月に視線を送ると、彼女も自分が聞きたいことが分かっていたのか、頷きを一回挟んで口を開く。

  

「手助けというのはいいことだとは思いますけれど、難しいですね。部活動としてそれを行うことは、設立の目的からも逸れていないので賛成です。しかし、文化祭の実績として成果が上がるものではないので、今回の対策としては……」

「……そうっすか」

「あ、そっか。あたしもイイかなって思ってたけど、当日に何かするワケじゃないんだよね」

 

 なるほど。文化祭で結局何をしたのか、と目に見えた結果が必要なわけか。

 確かに手伝っただけでは、結果を問われた際、証明ができない。

 どこにどう貢献したかを伝えたとして、完成するものは他所の部活のもの。

 “自分たちの部活動が作り上げたナニカ”とはならないわけだ。

 

「……ねえ、生徒会長」

「どうしましたか、四宮君」

「その発表ってさ、ステージ発表でも良いんだよね?」

「? ええ。音楽系や演劇系など、隣接する教室に影響が出るような部活動などは、総じてステージ発表のみとなりますけれど」

「だよね。なら1つ、イイ案を思いついたんだけど」

「良い案って?」

「端的に言えば、コウセンパイがやりたがってる人助けを企画として作るのさ。流れとしては──」

 

 

────

 

 

 祐騎の案はまったく思い至らなかったもので、かつ全員の納得がいくものだった。

 唯一、美月だけは晴れやかではない笑みを浮かべていたけれど。

 まあ、これも一種の強権を使わせるようなものだし、彼女の生徒会長としての立場を最大限に活かしてもらう必要もあるから、仕方がない。

 

「ま、つまるところ、いろいろな部活を手伝えってことか」

「そ。それも綿密なスケジュールを組んで、ね。僕はそのまとめ役をするから、みんなが実動隊ってワケ」

「……四宮、お前まさか、自分は手伝わないなんて言うつもりじゃないだろうな」

「言いがかりはヤめてくれない? 高幡センパイ。僕はただ、みんなが手伝うX.R.Cを手伝うってだけ。ほら、みんなと同じで、部活動を助けるオシゴトしてるでしょ」

「……はぁ。それは屁理屈だろうが」

 

 まあ、だいぶ遠回しななにもしたくない宣言だったけれども、やろうとしていることを考えれば、祐騎のいった司令塔ポジションは必要だ。

 その点、積極的に動く必要があるであろう、自分たち2・3年生組はその位置に付けず、空には空手部もある。

 代案がない以上、だれも文句は言えない。祐騎の独壇場だった。

 まあ発案者だし、それくらいの特権は認められるべきだろう。と、みんなが口々にそれを了承していく。

 

「まったくユウ君ってば……」

「最近郁島、口を開くとそれしか言ってなくない?」

「いやそれ大抵ユウキが悪いだろ」

「悪いことなんてしたことないけど」

「してるのは悪だくみだものね」

「残念だけど記憶にございません。ってことで、みんな了承ってことでイイんでしょ?」

「……ま、オレたちらしい企画。オレたちらしい活動だしな」

 

 最後に、部長である洸が全員を見渡し、顔色をうかがう。

 不満を抱いていそうな人間は、居なさそうだった。

 

「それじゃあ、X.R.C初の文化祭は、この出し物で行くぞ」

『応!!』

 

 話は纏まった。じゃあ解散……と言えるほど、自分たちのスケジュールに余裕はない。特に明日からは部活動停止期間。文化祭準備も等しく学校から制限される。

 ならば、今日できることは今日のうちに。

 

「とりあえず、今日は何するんだ、洸」

「取り敢えず、依頼のあった映画研究部の対応だな。それと、人手が足りそうなら余った人員には宣伝というか売り込みに行ってもらいたい」

「あ、すみません。わたし、今日は部活が」

「あ、悪いソラ。何ならもう行っていいぞ。結論は出たし、この後はどうせ別行動だ。何か進展あったらチャットに送っておく」

「……分かりました。ありがとうございます、コウ先輩! みなさんすみません、お言葉に甘えて失礼します!」

 

 立ち上がり、置いてあった鞄を持ち、扉のほうへ進む空。

 出入口の前で一礼し、再度、挨拶をして、彼女は去っていった。

 

「そういえば時坂、映画研究部の依頼内容は何なんだ?」

「あー……まあ早い話、演者の募集っすね。脚本に対して人手が足りてないみたいで」

「……ちょっと待ちなさい。演技をするということ? 素人の私たちが?」

「……まあ、そうなるな。詳しいことは細かく聞いてみないと分からねえが、外部の人間に頼る以上、求める内容はそうデカくないだろ」

 

 さすがに内容には驚愕したけれど、それはそうか。

 さしずめ、壁に空いた穴を埋める程度のことしか、任されないはず。まさか壁そのものを作るところからなんてことはないだろう。

 多分。

 

「……あれ、そういえばうちの学園祭って、一般客来場オッケーなんだっけ」

「そうですね。初日が生徒のみ。2日目に保護者、友人等外部客の招待になります」

「あ、じゃああたしダメかも。マネに止められると思う」

「あー……そういえば久我山センパイ、芸能人だったね」

「だった。って四宮クン? あたしこれでも人気沸騰中のアイドルなんだからね! ……休業中だケド」

「忘れてたよ」

「忘れるってなに!?」

 

 そうか。そういう縛りもあるのか。

 大変なんだな、アイドルって。

 

「リオンって、高校は明かしてないんだよな?」

「ウン、押しかけられても学校側に迷惑かけちゃうしね」

「学校側としても、正直なところ昨年は、目立つ出し物への参加は避けてもらうよう依頼をしています。当日も参加されるなら変装等をしていただく必要がありました」

「ま、そもそも去年は参加できなかったケドね」

 

 そうか。情報が下手に拡散すれば、言い方は悪いけれど学園祭に支障が出たり、後日学校周辺でトラブルが起こることも考えられる。

 そうなってくると、今回の映画研究部の依頼には参加させられないだろう。ばっちりと映像に残ってしまうのだから。

 

「ならリオンは今回売り込みをやってもらうとして、映画研究部の話次第ではもう1人か2人一緒に回ってもらうか。とりあえず話を聞くところまでは一緒で良いか?」

「うん、裏方の仕事とかならできるし、ソレで!」

「──時に、リオン」

 

 話がまとまりかけた所で、柊が強引に割って入った。

 名前を呼ばれた璃音が不思議そうに明日香を見ている。

 

「貴女、そろそろ復帰の準備に入らなくて良いの?」

「……ぇ」

 

 その話を聞いて、ふいに、思い出す。

 合宿の時のことだ。初日の宿に付き、SPiKAと遭遇した後、璃音と話した際に彼女が言っていた内容を。

 彼女はあの時、自身が同好会の小旅行をアイドル活動より優先したことを、若干後悔していた。それも話してある程度は解消されたことかと思うけれど、しかしあれは問題の一表面に過ぎない。今回明日香が口にしたのは、その根っこの部分。

 久我山 璃音は力のコントロールができるようになったのであれば、アイドル活動を再開しても良いのではないか、という話だ。

 

 元より璃音が自分たちと共に行動しているのは、力と向き合い、力に慣れ、2度と暴走しないように制御することを目標にしてのことだったはず。

 その目標が叶うというのであれば、完全復帰とまではいかなくても、並行して再開に向けて動くくらいのことはできるのではないだろうか。

 

「そういやリオンの状態って、どうなんだ?」

「……」

「リオン?」

「……え、あ、ウン」

 

 上の空だ。

 洸の問いかけにも、返事はしたものの、答える様子はない。

 どうしたのだろうか。

 

「……リオンさん、私が話しても?」

 

 その様子を見かねたのか、美月が間に入った。

 璃音が通うのは、北都系列の病院だ。4月に保護されてからというもの、あそこに定期的に通っているのを知っている。

 美月も、診察の結果は聞いているのかもしれない。まあ、担ぎ込んだ張本人みたいなところもあるし、色々立場的な問題もあるのかもしれない。そこは自分には想像がつかないけれども。

 

「……ううん、自分で言う。言います。えっと、経過そのものはとっても順調で……その……今月の診断結果次第では、もう大丈夫かもって」

 

 そう……か。

 そうなのか。

 もう、そこまで良くなっていたのか。

 確かに最近になって、ひどく感情的になるシーンは多々見てきたけれども、そのいずれにしても異界の発生のようなことは起きていなかった。

 順調に治療もとい経過観察が進んでいた結果なのだろう。

 原因に立ち会ったというのに、失念していた自分がとても信じられない。

 唐突に、今まで忘れかけていた美月の言葉が、頭を過ぎる。

 

 

────

 

 

「これから人を救う活動を続けるなら、その対象も増えることになります。良いですか、人をただ救って終わるのは物語の中です。意図して救った者には、支え続ける義務が生じると心得てください」

 

 

────

 

 

 結果として、美月が危惧した通りになっていた。

 璃音はずっと向き合い、戦い続けていたというのに。

 ……もう遅いかもしれないけれども、その最後になるかもしれない診断というものには、付いていこうかな。もちろん彼女に嫌がられなければ、だけれども。

 

「何もアイドル活動に戻るからこちらに参加するなというわけでもないのだし、本人の希望なしに記憶を消してさようならといった一般人同様の扱いもしない。だからそ、別に責めてるわけでもないのだから、そんなに話しづらそうにしないでもらえるかしら?」

「……ゴメン。でも、この前までみたいに積極的には参加ができないかもよ?」

「リオンがしたいのなら、2足のわらじを履けば良いと思うわ。こっちは強制ではないのだし、空いた時間は遠慮なく助力の要請をするから。リオンの良心が痛むのであれば、休む暇は確実になくなるけれどね」

「アスカ……うん、ちょっと考えてみる」

「そうした方が良いわ」

 

 

 まあなんにせよ、考える時間は必要だろう。

 また機会があれば、話を聞いてみたい。

 

「……なあ柊。今ちらっと聞いたが、俺たちのような異界適正の高い人間って、記憶の操作ができないんじゃなかったのか? さっきの口ぶりだと、本人の同意があればできるって感じだったが」

「できるわよ」

「「「「「「できるんだ!?」」」」」」

 

 誰も知らなかったらしい。驚いていないのは例のごとく、美月と明日香の2人のみ。

 ……あれ、でも。

 

「それなら九重先生は、それで記憶を消せば良かったのでは?」

「そ、そうだよね!? ……どうしてなのかな、柊さん?」

「リスクやデメリットが高すぎるからです」

 

 険しい顔の明日香が、眉を寄せたまま口を開く。

 

「例えるなら、糸1本切るのと、綱引きの綱を切るほどの違い。当然綱──ここで言う高い異界適正を持つ人の記憶の方が切りづらいので、綱に力負けしないような強力な切断機が必要になるわ」

「つまり、サイフォンじゃ無理、と?」

「そうね。今四宮君が言った通りの事情もあるし、別のもっと大きい理由もあるわ。端的に言えば、出力を上げて異界に関する記憶を消すのは良いけれど、その分記憶消去の精密さを欠くわ」

「……まて、じゃあまさか、異界関連以外の記憶も消す羽目になるってことか!?」

「その通りよ」

 

 そちらは事故の範疇になるだろうけれど、と難しそうな表情を崩さず話し続けた明日香。

 そのほかの記憶を巻き込むほどに高火力にするとしても、サイフォンからでは無理とのことなので、ひとまずは安心だ。

 記憶を消せる人がいるとしても、もう1度記憶を無くすことだけは避けたい。

 

「なるほどね。関係ない記憶まで消したら、後々矛盾が生じる。万が一大事な予定を忘れてでもいたら、人間関係にだって亀裂が入るだろうね。それを見越してってこと?」

「そう。あくまで自己責任。何があってもこちらでは責任を取れませんとあらかじめ言っておかないと面倒だから。あとは機材を持ち運べないから、置いている施設などに来てもらうことにもなるわ」

 

 なるほど。だから本人の同意が必要、ということか。

 よくわかった気がする。

 

「しっかし、なんでそんなものを開発したんだ?」

「戦いで負った心の負傷は、治せないから。戦い自体を忘れさせるしか方法がないもの」

「……なるほどな」

 

 志緒さんに続くように頷く。

 そこにしか逃げ道がなく、逃げることを本人が選ぶのであれば、そうせざるをえない。ということだろう。

 

「ちなみに、これは疑ってるとかじゃなく、あくまで単純な確認なんだけどさ」

「何かしら?」

「“ハクノセンパイの記憶喪失”はそれによるものとは別、で良いんだよね?」

「「「「「!?」」」」」

 

 そうか。異界に限らず必要な情報がすべてなくなるほどの消去をかけたのであれば、記憶喪失は妥当な結果かもしれない。

 でも、そんなことはあるのか?

 

「……念のため、調べておきます」

「ミツキさん、任せてしまって大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。……元よりその道具の開発は、“ゾディアック(こちらの陣営)”の側なので」

 

 それに、コールドスリープやリハビリもすべて北都の系列店で行ったものだ。

 美月以上に、その確認に適している人はいない。

 

 

 

 

 

「……っと、つい話し込んぢまった。早く映画研究部に行かねえとな」

 

 洸の声に、全員がハッとする。いつの間にか長い時間に渡る雑談になってしまっていた。中身は結構大事だったけれども。

 今はなんにせよ、目の前のことをしっかりと済ませよう。

 いざ、映画研究部室へ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月16日──【N】佐伯先生と経験 2

 

 刑死者コミュ 前回までのあらすじ。

 経験を積むことで、将来の選択肢が増えるという佐伯先生。若かりし頃の彼も色々な経験をし、夢や目標を抱いていたらしい。
 しかしながら、まだ心を開いてくれていないのか、彼はあまり積極的に自身の話はしてくれなかった。



 

 

 色々と頭を悩ませるような話を日中にしたため、少し疲労が溜まっている。

 とてもではないけれども、勉強する気分にはなれなかった。

 

 それでも、せめてもの抵抗として、勉強場所を移すことで集中力を取り戻そうと外に出る。

 やはり静かで集中ができ、勉強のためにとどまる場所と言われて思い浮かべるのは、喫茶店だろう。ファミレスでは店内が訪れた人たちの話し声で、思考が妨げられる可能性もある。

 そこで、頻繁にお世話になっており、仲間の1人、柊 明日香の下宿先でもある【壱七珈琲店】にお邪魔しようとした……のだけれど、どうやら外から見る限り、満席のようだ。

 中には自分と同じく高校生らしき人たちもいる。みんな、考えることは同じらしい。

 

 ほかに喫茶店は……と考えて、次に思い浮かぶのは【蓬莱町】。カフェバー【N】。

 この時間帯は昼間と違い、アルコールの提供も始まっている。

 けれども、それでも店内は総じて落ち着いた雰囲気だ。

 音楽も集中するのに向いた、落ち着いたものが流れている印象がある。

 なんとなく自分が大人になったような錯覚を得つつ、開いた問題集に取り掛かった。

 

 そのまま、適度に飲み物を注文し、席を独占していて迷惑となっていないかを探りつつも、1時間弱ほど居座った頃。

 ふいに、本日何度目かの来客を知らせる音が店内に流れた。

 

 最初は特に気にしていなかったけれども、耳に入った声が知人のものによく似ていたため、振り返って姿を確認する。

 視界に入ったのは、やはり見覚えのある姿。

 

「佐伯先生」

「ん? ああ、岸波」

「こんばんは」

 

 英語の教師であり担任の、佐伯 吾郎先生の姿があった。

 そういえばここは彼もここのカフェバーを行きつけにしている。

 今日遭遇するとは考えていなかったけれど、そういえば今日はここで夕食を取るという火曜日だったか。

 

「勉強か? 熱心だが、こんな時間にここに来るのは感心しないぞ」

「すみません。なかなか集中できなくて、環境を変えてみようかと」

 

 素直に答える。

 まあ、教師として以前に、大人として、アルコールが提供できるお店に学生がいることを見逃すのは忍びないのだろう。

 彼はカウンターに置きかけた荷物を手に取り直し、こちらの席へ向かってきた。

 そのまま、対面の席へと腰かける。

 

「良い心掛けだが、あまり頻繁に行う手としては推奨できないな。あくまで劇薬として認識しておくといい。勉強習慣というものは、場所にも結びつくものだ」

「……勉強習慣」

「ああ。時間帯、場所、サイクル、格好など、すべてを結び付けていくことで、効果を増幅させられる。より成果を出したいのであれば、環境づくりも意識するといい」

 

 それは、アスリートのもつルーティーンのようなものを構築した方が良い、ということだろうか。

 確かにルーティーンに期待される効果は多い。いつもと同じ環境を作り出すことで、集中力を上げることや、精神を落ち着けること。練習の時の成功を思い出すことでポジティブさを引き出すことなど。専門書ではないものから学ぶ効果だけでも、かなりのものがある。

 推測するに、この環境ならば集中できるという状況を作成することが大事、だと言いたいのだろう。確かに普段の勉強の効率を考えるのならば大きい。

 

「それって、実際のテストとかにも役立てる方法とかありますか?」

 

 アスリートは練習の時と同じパフォーマンスを発揮するためにもルーティーンを組んでいると聞く。同じように、テストにもそれが活かす方法があるか、聞いてみることにした。

 

「役立たせるも何も、普段の勉強がものを言うのが、テストというものだろう」

「……それはそうだ」

 

 返ってきた回答は、思わずそう言ってしまうほどにその通りだった。

 聞く前に思いつかなかった自分の失態だろう。

 

「……ふむ。時に岸波、テストや試験というものは、どういった力を図られているのか、考えたことはあるか?」

 

 佐伯先生が、唐突に質問を振ってきた。

 意図は分からないけれども、それに対する適切な答えを、自分は持ち合わせていない。

 

「テストの種類によって違うのでは?」

「ああ。なら、高校の中間や期末考査については、生徒に何が求められていると思う?」

 

 

──Select──

  主体的に真面目に取り組む姿勢。

 >得た知識の定着。

  教わったことをかみ砕き。応用させる力。

──────

 

 

「ははっ。まあそうだな。知識が付いているかどうかと、勉強に真面目に取り組んでいるかを確認したいというのが、学校の、そして世間の思惑だろう」

「世間?」

「学校での成績はその人がどれだけ頑張ったかを評価する方法だ。ゆえに、進学や就学の際、審査する側はその結果を判断材料に加える。だからこそ、学校は、大人は試験には真面目に取り組んでほしいと思うわけだ」

「なるほど」

 

 つまり、試験で良い結果を出せれば、将来有利になるから。ということだろう。

 ただ、結果だけを重視するのであれば、努力の内容とはまた別のところで、優劣というものが付いてしまう。

 偶然取った80点と、必死に頑張った70点に、どうして絶対的な優劣が付いてしまうのだろうか。

 それはとても、悲しいことのような気がする。

 あきらめないのは自己満足だけれども、諦めなかった人には、報われてほしい。

 

「試験で結果を出せなかった人は、評価をされないんですか?」

「そうでもないぞ。岸波は1学期の通知表を確認したか?」

「はい」

「学校の成績は、試験の点数だけで決まるものじゃない。授業態度、意欲、課題提出率、積極性、諸々を込みで、教師は生徒を採点している。仮に試験で良い点数が取れなくても、普段の頑張りが伝わってくれば、良い成績は付けられるものだ。まあ、点数が良ければもっと評価は高くなるがな」

「……なるほど」

 

 そういえば、1学期末に貰った成績表には、色々な項目があった。多面的に見てくれている、ということなのだろう。試験の結果が奮っていない自分の成績が可もなく不可もなくだったのは、そういった授業以外の頑張りが伝わらなかったということか。

 

「でも、評価されるために頑張るって、何か違うような気がする」

「……いいことを言うな、岸波」

 

 満足げに頷く先生。

 そんな、認められるようなことを言った覚えはない。

 しかし、学校の1教師である彼が、自分の考えをどう評価するのかは、少し気になった。

 

「以前、経験は大事だと話したことは覚えているか?」

 

 その問いに、記憶を探ってから、首肯を返す。

 確かアルバイトの話をした際に、過去の経験が今の先生を形作っている、といったことを話してくれた。

 

「それは勉強についても同じことだ。良いか? 勉強を頑張ると考えるな。勉強の習慣づけを頑張るんだ」

「?」

「いざというときに集中ができない。こつこつと作業を進められない。立てた計画を実行できないなど、大人になってから苦労することは多々ある。だがそれらは、学生時代のお前たちが机に向かった時間で、ある程度は解消できる」

 

 その経験値を蓄えろ。と彼は言う。

 すべては、未来に対する投資なのだと。

 

「試験前に急いで詰め込む勉強しかできない人間は、期日直前になって仕事を仕上げるような人間になる。勉強しようと思った時に趣味に逃げる人間は、相手が仕事になっても同じことをする。結局、学生時代に作り上げた習慣というものが、大人になってからも活きてくるんだ」

「だから、習慣づけを頑張れと?」

「ああ。学校の試験の結果も、授業態度とかもそのついでで良い。そこがしっかりしている人間は総じて取り組み方が良く映り、評価も上がるし、最初に言った通り試験の結果もでやすいだろう」

 

 

──Select──

  試験対策は無意味?

 >学校での評価はおまけ?

  学校では習わないことだらけだ。

──────

 

 

「ああ。……ああいや、これは流石にオフレコで頼む。仮にも教師が言う言葉ではないからな」

 

 付け加えるようにして出てきた言葉。

 間違いなく、1人の大人としての言葉だったが、試験の結果がついでで良い、というのは、確かに学校の先生らしくないかもしれない。

 だが、そういうことなら。

 

「ここにいる自分たちは、教師と生徒ではないはずだ」

「?」

「ただオフで、行きつけのお店で会っただけ。そうでしょう?」

 

 だから、教師として言った言葉とは考えません。と。

 せっかくの言葉なのだから、佐伯先生に不利益をもたらすような結果には、絶対にしない。そう誓える。

 

「フッ……そうだったな。どうにも“らしい”指導をしてしまいそうになったが、今ここでは、そういう間柄でもないか」

 

 いろいろな人と関わる機会が欲しい、という自分の要望に、先生はリスクを抱えてまで応えてくれているのだ。

 そういう間柄。教師と生徒としてではない。経験や知識を教えられる大人と、何も持っていない子ども。という関係性が、この場には相応しいのだろう。

 

「先生の学生時代の話とかも、もっと聞いてみたいです」

「……そうだな。何か参考になる話でもあると良いが」

 

 そこから、少し彼の昔話を聞いた。

 以前であれば、誤魔化されていたかもしれない。

 少し佐伯先生との間にあった壁のようなものが崩れてきた気がする。

 

 

────

 

 

「気を付けて帰るんだぞ」

 

 先生はそのまま残ってお酒を飲むらしい。

 いくら教師と生徒という関係性で会っているのではない、と言ったって、自分の前では流石に飲めないよな。と思い、素直に帰ることにした。

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが4に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月17日──【ファミレス】明日香の戦う理由 1

 

 閲覧ありがとうございます。
 またしても遅くなりました。

 女教皇コミュ 前回までのあらすじ。

 柊 明日香は、色々な人に支えられている実感を持てと言っておきながらも、自身は人と距離を置きたがっている。
 その内容には触れられなかったが、近頃の彼女は敬遠していた友人づきあいにも精力的らしい。


 

 今日からテスト前期間で、部活動が全面的に禁止になる。

 普段誘えないような人も一緒に勉強できるというわけだ。

 当然、勉強は1人で、という人もいるだろうけれど、今日は取りあえず、水泳部のハヤトと一緒に勉強することにした。

 

 ……かなりはかどった気がする!

 そろそろ仲が深まりそうだ。

 

 

──夜──

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 放課後から夕食までの時間をしっかり勉強に打ち込めたので、気分転換がてら外出することに。

 散歩すること暫く。駅前広場にたどり着くと、見覚えのある少女がドラックストア前に立っていた。

 

「明日香」

「あら、こんばんは」

「こんばんは。買い物か?」

「ええ、少し見回りのついでの買い出しにね。ハクノは?」

「散歩」

「そう」

 

 会話が途切れる。

 切り上げるならここだろうけれど……どうしようか。

 

 

──Select──

 >話を続ける。

  切り上げる。

──────

 

 

「せっかくだし、話をしないか?」

「ええ、良いわよ」

 

 明日香と少し話していくことにした。

 

 

────

 

 

「そういえばお泊り会以降、女子会みたいなのはやってるのか?」

「全員が集まるということはあまりないけれど、2人か3人でなら数回あったわね」

「そうか」

 

 本当に距離が縮まったようで何よりだ。

 少し前からすると、全然考えられない関係性だろう。

 

「そのメンバーで何を話しているのか想像がつかないな」

「あら。なんだと思う?」

「そうだな……」

 

 

──Select──

 >面白エピソード?

  将来の話?

  コイバナ?

──────

 

「ふふ、リオンあたりは話題に事欠かないでしょうね」

「空も明日香も美月も、色々な経験してるだろうし、探せば無限にありそう」

「そうかしら。……私はそうでもないけれど、皆はそうかもね」

 

 

 明日香は楽しそうに微笑んでいる。

 

「残念だけれど、そんなテーマを決めて話しているわけではないわ。その日あったこととか、それこそ面白かったこととか、勉強の話も部活の話も、色々としているの」

「他愛もない話ってこと?」

「ええ。他愛も取り留めもない話よ」

 

 その内容で、何度も何度も集まれるのは、本当に仲が良いということだろう。

 あんなに、人と距離を詰めることを躊躇っていた明日香がそんなことをするようになるなんて、本当に考えづらくて、嬉しい変化だ。

 

「変わったな、明日香」

「……皆のお陰でね」 

「もう関係性に悩むことはなくなったか?」

「それは……」

 

 言い淀んだ彼女。

 どうやら、そこに関してはまだらしい。

 前回は彼女の悩みに全然手を伸ばせなかったが、今日は、聞いて大丈夫だろうか。

 ……あの時からさらに距離を詰めることのできた今なら、大丈夫だろう。

 

「前に、なれ合いになってしまうのが怖いって言っていたとも思うけれど、あれは結局どういう意味なんだ?」

「……ああ、そういえばそんな話をしてしまったわね」

 

 失言だったわ。と過去の自身に呆れる明日香。

 確かに、彼女はあの時も、途中ではっとして言葉を止めたっけ。

 その反応から察するに、あれは漏らすつもりのない本音だった、と捉えて良いだろう。

 

「なれ合いになるのは確かに怖いわ。けれど、本当に私が避けたかったのは、また別のことよ」

「それは?」

「一言で言うのであれば、掲げたはずの志を、見失ってしまうことかしら」

 

 掲げたはずの、志。

 言い換えるのであれば、当初の目標だったり、夢だったりということだろうか。

 彼女は、何を掲げたのだろう。

 

「その志が何か聞いても?」

「……」

 

 目を伏せる明日香。

 言いづらいことなのだろうか。

 

「ハクノの志は、悲劇から目を逸らさないで、できることをする。だったわね?」

「? ああ、そうだ」

 

 まあ今では色々と増えてはいるけれど、当初に掲げたものは、自分の戦う理由は、紛れもなく彼女が今言ったそれ。

 しかし、なぜ今急にそれを確認されたのか。

 思い付くとすれば、比較対照……彼女が自分のと比べて、語りたくない理由がある時、だろうけれど……分からないな。耳を傾け続けるしかない。

 

「コウも確か、似たようなもの……というか、貴方のを聞いて明確に定まったようなものだった。貴方もコウも、手の届く範囲は助けたいという思いを共有している」

「そうだな」

「そして、リオンは元々、夢のため。ソラちゃんは確か、何かを諦めることを是としないため。四宮君は知らないものを知るため。高幡先輩は過去に掲げたものを裏切らないため」

「……すまない、つまり、何が言いたいんだ?」

「ミツキさんは一旦置いておくとして、ここまで上げたみんなの共通点、分かるかしら?」

 

 共通点?

 聞いた感じ、ばらばらのように思えるけれど、しかし彼女には何かが見えているのだろうか。

 だとしたら、何だろう。 

 

──Select──

  自分が主体である。

 >未来をより良くしようとしている。

  今の自身に足りないものを求めている。

──────

 

 

「上手く言えないけれど、自身の思い描く未来へ近づけようとしている、と思う」

「そうね。未来を見据えている。まっすぐ前を見て、自分をより輝かせるためのことを考え、他者に気を配ってさえいるわ」

「……」

「でも、私は違う」

 

 目を細めた彼女は、小さく否定の言葉を零した。

 ……聞き返さなくてはならない。聞かれたくなくて、小声にした内容だとしても。

 

「何が違うんだ?」

「私の掲げたものなんて、そんな輝きに満ちたものじゃない。誰もが見て、聞いて、心惹かれるようなものでは、決してないのよ」

「……そうまで言うなら、教えてくれ。明日香の志とは、何だ?」

 

 自分の問いに、すっと息を吸い込んだ彼女は、ただ1言、零した。

 

「復讐」

 

 いつから周りの音がこんなになかったのか、と言わんばかりに、彼女の声がよく脳内へ響く。

 

 復讐。

 それが彼女の、したかったこと?

 戦う理由?

 

「10年前の東亰冥災の時、私は目の前で両親を亡くしたの。現実世界に浸食した、シャドウたちによって」

「冥災……そうか」

「私はあの時、決めた。そして誓ったのよ、あの剣に。すべてのシャドウを滅ぼし、異界をすべて取り除いて、両親の敵をとることを。……他でもない、両親の遺品である、ソウルデヴァイス《エクセリオンハーツ》にね」

 

 ……?

 ソウルデヴァイスが、両親の遺品?

 どういうことだ? ソウルデヴァイスは、個人が覚醒する際に顕現する武器。受け継ぐとか、そういったことが可能だと?

 ましてや受け継ぎができないとしたら、両親が使っていた武器と、まったく同じものが彼女に目覚めたということだろうか。

 そうなると、自分の知っている知識と、食い違いが起こる。

 

「……長く話過ぎたかしら」

「え?」

「時間、結構経ってしまったでしょう。明日もあるし、今日はもう寒いわ。解散にしましょう」

 

 有無を言わさず、会話を切る明日香。

 ……次に話すまでに、色々と確認しておくことがありそうだ。

 とりあえず、色々と彼女の深いところまで知ることができ、縁はより強固なものになった気がする。

 ……自分も勉強しなくてはだし、今日はそろそろ帰るとしよう。

 

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが6に上がった。


────


 知識  +2。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月18日──【駅前広場】怜香の相談 2

 

 今日も授業が終わり、さっそく帰り支度をする。

 誰かを誘って勉強会でもしようかと思い、数人に声を掛けたけれども、どうやらみんなそういった気分ではないようだ。

 ということで、帰り道。ついでに書店に寄ろうと思い、駅前広場に寄ると、見覚えのある少女たちが集まっていた。

 

「あれ、センパイじゃん」

「ども」

 

 ヒトミとマリエの1年生コンビ。

 彼女たちも、学年は違えど試験前のはずだけれど、ここで何をしているのだろうか。

 

「2人とも、勉強は?」

「しないけど」

「私は帰ったらする。今は普通にマリエの付き添い」

 

 ヒトミはまあ良いとして、マリエはしないのか。一切の躊躇なく否定するあたり、潔いと言うか何というか。少し心配だ。

 そういえばマリエは一学期の中間考査で補習対象に入っていたか。期末やその後は大丈夫なのだろうか。

 ……そう思うと、流石に見て見ぬフリはできないな。

 

「良かったら、一緒に試験勉強しないか?」

「いや、やらないって」

「……それ、先輩には何のメリットもなくない?」

「復習になるから問題ない。寧ろいい機会かなって」

「ふーん……そういうことなら、あたしはお願いしようかな。マリエもお願いしたら?」

「は? なんで」

「補修になるよりマシでしょ。夏にしんどい思いしてたじゃん」

「……そりゃまあ」

「ってことでゴメン、2人合わせてお願い」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 ということで、後輩たちに教えながら、自分は勉強の復習をした。

 ……何かきっかけがあれば、更に縁が深まる気がする。

 

 マリエの集中力が切れるまで付き合い、机に突っ伏した彼女と、後は任せてというヒトミに別れを告げ、家に帰った。

 

 

──夜──

 

 

 帰って再度自分の勉強を行い、ご飯を食べた後に休んでいると、ふいにサイフォンに通知が入っていることに気が付く。

 メッセージを送ってきたのは、意外なことにSPiKAの如月 怜香だった。

 

『こんばんは。ちょうど近くに行く用事があるの。良ければ時間もらえるかしら』

 

 送られてきたのは、10分ほど前か。

 まだ返信間に合うだろうか。

 

『確認遅くなった。すまない。今晩なら連絡もらえれば大丈夫だ』

 

 返信をしてから数分後、彼女から再度連絡がくる。

 

『ありがとう。これから移動するから時間かかるけれど、着く前に連絡するわ』

『分かった。待ってる』

 

 取りあえず、連絡が来るまで勉強するか。

 サイフォンの通知はしっかりオンにしておこう。

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

「わざわざ悪いわね」

「いいや、どうしたんだ?」

「渡したいものがあったのよ」

 

 そう言って、今日もしっかりと変装をしている彼女は、鞄から封筒を取り出した。

 

「……開けても?」

「勿論」

 

 封筒の封を切る。

 中に入っていたのは、質感のある数枚の紙だった。

 

「これは……チケット?」

「ええ、私たちSPiKAのライブチケット。貴方とリオンの分と、ほかにも数枚入れてあるわ」

「どうして急に?」

「リオンを引っ張ってきてほしいのよ。ついでに、今までいろいろ聞いた恩返しに、貴方とそのお友達を招待しようって」

 

 SPiKAのライブは基本的に、チケットが余ることがない。予約の段階で抽選に落ちることだって多分にある。

 そんなチケットを、特別にもらった。嬉しくないはずがないだろう。

 けれども、疑問は残る。

 なぜ璃音を自分に連れてこさせようとするのか?

 普通に呼ぶのでは駄目なのだろうか。

 

「璃音には断られたってことか?」

「ええ。何を考えてるのかは分からないけど、はっきりと断ったわね」

「……」

 

 理由は分からない。想像の範囲で考えるのなら、それも彼女の“覚悟”なのだろうか。

 とはいえ、事情も知らずに断られたのでは、腹も立つだろう。

 どうしたものか。

 

 

──Select──

  受け取るだけ受け取る。

 >返す。

  璃音が行くなら行く。

──────

 

 

「……なに?」

「返す」

「……正気?」

「ああ。……決めているんだ。初めてライブを見に行く時は璃音の復帰ステージだって」

 

 本人には言っていない。

 何というか、自分にとっての願掛けのようなものだ。

 見に行くにしても、璃音と一緒ならどうかと一瞬だけ考えたが、やめておいた。

 きっとどこか、悔しい気持ちにさせてしまうと思うから。

 彼女の症状については、回復を焦ったところで成すすべがない。時間と経験が解決してくれるものだ。ならばそういった感情は邪魔になりかねないだろう。

 ゆえに、今はどんなに辛くても返すしかないのだ。

 

「……そ。ならいいわ」

「良いのか?」

「なんで返した貴方がそれを聞いてくるのよ」

「いや、だって」

 

 

──Select──

 >怒られるかと思った。

  叩かれると思った。

  文句を言われるかと。

──────

 

 

 正直に思ったことを答える。

 そう思ったのは、彼女が自身の活動に真摯なのは知っているから。

 自分はただ、エゴを通しただけ。それを通すことで、彼女のプライドを、彼女が大切にしているものを傷つけてしまったことは承知している。

 ゆえに、されたくはないけれど、張り手の1つや2つくらいは覚悟していた。

 だからこそ、困惑の声が思わず漏れる程度には、素直に引き下がられることが意外だったかもしれない。

 

「まあ、何も思うところがないわけではないわ」

 

 だろうな。と、態度には出さずに、彼女の言葉を吞み込んだ。

 無言で、続きを促す。

 

「それがくだらない理由であったり、なんてことないものに優先度で負けたんだったりしたら、文句は言ってたし怒りもしたと思う。もちろん、そんなものに負けた私自身にね」

「怜香自身に?」

「ええ。当然じゃない。相手はその人の価値観で、自身が思ってるそのくだらないものよりも、私たちSPiKAのライブを下に置いた。つまりそれは、私たちが、私がその人にとって、価値のあるものになれていないということでしょう? つまりは私たちの実力不足が招いた結果。他人に怒りをぶつける必要なんてないわ」

 

 ……言っていることは、分かる。

 しかし、それは、その生き方は、なんとも背負いすぎな気がするけれど。

 いやでも、夢に生きるアイドルっていうのは、こういうものなのかもしれない。

 璃音も節々に力強い面があり、何より強すぎる理想に、諦めない心を持っていた。

 怜香だって同じなのかもしれない。いや、璃音と一緒に長いこと活動しているんだ。きっと同じなのだろう。

 

「貴方の答えにムカつかなかった理由は、貴方が優先したものが、私たちの大切なものだったから」

 

 そして、璃音がSPiKAを大事にしているように、怜香も、おそらく他のメンバーもみんながみんなを大事にしているのだろう。

 それは、この前璃音の家に集まっているのを見て感じていたものだ。

 彼女たちの中には、とても大きな絆がある。

 だから、色々な苦難へと立ち向かっていけるし、その姿は輝いて見えるのだろう。

 

「結果的には残念だけど、貴方のことが少し知れて良かったわ。どうやらリオンのことに関しては信頼できそうね」

「そうか?」

「ええ。まあリオンの話を聞く以上に、ハルナが信頼している時点で、あまり心配はしてなかったけど」

「?」

「ハルナの人を見る目は確かだから」

 

 そうなのか。

 まあ、そういう信頼に足る何かがなければ、付き合いは続いていなかっただろう。そもそも自分の目で相手を判断する、という段階にだっていかなかったはずだ。

 なんとなく、納得がいった。

 

 自分も、今日の会話を通じて、怜香との縁が深まった気がする。

 

「じゃあ、また機会があったら」

「ああ。また」

 

 呼んだダクシーに乗り込む彼女の姿を見送り、自分も家に帰った。

 

 

 




 

 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが4に上がった。


────


 知識  +2。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月19日──【教室】フウカと将来の夢 1

 
 死神コミュ 前回までのあらすじ。

 未来のことなんて考えられないと言うフウカ先輩。昔の自分のような、どこか諦めた様子でいる彼女を放ってはおけず、彼女の友人である寺田先輩を巻き込んで、フウカ先輩に自身の将来について希望を持ってもらえるよう、活動をしていくことにした。


 

 金曜日。テスト前最後の登校日だ。

 とはいえ、授業はいつも通りの予定で遂行していく。

 あっという間の放課後。

 今日はどうしよう。勉強できそうならしたいけれど、ここのところずっと勉強しているし、誰かと話しても良いかもしれない。

 少し、校内を回ってみようか。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

 やはり今日はみんな忙しいみたいで、1年生2年生ともにほとんどみんなが帰宅を選んでいた。自分もそうしようかと思う反面で、そういえば最近寄っていないなと保健室へ向かうことにする。

 すると、思いのほかフウカ先輩がベッドに腰かけていた。

 

「あれ、岸波君?」

「フウカ先輩、こんにちは」

「こんにちは。テスト勉強の調子はどう?」

「自分の感触的には順調です」

「すごいね」

「先輩は?」

「定期試験に関しては問題ないかな」

 

 そうか。先輩は3年生だし、受験もあるから、定期試験の範囲はすでに終わっているのかも。

 

 

「それで、今日はどうしたの?」

「……少し、話せませんか?」

「うん、良いよ」

 

 微笑を浮かべる彼女と過ごすことにした。

 

 

 

────

 

 

「あれからどうですか?」

「どうって、何が?」

「寺田先輩と、将来のことについて考えるって話です」

 

 前回、どうにか空手部の寺田 舞衣先輩の協力を引き出し、彼女に将来のことを考えてもらうことになった。

 それから時間もあったし、何かしら進展があったかと思ったけれども。

 

「あまり、かな。私自身、急にそんなこと言われても……」

「そう、ですよね」

 

 まあ、それもそうか。

 杜宮に着いたころの自分は、自分のことでいっぱいいっぱいだった。とてもではないけれども、未来に目を向けて何かを話すなんてできず、誰かにこうして夢を持つことの大切さを説くこともしなかったできなかっただろう。

 それをできるようになったのは、いろいろな人と話して、色々なものを知って、ようやく考えるになったのだ。

 いくらスタート地点が違うとはいえ、いきなり結果を求めるのは酷だろう。

 まずは、小さなきっかけから話を広げてみよう。

 

「寺田先輩と、どんなことを話したのか聞いてもいいですか?」

「えっと、何がしたいかから始まって、やってみたいスポーツとか、持ってみたい趣味とかの話をしてくれたかな」

「良いですね。フウカ先輩はなんて答えたんです?」

「……えっと……」

「……あー」

 

 それも難しかったのか。

 しかし、どうしてなのだろう。まったく興味を持っていないなんてことは、ないと思うけれど。

 自分には出来ない、対岸での出来事。憧れを抱くことは、できるはずだ。

 

「テレビとかを見て、いいなあと思う番組の企画とか、なかったんですか?」

「うーん…………ないかな。楽しそうだとは思うけれど、やってみたいかと聞かれると、ちょっと違いそう」

 

 以前、寺田先輩の応援に道場へと一緒に行った際、空手をやってみたいかと聞いたみた時と同じような反応だ。

 考えられるとしたら、自身の元気な姿が投影されず、想像に自分の姿が加えられないから、肯定的な感情も否定的な感情も出てこない、といった状態だろうか。

 テレビなどを見ていても、あくまでそれは他人が楽しそうにしている絵であって、自分が行っているものではないという、乖離。その差をなくせるかどうかが、課題なのかもしれない。

 それが正解かは置いておくとして、ひとまず、自分の憧れを共有してみようか。

 楽しんでいるだれかの隣にいることなら、想像が楽にできるかもしれない。それに、相手が楽しんでいれば、自然と楽しさが沸いてきてくれるかもしれないし。

 となれば、何を話そうか。

 

 

──Select──

 >行ってみたい場所。

  やってみたいこと。

  将来ほしいもの。

──────

 

 

 無難に、行ってみたい場所について話してみよう。

 場所。ある程度、彼女にもわかるような場所の必要がある。

 とすると、自分が行きたい場所の中で、どこを選ぶべきだろうか。

 

 

──Select──

 >ハワイ。

  アメリカ本土。

  エベレスト。

──────

 

 

「行きたい場所はいっぱいあるけれど、その中でも自分は、一回でもハワイに行ってみたいですね」

「どうして?」

「景色が綺麗なイメージがあるから。明るいですし」

「……そうだね。晴れている砂浜と、綺麗な海って思い浮かぶかも」

「そうなると、ただホテルとかの高いところから見下ろしているだけで、とっても綺麗だと思いません?」

「テレビとかで見たことはあるけれど、確かに綺麗だもんね」

「テレビで綺麗に感じるなら、自分でみたらもっと綺麗に見えますよ。肉眼に勝るものはないですから」

「……確かに、そうなんだろうね」

 

 

 どうやら、景色のイメージ自体はつくみたいだ。

 とすると、次は状況かな。どうしたらそこに行くのか。考えてみよう。

 ハワイと言えば……

 

 

──Select──

  やっぱり海。

  パンケーキ。

 >結婚式。

──────

 

 

「例えば、寺田先輩が結婚されるとして、その場所がハワイだったとするじゃないですか」

「……結婚式? うん」

「式場には、新郎新婦のご両親や知人友人がいっぱいいて、その中にはフウカ先輩もいるとします」

「……呼んでくれるかな?」

「呼んでってお願いして、その時まで連絡を取り続けていれば、きっと呼んでくれますよ。まあ当然、フウカ先輩にとっても集まる人は知らない人だけじゃないと思います。それこそ同じ学校の人たちや空手部の人たちも来たりして」

「マイちゃんなら、いっぱい呼べて、いっぱい来てくれるだろうね」

「はい。それで、みんな異国の地で、笑顔で2人を祝福するんです」

 

 結婚式なんて、出たことはないけれど。

 映画とか、小説とかは、そうだったから。

 

「その式場の外には、外国人たちがいて。外に出た彼らに、一緒になって祝福の言葉を投げたり」

「……すごいね」

「人気スポットですし、現地の人たちも慣れてるって言いますからね。知ってる人知らない人、みんな笑顔ですよ。きっと」

「……うん。きっと、とっても幸せな光景だと思う」

 

 ですね。と、言葉にはせずに頷いた。

 その幸せに思える光景を、もっと強く思い描いてほしいから。

 

「岸波君は……」

「はい?」

「結婚式は結婚式で嬉しそうだけど、道中も帰り道も楽しそうなんだろうなって」

「……かもしれませんね。まあ自分は寺田先輩の結婚式には呼ばれないと思いますけれど」

「そうかな? 私が呼ばれるなら、呼ばれると思うよ」

「いえ、あくまで自分と寺田先輩は、友だちの友だちというか、知り合いの知り合いのような関係ですから」

「え、でも……」

 

 でも?

 なんだろうか。

 

「ううん、なんでもない」

 

 首を振って言葉を止めたフウカ先輩。

 ついぞ、彼女が何を言おうとしたのかは分からなかった。

 けれども、今の話をきっかけに、少し将来のことに対する話が前向きにできたような気がする。

 

 完全下校の少し前まで、長話をした。迎えが来た彼女を、校門まで見送る。

 ……今日はもう帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 今日は当然勉強をした。

 土日を過ごせば、次は試験当日の月曜日。

 気合い入れていこう。

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが6に上がった。


────
 

 知識  +2。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月20日──【マイルーム】志緒さんと終わった隠し事

 

 閲覧ありがとうございます。

 皇帝コミュ 前回までのあらすじ
 
 恩返しに奔走していたはずの志緒さんだったが、どうやら最近は心ここにあらずの状態。なにがあったかは気になるけれども、どうやら自分に関わらせる気はないらしい。危ないことに首を突っ込んでなければいいけれども……


 

 

 土曜日。

 今日は登校日ではないので、一日勉強ができる。

 やろう。

 

 

──夜──

 

 

 かなり長い時間集中して勉強していたため、流石に疲れてきたのかもしれない。

 一回、気分転換を挟もう。

 さて、何をしようかな。

 さすがにただの息抜きで、誰かを呼び出すのも申し訳ない。

 ……お腹も空いたし、ご飯を食べに行こうか。

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

 もう何度か潜ったことのある暖簾の先は、いつもと変わらず人がいっぱいいた。

 そこまでは予想通りだったけれど、1つ、予想外なことがあったとすれば。

 

 

「あれ、志緒さん」

「おう、岸波か。らっしゃい」

 

 志緒さんが、普段と変わらない仕事着を着てホールに出てきたことだろうか。

 

「志緒さんは試験大丈夫なのか?」

「普段からやることやっておけば、定期試験なんて気にすることはねえ。それに3年生は、ほとんど一学期で範囲終わってたからな。テスト範囲もほとんどない」

「? どういうことだ?」

「範囲を前もって教え終わって、2学期は受験対策が主だったってことだ。試験も当然その延長。焦って何かするよりかは、毎日同じことを積み重ねた方が良いからな」

 

 なるほど。

 確かに、受験直前に授業を行い、何か新しいことを詰め込む、なんてことは褒められたことではないだろう。それに推薦の人たちは1部夏にはもう動かなければならないと聞く。その場合は、3年生での学習範囲をどれほど含むかは分からないけれど、それでも早く終わらせておくに越したことはないのか。

 

「岸波こそ、調子どうだ?」

「順調だ」

「へえ。言うじゃねえか」

 

 今日の勉強はとても手ごたえがあったし、正直今回はかなりしっかり勉強をしている。目指せ1桁順位だ。

 

 

「……ああ、そうだ岸波。意気込んでいる試験前で悪いが、良ければ食後、時間もらえるか?」

「うん?」

 

 あることにはある。元より気分転換を含めた外出だ。気分転換になるのであればなんでも良かったりする。

 どうしようか。

 

 

──Select──

 >付き合う

  他に用事がある。

──────

 

 

 せっかくここまで来たんだし、話をしていこう。

 

「志緒さんの方は、お手伝い抜けて大丈夫なのか?」

「ああ、そろそろ休憩に入れって言われてたからな」

 

 また後で。と約束し、暖簾の奥に消えていく志緒さん。

 ……取りあえず、食べるものを決めてしまおう。

 

 

────

 

 

 食事を済ませると、まだ着替えていなかった志緒さんが厨房から出てきた。手に持っていたのはお手製のデザート。時間を割いてもらった例と、試験へのエールらしいが、少し過剰なような気がする。

 まあなんにせよ、美味しく頂いたけれども。

 その後、甘味の余韻に浸っていると、私服姿の彼がフロアに現れた。

 

「悪いな、待たせたか」

「いや。それよりご馳走様」

「お粗末様でした。……さて、悪いが場所を変えても?」

「もちろん」

 

 会計を済ませ、先導する彼に着いていく。

 向かう先は……神社の方角か。

 静かに話すには、もってこいだろう。

 話す内容は検討も付かないけれど。

 

 そうして歩くこと数分。

 境内へとたどり着いた。

 

 

「まずは謝らせてくれ。……すまなかった」

 

 開口一番、自分の方へと振り返った彼は、自分へ頭を下げる。

 急にそんなことを言われても、思い当たる節がない。

 

「えっと、何がだ?」

「この前は、なんつうか、気が立ちすぎてたからな。態度が少し横柄だったかもしれねえ」

 

 ……そんなこと、あっただろうか。

 いや、この前、少し様子がおかしな日があったな。その時のことだろうか。

 

「別に気にしていない。誰にだって不機嫌な日はあるよな、程度にしか思ってなかったし、気にしていないことで謝られても困る」

「……そうか」

「で、何かあったのだろうけれど、解決したのか?」

「ああ。まあ色々あってな」

 

 確かに比べてみれば、あの時の妙な緊張感のようなものはない。

 憑き物でも落ちたかのような感じだ。

 

「なにがあったのか軽く聞いても?」

「……簡単に言えば、過去の因縁に1つケリを付けたってとこだな」

 

 過去の因縁。

 妙に殺気立っていた志緒さん。

 ということは、もしかして、BLAZE絡みか?

 

「1人で大丈夫だったのか?」

「いや。……まあ色々あって、時坂も巻き込んじまったが、それもあってなんとか解決できたって訳だ」

 

 なるほど。洸が動いていたのか。志緒さんの言い方からすると偶然巻き込まれたみたいだけれども、結果的にはそれが良い方向に進んだらしい。

 内容的に荒事である可能性が高いけれど、確かにここ数日、洸がケガしたという話も聞かなかったし、特に変な素振りもなかった。本当に何事もなく終わったのだろう。

 

「……時坂も本当は、巻き込むつもりなかったんだがな。1人でやろうとした時、アイツに言われたんだ。『“俺たちは仲間だろ!?”』って。その時、お前に言われたことを思い出してな」

「自分に?」

「ああ。『友達を心配するのは当たり前』、みたいなことを言ってくれたじゃねえか。それで急に冷静になって、確かに同じ立場だったら、オレも放っておけねえなって思った」

「熱くなりすぎるよりは、頭が回る程度には冷静でいた方が良いしな」

「違いねえ。それに何より、数が多い方が何をするにも確実だしな。そんなこんなで時坂の助けも借りたわけだ」

 

 なるほどなるほど。それで、一段落ついた今、こうして謝られていると。

 謝りたい内容は、そういうことか。自分の心配から出た申し出を、理解もせず切り捨ててしまったと謝ってくれているのかもしれない。

 なるほどそういうことか。

 

「まあ何にしても、無事で良かった」

 

 心の底から、彼らの無事に安堵する。

 詳しい話もそのうち聞いてみたいけれど、まあ洸も一緒に居るときにでも聞いてみるか。

 

 

「正直、どこかでまだ肩肘を張ってたのかもな。お前らにもう1回付けてもらったはずの焔を、燃やしていくんじゃなく、消さないために必死になり過ぎたのかもしれねえ」

「消さないための努力だ。別に志緒さんが間違っているわけじゃない」

 

 新しく芽生えた、もしくは取り戻したその焔をなくさないように頑張る、というのは、決して間違えなんかではない。

 ただ少し維持するのが難しいことと、それよりも焔が大きくなりにくい。

 結果的に、胸に宿った焔を守りたいのであれば、どちらでも良いのだと思う。

 

「志緒さんは、その焔をどうしたいんだ?」

「どう……?」

「何かを灯したいのか、誰かに分け与えたいのか。みんなで囲みたいのか。それを聞いてなかったなって」

 

 その焔というものが、どういうものなのかは知っているつもりだ。

 己の内側から湧き出るもの。不条理などに屈しない強さ。逃げることなく、問題に向き合っていく力。端的に言えば力強い意思のこと。

 亡くなったBLAZE初代リーダーのカズマさんという方は、その焔を集め、1つの大きな焔として背負っていたらしい。その明るさを以て、みんなを導いていたのだとか。

 

「カズマさんと同じ道を、選ぶのか?」

「そいつは……」

 

 自分の問いに、答えを言い淀む志緒さん。

 そこら辺は、もしかしたらまだ考えていないのかもしれない。

 

「考えたこともなかったな。この焔をどうするか、なんて」

「……」

「カズマがいた頃は、この焔が続く限り、恥じない生き方をしていくつもりだった。それから一度、完全にオレの中の焔が燻るようになって。アキや、お前らとのやりとりでもう一度焔が付いて。それで……」

 

 どうやら、答えは出ないようだ。

 まあ、自分も人のことは言えない。志緒さんも自分も、恩返しという大きな目標があり、そこに向かって歩いている最中。

 自分が言っているのは、それとはまた違う軸の話。

 そう容易に答えが出るものではないだろう。

 自分の、夢とか目標の話と同じだ。

 

「ゆっくり考えよう。幸い、まだまだ時間はあるし」

「……だな。ほかに何かすることで、見えてくることもあるかもしれねえ」

 

 今日は一旦戻るか。と志緒さんが一度伸びをする。

 色々と話せてよかった。

 また、彼との縁が深くなった気がする。

 

 

 そうして引き返すように歩き出した志緒さんだったが、自分の横に並んだ時、肩にコツンと拳を当ててきた。

 

「まあなんだ。とにかく、有り難うな」

「……」

 

 びっくりした。

 が、彼がとても良い表情なので、良しとしよう。

 

 その後、神社前の階段を降りたところで、店に戻る彼とは別れた。

 さて、今日もあと少し、勉強しなければ。

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが5に上がった。
 
 
────
 

 知識  +2。


────


 次回更新は、27日を予定したいです。
 よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月21日──【杜宮記念公園】明日香の戦う理由 2

 

 閲覧ありがとうございます。
 毎回毎回遅くなって本当に申し訳ございません。

 女教皇コミュ 前回までのあらすじ。

 霧の日をともに乗り越え、温泉を経てかなり距離を縮めたはずだが、過去に交わした会話の中でふと気になる話があり、聞いてみた白野。その話の中で明日香は、己の戦う理由は“復讐”だと語った。


 

 

「なんて言うか、焦って試験対策しすぎたら今回余裕があり過ぎたって感じだ」

 

 2年生4人で集まってテスト対策の勉強をしていると、不意に洸がそんなことを言い出した。

 

「あ~わかるかも。なんか今までのテスト前ってバタバタしてたよね。あたし達」

 

 璃音の同意を聞いた後に、そうだろうか、と思い返してみる。

 確かに、いつも焦って詰め込んでいるイメージがあるな。

 

「……前回の期末は確かに救出日程とタイトだったけれど、中間が忙しかったのは、貴方たちがゴールデンウイークにアルバイトや遊び・仕事に勤しんでいたからでしょう?」

「「「……」」」

 

 そういえば、そうだった気がする。

 期間的には結構余裕があったけれど、自分と洸は特に連休の全日程をアルバイトに使ったし。

 

「ま、まあ高2の連休なんて1度しかないじゃん!? 遊んでなんぼでしょ! ウン!」

「それで自己肯定できるなら良いんじゃないかしら。若いうちの苦労は買えって言葉があるくらいだし。私はごめんだけど」

「……なんか今日の明日香、反応冷たいな」

「え、いつも通りだと思うよ?」

「ブフの使いすぎで心が凍った説」

「 は ? 」

 

 そのネタは擦ると良くないって、それこそゴールデンウィーク前後に学習したはずなんだけれどな。

 ……いや、洸も当時を思い出し、何か懐かしい気持ちになって言ったのかもしれない。あの頃とはみんな色々変わったし。

 変わってないものもあったみたいだけれど。

 

「……話を変えるが、今回の物理範囲、難しくねえか?」

「強引すぎでは?」

「いや、真面目に。今やってる問題なんだがな」

 

 どうやら本当に行き詰まったようで、彼が持っている問題集を覗き込む。

 書かれていたのは、水中に沈む物体の絵。

 水圧や浮力に関する問題らしい。

 

「中学でやった内容の発展形なのは分かるけど、式とかが入って余計に難易度があがった気がする」

「あー確かに。なんか前提条件とか多いよね」

「ちなみにその前提条件は、将来的にその前提条件ではないものを学ぶって伏線だったりするらしいわね」

「考えたくないな。……で、なんか浮力に関してイメージしやすいものってあるか?」

「氷じゃない?」

「氷?」

「ええ。まあ他にも挙げられる例はいろいろあるだろうけれど……ちなみに岸波君、なんで氷が水に浮くかは分かる?」

 

 水の上に氷が浮く理由か。

 それは、水よりも氷の方が……

 

──Select──

  冷たいから。

 >大きいから。

  軽いから。

──────

 

 

「その通りよ。水は凍ることで体積を上げ、密度を下げるわ。浮力の公式……アルキメデスの原理にもあるように、浮かべる物体の体積が上がれば、浮力は大きくなるでしょう?」

「へえ。なんで水って凍らせると大きくなるんだ?」

「簡単に説明すると、水の分子結合の形が歪……とまではないけれど、少し曲がっているらしい。凍らせることでそこが隙間になるんだとか」

「へえ、良く知ってるな。ハクノもアスカも」

「いや、なんでH2Oって斜めにOとH2つを繋いで書くんだろうなって思って、調べたんだ」

「あ! そういえば学校で習ったとき、逆Vの字とかで書いてたかも! CO2とかは横一列に書いてたのに」

「確かに。そういう理由があったのか」

 

 実際のところ、本当にそれが由来であの形の表記を習うのかは知らない。けれど、一番妥当な理由として教わったのが、それだったのだ。

 疑問に思ったあの時、ちょうど近くに居たのが化学のマトウ先生で良かった。

 

「そういえば、大気中に浮かぶものに関しても浮力は存在するけれど、根本的には同じものだと考えないほうが良いみたいね」

 

 思い出したかのように、明日香が口を開いた。

 どうして急に、と思ったけれど、そういえば話のきっかけは、浮力をイメージしやすいものは何か、という洸の質問だったか。

 

「私たちの体が浮かないのもそうだけれど、空気の密度が低すぎるというのが影響するみたいね。あとは、単純に空に浮いているもので、飛行機とかを連想すると思うけれど、速度を持つものや横軸の動きがあるものは、基本的に浮力問題には関係してこないわ」

「へえ」

 

 飛行機は浮力よりも揚力だろうし、今話題に挙げるべきではないな。確かベルヌーイの定理とか、色々あった気はするけれども、それを説明するには明らかに時間がかかるし、何より今はテスト勉強中だ。横道に逸れ過ぎるのも良くない。

 まあ何にせよ、洸の質問にはこれで回答したことになるだろう。あとは彼次第だ。

 

「璃音は疑問とかないか?」

「普通に分からないのが多い、カモ。キミは何の教科が得意とかあるの?」

「特には。強いて言えば、物理や歴史かな」

「そうなの? 文理選択で迷いそう」

「得意不得意で決めるわけじゃないから、そこで迷いはしない」

「そっか」

 

 まあ、将来の目標とかの面ではまだ迷ってはいるけれど。

 みんなは、そこらへんどうなんだろう。

 

 

 その後も集中して取り組むことができた。

 

 

──夜──

 

 

「それで、話って何かしら」

 

 どうしても話したいことがあり、一度解散した後、再度明日香にだけ時間をもらえないかとお願いした。

 聞くべきことの準備はすでに整っていて、かつ今の自分は“怖いものなし”。

 臆すことなく、踏み込むことができる。

 

「この前の話の続きがしたいと思って」

「この前って……ああ、話すことは、特にないのだけれど」

 

 ずっと頭に残っていた、彼女の戦う理由。復讐という、背負ったもの。

 それに、ソウルデヴァイスの謎。

 自分が調べていることが明日香に伝わらないように、美月の伝手(ゾディアック)のみを使いながらの調査なので、若干時間が掛かってしまったけれど。

 

「両親の敵を取るって言ってたよな。それで、その為の剣を鈍らせるのが嫌だと」

「……ええ」

「少し、その話で疑問に思うことがあってな。質問に答えてもらえないか?」

「……答えるかどうかはわからないけれど、どうぞ」

 

 それは、そうだ。

 彼女にとっては、話したくない話題だろう。だから今まで、自分たちに出さなかった。

 それでも、仲間として知っておくべきことがある。

 ……どうやって聞こうか。

 

 

──Select──

 >直球で。

  間接的に。

  まずはほかの話から。

──────

 

 

 回りくどいのは止そう。

 彼女とは比べ物にならないけれど、お互い色々と忙しい身だ。

 

「実際、仲間の存在は、明日香にとって重荷だったか?」

「それはそうだけど?」

 

 ……思いのほか、直球で断言された。

 

「岸波君も時坂君も、ほいほい首を突っ込むし。ペットを拾うかのように仲間を増やしていく。守るこちらの身にもなって欲しかったわ」

「……いや、ほんと、苦労をかけた……」

「特に高幡先輩の件は、冗談抜きで袂を分かつか悩んだわ」

 

 確かに、本当に怒っていたしな。

 全然しゃべらないし、最後の最後まで険悪な雰囲気が抜けなかった。

 あの時は自分たちも視野が狭くなっていたし、それこそ、璃音たちが居なければもっと纏まらなかったかもしれない。

 正直なところ、あの後で美月と明日香の所属の話もあり、組織関係とか色々考えた際、結局何かが起こったら監督者の明日香が責任を取ることになっていたらしく、本当に申し訳ないことをしたと思う。

 ……まあ、しかし、とはいえ、知っていたとしても取る手段は変えられなかったかもしれないけれど。

 結果論にはなるけれど、ああして志緒さんを連れて行ったからこそ、事態は好転しているし。

 

「けどまあ、今となっては、悪くないとは思っているわ」

「……そうか」

「そう。……前の私だったら、悪くないと思うことを、一番恐れたのでしょうね」

 

 そう言って、彼女は目を伏せた。

 少しの間、沈黙が続く。

 

 彼女の中で、明確に何かが変わったのだろう。それを引き起こしたのはおそらく璃音で、洸で、自分たちだ。

 

「最初は復讐の為だけだった。私は異国の地で1人、目の前のシャドウのみを倒し続けていたの。と言ってもステイツではそもそもそんなに大事件に遭遇することもなかったけれどね。そんな生活が2年続いたころだったわ。今の組織の人たちに出会ったのは」

「例の、シャドウワーカーだったか?」

「ええ。出会ったのは本当に偶然。私が長期休暇でステイツからこっちへ戻ってきた時に、当時学生で活動中だった先輩たちに出会ったの。そして、私は見せつけられたわ」

「何を?」

「仲間と共に困難に……恐怖に立ち向かう姿を」

 

 サクラ迷宮攻略時、彼女は自身のことを根性論者だと称した。

 先輩たちの姿を見て、そうなったのだとも。

 何かを思い出すかのように斜め上を向き、それでいて眩しいものを見るかのように細目になった彼女。

 きっと、よほど輝いた背中を見せつけられてきたのだろう。想像することは難しいが、彼女の大きな憧れなのかもしれない。

 

「正直なところ、ハクノがワイルド能力者だと知ったとき、一瞬だけ、あの日見た先輩たちと同じようなことができるのかも、って思ったわ。そしてそれを、すぐに否定した」

「どうして否定したんだ?」

「私のくだらない憧れのために、誰かを危険に晒せと? そんなことを企てる人間は、仲間なんて作らずに1人で戦って孤独に死ぬべきよ」

 

 ……もしかしたら、その時明日香がそう考えたことが、彼女が頑なに仲間との距離を詰めなかった理由の1つなのかもしれない。

 そこにあの日の璃音が、もっと自分たちに気持ちを押し付けろ、望みを好きにぶつけてこい、と訴えかけたことで、殻が破られた。とか。

 

「だから私は、まず復讐を完遂することを再度念頭に置きなおして、目的の遂行のために、貴方に経験を積ませようと思った」

「……? え、なぜ自分に?」

「良くも悪くも、貴方の周囲に大きな事件が起こるわ。それが、タイプ・ワイルドの宿命のようなもの。つまりその隣に居られれば、よりシャドウを効率的に殲滅できる機会が訪れ、かつ鍛えておけば目を離しても死ぬようなことは考えづらいから」

 

 ああ、それで。

 他者を巻き込むことに否定的だった明日香が、どうして自分と璃音の時は強く言ってこなかったのか、その答えが明かされた。

 死なない囮、ということだろう。

 

「まあ結局、何も思う通りにいかなかったわけだけれど。今の私は……見ての通りだし、皆だってしっかり、大切な仲間だと思えているわ」

「色々と、いい方向に転がってくれたんだな」

「ええ、本当に。皆には正直頭が上がらない気持ちもあるの。あそこまで冷徹だった私の手を、諦めずに取ってくれたのだから。……特にその、同学年の3人にね」

「いや、感謝をするべきはこちらだ。どんな思惑があれど、自分たちは明日香のお陰で強くなれて、仲良くなれた。見守ってくれて、見放さないでくれて、ありがとう」

「「……」」

 

 ……なんか、変な空気になってしまった。

 話題を変えなければ。

 

「……と、そろそろ帰らないと」

 

 口を開こうとした所で、明日香から時間切れを知らされる。

 まだ、話していないことがあったんだけれどな。

 仕方ない。また次の機会だ。

 

「また話そう」

「……もう勘弁してほしいのだけれど」

「まあまあ」

「……はあ。1度話したことは2度話さないから、そのつもりでお願いするわ。あと、今日私が言ったことは他言無用で」

「え!?」

「え!? じゃないわよ。まあ女子会でなんとなくは言ったから、リオンたちは知っているけれど、それとこれとは話が別。いい? いつかコウたちには機会があれば自分で言うから、それまで伝えないこと」

 

 話す意思はあるらしい。

 機会があればと言っているところは、少し怪しいけれども。

 そういうことなら、良いか。

 

「……わかった」

 

 別に言いふらしたい訳でもない。

 打ち明けてくれたことを、素直に喜ぼう。

 縁も深まった気がする。

 

「それじゃあ、また」

「ああ。また明日」

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが7に上がった。


────
 

 知識  +2。


────


 次回は7日更新予定とさせていただきく存じます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月24日──【杜宮高校】テスト明け。晴れ時々

 

 閲覧ありがとうございます。
 毎回遅くなってしまい本当に申し訳ございません。
 
 インターバル6最終話です。




 

 

 中間試験最終日。

 部活動の活動停止期間も終わり、各々部活動やクラスの文化祭準備に取り掛かり始めた。あっちへ行ったりこっちへ来たりと、廊下を歩いていてもいつもより校内が忙しなく感じる。禁止期間は静かだったし、その落差もあるのかもしれないけれども。

 そしてそれは他人事ではなかった。自分もせっせと働かなければいけない。

 差しあたって本日の自分に振られた仕事は、小道具の買い出しである。

 校門前へと歩いていくと、同行者たちの姿があった。自分が一番遅かったらしい。

 

「すまない。待たせた」

「いいや、十分早いだろ」

「ええ。早速行きましょうか」

 

 いろいろなものを揃えるにあたり、一番頼りになるであろう友人──洸と、割り振られた仕事を早々に終えそうだった美月を連れ、外に出る。

 外出の用事は買い出しだったので、洸を頼るだけでも良かった。しかし、それなら本来の課外活動である小規模異界の調査も並行して終わらせてしまおうと、助っ人として美月を呼んだ形だ。

 美月にはもちろん生徒会長としての仕事があるはずなので、誘って申し訳なかったけれども、当の本人は「今週中の生徒会業務は終えていて、後はわたしが居なくても大丈夫なものばかりなので」と軽々しく了承してくれた。なんでも、いつX.R.Cの活動が舞い込んできても良いように、仕事をある程度前倒しているのだとか。

 ……まあでも、頼りすぎないようにしよう。

 

「お2人は試験どうでした?」

「オレはまあ、ぼちぼちっス。ハクノは?」

「言ってはなんだけれど、完璧だったと思う」

「大きく出たな」

「手ごたえは十分だった」

「そうですか。……ふふ、杜宮に来た当初を思うと、成長しましたね、岸波くん」

 

 成長か。

 そうして認めてもらえるのは、嬉しいことだ。

 

「そういえば、美月先輩はこっちに来る前のハクノを知ってるんスよね」

「ええ。とはいっても、話したのはこっちに来てからですけれど」

「そうなのかハクノ?」

「ああ。そもそも自分は向こうを出るまで、ほとんど誰とも話していないからな。強いて言うなら、勉強を教えてくれた人くらいだ」

「……そういや、ハクノがここに来るまでどんな生活をしていたのかとか、よく知らねえんだよな」

「「…………」」

「……あー……なんだ、聞いちゃまずかったか?」

「ああいや、別にそんなことはない」

 

 正直、言うことがないくらいで。

 こちらに来てからの日々が眩しく、楽しいものばかりだったので、色の薄い昔を思い出そうとしても時間が掛かってしまう。

 ……こうして、古い記憶は整理され、薄れていくのか。少し寂しい気分になった。

 目を覚ましてまだ数年。記憶の累積は、同年代のみんなが過ごしてきたものより遥かに少ない。そんな自分でもそうなのだ。みんながどうなのかは、想像もできない。

 ……いつかはこの日々のことも、みんな忘れてしまうのだろうか。

 

「向こうにいた頃は、基本的にベッドで勉強かリハビリかだった」

「あー……まあそうか。10年近く寝てたんだもんな」

「岸波くんが日常生活の能力を取り戻すまでリハビリを行い、空いた時間で基礎知識や日常常識、時事問題などを詰め込んでもらいました」

「……それって、空いた時間は?」

「空いた時間は……勉強していたと記録にありましたね」

「ハクノ、お前……」

「いや、違う。そうじゃない」

 

 何か勘違いされていそうなので、洸の発言を遮る。

 

「単純に、その当時は本を読むくらいしかなかったし、ついでに歴史の勉強をしていたくらいで」

「何も違わないが」

「誤解のないように言っておくと、北都グループは一切強制していません。ゲームなどの娯楽用品も用意しましたが、あくまで岸波くんが歴史書を選んだというだけで」

「まあハクノだしな。てか思いのほか手厚いんスね、北都グループって」

「……まあ、前にも言いましたが正直なところ、岸波くんは私たち北都グループのなかでは“特別”なので」

 

 まあ白野だしってなんだ。別にいいけれども。

 それにしても、“特別”か。

 容疑者であり、保護対象でもある。1番相応しい名前といえば、重要参考人かもしれない。

 小旅行での話を聞いた後だと、組織の中でも自分に向けられていた思惑が様々だったことが分かった。

 恐らく北都が用意してくれていた教師やリハビリの担当者の決定などでも、当時は水面下で色々あったのかもしれない。

 ……きっと、裏から手を回して、色々といい方向に持っていってくれたのは、美月であり、そのお爺さんである征十郎さんなのだろう。

 なんでそこまで色々してくれているのかは、まだ分からないけれども。

 

 そんな会話をしつつも、買い物を進めていく。

 洸がいるお陰で、買い物の行先には困らない。加えて美月がいるお陰で買い物の段取りが上手くいっている。

 効率的に回れたお陰で、予定よりもだいぶ早く終えることができた。

 

 

「ああ、そうでした。岸波くん、時坂くん」

「ん?」

「はい?」

 

 帰り道、雑談をしながら歩いていると、急に美月が自分たちを呼び止めてきた。

 何だろうかと振り返る。

 

「文化祭は成功しそうですか?」

「まだ流石に分からないっス」

「成功させたくはあるけれどな」

 

 洸の言った通り、まだぜんぜん分からない。まだ準備を始めたばかりなのだ。

 まあでも、出た案がすべて上手くいくのであれば、それは成功と呼べるだろう。

 だから自分たちは、そこに向けて努力するだけだ。

 

「どうして急にそんなこと聞くんスか?」

「いいえ。ただ……」

「「ただ?」」

「ただ、私にとっても高幡くんにとっても、これが皆さんと一緒に行う最初で最後の学年行事になりますから。少し、柄にもなく心が踊っている、と言いますか」

 

 ……そうか。3年生にとっては、残り少ない行事か。

 次回の学園祭を終えれば、残るは卒業式のみ。

 自分たちは2月に修学旅行が、1年生たちは課外活動があるけれども、もう3年生にはない。そもそも3学期は自由登校なのだから、行事も何もない。

 そう考えると、絶対に成功させなければいけない気がしてきた。今までだって気を抜いていた訳ではないけれども、一層気が引き締まったと言うべきか。

 今出ている案も、少し揉みなおしても良いだろう。

 

「楽しい思い出にしてみせる」

「ああ。先輩たちが一生思い出せるような、そんな文化祭にするって約束するっス」

 

 美月や志緒さんだけではなく、3年生全員が良かったと思えるような文化祭を作り上げることが、後輩たちの務めだ。

 その中でも、1年生はまだ初めての文化祭。自分たち2年生や3年生の姿を見て、来年に活かしてもらうよう経験を積んでもらうことを考えると、やはり文化祭をより良いものにするのは、自分たち真ん中の学年の仕事だろう。

 

 まだ本番まで1週間ほど。挑戦するにはやや不足した残り時間のように感じるけれども、それでも意見を出し合うには十分な時間だ。

 さらにできることを話し合って、詰めていこう。

 

 

 

 

 学校の校門が見えてくる。

 そこそこ時間が掛かってしまった。まだ完全下校時間までの間で、できそうな作業があればいいけれども。

 

「そういえば、岸波君」

 

 少し小声で、自分に声を掛けてきた美月。

 内緒の話か、と少し歩くスピードを遅くし、洸との距離を話す。

 

「どうした?」

「1つ相談というか、お願いがありまして」

「珍しいな。分かった、何すれば良いんだ?」

「……あまり軽々しく了承しない方が良いですよ?」

 

 咎めるような視線を何故か向けてくる美月。

 そんな目で見られる筋合いはないはずなのだけれども。

 

「美月がわざわざ前もって、お願いするくらい大切なことなんだろう?」

「聊か信頼が重すぎる気もしますが……それでは、同じように頼めばどんな無理なお願いでも聞いてくれるんですか?」

「自分にできる範囲に収まってくれるなら、勿論」

「では、どんなお願いをするかだけ考えておきますね」

 

 まあ、二言はない。他ならぬ美月の頼みだ。

 自分にできることであれば、聞かない理由もない。

 頼ってくれるのであれば、全力で応える。

  

「それで、頼みって?」

「……その、会ってほしい人がいるんです」

「いつ? 誰かは聞いていいのか?」

「ええ。もちろん」

 

 若干申し訳なさそうな顔をしたまま、彼女は続ける。

 

「日にちは明日。都合の良い時間に合わせてくれるとのことです」

「テストも終わったし、明日なら別に空いているけれども……急だな。それで? 誰と会えば良いんだ?」

 

 自分の問いかけに少し間をおいてから、彼女は口を開いた。

 

「御厨(みくりや) 智明(ともあき)。わたしの、婚約者です」

 

 

 




 

 ちょっとそのうち、閑話を1話の前に挟むかもしれません。
 近いうち、とはおそらくいきませんが。

 次回から第7話です。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 その光を、ずっと忘れない(S P i K A)
10月25日──【車内】会食


 

 閲覧ありがとうございます。
 第7話、開始します。


 

 北都グループ。

 日本でも有数の大企業。昔は分からなかったその大きさも、今では嫌というほどによく分かる。

 右を向いても左を向いても、多くの人が使っている携帯端末“サイフォン”を作り上げた会社。何か新作が出れば大々的に特集を受け、店頭には大きく告知が出るほど。

 当然テレビなどではCMが流れているし、駅前を歩いていても、どこかしらからの宣伝で、“北都のサイフォン”というフレーズはよく耳に入ってくるほどだ。

 

 そんな、日本を代表する企業の、現総帥の孫娘。北都 美月。

 色々なしがらみなどを抱えた友人だとは思っていたけれど、どうやら自分の想像以上だったらしい。

 

「それにしても許嫁、か」

「正しくは、縁談相手ですけれど。とはいえ家同士の話し合いの結果組まれている以上、問題が起きない限りは正式に結ばれることでしょう」

 

 雪村 京香さんが運転する車の中、美月と話をする。

 許嫁。結婚を約束した相手。

 昨今ではあまり耳なじみがないというか、物語の中のものだけかと思っていたけれど、まさかこんな身近に例があるとは思わなかった。

 

「昔から決まっていたのか?」

「決まっていたというか、話自体はかなり以前からありました。父と母が亡くなって、暫く経った頃ですかね」

「ということは、10年近く前ってこと?」

「ええ。……両親を亡くした私が、若輩ながらも“北都”として動くには、そういった“縁”も必要だった、という話です」

 

 お家騒動。

 今まで踏み込んでこなかった、というか、立ち入らせてもらえなかった領域の話だ。

 どうしてか、今日はそれをすらすらと打ち明けてくれる。

 

「……不思議ですか?」

「え?」

「私が急に、内情を明かすのが」

 

 ……顔に出ていたのだろうか。

 眉をハの字にした美月が、こちらの反応を伺っていた。

 

「何と言うか、美月はあまり自分を巻き込もうとしていないような気がしていたから」

「そうですね。その通りです。……ただでさえ、なにも知らない岸波君を異界の問題に巻き込んでいるのに、それ以上、グループの事情へ巻き込まれてほしくなかったというのもありますし、何よりも、道を、将来の選択肢を狭めてほしくなかったので」

 

 この前、小旅行の時にされた謝罪を思い出す。

 異界の関係で自分を巻き込んだことを、彼女はひどく悔いていた。

 彼女が気にすることなど殆どないはずなのに。

 いま語ってくれた想いも、きっと彼女にとっては、譲れないものだったのだろう。

 

「……ありがとう」

 

 複雑な状況で、複雑な想いを抱えながらも、自分の将来を、気にかけてくれて。

 本当に、感謝しかない。

 

「最初の予定では、高校卒業くらいまでは明かさないつもりでした」

「つもりだった? ということは、考えが変わったのか?」

「ええ。岸波君が将来、私を支えることを選んだ場合、どのような環境に置かれるかを、知っておいてもらった方が良いかと思いまして」

 

 それは、正式に北都グループの一員となった場合、ということか。

 一応自分の今の立場は、美月の秘書見習いということになっている。

 そのまま行けば正式に彼女の秘書として働くことになるし、道を違えることになった場合でも、役職自体は残る、らしい。幽霊社員、みたいな。

 

「なので、今回の話は渡りに船かと」

「今回って、つまり、縁談相手との会食が?」

「ええ。先方も一度、岸波君と会って話をしてみたいとのことですので。彼としては、婚約者の部下との対面と考えているのでしょうが」

「なるほど」

 

 美月は、自分に北都グループ──彼女の所属する会社の裏の顔を少しでも感じ取ってほしい。

 美月のお相手は、将来つながりが生まれるであろう相手の顔や素性を知っておきたい。

 両者の望みが合致した結果が、今この状況ということか。

 

「けれども、制服で良かったのか? 自分も美月も」

「学生の正装は制服ですので、何も恥じ入ることはないかと」

「そういうものか」

「ええ。それに今回は正式に招待を受けていることですし、畏まった場、というわけでもありません。自然体で過ごしていただいて大丈夫です」

「……そういうものか」

 

 許可がないと一緒のテーブルについてはいけない、とか、そういう使用人の作法的なものが必要かと思っていたけれど、どうやら不要らしい。

 しかし、考えてみるとそれはそうかも。一緒に食事がしたいと呼んでおいて、同じテーブルには付かせない、ということもないだろう。多分。

 

「相手の方は、どんな人なんだ?」

「それは……」

 

 と彼女が口を開く前に、車が減速し、建物の駐車場へと入っていった。

 

「どうやら着いたみたいですね。どのような人柄なのかは、岸波君が会ってみてからご自分で判断してください」

 

 車が駐車位置で停止し、エンジン音が止まる。

 先に雪村さんが降り、美月の座席の扉を開けた。

 逆側に座る自分もドアを開け、彼女が降りるのとほぼ同時に出る。

 

「すみません。私は少し外しますので、キョウカさんと岸波君は入り口で待っていてもらえますか?」

「畏まりました」

「分かった」

 

 入り口とは別の方向に歩いていく彼女の背を見送り、雪村さんの隣に立つ。

 

「それでは行きましょうか。岸波さん」

「はい」

 

 自分はこの建物の構造に詳しくないので、彼女の後を付いていく。

 確か、入り口で待っていろと美月は言っていた。

 許婚の人とはどこで待ち合わせているのだろう。

 

「その、相手方の……」

「御厨様ですか?」

「御厨様とは、どこで待ち合わせているんですか?」

「恐らく席でお待ちいただいていることかと」

 

 なるほど。

 だから入り口で待っていてと言われたのか。

 

「そういえば岸波様は、普段どのように移動をされているのですか?」

「移動って?」

「通学時は徒歩だったと記憶しております。普段町を歩く際は自転車などで?」

「ああ、基本徒歩ですね。場所によってはバスも──」

 

 軽い雑談を交えながら、雪村さんと2人、指示された場所へと向かう。

 入り口に着いた後も、彼女が来るまでの時間を潰すように話を続けた。

 雪村さん自身は結構寡黙な人、というか、仕事熱心な感じで私語を話さないイメージだけれども、どうしてか、今日は饒舌だ。よく話題を振ってくれる。

 

 ……なれない場所に来た自分に気を使ってくれているのかもしれない。

 

 その心遣いは、とても助かる。

 自然体で良いと言われたからか、逆に体に力が入るのを感じていたから。

 こうして普段友人たちと話しているような感覚にしてもらえると、自分を取り戻せるような気になってくる。

 

 そういえば、こうして2人きりで話すのは初めてではなかったか。

 いつぶりだろう。

 

「それにしても……ふふっ」

「? どうしました、雪村さん」

「いいえ。……仲良くしてくださっているのですね。お嬢様と」

「ああ、はい。お陰様で」

 

 そういえば、杜宮に来て最初に話をしたのは、雪村さんだったな。

 ああいや、タクシーの運転手が最初か。その次が雪村さん。

 確かあの時、お願いをされたのだ。

 美月と対等に接してほしい。友人になって欲しい。と。

 まあ紆余曲折あってけれども、今は掛け替えのない友人であり、仲間だ。彼女もきっとそう思ってくれている、はず。

 

「正直なところ、私が望んだ以上の仲を築いてくださったようで」

「そうですか?」

「先ほどお嬢様も仰っていましたが、本来、岸波様をこのような場にお招きするのはもっと後になってからの予定でした」

「ああ、そう言ってましたね」

「それを待っていられないほど、岸波様の存在が、お嬢様の中で大きくなった、ということですので」

 

 ……それは、つまり。

 

 と考えようとしたところで、曲がり角から美月が歩いてくるのが見えた。

 

「今の話をしたこと、お嬢様にはご内密に願います」

 

 ぼそりと小声で、自分にだけ届くような声で話す雪村さん。

 自分も、今は考えないようにしておこう。

 

「すみません。お待たせいたしました」

「いいえ。思いのほか話も弾み、そこまで時間の経過を感じておりませんので」

「ああ。別に気にしなくていい」

「ありがとうございます。……では、行きましょうか」

 

 

 先導者は美月に変わり、その後ろを自分、雪村さんと続く。

 美月は入り口横にいた店員に、席を予約している婚約者の名前を告げ、席まで案内してもらう。

 たどり着いたのは、少し奥に入った所にある個室だった。

 店員さんが中に声を掛け、お待ちのお客様が到着されましたと告げる。

 室内からは、通してくれと返事があった。

 扉が、開く。

 

「フフ、やあ、待っていたよ」

 

 美月の後を追って入ると、そこに居たのは、スーツを着た男性だった。

 座っているけれど、肩幅がやや広い。若干筋肉質かな。

 年齢は20代後半から30代前半といったところか。

 美月と随分年齢が離れていそうだ。

 

「ミツキ君は数日ぶりだね。、そしてキミが……ボクの麗しの婚約者(フィアンセ)に仕える秘書(アシスタント)の岸波 ハクノ君か」

 

 片仮名交じりの言い回しをするこの人が、美月の婚約者か。

 やや気取った感じはあるけれども、決して見下している訳ではなさそうだ。

 と、挨拶を忘れていた。

 

「初めまして。岸波 白野です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「礼は不要さ。ボクは御厨(ミクリヤ) 智明(トモアキ)。見知り置き願うよ」

 

 さらっと前髪を掻き上げて、挨拶を返してくれた御厨さん。いや、様か。

 自己紹介はほどほどにしよう、と話を切り上げた彼は、腕を広げてウインクをする。

 

「さあ、席につき給え。ボクとミツキ君の良縁に、そして今日の良き出会いに、祝杯をあげようじゃないか」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月26日──【部室】志緒さんと後輩

 

 閲覧ありがとうございます。


 皇帝コミュ 前回までのあらすじ

 抱えていた問題は、洸の尽力もあって解決したらしい。目の前の問題に追われることがなくなったので、少し未来の話をしてみたものの、彼にはまだそのビジョンが見えていないようだ。


 


 

 

「それで?」

「ん?」

「どうだったんだ、昨日の顔合わせってやつ」

「……ああ」

 

 部室で文化祭の準備をしていると、洸に聞かれた。

 昨日は会食の準備等のため、美月と一緒に部活を早抜けしている。その関係で、洸には多少事情を話していた。

 まあ、気になるのも分かる。

 けれども、何と言えば良いものか。

 

「何と言うか、想像より、あっさりしていたというか」

「あっさり?」

「ああ」

 

 実際、話したことの大半が世間話だった。

 行く前は、北都グループについてだとか、異界関連の話だとか、将来のことについてだとか、色々なことを話すものだと、若干身構えていたけれども。

 

「何と言うか…………そう、親戚の大人と子どもが話している、みたいな感じ」

「?」

「……洸は親戚の大人と仲が良かったな」

「べ、別にトワ姉のことは関係ないだろ」

 

 いや、今のは自分の例えが悪かった。

 絞りだしたとはいえ、やはりよく知りもしない家族関係などで例えるものじゃない。

 

「つまり、そこまで仲良くない大人と子どもが、無理やり話している感じってことか?」

「……いや、そういう意味でもないけれども。無理やりとかそんな強制的なこともなく」

「──中身のない会話ってことじゃないの?」

 

 突如、聞き覚えのある声が会話に割って入った。

 後ろでパソコンを操作していた、祐騎の声だ。

 

「踏み込むほどでもなく、離れるほどでもない、付かず離れずの当たり障りのない会話。取りあえず悪い印象は抱かれないようにする程度の、上っ面だけのお話合いってことでしょ」

「あ、ああ……言われてみれば確かに、そんな感じだ。よく分かったな」

「まあ、父さんと僕もそんな感じだしね」

 

 それきり、黙る祐騎。会話に助け舟を出そうとしただけらしい。

 まあ、会話の流れも知らないだろうしな。

 

「ユウキの家って、今そんな感じなのか」

「やっぱり、本人から聞くのと第三者から聞くのは、違うな」

「……なにその周りから聞くって」

「いや、葵さんは話し合いのたびに嬉々として、仲良く話してたって報告が来るから」

「人の姉から家庭状況を仕入れないでくれる?」

 

 仕入れているというか、勝手に報告が来るんだよな。毎回。

 経過は気になっていたし、嬉しいけれども。

 

 まあそれは置いておくとして、だいたい祐騎が言ったことで合っている。

 何と言うか、本質を避けようとしたというか、本音が出てこなかった、というのが、昨日のすべてだ。

 結局、何がしたかったのか、ついぞ分からなかった。

 

「まあでも、悪い人ではなさそうで、安心した」

 

 話し方は、まあ若干気取っている感じはあったけれど、悪人ではない、と思う。少なくとも、自分に含みのある感情を向けてはこなかった。

 

「ハクノは……いや、なんでもねえ」

「?」

「良いから、作業に集中しようぜ。これで遅れたらユウキに何を告げ口されるか分からねえ」

 

 ちぇーっと、詰まらなさそうな声が聞こえたのは、気のせいということにしておこう。

 

 それにしても、洸は何を言おうとしたのだろうか。何にせよ、あまり膨らませて良い話題でもないのは確か。追及するべきではないだろう。

 この場で事情をしっているのは洸だけ。祐騎もいるので、御厨さんの素性についてはおいそれと語れない。そんな中で、深く話し込むわけにもいかなかった。

 …まあでも、美月自身、別に隠していることでもないのかもしれない。自分から言わずとも、聞かれたら答えていたのだろうか。

 自分たちが、踏み込もうとしなかっただけで。

 付き合いの長さだけで語るのであれば部内で一番長いのだけれど、その実彼女について知っていることは少ない。

 あまり彼女自身が語りたがらないのも、確かに1つの要因だろう。けれどもそれがすべてではない。それを理由にするのはただの言い訳だ。

 周囲から距離を取る彼女を見て、それ以上は踏み込むべきではないと、自分が躊躇っていたからだろう。

 ……文化祭期間は忙しく、放課後時間を取る暇はない。

 だから、それが終わってから、またゆっくり、彼女を知る努力を始めよう。

 改めて、友人として。

 

 

──夜──

 

 

────>【蓬莱町】。

 

 

 日が沈み、夕飯時も若干過ぎた頃。

 なんとなく外を歩きたい気分になり、歩き始めて数十分。昼間よりも若干活気のある町へと足を伸ばした。

 久しぶりに、ゲームセンターにでも行こうか。BLAZEの人たちにも挨拶したいし、と思っていた所、その直前で、妙な人影を見かける。

 

「あの、何をしてるんだ?」

「うぉ!?」

 

 後ろから声を掛けたことで、驚かせてしまったのかもしれない。

 飛び跳ねるように自分から距離を取った彼は、こちらの姿を視認して、はぁ~と息を吐いた。

 

「んだテメエ、いきなり声掛けんじゃねえ!」

「いや、すまない。見たことのある顔だったから」

「あぁ!? ……いや、オレはお前のこと知らねえんだが……まさか、ナンパか!? ソッチの気はねえぞ!!」

 

 なにやら、思いっきり警戒されてしまったらしい。

 まあ、知らないのも無理はない。見た目からして校内でも目立つ彼と、地味……いや、特徴のない……いや、普通よりな自分とでは、知名度にも差がある。

 

「2年の岸波だ。君は、1年生の子だよな」

「……なんだセンパイかよ。そうだぜ、1年のハルヒコだ」

 

 派手な髪色をした彼──は、何度か1階で見たことがあった。洸とも何度か話していた気がする。

 先輩に対しても物怖じしない態度で接していることが印象的な人物だった。

 

「で、そのセンパイが何の用だ?」

「いや、単純になにをしてるのかなって。そんな物陰で」

「……ケッ、野次馬かよ」

 

 野次馬という言葉の使い方が正しいかどうかは分からないけれども、興味本位で近づいたのは確か。

 というのも、不思議だったのだ。コソコソと隠れているのかと思えば大きく身を乗り出して何かを見ているし。尾行や逃走だったらそうはならないだろうというくらいの身体のはみ出し方だった。

 

「たくっ、仕方ねえから教えてやるよ。良いか見てみろ、向こうにいる人をな──!」

「……誰も居ないが」

「そうだろうそうだろ──あ?」

 

 弾かれたように振り向く彼だが、目当ての人物は彼にも見つけられなかったらしい。

 い、いねえ!! と悲鳴のように叫んだ。

 

「そんな……せっかく会えたのに!」

「誰が居たんだ?」

「くそ……聞いて驚け! アンタは知らないかもしれねえが、あそこに居たのは、かの名高いBLAZEって──」

「──BLAZE(オレら)がどうしたって?」

 

 横から遮るような声がした。

 見ると、黒のパーカーに焔の柄と、見覚えのある服装でビルの陰から歩いてくる恰幅の良い男性の姿が見える。

 

「ぶ、BLAZE!?」

「さっきからコソコソしてたのはテメエだな。いったい何の用だ」

「い、いや、オレは……!」

 

 さきほどまでの自分に対する勢いは消え失せていた。若干発言が尻すぼみしているような。

 ……はたから見ていると詰め寄られているように見えないこともないな。

 人目がないわけでもないし、騒ぎにならないとも限らない。

 一旦間に入ろう。

 

「こんにちは」

「あ? ……ってオマエか。久しぶりだな」

「どうも」

「へ?」

 

 後輩は気の抜けたような声を出して、自分とBLAZEの男性を交互に見ている。

 ……そういえば結局、ハルヒコは何をしているのだろうか。

 さきほどの話からするに、BLAZEの人に会いたかったようだったけれども、目の前に立つ青年の反応を見るに、顔見知りではないみたいだし。

 

「コイツ、オマエのツレか?」

「……まあ、そんなところ? 一応後輩だ」

「はっきりしねえな。で、オマエは何の用だよ」

「ここに来る理由なんて1つしかない」

「……ハッ。良いじゃねえか。ちょうど退屈してたんだ」

 

 目の前のゲームセンターを視界に入れ、彼との間に火花を散らす。

 そろそろ勝ちたいところだ。

 

「お、おい……そんな口の利き方……!」

 

 裾を引っ張り、小声でこちらを諫めてくる後輩。

 いや、そこまで怯えなくても。

 

「ん? お前ら……」

 

 どう落ち着かせようかと悩んでいると、またしても割り込んでくる声が聞こえてきた。

 振り返ると、いつもの仕事着を身にまとった志緒さんの姿が。

 

「あ」

「お疲れサマです! シオさん!!」

「た、たたたっ、高幡センパイ!?」

「おう。お前は……たしか、この前の1年か。巻き込んですまなかった」

「い、いえそんな!! むしろ助けてもらって……」

 

 ……どうやら、志緒さんとハルヒコの間には繋がりがあるらしかった。

 巻き込むとか助けるとか、只事ではなさそうだけれど……まあ、当人たちの様子を見るに、もう終わったことなのかもしれない。

 

「それで、珍しい面子で何をしてるんだ?」

「お、オレはその……ただ通りかかったところで……」

 

 嘘だ。それならあそこまでコソコソはしないだろう。

 

「オレはこの地味男を揉んでやるところっす!」

 

 志緒さんが来てから一層テンションの上がったBLAZEの男性は、拳を鳴らしながらそう言った。

 自分はどう返答しようか。

 

 

──Select──

 >挑発を買う。

  素直に答える。

  冗談を挟む。

──────

 

 

「今日こそその呼び方を撤回してもらうために勝ちに来た」

「…………ま、楽しそうなら別にいいか」

 

 何か含みを持たせた言い方をする志緒さん。

 ……まあでも、悪い感情で言っている訳ではなさそうだし、突っ込まなくても良いか。

 

「シオさんも一緒にやらねえっすか!?」

「悪いが、仕事中でな。あまり遅くまでハメを外すんじゃねえぞ」

「言われなくてもちゃんと帰しますって。な?」

「ああ。心配はいらない」

「……岸波はしっかりしているが、時たま妙に気分が乗ってることがあるからな」

「信頼しているのかしていないのか」

「大事な場面や要所要所では信頼してるぞ」

 

 そこ以外は……?

 ……いや、聞かないほうが良さそうだ。

 

「あ、あの……岸波……センパイ? は……」

「どうした急に畏まって」

「い、いやその……た、高幡センパイと! どういった関係でいらっしゃるんスか⁉」

 

 急に敬語を使いだした後輩に対する疑問はまず置いておいて。

 自分と志緒さんの関係か。

 

 

──Select──

  仲間。

 >友人。

  マブ。

──────

 

 

「友人だな」

「ハハッ。まあ、そうだな。後は同じ部活の仲間とかか」

「へ、へえ~……」

「と、悪いがそろそろ戻らなくちゃ不味い。あまり熱くなりすぎるんじゃねえぞ。またな」

「ああ、また明日」

「お疲れ様っす!!」

「お、お疲れ様ですッ!!」

 

 背を向けて去っていく志緒さんを見送る。

 さて、そろそろ決戦の場に──

 

「く~っ、やっぱカッケぇ!!」

「ハルヒコ?」

「あ、いや……」

 

 ……なるほど。

 所謂、おっかけというやつか……?

 BLAZEの人たちを遠巻きに見ていた、というのも、その一環だとすれば説明がつく。

 

「……ンすか」

「いや」

 

 ここで何かを指摘するのは、無粋なのかもしれない。

 それにしても、志緒さんは凄いな。熱心に追ってくれるようなファンがいるのだ。

 璃音のようにアイドルとして輝く姿を見せている人に応援がつくのとは、また話が違う。

 自分だって誰かに憧れることは多々あるけれども、1人を追いかけて学びを得ようと考えたことはそうない。

 確かに、志緒さんから学べることは多そうだしな。生き方とか。在り方とか。

 後輩のおかげで、また少し縁が深まりそうな気がする。

 

「良ければ、ハルヒコも来るか?」

「え⁉」

「あ? 後輩に無様な姿見せんのかよ」

「いや、観客は多いほうが良いかと」

「違いねえ。んじゃ、行くぞ地味男。とその後輩」

「は、はい!」

 

 その後、段々集まってくるBLAZEの方々と1時間ほどゲームをして遊んだ。

 かなり負け続けた。

 ……ちなみに一緒に来たハルヒコは全然初心者だったらしく、教わりながらもボコボコにされていたけれども、まあ嬉しそうだったので良いか。

 

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが6に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月27日──【部室】明日香と家族 2

 

 閲覧ありがとうございます。
 遅くなってしまい申し訳ありません。単純に難産でした。
 8月に入って、毎週水曜日に時間が取れそうになったので、まずは毎週1回更新を目指して活動していきます。
 できなかったらすみません。

 女教皇コミュ 前回までのあらすじ。

 以前に比べて仲が良くなってきたように見える明日香だが、どうやら本人の中には譲れない1線があるらしい。
 個人的には気にするほどのことでもないと思うのだけれど……なんとかできないだろうか。



 

 

 土曜日。

 自分たち杜宮高校生にとっては、待望の連休だ。今日は午前授業もなく、文化祭の準備に全力を出せる機会。

 文化祭は来週金曜からなので、実質最後の連休にはなる。平日4日間あるので、まだまだやろうと思えば支度はできるけれども。

 ということで、活気あふれる校内を駆け回る。

 自分たちは正直、ほかの部活に対し出遅れているので、どれだけ駆け回っても時間が足りなく感じてしまう。

 一仕事終えて部室へ戻ったが、休んでいる暇はない。

 

「祐騎! 進捗は!?」

「3~4割ってところかな。今日1日頑張って7割くらいまでもっていきたいね」

「指示とかは任せた。次はどこに行けばいい?」

「今のところ高幡センパイのとこと久我山センパイのとこが人足りないかも。高幡センパイの方は郁島が近いから終わり次第そのままヘルプ入ってもらう予定だし、ハクノセンパイは久我山センパイの方に行ってくれる?」

「璃音は……グラウンドか。分かった」

 

 指令室と化している部室から出て、また走り出す。

 人の動きについては祐騎に任せておけば良い。というか、任せておくしかない。全体を把握しながら動く余裕は残念ながらなかった。

 祐騎が指揮に専念してくれるおかげで全員効率よく動けているから、本当に感謝しかない。

 

「璃音!」

「あれ、そっち終わったの?」

「ああ。手伝いに来た」

「アリガト! 助かる!!」

 

 そんなこんなで、今日は1日走り回ってばかりだった。

 ……途中、璃音から不自然に視線を感じたのは、何だったのだろう。

 

 

──夜──

 

 

────>カフェ【壱七珈琲店】。

 

 

「明日香の親って、どんな人たちだったんだ?」

「どうしたの、急に」

 

 放課後。

 明日香のバイト先を訪ねた自分は、兼ねてより気になっていたことを聞いてみることにした。

 カフェでする話ではないような気がしなくもないけれど、周りに人がいないことと、マスターであるヤマオカさんもいるし、いい機会かと思ったのだ。

 

「いや、昔の明日香が戦う覚悟をするほどに、大好きな親だったんだろう?」

「それは、そうだけれど……言う必要あるかしら?」

「ない。単純に、仲間の昔話を聞きたいだけだ」

 

 明日香が話す過去となると、留学時代のことが多い。

 ステイツの経験といって彼女が話す内容も、いろいろと知らないことが多くて面白いけれども、それとは別に彼女の根幹たる部分を知りたいと思っていたのだ。

 あとはまあ、親とか、家族とかの話は色々聞くだけで楽しいし。自分がまったく知り得ないことだから、余計に。

 気を使わせたくはないので、言わないけれども。

 

「まあ別に隠している訳でもないし、話すこと自体は構わないけれども……正直、語れるほどの思い出はないわ」

「そうなのか?」

「戦う覚悟を決めた当時ならいざ知らず、今からしてみれば10年以上前のことだから。まったく覚えていない訳ではないけれど、鮮明な思い出なんてほとんど残っていないわよ」

 

 そういうものか。

 まあでも、それはそうだろう。いくら大切な思い出とはいえ、薄れるものは薄れる。

 ……けれどもそれは、辛くないのだろうか。

 

 

──Select──

 >歯がゆくなることは?

  親が恋しくなることは?

  それでも戦う理由は変わらなかったのか?

──────

 

 

「思い出せないことを言うのであれば、貴方の方が大概じゃないかしら」

「いや、最初からないのと失うのでは話が違うだろう」

「どうなのかしら。……いえ、そうかもしれないわね」

 

 腕を組んだまま目を閉じて、納得したように呟く彼女。

 まあ自分だって、思うことがないわけではない。けれども、後ろを向くより前を向いた方が建設的だと思うし、その切り替えは恐らく自分の方が簡単だ。

 

「思い出せないことで歯がゆくなること……は、あまりないかしら。そもそも普段であれば、思い出そうとすること自体が少ないから」

「あまり気にしていないのか?」

「ええ。……まあ、流石に四宮君の一件の時とかは考えたけれども」

 

 ああ。

 祐騎の時は確かに、父親と祐騎のすれ違いとか、姉である葵さんの家族に対する愛情が色々と絡み合っていて、家族の在り方を考えさせられた。

 あれがなければ、自分もそこまで家族というものを考えなかったかもしれない。

 

「自分も祐騎の一件で、自分の親ってどんな人だったんだろうって考えたな」

「みんな、それぞれの家族のことを考えるでしょう。私も……そうね、父と母が私をきちんと想っていてくれたことを思い出したわ」

 

 初めて、彼女からその両親についての印象が零れてきた。

 

「朧げだけれども、記憶には残っているの。両親ともに異界の研究をしていたし、共働きだったからあまり家に長く居た記憶もないけれど、記憶の中にいる姿では、2人が常に揃っていたから。きっと少ない休みを合わせて取ってくれたりして、しっかりと私に向き合っていてくれたんでしょうね」

「いい両親だな」

「ええ。好き……だったわ。とても。当時はまだどんな仕事をしているかとか、詳しいことまでは分からなかったけれども、間違いなく両親は、私の誇りだった」

 

 噛みしめるように語る彼女。

 本当に、大切なものを語っているのが分かる。

 ……やはり、親を大切に思う気持ちは大きいのだろう。何だかんだ言いつつも、気持ちが溢れているから。

 

「異界の関係者なのは知っていたけれど、研究者だったのか。ソウルデヴァイスは引き継いだものって聞いていたし、ご両親も戦っていた人なのかと思ってた」

「後から聞いた話では、適格者としても活動はしていたらしいわね。本職が研究職だっただけで。……だからこそ、東亰冥災で命を落としてしまったのかもしれないけれど」

「あ……」

 

 そう、か。常に前線で戦い続けていたわけではない人たちが、激戦に身を投じれば、普段から戦い続けている人たちに比べれば多少の遅れを取ることも、まああるだろう。

 もちろんそれだけが理由では決してないはず。すべては想像だ。その現場を見ていた訳でもない自分は、状況を推し量ることはできない。

 

「小さかった私が悲しみをぶつけられる相手なんて、それこそ目の前のシャドウにしかなかった。私の中には基本的に、シャドウに対する憎悪がある。みんなと違ってね」

 

 みんなと違って。

 明日香はよくそう言う。

 復讐を理由に戦う私とみんなは違うのだと。

 まあ確かに、自分たちは誰も復讐という名目で戦っていたりはしない。

 でも。

 

「明日香と自分たちが違うのは、それこそ明日香のおかげだろう」

「え?」

「自分たちも一歩間違えれば、何かを失っていて、もしかしたら同じように復讐の道を選んだかもしれない。でも、そうならない方法を教えてくれたのも、色々とサポートしてくれたのは、明日香だ」

 

 思えば彼女は常に、最悪を見据えて行動している。そこを守ってさえいれば、失うものは最小限になる、という形で。

 つまりは、大切なものを取りこぼさせないように立ち回っていたということだ。

 いつだって後ろに控えていて、自分たちに経験を積ませつつも、失敗しないように見守り、手伝ってくれていた。立ち回りから何まで、すべて自分や洸が彼女から学んできたことだ。

 そこにどんな思惑があれど、そのお陰で自分たちは思うがままに動くことができ、届かなかったはずのところへと手を伸ばすことができたのだから。

 

「つまり結果的には、自分たちと明日香は同じ行動をしていると思うんだ」

「でもそれは結果だけ見ればの話よ。本質的には全然違うわ」

「本質的な話をするのであれば、そもそも全員違うだろう」

 

 誰もが同じ気持ちで戦っているわけではない。

 大事なのは、どこを向いて戦っているかだと思う。

 

「違う志を持っていたとしても、仲間には変わりないだろう。それに、目的が食い違っている訳でも、対立しているわけでもない」

「……けれど、誰かを助けるために戦っている貴方たちと、結果的に救えているだけの私は、やっぱり根本的に違うわ」

「……なら、付け加えればいいんじゃないか?」

「え?」

 

 どうしても、同じ目線になれないというのであれば、どちらかが寄るしかない。

 

「シャドウを殲滅しつくすという志は変えずに、誰かが同じ思いをしないためにシャドウを殲滅しつくすとか、シャドウを殲滅することでこれ以上の被害を防ぐとか、そういう風に考えられるようにするとか」

「……そんなこと、できるわけないわ」

「そうか。なら、自分たちが……まずは自分が変わるとするか」

「……? どういうこと?」

 

 どういうことかと言われても、言ったとおりだ。

 どちらかが変われば解決できるかもしれなくて、明日香側が難しいというならば、自分が変わるしかないだろう。

 

「“目の前で起こる悲劇から目を逸らしたくない。自分に出来ることをしていきたい。”だから、悲劇を繰り返させないためにシャドウは殲滅するし、その戦いはここで終わるものじゃなくて、ずっと続ける。シャドウがいなくなるまで」

「……え」

「復讐を手伝う。この先もずっと」

 

 自分の返事に、目を丸くした明日香。

 そんなに驚くようなことだろうか。さっきから言っていると思うけれど。

 

「……っ。貴方、何を言っているか分かっているの?」

「勿論だ」

 

 分かったうえでこの回答をしている。覚悟もなにもなしで話せる内容ではない。

 

「自分たちが失わないよう手を尽くしてくれた明日香の為であれば、自分たちは……少なくとも自分は手を貸す。それが復讐であったとしてもだ」

 

 それもまた、恩返しだ。

 いろいろと手を尽くしてくれている彼女に対する。

 それに、自分の道がそれほど変わることはない。どうせ元々、このまま今回の件が解決したとしても、シャドウの存在を知らぬ存ぜぬの生活には戻れそうにない。

 

「これで、明日香と自分の戦う理由は、本質的に同じになったよな?」

「……結局、貴方は誰かのために戦うけれど、私は私のために戦っていることには違いないわ」

「……あれ?」

 

 確かに。

 ……いやでも、そういう話だったっけ? 皆が前を向いている中で、自分だけ後ろ向きな理由で戦っているというのがそもそものすれ違いでは。

 難しいな。やっぱり。

 

「……ふふっ」

「明日香?」

「いえ、でも……そう思ってくれている人のために戦うというのも、悪くないのかもしれないわね」

「……え?」

「じゃあ私、仕事に戻るから」

 

 そう言って、そそくさと離れていく彼女。すぐにバックヤードへと戻ってしまった。

 聞き間違えでなければ、彼女は今、変わってもいいと言ってくれたのだろうか。

 

「岸波さん」

 

 少しの間、驚きの出来事を処理するのに停止していると、声を掛けられた。

 マスターのヤマオカさんだ。

 

「あ、すみません。長話をしてしまって」

「いえ。アスカさんを気に掛けていただいて、ありがとうございます」

「礼を言われることじゃありませんよ。友人なので」

「ありがとうございます。どうかこれからも、アスカさんのことをよろしくお願いいたします」

「? それは、はい。もちろんです」

 

 自分の答えに何かしらの満足を得たのか、微笑んで会話を終えられてしまった。

 なんだったのだろうか。

 ……まあでも、明日香に何かしらのきっかけができたのなら、よかった。

 取り敢えず、そう思うことにして、今日は帰ろう。

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが8に上がった。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月28日──【部室】怜香の心得

 

 閲覧ありがとうございます。


 星コミュ 前回までのあらすじ

 
 今でも璃音を心配し、戻ってこられるように手を尽くす彼女。周囲を巻き込み、他人の想いも背負う彼女の生き方は、何かに支えられているものなのだろうか。それを聞き出せるほど、自分たちの縁はまだ深まっていない。


 

 

 

 日曜日。

 今日は本来、学校が休みで開いていないはずだったが、有志の生徒たちのみ登校し、文化祭に向けた作業ができるようになっていた。

 とはいえ、自分たちはまだ作業を開始していない。

 正確には、自分、洸、明日香の3人を除けば他は全員各々の仕事に従事しているわけだけれども。ちなみに部室に集まっているので、会話には混じっていないけれども祐騎も近くにいる。

 

「……え、かなりヤバい感じ?」

 

 璃音に呼び出した経緯を話してみると、目を丸くした。

 それはそうだよな、と思う。

 

「ああ。正直」

「タイミングがタイミングなだけにな」

 

 事の発端は、あの霧が出た日。

 明日香の行方が途絶えた日のやり取りだった。

 

 レンガ小路へと向かう洸に、情報収集をお願いした結果、彼はアンティークショップの女主人であるユキノさんから、情報を買った。

 その対価として示されたのが、自分の時間──もとい労働。

 別にその交渉自体は、大した問題じゃない。相手が求めていた条件が自分だったというのであれば、それを対価として差し出すことになんの問題も……まあない。切羽詰まっていたのは本当だし。

 

 問題はその内容だった。

 その内容が明かされたのが、小旅行の少し前くらいだったはずだから、だいたい今月の頭頃。

 あの時、確かに洸の口から聞いたはずだったのだ。

 “10月30日と31日は無償労働の日”であると。

 つまりは、月末。文化祭直前だ。

 

 ただでさえぎりぎりな工程の中、2日間も拘束されるのは色々とまずい。

 という旨を、今朝洸と急いで話し合った。

 そこから、洸とユキノさんの間で交渉が開始。

 なんとか纏まったというので、この場が設けられることになった。

 

「で、なんであたしを呼んだの?」

 

 ここまでの経緯に、璃音は出てこない。

 大事なのは、ここからだ。

 

「交渉の結果、とある条件を飲めば、30日の手伝いはなし。31日のイベントに一個出るだけで良いということになったんだが」

「ふんふん」

「その条件が……ハクノとリオンの参加なんだ」

「あたし? ゴメンだけど、あたしの名前を使ったりは」

「いや、そうじゃない。そうじゃねえんだ……」

 

 言い淀む洸。

 代わりに自分が言おうか。

 

「璃音の名前は使わないし、璃音が璃音としてアピールをする必要はない」

「……それ、あたしである必要性ある?」

「ユキノさんが誘うからには、理由があるんだろう。とにかく、璃音に出てほしいのは──」

 

 そして、自分も出なければいけないイベントは。

 

「──男女逆転ショーだ」

 

 空気の固まる音がした。

 

 

 

「ン?」

「璃音には璃音だと分からないレベルで男装してもらって、ショーに出てもらうことになる」

「え、ちょっとマッテ、どーゆーこと?」

 

 以前、璃音の変装について、いっそのこと男装した方がいいのではないかと言ったことがある。まさかそれが現実になるとは思わなかった。

 ……というより、あの話題が出たは確か、アンティークショップ【ルクルト】に向かう道中のことだったし、何かしらの拍子にユキノさんの耳に入ったのかもしれない。

 

「てか、キミも出るってことは、女装するんだよ? イイの?」

「何事も経験かなって」

「前向き過ぎ……!」

 

 いやまあ、思い出にはなるだろう。

 それに……まあ言わないけれども、璃音とこういうことができる機会というのも、彼女が休止中の今だけだろうから。

 できることは、一緒にやっておきたいと思うのだ。

 

「けど、流石に事務所の許可が下りないと思う」

「……まあそうか」

「……」

「どうしたんだ、洸」

「いや、事務所の許可が必要なのは分かるし、その許可自体が難しいのは分かってるつもりなんだが……ユキノさんがその辺に手を打たずにこんな条件持ってくるか? って」

「「たしかに」」

 

 顔を見合わせる。

 洸と自分で璃音をじっと見つめると、彼女はやがて、ため息を吐いた。

 

「はぁ……ダメでも文句言わないでね!」

「当たって砕けろだな」

「砕けちゃ駄目だろ」

 

 それはそうだ。

 

 サイフォンを持って外に出る璃音。

 彼女が話している間、祐騎の進捗を2人で覗き見ることに。

 

「ちょっと、そんなに見られるとイライラするんだけど」

「まあまあ」

「そんな真後ろで覗き込まないでくれる? 気が散るんだけど」

「まあまあ」

「なんだこのセンパイ達……ウザ……」

「「まあまあ」」

「……仕事増やすよ」

「「すみませんでした」」

 

 指揮官に歯向かってはいけないことを学んだ。

 

 そんな感じで、祐騎の仕事を応援しつつ見守っていると、やがて璃音が帰ってきた。

 扉を開けて入ってきた彼女の表情は……若干唖然としている?

 

「どうした、璃音」

「許可、出ちゃった……」

「え」

「ぜひ出てくれって」

 

 いまだにサイフォンを手に握ったまま、彼女は席に着きなおした。

 洸と自分で、その体面に座る。祐騎は定位置についたまま、仕事を続けるらしい。

 

「なんか、SPiKAのみんなもお祭りに参加してるだって」

「そうなのか。璃音は知らなかったのか?」

「元々サプライズだったみたいだし、それにあたしが最近文化祭の準備で忙しくしていたの知ってたみたいで、言うに言えなかったみたい」

「なるほど、それでユキノさんは……」

「かもしれないな」

「さらっとシークレットゲストの中身を知っているのは流石だケド……うわぁ」

 

 頭を抱える璃音。

 まさか許可が下りるとは思わなかったのだろう。

 なにはともあれ、自分も彼女もこれで断る理由はなくなったわけだ。

 

「よし、やろう。璃音」

「……~~っ。よしっ! やろっ!!」

 

 覚悟は決まったみたいだ。

 ……まあでも取り敢えず、3日後を空けるためにも仕事を増やして頑張らないと。

 

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 皆に事情をなんとなく説明し、仕事をある程度割り増しで振ってもらった日の夜。

 若干疲労があったので、外に出るのは控えようかと思っていたけれども、唐突にサイフォンが鳴動した。

 

「…怜香か」

 

 表示された名前は、如月 怜香。璃音の同僚だ。

 この前、チケットを突き返してしまって以来か。

 どうしたのだろう。

 

『ちょうど近くを通るから、暇だったら声を掛けて』

 

 ……まあ、暇だ。

 気分転換に話に行こうか。

 

『自分も暇だから話せると嬉しい』

『じゃあ、いつもの場所にいるから』

 

 いつもの場所、というやり取りが少し嬉しい。

 自分と彼女の縁を示す場所があるということだから。

 ……行くか。

 

 

────>杜宮記念公園【マンション前】。

 

 

「こんばんは。良い夜ね」

「こんばんは。過ごしやすい気温だな」

 

 すっかり秋になってきて、残暑は抜け始めていた。

 夏とは違い、彼女の変装にも気合が入っているというか重装備だ。

 もともと璃音とは違い、最初から彼女と気づいていなければ気づけないレベルではあったけれども、夏の暑さを超えて色々と身に着けられるアイテムが増えたことから、一層磨きがかかっているようにも見える。

 

「怜香ってその変装でバレたこととかあるのか?」

「今のところはないと思うけど……黙って泳がされているだけかもしれないわね」

「泳がされている?」

「今の状況で何か記事を挙げたとしても、得られるメリットは少ないでしょう。もっと私たちが大きくなった時に、特大の記事をぶつける気じゃないかしら」

「……怖いな」

「まあ知らないけどね。あくまで私がその意識を持って行動しているというだけだから」

 

 それがプロ意識ということだろうか。

 流石だ。

 彼女と話すたびに、アイドルって凄いなと思う。

 璃音が身近に感じるアイドルなら、怜香はテレビ等で応援する憧れるアイドルといったところか。

 

「じゃあここで男と2人で話しているのは良いのか?」

「下心でもあるの?」

 

 ……ないけれども、ここではっきりと断るのはどうなんだろうか。

 

 

──Select──

 >ない。

  実は……

  ある。

──────

 

 

「……はっきり断言されるのは少しモヤっとするけど、貴方のその物事をハッキリ言う所、結構好みよ」

「自分も、感情をダイレクトに伝えてくれるところは好きだ」

「人としてね」

「ああ。友達として」

 

 何かを隠されるより、断然分かりやすい。

 なんというか、彼女はとても自分に正直に生きている気がする。

 生き方に自信を持っているというか。

 だから、あんなにも輝いて見えるのだろう。

 ……SPiKA、か。

 

「璃音と怜香って、結構付き合い長いんだっけか」

「よく知ってるわね」

「実はそれなりに追ってる」

「ああ、ファンって言ってたわね」

「璃音と会ってからだから、歴自体は浅いけれども」

「時間は関係ないわ。応援してくれる気持ちが、何よりも嬉しいのよ」

 

 そういうものなのだろうか。

 いや、なるほど。

 自分たちに重ねていいものかは分からないけれども、異界攻略についてだって、力を貸してくれること自体がとても嬉しい。そこに対して、もっと早くから手伝ってほしいなどとは思わないし、もっと早く目覚めてくれればとも思わない。

 というより、思いたくないというのが、正直な所か。

 だってそれは、何かに対しての不満を、責任を、他者に押し付けてしまう行為だと思うから。

 

「自分で言うのも何だけれど、応援してくれるって、嬉しいよな」

「ええ、それはそうよ。特にアイドルという存在は顕著だわ」

 

 腕を組みながら、彼女は答える。

 

「星がどれだけ輝いていても、観測してくれる人がいないなら、その輝きは届いていないことになるわ。どんなに綺麗な星空だって、見上げてくれなければ気づかれることはない。例えそれが一等星(SPiKA)でもね」

「……」

「だから、私はいつでも完璧を目指すのよ」

 

 完璧、か。

 そしてそれを目指せる仲間が、SPiKAということなのだろう。

 璃音も陽菜も、それぞれ人柄は違うが、お互いを大切に想い、切磋琢磨しているのが、見ていても分かる。

 

「って、なんか仕事の話をしちゃってるわね」

「いや、聞けて良かった。自分も色々と気づかされるしな」

「……私ばかり話しているから、貴方の話も聞いてみたいわね」

「なんでも聞いてくれ」

「それじゃあまず……趣味は?」

 

 趣味。

 今となってはたくさんあるけれども、強いて言うなら、なんだろうか。

 

 

──Select──

  アルバイト。

  勉強。

 >ゲーム。

──────

 

 

「どういうゲームをやるの?」

「基本的にゲームセンターとかにあるゲーム機で遊ぶことが多いな。家庭用ゲームもやるけれども」

「!! もしかして、“GATE OF AVALON”はやってるのかしら?」

「ああ。結構よくやるな」

 

 自分が答えると、彼女は目を輝かせた。

 “GATE OF AVALON”。戦略性を持ったカードゲームだ。

 

「ぜひ今度やりましょう!」

「え、怜香もやってるのか?」

「ええ。自慢じゃないけど、負けない程度にはやり込んでいるわ」

「じゃあ、今度やろう」

「絶対に負けないわよ」

 

 怜香は燃えている。

 楽しみだ。自分もカードバトル系は勝率が高い方だし、少し仕上げておこう。

 

「っと、話しすぎちゃったかしら」

「結構話したな」

「フフ、最初は璃音の学校の様子を聞きたいだけだったのに、すっかり普通の友人として落ち着いてしまったわね」

「問題ないだろう」

「ええ。勿論」

 

 にっこりと微笑む怜香。

 また一層彼女との縁が深まった気がする。

 

 呼び出したタクシーを待つ間も雑談を続け、やがて去っていく彼女を見送り、自分もマイルームへと帰った。

 




 

 コミュ・星“アイドルの少女”のレベルが5に上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月29日──【教室】志緒さんと責任

 

 閲覧ありがとうございます。


 皇帝コミュ 前回までのあらすじ。

 志緒さんに憧れているらしき後輩と出会った。その名はハルヒコ。彼は自分と志緒さんが友人であることに驚いているらしい。それだけでなく、BLAZEの人たちとも関りがあるとのことで、一目を置かれているようだ。けれど、彼と志緒さんは一体どういう関係なのだろう。


 

 

月曜日。

学園祭を週末に控え、昨日もその準備。

やや校内の雰囲気が浮足立っているようにも感じる今日も、授業は普通に行われる。

とはいえ授業中に隠れながらも何かしらの作業を行っているクラスメイトたちは数人見受けられたので、すべてが通常通りとはやはりいかないらしい。

まあテストも終わり、気が緩んでいることもあるのだろう。

先生も苦言は呈していたものの、続くようなら取り締まるという旨だけ伝え、授業を進行させていた。

 真面目に聞いていたからか、今日は一段と指されることが少ない。

 それだけ分かりやすいということだろうか。というか、内職のようなものは先生側からどの程度見えているのだろう。

 そのうち、誰かに聞いてみてもいいかもしれない。

 

 

──夜──

 

 今日も今日とて文化祭準備に励み、怒涛の放課後を過ごした。

 全体的に生徒たちの熱量が先週より上がってきている気がする。

 連休を通して、完成度が上がってきたからだろうか。

 

 まあ、それはそれとして。

 今、自分がなぜ、九重神社にいるかと言えば、呼び出されたからだ。

 いや、ここを指定したのは自分だから呼び出しという表現は間違っているのかもしれない。けれども、夜に時間を作ってくれと言われたのは確かだ。

 その待ち合わせ相手が、ようやく石階段を登ってやってきた。

 

「ぜー……はー……スンマ、セン」

「いや、自分も今来たところだ。大丈夫か? 水いる?」

「い、いや、大丈夫ッス」

 

 現れたのは、明るい髪色の後輩。

 この前蓬莱町で知り合った、ハルヒコという1年生だ。

 

 彼に捕まったのは本日の午後。授業間で教室を移動している最中のことだった。

 用事があり、1階の廊下を歩いているところを呼び止められたのだ。

 そこで、今日の夜に時間を作ってほしいとお願いを受けた。別に断る理由もなかったのでそれを承諾。

 どこでも良いと言われたので、神社を待ち合わせ場所にし、彼が来るのを待っていたのである。

 

「あの、スンマセンっした、今日は」

「いや、別に自分は大丈夫だけれど」

「あざまっス」

 

 ちなみに、前回のどのタイミングからだったかは忘れたけれども、出会った時とは違い敬語を使うようになった彼に、普通に話しても良いと伝えたところ、若干引き気味に断られてしまった。

 少し距離を感じるようになったものの、断られたものは仕方ない。

 いつでも止めていいとは言ってあるので、あとは彼に任せるしかないだろう。

 

「それで、どうしたんだ?」

「あの、岸波センパイって、高幡センパイの……その、ダチなんスよね?」

「? そうだけれど」

「オレ、その、高幡センパイに憧れてて……どうしたらセンパイみたいになれますかね?」

 

 どうしたらなれるか。

 憧れる姿に近づきたいという気持ちは分かる。なんとかして相談に乗りたいところだけれど、自分に何が言えるだろうか。

 今の志緒さんがどういう人間かを、自分から見えている範囲で語ることはできる。もちろん好き勝手に彼の過去や彼との思い出を話すことはできないし、しないけれど、印象を語る分には問題はないはずだ。

 とはいえ、ハルヒコが目指しているものが志緒さんのようになることであれば、自分がそれを話して解決に近づくとは思い難い。

 それならば、いっそ。

 

「……よし、そういうことなら」

「なんでもやるっス」

「まずは移動だな」

「うっス」

 

 

────>商店街【蕎麦屋≪玄≫】。

 

 

「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

 

 お店に入ると、志緒さんのお義母さんに出迎えられた。

 夕飯時からは若干外れているため、客足はまちまちなのか、半分くらいは空席らしい。

 通してもらった奥の席に座り、改めて後輩を正面に捉える。

 

「好きなものを頼んでくれ。自分が出すから」

「いや……スンマセン、飯は食べてきたんで」

「なら、甘味もおすすめだぞ」

「あ、じゃあ頂くっス」

「分かった」

 

 店員さんを呼び、注文をする。

 自分は申し訳ないけれども普通にセットを頼み、2人分の甘味を頼んだ。

 

「そもそもなんで、志緒さんみたいになりたいって思ったんだ?」

「オレ、最初は不良ってかっけえ! って思いこんでたんスよ。で、髪も染めたんスけど、なかなか思うようにいかなくて……そんな時、モノホンの不良に絡まれて、高幡センパイに助けられて……その時に言われたんス」

「なんて?」

「『“不良”なんてモンに縛られねぇで、てめぇ自身の道を見つけてみろや』って。正直痺れたんスよ。で、それなら憧れを目指してみるのも、アリじゃねってなって」

「なるほど」

 

 まあ確かに、ハルヒコは素直そうな人間だ。不良が向いているとは正直思えない。

 外面だけ繕って中身が伴わない、みたいな状態に見えてしまう。

 それよりは、自身が思う自身のなりたいものを突き詰めてみろ。と。

 

「誰かを目標にするのは良いと思う。“不良”とか、そういう漠然としたものを目指すよりは、成りたい姿が明確だから」

「うっス。それで、高幡センパイを目標にするのは決めたんスけど、どうしたら近づけるのか、わっかんなくて」

「なら、もう少し目標を明確にした方がいいんじゃないか?」

 

 不良という漠然としたものから、志緒さんという1つの個に絞ったように。

 志緒さんのたくさんの長所の中から、1つ真似できそうなところを真似てみる。

 それを繰り返していけば、きっとなりたい姿には近づくんじゃないだろうか。

 ……自分の考える志緒さんのカッコよさといえば、どこだろうか。

 

 

──Select──

  多くは語らないところ。

 >優しいところ。

  強いところ。

──────

 

 

 行動の裏に優しさがあること。

 そこが最も彼のカッコよさに繋がっていると思う。

 BLAZEの掲げる焔。その意志の強さ。

 それを自分は、間近で見てきた。

 自分に厳しく、他人に優しく。がしっかり出来ているから、あんなにも背中が大きく見えるんだろうなと思う。

 

「自分がおすすめするとしたら、まず誰かに優しくある姿勢を真似した方が良いかな」

「優しさ……オレみたいなのを助けてくれる人柄ってことっスか」

「ああ。分け隔てなく、色々な人に手を差し伸べられる姿勢をな」

 

 強さは後からでも身につくだろうし、結果に対し寡黙であるのはその結果を出し続けてからでいい。

 ただそれよりも、志緒さんを目指す人間には、優しくあってほしいと思う。

 まあ、それを要求できるような立場に、自分は本来いないのだけれど。

 

「なんか、難しそうっスね」

 

 眉を寄せるハルヒコ。

 まあ確かに、どうするべきかは分かっても、どうすればそれをできるかはまた別問題だろう。

 一番分かりやすいのは、その人が特定の行動をしている場合だ。まずは形だけでもそれを真似られると大きいと思う。けれども志緒さんにそういったことはないように思うので、今回は使えないだろう。

 まあせっかくだし、後で本人に聞けばいいか。

 いったん箸を止めて、頭の中に思い浮かんだことを言う。

 

「自分が思うに、誰かに優しくするには、周りをよく見ることが必要だと思う」

「周りっスか?」

「ああ。誰かを助けられるのは、助けを求められる場に気付けるかどうかだと思うし、それを自然に出来ているからこそ、志緒さんはいつもタイミングが良い」

 

 人の異常に対する気づき方というのは色々あるけれども、彼の動き方は基本的に“見守る”姿勢に長けている。

 聞いたことはないけれど、おそらくあれは、孤児院などで年下を見る機会が多かったからなのかもしれない。

 BLAZEを結成してからも、まとめ役の1人として立つことが多く、周りに気を配る生活が続いたが故の、気配りや心遣いなのだと思う。

 美月や明日香とはまた違った、人のまとめ方。求心力。

 それらを形作っているのが、彼の持つ優しさそのものなのではないだろうか。

 

「でも、周りを見るって言われてもどうすりゃいいんスか」

「まずはなんでも、見て動くのが大事だと思う。そこで相手がどんな反応をするのかを学んでいって、経験を積むのがいいんじゃないか?」

「ふーん……高幡センパイもそうしたんスかね」

「というよりは、経験に裏打ちされた判断のようなものがたまに出てくるからな」

 

 志緒さんもまた、色々と過酷な道を歩いてきた人間だ。そこで積み上げられてきた諸々を、今日明日真似をして頑張ったくらいで身に着けることはできない。

 それでも近道をするのであれば、本人から学べるのが一番なはずなのだけれど。

 

「……遅いな」

「ん? ああ、デザートっスか? 店員呼びます?」

「いや、デザートもだけれど、そろそろ特別講師が来る頃かな、と」

「は? センコーっスか?」

「ああ」

 

 自分の目の前に配膳されていた料理が減っていたのに、志緒さんのお義母さんは気づいていた。

 だからそろそろ、デザートが運ばれてくるはずなのだ──と、噂をすれば。

 

「オイ。お前ら、何て話をしてやがる」

「志緒さん、こんばんは」

「え⁉ た、高幡センパァイ!?」

「店の中で騒ぐんじゃねえ」

「す、スンマセンっス!!」

 

 いまいちハルヒコの声のボリュームが落ちているとは思えないけれど、そこにはあえて触れずに、まずは彼の手にある甘味を提供してくれた。

 まだ事態を呑み込めていないのか、ハルヒコは挙動不審だ。

 慣れるまで、話題はこちらで用意しよう。

 

「自分たちが何の話をしていたのか、知っているのか?」

「まあ、楽しそうに報告が来たからな」

「あー……」

 

 彼の後ろに、ちらりと母親の影が見えた。

 それはそうか。ここで話していればすべて筒抜けだろう。

 楽しそうに話すお義母さんと、それを苦い表情で聞く志緒さんの構図が頭に浮かんだ。なんか申し訳ないな。

 まあともあれ、そうなれば話は早いか。

 

「率直に聞くけれど、志緒さん」

「俺みたいになりてぇって言うのは、止めておけ。そんな大層なもんじゃねえ」

「っ」

 

 ばっさりと、ハルヒコの要望を切り捨てる志緒さん。

 正直驚いた。もっと話をするものかと思ったから。

 

「お前には、お前のなるべき姿がもっとあんだろ」

「え?」

「俺みたいになるのは、いつでもなれる。けどそれは、もっと色々なことに挑戦してみてからでいいんじゃねえか?」

「……でも」

 

 話し合いが開始して早々、志緒さんはハルヒコを突き放しているように見えた。

 その理由は、正直分からない。

 おそらく志緒さんにも何か、考えがあるのだろう。

 けれども、それはあまりにも、早すぎるように思えた。

 

「目指す目指さないを決めるのは、もっと知ってからでいいんじゃないか、お互いに」

「ん?」

「ハルヒコだって、志緒さんの知らない所がいっぱいあると思います。当然志緒さんだって、ハルヒコのことはあまり知らないでしょう?」

「まあ、そうだが」

「ハルヒコにとってもしかしたら、志緒さんを目指すうえで得るものが大きなプラスになるかもしれない。逆もしかりだけれども、とにかく距離を取るのは、そこを見極めてからでも良いんじゃないか?」

 

 そもそもが、不良になりたいという目標を、志緒さんのようになりたいというプラスに持っていけるような出会いだったのだ。

 なら、まだまだお互いが関わりあうことで得することがあるかもしれない。

 

「オ、オレからもお願いするっス! このままじゃ納得できねえって言うか……お願いしやす!」

「……」

 

 頭を下げるハルヒコの姿に、志緒さんは考え込む。

 だけれど、場所が幸いしたのかもしれない。店内であまりにも注目を集め過ぎたようで、視線を感じた志緒さんは、仕方ねえなと首を縦に振った。

 

「取り敢えず、今日のところは帰ってくれねえか。俺も少し、考える時間が欲しい」

「う、うっス!」

「と、岸波は残ってくれ。話したいことがある」

「……分かった」

 

 なんだろうか。まあ今回のことだろうけれども。

 取り敢えず、会計だけ済ませて、店から去っていくハルヒコを見送る。

 

「さて」

 

 ハルヒコの姿が見えなくなった後、腕を組んだ志緒さんが、こちらを細目で見ていた。

 

「どういうつもりだ、岸波」

「何が?」

「惚けるんじゃねえ。さっきのだ」

 

 惚けているわけではないのだけれど。

 

「何をそこまで怒っているのかが、正直分かっていないんだけれど」

「……言ったら何だが、俺はお前や時坂のような、まっとうな道を歩いてきた人間じゃねえ。今は確かにこうして前を向けちゃいるが、誰かの憧れになろうなんてのは」

「できない、と?」

 

 志緒さんは口を閉じる。

 何を躊躇っているのかは、ここまで聞いても正直よく分からない。

 

「昔のことは関係なくないか?」

「ハッ。その過去が人を形作るんだろうが。過去を隠して人と向き合えるかよ」

「隠す必要もないと思うけれど。だいたい、今は前を向いていて、その前向きな志緒さんにハルヒコは憧れたんだろう? なら、問題ないじゃないか」

「助ける姿に憧れたっていうなら、あれは“力で解決した俺”だ。確かに力を振るってアイツを助けられはしたが、内容は誉められたものじゃねえ。時坂が居なきゃ解決できなかっただろうし、お前や北都だったらもっと上手くやったんじゃねえか」

 

 頑なだな。

 ……なんて返そうか。

 

 

──Select──

 >助けたのは志緒さんだ。

  随分と弱腰だな。

  BLAZEの後輩たちにもそう言うのか?

───────

 

 

「ああそうだな。俺が、俺と時坂で助けた。だが──」

「『人をただ救って終わるのは物語の中だけです』」

「……あ?」

「『意図して誰かを助けるのであれば、中途半端で放り出すのは救わないのと同様に質が悪いと心得てください』だそうだ」

「どういう意味だ」

「自分が以前言われたことだが、あえてそのまま言うと、『危機から救っただけで満足、なんてしていませんよね?』 っていうことだ」

 

 あれは、杜宮に来て最初の頃。

 初めて異界に関わり、璃音を助けることに成功した後のことだ。

 根本的な解決をせずに、危機的状況から救い出すだけ救い出してはいさようならとはいかないと、美月に窘められた。

 

「自分からしてみると、今の志緒さんは救った責任から逃げているだけのように見える」

「……」

「救われた人が救ってくれた人に憧れを抱くのは、おかしなことではないだろう。それをまともに取り合わずあしらうだなんて、どんな理由があれど、あまりにも無責任とは言えないか?」

「そいつは……そうだな」

 

 ようやく、志緒さんが話を聞き入れ始めてくれた。

 美月の言葉は、やはり凄いな。的確だ。

 

「救った人間の責任か。確かに、ここで投げ出すのは道理が通らねえ」

「じゃあ」

「ああ。俺に何ができるとは思わねえが、また少し話をしてみるか」

 

 そう言って志緒さんは、またこちらを見る。

 

「その時は岸波も来てくれるか?」

「2人が良いのであれば、喜んで」

 

 引き合わせたのは自分だし、それもまた責任だろうから。

 と、次の約束を交わしたところで、そろそろ帰ることにする。

 結構長居してしまったな、と、志緒さんに今日の感謝と別れを告げると、彼が自分を引き留めた。

 

「ああ、そうだ岸波。1つ、礼を言い忘れていた」

「? 礼って?」

「あの後輩に、俺に一番見習うべきは優しさだって言ってくれたらしいじゃねえか。オヤっさんはともかく、奥さんが喜んでくれていたからな」

 

 ただ本心を話しただけなのだけれど。

 ともあれ、志緒さんのお義母さんがそれを聞いて喜び、喜んでいる姿を見て志緒さんが嬉しくなったというのであれば、誰にとっても良かったのか。

 だとしたら、うん。とてもいい話だ。

 

「どういたしまして」

「じゃあ、またな」

「ああ、また」

 

 改めて、家に帰るとしよう。

 




 

 コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが7に上がった。


────

 物語の進行上で選んだ選択肢と、個人的に選びたかったものが違ったので、珍しく選択肢回収します。

────
205-2-3。
──Select──
  助けたのは志緒さんだ。
  随分と弱腰だな。
 >BLAZEの後輩たちにもそう言うのか?
───────

「あ?」
「志緒さんを慕っているのは、彼だけじゃない。BLAZEの人たちも、自分たちだってそうだ。自分たちも、そうやって突き放すのか?」
「いや、それは……BLAZEもお前らも、仲間でありダチだ。そんなことしねえ」
「なら、仲間じゃないからハルヒコのことは軽く扱うと? それは、昔に明日香と志緒さんが揉めた際とどう違うんだ?」
「そ、れは……」

 若干の差異はあれど、状況は似ている。
 あの時は「救う対象が家族なら良いけれど、ただの後輩を助けるのに私たちに命を懸けろと?」という明日香と、「大切な人の価値に優劣をつけるべきではない」といったこちら側との戦いだった。
 あの時の解決策も、結果論頼りだったはず。

 今回は「敬ってくれるのが仲間なら良いけれど、ただの後輩であればそれを許さない」という志緒さんに、「敬ってくれる人に優劣はない」と自分が反論している形だ。
 状況が似ていないとは、言い切れないと思う。
 命がかかっていたりはしないけれど、逆に命をかける状況でも、まずはやってみてから考えようという結論になったのだ。
 じゃあ今回も、それで良いはずではないか。

「……確かにあの時、我が儘を通してもらった俺が、協力してくれたお前に対して、これを言うのはあまりにも、道理が通らねえな」
 以下合流。


 →♪0です。半ば脅しでは?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月30日──【教室】佐伯先生と疲労感

 

 閲覧ありがとうございます。
 遅くなってしまいすみませんでした。
 活動報告にも書きましたが、無事、黎の軌跡Ⅱをクリアしたので更新再開します。
 



 

 

「すまない。明日は迷惑をかけるけれども」

「気にしないでください。ここまで頑張って頂いたおかげで、作業は全体的に前倒しできてるって、ユウくんから聞いていますから! ね!」

「だからユウくんじゃないって何度言えば……」

「そろそろ諦めたらどうだ、祐騎」

「九重センセ、どうやらコウセンパイは、みんなの前でコー君って呼ばれても受け入れてくれるらしいよ」

「おまっ!?」

「あはは……」

 

 明日のハロウィンを超えれば明後日からは11月。文化祭まであと少しといったところ。

 今日は璃音と自分が明日空けることへの対応のと、そのままラストスパートに向けた打ち合わせも兼ねて、いったん全員で部室へと集合した。

 

「まあ、そういう訳だ。特に久我山は、休憩ほとんど取ってないみたいじゃねえか。

この機会に羽を伸ばす……とまではいかねえだろうが、気分転換でもしてくるんだな」

「高幡君の言う通りです。ここで休んだとしても、誰もお2人を責めませんよ」

 

 3年生の2人を始め、璃音と自分を除いた全員が頷く。

 本当にありがたい。

 

「……正直、私にも責任の一端があるわけだし、リオンの代わりをできれば良かったのだけれど」

 

 明日香が眉をハの字にしながら呟いた。

 彼女の言う責任とはおそらく、霧の日の独断専行のことだろう。それを解決するために、自分たちは使えるものを使った。色々な人に無茶なお願いだってしたのだろう。今回の依頼人であるユキノさんも、何かしらの事情があって自分たちを誘っているのかもしれない。

 

「代われなかったのか?」

「ええ。ユキノさんに直接言ってみたけれど、“それなら3人でも良いわよ”と言われてなくなく引き下がったわ。力になれず、ごめんなさい」

「……あたし何させられるんだろ」

「……無事を祈るぜ」

「取り敢えず、ネットだけは確認しておこうかな。面白そうだし」

「取り敢えず俺らは明日も作業があるから忘れずにな」

 

 実際、何をやることになるのだろうか。

 自分もそれとなく探ろうとしたし、話を持ってきた洸も確認しようとしてくれたらしいけれど、結局前日である今日まではぐらかされている。

 つまり、隠すほどの何か、ということだろうけれど。

 

「まあでもユキノさんだ。無理難題は言うけど、危険はないだろ」

「……それは、そうだな」

 

 洸の言う通り……というか、他ならぬ一番付き合いの長い洸が言うのだから、間違いはないだろう。

 

「せっかくだし、皆の言葉に甘えて、楽しむとしよう。璃音」

「……ま、そうだね。ゴメンみんな! 明後日からはまた頑張るから!」

 

 全員が頷く。

 みんなの好意に甘え、璃音と自分の仕事の引継ぎを引き継ぎ、その上で全員の一日分の工程をある程度決めた上で、各々今日の作業へと戻っていった。

 明日はハロウィンだ。

 予想もつかないし、大変そうだけれど、こうして送り出してもらう以上、色々と頑張らなければ。

 

 

──夜──

 

 

────>カフェバー【N】。

 

 

「ん? 岸波か」

 

 家に帰り、一度帰宅した後、今日は外で夕食を取りたい気分になり、カフェバー【N】へと訪れていた。

 テーブル席を広々と使うことに若干の躊躇いを得つつも、落ち着いた環境で勉強はありがたいと励むことに。

 そんな中、意識の外から突然自分の名前を呼ばれ、声のした方を向けばそこには、呆れたような担任の姿が。

 

「佐伯先生。こんばんは」

「ああ、こんばんは。まったく精が出るな」

「?」

「いや、前もここで勉強をしていただろう。生徒が学校の外でもしっかりと勉強してくれているのは、少し嬉しくてな」

「嬉しいものなんですか?」

「まあな。これは教師特有の感覚かもしれないが」

 

 立ったまま話されているのも変な気分なので、どうぞと相席を進める。

 ああ。とカウンターに立つ男性に注文をし、佐伯先生は自分の前に座った。

 

「嬉しい、という割には、なんか微妙な顔をしていませんでしたか?」

「! ……はは。そう見えたか。すまない。正直な所、よく勉強しているなという感情が先に来た」

「? どういうことですか?」

「なに。最近は特に、努力している姿をよく見かけるようになったからな。正直休んでいるのかと心配しているんだぞ」

 

 努力している姿か。

 確かに前回会った際も、勉強しているときだったか。

 それ以前に、進路での悩みや、そもそも相談事があってここに来ることも多かった。

 そう思うと佐伯先生には、色々とそういう姿を見せているのかもしれない。

 ……でも、自分には努力が必要だ。

 才能云々の話ではなく、積み上げた量が圧倒的に他より少ない自分は、それを補うよう努力しなければならない。

 そうでなければ、自分の価値は上がらず、助けてもらったことに対する恩返しをできる人間にはなれないだろう。

 

 

──Select──

  それなりに休んでます。

 >そういう先生は休んでいるんですか?

  じゃあ今度サボります。

──────

 

 

 最近は色々なものに手を出すことも減ってきたし、誰かと一緒に何かをすることも増えてきた。休んでいるといえば休んでいるだろう。

 休んでいるかどうかが気になるといえば、先生の方ではないか。教師という職業は大変だと聞いたことがある。

 

「はは。ありがたいが、大人を心配するなんて10年早いぞ、岸波」

「……誰かの身を案じるのに、遅いも早いもなくないですか?」

「大人に気を配るよりも先に、自分や周りに目を向けてみるといい。ということだ。少なくとも自分の体と向き合っている長さは、子どもより大人の方が長いからな。不調には気づきやすい」

「でも、気づけないこともあるのでは?」

「まあな。その時のために、おそらく人は家庭を持つのだろう」

 

 家庭。夫婦や親子は毎日顔を合わせている。他人よりよほど異常に気づきやすいだろう。

 でも、それは佐伯先生が言うことだろうか。

 運ばれてきた夕食を食べ始めた彼を見て、思う。夕飯を作ってくれる存在は、いないみたいだけれど。

 

「先生、ご家族と住んでいらっしゃるんですか?」

「生憎、独り暮らしだ」

「では、先生に一番毎日会っているのは、自分たち担当生徒では?」

「……はは。確かに。じゃあ素直に礼を言うことにしよう。ありがとうな、岸波」

 

 可笑しそうに薄く笑った佐伯先生。

 まあ、怒られるよりは良いか。

 

「それで、岸波には俺が疲れているように見えたと?」

「なんというか、いつもより覇気がないように見えます」

 

 いつもより、言葉に切れがないというか。

 少なくともいつもの先生だったら、自分を見て微妙な顔をしなかったような気がする。思い込みだけれども。

 

「……生徒に見透かされるようでは、俺もまだまだだな」

「見透かされる、ということは」

「まあ、体調を崩しているというほどではない。少し仕事が重なったこともあり、休みが取れていなかっただけだ」

 

 だけ。というには重いと思うけれども。

 まあでも、彼の言い方的には、そう珍しいものではないのかもしれない。

 

 

──Select──

  休めないんですか?

 >一緒に休みますか?

  つらくないんですか?

──────

 

 

「一緒にって……学校をか? そんなことできるわけないだろう」

 

 先生は呆れている。

 

「そもそも、教師はそう気軽に休めないんだ。授業に穴を開けるわけにもいかないからな」

「……自分が言うのも何ですけれど、大変なんですね」

「まあ、それを織り込み済みで教師という職を選んでいるからな。文句もなにもない。有給休暇は土日にでも使うとしよう。ただまあそれにしても、申請の関係で実際に休むのは少し先になるだろうがな」

 

 ……まあ、そうか。

 急に明日休みますと言われても、いくら土日といえ他の先生たちが対応できないか。

 彼の言う通り、休むのは結構先になるのだろう。それまで休みなし、というのは大変そうだけれど、頑張ってもらうしかない。

 せめて、その休みのことを考えてもらって、気を休めてもらおう。

 

「休みをもらえたら、何がしたいですか?」

「……特にしたいことは思い浮かばないな」

 

 少し考え込んだものの、良い過ごし方が思い浮かばなかったらしい。

 彼は難しい顔をしている。

 

「そういえば岸波は最近色々なことに手を出しているんだったな。何かお勧めなどはあるか?」

「自分の、ですか?」

「ああ。せっかくだし、生徒の過ごし方を聞いてみるのも一興かとな」

 

 ……そう突然言われても。

 何かあるだろうか……

 

「……急に言われると、候補が多すぎて思い浮かばないですね」

「そうか。まあ時間はあるし、何か思い浮かぶようであれば、教えてくれ」

「分かりました」

 

 ……何か思い浮かぶようであれば、佐伯先生に報告することにしよう。

 

「さて、あまり長居してもあれだからな。お暇するとしよう」

 

 気づくと夕食を取り終えていた彼は、帰り支度を始めた。

 ……また少し、佐伯先生との距離が近づいたような気がする。

 

「自分はもう少しやってから帰ります」

「あまり遅くなるんじゃないぞ」

「はい」

 

 背を向け、手を振りながら出ていく彼の姿を見送った。

 

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが5に上がった。


────


 次回はハロウィン回。
 メインストーリーを進めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10月31日──【特設会場】真面目な話を不真面目な格好で

 

 閲覧ありがとうございます。




 

 

 迎えた10月31日の水曜日。つまりはハロウィン。

 まだ午前中ということもあり、周囲にはかぼちゃなど小物の装飾が溢れかえっているものの、人通りは多くない。

 にも関わらず、ハロウィンらしく仮装として“着なれない服装”に袖を通した璃音と自分は、ベンチに腰かけていた。

 

「はぁ……」

 

 璃音がため息を吐く。

 自分はそこそこ楽しんでいるけれど、彼女はそうでもないらしい。

 

「どうしたんだ?」

「確かに許可は出たし、“男女逆転ショー”に参加するって話は聞いてたよ? 聞いてたケドさ、まさかこうなるとはって……」

「けれどさっきの話を聞くに、事の発端は自分たちだったじゃないか」

「いや、それについては文句ない……ワケじゃないけど……ってか、ほとんどキミのせいじゃなかった!?」

 

 口をへの字に曲げながら、彼女は納得いかなさそうにつぶやく。

 

「その不機嫌そうな顔、一層“らしい”な」

「それはヤめて……クるから」

 

 何がそんなに気に入らないのだろうか。

 ”ビシっとした白スーツに身を包む璃音”は、“カツラを被った自分”を見て、もう一度ため息を吐いた。

 

「逆に、なんでそんなにノリ気なの?」

「いや、面白そうだから」

「……思い出には残るだろうケドさぁ」

 

 こういうのは違うかなって。と璃音は言う。

 どうにも気が乗らないらしい。

 

「何がそんなに嫌なんだ?」

「そんなの決まってるでしょ!?」

 

 ベンチから立ち上がり、彼女は叫ぶ。

 

「この“男装”と!」

 

 片手は自身の平坦になった胸に置き。

 

「キミの“女装”が!」

 

 片手はこちらを指さして。

 

「普通に似合っちゃってるコトでしょ!!」

 

 ……そこなんだ。

 どうして似合っちゃいけないのだろうか。

 

 

──少し前──

 

 

────>アンティークショップ【ルクルト】。

 

 

「今日、青年たちにお願いしたいことは1つ……2つ……」

「増えてません?」

「纏めちゃえば1つだけど、細かく言った方が良いかと思ってね」

 

 お店のカウンターに座りながら店主のユキノさんが優雅に笑っている。

 対面に立つ璃音と自分といえば、その笑みの底知れなさにぞっとした。

 

「まず、青年たちには今日の夕方に行われるお祭りに参加して欲しい」

「確か、男女逆転ショー、でしたよね?」

「ああ、少年に聞いていたかな? 話が早くて助かる。まあハロウィンらしい有り触れた仮装ショーさ。とにかくそれに一参加者として出てほしいのさ」

「それは分かりましたけど、残りのお願いっていうのは?」

「それもハロウィンらしいことだよ。久我山少女」

 

 ユキノさんの目が、自分と璃音を順に見つめる。

 

「君たち2人は、あるデザイナーが作った衣装を着てほしいんだ」

「衣装……それも、自分たち専用のですか?」

「ああ。2人が以前、お互いの男装姿女装姿について話し合っていたと話題になっていてね。それを聞いたとある近所のデザイナーが奮闘した結果、君たちに着てもらいたい衣装が完成したんだ。それを着てほしい」

「「?」」

 

 何のことだ?

 自分たちがお互いの男装や女装に話していたって?

 そんな話、した記憶……

 

「あ」

「え、心当たりあるの!?」

「あ、ああ。前に璃音の変装について話した時……」

 

 

────

 

「それとも何? わたしには男装が似合うって言うの?」

「……悪くないんじゃないか?」

「……なんか、カチンときたかも」

 

────

 

「……でも、キミも女装似合いそうだよね」

「そうか?」

「え、なんで食い気味で反応を!?」

 

────

 

「そのうち、自分が女装して、璃音が男装して1日過ごしてみるか」

「何の罰ゲーム!?」

 

────

 

 

 言われてみれば、確かにレンガ小路でそんな会話をした気がする。

 どうしてその一瞬しか話していない内容が、彼女の、そしてそのデザイナーさんの耳に届いているかはとても大きな謎だけれど。

 

「その様子だと思い出したみたいね」

「ええと……まあ……」

「ベ、別にやりたいとは言ってないンですケド!?」

「ああ、意思は正直どうでもいいんだよ。大事なのは、その話を聞かれていて、衣装をすでに用意してあり、2人がその衣装を着て参加するプログラムがある、ということさ」

「「!?」」

 

 どうやら、拒否権はないらしい。

 

「あ、あの……それももしかして、許可が」

「ああ、大丈夫。聞いているかは分からないけれど、久我山少女が所属するアイドルグループも、同じイベントに参加予定だからね。同じステージではないけれども、詳細は話してあるよ。当然了承済みさ」

「なんで!?」

「……さすがの根回しだ」

 

 どこまで伝手があるのだろうか。

 アンティークショップの店主でありながら、洸や自分にバイトを紹介するなど、彼女の持つ人脈の広さは本当に尊敬できる。

 

「とにかく、頼んだよ。お2人さん。なに、ただ人数を増やすために参加するだけ。そう気負わなくて良いから」

 

 

──現在──

 

 

 周到に根回しされると逃げられなくなることを体験できた自分たちは、晴れて仮装をし終え、ベンチに腰を掛けていた。

 ちらり、と璃音の姿を見る。

 普段頭の上で結っている髪は、一度すっかり下ろされた後、首の後ろあたりで1つ結びされている。

 少し大人っぽい。というか、大人しく感じる。髪を上で留めていた時は明るく感じたというのに、どうして髪型一つでこうも変わるのだろう。

 ……自分も髪型を変えれば、印象に残りやすいだろうか。……まさか、今がチャンスなのか?

 

「璃音!」

「え、ナニ、急に」

「自分、どうだ?」

「……え? ……別に、普通」

 

 普通らしかった。

 せっかく仮装しているのに。

 

「逆になんで違和感ないのかがすっっごいナゾなんだけど」

「璃音も男装に違和感ないぞ」

「ケンカ売ってる?」

「……褒めてるんだけどなぁ」

 

 どうやら璃音は男装を褒められたくはないらしい。

 けれども、本当に似合っていると思う。

 白いピシッとしたスーツは、大人しい印象を得た璃音にとてもよく映える。これで声が低かったら、本当に男性に見えていたかもしれない。

 

 対する自分も、まあ違和感がないということは悪くないのだろう。

 地毛と同色の長髪カツラを被り、多少メイクを施された上で、胸にほんの少しの詰め物をし、どこのものか分からない女性用制服を身に纏っている。

 初めて履いたスカートは、11月を目前に控えたハロウィンの今日では、とても寒く感じる。タイツで足を露出している訳ではないといえ、それでもだった。

 

「なあ、璃音」

「今度はどしたの?」

「女性って大変なんだな」

「……?」

 

 首を傾げた彼女だったが、自分の手がスカートを弄っていたのを見て、ああ……と納得したように笑った。

 

「そうだよ。女の子はいつだっておしゃれとか可愛さのために努力してるんだから」

「気づけて良かった」

「なんなら、そのままステージに立ってみる? アイドルの気持ちも分かるカモ?」

「……せっかくだし、やってみるか」

「ちょっ、急に前向きにならないでよ!!」

 

 焦ったように止めてくる璃音。

 ……ステージと言えば。

 

「そういえば璃音は今日、出ないのか?」

「え」

「ステージ。SPiKAも出るって言っていただろう」

「あ……」

 

 目線が、徐々に下がっていく。

 何かを考え込んでいるみたいだ。

 そしてまた浮かび上がった顔には、あきらめたような笑みが張り付いていた。

 

「いやいや、こんな格好じゃ出れないでしょ。ただでさえ休んでいるのに、遊びまくってると思われちゃう」

「ハロウィンを楽しんでいる姿を見られるのは、ファンとしてもありがたいんじゃないか?」

「そういうものかな。……うーん、でも、まだ、良いかな……」

 

 表情は、晴れない。

 ステージに立つのを躊躇う理由が、何かあるんだろうか。

 

「……ねえ、聞きたいことがあったんだ」

 

 少し間を置いて、彼女が神妙な顔つきで、自分へ問い掛けた。

 

「どうした?」

「キミは、どう思ってるの? あたしの復帰について」

 

 復帰。

 先日みんなで話した際に話題となった、璃音の回復状況について。

 

 そもそも彼女の戦う理由は、2つあった。

 1つは自分たちと似ていて、誰かの笑顔を護る為のもの、またはそうあるべきアイドル像を貫くため。

 もう1つは、自身の力を制御すること。自分もそこまで詳しく聞いたわけではないけれど、そもそも出会った当初の璃音の悩みが関係してくる。

 

 

────

 

「歌に心を込める。音に意思を乗せる。いつからかあたしは、これらが苦手になった。心が昂れば昂るほど、“それ”は起きやすい」

 

「最初は、病院のベッドを切り刻むような鎌鼬が起きた。次に、機械が異常をきたすようになった。変な音が聞こえるようになった。変な声がするようになった」

 

────

 

 

 それは、彼女のシャドウが現実世界に影響を与えていたからだという。しかし、普通であればシャドウが何のきっかけもなく現実世界に実害を及ぼすことはない。

 その理由こそ、いまだに解明していないけれど、1つ分かっていることがある。

 シャドウとは心の奥底に潜む自分の人格。それでも自分が向き合うことのできず、普段は押さえつけているもの。

 普段は見ないようにしているものと向き合うことで、シャドウはペルソナへと姿を変え、自身の意志の力として振るうことができるようになる。

 つまり、ペルソナが十全に扱えていれば、シャドウが暴れることは基本的になくなる。ペルソナを上手く扱えるということは、自分とよく向き合えているということであり、かつ心を制御できているということになるからだ。

 回復とは、その制御がしっかりと行き届いていることを指すのだろう。

 

「璃音がそもそも病院に通っていたのって、何を見ていたんだ?」

「何を見ていた……かはよく分からないけど、よくヒアリング受けたり、カウンセリングされたりしてたかな。メンタルコントロールってやつ?」

「それが、うまくいっているって判断されたってこと?」

「うん。もう暴れる心配は無さそうって。まだ完全じゃないケドね」

 

 それも、あと1回通えばおそらく大丈夫と診断されたらしい。

 まあペルソナ能力や戦闘の様子を見ても分かるように、彼女はもう十分に戦える強さを得ている。

 春に1人縮こまっていた少女ではない。

 仲間とともに成長し、戦い続けてきたのだ。

 その日が来るのは、必然だっただろう。

 

「あたし、どうするべきかな」

「璃音……」

「ねえ、キミは、あたしに“どうしてほしい”?」

 

 何かを期待しているような目だ。

 自分は、なんて答えるべきだろうか。

 自分は彼女に、どうして欲しいのだろうか。

 

 

──Select──

  一緒に戦ってほしい。

  アイドルに戻ってほしい。

 > 自分で選んでほしい。(要コミュランク5)

──────

 

 

 今の自分なら、はっきりと言える。

 彼女に選択権を突き返すと。

 久我山璃音を、彼女の出す答えを、信頼しているから。

 

 彼女はよく、自分のことを分かっているように振る舞うことがあるけれども、それは自分だって同じだ。

 自分だって、彼女のことは分かっている。

 

 彼女の憧れの正体を、彼女の原点を知っている。

 

 彼女が望まれていることを、彼女が望んでいることを知っている。

 

 彼女が“あの日”語ってくれたことを、自分はいつだって覚えているから。

 

 

「璃音なら、大丈夫だ」

「何が?」

「誰に言われるまでもなく、自身の中の願いに沿ったものを選べば、きっと最良の選択ができる」

「……あたしの中の、願いに沿った」

 

 胸に手を当てて、彼女は目を伏せる。

 それでもまだ見つかないのか、晴れない表情のまま、目を開けた。

 ……まあ、時間は必要だよな。

 

「そういえば、その次の通院っていつなんだ?」

「……え? 取り敢えず学園祭が終わるまで放課後出れないから引き延ばしてるよ。片付けの日は午前授業だから、その日の午後に行こうかなって」

「なるほど。それじゃあ、もう少し考えてみたらどうだ? 今は目の前のことに集中しよう」

「……キミの女装に?」

「ああ、璃音の男装に」

 

 少し間を置いて、それもそうだね。と彼女は表情から力を抜いた。

 悩むことは、いったん止めたようだ。

 

「……それじゃ取り敢えず、今日のイベント乗り切って、文化祭も乗り切っちゃおっか!」

「ああ、その意気だ」

 

 いざとなれば、何か力になれるよう、準備しておいてもいいかもしれない。

 今は取り敢えず、彼女の言う通り、イベントを乗り切ることに専念しよう。

 

 

 






 選択により、ルートが変更されました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話ーB 大事なのは、強さではなく(Shooting Star)
11月1日──【部室】文化祭前日


 

 閲覧ありがとうございます。





 

「改めて、みんな、昨日はありがとう」

 

 1日休みをもらったお礼を、みんなに伝える。

 璃音も、自分に続いて頭を下げた。

 

「ホントに助かったよ。迷惑掛けてゴメンね」

「いや、事前に色々打ち合わせした甲斐もあってなんとかなったし、大丈夫だ。そうだな、進捗の共有しとくか」

 

 割り振った仕事の経過を聞く。本来は自分たちの仕事だったから、今日からはこちらでしっかりと行わなければならない。

 ……まったく考えてはいなかったけれど、みんなしっかりと取り組んでくれたんだな。思った以上に作業が進んでいる。

 

「本当にありがとう」

「気にしないで。困ったときはお互い様でしょう」

「ええ。それに、お2人も自身のご都合で休まれたのではないですし、そこまで気にされなくても良いかと」

 

 美月と明日香が気を使ってそう言ってくれた。

 ……これ以上なにか言っても、また気を遣わせるだけかもしれない。

 

「それにしても、画像見たよ。昨日はお愉しみだったみたいじゃん」

「ああ、楽しかったぞ。なあ璃音」

「……まあ、終わってみれば悪くなかった、かな」

「ユウキ、なんだその画像って」

「うん? 見てないの? 遅れてるなぁ。今転送してあげるからちょっと待って」

 

 大方、昨日のステージの写真だろう。

 仮装ステージということもあり、ある程度は期間を設けて撮影していいことになっていた。

 案の定、祐騎から全員に送られてきたのは、各々が思い通りのポーズをとっている集合写真だ。

 

「あー……これ、岸波か」

「よく見ると、こちらはリオンさんですね」

「わぁ、お2人とも、すっごく似合っています!」

「……アリガト、ソラちゃん」

「あ。久我山センパイ、その微妙な顔も写真撮っていい?」

「事務所NGで」

 

 まだ褒められることは嬉しくないらしい。

 とはいえ、空によって口から出されたその言葉が、本心であることを理解しているからこそ、何とも言えない表情をしているのだろう。

 祐騎や洸、自分が言っていたら怒られていた気すらしてくる。

 

「へえ、SPiKAの人たちもいたんだな」

「あ、ウン。その関係であたしも呼ばれたみたい」

「……1人だけ男装してんのに?」

「……言わないで」

 

 メンバー全員が仮装しているならまだしも、1人だけということはなかなかどうしてとなるだろう。

 けれど、集まったファンの方々にとっては嬉しいサプライズになったらしい。

 SPiKAのメンバーと仮装した璃音の絡みは、色々な歓声によって受け入れられていた。

 やはり、ファンも璃音の復帰を心待ちにしているのだろう。

 あの歓声を受けて、彼女がどう思っているかが気になるところだけれど。

 

「……さて、そろそろ行くか」

「明日が本番だし、正真正銘のラストスパートだな」

「確か今日は夜まで残れるんですよね?」

「ええ。あくまでも、“残っていい”としているのだと理解してください。本来であれば、早く帰ってほしいんですからね」

「でも僕以外の僕らは都合上、帰るの遅くなりそうだね」

「四宮も残っていいんだぞ」

「冗談。指示なんて本来であれば家からでもできるんだ。前日だからって、無理をする所じゃないよ」

 

 ならどうして今は部室にいるのか、という質問はおそらく野暮なのだろう。

 

 

 

 そうしてそのまま各自の作業のため解散。夕方の時間を過ぎ、やがて本来の下校時間を超えて、夜へと差し掛かる。

 夕食はみんなで部室で取った。

 各々のやるべき場所での作業を一通り終えた自分たちは、部室に戻ってそれぞれ本番に向けた作業へと取り組むことに。

 

 しかしその作業も数時間で終わる。

 いや、終わってはいないけれども、時間的な終わりが来てしまったというべきか。

 

「ここから先は明日、か」

 

 部室に掛けられた時計を見上げ、洸が呟く。

 その言葉には、若干の疲労が込められていた。

 彼の言葉を皮切りに、数人が伸びをしたりと疲れを露にする。

 

「最終的な出番は明後日だから、明日はまた作業だな」

 

 自分たちのこの作業が日の目を浴びるのは、文化祭後半になる予定だった。

 つまりは、まだ時間がかけられるということ。

 まだ妥協の2文字は見なくて良さそうだ。

 

「とはいえ、皆さんが回る時間もしっかり取らないとですね」

「あ、そうですね! ミツキ先輩や高幡先輩は最後ですし、しっかり楽しんでもらわないと!」

 

 美月の気を使ったような発言に、空が同意する。

 いや、空が言いたいのは、3年生コンビがしっかりと思い出を作れるように、自分たちで時間を捻出しようということか。

 ……とてもいいことだと思うけれど、それに大人しく同意するような先輩たちではないことを、自分たちはよく知っている。

 

「いや、俺たちは去年まで2回も楽しんだからな。逆に1年のお前たちが、来年のためにも今年楽しんでおけ」

「そうですね。生徒会長としても、皆さんには精いっぱい楽しんで頂きたいです」

 

 まあ予想通りの反応だった。

 

「そうね。来年の主軸はソラちゃんや四宮君たち現1年生だから、しっかりと学んで欲しいわ」

「いやいや、来年はコウセンパイたちの代でしょ。そんな無駄な期待かけないでもらっていいかな」

「いや、新1年生以外は皆さんが作り上げるんですからね?」

 

 生徒会長として真面目な注意が入る。

 まあ、明日香も祐騎も、こういう全体お祭りみたいな行事ではしゃぐ性格ではないのだろう。

 明日香はどちらかと言えば、一線を引いて他人と接するタイプ。祐騎はそもそも他人とコミュニケーションを取ろうとしないタイプだ。

 両者が他人事として学園祭を捉えているのは、まあ分からなくもない。

 それでも、彼らが文化祭の準備に取り組む姿は真剣で、楽しそうだった。

 なら何かキッカケでもあれば、本番ももっと楽しめそうだけれど。

 少なくとも、仲いいみんな……というか、自分たちX.R.Cで文化祭を回るのは、現実的じゃないからな。

 

「あのさ、誰かとかじゃなくて、別にみんなで回って一緒に回って、一緒に楽しめば良くないカナ?」

「残念だけれども、そこまでの余裕はないと思う。誰かしらは残って作業を進めないとだし」

「それにまあ、もしかしたら他の部活の連中から助っ人を頼まれる可能性もあるからな」

 

 洸の言う通りだ。

 全員席を外してしまっては、それこそX.R.Cとしてはよろしくないと思う。

 

 

「なるほどな。まあここまで散々あちこちに手を出してきたんだ。頼りたくなった時、真っ先に頭には出てくるかもしれねえ」

「じゃあわたし達も、X.R.Cの活動として、しっかりと応えないとですね!」

「そうね。だから交代で休憩を取る以外に手はないわ。一緒に回るとしたら、2人か3人が限度でしょう」

 

 なるほどな。

 まあ、洸や空などはX.R.C以外にも交流の幅が広い。

 休憩を取っても一緒に回らない可能性もあるか。

 自分も誰かと回る約束をしようか……

 

 

 ……文化祭、誰と回ろう。

 

 

──Select──

  柊 明日香。

 >久我山 璃音。

  フウカ先輩。

  ヒトミとマリエ。

  誰とも約束をしない。

──────

 

 

 ……後で連絡しておくとしよう。

 

 そうして、完全下校時間の少し前に、自分たちは荷物をまとめてそれぞれの帰路についた。 

 明日はついに初めての文化祭。

 楽しみだ。

 

 

 

 




 

 ……ソラとミツキは……どうしてコミュ5まで到達してないの……?

 一応個人的に大事なことなので明言しておきますと、今回は誰でもよかったのでルーレットを回しました。
 当然1/5の確率で、誰とも約束をしない(男共で回る)はあり得ました。
 本当です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11月2日──【部室】文化祭初日 1

 

 閲覧ありがとうございます。
 本年もありがとうございました。
 長くなったので、前後編に分けます。
 次話は明日投稿予定です。
 


 

 11月2日。金曜日。

 今日から2日間かけて、文化祭が開催される。

 きっと忙しさに奔走することになるだろう。

 そんな中でも楽しむための約束は取り付けてある。

 休憩時間も合うように調整済みだ。

 ……さて、そろそろ学校へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【X.R.C部室】。

 

 

 若干浮足立っていたのか、遅刻しないよう早めに出たのが影響したのか、とにかく校舎についたのは、いつもよりも30分も前だった。

 流石にまだ誰もいないかな、と思いつつ、荷物を持ったまま部室へ直行すると、洸の姿が見える。30分も前なのに、だ。

 人のことは言えないけれど。

 

「おはよう」

「うっす。はやいな」

「洸こそ。逆にみんなはまだ?」

「流石にな。って言っても来てるヤツは来てるが。ソラは空手部、ミツキ先輩は生徒会だな。見てないけど、アスカは教室の方に寄ってから来るって言ってたぞ」

「半分は来てるってことか」

「ま、オレも含めてそれぞれのクラスの出し物があるからな」

 

 そう言って、洸は今日の学園祭のパンフレットを広げる。

 

「ハクノとリオンのクラスは……水族館カフェ?」

「ああ。来るか?」

「行こうとは思ってるが……そもそもなんだコレ。熱帯魚とかを展示……するのか?」

「いや、みんなが魚の着ぐるみを着てカフェを運営している」

「……なんで?」

「……さあ」

 

 まあ、色々な理由はあるけれど。

 元々はメイドカフェだった。

 まあ男子も全員メイド姿にするという非難の飛んだ案だったけれど。

 ただそこで、璃音が結果的に客寄せになってしまうことが問題視されてしまった。

 まあ活動休止中とはいえ、彼女も事務所に所属している身だ。そういう璃音を含めて全員着ぐるみを身に纏えばよいのでは、という話がどこからだったか浮上する。

 まあその声を受けて出し物は見直し。検討の結果、動物の着ぐるみで森林カフェをやるか、魚の着ぐるみで水族館カフェをやるかの2択になった。

 で、色々あって水族館カフェになった訳だ。

 

「涼しい時期で本当に良かった」

「確かに残暑厳しいタイミングだったらキツそうだな」

 

 ちなみに自分が入るのはサメらしい。というか男子の7割はサメだ。サイズ的に合うものが市販でなかったから仕方ない。

 

「まあ来た時、自分を当ててみてくれ。多分分かりづらいから」

「……そういう楽しみ方もできるってことか」

「いや、副産物だけど。指名されたらその人が対応するし」

「指名しても出てくるのが魚じゃなあ」

「甲殻類メンバーもいないことはないぞ」

「そういう問題じゃねえよ」

 

 ないらしかった。

 

「てかハクノ達は、結構クラスの方でも体力持っていかれそうだな。こっちの活動は大丈夫なのか?」

「やりきるしかない。それに大変のは自分だけじゃないだろう」

「まあ……なあ」

 

 そう言って、再度パンフレットへ目線を下す洸。

 

「オレとアスカはお化け屋敷。と、ユウキのところもか。ソラのクラスはポップコーン屋。シオさんのとこは縁日で、ミツキ先輩は……占い&プラネタリウム……?」

「ああ、ミツキのところは星座占いした後にプラネタリウム見て星の勉強するらしい。『星繋がりらしいです』とは言ってた」

「……まあ、行ってみないと面白いかどうかはわからないか」

 

 一見盛り上がりという面では難しいだろうけれど、一定の女子人気や、カップル人気はありそうな気がする。

 けれどまあ、どう転ぶかは占い次第か。

 

「祐騎と洸たちは被ったか」

「まあ、申請時に実行委員から通達は受けてたけどな。2つのクラスがお化け屋敷を希望していますって。そこでまあ、協議の結果、うちはサウンド系のホラーを作って、ユウキのクラスは装飾系のホラーを作ることになった」

「じゃあ実際ジャンルは違うのか。なるほど」

 

 それは、どっち行っても面白そうだ。

 

「サウンドだったら祐騎も強そうだけどな」

「そもそもユウキが積極的に文化祭に関わるかどうかが微妙じゃないか?」

「……」

 

 否定できない。

 

「っと、オレもそろそろ教室に行かねえと。ハクノはどうする?」

 

 荷物を持ちながら洸が尋ねてきた。

 どうしようか。

 ……でも、元々早く来たから誰かいれば程度で来ただけだし、洸しかいないのであれば、その役目もここではもう果たせないだろう。

 教室へ行って文化祭開始までクラスの手伝おうか。

 

「自分も戻る」

「じゃあ、また後でな。良い文化祭にしようぜ」

「ああ。お互い良い文化祭を」

 

 

──午前──

 

 

『只今を持ちまして、20XX年、杜宮高校文化祭を、開始いたします』

 

 美月の宣言が放送室より学校全体に届けられ、学校中の至るところから、それを迎える拍手が響いてくる。

 自分もクラスでそれを聞いていた。

 着ぐるみを前にして。

 

「……」

 

 拍手が鳴りやみ、他のクラスががやがやし始めてからも、自分たちのクラスは比較的静かだっただろう。

 まだ誰も、着ぐるみに袖を通していない。

 各自の目の前には、死んだように横たわる魚たちの姿。彼らは何というか、陸地に打ち上げられて跳ねる元気をなくしたような、そんな見た目をしていた。

 それを嬉々として着るような元気は、クラスに湧いていない。

 

「ねえ……マジでこれ……」

「いや……もうやるっきゃねえだろ」

「ほら、早く着なさいよ」

「えー……じゃあせーので着ようよ……………」

「せーのって言えよ……」

 

 ……これは、大変な文化祭になりそうだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11月2日──【部室】文化祭初日 2

 

 あけましておめでとうございます。
 閲覧ありがとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。


 

 

──昼──

 

 

「あれ、岸波って11時30分休憩だよな?」

 

 同級生にそう声を掛けられる。

 あらかじめサイフォンにメモしておいた今日の予定を開くと、確かにその時間帯から別の色に分けられている。

 言われてみればそろそろだ。

 

「代わるぜ。休憩行って来いよ」

「良いのか?」

「ま、どうせ客も来ねえしな。少し早いくらい問題ないだろ」

 

 チラリ、と彼が周囲に目を向ける。

 昼前だというのに、ポツポツとお客さんが入っている程度。

 他のクラスに比べると、好調とは言い難い流れだ。

 

「それじゃあ……」

 

 簡易で作った仕切りの奥、バックヤードに戻り、着ぐるみを脱いで渡す。

 そのまま畳んであった制服の上着を広げ、袖を通した。

 あっという間に元通りだ。

 

 ほんの数時間だったというのに、制服に対する不思議な安心感を覚えながらも、廊下へと出る。

 一応クラスから与えられた自分の休憩時間は、11時30分から14時までとなっている。

 そこから部活の方に参加する時間を捻出するのだけれど、X.R.Cメンバー全員の時間を調整してくれた祐騎曰く、自分は11時30分~13時に参加すれば良いとのこと。

 なので休憩として使えるのは13~14時の実質1時間。お昼ご飯なども含めて、だ。

 まあそこは約束相手にも共有してあるから大丈夫だろうけれど、念のため再確認のメッセージだけは送っておこう。

 

 さて、まあおそらく何があるわけでも無いけれども、部室へ行くとしよう。

 ついでに部室に居座っているであろう祐騎を、自身のクラスへ送り返しておかないと。

 

 

──午後──

 

 

「ゴメン、お待たせ!」

「いや、全然」

 

 人波を搔い潜って、璃音が隣にやってきた。

 昨夜唐突に誘ったというのに時間の都合をつけてくれただけでもありがたいというものだ。

 むしろ無理に調整してもらって、彼女のスケジュールを慌ただしいものにしてしまったのではと思う。それを思えば1分や2分のずれなど、気にすることはない。

 

「誘ってくれてアリガトね! 遅れた身で言うのもアレだけど、時間ないし行こっ!」

「ああ」

「行きたい場所とかある?」

「気になっているのは、やっぱりX.R.Cのみんなのクラスとかだな。全部は回れないだろうけれども」

「そうだね。……行けても3クラスかな。どこを回る?」

「璃音は行きたいところとかないのか?」

「あたしもみんなのクラスくらいだから大丈夫!」

 

 なら、良いかな。

 さて、どこを選ぶとしよう。

 

 

──Select──

 >おばけ屋敷(1年)。

  ポップコーン屋。

  おばけ屋敷(2年)。

  縁日。

  占い&プラネタリウム。

──────

 

 

 確か祐騎のクラスは、飾りつけなどの雰囲気を重要視したお化け屋敷だったはず。

 ここに行こう。

 敢えてもう1件のお化け屋敷に行くのも有りだとは思うけれど、どうしようか。

 

 

──Select──

  ポップコーン屋。

  おばけ屋敷(2年)。

 >縁日。

  占い&プラネタリウム。

──────

 

 

 志緒さんの所の縁日なら、食べ物も売っているかもしれない。

 まあ無くても楽しめることだろう。

 あともう1件はどうしようか。

 

 

──Select──

  ポップコーン屋。

  おばけ屋敷(2年)。

 >占い&プラネタリウム。

──────

 

 

 想像が付きにくいという観点から一番興味がそそられるのは、美月のクラスの出し物だった。

 2人で行って盛り上がるのかは分からないけれど、覗いてみる価値はあるだろう。多分。

 

 回る出し物は、1年のお化け屋敷、縁日、占い&プラネタリウムの3箇所で良いだろうか。

 

 

──Select──

 >良い。

  考え直す。

──────

 

 

「よし、決めた。まずは祐騎のクラスから行こう。その待ち時間次第で、志緒さんのところで、美月の所って流れで」

「オッケー! 四宮クンのクラスって何してるトコ?」

「お化け屋敷」

「………………そっか」

 

 

 テンションがガタ落ちした。

 苦手なのだろうか。

 まあ実際怖いかどうかは、近づいて中の雰囲気味わってもらってから判断してもらおう。

 

 

────>杜宮高校【1階・お化け屋敷前】。

 

 

 ……特に何事もなく終わって出てきてしまった。

 

 

「思ったより反応なかったな、璃音」

「え、怖がってるトコが見たかったってコト!?」

「いや、そうではないけれども。見ている最中終始何か考え込んでなかったか?」

「……それは……」

 

 お化け屋敷に着いた際、前には2組が並んでいた。

 5分ほど待って中へと案内される。

 出てきた人の様子や中の声を聞く限り、悲鳴らしきものも聞こえていたし、結構反応自体は良さそうな感じだった。

 でも確かに、実際通ってみた感じ、思ったより怖くはなかったかな。

 どうしてだろうか。

 

「いやほら、上から人が脅かして来たり、這いまわるようにして追いかけられたり、急に視界が狭くなったりとか、色々な仕掛けがあったじゃん?」

「あったな」

「追いかけられるのも、見た目が不気味なのも、あたしたちはホラ、普段割と経験してる方だから……」

「……なるほど。確かに慣れていたか」

 

 不気味なシャドウにも普段から追いかけまわされているし、角を曲がった瞬間に命の危険があるのも割とざらにあるからな。

 特に今回のような暗いシチュエーションが余計に作用してしまったのかもしれないけれども、無駄に警戒心を働かせ、出会いがしらの事故に気を配るようになってしまった。

 その状態だから、自分たちはあまり驚いたりできなかったのかもしれない。

 

「職業病だな」

「びっくりなところに活かされちゃった。今後お化け屋敷のロケとかあったらどうしよう」

「そこは逆に冷静な反応を貫けばいいんじゃないか?」

「まあ音で驚かしてくる系以外は多分イケそう」

「音は駄目なんだ」

「結構過敏な方だし! アイドルですから!」

 

 音をメインに置いたコウやアスカのお化け屋敷に行ったらどうなっていたんだろうか。気になる。

 

「でもホント、悲鳴上げずに済んだのは良かった……カナ? 喉痛めないし。どっちかっていうと今回は、おばけ屋敷より美術館に来たような気分で回っちゃった。この塗りとかメイクとかどうやったんだろ? ってね」

「……こんなことを聞くのはあれだけれども、楽しめてた、のか?」

「? まあ一緒に回ってたし、あたしは楽しかったケド……そっちはつまらなかった?」

「いや、自分も割と装飾とかに目を奪われてたから面白かった」

「ならヨシってことで! 次行こっ!」

 

 そう言って少し前を歩き、階段へと足を向ける彼女。

 まあ楽しんでくれているなら良いか。

 

 

────>杜宮高校【3階・縁日会場】。

 

 

 まるでここだけ夏祭りか、と言わんばかりに盛り上がっている。

 人がたくさんだ。

 

「あ、スーパーボール掬いがある!」

「射的のようなものに、くじ引きのようなものもある」

 

 まさにミニ縁日。

 実際に見るのは初めてだけれど、得ていた情報通りのものだ。

 遊べる屋台や食べる屋台が並び、人がごった返している。

 こんなところで味わえるなんて、思ってもみなかった。

 

「何からやろう」

「……何か目が輝いてる」

 

 わくわくし過ぎたみたいだ。

 

 ひとまず目に入った屋台をすべて挑むほどの時間はなかったので、スーパーボウル掬いと輪投げをやることに。

 しかしどちらも、大していい結果は出せなかった。

 少し肩を落としたとはいえ、何か掴めそうなものはあったので、また次の機会があればもう少し上手くできるだろう。

 気を取り直して、次。

 遊び以外のコーナーに目を向けた。

 ……一際目を惹く屋台が、1つある。

 

「あれは……チョコバナナ屋……?」

「……創作バナナ屋って書いてあるね」

 

 気のせいか、緑のバナナや青いバナナも見える。

 どうやら好きな味をオーダーできる一方で、多少割安でランダムバナナを販売しているらしい。

 案内板曰く、料金を払ってその場でくじを引き、引いた札に書かれている味のバナナを持ち帰るシステムだそうだ。

 既知のおいしさを取るか。

 未知のおいしさを求めるか。

 

「璃音」

「なに?」

「あれのランダム、どうだ?」

「イイね! 動画で撮ってあげようか?」

「……え、動画? いや、璃音も一緒に買わないかって」

「あ。あたしの分の話だったんだ。……ウーン」

 

 顔を顰めて悩む璃音。

 数秒悩んだ結果、彼女が出した答えは。

 

「……やろう! これもいい思い出ってヤツでしょ!」

 

 いい思い出になるかはこの後次第だけれど。

 まあ乗り気になってくれたようで何よりだ。

 1人だったら普通のを買っていたところだった。

 

 2人でお金を払い、くじ引きのボックスに手を伸ばす。

 中に入った紙を1枚拾い上げると、そこに書いてあったのは。

 

「マンゴー……?」

 

 バナナ、マンゴー……?

 それは甘さに甘さを足しているのでは。

 いや、それ自体はチョコバナナも同じか。

 合う、のか?

 まあそれは食べてみれば分かるとして。

 

「璃音はなんだった?」

「……………………ラムネ」

 

 長い沈黙を持った後に、絞り出された回答は、考えるまでもなく合わなそうだなというもの。

 璃音がすごい微妙な顔をしている。

 

「えっと、交換する?」

「イヤ。それはフェアじゃないじゃん。引いたからにはあたしが食べる……ケド」

「けど?」

「……美味しそうだね、マンゴー」

「1口交換しよう」

「……それって、それはそれで……いや、うん、お願いシマス」

 

 ちなみにマンゴー味は美味しかった。

 ラムネはまあ……おいしいとまではいかなかった。個人的に。

 

 

────>杜宮高校【3階・占い&プラネタリウムの館】。

 

 

 こういうのも、アリかなぁ……と口で強がる璃音に自分のマンゴーバナナを差し出し、次の目的地へ。

 着いた教室は、暗かった。

 教室自体にあまり光が入ってきていない。カーテンは閉じている。ただでさえ暗めなのに、教室中央には半円を描くように暗幕まで敷かれている。

 また、教室の四隅には机4つ分ほどのブースが。教室の入口に、『まずは教室四隅の占いブースへお立ち寄りを』と書かれているので、そちらが占いコーナーなのだろう。

 とするとやはり、中央の球体がプラネタリウムか。

 

「取り敢えず、占ってもらおう」

「だね」

 

 取り敢えず四隅にある占いの席で、空いているところに適当に座る。

 

「ようこそ占いの館へ」

「「よろしくお願いします」」

 

 ブースに座っていたのは、女性の先輩だった。

 見覚えはない。というより、フードを被ったローブ姿だから、室内の暗さも相まって顔がちゃんと見えていない。

 

「まずはお2人の生年月日をこちらに」

 

 そう言って占い師の生徒がこちらに紙を2枚渡してくる。

 ……誕生日?

 

「すみません。自分、誕生日分からないんですけど」

「え?」

「あ、そっか」

 

 そこらへんは自分も北都グループに聞いていない。というよりは、もう分かる人が誰もいないのだ。

 元々病院にあれば良かったけれども、出生病院がどこかも分かっていない。両親はもちろんおらず、友人知人の影もない。誰が生年月日を知る術はなかった。

 

「うーん、じゃあ残念だけど無理ね。力になれないわ」

「えっ」

「だって私たち、文化祭に向けて星占いの勉強をして物を揃えただけで、本職の占い師じゃないからね。星占い以外は習得できていないのよ。こっちのお題は取らないから、ほら、この通り! プラネタリウムだけで許して!」

 

 まあ元はと言えば自分のせいだから、自分としては構わない。

 璃音がどう思うかだけれど。

 

「璃音はそれでも良いか?」

「うん、全然大丈夫」

「じゃあそうしようか」

 

 そうして2人、席を立つ。

 再度謝ろうとした先輩を手で制し、逆にこちらが謝ってからブースを離れる。

 

 それにしても、こうして突きつけられると、その度に少し考えてしまう。

 自分が、恐らく思っているよりも多くのものを失っていることを。

 考えたところでどうしようもないのは、分かっているけれども。

 

「……大丈夫?」

 

 璃音が顔を覗き込んでくる。

 

「大丈夫」

 

 自分に言い聞かせている答えを返す。

 前を見るしかないのは、分かっているから。

 それに、もう前ほど焦っていない。

 今の自分は、ここまで半年近くを色々積み重ねてきた結果の存在。

 “半年分の価値”を持った岸波白野だ。

 他でもない、今隣にいる人も、普段一緒にいる人たちも、そうした日々の中で育まれた縁の結果。

 だから大丈夫。大丈夫なはずだ。

 自分は前に進んでいる。

 

「大丈夫だよ。だから、入ろう」

「……ウン」

 

 そうして入って見たプラネタリウムは、綺麗で、だけど天井がとても低かった。

 

 

────>杜宮高校【2階廊下】。

 

 

「今日はホントありがとね。誘ってくれて」

 

 教室の近くに戻ってきて、彼女はこちらへと向き直った。

 

「ねえ、どうして今日誘ってくれたの?」

 

 

──Select──

 >一緒に過ごしたかったから。

  回ったら楽しそうだと思ったから。

  なんとなく。

──────

 

 

「……そっか」

 

 なら良いか。と笑う彼女。

 何が良いのかは分からないけれど、きっと何か納得できたのだろう。

 

「次からもう少し早く言ってね」

「それは気を付ける」

「……まあ今回裏で骨を折ったのは四宮クンだけどね」

 

 そうか。X.R.C全員の休憩時間を調整したのは祐騎だったしな。

 祐騎にも悪いことをしてしまった。

 後でお礼の品でも差し入れよう。

 

「それじゃあまた、文化祭が終わるまで頑張ろう」

「だね。お互い頑張ろー!」

 

 

 

 

 そうして約束が終わってからはまたクラスの業務に戻り、1日を終えた。

 今日は金曜日。いわば学内向けの学園祭なので、本番は明日となる。

 本日結局奮わなかった売上も、明日一気に巻き返すかもしれない。

 だから、今日は帰ってしっかり休もう。

 

 

 

 

 




 

 おそらく次は別作品の更新になるので、こちらは9日くらいを目途に更新する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11月3日──【教室】文化祭2日目

 

 閲覧ありがとうございます。
 単純に難しかったので、更新が遅くなりました。
 申し訳ございません。


 

 文化祭2日目。

 土曜日の開催で、かつ一般向けの開放日。

 生徒だけだった昨日とは違い、異様な賑わいを見せていた。

 周りに聞いてみると、こんなものだとみんなが口を揃えて言う。あまり他校の文化祭とかは行く機会がなかったが、みんなが言うならそうなのだろう。

 取り敢えず、クラスの出し物を引き続き頑張る。思いのほか、客足の入りは良い。というか昨日に比べると断然良かった。好調過ぎるくらいだ。

 逆に手が回らない程度には。

 

 ということで。

 

「まさかこっち側に立つとは思わなかったんだが……!」

「自分も助けてもらう側になると思ってなかった!」

 

 着ぐるみを纏い、サーブする食事を受け取りに行くと、手伝いとしてX.R.Cより派遣されてきた洸の姿があった。

 ……いや、見た目だけだと誰かは分からない。着ぐるみに包まれているから。

 

「ほら、これ4番!」

「ありがとう」

「コー君! たこ焼きできてる!?」

「さっきのなくなったばっかだが!?」

「時坂、焼きそば!」

「っ。流石に忙しすぎるぞ……!」

 

 と言いつつ、集中した雰囲気になっていく洸。間違いなく助っ人に頼む仕事量ではないけれども、色々な人が洸なら、と仕事を託していくあたり、積み重ねてきた信頼なのだろうと思える。

 だけれども、あくまで彼は助っ人。時間制限がある。

 

「洸、そろそろ時間だ」

「! 悪いハクノ、引き継いで良いか!?」

「勿論だ。ありがとう」

 

 現在調理中の内容を引き継ぎ、後ろに下がる彼を見送る。

 

「時坂! ありがとうな!」

「時坂君、ホントありがとーっ!!」

「助かったぜ時坂!」

 

 着ぐるみを纏ったままの洸が、片手を上げてバッグヤードへ消えたのを見た。

 洸の奮闘にも支えられつつ、昨日の赤字分を消化しきれる可能性もあるとのこと。

 もうひと踏ん張りしなくては。

 

 その後も、手伝いに来てくれる面々が変わりながらも、クラスでの出し物は無事15時を以て完売することができた。

 思いのほか抜けるタイミングがなく、璃音と2人そろって最後まで居てしまったけれども、自分たちには16時から大切な用事がある。

 お祝いムードのクラスの面々に一言断ると、みんなが口を揃えて、俺たちも後で向かうよ、と言ってもらえた。

 暖かい言葉を背中に受けつつ、璃音と急ぎ体育館へ移動。

 漸く始まる、X.R.Cの“本番”への準備を始めるために。

 

「遅かったじゃん」

「すまない」「ゴメン!」

 

 現場で指揮と最終確認を取っていた祐騎に軽く注意をされるも、すぐに解放される。あとで聞いたが、自分たちが間に合うのかを心配してくれていたらしい。

 祐騎は部全体の指揮をしていた関係で、校内どこのクラスが盛り上がっていたかなども把握していたのだろう。だからこその心配、声掛けだった。

 舞台袖に入ると、明日香と空の姿があった。最初に空が自分たちの到着に気づき、笑顔を浮かべる。

 

「あ、リオン先輩、岸波先輩、お疲れ様です! 良かったです、間に合って!」

「あの後も結構な盛況ぶりだったみたいね」

「あ、ソラちゃん! アスカも! 手伝いアリガトね!」

「あの時は本当に助かった。ありがとう」

「困ったときはお互い様、よ」

 

 洸が抜ける前後で、明日香と空も手伝いに来てくれている。

 明日香には下宿先での手伝いの経験、空には持ち前の明るさから、接客の手伝いをお願いした。

 着ぐるみを纏っていたものの、お客さんからの評判もクラスからの評判もとても良かったことを覚えている。

 

「ってそんなことを話している場合じゃなかったわね」

「あ、今どんな状況!?」

「大丈夫です! 準備はほとんど終わってますから!」

 

 そう言って、空は視線を外した。

 彼女が顔を向けた先、逆側の舞台袖には美月と志緒さんの姿が。

 2人はこちらの視線に気づいたのか、志緒さんが片手を上げ、美月がこちらに一礼してくる。

 お疲れ、という労いのようだ。

 

「さ、着いて早々悪いけど、そろそろ幕開けだよ」

 

 祐騎の言葉で、ステージ上へと意識を向ける。

 前の部活の発表が終わり、人が舞台上から捌けていくところのようだ。

 このまま司会進行のアナウンスが入り次第、自分たちの出し物が始まる。

 

「ほら、ハクノセンパイは行った行った。向こうでコウセンパイが待ってるよ」

 

 ……そうだった。自分の役割は、ここにいることではない。

 頑張って。と残る面々に告げ、自分は舞台袖から出る。

 向かうのは体育倉庫──から出てきた洸の下だ。

 

「お、間に合ったんだなハクノ」

「すまない、待たせた」

「良いって。それより、早く運ばないか?」

「ああ。すぐに」

 

 彼の運んでいたもの──プロジェクターを乗せた机を、逆側から持つ。

 そのままそれを運んでいるうち、アナウンスが入った。

 

『それでは次のプログラムは、X.R.Cによる、“動画上映”です』

 

 言い終わると同時、体育館の明かりが落ちる。

 明かりが付いているのは、ステージ上のみ。そのステージ上にはスクリーンが下りて来つつ、かつ拡声器を手に持った明日香と美月が上手と下手からそれぞれ登壇した。

 

『皆さん、お待たせいたしました』

『文化祭も大詰め。楽しんでもらえましたか?』

『……流石は北都会長、檀上で皆さんに問い掛ける姿が様になっていますね』

『ふふ、慣れの問題かと。私が生徒会長でいられるのも、あと少しの話ですけどね』

 

 会場中から、美月の解任を惜しむ声が上がる。

 人気があったのだろう。

 なんとなく、知り合いが人気で嬉しい気持ちになりつつも、準備を進めた。

 

『……皆さんの気持ちは分かりますが、そういうのはこの後の締めの挨拶でやってもらっても?』

『あはは、すみません。その通りですね。皆さん、今の私は、生徒会長としての前に、X.R.Cの一部員として立っています。よろしくお願いしますね』

『とはいえ、皆さんも北都さんがX.R.Cとして活動する姿は、見ていただけたのではないでしょうか』

『色々と文化祭の準備に参加させて頂きましたから、その節はありがとうございました。部員一同を代表し、お礼を申し上げます』

『ありがとうございました』

 

 美月と明日香のお礼に対し、観客席の生徒たちからも感謝の言葉が飛ぶ。

 彼女らより近くに居た洸や自分に、直接お礼を言ってくれる人たちも居た。

 この数週間で、色々な人たちに顔を覚えてもらえた気がする。

 

『私たちX.R.Cは、準備段階から皆さんのお手伝いをしながら、1つ、交換条件にあるお願いをしました』

『“思い出を共有すること”。すなわち、“活動の写真を撮らせてもらうこと”です』

 

 そう、各部活、各クラスの活動を手伝う片手間、写真や動画を撮らせてもらった。

 自分たちの目的は、その画像を一本の“動画”にまとめること。

 所謂、文化祭の締め。だからこそ文化祭閉会式の1つ前のこの時間に、ステージの順番をもらった。

 

『この文化祭が成功であれ、失敗であれ、皆さんの心には、きっと大きな経験と思い出が残ることかと思います』

『ここを卒業してもいつの日か、それを思い出すことができるように。私たちからのささやかな贈り物です』

 

 美月と明日香が、こちらに視線を向ける。

 こちらの準備はできた、とアイコンタクトで返した。

 

『『それでは、どうぞご覧ください』』

 

 

 

 

 

 

 そうして流れた動画は、本当にこの2週間近くを凝縮したものだった。

 ある部活の飾りつけ。

 あるクラスの調理の手伝い。

 生徒会からの依頼。

 教職員たちからのヘルプ。

 思い返すと、色々な活動に加わってきた。

 尤も、個々人として映り込むことはあれど、X.R.Cとしての全員での活動の画像は、ここにはない。

 いつも撮る側だったし、それぞれ単独行動が基本だったから、それは仕方のないことだ。

 しかし自分たちは、自分たちがこの画像を撮ったことを、覚えている。

 その準備に参加し、縁を培ったことは、明確な事実。自分たちはその思い出を抱いて、この動画を見返すことができる。

 それもまた、自分たちだけの特権ではあった。いろいろな部活動に混じって準備する、だなんて贅沢、他ではできなかっただろうし。

 

 

 動画の最後。

 “Produced by X.R.C”

 “Thank you for watching”

 という文字が浮かび、そのまま画面が暗くなる。

 体育館の明かりが徐々に元へと戻っていく。

 明るくなった体育館の中では、何人か涙を流している生徒たちもいた。

 動画の途中では笑い声をはじめとする色々な声も聞こえたし、反応を聞く限りは、成功だったと判断していいだろう。

 

『改めまして、皆さん、本当にありがとうございました』

『この後、おおよそ15分後に閉会式が行われます。休憩や、ご歓談をされてお待ちください』

 

 どう言って、檀上から捌ける2人。

 自分たちも、撤収の準備をするか。

 

 

 

 

──夕方──

 

 

「みんな、今日は……ううん、今日までお疲れ様!」

 

 クラスで解散の音頭が取られた後、部室に集合した自分たちは、九重先生に部室で労いの言葉をもらった。

 

「こちらこそ、色々とサポートしていただき、ありがとうございました」

 

 明日香が自分たちを代表して、先生にお礼の言葉を返す。

 

「まあそうだね。九重センセイのサポートがなくちゃ、流石にちょっときびしかったかも」

 

 全体のスケジュール調整や、動画編集などを行っていた祐騎は、その大切さを身を以て知っているのだろう。

 彼も変に強がることはせず、先生の補助に感謝しているらしい。

 自身の片腕をつかんだまま話す彼は、頭を下げることはしなかったにせよ、彼らしい形で九重先生を労った。

 

「ううん。わたしなんて……! 頑張ったのはみんな、だよ?」

「そのみんなの中に、トワ姉も入ってるってことだろ」

「……えへへ、ありがとう、コー君! みんな!」

 

 はにかむ九重先生。彼女を囲むみんなも、笑顔だ。

 湧き上がる感情を分析するのであれば、今自分の中に溢れているこれは、達成感なのだろう。

 この数週間、この文化祭にかかりきりだった。

 最初こそ案が出ずに苦戦したけれども、終わってみると、自分たちらしい活動ができていたのではないかと思う。

 

「しっかし、よく間に合ったよな。あそこから」

「ま、僕のお陰だろうね」

「ああ。間違いなくお前がいなくちゃ成り立たなかっただろうよ、四宮」

「本当に、大変な作業をよくやり遂げてくれた、祐騎」

「……まあね。とはいえセンパイたちも頑張ったんじゃない。指示通りに動かない、なんてことがなくて、僕も負担が減ったかな」

 

 本当に、全員が祐騎に感謝しているだろう。ここまで効率を求めて動くことができたのは、やはり祐騎の指示があってこそだったと思うから。

 

「でもユウ君、クラスの方まったく手伝ってないのは駄目だと思うよ」

 

 少し自慢げで、それでいてやや恥ずかしそうにしていた祐騎を、空が半目で見つめる。

 だがそれに関して、彼は鼻で笑って受け流した。

 

「ま、気が向いたら来年ね」

「心にも無さそう……」

「でもセンパイたちもよくやるよね。クラスの方の出し物もしっかりやったんでしょ。ハクノセンパイと玖我山センパイたちのクラスなんて、今日大盛況だったし」

「……逆にわたし達の場合、よその手伝いに行っていた手前、なんで自分たちのクラスは手伝わないんだ、という批判が向けられる可能性もあったから」

「その点、ユウキは部室内ですべての作業をしていてから、特にクラスメイトたちから何を言われることもなかったんだろうな」

 

 もしくは、言われても無視したか、という可能性もある。

 けれどまあ、どちらにした所で、祐騎が口を割る可能性もない。

 

「美月、志緒さんも、楽しめたか?」

「ああ。勿論だ」

「私も、とても有意義な期間でした。……ふふっ、岸波君も時坂君も、しっかり約束を守ってくれましたね」

 

 ……覚えていたのか、美月。

 まあ、そもそもあれから1週間ほどしか経っていないし、不思議はないけれども。

 

「え、何ですか、その約束って?」

「私が、高校生活最後の文化祭を楽しみたいといった際、一生の思い出になる文化祭にしてみせます。約束してくれたんですよ」

「「「おお~」」」

「って、なんだその反応!?」

 

 洸が顔をやや赤く染めつつ、突っ込みを入れた。

 いや、恥ずかしい気持ちは分かるけれども。

 ……まあ、3年生の2人が楽しめたのであれば、良かった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11月3日──【部室】帰り道

 

 閲覧ありがとうございます。




 

 

 部室に集まった自分たちは、そのまま色々な思い出を振り返った。

 それぞれ個別に動いていた期間が長かったためから、共有していないエピソードが多く、話題は尽きない。

 唯一おおよその流れを把握している祐騎の視点を含めながらどんな事件が起こっていたとか、どんなトラブルに相まみえたとか、そういう話を色々と聞いた。

 

「……そろそろ時間だね」

 

 なぜかサイフォンを構えていた祐騎の呟きに釣られ、部室に飾られた時計を見上げる。

 確かに、学校が閉まる時間が近付いていた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 

「あ! 文化祭の打ち上げしませんか!?」

 

 寂寥感に陥る前に、空がそう切り出す。

 まだまだ話したりなかった自分にとっては渡りに船のような提案だけれども、みんなにとってはどうだろうか。

 

「あ、あたしこの後予定あるから、明日の夕方はどう?」

「僕も今日はもうゆっくりしたいし、やるなら明日かな」

 

 璃音と祐騎の提案に、全員各々の手帳やサイフォンを見て、予定を確認する。

 ……誰からも却下の言葉が出てこない。

 

「じゃあ、明日だな」

「集合時間などは帰宅後にでも話し合いましょうか」

「場所とかも決めねえとな」

「え、無駄に広いハクノセンパイの家で良くない?」

「良いけれども、祐騎も同じ部屋の大きさだろう」

 

 同じマンションなわけだし。

 

「まあ物がない分、まあ体感的な広さは確かにハクノの方だな……」

 

 洸の言う通り、祐騎の部屋には自分の部屋に比べて、機械などが多く、くつろげる空間の広さで言えば自分の部屋のほうが広いのかもしれない。

 ……まあ良いか。

 

「とはいえ、毎回岸波の世話になる訳にもいかねえだろ」

 

 別に自分としては構わないのだけれども。

 みんなからすると毎回同じ場所というのもどうかと思っただけで。

 

「……逆にコウの家はどう?」

 

 場所に悩む自分たちに、明日香から提案が入る。

 洸の家か。

 そういえば、自分は入ったことがないな。

 

「あー……オレの家か? 別に構わないが」

「急だけど大丈夫なのか?」

「ああ。まあこのあとすぐとかでもないしな」

 

 苦笑をする彼だったけれども、嫌がっているようではない。

 今回は、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 自分も行ってみたいし。

 

「じゃあ、また明日だな」

「ハクノセンパイの部屋の方が近くて楽なんだけど」

「たまの休みくらい遠出するんだな」

「いや近くない? 駅1つ分も動かないよ」

「普段のユウ君は部屋から出ないらしいですし、遠出とカウントして大丈夫だと思います!」

「思いますじゃなくて。バカにしてるよね、それ」

 

 出ないらしい。ということは、その情報は伝聞したのだろう。おそらく祐騎の姉である葵さんから。

 祐騎にとっては好ましくない情報のラインは、未だ健在らしかった。

  ともあれ、話も纏まり、明日の約束も取り付けた所で、全員が帰り支度をして、部室を出る。

 後は帰るだけだ、と未だ興奮冷めやらぬ様子の校内を歩く中、不意に隣に並び立つ姿を感じた。

 

「ね。一緒に帰らない?」

 

 璃音が小声でそう話しかけてくる。

 自分にしか聞こえないように言ってきたということは、何か内緒の話でもあるのだろうか。

 

「もちろん」

「アリガト。じゃ、行こっ」

 

 嬉しそうに、彼女が自分の手を引く。

 一緒に帰ることにした。

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

「どこに向かって歩いているんだ?」

 

 学校から璃音の家のあるレンガ小路、自分の家のある森宮記念公園方面へと行くのに、駅前を経由する必要はない。

 ということは、何か目的があってこちらへ歩いてきているのだろう。

 そう思って問い掛けてみたのだけれど、彼女は一向に応えようとしなかった。

 とすれば、行きたいところがあるのではなくて、話したいことがある、ということだろうか。

 少し、待ってみることにした。

 

「……あー……ゴメン」

 

 漸く口を開いたかと思えば、出てきたのは謝罪の言葉。

 しかし、そんなことをされる謂れに心当たりはない。

 素直に、首を傾げる。

 

「何がだ?」

「いや、せっかく時間もらったのに、ちょっとウジウジしてた……ホント、らしくないなぁって」

 

 そう自嘲気味に笑う璃音の姿は、確かにらしくない、と言えるかもしれない。

 普段の彼女であれば、仮にそう思ったとしても、自分にその気持ちを吐露することはなかったと思う。

 

「……あたし、来月からSPiKAに正式復帰することにした」

 

 唐突に、彼女はそう告げた。

 

「……それは、おめでとう」

「うん、アリガト」

「……えっと?」

「いや、キミとは一番付き合い長いし。……色々と愚痴をこぼしちゃったし」

 

 一番最初に、想いを共にした仲間。璃音と自分の関係で言えば、それが一番しっくりくる表現だ。それはずっと、変わることがないもの。自分たちの縁だ。

 そして彼女の言う愚痴とは、恐らくハロウィンの日に相談されたことだろう。

 

「あの時、意見を押し付けたりせず、あたしにちゃんと考える機会をくれた。時間をくれた。……きっと何か言われてても、出した答えは変わらなかったと思うけどさ。キミの言葉で、あたしはあたしの出した結論に、自信が持てたから」

 

 あの時自分は確かに、璃音が選んだ答えであれば大丈夫だと。それが最良の選択になるはずだと答えた。

 その言葉は、彼女の妨げにならなかったのか。

 その言葉は、彼女の力になれたのだろうか。

 その答えを、今、自分は受け取っている。

 

「だから、一番最初の報告とお礼を、キミに。アリガトねホント。……あの時隣に居たのがキミで、良かった」

 

 彼女は、そう言って笑う。

 先ほどまでの逡巡はどこへやら。すらすらと彼女の思いは口からこぼれた。

 

 あー、スッキリ! と背を伸ばす彼女。

 なんというか、友達冥利に尽きる報告だった。

 部室でするよりも先に、自分に教えてくれるなんて。

 

「本当に、おめでとう。なんて言うか、長かったな」

「あれから半年以上経ったしね。けど、あっという間のようにも感じる、カモ? ま、ホントは今の問題が全部片付いてからにするつもりだったんだけどね」

「そうなのか。……有り難う、ここまでずっと付き合ってくれて」

「……なんか勘違いしてそうだから一応言っておくケド、別にこれから先は手伝わないってワケじゃないからね?」

「……そうなのか?」

 

 流石に、その二足の草鞋を履くのは難しいかと思ったのだけれど、璃音はどうやらそう思っていなかったみたいだ。

 不服そうに、頬を膨らませている。

 

「あったり前じゃん! 第一、そんな中途半端で投げ出せないでしょ」

「けれども、復帰するということは、これからレッスンとかも増えるんじゃないか?」

「それはそうだケド! それでもやるって決めたの! どっちもあたしがやりたいことだから!」

「大変そうに聞こえるけれども」

「背中を押してくれたのキミだからね!? いざというときは手伝って!」

「……わかった」

 

 確かに、背中は押させてもらった。手を添えた程度の感覚だったけれども。

 これが彼女の導き出す、“最良の結論”だったのだろう。

 ならば、信じた自分も、友として彼女を支えていきたい。

 

「何か困ったことがあれば、言ってくれ。喜んで力になる」

「そっちも、何かあった時は必ず言ってよね!! 変に遠慮なんてせずに、ちゃんと! 分かった!?」

「え、ああ。うん」

「絶対分かってないでしょ!」

 

 頼るから、頼ってくれ。

 彼女はそう言っているのだろう。

 今までも自分は璃音に頼り切りだったとは思うけれども、それでは駄目なのだろうか。

 

 

「ま、追々わからせればいっか。さて、と。それじゃああたし、これから病院だから」

「……あれ? 片付けの日に病院へ行くって言っていなかったか?」

 

 ハロウィンの時の彼女曰く、最後の通院。

 忙しいから午前授業である片付けの日に行くと言っていたのを覚えているけれども、予定がどうやら変わったらしい。

 

「いや、復帰を決めたんだし、早い方が良いかなって予約取っちゃったんだよね。で、明日は午前で事務所に挨拶行って、色々と段取り決めたら帰ってくるから、そのあと打ち上げの予定」

「少し忙しないようにも思えるけれども」

「だって決めたからには、時間がもったいないし。アイドルとしての活動を休んでたのは事実。少しでも早く色々取り戻さないとね!」

 

 そこまで覚悟が決まっていて、やる気に溢れているのであれば、純粋に応援できそうだ。少し心配の気持ちはあったけれども、璃音もプロ。そのあたりは、しっかりとしているだろう。

 

「ま、その為には今日の診察で、センセーにオッケー貰わないとなんだけど」

「……璃音、自分も付いて行っても良いか?」

「え、ウン。……別にイイけど。どうして?」

「これであの4月からの出来事が1区切りになるんだったら、せっかくだし、最後くらい立ち合いたかったから」

 

 

 あの日、廃工場で伸ばした手が届かず。

 異界へと落とされ、力に覚醒し。

 ここまで一緒に駆け抜けてきた。

 今日を以て関係性が変わるとか、そういうものではないけれども、節目には違いない。

 だから、立ち合いたかった。その場に居たかった。

 

 そっか。と彼女は笑顔を作る。暗い表情ではないから、嫌がっているわけではないようだ。

 彼女に付いて、病院へと行くことにした。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11月3日──【杜宮総合病院】通院生活の終わり。そして

 

 閲覧ありがとうございます。

 


 

 

 総合受付で手続きを終えた璃音が、自分の隣のソファに座る。

 

「来てもらって良かったかも。前の診察が押してるから待っててだって」

 

 何分くらいだろ、とサイフォンを開いた璃音。

 

「ということは呼ばれるまでは?」

「そ、ヒマになっちゃった。というワケで、良ければ何か話さない?」

「……そういうことなら、せっかくだし聞きかったことがあるんだ」

「なに?」

「病院で、いつもどんな検査をしてたんだ?」

 

 それは、ずっと気になっていたけれども、聞けなかったこと。

 正直自分が知っていたのは、通院しているという事実のみ。

 何を看ていたのか、とか。

 どんな薬が処方されているのか、とか。

 どこを看ているのか、とか。

 そういう一歩踏み込んだ内容については、何も知らないに等しかった。

 自分が今後、異界に関わっていくのであれば、絶対に無縁のままで一生を過ごすということはないだろう。

 同じ症状を発症させている人と巡り合う可能性があるのであれば、知っておいて損はないはずだ。

 

「んー? って言ってもあたしも全部理解できてるワケじゃないケド……まあ、色んなのトったり測ったりってカンジ?」

「採る。ということは、血液検査とか?」

「血もたまに採られるケド。あとは……えーと、ほら。なんかレントゲンみたいな……何ていうんだろ、ベッドに寝かされて、ウィーンってどんどん測る機会が体に近づいてくるヤツ」

「……MRIとか?」

「あ、そうそう。それが1番よく撮るかな。結構頭とか目とかよく見られてるかも。特に異界に行った後とかなんかはね」

「へえ、なるほど」

 

 自分たちもあまり、ペルソナ能力に詳しいとは言えない。使い方は分かるが成り立ちや起源となると分からないのが本当の所だ。

 とはいえ、その能力が“心”、“精神”に宿るという話は、何となく把握している。そして感情は脳が判断しているのであれば、頭の中を見るのは正しいのかもしれない。

 まあ、見て得た情報から何が分かるのかは、皆目見当つかないけれども。

 

「診察自体は“向こう”の専門医がしているのか?」

「専門医ってワケじゃないみたい。普通にあたしの診察前は一般のお客さんも相手にもしてたよ」

「じゃあ、あくまで裏の顔として。ということか」

「でも、今回は逆に助かったかも。ミツキ先輩の家の関係もあって、情報の漏洩とかは考えずらかったしね」

 

 確かにアイドルの璃音からしてみれば、噂が出回らないに越したことはない。

 いくら休養を宣言しているとはいえ、当時だったら大っぴらに通院する訳にもいかなかっただろう。

 その点、北都の息が掛かっている環境下なら、過度な心配はいらない。

 まあそもそも、その症状の出所は一般に伏せられている事件だ。一般に明かしようがないだろうため、情報漏洩のリスクは低いけれども。先生側もしっかりと情報をシャットアウトしてくれるはず。

 

 

 

「……不意に思ったけれども、芸能人が裏の医者と繋がっている、と言うと事件性があるな」

「事件性っていうか、ドラマ性がありそうじゃない? キミは芸能人の友達で、ある日その友人が謎のお医者さんと密会している姿を見つける役」

「なるほど。口封じで殺されるやつだな」

「え、なんでわざわざ事件性を見出そうとするの?」

 

 などという無駄な話からサスペンスの話へ移行し、最近読んだ本の話へとつながる。

 そこからドラマ化の話や映画の話へとシフトしていき、結構雑談が弾んだ。

 

 

 

 それからしばらく話した後、会話の切れ目を迎えたタイミングで、ちらりと璃音が再度サイフォンを見た。

 

「……なかなか呼ばれないなぁ」

「どれくらい経った?」

「着いてからだいたい20分くらいかも」

「もうそんなにか。結構長引いているんだな」

「みたい。予約してこんなに待ったのは初めて」

 

 だとしたら、何か本格的なトラブルだろうか。

 まあそれでも、待っていればいつかは通されるだろう。

 予約なしで来た訳ではないし。

 

「お待たせ」

 

 そんな話をしていると、通路の方から白衣を着た男性と、スーツ姿の男性が歩いてきた。

 

「あ、センセ! もう終わったの?」

「ああ。……いやぁ、待たせてすまなかったね」

 

 今話している人が、璃音の担当医か。

 確かに見た感じ、異界関連なんて裏の事情に手を出しているようには見えない、普通のお医者さん。といったところ。

 普通に病院に通っていれば、まず気づかない。だからこそ、騒ぎになっていないのだろうけれども。

 

 

 

 まあ、目の前のお医者さんに対する興味は尽きないけれども、今はそれよりも気になることが1つある。

 お医者さんと一緒に歩いてきた、より気になるのは後ろにいる人間について。

 

 なぜ彼が、ここにいるのだろうか。

 

「? おや、君は──」

「先日ぶりです、御厨さん。岸波です」

 

 姿勢の良い、肩幅の広い男性は、この前美月の婚約者として紹介された御厨さん。

 なぜ彼がここに居るのだろう。って、それはおそらく向こうも同じか。

 

「……ああ、ミツキ君の友人の。先日振りだね。ところで、なぜここに?」

「友人の付き添いで」

「友人……ほう」

 

 視線を璃音へと移す御厨さん。

 てっきりアイドルの璃音を見て、何か反応があるかと思ったけれども、どちらかと言えば彼が見せた反応は、予想の逆。

 彼は璃音を見て、眉を吊り上げた。

 だが、瞬く間に表情を穏やかなものへと変え、自分へ視線を向けなおす。

 

「わざわざ病院まで付き添うなんて、付き合いが良いんだね。まあ、学生時代の出会いは一生のものとも言う。大事にすると良い」

「それはもう。そういう御厨さんは……どこか悪くされているとか?」

「ハハハ、まさか。僕はこれでも、“こちら”側なのさ」

 

 そう言って彼は、上着のポケットに入れられていたカードのようなものを見せてくる。

 ……杜宮総合病院のスタッフ証明だった。

 ということは、璃音の症状とかも知っている、ということなのかもしれない。だとしたら、先ほどの反応も頷ける……のか?

 

「申し訳ございません。存じ上げず」

「フフ、キミはまだ高校生だろう。追々覚えていけば良い。だが、忘れないでくれたまえ。やがてキミの失態は、上司であるミツキ君の責任に直結することになる、とね」

「……はい」

 

 将来、北都グループで美月の専属として働くのであれば、そうなるはずだ。美月もおそらく、その選択肢があるからこそ、先日自分と彼の面通しをさせたのだと思う。

 どのような道を選ぶとしても、少なくとも北都グループやその周辺については、一般常識程度以上の知識が必要か。

 そのうち学ぶ機会があればいいけれども。

 

 と、御厨さんと話していたら、くいくいと袖をつかまれた。

 振り返るまでもなく、犯人は璃音だ。彼女は自分に顔を近づけ、耳打ちをしてくる。

 

「じゃ、あたし行くね。長い時間付き合ってくれてアリガト!」

「ああ、頑張って」

「ま、頑張るも何も、ほとんど問診だけじゃないかな。多分」

「? そうなのか」

「さっきも言ったけど、今日で最後だし。ほとんど回復したって前提だから……とと、早く行かないと。じゃあまたね!」

 

 小走りで医者と共に、待合室の方へと進んでいく璃音。

 ……それにしても、問診だけなのか。

 なら、今日は割と早く終わるのかもしれない。ともすれば待つのも有りだろう。

 けれども、今から帰ればまだ、何かをしたり誰かに会ったりするだけの時間は取れそうだ。

 どうしよう。

 

「──さて」

 

 先に去っていった2人に続き、御厨さんも腰を上げる。

 

「行かれるんですか?」

「ああ。油を売っている暇はそうないんだ。時間は有限だからね。キミも遅くならない内に帰ると良い」

 

 ふぁさっ、と前髪を掻き上げた彼は、2人と同じ待合室の方へと歩いて行った。

 彼もスタッフとして、やるべきことがあるのだろう。

 もしかしたら、璃音の問診に関係しているのかもしれない。

 

 さて、いよいよ自分はどうしようか。

 夜はそのまま、璃音と過ごしても良いけれども。

 

 

──Select──

 >診察が終わるのを待つ。

  帰宅する。

──────

 

 

 帰ってやりたいことも特にはない。

 それに、彼女から連絡が来るまで、何かが手に付くほど集中できないだろう。

 

 とはいえ手持無沙汰だ。

 5分、10分と、手元にある携帯端末を弄る。

 有益な時間とは言えなかったけれども、それでも集中していない現状で時間を潰すのには持って来いだった。

 

「……遅いな」

 

 15分が経ちそうな頃。

 事前に話を聞いていた通り、話をするだけならそこまで時間もかからない気がするけれども……まあ、正直な所は分からない。

 念のため何かを追加検査しているのかもしれないし、それこそ今後通わなくなる上での注意事項を細かく説明されていたり。

 何が原因で時間がかかっているかなんて分からず、終わる時間も当然分からない。

 

 それにしても、座りっぱなしで、少し疲れた。

 いったん、お手洗いにでも行くか、と気分を変えるためにも席を立つ。

 どうやら、総合受付よりも少し奥。待合室近くの廊下に、お手洗いはあるらしかった。

 

「……」

 

 そこまで歩きながら、四肢を軽く伸ばす。

 座っているだけだった先ほどまでと違い、動いたことで、少し体が軽くなったような気がした。

 そのまま扉を開け、中に踏み入れようとした、その時──

 

 

 

「────ッ!?」

 

 

 

 ──不意に、悪寒が走った。

 背筋が寒くなり、室温が変わったわけでも無いのに体が震えあがる。

 腕から力が抜け、押していた扉に押し戻された自分の身体は、思わず壁に持たれかかった。

 すぐに壁へと手を付きなおし、姿勢を持ち直したものの、早まった鼓動の音は大きく響き続ける。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 後ろから、声を掛けられた。

 しかし言葉を返す元気はなく、お気遣いなくと手を振る。

 心配そうな目を向けられているのが分かったため、平然を装いながらも、なんとか受付前のソファまで戻った。

 

 

 柔らかい椅子に腰を下ろし、顔を伏せる。

 先ほどよりは大分楽になったものの、未だに嫌な感覚は抜けない。

 出迎える人間の顔色が悪ければ、璃音も良い気はしないだろう。

 今日はもう、帰った方が良さそうだけれども……どうしようか。

 

 

 ──Select──

  今日は帰る。

  ここで休憩する。

 >璃音の様子を見に行く。(要コミュランク7)

──────

 

 

 

 

 

 

 ──突発的な悪寒に苛まれている最中、この異常事態に、どこか引っ掛かりを得る。

 この感覚は、既視感に近い何かだろう。

 けれどもだとしたら、どこかで体感したことが、あるのか?

 自分の感覚が正常であるかを疑いつつも、藁にもすがる思いで記憶を遡る。

 思い出を振り返った先、その果てにて巡り合ったのは、玖我山 璃音の存在だった。

 

 

 そうだ。

 

 あの時、最初に璃音と会った、昼間のこと。

 当時も喫茶店の前でら言いようのない違和感と、嫌悪感に苛まれた。

 自分の中の直感が、偶然と判断するべきではないと訴えかけてきている。

 

 ……璃音を、探そう。

 勿論、不調である今、強引に動くべきではないことを頭では理解している。

 けれども、今自分が感じている倦怠感に、璃音が関与している可能性はゼロではない。

 何がどう関係しているのかは分からないけれども、立ち止まっている訳にもいかなかった。

 

 

 

 免罪符のように、救援を求める連絡だけ、部活のグループチャットに残してから、腰を上げた。

 これで見た人で動ける人間は、来てくれるだろう。みんなが動けなければ、そこまでだけれども。

 

 ともかく。足を引きづって……というほどではないものの、重い身体を気合で動かして、病院の中を回る。身体を引きづりまわすうちに、特定の方向へと進むことで、身体がより不調になることが分かった。

 とすれば、原因はそちら側にあり、進んだ先に璃音が居る可能性もあるだろう。

 そう思い、胸を押さえながら歩き続けた。

 

 

 そして、辿り着く。明らかに周りと雰囲気が違う扉の前に。

 当然、不調もピークだ。

 視界が歪んで見える。

 重力が倍かかっているような感覚すら引き起こされていた。

 それでも、その扉を、開ける。

 

 

 

 

────>杜宮総合病院【脳波検査室】。

 

 

 開けた扉の先、空間が歪んでいた。

 そこには大きな機械とベッド、それに見覚えのある嫌なもの──“異界の扉”が。

 人影はないようだけれども、それも扉があるなら説明がついてしまう。

 ここに居た人たちは、全員おそらく、異界に居るのだろう。

 璃音が異界内部に入っているかは、分からない。

 しかし、居ないのであれば救援要請を見て、後からでもみんなと合流してくれるはずだ。

 それに、中に入っているのであるならば、もう既に単身で解決へと動いているかもしれない。

 一般人が巻き込まれている可能性があるのであるならば、みんなを待っている時間も惜しい。把握できるところまで把握するためにも、異界へ入った方が良いだろう。

 

 扉に、手を伸ばす。

 視界が揺らぎ、身体が浮き、世界が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────>異界【翼神の宮殿】。

 

 

 

【キィイイイイ!】

 

 自分が異界へと入った途端、何か甲高い鳴き声のようなものが異界中に響き渡った。

 それを認識するのと同時に、自分が感じ取れる範囲の世界の輪郭が鮮明になっていく。

 

「って、あれ?」

 

 先ほどまで全力で自分へと訴えかけていた不快感、倦怠感が、きれいさっぱり無くなっていた。

 どういうことだろうか。

 ……いや、それを考えている暇はない。動けるのであれば、まずは動かないと。

 

『先輩!』

 

 サクラの声がサイフォンから響き、彼女の姿が目の前に出力された。

 

「サクラ。いろいろ説明している暇はなくて申し訳ないけれども、一刻を争うんだ。ガイドを頼む」

『はい。経路の検索、ルートの記録に努めます。……ご武運を』

「ああ!」

 

 頼もしい案内人と共に、異界を駆け抜ける。

 

 

 戦闘を最小限に、探索とかも一切なしで、全力で奥まで駆け抜ける。

 大事なのは、耳。シャドウの音、異界の音、そして人の声。何もかもを逃さないよう動かなければならない。特に助けを求める人数はわからないけれども、1つたりとも逃さないよう動かなければ。

 

 そんな気の入れ方を裏切るかのように、異界は静かだった。

 数回戦闘をしたものの、やはり基本は回避行動。ここはサクラがナビゲーションをしてくれることで、通常より大幅にカットできている。

 それに現状、特別なギミックが無さそうなのも有り難い。そこに取られる時間も、勿体ないと危惧していた所だった。

 何にせよ、特に問題はなし。順調に探索は進み続ける。

 

『!?』

「どうした、サクラ」

『先輩! この先、右の空間、人の反応があります! 生存者です!!』

「!?」

 

 サクラの声に気を引き締め、進路を右へ。速度を緩めることなく、彼女の言う空間に駆けこんだ。

 

 

 その空間は確かに、少しだけ開けている。

 その中央よりも奥側。サクラの言う通り、人影があった。

 それも、とても見覚えのある姿を含めて、2つ。

 

「ッ!! 璃音!!」

 

 片方は、ぐったりと力なく横たわった璃音だった。

 もう片方は、彼女の隣に座り込む、璃音の担当医と紹介された男性。

 

「! 君は、久我山くんの……」

「先生! 璃音は!?」

「それが、意識が戻らないんだ。さっきの【怪物】の叫び声以降、ずっとね」

 

 怪物の叫び声……自分が異界へとやってきたときに聞いたものだろうか。

 彼もあれを聴いたらしい。

 それと彼女が目を覚まさないこととの因果関係は分からないけれども、何にせよ、事態は若干好転している。今は情報を集めなければ。

 

「それで、ほかに巻き込まれた人は?」

「……それが──」

「岸波君! リオンさん!」

「センパイ達! 無事!?」

 

 突如、遠方より自分たちを呼ぶ声がした。

 振り返ると、自分が来た方角から、美月と祐騎──同じマンションに暮らす2人の姿が。

 救援要請を見て、一緒に駆けつけてくれたのだろう。

 良いかった。人では多い方が良い。

 

「2人とも、よく来てくれた!」

「まあ正規ルートのナビがあったしね」

 

 そう言って、地図の表示されたサイフォンを見せてくる。

 自分は何もしていない、とすると、サクラがマッピングをしてくれたのだろうか。

 とても有り難い。

 

「それで、状況は?」

「璃音が異界化に巻き込まれて、意識不明だ。後は担当医師の人と……他には?」

「それが、御厨様が、最奥に」

 

 同じ空間へとたどり着いた2人に、手短に感謝の言葉を伝え、これからの話へと移る。

 十分な人数が確保できた。これからなら、まず脱出のために動きたい。

 ……しかし、御厨さんが、最奥。

 そうなってくると、自分たちもしっかりと準備をしてからではないと、流石に危険だろう。

 

「……居場所を断言された、ということは、貴方方は御厨さんが最奥に居るのを確認されたのですか?」

「おかしいよね。はぐれたのであれば、どこに居るか分からないって言うはずだし」

 

 美月と祐騎が、男性の言葉尻を捉え、詰める。

 男性医師は、緊張からか喉をごくりと鳴らし、彼らの質問に答え始めた。

 

「……はい。最初は3人で最奥に居たのですが、御厨様が『迎えが来るまではここにでも居たまえ』と、私と彼女をここに送り、戻っていかれました」

 

 その言葉に、考えを巡らせる。

 美月も祐騎も、発言をしなかった。

 

 自分同様、考えを纏めているのだろう。

 どういうことだろうか。疑問点は、複数ある。

 

 例えば、御厨さんが最奥に残った理由。

 他にもそもそも、なぜ、異界が発生しているのか。

 

「……んっ」

 

 各々が考えを巡らせている中、その集中を割く声が聞こえてきた。

 出所は地面付近。

 横たわっている、璃音からだった。

 

「璃音!」

「リオンさん!」

 

 うっすらと、彼女の目が開いていく。

 朧気だった彼女の意識が、徐々に取り戻されていくのが分かった。

 やがて、今いる場所の異質さに気付いたのだろう。バッと勢いよく起きた後、首を大きく横に振り回し、周囲を確認するような動作をとった。

 

「えッウソ!? ドコここ!? なにッ!?」

 

 明るい。それにまずは安心した。

 どこか痛めている様子もなさそうだ。

 俊敏な動きで周囲を確認している。

 ……まあ、目が覚めたら異界に居た。なんて恐怖だろう。

 自分は体験したことがないけれども、取り乱すのも分かる。

 

「いったん落ち着いてくれ、璃音」

「……?」

 

 自分を見て、首を傾げた璃音。

 

 

「取り敢えずここから──」

「え、ゴメン。そもそもキミ……どちら様?

「──ぇ?」

 

 訝しげに、自分を見る、璃音。

 

 

 

 

 ……え?

 

 

「ってか、生徒会長……です、よね? え、ホントにどういうこと!? ドッキリとかじゃないの!?」

「「「────」」」

 

 言葉を、探す。

 冗談を言っているようには、見えなかった。

 だけれども、何を言っているのかは、分からなかった。

 え、え。と慌てる彼女の姿を見つつ、何をしているのか、何を言っているのかを脳内で反芻してみる。

 

 

 何一つ、理解が及ばない。

 

 

 

「……まさ、か」

 

 何かに気が付いたのか、美月が口元を手で隠し、目を見開いている。

 

「……いえ。ひとまず脱出は、後回しに。直に皆さん到着されるでしょうし、動くのはそれからで。……今は」

 

 美月の声が、呆けかけた意識を戻させてくれる。

 そう、行動を止めているのはあまりにも愚行だ。

 ここは戦場であり、命の危険性がある場所だ。見通しの良い広間で、現在敵影がなかったとしても、その危険性は変わりない。

 

 それでも、集中できているとは思えなかった。

 集中したいとは、思っているはずなのに。

 

 今はただ、何も考えずに、美月の次の動作を眺める。

 彼女は、いつにもなく厳しい瞳を、医者に向けた。

 

 

「説明を、してもらえますね?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。