てんせいぐらし! ~キチガイ二人は地獄を往く~ (青の細道)
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ぷろろーぐ

出来心さんが勝手に作りました。
最近がっこうぐらし!の単行本をまとめ買いし、ゾンビサバイバルものへの欲求不満が出てきたので勢い投稿。最初は完全シリアスなバイオハザードやウォーキング・デッドなどの他ゾンビものとのクロスオーバーも視野に入れてましたが、真面目な話が不向きだと分かりこっち路線に逃げました。


「お前ら何してんの?」

目の前に立ち不機嫌そうな顔でこちらを見下ろすオッサンと、何故か正座させられている俺と悪友である○○。

 

はて、ここは一体どこでこのオッサンは誰だ?

 

俺は改めて周囲を見渡す。一面に広がる白い空間。よく見ればうっすらと雲のようなふんわりした物が漂い正座させられている地面も雲のような形。……形だけでアスファルトのように硬くどのくらいの時間が経ったのか知らないが足の感覚がそろそろ無くなってきた。

 

さてもう一度問おう。

 

ここどこ?

 

「おい聞いてんのか人間」

突然足を蹴られた。麻痺した下半身に電流が走る……変な意味じゃない。

 

「あんた誰だよ」

痺れた足に悶絶しながらオッサンに問いかける。

するとオッサンは俺と悪友が仕出かした事について思い出せと言ってきた。

 

こんなオッサンに怒られるような事を俺達はしただろうか?

少なくともこの18年間警察に世話になるほどの事はやらかしてない筈だ。

 

この空間で意識を取り戻す前の事を思い出してみる。

 

……たしかそう、あれは卒業式を間近に控え授業が午前中に終わった日の帰り、悪友である○○を含めクラスの連中と渋谷に行く電車を待っていた。

「もうすぐ俺らの高校生活も終わりか」と他愛のない話をしながら駅のホームで俺達は学校生活の思い出に浸っていた。……正確には俺と悪友以外『が』である。

 

強制的に参加させられた高校生活の思い出作りに遊びにいこうと連行され、一秒でも早く帰って先月のバイト代で買い占めたウ=ス異本を開封したかった俺とさっきから眠たそうに欠伸を何度も繰り返す悪友の○○。はっきりいって俺達二人はあまりクラスの輪には馴染めていないはみ出し者だった。

根暗でオタクな俺ととにかく五月蝿いのと面倒くさいのが嫌いな○○。何でそんな俺達がクラスの思い出作りの場に連行されたかといえば「最後くらいクラスメイトらしいことしようぜ」というクラスの善意からだった。

 

はっきり言おう。余計なお世話だ。

 

俺は少なからず義務教育の延長線で、高校くらい卒業しておけと煩い親の申し出で進学し適当に暮らしていたかっただけだ。何が悲しくて頭お花畑な連中と一緒に思考停止しなきゃならんのだ。三年間の苦痛がようやく終わると言うのに「おかわりもいいぞ!」とガス室送りにする某クソコラ素材漫画のごとき鬼畜の所業でこんな生産性もない行事に参加せにゃならんのじゃ。

 

俺はスマホに入れた音楽を最大音量で聴きながら外界との繋がりをシャットアウトする。やっぱり……An○elaの歌を……最高やな!

 

画面に集中し自分の世界に引きこもる俺の視界に影が映り混む。チラリと目線を向けると眠たそうな目で○○がスマホを見ていた。

 

「どした」

テンションの低いいつも通りの声で問いかけるとどうやら眠たすぎて時間が見えないらしく「今何時」と聞かれた。心優しい俺は親指を立て「オヤジ」と答える。

答えた直後に脇腹を小突かれる。

冗談の通じない奴めと正しい時刻を教えると、一際大きな欠伸をし「面倒くせぇ……」と呟いていた。口癖のように事あるごとに「面倒くせぇ」というコイツとどうして悪友になれたのか未だに不思議だが、ちっこい頃から腐れ縁のように一緒だったせいだろう。親ですら俺達の性格に関して匙を投げ、互いに理解できる仲がお互いしかいないと分かっているからか何をするにしても一緒であった記憶がある。いや記憶しかない。

 

根暗で煩くない俺と、面倒くさいからと一々人にとやかく言わない○○。なんだかんだでコイツ以上に友人として親しくなれた奴は他にいないだろう。

 

俺はスマホの画面をLi○eに切り替え、唯一の交信相手へ「面倒だから乗り遅れたフリして帰るか」と送る。着信音に気付きスマホを見た○○は「あーいいっすねぇ~」と返してくる。よしそうと決まれば行動に出るぞ。

 

俺は所持金が心許ないといいその場を離れ、○○は便所と伝えホームから離れる。正直このままバックレてもいいと思うんだが後から何言われるか分からんし参加しようとする意思だけはあったと思わせるようにしなければという意味のわからん使命感があった。

 

ホームのスピーカーから電車が来るとアナウンスが流れ、合流した俺達は急いでいるフリをしながら階段を駆け下りていく。間に合わないように他の乗客の波にワザと揉まれながら扉が閉まりますというアナウンスに口角が上がる。

 

ふっ、勝ったぞ……!

 

そうアイコンタクトを○○へ送った時だった。

 

「あ」

 

「あ」

 

俺達は盛大に階段を踏み外し視界がグルリと回転する。グギリッとアニメのようなSEを最後に意識は暗転。

 

そして現在の至るわけだ。

 

なに? 前置きが長い? ほんとうにもうしわけない……。

 

まぁようやくすれば俺達は死んだのだろう。んで俺のオタク脳が正しければここは天国かそんな所だろう。

 

ふふ、これは所謂「神様転生」ってテンプレですねわかります。

となれば目の前で青筋を立ててるオッサンが神様ってことになるが……なんか神様っぽくねぇな、普通にオッサンやが。

 

ありきたりな展開なら俺達の死は神様のミスだとかで異世界にでも転生できるって流れだが……ふむ、どうもそういう流れじゃない様子。

 

「お前らの勝手な行動でこっちの計画は台無しだ人間。どう落とし前つけるつもりだ」

イライラしているのか、オッサンは貧乏揺すりしながら俺達の足を交互に蹴り飛ばしてくる。やめて地味に痛い、死んでるはずなのに痛い。

というか神様が落とし前って……893かよ。許して欲しかったらヨツンヴァインになって犬の真似しなきゃならんの? あんたホモか?

 

突然顔を蹴られた。「下らねぇこと考えてんじゃねぇ」じゃないよ人の思考読むなオッサン。

 

「俺らなんかしました?」

隣で未だ眠たそうに欠伸をする○○を尻目に、俺はオッサンに聞いてみる。計画が台無しだと言っていた、ということは俺達の行動がオッサンの怒りの原点だろう。

とはいえなぁにがいけなかったんですかねぇ……。

 

オッサンは何もないところから新聞を取りだしこちらへ放り投げてきた。……神様が新聞ってすっげぇシュール。

 

記事を読んでみる。なになに? 電車脱線事故、乗客○○○名全員死亡。

 

「これがなんスか?」

 

今一要領を得ない俺は首を傾げる。これとオッサンの計画とやらに何か関係があるのだろうか。

 

「察しの悪い奴だな、その電車は本来お前らが乗るはずだったやつだ」

 

へぇー……。

 

……は?

 

「いや意味わかんないんだけど」

 

「だから、本来ならお前らもあの脱線事故で死ぬはずだったんだって話だよ」

横にいた○○が新聞をするりと奪っていく。

 

ちょっと待て。まるで意味が分からんぞ!

 

「なのにお前らは勝手に乗り遅れるフリしてその決定から逃れやがった。上の幹部連中がカンカンなんだよ」

 

オッサンの話を纏めると、10年に一度。纏まった人間の魂を一度にかき集めるために事故や災害で死者を選別する行事があるらしい。集めた魂はそれぞれ割り当てられた神が部下に指示して天国へ逝くべきか地獄へ堕ちるべきかを決めるとのこと。

色々ツッコミたいところはあるが、つまり「本来あるべき死に方とは違う死に方をした俺達の魂をどうするべきか」という会議が今お上で話し合っているらしい。

 

輪廻の環からハズレた魂の処理はクソ面倒くさいらしく、誰もやりたがらないとか。それでいいのか神様連中。つーか今までの大災害だとか事故って全部アンタらの仕業かよ。まぁだからどうしたって話だけどな俺からすれば。

 

「でだ、会議が平行線を辿っていい加減ウンザリしてきたからお前ら、ちょっと別次元に行ってやり直してこい」

 

また話がぶっ飛んでまいりました。なにその「ちょっとコンビニ行ってこい」みたいなノリ。

 

「お前ら人間の言葉でいうパラレルワールド? まぁとにかく俺達とは管轄が違う場所で魂の処理をして、一度人生リセットしてからもう一度死んでこいや」

 

いや意味わかんねーよ何で管轄違うだけで人生リセット? しかももう一度死んでこいって死ぬの確定かよ。やだよ俺そんなの。

 

「いいのか? お前らオタクの夢が叶うんだぞ? 俗にいう神様転生って奴だ」

 

マジ? 二次元の世界に行けんの? 作品のヒロインにキャッキャウフフできんの?

 

や っ た ぜ。

 

「んじゃあ行くぞー」

 

おっ、ちょ待てぃ。肝心なこと忘れてるゾ。転生先は? チート能力は?

 

「あん? ねぇよんなもん」

 

ちょっ。

 

「はい、よーいスタート(棒読み」

 

バァカヤロォオオオオオオオオ!! プザケルナァアアアアアアアァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます! 元気な男の子です!」

元気じゃねーよ既に死にたいよ。なにこれ前世の記憶引き継ぎできてもチート能力も何も貰えてないしここが何の世界かも知らないんだけど。というかここ本当に転生先なの? あ、でも医者っぽい人の顔めっちゃアニメ調だわこれ。でもそれだけじゃ何の作品かわかんねぇ……。ヒントらしい人物か用語ねぇの?

魔術とか超能力とか。

親らしき人物の顔を見ても今一ピンと来ないし名前を聞いても分からない。この様子だとお家を聞いても分からなくて泣きそう。

 

こうして俺の……この世界では『木村 秀樹(きむら ひでき)』と命名された新しい人生が始まった。

 

……そういや○○はどうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィィイィィィィィィィィィィィッス! どうもぉ~Hideでぇ~す……えぇー今は、転生4年目ですけども!

手掛かりは……何一つ……ありませんでした。

 

バンと読んでいた歴史文学の本を叩きつけるように閉じる。

あれから四年。思い出すのも嫌になるトラウマを植え付けられた俺の精神は一回り大人の階段をボソンジャンプし、見た目は赤子、頭脳は青年のまま赤ちゃんプレイで死にかけました。残念ながら俺にそういう性癖は無かったらしい。

 

そんな訳で四年。木村家の長男として生を受けた俺は羞恥心を殺し、時間という激流に身を任せ同化できずどうにかなってしまいそうになりながらもこの世界についていろいろ調べてみた。が、特にこれといって手懸かりになりそうなものは見つからなかった。

 

歴史を見ても過去にこれだという物もなく、住んでる場所が日本であるということ以外これといった収穫はない。まだ手足がうまく動かないし父親のPCには地味にセキュリティロックが掛かってやがる。母親のママトークやらに耳を傾けてもこれといったワードは出てこなかった。

 

近所に翠屋っていう店もなく、ここも海鳴市なんて地名じゃない。ファック。

時代は2001年。正直人の顔がアニメ調になったこと以外前世を変わりがないのだ。

 

はぁぁぁぁぁぁぁぁ(クソデカため息

 

とりあえず俺は前世の記憶を頼りにこの世界を一刻も早く知ると同時に、悪友である○○と合流できるように色々とがんばってみた。

 

第一に、前世から引き継いでしまった根暗思考を改め子供らしく喜怒哀楽をしっかり演じて見せる。小さい頃から死んだ魚のような目で根暗とか絶対に病気だと思われて施設に放り込まれるのだけは避けたかったからだ。

 

とにかく辛い。何が辛いって面白くもない事で笑わなきゃならんしどうでもいいことで怒るフリをしなきゃならんし……なんだこのクソゲー、やっぱ人生ってクソだわと再認識するが微かな希望を胸に俺は今日も往く。

だが俺の努力は無駄ではないらしく、他の同世代と比べしっかりした子供だと近所では評判になり、この体の両親である夫婦も満更ではないといった様子で俺を誉めちぎる。くくく……マヌケな人類め、騙されたとも知らずに……。

 

悪魔のような内面を押し殺し、俺はとりあえず優秀な子供を演じた。

 

そして第一の転機が来た。それは小学校に上がり二年目の夏。一人の子供が俺のクラスに転校してきたのだ。

 

「はーい、今日は皆に新しいお友だちを紹介しまーす」

ニコニコと作り笑顔を見せる担任の傍らに立つ『ソイツ』は明らかに面倒くさいといった顔で溜め息を吐いていた。自己紹介もせず黙っているソイツに困惑するクラスと担任。慌てて名前を担任の方から紹介する。

 

「え、えーと今日からこのクラスに新しく仲間入りする『田所 拓三(たどころ たくみ)』くんで「ブフッ……!」どうしました木村くん?」

名前を聞いて思わず吹き出した俺は口元を押さえ「何でもないです」と答えた。

 

まさかなと思いつつ。担任の指示にされるがまま指定された席……俺の隣にドカっと座り大きく欠伸をするソイツ。明らかに周りから「なにこいつ」という目で見られているがまったく気にする素振りがない。

 

ああ、やっぱ『お前』は相変わらずだな。

 

「ぬるぽ」

 

「ガッ」

本来1年早い上に小学生では知るよしもないはずのネタフリ。脊髄反射で答えたソイツは少し遅れ、驚いた様子で俺の方を凝視する。

その顔が何とも面白く、この世界では本気の笑いを押さえ込みながら拳を突き出す。

 

「久しぶり」

 

「ああ、本当にな」

こうして俺達は再会を果たしたとさ。

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや終わんねぇよ?」

いきなり誰かへ声をあげる○○改め拓三。最初は野獣先輩と呼んでたが「流石にやめろ」と言われたので止めた。まぁ多少はね?

 

さて前世の悪友とも合流でき目的を一つ達成したところで俺達は互いに状況確認に移った。とは言っても俺はもちろん拓三のほうもこれといってこの世界についての情報は何も持っていないらしい。というよりもコイツはずっと自を通したため何もしないでダラダラ過ごしていたらしい。ほんまつっかえ……。

 

とはいえ人のことを言えないのが事実。結局俺達は合流してもこれといった収穫もなく前世同様にツルんで過ごしていた。

そして化けの皮が剥がれた俺は拓三と共にクラスで浮く存在となる。歴史は繰り返す。その事で親には色々言われたが迫真の演技で「これが本当の俺なんだ」というアピールを両親に打ち上げ1年もすれば、既に親からは何も言われなくなった。見捨てられた……というよりも「今まで良い子であることを強いていたのは自分達なのかもしれない」と謎の解釈をした二人はむしろ今まで以上に俺を自由にしてくれている。好都合である。

 

拓三の両親も「ようやく友達らしい友達を見つけてくれた」と涙ながらに喜んでいた。今ではすっかり家族ぐるみで交遊関係にあっている。

 

俺と再会してからは拓三のヤツも少しはモチベーションが上がったらしく、あれやこれやと今後について計画を建てるようになった。

とりあえず目先の準備としては金を貯めることと体を鍛える事を前提に活動するという方針で決まった。拓三……というより前世からコイツは基本的に面倒臭がりだが、その行動に100%意味があるならやる奴であるため特に揉めることもなく着々と準備を進めていく。小学生の内はとにかく運動系のクラブ活動で体力をつけ、アルバイトができるまでは小遣いなどを貯金し、この世界が何か分かり次第それに必要なものを集めるという計画だ。

 

中学に上がり、拓三は野球部。俺はサッカー部へと入る。俺よりも体格に恵まれた拓三はいつの間にか筋肉に目覚め、某殺戮マシーンもとい元コマンドーな樵にでもなるつもりかと言わんばかりに体を鍛え抜いていく。……お前そういう奴だったっけ?

 

人間的に変化があったのは拓三だけではない。俺ももちろん小学校で一度落ちた評価を改めるべく部活はもちろん学校行事などにも率先して参加しクラスや教師からの評価もウナギライジング。多少その事で一部の思春期少年たちに色々されることはあったが内面的に一回り以上大人である俺達は余裕を持って対処した。

 

前歯だけで勘弁してやったんだありがたく思え?

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎ去り、中学最後の年。未だに情報が集まらずそろそろ心が挫けそうになったある日の事。

 

拓三からメールでこんな内容が送られてきた。

 

Re:やばい

本文:お前の持ってた漫画の世界っぽいぞ

 

俺はようやく掴んだ手掛かりを求め、勿体振らずに何があったのか説明を要求した。すると件名のみが帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

Re:巡ヶ丘学院高等学校

 

 

 

 

 

 

 

俺は天を仰いだ。



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はじまりのまえ

突然だが『がっこうぐらし!』という作品を知っているだろうか。

 

これはまんがタイムきららフォワードという月刊誌にて連載されている漫画作品である。萌え漫画特有の可愛らしい登場人物。ひらがなで統一されたタイトルと表紙絵から単なる萌え漫画と思いきや、その実質はゾンビアポカリプスを題材にしたサバイバル漫画である。

 

登場人物である女子高生四人の生き残りを掛けた戦いを中心に語られる漫画であり、その作風は『地獄』の一言に尽きる。

 

ゾンビサバイバルとして当然のように出てくる『彼ら』と呼ばれるゾンビ。噛まれたり引っ掛かれたり、場合によっては空気感染すら危ぶまれ、洋画やゲームのように銃火器なぞ欠片程度にしかなく、非力な少女たちが懸命に生き抜いていくストーリーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~キツいっす……」

 

自室の机、召集をかけた拓三こと前世からの悪友と共に、俺は頭を抱えていた。

 

少なくとも危険がない世界では無いんだろうなと考えていたが、まさかよりによって『がっこうぐらし!』とは……同じようなゾンビサバイバル漫画で言うと『学園黙示録』辺りの方がまだ生存率は高いだろう。向こうは銃もあるし戦闘狂いるし。

 

 

 

だが俺達が来た世界。ここが本当に『がっこうぐらし!』の世界だとするならば原作キャラの中でまともに戦えているのは一人……しかもその一人も途中で不安定な状況に陥る。はっきり言って救いがない。極限状態のまま一部は精神が病んでくるし、場合によっては他生存者すら敵になりかねない。ゾンビものの王道的な展開が当然のようにあるが、あまりにもこの作品には都合が悪い。漫画の内容故にご都合だと言われる部分もあるが正直あれは結果的に生き残れた場面が多く一歩間違えれば全滅もあり得る場面が多々ある。

 

さてここで原作とは違う部分について考えてみよう。

 

 

 

最も重要なのは俺達の存在そのものである。

 

このまま俺達が何もせずにいれば原作キャラたちは原作通りに事を進める……かもしれない。……が、それはつまり原作キャラの数名が死ぬことになる。

 

まず第一に原作キャラである巡ヶ丘学院の生存者初期メンバーである三人と一緒に行動していた学院教師である『佐倉 慈』こと『めぐねぇ』の死がある意味物語の鍵とも言える。もしも俺達の介入で彼女を救うという原作とは違う、未来を変える行動をした場合のその後の展開が崩れるかもしれない。彼女の死から始まり、新しいメンバーとの出合い、学院からの脱出。他生存者との合流から決別までの流れで俺達二人の存在がどう影響するか分かったもんじゃない。

 

 

 

良い方向に流れるかもしれないし、逆に事態を悪化させかねないかもしれない。助けるつもりが取り返しのつかない事になってしまった場合、俺達はどうするべきなのか。

 

 

 

拓三は「それでも助けられるなら助けるべきだ」という。もちろん俺もそれには賛成だ。だが突っ走ってどうにかなるほどこの世界は簡単じゃない。めぐねぇの死後、一人の生徒が現実逃避からあらゆる行動を触発し、結果としてそれはメンバーの助けとなる。

 

だが俺達がいることでそれが無くなった場合。誰が彼女たちを導くのか……。

 

原作の流れで俺と拓三が提案するのもいいだろう、だがリスクやメリットを考え行動を控えようという意見が出てしまうかもしれない。そしてその場合多数決などで事が決まるだろう。

 

そして俺達を含めた場合の男女比率は2:4。下手すれば女子比率が増えるだろう。そうした場合、既にコミュニティが確率しているグループと女子というアイデンティティーからなる集まりで起こりうる事態を想定した場合。やはり俺達は肩身が狭くなり自由が利かなくなってしまう。

 

 

 

ならばいっその事関わらず影ながら助けるか?

 

だがそれだと俺達の危険が増える…。前世の記憶があるからといって俺達は不死身じゃないし、転生特典なんて幻想はかなぐり捨てている。

 

普通に感染もするだろうし死ぬときは死ぬはずだ。その中で如何に原作キャラの生存率を上げるか……。

 

 

 

三日三晩悩んだ末、俺達の結論は決まった。

 

 

 

1:巡ヶ丘学院には生徒として入学する。

 

2:原作キャラとはあまり関わらず、あえて別の生存者としてコンタクトを取る。

 

3:めぐねぇを初め、死亡してしまったり危険な状況になる場面は全力で助ける。ただしあくまで偶然や利害関係によるものであると説明する。

 

4:俺達が何か知っているという事を感づかれてはいけない。まぁそもそも話しても信じては貰えないだろうが不用意な不信感を持たれるわけにもいかない。

 

5:最後まで同行するかは彼女たちの意思を尊重する。

 

6:感染した場合は互いに始末を付ける。

 

7:できることはやろう。

 

8:最悪の場合、全責任は俺達で取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところか」

 

 

 

「これ何て無理ゲー?」

 

概要をまとめた紙を前に、俺達は溜め息を吐く。

 

 

 

「まぁとりあえず中学卒業後は巡ヶ丘学院に進学ってところからだな」

 

前世の記憶があるため少なからず入試に落ちる事はないだろう……恐らく。俺も拓三も前世じゃそこまで馬鹿じゃなかったはず、留年とかはしなかったし。

 

 

 

さて初歩的な進路は決まったが、問題はどうやって巡ヶ丘まで進学する手続きをするかだな。両親を説得せにゃならんし……。

 

 

 

……あ。

 

 

 

「……身内どうする?」

 

思い出したかのようにプリントの端に『身内』と書きぐるぐると円で囲っていく。

 

 

 

「流石に放っておくのも悪いしな……とはいえ行動するのに大人数だとなぁ」

 

生物学的には親に当たる人物たちの安全が頭から離れていたクッソ薄情な親不孝もの二人は更に頭を抱える。

 

危険を知らせようにも誰が「ゾンビ映画みたいな地獄が始まるから逃げろ」なんて言葉信じるのか。

 

 

 

とりあえず俺達二人は高校進学と同時に親元を離れルームシェアという形で身内から離れ、事件が発生する直前になったら暗に危険を教え避難するように指示しよう。

 

 

 

さてさて続いては事が順調に運び、巡ヶ丘に進学できたとして、その内どのタイミングで原作が開始するかというところだ。

 

一応今は原作開始の2015年より3年ほど前、問題がなければ俺達が三年に進学した春先に事が起こるはずだ。だが何かしらのズレが発生しないと言えない。

 

 

 

俺達は今からでも地固めに移ろうと決定した。まずは将来的にルームシェアするアパートなどの下見。高校に入ってすぐバイトを始めた場合の予算配分。必要な道具などのまとめ、そしてそれを生かす知識etc...

 

 

 

卒業を間近に控えた冬。俺達は進学先を巡ヶ丘学院にする旨を両親や担任に伝える。もちろん最初は「もっと上を目指せるはずだ」と反対されたが、これまた迫真の演技を披露し「巡ヶ丘学院の校風とどんな時でも生きる術を見つけるためだ」と適当な事を並べ、何とか説得に成功する。

 

余談であるが学費や生活費は両親が当分の間は負担してくれるという……嘘をつき、騙しているという自覚から心が痛い。これだけ両親から想われているのに俺達の優先順位が未だ原作キャラ贔屓という。これでは人間のクズだ。……いや元からか。

 

 

 

しかし両親だって大人だ、事前に警告し危険があればちゃんと身の安全を第一に考えてくれるだろう。

 

 

 

俺達はあくまで「偶然進学した学院で偶然生き残りを、偶然遭遇した生存者と行動するだけ」なのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校の入学式当日。小・中学の時は何も感じなかった人生二度目の各学校入学式。しかし今回ばかりは流石に緊張する。精神年齢30台のくせに、我ながら情けない。

 

残されたタイムリミット。計画の調整、できる下準備はしてきたはずだ。あとは上手くやるだけだ。

 

 

 

決意を胸に、俺は長ったらしい校長の話を聞き流す……。

 

 

 

進学してすぐ、俺達はアルバイトを探した。資金調達を含め、土地勘を付けられるようなバイト。俺は宅配のバイトに、拓三は新聞配達に。稼いだ金は一部を両親への仕送りに、いらないと言われたがこれは単に俺達の罪滅ぼし……ただの自己満足だ。この先起こる出来事を知っておきながら誰にも話さず黙ったままにする。犠牲者たちには悪いが俺達は都合の良いチート能力なんか持っちゃいないんだ。助けられる人数には限りがあるし、優先する順番は俺達が決めさせて貰う。恨んでくれて構わない。

 

 

 

バイト代や仕送りなどで集まった金で俺達はサバイバル生活に必要な道具をありったけ買い集めた。衣服や靴。簡易テントや火種。救急キットや戦闘に使う武器。流石に銃なんて物は手にはいるはずもないため、マチェットや斧、投げナイフやコンパウンドボウ。ネット通販などでこれらは容易に手に入るが、これだけの物を家においておけば明らかに怪しまれる。

 

 

 

そのため俺達は学院にて『サバイバル研究部』という部活を設立した。部活概要は「いかなる状況でも生き残る知識と力を身につけ、災害などで他者を救える能力を身につけよう」というもの。使う道具はすべて持参し、学院に申告するがやはり最初は危険だと却下された。しかしそこで助け船をだしたのは学院の長である校長だった小太りおっさん。名前は興味ないからどうでもいい。すまんな。

 

 

 

校長曰く「自主的にそういった取り組みを思い付く生徒を無下にするものではない」とそれらしい事を宣っているが忘れてはいけない。この小太りおっさんもまた学院の真意や事件の一部を知ってなお隠しているんだ。いわば俺達と同じ立場というわけだ。……まぁ、まさかあんな形になるとは予想してないだろうがな。

 

 

 

そんなわけで設立されたサバイバル研究部。最初こそは興味本意で何人か入部者は居たもののガチ過ぎる俺と拓三に付いてこれず、すぐに辞めていった。川辺にキャンプしに行くだけがサバイバルじゃないんだっつーの。

 

 

 

元々鍛えた体力を軸に、自然界での生き残り方や『奴ら』との戦闘を踏まえた近接格闘をゴムナイフなどで訓練する日々が始まった。最初は軽いフットワークから緊急時の危機回避訓練。長期休みはもっぱら山籠り。

 

 

 

日に日に増していく傷痕。いつの間にか俺達は三度学院では浮く生徒になった。一部からは「変態」だとか「現実とゲームの区別が着かなくなった馬鹿」と陰口を叩かれるが気にはしない。俺達のこれは無駄にはならない。だからといって他の連中に強要もしない。たとえお前達が死のうが俺達は俺達の目的のために生き残らせて貰う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2年の月日が経過した。新しい年を向かえ2015年……ついにこの時が来た。春先にはゾンビアポカリプスが発生し、世は地獄となる。

 

この時を18年待った。最初は転生生活やっほいとか思ってたが、目的が出来てからはとにかく生き残ることと、そして俺達が望む原作では見れなかった未来を求める戦い。

 

 

 

やれることはしてきたつもりだ。

 

 

 

俺達は生きて、生き抜いて……満足して死んでやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『木村 秀樹』という生徒と『田所 拓三』という生徒がいる。二人は都心部である東京からわざわざこの巡ヶ丘学院に入学してきた男子生徒だ。志望動機は学院のコンセプトに引かれ、自分達が生きていく上で必要な物事を学ぶためだと資料には記載されている。小・中共に成績は優秀、一時期は問題視されていた田所くんは木村くんとの出合いを皮切りに大きく成長したという。

 

現に二人は同年代の子に比べ、物事を先の先まで考え行動していると言える。10代の少年とは思えないほど達観した思考や行動。だがそれとは逆に行き過ぎたまでの部活動。……彼らが設立した『サバイバル研究部』は学院に則った部活動であると校長先生は嬉しそうにしているが。他の生徒や私の目から見ても、彼らのそれは明らかに異常だった。部活動とは名ばかりで、毎日のように絶えない怪我の数。担当顧問の先生からしても、やり過ぎている部分が多々あるらしい。

 

川の水を飲めるようにする方法や魚の調理法まではまだしも、野生動物の狩猟やその解体までも徹底的に学び、知識として身につけていく。

 

 

 

何より私が危惧しているのは二人の格闘技に関してだ。

 

二人は時々、事あるごとに喧嘩をしていると報告されている。だが私が見た彼らのそれは学生の喧嘩というよりも映画や海外のバラエティー番組などで時折目にする格闘技術に近いものだった。間接技やボールペンをナイフに見立て互いの急所を隙あらば狙う。休み時間や体育の時間にすら時折それを目の当たりにするという報告もある。

 

 

 

あまりにも危険な行為に総じて注意勧告を出すも、二人が辞める素振りを一行に見せない。いずれ他の生徒まで真似し出してしまったら大怪我ではすまないかもしれない。

 

 

 

そう考え、私は二人を厳重注意するも。二人の目は真っ直ぐと私を見つめ「必要な事なんです」とだけ答えた。

 

 

 

これだけ傷だらけになってまで必要なことなのだろうか……。私を見る二人の視線は、いつも決心とは別に私個人への……感情が微かに見えた気がした。

 

 

 

私は彼らのことをあまり深くは知らない。ご両親の反対を押しきってまで学院に入学してきたことは知っているし、入学直後にはアルバイトを初め部活動もこなし、勉学でも優秀な成績を出している。彼らの優秀さに感銘を受ける先生方とは裏腹に……私は歩く彼ら二人の背中に一抹の不安を抱いていた。

 

 

 

どうにも……彼らは私とは違う場所に生きている。そんな気がしてならなかった……そして、私がそれを痛感した時。彼らは既に取り返しのつかないほど遠く、手の届かない場所にいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三年目になる始業式を向かえ、桜が咲き……やがてその時が来た。

 

 

 

その日は転生して初めて、学校をサボるという校則違反を犯した。実家に電話が行くことだろう。だがそれよりも以前に俺は両親やその身内に対して「遠くない内に危険なことが起きる。信じてくれないかもしれないけどどうか安全な場所に避難していてほしい」とだけ伝え、スマホの電源をオフにした。

 

 

 

微かに頬を撫でる風。それに乗って鼻孔を通り抜ける春の匂い……普通であるなら平和な1日が今日も続くはずだった。

 

 

 

……そう、続くはずだったんだ。

 

 

 

 

 

「……準備はいいか、オーバー」

 

懐から無骨な携帯端末……もといトランシーバーを取りだし、周波数を合わせた相手へと通話を開始する。

 

 

 

ザーというノイズの後、聞き慣れた声がスピーカーから帰ってくる。

 

 

 

《おう、こっちはいつでも。オーバー》

 

拓三の返信を受け取り、俺は電源を切っていたスマホを起動する。着信履歴は両親の名前で埋め尽くされ、今なお増え続けている。だが俺はそれを無視しSNSを開く、既に一部の地域では『暴動』という形で事が発生している。それを見たSNSの住人は「映画かな?」や「合成乙」といった反応ばかり。

 

 

 

投稿された写真や動画には『奴ら』の姿。ついに地獄は始まった……起きないかもしれないという淡い希望を持っていなかったと言えば嘘になる。

 

 

 

だが起こってしまったのならば俺が……俺達がやる事は決まってる。

 

 

 

「じゃあ、学校の方は任せたぞ」

 

 

 

《ああ、お前の方もしっかりな》

 

その会話を最後に、俺はトランシーバーをポケットに押し込め、街が見渡せた丘を降りていく。直にここも地獄と化す。

 

 

 

俺達が最初にやるべき事はそれぞれが初期原作キャラの避難所になっている巡ヶ丘学院とリバーシティ・トロンへ二手に別れ生存者の保護を目指す。

 

くじ引きの末俺はリバーシティへ、拓三は学院へ。まだ平常な地区が多いため買い溜めた装備などは部室と自宅にまとめて置いてある。

 

 

 

「んじゃ、手はず通りにな」

 

 

 

《オーケー。んじゃまた後でな》

 

通信終わり、と最後に言い終えトランシーバーをポケットに入れる。

 

流石に不審者と通報されて出鼻をくじかれたくないので装備は最低限。衣服も一般で売られる赤のシャツに黒のデニムジャケット。モスグリーンのカードパンツ。緑のキャップ帽に20Lのリュックサック、中にはカロリーメイトや飲料といった軽食の類いと緊急用のサバイバルナイフ数本。見つかったら即タイーホだから気を付けないとな。

 

 

 

「さて……と」

 

ふぅ、と一度大きく息を吐き、軽く柔軟してから目的地まで足を進める。

 

 

 

できる下準備は全部した。

 

 

 

多くの計画は事前に建てた。

 

 

 

この先に待つ未来にも現実にも覚悟は出来た。

 

 

 

あとは生きるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういやあの二人がこっち来んのって授業終わった放課後じゃね?」

 

交差点のど真ん中で立ち尽くす馬鹿がいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたのか、まったく理解ができなかった。

 

その日は授業が早めに終わって、でも空があんまり青くてきれいだったからまっすぐ帰るのがもったいなくって親友の『圭』と二人で、ちょっとだけ寄り道をした。

 

帰りの最寄り駅近くにある大きなリバーシティ。談笑しながら色々なものを見て回った。一階の食品売り場でおいしいパンの試食に圭が舌鼓をうち、二階の家電製品売り場で新発売したとても大きな液晶画面に驚き、三階の洋服売り場で綺麗な服を見て、同じ階にあった本屋に面白い本がないかと見て回っていた。

 

 

──そんな時だった。

 

「何……?」

遠くの方……外から悲鳴のようなものが聞こえた気がして様子を見に行った。

 

 

──それが始まりだった。

 

一瞬で頭の中が真っ白になった。ナニカが起きていた。

逃げ惑う人々、視界に広がる赤。

 

朱。

 

紅。

 

アカ。

 

人の形をしたナニカが、人を食べているように見えた。

 

映画? 撮影?

 

思考がそれを否定するようにぐるぐると頭をかき回していく。

 

言葉よりも先に、反射的に私は『圭』の手を取って走った。一刻も早くここから離れなければ……。

同じように避難しようとする人の波に押されながら、絶対に離すものかと親友の手を強く握りしめる。

 

「どっちだろ……」

キョロキョロと辺りを見渡す『圭』。天井にぶら下がっている標識を目印にエレベーターを目指し、私は上へ逃げるように促した。ボタンを押し、下の階から上がってきたエレベーターは──赤色に染まっていた。

 

どのくらい走っただろうか。二人とも運動が得意なわけではなかったためモール内を走り回るだけでも息が上がり、道すがら多くのナニカと、それに群がられている人が目に写った。

それでも走り続け、やがて停電が起き私は足元のコンセントに躓いて転んでしまう。

 

「こっち!」

『圭』が手を引いて、洋服売り場の試着室に隠れる。隠れることで切り抜けられるのかは解らなかったけど、私も『圭』も祈る事しかできなかった。

 

隙間から見た光景は言葉にできないほど悲惨なものだった。

 

「誰かっ……」

群がられ、貪られている誰かの最期を見たはずなのに、その人はナニカとなって立ち上がった。

悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪えた。もしも見つかってしまえば私達も『ああなる』という恐怖が全身を支配し震えが止まらなかった。

 

「っ……」

目を瞑り、強く手を握る。祈るように、すがるように……。

 

 

時間にして10分だったか、30分だったか、もしかしたら数時間。感覚にしてすごく長く感じるくらい試着室で身を潜めてから物音や声が聞こえなくなった頃。

 

足音もなく、気配もなく突然──男の人の声が聞こえた。

 

 

「大丈夫か?」



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だっしゅつ

「始まったか」

響き渡る悲鳴を聞きながら、俺は最上階の非常口を予め開け縄と留め具で固定する。冷静な判断ができる人間がどのくらい居るか知らんが、各階層の非常口を事前に開けておいた。

一見『奴ら』の侵入経路を増やすだけのように思える愚策かもしれないが、初動で避難する人間が多ければ人の流れは出口へと集中する。メインゲートは当然としてエレベーターや駐車場へ続くゲートが一番人が集中するだろう。だが少し考えれば非常階段での脱出に気がつく奴も少なからず出てくる。鍵を開けて扉を開ける。複数いるなら扉を開け続け誘導する必要がある。

 

 

僅か数秒だけでも人は恐怖で混乱を起こす。少しでも逃げられる時間を短縮させるためだ。

 

 

 

原作に関係のない連中を助ける善良さが俺にある?

いいや違う。後々資源調達に来る際『奴ら』の数を一匹でも減らしておきたいからだ。店内で転化した生存者が減っていればいるほど後が楽になる。

 

 

全ての非常口を開け終え、俺は目標がいるであろう三階へと階段を使って駆け降りていく。エレベーターは既に避難が始まっていて行列が出来始めた。

 

 

「キャァアアアアアア!!」

三階に到着するや、甲高い悲鳴が木霊する。目を向ければ転化した一匹に覆い被さられ、もがく女性の姿。もうこんなところまで感染が拡がっているのか!?

 

 

いくらなんでも早すぎる。噛まれた感染者が上に逃げてきた後に転化したのか!?

 

 

感染を中心に蜘蛛の子を散らすように人が逃げていく。

 

 

「おかぁさん!!!」

覆い被さられた女性の子供だろうか。経垂れ込んで泣きじゃくり手を伸ばす。

誰もが我先にと逃げ回り、子供には見向きもしない。当然だ、赤の他人にそんなことするのは正義感のある馬鹿か、ただの馬鹿だ。

 

故に俺は後者に当てはまる馬鹿だったんだろう。

 

「ふんっ!」

サッカーボールを蹴るように振り下ろした爪先で感染者の顔面を蹴りあげる。肉の潰れるような感触と、グシャリと何かが砕ける音が体を通して伝わってくる。気持ち悪い、蟲を踏み潰す感触なんかより何十倍も生々しい。

 

蹴り飛ばされた感染者が剥がれ、女性の容態を確認する。顔は恐怖に震え顔や服には返り血が付着しているが噛まれた様子はない。

 

「早く逃げろ!」

ああ、クソ。なにやってんだ俺は。だがまぁいい、最初の獲物が決まった。今後のためにも遅かれ早かれ慣れて置かなきゃいけないんだ……早いに越したことはない。

 

リュックサックを下ろし、軽く構える。相手は一匹、ナイフは人の目もあるしまだ使えない。

思考能力のない肉塊相手なら打撃でも十分だろう。

 

やるぞ木村 秀樹。しっかりやれよ、感染したら終わりだ。この一歩を踏み外せばテメーは終わりだ。全部なにもかもが台無しになるんだ。

 

ふぅ……と呼吸を整える。ちゃんと練習して鍛えてきたんだ。覚悟だって何度も決めてきた。

 

 

 

ああ、でもやっぱ……。

 

 

 

「ちょっと怖ぇわやっぱ」

 

 

 

額に汗が滲む。蹴り飛ばされた感染者が立ち上がり、唸り声をあげながらゆっくりと近づいてくる。

ゾンビはゾンビ。散々映画や漫画で見てきたありふれた姿のゾンビ。それでもやはり創作物のと目の前にある本物とじゃ全然違うってのがよく分かる。

 

これも元はちゃんとした人間だったんだ。俺達と同じように笑ったり泣いたり喜んだり、料理を食べたり眠ったりしてきた歴とした人間だったんだ。

 

それを今から俺は殺すんだ。既に死んでいて元の人格なんて残っちゃいないのかもしれない。

 

っ……考えるな。これからお前は数えきれないくらい同じ事をするんだ……。今更弱腰になってんじゃねぇ。

 

やれ、やるんだ。

 

 

 

 

やれ!!!

 

 

 

 

「っ──!」

あと数歩といったところまで接近されたところで俺は姿勢を低くし、狩り取るように足で感染者の姿勢を崩す。受け身や避けるといった事のできない感染者はそのまま横向きに倒れ、頭部が地面にバウンドすると僅かに頭が歪んだ。

 

この程度で終わるはずもなく、透かさず大きく右足を振り上げ踵をこめかみに叩き落とす落とす。さっきよりももっと大きく肉々しい感触と共に、頭はスイカが割れたように飛び散る。

 

「……はぁ」

なんだかんだで初実戦。特別吐き気などに教われることはなかったのは幸いだ。慣れるまで一々そんなものに襲われてたら話にならない。

 

気が付けば周囲から視線を感じる。見るとこちらを畏怖の感情で見る人々の顔。まぁそれもそうだろう、いきなり人間だったものの顔面蹴り潰す奴が出てきたら誰だってそうなるわ。

 

居心地が悪く、下ろしたリュックサックを担ぎ上げるとザワッと人だかりが一歩下がる。……泣くぞしまいには。

 

 

「早く避難した方がいい。非常階段も空いてるはず」

そう言い残して足早にその場を後にする。スピードワゴンのようにクールにできないのは悲しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走って、途中途中遭遇した感染者を蹴り飛ばして中央の吹き抜けから突き落としている最中。原作通り店内が停電により暗くなる。まだ外が明るかったお陰もあって完全に暗闇というわけじゃないが、周囲への注意を一層強めなくちゃならない。

 

できれば明るいうちに遭遇したかったがどうにも上手く見つからない。だが停電が起きたならば答えはひとつ。『あの二人』は洋服売り場で身を潜めているはずだ。

 

体を屈め、足音を消しながらゆっくり洋服売り場のコーナーへと向かえば、数匹の感染者が生存者へ喰らい付いていた。グチャグチャと咀嚼音と微かに漏れる呻き声。生存者が絶命し、痙攣していた手がパタリと落ちてから一分足らずで、生存者『だった』者は転化した。

 

転化するまでの時間差は感染の度合いに依存するのか、それとも絶命してからがスタートなのかはわからない。

その内その辺の調査もしなきゃいけないが、今はとにかく目標の救出が先だな。

 

リュックサックを開け、中から一本の発炎筒を取り出し着火する。鮮やかな赤色に炎を噴出させるそれをできるだけ遠くへと投げ込む。地面と接触した音と炎の光に誘われ、その場にいた感染者が移動を開始する。

物陰に隠れ、様子を伺いながら数分ほど待機したのちにゆっくりと試着室へと近づく。左から二番目の、唯一カーテンが閉まりきった個室の近くまで行き、驚かせないように出来るだけ小さく、不信感を持たれないように声をかける。

 

 

「大丈夫か?」

カーテンの向こうから露骨に息を飲む音がする。返事は待たずにそのまま俺は続ける。

 

「近くに『奴ら』はもう居ない。だが大きな音や声を出すなよ、もし生き延びたいなら俺に付いてこい……ここから脱出するぞ」

これは半ば賭けだった。俺のように事態を受け入れて、その上で判断能力がどれほどまで残っているかわからない。恐怖から動けず隠れるのを選択し、やがて別のグループに救出されるだろう。

 

だがそうなった場合の末路を俺は知っている。可能であればこの場で『この二人』を助けられるのがベストだ。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

数秒しても中々反応がない。かなり警戒されているようだ。当然と言えば当然か……、さてどうす──。

 

「あ……なた…は、誰ですか……」

震える声で何者かと訪ねられた。安堵からか少しホッとしながら俺は生徒手帳を取り出す。

二人は制服を着ているが、俺は今私服のままだ。同じ学院の生徒だと分かれば多少は警戒を解いてくれるだろうという期待を胸に隙間から生徒手帳を滑らせる。

 

「あっ……」

手帳を見て安心したのか。僅かにカーテンが開き二人の目が俺を見る。

 

紫色の瞳にクリーム色の髪、オレンジの瞳に栗色の髪。間違いない、目標の二人だ。

 

「お前たちも巡ヶ丘の生徒だったか」

さも偶然を装うようにそう呟くと、二人はようやく試着室から出てきた。立ち上がると目立つため姿勢を低くするように促す。

 

「俺は三年の木村だ」

手短に自己紹介すれば二人も少し間をおいて「二年の直樹 美紀……です」「同じく二年の祠堂 圭です」と返してくれた。まだ恐怖と疑いの目が晴れないが、とりあえず第一段階は終了。

 

よし、と頷き二人にこれからの事を説明する。留まり続けるのも危険なため、俺を先頭に慎重に行動しながら小声で説明していく。

 

今起きている惨状。脱出し、学院へ向かうこと。その途中で『寄り道をする』こと。

 

「あの……」

説明の途中で直樹が声を上げた。

 

「此処で救助を待つのは……ダメなんですか?」

もっともな意見だった。祠堂も同じ事を思っていたらしく賛同するように頷く。

 

「たしかにここなら食料や寝床の確保は容易だろうが、ここは広すぎるんだ」

俺の言葉に今一ピンと来ない二人が疑問符を浮かべる。

 

「例えばの話だ。お前たちがまったく別の場所で生き残り、食料を探す場合……どこいく?」

 

「それは……コンビニとか、スーパーとか」

 

「そうだな。だがそういった施設はすぐに荒し尽くされ物資が残らないだろう。そうなった場合、こういったショッピングモールが次の目的地になるわけだ」

 

それがどうしたのか。と眉を潜める二人。

 

「誰もが物資を求め、遠目からでも目立つこの場所は生存者にとってウッテツケ過ぎる場所なんだ」

 

「それって……」

 

「言いたくはないが、こういう場合。まず奪い合いの揉め事が起きる、そしてそういったトラブルが起きれば遅かれ早かれ大惨事は免れない」

映画などで見た惨状の一部を例え話にして言えば「そんな!」と声を荒げそうになる直樹の口を塞ぐ。

 

「お前たちも生き残りたけりゃ賢く生きる術を身に付けろ。これから先危険になっていくのは感染者だけじゃない、極限状態に陥った人間こそが一番危険なんだ。特にお前たちのような女子供は気を付けろよ」

 

「どういう意味ですか……?」

 

「……男の俺にそれを言わせるのか?」

溜め息混じりに返すと、ようやく意味を理解したのか二人とも顔を赤くし、後ろにいる直樹にいたっては背中を殴られた。解せぬ。

 

「とにかくここは籠城に適さないんだ、お前たちも学院の生徒ならあの学院の校風は知っているだろう。あそこには自給自足のための設備が整っている。目立つが此処よりは遥かにマシだ」

 

曲がり角に差し掛かり、徘徊する感染者の姿を確認した俺は二人に止まれと手で制止する。

 

「感染者だ」

二人の顔が青ざめる。距離にして50m程度の距離、非常階段と俺達の間に立ち塞がるように立ち尽くす感染者が3匹。さっきのように発炎筒で陽動するにしても反対側の渡り橋にも二匹確認できる。

非常階段側の三匹を陽動するために発炎筒を炊けばその瞬間渡り橋の二匹に捕捉されるだろう。

 

俺だけならまだ余裕だが後ろの二人は突発的な行動に付いてこれないかもしれない。

 

「いいか、俺がOKサインを出すまで絶対に動くなよ」

人差し指を立て静かにしているようにと付け加え、リュックサックを開く。

 

「っ……なんでそんなもの──!?」

取り出した大型のサバイバルナイフ二本を見て祠堂は息を飲む。それもそうだろう、折り畳み式のチンピラが持つようなポケットナイフやバタフライナイフでもなく、市販されている包丁でもない。

 

正真正銘銃砲刀剣類所持等取締法に違反するものだからだ。

 

某バラエティーショップのネット通販サイトで購入したオーストラリア産のサバイバル……正確にはハンティングナイフに分類されるこれは全長413mm刃渡り285mm、刃の厚さは4.6cmの重量630gと過酷な環境でも十分な実用性を兼ね備えた狩猟用のナイフだ。

 

こんなもの持ち歩いていれば余裕で警察に捕まるに決まってる。

 

「……護身用」

ボソッと呟くと「絶対嘘だ」って顔で睨まれた。

俺だって丸腰で逃げ切れるならそれに越したことないんですよ。わかる?

 

「動くなよ」

念押しするように二人へ言い聞かせ、姿勢を低くしたまま『奴ら』へと近づく。運の良いことに三匹ともこちらに背を向けている。一番近い中年男性だった感染者へと背後から頭蓋骨と背骨を繋いでいる空間に、骨にぶつからないよう一気に突き刺す。サクッとまでは行かないが手応えは踏み砕いた時よりも軽い。

 

ビクンと一度痙攣してから事切れた感染者を音を立てないようゆっくり寝かし、残りの二匹へ近づく。だが二匹の距離が近すぎりためバックスタブの要領で仕留めるのは不可能だ。

 

ここでミスをすれば他の感染者を引き付けてしまう。失敗は許されない。

 

 

「っ……ふっ!」

右手側をさっきと同じく一突きで穿ち、その音で振り向いた左手側の残りを逆手に持ったもう片方のナイフで口元から脳側に突き立てる。

 

流石に二匹分となるとかなり腕がキツイが、なんとか死体を寝かせる。

 

大きく静かに息を吐き、二人の方へサインを送る。物陰から顔を出し低姿勢のまま駆け寄ってくる二人を誘導しながら非常階段へ向かった。

 

階段から外を覗き見る。幸いにも近くに感染者は居なかったが数百mほど先の駐車場には襲われる生存者と、生存者の乗った車に群がる感染者の群が視認できた。

 

「向こうに引き付けられてる間に急ぐぞ」

 

「助けないんですか!?」

直樹の言葉に足を止める。まぁ薄々は言われるんじゃないかなとは思ってたが、やっぱり言うよなぁ。

 

「なんで」

 

「なんでって、だって──」

 

「俺を映画や漫画のヒーローか何かと勘違いしてるようなら諦めろ。俺は運良く生き残ったお前らだから助けた。場合によってはお前らでも見捨てるつもりだった。あんな数の感染者を退けて全員を助けるなんて不可能だ、リスクが高すぎるんだよ」

吐き捨てるように一蹴し、再び階段を降りていく。立ち止まっていた直樹は悲鳴の方へ視線を向けながら「そんな……」と震える手を握りしめていた。

 

「悪いな、俺も超人じゃないんだ」

聞こえはしなかっただろうが、自分に言い聞かせるように小さく呟く。そう、俺も拓三も超人じゃないんだ。感染に免疫力があるわけでもないし、無限に体力があるわけじゃない。俺達に出来る事だって限度がある。

 

これ以上俺に出来ることなんて──。

 

キィ!

 

突然現れた一台のミニバンが俺達の前で止まった。

 

なんだとナイフを構えると助手席の窓が空き、一人の女性が声を掛けてきた。

 

「君たち乗って!」

頬や衣類に血が滲んでいるが顔色は良く、何よりその顔には見覚えがあった。

 

「……」

 

「っ早く!」

急かされ、俺は二人を車に乗せる。後ろのドアを開ければまた見覚えのある子供の顔があった。

 

「お兄ちゃん!」

パァと笑顔を浮かべる幼い子供を見て、無意識に顔が綻ぶ。二人を後部座席に乗せた後、俺は空いている助手席へと乗り込んだ。

 

「シートベルトして! 飛ばすから!」

クルクルと手慣れた手付きでハンドルを操作する女性の横顔は、以前見た時とは比べ物にならないほど凛としている。

 

思いがけない形で脱出の足を手に入れられたのは運がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けていただき、ありがとうございます」

車が走り出して時間が過ぎ、大通りに出て避難する他の渋滞と鉢合わせ立ち往生したタイミングで感謝の言葉を告げる。

 

「いいのよお礼なんて、命の恩人だもの」

そう微笑む女性。すると後ろで聞いていた直樹が恐る恐る話に入ってきた。

 

「あの……二人はお知り合いなんですか?」

彼女の問いに「いや、赤の他人だ」と言おうとしたら被せるように「彼にはあの『化け物』に襲われてるところを救われたの」と女性が答える。そんな女性の答えに「えっ」と疑うような目を向けられた。

 

なんだその目は。

 

「俺が誰彼構わず見捨てて、自分は生き残るような薄情者に見えたか。大正解だ」

皮肉気に鼻で笑うとしゅんとした顔で「いえ……」と顔を俯かせる。

 

「彼に助けられてなければ、今頃私もああなって、その子を独りぼっちにさせてしまうところだったわ」

バックミラーでチラリと後部座席で早速仲良くなった祠堂と遊んでいる子供を一瞥し微笑む。

 

「本当、あなたには感謝してもしきれないわね」

ありがとう、と再度感謝を告げられ、俺は「いえ」と短く返す。

 

「ところで後ろの二人はカノジョ? あなた見掛けによらずやるわね」

 

「なっ!? ちがっ──「違います」」

突然の発言にテンパる声を一蹴する。何故か背後から冷たい目線が飛んで来るが知らん顔。こういうのは相手に乗せられた方が負けなんだ精進しろ直樹。

 

「その二人は同じ学院の生徒でたまたま運良く生き残ってた所を見つけただけです」

 

「学院……っていうと巡ヶ丘?」

 

「ええ」

 

 

 

《ザーッ》

するとポケットに入れていたトランシーバーからノイズが流れる。

 

《あー、あー。聞こえるかーどうぞぉ》

気の抜けたような声がスピーカーから流れる。なんだか久しぶりに聞いた気がする声の主へ通話を繋げる。

 

「聞こえるぞ、そっちはどうだ拓三」

突然トランシーバーなんかで会話し始めた俺を珍獣でも見るような目で見てくる三名(子供はいつの間にか寝ている)。

 

《とりあえず無事だ、今学院の屋上で籠城中。生存者は俺を抜いて四名》

 

四名?

 

「……『ダメだったのか?』」

 

《ああ、最初は大丈夫だったんだが避難する途中で襲われてる奴を助けようとして感染しちまった》

 

「……始末は?」

 

《俺が付けた》

拓三の言葉に大きく溜め息を吐く。原作では本来、屋上へ避難するのは主要キャラ四名の他にもう一人男子生徒がいた。が、劇中では既に噛まれ感染し、同じ部活に所属する主要メンバーの一人によって介錯される流れだった。拓三には出来ることなら彼も救えるようにと言っておいたが、どうやら向こうはそう簡単に原作ブレイクは出来なかったらしい。可能であれば男手が欲しかったんだが仕方ない。

 

「こんな状況じゃ仕方ねぇ、他の生存者の様子は?」

 

《まぁ、全員放心状態って感じだわ。約一名に関しては俺に敵意丸出し》

ははは、と笑う拓三。

 

《お前の方は?》

 

「こっちはとりあえず生存者二人とモールで脱出する途中で車持ちの母娘に相乗りさせてもらってる所だ」

 

《順調ってところか?》

そんなところだ、と一笑しチラリと横目で後ろを確認するとめっちゃガン見されていた。

 

「とにかくこれから俺は『寄り道』した後にそっちに合流する。日を跨ぐかもしれねぇが気ぃ付けろよ」

 

《おう、お前もな》

通信を終え、トランシーバーを仕舞うと同時に祠堂が声を掛けてくる。

 

「今の……誰ですか? というかナイフといいソレといい、何でそんなもの──」

祠堂の疑問に、何かを考えていた直樹があっと声を漏らす。

 

「木村先輩って、もしかして『あの』木村先輩ですか?」

 

「あのってのがどれを指すのか知らんが、木村で間違いないが」

 

「知ってるの? 美紀」

知っているのか雷電。

 

「巡ヶ丘三年の木村先輩って言えば、その……かなり……個性的な人って有名というか……」

なんとも歯切れの悪い言い方をする直樹。チラチラとこちらの様子を伺っているようだが……。……ああ、そういうことか。

 

「学院の問題児に助けられたのがそんなに癪か?」

すると直樹は慌てて訂正しようとする。生真面目で冗談の通じない奴だな。

 

「え、なに君不良くんなの?」

ハンドルを持て余した女性が若いっていいわねーと言いながら話に興味を持ち始めた。

 

「あー! 思い出した! 『マタギの木村』って先輩のことなんですか!?」

えっなにそれは。

 

「ま、マタギ?」

そんな渾名初耳なんですがそれは。

 

「『いつも二人組で山に行ったり熊と戦ったりしてる変人』ってもっぱらの噂ですよ」

 

「へ、変人……」

 

「まぁ山に行くのも熊と殺り合ったのも事実だが……」

群馬や山梨に行った時に現地の狩猟サークル同伴で見学させてもらった時のことだったかな?

いやーあの時は大変だった。銃は壊れるし大の大人は腰抜かすしで、結局二人掛かりでナイフ縛りを強いられたのはいい思い出だ。

 

「君、何者?」

訝しげな目で、半ば呆れられたような目で見られる。

 

「ただのしがないサバイバル部員です」

これも部活の道具です。そういってトランシーバーとハンティングナイフ、予備のナイフ等を取り出し携帯食を何個か取り出し全員に配る。この騒動が起きてから何も口にしていなかったからか全員快く受け取っていった。

 

 

「それで、君たちはこれからどうするの?」

どうやら目的地があるなら送っていってくれるらしい。

 

「助かります。最終的に学院へ向かうのが目的ですがその前に『寄るところ』があるんでそっちに向かって貰えますか」

 

「寄るところ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『鞣河小学校』──」



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よりみち

「おう、お前もな」

そう言い終え、通話を切りトランシーバーをケツポケットに押し込み。チラリと横目で4つの視線を向ける存在に溜め息を吐く。願わくば相方が早くこっちに到着することを祈るばかりだ。

 

 

「おい、いつまで縮こまってんだよ」

俺は手摺にもたれ掛かりながらそう問いかけると露骨に肩を震わせる『四人』。察しの悪い奴だと昔から言われてきたオレでも流石にわかる。明らかに自分が怖がられてるってことくらい。

 

 

まるで人質を取った犯罪者みてぇだな。と、相方だったら鼻で笑っていただろうが今は冗談を交わす相手もいない。オレは空を見上げ、もう一度大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『事』が起きる直前まで、オレは屋上の隅で煙草を吹かしていた。前世でもチョビっとだけ吸ったことのある煙草だが以前は依存するほど嵌まらずだったが『こっち』に来て10何年も別の意味でストレスが増えたことから、いつの間にかオレは喫煙家の沼に落ちていた。

 

 

ぼーっと校庭を眺めながら三本目に火を着ける。

授業をサボり、ただただだらけているように見えるが違う。……いや違くもないんだが。

とにかくオレは待っていた。物語──というより事態が起きた後。どういうルートを通って感染の波が学院にまで及んだのか。どっち道抑えられないのだから意味は無いんじゃないか? と思ったが相方曰く「波が来た方向とは別の方向を逃げ道にする生存者の誘導をしてほしい」らしい。

 

 

事前に助けるのは原作キャラだけだったはずなんだが、パンデミックが発生した後の処理やら手間を省かせたいらしく出来るだけ数を減らしておきたいらしい。

 

 

実際。校門から入ってきた不審者(感染者)を取り押さえようとした教員が襲われ、パニックが起きた時点で校庭に飛び出したオレが「走って裏門から逃げろ」と叫ぶと一斉に人が駆け出した。

 

 

既に襲われゾンビ化した教師や一部の生徒が次々と他の人間を襲い始めている。朝礼台に登り目を凝らす。逃げる生徒の顔を確認しながらオレは目標を探す。すると目標の一人……濃い青紫色のツインテールをした女子と茶髪の男子生徒が一緒に走っているのが見えた。

 

 

ゾンビ共からはそれなり離れた位置に居たため感染の危険はないだろうと安堵したのも束の間。男子生徒が立ち止まり何故かゾンビ共の方へと走り出した。

 

 

「っ! なにやってンだ馬鹿!」

台から飛び降り全力で駆け出す。そういやどういう経緯であの男子生徒が感染したのかオレも相方も知らない。原作やアニメでも既に噛まれたorゾンビ化した後の末路しか知り得なかった。

 

 

「先輩! 戻って!!」

悲鳴のように叫ぶツインテールを通りすぎ、何匹かのゾンビが纏わり付いていた生徒に手を伸ばそうとしていた男子生徒を取っ捕まえる。

 

 

「テメェ何してンだ! 死にてぇのか!」

 

 

「離せ! 『一葉』ァ!!」

必死の形相で腕を振りほどこうとするアホを自慢の腕力で押さえ込む。こいつが呼び掛けたのは女子生徒の一人だ、既にゾンビ化し生きた人間を一心不乱に喰らっている化け物に集られ、唯一伸びていた手がビクビクと痙攣している。

 

 

「もう手遅れだ! 早く逃げろっ──いって!」

綺麗に脇腹へ肘鉄が突き刺さり、少し緩んだ隙に抜けられた。もう一度手を伸ばしたが制服の袖を掴み損ねる。

 

 

「クソがっ!!」

何でこう一々面倒くさい方に事が運びやがるんだろうか。

 

 

「一葉から離れろ!」

男子生徒──ああもう面倒くせぇ、馬鹿でいいや。馬鹿がゾンビ共を押し退け、息絶えた女子を奪還する。が、再度襲いかかってきたゾンビ共に足がすくんだ馬鹿の真上を飛びドロップキックをお見舞する。

 

 

ボーリングのピンのように気持ち良く倒れたゾンビを見て「ハッハー! ストライクだ」と思わずガッツポーズを取る。

 

 

「おい、さっさと逃げ──」

振り返ったオレが見たのは、目を見開き驚愕の表情を浮かべながら首を噛み千切られる馬鹿の姿と、直後嫌に響いたツインテールの悲鳴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくとオレは馬鹿を担ぎながらツインテールの後を追いかけ原作通り屋上へと逃げると、既に3人の生存者が居た。

内一人。生徒ではなく教員である女がオレの顔を見るや、若干顔を曇らせたような気がしたが特に気にも止めず馬鹿を適当に下ろし、ゾンビが押し込んで来ようとする入り口を押さえる。

 

 

これでもかなり鍛えたつもりだったが物量差が大きすぎる。流石に一人では押さえきれない。

 

 

「おいっ! 手伝えアホ!!」

そう怒鳴り付けると、これまた露骨に怯えられたが緊急事態ってこともあってかすぐに扉を押さえ始める三人。が、ツインテールだけは放心態で虫の息になっている馬鹿を見ていた。

 

 

「恵比寿川さん!」「くるみ!」

 

 

「先輩……」

 

 

起き上がった馬鹿は小さく唸り声を漏らしながらゴキゴキと全身の骨を軋ませる。その顔に生気はなく、口や目からは血を垂れ流し、もはや人のソレじゃなかった。

 

 

「離れろツインテ! そいつはもう手遅れだ!」

座ったまま呆然とするツインテにゾンビ化した馬鹿の手が伸びる

 

 

「先ぱ──」

 

 

「っ、ちょいと踏ん張れや!」

伸ばされた手を掴もうとツインテが手を持ち上げるのを見たオレは飛ぶように扉から跳ね、半転し勢いを付けた蹴りで横凪ぎにゾンビを蹴り飛ばす。

 

 

「っ! 先輩に何すんだお前!!」

クッとオレを睨むツインテが手摺に叩き付けられ、倒れ伏すゾンビへと駆け寄ろうとするが襟首を引っ掴み、後ろに下がらせる。

 

「よく見ろボケ『アレ』はもうオメェの知ってるセンパイじゃねぇ」

足元に落ちていた一本のシャベル。本来であればこれの持ち主自らゾンビを介錯するのが流れだが、オレはそのシャベルのさじ部を踏み、カンと音を立て勢いよく持ち上がった握りを掴む。

 

軽く振ってみる。少し軽いがなるほど。たしかに「戦争で人を多く殺したことのある武器」とよく言われた得物だ。

 

こいつなら──。

 

 

「おい……待てよ……」

 

 

「下がってろ」

腕に力を込め、一歩目で距離を積め……二歩目で腕を体ごと大きく回転させ──。

 

 

「やめ──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在に至る……と。

 

 

「あの……田所くん……」

手摺にもたれ、空を見上げながら呆けているオレに桃色の髪に紫の服。この場で唯一の成人である女。『佐倉 慈』が恐る恐る、といった様子で声を掛けてきた。「なんスか」と問えば萎縮したように目を泳がせる。

 

 

お前のベトナム帰りみたいな顔と体格で高校生とか草。とは相方の談。

たしかに前世よりも体格に恵まれたとはいえ高校生で身長180の筋肉モリモリマッチョマンの変態になった覚えはない。

 

 

「さっき、無線機で話してたのって……木村くんよね?」

そうっスけど、と返せば「そっか……無事だったのね」と安堵の表情を見せる。朝から姿を見せなかった相方である秀を心配していたのだろう。

 

 

「それで、何て言ってたのかしら?」

とりあえずオレは秀が別の生存者と行動を共にしていること。学院へ向かっている事を告げる。

鞣河小に向かう事や一部を省いて。オレは秀が合流するまでの間、何としても原作通りの流れが起きないように阻止しなければならない。早くて明日、長く見積もって3日といったところか。

 

 

さてさて序盤から原作ブレイクしたことが裏目に出るかどうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいの?」

不安そうに眉を潜める女性に、俺はもう一度「ええ」と答え感謝の言葉を伝える。

 

 

「ここから先は俺一人で行きます。エンジン音は『奴ら』を引き付けてしまうんでなるべく静かに、ただ危険だと感じたらすぐに離れてください」

もしもの場合を考慮してトランシーバーの使い方などを一通り教え、車の扉を閉める。腰の後ろへ鞘に入ったナイフを固定し、リュックに入れておいたタクティカルグローブを両手に装備する。

 

 

「正気ですか一人で行くなんて」

後部座席の窓から顔を覗かせる直樹と祠堂。

 

 

「複数で動くより俺一人の方が迅速に動けるだろ、というかお前らは『アレ』とやり合えねぇだろ」

そうはっきり言うと口ごもる二人。現状では他の人員は足手まといになるのが関の山である。さすがに面と向かって言うことではないので言わずにいるが何となく察しているような雰囲気が見て取れた。

 

 

「気を付けてね」

女性に直樹たちを任せ、俺は鞣河小より約1kmほど離れた位置で車を止めてもらい、奴らを引き付けないように隠れて貰う。基本的に奴らは光を放つもの、音を立てるもの、動くものに向かう習性がある。そして何より車は生存者の目にも止まるし乗員が居れば尚更標的に成りかねない。

 

 

「……」

細い路地を進み、身を屈めながら曲がり角を覗き見る。都合のいいことに近くに奴らの姿は見られない。大規模に移動したか、何かを追いかけていったのか……。血溜まりや瓦礫、壊れたスマホやらバッグなどで散乱した住宅街は驚くほど静かだった。

 

 

適当なバッグを漁れば女性ものの財布を見つけ、中から小銭を拝借していく。自前の小銭はあるが数が多いことに越したことはない。

 

 

一見ただの火事場泥棒にしか見えないのは黙っておこう。

 

 

「──っとぉ」

数分ほど慎重に進み、踏み切り近くに差し掛かったところで数匹の感染者を捉えた。数は6。どうにか出来る程度の数だが不必要な体力の消耗は避けたい。

 

 

さっそく拾った小銭が役に立つ。6枚ほど10円玉を握りしめ、思いっきり投げ飛ばす。チャリーンと地面に接触した小銭が金属特有の甲高い音を立て引き付けられた感染者たちの脇をそそくさと抜けていく。

 

 

その後も小規模ながら感染者の群と何度か遭遇するも交戦は避け、30分ほどで目的の鞣河小が見えてきた。当然だが小学校特有の子供たちが楽しそうに騒ぐ声は一切聞こえない代わりに、無数の転化した感染者たちの呻き声。汚れた校門や所々に付着している血の手形……転化した後に誰かの手によって始末された数匹の感染者らしき亡骸。校庭には散乱した遊具や子供用の靴。生存者の影は欠片も無さそうに思えた。

 

 

原作ではここに来るのはもっと先で、その頃には既に全部が遅かった……だがもし今なら間に合うかもしれない。全員は無理でも、僅かに残っている生存者が居るなら──。

 

 

 

 

──いや、違う。何を考えてるんだ俺は……お人好しになったつもりか?

 

 

 

 

俺が助けるのは一人だ。目的は単に原作キャラの精神を維持させるためだ。物理的に守ることができても心まで助ける事はできない。依存する何かを与えなければ彼女たちはやがて内側から壊れていってしまうかもしれないんだ。だったら一つでも希望が持てるものを増やすべきだ。

 

 

「……」

校門を潜り、校舎の中へと足を踏み入れる。電気は消えており、窓から差し込む日差しと手にあるペンライトだけが光源として頼りだった。

 

 

いつでもナイフを引き抜けるように右手は片方のナイフのグリップに添えておき、ペンライトを構えながら慎重に歩く。床に散乱したガラス片などを踏んで音を立てないように一階、二階と探索していく。

 

 

「……? 声?」

僅かに聞こえた声。聞き違いかと思いつつ目を閉じて聴覚に集中する。やはり聞こえた。感染者の唸り声じゃない……子供が啜り泣く声と、それを元気づけるように宥める声だ。

 

 

「やっぱり……生存者は居たんだな」

原作で彼女達がここを訪れた際にはバリケードが築かれた教室は内側から感染が広まったらしく、結局生存者は見つからなかった。だが何ヵ月も前に俺が来たならば少なからず変化があるだろう。

 

 

「……」

ライトを消し、息を飲む。ゆっくりと話し声のする教室の戸を軽く叩くと複数の悲鳴が聞こえ、それを押さえるように「静かに」という声が聞こえた。

 

 

「誰かそこにいるのか?」

俺が小さく問いかける。ざわざわと生存者たちが騒然とし始め、やがて男性の声が帰って来た。

 

 

「だ、誰だ……?」

 

 

「……俺は外から来ました。友人の妹を探してて……この学校に通ってるって聞いて……『若狭 悠里』の妹……名前は──」

 

 

「りーねぇ? ……もしかして『ひーにぃ』……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初は、関わるつもりなんてなかった。平和である間は特別かかわり合うことはせずにパンデミックが起こった後にでも偶然を装って遭遇するという初期の計画に従って入学からずっと、例え同じクラスになっても学校行事以外で原作キャラとの接点は出来るだけ作らないようにしていた。

 

 

いざという時、最初から見知っておいて信頼を築けていれば物事が楽になるかもしれないが、俺は逆に親しめば親しむほど情が沸いて判断を鈍らせる原因になってしまうと思った。

 

 

自分の考えが全て正しいとは思わないし、もっと上手くやれたんじゃないかと思うことなんていくらでもある。

 

 

だから本当に関わり合うつもりもなかった。

 

 

始まりは原作キャラの一人──若狭の妹が公園で一人遊んでいたのが始まりだった。最初は誰なのか気づかなかったが、やがてその子供が若狭の妹であると気付いて変に関わり合うのは避けようと思い、その場を離れようとした時。不意に若狭妹が泣いているのが分かった。

 

 

今思えば、あの時の行動は計画を狂わせる第一歩だったのかもしれない。

 

 

「どうかしたのか?」

現実だったら『夕暮れ時、幼い少女に声を掛ける事案』として通報されてもおかしくはない行動だったが悲しいかな、この世界はそこまで歪んではいないという皮肉。

 

 

知らない男に声を掛けられたのにも関わらず、若狭妹は涙ながらに事情を話始めた。曰く最近の姉が忙しそうで一緒に遊んだりお話しする時間が減ったのが寂しいとのこと。小学生の若狭妹に対して姉は高校三年。卒業後の進路やらで忙しいのは同じクラスの俺もよく知っている。

 

 

自分が姉と同じクラスであると知るや、学校での姉について色々と訪ねられた。正直そんなに若狭の事を見張ってるつもりはないので全部が全部知っているというわけではなかったがクラス委員として皆の中心におり、信頼のできる良い奴であるとだけ答えた。

 

 

すると若狭妹は先程までの暗い顔が嘘のように晴れ、笑顔で姉の良いところを一から十まで楽しそうに話始めた。外見や性格。どれだけがんばっているかとかそんな姉が大好きだという気持ちが嫌でも伝わってきた。

 

 

「じゃあきっと、お姉さんも同じくらい君を大切に思ってるんじゃないか?」

不意に出てしまった何とも臭い台詞。思わず顔から火が出そうになり顔を反らす。

 

 

それからというもの。何故か若狭妹に懐かれ、定期的にお話相手として公園で交流が始まった。最初は断るつもりだったのだがその旨を伝えようとすると泣きそうな顔をされ、心が折れた。

 

 

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

 

それからたった数日。名前も名乗っていなかったはずなのに俺が自分の妹と親密になっていることが若狭本人にバレた。どうも妹から聞く人物像と印象が俺と合致したらしい。

 

 

はぐらかそうともしたが、結局自白する。ハイライトのない目で睨むりーさん怖いよりーさん。

 

 

てっきり「妹に近づくな」と釘を刺されると思っていたのだが、どうも感謝の意を述べられた。

 

 

曰く──。

 

 

「私の代わりにるーちゃんの話し相手になってくれた」

 

 

かららしい。学業や将来の事で色々と悩む時期だったと自覚していた若狭本人もまた、妹を構ってあげれてなく心に靄が掛かっていたらしい。

 

 

よくも悪くも真面目すぎる若狭の性格だ。全部を全部完璧にしようとすればするほど自分を追い込んでいこうとする節がある。もっと肩の力を抜いた方がいいと伝えると驚いた様子で「そんなこと言うのね」と言われた。

 

 

学院での俺や拓三の評判は嫌でも自分達の耳に入ってくる。やはり若狭も含めほとんどの生徒が俺たちの事を避け身も蓋もない噂を耳にし怪訝な目で見ていたのは事実で、最初は妹と関わろうとした俺の存在に嫌な予感がしたらしいが、どうにも妹の話す俺への印象が噂と大分違うと思い、色々と俺の様子を探っていたという。えっなにそれこわい。

 

 

それからというもの。俺は若狭姉妹と度々関わるようになり、俺は拓三にプランの微調整を相談した。ちなみに最初拓三はニヤニヤと意味深な笑みを見せたが「そういうのではない」と一蹴する。

 

 

あくまで俺たちは目的のために動いてる。誰か一人に肩入れしすぎるなんてことはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラリと教室の扉が開く。相当疲弊しているのか、顔を覗かせた男性……おそらく教員の一人であろう。中を覗けば10人弱の子供と男性以外に女性教員二人が子供達を守るように身を寄せあっていた。

 

 

「ひーにぃ!」

男性の下からひょっこりと頭を出した若狭妹が、俺の顔を確認すると笑顔を浮かべた。人差し指で「しー」と静かにするよう促すと両手で口を塞ぐ若狭妹。

 

 

「……生存者は、これだけですか?」

問いかけると一瞬だけ顔を曇らせた男性教員は、無言のまま頷く。

 

 

「とりあえず君も中へ」

招き入れられた俺は教室の中へと入る。空になったペットボトルや菓子袋が散乱した、汚れた布やカーテンなどで簡易な寝床が置かれた室内。パンデミックが発生してから数時間。これではすぐに食料などが枯渇するだろう。おそらく外に出て資源調達の際に感染し、そこから広まってしまったのだと推測できる。

 

 

 

それはつまり──。

 

 

 

「ひーにぃ?」

 

 

「っ……いや、何でもない」

グローブを外し、軽く若狭妹の頭を撫でる。

 

 

「これからどうするつもりですか?」

俺がそう訪ねると、教員たちは目を合わせ首を横に振った。

 

 

「このままじゃ食料もすぐに無くなる。立て籠るにしてもあまりに粗末な環境だ、脱出した方がいい」

 

 

「し、しかし外は……」

恐怖で顔を伏せる教員。校舎の中でも散々地獄を見てきたのだろう。完全に頭に染み付いてしまった恐怖が支配し、行動の妨げになっているのか。

 

 

「……わかりました、ちょっと待っててください」

俺はバリケードを潜り、廊下に出る。

 

 

「ど、どこに行くつもりだい!?」

その声色と表情は、驚愕というよりも「見捨てられる」という感情が露になったものだ。

 

 

「物を集めてきます。必ず戻ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、二人は彼とリバーシティで合ったのよね?」

木村先輩が出ていって10分ほど。何となく沈黙が続いていた車内で。車を運転していた女性が私達に問いかけてきた。

 

 

「え、ええ……まぁ」

すると女性は「ふーん」と何かを考えているのか顎に手を当てている。

 

 

「前にも言ったけど、私も彼に命を救われたの。娘の前で襲われて、もうだめだって思ったときに現れたのが彼だった」

まるでヒーローみたいだったわと苦笑する女性。なんだか私達の時とは大分違うようでモヤっとする。

 

 

「それで彼が言ったの。『早く逃げた方がいい。非常階段も空いてるはず』ってね」

圭が「ほんとにヒーローみたいですね」とはにかむ。

 

 

「それで実際に私も含め、何人か非常階段を使って外に出たの。駐車場近くの階段ですぐに車に乗って、鍵を刺したところでふと思ったのよ。『どうして非常階段が空いている事を知ってるのか』とか『自分よりも他人を逃がそうとしたのか』ってね」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

「もしかして、彼は『こういうことが起こるのを事前に知っていた』んじゃないかなって」

思わず目を見開いた。どういうことなのだろうか、この騒動を……あんな地獄が起こることを知っていた? 先輩が?

 

 

「先輩が……何かを隠してるってことですか?」

 

 

「そうねぇ……会って少ししか経ってないけど、彼……あんまり感情を顔に出さないでしょ? 何となくだけど分かるのよ、ああいう人って隠し事をするとき、いつも誰かのためだったり、良心からだったりするの」

私の旦那がそうなのよ、と唐突にのろけ話を始めそうになったがジーと睨むとオホホとわざとらしく笑う。

 

 

「何かを知っているのは間違いないかもしれないけど、彼も色々考えて隠してるんだと思うわ。だって人を助けるために恐怖に立ち向かえる強い子だもの、きっと悪い人じゃないわ」

 

 

「……」

 

 

「あの、どうしてそれを私達に?」

 

 

「んー……何となく? 学院に行くってことは今後彼と行動を一緒にするってことでしょ? 何かあった時に彼が一人ぼっちになっちゃったら可哀想じゃない……だから──」

 

 

 

彼の事、見ていてあげてくれない? なんだか目を離したら消えてしまいそうな気がするのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にして40分ほど。

ある程度の物資を纏め、血のついたナイフや頬をタオルで拭いながら教室の前まで戻り声を掛ける。

 

 

「俺です、戻りました」

ガラリと男性教員が扉を開き俺を見ると、顔を青くした。

 

 

「だ、大丈夫か君!?」

服に付着した大量の血液を俺のものだと勘違いしたのだろう。俺は「ただの返り血です」と答え、集めた物質と共に教室に入る。血塗れの俺に怯える子供達。唯一若狭妹だけは俺を心配そうに側に寄ってくる。

 

 

俺が持ってきたのは職員室や家庭科室などで見つけた僅かな食料や飲料、適当な車のキー。同じく家庭科室で見つけた数本の包丁とアイロン台、布類。図工室から工具、ワイヤーや木材。理科室からはアルコールランプとマッチ。廊下の掃除用具入れから数本のモップ。

 

 

「こんなに……一体これからどうするつもりだい?」

 

 

「ここから全員脱出させるんですよ」

俺はそう言って作業に移る。アイロン台やモップの余計な部分をドライバーやペンチで外し、アイロン台には木材や衣類で簡易的な盾を作り、モップの先は包丁をテープやワイヤーで固定し槍擬きを作る。アルコールランプはそれ自体を火炎瓶として利用する。

 

 

「どれがどの車の鍵か分からなかったんで適当に引ったくってきましたけど、とにかく隣接の駐車場にある車のどれかなら数打ちゃ当たるはずです」

 

 

キーを渡すと「○○先生の鍵」と一人が呟いた。

 

 

「無茶だ、脱出なんて……外には『アレ』がいるんだろう!?」

ガタガタと目に見えて怯える男性教員。俺は歯を食い縛り、静かに……それでいて怒気を含ませながら男性教員の胸ぐらを掴む。

 

 

「いつまでもビビってんじゃねぇ! 大人ならガキを助けるために体の一つでも張って見せろ! あんたらがやんなきゃこの子達は遅かれ早かれ死ぬぞ! あんたらだけが子供達に残った最後の拠り所なんだ、こんな薄暗いところで腐ったまま死なせるつもりか!?」

 

 

まるで偽善者のような持論を述べながら、俺は不甲斐なさを掻き消すようにして声を荒げる。結局俺が言いたいのは「これ以上重荷を背負うのはごめんだからテメーらで勝手にどっか行け」ということだ。

俺は若狭妹さえ無事ならそれでよかった。他の生存者なんてはっきり言ってどうでもいい。だが俺が良くても若狭妹にとっては学友であり教師である連中を見捨てるわけにはいかない。

 

 

どうにかここで決意して貰う必要がある。

 

 

「選べ、生きるか。死ぬか、もうこの世界は『そういう』場所になっちまってんだ!」

 

 

「っ……あ、……っわかっ……た。言うとおりにしよう」

 

 

震えながらも、ようやく恐怖以外の感情が目に宿った男性教員。胸ぐらから手を離し、簡易槍を突き出しと男性は少し悩んでから顔を決意に満たし受けとる。

 

 

「よし、じゃあ手順を説明する──」




タイトル詐欺(キチガイ要素が入ってないやん!)が続きますが、最初から狂ってるというよりも徐々に徐々に狂わせていく放心ですけど、どう狂わせようか……サイコパスかシリアルキラーか、え? どっちも一緒?


原作とは別に多くの生存者と関わる事を吉とするか凶とするか。
この先の展開も考えながら作っていく所存、どうすっかなー(思考停止

今回から主人公1(木村)は一人称を「俺」主人公2(田所)は「オレ」にしてます。



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きゅうそく

そろそろ「あく本編に移れ」とどこからかツッコミが入りそうですがユルシテ……ユルシテ……。


「準備はいいですか?」

下駄箱まで慎重に降り、周囲を確認し近場の感染者が遠ざかるのを待ちながら俺は後ろに控える生存者たちへ振り返る。女性教員二人を先頭に、殿を男性教員。子供達を間に挟んだ陣形。

 

 

教員三名は頷く。すると男性教員が「本当に大丈夫なのか?」と不安な顔で俺の顔を見てくる。

 

 

「ええ」

 

 

「しかし……『君たちを囮に』するなんて……」

作戦は至ってシンプル。駐車場に行き、車で脱出するまでの間俺が感染者たちを引き付けその間に脱出という簡単な作戦。だが焦らず迅速に行動する必要がある。時間は既に午後16:45。春先であることも相まって既に夕暮れ、やがて夜が来れば危険が増える。できるだけ日の出ている内に遠くの方へ逃げれるようにしたい。

 

 

「俺は構いません──ただ」

そこまで言って、不意にズボンを掴む小さな手に力が込められる。視線を向けると絶対に離さないと言いたげに足にしがみつく若狭妹。

 

 

「なぁ、考え直すなら今だ。先生たちと一緒に脱出した方がいい。危ないんだ……お前が無事なら俺もお姉さんも安心できるんだ」

だが若狭妹は無言のまま首を横に振る。

 

 

「──その娘は、私達よりも君の事を信頼しているんだね」

何処か悲しげな笑みを浮かべる女性教員。溜め息を吐き、校門へ視線へ向ける。

 

 

「……行くぞ」

校門付近から感染者が遠退いた隙に駆け出す。若狭妹の手を引きながら集団を置いてけぼりにしないよう歩幅を合わせ、周囲へ注意を向ける。声は出さず手招きで誘導し校門を出て駐車場のある区画へと向かう。

 

 

「ひぃっ!?」

曲がり角から現れた一匹の感染者。後続から悲鳴が上がるよりも先に、ナイフを引き抜き若狭妹の手を離すと同時に全力で前へ飛ぶ。低姿勢のまま駆け込み下からナイフを脳髄まで突き立て、重力に従ってガクンと力なく崩れる感染者の亡骸を寝かせる。

 

 

一瞬の出来事に見えたためか唖然とする集団。「急いで」と淡々とする俺の手を、若狭妹はすかさず握り締める。俺は手綱を引かれる犬か何か?

 

 

駐車場までは一分ほどで到着し、直ぐに渡した鍵の車を探す。黒のハイエースらしいが、似たような車は幾つかあった。

 

 

「急げ!」

一つ一つをしらみ潰しに鍵を差し込んでいく。

 

 

 

一台目、外れ。

 

 

二台目、外れ。

 

 

 

三台目……外れ。

 

 

 

 

 

四台目…………外れ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁあああああああ!!!」

すると突然一人の子供が悲鳴を挙げてしまった。車の影から出てきた感染者に、限界まで保っていた緊張の糸を断たれ恐怖が心を支配してしまったようだ。

 

 

「く、くそぉ!」

持っていた槍で感染者の腹を刺し、近づかせないようにしている男性教員だが腰が引けていることもあってどんどん押し込まれていく。

急いで男性教員から槍の柄を奪い、一気に押し上げ姿勢がくじれたところへ頭部にナイフを突き立て、引き抜いた勢いのまま背後から女性職員の一人に襲いかかろうとしていたもう一匹の頭部に投げつける。吸い込まれるように回転しながら感染者の頭にダーツのごとく突き刺さるナイフと俺を交互に見て冷や汗をかく一同。

 

 

「早く!」

先程の悲鳴で周囲の感染者が引き寄せられ、金網から見える範囲だけでもかなりの数が迫ってきているのが見えた。

 

 

「おねがいおねがいおねがいっ…………っ、開いた!!」

五度目の正直、ようやく鍵に合う車を見つけた生存者たちがハイエースへと乗り込んでいく。

 

 

「よし行くぞ!」

俺はポケットから取り出した複数の『ソレ』から伸びる紐を掴み、若狭妹に視線を向ける。両耳を塞ぎ、コクりと頷いたのを合図に一気に引き抜く。

瞬間。警報にも似た耳をつんざくような音が鳴り響く。小学生なら誰もが持ってる防犯ブザー、車のエンジン音にも負けないほどの煩さを放つブザーに感染者たちはより近い俺の方へと惹き付けられていく。

 

 

「行けぇ!」

聞こえていたかどうかはわからないが、そう叫ぶと車は生存者たちを乗せて発進した。数匹の感染者を撥ね飛ばし、やや荒い運転で脱出していくハイエースを眺めながら防犯ブザーを明後日の方向へ投げ捨てる。

 

 

「俺たちも行こう」

若狭妹の手を取り、俺たちは直樹たちの待つ場所へと走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」

走り出して5分足らず、仕方ないとはいえ小学生の体力では1kmを走るのは相当疲れるだろう。俺は途中で血濡れた上着の袖を腰で縛り、若狭妹を背負う。

 

 

腐っても鍛えてきた体だ。子供一人なんてことはない、ただこの状態で襲われたら人溜まりもないが背に腹は代えられない。

来た道を戻りつつ、二つ目の曲がり角に差し掛かった俺の目に映ったのは──。

 

 

 

通りを埋め尽くす感染者の群れだった。

 

 

「嘘だろ……?」

まさかあれだけでここまで集まったのか? それだけ周囲一帯に音が無いと言うことなのか。

 

 

「仕方ねぇ、もう少しの辛抱だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、日が沈み夜になっても先輩が帰ってくることはなかった。

少し早めの休息を取り、女性と娘さん。そして圭は車の中で眠っている。私はと言えば何となく寝ていられなかったので見張りとして外に出て、民家の塀を伝って家の屋根に登っていた。

驚くほど静かな夜。夕暮れの時に遠くから警報のような音がしてからというもの。この一帯には静寂が訪れていた。家の明かりも街灯の明かりもない真っ暗な夜、なのに空に浮かぶ月と星明かりで視界は僅かに確保できた。

 

 

あまりの静けさに、私は思わずこれが夢であればいいのにと思わずには居られなかった。何もかもが夢で、こんなことにはならず、目が覚めれば家の布団で目が覚めて……いつも通りに朝食を食べ、いつも通りに学院へ行き、いつも通り勉強に励み、いつも通り圭と一緒に家に帰る。何気なく続いてたはずの日常が戻ってくればいいのにと……思わずには居られない。

 

 

それでも頬を撫でる冷たい風が、全身を現実へと引き摺り下ろすように私の意識を覚まさせる。

 

 

「どうしてこんなことに……」

膝を抱え、小さく言葉が漏れる。答えてくれる人はいない……。いや──。

 

 

──もしかして、彼は『こういうことが起こるのを事前に知っていた』んじゃないかなって──。

 

 

頭の片隅で残留するあの言葉。もし本当に先輩何かを知っていて、それをひた隠しにするのは何故なのか。映画であれば黒幕の一味……なんて展開もあり得たかもしれない。

 

 

でも何となく、そうじゃないと……そうであってほしくないと思う自分がいる。

 

 

木村 秀樹──という先輩の事をあまり良くは知らない。ただ学院で浮いた人であるというのは噂程度で聞いたことがあった。歳上だし異性だし、これといって気にはならなかったからすぐに思い出せなかった。

ただ今にして思えば先輩の評判は決して悪い物ばかりではなかった記憶がある。

 

 

成績は優秀。自ら立ち上げた部活動での奇行を除けば、学校行事やボランティア、オリエンテーションなどでは協力的で、無表情な割に色々な人を助けていると聞いた。

 

 

同級生や下の学年からの評判は総じて「無表情で怖いけど悪い人ではない、ただ近寄りがたい」と言った印象。私も初めてあったリバーシティでの印象は、やはり怖い、というものが第一だった。

 

 

声や仕草は人のソレだがあまりにも表情が固すぎる。私もよく仏頂面だと言われることがあるがそれ以上に彼は表情を変えない。試着室であった時も、私達を助けるためとはいえ……感染者、と彼が呼ぶ人の姿をした物をナイフで貫いた時に見えた顔も。やはり無表情だった──。

 

 

彼は信用に値するのか……知っていることがあるなら問いただすべきなのか……問いただした場合、彼はどんな行動に走るのか……。もしも──もしも仮に、彼が持つ刃が私に向けられてしまったら……私は──。

 

 

「やめよう……」

疑いだしたらキリがない。

 

 

「……」

ふと、私は先輩から護身用にと渡された一本のナイフを引き抜く。彼が使っていたナイフよりも遥かに小さいが凶器と呼ぶには十分すぎる刃を持つそれは月明かりを反射し、怪しく光っていた。

先輩は「投げナイフの一種だ」とは言っていたが私の手には十分すぎる大きさのナイフ。料理で使う包丁などとは違った重みを感じるのは気のせいだろうか。全体的に丸みを帯びた刃、持ち手の部分には黒い紐が巻かれている。置いていったリュックサックを、無断で漁ると他にも同じナイフや携帯食。地図や方位磁石といった小物が多く入っていた。なぜこんなものを彼は持っているのか、いつから持っているのか。

 

 

いつか、聞かなければいけないだろう……でもそれは『今』じゃない。

 

 

 

 

 

ザリッ──

 

 

 

 

 

 

「っ──!」

反射的に飛び起き、私は音のした方へ視線を向ける。たしかに聞こえた足音……聞き違いじゃない。

身を屈め、屋根からゆっくり様子を伺う、目を凝らすが民家が月の影となって姿は確認できない。もしも感染者だったらどうしよう……どうにかしないと圭たちが……。

 

 

「ハァッ……! ハァッ……!」

気づかないうちに呼吸が乱れ、ナイフを握る手が震え汗が吹き出す。

 

 

「っ……」

意を決して呼び掛けるべきか悩んでいると聞き覚えのある声が影から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、まだ居てくれたか」

心底安堵したような声。コツコツと歩み寄ってくると足からゆっくり月の光に照らし出されていく。彼の後ろに続いて現れた小さな影にも驚かされた。小学生ほどの少女だろう、怯えながらも彼の足にしがみついている。

 

 

「先……輩?」

やっと見えた彼の表情はいつも通り無表情……だが、どこかその目は僅かに笑みを浮かべていたような気がした。

 

 

 

緊張がほどけたからか、彼は車に乗るやすぐに眠ってしまった。初対面の私達を警戒してか先輩の連れていた女の子は彼から離れようとせず助手席に座る彼の膝の上で一緒に寝息を立てている。言葉短く「知り合いの妹だ」と聞かされた女の子。どちらかと言えば先輩の妹なんじゃないかと言うほど親しそうな雰囲気があったが、窮地を脱した二人への模索はせず、ゆっくりと大通りを抜け学院へと向かっていた。

 

「それにしても良く寝てますね……」

 

「余程疲れていたのでしょうね……いくら凄いって言っても、この子もまだ子供なのに」

女性の言うとおり。彼はたった一つしか歳が違わないはずの青年だ。どんなに優れた才能を持っていても、彼もまた一学生にしか過ぎない。それなのに彼は多くの困難に立ち向かい、母娘や圭。そして私やこの幼い少女をも助けてくれた恩人なのだ。

 

 

「美紀?」

圭が私の顔を除き混む。

 

 

「ううん、何でもない」

微かに残った靄が払いのけ、私は窓から空を見上げた。

 

 

そう言えば今日は満月だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スゥ……──フゥー」

四人が寝静まった頃。オレは再び黄昏たように煙草を吹かしていた。秀との通信後、今後のために下の階だけでも制圧しようと出ていこうとすると必死になって佐倉センセーと栗毛の女子が止めに入るが秀の事やアイツが連れてくる他の生存者を招き入れる用意をしておかないといけないと静止を振り切ろうとするオレを、逆に「行かせてやれよ」と睨みを効かせるツインテ。ついでに二度と戻ってくるなとも言われたが中指を立てながら断った。

 

 

アイツからすれば想い人を殺したオレが憎くて堪らないんだろう。だがいい加減こいつらには現実を受け入れて貰わなきゃ困る。このまま足枷になるだけだったら助けた意味がないからな。

下の階は比較的ゾンビの数が少なかった。やはり階段の登り降りは苦手なようだ、一匹一匹をシャベルで始末し、廊下や階段付近にゾンビでは突破できない程度のバリケードを築いていく。

 

 

時間にして2時間。ようやく三階の掃除が終わり、適当なカーテンや職員休憩室などから仮眠用の布団などを拝借し。今日一日は屋上で過ごすように佐倉センセーへ言伝てを頼む。大丈夫かと問われたが何に対しての大丈夫なのか分からなかったがとりあえず「ああ」とだけ答えた。

 

 

「ふぅ……」

吸殻を屋上から投げ捨て、息を吐き。オレは気配のする背後に振り返らぬまま声を掛けた。

 

 

「ヤりたきゃヤれよ、だがこっから先は責任取れねぇぞ」

ピタリと動きを止め、やがて荒くなっていく呼吸。小さく「何で……」と呟くツインテの声。

 

 

「オレが憎くてしょうがねぇんだろ?」

 

 

「っ……おまえが!」

打ち捨てられたシャベルが甲高い音を鳴らし地面に落ちる。背を向けていたオレの胸ぐらを掴むと、ツインテはいろんな感情でグチャグチャになった顔でオレを睨み付ける。

 

 

「おまえが先輩を殺したんだ!」

 

 

「そうだ」

 

 

「何で殺したんだ!!」

 

 

「そうするしかねぇからだ」

 

 

「何にも感じないのかよ!?」

 

 

「感じねぇな、アレはもう『人間』じゃ無かった」

 

 

「違う! 先輩は人間だ!」

 

 

「いいや違わねぇ」

 

 

「っ──うぅ! あぁあああっ!」

振り上げられた拳が目前まで迫り、寸前で止まる。殴られる覚悟も殺される覚悟もあったが、どうやらツインテは思い止まったらしい。

 

 

「っ……わかってんだよ。言われなくたって! おまえがあたし達を守ろうとしてた事くらい!」

握りしめた拳をポスンと弱々しく何度も胸に叩きつけてくる。

 

 

「こんな……こんなことが夢じゃないって事くらい……」

 

 

「……」

 

 

「先輩が……死んじゃった事くらい!」

 

 

「……」

 

 

「でもっ……納得できないよ……なんでこんな……何で!」

騒ぎを聞き付けた他のメンバーが駆けつけ、どういうことかと説明をしてほしそうな顔を向けられるが、オレは溜め息を吐きながら手で「失せろ」と払う。

 

 

四人が居なくなった後、煙草を咥えようと紙箱を取り出すが中身は空っぽ。さっきので最後だったようだ。

 

 

「はぁ~~~~……早く来てくれぇ」

溜め息混じりに呟いたオレの言葉は、夜の闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に目が覚める。スッと頭を持ち上げれば外は僅かに明るくなり始めていた。

車内には誰も居らず、被せられていたブランケットを剥ぎ車外へ飛び出す。

 

 

「あ、おはようございます。先輩」

土手沿いの川で血に塗れていた俺の上着を洗っていた直樹と、俺のリュックサックに入れておいたファイヤースターターを用いて缶詰などに火をかける母娘。キョロキョロと辺りを見渡す祠堂。そして俺を見つけるや飛び付いてくる若狭妹。

流石に俺のいない間に全員居なくなってる……なんて事はなかったかと内心安堵する。

 

 

「おはよう、よく眠れた?」

笑みを浮かべながら焚き火の様子を娘に任せた女性が歩み寄ってきた。俺は「おかげさまで」と答えつつ周囲を警戒する。すると俺の様子を察してか周囲に感染者の姿は見えないこと、既に学院の近くまで来ていることなどを細かに説明してくれた。

 

 

ふと疑問に思ったことを訪ねてみる。

 

 

「鍋なんてどこから?」

するとばつが悪そうに「その辺の家から拝借しました」と白状する。「あまり危険な行動は避けてください」と注意するが、なぜか慈愛に満ちた目を向けられ頭を撫でられる。

 

 

「心配してくれるんだね、ありがと」

軽く腕で払いのけ、そういうのではないと言うがニコニコと笑うばかり。

調子が狂うな。

 

 

「さて、そろそろ朝御飯の時間ね。顔と手を洗っておいで」

言われるがまま顔と手をペットボトルの水で軽く洗い、俺を含め6人での朝食を取るついでに若狭妹を救出するまでの経緯を話し、他の生存者が居たことなども話していく。

 

 

「その人たちは大丈夫なんでしょうか?」

直樹の言葉に「さぁな」と素っ気なく答えるとムスッとした表情を見せ、祠堂と女性はクスクスと笑う。

 

 

簡単な食事を終え、俺は今後の予定を説明する。

 

 

「俺たちはここから『徒歩』で学院へ向かいます」

俺の発言に全員の目が集まる。

 

 

「ここから先は車での移動は『奴ら』を学院付近まで引き寄せる……それに──」

視線を母娘に向ける。小首を傾げる二人。

 

 

「これ以上お二人を俺の勝手に付き合わせるわけにはいかない」

そんな、と抗議の声を上げようとした直樹を静止する女性。

 

 

「いいのよ、それが一番『良い』んでしょ?」

含みのある言い方に、俺は少し間を開けながら頷く。どこまでも察しの良い人だ、他のメンバーは理解できていない様子だが、要するに「これ以上、学院での生活水準を下げるわけにはいかない」ということだ。人が増えれば資源の消費は早くなる。資源が減れば調達に向かう回数が増える、そうすれば自ずと危険も増える。

 

 

つまり少しでも負担を減らすためには切り捨てる必要がある。

 

 

「……すいません」

 

 

俺は深々と頭を下げる。女性はいいのいいのと良いながら微笑む。

 

 

「私も旦那のところに行かなきゃだし」

 

 

「……餞別とまではいきませんがこれを」

俺は腰に掛けていたナイフ二本を女性へ差し出す。

 

 

「少し重いかもしれませんが、何かの役に立てば」

受け取ったナイフを引き抜き、少し刃を眺めると小さく頷き鞘に仕舞う。彼女には世話になった恩があるし、こんなことじゃ何の恩返しにもならないだろうが。

 

 

「ありがとね」

 

 

「いえ」

 

 

「ねぇ、最後にちょっといい?」

そう言って手招きし、耳打ちするような仕草をする彼女へ耳を向けると突然抱き寄せられた。

 

 

「ちょっ──」

 

 

「色々辛いことがあるだろうけど、がんばってね。ほんの少しだけど貴方に出会えてよかったわ。息子が居たらこんな気持ちになるのかしらね」

もう一度小さくありがとう、と呟き腕を解いた彼女の目は微かに赤くなっていた。ズキリと胸の奥が痛む。良心の呵責を感じるくらいには情が移ってしまったか。

 

 

「もう一度、貴方の名前を聞かせて?」

 

 

「……俺は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走り去るミニバンを見送りながら、俺は若狭妹の手を握る。

リュックサックを背負い、直樹と祠堂の二人に目配せすると二人は無言のまま頷く。

 

 

「行こう、巡ヶ丘学院へ──」

 

 

 




名前すら出ることなく退場となった母娘の二人。最初はまったくただのモブで終わらせるつもりだったのに、なんか原作キャラより目立ってる……?

正式メンバーに加えようかとも考え、めぐねぇ含めダブル保護者枠で荒ぶる主人公二人の手綱を引く役割にしようと思ったり、実は前世の母親が転生した存在でしたーとかそういったネタも浮かんだが、やっぱり基本は原作キャラをメインにして行こうと思います。

あとあと再登場するかも検討中。

しかし主人公1が情緒不安定な感じになってしまっている気も。


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ごうりゅう

目が覚めて、最初に感じたのは肌寒さだった。暖かい毛布も無ければふかふかのベッドの感触もなく、薄いカーテンと硬い床に敷いた布団という質素なものの中で私はゆっくりと目を開き、少しして涙が溢れそうになるのを必死に圧し殺した。

 

 

やっぱり夢じゃなかった。

 

 

寝る間際、何度も何度も……これは悪い夢なのだと言い聞かせるように眠った。が……夢ではないのだという現実を突きつけられ心が欠けそうになる。

 

周囲を見れば同じように布団にくるまる同級生と女性教員の三人が寝息を立てている。全員が全員不安そうな表情で顔を曇らせ、桃色の髪に年齢よりも幼く見える同い年の『丈槍 由紀(たけや ゆき)』ことゆきちゃんは、担任でもあり愛称で呼ぶほど懐いている女性『佐倉 慈(さくら めぐみ)』先生に抱き寄せられる形で眠っている。彼女はこの惨事が起こってから精神が不安定になってしまったようで昨日も一日中怯え続けていた。

 

 

二人の姿を見て、私は小さく愛する妹の名を呟く。

 

 

「るーちゃん……」

惨劇が起きて、安全が確保できた屋上で時間がすぎるまで、私は血を分けたはずの……まだ小学生で幼い妹の事を忘れてしまっていた。なんて薄情な姉なのだろうと今でも悔やんでも悔やみきれない。

 

 

姉として、助けに行かなければという使命感を抱きながらも恐怖で足がすくみ、結局日を跨いでしまった。

 

 

「るーちゃん……」

膝を抱え、唇を噛み締める。無事であることを願わざる終えない、絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせながら私は布団を畳み、一足先に顔を洗い制服に着替えた。

 

 

「あっ……」

 

 

「ん……起きたか」

まだ朝日も昇らない時間。暗くとも微かに空が色づいてきた頃。ふと太陽光発電装置側の手摺に人影を見つけ、声を漏らすとその人影が振り返る。陸上部に所属している友人の『恵飛須沢 胡桃(えびすざわ くるみ)』と一緒に屋上へ避難した男子生徒の一人。同世代の中でもかなり体格が大きく高校生とは到底思えない風貌の生徒。

 

 

「えっと……おはよう、田所くん」

挨拶をするも、彼は素っ気なく「ああ」と答えるだけで視線を校庭へ戻した。私は彼と接した記憶がほとんどない。だが彼といつも一緒にいる男子生徒とはそれなりの接点があった。『彼』とは妹を介して知り合ったのが始まりだった。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

会話は続かず、気まずさを誤魔化すように私は田所くんと同じように校庭に視線を向ける。はっきりとは見えないが、人影『らしき』ものが何人も徘徊しているのが見て取れた。

 

 

「……あの」

静寂を打ち破り位を決して田所くんに話しかけて見る。決して嫌いな訳ではないがどうしてもその見た目と纏う雰囲気で萎縮してしまいそうになる。実際学院でも田所くんと彼は一目置かれる生徒として有名だった。

外見的な第一印象や同世代とは一回り大人びた雰囲気。文武両道で多芸、先生たちからの評判も良く、逆にそれが彼らを周囲から遠ざける結果となってしまったのかもしれない。クラスだけでなく学院の至るところで二人への悪態が目についた。三年生に進級するまで、私も彼らとは関わりを持っていなかった事もあってどちらかと言えば自分には関係のないと見てみぬふりをしていた。

 

 

「なんだ?」

相変わらず視線は校庭に向いたまま返事を返す。

 

 

三年に上がってすぐ、私は彼──『木村 秀樹』くんと初めてまともな会話をした。始まりは妹のるーちゃんと公園で彼が楽しげに会話をしているところを目撃したことだった。

会話の内容は聞き取れなかったが人見知りの激しいはずだったるーちゃんがあそこまで他人、しかも自分よりも歳上である男性に打ち解けているなんて信じられなかった。そのうえその相手が学院で浮いている人なのだから余計だった。

 

 

だが彼と接し、言葉を交わし人柄を知った私はいつしか彼と親しくなりたいと思い学院などでも頻繁に会話掏るようなった。最初彼は困ったような雰囲気でいたが、やがて諦めたように私と委員会や雑務などで頼るようになった。

 

 

「彼──木村くんから連絡は?」

田所くんは「いや、まだ来てねぇ」と答え欠伸をかいた。

 

 

「心配じゃないの?」

田所くんの様子に少しモヤっとした感情が滲む。少なくとも二人は互いを理解し会う唯一と言っていいほどの理解者であり親友であるという印象が強かった。そんな彼が遠くで窮地に立たされ、もしかしたら帰らぬ人になってしまうんじゃないかという不安が感じ取れない田所くんに、私は思わず言葉が強くなる。

 

 

「アイツはそう簡単にくたばるほど柔じゃねぇのさ」

こんな状況になっても、彼は木村くんは大丈夫だという確信があるような言い方をする。

 

 

たしかに彼は身体能力が高く、体育などでも部活で鍛練しているスポーツ部員を軽く凌駕する素質があり、何度もスカウトされていると聞くが。だからといってこんな状況下で彼が無事である保証なんてどこにもない。文字通り命懸けの中に彼は立たされている。……なのに。

 

 

「どーして分かるのかって面だな」

 

 

「っ……だって、こんな状況だもの……外はもっと酷いことになってるなんて想像に難くないもの」

大勢の大人たちが団結するならまだしも、木村くんはまだ私と同じ歳の少年なのだ、多少鍛えていたところで映画の中の怪物に渡り合うことなんて……。

 

 

「たしかに、オレもアイツも超人じゃァねぇ。怪我だってするし死ぬときは死ぬ。特にアイツは『こっち』に来てからどうにも冷徹であるように振る舞おうとしてるが元のお人好しが抜けきってねぇせいでたまに馬鹿をやらかす時がある」

だが……と続ける彼の口角がつり上がり笑みを浮かべてた。

 

 

「アイツが本気出しゃぁこんなの、窮地でも何でもねぇのさ」

まぁそうそうアイツが本気になる時なんて無ぇけどな。と笑いながら屋上から立ち去る、どこへいくのかと尋ねれば「小便」と答え、私は思わずその背中を睨んでしまった。

 

 

彼が立ち去った後、再び静寂が訪れどこからか鳥の囀りが聞こえてくる。こんな状況で無ければ気持ちのいい朝を迎えたのだと思いたいが、私は朝の到来を地獄の続きが来たような気分だった。

 

 

「るーちゃん……」

愛する妹の名を呟き、私は祈るように手を合わせ目を瞑る。

 

 

無事でいて……必ず迎えに行くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

日が登り、携帯の時刻は6時を指し示していた。

運動部のくるみは早起きなのか、起き上がって少しボーッとした後。何度か目元を拭い制服に着替え顔を洗った。

 

 

「おはよう、くるみ」

 

 

「……ん、おはよ」

表情は曇ったままだが、少しは落ち着いた様子が見て取れた。私は朝御飯の用意してるからめぐねえとゆきちゃんを起こして来て貰えるかとお願いし、くるみは頷いて二人を起こしに行ってくれた。

 

 

少しして戻ってきた田所くんの手にはカセットコンロとフライパン。業務用の食材が抱えられていた。丁度食事関連の事でどうしようかと相談するつもりだった私は彼の行動力と機転に驚かされるが、わざわざ道具を取りに一人で黙って下まで降りた事について問いただすと「別に何事もなきゃいいだろ」と溜め息を吐かれた。

 

 

そういうことじゃないと続けようとするが、彼は道具一式を置くと、好きにしろと言い残し一人屋上端で黄昏始めた。

 

 

感謝はしているが、どうにも田所くんも木村くん同様に危なっかしい性格なのだと認識する。

頭を切り替え、朝食の用意をする。

 

 

材料は食パンや卵。牛乳などで質素なものと暖かいお味噌汁を作った。暖かいものはそれだけで心にゆとりを持たせてくれるのかと普段当たり前のように身近な存在がいとおしく感じる。

そして同時に、目頭が熱くなる。嫌だな、いつから私は泣き虫になっちゃったのかしらと苦笑しながら人数分の朝食を用意し、お行儀がいいとは言えないが机がないので床にカーテンを敷物代わりに広げ食器を並べていく。

食器やコップなども田所くんが集めてくれていたのだろう。

 

 

用意を終え、くるみが眠たそうにする二人を起こすのに苦戦したのか疲れた表情で戻ってきた。

 

 

朝御飯が出来た報告を田所くんに伝えるついでに、道具などの確保に感謝すると「別に」と素っ気ない態度で自分の分を持つと離れたところで食べ始めた。一緒に食べればいいのに……とは思うがやはりくるみとの事もあって二人とも未だ険悪なムードが続いている。

 

 

「おはよぉ……」

ゴシゴシと目元を拭い、ボサボサになっている髪のまま身嗜みをめぐねえに整えられながら現れるゆきちゃん。そんなゆきちゃんの世話を甲斐甲斐しくするめぐねえも眠たそうに目を細めてうつらうつらとしている。

 

 

なんだか年の離れた姉妹みたい。と小さく笑い、私は風に靡いた髪を撫でながら空を見上げた。

 

 

きっと、るーちゃんもどこかでこの空を見ているのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

食事を終え、食器を片付けていると田所くんがトランシーバーで誰か……といっても一人しか居ないが恐らく木村くんと会話しているのだろう。屋上から体を乗り上げ、何かを探すように慌ただしく動く彼を目で追うと、私と目があった田所くんが何かを伝えると、私に向かってトランシーバーを投げ渡してきた。

 

「わっ──」

慌てて取り落とさないようにキャッチし、急に投げないでと苦情をぶつけるも田所くんはトランシーバーを耳に当てろと言ってきた。何なのかと溜め息混じりに言われるがまま耳元へ傾けると──。

 

 

『もしもし、りーねぇ?』

 

 

「あっ──」

もう聞けないんじゃないかと心の何処かで諦めてしまっていた幼い愛する存在の声が聞こえ、私は感情を抑えられずその場に崩れ落ちてしまった。

 

 

こんな世界でも、奇跡はあるんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、りーねぇ?」

不安そうにトランシーバーに呼び掛ける若狭妹。通話越しに泣き出し『るーちゃん』と何度も妹を呼ぶ若狭の声が俺の耳にも聞こえてくる。

 

 

「りーねぇ! りーねぇ!」

ボロボロと泣き出す若狭妹は、直樹と祠堂に慰められるようにし、落ち着きを取り戻すと会話を続けている。

俺は周囲を警戒しながら一時避難している無人の民家の二階から、すぐ近くまで来ている学院の姿を捉えながら様子を伺っている。

 

 

時間帯と感染者の習性からなのだろうか、制服やスーツ姿の感染者が徐々に増えてきているように思える。

安全かつ迅速に学院へ入るルートを検討しながら二人の会話が終わるのを待っていると、若狭妹が俺の裾を引き、トランシーバーを手渡してくる。

 

 

「俺だ」

 

 

短く呟くと、掠れた声と嗚咽が聞こえてくる。

 

 

『木村くん……ありがとう……本当に……本当に!』

 

 

「ああ、今からそっちに向かう。拓三に変わってくれるか?」

 

 

『ええ、待ってるわ』

僅かに途切れ、再び通話が繋がる。

 

 

『よう、ヒーロー。調子はどうだ?』

茶化すような口振りに「うっせぇ」と返し、俺は拓三と段取りを組むための指針を検討する。

学院に入り、拓三達のいる屋上へ行く。言葉だけなら簡単だがそうは問屋が下ろさないのが現実。

 

 

「正門は近いが数が多い、裏門はどうだ?」

 

 

『あー……数はそれほど多くはないがそっからじゃ距離があるな、おまえ一人ならまだしもその人数で走って移動すんなら奴らとの接触は避けらんねぇな』

 

 

「どっちみち上に上がるには感染者を始末しなきゃならないんだ。裏門から回る」

 

 

『オーケーだ、オレも下に降りて援護する』

 

 

「助かる」

通話を切り、よしと三人に段取りを説明する。民家を物色し、庭の掃除用の竹箒を解体しキッチンで見つけた包丁を取り付けた物を直樹と祠堂の二人に渡す。直樹は頷いて受け取るが、祠堂は思い詰めた表情で受け取ろうとしない。

 

 

「無理にやれとは言わない。自衛のために持っておけ、使う時はできるだけ頭を狙え」

いいな? と確認しても俯きながら簡易竹槍を抱き締める祠堂。直樹に目配せすると首を縦に振る。

 

 

「……いくぞ」

投げナイフをある分だけケースごとベルトに取り付け俺も自分の竹槍を持ち、先頭に立って外に出る。手で指示を出しながら誘導し学院の裏門へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「田所くん!」

シャベルを担ぎ、下へ向かうために屋上を出ようとするオレを佐倉センセーが呼び止める。

 

 

「生き残りがこっちに向かってくるそうなんで迎えに行ってくるっスわ」

 

 

「一人で行くつもりなの?」

振り返ると、全員が顔を曇らせてオレの顔を見ていた。一人で、言ったものの誰かを連れていくわけにもいかないため適当に流す。

 

 

「行くしかないっしょ。戸締まりしといてくださいね」

 

 

「待っ「待てよ」っ──くるみ?」

若狭の言葉を遮り、ツインテが前に出る。

 

 

「あたしも行く」

名乗りを上げたツインテに佐倉センセーと若狭から驚愕の声が上がる。ツインテはオレの顔をジッと見上げているが今までの憎しみめいた感情の色は見えない。真っ直ぐとした目に何を写しているのかは知らないが、オレは軽くシャベルを回し柄をツインテへ差し出す。

 

 

「やれんのか?」

少しの間シャベルの柄を見つめ、オレの問いに「助けに行くんだろ」とぶっきらぼうに答えながら受け取る。生半可な覚悟で付いてこられてもいざとなって足が竦んで動けなくなるようなのは御免だ。

 

 

「足だけは引っ張んなよ」

ポケットからタクティカルグローブを取り出し、手に填めた上から布テープを数周ほど肘から指先まで巻き付ける。

 

 

「言っておくが変な気は起こすなよ」

 

 

「しねーよ。でも勘違いすんなよ、おまえを許したわけじゃないからな」

横に並ぶツインテ。扉を開き、オレたちは秀との合流を目指す。既に制圧し、バリケードを建てた三階部分を一気に駆け降り、最短ルートで一階の裏門がある場所近くまで到着する。

周囲には徘徊するゾンビが数多く蔓延り、足音を立てて降りてきたオレたちに向かって襲いかかってくる。

 

 

「へっ!」

握り締めた拳を顎下で構え、脇を締める。所謂ファイティングポーズの姿勢に入り一番近くまで来ていたゾンビの顔面に軽いジャブを放ち、怯んだ瞬間に右腕で力を込めたストレートをお見舞いする。

普通のボクシング選手なら歯が折れて吹っ飛ぶ程度の威力で終わるが、オレの放ったストレートは文字通り頭を吹き飛ばした。

 

 

ゴシャリと音を立て下顎から上が吹き飛んだゾンビはよろよろと地面に倒れる。後ろから「うわっ」という声が上がるが気にしない。とりあえずオレの打撃が有効打になるとわかったのでそのまま次々にゾンビどもの顔面を殴り飛ばし、蹴りで姿勢を崩した奴を皮切りに複数まとめて突き飛ばして割れたガラスの残る窓枠に串刺しにする。

 

 

「おい何してる!」

不意にツインテが一匹を相手に後退りしているのが見え声を荒げる。

 

 

「く、来んな! あたし一人で十分だ!」

強がるツインテだが危なっかしくて仕方ない。だから足手まといになるくらいなら一人で行こうと思ったんだクソッタレ。

 

 

「あたしが……あたしがやるんだ、うぁああああああああ!!!」

意を決して振り落としたシャベルがゾンビのドタマに叩き付けられるが女の腕力じゃ一撃で仕留められず、頭の形が歪んだだけで殺すまでには至らなかった。

 

 

「アホ! もっと思いっきりやれや!」

 

 

「うるさい!」

もう一度顔面にシャベルを叩き付け、仰向けに倒れたゾンビに何度も何度も刃部分で滅多刺しにするツインテ。半狂乱で「死ね、死ね!」と叫びながら振り下ろし飛び散った血で手足や制服が汚れていく。

既に動かなくなったゾンビへ未だに追加攻撃を仕掛けるアホを引き剥がす。

 

 

「おい!」

 

 

「あっ──っ……っ!」

 

 

「しっかりしろアホ!」

見開いた目はギョロギョロと焦点が合わず、明らかに混乱しているツインテの頬をペシペシと叩く。ようやく我に帰ったアホはオレ、シャベル、ゾンビの順に視線を向けると襟を掴んでいたオレの手を払いのけた。

 

 

「もう……いい。ごめん……」

半泣きになりながら頬に着いた血を拭うと、裏門へと歩いていくツインテ。溜め息を一つ吐き、オレはその後ろを付いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっ──!」

手短な感染者にナイフを突き立て、その体を盾にしながら前へ押し出し側面から来る一体の頭を竹槍で穿ち盾にしていた感染者を蹴り飛ばすと数匹の感染者が巻き込まれる形で倒れ込む。引き抜かれ血でベチャベチャに汚れたナイフを別の感染者目掛けて投げつけ、綺麗に額に突き刺さるのを見て新しいナイフを引き抜く。ナイフの残りは3本。

 

 

「いいぞ、来い!」

下敷きになった感染者の頭を踏み砕き、離れた位置で若狭妹を守るように挟んでいた二人への合図を送る。

 

 

「秀!」

通話越しではない、一日ぶりに聞く悪友の声。裏門に視線を向けると両腕をテープでグルグル巻きにした拓三と、シャベルで一緒に感染者を蹴散らす原作キャラの一人『恵飛須沢 胡桃』の姿が見えた。まさか来るとは思っていなかった存在に目を疑ったが、すぐに頭を切り替え三人を拓三達の方へ誘導する。

 

 

時間が思ったより掛かりすぎたためか騒ぎを聞きつけ、多方面から感染者が集まってくる。

 

 

「オレたちが降りてきた南側が一番手薄だ、行くぞ!」

 

 

「先に行け恵飛須沢、直樹。祠堂! 若狭妹を連れて屋上に上がれ!」

 

 

「先輩は!?」

振り返った直樹の背後から感染者が現れ、三人が気づく前にナイフを投げる。突然のことに目を白黒させる直樹。俺は拓三と背中合わせになりながら「すぐに追い付く、先に行け!」と叫ぶと恵飛須沢は二人を誘導し、手を引かれた若狭妹が「ひーにぃ!」と声を上げる。

 

 

「さぁて、やっちまおうぜ」

 

 

「やっちゃいますか」

 

 

「やっちゃいましょうよ!」

俺たちにしかわからないネタを挨拶がわりに交わし、俺たちは襲い来る感染者へと突っ込む──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ!」

あたしは避難してきた生徒二人と小学生くらいの女の子を連れて階段を登っていく。前者はおそらく下級生だと思うし、後者がきっとりーさんが泣きながら名前を呼んでいたるーちゃんっていう妹さんなんだろう。

 

 

あたしはアイツらみたいに強くないから、きっとこれが一番正しい選択なのかもしれない。

三人を連れてきた私服姿の奴は知らないが、少なくともアイツが下の名前で呼ぶくらいには親しい奴なんだろう。あんな奴と仲いいなんてどうかしてると思うが今はそんなことを考えてる暇はない。

 

 

ようやく屋上にたどり着き、鍵を開ける。急いで中に入り扉を閉める。

息を荒げながら地面にへたり込み、息を整えているとりーさんが駆け寄ってくる。

 

 

「るーちゃん!」

 

 

「りーねぇ!」

名前を呼ばれた女の子が両手を広げながらりーさんに駆け寄り、二人はお互いの存在を確かめ会うように強く抱き締めあい、何度もお互いを呼びあっている。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

そんな二人の姿を微笑ましく思い、眺めていると慌てて血塗れになっているあたしにめぐねえが顔色を伺ってくる。

 

 

「恵飛須沢さん! 大丈夫!? どこか怪我してない!?」

あたしは大丈夫、ただの返り血と答えながら受け取った濡れタオルで肌に着いた血を拭いていく。いつまでもこんな格好じゃ不快だからすぐに着替えたい旨を伝える。

 

 

「まっ、待ってください、まだ先輩たちが!」

 

 

下級生の一人、クリーム色の髪をした。……なぜか制服にガーターベルトっていう格好の女子が息を荒げながら入り口を指差す。

 

 

「っ、恵飛須沢さん。二人は……?」

めぐねえの疑問にあたしは二人が殿を勤めて『奴ら』と戦ってると答えると、りーさんが手で口元を押さえる。

 

 

「すぐに助けにいかないと!」

りーさんは慌てて飛び出そうとするが、あたしはそれを引き留める。行ったところでどうにかできるとは思えないし丸腰で行ったって無駄だと。

 

 

「放っておけるわけ無いでしょう!?」

 

 

「落ち着いて二人とも!」

言い合うあたし達の間に割って入るめぐねえ。あたしだって別に見殺しにしていいなんて思ってない。でも奴らと対峙して理解した。あれはまともな精神で戦える相手じゃない。人間だった頃の外見をそのままに獣のような唸り声をあげながら映画の中に出てくるゾンビみたいに襲ってくる化け物が実在し、それと立ち向かうのがどれだけ怖いか。そんな中であの二人は最後まで残ってあたし達を逃がすために奮闘している。

 

 

認めたくはないがあの二人の勇気には感服するし感謝もしている。だからといってここでまたあの地獄に立ち入れるほど、あたしは強くない。

 

 

弱い自分がこんなに腹が立つものなのかと唇を噛み締める。きっとりーさんやめぐねえ達も同じ気持ちなはずだ。

 

 

「っ──それでも!」

りーさんは下級生が持っていた槍のようなものを奪うように手に取って、あたし達の制止を振り切り入り口の扉を開け──。

 

 

「すまん、遅くなった」

 

 

──た瞬間。二人の男子生徒が全身を血塗れにした状態で立っていた。

あたしなんかよりも惨いほど酷く汚れた二人の姿。まるで全身から血の池にでも飛び込んだのかというほど真っ赤に染まった二人。はっきり言って下手なホラー映画よりも怖かった。

 

 

現に一番間近で見てしまったりーさんなんて棒立ち──あれ?

 

 

「りーさん?」

 

 

「──きゅぅ……」

そんな可愛い声と共に卒倒するりーさん。

 

 

 

「「「りー(若狭)さーん!!?」」」

 

 

こうしてあたし達は、長い付き合いになる事になるメンバー全員と合流を果たした。




ようやくメンバーの合流まで託つけました。頻繁にキャラ別の描写に切り替わるパターンが多過ぎて、誰の描写になっているか解りづらいかもしれません。少なく、というか主人公二人の目線ばかりだとどうしても表現できないものがあるので読みづらいかと思いますがご了承ください。

SIDE○○みたいな区切りを着けたりした方がいいんでしょうけど、個人的に一人称や個人の呼び方などで語り部が誰かを表現したいという拘りがあってですね(言い訳

ところで読者の皆様的には主人公二人の姿ってどんなイメージなんですかね。名前のせいできたない顔が真っ先に浮かびそうなんだよなぁ(ギャグ要素を入れるために安易なネタを差し込む投稿者の屑


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せきにん

二話連続投稿するつもりだったのに仕事終わりの土曜日は見事に寝過ごしました(土下座

そろそろ有給取りたいンゴ


「…………」

 

 

「…………」

時刻は昼過ぎ。場所は屋上、俺と拓三は二人揃って正座していた。チラリと視線を上に向けると腕を組み、どこか冷たい笑顔で俺たちを見下ろす般若……もとい『若狭 悠里』の姿がある。その影に隠れて心配そうな顔でこちらを見つめる若狭の妹こと『るーちゃん』。

 

 

更に視線をずらせば少し離れたところで何とも言えない表情で苦笑いするめぐねえこと『佐倉 慈』先生と原作主人公である『丈槍 由紀』。洗った頭をタオルで拭く『恵飛須沢 胡桃』と、呆れた顔で溜め息を吐いている『直樹 美紀』を「まぁまぁ」と宥める『祠堂 圭』。

 

 

今ここに、漫画『がっこうぐらし!』のネームドキャラ7人が揃っている。原作では開始時点で丈槍、若狭、恵飛須沢の三人から始まり、丈槍の幻覚として既に故人となった佐倉先生が登場する。そこから話が進み、一人生き残っていた直樹を迎えるのが本来のシナリオ……。祠堂や若狭妹は、本来であれば──。

 

 

「ちょっと木村くん、聞いてるの!?」

感傷に浸っていた俺は思わず「ウェアッハイ」と気の抜けた返事を返してしまう。現在進行形で俺達二人はお説教を受けている最中、罪状は「危険な行動を取って二人だけで下に残ったこと」と若狭は言っているが、どう見ても血塗れの野郎(精神30代のおっさん)を見てぶっ倒れた事への私怨であることは決定的に明らか。

 

 

脅かすつもりはなかったーと言い訳したいところだが普通に考えて血塗れの馬鹿が二人も眼前に現れりゃそりゃビックリして失神するのも仕方ないねとしか言い様がないのも事実。

 

 

プンプンと漫画やアニメだったらSEが付き添うな膨れっ面の若狭からのお小言を程ほどに、ようやく解放された俺達は全員の状況を確認する。全員これといった外傷はなく、肉体的というより精神的疲労が蓄積されている様子から早急に安定した環境を確保しなければならない。

 

 

拓三曰く初日は安全を考慮して、制圧した三階ではなく屋上で夜を過ごしたと聞く。人数も揃い、人手が増えたことで俺は三階を完璧な生活空間へとするために計画を説明していく。

 

 

まずは俺と拓三が二手に別れ、それぞれに比較的余裕があり立候補した直樹と恵飛須沢がサポートとして付いて回り各階段のバリケードを補強、残存する感染者の探索とその排除。その後に放置されている感染者の死体を集めこれを火葬。衛生面を配慮して全員で三階の掃除と居住スペースの確立。

 

 

三階にある職員休憩室を女子グループの寝室とし、俺と拓三は生徒会室の向かいにある校長室を寝室に選んだ。

 

 

「じゃ、気を付けてな」

拓三・恵飛須沢ペアと別れ、直樹と共に俺は職員室側の散策に向かう。手始めに階段すぐ隣のトイレを確認する。俺が女子トイレの確認に行こうとしたら脇腹を殴られた。いやこんな時に一々そんなの気にする必要ないだろと言い返そうと思ったが絶対零度の眼差しで睨まれたため男女に別れた。

 

 

特に感染者の姿は無し。

 

 

続いて物理実験室と準備室の二部屋。三体ほど感染者の死体を発見したが頭部を叩き割られているため動く心配は無さそうだと判断する。硝酸ナトリウムや過酸化水素水など役立ちそうな化学薬品を軽く纏めておく程度に止め次へ。

 

 

化学実験室と音楽室、その両方の準備室も含め左手化学実験室側を俺が、右手音楽室側を直樹が同時に開け確認していく。化学実験室にはまだ息のある……って言い方も変だが活動する感染者が一匹だけ残っていたため排除。簡易槍から取り外しておいた包丁に着いた血を拭いながら廊下に戻ると直樹が顔を曇らせる。まだ感染者について割り切れていない様子だ。ユーモアを利かせ「割り切れよ、でないと……死ぬぞ?」とキメ顔で名台詞を口にするがネタをネタと知らない直樹は真に受けた様子で謝罪してきた。なんかごめん……。

 

 

続いてLL室と放送室。こちらも特に異常は無し。廊下に戻る頃には管轄範囲を探索し終えた拓三と恵飛須沢が合流し残りを四人でちゃっちゃと終わらせていく。

 

 

生徒会室は何もなく。校長室は他の部屋と比べて異様に綺麗だったが特に何もなし。職員室は相当荒れた有り様だったが感染者は既に拓三によって排除済み。

 

 

「…………」

 

 

「先輩、どうしました?」

職員室の『資料棚』へ視線を向けていた俺に直樹が呼び掛けてくる。すぐに「何でもない」と返し職員室を出る。さて……『アレ』はどのタイミングで出そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、大体全部確認できたな」

階段のバリケードを完全にし、手に着いた埃を叩きながら三人へ目配せする。直樹と恵飛須沢は大きく息を吐き緊張が取れた様子で表情が崩れる。

 

 

「んじゃぁ上に戻ろうぜ」

拓三はグローブを外しながら一足先に屋上へと向かっていく。そんな奴の背中を見る恵飛須沢に、俺は声を掛けた。

 

 

「色々思うことはあるだろうが、今は協力してくれ。OBの先輩については残念に思うが」

 

 

「……わかってるよ、悔しいけどアイツもお前も、あたし達の中で一番冷静に考えてるんだ。従うよ」

恵飛須沢はそう言い、シャベルを担ぐと階段へ向かっていく。何の事を言っているのか事情を知らない直樹が小首を傾げるが、俺は「色々あるんだよ、色々」とだけ呟き屋上に向かう。

 

 

上へ上がり、三階に降りることを伝え全員で再度三階へ降りる。全員が全員、手には箒や雑巾、バケツなどを手に持ち総出で三階の清掃を開始する。感染者の死体を集め、窓から投げ落とし山になったところへアルコールランプを何個か投げ込み火を放つ。燃える感染者の死体を眺める恵飛須沢の横顔が、どこか儚げだった。

 

 

血や散乱したガラスなどを片付け終わると今度は部屋割り分担。職員休憩室を女子グループに任せ、俺は拓三と共に校長室を散策する。

 

 

至ってシンプル。どこにでもあるような校長室。多くの額縁や表彰、大会などのトロフィーが飾られた棚。校長が座るやたらデカイ椅子にドカっと腰かける。何とも言えない優越感が襲う。

 

 

「一度でいいからこうしてみたかったんだよなー」

 

 

「わかるわかる」

などと雑談しながら適当に棚や机などを物色していく。拓三は本棚に並べられている本を並べかえたり、指で軽く押したり引いたりし、俺は机の引き出しをひっくり返したり裏を覗いたり、飾ってある砂時計を逆さにしてみる。

 

 

……が、特に変化は無し。

 

 

「流石に無いか」

 

 

「ゲームのやり過ぎですねこれは間違いない」

 

 

バイオとかだったら隠し扉がーなどと愚痴を溢しながら物色を続けていると扉をノックする音が聞こえた。このご時世にわざわざノックする律儀さに顔を見合わせ、俺はン"ン"とわざとらしく喉を鳴らし出し得る限りの低い声で「入りたまえ」と返事を返すと入ってきたのは佐倉先生だった。

 

 

「……何してるの二人とも」

校長の席でゲンドウポーズを取る俺と、その後ろに意味深に立つ拓三を見て怪訝そうな顔をする佐倉先生。ああ、やっぱ通じないよねこれ。

 

 

俺達が遊んでいる間に休憩室の方は整理が終わったらしく、少し遅めの昼飯を準備するとのこと。

 

 

多少の食材は朝に拓三が確保していたらしいが、その量はたかが知れている。すぐにでも在庫の確保が必要だろう。が、食料よりも先に確保しなければならない『物』がある。学院だけでなく外への遠征、この先話の流れが狂わなければいずれ来るであろう日や感染者との大規模な攻防。全員を守るにはあまりに今の俺達は装備が貧弱すぎる。

 

 

戦い、生き残るための『武器』が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで俺と拓三で一階の、俺達『サバイバル部』の部室に道具を取りにいってくる」

 

 

「なにが、というわけで──よ」

昼飯を終え、まったりとした時間を満喫しながら「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの軽いノリで宣言すると速攻で若狭にツッコミを入れられた。また二人だけで危険なところに行くのかと怒り心頭な若狭に同調し、後日でもいいんじゃないかと言う直樹たち。今回は別に感染者との接触は避けるつもりで行くだとかそんなに時間は掛からないと説得するも頑なに首を縦に降らない若狭。一体何が不満だというのか。

 

 

あれやこれやと平行線を辿っていると、唐突に挙手を上げる人物が一人。

 

 

「なら、私が二人に付いていく……のはどうかしら」

以外や以外。名乗りを挙げたのは佐倉先生だった。しかし慕われているめぐねえを行かせるなら自分が、と恵飛須沢が割って入ろうとするが女子の中で一番動いていた彼女を案じ、たまには大人らしいところを見せなくちゃと笑みを浮かべる。

 

 

また少し話して、結局俺と拓三、そして佐倉先生の三人で一階に降りるということで決定。部室の鍵を取りに職員室へ向かい回収すると、佐倉先生の視線が資料棚に向いているのに気付く。……帰りにでも反応を見てみるか。

 

 

そんな事を考えながら北階段を静かに降りていく。部室は北階段に隣接する部室3号。元々は他の部の部屋だったが交渉(物理)で譲り受けた場所だ。もっとも階段から近く、そしてこの学院の地下に一番近い場所を確保したかった。地下が近いやんけ! というのは置いておいて。

 

 

階段を降り一階へ到着する。周囲を見渡し感染者が居ないことを確認、足早に学食兼購買部の倉庫になっている大部屋へ一度入り、姿勢を低くしたまま徘徊する感染者をやり過ごす。部室に行くには一度この大部屋を通らないと行けないのがネックだ。

 

 

ゆっくりと鍵を差し込み慎重に回す。小さくカチリとロックが開く音に、微かに冷や汗が流れる。いくら今まで散々鍛えていたとはいえほぼ丸腰で佐倉先生を守りつつ逃げるのは骨が折れるだろう。

 

 

何とか気付かれる様子もなく部室の扉を開け、すぐさま中に入る。自分達の部室というだけあって何となく安心感の持てる部屋、特に荒らされた様子は見受けられない。てっきり一部の生存者にでも荒らされているかもと思い対策していたが無駄だったようだな。

 

 

「うわぁ……」

部屋を見渡す佐倉先生がドン引きするような声を漏らす。

部室の中はありとあらゆるサバイバル用品などが飾られ、迷彩柄の服にサバイバルナイフから大型マチェット。見る人によってはちょっとした武器庫にでも思えるだろう。

 

 

「とりあえず適当に何でも詰めてってください」

大型のバックパックを一つ投げ渡し、俺と拓三も手当たり次第に必要なものをバックパックやリュックサックに詰め込んでいく。

寝袋はもちろん十分な量のパラコード、着火材から雨具、ケミカルライトに発炎筒。夜営用のテントにキャンプ用具、懐中電灯やペンライト、手回し式の充電器付きラジオ。

 

 

双眼鏡や救急医療キット、地図や方位磁石。工具一式にダクトテープなどなど。

 

 

複数の迷彩服やそれに見合ったプロテクターやインナー。グローブやブーツ、ニー&エルボーパッド、そして……。

 

 

「そ、そんなものまで持っていくの?」

手に取った物をマジマジと見つめる佐倉先生。俺が取ったのはガスマスクと髑髏を模したフェイスマスク。タクティカルヘルメット、サバイバルゲームなどで使われるような一般的なものだ。

 

 

「もしも外に出る場合、何があるかわからない。特に頭と顔は隠すことも含めて守りを厳重にしておいた方がいいんですよ」

なにかと、と付け加え荷造りを再開する。

 

 

各種サバイバルナイフやシースナイフ、折り畳み式のフォールディングナイフ、刃が内側に向かって湾曲しているカランビットナイフ、投擲用のスローイングナイフに緊急時のための小型ナイフ。片手で振れる程度の鎌、本体はネオングリーンのパラコードがグリップ部分に巻かれていたがあまりにも目立つためモスグリーンのパラコードと交換しておいた物。

全長950mmの杖としても役割を持つタクティカルハンマーステッキ。ボーイタイプと呼称される海賊などが持つシミターによく似たマシェット、両手持ちができるほど長いハンドルがあるヘビー級の大型マシェット、範囲よりも取り回し安さを重視した円形型のライオットシールド。

 

 

更に極めつけは──。

 

 

「よっこら──せっ!」「クスッ(ボソッ)」「やめないか!」

狭い部室に不自然なほどでかでかと置かれたソファーベッドを音がならないように拓三とひっくり返し、床面に沿った木製の骨組みを解体していく。やがて中から取り出した『ソレ』を見た佐倉先生が驚愕と怒りに声を荒げそうになったが透かさず止める。

 

 

「な、なんでそんなものが校内……しかも生徒の部室に!?」

アルミ合金や炭素繊維で作られたボディに大きな二つの滑車が取り付けられた、所謂『コンパウンドボウ』と呼ばれる弓の一種。

 

 

「まぁまぁ」

慌てふためく先生を宥めながら弓を専用の布ケースに入れ、大量の矢を何個かの矢筒に纏める。

 

 

ある程度纏まったところで俺と拓三が荷物を持ち上げる。俺はともかく筋肉バカの拓三がいるおかげで大分一度に必要なものを纏められた。

 

 

両手両肩、背中に胸にそれぞれバックパックやリュックサックをぶら下げる姿は滑稽だったが仕方ない。

先導を佐倉先生に任せ三階へと荷物を運ぶ。歩きにくくてしょうがない。

 

 

三階へ到着し、俺達の校長室まで運び終えると俺は休憩室へ戻ろうとする佐倉先生を呼び止め、拓三に『例のもの』の話をするとソレに関してはお前に一任すると丸投げされてしまった。

 

 

仕方ないと佐倉先生を連れ、職員室へ入る。

 

 

どうして呼ばれたのか不思議がっている彼女へ振り返り、人差し指で資料棚の一ヶ所を指差し──。

 

 

「『非常事態』……ですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中が真っ白になった。呼吸が上手く出来ず胸が苦しくなる。

 

 

どうして。どうしてと頭の中で同じ言葉を繰り返す。

 

 

『どうして知っているの?』

 

 

そう訪ねようと口を開くが私の喉からは「あっ」とか乾いた声しか出なかった。

電気の消えた職員室、日の光を背に照らされる木村くんの顔が影を差し、言葉にできない恐怖が体を支配する。どうして彼が職員しか知らないはずの『職員用緊急避難マニュアル』の存在を知っているのか検討も付かなかった。私だってさっきまで存在を忘れてて彼ら二人と一緒に部室の鍵を取りに行った際に思い出した程度だったというのに。

 

 

「そ、そうよね……非常事態だもの、ね」

嫌に頬を伝う汗も拭わぬまま、私は資料棚のスライドを開きビニールで梱包されたマニュアルを手に取る。

 

 

思い出すのはだいぶ前のこと。校長先生に手渡されたその資料に最初、私はこれといった関心を持たなかった。大きく書かれた『緊急避難』と書かれたそれも、当時は単なる災害避難時の在り来たりなもの程度に考えていた。

 

 

背後に刺さる木村くんの視線を受けながらマニュアルの封を剥がす。生唾を飲み、震える手でページを捲った私はそこに記載されている内容を目の当たりにした。

 

 

最初のページには緊急時の連絡先として巡ヶ丘市の地主である企業『ランダル・コーポレーション』や、拠点と枠組みされた学院や聖イシドロス大学の名前。

 

 

二ページ目には学院の設備防衛施設についての詳細。地下室に15人ほどが一月は過ごせるだけの食料や医療品などの説明、途中「感染症別救急セット」という単語を見て胸がざわついた。

 

 

三から六ページまでは学院の見取り図で構成され、七ページ目に差し掛かったところで私は自分の目を疑った。

 

「なに……これ……」

書き記されていたのは『とある感染症』に関してのデータだった。

 

 

感染症、兵器という単語。完成された製品。感染症の系列。α型、β型、Ω型。感染症に対する初期対応、確保と隔離。武力衝突による人命の損失。

 

 

 

 

そして──。

 

 

 

 

《4.最後に

古今東西、様々な道徳があるが、あらゆる道徳に共通することは、人命こそが最も優先されるべきものであるということである。であるが故に、多数の人命が危機にある時は、少数の人命の損耗をためらってはならない

 

寛容といたわりの精神は、本文書開封時点のおいては、美徳ではない。

 

覚悟せよ。

 

あなたの双肩には数万から数百万の人命がかかっている。》

 

 

 

 

 

「……なによ、それ──」

読み終えた私は、震える声で言葉を漏らす。何なのだこれは、なんでこんな……まるで『最初から分かっていたような事態』を想定したものがこの学院にあるのか。これじゃまるで。

 

 

「先生──「違う!」」

私が読み終えるまで黙っていた木村くんの言葉を遮るように、私は叫んだ。

 

 

「違う、違うの! 知らなかった……知らなかったのよ。わたっわたし……私は……!」

立っても居られず地べたに膝から崩れ、子供のように何度も違う違うと頭を抱えて否定する。

 

 

私は違う、知らなかった。関係ない、私のせいじゃない!

 

 

そこで私は自分の考えに、ハッとする。

 

 

──違う。そうじゃない。

 

 

頭を過るのは残された生徒たち7人と幼い一人の少女。

 

 

あの子達を巻き込んだのは私たちだ。私たち大人だ。誰かがこれをちゃんと見ていれば。もう大人は誰もいない、私だけ。

 

 

だから全部──。

 

 

「違いますよ」

ぎゅっと頭を抱き寄せられる感覚。気が付くと私は木村くんの胸に抱かれていた。今まで聞いたことがない程に優しい声で、泣きじゃくる子供をあやすようにゆっくりと背中と頭を撫でる大きな手。

 

 

「誰も先生のせいだなんて思いませんよ、知らなかったのだからしょうがない。誰もこんな事になるなんて思わなかった、それでいいんです。もうどうしようもないかも知れないけど俺達はこうして生きている」

 

 

「でも、私……私!」

すがるように木村くんの胸に顔を埋め、涙で彼の服を汚すのもお構い無く、この歳になって誰かの胸の中で泣くなんて思いもしなかった。

 

 

「むしろ咎められるとするなら……」

抱き締める力が増し、微かに痛みを感じるが……今は何となくこの痛みが心地よかった。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

…………ハッ!?

 

 

「ご、ごめんなさい!」

私は慌てて彼から離れる。大の大人が生徒に、それも男の子に泣きつくなんてはしたない行動に今さら恥ずかしさを覚える。しかも頭を撫でられて嬉しいとすら感じてしまった自分が情けなくて仕方ない。

 

 

パタパタと崩れた髪を撫で、早鐘を打つ胸をなんとか落ち着かせた私はマニュアルを再度手に取る。

 

 

「これを……みんなにも見せようと思うの」

たぶんきっと、とても混乱するだろうし私を非難する声も挙がるだろう。それでも構わない、私は大人として……あの子達の先生として最後まで責任を持たなくちゃいけないのだから。どんなに拒絶されても、私はあの子達を守らなくちゃいけない。

 

 

「……どうして木村くんが『これ』の存在を知っていたのかは聞きません。きっと何か事情があるんだと思うけど、私が何か聞く権利はないと思うから」

 

 

「…………いつか、話せるときが来たら話しますよ」

頬を掻きながら視線を反らす彼に、思わず笑みが綻ぶ。私は「ええ、待ってる」と答え、職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

食事を終え、木村くんと田所くんを除いた全員が集まる職員休憩室。私は緊急避難マニュアルをみんなの前に差し出し、代表で若狭さんがマニュアルを読む。

 

 

「そんな、そんなのって!」

終わる頃には若狭さん、恵飛須沢さん、直樹さん、祠堂さんの四人は顔をしかめ、今一わからない丈槍さんと若狭さんの妹さんは小首を傾げる。

 

 

「……先生は、どこまで知っていたんですか?」

若狭さんの言葉に、ドキリと胸が跳ねる。私は正直に「マニュアルの存在は知っていたが、内容までは知らなかった。さっき木村くんと二人で確認して初めて知った」と答える。

 

 

「……先輩は、知ってたんですかね」

直樹さんの言葉に誰かが息を飲んだ。あまりにも対応が早く、感染者と読んでいる人々の有り様に怯むこと無く行動できる男子二人の存在。何かを知っているのだと疑わざるを得ない。

 

 

でも私は──。

 

 

「少なくとも、私は二人を信じてみようと思うの」

私の言葉に全員の視線が集まる。ああ、ずるい女だと我ながら思ってしまう、ほんの少しでも境遇が同じ二人を信じて、自分を正当化しようとしている卑怯な人間だ。

 

 

今この学院でもっとも優位に立っているのはあの二人の少年であるのは間違いない。そんな彼らと行動を共にしていれば少なからず生存率は上がるだろう。

 

 

「……そうですね」

マニュアルを畳み、若狭さんが呟く。彼女は以前から木村くんと個人的な繋がりがあるようで、妹さんの件も含めて彼を信頼しているのだろう。抱き寄せた妹さんに「るーちゃんは木村くんのことどう思う?」と訪ねると屈託のない笑顔で「大好き」と答えた妹さん。……いいなぁ、あんな風に好意を口に出来るなんて……──。って、何を考えてるのかしら私ったら!

 

 

「私も、思うところがない……と言えば嘘になりますけど、先輩は私と圭を助けてくれたことに変わりはありませんから」

直樹さんと祠堂さんはリバーシティで木村くんに救われ、彼が何かを知っていると合流前から疑っていたと言う。ここに来る前まで一緒に居たという親子からの助言も受け、彼女達なりに割りきったという感じだろう。

 

 

「ま、いけ好かない奴らだけど実際……あたしらだけじゃここまで上手く行かなかっただろうし、思うことはあっても追い出そうなんて思わないよ……先輩の事だって今なら分かる。あたしが弱かったからアイツに責任を押し付けちゃったようなもんだし」

恵飛須沢さんも当初は田所くんを敵視したような雰囲気だったが、この二日で彼が前線に立って私達を守ってくれていた事を理解し、心に区切りを付けようと頑張っている。

 

 

「丈槍さんはどう?」

私の問いに、彼女はうーんと腕を組んで難しそうな顔をする。

 

 

「よくわかんないけど、木村くんも田所くんもお友達だから、一緒に居たほーがいいよね!」

丈槍さんの答えに、私はそうねと返し彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、二人だけのエクスペンダブルズ(大嘘


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ぎもん

大変長らくお待たせして申し訳ありません(ヽ´ω`)
仕事の環境が変わり、日々の疲労が蓄積されちょっとばかし無気力障みたいなことになってました……。
と言いつつソシャゲだけはちゃっかりやってたりしてました。

申し訳ございませぇん!(焼き土下座

がっこうぐらし第11巻を買いました。まぁた一人救わなきゃいけない人が出来ました(英雄並感


最近、学校が好きだ。

そう言うと変だって言われそう、でも考えてみてほしい。学校ってすごいよ。

 

 

物理実験室は変な機械がいっぱい。音楽室、綺麗な楽器と怖い肖像画。放送室、学校中がステージ!

 

 

何でもあってまるで一つの国みたい。こんなへんな建物、ほかにない。中でも私が好きなのは……。

 

 

ガラッとスライド式の扉を開ければ、大好きなお友達が出迎えてくれるここ。『学園生活部』!

 

 

「よう、ゆき」

ツインテールに制服と、何故か両肘両膝についてる──えっと、ぷろてくたー? っていうものをつけてる女の子、名前は『くるみ』ちゃん!

 

 

とっても元気で足が早くてシャベルが大好きな娘!

 

 

「やっほーくるみちゃん!」

 

 

「遅いですよ、ゆき先輩」

椅子に座って読書をしていたクリーム色の髪に、ちょっと大人な雰囲気の『みー』くん!

 

 

「今日のおやつはカンパンですよー」

みーくんの隣で音楽を聴きながらニコニコ笑顔が優しい、みーくんの親友『けー』ちゃん!

 

 

「わーいカンパン! なんかカンパンってさばいばるって味だよねぇ」

私はカンパンを頬張りながらそんな事を呟くと、くるみちゃんは頷きながら「わくわくするよな」って同意してくれるけど、みーくんは何故か溜め息を吐いてる。溜め息を吐くと幸せが逃げちゃうんだよ? と言うとまた溜め息しちゃった。

 

 

そういえば……。

 

 

「りーさん達はぁ?」

 

 

「部長はるーちゃんと屋上、副部長共は下」

 

 

「そっかぁ、わたしたちも屋上にいってみよっか」

そう言うとくるみちゃんは「いいぜ」と言いながらシャベルを手に取る。肌身離さず持ち歩く、やっぱり好きなんだねぇ~。

 

 

「おい、なんか変なこと考えてたろ」

 

 

「そ、そんなことないよぉ~」

ジトッとした目でみてくるくるみちゃんに、音がならない口笛で誤魔化す。

 

 

「『気をつけて』くださいね」

 

 

「いってらっしゃーい」

みーくんとけーちゃんに見送られ、私とくるみちゃんは屋上へと向かうのであった。

部室を出て階段を上れば屋上。園芸部が耕す畑があって、たくさんのお野菜が育つ素敵な場所! お日様に照らされてスクスク育つ姿はせいめーのしんぴって感じ!

 

 

「おーい、りーさぁーん。るーちゃーん!」

『他の園芸部の人達』にあいさつをして、畑に水を巻いている同級生の女の子と、その妹さんに声を掛ければ笑顔で二人が手を振ってくれる。

 

 

長くて綺麗な髪にしっかりものの『りー』さん。学園生活部の部長でみんなの頼れるおねーさんって感じの人!

 

 

そしてそんなりーさんの妹でとっても可愛いけどちょびっと人見知りな『るー』ちゃん。私も最初は全然お話しできなかったけど今ではすっかりお友達!

 

 

「あら、ゆきちゃん」

 

 

「やふぅ!」

駆け寄ると同時にるーちゃんを思いっきり抱き締める。ちっちゃくってぷにぷにでかわいい!

 

「くるしい……」

 

 

「こーら、私の妹は抱き枕じゃないのよー」

 

 

「んへへへぇ、ごみぃん」

るーちゃんから離れ、あれこれ話しながら私はくるみちゃんと一緒にりーさん達の作業を手伝うことに。野菜のお世話なんて農家の人みたいで面白いよね! 種から目が出て、どんどん育っていくと胸が温かくなるよね。

 

 

あっ!

 

 

「野球部が練習してるー! おーい!」

校庭で練習してる野球部に手を振ると、気づいてくれた部員の人達が振り返してくれた。

 

 

「見て見てくるみちゃん!」

 

 

「サボってんじゃ──ねぇ!」

突如として襲いかかるくるみちゃんのシャベル!

 

 

「ちょ、シャベルは反則反則!」

後退りする私に、目を光らせ「峰打ちじゃ」と笑みを浮かべるくるみちゃん。シャベルに峰打ちって。というか十分あぶないよ!

 

 

「っ~こうなったらー!」

足元にあった水の入ったバケツと柄杓を手に取り、水攻めによる抵抗を行うのだ!

 

 

「うわっ! っ──やったなぁ?」

同じくバケツを手に取ったくるみちゃん。両者がにらみ合い、一瞬の静寂が訪れる…………それはさながらお侍さん同士の真剣勝負のような──。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、ぬれちゃった……」

結果はくるみちゃんの大勝利。制服をぐっしょりにした私はりーさんの持ってきてくれたタオルで頭を拭かれながら言いつける。

 

 

「りーさん聞いてよー、くるみちゃんがひどいんだよぉ?」

 

 

「ちょっ、先にやって来たのお前だろ!?」

 

 

「あらあら、風邪引く前に着替えてらっしゃい」

 

 

「はーい」

りーさん、くるみちゃん、るーちゃんに手を振り三階に降りる。たしか教室に体育用のジャージがあったはずだからそれに着替えよう!

 

 

「あらゆきちゃん、どうしたの?」

階段を下りていくと、丁度屋上へと上がっていこうとする『めぐねえ』と鉢合わせした。私たちせ学園生活部の顧問で私のクラスの担任の先生でもあり、りーさんと同じく大人びててとっても綺麗な人。私も大人になったらめぐねえみたいな素敵な人になりたいなー。

 

 

「あ、めぐねえ! うんちょっと屋上で水遊びしてたから濡れちゃって。教室に体育着置いてあるから着替えようと思って」

そういうとめぐねえは苦笑いしながら転ばないようにねと注意を促してくる。むー、私そこまで子供じゃないもん。

 

 

「あっ、お着替えついでにそろそろ今日のミーティングするから部室に集まるよう図書室にいる木村くん達を呼んできて貰えるかしら?」

 

 

「はーい」

 

 

めぐねえと別れて教室に入り『教室の皆』と少しお話しした後は二階へ降りる。たしかめぐねえの話だと今は図書室にいるって聞いたけど……。

 

 

「しつれいしま~す……」

図書室では静かに、がマナーです。図書委員の生徒に声をかけると二人がいる方向を指差しで教えてくれた。

二人のいる場所に近づくに連れボソボソと話し声が聞こえてくる。チラリと除き見れば、全身真っ黒な下地に灰色の斑点模様の服……たしかめいさい?だかそんな名前の服。肘や膝には何で学校でそんな格好を……。

 

 

「んぉ、丈槍じゃねェか」

最初に気付いたのはアクション映画俳優のようなムキムキの体に、18歳とは思えない強面の男子生徒。短い髪を逆立てて金髪に染めている風貌は、もう完全に映画の住人。名前は『田所 拓三』くん。私は『たっ』くんと呼んでるけど、初めてそう読んだときは唐突に「オルフェノクになっちゃう」なんて言い出した。どういう意味なんだろう……?

 

 

「ん、どうかしたか?」

たっくんの反応に、背を向けていたもう一人の男子生徒が振り替える。たっくんと比べると平凡的に見える身長と体格、切れ長の目に赤みがかった黒髪を一本縛りにした髪型。表情が固くてよく間違われるけど、実はとっても優しい人なんだって私は知ってる。名前は『木村 秀樹』くん。愛称は『ひー』くん。

 

 

二人はとっても仲良しでいつも一緒にいる。学園生活部の『じつどーぶいん』っていう役職だけどよく意味がわかんない。皆が言うには男の子として力仕事をたくさんしてもらってるんだって、昔からいっぱい鍛えてるって聞いたしすごいよね。

 

 

「めぐねえがそろそろ部室に集まってーだってぇ」

私がそう言うと腕に着けていた時計を確認しながら「もうそんな時間か」ってひーくん。二人は読んでいた『極限状態から脱出するための知恵』ってタイトルと、数多くのサバイバルに必要なことが乗ってる本を纏める。途中で私をチラッと見ると図書委員の生徒に本の貸し出し申請を受けにいった。

 

 

「それじゃいこっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに原作第一巻をほのめかす描写に入った。

 

 

パンデミックが発生してから一週間が経過し、学園生活部が佐倉先生観衆のもと発足され俺たちを含めた総勢9名のメンバーが集まる。原作では主人公『丈槍』『恵飛須沢』『若狭』と、丈槍の妄想の中でのみ登場する故人となった佐倉先生の三人+αから始まる物語。それが俺達の介入によって三倍の人員が初期生存者として学院に存在する。

早い段階で二階までの制圧は終わり、一階はあえて感染者を徘徊させている。地下室への探索はまだだが、他生存者がここを拠点にする可能性も含め『門番』として利用している。外へ探索しにいく場合は二階から下ろした消火栓のホースをロープ代わりにしたものを使う。

探索は基本的に俺か拓三一人と他のメンバー数人を同行させ、残りのメンバーは学院の安全を確保しておく。俺と拓三が探索に出てしまうといざという時に戦える人員がいないのは危険だからな。

 

 

とはいえ今のところ他生存者からのバンディット行為は受けていない。原作でも学院が襲撃されるような描写はなかったが、警戒に越したことはない。

 

 

さてさて原作開始と言っても、完全にかけ離れた世界観のここではこの先どうなるかは俺達でもわからない。原作沿いに進むのか、完全に別ルートになるか……。

 

 

まぁそれはさておき生徒会室……もとい学園生活部の部室に集まった俺達。朝礼と評した早朝のミーティングがある。その日の予定と役割分担。

 

 

「おっまたせー!」

 

 

「ちわー」「遅くなった」

丈槍を先頭に、部室に入れば俺達以外の全員が揃っている。

 

 

「それじゃぁ、会議を始めます」

パンと手を叩き、ホワイトボードの前に立つ若狭を筆頭に俺たちは席に座る。午前と午後に二度、俺たちはこうしてミーティングを挟みその日の予定と進捗状況の確認。こと細かく情報を共有し少しでも危険を減らすようにしている。

 

 

「んじゃあまずアタシから、一階の状況は普段と変わらず。言われた通り一定の『数』は残存中」

 

 

門番役の感染者を観察していた恵飛須沢の提示報告を筆頭に、直樹と祀堂が担当する食料の在庫確認。佐倉先生と若狭が担当する屋上農園の状況。俺と拓三の、学院各フロアの補強、周辺地域の観測、利用可能な機材やバリケードなどに使えそうな道具の確保とその補修作業。

 

 

「こんなところかしらね」

ボードに纏めた概要に、若狭は顎に手を当てながら頷く。

 

 

「居住性や安全の面では学院設備ってこともあって申し分ないけれど……やっぱり食料問題は無視できないわよねぇ」

佐倉先生は直樹と祀堂が用意してくれていた食料の在庫一覧を記載したノートを眺め溜め息を漏らす。

たしかに生活していく上で食料の問題は後を経たない。無くては困る物であり毎日消費するものだ。ある程度節約したところでこの人数ではどう足掻いても長期的な生存は『現状』維持することは出来ないだろう。

 

 

「そろそろ行くべきかしら」

僅かに視線を俺へ向けてきた若狭、席を立ちコピーした緊急避難マニュアルのページをボードに張り付ける。学院の見取り図である一階のページには地下施設への経路とその概要が示されている。

 

 

「マニュアルの通り、地下には避難区域と備蓄倉庫と記載されたエリアがある。言葉通りならある程度──15人以内での約一ヶ月分推定した食糧が備蓄されているはずだ」

 

 

内容は事前に皆で共有していたが、やはり朗報と呼べるものは何度聞いても活気を蘇らせるようで全員の表情に明るさが垣間見える。俺達のグループは総勢9人。内7人が女子供で野郎が二人、上手く節制すれば二ヶ月には間延びできるだろう。

 

 

「メンバーは俺と拓三、佐倉先生と直樹の四人。残りは待機だ」

俺の人選に疑問を抱いたのか、直樹が挙手をする。

 

 

「四人だけですか?」

 

 

「あくまで最初は偵察だ。地下は学院と違って一方通行で逃げ道が一つしかない。感染者が居ないとも限らん……感染者の対応を俺と拓三が、佐倉先生と直樹には備蓄の記録を取って貰う。その後安全を期して全員で改めてって流れだ」

 

 

ミーティングを終え荷物を整える。最低限の装備を揃え、念のために二人にも学院にあった刺又を持たせる。

 

 

「んじゃ、何かあればこれを使え。周波数は合わせてある」

トランシーバーの一つを若狭に投げ渡す。慌ててキャッチした彼女は頬を膨らませて「貴重な物資を投げないで」と怒り、苦笑する。

 

 

「行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし……いいぞ」

北階段を経由し、一階まで降りてきた。周囲を確認し感染者の有無を確認する。バリケードなどで一階の北階段周辺は確保してあるがどこから抜けてくるか油断はできない。

 

 

足音を発てず、足早に移動し地下施設までのシャッターへ移動する。

 

 

「あれ、シャッター空いてますよ?」

直樹が指摘した通り、シャッターは僅かに開いており机の一つを挟まれた状態になっている。無論俺達の誰かが事前にそうしたわけではなく『他の』何者かがそうしたようだ。

原作通りなら恐らく開けたのは──。

 

 

「気を付けろよ」

シャッターを潜ると、地下までの廊下は暗闇に包まれていた。ペンライトとナイフを構え、周囲を見渡すと壁際にスイッチを見つける。カチリと入力を押せば電灯が点灯し暗がりだった地下に光が刺す。

 

 

「よし、行こう」

更に奥深くまで足を進め、階段を降りると地下は僅かに床が浸水していた。恐らく貯水槽までの水道管が破損でもしているのだろう。

少し進めば備蓄倉庫に到着する。収納された棚にはそれぞれ内容物が示されたラベルが貼られ、食糧や医療品。生活必需品などといったものが数多く見られた。

 

 

「すごい……」

 

 

「これだけの量……一体どうして、これじゃまるで──」

 

 

「最初から『こういった状況』を想定してたみたいだ、てか?」

佐倉先生の顔が曇る。用意周到すぎるほどの物質、パンデミックの発生を事前に考慮していたとしか思えない。学院はそれを認知しておきながら避難活動などもせず黙認し、結果多くの死傷者を出した。

学院の教師としての立場的に穏やかではないのだろう。

 

 

「とにかく、今は備蓄の記録を」

 

 

「ええ」

 

 

取り出したメモ帳とボールペンを全員に配り、いざ記録に移ろうとしたその時だった。

 

 

 

ガタン

 

 

 

「「「「っ──!」」」」

四人の居る場所とは違う方向から物音が響き渡る。そこまで大きな音ではなかった筈だったが、全員の注意を向けるには十分な程の音だった。

 

 

顔を見合せ、冷や汗を流す佐倉先生と直樹を下がらせ拓三と目配せをする。それぞれナイフとハンドアックスを構え、音の鳴った方へと進む。外から侵入した野生生物か、それとも感染者か……。

 

 

機械室と扉に記された部屋の入り口。恐らく音の発生源はここだろう……たしかここは──。

 

 

無言のまま拓三と目を会わせ、ゆっくりドアノブに手を掛ける──が、鍵がかかっているようで扉が開く事はなかった。代わりに中から男性と思われる怯えきった声が聞こえる。

 

 

「だっ──誰だ!?」

声色的に学生ではなさそうだ。やはりこいつは……。

 

 

「学院の生徒です、もしかして校長先生ですか?」

俺がそう尋ねると、後ろにいた佐倉先生が驚いたような声を上げる。

 

 

「校長先生……!? 校長先生! 私です、佐倉です! ご無事だったんですね!」

扉まで駆け寄り、笑みを浮かべる彼女を他所に、俺は静かに拓三と向き合う。

 

 

そう、原作では佐倉先生は丈槍たち3人の生徒を守るために犠牲となり、感染が進んでなお意識を保ち地下へと自ら足を運び一人静かに転化して地下を徘徊する亡者となってしまっていた。やがて地下施設の存在を知った彼女たちは、恵飛須沢を偵察に行かせるも、そこで遭遇した佐倉先生だった者に感染させられ命の危機に貧する。

何とか直樹の懸命な行動に一命を取り止めた丈槍たちが地下へ向かい、今の俺達と同じように備蓄倉庫を発見したところまでは俺達の知る『原作』の流れ、だが俺達の介入により大分時系列に乱れが生じた為かはたまた別の要因か、本体地下施設で自殺の道を選んだ一人の生存者の亡骸を恵飛須沢が発見するのだが……。

 

 

「さ、佐倉先生……? まさか、無事だったのか……?」

信じられない、といった様子で扉の向こうの男性の声。やがてガチャリと鍵が空く音と共に扉が開かれ、目の下に深い隈を作り大分窶れた校長の姿が現れた。

 

 

「本当に無事だったんですね、よかった……校長先生。今外h「知らんッ!!」っ──!」

 

 

「私は何も知らん! こっこんな……こんなことになるなんて聞いてない! 私のせいではない!」

外、というフレーズを聞いた瞬間顔を強張らせ怒鳴りように後退る校長。

 

 

「校長先生、お気持ちは解りますが数名だけですけれど生徒たちが上にも居るんです。せめて──」

 

 

「知ったことか! 私には関係ない、勝手にしろ!」

 

 

まるで聞く耳を持たない校長の様子にたじろぐ佐倉先生と、嫌悪感が露骨に出ている直樹。溜め息を吐いた拓三が歩を進め、校長の顔面をぶん殴る。筋肉馬鹿の拳は盛大に痩せこけた校長の頬を捕らえ、勢いよく吹っ飛ぶ。ちょっとやり過ぎじゃないっすかねぇと思いつつ、まぁ意識が飛んでいない様子を見ると本気では無かったようだ。

 

 

「落ち着けよオッサン」

 

 

「田所くん! いきなり何を!?」

慌てて校長に駆け寄る佐倉先生。

 

 

「き、貴様ッ──」

 

 

「なぁ、校長。何個か聞きたい事があるんだが」

倒れた校長の前にしゃがみ込み、威圧するように睨む。備蓄倉庫からこの部屋に来るまでに抱いた疑問の根元を確かめるべく校長の様子を観察する。特にこれといった外傷は見られず、痩せこけたのも単純にストレスと栄養失調が原因と見られる。

 

 

「見たところ怪我も無さそうだし、感染はしてなそうだな。まぁせっかくの備蓄倉庫に感染源が居たんじゃこっちが困るからな」

 

 

「な、何を──」

 

 

「ところでさぁ……アンタ『何時から』ここに居たんだ?」

 

 

「っ──!」

はい目が泳いで明らかに態度が豹変した。これは十中八九ダウトかね。

 

 

「先輩、それってどういう意味ですか?」

直樹の疑問に、ゆっくりと立ち上がりながら答える。

 

 

「簡単なことさ、事の発生……このパンデミックが発生してすぐ地下施設の存在を知っていた誰かさんは他の職員生徒を見捨てて、一人むざむざ逃げ仰せたんじゃねーかって話さ」

 

 

「っ、それって──!」

顔を歪め、校長を睨み付ける直樹をまぁまぁと抑える。

 

 

「アンタ、さっき自分は『何も知らない』って言ったよな、でもアンタは緊急避難マニュアルが開封されていないにも関わらず地下施設の存在を知っていた。まぁ校長なんて役職なら知ってて当然かもしれないが、だがそれじゃ矛盾になる。存在を知っていたなら最低限の情報はあった筈だ、この備蓄が何を目的に用意されたのか……何処がそれを指示したのか……そしてそれは『何処』なのか」

 

 

「ッ……し、知らない! こんなこと『奴』は……っ──!」

誘導尋問成功。意外とすぐ墜ちたな……。

 

 

「やっぱり知ってるじゃないか……(呆れ)」

大きく溜め息を吐く拓三がやれやれと首を振る。

 

 

「『奴』とは誰の事だ? アンタやっぱり──」

 

 

「煩い!」

 

 

「きゃっ──」

突如懐からハサミを取り出した校長が側に居た佐倉先生の首に腕を回す。盾にするように佐倉先生を前にしハサミを彼女の頬に向ける。

 

 

「動くな!」

 

 

「おいおい……」

 

 

「先生っ!」

 

 

「…………」

 

 

佐倉先生を人質に取り、ゆっくりと後ろに下がっていく校長。青白くなった顔からは汗が溢れ、ハサミを持つ手は目に見えて震えていた。

 

 

「私に近寄るな!」

 

 

「こ、校長先生……! どうして!」

苦しげに目を細めながらも校長の身を案じているのだろうか。特に抵抗らしい抵抗をしない佐倉先生。

 

 

「計画なんて知ったことか! 私は金さえ貰えればよかったんだ。餓鬼が何人死のうが私には関係ない!」

かなり興奮気味に叫ぶ。計画……パンデミックは計画的に練られた物であり、感染源のウィルス、正確には細菌も意図的にばら蒔かれたと見ていいだろう。てっきりクライアントはランダル・コーポレーションだと思っていたが……『奴』とは誰だ? スポンサー的な存在でもいるのか?

 

 

「落ち着け、何も危害を加えようって訳じゃない。ただ知ってることを教えてほしいだけだ」

ほら、と手に持っていたナイフを遠くへ投げ捨て両手を挙げながらゆっくり近づく。

 

 

「それ以上近づくな!」

 

 

「せんぱ──「まぁ待て」っ、何で!?」

 

 

一歩……二歩……三歩。距離的にあと5mくらいか。

 

 

「このっ──!」

ハサミを振り上げ、佐倉先生へ振り上げた瞬間──。

 

 

「シッ─!」

予め袖に忍ばせておいた投げナイフを腕を振り抜く勢いを利用し、手元まで下ろす。狙いはハサミを持つ腕。5m程度の距離、外すハズがない。

 

 

こういった状況を想定して何度も何度も練習した甲斐があった。放たれたナイフは勢いよく校長の手首へと吸い込まれ、深々と突き刺さる。

 

 

「ギャッ」

悲鳴を上げ、痛みのあまり拘束が緩む。その隙に足へ力を込めて一気に距離を縮め痩せこけてなおだらしなく膨らんでいる腹へ蹴りを叩き込む。

 

 

「大丈夫ッスか」

横目に佐倉先生へ安否を確認する。恐怖と困惑で表情は曇っている。

 

 

「ありがとう……」

 

 

「いえ、元はと言やぁ俺が発破を掛けたのが原因なんで」

すいませんと謝り、彼女を拓三に任せる。

 

 

「さて、教えて貰えませんかね。アンタが知ってることを」

踞る校長へ、再度要求する……が、やがて背中を小刻みに震わせたかと思えば盛大に笑いだした。なんだ気でも触れたか?

 

 

「知ってどうする、お前らのような女子供がどうにかできるとでも思っているのか!?」

 

 

「さぁな、だが何も知らずに死ぬなんて御免なんでな」

 

 

「下らん、どう足掻いたってこの世界は終わりだ! 貴様らも死ぬんだ!」

よろよろと立ち上がり、手首に刺さったナイフを引き抜くと気味の悪い笑みを浮かべながら刃を自らの首に突き立てた。溢れ出る鮮血が床を紅く染め上げ、狂ったような笑みで仰向けに倒れる。まさか自害するだけの度胸が残っていたとは想定外だった。

 

 

「うっ……」

突然目の前で自ら命を経つ瞬間を目の当たりにした二人が口元を抑える。拓三に二人を部屋の外へ連れ出すように促し、俺は倒れた校長からナイフを引き抜き血を拭う。適当にポケットなどをまさぐると一冊の手帳を見つけた。中身を確認すると日記のようなものが記され、内容のほとんどは見捨ててきた人間への懺悔で埋め尽くされていた。だが日を追う毎に執筆は乱れ、やがて書きなぐるように自身の無実を訴えている。

 

 

僅かに残っていた罪悪感からの贖罪と精神の磨耗からの現実逃避。

 

 

「…………ん?」

パラリと落ちた破り取られたページが校長の血溜まりに浸されてしまう。しかも運の悪いことに一瞬見えた『何か』が描かれていた側の面が床面に落ちたせいで完全に血で塗り潰されてしまった。

 

 

広がった血を掃除し、校長の遺体はブルーシートで繰るんでおく。特に意味はないが、少しだけ手を合わせてから部屋を後にする。

 

 

 

「大丈夫か?」

部屋を出ると、すっかり意気消沈した二人が床に座り込み顔を伏せていた。

拓三は首を横に振る。

 

 

「……二人は先に上上がって休んでろ」

立てるか? と直樹へ手を指し伸ばすと、視線を持ち上げた直樹は俺を睨むように言葉を呟いた。

 

 

「どうして平気な顔してるんですか……?」

 

 

「何がだ」

言いたい事は何となく分かるが、恐らく今直樹が抱えている疑問はそれだけじゃないのだろう。たまに何かを思い詰めたような顔でこちらの様子を伺うようにしているのはここ数日で何となく感じていたが。俺達への不信感を募らせているのは彼女だけではない。

 

 

「人が目の前で自殺したんですよ!? 先生だって危なかったのに、どうしてそこまで冷静になれるんですか!?」

 

 

「おかしいか?」

 

 

「おかしいですよ! いつもいつも、どこか遠くを見てるように……まるで私達なんて見えていない、何を考えてるか分からないのが怖いんですよ!」

微かに目に涙を浮かべる直樹。

 

 

「初めて先輩と会った時、どうしようもなくて隠れることしか出来なかった私達を助けてくれた先輩には感謝してます、でも日に日に先輩の行動を見てると不安になるんです……私達に何かを隠してるんじゃないかって。『あの人』から言われて、何となく割り切ってた部分もありますけど……どうなんですか?」

直樹の主張に、いつの間にか佐倉先生の視線までもが俺に向けられていた。

 

 

さてどうしたものかと、何度目になるか。拓三へ視線を向けると面倒臭そうな顔で手をヒラヒラと振っている。つまり『面倒だから任せる』とのことだ、ハハハッこやつめ。

 

 

「はぁ……『白昼夢』って知ってるか?」

流石に「別の世界で死んで転生しました、君たちは漫画の世界のキャラクターです」なんて言えるわけがない、言ったとしてもまず信用されないであろう。故に少しニュアンスを変えて俺達の成り立ちをでっち上げる。

 

 

内容としては、小学生の頃に毎日ゾンビに襲われる白昼夢を見ていた事にする。ただそれだけではただの夢で終わってしまうので原作描写を交える。例えば俺達は傍観者としてしか直樹たちの姿を見ていることしかできなく、俺達というイレギュラーな介入者がいなかった場合の……つまり原作通りの流れを、佐倉先生や祀堂、若狭妹の事は伏せながら上手いこと話を繋ぎ会わせていく。

 

 

長ったらしく語り続け、原作第四巻までの内容を説明し終える頃には直樹も佐倉先生も大きく目を見開いていた。

 

 

「まぁ、信じる信じないは自由にしてくれ。俺も最初はただの夢だと思ってたからな、だが拓三と出会って同じように夢を見ているってことを知ってから抱いた危機感から俺達は鍛えたり知識を蓄えてきた」

 

 

小一時間ばかり話し込んでいたせいか、流石に心配になってきたのか若狭から通信が入る。「少し問題があったがもう大丈夫だ。すぐ戻る」とだけ伝え、強引に通話を切る。話してる間に拓三がまとめ上げた備蓄一覧表と医療品の中にあった感染者用の薬剤の入った瓶と注射器の箱を受け取る。

 

 

「お前や先生、他の奴等が俺達を不審に思うのは妥当だ。だが俺達も生きるためにこうしているんだ、信用できないってなら此処であった出来事を若狭たちに話して相談しろ。お前たちが望むなら俺達は学院から出ていく」

 

 

こういう言い方はズルいと思われるだろうが、今更である。

 

 

「信じる信じないは別として……。──先輩は大切な仲間ですから」

涙を拭い、キッと強い眼差しで目を見つめてくる直樹の頭をポンポンと叩きながら立ち上がらせる。

 

 

「先生もそれでいいですか?」

訪ねられた佐倉先生は小さく頷きながら立ち上が──ろうとしたが途中で膝から崩れる。咄嗟に受け止めると、どうやらさっきまでの恐怖心が今頃体に現れたらしく膝が笑っていた。

 

 

「ご、ごめんなさいっ」

足取りが生まれたての子鹿並に危なっかしくて仕方ない。流石にこれで階段を上がるのは苦だろう、そう思っていると俺の手から医療品の箱を踏んだくる直樹。

 

 

「荷物は私が持つんで、先輩は『責任』を持って先生を助けて上げてください」

何故か責任、の部分を強調してさっさと行ってしまう。拓三へ視線を向けるもニヤニヤと悪どい顔で直樹の後を追う。

 

 

「はぁ……、ちょいと失礼」

 

 

「へぇっ!? ちょっ──ひゃぁあ!」

強引に背におぶさるせると生娘のような悲鳴をあげられる。背中に感じる柔らかい感触……などはなく背中のプロテクターによって青春漫画のような展開はカットさせてもらう。

 

 




という訳で約二ヶ月弱エタっていた事を再度謝罪いたします。
本当は年末年始辺りに一気にドバーッ!と投稿するつもりだったんですけど見事に寝太郎状態でした。

だがしかし案山子。おかげで待ち望んでいた主人公二人のキャラデザをカスタムキャスト様のアプリで作成することができました!!!(苦し紛れ

木村 秀樹

【挿絵表示】


田所 拓三

【挿絵表示】


巡ヶ丘の男子制服が今一よくわからなかったので服装は適当。迷彩服とかは流石に無いので脳内補正でオナシャス


こんな感じでまた不定期になりますが連載を再開させていただきます。いつの間にかお気に入り登録が336件にもなり、17名の方にご評価を頂きましたことを誠に感謝いたします。

感想なども読ませていただき大変心の励みになっておりました。

どうぞこれからもご贔屓にしていただけるよう努力していく所存です。


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へんか

そろそろ大規模な戦闘シーンを入れたい(真顔



「ア"ァ? 『戦い方を教えてほしい』だァ?」

地下探索から更に一週間。地獄の始まりから約半月ほど、オレ達は一連の日課を終えて昼飯後。限りある自由時間の中でいつも通り図書室の資料を読み漁っていたある日の事だった。

 

 

どういう訳かツインテ娘こと恵飛須沢が真剣な面持ちで話しかけてきたかと思えば「感染者との戦い方を教えてほしい」などとぬかして来やがった。

 

 

「頼む」

背もたれからガクンと後ろに頭を垂らし、逆さまに見える恵飛須沢の目が真っ直ぐとこちらを見据えていた。どういう心境か、なんだってそんなモンをオレに頼んできたんだこいつは。

 

 

「あのなぁ、前にも言ったべ。『奴ら』の処理はオレ達でやっから、つーかはっきり言って面倒くせぇ秀に頼め秀に」

 

 

「その木村からお前に教えて貰えって言われたんだよ」

あぁ? マジかよ……何かと面倒くさそうなメンタルケアはアイツに任せっきりだったが、流石にオレも働けってことか? 誰かの面倒見るとかクッソダルいんですけどぉ。

 

 

「何でェ、またそんなもん覚えたがってんだ?」

読んでいた本を畳み机へ放る。オレの問いに、恵飛須沢は視線を泳がせ頬を掻きながら「お前達ばかりに戦わせてばかりで、悪いし。アタシも戦えた方がいざって時に身を守れるだろ?」と答える。

 

 

「別に自衛だけなら今でも十分できんべよ」

定期的に見回りをしたり、孤立した感染者を相手にさせある程度の免疫を付けさせようって事で何度か相手させたはずだが。こいつの言う戦い方ってのはつまりオレや秀みてぇな1:多数での立ち回りの事を言ってるのだろうとは思うが。はっきり言って不可能だろう、今更体を鍛えて戦い方を叩き込んだところで付け焼き刃にもならねぇ、むしろ無駄な動きの癖が付いちまうかもしれねぇしな。

 

 

そもそも10年近くトレーニングと独学とはいえ馬鹿みたいな鍛え方してきたオレ達に付いてこれる筈がねぇ。ただでさえ女で餓鬼なんだ。え? お前が言うなって? 見た目が学生。頭脳はオッサン、どこぞの名探偵みたいに格好いいものじゃねぇし、そもそもオレと秀の目的はあくまで原作キャラの生存であって危険に放り込むための──いや待て、それくらいアイツも分かってるはずだろ。なのに何でオレに教われなんて言ったんだ?

 

 

何か考えがあるのか……それとも単純に戦わせる機会が来ると踏んでるのか。

 

 

とは言えなァ……。

 

 

「そもそもオメェ、本気で強くなろうって思ってねぇだろ」

ピクリと恵飛須沢の肩が跳ね、視線に熱が帯びる。

 

 

「どういう……意味だよ」

グッと握りしめた拳は震え、ひねり出した声からは微かに怒りが感じ取れる。

ああ、ダァメだこいつぁ。

 

 

「そのまんまの意味だ、オレぁ秀みてぇに優しくねぇから率直に言わせて貰うぜ──」

 

 

 

 

 

お前、死にたがってるだろ?

 

 

 

 

 

言葉と同時に顔面に拳が飛んでくる。が、当たってやるほど柔じゃない。がっつり手首を掴んで受け止める。

 

 

「見りゃわかんだよ。見回りン時も、奴らを処理すん時も周りをキョロキョロしながら何か考えてんのがな、誰かと話すときも飯食うときも心ここにあらずってツラでいやがる」

事前に秀にも相談してたことだが。少し様子を見ておこうとは言われていたが。どうにも危なっかしくていけねぇ。

 

 

原作じゃそんな心理描写は無かったはずだが……となると、まぁ十中八九原因は『アレ』だろうな。

 

 

 

 

「そんなにあのセンパイの後追いがしてぇのか?」

 

 

 

 

「っ──! このっ!」

空いているもう一方の腕で殴り掛かってくるが、難なく押さえ込み片手で両腕を固定するようにして壁際に押し付ける。端から見れば絶対案件な絵面だが、生憎とここにはオレと恵飛須沢のみ。他のメンバーは大体三階か屋上に居るだろうし、秀は直樹と祠堂を連れて地下の備蓄を一部上に運ぶ作業中なはずだ。

 

 

多少音が経っても……って、なに考えてンだオレぁ。そういう状況じゃねぇだろ。

それにしても細っちぃ腕だ。力も無いし、ほんとにただの女子高生の腕。陸上部とはいえ所詮こんなもんだ。

 

 

それがどうしてこんなクソッタレな世界で生きなきゃならねぇんだって自暴自棄になるのも解らんでもねーが。

だからって見殺しにするわけには、いかねーんだなこれが。

 

 

「テメェの弱さを嘆くのは構わねぇ、ただ弱さを言い訳に逃げンのは許さねぇぞ」

オレの言葉に恵飛須沢が顔を曇らせる。感情的ではあるが頭ではちゃんと理解できてるタイプのこいつであると思っている。

 

 

「だったら……どうすればいいんだよアタシは……肝心なときに動けなくて、守られてばっかで、もう嫌なんだよこんな気持ち……」

腕から力が抜けていくのを感じ、手を離せば重力にしたがって落ちていく。肩を震わせ嗚咽混じりの声で訴え掛けるその表情は項垂れていて身長差的にもオレからは見えないが、床にはポタポタと水滴が落ちていっている。

 

 

なぁーかしたーなーかしたー。せーんせーに言ってやろー!

脳裏に嫌味ったらしい顔でふざける相棒の顔がちらつく。

 

 

「……うっ……うぅ……」

 

 

「…………」

 

 

……ああ! クソクソクソ! クソッタレが!

 

 

「おい恵飛須沢ぁ!」

女が泣いてる姿に愉悦を感じるほど歪んだ性癖などは持ち合わせていなかったらしく、あまりにも気まずい空気が流れる。ガシガシと頭を掻きむしり恵飛須沢の名前を怒鳴るように呼ぶ。

 

 

強引に手を掴み「付いてこい」と引っ張る。向かうはオレ達がトレーニングで使うように片付けた家庭科室兼、学生食堂。飯は基本三階で作るし食うのも三階。空間としてもて余してた場所を校舎からは離れている体育館は使えない代わりに利用している。

 

 

「な、なんだよ急に!」

困惑するツインテ娘を無視し、すぐ隣にある食堂に入る。重さの違う鉄アレイや自作のサンドバッグ、人形を模した人形(人体模型の改造品)。長い木の棒や剣道部などが使う竹刀に木刀、壁にはダーツの的と投げナイフ、近接格闘用のゴムナイフなどなど。

 

 

「オラ」

突き飛ばすように部屋の中心まで恵飛須沢を誘導する。意味がわからず疑問符をあげているバカに、オレは両手を広げて「かかってこい」と告げる。

 

 

「は……?」

 

 

「何でもいい、テメェがオレに一発でも当てれたらお望み通り戦い方を教えてやるよ」

まぁ、どうせ無理だしすぐに諦めんだろ。かるーくメンタルボコボコにしてやりゃ猿でも分かるだろうよ、オレは秀みてぇに言葉だけで説き伏せるなんてメンド──もとい得意じゃねぇから実力行使だ。分からねぇ奴には力で解らせる、暴力こそ正義、暴力最高!

 

 

ガハハハ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた時期がオレにもありました……。

 

 

「はぁっ……! はぁっ……! ふぅ……げほっ……!」

肩で息を荒げ、フラフラになりながらもオレを睨み付けてくる。

 

 

なんなんこいつ。軽く10分くらいで根をあげるだろとか高を括ってたら既に1時間もがむしゃらに挑んできてるんだけど。最初はナイフで、リーチや体格差からヒラリヒラリと落ち葉のごとく攻撃を避ける。すると今度は長めの木の棒で漫画のようにくるくると手元で回しながらちょっとずつフェイントを挟みながら振り抜いてくる。得物が長けりゃリーチの差は埋まると踏んだんだろうがそう簡単に活かせるはずもなく、秀のスタイルで散々対処してきた動きだ。ただ図体がデカイだけの奴と思っていたんだろう。体の軸を回転させバク宙なども合わせて煽るようにかわして見せる。

 

 

そんなこんなで10分ほど、そろそろ諦めろと諭したりしたが、何故か時間が経つにつれて恵飛須沢の顔が闘気を……というかちょっと殺気も混じってらっしゃる。

 

 

え、怒ってる? まさか怒ってらっしゃる?

 

 

お前面倒くせ──ああ嘘です嘘です面倒臭いなんて思ってません。だから3kgダンベル投げるの止めろ! 窓や床に叩きつけないようにキャッチする身にもなりやがれ!

 

 

ほぼ一方的なキャッチボールを続け、そしてまた襲い掛かる恵飛須沢。もう大分体力も消耗してきて顔色も悪い……いい加減辞めさせた方がいいだろこれ。

 

 

「おいっ……おいアホ! お前っいい加減っ諦めろっ……て!」

突き、横凪ぎ、かち上げ、蹴りやパンチとの併用。思った以上に食いついてくる恵飛須沢に止まるよう促してみるがまったく聞く耳持たず。

 

 

額から汗をダラダラ垂れ流し、半開きになった口からは涎も滴る。見ててかなりやばい絵面だ、というかこいつさっきから回し蹴りやらハイキック使ってくるのはいいがガッツリ靡いたスカートからチラチラ見える白いものの存在に気付いてないのか?

 

 

羞恥心ってものがねぇのかテメェ! もっとオシトヤカにしろ女の子でしょ!

 

 

「くそ……なんで……当たら……ねぇ……」

もう立ってるのも限界なのか、棒を杖がわりにしている姿は痛ましい。

 

 

「ち……くしょ……」

 

 

「お、おい! っと──」

最後の力を振り絞って、一歩踏み出した瞬間バランスを崩し顔面から地面に倒れそうになった所を慌てて受け止める。汗でぐしゃぐしゃになった制服やら髪やらで悲惨なことになっている恵飛須沢。正直オレにはこいつがどうしてここまで食いついてきたのか理解できない。

 

 

本当に死にたがってるだけならもっと簡単な方法あるだろ、強くなりてぇなら普通に自力で特訓するなりすりゃ良かったんだ。……なのに何でこいつは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシはずっと気に入らなかった。世界が変わってしまってからずっとアタシの……アタシ達の先を歩く二人の背中を見てからというもの。胸の内にあるモヤモヤしたものが日に日に増していく感覚。みんなから頼りにされて、常に危険の真っ只中に自分から飛び込んでいく姿を見てきた。

 

 

どうしてそこまでするのか、どうしてそんなに強くなれるのか、どうして前を向いていられるのか。

 

 

そんな疑念だけが沸々と沸いてくる。ほんの二週間前まではただの学生に過ぎなかったアタシ達と同じはずだった。少し……というかかなり変わり者で学院でも噂になるくらいの変人ではあったけれどアイツらだって学生に過ぎないはずなのに。

 

 

あの時だって、本当はアタシが先輩にケジメをつけて上げなきゃいけなかった……なのに恐怖と混乱で足がすくみ手が震え、泣き叫びたくなったアタシの前に立って先輩を止めたのは他でもないアイツだった。

 

 

先輩を殺した仇だ、なんて最初はやり場の無い怒りと現実を見たくないあまりに無責任な怒りばかりを抱いていたが……アタシはどこまでも自分勝手な人間だった。

 

 

頭では分かっていた。あの時あの場で先輩を止めなきゃアタシや他のみんなまで感染が広がっていただろうし、アイツはアタシらを助けるために動いた。

 

 

そしてアイツと、その相方である男子が合流した時も真っ先にアイツらは殿になってアタシ達を逃がした。二人して何人も人を救って……最後まで戦う姿は映画や漫画の世界の主人公かいってな……。

 

 

だからこそアタシはアイツらが気に入らなかった。

どうしてお前達ばかり、アタシだって……アタシだって強くなりたい。弱いままじゃいけないんだって、守られてるだけじゃ駄目なんだって。

 

 

そしてどうやったら強くなれるのか考えた先の答えが……結局あの二人に頼るしかないという惨めさに押し潰されそうになりながらも何とか教えを請うた。

 

 

最初は木村の奴に頼んだ。だってアイツの方が人に物を教えるの得意そうだし……田所のやつに頼むのは何か気が引けるっていうか……。

 

 

でも結局木村からは断られ、田所に頼めと言われてしまったので恥を忍んで頼んだ、が……やっぱりアイツは面倒臭そうにしていた。

 

 

ずぼらで適当で面倒臭がりなのに、そのくせ見透かしたようにアタシの抱えてることをピンポイントで見抜いてくるのが本当に腹立たしい。図星を突かれたのも事実だけど、アイツの口から先輩の話が出た瞬間。思わず殴り掛かってしまった。あっさりと受け止められたし。

 

 

思わず泣いてしまったアタシを慰めるような事をアイツはしなかった。むしろ突然食堂に連れ込んできたかと思えばいきなり「かかってこい」なんて言いやがる。

 

 

 

完全にナメられてる。

 

 

 

そう感じたアタシは無我夢中で田所の馬鹿野郎に襲い掛かった。何度も何度も振るった攻撃は、まるで雲を殴ってるようにフワフワと手応えもなく次々かわされ、アタシを見るアイツの表情は明らかにこちらを小馬鹿にしたような顔だった。

 

 

むっかつく! ぜってぇ一発入れてギャフンと言わせてやるんだかんな!

 

 

もはや今までの悩みよりも目の前の馬鹿を叩きのめすのが目的に変わっていた気がしないでもないが、それでも一時間粘って一発たりともアタシの攻撃がアイツに擦る事すらなかった。

 

 

悔しくて堪らない。やっぱりこいつは強いんだってわかった。アタシじゃ到底叶わないって……追いかけるどころか……これじゃ絶対……。

 

 

隣を歩くなんて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

「お、起きたかお転婆娘」

いつの間にか気を失っていたアタシが目を覚ますと、すぐ側で田所の声がした。額に乗せられていた濡れタオルを手に取って上半身を持ち上げる。

 

 

三階の寝室に移動させられており、周囲には他に誰もいない様子だった。少し離れたところで壁に背を預けながら本を読む田所の姿。今更だがアイツのあの外見で本を読むっていう行動があたりにもミスマッチな気がするのはアタシだけだろうか。

 

 

「体力のキャパシティを大幅に超えた過労だとよ、アホめ。ちったぁ加減を考えねェか」

溜め息を吐きながらスポーツ飲料を投げ渡してくる。取りこぼしそうになりながらも何とか受け止めキャップを外し一気に飲み干す。キンキンに冷えてはいない半端な温度なのが逆に喉へ流れる快感を増しごくごくと丸々一本を一口で飲み干してしまった。

 

 

「ぷはっ……!」

 

 

「ほれ、これも」

そう言って投げ渡してきたのは塩飴。「汗掻きまくったんだから塩分取っとけ」と言われる。そんなに汗だくになったのか? と体を確認した所で思考が停止する。

 

 

あれ……なんでアタシ寝間着……制服来てたはず……?

 

 

汗掻きまくった、寝間着に着替えさせられている……。

 

 

っ────!!?

 

 

「おまっ!」

 

 

「安心しろ、拭いたのも着替えさせたのも女連中だ。オレがそこまでするわけねェだろ面倒くせぇ」

顔が火照り、一瞬あり得ない場面を想像してしまったアタシだったが空かさず田所から指摘される。くっ……アタシとしたことが。普通に考えりゃ当たり前の事なのに何でよりにもよって……!

 

 

「そもそもオレぁお前みたいな貧相な体ぁあっぶぇ!!? テメェ! なぁにしてんだよぉ!」

失礼な事を抜かした馬鹿に空のペットボトルを投げつける。悪かったな貧相な体で! どうせりーさんやめぐねえみたいにスタイル良くねぇーですよーだ。

 

 

くっそぉ、何でこいつに対してこんなにイライラするんだ。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「……で?」

 

 

「はぁ?」

少し静寂が流れ、仰向けになって天井を眺めていたアタシに田所が不機嫌そうに声を掛けてくる。

 

 

「お前、まだ『強くなりたい』って思ってンのか?」

田所の問いに、アタシは少し考える。自分は本当に強くなりたいのだろうか、強くなってどうしたいのか……。アタシは……。……アタシは──。

 

 

「強く……なりたい」

ほぼ無意識、小さく口から漏れた呟きを聞いた田所は「あっそ」と素っ気なく言うと、少し大きめの袋を投げ渡してきた。盛大に顔面に落ちてきて「わぷ」って変な声が出る。

 

 

袋の中身は……二人が着てるような迷彩色のジャケットに膝や肘を守るパッド。指先が切り取られてるタイプのグローブに……。スパッツ。……スパッツ?

 

 

「なんだよこれ」

 

 

「あァ? なんだよこれじゃねーだろ。約束は約束だ、戦い方を教えろっつったのはオメェだろ」

 

 

「はぁ? アタシ結局一回も攻撃当てれなかったじゃん」

何を言っているんだ、という顔の田所。「お前覚えてねェのか?」と聞かれるが何のことやらさっぱりなアタシは小首を傾げる。

 

 

「オメェ倒れる寸前で受け止めてやった心優しいオレに一発パンチくれやがったんだぞ。まぁあんなもん猫パンチにも及ばない軟弱なヤツだったが一発は一発だ」

 

 

まさか無意識でやってたのか?と呆れた様子の田所。まったく身に覚えがない……。

 

 

「って、う……受け止めた!?」

なんか最後の方で誰かに抱き締められるような感覚があったような気がしたが……ま、まさか!

 

 

「あぁ? なに赤くなってんだよ。ぶっ倒れそうになったから受け止めただけだろ」

 

 

「お前! 乙女の柔肌に触れといてなんだその言い草!」

 

 

「乙女とか草。どこの世界に棍棒振り回して一時間も殴り掛かってくる乙女がいんだよ出直してこい」

 

 

こいつぅ! 言わせておけば!

 

 

「あったま来た! ぜったいぶっ飛ばす!」

掛け布団をひっぺがし、だらけている田所に飛びかかる。不意を突かれた田所だったがやはり身体能力が高いせいか簡単にかわされてしまう。だが様子がおかしい。

 

 

「あっぶね! ちょっちょ待てって! 足が痺れて──」

 

 

「問答無用じゃぁ! 覚悟しろこの野郎!」

 

 

「待て待て待て! 馬鹿お前っそんな格好──」

 

 

「あらあらあら」

ようやく捕まえた田所に覆い被さるように馬乗りになって手を掴み押し倒していると、突然第三者の声が聞こえた。ふと視線を向けると頬に手を当てながら怖い笑みを浮かべるりーさん、顔を赤くしてあわあわしているめぐねえと圭。「プロレスごっこだー」と明後日の方向に思考が飛んでる由紀に「たぶん違うと思うんですけど」と呆れた様子でツッコミを入れる美紀。

 

 

「二人とも仲良さそうだな」

珍しく……というか初めて見るレベルで悪どいニヤケ面をする木村の顔。だがしかしその両手はりーさんの妹で小学生のるーちゃんの両目をしっかりカバーしている。「前が見えない」と小さく頬を膨らませているが……そこまで来てアタシはようやく自分の姿を改めて見る。

 

 

布団で隠れていたためパッと見気付かなかったが寝間着になっていたのは上半身だけで、下半身は下着以外何も履いていなかった。つまりパンツ丸出しで田所に掴みかかって馬乗りになってるアタシは端から見れば……。

 

 

「あ……ああぁ……」

 

 

「胡桃ったら、いつからそんな大胆になったのかしら?」

 

 

 

 

「わぁあああああああああああああああぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

学院に大音量でアタシの悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 戦い方を教えるっつったのはオレだが! ちょ……話を聞けェ!」

 

 

「うるさいうるさい! 死ね! 今すぐ死ねぇ!」

翌日から、拓三を殺さんとする勢いで追いかけ回す恵飛須沢の姿が頻繁に目撃されるようになったのだった。

 

 

「先輩、あれ止めなくていいんですか?」

俺の隣でナイフの研ぎ方を教わっている直樹が溜め息混じりに訪ねてくる。恵飛須沢程ではないにしろ、直樹も自信の自衛能力をもう少し向上させたいと俺に指南を申し込みに来ていたのだ。

 

 

流石に二人同時にするのはメンド──げふんげふん。面倒臭かったので恵飛須沢の方は拓三に押し付けることにした(ヤケクソ)

 

 

「まぁ大丈夫だろ、アイツが逃げてるうちはまだ遊びの範疇だ」

両手に持ったククリナイフ二本を振り回しながら追いかける姿は般若のそれ。俺はあえて見てみぬ振りを決め込んだ。

 

 

「えぇ……?」

納得行かなそうな直樹の目からハイライトが消えているような気がしたが気にしない。

 

 

今日も平和だ飯が旨いってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かこいつ止めろォ!!!」




はい、というわけで何だか人気のあった田所兄貴のメイン回()でした。
土曜から書き初めてクソ遅更新をする間にお気に入り登録が700件を越え、42名もの方に評価点を頂き感謝感激です……ウレシイ……ウレシイ……。

とりあえず野郎二人だけの無双プレイもなんだか味気なかったのでメインキャラの強化を挟んだ日常?パートでした。スコップオンリーで戦わせても良かったんですが、なんとなくドヤ顔ダブルククリナイフというのが頭に浮かんだので。

胡桃とククリって語呂が似てるよね(ごり押し


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えんそく

「遠足行こうよ! 遠足ぅ!」

それはある日の出来事。全員が学院での生活にも馴染んできた頃。朝のミーティング中に寝坊した丈槍が部室に飛び込んでくると共に放った一声がソレだった。

 

 

は? という顔で全員の視線が集中する。何故か満足げに鼻を鳴らし興奮ぎみにホワイトボードの前まで歩いてくると取り出したるはマジックペン。キュキュキュっと景気よく筆を走らせデカデカと『遠足!』と書き込み、再度誇らしげなドヤ顔で振り替える。

 

 

「いや、意味がわからん」

真顔で首を横に振る恵飛須沢と、またおかしな事を……と言いたげに溜め息を吐く直樹。そんな反応にも慣れてきた祠堂が苦笑しながら「突然どうしたんですか?」と丈槍の発言に疑問を述べる。

 

 

「みんな毎日学院で過ごしてばかりじゃ退屈だよ! やっぱりここは冒険に行かなくちゃ!」

 

 

「オレ達は探検家じゃねーぞぉー」

机に体を伸ばしだらけ切った拓三のツッコミに「人の心は探求心だよたっくん!」と訳のわからない事を言い出す。哲学者かな?

 

 

「そもそも『遠足の時期』にしては少し早いんじゃないか?」

不安げな佐倉先生に目配せし、俺は丈槍の心理状況を鑑みて発言する。たしか原作でも彼女が遠足を促す発言が元となってシナリオが進み、本来であればそこで『一人』だった直樹との遭遇を果たす流れだった。

しかしこの世界では既に直樹は祠堂と共に学園生活部の初期メンバーとして在籍しているため遠足という行動にメリットらしいものは無い。そもそも原作では初期メンバーが三人だったため移動は楽だったが現在は9人。明らかに外部へ遠征するには規模が大きすぎる。

 

 

班を分ける体で話を進めてもいいのかもしれないが、やはりメリットよりも危険性の方が上を行くと踏んでいる俺からすれば賛成しかねる。

 

 

「遠足と行っても送迎バスも無いし、この人数ではねぇ」

若狭は目を細め、やれやれといった様に小さく呟いた。「ええー」とショボくれた丈槍。がしかし、少しして何かを思い付いたのか佐倉先生へ突進する。グフゥと女性にあるまじき悲鳴を聞かなかった事にし、何を思い付いたのかと思えば──。

 

 

「めぐねえって車持ってたよね!」

 

 

「え? え、ええ……まぁ……でもこの人数は乗れないわよ?」

佐倉先生の車は自家用車の中でも小さいBMWのミニ。原作やアニメ版でも主要人物たちの行動をサポートしていた車だ。だがしかし彼女の言うとおり、明らかに定員オーバーである。

 

運転席に佐倉先生、助手席に若狭姉妹を乗せ、残りを全員後部座席にギチギチに詰め込んだとしても不可能だ。それこそ俺と拓三が乗るスペースなんて有りはしない、カーゴスペースなんて体格的に死ねる。

 

 

「私にいい考えがある!」

どこぞのヘナチョコ司令官みたいな事をサムズアップしながら叫ぶ。嫌な予感しかしないんですがそれは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやおかしいだろこれよぉ!」

拓三の悲痛な叫びが校庭に響き渡る。予想はまんまと的中、前述の通り女子メンバーが全員で車にぎゅうぎゅう詰めになり、俺達野郎はどうするのかと気まずい車内に目を向ければ、丈槍から渡されたのは長めのロープ二束。疑問符を浮かべる俺と拓三に、彼女はにこやかな笑顔で車の天井を指差した。

 

 

つまり──。

 

 

「こんなの……人の運び方じゃありませんよ!」

 

 

「ルーフキャリアに取り付けられたサーフボードの気分だ……」

ミニの天井に仰向けでロープに縛られた全身迷彩柄の俺達の姿は滑稽以外の何物でもないだろう。何故こんなことを思い付いた丈槍。お前さては鬼畜だな?

 

 

ちなみに悠長に騒いでいていいのかと思われるが安心してほしい。校庭で巡回していた感染者は全て排除してあります(プロ並感)……まぁおかげで一回着替える羽目になったが。

 

 

「ね、ねぇ……やっぱり止めないかしらぁ」

いたたまれない佐倉先生の言葉から同情の色が伺える。

 

 

いやもういい……考えるのはよそう(思考停止)

 

 

「いや折角だし、行きましょう」

 

 

「え、でも「行きましょう」アッハイ」

威圧感を放ちながら俺は天井から幽霊のごとくフロントガラスから頭を覗かせる。ヒェッと悲鳴のような声を漏らす祠堂と直樹。ゲラゲラ笑う恵飛須沢と丈槍、不思議そうな顔で首を傾げる若狭妹が小さく手を振ってくる。唯一の癒しや……丈槍と恵飛須沢は後でお仕置きだかんな。

 

 

「つーかマジで行くのか?」

拓三がげんなりと顔を歪ませながら項垂れる。俺は懐から一枚のメモ用紙を取り出し「一応現時点で不足or補給して起きたい物のリストは作ってある」と紙を若狭に手渡す。もちろん天井から。ヌッと出てきた俺の手がそんなに面白いのかアホ二人が未だに笑っている。どうしてくれようこの怨み……。

 

 

「流石に食料じゃないものの消費も早ェな」

食料に関しては地下の備蓄でも十分だが、それ以外……衣類や洗剤の類いは思った以上に消費が早い。まぁ女性は清潔さに余念がないし多少はね?

山籠り生活もしていた俺達からすれば数日くらい風呂に入らなくてもなんて事はないが、あの汚物を見るような目は心にクる。とはいえ衛生管理はジッサイ重要。古事記にもそう書かれている。

 

 

感染者を始末した際の洗濯は別個にし、手洗いは勿論沸騰させた湯水での熱殺菌。薬品による抗菌も欠かせない。

 

 

まぁ周辺探索も兼ねて、何か原作と違う展開があるかもしれないと自分に言い聞かせる。パンデミックから最初の数日は飛んでいく旅客機の音やヘリのローター音……どこからか響くサイレンなんかも一週間経たずで聞こえなくなってしまった。感染の侵攻速度が早いのか、それとも別の要因があるのか。何はともあれ自衛隊や国連、在日米軍などの行動も気になる、まだ先になるが学園生活部のとある行動が元となって事件が発生するのだがそれはまた別の話なので今はいいだろう。

 

 

「そ、それじゃあしっかり捕まっててねぇ~」

エンジンが始動し、車体が微かに震える。サーフボードよろしく天板に張り付けの刑になっている俺達は望遠鏡とトランシーバーを手に持ち、風避けのゴーグルを下ろす。

ゆっくり前進する車に、人生(前世含めて)で今まで感じたこともない虚無感と僅かな高揚感を胸に遠征が始まった。

 

 

 

 

 

 

余談だが、割と天井で風を感じるのは存外気持ちよかった(小学生並の感想)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、事故を起こして道を塞ぐ車に何度も遭遇し若狭のナビゲーションを受けながら、定期的に邪魔な感染者を天井から降りた俺達が排除し緩やかなスピードで進むようになってからはロープで体を縛ることもせず天井で胡座をかいている。

 

 

「れ……れ……レコード」

 

 

「ドクダミ」

 

 

「み……味噌田楽」

 

 

「く? くぅ……く、口紅」

 

 

「に……肉豆腐」

 

 

「蕗の薹」

 

 

「う……う……ウグイス!」

 

 

「スかぁ……ス、スルメ……はもう出たし……ス、スゥ……。……スペイン! ──あ」

 

 

「はぁーい恵飛須沢の負けぇープスークスクス」

暇をもて余した俺達はいつの間にかしりとりをしてお茶を濁していた。なお戦績は祠堂と直樹が一敗、恵飛須沢二敗、丈槍四敗。俺達無敗の状態、年期が違うんだよ年期が。

 

 

「皆~、そろそろ着くわよぉ~」

佐倉先生の声にしりとりが中断される。目的地である場所は俺と直樹、祠堂の二人が初めて遭遇した場所。『リバーシティ・トロン・ショッピングモール』である。地味に設定上例の『ランダル・コーポレーション』の傘下であり緊急避難用の区画まで設けられている大型ショッピングモールだ。

 

 

周囲の安全を確認し、俺と拓三で駐車場までの道を誘導する。なんだかんだで使っていなかったコンパウンドボウを持参、初実戦だったりする。

 

 

いや学院内だけなら近接と投げナイフで事足りるし……え? 普通足りない?

 

 

とにかく物は試しだ。手頃な距離にいる感染者の一体に矢を射る。

左手に持った本体を前方に構え、腰に下げたナイロン製の矢を入れる管が三つに別れているタイプの矢筒に差してある内の一本を取り出し、筈(ミズノ)と呼ばれる矢のケツに取り付けられた二股のパーツを弦に引っ掻け人差し指・中指・薬指の三本でゆっくりと引き絞る。

 

 

照準器と目標の距離を調整しながら狙いを定め……射る。

 

 

ヒュン。と弦が風を切る音と共に発射された矢が吸い込まれるように感染者の頭部に突き刺さる。通常の鏃では貫通力が高すぎるため、鏃を別売されているステンレス製の2枚ブレードが付いた幅広い菱形状の物に取り替えてある。これにより貫通力は下がる代わりに威力とインパクトの衝撃で簡単に感染者を無力化できる。

 

 

普段は動かない的にしか射た事がなかったので少し心配だったが何て事はない。元々動きのトロい感染者、余程長距離で不安定な撃ち方でもしなければ外すことはないだろう。

 

 

第一射で感覚を確かめ、今度は素早く先程の手順と同じように射る、問題無く命中……なんだよ……結構当たんじゃねぇか……。

 

 

2~3本射ては使った矢を回収し、手拭いでこびり着いた血糊と肉片を拭き取る。投げナイフよりも射程距離と威力はあるが回収して洗うのは割と面倒だな。まだ学院や自宅含めて在庫は大量にあるにしても使い捨てるには忍びない。それ以上に『証拠』を残すわけにはいかないしな……。

 

 

俺達と共に極限式ブートキャンプに勤しむようになった恵飛須沢と直樹により大抵の感染者達はあっさり駆逐されていく。まだまだ体の動かしかたにぎこちなさが残るが、二人とも懐への踏み込みや流れるようなバックスタブ、俺でなきゃ見逃しちゃうねと言わざる終えないくらいに手慣れ始めている。

 

 

それはさておき周囲の掃除を終えて車を駐車し、全員でリバーシティ内部へと侵入する。平和だった頃の面影は欠片もなく、停電し暗くなった店内……散らばった商品やガラス片、至るところに付着する血の紅。

 

 

夜目に慣れる練習もしていたおかげで、灯りが無くとも周辺の状況は確認できる。手の届く距離を維持した間隔で移動し息を潜める。足早に四階へ上がり洗剤や消毒液、絆創膏といった応急キットに役立つ物を買い物カゴに放り込んでいく。恵飛須沢と直樹の二人に入り口を警戒させ、俺と拓三は少し離れたところで周辺の探索に当たる。

 

 

「これと言って目ぼしい物はないなぁ」

子供用のぬいぐるみを拾い上げ、ポイポイとお手玉よろしく弄びながら吹き抜けから下の階を眺める拓三。

 

 

「騒動から半月……ここを拠点にしていた生存者の姿も無いな」

五階へと続く『バリケードが築かれた』階段を見上げる。本来であれば直樹と祠堂の二人はここで他の生存者に保護され生活していた。が、途中でグループの中心人物が感染しそれを隠した事から事態は一変。二人を残して全滅する。そして小さな物置に閉じ籠った二人はやがて行き違い、祠堂は外へと飛び出して消息を絶った……。

 

 

「おぉーい! ひーくんたっくん!」

突然大声で叫ぶ丈槍の声、すぐに「他の客に迷惑だから静かにしろ」と注意する。口元を抑え、にへらと笑いながら謝る丈槍。

 

 

「めぐねえがもうすぐ帰ろうって」

後ろへ視線を向けると荷物を集め終えた一同が店の前で待機していた。

 

 

「了解だ」

丈槍の大声で寄ってきた感染者を素早く仕留め、拓三の肩を叩き佐倉先生たちと合流する。

 

 

「随分大荷物になりましたね……」

 

 

「ま、まぁ色々とねぇ~」

何故か苦笑いを浮かべられる。

とりあえず荷物の纏まったバッグを受け取り、来たとき同様ゆっくり慎重に、それでいて足早にショッピングモールから退散する。

 

 

時刻は既に昼過ぎ、感染者たちの習性からか『お昼時』って事もあって徐々に数が増えてきている。

 

 

「車まで急ぐぞ、離れるなよ」

先頭を拓三、恵飛須沢、直樹の三人に任せ最後尾を俺が勤める。

進路上の感染者のみを排除し車へと一気に駆け抜ける。

 

 

サササッと乗り込む女子メンバーと荷物ごと天井に飛び乗る俺達。

 

 

「いいぞ!」

 

 

「しっかり捕まってて!」

エンジンの音で集まり始めた感染者達の隙間を縫うようにして駐車場から離脱する。

遠ざかっていくリバーシティへ視線を向けた俺は、不意に視界の端にキラリと何かが光ったように見えた。

 

 

「ん?」

首から下げていた双眼鏡を手に取り、その光ったところへ向ける。

 

 

「どうした?」

 

 

「いや……何でもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~!」

部室の扉を開け放ち、丈槍は「楽しかったー」と椅子に腰かける。俺達も荷物を下ろした後一息付き若狭の淹れたお茶を飲みながらまったりと時間を過ごす。

 

 

「そういや、色々集めてたみてェだけど何集めてたんだ?」

思い出したかのように疑問を浮かべた拓三が、パンパンになったバッグを手に取って中身を開けようとした瞬間。恵飛須沢のパンチが炸裂する。恐ろしく早い右ストレート、俺でなきゃ見逃しちゃうね……。

 

 

「勝手に覗くな変態」

 

 

「理不尽すぎる」

 

 

「下着や生理用品を漁ろうとするお前が悪い」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………ん?」

無意識に呟いた俺の一言に静寂が訪れる。周りを見渡せば全員の視線が俺に集中していた。

 

 

「何で中身知ってんだよ」

眉間にシワを寄せ、ジト目で睨んでくる恵飛須沢。そう、あくまで俺がメモ用紙に記載したのは洗剤などの日用品。後から独自に現地調達していたであろう女性陣の視線が痛い。

 

 

「知ってるも何も普通に見えてたからな、というか一々そんなもので意識しすぎだ。逆に怪しいぞ」

すると直樹から「デリカシー0ですね」と冷たい声で言われる。

 

 

「えぇ……?」

ドン引きされる俺の肩に手を起き、何故か達観したような顔で拓三は頷きながら「そういうところだぞ」と言ってくる。意味がわからん。

 

 

「と、とりあえず集めた物を片付けましょう。こっちのバッグは私達でやるから木村くん達はもうひとつの方をお願いねぇ~」

パタパタと女子メンバー全員を引き連れていく佐倉先生。

俺達も任された方のバッグを整理していく。

 

 

まずがメモ通り集めた洗剤や応急キット類を戸棚にまとめる。

 

 

「風船……?」

途中で恐らく丈槍が入れたであろう幼児用の物が大量に出てきたが……まぁスルーで。

筆記用具やノートの類い、食品用のジップロック、乾電池などなど。

 

 

10分と経たずに事を終え、適当に茶菓子を貪っていると佐倉先生たちが帰って来た。

 

 

「あ、先輩。ノート一つ貰ってもいいですか?」

祠堂が棚に纏めておいたノートの一冊に手を伸ばす。

 

 

「ああ、別に構わないが……何かに使うのか?」

 

 

「はい、日記……でも書こうかなって」

変ですかね? と苦笑する彼女に、俺は別にと短く返す。日記とは言わば記録だ、書くことではなくて残すことに意味がある。価値のあるなしを決めるのは書いた本人だけだ、俺がどうこう言う資格は無いだろう。

 

 

でも頼むからかゆうま状態にだけはならないでほしい。

 

 

「さ、遠足も終わったことだしお昼にしましょうか」

昼食の支度を全員で分配する。料理は基本的に若狭と佐倉先生、あと地味に料理なんて覚えている拓三の三人に任せ、他はテーブルなどを寄せて食器の用意。二週間ほどになる9人の集団生活。最初こそ壁を感じていたが今となっては慣れたもので……。

 

 

「それじゃあ──」

 

 

「「「「「いただきます!」」」」」

こうして、俺達の学園生活はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは記録だ。

思い付いたのがごく最近。先輩と一緒に訓練する親友の美紀を見ていたら、自分も何かしなくちゃいけないんじゃないかと思っていた。とはいえ私は胡桃先輩や美紀みたいに戦えないし、りー先輩やめぐみ先生みたいにお料理もそこまでできる訳じゃない。

 

 

そんなある日思い付いたのがこの日記だ。今までの出来事をノートに残して、もしかしたら誰かの役に立てるかもしれないという身も蓋もない期待感からの行動……。

 

 

いや、どちらかといえば何も出来ない自分への言い訳……なのかもしれない。

 

 

とにかく、私はこれまでの出来事をこのノートに書き残そうと思います。

 

 

まずは始まりから……二週間ほど前。私、祠堂 圭は親友の直樹 美紀と一緒に学校帰りにリバーシティ・トロン・ショッピングモールへ来ていた。何の変哲もない日々のなか、当然のように明日も続く日常を何の根拠もなく信じていた私は文字通り、世界の終わりに遭遇した。

 

 

モール内に響き渡る悲鳴。中だけでなく外からも……まるでゾンビ映画のような人が人を食らう光景。おぼつかない足取りで人々を襲う亡者。恐怖で頭に中が真っ白になりながらも私は美紀の手を取って脱出を試みるも多くの人だかりで道が塞がれ、下の階では既に被害が広がり始めていた。

 

 

逃げている途中でモール全体の照明が落ち、闇の中で怯える私達は身を隠すしかなかった。

助けを求める声、耳を裂くほどの悲鳴。

 

 

肩を寄せ合い、静かに時間が過ぎるのを待っていた。

そしてどのくらい時間が経ったかは覚えていないけれど……私達は一人の男性に出会う。その人は私達と同じ学院に通う一つ歳上の男子生徒。名前は木村 秀樹、彼は至って冷静に物事を捕らえていた。学生とは思えないほど落ち着きのある立ち振舞い。『感染者』と呼称するゾンビを持っていたナイフで無力化する姿は映画宛ら。

 

 

脱出した私達は、彼が直前に助けた母娘の乗る車に乗せてもらい事なきを得た。

 

 

大通りは避難する車の渋滞で一向に進まず、どうしたものかと困り果てていると……突然彼は携帯電話ではなくトランシーバーを取り出し誰かと連絡を取り始めた。

 

 

聞けば私達の通っている学院『巡ヶ丘高校』で事態から逃れた友人である人が、数名の生徒と教員と共に屋上で籠城していると言う。

 

 

目的地を変更し、途中で小学生の女の子を救出した彼と共に母娘と別れ、学院へ向かう。

 

 

学院には三年生の女子生徒3人と、女性教員1人、男子生徒1人が生き残っていた。その男子生徒は木村先輩の親友であるという田所 拓三先輩。二人は一部の生徒に噂されるほどの変人であるとされている生徒であるのは事前に思い出した。

 

 

女子生徒は丈槍 由紀先輩、恵飛須沢 胡桃先輩、若狭 悠里先輩。そして唯一の大人である女性教員の佐倉 慈先生。ちなみに木村先輩が助け出した女の子は悠里先輩の妹さんだったらしい。

 

 

こうして私達9人は学院での生活が始まる。

 

 

学園生活部という名前を冠したこの関係は、当初こそ人間関係の縺れもあって不安だった。

だけど時間が経つに連れて皆の結束は強くなっていった。いつも危険な事を率先して受け持つ木村先輩と田所先輩を中心に、一日一日を無事に生き残ることができた。

 

 

もしも彼らと出会えなかったら、私も美紀もどうなっていただろうか……考えたくもない。

 

 

学院の防御を固め、居住スペースを確保したり皆で掃除をしたり。学院が緊急時に避難施設と備蓄があることが分かって地下へと探索に向かい、数多くの食糧を見つけた時は嬉しかった。普段は当たり前のように食べていたご飯の温もりを、今ではかけがえの無いものなのだと痛感している。

 

 

たまに対立する事や意見が別れる事もあった。胡桃先輩と田所先輩が不穏な空気になってた事もあったけど、とある一件でそれも収まった感じに見える。

それ以降、なんだか胡桃先輩がどこか吹っ切れた様子で彼に接するようになったけど……。美紀と二人で先輩たちのブートキャンプなるものを始めた時は驚いた。

 

 

何が驚いたってその容赦の無さ、女の子相手に本気で格闘技を叩き込むのはちょっとやり過ぎなんじゃないかなと思うけど、二人ともヘトヘトになっても楽しそうにしてるから良いのかも?

 

 

 

 

 

 

 

私達は生きている。今日も、明日も。きっと生きていく、だから私は……その証を残そうとこの日記を書き記していく。

 

 

こんな世界でも、私達の日常が永遠に続くと信じて……。

 

 




フラグを建てますよー建てる建てる(違法建築



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しゅうげき

メルトリリスの宝具上げてぇなぁ俺もなぁ~。


 

 

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

何を間違えた?

 

 

 

 

 

 

どこで間違えた?

 

 

 

 

 

 

オレは……いや、オレ達はどうしてこんな──。

 

 

 

 

 

駆け巡る思考の中で、オレは目の前の光景がスローモーションであるような錯覚と共に眼球へ焼き付けている。

頭の奥で響く耳鳴り……叫び渡る悲鳴……飛び出そうとする若狭の妹や丈槍を直樹と恵飛須沢が押し止める。

 

 

「りーねぇ! りーねぇー!」

 

 

「やだ! りーさん! やだぁあああ!!!」

 

 

バラバラと周囲の音をかき消すほどの騒音を発てるは現況である一機のヘリコプター、ゆっくりとホバリングし屋上周辺を旋回する機影をオレは射殺すほど睨み付ける。

 

 

「なんだってんだよ……これはァ──!」

 

 

「あ……あぁ……」

力なく膝を付き、目前の光景に弱々しい声を漏らす佐倉センセー。

 

 

「ちっくしょぉ……!!!」

歯を食いしばり、ありったけの声で叫ぶ。

 

 

「秀ぇええええええええ!!!!!」

 

 

屋上で静かに、若狭に倒れ混む形で全身から鮮血を撒き散らす……親友の名を──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠足の日から更に時間が過ぎ、この地獄の中で一ヶ月という短いようで長い時が過ぎた。相変わらずオレ達はいつも通り学院でのサバイバル生活に勤しんでいた。

変化があったとすれば──。

 

 

「ワン! ワンワン!」

まず一つはパタパタとちっさい体で世話しなく走り回る一匹の犬が新しく増えた事だろうか。まだ未成熟な柴犬、ある日外で巡回をしていた恵飛須沢と直樹が連れてきたそれは原作やアニメ版に置いて役割が違う存在でもあった犬『太郎丸』だった。原作の漫画版では学院に迷い込んだ所を保護されるも既に感染者によって噛まれた後があり発症。転換した後は学園生活部のメンバーによって介錯される。アニメ版では尺の都合なのか、物語が開始した時点で直樹と共に初期メンバーの一員になっていた。

 

 

「今日も元気だなぁ……ご、五郎丸……」

 

 

「ゴローマルじゃなくて太郎丸だよ、たっくん」

 

 

どういうわけかこの世界では原作準拠……のようで少し違う部分が度々見られる。秀は「やっぱり俺達っていうイレギュラーが干渉した事であり程度のズレが起きてるのかもな」と判断していた。

 

 

柴犬こと太郎丸には噛み痕などはなく健康体。

保護された時点で大分人懐っこい性格で、学園生活部のマスコットとして一気にのし上がった。

 

 

それから数日は雨が続き、外への遠征などは断念。太陽光発電で賄っていた電力も二三日雨続きで残量が無くなり、薄暗い中での生活を強いられる。台風という程ではないにしろどしゃ降りの雨で屋上農園が台無しになる可能性なんかもあったためオレ達が早急に雨避け用の簡易ビニールハウスを組み立てたりなんかもした。

 

 

唐突に丈槍がキャンプしようなどと言い出したり、学院内で肝試し(既にホラーの世界)なんかではしゃいだりして、普段の生活とはかけ離れた。本来歩むべき日常を久々に噛み締めた気がした。

 

 

雨は5日ほどで収まり、6日の朝には快晴。テンション爆上がりになった丈槍がまたしても体育祭という催しを企画する。こいつの奇行にも全員が慣れ始め、どこか心の平穏を丈槍を介しているような感じになってきていた。

 

 

「お手紙、誰かに届いたかなー」

玉入れ用に赤と白のテープを巻いたテニスボールを箱に纏めている丈槍が不意に呟いた。

 

 

「手紙?」

側に居たオレが訪ねると「少し前に皆で出したお手紙だよぉ~」とにこやかに返してくる。どうやらこいつが言っているのは以前遠足と称してリバーシティへ資材の補充に向かった後日に行った生存報告……まぁちょっとしたSOSみたいなものか。

 

 

丈槍が勝手に持ってきていた風船に学院設備にあったヘリウムガスを使用して浮力を持たせたり、野生の鳩を捕まえたりなどして学院の座標を示した紙をくくりつけ、空に放った事があった。

オレと秀はほぼ眺めているだけだった。……そう、眺めている『だけ』だった。

 

 

この時のオレ達は原作の流れを丈槍の行動基準で考えていた。言わばイベントシナリオとして受け取っていた。……止めるべきだったと……後になって後悔する羽目になるなど考えてもいなかった。

 

 

「誰かお返事くれるかなぁ~」

ウキウキ気分で楽しそうにする丈槍、オレが「ほぼ一方通行な上に確実に誰かに届くわけじゃないんだから期待するだけ無駄じゃねぇか?」と溜め息混じりに答えると頬を膨らませて「これだからたっくんが夢が無いんだよ」と起こり始める。そう言われてしまっては折りたたみ携帯片手に某特撮ヒーローの名台詞を言うしかないじゃないか。まぁ今時折りたたみ携帯なんて持ってないし、いきなり意味わからんこと言い出すとまた恵飛須沢あたりに蹴りを入れられそうなので黙っておく。

 

 

「もしかしたら誰かが拾って遊びに来てくれるかもしれないよ?」

 

 

「遊びにって……」

心が壊れかけ、自己防衛本能からか現実を直視せず未だにこの世界が平和そのものであると錯覚している丈槍。治る手だては無きにしも有らずだが荒療治が過ぎれば逆効果となり完全に精神を崩壊させてしまう恐れがあるので現在でも状況維持に止めている。

 

 

自発的に何かの切っ掛けで直ってくれりゃ御の字ってところだ。

残念ながらオレ達はカウンセラーじゃない。戦う技能ばかり追求した結果、それ以外の事が疎かになっている……と言われてしまってはぐうの音も出ない。

 

 

「もし誰かが来たら歓迎会しなきゃね!」

既視感のある丈槍の笑顔は、オレの深い部分に僅かな傷を残していくが……別に不快なわけではない。そして駄洒落を言っているわけではない。

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい田所!! 起きろ!!」

翌日、暇をもて余したオレは校長室椅子に座り、居眠りを決め込んでいたら突然ガクガクと椅子を揺らされた。ひっくり返る勢いで揺らされながら目を開けると慌てた様子で、それでいてどこか晴れやかな顔の恵飛須沢の顔。危機的状況ではないと察し「んだよ、また丈槍がなんかやらかしたのか?」と瞼を擦る。

 

 

「違う! ヘリだヘリ! ヘリコプター!」

 

 

「はぁ?」

恵飛須沢に引っ張られる形で屋上まで連行され、既にオレ達以外の全員が集まっており皆が皆ある一点に視線を向けていた。

 

 

「拓三」

秀から投げ渡された双眼鏡を覗き込む。倍率を調整しながら見るとそれは確かに一機のヘリコプターだった。逐次迷彩塗装が施されたその機影は自衛隊でも採用されているUH-1 イロコイス。ヒューイと読んだ方が認知度は高いだろう。そのバリエーション機であるUH-1J。

 

 

スペックに関しては……今はどうでもいいか。

 

 

「間違いねぇ、自衛隊のヒューイだ」

 

 

自衛隊、という単語を聞いた瞬間にワッと歓喜の声が上がる。

救助が来た。これで助かる。何ともテンプレートとなリアクションをする原作キャラの面々に対して、オレと秀は顔を見合わせる。原作『がっこうぐらし!』に置いて登場した自衛隊らしきヘリは一機だけ存在している。明確な時期は判明していないが、少なくともこの場所に向かってきたのは風船で飛ばした手紙という名の座標表記した紙が元である。

 

 

最終的な目的は分かっていない、何故ならそのヘリを操縦するパイロットが学院に到着して直ぐに空気感染によって転化してしまい、そのまま学院の校庭に墜落してしまうからだ。

 

 

そしてその墜落によって漏れた燃料と、側にあった車の燃料に誘爆し、爆発炎上。広範囲に渡って炎と煙を撒き散らし学院の施設に大規模な損害を与えた。

 

 

それが切っ掛けとなってメンバーは学院を『卒業式』という体で脱出し、物語は新たな局面へと移る……というのが原作の流れ。

 

 

「おーい!」

両手を振りながら叫ぶ恵飛須沢。ヒューイは真っ直ぐ此方に向かってきている。感極まった祠堂が校庭に行こうと直樹の手を引き、負けじと恵飛須沢も「行こうぜ!」とオレの背中を押し走り出す。

 

 

そんな彼女達を追いかける佐倉センセー。若狭姉妹も途中まで歩を進めていたが、屋上から未だに動こうとしない秀の姿を見て妹をオレ達に任せると、若狭は秀の隣に向かい声を掛けていた。

 

 

「あれぇ~、りーさん達は?」

塔屋の中で振り返った丈槍に、佐倉センセーが「あとから来るって、先に降りましょう?」と促す。

やれやれと若狭の心境に口元が緩みそうになるのを押さえながら階段を降り──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伏せろォ!!!」

 

 

 

 

──タァン……タァン──

 

 

 

 

何が起きたのか分からなかった。突然背後から秀の叫びと、そのすぐ後に聞こえた破裂音。何事かと視線を向けたオレの目に映ったのはうつ伏せで倒れる秀と、その秀に覆い被さられる形で倒れる若狭の姿。そこだけ見れば歓喜のあまりに抱き合う男女に見えるだろう。

 

 

 

……その体から溢れる深紅の液体さえなければ。

 

 

 

 

「っ──! 木村くん!!」

 

 

「りーねぇ!」

 

 

「っ出るな!」

咄嗟に二人へ駆け寄ろうとした佐倉センセーと若狭妹を押し止める。僅かに扉からはみ出た二人の居た地面にバヅンと一発の『弾痕』が出来上がる。

 

 

サッと血の気が引くのを感じた。今確実に二人を止めていなければ少なくともどちらか片方が撃たれていた。

 

 

撃たれていた。……撃たれた?

 

 

 

何に?

 

 

 

自衛隊のヘリから?

 

 

 

 

何故?

 

 

 

 

どうしてだ?

 

 

 

倒れる二人の名前を叫ぶ声すら聞こえないほどの思考の混濁。嫌になく溢れる汗、乱れる呼吸。ダメだ焦るな、混乱するな。今この場でオレまでテンパっちまったらどうなる!?

 

 

考えろ!

 

 

今すべき事を!

 

 

ちくしょう。何だってんだクソッタレが!!!

 

 

何で自衛隊のヘリから攻撃された?

 

 

感染者と誤認された?

 

 

そんなはずはない。目的地がハッキリした場所に向かいながら飛んで来たんだ。ヒューイには赤外線装置や暗視装置も搭載されてるはずなんだ。感染者と生存者の違いくらい分かるはずだ。

 

 

……生存者だから撃った?

 

 

馬鹿かそんな事を自衛隊がするか普通。

そもそも発泡されたって事はパイロット以外に人が乗ってるって事か?

 

 

原作と違う、自衛隊じゃない?

 

 

誰だ。あのヒューイは確かに自衛隊のUH-1Jのはずだ。

 

 

考えれば考えるほど疑問が増えてくる。やがて銃声と悲鳴を聞き付けた恵飛須沢や祠堂、直樹たちが戻ってくる。屋上に出るなと怒鳴り、抱えていた二人を他の連中に押し付ける。

 

 

ゆっくりと塔屋の窓から外の様子を伺う。空には未だに学院全体を見渡すように旋回するヒューイ。銃撃は行われていないところを見るとオレ達の行動を監視しているのか?

 

 

「何がどうなってんだよ!?」

 

 

「救助に来てくれたんじゃないんですか!?」

 

 

「早く二人を助けないと!」

 

 

「うるせぇ!!! 今考えてンだ黙ってろ──!!」

混乱する恵飛須沢たちを怒鳴り、黙らせる。

 

 

双眼鏡を使い、撃たれた二人の容態を観察する。若狭は気を失っただけなのか、僅かに動きがあり呼吸もしている。顔や衣服に血液が付着しているがそれは恐らく秀のものだ。

 

 

そして秀は……頭部や手足。至るところから血を流している。

 

 

何発撃たれた? 貫通弾は? 急所はどうなった?

 

 

まだ息があるのか?

 

 

ここからではわからない。とにかく何とかして二人を助け出さなければならない。

 

 

どうする。どうやって助け出す──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……ぁ……?」

目を開くと、私は空を見上げていた。体が思い、どうして私は倒れているんだろう……さっきまで私は屋上で木村くんに……。

 

 

朦朧とする意識の中、僅かに動く右手にヌルリとした感触を覚え、ゆっくりと視線をずらす。赤い、紅い血だった。

 

 

目を見開き、自分に覆い被さる存在へ向き直る。

 

 

「木村……くん……?」

普段一本に縛っていた髪がほどけ顔のほとんどが隠れているが、僅かに覗く肌には夥しいほどの血液が流れ落ち赤黒かった髪も鮮血によって染まっている。

 

 

動きはない。力なく倒れ、指先ひとつ微動だにしない彼の姿に私は悲鳴をあげそうになるが、彼の体重によって圧迫された肺と混乱によって声が出ない。

 

 

どうしてこんな状況に……。

 

 

屋上からヘリコプターを眺めていた彼に、私は「これで助かるわね」と語りかけるもどこか神妙な面持ちで双眼鏡を覗いている様子に不信を抱く。どうかしたのかと問うよりも先に体が衝撃に教われる。

 

 

咄嗟に「伏せろ」と叫んだ木村くんによって抱き寄せられた私は倒れたときの衝撃で意識を失ってしまったため状況の理解が追い付かないままだった。

 

 

「若狭ァ!」

田所くんの声と同時に何かが破裂する音と同時に塔屋のドアが一部砕ける。

今のは銃声? 銃……発砲を受けている?

 

 

ヘリからか。どうして?

 

 

とにかく、何とかしなきゃ。

 

 

「若狭ァ! 生きてるな! そこを動くな! 生きてるってバレりゃ撃たれンぞ!」

田所くん。でもどうすればいいのかしら。このままじゃ私達だけじゃなくて皆にも危険が及ぶ。

 

 

どうして……どうして私達がこんな目に合わなくちゃいけないの?

 

 

こんな世界で、私達は──。

 

 

「……ゎ……ぁ……ぅ」

 

 

掠れるような声、すぐ側でなければ絶対に聞き逃していたであろう小さな声を確かに耳にした。

ぐったりとする木村くんの口元が僅かに動いている。

 

 

生きてる……生きてる!

 

 

溢れそうになる涙を噛み締めて、彼が必死になって伝えようとする言葉を聞き取るために聴覚へ神経を集中させる。

 

 

「体……ぁ……ぅ…か……ぃ。……左…ぉ……ケ…ォ」

僅かに聞こえる単語。体、左、ポケット。体が動かない、左のポケットと介錯した私は右手を動かし、彼の左ポケットへと手を伸ばす。指先にプラスチック特有の感触を受け、それをゆっくり引き抜く。

 

 

それは彼がよく目印として炊く発煙筒の一本だった。

 

 

これをどうしろと?

片手では扱えないし、そもそも一本だけでは視界を奪うこともできない。

 

 

「ぐっ……ぅ。ぅ…ぃぁ……右…ね……ぉ…ケット」

次は右胸のポケット?

 

 

重なる体に押し込めるように彼の胸元へ手を差し込む。こういう時に自分の胸が邪魔だなんて思うはめになるなんて……と考えてながら胸元のポーチを開く。中にはトランシーバーに繋がったイヤホンマイク。

 

 

それを彼の耳へ着けようとしたら首を僅かにずらされ拒まれる。どうやら違うらしい、彼でないのなら……私?

 

 

イヤホンを耳に差し、トランシーバーの電源を入れる。ザザっとノイズが走り、回線が開いた音に気付いた田所くんが声を張り上げる。

 

 

『秀、生きてるか!? 返事しろ!』

今まで聞いたことがないほどの焦った田所くんの声、彼もまたこの状況に対象する術を見いだせていない様子だった。

 

 

「田所くんっ! ……大丈夫、私も木村くんもまだ生きてるわ。彼に代わって私が通信してるのだけれど……」

 

 

『……そうか。状況は?』

 

 

「私は大丈夫……でも木村くんは頭から血が……声も掠れてて聞き取り辛いけど息はあるの。それで……指示を受けてこの通信を繋いだり、発煙筒とかもあるんだけど」

 

 

『発煙筒?』

 

 

「ええ……でもこれ『一つ』じゃどうしようも──」

 

 

『っ──おい恵飛須沢、直樹! ありったけの発煙筒と花火用の煙玉全部持ってこい! ちょっと待ってろ! すぐ助けるかンな!』

どうやら私の言葉に、木村くんの意図に勘づいた田所くんがくるみや美紀ちゃんに指示を飛ばしている。これが彼の答えなのだろうか。

 

 

頭に傷を受けて意識もはっきりしていない筈なのに、ここまでの事を考えてるなんて……どれだけ貴方という人は……。

 

 

バラバラと音を発てているヘリへ視線を向ける。学院をグルグル回り続け何かを吟味するように徘徊している。一体彼らの目的はなんなのだろうか、生存者の救助だとは到底思えない。私と木村くんを撃った理由もわからない。

 

 

何とかしなくちゃ……!

 

 

『待たせたな!』

イヤホンから再び田所くんの声が聞こえ、塔屋に目を向けると何本もの発煙筒を全員で持つ学園生活部の皆がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生存者の救出が目的じゃなかったのか!?」

操縦桿を握る自分はありったけの怒気を含ませた声で抗議をする。

 

 

後部ハッチを開き、一人の銃を構える黒ずくめの男と同じ格好をする5人の男達。彼らが何者であるかは自分は知らない。だが上層部から生存者の救助へ向かおうとした自分と同乗するよう命令された彼らが何なのか問うても「貴官には教えられない」の一点張り。本人達に英語で問いかけても鼻で嗤われるのみだった。

 

 

明らかに怪しすぎる。救助目的なのにも関わらず彼らは全員銃を携帯している。世界中で起こっていると言われているこの騒動で暴動を起こしている人間への発砲が許可されているとはいえ、あまりにも彼らの姿は異様だった。所属する部隊のワッペンどころかドッグタグすら身に付けている様子はない。

 

 

こんな連中と向かうなんて出来ないと上官である司令に抗議するも却下されてしまい、挙げ句の果てには自分に重罰が下るとまで脅された。

 

 

黙り混んでしまった自分は従うことしかできず出発する。後ろに乗せた連中の様子は機械的で静か、だが基地との通信が途切れた途端に全員がいきなりふざけだす。何なんだこいつらは。

 

 

酒を飲んだり煙草を吸ったりとやりたい放題、仕舞いには何かを賭けてトランプまでおっ始める始末だ。

 

 

あまりにも緊迫感に欠ける。赦されるのなら全員機体から放り出したいほどに。

 

 

自分は取り出した生存者の住むであろう座標が書き示された一枚の紙を取り出す。描いたのは女の子だろうか……可愛らしい絵の裏には座標が記入されている。

 

 

描かれた5人の服装の統一性から数名は学生であることが推測され、9人の人物の内ほとんどが子供である事が分かる、が。二人ほどよくわからない人物……『ひーくん』『たっくん』と書かれた人物は一体……。

 

 

まぁそれはさておき「わたしたちは元気です」と書かれていた。何としてでも助け出したい。

 

 

最初にこの絵を見た自分は同僚達に賛同してもらい、ようやくこの救助活動に漕ぎ着けたというのに……こんな訳のわからない連中の同行を強いられるなんて。

 

 

ヘリを飛ばしてから1時間。目的地付近まで来た頃には後ろの連中が遊ぶのを辞め、周囲を見渡している。何かを探しているのだろうか……。それとも本当に彼らも生存者の救助が目的なのか?

 

 

だがそんな自分の期待は放たれた銃弾によって書き消された。

 

 

座標地点は平凡的な外観の学園。唯一違う部分と言えば屋上にソーラーパネルが設置されている点だろう。

 

 

学院周辺を徘徊し、生存者の有無を確認する。屋上には二人ほど確認でき、後部の連中へ振り返った瞬間。あろうことか奴等の一人が屋上へ向かって発砲した。

 

 

突然の事に慌てて操縦桿を傾ける。

 

 

ふざけるのも大概にしろ。危険性もない生存者への発砲なんて許されるはずがない。

 

 

「お前ら気は確かか!? いきなり何を──」

 

 

カチリ。

抗議の声と共に後ろへ振り返った自分の額に銃口が突きつけられる。ガスマスクをした一人が拳銃を構えていた。

 

 

「Keep silent and steer」

 

 

「ぐっ……」

言われるがまま、操縦桿を元の角度に維持する。

 

 

下がっていく一人「キャプテン(隊長)」と呼ばれた男が狙撃を行った一人と聞き取れない程度の声で何かを話すと全員に降下準備を指示する。

 

 

こいつら……まさか学園の生存者を皆殺しにするつもりなのか!?

 

 

何てことだ。自分はとんでもない連中を連れてきてしまった……!

 

 

「っ……あれは?」

怒りと後悔に拳を固く握りしめる。すると不意に屋上から煙が上がっているのが見えた。火事……ではない。僅かに赤みがかった煙や真っ白な煙を上げる物体が屋上に向かって放り投げられて瞬く間に敷地の半分を覆い隠していった。すると狙撃に徹していた一人が「Fuck!」と声を荒げる。

 

 

突然慌ただしくなる黒づくめの連中。つまりこの自体は奴等にとっても想定外ということか。だが隊長格の男の一括によって統率が纏まる。

 

 

所詮は子供の足掻き。彼らに取っては取るに足らないのか。

 

 

「Stop it in the school yard」

再び銃口を突きつけられ、自分は指示通りに校庭へと着陸する。学園周辺は転化した人間が溢れ変えるが校庭は驚く程に綺麗だった。

 

 

この事に何の疑念も抱かなかった事が彼らの敗因だったのかも知れないと、この時の自分は考えもしなかった。

 

 

そして彼らもまた、兎狩りに出向いた積もりが……狼の狩り場へと自ら飛び込んだのだと思い知る事になるとは思っても居なかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傷は大丈夫か?」

治療を受ける俺を他所に着々と準備を整える拓三。屋上で若狭経由で指示をし、発煙筒などで視界を遮り救出された俺達は学園生活部の部室に立て込もっていた。だが閉めたカーテンから外を伺っていた恵飛須沢の「何人か降りてきたぞ!」という声に原作メンバーの顔色が青ざめる。

 

 

今までの感染者たちとは違う。武力を持った人間……それも助けてくれるかもしれなかった存在に襲われているんだ、無理もない。

 

 

もし奴等の目的が俺達の抹殺なら、答えは一つ。

何としてでも生き残る、そして可能であるなら奴等の目的を暴かなければならない。

場合によっては国そのものが完全に機能していない可能性もある。

 

 

「人数は」

頭部や手足を掠める程度で済んだ銃創を縫い付け、ガーゼと包帯で応急処置を受けた俺の問いに、恵飛須沢は指折りで数えていく。人数は6人、全員が真っ黒な装備をしているという報告。

 

 

奴等は自衛隊じゃない? 日本の特殊部隊『SAT』という線もあるが……しかし分からない、奴等の目的……そもそもの存在も原作には一切なかった。

 

 

俺達というイレギュラーが介入したからといってここまで変化を及ぼすほどの事か?

 

 

だが少なくとも連中の現在目標ははっきりしている。

 

 

「木村くん……これからどうするの……?」

不安げな妹を抱き寄せる若狭。彼女だけじゃない……丈槍も、佐倉先生も、直樹も祠堂も。全員が人間による攻撃に参ってしまっている。

 

 

このままでは殺されるかもしれない。そんな恐怖が今の彼女たちを脅かしている。

 

 

「相手はどっかの特殊部隊……」

 

 

「数は6」

 

 

「武装は全て銃火器」

 

 

「向こうは既に交戦の意思あり」

 

 

「こっちは被害が出てる」

 

 

そして何より『原作キャラの障害になる』と判断された。

 

 

だったら──。

 

 

「木村……くん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ぶっ殺す」」

 

 




狩りぐらしRTAは~じまーるよ~。

お気に入り登録1000人突破記念に、がっこうぐらし世界が始まる前のまだ平和だった時期の一幕を番外編として書こうとして、特に何も思い付かなかった雑魚がいるらしい……。

初の本格的な戦闘描写が、まさかの対人戦になるかもしれないゾンビものの作品があるらしい……。

さぁ特殊部隊VS主人公野郎二人。勝つのはどっちだ!?

次回。

隊長「6人に勝てるわけないだろ!」

KMR&TDKR「馬鹿野郎お前オレら勝つぞお前」


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げきめつ

結論から言って、彼らの敗因は大まかに分けて4つあった。

 

 

一つ、相手が女子供の学生であるという油断。

 

 

一つ、チームを二つに分断したこと。

 

 

一つ、木村 秀樹と田所 拓三という存在。

 

 

そして最後に──。

 

 

 

 

 

彼らはその二人を『怒らせた』こと。

 

 

 

 

 

部隊の中で偵察兼狙撃手を勤める男『チャーリー』はマスクの下で口角を吊り上げ、今にも笑い出しそうなほど劣情に心を踊らせていた。

彼らは所謂『懲罰部隊』と呼ばれる存在だった。隊長である『アルファ』に始まり『ブラボー』『チャーリー』『デルタ』『エコー』『フォックストロット』の6名は全員が何かしらの要因で投獄されていた存在である。

元軍人である隊員も居れば、元テロリストだった男などで編成された部隊。

 

 

そしてこの男、チャーリーも例に漏れない。だが彼の経歴は他のメンバーとは少し……いや、大いに違っていた。

 

 

彼は俗にいう『ネクロフィリア』である。

女の死体を好み、犯し、貪る殺人鬼が彼の正体だ。出身であるアメリカにて48件もの殺人と強姦を繰り返し死刑判決を受け投獄されるも雇い主によって監獄から釈放され、訓練を受けた彼は狙撃手としての才能を認められる。スコープ越しに見る女子供が自分の銃弾によって撃ち殺される瞬間に快感を覚え、表だって出来ないような汚い仕事を受け持つのが彼ら『Scarecrow』の任務である。

 

 

暗殺から証拠隠滅、名前と戸籍を無くした彼らは文字通り『自由』を勝ち取った。任務によって与えられる報酬は金以外にも『現地調達』する事を許されている。

 

 

金品、酒、女。あらゆる行為が容認された彼らを止めるものはいなかった。

銃火器を使い、脅し、殺し、奪う。

 

 

誰にも俺達を止められない。

 

 

実績を重ね、部隊としての能力も評価された彼らに舞い込んできたパンデミックによる混沌とした世界。死と恐怖が支配する其処は彼らにとっては天国のような場所だった。

武力を行使し、屍と化した人間を好きなだけ殺し、助けを乞う生存者を殺し、与えられた任務の中でなら今まで通りに自由が約束される。

 

 

だからこそ今回の任務も今までと変わらない簡単なものだと確信していた。しかも目標の過半数は若い女子供、二人ほど男が混じっていたようだが彼らの中では既に殺した前提で事が進み、トランプによって『誰が一番最初に好みの奴をヤるか』という権利を賭けての勝負に見事勝ったのがこのチャーリーである。

 

 

ネクロフィリアであるチャーリーが楽しめるのは基本的に最後であった為いつも満足するには物足りないと感じていたのだが、今回は勝利の女神さまが微笑みかけてくれたとチャーリーは喜んだ。

 

 

誰を殺そうか、誰を犯そうか。

 

 

目的地に到着するまでの間、彼の頭の中はそれだけのことで埋め尽くされていた。

愛用しているスプリングフィールドM14自動小銃の近代化モデルを構え、スコープを覗く彼が最初に目にしたのは屋上に佇む一組の男女。一丁前に迷彩服に身を包んだ顔立ちの若い男と、その隣には日系人特有の凹凸の少ないスッキリとした顔に長く艶のあるブラウンの髪をした少女。

 

 

恋仲か?

 

 

そう思ったチャーリーは照準を少女へと合わせる。

目の前でオンナを殺される絶望をプレゼントした後にお前の前でたっぷりと遊んでやるよ。

 

 

そう唱えるように醜い笑みを浮かべ引き金を引く。

 

 

が、彼の銃弾は少女庇った男によって命中を免れ、追加の数発も全て防がれた。倒れた所に追撃しようとした瞬間にヘリのパイロットによって邪魔が入り、その隙に屋上は煙によって視界を妨げられた。

 

 

「fuck!」

思わずチャーリーは床を叩く。出鼻を挫かれたのが相当腹が立ったらしい。

 

 

ヘリから降下し、周囲に亡者の影が無いことを確認した彼らは一直線に学園の入り口へと向かう。この時、少しでも校庭に『一切』感染者の姿がない事に疑問を抱いていたのなら、彼らの命運も少しは違っていたのかもしれない。

 

 

「clear」

 

 

「clear」

 

 

「move」

感染者が徘徊する一階を素早く制圧し先頭を行くアルファ、デルタの背を追い、ブラボー、エコー、フォックストロットの三名ずつに別れそれぞれ北階段と南階段を上がっていく。

南から登ったブラボーチームが二階を担当し、アルファチームは三階へと向かう。

 

 

一階とは比べ物にならないほど綺麗に清掃が行き届いている三階。生活の痕跡が見られる三階がアタリだと笑い混じりに呟くと、部屋を一つ一つ捜索する。まるでかくれんぼのようだとデルタが呟く。

 

 

そう、屋上ではしてやられた事から少しは頭の回転が早いようだと関心したが、所詮相手は子供。今頃どこぞの部屋でガタガタ膝を抱えて怯えていることだろう。

 

 

さぁ出ておいで、可愛い仔猫ちゃん達。

 

 

込み上げる興奮に舌舐めずりをするチャーリー。一つ、また一つと部屋をクリアリングしていく。

 

 

ふと気がつくといつの間にかデルタの姿がなかった。

アルファを呼び止め、少し後退。するとデルタはあっさり見つかる。日本語には乏しいが、数多く並べられた瓶や科学薬品特有の臭いからしてそういう部屋なのだろう。

 

 

入り口に背を向け、何故か微動だにせずにいるデルタ。てっきり隠れていた標的を盗み食いするつもりなのかと思っていたチャーリーは拍子抜けし、アルファが溜め息を吐きながら彼の肩を叩く。

 

 

ゴトリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンと叩かれたデルタからナニかがずり落ちた。サッカーボールほどの大きさの黒い何か。

あまりの事にソレが何であるか認識するまでに僅かな時間を有した。

 

 

ガスマスクのゴーグル越しに目と目が合う。

 

 

まるで壊れたマネキンのように取れたデルタの頭。

 

 

目を見開き、oh my Godと叫びそうになったチャーリーの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タタタタタタと炸裂する発砲音を聞き、ブラボーチームの面々は「お、やってるな」とゲームの開始を合図するゴングとでも思っているのかと言うほど楽観的な雰囲気だった。

 

 

元軍人のアルファ、異常性癖のチャーリー、爆弾魔の元テロリストであるデルタに比べてブラボーチームの面々は比較的マシな方である。元麻薬密売人であるブラボー、国家機密に不正アクセスし他国へ売り捌いた元ハッカーのエコー。幾度となく窃盗と脱獄を繰り返してきたフォックストロット。

 

 

とはいえ彼らもまた懲罰部隊などに入れられる程度には歪んだ人格と才能を持つのには変わらない。

元密売人ということもあって人一倍周囲への警戒心の強いブラボーは入念に部屋の捜索をし、そんな彼を「真面目だなぁ」とエコーとフォックストロットは半ばサボり気味に煙草を吹かしながら適当にぶらつく。

 

 

三階が拠点であるとは既に全員が確信しており、上では発砲音。もはや仕事は終わったも同然だと打ち上げムードな二人を他所に、ブラボーが探索を終えた部屋から出てくる。

 

 

上の連中に合流するかと全員が階段の方へ振り向くと、そこには一人の人影が立っていた。電気のない廊下で、唯一日の光から外れた階段付近。

 

 

大柄な身長と黒い服装。顔を覆い隠しガスマスク、アルファチームの一人かと勘違いし「どうかしたか?」と何気なく声を掛けるエコー。違和感を覚えたのはやはりブラボーだった。

銃器や手榴弾などの装備が一切なく、左腕には直径50cmほどの円形のライオットシールドが装着され、右手にはハンドル部の長い大型マチェットが握られていた。

 

 

エコーを押し止め、抱えていたFN SCAR-Lの短銃身モデルであるCQC仕様の安全装置を外しその人物へ銃口の先を向ける。

 

 

「contact!」

懲罰部隊の無法者集団と言えど、部隊としての訓練は受けている。ブラボーの声と共に先ほどまで呆けていた二人もそれぞれの得物を構えた。

 

 

瞬間、跳ねるようにして黒い服装の人物が前方へ飛ぶのと同時に全員が引き金を引く。ブラボーの突撃銃とフォックストロットのIMI ネゲヴ軽機関銃。エコーの散弾銃ケルテック KSGが火を吹く。

 

 

当たれば致命傷は免れない。既に前方へ踏み込んでいた哀れな時代遅れの剣闘士(グラディエーター)が蜂の巣になる光景を確信すりブラボーチーム。

 

 

しかしその男、田所 拓三は銃弾が体に当たるよりも先にすぐ真横へと飛び、ライオットシールドで窓ガラスを突き破って図書室の中に消えていった。

 

 

まさかそんな大胆なことをするとは思ってもいなかったため一瞬だけ呆けたが、すぐに頭を切り替え図書室に向かって一斉掃射を行う。

 

 

圧倒的発射レートを持つ軽機関銃が木製の本棚を打ち砕く。

 

 

20秒ほどの掃射が終わり、最後の空薬莢が地面に落ちる音が響き渡る。既に三階からの発砲音は無くなっていたが、ブラボーチームはそれを気にする暇はなかった。

 

 

「Is he dead?」

フォックストロットの問いに、ハンドサインで前進を指示するブラボー。ゆっくりと扉を開け、本や木片、埃が充満する室内へ足を踏み入れる。左右をカバーする二人を背にブラボーが一つ一つ慎重に本棚の隙間を確認していく。

 

 

「ガッ──!」

バキリという音と僅かな悲鳴。反射的に振り向いたブラボーが引き金を引くよりも先にライオットシールドで顔面を殴られマスクの割れたエコーが目前に迫る。

 

 

突き飛ばされたエコーを払い除けている間にもマチェットによって片腕を切り落とされたフォックストロットの絶叫が木霊し、激痛に悶えながらも残った左腕でバックアップ用の拳銃を引き抜き発砲。

だがその銃弾はシールドによって防がれ、痛みによって照準が定まらない内に手を銃ごと蹴り飛ばされ、しまったという顔のまま、水平に凪ぎ払われた凶刃によって頸動脈を切断された彼はゴボゴボと声にならない声と共に崩れ落ちる。

 

 

「The brat!」

悪態を吐き、ブラボーから放たれる銃弾はただただ後を追うように剣闘士の軌道をなぞるだけで一発たりとも命中することはなかった。

 

 

先を読んで銃身をズラしても、その先読みを更に読んでいるかのように不規則な歩幅とステップによって目で追うのが間に合わないほどの挙動。

 

 

 

──What is this guy!?──

 

 

 

あまりにも人間離れした動きに冷や汗が流れる。弾倉内の弾が撃ち尽くされ、交換している暇はないと懐の拳銃を取り出し、迎撃する。

 

 

が、やはり掠りもしない。

 

 

「ズェリェァッ!」

本棚を挟んで飛び出した田所は、隠れると同時に剥がしたシールドを飛び出すと共にブーメランの如くフルスイングで投げ飛ばし、おおよそ人の腕力で投げられたとは思えないほどのスピードで飛翔するソレはブラボーの拳銃を粉砕し、弾けた衝撃で倒れたブラボーの体を踏みつける。

 

 

「ふぅ、ンだよ大した事ねぇな」

何と言っているかは解らなかったが、鼻で嗤われたことにより馬鹿にされたと察したブラボーは怒りを露にする。ナメるなと腰のナイフを引き抜き体を押し付けている足へ突き立てるも、済んでの所で避けられる。

 

 

だが好機、運よくすぐ側に落ちていたエコーの散弾銃まで転がり、ガシャリとポンプを引いてトリガーを引──。

 

 

「遅ェーんだっ……よォ!!!」

圧倒的スピード差、振り返った時点で目と鼻の先まで踏み込んでいた田所の渾身の腹パンチが突き刺さる。防弾チョッキを身に付けていたにも関わらずくの字に折れ曲がったブラボーの体は、さながら車に追突された歩行者の如く面白いように吹き飛び、窓ガラスを突き破って廊下へと投げ出された。

 

 

脳震盪を起こしたエコー。片腕と首を切られ絶命したフォックストロット。腹部に強烈な打撃を受け、失神するブラボー。

 

 

三名の特殊部隊員は、たった一人の少年によって撃滅された。

 

 

「ま、こんなもんだろ」

パンパンと手や体についた埃を叩き落とし、どこか満足げに鼻を鳴らす田所。だが振り返って図書室の悲惨さに思わず溜め息を吐いたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Motherfuckeraaaaaaa!!!」

懲罰部隊『Scarecrow』のリーダー『アルファ』は、怒号をあげながら一心不乱に手に持つ短機関銃FN P90を撃ち放つ。フルオートで放たれる50発もの弾は周囲に風穴を開けながらも、彼が望む目標には一発も当たることはない。

 

 

「This monster!」

言葉通り、彼には『ソレ』が化け物に見えていた。

両手に持った二本の鎌を構え、獣のように姿勢を低くし視線は絶対にこちらを向き続けている。全身がバネで出来ているのかと錯覚させるほどの身軽さで部屋中を縦横無尽に跳ね回り、床、壁、天井を踏みながら銃弾をかわしている。デルタは頭部切断され、背後から奇襲されたチャーリーの安否は不明。

 

 

ピクリとも動かないため戦力としてはもはや期待できない。

 

 

 

こんなはずではなかった!

 

 

 

アルファは歯を食い縛る。この任務もいつも通り終わらせるはずだった、いつも通りに終わるはずだった。たかが子供の始末と『サンプル』の回収。何てことのない仕事だ。さっさと終わらせて確保した生き残りの女に徹底的に凌辱の限りを尽くし、酒を飲みながら部下と楽しむはずだった。

 

 

 

どうしてこうなった!

 

 

 

アルファの頭には疑問だけが浮かび上がる。どうして自分が、自分達がこんな無様に狩られているんだ。

 

 

 

ふざけるな、狩るのは自分達だ。狩られるのはお前だろう!

 

 

 

力こそが正義である。それがアルファの軍人時代からの理念であった。弱者は強者に虐げられる、弱さは悪であり強さは善である。力ある者が支配する世界、そんな思想に溺れていたが為に軍を追い出され……酒に溺れ、気がつけば牢獄に囚われた。

 

 

 

ふざけるな、俺はこんなところで終わる男ではない。

 

 

 

自分には他者にない決定的な価値がある。それに気付き、腐った肥溜めから救い出してくれたクライアントには感謝もしているし、今の生活はまさに望んでいたものだ。だからこそ狗として従い続けるのも苦ではなかった。

 

 

部下と共に暴力の限りを尽くし、歯向かう者を殺し、欲しいものは手に入った。

 

 

 

なんて素晴らしい世界だ。

 

 

 

そして拍車を掛けるようなこのパンデミック。発生原因などには興味ない、例えクライアントが何かを知っていたとしても関係ない。今まで通りに……いや、今まで以上に自分達は生存競争の頂点に君臨するんだ。

 

 

そう思っていた。そう確信していた。そう願っていた。

 

 

……だが今の状況を見たらどうだ。

 

 

部下二人をあっさり無力化され、傷一つ付かない敵、今まで出会ってきた有象無象などとは訳が違う。

 

 

 

誰だ、何だ、どうなってるんだ!?

 

 

 

アルファはただただ引き金を引き続ける。何度目かの弾倉交換をし、地面に散らばった薬莢などお構い無しに弾丸をばら蒔く……弾幕のおかげか、懐まで攻めあぐねる死神にようやく勝機を見いだし始めた。

 

 

恐らく奴は弾切れを狙ってくるだろう。向こうから来るのであれば仕留めるのは容易い!

 

 

 

カチン!

 

 

 

「っ──!」

予想通り、短機関銃が弾切れを起こした時の特徴的な音と同時に一気に距離を詰めるべく床を蹴る死神。

 

 

 

──馬鹿め!

 

 

 

わざと焦ったように後ずさる素振りを見せ、見えないように後ろ越しから引き抜いた拳銃を突き付ける。

 

 

 

 

 

──パァン!

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

「……what?」

アルファは目を白黒させる。ほんの一瞬、寸前まで3m以上距離があったはずだった。

にも関わらず放たれた弾は地面を穿ち、構えていた右手が宙を待っている。

 

 

恐る恐る後ろを振り向けば、腕を左右に振り抜き背後に着地したままの姿勢で静止する死神の姿。

 

 

馬鹿な……一体何が起きた?

 

 

視界がブレる。首にドンと衝撃を受けるのを最後に……アルファの意識は死神によって刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……何とかなったな」

刃にこびり着いた血糊を拭き取り専用カバーへ仕舞う。被っていたマスクを剥ぎ取り乱れた髪を掻き上げる、傷は浅かったものの頭部に受けた傷が思いの外脳を揺らしていたせいで意識も視界も今一はっきりしていなかったが、何故か逆に体は軽かった気がする。

 

 

銃弾を避けるためとはいえあんなキモい動きしていたのに疲れや体の痛みをほとんど感じなかった。鎮痛剤を投与したのとアドレナリンの作用だろうか。

 

 

とりあえず何とか奴等を退ける事ができた。

 

 

「秀ぇ」

最初に殺した一人を除いて無力化した特殊部隊員の二人を拘束し装備を全て剥ぎ取った後、引きずるように廊下へ出ると同じように拘束した隊員を両肩に一人ずつ抱える拓三が現れた。

 

 

「そっちも無事だったか」

 

 

「ったりめぇ~ダルルォ。……それにしても、こいつら一体なんなんだ?」

床にぼとりと放り捨て、倒れた一人の頭を小突く。ガスマスクを剥ぎ取り目出し帽を脱がせれば欧米人特有の高い鼻、深い彫り。やはり在日アメリカ軍の隊員か?

 

 

「……あ?」

しかし他のメンバーも同じように顔を拝見すればフランス人特有のラテン系、ゴツい骨格のドイツ系、肌の黒いアフリカ系と全員がバラバラの国籍を思わせる特徴の顔だった。

 

 

「ドッグタグも無けりゃ部隊のワッペンすらない。何者なんだこいつらは」

全身黒で統一された服装以外に身分を証明するようなものが何一つない。

 

 

「戦闘もお粗末だった……ほぼ奇襲に近いとはいえ俺達に一方的に負けるって事は真っ向からの戦闘は不得意だったのか?」

 

 

「いやオレ真っ向からぶつかったけどこのザマだったぞ」

 

 

「は……?」

 

 

「いやだから真っ正面から──」

 

 

「お前アホだろ」

これだから脳みそきんに君は。と溜め息を吐きながら再び隊員の襟首を掴んで引きずる。

若狭達の居る部室の前まで行き、ノックをしながら「俺だ」と声を掛ける。カチンと鍵が解錠される音と共にゆっくりと扉が開き、恐る恐るという顔で隙間からこちらを覗く生活部のメンバー一同。

 

 

「終わった」

淡々とそう告げた瞬間勢いよく扉が放たれ、若狭が飛び込んでくる。

 

 

「無事でよかった……!」

肩を震わせながら顔を埋める若狭、微かに嗚咽が混じった声。泣いているのか?

まぁこんな奴等から襲撃されりゃ感染者とは別ベクトルで恐怖だろう、何せただの一般的な女子校生なのだから当然か。

 

 

「木村……そいつらは?」

眉間に皺をよせ、怪訝な顔で俺達が抱えている四人の黒迷彩を見る恵飛須沢。

 

 

「気絶させてある。情報を聞き出さなきゃいけないしな……まぁ二人は殺しちまったが」

殺した、というフレーズに顔を歪める佐倉先生。

 

 

「人を……殺したんですか……」

曇った表情で視線を下げる直樹。

 

 

「ああ、殺した。そうしなきゃ俺達だけじゃなくお前達も危なかったからな、こいつらには明確な敵意があった。殺さなきゃ殺られる。感染者だけがこの世界の危険じゃない、こういった連中の方が厄介極まりないのさ」

 

 

「その人達も……その……」

言葉を濁し目線を泳がせる祠堂。おそらくこいつらの処分について気にしているんだろう。皆が皆、殺されかけた自分達より殺しにきた連中の心配をしている。

 

 

……まったく甘い奴等──いや。それでいいのかもしれないな……。

 

 

「殺すか生かすかはこいつらの答え次第だ」

 

 

「秀」

廊下で待っている拓三に「おう」と返事を返し再び廊下へ出る。何処へ行くのかと問われた俺は「まだ一人残ってるからな」と縛り上げた連中を連れ、下の階に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……こんなことが」

校庭へ出て、待機着陸していたヒューイまで向かうと降りてきた唯一自衛隊の迷彩服2型を着用していた男が俺達の姿を見て信じられないといった表情で呟いた。戦闘の意思は無いようで、俺達がヘリに到着する時点でコクピットから降り両手をあげて降伏の姿勢に入っていた。

 

 

話が早くて助かる。

 

 

「アンタ等の目的はなんだ」

俺の問い掛けに、自衛隊員は首を横に降りながら「誤解しないでくれ」と説明を俺達に述べた。曰く自分は救助活動という名目で駐屯基地からここに向かうはずだった事。上層部の命令で急遽同行を余儀なくされたこの連中については何も知らされていない事。

 

 

話してみれば何てことのない、良心的な自衛隊の男性であると認識する。……だからと言って信用できるわけではない。

 

 

「アンタはこれからどうする」

 

 

「……『生存者は発見できず、部隊は全滅した』……と上には報告するつもりだ」

要するに黒服の処分は好きにしていいという事か。

 

 

「オレ達の事は黙ってるってのか?」

 

 

「……君たちがそれを望むならね」

 

 

「信用できねェーな」

現に俺達は命を狙われた。あくまでその命を受けていたのはこいつら黒服かもしれないが、どっちにしろ彼も加担した側の人間だ。そう易々と見過ごすわけにはいかない。

 

 

「今回の件で自分は……いや、俺は基地の上層部が何かを隠していると確信している。戻って独自に調査をしてみようと思うんだ」

ヘルメットを取り、懐から差し出した一枚の紙を受け取る。

 

 

それは以前丈槍が描いた学園生活部のメンバーが描かれたものだった。裏面には若狭の記した学院の座標。これを入手して救助へ向かったって来たのが彼なのだろう。

 

 

「君達が生きていた……それだけで俺は十分だ。本当なら安全に連れて帰りたいところだが、きっと君達は我々を信用してくれないだろう。当然だ、だからこそ俺は一人で帰る」

 

 

「任務を失敗した責任を問われるんじゃ?」

 

 

「もしそうなったら大人しく従うよ」

 

 

「…………」

 

 

「大丈夫、君達の事は墓まで持って帰るさ」

最後に握手を交わしてほしいと頼まれ、俺達は渋々それを了承する。変な人だと思うが悪い人間では無さそうだ。

 

 

「ああ、そうだ。どうせもう必要無くなった事だし、もし良ければ積み荷は君達に渡そうと思うんだが」

そういって後部ハッチを開くと、その中には数多くの武器弾薬。戦闘食料などが詰め込まれていた。

 

 

「流石にそれはどうよ」

苦笑する拓三。「こんな世界で生きていく君達には必要かなって。使い方も……何となくだが大丈夫そうだろう?」とはにかむ。

 

 

流石に全部は持ちきれないため弾薬や手榴弾などを譲り受ける。武器は黒服から奪ったもので十分だろう。持ちすぎれば逆の意味で危険だしな。

 

 

「それじゃあ……俺は戻るとするよ」

 

 

「……お気をつけて」

見よう見まねで敬礼をすると、どこか嬉しそうに敬礼を返す自衛隊員。「君達の生存に祝福を」そう最後に言い残して彼の乗るヒューイは上空へと飛び立っていった。

 

 

「……さて、と」

 

 

ヒューイを見送った俺達は静まり返った校庭で僅かな余韻に浸り、改めてやり残した事を片付けるために校舎の中へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 




特殊部隊は強敵でしたね……。
次回は情報収集(物理)のお時間ですよぉ~。

ようやく二人のキチガイさの片鱗を魅せられる……と思います。



New item!

エンフィールドM14 EBR(ライフルスコープ+フォアグリップ+バイポッド装備)×1

FN SCAR-L(ホロサイト+フォアグリップと短銃身のCQCモデル)×1

FN P90(標準装備のドットサイト+サプレッサー)×1

IMI ネゲヴ(ドットサイト+フォアグリップ+バイポッド)×1

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TDI クリス・スーパーV(フォアグリップ+.45ACP弾用30連マガジン)×1

ベレッタ M92×2

FN Five-seveN×1

グロック 18(破損)×1

ワルサー P99×2

各種弾薬予備弾倉。フラググレネード、スタングレネード、スモークグレネード各種。



テンテンテンテテテテンテンテン(木こりのテーマ


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かいにゅう

メルトリリス引けなかったので二回目の初投稿です(全ギレ

なお私のアメリカ語能力はGoogle翻訳頼りですのでご了承下さい……許し亭ユルシティ


「起床、起きろ朝だぞぉー!」

 

 

「深夜なんだよなぁ……」

バシャリとバケツの水をぶちまけ気絶している四人を叩き起こす。時刻は午前2時、俺と拓三以外が寝静る夜……まだ傷も癒えぬままだが早急に情報を聞き出す必要性があったために即日決行。

 

 

場所は地下二階の緊急避難区域。ここなら『多少の音』で三階で寝ているメンバーに感づかれる事もないだろう。

 

 

しかし酷い絵面だ。いい歳したおっさん連中が手足を縛られてパンツ一丁で横並びに寝かされている。よく映画なんかじゃテロリストに捕らえられた兵士や民間人は総じて衣服を着用し、結構な確率で手を頭の後ろに組まされているだけのガバガバ管理な印象がある。

まぁ大体がビデオ撮影などで見せしめにするため敢えて身動きの取れる形で恐怖する反応を生にお届けするためなんだろうが。

 

 

だが俺達はそういった反政府ゲリラのような組織でも無ければ身代金などを要求するために捕らえたわけではない。俺達が欲しいのはあくまで情報。抵抗なんてさせるつもりは毛頭ないため装備品や衣服は全てボッシュートになります。

脱出して抵抗されたら溜まったもんじゃないからな、現にブーツの踵には剃刀のような小さな刃が仕込まれていた。あぶねぇあぶねぇ。

 

 

「っ──Dammit!」

水を掛けられ、跳び跳ねるように目を覚ます元黒服のパンイチ共。

 

 

「やぁお目覚めかな?」

椅子に腰掛け、エンターテイナーよろしく足を組み軽く手を広げてみる。スーツでも着てりゃ格好が着くんだが贅沢は言ってられない。

 

 

「Remove the restraint now!!」(Please は〜して下さい、の意味)

歯を剥き出しにし、今にも噛みついてきそうな勢いで激昂するP90使いだった男。身分が分かるものが一切なかったから装備していた銃火器の種類で割り当てるしかないのでこうなった。

 

 

「なんて?」

36歳にもなって英語が分からないクソザコ拓三くんが小首を傾げる。俺は噛み砕いた内容で拓三にも分かるように彼らの言葉を翻訳する。

 

 

「解放しねぇとただじゃおかねーってよ」

 

 

「おぉーこわっ」

ヘラヘラと笑う俺達に腹を立てたのか、安易な罵詈雑言を吐き散らす4人。

 

 

「まぁとりあえず本題と行こうか。What are your purpose?」

直球で連中の目的を聞いてみるが、やはり相手が相手なだけあって鼻で嗤われる。

 

 

「It is ridiculous. Keep silent.」

言葉は一応通じているようだ。向こうもこちらがある程度の意思疏通が可能なのが好都合なのか、僅かに表情に余裕が生まれている。

 

 

「それもそうか」

そう簡単に白状するなんて微塵も思っちゃいない。懐に忍ばせていた一丁の拳銃『ベレッタM92』を取り出す。突然銃を取り出した俺に一瞬ぎょっとした四人。弾倉を取り出し弾の有無を確認した後再装填。安全装置を外しスライドを引いて初弾を装填する。撃鉄が降りあとは引き金を引くだけで銃弾は発射される。

 

 

「listen again, what is the purpose?」

距離にして3m。適当に狙っても当たる距離。だが奴さんは俺が撃つとはまったく思ってないらしくニヤリと口角をつり上げた。

 

 

「It is in vain to threaten, Fucking Crazy」

 

 

「あっそ」

 

 

 

 

 

──パァン!──

 

 

 

 

 

撃っちゃうんだぁこれが!

 

 

「Ahhhhhhhh!!!」

大腿筋に風穴が空いたP90の男が絶叫を上げる。

いや撃つでしょ普通。拷問するにしてもそこまで知識は無いから下手すると殺してしまうかもしれないし。

まぁ一応脅しって程度の道具はいくらでもあるんだが……。

 

 

「Fuck,fuck you!」

体を揺らし痛みに悶えるおっさん。あーあー大の大人がギャーギャーと喧しいねぇまったく。

 

 

「This is the final warning.」

椅子から立ち上がり、今度は至近距離で銃口を男の額に押し付ける。先程までの余裕はすっかり消え去り、脂汗を流すP90の男と、すっかり萎縮してしまったその他達。

 

 

「OK,ok all right,Let's trade.」

 

 

「取引だァ?」

この期に及んで何言ってんだこいつという顔をする拓三。

 

 

「Release us, If you do so, I will your save you life.」

ハッ──と思わず鼻から笑いが出た。ここに来て未だに自分達が上の立場だって思い込んでるのかこいつらは。

 

 

「Do you understand the situation?」

風穴の空いた大腿筋を踏みつける。痛みに悶絶する男の髪を掴み持ち上げた顔へ睨みをきかせざれ言をほざく口に銃口をねじ込む。ゴリゴリとフレームと歯が擦れる音、顔を青ざめさせ全身が震え始める。

 

 

どうでもいいがちょっと弱すぎない?

 

 

「Is it me or you who can say that condition?」

 

 

「っ──……っ!!」

 

 

「If you answer the question, you will make you guys free.」

命あっての物種ってよく言うだろう。

 

 

「っ……Don’t insult us.」

ぐっと睨みを聞かせ、より一層歯を食い縛る。……が、少しして異変に気付き目を見開いた。

 

 

「Is this what you are looking for?」

そう言ってハンカチに包んでいた物を地面にばら蒔く。それは男達の奥歯、まさかと思って気絶してる間に調べてみたら見事に発見自決用のシアン化ナトリウム。俗に言う青酸カリだ。

 

漫画の世界じゃあるまいし──と思ったがこの世界は漫画の世界だったっていうね。しかし正規の特殊部隊がこんなものを隊員に服用させるとは思えん。部隊章やドッグタグなどもない無銘の特殊部隊。

 

 

非正規の懲罰部隊って奴か?

 

 

どこの国に属しているかは知らんが無視はできない。こうしてわざわざ日本の──それも都心部である東京などではなくあえてこの横浜に位置する巡ヶ丘学院に派遣した理由があるはずだ。

 

 

やはりランダル関連か?

本社の直営にあたる部隊……校長の言っていた『奴』とやらに関係するのか?

 

 

「いい加減答えてくれよ、アンタらの目的は何だ? 俺達の抹殺だけが仕事じゃねーだろ」

確信は無いが、あのヒューイに積まれていた武器弾薬の数。明らかにこの連中が使うには多い……多すぎる。パイロットの自衛官は「必要がなくなった」と言っていたが、つまりこいつらの存在で積み荷の価値が代わるってことだ。

 

 

生存者の排除だけが目的じゃない。武器弾薬は何処かへ運ぶ積もりだった?

 

 

武器を運び込む場所があり、なおかつあれだけの物を使える人間が何処かに存在する?

はっきり言ってあり得ない、と本来では考えもしない事をあえて深読みしていく。今回の奇襲、原作にない展開、明らかに俺達の知らない『何か』が介入してきているのは間違いない。

 

 

校長のメモから取り落とした一枚の紙。血で汚れ拭き取ったがインクが水性だったこともあって濯いだ先から消えてしまった……我ながらマヌケなミスをしたと後悔する。

 

 

せっかく見つけた手がかりだ。何としてでも情報を絞り出してやる。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「どうあっても話す気は無さそうだなァ?」

後ろで見ていた拓三が拳にメリケンサックを嵌め込む。拷問のテンプレート、痛みによって相手を弱らせ口を割らせる典型的な手法。とはいえこいつのパンチ力+メリケンなんて力加減次第で首が飛ぶか内蔵が破裂するかのどっちかだろ。

 

 

仕方ない。まぁ情報を喋ってくれるなら誰でもいいし4人も要らないか。

 

 

「ちょい待ち、痛め付けるのは無しだ。代わりに実験に付き合って貰おうぜ」

ニヒリと笑みを浮かべる。意図を悟った拓三は「うげぇ、マジでやんの?」と顔を歪め、溜め息をしながら机の上に用意していた道具を取り出す。小さめのケースの中には使い捨ての注射器と赤い液体の入った瓶。言わずもがな中身は感染者から採取した血液だ。

 

 

原作ではこのゾンビアポカリプスは一種の細菌が管理されていた施設から漏れたのが原因で発生した必然だったととある人物によって推測されている。

 

 

感染源はウィルスではなく細菌、双方の違いは多々あるがその辺の説明は割愛するとして細菌の特徴の一つとして自力で増殖する事ができる。ウィルスは母体となる宿主無しでは増殖を行えないのに対して、細菌は水の中でも独自に数を増やすことができる一個の生命体だ。

 

 

この世界に限らず、映画やゲームなどで取り上げられるゾンビアポカリプスものの作品に置いて感染源に採用されるのは基本的にウィルスが多い。

 

 

抗生物質が効かないという点が理由なのかも知れないが純粋に感染のサイクルを生き物から生き物へと循環させるのに適しているからだろうか?

 

 

まぁウィルスって響きの方が良いって安易な理由かもしれないが。

 

 

実際に独自で色々調べたりもしてみた。理科室にある顕微鏡を使い感染者から採取した血液内の細菌がどの程度の増殖力を持つのか。水はもちろん、食物に付着させた場合、俺や拓三の血を使って観察してみた。

 

 

時には捕らえた鼠といった哺乳類にも。結果はもちろん増殖し、鼠に至っては人の感染者同様に転化してみせた。この世界のゾンビ化は哺乳類にのみ作用するらしく、植物や鳥類には何故か定着しなかった。というよりも転化する前に活動を停止させた。

 

 

どういう理屈かは専門知識が無いので不明だが細菌が何かしらの特性を持っているのには間違いない。

 

 

投与した量や、感染した場所によって転化までの時間差に大きくズレがあるのもわかった。

もっとも転化のスピードが早いのは首の動脈。どうやら脳への感染が広がるのが転化のキーになるらしい。手足や静脈からの感染は一度母体の生命活動を停止させてからの転化になる。

 

 

脳への影響が原因の症状らしい。

 

 

とはいえこれはあくまで鼠での話だ。人体への影響がどう違うかは試しようがなかった。

流石に俺も拓三もそんな事に体を張る勇気はない。地下備蓄にあった抗生物質。原作では恵飛須沢が感染した時に投与したもので残りはどうなったか描写はなかった。

 

 

だがこの世界に置いては地下の備蓄を早めに確保し抗生物質も確保してある。あとはこの成分を分析して抗体の正体を突き止めれば良い。その為にも俺達は……いや、学園生活部はこの学院を離れる必要がある。

 

 

……どうするかは今は置いておこう。

 

 

さて前置きが長くなってしまったな。

本題と行こう。

 

 

「Wait, what is it.」

瓶の中の血液を注射器に充填させているとその光景を見ていた一人が声を震わせながら訪ねてくる。まぁ見た目からして明らかに自白剤とかの類いじゃないってのは解るだろ。

 

「This is Miki Prune seedlings.」

 

「What?」

日本人じゃねーとまず分からんネタに首を傾げる一同。まぁ苗木って意味合いではある意味間違っちゃいないのかもしれんが。

 

 

「Are you aware of the disaster of this world?」

空気が混じってないか、僅かに推子を動かし血液が水滴飛ぶのを確認する。ポタリと落ちた水滴の独特な落下紋を見てようやくこれが血液であると理解した4人が一斉に暴れ始める。

 

 

「Stop it. Stay away!」

 

 

「Please, help me!」

 

 

P90の男以外がそれはもう哀れなほどに泣き叫び始めた。おいおい嘘だろ仮にも兵隊だろアンタら。

躊躇なく俺に……若狭に銃口を向けるだけじゃ飽きたらず撃ちやがった連中だろう?

 

 

泣きわめく野郎共に、胸の内から沸き上がるグチャグチャとした感情が頭痛を強める。

 

 

ああ、イライラするなァ……。

 

 

「By the way, are you?」

ふと思い立った俺はM14使いだった男へ視線を向ける。突然自分に声を掛けてきたのが驚きだったのか口を開けっぱになりながら少しでも距離を離そうともがく。

 

 

「Are you, did shoot us first?」

答えろ、と至近距離で目を見る。ガタガタと震え、俺と注射器を交互に見たあと男はベラベラと喋ってくれた。自分達は国に派遣された非正規の部隊であること、主な任務は暗殺や汚職の証拠隠滅。表沙汰には出来ない汚れ仕事を引き受けていること。どうしようもなく殺しが好きなこと。今まで自分がしてきたことなどを自慢気にゲロってくれた。

 

 

正直どうでもいい内容がほとんどだ。誰がテメーの性癖なんか聴いたんだ殺すぞ。

 

 

ここに来た理由も任務の一環。内容は物資の運搬、生存者や目撃者の排除。

 

 

そして『サンプル』の回収。

 

 

サンプルの回収?

 

 

疑問に思い、そのサンプルについて問いただして見たが自分は知らないと狂ったような笑い声を上げていた。

サンプルってのは原作のような感染から回復した成功例のようなものか?

 

 

だがそんなものそう易々見つかるはずがない。そもそも俺達のグループで感染したメンバーは一人もいない。

となると抗生物質の方か? だがこれは事前に用意されていたものだ、開発段階で既に研究施設か何処かにも実物はあるだろう。

 

 

「Please let me know one.」

思考の海に沈む俺に、気味の悪い笑い声をする男が訪ねてくる。

 

 

「Is a brown hairs woman your lover?」

 

 

──は?

 

 

「……は?」

何を言い出すんだこいつはいきなり。どう見たら俺と若狭がカップルに見えるんだ……目玉腐ってんじゃねないのか?

 

 

「Not, wrong, what's wrong with that?」

違うと答えれば男は一層笑い声を大きくさせる。

 

 

「It's a shame. I wanted to make a woman messy in front of you,HAHAHAHAHA!!!」

 

 

あぁ~……そういうことね。

自身の性癖を暴露した馬鹿の考えていることが安易に想像でき、俺は思わず釣られて笑ってしまった。

 

 

「HAHAHAHAHA!」

 

 

「あはははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はいさようなら。

 

 

「はい、よーいスタート」

 

 

笑いながら俺は注射を男の首へ突き刺し中身を注入する。突然のことに表情がころりと代わり、あうあうと言葉にならない声を漏らしながら脱力していく。

 

 

お前は最後に殺すと約束してないが、目的を言えば解放すると言ったな……あれは嘘だ。

俺が血液を注入すると同時に拓三が持っていたストップウォッチで時間を測る。

 

 

「Your story is different!」

そもそもお前らみたいな危険人物解放するわけがないんだよなぁ……。まぁ相手を甘く見すぎてた自分達の落ち度だと諦めてくれや。

 

 

「I will not keep promise, you guys die in this place.」

既に転化の兆候が表れ、泡を吹きながら痙攣しているM14使いの縄を切り落とす。俺と拓三は少し離れたところで様子を観察し続ける。

 

 

その間にもやれ「助けてくれ」だとか「許してくれ」だとか「神様」と騒ぎ立てる。

もはや滑稽にすら思えてくる。同じように懇願してきた連中を、アンタ等は殺してきたんだろう?

だったらその順番が自分達に回ってきたってだけのことだ、そう都合よく自分達だけ助かると本気で思ってたのか?

 

 

ナメるのも大概にしろ。

 

 

「Ah……ahaaaaa……」

白目を向き、ゆっくりと立ち上がったソレは元人間が成り果てた亡者。フラフラと覚束ない足取りで近くの物音を立てる物体に向かうだけの本能しかない出来損ないの獣が完成する。

 

 

拓三に時間を聞けば30秒足らず。ふむ、やっぱ図体の大きさや血液の循環、投与した血の量に差違があるから鼠よりも大分遅いな。とはいえたったあれだけの量でこのスピードとなると複数同時に噛まれたら一巻の終わりだな。

 

 

腕への噛み傷なら最悪即腕を切り落とせば感染は免れるのか?

そういや某長期海外ドラマのゾンビものでも噛まれた足をすぐに切断したおかげで免れたシーンがあったなぁ。

 

 

抗生物質の信頼性が確かじゃない現状、場合によってはそういった判断もしなきゃならんかもしれんか。

 

 

「おい秀……」

隣でこちらの顔を覗き込んでいた拓三が声を掛けてくる。

 

 

「どうした」

 

 

「いや……お前顔ヤバいぞ」

おっといけないいけない。愉悦部の片鱗を垣間見せてしまった……。

さて実験も済んだし、こいつらから聞き出せそうな情報は聞き出せたから用済みかな。

 

 

M92を再度構え、襲われているP90の男をギャーギャーと騒ぎながらもがく生き残りの頭部を撃ち抜く。

バシャリと飛び散った血と脳髄が赤い華を2つ咲かせる。

 

 

部屋の扉を開け、拓三が連中の一人から拝借したというクールなジッポライターの一つに点火し、それを4人を叩き起こす時にぶちまけた水溜まり……灯油へ向けて放り投げる。

 

小さな火を灯したライターが弧を描きながら飛んで行く。地面と接触したその瞬間に、炎は瞬く間に4人を火だるまにする。そういえば転化した個体がやたら燃えやすいのはどういう理屈なんだろうか……。

 

 

まぁ、どうでもいいか。

 

 

扉を閉め、念のために30分ほど時間を置いて再度区画へと入り燃え粕を処理する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか思ってたより全然ピンと来ねェな」

不意に拓三が呟いた。おそらく歴とした『殺人』に対して言っているのだろう、たしかに俺達はどう足掻いても人を殺した。その事実は変わらない、例え相手が吐き気を催す邪悪だとしても。

 

 

最初は感染者を相手にするのですら少しビビっていたのにな……。

だが殺さなければ殺されていた、その事実もまた覆らない。しかも俺達はまだしも他のメンバーは殺されるだけでは済まされなかっただろう。

 

 

こんな事を言うのはただの詭弁かもしれないが、俺達は殺したいから殺した訳じゃない。守るために殺したんだ。

 

 

「オレ達も大分キマッてんな」

 

「今更だろ」

取り出した煙草に火を付け紫煙を燻らす。学園生活部の目が届く範囲では煙草を吸うと全力で没収されると嘆く拓三の唯一の至福。俺は吸わないからわからんがそんなに良いものなのか?

 

 

「さて……と。寝るか」

 

 

「おぉ、また明日から忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、変な夢を見る。夢の中で私はりーさんとくるみちゃん、みーくんの四人で学園生活部の生活をしていた。どういうわけだかめぐねえやるーちゃん、けーちゃん。太郎丸と……そしてひーくんとたっくんの姿が何処にもない。どうしてかわからないけど、でもその夢の中の私もりーさん達も誰も気にせずに部活動に励んでいる。

 

 

まるで最初から居なかったみたいに……。

 

 

こんなの寂しすぎるよ……。

ヘリコプターが来た日、私は『何故か』気を失ってしまったらしく、目が覚めた時には丸一日時間が進んでしまっていた。てっきり夢なのかとめぐねえに訪ねてみたらヘリコプターが来たのは確かだけど、訓練で来ただけですぐに帰ってしまったらしい。どうせならお茶でもしていけばいいのに、と私が言ったらめぐねえは何とも言えない顔してた。

 

 

訓練の一環で煙を撒いたら屋上の畑がダメになっちゃったんだって。ちょっとそこは弁償してよ!

って思わず怒っちゃったよ。

せっかく皆で育てたお野菜だったんだけどなぁ……それと学校の一部が傷だらけになってたんだけど、どうにも地震があったらしい。なんだか私がいない間にいろんな事が起こってたみたいで申し訳ないね~。

 

 

りーさんが「ここで暮らすのも危ないかもしれない」ってひーくんに相談してるのを聞いちゃった。

地震は危ないもんね。

でも学園生活部が済む場所を変えちゃったらダメなんじゃないかな……でも皆不安そうだし~……うーん。

 

 

 

……うーん。

 

 

 

…………あ!

 

 

 

そうだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卒業式! しようよ!」

 

 




The拷問回。みんな拷問が好きなんすねぇ^〜。
最初は一人くらい生かそうと思ったけど絶対ろくな事にならないなと思って皆殺しにしました。反省もしてないし後悔もしていない。

書いてる途中で「なんか全然キチガイっぽさ出ないな……」って思ったのは私が清い人間だからかな~やっぱw

そろそろ番外編の一つでも挟もうかと思うんだけどなんかこれと言って何も思い付かない……。
KMRァとりーさんるーちゃんの馴れ初めとか平和だった時のめぐねえ目線での話とか?

銃を大量に手に入れたけど、ドンパチドッカンドッカン大騒ぎするのは大学編以降になりそう(銃はいろんなものを引き付けちゃうから多少はね?







それはそれとして(デビルマン

合計33000以上の閲覧と総合評価2000オーバーを祝して、皆様には大変感謝しております。
正直ここまで伸びると思ってなかった……(小声
誤字報告なども多数頂き本当に助かってます。一度書き終えた後自分でも読み返したりしてるはずなのにどうして誤字脱字が無くならないのか……コレガワカラナイ

それではますますのご愛読をいただくために、どうぞこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m



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かどで

「…………」

 

 

「…………」

襲撃のあった日から夜が明けた早朝。俺達は総出で散らかった学院の掃除と言う名の証拠隠滅作業に取り掛かった。……とは言っても壁や床、滅茶苦茶になった図書室なんかはもはや手の施しようがない。

壊されたバリケードを応急修理程度で済ませ『卒業式』に向けての準備を兼ねた作業。

 

 

二人一組で分担し、くじ引きによって俺は若狭とペアを組んで図書室の掃除をしていた。

まるで破裂した豆腐みたいにぐちゃぐちゃな室内。生き残った書物の中で使えそうなものなんかも確保しつつ既に二時間。特に会話もなく淡々と続いている。

 

 

横目で若狭を見るとどうにも気まずそうな顔をしている。聞くべきか聞かざるべきか……といった思い詰めた表情だ。

朝起きてすぐに俺と拓三は学院を放棄する提案をした。もちろん驚かれたし説明を要求された。

かいつまんで言えば学院での生活水準の低下と昨日の銃撃戦により集まった感染者の数、そして何より俺達の存在を外部に知られた事が大きい。直樹が「外部に知られたのがいけない事なんですか?」と聞かれたが非常にマズい。純粋に存在が漏れたのがマズいのではない。俺達の存在を知った相手が自衛隊だからマズいのだ。

 

 

何がマズいって?

 

 

考えてもみろ。パイロットはまだしも自衛隊の上層部は明らかにこの襲撃に関与している、そんな連中がいる中で同じ拠点に住み続ける馬鹿がどこにいるんだって話だよ。

 

 

パイロットが俺達の情報を漏らす可能性だって0じゃない。話してみた結果、多少は言葉の通じる相手だったとはいえ所詮は下っぱ隊員だ、脅されてゲロっちまうかもしれない。

 

 

送り込んだ特殊部隊を退けた相手だ。二度目の襲撃があるとすれば徹底した戦力を投入してくるだろう。

件の部隊から銃器を頂戴し、ある程度の弾薬もあるがこればっかりは多勢に無勢だ。

銃撃戦の中で全員を守り抜ける自信はない。

 

 

銃撃、狙撃、爆撃、強襲、夜戦、訓練された兵士相手に二人でどうしろってんだ。

 

 

ただでさえ先日の件で「人間に襲われる」って恐怖を叩き込まれたんだ。まさか国の平和を守る存在だったはずの自衛隊・防衛省がもしかしたらこの事件に関わっている……なんて知っておいそれと保護して貰えるなんて思わねぇだろ普通。

 

 

案の定、特に反対意見は出なかったが……全員が不満の表情を浮かべたのは言うまでもない。

だが実際こうするしかない。

 

 

捕らえた連中の末路はそれぞれ「放してやった(筋肉式)」「帰った(土に)」と誤魔化したが理解力のある直樹、若狭、佐倉先生は察した上で何も言っては来なかった。

 

 

得た情報よりも失うものの方が多いが、宛がないわけではない。

 

 

『聖イシドロス大学』

 

 

巡ヶ丘学院同様に太陽光発電システムや地下物資など共通した設備の整った施設。大学という事もあって規模はこの学院よりも整っている。規模もそうだが医学学科などの道具が揃っているならば細菌の研究に着手できるかもしれない。既に大学のとある人物が独自に調査しているだろうが、物語が進み学園生活部が大学へ合流するまで、そこで生活するコミュニティはほぼ籠城状態になり、しかも内部分裂まで起こしている始末だ。

 

 

俺達の介入によってどう変化するかは不明だが……できるのであれば殺さずに済むのが最良。

入手した武装で脅しをかけるのも手だが、そんな事をしてろくな事になるはずがないというのはもはやパニック映画の黄金パターン。

 

 

だがそう簡単に行くとも思えん……場合によっては──。

 

 

「ねぇ……木村くん」

 

 

「……どうした」

考え事をしていたため手が止まってしまっていた俺へ声を掛けてくる若狭。今朝から暗く不安げな顔、学院での生活が板に付き、ようやく軌道に乗ったかと思えば昨日の襲撃……先の見えない外への脱出に恐れを抱くのは当然のことだろう。

 

 

「また、難しい事考えてるの?」

そう言って、何故か俺の裾を引く若狭。昨日からどうも様子がおかしい……まぁ狙撃の対象にもなったんだ、一番恐怖に駆られていたのは若狭だっただろうから仕方ない。

 

 

「気にするな」

掃除を再開しようと歩を進めるが、更に裾を引っ張られる。まだ何かあるのかと振り替えると黙ったまま俯いているばかり……そんなに不安なのだろうか。

いや、不安なのも当たり前か……こんなくそったれな世界で不安を抱かない方がどうかしてるんだ。

 

 

「不安か? 学院から出るのが、だがこうする他に方法がない。俺達は──」

 

 

「違うのっ」

言葉を遮られる。裾を引いていた手はいつの間にか俺の手を握っており顔を上げた若狭の表情に息を飲んだ。今にも押し潰されてしまいそうな顔、目には僅かに涙が浮かんでいる。

 

 

「何で泣いてんだよ……」

 

 

「昨日の襲撃があって……二人は私達を守るために戦ってくれたのは分かってるの……でも……でも」

震える手で体の方へと腕を引き寄せ、何かを確かめるように俺の手を強く握りしめる。

 

 

「今までだって、私達を助けてくれた事に感謝してるの……るーちゃんの事も、皆の事も。ずっと……ずっと戦ってくれてる貴方達が居たから私達はこうして生き残ることができた。きっと二人が居なかったらって思うとゾッとするの……」

本来歩むはずだった『原作』のシナリオが頭を過る。たしかに俺達がこの世界に来なければ彼女たちはシナリオ通りの展開を歩んでいただろう。だがあくまでその世界は漫画の世界だ……現実じゃない。

だったらこの世界は?

 

 

俺達というイレギュラーが介入したこの世界は漫画の世界と言えるだろうか。表情も声も温もりも、何一つ現実と変わらない。元居た世界とほとんど変わらない世界で生きている。

 

 

俺にとって……この世界は──。

 

 

「ずっと……私達の側にいて……どこにも行かないで」

懇願するように腕を抱き震える声で若狭は寂しがり屋の子供のような事を言った。

彼女にとって……いや、若狭だけではない。丈槍や恵飛須沢、直樹に祠堂、佐倉先生と若狭妹。……あとついでに太郎丸。学園生活部にとって俺達の存在がどういった認識かは分からない。

今までの行動から推測してもおそらく完全な信頼関係は築けていないんじゃないかと思う。俺達は嘘を多くついた。恐らくこれからも嘘をついて騙して行くことだろう。

 

 

「……ああ、約束する」

そして俺はまた一つ、嘘をついた。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

僅かな静寂、腕を抱いたままの若狭と正直どうしたらいいかわからん俺はただジッとその姿勢のままで時間が過ぎていく。何がなんだかよくわからんが、こうすることで若狭の気が済むなら別に構わないが……。

 

 

「……ん、ありがとう。ごめんなさい、我儘言って」

目元を拭い、小さく笑うと「さぁ、お掃除の続きをしましょう」といつも通り?に戻った様子で掃き掃除を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっとっと……あっ、木村くん。丁度よかった」

図書室の清掃を終え、纏めたゴミを体育館裏の焼却炉へ入れた俺が三階へ上がろうとすると大量の書類を持った佐倉先生が現れた。見た目はかなり細身な割に結構力があるのか頭頂よりも高く積み重なった本の束をフラつく足取りで運んでいる。

 

 

「持ちますよ」

半ば強引に奪うように8割以上の書類をふんだくる。しかしこんな数の書類、一体どうするつもりだ?

 

 

「ごめんなさいね、忙しいのに」

 

 

「いえ」

階段を上がり、三階の職員室まで向かう。

以前から佐倉先生の席だった場所へと荷物を置くと、どこか懐かしそうな顔で机を撫でる。

 

 

「なんだか、昔を思い出すわね」

そういって少し苦笑する「まだそんなに時間も経ってないのにね」と。1ヶ月だ、たった1ヶ月前までこの世界は何の変哲もない至って平和な世界だった。それが一体全体、どうしてこんな事になったのか。

 

 

残念ながら知識として知っている原作は完結していないままで俺達はこの世界に来た。

しかも原作とは違う、何か別の要因が混ざっている可能性がある。原作以上にやばいことにだって成りかねない。そんな世界で生きていかなきゃならない学園生活部のメンバーをどうにかして救う方法を画策せねば。それがこの世界に生きる俺達の存在理由なのだから。

 

 

「傷の方は大丈夫?」

きめの細かい指先が頬を撫でる。僅かに目を曇らせこちらを見上げる彼女の表情が、先程の若狭とダブって見えた。どうしてこう俺の周りにはお節介というか、心配性な人間が多いのか……。

 

 

「ええ、完治……とまではいきませんが痛みも特には」

左側のこめかみから額に向かって抉るように掠めた傷痕は、くっきりと痕が残るだろうが頭骨や脳へのダメージがなかったのが幸いだった。肩や手足の傷も全て掠り傷。我ながら剛運だったと安心する。とはいえろくに処置もせず撃退に向かったため出血量が多く、朝の目覚めは最悪だった。

 

 

レバ刺し食べたい。

 

 

しかし実際、この世界が将来的にどうなるか考えると不安でしかない。日本だけでなく世界規模でこのパンデミックが発生していると仮定すると大規模な感染拡大にともなる人口の現象、細菌が環境へどの程度の影響を及ぼすかもわかったもんじゃない。

仮に感染を押さえられたとしても初期段階で既に減った人口は数億はくだらないだろう。たった一月でそれだけ減ったとしたらこの先ワクチンの開発にかかる時間を踏まえてもまだまだ増えると思われる。

 

 

医療関連の人員がどれだけ生き残り、施設や材料などの確保も加えて安全を確保するための要員も必要になる。

秩序が崩壊した世界で、生き残った人間がどういった行動に出るかは容易に想像できるだろう。誰もが私利私欲のために力を誇示する。

 

 

そういった世界で力の弱いものはどうすればいい?

ただ食われるだけの存在か?

 

 

それとも……。

 

 

「──いつまで触ってるんです?」

また考えに耽っていたが、いい加減突っ込ませてもらう。特に何も言わないからか延々と俺の頬を撫でている佐倉先生の腕を掴む。ハッと目を見開き慌てて手を引くとパタパタと書類を片付け始めた。

 

 

「結局その資料ってなんなんです?」

 

 

「……これ、は……」

手に取った一枚を見るとそこには人の名前がズラリと並んでいる。

名前のリストから数多くの写真が記載されているアルバムの数々。まだ平和だった頃の名残、写る人が誰もが皆笑顔でカメラに向かってピースサインなどを送っている。

俺の記憶が正しければ、俺が入学した時期……当時佐倉先生が赴任した頃から現在までに関わってきた生徒や教員達の記録だろうか。見覚えのある名前が数多く記載されているようだ。

 

 

「…………」

 

 

「ごめんなさい。こんな時なのに、まだ私はあの頃に縋ろうとしてるなんて……」

愛しそうに写真を指で触れる。それは彼女が『教師』として積み上げてきた思い出だ。今が地獄のような世界でも、例え過去の記憶であってもその事実は揺るがない。

 

 

「いいんじゃないですか、別に。……過去に縋ったって」

書類を山の上に乗せ、背を向けている佐倉先生の頭に手を乗せる。さっきの仕返し、と言うわけではないがやられっぱなしってのも尺だ。肉体的には歳上だが精神面では俺の方が歳上だ。とはいえ前世でも社会人として世にでたわけではないため厳密には何とも言えない。

 

 

とはいえ幼児ではないので撫でられる事に抵抗がないわけではない。さぁ俺が後から感じた羞恥心を思い知れ。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「……………………あの」

 

 

「ウェァッハ、ハイ!?」

 

 

何でされるがままなんですかねぇ(困惑)

 

 

「おぉーいめぐねえー!」

ガラリと職員室の扉を開け、現れた丈槍の声にびっくりした佐倉先生が大きく肩を弾ませる。俺に背を向けたままそそくさと飛んでいくように丈槍と共に出ていく。表情は見えなかったが出ていく最中「めぐねえお顔真っ赤だけどどーしたのー」という丈槍の声で俺は勝利を確信した。

 

 

ふっ、勝ったな。

 

 

「何してるのひーくんも早く~」

 

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより、巡ヶ丘学院高等学校の卒業式を始めます」

 

 

「またこの制服を着るとは思わなかった……」

 

 

「オレのはまだしも、予備なんてどっから持ってきたんだ?」

司会役の佐倉先生が教卓の前で宣言し、生徒である俺達7人と来賓役の若狭妹がパチパチと少ない拍手をし、犬の太郎丸が一吠え。何とも寂しい卒業式だと内心苦笑するが、この行いに意味なんて必要ないのかもしれない。きっとこれは彼女たち学園生活部の新しい一歩になる大切なものだ。これから辛いことも苦しいことも沢山あるだろう、それを乗り越えて生きていくことが彼女達の試練だと言うのなら、俺達はそれを支えるだけだ。

 

 

ちなみに「卒業式くらい学生として正しく」と全員にゴリ押しされ、俺も拓三も1ヶ月ぶりに巡ヶ丘の制服に腕を通している。三年近く着ていたはずなのに何故か照れ臭い……まぁ中身36歳のおっさんだし多少はね?

 

 

開式の言葉を言い終え、国歌と校歌を斉唱。そういえば原作漫画を読んでいた時から気になっていたんだが何故この学院の校歌はこんな意味深な歌詞になっているんだろうか……。舞台となるこの巡ヶ丘市は前世でいう横浜が元と思われるが、この世界では数十年前までは『男土』と呼ばれていたものの、とある事件により人口が半減し、現在の巡ヶ丘市へと名前を変え復興に勤しんだという。

 

 

歴史の書籍を調べ上げたが結局その『とある事件』について詳細な記録は残っておらず、当時の関係者も既に全員が他界、真実は闇の中……。今回のパンデミックに何かしら関係があるのは間違いないがいったいどれだけの謎がこの世界にあるというのか、自衛隊、ひいては国そのものが関与している疑惑がある。

 

 

もしそうだとするなら俺達の敵は──。

 

 

「卒業証書授与、卒業生代表、若狭 悠里」

 

 

「はい」

教卓へ佐倉先生に向き合う形で立つ若狭。手書きで作られた粗末なものだが、彼女達にとっては立派な卒業証書だ。

 

 

「おめでとう」

 

 

「ありがとうございます」

受け渡す者と受け取る者、前世ではなんだかんだ出来なかった卒業式。以前まではどうでもいい面倒くさい行事だと腐っていたが……この世界で俺は少し学んだ事がある。

 

 

物事には始まりがあって、終わりがある。だが決して終わりが最後じゃない、終わりの次には新しい始まりがある。

 

 

この卒業式は、今までの終わりでありこれからの始まりだ。

前世での人生を不本意とはいえ終えた俺と拓三が、どういう訳か転生などという非現実的な騒動に巻き込まれ、こうして新しい世界に生まれ落ちて18年。月並みだが世界を知って改めて『自分が産まれた意味』を考えたこともあった。

 

 

「在校生、送辞。在校生代表、直樹 美紀」

 

 

「はい」

佐倉先生に変わって教卓の前に立った直樹。気恥ずかしさからか微かに頬を赤らめ、咳払いをすると懐からメモ用紙を取り出し読み上げていく。

 

 

「月日の流れるのは本当に早いものです。先輩たちに会ったばかりと思ったら、もう卒業の季節なのですね」

物語の始まり、出会いは必然だったとは言え劇的なものだった。未来の結末を知る俺達が介入した事で救えた命があった。名前も知るはずもなかった、物語の外側に生きる人々を知った。恐怖に立ち向かう覚悟を決めた……。奪った命があった。

 

 

「私達の学校の外には大きな未来が広がっています。社会の荒波の中に漕ぎだしていく自分を思うと、誇らしさと同時に不安を感じます、そんな私達に……手を差し伸べてくれた人が居ました」

僅かに俺へ視線を向けてくる直樹。約1ヶ月前、リバーシティ・トロン・ショッピングモールにて俺は直樹と祠堂に出会った。恐怖に怯える二人を見たとき、俺は特にこれといって何かを感じることはなかった。二人を助け、それより前に意図せず救った親子によって脱出に成功し、若狭の妹を救うために単身で救助に向かった。同じく生き残っていた他の生存者を逃がし、若狭妹を連れ戻った俺達は親子と別れ学院へと向かう。

 

 

「この学校で私は多くの事を学び、そして教えられました

 

 

自分の力を信じて努力すること

 

 

苦難に立ち向かう勇気

 

 

どんな時にもくじけない明るい心

 

 

誰かを思いやる優しさ

 

 

何かを失う辛さ

 

 

戦い続ける覚悟を知りました」

学院で丈槍、若狭、恵飛須沢、佐倉先生、拓三と合流し学園生活部を発足した。学校施設を拠点とし生活の基盤を整える作業に追われる日々。事前に知っていた俺達と違って、ただの被害者である彼女達が立ち直るのにも時間を有したりもした。

 

 

これから彼女達は、また新しい一歩を踏み出す……その先にある苦難は数知れず、感染者だけでなく別の要因との戦いを強いられるかもしれない。

だからこそ俺達が辿る道を作ってやらなくちゃいけない。

 

 

前世で運命に逆らって死んだ俺達だ、なら何度だって死の運命とやらに立ち向かってやる。

例えどんなことをしてでも。

 

 

「だからもう……不安はありません。私達なら──学園生活で培ってきた事を活かせば、これから何があっても立ち向かっていけると思うからです」

深く頭を下げる直樹へ拍手を送る。

 

 

「続いて、卒業生答辞」

 

 

「はい!」

ふんすと鼻を鳴らし、今度は丈槍が教卓の前へ立つ。手に持った作文用紙を盛大に掲げるが「顔隠れてンぞー」という拓三のツッコミが入り、にへらと笑う。

 

 

「えーおほん。直樹美紀さん、心に迫る送辞をありがとう。みなさんとの出会いは私にとって大切なものでした」

俺や拓三にとって、漫画の世界のキャラクターとの出会いはどういうものだっただろうか。この世界の正体──字面だけだとなんか格好いいな──を知る前から転生した世界についての情報が無く、ようやく掴んだ手掛かりで挫折しそうになったのも数年前の思い出。

 

 

両親達を説得し巡ヶ丘へ訪れた俺達、入学し……初めてクラス内で原作キャラの一人──俺が若狭と初めて会った日の事を思い出す。

まだ髪も短く、どこか高校生活にドギマギしているような姿を見て何とも言えない気持ちになった。約二年後に待ち受ける地獄を知らない彼女達の姿があまりにも度し難い。不憫で仕方なかった。

 

 

何事も起きず、ただただ平和に過ごせるならばどれだけよかっただろうと今でも思う。

だが現実にパンデミックが発生し、この世は混沌に包まれることになった。

 

 

どうしようもない程に、この世界は彼女達に優しくない。

 

 

それでも手を取り合って、前へ進もうと言う皆の姿は光に溢れている。

 

 

「あのね、ひーくん……たっくん」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

ギュッと原稿を握り締める。沸き上がる何かに胸を締め付けられるような感覚を覚えながら丈槍の顔を見る、笑っているようで泣いている。泣いているようで笑っている。そんな表情を浮かべる瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れ落ち、嗚咽を混じらせながら彼女は感謝の言葉を俺達へ述べた。

 

 

「一緒に卒業できてうれしい……です。これからもずっと一緒にいま……しょう」

丈槍を囲むように若狭たちが慰める。たしかにそこにある命の存在を確かめるように、俺と拓三は見えないように拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~終わってみりゃ呆気ないもンだな~」

頭の後ろで手を組み、ボロボロの校舎を見上げながら呟く拓三。増えた荷物を積載するには小さすぎると車を佐倉先生のミニから鍵付きのまま放置されていたハイエースを改造し、ルーフボックスを取り付けた物を用意。愛車を手放す悲しみに打ちひしがれそうな佐倉先生を慰める丈槍と祠堂。

 

 

テキパキと荷を積み込む恵飛須沢、若狭、直樹の三人。若狭妹は太郎丸とかけっこ中。

 

 

「なぁ二人とも、マジで『これ』も持ってくのか?」

そう言って持ち上げたのは一丁のライフル銃M14 EBR。例の特殊部隊連中から拝借した武器の数々。今までの近接武器やコンパウンドボウももちろん持っていく。武器があれば良いって事はないが、逆説的にあって困る事もない、何より感染者以外との遭遇で銃器の有無は優位性を確保できる最適なハッタリにもなる。使う使わないは別として、相手に抵抗させる意思を持たせなければ無闇な殺生は避けられるだろう。

 

 

まぁ……それも時と場合によりけりだが。

 

 

「ああ、当然だ」

むむむ、と顔を曇らせる恵飛須沢。まぁ銃なんて一般人の女子高生ではまず関わるものじゃないからな。

 

 

「でもこれだけの荷物だと、やっぱり全員は乗り切らないんじゃないかしら……」

後部座席の大半を締める荷物。運転席には以前同様佐倉先生、助手席には若狭姉妹+太郎丸。後ろのシートに丈槍たち四人を乗せたらもう一杯。では俺と拓三はどうするのか?

 

 

「また上にしがみつくんですか?」

前回の醜態を思い浮かべ、微かに笑みを浮かべる直樹。俺はクククと喉を鳴らし、すぐ側の木陰に置いてあるビニールシートを勢いよく引き剥がす。

 

 

「そうはいかんざき!」

取り払われたビニールシートから姿を表したのは2台のバイク。

 

 

片やHONDAネイキッドのフラグシップである『CB1300スーパーフォア』

大排気量の水冷並列4気筒は力強いトルクで低速域から高速域まで全ての領域で安定感のあるパワフルさを誇り、アクセルを開ければどこまでも加速する様な気持ちよさがある。

また1300ccのビッグネイキッドでありながらニーグリップのし易いタンクと、軽快なハンドリングで車体との一体感が高く、非常に乗り易い仕上がりとなっている。

初心者からベテランまで、幅広い層に人気の傑作ネイキッドバイク。

 

 

そしてもう片方はかの有名なハーレーダビッドソンが誇る初の水冷エンジンを搭載した従来のモデルから一新されたスポーティーな外見と走りを楽しめる『VRSCDXナイトロッドスペシャル』

ドラッグレーサーを彷彿とさせる弾丸マシン。初代ナイトロッドが登場した06年から最長ラインナップ歴を誇りV-RODの顔となったモデル。240㎜の極太リアタイヤに、倒立フォークを装備。

 

 

どちらも僅かに傷があるが動作に異常はない。どこの誰かは知らんがこんな優良バイクを打ち捨てるなんてとんでもない! ということで俺達で有効活用させてもらう事にした。

多少のメンテナンスとパーツ交換は探しだしたマニュアルを読んで素人なりになんとか出来た程度。折れたサイドミラーや汚れの掃除とエンジンオイル等の交換で試運転も済ませてある。

 

 

ちなみにCB1300が俺で拓三がVRSCDXを貰い受けた。特にジャンケンとかはせず互いに好みの方を選んだ末である。

 

 

「いつの間にこんなものを……」

 

 

「うぉおおお、かっけぇな!」

呆れる直樹とは正反対に、割とサバサバした性格の恵飛須沢は目を輝かせている。そうだろうそうだろう、この良さが分かるか恵飛須沢よ。

 

 

「もう天井でサーフボード気分は御免だからな」

キッと恵飛須沢と丈槍を睨む。音のでない口笛を吹きながら視線を反らす二人が荷造りが完了し集合を掛ける佐倉先生の声に一目散でかけていく。

 

 

「それじゃあ皆……」

横一列に並び、一斉に今まで過ごしてきた学院へ向けて礼をする。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

太郎丸を除いて9人は静かに頭を持ち上げ、少しの感傷と名残惜しさを胸に踵を翻す。

車へ乗り込む学園生活部のメンバーと、バイクへ股がる俺達。

 

 

「んじゃァ行くか」

 

 

「ああ」

キーを回しエンジンを始動する。ドゥルンと大きく唸りを上げ、出発の合図を佐倉先生へハンドサインで送る。

 

 

さぁ、俺達の新しい旅が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか打ち切りエンドみたいだな」

 

 

「俺達の戦いはこれからだ!」

 

 

「おいやめろ」

 

 

 

 

 

 




長々とダラダラ描いてたらもー水曜日になってるぅ!(しかも夜

すいません遅くなりました!
もぉーしわけナス!

なんか一気に話が跳躍し「え、急すぎじゃない?」と突っ込まれる気がしてならない。



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りょこう

唐突な「てんせいぐらし! ~キチガイ二人は地獄を往く~」のイメージソング紹介コーナー(ただの自己満足
物語を読んだり作るとき、既存の音楽を掛け合わせて「この作品はこの曲調に似合ってるなぁ」なんて妄想するのは俺だけじゃないはず。MADとか作る才能ないけど。

この作品全体を通してだと(俗に言うOP)は『岸田教団&THE明星ロケッツ』の『ワールド・エンド・エコノミカ』

キチガイ二人のイメージソングは『ONE OK ROCK』の『アンサイズニア』


「シッ──!」

本能の往くままに両手で掴みかかろうとする感染者の脇をすり抜け、膝裏を蹴り姿勢を崩させ腰の高さまで落ちた頭部にナイフを突き立てる。続けざまに引き抜いた勢いで別の個体へなぞるように刃を滑らせ怯ませた隙に半回転からの遠心力を持たせた蹴りを叩き込むと、面白いようにねじ切れた首がボンと飛ぶ。

 

 

ふぅ、と一呼吸置いて3mほど離れた位置から起き上がってきた奴へスローイングナイフを投げつける。だいぶ感覚に慣れてきたおかげか、直視せずとも横目からで額のど真ん中へ吸い込まれるようになった。

 

 

そろそろゾンビスレイヤーを自称してもいいだろうか?

 

 

ネオサイタマに居るやべーやつか、銀等級のやべーやつか悩むところ。

 

 

「ドォラァアアアッ!」

最後の一匹を片手で持ったマシェットで頭の先から股にかけて綺麗に一刀両断するやべーやつ……もとい拓三のフィニッシュで終了し何度目かになる感染者の群を撃退する。

 

 

「うっしゃ終わりィ」

 

 

「乙」

得物にこびり着いた血糊を拭き取りケースへ仕舞う。投擲したナイフの回収も忘れずにな、持ってこれた数も限りがあるから今まで以上に節約しなければ。とはいえ感染者ごときに銃を使うまでもないかな。

 

 

「あんだけ……派手に動いてッ──ハァ……ッ汗一つ掻かないどころか息も切れないとかッ──!」

 

 

「どういう、体力してるんですか……ハァ……ハァ……」

愛用している大型のククリナイフ二本が地面に転がり、ドカリと座り込む恵飛須沢と息も絶え絶えになりながら何とか立っている直樹。

 

 

「いや、何回も言うけどオレらに追い付こうとしなくていいから車の護衛だけしてりゃいいって──」

座っている恵飛須沢に手を差し伸べようとする拓三だったが、その手は本人によってパンと叩かれた上に「うっせ」と一蹴されてしまう。

 

 

「もう学院の頃みたいにお前らだけに無理させられっかっての」

叩かれた手の代わりに取り出した水筒を投げ渡され、一気に中身を呷っていく。ゴクゴクと流し込みぷはッと仕事上がりにビールを飲むおっさんみたいな顔で直樹に水筒を手渡す恵飛須沢。

 

 

「んっ─ぐっ……ぷぁ。……とは言っても先輩達に付いていくのは正直キツいです」

汗を拭ったハンカチを絞り、おおよそ人一人が掻いた量とは思えないほどの汗が地面を濡らしていく。

実際フル装備の俺達が飛んだり跳ねたり回ったりとアクロバティックに変態機動を見せる中、ほんの少しまでただの学生だった二人には到底追い付けない領域に居るのは間違いない、と言いたいがそもそも追い付こうとすること事態が間違いな気もする。

 

 

「鍛え方からして違うし、陸上部の恵飛須沢はまだしも直樹は運動部って柄じゃ無さそうだしな」

特に深い意味を込めて言ったつもりはなかったが、俺の言葉にムスッと不機嫌そうな顔をされてしまった。

 

 

「悪かったですね、運動音痴で」

不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

 

「怒るな怒るな、別に馬鹿にしてるわけじゃない。俺からすればお前も恵飛須沢もセンスは悪くない」

渋い声で「いいセンスだ」と呟く拓三へ肘鉄を叩き込み黙らせる。陸上部だった恵飛須沢は力こそ人並みだがスピードに関しては良い線だ。腕力の無さをヘビー級のククリナイフを振り回す事で重さを乗せた一撃が感染者の首を跳ねれるようにもなったし、鍛え続ければ俺に勝るほどかもしれん……。

直樹は直樹で観察眼の高さと的確に答えを導く判断の速さ、ナイフで急所を狙うのも上手い。いっそのこと弓を持たせた方がいいかもな。流石に銃を持たせる訳にはいかんし前線要員だけでなく後方支援も欲しいところだったしな。

 

 

「何ですか?」

視線を向けられていた直樹にジト目で睨まれてしまった。

 

 

「いや、ナイフはあくまで護身用として教えたしな。お前にはこっちの方が良さそうだなと」

背中に掛けていたコンパウンドボウを手に取り、直樹に渡す。引きの重さは55ポンドだが滑車のおかげでその1/3程度の力で引ける。それなり鍛えさせた女性の直樹でも十分引けるはずだ。

 

 

「え、ちょ……こんなの使ったことないんですけど」

 

 

「使い方は教えてやる。まぁ使いこなせってんじゃない。多少使えりゃそれでいい程度に思っておけ」

そう言うと「はぁ……」と力の無い返事を返してくる。俺と拓三は良いとして、人形のものに肉薄するのは誰でもできることじゃない。むしろ後方で視野を確保してくれる奴が居るだけでも大分助かるってもんだ。

 

 

若狭か祠堂、佐倉先生の誰かにって案もあるがこの三人はあまりにも『戦闘』という行為に不向きな性格というか……若狭と佐倉先生に至っては下手するとつっかえるしn──。

 

 

「ぐっほ!?」

不意に腹へやたら気合いの入った一撃を貰った。身軽さ重視でベストを着ていなかったとはいえ中々いいパンチくれんじゃんかよぉ。

 

 

「またデリカシーのない事考えてましたね」

なんだこいつエスパーかよ。

おかしい、俺は考えてることが読めないことに定評があったはずだ。

いやたしかに胸の大きさについて考えていたのは事実だが、別に大きさで偏見を言っているわけじゃない。そもそも俺は大きさに拘りは……。

 

 

──何の話だ。

 

 

「とにかく、これからはそっちをメインで使ってく方針にしてみ。ナイフは緊急か白兵戦の時だけだ」

 

 

「はぁ……わかりました。やってみます」

腰に下げていた矢筒も渡し、さっそく適当なところにあった掲示板へ矢を射っていく。

 

 

「お疲れ様」

撃退した感染者を一ヶ所に纏めて火を放つ。派手にやるじゃねぇか、なんて思っていると離れた場所で待機していた車から降りてきた若狭。手には全員分の水筒とエナジーバーを抱えており適当に貰っておく。

 

 

「これで何度目かしら」

風下で燃やした感染者の炎を見つめながら小さく呟く。覚えているだけでも学院から出て一日を跨ぐ間に3度、今回で大掛かりなものは4度目。数匹程度の始末ならその2・3倍はあっただろうか。

 

 

「車とバイクのエンジンがあるんだ。仕方ない」

環境音が少ない以上、爆音で響くエンジンによって感染者が群がってくるのは当然である。今のところ対処する事はできるがいずれ囲まれてしまうかもしれない可能性も無きにしもあらず。

 

 

早いとこ安全な拠点を確保する必要がある。まぁそのための『卒業旅行』なんだがな。

 

 

「マッピングの調子はどうだ?」

若狭が取り出した地図を確認する。ここまでの道のりで一部の道が事故車などで塞がれ、大分聖イシドロス大学までの道が遠回りになってしまっている上に迷路のごとくあっちへ行ったりこっちへ行ったりの繰り返しだ。

 

 

原作でも数日費やしていた。道順までの描写は割愛されてしまっていたので知りようがない、こればっかりはなぁ……。

 

 

「そろそろ日が傾いてきたな」

時計を確認する。時刻を指し示す短針は午後16時を指し示している、季節的にはまだまだ春……日の傾きも夏に比べると早い。夜目の効かない状況で車内野宿は避けたい。

 

 

前日は適当な民家に押し入ったが、他のメンバーから「人の家には勝手に入らない」と強く拒否されてしまった。

 

 

「すぐ近くにコンビニがあるな……今日はそこで凌ごう」

赤ペンでコンビニに印を付けて渡す。「めぐねえに渡してくるわね」と若狭が去っていく。丁度入れ違いで太郎丸を連れた若狭妹が駆け寄ってきた。

 

 

「ワンワン!」

ブンブンと尻尾を振りながら足をよじ登ろうとする太郎丸の頭を撫で、若狭妹にどうかしたのかと訪ねる。

 

 

「ひーにぃが疲れてるかもってめぐみせんせぇが」

小さな手に包まれていたのは塩飴。感謝を伝え一粒貰い、俺以外のメンバーにも渡してくるように促すと笑顔で頷き駆け出す。まだ小学生で、ただでさえこんな恐怖の世界に居るってのに他人への気配りができるなんて大した子供だ。

 

 

「よぉし、そろそろ出発するぞ」

 

 

「ノリコメー」

声を張り、全員へ撤収を促す。居座る理由もなし、上がった煙で何が寄ってくるかもわかったもんじゃない。さっさと離れるのが得策だ。

パタパタと女子メンバーが車に乗り込み、俺達もバイクへ股がる。明日の朝にはガソリンの補充もしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「車は見える位置に停めて、俺と拓三が中を確認してくる。恵飛須沢と直樹はいつも通り車の護衛」

車からKSGとP90を取り出し、拓三へKSGを渡す。感染者だけが驚異なわけじゃない、他にも危険な要因は少なくはない。それが何であれ刃物よりも銃器での対処が求められる存在かもしれないため念には念を置く。

 

 

無論発砲はしない、せっかく周辺に感染者の姿はないのに銃声で呼び寄せてしまっては意味がない。

 

 

「二人だけで大丈夫?」

心配性な佐倉先生に軽くサムズアップしながら店内へ入る。

当然だが電気の供給は絶たれ店内は薄暗い。テープで固定したLEDライトを頼りに店内を捜索する。

中は荒れに荒れ放題。食料などはもちろんほぼ取り尽くされた後のようで安物の菓子などは多少残っている程度だ。逆に食料以外だったらある程度のものがあった。

 

 

「クリア」

 

 

「クリア」

事務室とバックヤードも含めて全体を探索し終える。運が良いことに感染者の姿や血糊の後もない。これなら軽く掃除するだけで済みそうだ。

 

 

表はガラスなどが割れているせいで風も通るし侵入し放題だ。それなりの広さのあるバックヤードなら横にもなれるだろう。

外で待機していた面子を呼ぶ。

 

 

人数分の寝袋と持ち運び式の調理器具やポケットストーブ、ランタンなどを運び出す。

スプリンクラーも作動しないだろうし火には十分注意しておかなければ……。

 

 

台所がないため食事はインスタントオンリー、贅沢は言ってられない。

コンビニのバックヤードで食うカップ麺ってのも乙なものやな。

 

 

食事を終え、明日の早朝に向けて早めの就寝を言い付ける。

 

 

「えー! せっかくの卒業旅行なんだからひーくん達も一緒に寝ようよ~」

部屋を出ようとした俺達に待ったをかける丈槍。

 

 

「アホか、全員寝ちまったら誰が見張るンだよ」

 

 

「俺達は事務室の方にいる、何かあったら呼んでくれ」

バックヤードを後にし、俺達は四時間交代で外の見張りをする。太陽が沈み、文明の光すら無くなった夜は闇そのものだ。月明かりがあるとはいえ影になっているところなんて数m先がほぼ見えない。

タラップを登り屋上へ上がった俺は目を閉じ聴覚に神経を集中させる。

微かにそよぐ風が建物の隙間をくぐり抜ける音。足音や呻き声などは今のところ聞こえない。

 

 

「ん──」

ぼんやりとした時間を過ごしていると足元から気配を感じる。下を除き見るとブランケットを肩にかけた直樹が周囲を見渡しながらひっそりと出てきた。

 

 

「眠れないのか」

 

 

「わ──っ……!」

上から声をかけられビクリと体を震わせる。思わず声が漏れ慌てて口を塞ぎながらこちらへ視線を向けた直樹は小さく溜め息を吐いて「いきなり声かけないでください」と苦言を申し立ててきた。

 

 

「まだ夜中だぞ。一人で出歩くな」

別に出歩くつもりじゃないです。なんていつものツンケンした態度で口を尖らせる。

 

 

「……どこから登ったんですか?」

俺を見上げていた直樹が突然そんなことを訪ねてきた。とりあえず裏にあるタラップから登ったと答えると「そうですか」と店の裏へと歩いていく、少しすると金属質のカンカンという音と共にタラップを登ってきた。

 

 

「……。っあの、隣……いいですか」

僅かに頬を赤く染める直樹、ブランケットに包んだ肩がすぼんでいるようにも見えた。寒いなら部屋に戻った方がいいぞと言うとまたしても不機嫌そうな顔になり自分で聞いておきながらこちらの許可を聞くまでもなく隣に座り込む。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

しばらく肩を並べて空に浮かぶ月を眺めている。チラリと直樹の顔を横目で見るが、複数の感情が合わさったような表情をしていて今一読み取れない。

 

 

「卒業式で──」

唐突に口を開いたと思うと、特に受け答えを待つでもなく淡々と語り出す。

 

 

「卒業式で、私は『もう不安はない』って言いましたけど、正直いって嘘でした。不安が無くなるなんてありえないですよ……こんな世界で」

 

 

「…………」

 

 

「でも昔ほど外の世界が怖いと思わなくなってるのも事実なんです。先輩や、ゆき先輩達と出会って生活部の中で過ごしていく内に。最初は『どうして私がこんな目に』って頭を抱えてた事だってありました」

 

 

「…………」

 

 

「先輩から戦い方を教わりたかったのも、自分を変えたい……何かしたい……誰かの役に立ちたいって思ったからでしたし」

戦うことで自分の脆弱さを改めたい、そう直樹は言うが別に弱さは罪ではないと思う。誰も彼もが強くあれるわけじゃない……どうあったって人間は弱い生き物だ。

普通に産まれて、普通に育って、普通に生きてきた女子校生がいきなりゾンビ映画宛らの世界で生きていく覚悟なんてそうそう出来るわけがないんだから。大の大人でも無理な話だ。

 

 

え? 俺と拓三はどうなんだって?

それはまぁ……アレだ。

 

 

「これから先……どうなっちゃうんですかね」

膝を抱え、見えない未来に思いを馳せる。小さく鼻を鳴らし、直樹の頭をグリグリと撫でる。生活環境は劣悪なのにケアはしっかりしてるのかサラサラとしたクリーム色の髪が指先を擽る。

 

 

「ちょっ、やめ──っもう!」

両手で俺の腕を押し退けられる。まったくこいつといい若狭といい佐倉先生といい、思い詰めるのもいいが自分を追い詰めすぎだって話だ。

 

 

「先の事考えたってどうにもなんねぇもんはどうにもならん。お前達はお前達に出来る事を今やるだけでいいんだよ」

明日も早い、今のうちに寝れるだけ寝ておけと言いつつ立ち上がろうとすると袖を引っ張られた。

 

 

「なんだまだ何か──」

 

 

「あの……もう少しだけ……」

歯切れの悪い口調で俺の顔を見上げる直樹、自分の言っている事を自覚してかしてまい僅かに赤い頬。心細い時に異性の……それも歳上である相手に側にいて欲しいと思うのは思春期の性ってやつなのだろう。流石に鈍感系朴念仁じゃない俺は空気を呼んで再び直樹の隣へ腰かける。

 

 

しかしこいつももう少し危機感というか自身のルックス高さを自覚するべきだと思う。勘違いして相手をその気にさせかねない行動は慎むべきだ。

 

 

俺のような精神おっさんでなければ襲われても文句は言えないぞ。

まぁ、直樹に限ってそんなつもりはないんだろうが。まだまだ子供なんだこいつも……。

 

 

「……痛いんだけど」

二の腕の肉を思いっきりつねられた。なんだこいつ構って欲しい犬猫か何かか?

 

 

「うるさいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~た~らし~い、あーさがっ来た」

 

 

「希望は無いけどな」

 

 

「「HAHAHAHAHA」」

 

 

「馬鹿やってないで早くいくぞ」

まだ若干薄暗いが、空に微かな太陽の光が差す午前5時。軽い体操などを済ませた俺達のケツを蹴り飛ばす恵飛須沢がテキパキと荷物を片付けている。

 

 

日に日に容赦がなくなってないか?

 

 

「イシドロス大学まではまだ距離があるわねぇ」

 

 

「まだ時間かかりそう……」

地図を眺めていた佐倉先生と祠堂。巡ヶ丘高校から発って二日目の朝、潰れた道や感染者との遭遇もあって進行距離ははっきりいって芳しくない。この調子だと大学まであと二、三日は掛かるだろうか。

 

 

「まずはガソリンスタンドに寄ろう、できればポリタンクごと回収しておきたい」

 

 

『わかったわ』

トランシーバーで連絡と指示を出し、大学へ向けて出発する。

だがまず先に挟むべきイベントがある。場合によっては原作で叶わなかった願いが叶うかもしれない。

 

 

ゆっくりと移動を続けながら、俺は片手間にトランシーバーの周波数を調整していく。

 

 

「どうだ?」

 

 

「ちょい待ち」

 

 

『ザー……──ぇ……か

やがてノイズまみれだった音の中に、小さくだが人の声が聞こえたような気がした。

 

 

「ヒットだ、1422」

合図を送り、拓三が後ろの佐倉先生たちへ連絡を取る。

 

 

「ラジオだ、AMラジオをつけろ。周波数は1422!」

 

 

『えっなになに?』

 

 

『……ねぇねぇ、誰か聞いてる? こちら巡ヶ丘ワンワンワン放送局!』

聞こえてくるのは女性の声、ラジオ放送を通して周囲へ声を届け続ける生き残りの一人。どのくらい長い間この放送を発信し続けていたかはわからないが確かにその存在を俺達へ指し示していた。

 

 

突然のラジオに思わずブレーキを掛けた佐倉先生、バイクを降りて合流する。

 

 

「ねぇ、これって!」

ある意味初の自分たち以外の生存者。若狭たちの顔が明るいものになる、交信するためにトランシーバーを操作する。

 

 

『この世の終わりを生きてるみんな、元気かーい!』

 

 

「あー、もしもし応答せよ。こちら巡ヶ丘高校学ぇ『ガッシャーン!!』っ!?」

スピーカーの向こうから盛大に何かが倒れる音が響き渡る。

 

 

まさか緊急事態か!?

 

 

『わっ! わっ! ビックリした! うそうそ、もしかして誰か居るの!? 幻聴じゃない!? 現実!?』

 

…………。

「……あー、とりあえず現実ですね。どうもおはようございます」

 

 

『あっ、ご丁寧にどうもおはようございます……じゃなくて!』

ノリのいい人だな。詳細は知らないが作中の中で見る限り成人女性であるのは間違いないはずだが。どうもテンションがおかしい、まぁ長い間孤独の中で過ごし続けていたら突然交信が繋がって驚くのも分かるが……。

 

 

『本当に生き残り!? 貴方一人だけ? 他には? どこにいるの?』

 

 

「待て待て、落ち着いてください。順を追って話しましょう」

興奮気味にこちらの状況を聞いてくる相手を落ち着かせ、少しずつこちらの存在を明かしていく。

 

 

『──ふむふむ、君達は巡ヶ丘高校の生徒さんと先生なんだね。学校でずっと生活してたけど事情があって聖イシドロス大学に向かってる……と』

 

 

「ええ、あそこなら拠点として良物件なもので」

 

 

『そっかぁ……いやーよかったよかった! うん、こうして誰かとお話しできただけで私は満足。頑張ってね、応援してるから!』

すると丈槍が俺の手からトランシーバーを奪っていく。

 

 

「お姉さんも!」

 

 

『えっ……』

 

 

「お姉さんも一緒に行こうよ!」

その発言に若狭や直樹、恵飛須沢が俺達へ視線を向ける。きっと俺達の事を考えてリスクを背負ってまで迎えにいくとは思えなかったんだろう。

 

 

本来であればそうするのが当然だ。見ず知らずの人間のために俺達だけじゃなく他のメンバーにまで危険に晒すつもりはない。

 

 

本来であれば……な。

 

 

「決まりだな」

トランシーバーを丈槍から受け取り、俺はスピーカーの向こうで困惑しているであろう女性にできるだけ急かさないような優しい声色で語りかける。

 

 

「俺達は今からそっちへ行きます、その間に一緒に来るか来ないか……選ぶのは貴女だ」

 

 

『で、でもほら……私なんか居たら迷惑じゃ──』

 

 

「そう思ってたらこんな事言わないっすよ」

 

 

『っ──!』

僅かに聞こえる嗚咽の音。どれほど心細かっただろう、ラジオと音楽で居るかもわからない生存者へ希望を届けようと奮闘する彼女を見捨てる事が俺達にできるだろうか。

 

 

いいや、俺達は──『学園生活部』はそれを許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……ですよね?」

到着したコンクリートで固められた箱形のガレージに似た建造物。大きなシャッター以外に入り口は無く屋上へ続くタラップが一つあるだけだった。

 

 

「すごいわね」

 

 

「なんか強そう」

 

 

「俺と直樹……それから佐倉先生の三人で行く、車の方は任せたぞ」

直樹に『あるもの』を持ってくるよう指示し、できるだけ歳の近いであろう佐倉先生という話しやすい相手役を連れていく。

 

 

「おう」

恵飛須沢と共に車や周辺の警戒に勤める拓三たちと別れ、屋上へと上がる。

一ヶ月以上という長い間、誰一人として立ち入った痕跡のない埃まみれの屋上。歩けばくっきりと足跡が残るほどだ。それだけの間一人だったということだろう。

 

 

「重そうな扉ですね」

クランク式の耐圧扉がポツリと取り付けられており、錆び具合からしても大分古い建造物であると思われる。

 

 

「ふんっ──ぬぇあ!」

両手でしっかりとクランクを握りしめ、全力で回す。数十kgはあるであろう鉛製の扉を持ち上げると下へと降りるための梯子がかかっていた。

 

 

さらにもう一枚の耐圧扉があり、この向こうが恐らく生活空間である部屋があるんだろう。念のために直樹と佐倉先生を後ろに下がらせ、すぐ引き抜けるようナイフの柄に手を添えたまま扉を開け──。

 

 

「いらっしゃい! 待ってたよぉ!」

 

 

「ぐぶっ!?」

瞬間、襲ってくる衝撃と頭を抱き寄せられる感覚。感極まった様子で扉を開けた俺に抱きついてきた件の女性。ぶんぶんと体を揺らし、目一杯の力で絞められる。

 

 

胸の柔らかさとか女性特有の匂いとかそんなチャチなもんじゃねぇ……持ってかれる!

 

 

「せ、先輩!?」「木村くん!」

 

 

「あれ……?」

やがて状況を理解した彼女の腕から力が抜けるのを感じ、隙をついて離れる。

 

 

「え、えーと……」

やっちゃった。という顔で頬を掻く女性。溜め息を吐いて「落ち着きましたか?」と乱れた前髪をかきあげた。

とんだファーストコンタクトだ。

 

 

 

 

「いやーごめんごめん。お姉さん嬉しくってつい」

たはは、とはにかむ女性──名を『五十鈴 奏(いすず かなで)』 と言うらしい。彼女はパンデミック発生直後から大祖父の所有物だったこの家に避難しており、周囲へ出る勇気もなく意気消沈していたが。少しして誰かとの繋がりを求めて例のラジオを発信し始めたという。

 

 

幼少の頃から秘密基地として親しんでいたらしいが、何故このような建築物になっているかは知らないらしい。

学園のような施設と備蓄物資を蓄えており、一人で生活するだけにはなに不自由なかったという。

 

 

「一人じゃ使いきれないし、こうやって出会えたのも何かの縁。遠慮せずに持っていってね」

 

 

「あ……ありがとうございます。それでえっと……五十鈴さん」「固いなぁ、奏でいいよ」

畏まった佐倉先生とは対照的にかなりフランクな五十鈴さん、ラジオDJを自発的にやるだけはある。

 

 

「それじゃあ奏さん。さっき通信した件なんですけど」

そういうと視線を泳がせ、あーと気まずそうな表情になる。

 

 

「えーと、お誘いは嬉しいんだけど……その、ほんとにいいの?」

不安そうな彼女の問いに、俺達は顔を見合わせる。彼女の中には未だに俺達へ掛けるであろう負担や赤の他人である自分がグループへ混じる事への抵抗がある様子。

 

 

「正直役に立てるかわかんないよ?」

 

 

「関係ありませんよ」

 

 

「ほら、友達じゃないし……」

 

 

「さっき自分で言ったじゃないですか、これも何かの縁だって。もう仲間みたいなものです──ってゆき先輩なら言いそうですし」

 

 

「う"ぅ……」

 

 

「どうしますか?」

 

 

「い"っし"ょに"い"ぐぅ~」

ダバーと滝のように涙を流す五十鈴さん。年甲斐もなく泣き崩れる彼女を佐倉先生と直樹が慰める中、俺は拓三へメンバー増員の一報を入れた。

 

 

 

 

 




おかげさまでついに作品第一話のUA回数が1万を越え、83名の方から評価をいただき実に1455名の方にお気に入り登録を頂いたことを感謝いたします。
正直ここまで見ていただけるとは思ってなかったです。サイト内には私自身も愛読している面白い作品が大量にあり、それらと比べると自分の作品なんて……と思いつつ頂ける感想や伸びる評価点、増えるお気に入り登録に励まされています。リアル忙しく、基本不定期ですが何とか週一投稿を心がけておりますので今後ともよろしくお願いします!

さて話は変わって、かなり駆け足ぎみで、まさかの丸一話で終わったワンワンワン放送局編。そして新メンバー加入(二話くらい引っ張るつもりだったのは内緒)

起承転結の欠片もないグダグダな話が続いていますがご容赦ください。
もっと戦闘描写や白熱したドタバタを期待している人には申し訳なく思っています。

前話と続いてやたらヒロインムーヴをスルーするKMRァですが。36歳の転生者故に原作キャラクターへの歪んだ価値観を持っているため今一関係が縮まらないようにしてます。


次回からはいよいよイシドロス大学編に入りたい……と思ってます(曖昧

たぶん皆さんが思っているようなドンパチはないです(無慈悲

俺は……単行本七巻の42話『きれつ』の表紙を尊いと感じたんや……。
みんな平和が一番! ラブ&ピース!(一悶着がないとは言っていない

あ、ネタバレすると『ある一人』のキャラクターが盛大にキャラ崩壊するんでファンの人は先に謝っておきます。本当に申し訳ない……。


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みちのり

「──と、いうわけで新しく仲間に加わった五十鈴 奏さんだ。拍手っ!」

パチパチと歓声と共に歓迎される五十鈴さんはどうもどうもとヘコヘコしながら皆の前に出る。

原作では空気感染の被害者として、学園生活部との接触は叶わず転化してしまった女性。だがこの世界においては空気感染が進行するよりも先に接触を計り、軽く診断紛いなものをしてみたが感染の兆候は見られない。

 

 

Ω型と呼ばれる空気感染を経由したタイプの変異菌。マニュアルには詳細が黒く塗り潰されてしまっているため内容が不明瞭ではあるが、少なくとも他の二種にない感染経路を持つという特性というだけしか分からない。

 

 

だがそれだけでも十分な収穫と言える。100%とはいかないが予防のしようはある。

これはあくまで推測だが空気中に舞う細菌の量は感染者の密度によって差があると考えていい。時間の経過と共に風に乗って周囲へ拡散するだろうが濃度は低下する。

 

 

数百の感染者の死体のある下水道での呼吸と、死体のない環境下での呼吸。どちらの方が空気感染しやすいかと言えば答えは明白だろう。

 

 

俺達が排除した感染者を毎度焼いているのはこれが理由だ。移動中ならまだしも拠点となる場所に感染源である存在と同居なんて御免蒙るって話。

 

 

で、話はイシドロス大学に繋がる訳だが、何とあそこの連中は感染者を隔離するでもなくコンテナで道を塞いだだけの一角と理学棟に放置し、挙げ句生活空間との循環が繋がっているのだ。

 

 

正直アホかと、バカかと。感染に敏感なくせに空気感染という可能性を一切鑑みずに病原体の側で寝泊まりするやつがあるかっての。原作を知っているからそんな事が言えるんだって思われるかもしれないが、日常的に知られる細菌が原因で起こる病気というものには必ずと言っていいほど付き纏うのが『空気感染』というものだ。

 

 

代表的なもので言えば『結核』だろうか。名前だけならば誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。

 

 

だがこと細菌に対して有効な予防の一つを俺達は有している。それが学院にあった備蓄の医療器具に含まれていた抗生物質だ。

これまた100%予防出来るかと言えば否である。だがこの一ヶ月、少なからず空気中に含まれる細菌を吸引しながらも運よく発症しないまま過ごしてきた者には多少の免疫力が生まれているだろう。

そこに抗生物質を投与すれば余程のことがない限り空気感染は免れる……と思いたい。

 

 

この辺は薬学や生物学に詳しくないので何とも言えん。

 

 

インフルエンザだって予防接種したところで100%防げるわけじゃないしな!!!

 

 

「取り敢えず五十鈴さんにも抗生物質の投与と錠剤の摂取をしてもらおう」

エンカウント時の衝撃ですっかり忘れていた処置を外に出た後にする。チョイチョイと直樹に指で指示し抗生物質の瓶と注射器を出す。

 

 

「予防なんで」

 

 

「えっいきなり注射器?」

歓迎初手でまさか注射を打たれるなんて予想だにしていなかったといわんばかりに顔を引き吊らせる。こればっかりは受け入れてほしい、空気感染がどのような性質の人間に発症するケースなのか明確でない以上。

 

 

「予防なんで」

ズイと一歩前へ進むと一歩後ろに下がる五十鈴さん。指を鳴らし拓三が後ろから羽交い締めにする。

 

 

「や、ちょっ待ってお願い! 注射苦手なの! お願い助けて!」

 

 

「予防なんで」

 

 

「ダレカタスケテー!」

先程とは違う意味で滝のように涙を流しながら高速で首を振る。そんな彼女の様子に苦笑いする学園生活部一同。

 

 

「ア"ッー!!!」

女性にあるまじき悲鳴を挙げる2○歳。丈槍や若狭妹ですらもう少し静かだったというのに……愉快な人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……ぅ……汚されちゃった……」

 

 

「語弊を生むような言い方はNG」

暴れたおかげで乱れた髪と僅かに滲む汗を額に浮かべ、すすり泣きながら針を刺された左腕を押さえ何故か着崩された上着も相まってハイエースされた後みたいになっている。

そしてそんな五十鈴さんに寄り添うように慰める女子達からの視線に棘がある。

 

 

解せぬ……。

 

 

「もう少しやり方って物があったんじゃないんですか?」

 

 

「正直すまんかった」

気を取り直して内部の物資を総出で運び出す。持参したハイエースに加え、ガレージ横に駐車してあったキャンピングカーも原作同様に拝借する。とは言っても運転事態は五十鈴さんに頼むのだが。

 

 

大型乗用車が二台になったおかげで荷物もそうだが乗員を分けてスペースに余裕が出るくらいにはなった。

くじ引きの結果、佐倉先生のハイエースには丈槍、恵飛須沢、祠堂、太郎丸。五十鈴さんのキャンピングカーには若狭姉妹と直樹に別れる事になった。

 

 

直営の護衛が出来る恵飛須沢と直樹は自動的に別れるようにしたのは意図しての事だ。

 

 

周囲の探索含め、感染者の有無を確認し少しばかり時間を設けて食事を取ることにした。キッチン付きということもあって調理の幅が広がるのはありがたい。

 

 

「──にしても意外だよなぁ」

ポツリと調理台に立つ若狭と拓三の姿を見て、納得行かないといった顔をする恵飛須沢。言わんとすることはわかる、そう……実は拓三の奴ああ見えて料理が出来るのだ。

簡単な調理なら俺でも出来るがアイツのそれは軽くファミレスだとかで出せるレベルには旨い。今までは若狭や佐倉先生に任せっきりだったがどうにも最近手持ち無沙汰になっているらしく、率先して調理場に立つ志願をし始めたのだ。

 

 

初めて拓三が包丁を持った姿を見た恵飛須沢が「感染者を料理するっていうギャグか?」と突っ込んだのは記憶に新しい。

 

 

「うぇーいおまたせっ。イタリア料理だけど……いいかな?」

出来上がった料理をトレイに乗せ、何人かで運ぶのを手伝い全員分を配っていく。

パッと見は普通のペペロンチーノとミネストローネ。

 

 

とはいえこのご時世ではかなり贅沢と言えるだろう。若狭と、前世から料理の腕を知っている拓三が作ったものだから不味いなんてことはないだろう。

 

 

「うぉほ~、おいしそー」

目を輝かせる丈槍に賛同するように、全員が目の前の暖かい料理に舌鼓を打つ。

 

 

「あんま作ったことねェ量だったから味付けはちょい適当だけどな」

自信無さげに呟く拓三だが、若狭が「味見してみたけど美味しかったわ」という保証を押される。

 

 

「それじゃあ──」

パン、と10人が手を合わせ、同時に「いただきます」と声を合わせる。

こんな何気ない一時が、今となっては貴重なものに思えるのは俺だけだろうか?

 

 

食事を終え、五十鈴さんにも今後の事や俺達の事情などを説明している内に日が傾き始めてしまったのでそのまま夜を越すことにした。

 

 

新メンバーである五十鈴さんとはすっかり打ち解け、言ってしまえば最初から居たんじゃね? ってくらいに距離が縮まっている。彼女のコミュ力が高すぎる。いやこれはある意味今後の進展にかなり有力な戦力かも知れない。

 

 

学院での襲撃で、人一倍他人への警戒心が強化されたはずの生活部メンバーと一瞬で打ち解けた手腕。交渉役や仲介役に持ってこいだな。

 

 

「んじゃまたいつも通りな」

屋上に建てたテントで女子面子を寝させ俺と拓三は交代制でキャンピングカーのソファーで仮眠を取ることにする。仲間が増えた事と、久しぶりのちゃんとした食事も相まってテンションが高い何人かがキャッキャと姦しいトークを楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ねぇ、あの二人ってずっと『ああ』なの?」

 

 

タラップを伝って下に降りていく木村くんと田所くんを見送り、少し間を置いてから五十鈴さんが私達へ訪ねてくる。

 

 

「ああ──とは?」

 

 

「んー……はっきりとは言えないんだけど、なんか『隣に居るはずなのに側にいない』感じ? 新顔の私に対してならまだしも、今日一日貴女達との間柄を見てても……なんか付かず離れずって印象を受けるのよね~」

 

 

彼女の言葉に、私達は顔を見合わせる。五十鈴さんの感じているであろう違和感は概ね正しい。

この一ヶ月と少し、私達は彼らと共に過ごしてきた間柄で信頼もしているし大切な仲間だとも思っている。でも二人が私達をどう思っているかははっきりと聞いたことがない。

 

 

危機的状況で常に身を呈して私達を守ってくれて、不安な時は側に居てくれるのに……たまにどこか違う場所を見ているような……そんな感じが今でもある。

 

 

どうしてなのだろうという疑問を抱くが、それを尋ねる勇気が……私にはなかった。

なんだかんだで私は今の関係が心地好いと思っているのもたしかだ。

 

 

「ねぇねぇ、ところであの二人と誰かお付き合いってしてるの?」

先程までの空気はなんだったのか。あまりの突拍子もない爆弾発言に由紀ちゃんとるーちゃんを除く全員が吹き出し、上手く空気が吸えなかった事で噎せ返る。

 

 

「い、いきなり何だよ!?」

寝袋から起き上がり突っかかるようにして声を荒げる胡桃。

 

 

「ええ~? だってあの二人も同じ学校の生徒さんなんでしょ? 大人の私からしてもかな~り良物件じゃない?」

同じ成人女性であるめぐねえにも同意を求めるように促すが「そ、そうねぇ~アハハ……」と顔を背けながらどこか譫言のような返事を返すだけだった。

 

 

「木村くんはクールで落ち着きもあるし、なんだかんだで皆を取り纏めるリーダー的存在でしょ? でもちょっと可愛いところもあるわよねぇ。シベリアンハスキーみたい」

 

 

「か、かわいい──?」

美紀ちゃんは小首を傾げ、何とも言えない表情になる。たしかに冷静沈着でリーダーシップのある印象は持つけど……かわいい……かわいい?

 

 

「あれ、美紀ちゃん気付かなかった? 施設で私が彼に抱き付いた時、表情は至って普通だったんだけど顔が赤かったのよ?」

その言葉に、ピシリと空気に亀裂が入るような音がした。

 

 

「り、りーさん?」

恐ろしいものを見たような顔で圭ちゃんが声をかけてくる。私が「なぁに?」と答えたけどすぐに「ナンデモナイデス」と片言になって頭まですっぽりと寝袋を被ってしまった。

 

 

別に私には関係ないもの、彼が誰に抱き付かれたって……。

 

 

「りーねぇ、お付き合いってなーに?」

 

 

「るーちゃんはまだ知らなくていいのよ~」

 

 

「田所くんも逞しくて元気があるし、料理も出来てユーモアもある。木村くんとは違うタイプなのに二人とも仲良しだしねぇ。シェパードみたい」

 

 

「さっきから何で例えが犬なんですか?」

 

 

「私犬好きなのよねぇ」

 

 

「あれ、そう言えば太郎丸は~?」

由紀ちゃんが辺りを見渡し太郎丸の姿を探す。そういえば先程からずっと姿を見ない。

 

 

「太郎丸なら先輩達と一緒に降りていきましたよ」

田所先輩の頭に乗っかって、と美紀ちゃん。太郎丸も私達よりも二人に懐いているようだ。オスだからだろうか?

 

 

結局その後、根掘り葉掘りでやたらと二人と私達の関係を聞いてくる五十鈴さんによって強制恋バナという尋問を受けることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明けて午前六時半。何故か一部を除いて目の下に隈を生成する女子グループと、反対に顔に艶のある五十鈴さん。昨日の夜中にやたら上が騒がしいと思ったが一体何をしていたんだ?

 

 

「あれ……どうしたんですか先輩」

眠そうに瞼を擦っていた直樹が一足先に装備を整えていた俺へ歩み寄ってきた。

スリングベルトを通し、背中へ背負う形にしたM14 EBRと右太腿にホルスターと共に固定されたM92。ジャケットの上に着たタクティカルベストは取り外し可能なタイプのマガジンポーチを最小限に取り付け、左肩と右脇の下にナックルガード付きのナイフと元特殊部隊の人間が考案し製作されたというTOPS製のカランビットナイフを装備。

グローブやブーツ、ニーパッドやエルボーパッドも装着し首には目出し帽が掛けてある。

 

 

今までで一番のフル装備だ。直樹の疑問に「まぁな」と呟きながら全員へ集合を掛ける。

集まった拓三以外の全員がこの格好に目を丸くしている。

 

 

「揃ったな。ならこれからの段取りを説明する」

まるでブリーフィングを始める部隊長のような口調で全員に見えるよう机に広げたのはイシドロス大学を含めた周辺地域の地図。現在地であるこの建物の住所に印を付け、目測での距離と到着までの時間を提示していく。

 

 

「さて、ここからが本題だが大学へ向かうにあたって俺は別行動をする」

その発言に全員が驚愕の声を上げた。順を追って説明するため落ち着くように促す。

 

 

まず単独行動をする理由については大学側の状況が原作準拠だと仮定して、資源の枯渇と籠城を強いられていることにより切羽詰まっている武闘派サイドに正面から接触した場合、多くの武器を保有している俺達の姿を見れば一触即発になる。

事前に武装解除した状態で接触するように拓三や佐倉先生には伝え、道具は出来るだけ車内に隠すようにする。

出来ることなら争いは避けたい。大学を拠点とする場合、巡ヶ丘高校とは土地の規模が違う。人手が多ければそれだけ安全な作業と見張りも建てられる。

 

 

グラウンドや屋上の一部を畑にし、定期的に外へ物資調達できるローテーションが組めるだけの余裕が産まれれば生活の基盤はなんとかなるはずだ。

 

 

武闘派の連中だって、殺しが好きで他の生き残りを見捨てていたわけじゃない。極限状態の中で半ば強引に選択を余儀なくされただけなんだ。

 

 

俺達の介入によって原作とは違う結末を迎え、少しでも穏便に済めばいいのだが……。

 

 

そのためにも相手を刺激しないよう立ち回らなければならない。

 

 

そこで俺が別行動を取り、拓三たちはあくまで人数のおかげで何とか生き長らえたキャラバンを装って貰う。一見戦力になるのが拓三だけしかいないこちらを見れば即戦闘行為に発展はしないだろう。

 

 

……下手に挑発するなよと拓三や恵飛須沢に釘を指しておく。拓三は元よりだが最近どうにも恵飛須沢が影響を受けて猪化している気がするんだよなぁ。

 

 

話を戻すが、俺が単独で動くのには意味がある。

まずもしもの場合、交戦となった場合はライフルでの支援射撃が出来るが……そうなれば武装しているとバレて和解に持ち込めなくなる。

 

 

とはいえ最初から武装を相手に渡すなんて選択肢はない……彼らもあくまで一般人、銃という武器の魅力に取り付かれ何をするかわかったものじゃない。

 

 

表向きは原作通りに接触を計り、一度撤退後武闘派とは別の大学側の生き残りである穏健派へ保護して貰う段取りをして貰う。その間に俺は別ルートから大学へ潜入し武闘派の監視を行う。

 

 

レーザーポインターでもあればハッタリにも使えるんだが……自作してみるのも手かもしれん。

 

 

大学潜入の後、拓三達と合流し恐らく穏健派と武闘派での接触があるだろうからそこに介入する事にしよう。

会話の通りなら彼らが欲しているのは情報と物資。立場を対等に持っていくためにも『交渉』に持っていく必要がある。

 

 

「上手く行くかしら……」

 

 

「そのための保険ですんで」

不安げに顎を指で触れ、俯く佐倉先生。地図を畳み拓三へ手渡す。

 

 

「今回はいつも以上に慎重に動くようにしてくれ。争う必要はない、危なくなれば逃げろ。絶対に戦うなよ」

 

 

「オーケーだ」

 

 

「わかった」

 

 

「はい」

グループの中で戦闘能力のある三人が返事を返してくるのを聞き受け頷く。拓三、恵飛須沢、直樹はそれぞれ武器を外し服装も学院の制服に着替えさせる。

 

 

拓三ならバットやバール程度で武装した相手でも遅れは取らないはずだが残りの二人はまだ対人戦の経験がない。そもそもそんな覚悟も持てていないだろうしな。

 

 

もう一度拓三へ「後は頼むぞ」と託し一人バイクへ跨がる。エンジンを始動しゴーグルを掛けた俺に若狭妹が駆け寄ってきた。今にも泣き出しそうな顔を向けてくるが出来るだけ優しく頭を撫で、安心するよう言葉を告げる。

 

 

「大丈夫だ、少しの間だけだ。姉さんと一緒に居れば安心できるだろ」

普段は聞き分けのいい若狭妹だったが、今回ばかりはどうも簡単にはいかないようだ。

とはいえ連れていける訳もなし。平和な世界だったなら「我儘を言うな」と叱りたいところだが生憎こんな世界で小学生が心の支えもなしに生きていけるはずがない。

 

 

若狭への姉妹愛はあれど、恐らく俺へ抱くそれは父親かアニメ特撮なんかに出てくるスーパーヒーローに抱く安心感に近いと言える。悪く言えば依存に近い。鞣河小学校での時も学校の教員よりも姉に近しい存在であった俺へ付いてくる選択を選んだ。

 

 

「お別れじゃないんだ。ちょっとだけお出かけするだけだ……俺の居ない間太郎丸のことをよろしくな?」

何とか説得し、若狭妹は離れていく。申し訳無さそうな顔で手を振る若狭や拓三たちへ軽く親指を立て一足先に大学へと向かってバイクを走らせた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んじゃあ。オレ達も行くべ」

走り去った秀を見送り、キャンプの片付けを終えたオレ達も同様に出発する。言われた通りに武装解除し制服に着替えたオレがバイクを走らせていると新しく増えたメンバーである五十嵐のアネサンがオープンチャンネルで話しかけてきた。

 

 

『ねぇ、ほんとに一人で行かせてよかったの?』

疑問半分、不安半分って感じの声色。他の連中と違って昨日今日知り合っただけの仲で『木村 秀樹』という人間を知らない側からすりゃ一人でこの地獄みたいな世界を動くのは自殺行為に見えるんだろう。

 

 

「少なくともアイツが一人でいる間はどう転んでも最悪な事にはなんねーと思いますよ」

こと生き残ることに関しては何年も賭けて鍛え抜いてきた。腕っぷしだけのオレと違って秀の奴は頭もキレる。常に二手三手先を読んで行動を起こし最善の道を探し続けている。

 

 

だがやはり現実的に『何かを守りつつ最善の道を探る』ってのは本人からしても難しいらしい。行動と結果の間にどうしても『他人の意思』が介入するからだって秀の奴は言っていたっけか。

 

 

オレ達が最善と思った選択でも、賛否が別れることによって対立が生まれる可能性があるからだ。

学院襲撃の件がいい例だろう。相手が武装し、既に臨戦態勢だというのに戦う決意ができず、俺達が奴等を始末すると顔を曇らせる。

 

 

人間全てが善良な生き物じゃない。そう痛感してなおこいつらの中には未だに『道徳的常識』が根付いている。それが悪いことと非難するつもりはねぇが、この先もそんな調子で行くと何かしらのしっぺ返しを受けるかもしれない。

 

 

まぁ、それを回避するためにオレ達がいるんだがな……だがもしも、仮にオレ達が居なくなった場合。誰も都合よく助けてくれる奴がいなくなった場合にどうしたらいいかの判断すら出来なくなっちまったら全滅は免れない。

 

 

恵飛須沢と直樹に戦い方を教えているとはいえ限界がある。

自衛隊が信用できないという状況で、生きていく術を無くしたら今までの苦労が水の泡だ。大学での武闘派との対立を避けるってのも人手と戦力の拡大を狙っての事だとは思うが……。

 

 

「──っとォ。ストップだ、まぁた行き止まりだ」

ブレーキを掛け、目の前の瓦礫に溜め息を吐きながら地図に印を残す。現在地と大学までの道程を再度見つつ回り道を指示する。

 

 

『あー……ついでに悪い知らせ、左右から感染者。多くはないけど少なくもない』

 

 

「マァー?」

ガシガシと頭を掻き毟る。遠回りで巻こうにも結局エンジン音で遅かれ早かれ感染者の群れを大学にご招待する羽目になりかねない。面倒くさいがここで始末していこう。

 

 

「武器だけ持って準備しろ、さっさと片付けンぞ」

サプレッサー付きのP90を引っ張り出し、恵飛須沢と直樹へ車を降りるよう準備させる。

 

 

『ちょっちょっちょ! 大丈夫なの!?』

慌てたように声を上擦らせるアネサン。大丈夫大丈夫と適当に返しつつP90のコッキングハンドルを引き安全装置を解除する。愛用のマチェットを腰に下げ、降りてきた二人と共に感染者の前へ立つ。

 

 

「しくじんなよ?」

オレの言葉に「お前がな」と一丁前な口を聞くようになった恵飛須沢が二本の大型ククリナイフを構え、腰を低めにし飛び出す姿勢に入り。

 

 

「まだ上手く当てれないので射線上に入らないでくださいね」

直樹が秀から渡されたコンパウンドボウに矢を掛け弦を引き絞る。

 

 

「行くぜ!」

グンと足に力を込め、一気に一番前の感染者まで距離を積め引き抜座間に首をマチェットで切り落とし、その脇をすり抜けていった恵飛須沢が独楽のように回転しながら一匹二匹と次々切り伏せていく。

 

 

前線を張るオレ達とは別に、反対側の道にいる感染者へ的確に矢を額へ命中させていく直樹。なんだよ……結構当たんじゃねぇか……。

 

 

「伏せろ!」

声を張り上げ、背を向けていた恵飛須沢が反射的に頭を下げたところへP90を横凪ぎに掃射する。常人なら手振れで弾道が安定しないだろうがそこは腐っても鍛えてきた腕力と握力のおかげでリコイルはほぼ感じない。

 

 

タタタタッと専用の5.7×28mm亜音速弾が横並びに迫り来る奴等を仕留める。サプレッサーと会わせてかなり消音効果を発揮するが多用は禁物か?

 

 

「撃つなら撃つって言え! 馬鹿!」

 

 

「何だとぉ!? ちゃんと伏せろって言ったダルルォ!」

 

 

「ちょっと喧嘩してないで真面目にやってくださいよ!」

軽口を叩きながらもなんだかんだ殲滅には五分と掛からずに終わった……叩き上げだが大分二人の動きが良くなってきてる気がする。

出来るだけ一ヶ所に感染者の死体をまとめ、ガソリンスタンドから拝借した灯油入りのポリタンクをぶちまけBONFIRE LIT。派手にやるじゃねェか!

 

 

「ねぇ……君達ってホントにただの学生……?」

顔を引き吊らせ、乾いた笑みを浮かべられる。「ついにお前らもオレらと同類視されたな」とからかうように笑う。左右から肘鉄と蹴りが飛んで来るがそう何度も食らうかっ。

 

 

ヒラリとかわしさっさとバイクへ戻る。

 

 

「気を取り直して、イクゾーデッデッデデデデ」

 

 

「頭大丈夫ですか?」

駄目みたいですね……。やっぱネタが通じないと退屈なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掃除完了……っと」

仕留めた最後の感染者からナイフを引き抜き、一息つく。

丸一を掛け大学から300mほど離れた七階建てマンションの最上階を今日の根城として占領し、明日へ向けての準備を行う。地図と照らし合わせて丁度大学の正門と裏門どちらも見渡せる立地で身を隠すのに都合がいい建物があって助かった。バイクはエンジン音を聞かれるとまずいから途中から手押しで付近のガレージに隠しておいた。

 

 

夜も深まり、周囲が暗闇に包まれる中で大学の一部に電気が灯る。双眼鏡の倍率を最大に調整し、覗きながらピントを合わせていく。大学は最大で五階建て。三階部分から渡り廊下を繋いで図書室や理学棟にも経由しているようだ。

グラウンドの方は建物に隠れて見えないが、原作で使用している描写があった事から大学内は一部を除いて安全なのだろう。

 

 

L字に建てられている教室棟の正門に近い右側、恐らく武闘派が縄張りにしているであろう区域へ視線を向ける。明かりの灯る最上階の一室。窓際に立つ男と女が一人ずつとテーブルを挟んで座る男二人に女一人。外見的特徴からして武闘派のメンバーに間違いない。

何かを話し合っているようだが流石に読唇術は会得していないため会話の内容はわからない。

他の階層はどこもかしこも窓ガラスが割れているが掃除はされているようだ。とはいえやはりあのザマで隔離体制が完璧と言えるなんて……空気感染を鑑みてないのは間違いない。

 

 

アレでよく一月も持ったなと褒めてやりたいところだ。

 

 

さて続いては反対側の穏健派が住んでいる方の区域。こちらも同様に窓ガラスが割れ、隔離体制は万全ではないが生活空間に使用している部屋はちゃんと窓ガラスが補強されているようだ。

人をダメにするクッションが二つある部屋には眼鏡を掛けた女とオレンジと黒のプリン頭をした女が談笑しながら酒を飲みゲームをしている。自他共に認める自堕落っぷりだ……。

 

 

はて、穏健派にはもう一人黒髪の女が居たはず──。

 

 

「おっと」

思わず反射的に双眼鏡を下げ、目を瞑る。そんなつもりは無かったとはいえ女子大生の生着替えを覗き見るのは失礼である。俺は変態じゃない、OK?

 

 

誰に言うわけでもなく頭の中で言い訳をしながら謝罪と共に再度大学を観察する。

隣接している理学棟には電気が灯っている様子は無いが、あそこにも一人だけ生き残りが隠れている。名を『青襲 椎子』理学棟で独り感染者について研究を続けていた女……この事件の真相を探ろうとした一人だ。感染者を無断で隔離し研究をしていることを知られないようにひっそりとしているが、学園生活部の持ち込んだ緊急マニュアルの存在とランダル本社への遠征に同行する形でメンバーに加わる事になるのだが、彼女もまた物語の途中で空気感染に見舞われ命を落とす。

 

 

事件の真実を追い求める探求心と、不器用ながらも生活部のメンバーを励まそうと努力していた彼女もまた俺達の欲しい人材だ。研究者であるのと理学棟の設備があれば抗生物質の成分配列などが分かるかもしれない。

ランダル本社への遠征に伴って現場へ行くメンバーには重要な存在だ。

 

 

最後に渡り廊下の先にある図書室にも中立として一人の生き残りがいるが……姿が確認できないのでとりあえず保留。本の虫であること以外何とも言えない人だが少なくとも危険人物ではないはずだ。

 

 

「さてさて、何とか上手く行くといいんだがなぁ」

 

 

 

 




大学到着まで行けなかった(真顔

という訳で第16話でした。
なんか色々説明が抜けているような気がするんで、何か気になったり疑問に思ったり「これどういうこと?」って思ったことはジャンジャン送ってください(感想稼ぎ

今更ですがキャラクター達が使う武器(銃器以外)は基本的に「リバートップ」というサイトに掲載されているような物から抜粋しているので、見た目が気になったり人は是非見てみてください。カランビットナイフはいいぞぉジョージィ……。


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せっしょく

大奥イベントは強敵でしたね……(主にロード時間
カーマも引けなかったし星5礼装すら引けなかったので初投稿です(やけくそ


「ここが……聖イシドロス大学……」

厳重に封鎖された正門の前に立ち、異様な雰囲気を放つ大学施設にごくりと生唾を飲む一同。出発し秀と別れて丸一日掛け、翌日正午には到着することができた。道中で何度か感染者との遭遇戦を挟んだがいつも通り損害はゼロ。

 

 

そんな訳でやってきました聖イシドロス大学。入る前に再度段取りを再確認する。

 

 

「いいか、オレら以外の存在を悟らせるなよ」

今はもう装備のほとんどを車に置いてきたが、早朝には秀との通信があり既に大学付近に潜伏しているらしい。恐らく現時点でも何処からか監視している事だろう。

 

 

変に周囲を意識しすぎて感づかれる訳にはいかないし。

 

 

「危ないと思ったらすぐに戻ってくるのよ?」

五十鈴のアネサンと一緒に車で待機するように佐倉センセーも即発進できるようエンジンを掛けたまま窓から身を乗り出す勢いで何度も注意してくる。

 

 

「うーっす」

んじゃ行くべと他の連中を連れ、早速塀を……。

 

 

……塀をォ。

 

 

背中に突き刺さる視線。2m以上はある高さ、振り替えると全員がオレをジッと見ている。

 

 

「…………」

溜め息を一つ吐き塀に手を押し付けながらしゃがみ込む。後ろで「よし」という恵飛須沢の声が聞こえ、容赦なく肩に足を乗せてきた。いやお前普通に外壁の段差とか利用して登ってただろ原作で。とツッコミたかったが黙っておこう。

 

 

「上見んなよ」

 

 

「見ねぇから早く行けっ──痛っ、てンめっ!」

登りきる瞬間、爪先で後頭部を蹴られる。いつか思い知らせてやるからなお前ェ……。

 

 

「おら、次あくしろ」

もう一度しゃがみ、一人……また一人と登り。全員が登り終えたところで最後にオレが残るわけだ。

 

 

「ほら、捕まれ」

そう言って手を伸ばす恵飛須沢だがいくらなんでもオレを持ち上げるのは無理だろその細腕じゃァ。

シッシと手で払い、少し離れたところまで後退する。何をするつもりだと首を傾げるメンバーを尻目にオレは歩幅と高さと距離を計りながら一気に足へ力を込め──。

 

 

「よっ──!」

外壁の僅かな段差に足を掛け壁を蹴るように、駆け上がり勢いのまま飛び越える。

 

 

ズドンと拳、両足の三点着地……俗に言う『スーパーヒーロー着地』を試したが……なるほど、たしかに膝に悪い。

 

 

「ふー……っ!」

全身を駆け抜けた衝撃に耐え、ゆっくり立ち上がり唖然とする他のメンバーに振り替える。「大丈夫ですか?」眉を潜め、どこか哀れんだような目をする直樹に何がと訪ねても「いえ別に」と目を背けられた。強がってねェし……ちょっと思ってたより痛かっただけだし。グローブとニーパッドがあれば余裕だったし……。

 

 

スタイリッシュに降りたオレとは対照的に、内側に立て掛けられていた梯子を渡って降りてくる女子メンバー。

その間に軽く周囲を見渡すと……居る。思いっきり、隠れてるつもりなんだろうが尻隠して頭隠さずって感じでニット帽がはみ出ている。

 

 

これは気づかないフリをしてやった方がいいのか?

 

 

などと考えている内に降りてきた面子が少し進んだところで拡声器を利用した男の声が響き渡る。

 

 

「全員持っているものを捨てて手を上げろ!」

ビクリと肩を震わせ表情を強張らせる恵飛須沢と直樹を制止させ、背負っていたリュックサックを地面に置くと他のメンバーも続くように荷物を置く。

 

 

「へいへ~い、ジュネーヴ条約と赤十字を忘れるなァ」

両手を上げ前に出ると植樹帯に隠れていた人影が飛び出してくる。ニット帽に眼鏡を掛けたちっこい男、その手には拡声器とピストル型のクロスボウが握られている。緊張しているのか額や頬には汗が滲み、手は微かに震えている。

 

 

「お前ら何しに来たんだ!」

 

 

「慌てんな、こっちは全員丸腰だ」

 

 

敵意がない事を証明させるために恵飛須沢たちにも手を上げるように促す。そんなオレ達の様子を見て少し落ち着いたのかニット帽の眼鏡はクロスボウのトリガーから指を外す。

これで誤射されることはないだろう。

 

 

「私達は巡ヶ丘高校から来ました。安全なところを探し──」「動くなっ!」

 

 

「っ──!」

説明口調で前に乗り出した直樹に驚き、咄嗟にボウガンを構えた眼鏡。その指が引き金に懸かり僅かな力みの弾みで矢が発射されてしまう。

 

 

狙って撃ったわけでなくとも横並びになっていたオレ達に向かって射出されたそれは真っ直ぐと若狭へと飛んで行く。だが反射的に手を翳した事によって矢はオレの掌に突き刺さった。

 

 

「田所っ!」

恵飛須沢が声を上げる。大丈夫だと引き抜いた矢を放り捨て眼鏡へと視線を向ける。微かに表情を歪めつつもすぐに睨みを聞かせもう一度大声で叫ぶ。

 

 

「っ──動くなって言っただろ!」

 

 

ビキリと顳顬が音を発てる。秀からは交戦は避けろって言われてたがどうにも沸き上がる怒りが押さえきれそうにねェ。半殺しに程度なら構わないだろう。

 

 

「テメェ……」

 

 

「たっくんダメ!」

流れる鮮血を省みず拳を握り締め、目の前の馬鹿をぶん殴るために踏み出したオレを止めたのは丈槍だった。目を瞑り出来うる限りの力でオレの腕を抱き止めている、振りほどくのは容易い事だ。

 

 

「……──チッ」

頭の中を埋め尽くしていた感情が晴れ、舌打ちをしながらも全身の力を抜くと抱き止めていた腕が解放される。すぐに傷を塞ぐようにハンカチを取り出した直樹、大丈夫かとオレを庇うようにして恵飛須沢。

 

 

うーむ端から見れば女子に庇われている情けない奴みたいだ。

 

 

応急手当をしてくれた直樹に軽く感謝し、少しだけ冷えた頭を整理しつつ再度眼鏡野郎に声を掛ける。

 

 

「オレ達に敵意はねェ、だが出てけってんなら従うさ」

それでいいだろ、と尋ねれば黙って頷くがボウガンの照準はこちらに向けたままだ。

 

 

撤収の旨を伝え、持ってきた荷物を担ぎ梯子を登らせる。最後まで眼鏡野郎を監視しながら周囲へ目配せする。他の生き残りの姿は無し……入ってきた時点で囲んで捕縛するって考えはなかったんだろうか。

 

 

バンディット行為が目的じゃねェとは思ってたが、だがこっちが姿を見せた以上は何かしら行動に出るはずだ。

 

 

「やっぱり警戒されましたね」

しょんぼりと顔を伏せる直樹。まぁ仕方ない……こんなご時世だ。侵入してくる人間が善良とは限らないから警戒されるのも当然だと諭す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局こうなンのかよ!」

 

 

「言ってる場合か! めぐねえ早く!」

 

 

「せ、急かさないでよぉ!」

車まで引き返し、これからどうするかと秀に連絡しようとした矢先に二人組の男がバットと角材を持ちバイク用のフルフェイスヘルメットを被った奴がこちらへ走ってくるのが見えたオレはすぐに全員へ車に乗るように叫ぶ。状況を把握し切れなかった佐倉センセーを急がせ、車を出させるがすぐに乗用車へ乗り移った追っ手が迫ってくる。

 

 

下手な真似はしないだろうが背に腹は代えられない。こうなったらオレが囮になってでも──。

 

 

『拓三、そのまま先導して大学の裏門へ行け!』

ノイズが走ったトランシーバーから秀の声が聞こえる。

 

 

「わかった!」

ハンドルを回し、車の前へ出てハンドサインを送る。

 

 

『二つ目の十字路を左、その先のT字路を右だ』

指示を受けながら駆け抜ける。やがて視線の先に三名の人影がこっちへ手を振りながら誘導する素振りを見せている姿が見えた。

 

 

滑るように門をくぐり抜け、驚きつつも全員が門を抜けたところで閉ざされた後は追っ手の車が引き返していくのを見送る。

走り去っていった車を見届け、車から降りてきた恵飛須沢たちに合わせて三人の女が歩み寄ってきた。

 

 

「お疲れ様、大変だったっしょ?」

プリン頭の女が迎えるように声を掛けてくる。

 

 

「あの……あなた方は?」

若狭の問いに「えっと、生き残り?」と小首を傾げる小柄の眼鏡女に「違うっしょ、アタシらさっきの車の連中とは別のグループだよ」と苦笑いを浮かべるプリン頭、一人沈黙を続ける黒髪の女がこくりと頷く。

 

 

名前は……あーっとなんだったかな。とにかくこいつらも原作に出てくる生き残りだってのは覚えてる。

 

 

「そんなわけでまぁ、聖イシドロス大学へ!」

こうしてオレ達は目的の大学へと到着した。

 

 

握手を交わす大学メンバーと生活部メンバーを尻目に、トランシーバーを片手に周囲へ目配せするオレへ黒髪の女がどうかしたのかと訪ねてくる。

 

 

「ああ、いや。あと一人仲間がいるんだ」

通話ボタンを押していまどこに居るのか秀に問いかけると「もう着く」と短い返答と共に門の隙間から人影が走ってくるのが見えた。

 

 

遠目からでも分かるほど異様に速いスピードでどんどん輪郭が大きくなっていく、背中にライフルやナイフを体に取り付けているにも関わらずオリンピックの短距離走選手バリの速度で疾走する秀はトップギアのままさっきオレがやったように外壁の段差を踏み、一息で壁の高さを飛び越えた。

 

 

オレが言うのもなんだが軽く人間辞めてるよな。

 

 

「うわっ、びっくりした! だっ誰!?」

突然現れた黒ずくめの男に驚いた三人が身構え、恵飛須沢と直樹が呆れたような顔をし、若狭と佐倉センセーは苦笑。ひーくんだと笑みを浮かべ駆け寄る丈槍と若狭妹。まだグループに入って間もない五十鈴のアネサンは口をあんぐりと開いて驚愕している。

 

 

「心配するな、敵じゃない」

被っていたガスマスクを外し、両手を上げ害意がないというジェスチャーを送る。

 

 

「お、おぅ……じゃあ、改めてよろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学メンバーの穏健派と合流した俺達は軽い自己紹介を済ませ、移住を快く迎え入れてくれた彼女たち『サークル』の代表者である小柄で眼鏡を掛けた『出口 桐子(でぐち とうこ)』と僅かに残った黒い根元と茶色に染めた髪を一纏めにした『光里 晶(ひかりざと あき)』、黒のセミロングにメンバーの中でも控えめな性格と変化が少ない表情の『喜来 比嘉子(きらい ひかこ)』に案内される形で大学内を歩く俺達一同。

 

 

「へー、いままで高校に居たんだ。スゴいね」

軽いコミュニケーションは丈槍たちに任せ、最後尾で周囲の状態を観察する。施設内はある程度清潔を保たれているようだが、やはり割れた窓ガラスの多さが気になる。空気感染もそうだが今後の気象変化に対応するためにも出来るだけ雨風を防げるようにしておく必要がありそうだ。

 

 

「どうか……した?」

ふと先頭にいた筈の喜来センパイが辺りを見渡す俺に声を掛けてきた。正直驚いた、まさか声を掛けてくるとは思っていなかった俺が僅かに口をどもらせる。

 

 

「あっ……ええ、まぁ」

こほんと軽く咳をし誤魔化すような仕草をする。ふーんと特に深く追求するでもなく、彼女はすぐに俺が背負っているM14EBRへ指を指しながら「それ本物?」と訪ねてきた。

 

 

「どこで手に入れたの?」

何か探りを入れるような目でジッと見つめてくる。

 

 

「その辺の詳細は後で説明しますよ」

 

 

「さ、僕たちのサークルへようこそ!」

両手を広げ、けらりとした笑みをする出口センパイ、若狭がサークルについて疑問の声を上げる。彼女たち三人は他の生き残り──武闘派とは別に、世紀末な現状の中でも緩く娯楽に自堕落することを心情に生きている。

 

 

端から見るとあまりにも弛みすぎだろう……と思うがまぁ彼女たちの生き方までどうこう言う権利は俺にはない。少なくとも後ろ向きな生き方ではないことは事実だし。

 

 

「お─────!」

案内された部屋『桐子』と書かれた一室に招き入れられた俺達。部屋の中は娯楽用品……ゲームや漫画、映画のBlu-rayなどが満載でそこら中に空のインスタント麺のカップやらで散らかり放題だった。

 

 

仮にも女子の部屋がこれでいいのか?

 

 

ゲーム機に興味を引かれた恵飛須沢が出口センパイと遊び始め、直樹と祠堂は棚に飾ってあるBlu-rayに目線を奪われている。

 

 

やがて光里センパイによってゲームは中断され、ブー垂れる二人を言い聞かせ俺達は互いの状況やこれまでの経緯の情報共有をするために別の部屋へと移った。

 

 

「狭くてごめんねー」

流石に13人+1匹が一人用の部屋に入るには人口密度が高すぎる。俺と拓三……そして太郎丸はドアの外に立ち、話し合いは女子メンバーに任せることにした。

 

 

「はい、お二人さんも」

光里センパイから紙コップに注がれたお茶を受け取り軽く会釈をする。太郎丸には紙皿へ注いだ牛乳を与えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──うわっ大変だったんだねぇアンタたち」

 

 

「設備が良すぎると思った……」

緊急避難マニュアルを眺めるサークルメンバー。事の発端である細菌の存在やランダル・コーポレーション、巡ヶ丘やこの大学について、そして学院で生活していた俺達を襲った連中などの説明を一通り終える。

 

 

襲撃後にメンバー入りした五十鈴さんは改めて大変だったねぇと揉みしだくように丈槍を抱き寄せる。

 

 

「うっひゃー、外じゃ本当にとんでもないことになってるんだね……」

 

 

「銃で武装した連中に襲われるなんて……よく生きてたね」

 

 

「二人のおかげです」

若狭が微笑み、俺と拓三に視線を向ける。ほほうと眼鏡を光らせ「まるで映画の中のヒーローみたいでカッコいいじゃん。さっすが男の子」と絶賛されるが別にそんな大層なものじゃないと溜め息を吐く。

 

 

「あの、桐子先輩たちと武闘派という人達とはどういった関係なんですか?」

武闘派、というフレーズにピクリと微かに反応を示す。出口センパイはやんわりとした表現で武闘派による爪弾きを受けて現在に至る事を説明していく。戦えないものに価値はないと切り捨てたという武闘派。彼女たち以外の生存者も多く居たが、ほとんどが独自に生き残る術を持たなかったが故に犠牲となった。生活するにも物資は限られ、人数が多ければ多いほどに消費速度は増していく。

 

 

働かざる者食うべからず、とはよく言ったものだ。つまるところ間引き、生き残るためには何かを犠牲にしなければならない。自身の存在価値を証明できなければ弾かれる。

弱者にこの世を生きる資格はないと。合理的ではあるんだろう、俺達も恐らく似たような状況になっていれば同じ様にしていたかもしれない。

 

 

「ま、とにかくゆっくりしていきなよ。ここに居る分は安全だからさ」

話は程々に、空いている部屋を皆に提供してくれると言うことで荷物を纏めそれぞれに与えられた部屋へ運んでいく。

 

 

「出口センパイ」

 

 

「んー? どったん」

ドアをノックし、出てきたセンパイへ俺は一つ『お願い』をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……驚いたな」

場所は変わり、穏健派と武闘派が唯一共有する会議室へ呼び出しをされた出口センパイと光里センパイと共に現れた俺を見て会合一番にそう呟いたのは武闘派リーダーの『頭護 貴人(とうご たかひと)』。金の染め髪にライダースを纏った顔立ちのいい男。拓三たちを車で追いかけてきた内の一人。

 

 

他にはクロスボウガ持っていたニット帽に眼鏡の小柄な『高上 聯弥(こうがみ れんや)』と、そのガールフレンドであるサイドテールの『右原 篠生(みぎはら しのう)』、メンバーの中で一番大柄でキャップ帽を被り無精髭を生やした『城下 隆茂(じょうか たかしげ)』が煙草を吹かし、窓際には長い髪にどこか妖艶さのある『神持 朱夏(かみもち あやか)』の計5名が会議室に集まっていた。

 

 

原作ではリーダーの頭護と右原、そして神持の三名だけだったはずだが……まぁ好都合だと考えよう。

 

 

「部外者を連れてくるなんて聞いてないわよ」

目を細め、出口センパイを睨む神持。自分が無理を言って同行させてくれと頼んだので彼女たちに非はないと手で制する。ジロリと爪先から頭までを値踏みするような視線で見てくると「そう」と鼻で笑う。

 

 

「で、よそ者がなんのようだよ」

見るからに苛立っている城下が吸っていた煙草を灰皿に押し付け、ガタリと立ち上がると俺の前に立つ。秀並の180を越える身長で俺を威圧するように見下ろしてくる。

 

 

「一つ交渉しようと思ってな」

 

 

「交渉?」

俺の提案に眉間に皺を寄せる武闘派メンバー。

 

 

「お前立場分かってんのか?」

胸ぐらを捕まれ至近距離で睨みつけられる。止めようとするセンパイを抑え特に表情を崩さないまま言葉を続ける。

 

 

「俺達が持ってきた物資と情報の提供、それが対価だ」

 

 

 

「ほう、で。俺達は何を提供すればいいんだ?」

机に肘を立て、笑みを浮かべる頭護。俺は「それはこれから品定めさせて貰うさ」と口角を上げると煮えを切らせた城下が殴り掛かろうと振り上げた拳を住んでで受け流し胸ぐらを掴んでいた方の手首を握る。言葉を放つよりも先にグンと外側へ力を込める事で姿勢を崩した足を払い、体重によって僅かに浮いた体をそのまま一回転させる。

 

 

「ぐへっ!」

べしゃりと情けない声を出しながら地面に沈む。

 

 

「て、テメ──」

起き上がろうとした城下の目前へ袖に忍ばせていたナイフを突き出す。ザワリとした緊張が会議室に流れ、武闘派だけでなく穏健派の二人も一斉に身構えた。

 

 

「言ったはずだ、俺は『交渉』をしに来たってな」

手荒な真似はさせるなとナイフを引っ込ませ、再度頭護に視線を向ける。俺と目があった瞬間に肩を微かに震わせ頬に汗を滲ませるがそれでも偏った笑みだけは崩さない。

 

 

「……いいだろう、聞くだけ聞いてやる」

城下に下がるよう促す頭護に「話が早くて助かる」と一歩前に出た俺は肩に担いでいた簀巻きにされていた物を中央の机へと置く。ガチャリと重厚な音を立てたそれが何か検討もつかない大学メンバー一同。紐解いた毛布から姿を表したのは弾倉だけ取り外された6丁の銃器。

 

 

「なっ──」

更に戦慄した空気が漂う。

 

 

「さっき言った俺達が提供できる物の一つだ」

マジかよ……と生唾を飲み、手短にあったKSGへ手を伸ばす城下。オモチャのそれとは違うズッシリとした重さを肌で感じ、額に汗が滲む。

 

 

「本物なのか?」

 

 

「弾も後で渡そう」

ただし、と言葉に釘を刺す。銃を与えるとは言ってもそう簡単に渡すわけにはいかない。銃を手に入れたことで感情の高ぶりから暴走する危険性が高い。ただの一般人である連中が銃という強力な武器を手に入れ舞い上がった挙げ句に──なんて展開は笑い話にもならない。

 

 

「これらを使うにはそれ相応の覚悟を持って貰う」

 

 

「覚悟だと?」

 

 

「戦う覚悟だよ」

俺の言葉に今一ピンと来ないのか、全員が疑問符を浮かべる。




FGOのイベントにかまけて週一投稿を早速破る屑の鑑。

そんなことはどうでもいい!
それよりもついに始まったアニメ鬼滅の刃。リアルタイムで見れないからニコ生を待つしかないのだ……。
「なんぞそれ知らんわ」って人もぜひ見てほしい作品です、ついでに漫画も全巻買って(ハート



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こうしょう

沖タの宝具レベル上がらなかったので初投稿です(全ギレ

身内に頼んで描いてもらった本作の表紙的なもの


【挿絵表示】


「がっこうぐらし原作の絵に欠片も似てなくて草」って言われそうだけどそんなの関係ねぇ!(小島よしお
どっちかというとバイオとかそっち系の世界線な雰囲気なのは否めない


「さて、全員揃ったな」

改めて拓三に全員を集合させるよう呼び掛けてから丸一時間の時間を設けて……俺達『学園生活部』10名+1匹、出口センパイ達『サークル』3名、頭護達『武闘派』5名。

 

 

そして──。

 

 

「なになに何の集まりだい? 知らない内に人が増えてるね!」

 

 

「……ふん」

三つのグループに属さない中立な人物である2名の生存者。佐倉先生に似た髪の色をし片方の目が前髪で隠れる女性『稜河原 理瀬(りょうがはら りせ)』はキョロキョロと好奇心に顔を輝かせ生活部メンバーへ注目し、その隣では不機嫌な顔をしながら煙草を咥え鼻を鳴らす長い銀髪の一際大人びた雰囲気を醸し出す『青襲 椎子(あおそい しいこ)』の二人が同席し、合計20人の人間と1匹の犬が一つの部屋に終結する。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

集まった部屋に漂う気まずい空気。武闘派にとってサークルメンバーは『切り捨てた存在』でありサークルにとっては『関わりたくない存在』で互いに心境は穏やかではない事が伺える。

 

 

「思うことはあるだろうが、取り敢えず話を始めよう」

パンと手を叩き、全員の注意を向けさせる。今後の事を纏めるために口を開こうとした俺だったが、そこに待ったの声が掛かる。

 

 

「ちょっと待てよ、何でお前が仕切ってんだ?」

机の上に足を乗せ、気に食わないと顔に書いてありそうな程の顔で俺を睨み付ける城下。他の武闘派メンバーは特に異議を唱えるような声は無いが、頭護と神持の二人からも少しばかり面白くないというような雰囲気が漏れている。

 

 

まぁ、いきなり出てきた上に実質年下の相手にデカい顔で仕切られるのは愉快ではないのだろう。

 

 

「俺達が提供できるものと、お前達が出せるものを含めて今後の事を全員が共有するためだ。暴力でしか他人を抑えられない猪は黙っていろ」

そんな安直な煽り言葉にすら顔を歪め、強く拳を握りしめ今にも殴り掛かろうとする城下を頭護が抑える。さすが一党のリーダーを勤めるだけはあるが所詮その程度だ。

 

 

「わざわざ全員を集める必要があるとは思えないが、俺達が欲しいのは情報と物質だ」

 

 

「分かってる、さっきも見せたが俺達が持つ武器などの道具も提供しよう、そして食料などが保管されているシェルターの位置も教える。情報に関しては──」

言葉を途切らせ、視線を青襲さんの持つ『緊急避難マニュアル』へと向ける。視線に気づいた彼女は面倒臭そうに溜め息を吐きながらコピーした人数分のマニュアルの写しを近くにいた直樹へ手渡しそれを配らせる。

 

 

「マニュアルの方は各自目を通して貰うとして、こちらが提示したものの対価は……」

世の中には等価交換というものがある。どちらか一方だけが得をし、どちらか片方が損をするだけでは世の中は上手く回らない。利害関係が重要なファクターとなる。

 

 

特に今みたいな世紀末の時代ではな。

 

 

「アンタ達『武闘派』にもサークルや俺達と一緒に生き残るために協力してもらう事が条件だ」

俺の出した対価の言葉に、ほぼ全員が「はぁ?」という顔をする。

 

 

「なにそれ、みんなで仲良く手を取り合ってがんばりましょうって言いたいの?」

目を細め、つまらなそうな声で溜め息を吐く神持。

 

 

「その通りだが?」

当然のように答える俺に、驚いたような目をした後にもう一度溜め息を吐く「馬鹿馬鹿しいわね」と一蹴される。頭護や城下も同様に「協力する必要性はない」と答える。

 

 

何故その必要性が無いのかと問えばサークルメンバーは戦うことを拒絶した臆病者だ。そんな腰抜けに生きる資格があるのかと武闘派の三人は口を揃える。その物言いに顔を伏せ、反論しようにも事実を言われているため何も言い出せないサークルの三人。

 

 

「生き残るためには戦わなきゃいけない、たしかにお前達の言いたいことは分かる」

弱肉強食、力を持たない弱者は強者によって虐げられるのが世の理だとはよく言ったものだ。自然界に置いても人間社会に置いてもその構図がひっくり返る事はほとんどない。

 

 

だが、だからこそこんなクソッタレな世界でくらい助け合いが必要な時もある。

戦うだけが生き残る術ではない。

 

 

そしてなにより戦う者は何かを守る責任と義務がある。それだけの力を持たなければそいつもまた……弱者に他ならない。

 

 

「グループに置いて重要なのは、戦う戦力だけじゃない。戦えなくても別の形で何かの役に立つ人材も必要だ」

指折り順に生活の基盤を支える食料を調理できる者。道具や機械等の修理が可能な者、情報を纏める事ができる者。何でもいい、この世に『存在価値のない者』は居ないんだ。

 

 

まぁ、人殺しの俺が言える言葉では無いがな。

 

 

「……俺は反対だ、人数が多けりゃそれだけ消費の数も増える。物資には限りがあんだ、余分な奴に渡す物はねぇ」

席を立ち、交渉へ異を唱える城下。「私も同感ね。そんな事で生き残れる程甘い世界じゃないわ」と神持もまた席を立つ。無言のまま頭護も立ち上がり、今まで従っていた高上と右原の二人は渋々といった様子で立ち上がる。

 

 

「ちょっ、待ってよ」

交渉決裂、去ろうとする武闘派を引き留めようとした出口センパイの声に被せるように拓三が挑発的な言葉を投げ掛けた。

 

 

「余分……ねぇ、こいつァ驚いた。『自分は余分な人間じゃねェ』って本気で思ってやがるのか」

 

 

「なんだと?」

踵を返し、ニヤつく拓三へ睨みをきかせる頭護。

 

 

「アンタらの言い分は、要は強ェ奴が上に立つっていう猿山方式なんだろ?」

だったら、と言葉を続けながらこちらへ目配せする。どうやら拓三も俺と同じ考えらしい。

 

 

「お前とお前、試しに『コイツら』と戦ってみろ」

立ち上がった拓三は頭護と城下を指差した後に恵飛須沢と直樹の肩へ手を置いて提案する。そんな奴の言葉に驚いた二人が目を見開いて驚愕の声を挙げた。

 

 

「ナメてんのかてめぇ」

城下が椅子を蹴りあげドスのある声で怒りを露にする。

 

 

「ちょっおま、ふざけんな何でアタシと美紀なんだよ!」

同様に拓三へ食って掛かる恵飛須沢に胸ぐらを掴まれグイグイ揺さぶられる拓三。だが、俺も同意見だと言うと信じられないといった顔でこちらを見る二人。

 

 

俺と拓三がやるのでは意味がない。こいつらの言う信念とやらを真っ向から否定するにはそれ以上の武力と屈辱を持って知らしめる必要があった。

 

 

年下の、それも見るからにひ弱そうな女子高生に負けりゃちったぁ考えも変わるだろ。

 

 

「本気で言ってるんですか!?」

 

 

「なんだ、まさか負けると思ってるのか?」

何のために護身用の対人格闘まで教えたと思ってるんだ。暴漢程度軽く一捻りできないんじゃ教えた意味がないだろう。

 

 

「っ……わーったよやりゃいいんだろ!」

乱暴に髪を掻き毟る恵飛須沢が立ち上がり「胡桃先輩がやるなら……はぁ、何でこんな事に」と愚痴を溢しながらも立ち上がる直樹。

 

 

「そうだなぁ、勝ったら二人を『好きにして』いいぞ」

 

 

「木村くん!」

発破を掛けるがごとく追加の条件を出した俺へ若狭と佐倉先生が顔を強張らせる。冗談でも軽弾みで言っていい事ではないとは分かっているが、こうやって相手にとって美味しい話をちらつかせて食い付かせるのが釣りの基本ってな。

 

 

まぁ、どう足掻いても『絶対に勝てない』だろうがな。

 

 

「へっ、後悔すんなよな」

 

 

「はぁ……どうなっても知らないからな」

見事に一本釣りされた二人が応じ、馬鹿馬鹿しいと首を振る神持と不安げな表情の高上と右原。

場所を変えるためにグラウンドへ移ろうと指示し、特に興味がないと去っていく青襲さんを除いたメンバーが外へと出る。

 

 

「どういうつもりなの木村くん!」

前を歩く俺の肩を掴んで引き留めた佐倉先生。教師として、大人として子供が交渉の景品にされていることに腹を立てている。

 

 

「手っ取り早い手段を選んだだけですよ」

冷たく言い放つ。実際、こんなことする必要はないのかもしれない。だがどうしても俺達には人手が必要だ。人が増え、拠点となる施設を維持するのにはどうしても多くの……それも出来れば男手が欲しい。

 

 

このまま対立関係になったままで事が運び、原作通りに進んでしまえば意味がない。これまで積み重ねてきた物が無下になる、恵飛須沢と直樹も腕っぷしが強くなったとはいえ俺と拓三に『もしも』の事があった場合に他のメンバーを守り通せるだけの力はまだない。

 

 

感染者相手への耐性は付いたとはいえ、対人戦はあくまで訓練程度の経験……このあたりで一度本番を経験させるのも目的の一つだったりする。だがそれもあくまで自衛、流石に殺人までさせるつもりは毛頭ない。

 

 

まぁこの二人に限ってそんなことはないだろうが。

 

 

「だからって──」「いいよめぐねえ」

食い下がろうとしない彼女を止めたのは他の誰でもない恵飛須沢。

 

 

「アタシらがやるって決めたんだ。……ただし勝ったらお前ら覚悟しとけよ?」

にこやかな顔で額に青筋を立てる。あっこれマジギレですねこれは……。

 

 

「……でもっ」「大丈夫だよめぐねえ」

きつく握りしてられた手を丈槍の小さな手が包み込み、安心させるように宥める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低限のルールは決めておこう、当然だが殺しは無しだ。武器は自由、相手を気絶させるor降伏させた方が勝ちだ」

グラウンドへと移動し、審判役として喜来センパイと右原を選び向かい合うようにして立つ直樹と頭護、城下と恵飛須沢。武闘派の二人は釘バットとバールのようなものという殺意高めな選択に対して、二人が選んだ得物は──。

 

 

「おい、武器はどうした」

城下の問いに、恵飛須沢は「必要ない」と手足のストレッチをしながら答えた。恵飛須沢はまだしも直樹まで無手を選択するとは思わなかった。

 

 

「な、なぁ……やばいんじゃないか?」

離れたところで鉄棒を背に眺めていた俺へ警戒の色を見せながらも小声で問いかけてくる高上。元は争いを好まない性格でガールフレンドの右原の側に居るために頭護達に従っていた様子が伺えていたが、他人を心配するだけの良心は残っているらしい。

 

 

「まぁ見てろ」

短く答え、口の端を吊り上げた俺を怪訝な顔で見てくる。

 

 

やがて審判二人の合図と共に頭護が直樹へ……城下が恵飛須沢へと襲い掛かる。振り上げられた釘バットが頭部目掛けて振り下ろされるが、目を伏せる事もなくしっかりと見据えた直樹が半歩横にずれ難なくかわす。

瞬間左足を軸に360度回転し頭護の背後へ回り込みつつ振り返ろうとした奴の右手首を掴み背中越しに内側へ捻る。

 

 

女子の腕力とは言え散々俺との訓練やコンパウンドボウを引くために握力も腕力も見た目以上に強まっているため、あっさりと腕を取られた頭護は姿勢を崩し欠けるが、何とか持ちこたえようと足と腰に力を込めた。

だがそれを呼んでいた直樹はすかさず膝に蹴りを加え、自分とほぼ同じあたりまで落ちてきた首を空いた方の腕でロックし、そのまま跳躍すると全体重を持って頭護を地面へとねじ伏せた。

 

 

「がっ──!」

グルリと綺麗に一回転した勢いのまま地面に背中から叩き付けられた衝撃で肺の中の空気を漏らすような声を出した頭護。起き上がるよりも先に突き出した指先が眼球の寸前で止まったところで両者が動きを止める。

 

 

「ま、参った……」

 

 

「そ、そこまで!」

頭護の降伏宣言を受け持っていた白旗を掲げ直樹の勝利を宣言する右原。

瞬殺──とまでは行かなかったものの今まで教えてきた対人格闘をしっかり身に付けてくれた事に指南役としては鼻が高い。

 

 

手に付いた砂を叩き落としながら踵を返した直樹が一直線に俺の方へと向かってくる。

やばいなんかこっちきた。

 

 

内心冷や汗を流しながら目の前に立ち、ジト目で何かを訴えてくるように見つめられる。

 

 

えー……と?

 

 

「……よくやった」

取り敢えずそういって頭を撫でる。てっきり叩き落とされた挙げ句腹パンの一発くらいは覚悟していたが、待てども待てどもそういったものは来ず。何故か満更でもない顔で撫でられるままの直樹。

 

 

なんだろう、芸を覚えた太郎丸に近い何かを感じる……。

 

 

一方その頃、恵飛須沢の方はと言えば──。

 

 

「ガッハァ──!?」

 

 

これはひどい。

 

 

横凪ぎに振られたバールを姿勢を低くしたまま股の間を垂直に蹴りあげたニーパッド付きの膝が城下の人柱へ突き刺さる。潰れてはいないだろうが、そのあまりの激痛に白目を向いて膝から崩れるのと同時に側頭部へ鋭い回し蹴りが叩き込まれる。

 

 

オーバーキルってレベルじゃねぇ……こいつぁひでぇや。

 

 

完全に伸びきった哀れな男に恐る恐る近づいて白旗を上げる喜来センパイ。

うわぁと見ていた観客がドン引きし、高上は自身の股間を押さえて震え上がっていた……。

 

 

南無南無。

 

 

──と、言うわけでワンサイドゲームで幕を閉じ、気絶した城下を適当に介抱した後……再度部屋へと集まった俺達は勝利の代価として武闘派を引き込むのに成功した。

 

 

白目を向いたまま床に寝かされている城下はそっちのけで「負けたからには従う」と少し腑に落ちないがと言いたげな頭護。高上と右原は既に快く承諾しており既にこちら側の人間と化している。

 

 

が、ここまで来てなお首を縦に振らない人物が一人……。

 

 

「群れた程度で、結局意味なんてないのよ」

どこか遠くを見ているような虚ろな目をして吐き捨てるように呟く神持。頭護もそうだがこの二人は生き残りの中で『自分は選ばれた』人間であるという盲信を抱いている。

 

 

特に神持は重症だ。平凡な日常に退屈し、地獄と化したこの世界を自由で素晴らしいと捉え生き残った自分は選ばれた存在として全てを容認された特別な存在であるという信念。

 

 

俺はそれを否定する。

 

 

「──選ばれた人間なんて居やしない」

 

 

「っ──」

 

 

扉に手を掛けていた神持の肩がピクリと震える。

 

 

「いいか、選ばれた人間なんて居やしないんだ。特別な奴もいない、この世界では誰もが弱者だ。俺達は『選ばれた』訳でも無ければ『特別』な訳でもない。自分の意思で選んだ……俺も、アンタ達も」

 

 

生き残る為には誰かが上に立たなければならないという考えも、退屈な平凡から逸脱した高揚感も、自分は特別なんだという感情も……『よくわかる』。かつての俺もそうだった。

 

 

転生という形で人生をリスタートし、周囲の人間とは違う産まれ方をした。前世の記憶と知識を持っていたため他人よりも賢く見られ、羨まれ、妬まれ、その果てに自然と周囲へ壁を作った。

 

 

俺はお前達とは違う。心の片隅でそう思っていたのはたしかだ。そしてそれは若狭達に対しても抱いていたかもしれない感情だ。原作という知識を知り、未来を知るがゆえそれを回避できるのは自分達だけだと。

英雄願望があったわけじゃない。ただそうするのが役目だと思っていた。

 

 

だが感染者との戦いと学院での生活、今まで経験したことがなかった命のやり取り……そして当初はただのキャラクターとしてしか認識していなかった者達の存在を目の当たりにして現実を見せつけられた。

 

 

だがそれを自覚したところで意味はない。もう後戻りできないところまで来てしまった。

 

 

「アンタ達が切り捨ててきた人間は戻っては来ない。弱かったから死んだのかもしれない、生き残ったのなら死んでいった奴等の分まで生きなきゃならない」

 

 

「……贖罪しろとでも言いたいの?」

 

 

「何のために生きるかは自分で決めろ、だが俺達と行動を一緒にする以上は勝手に死ぬことは許さない」

 

 

「──貴方は……」

自分が矛盾に満ちた事を言っているのは理解している。非情でなければならないと思いつつも一度抱いた情を拭いきれないでいる。それが原因で悪い方向に進んでしまうかもしれないと思いつつも、どこかで「正しい事だ」と自分に言い聞かせている。

 

 

最近自分の中で何かがズレていくような気がする。正確には黒ずくめの連中を始末したあたりからだ……。特に気に止めていた訳じゃなかったが……なんだかんだ影響を受けているのかも知れない。

 

 

自分がどうあるべきか……。

 

 

──とぉ。いかんいかん、また考えに耽っていた。

 

 

「ま、正直そこまで強制するつもりはないが……少なくとも俺の仲間に危害を加えることだけはしないでくれよ」

そろそろやることもやらないとな、と拓三を呼びつけ俺達は部屋を後にする。

 

 

「どこ行くんですか?」

 

 

「あ~……。……『掃除』?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──選ばれた人間なんて居やしない──。

 

 

そう言われた時、私は思わず唇を噛んだ。

学校が嫌いだった……ずっと嫌いだった。決まりきった毎日、先の見えた人生、窒息しそうな毎日。

 

 

何がそんなに楽しいの?

 

 

私は孤独を感じていた。他者とはズレた感情を持ち誰とも分かち合えないこの感覚、いつまでも続いて私を苦しませる世界が嫌いだった。

でも世界が豹変したことによって私は変わることができた。

 

 

なんて素晴らしい世界!

 

 

ヘラヘラと意味もなく笑っていたあいつらは死んで、私は──生き残った。

 

 

私は自由だ。何をしてもいい……何をしても!

 

 

それからは毎日が楽しくて仕方ない。生き残る為に他者を蹴落とし血みどろな世界を謳歌するのが楽しくて仕方なかった。法律も秩序もなく、私を止める者も裁く者も存在しない。

 

 

全てが許される。

 

 

ああ、素晴らしい……素晴らしいわ!

 

 

──だけど、こんなに素晴らしい世界なのに『あいつら』はそれがわからない。

そうだきっと、この世界は私のために……私だけのためにあるんだ。

 

 

私は……選ばれた。

 

 

私は死なない。

 

 

私は無敵。

 

 

……だというのに──。

 

 

──いいか、選ばれた人間なんて居やしないんだ。特別な奴もいない、この世界では誰もが弱者だ。俺達は『選ばれた』訳でも無ければ『特別』な訳でもない。自分の意思で選んだ……俺も、アンタ達も──。

 

 

かつての私と同じように、世界がつまらなくて仕方ないと言いたげな顔であの男はそう言った。なんなんだこの男は、口先から出てくるのは青臭い少年漫画の登場人物みたいな事を言う、何様のつもりなんだ。

どうせ貴方も下らない正義感とウザったらしい倫理観を抱いた偽善者に過ぎない。

 

 

ああ、つまらない。どうして貴方みたいなのが生きているの?

 

 

不愉快極まりない。

 

 

「理解できないわね」

 

 

「えっ……?」

無意識の内に溢れた一人言を聞いた新顔の高校生……名前は興味がないから覚えてない。クリーム色の髪をした娘が振り替える。会議室を出た二人の男子生徒が『掃除』と称して何かを準備し始めた。

 

 

勝手なことをさせるつもりは無いけれどタカヒト達が従うと決めてしまった以上は私一人でどうにか出来るとは思えない……様子を見るしかない、場合によってはここを離れる選択も──。

 

 

「貴女達の目的は何なのかしら」

 

 

「……わかりません」

その問いに帰って来た答えがあまりにも間を抜けていたせいで思わず「はぁ?」という声が漏れた。目的がわからないとは一体どういうことなのかしら。

 

 

僅かな間だったけれど彼らのグループは10人という人数で行動しながらもその実ほとんどの決定権は二人の男子に委ねられているというのがよく分かった。

 

 

ともすればそれは思考放棄に他ならない。

 

 

リーダーという存在は他者を惹き付け統率を取る人物にこそ相応しい。

ただ二人の女子が見せたタカヒトとタカシゲに対する格闘技術。ただの女子高生があんなこと出来るはずがない……だとすれば男子二人が何かしらの教鞭を振るったのだろう。

 

 

だが彼らも同じく高校生だ。高校生にそんなことが可能なのか?

 

 

どうにもあの二人は実態が掴めない。

 

 

「待たせたな」

戻ってきた二人の姿を見て、思わず息を飲んだ。私だけではない、タカヒト達や穏健派の連中までもがその異様な姿に驚愕の色を見せる。

 

 

先程まで来ていた一般的な私服からとって変わって全身を包む黒一色の服装、硬質なプロテクターを着けた手足。そしてその手にはキッチンナイフやポケットナイフなどとは比べ物にならないほどの大きさを持つ武器の数々。刀剣のようなものや鎌のようなもの、先端が金槌のようになっている1m近くあるステッキのようなもの、大小異なるナイフを何本も全身至るところにくくりつけた……そんな二人の姿。

 

 

そしてどこへ向かうのかと思えば多くの感染者が放置されている区画へと足を運んだ私達。一体何をするのかと疑問を抱いていると、徐に二人は封鎖しているコンテナやブロック塀を登り始めた。

 

 

「先輩!?」

突然の行動に新入り達の数名が二人を押し止めようとする。何をするつもりなのかという疑問に「言っただろう、掃除だって」などと顔色一つ変えずに答えた。

 

 

まさか二人だけで中の感染者を倒すつもりなの?

不可能だ、少なくとも50人は下らない数が居たはず。広い空間で大人数の手で掛かれば何とかなるかもしれないが500平米もない四方が囲まれた空間でたった二人掛かりでどうにか出来るわけがない。

 

 

自殺行為だ。そんな二人を手伝うと申し出たクリーム髪の娘とツインテールの娘が名乗りを上げるが却下される。どうしてかと問われた赤みがかった髪の男子が僅かに笑みを浮かべたように思えた。

 

 

どこまでも冷たくて影のある表情に、私は微かな胸の高鳴りを感じた。

なんなのだこの二人は……今まで居たどの人物とも違う、まるで地の底から這い出てきた悪魔のような存在。

 

 

私は選ばれた人間のはずだ……。

 

 

世界に選ばれ、生き残った特別な存在のはずだ……。

 

 

──選ばれた人間なんて居やしない──。

 

 

もう一度あの男子生徒の言葉が脳裏を過る。私達が選ばれた人間ではないと言うなら……貴方は、貴方達は一体『何』だと言うの……?

 

 

私の思考に答えが導き出されるまでに、彼らによって蹂躙が開始された。

 

 

目を奪われたとはまさにこの事。隔離区域に踏み入った瞬間、二人の存在を感知した感染者達が次々と襲いかかった。だがその腐敗した手が触れるよりも先に瞬きをする一瞬で何人かの首が綺麗に飛んだ。

音もなく振るわれた金髪頭の男子が持つ剣のようなもの。片腕での一薙ぎ……たったそれだけで首を切断してみせた。腐敗が進み骨肉が脆くなっているとはいえ生半可な力で首を両断するのにはそれなりの力が必要なはずだ。現に私やシノウは細いナイフやアイスピックなどで弱点である頭部にダメージを通すことで倒してきた。

 

 

力のあるタカヒトやタカシゲはバットなどで殴打することで感染者を倒してきた。

 

 

だが彼らは違う。横薙ぎに振るわれた一撃と共に姿勢を驚くほど低くした赤髪の彼が駆ける。シャトルランで見るようなスタートダッシュなんて目ではない程の脚力と跳躍、蟷螂のような鎌を両手に持ち一瞬で数体の感染者の間を潜り抜けると同時に、僅かにその体がブレたような気がした。

 

 

ごくりと生唾を飲む。ピタリと感染者の動きが止まったかと思えばやはり首と胴体が別れバタバタと倒れていく。

 

 

力に任せた大盤振る舞いを見せる金髪頭の男子は剣のようなものとハンマー付きのステッキを振り回しながら次々と薙ぎ倒していく。縦に、横に、斜めに、面白いように切り裂かれていく人体。時に先端の金槌やその反対にあるピッケルのような突起で頭蓋を叩き割っていく。

 

 

対照的に目にも止まらない速度で駆け抜け、的確に急所のみを切り裂き映画のアクションスターのような現実離れした身体能力を持って縦横無尽な立ち回り。弄ぶように手の内で回転させる鎌を振るい、指の隙間で小振りのナイフを挟むとそれを投擲し見事眉間を穿つ。

 

 

互いの事など気にしている素振りは見受けられない、にも拘らず言葉一つ交わさずとも互いの背中を任せるように一定の距離を保ちつつ一体……また一体と感染者を無力化し、どんどん地面を赤黒い血で染め上げていく。

 

 

誰も彼もが言葉を失うほどの光景、息をするのも忘れるほどに……いつの間にか私は彼らから目を離せないでいた。

 

 

血潮が舞い散る空間で顔色一つ変えない。罪悪感どころか嫌悪感の欠片も感じていないような表情。元人間のそれを躊躇なく蹂躙する無慈悲な殺戮者。

 

 

ああ、嗚呼──!

 

 

なんて……なんて『素敵』なんだ!

 

 

私は間違っていた。何て愚かなんだろう、私は選ばれてなんていなかった。

誰にも、世界にも。

 

 

本当の意味で『選ばれた』のは……あの二人なんだわ!

 

 

早鐘を打つ胸の鼓動に全身の血が滾る。興奮に息が荒げ、今にも高笑いしてしまいたい気持ちを圧し殺して震える体を両腕で抱き締める。

 

 

体が熱い、堪らなくどうにかなってしまいそう。

 

 

ああ『欲しい』──あの二人が……!

 

 

私のモノにしたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はきっと、あの二人を手に入れる為に産まれてきたんだわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




墜ちたな(確信




個人的アニメ版で登場しなかった原作キャラクターのCV的な脳内設定。

るーちゃん(門脇舞以)
五十鈴 奏(斎藤千和)

出口 桐子(悠木碧)
光里 晶(赤﨑千夏)
喜来 比嘉子(渕上 舞)

稜河原 理瀬(小林ゆう)
青襲 椎子(本田貴子)

頭護 貴人(中村悠一)
神持 朱夏(日笠陽子)
城下 隆茂(杉田智和)
高上 聯弥(阪口大助)
右原 篠生(小倉唯)

はっきり言って好きな声優のゴリ押し。

え? キチガイ二人の声? ご想像にお任せします(真顔


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けっせい

鬼滅の刃をすこれ

炭治郎に応援されたいだけの人生だった……(´ω`)


「シッ──ッセイ!」

何度も振るった鎌の持ち手やグローブの血糊によって滑りが限界を越え、持ち換えたカランビットナイフを逆手に感染者の首を切り裂く。

刃渡りの関係上一撃で無力化できるわけではないので追撃の回し蹴りを叩き込み、切断面からブチブチと千切れるように回転しながら飛んでいく頭部。

 

 

続けざまに背後から襲ってきた一体を背を向けたまま片足を刈り上げるように素早く全身を使って顎まで届くように抉る。

 

 

脆くなった骨と腐敗した肉が剥がれ堕ち下顎を失いながらよろけたところを更に足を凪ぎ払う。普通の人間と違って避ける、身構えるといった行動を取れない感染者はそのままボーリングのピンのように倒れ側頭部に刃を突き立てる。

 

 

「オーッ──ルァア!!」

離れたところで感染者を相手に格ゲーばりの奮闘を魅せる拓三。周囲には打撃によって粉砕された頭部だけがない感染者が散らばっている。

裏拳で吹き飛びかけた一体の足首を掴むと、それを振り回し纏めて叩き潰していく。

 

やがて耐えきれなくなった感染者の足首が千切れ、拓三の「あっ」という間抜けた声と共にあらぬ方向……というか俺の方向にきりもみしながら飛んできた。

 

「ふん!」

跳躍し、勢いに上乗せするように踵落としを放ち地面へ落下したそれはベシャリと赤黒い血に華を咲かせる。うつ伏せで倒れ、左手の人差し指だけが上に向かって伸びるその姿がどこか既視感を抱いたがきっと気のせいだろう。

 

 

「わりぃわりぃ」

手に付いた土を払いながら周囲を見渡す。今の感染者が最後だったようで周りには無力化した感染者の亡骸だけが残っていた。時計を確認するとスコアタイムは15分。

 

 

「28、お前は?」

 

 

「……27」

俺の答えに、拓三はニヤリと口角を上げながら「オレの勝ち」と笑う。コツンと突き出した拳同士をぶつけ合わせ俺たちは戦いを終えた。

 

 

地面に落ちた武器や、投げたナイフなどを全て回収し死体を全て一ヶ所に集める。用意しておいたポリタンクの中身を掛け火を着けたマッチを投げ入れると一気に燃え上がる。

 

 

キャンプファイヤーなんてレベルじゃない大炎上を背に、俺達が外壁を登ると呆然とする大学メンバーともう慣れたというような顔で「お疲れ様です」と迎える生活部の面々。ガスマスクを取り外し受け取った水を飲み干していく。いくら鍛えたとはいえ15分フルスロットルで動き続けただけあって喉も乾くし汗も掻く。

 

 

血で汚れた上着を脱ぎ捨て、タオルで汗を拭いていると不意に直樹たちの視線が後ろに向けられているのに気付く。何とも言えない表情「え?」というような顔をする直樹や露骨に気味悪そうな顔の恵飛須沢。

 

 

「嫌な予感」

と慌ててガスマスクを被る拓三。どうしたのかと疑問を抱き、背後から迫っていた気配に何かあるのかと振り返った瞬間──。

 

 

「んぅ」

 

 

「むぐっ──!!?」

頭の中が真っ白になった。振り返ったと同時に視界いっぱいに神持の顔を捉えたと思った瞬間、口付けをされた。それも軽いなんて物じゃない。ガッツリ後頭部をホールドされ強引に舌までねじ込まれた上に色々吸いとられそうな勢いのえげつないディープキス。

 

 

思考停止した俺を良いことに、10秒……いや──もっと長かったのかもしれない。とにかく満足したのかようやく口を離した神持。高揚し赤く染まった頬、溢れた唾液を舌で舐めとり恍惚な笑みを浮かべる。

 

 

「……………………ナ、ナンノツモリダ」

何とか正気を取り戻し捻り出した声は上擦ってしまう。汗を拭いたタオルで口を拭う。

落ち着け俺。たかがこの程度で狼狽えるほど軟弱じゃないはずだ俺、いくら前世含めて彼女できない歴=人生二週目と言えども数多くの苦痛に耐えしのぐように肉体的にも精神的にも強くなる努力をしてきた筈だ。命のやり取りだって経験し、普通ではありえない程の茨の道を歩んできたんだ、たかがキス一つで何を狼狽える事がある。……あ、でもこれ地味に前世も含めてファーストキスやんけ。待て待て何を考えている今はそういう事じゃねーだろでもまぁ神持も外見だけは美人だし役得っちゃ役得なのか? いやいやだから落ち着け俺。COOLだ、COOLになれ木村 秀樹。

 

 

「決めたわ」

笑みを浮かべたまま瞳を閉じ、少し間を置いた神持はとんでもない事を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私、貴方の子を産みたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………は?

 

 

「──は?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「ブッフォッ!」

間の抜けた声を漏らす俺と同様に、直樹と若狭、そして佐倉先生も同様に声を漏らし拓三は盛大に吹き出した。

腹を抱えて笑い転げている。

 

 

「アハハハハハハハハ! アッハ──ングッハハハハハハ! あー! あー! ダメ腹痛てェアハハハハハハハハ!!!」

 

 

「あら、貴方の子も欲しいのだけれど」

更に追撃と言わんばかりに爆弾を投下していくスタイル。今度は恵飛須沢が瞼をヒクつかせながら「は?」とドスの効いた声を出す。

 

 

「…………」

先程までゲラゲラ笑っていた拓三は突然無言のまま立ち上がり、砂埃を払い呼吸を整える。そんな拓三へ一歩神持が歩み寄った、その刹那──。

 

 

「ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ」

ありえない速度でバックステップしていく。それはもう某TASゲーに名高い変態機動を逆再生したような勢いでコンテナから飛び降り、瞬きする頃には学生寮の入り口に姿を消した。

 

 

ちょっと待てお前なんだその動き、そんだけ早く動けたのかお前初めて知ったぞ。

 

 

「逃げられたわね、まぁいいわ──」

振り返った神持と視線が合う、衝撃的すぎる衝撃に体が上手く動かない。デバフ効果かな?

 

 

「ねぇ、貴方の子を産ませて?」

耳元で囁くように腕を首へ絡めてくる。全身から汗が吹き出す、なんだこの恐怖は……まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。体が動かない、手が震え呼吸が乱れる。

 

 

そうか……これが恐怖か──!

 

 

ガシッ。目前に迫る神持の顔、しかしその肩を掴む者がいた。あら、と目を丸くし引き剥がされる。そんな彼女を引き止めたのは……二人の修羅だった。

 

 

「…………」

口元は絶えず笑みを浮かべたままだが、完全に目が据わっている。一瞬だけ手にノコギリを持っていると錯覚させるほどの殺気を放つ若狭、nice boatの単語が頭を過った。

 

 

こわっ。

 

 

「…………」

対照的に怒りの表情を露にし、プクリと頬を膨らませる直樹。しかしその怒りの矛先は何故か俺に向けられているのはどういうことなのだろう。

 

 

「何かしら」

 

 

「『何かしら』──じゃありません、何してるんですか?」

 

 

「そうですよ、こんな時に」

二人の問い掛けに神持はクスクスと笑う。盾にするように俺の後ろへ回り込み腰と首に腕を絡めてくる。されるがままの俺に怒りの沸点が上昇し二人から尋常ではない気配が溢れる。

 

 

「あら、何を言うの? こんな時『だから』こそでしょう?」

きめ細かい綺麗な手で顎を愛撫される。首筋に息を吹き掛けられゾワリとした寒気が背筋を駆け抜ける。が、それがキッカケとなったのか反射的に体を翻し神持の拘束から逃れる。

 

 

「──ふふ、つれないわね」

まぁいいわ、と踵を翻した神持は一人去っていく。

 

 

その背を見送り、気まずい空気の中で溜め息を吐いた俺が若狭と直樹へ視線を向けた。

 

 

 

 

パァン!!

 

 

 

 

 

 

瞬間、左右の頬に衝撃が走る。

理不尽すぎりだろう……俺が一体、何をしたって言うんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでまぁ……我々の新たな第一歩を祝して──乾杯!」

 

 

「「「「乾杯!」」」」

トーコさんの宣言と共に全員が乾杯と持っていた紙コップを掲げる。以前まで対立していたというサークルと武闘派、そして私達学園生活部。総勢20人が一つの部屋に集まって団欒を過ごすようになった。

 

 

まだ少し溝はあるけれど、そこにはたしかに談笑と温もりがあった。

これも全て、木村先輩と田所先輩のおかげ──なのだけれど。

 

 

「……っ──」

 

 

「ブフッンフフフ」

両頬に真っ赤な手形を残し、険しい表情のまま無言でお茶を飲む木村先輩と、そんな彼を横目に堪えきれない笑いを吹き出しお腹を抱えている田所先輩。

 

 

少し気の毒だと思ってしまう、美紀もりーさんも木村先輩の事好きっぽいし。二人はまだ自覚してないけど端から見て明らかに好意を寄せてるのがバレバレ……しかももしかしたら佐倉先生もって感じがするんだよねぇ。

 

 

たしかに木村先輩は目付きが鋭いとはいえ顔立ちも大人びてて性格も落ち着いていて優しいところもあるし、危険を顧みず私達を助けてくれたあの背中にときめくのも分かる。

 

 

でも私はどっちかっていうと──。

 

 

「どうしたの圭」

木村をからかう田所先輩と、鬱陶しがる木村先輩の二人。私達には一歩引いたような態度の二人だけど互いが言葉を交わすときはいつも普段とは違う様子を見せる。そんな二人を眺めていた私へ美紀が声を掛けてきた。

 

 

慌てて何でもないと答えお茶を啜る。

 

 

「ほらほらぁ! 君たちももっと飲め飲めぇ!」

ふらふらと危なげな足取りで現れたトーコさんが空っぽになったコップに飲み物を注いで──って!

 

 

「これお酒じゃないですか!」

 

 

「細かい事は気にしない気にしな~い」

完全に出来上がっているトーコさん、さぁ飲め飲めと酔っ払った中年のように絡んでくるが背後から現れたアキさんによって鉄拳制裁を受けて引き摺られていった。

 

 

もて余したお酒をどうしようかと二人で悩んでいると、いつの間にか隣に立っていた木村先輩によって私達のコップは木村先輩と田所先輩が使っていたであろうコップと交換する形で手渡された。

 

木村先輩は特に何も考えずの行動なのだろうけど、今先輩が口を付けてる紙コップはさっきまでお茶を飲んでいた美紀のもの。そして私が意図的に美紀へ渡したのは木村先輩が元々飲んでいた方のコップである。

 

 

つまり──。

 

 

「あ……ぁぅぁぅ」

顔を真っ赤にして頭から煙を立ち上らせる親友の姿が愛らしくて仕方ない。普段クールな感じなのに好きな男の人が出来るとこんなに変わるものなんだなぁと思わず笑みを溢す。

 

 

「というか、先輩お酒大丈夫なんですか?」

今更だけど先輩も私達と同じ未成年なのに飲酒して大丈夫なのだろうかと問いかけると「さぁな」となに食わぬ顔でお酒を飲み干していた。

 

 

…………まだ顔に手形がクッキリ残っているせいで決まっていないというのは黙っておこう。

 

 

懲りずにドンチャン騒ぎするトーコさんと、それを呆れた様子で溜め息を吐くアキさんとヒカさん。元武闘派の人達もぎこちない様子だけど、僅かに楽しんでいるようだ。

 

 

相変わらず例の女の人……えーと神持さん、だったかな。彼女が熱を帯びた目で木村先輩と田所先輩を見つめている。なんというか美紀やりーさん、佐倉先生とは違うベクトルの好意というか……獲物を前に舌舐めずりする猛獣とかそういう感じがする。

 

 

しかしああも直線的に好意?を向けられたとあってはどうなるか分からない。木村先輩だってどんなに凄い人と言えど男の子なんだ。外見だけで言えばトップクラスに美人な神持さんに言い寄られたらどうなることか。

 

 

既に先手を打たれちゃってる訳だけど……。先輩の狼狽具合からしてきっとファーストキス、このままでは盗られてしまうと親友に忠告するべきだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

数時間もの宴会を経て、皆が寝静まった頃……俺は一人学生寮の屋上で黄昏ていた。今日は色々と濃い一日だった気がする。ようやく取れた頬の痛みと手形、なんだかよく分からないが二人に謝ってはみたものの口では許してくれたがどこか不満げな若狭と直樹。どうすればいいのかと佐倉先生に訪ねてみたら「知りません」とやや怒ったような口調で見捨てられた。

 

 

困惑する俺の肩を叩き、達観した表情で首を横に振る五十鈴さんは「頑張りたまえ、青少年……」と言い去っていった。意味がわからない……。

 

 

「はぁ……」

 

 

「こんなところで一人溜め息を吐いているとはらしくないな」

塔屋のドアが開き、現れたのは銀色の髪を後ろで一纏めにした一人の女性──青襲 椎子だった。どうしてこんなところに……なんて疑問には浮かばない。何故なら呼んだのは俺だからだ。

 

 

「君達がくれた資料、読ませてもらったよ」

懐から煙草を取り出し、少し俺へ目配せしてくる。言葉も無く頷くと彼女はライターで火を灯し煙を吐き出す。

ゆらゆらと揺らめく紫煙が風にのって流れていく……微かに鼻を擽る煙草特有の臭い。

 

 

「随分派手な事までしたものだな」

正気を疑うよ、と苦笑される。彼女には俺達が纏めたこれまでの細菌を利用した実験結果などを含めたレポートを渡した。会議室で他のメンバーに渡したものとは別のものだ。

 

 

実験結果……つまり黒ずくめの連中に行った事も不必要な発言以外一字一句余すこと無く書き記したものを青襲さんには知らせておいた。

正直一種の賭けだった。もしも彼女がこの事で俺達を軽蔑し他のメンバーへ打ち明け、迫害される可能性もあった。だが彼女が研究熱心である事と、今後の事に関してどうしても俺達の行動を認識してなお付いてきてくれることに俺は賭けていた。

 

 

「本来であれば警察に突き出していたところだが……ふふ、その警察が機能していないのだから仕方ない。それに私だって研究者の端くれだ。研究材料が無償で手に入るのはありがたい」

そういって俺の隣まで来ると同じように手摺へ腕を乗せ、もう一度紫煙を吹く。

 

 

「…………」

 

 

「……何か?」

ジッと鋭い目で顔を見据えられる。

 

 

「いや、お前達のような生き方は──さぞ息苦しいだろうと思ってな」

その言葉に、思わず手が震えた。息苦しい……か、そうかもしれない。世界の命運だとか、皆を守る存在だとか、そういう事を考えたことはない。……いや、考えないようにしていた。

 

 

世界を知ったつもりだったが何もかも上手く行くわけがない、そんな事が可能なら最初からこの惨状を食い止めるだけの力があればよかった。でも俺達は転生しただけの存在だ。都合のいい力も無ければ奇跡を起こす魔法もない。だから俺達は自力で鍛えるしかない……鍛えて、鍛えて、鍛えて、それでも全部救える訳がない。

 

 

でもせめて、手の届く範囲にいる誰かを救うことができるならそれで良いと思った。例え恨まれたとしても構わない。

 

 

「…………」

 

 

「……一つ提案なんだが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今後についての話だが……」

翌朝、酒によって完全に眠りが深くなっていた大学メンバーを物理的に叩き起こし、二日酔いの酷い出口センパイや城下が魘されているのを無視し全員を召集した俺はホワイトボードに書き記した大学全体の見取り図を皆が見えるところまで拓三に動かさせる。

 

 

「まず拠点としてこの大学を使うに当たって、重点的に守りを固める場所。野菜なんかの自給自足できる食料を育てる畑や貯水槽の増設、見張り台の作成や生活空間の補強。やることは沢山あるぞ」

 

 

パシンと教鞭を叩き一つ一つ予定の計画を書き記した物を全員へ配る。

 

 

「この『訓練』ってのはなんだ?」

煙草を咥えたまま挙手を上げる城下。すると女子側からは「えっそんなのあった?」という声が上がる。

 

 

「訓練は文字通り、戦う術を身に付けるための訓練だ。受けてもらうのは頭護、城下、高上の三人だ」

指名された三人はそれぞれ「訓練か……」「げっ、マジ?」「ぼ、僕も?」と声を漏らす。

 

 

「当然だ、お前達はあまりにも弱すぎる。昨日の動き方からしてあまりにもお粗末だ、感染者相手でも多勢に無勢だろう」

だから鍛える、と追加で三人に数枚のプリントを配る。中身はもちろんビッシリと訓練メニューの内容が書かれている。初歩的なトレーニングに加え恵飛須沢や直樹に対して行ったものの倍以上はある内容だ。本当なら徹底的に山にでも混もって一年くらいは叩き込みたいところだがそんな余裕も時間もない。

 

 

「二週間だ。二週間でお前達を最低限のラインまで鍛える、拒否は受け付けん」

いいな? と睨みを効かせると反対的だった城下はガックリと項垂れ、頭護は溜め息を吐き、高上は「……これを受ければ……僕も強く……」とボソボソ呟き始める。

 

 

「ボク達は受けなくていいの?」

机に突っ伏していた出口センパイの疑問に、不安げな顔で俺を見る光里センパイと喜来センパイの二人。そう、二人は経緯は違えどあまりにも力で統率を図った武闘派から離れるためにサークルとして離反した。

俺達が新たに加わりこうして俺が頭目──のような行動に出れば結局同じように強要を強いられるのではと危惧されるのは必然だ。

 

 

「いや、訓練はあくまで男連中だけだ。センパイ方にはもっと別なことをしてもらう」

ページを捲ってみてくれと促すとそれぞれ一枚目のプリントを捲る。中身は生活空間の補強や掃除、道具の作成や修理など簡単なものから少し知識の要るものまで揃っている。それを強制ではないが率先して自分にあった仕事をしてほしいと告げる。

 

 

ここで生活するならば、その辺の時間くらいは余裕が持てる。

 

 

「道具の作成……?」

小首を傾げた喜来センパイ。

 

 

「ちょっとした武器や防具、フェンスとして使えるもの、必要なものがあれば随時追加していくが……まぁ基本的にそういったものの工作や修理なんかがメインだ。たしかセンパイは工学部でしたね」

 

 

「えっ……あ、うん……」

少し驚きつつも、期待してますよと告げると僅かに微笑み小さく頷くと顔をプリントで隠す。ふと殺気を感じ、視線を移すとまたしても若狭と直樹が機嫌を損ねていた。

 

 

俺はモチベーションを上げるために言っただけで別にそういう下心があって言ってる訳じゃないんだが……。

 

 

「そうだよね……そろそろボクらもがんばらないと!」

ようやく酔いが覚めたのか、元気を取り戻した出口センパイがやる気に満ちた顔で席を立つ。

 

 

「よーし! そうと決まれば早速宴会──」「それはもういいっての」

光里センパイの鋭いチョップが炸裂し、机に沈む。

 

 

「畑……といっても勝手が分からないと育たないんじゃないの?」

「この中に農業科だった生徒もいないし」と付け加える神持、その辺は学園生活部で若狭を中心に経験があるので各自で教わって欲しいと答える。

 

 

「ところで、どうして二週間なんですか?」

手を上げた直樹の質問に、俺はチラリと青襲さんへ視線を一瞬だけ向ける。

 

 

「二週間後、俺はランダルコーポレーションへ向かう事にした」

その発言に、拓三と青襲さん以外の全員が驚愕の声を上げる。

 

 

「一人で行くつもりなんですか!?」

 

 

「どうして何も相談してくれないの!?」

不安と困惑の表情で問い詰めてくる生活部の面々。一度手で制し事情を説明する。

 

 

「たしかに相談しなかったのはすまないと思っている。だがこれまでの経緯でお前達は肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているだろう」

ただの高校生や一般市民に過ぎない彼女たちにとって、今の世界へ適合できるだけの余裕が今はまだ無い。人がゾンビになり襲いかかってくるなどという非現実的な世界に変貌し、限られた空間と理不尽な恐怖の中での生活。そして先日の人間による強襲、溜まったストレスは計り知れないだろう。

 

 

昔は少人数だったために常に気を張り詰めるしかなかったがこうして20人もの人員が揃ったんだ。少しでも負担を減らし心身ともに休みを取らせるべきだという俺達なりの配慮だった……んだがやっぱり先んじて言っておくべきだったか?

 

 

どうも言葉足らずなせいで無意味な不安を募らせる事が多い気がする……。

 

 

「でも、いくら何でも一人でなんて……」

俯く若狭に、俺が言葉を掛けるよりも先に「いや、彼には私が同行しよう」と青襲さんが席を立つ。

事前に青襲さんだけには俺がその内ランダルへ向かうことを資料を渡した時点で告げており、本来は本当に一人で行くつもりだったのだが、昨日の夜に彼女から同行を提案されたのだ。

 

 

最初は必要ないと言ったのだが研究者として今起こっている事態の記録を自分の目で確かめたいという強い要望と、専門知識を持つ彼女ならばランダルにあるかもしれない研究データで気付く事があるかもしれないと了承したのだ。

 

 

「──と、言うわけだ。何か他に質問あるか?」

全員を見渡すように間を置くが、特に挙手はないと判断し一度手を叩く。

 

 

「では今日は解散。男連中の訓練は午後からの開始だ、言っておくが生半可な根性じゃ耐えられないからな。死ぬ気でがんばれ」

 

 

カハッと城下が白目を向いて開いた口からは魂が漏れていた。

 

 

「無理しないでね、れんくん……」

心配する右原に、高上は苦笑しながら「がんばる」と強がってみせる。

 

 

「いつまでも弱いままじゃいけないもんな」

決意を抱くように拳を握り締める。体格は小さいが度胸はあるようだ、後はどこまで伸びるか……だな。

 

 

「あの……私も訓練を──」

高上を一瞥し、自分も同じように訓練を受けたいと名乗り出た右原。たしかに原作においてもフットワークの軽さや行動の正確さから作中の中でもトップクラスに身体能力の高い右原だ。直樹や恵飛須沢同様に筋がいいのだろう。鍛えれば二人に勝るとは思うが……。

 

 

「いや、ダメだ」

俺はその申し出を拒否する。本人が望むなら本来であれば受けてやってもよかった。

 

 

そう、本来であれば──。

 

 

「どうしてっ」

 

 

「シノウ!」

意思を蔑ろにされ、僅かに怒りを露にする彼女を高上が押し止める。そんな二人にだけ聞こえるように、俺は二人の肩に手をおいて呟く。

 

 

「新しく授かった命を大事にしろ」

その言葉の意味に、最初は何を言っているんだと言った様子でポカンとした二人だったが……やがて思い当たる節があったのか顔を真っ赤に染めた右原があわあわと鯉のように口を開閉させ、何事かと慌てる高上。

 

 

「おめでとさん、強くなる理由が増えたな──『お父さん』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっえ……。……えぇええええええええ!?!?」




さぁ、次回からほのぼの()日常回だぞ退屈する用意は十分か!?

丸々二週間分の話をかっ飛ばすのは流石に忍びないので、少しの間気休めストーリーを挟みます。
その後は完全に原作とはかけ離れた(色んな意味で)シナリオを展開していくつもりです。

場合によってはちょいと必須タグを増やす事になると思いますので。
というか現時点で『アンチ・ヘイト』のタグを追加するべきか悩んでたり……。

他者様の作品を色々読ませて頂いたりして、徹底的に自分の文才の無さに打ちのめされそうですがこうして続けていられるのも数多くの閲覧やお気に入り登録、評価や感想を頂けたおかげです。

お金を払いたいレベルだねぇ!(貧乏兄貴



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あんそく

帝都復刻で爆死した分、事件簿コラボで大勝利したので初投稿です。


聖イシドロス大学での生活が始まった。

新しい環境と新しい仲間、変わり果ててしまった世界の中でも人と人との繋がりが増えれば心に安らぎが生まれる。巡ヶ丘での生活も苦ではなかったといえば嘘になる、私達が安心して居られたのは結局のところ……木村くんと田所くんの存在に強く依存していたからだ。

彼らは率先して危険な要因を私達から遠ざけるように立ち回り、文字通り守ってくれていた。

 

 

私達は──いや、私は何も出来なかった。

唯一の大人であり、彼ら彼女達の教師という立場でありながら私はあまりにも無力だった。

 

 

胡桃さんや美紀さんのように戦う勇気も無くて、ただただ彼らの無事を祈ることしか出来ない自分の不甲斐なさに押し潰されそうだった。

 

 

──それでいいんじゃないですか?──

 

 

そう言ってくれたのは他でもない木村くんだった。

無理をして強くあろうとする必要性はないのだと、女性なのだから自分達のような立ち回りをする必要性はないのだと、無事で居てくれればそれでいいのだと。……そう言ってくれた。

 

 

ぶっきらぼうな口調で、視線すら向けないままの言葉だったけれど……どうしようもない気持ちが溢れてくる。

私は危険に立ち向かうその背中が見えなくなってしまうのが怖かった。

 

 

教師として、こんな感情を生徒でもある歳下の男性に抱くのは絶対に間違っているしいけない事だと分かっていても……私はやっぱり、彼が好きなのだろう。

 

 

切っ掛けはただの吊り橋効果というものかもしれなかった。

 

 

命の危機に瀕している状況で、それを打ち払ってくれる異性に対して特別な気持ちを抱いてしまうのは必然なのかもしれない。

 

 

こんな時に色恋に現を抜かしている自分に呆れてしまう。そう思いながらもふと窓の外で大学生を相手にガミガミと大声で激励しながら走る彼の姿を目に捉えると、やはり頬と耳に熱が籠る。

 

 

 

 

「めぐねえ! 図書館から本借りてきたよぉ~!」

由紀さんの声に我に帰った私はいそいそと道具をまとめ、どうかしたのかと聞いてくる彼女に誤魔化すような仕草で部屋を後にした。

 

 

 

 

私は彼が好き。きっと私だけじゃないのだろう、異性として好きだと思っている子は他にもいる、本人は知らないかもしれないけれどああ見えて木村くんは田所くんと同様に昔から意外と一部の女子に人気があった。

 

 

感情を表に出さないミステリアスな風貌、誰も寄せ付けたがらないといった雰囲気を醸し出しながらそのくせ割とお人好しな一面もあり、初めて私が彼と会話を交わしたときも新人教師だった私が困っていた時に助けてくれたのが切っ掛けだったっけ。

 

 

一目見て「不良に絡まれてしまった」と泣きそうになったのをよく覚えている。でも言葉を交わして彼が優しい性格をしているのだと気付いた後は普通に接する事が出来た。同世代の子供達よりも遥かに達観した思考と意識があり、何かと相談事を持ち込んでいた。

 

 

彼以上に頼りになる人を、私は知らない。これが依存だと分かっていても……私は彼に居てほしい。

 

 

屋上で血にまみれ倒れる彼を見て冷静で要られなくなった、何かを隠すように言葉を紡ぐ彼の表情に不安があった、自己犠牲が過激になっていくのが耐えられなかった。

 

 

私達を守りたいという気持ちはとても嬉しい。でも──その代わりに貴方が傷つく姿を私はもう見たくない……我儘を言っている自覚はある。その事を伝えれば、きっと彼は困ったような顔でそれでも謝るのだろう。

 

 

そしてそんな彼を私はいつも何だかんだで容認してしまうのだ。

 

 

「おっまたせ~」

 

 

「遅れてごめんね~」

由紀さんと共に学生寮の屋上へ到着すると、そこには青襲さんや稜河原さん、グラウンドで訓練をする男子メンバーを除いた全員が集まっている。

 

屋上には用意されたビニールシートやレンガ、土やスコップなどの道具が集められている。

今後グラウンドの一部も農園化させる予定だけれど手始めに屋上農園から始めようと皆で決めた。

育てる作物は初心者でも育てられるというリーフレタスや二十日大根、生姜にししとうといった比較的簡単らしいものから、さつまいもや馬鈴薯。果物のラズベリーや苺なども育ててみる事にした。

 

 

さつまいもと馬鈴薯はグラウンドで栽培するつもりで少し後になるけれど。

 

 

「それじゃあ、早速始めていきましょうか」

一つ手を叩き、はーいという返事と共に皆で作業に移る。まずは肝心な農園の作成から、巡ヶ丘では最初から屋上農園が設置されていたけれど此処ではゼロから自分達で作っていかなければならない。

 

 

ただレンガで囲った所に土を入れて終わり──というわけではなくレンガの並べ方や、水などの流出を押さえるためのシートや作物用の土が必要なのだとか。農業科の生徒は居なくても、農業科は存在していたのが幸いし道具なんかは一通り揃っていた。

 

 

「どのくらいの大きさにする?」

 

 

「物で分けた方が良いよね?」

 

 

「果物用に小さいの一つと、中くらいのが三つくらい?」

 

 

「オッケー」

そんなやり取りをしながら作業を進めていく。なんて平和で穏やかな時間なのだろうか、楽しそうにしている由紀さん達と新しく仲間になった大学生さん達が和気あいあいと意見を交換している姿をいつまでも見ていたい。

 

 

こんな時代でなければ大学へ見学に来たというような感じで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラァ! まだたったの3キロだぞォオン!?」

赤いジャージを着た拓三が、ドラマの熱血体育教師のように竹刀を片手にバシバシと地面を叩きながら前を走る元武闘派の三人へ怒鳴り込む。

 

 

ヘロヘロと覚束ない足取りで全身から汗を滝のように流す三人。ただのランニングとはいえ本来であればこの程度でへばるほど軟弱ではないはずだ。小柄な高上ならまだしも体育会系を自称する城下までもが轟沈寸前だ。

 

 

そう、本来であれば──。

 

 

「短期間で普通のトレーニングしたってクソの役にも立たねェンだ! もっと『錘』追加されたいか!」

ジャージの上から両腕両足、腹と背中、腰などにそれぞれ300gの砂を積めた布袋を張り付け、各自手には弾倉のない銃が握られている。短時間での体力強化をするにはそれ相応にキツい訓練が必要になる。

 

 

初日は軽いトレーニングで全員の基準値を見計らい、全力で限界を見せた後に虐待同然の俺ら式ブートキャンプを開始した。もちろん長時間の過度な訓練は逆に体を壊す危険性なども考慮して一日午前と午後に3時間の6時間式。二週間でたった84時間しか無いが、あくまでこれは俺が遠征に行くためのブースト訓練であるため後は自主的に訓練すればいい。あくまで最低限とはそういう事だ。

 

 

とはいえやはり一般人の体力は俺たちと比べてあまりにも低い。

 

 

「クッソ──なんで……ゲホッ……テメェらは……平然と走ってられんっだよ……!」

嘆くように城下が叫ぶ、叫ぶ元気があるなら走れ走れと彼ら同様にジャージに布袋を張り付けた拓三が背中を押して無理矢理走らせる。とはいえ俺達の布袋は一個700g。頭護達が総重量2.1kgの砂袋+銃の錘に対して俺と拓三は4.9kgと倍以上の重量を抱えて走っている。

 

 

俺達はまだしも、一見2.1kgの錘を小分けにしたものなんて大したことがないと思われるが大きな間違いだ。まず走る度に振るう両腕や前へと進ませる足の錘が体力を徹底的に奪い、重心である体なども走る衝撃で揺れ、そのせいで重心が左右前後に傾きバランスも取れない、更に汗で湿ったジャージが更に重さを増し、消化する塩分と体力の消耗で極限状態に追い込まれる。

 

 

城下は平然と、と言うが俺達ですら割とこれを一時間以上続けるのはキツい。だが辛いからといって時間は待ってはくれないし命の危機に待ったの声は無い。感染者はもちろん俺達が疲れたところで襲うのを辞める訳がない。貧弱な己のせいで守りたいものも守れないまま死ぬのが嫌なら死ぬ気で強くなれ。

 

 

走り込みに一時間、15分の休憩を挟んだ次は全身の筋肉を鍛えるトレーニング。腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットなどの筋力トレーニングに30分……もちろん砂袋付き、それが終われば今度は砂袋無しでの走り込み30分。そしてまた休憩を挟み、午前中最後は座学となる。戦闘訓練は午後のメニューになるのでその基礎知識を勉学で頭に刻み、午後に直接体へ叩き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──のだが。

 

 

「死ねぇええええええ!!!」

 

 

「ふん!」

 

 

「ぶへっ──!?」

親の仇と言わんばかりの覇気で木刀片手に突進してくる城下が地面へ沈む。

パタパタと手を叩き、地面に倒れ伏す三人を見下ろす。

 

 

弱い、あまりにも弱すぎる。この程度では少数の感染者はまだしも大群相手では突破口を開くことも不可能な程に弱い。とにかく攻撃が単調すぎる、今まで意思の無い感染者を相手していたのだから当然といえば当然だが。もしも今後それら『以外』と交える事になった場合、彼らでは他のメンバーを守るのは到底不可能だ。

 

 

まぁ、それをどうにかするのが俺達の仕事なのだが、彼らにも恵飛須沢や直樹程度かそれ以上のポテンシャルを持って貰わなければ困る。

 

 

「さぁどうした。まだ一回も掠りすらしてないぞ」

溜め息を吐きながら彼らを煽るような台詞を並べ、闘志を奮い立たせる。

 

 

「クソ……一斉に掛かるぞ!」

唾を吐き立ち上がる頭護。頷きながら城下へ肩を貸す高上。少しずつだが三人に団結力が生まれている……いい傾向だ。折れそうな仲間を支え、共に立ち上がる事がチームの力になる。

 

 

どんなに辛くとも一人でないという気持ちが人間の闘争本能を揺り動かす。誰かを守りたいという気持ち同様に、仲間の存在はそれだけで心に熱い炎を灯す。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………っ!」

ジリジリと取り囲むように三人がゆっくりと俺の周りへ展開する。正面に頭護、左後ろに城下、右後ろに高上。

ごくりと生唾を飲んだ高上のそれを合図に三方向から襲いくる木刀を持った三人。

 

 

まずは正面の頭護。振り下ろされる前に距離を詰め、持ち手と片方の手を抑え腕力に物を言わせながら外側に軌道を反らし、その先にいる高上の木刀を打ち払うように接触させ、防がれた事に驚愕した隙に足で高上の足元を内側から掬い上げるように払い姿勢を崩させる。

 

 

「もらっ──」

残された城下が勝機とばかりに声を漏らすが、頭護の木刀を掴んでいた左腕を伸ばして彼の襟首を掴む。「へっ?」と間抜け面をした城下を姿勢が崩れていた高上の上にねじ伏せ、そのまま頭護を一本背負いで二人の上へ叩きつける。

 

 

へなちょこ三段重ねの完成である。

 

 

その間僅か4秒。何が起きたのかと目を見開く頭護と苦悶の表情を浮かべる城下、重いと潰れた蛙のようになっている高上。

 

 

「動きが遅い、判断が鈍い、全身に神経を張り巡らせろ。木刀を持つ相手が、木刀を持った人間がすると思われるような短絡的な行動は相手に読まれると考えろ、戦いは力だけじゃない。より強く早く頭の回転が先の先まで読み上げた者が勝つ」

 

 

貸してみろ、と高上から木刀を奪い。案山子役として立つ拓三に対して木刀を構える。至って普通な構え、両手で柄を握り腰のあたりで構える基本的な剣道の中段の構え。

 

 

「相手の意表や状況に合わせて技を変えていけ」

まずは正面に立つ感染者を想定したもの。ゆっくりと歩み寄る感染者──もとい拓三が一歩前に出た時点で素早く頭頂部へ一撃、訓練なので本気でぶつける訳ではないので寸でのところで止め、振り下ろした腕を素早く戻す。肝は相手との距離を一定に保つために一歩後ろへ下がる事。得物のリーチと相手との間合いを明確に把握するのが重要だ。とはいえこの動きは基本刀剣状の武器での話で金属バットやバールのようにトップヘビータイプではどうしても一撃からの戻しに遅れが生じる。

 

 

次にさっきよりも間合いが近く、木刀を振り上げる余裕がない場合のパターン。

構えは同じで腕を伸ばせば届くほどの距離。柄を握る手と手の間、隙間のある柄部分で顎をかち上げ口を閉じさせた瞬間に肩を相手の胸元に押し付け足の力で一気に後ろへ吹っ飛ばす。そのまま倒れたのであれば切っ先を口目掛けて付き放つ。倒れないのであれば先ほど同様に頭頂部へ一撃。

 

 

その後も複数の感染者に囲まれた状況や、仲間が今にも噛みつかれそうになっている状況などの『感染者を相手にする場合』の訓練を続けて一時間半。

 

 

後半は感染者ではなく対人戦の心得。

暴徒と化した一般市民から各種凶器を持った相手、そして銃器で武装した相手を想定した訓練。ゾンビとなった相手の訓練とは違って意思のある、敵意のある人間を相手にする状況を考えてか三人の表情が僅かに濁る。

 

 

殺される前に殺せ……なんて世紀末も甚だし事は言わないが、中途半端な覚悟で前線に立つであろう俺達の抜かりで後ろにいる仲間を失い、奪われ、蹂躙される事を望まないなら覚悟を決めろと論ずる。

 

 

何だかんだでこの三人は仲間意識が強い。てっきり城下あたりはすぐに折れてサボると思ったのだが、どうも恵飛須沢にコテンパンにされたのが悔しいらしく、女に負けるようなダサい男は嫌だと奮起する。頭護も同じく直樹に負けたのが効いたらしく元武闘派リーダーとして率先して訓練に励んでいる。

 

 

高上も他の二人と比べて体格も体力も劣っているが、それでも必死に食らいついてくるあたり肝は座っているようだ。ガールフレンドの妊娠を含めて、守られる側から守る側へと変化しようと意気込んでいる。

 

 

そんな三人だからこそ俺達は容赦も遠慮も無しに徹底的にやれる。

教える価値のある奴には教える、価値の無い者には教えない。

 

 

残り12日間でどれだけ伸びるか楽しみだ。

 

 

「足元が隙だらけだ!」

 

 

「ぐえーっ!」

 

 

「もっと腰に力を入れろ!」

 

 

「ガッハ──!?」

 

 

「腹から声出せ!」

 

 

「ギャー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様……」

夜になり、夕食を済ませ一通りの成果を全員で会議し各自就寝。全身ボロボロになった男連中は早々に床に就き、慣れない農業に勤しんでいた女子メンバーもヘトヘトになりながら部屋を後にした。

 

 

大学周辺の警備を拓三に任せ、部屋に残って今後の訓練メニューや畑に関する報告や見取り図などを纏めていると、佐倉先生が扉を開けて入ってきた。その手には二つのマグカップが握られており一つを俺の側に置く。

 

 

感謝の言葉を述べながら一口啜る。コーヒーはあまり得意ではないが集中したいときの気付け薬だと思えば何とかなる。

 

 

淡々と作業をする俺を黙って見ている佐倉先生。少しの間沈黙が続くが何となくどうかしたのかと訪ねてみる。

 

 

「どうかしました?」

 

 

「ううん。何でも」

そうですかと視線を戻して作業に戻る。

三人それぞれに均一な訓練とは別に体質や癖に合った戦い方の模索。教えるだけじゃなくて自身で考え答えを導き出せる力を付けさせるための訓練メニュー。体術やナイフ、銃器の使い方なんかも教えていかなきゃいけない。

 

 

長い静寂、コーヒーを啜る音とペンを走らせる音だけが流れて小一時間。面白味もないだろうに、何故か作業が終わるまで側にいた佐倉先生。あまりにも静かだったもんで終わったと同時に見ると完全に眠ってしまっていた。机の上に腕をおき枕代わりに寝息を立てている。

まだまだ夜は冷える。流石に風邪は引かないだろうがこのまま放置するわけにもいかない。

 

 

「よっ──」

先に扉を開け、起こさないように抱き抱える。少女漫画なんかじゃお姫様抱っこってのが乙女のロマンらしいが正直男の俺には何がいいのかわからないが……。

 

 

「…………」

安心しきったような顔で眠る佐倉先生を抱えながら女子側の寝室へと運び、佐倉先生の部屋はどこだったかと探しているとトイレから喜来センパイが出てきた。

 

 

佐倉先生を寝室へ運びたい旨を伝えるとこっちだと案内してくれ、何とかベッドへとたどり着いた。

見た目に反して割と軽かった彼女をゆっくりベッドへ下ろし布団を掛ける。

巡ヶ丘じゃ畳の上で質素な敷き布団だったがここではちゃんとしたものがあってありがたい。

 

 

「優しいね」

微笑みながらそんな事を言われ、別にそんなことはないと言いつつ照れ臭さを隠すように頬を掻く。

 

 

「ありがとう」

突然、感謝の言葉を告げられる。特に何か感謝されるようなことをした覚えの無い俺は小首を傾げる。喜来センパイは後ろ手を組んでゆっくりと歩きながら語った。

 

 

「最初、貴方たちが来て私は怖かった。人を見掛けで判断しちゃいけないって分かってても……どうしても君達の背中に昔の武闘派が重なっちゃって……力で支配されるのが嫌で、せっかくサークルに入ったのに、貴方たちが新しい統率者になってまた力の支配が始まるんだって怖かった」

 

 

「…………」

 

 

「でも違った。貴方は私達に生きる理由をくれた……ただ怯えて生きる事しか出来ない私達にも出来ることはあるんだって教えてくれた。歳下なのにすごいね」

彼女の言葉に、俺は苦笑するしかなかった。

違う、俺達は最初からこういう人間だったわけじゃない。『昔』は本当に何の価値もないような奴だった。平和が当たり前だと思い込んで長い時間を無益に過ごし怠惰に生きて、そして意味もなく死んだ。それがどういうわけか転生なんて事になってこの世界に生まれ変わっただけの存在なんだ。

 

 

今世ではまともに生きようなんて気構えもまったく生まれず、転生した世界が何なのかという興味だけで突き進み続けて今に至る。

 

 

根っからの善人なんかとは訳が違う。

だがそれを言ったところで意味はない。

 

 

意味のないこと、価値の無いことはしない主義だ。

 

 

「これ……よかったら」

どこか恥ずかしげに取り出したソレは小さな箱。

徐に開かれたそれはやがて心地よい音色を奏でる……オルゴールだった。

 

 

「壊れてたの、試しに直してみたんだ」

俺が言った「グループに置いて重要なのは、戦う戦力だけじゃない。戦えなくても別の形で何かの役に立つ人材も必要だ」という台詞を受けて自分なりにどこまで役に立てるかを考えて、腕試しに道具の修理を試してみたのだろう。ほんの些細な物だったとしても、きっと彼女にとってそれは意味はない事でも、価値の無いことでもない……自身の存在を証明する第一歩だったはずだ。

 

 

「これを……俺に?」

そういうと、喜来センパイは小さく頷いた。消灯時間が過ぎているせいで薄暗く、俯いた表情がどうなっているかは伺えない。だがわざわざ俺にくれるというのなら先ほどの感謝の意味を込めてくれた贈り物なのだろう。

 

 

オルゴールなんて持つガラじゃないがせっかくの好意を無駄に出きるほど男を腐らせている訳ではない俺は、それを受け取り少しの間……その優しい音色に耳を傾ける。

 

 

「ありがとう」

感謝をされ、そのお返しに感謝を返す。人と人との繋がりはこうした小さい事でも繋がっていく。

俺はそんな些細な人間の可能性を信じてみたいと思った。

 

 

昔は人間が嫌いだった。今でもそうかもしれない、利益のために他人を蹴落とし泥にまみれた弱者を嘲り笑う人間が嫌いだ、救いを求める手を汚らわしいと振り払うくせに善人を気取る奴が嫌いだ。何も出来ないで泣き叫ぶだけの惨めな人間が嫌いだ。

 

 

だから俺は強くなりたいと思った。

せめて手の届く範囲のほんの僅かな人数でも、自分に助けられるだけの人を助ける事が出きるのなら……。

 

 

「それじゃ、おやすみっ」

踵を返して足早に去っていくセンパイの背を眺め、もう一度オルゴールの音に耳を向ける。

金属のピンが一定間隔で弾くだけの単調な音楽、たったそれだけでも心地好さが胸に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~まぁいったねぇ」

薄暗い一室。唯一の光源であるパソコンの画面を眺めながら一人の女性は呟いた。

淡い小豆色の髪に、やや垂れ下がった目と楕円形の眼鏡をかけ口には煙草が一本咥えられていた。カタカタとキーボードを叩きながら灰の貯まった煙草を灰皿に押し付けるとすぐさま新しい煙草に火を灯す。

 

 

「なぁーんでこんなことになっちゃったかな~」

どこか楽観的なその言葉に答える者は今はいない、唯一側にいた存在は今外へと食料調達に向かっており此処には彼女しか居なかった。天井を眺め、固まった肩を解すように伸ばした彼女はやがて「ま、なんとかなるっしょ」と呟き、空に輝く月を見つめる。

 

 

「たしかに『増えすぎだよ』とは言ったけど、ここまでやれとは言ってないんだよねぇ」

溜め息を吐き、立ち上がった彼女が操作していたパソコンには長い英文と共に……大きなシンボルのようなマークが備わっていた。

 

 

赤と白のツートンカラー、傘を真上から見たようなソレは──。

 

 

「さーて、この世界はどうなるのかね~……ぷぷぷっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




傘のようなシンボル……一体何ブレラなんだ……。

そして特徴的な笑い方をする女の存在とは!?



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