【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版) (矢柄)
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原作開始前
001


 

吾輩は赤子である。名前はまだ無い。いや、今つけられた。エステルというらしい。己の<知識>に照らしてみれば、その名前は外国のモノであるから、おそらくここは日本ではないのだろう。

 

いや、まあ、最近はキラキラネームとかそういうのがあるらしいので、周りで話されている言語的にそう判断する。

 

まあそれはそれとして、はてと思う。

 

吾輩は赤子である。己の知識に照らし合わせてみれば、自分のような赤子がこのような思考と知識を保有していることはおかしなことであると気づく。

 

そもそもそのような疑問を持つこと自体が異質であるはずだ。それとも、赤子というのは親の知らぬところでこのような思考をしているのだろうか。

 

思考がはっきりしたのは、白い木綿の布に包まれ、おそらくは母親と思われる長めの濃い茶髪の女性に抱かれている状態で目覚めた時の事だ。

 

うっすらと残る記憶に胎内で一定のリズムを刻む心音にまどろんでいたことや、万力で締め付けるような分娩時の痛み、肺から水が抜かれて逆に空気が満たした感覚、産湯で肌を拭われる感触などを覚えている。

 

 

「目元はお前そっくりだな、レナ」

 

「ふふ、そうですか? 口元は貴方似かもしれないですよ」

 

 

問題は視界がぼやけること。何らかの障害かと考えたが、己の<知識>の中に曖昧であるが赤子というものは最初は視力がはっきりしないという情報があるようなので、それに期待するしかないだろう。

 

聴覚はそれなりに働いており、少し変わった発音やアクセントながら英語に近い言語が話されているらしい。

 

残念ながら己の英語の聞き取り能力は高くないらしく、周囲の会話を完全に聞き取ることができない。

 

ただ、会話の調子から産後の母親の健康状態は良好のようであり、また会話の内容は明るく楽し気であり、それは大変結構な事である。

 

会話の内容からして母親の名前はレナというらしい。この場には3人の人間がいることがぼんやりとした視界と会話から聞き取ることができる。

 

母親以外の一人は背の高い栗色の髪をした、おそらくは父親と思われるカシウスと呼ばれる男。そして黒いフード付きの衣服の人物。

 

最後の一人が何者かは、会話から推理するに、聖職者であり、おそらくは宗教的な洗礼か助産師の役をした女性である可能性がある。

 

こんな事があるならば英会話の勉強をもっとしておくのだったとふと思うが、しかし何故己はそう思ったのだろうか。

 

分からないことが多いが、目下の問題について自分なりの推察をしようと考える。人間は考える葦である。

 

さて、通常の場合、赤子は無知で無垢なものであると表現される。それは遺伝子のなせる本能と胎内環境で間接的に与えられただろういくらかの刺激以外に行動指針となるものが無いからだ。

 

故に高度な知識を持つことは無い。まっさらとはいかなくとも、無垢であるという表現は限りなく正しいものであろう。

 

しかしながら、意識するだけでも高度な数学や科学知識、歴史や社会についての知識が己にはあり、乳幼児に高度に論理的な思考が可能であるかは別として、己の状態は極めて異常であると断定せざるを得ない。

 

何故、一介の赤子でしかない己にこのような<知識>があるのか。

 

文字についての知識があるようなので、なんらかの胎教によって知識を埋め込まれた可能性は無い。

 

また、この世界に赤ん坊に知識を植え付ける技術が存在することを仮定するが、しかしその知識は隔たっており、日本語を理解して親の言葉を理解できないという大きな矛盾をはらむ。

 

己の<知識>にある科学的な思考において現状を説明することは適わないようであり、関連付けを行いながら己の中にある<知識>を引き出していく。

 

その結果、己に与えられている<知識>に一種の偏りがあることを発見する。まず、専門知識は工学、特に航空機や推進機関に関わる分野に異常な偏りを見せる。

 

しかし、物理学や化学、特に工学を中心に深い知識がある一方で、医学や生物学などについてはそれほどの深い知識は無いらしい。

 

とはいえ、遺伝学やiPS細胞などの知識は広く浅く保有しているようだ。外国語については、英語の読み書きは十分にできる水準、会話は限定的という状況らしい。

 

また、科学知識については充実しているものの、歴史や法律についての知識には疎く、物理については専門用語を語れるくせに、法律の条文についてはいくつかの憲法以外には全くと言っていいほど知識がない。

 

つまり、学問の知識の取得状況において何らかの作為が発生していることが推察される。

 

また、文化面においては有名な作家や作曲家、芸術家の名前や作品名程度は知るものの、その内容については疎く、古文に至っては特に有名な作品の冒頭のみをそらんじることができる程度だ。

 

逆に、SF小説の類や漫画、テレビゲームの一部作品についての知識はそれなりにあり、ここにも知識の偏りが見られる。

 

さて、この<知識>の偏りはいったい何に起因するものなのか?

 

推測するに、これはおそらく一個人の知識ではないかと考える。すなわち、日本という国に生まれ育ち、住んでいるだろう一個人の知識を自分は保有しているのだ。

 

ここに一つの、科学的には認めがたい推測が生まれる。つまり、己はその知識を持つ一個人から知識を受け継いで生まれ落ちたのではないかという推測である。

 

これ、すなわち輪廻転生。

 

ヒンドゥー教や仏教における宗教思想であるが、これが一番しっくりくるような気がする。では元の知識を持つ一個人、その人物をXとするなら、Xは既に死亡しているのだろうか?

 

これ以外の推論についてはXが夢を見ている状態で、すなわちこの状況そのものが夢であるというモノだが、それについては考えても仕方がないので無視することにする。

 

Xが死亡しているかどうかは現段階では不明である。しかし、これが夢であるという推論は無意味であり建設的ではない。分からないことは後回しにすべきである。

 

さて、この状況を転生とするなら一つの問題がある。すなわち、前世たるXが何者か、己は皆目見当がつかないのである。

 

名前も、性別も、年齢も、身分も分からない。両親の名前、友人、恋人、人間関係全般における知識、すなわち『思い出』がどこにもない。

 

つまり、己はXの純粋な知識のみを継承し、しかし全ての思い出を失っている。そういう意味では、本当の意味で己は生まれ変わったのだろう。

 

Xの生死は不明であるが、性別については一定の推察が可能である。

 

知識の隔たりと男女の持つ知識の差、つまりは興味の対象あるいは化粧や女性の生理などの知識に乏しいことからXが男性であったことは間違いないように思える。

 

さて、これ以上の推測は今は不可能である。何よりも眠い。赤ん坊というのは長い時間起きてはいられないようである。ああ、瞼が重い。

 

 

 

 

さて、私が生まれ出でて数か月が過ぎようとしている。起きていられる時間はおおよそ6時間ほどで、食事は母乳が主である。

 

母乳が美味いかどうかは未知数だったが、赤子の己には美味く感じる。こくまろである。いや、真面目に表現するならば甘いと言った方が正しいか。

 

まあ、不味いと感じるようであれば、赤子は授乳を拒否して生き残れないだろうから、これもまた人類進化の結果なのだろう。

 

好き嫌いは快楽と苦痛であり、これは生物の根源的な価値判断の指標である。故に快楽と苦痛を端的に表現する感情は価値判断と直結し、感情とは人間性の根本である。

 

故に快楽を求め、苦痛を避けたいと願う欲望というシステムは人間性と切り離すことは出来ない。脱線したが何が言いたいかと言うと、毎日同じような味というのは正直飽きる。

 

さて、この頃になると視界がはっきりとしてきて、周囲の様子が良く分かるようになる。家族構成は父親と母親と自分の3人、核家族というやつであろうか。夫婦仲は悪くないようだ。

 

これまでの間、私はこの世界の情報収集に努めていた。視界がはっきりしないのと、赤ん坊故に行動範囲が狭いなどの理由から他にやることが無かった…という理由が主である。

 

幸いにも言語習得は驚くほど容易に行うことが出来た。これはおそらく<知識>の中に基本的な英語の知識があったからだろう。

 

これにより、自分が置かれている状況、この世界についてかなりの情報を収集することが出来た。情報とは時に金よりも価値がある。

 

まずは家族について。父親の名前はカシウス・ブライト、母親はレナ・ブライト。つまり自分はエステル・ブライトとなる。

 

住んでいる国の名前はリベール王国、近くにはロレントという大きな町があるらしい。Xの知識は地理については詳しいわけではないが、Xの知識の中にリベール王国なる国家は存在しない。

 

肌の色からして白人であるから、欧州かその元植民地の小国である可能性を疑ったが、他の情報がそれを否定した。

 

まず、父と母の会話の中に飛行船(エアシップ)や導力器(オーブメント)、導力灯などの単語が散見された。

 

飛行機(エアプレーン)ではなく、飛行船(エアシップ)。どうやらこの世界においては飛行機ではなく飛行船が常用されていることが推察される。

 

家にある家具・道具類から見ても文明レベルは20世紀初頭であると考えられなくもない。しかし、最大の相違点は暦と宗教である。

 

七耀歴(セプチアン・カレンダー)、S1186年。それが私の生まれた年だ。さらに宗教においても大きな違いがある。

 

この世界では空の女神エイドスを信奉する宗教、七耀教会(セプチアン・チャーチ)が信仰を集めているらしく、少なくとも両親はその信徒であり、私自身もそこで洗礼を受けている。

 

このようなことから、この世界はXが存在した世界とは何かが異なるのではないか、と私はそう推測した。

 

注意深く両親や彼らを訪ねてくる客人たちの話を聞けば、いくつもの固有の言葉が現れる。

 

七耀石(セプチウム)、導力器(オーブメント)、アリシア女王、遊撃士(ブレイサー)、エレボニア帝国、カルバード共和国、リベール通信そして魔獣。これらは<知識>に存在しない言葉だ。

 

異なる世界。地球とは異なる惑星、地球がある宇宙とは異なる宇宙、あるいは多世界解釈におけるパラレルワールドの可能性。いずれも現在の段階では判断はつかない。

 

だが、少なくとも異なる国というレベルでの相違とは次元が異なる、『異世界』であることは間違いないだろう。

 

さて、父親のカシウスは軍人らしく、仕事から帰って来た時には緑色を基調とした軍服を着ている。また、客人としてモルガン将軍なる人物が訪ねて来て、よく父や母と歓談している。

 

モルガン将軍は厳格な人物だったが、歓談においては始終和やかな雰囲気が流れていたので父との関係は良好な物なのだろう。将軍という地位の人物と仲が良い父はそれなりに将来を嘱望されているらしい。

 

ベビーベッド、本棚、タンスなどの調度品、家の広さから言えば家族はさほど困窮してはいないようだ。ただしお手伝いさんがいるほどには裕福ではないらしい。

 

テレビやラジオなどのメディアは見当たらず、新聞が大衆情報媒体の主体であるらしい。電灯らしきもの、導力灯があり、窓には板ガラスがはまっているので文明レベルはある程度の推察が可能である。

 

まあ、これが私の周囲の状況ということだろう。現状を鑑みるに自分の置かれている環境は悪くはなく、むしろ良いものだと言える。

 

両親や客人の話を分析すれば、リベール王国の治安は悪いものではなく、基本的には平和であるといっていい。

 

ただし、北のエレボニア帝国とは緊張状態があるらしく、必ずしも戦争が起こらないわけではないようだ。

 

だが、目下の問題は自分の置かれている状況というか、つまり自分が己の力では何一つできない赤子であるということである。

 

記憶は無くとも<知識>には事欠かない自分であるが故に、私は通常の赤ん坊よりも遥かに精神年齢が高くなっている。

 

このため、赤ん坊独特の泣くという表現方法がとれない。それは羞恥心でもなんでもなく、単純に悲しいわけでもないのに泣くことができないからである。

 

そして再三繰り返すが赤ん坊は自分では何もできない。排泄物は半ば垂れ流しであるし、食事にしても一回で食べられる量は限られるため、それらの世話をしてもらうためのアピールをしなければならない。

 

生まれながらに常識や羞恥心などというものを持ってしまった私にとってそれらは存外に苦痛であり、どのように訴えればよいか意味もなく悩んだこともある。

 

とまあ、そういうわけで早期の喋ってしまっても両親に不審に思われないかが心配で、なかなか言葉を発する機会に踏み切れないでいたが、ママ、パパ辺りの言葉を恐る恐る喋ると逆に喜ばれた。

 

というか、両親は親バカだったらしく、父親などはウチの子は天才だぞとかなんとか興奮して高い高いされた。ただし、揺さぶるのは勘弁してほしい。酔う。

 

まあ、そんな事もあり、こと言葉についてはできるだけ話すように心がけるようにした。とはいえ、優しい母親を不安がらせないように段階的に覚えていることを装う感じで…だ。

 

この頃になると絵本の読み聞かせが始まり、文字体系についても英語とほとんど変わりなく、一部の固有名詞を除けばほとんどが<知識>の知る範囲内に収まっていることを把握した。

 

しかし、基本的に情報源が制限されるというのが赤ん坊の生活である。4か月と少しの間、集めた情報の断片をつなぎ合わせて知識にすることにもいい加減飽きてきたし、じれったい。

 

正直、積木とかお人形さんとかで遊んで喜ぶような精神年齢ではないのである。何よりも<私>はもっとこの世界を知りたい、そんな欲求を抑えることが出来なくなってくる。

 

そうした欲求の表れは手始めにリベール通信という雑誌や新聞を盗み読むという行為に私を走らせた。

 

父が高位の士官であるからか、その手の新聞の類にはこの家は事欠かなく、帝国時報といった外国の新聞も購読しているようで興味深い。

 

とはいえ、この世界の歴史や地理を正確に把握していないために、これらの情報を完全に咀嚼することができないでいた。情報のピースが足りないのだ。

 

まあ、そんな盗み読みのような行為が親の目に入らないわけがなく、結局は母レナに新聞を読んでいるところ、かなり集中して読んでいたのでいつから見られていたのか分からないが、見つかってしまう。

 

母は訝しみながら聞いてくる。

 

 

「ねぇ、エステル。そんな難しい新聞読んでいて楽しい?」

 

「うん」

 

 

さて、どうするか。お父さんの真似をしていたの…とか言い訳して通じるだろうか?

 

生後半年にも満たない乳児が新聞を読むなどと言う行為は<知識>においては異常であるが、この世界においては分からない。

 

この世界の子供が生まれながらに<知識>を持つことが異常なのかそうでないのかも定かではないのだ。

 

 

「おかーさん、レマンじちしゅーってどこにあるの?」

 

「えっと、ずっと東にある場所よ」

 

「ちずってある?」

 

「えっと、どこだったかしら」

 

 

とりあえず今のところは質問攻めでお茶を濁してみた。

 

母は世界地図をどこかから持ってきて、私はその地図の地域や国を指して、そこがどのような場所であるかなどと質問を繰り返す。

 

レマン自治州は導力器の開発を行うエプスタイン財団や、遊撃士協会の総本部がある場所だと新聞に書いてあった。私は他にアルテリア法国やレミフェリア公国など様々な国について母に教えを乞う。

 

そうやって母の疑問を振り切るとともに、今まで漠然としていた地理に関する知識についてある程度の整合がとれたのは収穫であるが、私の新しい知識への欲求は満たされるどころか、さらに大きくなっていった。

 

そうして私はある夜、一大決心をして、父が帰宅した時、母が家事で目を離している隙をついて父に話しかけた。

 

 

「おとーさん、おとーさん」

 

「なんだエステル、お腹がすいたか?」

 

「しつもんがあります」

 

「質問? なんだ言ってみろ?」

 

「たましいはどこからきて、どこへいくのか」

 

「…えらく哲学的な質問だな」

 

「こまっています」

 

「ふむ…、困っているのか」

 

「こどもは、無垢で無知なそんざいですか? おとーさんは、わたしがふつうだとおもいますか?」

 

「…エステルは賢いな」

 

「こたえてください」

 

 

視線が交錯する。そして、父はため息をついて肩をすくめた。なんとなく、その後に続く言葉に予想がつく。

 

 

「お前は…、そうだな、異常だ」

 

「…そうですか」

 

「だが、それでもエステルは俺の娘だ」

 

「おかーさんも、そうおもってくれますか?」

 

「レナは…、ああ、大丈夫だ。お母さんも何があっても、きっとエステルを嫌いにはならない」

 

「おかーさんに話すかどうか、おとーさんにおまかせします。いまは、おとーさんとふたりではなしたいです」

 

「分かった」

 

 

母は優しい。だけれども、父は私を異常だと認識している。母もきっとそうだろう。これから話すことは、きっと私がもっと異常であることを父に知らしめるだろう。

 

私はそれを父に明かすことを決断した。

 

これで彼が私の面倒を見れないと判断するならばそれでいいだろう。そうなら、出来れば良心的な施設に預けてほしい。出来うる限り、母を傷つけない形で終わらせたい。

 

父は私を抱き上げて書斎へと向かう。父の書斎には初めて入る。部屋の中には使い勝手の良さそうな机があり、そしてたくさんの本が並ぶ本棚がある。父は椅子に座り、そして私をなでた。

 

父に撫でられるのは嫌いではない。自分の精神年齢はあくまでも<知識>によってかさ上げされた仮初のものであり、心はどうしても身体を無視して発現しえない。

 

赤ん坊の体ならば、心もやはり赤ん坊のものなのだろう。

 

 

「おとーさん、輪廻転生説(リンカネーション)という言葉はこのせかいにありますか?」

 

「東方の思想だな。聞いたことがある。…なるほど、そういう話か」

 

 

父は合点がいったように頷いた。東方(オリエント)というのは、ゼムリア大陸西部に位置するこの国から見た東部地域のことだ。

 

文化的に大きな違いがあるらしく、この辺りは元の世界のヨーロッパとアジアの関係に近いかも知れない。

 

 

「<ちしき>はあります。<きおく>はありません」

 

「前世の自身が何者かは分からない、だが知識だけ継承している…か」

 

「おそらくはだんせい、せーじん以上、みこん、こーがくをふかく学んでいた」

 

「<知識>からの類推か?」

 

「はい」

 

 

父カシウスは立ち上がり、蒸留酒、おそらくはブランデーの類の瓶を戸棚から取り出してグラスに注ぐと、それを呷った。

 

表情は凛としていて、私の話を冗談半分で聞いているわけではないのが見て取れる。だけれども、そこに怖さとか異物を見るような雰囲気はどこにもなかった。

 

 

「それで、お前はどうしたい?」

 

「この世界では、ヒトは月にとーたつしましたか?」

 

 

父がむせる。

 

 

「まさか…、いや、そういうことなのか?」

 

「わたしの知る文明のすいじゅんとは50年ていどの隔たりがあるようです。あと、しちよう教会とどうりょくかくめいはなかったです」

 

「異なる世界からの来訪者か。女神も気まぐれをなさる」

 

「おとーさん、私は、このせかいのこと、たくさんの事をしりたいです。わたし、気になります」

 

 

 

 

父への告白の後、私は彼といくつかの約束をした。父は私が望む知識を出来る限りにおいて提供する。そしてもう一つ、私は子供らしくちゃんと友達を作って遊ぶこと。

 

<知識>によるなら子供の遊びは運動能力や社会性の向上、情操教育に役に立つはずなので、<経験>の無い私には必要な事なのだろうと了承した。

 

そうして母に連れられてロレントの街で仲良くなった同年代の少女たちがいる。パーゼル農園の長女であるティオと居酒屋《アーベント》の一人娘であるエリッサだ。

 

まあ、いまだ1歳という年齢なので自由に外で遊ぶなんてことはできないので、母に連れられて出会ったときに遊ぶといった仲でしかない。

 

相手もまだちゃんと言葉を話せないので、どちらかと言えば世話をしているという感じだが。エリッサは活発で、ティオは聞き分けがいい感じ。

 

知識の収集については、前世の影響なのか技術系への好奇心が強い。もちろん、歴史や地理も面白いが、やはりこの世界独特の技術体系である『導力技術』には心惹かれる。

 

電磁力とは大きく異なる性質を持ちながらも、共通点もあり、またこの世界の基幹技術であるそれは大きな魅力に満ちていた。

 

導力革命から30年と少し、それは地球における産業革命を上回る速度でこの世界の生産性、社会基盤、経済、軍事に至るほとんどの分野に変革をもたらした。

 

何しろ導力革命から20年も経たない内に人類は空を飛ぶ、導力飛行船を完成させるに至ったのだ。

 

地球ではイギリスで1760年頃から起こった産業革命から、実用的な飛行船が生まれるまで100年以上かかっていることを考えれば、導力技術の発展速度がいかに異常かがうかがい知れる。

 

その影響は兵器にまで及び、火薬式の兵器のほとんどを駆逐するに至っている。重力制御にすら踏み込める導力は、その利便性において電磁力の比ではないということだろう。

 

地球と異なるのは技術面だけではない。この世界には魔獣という特殊な生物がおり、これらは驚くべきことに『魔法』を行使するらしい。

 

まだ実際に目で見たわけではないが、父の話では本当らしく、さらに言えばこの世界の人間の身体能力の上限もまた地球人類のそれを遥かに上回るとのことだ。

 

身体能力については父が実演してくれた。地球のオリンピック選手すらかすむ様な跳躍力などを見せられた時は驚きを隠せなかったし、少しおだてて本気を見せてほしいと言った際に目撃したそれは正直引いてしまうほどだった。

 

なんだろう、すごい回転した後不死鳥とか見えたんだが、意味が分からない。親父フェニックス? 母さんは呆れたような苦笑をしていたが、あれがこの世界の標準なのだろうか?

 

母が言うには父はとても強いらしいが、身内の言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。

 

父は優秀な軍人らしいが、軍人の士官に個々の戦闘能力はそこまで求められないはずだから、高く見積もっても父は中の上ぐらいの実力と考えた方がいい。

 

なんというか、少年向けの漫画かアニメみたいな世界だ。あるいは、もしかしたら母も侮れない強さを秘めているのかもしれない。

 

父が言うには氣とかいう生体エネルギーの運用を行っているらしく、これも地球の常識では推し量れない技術体系だ。

 

父が言うには訓練次第で誰にでも習得できるらしく、誰にでも出来るという事は、この世界で生きるための必須の技術と考えた方がいいのかもしれない。

 

しかし、もしかしたら、この世界はとんでもなく危険な世界なのだろうか?

 

文明が発展し、流通が確保されていることは生活水準から理解できるが、魔獣の存在しかり父親の身体能力しかり、ある程度覚悟を決めておかなければならないのかもしれない。

 

聞けば遊撃士なる魔獣退治などを生業とする職業もあるらしい。

 

父も軍人である以上は危険な任務に就くこともあるだろう。我が家はそれなりに裕福だが、いつどんな事故や不幸に巻き込まれるかはわからない。

 

父親には子供は子供らしくした方がいいと言われたが、そういった自重が命取りになる可能性を考えておくべきだろう。

 

私は父の教えを積極的に受け、知識の収集の傍ら、氣の扱いや身体能力の向上に努めることを決意した。

 

 

 

 

そうして、4年の月日が経過した。私は4歳になり、それなりに自由に外に出られるようになった。

 

この頃になると、導力学についてかなりの見識が得られるようになり、ロレントのメルダース工房にも頻繁に遊びに行くようになった。

 

不要なジャンクを貰い、初めて導力仕掛けの玩具を自作した時などは興奮を覚えたものだ。

 

氣の扱いもなんとなく出来るようになった。父のほどには上手くはいかない。父は麒麟功とか言っていたが。

 

とはいえ、ティオやエリッサとも頻繁に遊ぶようになったが彼女らに特別な身体能力があるとは思えない。

 

だが、遊撃士には女性も多いらしく、彼女らにはその片鱗はまだ見えないものの、この世界では男女の差など些末なモノなのかもしれない。

 

最近は知識の収集と同時に、自分のもともと持っていた<知識>とのすり合わせも行っている。同時に、ちょっとした実験も行い始め、最近ではいくつかの導力機械を試作している。

 

ティオに言わせれば、また変なモノを作っているとのことだが、エリッサはけっこう喜んでくれる。ティオはちょっとおしゃまなようだ。

 

 

「エステル、それなに?」

 

「飛行機です。模型ですけど」

 

 

今日は昨日完成した模型飛行機をティオとエリッサにお披露目する。小型の導力エンジンを搭載し、木製の骨格と紙で作ったレシプロ機だ。

 

この世界では揚力を用いて飛ぶタイプの飛行機は創作の中でしか登場しないものの、理論が存在しないわけではない。揚力自体は帆船にも適用されるから、アイディア自体はあるのだ。

 

 

「飛行機? 飛行船じゃなくて?」

 

「飛行船は重力制御で浮かびますが、飛行機は空気の流れを利用して浮かびます。鳥が飛ぶのと同じ原理ですね」

 

 

揚力はベルヌーイの定理では説明できないんだぜ的な事を4歳児に説明しても意味がないので、説明は簡単に済ませる。

 

 

「エステルは毎度変なモノつくるわね」

 

「ねえ、本当に飛ぶの?」

 

「見てのお楽しみ…、行きますよ!」

 

 

複葉機。プロペラを指で勢いよく回すと、それに従いエンジンが作動してプロペラがブーンという唸りをあげながら高速回転しだす。私はそれを見届けると、慎重に勢いをつけて模型飛行機を放った。

 

そうしてそれは大きな音を立てながら空を滑空し、大空を舞う。大きく弧を描きながら青い空を舞い、大きな円を描いた。

 

 

「すごいよエステル! 本当に飛んでるよ!」

 

「うわ、本当に飛んでる…」

 

「うん、大成功かな」

 

 

そうして模型飛行機はしばらくロレントの郊外の空を飛翔し続け、しばらくすると導力が切れて失速し始め、ゆっくりと滑空しながら地面に落下した。

 

この世界、飛行機と言うべきものは実用化せず、飛行船が主流となっている。だけど今のそれは速度的に十分ではない。

 

私の前世、<知識>には航空機についての知識が豊富にある。それは、あるいはかつて私だったXが空の道を志していたからだろう。だから、どうしてだか、私はいつの間にか空に強い希求を覚えるようになった。

 

夢が定まる。私はこの世界で、私の飛行機を飛ばしてみたい。

 

いつかこの空に、私だけの軌跡を描くために。

 

 

 





エステルを魔改造してみた。エステルスキーさんにはウケが悪いでしょうが、反省はしていない。太陽娘がお好きな方、お目汚しすみません。

動機は、あんなチートな親父の血をひいてるのに、エステルってあんまし強くないよねっていうのが最初です。

弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎はバーニングハートとかチート性能なのに。麒麟功ぐらい使えてもいいよね。どうせなら八葉一刀流とか継承しちゃっても問題ないよね!

そんな感じで妄想していった結果がこれだよ!




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002

 

 

 

「エステル、旅芸人の一座が来てるんだって。一緒に見に行こうよ」

 

 

そう言いだしたのはエリッサだった。旅芸人。<知識>から参照するものの、Xが住んでいた地域では旅芸人という存在は無かったらしく、代わりとしてサーカスや大道芸人といった知識を私に提供する。

 

この世界ではテレビやラジオといった娯楽は少なく、子供が遊ぶとしたら走り回るとかそんなものしかない。

 

ティオも澄ました顔をしながら興味があるようで、私たちは約束をして旅芸人のショーを見に行くことになった。

 

もちろん私たちはまだ4歳なので保護者が同伴する。今回は母が一緒に来てくれることになった。どうやらお母さんも楽しみにしているらしい。

 

まあ、娯楽が少なくてお父さんも家に帰れない日が多いのだから、お母さんだって娯楽に飢えているのだろう。

 

旅芸人の一座はそれなりの規模で、サーカスのような天幕を用意していた。たくさんの観客が集まっていて、ロレント中から若者や家族連れが集まっているかのようで賑わっている。

 

そして、見物料を払って最初に見たのは、年若い少女の舞踏だった。

 

年齢はまだ10歳ぐらいだろうか。褐色の肌は南方の生まれであることを物語り、その髪は銀糸のようなシルバーブロンド。

 

凛とした少女は笑みを振りまきながら、笛や弦楽器の調べに合わせて艶やかでリズミカルな踊りを披露する。

 

<知識>では舞踏というものがどういう類のものか知っていたが、目の前のそれはエリッサの家の居酒屋で客が酔いにまかせて踊る粗雑なモノとは一線を画すもので目を奪われる。

 

隣でエリッサは「キレイ」と呟き、ティオもまた笑みを浮かべてその踊りを注視していた。あんなに若い少女がこれだけの技量を得るにはどれだけの努力を要しただろう。

 

そうして少女の舞踏が終わった後も出し物は続く。

 

ナイフ投げやジャグリングといった、大道芸のような技巧を尽くしたものは、ちょっとした小噺を効かせながら観客を飽かせないように楽しませてくれる。

 

本でしか見たことが無い珍しい動物を調教して、燃え盛る輪っかをくぐらせるといった、巧みな芸をさせるといった出し物も楽しいものだった。

 

そして、最後には東洋風の美女が幻想的なショーを演出する。いままでの出し物も面白かったが、しかし彼女の技は何か次元が違った。

 

それはいかなる手段で行われているのか、澄んだ鈴の音が鳴り響いた次の瞬間に現れた光や水が踊るその幻想的な光景に観客たちは息をのみ、引き込まれていった。

 

それはまるで立体映像。水蒸気にレーザーで画像を投影するといった演出技術についての<知識>はあったものの、それとはまったく違う迫力と美麗さ。

 

私の知る限りにおいて科学技術でも再現が困難なほど、それは突出していた。おそらくは、氣や魔法といったこの世界独特の技術体系の延長線上にあるもの。

 

私はこの旅芸人の一座に強い興味を覚え、ショーが終わりエリッサたちと別れたあと、彼らが休憩している天幕の中にお邪魔してみた。

 

このあたりは子供であることを利用した行為であったが、旅芸人というどちらかと言えば信頼性が不確かな相手に少し軽率な行動だったかもしれない。だが、結果的には正解だった。

 

 

「お邪魔します…」

 

「あら」

 

 

天幕の中をのぞき込んで、最初に私に気づいたのは艶のある翡翠のような色の髪の、最後の幻想的な出し物をした東洋風の女性だった。

 

彼女はタロットカードを手に持ちながら、可笑しげな表情で私を見つめた。その表情はどこか妖艶で、私は少しの間緊張で動けなくなる。

 

 

「ふふ、待っていたわ」

 

「姉さん、誰この子?」

 

 

東洋風の女性の声に反応して旅芸人の一座の人たちの視線が私に集中する。私は意を決して天幕の中へと歩を進めた。

 

いや、彼女は今何と言ったのか。「待っていた」? それはまるで、誰かと約束されていたかのような。私は周囲を見回すが、私以外の来訪者は存在しないように見える。

 

 

「ルシオラ、知り合いか?」

 

「いえ、でもこれが告げていたもの」

 

「なんだ、いつものか」

 

 

彼女はタロットカードを人差し指と中指で挟んで掲げて見せる。それはまるで、占いか何かで私の来訪を予見したかのような。

 

いや、<知識>の占い師についての情報によれば、こういった話術を利用して周囲を自分のペースに引き込む技術の存在するらしい。

 

 

「えっと、私は」

 

「私に用があるのよね。面白い運命のお嬢さん?」

 

「っ!?」

 

 

いや、呑まれるな。彼女がこの一座の花形であるのなら、一座のファンになった人間が訪れる理由になるのは彼女である可能性が高い。

 

詐欺師や占い師の類はそういった行動心理を統計処理して相手を手玉に取るのだという。

 

 

「来なさい。怖がらなくていいわ。私はルシオラよ」

 

「は、初めまして、私はエステル・ブライトです」

 

「いくつなの?」

 

「4歳です。あの、さっきのショー、見させていただきました。言葉で言い表せないほど綺麗でした」

 

「そりゃ、お姉の幻術は一流だもの」

 

「貴女は…」

 

 

私とルシオラさんの話の間に入ってきたのは、最初に踊りを披露していた銀色の髪の少女だった。自慢げな表情で、彼女がルシオラさんを慕っていることがはっきりと分かる。

 

 

「貴女は踊りを披露していた方ですよね。私、いままでちゃんとした踊りを見たことが無かったんですが、それでもすごくカッコよかったです。エステルです。初めまして」

 

「あ、うん、初めまして。アタシはシェラザードよ」

 

「小さいのに礼儀正しい子だな。シェラ、お前も見習えよ」

 

「うっさい!」

 

 

天幕の中に笑い声が満ちる。しかし、彼女は今『幻術』という言葉を口にした。未知の導力魔法でえあろうか。

 

幻を見せるならば認識などに関連する『幻』の属性を想像するが、それを応用した演出だったのだろうか。

 

書籍によればエプスタイン財団の開発した戦術オーブメントにより幻覚を見せる導力魔法があったが、ここまで具体的な幻を任意に見せるものは無かったはず。

 

 

「どうしたの、難しい顔をして?」

 

「え、あの、さっきの幻術…ですか? あれは導力魔法なんですか?」

 

「違うわ」

 

「じゃあ、何かの導力器ですか?」

 

「いいえ、私の幻術は一族に伝わる特別な技術よ。って、貴女、おもしろいわね」

 

「え?」

 

「だって、貴女、すごく目をキラキラとさせて…」

 

「あ、あの、わたし、気になります!」

 

 

それから私はルシオラさんに幻術について色々な質問をする。

 

ほとんどは適当にはぐらかされてしまったが、まあ手品師が手品のタネを簡単に明かすはずがないのは自明であり、私は埒が明かないと感じて引き下がる。

 

そのあと私は旅芸人一座の人たちと色々な話をした。こういう時、子供という身分は便利である。

 

様々な地域の風物や風習について聞いて回った。

 

共和国のこと、帝国のこと、アルテリア法国や色々な自治州。魔獣や強盗に襲われたとか、それぞれの一座の団員がどういった経歴を持つのだとか、様々だ。

 

彼らは大陸西部を拠点に旅をしながら芸を披露しているだけあって、どれも面白く興味を引く話ばかりだった。

 

 

 

 

「なかなか面白い子だね、ルシオラ」

 

「そうね、座長。本当に面白い子だわ」

 

「それはどういう意味でだい?」

 

「どちらの意味でも。あの子は、あの子との出会いが、シェラザードにとって人生の大きな転機となるでしょうね。ここまで数奇な星の下に生まれた子に出会うとは思わなかったけれど」

 

「そういえば、ここに来る前に言っていたね」

 

「ええ、きっとあの娘を良い方向へ導いてくれるわ。でも少しだけ不安だわ」

 

「どうしてだい?」

 

「あの子はとびきりよ。もしあんな子に巻き込まれるのだとしたら、シェラザードも大変ね」

 

「それは、しかし楽しみでもある」

 

「そうね。そうなるといいわね」

 

 

 

 

とても雰囲気の良い旅の一座で、所属する人たちも良いヒトばかりだ。そうして彼らといろんな話をしているうち、シェラザードさんの踊りについての話になる。

 

彼女の踊りは確かに南方系の音楽や舞踏を取り入れたものらしいが、南方オリジナルのものではなく、座長さんたちが聞きかじりの知識と共に彼女に教え込んだものらしい。

 

 

「こうですか?」

 

「そうそう、アンタ、筋がいいわね」

 

「シェラザードさんには適いません」

 

「そりゃ、こんなにすぐに追い抜かれたらアタシの立つ瀬が無くなるわよ」

 

「たしかに」

 

「でも、私もまだまだ未熟よ。お姉は幻術だけじゃなくて踊りだってすごいんだから!」

 

「シェラザードさんはルシオラさんが好きなんですね」

 

「そりゃあね。私にとっては本当の姉さんみたいな人だし」

 

 

彼女がルシオラさんについて話すときの表情はとても誇らし気で、どれだけ彼女の事を慕っているのかが良く分かる。

 

しかし、本当の姉さんみたいな人。シェラザードさんはまだ11歳らしく、しかし肌の色や周囲の様子からして座長さんや他の団員の人とは血がつながっているようには見えない。

 

普通の家庭に生まれたなら、家業で手伝っているような場合を除いて旅芸人の一座の一員などしていないはずだ。

 

だとすれば、彼女の出生についてある程度の推測はできる。家業でもないのに幼い少女が親から離れて労働しなければならない理由。

 

勘違いなら良いが、それはきっと、簡単には口にしたり追及してはいけないことのはずだ。少なくとも、知り合ったばかりの私が詮索していい問題ではないと思う。

 

 

「そういえばエステル、貴女一人でここに来たの?」

 

「はい。実はお母さんに内緒なんですが」

 

「あんたね…」

 

「そういえば、もう結構な時間になってしまいましたね」

 

 

天幕の外から入っていた日の光はいつの間にかなくなっていて、天幕の中ではカンテラに火がつけられた。そろそろ帰らないとお母さんが心配してしまうだろう。

 

あの人は基本的に優しいが、怒ると怖い。理不尽なことでは怒らないが、危険なことや人倫に反することには当然として叱る。

 

 

「家、どこよ?」

 

「はい?」

 

「座長、姉さん、アタシ、この子家まで送ってくるわ」

 

 

ルシオラさんがほほ笑むと、シェラザードさんは私の腕を取る。そうして有無を言わせないまま、私は彼女に連れられる形で天幕から連れ出された。

 

まあ、仕方がないので彼女を連れて家に帰ることにする。とはいえ、帰りは彼女一人になってしまうかもしれないが良いのだろうか?

 

 

「街の中に住んでるんじゃないのね」

 

「はい。でも、すぐ近くですよ。魔獣もほとんど見かけません」

 

「そりゃ安心だわ」

 

「いつまでロレントに滞在する予定なんですか?」

 

「そうね、客の入りにもよるけど、このぐらいの街なら2週間ってところかしら。もっと大きな街なら一か月以上は滞在するけど」

 

 

ロレントはリベール王国の五大都市に数えられるが、他の4つの都市に比べ都市への人口集中が激しくない。

 

それはこの地方の主要産業が一次産業に傾斜しているからであり、肥沃な平野での農業、マルガ鉱山での鉱業、ミストヴァルトに代表される森林地帯を背景とした林業が主要な産業である。

 

なので都市として見た場合、ロレントはそれほど人口が多くないのだ。

 

そういう意味では第三次産業にあたる地方興行を行う彼らにしてみれば、それほど実入りの多い場所ではない。

 

だからといって、王都グランセルや商業の中心であるボースでは同業者との競合にさらされる可能性がある

 

 

「だったら、今度お父さんも紹介しますね」

 

「エステルのお父さんは何してるの?」

 

「軍人です。ですからあまり家にはいないんですけど、今度休暇が取れるそうなので、その時に」

 

「っていうか、また来るつもりなんだ」

 

「まだ話したりませんから。あ、でもお父さんが帰ってきたら、また講演見させてもらいますね」

 

「毎度どーも。ふふ」

 

「あ、あそこが私の家です」

 

「へぇ、立派な家じゃない」

 

「お母さんを紹介しますね!」

 

「ちょっと、エステル!?」

 

 

そうして私は家に駆けだして、家事をしていたお母さんに声をかける。お母さんは初めて会ったシェラザードさんに目を丸くするが、事情を話すとすぐに打ち解けてくれた。

 

そうしてそれが、私たち家族とシェラザードさんとの交流の始まりだった。

 

 

 

 

「何それ、すごいわね」

 

「ラジコンにしてみました」

 

「ラジコン?」

 

「ラジオコントロール。このコントローラーで飛行機を操作するんです」

 

 

天幕に突撃してから一週間の時が過ぎた。父が休暇を取ってからは、再び家族で一座のショーを見たり、父を彼らに紹介したりなど交流を深めた。

 

そうしていつの間にかシェラザードさんは我が家に頻繁に訪れるようになり、私と遊んでくれる。今日は一座が休業らしく、シェラさんと遊ぶ約束をしていた。

 

今回、彼女に見せたのはラジコン化に成功した模型飛行機だ。

 

以前に作ったものを改造した機体で、エンジンを少し強化した他、空力的な制御に翠耀石を使用することで大幅な性能の向上を行うことが出来た。

 

複葉機がゆっくりと空に弧を描く。もう少し改良して、宙返りができるようにしてみたい。

 

 

「本当にあんたが作ったの?」

 

「はい。メルダース工房の人にも手伝ってもらっていますが」

 

 

工房を経営しているメルダースさんも飛行機にはすごく興味を持っていて、色々と材料に都合をつけてくれる。

 

今まで原動機付自転車や冷蔵庫、洗濯機を一緒に試作した。これらは既に発明されているらしいが、一般に普及しているとはいいがたく、特に家庭用冷蔵庫については存在すらしていない。

 

作ったものは色々な所に売れていて、冷蔵庫は居酒屋アーベントやリノンさんのお店、ホテルに売れたし、洗濯機や脱水機は市長さんなんかが買ってくれた。

 

原動機付自転車なんかはリノンさんのお店に置いたところ、王都からの観光客が面白がって買っていったという。

 

そういった作品が売れるとメルダースさんは私にもお小遣いをくれる。実際は売上を折半しているらしいが、多くは母さんが保管しているらしい。

 

まあ、子供には過ぎた金額なのだろう。10歳未満の子供の小遣いなんて100ミラぐらいが相場じゃないだろうか?

(ミラはこの世界の貨幣の単位)

 

 

「シェラさん、動かしてみます?」

 

「あたしにできるかしら?」

 

「そんなに難しくないです。ちょっとコツがいりますけど」

 

 

飛行機はエルロンで旋回を、昇降舵で上下の向きを、方向舵で機体の左右の向きを変更するが、こういった操作は普段は2次元的な動きしかしない人間には少し分かりづらい。

 

まあ、人間は飛べない存在だから…、飛べないよね? この世界の人間。

 

シェラザードさんは悪戦苦闘しながらも、模型飛行機の操作に夢中になっている。彼女は普通の女の子よりもずっと大人っぽいが、それは子供ながら大人たちの中で実際に働いているからそう見えるだけだ。

 

実際は地球の日本では小学4年生か5年生ぐらいの少女で、まだまだこういった玩具に興味を持ってくれる。

 

 

「やってるな」

 

「あ、お父さん。それにお母さんも」

 

「あ、お邪魔しています」

 

 

そんな風に遊んでいると、家から父と母が現れた。両親が近づいてくると、シェラザードさんは会釈して挨拶する。

 

シェラザードさんは父に対して最初にあった時は普通な態度だったが、二度目からは少し恭しい態度になっていた。理由を聞いたらルシオラさんが父の事を褒めていたのだという。何をした父よ。

 

 

「シェラちゃん、エステルに付き合ってくれてありがとう。クッキーを焼いたのだけれどいかがかしら?」

 

「あの、いただきます」

 

「たくさん焼いたから、あとで一座の人たちに持って行ってあげてね」

 

「ありがとうございます、レナさん。エステル、一緒に食べましょ」

 

「はい」

 

 

こうして、私はシェラザードさんやルシオラさんといった旅芸人一座の人たちと密接な交流を続けた。

 

とはいえ、そんな交流もずっとは続かない。旅芸人の一座である彼らは、いつまでも同じ場所に腰を下ろすことは出来ないからだ。

 

数日後、シェラザードさんから近く出立することを知らされる。

 

ロレントを出発した後は、王都グランセルで公演をした後、工房都市ツァイスを経由して共和国方面に向かうらしい。

 

巡業の予定ではカルバード共和国からエレボニア帝国を巡って、ハーケン門から再びリベール王国に入るらしい。再び会えるのは当分先になりそうだった。

 

そうして、彼らが出立する日がやってくる。

 

 

「シェラさん、ルシオラさん、どうか気をつけて」

 

「エステル…、それにカシウスさん、レナさん、お世話になりました」

 

 

シェラザードさんが私の手を握る。少し涙ぐんでいて、私も貰い泣きをしてしまう。

 

短い間だったが、踊りを教えてもらったり、ルシオラさんには占いをしてもらったり、カードゲームでルシオラさんと一緒にシェラザードさんから一方的に(おやつを)毟り取ったりと密度の高い交流をしてきた。

 

 

「大丈夫、また会えるわ」

 

「ルシオラさんが言うなら確実ですね」

 

「あら、いつもの『そんなオカルトありえません』は言わないの?」

 

「ここで言う人間はいないと思います」

 

 

この人の占いは異様な的中率を誇る。それは占い師独特の洞察力と情報処理能力によるものだろうが、時々ありえないことに、本当に未来の事を言い当ててしまうことがあり驚いたものだ。

 

シェラザードさん曰く、これが姉さんの平常運転らしい。何でも東洋の神秘で解決できると思うなよ! とはいえ、今回は空気を読む。

 

 

「でも、旅先でこんなに地元の人と仲良くなったのは初めてだわ」

 

「そうね、お姉。それも、エステルのおかげかも」

 

「皆さん、後で食べてくださいね」

 

「これは、ありがとうございます。ブライト夫人」

 

 

母さんは座長さんに包みを渡していた。日持ちのするお菓子で、昨夜、私も作るのを手伝ったものだ。

 

その横で父とルシオラさんが何か目でコミュニケーションを行っていたが、中年オヤジ自重しろ。すると、父が私に目を向けた。

 

 

「エステル、渡さないのか?」

 

「あ、はい」

 

 

私は後ろに隠していた、ちょっとした大きさの箱を持ち上げてシェラザードさんに手渡す。

 

30リジュ四方、高さ10リジュぐらいの大きさの箱(1リジュはだいたい1cmぐらい)。彼女は首をかしげて聞いてくる。

 

 

「これは何?」

 

「導力コンロです。火力はけっこうあるので、揚げ物もできますよ」

 

 

旅先での、ちょっとした煮炊きに使えればと思って、少し前から試作品を弄って改良していたのだ。

 

彼らは旅芸人で荷物もたくさんあるが、持っている導力車はヴェルヌ社の古い型のもの一両だけで、あとは馬車を使っていて、旅はゆっくりとしたものだ。

 

それに話によれば、宿代を浮かせるために基本的に野宿するのが当たり前らしい。そういうわけで、携帯用の導力コンロがあれば便利かなと思ったのだ。

 

導力コンロは熱効率が良いし、それに燃料も必要ない。ちょっとした休憩にお湯を沸かしたりもできるだろう。形は<知識>にある電熱式のものに似ているかもしれない。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「あの、できればお手紙ください。私も書きますから」

 

「うん。書くわ、絶対。約束よ」

 

「はい。どうか女神の加護がありますように」

 

 

約束をする。彼ら一座はそれから数回ロレントにやってきて、そしてその間、私たちの約束は4年間も続くことになる。そう、彼女が独り我が家を訪れるあの日まで。

 

 

 

 

シェラザードさんの旅の一座がロレントを発ってから数日、父の休暇はもう少しだけ続いていて、私たちは一家団欒を楽しんでいた。

 

母さんもどこか嬉しそうで、この夫婦二人の仲はとても良好だった。もしかしたら弟か妹が出来るかもしれない。そんなある日、我が家にとある客人がやってきた。

 

 

「お邪魔する」

 

「ようこそ、モルガン将軍」

 

「お久しぶりですモルガン様」

 

「いや、こちらこそ。レナ殿」

 

 

やってきたのは壮年の将軍。大きくがっしりとした体格で、父とは違う厳格な軍人の雰囲気を纏っている。

 

彼は父と懇意にしているのか、こうして時折、我が家に訪れて父と酒を酌み交わす。父によると軍が機械化される前はハルバード一本で戦場を大暴れしていたらしい。蛮族である。

 

 

「大きくなったな、エステル」

 

「はい、モルガン将軍。父がお世話になっています」

 

「相変わらずだな。流石はカシウスの娘か」

 

 

将軍は父を高く評価している。上司の評価が高いことは良いことだろう。そうしてモルガン将軍はリビングに通されて、父や母と歓談を始める。

 

どうやらハーケン門の視察から帰るついでに我が家に寄ったらしい。ハーケン門の防備の不備について文句を言って怒鳴ったりしている。やはり蛮族である。

 

ハーケン門は山脈で隔てられた王国とエレボニア帝国の唯一といっていい通路にある国境に築かれた軍事上の要所であり、歴史的に何度も戦火に巻き込まれた土地柄でもある。

 

しかし、国境を守る城塞は中世に築かれたものを流用していて、現代の機械化により火力と機動力が増した戦争では役に立たないらしい。

 

 

「そういえばカシウスよ、お前、娘に剣は持たせるのか?」

 

「はは、まだエステルには早いです」

 

「しかし、シードやリシャールの奴もお主には届かんだろう。お主の剣を継げるのはこの娘だとワシは思うがな。『剣聖』よ」

 

「それはこの子が決めることですよ」

 

 

ここで、私の話が出てきたが。剣を継がせるとはどういうことか。というより、父への評価が気になる。

 

『剣聖』とは仰々しい呼ばれ方だ。それはまるで、父が特別な存在だと言わんばかりの表現。私は気になってそのことを聞いてみる。

 

 

「お父さん、お父さんは『剣聖』と呼ばれているんですか?」

 

「なんだカシウス、娘には話していないのか。まあ、お主らしいが」

 

「有名なのですか?」

 

「大陸でも十本の指に入る使い手だろうな。おそらく、リベールではこの男に敵う者などおるまい」

 

「おだてすぎですよ、将軍」

 

「……」

 

「エステル、なんだその目は?」

 

 

確かに以前見せてもらった父の技、親父フェニックスは私にとって常識外の事だったし、氣の扱いも私ではまだ足元しか見えないぐらいだ。

 

母も父は強いのよと言っていた。それでも、普段はてきとうな所もあるし、自分の父親がそんな特別な存在だとは思っていなかった。今も信じられない。

 

 

「お父さんって、本当に強かったんだ」

 

「信じてなかったのかエステルよ。父は悲しい」

 

「ははは、『剣聖』も娘の前では形無しか」

 

 

しかし、『剣聖』というからには『剣術』について別格の強さをみせるのだろう。

 

導力器や銃器が全盛の時代に剣とはまたクラシカルではあるが、継がせるというからにはさぞ名のある流派に属しているのではないだろうか。

 

西洋文明で剣術といえばフェンシングなどを<知識>は提供してくる。

 

 

「どんな剣術なのですか?」

 

「カシウス、そんな事まで話していなかったのか。こやつの剣は東方に起源をもつ『八葉一刀流』という。以前、軍に剣の道では知らぬ者がいないユン・カーファイ殿を招聘してな。カシウスはそこでカーファイ殿に技を授けられたのだ」

 

「八葉一刀流ですか…」

 

「どうしたエステル?」

 

「わたし、気になります!」

 

 

いままで導力技術ばかりに目を奪われていたが、剣術という新しい要素に私の好奇心が強く刺激される。

 

もし極めることが出来るのなら、<知識>にある創作物の登場するような非現実的な技だって使いこなせるようになるかもしれない。そうして、この日から私は父から剣の手ほどきを受けるようになった。

 

 

 





ルシオラ姉さんカッコいいですよね。

二話目でした。

ここで話は脱線して、ゼムリア大陸で使われているお金について考察を。

ゲームでは敵を倒して回収した七耀石の欠片セピスを換金したり、依頼をこなしたりしてお金『ミラ』を手にすることができます。

しかしこの『ミラ』、リベール王国だけではなくクロスベル自治州、ゲームでの会話などを推察するに西ゼムリア大陸全域で使われている国際通貨らしいのです。

さて、この通貨『ミラ』は何処が発行しているのでしょう。この世界の政府には通貨発行権が存在しないのでしょうか。FRBの陰謀か?

いいえ、もし一つだけ可能性があるとしたら、それはきっとアルテリア法国ではないでしょうか。世界宗教である七耀教会の本山、世界の混乱期を導いた胡散臭い連中です。

七耀教会については、古代ゼムリア文明の崩壊と共に混乱と戦乱が支配する暗黒時代に入った世界を、七耀歴500年に登場した教会が人々を導くことで平定したとゲームでは語られています。

また『星杯』に関連する組織とも言及されている辺り、古代文明の遺産を継承しているっぽい組織でもあります。

そしてこの世界において、世界中の国々に強い影響を持つ由緒ある最も強い権威は七耀教会だと考えられます。

なら、世界通貨を管理運営することができるのはきっと彼らしかいないはず。おのれ生臭坊主どもめ!! そこ、ゲーム的な都合とかつっこまないように。

さてこの『ミラ』ですが、どの程度の価値を持つのでしょうか? このゲームには料理というシステムがあるので、その辺りから日本円との比較を行ってみました。

まあ、社会基盤や科学技術、工業・農業生産力などの違いにより、一概には比較できないのですが。


<リベール王国の物価>
4人分のパスタに使う小麦およそ400g:20ミラ
4人前のカレーに使う牛肉およそ300g:300ミラ
ジャガイモ1個:10ミラ
玉ねぎ1個:10ミラ
にんじん1本:10ミラ
リベール通信:100ミラ
皮靴一足:200ミラ
物干し竿(ただし魔物を殴れる):500ミラ
果物ナイフ2本(ただし魔物も切れる):500ミラ
カーネリア(小説):1000ミラ
獣肉の苦界煮込み:4800ミラ
4人前の肉入りのパスタ(ど田舎ロレントの居酒屋にて):100ミラ
4人前のチーズリゾット(商業都市ボースの居酒屋にて):300ミラ
4人前のアンチョビ入りパエリア(どっかの村の宿にて):500ミラ
4人前のおじや(観光都市ルーアンの酒場にて):500ミラ
4人前の山菜鍋(ツァイス地方のひなびた温泉宿にて):700ミラ
4人前のカレー(王都のカフェにて):1000ミラ
4人前のブイヤベース(王都の居酒屋にて):1000ミラ


<日本の物価>
パスタ一人前:だいたい1000円
チーズリゾット一人前:だいたい1000円
パエリア2人前:2000円~4000円ぐらい
喫茶店のカレー一人前:だいたい1000円
小麦粉1㎏:200円
牛肉100g:250円
じゃがいも1㎏(5個):350円
玉ねぎ1個:25円
にんじん1本:50円
雑誌(ニューズウィーク):450円
皮靴一足:2000円~
物干し竿:700円
果物ナイフ1本:1000円
小説(文庫):600円ぐらい?


といった具合になります。単純計算すれば1ミラ=4円~10円ぐらいでしょうか。小説が異様に高価ですね。

やはりリベール王国は田舎です。ファルコムがそのあたりをちゃんと計算して値段設定しているかは知りませんがね。

ちなみに獣肉の苦界煮込みはHP9000・CP60回復のリベール王国最高級料理です。まだ生産量の少ない希少なニガトマトを5つも使っています(これだけで2000ミラかかる)。



<※ 大都会クロスベルの物価>
1人分のパスタに使う小麦粉およそ100g:20ミラ
1人前のシチューに使う牛肉およそ100g:100ミラ
ジャガイモ1個:40ミラ
にんじん1本:40ミラ
クロスベルタイムズ:100ミラ
革靴一足:100ミラ
闇医者グレン(小説):400ミラ
屋台の担々麺:1200ミラ
屋台のタンメン:800ミラ
中華料理店の麻婆豆腐:1200ミラ
中華料理店のチャーハン:400ミラ
レストランのステーキ:800ミラ
彩りトマトバーガー:3000ミラ
キングバーガー:5000ミラ


零・碧の軌跡から国際金融都市クロスベルの物価です。肉は格安で輸入しているようですね。靴が異常に安いですが、東方からの輸入物でしょうか?

ハンバーガー高ぇwww



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003

 

 

「導力で熱エネルギーや運動エネルギーを作れるなら、逆に熱や運動エネルギーを導力エネルギーに変換することは可能なはずです。ですので、こういった結晶回路を作れば…」

 

「ほほうっ、なるほど面白いことを考えよる。しかし、どこに使うのじゃ?」

 

「導力は通常は結晶回路内に自然に蓄積され、化学的な燃料などよりも効率が良いですが、限界出力は七耀石の重量に依存して限られてしまいます。ですが、このように炭化水素のような化学的あるいはフライホイールのような物理的なエネルギーに変換することで、爆発的な出力を一時的に確保することが可能になるわけです」

 

「ふむ」

 

「この結晶回路によるエネルギー変換効率は85%に達します。改良すれば理論上はそれ以上の効率を達成できるでしょう。機材は大型化しますが、最近価格が高騰している七耀石の一部を代替することが可能となるはずです」

 

「なるほど」

 

「兵器に応用するとすれば、火薬の爆発的なエネルギーを変換して強力な導力パルスを発生させるなんてことも出来るでしょう。上手くいけば、導力銃や砲を暴発させたり、導力通信機を破壊できるかもしれませんね」

 

 

エステルです。5歳児です。今、ツァイス中央工房でアルバート・ラッセル博士(57)と結晶回路の図面を挟んで向かい合っています。

 

ラッセル博士はリベール王国における導力技術の父であり最高権威と言われていますが、実態は好奇心旺盛でテンションが異様に高いハゲオヤジです。

 

 

「いいのう! 発明意欲が湧いてきたわい!!」

 

「はあ」

 

「ところで、もう一つの方はどうなっておる?」

 

「ああ、今、風洞試験の準備に入ってます」

 

「そうか。理論上は人を乗せて飛べるのじゃったな」

 

「次の目標です」

 

「次か。しかし嘆かわしい。こんな子供に武器を作らせるなど軍は何を考えておるんじゃ」

 

「どちらかというと先物買いじゃないですか? 今作っているのはカタチになるかも分からないものですし。どちらかというと、勉強させるためにツァイスに放り込んだとか」

 

 

私がこの工房都市、大陸でも有数の先端技術を扱う王国が誇る中央工房があるこの都市に来たのはあの将軍のせいである。

 

モルガン将軍が何を聞きつけたのか、私のラジコン飛行機について興味を持ったらしいのだ。そうして話が回りまわって、突然ラッセル博士が家にやってきた。

 

ラッセル博士は模型飛行機を見て大興奮し、そして色々と語り合って、最終的に中央工房に招待された。もちろん母は強く反対したが、私が説得した。

 

人恋しさよりも知的好奇心を優先したというか、やはり空の道を目指すならツァイスは外せないと思ったのだ。

 

世界初の導力飛行船を完成させたラッセル博士との会話は刺激になったし、さらなる空への希求を覚える寄せ水となった。

 

それに、言っては何だがメルダース工房では私の持つ<知識>の応用に限界がでていた。そうして私はこの若さで親元を離れてラッセル家に下宿することになったのだ。

 

とはいえ、家や母が恋しくてたまに夜泣きするのは内緒なのだが。…おねしょはもうしませんからね。本当ですよ?

 

 

「それに、空を飛ぶものはいつか武器にされます。カラトラバ号から23年、いままで軍用機が開発されなかったこと自体がおかしかったんですよ。少なくともラインフォルトなら作っていてもおかしくないです」

 

「飛行船を武器にはしたくないのじゃがな…」

 

「エンジンは兵器であるという言葉もあります。陸や海を走るにしても、空を飛ぶにしても、人を運ぶものが兵器に転用されないはずはないです。まあ、私は何よりも高く速く飛ぶ美しいものを作りたいだけですが」

 

 

開発された初期から導力飛行船は長大な航続距離を有していた。何よりも空を飛ぶという圧倒的なアドバンテージは軍事的に見ればエポックのはずである。

 

その船体安定技術は難しいが、定期飛行船として民間船が飛ぶなど運用実績は十分だし、少なくとも爆撃や偵察に運用されることは間違いない。

 

事実、<知識>においては第一次世界大戦には本格的に兵器として運用され、第二次世界大戦においてはあらゆる兵器を差し置いて主力に躍り出た。

 

海での戦いにおいても、陸での戦いにおいても空を制した者が戦いを制した。そして冷戦ではさらにその上、宇宙を巡って争った。この世界でもきっと変わらないだろう。

 

まあ、王国はその立地から帝国を下手に刺激したくなかったのかもしれないが。

 

 

「無邪気じゃの。おぬしの作る物が、人を殺すことを本当に自覚しておるのか?」

 

「正確には理解してはいないと思います。でも、技術というモノは全てそういう性質をもっているのでは? 導力革命がもたらしたのは正の面だけではないはずです」

 

「真理じゃ。戦術オーブメントしかり導力銃しかりじゃな。じゃが、わしはおぬしが心配じゃよ」

 

「まあ、今はそこまで国際情勢がおかしいわけじゃないですし。そう簡単に戦争は起こりませんよ」

 

 

その時はまだ私はそう思い込んでいた。そもそもリベール王国が戦争するのなら相手はエレボニア帝国に限られるが、現在両国の関係はそこまで悪くは無い。

 

それに帝国はカルバード共和国とライバル関係にあり、下手な口実で戦争を仕掛けようものなら共和国に側面を突かれるという危険を常に孕んでいる。

 

戦争には基本的に前兆があり、王国を含めた周辺国が近代的な法治国家である以上、理由のない一方的な侵略行為は外交関係に悪影響をもたらして得策とは言えない。

 

故に戦争の前にはそれなりの外交的応酬が行われるのが基本である。まあ、ナチスドイツのバルバロッサ作戦やヴィーゼル演習といった例外はあるが。

 

 

「あ、もうこんな時間ですね」

 

「む、そうじゃの」

 

「お先に失礼しますね」

 

「ふむ、エリカが迷惑をかけるの」

 

「いえ、ティータちゃんは可愛いので迷惑なんて思っていません」

 

「エリカもおぬしくらいしおらしければのう…」

 

「あはは」

 

 

ラッセル家には二人の天才がいる。アルバート・ラッセル博士と、その娘であるエリカ・ラッセル博士だ。

 

若くしてその才能を開花させたエリカさんはラッセル博士の純正の血を引いている。つまり、我が強い。何かとラッセル博士と衝突するのは強烈な個性のせめぎあいか。

 

とはいえ、今のエリカさんは昨年生まれた息女であるティータちゃんの育児に忙しい。

 

遊撃士をしている夫のダンさんも手伝っているので、中央工房にはたまに足を運ぶものの、本格的な研究活動は停止している。ティータちゃんもまだ世話がかかる頃なので仕方がないだろう。

 

中央工房のエレベータに乗り込む。ツァイス中央工房ZCFは地下に広大な空間を作り出し、そこで工場を稼働させたり、地下実験場を設置したりしている。

 

これはセキュリティ対策と丘陵地帯に敷地を広げるためとされている。金属が剥き出しの無恰好な施設だが、味があるとも表現できる。

 

地上部分は5階建てで、私は基本的には3階の設計室か地下の方で活動している。一階のフロントを抜けて外に出れば、ツァイスの街が一望できる。

 

これは中央工房が小高い丘の上に建設されているからだ。左手には空港が見える。ラッセル家は街の南西の端にある少し立派な家だ。

 

家々には雨除けの円錐の帽子の付いた煙突がついていて、工房都市の独特な街並みをなしている。

 

ツァイスは元々機械式時計の生産拠点として発展した街で、その名残は街の東、教会の横に立つリベール王国で最初に建てられた導力式時計塔に見受けられる。

 

精密機械である導力器を扱う下地は導力革命以前に整っていたのだ。なので、ツァイスの導力技師は元時計職人という人も少なくない。

 

34年前、七耀歴1157年、当時まだ無名で、導力技術に対する理解も得られていなかったアルバート・ラッセル博士がツァイスの時計職人たちと手を取り合い、互いの知識と技術を結集して生まれたのがリベールの導力産業の始まりだ。

 

そして今では航空技術において世界をリードする最先端技術の拠点となった。この業界でZCFを知らぬ者などいない。

 

階段を下りてツァイスの街を歩く。店舗が軒を連ねる中央通りを南に下り、ツァイスの南東方面に広がるトラット平原へ出る門の前を西にまっすぐ行けばラッセル家に到着する。

 

その前に私は食料品を購入していく。そうして私はドーム屋根が特徴的なラッセル家へと到着した。

 

 

「ただいま。エリカさん、何か問題はありませんでしたか?」

 

「あら、お帰りエステルちゃん。こっちは大丈夫よ。それよりジジィは我儘言ってエステルちゃんを困らせていなかった?」

 

「大丈夫ですよ。それより、買い物済ませてきました。クロディーンが安かったので買ってきてしまいました」

 

「いつも迷惑かけるわね。…大きい魚ね。蒸し物にしましょうか」

 

「そうですね、いいと思います。それで、ダンさんは?」

 

「ヴォルフ砦よ」

 

「オーブメント(導力器)運搬の護衛ですか」

 

 

遊撃士には魔獣の退治の他に流通の安全確保について依頼されることが多い。特に導力器には大量の七耀石が組み込まれており、そのせいで魔物を引き寄せるという性質がある。

 

普通は魔物避けの導力灯が働いているはずだが、トラブルが起きることもあり、ツァイスの遊撃士の重要な仕事となっている。

 

それに、導力器は高価なのでそれを狙う不逞な輩が出ないとは限らない。王国は治安が比較的良いが、帝国や共和国ではそういった襲撃がたまに起こるという。

 

まあ、ダンさんは腕のいい遊撃士らしく、そこいらの魔獣や賊には遅れはとらないらしいが。

 

 

「ティータちゃんは元気ですか?」

 

「元気過ぎて困るぐらいよ。ほら」

 

「えしゅてる、うー」

 

 

小さな手の平で私の指を握るティータちゃんは相当可愛い。エリカさんが美人なので、きっと将来は美人さんになるだろう。性格に関してはダンさんに似ることを希望するが。

 

半年ほどこの家に厄介になっているが、ラッセル親娘の我の強さとパワーは半端なものではない。俗にいうマッドサイエンティストの気があるのだ。

 

 

「ああ、でも早く復帰したいわ! もちろんティータは可愛いのだけど」

 

「ダンさんに育児休暇とってもらえばどうです?」

 

「ダメよ。ダンには十分育児を手伝ってもらってるもの。それに、思考実験と設計ぐらいなら家にいても出来るし」

 

「ティータちゃんを忘れないでくださいね」

 

「あたりまえよ! あのジジィには負けられないわ!」

 

「言葉通じてますか?」

 

 

何かとラッセル博士と張り合おうとするエリカさん。博士と彼女の関係はいつもそんな感じだ。そうしてエリカさんは料理の用意を始める。

 

今日はテティス海で取れた大きなクロディーンという魚が安かったので、それがメインディッシュだ。日本の鯛に似た淡白な白身の魚である。

 

内陸寄りのロレントでは流石に新鮮な海の魚はあまり市に並ばなかったので、海魚が食べられるのは少しうれしい。

 

ちなみに、この世界で刺身を見た時には正直驚いた記憶がある。<知識>では西洋で生魚を食べる習慣は忌避されがちだからだ。

 

しかし、この世界ではあまり抵抗が無いらしく、東方文化の一つとして普通に受け入れられている。

 

私はエリカさんが料理する横でティータちゃんをあやす。少しだけ喋れるようになって、反応が楽しい。

 

幼児の世話なんてしたことが無かったが、今ではティータちゃんが何を伝えようとしているのかが何となくだが分かるようになってきた。良い経験になっていると思う。

 

 

「そういえば、エステルちゃんの言っていた導力複写機だけれど」

 

「どうですか?」

 

「上手くいきそうね。設計も問題はなさそうよ。だから後は作るだけだけど、トナーの開発も並行しなくちゃいけないから…。明日、助手に真空蒸着を頼んでおきましょう」

 

「分かりました」

 

 

エリカさんの暇つぶしに付き合うため、コピー機の共同開発などを行っている。

 

光によって導電性を持つようになるセレンを真空蒸着して感光ドラムを作成するPPC複写機で、<知識>にあったものをそのまま流用したのだ。

 

この技術は最終的にプリンターやファックスなどにも流用できるはず。

 

ちなみに最近気づいたことだが、私の<知識>は劣化しないようだ。いや、それどころか新しい知識ですら<知識>と同質化させることができる。

 

これは一種の完全記憶能力に近いが、これも<知識>をXから継承した副次的な作用なのだろうか。完全に記憶できるのは知識であって、《思い出》でないのが微妙だが。

 

 

「ただいま」

 

「帰ったぞ」

 

「お帰りなさい、ダン。それにジジィ」

 

「エリカよ、それが父に対する態度か?」

 

「ティータ、元気にしていたか?」

 

「ぱーぱ」

 

「あはは、二人ともお帰りなさい」

 

 

ダンさんとラッセル博士が同時に帰ってくる。帰り道に中央通りでばったりと会ったらしい。ティータちゃんをダンさんに預けると、私もキッチンでエリカさんの手伝いをする。

 

オイルとビネガーを混ぜてサラダドレッシングを作り、野菜を切ってボールに盛り付ける。エリカさんはティータちゃん用の柔らかいオートミールを並行して作っていた。

 

夕飯はいつも通りラッセル博士とエリカさんの喧嘩腰な会話をダンさんが上手くまとめるというもの。エリカさんはクロディーンの白味を丁寧にほぐしてティータちゃんに食べさせる。

 

ティータちゃんの一生懸命食べる姿はとても可愛くてほわほわとした気分になってしまう。

 

 

「コーヒー入れますね」

 

「私は砂糖3つでお願い」

 

「はい」

 

「エリカ、まだブラックで飲まんのか」

 

「人の勝手でしょ!」

 

「エステルちゃん、僕も手伝うよ」

 

 

ダンさんとコーヒーを淹れる。彼は凄腕の遊撃士として名前を知られているが、同時に家庭を大切にする穏やかな家庭人という側面もある。

 

少々エキセントリックな部分のあるエリカさんとはどういった経緯で恋に落ちたのかは分からないが、働く女性をサポートできるカッコいい男の人だ。

 

 

「エステルちゃん、お父さんやお母さんと離れて寂しくないかい?」

 

「寂しいかと言われれば寂しくなることもあります。でも月末には母に会いに帰っていますし、父には週に1度2度会えますから」

 

 

父が勤務するレイストン要塞はツァイス地方にあり、位置的にはツァイスと王都の中間地点に存在する。

 

よって要塞に働く将兵たちが休日に訪れる先はツァイスか王都になるが、多くは娯楽に富んだ王都ということになるだろう。だが、父は休日には必ず私のいるツァイスにやってくる。

 

まあ、母による厳命だろうが。でも、お父さんにはお母さんとの時間も大切にしてほしい

 

 

「どちらかというと、ロレントに一人残したお母さんが心配ですね」

 

「はは、そうなんだ」

 

「ダンさんはどう思います? もしティータちゃんが5歳でダンさんから離れて行ってしまったら」

 

「…それはかなり嫌だね。あっ、ごめん」

 

「いいんです。きっとそれが普通ですから」

 

「君は…」

 

 

ダンさんが何かを言いかけて止める。私はそんなダンさんに笑いかけて、ちょっとした冗談を言うことにした。

 

 

「今度、お父さんをけしかけてみましょうかね」

 

「どうするんだい?」

 

「美人のお母さんを一人にしておくと、悪い虫がつくかもしれない、とか」

 

「くっ…、ははは」

 

「前から手紙で書いてるんですけどね。弟か妹が欲しいですって」

 

「ぶっ!?」

 

「ティータちゃんを見てると本当にそう思います。私はちょっと親不孝者ですので」

 

「君は良くできた子だと思うけど?」

 

「子供は親に甘えるのが仕事だと近所のおばさんが言っていました」

 

 

莫大な<知識>を脳内に放り込まれた私は、普通の子供とは明らかに違う育ち方をしてしまった。知識としての良識と常識は子供らしい行動を阻害するのに十分だった。

 

父も母も大好きでかけがえのない存在だが、私の異常性がどこかで彼らを苦しめていやしないかと言うのはずっと心のどこかに棘として突き刺さる。

 

それでも、親に媚びるなんてことはしたくない。<知識>ではそういった行動は倫理的に失礼にあたることが記録されている。親子はちゃんと話し合って、理解しあわなければならない。

 

それは一般論だがどこまでも正論で納得できるものだった。正論だけが正しいとは限らないというのが微妙なところだが。

 

そうして食後のお茶の時間が終わる。私はいつものように模造刀を手にラッセル家の外に出た。剣を振るうためだ。

 

まだ教えられた型の通りに振るうだけだが、私はそれを反復して剣を振るう。週に一、二度父さんに教えを受けて、たまにダンさんに組手をしてもらう。覚えは良いとの評価。

 

まだ5歳という年齢故に体もほとんど出来ていないが、精神を集中すれば氣を操って通常ではありえない速度で刀を振るうことだって難しくはない。

 

一度はダンさんの棒を(ダンさんは棒術を使う)弾き飛ばしたことだってある。まあ、それはダンさんが油断してたからで、二度とそんなことは出来なかったけど。

 

夜はひたすら型通りに剣を振るうだけ。シャドーボクシングみたいなことが出来るほど経験は無いのでそれは仕方が無い事だ。

 

基礎は大切と<知識>にもある。朝にはダンさんに付き合ってのランニングと筋肉トレーニング、そして素振りというのが日課だ。それ以上はやっていないし、やる必要も無いと言われている。

 

終わった後はお風呂に入って疲れを取る。氣の巡りを良くすることで体の回復を早めることが出来るらしく、父にその辺りの技を教えてもらってからはトレーニング後も疲れを後に引かなくなった。

 

なんというか、東洋の神秘というやつだろうか。生理学は専門外だが、どういう類の力なのか研究対象として興味が湧く。

 

一息ついたら、エリカさんやラッセル博士とお茶をしたりする。とはいえ、自然に研究の話になるのはご愛嬌だ。

 

コピー機やファクシミリの構想を練ったのもそんな場だったし、新しい導力エンジンについてもよく話し合う。エンジン出力の向上についてはお世話になった。

 

今世界で主流の飛行機に乗せられる小型の導力エンジンは200馬力程度で、複葉機に使用するなら問題は無い。

 

だが、全金属単葉機の動力としては心もとない。最低でも500馬力、2100RPM程度は欲しい。後は機体の設計次第でそれなりの機体を作ることが出来るからだ。

 

とはいえ<知識>にはレシプロ機についての情報も多いが、より詳しいのはジェットエンジンやロケットエンジンだ。

 

さらに先進的なパルスデトネーションエンジンやスクラムジェットエンジンの研究に関するものも多い。スペースプレーンの開発にでも関わっていたのだろうか?

 

前世Xはガソリンエンジンを弄ったこともあるようだが、そこまで詳しいわけではないらしい。

 

とりあえず直列6気筒の液冷ガソリンエンジンを設計して、技師の人たちと試行錯誤で動かしたところ300馬力ほどの出力が得られた。

 

しかしここで導力エンジンを強化するか内燃機関で行くのか岐路に立たされた。燃費の面では圧倒的に導力エンジンが有利であり、この世界でガソリンは燃料に使用するような安価な液体ではなかったのだ。

 

そうして導力エンジンの強化という形で話は進むのだが、これがなかなか難しかった。そもそも導力エンジンの出力は原則として内燃機関以上にエンジンの大きさに強く依存してしまう。

 

飛行船なら問題ない重量が、飛行機には致命的な重さになってしまう。

 

それでも、結晶回路の効率化や機械的な部分の改良を続けることで最近ようやく導力エンジンでも500馬力級エンジンの制作に目処が立った。

 

制作された新型導力エンジンは当初予定していた出力を上回り、630馬力のものを完成させることができた。

 

これを受けて機体の風洞実験も開始され、飛行機の開発はそれなりに順調だ。時速4000セルジュを超える機体を完成させることも可能だろう。

 

別にスピードレコードを塗り替えるための機体ではないのだが、速いことにはこしたことがない。そうして1191年9月、試作された私の飛行機が初飛行を行う時が来た。

 

 

 

 

「なに、力を抜きなさい。わしの飛行船とて何度も失敗したのじゃからの」

 

「私はむしろパイロットの方が心配です。怪我をしなければいいのですが」

 

「自信がないの?」

 

「昨日まではありました。でも、いざ当日になると怖気づいてしまいます」

 

 

機体のチェックをしながらラッセル博士とエリカさんの言葉に応える。一応パイロットはパラシュートを背負っているが、何が起こるか分からないのが現実だ。

 

そもそもこの世界初の飛行機による有人飛行。重力制御を行わない、完全に翼の揚力を使って飛ぶ飛行機械だ。

 

飛行機は単座・単発の全金属製低翼単葉機。全長は7.7アージュ、全幅は11アージュ。曲線を多用したフォルムは<知識>にある96式艦上戦闘機をモデルとしている。

 

機体はアルミニウム合金でつくられているものの、装甲といえるものではない。武装はついておらず、空を飛ぶ以外の余計な要素は一切ない。

 

目標は時速4500セルジュ。それはこの世界では誰も挑んだことのない速度世界であり、<知識>からは設計に問題は無いという回答があるものの、不安は募る。

 

乗るのは私ではなく、中央工房の技師の人だ。私は今、その人の命を預かることになる。

 

機体は白く塗装されていて、太陽の光を浴びて優美。流線型を意識したそのフォルムは、既存の飛行船にない空を飛ぶものとしての美しさを兼ね備える。

 

鳥のようだと誰かが言った。そうだ、これは純粋に空を飛ぶもの。重力に逆らう人造の鳥だ。

 

試作機の名前はイロンデル。燕という名のそれは純粋な飛行機としてそれは草原の海の上に浮かんでいた。

 

 

「エステル」

 

「お父さん、見に来てくれたんですね」

 

「娘の晴れ舞台だ当然だろう、と言いたいが仕事という側面もある。だが、お前を応援しているのは俺の本心だ」

 

「はい」

 

 

私の飛行機開発の予算を出したのはZCFだけではない。軍もまた出資しているのだ。

 

コネではあるが、飛行機の持つ高速性能は偵察任務に適しており、飛行船よりもはるかに小型であるため生産性が高い。

 

ただし搭載量や搭乗人数は単発機だと限られてしまう。しかし、十分に利点があると判断されたのだろう。

 

 

「エイドスの加護を。それと、観客は俺だけじゃない」

 

 

父が促すように視線を私の右後ろに向ける。私はそれにならって振り向くと、そこには母がいた。柔らかな笑みを浮かべ静かに佇んでいる。

 

2週間ぶりだろうか。手紙では予定を伝えていたが、来てくれるとは思わなかった。私は思わず母に駆け寄る。

 

 

「エステル!」

 

「お母さん!?」

 

「あれが、貴女の作った飛行機なのね」

 

「はい。たくさんの人たちにお世話になって完成させました」

 

「そう、すごいわ。無理はしていない? 大丈夫?」

 

「はい。見ていてください」

 

 

母に抱き付く。良い香り。母は百合のようなたたずまいを持つ清楚な人で、美しい人だ。出来れば試験飛行を成功させて笑った顔が見たい。

 

私は母と笑顔で別れるとすぐに機体のチェックに戻る。失敗はできない。母の前で無様なところを見せたくは無かった。

 

整備が終わるとパイロットがやってくる。私はおねがいしますとしか言えなかったが、彼は笑ってサムズアップをして乗り込んだ。

 

この人とは今日まで何度も協議を重ねていて、この飛行機の制作にも深く関わっていた。その顔には自信があふれている。

 

そして試験飛行が開始される。3枚のプロペラブレードが回転を開始して風を送り出す。導力エンジンの音は内燃機関に比べてはるかに静かで振動も少ない。

 

システムは高速度高圧導力エネルギー流によってタービンを回転させる方式を採用している。その内プロペラが大気を切り裂く音が辺りに響きだす。

 

そうしてゆっくりと飛行機は前へと進みだした。ゆっくりと加速し、そして1セルジュを超えたあたりで浮かびだし、そして空へと離陸する。

 

唸り声をあげてそれは上昇し、地上では歓声が上がった。そうして天空に弧を描きながらそれは飛ぶ。

 

 

「やったのう!」

 

「速度をっ、速度を測りなさい!!」

 

 

イロンデルは予定通りのコースを飛翔する。地上近くを全速で、急上昇を、旋回を、そして宙返りを見せる。

 

私はその光景に目を奪われて、そして周りが騒ぎだしたのにも気づかずにいた。それだけ、思った以上にそれは美しかったのだ。自画自賛になるが、そう思ってしまった。会心の出来だった。

 

 

「時速4613セルジュ、世界最速…」

 

「なんと、本当に4500を超えたのか!」

 

 

燕はその後、4時間ほどの飛行を行ったあとに無事に草原に着陸した。

 

 

 





5歳で飛行機の設計と試作機の飛行までやってしまうのはやり過ぎかなという気がしたが、反省はしていない。

3話目でした。

複葉機から始めるべきですが、それだと通常の飛行船とさして変わらない速度でおちついてしまったり。まあ、ZCFの技術力は世界一チィィィィ!! ということで。

ラッセル家が関われば問題ない。連中は二足歩行戦闘ロボットを2週間で組み上げる連中ですし。

1年とちょっとでエイドロンギアとかワロス。

この世界の単位を参考までに。ちなみに、厳密には地球の単位とは異なるようです。
1セルジュ=100m
1アージュ=1m
1リジュ=1cm
1トリム=1トン

ですので、今回の飛行機イロンデルの速度は時速461kmということに。フランス語で燕という意味です。エステルが作る物の名称は基本的にフランス語で統一するつもりです。


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004

 

 

「みなさん、今までイロンデルのために頑張ってくださってありがとうございました。皆さんのご尽力のおかげであの子は今日、無事に空を飛ぶことが出来ました。とても感謝しきれません。今日はどうか、たくさん食べてたくさん飲んで、あの子の初めての巣立ちを祝ってあげてください!」

 

「いいぞエステルちゃん!」「エステルちゃんのためなら、いくらでも徹夜できるぜ!」「最高だったな今日は!」

 

「ではみなさん、いいでしょうか? いきますよ。乾杯!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

私の飛行機が飛んだ日の夜、ZCFをあげての祝賀会が行われた。

 

中央工房の技術者御用達の居酒屋フォーゲルには今回の件で知り合った技術者たちの他、ラッセル家と私の母が集まり陽気な雰囲気で満ち溢れている。テーブルにはツァイス料理が並ぶ。

 

人気の黒胡椒スープはちょっと苦手だ。舌がしびれる。お子様の舌にはちょっとばかりハードルが高い。

 

無理やりスピーチさせられ、なんとかそれをこなす。なんというか、プレゼンテーションをやるのとは別の緊張感がある。

 

というか、こういうのはマードック工房長にやってほしかったのだが。そうして私はお世話になった人たち一人一人に挨拶をして回る。

 

たくさんの迷惑をかけた。構造材のジュラルミンについてとか、主翼の構造だとか、リベットだとか様々な注文をつけて試行錯誤を繰り返した。

 

<知識>からかなり詳細な情報を取り出せるとしても、実機として再現するのはそれに見合う苦労が必要だった。だから、あの飛行機は私だけの作品ではないのだ。

 

それでもこの誇らしい気持ちは嘘ではない。胸を張って言える。私は飛行機を飛ばしたのだと。一通りの挨拶が済んだあと、私は母のいる場所へと向かう。

 

母はエリカさんと話をしているようで、和やかな雰囲気でワインの入ったグラスを手にしていた。

 

 

「お母さん」

 

「エステル、今、エリカさんと貴女の話をしていたんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そりゃあ、今日はエステルちゃんの話題になるわ。でも、見た目はこんなに可愛いのに、本当に5歳とは思えないわね」

 

「昔から手のかからない子だったんですよ。でも、母親としては少し寂しいかしら」

 

「ごめんなさいお母さん、でも」

 

「分かっています。でも、少し早いかなと思ってしまうの。しばらくは家に帰ってくれるんでしょ?」

 

「はい。今回の試験飛行についての論文が書けたら、しばらくは暇になりますから」

 

 

今回の飛行機については観覧に来ていた軍の人たちも驚いたようで、軍用機としたものを発注するかもしれないと父が話していた。

 

しかし今の機体であれば重機関銃を載せてしまえば、爆弾はほとんど載せられなくなる。純粋に軍用機として使うなら、1000馬力以上のエンジンが欲しいところだ。

 

まあ、今回使ったエンジンが完成した後も研究は重ねられているので実現はそう遠くないだろうが。それよりも、今回開発された630馬力のエンジンは自動車などに載せれば役に立つかもしれない。

 

普通乗用車なら小型化しても100馬力程度ですむし、大型トラックなら500馬力もあれば十分だろう。

 

リベール王国は起伏が激しく、ヴァレリア湖が中央にあって陸路は制限されがちだが、<記憶>によればモータリゼーションは日本でも起こっているし、決して需要が無いわけではないだろう。

 

ルーアン―ツァイス間にトンネル道を掘ることができれば、5大都市をハイウェイで結ぶことだって非現実的じゃない。

 

だがそれも次に話だ。ひと月ほどは実家に滞在する予定で、最近はほとんど出来なかった親孝行をしなければならない。

 

ティオやエリッサとも最近は遊んでいないし、父も近く休みを取ってくれるという。なら、親子3人でちょっとした小旅行をするのもいいのではないだろうか?

 

 

「そうなんですよ。エステルは女の子なのにお洒落に興味がなくて」

 

「やっぱり、女の子は可愛らしい恰好をすべきだわ。私もティータが大きくなったら色々な服を着せたいもの」

 

「もうちょっと女の子らしくしてくれればいいんですけど」

 

 

いつのまにか、エリカさんと母の会話が不穏な方向に流れ始めている。お洒落。化粧はまだ早いと思う。宝石にはあまり興味がない。

 

ヌイグルミや人形よりは導力機械に夢中だった。服は油で汚れるので、出来るだけ動きやすくて汚れて構わないものが良い。うむ、我ながら全然女の子らしくないな。

 

いや、まあ、女の子らしい事を全然していないわけではない。エリッサたちとはオママゴトで遊んでいたし、友達は女の子が多い。

 

それにお父さんと組手を…、ダメだこれは女の子らしい趣味ではない。うわっ、私の女子力低すぎっ。誕生日に高価な学術書をせびったとか女の子どころの問題じゃない。

 

 

「そ、そうだお母さん、お父さんがお休みを取れたら旅行に行きませんか? ボースに川蝉亭という、とてもステキな場所があるそうです」

 

「そういえば、そんな話を聞いたことがありますね」

 

「知っているわ。ヴァレリア湖の湖畔にある風光明媚な宿のことでしょ。ツァイスのエルモ温泉、ボースの川蝉亭といったらその筋では有名だものね」

 

「考えてみればエステルが生まれてから…、家族3人で旅行なんて行ったことがないですね。分かりました、お父さんに話してみましょう」

 

「はい!」

 

 

そうして祝賀会は続く。私は子供なので母と先に帰らせてもらったが、大人たちは夜遅くまで酒を飲み明かしていたらしい。

 

私は久しぶりに母と同じベッドで眠った。やはり私はまだまだ子供で、お母さんと一緒に眠るということがとても嬉しくて、その夜はとても暖かだった。

 

 

 

 

その後の一週間、私は論文を書き上げ、新しい飛行機の計画についてプロジェクトの技術者たちと話し合った。新しいエンジンと逆ガル翼を備えた飛行機の試作だ。

 

軍用機の製作ということで、新しい飛行機は近接航空支援機を目指すことで軍側と交渉がまとまっている。

 

これは現状において空を舞台とした戦いが起こらない可能性が高いからだ。エレボニア帝国もカルバード共和国も飛行船の軍用化を進めておらず、それ故に戦闘機の出番は殆どなかった。

 

それならば、多少の運動性や速度を犠牲にしても装甲の強化や爆弾の搭載量を増やした方がいいという話になったのだ。

 

飛ぶためだけに生み出されたイロンデルは軍用機としてはあまりにも貧弱だった。重機関銃を載せれば地上攻撃は行えるものの、それだけだった。

 

それでも時速4600セルジュの速度は圧倒的で、定期飛行船の時速900セルジュを大きく突き放し、従来のスピードレコードを数倍以上凌駕していた。

 

それは、この世界ではイロンデルに追いつける存在は無いということに等しい。結果としてそのまま軍の偵察機として採用されることになった。

 

およそ16機のイロンデルが軍に納入されるらしい。これらは設立される予定の飛行機部隊の訓練にも用いられる予定なのだそうだ。

 

そうして私は一通りの仕事を終えると、ロレントの我が家に帰ってきた。

 

おおよそ2月振りの帰郷であり、いつもならひと月に一度は戻るところだったが、初飛行とそれにかかる準備、そして論文の仕上げなどでこういったスケジュールになってしまった。

 

そして定期船がロレントの空港に着くと、

 

 

「「「「「おめでとう、そしてお帰り、エステル!!」」」」」

 

「え、みんな!?」

 

 

空港には知人たちが私を盛大に出迎えてくれた。私は目を丸くしてその様子に驚く。『世界最速おめでとう』という横断幕の前でエリッサとティオが手を振っている。

 

市長さんまでお出迎えとはどういうことだろうか。まるでロレント中の人たちが私のために集まっているかのような。

 

 

『皆様、今日も定期飛行船のご利用まことにありがとうございます。皆様、突然の事に驚きでしょうが、今日、この飛行船には先日、世界最速を記録した飛行機イロンデルを発明し、開発・設計したエステル・ブライトさん、なんと5歳の少女が故郷のロレントに凱旋するのです』

 

 

戸惑う私や他の乗客をよそに、いきなり船内放送が響く。私は恥ずかしいやらなんやらで気後れしながら注目を浴びて、飛行船から一番に降りることになる。

 

そして拍手喝采。乗客の人たちも笑いながら手を叩く。私はお辞儀をしながらタラップを降りて、市長さんの前まで歩く。

 

 

「おめでとうエステル君。いささか、派手な出迎えになってしまったようじゃの」

 

「いえ、その、ありがとうございます」

 

「リベール通信を読んだときは本当にびっくりした。本当におめでとう」

 

 

照れくさいやなんやらで、笑ってごまかすしかない。イロンデルの成功はリベール通信でも取り上げられていて、ロレントでも多くの人たちがそのことを知っているらしい。

 

次に市民栄誉賞のメダルと楯の授与が行われ、そしてエリッサが花束を持ってやってくる。少しオーバーじゃないだろうか。

 

 

「エステルおめでとう。すごいねー」

 

「ありがとう、エリッサ」

 

 

そんな感じで突然の式典が行われた。母は終始笑顔で私を見守っていて一切のフォローもなく、私は顔を引きつらせて為すがままにされていた。

 

そうして一通りのイベントが終わり、ようやく家に戻ることができる。母からは労いの言葉を一つだけ頂いた。

 

少し休んでいると、今度はティオとエリッサ、それにステラおばさんまで押しかけてくる。なんだか休む暇もないが、とてもよく知る人たちなので無下にはできない。

 

ステラおばさんはクッキーを焼いてもってきてくれた。

 

 

「エステルは飛行機に乗ったの?」

 

「はい。一度だけ乗せてもらいました」

 

「すごく速いんでしょ。危なくないの?」

 

「まだ完全に安全とは言えないです。でも、自分の作ったものですから、乗ってみたかったんです」

 

 

大人たちには止められたが、やはり私が計画して設計した機体、しかもこの世界で初めて飛ばした飛行機だ。乗ってみたいと思う衝動を抑えることは出来なかった。

 

エリッサは少し心配そうにしながらも好奇心が抑えられない感じ。ティオは相変わらずサバサバとしているが、飛行機の話には興味津々だ。

 

 

「どうだったの?」

 

「風を切って飛ぶ鳥になったみたいでしたよ。空がいつもより青く見えました」

 

「そうなんだ…。いいなー」

 

「エステルは昔から皆とは違うと思ってたけど、やっぱりすごいわね」

 

「飛行機って飛行船みたいに使えるの?」

 

「将来的には旅客機を作りたいです。国内は飛行船で十分ですが、外国に行くには今の飛行船は遅いので」

 

 

現在運用されている定期船などの飛行客船の速度は時速900セルジュで、<知識>によるならば時速90kmと列車や高速道路を走る自動車程度の速度でしかない。

 

空を飛ぶため、最短距離で都市と都市を結ぶことが出来るが、国際線のような長距離だと丸一日の行程になる場合もおかしくはない。

 

しかし、飛行機なら短縮が可能だ。

 

現在の導力エンジンを用いれば現在の技術でも巡航速度で時速3000セルジュ以上の速度を出す旅客機を作ることもできるだろう。

 

<知識>にあるダグラスDC-3をモデルとすれば、経済性の高い機体を設計することもできるだろう。

 

 

「ねぇねえエステル、私も乗せてくれる?」

 

「今はまだ無理ですが、数年したらエリッサも乗れるようになるかもしれませんよ」

 

「数年かぁ」

 

「そんなにかかるものなの?」

 

「飛行船だって、初めて飛んでから一般の人が乗れるようになるまで7年かかったんですよ」

 

 

世界初の導力飛行船の登場から7年後、資産家のサウル・ジョン・ホールデン氏の尽力によって飛行船公社が設立され、ようやく導力飛行船は一般の人でも乗ることのできる交通機関となった。

 

しかし、旅客機実現の場合はその受け皿となる航空会社が既にあるので、そこまで時間はかからないだろう。

 

 

「エステルはみんなが乗れる飛行機を作るのね」

 

「はい。完成したらティオとエリッサも必ず乗せてみせますから」

 

「楽しみにしてるわ」

 

「楽しみねー」

 

 

飛行機はその性質ゆえに兵器となる運命が宿命づけられている。それでも、空を飛ぶという事は人間の古くから、ずっと古くからの願望であることは間違いない。

 

だから、いつかこの二人にも空を翔けるというあの感覚を知ってほしいと思う。

 

 

 

 

「ボースは初めて来ました。あれがボースマーケットですね」

 

「立派な建物ですね、エステル」

 

「お前たち、ボースは帰りに観光する予定だろう」

 

「そうですね。お土産も帰りに買いましょう」

 

 

父が休みをとれたのを機に、私達ブライト一家はボースを訪れていた。ボースはリベール王国第二の都市で、エレボニア帝国との交易で栄える商業の街だ。

 

たくさんの商店が軒を連ね、王都グランセルのエーデル百貨店よりも大きな屋内式の市場ボースマーケットが有名だ。

 

とはいえ、私たちの目的地はここではない。高級レストランや珍しい品々を扱う店は興味深いが、今回は家族旅行でボースの南にあるヴァレリア湖の湖畔の宿屋『川蝉亭』に4日ほど逗留する予定なのだ。

 

私のお祝いを兼ねた初めての家族旅行。なんだかとてもうきうきする。

 

ボースの南市街を抜けてアンセル街道へと進む。大人なら二時間程度の行程だが、子供の私の足ではもう少しかかる。

 

とはいえ、こういった歩きもピクニックのようで楽しい。季節は秋で、木の葉が色づきとても美しい。そしてしばらく歩くと黄色い塔が見えてきた。

 

 

「琥珀の塔ですね」

 

「まあ、大きいわね。翡翠の塔は緑色でしたけど」

 

「ゼムリア文明崩壊直後の遺跡だな。ツァイスにも同じ塔があっただろう」

 

「紅蓮の塔です。ルーアンの紺碧の塔の4つで四輪の塔と呼ばれているそうですね」

 

「内部には未知の技術で稼働する仕掛けがあり、頂上には何かの装置が存在するらしい」

 

「何かと言うと、分かっていないのですか?」

 

「はい、お母さん。おそらくは古代文明の遺産、アーティファクトの類と考えられているようです。ゼムリア文明期のアーティファクトはまだまだ謎が多くて詳しくは解明されていないんです」

 

 

超古代文明というのはなんというかXのいた世界の創作物によく登場する舞台設定だが、この世界にはそれが本当に存在する。

 

その超古代文明『ゼムリア文明』は多くの遺跡を世界各地に残しているらしいが、その中でもアーティファクトと呼ばれる遺物には特別な力を宿すものが少なくないという。

 

これらの古代遺物の多くは、今は既にその機能を失っているものがほとんどだが、まれに現在に至るまでその機能を保持しているものがあるという。

 

驚くべきは、それらの機能は常識を超えた導力魔法を凌駕する力を発揮することと、古代文明が崩壊した後の1200年間もの間その機能が保持されていた点だ。

 

これらの生きている古代遺物については、かなりの水準で科学技術が発達したこの世界の専門家でもその作動原理を解明することはできないらしい。

 

そもそも導力器は40年前にエプスタイン博士がその機能の一部を解明して生み出したものである。

 

また、生きているアーティファクトの多くは危険なものも少なくなく、しかしそういったモノを集める好事家は後を絶たないらしい。

 

これについて七耀教会などは古代遺物を『早すぎた女神の贈り物』として無断所持と不正使用を禁止しており、各国はこれを教会に引き渡す盟約を交わしている。

 

 

「古代遺物と言えば…、お父さんは『塩の杭』についてはどう考えています?」

 

「あれか。意見が分かれているというが」

 

「七の至宝(セプト・テリオン)の番外じゃないかという噂もありますね」

 

「だが、あれほどの危険なものが女神が授ける至宝とは思えんな」

 

「恐ろしい事件でしたね。ノーザンブリア大公国の方々は今どうしているのでしょう?」

 

「内乱の後、自治州にはなったが産業が無く貧困が進んだらしいな。今は男たちが傭兵となって外貨を稼いでいるという話だ」

 

 

七耀歴1178年、私が生まれる8年前の7月1日、ノーザンブリア大公国の公都ハリアスクの上空に現れたとされる巨大な杭。

 

それは何の前触れもなく現れ、そして顕現の瞬間より大気を含む周囲の全ての物質を『塩』に変えてしまうというその恐るべき性質により、公都はまたたくまに『塩』へと変わってしまった。

 

詳しい事は七耀教会によって部外秘にされているらしいが、公都に落ちた杭はその名に似合わず数百アージュの高さを誇る純白の塔というべき威容を誇っていたらしい。

 

また塩化の速度はすさまじく、1日でハリアスクおよびその周囲の針葉樹林が塩の結晶となり、僅か2日で国土の半分を塩の海と化したそうだ。

 

出現から3日でようやく塩化が停止したものの、被害は甚大で、5つの行政区の内3つが壊滅し、国民のおよそ1/3が犠牲になったという。

 

しかし、元首であったバルムント大公は国民の避難誘導の指揮などを一切行わず、我先にと国外に脱出したためにその権威は失墜。

 

そうして、突然の理不尽による不安と恐怖、産業と経済の崩壊と難民の問題、自分たちを見捨てた元首への不信により民衆による蜂起が発生。

 

これにより公国は崩壊し、民主的な議会を持つ自治州に再編される。とはいえ、すぐには生活を立て直すことなどできない。経済は崩壊しており、貧困が急激に進んだのだ。

 

しかも国土の半分を失い、さらに塩害を含めた二次的な被害により食料自給率は激減し、主要産業をも失った彼らは生活に必要な物資を輸入するための資金を早急に必要とした。

 

それは結果として旧軍部を中心に大規模な傭兵団の結成を促した。彼らは現在、『北の猟兵』と呼ばれている。

 

だが、それだけで全ての民を養えるはずもない。七耀教会の支援や各国の救済基金も焼け石に水。

 

親を失った多くの子供たちを七耀教会は引き取ったが、それでも多くの民衆が難民として各地に散り、そうして流民として厳しい生活に甘んじているという。

 

 

「お父さん、琥珀の塔に登ってみませんか?」

 

「危険な魔獣がいるぞ」

 

「お父さんがいるなら大丈夫じゃないですか? それに私も少しは剣を振れるようになったんですよ」

 

 

少し暗い話になってしまったので話題を変える。琥珀の塔、古代遺跡。なんとも心を震わせる響きではないだろうか。

 

<知識>でもアンコールワットとかマチュピチュなどの古代遺跡は世界遺産に登録されて観光名所になっていた。琥珀の塔も例外ではないだろう。

 

 

「わたし、気になります!」

 

「だがなあ…」

 

「あらあらエステルったら、お転婆さんですね。でも、お父さんを困らせてはいけませんよ」

 

「ん…、でも、ちゃんと整備すればとても良い観光名所になると思うのです」

 

「そうだな」

 

「それに、川蝉亭にもバスが通れば便利になると思うのですが」

 

「バスですか?」

 

「共和国でよく使われる導力車の交通機関か」

 

「共和国のものより小さくて良いのです。採算性を考えれば、手ごろな交通機関としてバスは優秀だと思います。飛行船や飛行機は点と点しか結ぶことが出来ませんから」

 

 

飛行機や飛行船は速度が速い分、点と点しか結べない一次元的な交通手段だ。鉄道は線で結べて経済性が高いものの、大量輸送に特化していて、個人や少ない荷物を運ぶには不都合が多い。

 

対してバスやタクシー、トラックは経済性に難があるものの面をカバーすることができ、少量輸送に適している。

 

 

「農村やこういった観光名所のために小さなバスを使うのも悪くはないと思います」

 

「そうね。でも、こうやって家族で歩くのも悪くはないですよ」

 

「んー、その辺りは個人個人の嗜好の問題ということで。お年寄りや足に障害のある人もいますから」

 

「おっ、そろそろ見えてきたぞ」

 

 

そうして3時間ほど歩いて、私たちは目的地の<川蝉亭>に辿りついた。湖畔にたたずむ暖かな雰囲気の木造建築。二階建てで正面にはプランターの花に飾られたテラスが見える。

 

リベール王国でも穴場のリゾート地として知られ、優美な風景と美味しい淡水魚の料理が評判の宿だ。

 

 

「いい所ね」

 

「お父さん、ボートがありますよ」

 

「おっ、確か貸しボートもやっているそうだから、後で皆で乗ってみよう」

 

 

そうして私たちの休暇が始まった。

 

 

 

 

「あ、これ美味しい」

 

「ふむ、いいな」

 

「そうですね、あなた」

 

 

チェックインを済ませて、私たちは一階の食堂で昼食を頂く。レインボウの塩焼きにビネガーをかけて。とても大きく新鮮なニジマスを三人で取り分ける。

 

大きさは60リジュほどで、二匹あれば私の伸長を追い越してしまうほど。白味はふわふわして淡白でありながら甘く、しかし臭みはほとんどない。

 

こういった新鮮な淡水魚も時には悪くないものである。パンとスープと一緒に大物のマスを平らげると、部屋で少しだけ休憩を取る。

 

私は最近鍛えているので大丈夫だが、3時間も歩くと流石に母も疲れたらしい。ベッドはフカフカで、私は母とベッドの上に座る。しばらくすると、父が竿を持って部屋に入ってきた。

 

 

「エステル、釣りをしないか?」

 

「釣りですか?」

 

「ああ、良く釣れるらしい」

 

「いいじゃないですか。エステル、いきましょう」

 

「はい」

 

 

そうして私たちは桟橋に出て釣りをすることにした。母はテラスでパラソルの下、私たちを見守るようだ。

 

<知識>では釣りに関しては多少の情報があったものの、Xの趣味ではなかったようであまり詳しくは分からない。アカムシやミミズの類やルアーを使って、釣針を水中に垂らす程度の知識だ。

 

 

「よし、エステル見ていろ」

 

 

父が釣針でミミズを刺し貫いて、そして竿を構えて振るう。重りの重量を利用して遠くに針を飛ばすらしい。しばらく待っていると浮きがピクピクと動き出す。

 

 

「お父さん、浮きが動いてます」

 

「まだだ…、まだまだ…、よし!」

 

 

父がリールを巻き上げる。釣竿がしなり、水面下に魚影が姿を現した。父は様子を見ながらリールを巻いたり、止めたりして、そして次の瞬間、水面から銀色に光を反射する流線型が大気に飛び出した。

 

 

「エステル、釣れたぞ!」

 

「うわ、お父さんカッコいい!」

 

「そうかそうか」

 

 

釣れたのはニジマス、先ほど昼食に出たレインボウと呼ばれる魚。<記憶>を参照とするならニジマスに相当するこの世界の魚だが、Xのいた世界のそれは虹色になるのは繁殖期のオスに限られる。

 

しかしこの世界では七耀石の欠片を飲み込むことで特殊な発色をし、本当に虹色の鱗を持つ綺麗な魚だ。

 

 

「どうだエステル、やってみるか?」

 

「はい」

 

 

そうして私も見様見真似で釣り糸を垂らす。なかなか上手くいかなくて、父ばかりが大物を釣っていく。

 

餌に魚が食いつくのだが、タイミングを見誤って餌だけ取られたり、早すぎたりして逃がしてしまう。それでも段々と感覚がつかめてきて、とうとう一匹の魚を捕まえることが出来た。

 

 

「……」

 

「ははは、やったなエステル。ボウズは避けられたぞ」

 

「小さいです」

 

「13リジュぐらいだな。カサギンだ」

 

 

釣れたのは小さな小魚。金色の鱗が輝く細い体のカサギンと呼ばれる種らしい。父によれば骨まで食べられる美味い魚らしく、また生餌として使えば大物を狙うことも難しくないのだとか。

 

ならばと、私はこのカサギンを使って大物を狙ってやろうではないか。

 

 

「てい!」

 

「はは、がんばれ」

 

「エステル、がんばって!」

 

 

父と母のエールを受けて私は再び挑戦する。そうだ、私は釣り師、アングラー。私は爆釣王になる!

 

 

「……えっ!?」

 

 

すると、突然の強力な引力。竿が大きくしなり、私は湖に引きずり込まれそうになる。五歳児の肉体では難しい勝負。だが勘違いするな。いつ私がただの五歳児だと言った!!

 

 

「くっ…、負けません! はぁぁっ、麒麟功!!」

 

 

氣を集中して身体能力を底上げする。いける! いけます!!

 

 

「お、おいエステル大丈夫か!?」

 

「ふぁいとぉぉぉっ、いっぱぁぁぁつ!!」

 

 

そうして私は一気にリールを巻き上げ、そして竿を引き上げる。空中に飛び出す魚影。私は勢い余って尻餅をついてしまう。

 

そして、釣り上げた魚は桟橋の上でピチピチと元気よく跳ね回っていた。口の大きな黒い背中の魚。体長は50リジュを超えている。驚いた母が駆け寄ってきた。

 

 

「エステル大丈夫?」

 

「はい、平気です」

 

「おお、こいつはヴァレリアバスだな。なかなかの大物だぞ」

 

「あなた、ちゃんとエステルを見てやってください」

 

「いや、はは。お、何か飲み込んでいるぞ」

 

 

ジト目の母から逃げるように父は大きなヴァレリアバスの口の中を覗き込む。そして、口の中に手を入れて何かを取り出した。出てきたのは七耀石を嵌めこんだ、綺麗な細工がなされた輪。

 

 

「T-アンクレットだな」

 

「えっと、足輪ですか?」

 

「特殊な法術がかけられていてな。移動を妨げる障害を打払う力が宿っている。なかなか高価な装身具だぞ」

 

「すごいわね、エステル」

 

「ああ。しかも、ヴァレリアバスはここいらでは珍しい魚のはずだからな」

 

「そうなんだ」

 

 

そうして、このビギナーズラックの影響か、私の趣味に釣りが追加されることになる。

 

 

 

 

その後、私たち家族はボート遊びや散策などをして遊び、絶品の魚料理に舌鼓をうった。私は釣りの面白さに目覚めて、ボート釣りにも挑戦し、父といい勝負が出来るほど魚釣りのコツを掴むことができた。

 

また、朝や夕方には父に剣の稽古をつけてもらう。

 

 

「たぁっ」

 

「打ち込みが甘い」

 

 

父はとても強く、最近ではようやくその強さの一端を窺い知ることが出来るようになった。隙がありそうで無く、変幻自在で雲をつかむ様な感覚。

 

父が言うには無にして螺旋なのだという。よくは分からないが、八葉一刀流の基本的な概念なのだろう。螺旋と言うからには円運動。父の動きを必死に観察する。

 

 

「良くなってきたな」

 

「はぁ、はぁ…。そうでしょうか?」

 

「おう、お前は筋がいい。氣の扱い一辺倒だと思ったが、剣もしっかりと基礎を積んだのだな」

 

「毎日、素振りばかりしてましたから」

 

 

母がにこやかに見守る中、父から私は多くの事を学んでいく。楽しい。すごく楽しい。とても幸せな時間。いつまでもこんな時間が続けばいい。

 

愛されて、愛して、美味しいものを食べて、たくさん遊んで、多くを学ぶ。こんなにも幸せなことが他にあるだろうか?

 

そうして二日が過ぎる。そして夜、私は机に広げた大きな紙を前に頭を悩ませていた。飛行機の設計をしているのだ。今設計しているのは4つのエンジンを持つ大型の飛行機だ。

 

単発の飛行機とは違って大型化できるが運動性が悪く、旅客機や輸送機に向いている。ダグラスDC-6やロッキード・コンストレーションのような機体が作れれば理想的だ。

 

問題は大型大馬力のエンジンと経済性、それに長い滑走路の整備の必要性だ。

 

導力飛行船は垂直離着陸機であるため広い滑走路を要さず、空港の大きさもコンパクトなものに収めることが出来る。だが、大型の旅客機には大きな空港が必要不可欠だ。

 

そして、リベール王国という小さな国土では飛行機による乗客の輸送は経済的ではない。

 

より大きな、カルバード共和国やエレボニア帝国、レミフェリア公国やアルテリア法国といった外国への長距離輸送にこそ真価が発揮される。

 

だが、それには国際的な取り決めが必要で、私だけの力ではどうにもならない。

 

 

「いや、大型機なら導力飛行船の機能を導入することも不可能ではない?」

 

 

大型機ではあるが、地球のそれと違ってこの世界のエンジンは導力エンジン、つまり燃料を積載しなくても良いのだ。なら、その空いたスペースに重力制御機構を取り付けることは出来ないだろうか?

 

それほどの規模じゃなくてもいい。最悪、STOLでも我慢すべきだ。200アージュ程度で離陸できれば目はある。

 

 

「そうなると、ここがこうなって…、いや、これだと前後のバランスがおかしくなる」

 

 

荷重は翼にかかればいい。なら主翼と水平尾翼に重力機関を分配してやれば、揚力に反重力が加わって、通常よりもはるかに短い滑走距離で離陸できるようになる。

 

あとはバランスだ。重力機関は離陸と着陸時だけに使えばいいが、事故が起きやすいのもこの時だ。繊細な姿勢制御が必要になる。

 

 

「ん、やはり機械式では複雑になってしまいます。今度は整備性が…。やはり導力演算器を導入すべきですね」

 

 

ツァイス中央工房とエプスタイン財団において研究されているこの世界におけるコンピューターが導力演算器だ。これは複雑な姿勢制御を要する導力飛行船にも導入されている。

 

全てを導力化すると信頼性に問題が生じかねないが、整備性と天秤をかけた場合、仕方がないかも知れない。

 

 

「ん…、今日はこのあたりにしますか」

 

 

私は伸びをしてペンを置く。ある程度の案が思いついて、それなりに形になった。後はじっくりとシェイプアップしていけばいい。

 

それに、私は家族旅行でここにきているのだから、仕事ばかりしていてはいけないのである。そうだ、父と母はどうしているだろう。私は二階の部屋を見に行く。

 

私と母が泊まっている部屋には誰もいない。父の部屋だろうか。私はなんとなしに父の泊まっている部屋のドアノブを開けた。

 

ノックすべきだった。むしゃくしゃしてやった。ドアならなんでもよかった。今は反省している。

 

 

「あ」

 

「ぬおっ!?」

 

「エ、エステル!?」

 

 

パパンとママンが服をはだけさせて、プロレスごっこをしている模様。脳内で警告音が鳴り響く。<知識>からこの状況に該当する情報が与えられ、私は赤面する。

 

父は固まり、母は真っ赤な顔でシーツを手繰り寄せた。この場合どうするべきか。<知識>は手遅れという模範解答を提示した。

 

 

「えと、ごゆっくり」

 

 

私はそそくさとドアを閉めた。うむ、部屋で二人の間に微妙な気分が漂っている可能性大。

 

翌日「ゆうべはおたのしみでしたね」と声をかけておいた。夫婦は顔を赤らめて言い訳をしていたが、仲がいいことは良い事である。私はそう思いました。

 

 

 





持ち上げて、叩き落とす。

4話目でした。

今回は速度の話。

<速度の対比>
アルセイユ(世界最速の高速巡洋艦):時速3200セルジュ(時速320km)
定期飛行船:時速900セルジュ(時速90km)
警備艇(初期生産型):時速1800セルジュ(時速180km)
山猫号(帝国の最新型):時速2300セルジュ(時速230km)
ルシタニア号(豪華客船):時速700セルジュ(時速70km)
ジーク先輩(紳士):時速1800セルジュ(時速180km)
碧の軌跡のZCF製導力車:最高時速1500セルジュ(時速150km)

ということになります。飛行船は遅いですね。まあ、空力的な部分を考慮していないので仕方ないのかも。

ジーク先輩の水平飛行速度半端ないです。流石ファンタジーに生きる鳥。




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005

鬱注意。


 

 

七耀歴1192年1月、研ぎ澄まされた冷たい大気を一機の翼が翔け抜けた。

 

 

「よし、順調だな」

 

「悪くないですね」

 

「やったな、エステル坊」

 

「女の子に坊をつけるのはやめてください」

 

 

グスタフ整備長が空を見上げて、試作飛行機が空を飛ぶのを眺めている。彼は感心したような表情で私の頭に手をポンポンと乗せた。

 

グスタフさんはすごく腕のいい技師で、私の飛行機開発にもとてもよく協力してくれる。彼がいなければ、ここまで早く飛行機を飛ばせなかっただろう。

 

今回空を飛ぶのは新型の1500馬力の発動機を搭載した双発機だ。大きなエンジンにすることで出力を高め、速度と積載量を重視した。

 

さらに重力制御機関を取り入れたことで、STOLとしての能力も獲得。およそ100アージュの滑走で空に浮かぶことができる。

 

時速5000セルジュ、3トリムの貨物を輸送できる高速輸送機として設計されている。乗員は4人。全長15アージュ、全幅20アージュ、全高5アージュ。

 

最大離陸重量14トリム、航続距離は30,000セルジュだ。今回は30人の人間を輸送できる人員輸送機タイプである。

 

 

「飛行船よりも安くて速い。一機あたりの輸送量は今一つだが」

 

「数を揃えても採算は取れます。カルバード共和国は欲しがるんじゃないでしょうか」

 

 

人口大国であるカルバード共和国は、国土が広くて移動に時間がかかる。しかし、国土が広ければ空港の整備も問題なく行えるし、バスや飛行船よりもはるかに速いこの機体ならば勝負できると睨んでいる。

 

それにこの機体は試作機だ。量産型はもう少し価格を抑えることができるだろう。

 

 

「経済の話はいまいち分からんな」

 

「大切ですよ。どれだけ性能が良くても、コストパフォーマンスが良くなければすぐに廃れてしまいます」

 

「俺は技術屋なんでね。だが、いい機体だってぇのは分かるさ。イロンデルの方がスマートだったがな」

 

「双発機は鈍重ですから。あっちの方は納入が始まるんですよね」

 

「フォコンとアベイユだな。飛行機乗りにはフォコンの方が人気あるらしいが」

 

「速いですから。でも、現状で役に立つのはアベイユですけどね」

 

 

1000馬力の小型単発用のエンジンに換装したイロンデルの量産発展型である戦闘機フォコン、そして逆ガル翼を採用して急降下爆撃に対応するため頑丈な作りとした爆撃機アベイユ。

 

しかし、今のフォコンは攻撃力不足で飛行船を撃墜するのは難しく、むしろ爆撃に特化したアベイユの方が軍事的には役に立つ。

 

現在、ZCFの銃器開発部門で戦闘機に積むための大口径の重機関砲の開発がなされている。

 

2リジュ機関砲と3.7リジュ機関砲が完成して航空機に搭載できれば、ようやくこれらは純正に役に立つ機体になるだろう。特にアベイユは戦車キラーになるはずだ。

 

軍に納入された16機のイロンデルは練習機として活躍しており、多くの飛行機パイロットを育成している。

 

事故は3度ほど発生していて、特に着陸に失敗した事故で1名の死者を出している。機体のトラブルではなく、人身事故だそうだがあまり気分の良くない話だ。

 

それでも、少ない人員と予算で戦車を上回る戦果を生み出すことが可能と予測される飛行機に軍は期待しているらしく、来年度までに一個飛行大隊、飛行機にして108機分の戦力を練成するつもりらしい。

 

 

「でも良かったじゃねぇか、ちゃんと飛んでよ。弟を乗せるんだろ?」

 

「まだ男の子と決まったわけではありませんが」

 

 

 

 

12月に届いた手紙の内容に私は衝撃を受けて、即座に実家に舞い戻った。なんと、母の妊娠が分かったらしい。

 

前々から弟か妹が欲しいと言っていたが、現実になるとは思わなかった。つまり、私はお姉さんになるわけである。なんだかとても嬉しい。わくわくする。

 

 

「お母さん、ただいま帰りました!」

 

「あらあら、エステルまで」

 

「そりゃ、一大事だからな」

 

 

どういうわけか父まで帰って来ていた。母の様子はあまり変わらず、外見上の変化もない。まだ妊娠初期でお腹も大きくなっていないのだろう。

 

父もなんだか浮き足立っているようで、私もなんだか不思議な気分。

 

 

「男の子でしょうか、女の子でしょうか?」

 

「父さんは男がいいな」

 

「ふふ、私は女神様のお決めになる通りに。どちらでもかまいません」

 

「どんな名前にしましょう?」

 

「そうだな…」

 

「二人とも気が早いですよ」

 

 

母が私達二人のやり取りを見てクスクスと笑う。暖かな雰囲気。しかし、どんな子が生まれるのだろうか。私のような<知識>を持っているとか…、それはないか。

 

私の知る限り私と同質の異常を持った人間はいないし、噂を耳にしたこともない。私だけが何故特別なのか。これは難しい命題である。

 

とはいえ、普通の、子供らしい子供が生まれればいいと思う。私はとてもじゃないが純正の子供では無かった。

 

父からも母からも親としての楽しみを奪ってしまったかもしれない。私は私らしく今まで生きて、後悔は微塵もないが、それでも母の幸せを願う心は本物だ。

 

生まれてくる子供にも幸せになってもらいたい。母にも幸福な親としての人生を、人間としての人生を歩んでもらいたい。

 

弟か妹か分からないけれども、大きくなったら一緒に空を飛ぼう。一緒に釣りに出かけよう。楽しい思い出をたくさん作ってあげよう。辛いことがあっても一緒に悩んであげよう。

 

 

「楽しそうね、エステル」

 

「はい、すごく楽しみです」

 

「エステルはお姉さんになるのよ」

 

「はい」

 

「だから、これからはもう少し女の子らしくしましょうね」

 

「女の子らしくですか?」

 

「女の子には女の子の楽しみがあるのよ。研究も剣も頑張っているのは知っているわ。でも、エステルは女の子なんだから、女の子の幸せを知ってほしいの」

 

「はぁ」

 

「ふふ、まだエステルには分からないかな」

 

「知識では知っています。女の人は綺麗な洋服を着て、お洒落をして、化粧をして、男の人の気を引くのだとか」

 

「男の子のためにするんじゃないの。自分のためよ。そして好きになったヒトのためでもあるの」

 

「お母さんは、私が女の子らしくなると嬉しいですか?」

 

「どうして私なの?」

 

「私の好きな人ですから」

 

「あら、お父さんはいいの?」

 

「エステル、父の事を忘れないでくれ」

 

「お父さんも大好きですよ。お父さんはどう思います?」

 

「おう、エステルが可愛くなるのは嬉しいに決まっている。だが、悪い虫がつくのは…」

 

「あ・な・た」

 

「…しゅん」

 

「私もエステルが可愛くなるのは嬉しいわ。本当はもっと、いろいろな服を着せてあげたいもの」

 

「ん…、はい。分かりました。がんばってみます」

 

「ふふ、エステル。約束よ」

 

「ん、はい」

 

 

女の子の幸せ。<知識>からは結婚とか恋とか一般的な解答しか得られなくて、それらもいまいちピンとこないせいか首をかしげてしまう。

 

まあ、母が望むのならそういった事にも気をかけよう。弟か妹にガサツな姉だと思われるのも良くないだろう。この時私はそう考えて自らを納得させた。

 

 

 

 

時は流れる。新型の機体が工場からロールアウトして、軍へと納入されていく。

 

双発機の完成を見たことから、私は高効率の輸送機の設計に取り掛かるとともに、1500馬力級の小型エンジンと、4発機、そしてロケットの設計に携わっていた。有人宇宙飛行というのも夢があってよい。

 

 

「重力制御機関で軌道高度まで浮かべることが出来ますが、速度が足りないので人工衛星になりません。やはりロケットエンジンの開発は必要です」

 

「固体燃料ではだめなの? 重力制御機関で軌道投入の微調整は可能だと思うけれど。液体燃料形式は複雑で取扱いに難があるわよ」

 

「そうじゃの。じゃが、固体燃料は一度点火すれば止めることはできんからの。しかも、酸化剤が燃焼する際に毒ガスが発生する」

 

「でも、技術的な堅実性を考えれば、最初は固体燃料で実績を積むのがいいわね」

 

「ん…、やはりそうですか。まあ、仕方ありませんね」

 

 

ロケットの固体燃料はポリブタジエンのような燃料と基質としての合成ゴムとアルミニウム粉、酸化剤としての過塩素酸アンモニウムを主成分とし、ここに酸化鉄のような添加物が加えられて成形される。

 

燃焼時には酸化剤を由来とする大量の塩化水素が発生し、そもそも過塩素酸自体に毒性がある可能性がある。

 

しかしながら、液体燃料を利用したロケットよりも安価で簡単な構造になるので扱いやすいという特徴もあり、また兵器としては即応性や保存の面から見てもロケット兵器の燃料としては固体燃料が最適であることは間違いない。

 

RDXやHMXのような高性能爆薬を用いる固体燃料もあるが、こちらは取り扱いが難しい。

 

導力式のブースターは推力が弱くてロケットには向かない。加速度はジェットエンジンにも及ばず、とても第1宇宙速度を突破できそうにない。

 

理論上はイオンエンジンのように人工衛星などの推力として利用するのが理想的と言える。惑星探査機にでも導入すればいいだろう。

 

液体燃料方式は酸化剤として液体酸素や硝酸を、燃料にケロシンや液体水素を用いて推力を得る。

 

ポンプの動作を調整することで推力を調整でき、複雑で繊細な軌道投入を可能にするが、そもそも構造が複雑で部品数も多くコストが高い。液体酸化剤や液体水素の貯蔵に難があるなどの問題を抱える。

 

 

「まあ、とりあえず小型のロケットから実験を重ねてみます」

 

 

そういうことで、私はロケットの開発も行うことになる。

 

技師さんたちと一緒に作り上げたのは、全長150リジュ、直径13リジュのペイロードに速度計などの機器が搭載されているロケットだった。秒速8セルジュで150セルジュ先まで飛翔した。

 

青い草原。蒼穹に向かって一条の白い煙の軌跡を残して、雲の合間に消える一本の矢。甲高い燃焼音が耳に残り、後は風の音だけが。

 

残心のような余韻を残して、私とグスタフ整備長、技師たちは作業に戻った。

 

 

「結構飛びましたね」

 

「こいつにも人間乗せる気か?」

 

「まさか。もっともっと改良しないとヒトなんて乗せられないですよ」

 

「やっぱり乗せるのか。だが、こいつぁ片道切符だぜ?」

 

「落ちるときは専用のカプセルだけ切り離して、パラシュートで減速して着陸するんです」

 

「お前、どこに飛ばそうっていうんだ?」

 

「月ですかねぇ」

 

「大きく出たな」

 

「真面目な話ですよグスタフさん」

 

「エステル坊なら本気でやりそうで怖ぇえや」

 

「じゃあ、グスタフさんが死ぬまでに月に人を送り込んだらどうします?」

 

「裸になって逆立ちでツァイスを一周してやるよ」

 

「言質はとりました。でも、それって私に何の得もないですね」

 

 

人工衛星には価値が大きい。気象衛星や中継衛星もいい。GPS衛星があればより便利だ。そうだ、犬を飛ばそう。ライカ犬とか夢がある。

 

生きて帰れるように工夫する必要があるけど、宇宙犬とか最高じゃないか。クドリャフカとかベルカとかストレルカとか、そういう名前をつけてやろう。

 

そして月ロケットだ。予算が許せばの話だが、共和国あたりとの平和的共同実験という美名にかこつけて、金を毟り取ってロケットを飛ばそう。

 

いいな、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」とか言ってみたい。

 

 

「ん…、やっぱりいいですね」

 

「俺の裸がか?」

 

「そんなの全く興味ありません。不愉快です」

 

 

まあ、妄想もほどほどにだ。今は超音速にだって到達していないし、飛行機にも集中したい。4発のエンジンを持つ大型機の試作も控えていて、今リベールの飛行機の発達は目覚ましい。

 

主に私が<知識>によって無理やり牽引しているのだが、それにしては<知識>以上の成果を出しているような気もする。

 

自画自賛だが、なんとなく問題の本質が見えてしまうというか、そういうトラブルが起こり得るのかが事前に分かってしまう不思議な感覚がある。

 

そして、その解決方法もなんとなく頭に浮かんでしまうのだ。直感にしては的確過ぎて、ちょっと自分でも気持ち悪い部分がある。父の遺伝子を受け継いでいるせいだろうか。

 

最近は軍の関係者やモルガン将軍と話すこともあり、その度に父のすごさを実感する。何やら『理』なる謎の境地に達しているらしく、軍においても右に出る者がいない知略家らしい。

 

さらに武術もリベールで一番なのだから、父の優秀さが分かるというもの。いわゆる天才というヤツなのだろう。

 

 

「まあ、とりあえずは軍に提出した案の性能は確保したと思います」

 

「そういやぁ、こいつも軍から開発予算をぶんどってきたんだったな」

 

「フォコンの戦闘能力を向上させるためです。ロケット弾を使えば、多少頑丈な飛行船でも撃墜できるでしょう」

 

 

量産型の戦闘機フォコンは通常の機関銃を装備しているが、それでは同じ飛行機も落とすことは出来ない。

 

戦闘機の本分は制空権の確保で、将来登場するだろう重武装の飛行船にも対抗できる火力を必要とする。飛行船なら20mmの重機関銃でも不足で、少なくとも35mm以上の砲かミサイルが欲しい。

 

とはいえ安価かつ小型高性能の演算装置がまだ開発されていない以上、誘導や追尾は難しくミサイルは非現実的で無誘導のロケット弾から始める必要がある。

 

まあ、成型炸薬弾を用いればパンツァーファウストだって作れる。エレボニア帝国やカルバード共和国のような大規模な機甲師団を用意できないリベール王国には最適だ。

 

自走多連装ロケット砲だって作れるだろう。まあ、Xのいた世界のアメリカ合衆国なみの国力がなければおいそれと運用できそうにないが、カチューシャぐらいなら用意できるかもしれない。面制圧には役立つと思う。

 

 

「まあ、設計はやりましたし、携帯対戦車砲については銃器開発部門の人に押し付けましょう」

 

「投げやりだねぇ」

 

「私の仕事じゃないですし。予算獲得のための方便ですし」

 

「ガキのくせにセコイこと考えやがる」

 

「予算獲得は研究者のもう一つの戦場です」

 

 

重要な発明を行った功績があるため、ある程度話は聞いてくれるものの、やはり子ども扱いされている部分は大きい。まあ、実際に子供なのだけれど。

 

とはいえ、予算獲得は研究者の死活問題。ZCFから優遇されていても、資金集めには苦労するのだ。特にロケットはこれからがお金がかかる。

 

 

「まあ、実戦で証明されていない兵器にお金出せって言われても首ひねりますよね」

 

 

リベール王国はこの時まで平和だった。戦争なんて起こるなんてほとんどの人が思ってもいなかっただろう。

 

だけれども、世界は酷く理不尽で、意地悪で、悪意や狂気がどこに潜んでいるか分かったものではない。<知識>でそれを知りながらも、私はまだこの時は実感していなかったのだ。

 

 

 

 

「大変だ!!」

 

「どうしたんじゃ騒がしい」

 

 

七耀歴1192年春。草木が芽吹き空気が温み始めた頃、設計室にマードック工房長が駈け込んで来た。その顔は真っ青で、息も絶え絶えで、それだけで何かとんでもない事態が起こったことを悟る事が出来た。

 

だが、次に彼が発した言葉によって部屋にいたラッセル博士と私を含めた技師たちは凍り付く。

 

 

「エレボニア帝国がリベールに宣戦布告したらしい」

 

「え?」

 

 

それは導力戦車から放たれた一発の導力弾によって始まりが告げられたのだと、後に知った。

 

エレボニア帝国による宣戦布告の文書が届けられたのと同時に砲弾が発射され、ハーケン門への着弾により先制攻撃としてリベール王国に叩き付けられたのだ。

 

ハーケン門は中世の城壁を補強しただけの前時代的な城塞で、問題視されながらも本格的な要塞化は先送りにされていたが、それが仇となった形だ。

 

旧態依然の城壁は戦車砲の前には無力で、続けざまに降り注いだ近代的な火砲の前に容易く瓦礫の山となってしまう。城壁は何の役割も果たせなかったのだ。

 

そして王国に侵攻した帝国軍の総兵力は13個師団。

 

それはエレボニア帝国軍の半数に匹敵し、4個師団体制のリベール王国の3倍に上る兵力であり、かつこれらの帝国軍の師団は王国軍よりも遥かに機甲化がなされていた。

 

その突破力の前にリベール王国軍の国境守備隊は易々と粉砕されてしまう。そして帝国軍は僅か数日でボースを包囲。電撃的な侵攻に王国軍はまともな対応も出来ずに各個撃破される、そう思われた。

 

 

「それで私が招聘されたわけですね。お父さん」

 

「そうだ。今から俺がお前の直属の上官となる。職務中は大佐と呼ぶように」

 

「分かりました。何をすれば?」

 

「軍用機を作れ。それが上からの命令だ」

 

 

父は苦々しい表情で告げる。ボースを包囲した帝国軍の侵攻速度は異常の一言だったが、その電撃的侵攻はすぐさま頓挫することになる。

 

レイストン要塞から飛び立った120機の飛行隊、戦爆連合が爆撃を開始したためだ。まともな航空戦力も対空装備も持たない帝国軍にこれらを防ぐ手段は無かった。

 

練習機であるイロンデルすら駆り出されたこの作戦で、フォコンを中心とする戦闘機は機銃により地上を這いまわる帝国軍の歩兵や砲兵を追いまわし、急降下爆撃機アベイユは戦車を殺すというその使命を十分以上に果たした。

 

さらに軍に接収されて爆撃機に改造された試作双発飛行機は、その豊富な爆弾搭載量を如何なく発揮して後方の物資集積地を爆撃した。

 

帝国軍の侵攻速度は目に見えて遅くなり、ボース地方を勢力下に置いたものの、クローネ連峰やレナート川などの他の地方を隔てる要害を突破できずに足踏みする事態に陥っている。

 

この間に王国軍は再編成がなされ、戦線と塹壕の構築に成功。導力戦車の突破力も十分に構築された陣地と、空から襲い来る急降下爆撃の前では上手く機能しなかった。

 

戦線は一時的な膠着状態に陥った。そうした背景の元、会議がレイストン要塞で行われる。目の前にはモルガン将軍と父、そして多くの将官たち。

 

 

「この状態も長くは続かないでしょう。導力砲を航空機に対する高射砲に転用することは誰でも発想します。ラインフォルトならば容易に製造するはずです」

 

 

私とラッセル博士、エリカさんは飛行機の専門家として軍に招聘された。僅か5歳の身でありながら、最重要人物として私に対し大尉という戦時階級まで与えられてしまう。

 

それは飛行機が戦線を支えていることは火を見るより明らかで、ならば反撃も飛行機が鍵になる事は想像の範疇であったからだ。

 

 

「ならば、どうすればいい?」

 

「高射砲による軍用機の消耗は避けられません。飛行船を軍用に転用して、装甲の厚い爆撃機にすることは可能ですが、7.5リジュ以上の口径を持つ高射砲を投入されれば速度が遅い分、航空機以上の消耗を招くでしょう。ですが、これらを優先的に叩くことで爆撃の効率を回復することが出来ます。こちらをご覧ください」

 

 

私は対地ロケット弾の仕様書を配る。

 

直径13リジュ、全長180リジュ、重量は0.066トリム、炸薬の量は0.02トリム。速度は毎秒8セルジュ。安定翼により弾道は安定し、その威力は従来の榴弾砲をも上回る。

 

しかし、現状のフォコンでは2発運用できれば良い方だ。ロケット弾の命中率はそれほど高いものではない。数を撃つべきだ。

 

 

「このロケット弾であれば接近せずとも高射砲を叩くことが出来ます。そのために、フォコンのエンジンの強化を早急にすべきだと考えます」

 

「アベイユでは運用できないのか?」

 

「可能ですが、どちらにせよフォコンの強化は必要でしょう」

 

「レポートにもあったな。帝国は遅からず飛行船を戦場に投入すると」

 

「ロケット弾の搭載は必須か」

 

「いいだろう。他には?」

 

「アベイユの発動機も並行して強化します。また、帝国本土への攻撃を考慮すべきです」

 

「帝国本土だと!?」

 

「はい。帝国本土への爆撃を行えば、彼らは戦力を爆撃機の迎撃に割かなければならなくなります。また、敵の軍需工場や工業施設、重要な橋梁を爆撃することで帝国の継戦能力を削ぐことが可能になります」

 

「なんと…」

 

 

戦略爆撃はコストがかかるものの、それ以上のリソースの消費を敵に強いることができる。近代の戦争は資源地帯の奪い合いか工業力の潰しあいだ。

 

より相手の出血を強いることが出来れば勝ちとなる。特に封建的な制度を維持する帝国にとってそれは毒のように効いていくはずだ。

 

 

 

 

兵器開発と生産がツァイス中央工房の総力を挙げて開始される。徴兵が行われ、多くの若者が兵士となるための訓練を受け始める。

 

同時に飛行機の活躍は愛国心の高いリベール王国の市民の火をつけ、女性たちまでもが動員されて飛行機を初めとした兵器の生産が開始される。リベール王国は総力戦の体制を整えつつあった。

 

飛行機の活躍は陸に止まらず、海においてもその威力を発揮する。リベール王国の近海に近づく帝国の軍艦に対する急降下爆撃が効果を見せ、民間の飛行船すら動員されて爆撃が行われた。

 

これにより帝国海軍の艦隊は敗走。戦艦1、巡洋艦7、駆逐艦18がアゼリア湾に沈み、他の多くの船が大破して逃げ出した。

 

 

「近接航空支援には飛行船が適していると思います」

 

「なるほど、確かにこれなら戦えるわね」

 

「ふむ、つまりワシにこれを作れと?」

 

「それ以上のものを作っていただいて構いません」

 

 

私はラッセル家の天才二人に一つの仕様書を手渡した。軍用飛行艇計画。重力制御機関の使用による莫大な浮力を利用して、飛行機には不可能な装甲と重装備を搭載する。

 

その速度は時速120セルジュ程度で構わない。近接航空支援には頑丈さと攻撃力こそが求められる。乗員の生存は最優先だ。

 

 

「いいじゃろう。お前さんはどうするんじゃ?」

 

「私は戦略爆撃機を設計します」

 

「戦略爆撃機?」

 

「はい。帝都ヘイムダル、工業都市ルーレなどの重要な施設を爆撃して破壊します。帝国が何を考えてリベールに牙をむいたのかは分かりませんが、戦争が続けば得るものより失うものの方が多いことを教えてやるのです」

 

 

モデルとなるのはアブロ・ランカスター。現在の1500馬力級のエンジンを4つつけて、11トリムの爆弾を投下する。

 

工業地帯、橋梁、宮殿。それら全てを瓦礫の山に変える。帝国人たちも、まさか自分たちの真上から爆弾が落ちてくるなど想像だにしないだろう。

 

そうして私はリベール中から集められた技師たちや工員に指示して飛行機を作る。強力なエンジン、強力な爆弾、強力なロケット。

 

この時の私はどこか戦争を遠いものとして見ていて、どこか<知識>にあるゲームめいたものとして処理していた。人を殺す武器を作る恐怖や嫌悪よりも、どこか楽しさすら感じていた。

 

父はそんな私に会うたびに何度も注意する。それは理性では理解できた。子供が人殺しの道具を持つことも、作ることも情操教育上良くないことは<知識>にも常識として存在した。

 

しかし、楽しいのだ。私のアイディアが形になる。評価される。国を救うという免罪符は私にそういった罪悪感を薄れさせ、私は何お気兼ねもなく兵器を設計し続けた。

 

パンツァーファウスト、自走多連装ロケット砲、巨大な地中貫通爆弾、クラスター爆弾。それらは戦場で活躍し、帝国の兵士たちを殺し続けた。多くの将兵たちは私を褒めちぎった。

 

とはいえ、戦況はまだまだ不利だった。リベール王国の国力は小さくて、工業力もそれほど高くはない。そう簡単に兵器を増産することはできなくて、物量に任せた帝国軍の突撃に完全に対応できるはずもない。

 

そうして、帝国軍は状況打開のために総力を挙げた夜間攻撃を開始した。その結果、王国軍は帝国軍にレナート川の渡河を許し、ロレントへの侵入を許してしまう。

 

夜の闇を突いた作戦により精彩を欠いた攻撃も、物量と念入りな準備によってそれは成功してしまったのだ。

 

結果としてレナート川の関所であるヴェルテ橋を守る王国の第3師団が渡河した帝国軍との挟撃にあって敗走してしまう。

 

混乱の最中、航空攻撃による必死の反撃が行われるが、ボース地方に続いてロレントまでもが帝国の手中に落ちてしまった。

 

その後、ロレントからの情報が途絶。情報が錯綜し、ボースとロレントにおける状況は全く分からなくなっていた。

 

 

「王国軍は何をやっているのですか!! ああっ、こんな事ならお母さんだけでもツァイスに呼べばよかったのに!」

 

「落ち着きなさいエステルちゃん、今更そんなことを言っても仕方がないわ」

 

「でもエリカさん、ロレントには…」

 

「分かっているわ。でも、もうすぐ軍用飛行艇も完成して、王国軍の反撃も始まるわよ。大丈夫、レナさんは無事よ」

 

「…そう、ですね。エリカさんに当たっても何の解決にもなりません。すみませんでした。教会に礼拝に行ってきます」

 

「それがいいわ。可哀想に、こんなに小さいのに」

 

 

エリカさんに抱きしめられる。その柔らかさに心が落ち着く。どうやら焦りをついエリカさんにぶつけてしまっていたようだ。

 

私は少し恥ずかしくなり、母の無事を祈るなら教会がいいだろうと言い訳するようにドアを開けた。そうして私は教会に行って女神さまに祈る。どうか、母が無事でありますように。

 

そうして再び時間は過ぎる。私は飛行機の開発に集中し、兵器開発にも携わった。ざわつく心を押し殺すように、目の前の事に集中する。

 

双発爆撃機オラージュはその豊富な搭載量を背景に敵後背を脅かし、マイナーチェンジを重ねた急降下爆撃機アベイユは確実に帝国軍の力を奪っていく。

 

グランセルを守る長城<アーネンベルク>と天然の要害であるミストヴァルトを利用した王国軍の防御は堅く、夜間攻撃への対応策を十分に立てたうえの陣地はツァイスに帝国軍を寄せ付けない。

 

ロレントの避難民もアーネンベルクを越えてこちら側にやってきているようだ。しかし、軍の人に調べてもらったが母の姿は見つからないらしい。

 

唯一の朗報はパーゼル農園のティオの家族やエドガー武器商会のステラさんらがグランセルに避難しているらしいことが分かったぐらいか。市長のクラウスさんも王城に避難しているそうだ。

 

ラッセル博士らは軍用飛行艇グリフォンを完成させて、それらは量産体制に入った。

 

近接航空支援において戦車以上の装甲と攻撃力、アベイユを上回る搭載量は驚異的で、前線において圧倒的な破壊を振りまいているらしい。そして戦争が始まってから二カ月が経とうとしていた。

 

 

「お母さん…」

 

 

私は日課の朝の剣の訓練をさぼって、一人教会に礼拝していた。ここ数日、軍が大規模な反攻作戦を実施しているらしいのだ。気が気でない。

 

それは父さんが考えた戦略に基づいた王国軍最大の反攻作戦で、軍用飛行艇グリフォンや爆撃機たちが総動員し、さらにヴァレリア湖を介して水上艇を用いて兵員を上陸させているらしい。

 

激しい戦いが続いているが、王国軍が圧倒的に優勢らしく、一昨日にはなんとロレントを奪還し、そして昨日にはボースを包囲して立てこもる帝国軍を降伏させた。

 

軍の士官の人は芸術的な用兵と褒めちぎっていた。今は国内に残る帝国軍残存勢力の掃討を開始しているらしい。

 

 

「ここにおったかエステル」

 

「ラッセル博士。おはようございます」

 

 

ふと、後ろから声をかけられ振りむくと、そこにはラッセル博士と軍の士官がいた。博士がこの時間に教会に来ることは珍しい。

 

というより軍の士官がいるということは、ラッセル博士の個人的な用事ではないのだろう。では、何が目的か。ラセル博士がそれを告げる。

 

 

「エステル、カシウスの奴がお前を呼んでおる」

 

「お父さんが?」

 

「そうじゃ。何やら急ぎの用らしい」

 

 

私は首をかしげる。今は大事な作戦の途中のはずだ。それに何もこんなに焦ったようにメッセンジャーを送るのも珍しい。

 

何か重要な案件が発生したのだろうか。機体のトラブル? アベイユは信頼性の高い機体に仕上がっているはずだが。

 

そうして私はレイストン要塞に飛行船で向かうことになる。到着すると、金髪の髪の凛々しく若い士官が私を父の所まで案内してくれた。

 

リシャールと名乗る若い士官の、何か痛ましいものを見るような私を見る目に、言葉では表現できない感情が湧き上がって心がざわつく。

 

通されたのはモルガン将軍の執務室。そこには父だけがいて、他には誰もいなかった。若い士官の人も部屋から出て行ってしまう。

 

父は沈痛な面持ちで壁に額をつけて寄りかかっていた。とても悪い予感がする。聞きたくない言葉が父の口から発せられるのだろう。

 

凶報だ。絶対に凶報だ。それも、私達家族に関係する話に違いない。そんなのは決まっている。いやだ、認めたくない。話さないで、話さないで、話さないで。

 

 

「レナが死んだ」

 

 

ああ、そんな言葉なんて聞きたくなかったのに。

 

 

 

 





5話目でした。




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006

鬱注意。


 

 

またあの音がする。甲高いサイレンのような、空からアイツが来る音だ。

 

 

「来るっ、伏せろ!」

 

「嫌だ…、嫌だぁぁぁ!!」

 

「馬鹿っ、塹壕から出るな!!」

 

 

王国軍の急降下爆撃機が目の前まで現れた。そうして爆弾を落としていく。特大の奴だ。障害物が無ければ半径百アージュにいる人間が殺傷されて動けなくなる。

 

塹壕を飛び出した奴はダメだな。そう思っている内に、そいつが俺たちの籠っている塹壕に―

 

 

 

 

 

「う…あ」

 

 

気絶していたようだ。周りの土砂が掘り返されて、俺たちは皆地面に這いつくばって横たわっている。おかしい。音が聞こえない。耳鳴りだけがやけにうるさい。

 

周囲を見渡してみれば何やら口を開けて苦悶の表情を浮かべる戦友たちがいた。俺は彼らに必死に大丈夫かと話しかけるが、彼らの声は全く聞こえない。

 

 

「大丈夫かっ? 今止血する!」

 

「ああっ、足が…足がぁぁぁ!!」

 

「俺の腕は何処だ? 腕…、腕…、おいっ! そいつは俺の腕だ!!」

 

「ママぁ!!」

 

「ひははははっ、死ぬんだっ。俺たちは死ぬんだっ」

 

「衛生兵! 衛生兵はどこだ!?」

 

 

血なまぐさい臭い。硝煙と血と鉄と泥の入り混じったクソのような臭いが充満している。見渡せば多くの者が体の一部を、あるいは半分を、頭を失って倒れている。

 

最悪だ。最悪だ。簡単な戦争のはずだったのに、どうしてこうなったのか?

 

ふと気づけば視界が暗くなってきた。あれおかしい。何が起きたのか? とにかく頭が割れるように痛くて、そして、そして?

 

あれ? かんがえがうまくまとまらない。おかしいにゃ。ふぁれ? ひゃれかたしゅけて。ああ、ああ、ひかりがにゃくなってゆく。

 

 

 

 

「高射砲旅団は何をしている!?」

 

「先ほどの攻撃で全滅しました。もはや我が軍には…」

 

「くそっ、上はどういうつもりだ!?」

 

 

彼は現在、王国との国境を守る軍。最前線の軍の総司令官だ。かの《鉄騎隊》にその身をおいた騎士を祖とする名家に生まれた彼だが、こうした重要な地位を得るのはもう少し先のはずだった。

 

今、不幸にも彼にそのお鉢が回ってきたのは、一週間前に前任者が解任されたからだ。これで5回は司令官が変わった数字になる。

 

前線は酷い状態だった。彼がぼやくのは高射砲についてであるが、これは初期型であるため仕方がない。彼には多くの悩みがある。

 

戦車が無い。兵が無い。弾が、食料が足りない。士気が落ちている。しかしその多くはここに来る前から分かり切っていたことなので、その事をいまさらどうこう言っても仕方が無かった。

 

 

「高射砲は役立たずだ! 数が足りない、弾が足りない、質が足りない、兵の錬度が足りない!」

 

「多くは領邦軍によって確保されているようですから」

 

 

リベール王国軍の爆撃は帝国全土に及んでいた。当然、有力な貴族たちの領地にある有力な工場や重要な橋にも爆弾は毎日落とされていた。

 

それ故に、帝国各地で高射砲の奪い合いが始まっていた。このため、前線に届く高射砲は供給される量より破壊される量の方が上回っていた。

 

その他の兵器もそうだ。侵攻軍が擁していた戦車はそのほとんどが破壊されたか鹵獲された。新しい戦車も供給されるが数が圧倒的に足りなかった。

 

それは重要な鉄道や橋が爆撃により寸断されたこと、大規模な工場や港、鉱山や基地が破壊されたからだった。

 

後方が目も当てられないなら、前線は目を覆うばかりだった。前線の指揮系統はもはやズタズタだ。

 

質の良いベテランの将兵の多くは既に土の中か、捕虜になっているか。あるいは病院に送り込まれていた。将兵は補充されてから、片っ端から死ぬか、怪我で後方に輸送された。

 

しかし逆に王国軍の錬度は高まっていた。士気も高く、統率がとれて、武装の質は圧倒的で、そして何よりも用兵が見事だった。

 

まるで全てが見透かされているかのように、自分たちの行動が全て裏目に出た。それはカシウス・ブライトという男の采配だったが、彼らにそれを知る由は無かった。

 

 

「このままでは負けるぞ! 我々が負けたら…」

 

「司令官! 王国軍の機甲部隊が現れました!」

 

「数は?」

 

「およそ100。武装飛空艇も10隻ほど伴っています!」

 

「司令官! 爆撃機が数百の規模でっ!」

 

「このままでは右翼が崩壊します!!」

 

「ああ…、私も解任されるようだな」

 

 

この日、国境に追い詰められた帝国侵攻軍が崩壊した。王国軍はそのまま帝国領内に侵入し、帝国への逆侵攻を行うための橋頭堡を築いた。

 

 

 

 

 

 

父が発案し計画した反攻作戦は、その芸術的ともいえる策謀によって成功を収めた。リベール国内の帝国軍はなす術もないまま壊滅した。

 

その原動力は怒りだったという。僅か半分にも満たないリベール王国軍の猛攻により、ボースとロレントの大地は帝国軍将兵の血で真っ赤に染まったと言われている。

 

特に軍用飛行艇の攻撃力は目を見張るものがあり、急降下爆撃機と共に多くの帝国軍将兵を屠った。帝国軍は将兵の命を直接刈り取る空爆の恐怖を自らの血を対価に学んだ。

 

わずか2か月ではまともな対空兵器の開発もままならず、迎撃手段が敵方にない以上、航空攻撃は最大効率で運用され続けた。

 

それは退却する敵に対しても執拗に行われ、帝国軍のおおよそほとんどの部隊が半壊に陥った。しかし、死んだ者は幸福な方だった。

 

多くのものが手足を失い深い障害を負った。そして、精神を病んだ者も多くいた。戦争神経症と呼ばれる精神の病の大きな原因はアベイユの急降下爆撃時に発する独特の風切り音だという。

 

そうして王国軍は反撃に移っている。帝国軍が踏み越えたハーケン門を逆に踏破し、帝国領内に足場を作ったのだ。

 

損耗の比率は圧倒的にこちらが有利で、王国軍の航空優勢は帝国軍の反撃も防御も完全に挫いていた。王国の民衆は今、逆襲をせよと復讐をせよと声高々に叫んでいる。

 

 

「戦争はまだ終わらないよ、お母さん」

 

 

墓石が立っていた。母の死に顔も見られなかった。ロレントは帝国軍によって略奪を受けたのだ。城壁を崩し、兵士が雪崩れ込んで、ロレントを凌辱した。

 

帝国軍は狂気に飲まれたかのように残虐だったという。それはモラルが高いと言われる黄金の軍馬の兵士とは思えない所業だった。

 

後に知ることになるが、一連の帝国軍の残虐な行為は航空爆撃を受け続けたことによる一種の戦争神経症が原因らしい。

 

過度のストレスにさらされたことで、規律の優れた帝国軍はモラルハザードをおこしていたのだ。その残虐な行為は目を覆うばかりだった。

 

時計塔は破壊され、家屋には火を付けられ、逃げ遅れた男は殺され、女は死ぬまで犯された。妊婦や10に満たない女児までもが強姦の対象となったという。

 

母もそういった手合いに襲われたそうだ。そのあまりにも酷い死体の状態に、とてもじゃないが子供の私には見せられなかったのだという。

 

空虚な気持ちが私の心を支配する。涙も出ない。母の残滓はどこにもなく、まるで遠い世界のよう。家は焼け落ちて何も残ってやしない。

 

ロレントで無事だった場所はどこにもない。七耀教会すらも破壊と略奪の対象となった。あまりにも酷い惨状に、まるで別世界に来たような感覚。

 

そういえば、お母さんのお腹の子供も死んでしまった。私の家族になるはずだった、私の弟か妹になるはずだった大切な命も奪われてしまった。

 

楽しみにしていたのに。可愛がってあげよう、たくさん遊ぼうと色々と考えていたのに。それも何かひどくむなしい。とても空虚な気分。

 

 

「エリッサ、ねぇエリッサ、エステルが来てくれたわよ。仇をとってくれたのよ」

 

「……ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

「ねぇ、エリッサぁ、しっかりしてよぉ!」

 

 

近くの墓石にエリッサとティオとティオの両親がいた。エリッサの目には光が宿っていなかった。殺されたのだ。両親を殺された。

 

あんなに賑わっていた居酒屋アーベントは瓦礫の山になっていて、何も残ってやいなかった。彼女だけ生き残ったのだ。彼女の目の前で彼女の大切な人が死んだのだ。

 

そんな現実にエリッサの心は耐えきれなかった。エリッサはごめんなさいとうわ言のように繰り返すだけで、ティオの声も届かなかった。

 

ティオは泣きながらエリッサに話しかける。ティオの両親はそのいたましさに目を背けてしまっている。

 

 

これが、戦争か。

 

 

ふと笑いがこみあげてきた。馬鹿らしい。なんて愚か。なんて無様。私は何も分かっていなかった。何一つ分かってなんかいなかったのだ。

 

人殺しをする道具を作って、調子に乗って、おだてられて喜んでいた。なんて救いようのない、醜い生き物だろう。こんなんじゃ、お母さんに何て言えばいいんだろう。

 

エリッサの姿が虚しさと空虚な気持ちに拍車をかける。あまりにも全てが酷過ぎて、あまりにも何も残っていなくて、あまりにも多くが壊され過ぎて、それなに私には怒りすら湧いてこない。

 

憎しみも憤怒もなく、ただただ、全てが霞がかったよう。止めよう。今は正しいことをしよう。前も後ろも分からないけど、進まねば。

 

私はエリッサの前に行く。正しいことが何か分からない。これはどういう感情なのか。自分よりも不幸な人間を見て安心したいのか。

 

分からない。心が良くない方向に傾こうとしている。でも、放っておけない。そうだ、エリッサは友達だから。

 

 

「ねぇ、ティオ。エリッサのことは私に任せてもらえませんか?」

 

「エステル? 貴女は平気なの? レナさん、死んじゃったのに」

 

「実感が湧かないんです。でも、少しはエリッサのことも分かります。エリッサはお休みが必要なんです。七耀教会の神父様にお話を聞いてもらって、ちゃんとご飯を食べて、よく眠って、心を休ませてあげないといけません」

 

「うん」

 

「王都の難民キャンプでは心が休まらないはずです。ツァイスには知り合いが沢山いますし、私のベッドで一緒に眠ることが出来ます。きっとその方が気も休まると思います」

 

 

ティオは両親を見上げた。パーゼル農園は完全に破壊されてしまって、彼らに帰る場所は残っていない。農園を再興するにしても、ティオのお父さんも徴兵されていて今すぐには無理だ。

 

彼らは王都や各地のキャンプに収容され、働ける者は工場に行くことになる。ティオのお母さんも同じだろう。彼らにエリッサの面倒をみる余裕は無いはずだ。

 

ティオの両親は頷いて、私にエリッサを任せるようにとティオに告げる。その表情はどこか罪悪感に満ちていたが、私は気にしないで下さいと彼らに断りを入れる。

 

誰もが苦しいのだ。だから、少しだけ余裕がある私が背負うのは当然の事。

 

 

「エリッサ、大丈夫です。私がエリッサを守ってあげます」

 

 

私はエリッサを抱きしめる。こういう場合、抱きしめるなどの身近な人間の温もりが大切なのだと<知識>は語る。

 

私はそれに従順に従ってエリッサの頭を撫でる。これが、私自身の心の安定を得るための行為だったことを知るのはもう少し後の事だ。

 

 

 

 

「エステル、大丈夫か?」

 

「あ、お父さ…大佐。お疲れ様です」

 

「父さんでいい。それよりもお前の事だ。酷い顔をしている。ちゃんと休んでいるのか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「そうか。既に戦争の行方は定まっている。もう、お前が頑張らなくてもいいんだぞ」

 

 

戦況はリベール王国に有利に傾いていた。設計された四発の爆撃機トルナードは帝国各地の要所を爆撃していた。王国内で殺すべき敵を失ったアベイユも積極的に国境をまたいで帝国南部地域を爆撃する。

 

帝国は高射砲や戦闘用飛行船を展開するものの、前時代的で不完全なそれらは戦闘機フォコンのロケット弾の餌食となっていた。

 

この頃のラインフォルト製の高射砲にはタイマーも近接信管もついておらず、ただ砲弾を打ち上げるだけのものでしかなかった。

 

それ故に命中率は非常に低く、高速で動き回る飛行機を捉えることなどできなかったのだ。それ故、戦争が始まってから半年、リベール王国の飛行機は帝国領を荒らしまわった。

 

この間に航空機の性能も上昇した。

 

小型1500馬力エンジンにより、改めて設計を見直したフォコンはその性能を飛躍的に高め、最大速度は5600 CE/hに達し、ロケット弾を4つも積載することが出来るようになった。

 

アベイユも同様で、1.8トリムの爆弾搭載量と3.7リジュ機関砲により猛威を振るうようになった。

 

 

「はい、ですが、何かしていないと落ち着かないというか」

 

「エステル、すまない。俺が、軍が不甲斐ないばかりに」

 

 

父が私を抱きしめる。私はなされるがままに父の胸に顔をうずめた。この人は悲しんでいる。傷ついている。

 

そうして、ゆっくりと離された。そうして、ぽんと頭に手の平を乗せられる。それに比べて私はどうだろう。母が死んで、その死を私は悲しんでいるのだろうか? 涙一つも流せてはいないのに。

 

 

「お父さん、私、泣けないんです。お母さんが、お腹の中の赤ちゃんがあんな風に死んじゃって、殺されちゃって、すごく悲しいはずなのに。私、変なんですかね? 私、やっぱり異常なんでしょうか?」

 

「違う。エステルはおかしな娘ではない。心がとても疲れているんだ。だから、自分が異常だとか、そんなことは言うな」

 

「お父さん…」

 

「少し休めエステル。お前に必要なのは時間だ」

 

「ダメですよ。前線ではまだたくさんの兵隊さんが戦っています。彼らのために出来ることをしないと」

 

 

クラスター爆弾や遠隔操作誘導爆弾の設計は佳境に入っている。サーモバリック爆薬の合成にも成功しており、これらは帝国への本格的な反攻作戦に運用される予定だ。

 

人を殺して、大切な人を殺される。それが戦争なのだろう。でも、何もしなければ、もっとたくさんの大切な人が殺されるのだ。それはあまりにも酷くて悲しい現実だった。

 

 

「行きますね、お父さん。私は大丈夫ですから、お父さんこそご自愛ください」

 

 

この時の私の背中は、父曰く幽鬼のようであったという。

 

 

 

 

「おかえりなさい、エステル」

 

「エリッサ、調子は大丈夫ですか?」

 

「うん。エステルのおかげだね」

 

「そうですか」

 

 

ツァイスに連れて行ったエリッサは、ラッセル家の私の部屋で療養することになった。昼間は教会で神父様やシスターのお世話になっている。

 

そのおかげか、エリッサは会話できるまでに回復した。しかし、彼女本来の優しい性格は、少し違ったものに変わってしまった。

 

 

「ふふふ、エステルは働き者だね。エステルが頑張ればもっとたくさんの帝国人が死ぬんだよね」

 

「…そうですね」

 

「でも、エステルが体を壊しちゃ元も子もないよね。ねぇ、お茶にしましょう。ほら、私、お茶淹れるの得意なんだから」

 

 

エリッサは私の腕に腕をからめて、テーブルへと案内する。エリッサは私と一緒にいるときは、私の体によく触れるようになった。

 

こうして腕を絡めたり、手を握ったり、昔の彼女と違ってそういったスキンシップが激しくなっている。きっと内心は不安なのだろう。

 

思い出すのはツァイスに来て、初めてエリッサがいつもと違う感情を見せた時の事だ。その時は私と一緒にベッドで寝ていて、私はいつものように彼女を抱きしめていた。

 

虚ろなエリッサの瞳に私が映っていて、そして、いつものように唐突に泣き出したのだ。

 

彼女は両親を切なげに呼んで、泣いていた。私はただ彼女を抱きしめて背中をさする。夜になると彼女はこうして泣くのだ。

 

一人にしないでと、親を求めて泣くのだ。私はそんな彼女の鳴き声を聞いて、私はいつも悲しくなる。何もできない。何もできないのだ。

 

でもその日は少し違って、私には怒りが湧いてきた。どうしてエリッサがこんな目に合わなければいけないのか。

 

その理不尽がどうしても許せなくて、どうしようもなくて、そして、私は行き場のない怒りをついぶちまけてしまった。

 

 

「なんでっ、なんでこんなっ! 私はこんなことは望んでなかったのに!!」

 

 

強い口調。エリッサがびくりと反応する。怖がらせてしまったと後悔したが、その時エリッサは私の目をまっすぐに見ていた。

 

深い、深い、深淵を覗き込んだような気分。そうして彼女は「そっか」と呟いた。そして突然彼女は立ち上がって喚きだした。

 

 

「ああっ! 殺してやる! 殺してやる!! あいつら全員、殺してやる!!」

 

 

それは憎しみと憤怒と悲しみを混ぜこぜにした、どす黒い感情の津波だった。私はその感情の強さに飲み込まれ、唖然と彼女を眺めるしかなかった。

 

そうして、一通りエリッサは喚き終わると、ゆっくりと私を見た。彼女は笑っていた。月の光に濡れた彼女の笑みは、どこか狂気に染まっていた。

 

 

「私には殺せないの。でも、エステルは殺してくれるんだよね。素敵。ねぇ、エステル。あいつらをもっと殺して」

 

「あ、エリッサ?」

 

「あは、なんでこんな事に気付かなかったんだろう。エステル、ねえ、エステル、聞いてる?」

 

「なんで、こんな、こんなのは……」

 

「エステル? どうして泣いてるの?」

 

 

この日、母の死を聞いて以来ずっと涙を流さなかった私は初めて涙を流した。それはあまりにも酷過ぎた。そうして、心の中にあった色々なものが涙と一緒に湧き出してきた。

 

これが報いなのか。私への罰なのだろうか。なら、なぜ私に直接降りかからなかったのだろうか。

 

お母さんはきっと、多くの兵士にその憎しみをぶつけられて死んでしまった。お母さんのお腹の中の新しい命は無垢なまま光を見る前に理不尽な暴力によって死んでしまった。

 

エリッサの両親も同じように殺されて、エリッサもまたこんな風に壊れてしまった。私は何一つ傷ついてはいないのに。

 

人殺しに加担したのがいけなかったのだろうか? 武器を作らなければお母さんは死ななかったし、エリッサもこんな事にはならなかった?

 

理性は否と解答する。戦争である以上、人は死ぬのだと。お前が殺さなくても、戦争ならば相手が殺すだろう。だけれど、もしかしたら、私が何かをしたせいで帝国軍の憎しみを暴走させたのだとしたら。

 

 

「誰か…たすけて」

 

「エステル?」

 

 

私の声は誰にも届かなくて、エリッサは不思議そうに私を見るだけで。悔しさ、怒り、悲しみ、後悔、悪意。そういったモノがないまぜになって、涙が溢れた。

 

そうして私は一通りの涙を流して、そして思い知った。失ったモノは還ってこない。因果は巡る。<知識>と理性が冷徹にその正答を提供する。

 

 

「エリッサ、大丈夫です。私は大丈夫です。もう夜も遅いですから、今日は眠りましょう」

 

 

彼女の感情や心が回復し始めたのはそれが切っ掛けだった。今の彼女を支えているのは怒りで、憎しみで、復讐心だった。それでも、彼女は心を取り戻した。

 

ラッセル博士やエリカさんはいたましいものを見る表情で、しかし生きるためには必要な過程なのだと話してくれた。

 

私は彼女の復讐心を受け入れることにした。なんて救いようのない世界。エリッサが狂気に染まっていくのとは対照的に、私の心は透明になった。

 

母を失った悲しみは無くならない。でも、怒りは感じなくなった。憎しみも感じない。そういったもので、失ったモノは還ってこないと知っている。

 

だから、ただ、悲しいのだ。こんな世界がどうしようもなく。

 

そうして今日も私は人殺しの道具を作る。エリッサのような女の子を量産するだろう兵器を作る。心に占める感情は悲しみで、ただそれだけだった。

 

 

 

 

瓦礫の山に二人の青年が立っていた。一人は豪奢な服を着た金髪の青年、もう一人は黒髪の精悍な顔立ちの青年。

 

彼らがいた場所にはゼムリア大陸でも随一の豪華絢爛を誇った大宮殿が建っていた。だが、今はそれは跡形もなく崩れ、廃墟となっていた。

 

歴史的に著名な芸術家の作品である肖像画や彫像も、美麗な建築も調度品も全てが瓦礫の山に埋もれてしまった。

 

今は多くの軍人がこれを掘り返して回収しようとしているが、どの程度が無事に戻ってくるのかは全く分からなかった。

 

 

「まったく酷いものだね、ミュラー。これが恥知らずの代償だよ」

 

「リベールがここまで強いとは思わなかった」

 

「王国軍の士気は高い。逆に帝国軍の士気はどん底だ。兵士は空に怯えて塹壕から動かないらしい」

 

「負傷者が山のように増えている。戦争神経症を患った者もだ。帝国軍はしばらく動けなくなるな」

 

「飛行機はすごいね。あんなに恐ろしい兵器だとは思いもしなかった」

 

「王国の反攻作戦も見事だったな。あれほどの軍略。帝国はリベールを甘く見過ぎた」

 

「負けだね。いや、完敗だ。親父殿も頭を痛めているだろう」

 

「いくぞ。ここにいても仕方あるまい」

 

「ああ、全くだ。しかし、リベールか。落ち着いたら一度は行ってみたいものだね」

 

 

二人は瓦礫を一瞥してからその場を去る。王族もいくらかは死んでいたが、戦争の原因を知ってしまえば憎しみよりも呆れが生まれた。

 

帝国はこれから苦境に陥るだろう。多くのインフラや生産基盤が破壊された。臣民の生活にも支障が出るレベルにまで帝国内の経済はダメージを受け始めた。

 

それでも市街地への爆撃が行われないのは白い隼の誇り高さ故か。王国のロレントやボースでの帝国軍の蛮行を考えれば、それが行われてもおかしくは無かった。

 

もし、貴族の領内の重要な都市に爆弾が降りそそげば、貴族たちはリベールを恐れて帝国から離反しかねなかっただろう。

 

純粋な市民や農民の死者はそこまで多くない。だが、戦場に連れていかれた数十万を超える男たち、そして重要な工場で働く熟練工などの死は帝国の復興に大きな影を残すだろう。

 

賠償金は皇室の膨大な財産から多くが供出されるが、開戦に関わった貴族の他、多くの主戦派の貴族が取り潰しにあって、財産が没収されて補填されるだろう。

 

 

「本当に、この国は問題だらけだよミュラー」

 

 

放蕩皇子の金色の髪が風に揺られた。

 

 

 

 

戦争はようやく終わろうとしていた。

 

ダムを破壊し、工場を破壊し、橋を破壊し、港を、城を、軍の基地を破壊した。帝国軍は激しく抵抗するが、兵器の質の差はどうにも埋められなかった。

 

高度100セルジュ以上の高度から行われる戦略爆撃に対して帝国はなんら迎撃の手段を持ちえなかったのだ。

 

根拠地を叩くため帝国軍の精鋭がハーケン門を目指したが、それも空からの攻撃には無力だった。

 

空から軍の移動はすぐさま察知され、アベイユの急降下爆撃や双発の戦術爆撃機オラージュに捕捉されて、集結する前に部隊は溶けて消えてしまう。

 

飛行機の根拠地を攻めようとしても、飛行場は王国本土を本拠としておりハーケン門を越えねばならず、破壊工作を行おうにも最精鋭が守っている。

 

民間人も全て敵ではゲリラコマンドも上手くいくはずもない。そして相手は天才カシウス・ブライト。帝国軍の作戦は失敗を繰り返した。

 

帝国軍は半壊していた。軍事基地の多くが爆撃にさらされており、多くの要塞も巨大な航空爆弾によって破砕されてしまった。

 

戦車を始めとした軍用車両は軒並みスクラップにされ、兵器どころか軍用レーションを供給する工場の多くが破壊されて、兵站すらおぼつかない状態に陥っていた。

 

さらに生産基盤とインフラが破壊されたせいで帝国の民衆の生活は圧迫されるようになり、国民の不満が高まりつつあった。

 

ここで各地の不穏分子が動き出し、四大貴族と呼ばれる封建領主たちもまた独自の行動に出ようとしていた。

 

そして、カルバード共和国は弱った帝国を横あいから殴りつけようと戦時体制に入ろうとしていた。

 

王国軍はハーケン門を越えて、帝国南部地域に進出を始めた。爆撃機と軍用飛行艇の前に敵は無く、戦略爆撃によって補給を断たれた帝国軍は敗走を続けた。

 

アベイユの急降下爆撃が行われると帝国軍の兵士の士気は一瞬で崩壊して壊走し始める始末だった。王国軍は快進撃を続けて、旧都セントアークを陥落させ、帝国の穀倉地帯を占領下におこうとしていた。

 

もはや戦いの趨勢は決していた。どの国もリベール王国の勝利は動かないと考えた。

 

既に多くの国がリベールに勝利をもたらした飛行機に熱い視線を送っており、その技術を得るためにリベール側に加担するようになっていた。

 

そして止めとして、私たちの元に一つの情報が飛び込んできた。この戦争が起こった真相である。

 

全てはハーメルと呼ばれる村で起きた悲劇に端を発する。ハーメルはリベール王国とエレボニア帝国の国境近くにある帝国南部のちいさな村だった。

 

だがある時、この村が突如現れた謎の武装集団によって襲撃を受ける。それは一方的な虐殺と言っても良いものだった。

 

男は殺され、女は性的暴行を受けた後に殺されたという。事件後の帝国の調査により、襲撃者たちはリベール王国軍制式の導力銃を使用していたことが判明した。

 

これを受けてエレボニア帝国はリベール王国に対して宣戦布告を行ったというのが話の流れだ。だがここにはもう一つの真相が隠されていた。

 

実はハーメル村の襲撃は帝国の主戦派による自作自演であったことが判明したのだ。この事は帝国とリベール王国の上層部の知るところとなる。これは帝国にとってあまりにも大きな問題となった。

 

つまり帝国は自らの国民を虐殺して、あまつさえその罪を何の落ち度もないリベール王国に押し付け、それを口実に侵略しようとした。

 

対外的にはそう思われても仕方のない真相がそこにはあった。そしてさらに悪いことに、意気揚々と侵略したのはいいが、逆にボロボロに負けてしまったのだ。

 

これが表ざたになれば、エレボニア帝国の威信どころか皇室の権威すら失墜するだろう。革命が起こっても仕方のない状況だ。

 

あまりにも酷い顛末。死んだ者たちが、兵士たちの献身が浮かばれない、絶望的な真相。帝国にとっては国家の屋台骨が揺るぎかねない事態となっていた。

 

 

「これは…、こんな理由で、お母さんやエリッサの両親は殺されたのですか?」

 

「呆れてものが言えんの」

 

「最悪ね」

 

「それで、女王陛下はどのようになさるおつもりか?」

 

「現在、帝国の使者が必死の弁明を行っているらしいな」

 

 

アリシア女王陛下は真相を明らかにすべきだと考えているらしいが、真相が公表されればエレボニア帝国は崩壊してしまうかもしれない。

 

そして何より、リベール王国には頭の痛い問題が明確になりつつあった。すなわち、借金である。

 

今回の戦争でリベール王国は莫大な戦費を必要とした。それらはカルバード共和国を始めとした多くの国々に国債を購入してもらうことで賄っていたのだ。

 

リベールの優勢が確認されると国債は飛ぶように売れ、そして王国は大盤振る舞いで国債を発行した。そして、ボースやロレントの復興にかかる資金も要する。

 

故に、リベール王国は今回の戦争において莫大な賠償金を得る必要があったのだ。そのためには早く戦争を終わらせる必要がある。

 

帝国は真相を隠したい。リベール王国ははやく戦争を終わらせて賠償金を得たい。両国の意見は微妙に噛み合おうとしていた。帝国が賠償金の上乗せを提案したのだ。

 

その額はエレボニア帝国の国家予算の5倍。それが帝国の皇室から支払われることが先方から通達されたのだ。

 

その金額は途方もない額で、リベール王国が発行した国債の金額など吹いて飛ぶような、そういう表現が的確な金額だった。

 

これにより王国上層部は女王の意向を無視して、帝国の提案に乗るべきという意見が台頭する。

 

リベール王国の大半の人間からすれば、帝国の小さな村落の名誉などどうでもいいことであり、帝国が正式に謝罪し、賠償金を払い、永世的な不可侵条約を結ぶことが出来れば万々歳なのだ。

 

それは国益に確かに適っており、感情論で帝国の威信を失墜させても得るものは少なかった。

 

 

「そして真相はミラに埋もれるわけですか」

 

「最低の結末じゃがな」

 

「女王陛下はなんとおっしゃっているの?」

 

「提案を飲む方向で動いていらっしゃる」

 

 

本当にどうしようもない結末だ。地獄の沙汰もミラ次第。だが、一方でそれが好都合であることが分かる。

 

莫大な賠償金があれば、リベール王国のさらなる工業化を推し進めることが出来るだろう。それは、より大きな産業基盤を生み出すことにつながり、そしてより大きな計画を実行できる力を得ることになる。

 

超音速機だって作れるだろう。人工衛星を軌道に投入できるかもしれない。あるいは月にまで手が届くかもしれない。

 

それは最初に見た大きな夢で、希望だった。今それを望むことが許されるかは分からないが、しかしそれは、リベール王国がもっと大きな力を手に入れるチャンスでもあった。

 

 

「二度と、こんな事が起きないようにしないといけません」

 

「……ああ、そうじゃな」

 

 

世界は理不尽に満ちている。一部の身勝手な人間たちの思惑で戦争が起こり得ることを<知識>は語る。ああ、だから戦争は無くならないのだ。どうすればこんなことが起こらなくなるのか。

 

別に世界から戦争を撲滅しようだなんて大層な事は考えていない。ただ、この国が、身の回りの大切な人たちがそんな理不尽に巻き込まれるのは嫌だ。

 

なら、どうすればいいのか。リベール王国はなぜ戦争に巻き込まれたのか。そう。リベールは小国だから舐められたのだ。だからこんな悲劇が起きた。

 

もっと大きな力を持っていれば、リベール王国は侵略されなかった。ハーメルの襲撃も戦争も起きなかった。

 

お母さんも殺されなかった。エリッサの両親も殺されなかった。ロレントもあんな風にならなかった。エリッサもおかしくならなかった。変わらない日常が壊れたりしなかった。

 

殺されたり、殺したり、そんな事をせずにすんだ。全ては力が足りなかったからだ。力が無ければ何も守れない。だから私は、

 

 

力が欲しい。

 

 

 

 

 

 

七耀歴1193年4月。リベール王国王都グランセルの郊外に建つエルベ離宮において、リベール王国とエレボニア帝国の間で講和条約が結ばれた。

 

帝国は王国に対して帝国国家予算の5倍に相当する賠償金を支払うとともに王国に謝罪し、99年間の相互不可侵条約を結ぶことになる。

 

この一連の戦争が、1年間継続したことから一年戦役と呼ばれることとなり、そして帝国の侵略理由は「不幸な誤解から生じた過ち」という曖昧な声明に締めくくられた。

 

そして、帝国南部の国境近くに村で起こった悲劇は、土砂崩れによる自然災害として処理されることになる。

 

 

「エステル、なんで戦争終わっちゃったの? まだ全員殺してないよ?」

 

「エリッサ、みんな殺すなんてできないんですよ」

 

「なんで? どうして? あいつら、私のお父さんとお母さんと、それにレナさんも殺したんだよ」

 

「普通のヒトが人間を殺すには免罪符が必要なんですよ。そして、帝国人を直接殺すのは私達じゃないんです」

 

 

人間が人間を殺すという行動には理由が必要だ。理由のない殺人が出来るのは、病んだ人間か、倫理が破綻しているか、心の何かが欠けた人間ぐらいだ。

 

兵士には兵士の免罪符があって、死刑執行人には彼らなりの免罪符が存在する。それ無しで人を殺し続けると、人間は心がおかしくなってしまう。

 

 

「そして、免罪符を持っていても、やっぱり人を殺すのは大変なことなんです」

 

「分からないよエステル」

 

「今は分からなくていいです。でも、私たちの復讐を誰かに代わってしてもらうのはおかしいでしょう?」

 

「…うん」

 

「それに、エリッサのお父さんやお母さんを殺した兵士も、私のお母さんを殺した兵士も、私の作った兵器で死んじゃいました。これ以上は天秤がつり合いません。女神さまも許してはくれません」

 

「でも、やっぱり許せないよ。憎いよ」

 

「かまいません。でも、もう充分なんです。殺すのも殺されるのも。それに、エリッサのお父さんもお母さんも、エリッサが幸せになってくれるのを願っているはずです」

 

「そんなの…、分からないじゃない」

 

「私は願っていますよ。エリッサが幸せになって欲しい、もっと楽しいことで笑ってほしいって」

 

 

私はエリッサを抱きしめる。エリッサははにかんで、「ごまかさないで」と小さな声で言った。私はクスリと笑ってエリッサの頭を撫でて、彼女を離す。

 

 

「それに、現実的な話をすると、人をたくさん殺すにはお金がたくさん必要になるのです」

 

「お、お金?」

 

「はい。爆弾一つにもすごくお金がかかっています。弾丸一つだってタダじゃないんです。人を一人殺すならナイフ一本で十分ですが、1000人、1万人殺すとなれば途方もないお金が必要になります。リベールは小さな国なので、そのお金を払うことが出来ないんです」

 

「む、難しいんだね」

 

「はい。それに、戦争は終わってしまいました。だから、もう帝国の人を勝手に殺したら、犯罪者として捕まってしまいます。これでは、たくさん殺せても百人程度にしかならないでしょう」

 

「むー」

 

「だから、我慢してください。彼らを許せなんて言いません。憎んで、憎み続けてもかまいません。でも、無茶な事とか、犯罪とかはしないでください。私はエリッサの味方で、エリッサに幸せになって欲しいんです」

 

「エステル?」

 

「エリッサは私が守ります。約束ですよ」

 

「う、うん」

 

 

そうして、エリッサは顔を赤らめて頷いた。そう、守る。守るのだ。私の大好きな人を守りたい。

 

お父さんや、ラッセル博士や、エリカさんや、ダンさんや、ティータちゃんや、エリッサや、ティオを守りたい。守るための力が欲しい。どんな理不尽からも彼らを守れる力が欲しい。

 

お母さんのように、失ってしまわないように。最強が欲しい。

 

 

 

 

「エステル、あーん」

 

「あむ」

 

「なんだか、可愛らしくて微笑ましいけど、不安になる光景だわ」

 

「うむ、女同士の友情は良く分からんのお」

 

 

最近、エリッサのスキンシップが激しい。ベッドではいつも抱き付いてくるし、お風呂ではなんだか怪しい手つきで私の体を洗ってくる。

 

一緒に歩くときは腕を組んでくるし、ご飯のときはこのようにアーンをしてくる。拒否するとすごく悲しそうな顔をするので容認している。どうしてこうなった。

 

 

「ふふ、エステル、美味しい?」

 

「はい」

 

「このオムレツは私特製なんだから」

 

「知ってます。エリッサの料理はおいしいですね」

 

「やあん♪ エステルったらっ」

 

「……。不安なのはエステルちゃんまで最近色気づいてきたというか…」

 

「そういえば、雰囲気がかわったような気がするの」

 

「気のせいだと思うんだけど、お洒落に目覚めたみたいなのよ。髪とか服に気を使いだしたというか…。この二人、本当に大丈夫なんでしょうね」

 

 

話は変わるが、最近、私は女の子らしいことに気をかけている。エリッサに聞いたり、エリカさんに尋ねたりして。作法や仕草も勉強すべきだろう。

 

その辺り、エリカさんは微妙に役に立たなさそうで教師が必要だ。そう、これは今となっては大切な約束だから。

 

父さんは、ロレントの家が焼けてしまってからはラッセル家にもあまり来なくなった。軍の方が忙しいのもあるが、それだけではない。彼は重要な事を決めたのだ。

 

彼は女王陛下からの受勲と軍における准将という役職を約束されながら、それら全てを辞した。そして、軍から離れることを決めたのだ。彼は軍における清算に忙しいのだ。

 

 

「今日はお父さんの最後のお勤めですね」

 

「カシウスさん、どうして軍を辞めるの?」

 

「思うところがあったのでしょう」

 

 

エリッサは首をひねるが、まあ分からないでもない。母を、自分の妻を守れなかったのだ。軍人は守る者であり、そして父は一番大切なものを守れなかった。

 

国を守ることは出来たが、一人の女性を守れなかった。何より、母は妊娠していたのだ。二つの命を守れなかった。

 

もし父が軍人じゃなかったなら、結果は違っていたのだろうか? 父ほどの剣の使い手ならどんな敵だってやっつけられただろう。

 

そんな仮定は意味のないものだけれど、母の死はカシウス・ブライトにどんな変化をもたらしたのか。後でじっくりと話し合った方がいいだろう。父は強いが、だからといって傷つかないわけがないのだ。

 

 

「エリッサも、私も、お父さんも、この戦争でたくさん傷ついたのです。だからきっと、お休みが必要なんですよ」

 

「そう…だね」

 

「そういえばエリカさん、ダンさんの調子はどうなんですか?」

 

「良くないわね。遊撃士は続けられないみたい」

 

 

ダンさんは戦役の最中に大けがを負ってしまい、その後遺症のせいで身体を上手く動かせなくなってしまったらしい。

 

それは日常生活にはほとんど支障が無いレベルのものだが、魔獣を相手にする遊撃士のような危険な仕事では致命的な問題になりかねないらしい。

 

 

「今は必死に勉強しているわ。技師になって、私を手伝うんですって」

 

「いいですね。ダンさんは理想の旦那さんです」

 

「そうじゃの、エリカには勿体ないわい」

 

「なんですってこのクソジジィ!!」

 

「まんま、じいじ、けんかだめ」

 

 

ラッセル家は今日も騒がしい。そしてティータは相変わらず可愛い。ティータかわいいよティータ。

 

 

「そういえば、先日お主の書いた論文なんじゃが」

 

「何か問題がありました?」

 

「いや。じゃが、あれは…」

 

「私も見たわ。とんでもない理論よあれ。確かに空間が曲がるのは知られているけど、あれが事実なら、あの理論はとんでもない発見よ」

 

「昔から温めていた理論なんです。上手くまとまったので論文にしたんですけどね」

 

「あの論文は革命を起こすぞい。あるいは、導力の謎にもせまるかもしれん」

 

「オーバーですよ」

 

 

七耀歴1193年夏。私は一つの論文を発表した。『一般相対性理論』。<知識>においては最高峰の天才が辿りついた、世界の真理の一端だ。

 

そして、それは禁断の力に通じる道だ。第三の火。これは、私がそれをこの世界に持ち込むことの決意表明でもあった。

 

 

 





おや、エリッサの様子が…。

第6話でした。


今回は七耀石と導力器について。

七耀石(セプチウム)は舞台となるこの世界独特の鉱物で、その性質と色によって七種に分類されています。古くから宝石や神秘の象徴として珍重されていたこの鉱物ですが、C・エプスタイン博士により発明された導力器(オーブメント)の基幹的な素材になることから重要性が飛躍的に高まったとのこと。

七耀石は導力を時間と共に自然に蓄積するという性質があり、七耀石同士の相互作用をエンジンとして、自ら蓄積する導力を出力として利用し、歯車などの機械装置によって七耀石同士の干渉を調整することで魔法のような現象を生み出すことができます。これを利用したのが導力器です。

導力器は原動機として、あるいは銃弾を加速するための装置として、あるいは反重力を発生させる機関として利用されるだけでなく、戦術オーブメントとよばれる『導力魔法(オーバル・アーツ)』を発動させる懐中式の機械にすら応用されています。

導力器に使用するのは宝石としての価値を持たない七耀石の欠片(セピス)を加工して作られる結晶回路(クォーツ)です。セピスや七耀石は大陸各地の鉱山で採掘され、市場に供給されます。また、魔獣と呼ばれるこの世界の生物には七耀石を収集する性質があるようです。

作者の勝手な考察ですが、生物が七耀石を集める性質は、この世界の生物にとって七耀石が重要な栄養源になっていることを示します。これは魔獣と呼ばれる地球の生物とは一線を画す魔法や特殊な能力を行使する生物の、その特別な能力の基盤となるからだと考察されます。

原作の描写では魔獣を倒すことで、主人公たちは魔獣から七耀石の欠片(セピス)を採取し、そしてセピスを店舗や銀行で換金して現金を手にします。また、魚までもがセピスを飲み込んでいることが描写されています。これは七耀石の生態系における循環が起こっている可能性を示唆する証拠でしょう。

作者の勝手な考察ですが、まず植物が土壌中の粒子レベルの七耀石を回収し、蓄積。これを草食動物が食べて蓄積。さらに肉食動物が食べて蓄積。動物が死ねば七耀石は土に戻され植物が再び…。というサイクルが予想されます。あるいは岩石に含まれる七耀石を直接摂取する様な行動を行うかもしれません。

また、どうやらこの世界の大深度地下には七耀石の大規模な鉱脈、七耀脈があるようで、これらはこの世界の地殻変動などに大きな影響を与えているようです。七耀脈の変動によって温泉の温度が異常に上がったり、地震が起きたりする現象が原作でも描写されています。

さて、この七耀石には前述にある通り7種類存在することが確認されています。それらには属性が存在し、導力をエネルギーに変換する際の形態が異なることが示唆されています。七耀石の種類についてはまた今度ということで。





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007

 

「申し訳ありません、ユン先生」

 

「後悔はないのだな、カシウス」

 

「はい」

 

 

凛とした空気が張り詰めるのは、板張りの東方風の建物の部屋。<知識>から供与される情報に照らし合わせるならば、ここは鍛錬を行うための道場だ。

 

父と私は目の前の老人と正座で向かい合っている。静かな大気の中、父は老人の確認に頷き応えた。

 

父は剣を置いた。そして遊撃士という新しい道を歩もうとしている。父からその事を打ち明けられた時、久しぶりに私と父は面と向かって話し合った。

 

多くの事。お母さんのこと。父が私に望むこと。私がこの先何をしたいか。剣の事についても話し合った。その中で、今回の『報告』のことを知ったのだ。

 

 

「いいだろう、好きにするがよい。じゃが、お主の娘は剣を学んでいるようじゃな」

 

「ええ。我が娘ながらなかなか、筋が良いです」

 

「深く透明な瞳をしておる。憎しみでもなく、怒りでもなく、静かな、しかし強い意志を感じる。とても齢七つの娘には見えんな」

 

「恐縮です」

 

 

目の前にいるのは父の剣の師である《剣仙》ユン・カーファイ。白髪と長く白い髭、そしてどこか超然とした雰囲気は確かに仙人を思わせる。

 

八葉一刀流を創始した大陸有数の剣士。父は剣を置くことを決めたことを、自らの師である彼に報告に来たのだ。

 

《剣仙》ユン・カーファイ。話によれば剣の道においては知らぬ者がいないという、最強の一角だという。私はせっかくだからと父に同行を願い出た。

 

ついでに剣の手解きをしてもらえないかという欲目が無かったわけではない。私は強くなりたかった。そのために《剣仙》とまで呼ばれた人間に会うことは良い経験になると思ったのだ。

 

 

「娘よ、名はエステルだったな」

 

「はい」

 

「剣を取れ。少しだけ付き合うが良い」

 

「ユン先生!?」

 

「お父さん、いいでしょうか」

 

「…分かった」

 

 

そうして、どういう訳か《剣仙》に私は挑むこととなる。父にもまったく届かない身で過ぎたことだろうが、これは得難い経験となるだろう。

 

私は対人戦をほとんど経験したことが無くて、ダンさんや父と手合せをする程度。まだまだ未熟で、全てにおいて浅いのだ。

 

 

「はぁ!」

 

「ふむ」

 

 

私の剣は簡単にいなされ、避けられ、まったく当たるというヴィジョンが見えない。圧倒的な実力差に、経験すら積めないのではないかというほど、まるで赤子の手をひねるような。

 

それでも、私はいくつもの最適の解を見出して、今できる私の最高の剣を振るう。

 

 

「なるほど、カシウスが筋が良いと言った事は真実か。これほどの才とは思わなかった」

 

「はぁ、はぁ」

 

「氣による増幅は長くは続かん。だが、その歳でよくそこまで練り上げたものだ。型も正しい。剣速も鋭い。頭も回る。カシウス、この娘は逸材じゃぞ」

 

「ぐっ…」

 

 

褒められてはいるが、しかしまだ目の前の老人は一切私に攻撃というモノを行っていない。剣でいなすだけ。

 

しかし、その歩法の在り方は画期的だ。重心移動、読み。全てにおいて圧倒的で美しく無駄がない。目の前の人物は剣において父を凌駕している。私は気合を入れて、再び剣を向ける。まだ足りない。

 

 

「ほう、まだ動けるか。負けず嫌いというわけではないな。その目、わしから技を盗む気じゃな」

 

「行きます!!」

 

 

そして、初めて彼が剣を振るう。速い。鋭い。そして重い。ごく自然な体勢から振るわれた剣の軌道は、まるで最初から決まっていたかのように私の剣を切り飛ばした。

 

斬ったのだ。鋼鉄の剣を、同じ鋼鉄の剣で。見惚れる。これが<剣仙>の技。剣の道の到達点にある男の剣。そして、彼の剣が私に突き付けられた。

 

 

「ほほう。まるで新しい玩具を見つけた童子のような目じゃな」

 

「すごいです! 完敗でした。今のは斬鉄というやつですか? どういう仕組みなんです? わたし、気になります!」

 

「貪欲。悪くない、悪くないな娘よ。カシウス、決めたぞ。この娘、しばし預からせてもらおう」

 

 

どういう訳か私はユン先生に気に入られ、彼に弟子入りすることになる。ユン先生はリベールにやってきて、私に八葉一刀流を叩き込んでやると言っていた。

 

父は困ったように笑って肩をすくめていた。でも、私は嬉しい。これで強くなれる。最強に近づける。

 

 

 

 

ユン先生は父が剣を置いて、ダンさんに棒術を習い始めていることに不満があるようだが、その分を私を鍛えることで発散させるようだ。

 

最近の鍛錬で私の剣の腕はめきめきと上達している。まあ、ユン先生には全くかなわないのだけれど。

 

 

「しぃっ!」

 

「うむ、型は完璧じゃな」

 

「五の型<残月>ですね」

 

 

抜刀術を基本とした型「残月」。ユン先生がやると、抜刀から納刀までの一連の流れが本当に目視できない。

 

父も修めているらしく、見た目も派手でカッコいいが抜刀術というのはそこまで実戦的ではないように思える。そうして何度か指導を受けて小休止。

 

 

「して、カシウスは遊撃士を目指すか」

 

「そのようです。父子家庭の親のくせに日雇いの仕事とかどうかしています」

 

「その割には怒っていないようじゃが?」

 

「あの人が楽しく生きられればそれで。お母さんが死んだときの、お父さんは酷かったですから」

 

 

それに、もしかしたら遊撃士という仕事はむしろ父にとって天職かもしれない。もともと軍の枠には収まらない性格の人だし、視野の広さも洞察力も交渉術も個人的な戦闘能力も群を抜いている。

 

そういった優れた慧眼とコミュニケーション能力は、魔獣退治や人間関係のトラブル、国際的な案件を扱う遊撃士にとっては不可欠な能力だ。

 

 

「お主はどうなんじゃ? 母を失った悲しみはカシウス以上じゃろう」

 

「死に顔も見れませんでした。お腹の子供にも結局会えませんでした。でも、エリッサがそれ以上にひどい状態だったので、逆に冷静になれたのかもしれません」

 

「あの娘か」

 

 

ユン先生と私は木陰で模造剣を振っているエリッサに視線を向ける。最近は心も回復してきたのか、明るい笑顔も見せるようになった。今では私の真似をしてユン先生に剣の指導を受けている。

 

そんな彼女もエレボニア帝国が絡むとその様相は一変する。彼女を生かしていたのは復讐心だったが、今はどうなのだろうか。

 

 

「狂気を感じるな。危うい。あの娘は親を殺されたのか」

 

「はい。もともとは少し心配性で、でも明るくて、可愛らしい子だったんです。でも、戦役でロレントが蹂躙されてから、心が病気になってしまいました。うわ言みたいにごめんなさいってしか言わなくて」

 

「今はだいぶん回復したようじゃな。だが、あの娘が嬉々として振る剣の先にあるモノは人間のように思える」

 

「無茶な事をするといけないと、言い聞かせてはいますが」

 

「お主の言葉になら耳を貸すじゃろうな。相当、お主に執着しているように見える」

 

「依存に近いのだと思います。でも、今はそれで構いません。彼女はあまりにもたくさんを奪われてしまったから。まだたくさんを無償で与えられなければならない歳です」

 

 

まだ6歳だ。ようやく七耀学校に通う年齢。親から無償の愛情を注がれる時期。それを目の前で奪われて、愛情を失ってしまった。

 

エリカさんたちもそれが分かっていて、エリッサを可愛がってくれる。あと10年はこのままでいい。独り立ちはもっと先で構わないだろう。

 

 

「お主もさして変わらん年齢じゃろうに」

 

「早熟ですので」

 

「それだけでは無さそうじゃがな。…お主は強い」

 

「まだまだです。私は力が欲しい。私の周りのものを全部抱えてこぼさないだけの力が」

 

「人間一人の力には限界があるぞ」

 

「分かっています。頭では分かっています。お父さんもいますし、ラッセル博士やエリカさんやダンさんも頼りになります。それでも、私自身を研鑽しない理由にはならないです」

 

 

ヒトは一人では何もできない。そういった哲学のようなものが《知識》から提供される。それは知識と言うよりも常識と言うべきもの。

 

確かに人間一人の限界はあるし、種として人類は群れること、社会を形成することで生存競争を生き残ってきた以上、その原則から人間はずれることが出来ない。

 

だが、それを前提とすれば個人のできることはたくさんあるのだ。そもそも集団もまた個の集合であり、個が動かなければ集団もまた動かない。

 

そして人間の強みは集団でありながら、強烈な個を保有することだ。特定の個人が歴史を大きく動かすことはままにある。

 

フランスのナポレオンしかり、アメリカのリンカーンしかり、共産主義を生み出したマルクス、ナチスを率いたヒトラー。良きにしろ悪きにしろ、個が時代の原動力になることは歴史が示している。

 

 

「わしが見たところ、今、この国はお主を中心にして回っている」

 

「過剰な評価です」

 

「ふふ、そうかな? 女王に意見したのじゃろう?」

 

「なんのことですか?」

 

「巷では噂になっておる」

 

 

講和条約が結ばれた後、論功行賞が王国において行われた。爆撃機で最も多くの戦車を撃破したエースパイロット、優れた指揮で帝国軍を撃破した士官。多くの人間に勲章が与えられる。

 

その中でも、反攻作戦の総指揮をとったモルガン将軍、全ての作戦の立案にて主導的な役割を果たしたお父さん、そして飛行機と兵器の発明と設計を行った私の功績は類を見ないものとして評価された。

 

『救国の英雄』『神童』『女神に祝福された娘』。笑ってしまうが、マスコミからはそんな渾名まで頂いてしまった。

 

母を失った事さえ、悲劇のヒロインとしてのスパイスとして私の逸話となった。そんなものは本当は欲しくなかった。お母さんが生きていればそれだけで良かったのに。

 

それでも、これからの事を考えればその過分な評価は役に立った。莫大な報奨金によって家の再建は始まっている。

 

元通りの家を再建しようかと父さんと話し合ったが、個人的に研究も行いたい私の意見が取り入れられて、二人で住むには少し大きすぎる家が出来そうだ。

 

そして、私は女王陛下に直接個人的に謁見する機会を得た。アリシア女王陛下自らが、私に個人的に会いたいと打診なされたのだ。

 

私にとってそれは都合がよかった。私個人には限界がある。でも、もう二度とこのような悲劇を起こしたくない。そのためには、この国には強くなってもらわなければならない。

 

私はこの国を強化するための試案を用意して謁見に臨んだ。

 

 

 

 

王城は美しく優美だ。青い湖に浮かぶ白亜の城。中に入れば、壁には植物の蔦や花をモチーフにした文様が彫刻されており、品のいい色の紅い絨毯が回廊の真ん中に敷かれている。

 

季節の花々を飾った花瓶は高価なものだろう。要所要所に青い色調の国章が刺繍されたタペストリーが掲げられている。

 

私を案内してくれるのは、メイド頭のヒルダ夫人という女性だ。厳しそうな雰囲気を持つ壮年の女性で、アリシア女王陛下の身の回りの世話を任されているらしい。

 

実際は見た目よりも柔らかい人当たりで、私にも優しくしてくれた。私みたいな小娘をエステル殿という敬称で呼ぶのはちょっと慣れないけれど。

 

荷物検査についても便宜を図ってくれて、自ら私の持ち込んだ書類を見聞したみたいだ。こういったことが失礼にあたるかどうか聞いてみたが、陛下に確認を取ってくれてOKが出たらしい。

 

神童という肩書もこういう時には役に立つ。やろうとしていることがある意味において不敬に当たるだけに、資料の持ち込みができるとは思わなかった。

 

屋上に案内されると、その空中庭園の美しさに息をのむ。それは口語では表現できないような美麗さ。いくつものテラスを重ねたような構造は<知識>にあるパムッカレの石灰棚を思わせる。

 

真珠のような純白の棚に、芝や樹木が植わっており、それはお伽噺や創作の物語に登場する幻想的なお城のよう。

 

 

「しばしお待ちください」

 

「はい」

 

 

女王宮の前の赤絨毯の上でしばらく待つ。

 

門の前には親衛隊の隊員が守っていて、その制服は緑色の乱調な陸軍のそれとは違って制服のデザインはカッコいい。白隼の翼をイメージした羽飾りのついた青い帽子を頭に乗せていて、垢抜けた感じ。

 

しばらくすると、準備が整ったようでヒルダ夫人が現れる。女王宮は広く、二階に女王陛下の私室があるらしい。

 

ちなみに一階にはクローディア姫の部屋があるらしい。本名クローディア・フォン・アウスレーゼは私と同い年の女王陛下の孫娘と聞いている。

 

 

「陛下、失礼します。エステル殿をお連れいたしました」

 

「ご苦労様でした。どうぞ入って頂いて」

 

「かしこまりました」

 

 

扉の奥から優しげな女性の声が聞こえる。アリシア・フォン・アウスレーゼ。リベール王国第26代女王アリシア2世。私はそのまま部屋に通される。

 

壮年の女性。品のある落ち着いた、かつては美人であった人が良い年の取り方をしたような。青みがかった髪を後ろで纏め、青を基調としたドレス、大粒の翠曜石をあしらったアクセサリー。

 

 

「ようこそいらっしゃいましたね、エステルさん」

 

「またお目にかかれて光栄です陛下」

 

 

彼女は窓のそばに立っており、優しい声で私に話しかけた。その横には私と同じぐらいの短いショートヘアーの青い髪の少女が立っていた。

 

淡い若草色のドレスを着た彼女は、陛下の後ろに半分隠れて私をじっと見ている。なるほど、彼女がクローディア姫か。

 

 

「クローディア殿下、お初にお目にかかります。エステル・ブライトと申します」

 

「あ…、はい。初めまして」

 

 

にこやかに笑顔で挨拶すると、お姫様はおずおずと私に挨拶を返してくれた。ものすごく可愛らしい少女だ。美人さん。

 

王族というのは美形というのが決まっているのかと言うほどに、彼女は可憐で美しい。将来はとんでもない美女になるだろうことは請け合いだ。

 

 

「ふふ、さあ来なさいクローゼ。エステルさん、大したおもてなしはできませんが、お茶にいたしましょうか」

 

「は、はい。おばあさま」

 

 

私達は女王陛下の部屋にある趣味の良いテーブルの席につく。カップにソーサーにポット。全てが丁寧で繊細に作られた品だ。あまり詳しくない私でも、ぱっと見でその品質の高さがわかるほど。

 

陛下は丁寧な手つきで自らお茶を用意してくれる。メイドにさせないのかと首をかしげていると、紅茶を淹れるのは趣味なのだと女王陛下は微笑む。

 

 

「貴女には一度、こうやって個人的にお会いしたかったのです」

 

「光栄です。ですが、どうして?」

 

「貴女がカシウス殿の一人娘だからですよ。カシウス殿は私の亡き息子、この子の父親であるユーディスの友人でした」

 

「父とですか?」

 

「ええ、士官学校からの学友だったのです。親友と、そういった仲だったようです」

 

 

それは初耳だ。

 

王太子ユーディスはその美貌と才に恵まれた国民にも人気だった王子様だったらしいが、クローディア姫が生まれた翌年の1187年、カルバード共和国の領海にて客船エルテナ号の海難事故に巻き込まれ、夫妻ともども逝去されてしまった。姫一人を残して。

 

 

「此度の戦でも彼の活躍は聞いています。もちろん貴女の活躍も。ですがこれほどまでに国に尽くしてくれた貴方たち親子から、この戦争は大切なものを奪ってしまった」

 

「……そうですね。ですが、失ったのは私達だけではありません」

 

「ええ。それも全て私が至らない女王だったばかりに…です。貴方たちにはどうお詫びをすれば良いのかわからないほど。貴方たちの功には不足ながらも金銭によって報いましたが、貴方たちが失ったものに、どんな報いをすればよいのか。いいえ、そんなことは出来ないのでしょうね」

 

「陛下、母が死んだのは陛下のせいでは…」

 

「いいえ。どんな言い訳をしようとも、国の責任は私にあります。でなければ、私はただの飾り物でしかありません。私は女王ですから。王ゆえに非情な判断をせねばならない事もありますが、しかしそれで全てが許されてしまうかは別の話なのです」

 

 

良い女王様だ。小国の王にはもったいないほどの人格者。母のようでありながら、しかし誇り高い。

 

外交手腕や内政手腕から為政者としては突出していると言われていたが、会って分かるが、その毅然としながらも慈悲にあふれた姿勢はある意味においては美しいと表現すべきだ。

 

 

「ならば、僭越ながら我がままを聞いていただけますか?」

 

「我がままですか?」

 

「はい。1つは、クローディア殿下とお友達になりたいのです」

 

「まあ」

 

 

ぶっちゃければ、王族とコネが欲しいとかそういう当初の目論見があったのだけれど。

 

姫のお父さんである亡き王太子が父の友人だったという話を聞いて、そしてお姫様本人に会って、気が変わったのだ。

 

まだおずおずとして気の小さそうな、特権階級特有の変なプライドを持たない花のようなお姫様を見て、ちょっと友達になりたいと思ってしまった。

 

 

「クローディア、どうします?」

 

「え、あの?」

 

「クローディア殿下、私とお友達になってもらえませんか?」

 

 

手を差し伸べる。ちょっと卑怯かもしれない。女王陛下は私の言葉に一瞬だけ目を丸くしたものの、手を差し伸べる私の様子を暖かく微笑みながら見守っている。

 

お姫様はおずおずと手を伸ばし、そして私の瞳をまっすぐに見た。可愛らしい。なんという可愛らしさ。守ってあげたくなるような。

 

 

「どうして私なんかと?」

 

「お友達になりたいのに理由なんて必要ないでしょう。きっとそれは衝動なのです。つながりたい、話したい、知りたい、手を取り合って歩きたい。ヒトとはそういう生き物ですから、きっと友達を求めるんです。…でもそうですね、強いて言えば、殿下が可愛らしかったからでしょうか? クローディア殿下、貴女はとても美しい」

 

「あ…、私なんかでいいんですか?」

 

「はい、ぜひ」

 

 

クローディア殿下はぽおっと頬を赤らめて、そして微笑んで私の手を取った。

 

 

「分かりました、エステルさま。どうか私とお友達になってください」

 

「エステルと、呼び捨てで構いません。さま付けはちょっと他人行儀です」

 

「え、えっと、じゃあ、エステルさん」

 

「まあ、いいでしょうクローディア殿下」

 

「あ、あの、私もっ」

 

「?」

 

「クローゼと呼んでください」

 

「クローゼですか?」

 

「はい。クローディアの頭と、アウスレーゼの最後を一緒にした…」

 

「愛称ですね。分かりました、これからはクローゼと呼ばせていただきます」

 

「エステルさん。お友達ってどうすればいいのか…」

 

「クローゼ。最初は名前を呼ぶだけでいいのです。名前の交換が、人と人とのつながりの始まりなんです」

 

「じゃあ、あの、エステルさん」

 

「何ですかクローゼ」

 

「エステルさん」

 

「クローゼ」

 

「エステルさん」

 

「クローゼ」

 

 

手を握り合い、名前を呼び合う。そしてクスクスと笑いあう。何だろう、この子可愛い。なんという可愛い生き物だろう。

 

《知識》曰く、この衝動こそが『萌』なのだという。恐ろしい。これが『萌』。多くの大きなお友達を暗黒面に引きずり込む概念。

 

なるほど、これは暗黒面(ロリコン)か。そうしてしばらく見つめ合い、名前を呼び合っていると女王陛下がクスリと笑った。

 

 

「まるで、クローディアを口説いているみたいですね」

 

「なら、手の甲にキスをするべきでしょうか?」

 

「えっ? えっ?」

 

 

ちょっとした女王陛下と私のお茶目にクローディア殿下が目を白黒とする。楽しい。美少女の色々な表情を見るのはこの上なく楽しい。

 

どうやら、彼女と友達になったのは大正解のようだ。とは言っても、相手はお姫様でそんなに頻繁には会えないだろうけど。

 

 

「本当に、貴女をよんで良かった。今そう思います。エステルさん」

 

「私もです陛下。クローゼとお友達になれただけでも、お城に来た甲斐がありました」

 

「ということは、他にも我がままがあるのですね」

 

「はい。本当はそれが本題だったのですが、思わぬ収穫がありました」

 

「ふふ、いいでしょう。もう一つの我がまま、話してくれませんか?」

 

「はい。僭越ながら、こちらを」

 

 

私は鞄から紙の束を取り出す。その表紙には『リベール王国の産業基盤強化のための五ヶ年計画』と銘打たれていた。私はこれから女王陛下に政策を献策しようというのだ。

 

恐れ多いことだが、決めたことだ。素案ではあるが、帝国からの莫大な賠償金を使って行うリベール王国の重工業化政策の試案である。

 

 

「リベール王国の産業基盤強化のための五ヶ年計画ですか」

 

「はい。陛下、私は今回の戦争の根本的な理由はリベールの国力の小ささによるものだと思っています」

 

「確かにそうでしょう。帝国の主戦派の暴走があったとはいえ、その理由もまたリベールが組み易いと考えたから」

 

「今回は飛行機という兵器の力もあって勝利することが出来ました。しかし、根本的にリベール王国は小さな国です。帝国も共和国もいずれは強力な空軍を設立するはずです。今のリベール王国になら勝てないと思っていても、それが10年後、20年後となれば状況は変わってきます。彼らが十分に自信を取り戻したとき、彼らが復讐戦を挑まないなどと誰が言えるでしょう? それに、失われた航空機のいくつかは帝国に回収されてしまいました」

 

 

飛行機はその防御力の低さゆえに、高射砲による被害を受けることもあり、またトラブルによっても帝国領に墜落するものがあった。

 

それは全体の数からいえば微々たるものだが、帝国にとっては宝石よりも価値のある金塊に勝る技術の塊だった。早晩、彼らはこれをコピーするだろう。

 

 

「ですが、リベール王国が小国であることは宿命です」

 

「はい。ですから、産業を、工業力を大きくします。リベール王国との貿易が大きくなればなるほど、リベール王国の作る物品が彼らにとって必要不可欠になるまで相互依存が深まればどうなるでしょう?」

 

 

貿易による相互依存が深まれば深まるほど、どの国も好き好んでリベール王国との関係を悪いものにはしたくなくなるはずだ。

 

戦車や飛行船を動かすのにリベール王国の作る部品が必要ならば、王国そのものの戦略的価値は飛躍的に高まり、敵対的な態度をとりにくくなる。

 

 

「それが、この計画の本質ですか?」

 

「一部は…です。導力革命後の国力の指標はもはや人口や兵の強さでは測れなくなりました。その力の源泉は工業力です。工業力の奪い合い、潰し合いが戦争の重要な目標へと変わりました」

 

「貴女の提唱した戦略爆撃がそれですね」

 

「はい。国家の強さはその技術力と工業力に依存するようになります。私の考えでは、正面戦力が最低限でも、技術力と工業力が圧倒的に高まれば、将来は戦争をしかけられることすらなくなるでしょう」

 

 

すでに投射手段は存在する。あとはアレが完成してしまえば、たとえ兵力や正面装備で勝っていても戦争はできなくなる。

 

そして、アレの開発には時間と莫大な工業力が必要だ。世界でもごく一部しか配備できないアレは、この世界においても同様の示威効果をもたらしてくれるだろう。

 

 

「外交と国防の両面で国を守る。そのためには工業力が必要という事ですか」

 

「陛下の巧みな外交は知っております。ですが、それでも戦争は避けられなかった。私は二度とリベール王国が戦争に巻き込まれない、そんな国にしたいのです」

 

「私は諸国家の協力のもとに平和を維持したいと考えているのですが…」

 

「それも一つの道でしょう。しかし、どれだけ平和を願っても、それを許さない時勢が生まれる可能性を考慮すべきです」

 

 

Xのいた世界におけるナチスドイツとソビエト連邦によるポーランド分割、バルト三国の併合、冬戦争、ベネルクス三国への侵攻。

 

南米ではしばしば米国主導によるクーデターによって彼らの都合のよい政権が樹立された。協調的な国際情勢では女王の言うそういった外交も可能だが、時代がそれを許さない時もある。

 

 

「試案のおおむねには賛成です。ですが、急速な工業化は負の面を生み出すでしょう」

 

「そうですね。おそらく、貧富の格差は拡大すると思います。出来うる限り歪でない発展を目指すべきですが、零れ落ちる民も多くいるでしょう。また、環境破壊についても考慮すべきです。ミストヴァルトの森林資源の維持も必要ですし、ヴァレリア湖の水質保全にも力を入れる必要があります」

 

 

国民の所得は飛躍的に増大するだろう。だが、こうして国が急速に発展すれば、かならず多くの富を得る者と、貧しいままの者が現れる。

 

貧富の格差は社会不安の原因になるかもしれない。労働力を低賃金で酷使することにもなるだろう。労使の関係に関する法整備は必要だ。

 

環境破壊は重要なテーマでもある。導力器は石油や石炭などの化石燃料を燃やさないので大気汚染にはつながりにくいが、それでも大量の需要が発生する紙は森林を急速に消費するだろう。

 

多くの重工業は大量の水を必要とし、その排水は多くの汚染物質を含むとともに、高い水温で周辺水域の生態系にダメージを与えるだろう。

 

労働力の急速な需要拡大は移民の流入をもたらすだろう。試案にはノーザンブリア自治区からの労働力募集を掲げているが、共和国方面、東方からの移民が発生するはずだ。

 

共和国にはマフィア組織が蔓延っているらしく、そのような勢力が国内にて力をつければ、移民と共に社会不安を増大する要因にもなる。

 

 

「これを一人で考えたのですか?」

 

「ラッセル博士やエリカ博士、お父さんにもすこしだけ手伝ってもらいましたが、大部分は私の案です」

 

「原子力というのは?」

 

「新しい物理学の研究施設です。導力とは全く異なる、新しい力を生み出すでしょう。詳しくはこのページに書いてあります。ですが、これについてはあまり外国に知られないようにすべきですね」

 

「どのようなモノになるのです?」

 

「完成すれば、いかなる導力兵器よりも強力な爆弾が生み出せます。実用化に関しては陛下におまかせしますが、いずれ大国と呼ばれる国はどの国もこれに類するものを造り上げようとするでしょう。導力革命とはそういう未来を確実にもたらすはずです」

 

「…分かりました。大臣たちに話してみましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 

私の案はいくつかの修正を経てから、実際に実行に移されることになる。こうして、リベール王国の急速な変化が始まることになる。それは諸国にとって衝撃的な結果を生み出す原動力となった。

 

 

 

 

その人はお祖母さまに呼ばれてやってきた。顔も覚えていないお父様のご友人の娘さんで、その友人の方も、そして娘さんも国の英雄なのだそうだ。

 

飛行機を作った天才。神童、女神から祝福された娘。しかも、私と同い年なのだという。

 

お姫様という肩書以外は何の変哲もない私。それに比べて、国家の英雄で、頭が良くて、国民のみなさんに尊敬される同い年の女の子。

 

まったく釣り合わない。どんな人だろう。興味はあったが、怖くもあった。会えばきっと打ちのめされてしまいそうだから。

 

そうしてその人はヒルダ夫人に連れられて、お祖母さまの部屋に入ってきた。本当に私と変わらない年頃。

 

ツーサイドアップで纏めた栗色の長い髪、熱された金属のような赤色の瞳、可愛らしい容姿なのにもかかわらず毅然とした態度。私は思わずお祖母さまの後ろに隠れてしまう。

 

そうしてその人はお祖母さまと平然と受け答えをして、そしてその後、驚いたことに私に瞳を向けた。お祖母さまのドレスを掴む手に力が入ってしまう。

 

でも、その人は満面の笑みを浮かべて、私の名前を呼んだ。綺麗な、透き通った笑顔。少しだけ緊張が取れたような気がした。

 

そうしてお祖母さまはその人をテーブルに呼んで、そして大好きなお茶を用意する。私はお祖母さまのお茶が大好きだ。

 

その人は振る舞われたお茶を一口飲んで、少しびっくりしたような表情をして、美味しいと笑顔で応える。お祖母さまも嬉しそうで、私も少しだけ誇らしい。

 

そうしてお祖母さまとその人のお話が始まった。お祖母さまはその人に深く謝罪をしたのだ。どうやらその人は、今回の戦争でお母様を失われたらしい。

 

彼女ら親子のおかげで戦争に勝ったのに、その人たちは大切なものを失った。何もお返しができないことに、お祖母さまは悲しい顔をなされていた。

 

その人はお祖母さまは悪くないと言った。私もそう思う。悪いのは帝国で、お祖母さまは何も悪くないのだ。

 

それでも、お祖母さまは頑として自分が悪いことを譲らなかった。でも、そんなお祖母さまにその人は言ったのだ。

 

 

「ならば、僭越ながら我がままを聞いていただけますか?」

 

 

少しずうずうしいなと思ってしまったが、でもそれは当然かもしれないとも思った。その人は英雄で、お祖母さまに褒賞を求める権利があるからだ。

 

何もできなかった私には、その事にどんな言葉を差し挟めるというのだろう。だけど、その人の次の言葉は私をすごく驚かせる。

 

 

「クローディア殿下とお友達になりたいのです」

 

 

その人は真顔でそう言いのけた。

 

今までパーティなどで私の友達になりたいと近づいてくる子はいた。だけれど、その子たちは皆、私がお祖母さまの孫だからという理由で、その子の親の命令で近づいてくる子ばかりだった。

 

私は引っ込み思案で、そんな子たちの手を取ることは出来なかった。

 

でも、その人は満面の笑みで私に手を差し伸べる。太陽のようだと私は思った。こんなにも気持ちの良い笑顔を見たのは久しぶりで、私はつい問うてしまう。

 

どうして私なんかと友達になりたいのか。私には何も特別なモノなんてないのに。ただ、お姫様なだけなのに。だけどその人は答える。

 

 

「お友達になりたいのに理由なんて必要ないでしょう。きっとそれは衝動なのです。つながりたい、話したい、知りたい、手を取り合って歩きたい。ヒトとはそういう生き物ですから、きっと友達を求めるんです。…でもそうですね、強いて言えば、殿下が可愛らしかったからでしょうか? クローディア殿下、貴女はとても美しい」

 

 

胸が高鳴った。とても綺麗な言葉。急に頬が熱くなった。そして知るのだ。これがこの人が言う『衝動』なのだろう。

 

こんな気分は初めてで、こんな感情は初めてで、私は迷わず思った。私はこのヒトとお友達になりたいと。この女の子とお話してみたい、彼女のことをもっと知りたい。

 

 

「エステルさん…」

 

 

名前を呼んだ。呼んでもらった。手紙を書くことを約束した。また会ってくれると言ってくれた。こんな気持ちは初めてで、なんだかふわふわとした、楽しい、幸せな気分になった。

 

 

 





あ…ありのまま今起こったことを話すぜ! 「俺は女王陛下との謁見のプロットを書いていると思ったら、いつのまにかエステルがお姫様を口説いていた」

な…何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をしたのか分からなかった…。頭がどうにかなりそうだった…。誤字だとか脱字だとか、そんなチャチなもんじゃあねえ。もっと恐ろしい物の片鱗を見た気がするぜ。

第7話でした。

おかしい。リベールの工業化フラグを描こうと思ったら、百合的展開が発生していた。孤児院? 姫君は避難しなかったので、そんなフラグは立ちませんでした。

戦争があまりにもリベール優位に進んだ影響です。原作ではレイストン要塞とグランセル以外はほぼ占領されましたし。原作乖離がはなはだしくなってきましたね。

幼馴染 → エステル ← お姫様

ここにセシリア姫まで混ざるのか。胸熱…、いや、わけがわからないよ。


<五か年計画試案>

テティス海沿岸工業地帯の建設。大規模な港湾施設、製鉄所、化学コンビナート、造船所など
カルデア丘陵トンネルの掘削
ボース―ルーアン間を結ぶヴァレリア湖東周りの片道三車線高速道路『オトルト』の建設
大規模な飛行機用ツァイス国際空港の建設
導力ネットワークケーブル網の敷設および上下水道の整備
ボース・ロレントの計画都市整備
ラジオ放送局の開設および中継塔の建設
ロレントの大規模農場設立のための補助金制度
マルガ鉱山の近代化改修。鉱山開発補助金
グランセルおよびツァイスにおける地下鉄メトロの建設
廃棄物処理施設の建設
ロケット打ち上げ施設の建設
原子力研究施設の建設
バスの運行
自動車工場の建設
大規模飛行船建造ドックおよび空港施設の建設
飛行機工場の建設
土木機械・農業機械工場の設立
家庭用導力器製品工場への補助
先端技術研究への補助金増加(導力演算器、航空機、飛行船、エンジン、新素材、工作機械など)
次世代戦術オーブメントの開発研究
潜水艦の研究
企業融資のための開発銀行の設立。およびコンサルタント事業部の設立
優良企業への税制優遇
義務教育法、労働基本法、工業排水規制法、森林保護法、廃棄物処理法等の法整備
義務教育のための学校の設立(七耀教会との協力の元)
ツァイス工科大学の設立および奨学金制度の導入
高度医療のための病院を5大都市に設立(レミフェリア公国との協力により)
ハーケン門の要塞化
ノーザンブリア自治州での大規模な出稼ぎ労働者募集
王国軍情報部の設立。公安部門、諜報部門、情報解析部門を中心とする
政策立案研究のためのシンクタンクの設立
王立空軍の設立





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008

 

 

 

「おかしいな…。シェラさんからの手紙がこない」

 

 

戦役が終わり、ロレントの街の復興も始まった。各地のインフラも回復し始め、外国からの手紙もちゃんと届くようになった。

 

私の日常はそれなりに形になって、ユン先生の指導による剣の修行とZCFでの研究という二束わらじも上手く回っていた。

 

そんな七耀歴1194年。最近、シェラザードさんからの手紙が途絶えていた。

 

私のペンフレンドは3人ほどだ。

 

一人はモルガン将軍。色々あって、頻繁に手紙のやり取りを行うようになった。最初は父を軍に戻るよう説得してくれという内容が多かったが、今は軍事技術など真面目な話から、家族の話まで色々な内容の手紙を送りあっている。

 

もう一人はクローゼ。可愛らしいリベール王国の純正のお姫様。綺麗な便箋に綺麗な文字。お城での出来事などを書いてよこしてくれる。

 

私の方も日常でのことを書いて送り、お勧めの本などを紹介しあっている。お城に行くときなどはいつも会いに行っていて、遊んだり、礼儀作法などを習ったりしている。

 

そして、一番古いペンパルがシェラザードさん。旅芸人一座の踊り子として色々な国や地域を旅していて、その時に体験したことなどを書いて送ってくれる。

 

最初は文字も書けなかったらしいが、ルシオラさんに習って、今はちゃんとした手紙を送ってくれている。だけど一年戦役が終わってから、彼女からの手紙は途絶えていた。

 

 

「エステル、どうかしたの?」

 

「いえ、シェラさんからの手紙が来ないなって」

 

「シェラさんって、旅芸人の一座の人だよね」

 

「はい。私が4歳の時に知り合って、それいらいずっと手紙のやり取りをしているんです。戦争中に止まっていた手紙は来ましたが、それ以降は音沙汰がありません」

 

 

エリッサが座っている私の後ろから手をまわして抱き付いてくる。そして顔を私の顔の横にもってきて、手紙を覗き込んできた。

 

エリッサは最近、正式に我が家の養女になった。今でもべったりと私のそばを離れなくて、この前ティオが驚いていた。

 

今いるのはかつて私の家があった場所、今は私の新しい家が完成しようとしている場所だ。新しいブライト家の家は一部だけ完成し、こうして私たちはたまにロレントに戻ってくる。

 

大きな屋敷で、元の家の10倍は広くなった。まだ半分も工事が終わっていない。研究施設が中々完成しないのだ。

 

父はもう少し質素な家の方が良かったらしいが、報奨金はとてもじゃないが使い切れなくて、こんな形でしか消費できないと説いた。

 

それに、お金を使うことはお金を持っているものの義務なのである。天下の回り物であるお金は動かなければ意味がないのだ。

 

それに、あの思い出深い家を作り直すのには抵抗があったのだ。母がいたあの家を建て直せば、きっと私は泣いてしまうから。

 

思い出の品は写真が数枚。それ以外すべて焼けたのだから、もう母のいないあの家を再建したところで、ただの良く出来た抜け殻にしかならない。

 

 

「そうなんだ。心配だね」

 

「はい、何もなければいいんですけど」

 

「そういえば、お茶が入ったよ。あんまり無茶しちゃだめなんだから」

 

「そうですね」

 

「博士号も貰ったのに、今度は何作ってるの?」

 

「超伝導フライホイールです」

 

「何それ?」

 

 

高温超電導物質Bi2Sr2Ca2Cu3O10(BSCCO:転移温度110K)。液体窒素の温度で超電導物質に転移するこの物質を使って、新型の導力蓄積システムを作っているのだ。

 

導力器による超低温の形成などが容易であることから実現可能な装置で、この装置を用いれば莫大な導力を運動エネルギーとして蓄積することが可能だ。

 

軸受に摩擦のないフライホイールであるため、エネルギーの自然減衰はほとんどなく、必要な時に、必要な量の、必要な圧の導力を出力することが可能になる。

 

ここから得られる莫大な出力を背景にすれば導力機関のパワーを飛躍的に高めることが出来るだろう。

 

高温超伝導物質についてもさらなる研究が行われている。現在は既存の通常の元素を使用したものであるが、七耀石を添加することで予想外の結果が生まれる可能性がある。

 

このあたりは他の研究者に任せているが、この世界の物理なら常温超伝導も不可能ではないかもしれない。

 

 

「こっちは?」

 

「金属水素貯留タンクの設計図ですね」

 

 

液体ロケットの燃料である液体水素の研究で生み出された副産物が金属水素だ。『空』の属性による重力制御の超圧縮によって実現したもので、新しい燃料として注目している。

 

金属酸素と金属水素を用いればロケットの大きさを大幅に小さくできるし、なにより私はこれをジェットエンジンの燃料にできないかと思案している。

 

 

「それって飛行機に関係あるの?」

 

「ありますよ。超伝導フライホイールが予定の能力を発揮できれば、エンジンの出力を飛躍的に高めることが出来ます」

 

 

超伝導フライホイールに蓄積できるエネルギー量は事実上無限大だ。故に、それを利用すればターボプロップエンジンのような高出力のエンジンを動かすことができるようになる。

 

亜音速域のプロペラ機を製造することも不可能ではなくなるのだ。残念ながら現在のエンジンでは4000馬力前後が限界だろう。

 

 

 

 

「エステル博士、準備が整いました」

 

「はい、お願いします。グスタフさん、行きましょうか」

 

「おうっ、エステル坊、計器の方は正常だ」

 

 

今日は王立空軍のために設計した新しい軍用機の試験飛行を見学に来ている。戦闘爆撃機トネール、それがこの機体の名前だ。

 

F4Uコルセアをモデルとしたこの機体は大きく、重く、頑丈で、そして速い。逆ガル翼のそれは急降下爆撃機アベイユによく似ており、この機体もそれに似た役割を期待されている。

 

エンジン出力2200馬力、最大速度7200 CE/h。ペイロード1.5トリム。全長11.5アージュ、全幅12.5アージュ、全高4.9アージュ。

 

武装は3.7リジュ重機関砲×1と重機関銃×2。爆装は13リジュロケット弾×8、もしくは0.5トリム爆弾×2 + 0.05トリム爆弾×6。

 

圧倒的な速度性能と攻撃力をもって敵を粉砕する役割を与えられたこの機体は、しかし数年後には時代遅れになる予定でもあった。

 

まあ、それは私の研究が上手くいけばの話で、もしかしたら20年後も現役でいるかもしれない。

 

コンクリートとアスファルトで舗装された滑走路を、その鈍重そうな機体は動き出す。大きなプロペラを回転させて、ものすごい音と風を送り出して、藍色の翼は黒色の人造大地をゆっくりと走り出した。

 

そうして200アージュを超える滑走の果てに、藍色に塗装された幾分寸胴な試作機は空へと舞い上がる。

 

 

「ん、飛んだね」

 

「やりましたな、博士」

 

「まだです。急降下などの機動を確認しないと」

 

「速度でたぞ。時速7060セルジュだ!」

 

「フォコンよりも速いのか!?」

 

 

喝采があがる。確かに速度性能は段違いで、現在のあらゆる飛行機のそれを大きく引き離していた。機体も丈夫なので急降下時の速度は遷音速に達する。

 

しかし鈍重な運動性能は格闘戦にはあまり向かない。強力なエンジンの馬力で無理やり速度を得ているもので、後進翼もいまだ採用していない。

 

試作機は雲の上から一気に急降下する。まるで空を泳いでいるかのよう。鳥よりも早く、力強い。

 

急降下の速度は予定通り遷音速域に達した。マグネシウム合金に七耀石を添加することで非常に軽くて燃えにくく、酸化にも耐性のある丈夫な素材を実用化した成果だ。

 

まあ、例によってこの合金はラッセル親子の開発勝負の果てに完成したものだ。アイデア自体は私が出して、ZCFの素材開発部門に提案したものが、いつの間にか親子喧嘩の舞台になっていた。

 

まあ、かなり質の良い軽量合金が出来たのは良い事なのだろう。

 

 

「速いですな、流石は博士の設計だ」

 

「いえ、予定よりも少し出てないです。もっと速度出せませんか?」

 

 

その後、トネールは所定の機動を行い、地上標的に対する爆撃の演習などを行った。少しばかり問題が生じたものの、軍人たちにとってはおおむね満足できる結果だったらしい。

 

水平速度については予定に達しなかったことが不満だったが、パイロットが無事に飛行を終えたことの方が重要だ。

 

 

「ご苦労様です博士。しかし、戦闘機タイプの方は設計なさらないのですか?」

 

「全て私が設計しては後続が生まれません。それに、今この機体に敵う兵器がこの大陸に存在しますか?」

 

「ははは、なるほど。確かにその通りですな」

 

「それよりもミサイルや誘導爆弾あたりを開発した方が実りがありそうですけどね」

 

「試作テレビジョン誘導爆弾は素晴らしい結果を残したとか」

 

 

高射砲や対空ミサイルが発展するであろう将来を見越し、精密誘導爆弾や空対地ミサイル、巡航ミサイルなどの開発は急がれていた。

 

その中でも、最も簡単に実用化が可能なテレビによる誘導爆弾、AGM-62ウォールアイをモデルとした基本的な設計を行ったのだ。

 

大部分は他の研究者に押し付けたが、それなりの性能の誘導爆弾を完成することが出来たようだ。

 

 

「7割近い命中率が出せたのは幸いでした。それで話は変わりますが、航空機について、エレボニア帝国はどの程度まで作っていますか?」

 

「まったく飛ばせていないようですな。ラインフォルトの連中も軍にせっつかれて顔を青くしているようで」

 

「カルバード共和国は?」

 

「我が国に航空機の購入を打診しているようです」

 

「リバースエンジニアリング狙いですか」

 

「戦役では高みの見物、そして漁夫の利狙い。さらには技術までも盗もうとは浅ましい連中ですな」

 

「あまり共和国を悪しく言うものではないですよ。彼らは我が国の商品を買って、我が国に資源を供給していただく重要な商売相手なのですから」

 

「なるほど。博士の提唱なされた五か年計画ですな」

 

 

軍は傲慢になりつつあった。エレボニア帝国に圧勝した記憶が新しく、そしてどの国も我が国を助けなかったという曲解した認識が彼らを右傾化させているのだ。

 

あまり褒められた傾向ではないが、彼らは彼らなりに厳しい訓練に励んでおり、軍の錬度はむしろ高まりつつあった。

 

そして、軍における私の人気は高かった。父である英雄カシウスこそ軍を離れたものの、私がいればリベール王国は負けない。そして私がいれば、国が危機に陥った時カシウス大佐も軍に戻るだろう。

 

そういった信仰に近い支持が若い将校を中心に私に集まりつつあると聞いている。個人信仰は弊害が大きくて不安だが、同時に物事を動かすには便利ではある。

 

 

「それで、いかがなさるおつもりで?」

 

「エレボニア帝国が航空機を実用化するのは時間の問題でしょう。パワーバランスを考えれば共和国への多少の技術流出は目を瞑るべきかもしれません。まあどうせなら、飛行機産業の全てを握ってやるのもいいかもしれませんね。エグレットの生産も始まりますし、ミランぐらいは売却しても構わないのではないでしょうか」

 

 

大型旅客機エグレットはDC-6をモデルとした4発の旅客機、そしてミランは双発のDC-3に相当する旅客機だった。

 

ミランは双発の1500馬力のエンジンを積んで、乗客を20人~30人を運ぶ。時速4000セルジュ程度の巡航速度しかもたないが、価格が安くて反重力発生装置によるSTOL性能を持ち、扱いやすい機体だ。

 

エグレットは2200馬力のエンジンを4つ積んだ最高時速6500セルジュ・巡航速度5500 CE/hの速度を持つ高速かつ大型の機体だ。

 

座席数50~100席であり、輸送能力も定期飛行船に迫る数字となっている。まあ、その分座席は狭く居住性が良くないが、その分は7倍を超える巡航速度でカバーする。

 

 

「博士、リシャール少佐との約束の時間です」

 

「ああ、そうでしたね。では、後の事は頼みます」

 

「了解しました。総員敬礼!」

 

 

軍人たちの敬礼に見送られて、私は軍用飛行艇に乗り込む。ここのところは私の安全を考慮して長い距離の移動の際には飛行艇が用意されることが多い。

 

私も偉くなったものだなと思いつつ、そういえば私7歳にもなっていないよねと気が付く。飛行艇はそのままレイストン要塞へと向かう。

 

再び敬礼で迎えられて、リシャール少佐と会うため応接室に案内される。リシャール少佐は父の直属の部下だったらしく、父やモルガン将軍がお墨付きを与えるほどに有能だ。

 

今は私が立ち上げを提案した王国軍情報部(RAI)の設立に奔走している。その関係で何度か意見を求められるといった仲だ。

 

金色の髪をオールバックにした、生真面目そうな青年。しかし、視野は狭くなく、思考も柔軟だ。問題解決能力も高く、何よりも強い意志で物事を実行する能力がある。

 

しかしながら思い込みが激しい部分があるかもしれない。加えて父に心酔している部分があり、父が軍を辞する際には必死にそれを止めようと説得したらしい。

 

また、剣士としても優れていて、父から直接指導を受けたらしい。八葉一刀流の五の型<残月>の使い手で、神速の居合を得意としている。

 

後の先を狙うタイプの剣士で、まだまだ私では及ばない。軍には同レベルの使い手がもう一人いるらしく、中々に世界は広い。

 

 

「お待ちしていました、エステル博士」

 

「ごきげんよう、リシャール少佐」

 

 

女の子らしく、スカートのすそを軽く摘まんで持ち上げて、優雅に見えるようにお辞儀をする。このやり方はクローゼに教わった。

 

彼女のそれは本当に優雅で可愛らしかったが、私はちゃんとできているだろうか。まあ、要努力ということで。

 

 

「博士は相変わらず愛らしい」

 

「お上手ですね、少佐。では、本題に入りましょう」

 

「どうぞ、お座りください」

 

 

ソファに座る。そうして少佐は書類を広げた。私はまだ軍の階級を持っていて、色々な功績が積み重なって、今は目の前の人物よりも階級が高かったりする。

 

まあ、将軍にはなりたくないが。書類には情報部の人員のリストやプロフィール、さらには軍上層部の汚職に関する情報まである。

 

 

「もうたるみ始めているのですか」

 

「彼らの腐敗は戦前からのようですね」

 

「まあ、見せしめを行うのも良いでしょう。それよりも中央工房の防諜については慎重に」

 

「分かっています、我が国にとって技術漏えいは致命的ですから。以前に博士より受け取った産業スパイの手法とそれに対する防衛についても研究させています」

 

「そうですか。あまり堅苦しくしないように。優秀な研究者には自由な環境の元で研究させるべきですから」

 

 

産業スパイに対する備えは重要だけれども、研究者の自由を縛るのは本末転倒だ。特にZCFの研究者や技術者は変人が多いので、むしろ野放しにしていた方が良い成果を出してくることが多い。

 

 

「しかし、相当数のスパイを摘発しています。共和国は数が多いですが、帝国はむしろ洗練されているように思えます」

 

「帝国軍情報局は手強いようですね」

 

「はい、軍情報部の設立が遅れていればどうなっていたか…。あとは出来うる限り人材の教育に力を入れています。諸外国における孤児院の設立も開始しました。足はついていません」

 

「国内では?」

 

「いくつかの孤児院をピックアップして融資と人材の派遣を行っています。今回の戦災で親を亡くした子供は少なくないようですから」

 

 

ストリートチルドレンが発生するなど言語道断だ。治安以前に彼ら彼女らは私やエリッサの別の可能性でもある。それに、人材を無駄に消失させるのは人口が少ないリベール王国ではあり得ない。

 

 

「王国の国民は愛国心が強く誠実ですが、純朴な面があります」

 

「学校教育でも防諜について教育する予定でしたね。博士は視野が広い」

 

「予算があるからこそ出来ることです。帝国と引き分けていれば、ここまで大規模な事業は不可能でした」

 

 

お金がなければ何もできない。世知辛いが真理である。今頃帝国では予算のやりくりに頭を痛めているだろうが、そこまで気を遣うほど私の腕は長くはない。

 

 

「移民についてはノーザンブリアを優先しているようですね。やはり、共和国のマフィアを恐れておいでで?」

 

「彼らを身中に入れたくはありませんから。それに、恩というのはそれなりに枷になるものです。しかし、ノーザンブリアだけでは労働力に不足を生じるかもしれません」

 

「移民局にも人員を配置する予定です。情報解析部門も相応のノウハウを獲得し始めました」

 

「現代の諜報はスパイだけの仕事ではありませんからね」

 

「物流、酒場での噂、マスコミの動向。あらゆる全ての情報を統合し、比較し、機密情報に迫る手法。なかなかに人海戦術になります」

 

「反面、リスクが少なく、しかも意外な情報すら手に入れられる可能性がある」

 

 

というか、国家の動向のほとんどは公開されている情報から類推することができる。それはどこに攻め込む気なのかとか、どの国と戦争をする気がないのかとか、そういった情報に至るまでだ。

 

 

「そういえば、噂では博士は人工衛星なるものを計画しているとか」

 

「掴んでいますか。流石は情報部ですね」

 

「実際の性能はどの程度でしょう?」

 

「そうですね。特定地域について上空数千セルジュから解像度数リジュの写真を1時間に一度撮影できる…、そういったものを目指しています」

 

「それは…、軍事の常識が変わってしまう」

 

 

Xの世界の米軍などは解像度にして1cmの衛星写真を撮影する技術をもっているらしい。まあ、そこまでは要求しないけれども。それに本音を言えば、

 

 

「本当は、月に人を送りたいだけなのですが」

 

「ふふ、夢のある話です」

 

「夢と希望が国民を動かすのです。国民が夢を見失えば、早晩その国は滅んでしまうでしょう」

 

「国が民に夢を見せると」

 

「自ら夢を叶えられる強い人間は良いのです。ですが、それが許されない人間の方が多い。それでも夢を見させてくれるなら、自分も、あるいは自分の子供がもしかしたらと思うかもしれません。人は変化しますから、強く変われると信じられるのなら救いがある」

 

 

 

 

 

 

少女が部屋から去っていく。英雄カシウス・ブライトの一人娘にして、彼女自身もまた間違いなく英雄と言っていいだろう。

 

ブライト親子が、彼女がいなければ、おそらく間違いなくリベール王国はエレボニア帝国の一部として併合されていただろう。情報部にいればその事を強く実感する。

 

そして、情報部として動けば動くほどに彼女の異常性、重要性、そしてこの国の未来が彼女の肩にかかっていることを実感させられる。

 

軍神カシウス・ブライトはもはや軍を離れてしまった。だが、彼女はまだこの国を見限ってはいない。彼女が提唱した五か年計画は恐るべき先見性を以てこの国を強化するだろう。

 

 

「ふっ、それに比べて軍のお偉方の醜態はなんだ」

 

「少佐、博士がお帰りになりました」

 

「警護は?」

 

「常に。厳選された精鋭を配置しています」

 

「よろしい。彼女に何かあっては国家の一大事だからな」

 

 

博士号。戦後に彼女の功績を無視できなくなった学閥が彼女に与えた肩書だ。

 

航空機や兵器に関わる工学、航空機の飛翔に関わる流体力学による物理学、新型爆薬などの開発による化学、導力に関わる新理論による導力学の4つの分野で彼女は博士号をとった。

 

これは最年少にして記録的な事だ。しかし、そんな肩書や飛行機開発などの表面的な事で彼女を評価しきることは出来ない。

 

『女神に祝福された娘』。そう、彼女はまさに女神に祝福された存在だ。おそらくはリベール王国と言う小さな枠では収まりきらないだろう、世界最高峰、人類史に名を刻む存在になるだろう。

 

恐るべきはその先見性だ。この身では五か年計画の全容を全て知ることは出来ないが、アゼリア湾に突き出す半島の末端にて、おそらくは世界を揺るがすだろう研究が彼女を主導に行われていることは掴んでいる。

 

大型ロケットを開発している、あるいは新型導力爆弾を製造しているぐらいしか私でも掴めていない。

 

だが、この二つが結びつく先にあるモノは予測できた。敵国の重要な戦略地点にロケットによって直接、強力な導力爆弾を叩き込む。

 

それが実現してしまえば戦争の在り方そのものが変わってしまう。航空機が戦争を根本から変えてしまったように、それは地政学すらも根本から破壊してしまうだろう。

 

そして、それを効率よく行うための産業基盤強化のための五か年計画。表向きは大規模な公共事業にしか見えず、軍拡とは異なり諸外国に直接的な脅威や警戒感を与えない。

 

外国のマスコミは侵略を受けたリベール王国が賠償金を使って軍のさらなる強化に走らなかったことに首を傾げていたほどだ。

 

だが、それこそが彼女の狙いでもある。彼女は工業力の強化こそが国力の増強、外交力の強化、戦争に勝つために必要であることを知っていた。

 

講和条約においてエレボニア帝国との戦略資源の取引枠に言及する条文を追加すべきと彼女が提言したのも、その先見性を垣間見ることが出来た。

 

さらには、軍情報部の設立を彼女が主張したことだ。情報の重要性を説き、もしも情報部が戦前に存在していればエレボニア帝国主戦派の愚かな計画すらも見通して国家戦略を立てることが出来たはずだと彼女は言う。

 

彼女は情報を解析し、操作し、間接的に外国に対して内政干渉を行うべきとまで主張する。そして彼女が論じる情報機関の概念は極めて未来的だった。

 

従来のスパイによる情報収集だけではなく、物流や酒場などでの噂話、メディアの報道を統合した画期的な情報収集手法の概念すら提示して見せたのだ。

 

それだけではなく、メディアの操作によるプロパガンダにすら言及している。自国の、そして時には国際世論すらも操作するという思想。

 

末恐ろしいことに彼女は50年後、100年後のリベール王国がいかになるべきか、そのヴィジョンを明確に持っているのだろう。

 

これほど世界を明確に俯瞰できる能力はカシウス・ブライトに匹敵するのではないかと思うほどに。彼女とカシウス・ブライトほどの視点を持てるのはこの国でどのくらいか。

 

卓越した外交手腕を持つアリシア女王陛下ですら、そこまでの未来を見通してはいないだろう。

 

 

「少佐は博士に心酔しているようですね」

 

「心酔か。ああ、そうかもしれないな。だが、彼女はまだまだ子供だ。純粋で危うい。我々がその辺りをフォローすべきだ。彼女に汚れ仕事などはさせてはならない。泥にまみれる仕事は我々がすべきだ。そうだろう?」

 

「確かに」

 

 

孤児を工作員として引き入れるといった暗部に近い発想も行うが、その姿勢はどこまでも純粋で、透明で、悪意が見えない。

 

彼女は会社設立などを行い資産家になろうとしているが、賄賂などの汚職や腐敗とはどこまでもかけ離れていた。根回しなどの工作は行っても、脅しや騙しなどとはどこまでも無縁だった。

 

そういった部分に腐った連中が取り入ろうと画策するのを私は何度も見ている。そして陰ながらそういった輩の排除を行っていた。

 

もちろん彼女もそういった輩については知識もあり、警戒はしているようだが、どうにも脇が甘い。おいおい知っていくことだろうが、それでも我々が守るべきだろうことは確かだ。

 

この国はユーディス殿下を失い政治状況が不透明になりつつある。そして軍神カシウスはもはやいない。堅実にして誠実なる老将モルガン将軍もまたいつまでも現役でいないだろう。

 

そして王国の未来を支えるエステル・ブライトは子供らしくあまり地位や権力には執着していない。いや、飛行機についてあれほど熱く執着する彼女だ。政治の世界に身を置くこともないだろう。

 

もし政治状況が変化して彼女を排斥する動きが生まれたらどうなるか。王国の上層部の人間ほど彼女を遠ざけようとする者が多い。

 

彼女の支持母体は女王とモルガン将軍、そして王国の下士官たちと民衆に集中している。民衆の多くも彼女の味方であるが、10にも満たない少女が政治に関わることに嫌悪を示すものは少なくない。

 

リベールの将来を考えるなら彼女を生かせる政治がなければならない。そういう意味においては情報部の地位を承ったのは天命かもしれない。

 

彼女を守り、彼女を補佐する人員を確保する。そして蒙昧で頑迷な老害を排除し、より効率的な政治を目指すべきだろう。そのためには―

 

 

「ふっ、行き過ぎた思考だったな」

 

 

軍において最高のキレ者と評価される男は肩をすくめて笑った。

 

 

 

 

王国各地で開発ラッシュと設備投資が行われ、多くの工場が設立されていく。私も携帯音楽プレーヤーや小型ラジオ、エアコンといったモノを開発し、信用できる人間を父や情報部から紹介してもらって会社を立ち上げている。

 

経営は人任せで、商品開発や発明などの研究しかしないのだが、私というネームバリューが銀行からの融資を簡単なものにしている。

 

ZCFと協力して開発した大衆車は不整地においても時速650セルジュでの走行が可能で、かなりの勾配を走破でき4人乗りで価格も安く、プレイヤードと名付けた。

 

その安価でありながらそこそこ高性能な大衆車というコンセプトはリベールだけでなく、多くの国に受け入れられ販路を伸ばした。

 

またオート三輪やバイクといったものも設計・開発され、リベール王国は一転して自動車王国へと変貌を遂げようとしていた。

 

高速道路『オトルト』の建設もZCF製の土木機械の大量投入により順調に推移し、自動車産業は王国の主要産業へと成長をとげようとしている。

 

ツァイス南岸のテティス海総合開発事業も開始されている。世界最大規模の港湾や巨大な製鉄所が建設され、そこから莫大な量の鋼鉄が吐き出されようとしていた。

 

石油・石炭化学コンビナートなども併設されつつあり、ツァイスは世界最大の工業地域へと生まれ変わろうとしている。

 

ロレントとボースの復興も急速に進んでいる。計画的な都市開発により美しく気品がありながら、機能性と拡張性の高い都市が完成しようとしていた。

 

北部山脈の鉱山開発、ダム開発も行われており、ボースの商業都市、ロレントの穀倉地帯が新しい姿になって復活するのも時間の問題だろう。

 

工業力や経済規模が大きくなればなるほど、リベール王国は強くなる。そして、私の考える飛行機も容易に生産できるようになる。

 

宇宙ロケットやジェット機といったものの開発には莫大な資金と工業力、技術力が必要だった。そして、多くの兵器を開発するのにも当然それらが必要不可欠だった。

 

飛行機という新兵器によって勝利を掴みとったリベールの国民にとって、工業力の増大が王国を強くするという公式を受け入れる事に抵抗は無かった。

 

働けば働くほど豊かになって、国も強くなる。そういった信仰がリベール王国を覆いつつあった。戦後復興は目に見えて分かる経済成長と共に熱気を帯び始めていた。

 

そんな時、彼女はたった一人で現れた。

 

 

「二の型《疾風》!」

 

「まだ足運びがなっておらん。重心が高すぎる」

 

 

ユン先生の指導は厳しい。仕事のせいで鍛錬の時間が限られるのがその大きな理由だと思ったが、ユン先生曰く、身体が出来ていない内なのでちょうど良いとのこと。

 

つまり、この厳しさはデフォルトらしい。父が士官学校時代にしぼられたとか言っていたが、その当時の状況はお察しください。

 

 

「エリッサもだいぶん様になってきましたね」

 

「そうかな?」

 

「ですよね、ユン先生」

 

「まあ、意欲は認めるがの」

 

「だって、エステル」

 

「ユン先生は厳しいですね」

 

 

エリッサの剣も相当上達している。ユン先生曰く、集中力がずば抜けているのだそうだ。将来的には一端の剣士になれるとおっしゃっているが、この人は案外素直ではないので直接そういうことをエリッサには言わない。

 

剣といえば、ユン先生にはリベール王国に孫娘がいるらしく、たまに会いに行って剣を教えているらしい。

 

 

「エステルお嬢様、失礼いたします」

 

「メイユイさん?」

 

「先ほど、軍より問い合わせがありましたがいかがなさいますか?」

 

 

大きくなった我が家は、広い庭園とロータリー、伝統的なリベール王国の様式を汲む屋敷になっていた。空から見ればL字型の屋敷は三階建てで、パステルカラーによって品よく彩色されている。

 

窓や縁には彫刻が施されていて、少し高級感があり過ぎるような気もする。離れには少し大きな建物があり、そこは地下もあるちょっとした研究室がある。

 

こうして我が家は大きくなってしまったので、私とエリッサでは手が回らなくなっていた。そしてお金はまだまだあり、何故かまだ増えようとしているので、メイドや執事を雇うこととなったのだ。

 

ちなみに執事のラファイエットさんはかつて親衛隊に所属していたらしく、軍から紹介された我が家の門番でもある。

 

同じく軍から斡旋された、先の戦争で破壊工作を担当していた第五列出身のメイドまでいて、何気にこの家は物騒だったりする。

 

さて、私を呼びに来たのはそんな超物騒なメイドにして、合法ロリの名を欲しい侭にする黒髪のメイドのメイユイさん(年齢不詳)。東方武術の使い手で私専属の護衛を兼ねているらしい。

 

最初はエリッサが一方的にメイユイさんに噛みついていたが、あれはいったい何だったのだろうか。エリッサの鍛錬が進むにつれ、どんどんとやりとりが過激化していったような…。

 

一生懸命なだめたら、私とメイユイさんのどっちが大切かと聞かれて、エリッサに決まっていると答えたら喜ばれた。わけがわからないよ。

 

 

「どんな問い合わせですか?」

 

「何やら、シェラザード・ハーヴェイと名乗る少女が国境警備隊に保護されたようでして」

 

「シェラさんが!?」

 

「はい。以前にエステルお嬢様がその名を口になさっていましたので」

 

「分かりました。ユン先生、すみませんが出かけさせていただきます」

 

「いいじゃろう。エリッサ、しばし集中講義じゃ」「え~」

 

「エリッサ、行ってきます」

 

「うん、早く帰ってきてね~」

 

「メイユイさん、行きましょうか」

 

「はい、エステルお嬢様」

 

 

そうして、メイユイさんの運転で導力車を使ってカルバード共和国との国境の検問であるヴォルフ砦へと向かう。

 

ZCFで開発されたVIP専用車であるグランシャリオは、大衆車のプレイヤードとは違い、防弾性能、大馬力、高級間のある車内空間と洗練されたデザインを持つ高級車ブランドとして販売されている。

 

まあ、設計などに関わったりしたので試作車両を無料で受け取ってしまったのだが、凝り性のZCFの技師たちの手で異様なほどに改造されており、市販のモノとは中身が別物だと言っていい。

 

舗装された道路ならば時速2000セルジュは出ると太鼓判を押されたが、どう反応すればいいのか分からなかった。青色に塗装された曲線を多用する車体は<記憶>にある高級車のデザインを流用したものだ。

 

王都グランセルを取り巻く長城アーネンベルクを迂回する新道へと入り、見事な古代の城壁を横目に森林地帯を抜けていく。まだ導力車は普及していないものの、道すがら大型トラックなどとすれ違う。

 

しばらく進むとリッター街道に沿う車道へと出て、開発が進むツァイスを経由し、トラット平原を抜けてヴォルフ砦へ。

 

鶏が放し飼いにされている非常にのどかな砦で、カルバード方面の国境の緊張の無さを思わせる。兵員の配置も少ないが、まあ、それでも入国検査はちゃんとやってくれているようだ。

 

 

「こんにちは、お勤めご苦労様です」

 

「これは博士、お待ちしておりました。こちらです」

 

 

衛兵に話を通すと、砦の中に案内される。そうして、奥の小部屋に彼女は座らされていた。疲れたような顔、汚れた肌と服。

 

しかし、その銀髪と褐色の肌、そして内包する艶やかな顔立ちはまさしく彼女、シェラザード・ハーヴェイその人だった。なぜ彼女が、一人でこんな場所にいるのか。

 

 

「シェラさん! いったいどうしたんですか!?」

 

「あ、エステル…。ごめんね、呼び出したりして」

 

「いいえ、それよりも、そこの人、すみませんが温めた濡れタオルと飲み物を用意してください」

 

「はっ」

 

 

兵士さんにそう言付けをする。すると、シェラさんは少し驚いた表情で、その後は少し自嘲する様な笑みを浮かべた。

 

 

「本当に、偉くなったのねエステル」

 

「恥ずかしながら。でも、そんなことよりシェラさんの事です。座長さんやルシオラさんは? ハーヴェイ一座の皆さんはどうしたんですか!?」

 

「座長が…死んじゃってね。それで、一座は解散しちゃったの。ルシオラ姉さん、お姉はやることがあるからってどこかへ行っちゃって…」

 

「そんな、座長さんがどうして…。とにかく、私の家に来ませんか? シェラさん、すごく疲れているように見えます」

 

 

兵士さんが濡れタオルを持ってきて、シェラさんに手渡す。シェラさんはだるそうにそれを受け取って、顔をぬぐった。

 

そして、急に泣き始めてしまった。兵士さんはオロオロしているが、メイユイさんに言って外に出て行ってもらう。私はシェラさんの手を握る。

 

 

「大丈夫ですから。私はシェラさんの味方です」

 

「エステル、私、また、一人になっちゃう…」

 

「大丈夫ですから、きっと、何とかなりますから。だから、少し休みましょう」

 

 

そうして手を握り続けて隣に座っていると、シェラさんは泣きやみ、そして疲れからか、それとも緊張の糸が切れたのか、いつの間にか私にもたれかかって眠ってしまう。

 

この人もたくさんの苦労をしたらしい。おそらくは出生も不幸なもので、そしてようやく落ち着けた場所から放り出されてしまったのだから仕方がないのかもしれない。

 

 

「エステルお嬢様、この方を家にお連れになられるのですか?」

 

「はい、問題がありますか?」

 

「身元が不確かです。お嬢様との縁を利用した工作員に仕立てられている可能性があります」

 

「…気の済むまで好きに調べてください。彼女については王国の入管にも記録が残っているはずです」

 

「分かりました。情報部に連絡させていただきます」

 

 

そうして、彼女を連れて私は家に戻ることにする。シェラさんは車の中でぐっすり寝ていて、起きた時には自分が導力車に乗っていることに驚いて目を白黒させていた。

 

 

「じゃあ、ロレントの街は本当に焼けてしまったのね」

 

「はい、私の家も無くなってしまいました。女王陛下からの報奨金で新しい家を建てましたが」

 

「そっか。聞いてるよ。エステルはこの国を守った英雄なんだって、カルバードでも話題になってた」

 

「そうですか。別にそんな肩書は欲しくなかったんですけどね」

 

「…レナさんのこと?」

 

「たくさんのヒトが不幸になりました」

 

「うん、そっか。本当に嫌だね、家族がいなくなるのは」

 

「そうですね」

 

 

そうして導力車は家のロータリーに入っていく。あまりにも様変わりした家に、シェラさんはまた驚いていた。

 

 

「すごいわね。まるで、貴族の屋敷みたい」

 

「お父さんと話し合って、どうするか迷ったんです。元の家を再建するか、それとも別の家を建てるか。お母さんはいなくなってしまったけれど、あの家には愛着がありましたから。でも、なんというか、悲しくなってしまいますので」

 

「そっか」

 

「ああ、それと、紹介しなきゃいけない人たちがいるんです」

 

 

こうして我が家に新しい同居人が増えることになる。それは少しの短い間だけれど、シェラさんとの付き合いはその後も長いものになった。

 

 

 

 

シェラさんが我が家に居候を始めてからおよそ一月が立とうとしていた。一時的にエリッサと微妙な距離を置いていたが、今はすごい仲良しだ。

 

そして、酷く痩せていた彼女の体も、今ではようやく女性らしい丸みを帯びてきて、肌や髪も健康そうな状態になってきた。そうして段々と笑顔を見せるようになってきている。

 

それでも時折不安そうな表情をする。聞けば何もしていない、何もできないことが不安なのだという。私はじっくりと考えていけばいいと言ったが、どうやら頻繁に父に色々と相談しているらしい。

 

まあ、年下の私には流石に相談できないから仕方がないだろう。そんなある日、彼女は私たちに衝撃的な宣言をした。

 

 

「私、遊撃士(ブレイサー)になるわ」

 

「え、シェラさん? 踊り子はやめるんですか?」

 

 

堂々と彼女は言い放つ。そこには強い意志があって、簡単にはブレそうにはなかった。それにどこか、必死さすら感じる雰囲気だった。

 

私は少しだけ気圧されながら問う。彼女は踊り子で、旅芸人として誇り高く踊っていたはずだ。それを捨ててしまうのだろうか。

 

 

「一座は解散してしまったわ。ルシオラ姉さんのことは待っているつもりだけれど、それでも私は自分の力で生きていく力が欲しいの。いつまでも、カシウスさんやあんたに世話になるわけにはいかないもの」

 

「私は気にしませんが」

 

「それでも、ダメなのよ。人に頼ってばかりいたら、何かあった時、また何もできなくなっちゃうでしょ。それに、エステルにもカシウスさんにもお礼をしたいもの」

 

「そうですか。ところで、どうして遊撃士(ブレイサー)なんです?」

 

「カシウスさんに相談したのよ。遊撃士の資格があればどこでも立派に生きていける。私は、生きる力が欲しいの」

 

「なるほど、そうですか」

 

 

きっと、何度も一人になってしまった経験を持つ彼女は生存本能として生き残れる道を探っているのだろう。

 

一人で生きられる。恥じることのない立派な人間として生きる。そうした彼女の強い意志を感じる。私はそれに賛同することにした。

 

一人というのは引っかかるけれど、立派に生きたいという彼女の意思は尊重されるべきだ。

 

 

「でも、時々は踊りを見せてくださいね。私、シェラさんの踊り好きですから」

 

「ん、うん。まあ、気が向いたらね」

 

「ああ、あと、自分で稼げるようになるからって、お酒を飲み過ぎないように」

 

「な、なんでそんな事言われなくちゃいけないのよ!?」

 

「あ、はい。以前、ルシオラさんからそういう話を聞きまして。お酒は百薬の長とも言われますが、呑み過ぎは良くないですよ」

 

「うーっ」

 

 

そうしてシェラさんは父に弟子入りすることになる。私は彼女の人生が実りあるものになるようにと、静かに女神さまに祈った。

 

 

 




なんだか元のプロットよりもエステルの重要人物度が高まって戸惑い気味。

第8話でした。

さて、これからどんな飛行機を出しましょうか。予定はある程度決まっているんですが、そこまでこだわってはいません。Tu-95ベアは必ず出しますがね。E-2ホークアイも出そうかと思います。

ジェット機に関しては第1世代を飛び越えて、第2~第3世代機から制作することになりそうです。原作までの時間から登場するのは第4世代機まででしょうか。

1980年代までに登場した航空機ということになりそうです。

SR-71に関してはスピードレコードを狙うなら作るかもしれませんが、コスパ最悪ですし、領空侵犯することを前提とした偵察機よりも人工衛星の方が外交的にも問題が少なそうです。

まあ、X-プレーン扱いで登場させるかもしれません。X-プレーンで前進翼とかエンテカナードとか全翼機とか可変翼機とかも出してみたいですね。

前世Xが研究していたという設定のパルスデトネーションエンジンとかも登場させてみようかしらん。



今回は七耀石の種類についてです。七耀石は7種類存在し、作中における7つの属性を司っています。その種類については下記の通り。

琥耀石(アンバール) 属性「地」色調は琥珀色
蒼耀石(サフィール) 属性「水」色調は青
紅耀石(カーネリア) 属性「火」色調は赤
翠耀石(エスメラス) 属性「風」色調は緑
金耀石(ゴルディア) 属性「空」色調は金色
黒耀石(オプシディア)属性「時」色調は黒
銀耀石(アルジェム) 属性「幻」色調は銀色
※ 黒耀石のオプシディアはネット上での推測です。

このように7種類に分かれるわけですが、属性同様に性質もまた異なるわけです。また、「空」「時」「幻」は上位三属性と呼ばれ、これらの力が働くのは余程特殊な状況といえることが原作では描写されます。

まあ、ゲームの属性である以上、厳密な考察は難しいのですが、簡単な考察を無理やり行ってみましょう。

「地」の属性における導力魔法は、岩の塊を投げつけたり、地震を起こしたり、相手を石化させたり、あるいは防御膜を張って守備力を上昇させたりします。

まさに「地」属性ですが、考察するなら分子・原子間の結合力の制御といったところでしょうか。

分子間における結合に無理な歪みを作り大規模な地震を起こすだとか、相手の身体の分子構造に干渉して石化させてしまうだとか、空気分子同士を結合させてバリアのようなものを張るだとか、あるいは鎧の金属結合や共有結合を強化して丈夫にするだとかいろいろ考えられます。

「水」に関しては少し考察しにくいです。導力魔法としては、高水圧の水をぶつける、低温を作り出して氷をぶつける、そして回復です。

回復とか。まあ、癒しの水の属性としてゲーム的にはすごく問題ないんですけどね。でも、傷の縫合とかどちらかといえば「地」に近いような…。

現象としては液体…流体、分子の運動の制御でしょうか。

マクスウェルの悪魔を想像させる能力ということで、動きの速い分子と遅い分子を選り分けることで、低温を生み出して水を凝集させたり、高水圧を生み出したり、極低温を生み出したりできそうです。

回復については、止血や内出血の治療などが考えられます。脳内にできた血腫の排除や、血流の制御などによって応急処置を行うといった感じで外傷を治療するみたいな。

体液を制御することで治療を行う的な。骨折の治療とかは分かりません。骨芽細胞でも運ぶんでしょうか? 細胞の活性化とか可能かもしれません。

「火」の属性における導力魔法としては、火の玉ぶつけたりだとか分かりやすいものが多いです。ですが、攻撃力を上昇させるなどの効果を持つ『フォルテ』が厄介な導力魔法と言えるでしょう。

火は生命の象徴とか形而上的な事言われても…。

火の属性はやはりエネルギーでしょう。分子にエネルギーを供給して爆発的に活性化させ、熱分子運動を高速化させる。だいたいはこんな感じだと思います。

エネルギーの供給は細胞に対しても行われ、ミトコンドリアとかミオシンが活性化、パワー増幅的な。

「風」もまた厄介な性質と言えるかもしれません。導力魔法としては突風を起こしたり、電撃を生み出したり。零の軌跡では催眠とか訳の分からない魔法が登場します。

風で催眠? そよ風で眠りに誘うのか? まったく、わけがわからないよ。

風の属性は流体制御に見えます。だけどそれじゃあ「水」と変わらない。まあ、似てる部分はありますが。この場合は簡単に気体やプラズマの流体制御と言えるでしょう。

あるいは『圧』の制御でしょうか? 空気圧や電圧の制御と言えるかもしれません。急激な圧力の差を生み出すことで突風や電撃を生み出すとか。催眠? さあ?

「空」の導力魔法は強力な重力を生み出して相手を圧縮するといったものが多いようです。光を用いて攻撃すると言った導力魔法も存在するようですね。バリアも存在するようです。

一番科学的で分かりやすい属性と言えるかもしれません。空間の歪みの制御。この一点に絞られるでしょう。

空間を歪ませて潮汐力を生み出す。あるいは重力レンズなどを利用して光を集めるといった事でしょうか。

粒子加速器を再現しての荷電粒子砲やレーザーなども再現できそうです。空間を歪ませるならバリアだって作れそうです。反重力発生機関もこの属性を利用したモノでしょうか。

「時」の導力魔法は加速・減速といった補助魔法が便利ですが、アンチセプトといった相手の魔法を封じるといった現象、次元の裂け目を作ったり、あるいは即死効果のある攻撃魔法。

どことなく、悪魔的な性質を漂わせる魔法が多かったりと最も謎が多い属性かもしれません。

時というからには原則的には時間の制御がこの属性の本質と言えるでしょう。

導力機構への超加速により回路をショートさせるというのも可能かもしれません。攻撃魔法は、細胞の急速な老化による壊死を促すといった応用が可能かもしれませんが、悪魔的な部分はいまいちです。

あるいは次元を超える性質を秘めているのかもしれません。碧の軌跡では悪魔召喚がなされており、もしかしたら別次元の悪魔的な存在を呼び出すのかもしれません。

このあたりはもしかしたら「空」の属性と表裏一体の性質なのかもしれません。空間と時間は不可分ですし、重力子は膜宇宙を越えて作用しますから。

「幻」の導力魔法は混乱を生み出したり、総合的な身体能力を上昇させたりといった導力魔法がメインになります。

また不良神父によれば識を司るとのことで、暗示などを解除するといった描写が原作に見られます。非常にわかりやすい属性だと思われます。

幻は認識に干渉する属性。神経系や知覚、精神や深層心理、あるいは上位三属性と言うからには形而上的に魂や観測に干渉すると言えるかもしれません。

原作では因果律への干渉が可能らしいですが、そのあたりも観測に関わるのかもしれません。シュレディンガーの箱の中の猫の生死を観測への干渉によって操作する、量子論の分野に発展しますね。


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009

「ユン先生、ドラゴンって実在するんですね」

 

「みたいじゃの。眠っておるみたいじゃが」

 

「ドラゴンってどんな生き物なんですか?」

 

「人語を解する知能を持ち、水の中に住み、雷雲や嵐を呼び、竜巻となって天を自在に飛翔する。おい、エステル、なんじゃその目は?」

 

「ユン先生、ドラゴンってどれだけ強いんですかね?」

 

「む、エステルよ。その目はなんじゃ? そのキッラキラした目はなんじゃ!?」

 

「わたし、気になります!」

 

「何を嬉々として岩を持ち上げて…、投げるでないぞ、投げるでないぞ…、絶対に投げるでないぞ!」

 

「ふはっ! 法律は無視するモノ。押したらダメと言うボタンは押すモノ。ルール上等、私は自由だ。悪いことしたい年頃なんです!! 今お前は私に絶対に岩を投げるなと言ったなぁぁぁぁ!!」

 

「やめんかぁぁぁぁ!!」

 

 

七耀歴1195年春。私はユン先生に連れられてリベール各地の秘境へと足を延ばしていた。研究はちょっとお休み。休暇を取って、エリッサをなだめて、私はユン先生と気ままな二人旅。

 

先生曰く、実力がついてきたので、「魔獣相手に実戦じゃ!」とのこと。色々な場所を楽しくピクニック。

 

クローネ連峰を徒歩で踏破した。トレッキングですね分かります。

 

カルデア隧道の分岐点にある鍾乳洞を探検した。この世界のペンギンは洞窟にすんでいるみたいです。

 

そして、霧降り峡谷の奥地で伝説を見た。竜ってただの羽の生えたでっかいトカゲじゃなかったんですね、大発見です。

 

これは私のちょっとした冒険の日々の記録である。

 

 

 

 

「エステル、お主には型、技、わしが教えられることはほぼ習得したと言ってよいじゃろう」

 

「はい」

 

 

早春のある日の朝の鍛錬、ユン先生がそんなことを言いました。ユン先生に師事して2年ほどが経過して、まあ、確かに実力はついたと思いますが、でもユン先生には全然かないません。

 

だいたい、まだ一太刀も入れたことないですし。最近は一対多やアーツや銃への対処法なども教えてもらっていますが。

 

ロレントやツァイスの周辺の魔獣を相手にした鍛錬もさせられている。

 

最初は生き物、特に哺乳類を殺すということに強い忌避感を抱いたものの、それでも戦わないといけない時がある、襲ってくるのは人間かも知れないということでなんとか克服した。

 

 

「そこでじゃ、実戦としてお主により強い魔獣と戦ってもらおうと思っておる」

 

「なるほど、分かりました」

 

「うむ、そして、秋に王都で行われるという武術大会に参加してもらう」

 

「武術大会…、あの、年齢制限とか大丈夫なんでしょうか?」

 

 

今年の武術大会は10月の女王誕生祭に合わせて行われる。これはラジオ放送開局のタイミングと合わせたものなのだが、私はまだ8歳だ。

 

まあ、8月に誕生日を迎えるので大会が行われるときは9歳にはなっているだろうが、8歳も9歳もあんまり変わらないと思うのだけれど。私は一瞬、とうとうこの爺さんボケたのだろうかと、ふと不謹慎なことを思ってしまった。

 

詳しいことは調べてみないと分からないが、武術大会は普通15歳以上とかそういう制限がつきそうなもので、私が出場できるとは思えない。それとも子供の部にでも出場しろと?

 

 

「その辺りは、お主がなんとかせい」

 

「うわ、丸投げしやがりましたね。軍のお墨付きがあれば押し通せるかも…、いや、無理かなぁ」

 

「とにかく、お主にはその武術大会で優勝してもらう」

 

「出場すら危ういのに優勝とか相変わらず思考がぶっとんでますね、ユン先生」

 

「褒めるでない。というわけじゃから、お主には少し修行のため山籠もりを行ってもらうのじゃが、仕事の方は大丈夫か?」

 

「いつ、どれぐらいの期間を予定されているんですか?」

 

「4月から6月までの2カ月ほどじゃな」

 

「了解です。予定を空けるように各方面に通達しておきます」

 

 

そうして、私は山籠もりのために研究などの取りまとめに追われることになる。まあ、山籠もりというのも強くなるための定番と<知識>にもある。

 

世界は違えど世の達人は皆、きっと厳しい大自然の中に身を置いて鍛錬を積むのだろう。カラテマスターが隻眼のクマーとかを素手で倒したりするのである。

 

 

 

 

「超伝導フライホイール、外縁回転速度が光速の1%に到達しました」

 

「これより導力の抽出を開始します。すごい…、なんという導力圧だ…。導力圧、規定値に推移しています。誤差±0.35%」

 

「導力をエンジンに入力します。エンジン起動。出力上昇します…。60%…、10,000ehpを突破。まだ上がります」

 

「15,000ehpに到達。エンジン急速に温度上昇!」

 

「止めろ! 導力供給を切れ!」

 

「エンジン出力低下。停止します」

 

 

ZCFの地下実験場において、新型のエンジンと超伝導フライホイールの接続実験を行っている。

 

超伝導フライホイールは単純化すれば、磁石のコマを超伝導物質の上でマイスナー効果によって浮かせて、真空中で超高速回転を行わせることでエネルギーを物理的に蓄積させるというものだ。

 

理論上はどれだけエネルギーを蓄積しても円盤の回転は光の速度を超えることができないので、無限大のエネルギーをため込むことが出来る。

 

本当はある程度の回転速度を超えるとコマが遠心力で引き裂かれるし、安定性とか機械的にも問題が発生するのだけど。まあ、その辺りは数で対応する。

 

今回導入したこの機構を利用することで、エンジン出力は莫大なものに変身する。この機構では取り出せる時間当たりのエネルギー量も理論上は自由に調整できるからだ。

 

それはちょうど、ターボプロップエンジンに比肩する出力を得ることが可能だろう。

 

 

「まあ、あとはエンジンの微調整ぐらいですか」

 

「そうですなエステル博士。これでアルバトロス計画は大きく前進しますな」

 

「現状では過剰な戦力になりそうですが」

 

「技術の研鑽を怠ってはならないというのは博士の言葉でしょう」

 

「ええ。それにこれはアルバトロス計画だけではなく、例のアーネンベルク計画、アルセイユ計画にも関わってきます」

 

「今更飛行船ですか?」

 

「プラットホームとしては優秀です。火力と装甲はやはり飛行船に利がありますから」

 

「しかし、アルセイユには困りますな。親衛隊の玩具でしょうに」

 

「陛下の座乗艦になる予定です。いざとなれば、かの艦が我が国の中枢となるでしょう」

 

「しかしアーネンベルク級さえ完成すればアルセイユなど…」

 

「威圧が過ぎると陛下のイメージを壊します。国民を思い平和を望む慈悲深い女王陛下の優美な座乗艦というのも、リベールの力を示すうえでは重要なはずです」

 

 

大型軍用高速飛行船建造計画。長時間飛行し、高い防御力を併せ持つ飛行船は核の運用におけるプラットホームとしての選択肢になりえた。

 

その莫大な搭載量は対空火器の充実をも可能とし、将来起こり得る相互確証破壊における重大なロスを生み出す要因になりえる。そう思わせるだけで十分すぎる抑止力になるだろうことは予測できる。

 

 

「そういえば、潜水艇の試験も順調のようですな」

 

「ああ、空軍の貴方も知っていましたか」

 

「海軍は大喜びですよ。戦役では活躍のほとんどを飛行機に奪われましたからな」

 

 

軍用飛行船の外殻をそのまま流用した潜水艇の試験航海は無事に成功を収めた。

 

もともと酸素を要することなく動き、しかも半永久的にエネルギーを自給できる導力エンジンというシステムは飛行機よりもむしろ潜水艦にこそ向いていた。

 

その気になれば原子力よりも長く水中で活動できるのだが、まあ、乗員のストレスの限界があり、一度も空を見ずに三か月以上の任務続行は難しいと言えるだろう。

 

プライベートの無い狭い艦内で暗い深海の中で長期間過ごすというのはきっと想像を絶する任務なのだろう。とはいえ、潜水艦は未来の主力艦艇となり得る存在である。

 

将来的には涙滴型船体、潜水艦発射弾道ミサイルの搭載を目指す。原子力潜水艦よりは敷居が低く、静粛性にも優れた潜水艦を作ることが出来そうだ。

 

しかし、潜水艦に関するノウハウなど<知識>には無いので少々設計に苦労した。まあ、未来の潜水艦の姿が分かっているだけに、超伝導フライホイールよりもはるかに楽な仕事だったが。

 

あと、ラッセル博士がしゃしゃり出てきて大変な事になりかけた。深海調査したいとか言いだして、まあ私も興味あるというか、すごく気になりますが。

 

いいですね。深海探査。未知の深海の世界。この世界、海の底に妙な生き物がいそうで楽しそう。超でっかいイカとかタコとか貝とか。

 

 

「こほん、まあ海軍はヴァレリア湖に砲艦を浮かべてもよさそうですがね」

 

「爆撃機の的では?」

 

「大火力の火砲の投射能力が魅力です。狭い我が国の中心を占めるヴァレリア湖に砲艦を浮かべれば、その圧倒的な火砲支援を国内のどこにでも行使することが可能になります。まあ、私の仕事じゃないですがね」

 

 

そうしていくつかの仕事をまとめてしまう。ロケットもそれなりに上手くいっていて、今度は液体ロケットエンジンのテストが行われる予定だ。

 

『エイドス計画』。この世界初の宇宙開発計画の通称だ。最初は固体燃料ロケットを用いるが、まあこれは弾道ミサイルを作る上でも重要な技術だ。

 

深海探査艇も深海に存在する資源を調査するうえでも重要だろう。

 

熱水噴出孔や海底鉱床などはリベール王国に不足しがちな銅や鉄といった資源の主要な供給源になるだろうし、質の良い噴出孔ならばレアメタルの回収も可能かもしれない。

 

 

「さて、次はラジオの開局についての会議でしたね」

 

 

そうして、数か月の間私は忙しなく動き回った。

 

 

 

 

 

 

「エステルぅ、私、おかしくなっちゃうよぉ」

 

「ダ、ダメですよエリッサ」

 

「だってエステル、私、我慢できないよぉ」

 

 

エリッサが潤んだ上目づかいで私を見つめる。その表情と息遣いは8歳の子供のものとは思えないほどの艶めかしさで、幼い青い果実の妖艶さを醸し出していた。

 

そんな彼女が私に息がかかるぐらいの近さにまで近づいて、懇願するように甘い声を出した。

 

 

「前に納得してくれたじゃないですか。二か月ですよ二か月」

 

「そんなに長い間、エステルと離れて暮らすなんて耐えられない! ユン先生、なんとかなりませんか!? 私、もうライノサイダーだって一撃で倒せますよ!」

 

「うむ、そうじゃのう。今回の修行は危険が伴う。今のお主にはちと難しいの」

 

「酷いっ、ユン先生まで私とエステルの仲を引き裂こうと!」

 

「まるで悲劇のヒロインですねエリッサ。というか、我慢してください」

 

 

ユン先生との山籠もり修行に対して、エリッサが最後の抵抗をしている。私に縋り付き、ユン先生に私も連れて行けと言って聞かないのだ。

 

ちなみにライノサイダーはミストヴァルトの森林地帯に住むサイによく似た、鎧のような皮膚で身を守る気性の荒い動物だ。

 

 

「お願いエステル、私を一人にしないで…」

 

「メイユイさんやシェラさんだっていますし、ティオの家に遊びに行けばいいじゃないですか…。っていうか、2カ月で帰ってきますから」

 

「ダメよ、私、3日とエステルと離れたら気がおかしくなっちゃう」

 

「聞き分けのない子ですねぇ。というか、エリッサ、なんだかセリフがアダルトです。教育的指導です」

 

「一緒にいてくれたら、エステルがしてほしい事、私なんでもするよ…」

 

「は、離しなさい、この卑しい雌犬がっ」

 

 

エリッサのいかがわしいセリフ。まるで娼婦のような甘い声色にちょっと恐怖を感じで、私はエリッサを少し遠ざけるように押し返す。

 

というか、最近、私のエリッサに対する対応が少し雑になり始めているような気がする。なんというか、エリッサの好きにさせておくと、だんだん行動がエスカレートしていくのだ。

 

 

「わんわん、くぅん」

 

「くっ、そんな目で見ても、そんな目、で見ても、だ、ダメなんです!」

 

 

しかし、ぞんざいに扱ってもエリッサは諦めない。むしろ、雌犬という言葉に反応して可愛らしい犬の真似をして対抗してきた。

 

とろけるような甘い声で犬の鳴き声を真似して私を上目づかいで見つめる。なんというか全てを許可してしまいそうになるが、ダメだ、いけない。

 

 

「どうしてもダメ?」

 

「お願いですから困らせないでください。埋め合わせはちゃんとしますから」

 

「じゃあ、めいっぱいエステリウムを補給していい?」

 

「エステリウムとはなんぞや?」

 

 

説明しよう。エステリウムとはエステル・ブライトと密着することで抽出・精製できる特殊な元素のことである。

 

エステル・ブライトを愛する者はこの希少元素エステリウムが不足すると発作を起こし、最悪の場合は死を迎えるのだ!!

 

 

「なんですか今のテロップは…」

 

「いいよね?」

 

「まあ、いいでしょう」

 

「わぁい♪」

 

 

エリッサが抱き付いてくる。可愛いものである。私はエリッサの頭を撫でながら思う。親を亡くしたこと、とても怖い思いをしたこと、そういった色々な出来事の末の代償行為としての依存。

 

それは哀れでもあるが、同時に庇護欲をかきたてる。まだ8歳だ。今はまだこれでいいのだろう。

 

 

「はぁはぁ、いい匂いだなぁ」

 

「エ、エリッサ?」

 

 

なんだか頭を撫でているエリッサの息が荒くなっている。私が思わず彼女の顔を覗き込むと、頬は紅潮し、目は潤んでいて、なんだかすごくエッチな雰囲気になっていた。

 

これはまずい。何がどういう訳か分からないけどまずい。具体的に言うと貞操の危機が迫っているような気がしてならない。

 

 

「エステルっ!」

 

「な、なんですかエリッサっ?」

 

「キスしよっ」

 

「ふぁ?」

 

 

エリッサが私の頬にすりすりと頬を重ねてくる。近いというか接している。エリッサの腕は私の体をしっかりと掴み、目はもはや狂気すら宿っている。

 

あかん、これあかん。私は助けを求めて視線を迷わせるが、ユン先生は既にどこにもいなかった。

 

 

「ちょっ、やめっ、やめやめやめなさいエリッサ。ダメダメダメダメ、お嫁に行くまでは清らかな体でいたいのぉっ」

 

「ふへへへ、よいではないかーよいではないかー」

 

「ぎゃーー!!」

 

「ぷげら!?」

 

 

えぐるようなレバーブロウ。今までで最高の一撃を打てたような気がします。なんとかファーストキスは死守しました。

 

危なかった。後一瞬遅れていたら、完全にもっていかれていました。何が持っていかれるかはよく分かりませんが、乙女的なものだと思います。

 

 

「ひ、ひどいよエステル」

 

「はぁ、はぁ、やり過ぎですこの淫乱幼女。公序良俗を守ってください」

 

「そんな言葉は私の辞書には無い。ねぇ、エステル。お願いだからぁ…」

 

 

目をウルウルさせてエリッサが懇願する。私はそんな彼女を見てため息。少し依存が強すぎるかなと思いつつも、なんとなく甘やかしてしまう。

 

甘やかされて当然の年頃で、しかし基本的な倫理観はユン先生といっしょに教えている。でも、こういう要求に対してはなんとなく甘くなってしまうのだ。

 

 

「おでこでいいですか?」

 

「…わかった、それで我慢するね」

 

 

そうして私はエリッサのおでこに軽く口づけをした。

 

 

 

 

「ここがクローネ連峰ですか。険しい山ですね」

 

「まあ、手始めには良いじゃろう」

 

 

良い天気。快晴で空はどこまでも青く、しかし山道は険しい。激しい高低差。百アージュを超える断崖絶壁。不安定そうな吊り橋。

 

しかし険しい山々は同時に自然の美しさを兼ね備えており、ゴツゴツとした岩肌もなんとなく珍しい。私たちは今、クローネ山道を上って、ボースとルーアンの間にある関所を目指していた。

 

 

「でも倒したら爆発するとか、どういう生態なんでしょう?」

 

「注意せよ、そういった魔物は多々存在する」

 

 

ボイルデッガーという生き物。堅い殻を持ちながら、中身は柔らかな軟体生物であり、厄介な事に魔法を使う生き物でもある。

 

クローネ連峰の付近に生息していて、炎の魔法を使う奴と風の魔法を使う奴がいる。放ってくる魔法は強力で、油断したら大怪我を負うし、倒したら倒したで自爆するので性質が悪い。

 

 

「弐の型《疾風》に関しては、後は経験を積み重ねるのみじゃろう。次からは導力魔法(アーツ)を使った戦闘を心がけるが良い」

 

「はい」

 

 

山を駆け上がる。少し山道をずれて、山の尾根をトレッキング。空を飛ぶ大きなサソリの尻尾の毒は神経毒としての効果があるらしい。

 

まあ、刺されなければどうということはない。そうして山奥に行くと、ユン先生が谷の合間を指さした。そこには二本足の、強そうな恐竜のような大きな爬虫類が8匹ほど群れていた。

 

 

「あれを倒して見よ」

 

「はい、先生」

 

 

私は断崖の足場をトントンとステップで降りて行って、彼らの群れの中心に降り立つ。突然現れた私に彼らは驚くが、すぐに獰猛な咆哮をあげて私を威嚇してきた。

 

まあ、すぐに先制攻撃という選択肢を取る生物なんていないか、と思いつつ、私は群れの中を一息で駆け抜けてすれ違いざまに抜刀。

 

 

「グエェェェェ!?」

 

 

まずは一匹。首から上を失ったそいつは血を吹きだしてドスンと重そうな音をたてて大地に倒れる。仲間を殺された彼らは怒り狂い、叫びをあげる。身体に響くその重低音がむしろ心地いい。

 

私は少しだけ笑みを浮かべて再び駆け出した。

 

刃のような鋭い牙を持つ顎が私の肉を食いちぎろうと迫る。私はそのままそいつの頬肉ごとその頭蓋骨を切断する。赤黒い血と脳漿が飛び散るのを横目に私は走り続ける。

 

次に迫るのは横合いからの体当たりだ。前傾姿勢で頭を突き出してチャージをかけてくる。私はそれを横にジャンプして避けて、そのまま足を切り裂いた。浅い。

 

そういえば、ユン先生から導力魔法を活用するように言われていたっけ。私は戦術オーブメントを片手で握りしめて、それを駆動させる。

 

魔法が発動する前に私を挟み撃ちにしようと二匹のトカゲが左右から襲い掛かってきた。噛みつかれる瞬間にバックステップでこれを回避。しっぽが頬を掠めた。血が滲む。これは失敗。

 

 

「戦場を俯瞰せよ」

 

「はい、ユン先生」

 

 

自分を中心に世界を上空から見下ろすように彼我の位置を把握する。同時に敵の視線や脅威となる部位、それらが物理的にどう動きえるのかを洞察し、解析し、統合する。

 

数秒未来の世界を予測し、数分未来の手を俯瞰し、同時に臨機応変に状況に対処し続ける。動き続けて彼らを一か所に誘導する。踊る。踊る。そして、

 

 

「いけ」

 

 

戦術オーブメントの駆動が完了し、導力魔法の構成が完成する。残った6匹の内の5匹はちょうど良い場所に固まっていて、発動された導力魔法の範囲は彼らをその攻撃範囲に収めてしまう。

 

ホワイトゲヘナ。『時』の属性を持つ攻撃のための導力魔法。白い光が彼らの周囲で瞬く。時空が乱れ、亀裂が入り、空間がガラスのようにひび割れ、それらの破片が砕け散るがごとく時空がかき乱される。

 

強烈な時空間の歪みが衝撃となってトカゲたちに襲い掛かる。私も一度喰らわされたことがあるが、これは辛い。尋常じゃない吐き気と頭痛が遅いかかり、気絶しそうになるのだ。

 

五匹のトカゲがふらつく。一応は立っているが、導力魔法の直撃はかなりの痛手だったようだ。残りの一匹は右足を骨が見えるまで切断しており、動きが鈍っている。

 

逃げ出そうとしているが、窮鼠猫を噛むという言葉もあるので一応は注意しておく。とはいえ、なんというか彼らの動きは見切ってしまった。

 

 

「飽きましたね。この辺りにしておきましょう」

 

 

私は剣をゆらりと揺らして、そして足に氣を集中させる。必要なのは特殊な歩法。あらゆる角度から敵の急所を狙う重心移動と剣を振るうために最適な身体操作。

 

それらを統合することで、この剣技は成立する。私は足の力を開放して、トカゲたちの群れに飛び込んだ。

 

風が木々や枝葉の間をすり抜けるように、最短距離の、最大効率で駆け抜ける。一見して不安定な歩法、不安定な重心。

 

それでも剣を振るう速度は変わらずに、剣に乗る力も変わらない。電光石火の移動術で、群れの中を蹂躙し、彼らの喉笛、急所を迷わず切断する。

 

 

「八葉一刀流・弐の型《疾風》」

 

 

二足歩行のトカゲたちの喉笛から血が噴き出る。それはまるで血の噴水。そうしてドミノ倒しのように彼らはドスリドスリと重い音をたてて大地に沈む。

 

剣の速度は悪くなかった。ただし歩法に少し改善点があり。あと、コース取りに少しばかり問題があった。今考えれば、もっと効率的な軌道があった。

 

 

「まだまだじゃな。遅い。それでは達人には通じんぞ」

 

「はい、すみませんでしたユン先生」

 

「良い、お主も分かっているようじゃ」

 

「それで、これはいかがしますか?」

 

「どうせ生きては行けまい」

 

「分かりました」

 

 

最後の一匹が残っている。既に逃げ出そうとしているが、足を引きずり上手く動けない。肉食で頭部の大きな二足歩行の彼らにとって、足の怪我は通常の動物以上に致命的だろう。

 

もはや自然界では生きてはいけない。そして、治癒するのは偽善も過ぎる。一方的に襲って、一方的に助けるなど勝手が過ぎる。

 

 

「いきなりすみませんでした。来世は安らかに生きてください」

 

 

介錯は一撃。これ以上苦しまないように、真っ二つに切断した。最後の一撃は、せつない。

 

 

 

 

「ところで、先ほどのトカゲはどういう生き物なんですか?」

 

「確か、太古の大型爬虫類の生き残りと言われていたと思うが」

 

「生きた化石ですか。希少種だったんでしょうかね」

 

「いや、辺境の奥地にはそれなりに生息していると聞いておる」

 

 

こうして泊まりこみによるクローネ連峰トレッキングツアーは終わりを見せた。そろそろ補給が必要なので、私たちはボースへと戻ることにする。

 

クローネ山道に戻り、西ボース街道へと入る。険しい岩肌から一転して、木々が生い茂る森の中の道。この辺りは開発が進んでいなくて、高速道路も伸びてないので緑が豊かだ。

 

 

「ふむ」

 

「なんですかね」

 

「十中八九お主の客じゃろう」

 

「先生が相手してくれるんですか?」

 

「まさか、挨拶はお主がせい。わしは収拾がつかんようになったら動いてやる」

 

 

森の木々の間から向けられる視線を感じる。ユン先生の剣気とも違う、肉食動物が発する殺気とも違う、草食動物が放つ警戒とも違った。

 

もっとねっとりとして、作為的で、的確な表現ならばこれはきっと悪意だろう。そうして私たちが立ち止ると、その質が少し慌てたものに変わる。

 

 

「どこまで気配を感じ切れる?」

 

「私に対しては害意を、先生に対しては殺気を。数は53」

 

「うむ、よいじゃろう」

 

 

なんというか、Xのいた世界のアクション漫画みたいな会話だが、感じることが出来てしまうだけ性質が悪い。

 

先生によれば子供のころから氣に対して馴染み続けたことで、周囲の自然や人間の発する気配に敏感になっているとのことらしい。赤ん坊のころから氣とか練っているから、その副作用みたいなものだろう。

 

向こうの少し高くなった場所から特に強烈な殺気を感じる。それは私に向けられたものではなく、ユン先生に向けられたものだろう。

 

結論から言えば、先生を殺し、そして私を確保しようという意図だろう。つまり誘拐犯。悪人。しかし、こういったリアルな対人戦を経験することになるとは思いもよらなかった。

 

そして、殺意がピークに達する。ユン先生が太刀に手をかけ、そして目視できない程の速度でそれを振り抜いた。そしてすぐさま納刀。美しい抜刀術。

 

それはあまりにも完璧で、遠くから放たれた音速を超えるごく小さな飛翔体の軌道をそらして、他の見物人の額へと導くほどに完璧だった。

 

銃よりも強い剣とか。もうこの世界における<知識>、特に常識についてはかなぐり捨てる可能性がある。

 

剣しかもっていない二人だけの私達、そして銃火器で武装している多数の敵。でも何故かユン先生が負けるなんていうヴィジョンは一切見えない。

 

 

「お見事です」

 

「ふむ、エステル、あやつを斬れるか?」

 

「はぁ、やってみますけど。ここからですか?」

 

「うむ、斬れ」

 

 

仲間が良く分からない理由で倒れたせいで、その周囲の見物人たちの動揺が激しくなる。私は静かに呼吸を整えて剣に手をやった。そして、一息で抜刀する。

 

ユン先生のように一瞬で納刀までやってのけるほどには上達していないが、手応えはあった。300アージュほど先の高台から血を流して落下する人影を見る。

 

飛ぶ斬撃。<知識>では創作の中でしか登場しない、よく分からない原理の技。とはいえロマンがつまっていて、それが存在すると知った時はユン先生に教えを必死に請うたのを覚えている。

 

『洸破斬』という技で、神速の抜刀から生じる衝撃波をぶつけるとかいう訳の分からない技だ。氣という要素がこれを可能とする。

 

 

「うむ、良いじゃろう」

 

「はい」

 

 

初めて人を斬った。あまり感慨は無い。とはいえ、人殺しを行う時の受ける衝撃は距離によって異なる。これほどの距離ならば銃で撃ったのと同じ程度のショックだろう。

 

なんとなく、あっけなかったという感想が残る。魔獣を多く斬り殺したから、そのせいで殺生に対する感覚が鈍くなったのかもしれない。

 

 

「くそったれ、こんな話聞いてないぞ!」

 

「黙れ、数はこちらが圧倒的だ。かの《剣仙》とて、この数には対応できまい。我らシラー猟兵団の勇猛を示せ!」

 

 

そうして次々と木々の合間から完全武装した男たちが現れた。

 

着込んでいるのは耐刃・耐弾・耐熱性の高い合成皮革で作られたボディーアーマーと目出しの兜。武器はアサルトライフルや大剣を装備している。アサルトライフルはいいが、大剣は使い勝手としてはどうなのだろうと思いつつ、私は剣を構えた。

 

 

「では、好きにやるがいい」

 

「先生は手伝ってくれないんですね」

 

「何事も経験じゃ」

 

「…殺します」

 

「…いいじゃろう」

 

 

私は溜息をつく。対人戦。先ほどの長距離ではなく、白兵戦。初めて刃に人間に対する明確な害意を乗せて振るう。

 

それは私が目指す道を考えれば踏破しなければならない通過点だ。ここで逃げても意味は無く、ただ覚悟を決めるのみ。

 

剣に集中しろ。私が私の意思で私の手で人間を殺す。無力化ではなく、自らの意志で殺人を行う。

 

 

「いきます。麒麟功」

 

「なっ!? エステル・ブライト自らだと!?」

 

 

相手は驚く。だが容赦はしない。先に戦った魔獣を相手にしていた時のような余裕もない。心臓がうるさい。無視する。恐怖が湧く。無視する。感情を殺せ。動じるな。全ては終わってから考えろ。

 

なに、人を斬る感慨なんて、斬れば分かる。私は一気に加速を開始した。

 

 

「遅い」

 

「お前っ!?」

 

 

相手はいまさら銃を構えようとする。遅い。私はそのまま銃ごと相手の利き腕を刎ね飛ばし、そのままその場で踵を返すように足を斬る。

 

残る人数は把握する限りで51人。たった二人を相手に大戦力だが、ユン・カーファイを過小評価しなかった結果だろう。立ち止まるな。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。

 

相手の動きは止まっている。前方に七人ほどが一か所にかたまっているのが見える。私は足に力を入れて一気に踏み出す。

 

勢いを殺さずに、稲妻のようなジグザグのステップを踏んで、一気に彼らの横を駆け抜けた。銃弾が飛び交う。敵の位置、銃口の向き、視線の向き、殺意のベクトルを把握する。

 

駆け抜けた後に7人の敵が倒れる。なんだだらしない。本来の技ならここで追撃を加えるのだけれど必要なかったようだ。

 

相手はまだ戸惑っている。私を誘拐するのが目的で、私を殺すことは禁じられているのだろう。狙いは自然に私に足元に集中するが、私はそれらを全て置き去りにして駆け回る。

 

 

「くそったれ!!」

 

「手榴弾?」

 

 

私はすぐさま近くの樹木の後ろに逃げ込んだ。炸裂する。音が消える。スタングレネードか。耳を一時的に潰された。五感は重要だ。音は気配察知の重要なファクターになる。

 

仕方がない、目が潰されなかっただけでも御の字だ。すぐに移動。隠れていた樹木に多数の銃痕が穿たれる。

 

私を狙う精密な殺意を感じた。狙撃手。スコープを覗いて私を捕捉しようとしている。させない。私はすぐさま抜刀して、飛ぶ斬撃を放つ。

 

抜刀術を使わなければ放てないのが難点だ。もう少し改良の余地がある。集団戦では時間が勝負の鍵だ。スコープを覗いていた男の腕が飛ぶのを垣間見た。

 

 

「「「うおおおっ!」」」

 

 

三人の大剣を持った敵が同時に襲い掛かってくる。純粋な殺気。もはや形振り構わなくなったか。同時に牽制のためのアサルトライフルによる三点バーストが私に向けられる。

 

すばらしい連携だ。野生の魔獣とは比べ物にならない程の錬度。放たれた弾丸の二つを避けて、一つを刀の腹の部分、平地でその軌道をそらす。ユン先生の真似事だ。

 

そらされた弾丸は襲い掛かってきた三人の内の右側の方に向かう。流石に眉間に誘導することは出来なかったが、弾丸は彼の肩に直撃した。

 

ボディーアーマーを着ているので致命傷にはならないが、それでもその衝撃は彼らの連携を崩すのに十分だったようだ。一気に体勢の崩れた男に肉薄する。

 

 

「たっ」

 

「あえっ!?」

 

 

そのままその男の金的に蹴りをお見舞いする。何かがつぶれたような感覚があったが深くは考えない。男は表現できないような苦悶の表情で顔を歪める。かわいそう。

 

そのまま彼を盾にして他の二人の視線から逃れ、一気に踏み込んで先ほど銃で牽制してきた男の喉に突きを放つ。

 

大量の血が噴き出たのを無視して先ほど襲ってきた3人に視線を戻す。一人は悶絶して泡を吹いて倒れている。後二人は私を見失っているようだ。

 

遠くで彼らの仲間が私の位置を知らせようと声をあげたが遅い。一息で再び彼らの背中に接近。うち一人の足を斬り飛ばし、同時に利き腕の肘の先も斬っておく。

 

もう一人がようやく私に視線を合わせて剣を振り上げるが、そんな思い得物で私にはついてこれない。一気に胴を薙いで次の敵を探す。探す。

 

14人倒した。残るのは40人ほど。まだまだ多い。彼らは街道から離れて森へと隠れる。馬鹿め見えているぞ。

 

私は同様に森に入る。足場が沢山あるのはいい事だ。木々の幹を蹴って一気に彼らの頭上から強襲を始める。

 

そうして私は斬った。一刀両断し、すれ違いざまに薙ぎ、喉や眼球を突き刺し、腕を、首を刎ね飛ばす。ついでとばかりに魔獣も斬り殺す。なに、どれもただの的だ。

 

その時はきっと必死だったといっていい。いや、その時の私は人を殺すだけの機械だった。ただ理性が判断するままに、最大効率の殺戮を行った。

 

そこには一切の感情は入り込まず、布で血をぬぐっては抜刀と共に敵を殺し続けた。彼らの視線に恐怖と脅えが混じり始めても、私は変わらずに彼らを蹂躙した。

 

そして、

 

 

「そこまでじゃ!」

 

「え?」

 

 

振り下ろそうとした剣を、ユン先生が弾いた。目の前の男は涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、小便を漏らしてへなへなと崩れ去った。

 

周囲を見れば首や腕や胴体が散乱して、街道を舗装する石が赤黒く染まっていた。敵の気配は目の前の弱弱しいそれだけで、私に対する恐怖と混乱の感情を見て取れた。

 

生きているのはおそらく私たちを除いて5人ほど。倒せた。無事に倒せた。私は戦える。そうして私の剣を見ると、剣は真っ赤に濡れていて、腕は赤い血で染まっていた。

 

いや、私は返り血を浴びて全身が真っ赤になっていて、そして、そして?

 

 

「あ…れ?」

 

「血に酔ったな。やりすぎじゃ」

 

 

生々しい感触が手に蘇る。肉を斬った。骨を断った。頭蓋骨を両断し、腕を跳ね飛ばした。その感覚が腕から、手から離れない。

 

耳は聞こえるようになっていた。悲鳴が再生される。命乞いが再生される。手が震えだした。いや分かっている。これは正当防衛なのだ。彼らは犯罪者で、私は身を守るために戦った。

 

だというのに、どうしてこんなにも震えが止まらないのか。

 

 

「あ、あれ、うぷっ」

 

 

気持ち悪い。気持ち悪い。私は口を両手で抑える。こんなのはおかしい。動物を殺した時の感覚と一緒のはずなのに、どうして?

 

私は膝をついて、それでも吐き気が止まらなくて、私はその日の朝に食べたモノ、胃の中の内容物を全て吐瀉した。

 

なんて無様。

 

 




剣は人殺しの道具で、剣術は人殺しのための技術です。はいテンプレテンプレ。

9話目でした。

斬殺系科学少女エステルたん。私エステルは7歳で博士号を取ったり、国家英雄になったり、同性の幼馴染に迫られたりするごく普通の女の子。でも実は八葉一刀流を修めた剣術少女なの。

今日も元気にリベール王国に仇なす悪い奴らを斬殺しちゃうぞ。だけど胃の内容物が出ちゃう。女の子だもん。

そんな殺戮系ゲロイン。そんな主人公で大丈夫か? 斬殺カワイイですか?

バトルシーンは得意じゃないです。ちょっとエステルが強すぎたかな? まあ、相手は強化猟兵以下の普通の兵士よりも強い程度の相手という事で。予算の関係で戦術オーブメントも満足に装備できない相手です。

今回登場した技は風の剣聖と同じ技です。まあ、下記にまとめましたが、必要CPとディレイ値は弄りました。

ナカーマになっている時の長官は本気じゃないという設定で。あと、氣に特化しているこのエステルさんだと必要CPが少し少なくなるとかそういうの。

・洸破斬
攻撃クラフト、CP30、直線、威力120、基本ディレイ値2200、確率50%[戦闘不能]
神速の抜刀から放たれる鋭い衝撃波。飛ぶ斬撃というロマンの塊。なぜ[戦闘不能]効果があるのだろう?

・疾風
攻撃クラフト、CP30、大円(地点指定)、威力120、基本ディレイ値2500
八葉一刀流・弐の型「疾風」。カマイタチを伴う電光石火の斬撃。一対多では超便利。


エステルさんが修めているのは一対一のための五の型と、一対多のための弐の型ということで。決して今のところ登場しているのがこの二つだからなんて理由じゃないんだから! 勘違いしないでよね!!



今回は遊撃士協会(ブレイサーズギルド)について。

遊撃士(ブレイサー)とはぶっちゃけて言えば武装した探偵みたいな仕事でしょうか。探偵みたいな下世話な事はしませんが、捜査といった仕事も行うのでそういう側面があるのは確かです。

まあ、何でも屋と言う方がしっくりくるかもしれません。ただし、ちゃんとした理念のようなものはあるようです。

理念上の話をすれば、民間人の安全と地域の平和を守ることを第一の目的とし、魔獣退治や犯罪防止に従事する者たちである…とのこと。

遊撃士協会は遊撃士を束ねる全国的な組織で、その本部はレマン自治州という場所に設置されているそうですね。

警察に似ているようで違うのは、彼らが国家権力に対して絶対的に中立を維持しているという点です。

彼らは捜査権や逮捕権を持ちますが、特定の国家に帰属するわけではなく、権力に対して中立であるという立場からにあるわけです。純粋に民間人を保護するためだけにその力は運営されるということらしいです。

この国家権力に対して中立と言う立場は、国家権力に対して不干渉を貫くことを原則としており、このため彼らは武装と捜査権を持ちながらも、各国にその活動を容認されているという設定が存在します。

ただしこれは、民間人の生命が不当に脅かされる場合においては、民間人の保護という点において国家権力に逆らうことができるようです。

そんな彼らの生活の糧は、民間人からの依頼を受けて、それを達成し、依頼料を手にすることです。基本的には手配された魔獣退治や道中の護衛、危険な地域での薬草採集といった任務が想像されるわけです。

ですがたまに猫探しとか、貸出期限の過ぎた図書の回収とか、良い釣り場を探すとか、ちょっと首を傾げるお仕事もあるわけです。

でもまあ、生活のためには仕方がないですね。そういうわけで、武装した探偵みたいな仕事という性質を併せ持つわけです。

そんな彼ら遊撃士、普通のMMORPGなら冒険者ギルドとかそういう立場の人たちが存在できる理由。それはやっぱり魔獣の存在なのでしょう。

地球ではそういう人間をヒャッハーな感じで襲うモンスターなどなかなかいないのですが、この世界では割と普通で、しかも相当生命力が強いらしく、近代化した都市圏でも魔獣は頻繁に発生するみたいです。

そういったモノに対して軍や警察は手が回らないわけで、こうした遊撃士が活躍する下地が生まれたわけです。

他のゲームの何でも屋と違う点は、国家権力に不干渉という一点でしょう。だから色々な国でも活動できるんだよという設定は中々にスマートなのかもしれません。

赤十字とかを参考にしたのでしょうか。作者は赤十字には詳しくは無いんですけどね。

ちなみに、原作ではエステルさんは遊撃士を目指しましたが、このお話では目指しそうにないですね。遊撃士でもないのに、どういう風に物語に絡んでいくのか。

まあ、てきとーなプロット程度は考えています。エタらなかったら、原作編にも入るという事で。



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010

 

「生き残った者は軍に引き渡した。どうやら帝国方面の猟兵らしいな」

 

「…そうですか」

 

 

シラー猟兵団という大陸北部で頻繁に活動している猟兵団らしい。

 

猟兵(イェーガー)とはXがいた世界ではかつては猟師のような職の人々を集めた歩兵、そして散兵戦術におけるエリート部隊から、現代では山岳部隊や空挺部隊などの特殊な技術を習得した軽装歩兵に付けられる兵種の名前だった。

 

だが、こちらの世界ではどちらかというと傭兵としての意味合いが強い。特に優秀な傭兵部隊に付けられる称号であり、その錬度は基本的に国軍のそれを上回る戦争のプロフェッショナルだ。

 

ミラ次第ではいかなる依頼も受けるため、このような誘拐といった後ろ暗い仕事を請け負うこともあるのだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

「はいと言いたいところなんですけど…」

 

「ふむ」

 

 

ボースのホテルで私たちは一泊する。久しぶりのベッドと穀物や新鮮な野菜を使った食事。文明の光と、人々の営みの気配。なんだかそれらが酷く遠く見えるようなそんな感覚。

 

まだ手が赤く染まっているような幻視。肉や骨を切断した独特の感触。耳に染みついた断末魔。脳裏に浮かぶ惨状と、化け物を見るような目。

 

 

「後悔はしていません。罪悪感なんておこがましい。ただ、なんというか、手から感触が取れなくて。今でも手に血が付いているような。彼らに失礼ですよね。吐き気が止まらないなんて」

 

「ヒトを初めて斬った時はそういうものじゃろう。じゃが、殺し過ぎじゃったな。もう少し、手加減を覚えよ」

 

「そうですね、急所を峰打ちすることも出来たはず。ですが、今回は私は自らの意志で殺人を行いました。経験したかったんです。いつか、突然のように行わなければならなくなった時に心を動じさせないために」

 

 

力を求めるとはそういうことだ。力をもって守るならば、殺人はいずれにせよ私の業となるだろう。その時に心を乱して、大切なものを取りこぼしてしまわないように。私は経験しておきたかった。人を殺すという感覚を。

 

慣れるとかそういうのではなくて、その時が来た時に《初めて》であることを恐れたから、そういう結論に至った。

 

来世で私が殺した彼らがもう少しマシな人生を送れるようにと祈りはする。それでも後悔はない。する必要もないし、してはならない。

 

既に私は間接的に人を殺していて、それが直接的になったかの違いだ。でも、やはり殺し過ぎた。本来ならば半分以下に抑えられたはずだ。

 

最初は手加減すれば殺されるかもしれないと思ったから、相手の手数や連携を防ぐために斬った。正直な所、余裕なんてなかったし、油断して死んでしまったら元も子もない。

 

でも、後の方はどうだっただろう。彼らは完全に前後不覚となり、連携は崩れ、恐慌に陥っていた。そんな彼らを私は嬉々として殺してはいなかったか?

 

 

「違う、私は楽しんでなんかいないっ」

 

「エステル、今日は何も考えずに休め」

 

 

その日はあまりよく眠れなかった。

 

 

 

 

翌日、顔を洗って朝の支度をし、そしてホテルの裏の庭で剣を握る。振ることは無く、ただ静かに心を研ぎ澄ませる。

 

昨日はあまり眠れなかったし、夢も見なかった。疲れはあまり取れず、すこしだけダルさが残る。雑念を振り払って、剣から世界へ、周囲の気配と同調して瞑想を行う。

 

木々が風に揺られて若葉を揺らし、その隙間から漏れる朝日が揺れる。小鳥が囀る声が聞こえる。小さな雀が私の周り、足元で飛び跳ねる。

 

同じホテルに泊まっている人が早朝にもかかわらず散歩を楽しんでいる。彼らは私がいないものとして振る舞う。いや、彼らは私を見逃している。風が私の髪を揺らして、私は瞳を開ける。

 

そしてゆっくりと歩き、太刀の切っ先を雀の目と鼻の先に突き付けた。それでも雀は全く動じず、首を傾げる。

 

私は息を吐いて剣を振るい、鞘に納刀した。その瞬間、雀は私に気づいて飛び立つ。散歩していた人が刀を収めた音に気付いてこちらを向いた。軽く会釈をする。連れがいるようだが、見知らぬ人物だ。

 

 

「見事じゃな」

 

「見ておられましたか」

 

「いや、『見えなかった』」

 

「先生にもそうなら、実戦にも使えそうです」

 

「まるで忍か凶手の技よな」

 

「ごくたまに、こういう事が出来る時がありました。意図して行えるようになったのは最近ですが」

 

 

ユン先生に向き直る。コンディションはそこまで悪くない。疲労はあるが、氣の操作によって体の調子を最善に保つ。半ば強制的なカンフル剤のようなものだ。

 

この疲労はおそらくは精神的な部分が大きいのだろう。修行不足。身体だけでなく、心の状態も操作できなければならない。精進が必要だ。

 

 

「良いのか? 一度、ロレントに帰っても良いのじゃぞ?」

 

「いいえ、構いません。彼らは私の糧となった。私は喰らい、血肉とする。私は進みます。生きるとはそういう事でしょう。因果は巡る。これが罪ならば、いつか代償を支払わなければなりませんが」

 

「王国軍と遊撃士協会が動いておるそうだ。客が来ている」

 

 

ユン先生の後ろに控えていたのは黒い軍服の青年。情報部の将校らしい。彼は先生の前に出て、私に対して敬礼を行った。

 

 

「王国軍情報部のラウノ少尉であります。博士、此度の事は誠に申し訳ありませんでした」

 

「雇い主は分かりましたか?」

 

「エレボニア帝国のようです。一部の急進派のようでして、現在、外交筋で正式な抗議を行うことになるでしょう」

 

「解決しますか?」

 

「現在、軍をあげて残党の掃討を行っております。既に王国内に侵入した猟兵団は捕捉済みでして、近く殲滅できる見込みです。大変申し訳ないのですが博士の戦果については、残念ながら公表はできません。今回彼らを殲滅したのは王国軍ということで表向きには通達を行います。関係書類等については完全に抹消させていただきます」

 

「いえ、構いません」

 

 

私が殺したという情報を表に出したくないようだ。私に悪意の矛先が向くことを危惧しているのだろうが、飛行機の開発で帝国兵を虐殺した私は、実のところ既に憎悪されているのではないだろうか。

 

今のところ、その憎しみの捌け口は帝国政府を騙し、戦争の原因を作り、両国の無辜の人々を死地へと追いやった旧主戦派などに集まっているようだが。

 

これについては、王国軍情報部の世論操作による影響が大きいだろう。各地における人のたまり場で、戦役における負の感情のベクトルを王国ではなく帝国へ向けるような操作がなされている。

 

マスメディアについては帝国の検閲が強くて入り込みにくいが、帝国時報にも手が伸びているらしい。真実に限りなく近い、帝国のタカ派にとって不利になる情報を流している。

 

世論操作と言えば、ZCFとリベール通信の共同によりラジオ放送局の開局が予定されている。航空機用の無線通信の進歩が、安価な家庭用のラジオの生産を可能としたのだ。

 

これにより高音質の高級なラジオと、安価で小型のラジオの販売が準備されており、今年の女王誕生祭に向けて急ピッチで準備が進んでいる。初の放送内容は誕生祭での女王のスピーチとなる予定だ。

 

ラジオはナチスドイツにおいてもプロパガンダに利用された経緯があり、そのあたりも情報部に研究させている。

 

接続詞や言葉遣い、何気ない表現でただのニュースさえも何を強調したいか、印象ががらりと変わってしまう。そうして少しずつ国民の防諜意識や教育に対する意識などを誘導する研究がなされている。

 

 

「ところで、生き残った彼らの様子はどうですか?」

 

「酷く怯えており、素直に尋問に答えています。情報をある程度吐かせ次第、内々に処理させていただきますが、構いませんか?」

 

「任せます」

 

「彼らはどうやら数日間の間、あの場所でキャンプをはって貴女を待ち伏せていたようです。王国内の内通者は処理いたしました。陸軍の少将で、多額の賄賂をつかまされていたようです。エレボニア支局においても近日中に各種証拠品の確保を行えると読んでいます。外交ルートによる抗議については、国際的な制裁をちらつかせることで対処いたします。必ずや首謀者の処分まで追い込みますので、ご安心を」

 

「分かりました、ご苦労様です」

 

 

情報将校が敬礼をして去っていく。こちら側のスパイは帝国軍情報部の内部にも浸透を開始している。あそこは今、革新派と守旧派の派閥対立が起きていて一枚岩ではない。

 

戦役での飛行機の戦闘力の評価において大失態を犯し、その責任でかなりの人員が窓際に追いやられたというのもある。

 

まあ、諜報機関の浸透を許しているのは王国にも言えることで、特に王国軍の上層部はかなりの水準で懐柔されているらしい。情報部では粛清が必要との声もある。

 

ただ相当数の将校が不正に関与していて、大量摘発すると軍の指揮系統がボロボロになりかねない。そのあたりは、不正の重要度に分けて対処する必要があるかもしれない。

 

 

「ユン先生、次はどこへ?」

 

「カルデア隧道の先に鍾乳洞があるらしい。洞窟での修行も良いじゃろう」

 

 

 

 

「鍾乳洞ですか。奥に地底湖があるようですね。楽しみです」

 

 

カルデア丘陵はツァイスとルーアン地方を遮る丘陵地帯であり、二つの地方を区分する自然の境界であり、丘陵自体は石灰岩質の小高い山々から成る。

 

旧来、徒歩での移動にはカルデア隧道というトンネルが使われていたが、現在では船や飛行船での移動が主流となって、この隧道を利用する者は少ない。

 

現在はツァイス―ルーアン間を結ぶトンネル工事が予定されており、シールドマシン4基がそろそろZCFで完成するはずだ。

 

2年ほどの工期を予定しており、このトンネルが開通すれば、リベール王国の五つの都市が全て高速道路で結ばれることになる。

 

 

「観光地化できればいいんですけどね」

 

「無理じゃろう。岩には豊富に七耀石が含まれているようじゃし、魔獣が多い」

 

 

石灰岩質の丘陵故に、内部には地下水脈や洞窟が多く存在する。カルデア隧道の分岐点にはかなり大規模な鍾乳洞への入り口が存在するものの、内部にはかなり強力な魔獣が出没するために出入りは制限されている。

 

話によればゼムリア苔などの希少な地衣類や地底湖などが存在し、中々に希少な資源ともいえた。

 

この世界の珊瑚も、この世界の生物同様に七耀石を体内にため込む。それ故に石灰岩には七耀石の成分がかなり蓄積されており、これをエネルギー源として魔獣も育つ。

 

こんな光が届かない場所に生命体が多く存在するのは全て七耀石の供給するエネルギーのせいだと言える。

 

 

「寒いですね。そして、なんでペンギン…」

 

「ふむ、ふざけた連中じゃ」

 

「色の違いはどういう進化によるものなんでしょう」

 

 

カルデア丘陵の奥地の鍾乳洞。青みがかった鍾乳石が林立し、地下水脈により豊富な水量の水が流れ、それらの生み出すコントラストは非常に神秘的で美しい。

 

地球の鍾乳洞とは少し違った、どこか精霊や妖精でも出てきそうな雰囲気。しかしながら、とにかく鳥臭い。何故か、洞窟の中に、ペンギンがいる。

 

生態系が狂っているといってもいい。とにかく、ペンギンだらけなのだ。青いペンギン、赤いペンギン、黄色いペンギン、緑色のペンギン、白いペンギン、ピンク色のペンギン。

 

しかも、やたらとせわしなく動き回っていて、ユーモラスではあるが、少しばかり気持ちが悪い。モヒカンなのも可愛くない。

 

しかも、生意気にも魔法を使ったりするヤツもいる。でも、魚を投げてくるヤツは正直どうなのだろう。投げてきた魚はイワシで、たぶん一度お腹の中に入れたのを投げつけてくるのだろう。

 

なんというか、当たると嫌なので、速攻で斬ってしまった。

 

 

「あまり、強い魔獣はいないようですね」

 

「そうじゃの。して、何をしておる?」

 

「見て分かりませんか? 釣りです」

 

「お主、釣りが好きじゃの」

 

 

水があれば釣りをしよう。これが私のスタイルです。何が釣れるでしょうか? クローネ山脈の渓流では小魚とかカニぐらいしかいませんでしたからね。

 

おっと、かなりの引きです。しなる釣竿。私は様子を見ながら、一気に竿を引き上げる。強烈な重み。大物の予感。

 

 

「フィッシュ!」

 

「ほぉ」

 

「でっかいカニ来ました!」

 

 

カニときました。というか、私の身長の倍以上あるとんでもないデカいカニが出てきました。3アージュオーバーは確実です。

 

というか、この世界の魚介類はデカいのが多いですね。2アージュを超える魚とかがごろごろしています。おや、何かを引っかけているようですね。褐色の猫目石のような宝石のようです。

 

 

「タイガーハートか」

 

「そうなんですか?」

 

「装着する者の集中力を高める神秘をもつ石じゃよ」

 

「へぇ。ところで、このカニ、美味しいですかね?」

 

 

大きなカニなので食べ甲斐がありそうだ。スープにするのも良さそうだ。それとも甲羅焼だろうか? ボイルしてあっさり目に食べてもいい。

 

 

「満足したじゃろう。奥までいってみようとするか」

 

「地底湖ですね。見たいです。わたし、気になります!」

 

 

ということで、マッピングを行いながら洞窟をすすむ。邪魔なペンギンを蹴散らしながら奥へと進む。

 

なかなかに複雑な構造で、迷いそうになるが、ユン先生は呑気なもので、好き勝手に歩いている。聞けば、頭の中で道を覚えているらしい。いや、私も出来るけど。

 

しかし、やっぱりこのペンギンが気になる。何故、こんな場所を生活圏に選んだのか。言っては悪いが、この生き物、それなりに手強い。

 

もしかしたらこの洞窟の水脈は海に続いているのかも。テティス海に繋がっていて、繁殖地やねぐらとしてこの洞窟を利用しているのかもしれない。

 

幼鳥もいるから、ここで繁殖しているのは間違いない。イワシはおそらく海で捕ったものだろう。卵とかあるだろうか?

 

まあ、いらないけど。Xの世界のペンギンは可愛かった。皇帝ペンギンとかイワトビペンギンとか最高に。でも、この世界のペンギンはダメだ。テンションがついていけない。

 

そうして洞窟の奥、地底湖へと到達する。

 

 

「うわぁ、これ、すごく綺麗ですね…」

 

 

広大な地下空間に洞窟湖が姿を現した。天井が少し崩落しているのか、日光がこぼれていて、まるで天使の梯子のよう。

 

僅かな陽光に水面はきらめき、洞窟の湖の静かな揺らめきが鍾乳石や石柱を青く照らし出している。それはまるでシャンデリア。

 

湖にはいくつかの小島があり、そこにある岩にはぼんやりとした緑色の光を放つ苔が生えていた。なんて幻想的。

 

 

「この苔は発光性ですか。ルシフェリンでも生成しているのでしょうか。この世界の事ですから、七耀石の成分とかで光っている可能性もありますね…」

 

 

興味深い。採取してZCFに持ち込んでみようか。生物発光は医学にも応用できるようなので、もしかしたら希少な遺伝子資源になるかもしれない。

 

私は小瓶を取り出して、苔の採取を始める。発光生物は良い。ロマンがある。光るキノコ、光る苔。特に植物性の発光生物は幻想的だ。

 

 

「こんな所でしょうか」

 

「エステル」

 

「はい、何か来ますね」

 

 

気が付けば何かの気配が近づいていた。巨大な生物だ。まさかネッシー的な生物だろうか。カルデア丘陵の地下にて古代の首長竜を発見する。すごくいい。

 

巨大な古代魚も良さそうだ。いかつい鎧を纏った様な巨大な甲冑魚。きっとロマンだ。魚拓をとって皆に自慢しよう。腰の剣に柄を握る力も強くなる。

 

そして、

 

 

「来ます」

 

「クワァァァァ!!!」

 

「えぇ~~…」

 

 

分かっていた。分かっていたのだ。ここにいるのはそういうのだと。一際巨大な、全長3アージュはありそうな巨大なペンギン。

 

モヒカンを思わせる飾り羽に青色の羽毛。そしてクジャクのように背後に広がる飾り羽。まさにゲテモノ。私はそれを見てげっそりとなり、肩をすくめる。

 

 

「超がっかりです」

 

 

かなり興奮している様子で、威嚇の声を上げてくる。ぶっちゃけ、逃げてしまっても良いかなと思ってしまう。

 

こんなデカイ鳥でも希少種かもしれないし、無暗に殺す意味もない。そんな風に思いユン先生を見ると、彼は少し思案した後に私に言った。

 

 

「エステル、殺さずに捕獲せよ」

 

「生け捕りですか?」

 

「うむ。相手の力を把握し、効率よく無力化するのじゃ」

 

「なるほど、承知しました」

 

 

生け捕りか。課題としては悪くない。殺さないように捕獲するのは、殺すよりも難易度が高い。修行の内容としては申し分のない課題と言えるだろう。

 

私は一歩前に出て剣の柄を握る。油断するな。敵をよく見ろ。あの鳥を倒して、私はまた一つ強くなって見せる。

 

私は一気に駆け抜けて、剣の峰で巨大なペンギンの胴を薙ぐ。タイミングは良かったはず。だが、突然の事態に私は戸惑った。突然、でかいペンギンが消えたのだ。

 

馬鹿な何が起こった。すぐさま後ろに気配を感じて横に跳ぶ。魚が二匹、電気を纏うナマズが私の横を飛んでいった。

 

 

「え、何ですか?」

 

 

コミカルな動きをしているが、そこまでの速度で動けるとは思えない。にも関わらず、あれは私の後ろを取ったのだ。何が起きたのか理解できなかった。

 

私にも目視できない程の速度で動いた? バカな。そんなのは父やユン先生だって不可能だ。しかも、あれだけの巨体でそれだけの速度で動いたなら、何らかの痕跡を残すはず。

 

 

「くっ、魚を投げるだけですか!?」

 

 

カジキマグロらしき大型魚や大型のナマズを投げつけて攻撃してくる。私はそれらを避けて、今度は相手の後ろをとった。そのまま頸椎部に対して剣戟を叩き込む。

 

鳥独特の声を上げて悲鳴を上げる巨大ペンギン。よろけた後、その羽で私をはたこうとするが、すぐに移動して回避する。

 

 

「クエァァァァ!!!」

 

「遅い」

 

 

やはり、速度はそれほど速くない。ではさっきのは何だったのか。魔獣としての能力は多彩のようだが、それほどの脅威は感じない。油断できない特殊能力を持つ魔獣ということだろうか?

 

なら、その能力を発揮する前に制圧すべきだ。まずは足を潰すか…。私はそう判断して足に力を入れた時、

 

 

「クエッ、クエッ、クエッ!!」

 

「は?」

 

 

突然、そいつは踊り出した。意味が分からない。なんだかスポットライトまで登場して…、スポットライト?

 

まずい。これは幻術の類ではないか。私がそう危機感を持った時には遅かった。私の体が私の意思に反して動き出す。サンバのリズムで踊り出す。

 

 

「あ、え? な、何ですかこれっ?」

 

「クエッ、クエッ、クエッ?」

 

 

誰が知るだろう。この技こそペングー純血種の王、デヴァインペングーが持つ奥義の一つ『サンバ・デ・ペングー』。

 

恐るべきその能力は敵対者に踊りを強制させ、そして混乱に陥れるとともに、行動に制約をかけてしまうという恐るべき秘技なのだ。

 

 

「目が…回りました」

 

「クエェェェッ!!」

 

 

そして次の瞬間私は見た。巨大なペンギンが突如虚空に消えるのを。そして、そいつは私の目の前に現れて、カジキを使って殴りつけてきたのだ。

 

 

「あがっ!?」

 

 

私は思いっきり4アージュ近くある巨大な魚を叩き付けられて横合いに吹き飛ぶ。すごくいいのを直撃で貰ってしまった。

 

口からは血が滲み、頭部を軽く切ったので大量の血液が額を流れて私の目に入り視界を赤くする。油断した。いや、だが、とりあえずはなんとなく理解した。

 

 

「超能力ですか…。そんなのオカルトありえません、って言いたいところですが。見せつけられたなら仕方ないですね」

 

 

恐らくは『空』の属性に類する能力としての瞬間空間移動、『幻』の属性に由来する特殊な精神干渉。理解はしたが、少し体にガタがきている。撃たれ弱いのは欠点だ。今後の大きな課題になるだろう。

 

そして、巨大ペンギンは私を仕留めたとでも思ったのか、とどめの技を出そうとしはじめた。その背後から後光が差し始める。

 

まあ、いい。

 

 

「八葉一刀流・弐の型《裏疾風》」

 

「グエッ!?」

 

 

稲妻の如き軌道を描いて、私は一気に巨大ペンギンを横切り、同時に高速の胴薙ぎを行ってそのまま相手の後ろに抜ける。そして振り返りざまに再び一撃。

 

氣によって具現した風の刃、カマイタチの群れが敵を切り刻む。深い傷を与えてしまったが、致命傷には至っていない。

 

羽毛を散らしてペンギンの巨体がぐらりと崩れ落ちる。そうして、私を見上げてきた。私はにやりと笑って、そして剣を振り上げる。少し痛かったから、おかえしだ。

 

 

「大丈夫、峰打ちだから」

 

「ク、クエ…? クエェェェェェェ!!?」

 

 

バキ、グシャ、ゴキ、グチャ(漫画的表現)

 

 

「先生、生け捕りにしました」

 

「手間取ったようじゃの」

 

「一緒に踊ってたくせに、なに言ってやがるんですか」

 

 

私はボコった巨大ペンギンを引きずりながら、ユン先生の前まで戻る。回復の導力魔法で傷を癒し、まあとにかくミッションは完了したぞということで。

 

今日はとにかく大物ばかりだ。さっさと帰って、この鳥はZCFの動物学研究部門にでも押し付けよう。今日はカニだ。カニ料理。

 

そうして私たちは戦利品を持ってツァイスに戻る。生け捕りにしたペンギンはペングーの中でも特に希少種の純血種と呼ばれるデヴァインペングーという名前らしく、生きた固体を確保できたことにかなり喜ばれた。

 

まあ、解剖とかはされないようだ。特殊能力を伝えると、導力器で作られた首輪を取り付けていた。

 

 

「さて、お待ちかねですね」

 

「おっきなカニねー」

 

「エステルお姉ちゃん、こんなのよく取れましたね。すごいです!」

 

 

今日はラッセル家にお邪魔になることにした。巨大なカニを二人で食べきるなんてできなかったのだ。工房の知り合いの技師のヒトや、マードック工房長とその家族も呼んでのカニパーティーである。

 

巨大な足のボイル肉は一本だけでお腹いっぱいになりそう。メインは甲羅焼で、テーブルを完全に占拠している。

 

 

「そういえばエステルよ、お主が開発していた簡易戦術オーブメントなんじゃがの」

 

「どうかしましたか?」

 

 

カニを貪るパーティーが続く中、酒を飲んで顔を赤らめているラッセル博士がやってきた。簡易戦術オーブメントは次世代戦術オーブメント研究の一環で考案された導力器だ。

 

コンセプトは安いコストで兵士の質を高めることにある。戦術オーブメントは1台10万ミラほどの高価な装備でありながら、質の良いクォーツを揃えなければ戦力に数えにくい。

 

これに対して簡易戦術オーブメントはその導力魔法を行使する機能、そしてクォーツを入れ替えることで様々な戦局に対応するという柔軟性の二点を大胆にオミットしたものだ。

 

そして単純に、兵士の膂力や俊敏性、打たれ強さを向上させ、同時に毒や一時的な視力喪失といった状態異常を防ぐ効果を付属させる。

 

従来の戦術オーブメントとの競合や干渉が起こらないような工夫を行うことによって、戦術オーブメントとの併用をも視野に入れている。

 

これの導入により、一般兵の戦力の向上を期待できるとともに、精鋭部隊の戦力増強にも繋がると期待されていた。

 

 

「興味がわいたんでの、試作型を弄らせてもらった。試験評価してもらいたいんじゃが」

 

「これですか…」

 

 

渡されたのは首から下げる首飾りのロケットといった感じのモノ。内部には精巧な導力器が駆動しているだろうが、頑丈な外殻はアンチセプトなどの戦術オーブメントの機能を停止させる導力魔法を受け付けない仕様。これを分解するには専門の工具が必要になる。

 

持てば確かに劇的な変化を感じ取ることが出来た。確実に力や俊敏性が上昇した。その他にもいくつもの自身の体の変化を感じ取ることが出来る。

 

それは試作型でも感じ取れたことだが、この改良型はその時の感覚を遥かに上回る。

 

 

「身体強化オーブメント(Physical Reinforce Orbment)、PROX-0bisじゃ。筋力、耐久力、導力魔法攻撃力、導力魔法防御力、俊敏性、集中力を高め、さらには毒や神経毒、知覚や精神に関わる各種状態異常に対する耐性の獲得を盛り込んでおる」

 

「コンセプトにはありましたが、試作機では筋力の向上と毒への耐性獲得ぐらいしか効果は無かったはずですけど。よくここまで改造しましたね」

 

「その代わりにコストは10倍に跳ね上がったがの」

 

「ダメじゃないですか…。それじゃあ戦術オーブメントの価格と変わりませんよ…」

 

「はっはっは、一本取られたの」

 

「ふっ、愚かねアルバート・ラッセル。エステルちゃんの低価格で兵員の能力向上を目指すというコンセプトを忘れてどうするのよ。これを見なさい!」

 

「…これもPROX-0ですか?」

 

「PROX-0trisよ! 戦術オーブメントとの併用を前提とし、アーツを封じる効果のある攻撃に対する絶対的な防御を約束するだけでなく、能力低下の効果を持つ妨害に対しての耐性習得を実現したわ! しかも、価格は従来のモノより一割高くなっただけ」

 

「ふん、じゃが肝心の身体能力向上についてはどの程度じゃ?」

 

「ぐっ、耐久力の向上を追加したのみよ。でも、何もかもを詰め込めばいいってもんじゃないわ!」

 

「そんなんじゃから中途半端なものしか作れんのじゃ」

 

「何をクソジジイ! 表に出なさい!!」

 

 

そうして恒例のラッセル父娘による取っ組み合いが始まる。だいたいいつもの事なので、誰も二人のいがみ合いには関わらず、談笑しながらいつもの事かと笑ってカニを食う。

 

私もその一人だ。ユン先生もわれ関せずで東方の酒を飲んでいる。オロオロしているのはティータだけ。困っているティータは可愛い。ティータは天使である。

 

 

「エ、エステルお姉ちゃんっ、おじいちゃんとお母さんを止めて!」

 

「ティータ、あれはあの親子限定の普通のコミュニケーションですから、止めても無駄です。今止めても30分もすればまた始まるので、放っておいた方が吉なのです。それよりもティータ、甲羅焼を食べていますか?」

 

「え、あの、まだです」

 

「美味しいですよ。ほら、アーン」

 

「あ、あーん。はむはむ…、あ、美味しい。甘くて、トロリとしていて…」

 

「そうでしょう、そうでしょう。ティータは可愛いですね。ティータ、あーん」

 

 

ティータは親譲りの美貌を備えていて、金髪で、大粒の蒼い瞳で、とにかくカワイイ。ラブリーでキュート。

 

攫いたい。攫って、一緒にお風呂に入って、抱き枕にして寝たい。そうだそれがいい。今日はティータと一緒に寝よう。ティータ可愛いよティータ。

 

 

もし、私に姉妹が、生まれる前に死んでしまったあの子が生きていたなら―

 

 

「ティータ、そろそろ良い時間なので、ごちそうさまにしましょうか」

 

「あ、はい。そうですね」

 

「一緒にお風呂に入りましょう」

 

「エステルお姉ちゃんとお風呂ですかっ。わーい♪」

 

「今日は一緒に寝ましょうね」

 

「はい、エステルお姉ちゃん」

 

 

今日は良く眠れそうである。

 

 

 





機械大好きな金髪幼女カワイイ。殲滅天使とのカップリングが最高にカワイイ。将来、ジェニス王立学園に一緒に通ってほしい。

おろおろわたわたする金髪美少女を仕方ないわねと世話を焼く悪戯好きな殲滅天使とか鼻血が出そう。赤髪のトサカ? しらんがな、あんなシスコン。


第10話でした。


軌跡シリーズといえばペンギンです。『碧の軌跡』での戦隊の活躍に失笑した方も多いでしょう。でも、巨大後光付小林幸子型ペンギンの登場が無かったのが片手落ちでしたね。

ところで、シャイニング毛玉とトマトとヒツジとペンギン。どれがマスコットキャラなんでしょうか? 

私はジークさん一択です。あの超絶的活躍の前にはぐうの音もでません。まさに騎士、紳士。僕らの憧れです。

あ、でも、ドラゴンと神狼の会話とかも聞きたいかも。ドラゴンも神狼もカッコイイですし、渋いですし。みっしぃ? 中身を知った時の絶望を味わったとき、ファンを辞めました。ハハッ。

閃の軌跡には猫さんが登場するようですが、彼女が神獣なんでしょうかね? 餌付けイベントはあるのでしょうか?

猫まんまとかふざけたものを差し出すと引っ掻かれたりするんでしょうか。お魚あげるとクォーツ貰えるんですね。


今回登場した技も風の剣聖と同じ技ですね。物理無効化の魔法やクラフトを解除し、能力上昇系のバフまで剥がして、あげくにダメージを与える鬼畜技です。技の説明はてきとうです。

・裏疾風
攻撃クラフト、CP30、直線(地点指定)、威力120、基本ディレイ値1500、能力上昇・完全防御解除
八葉一刀流・弐の型「疾風」。電光の如く駆け抜け、荒れ狂うカマイタチを伴う神速の斬撃を放つ。



では今回はこの世界の宗教のお話。

まあ、七耀教会一択というかんじでしょうか。地方や辺境、東方などでは異なる神や地元の神様が信仰されていたりするようですが、基本的には七耀教会が最大宗派となっているようです。

七耀教会が信奉するのは『空の女神エイドス』です。七耀を司る女神で、この女神自体の信仰は1200年前に崩壊したとされる古代ゼムリア文明の時からなされていたことが確認されています。

ちなみに唯一神教か多神教かは明言されていません。どちらにせよ信仰対象はあくまでもエイドス一柱です。

七耀教会は1200年近く歴史のある宗教であり、その始まりは明確には描写されていませんが、どうやらゼムリア文明の崩壊に深くかかわっている節があるようです。

総本山はゼムリア大陸中央部に位置するアルテリア法国と呼ばれる都市国家で、面積自体は各自治州よりも小規模だそうです。

七耀教会のシンボルは星杯であり、これを紋章に掲げています。その影響力は導力革命後に若干弱まったものの、いまだ強大であることが窺えます。

各地の自治州はアルテリア法国を宗主国としており、原作における百日戦役においては講和の仲介を行うなど影響力は国家や政府にも及びます。

まあ、国民すべてが七耀教会の信徒で、信仰心の篤い人も相当数に上ることから、民主国家にとっては致命的なほどに影響力を持っているでしょう。

また、貴族も王族も信徒ということで、絶対王政の国家にも重大な影響を及ぼすはずです。破門にされたら恰好がつかないので。貴族はメンツが大事なのです。

また、人々の倫理観にも当然として影響しており、『全ては女神のご意志』という考えが浸透していて、女神の意志にそった日常を過ごすことが共通の倫理観、常識になっているようです。

慈悲深く万能なる女神といった感じでしょうか。ただし、王権神授説は確認されていません。

また、1200年近くの歴史を誇る七耀教会には特別な技術の継承が確認されています。1つは薬草に関する知識、もう1つが法術です。

魔法ともいえる力を持つ法術は戦術オーブメントの導力魔法の源流にあり、エプスタイン財団は教会の協力のもとに法術を導力技術によって再現したらしいです。

七耀教会本山のアルテリア法国において原作で言及されている組織は3つ。『典礼省』『僧兵省』そして『封聖省』です。

『典礼省』は祭儀全般の監督を行い、『僧兵省』はアルテリア法国の防衛を担います。そしてストーリーに大きく関わってくるのが『封聖省』です。

『封聖省』は古代遺物(アーティファクト)の管理および回収を担う部署です。各国は七耀教会との盟約により、いまだその機能を失っていないアーティファクトを教会に引き渡す義務を持ちます。

これに違反すると、かなり重い処罰を受けるようです。教会にどのような罰を与える権利があるのかは分かりませんが。

また『封聖省』の直下にはアーティファクトの不正所有について調査・回収を行う実行部隊『星杯騎士団』が存在します。

極めて謎の多い組織であり、その構成員の実力は極めて高く、特に騎士団総長のアイン・セルナートは世界最高峰の実力を持つ戦闘能力を持つことが示唆されています。

星杯騎士団の構成員は1000名ほど。はおおよそ3つの階位に分かれており、騎士団を束ねる12人の『守護騎士(ドミニオン)』と正騎士、従騎士が存在するようです。

守護騎士は特別な才能を保有する星杯騎士団の切り札でもあり、その資格は『聖痕(スティグマ)』と呼ばれる印を持つことのようです。

『聖痕(スティグマ)』は魂に顕れる刻印であり、想像を絶する肉体の強化と法術の使用を可能とし、さらには顕現時に傍に存在した古代遺物の能力を奪い取り、聖痕の保有者の固有能力にしてしまう機能をもつようです。

聖痕は自然発生し、しかしどの時代においても12名の人間に顕現するとされています。その12名こそが『守護騎士(ドミニオン)』と呼ばれるようです。

さて物語では七耀教会は古代遺物(アーティファクト)の管理・回収などを行っているわけですが、これは実は教会によるアーティファクトの独占とも受け取ることが出来ます。

事実、教会はアーティファクトの実戦投入を何度も行っており、それによって多大な戦果を得ていることが描写されています。

教会が運用する代表的なアーティファクトは、星杯騎士団が秘密裏に運用する十二隻の飛空艇『メルカバ』でしょう。

鏡面装甲に覆われ、周囲と同化する光学迷彩機能を持つ他、動力および飛翔機関に相当する部分にアーティファクトが使用されています。アビオニクスについてはエプスタイン財団の協力があるようです。

いずれにせよ、この七耀教会という存在がストーリーに大きく関わることは間違いがないようです。作者の考察では、おそらくは何らかの強力な古代遺物の継承を行っていると思われます。

あるいはそれが『七の至宝(セプト=テリオン)』である可能性もあるでしょう。




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011

食べると瀕死になる料理とかwww


 

「しばらくお世話になります、ウェムラーさん」

 

「うむ、あまり無理をするなよ」

 

 

ツァイスの鍾乳洞を制覇した後、私たちは再びボースにやってきた。目的は再び山籠もりをすること。場所は霧降り峡谷だ。

 

霧降りという名の通り、この場所は一年中霧が立ち込めている。これはアゼリア湾からの湿った空気がちょうどこの山岳地帯にぶつかるからで、ミルクを水に混ぜたような濃霧は10アージュ先も見渡せない。

 

峡谷は切り立った崖がいくつもあって、谷底は霧に隠されて見ることは出来ない。峻嶮な斜面と細い山道。孤立した足場を丸太で作られた簡単な橋が結ぶ。

 

この霧のせいで太陽光が遮られ、植生は非常に単純だ。岩肌を覆うコケや地衣類と立ち枯れたような細い木々。ここは竜が住まうとも言われるリベール最大の秘境である。

 

そんな峡谷であるが、人の手が入っていないわけではなく、ウェムラーさんという登山家が山小屋を運営している。

 

非常に珍しい高山植物に類する薬草がとれるので、それを採取したりして生計を立てているのだろうか。とにかく、ユン先生は山籠もりの拠点をこの山小屋に定めた。

 

そういうわけで、私たちは山を舞台にして修業を始める。足場が悪く、視界も悪い。山の奥には強力な魔獣も住んでいて、これらは強力な魔法(アーツ)や特殊な攻撃を放ってくるので油断できない。

 

クローネ連峰で見た太古の爬虫類もこの場所にはかなり生息しているようだ。そしてなによりも、雰囲気がどことなく神聖である。

 

 

「うむ、神気に満ちたよい場所じゃな」

 

「神秘的で強烈な気配を山の奥から感じます」

 

「竜じゃろうな」

 

「竜ですか?」

 

「うむ。この地方には1000年を超える齢を重ねる古龍が住むと聞いておる」

 

「私も書物で見知ってはいますが、実在するとは思いませんでした。ユン先生は竜を斬ったことがありますか?」

 

「まあ、数は少ないがの」

 

「マジですか。…この世界、侮れません。先生、私、竜を見てみたいです。わたし、気になります!」

 

「まあ、修行の最後に会いに行っても良いか。しかし、絶対に自ら刺激するでないぞ」

 

「はい」

 

 

洞窟を進む。珍しい魔獣でいっぱいだ。氷の塊みたいな大きな宙に浮かぶ魔獣とその子供らしき小さいやつ。クローネ連峰で倒した二足歩行の大きなトカゲ。

 

凍結した魔獣の死骸を覆う粘菌類の巣窟。頭部が大きな口になった、多数の触手を持つ宙を浮かぶ魔獣。なかなかに倒し甲斐がある。

 

 

「いきます!」

 

「まだまだじゃな」

 

 

今日の課題はユン先生と魔獣を同時に相手どるというものだ。達人の妨害を受けながら、魔獣の特殊な攻撃をしのぎながら、不安定な足場を縦横無尽に駆け回る。

 

ユン先生の技と視界の悪さは気配察知を鋭敏にし、私の氣に関わる感覚をさらに高めていく。そして、私は世界へと溶け込むように―

 

 

「ぐむ…」

 

「一本、とりました」

 

「油断したかの」

 

「峰打ちですけど、全然効いてないですね」

 

 

切り札を使って先生に一撃を与えるようなこともあった。まあ、魔獣に気を取られている瞬間を狙う、ちょっと卑怯な感じだが。一対一では流石にまだ敵わない。

 

そうして山籠もりの日々が過ぎていく。山小屋ではウェムラーさん特製の鍋料理を頂いて、ちょっと辛いけど体が温まる。でも今日はなんだか様子がおかしい。

 

 

「というか、なんで黒いんですかこのスープ。入っている具材が分からないんですけど」

 

「闇鍋だ」

 

「なるほど。なかなかに凝った趣向じゃの」

 

「鍋から取った具材は必ず食べるように」

 

「は、はぁ」

 

 

おたまで具材をすくう。良く分からない真黒な物体が現れた。たぶん、モザイク処理しなければお茶の間の皆さんにはお届けできない。これを、食べろと、いうのか?

 

 

「あの」

 

「食え」

 

「せんせぇ」

 

「食うのじゃ」

 

「……まじですか?」

 

「(コクリ)」

 

「当然じゃ」

 

 

三択-1つだけ選びなさい。

① ラブリーキュートなエステルちゃんは突如これを食べずに済むアイデアを閃く

② 仲間が助けに来てくれる

③ 食べなければならない。現実は非常である

 

答え…③。

 

現実は非常である。私はその謎の食材をお椀によそう。そして、箸でそれを掴んだ。とても奇妙な触感だ。ブヨブヨしていて弾力があるのに、強く押すと汁が飛び出してくるような。

 

臭いはもはやこの世のものとは思えない。これは食べ物なのだろうか。私は懇願するような目で二人を見た。しかし、彼らは沈痛な面持ちで首を横に振るだけ。

 

ああ、現実とはなんて厳しいものなのだろう。くそ、どうにでもなりやがれ。私は泣き笑いの表情を浮かべながら、それを箸で掴んで、そして一息でそれを頬張る。噛む。噛む。か…む?

 

恐るべき生臭さが口いっぱいに広がる。そして刺激的な味。奇妙なほどの甘味。そしてえぐさ。そして胃から込み上げてくる酸の逆流。

 

 

「うぷっ!?」

 

 

そうして山での生活の夜は更けていく。あ、ゲロなんて吐いてませんよ。私、女の子ですし。小さいですけど一人前のレディですので。

 

ちょっと、キラキラと口から何かが出て、虹を描いただけですから。だけど、涙がでちゃう。女の子だもん。

 

 

 

 

鍛錬の日々は続く。三週間が経ち、一対多といった実戦を積み重ねたことでかなりの戦闘経験が得られたと思う。

 

氣を扱う錬度も飛躍的に高まり、『切り札』の精度は実戦で運用しても問題ないレベルとユン先生にお墨付きを貰っている。

 

ついでにもう一つの技などを考えたのだが、問題が多すぎてユン先生には使うなと言われてしまった。うん、まあ、確かに実戦では使えないこと甚だしいけれども。

 

 

「うむ、それなりに成果は得たの」

 

「はい。では…」

 

「分かっておる、竜にまみえるとしよう」

 

「わくわくですねっ」

 

「お主は好奇心に正直じゃの」

 

 

ドラゴンなのである。カッコいいの代名詞、強さの象徴。すなわちドラゴン。古来西洋では悪魔の象徴として、東洋では水の神として崇められており、モンスターの中においては最上位。

 

神様に匹敵する最強の獣。興味が湧かないわけがない。これででっかいただのトカゲだったらガッカリである。

 

峡谷の北西へ渡る。入り組んだ洞窟をくぐり、多くの魔獣を退け、霞む世界をただ強烈な神気の中心を目指して進む。そうして、一際大きな洞窟の入り口を見つけた。

 

私はユン先生と顔を見合わせた。『いる』。そこから強烈な生命力、『空』の属性に関わる強烈な七耀の力を感じた。私は唾を飲み込む。いやにその嚥下した音が響く。

 

 

「ユン先生、行きましょうか」

 

「いいじゃろう」

 

 

そうして私たちは洞窟に入る。そして、そのあまりの美しさに息をのんだ。

 

天然の巨大な空間。吹き抜けから霧を通した淡い白い光がそれを照らし出している。これはトカゲだとか恐竜なんてそんなモノと比べてはならない程の、高貴な生き物だ。

 

翠耀石(エスメラス)のような色をした鱗は滑らかで、そして優雅。爬虫類のそれに似ながらも、金と紅に縁どられた淡い緑色の鎧兜のような力強さと威厳に溢れる面立ち。

 

立派な一対の角。重なり合う鱗の板は優美な騎士甲冑を思わせ、翠耀石(エスメラス)のような色彩にして、鱗の縁は紅に染められ、それらのコントラストはあまりにも優美だ。

 

力強い四肢には鋭い緋色の爪があり、長い尾の先にも赤い羽毛が生えている。もう、これだけで十分に美しい。

 

だが、やはり特筆すべきはその翼か。鱗と同じ淡い緑の骨格部分から、澄んだ南海の珊瑚礁の海のような色をした被膜が翼を構成している。そして背中からは金色の刀にも似た飾りが一対ついている。

 

 

「なんて、なんて綺麗…」

 

「ほう、ここまでとはな」

 

 

とにかくその生き物は美しく、そして勇ましい姿は心を惹きつけた。しかし、竜は静かに寝息をたてていて、なんとなくだがとてもカワイイ。

 

でも、ドラゴンといえば強さだろう。いったいどれだけの強さを持つのだろうか。

 

 

「さて、良いものを見させてもらった。帰るとしようかの」

 

「ユン先生、ドラゴンって実在するんですね」

 

「みたいじゃの。眠っておるみたいじゃが」

 

「ドラゴンってどんな生き物なんですか?」

 

「人語を解する知能を持ち、水の中に住み、雷雲や嵐を呼び、竜巻となって天を自在に飛翔する。おい、エステル、なんじゃその目は?」

 

「ユン先生、ドラゴンってどれだけ強いんですかね?」

 

「む、エステルよ。その目はなんじゃ? そのキッラキラした目はなんじゃ!?」

 

「わたし、気になります!」

 

 

独りで焦るユン先生を放っておいて、私は近くにある大きな岩を抱えた。ぶつけたら怒るだろうなぁ。楽しみだな。

 

ユン先生とドラゴンってどっちが強いんだろう。ユン先生もたいがい人間やめているし、こんなカッコいいドラゴンなら絶対に見かけ倒しじゃないだろうし。っていうか、あの竜の背中に乗ってみたい!

 

 

「何を嬉々として岩を持ち上げて…、投げるでないぞ、投げるでないぞ…、絶対に投げるでないぞ!」

 

「ふはっ! 法律は無視するモノ。押したらダメと言うボタンは押すモノ。ルール上等、私は自由だ。悪いことしたい年頃なんです!! 今お前は私に絶対に岩を投げるなと言ったなぁぁぁぁ!!」

 

「やめんかぁぁぁぁ!!」

 

 

そして私は岩を振り上げ、最高の笑顔でドラゴンに向かって岩を投げ…なかった。まあ、私だって分別はつくのである。

 

私はそっと岩を置いてユン先生に舌を出しておどけた様に笑った。ユン先生は溜息をついて肩をすくめる。あれ? 先生、なんで刀に手をかけているんですか?

 

 

<何やら五月蠅いな、人の子よ>

 

「なっ!?」

 

<何を驚いている?>

 

「キェェェェェェアァァァァァァ、シャァベッタァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

<私にはおぬしらのような発声器官は備わっていない。故に『念話』という形で語っている>

 

「なるほどの。しかし、人語を解するとは、魔獣の類ではあるまい」

 

<悪いが、多くの事について語るのは古き盟約により禁じられている>

 

「ほう、盟約か。ならば貴様、女神に遣わされた聖獣じゃな」

 

 

色々あって、現在、私たちは目の前の竜とお話などをしている。お名前は『レグナート』さん。1200年以上前から生きている古代竜の眷属らしい。女

 

神に遣わされた聖獣とか、よく分からない話をしているが、いったいどういうことだろうか。というか、竜と対話しているというこの現状があまりにも非現実的すぎる。私はぼーっと竜を眺めていた。

 

 

<ふむ、そこの小さき娘、覚えのある匂いがするな。『剣聖』の娘か?>

 

「え?」

 

 

いやいや、なんでこのドラゴンさん私の父を知っているのでしょう?

 

まさか、いや、ありえないわけじゃないだろうが、あの不良親父、もしかしたらこの竜と…お知り合いなんでしょうか。あのオヤジならドラゴンと一緒に酒飲んでいてもおかしくはない…か?

 

 

「父と知り合いなんですか?」

 

<13年前、眠りにつく時、最後に出会った人間の1人だ。剣の道を極めると言って無謀にも挑んできたのだが、いまだ壮健でいるのか?>

 

「はい。色々な事がありましたけど、今も元気にやっています」

 

<そうか、それは良かった>

 

 

剣の道を極めるために竜に喧嘩を売りに行く。流石親父殿、漫画的な世界に生きておられる。ぶっちゃけて言えば、空手を極めるために熊と戦おうとしたりする行為だろう。

 

うん、バカである。その頃にはお母さんと交際していなかったのだろうか? まあ、後で問い詰めに行こう。

 

 

「それであの、立派な翼をお持ちですけど、飛べるんですか?」

 

<もちろんだ。まあ、翼の力だけで飛ぶわけではないが>

 

 

まあ、物理的にそうだろう。あの巨体はおそらく数十トリムあるだろうし、いくら筋力があったとしても、あの大きさの翼では余程の速度で羽ばたかなければ空を飛ぶことは出来ないだろう。

 

だが、この世界には浮いている生き物もいるし、何より目の前の竜からは重力に関わる『空』の属性を強く感じる。

 

 

「お願いがあるんです」

 

<なんだ?>

 

「あのっ、レグナートさん、背中に乗せてもらえませんか!? それで、その、空を一緒に飛んでみたいなって…」

 

<……>

 

「えっと…」

 

<ふふふ、面白い。流石は『剣聖』の娘か。いいだろう、暇を持て余して眠っていたのだ。そのぐらいはお安い御用だ>

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

私達はそんな約束をする。ユン先生は呆れた表情をしていたが、すごく嬉しい。ドラゴンの背に乗って飛ぶ。なんだか夢のようだ。ファンタジックでワクワクする。

 

きっと、こんな体験は他では絶対にできないだろう。私がレグナートに近づくと、彼は乗りやすいように腕を差し伸べてくれる。

 

 

「ありがとう、レグナートさん」

 

<ふふ、人の子を乗せて飛ぶなど久方ぶりだ>

 

 

トントンと彼の背中に乗る。竜鱗はひんやりしているように見えて、彼の体温が伝わってきて心地よい。触り心地はとても滑らかで、美しい竜鱗を私は撫でる。

 

レグナートがくすぐったそうに唸るのがカワイイ。レグナートは近くで見たらものすごく大きくて立派でため息が出そう。

 

 

「先生は乗せてもらわないんですか?」

 

「わしは構わん。楽しんでくるといい」

 

<では、ゆくぞ>

 

「はい!」

 

 

首につかまる。レグナートが勇壮に大きく翼を広げた。そうして彼が羽ばたくと、地上に猛烈な風が巻き起こってユン先生が手を目の前にかざす。

 

そうしてゆっくりと彼は空に浮きあがった。ゆったりとしたはばたきで彼はその場でホバリングを行い、方向転換をする。

 

そうして彼のねぐらをゆっくりと飛び立っていく。霧降り峡谷の霧を抜けて、高度と速度をどんどん上げていって、ボース地方を一望する。

 

飛行機よりも遅い速度だけれども、そのはばたきと大きな背中に乗って見る世界はとても幻想的で綺麗なものに見える。

 

 

「すごい…、レグナートさん、すごくいいですっ」

 

<しっかりと掴まれ>

 

 

肌に感じる風は心地よい。時速2000セルジュは出ているだろうが、振り落されるような烈風は無い。どうやら魔法の力によって周囲の空気の流れをコントロールしているようだ。

 

雲を抜けて、ボースの街の上を旋回する。ミニチュアのような都市を見下ろして、琥珀の塔を真下に、そのままヴァレリア湖へと向かう。

 

まるで、私自身に翼が生えたような、あるいはあらゆる枷から解き放たれて自由になったような。それは、そんな奇跡のようなひと時。

 

空はどこまでも高く、広く、青く、私は空の美しさを再び知った。ああ、やっぱり私は空が好きなんだ。

 

 

「空はいいですね。空を飛ぶものは、ただそれだけで美しい。レグナート、貴方はその中でもとびきりです」

 

<礼を言おう。しかし余程、空を飛ぶことが好きと見える>

 

「はい。私は空を飛ぶためにこの世界に生まれたんです」

 

<ふふふ、面白い娘だ>

 

 

定期飛行船が真下を航行している。甲板に出ている人たちが驚き指をさして私たちを見た。私は手を振って彼らに応える。悠々と空の散歩。

 

飛行機とは違って静かで開放感があり、飛行船よりも迫力がある。しばらくすると、グランセル城と王都の街並み、そしてアーネンベルクのすばらしい楕円の長城が見えた。

 

 

「レグナートはこうやって昔はよく空を飛んでいたんですか? あまり記録には残っていないですけれど」

 

<ふむ、かつては人の前に姿を現したこともあったがな。人の子が空を飛ぶ機を生み出してからは、少しばかり窮屈になった>

 

「そうなんですか? 貴方の速度なら飛行船なんてすぐに振り切れるでしょうに」

 

<そうだったのだがな。だが、今の時代はそうもいかないらしい>

 

「私のせいですね」

 

 

遠くから軍用機が近づいてくるのを見た。フォコン3型。大馬力のエンジンに換装したことで、6000CE/h以上の速度性能を発揮する新鋭機だ。

 

それらは一気にレグナートに近づくと、私たちの周囲を様子を見るように旋回する。私はとりあえず手を振ってみた。

 

 

<驚いているな>

 

「まあ、驚かない方がおかしいでしょう」

 

 

そして私たちは笑いあった。あまり空軍を刺激するのも良くないので、私たちは霧降り峡谷に帰投する。そうして私たちの空の散歩は終わりを告げた。

 

最高の思い出。そうして私とレグナートは友達になった。その後も山籠もりをしている間、頻繁に会いに行って、一緒に暖かいお茶を飲んで、お話をした。

 

また、時には修行にも付き合ってもらった。レグナートは強く、堅く、そして何より強力な魔法を扱った。

 

『空』の属性に関わる超重圧の魔法は強力で、私は何度も苦戦させられた。本人…本竜?曰く、無限の生命力を持つそうで、彼につけた多少の傷は全然問題にならなかった。

 

しかし、どんなに楽しくても別れの時は来る。私には私のやるべきことがあり、いつまでもこの山にいるわけにはいかなかった。そうして惜しみながらも私はレグナートに別れの挨拶をしに行く。

 

 

「レグナート、また遊びに来ますね。今度は美味しいお菓子を焼いてきます」

 

<楽しみに待っておこう>

 

「それでは、また会いましょう」

 

<そうだな。また会おう、面白き人の子よ>

 

 

私の、人以外の初めての友達はこうして出来た。彼はどこまでも気高く、美しく、そして私は空への希求を再び得ることがでいた。

 

航空機開発や宇宙開発を、私は戦役の後やらなければならないものとして捉えている節があった。しかし、今は純粋に飛行機を作りたいという欲求が心を満たしつつある。

 

私はレグナートと出会って本当によかった。竜との邂逅はそんな思いを私の中で蘇らせた。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、ただいま」

 

「お帰りなさいエステル!!」

 

「おかえりなさい」

 

「エ、エリッサ、そんなに抱き付かないでください」

 

「だって、寂しかったんだもん!」

 

「あんたらねぇ…」

 

 

そうして私たちはロレントの家に帰ってきた。二カ月ぶりの我が家。かつての面影はないけれども、2年ほど住み続ければそれなりの愛着は湧く。

 

いきなりエリッサに抱き付かれ、シェラさんが呆れたように私たちを見る。ちなみにシェラさんが助けてくれることはない。

 

他にもラファイエットさんとメイユイさんが頭を下げて出迎えてくれるが、何やらほかに三人ほど新しいメイドさんがいるようだ。メイユイさんの後ろに控えて、私に向かって頭を下げている。

 

 

「ラファイエットさん、メイユイさん、この方々は?」

 

「新しいメイドでございます。軍情報部から新たに斡旋されまして」

 

 

話を聞けば、ボースで猟兵団に襲われたことを重く見た軍が新たに護衛を兼ねたメイドをスカウトしてきたらしい。

 

もともと情報部が工作員として目につけていた人物たちらしく、戦闘能力についてはかなり優秀だそうだ。メイドとしてはどうなのだろうか?

 

 

「初めまして可愛らしいご主人様。私はシニ・エストバリと申します。ノーザンブリア自治州で遊撃士をやっておりました」

 

「クリスタ・A・ファルクですわ。よろしくお願いいたします」

 

「エ、エレン・A・ファルクと申しましゅっ」

 

「エレン、噛んでるわよ」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんっ」

 

 

シニさんは銀色の長い髪をした長身のメイドさん。元遊撃士ということらしく、優雅にスカートを持ち上げて私にお礼をしてきた。

 

もう一人は金色のウェーブのかかった、ナイスバディのちょっとゴージャスなお姉さんのクリスタさん。最後のエレンさんは短めの金髪をした12歳ぐらいのちょっとオドオドした女の子。

 

 

「お嬢様、三人のプロフィールです」

 

「情報部が精査しているのでしょう?」

 

「一応ご確認ください」

 

 

そうして私たちは荷物を置いて、リビングに行く。ソファに座って私は渡された書類をめくる。

 

腕にしがみついて頬をすり合わせてくるエリッサが微妙にうっとうしいが、まあしばらく離れてたので好きにさせる。

 

そうして三人の素性がだんだんと明らかになっていく。かなり苦労してきたようだ。

 

17年前、七耀歴1178年に起きた『塩の杭』によるノーザンブリア大公国の崩壊。二人はそれに被災したことで、住む家を失い、貧しい暮らしを余儀なくされた。

 

とはいえ才能があったらしく、シニさんは遊撃士となって身を立てることに成功した。しかし、唯一生き残った肉親の父親が重い病気にかかってしまったらしい。

 

医療制度の整っていないノーザンブリアでは治療が難しく、医療先進国であるレミフェリア公国の医療機関ならば希望はあるが、優秀なB級遊撃士のシニさんでもその治療費・入院費を捻出するのは困難だった。

 

そこに目を付けたのが王国軍情報部だったらしい。合意の上とはいえ、なんだか人身売買みたいな話だ。

 

クリスタさんはノーザンブリア大公国の貴族階級の出身者だ。ただ、公都ハリアスクにあった屋敷は多くの家族と共に塩の海に飲まれた。

 

家財を失った彼女は生き残った身重の母親と共に親戚の家に身を寄せたが、その待遇はあまり良いものではなかったらしい。

 

そこでクリスタさんは一念発起して、当時ノーザンブリアで最大の働き口ともいえた猟兵団に身を投じた。

 

極めて優秀な戦力を見せたが、本人が高潔すぎる性格の持ち主で、汚い仕事に対して強い反発をし、仲間たちとソリが合わなくなったせいで解雇されてしまったらしい。

 

そんな追い詰められた彼女をどういう訳か情報部がスカウト。そのまま家族と一緒にリベールにお持ち帰りされてしまったらしい。

 

後ろ暗い経歴が無いのは良いが、諜報員としては向いていないということで、私の護衛に回されたようだ。

 

エレンさんはクリスタさんの妹だ。戦闘能力は特にないが、クリスタさんとセットでリベール王国に来た際に、一緒に我が家に就職したらしい。

 

物心ついた時から親戚の家で下女扱いされていたらしく、家事全般については保障されているとのこと。

 

 

「元親衛隊に工作員に加えて、遊撃士と猟兵ですか。なんだかバラエティが豊かになってきましたね」

 

「二人とも腕は確かです。シニは導力銃と刃を合わせたガンブレードの使い手で、導力魔法(アーツ)も得意なようです。クリスタは大剣による戦闘が得意のようでして、爆薬やトラップについても知識が豊富です。エレンは残念ながら非戦闘員です。鍛えましょうか?」

 

「ま、まあ、メイド全員戦闘能力あるとかどんな家なんだって感じですので。本人の好きにさせてください」

 

「分かりました」

 

「あ、そういえばお土産です」

 

「何、エステル?」

 

「ふふ、シェラさんもエリッサも驚きますよ」

 

 

そうして私は革袋から大きな金耀石の結晶の塊を取り出した。両手で抱えるほどの大きな金色に輝く宝石。それは見るもの全てを圧倒する。

 

さらに山のような七耀石の欠片(セピス)、色とりどりの七色の宝石の欠片が大きな袋から出てくる。これだけで立派な家が一軒建つだろう。

 

 

「え、これって、金耀石(ゴルティア)?」

 

「うわっ…、こんなのあたし見たことないわよ」

 

「なんて大きな結晶…。それに大量のセピス…。お嬢様、これはいったい?」

 

「金耀石はドラゴンに貰いました」

 

「は?」

 

「だから、ドラゴンに貰いました」

 

「は?」

 

 

説明すると、レグナートにお土産で貰ったのだ。曰く、久しぶりに楽しませてもらったからという事だが、とんでもない価値のある宝石で正直びっくりした。

 

これだけの大きさだと1000万ミラは下らないだろうし、純度とか希少性を考えればそれ以上の数字になりそうだ。竜にとっては特に価値のないものらしい。

 

セピスの方は魔獣を退治していたら自然に集まった。魔獣の特定の内臓には大量の七耀石が溜まっている部分がある。

 

そういったモノを適切に処理することでセピスが得られるのだ。こういったものは遊撃士の重要な収入源になっているという。ざっと70万ミラ程度の価値はあるだろう。

 

 

「今度、メルダース工房に細工の加工を依頼しましょう」

 

「国宝級のモノが出来そうですね。シニ、クリスタ、これを金庫に。丁重に運びなさい」

 

「分かりました。うわ、こんなの見たことないや…」

 

「承知いたしました。わたくしもこれほどの金耀石、拝見したことがございません。こほん、エステルお嬢様、お湯の準備が出来ました」

 

「お風呂ですか。ゆっくり入りたいですねー」

 

「エステル、一緒に入りましょ」

 

「だが断る」

 

「えー、なんでよー!」

 

「なんでって、エリッサ、絶対に変な所触ってきますよね。私は今日はゆっくりとお風呂に入りたいんです」

 

「へ、変な所なんて触らないよ。信じてエステル」

 

 

エリッサが潤んだ瞳で私におねだりをする。私はんーと考えながら、まあ、しばらく一緒に入っていなかったし、本人に徹底させればいいかと判断する。

 

 

「分かりました。ただし、怪しい事をしようとしたら、容赦なくお腹にパンチいれますから」

 

「う、うん。最近、エステルの私への扱いが雑になっているような気がするけど、わかった」

 

「あと、シェラさん、助けてください」

 

「嫌よ。あたし、そういうので恨み買いたくないし」

 

「そこをなんとか!」

 

「……しょうがないわねぇ」

 

 

そういうわけでエリッサとシェラさんを連れだって浴場へ。家も広ければお風呂も広い。まあ、家が大きいのに風呂が小さいとか意味不明なので。

 

Xのいた世界のキリスト教圏ではお風呂は一般的ではありませんでしたが、この国ではお風呂に入ることはかなり一般的。水の質にもよるのでしょうが。

 

白いタイル張の浴室は広く、20アージュ四方ほどはある。シャワーやサウナなどの設備もあって、父とユン先生などはよくサウナで語り合っているらしい。私たちは裸になって、湯船へと直行する。

 

 

「あ、いいお湯です」

 

「ふふ、久しぶりにエステルと一緒だ」

 

「抱き付かないで下さいよ」

 

「やだー」

 

「…はぁ、だから嫌だったのに」

 

 

とはいえ約束通りエリッサはセクハラ行為に走らない。まあ、抱き付いてくるのは良しとしよう。そうして私たちはお風呂の中で、この二か月ほどの間に起こったことを語り合う。

 

大きなペンギンを捕まえたこと、ドラゴンのレグナートと仲良くなった事。語ることはたくさんあった。

 

 

「シェラさんまたお酒飲んでたんだ」

 

「べ、別にいいじゃない」

 

「ラファイエットさんに怒られてたよ。一緒にカシウスさんも」

 

「お父さん何やってるんだか…」

 

「先生は悪くないわよ。ただちょっと晩酌に付き合ってもらったというか」

 

「シェラさんが誘ったんですか…」

 

「エステルはまたちょっと筋肉がついたねー。でも、すべすべ」

 

「くすぐったいです。まあ、氣を巡らすと美容の効果もあるみたいですから」

 

「え、そうなの? あたしも習ってみようかしら」

 

「洗いっこしよ」

 

「変な触り方しないでくださいね」

 

「わかってるってば」

 

 

そうして、私のちょっとした冒険は終わりを告げた。

 

 

 





少女×ドラゴンは大好物です。

第11話でした。

今回は魔獣について。

魔獣。モンスター。それはRPGにはなくてはならない存在。もちろんこの軌跡シリーズにも魔獣はいます。どこにでもいます。

平原で、街道で、下水道で、草原で、アパートで、トンネルで、海上で、空中で、地中で、湿原で、この地上のありとあらゆる場所に奴らは存在します。

そういう奴らは決まって人間たちに対して好戦的です。なぜこんな奴が人間を襲うのかと思うほどに好戦的です。生態もどこかおかしい奴らばかりです。

まあ、七耀石というファンタジー要素がありますので、魔法を使うのも、浮くのもいいでしょう。だがニガトマトマンてめぇはダメだ。

まあそんな魔獣ですが、この世界の魔獣には一貫して一つの行動特性が見られます。すなわち、七耀石に誘引されるという特性です。

これは作中でも様々な場面で見られる特徴で、イベントなどでは魔獣避けの導力灯が故障して…、などというこじつけで魔獣との戦闘イベントが発生したりします。

この七耀石を求めるという特性から、魔獣を倒すと七耀石の欠片であるセピスを取得できるという設定が原作には存在します。

まあ、敵を倒したらお金を落とすというよりは説得力のある話でしょう。人間を倒してもセピスを落とす理由がいまいち分からないのはゲーム的な都合として無視しましょう。

この七耀石を求めるという特性、以前にも述べましたが、七耀石という物質がこの世界の生物にとって重要な栄養源になっているのではないか…そういう考察を行いました。

魔獣が魔法を使えるのもこういった七耀石を体内の蓄え、導力器のような運用方法を行って魔法を発動しているのでしょう。

さらに考察するのなら、この七耀石が生み出す導力エネルギーを活動エネルギーとして利用しているのではないだろうか、という考察も可能です。

であるならば、活動性の低い生き物なら食料の摂取は肉体を構成する物質を補給するという意味しか無くなるわけです。

これは七耀石の鉱山における事故で閉鎖空間に繋がった際に、そこから大量の魔獣が入り込んできたというイベントからも見て取れるでしょう。

外部から閉ざされた空間に大量の魔獣が発生しているという異常な状態。生態系が成立するとは思えない場所です。

これも七耀石からエネルギーを得る事が出来るなら、後は空気中や鉱物に含まれる無機物を体内の共生菌などを利用して固定できれば体を維持できるわけですから、熱水鉱床において成立している特殊な生態系を参考にすれば容易に想像がつくわけです。

そういう意味ではこの世界の人間たちの驚くべき身体能力や特殊な能力も、細胞内に取り込んだ七耀石の成分によるものと考察するとしっくりくるのかもしれません。

氣とか魔術とか幻術とか訳の分からない能力が登場するのもこれが理由と思えば良いのでしょう。

だがニガトマトマン、てめぇはダメだ。だいたい、にがトマトってZCFで品種改良で生まれた新作物だろうが。

なんでいきなり魔獣化してんだよ。おかしいだろ。しかも倒したらにがトマト落とすってどういうことだよ。まったく、わけがわからないよ。



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012

 

 

アゼリア湾とテティス海を隔てる半島と島嶼群。ツァイスから南西に向かって伸びるこの地域は王国の主要な街道から大きく外れ、小さな農村や漁村が転々として存在するだけの辺境地域でしかなかった。

 

しかしながら、そういった立地。王国の南端であり、人の目につきにくいこの土地に利用価値を見出す者もいる。

 

私がそうだ。この辺境の、リベール王国の果てに軍とZCFによる最先端の秘密研究所が存在することを知る王国市民はほとんどいない。

 

諸外国でも帝国軍情報局がもしかしたら何らかの情報を得ている可能性はあったが、強固なセキュリティーによりその全貌を知られることは無かった。

 

ここでは表向きはロケットの研究がなされている。立派なロケット発射施設はよく目立ち、たびたびここから白い煙を上げて、柱のような巨大な物体が天空に向けて飛翔していくのが見えるかもしれない。

 

王立航空宇宙研究所というのがその名前だった。ジェットエンジンやロケットエンジンの燃焼試験、新型航空機の飛行実験、またはロケットの打ち上げ等を行うための研究施設である。

 

だがもう一つ、この地には秘密研究所が存在する。それは航空宇宙研究所から少し離れた島に建設されており、時折大きな船と飛空艇がその場所に訪れていた。

 

こここそが、後に世界を震撼させる新型導力爆弾と名付けられた兵器を製造する研究所、表向きの名は王立航空燃料研究所とされていた。

 

 

「しばらく顔を見せられないですみませんでした」

 

「いえ、博士に全て任せきりでは我々の立場がありませんので。良い経験になりました」

 

「原子炉の状態は?」

 

「臨界を越えてからも安定しています」

 

「なるほど、成功とみて良いようですね」

 

「はい、これでようやく前進できます」

 

「作業員の放射線被曝については?」

 

「博士の考案された対放射線防護服により規定値を下回っています。ですが、どの程度の数値で危険水準なのかわかっていない部分が多いですので」

 

「分かりました。これからも被曝には注意してください。あと、排水にも注意を」

 

「分かっております。しかし、研究員一同、この研究のために命を賭しています」

 

「だからと言って、優秀な人材を消耗していいという話にはなりません」

 

「お気遣い、痛み入ります」

 

 

秘密研究所においては原子力に関する研究がなされており、プロトニウム生産炉が建設されていた。ウランからプルトニウム239を生産し、爆縮式の原子爆弾を製造する。

 

それがこの施設の存在意義だ。原子爆弾の次は水素爆弾であり、重水の生成も行われている。

 

建造したのは黒鉛炉に分類される。減速材に黒鉛を使用するもので、冷却材には純水を利用する。天然ウランを使用し、副産物としてプルトニウム239が発生する。

 

ウラニウムの鉱石はカルバード共和国や東方などから輸入したもので、様々な理由をつけてそれらがこの場所に運ばれてきている。

 

また、海水中からのウラン等の元素を回収する技術についても研究させている。まあ、こちらはモノになるかは分からないが、導力技術の応用次第ではもしかしたらという感じだ。

 

モリブデンやニッケル、ストロンチウム、マグネシウム、銅、鉄、チタン、マンガン、コバルトなども回収できれば資源の自立につながるかもしれない。

 

まあ、国土が狭く、戦略資源が限られるリベール王国にとって海洋資源の開発は視野に入れてもいい選択肢だと思う。特にウランの輸入量は押さえたい。

 

トリウムといった元素と一緒に輸入しているが、これは原子爆弾の原料を知られたくはないからだ。

 

また、この世界では導力技術による空間操作に関する手法が確立されており、放射線の遮断がより効率的に行えるという利点がある。

 

このため、十分に気を付けた設計を行った防護服や施設を使えば、ガンマ線や中性子線すら99.99%以上の遮断が可能だった。これがなければ作業はもっと非効率的になっていただろう。

 

核物理学についてはXも専門外で、詳細な<知識>も存在せず手間取ったが、基本的な理論は提供してくれたので、研究は大幅な短縮が可能になった。

 

少なくとも、どんな元素を使えばいいのか、どういう構造なのか、どうすれば効率よく核燃料を作れるのかが分かっていたのは大きい。

 

放射能や放射線からの防護も困難だったが優秀な研究員がいてくれたのでそれなりの速度で研究は進展している。

 

黒鉛炉も最初は不安定だったが今では安定的に核反応を制御できるようになりつつあった。あるいは近いうちに実用的な原子爆弾の起爆実験を行うことは可能だと考えられた。

 

この施設については情報部による厳選された人員によって運営され、機密は十分に守られ、ごく一部の信用できる将校や女王陛下を除いて知るものはいない。

 

この兵器が原子力を利用した兵器であることをあまり多くの人間には知られたくないのだ。あくまでも大規模導力兵器として誤魔化し切る。

 

爆弾そのものが完成した暁にはレイストン要塞で製造された新型導力爆弾として、軍内部向けに通達されることとなるだろう。

 

これは導力爆弾であることを主張することで、原子力から注目をそらすと同時に、技術的ミスリードを誘う戦略でもあった。

 

 

 

 

七耀歴1195年、私はZCFにおける一つのプロジェクトに関わっていた。高速導力演算器『カペル』の開発である。

 

王国の産業や軍事にかかる技術は大きく飛躍したが、これ以上の発展には高度なコンピューターの存在が不可欠だった。それに、コンピューターというものにも強く興味が惹かれた。

 

カペルの開発にはエリカさんが深くかかわっていて私は最近ツァイスに頻繁に訪れている。ちなみにティータちゃんは5歳になり、良く喋って可愛い。

 

ダンさんに似ておしとやかな少女だが、ラッセル家の血は争えないのか好奇心が旺盛で、可愛くて、素直で、可愛くて、しかも頭も良くて、そして可愛い。カワイイは正義。

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、見てください、見てください。できましたよっ」

 

「良く出来ましたねティータ」

 

 

ティータが小さな手で導力駆動の玩具を持ってくる。分解したものを組み立てたのだ。色々と教えてあげると、スポンジみたいに知識を吸収してくれる。

 

まだまだ手先の器用さは足りないが、それでも導力車の模型を見事に作り上げていた。あかん、お姉ちゃんとか呼ばれたら、攫いたくなる。

 

 

「ふふ、エステルちゃんデレデレね。頬が緩みまくっているわ。ええ、でも分かる。理解できる。この子は可愛い。ティータは可愛い。世界一可愛い。ダン、私はこの子を産んで良かった」

 

「ティータは可愛いなあ。ほっぺプニプニで可愛いなあ」

 

「お姉ちゃんくすぐったいです」

 

「エリカさん、この子、お持ち帰りしていいですか?」

 

「ダメよ。この子は私の子だから。むしろ貴女が来なさい。ウチの子になりなさい」

 

 

エリカさん譲りの綺麗な金色の髪と空色の虹彩、くりくりとした大粒の瞳にころころと表情の変わる丸みを帯びた顔。

 

それでいて、エリカさんから受け継いだ整った顔は、将来の美人を約束する超絶的な美少女。可愛い。この子は可愛い。お姉ちゃんとか私を呼んで、とことこと追いかけてくるのが可愛い。究極可愛い。

 

 

「でもすばらしいわ。可愛い幼女が二人戯れるこの光景。まるでここは天国。ヘヴン。アルバート・ラッセル!! カメラを! 導力カメラを持ってきなさい!!」

 

「なんじゃ、まったく…」

 

 

エステル・ブライト8歳。やはり彼女も幼女で、そして最近は女の子らしい服装や仕草を身に着けており、エリカ・ラッセルの大好物の一つになっていた。

 

そんなエステルとティータが戯れる姿は、一部の大きなお友達にとってのエルドラド、桃源郷、アルカディアに等しかったのだ!!

 

 

「ぐふふ、エステルちゃん、ティータ、こっち向いて。お写真とりましょうねー」

 

「ティータ、写真ですよ」

 

「はい、チーズ」

 

「お姉ちゃん、導力カメラ、分解してみたいです」

 

「ふむ、カメラといえば、今度、映画館をつくる予定ですよ」

 

「映画ですか?」

 

「人間の動体視力には限界があるので、写真を高速で入れ替えると、まるで動いて見えるようになるんです。そうですね、ちょっと待ってください」

 

 

そうして私は不要になった紙の束を集めて、その角の部分にパラパラ漫画を描く。そうしてティータにそれを見せた。

 

 

「わ、動いて見えます」

 

「こうやって、写真でも同じように動いた画像を作れるんです。薄いフィルムに写真を写して、光で投影してやれば、大きなスクリーンでたくさんのヒトが一度に動く写真を見ることが出来ます。動いている画像に合わせて音楽や音声を流してやれば、臨場感の溢れる映画の出来上がりです」

 

「ツァイスとグランセルにシアターを作るのじゃったな」

 

「手始めですが。やはり、娯楽は必要不可欠ですので。映画の撮影には軍が協力してくれるそうです」

 

「プロパガンダじゃろう」

 

「ですね。『実録・一年戦役』だとか。アニメ映画も作りたいんですが」

 

「アニメ?」

 

「写真じゃなくて、絵を動かすんです。子供向けの可愛らしいキャラクターを動かして、ファンタジックな作品が作れると思います」

 

 

後のルーアンにおいて多数の映画スタジオが生まれ、そしてゼムリア大陸を一世風靡する映画文化が生まれるのはまた別の話だ。

 

 

「カペルの開発はかなり順調ですね」

 

「ええ、予定よりも早く完成できそうだわ。レーザー加工の実用化が大きいわね」

 

 

レーザーに関する研究により、炭酸ガスレーザーや導力レーザーといったものを生み出すことに成功した。

 

もとは測距儀などの光学観測機器を作るために開発したのだが、そしたらラッセル博士が飛びついて、よく分からない精度で加工できるレーザー加工機が出来上がった。

 

21世紀の地球の工作機械と変わらない精度とか、本当にあの人はどうかしていると思う。

 

 

「カペルについてはすごく勉強になります」

 

「エステルちゃんの飲み込みも早いし、いいアイデアくれるからむしろ歓迎よ。来年には完成するんじゃないかしら」

 

 

高速導力演算器カペルはスーパーコンピューターの一種であるが、その基部の大きさは両手の平に収まる程度の驚くべき小ささだ。

 

高性能な航空機にはデジタル・フライ・バイ・ワイヤを取り入れるべきなので、カペルにはすごく興味がある。ロケットの軌道計算もより速く、より高い精度になるだろう。

 

 

「レーザーもすごいけど、色々と発明してるみたいじゃない。チタンについては助かるけど、炭素繊維強化プラスチックと炭素繊維強化炭素複合材料だったかしら?」

 

「ああ、はい。チタンと炭素関連で。飛行機の構造材を作りたかっただけなんですが」

 

 

クロール法によるチタンの精製と加工技術。炭素繊維、炭素繊維強化プラスチックなどの炭素に関連する素材の研究を行った。

 

超音速飛行機の材料としてチタンは必要不可欠だし、炭素繊維強化プラスチックもまた有用な材料だ。他にもジェットエンジンに用いるタービンブレードのためのニッケル系超合金を開発している。

 

まあ、ニッケル超合金はセレクタを使用して単結晶になるように工夫し、組成はRene' N6の重量組成で形成するが、それでも1050℃を超えると強度が落ちてしまう。

 

(Rene' N6:クロム4.2、コバルト12.5、モリブデン1.4、タングステン6.0、タンタル7.2、レニウム5.4、アルミニウム5.75、ハフニウム0.15)

 

これに対しては炭化ケイ素のレーザーブレーションによる遮熱コーティング、中空構造と導力器による冷却システムの採用によって対応し、1500℃で1000時間の耐用を実現できるはずだ。

 

これでもターボファンジェットエンジンに対応できる程度で、スクラムジェットには少し足りない。

 

炭素繊維強化炭素複合材料C/Cコンポジットは耐熱性が2500℃までその強靭性が低くならないという特徴があり強度も最高であるが、高熱下で酸化に弱いという欠点がある。

 

Xの世界ではコーティング技術の確立ができていなかったために、エンジンの材料としては使用できなかったが、七耀石や導力技術の活用でもしかしたらこの辺りを改善できるかもしれない。

 

 

「でもまあ、今は割とそれどころじゃない状況に追い込まれているんですが」

 

「どうしたの?」

 

「ユン先生に課題を押し付けられまして」

 

「課題?」

 

「はい」

 

「今度グランセルで行われる武術大会で優勝しろと」

 

「は?」

 

 

エリカさんの目が点になる。まあその時、私も一瞬自分の耳を疑った。その次に、この爺さんとうとう耄碌したかと思った。

 

何故ならば吾輩は幼女である。8歳である。お子様である。身長だってまだ136リジュだ。ぅゎょぅι゛ょっょぃというのはアニメやゲームの中の話で、現実に適用されるものではないのだ。

 

 

「そ、それは大丈夫なの?」

 

「わかりません。ラファイエットさんに相談したら、がんばれば優勝できるのではないかと」

 

「ああ、あの元王国親衛隊の。というか、エステルちゃんがんばれば優勝できちゃうんだ…」

 

「はっきり言って自信が無いというか、メイユイさんに聞いてもモルガン将軍に気を付けろとか、そんな事しか言ってくれなくて」

 

「エステルちゃんって、どのぐらい強いの? 昔から剣の練習はしていたみたいだけれど」

 

「分からないです。最近はユン先生に連れられて魔獣なんかを相手にしていますが」

 

「魔獣退治!? 大丈夫なのソレっ?」

 

「そんなに強くなかったですよ。レグナートは別格でしたけど」

 

「レグナート?」

 

「ドラゴンです。ほら、この前のリベール通信で写真が掲載されてましたよね。彼に会ったんですよ」

 

「ド、ドラゴン…、動物学研究部門が騒いでたのは知っているけど」

 

「羽の生えたおっきなトカゲぐらいに思ってたんですけど、喋るんですねドラゴンって。背中に乗せてもらったんですけど、すごく楽しかったですよ」

 

「エステルちゃん、貴女が何を言っているのか私には分からない」

 

 

なんというか、リベール各地の色々な場所に連れていかれて、色々な魔獣をかたっぱしからやっつけているが、それがどの程度の敵なのかさっぱりである。

 

カルデア隧道の鍾乳洞の地底湖は綺麗だったな。変なでっかい派手なペンギンがいなければもっと良かったのに。

 

霧降り峡谷では雪男とか氷の塊みたいなのと戦った。まあ、そいつらは特に問題は無かったが、ドラゴンのレグナートがいたのにはびっくりした。

 

友達になって、背中に乗せて一緒に空を飛んだのは一生の思い出だ。ちなみに、父も彼と友達だったらしい。世界とは狭いものだ。

 

ユン先生からは、とりあえずリベール王国で行けない場所は無くなっただろうとお墨付きをいただいたが、それはすごいことなんだろうか?

 

魔獣は強いものもいて、実戦で学ぶことはとても多かった。多かったが、やっぱり不安である。なにしろ、ユン先生には勝てたことが無いのだから。

 

 

「誘拐犯っぽい人たちとは戦ったことがあるんですけどね」

 

「ゆ、誘拐犯!? 大丈夫だったの?」

 

「あ、はい。ユン先生と一緒だったので」

 

「ああ、それなら安心ね」

 

「はい。好きなように戦えと背中を押してもらえました」

 

「あ、貴女の先生が守ってくれなかったの?」

 

「えっと、無理っぽかったら後始末はしてくれると」

 

「……」

 

 

あれは今思い出してもあまりいい思い出ではない。初めて自分の手で人を殺した。それは必要な通過点だったが、ショックは大きかった。

 

それでも、彼らは私の糧になった。情報部によればエレボニア帝国に雇われた猟兵だろうとのことで、現在は外交的な手段での非難が行われる予定だ。

 

 

「銃を持っている相手と剣で戦うとは思いませんでした…」

 

「そうなんだ…」

 

「まあ、切り札もなんとか形になっているので、そうそう無様な試合はしません」

 

「切り札?」

 

「はい。結構、がんばりました」

 

 

 

 

 

 

『これより第53回女王生誕祭を開始いたします。それではアリシア2世女王陛下よりお言葉を…』

 

 

リベール王国初のラジオ放送が開始される。女王陛下のスピーチから始まったラジオ放送は、祝辞を述べた後に、周波数による番組の案内を始める。

 

ラジオではニュース番組やオーケストラや歌劇のコンサート、競馬や武術大会などの中継が行われる予定だ。

 

ZCFとリベール通信の威信をかけた初のラジオ放送のため、スタッフたちはミスをしないように励んでいるらしい。一方私は武術大会に参加していた。まあ、最年少というか、史上最年少というか、出場すら危ぶまれたのだが、軍からなんとかお墨付きを貰って参加することが出来た。

 

実力を証明するために軍の一個小隊を相手にして、正面から50人を倒すのはとても大変だった。でもまあ、相手を殺さず、後遺症も残さずに倒す技術を磨くことが出来て有意義な戦いだった。そうして、なんとか選手として登録出来て一安心といったところだ。

 

この日のために研究よりも鍛錬を重視して、それなりに腕は上がったと思う。父曰く、そこいらの遊撃士よりは遥かに腕が立つと言われたが、果たしてどの程度通用するのやら。まあ、予選の相手は一般的な兵士だったので普通に倒せた。特に苦労した感じはしない。

 

一応、切り札を用意していている。ユン先生には完全な初見殺しと言われ、凶手にでもなるのかと聞かれた。まあ、私もそういう類の技術だと理解しているが、本当の所、暗殺者と言うのはこういう技を使うのだろうか。

 

 

「エステル、頑張って」

 

「応援してるわよ」

 

「はい、なんとか無様な試合だけはしないように頑張ります」

 

「一回戦は遊撃士のヒトらしいね」

 

「確かグラッツさんという方です」

 

 

武術大会は王都グランセルの競技場、グランアリーナにおいて行われる。<記憶>に存在する大規模な競技場に比べれば慎ましやかだが、建物自体は石造りの重厚なものだ。芝の植えられた長方形の競技場。両端には鉄格子の門があり、左右に階段状の観客席がある。

 

そうして、私の順番がやってくる。一回戦第12試合。私は係員の人に呼ばれて競技場へと歩み出た。私が競技場に出ると、観客席がざわめき出す。まあ、普通そうなるでしょう。身の丈の2/3ほどの太刀を持った10にも満たない子供が出てきたのだから戸惑うのも仕方がない。

 

そうして、相手側も出てくる。赤い髪の精悍な青年。若手ながら有能な遊撃士であると聞いている。両手剣を獲物としているようだ。直接打ち合うと刀が壊れそうなので気を付けよう。

 

 

「は…? 子供?」

 

「あ、すみません」

 

 

グラッツさんは目を丸くしている。まあ、本当に本当に仕方がないのだけれど。私でも目を疑うはずだ。グラッツさんも力を出しにくいだろう。

 

 

「えっと、悪いが適当に終わらせてもらうぜ、お嬢ちゃん」

 

「遊撃士のお兄さん、油断は禁物かもしれないですよ」

 

 

まあ、とりあえず初手から全力で。相手は百戦錬磨の遊撃士だ。勝つか負けるかは別としても、良い経験にはなるだろう。私はそうして鞘に納められた刀の柄を握る。八葉一刀流・五の型「残月」。それに師匠から教えてもらったアレンジを加えた一撃。

 

 

「それでは一回戦第12試合を開始します。両者、開始位置についてください。…双方構え。……始め!」

 

 

開始が告げられた。相手は油断していて、隙だらけ。だから、とりあえず私は一気に間合いを詰めて踏み込む。遊撃士は全く反応が間に合っていない。驚いたような表情をよそに、私は一気に抜刀を行う。完璧なタイミング、氣の同調は完全に上手くいった。そして、

 

 

 

 

武術大会、俺は腕試しのためにと参加した。この大会にはクルツさんや他の遊撃士、モルガン将軍などの実力者が揃っているらしく、腕が鳴るというモノだった。そうして迎えた一回戦、その相手は驚いたことに年端もいかない子供。名前はエステル・ブライト。あの有名な英雄の少女だった。

 

英雄とは言っても、彼女の本業は研究者。彼女は飛行機という新時代の兵器を開発し、それによってリベールを勝利に導いた、いわば『智』の英雄だった。だから、何故こんな大会に彼女が出場するのか理解できない。とりあえず、怪我をさせたら大ヒンシュクを買いそうなので、剣を払い落として勝ちをもらおう。

 

そうして試合の号令がかかった瞬間、彼女は驚くべきことに俺の目の前にいた。それはあまりにも速い踏み込み。油断していた俺には、いや、万全の態勢をとっていたとしても対応できたかどうかは分からない。とにかくそれはあまりにも速すぎた。そして彼女の太刀が振るわれる。

 

 

「なっ!?」

 

 

目視することが出来ない程の抜刀術。そういえば、彼女は確か『剣聖』カシウス・ブライトの娘だったはず。まさか、その剣を受け継いでいるというのか。だがそれ以上に俺を困惑させたのは、弾き飛ばされた俺の剣だった。いや、弾き飛ばされたのではない。柄はまだある。無くなったのは、柄から数リジュほど先の刀身全て。

 

 

「遅い」

 

「ごふっ」

 

 

俺の大剣が断ち切られた。その事に唖然とした俺は体を硬直させてしまう。そして次の瞬間、喉元に衝撃が走った。少女は刀を振り抜いた次の瞬間、左手に持った鞘の先端を振り返りざまに俺の喉元に打ち付けたのだ。呼吸が止まり、俺はよろけて後ろに下がる。そして、

 

 

「勝負ありです」

 

 

彼女の刀の刃が、尻餅をついた俺の首にそえられていた。それは秒殺。あっという間の出来事。会場はシンと静まり、そして俺はただ「参った」と言うしかなかった。あまりにも鮮やかであっけない勝負。まるで狐にでも化かされたような気分で俺は両手を挙げた。次の瞬間、観客席が湧いた。

 

控室に戻ると、カルナとクルツさんが待っていた。剣を振るうことさえ出来ずに俺の大会は終わり、そしてあんな負け方では、合わす顔などなかったが、二人は笑顔で迎えてくれる。

 

 

「散々だったね、グラッツ」

 

「ああ、カッコ悪いッたらありゃしない」

 

「油断したなグラッツ」

 

「ああ、だがあの子は…」

 

「強いな。速さが尋常ではない。あれは八葉一刀流だろう」

 

「知っているのか?」

 

「ああ、東方では名の知れた流派だ。あの歳であそこまで使いこなせる者は一握りもいないだろうが」

 

「私ならかなり不利だろうね。あの速度で間合いに入られて、剣まで切り落とすっていうんなら、私の銃なんて一撃だろう。というか、剣を切り落とすなんて出来るものなのかい?」

 

「斬鉄という技が東方に伝わっているそうだ。達人の技だというが…」

 

 

世界最高峰の頭脳にして、達人級の剣の使い手。馬鹿げているというか、途方もない話と言うか、現実感すらない話だ。あの速さは今の俺では対処できないだろう。歯牙にもかけない、鎧袖一触。クルツさんも達人であるが、彼なら彼女と戦えるだろうか?

 

 

「アンタならどう戦う?」

 

「接近戦は不利だな。あの身体の小ささに、あの速さと技の切れ。距離を置いて、法術で対応するしか考えが及ばない」

 

「まあ、次からの参考にさせてもらうさ。負けるなよ、クルツの旦那」

 

 

 

 

一回戦を勝利して、私はエリッサたちがいる観客席へと向かう。すると、エリッサが満面の笑みで抱き付いて来て、少し照れくさい。ティオなどはまたかという呆れた表情で生暖かい視線を送ってくる。まあ、勝ったには勝ったが、相手の実力を出させる前にやっつけたという感じで、あまり戦ったという感じはしない。

 

 

「おめでとうエステル」

 

「圧勝だねっ、エステル」

 

「ありがとうございます、エリッサ、シェラさん」

 

 

「相手が油断していたがな。一回戦を見たところ、お主の敵になりそうなのはモルガン将軍と遊撃士のクルツという男、あとはジョバンニか。しかし、ふむ…」

 

「ユン先生?」

 

 

ユン先生が少し考え込む。最後の方の言葉は上手く聞き取れなかったが、何か気になることでもあったのだろうか。まあ、とにかく注目すべき選手は3人。武神と謳われた勇士モルガン将軍とベテラン遊撃士のクルツさん、そして共和国から参加したというジョバンニという少年だ。

 

モルガン将軍は歳にも関わらずハルバードを豪快に振り回して、出場していた王国の士官らしき人を吹き飛ばしていた。クルツさんという遊撃士はアーツとは異なる法術と呼ばれる魔法のような力を使うみたいだ。槍の使い手としても強そうで、先ほどのようにいかないだろう。しかし、

 

 

「でもなんか複雑だわ。あたしより年下のエステルがこんなに強いだなんて」

 

「あー、まあ、シェラさんもお父さんに師事してるんですから強くなりますよ。ねえ、お父さん」

 

「ん、そうだな。シェラザードはなかなか見込みがあるぞ」

 

 

シェラさんが強くなっているのは本当らしい。鞭を使う戦い方を学んでいるようで、導力魔法と組み合わせた戦い方を念頭に置いているらしい。それに、強い信念を感じると父は評価する。ただし、協調性に欠けていて、遊撃士としての対人交渉能力を鍛える必要ありらしい。

 

 

「このまま順当に勝ち進めば、ジョバンニさんという方と当たるようですね」

 

「ジョバンニには注意せよ。奴は幻術の使い手じゃ」

 

「幻術ですか?」

 

「うむ、見たところはな。あやつは攻性幻術に長けておるようじゃ」

 

 

法術に幻術。なんというか、この世界は思った以上にファンタジーらしい。しかしあのジョバンニという少年、私より年上ではあるが、それでも十分に年若いように見える。共和国から来たと紹介されていたが、得体のしれない感じがする。特に第1試合の時、私をじっと見ていたような。

 

 

「しかし、お前がここまで強くなっているとは思わんかったよ」

 

「最近はお父さんと手合せもしていませんから」

 

 

苦笑いする父。最近はユン先生ばかりに見てもらっているが、たまには父にも鍛錬を見てもらいたい。この人はユン先生と同様に、人間として格というものが違うような気がしてならない。私も父のような境地に立てるのだろうか?

 

しばらくすると、二回戦の試合が始まっていく。王国軍人や遊撃士、外国からの参加者などたくさんのヒトが参加しているが、見たところあまり実力があるとは思えない。まあ、ユン先生や父を基準にしていてはハードルが高すぎるのだろう。それでも、色々な工夫した戦い方を観戦するのは勉強になる。

 

 

「次はモルガン将軍ですね」

 

「相手はクルツという男か。エステル、どちらが勝つと思う?」

 

「そうですね、クルツさんもすばらしい戦士だとは思いますが、モルガン将軍のパワーの前では一対一の戦いは不利だと思います」

 

 

クルツさんはどちらかといえば、法術を使った後衛タイプと言えるだろう。もっと広い、山岳地帯などのフィールドならやりようはあるだろうが、狭い競技場では近接戦闘の強さがモノを言う。クルツさんも奥の手を持っていそうだが、どうなるだろうか。

 

そうして試合が始まった。

 

 

 

 

「………」

 

「モルガン将軍…、武神と称された実力、おそるべき気迫だ。よろしくお願いいたします」

 

 

競技場に二人の男が現れる。一人は軍服を着た初老ながらがっしりとした体格をした男性。彼は巨大なハルバードを軽々と片手で持ち、静かな威圧感を放って現れた。もう一人は痩せ形の体系であるが、隙の無い鋭い気迫を持つ若草色の長髪の青年。彼は精悍な顔つきで前に出た。

 

 

「ぬぬぬぬぬ…」

 

「モ、モルガン将軍?」

 

「この…」

 

「?」

 

「この木端遊撃士風情がぁぁぁぁぁ!!」

 

 

ビリビリと震えるアリーナ。モルガン将軍の恐るべき声量を伴った怒声が会場を揺らしたのだ。父はものすごく苦笑いしている。あ、やっぱり遊撃士嫌いなんですね。お父さんのせいですね、分かります。手紙でも遊撃士には絶対なるなと書いてあったので、嫌いなんだなと思ってたけど、やっぱり大嫌いなんですね。

 

周囲では「流石英雄モルガン将軍だ」とか、「迫力があるな、彼が王国を守っているのなら安心だ」とか肯定的な声がひそひそと話されている。いえ、その、あの人は遊撃士が嫌いなだけなんです。父を盗られて、ものすごい不機嫌なんです。まあその、圧倒的な威圧の前に、クルツさんも少し飲まれ気味だ。

 

 

「なるほど、あれがリベール王国周辺諸国に名をとどろかせる武神か。流石の氣の滾りじゃの」

 

「いえ、だからあの人は…」

 

「ふむ、試合が始まるぞ」

 

 

試合が始まった。

 

 

 

 

「ぬんっ!」

 

「ふっ」

 

 

最初に仕掛けたのはやはりモルガン将軍。いっきに間合いを詰めて、巨大なハルバードを振り回す。クルツはそれを避けるが、あれだけの重量であるハルバードを軽々と振り回す将軍の膂力に感嘆する。大振りでありながら、すぐさま獲物を引き戻し、致命的な隙を生み出すことは無い。

 

だが、クルツも負けてはいない。カシウス・ブライトという天才が遊撃士のトップに君臨したが、しかし彼はそれでもリベール王国の遊撃士のトップの一人だ。ハルバードを避けながら、槍による鋭い突きで反撃を行う。激しい攻防。レベルの高い戦いは観客たちを惹きつける。

 

 

「やはり接近戦では分が悪い」

 

「逃げるか小童っ」

 

 

クルツがバックステップにより後退する。モルガン将軍が追いかけるが、その前にクルツは左手を胸の前にして印を結ぶ。これこそが彼の切り札、法術である。東方を起源とし、七耀教会にも取り入れられているこの神秘の技術は、導力器なしで魔法の如き現象を引き起こすことが出来る。

 

 

「法術・儚きこと夢幻の如し」

 

「ぬっ?」

 

 

突然中空に幻想の槍が生み出される。それは真っ直ぐに切っ先をモルガン将軍に向けると、一気に急降下して彼を串刺しにせんとする。モルガン将軍は間一髪で急所への命中を避けるが、それはモルガン将軍の脇腹を刺し貫いた。夢幻の槍には実体は無く、モルガン将軍に外傷はない。しかし、幻影の痛みが彼の脇腹を貫いた。

 

 

「貰った!」

 

 

動きが止まった将軍に対してクルツは突進を仕掛ける。幻影の痛みは恐ろしい。その威力は急所に当たれば相手をショック死させるほどにだ。激痛は将軍の動きを止めて、大きな隙を生み出した。クルツの手には槍。速攻は突風の如し。無双の技にて武神を討ち取る…はずだった。

 

 

「甘いわ若造!!」

 

「なっ!?」

 

 

しかし、敵は百戦錬磨の武神。数多の戦場を槍斧一本で渡り歩き、無数の傷を負いながらも、容赦なく千の敵兵を駆逐した大英雄。この程度の激痛など彼を止める手段にはなりえなかったのだ。暴風にも似たハルバードの横一線が片手一閃振るわれる。クルツは槍でそれを受け止めるものの、圧倒的な膂力の差に弾き飛ばされた。

 

 

「くっ、強い」

 

 

手が痺れる。なんという腕力。なんという重量。その一撃はグラッツの大剣の比ではなく、まるで巨大な魔獣の突進をその身で受けたような。だが、将軍の攻勢は止まることはない。体勢を整えた瞬間見たものは、将軍から放たれる恐るべき闘気だった。

 

 

「ぬううぅん」

 

「くっ、あれは不味い。法術・貫けぬこと鋼の如し」

 

 

クルツの周囲を白い光の薄い膜が覆う。法術による防御術式。彼の命を何度も救ってきた技だ。そして次の瞬間、将軍がまるで獣の如き俊敏さで飛びかかってきた。恐るべき威力を秘めるだろう上段からの一撃。クルツはそれをなんとか避けようと横に一歩飛ぶが、

 

 

「なぁっ!?」

 

 

大地を穿った上段の一撃。それは強烈な衝撃を生み出してクルツを襲った。なんという理不尽。将軍の一撃は直撃していないにもかかわらず、その衝撃だけでクルツの足を縫い留めてしまったのだ。

 

 

「ぜいやぁ!!」

 

「あがっ!?」

 

 

横一線。間髪入れずに将軍のハルバードが振るわれる。強烈な横薙ぎの連続。それを防ぐ槍が軋みをあげ、両手は痺れ、足がたたらを踏む。

 

 

「むん!」

 

「ごふっ」

 

 

そして次の瞬間、将軍の姿がクルツの視界から消えた。彼には何が起こったのか分からなかったが、それは事前の横薙ぎによって集中力が乱された結果だった。将軍は高速の踏み込みでクルツの死角に入ったのだ。そして連続する強烈な突撃攻撃がクルツを襲った。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…、ヒトが浮いてます」

 

 

最初はなかなか良い勝負だと思ったが、モルガン将軍の怒涛の攻めが始まってから情勢は一方的に将軍に傾いた。高速の連続チャージ攻撃によりダンプカーにでも跳ね飛ばされたかのように、クルツさんがポンポンとリフティングされるサッカーボールのように宙をはねている。凄惨な光景だった。永久コンボ、ハメ技だった。

 

 

「ああああっ!!」

 

 

将軍の咆哮が響き渡る。クルツさんは満身創痍で、なんとか空中コンボから抜け出したものの、膝はガクガクと震え、目は虚ろで、槍を杖代わりに何とか立ち上がろうとしている状態だった。だがここに将軍による最後の一撃が加わろうとしている。将軍は天高く飛び上がり、そして上段からハルバードを思い切り打ち付けたのだ。

 

 

「あべしっ!?」

 

 

爆発が起こった。いや、比喩ではなく、本当に爆発が起こった。どうやら将軍は父と同じ系統の人種らしい。でっかい斧を地面に叩き付けるだけで爆発が起きて、しかもクレーターが出来るというのはどういう了見なのか。哀れクルツさんは吹き飛ばされ、そのまま競技場の壁に叩き付けられて気絶してしまった。

 

 

「しょ、勝負あり!!」

 

 

やはり、この世界の住人は人間をやめている。

 

 





遊撃士さんの活躍があまりありませんね。

実力派なんだぜ的な登場してあっさり倒される、相手の強さを引き立てるための噛ませ犬的な役割を押し付けられる哀れな人。

でもまあ、彼はNice boat.なので。流れること船の如し。泥船事件はこのSSでも再現したいですね。

というか、将軍の強さが異常です。気絶対策なしなら瞬殺ですよね。決め技は<檄獣乱舞>。Sクラフトでした。歳考えろジジイ。ちなみにまだ最愛の孫娘は生まれていません。


12話でした。


エステルさんの新技
<刃合わせ剣断ち(ハアワセツルギダチ)>
攻撃クラフト、CP20、単体、威力120、基本ディレイ値2500、DEF無視の攻撃・遅延・STR-50%
対象と同調する特別な気を刀身にはわせ、敵の武装ごといかなる硬度の物質をも切り裂く斬鉄の技。

いきなり武器をぶっ壊されたら、誰だって戸惑って動けなくなる。そんな遅延効果。五の型「残月」の派生技ということで。



今回は七耀石のエネルギー、導力について。

導力は不思議なエネルギーです。まず、魔法のような不思議な現象を起こすということ。これはRPGにおける魔力に似ていますが、科学的に考察するにはあまりにも理不尽な存在なわけで。

さらにもう一つの特徴が、七耀石から導力を取り出しても、時間と共に回復してしまうという特徴です。この二番目の特徴、考え方によっては恐るべき性質と言えます。

何しろこれはつまり熱力学第二法則、エネルギー保存の法則をどれも無視しているという、すなわち無から有を生み出す、永久機関を実現しかねない存在なわけです。

まあ、これも魔力にはありがちな特性なわけですが。しかし、そういうものです、仕様ですで納得してしまうといろいろ困るわけで。

この導力の自動回復現象のカラクリに何か適当なこじつけでもいいので原理を考察してみようというのが今回の後書きの趣向というわけです。

まず一つ目に考えられるのは、SFの大本命である『真空のエネルギー』でしょう。あるいはダークエネルギーでも構いません。

真空に満ちるエネルギーあるいは宇宙を拡張させるエネルギー。全宇宙の70%を占めるエネルギーを利用するなら、この不可思議な現象も少しは納得できるかもしれません。

欠点は体積当たりのエネルギー密度が低い事。ダークエネルギーと考えればそれは顕著になります。ダークマターの質量をエネルギーに変えていると考えれば良いのでしょうか?

真空のエネルギーなら量子的なスケールでの特殊な原理でエネルギーを取り出しているというのもアリかと。スタートレックですね分かります。

次に考え付くのが地熱エネルギーです。この原作世界では大深度地下に七耀脈という大規模な七耀石の鉱脈が横たわっており、これが地殻変動などに大きく影響しているとの描写があります。

なら、本来のプレートテクトニクスの原因である地熱はどこに行ったという話になるわけで。

ならこう考えましょう。天然放射性元素の崩壊によって生じる莫大な地熱を七耀脈が導力に変換しているのだ…と。

そして七耀脈にて飽和した導力はなんらかのこの世界独特の物理的相互作用でエネルギー準位の低い七耀石に供給される。

第二の考察に基づくのがこのSSにおける導力と運動エネルギーを相互変換するシステムです。

紅耀石と蒼耀石の組み合わせを使えばゼーベック効果による熱電対のようなものを作れるかもみたいな。回路において紅耀石を加熱し、蒼耀石を冷却することで導力圧が発生するとか。

第三の考察が太陽エネルギーや宇宙線です。

これは第二の考察に比較的良く似ている訳ですが、七耀石の塵が大気上層に大量に存在し、一種の層を作っている。これらに高エネルギーの太陽光線や宇宙線がぶつかって、これを導力に変換している。

あるいは太陽そのものにも大量の七耀石が含まれているとして、そこで生み出される莫大な核融合エネルギーを一部導力に変換している。

これがこの世界独特の物理的相互作用でエネルギー準位の低い七耀石に供給される。こんなところでしょうか。

さて、最後の第四の考察です。

つまり、全ては空の女神の奇跡なんだよ!! な、なんだってー!?



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013

 

 

グランアリーナから外に出る。太陽はすっかり傾いていて、夕日がまぶしい。

 

グランアリーナのある東街区には大きな百貨店や各国の大使館などの公共施設が軒を連ねる地区で、建物はみな高級感に溢れる。最近は大型のシネマコンプレックスが開設され、さらに賑わっているようだ。

 

二回戦はモルガン将軍が全部持って行った感じだが、とりあえず今日の試合は全て終わった。私が当たったのは王国軍の将兵のヒトでライフルを使う人だったが、はっきり言えばこの前に倒した猟兵の方がはるかに強かったと思う。

 

 

「三回戦は明日ね。でも、エステルが活躍してるところ、あんまり見られなかったかも」

 

「秒殺だったもんね。相手が弱いってかんじじゃなかったけれど」

 

「じゃが、明日はあのジョバンニという男に当たるはず」

 

 

ジョバンニという人物は人を馬鹿にしたような態度をとりながらも、トリッキーな動き、強力な導力魔法、幻術で相手に何もさせずに倒してしまっている。

 

今まで相手にしたことが無いタイプの敵で、どう戦えばいいか思案中だ。

 

 

「エステルなら大丈夫よ!」

 

「まあ、怪我しないようにね」

 

「分かっています」

 

「明日の試合、必ずあやつと当たるじゃろう。奴の幻術、見事に破って見せよ」

 

「はい、ユン先生」

 

 

とはいえ、幻術使い相手の戦い方など初めてで分からない事ばかりだ。ユン先生に対策を教えてもらおうとも思ったが、この戦いは私のモノであり、そしていつもユン先生のようなアドバイザーがいてくれるわけではない。

 

これは自力で解決すべきであり、そして私はあの少年を糧にする。

 

強敵。私はニヤリと笑ってしまう。バトルジャンキーではないが、これは試合。危険はあるが、それでも十分すぎる実戦訓練になるだろう。

 

自分がこんなに好戦的であることには驚いたが、剣を握る上ではそういう精神も必要なはずだ。

 

 

「エステル、何笑ってるの?」

 

「いえ、ただ少し気がはやっているだけです」

 

「ん、そういうエステルも好きかも」

 

 

 

 

「うわー、本当に歌が聞こえるんだ。ねぇ、これってレコードじゃないの?」

 

「生放送ですよ。今、グランアリーナで行われている王立歌劇団の公演です」

 

「ちょっとくぐもって聞こえるわね」

 

「そのあたりは、要改良です」

 

 

夜。私はエリッサ、シェラさんと一緒にラジオを聴きながら明日の相手、ジョバンニという幻術使いへの対策をシミュレートする。幻術というのは視覚的なものなのだろうか?

 

いや、彼は幻術によって無傷で相手を倒していたのだから、痛覚に訴える幻術を行使すると想定すべきだろう。

 

しかし、ラジオというメディアが活躍するなら、歌手という職業にも変革が起こされるかもしれない。

 

携帯音楽プレーヤーも発売されているし、それならばアイドルとかミュージシャンなども登場するかもしれない。まあ、プロデュースなんて面倒だから私はやらないけれど。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、目と鼻の先に赤色に輝く粉が、一粒の火の粉が舞うのを見た。それは雪のようにも見えて、ふわりふわりと宙を舞う。

 

気が付けば多くの火の粉が周囲を囲んでいて、私はとっさに身構えるが、同時に強烈な眠気が襲ってきた。導力灯が明滅し、私の意識が閉じようとする。

 

 

「くっ!」

 

 

とっさに右腕に噛みついて、その痛みで眠気を堪えた。エリッサとシェラさんはそれぞれベッドと椅子の上で眠りに落ちている。

 

私は即座に壁に立てかけておいた剣に向かって飛び、それを手に取った。導力灯が消えて視界は真っ暗で、窓から王都の光が入るのみ。何が起こったのか。

 

唐突に窓が開いた。何事かと身構えて気配を探る。すると、黒い革靴を履いた足がトンと窓の縁に着地した。

 

 

「やあ」

 

「あなたは…」

 

 

現れたのは緑色の髪の、ワインレッドのスーツを着た端正な顔立ちながら、頬に入れ墨のような赤い模様をつけた少年。

 

武術大会においてジョバンニという名前で参加している当人だった。彼は胡散臭い笑顔で私を見て、気軽そうな様子で私に挨拶をした。

 

 

「エリッサたちに何をしたんですか?」

 

「ふふふ、ちょっと眠ってもらっただけだよ。君が起きたままっていうのは誤算だったけどね」

 

「何が目的ですか?」

 

「いやぁ、そんなに身構えなくてもいいと思うんだけどな。僕はただ話に来ただけだから」

 

「話? こんなことをして、それが信用できると?」

 

「そう言われると困っちゃうんだけどね。ほら、こういうのって細かい調整なんてできないしさ。他の二人には正直、用がなかったし」

 

「それでジョバンニさん、私に何の話があると?」

 

「うふふ、実はジョバンニは偽名なんだ。そうだね、まずは正式な自己紹介をしておかないと」

 

 

そうして少年は窓の縁の上で右手を胸にそえて、右足を後ろに引くボウアンドスクレイプの形で少し芝居じみたお辞儀をする。

 

胡散臭い笑みはそのままで、どちらにせよそこに敬意とか礼儀なんてものは感じさせない。

 

 

「こんばんは、初めまして。僕は執行者№0《道化師》カンパネルラ。君と話がしたくて会いに来たんだ。もちろん君に危害を加えようだなんて考えていない。まあ、信用できないだろうけどね」

 

「カンパネルラ…、道化師、執行者(レギオン)。どこかの組織の人間ですか」

 

「ふふ、そのあたりはもっといい場所で、できれば二人きりで生誕祭の夜のデートをしながらっていうのはどうかな?」

 

 

悪戯っぽい笑みを浮かべ、少年は私にウィンクをする。それは小悪魔的な雰囲気を持つ彼に割と似合っているが、やっぱりどう見ても胡散臭いことには変わりない。

 

 

「知らない人にはついていくなと父から躾けられていまして」

 

「ちょっとした冒険だよ。少しだけ大人の階段を上ってみないかい?」

 

「夜に男の子と二人で出歩くなんて、そんなはしたない事をする勇気はないのです」

 

「困ったな、僕のお姫様。きっと楽しい夜になるのに」

 

「王子様の笑顔はどうしてそんなに胡散臭いの?」

 

「ふふ、それは僕が道化師だからさ」

 

「王子様じゃないじゃないですか」

 

「ごめんね、でも身分違いの恋愛もいいものだと思うんだ」

 

「不幸な結末しか思い浮かびません」

 

「どうだろう? 僕の知り合いは上手くやってるんだけどな」

 

「その人浮気性じゃないですか? ダメですね。女は男の最後の恋人になりたいと願う生き物なんですよ?」

 

「僕は君にくびったけさ。君以外の事なんて見えないよ」

 

「道化師さんの胡乱な言葉は信じられません。とっととお帰り願えませんか?」

 

「あはは、ずごいね君、本当に9歳?」

 

 

少年が愉快そうに笑う。それに対して私は内心ビクビクしていた。相手の意図も分からないし、何よりも今の会話の中で彼が何らかの組織に属していることを示唆されている。

 

それは彼が組織の一端として動いている可能性があり、今の状況すら一対一という条件かどうかもいまいち分からないからだ。

 

それに、実力も測れない。

 

大会での試合では、人を小馬鹿にした態度をとりながらも軽快な動きで相手の攻撃を避けていたし、おちょくりながらも指を鳴らすフィンガースナップという仕草だけで相手を戦闘不能にしてしまった。

 

まるで出来の悪い手品を見せられているような試合。

 

 

「そろそろお帰り願えませんか? 私は幼い女の子なので怖くて悲鳴をあげてしまいそうです」

 

「それは困るな。じゃあちょっと、面白いものを見せようか」

 

 

そう言うと少年が右手でフィンガースナップをした。私は警戒して剣の柄を握るが、私の予測を上回る変化が周囲で起こり始めていた。

 

世界が歪みだす。何らかの導力魔法か、あるいは幻術か。これ自体に殺気めいたものを感じることは無かったが、しかし試合のこともある。

 

すると、世界そのものの気配が変化してしまう。まるで異世界に突然放り出されたような。空気や七耀の力の流れ、あらゆる要素が変革された。

 

 

「なんですかこれは…?」

 

 

世界がごっそりと入れ替わっていた。ホテルの部屋は無くなって、壁もベッドも椅子も調度品も、そして石の床さえも消失した。エリッサやシェラさんもいない。

 

そこは奇妙な光彩を放つ空間で、周囲には見たこともない文様のレリーフが宙にふわふわと浮かんでいた。私と少年だけがその空間に浮かぶ何らかの力場で出来たような床で立っている。

 

 

「ようこそ。ちょっとしたお喋りのために、用意した場所だよ。君との二人だけの逢瀬のため、なんてね」

 

「これも幻術なんですか?」

 

「少し違うかなぁ。知りたかったら、僕と契約して…」

 

「お断りします」

 

「つれないなぁ」

 

「エリッサたちは?」

 

「ああ、彼女たちならホテルの部屋で眠っているさ」

 

「これは幻術ですか?」

 

「不正解」

 

「異空間? まさか…」

 

「ふふ、正解だよ。でもまあ、こんな事をしたら《剣聖》と《剣仙》にはバレちゃったかもね」

 

「バレると拙いことでも?」

 

「もちろんさ。君に会った事、話した事、秘密にしてもらいたいんだ」

 

「そんな無茶が通るとも?」

 

「ふふ、僕からのお願いさ。それにそのほうが、君の友達にも心配をかけないで済むと思うよ」

 

「…そうですね。無茶言います」

 

「ごめんよ。こっちは君が眠るとばかり思ってたから」

 

 

なるほど、脅しか。こんな技を使う男だ。今のエリッサやシェラさんでは相手にならないだろう。とはいえ、父とユン先生にはバレてしまったらしいのだから、言い訳が苦しい。

 

 

「じゃあ、お話しようか。これはね、勧誘なんだ。ヘッドハンティング。きょうびどこでも優秀な人材は求められていてね。本当は僕の上司自ら会いたいって言ってたんだけど、それはちょっと無理だから、僕が代行ということで君に会いに来たんだ」

 

「人選間違ってませんか?」

 

「あはは、けっこうキツいこと言うね。でも、博士か《鋼の聖女》あたりの方が話が合うかもね」

 

「中々に構成員がいるみたいですね。しかし、私には私のすべき仕事があります」

 

「うん、別にそれは続けてもらって構わないんだよ。君は僕らには好きな時に協力してくれればいい。僕らはその対価に様々な報酬を君に贈ろう」

 

「…技術情報をリークしろという話ですか?」

 

「ふふ、それも君に任せるさ。君は基本的に何をしてもいい。何もしなくてもいい。気が向くままに、君の意志で。僕らは君の意志を勝手に捻じ曲げたりしないよ」

 

 

何やら、随分と好待遇。だけれども、やっぱり胡散臭いのは確かだ。何しろ、向こうには何のメリットも無いかも知れない取引だ。一方的に私が利用することだってできる。

 

そんな組織勧誘があるはずがない。これは何らかの罠じゃないだろうか?

 

 

「胡散臭い話ですね」

 

「いやいや、確かに。僕もこれですぐに君が頷くとは思ってないよ。まあ、今すぐに返事はしなくていい。ただ、君は『力』が欲しくはないかい?」

 

「……そんなものは自力で手に入れます」

 

 

ふと、『力』という言葉に反応してしまったが、気取られてしまっただろうか。私はすまし顔を維持しながらも、少し揺らいでしまった彼の言葉に自己嫌悪する。

 

 

「効率性の問題だよ。僕らに協力してくれるのなら、君は莫大な力を得るだろう。それは君の剣の実力にしても、君の研究においても」

 

「信用できませんね。信頼できない相手との契約は、少しリスクが大きすぎます」

 

「じゃあ、ちょっとしたプレゼンテーションをしようか。君も興味を持ってくれると思うんだ」

 

 

そうしてカンパネルラはフィンガースナップでパチンと指を鳴らした。すると奇妙な光彩を放っていた空間に巨大な、紅い飛行船が現れる。

 

それは今まで見たこともないほどの規模で、そしてその大まかな構造が示され始める。それは250アージュの大きさを誇る、巨大な飛行戦艦だった。

 

 

「軍用飛行艇を搭載する巨大飛行空母…。まさか、そんなものを作っているなんて…、いったいどこの国なんです?」

 

「国じゃないんだけどね。こういうのもあるよ」

 

 

指の音で幻が切り替わる。次に現れたのはいくつもの導力仕掛けのロボットたちだ。精巧な機械で出来た自立制御の兵器たち。人型や獣に似た形、ヘリコプターのようなもの。

 

それらはXのいた世界のロボットよりも遥かに高い技術力を感じさせる。姿勢制御、駆動システム、人工知能。いずれも今のこの世界の技術水準を大きく上回っていた。

 

 

「エプスタイン財団ではないのですか?」

 

「ふふ、違うんだなこれが。興味を持ってくれたみたいだね。君は飛行船に興味を持つと思ったけど、オーバーマペットの方が好みなのかな?」

 

「……」

 

 

あのロボットの技術があればどんなことが出来るだろう。ああいったモノを兵器として運用する技術力があるならば、産業用ロボットを作ることだって不可能じゃない。

 

私にとってロボティクスは専門外だし、労働力が不足しがちなリベール王国にとってその技術は喉から手が出るほどに欲しい技術だ。

 

いや騙されるな。彼は幻術の使い手。これらが本物である保証はない。しかし、あれらの導力人形は無駄な機構が多かったが、確かに動きえる合理性を多く見いだせた。

 

専門的な知識のない人間がアレを幻覚として見せることが出来るとは思えないが…。

 

 

「あれらが、本物とは思えません」

 

「んー、じゃあ、今度本物を見せてあげるよ。それぐらいなら上司も許してくれるし」

 

「えっ、本当に見せてくれるのですか?」

 

「えらい食いつきようだね。やっぱり博士と似た人種なのかな?」

 

「博士とは誰です?」

 

「それはまだ教えられないなぁ。だからさ、少しずつ僕らの事を知ってほしい。僕らは決して強制なんてしないし、君の意志を尊重する。それが僕らの基本的な方針だから。でもまあ、基本的には周りの人には秘密にして欲しいんだけど。何しろ、僕らってほら、秘密結社だし?」

 

「秘密結社? どこかの国の機関ではないのですか?」

 

「違うよ。僕らはそういう理由では動いてないから」

 

 

秘密結社。Xのいた世界のフリーメイソンとかイルミナティとかそういう組織を思い浮かべる。陰謀じみた存在。一気にその存在が胡散臭いものに見えるようになった。

 

だいたい、ただの秘密結社があんな大規模な飛行船を運用できるはずがない。そもそもどこで整備して、何に使うというのだ。

 

 

「ふふ、あはは、秘密結社ですか。なるほど、そういう類ですか。組織の目的は?」

 

「世界の恒久平和と人類の次の段階への進化ってことでどうかな?」

 

「超胡散臭ぇですね」

 

「僕もそう思うよ」

 

 

産業用ロボットの構想を得られたのは良かったが、そこまでだ。こんなホラ吹きにはさっさと帰ってもらおう。

 

私はこの時、この少年をどこかの国の工作員か、怪しげな宗教団体の一員と断定して動いていた。この事は後に間違いであると知ることになるのだけれど。

 

 

「もういいです。分かりました。ですが、これ以上はお付き合いできません。お帰り願えませんか?」

 

「おや? うーん、失敗だったかな。うふふ、まあいいや。今日はこのあたりで失礼しようかな。明日の試合、楽しみにしているよ。じゃあね、ばいばーい」

 

 

炎が彼の周りを舞うように包み込む。それは焼身自殺でも行ったのかと思うようなリアルな炎で、事前に幻術の使い手と聞いていなければ焦っていたほど。

 

そうして少年の姿は陽炎のように揺らめきだし、そして幻のように空気に溶けてしまった。これが幻術。かつて見たルシオラさんのそれを思い出す。

 

同時に周囲の異世界が元の世界に還っていく。気が付けば元のホテルの部屋にいて、導力灯が明滅するとともに部屋は人工の光で明るく照らし出された。

 

ドンという衝撃音と共にホテルの扉が破られて父とユン先生が飛び込んでくる。同時にエリッサとシェラさんが目をこすりながら目を覚ました。

 

 

「エステル! 何があった!?」

 

「変質者です。特に何事もなく帰ってしまいました」

 

「変質者?」

 

「たぶん、どこかの国の工作員でしょう。私をヘッドハンティングしに来たみたいですね。軍に連絡してください。ティオあたりが狙われると困りますから」

 

 

そうしてその夜はそれ以降なにも起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

「…エリッサ、離してください」

 

「ん、おはよー、エステル」

 

 

ホテルローエンハイムは王都グランセル屈指の高級ホテルだ。ベッドの質もすばらしく、部屋は清潔で、調度品も品がいい。料理もとても美味しかったし、大満足なホテルと言えるだろう。

 

私とエリッサ、シェラさんは相部屋で、エリッサは私と同じベッドで隣に寝ていた。そして朝起きたらがっちりと抱き付かれていた。

 

 

「エステル、おはようのチューは?」

 

「そんな習慣はありません」

 

「エステルは恥ずかしがりやだね」

 

「そう言いつつ、私のパジャマを脱がそうとしないでください」

 

 

私のパジャマの上を脱がすエリッサ。私は文句を言いつつもなすが儘にされる。まあ、結局は脱ぐのだからここで脱いでも構わない。

 

問題はその私から脱がせた上着をエリッサが目の前で顔に押し付けてすうっと息を吸い込む行動だ。なんの儀式なのか。

 

 

「エステルの香り」

 

「ヒトのパジャマの臭いを嗅がないでください。枕もダメです。だからうなじもダメだと前にもって、なぜ今起きたのに押し倒してくるんですか貴女は。だいたい、寝汗とかの匂いを嗅いで何が楽しいんですか? 臭いでしょうに」

 

「エステルは臭くないよ。鍛錬した後のエステルの汗の香りも好き。髪から漂うシャンプーの香りも好き。お肌すべすべでぷにぷにで気持ちいい」

 

 

ようやく体を起こして起床しようというのに、再びエリッサが私にのしかかる様にして押し倒してくる。女の子同士のじゃれ合いと言う奴であろうか。

 

言葉の端々から怪しいものを感じるし、エリッサは私の背中に腕をまわして顔をすりつけてくるのは、少しスキンシップが過ぎると思う。

 

 

「私の香りって、エリッサは私と同じ石鹸とシャンプーを使ってますよね?」

 

「エステルの体臭が混じると、やっぱり違うんだよ。味も違うの」

 

「エリッサの変態、変態、大変態!!」

 

「はうっ♪」

 

 

軽く罵倒するとエリッサが嬉しそうに身をよじる。だから足を絡めるな。こういった罵倒は最近行うようになった。なんというか、たまにうっとおしくなる時があるからだ。

 

でもまあ、エリッサは特に気にすることもなく、むしろ顔を赤らめている。被虐体質でもあるのだろうか。将来が心配だ。

 

 

「何喜んでいるんですか? 寝ぼけてないで起きますよ!」

 

「ああん、エステルのいじわる」

 

「だぁぁぁぁ!! うっさいわねあんたたち!!」

 

 

そうして、もう一つのベッドで寝ていたシェラさんが暴発する。うん、まあ、分かります。そうして私たちは着替えを始める。エリッサも渋々私に習って着替えを始めた。

 

こういうやり取りはほぼ毎日行っている。こういうのが同性同士のお泊りにおけるコミュニケーションというヤツなのだろう。詳しくは知らないが。私はやる勇気がないが。

 

 

「では改めて、エリッサ、シェラさん、おはようございます」

 

「おはようエステル」

 

「おふぁよ」

 

 

今日は三回戦と準決勝戦が行われる。これでトーナメントにより選手が2人に絞られるのだ。そして準決勝戦には順当にいけばカンパネルラという少年に当たるだろう。

 

彼の強力な幻術には正直な所、正攻法による対処は難しい。幻術と導力魔法の区別も必要で、それが出来なければ致命的なロスを生じるだろう。

 

 

「エリッサ、朝の鍛錬に付き合ってもらえますね?」

 

「うんっ、行こうエステル」

 

「シェラさんはどうします?」

 

「わたしはパス」

 

 

エリッサと朝の鍛錬を流す。エリッサの剣はかなり鋭くなっていて、そこいらの魔獣になら十分に対処できるレベルに到達している。

 

ユン先生曰く全ては集中力の賜物らしく、なんか剣に火を纏ったりして攻撃することが出来る。本人曰くバーニングラヴらしいが、ユン先生に言わせるなら憎しみの炎らしい。

 

彼女が殺人鬼や辻斬りにならないことを祈りつつ、エリッサと剣を合わせる。剣については私の方が強いが、彼女の剣にはごくたまに狂気が乗るので侮れない。

 

時折私も驚くような剣の冴えを見せる時があるが、本当に彼女に剣を持たせていいのか首をかしげる時がある。

 

最後に切り札を試して、完璧な一本をエリッサからとる。エリッサ曰く、私のこの切り札は反則らしい。

 

まあ、初見殺しでなければ必殺技とは言えないし、滅多に使う技でもなく、また余程の化け物でなければ二度目三度目でも見破られることは無いだろうとユン先生から太鼓判をいただいている。

 

 

「じゃあ、朝ごはんにしましょうか」

 

 

 

 

そうして大会2日目が始まる。私の今日の初戦は王室親衛隊の女性隊員だという。ラファイエットさんが所属していた部隊ということで、中々にあなどれない実力を持っているらしかった。

 

事実、中々に鋭い剣の使い手で、エリッサぐらいなら苦戦するかなと言った感じだ。

 

 

「良い剣でした」

 

「参りました」

 

 

彼女はユリア・シュバルツという名で、すばらしい反射神経で彼女は私の初撃をしのぎきった。私の初撃となる抜刀術を何らかの形で防げる人間は今まで中々いなかったので、少しわくわくした。

 

最近はエリッサにも対応されてしまっているが、それでも自信があったのだけど。ただし、最初の一撃の後に隙が出来るという彼女の予測は当たらずとも遠からずと言ったところだろう。

 

私の抜刀術は本来、連撃に繋がる型の最初の一撃で、多少のラグは生じるものの、ユン先生の厳しい指導によりそれはほとんど知覚できないレベルに抑えられている。

 

親衛隊のヒトは私の最初の一撃を剣でそらした後、踏み込もうとしてきたが、そこを鳩尾に対する蹴りを入れて突き放してしまった。

 

がら空きで、隙だらけだったのだ。しかし、私としてはなかなかいい一撃を与えたのだけれど、それでも彼女は再び立ち上がった。

 

そうして私は数度彼女と剣を重ねる。細剣独特の精密で素早い突きは見事で、どことなくだが八葉一刀流というか父の剣を思わせる、

 

なんというか感覚のようなものを感じた。だが、細剣は突きに特化するが故に、刀剣との相性は微妙に悪い。そして彼女の高速の四連撃を躱しつつ、相手の剣を弾き飛ばしてゲームセット。

 

相手は爽やかな性質のヒトだったのか、「お強い」と言って降参した後に朗らかに笑って握手を求めてきた。聞けば父に剣を学んだのだという。

 

 

「お疲れ様、エステル」

 

「あの人、結構強そうだったのにね」

 

「ありがとうございます、エリッサ」

 

 

試合が終わった後にエリッサがジュースを差し出してくれる。ルーアン地方で取れたオレンジを使ったジュースらしく、冷たくておいしい。

 

そういえば、ボースの山奥で果実栽培を試みている村があるという。確かラヴェンヌ村とかいったか。果樹を植えたばかりで、まだ実はなっていないらしい。

 

 

「エステルよ、次じゃな」

 

「そうですね。あの少年、今まで戦ってきた相手とはずいぶん違うようです。近いのは巨大ペンギンでしょうか?」

 

 

まあ、あんなゲテモノと一緒にしては失礼だろうが。あの異様な能力はそれに近いような気もしないでもない。

 

そうして試合は進んでいく。モルガン将軍は危なげなく勝利して、カンパネルラも一撃で相手を倒してしまった。周囲では大会の優勝者は誰になるかという話題で盛り上がりをみせている。

 

ベスト4が決まり、準決勝戦が始まる。

 

 

「では、行ってきます」

 

「がんばってエステル!」

 

「あと二つ勝てば優勝よ!」

 

「ベストを尽くしてこい」

 

 

エリッサたちに見送られて、私は待合室に向かった。待合室では私を含めて2人しかいない。その人は王室親衛隊の隊長さんらしく、モルガン将軍について話して盛り上がった。

 

そうして彼の試合、相手はモルガン将軍との戦いが始まる。結果はモルガン将軍の勝利。結構良い試合だった。

 

そうして私の出番がやってくる。私はゆっくりとアリーナの競技場の芝を踏んだ。向こう側からはヘラヘラと笑みを浮かべながらカンパネルラが現れる。彼は気安い態度で私に話しかけてきた。

 

 

「やあ、また会えたね」

 

「私はあまり会いたくありませんでしたが」

 

「相変わらずつれないなぁ。ふふ、まあそんな所も君の魅力なのかな?」

 

「貴方みたいな胡散臭い人には無い魅力ですが」

 

「ふふふ、言うね。それで、昨日の話は少しは考えてくれた?」

 

「零細企業には興味ありません」

 

「ん、結構大きな会社なんだけどな」

 

「エプスタイン財団なら少しは興味がありますが、ZCF以上に良い研究環境なんて無いと思いますけど?」

 

「給料には興味は無いんだ」

 

「パパが恋しくて家から離れたくないんです」

 

「それにしては、二カ月も《剣仙》と二人で旅行してたみたいじゃないか」

 

「なんのことでしょう」

 

「ふふ、さあ?」

 

「だいたい、携わっているプロジェクトもありますので、今すぐ抜けろと言われても困ります」

 

「なるほど。まあ、そっちはそっちで進めておいてくれてもいいんだけどね」

 

「どういうことですか?」

 

「ふふ、興味ある?」

 

「いいえ、まったく」

 

 

二カ月の山籠もりの事を知っている。そんなに触れ回っているような事じゃなく、普通の少年が知るような事ではない。

 

どこかの組織に属しているとは思っていたが、かなり大規模な組織、あるいは国家の機関の構成員なのかもしれない。そうして、試合が始まろうとする。

 

 

「じゃあ御嬢さん、踊りませんか?」

 

「つたないステップですが、よろしくお願いいたします」

 

 

主審が試合開始を告げた。

 

 

 






胡散臭い道化師きゅんの登場です。彼のそんな態度が私は大好き。3rdの半ズボン姿に萌えた淑女の方もおられるのでは?


そんな13話でした。


道化師きゅんでした。碧の軌跡では全員変な野菜にされた挙句にでっかい杭をごっすんされて全滅した人もいるのではないでしょうか?

作者はノーマルモードでまったりプレイなので倒せましたが。こいつがヒロインと同格の強さとか信じられないんですけど。

彼の立ち位置は他の執行者と違っていて面白いですよね。鋼の聖女と同じで数百年と生きていそう。なんというか、蛇の使徒よりも物語の核心に近い立場にいそうな人物です。

今回、武術大会に彼が出場したのは単純な好奇心の産物です。他の執行者とは違って直接的に動き回らない人物ですので、顔を見せること自体はOKという設定で。



今回は軌跡シリーズの諸国家について。

現在、原作の中でその存在が確認されているのは5つの国と4つの自治州です。これらはゼムリア大陸西方に存在する地域であり、軌跡シリーズは現在の所、ゼムリア大陸西部において展開されていると考えてよいでしょう。

ゼムリア大陸西部で覇権を争う大国としてはカルバード共和国とエレボニア帝国が存在します。エレボニア帝国が大陸北西にあり、カルバード共和国は東よりに存在すると考えればよいでしょう。

カルバード共和国は大陸西部最大の面積と人口を誇る国として描かれ、エレボニア帝国は軍事大国として描写されます。

この二つの国は常に対立関係にあり、国境地帯の係争地を巡って武力衝突を繰り返しています。原作の『零の軌跡』『碧の軌跡』ではクロスベル自治州の帰属をめぐる両国の綱引きが描写されます。

新作の『閃の軌跡』ではノルド高原と呼ばれる地域を巡る争いが描写されるかもしれません。

この二つの国とリベール王国の関係を率直に表すならば、フランス、ドイツ、オランダといったところでしょうか。


<カルバード共和国>
カルバード共和国は七耀歴1110年に成立した比較的新しい国家です。大統領制の民主国家であり、原作開始時の元首はロックスミス大統領。

多民族国家であり、東方からの移民受け入れも盛んに行われていることが描写されています。人口大国として大きな影響力を持つ国と言えるでしょう。

東方からの移民の受け入れにより、東方人街という中華街によく似た町が形成されていることも描写されています。

ただし、移民の流入は治安の悪化をもたらしており、その他さまざまな軋轢を生んでいるようです。また、最近では移民受け入れに反対する過激なテロ組織も活動しているようです。

さて、人口についてですが原作ではリシャール大佐がリベール王国の5倍程度と言っています。リベール王国の人口は分かりませんが、王国の大きさは2.7万平方キロメートル程度。

人口密度を200人/km^2とすれば570万人程度。これの5倍だとすれば2850万人という計算になります。

この数字は産業革命後の人口大国にしてはちょっと少ない感じ。導力革命から50年という年月を考え、ZCFから技術供与されて30年程度とすれば人口増加は多く見積もっても1.5倍程度。

フランスの産業革命前夜が2400万人と考えるなら3600万人は欲しい所ですので、リベール王国の人口密度を300人/km^2で計算して、4000万人程度とすれば良いでしょうかね?


<エレボニア帝国>
エレボニア帝国はその名の通り帝政の国家であり、貴族のような封建領主の発言力の強い、いまだ近代的な国民国家になり切れていないが、軍事的には大陸随一の大国と描かれています。

南はリベール王国に接し、東はカルバード共和国に接し、近隣地域との紛争が絶えません。

軍事国家とされていて、言論はある程度制限されており、近隣地域を貪欲に併合して国土を拡大する強国。

新作の『閃の軌跡』の舞台となる国でもあります。歴史的には150年前に大規模な内戦である《獅子戦役》をドライケルス大帝が平定して今の形になったとか。

肝心の軍事力については1192年の百日戦役時においては全師団の半数である13個師団でリベール王国に攻め込んでいたり、1202年時にはリベール王国の8倍の兵力を誇り、20以上の機甲師団を保有するなどの描写があります。平時に20の機甲師団とかぶっとんでますね。

さて、リベール王国軍の規模が1192年と変わらないとするなら、リベール王国軍は4個師団体制と見てよいでしょう。

1個師団を15,000人とするなら兵員数は6万人、その8倍なら48万人。軍事国家ということなので平時での軍人の割合を2%程度と考えれば総人口は2400万人ということになります。

なお、20の機甲師団があると考え、1個師団あたりの戦車数を150両とするなら、3000両の戦車を配備している計算になります。

この数字は独ソ戦が始まった際のドイツの戦車数に匹敵しており、平時の編成としては破格といえるでしょう。導力エンジンだから燃料がいらないとはいえ、無茶する奴らです。


<リベール王国>
このお話の舞台であり、『空の軌跡』三部作の舞台である王政の国家です。

元首は女王アリシア二世。北にはエレボニア帝国があり、東にはカルバード共和国があるという、強国に挟まれた気分はきっと第二次世界大戦直前のポーランドの気分。百日戦役では案の定戦車に轢かれています。

アルバート・ラッセル博士によって他国に10年以上早く導力革命の影響を受けたことで、小国ながらも技術先進国としての顔を持ちます。

またアリシア女王の優れた外交手腕に加え、単独で立てた作戦で3倍の戦力の帝国軍を壊滅させたチートを地でいくカシウス・ブライトなどがおり、人的資源に恵まれた国とも言えるでしょう。

七耀石の鉱脈を自前で持つなど最重要の戦略資源も保有していますが、小国であることは変わりなく、面積は計算してみると実のところ四国よりも大きく、九州よりも小さいぐらいという小国。

これは公式地図とゲーム内の記述から地図の縮尺を割り出し、取り尽くし法で計算したもので、このSSでは2.7万km^2を採用します。

とはいえ、基準となる2地点間によって算出される数字はバラバラで、実際には1万~7万km^2の間という数値になってしまいますが。

人口密度を200~300人とするなら、面積2.7万km^2を採用して540万~810万人。グランセルの人口が30万人程度とのことなので、首都人口が全体の5%を占めると計算するならば600万人ほど。


<レミフェリア公国>
アルバート・フォン・バルトロメウス大公を元首とする、大陸北部に位置する自然豊かな小国です。たぶん地球の北欧3国をモデルとした国と思われます。

フィンランドのような針葉樹林と湖沼が広がるイメージを作者は勝手にイメージしています。あるいはノルウェーのようなフィヨルド地帯が広がるのでしょうか?

原作の中ではあまり深くは言及されていませんが、医療先進国として描かれており、多くの優れた医療機器や医薬品を生産していることが見て取れます。

位置としてはリベール王国から見て北東の方角に存在するようで、もしかしたらカルバード共和国とエレボニア帝国の両国と国境を接しているかもしれません。


<アルテリア法国>
各国の中で最も権威のある国がアルテリア法国です。

この世界ではほとんどの全ての人間が貴賤なく七耀教会の信徒とされているので、七耀教会の本山であり、地球のヴァチカン市国に相当するこの国の権威は凄まじいものがあり、大陸各地のほとんどの自治州の宗主国はアルテリア法国となっています。

基本的に戦争などの講和における調停を行ったりと、内政には深くかかわらない国ではありますが、重要な外交場面では欠かすことのできない存在と言えるでしょう。

位置としては大陸中央部とされており、国家としては都市国家の形態をとっているようです。ヴァチカン市国とローマ市を融合したような国といえるでしょうか?



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014

 

 

「これより準決勝戦第2試合を開始します。両者、開始位置について下さい」

 

 

私は少し後ろに下がる。カンパネルラは後衛らしくだいぶん後ろの方に位置取った。だが、この程度の障害物のない距離、一対一という状況ではさしたる障害にはならない。

 

 

「双方構え、…始め!」

 

 

開始の号令と共に、私は一気に踏み出す。最高速の一撃を。八葉一刀流・五の型<残月>。相手が武器を持たない相手なので、峰打ちをするために腕をひねる。

 

それが僅かな速度の違いになったが、カンパネルラはそれを体を後ろにそらすことで回避して見せた。

 

 

「あはっ、情熱的だね!」

 

「次っ」

 

 

剣を振るう。初撃を避けられたのは想定内。二撃目、三撃目。たゆまない連撃。袈裟斬り、斬り返し、胴を薙ぎ、上段を叩き込む。

 

そのどれもをカンパネルラは踊るように軽快に回避して見せた。強い。だが、反撃の糸口は与えない。

 

 

「これはすごいな。君なら今すぐにでも《執行者(レギオン)》になれるかもしれない」

 

「しゃべる余裕はあるんですね!」

 

「いやいや誤解だよ」

 

 

私はカンパネルラの意識を上半身に集中させる。攻撃のほとんどを腰よりも上に限定することで、その一撃を最後まで隠し切った。

 

今だ。私は首を狙う振りをして、一気に腰を落としてカンパネルラの足首を狙った。フェイントを織り交ぜた私の一撃に、カンパネルラはジャンプで回避してしまう。

 

 

「そこ!」

 

「これは拙いかなっ!」

 

 

次の瞬間、カンパネルラが指を鳴らす。フィンガースナップ。前方からの強烈な悪意。しかし衝撃が走ったのは背中だった。

 

背中から何かが貫通したかのように、右の肺を貫いて、鮮血をまき散らして、激痛が走った。銃弾!? それは私の後方から狙撃銃を使った凶行。馬鹿な、後ろからの殺気など感じなかったのに。

 

足が止まって血が流れ出す右胸を抑える。カンパネルラはニヤリと笑って後ろの方へ跳び跳ねた。理解しがたい現象。うずくまりそうな体を支えて、とにかく治療を?

 

 

「え?」

 

「ふふ、楽しんでもらえたかな?」

 

 

傷は無かった。あれだけ鮮明に見えた血液はどこにもなくて、ただ胸を抉るような疼痛だけがジクジクと私を苛む。理解する。なるほどこれが、

 

 

「幻術ですか…」

 

「正解。すごいでしょ?」

 

「確かに、しかしこの痛みは本物です。狙えば、心停止だって可能じゃないですか?」

 

「ふふ、どうだろうね」

 

「何故、追撃しないのですか?」

 

「言ったでしょ、君を勧誘しに来たんだって」

 

 

そうして彼はもう一度、フィンガースナップをする。すると、世界が歪みだした。何らかの導力魔法か、あるいは幻術か。その行為に殺気を感じることは無かったが、しかし先ほどの事もある。

 

私は警戒して剣を納刀する。すると、世界そのものの気配が変化しはじめる。そうして世界は異世界に塗り替えられた。

 

 

「またこれですか」

 

「ようこそ。これで二度目かな。ほら、あんまり手の内を周りに見せたくないしね」

 

「周囲の観客の方々は? 会場が混乱しているかもしれません」

 

「ああ、今頃僕と君との戦いを見ている頃だと思うよ。まあ、時間の流れも外とは違うんだけど」

 

「そちらは幻術ですか」

 

「正解。昨日は話を信じてもらえなかったから、ちょっとしたデモンストレーションをと思ってね」

 

 

再びフィンガースナップ。すると、少年の両隣で火柱が立ち上り、そうしてそこから二体の巨大なロボットが現れた。

 

向かって左には人型二足歩行の肩に機関銃を備えた、盾のような装甲を持つ両腕と短いながらも頑丈な足の、どこかユーモラスにも見える鈍重そうな巨大な胴体を持つ、全体的に四角いという表現がぴったりな鉄色のロボット。

 

もう一つが宙に浮く、双腕にも似た円盤状の部位を持つ特殊な鋼色の機体。片方よりも小さくて装甲も薄そうだが、その分機動性が高そうだ。

 

そしてこの二つのどちらもが、今のZCFの技術では再現できないだろうロボットである。もしこれが自律的に戦闘などをこなせるとしたら?

 

 

「これは幻術…じゃない?」

 

「ヴァンガードとソリッドシーカーっていってね。《結社》で運用しているオーバーマペットさ。どうだい、ちょっと相手をしてみないかな?」

 

「やはりそう来ますか」

 

 

剣を構える。まずはあの軽そうな機体から潰しておこうか。そう思った瞬間に、再び少年がフィンガースナップをした。足を銃で撃ち抜かれたような幻想。

 

私の動きはその幻術によって阻害され、初動が遅れてしまい、ロボットが先に動き出す。

 

 

「ふふ、いきなり壊されてもつまらないから。それに手出ししないなんて約束はしていないよね」

 

「そう…ですね!」

 

 

人型ロボット・ヴァンガードの機関銃が火を噴く。私はそれを避けるとともに、抜刀を行った。先ほどのお返しだ。

 

飛ぶ斬撃がカンパネルラに襲い掛かる。それに少年は驚き、避けるものの、脇腹に傷をつける。宙に浮く機体・ソリッドシーカーはその間にヴァンガードの後ろへとまわった。

 

カンパネルラを先に倒すことは難しい。ならば先にあのロボットを破壊すべきだろう。初動が防がれてソリッドシーカーを破壊する機会は逸してしまった。

 

ならば、あの鈍重なロボットを先に黙らせる。ヴァンガードの背中からいくつもの小型擲弾が発射された。私はそれを置き去りにして一気に接近を行う。

 

 

「ふっ」

 

 

機銃掃射。稲妻の歩法でそれを巧みに回避しながら接近を行う。避けられないものは剣でその弾丸を斬り、軌道を変える。そして、一気にその腕ごと機銃を叩き斬った。

 

それでもヴァンガードはもう片方の腕で私を殴りかかってくるが、私はそれをかいくぐり、鈍重な足を斬り飛ばす。

 

すると、ヴァンガードの様子がおかしくなる。私は危険を察知して後退しようとしたその時、後方にいたソリッドシーカーが導力魔法を発動させた。

 

それは見たことのない魔法。どこかレグナートが使用したものによく似た、強力な重力を伴う強烈なアーツ。

 

 

「ああっ!?」

 

 

強烈な潮汐力が私の体を引き裂こうとする。様子のおかしなヴァンガードを中心に強烈な引力が私を逃さない。そして同時にヴァンガードが光を放った。

 

次の瞬間、強烈な爆轟が私を襲う。自爆。私はその強烈な衝撃に吹き飛ばされて、ボールのように跳ね飛ばされる。

 

 

「あら? 大丈夫? 死んでない?」

 

「ぐ…、しくじりました」

 

 

爆発の威力は制限されていたのだろう。しかし身体が悲鳴をあげる。身体の内部には導力魔法による潮汐力が大きな負担をかけた。

 

そして外側は爆発による破片が突き刺さり、氣による強化が無ければ大怪我、意識を失っていたかもしれない。甘く見ていたわけではないが、あんな導力魔法は初めて見た。一点に空間の歪みを生み出し、重力を発生させる。

 

それは『空』の属性に関わる導力魔法だ。現行の戦術オーブメントには搭載されていない『空』の属性の魔法。あの機械はそんなものを使用して見せた。

 

なるほど、デモンストレーションとしては完璧じゃないか。身体は動く。戦術オーブメントを駆動させて水属性の回復魔法を発動させる。

 

 

「油断しました」

 

「へぇ、カワイイのに肝が据わってるね」

 

「うっさいです」

 

 

回復魔法が傷を癒す。限定的だ。私は体に刺さった破片を抜いて力場で出来た床に放り投げる。再びソリッドシーカーが導力魔法を駆動し始める。

 

戦術オーブメントによる魔法攻撃すら可能とするほどの高度な機能を持つロボット。しかも、その魔法は未知のものときた。

 

 

「いいでしょう、出し惜しみは無しです」

 

 

次の瞬間、私は一気に加速した。世界を置き去りにして、そして敵すらも置き去りにする。私はソリッドシーカーのさらに後ろで停止した。

 

裏疾風。風の刃に宙に浮くロボットは切り刻まれ、四分割される。そして案の定そいつは爆発を起こして散った。厄介だがロボット兵器に自爆機能を付けるのは合理的かもしれない。信頼性が確保されればだが。

 

 

「あはは、速いねぇ。流石は《剣仙》の弟子をしているだけのことはあるのかな?」

 

「貴方たちへの認識を改めました」

 

「ふふ、こんな玩具だけど気に入ってくれたみたいだね」

 

 

未知の導力魔法を使用するという事はつまり、彼らが戦術オーブメントを独自開発していることを意味している。

 

これは重大な事実だ。それが可能なら、この世界の十年来の常識がひっくり返されてしまう。何故なら、そんなことを出来るのは本来エプスタイン財団のみだからだ。

 

戦術オーブメントは身体能力の向上と様々な導力魔法の使用を可能とし、結晶回路(クォーツ)を自分で付け替え、組み合わせることによって、その状況に即した導力魔法の使用を可能とする、臨機応変に状況に対応するすばらしい武装だ。

 

それ故に構造や導力魔法の発動機構は極めて精密かつ複雑で、そのリバースエンジニアリングは各国においても遅々として進んでいない。

 

それ故に現在の所、エプスタイン財団が開発・生産・販売を独占的に行っており、競合する勢力は存在しないのだ。

 

よって戦術オーブメントが行使できる導力魔法はエプスタイン財団がオーブメントの機構の中に組み込んだ特定のものだけだ。

 

これはエプスタイン財団からリストとして公表されており、故に未知のアーツが存在することは通常ありえない。

 

しかしあの機械は未知の導力魔法を行使した。そしてあれは幻術ではなかった。ならば、示される答えは限定される。

 

1つは戦術オーブメントには隠された機能が存在する可能性。もう1つが、彼らの組織が独自に戦術オーブメントを改造、あるいは開発・生産を行っている可能性。

 

そしてあのロボット兵器。あれが自律して動いているかは正確には分からないが、少なくとも目の前の少年が操作しているようには見えなかった。

 

地上戦をこなすロボット兵器というだけでも既にXのいた世界の軍事技術を凌駕している。さらに自律性のある人工知能を搭載しているとしたら、それは途方もない話だ。

 

 

「興味を持ってもらえたようだね。うれしいよ」

 

「貴方のこの前のプレゼンテーションでしたか? あれは信じましょう。だからこそ信用できないことがあります。貴方たちは何を目的に動いているのですか?」

 

 

ロボット兵器というのは驚異的だ。だからこそ、あの兵器に見られる無駄が気になる。無人兵器ならば素直に無人の戦車や武装飛行艇を作った方がいい。

 

多脚戦車でも構わないが、二足歩行のあのヴァンガードという機体は無駄が多すぎる。明らかに機動性が低そうだし、そもそもあんな鈍重な二足歩行ロボを作る意味が分からない。

 

ソリッドシーカーは兵装と装甲が貧弱すぎる。あれだけの機体を作れるなら対戦車ロケット兵器ぐらい積載可能なはずだ。

 

アーツを運用可能であることは驚嘆すべきことだが、それ以外に兵装が見当たらないというのも少しおかしな話だ。しかし、あれだけの容量に反重力発生装置を組み込むことは現行のZCFの技術でも不可能と言っていい。

 

あんな非効率なモノを生産する彼らの組織が理解できない。そして彼らの私に出した条件も理解できない。一切の拘束を行わない契約に何の意味があるのか。

 

あらゆる意味で彼らの組織がどのような構造をしているのかが理解できなかった。それはまるで、一つの理想を本当に信じているかのような。

 

 

「狂信者の集団というわけでもなさそうですね」

 

「ふふ、酷い言いぐさだよね。でもまあ、それはあながち間違いでもないかもね。僕らの盟主(マスター)に会ってくれれば話は早いんだけど」

 

「それだけの技術があれば資金源にも困らない…、いえ、まさか、ヴェルヌやラインフォルトだけではなく、ZCFやエプスタイン財団すらも影響下に?」

 

 

まだ傷が完治していない。回復魔法を重複使用して治癒を行う。話に付き合うのは時間稼ぎの意味もあるが、カンパネルラはその事を理解したうえで会話に乗っているようだ。

 

彼にとっては私との勝負は重要ではなく、私を勧誘することこそ本来の目的なのだろう。

 

 

「安心して、ZCFには関わっていないよ」

 

「あまり信用できませんが」

 

「さあ、信じるか信じないかは君の勝手だよ。まあ、僕らの一員になってくれたなら知る機会はあるかもしれない」

 

 

これだけの機械や、おそらくは巨大な武装飛行船を運用するには莫大な資源と人員が必要だ。そして資金も当然必要となる。国家のバックアップがあるとすればどの国か。

 

いや、国家が絡んでいるならその国は今頃大陸の覇権を握っているはずだ。アルテリア法国? いや、馬鹿な。

 

超国家的な組織だとすれば金融に根を張っている可能性がある。だとすればクロスベル国際銀行などが怪しいか。なんらかの国際資本を隠れ蓑にしている可能性は高い。

 

だとすれば目的は利益を出すことだろうか。一見無駄の多いロボットは下部組織の研究機関が作成した試作品のようなものか?

 

 

「一つだけ聞きます。貴方の組織はこの国に害をもたらしますか?」

 

「ふふ、痛いところをついてくるね」

 

「そうですか。理解しました」

 

「エステル君はそんなに愛国心が強かったかな?」

 

「私の好きな人たちが不幸になるなら、そんな選択を選ぶことは出来ません」

 

 

目的のために民間人に犠牲を強いるのは国も同じだったりする。研究に携われば分かるが、医療においては非人道的な人体実験が不可欠であり、戦争や開発においても何の罪もない民衆を犠牲にすることはよくある事だ。

 

それでも、私が拾うと決めた人たちだけは拾いたい。

 

 

「君の判断次第なんだけどね。君が僕らに協力してくれるなら、この国にとっても良い方向に事態を収束させることもできる」

 

「何をするつもりなのかと聞いても、答えないのでしょう」

 

「君が僕らに協力してくれると約束してくれたら話すよ」

 

「胡散臭いです。私の道は私が決めます。お帰り願えませんか?」

 

「ふふ、この場で君を納得させるのは難しそうだね」

 

「不可能です」

 

「でも、手ぶらで帰るのも面白くない。もうちょっと遊んでいこうかな」

 

「……一人で勝手に遊んでいてください」

 

「つれないなあ。一緒に遊ぼうよ。せっかくの武術大会だ」

 

「なら、打ち倒します」

 

「ふふふ、君に僕が倒せるかな、なんてね」

 

 

道化師は嗤う。私は改めて剣を構えた。

 

 

「では改めて、行きます」

 

「うふふ、おいで御嬢さん」

 

 

回復の導力魔法(アーツ)で傷は塞がっている。ダメージも氣脈の流れを調整して残してはいない。あとで反動が出るかもしれないが、一晩眠れば回復するだろう。

 

丹田から氣を練り上げる。麒麟功。体内を巡る力がその潜在能力を強制的に引き上げた。相手を格上と判断して動く。

 

莫大な氣の力を足に集めて一気に加速する。この程度の距離なら一足だ。大気を置き去りにして距離を超越する。

 

しかしカンパネルラは笑いながら指を鳴らした。前方からの悪意は魔弾となって、回避を許さぬ幻の銃弾が私の左足を吹き飛ばした。血が噴き出て、激痛が脳を苛む。

 

 

「はっ」

 

 

私は無理やり笑う。これも幻覚だ。悪意は確かに足に向いていたが、物理的にそんな技はあり得ない。あったのなら、始めから勝てないのだから諦めろ。

 

足は必ず存在する。止まらない、止めない、止まらせない。私は一気に、失った足を無視して剣を抜き、そしてカンパネルラに向かって振り抜いた。

 

 

「あはっ、すごいや」

 

「余所見している場合じゃありませんよ!!」

 

 

失ったはずの足で大地を踏みしめる。存在する。ならばいけるだろう。私はそのままの勢いでカンパネルラを蹴り飛ばした。

 

 

「あだっ!?」

 

 

全力の蹴りがカンパネルラの顔面を捉え、彼はボールのように跳ねながら吹き飛んでいく。私は構わずそれを追う。カンパネルラは口から滲んだ血を腕で拭き取って、にやりと笑った。

 

 

「ならこれでどうかな?」

 

「導力魔法(アーツ)っ、させない!」

 

 

カンパネルラの導力魔法発動を察知する。私は一気に駆け抜けて距離を詰める。戦術オーブメントの駆動には時間がかかる。

 

強力な魔法ならばなおさらだ。私の追撃は戦術オーブメントの駆動よりも早く、カンパネルラの目前にまで迫る。だが、

 

 

「速いね。でもダメ。ちょっと席替えをしようか。シャッフルシャッフル」

 

「え?」

 

 

カンパネルラのフィンガースナップ。その瞬間、私は目を疑った。目の前にいたはずのカンパネルラはおらず、背後のずっと向こう側にその気配を改めて感じとる。これは、テレポーテーション?

 

拙い、戦術オーブメントの駆動が終わる!

 

 

「しまっ!?」

 

 

周囲に炎の蝶が舞いだした。こんな導力魔法は知らない。だけれども、異様なほどに危機感、怖気を感じる。これは拙い。これを喰らったら、すごく拙いことになる。

 

私は懸命にその場所を離れようと横に跳躍する。次の瞬間、光が閃き、轟音とともに炎の蝶たちが引火し、猛烈な熱と爆風を伴って誘爆した。

 

 

「あ、く…ぁ……」

 

「ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 

「まだ…です」

 

「おや?」

 

 

水属性の回復魔法を発動させる。テレポーテーションの直後に駆動させていたもので、多少であるが私の体力を回復させ、傷を癒した。

 

しかし火傷が酷い。肌が焼けつくように熱く、痛い。直撃こそ逃れたが、あと少し遅ければやられていた。なんとか立ち上がる。まだ体は動く。

 

 

「うわっ、君本当に9歳なの? 僕と同じでサバよんでない?」

 

「うっさいです。…いきます」

 

 

敵は遠いが、八葉一刀流においてこの程度の距離など問題にならない。私は刀を構えて、彼は腕を突き出して指を鳴らす仕草を行おうとする。

 

精神集中は完璧。この場所は理解した。一気に私は加速して、大気を切り裂く電光のような高速移動を開始する。

 

 

「おっと。すごいっ、もっと速くなるんだ♪」

 

 

フィンガースナップ。次の瞬間、強烈な勢いの炎が私の周囲を舐めるように覆う。私の体を炙る超高温。私はたまらず顔を腕で覆うが、それでも熱は収まらない。

 

だがこれは逆に好機だ。炎は私を覆い尽くし、彼から逆に視認しづらくする。そうして私は切り札を使用した。

 

 

 

 

少女を幻影の炎が包み込んだ。炎は幻。しかしその熱と痛みは本物以上に相手を苛むだろう。それでもエステル・ブライトは突進を止めない。

 

恐るべき速度だ。猟兵団を一個小隊ほど殲滅したらしいが、この分だと本当に戦闘能力だけでも執行者に達してしまうだろう。カンパネルラは本気でそう思った。

 

 

「これでもダメか。なら、こういう趣向は…、え?」

 

 

その時、カンパネルラは目を疑った。目の前にいたはずのエステル・ブライトの姿がどこにもないのだ。そう、この空間は自分が生み出したものなのに、彼女の姿はどこにも見えない。まるで炎と共に蒸発してしまったかのように。

 

馬鹿な、ここは僕の体内と同じだ。にも拘らず、その姿はどこにも見えない。その動揺が、彼に致命的な隙を生み出した。

 

 

「あ…がっ!?」

 

 

突然の一撃がカンパネルラの胴に叩き込まれた。強烈な衝撃。メキメキという生々しい肋骨が粉砕される音を立てて、その重い一撃はカンパネルラの横腹を抉った。

 

それは完全に致命的な一撃。その一撃を喰らってカンパネルラは弾き飛ばされ、地面に転がって、横たわった。そうして彼が生み出した特殊な空間が元の世界に還っていく。

 

 

「私の勝ちです」

 

「ヒュー…、ヒュー…、かはっ、なんて…、すごい…や。この僕が…して…やられるなんて」

 

 

少女がカンパネルラの首に刀を突きつけた。呼吸もままならない。完璧にしてやられた。それは、まったく気配すら感じさせずに放たれた一撃。

 

何が起きたのか、何をされたのか。とにかく分かるのは峰打ちというには強烈過ぎる一撃を横腹に喰らったことだけだった。

 

 

「あ、あはっ、…これは、僕の負けだね。こ、降参だ」

 

 

そうしてカンパネルラは大の字になって芝の上で寝転がった。

 

 

 

 

 

 

「エステルっ、大丈夫なの!?」

 

「あ、はい。導力魔法(アーツ)は便利ですね、火傷も痕も残らずに治ってしまいました」

 

 

攻性幻術による痛みも、あの爆発による火傷も『水』属性の回復魔法により完治している。こういう点において導力魔法(オーバルアーツ)という存在はありがたい。

 

まあ、私を怪我させたのもアーツなのだけれど、あの炎の蝶が誘爆するという魔法は今まで見たことも聞いたこともない。

 

 

「いったい何があったのよ。一進一退の戦いをしてたと思ったら、いきなりアンタたちの位置が変わって、アンタは火傷、ジョバンニって奴は倒れてたし」

 

「それは幻術です」

 

 

観客の多くからはそのように見えたらしい。その辻褄の合わない試合のせいで、試合後は観客席がざわめいて、動揺した空気が流れていた。

 

主審のヒトも酷く狼狽した様子で、最終的には冷静に審判してくれたが、かなり戸惑っていた様子だった。

 

 

「エステル、あの中で何が起きていた?」

 

「見たこともない幻術や導力魔法を使用されました。おそらくは手の内を大勢に知られたくなかったんでしょう」

 

「なるほどの」

 

「それだけか?」

 

「はい」

 

 

ごまかす。彼らの組織が予想以上のものならば、話せば、私以外の人たちが動けば、それだけで知人が危険にさらされるかもしれない。それだけは出来ないから、今は私の胸の中にしまっておこう。

 

もし私だけで対処できないと思ったのならば、父に相談しなければならないだろうが。

 

彼らの技術力は瞠目すべきものだ。そして彼らの組織にはカンパネルラのような使い手が大勢いると考えていい。

 

そして彼らはこの国に、リベール王国に害をなすのだと言う。ならば備えなければならない。対国家だけではなく、超国家的な武装組織への備え。超技術への対抗策。

 

 

「導力だけに頼るのはもしかしたら危険かもしれませんね」

 

「何か言った、エステル?」

 

「いえ、帰りましょうか。明日は決勝戦ですし」

 

「そうだな。栄養があって消化のいいものを食って、ゆっくりと休むといい」

 

「カレーなんてどうですか? 西街区に美味しいカレーを出すお店があるそうです」

 

 

そうして私たちは西街区へと向かう。ちょっとスパイシーなカレーライスに舌鼓を打って、私はその時だけは難しいことを忘れて楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、まいったね。酷い目にあったよ。あの歳であそこまでできるなんて。《漆黒の牙》君よりも強いんじゃないかな」

 

 

道化師は笑う。強烈な一撃は複雑骨折を彼にもたらしたが、それほど体には響いていないらしい。いや、単にやせ我慢の可能性もあるが。

 

道化師は建物の上から月を背にして王都を見下ろす。王都はいまだ喧騒が止まず、都市は生き生きと光を放っていた。

 

 

「でも、やっぱり、彼女は良いな。我らが盟主が目を付けるはずさ。これはもしかしたら、《執行者(レギオン)》じゃなくて《蛇の使徒(アンギス)》にするおつもりかな?」

 

 

道化師は今日の事で少女をますます気にいったらしい。予想外の行動をする存在を彼は好んだ。

 

適当なところで煙に巻いて降参しようかと思っていたが、予想外の実力につい本気を出してしまい、そして負けてしまった。

 

いや、最初から殺す気なら倒せたが、相手もその気だったら勝負はわからなかったかもしれない。

 

特に最後の技はすばらしかった。あれは止められない。本来は彼女の頭脳をあてにしてのスカウトだったが、あれはあまりにも予想外だった。盤を覆された。

 

こんなに楽しいことは無い。こんなに愉快な事はない。勧誘にも力が入りそうな、そんな気分。

 

彼女はエレボニア帝国では『空の魔女』なんて呼ばれている。帝国にとっての災厄となった兵器をこの世に生み出した魔女。

 

『空の女神』と対比されたその呼び名によって、彼女は帝国軍や王侯貴族たちに半ば怪物のような扱いを受けている。

 

沢山の人間を殺し、しかし彼女自身も愛する母親を凄惨な形で奪われた。彼女に関する最新の精神分析においては、彼女が特に力を志向している事が分かっている。

 

その分かりやすく破壊的な傾向は、自分たちの《結社》と親和性が高いと見られていた。

 

 

「今度は博士に頼んで、もうちょっと本格的なプレゼンテーションをしないとね。でも《福音計画》の事もあるし、どう転ぶか分からないなぁ」

 

 

リベール王国を舞台に行われる予定の計画は案の定彼女の機嫌を損ねたらしい。

 

精神分析では愛国心や国家への忠誠心は高いとは言えないものの、王国軍や王家との関わりを深めている彼女が、王国を一時的にでも危機に晒す計画に賛同する可能性は低かったのだけれど。

 

だが彼女を計画に抱き込めば、計画の精度は極めて高いレベルで進行することができるだろう。彼女に配慮した計画の立案をなせば、彼女は乗ってくる可能性もあると見ていた。

 

計画の在り方によっては、リベールを一時的にでも大陸最強の国家に変貌させることも出来るだろう。

 

そう思っていたのだが、ちょっと信用が無かったらしい。

 

 

「まあ、彼女が敵にまわっても、それはそれで面白いかもね」

 

 

そうして道化師は再び笑い、次の瞬間にはどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

最終日。決勝戦が行われるということで、グランアリーナは昨日以上の熱気に包まれていた。相手はなんというか予想通りモルガン将軍。

 

もう結構な歳なのに参加した王国軍の将兵や遊撃士たちを全員まとめてぶっとばして決勝に危なげなく進んできた。

 

王室親衛隊の隊長という人すら倒してしまうあたり、なんというかリベール王国軍は大丈夫なのかとさえ不安になってしまう。

 

老将軍を止められないとか、逆に軍の恥じゃないだろうか。まあ、リシャール少佐やシード少佐といった、かなりの使い手がいることは知っているが。

 

ちなみに彼らは試合には出ていない。二人ともそこまで自己顕示欲が強いわけではないからだ。

 

そういうわけで、大抵の武術大会はモルガン将軍の独壇場になるらしい。まったく年甲斐の無いお爺さんである。手加減すればいいのに。

 

 

「あのハルバード、当たったら痛そうです」

 

「何弱気になってるのよ。ここまで来たら優勝でしょっ」

 

「簡単に言わないで下さいよシェラさん。昨日は相当苦労したんですから」

 

「でも、相手はお爺さんなんだし」

 

「ユン先生を前にして言える事じゃないですよね」

 

「まあ、そうね」

 

「大丈夫だよエステル。エステルは強いんだから!」

 

「あはは、ありがとうございますエリッサ」

 

 

エリッサとシェラさんに応援されながら、私はみんなと分かれて控室に向かうことにする。その前に、私はユン先生に一礼をした。

 

 

「行ってまいります」

 

「うむ、勝て」

 

「はい!」

 

「父には何の言葉もないのかエステル?」

 

「…行ってきますね、お父さん」

 

「おう、行って来い!」

 

 

そうして私は競技場へと進む。喝采や多くの人たちの声が私を出迎えて、私は青い芝生の上をゆっくりと歩いた。

 

向こう側からは髪や髭が白くなったものの、見る者を威圧するような剛健さを兼ね備えた老将軍が巨大なハルバードを手にして、同じように歩いてきた。

 

 

「お久しぶりです。こうして直接言葉を交わすのは数カ月ぶりですね、モルガン将軍」

 

「壮健のようだな、エステル。しかし嘆かわしい。この場に残ったのがわしのような老人とお主のような年端もない女子とは。王国軍の錬度は地に落ちたか」

 

「リシャール少佐やシード少佐が出場していませんから。お二人がいれば、結果も変わっていたことでしょう」

 

「そう祈るしかないな。じゃがやはり情けない。王室親衛隊も出場していたのだろう」

 

「将軍がその隊長を倒してしまったじゃないですか」

 

「うむ、奴はなかなか見込みがあったな。負けてやってもよかったが、お主との試合が少々楽しみであった。年甲斐もなくな」

 

「将軍は元気ですね。いつまでも軍に残っていてほしい所ですが」

 

「ふん、そんなことが不可能なのは端から承知しておる。カシウスの奴がいれば、わしも安心して軍を退けたものを」

 

「いろいろありましたから。それに、あのお二人は見込みがあるのでしょう」

 

「親衛隊にもう一人、気骨のある者がいるというが。お主が倒してしまった」

 

「ユリアさんですか。彼女の剣は確かに速かったですね」

 

「士官学校では戦技において一位だったようじゃが。ふん、まあ良い。始めるとするか」

 

「分かりました。全力でお相手いたします」

 

 

老人と子供。異例尽くしの武術大会決勝戦。主審が前に出て咳ばらいをした。

 

 

「コホン、これより武術大会、決勝戦を行います。両者、開始位置について下さい」

 

 

少しだけ距離を取る。対してモルガン将軍は前に出たままハルバードの石突をズシンと芝生に打ち付けた。

 

 

「空の女神(エイドス)も照覧あれ…。双方、構え! 勝負始め!」

 

 

号令と共に私と将軍は同じタイミングで踏み込んだ。しかし、その速度は私が上回る。高速の抜刀をもって、私はハルバードを上段に構えたモルガン将軍の下半身を薙いだ。

 

しかし、その一撃は即座に引きもどしたハルバードの柄にぶつかる。峰打ちを狙った剣にこれを断つ力はなく、そして腕力においては将軍が私を上回った。

 

 

「軽いぞ!」

 

 

結果として私の一撃は弾かれ、そのまま将軍は突きを放ってきた。私はそれを体を横にそらすことで回避する。

 

そのまま私は長物の苦手な至近距離に入ろうとするが、将軍が豪快に石突側で横に薙いできて、これを防がれた。次に私は下段からの逆袈裟斬りを放つ。斧の部分で防がれる。

 

 

「せぇい!」

 

 

将軍は間髪入れずに飛び上がり、上段からの強烈な振り下ろしを放ってきた。流石にその一撃を刀では受けきれないと判断して、私はバックステップで一気に距離を取った。

 

強烈な一撃が大地にめり込み、芝の土を抉り、円形のクレーターを作り出す。私はすぐさま納刀し、そして氣を練って一気に抜刀した。

 

 

「行け!」

 

「ぬうっ、甘いわ!!」

 

 

飛ぶ斬撃。大気を切断する衝撃波が将軍に迫るが、将軍は同じように氣を練っていたのか、その闘気をハルバードによる突きで解き放った。

 

将軍の目の前で互いの放った衝撃波が中空でぶつかり、爆発音が鳴り響く。強烈な爆風が生じるが、将軍にひるむ様子はない。私はすぐさま将軍の懐に飛びこんだ。

 

 

「裏疾風」

 

「ぐおっ!?」

 

 

稲妻のような軌道を描く歩法。私の一太刀を将軍はなんとか受け止めものの、彼の背後に回った私の一撃を止めることは出来なかった。峰打ちが強かに将軍の右腕を打ち据える。

 

本当は肩から袈裟斬りを狙っていたのだが、間一髪で腕を入れられた。剣撃と共に放たれた風の刃が将軍の体を切り刻む。

 

 

「大丈夫ですかモルガン将軍?」

 

「さすがじゃな。腕の骨にひびが入ったぞ」

 

「まだ戦えますか?」

 

「ふっ、馬鹿にするでない。篭手を装備していなければ危なかったがな」

 

「まるで中世の騎士のような防具ですね」

 

「かつては胸甲を着込んでいたものじゃがな」

 

 

ハルバードなどの白兵戦用の兵装は導力銃や導力砲の普及により時代遅れとなり、そして戦車の登場で戦場からは駆逐された。

 

それでもこうやって銃を装備する歩兵を上回る戦闘が行える者たちがいるからこそ、この世界では剣や槍などの活躍場所が残っている。不思議な世界だ。

 

 

「では行きます」

 

「来い」

 

 

袈裟斬りより入る。懐に入った瞬間に薙ぎが来ることを予想して、そのまま将軍の背後に回り込む。そのまま剣の間合い、ハルバードには近すぎる間合いを保って連撃を叩き込む。

 

将軍は上手くこれを捌いていくが、幾らかは受け漏らしてしまい、将軍の体に手傷が増えていった。

 

私は上手く距離を取り、特殊な歩法で死角に移動し剣を振るう。終始私のペースかと思われたが、ここで将軍が咆哮を上げた。

 

 

「ぬおおおぉぉっ!!」

 

「くぅっ!?」

 

 

強烈な横一線の薙ぎ。苦手な距離にも拘らず、その薙ぎは将軍の周りに円を描いて死角を消し、強烈な一撃に私はそれを剣で受けざるをえない。

 

私はバックステップにより衝撃を殺すが、それでも強烈な膂力を背景に放たれた一撃に私の両手は痺れてしまう。純粋な力ではどうしても将軍には敵わない。私はハルバードで吹き飛ばされて5アージュほど投げ出された。

 

 

「ぬううぅん」

 

「おっと」

 

 

強烈な横薙ぎのすぐあと、将軍が間髪入れずその年齢を感じさせない速度で跳躍、強烈な闘気を纏ったハルバードによる上段を叩き付けてくる。

 

あれは受けては拙いと横に飛ぶが、その圧倒的なパワーが籠められた一撃は、榴弾でも着弾したのではないかという強烈な爆風じみた衝撃波を周囲に解き放った。

 

 

「これは…」

 

「ぜいやぁ!!」

 

 

これは遊撃士のクルツという人を屠った連撃だ。先ほどの強烈な衝撃波により足が止まってしまっている。私は迫りくる横一線に対して回避できないことを悟り、むしろ迎撃することを選択する。

 

身体を弓のようにしならせた形で力を溜め、そして体内の氣を剣先へ螺旋に集束させ、そして迫るハルバードの斧に対して一撃の突きを解き放った。

 

 

「ぬぉぉっ!?」

 

 

超圧縮された氣は螺旋を描いて剣を包み込み、そして放たれた一閃の突きはハルバードと激しく衝突する。

 

衝突の瞬間に剣先で爆発的な氣が解放され、ハルバードの斧との接触面で激しい火花を散らし、そして斧の一部を破砕したかと思うと、そのままハルバードを将軍の手から弾き飛ばしてしまった。

 

 

「八葉一刀流・六の型《竜牙》。私の勝ちです」

 

 

私は将軍の首に剣を突きつけた。大きなハルバードは宙を回転しながら、十アージュほど向こう側まで飛んで、そして芝生の上に突き立った。

 

ハルバードの斧の部分は抉られて砕けている。武器を失ったモルガン将軍はしばし呆然としていたが、ふっと笑みを浮かべる。

 

 

「なるほど、ここまでとは。ユン・カーファイ殿は相変わらずでいらっしゃる」

 

「元気な老人です。この大会に出ろと言ったのも先生でしたし」

 

「見事。わしの負けだ」

 

「勝負あり! エステル・ブライト選手の勝ち!」

 

 

モルガン将軍が両手を上げたとともに、主審が私の勝利を宣言する。観客席からは歓声と拍手の津波が溢れ出し、少しばかり私を唖然とさせた。

 

勝った。優勝してしまった。その事を正確に理解するのには少しばかりの時間がかかってしまう。なんというか、少しばかり現実感がないというか。

 

 

「どうした、エステルよ。表彰が始まるぞ」

 

「あ、はい。そうですね」

 

 

そうして将軍は笑って私の頭に手を置き、そして踵を返した。壊れてしまったハルバードを引き抜くと、控室の方に去ってしまう。

 

私はそれを見送ると刀を鞘に納め、そして家族とシェラさん、そしてユン先生がいる場所を向いてお辞儀をし、そして観客の人たちにもお辞儀をした。

 

何かカワイイとかそういう声も聞こえてくるが、まあそれはそれとして表彰式が始まる。審判たちと共に現れたのはリベール王家のヒトで、護衛を連れてやってきた。王族のヒトは優勝を記念する盾と

 

 

「エステル・ブライト選手、どうぞ前にお進みください」

 

「はい」

 

「これは可愛らしい剣士だな。君があのエステル・ブライトかね?」

 

「どのエステル・ブライトのことを仰っているかは分かりませんが、私の名がエステル・ブライトであることは間違いありません」

 

「はは、なるほど。リベール王国きっての頭脳が、リベール王国最強の剣士というわけだ。おめでとう。エステル・ブライトに賞金10万ミラと優勝賞品グラールロケットを贈るものとする!」

 

「ありがとうございます」

 

 

そうして優勝トロフィーが護衛の人から手渡された。少し大きなトロフィーで、私の顔が隠れてしまうほどだけれど、持てない程の重さじゃない。

 

 

「だ、大丈夫かね?」

 

「はい、これぐらいなら片手で」

 

「ふむ、意外と軽いのか」

 

 

いえ、一般の常識から言えば重いと思います。そんなちょっとずれた感想を王族の人は言って、改めて笑顔に戻った。

 

 

「そなたに《空の女神》の祝福と栄光を!」

 

 

喝采がグランアリーナを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「エステルっ、おめでとう!!」

 

「ありがとうエリッサ」

 

「すごいわねぇ、本当に優勝しちゃうなんて。アンタ、やっぱり先生の娘というか、何者なのかしら? 歳とか詐称してない?」

 

「失礼ですね。れっきとした9歳の少女です」

 

 

エリッサが相変わらず飛びつくように抱き付いて来て、私は彼女を抱えて勢い余って横に一回転のターン。シェラさんは笑いながら、なんとなく褒めているのか貶しているのか分からない評価を言葉にする。

 

そして父は私の頭の上に手の平を置いて笑った。

 

 

「よくやったな、エステル。もしかしたら、お前は俺を超えるかもしれん」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

「お前にはアレを渡してもいいかもしれんな」

 

「アレですか?」

 

「ああ、優勝祝いだ。楽しみにしていろ」

 

 

父はそんな意味深な言葉を口にする。何か特別なプレゼントをしてくれるのだろうか。

 

まあ、今考えても仕方がないかと思い、私は改めてユン先生に向かい合う。先生の課題である大会の優勝を手にした。彼からどんな言葉を貰えるのだろうか。

 

 

「ユン先生、勝ちました」

 

「うむ、見事じゃった。これならば、わしも安心してお主に奥義を伝えることができる」

 

「奥義ですか?」

 

「うむ、もはやお主に教えるべきことはほとんど無い。わしはお主に奥義を伝えたのち、再び旅に出ようかと考えておる」

 

「旅…、もう剣は教えていただけないのでしょうか?」

 

「教授すべきは与えたといったじゃろう。あとはお主自身の力で剣を研鑽するとよい。まあ、たまには見てやらんこともない」

 

 

私は少し唖然として、そして頷いた。ユン先生の教えが受けられなくなるのは痛手だった。

 

この2年において私がここまで強くなれたのは間違いなく彼のおかげだったし、彼がいてくれればさらなる高みに昇れたかもしれない。

 

しかし、私の我がままで彼を縛ることが出来ないのも事実だった。

 

 

「分かりました。ですが残りの時間、存分に使わせていただきます」

 

「まあ、いいじゃろう」

 

 

 

 

 

 

「エステルさん、本当におめでとうございます」

 

「ありがとう、クローゼ」

 

 

大会の後、私はお城でクローゼと会っていた。お姫様であるクローゼ、実は武術大会を見学していたらしい。

 

おしとやかな彼女らしからぬ行動だが、それにはそれなりの理由があった。クローゼの傍らに立つ女性の親衛隊員。その肩には一羽の若い白隼が止まっている。

 

 

「私もまだまだ未熟です」

 

「ユリアさんの剣、速くて力強かったですよ」

 

「博士には敵いません。しかし、大変勉強になりました」

 

 

なんと、武術大会で戦ったユリアさんはクローゼお付の護衛兼教育係でもあるらしい。

 

私とクローゼはお城のテラスでテーブルを囲みながらお茶を飲み、ユリアさんはクローゼの傍に控えている。ボーイッシュな彼女はなんというか、幼いお姫様を守る騎士という感じで少しカッコいい。

 

 

「私も剣を習ってみようかしら」

 

「クローゼがですか?」

 

「似合いませんか?」

 

「クローゼが剣をとるのは少しイメージから外れます。ですが、クローゼが習いたいのなら応援しますよ。運動にもなりますしね」

 

 

クローゼが剣を取るというイメージはいまいち想像がつかない。とはいえ、フェンシング程度なら嗜みとして有りだとおもうし、温室育ちという感じの彼女にとってはいい刺激になるかもしれない。

 

 

「そうですね、ユリアさんに教えてもらおうかしら」

 

「私にですか?」

 

「いいんじゃないですか? レイピアなら王族の嗜みにもなりますし」

 

「しかし、私は未熟者ですので」

 

「でも、ユリアさんはクローゼの護衛に抜擢されているじゃないですか。士官学校でも実技ではトップだったんでしょう?」

 

「ジークはどう思います?」

 

「ピューイ♪」

 

「ふふ、ジークもいいんじゃないかって言ってますよ」

 

「お、おいジーク…、まったく」

 

 

ジークと呼ばれた白隼は楽し気に鳴く。この頭が良くて可愛らしい隼はユリアさんのお供で、クローゼともとても仲の良い友達らしい。

 

クローゼはジークの気持ちが分かると言っているが、本当にそうなのか首を傾げてしまう。まあ、否定なんてしないし、私もジークに気軽に話しかける。

 

 

「それとも、エステルさんが教えてくれますか?」

 

「私ですか? あまり頻繁にお城に来ることが出来ないのですが」

 

「ふふ、たまにでいいんです。私、もっとエステルさんと会いたい」

 

 

クローゼが私の手を取って見つめてくる。まあ、同年代の友達が少ないと嘆いている彼女だから、そういう気持ちにはなるのだろう。

 

でも、女王宮に入るのにはアポイントメントが必要だし、そう気軽には来れないのが現状だ。

 

 

「ふふ、クローゼの頼みなら断れないんですが、大人の事情というのが邪魔するんですよ」

 

「つれないですね、エステルさん。あんなに情熱的に私の心を奪ったくせに」

 

「クローゼ、そういう誤解を招く発言は控えてください。ゴシップ誌が喜ぶだけですので」

 

「ふふふ」

 

「そういえば、手紙で今度会う時はダンスを教えてくれると約束していましたね」

 

「エステルさんはダンスは苦手ですか?」

 

「自信はありませんね。剣舞なら得意ですが」

 

「なら、一緒に踊りましょうか」

 

 

そうしてこの日、私とクローゼはお城のテラスの上でダンスを踊る。武術大会の優勝の報告を兼ねた逢瀬。そんなお姫様とのちょっとした身分違いの逢瀬を私は楽しんだ。

 

 

 

 

その夜。

 

 

「エステル、ちょっとそこに座りなさい」

 

「エリッサ?」

 

「お城のお姫様と逢引してたんでしょ。私というモノがありながら」

 

「えっと、逢引というか、単に武術大会優勝の報告ついでに遊びに行っただけなのですが。というか、クローゼは友達ですし」

 

「一国のお姫様を呼び捨てにするのが許されているとか…、それで、何をしていたんですか?」

 

「え、いや、一緒にダンスを踊ったり?」

 

「キーッ、うらやまし…、けしからん! エステル! 私たちも踊りましょう!!」

 

「え、いや、エリッサ!?」

 

 

特にオチはない。

 

 

 






活動報告のアンケート終わりました。スーパークルーズ出来るF-15に決定です。なんだこのオーパーツ。ハイローミックス考えなくちゃいけなくなりましたね。


14話でした。


エステルさんの切り札

・圏境
補助クラフト、CP30、自己、基本ディレイ値2000、ステルス・AGL+50%
周囲の気を感知してこれに同化し、無の境地に達することで自己の気配を完全に消す魔技。

みんな大好きアサシン先生の技そのまんまですね。ただし、一度攻撃したら居場所がばれます。クラフトとしては東方人街伝説の凶手さんの「月光蝶である!」を少しだけ改造したものです。
エステルさんはおっぱいが控えめなので回避が高まります。

・竜牙
攻撃クラフト、CP20、単体、威力130、基本ディレイ値2500、技/アーツ駆動解除・確率30%[気絶]・吹き飛ばし(16マス)
八葉一刀流・六の型「竜牙」。高密度の螺旋の氣を纏う超高速の突きで敵を抉り貫く。

オリジナル技とみせかけて明治剣客浪漫譚の超渋いハスラーさんの技のオマージュ。四の型が突き技なのかは知らん。
原作の方で新しいのが出たら数字が変わるかもしれない。技/アーツ駆動解除が欲しかったからとかそんな理由。



今回はゼムリア大陸西部の各自治州について。原作の中では4つの自治州の名前が確認できます。

それぞれクロスベル自治州、レマン自治州、オレド自治州、ノーザンブリア自治州となっていますが、このうちクロスベル自治州は少しばかり厄介な立場にあります。

これは他の3つの自治州がアルテリア法国を宗主国とし、自治権を認められている半独立国であるのに対して、クロスベル自治州は反目し合うエレボニア帝国とカルバード共和国の政治的な妥協によって、七耀歴1134年に成立した、両大国を宗主国とする自治州という立場を背景にしているからです。


<クロスベル自治州>
上述の通りの背景を持った自治州であり、現在はヘンリー・マクダエル市長とハルトマン自治州議会議長の二人がこの自治州の代表を務めています。

このトップが二人というのも両大国による思惑で生み出されたもので、この自治州の政治基盤の不安定さの象徴と言えるかもしれません。

エレボニア帝国とカルバード共和国の係争の主な理由はこの地に埋蔵される大規模な七耀石の鉱脈にあります。

マインツに埋蔵される七耀石の鉱山を巡って両国は常に対立しており、現在の所、両国が自治州境界で大規模な演習を行うなど極度の緊張状態におかれているようです。

このため自治州議会はエレボニア帝国の意向を汲む議員と、カルバード共和国側の議員、そして中立の少数の議員に分かれており、両国による政治的な綱引きの結果として政治腐敗が横行しています。

また、裏社会では両国の有力者の不正の片棒を担ぐマフィアが議員の圧力を背景に大腕を振って蔓延るなど治安も良いとは言えません。

こういった政治的・軍事的な不安定さを抱えるにも関わらず、奇妙な事に金融に関しては突出して発展しており、ゼムリア大陸最大の金融機関である『クロスベル国際銀行(IBC)』の本社が存在し、ゼムリア大陸の金融センターとして、大陸中の資本がこの自治州に流れ込んでいるようです。

クロスベル市は人口50万人の大都市で、位置としてはリベール王国の北東の方角に位置し、エレボニア帝国とカルバード共和国に囲まれる形で存在します。

軌跡シリーズの『零』『碧』の舞台であり、その政治的な矛盾による人々の葛藤が作中の大きな核として描かれています。


<レマン自治州>
ゼムリア大陸中西部に位置する自治州であり、導力革命の発端となったこの世界における重要な土地です。

C.エプスタイン博士による導力器とその基礎理論が生み出された場所であり、博士の遺志を継ぐ形で設立された、世界最高峰の導力器開発研究機関である『エプスタイン財団』の本拠地がこの自治州にあります。

また遊撃士協会の本部もこの場所にあり、このような重要な機関が存在することから、どこかスイスのジュネーヴを思わせる土地と言えるでしょう。


<オレド自治州>
内陸に存在する農耕が盛んな自治州です。秘境と言われており温泉が多いとされている他、大陸横断鉄道が通っているため、将来性が高い場所とされています。

作中では軽く触れられる程度の存在ですが、なんだか軌跡シリーズにおいて最も重要な場所になると作者は勝手に思っていたり。なんか、《結社》の本拠地とかありそうな雰囲気。


<ノーザンブリア自治州>
塩です。

まあ冗談はこのぐらいで、元々はバルムント大公を元首とする北方の独立国でした。なんとなくノルウェーあたりを想像させる場所です。

しかしながら1178年7月1日、公都ハリアスクの上空に現れた数百アージュの高さを誇る巨大な『杭』が落下したことを発端としてこの国は崩壊しました。

《塩の杭》とよばれる黒色のゴムに似た質感を持つこの未知の構造体は、出現したその瞬間から周囲の物質を、空気分子であろうが原子ごと『塩』に変えてしまうというその恐るべき性質により、僅か2日で国土の半分を塩の海へと変えてしまいました。

元首バルムント大公は国民の避難誘導の指揮などを一切行わず、我先にと国外に脱出したためにその権威は失墜。民衆による武装蜂起により公国は崩壊し、民主的な議会を持つ自治州に再編されました。

しかしながら国土の半分を塩にされ、しかも北方の国ですので氷河による浸食により土壌の栄養分はお察しの通り。塩害を含めれば、寒く厳しい自然環境での農耕は極めて困難であることが予想されます。

さらに首都が塩になったので経済と産業の基盤は崩壊、難民の発生によって民衆が貧困にあえぐのはごく自然な成り行きでした。

ということで、旧国軍は開き直って傭兵稼業に精を出すことになり、《北の猟兵》と呼ばれるPMCが主要産業となり、彼らの稼ぐ外貨によって糊口をしのぐ生活を強いられているようです。

作中最大の悲劇に見舞われた国ですが、雰囲気的に鉱物資源は豊かそうで意外に発展の目はあるかもです。



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015

 

 

「そう、ようやく飛んだの…」

 

「はい。これでようやく前進できます」

 

「ふっ、前進ね。今頃リベールの《空の魔女》はどこまで先に進んでいるのやら」

 

 

エレボニア帝国のライフォルト社はリベール王国に遅れること5年、七曜歴1196年に入ってようやく航空機の初飛行に成功した。

 

とはいえ僅か5年、1192年の夏頃から研究を始めたために実質4年という短期間で飛行機を実現したのだから快挙と言っても過言ではない。

 

もちろん、そこに使用されている技術水準はお世辞にも高いモノとは言えないのだが。

 

彼らが回収したリベール王国軍の軍用機を元に航空機を再現することは極めて困難だった。それは破損状態が大きかったことと、飛行機という機械に対して理解のある専門家がほとんどいなかったからだ。

 

それでも研究を積み重ねていったが、1193年から激しさを増した空爆により研究所が破壊されたことでそれも無に帰した。それが単純な複製という作業に3年半という時間がかかった大きな理由だ。

 

巨大な爆弾が帝国中の工場や研究施設を破壊した。多くの研究員や技術者が死傷し、部品の生産も困難になった。

 

それでも優秀な研究者や技師が少なからず生き残り、なんとかここまで漕ぎつけることができたのはラインフォルト者の底力と言うべきだろう。

 

そしてもしそれが、リベール王国軍の初期の軍用機でも完全に再現できていたなら喜ばしいニュースと手を叩いて褒めることも出来ただろう。

 

だが出来上がったのは王国軍のそれとは似ても似つかない布張りの代物。これでは軍も納得はしないだろう。

 

イリーナ・ラインフォルトは出来上がった飛行機の写真を見てため息をつく。

 

それは複葉機であり、スペック上のデータは速度では王国の軍用飛行艇にすら負けかねず、機関銃を乗せて、さらに人間が一人乗れば爆弾など搭載できるかどうか分からない程の貧相なものでしかなかった。

 

 

「なんとか王国から例の旅客機を購入できないのかしら?」

 

「リベール王国とカルバード共和国の間で売買契約が近く成立するようですが、我が国が直接というのは無理があるでしょう。ですが、なんとか政府に掛け合って手に入れるよう打診しております」

 

 

戦役で帝国を苦しめた双発機を旅客機として改修したミランとよばれる機体は世界の注目の的だった。

 

それはZCFが初めて国外に販売する実用的な航空機であり、ゼムリア大陸のほとんどの国がこれの購入を打診している。

 

この機体は旅客機にも関わらずラインフォルトの最新の飛行船の二倍以上の速度を誇る。民生用の旅客機がラインフォルトの技術の粋を集めたモノを上回るのだからもはや笑うしかない。

 

そして当のリベール王国はこれを遥かに上回る速度を誇る四発の旅客機エグレットを就航させており、そして軍用機においては帝国軍を崩壊に導いた急降下爆撃機の新型トネールの配備を行っている。

 

トネールは7200 CE/hという馬鹿げた速度を誇り、対して帝国最速の飛行船が2000CE/h以下の速度なのだから話にもならなかった。

 

 

「それでアベイユに匹敵する機体は作れるのかしら?」

 

「現在、可変ピッチプロペラの研究については最終段階に入っています。エンジンについてもある程度の目星はつきました。しかし、あれだけの完成度のモノはあと数年いただかなければ…」

 

「このラインフォルトが猿真似ばかりとは地に落ちたものだわね」

 

 

今回試作した複葉機についても、情報局が王国経由で手に入れた《空の魔女》エステル・ブライトが試作したという複葉機の模型についての情報が元である。

 

小型高出力導力エンジンが作れないために単葉機の試作が行き詰っていた時に得られたその情報に技術陣は喰らいつき、そしてようやく『飛ぶ』モノを作ることが出来た。

 

出来上がったものは固定ピッチプロペラの複葉機。エンジンは戦車の500馬力級導力エンジンをなんとか小型化して製作した350馬力の導力エンジンを使用。

 

機体は合板を用いて強度を保ちながら出来るだけ軽量化。翼は布張りの複葉。そうして発揮できた速度は2350CE/h。

 

パイロットが乗れば50kgの爆弾を二つ積めるかどうか。飛行船程度の速度で、積載量は雀の涙、運動性は良いが戦争に使えるものとは思えない。

 

一年戦役時初期のフォコン戦闘機相手でも、空で出会えば確実に蹴散らされるだろう。それが軍担当者から下された評価だった。

 

しかしそれは異世界の歴史に照らせば1920年代相当の飛行機であり、モデルがあったとはいえ一からこれを造り上げたことは称賛に値する。

 

もしもこの場所に彼らの言う《空の魔女》がいれば拍手をして彼らを褒め称えたかもしれない。何の慰めにもならないだろうが。

 

 

「まあいいわ、一応の成功ですもの。お父様にはそのように報告しておきます。予算についても予定通り通ることになるでしょう。下がっていいわ」

 

 

そうして技術者は礼をしてイリーナの執務室から出る。そうしてようやく極度の緊張から解放されて肩を落とした。

 

軍の要求も上司の要求も厳しい。導力エンジンの分野ではどうしてもZCFには敵わないし、航空力学なんていう学問も存在しなかったこの国で飛行機を一から作るのには多くの無理があった。

 

技術者はそうしてとぼとぼと設計室に戻り、部下たちといくつかの仕事に関する会話をしたあと、新型飛行機の設計にとりかかる。

 

ジュラルミンを用いた単葉機。モデルはそのままリベールのフォコン戦闘機であるが、この機体には飛行船には無い独特の優美さが備わっていると彼は思っている。

 

飛行機は面白い。本当はリベール王国に亡命してZCFのエステル・ブライト博士に弟子入りしたい気分ではあるが、それは少し無理な希望だった。

 

ため息をつくと仕事に取り掛かる。そうして定時になると彼は家路につくことにした。試作複葉機が成功したのでしばらくは残業から解放される。

 

 

「やあ、いつものをもらえるかな?」

 

「よお、あんちゃん久しぶりだな」

 

「はは、仕事にようやく区切りがついてね。でもまた徹夜続きになるかも」

 

「体壊すなよ」

 

 

そうしてグラスに注がれたビールを受け取る。つまみはソーセージとピクルス。仕事が早く終われば彼はいつもこの酒場で一人で酒を飲むのが習慣だった。

 

家族はいたが、離婚して妻と子供は家にいない。ここ数年仕事場で缶詰だったせいで夫婦仲が悪くなり、その結果だった。

 

そうして先ほど雑貨屋で買った帝国時報を広げる。最初の記事は帝都のバルフレイム宮がようやく再建されたというニュースだった。

 

戦役で木端微塵に破壊されたバルフレイム宮の再建は帝国政府にとっても威信をかけた事業だったようで、多額の税金が投入されて以前と同じ姿の宮殿が再築された。

 

一部ではさらに立派な宮殿に作り変えようという話も出ていたようだが、皇帝自らがそれを止めたらしい。

 

それでも流石に以前よりも小さな宮殿にしようという皇帝の意見は多くの貴族によって拒絶されたということだ。この宮殿だけでもそうとうのミラが使われているはずだった。

 

帝国の再建はなかなか進んでいない。壊されたのは大きな橋梁や生産施設、インフラなどに限られていたが、まず列車やその整備施設が一つ残らず破壊されたのが致命的だった。

 

結果として帝国の物流は停止を余儀なくされ、4年近く経った今でもそれら物流基盤は完全には回復していない。

 

鉱山の復興も遅れ気味だ。ザクセンの鉄鉱山はリベール軍の地震爆弾の直撃を受けて崩壊し、坑道の多くが崩落して鉱山労働者の多くが犠牲になった。

 

機材も多くが土砂に飲み込まれ、当初復旧は絶望的と見られていたが、最近ようやく再稼働を始めている。

 

それでも講和条約における戦略資源の取引枠に関する取り決めで、帝国は多くの鉄鉱石と石炭をリベール王国に輸出しなければならない。

 

そのせいで帝国内で流通する鉄や銅などのベースメタルの量は落ち込んでおり、復興の大きな足枷となっているとされている。

 

工場が破壊されたり、腕のいい技師が失われたりといった理由で、多くの中小の工房が廃業に追い込まれたのもかなりの痛手だ。

 

基本的に工業力は大企業の生産力に依存すると考えられがちだが、実態は中小の工房の職人たちが作る精巧な部品が無ければ成り立たないものが多い。

 

それらが破壊されたことで工業製品の精度に重大な問題が多発し始めている。つまり、いままで使用していた部品や工作機械が使用できなくなったのだ。

 

 

「今の政府に任せていたら俺たちの生活は成り立たなくなる!!」

 

「これ以上税金が上がったら、飢え死にするしかなくなる!」

 

「そうだ! 軍にばかり税金をつぎ込みやがって!」

 

「いや、違う。悪いのは貴族たちだ。領邦軍ばかりが膨れ上がっているってはなしじゃないか!」

 

 

近くの席で威勢のいい若者たちが政治について討論を行っていた。

 

税金が重くなっているのは事実だ。軍事費が増大しているのも事実だ。政府は復興をおざなりにして軍の再建を最優先としているのは周知の事実だった。

 

リベール王国との戦役でエレボニア帝国軍は半壊状態に陥った。多くの士官が、多くのベテラン兵が死んだ。

 

そして戦闘用の車両は余すことなく破壊され、帝国が誇る機甲師団はもはや看板だけを掲げていて実体のないものに成り果ててしまった。

 

それは貴族が擁する領邦軍も同じだった。リベール軍に帝国正規軍と領邦軍の区別なんてないだろうから、それは当然のことであり、多くの施設と装備、人員が失われた。

 

結果、臣民には帝国軍と領邦軍を再建するための税金が二重取りのような感覚で課せられることとなった。

 

帝国は20程度の機甲師団を新たに整備するつもりらしいが、空軍の創設を考えれば荒唐無稽とまでは言わないものの、莫大で無茶な出費にしか見えない。

 

民衆の不満は爆発寸前にまで大きくなっている。増税に次ぐ増税が平民の生活を強く圧迫している。噂では共和主義者という勢力が帝国で台頭してきているらしい。

 

彼らは帝国の身分制度どころか帝政すらも破壊し、カルバード共和国のような自由な民主国家を作ろうとしているそうだ。

 

そしてその筆頭と噂されているのが、

 

 

「《鉄血宰相》ねぇ」

 

 

ギリアス・オズボーン。数々の内政改革を打ち出して民衆に大きな人気を誇っている。彼は軍事費の過剰な増大に反対しており、インフラの復興と拡大を強く主張している。

 

彼がいなければ帝国の復興は遥かに遅々としたものになっていただろう。あるいは賠償金と軍事費の増大で国家財政自体が破綻し、スーパーインフレが起こっていたかもしれない。

 

だが、彼に対する良好な印象も共和主義者ではないかという疑惑によってかげっているようにも思える。

 

保守派の多くはそのことについて彼を槍玉に挙げており、皇帝の厚い信任が無ければ失脚してもおかしくはない状況らしい。

 

一人の民間人とすれば彼の掲げる改革には大いに賛成だが、共和主義には首をひねらざるをえない。少なくとも皇室への支持はまだまだあるし、皇帝陛下に弓を向けるなど考えたこともない。

 

それに、カルバード共和国については帝国時報が盛んにその衆愚政治の醜さと非効率性を喧伝していて、実際にあの国は多くの問題を抱えているという話だ。

 

 

「マスター、おかわり」

 

「あいよ」

 

 

技術者はビールを喉に流し込む。不景気な話ばかりだ。何か分かりやすい希望のようなものが欲しいと、彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

「では、エレボニア帝国における世論操作は上手くいっていると」

 

「はい。ギリアス・オズボーン宰相の印象操作はかなりの精度で目標を達成しています」

 

 

快晴の元、まるで水平線の向こう側まで黒いアスファルトで舗装されたようにも思える、そんな場所に麦わら帽子をかぶって立っていた。

 

海からの風が吹き、天候は悪くないが風向きは少し良くない。そんな日より。私の周りには軍服や作業着を着た大人たちがせわしく動き回っている。

 

台形直線翼、後進翼、前進翼、可変翼、ストレーキ付デルタ翼、尾翼付クリップトデルタ翼、クロースドカップルデルタ翼。様々な形の翼を持つ飛行機が並ぶ。

 

王立航空宇宙研究所と呼ばれる、リベール王国南西に突き出た半島の施設の滑走路にそれらは置かれていた。

 

私の隣には情報部の黒い制服を着たリシャール中佐がいる。最近昇進したらしく、同僚のシード少佐に一歩リードした感じだ。

 

まあ、本人はそんな事は興味なさそうだったが。軍情報部は空軍に次ぐ軍の花形として期待されている。そんな情報部において重要な地位を占めるのが彼だった。

 

 

「彼は脅威です。思想、思考、発想のどれもが群を抜いている。おそらく政治という舞台では彼にかなう者など大陸にはいないでしょう」

 

「《鉄血宰相》ですか。私も同意見です。彼を知れば知るほど恐ろしいという気分になる」

 

 

ギリアス・オズボーンは《鉄血宰相》とも呼ばれるエレボニア帝国の政治家だ。

 

平民出身の元軍人にもかかわらず一年戦役の頃から政治の分野において急速に頭角を現し、今では皇帝から厚い信任を得ている。

 

その能力は異様ともいうべきもので、彼に全権が与えられればエレボニア帝国はまたたくまに戦役前を上回る超大国に変貌するだろう。

 

 

「博士、それではX-1Dの飛行試験に入ります」

 

「よろしくお願いします」

 

 

滑走路の上で整備されていた小さな台形の主翼を後部につけた変わった機体から技師たちが駆け足で離れる。

 

プロペラ機からは大きくかけ離れたその外観は、プロペラによって牽引されるのではなく、ロケットエンジンの推力で押し出されて飛ぶのだ。目指すのは音の壁の向こう側。

 

ロケットエンジンが透明な炎を噴き上げて轟音を立てる。導力エンジンにはない、内臓を圧迫する様な空気振動。

 

X-1Dはその莫大な推進力に身を任せるようにして驚くほどの加速力で滑走路を駆け抜ける。そうしてすぐに浮き上がりあっという間に機体は空へと飛びあがった。

 

X-1シリーズが飛ぶのはこれが初めてではない。

 

今年に入ってから何度も飛行実験を繰り返しており、遷音速領域における機体にかかる力の分析、超音速機の翼の形状による飛行特性の変化、エリアルールの適用による音速突破時の抗力の変化、パイロットにかかる負担の分析が繰り返されている。

 

 

「しかし、見事な戦略でした。彼のイメージをここまで悪化させるとは」

 

「お褒めに預かり光栄です博士」

 

 

軍情報部の完成度は既にエレボニア帝国の情報局を出し抜いて世論操作に成功するに至った。帝国内の保守派に共和主義者が胎動しているというありもしない話を吹き込んだのだ。

 

もちろんそれらしい過激派にも接触し、いくつか活動に関するノウハウを教え込んだらしい。

 

帝国には近代化と政治や体制の構造改革を目指す《革新派》と、四大名門とよばれる大貴族を中心とした保守派である貴族勢力の対立が表面化している。

 

予算における税金の取り分についても激しく争っており、彼らの対立の溝が埋まる傾向は全くないと言っていい。

 

ここでリベール王国にとって都合のいい勢力は貴族勢力だ。

 

彼らは自分たちの領邦が安全であれば良く、民衆を虫けらのように扱うような下衆もおり、また保守的で近代的な政治体制の構築に強く反対している。

 

その分、中央集権よりも効率性が低く、国力の増強は緩やかになる。

 

そこに生きる市民の生活を重視して考えない地方分権など最悪の部類だ。それなら暴君が治める中央集権の方がまだ芽がある。

 

リベール王国にとって避けるべきが、《革新派》によってエレボニア帝国が国民国家に生まれ変わることだ。

 

ギリアス・オズボーンのやろうとしている事は私の構想とよく似ており、そして国家の規模から言っても脅威だ。

 

故に彼らには足の引っ張り合いを続けてもらっていた方がこちらとしては助かるのである。が、そのバランスをとるには《鉄血宰相》は傑出しすぎている。

 

かくして情報部の矛先は《革新派》と《鉄血宰相》に定まった。情報部は弱小勢力だった共和主義派という汚名を《革新派》に被せることで、帝国内の彼らのイメージに泥を塗ったのだ。

 

結果としてギリアス・オズボーンは皇帝をないがしろにする奸臣というイメージが保守派からそうでない層にまで定着しようとしている。

 

 

「博士! X-1Dが音速を突破しました! まだ速度が上がります!」

 

「機体は安定していますか?」

 

「問題なし」

 

 

ソニックブームの爆発音が遅れて耳に響く。リシャール中佐は何事かと周囲を見回すが、周りの人間たちが全く動じていない事を知ると咳払いをした。

 

 

「今の音は?」

 

「ソニックブームです。音は空気の振動で、波の性質を持っています。我々の日常の世界では音の速度は地上では1秒間に340アージュの速度で、音の波は前方に放射されます。しかし超音速になる瞬間、物体と音の速度は等しくなり、音の波が圧縮されて壁のようなモノを生み出す…と想像してください。これが莫大な圧力を生み出して、爆発音のような音を生じるのです」

 

「音の壁ですか」

 

「人間の手でも作ることは出来ますよ。鞭を全力で振るったときに出る炸裂音は超音速によるソニックブームと考えられています」

 

 

ソニックブームというのは厄介で、二万メートル、この世界では200セルジュを超えた場所にも伝播してしまう。

 

これが騒音公害になるため、下手に市街地近くの上空では音速突破は出来ない。超音速旅客機がXのいた世界で主流になれなかったのはこれが一つの原因である。

 

 

「18,000 CE/hを突破!」

 

「速いですね」

 

「あの形状の翼は遷音速領域には向いていませんが、超音速ではむしろ安定性が増すんです」

 

 

Xの世界における傑作機F-104スターファイターに見られる特殊な直線翼は超音速での安定性に優れた能力を示す。

 

F-5フリーダムファイターや有人機最速のX-15にも見られるこの翼だが、最終的には速度よりもアビオニクスやマルチロールが重視されるようになると廃れてしまった。

 

 

「第2超音速突破、さらに速度上がります」

 

 

これらの機体は金属水素(混合時は液体水素)と液体酸素による2液式液体ロケットエンジンを搭載し、有人の航空機による音速突破を狙う超音速有人飛行機実験のために用意されたものだ。

 

肝心のジェットエンジンについては、一応試作品が作られているものの、問題が発生していて、実用にはまだ少し届かない感じである。

 

そういうわけで、先に機体の形状についての研究が先行する形となってしまった。未知の領域での試験飛行であるが故にパイロットは命がけであるが、最新の飛行機に乗れるというので士気は高い。

 

だがそれだけにベテランパイロットを失いたくない。

 

 

「25,000 CE/hを突破!!」

 

「減速してください。これ以上の速度は危険です」

 

「わかりました。X-1D減速しろ。これ以上の加速は機体が持たない」

 

 

第2超音速というのはマッハ数のことだ。この世界にはエルンスト・マッハなんていう物理学者はいないので、私が勝手にそう呼んでいるだけである。

 

そうしたらみんなそう呼び出したので、まあ放置している。ブライト3とか言われてもしっくりこないのです。

 

機体はアルミ合金製なのでマッハ3の領域に突入することは出来ない。断熱圧縮による空力加熱で機体の温度がアルミニウム合金の融点を超えるからだ。

 

キャノピーだってもたないし、最悪機体が制御を失って墜落するだろう。基本的に有人機の速度限界を決定するのは推力ではなく機体強度であることが多い。

 

 

「それでリシャール中佐、頼んでいた件についてはどうなっています?」

 

「IBC(クロスベル国際銀行)の内偵ですが、多額の使途不明金が存在するようです。各国の主要銀行においてそういった資金の流れが確認できていますが、IBCの規模は他の群を抜いているようですね。引き続き資金の流れを追跡させましょう」

 

「お願いします」

 

「それでは私はここで」

 

 

リシャール中佐が去っていく。私はそれを見送ると、X-1Dの飛行データの検証に改めて参加した。

 

この飛行試験を通して耐Gスーツの最適な設計も行われている。

 

Gがかかることで血液が上半身から下半身に集中し、脳が虚血状態に陥ってパイロットが失神する事故は一年戦役でも起きており、これに対して下半身を圧迫するだけの耐Gスーツは完成しているものの、超音速機には対応できないと考えられている。

 

並行して導力装置による重力制御によって慣性を殺すようなシステムも並行して開発が進められている。

 

機内の気圧や温度の制御など導力器に頼る部分は大きくなっているが、それだけではなく航空機の機体制御にまで導力器が応用されようとしている。

 

例えば機体周囲の気体の流れを制御して、渦の形成を上手く制御することで負圧を生み出しエルロンや昇降舵、方向舵、尾翼無しでの機体制御が考案されていた。

 

また大型機にはすでに主翼と後部に反重力発生機関が搭載されており、短距離離着陸機が戦役前から実用化されている。

 

反重力発生機関は機体の制御にも応用可能と見られており、垂直離着陸機の実現だけではなく、推力偏向ノズルを用いずに超音速における高度な運動性獲得すら視野に入っている。

 

他にも導力冷却機構によって極超音速における空力加熱を軽減する研究や、ステルス性の概念についても理論レベルであるが研究が行われていた。

 

エリカさんの協力もあって導力波や電磁波を反射しないで吸収してしまう膜状結晶回路を機体表面に張り付ける研究がなされている。

 

これが実用化してしまうと機体形状に関わらずステルス性を獲得してしまうというとんでもないモノが作られる可能性があった。

 

と、唐突に技師たちが慌ただしくなる。オペレーターが血相を変えて声を張り上げた。

 

 

「どうしたX-1D!? 何!?」

 

「何が起こりました?」

 

「制御不能に陥ったようです! おい、X-1D! 機体を立て直せ! くそっ」

 

「観測班っ、何が起こっている!?」

 

「き、機体がピッチ方向に回転しています!!」

 

「イ、 イナーシャカップリング現象か!? 対策は嫌というほどやっただろう!」

 

「アイツ、独断で連続宙返りやりやがったんだ!」

 

「そんな…、この速度域じゃベイルアウトも出来ないじゃないですか!」

 

「X-1Dからの応答がありません!」

 

「失神したか…、馬鹿野郎が! 遠隔操作で機体を立て直すぞ!」

 

 

悲鳴のような声が上がる。おそらくパイロットは激しい回転運動による遠心力に伴うGに耐え切れずに失神してしまったようだ。

 

上空を飛ぶエグレットを改修した大型機から遠隔操作による機体の復元が試みられるが、激しい縦回転に見舞われた機体はほどなく空中で分解してしまう。

 

外部からの無線信号で強制ベイルアウトやパラシュートの操作などができるようにはなっており、私は祈るような気持ちで報告を待つ。そうしてしばらくすると、救助担当者が戻ってきた。

 

 

「パイロットは?」

 

「強制ベイルアウトに成功しました。ですが、あの怪我では予断は許さないでしょう」

 

 

息を吐いた。怪我は酷いらしく、首の骨を折るなどの重体で、今日の夜が山場だという。事故は起こらない様に設計をしていても、こういった事故は完全には防ぐことが出来ない。

 

技師たちや他のテストパイロットたちも表情は暗く、整備担当者が私に必死に謝ってきた。違う。貴方は悪くないと言って下がらせる。

 

テストパイロットたちには予め遺書を書かせているが、実際に大怪我が出るとダメージは大きく、動揺してしまう。

 

親族の人には頭を下げに行かなければならないなと思いつつ、頭の中に設計図を再現して何が悪かったのかを検証し始める。

 

航空機は速くなれば速くなるほど、縦揺れや横揺れが酷くなり不安定になる。

 

特にジェット戦闘機では後方に重いジェットエンジン、前方に大量の電子機器を積み込むためにヨー(横)方向とピッチ(縦)方向の揺れにおいて勢いがついてしまい、制御不能になることがある。

 

これがイナーシャカップリングだ。

 

解決策としては主翼や尾翼の面積を大きくすることで、F-15などの垂直尾翼が2枚あるのは面積を稼ぐためでもある。

 

しかし超音速機はマッハコーンの円錐の中に納まる様に主翼を配置する必要から、主翼の面積は限られてしまう。

 

 

「もっと安定性の高い機体設計の方がいいのでしょうか…」

 

「ですがX-1Dの加速性能は魅力的ですよ」

 

「超音速機での周辺国との競争が無い今はパイロットの安全を優先したいんですけどね。あの翼では低速域での運動性が良くないですし」

 

 

パイロットは病院での手術が成功してなんとか命を取り留める。それでも、怪我が原因で後遺症が残り、飛行機パイロットには復帰できないだろうという話だ。

 

それでも、生きてくれただけで良かったと思う。そうしている間にも試験飛行は継続する。

 

次世代戦闘機のモデルについての議論が行われる。リベール王国にはどこぞの世界の超大国のように用途によって機種を揃える余力はまだ無い。

 

前回の戦訓により次世代戦闘機には爆撃をこなせる戦闘機を期待されていたが、戦術爆撃には飛行船、制空戦闘には航空機という割り切りをしてもよかった。

 

 

 

 

 

 

「てぇい!」

 

「遅い!」

 

 

金色のウェーブ髪を広げて襲い来るクリスタさんの大剣の腹に刀をそえてその軌道をそらす。そのまま体当たりをして彼女のバランスを崩し、追撃に入ろうとすると、とっさに害意を感じて後ろに飛ぶ。

 

先ほどまでいた場所の大気を弾丸が切り裂いた。

 

 

「今のをよけてしまいますか」

 

「いくよエステル!!」

 

 

銀色の髪の長身の女性、シニさんの放った弾丸を避けると入れ替わりにエリッサが切り込んでくる。掛け声は余計だと何度も言っているのだけれど。

 

八葉一刀流の剣技《紅葉切り》。驚くべき踏み込みの速度は流石というべきか。しかし、剣筋は読みやすい。私は既に鞘に納刀をしておりこれを迎え撃つ。純粋な速さならこちらが最速だ。

 

 

「ふっ」

 

「うぁ!?」

 

 

八葉一刀流・五の型《残月》。私の最速の剣であり、一撃のもとにエリッサの腕に剣の峰を叩き込む。追撃は導力魔法(アーツ)発動の気配に阻まれた。時空を揺さぶる振動波の群れ。

 

シニさんの放った時属性の魔法ソウルブラーが私の脇を掠める。そして迫りくるクリスタさんの大剣を使った強烈な突進攻撃。

 

 

「え?」

 

「てい」

 

 

その大剣の上に私はトンと跳び乗って、彼女の顎を蹴り上げた。しかし不完全な一撃になったので意識を奪うには少し足りない。

 

理由はロリメイドのメイユイさんが放ったチェーン付きの分銅だ。なんとか上体をそらして避けたが、相変わらず嫌なタイミングで仕掛けてくる。

 

メイユイさんとシニさんが同時に接近してくる。シニさんはガンブレードという特殊な武器で接近戦もこなせる。メイユイさんはどこからか取り出した短剣を手にしていた。

 

二人同時に相手にするのは良くないので、相手にしやすいシニさんに向かう。ガンブレードは銃撃にも用いる事が出来るが、その分重くて剣としては取回しにくい。

 

 

「流石ですお嬢様!」

 

「それはどうも!」

 

 

シニさんとメイユイさん、そして私の剣舞が始まる。私の剣をガンブレードで受けたシニさんは防戦一方になるが、メイユイさんの投げナイフにより私は攻勢を削がれる。

 

そのままメイユイさんが短剣を横に薙いでくるが、私はそれを刀で受けた。蹴りが飛んでくる。避ける。足を狙う。至近距離の銃撃。刀で弾丸をそらす。

 

 

「行けクリスタ!!」

 

 

突然のメイユイさんの号令。シニさんとメイユイさん二人が同時にバックへと跳んで退いた。同時にコンコンコンという何か金属の缶が跳ねる音。それはクリスタさんが投げ込んだ手榴弾だった。

 

もちろん中身はスタングレネードだが、そんなことは何の救いにもならない。ならば、

 

 

「せぇい!」

 

「「「「なぁ!?」」」」

 

 

私は回転しながら上空へ跳びあがった。同時に強烈な螺旋の気流が発生する。八葉一刀流の技の一つ、《独楽舞踏》。生み出された強烈な負圧が周囲のモノを螺旋の中心へと引き寄せる。

 

それは人間も例外ではなく、周囲にいたエリッサやクリスタさん、シニさんとメイユイさんまでをも巻き込んだ。そしてその中心にはスタングレネード。

 

そして轟音と共に閃光が放たれた。

 

四人が壁となってスタングレネードの威力が半減し、私への影響は限定的なものになった。だが、スタングレネードの直撃を受けた四人は半ば棒立ち状態になっている。

 

このまま《疾風》あたりで仕留めてしまってもいいが、せっかくの模擬戦だ。あれを使おう。

 

 

「我が剣は無にして螺旋」

 

 

氣を練りこむ。最大最強の一撃を。

 

 

「いきます」

 

 

私は一気に後方へと跳ぶと、すぐさま加速して螺旋の動きで跳躍する。莫大な氣を丹田より汲み上げて、螺旋の加速で収束し、急速に増大させる。

 

圧倒的なエネルギーを剣に伝導させると、氣は私の最強のイメージであるドラゴンを形作る。そして私はそのまま四人のいる場所へと突入した。

 

 

「奥義≪竜王烈波≫」

 

 

巨大なドラゴンが大地にダイヴする。強烈な爆音が鳴り響き、エネルギーが瞬時に解放されて大地が揺さぶられる。閃光が広がり、その後土煙がきのこ雲を生み出した。

 

そうして煙が無くなると、大地にはクレーターが穿たれ、そこから螺旋状に竜が爪で地面を抉ったような深い傷痕が刻まれていた。

 

 

「四人とも、大丈夫ですか?」

 

「きゅ~~」

 

 

メイユイさんも含めて四人とも気絶してしまっている。わざと四人から離れた場所に突入したので大きな怪我はなさそうだが、一応怪我の状況を確認しに行く。

 

そうして息がある事を確認すると、私は導力魔法で四人の怪我を治癒する。すると模擬戦を見ていたユン先生が近づいてきた。

 

 

「どうでしたでしょうか?」

 

「まあ、こんなものじゃろう。剣気の練りがまだ甘いがの」

 

「そうですか…」

 

「極めれば竜も殺せるようになるじゃろうて。まあ良い合格じゃ。免許皆伝を授けよう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

授けられた奥義は≪竜王烈波≫ともう一つ、居合の奥義である。実戦レベルでこれらを使うことは出来るものの、≪竜王烈波≫についてはいまだ隙が大きく奇襲といった要素を組み入れる必要があった。

 

とはいえ、念願の免許皆伝である。そしてそれは別れをも意味していた。

 

 

「これでわしのこの地での役割は終わりじゃの」

 

「残念です」

 

「お主は剣でなく空への道を極めるのじゃろう。わしとは生きる場所が違うじゃろうて」

 

「そうですが、別れというモノはそう簡単に割り切れるものではありません」

 

「ふむ、まあ生きていればまた会える。それに孫娘にも時折顔を見せなければならんからの」

 

 

私より二つ上のユン先生の孫娘のアネラスさんはリベール王国にいて、私が仕事の忙しいときなどはそちらの方の面倒を見に行っているらしい。

 

私と同じく剣を先生に師事しているらしく、純粋な剣の才能ではエリッサよりも上という話だ。私に負けないようにと日々頑張っているらしい。

 

 

「北方に行かれる予定とか」

 

「ひとまずはノルド高原に向かおうと思っておる。まあ、予定じゃがの」

 

「エレボニア帝国とカルバード共和国の係争地だとか」

 

「風光明媚と聞いておる。土産話を期待しておくといい」

 

 

ノルド高原は大陸北部にあるアイゼンガルド連峰を越えた峻嶮な高原地帯で、自然環境の厳しい高原地帯と聞いている。

 

草原が広がり、良馬の産地とも知られ、そこに住む原住民はモンゴルの草原に生きる遊牧民のような生活を営んでいると本で読んだことがある。

 

そうして数日後、ユン・カーファイの旅立ちの日がやってきた。

 

 

 

 

「ユン先生、お身体にお気を付けて」

 

「うむ、お主も精進を忘れぬように。《迅羽》をなまくらにするでないぞ」

 

「はい」

 

 

ユン・カーファイは再び旅に出ることになった。大きな荷物を肩に担ぎ、二本の刀を腰に差した姿はこの家にやって来た時と変わらない姿だ。

 

ロレントの飛行船乗り場で私たちは総出で彼の旅立ちを見送る。彼はこのままボースへと向かい、そこから帝国領へと入るらしい。

 

《迅羽》は父から正式に受け継いだ太刀だ。まだ私が扱うには刃が長すぎて上手く使えないが、いずれは使いこなしたいと思っている。その時は、ユン先生から一本ぐらいはとれるようになりたい。

 

 

「ユンぜんぜぇ、い゛ままであ゛りがどう」

 

「エリッサ、お主には奥義は伝えられんかったが、エステルの指導を受けるが良い。お主ならいずれ奥義にも至れるじゃろう」

 

 

ユン先生がエリッサの頭を撫でる。エリッサは人見知りの強い子になってしまっていたが、ユン先生には深い信頼を寄せてすっかり懐いていた。

 

顔をぐしゃぐしゃにしてユン先生に泣きながら抱き付く姿は、どこか祖父と孫のような関係にも見えて微笑ましい。

 

メイユイさんたちメイドさん達も少し涙ぐんでいる。執事のラファイエットさんが代表して私たちがそれぞれ選んだ餞別を袋に入れたものをユン先生に手渡す。

 

 

「高名な《剣仙》ユン・カーファイ殿に出会えたこと、至上の喜びでした」

 

「ふっ、お主とは一度手合わせをしたかったがの」

 

「お戯れを。私では相手にもなりません」

 

 

そう言って笑いあう。この二人は歳も近いというのもあって仲が良かった。時折、父とメイユイさんとユン先生を合わせた4人で酒を飲んでいる場面を何度か見かけたことがある。

 

 

「今までありがとうございました。私のようなものにも剣の指導をして下さったこと、誇りに思いますわ」

 

「良い。お主もなかなか見込みがあったからな」

 

 

クリスタさんは剣士として名を馳せるユン先生に憧れに近い感情を抱いていたらしい。時々、雇い主のブライト家の人間よりもユン先生に敬意を払っているような節があったりして、見ていて面白かった。

 

彼女も時折剣の指導を受けていたらしく、北の猟兵出身ということで軍用の剣技を身に着けていたが、ユン先生の指導のおかげで少し剣を振るうバランスが良くなったように思える。

 

 

「あ、あの、ありがとうごじゃいましたっ」

 

「ふふ、そう身構えるでない」

 

 

逆にクリスタさんの妹のエレンさんはユン先生を怖がっていた。独特の戦士としての雰囲気が少し苦手だったのだろう。最近はだいぶんそれも改善されていたが、まだ苦手意識は残っているらしい。

 

 

「あんまり無理しないで下さいよ。もう歳なんですから」

 

「お主も言うほど若くはないじゃろう」

 

「酷いですね。まあ、またどこかで会いましょう」

 

 

笑って挨拶するのはメイユイさんだ。この人はユン先生とフランクに付き合っていて、敬語中心にメイド然と付き従う私への対応と少し違う。

 

理由を聞くと、遥か東方の島国アキハバーラに伝わるメイド道の心得らしい。そんな島は聞いたことが無い。

 

 

「いままで大変お世話になりました。ユン様の剣捌きの美しさを拝見できなくなるのは残念ですわ」

 

「うむ、お主も達者でな」

 

 

シニさんはそれほど先生との絡みを見たことが無い。それでも先生曰く侮れない娘との評価をいただいていたようだ。そして最後にユン先生は父と向かい合った。

 

 

「ユン先生、またしばらくの別れですね」

 

「カシウス、もはや多くは語らぬが、お主の魂に剣はいまだ宿っておると信じている」

 

「勿体ない言葉です」

 

「遊撃士という職はお主には合っているじゃろう。これからもエステルを良き方向に導くといい。アレはわしの後継者たりうる娘じゃからな」

 

「はい。先生もご達者で」

 

 

そうして《剣仙》は飛行船に乗り込んだ。私は彼から多くの技を受け継いだ。剣を握る覚悟も教えられた。私は昨年、父から受け継いだ利剣《迅羽》を握りしめる。剣は私の一部となった。

 

次会う時は、先生も驚くような剣士になろう。私はそう決めた。

 

 

 





おじいちゃん剣士去る。この軌跡シリーズはダンディズム溢れる男性が沢山活躍します。英雄伝説とか言ってますが、英雄はこのおっちゃんどもです。『閃の軌跡』に登場するかなぁ?


15話でした。


皆さん、『閃の軌跡』は買いましたか? 作者は予約特典付きで買いましたよ。ふははは、徹夜だ! 徹夜でプレイだ! SSの更新? そんなものは後だ後。

そういえば閃の軌跡はグラフィックに問題があるようですね。まあ、細かい事です。欲しいのは世界観と音楽とキャラクターの雰囲気ですし。

『閃の軌跡』はエレボニア帝国が舞台ですね。このSSでは酷い目にあってばかりの帝国ですが、頑張ってもらわないと困りますね。

クロスベルに向ける列車砲が一つになったり、口径が80から60とかに減ったりするかもしれませんが。列車砲を作るのは帝国クオリティーなので仕方がないですけど。

ちなみに帝国がここまで苦しんでいる理由の一つは戦役においてZCFの接収が出来なかったという要素が大きく響いています。

原作での百日戦役ではツァイス占領においてZCFが帝国軍の管理下に置かれました。この時に最先端導力技術のかなりが帝国に持ち去られていたことは容易にうかがえます。

ですがこのSSではそれが出来なかったため、特に基礎技術においてラインフォルトは大きく苦しめられることになります。…あれ?

これって戦術オーブメント開発にも影響でるんじゃね? ARCUS作れんのかラインフォルト。特科クラス《Ⅶ組》どうなんの? 『閃の軌跡』始まらねぇぞこれどうすんだよ。


今回のエステルさんの技
・残月
攻撃クラフト、CP20、単体、威力125、基本ディレイ値1000、確率50%[戦闘不能]・必中
八葉一刀流・五の型「残月」。目にもとまらぬ神速の抜刀術。通常攻撃の三分の一の硬直時間が強烈な技。相手が次に行動する前に三連続でターンが回ってくるという設定。タマネギ大佐を上回るダメージディーラーに。

・独楽舞踏
補助クラフト、CP30、大円(自分中心)、基本ディレイ値3000、吸引
螺旋の生み出す強烈な陰圧により敵を引き寄せる。3rdでは役立たずとか言われたけど、チェインクラフトメインだったら使えるよ!

・奥義≪竜王烈波≫ 
攻撃Sクラフト、CP100~、全体、威力400、基本ディレイ値3500
無の境地から生じる凄まじい竜気を螺旋の回転により増幅させて叩き付ける、圧倒的な破壊力を持つ最終奥義。Sクラフト登場です。威力高すぎ? 気にするな。お話が続けばこれで弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎を粉砕する予定。



今回は原作に登場する導力器メーカーについて。

導力革命以降、産業の発達によって様々な導力器メーカーが隆盛を極めました。その代表格がエレボニア帝国のラインフォルト社、そしてカルバード共和国のヴェルヌ社です。

また先進性の高いメーカーとしてはエプスタイン財団とZCFがあり、高価ながらも質の高い製品を製造しているようです。


<エプスタイン財団>
七耀歴1154に死んだC.エプスタイン博士の業績を受け継ぎ、博士の死の翌年に設立された導力器開発研究機関。

レマン自治州に本部を置き、導力技術の開発と普及を目的として活動しています。導力研究では最先端の技術を有しており、特に戦術オーブメントについては大陸でこの機関しか製造を行っていません。

実は七耀教会とは密接な関係にあるらしく、戦術オーブメントの発動する導力魔法については七耀教会において継承されてきた法術を元にしていることが言及されています。

この見返りとして、財団は教会に極秘に特殊な導力装置を提供するなど、その関係は非常に密なものといえるでしょう。

遊撃士協会のスポンサーを務めていることも作中で言及されていて、その見返りとして遊撃士が導力技術の普及に協力している点においても原作においては重要な機関といえるでしょう。


<ZCF(ツァイス中央工房)>
アルバート・ラッセル博士が故郷であるリベール王国のツァイス時計師組合と協同で設立した『ツァイス技術工房』を前身とする工房です。

その技術力はエプスタイン財団に並ぶとされており、おそらくは導力革命の一翼を担った研究機関と言えるかもしれません。

その技術力とラッセル博士の才覚により、世界で初めて導力飛行船の開発に成功しており、現在でも飛行船開発と導力エンジン、導力演算器の分野ではトップランナーとして認知されています。

エレボニア帝国とカルバード共和国に導力技術を供与したのもZCFであり、事実上、西ゼムリア大陸において導力革命を主導した立場にあると考えてよいでしょう。

初期は時計を、次には大型の導力可動式の跳ね橋《ラングランド大橋》を作成しており、近年では導力自動車の分野にも進出しています。

原作ではZCFの製品は割高ではあるが、無駄のないシンプルなデザインと故障の少ない耐久性を特徴としています。なんとなく、作れるから作った的なハイエンドな際物を作ってそう。

このSSにおいてはリベール王国の重工業化と技術開発の中心であり、航空機開発のメッカとして理不尽な活躍をしています。

まあ二週間で二足歩行ロボットを製作してみたり、超古代文明のアーティファクトを分析してその対抗策を作ってみたりとやりたい放題なので、予算さえあればこの程度の潜在能力はあると見てよいでしょう。


<ラインフォルト社>
正式名はラインフォルト・インダストリー・グループ。エレボニア帝国最大にして、大陸でも一二を争う最大規模の総合重工業メーカー。

ZCFから導力技術の供与を受ける前は、火薬式の大砲や銃火器を製造していた工房であったようで、今でもラインフォルト社の火薬式の銃火器には一定の顧客がいるとか。

導力革命後は導力銃や導力戦車だけでなく、導力鉄道や飛行船の分野にも進出しており、これらの技術を応用した導力自動車も開発している。

ラインフォルト社の導力自動車は頑丈さが売りで、リムジンや運搬車のような車種に定評があるらしい。まあなんとドイツっぽいこと。

ラインフォルト社の製品は貴族主義の国の風土を反映してか、華美な装飾を施したデザインを特徴としており、軍事国家としての側面からか大容量・大出力を売りにしているとのこと。

大きくて、硬くて、強くて、立派なものが好き。なかなかの逸材と言えます。

このSSではエレボニア帝国によるZCFの接収に失敗したため、基礎技術の面で不安が残ります。

特に導力エンジンと飛行船技術については原作よりも立ち遅れる事が必至で…って、山猫号ってこのSSじゃ作られるのかな?

軍関係者の無茶な要求に頭を悩ませる技術者たちの苦悩が思い浮かぶ。逸材です。

きっとドイツみたいにエレファント重駆逐戦車とか超重戦車マウスとか、ドルニエDo335プファイルとかハウニブみたいな超カッコいい奴を作ってくれるに違いない。間違いなく逸材。


<ヴェルヌ社>
カルバード共和国に本社を置く巨大総合技術メーカー。ラインフォルト社と双璧をなす重工業メーカーです。

ZCFから導力技術の供与を受ける前からラインフォルト社のライバルとして火薬式の大砲や銃火器を製造していた。この世界の工業メーカーは全部軍需関連なのだろうか?

導力革命後は各種導力器の研究開発に力を入れ、特に導力自動車の分野では老舗中の老舗である。自家用車からバス、トラックから軍用車両、特殊車両まで幅広いラインナップを誇る。

ハタラククルマ。この関係なのか、共和国で採用されている戦車は装輪式だったりするらしい。

飛行船開発では遅れており、カルバード共和国の空軍は張子の虎なのだとか。製品の特長はポップなデザインと、多機能で手ごろな価格が売り。どことなくアメリカンな雰囲気。

なんとなく経済性を優先させたつまらないものを作っているイメージ。英国面に落ちればいいのに。


<ストレガー社> 
番外。1153年創業のスニーカーを製作するメーカー。ストレガーブランドのスニーカーは皆の憧れの的。

ストレガー社が総力を挙げると、アーティファクトにも匹敵する超絶高性能なスニーカーが生まれる。防御力だって200も上がり、MOVは8も上昇。星杯騎士も愛用しているとか。




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016

 

 

「ダメです、エンジン停止しました」

 

「原因はやはり高圧タービンですか?」

 

「はい。完全に破断しています」

 

「強度をもっと上げられないのか?」

 

「あるいは遮熱コーティングに問題が…」

 

「燃料をもう少し少なくした方が良いでしょうか?」

 

「設計のやり直しですね…」

 

 

王立航空宇宙研究所の実験棟において、透明な炎を噴き上げて轟音を響かせていたエンジンが今は停止していた。

 

次世代航空機の核となる推進機関、ターボジェットエンジンのその開発は難航しており、特に使用する燃料の性質と、高圧タービンの強度において大きな壁にぶつかっていた。

 

 

「やはり通常の水素に切り替えるべきでしょうか?」

 

「ですが金属水素燃料の魅力は如何ともしがたい」

 

 

燃料に使用する金属水素は推進剤として破格の性質を秘めている。

 

そもそも水素は化学物質としては比推力において石油燃料の1.5倍ともっとも優れた燃料であるが、液体水素の密度は石油燃料(ケロシン)に比べて11分の1程度の密度しかなく、体積当たりのエネルギーは二割程度で飛行機の推進剤としては大きく劣る。

 

だが固体金属水素になれば密度は最も理想的な状態で8.5g/cm^3と液体水素の120倍近くになり、電子のふるまいが変わることで化学的性質も大きく変化し、燃料としての効率は飛躍的に高まる。

 

結果として推進剤としては同じ体積の石油系燃料に対して67倍という驚異的なパワーをもたらす極めて優れた燃料といえた。

 

だが、金属水素はその高性能と引き換えに多くの問題を秘めている。

 

まず、製造が困難であること。Xのいた地球でも、ごく少量の金属水素をごく一瞬の間だけ実験室レベルの極めて効率の悪い方法で、もしかしたら作れたかもしれないと報告されるような難物である。

 

高圧物性物理学の聖杯とまで呼ばれ、生成にはおそらくダイヤモンドを形成するための圧力の四百万~七百万倍を要する。

 

これは地球の中心核における圧力条件を上回っており、巨大ガス惑星の超高圧超高温条件で初めて達成されるだろうとされる未知の領域だ。

 

宇宙物理学の分野では木星や土星の岩石でできたコアがこの金属水素で覆われていると考えられており、つまりそういった条件でなければ存在できないとされる物質だ。

 

その性質の中においては、常温超伝導物質ではないか、あるいは液体状態であれば超伝導と超流動を併せ持つ全く新しい性質を持つ物質ではないかなどと推察されており、実際に常温超伝導物質としての物性を示すなど、化学的、物理的にも極めて興味深い性質を持つ素材である。

 

しかしこのXのいた世界では作れなかった物質も、この世界では莫大な重力を一点に発生させることで、巨大ガス惑星なみの500ギガパスカルを達成するのと並行して冷却を行うことで工業的な生産に至るまでになっている。

 

そして今ではロケット燃料や超伝導フライホイールなどに用いるなど利用が進んでいた。

 

第二の問題はいかにして貯留するかであった。固体金属水素は3,000Kまで準安定状態として存在できたが、化学平衡によって徐々に揮発してしまう。

 

これを防ぐには高圧条件に置くことが必要だが、水素は分子の大きさが小さく、容易に高圧容器の壁を浸透して外部に漏れてしまう。

 

水素は金属に浸透すると、その強度を下げてしまう水素脆弱性の問題があり、この解決は必須といえた。

 

これを防ぐに導力空間制御による、強度は期待できないが水素を通さない膜を作り出す技術による浸透の妨害と、アルゴンガスとケブラー繊維によって強化されたチタン合金タンクによる高圧維持を考案した。

 

しかし、まだまだ圧力が不足しており、少なくともザイロン、欲を言うならカーボンナノチューブやグラフェンなどの高度な炭素系材料の利用が好ましい。

 

第三の問題は液化である。固体金属水素は準安定状態にあるが、燃料として使用するなら流動性を持つのが望ましい。

 

しかしながら、液体金属水素は常圧では極めて不安定であり、すぐさま通常の水素原子に戻ってしまう。液体金属水素の維持には400ギガパスカルという途方もない圧力が必要だった。

 

ロケットエンジンではこの問題は一時的に切り捨てられた。

 

現状として金属水素として貯蔵し、液体水素として燃焼するだけでも石油系燃料に比べて体積あたり1.3倍強のパワーが得られたため、それだけでも十分に優れた燃料として通用するからだ。

 

とはいえ、やっぱり液体金属水素燃料の魅力は大きい。

 

いくつかの方法が考案された。まずは固体金属水素を粉末状に破砕して、これを空気と混合して燃焼させるというもの。

 

または『時』の属性を用いて金属水素が通常の水素になるのを『よりゆっくり』と減速させて、通常の水素になる前に燃やしてしまおうというもの。

 

こうした積み重ねにより問題が解決されてゆき、つい最近になって金属水素を利用したターボジェットエンジンがようやく日の目に出るようになったわけである。

 

ところが、試作したジェットエンジンを動かしたところで再び問題が発生した。第四の問題、それは酸素と反応した際に生み出される莫大なエネルギーそのものだ。

 

これはこの燃料の最大の利点でもあり、問題でもあった。その噴流速度は液体水素や石油系燃料を上回り、生み出される驚異的な熱エネルギーは従来の化学では説明のつかない化学反応を発生させる。

 

酸素と窒素と水素が高温高圧化で反応して強酸が生成されるのは当然であり、それらがブレードの素材そのものとの未知の化学反応を引き起こすことも分かっている。

 

莫大な熱エネルギーにより排気温度は1500℃~2000℃に到達し、これらにより脆弱となったタービンブレードは強烈な噴流によって軽々と引き裂かれる。

 

 

「これ以上の冷却システムは逆に燃焼反応に悪影響を与えてしまう…」

 

「遮熱システムを向上させる方向に切り替えますか?」

 

「それは強度的に大丈夫なのか?」

 

 

ジェットエンジン開発はそれでもゆっくりと進展をしていた。一方、ZCFでは重大な発明が今まさになされようとしていた。

 

 

 

 

「演算速度規定値に到達。各部問題ありません。円周率3355万5211桁までの計算に成功しました」

 

「やったぞ!」

 

「完成か…」

 

 

1196年夏、世界最高峰の高速導力演算装置カペルが完成した。

 

カペルの研究はラッセル親子の競争原理が働いた結果として極めて良好な開発速度で推移し、私が寄与した部分などはほんの一部でしかなかったが、それでも導力演算器という計算装置の開発に触れる事が出来たのは大きな収穫だった。

 

 

「おめでとうございます、ラッセル博士」

 

「うむ、これでようやく一息じゃの」

 

 

導力演算素子は導力貯留式輪列と呼ばれるダイオードによって形成される。これによって論理回路を集積し、一つの基盤に効率よく配置していくのがこの世界のコンピューターだ。

 

形式としてはノイマン型であり、基礎理論はラッセル博士が考案している。いや、もう天才としか言いようがない。

 

レーザーによる加工が可能になった事でさらなる集積化が可能になり、カペルの演算能力は当初の予定を越えてしまった。

 

さらに七耀石を含む人工水晶とレーザーによる書き込みと読み取りを用いた光学的な記録装置によるテラバイトクラスの大容量のハードディスクまで完成されている。

 

カペルが画期的であるのはその回路の集積による演算素子の小型化だ。

 

手の平に乗るほどにまで小型化された例は世界中を見渡してもここZCFだけであり、エプスタイン財団すら到達できない境地である。この世界のコンピューターの水準は1980年代相当に到達していた。

 

ソフトウェア開発の分野ではエリカ・ラッセル博士が存分にその才能を発揮している。円周率計算ソフトを作ったのも彼女であるし、各種計算ソフトのプログラミングも指揮している。

 

私は航空機設計のためのCADのプログラミングに関わっていたが、ほとんどの部分でエリカさんの助けを借りていた。

 

演算装置開発の過程で得られた試作品では爆縮レンズの設計計算もされていて、92分割の爆縮レンズの設計も無事に完成したし、小型強化原爆のシミュレーションも盛んに行った。

 

まあ、原爆についての情報はエリカさんやラッセル博士といった一部の人しか知ることが出来ないものだったが。

 

 

「最終的には家庭に一つといった感じでしょうか」

 

「個人が一つずつ導力演算器を組み込んだ情報端末を手にする時代ね。どんな時代になるのかしら?」

 

「うむ、想像も出来んの」

 

「仕事には欠かせないものになるでしょう。文章の作成と共有に、計算、建築物の構造設計。金融での取引も導力ネット上で全て決済される時代が来ると思います」

 

「ふむ」

 

「家庭でも仕事が出来るようになるでしょう。職場と家庭が導力ネットで結ばれれば、物質的な直接の遣り取り以外は全て端末上で行えるようになります。まあ、机上の空論ですが」

 

「空論なの?」

 

「やっぱり人間というモノは顔を突き合わせないと綿密なコミュニケーションが取れない生き物じゃないかと思うのです。時代が進んでも紙の書類もなくならないでしょう。書籍も思いついた時に手に取って読むことが出来るというのは手放せないかもしれません」

 

「なるほどの、人間は人間の枠を超えられぬか」

 

「それでも生活は便利になると思いますね。文書や写真、動画などのやりとりが出来るようになれば、導力ネットワーク上でのコミュニケーションは増大すると思います。買い物も導力ネット上で済ませてしまうこともできるでしょうし、導力波によって家庭の導力器を統合することもできるんじゃないですか? まあ、流石に機械が全てをしてくれる時代は遠い未来でしょうが」

 

 

それでも導力人形という存在を目にしている以上、ロボティクスの時代がやがて訪れるのは遠い未来ではない。

 

あの水準のものが出回れば、ロボットが人間の仕事を全て奪ってしまう未来も来ないとは言い切れない。そうなれば、仕事にありつけるのは創造力豊かな一部の人間に限られてしまうだろう。

 

 

「私としては導力演算器支援設計システム(Orbal Arithmetic Logic Unit Aided Design System)が完成したことで十分なんですけどね」

 

「随分入れ込んでいたものね。まあ、導力演算器支援設計システムはカペルの目玉だけれど。でも、マウスっていう操作端末は面白かったわ」

 

 

キーボードは既に作られていたが、操作端末としてのマウスという発想はなかなか無かったらしい。そういう訳で、光学式のマウスを思案して作ってみた。

 

まあ、既存の技術を応用したにすぎないので、発想の産物でしかないのだけれど。最終的にはタッチパネルでも製作させてみようか。

 

 

「とりあえずはこれで一息ですね」

 

「うむ、だがまだまだ改良の余地はあるぞい。数年以内には家庭用の小型端末を作る予定じゃ」

 

「とりあえず量産のためのシステムを考えてください」

 

 

しかし、これで大量の設計図に埋もれる生活から解放される。

 

航空機には膨大な枚数の設計図が必要であり、特に試作機を製作している現場では一つ間違えれば大混乱に陥ることもままあった。それが箱一つに収まるのだから、コンピューターは偉大である。

 

そういうわけで、カペルの2号機は王立航空宇宙研究所に納入されることになる。その莫大な演算能力は研究効率を飛躍的に向上させることになる。

 

 

 

 

「やあ」

 

「貴方ですか」

 

「お嬢様、お下がりください」

 

 

ZCFからの帰り道、駐車場において一人の少年が待ち受けていた。メイユイさんが一歩前に出て私を庇うような位置取りをする。

 

周囲の気配を探ると、本来いるはずの軍から派遣されている護衛達がいなくなっていることに気が付いた。どうやら、彼の仕業らしい。

 

カンパネルラ。謎の秘密結社のエージェントをしていて、去年の武術大会において私をヘッドハンティングしようとした胡散臭い人物だ。

 

 

「お前は武術大会の…」

 

「護衛役さんには悪いけど、少しの間眠っていてもらおうかな?」

 

 

その次の瞬間、メイユイさんがカンパネルラに襲い掛かる。鋭い踏み込みはしかし、次の瞬間、交差する誰かによって叩き潰された。

 

メイユイさんが地面に倒れる。私は目を大きく開けて、新しい乱入者に目を向けた。そこには女性、顔半分を隠す白い兜と甲冑を身に着けた女騎士が倒れ伏したメイユイさんの傍に立っていた。

 

 

「メイユイさん!?」

 

「大丈夫です。気絶させただけですから」

 

「貴方は…?」

 

「さすが鉄機隊だよね。《鋼の聖女》から貸してもらったことだけある」

 

 

どこか華美な装飾の、動きやすさを重視した白を基調とした甲冑の女性。右手には西洋剣を手にしており、左手には盾を持っている。

 

あまりにも時代錯誤だが、しかし同時にその実力を窺い知ることも出来た。剣においては、私よりも強いかも知れない。私は剣の柄を手にとるが、少しばかり拙い状況かもしれない。

 

カンパネルラは前に戦ったときは勝ったが、それでも侮れない強敵だし、目の前の女騎士の実力は未知だが少なくとも私よりは強く、速度においては驚くべきものを持っているように見える。この二人を同時に相手取ることは不可能だ。

 

正しい選択肢はおそらく逃げる事。《圏境》を使えばどんな相手からも逃げ切ることが出来るというのはユン先生に保証してもらったし、メイユイさんも職務上それを望むはずだった。

 

ブレザーの裏ポケットには閃光弾を忍ばせていて、上手く使えば一瞬で消えた様にも演出できる。

 

 

「それで今日はどんな要件でしょうか? 約束無しにレディーの元に押し掛けるのはマナー違反では?」

 

「情熱的と言ってほしいな。君と僕との間柄じゃないか」

 

「お付き合いはできないと、以前に断わったはずですが」

 

「君に一目ぼれしたんだ」

 

「しつこい男は嫌われます」

 

「カンパネルラ様、ノバルティス博士がお待ちです」

 

 

カンパネルラとおしゃべりなどをしていると、横合いから女騎士が言葉を挟んできた。カンパネルラはやれやれといった呆れたような感情を、道化じみた大げさな芝居じみた振る舞いで表現する。

 

そんな胡散臭い態度に女騎士は少しばかりむっとした表情を浮かべた。

 

 

「そんなにせっつくとエステル君も困るじゃないかデュバリィ君。そういうのだと婚期逃すよ」

 

「なっ、よ、余計なお世話です! とにかく早くなさってください!」

 

「ふふふ、相変わらず君は可愛らしいなぁ。まあそういうわけだエステル君、今日は君に会ってほしい人がいるんだ」

 

「会ってほしい人?」

 

「今日の特別ゲストさ。ここじゃあなんだ、少し人気のない場所に行こうか」

 

 

 

 

「反重力発生機関の加速力の低さは、結局のところあの機関システムの規模にあります。とりうる面が大きければ大きいほど推力は増しますが、反面その空気抵抗と重量が増してしまいます」

 

「そうなんだよ君。そこが重力加速度を上回る加速度を持つはずの反重力推進の決定的な欠点だ。そして人形兵器の場合、その内部容積を全て反重力発生機関に回すことはできない。そして割り振ることのできる導力も限られている」

 

「結局は他の推進機関を用いるしかないですね」

 

「やはりそうか…」

 

「ペイルアパッシュの同軸二重反転プロペラは素晴らしいと思いますが?」

 

「おお、分かるのかね。ああ、君はその道の専門家だったな。だが、プロペラには装甲を付ける事ができなくてね」

 

 

そうして何故か私は成り行きで、ツァイス工科大学の屋上のベンチで一人の老博士と談話していた。白衣とメガネをつけた猫背の男は、秘密結社の幹部らしく、そして何故か彼と導力技術について語るという状況に陥っていた。

 

まったく、どうしてこうなった。

 

 

「よってブースターですか。安直だとは思いますが、いっそ着脱式にしてみてはどうです?」

 

「というと?」

 

「人形兵器と飛翔機関の分離ですね。モジュール化することで飛翔高速戦闘用、水中機動用、重地上戦闘用に切り替えられるとか」

 

「なるほど、そういった考えもあるのか」

 

「そもそも数年間無補給で活動というコンセプトがおかしいのです。それなら運用するための移動可能なプラットフォームを用意するべきですね」

 

「君の作っている潜水艦のようなものかね?」

 

「そんなことまで知っているのですか…」

 

「あちらはまだ情報開示レベルが低くて、私の元にもいくらか情報が届いているよ。新型の潜水艦を建造したらしいじゃないか、おめでとう。まあ、流石に航空機関連の方はガードが堅いようだが」

 

 

アイデアは出したが、研究開発にはあまり関わってはいない。とはいえ、それなりのモノができつつあるとのことだ。

 

開発しているのはZCFと海軍なのでスペック程度しか知らないものの、来年にはノーチラスというリベール王国初の軍用潜水艦が完成するらしい。

 

ノーチラス型は硬質ゴム製の無反響タイルを張り巡らせ、涙滴型船殻を備えた攻撃型潜水艦だ。

 

導力エンジンによりほぼ永久に水中での活動を可能とするほか、この世界の導力銃の機構を応用した水流制御推進(この世界での推進機関としては一般的であるが空を飛んだ方が速い)により、予定では時速42ノットの速度で水中を進むらしい。

 

そういえば、この前は陸軍から戦車についても意見を求められたな。私は航空屋なので詳しくはないのだが、装甲などについて適当なアイデアを出した覚えがある。

 

複合装甲や避弾径始とかそういうのだ。航空エンジンを流用した1500馬力で動く主力戦車を、戦役で鹵獲したエレボニア帝国の戦車を参考に作っているのだとか。

 

 

「まあいいでしょう。潜水艦が優れているのはその隠密性です。導力技術は潜水艦にこそ本来は向いていると思うのですがね」

 

「ふむ、だが内陸での展開には問題が多そうだが? それに戦略的攻撃手段を持たないではないかね? 飛行艇をそこから飛ばすというのであれば…、ふむ」

 

「まあ、目立つよりはマシですよ」

 

 

潜水艦発射弾道ミサイルの思想はまだ発表していないが、いずれ作ることにはなるだろう。そのあたり彼らには知られたくはないが。

 

だが、戦略兵器として巨大導力人形を運用するという発想の意味が分からない。そんなものを作るよりも、250m級の飛行戦艦のほうがよほど心臓に悪い。

 

時速2000セルジュを超える速度で運用される超大型飛行戦艦は脅威だ。急降下爆撃を行うには相手が速すぎるというのもあるし、装甲によっては通常の対艦ミサイルを叩き込んだとしても効果は薄いだろう。

 

固体ロケット・ラムジェット統合推進の大型ミサイルならば数発叩き込めば効果はあるだろうが。

 

音速の3~4倍で数トリムにもなる重量のミサイルが突入すれば、どんな戦艦の装甲だって貫くことができそうだった。まあ、彼らがバリアとかとんでもない技術を実用化していなければの話ではある。

 

 

「話は戻りますが、それでも重力制御だけで即応性を高めるのなら、それこそ導力機関そのものの抜本的な高出力化が必要でしょうね。あるいは重力傾斜推進と反重力推進による二重の推進系ですが、こちらは容積の解決にはなりません」

 

「やはりそういう結論にならざるをえないねぇ。君の超伝導ホイール使っていいかね?」

 

「まだ公表してないんですけどそれ」

 

「代わりに《星辰のコード》について教えてあげるから、ねぇ。というか、ウチにこないかい?」

 

「行きません。あと、超伝導ホイールは長期間の運用には向きませんよ。あれは導力を外部からチャージする必要がありますし。ところで《星辰のコード》って何ですか?」

 

「よくぞ聞いてくれた。私の開発している新しいネットワークシステムでいかなるネットワークシステムにも…っと、これはあまり話すべきではなかったかな」

 

 

女騎士が咳払いをしたせいで、ノバルティス博士は悪びれた表情で言葉を止める。しかし、ハッキングか。

 

会話からしてこの世界の導力ネットワークに対し自由に介入を行うことが出来るのだろうか。そういう意味では、情報保守の観点から聞けて良かった話でもある。

 

 

「いえ、参考になりました。重要な情報は紙媒体で残しておけということですね分かります」

 

「おや、これは失敗したかな」

 

「どこまで手が伸びてるんですか? 産業スパイは恥知らずですよ」

 

「分かっているんだけどねぇ。君の発想は異質な部分があるから。核分裂反応を使おうとしているんだろう?」

 

「…なんのことですか?」

 

 

私は内心ドキリと心臓を跳ねさせるが、表情には出さない。

 

 

「それぐらいは物流を見ればわかるよ。ああ、気にしないでくれたまえ。我々はアレには手をださんよ。もちろん、我々以外は気付いている者はいないだろうがな」

 

「そちらでは作らないのですか?」

 

「目指しているモノが根本的に違うからねぇ。予算も限られているし、私の本職とは外れるからね」

 

「なるほど」

 

 

どうやら武力による世界征服なんて事を目指している訳ではないらしい。この人物は嘘は言っていない雰囲気だし、まあ巨大人形兵器なんてものを目指している時点で、その辺りは察することが出来る。

 

ならば彼らは何を目指しているのだろう?

 

 

「ますます、貴方の属している組織が理解できません」

 

「まあ、普通に生きたいと願う者たちからすれば関係のない所に我々の目標はあるからね」

 

「しかし、目的のためなら犠牲は厭わないみたいですね」

 

「君は人体実験などを嫌う性質かい?」

 

「必要悪でしょう。悪には違いありませんがね。ただし、私の友人や家族が犠牲になるのならば許せません」

 

「エゴだね」

 

「はい、エゴです。見知らぬ凶悪犯罪者がどのように扱われても、リスクと利益の秤にかけて、リスクに傾けば私は眉を顰めるぐらいで助けやしません」

 

 

人体実験や動物実験は必要悪だ。人間は何をしたら死ぬのか、死にかけた状態からどうすれば延命や治療が出来るのか。医療の発展には人体実験が欠かせない。

 

毒ガスから市民を守るには、実際に毒ガスを使った人体実験が必要なのは当然の帰結でしかない。

 

新しい医薬品を実用化するには、動物実験と臨床試験が必要不可欠だ。脳の構造を知るには類人猿の頭蓋骨を開けるのが近道だった。

 

放射線や放射能の影響を知り、被爆の治療を研究するのも、何もかも人体実験が必要だった。そして、そういった研究もリベール王国では実際に行われている。

 

被験者は凶悪犯罪者や破滅した人間をカルバード共和国の裏社会から購入するといった経路があるらしいが詳しくはない。

 

毒ガスや細菌兵器の使用はアルテリア法国が主導して締結した国際条約によって禁じられているが、それが用いられないという確たる保証は誰もしてくれないのだ。

 

 

「いいねぇ、やはり君は良い。ぜひ君には私の後継者になってもらいたいよ」

 

「遠慮します」

 

「だが、我々の技術力は分かっているだろう。先の導力機関、いや、導力生成機関ともいうべきリアクターも開発している。興味はないかい?」

 

「導力の直接的な生成炉ですか!? わたし、気になります!」

 

「あれは導力の本質を利用したものでねぇ、ここでは全てを伝えられないが」

 

「核分裂をパワーとして使用する場合は、どうしても汚染が問題になるんですよ。核融合なら目はあるんですが、どうにも十年二十年では完成しそうになくて」

 

「それでも小型化はなかなかに難しいだろう。『空』の属性で核融合可能な温度と圧力を再現するのは、理論上可能だとしても制御が難しい」

 

「どうしても大型化してしまいますから。そちらが持っている250アージュ級の飛行船のリアクターには使えるでしょうが」

 

 

この世界の導力技術を考えれば、核融合反応を実現するハードルはXのいた世界よりも遥かに低い。

 

トカマク型やヘリカル型であるならば、導力技術で『水』の属性による超電導コイルの冷却も、『空』の属性による中性子による壁材の放射能化対策も、超高圧プラズマの効率的な閉じ込めも、『時』の属性による反応速度の高速化も可能と見ている。

 

 

「しかし、導力そのものの生成ですか。導力の本質にかかわるようですが? あれの源はなんなのです? そもそも導力エネルギーの量子論的な解釈はまだなされていませんし」

 

「ふむ、あれの本質はだね」

 

 

そうしてノバルティス博士による熱を帯びた講釈が行われ、私はそれに質問したりする。彼は素晴らしい知見の持ち主で、私は彼からこの世界の特色である導力の基礎理論についてかなりの水準で理解することが出来た。

 

でも、いいのだろうか。この人、仲間にもなっていない私にこんな事を話してしまって。

 

 

「いやいや、私としても楽しくてね。それに、この程度の事を知って止められる我々ではないのだよ。君に話した事が、この国で役に立つ日などだいぶん先になってしまうだろう?」

 

「まあ、確かにそうでしょうね。核融合炉だって10年以内に実現できるはずもありませんし、エーテルリアクターですか? それも基礎理論に辿りつけるかどうかもわかりませんね」

 

「まあ、そういうことだよ。他にも導力人形や精神接続、導力演算器、人工知能の分野でも我々が遥かに先を進んでいる。君個人では覆せない程にね。だが、君が我々の同志となってくれるのならば話は別だ」

 

「色々とご教授いただいて大変恐縮ですが、私には私の夢がありますから」

 

「何かね?」

 

「ふふ、月に人の足跡をつけるというのはどうでしょう?」

 

 

そんな私の言葉にノバルティス博士はあぜんと口を開き、そして次の瞬間、ものすごく上機嫌な表情へと変わった。

 

 

「ほう、ふむ、ううん、なるほど。ははは、そうかそうか。面白いな君は。まあいい、また会う機会もあるだろう。その時は考えてくれたまえ」

 

「いいのかい、博士? すごくいい感触だったみたいだけれど」

 

「月に人を送り込むのは《結社》の目的から大きく離れてしまう。だが個人的には興味が尽きないねぇ。財団の連中がやっている細々とした事とはスケールが違うよ。私も彼女の行く道を見守りたいと思ってしまったよ」

 

「ふぅん、今回も失敗かな。エステル君もそろそろ帰った方がよさそうだし」

 

「今頃、すごい騒動になってそうですね」

 

「あははは、ではまた。今度会う時は、次こそ君の心を射止めてみせるよ、なんてね」

 

「また会おう。君との会話は非常に楽しかった」

 

 

幻想の炎が舞う。そして博士と道化師、そして女騎士の周りで空気がぼやけ、そして彼らは蜃気楼と共に世界から消えてしまった。残されたのは私だけ。

 

すっかり暗くなって、月が明るくなった空の下で、私はツァイス工科大学(ZIT)の屋上から世界を見下ろした。

 

ツァイス工科大学は比較的新しく出来た高等教育・学問研究施設であり、とくに導力技術の教員においてはアルバート・ラッセル博士の伝手でエプスタイン財団などから引き抜くことに成功している。

 

また、各国から高名な研究者を招聘しており、優秀な技術者や研究者を輩出し始めていた。

 

大学ではラッセル博士やエリカさんも講義を受け持っていて、実は私も週に一日だけ講義を行う日がある。

 

一時はラッセル博士に学長をという声もあったが、あの人はそういうのは好きではなく、好き勝手に研究したい病の人なので適当な偉い教授の人が学長をしている。

 

そういえば、宇宙ロケットの打ち上げについてはかなりの進展があり、明日にはそういえば打ち上げ試験が行われるなと、ふと思い出す。

 

そうして私は地上に降りた。この後、私を捜索していた軍人たちに保護されて、メイユイさんに泣きつかれて怒られたりした。

 

不埒な連中に追われて、街の外まで逃げ回っていたという言い訳をしておいたが、メイユイさんの責任問題にも発展しかけてしまい、色々と大変だったと言っておこう。

 

 

 

 

ロケットの打ち上げにおいて最大の敵は重力である。重力加速度のくびきから解き放たれ、第一宇宙速度を目指して飛翔するのが宇宙ロケットという装置だった。

 

そして第二の敵は自らの重さだった。そのために多段式のロケットというアイデアによって文字通り身を削り、重力を振り切る努力がなされるわけである。

 

 

「さて、どうなりますかね」

 

「成功を祈るばかりですな」

 

 

打ち上げ場にあったのは、Xがいた世界のロケットとは少しばかり毛色の変わったモノだった。先のとがった円筒があるのは共通している。

 

だが、それを乗せる巨大で奇妙な円錐と円筒を組み合わせたものが異彩を放つ。なんというか、巨大な薬莢に刺さっているライフル弾にも見える。

 

 

「打ち上げまで120秒」

 

 

ロケットは低緯度から打ち上げるのが最も効率が良いが、それは大地の遠心力を最大に活用できるからだ。まあ、それについては諦める方向で。

 

もう一つの要素は高度である。高い場所から打ち上げると効率が良くなる。それは空気密度が高い高度500セルジュ(50km)まで。ここまで到達するのに通常は補助ロケットや一段目のロケットを使う。

 

しかし、このロケットでは高度1000セルジュ(100km)を超える地点まで一段目のロケットが使われるのだ。

 

この部分は反重力発生装置と液体ロケットで構成されていて、高度100km、1000セルジュを超えた時点で補助ブースターが点火、1500セルジュの高度まで加速した後にロケットを分離するのだ。

 

この一段目は往復輸送カタパルトと呼んでおり、文字通り地上と高高度を往復する。この部分はリユース・リイサイクルされるシステムであり、ロケットそのものの価格を押し下げる事が可能だった。

 

これはその試作一号であり、今回は無事に1500セルジュまで到達できるかが試験される。

 

最終的にこのシステムは小型化されて、ICBMやSLBMの基礎になるが、現段階では衛星軌道に人工衛星を乗せる事が目的で、リベール王国の宇宙開発計画『エイドス計画』はゆっくりとだが進展を見せていた。

 

 

「5、4、3、2、1、発射!」

 

 

巨大なロケットが浮き上がる。最初は静かなもので、反重力発生装置によってはるか高空までロケットを運ぶだけのものだ。

 

導力スラスターによって加速を始めるも、その速度は非常にゆっくりで時速1000セルジュにも満たない。

 

2時間ほどをかけてそれは高度50kmに到達すると、金属水素と液体酸素を混合するロケットエンジンが火を噴いた。

 

双眼鏡の向こうで炎の尾が見える。そうしてしばらくすると、それは大爆発を起こした。

 

 

「失敗です」

 

 

溜息が支配する。まあ、こういうこともあるだろう。こうして予算は空に散っていくのである。

 

 

「残念でしたね」

 

「リシャール中佐ですか」

 

「こういったものは失敗の積み重ねなのでしょう」

 

「まあ、そうですね」

 

「ところで、各国の資金の流れを洗っていたところ興味深い存在に行きつきまして」

 

「興味深い?」

 

「共和国で奇妙な、子供の失踪事件が相次いでいることをご存知ですか?」

 

「ああ、報告書にありましたね。大規模な人身売買の類とは違うかもしれないとのことでしたが?」

 

「ええ、これを」

 

「…D∴G教団。カルトですか」

 

 

人体実験じみた悪魔的な儀式を繰り返すカルト集団。手渡された報告書に書かれている内容は目を顰めるような正視に堪えない内容だった。

 

精神感応ならばまだマシ。アーティファクトを利用したものや、食人や売春、生贄、魔獣とのキメラ化実験など正気とは思えない内容がそこには書かれていた。

 

 

「共和国や各国の有力者が取り込まれているようです」

 

「…吐き気のする連中ですね。リベールではどうなっていますか?」

 

「戦役のどさくさに紛れて数名の子供が被害にあっているようです。また、レミフェリア公国やエレボニア帝国東部では被害が出ているようですね。おそらくは世界最悪の組織犯罪となるでしょう」

 

「王国民の救出は?」

 

「手配していますが、困難と言わざるをえないでしょう。彼らの拠点は共和国を中心に点在しており、動かせる手駒が足りません」

 

「……分かりました。これを機に各国の権力者の弱みを握っておいてください」

 

「既に行っています。かなり面白い人物が関わっているようでして、特に共和国方面では大漁になるでしょう」

 

「やれやれ、下衆な連中というものはどこにでもいるのですね。いいでしょう、表沙汰になるようなら大規模に宣伝して、最悪なイメージを演出してやりましょう。加担した人間たちにとっての最悪の弱みになる様に」

 

 

このカルト教団が後に私にとって大きな存在になることは、今はまだ知らなかった。

 

 




第六柱さんはマッドですがお茶目ですね。『閃の軌跡』に義妹エンドはありますか? 無かったですね。謝罪と賠償を要求します。

第16話でした。

閑話というか間話というか。カペルは一年早く、そして高性能な形で完成してしまいました。原作開始時にはノートパソコンが市販されている時代になってそうです。

まあ、『零の軌跡』ではエプスタイン財団製のラップトップがありましたので、さほどおかしな状況じゃないというか。

この世界ではスペースプレーンの実用化が可能になりそうです。重力制御で大気圏を抜けて、ロケット推進で第一宇宙速度を突破。あとは滑空で再突入。宇宙開発とかすごく楽そうな世界ですよね。



ネタが尽きたので今回は原作における登場人物紹介(ネタバレ禁止バージョン)で。

<エステル・ブライト(SC1186/8/7)>
『空の軌跡』における主人公。遊撃士を目指す16歳の少女であり、物語の始まりは彼女が見習いである準遊撃士になるところから始まる。
栗色の髪のツインテールの少女。女子力はちょっと少ない。趣味は釣りとスニーカー集め。本質を見抜く能力にも長けていて、未熟ながらも物語の進行とともに成長していく。
口癖は「あんですって~!?」「モチのロンよっ!」。敬語が使えなかったり、あんまり強くなかったりとプレーヤーから見れば好き嫌いが分かれるかもしれない娘。
太陽のようにヒトの心を照らす、ひたむきで真っ直ぐな性格は心に深い闇を抱えるアナタに光を指し示してくれるでしょう。

<ヨシュア・ブライト(SC1185/12/20)>
『空の軌跡』における実質的なヒロイン。16歳の少年で、エステルと共に遊撃士を目指す。黒髪の琥珀色の瞳をした美少年。影のある雰囲気にお姉さんたちはメロメロになる。
特殊工作の知識に優れ、また常に冷静で論理的な思考で、猪突猛進なエステルをフォローする。
腕っぷしは強いが、精神は豆腐メンタル。一部のお姉さんたちにはカップリング関連で大人気。『空の軌跡』は実質的には彼の物語であるとも言える。
普段は優しげな笑みを絶やさないが、エステルを害する存在にはわりと容赦がない。

<シェラザード・ハーヴェイ(SC1179/5/14)>
銀閃のシェラザードの異名を持つ女遊撃士。階級はC級で、B級への昇格も間近とされている。銀色の長い髪、翡翠色の瞳、褐色の肌を持つ露出度高めの23歳のお姉さん。
お酒大好きで、カラミ上戸。姉御肌で面倒見がよく、エステルにとってはお姉さんのような存在。
7歳の時に巡業サーカス団であるハーヴェイ一座に拾われて以来、踊り子として働いていた。その関連でエステルと知り合い、ブライト家との交流が始まったという。
一座が解散した後はカシウス・ブライトを頼って遊撃士を目指した。『閃の軌跡』では登場するのだろうか?

<オリビエ・レンハイム(SC1177/4/1)>
エレボニア帝国からやってきた流浪の演奏家。金色の髪とアメジストの瞳を持つ25歳の美男子。リュートからピアノまで弾きこなし、拳銃の腕前もなかなかのもの。
飄々とした性格の持ち主で、自称愛の伝道者。なかなか鋭い洞察力の持ち主でもある。

<ティータ・ラッセル>
天才アルバート・ラッセルの孫娘である12歳の幼女。金髪と青い瞳、可愛らしい容姿。カワイイ。健気で人当たりの良い性格の、愛されモテカワ妹系少女。
趣味は親と祖父に影響されてか、機械いじりであり、その導力機器に関する知識と技術は大人顔負け。

<アガット・クロスナー>
重剣のアガットの異名を持つ遊撃士。赤髪の右頬に十字傷を持つ24歳の男性。身の丈ほどの巨大な剣を振り回す膂力を持ち、いつも不機嫌でぶっきらぼう。ただし意外に面倒見がいい。
元不良だったがカシウスに修正されたらしい。ネット上の住人にはロリコンダイブという不名誉な渾名がつけられている。

<クローゼ・リンツ(SC1186/10/11)>
ルーアン地方にあるジェニス王立学園の女生徒。青色の髪と菫色の瞳を持つ16歳の清楚な美少女。穏やかで優しい性格の持ち主で、学園が休みの日には近くの孤児院で手伝いをするほど。
フェンシングが得意。傍らには白隼のジークがいる。ジークは紳士。
その正体はリベール王国のお姫様であるクローディア・フォン・アウスレーゼ。
物心つく前に両親を海難事故で亡くしており、父親でもあった王太子ユーディスが死んだため次期女王として期待されており、多くの悩みを抱いている。

<ジン・ヴァセック>
カルバード共和国出身の不動のジンの異名を持つA級遊撃士。茶色い髪、無精髭を生やす30歳の巨漢の拳士であり、武術《泰斗流》を受け継ぐ。
気さくでさっぱりとした性格であり、頼れるオジ…兄貴といった印象か。妙齢の女性には弱い。

<カシウス・ブライト>
エステルの父親。栗色の髪とダンディな口髭が印象的な45歳の男性。大陸で4人しかいない《剣聖》を名乗る人物であるが、今は剣を置いている。
また、大陸に5人しかいないS級遊撃士であり、《理》に至ったとされる武人。冗談も通じるお茶目で気さくなおじ様。ダンディズムに溢れている。
原作における最大のチート。ネット上では「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」と評されるほどのチートを発揮する。
黒幕には存在するだけで計画が破綻すると警戒されていたようで、実際に原作においては破綻した模様。美味しい所を全部持っていく。題名の英雄伝説の英雄はコイツである。

<アルバート・ラッセル>
導力器を発明したC.エプスタイン博士の直弟子の一人であり、リベール王国における導力革命の父ともいえる人物。
白くなった立派な口髭をたくわえ、頭はハゲあがっているが天才導力学者であり技師でもある。御年は68歳。天才肌の人物で、研究に熱中すると周りが見えなくなり、周囲に多大な迷惑を振りまく。
ティータの母方の祖父にあたり、一緒に住んでいる。娘のエリカ・ラッセルも高名な導力学者であるが、彼女は現在は導力技術の普及運動のために辺境で仕事をしているらしい。
娘のエリカとは何かと発明勝負を行い張り合っているが、そこまで仲が悪いわけではない。

<アラン・リシャール>
王国情報部の切れ者として噂される大佐。金髪をオールバックで固めているが、もしかしたら髪を降ろしたらすごい美男子かもしれない。
王国軍の若きホープとして国民からの人気も高い。本人は生真面目であり、責任感が強い愛国者。年齢は34歳。

<ギルバート・スタイン>
芸人の鑑。



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017

 

 

七耀歴1197年の春、リベール王国空軍に新しい航空機が加わることになった。

 

それはまだ試験機ではあるが、いままでに類を見ない程の巨大な姿は見る者に畏敬と恐怖すら植え付ける。何度かの試験飛行を経て、それは公開された。

 

《戦略爆撃機カラドリウス》

 

超大型戦略爆撃機開発計画《アルバトロス計画》が生み出した怪鳥、世界最大の航空機だった。その翼の幅は65アージュにも達し、それは定期飛行船の全長の2倍以上の大きさを誇る。

 

全長は49アージュ、全幅65.5アージュ、全高16.5アージュ、重量100トリムにもおよぶ。加えて32トリムの爆弾を積載できるという大積載量を誇る他に、この機体は高度120セルジュの高空を最大で時速9000セルジュを超える亜音速での飛行が可能だった。

 

この速度に追いつける航空機は現在の所、試験飛行が行われているロケット機以外には存在せず、当然として他国にこの機体を迎撃できる手段は無い。

 

そして航続距離は160,000セルジュに達しており、6基のエンジンは超伝導フライホイールから導力供給を得て15,000馬力という莫大な出力を実現する。

 

プロペラは四枚翼の二重反転を採用しており、巨大なプロペラを低速で回転させることで亜音速域での高速飛行を可能とする。

 

機体としては米国のB-36ピースメーカーとロシアのTu-95の合いの子といった感じであり、最大速度については950km/hに満たないものの、920 km/hを超える速度を実現できる。

 

しかも爆弾の搭載量はB-52ストラトフォートレスに匹敵し、しかも飛行に燃料を要さないという特質はコストパフォーマンスにおいて圧倒的に有利だった。

 

 

「すごく大きな航空機ですね博士」

 

「実用航空機ではこれ以上の大きさを持つものは今後現れないかもしれませんね」

 

「大陸全土を作戦区域としているそうですが、リベール王国が空の支配者であることを世界に知らしめるものと理解すれば良いのでしょうか?」

 

「性能は公開したスペックの通り優れたものですが、巨大であるがゆえに運用コストも機体価格もそれに準じたものになります。今現在の国力では平時には36機程度しか運用できないかもしれませんね」

 

 

とはいえ、反重力発生機関により垂直離着陸を可能とするなど運用における制限は少ない。ペイロードから考えれば、36機でも大戦で使用した戦略爆撃機部隊の三倍以上の攻撃力を発揮できると思われた。

 

まあ核の運用を前提としているものの、そんな戦争を起こさないように立ち回るのが外交努力だ。

 

事実、戦略爆撃にトラウマを負っているとさえ言われているエレボニア帝国などの軍将校はこの戦略爆撃機カラドリウスのスペックを見た瞬間に卒倒したとも聞いている。

 

カルバード共和国は機体の購入を早速打診してきたが、丁重にお断りした。

 

そうして私はリベール通信の女記者さんであるノティシアさんの質問に答えていく。スペックや機体の運用目的、戦略的意義などを受け応える。

 

技術的な質問については当たり障りのない範囲で回答していく。特に後退翼はこの機体の外見上の最大の特徴であり、当然として注目を浴びていた。

 

もちろん超伝導フライホイールといった国家機密に類することは答えないが、その能力を十分に伝える事は外交上においても有利に働くだろう。

 

リベール王国がある程度の軍備増強を行うのは、他国の批判を浴びるものの、つい5年前に侵略を受けた経験を持つことから当然のモノとして受け入れられている。

 

 

「では、無補給での世界一周を行うということで良いのですか!?」

 

「はい。この機体のデモンストレーションという形で夏に行う予定になっています。48時間という耐久飛行試験で、各国の首都上空付近などを通過しながら行うことになるでしょう」

 

 

巡航速度8700 CE/hでの世界一周には、爆弾倉への超伝導フライホイールの設置と言った改造などが行われるものの、完全に無補給無着陸で行われる予定だった。

 

一種の砲艦外交に近いこれは世界の航空機開発競争を急速に加速させるかもしれないが、通常の単葉機の複製にも喘いでいる各国を見れば20年近いアドヴァンテージがあると見ていいだろう。

 

 

「民間にこの機体に使われている技術は公開されるのでしょうか?」

 

「いえ、国家機密に属する部分も多いので機体の技術情報については公開できません。ただし国内の民間航空会社に小型化した機体を供給することはあるでしょう」

 

 

この《アルバトロス計画》において完成した高出力エンジンや超伝導フライホイールは爆撃機だけではなく早期警戒管制機にも用いられることになる。

 

むしろこちらが本命じゃないかというような計画であり、導力演算器カペルを用いた高度な制空・防空システムの構築がなされる予定だった。

 

もちろん、ジェット戦闘機の開発と配備が順調に進んでこの手のステルス性を持たない亜音速機が過去のものになるようなら、民生用の旅客機を生産する予定もあった。

 

垂直離着陸機であり、また燃料を要さないこの機体は民間機として優れたパフォーマンスを発揮できると考えられている。

 

 

「デモンストレーションが始まるようですね」

 

 

大型機カラドリウスはゆっくりとプロペラを回転させながら、しかしそのまま滑走もせずにゆっくりと浮かびだす。

 

導力演算器によるフライ・バイ・ワイヤによる姿勢制御技術は反重力発生装置を用いる飛行船において既に実用化されており、これもその技術の流用でしかない。

 

垂直離着陸機能(VTOL)によりこの戦略爆撃機は大きな滑走路を必要とせずに離発着が可能であるため、カルデア丘陵やクローネ連峰などの山間に作られた地下基地でも十分に運用できるという利点がある。

 

そしてゆっくりと10アージュほど浮かび上がった後、巨人機はゆっくりと加速して青い空の向こう側に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

「お父さんやシェラさんがいないと家も少し寂しくなりますね」

 

「シェラさんは今頃ルーアンかぁ」

 

 

シェラザードさんは今年に入って無事に準遊撃士となった。

 

父曰く少し独断が過ぎるという評価だが、彼女の一人でも立派に生きていくという強い意志の表れでもあり、そのあたりは経験によってしか直すことができないらしい。

 

そんな彼女は正遊撃士になるために各地の遊撃士協会を回って修行の旅をしている。

 

戦後の改革で遊撃士の活動を大幅に緩和する法案が通っており、戦前は王都にしかなかった遊撃士協会の支局が他の4つの都市にも置かれるようになった。

 

これは、急激な経済発展と戦後復興を続けるリベール王国の負の部分、取り残される人々を一人でも拾うためのものだ。

 

事実、戦役によって大きな傷を残すロレントやボースの復興が上手くいったのは彼らの尽力があってこそだった。そこには必ず父の姿もあったという。

 

 

「まあ、ミラは天下の回りものといいますし。テレビ放送も考えていくべきですよね」

 

「テレビ?」

 

「テレヴィジョンのことです。軍では実用化されていますが、民間ではまだ一部しか出回っていませんね。要は家で映画が見られるようになるというか、映像付きのラジオというべきでしょうかね」

 

 

それにリベールは比較的暖かい地域なのでエアコンなども売れるかもしれない。自家用車もそれなりに売れていて、カルバード共和国を始めとした各国に多くの工業製品が輸出されるようになっていた。

 

私が起業に関わっている工場なども多くの利益を上げ、設備投資を繰り返している。

 

リベール王国の実質経済成長率は2桁で推移しており、その経済規模はカルバード共和国の4割弱、エレボニア帝国の7割にまで迫ろうとしていた。

 

そして計画では3年後にはGDPにおいてエレボニア帝国を追い越し、8年後にはカルバード共和国に並ぶという目標が立てられている。

 

この急速な経済成長により国内ではインフレが進行しはじめたが、同時に所得の上昇がこれを上回っているので今のところは問題となっていない。

 

国外からの資本も急速な速度で流入を始めている。国内は開発ラッシュで、むしろ統制をとることに苦労している有様だ。

 

人口も大幅に増えていた。出生率自体も高まっているが、最大の要因は移民の流入である。移民は現在30万人に達しており、人口は800万人に届こうとしていた。

 

国外からの移民は、国策としてノーザンブリア自治州からの導入が図られており、最終的には100万人規模がリベール王国に移住する流入する計画となっている。

 

その多くが労働者としてツァイスのテティス海沿岸の工業地帯やロレントの農耕地帯で働くこととなっており、事実、もっとも移民が集まっているのがツァイスだった。

 

だがそれ以上の速度で流入するのが東方からの移民だ。カルバード共和国に接するツァイスは東方移民が入ってくる下地がすでに出来上がっている。

 

予測では5年後には王国民の5人に1人が移民という状況になる可能性があり、負の側面としての治安悪化や住民と移民との軋轢が生じる恐れが心配されている。

 

そういった状況から遊撃士の出番はむしろ増えつつあり、父はかなり忙しくしている。シェラさんの手紙によれば、移民と現地民との間でのトラブルは事欠かないらしく、ルーアンでも苦労しているらしい。

 

軍情報部も治安対策や防諜戦でかなり動き回っているとの事だ。

 

そして、私の周りにおいては警備が厳しくなってしまっている。

 

それは去年にカンパネルラとノバルティス博士と会談したあの事件に端を発していて、結局、私は彼らから逃げ回っていたという言い訳で収拾しておいたが、私の周りには目に見える範囲で護衛がつくようになってしまった。

 

 

「お父さんは共和国に出張ですし」

 

「いつ帰ってくるんだっけ?」

 

 

父はカルバード共和国を中心に発生している事件の解決のために応援に言っている。まあ、大陸に20人程度しかいないA級遊撃士なので、そういったことは日常茶飯事だったりする。

 

あの人は軍でもとびきりだったが、その才能は遊撃士という職においても十分以上に発揮されている。

 

 

「時間はかかるようですがね。二カ月もすれば帰ってくるのではないでしょうか」

 

「それまではエステルと二人きりかぁ…」

 

「メイユイさんたちがいますが」

 

「二人きりかぁ」

 

「いや、だから話を聞きなさい。それにしてもお父さんってたいがいすごいヒトですよね」

 

「A級遊撃士って大陸に20人ぐらいしかいないんでしょ。流石はエステルのお父さんだよねー」

 

「エリッサは将来何になりたいのですか?」

 

「私は…軍人っていうか、エステルの護衛役かなぁ」

 

「士官になるならグランセル王立士官学校に行くのが筋ですけどね」

 

 

王国軍士官は人気のある職種でもある。花形の空軍では航空機が主力となるとともに、大型飛行船が就航しようとしており、空戦や技術的な専門知識を有する士官が求められているのだ。

 

ツァイスの大型ドックでは全長140アージュ弱の飛行巡洋艦が建造されている他、270アージュ級の世界最大の軍用艦建造計画も進んでいる。

 

また飛行機や飛行船だけではなく、レーダーや誘導爆弾、ミサイルなどの新兵器の戦術的な運用方法、それに伴う戦場での常識の変化についての理解も求められており、その育成のための士官学校はジェニス王立学園に並ぶ名門高等学校になりつつあった。

 

 

「ん…、士官学校って全寮制だよね。エステルと離れるのは寂しいかなー」

 

「卒業すれば、ずっといっしょにいられるようになりますよ。それにツァイスは私の職場でもありますし」

 

 

全寮制の学校にエリッサを入れるのは良い考えかもしれない。15歳ぐらいからになると思うが、その頃には私への極度の依存をできるだけ減らしたいのだ。

 

思春期を越えれば自立を促したい。このまま褒め殺しをすれば、彼女もその気になるかもしれなかった。

 

 

「エリッサは剣も十分に上達していますから、実技ではきっとトップを張ることだってできますよ」

 

「ん、そうかな…」

 

「軍の情報部に入れば、私の護衛役を務める事もきっとできます。信頼できるエリッサなら、私の傍付として研究所にも同伴できるようになります」

 

「…分かったわエステル。私、士官学校に入る!」

 

 

まあ、そんな感じで誘導して、エリッサは士官学校を目指すことになった。まあ、勉強も大切なので学校の他に家庭教師もつくことになる。

 

人並み外れた集中力を発揮することが出来る彼女なら、狭き門でもある士官学校にも入ることが出来るだろう。

 

学校と言えば、ここ数年でリベール王国では教育制度が大きく様変わりしていた。6歳~15歳までの9年間の義務教育制度が導入され、小学校4年、中学校5年というのが一般化されたのだ。

 

数学や自然科学、導力学の他に歴史や神学・倫理学などがカリキュラムに入っている。

 

義務教育の導入には予算の捻出や子供を労働力とする農家の抵抗など紆余曲折があったものの、上下水道の整備や家庭用導力器・導力農業機械の導入が進んだことで子供を労働力とする必要性が薄くなり、また新兵器が先の戦役での勝利に結び付いたことから教育の重要性も十分に認識されていたのが決め手だった。

 

これにより七耀学校と公立学校が統合され、一線を退いた学者や有識者、家庭教師を生業にしていた人材を引き抜いたりして学校制度の構築が行われた。

 

七耀教会との連携は切りたくないので、神学や倫理学の授業を中心とした七耀教会からの教師の派遣も要請している。

 

エリッサも今年から中学校に進学していて、勉強が急に難しくなったと嘆いている。ティオと一緒に勉強会を開いている時もあり、ときどき私が勉強を見ていることもある。

 

ティオといえば、ティオのお母さんであるハンナさんは妊娠されたらしく、身重の身らしい。おめでたいことだ。

 

 

「そういえばハンナさんの赤ちゃん、男の子でしょうか、女の子でしょうか」

 

「双子って聞いてるよ」

 

「本当ですか?」

 

「うん、この前ティオがそう言ってた」

 

 

新しい命が無事に生まれてくることができる世界は貴重だ。私はそんな世界を守ることが出来るだろうか?

 

王国と周辺国の関係は今のところ安定していた。

 

だが、どうしようもなく気になるのが例の秘密結社である。彼らは将来リベール王国に仇なすつもりらしい。それはもしかしたら、私の大切な人たちを傷つけるものになるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「やった飛んだぞ!」

 

「バランスに気を付けろ!」

 

「博士、どうでしょう!?」

 

「良いですね。旋回はできますか?」

 

「もちろんです」

 

 

二重反転プロペラを利用した小型ヘリコプターの飛行実験を眺めながら、情報部から渡された資料をめくる。

 

このヘリコプターは二人乗りのテイルローターを持たない小型の機体で、反重力発生機関の大きさの関係で飛行船が着陸できない様な狭い場所にでも離着陸可能ではないかということで開発されていた。

 

ちなみに私は開発には関わっておらず、弟子というか、そういう立場の研究者たちに概念だけを伝えて全て任せて作らせたものだ。

 

試作機は何度も墜落していたが、CADによる設計を取り入れたりしたことで、何とかモノになりそうだった。私は感心しながら手の中の書類に目を落とす。

 

 

「これが今回の作戦の報告書になります」

 

「なるほど、しかしD∴G教団もこれだけ派手に動いては、遊撃士協会に尻尾を掴まれるのも時間の問題ですね。それにしても、七耀教会まで動いていたのは意外でしたね」

 

「星杯騎士団によって制圧されたロッジはこちらになります。古代遺物を用いた悪魔召喚の実験がなされていたようで」

 

「これは…、彼らは正気なのでしょうか?」

 

 

資金の流れから得られた情報を頼りに人脈を辿り、何人かの協力者がD∴G教団に潜入していて、彼らの情報を取得したらしい。

 

協力者は共和国の有力者たちの子息や兄弟といった人間たちで、彼らの存在について有力者たちの『善意の協力』のもと、有力な手がかりを入手することが出来たそうだ。

 

そして情報部による極秘作戦によって既に二つの拠点(ロッジ)を秘密裏の制圧に成功しており、いくらかの研究成果を接収することに成功していた。

 

新型の無力化ガスがかなりの効果を上げたらしいが、中には異様な力を発揮して抵抗する狂信者たちもいたようだ。

 

この狂信者の異様な能力は彼ら教団の研究の産物らしく、霊感を高めるという特殊な薬剤の服用によるものらしい。

 

ロッジではこの薬剤に関わる実験がなされており、その一つでは実際にその薬剤の生産も行っていたようだ。

 

特別な薬草を用いて作るこの薬剤には非常に興味深い生理活性があるようで、麻薬などとは違う、どこか魔術めいた雰囲気すら感じさせる。

 

 

「グノーシス…ですか。分析結果はどうなっています?」

 

「未知の化学物質と七耀石の成分が検出されているようです。原料のプロレマ草の栽培技術についても研究中ですが」

 

「引き続きお願いします。精神感応能力の強化ですか…、人体実験は好ましくないのですがね。動物実験を中心に、類人猿や水棲哺乳類ならば適当でしょう。しかし、Gは分かりましたが、Dは何なのでしょうか。悪魔(デビル)…というのが一般的な解になりそうですが」

 

「その辺りも捕虜の尋問を行って聞き出しています。しかし、精神崩壊を起こしている者が多く、中々難航しているようです」

 

「カルト教団にしては謎が多いですね。裏には何かいないのですか?」

 

「確認中です」

 

「しかし、救出できたのは一握りだけですか」

 

「それについては大変申し訳ございません。多くの親たちに子供の骨しか届ける事が出来ませんでした」

 

 

作戦の第一の目的は王国民の救出だった。一年戦役の混乱に紛れて誘拐された数人の子供たちを追跡したところ、四か所のロッジに分散されて監禁と人体実験が行われていることが判明していたのだ。

 

その内の一つは星杯騎士団によって制圧されたが、子供は残らず悪魔召喚の贄にされていた。

 

星杯騎士団は古代遺物(アーティファクト)の奪取が主目的のようで、捕らわれていた子供たちの保護は二の次だったらしい。

 

とはいえ、不透明だった星杯騎士団の実力の一端を掴むことが出来たのは幸いだった。目立ったのは彼らを指揮していたと思われる人物の実力であったが。

 

情報部は二つのロッジの制圧に成功した。そこでいくらかの子供たちを救出することに成功したものの、王国出身の子供の多くは既に息絶えていた。

 

それでもカルバード共和国やレミフェリア公国といったいくつかの国の子供たちも救うことが出来たので、外交上は得点と言えるだろう。

 

そして四つ目のロッジ。ここはある意味において他のロッジとは趣向が異なるモノの、質の違う汚らわしさを感じさせる場所だった。

 

だがむしろ、このロッジの制圧作戦の直前に起きた出来事が情報部を困惑させている。所属不明の二人の人物が先にこの施設を制圧してしまったのだ。

 

 

「何者でしょうか? 教団に恨みを抱いた民間人? 子供を一人連れ出しているのですね?」

 

「そのようです。銀色の髪の剣士と、黒髪の少年。恐るべき戦闘能力の持ち主たちで、監視していた者たちも、気配を悟られてしまい接近することも出来なかったようです。残念ながら詳細な写真や似顔絵は作成できませんでした」

 

 

たった二人で教団の拠点を制圧するという所業は隔絶した実力を感じさせる。制圧された拠点は彼らが去った後に情報部による調査が行われたが、そこはある意味において最も悪趣味な場所といえた。

 

ここでもいくらかの生存者を保護したが、彼らの精神は酷く摩耗しており、長期の療養が必要と思われる。

 

 

「…保護された少女について調査を。しかし、《楽園》ですか。また最悪な場所だったようですね」

 

「ですが、有力者の弱みを握ることはできました」

 

「ふっ、変態共が。地獄に落ちればいいのです。しかしこれで帝国・共和国の有力者にパイプを作ることが出来ます」

 

「クロスベル自治州のハルトマン議長も利用していたようですね。ペドフィリアは理解できません」

 

「あの自治州は曰くがありげですからねぇ。ですがクロスベルに干渉する足掛かりを得たことは喜ばしいです」

 

 

《楽園》の利用者に関するリストは接収済みであり、利用者の写真と、『決定的な証拠』についても確保済みである。

 

利用者の多くはカルバード共和国の議員や富裕層、高級官僚およびその親族で、最悪な連中ではあるが利用価値はあると判断された。彼らを利用すればカルバード共和国への内政干渉を深める事が出来る。

 

 

「回収したアーティファクトの分析は進んでいませんか…」

 

「そうですね。作動機構が導力器からかけ離れていまして。ラッセル博士の協力が得られればまた違うのでしょうが」

 

「私も見てみましょう。七耀教会に渡すのは少し後でいいでしょう」

 

 

制圧に成功したロッジから古代遺物(アーティファクト)や錬金術、魔導の産物の回収に成功している。

 

生きている品を手に入れられる機会は少なく、作動機構の一端を明かすことが出来れば重要な戦術的・戦略的意義を見出すことが出来るだろう。

 

それに、超古代文明の産物と言うのは興味がある。

 

 

「しかし、この子はなかなか面白い資質を持っているようですね。グノーシスによる後天的な能力ですか」

 

「ええ、現在ツァイス中央病院において精密検査が行われていますが、五感だけではなく七耀脈の力などを知覚する能力も異様に拡大しているようです」

 

「丁重に扱ってあげてください。まだ七歳の女の子なんですから。欲しがるものは全て与えるように。あと七耀教会には接触させないでください」

 

「はい、分かっています。情報部は今回の事で教会に対する諜報活動を強化する予定です」

 

「彼らなら謎の二人組についても知っているかもしれませんね」

 

 

救出された子供たちは全員がツァイスの大型病院の隔離病棟で集中的な治療が行われている。

 

グノーシスを始めとした薬物の長期的な服用によって衰弱しているだけでなく、多くの後遺症を患っている子供たち。長期の性的虐待によって精神を深く病んだ子供たちもいる。

 

そんな中で教団による『成功作』と呼ばれる一人の少女に注目が集まっていた。

 

レミフェリア公国出身の七歳の少女で、知覚能力の拡大により他者の感情すら読み取ってしまうらしい。これによりグノーシスの薬理作用についての研究が行われ始めたと言っていい。

 

 

「しかし、幼馴染と同じ名前とはちょっとした偶然ですね。機会があれば会ってみたいですが、先にご両親の元に返してあげるのが筋でしょうね。まだ七歳なんですから。他の子供たちについても家族との面会は早めるように。彼らが受けた扱いや、他の子供たちの状態を知れば、彼らは救い主である我々に協力的になるでしょう。アフターケアは万全の態勢で」

 

「良いのですか? 研究対象としては興味深いのでしょう?」

 

「本当は、子供たちをこんな風に政治の道具にはしたくはないんです。彼らには、今まで酷い事をされた分、安らぎを与えてあげたいんですけどね」

 

 

 

 

 

 

「見ろよ、あれがアルバトロス号だぜ!」

 

「うわあ、すごく高い所に飛んでら。いったい、どのくらいの高さなんだ?」

 

「高度100セルジュらしいぜ。共和国の飛行船じゃあ絶対に届かないな」

 

「リベール王国は小国だと思っていたけれど、こんなもの作る国力があるのかぁ」

 

 

カルバード共和国のとある地方都市にて双眼鏡を手に人々が空を見上げる。

 

新型戦略爆撃機カラドリウスを改造した、無補給無着陸による世界一周に挑む航空機アルバトロス号は共和国の上空を飛行機雲を残しながら悠々と飛んでいく。

 

多くの人々は緊張感もなくただ喝采をあげていたが、国防を司る者たちにとっては気が気でない状況だった。

 

 

「呑気なものだ。あれが我が国に矛を向けない保証などどこにもないというのに」

 

「政府の連中は慌てふためいているな」

 

 

巡航速度は8500 CE/hを超える。最高速度については公表していないが、おそらくは時速9000セルジュを超えると見られていた。

 

そして、航行高度は100セルジュを超えることが確実であり、高度70 セルジュも満足に飛べない共和国の飛行船では迎撃などできようもない。

 

あの飛行機がエレボニア帝国との戦いで用いた10トリム級の爆弾を投下すればどうなるか。

 

共和国には逃げ場はない。帝国の機甲師団を壊滅させたリベール王国の空軍を相手に地上戦などできるはずもなく、戦争になれば戦略爆撃によって一年以内に共和国経済が崩壊すると軍事の専門家たちは予測していた。

 

 

「リベールの連中は上手くやっている。あそこは王権が強いからな、移民の管理も上手くやっているらしい。黒月(ヘイユエ)などは出入りも出来ないそうだ」

 

「黒月か。忌々しい奴らだ。あのような連中をのさばらせているから、我が国は統率がとれないのだ。民度の高いリベールが羨ましい」

 

「無いものをねだっても仕方がない。今は力を溜める時だ。そうだろう、Mr.グレイ」

 

「ふふっ、私は直接皆さんに何かをもたらすことは出来ませんがね」

 

「いや、君の助言にはいつも助けられている。資金源が得られるだけでも大助かりさ」

 

 

彼らはカルバード共和国の移民政策に強い忌避感を持つ人々の集団だった。

 

共和国には彼らに同調する人間は多く、その多くは東方移民によって職を奪われたり、マフィアに酷い目にあわされたりした人々や親族で構成されていた。

 

そして彼らに一部の不満分子や国粋主義者や民族主義者が加わることで、その活動は先鋭化を始めていた。

 

Mr.グレイは彼らの同志であり、バラバラだったこういった組織や集まりの横のつながりを作り出し、連携を強化するのに一役買った人物だった。

 

彼の人脈の広さには定評があり、また麻薬栽培やその販売ルートの構築といった資金源の確保にも秀でていた。麻薬は東方やエレボニア帝国に密輸され、彼らが敵と認識する国々の国力を削いでいた。

 

 

「そういえば、共和国軍はリベール王国に戦闘機の購入を打診しているらしいですよ」

 

「何? 機種は?」

 

「フォコン3型です。ライセンス生産ではないようですがね。これによりヴェルヌ社の航空機開発部門への政府からの出資は打ち切られるようですね」

 

「恥知らずが! 我が国独自の飛行機産業を育てる気概は無いのか?」

 

「最終的には国内にZCFの航空機工場を誘致できればと考えているようですね」

 

「馬鹿な…、やはり今の政府は内憂外患を助長している」

 

「同志たちの話では来月に大規模な移民たちの集会があるらしい。俺たちの仕事を奪っているにもかかわらず、労働条件を良くしろと騒ぎ立てるようだ」

 

「どうする? 爆弾でも仕掛けるか?」

 

「犯行声明を匿名で送り付けよう」

 

 

そうして男たちの物騒な話は続く。Mr.グレイと呼ばれた男は彼らを嘲笑うように眺める。

 

国粋主義者や民族主義者を煽り立てることは難しくなかった。移民政策に関わる問題はこの国には常について回る。人口の多さがこの国の最大の強みだが、同時にそれは致命的な弱点にもなっていた。

 

それに例の教団が大きく活動してくれたおかげで仕事がやり易くなっている。有力者やその子息、兄弟姉妹、親族の多くが事の重大さを知らず、欲望に負ける形で教団による組織犯罪に加担していた。

 

そういった情報を突きつければ、例えば甥などの醜聞でも議員や役人、大企業の役員といった有力者たちを影響下に置くことが出来る。

 

そうして影響下に置いた有力者たちにさらに売国行為を行わせ、さらなる弱みを握る。もちろん利益を見せてやらなければいけないが、その金は共和国自身のものなので祖国の財布は全く痛まない。

 

まあ、一年戦役で同盟国を見捨てて日和見を決めた裏切り者たちの末路としては当然と言うべき転落人生だ。良心の呵責もない。

 

カルバード共和国を利用してエレボニア帝国国境での緊張を高めれば、長大な国境線で接する両国は境界上に大戦力を張り付けなければならない。

 

そのためにかかるコストは馬鹿にならず、そして両国の対立が深まるほど祖国に対する両国の外交的態度も甘いものになる。

 

少なくとも両大国はリベールを最低でも中立に置きたがるのだし、エレボニア帝国などは共和国との戦争中に祖国から一年戦役での復讐戦を挑まれると目も当てられない状況に陥る。

 

エレボニア帝国との貿易における関税設定や取引におけるレートが祖国側に有利となっているのはこの辺りに原因があった。

 

軍事費の浪費は帝国の復興の足枷となり、予算配分においてインフラなどの設備投資が圧迫され、そして人的資源の浪費につながるはずだった。

 

そしてカルバード共和国の国力の伸長もまた抑えることも出来る。国際関係において真の友情は存在せず、あるのは妥協による同盟か、足の引っ張り合いによる消極的対立だった。

 

共和国内の社会不安の増大は統治コストの増大を意味しており、政府は国民を慰撫するために増税などの国民に負担を強いる政策が取り難くなる。

 

腐敗の促進、内政への干渉、産業育成の妨害。最終的には祖国の工業製品にかかる関税などの緩和を目指し、共和国を経済的な植民地とする。

 

また麻薬の密輸による帝国への浸食も開始されている。祖国がやるわけではない。問題が明るみになっても、それはカルバード共和国とエレボニア帝国の問題でしかない。

 

麻薬の毒は増税に苦しむ帝国の低所得者層を徐々に蝕み始めており、帝国における社会不安を増大させ、両国の大きな対立点となり始めていた。

 

 

「まあ、戦争になればなれで面白いのですがね。派手にやり過ぎれば我々の汚れ仕事を彼女が知ってしまう。なかなか匙加減が難しい」

 

 

Mr.グレイは頬を歪ませ、そして彼らの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

空は蒼くすべてを呑み込んで、それでも運命の歯車は止まらない。

 

 

 

 

七耀歴1197年の晩夏、ある日の夜、父が家に帰って来た時、我が家は騒然となった。メイドのエレンなどは慌てふためき、メイユイさんが困った顔で私を呼ぶ。

 

何事かとエリッサと一緒に玄関に行くと、父が白い毛布で包まれた何かを両手に抱えて立っていた。父は苦笑いしながら、頬をかく。

 

 

「エステル、エリッサ、今帰ったぞ」

 

「お帰りなさい、お父さん。で?」

 

「カシウスさんお帰りなさーい。で?」

 

 

私達の視線は執事のラファイエットさんやメイドさんたちと同じように、父が両手に抱えるモノに集中する。呼吸の気配があるので生き物だ。

 

それも、人間の子供である可能性が極めて高い。この不良親父、いったい今度は何をしでかしやがったのか。

 

 

「いや、まあ、お前に土産なんだが」

 

「その子供がですか?」

 

「…ははは」

 

「ははは…じゃねえですよ。何しでかしやがったんですか? 拉致監禁ですか? 身代金でも要求するんですか? さあ、キリキリと犯した罪を懺悔してください」

 

「いや、まて。実は色々あってな。こういうことになっちまった」

 

 

父が毛布の一部を開けると、黒い髪の少年の顔があらわになった。怪我をしているらしく、応急手当で頭に包帯が巻いてある。

 

気絶しているのか、眠っているのか、どちらにせよ意識は無いようで、ぐったりとしている。幸い呼吸は安定しているようだが、すぐにちゃんとした手当が必要なように思えた。

 

 

「わりとハンサムな坊主だろ?」

 

「えっ、えっ!? 男の子!? 誰なのカシウスさん!?」

 

「…はぁ。シニさん、お湯の準備を。クリスタさんは救急セットを用意してください」

 

「何も聞かないのか?」

 

「後でみっちりと」

 

「怖いな」

 

 

そうして少年は私たちの家の来客用の寝室に運ばれる。

 

いろいろと面倒なのでエリッサには退席してもらい、こういうことに慣れていそうなシニさんが少年の世話をすることになった。

 

私と父さんは少年の横顔を見ながら、汚れを拭われたり、包帯を巻きなおしたりするのを眺める。

 

 

「で、何があったんですか。洗いざらい全部ゲロってください」

 

「うむ、そうだな…」

 

 

少年の怪我は致命傷こそないものの、銃創や切り傷などの戦闘を思わせるモノが目立っていた。しかし、その中でも目を引いたのが打撲による損傷。痣である。

 

それは棒術、父によるものではないかと私は推論した。であるならば、彼はいったいどういう理由でこの場所に運ばれたのか。

 

まず、少年が武装した複数の人間に攻撃を受けたことは間違いない。これだけなら、あるいは何者かによって襲われていたところを父が助けたという公式が成り立つだろう。

 

だが、少年には父による攻撃の痕が見られた。つまり、父に攻撃を受けたのだ。だとすればストーリーは大きく変わってしまう。

 

父が好き好んで少年を攻撃することはありえない。ならばそれは正当防衛でしかありえないだろう。ならば、少年は父を襲ったのだ。

 

そして傷の具合からして、少年は父がそれなりの実力を発揮しなければならない程に強かった。つまり、これは暗殺とみて良い。

 

少年は暗殺者である。そして暗殺に失敗した。そして謎の武装勢力によって攻撃を受けた。そして父に今助けられている。

 

なんとなく、ストーリーが組みあがっていく。非常に胡散臭い、剣呑で、そして最悪な内容だ。どう考えても厄介ごとにしか見えないのはなぜか。

 

 

「厄介ごとですか?」

 

「まあ、そうなるだろうな」

 

「どこの組織に属しているかは?」

 

「わからん」

 

「名前は?」

 

「俺もまだ聞いていないんだ」

 

「暗殺者でいいんですよね?」

 

「正解だ。最初は子供の振りをしていてな、少々手こずった」

 

「お父さんを手こずらせるのなら、相当な実力者ですね。少年兵ですか…。あまりまともな境遇とは思えません」

 

「俺もそう思う」

 

「で、暗殺に失敗した後、処分されそうになったところを情が移って拾ってしまったと」

 

「正解だ。女は怖いな」

 

「お父さんの行動パターンから照らし合わせたら、そんな所でしょう。追っ手はかからないんですか?」

 

「しばらくは、俺が家に詰める事になると思う。まあ、今のこの屋敷を襲撃したいと思う奴がいるかは分からんがな」

 

 

王国軍の一個中隊が駐屯しているに等しいこの家の守りは、一種の砦と化していた。これを打ち破るには大隊規模の戦力投入が必要と思われ、そんな戦力を集める時点で相手側の敗北は確定していると思われる。

 

つまり、少年を殺すには同じ水準の暗殺者を投入すべきということになる。

 

そんなことを話していると、ベッドに眠る少年に変化が現れた。

 

 

「ん…?」

 

「目が覚めたようですね」

 

「瞳は琥珀色だぞ」

 

「髪の色といい、珍しいですね」

 

 

少年は瞳を開いてぼんやりと周囲を観察する。琥珀色の瞳は、どこか冷たさを感じさせる。

 

 

「…ここは?」

 

「坊主、目を醒ましたか。ここは俺に家だ。とりあえず、安心していいぞ」

 

「…どういうつもりです? 正気とは思えない。どうして…放っておいてくれなかったんだ」

 

「どうしてって言われてもなぁ。いわゆる、成り行きってヤツ?」

 

「ふっ、ふざけないで! カシウス・ブライト! 貴方は自分が何をしているのか分かっているんですか!?」

 

 

そうして父と口論を始める少年。やはり、平和的な間柄ではないらしい。まあ、それはいいが、あまり感情を荒立たせると傷に響くはずだ。

 

彼の処遇に関しては後の話として、まずは体を癒さなければならない。どういう扱いをするかは分からないが、父の考える事だから、残酷な結末を避けたいのだろう。

 

 

「てい」

 

「痛っ!?」

 

 

でこぴんを一発。

 

 

「あまり大声を出すと傷に触ります。どうなるにせよ、まずは傷を治してください」

 

「君は…、エステル・ブライトか?」

 

「そうですが。その様子だと知っているようですね」

 

「空の魔女。君を知らない人間なんてそうはいない」

 

「有名になるのも困ったものです。しかし、貴方が私たちの名前を知っているのに、私が貴方の名前を知らないというのは不公平です」

 

「何が不公平なんだろう…」

 

「うっさいです」

 

「ま、この家の中ではエステルに逆らわん方がいい。だが、道理だな。今さら隠しても仕方あるまい。不便だし、聞かせてもらおうか」

 

 

父はいたずらっ子の様に少年に笑いかける。私は少しだけその言い分に異議を申し立てたいが、まあいい。最初は名前の交換から。ならば、私もちゃんと名乗らなければならない。

 

 

「では改めて。私はエステル・ブライト。この不肖の父親の娘です。貴方のお名前を聞かせてもらえますか?」

 

「……わかりました。僕の、僕の名前は…」

 

 

それが、私と彼との出会いだった。

 

 

 

 





アルフィン皇女マジ天使。

17話でした。

ヒロイン登場ということで。セシリア姫と紅い騎士様の恋物語が原作ですので、その辺りの雰囲気は大切にしたいですねー(棒読み)。

次世代リベール王国空軍の主力機はアンケートを踏まえた結果、何故か4.5世代ジェット機相当になってしまいました。

スーパークルーズにVTOLとか狂ってるとしか…。どうしてこうなった。こんなのがAWACSに管制されて数百機群れを成して空を支配したら、ラインフォルトは発狂して、結社の飛行艇は瞬殺ですね。

全く関係ないですが、ヒッグス粒子の存在が確定したようですね。ヒッグスの濃度操作による慣性制御とかSFというか厨二病をくすぐる話題です。

このままエキゾチック物質なんかも発見されて欲しいですね。虚数の質量とか萌えますな。


今回も原作キャラの紹介です。

<ナイアル・バーンズ(SC1172/11/25)>
ニュース雑誌『リベール通信』の敏腕記者。目つきが悪く、無精髭のヘビースモーカーな29歳の男性。特ダネを求めて王国中を飛び回っている。
同僚の新米カメラマンであるドロシーとコンビを組んでからはストレスで胃壁が磨り減っているとか。
017話時点の1197年当時はまだまだ駆け出しで先輩記者のノティシアにダメ出しを喰らっているところ。まあ、24歳ぐらいの時なのでそんなものだろうか。

<ドロシー・ハイアット(SC1182/1/22)>
ニュース雑誌『リベール通信』の新米カメラマン。ピンク色の髪のそばかすとメガネがトレードマーク。天然ボケで超マイペースな20歳の娘さん。
だがカメラの腕だけは確かで、後に国際的な賞を受賞するほどの腕前である。
1197年当時は15歳の可愛らしい少女。この時の彼女が一番カワイイというのは禁句。オーバルカメラとの出会いもこの年で、ナイアルが弄っていた編集長愛用の高級オーバルカメラを奪い取り、「近所のポチ君に似てます!」と言いながら振り回した。
この時から彼の胃壁をガリガリ削っていたようだ。

<ジョゼット・カプア>
ボース地方に現れた空賊団《カプア一家》の末娘。青い髪の16歳のボクっ子。長男のドルン、次男のキールの二人の兄がいる。
勝ち気で粗暴な言葉遣いだが、元々はカプア男爵家の貴族令嬢だったらしく、お菓子作りが得意だったり、上品な立ち振る舞いが出来たりと女子として見れば高性能。
1199年まではエレボニア帝国北部の男爵領で何不自由ない暮らしをしていたが、跡取りのドルンが詐欺にあって土地と財産を借財として失い、爵位も剥奪されてしまった。そうしてカプア一家はお家再興のために空賊稼業に身をやつすことになる。最後にはヤマネコ宅急便になるとか喜劇である。
飛行船の山猫号はラインフォルト社の高速飛行艇であり、リベール性の警備飛行艇に比べて装甲と武装で劣るものの、速度と機動性は優れる。
コスト面から軍用には向かず、貴族の道楽に使われていた機体で、カプア一家に残された唯一の財産だが、この船も抵当に入っており債権者から引き渡しを要求されている。

<ユリア・シュバルツ>
王室親衛隊の中隊長を務める27歳の女性中尉。士官学校時代にはカシウスから剣を学び、彼を師と仰ぐ。士官学校では実技においてトップだったらしい。
クローディア姫の護衛兼教育係であり、彼女に忠誠を誓っている。ちなみに白隼のジークは本来はユリアの相棒。
兵士たちや王国中の女性たちから大変な人気を誇っていて、アイドル並におっかけまでいる模様。そのファンは国外にまで及び、遠くクロスベルにまでファンがいるらしい。
優秀な人物だが、出世すれば出世するほど愛しの姫殿下から離れてしまうのが悩みどころ。

<カノーネ・アマルティア>
王国軍情報部に所属する27歳の女性士官。階級は大尉であり、リシャールの副官を務める。ユリアとは士官学校からのライバルであり、学問ではトップの成績だった。
高飛車な性格をしているが、リシャールを信奉しており、乙女な感情を抱いている健気で純情な一面を持つ。女狐さん。

<モルガン将軍>
王国軍国境師団を統括する将軍。百日戦役でエレボニア帝国を退けた宿将。強面で怒らせると非常に怖く、怒りに触れればカミナリが落ちる。
妻はカテリナで内助の功で夫を支えている。息子のアーヴィングとその嫁であるレイチェルは現在、外国に駐在武官として出向している。
孫娘のリアンヌをは目に入れても痛くない程可愛がっているらしく、またメイドとして雇っているダリアについては戦役で孤児となった彼女を引き取って育てたというエピソードもあり、プライベートでは厳しい性格の持ち主とは異なる、優しく情のある人物としての一面を見せる。
爺充。

<アリシアⅡ世>
アリシア・フォン・アウスレーゼ。リベール王国の女王であり大国に対して卓越した外交手腕によって対等に渡り合う名君。
慈悲深く包容力に溢れながらも聡明な60歳の老女王。民衆の事を第一と考え、平和主義を貫く姿勢を通している。
七耀歴1187年に海難事故によって息子夫妻を亡くしており、後継者として聡明で優れた外交センスを開花させる可能性を持つ孫娘のクローディアを指名しようと考えている。
60歳の女王とかゲームキャラにしては新鮮な存在ですよね。

<エリッサ>
エステルの幼馴染で居酒屋アーベントを経営する夫妻の一人娘。茶色の髪の優しげな16歳の少女。少しばかり心配性なところがある。
父親は向上心に溢れる料理人のデッセル、母親は経理担当のしっかり者のトルタ。原作ではウェイトレスとして、優しい両親に囲まれて幸福に暮らしている。
このSSでは邪悪なる作者の横暴により酷い目にあったあげく、性格も大幅に変わってしまっている。心の底では自らに降りかかった不幸と理不尽に対する憎しみの炎がくすぶっている。
エステルに深く依存するヤンデレ系の百合娘。エステルに影響されてユン・カーファイに師事して中伝を授かっている。

<ティオ>
エステルの幼馴染でパーゼル農園の長女。深い青色の髪のしっかり者の16歳の少女。昔からしっかりした性格の持ち主で、暴走気味なエステルへのツッコミ役を務めていた常識人。
1197年に弟ウィルと妹チェルの双子が生まれてお姉さんになった。
父親は素朴で仕事熱心なフランツ、母親は肝っ玉母さんなハンナ。双子のちびっ子たちはヨシュアによく懐いており、その懐き具合はウィル君の将来を心配してしまうほど。
このSSでもティオとエステル、エリッサの三人組はとっても仲良し。

<アイナ・ホールデン>
ロレントの遊撃士協会の受付をする冷静沈着な女性。シェラザードを上回る酒豪であり、酒の席では無敵である。
作中では一人の旅の演奏家や恋多きポエマーを撃墜しており、その実力により相手に深いトラウマを刻み込む。コワい!
大富豪サウル・ジョン・ホールデンの孫娘であり、亡くなった祖父の遺産相続権を受け継いだがために親族から命を狙われる羽目になる。
1197年のこのSSの017話の裏側でシェラザードと共にちょっとした冒険をしていたりする。

<アネラス・エルフィード>
遊撃士協会ボース支部に所属する新人正遊撃士。ライトブラウンの髪をセミロングにして黄色いリボンで飾った18歳の乙女。
アイスクリームと可愛いものが大好きで、買い物も好きな女の子。趣味はぬいぐるみを集める事。朝のアイスは1個までがマイルール。一見すればただのカワイイ女の子である。
八葉一刀流の師範であるユン・カーファイの孫娘であり、剣術において彼に師事していたこともある。技と型は全て伝えられているらしく、本人も自分なりの剣の道を見出すために修行しているという一面を持つ。
実は体育会系のノリで動く系の剣の乙女。
名ゼリフ「可愛いことは正義。可愛いものには福がある。可愛さあまって好きさ千倍。えへへ、昔の人はスゴイなぁ」至言ですね。

<クルツ・ナルダン>
nice boat.


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018

 

 

「…ここは?」

 

「起きましたか」

 

「そうか、僕は…」

 

 

剣聖カシウス・ブライトの暗殺に失敗した後、顔を見られたことが原因か、僕は記憶を消されて、そして切り捨てられた。

 

追っ手による執拗な追撃によって、カシウス・ブライトに敗れた時に受けた怪我もあり、最終的には追い詰められ、処刑されるところだった。

 

だが、何を考えたのかカシウスは僕を助けた。

 

ここはカシウス・ブライトの屋敷だ。多くの武装した人間の警戒する気配を感じ取ることが出来る。そんな中で、僕の横たわるベッドの傍の椅子に彼女は座って分厚い本を開いていた。

 

体を起こすと額に乗せられていた生温くなった濡れタオルが落ちる。

 

 

「まだ熱が下がっていませんよ」

 

「エステル・ブライトか」

 

「フルネームで呼ばれるのは面白くないですね、エステルと呼んでください。ヨシュア」

 

 

同じぐらいの年頃の少女。栗色の腰まで届く長い髪。穏やかな表情で微笑む少女はしかし、侮ってはならない存在だ。

 

世界で初めて飛行機を生み出し、この王国を存亡の危機から救った稀代の天才。《空の魔女》と恐れられ、この国の国政にまで関わっているという存在。

 

また剣においては《剣仙》の教えを受けており、試合の上とはいえ武術大会で優勝するほどの腕前らしい。

 

今は剣を帯刀していないようだが、少なくとも今の自分では彼女に敵う道理はない。扉の外では彼女の護衛も控えているようだし、下手な行動は出来ないだろう。

 

まあ、下手な行動なんてする意味もないのだが。

 

自分は古巣から切り捨てられた身であり、もはや帰る場所なんてどこにもない。彼女を害する理由などどこにもなく、自分はもはや追っ手によって消されるのを待つだけの存在でしかない。

 

ふと、少女が近づいてきて僕の額に手を当てた。僕は一瞬驚いて彼女の手を反射的に払いのけてしまう。そうすると、彼女はクスリと笑った。

 

 

「まるで、人に慣れていない猫みたいですね」

 

「うるさい、いきなり何をするんだ?」

 

「熱はだいぶ下がったみたいですね」

 

「負傷による一時的な発熱だ」

 

「分かっています。喉は乾いていませんか?」

 

 

彼女は水差しとグラスを近くのテーブルから手に取る。そういえばひどく喉が乾いている。彼女が水を注いだグラスを差し出すと、僕はそれを受け取って飲み干した。

 

程よく冷えた水が喉を通り、渇きを潤して体に染み渡る。水がこんなに美味しいと感じたのはいつぶりだろうか。

 

 

「簡単な食事を出させましょう。体力を回復させなければいけませんから」

 

「何が目的なんだ?」

 

「目的?」

 

「君は僕に何をさせようとしている?」

 

「その辺りは父に聞いて下さい。彼が貴方を連れてきたんですから」

 

 

少女は肩をすくめて苦笑いをした。親愛を思わせる穏やかな笑み。彼女は部屋の扉を開けて、そこに控えていた護衛と話し出す。相手は女のようだ。

 

彼女は女に消化に良い粥のようなものを用意するようにと言づける。今の自分にはそういった食事が必要なのは分かるが、釈然としない事もあった。

 

 

「なぜ君が僕の世話をする?」

 

「ん、そうですね、なんとなくでしょうか」

 

 

彼女はそう言って笑う。そうして静かな時間が過ぎていく。少し変わった気配を持つメイドが粥を届けてきたり、独りで食べれますかなどと聞いてきたりしたが基本的には無言の時間が過ぎていった。

 

部屋は僕の息遣いと、彼女が本のページをめくる音、チクタクと時を刻む時計の音しかしない。だけどそれはむしろ、安心さえできる時間でもあった。いや、何故僕は安心しているのだろうか?

 

傍にいる少女は出会ってからそう時間のたっていない人物だ。にも拘らず、この穏やかで澄み切った雰囲気は何なのか。僕はいつのまにか本をめくる少女の横顔を注視していた。

 

そしてその容貌に、一瞬だけ自分によく似た黒い髪の年上の女性の姿が重なって見えて、僕は酷い頭痛に襲われた。

 

 

「どうかしましたか!?」

 

「いや、頭が…」

 

「脳内出血でしょうか? シニさん! 至急、医者を呼んでください!」

 

「いや、大丈夫だ…」

 

「頭を怪我していたので、もしかしたらということもあります」

 

「僕は…」

 

「大丈夫です。不安がらないで。ここには貴方を害する人はいませんから」

 

 

彼女は僕の頭を抱いた。その温かさに、どうしようもない程の懐かしさを感じた。そうして僕の意識は再び闇に飲まれた。

 

 

 

 

「異常なしですか。良かった」

 

「お嬢様、どうしてそんなにあの少年に気をかけられるのですか? まさか一目ぼ…」

 

「違います。ただ何となく、気になっただけですよ」

 

 

あのどこまでも冷たい瞳は、彼の不幸な境遇を物語っているのだろう。私も一つ間違えれば、もしかしたら彼のような瞳をしていたのかもしれない。

 

だが、それだけならばそこまで気になる存在にはならなかっただろう。一番彼に興味を抱いたのは、彼がうなされている時に呟いた一言だった。

 

 

「お姉さんですか…」

 

 

姉さんと、そううなされながら呻いて、少年は私の手を握った。それはまるで迷い子のような、そんな空気を感じさせた。

 

母性本能とか良く分からないが、なんとなく放っておけなくなってしまったのだ。良くないことは分かっている。彼は父を暗殺しようとした危険人物であることには変わりないのだから。

 

 

「エステルっ」

 

「エリッサ?」

 

 

シニさんと話していると、エリッサが駆け寄ってきた。ちょっと表情が怖い。

 

 

「ねぇ、どうしてそんなにあの子の事をばかり見てるの?」

 

「怪我をしている時は、安心させてあげることが大事ですから」

 

「シニさんとか、メイユイさんじゃだめなの?」

 

「ダメということはないですが、なんとなく、私が面倒を見たいと思ってしまいまして」

 

「まさかエステル、あの子の事…」

 

「断じて違います。ただなんとなく、放っておけなくなってしまったんですよ」

 

「エステルは誰にでも優しいから」

 

「優しくすると決めた相手にしか優しくしませんよ」

 

 

私はそんなに多くの人に無差別に甘い顔をしていい立場にはない。分かっているし、分かって受け入れて、分かってそうなった。

 

だけれども、あんな子供が人殺しを強いられている世界に、どこか理不尽さすら感じると同時に、深い悲しみが湧いてくる。

 

 

「エステルお嬢様、よろしいでしょうか?」

 

「メイユイさん?」

 

「彼の素性について、情報部からの報告です」

 

「早いですね。聞きましょう」

 

「結論はいまだ出ていないという、中間報告です。装備のメーカーも不明のようでして」

 

「まあ、父も目立つ人ですからね、飼い主をしぼることも出来ませんか」

 

 

A級遊撃士というのは伊達ではない。あの人は遊撃士になって数年で大規模な事件をいくつか解決に導いており、当然として割を食った人間もいる。

 

特にリベール王国は発展の裏で闇の部分が拡大しており、そういった人間が父に恨みを抱いて、暗殺を依頼したという線は現実的だった。

 

 

「少年への直接の聴取は出来ませんか?」

 

「父が頷けばやってもいいのでは? ただ、彼はプロですし拷問でも口を割らないでしょう。失敗した後すぐに口封じされかけたところを見れば、使い捨てみたいですから大した情報は持たされてはいないでしょうし。尋問途中で自殺されても困りますしね。第一、父はそのために彼を連れ帰ったわけじゃないですし」

 

 

父は少年を救うために連れ帰ったのだ。だからそういった事は父の意思に反してしまう。少年がどういった処遇になるのかは分からないが、私は父の意向を尊重することに決めていた。

 

それに、それほど重要な情報も得られない気がするのだ。

 

 

「まあ、お父さんなら妥当な答えを導き出すでしょう」

 

「ん、エステルがそう言うならいいけど。私にも構ってよね」

 

「エリッサは甘えん坊ですね」

 

 

私はエリッサの頭を撫でる。エリッサは気持ちよさそうに目を閉じてなすがままになっていた。

 

 

 

 

「こんな場所にいましたか」

 

「君か」

 

 

この屋敷は広く、そして警備も厳しい。警備を行っている男たちは僕を胡散臭そうに見るが、何かをしてくるわけではなかった。

 

とはいえ、視線がうるさいので僕は屋敷の一角にある庭の、池のほとりに立つ木に寄り掛かった。そこだけは自然のままに残された小さな森になっていて、視線も気にせずに済んだ。

 

しばらく目をつぶって体を休め、外の空気を吸っていると、エステル・ブライトがやってきた。彼女は呑気に歩きながらやって来て、僕の隣に座る。

 

手には釣竿とバケツがあり、どうやら釣りをしようとこの池にやってきたらしい。

 

 

「熱は引きましたか」

 

「まあね」

 

「そうですか。なら、少しは体を動かした方がいいかもしれませんね」

 

「分かっているよ」

 

「なかなか懐きませんね」

 

「ヒトを動物みたいに言わないでほしいな」

 

「ふふっ、気を悪くしましたか? ごめんなさい」

 

 

そうして彼女は木陰に座ると、池に糸を垂らした。会話は無く、ただ風が木の枝を揺らす音、鳥の鳴き声だけが聞こえる。

 

ひどく穏やかで、ひどく落ち着いた時間だった。時折、少女が釣竿を振り上げて、銀色の流線型をした魚を釣り上げる。

 

 

「ん、フナですか。まだ小さいですね、逃がしましょうか」

 

 

木漏れ日はどこまでも優しく、時間はゆったりと過ぎていく。

 

 

「エステル・ブライト。君は…」

 

「どうかしましたかヨシュア。あと、フルネームで呼ばないで下さいと言っていましたよね。エステルと呼んでください」

 

「…エステル。君は僕に何も聞かないのか?」

 

「聞いてほしいことがあるんですか?」

 

「質問に質問で返さないでほしい」

 

 

するとエステルはクスリと笑う。まただ、この彼女の穏やかな空気に言いようのないほどの懐かしさと言うか、胸を締め付けるような感情を抱いてしまう。

 

この感情は何なのだろうか?

 

 

「貴方が話したくなったら、話してください。事情は知りません。でも、貴方がしたくも無い事をやらされていた事ぐらいは分かります」

 

「君に僕の何が分かるっ!?」

 

「何も分かりませんよ。人の心は不完全で、人の言葉も不完全で、人々は永遠に分かりあうことは出来ません。でも、言葉を尽くして分かってもらう努力は出来ます。とはいえ、話したくないこともたくさんあるでしょう。それに、会ったばかりの私に全てを話すなんてことは出来ないでしょう?」

 

「君はそれで納得するのか? 僕が何をしたのか知っているだろう?」

 

「それは、貴方と父の問題ですから。父が貴方を救うと決めたのなら、私がとやかく言う事などありません。ただ、貴方がもし自分の中に溜め込んでいる何かを吐き出したいと思ったときに、私をその相手に選んでくれたのなら光栄には思いますよ」

 

 

彼女はそうして穏やかな笑みを浮かべた。暖かな日差しが木漏れ日となって降り注ぐ。木々の緑色が目に痛いほどに眩しい。

 

そうしてふと、世界はこんなにも明るかったかなと、そんならしくもないことを感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

「いい感じじゃないですか?」

 

「はい、出力も安定していますね。これで博士の要求するスペックにはなんとか届きそうです」

 

 

金属製の円筒形の機械が、その先端から青白い焔を吐き出している。焔の勢いは凄まじく、まるで噴火でも起こったかのよう。

 

轟音はあらゆる音を塗りつぶし、その灼熱は1800℃に達している。強化ガラス越しでも、その圧倒的な迫力は見る者をたじろがせるだろう。

 

王立航空宇宙研究所におけるジェットエンジン研究棟において、長年の研究が実を結ぶ瞬間に立ち会っている。

 

金属水素を用いたターボジェットエンジンの開発は佳境を迎えていた。タービンブレードの改良と、液体水素燃料の供給系統の改良がようやく上手くいったのだ。

 

タービンブレードの素材には七耀石による結晶回路の層が形成されている。燃料が燃焼する際の熱を吸収して導力に変換し、それを利用して導力による極薄の膜を表面に形成するシステムが構築されたのだ。

 

これはノバルティス博士との会談で得られた知識を元に考案したもので、半年以上の試行錯誤でようやく実現した。

 

極薄の導力場による層は断熱効果とタービン素材の化学反応を抑制する働きがあり、十分な耐久性を持たせるとともに、タービンそのものの寿命を飛躍的に伸ばした。

 

これによりエンジン出力全快でも1000時間を超える運用が可能となり、タービンにおける問題は一応の解決を見た。ただし、この加工のせいでタービンの価格は驚くほどに上昇してしまう。

 

量産効果があれば価格を抑えられるとはいえ、ジェット戦闘機の調達価格に悪影響を与える事は間違いなく、より簡便で低価格な処理法の考案が必要だと思われた。

 

 

「まあ、これで計画も推進できそうですね」

 

「次世代戦闘機開発計画ですね」

 

 

金属水素を用いたジェットエンジンは驚くほどの出力を生み出すことを可能にする。単純に燃焼後の排気のスピードが圧倒的に速いということもあり、現在開発しているエンジンですらアフターバーナー無しで100kNの推力を生み出すことに成功している。

 

これは超音速巡航(スーパークルーズ)すら可能にする領域だった。

 

 

「新型機は重量を重くしても良いかも知れません」

 

「では、デルタ翼ですか?」

 

「クリップドデルタでいきましょうか」

 

 

先端を欠いたデルタ翼と水平尾翼の組み合わせ。そして二枚の垂直尾翼という形状はF-15に採用される大型戦闘機の典型的な形状だ。

 

ここに抗力の低減のためのリフティングボディ設計とカペルを用いたフライバイワイヤによるCCV設計を取り入れる。

 

また導力技術による運動性向上を目的とした渦流制御器の活用により、機体表面に気流の渦を発生させることで負圧を生み出し、翼を用いない姿勢制御や運動制御をも実現する。

 

さらに、大型戦闘機であることを利用して、反重力発生装置を組み込むことでVTOLとしての機能を付属させる。

 

機体構造材にはチタンと炭素繊維複合材が用いられる予定だった。これらには七耀石の添加による構造・強度強化を行う研究が並行してZCFで行われており、これもノバルティス博士との会談で得られた知見を応用したもので、データ上では性能・経費的にも優れた素材が製造されつつあった。

 

試験機にはこれに合わせてヘルメット・マウント・ディスプレイの採用が考慮されていた。

 

これは機体の最大の弱点となるキャノピーの装甲化を最終的には目標としており、完全に実現すればキャノピーは透明なガラス素材ではなく、チタンのような装甲で覆われる事になる。

 

さらにはカペルを用いた早期警戒管制機との戦術的な連携を視野に入れた行動を想定しており、極めて高水準の導力演算器と導力レーダーとXバンド電磁波レーダー、そして通信装置を搭載する。

 

これにより4.5世代ジェット戦闘機相当のものを完成させる予定だった。

 

また、並行して進むのはステルス化技術である。結晶回路の薄層を形成することで可視光を含む電磁波と導力波を100%吸収するシステムの研究が行われている。

 

現在の所、導力波の吸収素材についてはかなりの水準に達しており、導力波レーダーに対するステルスシステムの完成も視界に入ってきていた。

 

 

「問題は《結社》対策ですね…」

 

 

導力ネットワークの普及はかなりのレベルで進んでいる。王国の各公的機関や金融機関は既に導力ネットワークで結ばれており、緻密な情報交換が可能になりつつあった。

 

とはいえ、何らかの方法でこれらに介入する技術を《結社》が持っているらしいことは理解しているので、サブとしてのシステムを作っておきたい。

 

候補になるのは光ファイバーや電線、電波を用いた情報処理システムだが、当然これらには電力を用いる必要があり、導力による介在は出来るだけ防いだ方が無難と思われた。

 

そこで発電装置を各地の要所に設置する計画を立てている。名目は対導力兵器に対するバックアップということになっている。

 

導力エネルギーに完全に頼った状態にあると、その脆弱性をついた攻撃を受ければ軍は一気に崩れてしまうとか、そんな理由だ。

 

電信と電話ぐらいしか使えないのが玉に瑕だが、通信が生きている状況さえ作れれば、近代的な軍がただの秘密結社に敗北するとは思えない。

 

発電装置は燃料電池が候補に挙がった。テティス海沿岸の工業地帯や航空宇宙研究所において水素は定常的に生産されており、白金は高価だがそこまで数を要さないのでコストは許容範囲と思われた。

 

原理自体は分かっているので、後は適当に研究させているが、まだ満足できるものは作られてはいない。

 

他に火薬式の兵器の備蓄が進められている。火薬を用いた兵器は弾丸がかさむので人気がないが、導力銃にはない高い威力を誇る武器が存在した。

 

そのあたりはラインフォルトやヴェルヌあたりが良い武器を生産しているようで、必要数ぐらいはそろえる事が出来るだろう。

 

ジェットエンジンについても、金属水素をそのままではなく、通常の炭化水素燃料を使用する出力を大幅に下げたタイプの、無導力ジェットエンジンの研究もされている。

 

同時に対導力兵器として考えうるものを列挙しているが、強烈な導力パルスを使用した兵器ぐらいしか思いつかないのは悲しい所だ。

 

他にもハッキング対策として、データをネットワークから直接抽出できないように、外付けの記憶装置を適時利用するように指導をしている。

 

まあ現代導力学においてはカペルの力が必要不可欠なので、研究が非効率にならない程度の工夫しかできないのだが。

 

半導体を用いた論理回路や集積回路の試作も行っている。カペルには届かないが、導力ネットワークとは異なる情報システムの構築により《結社》の介入を防ぐことが可能かもしれない。

 

 

「まあ、対策はこの程度でしょう。彼らはこれを知ったうえで動くのでしょうがね」

 

 

彼らの恐るべき導力技術は一朝一夕で培われたものではないはずだ。おそらくは導力革命以前からその技術を研磨していた可能性が高く、そうなれば彼らの技術の出所は古代文明といったものに限られてしまう。

 

情報部によれば七耀教会も独自に古代遺物の運用を行っているとのことなので、似たような経緯を持つ集団なのかもしれない。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 

その人は穏やかな笑顔を浮かべて、私にあてがわれた真っ白い、青い空の見える部屋に現れた。栗色の長い髪と、赤銅色の瞳の年上の女の人。

 

私とはそれほど歳も離れていないのに、何人かの軍人や医師の人たちを引き連れて、彼女は私の部屋にやってきた。

 

 

「貴女とは一度、ちゃんと会って話をしたいと思っていました」

 

 

彼女はそう言って私が横たわるベッドの傍の椅子に座る。彼女が担当の医師と看護婦の人たちと二三言葉を交わすと、彼女に連れられた人たちは私の病室から出ていった。

 

軍人の人は閉じられた扉の向こうにいるようだが、部屋の中には栗色の髪の女の人と私だけになった。そうして彼女との何気ない会話が始まる。

 

それは本当にどうでもいいような事で、例えば私がいた国の事とか、両親の事とか、幸せだったころの思い出とか、あるいは彼女の事だとか、彼女の幼馴染が私と同じ名前だとか、飛行機についてだとか。

 

彼女の声色はとても落ち着いていて、感じられる感情の色はとても穏やかで澄み切っていて、気が付けば私は彼女とすっかり話し込んでいた。

 

私は起き上がることも出来ない程体力がなくなっていて、いつの間にか彼女と話している途中だというのに眠気が襲ってきた。すると彼女は私の頭を撫でた。

 

 

「今日はたくさん喋って疲れたでしょう。また来て良いですか?」

 

 

私は頷いた。看護婦の人たちも良くしてくれるが、年齢の違いとか、向けられる憐憫の感情を感じたりして上手くなじめなかったけれど、彼女は純粋に私を私個人として見てくれた。

 

少しだけ好奇心は混じっていたけれどもそれは不快ではなくて、むしろそんな雰囲気が心地よかった。

 

およそ二年間、時間の感覚なんてとうに無くなってしまうほどの時間。私はたくさんの酷い事を、そして嘆きをこの身に受けてきた。

 

今でも感じる。この病院には私と同じ境遇の子供たちが集められていて、医師たちの治療を受けていた。彼らの苦しみや悲しみ、そして憎しみや諦観といった感情を読み取ることが出来る。

 

薬が抜けても鋭敏になった感覚は収まらず、遠くの病室の心が壊れた女の子の狂った感情も時折だが感じる事が出来た。

 

助けられたらしいことは分かっている。ここはリベール王国という国のツァイスという街の病院で、時折、いくつかの変わった機械を使って診察を受けるが、酷い事はもうされなかった。

 

数日して再び彼女がやってきた。とても嬉しそうな感情で、何事かと思ったら、良いニュースがあるのだと言う。

 

 

「貴女の両親と連絡がついたんですよ。喜んでください、もうすぐお父さんとお母さんに会えます」

 

 

そう言って彼女は私の頭を撫でて抱きしめてくれた。私もその知らせに心が躍った。パパとママに会える。

 

物心がついたばかりの5歳で引き離されることになったが、パパとママのことは片時も忘れたことが無かった。彼女は一週間もすれば会えると約束してくれた。

 

そうして一週間が過ぎてとうとうパパとママが私に会いに来てくれた。二人は涙で顔をぐしゃぐしゃにして私を抱きしめてくれた。

 

ここ数日、私と同じように周りの病室でも子供たちの親たちが会いに来ていて、私もソワソワと待ちきれなかったのでとても嬉しい。

 

パパの話によると彼女、お姉さんは世界でも有名な学者さんらしい。私はお姉さんのことをパパとママに話して、そしてようやく私の時間は再び動き出した、そんな気がした。

 

医師の人によるとまだ身体がちゃんと回復していないので一か月は入院しておかなければならないという。

 

パパとママはその間、ツァイスの街に逗留して毎日お見舞いに来てくれるのだという。やっと苦しい時間は終わったのだと、心からそう思えるようになった。

 

お姉さんも時々やって来てくれて、私と同い年の技術者希望の女の子の話とか、お姉さんの研究していることなどを話してくれた。

 

でも少しだけ心配なことがある。

 

私は変わってしまった。些細な感情を読み取ってしまうこの力は、もう無くすことは出来ないのだという。

 

パパとママの些細な感情の揺らぎも、何もかも全て分かってしまう。この事が後に私の人生を大きく歪めてしまうことは、まだ私には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

ヨシュアが我が家に来て2週間が経とうとしていた。彼の怪我は順調に回復し、ぎこちないものの歩き回れるようにはなっている。あと少しすれば走れるようにもなるだろう。

 

だがそれは同時に、彼が療養として我が家に滞在するという名目が無くなることを意味していた。この先彼はどうするつもりなのだろうか。

 

私はテラスでブランデーをたしなむ父にその事を問うことにした。

 

空には雲に霞む朧月、涼しげな夜風。大理石のテラスにシックな木彫の椅子とテーブル。グラスには琥珀色の液体に大きな氷の塊が浮かび、父がグラスを揺らすたびにガラスと氷が涼しげな音を奏でる。

 

 

「お父さん、この先、彼をどうするつもりなんですか?」

 

「この先?」

 

「もう怪我はだいぶん良くなりました。彼を連れてきた手前、お父さんにははっきりさせてもらわないと」

 

「ふむ、お前はどうしたい」

 

「私ですか?」

 

「ああ」

 

「私には関係の無い事です。個人的には彼が自分の道を見つけるまでは置いておいても良いと思っていますが、公的な立場として言わせてもらうなら、一応は反対と言わせていただきます」

 

 

暗殺者。その素性は全く分からず、何らかの組織に属していたことは間違いない。

 

私の研究成果の一部でも持ち去って、どこかの国に売り込めば、それだけで当面の資金源になるはずだろうし、彼を切り捨てたと思われる組織にも凱旋できるかもしれなかった。

 

だが、ヨシュアの様子を見ればそのような行動は行わないのではないか、そんな気がする。

 

たまに垣間見える彼の苦悩に満ちた表情や、かつてのエリッサの様に痛々しい程にうなされる寝姿。そこには傷つき、行き場所も帰る場所も失った子供の姿があるだけだった。

 

とはいえ、私は慈善事業家というわけではない。

 

恵まれない子供全てに手を差し伸べるなんて傲慢な考えは持っていないし、ただ目の前の少年にたまたま気まぐれの様につきあっているだけにしか過ぎない。

 

成り行きでしかないのだ。彼個人に特別な感情を持っている訳ではなかった。

 

 

「一応か」

 

「一応です。私は答えましたよ。お父さんの番です」

 

「俺はアイツに任せるさ。何をしたいのか、何を望むのか。そういうものは自分で考え、自分で見つけ出すべきだ。ここから去るのか、ここに留まるのか。それはアイツが決める事だ」

 

「厳しいですね。俺の背中について来いとか、お前が信じる俺を信じろとかは言わないんですか?」

 

「そこまで熱血ではないさ」

 

 

父は笑う。

 

何が熱血じゃないさ、だ。昔は剣の道を極めるとか言ってレグナートに喧嘩売りに行ったくせに。

 

そういえば、最近レグナートは詩を詠むことにはまっている。いくつか本を紹介したところ、詩集を気にいってしまったようだ。なかなか情緒のある詩を詠むので、こんど出版社に売りこんでみようか。

 

閑話休題。

 

 

「それは残念です。ですが、彼はそれを見つけられますかね。歳の頃を考えれば、まだまだ子供だと思いますが」

 

「それをお前が言うのか?」

 

「私には夢がありますから。いままで夢すら見る事を許されなかった彼が、いきなり夢を探せなんて言われても困るでしょうに」

 

「ふっ、大人のできる事などそうはないさ」

 

「刺客は来ませんでしたね」

 

「ああ、そこは俺も気になっていたところだ」

 

 

少年は命を狙われるはずの立場だった。父に敗北した後に追っ手を放たれたのだから、当然として追撃が行われる可能性は高かった。

 

とはいえ、既に完全に敵の手に少年が落ちている以上、情報は既に漏れていると判断すべきで、追っ手を出しても手遅れと判断している可能性もあった。

 

 

「情報部でも彼の素性を洗っているようですが、何も分かっていないようです」

 

「そうか」

 

「彼に尋問しないんですか?」

 

「子供の暗殺者など組織の末端にすぎないさ」

 

「…なるほど」

 

 

子供の暗殺者というのは基本的には使い捨てだ。攫ってきて、洗脳して、鍛えて、送り込む。費用は100万ミラもかからないだろう。

 

属している組織についてもほとんど知らない可能性が高い。むしろ、当然のように知らないはずだ。尋問して分かるのは、どこで『教育』を受けたか、どのような任務をこなしたかぐらい。

 

それでも暗殺対象から組織の目標というか傾向を絞ることも出来るし、アタリをつけることも可能かもしれない。そういう意味で尋問が全て無駄になるわけではないだろうが。

 

まあ、『教育』を受けた場所については彼が我々に捕まった時点ですでに放棄されている可能性が高い。

 

父は琥珀色の酒精を口に含んで舌の上で転がす。

 

しかし、彼自身に為すべきことを見つけ出させるか…。父は基本的に放任主義だが、それは子供を甘やかすという意味ではなく、ある意味厳しい教育方針だ。とはいえ思う。

 

 

「立ち止まる時も必要だとは思うんですけどね」

 

「エステルは優しいな」

 

 

そうして父は私を抱き寄せ頭を撫でた。私はされるがままに父に体を預ける。ちょっと酒臭かった。

 

 

 

 

 

 

「リハビリに行きましょう」

 

「リハビリ?」

 

 

僕がこの屋敷に来て数週間が経った。足の怪我もほぼ完治していて、歩くのも走るのも問題は無くなっている。

 

長い間療養していたせいで筋肉が落ちて、体がなまっているが、動くことに支障は無くなっていた。そんな僕にある日エステル・ブライトはそう切り出してきたのだ。

 

 

「この子も連れていくの?」

 

「人数は多い方がいいでしょう」

 

「どこに行くんだ?」

 

「パーゼル農園です」

 

 

エステル・ブライトの隣で僕をジト目で睨んでいるブラウンの髪の少女はエリッサ・ブライトだ。彼女はこの家の養女であり、エステル・ブライトの姉妹ということになる。

 

いままであまり話さなかったが、僕に対してはあまり良い印象を持ってはいないらしい。

 

着替えを済ませて庭に出ると、ZCFの高級車が止まっていた。そして同じ車が他にも二台あり、どうやらそれらはエステル・ブライトを護衛するための人員が乗る車のようだった。

 

まあ、彼女ほどの人物が出かけるのならば、それぐらいの護衛はついて当然なのかもしれない。

 

 

「では行きましょうか。メイユイさん、運転お願いしますね」

 

 

エステル・ブライトは白いワンピース姿、エリッサ・ブライトは花柄のスカートといった動きやすい装いをしている。

 

暗器使いのメイドが彼女たちを車に乗せる。僕は助手席に乗せられた。そうして三台の導力車はロレントの西口を出てミルヒ平原を走る。

 

青い空に天高く入道雲が映える。

 

リベール王国最大の穀倉地帯であるミルヒ平原は地平線まで見渡す限りの畑になっていて、巨大な農業用導力機械がときおり人を乗せて動いていたり、道をすれ違ったりしている。

 

話によれば耕耘、散水、作付けから刈り取り、脱穀から精製まで全て導力化されているだけではなく、温室栽培の導入や水耕栽培の試験なども行っているらしい。

 

さらには小型飛行船による農薬の散布まで行っているようで、ここまで高度に導力化された農地はリベール王国ぐらいしか存在しないかもしれない。

 

 

「チェルとウィルは元気にしてるかな?」

 

「夜泣きが大変そうですね。双子のお姉さんになってティオも大変ですね」

 

 

エステル・ブライトとエリッサ・ブライトは非常に仲がいい。元々は幼馴染だったらしいが、特にエリッサ・ブライトがエステル・ブライトに懐いているように見える。

 

二人は後部座席で手をつなぎながら話をしていた。関係性から見るに、エステル・ブライトが姉といった関係なのだろう。

 

パーゼル農園は彼女たちの幼馴染であるティオ・パーゼルという短髪の少女の家が経営しているらしく、その家の主の妻が子供を出産したということで、今回の農作業の手伝いをするらしい。

 

実際にはノーザンブリアや東方からの移民を雇っているので労働力には不足は無く、どちらかと言えば毎年恒例の行事のようなものらしい。

 

そうして車は大きな農園の敷地に入っていく。

 

一年戦役によって農夫にも多くの犠牲者が出た関係もあり、戦後復興事業において農地の大規模な区画整理が行われ、ロレントには大規模農業経営者が誕生したそうだ。

 

パーゼル農園もその一つであり、立派な牛舎や温室菜園などが立ち並んでいる。

 

 

「こんにちは、ティオ、それにフランツおじさん」

 

「いらっしゃい、それにしても毎度大仰なご登場ね。どこの貴族か」

 

「ティオー、やっほー」

 

 

澄ました顔の短い青い髪の少女がティオ・パーゼルだ。エリッサ・ブライトは満面の笑みを浮かべながら彼女に抱き付いた。

 

基本的にスキンシップが好きな少女なのかもしれない。エステル・ブライトはその様子を微笑みながら眺めつつ、農園の主であるフランツ・パーゼルに挨拶をする。

 

 

「おお、来てくれたのか」

 

「今日はご迷惑おかけします」

 

「いやいや、ウチもエステル君のおかげで立派な農園を再興できたしね」

 

「私が全部やったわけじゃないです」

 

「はは、謙遜だな。おや、そちらの君は…?」

 

「ヨシュアです。ちょっとした縁がありまして、我が家で療養しているんですよ」

 

「おお、そういえばティオからそんな話を聞いていたな」

 

 

そんな風にティオ・パーゼルやフランツ・パーゼルと話していると、パーゼル氏の家の扉が開いて赤ん坊二人を抱いた女性が現れた。彼女は赤ん坊をあやしながら歩いてくる。

 

 

「ハンナおばさん、こんにちわ。ご加減は大丈夫ですか?」

 

「こんにちわー」

 

「はい、こんにちは。二人ともよく来てくれたわね。私もすぐに農作業に戻りたいんだけど」

 

「おいおい、作業はまだ無理だろう。最近はヒトも雇っているし、お前は働かなくてもいいんだぞ」

 

「なーに言っているのよ。ティオが生まれた時は、もうしっかりと働いていたんだよ。農家の妻なんだから当然のことさ」

 

「あはは、ハンナおばさん、無理しないでください」

 

「ふふ、まあ双子だからそうもいかないけどね。ん? おや、そっちの黒髪の子は?」

 

「ああ、ヨシュア君だよ。エステル君の家で世話になっている…。ほら、前にティオが話していたろ」

 

「ああ、そういえばそうね。まあまあ、また随分とかわいい子じゃないか」

 

 

ハンナ・パーゼルはそんな事を言いながら陽気な笑顔を僕に向けてくる。無警戒で、そして平和な光景だ。まあ、農家なのだからしかたがないだろうが。

 

 

「あんたも手伝いに来てくれたのかい? 済まないねぇ…。ん? おや、よく見たら包帯をしてるじゃないか」

 

「おお、本当だ。これは気付かなかったな」

 

「傷はほぼ完治しています。作業に支障はありません」

 

 

パーゼル夫婦は心配そうな表情で僕を見つめる。とはいえ、傷はほとんど完治しているし、そこいらの子供よりは動ける自信はある。足手まといにはならないし、運動をこなさなければ体力は回復しない。

 

 

「リハビリのために連れてきたんですよ。簡単な作業でもいいので、任せていただけませんか?」

 

「いやいや、無理は良くないよ。どこか休めるところで…」

 

「そうだ、いいことを思いついたよ」

 

 

エステル・ブライトの言葉に難色を示すフランツ氏。そんな時、ハンナ夫人が何か名案を思いついたように声を上げた。そうして、

 

 

「……」

 

 

何故か僕は双子の赤ん坊の世話をする役を仰せつかっていた。

 

 

「男の子の方がウィルで女の子の方がチェルさ。よろしくたのむよ」

 

「…了解しました」

 

「それでは作業を始めようか」

 

 

そうしてエステル・ブライトたちと、他の労働者たちが農園に散らばって作業を開始した。僕は農園の片隅にある木陰で赤ん坊を抱きながら、彼らの作業を遠くから眺める。

 

それはどこにでもある、ごく普通の農家の風景でしかなく、今まで自分が身を置いていた世界からはほど遠いものだった。

 

この数週間、追っ手の気配は全くない。ブライト邸の警備態勢が厳しいと言うのもあるだろうが、監視などの類も一切感じられなかった。何故か。

 

僕の居場所ぐらいはとっくに突き止められていてもおかしくはないというのに。もう僕には関心がないのか? だから記憶だけ消して捨てた?

 

いや、だけど。何か、何かとても大切な事を、大切な物を失ってしまった様な気がする。何だろう。僕はいったい何を失ったというのか。

 

 

「…シュア」

 

 

僕はいったい…

 

 

「ヨシュア!」

 

「!?」

 

 

気が付くと目の前に籠いっぱいに野菜を詰めたエステル・ブライトが立っていた。麦わら帽子をかぶった彼女は心配そうな表情で僕の瞳を覗き込んでいる。

 

 

「少しぼーっとしていましたが、調子は悪くないですかヨシュア?」

 

「いや、普通だよ」

 

「そうですか」

 

 

彼女は穏やかな表情をして僕の隣に座る。

 

 

「少し休憩です」

 

「そうか」

 

「立派な野菜でしょう。この農園の野菜はリベール王国全土の食卓にのぼるんですよ」

 

「そうなんだ」

 

 

彼女は楽し気に微笑みながら収穫したばかりの野菜を手に取る。土のついた人参に、茄子。とくに珍しいものでもないのに、何がそんなに楽しいのか。

 

 

「こういうのはいいですね。当たり前の幸せを享受できるのは幸せなことです。そう思いませんか?」

 

「……」

 

「大地の恵みを収穫するのは人間の数千年来の喜びですよ。大地を耕し、種をまき、熟れた果実を収穫する。そしてそれを皆で分かち合うんです。私はそれを見ているだけで幸せな気分になります」

 

「君は…」

 

「では、私は行きますね。休んでばかりはいられませんので」

 

 

エステル・ブライトはそう言うと立ち上がった。楽し気に、笑みを浮かべて、労働に向かう。

 

それは記憶には無いが、今までの自分にはきっと無かったもので、そしてどうしようもなく懐かしさを感じさせるもので、まるでそれが失った大切な物にとても良く似ているのではと思ってしまうほどに。

 

そしてふと、どうしようもなくハーモニカを吹きたくなった。今はもう誰に教えてもらったのか、どこで覚えたのかもわからない曲。

 

ただ自分の中に残った、唯一の本物らしき何か。僕は何かに突き動かされるように、ハーモニカに口を当てた。

 

 

 

 

「ハーモニカ?」

 

「うわぁ、上手いねぇ」

 

「あんな特技があったんだ」

 

 

木陰から風にのってハーモニカの音色が農園に響き渡る。明るいようで、寂しいような、聞きなれないのに、どこまでも懐かしい。

 

夕日に照らされた少年がハーモニカを吹く。抒情的とでも表現すべきなのか。まるで胸をかきむしるような、どこまでも切ない懐かしさ。

 

私の脳裏に浮かんだのは母親の、お母さんの姿。なんでもないような日常の風景。もうかすれてしまった母さんの声の記憶。

 

何を話したっけ。どんな風に遊んだっけ。記憶は遠く、手を伸ばしても届かない。知識としては覚えていても、一つ一つのエピソードを思い出すのはとても遠くて。

 

 

「エステル、泣いてるの?」

 

「どうしたのエステル!?」

 

「え、あれ、変ですね」

 

 

私の頬を濡らしていたのは涙だった。私は泣いている? 何故? 何に泣いているのか。音楽がとても綺麗だから? それもある。

 

けれど、今までどんな名曲を聴いたってこんな涙を流した事なんて無かっただろう。ならばなぜ。……ああ、それはきっとお母さんのために泣いているのだろう。そうしてはっと気づいた。

 

ああ、なんということだろう。私はもしかしたら、初めてお母さんのために涙を流している。

 

 




漆黒の牙、赤ちゃんをあやす。

18話でした。

電子励起爆薬登場させていいですか? ヘリウム使ってTNTの500倍の威力もつヤツです。金属水素が作れたなら、金属ヘリウム爆薬作れたっていいじゃない。

ポリ窒素は扱いづらくていけないし、威力もTNTの8倍でちょっとインパクトが足りないかも。作り方なんて知らないんですけどね。


今回は古代遺物(アーティファクト)について。

このゲームの世界観では1200年前に大崩壊によって滅亡した古代ゼムリア文明が鍵になるわけですが、その時代に作られたオーパーツのことを古代遺物(アーティファクト)と呼ぶわけです。

それは巨大ロボットだったり、相手に自分の嘘を信じさせるドラえもんの秘密道具じみたものまで存在します。

その作動機構は現在の導力学の常識外であり、導力魔法などとは一線を画す能力を発揮するため、個人がみだりにこれを所持して濫用すると極めて危険な事態に陥ることが予想されます。

このため七耀教会では【早すぎた女神の贈り物】と定義し、教会法によって無断所持・不正使用を禁止しています。

このような古代遺物(アーティファクト)は七耀教会によって厳重に管理されており、各国は教会との盟約によって、いまだその機能を保持しているアーティファクトを教会に引き渡さなければならないというルールが存在するようです。

さて、このようなアーティファクトには親玉ともいうべき最大規模の七つのアーティファクト<七の至宝(セプト=テリオン)>と呼ばれるものがあります。

これは古代人が空の女神から授かったとされる究極のアーティファクトであり、おそらくは七耀石の七つの属性に相応する形で七つ存在すると考えられます。

古代人はこの至宝の力によって陸と海と空に覇を唱え、繁栄を謳歌しましたが、1200年前の厄災によって失われ、現在その存在は伝説上のものとなっています。

古代ゼムリア文明が滅びた後には、七耀教会によって安定がもたらされるまでの戦乱に明け暮れた500年間の暗黒時代が到来したようです。

至宝を失い力を失った人々は大小さまざまな国に分かれて、互いに争う不毛な時代とされています。

ただしこの暗黒時代においても古代ゼムリア文明の残滓や技術を受け継ぐ者たちがいました。彼らは魔導士や錬金術師、あるいは古代技術を受け継ぐ工房として生き残っていったと考えられます。

『零の軌跡』『碧の軌跡』『閃の軌跡』ではこういった暗黒時代の魔導や錬金術の産物が登場したりします。

これらの品々は古代遺物(アーティファクト)とは異なるものの、現在の技術では解析できないものとして扱われており、例えば『零の軌跡』『碧の軌跡』で登場した<鐘>などはこれに当たるものと言えるでしょう。


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019

 

コツ、コツ、コツ、コツ。革靴が板張りの床を踏みしめる音が近づいてくる。少年はそんなことに構わずハーモニカを吹き続ける。

 

こぼれたミルクが元に戻らないように、砕けた花瓶が元に戻らないように、死んだ人間が生き返らないように、砕けてしまった少年の『 』もまた元に戻ることもない。

 

だから少年はハーモニカを吹く。

 

 

「やあ、こんにちは」

 

 

声が聞こえた。少年は怯えるようにして部屋の隅にうずくまる。

 

少年にとって世界は恐ろしいだけのものだった。何もかもが理不尽で、何もかもが嘘だらけで、誰もかれもが信じる事が出来なかった。だから少年が声に怯えたのは当然だった。

 

外側にあるもの全ては害悪でしかないのだから。

 

 

「そんなに警戒しなくてもいい。私は魔法使いだ」

 

 

声はそう語った。それは魔法使いなんて名乗って自分の前に現れた。

 

 

「君の『 』をなおしてあげよう」

 

 

魔法使いはそう言った。少年の『 』はなおさなければならなかった。壊れてしまったのだからなおさなければならない。それは当然のことだった。

 

彼の良く知る大切な人にも出来なかったことだけれども、魔法使いは出来ると言った。

 

 

「ただし……、代償は支払ってもらうよ」

 

 

 

 

そう、やっとわかった。僕は支払ってしまったんだ。大切なもの、幸せな時間、そして僕を形作る全てを。

 

僕は人形だ。壊れてしまった歪な欠片。誰かの大切なものを壊すために、存在する。

 

だから去らなければならない。この世界を、僕はきっと壊してしまう。大切なものならば、手元にはおかないことだ。そう誰かが言ったような気がする。

 

どこかこの手が届かないところへ、遠ざけておかなければならない。僕が、僕のこの闇が、この世界を穢してしまう前に。

 

…去らなければならない。僕の存在が、彼女を傷つけてしまう前に。

 

 

「お世話になりました」

 

 

 

 

 

 

「教授困るよ、こういう事を相談せずにされちゃあ」

 

「ははは、いやすまないね。博士が彼女の方を気にかけていたのは知っていたが、なにぶん、その父親の方が《計画》の最大の障害になりそうだったのでね」

 

「ああ、報告には聞いているよ。しかし、彼女の方は気にかけなくても良かったのかな?」

 

「確かに彼女も手強い相手だ。だからこそのこの策でね。行動パターンさえ把握できれば父親と同様に無力化できるはずだよ」

 

「ふむ、君はそのように思っているのか。だが彼女がこの事を知ってしまうと、ますます我々の所には来なくなってしまいそうだ」

 

「盟主は彼女の事をそんなに気に入っておられるのかな?」

 

「ああ、盟主だけではなくて私もだがね。彼女ならば私の跡を継がせてもかまわないと思っている」

 

「あの娘では不満かな?」

 

「あの娘も優れているが、純粋な科学者とは言えないなぁ。所詮は後付けの能力だ。それにあの娘は科学者としての貪欲さに欠けている。だが彼女なら私や君にも思いもよらない世界を見せてくれそうだよ。それが楽しみで仕方がない」

 

「なるほど、そこまで言うのなら考えてみなければならないな。上手く彼女をこちらに引き込める方法を考えてみよう」

 

「んん、君のやり方は嫌われやすいから心配だねぇ。教授、君って人望が無い事知っているかい?」

 

「はは、それはお互い様じゃないかな博士?」

 

「はっはっは、これは一本とられたな。《鋼》殿のようにはいかないものだ。《深淵》殿といい、我々はなんとも人望がないねぇ」

 

「心配なら参加しますかな、《計画》に」

 

「それは盟主から君が直々に仰せつかった役目だろう。遠慮しておくよ。私はゴルディアス級の最終調整の仕事が残っていてね。それにグロリアスの改造も忙しい」

 

「ほう、《紅の方舟》を?」

 

「彼女との語らいの中で思いついてね。教授も気に入ると思うよ」

 

「それは楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

「出ていくんですか…」

 

 

窓越しから庭を見下ろす。少年が二本の短剣を腰に下げて、たった一人で屋敷から出ようとしていた。

 

天気は良い。風も強くない。旅立ちには良い日なのかもしれないが、彼はそれでいいのだろうか。彼はここから出ていって何をするのだろう。どこに行くのだろう。何者になるのだろう。

 

暗殺者という身の上だ。身分の証明だって出来るものは無い。子供だから就ける職なんて限られているだろう。

 

自然と出来る事は狭まってしまう。それでも、父を苦戦せしめたほどの戦闘能力があれば、そういった方面で活躍することもできるだろう。だがそれは非合法で、暗い道のりになるかもしれない。

 

良い出会いがあれば、あるいは良い人生を歩むことが出来るかもしれない。だけれども、この家から去ることを決めた彼が、この先、人の間に入って生きていけるだろうか。

 

もしかしたら野垂れ死にしてしまうかもしれない。いや、それはないと思うが。

 

 

「何でこんなに気になるんでしょうね」

 

 

溜息をつく。留まるか、去るかは彼の意志に任せるのだと決めていたではないか。なのに、どうしてこんなにも彼の事が気にかかるのか。

 

先ほどから、いや、昨日から彼のことばかり考えている。どうしても、昨日のあの光景が、あのハーモニカの美しい音色だとか、彼の寂しそうな表情とかが頭から離れない

 

 

「馬鹿みたいですね」

 

 

思い出してしまったのだ。初めてあの人のために泣いたのだ。それが全てだった。この思いはただの私の我がままでしかなく、彼の事情や心や、そういったものを考慮しての行動ではない。

 

だから私は自嘲気味に笑い、呟いた。壁に立てかけていた剣を取る。そして気配を完全に消失させた。

 

 

 

 

小麦の穂が風になびく。目の前には一面の小麦畑。それは黄金の海のよう。青い空に浮かぶ白い雲、黄金の海にはぽつりぽつりと小島のような小屋や森が点在する。

 

あてもなく僕はその中に漕ぎ出そうとする。何もかもが未定で、行く宛てなど存在するはずもない。

 

ふと振り返ると、どこかひどく懐かしさを感じる、あの穏やかでどこまでも澄んだ空のような少女の家は遠く点となった。

 

たった数週間の滞在だったけれども、記憶の多くを消去された自分にとっては人生の全てと言ってもいいほどに濃厚で充足した時間を過ごした。

 

 

「未練がましいな」

 

 

そう自嘲気味につぶやいた。

 

彼女に惹かれてしまったのだ。きっと、彼女の傍にいれば僕は幸福な時間を手に入れられるのかもしれない。

 

だけど、そんなことが自分に許されるわけもなかった。彼女は創造者で、僕は破壊者だった。どうしようもない異物は、きっと彼女のすばらしい世界を穢してしまう。

 

造り物めいた感情、嘘ばかりの存在。ただこの憧れを胸にしまおう。この思いだけは、どうか本物でありますように。

 

風に木々は揺れる。光は穏やかで明るい。太陽の光がこんなにも心地よいと思えるようになったのは、彼女と一緒に過ごしたから。この思いだけはどうか失わないように。僕は前を向いて歩き出し―

 

 

「一人で散歩ですか?」

 

「え?」

 

 

唐突に後ろから声をかけられた。

 

馬鹿な、先ほどまで彼女はいなかった。気配すら全く感じなかった。だというのに、はっきりと、空耳ではなく、あの声が、彼女の声が僕の耳に届いた。

 

僕はとっさに後ろを振り返る。そこには自然体の彼女がいた。腰には剣を。顔には穏やかな表情を。

 

 

「良い天気ですからね」

 

「…僕は、僕は出ていくよ」

 

「そうですか」

 

 

彼女は穏やかにそう答えた。動じないその態度から、彼女は僕が去ることを知っていたかのようにも思える。

 

いや、今の自分の格好を考えればそうだろう。ほとんど着の身着のままだけれども、最低限の旅に出るための準備はしていた。

 

 

「ミラも何も持たないで、どこに行くのですか?」

 

「魔獣を狩ればセピスが手に入る。自分一人だけを養うぐらいならどうにでもなるさ」

 

「行く先は決めていないのですね」

 

「とりあえずはボースにでも行こうかと考えている。あそこなら何でもそろうから」

 

 

今決めたことだ。行く先がボースの方角だったから。

 

でもまあ、それもいいだろう。あの辺りには魔獣の住処も多く、資金の調達には丁度よかったし、大きな街で人に紛れやすい。

 

物流の拠点でエレボニア帝国との交易も盛んなので必要な物資の調達も難しくはないだろう。

 

 

「かわいい子には旅をさせろという言葉があります」

 

「僕は可愛げがないと思うけどね」

 

「ならば、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすでしょうか?」

 

「どちらにせよ、僕は君の子供じゃないよ」

 

「ノリの悪い弟です」

 

「僕の方が早生まれだけどね」

 

「そうなのですか?」

 

「この国の教育制度なら、僕が一つ上の学年になるのかな」

 

「衝撃の事実です」

 

「そうかな?」

 

「飼い猫に噛まれた気分です」

 

「そこは犬じゃないかな?」

 

「じゃあ、爪でひっかかれた?」

 

「いや、知らないよ」

 

 

いつの間にか彼女との軽快なやり取りを楽しんでいる自分に気づく。ダメだな。諦めると決めたのに。これでは先が思いやられる。すると彼女が思案顔になって顎に手をやった。

 

 

「しかし困りました」

 

「何が困るんだい?」

 

「これでは貴方がお兄さんになってしまいます」

 

「いや、まあ、というか僕は君の家族じゃないけどね」

 

「そうなのですか?」

 

「そうだよ。出ていくって言ったじゃないか」

 

「ヨシュアお兄ちゃん」

 

「っ? だから僕は…」

 

 

彼女の甘い切ない声色。脳が蕩けそうになるほどの甘美な悪魔の誘惑のような言葉に、少しだけたじろぐというか、言葉に詰まってしまう。

 

彼女は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべて勝ち誇る。少しだけ悔しい気分になった。

 

 

「お兄様と呼んだ方がいいですか?」

 

「いやだから」

 

「お兄ちゃま?」

 

「ふざけてる?」

 

 

少しだけ苛立つ。からかわれているような気分で、しかしそんな僕の言葉に彼女はクスリと笑った。僕は憮然となって、踵を返そうとする。すると彼女はふと真面目な顔になった。

 

 

「ふざけてなんていませんよ。貴方は私の家族になるんですから」

 

「君は何を聞いていたんだ。僕はこの家から出ていくと言っただろう」

 

「何故出ていくのか、それは聞きません。貴方に何があったのかも聞きません。貴方が話したいと思うまで、私は1つだけを除いて聞いたりしません」

 

「1つ?」

 

「ふふ、それは後で。どちらにせよ、聞かせていただきますから。…これは私の我儘です。独断です。とても愚かな選択です。貴方の意志なんて一つも尊重なんてしません。合理的な判断ですらありません。理由はただ一つだけ、貴方のハーモニカの音色がとても綺麗で、心に残ったから。だから私は貴方を行かせない」

 

 

彼女の言葉に僕はどうしようもなく楽しさを感じてしまった。彼女の新しい一面を見たような気がして、とても嬉しかったのだ。

 

おしとやかで、穏やかで、とても澄んだ心の持ち主とばかり思っていたけれども、少し違ったようだ。どこまでも澄み渡る蒼穹のような自由。

 

 

「本当に勝手だな」

 

「私もそう思います」

 

「でも、そう簡単にハイなんて言えないよ」

 

「そうですか? 貴方はとても苦しそうなのに」

 

「助けて欲しいなんて言ってない」

 

「助けてと言わなくても、助けを求めていない事にはなりません」

 

「本当に君は勝手だな」

 

「そうです。今更気づきましたか? 私は私が為したいことを為すだけです。そうして人と衝突することは、きっと仕方の無い事でしょう」

 

「そうだね。君はそういう風であるべきだと思うよ」

 

 

本当に心からそう思う。彼女はそうあるべきだ。そういう彼女を間近で見ていたいと、そんな気分になるほどに、僕は心からそう思う。

 

だからこそ去るべきだろう。そんな彼女に迷惑はかけられない。彼女は僕のような人間以下の存在に足を引っ張られて良い存在じゃないのだ。

 

 

「話はもういいかな。僕は行かなければ。確か1つ聞きたいことが…」

 

「最後に、勝負をしませんか?」

 

「勝負?」

 

 

突然の申し込み。彼女はいつもの穏やかな表情に戻っていて、しかし発する雰囲気はがらりと変わっていた。

 

それは覚悟と言うか、意志の力と言うか、戦士の心構えのようなもので、圧迫する様な迫力は今までの彼女からは想像できない様な覇気だった。

 

 

「私が勝てば貴方は私のものです。貴方が勝てば好きに行くといいでしょう。路銀も融通しましょうか?」

 

 

強烈な迫力。彼女はにやりと笑うが、背中を見せればバッサリと切られそうな、そんな空気を纏う。なるほど確かに彼女は剣聖の娘なのだろう。

 

僕は諦めるように溜息をつく。いいだろう。この世界との別れを告げるために、この勝負を受けるのは相応しいのかもしれない。僕は双剣を握って向かい合う。

 

 

「分かった」

 

「なら、始めましょうか」

 

 

そうして僕は向かい合い、そして少し卑怯だけど即座に魔眼を発動させた。相手の行動を縛る幻術に近いこれは、一対多を得意とする僕の特殊能力だ。

 

彼女は目を見開く。僕は即座に木々の中に身をくらませた。完全に気配を遮断する。僕の戦い方は暗殺に特化している。このまま彼女を後ろから気絶させよう。

 

魔眼による身体への負担が大きいが問題は無い。一度身を隠してしまえば、僕を発見できる存在などいないにも等しい。

 

僕は一切の音を立てずに迂回してゆき、彼女の後背を狙う。一撃で決める。身体がなまっているにしては上出来だ。素人相手に見切れる技ではない。だが、

 

 

「!?」

 

 

それは一瞬だった。彼女の後ろから飛びかかった瞬間、彼女は驚くほどの機敏さで振り返り、右足を踏み出す。剣の柄には右手が添えられており、その瞳は完全に僕を捉えていた。

 

馬鹿な。ありえない。僕の接近を完全に見切るなど、そのようなことがあってたまるか。そうして僕と彼女は交差した。

 

 

「直死《月蝕》。私に斬れないものなどあんまり無い」

 

 

目を見開く。驚愕する。彼女の背後に、幾つものの金属の破片が光を反射して散乱する。僕の持つ双剣は根元から完全に斬り裂かれ、いや、細切れにされていた。

 

あの刹那にも満たない一瞬で彼女は、僕ですら目で追えない速度の数えきれないほどの剣閃を放ったのだ。彼女に僕を殺す意思があれば、僕の首、胴体、腕、足は全て分断されていただろう。

 

そして彼女は振り返って、愕然とする僕の首に刃を当てた。

 

 

「私の勝ちです。貴方は今日から私のものです」

 

「……そうか、それなら仕方がないね」

 

 

笑いがこみあげてきた。ああ、なんでこんなに可笑しいんだろう。涙が溢れるほどに可笑しい。すがすがしい程に、気持ちのいい程に完敗した。

 

そして僕の意志は無視されて、彼女の意志に従わなければならないというのに、どうしてこんなにも心から安心しているのか。どうしてこんなに、僕は記憶にある限り初めて笑っている。

 

 

「くくくっ、あはははははっ。いや、君はとんでもないな」

 

「ふふ、そういう言葉は聞き飽きています」

 

 

彼女も笑いながら刀を鞘に納めた。あの一撃、たとえ僕が万全であっても回避もままならなかっただろう。彼女は強い。今日は驚きっぱなしだ。

 

彼女に対するイメージがガラガラといい意味で変わってしまった。彼女は面白くて楽しい。そういえばと思い出す。

 

 

「そういえば、聞きたいことがあったんじゃなかったかい?」

 

「はい、1つだけ。昨日、貴方がハーモニカで吹いていた曲の名前を教えてもらえますか?」

 

 

僕はあっけにとられた。もっと、僕の素性の核心に迫るような質問をされると思っていたのだ。だというのに、彼女は僕のたった一つの、残されたものについて聞いてきた。

 

それはどこか運命じみていて、僕はなんだかとてもおかしくなってしまった。ああ、僕はきっと変わってしまったのだろう。

 

 

「あははっ、君は本当に傍若無人だね」

 

「そうですかね? そういう評価は初めてかもしれません」

 

「いや、そうに違いない」

 

 

今度は不服そうな顔だ。意外に表情が豊かなのだろうか。しかたがない。彼女は我儘なのだから、僕はそれに付き合おう。

 

そんな名目だけれど、本当はどこか楽しくて仕方がない。ああ、世界はこんなにも楽しいものだったんだ。こんなにも光が満ち溢れている。

 

 

「たくさんの事を君にはまだ言えないけれど、質問には答えるよ。あの曲の名前はね、『星の在り処』っていうんだ」

 

「良い名前ですね。そうだ、今度、ハーモニカの吹き方も教えてもらえませんか?」

 

 

彼女は微笑んだ。僕はその笑顔さえあれば何もいらないと、そんな風に思ってしまった。だから約束をしよう。誰のためでもない、僕に対する独りだけの自分のための約束。

 

欺瞞かもしれないけれど、こんなにも優しくて楽しくて明るい世界に、僕と言う異物を紛れ込ませるためのおまじない。

 

それはこの世で一番卑怯なものだけれども、君は許してくれるだろうか? 自分を偽り続けるこの欺瞞を。

 

一番の心配は僕の正体を君が知ってしまう事、そして君がこんな僕の嘘を知ってしまう事。こんな卑怯な作り物を受け入れてくれた君への、どうしようもないこの罪を。

 

どうか、こんな惨めで異質な嘘ばかりの本性を、僕の女神さまが知ることがないように。

 

 

 

 

「ヨシュアか。選べたようだな」

 

「はい」

 

「だが、全く同じ道を歩むことはできかねる…か」

 

「それが僕の一線ですから」

 

 

夜、改めて僕はカシウス・ブライトに向かい合っていた。大理石のテラス、木彫のテーブル、琥珀色の酒精。

 

月は優しく世界を青く照らして、風は緩やかに優しく、虫の音が草むらから聞こえる。この屋敷は大きいが、それでもどこか温かみに溢れていた。それはこの家の住人たちの性質によるものだろう。

 

 

「貴方たちは親子ですね。いろいろと身勝手だ」

 

「あの娘には何も与えてはいないがな。むしろ、奪ってしまった側でもある」

 

「奪った…ですか?」

 

「ここで暮らすと決めたのなら、知っておいた方がいいかも知れんな」

 

 

カシウス・ブライトはグラスに入った琥珀色の液体を一口含んだ。そうして遠い目をして、月を見上げる。何かを思い出すように、深い懺悔をするように。

 

 

「5年前に起こった一年戦役は知っているだろう」

 

「はい」

 

 

どこかズキリと胸が痛む。何だろうか、何かその単語の中に何か大事なものが含まれていたようなそんな感覚。だけれども、カシウス・ブライトの続く言葉にそんな感触もすぐに消えてしまう。

 

予想はついた。この家には母親というべき存在がいない。そしてエリッサは幼馴染でありながら、彼女の義理の姉妹になっている。

 

 

「このロレントは戦場になった。酷い有様だったらしい。俺は王国の士官で、反攻作戦の指揮を執っていたから、この街で正確に何があったのかは見てはいない。男は殺され、女は死ぬまで犯された。年端もない娘もその対象になったそうだ」

 

 

戦争にはありがちな事だった。どこにでもそういう話はある。だが当事者にとってそれは悲劇以外の何物でもなかった。

 

特に肉親が、近しい人物がそのような辱めを受けた上に殺されたとすれば、憎しみの炎に心を焼かれても、あるいは心が病んでしまってもおかしくはない。

 

 

「あの時、俺の妻は妊娠していたんだ。エステルにとっては妹か弟か、新しい命がレナには宿っていた」

 

 

話すべき言葉を失う。それはつまり、彼女は…。そんな目にあってまで彼女は何故笑えるのか。あんなにも穏やかで、楽し気に生きていられるのか。

 

エレボニア帝国を憎んではいないのだろうか。世界の理不尽に怒りを覚えないのか。あるいは、この世界の悪意に心が折れてしまわなかったのだろうか?

 

 

「エリッサも同じような境遇でな。あの子は目の前で両親を殺された。母親は辱められたらしい。奇跡のような偶然が重なってあの子は無傷で助け出されたが、あの子は心が壊れてしまった。エステルはエリッサを守ることで、心を支えたんだろう」

 

 

守るべきものがあったから、心が死なずに済んだのだとカシウス・ブライトは語る。

 

エリッサ・ブライトはその後、エレボニア帝国への憎しみに身を燃やし、エステル・ブライトに精神的に依存することで心を立て直したらしい。

 

そしてエステル・ブライトはそこから世界に無為さ、不合理さを見て、そして力への信仰と言うべきものを内包してしまった。

 

 

「一時期は酷いものだったが、エステルは俺が思う以上に強かった。一年もしたら、表面上は立ち直っていたさ。少しばかり心配な面もあるが、基本的に優しく穏やかな気質はレナによく似ている。元来の好奇心の強さが良い出会いを生み、アイツを良い方向に向かわせている」

 

「貴方にも似ていると思いますがね」

 

「だとしたら嬉しいことだな。少し飲み過ぎたか。話し過ぎたな」

 

「いえ」

 

「エリッサはなかなか俺の事を父とは呼んでくれないらしい。出来れば俺の息子になるなら、父と呼んでほしいのだがな」

 

「父…さん、こうですか?」

 

「ふっ、無理はしなくていい」

 

「いえ、こう呼ばせていただきます」

 

「なら、その敬語もやめる事だな」

 

「わかり…、分かったよ、父さん」

 

 

そうして僕のこの家での生活が始まる。それは思っていたように、いや、思った以上に楽しくて、明るくて、泣きたいほどに幸せな日々で。

 

だから心から思ってしまう。こんな穏やかな平和な日々がずっと、永遠に続きますように。この世界が理不尽にも、この幸せな場所を奪ってしまわないように。

 

 





ヒロインの加入決定です。なのは式説得術(物理)はちょっと強引でしたかね? まあ『閃の軌跡』には白い魔王の中の人が登場しますが。

19話でした。ちょっと短かったですが、キリがいい所で。

3rdの月の扉④は最高に良いエピソードですよね。あれで太陽娘さんに惚れてしまった人も多いのではないでしょうか。

このSSでは太陽娘ではなくなってしまっていて、これに関するエピソードを考えるのは難しかったです。やっぱり太陽娘が最強なのかなぁ。

次回、『閃の軌跡』の帝国解放戦線についてのちょっとしたネタバレ表現があります。幹部に関してネタバレはしない方向で行きたいですが、構成員たちが鉄血宰相を憎んでいる理由あたりを少し。

※ 発売からまだ一か月たってないので感想欄でもできるだけネタバレは禁止の方向で。特に黒幕については×です。リィンは実は宇宙人で猿みたいな尻尾が生えているとか、そういう核心に触れるようなネタバレはまだプレイしていないヒトの迷惑になります。


必殺技集

・直死≪月蝕≫
攻撃Sクラフト、CP100~、カウンター、威力390、基本ディレイ値3000、敵の近接攻撃(Sクラフトを含む)をキャンセル・DEFおよび完全防御無視の攻撃・STR/DEF-50%・確率100%[クリティカル]
目にもとまらぬ神速の抜刀術により後の先をとる八葉一刀流・五の型「残月」の奥義。いかなる硬度の物質も、力場のような形のないモノや霊的構造、時空をも断ち切る。エステルの戦技の中では最大の火力を叩き出す。

武器とか装甲とかゼロ・フィールドとか全て無視して十七分割します。生きているのなら、神様だって殺してみせる。

作者が深刻な厨二病を患った原因。



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020

 

 

「起爆120秒前です」

 

 

1198年初夏。リベール王国の南西に突き出る半島の先端においてとある地下施設が初めて運用されようとしていた。

 

その事実は世界にはまだ知られることは無く、ごく一部の軍人と研究者が見守る中、その実験は厳かな雰囲気の中で執り行われる。

 

 

「3、2、1、起爆」

 

 

次の瞬間、導力式信管が衝撃波を放ち『速い火薬』を炸裂させる。爆発に伴う衝撃波は球形92分割された火薬の配置に従い中心へと音速を越えて奔りだす。

 

そして巧妙に配置され成形された『遅い火薬』を叩きのめし、これを爆発させた。内側へと向かう衝撃波は完全な球を形成して中心に存在する塊を圧縮する。

 

圧縮されたのはアルミニウム合金の殻に閉じ込められた球形のウラン238の塊だ。ウラン238は圧縮されて中心に存在するプルトニウム239の塊を圧縮する。

 

そうした強烈な圧力がプルトニウム239の塊に封ぜられた小さなベリリウムの球を押し潰した。

 

ベリリウム球は金によって鍍金されており、さらにその外側にはポロニウム210によって鍍金されている。

 

圧潰したベリリウム球はポロニウム210と混合し、ポロニウムが放射するα線をベリリウム原子核が捕捉する。

 

そしてベリリウム原子核は炭素原子核へと変化し、その代わりに束縛されていた中性子を放射した。

 

放たれた中性子がプルトニウム239に衝突。それに呼応してプルトニウム239の原子核は分裂反応を開始する。

 

プルトニウム239は約3個の新たな中性子を放射しながら指数的な速度で連鎖的に分裂を開始。プルトニウム原子1つ当たり200MeVのエネルギーを放射しながら核反応が開始された。

 

球状のプルトニウム239の塊は急速に温度を上昇させ、そして爆発的なエネルギーを解放し始める。とはいえいまだ大部分のプルトニウム239は未反応の状態だ。

 

しかし生み出されたエネルギーにより高温高圧の環境が既に形成されており、それは中心に封入されていた重水素と三重水素が核融合を起こすのに十分な条件を揃えてしまう。

 

そして核融合に伴い驚くべき量の中性子が中心から放射された。高速中性子は十分に圧縮された残るプルトニウム239を加速度的に分裂させ始める。

 

ウラン238の外殻は高速中性子を外に逃がさずに内部へと反射して核反応を増幅させた。そうして、瞬きの間にも満たない時間で『塊』はこの世のものとは思えないほどの破壊的なエネルギーを解放した。

 

地下施設内部において強大なエネルギーが解放される。それはTNT火薬に換算して30,000トリム相当の爆発力に匹敵する。

 

エネルギーは地下施設のセンサー類を蒸発させると、強大な振動エネルギーへと変換されて大地を揺さぶる。地下施設から十分に離れたこの場所でもその振動を感じ取ることが出来た。

 

 

「成功です!」

 

「おお!」「すばらしい!」「これほどの威力、いったいどんな導力兵器なのだ!?」

 

 

この兵器の原理を知る者は研究者を含めてわずかだ。視察に来た軍将官の多くはこの爆弾を導力兵器の一種として認識している。

 

別にそれは構わない。隠蔽するのならば徹底的に。情報を知る者は少なければ少ないほど良い。そうして十分に技術的なリードを得た後で、何らかの国際的な枠組みを作ってしまえばいい。

 

ここにリベール王国は事実上の核兵器の保有国となる。もちろんそれを知る者はまだいない。いずれ正式な発表は行われるだろうし、起爆実験を公開することもあるだろう。

 

だが、今はこれで良かった。抑止力というものは必要な時に、必要なだけ示すべきもので、核兵器は簡単に見せる札ではない。

 

他国が核兵器の存在を知らなければ、あるいはこれを何らかの導力兵器として誤解してくれれば、遠い将来において核兵器を他国が持つことを、拡散することを回避できなくとも、その時期を大きく遅らせる事はできるはずだ。

 

下手に他国に脅威と認識される必要はない。エレボニア帝国は復興途上であり、空軍力において圧倒的に劣る以上、この戦力差と技術力の差が解消されない限りは再戦を挑まれないだろう。

 

カルバード共和国は基本的にはリベール王国の友好国ではあるが、仮想敵でもある。とはいえ、航空機を用いた近代戦を経験していない彼らの空軍の配備状況はお寒い限りだ。

 

つまり、今のところリベール王国の直接的な脅威は見当たらず、地域においてリベール王国の軍事的優位性は保たれていた。

 

ここで原子爆弾の存在を公表する意味は無く、むしろデメリットの方が大きいと考えられる。超威力の戦略兵器開発競争など引き起こす意味は無いのだ。

 

せいぜい彼らには航空機開発や防空網の整備を行ってもらっておけばいい。

 

 

「では、データの分析を行ってください。DとTをどれだけ注入すればいいのか、そのデータが基礎になりますので」

 

「博士、DとTとは?」

 

「ふふ、秘密ですよ」

 

「ははっ、博士もお人が悪いですな」

 

 

Dは重水素(デューテリウム)、Tは三重水素(トリチウム)だ。原子爆弾の中心核にこの二つの水素のガスを注入しておくと、核分裂反応の初期において十分な圧力と熱がかかり、核融合反応を引き起こす。

 

ここで発生する大量の高速中性子がプルトニウムの核分裂をさらに加速させるのだ。

 

これが強化原爆であり、これにより通常は20%を超えない核分裂反応の効率を、最大で30%にまで引き上げることが可能になる。

 

これに加えてダンパーや中性子点火機、高性能火薬の密度や組成の見直しを行うことで、最終的には直径30リジュ以下にまで小型化が可能になる。

 

 

「なにはともあれ、なんとか成功しましたね」

 

 

これ以降、半島の地下施設において原子爆弾の起爆実験が行われ続ける。

 

それは秘密裏に行われ、諜報に力を入れるエレボニア帝国にもリベール王国が何らかの強力な導力兵器の開発に成功したという程度の情報しか伝わらなかったという。

 

 

 

 

「これが新型導力爆弾《ソレイユ》の威力か…」

 

 

関係者のみに公開された起爆実験におけるデータを眺める。恐るべき威力。エレボニア帝国の帝都たるヘイムダルすらも一撃のもとに灰燼と化す超兵器。

 

その作動原理や基本的な仕組みすら軍情報部には知らされていないが、その名の通り地上の太陽ともいうべき最強の兵器と言えた。

 

 

「これがあればリベール王国は二度と侵略されることは無い…。いや、リベール王国をゼムリア大陸を主導する立場とすることも現実的になる」

 

「中佐、嬉しそうですね」

 

「ああ、カノーネ君。これほど喜ばしいニュースはないだろう。博士は大したものだ」

 

「お言葉ですが、ブライト博士に頼り過ぎるのもどうかと思いますが」

 

「ああ、分かっているさ。国防とは兵器だけでは成立しないからね。そのための我々だ。しかし、今回の件でますます博士の重要度は高まったと言えるだろう。護衛を増やさなければならないな」

 

「すでに手配していますわ」

 

「ふふ、君はやはり優秀だな」

 

「いえ、中佐ほどではありません」

 

 

カノーネ・アマルティアは士官学校を優秀な成績で卒業し、王国軍情報部(RAI)で頭角を現した秀才だった。

 

彼女の細やかな配慮や機転が評価され、今は自分の右腕として働いてもらっている。西ゼムリアにおける最大規模の諜報機関となった我が情報部では優秀な人材は一人でも欲しい所だ。

 

 

「それで博士は?」

 

「新型のジェット戦闘機とジェット戦略爆撃機の開発にかかりきりのようですわ。なんでも音速を超えて飛ぶのだとか」

 

「そうか。あのヨシュアという少年については?」

 

「いまだ所属が掴めておりません。担当者には急がせているのですが…」

 

「いや、カシウス大佐…、彼が傍においても良いと判断している以上、あの少年自身は悪質ではないだろう。とはいえ、警戒は怠らないように」

 

「分かっております」

 

「しかし、宇宙ロケットに戦略爆撃機カラドリウス、そしてジェット機と新型導力爆弾《ソレイユ》、新型導力演算器カペル。技術情報の管理には一層の注意を払わなければならないようだ。エリカ・ラッセル博士の外遊は取り止めていただくしかないな」

 

「そのように担当者に伝えます」

 

「ラッセル家は自由奔放で困る。天才というものは概してそういうものなのだろうが。エステル博士もたまに好奇心を優先するからな。護衛する担当者らには苦労を掛ける」

 

「ブライト博士はまだ分別をわきまえておられますが、ラッセル家の方々は本当に天才肌ですからね。ふふ、ですがそう言う中佐は嬉しそうですよ?」

 

「仕事のやり甲斐があるというものだろう? 彼らは言われただけの事しか為さない人間とは違うからね。そういう人間であるからこそ、このような大きな成果を残すのだろう。我々はそれを支えるのが仕事だ」

 

「エレボニア帝国の動きについてはこのままで?」

 

「ああ、《鉄血宰相》殿の拡大主義政策を止める事は出来なかったからね。ならばそれを利用するしかないだろう」

 

 

エレボニア帝国は逼迫する財政を補うために、周辺の自治州や自由都市を強引な、しかし巧妙な手段で併合する動きに走っている。

 

情報部もそれを防ぐために動いたものの、軍事力を背景としたパワーの前には彼ら自治州も屈するしかなかったようだ。例えば一昨年の自由都市ジュライのように。

 

エレボニア帝国も財政のやりくりに困っていたようなので、周辺地域の併合は不可避だったようだ。

 

我が国に対する莫大な賠償金は皇室の資産から大半が供出されたものの、政府は皇室に対する借金の返済の義務を負っている。裕福な貴族たちに購入させた巨額の赤字国債とその利子の返済にも悩まされていたようだ。

 

このため帝国内の税収の多くが借金の返済にあてられてしまい、軍備拡張やインフラ整備を行うにもこれ以上の増税では対処が難しくなっていた。

 

これを解決するために、帝国は積極的に周辺地域に干渉し、その政体を転覆させて強引に併合を繰り返した。

 

そうして得られた地域の税収により、ようやくインフラ整備と軍備拡張を実現できるようになったようだ。

 

そこで情報部は引き続き併合を阻むために自治州や自由都市の者たちを支援するとともに、故郷を奪われた彼らとも接触を保っている。

 

彼らはその内、エレボニア帝国における重要な工作員となってくれるだろう。我々は彼らの横のつながりを有機的に形成し、活動資金や機材の調達を助けるように動き出していた。

 

 

「しかし、《帝国解放戦線》か。皮肉な名前じゃないか」

 

 

 

 

 

 

「ですからこの数式で証明したように、このような形状の航空機ですと横滑りに対する揺り戻しによりダッチロールが発生し、事故につながるわけです」

 

 

私はツァイス工科大学で週に一日、航空力学Ⅰと航空力学Ⅱの講義をとり行っている。

 

メイドのシニさんが運ぶ大きめの台にのって、私は黒板にチョークを持って数式と簡単な図を書き込んでいく。黒板の脇にある大きなモニターには飛行機が楕円を描くように揺れている画像が流れていた。

 

私やラッセル博士、エリカさんの講義は大人気らしく大きな講堂は受講生たちで埋まっている。

 

特に私の授業は難しいけど、おっきな台に乗りながら背伸びして黒板に文字を書いていく幼女がカワイイと評判らしい。お前ら和んでないで真面目に勉強しろ。私は先生なんだぞ!

 

そうして授業を進めていくと鐘の音が放送されて講義の終わりを告げる。航空力学Ⅱで私の受け持ちは終わりなので、今日の仕事はこれでお終い。

 

 

「今日の講義は終わりですね。では今日の講義で出た数式を利用して、他にどのような異常振動が発生しうるか考察するレポートを来週までに纏めてください。では解散」

 

 

受講生たちが悲鳴をあげるような声を上げて肩を落としている。私の講義はハードだと評判らしいが、その分熱心な学生が多いので教え甲斐がある。

 

学生たちは講義が終わっても質問にやってくるので、私はそれに応じていく。Xのいた日本の大学と違って学生たちは毎夜図書館に籠って勉強するらしく、なかなか見込みがある。

 

質問の受付を終えて、私は思いっきり伸びをした。受講生たちが私を眺めて和んでいるが、見せ物ではないのです。

 

レポート追加してやろうかなどと大人げないことを考えつつ、シニさんが私の羽織っていた白衣を脱がしてくれる。

 

そうして教壇から降りて講義室から出るとヨシュアとエリッサが待っていた。

 

 

「お疲れさまー、エステル」

 

「待っていてくれたんですか? エリッサ、ヨシュア」

 

「ははは、お疲れさま。でも助かったよエステル。エリッサの話がくどくてね」

 

「何言ってるのよーヨシュア、まだエステルの素晴らしさの半分も語れていないじゃない」

 

「何語ってるんですか二人とも」

 

 

本来は授業が終わった後は研究室などに顔を出して、教授たちと談義や討論、助言などを行うのだけれども、今日は皆でツァイスの街での買い物をする予定だった。

 

ツァイスは五か年計画の影響を最大に受けた都市であり、商業施設も驚くほど充実し始めている。

 

ヨシュアとエリッサの関係は最初少しぎこちないものだったが、いつの間にかエリッサがヨシュアを同類と見なすようになったらしく、少しばかり関係が改善している。

 

ただし時々私の隣を争ってエリッサがヨシュアに突っかかる時がある。そういう時はヨシュアが苦笑いしながら場所を譲るのだ。

 

 

「お疲れ様です、エステル様」

 

「シニさんもご苦労様」

 

 

今日の直近の護衛はシニさんで、講義をする時も傍に付いて講義のサポートなどをしてくれる。護衛役は交代制で、シニさん、クリスタさん、メイユイさんがローテーションで護衛役をしてくれる。

 

共和国での教団による子供の誘拐事件が多発していることもあり、情報部による護衛も無くならない。

 

とはいえD∴G教団の活動は段々と明るみになっており、今年中には大規模な掃討作戦が実行されるのではないかと見られている。

 

情報部はかなり早めに情報を掴んでいて、今回の一斉検挙においても全ての拠点(ロッジ)の場所を把握することが出来た情報部が情報を提供する形で進むらしい。

 

情報部によるとお父さんが各国の軍や遊撃士協会の指揮を執り行っているらしく、その神懸った戦略的思考には学ぶことばかりらしい。

 

軍情報部の情報提供もあり、事件解決はかなり早まりそうだと父からの手紙を貰った。

 

しかし、情報部が掴んでいた情報を早めに公開していれば、去年には既に一斉検挙が実現していたかもしれない。

 

ここまで遅れたのは情報部が共和国を中心とした各国要人の弱みを握り、その証拠を押さえるために時間を要したからだ。

 

私が判断する立場にあるわけではないが、それでも事実を知る身としては心が痛む。

 

リベール王国としては王国主導による事件解決という外交的な得点と、カルバード共和国に対する大きな貸しを作ることが出来たのも成果といえた。

 

カルバード共和国はこの事件を受けて公安組織の拡大を考えているようだが、情報部が妨害工作を既に仕掛けているらしい。

 

 

「シニさんもそう思うよねー?」

 

「またその話かいエリッサ」

 

「ふふ、エリッサ様の言う通りです。エステル様の素晴らしさを理解しないヨシュア様がいけないのですよ」

 

「参ったな、二対一か。エステルも何か言ってよ」

 

「仲良きことは素晴らしきかな、です」

 

「答えになってないよ!」

 

 

シニさんが運転する車でオールドシティを行く。オールドシティとはツァイスの旧市街地であり、ZCFの本拠である中央工房や導力革命初期から続く中小の工房が立ち並ぶ場所だ。

 

今は賑わいの中心ではなくなったものの、ここに来れば大抵の部品を揃える事が出来る。ラッセル家もこの地区に存在する。

 

この数年でツァイスは驚くほどに巨大化した。カルデア丘陵を開発し、トラット平原を飲み込んでテティス海沿岸工業地帯を都市圏に内包するほどに。

 

ツァイスは既に人口120万を超え、人口80万人のエレボニア帝国の帝都ヘイムダルを抑えて西ゼムリア最大の都市へと変貌したのだ。

 

現在ツァイスは18の区画に分けられており、代表的な区画は中央工房を中心とした旧市街オールドシティ、西のカルデア丘陵を開拓した学術研究区画イーストヒルズ。

 

トラット平原北部に拡大した歓楽街ウェストトラット、行政区画であるセントラルトラット、リッター街道方面に拡大した金融街サウスリッターなどだ。

 

カルデア丘陵の6つのヒルズ区画には住宅街や大学などの教育機関が立ち並び、リッター方面には金融施設や大工場、企業の巨大なビルディングや導力ジェネレーターが建ち並ぶ。

 

オールドシティには昔ながらの中小の工房や中央工房があり、トラット方面には歓楽街や行政区画、オフィス街など摩天楼などが立ち並んでいる。

 

また、ツァイスの地下では広大な地下空間の開発が行われており、既にグランセルとツァイスを南北に結ぶ地下鉄メトロが走っている他、18の区画は全て地下鉄網によって結ばれている。

 

地下都市はこの地下鉄網を中心に発展する予定であり、これは空爆にそなえる防空施設としての意味もあった。

 

またカルデア丘陵には二本の大きなトンネルが貫通しようとしていて、これが完成すると高速道路オトルトがルーアンからボースまでを完全に繋ぐことになる。

 

さらにカルデア丘陵の南にはテティス海沿岸工業地帯が形成されており、自動車や船舶、鉄鋼や各種金属、航空機や化学製品、兵器が製造されている。

 

 

「この街も大きくなりましたねぇ」

 

「昔とはだいぶん変わったねー」

 

「昔はどんな様子だったんだい?」

 

「少なくとも地下鉄なんて走って無かったかもー。あと、あんなおっきなビルは無かったなー」

 

「あれは流石に技術大国の貫録だよね」

 

「ツァイスランドマークタワーですか。空室がでなくて良かったです」

 

 

240アージュという高さの摩天楼は世界で最も高い超高層建築と表現しても間違いではない。

 

エルモ温泉という活動的な七耀脈の存在から地震の可能性を考えての設計となったが、それを抜きにすれば400アージュを超えるビルディングだって建設できただろう。

 

地震対策には凝りに凝っていて、水の移動を利用した制震機や反重力発生機関による中空構造、合成ゴムなどを利用した基部など様々な最新技術が取り入れられている。

 

おそらくマグニチュード8クラスの地震が起きて周りの建物が全て倒壊しても、あれだけは悠然と立っていられるだろう。

 

 

「皆さん、つきましたよ」

 

「さて、ティータは元気ですかね」

 

 

ツァイスに来たならティータを捕まえなければ嘘だった。今年で8歳になるティータはとても優秀で、飛び級なんてものを実現している。

 

9歳までにツァイス工科大学に入学しかねない勢いで、その天才ぶりは流石ラッセルファミリーと言うべきだった。

 

つまり、賢くてカワイイ。すなわち正義である。正義はカワイイ。何もおかしな論理ではない。

 

 

「ティーター、いますかー?」

 

「エステルお姉ちゃん?」

 

 

ドアを叩いて声をかけると、家の奥から天使を思わせる声とトタトタという足音。カワイイ。扉が開かれると、ちっちゃくて金色の髪の、赤い帽子を被った少女が私を満面の笑みで見上げて迎えてくれた。

 

カワイイ。とにかくカワイイ。全てがカワイイ。何もかもがカワイイ。

 

 

「ティータぁ、元気にしてましたか?」

 

「あはは、お姉ちゃんくすぐったいですよ」

 

 

すぐさま抱きしめて頬ずりをする。プニプニほっぺがカワイイ。照れ笑いで困った顔もカワイイ。ちっちゃな手足とか、青色の澄んだ瞳とか、もう食べてしまいたい程にカワイイ。

 

ああ、お持ち帰りしたい! このまま攫ってしまいたい。私の娘にしてしまいたい。ティータかわいいよティータ。

 

 

「うらやましい…」

 

「どっちが?」

 

「ティータちゃんが」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

「私もエステルにあんな風にスリスリされたい」

 

「いつもそれしようとして叩かれてるよね」

 

「愛が痛いの」

 

「そうなんだ…、君もめげないね」

 

「うん、私、負けない」

 

 

たっぷりとティータ分を補給した後、私はティータを開放する。今日は皆でお買い物なので、いつまでも抱き付いている訳にはいかないのだ。

 

非常に遺憾であるが、残念であるが、これはティータの感情を思慮しての事なのだ。苦肉の判断である。

 

 

「じゃあ、シニさん、行きましょうか」

 

「はい、エステル様」

 

 

シニさんは優雅なカーテシーで私の言葉に応じる。買い物はウェストトラットの歓楽街がメインだ。

 

あそこにはデパートやショッピングモール、東方人街が集まっていて、ただ単に歩いているだけでも楽しいのである。トラット西公園の真下の市営の地下駐車場に車を止めると歓楽街まですぐだ。

 

トラット中央道を横切れば、アーケード街が広がる。地下鉄を使えばエルモ温泉まで日帰りで行けるが、今日はそこが目的地ではない。

 

まずは東方人街で腹ごしらえである。東方人街には東方からの移民たちが開業するレストランが数多く出店していて、グルメファンにはたまらない場所らしい。

 

東方人街は龍や赤、青、緑、黄色の色彩で花のような文様の描かれた、東方風の瓦と彫刻がなされた門の向こう側に広がっている。

 

朱色の色彩と特徴のある黒い瓦が目立つ疑似的な木造建築が立ち並び、多くの店の軒先で肉まんなどの点心や軽食を販売している。

 

と、すぐ後ろでクーっというお腹の虫が鳴る音が。振り向くとシニさんが涎を垂らして露店の肉まんを眺めていた。

 

 

「シニさん、涎たれてますよ」

 

「んっ、はっ!? 失礼いたしました」

 

「シニさんは食いしん坊さんなのですねっ」

 

「そうなんだよーティータちゃん、シニさんっていつもつまみ食いしてるんだよー」

 

「あはは、僕もたまに見かけるよ」

 

「も、もう、エリッサ様にヨシュア様、恥ずかしいので勘弁してください」

 

 

シニさんは意外に食道楽で、結構な量を一人でペロリと平らげてしまう大食漢だ。クリスタ・エレン姉妹がなんであんなに食べて太らないのかとものすごい顔をするぐらいの大食いさんである。

 

遊撃士というのは燃費が悪いのだろうか? シェラさんに聞いた時には顔を横に振っていた。いつもはソツが無い感じなのにね。

 

 

「じゃあ、このお店にしましょうか」

 

「豆福樓ですね。私知ってます、最近話題のお店なんですよ」

 

「そうなんですか。どんなお店なんですか?」

 

「確か、大豆を使った豆腐っていうモノを使った料理が美味しいんだそうです」

 

「二人ともここでいいですか?」

 

「いいよー」

 

「僕も興味あるかな」

 

 

ティータの説明からして、どうやら豆腐料理を出す店らしい。エリッサとヨシュアに確認して、私たちはこの店に入る。

 

東方風というか中華風といった店内は朱色を基調として、屏風や福という文字を逆さまにしたもの、雷紋といった幾何学模様に、提灯や龍の彫刻を施した壁といった異国情緒あふれるインテリアは見ていてとても楽しい。

 

店員のウェイトレスさんは赤色に金糸の刺しゅうを施したチャイナドレスを身に纏っていて、少しばかりセクシーだった。

 

丈の短いスカートに深いスリット。どこの風俗店かと思ったが、この世界の女性は意外と露出度が高めなので今更気にしない。シェラさんとかシェラさんとか。

 

 

「アイヤ、いらっしゃい。何名様ネ?」

 

「5人で」

 

「わかったヨ。こっちの席ネ」

 

 

胡散臭い発音のウェイトレスさんに案内されてテーブルへ。そうして朱色の回転式の丸いテーブルを囲む。

 

メニューは東方文字で書かれていて、その下に小さく共通語で注釈が書かれている。東方文字はXのいた世界の漢字と酷似と言うか、そのまんまでどこか意図的なものを感じてしまう。

 

 

「さて、何を頼みましょうか」

 

「マーボ-ドウフっていうのが美味しいらしいんですよ」

 

「じゃあ、それを頼みましょう。エリッサはどうします?」

 

「ん、この豆腐シューマイっていうのが美味しそうかも」

 

「僕は薬膳麻婆豆腐っていうのを頼もうかな」

 

「豆腐サラダも美味しそうですね。あと湯葉春巻きというのも頼みましょう」

 

「豆乳ってなんなの?」

 

「茹でた大豆を絞ったジュースですね。濃厚でミルクのような感じなので豆の乳と書きますが、少しクセがあるらしいです」

 

「エステルはなんでも知ってるねー」

 

「本で得た知識ですよ」

 

「ではお嬢様、私は煉獄麻婆《閻魔》をお願いいたします」

 

「シニさん、それ激辛注意って書いてありますよ?」

 

「ふふ、それが楽しみなんじゃないですか」

 

 

そうして私たちはウェイトレスさんを呼んで注文をし、そしてしばしの歓談をすることとする。

 

 

「エステルの授業、大人気だよねー」

 

「私もお姉ちゃんの講義受けてみたいです」

 

「ふふ、ティータにはまだ早いかな。でも、ラッセル博士の導力学の授業ならティータにも分かるかもしれませんね」

 

「お嬢様の講義は大学でも一二を争う厳しさなのだそうですよ。面白くて分かりやすいけれども、受けた後の疲労感が途轍もないのだとか」

 

「はは、学生に無理させてない?」

 

「失礼ですね。大学生なんて生き物は青春をかなぐり捨てて学問に勤しむべきなのです」

 

「そういえば、この前大学に迎えに行ったときには夜遅くまで図書館から人の気配がしていたね」

 

「レポートを書いているのでしょう。工科大学の蔵書数は相当なものですから」

 

 

ちなみに私も何冊か本を書いている。大抵は教科書や専門書で、各方面から頼み込まれて書かされたものだ。航空力学や物理学に関する著書だが、売れ行きはいいらしい。

 

面倒な仕事ではあるが、後に続く技術者や研究者のために著書を残すのもこの世界のパイオニアとされる私の仕事の内だろう。ちなみに専門書を書く上ではエリカさんなどにお世話になったりした。

 

 

「ラッセル博士も教科書作りで悲鳴あげてましたね…」

 

「あはは、おじいちゃんってそういうの苦手だから」

 

「私もエステルの書いた本読ませられたよー。エステルの頼みだから断れなかったけど、頭がパンクしそうだった」

 

「ふふ、ヨシュア。関係ないという顔をしている貴方にも、そのうち校正の手伝いをしてもらうことになりますので」

 

「僕、専門知識持ってないんだけど」

 

「私だってそんなの持ってないよー! ヨシュア、今度は半分任せるからねー!」

 

「私だって論文書く暇を見つけて執筆しているのです。本当は研究だけしていたいんですけどね」

 

「今何作ってるの?」

 

「すごく速く飛ぶ飛行機とだけ言っておきましょう。ふふ、皆きっと驚いてくれます」

 

「カラドリウスだけでもう充分驚かせてると思うけどな。あれよりも速いとなると、音速を超えるんだ」

 

「はい。まあ、楽しみにしていてください。今年中には試作機が飛びますから」

 

 

次世代主力戦闘機開発計画の産物のお目見えである。搭載するための量産型ターボファンジェットエンジンも既に試作品が完成しており、試作機の機体も既に完成までもう少しといった状態だ。

 

試験機で研究されていた新機軸のシステムを多数導入しており、航空技術において他国を一気に突き放す予定になっている。

 

 

「お姉ちゃん、あれは関係ないの?」

 

「あれ?」

 

「ほら、おじいちゃんとお母さんと一緒に実験してた…」

 

「ああ、新型無線ですね」

 

「新型?」

 

「んっとね、導力波を使わない無線通信システムでね…」

 

「ティータ、一応色々と秘密が多い技術なのであまり表では話さないでください」

 

「はわっ、ごめんね、お姉ちゃん」

 

「ふふ、気を付けてくれたらそれでいいんですよ」

 

 

ティータに注意をする。ティータが焦って謝るが、私は笑顔で応じる。

 

あまり怖がらせたくないが、技術情報と言うのはどこで漏れるか分からないし、情報部からヨシュアやエリッサには身内であってもあまり技術情報を漏らさないでほしいという注意を受けているので、普段から慎重に言葉を選んでいる。

 

新型無線は電波と導力波の二つを同時に用いた通信システムのことだ。

 

この二つは波長によっては大気中をよく透過し、遠方との情報のやりとりを可能にする点で酷似しているが、互いに干渉しあわないため同時に使用することで二倍の情報のやり取りを可能とする。

 

この研究については、実は導力波と電波の二つのアンテナを同じ機器の中にコンパクトに内蔵するシステムをエリカ博士が考案してしまい、研究が一気に進んだという背景がある。

 

本当は導力に頼らない通信システムの開発が主だったのが、通信革命を起こしかねないものになってしまったのだ。

 

まあ、同じ波という性質を持っている以上、アンテナも似たような形状になるのが自然だったとはいえ、ラッセル家は化け物かと思ってしまう私がいた。

 

しかしおかげで、無線システムの大幅な小型化の実現も視野に入ってきていて、現在では携帯電話の実用化すら研究されつつある。

 

同時に導力波と電波の二つを並行して用いるレーダーシステムも開発されていて、ステルスという概念に対してある程度の対策が出来ると考えられていた。

 

少なくとも導力波レーダーしか開発していない他国にとっては電磁波に対するステルス性など考えも及ばないだろう。

 

あとは、《結社》がどの程度、電磁波について考えているのかにもよるのだが。

 

 

「豆腐サラダあるネ」

 

 

そうして料理がやってきた。話をしながら料理をとりわけ、和気あいあいと食事をする。麻婆豆腐はピリ辛で美味しく、他の豆腐料理も素晴らしい味だった。

 

朧豆腐などは蕩けるほどの濃厚さで、絶品だったと太鼓判を押せる。だが、そんな和やかな雰囲気が続いたのはアレが現れるまでだった。

 

 

「うわっ…、それって食べられるの?」

 

「よ、溶岩のように赤いですねぇ」

 

「目が痛いですぅ」

 

「煮えたぎってるよ…。シニさん、それ本当に食べるの?」

 

 

シニさんの前の出された物体。マグマのように煮えたぎる深紅色の液体に白い豆腐が朱色に濡れて浮かんでいる。

 

それは現世に現れた地獄そのもの、いや、煉獄だ。煉獄麻婆《閻魔》。香りだけでも辛く、見るだけでも涙が出てきそうな、そんな悪夢がテーブルの上に降臨した。

 

 

「ふふ、中々美味しそうですね」

 

「え、食べるんですかそれ…って、シニさん早まったら!?」

 

 

シニさんがレンゲを手に取り悪魔の料理を口に入れ始めた。カツッ、カツッ、カツッ。レンゲと皿が衝突する音だけが響き渡る。

 

カツッ、カツッ、カツッ。周りの客たちもメイドが織りなすその異様な光景に目を点にして伺っている。カツッ、カツッ、カツッ。エリッサが恐怖半分興味半分でソレを覗き込む。

 

 

「お、美味しいの?」

 

「…美味ですね。山椒の香りが良く効いていて、実に絶品です。気力が漲ります」

 

「た、食べてもいい?」

 

「エ、エリッサっ、だめですソレは!」

 

 

しかしエリッサは私の制止を振り切って、その悪魔の食べ物に手を出してしまった。そしてレンゲでそれを掬い、一口だけおそるおそる口の中へ。

 

そして悲劇が起こった。エリッサが口を抱えて悶絶し、痙攣しながら真っ赤な顔をして倒れこんだ。

 

 

「ん~~!? ん~~!!!?」

 

「エ、エリッサァァァァ!?」

 

 

カツッ、カツッ、カツッ。

 

 

「エリッサ、水です。早く飲んで」

 

「あ…、お母さんが手を振って…る?」

 

「ダメです! ソッチ行っちゃダメです!」

 

 

カツッ、カツッ、カツッ。

 

 

「あ…、エステル? 何で泣いてるの?」

 

「ああ、エリッサ、良かった。生きていてくれて、本当に…」

 

 

カツッ、カツッ、カツッ。

 

 

「何が起こったの? ここはどこ?」

 

「エリッサ、つらいことは思い出さなくて良いのです。さあ、水を」

 

「エステル、口の中に赤く燃えた炭を放り込んだみたいで熱いの」

 

「大丈夫、今、導力魔法で治療しますから」

 

 

カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。カツッ、カツッ、カツッ。

 

 

「ふぅ、おかわりをお願いします」

 

 

外道麻婆事件。私たちは後にこの凄惨な事件をそう呼ぶことにした。

 

 





神の火だ。外道の火だ! マンハッタン計画の後に来るのはアイビー作戦とかキャッスル作戦とかですかね。島1つ消し飛ばそうぜ!

20話でした。

煉獄麻婆《閻魔》については原作突入後も再登場させる予定です。この麻婆豆腐がこの上なく似合う人物がいますので。職業的にも、所業的にも。

『閃の軌跡』についてのネタバレに関しては、公式HPのイメージイラストにもある謎の人型機動兵器について原作前に触れるかもしれません。

アノ人がアレをああしたのが3年前らしいので、情報部の接触により情報が流れるとかそういう感じで。さすがに『空の軌跡』には間に合わないでしょうがね。

でもオルグイユの代わりに謎の人型機動兵器が登場したら面白いかもと思ってしまう作者はダメ人間でしょうか?



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021

 

「エステルっ、これ可愛いよ!」

 

「どれです? ふふ、そうですね」

 

「東方風のデザインだね」

 

「透かし彫りが見事ですねー」

 

 

私とエリッサ、ヨシュアはツァイスでティータを拾ってお買い物。

 

中華料理店では悲劇的な事件が起こったが、エリッサも持ち直したので予定通りショッピングを楽しむことにした。東方風の小物やお菓子を売る露店をはしごしながら、私たちは東方人街をねり歩く。

 

エリッサが手にしたのは香木を彫刻した小さな球状の飾りのついた髪飾りだ。複雑な透かし彫りがされていて、とても良い香りがする。紅い糸を束ねた飾りもよいアクセントになっていてお洒落な一品だ。

 

他にも紅耀石をあしらった蝶の形状をしたアクセサリーや、彫刻のなされた木で出来た扇子などが売られている。

 

 

「これはカルバード共和国から?」

 

「いえいえ、リベール王国に移り住んだ職人が作ったもんです。香木は東方から仕入れたもんですがね」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「おひとつどうです美人のお嬢さん方。お安くしておきますよ」

 

「どうしますエリッサ?」

 

「うーん、いいや別に」

 

「そんなぁ、お兄さん、そっちのお嬢さんにプレゼントしませんかね?」

 

「はは、遠慮しておくよ」

 

 

そうして露店を冷かしながら歩いていく。東方人街は独特の香り、独特の雰囲気。Xのいた世界の日本と中華を融合させた不思議な魅力にあふれていた。

 

そういえば八葉一刀流も東方を起源とした剣術だった。そんな事を刃物が並べられている店を見て思い至る。

 

 

「刀剣を見てみましょうか。良い品があればエリッサにプレゼントしますよ?」

 

「本当?」

 

「東方の刀か。僕も少し興味があるかな」

 

「ヨシュアお兄ちゃんは剣が好きなんですか?」

 

「ん、そうだね。少しだけ」

 

「少しとか言っていますが、エルガーさんの武器商会で剣を眺めてたり、ヨシュアも男の子なんですよ」

 

「そうなんですかー」

 

「いや、まあ、あはは」

 

 

ということで、東方人街の一角にある刀剣や包丁を扱う店を覗いてみる。少し薄暗い店内、中には色々な大きさや形の包丁や太刀が並べられている。

 

東方で使う包丁には刀のように波打った刃紋が浮かんでいて、切れ味が良さそうだ。とはいえ刀剣も包丁もそこそこの品が売っているが、業物というにはほど遠いようだ。

 

 

「お客さん、小さいのに剣士ですかい?」

 

「ええ」

 

「って、もしかしてアンタ、武術大会で優勝した…、エステル・ブライト博士じゃねえか!?」

 

「ああ、知っていましたか」

 

「いやあ、去年の大会は直に見ていましてねぇ。やっぱり剣聖殿の娘さんは違うわなぁと。うん、それならそこにあるナマクラなんて見せられねぇなぁ。ちょっと待っててくれや」

 

 

鉢巻をした店主の中年のおじさんは勝手にテンションをあげて店の奥に引っ込んでしまう。私は苦笑いして、それを見送った。ヨシュアは呆れた表情で私を見る。

 

 

「君は去年も大会に出てたのかい?」

 

「すごいのよエステルは。三年間、毎年優勝なんだから!」

 

「去年は私も見に行ったんですよ。お姉ちゃんってすごく強いんですよ!」

 

「まあ、強いのは知ってるけどね。でも、エステルぐらいになると相手になるのはほとんどいないんじゃないかな?」

 

「ん、シード中佐は強かったですよ。お父さんに剣の教えを受けていただけの事はあります」

 

「エステルに武器を斬られなかったヒトってそのシードってヒトを含めても5人もいないよね。私も出てみたいんだけど、エステルから一本とらないと出ちゃダメだって」

 

 

モルガン将軍、リシャール中佐、シード中佐、ユリア少尉。軍ではそのぐらいだろうか。カンパネルラは武器を持っていないし、彼とノバルティス博士の護衛で現れた女騎士とは戦うことはなかった。

 

エリッサはまだまだ未熟で、その剣を斬ろうと思えば斬れる。身体が回復したヨシュアなら本気を出しても斬れるかどうか分からない。

 

そういえば、去年の大会ではものすごく大きな剣を振り回していた赤毛の青年と戦ったのが印象的だった。パワフルで豪快な剣だったが、少し迷いというか、成りきれていない感じの、一歩届かない剣だった。

 

その大剣を斬った後、すごく悔しそうな顔をしていたのを覚えている。どうやら父に関係していたヒトらしいが、どういう関係のヒトなのだろうか。

 

 

「はは、エリッサが無理なら僕も無理かな」

 

「何言ってるんですか。ヨシュアならいいところまで行くと思いますけど?」

 

 

あの時の戦いでは私が圧勝したが、病み上がりで体力も完全じゃなかった彼でさえ、相当な動きをしていた。あの状態でもユリア少尉と互角だったかもしれない。

 

体力も回復して、怪我の影響もない今ならシード中佐やリシャール中佐を上回る可能性があると睨んでいた。闇に紛れた暗殺という土俵なら彼らですら手も足も出ないかもしれない。

 

そんな風に話していると、店の奥から店主のおじさんが一本の刀を取り出してきた。

 

 

「こいつでさぁ」

 

「古刀ですか。なるほど、500年前ぐらいの、中世の頃のものですね」

 

「分かりますか。さすがですねぇ」

 

「抜いても構いませんか?」

 

「どうぞどうぞ。未来の剣聖様に抜かれるんならコイツも本望でさぁ」

 

 

糸で縛っている封印を解く。手入れはかなりしっかりとなされているらしい。刀を抜き放つと、うっすらとした刃紋を持つ紅色の太刀が光を反射した。

 

どうやら鋼に添加物として僅かな紅耀石を含むようだ。剣の良し悪しは刀身を見て、一振りして、そして氣を通せばだいたい分かる。

 

そして一振り。重心のバランスもいい。飾り気は少ないが、見事な緋色の刀身はそれだけで映えた。氣の通りも悪くない。

 

内部構造から構造も頑丈で、少しばかり荒い扱いにも耐える実戦を意識した良い刀だ。父から受け継いだ《迅羽》ほどではないが、名刀と言える業物である。

 

 

「良い刀ですね。銘は?」

 

「《ホムスビ》と」

 

「長さも丁度いいですし…。ふむ、私が欲しくなってしまいました」

 

 

《迅羽》は刀身が60リジュと少しあって、今の私だと少し扱いにくい。これだと60リジュ弱で、私でも十分に居合が出来る長さだった。とはいえ、約束は約束。エリッサにプレゼントしてあげよう。

 

 

「気に入りました。いくらですか?」

 

「15,000ミラ頂ければ」

 

「安いですね。古刀なので30,000はいくと思ったのですが」

 

「いえいえ、これぐれぇの剣になると、俺としても相手を選んじまうんで」

 

「なるほど。頂きましょう。包んでください」

 

「毎度あり!」

 

 

ここはエリッサに渡すなんてちょっと言えない雰囲気だ。まあ、私が使うなんて言ってもいないのだし、まあいいか。

 

ヨシュアとシニさんがそんな私の内心を察しているのか笑いをこらえている。これでいいのだ。店主はまた良い古刀を手に入れると言って、ご贔屓にと見送ってくれた。少し心苦しい。

 

そうしてしばらく歩いて、振り返り、店から見えない場所まで来た時、私はエリッサに振り返って刀を手渡した。

 

 

「え? エステルが気に入ったんじゃないの?」

 

「はい。ですが、約束ですから。かなり良い剣ですよ。丈夫な造りですから、エリッサにも十分ついて来てくれると思います。ただ、ちょっと重いですかね」

 

「ううんっ、嬉しい! エステル大好き!!」

 

 

エリッサが抱き付いてくる。私は仕方がない子だなと思いながら彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 

東方人街を歩いた後、今度は専門店が沢山入っている大型のショッピングモールに足を延ばした。

 

カルバード共和国やエレボニア帝国のブランドを扱う店も軒を連ねていて、華やかでお洒落な場所だ。吹き抜けの二階建てになっている大型の市で、規模ならば西ゼムリアでも類を見ないほどだという。

 

 

「バリアハート産の岩塩を使用した塩アイスクリームですか」

 

「甘さが引き立ってるね」

 

「意外とマッチするんだ」

 

「チョコ味も美味しいですよ」

 

「ティータ、鼻先にアイスクリームが付いてます」

 

「ふえっ?」

 

「ここですよここ」

 

 

私達はアイスクリームなどを食べながらウィンドウショッピング。

 

ティータの可愛い仕草を眺めながら、私たちはいくつもの店を覗き込んだりして、あれが似合うとか、ヨシュアには似合わないとか、カルバード共和国で流行っているというサングラスをかけたりして遊びまわる。

 

 

「見てごらんティータちゃん、大人の女の人はああいうの着けるんだよ」

 

「はぅ、すごくせくしーですね」

 

「女性用下着ですか。そろそろ私たちも付ける年頃ですよね」

 

「え、いや、早いんじゃないかな?」

 

「いえいえ、ヨシュア様それは違います。エステルお嬢様だって年頃の女の子、当然ブラジャーを着けてもおかしくないんです。それにお嬢様方にも少しづつ密やかな膨らみが…」

 

「そ、そういう話はいいから!」

 

「しかし下着を選ぶ上では男の子の意見も参考にしませんとね」

 

 

女性用下着の専門店の前でヨシュアをからかうシニさんに私も乗っかる。たぶん今、私はものすごく悪い顔をしているだろう。

 

でも仕方がないのです。だって、悪い事したい年頃なんですから。ヨシュアは顔を真っ赤にしている。楽しい。こういうので男の子をからかうの楽しい。

 

 

「見てごらんティータちゃん、ああいう男の人をムッツリスケベって言うんだよ」

 

「ほぇ?」

 

「エリッサ! 君は小さな子に何を教えているんだ!?」

 

「ヨシュア、見たいんですか?」

 

「見たくないよ!」

 

「ふふ、嘘はいけません。ヨシュアもそろそろ色気づいてもおかしくない年頃のはず」

 

「ふふふ、ヨシュア様。ここは素直になるのがよろしいかと。エステルお嬢様の艶姿を拝めるかもしれませんよ」

 

「くっ、ここには敵しかいないのか!?」

 

「女四人、男一人のハーレム集団の中に男の味方がいると? まさかそんな幻想抱いてませんよね?」

 

「神はいないのか!?」

 

「安心してください。神様も女性です」

 

「くっ、ここはいったん退くしか!」

 

「逃がしません♪」

 

 

シニさんがヨシュアを羽交い絞めにする。ここまでくるとエリッサも乗って来て、ティータは苦笑いしながら私たちに追随する。

 

彼に味方など最初からいなかったのだ。そうして彼は私たちの手で女性下着専門店へと連行されていくことになった。

 

 

「いぃぃやぁぁだぁぁぁぁ!!」

 

「観念しなさいよヨシュア。可愛い下着つけてあげるから」

 

「男の娘ですか。新しい世界が開けますね。わたし、気になります」

 

「すばらしいアイデアですエリッサお嬢様」

 

「えへへ、ヨシュアお兄ちゃん、ごめんね」

 

 

 

 

ヨシュアに少し大人な黒いショーツとかを目の前に突き付けたり、ピンクと淡いグリーンのブラジャーのどっちがいい? などの質問を繰り返して一通り苛めた後、私たちは大型デパートへと足を向けた。

 

こちらには高級ブランド店が集まっていて、エレボニア帝国の貴族たちが愛用している品なども販売されている。

 

 

「腕時計ですか。この分野だとZCFが一番だと思うのですがね」

 

「でもカルバード共和国のブランドもポップで可愛いかも」

 

「デザインはカルバード共和国の方が斬新だよね。リベール王国製とエレボニア帝国製のデザインは保守的かな」

 

「帝国のものは男性用が重厚で、女性用が華美ですねぇ。金とか宝石好きなのでしょうか」

 

「やっぱり貴族が多いからね。リベール王国のものは機能美というか、シンプルだね。軍人や猟兵なんかは壊れにくくて狂いにくいZCF製を愛用するみたいだけど」

 

「ん、デザインから言えばカルバード共和国のブランドかなぁ。帝国のは好きじゃないよ」

 

「わ、私はやっぱりZCFがイチバンだと思いますっ」

 

「シニさんはどれが好みですか?」

 

「私のような仕事をする立場から言わせてもらえばZCF製が良いですね。少し高級ですが、それに見合う価値はありますし。でも、ふふ、デザインは確かにカルバード共和国のものが可愛らしいので、好いた方と会う時はこちらにしたいと思うかもしれません」

 

「はう、大人な意見です」

 

「ふふ、私にはまだ縁遠い話ですが、やっぱり共和国製の方が女の子っぽいですね」

 

 

デザインはやはり重要な要素の一つと言えるだろう。機能や性能が限界に達すれば、少しばかりの性能の差よりもデザインの勝負になる可能性が高い。

 

そういう意味でこの分野の研究はリベール王国の産業にとっても重要な価値を持つ可能性がある。ZCFでも少し意見を出しておこうか。工科大学で工業デザイン分野の学部や学科を設立するのも良いかもしれない。

 

そうして私たちは衣服や宝石、化粧品などを見て歩く。

 

化粧品や香水などは大衆消費文化が発達したカルバード共和国の物が安価で多種多様な製品があり、貴族相手の商売をするエレボニア帝国の物は高価で品質の良いものが多い。

 

リベール王国製は種類が少ないものの、王室御用達のブランドがあり、純粋な品質では帝国にも負けてはいないが価格が高くて輸入品に押され気味だ。

 

ただし化粧品の類で一番人気なのはレミフェリア公国製だったりする。

 

医療先進国というのは伊達ではなく、肌に触れさせる製品においてレミフェリア公国製のスキンケア商品の品質は他の追随を許さない領域にあるらしい。

 

私やエリッサが使っているのもレミフェリア公国製だったりする。

 

手に取ったり、試供品の香りを楽しんだり、私たちはデパートでの買い物を楽しむ。その途中で書店を見つけて、目に入った雑誌を手に取った。

 

 

「…表紙飾ってますね。シェラさんも教えてくれたらいいのに」

 

「あ、シェラザードさんだ。なんで雑誌に?」

 

「へぇ、期待の新人正遊撃士シェラザードか。ちょっとした芸能人扱いだよね」

 

「最近はこういうゴシップというか、大衆文化が人気みたいですから。美人の遊撃士は話題になりやすいですし」

 

「き、綺麗なお姉さんですね」

 

 

雑誌の表紙を水着姿のシェラさんのグラビア写真が飾っていて、数ページに渡りシェラさんのグラビア写真が載せられていた。

 

褐色美人でスタイルの良いシェラさんだと、こういうグラビア写真は良く映える。ティータなどは興味津々で写真に見入っていた。気にしなくても大きくなるから心配しなくてもいいのに。

 

そしてふと自らを省みる。

 

 

「おっきくなりますかね…」

 

「エステルが不安なら、私が揉んで…、あ痛っ!?」

 

「どさくさに紛れて胸を揉もうとしないでください」

 

 

私の背後から手を伸ばしてきたエリッサを叩き落とす。なんだろう、もう漫才の領域に入ってきたような気がする。

 

 

「ふむ、買って帰りましょう。そしてシェラさんをからかいましょう」

 

「いいね!」

 

「あはは、ほどほどにね」

 

「ヨシュア様、個人用にお一つ控えをお持ちいたしましょうか?」

 

「いらないから」

 

「んんー、流石シニさん。出来るメイドは気が利きますね」

 

「余計な気をまわされてるだけだよ」

 

「ヨシュアも健全な男の子ですからね。そういうのには私、理解ある方ですので。ベッドのマットレスの裏に何かを隠していても、決して私は探したりしないので」

 

「見てごらんティータちゃん、ああいう男の人をムッツリスケベって言うんだよ」

 

「ほぇ?」

 

「君たちね…」

 

 

そんな風にヨシュアをからかいながらも、和やかな時間が過ぎていく。そうして再び街に出て、今度は人通りが多いメインストリートのトラット大通りなどを歩いてみる。

 

広い石畳の歩道とちょっとお洒落な街灯と手入れされた街路樹。小奇麗なガラス張りの店舗が軒を連ね、大きな目抜き通りはそれだけで迫力がある。

 

この辺りは人通りも多いが、最近では導力自動車の走行も多い。リベール発祥というか、私がアイデアを出した導力バイクも普及し始めている。

 

特に山道での走破性が高く、手ごろな価格の導力バイクは遊撃士に人気があるらしい。軍でも偵察用に納入されていると聞いている。

 

 

「ん?」

 

 

歩行者用の信号はもうすぐ赤に変わる。それなのにキョロキョロと周りを見回して注意を散漫にしている一人の女の子が信号を渡ろうとしていた。

 

そうしてフラリと車道に少女が出てしまい、車道の信号は青に変わり、歩行者用の信号はもう赤だ。大きなトラックが彼女に向けて突き進む。少女はそれに気付かない。

 

私は瞬時に足に力を入れて、一気に跳びこんだ。

 

 

「エステル!?」

 

「ちょっ、お嬢様!?」

 

 

速度計算は間違ってはいない。私の走る速度、彼女を抱えて離脱する速度。大通りを行き交おうとする車の速度。それらを全て込みで考えて、最適なルートを直感のごとく算出し、一気に駆け抜けて少女を抱き上げ、中央分離帯に足を付けた。

 

腕の中の少女は目を白黒として状況が理解できていない。

 

抱きかかえているのは銀色の髪の、ペリドットを思わせる黄色みがかった緑の瞳の少女。ちょうど私と同い年ぐらいで、身長は私が少し高いが、身体の女性特有の成長は私よりも少し先をいっている。

 

上品で綺麗な顔をしていて、服もとても良い生地を使った清楚なすみれ色のワンピース。

 

 

「大丈夫ですか? いきなり飛び出したら危ないですよ」

 

「え? あ、車が…。あのっ、ありがとうございますっ」

 

「いえ、信号が青になるまで動けませんね。降ろしてもいいですか?」

 

「っ!! お、お願いします!」

 

 

そうして照れて頬を紅くした彼女を隣に降ろす。車が行き交う大通りの中央分離帯。少し冷や冷やするが、まあ余程運が悪くない限り安全だろう。

 

しかし、事故にならなくて本当によかった。目の前で可愛らしい女の子が交通事故に巻き込まれるなんて見たくはない。

 

 

「恥ずかしがらないでください。うつむいていたら美人さんが台無しですよ」

 

「び、美人だなんて…。あの、本当にありがとうございました」

 

「いいですよもう。ところで、ボーっとしていたようですが、何か困りごとでも?」

 

「えっと、その、ちょっとジョアンナと、メイドとはぐれてしまいまして」

 

「なるほど。もしかして、ツァイスに住んではいないのですか?」

 

 

メイドとはぐれたぐらいで、これぐらい礼儀正しくてしっかりしている女の子が動揺して道に飛び出すとは思えない。もしかしたら観光客なのかもしれなかった。

 

慣れない街で一人はぐれた。まだローティーンの少女には心細い状況かもしれない。

 

 

「はい。クロスベル自治州の出身なんです」

 

「クロスベルですか。IBCで有名な」

 

「あ、そうです。良く知っておられますね」

 

「有名な銀行ですから。良ければメイドさんと再会するまでお付き合いしましょうか?」

 

「え、でも、そんな、悪いです」

 

「ふふ、また危ない目にあってしまうかもと思うと私も安心できませんから」

 

「あっ…、もう、意地悪ですね」

 

 

少女は少しだけはにかむ。笑うだけの余裕は出来たようだ。しかし、見事な銀色の長い髪だ。良く手入れが行き届いていて、上流階級のお嬢様という印象を受ける。

 

まあ、メイドを連れて歩いているのだから上流階級には違いないのだろうが。お嬢様というのもその通りなのだろう。

 

 

「エステル・ブライトです。少しの間ですが、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそ。私はエリィ・マクダエルです。…って、あれ? エステル・ブライト…、どこかで聞いたような気が…」

 

 

歩行者用の信号が青になる。するとヨシュアたちが駆け寄ってきた。三人はすごく怒っていて、無茶をするなとか叱られてしまった。

 

うん、でもまあ後悔はしていない。不可能なことはやっていないのだから。謝っても反省が足りないと釘を刺されてしまった。解せぬ。

 

その後、ヨシュアたちも自己紹介をして、メイドのジョアンナさん探しのミッションが開始された。

 

赤紫色の髪をしたメイド服の女性らしく、まあ、エリィの行動範囲を探し回っているはずであり、メイド服で歩く女性も数は多くないので、発見はそこまで難しくないと思われる。

 

 

「じゃあ、30分後、このトラットスクエアに集まりましょう。私とシニさんはエリィと一緒に回りますので、エリッサとティータは二人で、そしてヨシュアは別働隊で動いて下さい」

 

「分かった」

 

「まあ、しょうがないかなー」

 

「がんばりますっ」

 

 

探し回る区域を決めて、時間を区切る。

 

私単独というのは流石にシニさんが許してくれなかったので、エリィとシニさんと三人の組に、まだ9歳にもなっていないティータを一人には出来ないのでエリッサとの組に、ヨシュアは一人でなんとでもなる。

 

私の組はエリィとメイドさんが回った場所を再確認するために戻って聞き込みを行う。ヨシュアは少し治安の悪い南、エリッサとティータは治安の良い北をメインに探してもらう。

 

ちなみに南の治安が少し悪いのは、夜の街なのでそういうお店が多いからだ。

 

 

「さて、ではまずはこのデパートですね」

 

 

ツァイス最大の高級ブランド店が集まるデパート、エーデル百貨店ツァイス店だ。

 

7階建ての建物の中にドレスやスーツなどのフォーマルな衣装から、アウトドア用のブランド品までが揃っていて、先ほど私たちが時計を見ていたのもこのデパートだった。

 

 

「受付でジョアンナさんが来ていないか確認しましょう」

 

「はい」

 

 

一階のサービスカウンターには上品なワンピース系の黄色い制服姿の女性店員が店の案内をしている。迷子などの情報も取り扱っているはずなので、メイドさんが確認に訪れている可能性は高そうだった。

 

 

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 

「赤紫色の髪をしたメイド服のジョアンナさんという女性が、こちらのエリィを探しに尋ねて来ませんでしたか?」

 

「…ああっ、はい、20分ほど前に一度来られました。ええ、銀色の髪のちょうどこちらのようなお嬢さんをお探しになっていて」

 

「今はどこに?」

 

「申し訳ございませんが、今どこにおられるかまでは分かりかねます。ただ、東方人街に向かってみるとだけ」

 

「そうですか。ありがとうございました」

 

 

そうして私たちは東方人街に聞き込みに行く。

 

東方人街の表は観光客やツァイス市民が沢山いて表向きは治安も良いが、スリなどの犯罪も少なくなく、入り組んだ裏路地に入ってしまうと胡乱気な雰囲気へと変わってしまう。

 

禁止薬物や盗品の取引や売春など、ちょっとした良くない噂だってあるらしい。

 

 

「東方人街には来たのですか?」

 

「ええ、ここでお昼を頂いたの」

 

「ああ、私もです。となると、一度そのお店に行ってみた方がいいですね」

 

「でも、ツァイスは大きな都市ね。クロスベルの東方人街もここまで大きくはなかったし」

 

「東方人街自体の歴史はクロスベルの方が長いんですけどね。純粋な産業と人口の大きさの差でしょう」

 

「…それだけじゃないわ。クロスベルでは工業のような産業が興せないから、どうしてもサービス業だけに偏ってしまうのよ」

 

「エリィは経済に興味があるのですか?」

 

「ううん、どちらかというと政治かしら。私はいつか政治家になりたいの」

 

「クロスベルで政治家として夢を見るのは茨の道に見えてしまいます」

 

「ふふ、エステルさんだって政治に詳しいじゃないですか」

 

 

クロスベル自治州はエレボニア帝国とカルバード共和国が互いに自国領であることを主張する係争地だ。二大国の衝突の最前線と言っても良い。

 

64年前、七耀歴1134年に両国の妥協によって自治州として成立したものの、自治権など無いにも等しく、宗主国である二大国の意向に常に左右される脆弱な政治基盤の上に成り立っている。

 

本来自治州の多くは七耀教会の本山であるアルテリア法国を宗主国として仰ぐことで自治を保っているが、クロスベルの宗主国は対立しあうエレボニア帝国とカルバード共和国だ。

 

自治州議会の議員たちも二大国の意向を代弁するだけの存在でしかなく、クロスベル自治州のために動く政治家などヘンリー・マクダエル市長ぐらいだろう。

 

ん?

 

 

「詳しくなりたかったわけじゃないんですけどね。どうしてエリィは政治家に? 難しい場所なのは分かっているようですが」

 

「ええ、でも、だからこそかしら。お父様の理想が間違っていたとは思いたくないの」

 

「なるほど。エリィのお父さんは政治家だったんですね」

 

「失脚して、失望して、カルバード共和国に去ってしまったけれど」

 

「お祖父さんは頑張っているみたいですけどね」

 

「…バレちゃったみたいね」

 

「ヘンリー・マクダエル市長の孫娘さんでしたか。政治に関わってしまうのも無理はないですね」

 

 

クロスベルを良くするために理想に燃えた彼女の父親は、共和国派、帝国派という両大国の利益の代弁者である大半の議員たちによって潰されてしまった。

 

本当なら政治家という因果な商売に忌避感を持ってもおかしくない環境だが、彼女はそういう意味では不屈というか、意外に反骨心の強い性格なのかもしれない。

 

 

「エステルさんの噂もたくさん聞いてるわ。航空機の生みの親。天才、神童。リベール王国を勝利に導いた、女神に祝福された娘」

 

「恥ずかしい二つ名です」

 

「リベール王国の躍進の原動力だっていう噂も聞いているけれど、本当なの?」

 

「さあ? 大人たちの勝手な想像じゃないですかね。ヒトというものは何かしら理由を探してしまうものなので」

 

 

私の政治活動というか、リベール王国重工業化のための五か年計画の発案者が私であることは伏せられていた。

 

これは安全保障上の理由という側面が強く、というか私にこれ以上の注目を集めさせないため、そしてこれ以上名声を高めさせたくないという大人たちの都合もあった。

 

まあ、知っているヒトは知っているし、私自身はあまり多くの責任なんて負いたくないし、名誉とか名声なんて既に最高位の勲章を受勲している時点で必要も無いので、正直どうでもいいのだけれど。

 

ただし、人の口に戸は立てられぬと言うように、王国のあまり質の良くない有力者から私についての情報が漏れているのも確かだ。

 

カルバード共和国やエレボニア帝国の工作員に買収された王国議員や軍人も少なくない。彼らの私への悪口や不満の表明そのものが、私という存在の情報を他国に漏らす情報源となっているらしい。

 

情報部は神経を尖らせているが、悪口だけでは立件できない。そういえば、王国上層部の腐敗も酷くなってきているらしい。

 

ここのところ、王国議員や軍人、一部の高級官僚などの収賄や横領、脱税が酷く目立ってきているようで、企業や小売店の活動に対して許可や優遇などを餌に賄賂を要求するなどタガが緩んでいるとのこと。

 

リシャール中佐などは老害と蔑んでいた。

 

一応、ZCFや軍の技術情報については完全に情報部がガードしており、彼ら『老害』には触れる事が出来ないようにはなっている。

 

特許の管理なども情報部が牛耳っているようで、重要な個所については女王派というか、帝国で言う革新派が握っている。

 

しかし、『老害』たちは自分の権益を脅かすような企業や個人に対して圧力をかけるなどの行為は常に行っていて、その度に賄賂を要求している。

 

情報を外国の大使相手に漏らしてしまうなど失態も多い。まあ、目に余る場合は見せしめとして情報部を中心として検挙も行われる。が、そういった検挙が行われるたびに裏で政治的取引が行われる。

 

そうして女王陛下、王立政治経済研究所のようなシンクタンクが発案した政策や予算案を議会や軍が承認する代わりに、不正を行った議員や軍人の釈放という事が繰り返されている。

 

善良な議員や軍人も多いのだけれど、100年以上の歴史を持つリベール王国議会には厄介な派閥が形成されていたり、歴史だけは古い元貴族の古狸のような魑魅魍魎が跋扈しているようで、一筋縄でいかないのが難しい所だ。

 

王権の強さと情報部への恐怖が酷い売国行為を抑制していて、一線は守っているようだが。

 

 

「我が国はアリシア女王陛下の政治センスが優れているのと、何よりも他国に従わなくて済む力がありますからね。そういう意味ではクロスベルよりもはるかに恵まれています」

 

「…クロスベルは難しいわ。だから色々な国を見て、勉強したいと思っているの。特にリベール王国は6年前までクロスベルに似た環境だったし」

 

「独立国家とそうじゃないのでは大きな差がありますが。まあ、まずは議長と市長の意見を一致させる必要がありますね」

 

「そんなことまで…、詳しいのね」

 

「詳しくなりたくてなったわけじゃないんですがね」

 

 

クロスベルの権力のトップには二人の人物が座っている。一人はヘンリー・マクダエル市長、もう一人がハルトマン議長だ。

 

まともな政治家であるマクダエル市長であるが、彼の良識的な改革案もエレボニア帝国の権益を代弁するハルトマン議長に何度も阻まれている。

 

最高権力者が二人であることで、クロスベルの改革は遅々として進まない。

 

船頭多くして船山に上ると言うが、リーダーは普通二人もいらないのだ。にも拘らず、クロスベルにはリーダーが二人いて、何をするにも二人の意見を擦り合わさなければならない。

 

そういった状況で政治がスムーズに進むわけはなく、特に二人が互いに異なる政治派閥に属しているなら混乱は必至とも言っていい。

 

 

「情報を制することですよ。民主政治は妥協の産物ですから、いかにして根回しを成功させて、多数派を握るかにかかっていますし。彼らの飼い主である帝国や共和国の有力者たちが何を考えているのかを正確に把握して、パワーバランスを利用したり、利益で釣ったり、弱みにつけこんだり、妥協させたりして準備をしないと。まあ、それでもクロスベルの政治基盤だとあっという間にひっくり返されてしまうんですが」

 

「情報ね…、この国の軍情報部とか、帝国の情報局みたいなものかしら?」

 

「情報は大事ですよ。特に共和国議員は脇が甘い所がありますから。まあ狸もいっぱい潜んでいるんですけどね。でも、彼らだって一枚岩じゃないんですよね。帝国は革新派と貴族派の対立が激化していますし、共和国は移民政策で議会が真っ二つです。そのあたりにつけこんでいくと、ある程度道が見えるかもしれません」

 

 

そうして東方人街のちょっとした高級レストランで聞き込みを行う。どうやらまた入れ違いになったようだ。

 

とはいえ、この近くにまだいそうなので、私たちは露店の人たちに聞き込みをしていく。メイドさんがオロオロとしている姿は目立っていたらしく、その行先は絞られていく。

 

 

「地下鉄に乗った!? なんでそんな事に…」

 

「いやあ、何やらあのメイドさん、ガラの悪い連中に目をつけられたみたいでよ。ありゃあ、多分、サウスヴォルフの連中だぜ」

 

「…その後どうなったのです?」

 

「ああ、何やら話し込んだ後、連中にのこのこついていったな」

 

「あまり良い状態ではないですね」

 

「サウスヴォルフ? エステルさん、それってどこ?」

 

「トラット平原には6つの区画がありますが、サウスヴォルフはどの区画にも属さない地域なんです。簡単に言うとスラム街ですね。密入国者たちが勝手に占拠した場所で、急斜面に沢山のバラックが立てられている無法地帯です」

 

 

密入国した労働者の多くは戸籍が与えられておらず、情報部の通達と監視により主要産業に就職することは出来ない。

 

移民局の局員による管理もあり、保証人がおらず、身分証明が出来ないため通常のアパートなどの住居を得る事が出来ない。そうして彼らは勝手に各地に粗末な小屋を建てて住み始めたのだ。

 

とはいえ、こういったモノは都市開発が進むとともに土地収用によって排除されていた。移民局も逮捕など対応をしていたが、数が多くて対応しきれない。

 

そして流石に暴力に訴えて排除することは人道上難しい部分がある。そうして開発から取り残されたヴォルフ要塞の南部の丘陵地帯が空白として彼らの住処になった。

 

不法移民は法で保護されないが故に、極めて安い賃金で労働させる事が出来た。発覚しない悪事は犯罪ではないのだ。

 

故に、一部の工場や建設会社などは彼らを日雇いで使うことでコストの圧縮を図り、経営者の一部が議員と結託してサウスヴォルフ一掃のための強制執行を頑なに拒んだ。

 

結果としてこの地域に数万~十数万という人口規模を持つ巨大スラム街が形成されてしまった。

 

ヴォルフ要塞の軍による定期的な見回りがなされて周辺行政地区での犯罪防止はなされているものの、サウスヴォルフの迷路のようなスラム街に装甲車は侵入することが出来ず、結果として有刺鉄線やフェンスで覆いこれ以上の拡大を防ぐという次善策で対応しているのが現状だという。

 

 

「急激に拡大したツァイスという都市、リベール王国の闇です。この地域の遊撃士が請け負うトラブルの多くもこの地域に関係するらしいですね」

 

「そんな場所があるのね…。リベールは綺麗な国だと思っていたけれど」

 

「どこにも闇はあります。…そうですね、ここは遊撃士を頼りましょうか」

 

「遊撃士…」

 

 

何やら考えるエリィをよそに、私は後ろに目を向けて、そしてどこにでもいそうな私服の男性に近づき、挨拶をする。

 

 

「ご苦労様です。状況は理解していただけていますか?」

 

「博士、あまりみだりに我々に話しかけないでください。それで、何をすれば?」

 

「トラットスクエアで落ち合う予定のヨシュアとエリッサたちに私たちの事を伝えてください。私はこれからセントラルトラットの遊撃士協会に行かなければなりませんので」

 

「我々が動きましょうか?」

 

「いえ、あまり事を荒立てるのもあれなんで。しかし、念のためヴォルフ要塞から飛行艇を一隻飛ばしてもらってください」

 

 

そう言い残すと、私は別れを告げてエリィたちのいる場所に戻る。

 

 

「えっと、誰なのあの人?」

 

「護衛です。まあ、こういう身の上なので」

 

「はぁ」

 

 

少し気の抜けたような表情。まあ、普通の人間からすれば護衛がこんな形でついているというのは現実離れしているのかもしれない。

 

シニさんは私に付き従うタイプの護衛でメイドでもあるが、彼らは情報部から派遣されたセキュリティーポリスという奴だ。

 

視野を広く持って私に近づく怪しい人間の動向や、狙撃手の存在がいないかを確認したりする。トラブルが起きれば即座に私に近寄って、シニさんの支援を行なったり、文字通りの肉の壁となったりする。

 

純粋な護衛任務なら護衛対象を取り囲む形で行うのが理想的だが、プライベートでそれをされると少しストレスがたまる。

 

ということで、普段は私の行動の邪魔にならないように市民に紛れて活動を行うのが通例になっていた。

 

一人一人の練度は高く戦闘能力も対テロ知識も豊富であるので、下手な遊撃士よりも高い戦力になるのだが、いかんせん流石に《結社》の連中といった規格外相手には分が悪い。

 

それでも、数の力というのは役に立つ。目の数が違えば、それだけ危険を察知する確率も上がり、それなりの実力の人間が集まれば、達人でもそれなりの時間をかけないと排除できない。

 

中級の猟兵ぐらいの実力はあるようなので、一撃で倒されるなんていう失態は滅多に起さない。

 

 

「そういうことなので、ヨシュアたちには連絡してもらうことにしました。私たちは遊撃士協会に行きましょう」

 

 

そうして私たちはツァイスに二つある遊撃士協会の支部の一つ、セントラルトラット支部へと地下鉄に乗って向かうことにした。

 

 

 





巨乳婦警さんの若かりし頃です。リベール王国にも留学していたらしいので、登場させてみました。今回はナンパしてない…よね?

21話でした。

リベール王国の発展の光と影みたいな。急速な成長には歪みが生まれるのが当然と言うか、まあ、スラム街が成立しない大都市など全世界を見渡しても存在しないわけで。昔は東京にもありましたし。

一度できてしまったスラム街を無くすには安定した職場、職業訓練と新しい住居を用意する必要があります。

しかし、数が膨大になると、なんでこんな奴らのために莫大な予算投入しなきゃいけないのか、なんていう意見も出るわけで。

かといって、強制執行で排除しようとしたら人権団体とかそれらに影響された議員、この世界では七耀教会の抵抗もあってなかなか上手くいかないとか。

強制執行したところで、人間はいなくならないので管理がむしろ大変になるとか。カルバード共和国に強制送還しようとしても知らんふりされるとか。対策側も収賄とかで買収されて動かないとか。

でも放っておいたら治安は悪化するし、衛生状態も良くないから伝染病の温床になる可能性もある。他国の工作員の隠れ家とか、マフィアが蔓延ったりとか。

それにスラム街の人間は日雇い労働者として重用されていたり、必ずしも犯罪者と同一視できない部分が問題を厄介にするとか。




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022

 

 

「すみません、依頼をしたいのですが」

 

「はい、いらっしゃい。って、ブライト博士じゃないか」

 

 

セントラルトラット支部はかなりの大きさを持つ遊撃士協会の支部で、全長147アージュの36階建ての高層建築の一階から四階までのフロアを占有している。

 

セントラルプラザと呼ばれる広場に面したこの場所は、行政関係のビルも集まっていて、新市庁舎もこの場所に面して建っていた。

 

西ゼムリア大陸最大の巨大都市となったツァイスの都市行政は複雑化し、これに伴い工房長と市長の役職も分離が行われた。

 

そして公務員の数も行政区の分割や産業廃棄物処理などの新しい部門の設立によって大幅に増加し、中央工房の建物だけでは手狭になった事から新しい市庁舎が建造されたのだ。

 

 

「珍しいね、博士がどんなご用件で?」

 

「依頼はこの子のメイドを探して欲しいんです。状況によっては救出任務となるかもしれません」

 

「救出? いったいどんな状況なんだい?」

 

 

受付はタチアナさんという女性が行っている。赤褐色の髪、女傑と言った感じの中年の女性だ。昔は遊撃士として活躍していたそうだが、今は引退して事務を担当している。

 

少し前まではエレボニア帝国に吸収されたとある自治州の遊撃士協会で働いていたが、帝国によって行われた合併工作の裏で起きた事件に関わってしまい、帝国から睨まれて亡命を余儀なくされた人だ。

 

 

「探して欲しいのは赤紫色の髪をしたメイド服を着た17歳の女性で、名前はジョアンナさん。残念ながら写真は持っていません。こちらのエリィ・マクダエル嬢のお付のメイドなのですが、はぐれてしまい、探していたところ、東方人街の露天商から数人のサウスヴォルフから来たと思われる男に連れていかれたという証言を頂きました」

 

「サウスヴォルフ、スラム街かい…。連れていかれたのはいつ頃だい?」

 

 

難しい表情に変わるタチアナさん。彼ら遊撃士協会にとってもスラム街絡みの仕事は厄介な案件なのだろう。

 

 

「20分前ぐらいになるようです」

 

「それが事実なら犯罪に巻き込まれている可能性が高いね。困ったね、今はちょうどヒトが出払っていてね…、いや、ちょっと待ってな」

 

 

タチアナさんがカウンターの奥へと歩いていく。少しだけ待っていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。

 

 

「エステルじゃない、どうしたのこんな所で?」

 

「シェラさん? どうしてここに?」

 

「依頼よ。今日中に送らないといけない資料があったらしいわ。それを片付けて、ついでに支部にも寄ったってわけ」

 

 

後ろから現れたのは褐色の肌と銀色の髪のセクシーな衣装の女性、シェラさんだった。まだまだ新人遊撃士だけれど、活躍は噂で耳にしている。

 

どうやら急ぎの資料をロレントからこの近くの会社のオフィスに届けたらしい。この国にも当然として郵便や宅配サービスは存在するが、急ぎの荷物の運搬には遊撃士が駆り出されることもある。

 

 

「お待たせしたね。おや、シェラザードじゃないか」

 

「こんにちは、タチアナ」

 

「うん、いいタイミングだね。アンタもこの依頼を受けな」

 

「依頼? エステルが出したの?」

 

「はい。ちょっと荒事になりそうな人探しです。それでタチアナさん、他の遊撃士の方も行っていただけるんですか?」

 

「ああ、アガット! 準備はできたかい!?」

 

「いちいち大声で呼ばなくても聞こえている」

 

 

タチアナさんが大声で呼びかけると、奥の方から赤毛の緑色のバンダナをした、右頬に十字の傷跡がある青年が現れた。

 

青年は身の丈ほどの巨大な大剣を背負っていて、それが私の記憶を刺激したのか、彼の事を思い出す。そういえば、この前の武術大会で戦った遊撃士の人だ。

 

アガットと呼ばれた青年は私の顔を見るとギョッとしたように目を見開いて、苦々しそうな表情になった。数秒の戦いだったが、顔は覚えられていたらしい。

 

 

「お前は…、おっさんの娘か」

 

「こらアガット、自慢の重剣を斬られたからって拗ねてるんじゃないよ」

 

「拗ねてなんかいねぇよ。で、依頼者はアンタか?」

 

「はい、お久しぶりですね」

 

「フン、英雄様がなんの依頼だ?」

 

 

ぶっきらぼうというか、不機嫌そうなというか、粗野な感じの応対をする青年遊撃士である。

 

この様子だと依頼者とのトラブルを招きそうなイメージがあるが、あるいは相手が私だからそういう応対になっているのだろうか。

 

まあ、荒事には向いていそうだし、見た目にも迫力があるのであの地区での活動にはうってつけかもしれない。迫力のある外見というのは遊撃士にとって長所になることが多い。

 

 

「シェラさん、彼は?」

 

「アガット・クロスナー。私と同じぐらいに遊撃士になった新人ね。だけど、剣の腕については確かだわ。まあ、アンタにはこっぴどくやられたみたいだけど。一応、カシウス先生の教えを受けたみたい」

 

「そういえば、そういう話を以前に聞きましたね」

 

 

そうしてシェラさんとアガットさんに今回の依頼についてタチアナさんが説明する。

 

エリィがいくつかの点で説明を補足し、依頼料については即決で決まり(民間人の保護に関連する依頼料の価格設定について遊撃士協会は良心的である)、シェラさんとアガットさんは即座に行動を始めた。

 

すると、エリィが口をはさむ。

 

 

「あのっ、私も一緒に行ってもいいですか!?」

 

「止めておきなさい。確かに要救助者の顔を知っている貴女がいれば良い事にこしたことはないけれど、それ以上にサウスヴォルフは危険なの。貴女を守りながら動くのはリスクが大きいわ」

 

「そういうことだ。お嬢ちゃんはここで留守番してな」

 

「でも…」

 

「エリィ、ここは我慢してください。不安だと思いますが、ここはプロに任せてしまうのが良いと思います。それに、貴女に何かあればジョアンナさんはきっとすごく責任を感じてしまうでしょう。あるいは、お祖父さんに解雇されてしまうかもしれません」

 

「そんなことはないわ! ジョアンナは私たちの家族みたいなものだもの!」

 

「だったらなおさらですよ。もし逆の立場だったらと考えてください」

 

「それは…っ」

 

「それに貴女は政治家になるのでしょう。なら、ここでどういう判断をすべきか分かりますね?」

 

「……そうね。それが政治家というものなのね」

 

「大丈夫です、シェラさんたちを信じてください。きっと大丈夫ですから」

 

 

私はエリィを抱きしめる。そしてシェラさんに目くばせすると、シェラさんは頷いてアガットさんと共に遊撃士協会から出ていった。

 

エリィは何か言いたそうにしていたが、黙って私の腕の中に抱かれていた。しばらくすると彼女は落ち着いて、私たちは遊撃士協会の客間に通される。

 

タチアナさんが温かい紅茶とクッキーを用意してくれる。去り際にタチアナさんは私の頭をポンと撫でた。彼女なりに私を励ましてくれたのだろう。

 

向かい側に座るエリィは俯いていて、きっとメイドのジョアンナさんが心配でたまらないのだろう。

 

 

「…自己嫌悪だわ。冷静に考えたら、私が行っても何の役にもたたないのに」

 

「それだけジョアンナさんのことを大切に思っているのでしょう。仕方の無い事だと思います」

 

「そうね、ジョアンナは私がまだ小さな頃から一緒にいたから。でも、あの子すら一人で助けられない私が、クロスベルを変える事なんて出来るのかしら…?」

 

「落ち込んでいる時は考えが極端になりがちです。政治家に腕っぷしなんて必要ありません。マクダエル市長は魔獣と戦うことなんてしないでしょう?」

 

「…それは、そうね」

 

「攫われたお姫様を助け出して、悪い竜を倒して、国を善く治めるなんていう王様は小説か童話の世界にしかいませんよ」

 

「小説だったら、ちょっとありきたりだわ」

 

「王道ですよ?」

 

「ふふ、ありがとうエステルさん」

 

 

エリィはようやくクスリと笑う。さて、そうは言ったもののシェラさん達は間に合うだろうか。酷い目に遭っていなければいいのだけれど。

 

今後の事を考えるとサウスヴォルフへの対策というか、解決策は必要だろうが、あそこにはもう一種の生活圏が形成されてしまっている。

 

 

「クロスベルにはサウスヴォルフのような場所は無いんですか?」

 

「そうね、開発から取り残された旧市街という場所はあるわ。治安も悪くて、貧しい人たちが集まっていると聞いているし」

 

「大都市にスラム街が形成されるのはごく自然な成り行きと言えるのですがね」

 

 

Xが生きていた地球では大都市のほとんどにスラム街が形成されるものと考えられていた。それは日本も例外ではなく、東京では山谷、横浜にで寿町、大阪ではあいりん地区などが一種のスラム街として認識される場所といえた。

 

もっとも、ツァイスのスラム街は日本のそれとは違って、『らしい』スラム街ではあるが。

 

東方や南方から流入したと思われる数万人~十数万人という密入国者がこの場所に住んでいる。少なくとも彼らが前に住んでいた場所よりもリベール王国のこの場所は快適らしい。

 

人種構成は様々で、黒髪の東方系や褐色の肌の南方系が多くを占めている。そして、文化や信仰の違いはそれだけで争いの種となる。

 

フェンスで囲まれた傾斜した山肌にへばりつくように造られたバラックが並び、朝晩には不法就労者たちを工場へと輸送する導力バスの送迎が行われる。

 

日中に働く者もいれば、夜通し働く者もいるらしい。水道は通っていないものの、雨水を溜めて利用したり、都市で購入したりして生活用水としているようだ。

 

導力仕掛けの巨大なこの街には仕事は溢れていて、低賃金の工場での労働、日雇いの土木作業、露店、靴磨き、廃品回収、売春などの仕事に彼らは従事する。

 

廃品回収などで手に入れた導力器を修理して再生する者もいて、中には驚くほど高度な技術を持つ者までいる。

 

なのでスラムでありながら導力器があちこちに見られるというのもこの場所の特徴だった。夜になれば導力灯の灯が輝き、スラム街の各所から派手な音楽すら鳴り響くのだとか。

 

とはいえ、治安は最悪で犯罪に加担する者は多く、導力車泥棒や空き巣にスリといった犯罪の温床にもなっている。

 

下水道も通っていないので衛生状態はかなり悪いと言えるだろう。ゴミや汚物がそのまま外に放置されているはずだ。

 

バラックによって占拠された場所は道も入り組んでいて狭く、軍の車両も入っていくことが出来ない。定期的に軍用飛行艇による哨戒がなされているようだが、多少の威圧程度の効果しかもたらさないと思われる。

 

燃料を求めて近くの野山の木々を伐採する森林破壊、野生動物を殺して食肉とする生態系の破壊、生活排水を下水処理せずに垂れ流す水質汚染。

 

不潔な環境ゆえにネズミや蚊などの害獣・害虫の発生源、衛星状態の悪化と人口密度の過密による疫病発生。治安の問題以外にも、スラム街は多くの負の面を抱えている。

 

そうしたことを考えれば、どうにかこのスラム街を解体する必要があるのだが、そうなれば住民をどうするのかという問題がついて回る。

 

カルバード共和国への送還は、共和国の国民ではないからと拒否されており、外国に住民を送り返すことは困難になっていた。

 

ゆえに住民たちを立ち退かせても、王国内に残留してホームレスやストリートチルドレンが拡散するだけで、治安対策はより広域なものとなり問題は全く解決しない。

 

これ以上の増加を防ぐための手立ても、国境線における出入国の監視を強化しているが、共和国と陸続きである以上完全ではなく、《黒月》などの犯罪組織による助けによってリベールへの密入国は後を絶たなかった。

 

とはいえ少なくとも現在のバラックの集合体というインフラの整っていない状況から、住民たちを公営の団地に移住させる必要があるだろうと考えている。

 

しかし、これについても賛否が分かれていた。つまり、何の縁もない外国人に税金を投入しなければならないと言う事に反対する勢力がいる事による予算の問題。

 

そして彼らの住居を用意することは、彼らがリベール王国に住むことを許可することと同義だからだ。住居を王国政府が与えて保証してしまえば、それは不法入国者に居住する権利を与える事に等しい。

 

そうなれば国外退去は難しくなるし、密入国を認めるという姿勢にも受け止められる。

 

 

「というわけで、政治的にもいろいろと揉めているのです」

 

「リベール王国はもっと王権が強い国だと思っていたけれど、議会の影響力も大きいのね」

 

「議会に対する王権の優勢が保障されていますが、今の女王陛下が荒事を好まないというのもありますがね。基本的には協調を重視する方ですので」

 

 

カルバード共和国の誕生に前後する時代に西ゼムリア大陸において民主主義が勃興しており、王権の強い封建的な王政だったリベール王国も国民の強い圧力の前にこれを導入することになった。

 

さらに七耀歴1110年には貴族制も廃止され、王国では民権が強くなったとされる。それでもあくまで議会は王を補佐する立場という姿勢が維持されており、実際に行政府の主は王である。

 

政治における主導権は王にあり、王が大臣を指名する権限を持つ。とはいえ議会が推薦して、王が承認するか拒否するかというのが通例であるけれど。

 

よって、政体は実質的には絶対君主制半分、立憲君主制半分といえる。このため世界情勢の変化に対して臨機応変な行動を起こせるが、世襲と言う意味では王の性質によって政治が腐敗する可能性が常に付きまとう。

 

まあ、それは民主主義も同じだ。程度の低い国民による民主主義は容易に国家を破滅させる。国民が拝金主義に染まったりすると目も当てられないことになったりする。

 

だが、共和制において国民全体の質が低くなるのと、絶対王政において王室の質が悪くなるのとでは、やはり後者の方が圧倒的に早い。

 

なので、腐敗するかどうかという観点から見れば、共和制は寡頭制や君主制よりも優れていると言う事ができる。

 

それでもリベール王国で王室の人気が高いのは、基本的には無茶な政治を行ってこなかったという実績によるところが大きいのだろう。

 

また前の王であるエドガーⅢ世陛下は導力革命にいち早く理解を示した人物であり、今の王であるアリシアⅡ世陛下もその姿勢を受け継ぎながらも、抜きんでた外交センスの持ち主だった。

 

むしろ議会の方が急速に腐敗を始めているというあたりが、何とも言えない皮肉を感じさせる。少数の王室より多数の議会が先に腐敗するってどういうことなのと問いたい気分になる。

 

「民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまで試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」という言葉を微妙に思い出してしまう。

 

まあ、片方が狂っていると、もう片方はむしろ冷静になれるというか、反面教師的な部分があるというか、そういうのもあるのかもしれない。

 

そういった状況でも女王陛下が議会との対話を重視する姿勢は評価されているし、共和制であるカルバード共和国との友好的なムードの創出にも一役買っていた。

 

また、王室と議会との関係も表向きは良好に見える。国民に人気があり、議会にも配慮のある女王と表立って敵対しようとは思わないのだろう。

 

 

「まあ政治のフットワークの軽さは小国であり、王権が強い事が大きいですね」

 

「クロスベル議会はおじいさまが苦労して運営されているみたい。改革も遅々として進まないし」

 

「共和政は元々反応が遅いですが、クロスベルでは他の病巣の影響が強そうです」

 

「共和国では移民に反対する勢力が増えているみたいだけど、この国ではどうなの?」

 

「今は労働者不足がむしろ問題になっていますから、表立っての大きな問題にはなってないですがね。それでも治安は徐々に悪化していますし、本当は無秩序な移民は制限したいところですね」

 

 

移民が5人に1人という状況も困ったものである。国力は人口という分母に左右されるとはいえ、受け入れる移民はこちらで選びたい。

 

勤勉で、ある意味において生きる事に必死なノーザンブリア自治州などからの移民を優先したいところだが、経済発展に伴う労働力の要求によって移民の流入は制御不能になりかけていた。

 

 

「最近では移民受け入れの制限をかけているんですよ。特に共和国方面からの移民については、移民局も管理と制限を強めていますし。このあたりは女王陛下の鶴の一声が効きますね」

 

「ん、そういう意味では個人への権力集中が良いように思えてくるわね」

 

「大統領制でも、選出を公選にして、法的にも大統領の権限を強くすればいくらかは可能だと思います。ただ議会がそれを容認するかは別問題ですけどね。それに腐敗の温床になりますし」

 

「そうよね。結局、人間が問題なのよね」

 

「出来た人間が常に王にならないからこそ、民主主義という考え方が生まれるんでしょうけど、人間の数が増えれば、それだけ主張も増えてしまいますから民主主義というのは難しいです。総論は賛成でも、各論は反対というのも普通にある事ですし。権力闘争や派閥闘争に明け暮れて、国家戦略をないがしろにしてしまうなんていう本末転倒だって起こりえますから」

 

「クロスベルのことかしら?」

 

「あるいはエレボニア帝国かもしれませんよ? あそこは最悪、内戦に陥る可能性だってあると思います」

 

「内戦…、聞いてはいるけれど、帝国内の対立はそんなに酷いの?」

 

「革新派と貴族派に分かれて、国は真っ二つですよ。貴族派は内戦の可能性を考えて領邦軍の軍事拡張に走っているようですし、革新派は革新派で鉄道憲兵隊による貴族領への干渉を強めているようです。正規軍の半数が革新派に同調しているようですが、あと半分は日和見を決めているみたいですね。どちらも民衆の支持は得られていないようですが」

 

 

革新派は帝都などの都市部において人気が高いが、共和主義者というレッテルを張られて農村部での人気はいま一つといったところだ。

 

このため、正規軍の大部分を占める農村出身者の支持を完全には得られていない。だが、重税を敷く貴族よりは人気があるらしい。

 

二つの勢力の対立はかなり危うい水準に達しようとしている。地方では領邦軍と鉄道憲兵隊の衝突は日常茶飯事らしい。

 

改革により既得権益を侵される貴族と、改革により中央集権を目指す二つの勢力が最終的に何らかの形で決着をつけなければならないのは、エレボニア帝国と言う国家が完全に近代国家として脱皮するための通過儀礼とも言えるだろう。

 

問題はそれが内戦と言う形で決着するのか、内戦がどの程度の規模で起こり得るのかということだ。

 

今のところ士気と錬度と装備の面では革新派が有利、兵員数と資金面では貴族派が有利と言う状態にあるらしい。

 

彼らの勝敗を決するのは中立を決め込んでいる半数の帝国正規軍だろうと言われている。

 

 

「簡単に内戦に入れないのは、カルバード共和国と我が国が隣接しているからでしょうか」

 

「正直、リベール王国はすごいと思うわ。これだけの国力差をひっくり返して、戦争に勝ってしまったのだもの」

 

「かなり運に左右されましたがね。5年か10年ほど早く侵略を受けていたら、負けていたのは我が国だったかもしれません」

 

 

一年戦役が国際社会に示したのは、科学技術が戦争の趨勢、戦略的優位性を決定する重要な要素となった点だ。

 

通信技術と機甲戦力、そして航空戦力が兵員数の差を覆してしまう。それは従来の戦いは数だという根本的な原理に大きな疑問符を叩き付けた瞬間でもある。

 

でもまあ、一世代ほどの差がある技術を持つ軍隊には、ちょっとびっくりするほどの数的優勢がないと勝てないという戦術的要素があるものの、この数が戦いの趨勢を決めるという原理は本質的には間違っていない。

 

その『数』には後方で軍を支える『工業力』という要素が深く絡むという違いはあるが、それでも工業力は人口や国土の大きさに比例するのは自明だ。

 

戦術的には、必要な時に必要な場所に必要な量の戦力集中が出来るかどうかという通信・情報・機動力に関わる部分は大きな影響を持つが、やはり数を揃える側が優位であることには変わりない。

 

戦いは数だよ兄貴!

 

しかし、全く新しい概念というものはそれだけで戦場をひっくり返してしまう可能性を秘めている。一年戦役では空を戦場の一部に加えるという新しい概念が、政略と戦略を覆してしまった。

 

一個の兵器が政略や戦略そのものを覆すという事は本来無いはずで、一年戦役における結果は極めて珍しい例だとも言えるが、それでも技術が数世代ほど離れると、数では勝負にならない事態を生み出す。

 

それは例えばXのいた世界でスペイン人のフランシスコ・ピサロが168人の手勢でインカ帝国の軍隊8万人を一方的に虐殺した例からも理解できる。

 

これは鉄器文明と石器文明の衝突による悲劇であり、家畜を持つ文明と持たない文明の差であった。

 

スペイン人は鉄の兜と鎧を身に纏っており、インカ人の石の棍棒では怪我させることも難しかった。棍棒では馬を倒すことも難しいため、騎兵への対処はさらに困難となる。

 

そして戦術面でも、そして戦争や暴力に対する意識面においても優れたスペイン人は一方的に7000人のインカ帝国兵を殺戮したという。

 

このような現象はゼムリア大陸においても十分に起こり得ると考えられる。

 

装甲は前時代的な火砲しか持たない相手に対して圧倒的な優勢を生み出し、飛行は空という旧来とは全く異なる戦場を形成する。

 

導力技術を持たない国に対して、導力技術を持つ国は絶対的な優位を保つことが出来るだろう。

 

 

「10年早ければ、貴女がいなかったものね」

 

「個人が戦争の勝敗を左右することは無いと信じたいですがね」

 

「ふふ、でも何だか色気のない話ばかりしているわね」

 

「そうですね。話題を変えましょう。エリィはアルカンシェルというのを見たことは?」

 

「あるわ。演出と舞台装置がすばらしいのよね」

 

「私も一度見に行ってみたいですね」

 

「その時は私が案内してあげる」

 

 

そうして話はクロスベルについての話になっていく。高級別荘地と保養地として有名なミシュラムや、アルカンシェルは話だけは知っていたが、地元の人間と話すとより詳細なことが分かってくる。

 

そしてしばらくすると、ヨシュアやエリッサたちがやって来たが、私たちはシェラさんたちの結果を祈る様に待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「相変わらずの場所ね」

 

「シェラザード、お前はここじゃ目立つから前を歩くな」

 

 

サウスヴォルフへと入るための門をくぐると、目の前には別世界が広がっていた。まるでここが同じツァイスとは思えないような光景に、顔をしかめる。

 

舗装されていない乾いた土がむき出しの道、煉瓦や木材を粗雑に積んだだけの狭くて汚らしい小屋が斜面を覆っている。

 

門には王国軍の兵士が詰めていて、導力機関銃を備えた装甲車が数台待機しているのが見える。フェンスと有刺鉄線で隔離する壁は、この場所の特異性を際立たせていた。

 

バラックには無数の卑猥で乱雑な言葉や絵が落書きされていて、地面はゴミだらけで饐えた臭いがそこらかしこから漂ってくる。

 

そんな場所で半裸の子供たちがボールを追って走り回っているのが見える。しかし油断していれば子供たちが寄って来て持ち物を奪おうとするだろう。

 

物陰で胡乱な雰囲気の大人たちが私たちを注視している。私たちと目が合うと、彼らはそそくさと顔を背けた。アガットの鋭利な視線がなければ、色々と絡まれて少し厄介だったかもしれない。

 

しかし、この広大な空間から一人の人間を探し出すのは少しばかり先が思いやられる作業でもある。だが、民間人の保護は遊撃士の本分であるし、あの子の依頼である以上、成功させたい。

 

 

「それにしても…、この雰囲気、大嫌いだわ」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ、顔役に会いに行きましょう」

 

 

こういう場所を見ると昔の事を思い出してしまう。

 

少しの額の硬貨を巡って血みどろの争いをする。ほんの小さな子供がスリを覚えて、たいした物も買えやしない程度の小銭をため込んで、そしてそれを大人たちに暴力でもって奪われる。ここはそんな最底辺だ。

 

アガットが睨みを効かせながら歩いていく。バラックの陰から注意深く、警戒するように見る無数の目。

 

日雇いで働いている者たちは今頃工場にいる。残っているのは子供か夜勤に向けて寝ている連中か、あるいはこの場所で廃品を集めたりして商売をしている連中。あとは犯罪者の類だ。

 

狭い坂道を上る。上を見ればロープに洗濯された衣類が干されている。人の営みが生で目に入ってくる。

 

道の端で廃タイヤに座った粗末な服を纏う老人がこっくりこっくりと舟を漕いでいたり、何の動物の肉か分からない肉を売りさばく露店があったり、不衛生な食品を売りつけようとする売り子もいる。

 

 

「……ちっ」

 

「囲まれてるわね」

 

「力量差も分からねぇバカどもさ」

 

 

先ほどから私たちをつけている男がいるのに気付く。そうしてしばらく歩いていると、仲間を呼んだのか十人程度の男たちが壁の陰から現れて私たちを取り囲んだ。

 

下卑た笑みを浮かべた、汚らしい格好の、ナイフを片手に持った男たち。素人くさい構えに失笑してしまう。

 

 

「よぅ、兄ちゃん。べっぴんさん連れてよぉ、俺たちにも楽しませてくれよ」

 

「スッゾコラー!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

なんとも分かりやすい人種たちである。とはいえ、こういうチンピラならば『説得』するのも難しくはない。少しだけ、この地域の事について教えてもらおうか。

 

 

「ちょうどよかったわ。この辺りには不案内なの。少し、道案内してもらえるかしら?」

 

「そうだな。おい、ほんの半時間ほど前だ。赤紫の髪をしたメイドを連れた男どもを見なかったか?」

 

「あん? なんだぁお前ら? 知りたかったらよぉ、頼み方ってぇもんがあるだろうがぁ?」

 

「ザッケンナコラー!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

ガラの悪い、額が残念なほどに後退した男がアガットを睨みながらナイフをちらつかせる。

 

 

「聞かせろ。あまり手間をかけさせるな」

 

「あぁ!? 手前ぇ立場分かってんのかぁコラ!」

 

「立場を分かってねぇのはお前の方だろう?」

 

 

アガットが嘲笑うように言い放つ。すると沸点の低い額が残念なほどに後退した男に青筋がたつ。男は訳の分からない言葉で叫び、そしてアガットに殴り掛かった。

 

しかしアガットはそれを悠然と片手で掴み、ひねる様にして腕を取る。

 

 

「いでででで!?」

 

「さあ、さっさと知っているか、知らないか話せ」

 

 

アガットが男を突き放し、男はもんどりうって倒れて、そして憤怒の形相で振り返りアガットを睨む。実に分かりやすい展開だ。

 

 

「手前ぇら! やっちまえ! 女は犯すぜ!!」

 

「スッゾスッゾスッゾコラーーー!!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

私は鞭を片手に、アガットは重剣を振りかぶる。十数人の男たちが私たちを取り囲み、そして戦術も何も考えない原始人のような奇声を上げながら、彼らは私たちに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「隊長、戦闘行為です」

 

「いつもの喧嘩だろう」

 

「いえ、遊撃士に襲い掛かっているようですね」

 

「ああ、情報部からの報告か。加勢は必要なのか?」

 

「いえ、大丈夫でしょう」

 

「しかし、いつみても酷い場所だ。たまに薙ぎ払いたくなるな」

 

「ははっ。小官もです」

 

 

ヴォルフ要塞に駐屯する第三機甲師団に属する彼らは、情報部の要請に従い予定のパトロールの時間を前倒しにして、ツァイス地方のスラム街であるサウスヴォルフ上空を飛行していた。

 

新型軍用飛行艇であるルー・ガルーは空中での機動性の高さと主力戦車を上回る装甲の厚さも相まって、こういった任務に向いている。

 

近接航空支援飛行艇ルー・ガルーは30リジュという装甲厚の第2.5世代主力戦車相当の複合装甲を張り巡らし、4リジュ機関砲を2門と15リジュ導力エネルギー砲を備え、下部に11ヶ所のハードポイントを備える強力無比な攻撃飛行艇だった。

 

その基本性能は同時期に配備が始まった主力戦車ウルスを遥かに凌駕する。

 

この機体に搭載された砲が一度火を噴けば、この不衛生なスラムなど数時間で破壊しつくすことが出来る。乗員6名はそう信じているし、それは一部において事実でもある。

 

10トリムを超える爆弾を投下できるこの飛行船があれば、爆弾が対人用のサーモバリック爆薬を詰めたものであれば、それは十分に可能だろう。

 

モニターに映るバラックの街並み。壮麗なセントラルトラットやウェストリッターの摩天楼や、華やかなウェストトラット、情緒あるオールドシティー、迫力あるテティス海沿岸などから見れば、ここは掃き溜め、ツァイスの汚点でしかなかった。

 

 

「上は本気なんですか? こんな奴らと隣で戦うなんてまっぴらごめんなんですが」

 

「外国人部隊創設の話か。噂話の段階だがな」

 

 

政府や軍において不法入国者の扱いと、スラム街の解体のために現在、彼らスラムの住人に対して兵役を課し、無事に任期を終えたと判断された時点で永住権を与えるという案が出ているらしい。

 

軍人になるかは個人の判断に任されるが、軍人になれば教育を無料で受ける事が出来、そして導力土木機械などを扱う免許を取ることが出来る。

 

そしてその家族はサウスヴォルフ地区に新たに建設される集団住宅に居住する権利を得る事ができるようになり、真に国民になるまでの間もいくらかの行政サービスを受ける事ができる権利を与えられる。

 

これを拒否した者は国外追放処分か、あるいは収容所への収容という方法で対処しようというのがこの案の骨子らしい。

 

この案に軍が乗り気なのは、陸軍が安価で使い潰しのきく歩兵師団を求めているからだ。

 

現在陸軍は7万人程度の4個師団2個旅団体制であり、これは一年戦役以前の4個師団体制と規模において大差がない。

 

変化したのは装備であり、2個師団が完全に機械化し、1個師団が機甲師団として編成され、あとの1個は特殊な任務を行うための空挺師団として再編成された。

 

残る2個旅団は一つはロレント-ボース間にて守備隊として、もう一つはクローネ山脈にて山岳での戦闘に特化した部隊として編成されている。

 

優先して拡大しているのは空軍であり、航空機部隊と飛行艦隊の設立に向けて現在のところ2万人を超える人員が育成されようとしていた。

 

少ないが海軍枠の存在もあり、また情報部などの後方を考えれば、経済発展を優先し、人口もまだまだ少ないリベール王国に陸軍を拡大する余裕は無い。

 

一年戦役の記憶も新しい今、軍人を希望する若者は少なくないが、政策と企業がそれを許さない。それに今のところは有事が起こっても、一年戦役で戦ったかつての兵士たちをかき集めればいい。

 

しかしながら、将来的には4個師団だけでは心もとない部分があり、戦線を構築するための予備兵力や歩兵師団が欲しいというのは陸軍の願いでもあった。

 

そうした中、移民を対象にした徴兵が注目を浴びる事になる。

 

陸軍は5万人を超える移民を兵士として徴用しようと考えており、これが実現すればリベール王国軍は総勢15万人という、軍人が人口比1.7%強という軍事国家となってしまう。

 

しかし、どのぐらいの期間兵役を課すのかとか、スパイの摘発はどうするのかとか、いくつもの課題が山積みで賛否両論であることは確かだ。

 

また、現在の女王陛下が軍拡には慎重な立場であることもあり、この案の先行きは不透明だった。

 

 

「心配しなくとも、俺たちの機甲師団には入ってこないさ。だが、出世したらアイツらを指揮する立場になるかもな」

 

「うへぇ、文字から教え込むなんて、俺たちは七耀教会の神父じゃないんですよ?」

 

「阿呆、文字も読めない奴が隣で戦ってたら、俺たちがとばっちり食らうだろうが。対戦車ロケットを逆向きで撃たれたら死ねるぞ」

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「いえ、さっきの戦闘行為が終わったようです。案の定、遊撃士の勝ちですね。うわっ、鞭でひっぱたいてますよ。痛そう」

 

「はん、クズどもは躾が大変だからな。遊撃士の連中もご苦労な事だ。まあいい、しばらくこの辺りを周回するぞ」

 

「イエッサー。しかし、情報部の奴ら、俺たちを手足みたいに使いやがって、なんかムカつくんですよね」

 

「エリート様だからな。『勝利の女神様』に目をかけられて調子に乗ってんだろう」

 

「空軍の奴らは新しい玩具貰うって喜んでますし、陸軍って地味ですよねー」

 

「一応、コイツが配備されただろう。気に入らないか?」

 

「いえ、まったく。グリフォンとは比べ物になりませんし、外国の兵器と比べても圧倒的なのは分かりますからね。ただ、『勝利の女神様』の作ったものじゃないんでしょう?」

 

「彼女は航空屋だから仕方がないだろう。だが、コイツには彼女が作った装置が組み込まれているって話だ。他国に落ちたら爆破解体だって習わなかったか?」

 

 

ルー・ガルーにはそのエネルギーをまかなう為に、最新式の導力エンジンと超伝導フライホイールが搭載されていた。

 

これにより巡航速度3000CE/hという高速性能を保有しており、また高出力の導力エネルギー砲は既存のあらゆる装甲を軽々と撃ちぬくことが出来るとされている。

 

この飛行艇と戦車部隊が組み合わされば、機動性に富んだ防御や侵攻が可能であることは確かで、空軍の傘が無い荒天においても、机上演習ではこの方面の仮想敵であるカルバード共和国軍数個師団を同時に相手どり、これを撃破することが可能とされている。

 

 

「実際、今度の戦車も悪くない。今の所は大陸最強の戦車だからな」

 

「導力エアコン付の戦車なんて少し前じゃ考えられませんでしたからねー」

 

「なんでも毒ガス対策と潜水のためらしいぞ。内部だけで空気を浄化して、循環させるらしい。50アージュの深さに潜っても大丈夫なんだそうだ。ヴァレリア湖を潜りながら進撃して、敵側面を突くんだと」

 

「前の演習でやってましたね。あれには正直、ビビりましたけど。そういえば、隊長ってお子さんいましたっけ」

 

「ああ、可愛い盛りでな…」

 

 

上空で兵士たちは呑気に世話話をする。だが、強力な武装を引き下げた飛行艇の威容は彼らが思う以上に、スラムの住人に威圧感と言い知れぬ重みを突きつけていた。

 

 

 

 

「ん、んん!?」

 

「おい、起きたぞ」

 

「なあ、犯ってもいいだろ?」

 

「馬鹿か。小奇麗なままの方が高く売れるんだよ。このメイド服の生地見てみろ。金持ちの使用人だぜ」

 

「もったいねぇなあ、美人なのに」

 

 

薄暗い小さな部屋。色は灰色。木の板を張り合わせただけの粗末な壁の隙間から太陽の光が差し込み、それを部屋に漂う埃が乱反射させる。

 

エリィお嬢様の居場所を知っていると語った人たちに路地裏に連れていかれて、それからは記憶が途切れている。どうやら騙されて、捕まってしまったらしい。

 

口は布で猿ぐつわがされていて、椅子に座らされた形で、両腕を後ろで縛られ、足も同様に縛られている。身動きは全く取れず、周囲には分かるだけで三人ほどの男たちがいるようだ。

 

痩せこけた東方系の男、背の高い筋肉質の南方系の褐色肌の男、そしてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて私に舐めるような視線を向ける茶髪の男だ。

 

 

「危険ではないのか?」

 

「もう何度もやってるだろう」

 

「今までは普通の女子供だった。だが、その女は金持ちのメイドだ」

 

「痩せたガキじゃあ大した金にならねぇからな」

 

「色町で売るのか?」

 

「あそこは足がつくから無理だな。軍人か金持ちか、ツテがあるんだよ俺にはな」

 

「もったいねぇなあ、こんなに可愛いのになぁ」

 

「っ!?」

 

 

いやらしい笑みを浮かべる茶髪の男が私の頬を舌でベロリと舐めて、胸を鷲掴みにする。気持ち悪くて怖い。嫌悪感で肌に鳥肌が立つ。

 

私は目を瞑って顔を背けるが、男は下品な笑い声を上げながら私の体を触ってくる。私は思わず悲鳴をあげてしまう。

 

 

「怪我をさせるなよ。あと、服を汚すな。価値が下がるだろう」

 

「いいじゃねぇか、ちょっとは楽しませろよ。最近じゃ商売女としかヤってねぇんだからよぉ」

 

「お前はもう少し思慮というものを持った方がいいな」

 

「あん、あんだと野蛮人。南方の未開人が」

 

「俺が蛮人ならば、お前は獣だな」

 

「喧嘩売ってんのか、あ? 表出ろよこらぁ!」

 

「……待て、様子がおかしいぞ」

 

 

南方系の男と茶髪の男が言い争っていると、いきなり東方系の男が二人の争いを止めた。空気がピンと張りつめるのが分かる。何が起こったのだろうか?

 

南方系の男は部屋の奥から手斧を取り出し、茶髪の男は胸ポケットから導力銃を引き抜いて警戒を始める。そして、

 

 

「おらぁ!!」

 

「な!?」

 

 

突然、木製の壁が突き破られ、巨大な剣を持った赤毛の男が部屋の中に乱入してきた。木片が飛び散り、茶髪の男が驚きで目を見開く。

 

冷静だったのは南方系の屈強な男で、すぐさま手斧を振りかぶって赤毛の男に向かって走り出した。そして、斧をおもいっきり赤毛の男に向かって振り下ろす。

 

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 

金属同士が激しく衝突する音が鳴り響く。南方系の男が雄叫びをあげて、何度も何度も力任せに斧を振るう。

 

赤い髪の男も負けておらず、一歩も引かずに身長ほどもある巨大な剣を叩き付けるように振るった。武器の重みの差のせいで、南方系の男がたたらを踏んでバランスを崩す。

 

次の瞬間、ものすごい速さで東方系の男が赤い髪の男の懐に踏み込んだ。武器は無く、素手。強烈なパンチを赤い髪の男に叩き付けようとする。

 

しかし、その横合いから強烈な風圧の塊が東方系の男を叩きのめし、吹き飛ばす。東方系の男は私の真横を転がってゆき、すぐさま立ち上がって前を睨んだ。

 

 

「遊撃士…か」

 

「言っただろう。金持ちに手を出すのは危険だと」

 

「ま、マジで遊撃士かよ…。い、今のって戦術オーブメントって奴か!?」

 

「貴女がジョアンナさんね、私はシェラザード、遊撃士よ」

 

 

いつの間にか私の目の前には銀色の長い髪をした、褐色の肌の女性が立っていた。彼女は鞭を片手に私を庇うような位置に立って、三人の男たちに対峙する。

 

もう一人の赤毛の男の人も遊撃士なのだろう。それが分かると全身から力が抜けていく。

 

 

「まあ、そういうこった。大人しく捕まりな」

 

「残念ながら、そう簡単にハイとは言えないな」

 

「だ、だけどどうすんだよ!?」

 

「これ以上粘っても利益はでない」

 

「逃げるに限る」

 

 

そうして突然、東方系の男が足を振り上げて、そして思いっきり地面を踏み込んだ。

 

次の瞬間、地面がひび割れ、そして砕け散り、視界を閉ざす土煙が舞い上がる。シェラザードと名乗った遊撃士の女性は椅子ごと私を抱えて、その土煙の爆発から距離を取る。

 

 

「くそっ、逃がすか!!」

 

「アガット、深追いはしないで」

 

「お前は人質を安全な場所に連れていけ」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

赤い髪の遊撃士が巨大な剣を振るうと、その風圧で土煙が少しだけ晴れる。そうして、彼はそのまま三人を追って走り去ってしまった。

 

シェラザードさんは私を縛っていた猿ぐつわや縄をナイフで断ち切って、そして怪我がないかと聞いてくる。

 

 

「大丈夫みたいね」

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「ええ。でも、怪しい男についていっちゃダメでしょう」

 

「す、すみません。お嬢様が心配で考えが至らなくて…、そういえばエリィお嬢様がっ」

 

「大丈夫よ。遊撃士協会で保護しているわ」

 

 

エリィお嬢様の事を思い出して一瞬焦ったが、シェラザードさんの言葉にほっと息を吐く。どうやら、迷子になって迷惑をかけてしまったのは自分の方だったようだ。

 

恥ずかしさが込み上げて来て、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からなくなって、そんな風に思ったら涙が溢れだしてしまう。

 

 

「あー、ほらほら泣かないの。エリィちゃんも心配しているから。さあ、行きましょうか」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

「ジョアンナっ! もうっ、心配したのよ!」

 

「す、すみませんエリィお嬢様っ」

 

「無事でよかったわ。本当に、貴女に何かあったらと思うと、気が気でなくて」

 

「本当にご迷惑を…、なんとお詫びすればいいのか…」

 

「いいのよそんな事。遊撃士の方々も、本当にありがとうございました。依頼料の方はおって振り込ませていただきます」

 

 

エリィとメイドのジョアンナさんが抱き合う。怪我も、酷い目にも遭った様子はなく、シェラザードさんたちは何とか間に合ったらしい。一安心と言ったところか。

 

 

「今後ともご贔屓に。エステルが払うんじゃないのね」

 

「いや、まあ、私そこまでお人好しじゃないです」

 

「払えないヒトだったら、肩代わりしたんでしょ?」

 

「ま、まあ、そういう事もあるかもしれません。というか、そういう場合は遊撃士協会も無料にするルールでしたよね」

 

 

こと、民間人の安全に関する依頼の場合、遊撃士協会は格安、あるいは無料でそういった依頼を引き受けることが多い。この辺りの精神というか、気高さみたいなのが一般人受けする要因でもある。

 

ただし、その依頼料についてはエプスタイン財団や王室からの寄付金で賄われている。非営利団体とか、そういう性質だろうか。

 

役所の縦割り的な硬直した発想ではなく、柔軟で、民間人に寄り添う形で活動する彼ら遊撃士は、国家と言う枠組みから見たら邪魔者に見えてしまう事もある。

 

だけれども、公共サービスでは到底不可能なきめ細やかな個々への対応が可能である点で、合理的で効率的なサービスを可能にしていた。

 

そういう意味で遊撃士の活用は国家の統治コストを安く抑える効果がある。アウトソーシングというのは行政においても場合によっては効果的なのである。

 

 

「悪いな、逃がした」

 

「アガットさん、お帰りなさい」

 

「いや、中途半端な終わり方ですまねぇな。連中、あれだけの腕があるんだったら他に出来る仕事もあるだろうに」

 

「貴方がそれを言うのかしら?」

 

「うっせぇ」

 

「ふふ、ジョアンナさんを無傷で救出していただいただけでも十分すぎる結果です。それに、犯人逮捕は依頼には含まれていませんから。本当にご苦労様でした。…ところでタチアナさん、こういう事件は増えているんですか?」

 

「旅行者を狙ったのは珍しいかもねぇ。民間人の被害は多くはないけれども、何件か発生しているわ。人身売買については色々と噂があるけれど、そっちの対象はサウスヴォルフのストリートチルドレンが被害に遭っているようね。全貌は把握し切れていないけれど、児童買春に深く関わっているみたいねぇ」

 

「遊撃士協会は動かないんですか?」

 

「どうにも、やり方が巧妙なのよ。会員制のクラブらしいって話だけど。こっちとしても何としてでも踏み込みたいわね。カシウスさんが戻ってきてくれれば、こっちとしても助かるのだけど」

 

 

父は今D∴G教団の一斉検挙に関わっている。帰ってくるのはもうしばらく先だろう。

 

まあ、いい。ジョアンナさんは深刻な事にもならなかったし、問題は先送りに近いが、スラムを一掃してしまえば問題の幾らかは解決するだろう。

 

それにはエプスタイン財団との技術提携にかかっている部分が大きいのだけれど。

 

 

「エリィ、良かったですね」

 

「ええ、エステルさん、本当にありがとう!」

 

 

そうして、今日のちょっとしたハプニングを含む買い物は終わりを告げた。

 

 

 






遊撃士がようやく活躍した。

22話でした。

公共サービスというのは、平等であることを求められるので、それ故に非効率になってしまうことが多々あります。全体に行き渡らせなければならない、個別への柔軟な対応が出来ない。

そういう意味で最近行政はNPOを活用しようとしているのですが、杓子定規な行政とピンキリなNPOでは噛み合わない部分が多いというか、成功例は多くないようですね。

そういう意味でこの世界の遊撃士協会というのは非常に優れた統制と理想を維持した組織だと思います。現実的にこんな組織が活動しえるのかと思えるほどに。

依頼料を取るとはいえ、命がけの仕事が多いという意味では薄給のようにも思え、余程の強い精神や信念がなければやっていけないのではないでしょうか?

あるいは企業や王室などの社会貢献として、多額の寄付金が協会に寄せられているのかもしれませんね。エプスタイン財団は最大のスポンサーらしいですし。

魔獣が闊歩するこの世界観において、僻地での治安維持と医療サービスは彼ら無しでは成り立たないかもしれません。




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023

 

透明な窓を隔てた遠い世界は曲面。遠く青みがかった大気の層はグラデーション。見上げれば空は暗く、昼間だというのに星が見える。

 

見下ろせば蒼。雲の切れ間に大気層によりぼかした様にも見える蒼いテティス海とヴァレリア湖、その間には緑色の陸地と黄色みがかった山地が挟まれている。

 

 

「世界って丸いんだ…」

 

「綺麗…」

 

「これは確かに、見ごたえがあるわね」

 

「知識では知っていたけれど、こうして目にすると実感できるわね」

 

「これは…見飽きないな」

 

 

高度25,000m、この世界の単位では250セルジュ。この高度になると雲はほとんど存在せず(無いわけではない)、大気は極めて薄く人間が活動できる限界を超えている。

 

とはいえ大気は存在し、ジェット機のような酸化剤を大気に依存する航空機でも飛行することが可能な領域だ。

 

非大気依存型の導力エンジン駆動ならばプロペラ機でも到達は不可能ではなく、航空機による初の世界一周を行ったアルバトロス号は、飛行高度のレコードを打ち立てるべくZCFの技術者たちに好き放題の改造を受け、実験飛行では300セルジュ近い高度まで到達したらしい。

 

 

「…ヤーチャイカ」

 

 

私は窓からの景色に目を奪われる。

 

知識と体験が大きく違うことを、この飛行機は教えてくれる。普段の日常からは完全に切り離された世界。非日常の美しさがそこにはある。

 

世界は美しく、空はどこまでも続いていて、蒼穹を貫いた先にある深淵に手が届きそう。

 

 

「お昼なのに星が見えますよ、エステルお姉ちゃん!」

 

「そうですね、ティータ。理由は分かりますか?」

 

「大気が薄いからです。えっと、太陽光が空気分子に散乱されなくて、星の光の観測を邪魔しない…んですよねっ」

 

 

高度200セルジュを越えると昼間でも星を肉眼で見る事が出来るようになる。それはティータの言った通りで、とはいえ夜のように完全に見えるわけではない。

 

宇宙まではまだ遠く、大気の層はまだまだ折り重なっている。どこからが宇宙かなんていうのは無駄な議論になるが、高度1,000セルジュを境界とするべきだというのが一般的だろうか。

 

 

「なかなかできない体験をさせてもらっているな」

 

「いつか、こういう風に招待しようと思っていましたので」

 

「ああ、嬉しいぞエステル」

 

 

今日は私の知人、友人たちを乗せて、アルバトロス号を貸切にさせてもらった。

 

安全保障的な観点からラッセル博士とエリカさんは一緒に乗ることが許されず、ラッセル博士は悔しがっていたが、まあ仕方がないだろう。

 

ティオとエリッサは二人並んで窓にへばりつくようにして外を見ている。私は父と向き合う形で窓の外を眺めながら、リンゴジュースを一口含む。

 

このリンゴジュースはラヴェンヌ村特産の新鮮な果物で作られたジュースで、これらの果物はボース地方の名物の一つになっている。

 

鉱山が閉山になった後、一年戦役による被害を受けたが、リンゴやオレンジ、桃などの果樹栽培で復興を果たしたらしい。

 

 

「本当はお母さんも一緒に、こういう風にして飛びたかったんですけどね」

 

「そうだな。レナも向こうで羨ましがっているだろう」

 

「こうして見ると、世界は広いですね。本当は飛行機で世界中を旅してまわりたいんですけど」

 

「いつか、出来るようになるさ。エステル、お前が望めば、お前ならなんだってできるだろう」

 

「東方に行ってみたいですね。本物の東方文化というのも見てみたいです」

 

「そうかそうか、なかなか良いものだぞ。料理も美味いしな」

 

「お父さんは行った事があるんですか?」

 

「昔な。お前が生まれる前だ」

 

「旅ですか。皆で行きたいですね」

 

「家族旅行か。また皆でどこかに行こうか?」

 

「エルモ温泉なんかどうですか? 源泉を見に行きたいです」

 

「ははは、お前の発想はいつも面白いな。源泉か。そういう旅行も楽しそうだ」

 

 

お父さんはつい最近までカルバード共和国で大きな仕事に携わっていた。

 

D∴G教団の一斉摘発。

 

父の指揮によって共和国を始めとした各国の遊撃士協会、軍、警察が共同戦線を張った一大作戦だ。リベール王国軍情報部も情報提供として協力していたが、非常に鮮やかな作戦と指揮だったらしい。

 

この神懸った戦略眼、そして戦闘能力が大きく評価され、父は遊撃士としての最高ランク、非公式のS級遊撃士として登録された。

 

S級はゼムリア大陸に4人しかいない超一流の遊撃士の称号であり、国家規模、あるいは国際規模の事件を解決する能力が有ると見なされることになる。

 

ユン先生曰く、父カシウス・ブライトは《理》に到達しているのだと言う。《理》に至れば、一目で万物の真理を掴みとることが出来るらしいが、父を見ていると確かにその通りだと納得してしまう。

 

棒術にしても既に達人の領域に至っているようで、専門でもないくせに私と互角以上というのはどういう了見か。

 

そして真理を掴みとるのは武術だけに留まらない。軍にいては軍略において最高峰と称えられ、遊撃士としてもその推理と洞察力、問題解決能力は少しも衰えない。

 

《理》に通ずるとされる《剣聖》の称号を得ている者たちでも《理》に到達した者は一部しかいないというほど。

 

だから、お父さんに匹敵するような人間は、おそらくは世界中を探し回っても5人もいないのではないだろうか。我が父ながら鼻が高い。

 

 

「なら約束です。たまには家族サービスして下さい」

 

「分かった分かった。ほら、友達の所に行って来い」

 

「ふふ、分かりました」

 

 

そうして私は席を立つ。

 

幅3アージュ強の長細い空間であるが、元々は無補給無着陸の世界一周旅行を実現するために特別に改造された機体なので気圧や機内温度などは過ごし易く調節されている。

 

そして内装は客商売を見込んで豪華なものとなっていて、幅が広く座り心地の良いリクライニングシートに、ディスプレイ付きというの贅沢な仕様だ。

 

私はこの前知り合ったばかりのエリィの隣に行く。文系志向の彼女もこの光景には目を奪われているらしい。今回はリベール王国での思い出になればいいと、ジョアンナさんと一緒に招待したのだ。

 

 

「どうですか、エリィ?」

 

「すごく感動したわ。でも外国人の私なんかを乗せてしまっていいの? アルバトロス号っていえばリベール王国の航空技術の象徴、最高機密の塊でしょう?」

 

「大丈夫ですよ。エリィは私の友達なんですから…というのは恰好づけでして、実は元々そういう予定になっているんです」

 

 

実の所、アルバトロス号を用いた成層圏飛行を観光客目当てに活用しようという話が持ち上がっていて、今年の終戦記念日か女王生誕祭に向けて調整が進んでいる。

 

技術というものは本来兵器としてだけではなく、人々の暮らしを便利にしたり、夢や希望を与えたりするものでなければならない。

 

技術関連のセキュリティーについての詰めの話が進んでいて、他国の工作員によってハイジャックされた場合は容赦なく撃ち落とすなどの対策が練られている。

 

新型の戦闘機のお披露目と共に、今年の女王生誕祭の目玉となる予定だった。

 

 

「というわけで、後で意見を聞かせてもらえると嬉しいですね」

 

「そうなの。リベール王国はそういう部分が開かれていて印象がいいわね。エレボニア帝国なんかじゃ絶対に考えられないわ」

 

「あそこは貴族のためのモノを作りそうですけどね」

 

「言えてるわ。カルバード共和国ならお金持ちのためかしら」

 

「んん、実はこれについては予約制にしていますし、結構お金を取る予定なんですよね。身分が確かでないヒトは乗せたくないので」

 

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと得しちゃった気分かも」

 

「生誕祭が終われば、子供たちや学生なんかを無料で招待する予定なんですけどね」

 

「教育の一環…か。それってすごく効果的かも。科学技術への関心も高めて将来の優秀な技術者の芽を育むとともに、リベール王国の国民としての誇りも醸成するって感じかしら」

 

「ふふ、エリィは考え過ぎですよ。単純に楽しんでほしいだけです。飛行機を作った人間としての願いです」

 

「もしかしたら、そういう純粋な思いみたいなものが本当は必要なんでしょうね」

 

「皆がそう思えば、世界は今より平和になっているでしょうね。ヒトという生き物はなんだかんだと余計なものを抱え込んでいますから。まあ、それはそれで面白いのかもしれませんが。ただしティータが可愛いのは真理です」

 

「ふふ、そうよね。あの子、なんであんなに可愛いのかしら。健気で、一生懸命で、お持ち帰りしたくなっちゃう」

 

「その祖父と母親は結構面白い性格の人物なんですけれど」

 

「アルバート・ラッセル博士のお孫さんなのよね。本からの知識しかないのだけれど」

 

 

現代導力学の権威と言えばA.ラッセル博士、G.シュミット博士、L.ハミルトン博士の三人は外せない。

 

導力器の発明者にして導力革命の発端となったC.エプスタイン博士の高弟である三人によって導力革命は主導されたと言っても過言ではない。

 

ラッセル博士はリベール王国での導力革命の立役者で、ZCFを設立した。G.シュミット博士はエレボニア帝国における導力革命を指導した人物で、今はルーレ工科大学の学長をしている。

 

L.ハミルトン博士は導力革命による技術格差の出現を予見して、僻地の技術振興に力を入れた。エプスタイン財団はL.ハミルトン博士の思想に大きく影響されている。

 

ちなみに全員変人らしい。ノバルティス博士といい、天才導力学者には紙一重の人物しかいないのか。…私はまっとうな常識人ですよ?

 

そんな事を考えていると、とたとたと機内をせわしなく動いていたティータが私の所にやってきた。表情はご機嫌と言った感じで、好奇心に目を輝かせている。

 

 

「エステルお姉ちゃんっ、機関部を見に行っていいですか?」

 

「飛んでる最中は危ないのでダメです」

 

「ええ~」

 

「それに寒いですよ。気密は保たれていますが」

 

 

この上空250セルジュの世界の外気温はマイナス70℃前後。寒いというよりも、痛いとか、凍りつくとかそういうレベルである。

 

機関室はそこまで寒くはないが、今の私たちの服装で行けば凍えることは間違いなかった。一方、私の傍に座るエリィはティータに興味津々だ。

 

 

「ティータちゃんも導力学者になるの?」

 

「はいっ。今は見習い技師なんですけど、いつかはおじいちゃんやエステルお姉ちゃんみたいに、皆の役に立つモノを作ってみたいです」

 

「そうなんだ、すごいわね」

 

「ティータは優秀なんですよ。来年には大学に来るんですよね」

 

「えへへ、予定ですけどね」

 

「…リベール王国のヒトって優秀なのね」

 

「どうでしょう? レマン自治州も人材には事欠かないみたいですけど」

 

「エプスタイン財団のお膝元ね」

 

「クロスベルだって、IBC総裁の経営手腕は抜きんでていますし、まあ隣の芝生は青く見えるものです」

 

「ディーターおじ様…、うん、マリアベルもすごいし、私も負けてられないわね」

 

「ディーター総裁と知り合いなんですか? まあ、マクダエル市長の孫娘ですから、おかしくはありませんが」

 

「ええ、家同士の付き合いがあるのよ。おじ様の一人娘のマリアベルとは幼馴染だし。でも、技術面での才能が乏しいのはちょっと不安かも」

 

「エプスタイン財団との関係は深いと聞いていますが?」

 

「IBCはね。世界最大の銀行だし、エプスタイン財団とも縁が深いみたいだけれど。導力ネットワーク計画はリベールとクロスベルが最先端なのよね」

 

「クロスベルはエプスタイン財団主導、リベールはZCFが主導していますが。方式も少し違うんですよ。互換性はありますけどね」

 

 

ソフトウェア開発においてはエプスタイン財団が強く、導力演算器のようなハードウェアに関してはZCFがリードしている。

 

とはいえ得意分野には違いはあるが、そこまで大きな技術格差は無い。むしろ技術交流は頻繁に行われており、競争相手ではあるが、決して足を引っ張り合うような間柄ではない。

 

導力演算器の核であるプロセッサーやRAM、ハードディスクといった精密導力機械部品の供給はZCFが行っているし、ソフトウェア研究開発では頻繁に共同研究を行っている。

 

基幹ソフトであるOSについてはエプスタイン財団が開発したものを参考にしており、私の発案によってXのいた世界のモノを参考に構築されている。

 

 

「ZCFはそういう方面に強いわね。飛行船と航空機の飛行制御技術、導力演算器に関してはトップなのよね。ヴェルヌは器用貧乏ってイメージだけど」

 

「あそこは効率を重視していますから、量産技術については学ぶ部分は多いですね。デザインに関しても垢抜けていますし」

 

「でも壊れやすいっていうイメージがあるのよね」

 

「安い製品については確かにそういうイメージはあります。ヴェルヌ社の導力車はドアが外れるのだとか」

 

「ZCFの導力車は酷使に耐えるイメージがあるわ。ラインフォルト社は高級車っていうイメージかしら」

 

 

ゼムリア大陸の導力車市場はリベール王国のZCF製、カルバード共和国のヴェルヌ社製、エレボニア帝国のラインフォルト社製の三大メーカーによる熾烈な競争がなされている。

 

それぞれに特徴があり、甲乙つけがたいというのが導力車専門誌のコメントだ。

 

ZCF製はとにかく信頼性と品質が高いというのが評判だ。過酷な使用条件にもよく耐え、壊れにくく、騒音も振動も少なく、安定した走りを実現する。

 

小型高出力のエンジンは意外なほどに力強く、急勾配の斜面にもよく対応する。これはエネルギー効率の高さによる側面でもあり、エンジンの出力を無駄なく走りに還元するからでもあった。

 

ヴェルヌ社製は豊富な車種と垢抜けたデザイン、安価な価格が魅力で、大衆車というものを普及させたのはヴェルヌ社だと言ってよい。

 

壊れやすいだとか、そういうイメージはあるが、それは低価格帯の車種であって、高級車モデルならば信頼性は悪くないと評判である。

 

ラインフォルト社製は高級車のイメージが強く、豪華な内装が特徴の一つだが、同時に丈夫で馬力があるというのが最大の特徴だ。

 

ラインフォルト社製の導力車は大きく、ボディも厚い鋼板を使用しているので衝突事故に強い。大きなエンジンを載せているので馬力も桁違いだが、価格帯はかなり上という設定になっている。

 

強いて比べるなら価格の安さとアフターサービスの良さで言えばヴェルヌ社製>ZCF製>ラインフォルト社製といった順番になり、

 

最大速度と頑強さならばラインフォルト社製>ZCF製>ヴェルヌ社製。乗り心地と故障の少なさはZCF製>ラインフォルト社製>ヴェルヌ社製といったところだろう。

 

なので貴族や大金持ちならばラインフォルト社製を選ぶし、比較的裕福な家庭ならばZCF製の高級モデルを選ぶ。中流層ならばヴェルヌ社製かZCF製の大衆車のどちらかを選ぶといった感じになる。

 

まあ、結局は好みの問題と言える。リベール王国ではZCF製が好まれるし、エレボニア帝国の上流階級にはラインフォルト社製が好まれる。

 

 

「それぞれの特徴はそれぞれの起源に深く関係していますから」

 

「ZCFは時計工房から飛行船製造が起源で、ラインフォルトは銃火器から鉄道が起源、ヴェルヌもルーツは銃火器だけれど導力車が導力技術の起源なのよね。確かにZCFは精密機械、ラインフォルトは軍用品、ヴェルヌは量産品のイメージね」

 

「マスプロダクションも品質管理の概念もヴェルヌ社が発祥ですけどね。あそこの消費者目線を大切にする姿勢は学ぶべきかもしれません。部品の規格も共通のものが多いですから、修理するのにもコストがかからないんですよね。ZCFもラインフォルトも作れるから作ったとか、作りたいから作ったとか、生産者というか職人視線で物作りしちゃうので」

 

 

などとエリィと話していると、後ろからエリッサが抱き付いてきた。顎を私の頭の上に乗せて、腕をまわしてくる。ウザイ。

 

 

「何難しい話してるのよエステルー。私にもかまってー」

 

「はいはい。分かりましたよ」

 

「ふふ、仲がいいのね」

 

「まあ、家族ですし」

 

「私はそれ以上の関係に踏み出しても…」

 

「ははっ、はぁ…」

 

 

その後、女の子だらけの中でハーレム状態にあるヨシュアを徹底的にからかったり、ちょっとした自然科学に関する講義を行い一部の『生徒』を睡眠状態に誘ったり、パイロットさんに掛け合ってちょっとしたアクロバティックな飛行をしてもらったりと、私たちは空の旅を楽しむ。

 

 

「やっぱり、うん、飛行機はいいですね」

 

 

世界中を飛行機の航空路線で結びたい。観光地なんかで、ちょっとした軽飛行機による空からの遊覧などを企画する会社を作ってもいい。

 

空は独占されるべきものではない。私が年老いた頃には、宇宙旅行なんてものを気軽に楽しめるようになったら、そんな夢想を私は心の中に抱いた。

 

 

 

 

 

 

映像がスクリーンに投影される。音は無い。ただ、映像だけが流れる。

 

突然緋色の火球が湧き上がる様に生まれ出でて、中心より白い雪崩にも似た衝撃波が同心円状に広がる。そして巨大なキノコ状の雲が形成される様が映し出される。

 

そして次に十匹ほどの草食性の魔獣が光を浴びた瞬間に、まるで影が消し飛ぶように消滅する様が映し出された。

 

緑色の葉を茂らせた木々が熱風に煽られて一瞬で引火する様、爆風によって家屋が軒並み吹き飛ばされる様。

 

全てが終わった後、レプリカとして本物と同じように作られた煉瓦造りの建物が軒並み瓦礫の山と化している映像、戦車や装甲車両がひしゃげたり横転している映像。

 

そして、大地に刻まれた深く巨大なクレーターが映し出される。

 

最後に熱線、爆風、放射線等による被害半径、致死率、放射性降下物の拡散状況、その他様々なデータが表示されていく。

 

軍の関係者たちは絶句したり、褒め称えたり様々な反応を返す。対してアリシアⅡ世女王陛下はそれを悲しげな表情で見つめ続け、言葉一つ洩らさなかった。

 

 

「以上がこの新型爆弾の大気圏内起爆実験の結果となります」

 

「…我が国はこんなものを持ってしまった、そういう訳ですね」

 

「はい。小型化に向けた研究開発も順調に進んでいます。原材料の自給にも目処が立ちました。量産体制が確立できれば年に数十個の単位で生産することが可能になります。また、完全な『導力フリー』も近く実現するでしょう」

 

 

先日、アゼリア湾の遥か南西に存在する島において、厳戒態勢の中、原子爆弾の初の大気圏内における起爆実験が行われた。

 

戦場での運用を目指すのならば避けては通れない実験であり、装甲車両や塹壕による被害の軽減、地上における放射性降下物の飛散状況といったデータなどがとられた。

 

実験による爆音はリベール王国本土にまで響き、人々の噂に上ったので完全な隠蔽は出来なかったものの、地下実験では得られなかった様々なデータを採取することに成功した。

 

同時にその恐ろしさを実感することにもなったのだけれど。

 

使用された原子爆弾は核出力100kt程度の強化原爆であり、導力演算器による設計の見直しにより、ラグビーボールのような形状をしている。

 

これは二点着火方式の爆縮装置を用いた、中空式のプルトニウムコアを持つタイプの核爆弾であり、インプロージョン方式では小型化に最も適する形状と言える。

 

強化原爆として重水素と三重水素の核融合反応を用いた核反応の促進についても最適化されつつあり、中性子反射体にはベリリウムを用いたことで原子爆弾の大きさは大幅に小型軽量化した。

 

初期のものが4トリムを超える重量であったのに対し、今回の爆弾は僅か0.5トリムにまで減量に成功し、なおかつその威力も飛躍的に向上している。

 

現実的には核出力500キロトン級の核融合兵器を戦略爆撃機に搭載して仮想敵国の主要都市を全て消滅させることが可能になるまでが既に視野に入っている。

 

ただし放射能汚染の問題から考えて、よりクリーンな水素爆弾の開発を行うことが望まれる。導力という要素を加えればそれは十分に達成可能な目標だった。

 

導力器に頼らない『導力フリー』技術については《結社》への警戒によるものだ。

 

強力な導力パルスへの対策については既に考案しているし、近く実現する見込みだが、あの技術力から考えてどのような対策をとるべきか予想しきれない。

 

核兵器を応用した導力パルス兵器ならば作れるのだけれども。

 

軍将校や高級官僚、大臣たちが盛んに議論を交わす。今回の会議は非公開ながら公式な場であり、リベール王国が初めて核保有に関わる議論を行う重要な場だった。

 

彼らの多くは導力兵器の延長としか聞かされてはいないが、それでもその超威力は彼らの心の闇を炙りだすには十分だったのだろう。

 

この会議においてはリベール王国がこの兵器の存在を公に公開するのか、どの程度配備するのか、今後の研究についてはどうするのかといった事が決定される。

 

最悪の方向に転べばエレボニア帝国を滅ぼそうなんていう極論に至るのだが、女王陛下がいる限りそれはありえない。

 

 

「公開によるデメリットが大きいと君は考えるのかね?」

 

「はい。現状、王国の国防に問題はありません。この上で新型導力爆弾《ソレイユ》を発表すれば、近隣国家に無用な警戒を抱かせてしまうでしょう。貿易に支障が出る可能性も否定できません」

 

「だが、リベールがこの兵器を持っていると知れば、全ての国が我が国の意見を無視できなくなるのではないかね? それによって多くの国益を生み出すことも難しくはない」

 

「エレボニア帝国により大きな妥協をさせることも可能じゃないか? 関税を引き下げさせ、市場の開放を迫ることも出来る」

 

「いや、領土割譲を迫ることだって不可能ではない」

 

「待ってください。短期的には確かに大きな利益が得られるかもしれません。しかし、中長期的に考えればデメリットの方が大きいと私は考えています。それに、公表すれば間違いなく他国は同様の超兵器の開発に乗り出すはずです。その結果は果てのない軍拡競争と、その先にある財政の破綻です」

 

「それは軍情報部が上手く動けばいいだろう。仮に相手が超兵器開発に名乗り出るというのなら、先に潰してしまえばいい」

 

「エレボニア帝国を先に併呑し、そしてカルバード共和国を食えば、ゼムリア大陸に我々を阻める者などいなくなる!」

 

「いや待て、統治コストを考えてほしい。わが国の国力では西ゼムリアの覇権を維持するのは不可能じゃないか?」

 

「そうだ、武力による統治など破綻するに決まっている」

 

「そんなものはエレボニア帝国風にやればいいだろう。分割して、情報部による統制を強化してしまえばいい」

 

 

机上の空論である。そもそも純粋なリベール王国の人間は800万人弱程度でしかない。そんな人口規模で数億の人間を統治しようとすれば必ず破綻する。

 

急速に拡大した巨大帝国というものは基本的には100年も保ったためしがないし、余計な憎しみを買うだけで面白くもない。

 

それでもエレボニア帝国を併呑するなら、あと5年、いや10年は待ってほしいというのが本音だ。今の国力では近代国家を飲み込む余裕など全くないのだから。

 

来年には国内総生産においてリベール王国はエレボニア帝国を抜き去るし、謀略によって既存の権力から民衆の支持を奪う事も可能かもしれない。

 

だが、それはあまりにも面倒だった。近々、国土が形だけとはいえ『2倍に増える』のだし、あそこの開発も並行して行わなければならない。

 

私はそんな面倒な政治に関わるつもりなんてさらさらないし、そして今の議論を静かに見つめるこの国の主もそんなつもりはなさそうだった。

 

 

「皆の者、落ち着きなさい」

 

 

女王陛下の言葉に一同が静まる。いままで沈黙を守って来た彼女に大臣や将軍たちの視線が集まった。

 

 

「一時的にとはいえ、他国に対して圧倒的に有利な立場を得た事。これによって気持ちが逸ることは理解できます。しかし、我が国は今までそういった立場に立った者たちの栄枯盛衰を1200年も見てきたではありませんか。我が国がそのような轍を踏むわけにはいきません。私たちは100年先を考えて決断しなければならないのです」

 

 

女王が一息つく。

 

 

「国が急激に巨大化すれば歪みが生じ、欲望は際限なく肥大化し、傲慢が蔓延し、我が王国は始祖より受け継いだ高潔を失い、滅びの道を歩むでしょう。私はエステル博士の考えに賛同します。我が国自ら6年前のエレボニア帝国の野蛮な侵略と同じことをするわけにはいきません」

 

「わしも陛下のお言葉に賛成する。エレボニアに再戦を挑むだけならまだしも、いたずらに世界を敵に回すような戦略は立てられん。不確定要素が多すぎて何が起こるか予想もつかん」

 

 

女王陛下の意見に対して、モルガン将軍が賛同の意を示す。さらに予算に関わる財務官僚が国家財政の観点から消極的な賛意を示し、主戦派の舌鋒は鈍りだす。

 

さらに外相が外交カードとして切り札はいざという時のために隠しておくべきだとの意見を述べて、大勢が傾き出す。

 

 

「研究開発については引き続き進めるべきだとは思うが? 切り札とするならば、より強力なものとするべきだろう」

 

「博士、《ソレイユ》の威力はどこまで高める事が出来る?」

 

「理論上の上限は存在しません。ただし、爆発のエネルギーは平面方向だけではなく、上の方向にも逃げてしまいます。ですので1個の強力な爆弾よりも、複数のほどほどの威力の爆弾をばらまく方がより広範囲に被害をもたらすことが可能になります」

 

「なるほど」

 

「ならば、小型化が重要になると言う事かね?」

 

「はい。現状でも戦闘爆撃機に搭載可能な爆弾は十分に製造可能です。将来的には戦術兵器、戦略兵器といった形で柔軟に用いる事が可能になるでしょう」

 

「このレポートによるならばロケットと組み合わせることが出来るとあるが?」

 

「それは長距離弾道ミサイルという戦略思想です。国内の地下基地から直径2アージュ以下、全長20アージュ以下の大型ロケットに《ソレイユ》を複数個搭載して敵国に投射する…というのが基本的な発想ですね」

 

「命中するのか?」

 

「誤差100アージュに抑える事は十分に可能です。最大射程は100,000セルジュ以上を目指すことになるでしょう」

 

「なっ…、それはつまりゼムリア大陸全域を?」

 

「はい、多少の準備は必要ですが。迎撃は現状の技術では不可能です。迎撃を困難にする手段もいくらでも考案可能です」

 

 

隣国を狙うのならそれほど射程は必要ではない。せいぜい50,000セルジュの射程があればエレボニア帝国もカルバード共和国も全て攻撃可能圏内に飲み込んでしまえる。

 

とはいえ、弾道弾は攻撃出来ることを示すための兵器であって、実際に攻撃に転用することはまずあり得ないのだけれど。

 

 

「ロケットの開発目的はそれだけなのですか?」

 

 

女王陛下が私に質問する。

 

 

「いえ、主要な運用目的は商用と科学的調査となるでしょう。惑星の周囲に導力波の遣り取りを行う人工衛星を周回させることが出来れば、通信・流通に革命をもたらすことが可能になります。また、導力カメラを搭載すれば宇宙から気象の変化を観察することが可能になります。天災の予測に大きく貢献するでしょう」

 

「ああ、前に貴女が言っていた通信衛星と気象衛星ですか」

 

「はい。また、最終的には月のような異なる天体に人類を到達させることを可能にします。異なる天体の資源開発を行うとなれば、百年以上先になるかもしれませんが、新しいフロンティアとしての宇宙開発という概念は数十年以内に世界常識となるはずです」

 

 

通信衛星にGPS、気象衛星、資源探査衛星。人工衛星が人類にもたらす貢献は大きなものになるはずだ。

 

資源開発については陸の資源を取りつくし、海底資源の採掘の採算が合わなくなった頃となるだろうが、軍事的にも経済的にも宇宙開発において先進するという選択は間違いではない。

 

 

「それは上空からの偵察も可能と言う事かね?」

 

「はい、軍事目的として偵察衛星がもたらす情報は戦場を変革するでしょう。敵軍が何処に集結しているのかだけではなく、戦争準備の過程、敵重要施設の監視、敵艦の動向。全てをつまびらかにするでしょう」

 

 

軍人たちが唸る。というか、話がズレてしまった。この場は核兵器について議論する会議だ。

 

 

「陛下、《ソレイユ》の研究開発の継続についてですが…」

 

「そうですね。将来、他国がこれと同じものを開発する可能性は?」

 

「十分にあります。むしろ、無いなどとは言えません。確実に、何処かの国が開発するでしょう。あるいは、これに匹敵するような新概念の導力兵器が登場したとしても驚きはしません」

 

「その場合は何らかの国際的な枠組みを作るべきかもしれませんね」

 

「はい。その場合、少なくとも保有数や技術拡散の制限については縛りを設けるべきでしょう」

 

 

核拡散防止条約というものがXの世界にはあったが、はたしてどの程度の効果が期待できるのか。相手が了承しないならば、あるいは多少強引な手段で黙らせる必要が出てくるかもしれない。

 

世界はリベール王国には広すぎて、ポケットに収まりきらないけれども、全面核戦争なんていう悪夢だけは生み出したくない。

 

相手が弾道弾を持たないならば、それを利用して無理やり技術を放棄させるような事も可能かもしれない。ミサイルディフェンスのようなシステムも将来的には開発研究すべきだろうか。

 

ラッセル家のおかげで戦術級のレーザー兵器ならば導力技術を応用することで開発は容易だ。スターウォーズ計画をやるとは思いもよらなかったが。

 

 

「研究開発に関しては継続することを認めましょう。皆さんはどうですか?」

 

「異議はありません」

 

「ですが―」

 

 

女王は言葉をつづける。

 

 

「配備については議論が必要だと考えます」

 

「どういうことですかな、陛下? これほどの兵器、実戦配備すれば我が国の防衛力は飛躍的に高まりますぞ」

 

「使用する相手がいない状況で、実戦配備しても仕方がないでしょう」

 

「陛下、国防は臨機応変であるべきです。あらゆるオプションは手元に置いておくべきではないでしょうか?」

 

 

私は少し焦って反論する。公開はしない、研究開発は続行。ここまでは良い。だが、実戦配備に『待った』がかかってしまうとはどういうことか。

 

確かに使いたくはない兵器だが、持っていないことがバレてしまえば、相手の急激な侵攻、作る前に倒してしまえなんて言う心理を生み出しかねない。

 

抑止力とは存在することに意味がある。あるかどうかも分からない抑止力に期待などできない。力は示さなければ、相手に伝わらないのだ。

 

数を制限してでも、敵国の機能を麻痺させるだけの、敵が戦争を起こす気にならない程度の核兵器は配備すべきだ。

 

 

「国防は確かに臨機応変であるべきでしょう。ところでモルガン将軍、この《ソレイユ》を用いる国防計画を前提とするならば、正面戦力の削減は可能だと考えますが、いかがですか?」

 

「…確かに正面戦力の必要性は薄れるでしょうな。《ソレイユ》は強力である故、持っているだけで国防が成り立つだろう」

 

 

会議室がざわつき始める。国防費の圧縮を望む財務官僚は別として、軍人たちが険しい顔をし出した。

 

それは恐れているのだ。この兵器が通常戦力の軍縮につながる可能性を。それはポストと予算の減少であり、彼らを支える派閥の勢力減衰を示した。

 

 

「……いや、女王陛下のおっしゃる通りですな。《ソレイユ》に比肩する兵器を持つ国が他にいない以上、我が国がこれを多く持つ必要はない」

 

「確かに。それよりは正面戦力の充実を行うべきでしょう。その方が相手も勘違いしてくれる」

 

 

軍人たちの意見が女王陛下の意見に傾き始める。会議の流れが決定しだして、核武装を肯定する者たちが、今では少数派に追い込まれていた。

 

 

「これだけの威力を持つ兵器をいたずらに保有することはリスクにも繋がるでしょう。研究開発と少数の保有については仕方がないと考えますが、《ソレイユ》の実戦配備に慎重になるべきと考えます」

 

 

ある程度の根回しは済んでいたらしい。女王の意見に賛同する声が強くなり、流れは決定的になった。

 

平和主義の彼女故に超兵器の保有には否定的だろうとは思っていたが、派閥論理に楔を入れてくるのは外交上手の彼女らしいか。私は溜息をつく。

 

 

「分かりました。《ソレイユ》の配備は中止ということで構いませんが、弾道弾などの攻撃手段、そしてそれを他国が保有した場合の対抗策の研究については許可をいただきたいのですが」

 

「…構わないでしょう。皆さんはどう思われますか?」

 

 

そうして会議は続く。

 

 

 

 

「甘いな。女王陛下は甘すぎる」

 

「全くです。力を示せずして、国防は成立しませんわ」

 

 

アラン・リシャールは会議の後、情報部のビルの私室に入り資料をデスクの上に投げた。

 

今回の会議はこの国の行方を決める上で極めて重要だった。確かに《ソレイユ》を秘すことは理解できる。だが、配備を行わないというのは到底理解も納得もできなかった。

 

 

「軍のお偉方も自分の身を守ることしか考えていない。王国の発展速度を考えれば通常戦力の削減などせずとも、《ソレイユ》の配備は十分に可能だと言う事を分かっているだろうに!」

 

 

だが、彼らは削減の可能性を考えてしまった。かもしれないというだけで、彼らは国防をおざなりにして保身に走ったのだ。

 

そして平和主義、協調主義の女王の計に見事に嵌ってしまった。彼らにとって国防などどうでも良いのだ。ポスト、派閥の維持。それが出来れば彼らは良いのだ。

 

しかも彼らはそれだけではなく、様々な不正を正そうともしない。

 

外国のマフィアから賄賂を受け取り陸路や海路から侵入する不法移民の手引きを行い、利益ばかりを優先する愚かな拝金主義者の企業家たちの権益を守り、優良な新興企業を潰しにかかる。

 

彼らは癌のような存在だった。

 

 

「女王陛下は賢王であらせられるが、有事の際には心もとない」

 

「確かに。しかし中佐、現状ではこの流れは…」

 

「ああ。エレボニア帝国もカルバード共和国も、各国の内政問題は頂点に達しようとしている。内政問題によるツケを外国との戦争で誤魔化すことは歴史的にも良く行われて来た。大陸は混乱の時代に突入するかもしれない中、我が国を相手にするのはリスクが大きすぎると彼らに印象付けなければならない」

 

 

世界中の情報を取扱い、そして分析する情報部だからこそ分かる事だ。導力革命は世界を便利にしたが、同時に世界を狭くしてしまった。貧富の差は拡大し、国家間の国力の差も目に見えて大きくなりだした。

 

貧民は都市に集中し、情報や思想は導力波に乗って瞬く間に世界中に拡散し、飛行船や列車を用いて人々は数日で大陸を横断できるようになってしまった。

 

そしてそれが多くの問題を引き起こそうとしている。

 

そもそも人の接触の数だけ問題が発生するのだから、世界が狭くなるだけでその軋轢は飛躍的に大きくなる。

 

いや、それだけではない。見ていれば肌で感じる。まるで世界が次の段階へと移行するような、その前夜のような雰囲気。氷が水に変わるような、あるいは幼虫が成虫へと変態するような。

 

その過程においてきな臭い、非常に厄介な事が起こる可能性がある。

 

カルバード共和国とエレボニア帝国の全面戦争だけならばマシだが、あるいはゼムリア大陸全域において大きな戦争が、世界大戦と言うべきものが起こってもおかしくはない。

 

そしてそれにリベール王国が巻き込まれないなどと言う保証はないのだ。

 

 

「おっしゃる通りです」

 

「我が国には強く、そして清濁を飲み込みながらも国益を第一とする指導者が必要だ。カノーネ君、この国際状況で協調的な政治姿勢を継続し続ければ、我が国にて致命的な問題が生じるとは思わないか?」

 

「いえ、確かに…。しかし中佐、まさかそれでは?」

 

「ああ、事態は憂慮すべきだ。いざとなれば、君はついて来てくれるか?」

 

「もちろんです。中佐のためならば地獄までもお供いたしましょう」

 

 





フラグが立ったよ!! やったねエステルちゃん!

23話でした。

成層圏を生で見てみたいですね。高高度から地球の丸みを実感してみたい。あー、宇宙旅行安くならないかな。50万円ぐらいで行けるようになったら嬉しい。

宇宙食を宇宙で食べてみたいです。無重力でプパプカ浮きながら大量の水で顔を洗いたいですね。軽く死ねるZE!



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024

 

 

「おおっ、こんなにでっかく…」

 

「ははっ、努力した甲斐がありましたね」

 

 

立派に熟した果実が実る。茶色のセーターを着た立派なあご髭の男と白衣のメガネの男が大きく赤く実ったトマトを手に取る。

 

セーターの男は農夫であり、白衣の男は異国から来た研究者だった。農夫はその良く育ったトマトを手に取り、そしてかぶりついた。酸味とほのかな甘みを含む汁が口の中いっぱいに広がる。

 

 

「美味ぇ…、トマトってこんなに美味ぇもんだったんだな」

 

 

農夫は涙を流した。時期外れの収穫。この北方の地においては10月となれば冬が到来する季節だ。かつては農夫も短い夏に多くの種類の野菜を収穫していた。

 

小麦、ライ麦、ジャガイモ、ビート。多くの作物を育て、家畜を飼い、妻や子供たちと共に平和な暮らしをしていた。ちょうど20年前の話だ。

 

ノーザンブリア大公国の首都近郊に現れた忌まわしき《塩の杭》。全てはそのせいで大きく狂ってしまった。

 

国土の半分が塩の海に沈み、多くの人命が失われた。農夫の農地は南部にあって、直接の被害は無かったが、すぐ近くにまで塩の海は迫っていた。

 

そうして変化が起きた。地下水が塩水に変わり、北風が塩の結晶を運んでくる。塩はもろく、砂漠の砂のように吹き込んで、塩水と共に農地はダメにしてしまった。

 

ノーザンブリアのほとんどの農地が塩害の影響を受けた。近くを流れる小川はしょっぱくて飲めたものではなく、家畜の多くは餓死か塩の摂りすぎで死んでいった。

 

そうして農夫の農園は閉鎖に追い込まれた。いや、農夫の農園だけではなく、知り合いの農地は全てダメになっていたのだから、怒りをぶつける先も見つからなかった。

 

そうして大公がどこかの国に亡命して、この国が自治州になって、十年以上の年月が経っても状況は何も変わらず、いや、悪化し続けた。

 

かつては自分たちが作っていた作物を、自治州政府から施しとして受け取る日々。それらは猟兵となった国軍が外国の紛争地帯に出向いて稼いだ外貨で外国から購入したものだ。

 

農夫もまたカルバード共和国に出向いて慣れない出稼ぎを行ったが、そこに幸福は存在しなかった。安い賃金でこき使われ、泥のように眠るだけの日々に幸せなどなかった。

 

風向きが変わったのは、リベール王国という南にある国から来た学者や技師が現れた頃だった。

 

彼らはツァイス中央工房という研究所の学者さんたちで、あの有名なエプスタイン財団の学者さんたちと一緒に、白い建物を建設しだした。

 

建物は農夫の農地だった場所に作られることになって、農夫は土地を貸し出すことになった。先祖代々受け継いだ土地だが、今はもう何も育むことができないが故に貸し出すことに躊躇はなかった。

 

本当は二束三文で買われても仕方がない土地だったが、彼らはそれなりの価格で農夫から、隣接する農夫の知り合いたちから有料で土地を借りた。

 

建てられたのは工場だった。ただの工場ではない。農産物を育てる工場だった。彼らは植物工場とこの建物の事を呼んでいた。

 

建物の中は暖かく、不思議な青と赤の光を放つ導力灯が光を放ち、土の代わりに白い粒のような物を詰めた棚が上下に何段も重なっていて、そこに水が通されていた。

 

最初は冗談か何かと思ったが、そんな良く分からない棚の上で確かに作物は育ち始めた。失敗もあった。それでも最初の僅かな収穫を見て、農夫は天命を感じた。

 

農夫はそれから彼らに頼み込んでこの工場で働かせてもらうことにした。導力技術と農学なんていうものを初めて学んで、農夫は必死になって彼らを手伝った。

 

農夫の努力は彼らも驚くほどだったようで、それだけではなく農夫はそれまで試されていなかったいくつかの作物の生産手法を考案し、彼らから正式な仲間として受け入れられるようになった。

 

 

「これで、俺の農園は蘇るかもしんねぇ」

 

「いえ、蘇らせましょう。エプスタイン財団の連中も本腰を入れましたし、将来的には封鎖地区にも工場を建てられれば大成功ですよ」

 

 

自治州政府も植物工場に大きな期待を寄せているらしい。今はまだ生産できる作物の種類は限られているものの、イモ類についてはいくつかのブレイクスルーを果たして採算ベースに合う段階にまで研究が進んでいた。

 

麦やトウモロコシの類は試行錯誤が続くものの、彼らと農夫は絶対にいつかは成功させると意気込んでいた。

 

 

 

 

「やはりこの流れは止まらないのか…」

 

「独立国家と自治州では同盟は成り立たないよ。もはやノーザンブリアにとってリベール王国は必要不可欠な存在だ。それに、もうほとんど飲み込まれているだろう?」

 

 

ノーザンブリア自治州議会の議員である二人の男は灰色の街を見下ろして暖かなコーヒーを飲む。

 

自治州の未来を話し合う場において、現在議会における議論の焦点となっているのは一部の議員が提唱した一つの案についてだった。

 

それは、自治州のリベール王国への編入。その提案を王国に対して行うかどうかであった。

 

 

「他にどこの国が我々に手を差し伸べてくれた? 今彼らの手を振り払ったとして、ノーザンブリアに未来はあるのか?」

 

「だが、開発はリベール本土が優先されるだろう」

 

「だからどうした。元々我々にこの自治州を開発する余裕などありはしなかったじゃないか」

 

 

20年前の悲劇によりノーザンブリア大公国は崩壊し、自治州となった。政体が変わったことについては正直問題ではなく、無能な大公を排除した結果に過ぎない。

 

問題はこの国に蔓延する飢餓と貧困、そして見通しの暗さだ。主要な製造業は壊滅し、塩害によって植物は育たず、そしてそれを餌とする動物も育たない。

 

多くの水源は塩に汚染された。これでは工業用水の確保も出来ず、多くの鉱山も塩の山になってしまった。沿岸から溶け出す高濃度の塩水は沿岸漁業を壊滅させた。

 

一次産業は失われ、主要都市の消失により二次産業も崩壊した。腕のいい職人や技術者は外国に流出してしまい、残されたのは何も持たない多くの難民たちだった。

 

主要産業は傭兵だ。国軍は傭兵となって紛争地帯を渡り歩き外貨を稼ぐ。危険で不健全で不安定だ。とてもじゃないが、こんな産業とも呼べないものに縋って内政など出来るわけがない。

 

旧大公国の資産は公都ハリアスクと共に塩となり、僅かな金融資産は大公と裕福な貴族たちが亡命と共に持ち去った。

 

産業を興すための資金もなく、食糧の自給もままならない。産業の誘致を行なおうとも、塩に汚染された不毛の土地が広がるこの地にいったい誰が好き好んで資本投入するだろうか?

 

内政は既に破綻寸前で、ノーザンブリアに見切りをつけた多くの民が外国に流出した。だが外国に逃げたからといって良い暮らしが約束されるはずもなく、多くが貧困層としてスラム街の住人になっているという。

 

状況が変わり始めたのは4年ほど前のことだ。リベール王国がノーザンブリア自治州において移民の募集を始めたのだ。

 

仕事にありつくことが保障され、賃金も悪くはなかった。衣食住が保障され、仕事も出来る。猟兵にならなかった男たちや女たちは恐る恐るそれに応募を始めた。

 

そうして、自治州の流れが変わり始める。ノーザンブリアにリベール王国から仕送りとして外貨が流れ込み始めたのだ。

 

その額は二年ほどで猟兵たちが稼ぎ出すミラを上回った。ノーザンブリア自治州の民衆の目に希望が宿りだしたのもこの頃だった。

 

恐れていた労働待遇も、リベール王国では破格の扱いと言っても良かった。少なくともカルバード共和国での奴隷扱いにも似た超低賃金労働とは異なった。

 

自治州に残る家族を養うこともできるようになった。独り身ならば食べるだけではなく、趣味にも手を出せて、休暇を取ることも出来た。

 

 

「民衆はリベール王国に行くことを望んでいる。このまま何もせず放っておけば我が国には人っ子一人いなくなる」

 

「…だろうな。俺の甥っ子もツァイス工科大学に行きたいと言っている。行けば向こうで就職することになるだろう。帰っては来ないだろうな」

 

「相手側も好感触だ。リベール王国は西ゼムリアを三分する大国の仲間入りを果たしたが、人口と国土の不足を問題視しているらしい。既にエレボニア帝国に飲み込まれかけていた自治州や自由都市のいくつかを横取りする動きに出ているようだし、この機を逃せばノーザンブリアは衰退するだけだよ」

 

 

拡大主義を掲げて強引とも呼べる手段で近隣地域への進出を行うエレボニア帝国に対し、リベール王国は熾烈な外交戦を行っていた。

 

エレボニア帝国に全ての権利を奪われるぐらいならば、マシな条件を出すリベール王国の側につくという判断を下した地域もいくつか現れており、軍事的にも帝国に対抗可能なリベール王国は国際舞台の主役の一つだった。

 

 

「それに、植物工場の事もある。話によればあれは技術実証を行うための実験施設の類らしい。技術が確立すれば王国で大規模な農業ビルというものを作る計画なんだそうだ。技術大国は考える事が違うな。食料自給を国防の戦略的支柱と位置付けている」

 

「…つまり、用が済めばリベール王国は撤退すると言うのか?」

 

「可能性の話だよ。採算が合うならばある程度は維持するだろうさ。だが、主要な開発地域はリベール王国にシフトするだろう。あの工場には増えてもらわなければ困るだろう?」

 

 

食料自給。植物工場はノーザンブリアの人間にそんな希望を抱かせるには十分な新技術だった。何よりも餓死を恐れる彼らであるから、食料を生産する工場は彼らの生存本能を動かした。

 

ただでさえ寒く痩せたこの北方の地に降りかかった厄災に関係なく、植物工場と言うのは食料の安定供給をもたらす可能性を秘めていた。

 

それだけではない。大型導力ジェネレーターによってもたらされる余剰導力を用いてリベール王国は塩水の淡水化プラントをも製造している。排熱は温水として街に暖房をもたらした。

 

小規模ながら工場を中心とした企業城下町が形成され、自治州経済はようやく正常に回りだしたと言っていい。

 

これが撤退するとなればどうなるだろう? 安全な水の確保はどうする? 企業城下町が消失すればオーバルストアや工房も撤退してしまうかもしれない。

 

ノーザンブリアに便利な導力器をもたらしてくれるのはリベール王国のZCFぐらいで、彼らがいなくなれば暖房にすら事欠くようになる。

 

 

「んん、確かに。旧国軍が稼いできてくれる外貨は食料や医療品、生活必需品を輸入するのに全て消えてしまう。食料の自給が出来るだけでもありがたい事だ」

 

「植物工場の建設に関しては、併合の暁にはノーザンブリアでの建設を推進するという回答を貰っている。彼らはリベール以外の生存圏を欲しがっているようだ」

 

「あの国は小さいからな。エレボニア帝国との正面衝突が起きる可能性を考えれば、安全な後背地を望むのは当然と言う事か」

 

「そうであれば工業基盤の整備も行ってくれるだろう。そして我々は特別自治体としてある程度の自治権を許される。軍の解体も行わなくていいらしい。装備に関しては制限を受けるようだがね」

 

「元より新型の軍用飛行艇も購入できない身の上だ。旧式の軍用飛行艇を融通してもらえるという話だったな」

 

「ああ。流石に航空機は恵んでもらえないらしいが、自治州の軍隊としては上出来すぎるだろう」

 

「旧国軍や若者を危険な土地に行かせることもなくなる。そうなれば喜ばしいが」

 

「外国に散った同胞たちも、噂を聞きつけてこの地に戻ってきている。ノーザンブリア自治州民であることを証明できれば、優先的にリベール王国に働きに行くことが出来るからね。だが、優先枠がいつまであるかは彼らの気持ち次第さ。だが我々が彼らの同胞となれば、リベールとノーザンブリアは自由に行き来できるようになる」

 

「そう上手くいくかな?」

 

「それは我々次第だろう。併合されるとはいえ、人口比ではかなりの部分を占める事が出来る。女王陛下の不興を買わなければ、ノーザンブリアを復活させることも不可能じゃない」

 

「そして俺たちは大国の国民として国際社会で堂々と大腕を振って歩ける…か」

 

「王国議会にも定数の枠が用意されるようだ。才能と努力次第では大臣職にだって上り詰める事も不可能じゃない」

 

 

そうして数か月後、自治州議会はリベール王国との併合をかの国に提案するかどうかの住民投票によって民衆に問うことになる。

 

事前調査では実に80%以上の民衆が賛意を示しており、《北の猟兵》と呼ばれる旧国軍兵士たちも住民投票に参加するために自治州へと集結を開始し始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、また出し抜かれたか」

 

「リベール王国軍情報部。侮れませんね」

 

「アラン・リシャール。中々に優秀な男のようだ」

 

 

ギリアス・オズボーンは情報局からの報告書をデスクに置く。重厚な造りの木製のデスクは、しかし彼の持つ独特の迫力の前では役者不足に見えてしまう。

 

そんな彼の脇に控えるのは、若く可憐な乙女だった。空色の髪を持つ少女はあまりにも可憐で、竜かとも見紛う雰囲気を放つ男の前では一種の不自然さすら醸し出す。

 

 

「ですが、それ以上の脅威は…」

 

「エステル・ブライト。《空の魔女》か。彼女が《剣聖》を名乗るのはいつになるかな?」

 

「それほど遠くないのでは? 4年もかからないかと」

 

「楽しませてくれる。私が宰相になるのが2年早くとも、あの戦争には勝てなかっただろう」

 

「御冗談を」

 

「クレア、お前にも分かっているはずだ。あれはとびきりの異分子だ。私の盤を容易にひっくり返してしまうジョーカーだ。あの時点で航空機がもたらす戦争の革命を、いったい誰が予測できただろうか。戦略爆撃という恐るべき戦術の考案。航空機の登場は、戦争を戦場に限定しなくなった。経済と言う国家の中核を破壊し、そしてあの娘は帝国に、お前たちの安住の地などどこにもないと突きつけたのだ」

 

 

オズボーンは上機嫌で笑いながら話す。クレアが今までこの人物と付き合ってきた中で、このように上機嫌で話す場面は限定的であることを知っていた。

 

まるで子供の様に、お気に入りの玩具を愛でるように彼女の主は歌うように語る。

 

 

「情報機関の設立も見事だった。だがそれ以上に、国家の産業構造の改革について私は評価している。あれこそ私が理想形とする経済成長の姿の近似だ。踏み台とされた側としてはいささか悔しいがね」

 

「航空機の有用性について学べただけでも良しとするべきでしょう。より最悪な形での終わり方とならなかったのは、あちらの女王の手腕によるものでしょうが」

 

 

最悪、エレボニア帝国という国家が滅亡していた可能性もあるのだ。実際にそこまで追い詰められていたし、ハーメルの件が表に出ていたなら貴族勢力が向こうに寝返っていてもおかしくは無かった。

 

しかし、リベールは身の丈を知り、統治コストを嫌って遠洋の小さな島々以外は領土の割譲も要求しなかった。

 

要求したのは賠償金と経済的価値のない南洋の島々だけ。莫大な賠償金を要求することで、まず国家の再建と国力の向上を図ったのだ。

 

それは最悪の場合に起こり得るだろう混沌と、それに伴って行われるだろう生き地獄のような管理社会の到来を考えれば安いものだと思われた。

 

 

「問題は現在です。既に3つの自由都市と2つの自治州がリベール王国への編入を希望する提案を行い、王国はこれを了承しました。アルテリア法国もこれを許可する見通しです。リベール王国の次期主力戦闘機のスペックが報告にある通りならば、我が国に勝利の目はありません」

 

「外交力と諜報能力に武力が付随するほど厄介な事は無い。私への誹謗中傷も無視できないレベルに達している。それに比べ情報局は不甲斐ないな。良くやっているのは分かるが、国内での跳梁を防げないのでは情報局の意味がない」

 

 

クレアは唇をかむ様な悔しそうな表情で、しかし反論はできない。リベールの情報部は優秀で、そして我が国の情報局の防諜体制を嘲笑うようにすり抜け、実態をつかむことができていない。

 

《M》と呼ばれるコードネームの人物が暗躍しているらしいが、それが個人なのか、複数の人間なのかも分かっていないのだ。

 

情報局は荒れる国内の統制にかかりきりだった。貴族派の動向も監視せねばならないが、カルバード共和国から密輸される麻薬の追跡も負担となっていた。

 

カルバード共和国のマフィアと民族主義勢力が絡む複雑な構造に、国内では一部の貴族や役人がこれを手引きしていて厄介この上ない。

 

この麻薬の密輸ルートの構築にもリベールの情報部が絡んでいるのではという推測がなされているが、これは緻密で複雑かつ、摘発や根絶が困難なルートの構造を見て、何者かが裏でデザインしたのではという憶測だけで語られているだけで、何の証拠も得られてはいない。

 

そして、さらなる問題はこの書物だった。帝国では発禁処分として、所有するだけでも罪になるが、この部屋では特別な許可により資料として置かれている。

 

 

「カール・マルクス著《資本論》そして《共産党宣言》。思想浸透戦術とは。笑うしかあるまい」

 

「閣下、笑い事ではありません。これに影響され、国内では労働組合と呼ばれる組織、共産党を名乗る一派が跋扈しています。つい先月にも帝都で大規模なストライキが発生したばかりじゃないですか!」

 

 

経済の考察から始まるこの著書は猛毒を含んでいた。

 

それは資本主義という現在ゼムリア大陸を動かす経済の根幹の否定であり、王権や貴族の特権を時代遅れの不完全な存在、社会発展における過程と言い切ってしまった。

 

そして、資本家と労働階級間における階級闘争という概念を導入し、そして共産主義という全く新しい社会システムを提案してきたのだ。

 

その社会システムは一見して素晴らしいように思える。平等を謳い、特権を排する。だが、それは明確な皇室への反逆であり、カルバード共和国の共和政すら霞むほどの過激な思想だった。

 

そしてこの思想は重税に喘ぐ民衆に同情する知識層を大きく刺激してしまった。

 

カール・マルクスの著作は帝国政府による規制にもかかわらず、既に帝国各地に拡散している。

 

印刷所はカルバード共和国らしく、麻薬と同様の手口で帝国国内に持ち込まれている。だが、その著者については誰も知るところではなかった。

 

 

「情報局の分析では、複数の著者による合作であると推測されています。おそらくはリベール王国軍情報部、いえ、こんな概念を新しく生み出すとなれば…」

 

「まるで魔女の呪いということか」

 

「しかし、これは諸刃の刃になるのでは? この思想の分散は敵味方を選びません」

 

「貧富の格差が問題となるのだろう。リベール王国はあれだけの発展を達成しながら、それを民衆の所得に上手く分配している。それに、著者曰く全てはモラルの問題だそうだからな」

 

 

これらの書物の『著者』と予想された少女は、大学における講演で語った。どんな政体であろうと、携わる人間のモラルが低下すれば失敗するのだと。

 

拝金主義が蔓延すれば資本主義は弱者を搾取する醜悪な装置へと変貌し、民衆はミラの奴隷に成り下がって、互いを助け合う人間らしい心すら失うだろう。

 

だが、共産主義も官僚の腐敗が進めば自らが否定する悪質な専制政治へと堕する。彼女は講演においてそう警告した。

 

新たな特権階級が生まれ、それを維持するための恐怖政治が敷かれることになる。民衆は平等という名の競争の存在しない環境に向上心を奪われ、社会は非効率化を極めるはずだと。

 

 

「経済格差というよりも、底辺にて自活できない人間を生み出さなければ革命は起こらない。同時に幅広い視点を与える教育によって思想の極端化を押しとどめられると考えているのだろう。情報部にはカウンターを行うよう指示を出しているようだがな」

 

「最低賃金の保障や医療保険制度の設立はこの作戦の布石だったのでしょうか?」

 

「義務教育もだろう。多少、遠回りな手段だがいやらしい手でもある。しかし義務教育の発想はすばらしいな。帝国においても導入を考慮すべきか」

 

 

子供の教育を国が率先して行うと言うのは、洗脳という意味において素晴らしい手段だった。

 

ある程度の倫理観や考え方を画一化することが可能であり、団体行動への適応力を持たせ、愛国心を植え付ける事が出来る。治安維持や国民の統制にこれ以上有効な手段は無いだろう。

 

 

「ふふ、しかし難しい相手だ。既に相手も私のことを認識しているようだ。予想以上に政治基盤を固め切れていない」

 

「我々もまだ動ける段階にはありません」

 

「仕方あるまい、将来を見据えて養成しているのだからな。それにリベールばかりに気を取られて、古狸どもに足元をすくわれるわけにもいかん。今は国内改革と支持基盤を固める事に専念せねばなるまい」

 

 

 

 

 

 

1198年の10月。第56回女王生誕祭の始まりが宣言されると共に、5機のそれまで見たこともない形状の飛行機が王都グランセルの上空を飛び去り、5色のスモークによる飛行機雲の軌跡を空に描いた。

 

その飛行機は民衆が今まで見たことのない程の異様な速度で飛び去り、そして大気を引き裂くような轟音は市民たちを大きく驚かせた。

 

それは剣のような外観。市民たちの知るプロペラのついた航空機なのではなく、ジェットエンジンと呼ばれる暴力的な推力を生み出す内燃機関を積載しているその機体だ。

 

もちろんそれが内燃機関であることなど公表されておらず、ZCFの小さな英雄が開発した新型の導力エンジンとして報道されているが。

 

翼の形状もクリップドデルタ翼といい、F-15などに見られるそれはプロペラ機のテーパー翼を見慣れた市民からは異質なものに思えた。

 

 

「あれが《ラファール(疾風)》と《ミラージュ(蜃気楼)》か」

 

「早いですな。あれで半分の速度も出ていないのでしょう」

 

「音が大きすぎるように思えるが?」

 

「実際の巡航速度では音を置き去りにするのですよ将軍。いや、小官も実際に目にするまでは信じられなかったのですが」

 

「巡航速度時速18,500セルジュ…。ミラージュの最高速度は時速24,000 CE/hセルジュ。ラファールにいたっては最高速度時速26,000セルジュ。途方もないな」

 

「ラファールは最大8トリム、ミラージュは6トリムの爆弾を搭載するのだとか」

 

「だがあの娘によれば、あれですらまだまだ未完成と言う話だったな」

 

「対空兵装に不安が残るのだとかで。軍としては今のままでも十分と考えているのですがね」

 

 

リベール王国軍の次期主力戦闘機として開発された《ラファール》と《ミラージュ》は、名前こそXの世界のフランスで開発された戦闘機のそれと同じであるものの、詳細はいくらか異なる。

 

《ラファール》はロシアのSu-27に近い形状をしており、双発のエンジンと双垂直尾翼を持つ、全長22アージュほどの大型戦闘機だ。

 

また《ミラージュ》はフランスのミラージュ2000に酷似しており、単発のエンジンとクランクト・アロー・デルタ翼をもつ、水平尾翼を持たない全長14.5アージュ程度の軽戦闘機となっている。

 

双方ともにブレンデッドウィングボディ、そしてストレーキを採用しており、低速度域においても良好な運動性能を獲得し、また空気抵抗の低減に寄与しているという。

 

さらに、金属水素燃料を用いた大出力のエンジンはアフターバーナー無しでも110kNの推力を実現しており、超音速巡航(スーパークルーズ)を実現している。

 

これは初のジェット戦闘機としては異様な性能を確保しており、さらにアフターバーナーを用いれば音速の2倍以上の速度で飛行することが出来た。

 

加えて、導力演算器によるフライ・バイ・ワイヤとCCV技術の組み合わせによる操縦の補正と補助は、従来では困難な機動を可能としている。

 

ただしこの機体が搭載するはずの空対空ミサイルの命中精度が所定の数値を下回っており、開発は予想以上に難航したらしい。

 

とはいえ、命中精度を問題視しているのは《彼女》であって、軍はその性能にはそれなりに満足しているのだが。

 

そもそも現行で配備される対空ミサイルであっても、は現在他国が標準的に配備している軍用飛行艇や戦闘機に対して9割以上の命中率を達成できると考えられており、軍は十分すぎると考えていた。

 

そして、それは機動力のみならず攻撃力においても《ラファール》と《ミラージュ》が他国に対して圧倒的に優位であることを証明している。

 

すなわち、世界最強をほしいままにする空の王者だ。

 

 

「それにしても調達価格3億ミラというのはどうなのか。戦車の十倍以上の価格というのは少しばかり高すぎると思うが」

 

「それに見合った性能と言う事でしょう。《ミラージュ》はその半額程度ということですし、理論上は現在の戦闘爆撃機トネールの1000機分の働きをするようでして。垂直離着陸能力を持つ《ラファール》は例の飛行空母の中核となる戦力ですから。博士によれば、なんなら20年かけて機種転向すればいいとのことで」

 

「数年後には新しい戦闘機が登場しているのだろうな」

 

「まあ、彼女ならやりかねませんね。新型爆撃機も2年後には生産が始まるのだとか」

 

 

《ラファール》と《ミラージュ》は爆撃機としても用いることが可能だが、戦闘に主眼を置いた機体であり、運動性能の向上のため特に導力演算器関連に高いコストを支払っている。

 

だが、一年戦役にて趨勢を決したのは爆撃だった。このため、空軍は使い勝手のいい爆撃機、近接航空支援や戦術爆撃を専門とする機体を欲していた。

 

 

「《グワイヒア》か」

 

「空軍としてはこちらを増産したいという意見が多いんですけどね」

 

「やはり調達価格は高いがな」

 

「飛行艇よりはマシかと…」

 

 

これら3機種を計画されている数の分だけ調達したとしても、およそ2,000億ミラが吹き飛ぶ。維持管理費を考えればさらに途方もない金額となる。

 

最低でも1,000トリム近い質量を重力制御だけで浮かべ、さらに姿勢制御する軍用の飛行船よりははるかに安上がりとはいえ、これは小規模な国家が支えきれるものではない。

 

このような馬鹿げた予算の使い方が可能なのはエレボニア帝国からの賠償金があればこそだろう。

 

エレボニア帝国から奪った賠償金の金額はかの国の国家予算の5倍。当時エレボニア帝国が戦争遂行のために莫大な増税を行っていたことから、その金額は4兆2000億ミラに到達した。

 

それは当時のリベール王国の歳入の14倍という途方もない金額だった。

 

賠償金を元にリベール王国は国家予算の3倍という莫大な戦時国債を一気に返還し、そして戦後復興と急激な高度成長に突入する。

 

国家予算の歳入はカルバード共和国を上回り、そして小国が超大国の国家予算を用いるのだから、莫大な余剰が生まれた。

 

馬鹿どもが無駄遣いをしようとしたのを取り押さえ、五か年計画に従う計画的な賠償金の運用が行われ、リベール王国は急激な発展を遂げた。

 

とはいえ、莫大な国家予算も軍事費にばかり用いることは出来ない。

 

公共事業や助成金だけではなく、教育費や社会保障に用いる予算も増えており、軍事に投じる予算額は全体の2割を維持しているものの、飛行艦隊の建造や陸軍や海軍の近代化を行う予定がある以上、あまり無駄遣いはできなかった。

 

 

「全く、エレボニアを降してから金銭感覚が狂いそうだ」

 

「ははっ、分かります。借金もなしで税収の1.5倍の予算を組んでいるわけですし。《勝利の女神様》さまさまですね。…ところで、《勝利の女神様》を昇進させるというのは本当なのですか?」

 

「ふん、あやつは嫌がっておったがな」

 

「でしょうね。彼女は軍人になることなど望んではいないでしょうから」

 

「だが、ちょっかいをかけたがる馬鹿どもが多すぎる。子供に無理強いなど、大人のするべきことではないが、アレは規格外すぎるからな。まあ、陛下にも説得頂いて准将には昇格してもらうことにした。《ラファール》と《ミラージュ》の功績は大きい」

 

 

開発中の対艦ミサイルが完成すれば、新型機を阻む存在などこの世のどこにもいなくなるだろうというのが軍の評価だった。

 

特に《ラファール》と《ミラージュ》の軽快な運動性能はコブラとかいう変態じみた空戦機動を実現し、優れた加速性能、超音速巡航は並外れた展開能力と空戦能力をもたらした。

 

待望の爆撃機についても《グワイヒア》が配備されれば向かうところ敵なし。10トリムの兵装搭載量は地震爆弾を除けばあらゆる兵器を運搬できることを示している。

 

去年に配備された早期警戒管制機イビスと組み合わせれば、今後10年はリベール王国の軍事的優位は揺るがないというのも正当な評価だろう。

 

そうして周囲がざわめき出すのを感じ取る。

 

 

「なんだ…、なんだあの大きさは?」

 

「すげぇ、あれが飛行空母ヴァレリアかよ…」

 

「噂には聞いていたが、なんとも美しい飛行船だな」

 

 

グランセルが巨大な影に覆われる。上空には今まで見たことのないような巨大な飛行船が浮かんでいた。

 

灰色の船体は巨大な流線型のシルエット、それを少しばかり小さな艦が4つ、巨大な艦を護衛するように前後左右をかためて飛行する。

 

そして巨大な艦に《ラファール》《ミラージュ》が吸い込まれ、そして発着する様子を観客たちに見せつける。

 

 

「ヴァレリア級飛行空母1番艦《ヴァレリア》か。馬鹿げた大きさだな」

 

「近くで見ると圧倒的ですね。あれの同形艦が再来年にさらにもう一隻就航すると言うのですから、時代が変わったという実感があります」

 

 

ヴァレリア級飛行航空母艦。全長270アージュの世界最大の飛行船にして軍艦である。その巡航速度2000CE/hであり、乗員は3000名。

 

96機あまりの新型戦闘機および爆撃機と12隻の軍用飛行艇の運用を可能とする超巨大飛行空母。まさに空を飛ぶ化け物だ。

 

その内部には100基の大型超伝導ホイールが搭載され、総出力11ギガワットという大出力を生み出すという。これにより機関出力全開でも300日間の行動が可能とされている。

 

そして何よりも艦載機による核兵器の運用を考慮に入れており、リベールが空の支配者であることを世界に表明するための艦といえた。

 

核戦争を視野に入れたこの艦は、高空を飛行し、敵の先制核攻撃を察知した時点で報復を行う抑止力を担う兵器として開発された。

 

《ラファール》の開発が遅延した事と、訓練がいまだ不足している事でその戦力を未だ生かしきれないというオチはあるものの、その事実が他国に発覚しなければ、リベール王国が侵攻作戦においても最強の打撃力を得たと思わせる事が出来る。

 

そしてその周囲をかためるのがリッター級飛行巡洋艦である。リベール王国の街道の名前を冠するこの艦は、今年までに4隻が就航している。

 

こちらも未だ訓練不足で錬度は高くないものの、陣形を維持するぐらいならば出来るようだ。

 

リッター級飛行巡洋艦は主力艦艇を護衛や威力偵察、通商破壊を目的として建造された飛行艦艇であり、艦隊護衛のために対空戦闘能力に秀でた大型飛行船である。

 

その全長は136アージュ、最高速度はなんと3000CE/h。乗員300名であり、大きさこそヴァレリア級飛行空母には敵わないものの、既存の艦艇を上回る船体の大きさと速度を併せ持つ。

 

特徴となるのは導力演算器カペルと連動した高度な火器管制システムであり、15リジュの口径を持つ連装砲を4基、3リジュガトリング砲を用いる近接防御火器システムを12基装備する。

 

戦車や武装飛行艇を遥かに上回る装甲を持ち、上空30,000セルジュ以上の高空から15リジュ砲8門を投射するこの艦は、1隻だけで敵機甲戦力を壊滅させるだけの能力を有する。

 

さらに、対空ミサイルおよび対艦ミサイルを運用する米軍のMk26 ミサイル発射機をコピーした連装型ミサイル発射機を2基装備し、

 

加えて短距離対空ミサイルを運用するMk 29 ミサイル発射機を参考とした8連装の箱型の発射機を4つ装備するため、高い防空能力を保有すると考えられた。

 

将来的には垂直ミサイル発射管(VLS)を運用するための拡張性を持って建造されており、これに加えてレーザー兵器が揃えば防空能力は鉄壁と言っても過言ではなくなる。

 

最終的には飛行航空母艦2隻、飛行巡洋艦12隻、飛行護衛艦48隻、強襲揚陸艦2隻、飛行航空工作艦2隻、そして飛行戦艦2隻が就役する予定となっており、これをもって飛行艦隊が完成する。

 

それらが完成すれば、この艦隊だけで一つの大国を攻め滅ぼせるほどになるだろう。

 

 

「なにはともあれ、これで飛行艦隊構想が実現するな」

 

「ええ、今までは艦隊といっても軍用飛行艇でしたし、大型艦があると迫力が違いますよ」

 

 

 

 

 

 

「というわけでクローゼ、私は女王陛下とお話があるので」

 

「ご一緒できない話なんですね…」

 

「申し訳ないのですが」

 

「いいんです。こうして会いに来てくれるだけで私は幸せですから。ふふっ、こんな言い方ではいけない恋をしているみたいです」

 

「姫が望むなら、今度は赤いバラの花束をお持ちしましょうか?」

 

「ダメです。そんなことをされたら、本当にエステルさんのことを恋慕してしまいますから」

 

「残念ですね。クローゼを虜にして、王国を裏から操ろうと思っていたのですが」

 

「なんて恐ろしい考えなんでしょう。でも、そんな悪いエステルさんにも心惹かれる私は王女として失格です」

 

 

そうしてクスクスと笑いあう。女王生誕祭の夜、私は准将という大げさな肩書を女王陛下から頂き、そしてパーティーに参加して、王城に宿泊することになった。

 

そして、パーティーが終わった後、女王陛下と個人的に謁見する約束をしているのだ。その前に、私はクローゼと遊んでいたのだけれど。

 

 

「今日は一緒にお泊りしていただけるんですよね」

 

「ええ、眠らせません」

 

「ドキドキします」

 

「では、行ってきます」

 

「はい」

 

 

クローゼと分かれて部屋を出ると、侍女さんが待機していた。彼女に連れられて女王宮の階段を上り、陛下の部屋へと通される。

 

前の会議の後も二度ほど会う機会があり、申し訳なさそうな表情で会議の顛末について謝られてしまった。

 

 

「ようこそ、エステルさん。クローディアとは良くしていただいているようですね」

 

「はい、こんばんは女王陛下。クローゼとは親友ですので」

 

 

月夜に照らされた窓の傍で、穏やかな雰囲気と同時に威厳らしさを兼ね備えた老女王が私を出迎えた。この部屋のレイアウトは初めて訪れた5年前とほとんど変わっていない。

 

ただ女王陛下は少し歳をとって、白髪が青い髪よりも多くなり、顔のしわもずいぶん増えた様に思う。

 

 

「あの子にとっても、貴女という友人がいる事は良い経験になるでしょう。それと、今日は無理を通してしまって申し訳ありませんでしたね」

 

「いえ、まあ、あまり厄介ごとには巻き込まれたくないのですが」

 

「ふふ、それはもう無理というものではないですか? 五か年計画の発案者であることは多くの議員たちも知るところですし、王立政治経済研究所と軍情報部の設立を主導したのは貴女でしょう」

 

「まあ、確かにそうですが、どちらも私の手からは離れてますし」

 

「嘘ですね。双方から何度も助言を求められていると聞いています」

 

「陛下の情報網の正体がいまいち分からないのですが」

 

「それも嘘でしょう」

 

「ふふ、どうでしょうか」

 

 

王室であるアウスレーゼ家は代々七耀教会との関係が深い。

 

その歴史は七耀教会成立時にまで辿ることが可能なほどで、これはもしかしたらアウスレーゼ家が《七の至宝(セプト=テリオン)》に関わっていた可能性を示唆するものかもしれない。

 

リベールの土地にゼムリア文明が大きく関わっていたことはヴァレリア湖の湖底調査や情報部などの調査で判明している。

 

例えば、去年から行われているZCFによる潜水艇と超音波を用いたヴァレリア湖における湖底の調査において、アーティファクトや遺跡が大量に埋蔵されていることが明らかになっている。

 

そういった遺物の調査から、この地域において極めて高度な古代文明が存在し、そして《七の至宝(セプト=テリオン)》の存在を匂わせるものも多く出土していた。

 

また、引き揚げられた物の中には古代の導力人形が多く含まれており、中には兵器と思われるものまで多く発見された。

 

状態の良いものについて分析を行っているが、電子顕微鏡や核磁気共鳴分光法、質量分析や原子吸光分析などによる調査により、いくつかの未知の素材についての調査が進んでいる。

 

純粋に考古学的な興味もあるが、作動原理の多くが未知のアーティファクトを調査することは大変に意義がある。

 

エリカさんが嬉々として調べているが、私にとっても興味深い物ばかりが発掘されていて、特に導力人形のアクチュエーター系や論理回路については非常に興味深い。

 

これらの発見が、リベール王国における産業用ロボットやコンピューター関連技術の研究開発を大きく進展させようとしていた。

 

産業用ロボットの発展は人口が少ないリベール王国にとっては必須の技術であり、王国の将来を握る技術の一角でもある。

 

また、精密な動作を繰り返し高速で行える産業用ロボットは、導力演算器の生産には不可欠であり、もしかしたら21世紀水準のノートパソコンの実現も間近かもしれない。

 

それはともかく、アウスレーゼ家と七耀教会の関係である。七耀教会というのは思った以上に優れた情報収集能力が有るようで、王家は親衛隊を介してこの情報網と接触している可能性が高い。

 

情報の遣り取りはおそらくは白隼を用いているのだろう。連絡手段について情報部は悩んでいるようだが、白隼については教えていない。

 

 

「放射能の影響に関する報告は受け取っています」

 

「そうですか。やはり、それが一番のネックでしたか?」

 

「理由の一つです。兵器というものはいずれにせよ人と土地を痛めつけるもの。戦火によって一生の怪我を負う事も、放射能の毒も、また大きな観点から言えば同じでしょう。ただし、長期の汚染と核の冬については恐ろしいと感じました」

 

 

核兵器についての詳細な情報は、ラッセル博士と私の直下に属する研究者たち、そして女王陛下とモルガン将軍といった少数の人々しか知らない。

 

そして女王陛下には核兵器に関わるほとんどの情報を閲覧してもらっている。核兵器がもたらすだろう危険性については私と同じぐらい理解しているはずだ。

 

 

「より恐ろしいのは、それを持つ人間が完璧ではないと言う事でしょう。私はこの兵器が現場の判断で用いられてしまう可能性、あるいは横流しされる危険性を危惧しました。残念ながら、軍の将軍たちの多くにこの兵器を持つだけの資格があるとは思えないのです」

 

「セキュリティーについてはカペルを利用することで保障できると考えていますが」

 

「それも専門の技術者が協力してしまえば、外してしまえるのでしょう。国を預かる者として、自らの剣を信用できないというのは不甲斐ないばかりですが。あの兵器が拡散する可能性が僅かにでもあると思うと、情けない話ですが私は二の足を踏んでしまうのです」

 

「《ソレイユ》が恐ろしい兵器であることは理解しています。世界を滅ぼしかねないことも。それに、扱いについては最初から陛下に一存する約束でしたので」

 

 

開発においての約束事の一つだ。核という強大な力を私の一存で扱う訳にはいかない。嘘や隠し事をするのは間違っている。

 

そこには主権者の意志が必要であり、第三者の意見を取り入れなければ悲劇的な結末を迎える可能性を危惧せずにはいられなかった。

 

限定的な核戦争ですら気象に大きな影響を与えるだろう核兵器を安易に扱ってもらうのは困る。引き金を引くものは、その武器がどのような物であるかを正確に知っている必要がある。

 

 

「貴女の事ですから研究所には『在る』のでしょう?」

 

「ええ、『在り』ます。組み立てなければなりませんが、配備する命令があれば、いつでも」

 

「今はそれで良いと考えています。そして、心配な事は貴女そのものにもあるのです」

 

「私ですか?」

 

 

女王陛下は悲しそうな、思いつめた顔で私を見つめる。

 

 

「貴女は本質的な部分で人間というものに失望しているのではないか、そう思うことがあります」

 

「……」

 

「ゆえにもっとも単純な暴力という論理を信奉する。確かに世界の多くの事柄が暴力によって支えられているのは否定できません」

 

 

社会の根幹は暴力である。本質的に、暴力を背景としなければ法はその実効性を伴わない。よって国家権力は暴力によって支えられ、秩序や日常もまた暴力によって維持される。

 

人と人の対等な関係もまた暴力によってのみ維持され、よってこれを拡大した外交もまた暴力を背景にしなければ成立しない。

 

愛情や友情はあやふやだ。尊いものであり、美しいものであることは認めるし、助け合いの精神も信じている。だけれども、それを維持して守るには暴力が必要になる。

 

対等な関係を維持できるのは、外部からの制裁という暴力を恐れる心があるからで、これが無ければ愛情や友情もちょっとした原因で支配へと変容するだろう。

 

あやふやな存在や論理に筋を通すことが出来るのは、結局のところ暴力しかありえない。だから私は力を求める。

 

私の正義を他者に押し付けるための暴力だ。正義は人の数だけ存在するが、ある程度の画一化を行わなければ社会の秩序は保たれない。秩序が無ければ私の周りの大切なモノを奪われる可能性がある。

 

そんなのは絶対に許せない。もう二度と、私のモノを奪わせない。

 

 

「貴女をそのように駆り立てた理由は承知しています。そして私にそれを否定することなどできません。事実、私は失敗して、帝国による侵略を許した愚昧な王なのですから。だけれども、やはり私は世界が暴力だけで支えられているという論理を受け入れたくないのです」

 

「理性と良心を支えるのもまた暴力と言う柱だと、私は思っています。確かに、瞬間的な判断でなんの強制もなく良心のままに動くこともあるでしょう。ですが、継続的な状況で秩序を保てるのは暴力だけだと、確かに私は考えています。それでも、陛下の考えまでは否定しません」

 

 

人の数だけ思想がある。絶対などという言葉は存在しない。私はそれで良いと考えている。私に余裕がある限りは、どんなものでも受け入れよう。

 

妥協と寛容なくして人は生きていくことは出来ない。それに、女王陛下のそういう甘さも、また愛すべきものだろう。

 

 






巨大飛行戦艦って萌えますね。ゴウンゴウン音を鳴らしながら飛ぶのがカッコイイです。

24話でした。

農業ビルって好きです。人類を自然環境から隔離するという思想が好きです。自然と共生するには、人類は多すぎて、我がまま過ぎるのです。

ドーム型都市とか、ジオフロントとか、メガフロートとかがいいです。スペースコロニーはちょっとコストがかかりすぎるかな。


<11ギガワットの言い訳>
ニミッツ級空母を空に浮かべようと思ったら5ギガワット必要で、それをさらに60秒で時速300kmにまで加速させるとなると6ギガワットの出力が必要だった。
自分でも馬鹿げていると思うが、計算上はそうなった。空気抵抗とかいろいろ考えたら頭がおかしくなりそうだった。後悔しているし反省もしている。疲れたよパトラッシュ…。

それとも反重力機関ってエネルギー保存則とか無視できるんですかね? 教えてエロい人! 

ちなみにアルセイユを浮かべた上で時速360kmまで60秒で加速するのに必要なエネルギーはだいたい52メガワット。ニミッツ級の出力が191メガワット。もうわけがわかんないよ!!



<改訂>
ミラージュとグワイヒアを付け足しました。僕は悪くない。





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025

 

 

上空50セルジュ、雲海の上の世界、蒼い一面の空。一種の神聖さすら感じさせる世界において、音を置き去りにする2機の航空機が飛翔する。

 

しかし、二つの機体の距離は200セルジュという互いに点にしか見えない程の距離で、空を共に連れ立って飛んでいるという風には見えない。

 

後方の機体が突然、翼の下に懸下されていた長細い、後端に四つの小さな翼を持つ、先端が丸く尖った円筒形の物体を投下した。

 

投下されたそれはすぐさま後方から炎を噴き上げて加速し、まっすぐに前方の航空機に向かって飛翔する。その速度は音速の4倍に達し、音速程度で飛翔する前方の機体にあっという間に追いすがる。

 

そして…、それは前方の機体をそのまま追い抜いていった。

 

 

「撃墜失敗です」

 

「んん、中々当たりませんね」

 

「レーダーの精度だろうか?」

 

「いや、運動性能じゃないか? 第4超音速ではフィンによる軌道制御に難があるのだろう。偏向ノズルかカナードを付けた方がいいんじゃないか?」

 

「偏向ノズルをつけると価格が上がってしまうんですよね。カナードが妥当なのかな」

 

「やっぱりレーダーの精度の問題だと思うんですけどね」

 

 

現在開発中の空対空ミサイル《アルク》は、その命中精度の悪さゆえにいまだ実戦配備が遅れていた。

 

セミアクティブ・レーダー・ホーミング誘導方式を導入したこのミサイルは、音速の4倍で飛翔し、10kgのタンデム成形炸薬弾頭によって飛行する敵を撃破する。

 

その威力は軍用飛行艇を撃墜するのに十分な性能を持つはずだった。命中さえすればだが。

 

小型の航空機を撃墜するならば近接信管による爆発に伴う破片で十分なのだが、戦車並の装甲を持つ軍用の飛行船相手には成形炸薬や運動エネルギー弾頭を用いる必要がある。

 

すなわちミサイルを対象に直撃させる必要があり、ミサイルの運用難易度が一ランク上がってしまうのである。

 

 

「導力波ホーミング方式で十分なのでは?」

 

「《ヴィペール》はそれなりの性能ですけどね。でも、あれって対策が簡単なんですよね。実際、ラファールは無力化してますし」

 

「まあ、確かに」

 

 

導力器はその動作の際に固有の導力波を周囲に発する。大出力の飛行船や航空機用の導力エンジンともなれば顕著であり、これを検知するシーカーを組み合わせればミサイルの誘導システムを構築できた。

 

これにより開発されたのが空対空ミサイル《ヴィペール》である。

 

《ヴィペール》は非常に極めて優秀で、導力アクチュエーターにより稼働するカナード翼による高い運動性能と、信頼性の高い導力波探知シーカーにより満足のいく命中率を叩き出した。

 

射程も180セルジュとそれなりに長く、他国の軍用機との空戦においては十分に通用する水準にあると言っていい。

 

しかし、導力波に吸い寄せられるということは、チャフの類によって防ぐことが可能であることを意味しており、また導力器から副次的に発生する導力波を遮断することも可能だろう。

 

つまり対策自体は可能であり、実際に新型戦闘機《ラファール》にはこのタイプの誘導弾は通用しない。当たらないミサイルなんて無い方がマシである。

 

よって、より確実性を目指すならば赤外線ホーミングやレーダー・ホーミングとなるのだが、導力エンジンは排熱量が少なく、結果としてレーダー・ホーミング誘導方式一択となる。

 

しかし誘導装置の小型化は難しく、また高速で飛翔するミサイルの命中精度はそれほど高いものではなかった。

 

しかし、これでも3割の命中精度にまで引き上げる事に成功しているし、軍用飛行艇程度の速度と的の大きさを持つ相手ならば9割の命中率にまで上昇している。

 

また、フォコン程度のプロペラ機ならば命中精度は実用に耐えうるため、既に正式な装備として実戦配備されているのだが、正直、私的には落第点である。

 

 

「遷音速領域の相手を撃墜できないと話になりませんし」

 

「しかし、エレボニア帝国の航空機の速度は時速4000セルジュに満たないそうじゃないですか」

 

「今は、でしょう。エンジンの出力さえ上がれば時速7000セルジュ程度は達成できますよ。単葉機になれば運動性能も上がりますしね」

 

 

2年前まで3000CE/hの速度も出せない複葉機しか飛ばせていなかったラインフォルトも、今年になってようやく3600CE/hを試験的に達成することに成功している。

 

技術的には1930年相当の航空機であり、複葉機であるものの可変ピッチのプロペラを導入するなど技術発展が著しい。

 

エンジンに関しては戦車や航空機向けの750馬力級エンジンの開発に成功しつつあり、1202年にはこれを搭載した主力戦車を投入できる段階にあると情報部は掴んでいる。

 

まあ、リベール王国で去年から1500馬力級エンジンを搭載した主力戦車ウルスが配備されたことで、ラインフォルトも大混乱に陥っているようだが。

 

 

「それに、2年後までには《オートクレール》の配備を実現したいですし」

 

「AMRAAMですか。また我々に徹夜させる気ですか、そうですか。そして相変わらず博士は定時なんですよね」

 

「それに見合う給料は出ているでしょう。有給も残業手当も出てるんですから、ウチは優良企業ですよ」

 

「自分、独身でお金ばかり溜まるんですよね…」

 

「はやくお嫁さんを貰ったらどうです?」

 

「この職場は出会いが少なくて」

 

「女性の整備士もいるでしょう。マチルダさんなんてグラマーで魅力的ですよ」

 

「やですよ。あの人たちと結婚したら、絶対尻に敷かれます。腕っぷしなんて俺より強いんですよ? グスタフ整備長とガチで殴り合うヒトと結婚したくありません」

 

「貧弱ですねぇ」

 

 

《オートクレール》はアクティブ・レーダー・ホーミング誘導方式を採用した中距離空対空ミサイルだ。

 

慣性あるいは母機からの指令による中間誘導を経た後、自らレーダーを照射して追尾を行うタイプのミサイルであり、ファイア・アンド・フォーゲット能力と同時多目標攻撃能力を実現できる。

 

セミアクティブ・レーダー・ホーミングだと、ミサイルを発射した母機が目標に対してレーダー照射を継続する必要があり、機動を固定されるという欠点がある。

 

しかし、自らレーダーを照射できる《オートクレール》にはそのような短所は無く、これをファイア・アンド・フォーゲットと称する。

 

 

「まあ、頑張って清楚で可愛いお嫁さんを貰ってください。でも、女の人って出産を経験すると異様に強くなるそうですから、多分、貴方だとどちらにせよ…、いえ、これ以上は私の口からはとてもとても言えません」

 

「もう全部言っているのと同じですよねそれ!」

 

「まあ、アルクはいいとして、問題は《マルテ》の方ですか」

 

「ああ、難航しているみたいですね。同僚が話していましたよ。しかし、現状では《アルーエト》でも十分だと思うんですが」

 

 

対艦ミサイルの開発において、Xの世界のハープーンミサイルに相当する《アルーエト》は既に試作型が完成し、命中率も威力も所定の計画通りの数値を叩き出した。

 

新型戦闘機《ラファール》や飛行艦隊による運用を前提としたこのミサイルは、アクティブ・レーダー・ホーミング方式を採用した長距離攻撃を可能とし、既存の飛行船の全てを撃墜することができる。

 

とはいえ、戦艦クラスの水上艦を撃破するには威力不足であり、これから他国でも登場するだろう200アージュを超える大型飛行軍艦を撃破するには少しばかり心もとないのは事実だ。

 

それゆえに開発がなされているのが超音速対艦ミサイルである《マルテ》である。

 

超音速対艦ミサイル《マルテ》は固形ロケット・ラムジェット統合推進システムを採用し、450kgの弾頭を抱えて秒速1700アージュという音速の5倍の速度で敵艦に突入する。

 

計算上、このミサイルの運動エネルギーはXの世界のかの戦艦大和の主砲弾よりも大きく、劣化ウランの弾頭はあらゆる装甲を突き破り、対象に深刻な被害を与えるはずだ。

 

これだけ強力なミサイルだと攻撃目標が限られてしまうのだが、3000セルジュという長大な射程を用いて地上攻撃に使っても構わないし、アクティブ・レーダー・ホーミングとTV誘導方式を併用できることもこれを意識したものだ。

 

とはいえ、当面の目標は《結社》の巨大飛行戦艦なのだけれども。

 

 

「推進システム自体は問題じゃないんですよね。金属水素の燃焼エネルギーを殺さなければ十分にその速度は達成できるので」

 

 

固体ロケット燃料を燃焼させた後の空洞を、ラムジェットエンジンのノズルとして利用するこのタイプの推進システムは、構造自体は単純であるためにターボファンジェットエンジンよりも容易に生産できる。

 

なので、推進系については解決済みと言っていい。

 

まあ強力なミサイルである分、価格も跳ね上がり、よほどの攻撃目標でなければ赤字になりかねないという致命的な欠陥もあるが、有るのと無いのとでは戦術の柔軟性が大きく変わってしまう。

 

大容量の弾頭には多くのセンサーや演算器といった導力器を搭載できるため、切り札として十分に運用できる。

 

 

「問題はやはり誘導方式ですか」

 

「地上攻撃も前提にしていますので。アクティブ・レーダー・ホーミング自体もまだ未成熟な技術ですし」

 

 

ミサイルというのは案外命中率の高いものではない。止まっている的に当てるのも一苦労なのだから、動いているモノに当てるとなれば、さらに難易度は高くなる。

 

時速4,000セルジュで動く30アージュ程度の大きさを持つ物体に命中させることを目指しているが、中々に困難なオーダーといえる。

 

 

「まあ、焦って開発しても仕方がないですしね。精密導力機器の改良が先でしょう」

 

 

 

 

 

 

女王生誕祭も終わり1199年を迎えた。エリィは年末にクロスベルへと帰り、私の新しい文通相手になった。

 

年末年始を家族で過ごし、女王陛下とクローゼに挨拶を済ませ、ツァイスのラッセル家にも挨拶におもむく。ラッセル家には今、ちょっとした面白い玩具があって、それで遊ぼうという企画になったのだ。

 

 

「では質問です。お父さんは、シェラさんにれつじょーを抱いたことはありますか?」

 

「ない」

 

『BOOOOO!!』

 

「アウトです」

 

「カシウスおじさん…」

 

「ふふ、先生ったらエッチなんですから」

 

「いやっ、違う! これは誤解だ!! 機械の誤作動だ!!」

 

 

導線がたくさん繋がった変わった椅子に座り、指に導線が繋がった輪のようなセンサーを付けたお父さんが必至に弁解を始める。

 

その傍にはバッテンと脈拍などを表示したディスプレイが1アージュ四方の四角い箱の上に乗っかっていた。ラッセル家のマッドサイエンティスト二人はデータと睨めっこしながら、しきりに頷いている。

 

 

「機械は正常に動作しておるぞい。カシウス、お前さん、こんな小娘に欲情しとったのか」

 

「お父さんも長い間独り身ですから。家にグラマーな女の子がいれば仕方がないんでしょう」

 

「エステル、その冷たい視線を俺に向けないでくれ…。本当に違うんだ!」

 

「お姉ちゃん、れつじょーって何ですか?」

 

「エッチな気分になってしまうということですよ」

 

「はは、災難だね父さん」

 

 

エプスタイン財団とZCFの共同研究の結果として生み出された機械がこの嘘発見器だ。

 

脈拍の変化や汗腺の活動、体温その他の情報を感知して、嘘をついた時の不随意の反応を検知し、これをもって対象が嘘をついたかを判定する。そういう風に関係者以外には説明をしていた。

 

 

「ならば、テストです。お父さん、今、恋人はいますか?」

 

「いない!」

 

『PINPOON!!』

 

「どうやらいないようですね。ここ一カ月以内に風俗に行ったことは?」

 

「ない!」

 

『BOOOOO!!』

 

「……まあ、大人ですしね」

 

「違う! エステルっ、違う! というかティータちゃんがいる前でそういうネタを振るな!」

 

「ふははは、S級遊撃士の嘘を見抜けるかどうかでこの機械の信頼性が確認できるのです! さぁ、どんどん行きますよ」

 

「誤解だ! 行ってなどいない!!」

 

「残念ながらここ数か月のお父さんの動向は情報部によって追跡されています」

 

「まさかっ!? 連中そのためだけに!?」

 

「さすがお父さん、情報部の尾行には気づいていましたか。さあ、お前の秘密を丸裸にしてやるZO!!」

 

「止めてくれぇぇ!!」

 

 

シェラさんとかが若干引く表情で私とお父さんを見つめる。ラッセル博士とエリカさんの目は実験動物を前にしたそれだ。ダンさんは苦笑いしながらもエリカさんの助手を務める。

 

エリッサはわくわくの表情だ。馬鹿め、貴様もこの機械の餌食になる運命だと言うのに。まあ、せいぜい今は観客側で楽しんでおくんだNA。フハハハハ!

 

 

「剣聖の嘘すら見抜く機械か。すごいな」

 

「楽しそうね、あの三人」

 

「あはは、お母さんも楽しそうです」

 

「ティータちゃんも、いずれああなるのかしら?」

 

「ふぇ?」

 

「シェラさんもヨシュアも、そんなに楽しみならあとで体験させてあげましょう」

 

「え、遠慮しとくわ」

 

「ぼ、僕も」

 

「代われ! シェラザード! 代わってくれ!」

 

「すみません、先生。私にはこの案件、難しすぎて…」

 

「さあ、お父さん、隠し子が出来るような行為、してませんよね?」

 

「何も言わんぞ!」

 

『BOOOOO!!』

 

「ははっ、愚か! 何も答えずとも、この機械ならYES NOの判断は可能なのDEATH!!」

 

「エ、エステル、性格と口調が変わっとらんか?」

 

「フゥゥッハハハハ!! このエステル・ブライトの前に不可能は無し!! 渇かず餓えず無に還れ!!」

 

 

お父さんにも話してはいないが、この機械の正体は単純なポリグラフとは異なる。

 

通常のポリグラフは心拍・汗・血圧などを測定し、心理的圧迫を加える事によるプラセボ効果により精神状態を間接的に観測する手段であり、実のところそのデータの信用性は科学的には無いと言ってもいい。

 

だが、この機械は別なのだ。利用するのは所有者と共鳴状態を生み出すことで発動する戦術導力器、そして精神に作用する『幻』の属性の導力魔法。

 

これらを複合的に使用することで、より正確に対象の精神状態を観測できないかという研究がここ最近においてエプスタイン財団の協力のもと行なわれた。

 

これには自白を強要するための、生理化学的、物理的、精神的な非人道的な手段を省き、人道的かつより効率的で科学的に、正確性のある情報を対象者から聴取する手段の開発と称してエプスタイン財団との共同開発を提案したという経緯がある。

 

犯罪捜査や予防の観点からも効果的であると認められて共同開発が実現された。

 

 

「こんなものでしょう」

 

「……ぐふっ」

 

 

シェラさんにどういう場面で劣情を抱いたか、メイド達にエッチな視線を送らなかったかなど、いくつかの質問の前に真っ白になった父を横目に、データを見聞する。

 

身内を人体実験に供するというのは気持ちのいいものではないのだが、様々な人間のデータを収集することで機械の正確性は高まっていく。

 

この機械の精度を高めるために私も実験体をかってでたし、エリカさんやラッセル博士も体験した。最初は正確性もいまいちだったが、今ではかなりの確率で嘘を見抜けるようになった。

 

今回はメイユイさんやシニさんをけしかけて父を誘惑させ、そういう感情を誘引する卑怯なことをやったので、後で謝っておこう。

 

 

「さて、精度もそれなりですね。では、今度はヨシュアの番です。エリッサ、引き立てなさい!!」

 

「イエス、マム!!」

 

「えっ? ちょっと、いや、待って!」

 

「フフフフフ、ヨシュア、お前にもこの苦しみ、味わってもらうぞ」

 

「父さん!?」

 

 

逃げようとしたヨシュアはS級遊撃士の大人げない手段で捕獲され、椅子に座らされる。さあ、懺悔の時間DA!

 

 

「HAHAHAHAHA、では尋問を開始します。ヨシュア、今、好きな女の子はいますか?」

 

「クッ、い、いるよ!」

 

『PINPOON!!』

 

 

ディスプレイに○が表示された。

 

 

「ほう、正直なのは良い事です」

 

 

最終的には非接触型、多人数を対象とすることが出来る機械の開発を目指している。そして、統計データを元に行うのは機械による人格と精神状態の診断だった。

 

例えば数十人~数百人に特別に作成した映画を見せる。この映画には様々な倫理的感情を引き出す演出が各所に散りばめられているのだ。

 

そしてそれをこの機械の発展型を用いて計測する。そうすると、対象となる人間の人格的な傾向、行動規範を読み解くことが出来るようになる。

 

これを総合的に判断することで、その人物の信頼性、《犯罪指数》と呼ぶべきものを算出することができるのではないか? そんな思惑により研究開発が開始された装置がコレなのだ。

 

その最終的な目的は移民の選別、軍や政府機関・研究施設に侵入したスパイの摘発および侵入の防止、士官や機密情報を扱う分野に配属できる人材かどうかを判断する適性診断だ。

 

特に移民の選別に関しては急がれている。スラム街の解体と、そこに住む住民の選別は急がれていた。《犯罪指数》によるランク分けによって居住エリアを分け、紹介する仕事も分ける。

 

犯罪指数の高い人物は、実際に犯罪者かどうかをより精密な機械で判定し、刑務所か更生施設に送るかを判別する。

 

 

「初恋ですか?」

 

「そうだよ!」

 

『PINPOON!!』

 

「甘酸っぱいですね。誰でしょうね?」

 

「…誰だかわかった気がする。ねぇ、ヨシュア、ちょっと二人っきりで話そうか」

 

「いや、エリッサ、違う、いや、違わないけど。後生だからこれ以上は…」

 

「エステル、私、ヨシュアと話があるから、席外していい?」

 

「ん、まあいいですけど」

 

「じゃあヨシュア、逝こうか♪」

 

「ひっ!?」

 

「ん~、ヨシュアの初恋の相手ですか。気になりますねー」

 

 

ヨシュアがエリッサに襟首をつかまれて引きずられていく。シェラさんは何か同情するような表情でそれを見送り、お父さんは青春だなぁとしきりに満足そうに頷いていた。

 

ということで、次はティータがターゲットだ。ふふ、何を聞き出そうか。そんな風に思っていると、突然、父に羽交い絞めにされる。

 

 

「はぇ?」

 

「では、逝こうかエステル」

 

「いや、ちょっと待ってください」

 

「お姉さんも気になるわ、エステル」

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

 

人を呪わば穴二つ。切り傷だらけになって帰って来たヨシュアとエリッサが後に合流し、私への大尋問会が開始された。

 

精神的な凌辱である。私の隠された恥ずかしい性癖が今あばかれていく。

 

 

「エステルゥ、まだまだお子様なのね~」

 

「初恋もまだなんだ。でも男の子にも女の子にも興味ないなんて…」

 

「ははっ、エステルらしいといえばらしいかな」

 

「でも、お姫様をナンパしたことは認めるんだ」

 

「ふむ、クローディア殿下に粉をかけるとは、我が娘ながら豪胆なのかどうなのか、判断に苦しむな」

 

「でも、おっぱい好きなんだよね」

 

「べ、別に」

 

『BOOOOO!!』

 

「くっ」

 

「好きなんだ。おっぱい」

 

「そういえば、私の胸も良く見てるわね、この子。ねぇ、エステル、触ってみたい?」

 

 

シェラさんが胸を突き出すような姿勢で私の目の前にタニマを見せつける。大変すばらしいタニマです。けしからん、実にけしからん。顔を埋めたい乳…じゃなくて、私は顔をそらす。

 

 

「きょ、興味ありません!」

 

『BOOOOO!!』

 

「将来が不安になるな」

 

「私もおっきくなるかなぁ」

 

「あ、顔紅くしてる。ふふ、意外な弱点ね」

 

 

腕を組んで呆れた表情をする父、苦笑いを続けるヨシュアとダンさん、自分の胸に手を当てるエリッサとエリカさん。悪戯っぽい表情で目の前で胸を揺らすシェラさん。

 

そして、ティータが天使のような純真な瞳で私の瞳を覗き込んできた。

 

 

「エステルお姉ちゃんってエッチなんですか?」

 

「どうなの?」

 

「せ、性的な衝動を覚えたことはありませんよ」

 

『PINPOON!!』

 

「うーん、単純におっぱいが好きなんだ」

 

「女性の乳房は母性の象徴でもあるから、単純に母親という要素が恋しいのかもしれないわね」

 

「なるほど。意外に可愛い所があるな」

 

 

エリカさんが腕を組んで分析する。いや、そんな風に言われたら私がマザコンみたいで大変に遺憾なのですが。こうなればヤケである。

 

 

「ああっ、もういいですよ!! 悪いですか! そうですよ! 私はおっぱい大好きです! シェラさんのおっぱいを揉みしだきたいと思ってますし、クリスタさんの豊かなおっぱいに顔を埋めたいですよ! どうせ私はホモ・オッパイモミスト(おっぱいを揉むヒト)なんですよぉぉぉ!!」

 

『PINPOON!!』

 

 

 

 

「酷い目にあいました」

 

「自業自得だと思うよ?」

 

「ん、お餅美味しいね」

 

 

嘘発見器で遊んだあと、私たちはラッセル博士の幼馴染であるお婆さんから頂いた餅を食する。マオさんという老婆で、エルモ温泉で東方風の宿を開いている。

 

新年になるとラッセル家にお餅をお裾分けしてくれるので、毎年お相伴にあずかっている。この世界でも東方料理の一つだ。祝い事に供されるのは東方でも一部地域の風習らしい。

 

 

「でも、さっきの機械といい、ZCFの技術力はすごいね」

 

「ああ、新型戦闘機《ラファール》にヴァレリア級飛行空母。エステルは両方に関わっているんだったな」

 

「そうよ、エステルちゃんはすごいんだから。《ラファール》についてはレーダーシステムとソフトウェア開発に関わったぐらいだけれど、そのおかげで《ラファール》の性能は把握しているわ。あれは化物の類ね。軍が私たちを国外に出したがらない理由も分かるわ」

 

「確か、辺境地域への技術指導に行く予定を立てていたんですよね」

 

 

ダンさんとエリカさんの夫妻は今年から数年間、国外辺境地域での導力技術普及のための活動を行う予定をしていたが、技術流出を警戒する軍から差し止めの要求がなされた。

 

情報部と王立政治経済研究所が結託してZCFに勧告を行ったらしく、マードック工房長がすまなそうにエリカさんを説得していた。

 

 

「L.ハミルトン博士みたいな活動をするのがエリカさんの夢だったんだけれどね」

 

 

もともとシスターを目指していたというエリカさんは、実は信仰心が篤く、社会貢献への意識も強い。導力技術は人々を豊かにするためにあるという信念を持つ素敵な人なのである。

 

そういった希望を聞かされていたので、私は情報部にそういった機会があるのなら十分な護衛を用意してほしいと言う要望を出していたのだが、それが悪い方向に転んだのだろうか。

 

確かに国外で長期の護衛をするより、国内にいてもらった方が安全だろうが、彼女の夢を壊してしまったようで、なんだか申し訳ない。

 

 

「でも、ティータと離れ離れになるのは寂しかったし、受け入れましょう。こればかりは仕方がないわね」

 

「お母さん、苦しいです」

 

「んん~、ティータはやっぱり可愛いわ」

 

 

エリカさんがティータを抱きしめる。最近は前にもましてティータも可愛くなっている。7歳から思春期までが女の子の子供らしい可愛らしさが引き立つ年齢だ。私はそろそろ思春期に差しかかるぐらい。

 

今年で13歳だから、Xの世界では中学生になる年頃だ。初潮もすでに済ませていて、生理という女性特有の現象に悩まされるこの頃である。

 

 

「私もヴァレリア級飛行空母は見たけれど、とんでもないわねアレ。270アージュって、よくあんなもの浮かぶわね」

 

「反重力機関なので、出力さえ確保できれば浮かべるのは難しくないんですよ。11ギガワットの出力は伊達じゃないんです」

 

「11ギガワット級の導力エンジンなんて良く作れたね」

 

「ふふ、それは企業秘密という奴です」

 

 

実は導力エンジンの出力自体はそれほど大きいものではない。11メガワット級エンジンを20基ほど搭載しているだけだ。

 

実際には超伝導フライホイールから直接導力を取り出していて、導力エンジンはあくまでも導力を補給するための補助機関にすぎない。

 

超伝導フライホイールのコアは直径1アージュの円盤であり、強化結晶回路によって補強された厚さ5リジュのネオジム磁石だ。

 

これを最大光速の1%の速度で回転させることで、莫大なエネルギーを回転運動として保存し、導力として取り出す機構を備えている。

 

最大速度も公表したものより速く、3600CE/hであり、これはあの大きさの艦としてはもはや別次元の速度とも言える。

 

あくまで空母としての運用が本分ではあるが、対艦ミサイル《マルテ》の運用が可能であるのは、艦首などが自由に使える飛行船というスタイルならではといえた。

 

とはいえ、ヴァレリア級はあくまでも見せ札だ。本命は別にあって、1202年中ごろには完成し、女王生誕祭にはお披露目となり、1202年末には実戦配備されるだろう。

 

最新技術の粋を集めて生み出されるそれは、ある意味において兵器の世界に第二の革命を起こすだろうが、その実態を明かすことは当分先になるかもしれない。

 

 

「そうね、私はどちらかと言えばお宝に興味があるけど」

 

「ああ、あれからどうなってます? こっちはアクチュエーター系はほぼ終わりました」

 

「大部分の回路はOKなんだけど、中枢の回路がどういうものかいまいち分からないのよ」

 

「あー、あれですか」

 

「うむ、お主の仮説もあるいは…という話になっての」

 

「ねぇ、何の話?」

 

「ああ、すみません。ちょっとしたお宝のお話です」

 

 

湖底から引き揚げられた古代の導力人形の解析は佳境を迎えていた。これを受けてZCFでは既に産業ロボットへの応用が考案されている。

 

それは人工筋肉ともいえる導力伸縮繊維、非接触型ベアリング、その他さまざまな素材の解析結果により、導力人形工学、すなわちロボティクス分野が驚くほど進展したためである。

 

 

ちなみに、中枢回路となる部分については解析が遅れていた。劣化が激しいというのもあるが、作動原理が全く分からないのだ。

 

私はもしかしたら量子コンピューターの類ではないかと予想を立てて、基礎的な理論をラッセル博士に提示してみたのだが、あれ自体Xの世界では理論段階の代物であり、実用的なモノについては私も仮説ぐらいしか考案していない。

 

そもそも現在のノイマン型ですら発展の余地がまだまだ残されている以上、量子コンピューターについては後回しにしているというか、ある程度落ち着いたら研究してみようという程度のスタンスで、思考実験を暇なときに行うぐらいでしかない。

 

 

「ちょっと、機密に触れるので。エリカさんもそのあたりで」

 

「お堅いわね。まあ、仕方がないわね」

 

「まあ、しょうがないよ。そういえば、最近、変わった映画が流行っているみたいだね。学校でも話題になってるよ」

 

「変わった映画?」

 

「知ってる、アニメでしょっ」

 

 

ヨシュアが振った映画の話にエリッサが食いついてくる。アニメ映画。

 

エリカさんによるとZCFが試作して公開し、ツァイス工科大学の学生とグランセル芸術大学の学生が設立した映画製作会社が手掛けた物が話題になっているらしい。

 

ティータも見たことがあるようだ。

 

 

「ペンギンさんが可愛いんですよっ」

 

「可愛らしい動物の絵が動くらしいわ。コミカルで楽しいってティオが話してた」

 

「面白そうですね。見に行きましょうか?」

 

「賛成!」

 

「はは、じゃあ僕も行こうかな」

 

「映画か。そういえば、ルーアンの映画会社が面白いものを作ると聞いているな」

 

「先生も知ってるんですね。しっとりとしたラブストーリーが秀逸でしたよ。でも一番のおすすめはミステリーでしょうか」

 

「シェラさんは探偵モノが好みですか?」

 

「…ところで、原作者がアンタじゃないかって噂があるんだけど」

 

「なんのことやら、シェラさんは噂好きですね」

 

 

アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズやアガサ・クリスティーのエルキュール・ポアロの推理小説をこの世界風にアレンジして、映画用の脚本として映画製作の現場に放り込んでみた。

 

そうしたら、思いのほか名作が出来上がってしまい、ちょっと焦ったのはいい思い出である。流石に著作までパクって売り出すだけの勇気と言うか、図々しさは無いと言うか、バレたらどうしようと戦々恐々な感じである。

 

だけれども、この映画がヒットしたおかげでリベール王国やカルバード共和国に映画文化と言うべきものが普及したともいえる。

 

 

「でも『白き花のマドリガル』は定番ですけど、面白かったですね」

 

「ああ、あれねー」

 

 

そうして私たちは映画談議などに花を咲かせた。

 

 





おっぱいルートが解放されました。世界を変えるのは…おっぱいだ! おっぱいわっしょい! おっぱいわっしょい! おっぱいわっしょい!

<おっぱいルート>
エステルは憎しみの心から解放され、《おっぱいの理》に至ることで《おっぱいの剣聖》になる。
《結社》の《盟主》も《白面》も《鉄血宰相》もおっぱいの素晴らしさに共感し、そして世界は平和になった。

第25話でした。

『閃の軌跡』発売から一か月以上たちますね。そろそろネタバレしてもいいかなと思ってます。予定では次回にリィンがリベールを訪れるとか、そういう話を考案中。
プロットは出来てないんですけどね。と言う訳で、ちょっとしたネタバレを。


仲間たちの危機に際してリィンに語りかける声が脳内に響く。
『力が欲しいか? 力が欲しいのなら…くれてやるっ!』
そしてリィンは魔剣《ヴァリマール》の力により抜剣覚醒するのだった!

抜剣覚醒しすぎるとカルマ値が溜まってバッドエンドになるので未プレイの人は要注意。

《ヴァリマール》の正体はナノマシンの集合体。焔の至宝から生まれた分体の一つで、金属生命体であり、過去にナノマシンを統括するコアを埋め込まれることでリィンは特別な力を得た。
魔剣《ヴァリマール》には他の分体を殺す特別な能力が備わっているのだ。

敵キャラにも分体を埋め込まれた奴が出てきて、リィンたちの前に立ちはだかる。
終盤では魔剣《オルディーネ》を持ち抜剣覚醒すら行う謎の敵が登場する。新たなる魔剣の使い手を前にリィンの魔剣《ヴァリマール》が折られ、リィンの心まで折られてしまう。
リィンは立ち直り、再び剣を取ることができるのか?

学生寮における夜会話でヒロインとの好感度がアップ。ただし男の子と仲良くなりすぎると、アッーになるので注意が必要だぞ(腐女子大歓喜)。




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026

 

 

「昔は職人が一週間かけて作っておったものじゃが、時代は変わるモノじゃの」

 

「まあ、そういう基礎的な技術を絶やすと応用で躓くので、イゴールさんにはこれからも頑張って欲しいんですけどね」

 

「引退前の老人をこき使うんじゃない」

 

「何を言っとる。アルセイユにのめり込んでおるくせに」

 

 

ZCFの地下工場にていくつもの特殊な機械が忙しなくキュイーキュイーという摩擦音を立てて動き続ける。

 

薄い基盤の上をレーザーによって驚くべき速度と正確さで加工していくもの、小さな基盤の上に無数の小さな部品を組み込んでいくもの。それらは新型の産業用ロボットだった。

 

古代遺物の導力人形を解析した結果として生み出された新型アクチュエーターの精密かつ素早い動作は人間の手の働きを既に超越した。

 

微弱な圧力を感じ取るセンサー、僅かな凹凸をも観測するレーザーを使ったセンサー、これらはベテランの職人の指の触覚でしか知ることが出来なかった領域に一部踏み込んだ。

 

導力人形の演算回路の解析も進んでおり、それらの成果の一部は新型の導力演算器に応用されている。

 

理論上、これらの技術革新を完全に生かすことが出来れば、クロック周波数にしてギガヘルツの領域に2年以内に到達できそうだという推測がなされている。

 

さらに言えば思考中枢領域の演算回路の解析が進めば、テラヘルツを超える領域に到達も可能であり、あるいは量子コンピューターという全く新しい概念の演算器を再現することも可能かもしれない。

 

そうなれば、導力演算回路の分野においてZCFの地位は不動のものになるだろう。

 

 

「しかしこれで、結晶回路薄層構造も量産可能になりますね」

 

「例の理論じゃな」

 

「限定的な無人での導力魔法の運用。導力力学の常識に変革をもたらすかもしれんの」

 

 

どこぞの怪しい秘密結社のマッドサイエンティストとの話で得た着想を具現化したものにすぎないのだが、しかし、これはこれで導力技術を大きく進展させる要素になり得た。

 

ジェットエンジンの実用化においても、この理論をタービンブレードなどに応用したことで完成したと言っていい。

 

導力演算回路と戦術導力器を融合させた結果、極めて限定的で、一つの導力魔法しか再現できないものの、ヒトという要素を介さずに導力魔法の自動使用を可能とした。

 

これを再現するシステムの一つが結晶回路薄層構造である。

 

ジェットエンジンにはタービンの遮熱コーティング層とニッケル基耐熱超合金の間にこの層を挟み込むことで、異なるエネルギー準位の位相空間による薄い膜でタービンブレードを覆うというシステムを構築した。

 

タービンブレードはこれにより高価になったものの、耐久時間が飛躍的に伸びたことで維持費が低減し、結果として全体のコストは圧縮された。

 

既にこの技術を応用した様々なモノが実現されようとしている。具体例としては導力複合装甲やステルス加工、光学迷彩が挙げられるだろう。

 

まだまだ研究途上ではあるが、最近になって研究が前進しているのは反重力機関の小型化である。

 

反重力機関の小型化については湖底から発掘された導力人形からも多くの知見が得られており、理論的には既に完成の域に入っている。

 

あとは試験を繰り返すことで、より小型で使いやすい反重力機関を開発できるだろう。そうなれば、個人用の飛翔ユニットといったものも作れるかもしれない。

 

 

「ここにいたのか!」

 

 

ラッセル博士らと話し込んでいると、突然ドアが開いてマードック工房長が現れた。その顔は相変わらず必死の形相で、たぶんラッセル家の二人のうちどちらかがまた何かをやらかしたのだろう。

 

相変わらずラッセル親子はマードック工房長の胃壁を削っている。いっそ工房長の胃壁を修復する発明でもすればいいのに。そうすればいくら削っても元通り。

 

 

「エステル君っ! エリカ君を止めてくれ!」

 

「ああ、エリカさんがまた何かやらかしたんですか?」

 

「相変わらずあやつは節操というものがないのう」

 

 

ラッセル博士の小馬鹿にした物言いに、マードック工房長と私とイゴールさんがお前が言うなよ的な視線を送るが、マードック工房長は余裕がないのかすぐさま本題に入った。

 

 

「あの新型導力炉をエリカ君が動かそうとしているんだ!」

 

「ああ、とうとう完成させちゃったんですか。流石エリカさんですね」

 

「トーラス型熱核融合炉じゃったか?」

 

「去年、カペルⅦで設計してましたけど。あんな複雑な構造物を設計しきるとか尊敬しますね」

 

「応用工学に関してはなかなかのもんじゃからな。基礎理論では圧倒的にわしが上じゃがの」

 

 

核融合炉。

 

私としては十年以上先の技術と考えていたが、私の理論と、先の湖底から発掘されたアーティファクトの解析により導力学的ブレイクスルーが発生してしまった。

 

そうして、理論上ならば定常的にエネルギーを80%の効率で取り出せるトカマク型に近いプラズマ閉じ込め方式のリアクターを作れるだけの基礎理論を作ることが出来た。

 

まあ、基礎理論だけでは現物をいきなり作ることは出来ない。数年間の試行錯誤の末に試験機を完成させ、実用的な熱核融合炉となれば10年ほどかかると考えた方がいい。

 

私はそんな感じでエリカさんに理論などを教えてしまったのである。そしたら、一年もしない内に現物を設計して試験にこぎつけていた。あの人はやっぱり何かがおかしい。

 

 

「呑気に話してる場合じゃない! あれは爆発しないのか?」

 

「理論上は暴走はせんのじゃろう?」

 

「ああ、はい。試験炉ですから出力も200メガワット程度だったと思いますし」

 

 

燃料には重水素を用い、導力魔法による遮蔽により炉内部の温度を10億度以上に維持すると共に中性子を内部に閉じ込める事で、重水素からヘリウム4までの反応を維持するシステムとなっている。

 

重水素を1g核融合させると、そこから得られるエネルギーは平均357ギガワットとなる。とはいえ、実際にはシステムの維持にエネルギーを消費するため85%のエネルギーしか取り出せないので304ギガワットのエネルギーしか得られない計算なのだけれども。

 

それでも莫大なエネルギーと言える。これは石油をおおよそ7トン燃やして得られる熱エネルギーに匹敵するからだ。

 

 

「あー、でも遮蔽に失敗したら中性子線が出るかもですね」

 

「大丈夫なのかね!?」

 

「いや、そこまで派手な事にはなりませんよ、多分」

 

「多分!?」

 

「はは、じゃあ、一緒に見に行きますか?」

 

「うむ、失敗して悔しがるあやつの顔を見るのも一興かの」

 

「ああ、胃が…。教会に礼拝に行こうか…」

 

 

ZCFの黎明期から有能な職人として働いてきた老人イゴールはマードックに憐みの視線を向ける。

 

少女は気付いていないのだ。彼の胃壁を削っているのはラッセル親子だけではなく、エステル・ブライトという稀代の天才も同じであることに。

 

早熟と言うにはあまりにも早く才能を開花させてしまった神童の扱いには、中央工房でも大きく問題になっていた。

 

少女は実力で自らに向けられる胡乱な視線を跳ねのけてしまったが、逆に国内どころか外国からの注目も一身に集めていた。

 

悪意や傍迷惑な好奇心を持って彼女に接触しようという不届き者たちから彼女を守ってきたのは、何も軍の情報部だけではない。

 

そして彼女の生み出す発明品や新しい概念の取り扱いは慎重に行わなければならず、それ専門のチームが彼女と、そしてマードックの下に存在する。

 

刺激を受けてさらに爆走するラッセル家の扱いにも気を付けなければならない。彼らは動き出したらどこに着地するのか分かったものではない。

 

そして何よりも多角的に化物の如く巨大化し続けるZCFを切り盛りするのは、もはや技術者上がりのマードックには荷が重い仕事だった。

 

とはいえ、技術に理解のない人間を工房長のような責任ある立場に置くことは問題があり過ぎる。世界最大の重工業メーカーとなったZCFだが、その本分は研究開発だった。

 

マードックは市長職を辞したものの、仕事は一向に減らなかった。

 

そのあたりもエステルお嬢ちゃんは察しているのか、エプスタイン財団などから技術に理解のある経営分野に強い人材を集めてマードックを支えているようだが、彼の胃薬の量は増える事はあっても、減る事は無いだろう。

 

 

「うむ、まあ、わしには関係ない事じゃの。アルセイユがわしを呼んでおる」

 

 

でも、仕事を押し付けられたくないイゴールは、冥福を祈りつつ考えることをやめた。

 

 

 

 

「そして、星の世界の旅人は世界を見下ろす」

 

 

反重力機関と導力スラスターによってそれは蒼穹に向かって上昇する。それは長細い円筒形の下部に、それを囲むように四つの短い円筒が接合された構造。

 

そしてそれが高度500セルジュまで上昇した時、四つの短い円筒に内蔵された金属水素-液体酸素ロケットエンジンが着火し、轟音を立ててそれは加速を始める。

 

そして高度1500セルジュにて、下段と上部構造物の接合部分から小さな火が噴き出し、そして上段が切り離された。

 

四つの短い円筒と接合された下部構造物は導力スラスターから火を噴きだしながらゆっくりと地上に降下していく。

 

そして分離された上部構造物は水平に近い軌道を取りながらロケットエンジンによって速度を上げて、第一宇宙速度を突破する。

 

そして十分な速度を得て役目を終えた二段目の円筒が切り離され、それはゆっくりと地上に向かって落下していった。

 

三段目は姿勢制御などを行い、重要な《荷物》を無事に星の世界に届けるためのものだ。

 

スラスターを噴かせて、速度を調整し、そして先端のキャップのような構造が二つに割れて、そして《荷物》があらわになった。

 

役目を終えた三段目から《荷物》が分離する。

 

 

「ヴォヤージュ1号、衛星軌道への投入に成功しました!」

 

 

歓声が上がる。1199年4月、リベール王国は公式には世界初となる人工物の衛星軌道への投入に成功した。打ち上げの様子はリベール王国中にラジオ中継され、他国にもその放送は中継された。

 

打ち上げ施設となったツァイス宇宙基地はカルデア丘陵南西に作られたロケット発射場であり、多くの王国民やマスコミ関係者に打ち上げの様子が公開されていた。

 

反重力往復輸送カタパルトの一段目とロケットによって構成された三段式ロケットであるペガース1ロケットは1トリムのペイロードを誇る優秀な宇宙ロケットだった。

 

その最初の《荷物》となったのは《ヴォヤージュ1号》。世界初の人工衛星である。

 

ヴォヤージュ1号は遠地点約25500セルジュ、近地点約3580セルジュの楕円軌道を115分で周回し、様々な科学データを地上に発信しながら、12年後には大気圏に再突入して消滅する予定となっていた。

 

ガイガーカウンターや高感度カメラ、赤外線観測装置、レーダー。様々な科学機材がヴォヤージュ1号には詰め込まれている。

 

反重力往復輸送カタパルトがゆっくりと地上に帰還してきた。二段目と三段目は使い捨てだが、最大の燃料を消費する一段目としての反重力往復輸送カタパルトは、再利用可能なシステムを採用しており、ロケット打ち上げのコストの圧縮に貢献するはずだ。

 

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

「博士もお疲れさまでした。仮眠を取られてはどうですか?」

 

「いえ、一時間後には記者会見ですから。でも、ちょっとだけ休憩させていただきます」

 

 

感慨深いものがある。ディスプレイに映る宇宙から見た蒼い世界の姿。私の手はようやく宇宙に届いた。

 

ヴォヤージュ1はリベール王国の国歌を導力波に乗せながら、世界に新しい時代が来たことを告げるだろう。

 

ヒトという存在が、宇宙と言う世界に飛び出す、全く新しい可能性を人類に示すのだ。

 

 

「おめでとうございます、エステル博士」

 

「ん、ああ、リシャール中佐…、いえ、先月から大佐になったのでしたね。こちらもおめでとうと言わせていただきます」

 

「ありがとうございます、《准将》閣下」

 

「止めてください。准将とか柄じゃないです」

 

 

ソファに座って紅茶を飲んでいると、情報部の黒い軍服を着たリシャール大佐が、女性士官を連れて現れた。

 

彼は今回のこの打ち上げにおける警備を担当してもらっていたはずだ。女性士官の方は、確か最近よく彼の傍にいる女性で、副官というやつなのだろう。彼が右腕とするのだから、優秀に違いない。

 

 

「今回使ったカメラは精度の良いものではないようですね」

 

「戦略情報の塊ですからね。今回の衛星は科学的調査を目的としたものですし、気象観測を主な役目にしていますから。まあ、他国もこれの意味をすぐに理解するでしょうが」

 

 

偵察衛星への応用など、軍人なら真っ先に想像するだろう。あるいは衛星に兵器を搭載したらどうなるか。

 

地上のあらゆる場所は《天の瞳》から見張られることになり、そしてどこにいようとその攻撃の手から逃れることは出来ない。

 

空に引き続き、宇宙を戦場に加えるという新概念。

 

 

「戦場において陸兵による軍隊を用いた奇襲が意味をなさないことになる。戦争の主役は少数精鋭のゲリラコマンドと、高速展開可能な航空機に取って代わられる」

 

「そういえば、エレボニアは苦労してクロスベルの横に列車砲を設置するのでしたね」

 

「クロスベルとカルバード共和国を威圧するのには有効と言えるのではないでしょうか。まあ、我が軍には無力ですがね。ですが、あれだけ痛めつけた状態で、あれだけのものを用意できるのですから侮れません」

 

 

ラインフォルト社がその技術力を結集して80リジュの口径を持つ列車砲を1門、エレボニア帝国の東端にして最前線でもあるガレリア要塞に配備すると言う情報は既に掴んでいた。

 

当初の予定では2門同時に配備するはずだったのだが、予算の都合によりその案は変更されている。

 

 

「4時間あればクロスベルを壊滅せしめる…ですか。我が国に向ける勇気は無かったようですが」

 

「あんな鈍重な兵器は脅威とは思えませんね。列車砲の利点は、鉄路により移動可能である点です。本来の運用法は敵の堅牢な要塞を破壊するという一点のみでしょう。まあ、反乱分子を街区ごと吹き飛ばすというのも一つの運用法でしょうが」

 

 

80リジュ砲ともなれば、そのまともな運用にはレールを4本ほど要するだろう。つまり、ある程度等間隔の複線を用意する必要があり、インフラが整備できなければそれだけでも運用に制限が加わる。

 

整備や運用にはどれだけの技術者を要するだろうか? はっきり言えば爆撃機の方がはるかに効率がいい。

 

 

「重量5トリムのロケットアシスト推進弾。射程は600~700セルジュ前後といったところでしょうか。命中精度は粗そうですね」

 

「着弾の際のクレーターサイズは10アージュを超えるとの事ですから、使用目的からすれば命中精度は二の次なのでしょう」

 

「しかし国境に展開されれば、リベール全土も射程圏に収まってしまいますね」

 

「場所の特定が容易すぎますよ」

 

「ふふ、考慮に入れる必要もありませんか」

 

「配備した時点で宣戦布告と見なすべきでしょう。先制攻撃も辞さない覚悟で当たるべきかと」

 

「ん、そのあたりのルール作りもしとかなくちゃいけないですね」

 

 

どの時点で先制攻撃を容認するかは、国防においても重要だろう。

 

偵察衛星の精度が上がればエレボニア帝国軍の動きを正確に把握することも可能であり、彼の国が戦争準備を行っているかどうかなど一目でわかってしまう。

 

あの女王陛下ならギリギリまで交渉を続けるだろうか?

 

エレボニア帝国との国力差はかなり小さくなっており、ノーザンブリアを併合する来年にはGDPにおいて上回ると考えてよい。

 

人口が1/3程度であるために国内総生産だけでは国力を上回っているとは言えないが、賠償金の運用により歳入においては帝国を大きく上回っていた。

 

昨年の経済成長率も12.24%を記録しており、今年度においても二桁成長は間違いないと考えられている。

 

 

「五か年計画も今年で総決算ですか。長かったような短かったような」

 

「すぐに第二次計画がスタートするわけですが」

 

「こういうことは政治経済研究所が率先して描くモノでしょうに。なんで私が一から十まで関わらなくちゃいけないんですかね」

 

「博士以上にこの国の将来を見通している者がいないからでしょう」

 

 

エレボニア帝国から得た賠償金などを含めて、リベール王国が保有する流動資産は1兆6千億ミラを超えており、これは国家予算を上回る残高だった。

 

リベール王国の発展の原動力ともいえるこの資産を用いて王国は1194年以降五年間にわたって平均12%強の経済成長を実現していた。

 

これによりリベール王国の1198年度末におけるGDPは1192年時の3倍強という驚異的な速度での成長を遂げ、国民の平均所得も3倍以上に増加している。

 

GDPはエレボニア帝国の90%、カルバード共和国の51%に到達し、このままの成長率を維持すれば9年後にはリベール王国が西ゼムリア最大の経済大国になると予測されていた。

 

捕らぬ狸の皮算用と言ったところだが、少なくとも今後10年に渡ってリベールの経済は成長する余地を持っているだろう。

 

ロボット産業は黎明を迎え、コンピューターや導力ネットなどの情報技術産業が勃興する。航空宇宙産業もまた重要な柱となるだろう。

 

対してエレボニア帝国は深刻な内政問題に直面している。オズボーン宰相の政治手腕により経済成長率こそ5%を超えようとしているが、貴族の存在による非効率な国家経営が経済の成長の足かせとなっていた。

 

まあ、情報部がいろいろとやらかしているのも一つの要因ではあるが。

 

カルバード共和国は安定的に4%前後の経済成長を維持している。しかしながら最近はZCF製などのリベール王国の工業製品に市場を席巻されつつあり、製造業が伸び悩んでいる。

 

このため金融業への依存を高めており、経済発展に実体経済の成長が伴っていない。

 

また、カルバード共和国の民族問題は大きく問題化し始めており、各地で移民の排斥を訴えるデモが頻発し、旧来の共和国市民と移民との間の緊張は高まる一方だ。

 

そして治安が不安定になればなるほど資産はリベール王国へと逃げ出しており、国内投資が冷え込み始めていた。

 

 

「エレボニア帝国の内戦は予測していましたが、カルバード共和国の状況が予想以上に酷いですね。経済恐慌が起これば何が起こるかわかりませんよ。市場が縮小するのもいただけません」

 

「東ゼムリアや南方諸国との貿易量も増えているので、そこまでの影響は無いのでは?」

 

「それでも、共和国はお得意様ですよ。あまり不安定になられるのも考え物ですよね。しかし、導火線はやはりクロスベルですか。足場が築ければいいんですけど」

 

「…しかしあそこは帝国と共和国の係争地です」

 

「情報が手に入らないというのが一番怖いんです。マスコミ関係に伝手が出来ればそれだけでも助かりますよ」

 

「クロスベル・タイムズに人を送ることにしましょう」

 

 

クロスベル通信社はあの自治州において最も権威あるメディア媒体だったはずだ。帝国と違って記者は動きやすく、公開されている情報ならばいくらでもアクセスできる立場にある。

 

諜報のほとんどの作業は公開情報の分析で事足りるのだから、通信社や大使館でも十分なソースとなりえる。

 

 

「それで、本題に入って頂けませんか? 噂話をしに来たわけではないんでしょう?」

 

「これは失礼をしました。実は、博士の暗殺計画を察知いたしまして」

 

「私をですか? 何処の誰です?」

 

「カルバード共和国の企業家たちの勉強会といったところでしょうか」

 

「阻止は出来たのですね?」

 

「いいえ、既に暗殺者に依頼と依頼料の支払いが済んだ後でした」

 

 

成功するかどうかも分からないのに、既に全報酬を支払った後なのだと言う。暗殺依頼の前払いとか聞いたことがないのだけれども。

 

 

「ですので、しばらくの間、博士の身辺における警備体制を強化させていただきます」

 

「暗殺者はどのような?」

 

「カルバード共和国の東方人街伝説の暗殺者《銀(イン)》。なんでも共和国成立時から闇で暗躍を繰り返していた不死身の怪人との話でして」

 

 

 

 

 

 

「エステル、誰からの手紙?」

 

「ユン先生ですよ」

 

「本当っ? 見せて!」

 

「ええ、いいですよ」

 

 

夕食後のリビングで、私はエリッサとヨシュアの三人でラジオを聞きながらくつろいでいた。

 

ヨシュアは最近話題の小説を読んでいて、エリッサはパズルに挑戦していたが先ほど飽きたらしい。私はユン先生から届いた手紙を読んでいた。

 

先生はノルド高原といったエレボニア帝国の周辺地域を旅してまわっていて、時折こうして手紙が送られてくる。

 

先生はかなりの達筆で、書道などをたしなむぐらいであり、手紙は独特の味のある字で書かれているのが特徴だ。そして同時に珍しい鳥の羽根や、小さな木彫などが同封されていたりすることもある。

 

 

「ふうん、エレボニア帝国にも温泉があるんだ。でも、なんでエレボニア人なんかを弟子にとっちゃったんだろう?」

 

「自由な人ですから。それに、エレボニア帝国の貴族は武術を嗜むことが多いらしいので、その関係かもしれませんね」

 

 

例えばアルゼイド流やヴァンダールといった大型の剣を扱う流派があり、また貴族の間では片手剣を扱う宮廷剣術などが盛んだと聞いている。

 

特にアルゼイドの《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドは剣の道においては名を知らぬ者がいないというほどの達人と聞いている。

 

 

「シュバルツァー男爵家というのは聞いたことがありませんがね」

 

「シュバルツァー男爵領…、たしか、帝国北部のユミルにある変わり者の男爵が治める領地だったかな」

 

「ヨシュアはエレボニア帝国の土地に詳しいのですか?」

 

「ん、どうだろう。たぶん、何かの本で読んだ知識だと思うけど」

 

「温泉が有名なんだって」

 

「そういえば、エルモ温泉に行く約束、まだ果たしてもらっていませんでした」

 

 

去年、父とエルモ温泉に家族旅行で行こうなんていう話をしていたが、お互いにまとまった休暇を一緒にとることが出来ず、年末年始は数日ほど一緒に過ごせたものの、まだ約束は果たされていない。

 

今日だって父はレミフェリア公国に出張している。S級というのは忙しいらしい。

 

私が暗殺されるかもしれないという話に、父も出来うる限り家にいたのだが、二カ月が過ぎると、流石に外に出ないわけにはいかなくなったようだ。

 

とはいえ、私もそんな父を非難できる立場にはなく、同じ穴の狢と言うか、ある意味において私の方が忙しくしている場合が多いのだけれども。

 

去年の末から年始にかけてロケット打ち上げの準備に時間を取られていたし、湖底で発掘された導力人形由来技術の実用化に伴う導力技術の進展、電磁波を利用した通信技術の確立、光ファイバーの開発、そしてテレビジョンの放送に向けた準備。

 

警備体制は十分になされていたが、それでも暗殺対象である私の方が外で動き回っているという状況も、父をこれ以上引き止めるわけにはいかなくなった理由である。

 

それでも父は心配し続けたが、同時に遊撃士協会の要請を断るのが困難になりつつあった。

 

 

「そろそろまとまった休暇を取りたいですね」

 

「休暇? 何か予定でも立てているのかい?」

 

「ん、お父さんとの予定が噛み合えば、エルモ温泉に行くのもいいかなと」

 

「温泉かー。そういえば、最近行ってないよね」

 

「あそこの山菜鍋は格別ですしね。…ヨシュア」

 

「うん」

 

 

ヨシュアに視線を送ると、彼も穏やかな笑顔から一転して真剣な、戦う人間としての顔に変貌する。少しびっくりしていたエリッサも、周囲に注意を巡らせてようやく気付いたようだ。

 

同時にメイドのメイユイさんがいつもとは違う、少し余裕のない表情でリビングに入って来た。

 

 

「お嬢様方、敵襲です」

 

「規模は?」

 

「おそらくは数人、情報部から通達のあった例の暗殺者かと思われます。警備部隊の方々が応戦なされていますが、かなりの手練れのようでして」

 

「そうですか。地下に行きますか?」

 

「それが良いかと」

 

 

ヨシュアはいつも携帯している双剣を腰に下げ、私とエリッサと三人でメイユイさんの後に続いてリビングから出る。クリスタさんが既に控えていて、殿を守る形で私たちは地下室へと向かう。

 

この屋敷にはシェルターとしての地下室が建造されていて、分厚い鋼板と鉄筋コンクリートで出来たそれは空爆による攻撃にも耐えきれる設計だった。

 

 

「メイユイさん! エステルお嬢様方の武器をお持ちしました!」

 

 

退避する途中、シニさんとエレンさんが私たちの武器を持って合流する。執事のラファイエットさんは警備部隊の指揮を執っており、屋敷の外では怒号が響いている。

 

父がいない時を狙って襲撃してきたのだろう。気配を探れば、警備部隊の人たちの気配が一つ、また一つと消えていく。二個中隊が駐屯していたはずなのだが。

 

 

「強い…、ワンマンアーミーの類ですか」

 

「だろうね。警備部隊の人たちの練度は決して低い物じゃなかった。それを数人なんて言う規模で突破するんだから、達人級の腕前なんじゃないかな。それを見つけ出すこの家のセキュリティーもすごいけど」

 

「新型の導力探査装置が見つけたようです」

 

「ああ、あれですか」

 

 

ステルス破りなんて呼ばれているシステムの試作型だ。

 

《重力スキャナー》と呼ばれていて、三つの重力場発生装置を伴うセンサーにより、重力相互作用によって対象の質量と位置、移動方向と速度を算出する機能を持っている。

 

質量そのものを感知するので、空間を歪めて重力相互作用を完全に打ち消すような小細工をしなければ、その感知からは逃れられない。

 

また、刻々とランダムに変化し続ける三点の重力場を『空』の属性によって誤魔化すことは困難であり、想定される技術的に可能なステルスのほとんどを無効化することが出来た。

 

欠点はまだまだ信頼性が高くない事、質量を感知するため一定以上の質量を持つモノしか探知できない事。そして、対象の形状を知ることが出来ない事。

 

今の所はせいぜい半径10セルジュ程度の範囲しか走査できない、などといった欠点もある。将来的には国境における領空の監視に用いたいのだけれど。

 

そしてメイユイさんを先頭にして歩き、地下室への入り口までも少しと言うところで、唐突にメイユイさんがその足を止めた。

 

 

「…やられました。別働隊が動いていましたか」

 

「……フッ」

 

 

目の前には黒装束の、口元以外の部分を全て黒い覆面などで覆った、男とも女とも知れない人物が立っていた。

 

そして次の瞬間、私たちの周りにあった導力灯が突然割れて、照明が落ちる。視界が闇に閉ざされ、そして風を切る音が迫って来た。私は己の信ずるがままに刀を抜いて振り抜く。

 

金属同士が衝突する音が鳴り響く。

 

おそらくは小型の金属片、ナイフの類。軌道をそらされたそれは、そのまま後方へと飛んで行って床に刺さり、そしていきなり爆発を起こした。

 

驚いている隙に相手が接近する気配を感じる。しかしそれはメイユイさんによって阻まれる。メイユイさんの短刀と、相手が持つ大きな剣が激しく衝突を繰り返す。

 

闇に浮かぶ火花。ようやく目が慣れてきて、相手の姿を確認できるようになった。ヨシュアはすでに動き出していて、建物の構造を利用した巧みな立体機動によってメイユイさんの援護を行っている。

 

しかし、なんというか、相手に違和感を覚える。目の前の相手には脅威を覚えないが、何か嫌な予感がする。

 

 

「ふむ、なんなんでしょうね」

 

 

どことなく、相手は本気を出していない様な、そんな気がする。とはいえ、凄腕であることは間違いがない。

 

ヨシュアとメイユイさんの攻撃を受け切り、そして傷を負っていない。ただし、二人の方が優勢に思える。何かがおかしい。何がおかしい?

 

 

「なるほど、これが噂に聞く伝説の凶手《銀》ですか」

 

「……」

 

 

なんでも百年以上にわたってカルバード共和国の裏社会において名を轟かせる伝説の暗殺者らしく、共和制への移行の際の血生臭い闘争においても多くの重要人物を屠ったと報告書にはあった。

 

不老不死という話もあるのだが、まあそれはこの際どうでもいい。重要なのはこの違和感。まるで―

 

 

「罠です!!」

 

「くっ、そうか!」

 

「フッ、遅い」

 

 

次の瞬間、廊下の各所に貼られていた長方形の紙、何やら文字が書かれているモノから強烈な氣の拡大を感じ取る。

 

私はすぐさまエリッサを掴んで後方へと跳躍した。私を護衛していたクリスタさんはエレンさんを掴んで、シニさんは私を庇うようにしながら同様に後ろへの跳躍を行った。

 

閃光と轟音。熱と衝撃波により体が押し飛ばされ、廊下の天井が崩れ落ちる。

 

 

「まったく、侮れませんね、この世界のオカルトは。エリッサ、大丈夫ですか?」

 

「え、うん、エステルは?」

 

「怪我はありません」

 

 

クリスタさん達も無事らしい。壁や屋根が崩落し、地下室への入り口も閉ざされてしまった。メイユイさんやヨシュアも上手く爆発から逃れたようだ。

 

新月の夜で、月の光は無く闇夜。暗殺者は爆殺に失敗したことに少しだけ悔しそうに口を歪める。

 

 

「流石は剣聖となりえる者か」

 

「ヨシュアっ、大丈夫ですか!?」

 

「うんっ、エステルも無事でよかった。罠もこれ以上は無いみたいだね」

 

「そういうわけです、《銀》。この状況で、貴方に勝ち目はありませんよ」

 

 

派手な破壊工作だったが、打ち止めらしい。しかし、札が爆発するとかどういう了見なのか。東洋の神秘で全てが解決できると思ったら大間違いなのである。

 

というか、こんなのにまで狙われるようになるとは、困ったものだ。とはいえ、形勢はこちらが有利。

 

 

「ヨシュア、生け捕りにできますか?」

 

「ん、ちょっと難しいかな」

 

「…仕方ないですね。お願いできますか?」

 

「分かった。エステルを傷つけようとした報いだ、本気で行かせてもらうよ」

 

 

ヨシュアの姿が一瞬で消失する。メイユイさんが鎖のついた分銅を投げる。銀は分銅を回避するが、次の瞬間、その背後に現れたヨシュアに狼狽する。

 

《朧》。洗練されたヨシュアの必殺の剣が東方の暗殺者の急所を狙う。銀はそれを間一髪で防ぐが、ヨシュアによる猛攻が開始された。

 

双剣を用いた圧倒的な速度の乱撃。息をつく暇もなく繰り出される多方向からの攻撃に、巨大な大剣を振るう銀は紙一重で回避するものの、分が悪いようで追い詰められていく。

 

ヨシュアは強い。少なくともエリッサには完勝するだけの実力者であり、この家では三番目に強いと言える。

 

 

「ここだ」

 

「クッ」

 

 

ヨシュアの斬り上げに銀の大剣が弾かれ、暗殺者の体勢が大きく崩れる。そして、最後の止めとして素早い一撃がヨシュアによって繰り出された。

 

だが次の瞬間、闇の向こうから鋭い鉤爪がヨシュアの腕を捉えた。

 

 

「なっ!?」

 

 

鎖に繋がれた鉤爪が思いっきり闇の向こうへと引き戻された。その先にいたのは、もう一人の《銀》。恐るべき膂力によってヨシュアは宙を舞い、もう一人の《銀》の方に引き寄せられる。

 

その先にあるのは巨大な剣の断頭台。私はとっさに居合抜きをする。《洸破斬》。

 

 

「ほう」

 

 

飛ぶ斬撃が断頭台が振り下ろされることを阻んだ。ヨシュアはその隙に腕に深々と突き刺さった鉤爪を抜き去る。

 

《銀》が二人。体格も、声もそっくりだ。双子? いや、分からない。先ほどの爆発する札のように、なんらかの術によるものかもしれない。

 

 

「不死身というのは複数いるからでしょうか?」

 

「さて、どうかな?」

 

「明らかに、あちらの《銀》さんを守りましたね。貴方にはそうする理由があった」

 

「……」

 

「だんまりですか」

 

 

気を研ぎ澄ませれば理解できる。この二人の《銀》は別人だ。完成品と未完成品。

 

新たに現れた《銀》は明らかに上位者、研ぎ澄まされた、まるで波紋も波もない、鏡のような水面に映る月のような静けさを持っている。それに比べて先ほどの《銀》は粗い。

 

二人を比較することで良く分かる。

 

 

「一子相伝。不老不死の伝承の正体は、その技と知識、コネクションを全て弟子に継承させることで成立させているわけですね」

 

「ふむ、中々面白い意見だな」

 

「それほど間違ってはいないと思いますがね。《銀》という組織を運営するのは非効率ですし、弟子は常に一人か二人といったところでしょうか」

 

 

シニさんが戦術オーブメントを駆動させて発動する時間を稼ぐことが出来た。回復魔法の類だ。ヨシュアの腕の怪我がある程度回復すれば、メイユイさんとのコンビで粗い方の《銀》は抑えられる。

 

だが、目の前の完成された《銀》は別だ。あれは父に匹敵するほどの化け物の類に違いない。

 

 

「…エリッサ、エレンさんを守っていてください。シニさんとクリスタさんは私の援護を」

 

「え、そんなエステル!? 私も闘うよ!」

 

「ダメです。あれはダメです。すみませんが、正直、今のエリッサでは足手まといにしかなりません」

 

「あ…」

 

「お待ちくださいエステルお嬢様、私たち二人で抑えてみせますわ」

 

「同意です。お嬢様方はお二人で退避を」

 

「わ、私の事は置いていってください! エステル様とエリッサ様の二人ならきっと逃げ切れるはずです!」

 

 

それは甘い見通しだ。私だけなら逃げ切る事が可能かもしれない。だが、エリッサと一緒なら無理だ。それに、あれは私を狙っている。私が逃げれば、間違いなく私を追ってくるだろう。

 

あのレベルになればクリスタさんやシニさんの足止めなんてほとんど期待できないだろう。そうなれば最悪一対一という状況に追い込まれる。

 

 

「二人で私を抑えるか。自信過剰ではないか?」

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 

ガラスが割れる音。窓を数人の影が突き破る。そして同時に屋敷の陰からも何人かの影が現れた。

 

総数6。それらは全員、一人違わず同じ姿をしており、そしてその立ち振る舞いは完成された《銀》のそれと全く同一だった。まるでそれは―

 

 

「分身…?」

 

「これは…分け身の戦技!?」

 

 

ユン先生から話では聞いたことがある。究極的に氣の扱いを極めたのならば、己の寸分違わない写し身を、自立させて行動させることが可能になると。

 

実演を見せて貰っていないが、窓ガラスを突き破ったそれらは実体を持つように思え、そして全員が巨大な大剣を構えている。

 

 

「くっ、お嬢様、分け身は当人程の戦闘能力を持たないことが通常です!」

 

「とはいえ、中々厳しいですね。外の警備部隊は全滅ですか」

 

「ではゆくぞ」

 

 

敵は8。対してこちらは6。とにかく数を減らしたいが、分身体と共に『本体』が私に向かってきた。同時に三人相手は少々キツイ。

 

鉤爪のついた鎖が四方を取り囲むように飛び、私の動きを制限する。とはいえ、ただの鎖ならば斬るまでだ。居合をもって微塵にするが、その隙に三人に飛びかかられる。

 

動きを止めない。足を止めれば囲まれる。一撃一撃が重い。分身体と『本体』の攻撃精度と威力にほとんど違いがない。

 

そして厄介なのがその連携攻撃だ。牽制とフェイントと本命の攻撃が織り交ぜられて、反撃にでる事が難しい。とはいえ、不可能ではない!

 

 

「弐の型《疾風》!」

 

「ぬっ!?」

 

 

独自の歩法を持って、三人の影を瞬時に斬る。ギリギリで防がれたが、分身体一体を斬りつけることには成功した。

 

消滅させるには至らなかったようだ。だが、一瞬の隙を生み出すことは出来た。瞬時に氣を丹田より練り上げ、全身に行き渡らせ、それを喉に集中させた。

 

 

「はぁぁぁ!」

 

 

《麒麟功》。毎日の修練により精度は高まり、運用におけるコストパフォーマンスや展開速度もかなり向上した。何よりも持続性においては3年前の二倍となっている。

 

父からはもう俺以上だとの言葉を貰ったが、あの人は色々と底が見えないので何とも言えない。

 

 

「見事なものだ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

「ならば、私も本気を出させてもらおう。…はぁっ!」

 

「っ!?」

 

 

目の前の暗殺者から強烈な氣の高まりを感じた。これは、《麒麟功》と同質のモノ。そんな氣の高まりによる威圧に乗じて分身体の一体が私の背後から襲撃をしてくる。

 

同時に怪我をさせた分身体は無数の針を投げてきた。私は這うように姿勢を低くして、針をやり過ごす。同時に襲い来る上段からの斬撃。

 

 

「っ!?」

 

 

だが、それは織り込み済みだ。次の瞬間、私は分身体の背後にいて、分身体は大剣を振り上げる腕を伸ばしたまま固まっている。ただし両腕は肘から先が無くなっていて、斬り飛ばされた腕は宙をクルクルと回りながら落ちていく。

 

そして分身体の首から上がゆっくりとずれていって、床に転がった。そしてそれは霞のように蒸発し、紙の札が一枚だけ床に残される。

 

 

「残月《宵待草》」

 

「すばらしい剣の冴えだ。既に剣聖の域に到達しているのではないか?」

 

「まだまだですよ。事実、誰一人として守れませんでしたから」

 

「フフ、逃げないのか?」

 

「逃げ切れるか微妙ですし」

 

 

私の周り、ヨシュアたちの戦いは終わっていた。恐るべき実力を秘めた分身体は、まずクリスタさんとシニさんを戦闘不能にした。

 

そして善戦していたヨシュアも、他の分身体の加勢により逆転されて、そして今では私以外に立っている家族は、非戦闘員のエレンさんぐらいだった。

 

5人の怪我は致命傷ではないものの、出血がある。特にヨシュアとメイユイさんは毒を受けたのか放っておけば危険な状態になるかもしれない。

 

クリスタさんとシニさんは出血が酷い。エリッサは気絶しているだけのようだが、それでも予断は許されない。迅速な治療が必要だった。

 

対してあちらは分身体が一人分減っただけ。7対1。正直言えば投げてもいい戦いと言える。とはいえ、私が剣を手にしたのは大好きな人達を守るためだ。

 

ならば、少しぐらい無茶をするしかないだろう。《銀》たちが私を取り囲む。問題は無い。『本気』を出せば、勝機はまだある。

 

 

「目を見開いて見やがれです」

 

「ぬっ!?」

 

「これは…、止めさせろ!!」

 

 

武の神髄は無にして螺旋。有る事と無い事は同じ。揺らぐ世界を把握しろ。無とは何か。有とは何か。全ては観測の先に答えがある。理の本質を捉えろ。

 

量子の世界を巨視的世界に引きずりだせ。問題は無い。前にできたなら、今も出来る。

 

 

「目覚めろ龍脈、力を示せ」

 

「間に合わんっ!」

 

 

無数の針、鉤爪、札の付いた苦無が私に向かって投擲された。そんなものはどうでもいい。無より生ずるエネルギーを掌握。螺旋の導きに沿わせて収斂する。

 

そして全ての力は正確に、精密に、完全に制御された形で右手に握る太刀の先端へと導かれる。そして私は剣を、ただ大地に突き刺した。

 

 

「《竜陣剣》」

 

 

その瞬間、空間が歪み、同心円状にその歪みは拡散した。

 

投擲された暗器の全てはその運動エネルギーをかき回されて、逆方向へと弾き飛ばされる。空間の歪みは衝撃波。不可視にして歪みは音速の数十倍を超えて伝播し、暗殺者たちを弾き飛ばす。

 

衝撃波が放たれるのと同時に大地にも異変が生じた。

 

亀裂と表現すればいいのか、あるいは魔法陣と称すればいいのか。とにかく、剣を中心に幾何学模様が大地の亀裂となって広がる。

 

その拡大速度はやはり音速を遥かに超え、それは瞬く間に直径百アージュを超える巨大な円陣を形成した。

 

エネルギーとしか表現できないものが大気中に放出されてうねる。大地は激しく揺さぶられ、大地の亀裂から生じた光は大気を蛍光させ、白く輝く電光が亀裂から無数に生じて大蛇のようにのたうち回る。

 

衝撃波と地震によって建物の構造物はその強度の限界を超える力を受けて崩壊し、吹き飛ばされる。

 

 

「ぐぉぉぉぉ!?」

 

 

《銀》は慄いた。彼が生み出した分身体は、一瞬にして紙の札に戻され、炭になってしまった。彼の《後継者》はその衝撃と雷撃の嵐に耐えられず弾き飛ばされ、既に意識を失っていた。

 

しかし雷撃の蛇は彼女の兄妹や従者たちを襲わず、むしろ守る様に彼らを避ける。

 

異常だった。このような現象を彼はその生涯において一度も体験したことが無かった。そうして彼の病に蝕まれた身体を容赦なく雷の蛇が焼いていく。

 

口から血が滴る。ただ姿勢を低くして、この恐るべき嵐が過ぎ去るまで耐えるしかなかった。

 

 

 

 

「…ほう、あのバカ娘め。そんな場所にまで到達したか」

 

「老師…、これはいったい?」

 

 

少年は軍用飛行艇の小窓から見える異様な現象に目を奪われていた。

 

大地に刻まれた直径百アージュの円陣は魔法陣のように光り輝き、その様子は遠目でもはっきりと見て取れる。

 

白い雷はまるで大地に封印された恐ろしいものを呼び覚ましたような、そんな畏れさえ少年に覚えさせる。

 

 

それは龍の降臨だった。

 

 

 




《銀》のおとーさんとの戦いです。

26話でした。

グランディア好きですか? セガサターンのRPGの中ではアレが一番秀逸だと思うのです。壁越えした時の感動は正直震えました。竜陣剣はロマンです。カッコイイ!
興味がある方はプレイステーションでもできるのでやってみてはいかがでしょう。グランディア3は…、多くは語りませんが、プレイヤーの好み次第ということで。

今回もチラっと出ていましたが、次回はリィン・シュバルツァーの登場です。ネタバレはまだ特に無い感じです。その次の28話でリィンの事情が少し明らかにされる予定?


必殺技集

・残月《宵待草》
攻撃クラフト、CP20、カウンター、威力200、基本ディレイ値3000、敵の近接攻撃(Sクラフトを含む)をキャンセル・確率100%[クリティカル] ・必中
八葉一刀流・五の型「残月」。神速の抜刀術と的確な未来予測により確実に後の先をとる。

・竜陣剣
攻撃Sクラフト、CP100~、全体、威力350、基本ディレイ値3500、自分以外の能力上昇・完全防御解除、味方の能力低下と精神的状態異常の解除・技/アーツ駆動解除・その他[ステルス][バニッシュ][分身]等の特殊効果解除、確率100%[気絶]
周囲の気と七耀の力の流れを把握し、それを巻き込むように強力な螺旋の力を大地に打ち込む奥義。打ち込んだ氣が寄せ水となり、七耀脈に蓄積されたエネルギーが解放されて周囲を強烈な力の嵐が荒れ狂う。ロイドとガイアバトラーは死ぬ。


完全防御どころかステルスもバニッシュも無効、マスターアーツとかバーストとか戦術リンクとか全部キャンセルしやがります。
麒麟功からの竜陣剣はわりと無茶なダメージを叩き出してくるので、エステル攻略の際はHPの配分に気を付けましょう。

倒さないとエステル恋人ルートは解放されません。エステルが守ると認識する対象から、対等な関係にならないと彼女の心を射止める事は難しいのです。
選択肢一つ間違うだけでバッドエンド直行の型月システム。やっぱり、トゥルーエンドまでの道のりは厳しいのですね。



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027

 

 

 

地上に落ちた太陽を思わせた光度は収まり、今は大地の亀裂がほのかに輝くだけ。あれほど荒れ狂った雷光の蛇は、小さな放電となって僅かに音を散らせるのみ。

 

郊外において一際目を引いた大きな屋敷は、激しい空爆を受けたかあるいは大地震でも直撃したかのように崩れ去り、瓦礫の山となって無残にさらされている。

 

 

「少し派手すぎましたか。大丈夫ですか?」

 

「フッ、いまだ剣聖を名乗っていないことがおかしなほどだな」

 

「娘さんは生きているようですね」

 

「そうそう死ぬような鍛え方はしていない」

 

「なかなか可愛らしい女の子です」

 

「自慢の娘だ」

 

「親バカですか?」

 

「娘を持つ父親というのはそういうものだ」

 

「顔、似てませんね」

 

「母親似だからな。しかし顔を見られては娘の将来に関わってしまうな。これではますます退けなくなった。なんとも割に合わない仕事だ」

 

「ああ、わりと後ろ暗い仕事している意識は持ってるんですね」

 

「因果なものでな。恨みは嫌ほど買っている」

 

「因果応報ですね。まあ、勝手に転んだだけでも他人を呪えるのが人間というものです」

 

「歳若い娘が厭世的過ぎるな」

 

「他人を憎むのに理由なんていらないんですよ。ただ自分と違うというだけで、ヒトはヒトを憎み、妬み、嫉み、呪い殺すんです」

 

「絶望的な世界観だが、まあ同意できる部分は多い」

 

「それでも愛と正義が世界を救うと信じたい、そんな乙女心を察してください」

 

「生憎だが、それを暗殺者に求めるのは酷な話だとは思わないか?」

 

「ハッピーエンドを切に求めます。そういうわけで、私に雇われてください」

 

「私は高いぞ」

 

「待遇は要相談で」

 

「とはいえ、依頼を完遂してこその信頼というものがある。契約を守らなければ干されるのがビジネスの世界だ」

 

 

私は太刀を大地から引き抜く。亀裂の発光が収まり、そして星空が空に戻った。《銀》の姿を隠していた黒装束は破れ、顔を隠していた仮面は剥がされた。

 

目の前の人物は東方系の、年齢としては父と同じぐらいの壮年の男性。そして、気絶している方の《銀》は黒い髪の少女だった。

 

《銀》を名乗る男は口からかなりの量を吐血している。内臓を焼く雷光ではあるが、把握するに戦う前から彼の体は既に崩壊しかかっていたのだろう。

 

おそらくは病の類。そして《銀》は立ち上がる。それが《銀》を名乗る者としての矜持か、正体を見破られた以上は生かしておくことが出来ないらしい。

 

 

「なんとも因果な商売ですねぇ」

 

「貴様こそ、齢13にして私に狙われるなど、業が深すぎるのではないか?」

 

「あー、まだ一応12なんですがね。しかし同意です。まったく、どうしてこんな事になったのやら」

 

 

本当に、どうしてこんな場所まで来てしまったのか。私はただ空を目指したかっただけなのに。

 

今では人殺しで、英雄なんて訳の分からないモノと呼ばれるようになって、こうして伝説の暗殺者なんかと話をしている。

 

その非現実感にため息をついて、夜空を見上げた。周囲の導力灯を根こそぎ短絡させたため、人口の光が失われ、満天の星が天蓋となって闇に煌めく。

 

 

「それで、娘さんにも同じ道を歩ませるのですか?」

 

「それはあやつ次第だな。これから《銀》はさらに必要とされるだろうが、しかし続けなければならぬモノとは思わんよ」

 

「わりとフレキシブルですね、意外です。家業を継がせるのは一族の義務とか、そういうのだと思っていました」

 

「フッ、伝統や格式などとは無縁なのでな」

 

「でも、娘さんには技を継がせているみたいです」

 

「私が残せるのはコレぐらいだ。因果なものだがな」

 

「やっぱり、私に雇われてみませんか? 待遇は良いものにしますよ。有給休暇、残業手当、出張手当、扶養手当、医療保険、年金も込みで、しかも今日から貴方も国家公務員」

 

「犬になるのは性に合わん」

 

「カッコイイですねぇ。痺れます」

 

「泥をすすったことのない人間の言い分ではあるがな」

 

「全くです。私の誘いを断ったことを、貴方はきっと後悔します。でも私はたいへん心が広いので、そんな貴方でも勧誘をあきらめません。だから、私と契約して公務員になってよ!」

 

「では、再開するとしようか」

 

「いや、その、もうちょっと和やかトークに付き合ってもらえませんか? ジョークと嘘は人生の潤滑剤ですよ?」

 

「時間制限というものは、あらゆるものに常に付きまとう」

 

「嫌な真理です。納期とか大嫌いな言葉ですね」

 

 

互いに大地を蹴った。神速の一撃が中空で衝突する。八葉一刀流の特殊な歩法に対して、《銀》は戸惑うことなく対応してくる。

 

おそらく、東方の剣術を習得した相手と何度も剣を合わせたことがあるのだろう。星の下、鋼が交差し火花を散らす。

 

技の冴えも戦闘経験も相手が上。膂力は男性であり大人であるあちらが圧倒的に上。だが、その身を蝕む病という要素が速度という一点において私を有利にしている。

 

トリッキーな暗器の使用も、黒装束が破れては武器が丸見えになっていて、形状からその機能を予測することは難しくない。

 

膂力も体重も武器の重量も相手が上なので、いちいち攻撃を受けるたびに手が痺れるし、身体ごと弾き飛ばされる。

 

技が巧妙で、速度でなんとかいなすものの、時おりまともに彼の攻撃を受け止めなければならない。

 

速度差で戦闘の主導権を握ることが出来るが、持久力と言う点でも負けているはずなので長期戦になれば不利になる。

 

弐の型の要領で一気に間合いを詰めて、足を狙う。だが読まれた。最小限の動きで回避されて、鋭い反撃として大剣による水平切りが襲ってくる。

 

バックステップで回避すると、手裏剣、クナイの一種と思われるナイフを投げつけられる。ギリギリ上体をそらして回避。長期戦は不利だが、さらなる長期戦は相手にも不利となる。

 

既に通報はなされていて、近くの軍基地からの増援も時間の問題だ。相手は気絶している娘を守りながら戦う撤退戦に追い込まれるだろう。だから、この戦いは拮抗させ続ければ問題は無い。

 

まあ、正直、身体は傷だらけにされていて、自分が想像しているほどには時間稼ぎ出来るのかは不透明なのであるが。

 

まったく、乙女の柔肌をなんと心得ているのか。傷残らないといいなと思いつつ、鎖付きの分銅による追撃を上半身を右にそらすことで回避。

 

埒が明かないので速度差を利用して、そのまま踏み込んで袈裟切りを放ったが大剣で受けられる。身体をひねって突きを放つも、相手は体を横に滑らしてこれを紙一重で避ける。

 

そのまま刃を返して水平斬りに移行、しかし篭手で受けられた。《銀》が口から射出した針を仰け反るように回避、気づけば《銀》は札の付いたクナイをポンと投げた。理解している。あれは手榴弾の一種だ。

 

私はそのままバック転で後方に下がり、《銀》もその場から離れた。その次の瞬間、紙の札は《銀》によってこめられた術式に従い閃光と熱波を伴う爆発を引き起こす。

 

 

 

 

爆雷符の爆発が視界を覆う。これを利用して、完全に気配を断ち、周囲の自然と同化する技『月光蝶』を用いるが、それを行ったのは相手も同じだった。

 

あの若さにしてこの氣の運用精度。完璧な隠形。おそらくこの業においては、武における達人の領域に達していると表現しても良いだろう。爆炎が収まり、注意深く気配を探る。

 

恐ろしい娘だ。

 

驕るわけではないが、私は《銀》としての技を極め、歴代の《銀》たちの中でも上位に食い込む技量と実力を持つと亡き祖父や父に称されていたし、自分自身でも自負している。

 

だが、あの娘はあの若さにしてこの《銀》に食らいついてきている。八葉一刀流の名高き《剣仙》ユン・カーファイに師事したとはいえ、これは異常と言えた。

 

確かに私の体は不治の病に蝕まれ始めており、全盛期ほどの動きを再現することは困難となっている。とはいえ、そこいらの剣士に後れを取るつもりはなく、例の《結社》の《蛇》や教会の《騎士》どもにも負ける気はしない。

 

だが少女は速く、技は冴え、私の技をかいくぐる。とはいえ実力を比較するなら、まだまだ私が有利ではある。だが、この戦いを通じて少女は恐るべき速度で成長を遂げようとしていた。

 

先ほどまで通じていた攻撃が通じなくなる。先ほどまで余裕を持って対応できた少女の剣に、今は死を感じ取った。

 

間違いなかった。あれは私を喰うだろう。《銀》という伝説を喰らって、少女は《剣聖》という名の次の領域に跳躍しようとしている。

 

確信するのは、ここで退けば、次に少女を打倒する機会は訪れないということだ。次出会えば、衰えた私は必ず打倒される。ここで殺さなければ、二度と殺すことはできまい。

 

そして、一瞬の揺らぎが生まれた。それはどちらが察したものか、どちらが集中を切らしたのか、とにかく行動に移った瞬間、私も少女も互いを認識したことに間違いは無かった。

 

そして、互いに視認すらできないまま、己の感覚に全てを賭けて激突する。

 

 

「……」

 

「……フッ」

 

 

互いの姿が露呈する。少女の目が見開かれた。彼女の剣によって彼女の目の前の《銀》は上半身と下半身が泣き別れした。

 

だが、次の瞬間、それは霞のように揮発して紙の札へと還元される。二枚の札の内、一枚は分け身のため。もう一つは、

 

 

「くぅっ!? 分身だけじゃないっ?」

 

 

少女が必至にもう一枚の札から離れるべく横に跳ぶ。そして間髪入れずに札が爆発を起こした。強烈な爆発の殺傷半径から少女は逃れるものの、熱は少女の肌を焼き、爆風は強かに少女を打ち据える。

 

そして私は少女の致命的な隙を突く。

 

 

「縛!」

 

「しまっ!?」

 

 

鎖のついた鉤爪が少女を縫い留めようとする。少女は真っ先に自由を奪われた利き腕から剣を左手に移し、精密な剣術でもって残りの鉤爪を叩き落とす。完璧に嵌ったと思ったが、なかなか上手くは行かない。

 

惜しい娘だ。将来、少女は間違いなく自分の全盛期を超える存在になっただろう。

 

 

「滅!!」

 

 

しかし、私が必殺を放つ瞬間、少女は自由の利かない利き腕のスナップをきかせ、私が使用していた暗器、クナイを私の目に向けて投擲して見せたのだ。

 

いつの間にそれを拾ったのか。それよりも恐るべきことに、おそらく少女は右腕の剣を左腕に移す際に、左腕で手に取ったクナイと手品じみた手段で交換して見せたのだ。私に気付かれないように。

 

クナイが私の右目に迫る。これを避ければ必殺は回避され、反撃を喰らうはずだ。故に私はクナイを避けずに剣を振るう。

 

少女は利き腕ではない左手一本、古刀と思われるすばらしい刀で私の剣を受け止めた。私は右目を潰されたが故に、完全な一撃を振るえない。

 

 

「ぬぅっ?」

 

 

少女はとっさに太刀と私の剣が衝突する角度を、身体の位置を巧妙に操り、衝撃を逃がす。本来ならば太刀ごと少女を分断しただろう私の刃は、その絶妙な技によって迎撃された。

 

斬鉄。

 

一部の剣士のみが為しえる、鋼を斬る業。それを氣の通った達人の振るう剣に為すというのは、まさに人外の領域にある業。

 

私の持つ剣は、まるでかく在るべきというような見事な断面で両断されていた。

 

だが、彼女の業も不完全だったのだろう。もとより太刀というものはこのような大剣を真正面から受け止めるようにはできておらず、衝撃を緩和することは出来ずに彼女の太刀は根元から折れた。

 

そして少女はバランスを崩して地面を転がる。

 

必殺を期した一撃が完全に防がれた。なんという理不尽か。私は何故か腹の底から笑いたいという衝動を抑えきれなくなった。

 

 

「ははっ、くっ、はははははっ!」

 

「なに笑ってるんですか。こちとらお父さんから貰った大切な剣が折れて、テンション急降下ですよ」

 

「ふふっ、すまない。いや、しかし、これほどとは思わなんだ。殺すのが惜しい」

 

「いや、それならさっさと退いてもらえませんか? 正直、私、眠いんですけど」

 

 

これほどまでに殺し合いをして、なお私たちは旧年来の悪友のように軽口を叩きあう。私は剣を放り投げ、リーシャの持つ剣を取にいく。

 

そして彼女は同じ太刀を持っていたブラウンの髪の少女の太刀を取に行く。お互いのその行動は迅速に完了し、一切隙無く私たちは再び向かい合った。

 

 

「…埒があきませんね。禁じ手を使わせてもらいます」

 

「ほう?」

 

 

向かい合った彼女は、先ほどのやる気のない軽口をたたいていた様子を一変させる。真に迫った、嘘偽りない真実の言葉。ここに至って彼女はまだ奥の手を有しているらしい。

 

 

「先生からは絶対に使うなと念を押されていたんですがね…」

 

「それは恐ろしいな」

 

「ですので、ここはドローにしません? ほら、私たちって剣を交えて真実の友情を育んだ感じの間柄じゃないですか。いわば、《強敵》と書いて《トモ》と呼ぶ的な」

 

「小説の読みすぎではないかと言いたくなるが、お前とはこのような形で知り合いたくはなかったとは思っている。だが、仕事は仕事だ」

 

「つれないですねぇ」

 

「正直な所、いつまでもこうして剣を交えていたい気分ではある。だが、時間も押している」

 

「貴方の肉体的な限界ですか?」

 

「お前を救援する者が、もうすぐ傍まで来ている。時間稼ぎはそこまでにしてもらおう」

 

 

エステル・ブライトは非常に面白い。私がもっと若ければ、あるいは彼女が二十歳以上の女だったならば再婚を申し込むほどに心惹かれる。

 

老いらくの恋の相手が年端もいかない娘というのは、どうにも格好がつかないので口にはしないが。彼女との軽妙な遣り取りを打ち切るのに未練を感じてしまう。

 

それでも、私は殺気を放ち剣を構える。時間がないのだから、この一瞬を―

 

 

「……分かりました。では、始めましょうか」

 

「ゆくぞ!」

 

 

私は再び大地を蹴る。彼女はそれに応じて居合の構えを、

 

 

「常住死身、朝毎に懈怠なく死して置くべし」

 

「!?」

 

 

それはいかなる現象か。少女が静かにその言葉を紡いだ刹那、まるで蛹(さなぎ)から蝶が羽化したかのように、彼女のその全てが変革された。

 

氣の質が違う。湖面に浮かぶ月のような静寂さを湛えていた彼女の氣はしかし、万物を照らし出す黄金の太陽へと変貌した。

 

私はあろうことかこの少女に、跪いて今までの無礼なふるまいを泣いて許しを請い、そして絶対の神として崇拝したくなるような圧倒的な美を魂の根幹に刻み付けられた。

 

見出したのではない、刻み付けられたのだ。強制的に。

 

この圧倒的な鮮烈なまでの印象には、かの《結社》が第七柱《鋼の聖女》を相手取った際の印象すら及ばない。

 

私は再び笑い、そして歓喜した。死ぬ前にこの黄金を目にできたことに、おおよそリーシャがこの世に生まれ出た時以来だが、真に女神に感謝した。

 

だからこそ、無様を見せる事は出来ない。この身が可能な最高精度の技で迎え撃たずして、他に何を為すというのか。

 

分け身を生み出し、この濁流のような氣の奔流の中にこの身を隠蔽し、有する暗器を駆使して、この剣を少女に届かせる。

 

だが、気づいたときにはエステル・ブライトは私の視界から姿を消していた。

 

 

 

 

極度に遅延する時間の流れの中、私は世界を俯瞰していた。

 

いや、現実として私は《銀》の上空に跳躍しているのだが、私の精神が体感する時間が私の身体能力を上回る形で限りなく引き伸ばされていて、世界がスローモーションになっているように感じているだけだ。

 

禁じ手は麒麟功の発展形とも言える自己強化系の戦技。《斉天大聖功》。

 

限界を超えた強化が肉体の強度を凌駕する故に、ユン先生から身体が出来るまで使ってはならないし、出来上がっても使うべきではないと念を押されてしまった《いわくつき》。

 

汲み上げられる気力は無尽蔵。それを螺旋に加速収束し、最強たる竜のイメージ、古竜レグナートの幻想をもって成形し、これを剣に乗せ、落下した。

 

 

「奥義《竜王烈波》」

 

「竜…だと!?」

 

 

竜を模る莫大なエネルギーが大地を抉る。世界は震撼し、大地は抉り取られ、大気は爆ぜた。

 

 

 

 

熱量。まるでドロドロに溶融した金属をその身に被ったかのような、肉体を引き裂き、バラバラにし、一度に七度殺されたかのような。

 

生きているのは爆心地からとっさに離れることが出来たためだろう。無数の暗器をもって竜を迎撃したがそれらは何の意味もなさなかった。

 

しかし、肉体に刻み込まれた損傷は大きく、内臓や骨まで限界を迎えようとしている。肉体は自分のものではないかのように反応が鈍い。

 

見回せば周囲は土埃。爆風の後の吹き返しによって埃が舞い上がっているのだろう。だが、私を唖然とさせたのは、視線の先にて背筋を凍らすまでに高まる氣の密度。

 

土埃に霞んでも分かる。あの氣の収束。あれは竜だ。馬鹿げた話だが、彼女はあれだけの戦技を行使した直後、別の、おそらくは先に周囲を破壊し尽くした戦技を放とうとしていた。

 

 

「願わくば、互いに最盛期である状態で手合わせしたかったが」

 

「お父さん!!」

 

 

少女が剣を大地に突き刺そうとしたその刹那、聞きなれた声が聞こえ、世界が白熱に染められた。抱きしめられ、大地を鞠のように跳ね飛ばされる。

 

大地には放射状に広がり陣を刻む地割れと目視可能なまでの大気の歪み。荒れ狂う雷光の蛇と熾烈なる力の濁流を伴う衝撃波。

 

もうもうと立ち込めていた土煙が、まるで蝋燭の火を吹き消すかのごとく吹き払われ、招来した白熱の閃光が月のない闇夜の帳を焼き尽くす。

 

現象として顕現していない無形の七耀の力が雷のごとき形象をとって、私たちの体を焼き、そして蹂躙する。

 

身を挺して私を庇ったそれは、その威力に耐えきることが出来ず、私の体の上で力なく気を失った。

 

 

「リーシャ…か」

 

 

我が娘。先の広域殲滅用の戦技により気を失っていた彼女は、いかなる偶然か奇跡か、覚醒した後、すぐさま私を庇うために行動を移したらしい。

 

私を庇うように、文字通りの肉壁となった彼女のおかげでこうして意識を保っていられるが、それが無ければどうなっていたか。

 

相当の負荷を受けて虫の息といったところだが、リーシャの命に別状はない。しかし、これ以上の負荷は命に係わるだろう。

 

虫の息であるのは自分も同じではあるが。

 

 

「ごふっ…」

 

 

血の塊を吐き出す。いや、まだ大丈夫だ。私の上で気を失ったリーシャをのけて、再び周囲に視線を巡らせる。どこにいるのか?

 

周囲の地盤はまるで巨大な隕石か何かが追突したように抉り取られ、無残な傷痕をさらしているのが分かる。そして、

 

そして、当たり前のようにエステル・ブライトは健在だった。

 

彼女から放出される屈服したくなるような氣の密度は健在だ。あれほどの戦技を放ってなお、そこに陰りと言うものが見えない。

 

そして彼女は剣を掲げた。上段の構え。その視線の先には私がいる。膝を振るわせて立ち上がるが、次で勝敗が決するだろう。

 

しかし、勝つか負けるか、そういう意味であれば、私の勝ちだ。確かにこのまま再びあの業を放たれれば、逃げることもかなわず私とリーシャは粉砕されるだろう。

 

だが、同時に私の任務は図らずとも達成されるはずだ。

 

あの恐るべき、おそらくは限界を超えた氣の運用は少女の肉体を蝕んでいる。その上であの強力極まりない戦技を二度行使し、彼女の肉体は限界を超えているはずだ。

 

見ればわかる。確信できる。何故ならば、彼女は鼻から、目から、口から、皮膚の薄く血管が表れやすい場所から血を流し始めていたのだから。

 

故に、このまま少女が剣を振るうことがあれば、あれは自滅して死ぬか、良くても再起不能の後遺症を負うに違いない。

 

故に、二度目の一撃をリーシャの働きにより運よく凌ぐことが出来たが故に、この勝負は『このままならば』私の勝ちとなるはずだった。

 

 

「この馬鹿娘がっ!!」

 

「ぷぎゅっ!?」

 

 

しかし、少女が最後の技を解き放つ直前、突然の乱入者によって彼女ははたき落された。どうやら、時間切れのようである。

 

 

「フっ…、これは潮時だな」

 

 

私は気力を振り絞り、懐から丸薬を取り出して口の中に放り込む。噛み砕くと苦みが口内に広がり、活力が肉体に廻る。

 

そして、エステル・ブライトを抑止した老人が、倒れ掛かる彼女を腕に受け止めた。そして私と互いに視線を交わす。

 

 

「しかし、ここで貴様が来るか。ユン・カーファイ」

 

「不肖の弟子が世話になったようじゃな、《銀》よ」

 

 

《剣仙》ユン・カーファイ。東方より伝わる特別な薬で一時的に回復を図ったものの、このような状態で相手取るのは間違いなく自殺行為だ。

 

 

「さて、如何にする? おぬしを逃がす義理はこちらには無いのじゃが?」

 

「さてな。だが貴様とてその娘を早めに治療せねばなるまい?」

 

「戯言をぬかす」

 

 

少女は意識はまだあるようだが、咳き込んで吐血している。技に肉体の強度がついていってなかったのだろう。

 

とはいえ、《剣仙》が本当の限界を超える前に抑止したため、適切な処置を受ければ後遺症無く回復するはずだ。

 

そして、次、あの少女と出会うときには彼女は私の手には負えないモノとなっているだろう。

 

故にこの先あの少女を殺す機会が訪れるとは思えず、それにより《銀》としての信用が落ちる可能性を考えるが、だからといってこのまま戦闘を継続したところで、勝算は限りなく零。

 

そして、そうなった際にはリーシャも生き残れまい。自分は先が見えているが、リーシャはそうではない。選択肢は一つだ。

 

煙幕弾を投じる。防御でも攻撃でもないその行為そのものが隙となり、《剣仙》が踏み込むのを見た。肉体は限界を超えているために、薬の効果があっても反応が鈍い。

 

さらに、腕の中にはリーシャがいる。逃げ切れるかは分からないが、《剣仙》がその場に置いた少女に針を投げつけることで彼の気をそらす。

 

煙により遮られた視界の中、《剣仙》は私の投げた針を切り落とし、その上で私との一瞬の遣り取りを交わした。

 

空間をも斬り裂いたのではないかと思われる太刀は、己の右腕を切断する。しかし、この状況で腕一本ならば僥倖。

 

 

「逃がしたか」

 

 

残されたのは黒い衣を風に揺らす稀代の暗殺者の利き腕。《剣仙》はふむと頷くと、踵を返して力なく手を振る少女の下に歩み寄った。

 

 

「この馬鹿娘が。自滅とは情けない」

 

「フフーフ、…いやぁ、仕方なかったん…ですよ。ごほっ…。でも、本当に、寿命が…10年…は縮んだかも…しれ…ません」

 

「喋るでない。限界じゃろう?」

 

「仰る通りで。…はは、では落ちますので、あとは…よろ…し…く」

 

 

 

 

 

 

目を醒ます。白い清潔な天井が目線の先にあった。身体を動かそうとした瞬間、激痛に苛まれる。そうしてあの夜の顛末を思い出した。

 

命あっての物種というか。正直、《銀》なんていう階級の暗殺者と一対一で斬った張ったをして、よく生きていたと言うべきだろう。

 

ユン先生が現れた後の事ははっきり思い出せないが、おそらく先生がなんとかしたのだろう。流石は《剣仙》である。

 

清潔な白いベッド、ピンク色のパジャマ。個室は広く、ラジオも完備しているらしい。昼頃だろうか? 光が窓から差し込んでいる。

 

見回すと、情報部の黒い制服で身を包んだ女性士官が慌てて外にいる警備員に声をかけているのが見えた。病院らしい。

 

 

「いー、天気ですねぇ」

 

 

皆は大丈夫だろうか。酷い怪我をしていなければいいが。そしてちょっと現実逃避気味。父から受け継いだ《迅羽》を折ってしまった。

 

まあ、仕方がないで許してもらえるだろう。でも、すごく勿体ない。復元できるだろうか? 電子顕微鏡とか原子吸光とかで分析して、お金をかければ不可能じゃないかも。

 

最大の問題は、命を懸けてしまった事だろう。色々なヒトたちに怒られる可能性が高い。いや、家族を守れたのだから褒められる可能性も微粒子レベルで存在するかもしれない。

 

ハハッ、ねーよ。

 

 

「聞いておられるのですか博士!!」

 

「無茶ばかりして…、貴女に何かあればレナさんになんて言えばいいのか…」

 

「馬鹿モノが」

 

「エステルのばかぁっ!!」

 

 

一通りの検査が終わった後に、リシャール大佐、エリカさん、お父さん、エリッサから説教を受ける事になる。いや、でも、あの状況でどうしろというのか。

 

地下シェルターには入れなかったし、ヨシュアとかの怪我も酷かったし。クリスタさんとシニさんなんて、下手したら死んでいたかもしれないし。

 

 

「一人、尻尾撒いて逃げるとか、ポリシーに反するというか…」

 

「貴女が死んでしまっては元も子もないでしょう!」

 

「そうよぉ…、エステルさえ生きてくれてたら、私、どんなになっても良かったんだからぁ…」

 

「エリッサ、泣かないでください」

 

 

ラファイエットさんは腕を切断されたようだが、切り口が綺麗だったせいか、後遺症は出るものの復元も可能だという話だ。

 

出血が酷かったクリスタさんとシニさんは無事らしく、後遺症もなく、メイユイさんと一緒に病室で療養している。ヨシュアはそれなりの怪我だが、エリッサはもう退院できるほどだとか。

 

しかし、警備をしていた人たちからは数人ほどの殉職者を出してしまったらしい。

 

200人の内の10人ほどで、被害の規模から考えれば少ないと大佐は言っているが、私が原因で亡くなってしまったことには変わりはない。

 

 

「お父さん、《迅羽》折っちゃいました」

 

「気にするな。アレは無事に役目を果たしたのだろう」

 

「大佐、破片は?」

 

「全て回収しています。ですが、復元は難しいのでは?」

 

「諦めちゃだめですよ。というか、家、吹っ飛んじゃいましたねぇ」

 

「今日からホームレスだな」

 

「お父さん、今どこに住んでるんですか?」

 

「ホテル住まいだな」

 

 

《竜陣剣》は屋敷をきれいさっぱり粉砕してしまった。そして、竜王烈波で基礎部分も粉砕。よって、今日から私は家なし子である。

 

父のホテル宿泊費は国から出ているらしい。もうちょっと威力と言うか、効果範囲を狭く出来ないだろうか。

 

要研究である。すると、松葉杖をついたヨシュアが病室に入ってくる。私の顔を見て、ヨシュアは泣きそうな表情で笑みを浮かべた。

 

 

「エステル、良かった、本当に…」

 

「お互い生き汚いですねぇ。痛みはありませんか?」

 

「それは僕の言葉だよ」

 

「はは、私はもう全身が痛いです。筋肉痛とかそういうレベルじゃないですね。体中痣と切り傷だらけですよ。か弱い女の子のやることじゃないですね」

 

「じゃあ、今度は僕に任せて欲しいな」

 

「修行が足りません」

 

「…そうだね。君を守れるだけの力が欲しいかな」

 

 

男の子な答えである。お互いに笑いあう。本格的に父に武術を習おうかなんて言いだして、まあ、ヨシュアなら父の領域に手を伸ばすことが出来るかもしれない。

 

男の子なので体力的にも有利だし、才能もある。精神的にも十分に上を目指す素養はある。将来的にはびっくりするほど強くなるかもしれない。

 

 

「ところで大佐、《銀》は?」

 

「残念ながら取り逃がしました。たった二人にこれほどの事をしてやられるとは…、情報部の失態です」

 

「ワンマンアーミーっているんですねぇ」

 

「痛み入ります。それと、今回の件については公式に共和国に対して抗議と謝罪の要求を行う予定となっています」

 

「まあ、仕方がないですね」

 

 

表沙汰になるのは仕方がないこと。カルバード共和国の一部グループが引き起こした事件とはいえ、今回の件は立派な国際問題だ。

 

最悪、戦争にもなりかねない案件であるものの、即座に開戦ということにはならない。相手は重要な交易相手であり、外交的な譲歩を引き出す形で決着となるだろう。

 

 

「まー、いいんですけどね」

 

「損害賠償については、彼らの勉強会が支払うという事になるかと」

 

「それと、遺族の方には後で手紙を書かなくてはいけませんね」

 

「彼らの殉職は彼らの任務によるものです。彼らも覚悟していたでしょうし、博士の責任ではありません」

 

「それでもですよ。しかし、困りましたね。あのレベルの相手に来られると、守る側の被害が大きすぎます」

 

「《銀》のような使い手が刺客として差し向けられる事は稀だと思いますが」

 

 

まあ、あれほどの実力者ならば暗殺などのまっとうじゃない仕事をしなくても食べていけるだろうから、稀だというのは真実だろう。

 

ユン先生のように武術指南でも食べていけるだろうし、軍でも重宝されるはずだ。しがらみに縛られるのが嫌なら遊撃士にでもなればいいし、戦闘狂ならば猟兵でもやっているだろう。

 

殺す相手を選べない暗殺業などあの水準の実力者が手を出す仕事じゃない。だが、実例があるだけに、今後絶対に来ないという確証もない。

 

白いカラスが発見された以上、このような事態はまた起こり得ると考えなければならない。あるいは犯罪組織が内部で育てているとか。

 

どちらにせよ、今回の件で王国軍は蜂の巣をつついた様な騒ぎになっているらしく、相当忙しいようだ。

 

 

「しかし、私もまだまだ未熟ですね…」

 

「そういえば、エステル、ユン先生の事なんだが」

 

「出来るだけ早くにお礼言いたいですね。まだリベールにおられますか?」

 

 

あのタイミングで先生が来ていなかったら、間違いなく死んでいただろう。必殺技と書いて必ず自分が殺されるとか冗談にもならない。ご利用ご返済は計画的に。

 

 

「エレボニア帝国でとった弟子の少年を連れておられてな。お前に用があるとのことだ」

 

「エレボニア帝国の?」

 

 

父の話によると、あの襲撃があった日に先生がお弟子さんを連れてリベールに入国したらしい。

 

先生の入国を確認した軍情報部は、私に対して行われた襲撃の報を受けて先生に接触し、軍用飛行艇でロレントの我が家まで送り届けたのだそうだ。

 

 

「先生は?」

 

「今は俺と同じホテルに滞在してもらっている。明日にでもお連れしよう。それで、弟子のリィン君についてなのだが」

 

「あ、はい。私に会わせたいんでしょう。どんな用かは分かりませんが、構いません」

 

「そうか、分かった。中々ハンサムな坊主だったぞ」

 

「へぇ、どんな印象でしたか?」

 

「礼儀正しく真面目といった印象だな。まあ、問題を起こす人間ではないだろう」

 

「本当は剣を交わしたかったところですが、このザマですしね」

 

「まったく、お前は働き過ぎだ。いい機会だから、しばらく静養しておけ」

 

 

 

 

 

 

「老師、八葉を極めれば、俺もこんなことが出来るようになるんですか?」

 

「お主次第じゃな」

 

 

黒髪の少年は廃墟となった屋敷を見つめる。目下に広がるのは同心円状に広がる、魔法陣じみた巨大な亀裂。あの日、上空からみた光の正体だ。

 

少し離れたところには二つの巨大な穴。竜を顕現させた恐るべき破壊の傷痕。大地は抉られ、強固なコンクリートの基礎がめくり上げられている。

 

新月の夜に星の光をかき消した龍の降臨を思わせる白雷。人類の魂の根幹に恐怖を刻み込む竜の降臨。これを、一つ上の少女がなしえたという事実に少年の心は大きく動く。

 

何よりも、あれほどの猛威をかの少女は完全に掌握していたという事実に強く心を惹きつけられる。

 

屋敷を廃墟にし、大地を広範囲に穿つ暴力はしかし、敵ではない彼女の家族や護衛の兵員たちを一切傷つけなかった。完全に制御された力。

 

 

「《銀》という暗殺者は、ユン老師でも勝てるかどうかわからない相手なんですよね」

 

「そうじゃな。今のあやつならば勝てるじゃろうが、数年前ならば分からん」

 

「エステル博士に会えば、何か掴めるかもしれない…。老師はそう考えているんですね?」

 

「あやつはお主よりも《力》というものに真摯に向き合っておる。それに、年齢が近い方が得るものも大きいじゃろう」

 

 

エステル・ブライト。エレボニア帝国では《空の魔女》とも呼ばれ、恐れられている人物だ。

 

その実、自分とほとんど年齢も変わらず、写真を見せてもらったが、それほど恐ろしい人物という印象は受けない。

 

 

「早く会ってみたいです」

 

「そう急くな。怪我人じゃから、剣を合わせることも出来んじゃろうて」

 

 

それでも、その少女に会うことで『道』を得る事が出来るかもしれない。黒髪の少年は空を見上げた。

 

 





改定しました。先代《銀》には勝たなかったけれど、自重は止めた。ははっ、このSSってチートものなんだぜ!

27話でした。


<斉天大聖功>
補助Sクラフト、CP100~、自己、基本ディレイ値0、3ターンの間CP全快・能力低下解除・STR+100%・三連続行動・割り込み不可。使用後はHP1・CP0・全能力低下-50%・封技状態となる
己の中から氣を全力で引き出し、螺旋の高速回転で練成し全身に行き渡らせ、己の限界を超えた力を引き出す。使用後はその反動により衰弱しきってしまう。


はいはいチート乙。



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028

 

 

「存外壮健そうじゃの」

 

「来られるならご一報を頂きたかったのですが」

 

「思い付きじゃったからな」

 

「相変わらずですね。まあ、おかげで命拾いしたんですけど」

 

 

ちょっとしたホテルの部屋が丸々2つ入りそうなほど広い部屋は清潔で白く、病室の中央には目的の少女が横たわる大きなベッドが鎮座していて、その周囲の棚や机の上には色とりどりの花が活けられた花瓶が置かれている。

 

老師と少女は笑いながら歓談しているが、完全にアウェーである自分にとっては酷く居心地が悪い。

 

なんというか、病院自体がかなりの厳戒態勢となっていて、迷惑そうにする入院患者や医師たちを横目に多くの軍人たちが銃を片手に警備を行っていて、まるで軍施設に足を踏み入れたかのようだった。

 

特に俺はエレボニア帝国の出身ということで、厳重な身体検査を受けさせられてうんざりしてしまった。老師の付き添いでなければ牢獄の中かもしれない。

 

そして病室である。中に入った瞬間、濃いブラウンの髪の少女の鋭い視線が俺を貫いた。明らかな敵意を含んだ視線に息が詰まるほど動揺してしまうが、黒い髪の少年が少女をなだめてようやく敵意が弱まり息を吐く。

 

そうして苦笑いする病室の主、痛々しいほどに体中を包帯で包んだ寝間着姿の栗色の髪の少女に挨拶をした。

 

 

「しかし、リィン君でしたか。だいぶ待たせてしまったみたいで、申し訳ないです」

 

「あ、いいえ、そんな怪我をされたんですから当然の事かと。むしろ、会ってもらえただけでも光栄です」

 

「ふふ、先生の手紙の通りの人柄ですね」

 

「えっと、ちなみにどんな?」

 

「生真面目で、謙虚だと。あとは、自分に自信が持てないとか」

 

 

その言葉に、一瞬たじろぐ。

 

いや、まあ、その通りで、図星を突かれたが故なのだけれども。そんな自分の動揺は顔に出てしまったらしく、栗色の長い髪の少女はクスリと笑みを浮かべた。

 

少し恥ずかしくて顔を赤らめてしまい、そして彼女の後ろにいる濃いブラウンの髪の少女の視線が厳しくなる。

 

 

「エ、エステル博士は……」

 

「博士は付けなくていいですよ。堅苦しいですしね」

 

「あ、えっと、エステルさんは、その、剣の道についてどう考えているんですか?」

 

「剣の道ですか? そうですね、実の所、私は剣の道を歩んでいるわけではありません」

 

「は?」

 

 

気の抜けた声を上げてしまう。

 

剣の道、自分がどうあるべきか迷うこの命題に対して、少女は特に茶化した様子もなく、しかしあれほどの剣の腕前を持ちながらも否定してしまった。

 

彼女は《剣聖》に限りなく近い存在だと信じていた俺は、そんな彼女の言葉に戸惑いを隠せなかった。

 

 

「《道》とは何らかの頂に達するための方法論あるいは根本的な原理ですね。この場合は武の《理》とでも言えばいいのでしょうか? 興味はありますが、私の目指す所ではありませんね」

 

「え、いや、では、どうして八葉一刀流をっ?」

 

「必要と判断したからです。身を守る術、誰かを守るための手段。その方法として私は八葉一刀流を修めました。理由なんて人それぞれですよ。まあおそらく、剣を修める中で、剣の道を目指したいという奇特な人物が出てくるわけです」

 

「お主な…」

 

「いや、でも、最初から剣の道なんて語りながら八葉一刀流の門を叩く人なんているんですか?」

 

「おらんな。大抵は成り行きというのが殆どじゃろう」

 

 

理由。そうだ、理由はある。結局のところ、剣の道などと言いながらも、自分もまた彼女と同じように八葉一刀流を手段として捉えていた。

 

なんて馬鹿な話。『剣の道』など語る事すらおこがましい。あの雪の日の、あの恐ろしい獣に打ち勝つために、剣を利用しようとしただけだ。

 

 

「八葉一刀流に出会ったのは、父が修めていたからです。そんな偶然が無ければ、別の手段を探していたと思いますよ」

 

「ふん、えらく軽い扱いじゃの」

 

「何にどれだけ重きを置くかは人それぞれですよ。別に剣を軽んじているわけではありませんが」

 

「ふむ、怪我が治ったのなら、今のお主の力を測ってやろう。《銀》との命の遣り取りをしたのならば、良い経験になったじゃろう」

 

「あんな経験はもうまっぴらですが、お願いします。といっても、一か月も入院すると、身体がなまりそうですねー」

 

「おとなしく、養生せい。退院したら少ししごいてやろう」

 

「やだー」

 

 

そう言って笑いあう二人は、どこか祖父と孫娘の会話を見ているよう。

 

老師に剣の教えを受けていた時から薄々分かっていたが、彼もまた剣の道についてどこか飄々とした態度で向き合っているようにも思える。

 

剣を握った時はまた違うのだけれど、深く思い悩む自分との違いを思い知らされた。そして思わず声を上げてしまう。

 

 

「あのっ」

 

「?」

 

「なんというか、他人じゃなくて、自分の中にあるものに打ち勝つために剣を握るというのは…、間違いなんでしょうか?」

 

 

思わず何も考えずに出た言葉。そんな言葉にエステルさんは耳を傾けて、すこし考えた後、俺の目を見た。

 

 

「事情は良く分かりませんが、己に打ち克つという意味で言うなら、方法論の一つとしては間違いではありませんよ。ただ、リィン君、貴方からは一般論でいう克己とは違う、もっと具体的な問題を感じます。間違っていたら謝りますが」

 

「い、いえ、そうですね…」

 

 

少女の言葉に動揺する。まるで見透かされたかのような感覚。一瞬全てを話してしまおうかと思ってしまったが思いとどまる。

 

初対面の相手に話す事ではないし、それにこういった人の多い場所では話すべきことではない。そうして俺は気付かないまましばらくの間沈黙してしまう。

 

だが、その沈黙と逡巡が相手に確証を与えてしまう。

 

 

「ふむ、何か事情がありそうですね。まあ、無理には聞き出しません。ただ、立ち止まらずに歩き続けようとする君なら、いつかは答えに辿りつけるかもしれませんね」

 

「そう、ですか?」

 

「そう信じていないと、何も得られませんよ。必ず答えが見つかるなんてそんな都合のいい事は断言できませんが、君の血肉となる何かを得る事はきっとできるでしょう」

 

「…そうですね」

 

 

俺は何かを得る事が出来るだろうか。

 

 

 

 

「…えっと、エリッサ、よく我慢しましたね」

 

「ん、斬りかかったらエステル、怒るでしょ」

 

 

ユン先生がリィン君を連れて出ていった後、少し不機嫌そうなエリッサを見て苦笑いする。隣のヨシュアも頬をかきながら、どこか安心したような表情を浮かべて笑顔を見せた。

 

最初はすごく険悪な雰囲気を放っていただけに、何事も無くて一安心だ。

 

 

「エリッサはエステルの言う事はちゃんと聞くからね」

 

「ヨシュアもエステルも私を何だと思ってるのよ」

 

「んっと、“斬れば分かる”なんて平気な顔で言いそうだったので…」

 

「もうっ、酷いんだから。いくら帝国人が嫌いだからってユン先生の顔を潰すなんてしないわ!」

 

「あ、そういうことですか」

 

 

かつてはエレボニア帝国の人間を皆殺しにしたいと狂気に染まっていた少女が成長した姿に少し感動する。

 

というか、私に怒られたり、ユン先生の面子を潰したりしなければ斬るのだろうか。斬らないと信じたい。うん、信じたい。

 

ヨシュアはそんなエリッサの言葉に少し呆けた表情をした後、笑った。

 

 

「うん、エリッサはすごいね」

 

「何よ、ヨシュア」

 

「いえいえ、私も純粋にすごいと思いますよ」

 

「ちょ、何よ二人して。なんかくすぐったいよ」

 

 

照れて頬と耳を真っ赤に染めるエリッサ。まだまだ未熟である。ヨシュアと二人でそんなエリッサをニヤニヤ観察する。

 

 

「あの帝国人はどうでもいいけれど、ユン先生が戻ってきてくれたことは嬉しいかな」

 

「そうですね。元気そうで安心しました」

 

「先生が元気じゃないのなんて想像できないよ」

 

「確かに」

 

「二人はユンさんに剣を師事したんだよね」

 

「カシウスおじさんもだけどね」

 

「《剣仙》か。僕も稽古をつけてもらおうかな」

 

 

しかし、八葉一刀流とか極めると、みんなああいう風な飄々とした性格になるのだろうか? もっとこう、厳格な感じとかでないのだろうか?

 

 

「何よ、私の方が先なんだからね。姉弟子をそんちょーしなさい。というか、アンタはとっとと怪我治しなさいよ」

 

「ハハ。うん、ありがとうエリッサ」

 

 

なんだかんだでエリッサとヨシュアは家族をしている。

 

どちらかというと、この二人の方が普通の兄妹っぽいような、あるいは悪友といった雰囲気で付き合っている。そんな二人の遣り取りは、傍から見ているととても面白い。

 

 

「ヨシュアはリィン君をどう思いましたか?」

 

「そうだな…、悪い人間じゃないと思うよ。何か悩んでいるっていう雰囲気は感じたかな」

 

「ユン先生に見放されかけてるんでしょ?」

 

「見放しているなら、エステルに会わせようなんて思わなかったんじゃないかな」

 

「素質はあるんでしょうね。壁にぶつかったという感じでしょうか。あの歳で悩み過ぎというか、苦労性の相でもあるんでしょうかね」

 

「…帝国人も案外普通なのね」

 

「ハハ、エリッサは帝国人どんなイメージを持っていたんだい?」

 

「なんていうか、人間味が無いっていうか、もっと威圧感があるっていうか、怖いって感じだったかな」

 

「典型的な帝国人のイメージですね」

 

 

武力を信奉し、残酷で冷血漢で表情に乏しく暗い。それは7年前の侵略によって植え付けられたリベール王国人の多くが抱くエレボニア帝国人の印象だ。

 

そして同時に戦争遂行時において王国が士気高揚のために広めたプロパガンダでもある。殺す相手を人間味のない悪魔のような連中だと思わせたし、思い込んだのだ。

 

事実、エレボニア帝国では質実剛健が尊ばれているし、武を重視する国是を持っている以上、彼らは戦争を賛美する傾向にあるのは確かだ。

 

内戦を勝ち抜いたドライケルス帝を至上の英雄と見做し、また武を尊ぶが故に貴族ですら剣技を磨く義務を負っている。

 

現在彼らが拡大政策に再び舵を取っていることもそのイメージに拍車をかけている。クロスベルを巡っては常に共和国と鍔迫り合いを繰り広げてきた歴史を持つ。

 

そして帝国最大の工業メーカーは武器工房に端に発するし、何より彼らの国のシンボルは戦争と侵略を色濃く想起させる『黄金の軍馬』だ。

 

とはいえ、帝国人が武のみを重視して文化的なものを軽視しているかと言えば、それもまた違う。帝国はオペラが盛んであるし、オーケストラや歌劇団などの音楽団体もたくさんある。

 

楽器で有名なリーヴェルト社は帝国の会社であるし、西ゼムリアの華美な宮廷文化を現在まで伝えるのもエレボニア帝国の特徴でもある。

 

 

「帝国人で東方の剣術に手を出すって言うのも珍しいけれどね」

 

「帝国で有名どころはアルゼイドですか」

 

「《鉄騎隊》の流れを汲む実戦派だね。貴族には正統派の宮廷剣術が人気みたいだけれど」

 

「アルゼイドは聞いたことあるかも」

 

「ユン先生がアルゼイドの《光の剣匠》と一戦やりあったとか。殺し合いになる寸前で理性が働いたみたいですけど。やですね、ユン先生みたいなのがゴロゴロ転がっているとか」

 

 

その試合が楽しすぎて一日中剣をぶつけ合っていたとか。脳筋、バトルフリーク、戦闘狂。まさに蛮族の思考である。

 

 

「ハハ、流石にあれぐらいの達人は五本の指に収まるぐらいしかいないと思うよ」

 

「剣聖だけで4人、S級遊撃士は5人なんだよね」

 

「……20人ぐらいかな」

 

「その人たちを集めたら国が一つ落とせますね」

 

「ハハ…、冗談じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

「デルタ翼でまとまりましたか。一時はどうなるかと思いましたがね」

 

「いえ、まあ、特に指定がありませんでしたから。最終的には堅実な設計になってしまいました」

 

「堅実でいいんですよ。未経験の技術を導入してもらっても困るのです」

 

 

私の病室には毎日色々な人がやってくる。ヨシュアやエリッサ、ティオは毎日お見舞いに来てくれるし、お父さんも時間を見つけては果物を片手に会いに来てくれる。

 

ティータやエリカさん、ラッセル博士もたまに顔を見せてくれる。モルガン将軍とクローゼの言付けを受けたユリア中尉なんかも来てくれた。

 

そしてやってくる人たちの目的はお見舞いだけではない。例えば今日などは病室の私のベッドの周囲を技術者たちが囲んでいる。

 

私が入院中で、研究所や大学、ZCFに行くことが出来ない事は仕方がないが、だからといって病院にまで押しかけてくるのはどうかと思う。

 

テーブルには設計図やグラフなどが書かれた書類が積み重なる。今、目の前に広がるデータや図は、航空宇宙研究所で開発中のジェット戦闘爆撃機のものだ。

 

次期主力機として生産が始まった《ラファール》《ミラージュ》は極めて高性能で、追随を許さない空戦能力を誇るものの、輸出用としては機密情報の塊過ぎた。

 

現在の帝国や共和国の軍事事情から言えば、超音速機が他国で開発されるまでには10年以上かかると考えられており、輸出用としてこれらの機体を輸出することは技術流出につながる。

 

だが、国際市場における戦闘機・爆撃機のシェアを他国に譲る気もなければ、共和国の独自開発も阻止したいという思惑もある。加えて、輸出用ジェット機を販売して今までの研究開発費を回収したかった。

 

そこで、輸出用の安価で技術的にも数世代下の機体の開発が始まったのである。

 

 

「しかし、これ、5000万ミラに収まるんですか?」

 

「軍が要求した価格には抑える事が可能です」

 

「チタンを減らして、アルミ合金やガラス繊維強化プラスチックを多用したのが正解なんでしょうがね」

 

 

要求された性能は《ラファール》や《ミラージュ》から一世代か二世代ほど劣るといっても良い物で、はっきり言えば超音速を実現する必要すらなく、戦術爆撃と空戦がある程度可能であれば良い。

 

よって軍の要求は音速以下の速度性能、短距離空対空ミサイルの運用能力、3トリム以上の爆弾搭載量、30,000セルジュ程度の航続距離、そして《ミラージュ》の1/3以下の調達価格というものが提示された。

 

そして、それを実現するのはさほど難しい作業ではない。要は今までの開発データを流用し、エンジンをダウングレードし、機体の部品点数を減らし構成を単純化する。

 

さらに機体の構造材をアルミ合金や鋼鉄主体とし、内蔵するレーダーや導力演算器の性能を落とし、ソフトウェア開発にお金をかけなければいい。

 

第5世代ジェット戦闘機クラスのエンジンが完成している以上、エンジン出力で様々な問題をねじ伏せる事が出来るからだ。

 

とはいえ、私は第5世代ジェット戦闘機や宇宙往還機などの研究開発をメインに据えていて、性能の低い航空機の開発に割く時間を惜しんでしまった。

 

そういうわけで、私はこの戦闘機の開発を他の技術者たちに丸投げしたのである。

 

これは私以外の技術者にも航空機の設計を一から行うと言う経験を積ませるうえで良い経験になり、またそこそこの機体であれば、将来的に輸出用の戦闘機としても利用できる。

 

私以外の研究者からの異なる設計思想が生まれるかもしれないし、私は他の研究に集中できる。つまり、一石三鳥のすばらしいアイデアだったはずなのだ。

 

そう、それが間違いの始まりだった。気づいた時には遅かった。どうしてこうなった。

 

 

「F-86ぐらいの性能でも良かったんですがねぇ」

 

「博士?」

 

「いえ」

 

 

ZCFには元より技術的挑戦を尊ぶ気風があり、これはアルバート・ラッセル博士が創始した黎明期からの伝統のようなものだ。

 

世界最大の研究機関・重工業メーカーとなったZCFの研究者・技術者にもそのような気風は脈々と受け継がれている。

 

これは時に技術的暴走という形で表面化することが時々ある。ままある。…よ、よくある。というかだいたい…。

 

今回の要求は安ければ安い方がいいというものだった。やろうと思えば1,000万ミラ程度の機体だって作れたはずなのである。

 

なのに連中は軍が要求した《ミラージュ》の1/3という数字丁度に目標を設定してきたのだ。1/3という調達価格に収まるならば何をしてもいい、そんな免罪符の元に彼らはやりたい放題やりつくした。

 

 

「あ、それとカナードは却下です。ストレーキで十分だと思います」

 

「いやしかし…」

 

「推力偏向ノズルと前進翼は試験研究機でやってください」

 

「ですが、それだと《ミラージュ》には勝てないじゃないですかっ」

 

「誰が《ミラージュ》に勝てる機体を作れと言ったのか」

 

 

バカじゃねーのお前ら。

 

彼らの野望は開発開始からしばらくして明らかになる。彼らは空戦において《ラファール》や《ミラージュ》を上回る最強の戦闘機を作ろうと目論んでいたのだ。

 

限られた予算の上限の中でどれだけ無茶が出来るか。そこには彼らの間違った方向に突っ走った情熱の軌跡が見て取れた。

 

結果として最初に彼らが持ってきた案を見た時、私は思わず咳き込んで取り乱してしまった。特徴的な前進翼とカナード翼、そして推力偏向ノズルを採用。

 

それはまさしくXの世界でグラマン社が世に送り出したXプレーンズの1つ、X-29であった。何コレすごくカッコイイ。

 

さらに仕様書には他にも渦流制御器や、グラスキャノピーではなくセンサーで得られた外部情報を導力演算器で処理して網膜に投影する密閉型コクピットの採用など、先進的過ぎる案が満載されていた。

 

個人的にはすごく気に入った。できればGOと言いたかった。でも、予算内に絶対に収まらないことが分かり切っていたので却下したのである。

 

前進翼は安定性が低くなる、つまり運動性が高くなるという特徴があり、フライ・バイ・ワイヤが実現できるならば格闘戦の性能を高める手段としては有効である。

 

ただし、翼に一定以上の強度が求められるため、炭素複合素材などの高価な素材を用いなければならない。推力偏向ノズルも研究中の技術であり、輸出用の戦闘機に用いるのはお門違いだ。

 

ということで、何度かダメ出しを行い、仕様書にある様々な技術案については試験研究機において研究を続行することで妥協させた。

 

そうして目の前にある設計図が最終案となるだろう。おそらくXの世界のフランスの戦闘機、ミラージュⅢによく似たマルチロール機になるはずだ。

 

 

「だいたい、アビオニクスとエンジンで負けてるのに、どうやって勝とうと思ったのですかね」

 

「ど、ドッグファイトでは勝てたかもしれないんです!」

 

「機体の構造材にチタンや炭素複合素材を使っていないですし、G軽減用の導力器を搭載する余剰空間もないんですから機動性でも勝てるはずないじゃないですか」

 

 

この世界には重力制御技術が存在し、《ラファール》や《ミラージュ》にはその重力制御によってパイロットへの慣性力による負荷を軽減するだけの演算能力を持つコンピューターが搭載されている。

 

ブラックアウトを気にする必要がないのなら、無茶な機動により相手を圧倒することは十分に可能だ。しかも、目であるレーダーもまた圧倒的に優位にある。

 

これからの戦闘機の性能はコンピューターとアビオニクスの出来に左右されるといっても過言ではなく、それが劣っているのなら空力学的にいくら洗練されていたとしても勝てるはずがない。

 

 

「まあ、機動性なんてミサイル技術が進展すれば二の次になるんでしょうけど」

 

「…納得はできないですがね」

 

 

ミサイル万能論は危険だが、しかしミサイルの性能が向上するにつれてドッグファイトの出番はほとんどなくなるのが予測される。高価だけれど。

 

ただし、少しばかり性能が高すぎてすぐに輸出できなくなってしまったのが玉に瑕か。事実上の第2世代ジェット戦闘機相当の能力。

 

エンジンを換装し、エリアルールを適用して、ショックコーンを取り入れるといった多少の工夫で音速の壁だって超えられるはずだ。

 

まずは練習機を少しばかり再設計して、第一世代相当のものを売りさばき、次にこの機体を販売すればいいだろう。

 

 

「しかし、博士も戦略爆撃機は随分先進的な設計を取り入れているらしいじゃないですか。確か、全翼機だとか」

 

「全翼機は技術実証用の実験機でしか試してないです。あれを実用機に用いるのは随分先になりそうですね」

 

 

B-2スピリットとかああいうのはお米の国じゃないと運用はしんどいのです。ぱないの。

 

 

「しかし、随分変わった形状でしたよね?」

 

「新型機と同じ、無尾翼機ですよ。垂直尾翼はついてます。ちょっと風変わりなのは認めますがね」

 

 

ただし主翼が菱形だったり、垂直尾翼が外側に傾斜していたり、エアインテークが菱形だったり、排気口が機体上部に開口していたりする。

 

機体形状や素材、塗料によるレーダー反射断面積の低減を実証するための実験が繰り返されており、実機はまだ作られていない。

 

そもそも戦略爆撃機としてはカラドリウスが優秀であり、これを迎撃できる防空システムを構築している国が存在していない以上、ジェットエンジンを搭載した戦略爆撃機はまだまだ不要である。

 

なので、次世代の戦略爆撃機の開発はそれほど焦らなくてもいい。第6世代機などを目標に、地道に技術を積み重ねていく時間はある。

 

 

「しかし、そうですね。新型機ですが、名称は《ヴァンクール》でいきましょう」

 

「勝利者ですか…、悪くはないですね」

 

 

 

 

 

 

「これはこれはリシャール大佐、わざわざこんな場所までご足労頂き…」

 

「長話はいい。それよりも…」

 

「ええ、ええ、分かっておりますとも。大佐の愛しのあの方が怪我をなされたこと、そのご心痛お察しいたしますとも。ですが、研究というものは焦っても良い結果が出るとは限らないものでして。いえいえ、わざと研究を長引かせて予算を浪費している訳ではございませんとも。ただ、あの方のように異常な…、いえ、違いましたな、奇跡のような成功を望まれても、私のような凡俗には少々厳しいものがございますな」

 

 

樫の長机を挟んで向こう側のソファーに座る男はヘラヘラと笑いながら長話を続ける。気味の悪い男だ。別に容姿が醜いというわけではない。

 

いやむしろ女性には人気が出るかもしれない、背が高く、気の良さそうな紳士を思わせる。濃いブラウンの髪と口髭はしっかりと整えられており、表情は柔和で、発声も流暢だ。

 

だが、多くの人間を観察してきた自分にはこの男が放つ腐臭にも似た悪質を察することができた。同じ科学者でも、目指すモノ、志すモノが違えばこのような化け物になるのだろうか?

 

本当はこのような男に会いたくはなかったし、このような悪趣味な場所には来たくなかったのだが、事情が事情だけにそうも言っていられないのが実情である。

 

 

「メイゼル博士、アルジャーノン大隊については現場では高い評価を得ている。あれが極めて強力であることは認める所だ。しかし、今回の件のような場合に対処するにはアレでは困難だ。我々は超兵計画の成功を痛切に望んでいる。分かるかな?」

 

「ええ、分かっております。ですがご安心ください。計画は順調に進展しており、臨床試験の結果をお見せすることも出来ましょう」

 

 

長机の上に問題の錠剤が置かれていた。《グノーシス》。情報部が秘密裏に研究を進める特殊な薬品だ。

 

共和国で大規模な事件を起こしたカルト教団が開発していた薬品であり、教団が行っていた人体実験の中核ともいえる存在だ。そして、その特殊な効能は当初から情報部と科学者たちの注目を集めていた。

 

プロレマ草と呼ばれる七耀脈の集まる特殊な条件でなければ生育しない植物の成分を精製し、いくらかの化学的な処理を行うことで作成される薬剤。

 

投与した人間の霊感とも呼ばれる第六感を先鋭化させると共に、潜在能力を引き出し、果てには《運》と呼ばれる形而上の概念にまで関与する、医薬の常識を覆す未知。

 

この研究は《彼女》の支持も得て動物実験を中心に分析が行われていたが、その《彼女》にも知らされていない研究がこの秘密研究所では行われていた。

 

その研究は目の前の男、メイゼル博士を中心とした特殊な化学者、医学者、薬学者、生物学者などのチームによって遂行されている。

 

このメイゼルという男の正体はD∴G教団の司祭である。情報部の秘密作戦によって制圧したロッジにおいて確保された教団における人体実験を指揮していた幹部司祭であり、

 

制圧作戦の際に自害などすることなく、助手たちを引き連れて我々に投降し、そして自らの有用性を情報部に訴えた。

 

未知の薬剤である《グノーシス》の研究には確かにそれに携わっていた人物の協力が不可欠であり、我々は厳しい管理と研究成果の独占を引き換えに彼らに研究環境を与えた。

 

彼らにとってD∴G教団の教義などどうでもいいことらしく、この《グノーシス》の可能性、先にあるものを見る事だけに興味があるようで、彼らは厳しい情報部の管理にも不満は特に漏らさなかった。

 

研究は劇的とは言わないまでも、順調に成果を上げ続けていった。会話や人間並みの複雑な思考を可能とする魔獣の作成に成功し、これを従順に躾けることで従来の常識を打ち破る高度な軍用魔獣の作成の道を開いた。

 

情報部では既に人間と高度なコミュニケーションをとる犬型や猫型、ネズミ型の魔獣を実戦投入し、諜報活動において大きな成果を上げている。

 

 

「ほう、では今日こそは見せてもらえるのかな?」

 

「もちろんでございますとも。きっと軍の方々にも満足していただけるでしょう」

 

「そこまで言うのならば、期待せずにはおれないな」

 

 

そうして男に促されて立ち上がり、私は秘書と護衛を兼ねる役割を押し付けてしまったカノーネ君と共に彼に連れられる。

 

研究施設は剥き出しのコンクリートで、通路の天井側には用途不明の無数のパイプが連なっており、いやに明るい導力灯と共に施設の非日常性、無機質さを際立たせる。

 

 

「…大佐、何度来てもここには慣れません」

 

「慣れる必要はないよカノーネ君。人間性を失いたくないならね」

 

 

私の後ろを歩くカノーネ君が若干先ほどから居心地が悪そうな表情をする。この研究所の独特な雰囲気、どこか地獄の底に通じているようなそれは、私でも慣れるものではない。

 

そうしてしばらく彼の後ろを歩いていると、奥の方から小銃を発砲する音がかすかに響いてきた。

 

 

「なっ、大佐、これは?」

 

「メイゼル博士、何事かね?」

 

「演習でございます。先日より被検体の評価試験を行っておりまして、結果と詳細については後ほど報告書にてご覧ください」

 

 

階段を上ると演習場を見晴らすことが出来る大きなガラス窓が張られた展望室になっていた。眼下では市街戦を想定しているのか、コンクリートで再現された街があり、そこで無数の魔獣と戦闘を行う十数人の兵士たちが見えた。

 

その装備は今年度に配備された小銃を持つものの、王国陸軍の歩兵の標準的な装備と言える。とはいえ、分隊支援火器については異様と言えた。

 

6本の銃身を持つ0.7リジュ口径の導力式ガトリング銃は本来は重機関銃に分類される兵装であり、歩兵が手に抱えて運用する代物ではない。

 

にもかかわらず、彼らはそれを軽々と取回して演習場を駆け回っている。

 

また、その錬度は異様だった。遠目から双眼鏡で見るだけでは詳細は分からないものの、まるで全員が感覚を共有しているような、あるいは視界を遮るものなど無いとでも言うような動きをする。

 

攻撃においては必ず数人の兵が敵を挟撃する位置に移動して見事な十字砲火を加える。ごく自然に敵を誘い出して、別の班が形成した即席のキルゾーンや対人地雷の罠に引き込む。

 

迫撃砲の運用は見事と言う他ない。まるで以心伝心のような砲撃支援。誘い出し、あるいは味方の兵が敵の近辺にいるにもかかわらず、味方を巻き込まずに精密な砲撃を実行して見せた。

 

魔獣に襲い掛かられれば、別の位置にいた味方の兵が小銃による見事な支援射撃でそれを阻み、狙撃兵はそれ以上の働きをする。

 

一糸乱れぬ統率、部隊は一様に生物の体の如く有機的に連携し、そして見るからにその錬度は標準的な軍の部隊を超えている。

 

その戦いぶりは歴戦の猟兵を思わせ、隣で一緒に観戦するカノーネ君すら唖然とその様子を呆けるように見つめるほど。

 

 

「か、彼らは猟兵なのか? それともどこかの軍の精鋭なのか?」

 

「いえ。確かに元猟兵はいますが、全員がそうではございません。むしろ、半年前までは戦闘経験すら持たない素人が大半でございます」

 

「半年でこの練度…。あの魔獣たちは弱そうには見えないが」

 

「経験をつんだ遊撃士でも手こずる相手でしょうな。捕獲には武装飛行艇を使わなければなりませんでしたから」

 

 

彼らが相手にしている魔獣は、関所の守備隊が相手にするような一般的なそれとは格の違う強力なものばかりだ。

 

しかし彼らは魔獣の行動を巧みに制限し、魔法を使おうとすればそれを巧妙な連携で阻害し、一方的に撃破していく。

 

小銃では効果的なダメージを与えられない魔獣には、簡単なトラップや迫撃砲により姿勢を崩したその絶妙のタイミングで携帯用の無反動砲の一撃を叩き込む。

 

40リジュの圧延鋼板を貫く成形炸薬弾の直撃は主力戦車をも葬るものであり、巨大な魔獣をも一撃で沈めることが出来る。

 

 

「しかし、例の《銀》のような達人を相手取るのは難しいのではないか?」

 

「達人とはいえ人間。0.7リジュのライフル弾が命中すれば致命的な傷を負うはずです」

 

「だが、当てることが難しい」

 

 

カシウス・ブライトしかり、ユン・カーファイしかり。エレボニアのアルゼイド子爵や共和国の《銀》らは結局のところは人間であり、0.7リジュ口径の小銃弾を急所に受ければ致命傷は避けられない。

 

だが彼らはその異様なほどに冴えた直感や戦闘経験、技術をもってそれを未然に防いでしまう。同じ人間とは思えない程の正確さで。

 

 

「ええ。しかし、彼らはまだまだ強くなるのです。そしてそこには上限がないと言うべきでしょう」

 

「どういうことかね?」

 

「超兵計画によって我々が生み出したレッドキャップス中隊には、グノーシスによるいくつかの超常能力が付与されているのです」

 

 

メイゼル博士が薄ら笑いを浮かべながら、私とカノーネ君についてくるよう合図を送ってくる。私たちは博士の背中を追いながら、彼の話に耳を傾ける。

 

最初彼は被検体たちに何を施したのかをこと細かく説明しだしたが、専門知識に欠ける私の知るところではないので、彼の生み出した部隊の具体的な能力を話すように促す。

 

 

「グノーシスには潜在能力を引き出す効果がありますが、あれの本質はもっと形而上的で霊的な、七耀で言うところの『幻』に属する、すなわち認識、無意識、因果律に関わる力を引き出す薬効にこそ注目すべきなのです。我々はこれによりいわゆるテレパシーよりも上位の超常能力を被検体に付与することに成功したのです」

 

「テレパシーの上位? 勿体つけるな」

 

「ええ、それはすなわち魂の共有と言うべきでしょうか。あれが教団の言うところの《D》に服用者の経験や記憶を送っていることは理解されていましたが、私は今回、《D》ではなく、それらの情報を個体と《D》の中間点にノードと言うべき場所を形成することに成功しました」

 

 

メイゼル博士が地下への階段を降りる。そしてその奥の、幾重にもわたって厳重に封鎖された分厚い鋼鉄の扉が開かれていく。

 

そしてその奥には手術室のような部屋があり、手術台のようなベッドの上にいくつものチューブや電極のようなものを取り付けられた少女を見た。

 

 

「そして、そのノードに人間の脳を置くことで、200人の被験者たちの個々の精神、記憶、経験、技術、習得した能力を共有し、他の個体にフィードバックさせるシステムの構築に成功したのです」

 

「経験を共有する…。なるほど、つまり一人の猟兵が培ってきた戦闘経験、技術を全体が等しく共有した姿が、先ほどの…。しかし、個々の才能や身体能力には違いがあるのではないか?」

 

「ええ。ですが、共有と言うのは単純に情報の遣り取りをしているわけではないのです。個々の脳が脳細胞の1つとして機能する。すなわち、彼らは身体こそ別々にしていますが、一つの霊的に統合された巨大な脳の統率下に置かれているということになります。そして被検体の肉体は手足のようなものであり、彼らは既に別々の個ではなく、一個であるのです」

 

 

霊的に統合された巨大な脳はその圧倒的な処理能力によって、それぞれの技術をそれぞれの肉体に最適化された形で運用することを可能とする。

 

また、その肉体に宿る特異的な才能さえ、この《脳》は個々の身体に重大な影響を引き起こし、再現せしめる。博士は歌うように語る。

 

 

「そして、彼らは個々の肉体の数だけ経験をつむことが可能であり、そしてそれを統合することが出来る。すなわち、通常の人間の数百倍の効率で学習や鍛錬を行うことが出来ます。それだけではない。彼らが持ちえない才能や能力を、それを持つ個人をこの《脳》に喰わせる事で、新たに外部から導入することすら可能なのです」

 

「い、いや…。しかし管理は可能なのか? 不特定多数の人間の精神を外部から導入すると言う事は、《脳》が我々にとって不都合な悪意に汚染される可能性もあるのだろう?」

 

「そのためのノードです。彼女は《脳》の中核を担うと共に、その基盤ともいうべき存在でもあるのです。彼女にはグノーシスを始めとした様々な薬剤を用いることで深層意識に王国軍への絶対的な忠誠心を刻み込んでいます。よって軍組織の上位からの命令には被検体たちが逆らうことはありません。よしんば、何らかの問題が起きたとしても、彼女を処理すれば《脳》は瞬く間に崩壊し、彼らは彼らを構築していた記憶や技術を失い、また死のフィードバックを受けて昏睡するでしょう」

 

 

嬉々と笑い説明する博士をよそに、カノーネ君は少女に憐みの視線を投げかけている。

 

少女には既に思考があるとは思えず、そして二度と人間らしい生活が送れないのではないかと思えば、同情したくなる心情は十分に察することが出来る。

 

 

「博士、この少女はどういう経緯でここに?」

 

「あ、ええっと、ああ、カルバード共和国の娼館が廃棄する予定だった者たちを人身売買組織を通じて納入したと聞いていますが、何か?」

 

「あの…、廃棄…とは?」

 

「カノーネ君は知らなかったか…。聞いてもあまり気持ちの良い話ではない人体実験の素体にされることもある。好事家の中には《食材》や《薬剤》としてこれを求めるものもいるという。まあ、そういう市場があるということだけだ」

 

「…はい」

 

 

カノーネ君が押し黙る。人体実験に用いる素体は導力革命において生化学や微生物学などの急速な発展に伴い需要が増している。

 

また古くから人体の一部は媚薬や不老長寿の薬として珍重され、これも死刑囚から製造された製品に紛れる形で比較的大きな市場を形成していた。

 

 

「ところで、彼女はこの実験の被検体になることに賛同したのかね?」

 

「ああ、その事でしたら念書をとっております。先ほどのレッドキャップス中隊に参加している者たちの中に、彼女の幼馴染の青年がいるんですよ。性病を患い、死にかけていたのですが、その青年を助けることを条件にと。抗生物質で事足りたのですがね」

 

「その青年とやらは?」

 

「少女の事を知り、酷く狼狽していましたがね。今では隊を牽引する小隊長ですよ。なかなか優秀でして、我々も驚いている次第で」

 

「君は下衆だな」

 

「よく言われます」

 

「ふっ、このような所業に手を貸している時点で私も君と同じ穴の狢なのだろうがね」

 

 

数か月後、王国軍情報部において一つの特殊部隊が設立される。

 

 

 




お久しぶりです。皆さん生きてますか? 私は冬眠中です。

というわけで、長い間更新をお休みしていましたが、ゆっくり徐行運転で再開です。

閃の軌跡の続編が今年中に発売されるそうで、なんとも楽しみです。きっとロボット大戦になるんですね、分かります。

ヴァリマールとゴルディアス級が空中戦するとか、そういうのだったら萌える。

今回はグノーシス関連の続きということで、怪しげなマッドサイエンティストが出てきました。ええ、もちろん悪役です。

新型機はミラージュシリーズから。作者の趣味が前面に出ていますね。好きなんですデルタ翼。タイフーンとかカッコいいですね。

前進翼もロマンなんですけどね。雪風とかカッコいい。Su-47が配備されなかったのは超残念。ステルスとか追及すると、エイとかヒラメみたいになって外連味が足りないんですよねぇ。



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029

 

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

「ふむ、ヨシュアと言ったな。まあ、あやつが認めるだけの事はあるの」

 

 

屋敷が襲撃された事件から二週間が過ぎた。エステルよりも一足先に退院した僕らは、今はティオの実家であるパーゼル農園に居候している。

 

国からのお金でホテル住まいも出来たのだけれど、鍛錬の出来る広い場所が欲しかったし、また少しばかり堅苦しくて窮屈な思いをしていたからだ。

 

エステルとエリッサの剣の師であるユン・カーファイさんとリィン君もパーゼル家に居候することになり、僕とエリッサはその間ユン先生に戦い方を色々と学ぶことにした。

 

僕は八葉一刀流ではないが、ユン先生の卓越した戦闘経験と知識からは多くの事を学べるし、ただ彼が放つ空気に触れるだけでも十分な鍛錬になるほどだった。

 

 

「じゃが、一撃が軽い」

 

「筋力が不足しているのでしょうか?」

 

「勘違いするな、筋力に限ればエステルよりもお主の方があるじゃろう。そして氣という要素でもない。精度の問題じゃな」

 

「精度…」

 

「技術的な問題ではない。お主の暗殺に特化した技術は、まあ、評価できよう。じゃが、一撃に込める心の精度が劣る。お主、初撃をしくじった後において、自分以上の相手に対しては手数で攻める事を信条としておるじゃろう」

 

「それは、確かに」

 

「悪くはない。お主の長所の一つはその俊敏さと反射速度じゃからの。じゃが、それ故に一撃に対する必死さが足りん。概念的なものじゃがの。じゃが、その辺りを突き詰めれば、こういう事も出来るようになる」

 

 

ユン先生が太刀を一閃し空を断つ。何の変哲もない、只の空振り。だが、次の瞬間、ユン先生と僕を結ぶ線の先、僕の背後に立っていた木が切断され、スルリと横滑りして断たれた上部が地面に落下した。

 

それはつまり、彼の斬撃が僕を越えて僕を一切傷つけずに通過したということ。

 

 

「これが…《剣仙》」

 

「鉄を斬れて半人前、鬼を斬れて一人前といったところじゃな。あやつは量子論がどうだとか言っておったが、あやつの考える事は良く分からん」

 

「エステルも出来るんですか?」

 

「うむ。あやつなりに解釈して再現しよったの。3年前は流石に実戦で使うことは出来ないと言っておったが、今はどうかの」

 

 

斬るべきモノだけを斬る。熟練すれば水を波立たせることなく泳ぐ魚を斬る事、相手の心臓だけを、あるいは病巣だけを切り取ることも出来るようになるらしい。

 

鬼を斬る境地に達するならば、本来ならば物理的に斬ることすらできない霊体のようなものまで斬ることができるとのこと。

 

物理的にそんなことが可能なのか首を傾げるが、事実目の前で為されたのだからそういうものだと納得せざるをえない。

 

 

「そうじゃな、見たところお主は少し思い切りが良すぎるのかもしれん。次に太刀を浴びせる機会など無いと常に心得よ」

 

「はい」

 

「ふむ。それにしても、リィンは相変わらずか」

 

 

ユン先生の視線を追うと、少し離れた場所でエリッサがリィン君と剣を打ちあっていた。エリッサの激しい打ち込みをリィン君がなんとか受け止めている。

 

リィン君の相手はローテーションで僕かエリッサが務めていて、ユン先生曰く他の八葉一刀流の使い手や、僕のような相手をこなすことも修行になるとのこと。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

リィン君が大きく弾かれる。エリッサの一撃は重い。外見上パワーファイターには見えないが、彼女は攻勢においてその才能を発揮するらしく、見た目からは想像できない程の重い攻撃を得意とする。

 

リィン君とは純粋な技術ではそこまで差があるわけではなく、腕力においては勝っているはずなのに、それでも彼は思わず後ろに引き下がった。

 

見通しのない撤退は、一層の不利を招くだけだが、エリッサの剣の迫力と圧力は相手の精神を削るが故に、相手は不利になると思わず逃げたくなってしまう。

 

エリッサがさらに踏み込んでいく。彼女の剣はエステルやユン先生とは大きく異なり、なんというか破壊的と表現すべきだろうか。

 

二人の剣がどこから来るのか全く読むことが出来ないとすれば、彼女の剣はどこから打ち込んできてもおかしくないと思える、そういう剣だ。まるで業火を前にしているような。

 

気配が強すぎてどれが本命なのか分からない。気配だけ追えば、彼女が剣を振るっていないにもかかわらず、まるで既に斬られているかのような錯覚すら覚えるほど。

 

動的。

 

そしてもう一つ彼女の剣には特徴がある。剣から立ちのぼる炎だ。氣と呼ばれるエネルギーによって顕現された炎は酸素や燃料なくして熱を生み出し、触れるものに火傷を負わせ、そして陽炎が剣の軌道を惑わす。

 

なので、彼女相手に守りに回るのは不利であり、それを分かってリィン君もなんとか攻撃に出ようと動く。

 

 

「なら、こちらからっ」

 

「ぬるいよっ!」

 

 

剣と剣がぶつかり合う。何度かの打ち合いの後、エリッサの姿勢が崩れて隙が生じる。

 

リィン君はそのままその隙を突こうと袈裟切りを行うが、次の瞬間、彼女の剣がそのまま彼の剣にそえられて逸らされてしまう。

 

そのままエリッサに蹴りを叩き込まれ、そしてリィン君は彼女を見失った。

 

 

「どこだ…? 上っ!?」

 

「凰墜閃!!」

 

 

彼がエリッサを見失ったのは、彼女が彼の頭上に跳躍したからだ。

 

リィン君が気づいた時にはエリッサは大気を蹴り、実際には氣を足裏からロケットのように放出した反動を利用した移動方法だが、リィン君に向かって垂直に降下する瞬間だった。

 

火焔を纏ったエリッサの剣が火の鳥となってリィン君に向かって叩き付けられる。

 

交差。氣と呼ばれるエネルギーが具現化した爆炎が火球となって二人を中心に形成され、炎が翼を広げたかのように紅炎と熱風と爆風をあたりに解き放った。

 

ちなみに彼女が本気になると炎が黒色に変わる。エステルはそれを見て中二病乙とかジャオーエンサツケンとか呟いていたが、中二病とは何なのか。

 

 

「参りました」

 

 

勝者はエリッサだった。リィン君は弾き飛ばされ、うずくまっているところをエリッサが剣の切っ先をリィン君の眉間に突き付けた。

 

勝率は今の所、エリッサの全戦全勝といったところ。全力は出していないようだが、一切の容赦がないあたりが彼女の精一杯の意志表明といったところだろうか。

 

エリッサは紅色の太刀を鞘に納めると、踵を返してこちらに歩いてきた。相変わらず彼との試合の前後は不機嫌で憮然とした表情をしている。

 

敵意はないし、苦手でもないようだが、どこかそりが合わないらしい。僕がお疲れと声をかけて労うと、エリッサはつまらなそうな表情で一言。

 

 

「丁寧な剣だったわ」

 

「その心は?」

 

「つまんない。結局アイツって、誰と戦ってるんだろ?」

 

 

僕と同じ黒い髪を持つ少年は、膝をついて悔しそうな、いや、どこか思い悩み自らを責めるような表情で太刀を鞘に納めた。

 

僕はそんな彼を見て、エステルならどう思うだろうと何となく考え、そして頬をかいた。

 

 

 

 

 

 

「第12次迎撃試験を行います」

 

 

1199年初夏、リベール王国レイストン要塞に付属する演習場において新兵器の試験が行われていた。本来ここに同席するはずの少女は入院中であるが、試験の行程を変えるというような事はない。

 

大型のテントの下に並べられたパイプ椅子には陸軍の士官が座っており、他に技術者たちが様々な観測機器の周りで計器を凝視している。

 

10アージュほど離れた場所には今回の試験の主役となる車体が鎮座している。

 

車体は大型のトラックで、荷台にはコンテナのような箱に板のようなレーダーを接続したものが積載されており、兵器というよりは何かの科学的な機材というような外観を呈している。

 

 

「3、2、1、榴弾砲発射」

 

「砲弾の発射を確認。迎撃します」

 

 

コンテナの上に設置された筒状の装置の先端にはレンズとおぼしきもの。円筒は上下左右360°に旋回できるようになっており、それはアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーとの連動により目標を捕捉する。

 

そうして放たれたのは極めてコヒーレンスの高い、ビーム径10mm、波長800nm、出力1MWの光線。

 

光線は100セルジュ(10km)先の上空を飛翔する4つの砲弾を捉える。砲弾を捉えた光線はその焦点において砲弾の外殻を一瞬でプラズマ化させ爆発を引き起こす。

 

とはいえ人間の目から見れば不可視である800nmの光線は目視することが出来ず、というか光など反射か散乱したものしか見えないので、突然中空で砲弾が火をふいた後に爆発したようにしか見えない。

 

 

「全弾迎撃成功です」

 

「100セルジュ遠方の榴弾砲4発、全てを迎撃だと…?」

 

「これが光学兵器か。時代の流れは速いな」

 

 

将官たちがざわめき始める。超音速で飛翔する砲弾を迎撃するという光景はそれだけ現実味のない事象だった。

 

とはいえレーザー兵器による砲弾および航空機の迎撃試験は12回を数えるが、当初からこのような命中精度を実現したわけではない。

 

これはレーザー本体よりも火器管制システムの完成が予想以上に難航したためであり、50セルジュ以内の目標に対して100%の命中精度を得たのも第10回試験以降の事だ。

 

対空砲のレーダー管制は既に実現していたが、それは砲弾を迎撃するものではなく、また目標に直撃させる必要もなかったため、要する機械的な精度も桁が違ったのだ。

 

 

「導力エネルギー兵器との違いは?」

 

「指向性と射程ですね。導力エネルギー兵器は直進性において信頼できませんし、大気による減衰率も馬鹿になりません。しかし可視光波長域の電磁波ならばこれらの問題の多くをクリアできます。劣る点は威力でしょうか。とはいえ、砲弾やミサイルの迎撃には不足することはありません」

 

 

レーザーは電磁波である以上、運動エネルギー兵器とは違い散乱や反射によりそのエネルギー全てを対象の物質に伝達することが出来ない。

 

また、分厚い装甲ならばレーザーによりプラズマ化した装甲の構成物質により光が吸収されるため、装甲目標に対してレーザー兵器の威力はどうしても質量兵器に比べて劣っている。

 

しかし、電磁波であるため光速で着弾すること、直進するという特性、運動エネルギー兵器とは違い反動を生じない点により従来の兵器に比べて命中精度が段違いに優れている。

 

このため高速で飛翔する目標を迎撃するための防御兵器としては極めて優秀であり、そのような用途に限定して用いる事を目指して研究開発がなされていた。

 

 

「しかし、装置が大きすぎはしないか?」

 

「馬力にして1360馬力に相当するエネルギーを発振する装置の小型化に手間取っておりまして。ですが、現状における周辺国の軍備から鑑みれば、他国が亜音速機や巡航ミサイル、弾道弾の実用化に漕ぎつけるのは幾分か先になると思われるので…」

 

「余裕があると言う事か。ふん、どうせ空軍に優先されるのだろう?」

 

「まあまあ少将、落ち着かれてはどうです。一昨年に自走対空砲が配備されたばかりではないですか。当面はボース地方における列車砲弾の迎撃システムの構築ができれば良いのでは?」

 

 

憮然とした表情をする陸将を大佐の男がなだめる。リベール王国軍は内外からも空の軍隊と認識されており、政治的にも空軍が重視され陸軍は兵員数こそ最大であるものの軽視される傾向があった。

 

よって予算の大部分は空軍に奪われる格好となり、とはいえエレボニア帝国との戦役において戦況を覆したのは空軍であることは誰もが同意する事実だった。

 

だから陸軍の空軍に対する感情は複雑なものがある。

 

彼らは王国がエレボニア帝国などの強国と渡り合えるのが空軍の質的優位であることも理解しており、空軍の支援なしに戦術が成り立たなくなりつつあることも理解していた。

 

だが軍事は空軍だけではなりたたない。陸軍には陸軍のプライドがあり、空軍への羨望や確執は陸軍の質的向上という方向に転化される。

 

そうして王国の工業力と国力の増大に伴い、王国陸軍の機械化は急速に進んだ。

 

例えば昨年に配備された主力戦車ウルスはXの世界で言うところの2.5世代主力戦車(おおよそT-72相当)に相当している。

 

12リジュ口径の主砲は強力であり、また装甲にはガラス繊維強化プラスチック・炭化ホウ素セラミックタイル・合成ゴムなどを用いる複合装甲を採用している。

 

また砲は通常の導力式加速に加えて、翼安定徹甲弾においては火薬を用いた加速を併用し1700m/sの初速を実現していた。

 

この劣化ウラン製のAPFSDS弾は、距離にして20セルジュ先に設置された44リジュ厚の圧延鋼板装甲を貫くことができる。

 

これにより、ウルスは現在エレボニア帝国で開発されている重戦車の性能を上回っていると考えられた(アハツェンはM60パットン相当の第2世代主力戦車と考えられる)。

 

もちろん、陸軍に配備されているのは戦車や軍用飛行艇だけではない。

 

自走砲や自走ロケット砲、装甲兵員輸送車なども各部隊に供給されており、兵員数においてはエレボニア帝国軍の1/3弱でしかないものの、装備の質の高さによりその戦闘能力は決して劣るものではない。

 

 

「ふむ、列車砲か。エレボニアも飽きないものだな」

 

「80リジュ口径というのはロマンがありますな。軍事にロマンを持ち込まれても困りまずが」

 

「あれの初速は秒速850アージュだったか。迎撃できるのかね?」

 

「十分可能です」

 

 

ガレリア要塞に配備されたという80リジュ列車砲は5トリム近い重量を持つ80リジュ口径の砲弾を音速の2.5倍の速度で投射する能力を保有するらしい。

 

また、その砲弾はRAP弾を採用することで60kmもの長射程を実現している。もしリベール王国国境に配備されれば列車砲は王国全土を射程に収めるだろう。

 

だがリベール王国は10トリム近い重量を誇る地震爆弾を擁しており、これを戦略爆撃機によって運搬・投下することができる。

 

戦略爆撃機カラドリウスは垂直離着陸が可能で、31トリムのペイロードを誇ることから列車砲に比して圧倒的な運用上の利があった。

 

つまり、王国軍は列車砲を馬鹿にしていたのである。

 

 

「防衛計画では空爆による先制攻撃で対処すると決定しているが、実際に有事が生じた際に女王陛下がこちらからの先制攻撃に賛同するとは思えないからな。迎撃システムの構築は陸軍の管轄だよ」

 

「彼らにその勇気がありますかな?」

 

「次の戦争では領土を切り取ってやりましょう。金なら余っているのですから」

 

「はは、次の戦争などと物騒な発言はよさないか。リベールは侵略者ではないのだからな。陛下のお耳に入ってはいけない」

 

「しかし来年には旧ノーザンブリア大公国領を併合するとはいえ、あそこは地続きではありませんしエレボニアとも接している。我が国は国力に比して国土が狭いというのがどうにも」

 

「ふむ、確かに。エレボニアでは近く内戦の気配があるという。どうにか介入できないものか。国土と民が増えれば陸軍も大きくなる」

 

 

軍組織の規模が大きくなれば、それだけ予算や将官が増え、役職や肩書も増えることになる。

 

軍人たちにも派閥が存在し、派閥の規模は彼らが動かすことのできる予算や占有するポストの量によって決定される。

 

そして、時に彼らは国益よりも自分たちが属する派閥の利益を優先する傾向があった。

 

 

「しかし女王陛下の性格からすれば、内戦に乗じて国土を切り取るような行為をお許しになるとは思えん」

 

「次代がクローゼ姫殿下ならば、国の方針はこのまま変わらないと見ていいか。ふん。まあ、欲をかき過ぎれば良い事は無いだろう。7年前からすれば軍の規模も大きくなっているのだからな」

 

「ノーザンブリアの《北の猟兵》が我が軍に編入されるならば、陸軍は相対的に大きくなるはず」

 

「だが、向こうの将官の扱いには困るな」

 

「そういえば君、新型の導力砲が試作されているらしいじゃないか。陸軍にも供与されるのだと聞いたが?」

 

 

士官の一人がここにいる技術者の責任者に問う。

 

 

「はい。電磁投射砲(レールガン)と呼んでおります」

 

「レールガン? 論文で読んだことがあるな。だが、導力砲に比べて機械的信頼性が得られないとして廃れたのではなかったかね?」

 

「ブライト博士の航空機用エンジン開発で生み出された新技術がブレイクスルーになりまして」

 

 

導力を用いた実体弾の加速は、螺旋状に収束した導力エネルギーによって砲弾を押し出すというシステムを採用している。

 

故に基本的に砲弾が機械的に脆弱な部分に接触することはなく、副産物としての熱も発生しないためエネルギーのほとんどを運動エネルギーに変換することが可能と考えられている。

 

それは音響や反動、熱によって殆どのエネルギーを浪費する火薬式と比べて反動も少なく、速射性にも優れ、命中精度が高く、砲身寿命も長い。

 

また反動が少ないため銃や砲を軽量化することが可能で、導力システムを含めた全体の重量においては砲が巨大化するほど有利になる。

 

さらに薬莢を必要としないため、携行するのは砲の本体と弾丸だけで良い。このため火薬式に比べ携行できる銃弾や砲弾の数を増やすことが出来た。

 

もちろんすべての面において火薬式に勝るわけではない。例えば十分に研究された火薬式に比べて初速が遅く、射程や威力に劣る傾向にある。

 

このため一部の猟兵や遊撃士は威力に優れた火薬式の銃や砲を使用することがある。だが、大口径の火薬式の銃は反動が大きく使用者を選んだ。

 

レールガンは電磁力によって砲弾を加速し投射する形式の砲であり、理論上は導力砲を上回る加速度を砲弾に与えることが可能であるとされた。

 

構造は2本の導電性のレールと導電性の物質(導電性稼働切片)に覆われた砲弾により構成され、レール-導電性稼働切片-レールの間に大電流を流すことにより電磁場によるローレンツ力が発生し砲弾を加速する。

 

ただし砲弾がレールの間を移動する際に莫大な熱を生じるという欠点があり、それは電流が流れる際に発生する電熱であり、砲弾がレールに接触する際に生じる摩擦熱である。

 

レールと砲弾の間に電流を流すという性質上、砲弾はレールに接している必要があり、それがさらに砲身に負担をかける。

 

また大電流をいかにして得るかも問題となる。例えば52gの12.7mm弾を音速の8倍に加速するには単純に200kWのエネルギーを要する。

 

馬力に換算すれば約170馬力であり、そんな動力機関を12.8mm機銃に付けようという奇特な人間はなかなかいない。

 

しかしながら一定の速度までならば導力方式で加速すればよく、また電力も導力や超電磁フライホイールから得ればいい。

 

冷却は導力魔法の得意分野であり、高温超電導物質は既に存在する。ジェットエンジン開発で得られたタービンを空間的な場で覆う技術で断熱したり、摩擦を極小に抑えたりすることも可能だ。

 

電磁投射砲(レールガン)の根幹に当たる技術群は既に目星がたっていた。

 

 

「飛行艦船の艦砲や戦車砲として開発が進んでおります」

 

「どの程度の性能を見込んでいる?」

 

「秒速2400アージュの初速を、毎分20発の速射性でというのが目標ですね。今の所は試作砲の試験が行われているぐらいの進捗でしょうか」

 

「最新の導力砲が1700程度だったか。速いな」

 

「情報部によれば、エレボニア帝国の次期主力戦車は翼安定徹甲弾を採用するんだったな」

 

「口径は10リジュだそうで。ウルスの正面装甲を貫けないと分かり、急遽12リジュ砲の開発を始めたようですが」

 

「単純に砲を付け替えただけではバランスが崩れるだけだろう」

 

 

装甲に接触する弾体の速度は秒速2000アージュを超えたあたりから、運動エネルギーが装甲の侵徹に転化されにくくなっていくので、速度を追い求めるにも限界がある。

 

しかしレールガンの投入は列強各国の火砲開発に革命を起こす要素を十分に秘めていた。

 

 

 

 

 

 

「おお、すごいねぇ。これは古代ゼムリア以来の快挙と言っていいかもしれない」

 

「ねぇ博士、ヨシュアはこのロケットを作ったヒトの所にいるんでしょ?」

 

「ん、ああ、漆黒の牙ならそうだったはずだ」

 

 

無数の導力光学素子によって映像を表示するモニターには、白い筋を残して天に昇っていくソレが映し出されていた。

 

それを眺めるのは二人、猫背の男とスミレ色の髪の少女。《結社》、蛇の一柱たるノバルティス博士と新たに執行者の席についたレンと呼ばれる少女だった。

 

リベール王国は継続的に人工衛星の打ち上げを行う予定を立てており、今回のロケットは今年2回目の発射となっている。

 

形式は前回と同様であり、一段目については前回使用した反重力往復輸送カタパルトとよばれる再使用型構造を使用している。

 

これにより使い捨てとなるのは上部構造の二段のみであり、打ち上げにかかる費用の削減が行われていた。

 

今回打ち上げられた《荷物》は気象衛星とされており、広域にわたる電磁波・導力波観測能力を有した3基の人工衛星が軌道に送られた。

 

これらの衛星は惑星を周回しながら、大気圧・気温・海水温・雲量・降雨量・海氷分布を測定し、無線によって地上に衛星写真のデータと共に送信する予定であると公表されている。

 

だが、裏の意図も存在する。

 

この衛星はグローバル・ポジショニング・システム(GPS)の試験を兼ねているのだ。GPSの精度が高まれば、この世界における軍事の常識は大きく変革する。

 

上機嫌に男は語り、そんな男を少女は物珍しそうに眺める。

 

 

「かつてのゼムリア文明が実現した領域に到達しようとしている訳だ。そして彼女ならば、あるいは人類を星の海に導くことが出来るかもしれない。確かに意義のある仕事だよ」

 

「クスクス…。博士がそんなに褒めるなんて、よっぽど頭のネジが外れたヒトなのかしら?」

 

 

映像はリベール王国が世界に中継するテレビ画像であり、《結社》が独自に撮影したものではない。

 

本来は飛空艇などでより詳細なデータを得たかったのだが、リベール王国において形成された電磁波と導力波を併用するレーダー網と早期警戒管制機による索敵網は精緻であり、独自の観測は目立ってしまい実行できなかった。

 

特に電磁波を用いたレーダーは《結社》が従来運用していた導力波を用いたレーダーに対するステルスシステムでは対応できず、飛行艇による偵察行動を事実上不可能なものにしていた。

 

導力波についてはかなり小型の装置によって完全に遮蔽することが可能だったが、光に分類される電磁波によるレーダーは厄介だった。

 

これから船体を遮蔽するにはステルス性を考慮した形状や電磁波を吸収する塗料といったものを用意するか、あるいは導力魔法による空間歪曲で光学迷彩を展開する必要がある。

 

とはいえ、ステルス性を考慮した形状についての研究は《結社》でさえ未開拓の分野だ。

 

ゼムリア文明のステルスシステムは光学迷彩に特化しており、電磁波研究は導力波研究により隅に追いやられていた廃れた研究分野だったため対応に遅れが生じている。

 

そして光学迷彩についても、比較的小型な戦術導力人形への程度の導入の見込みは立っているものの、有人飛空艇などの全長10アージュを超えるような大型の船体そのものに用いることは難しい。

 

それは星杯騎士団が運用する《天の車(メルカバ)》などの少数が実用化しているのみだ。

 

 

「その代替として潜水艦の研究が始まったというわけだが、予算があれば私もロケットを作ってみたいものだ」

 

「ジェットエンジンといい、あれって、どう考えても現行の技術体系からずれてるわね。いえ、思想自体がこの世界の今とはずれているのかしら」

 

「ああ、そうだとも。ゼムリア文明の導力を運用する技術体系から外れた、まるで異世界の文明を見ている気分だ。正に特異点と言うべきだろうね。だからこそ、盟主もまた彼女に強く興味を抱いておられる」

 

「へぇ。エステル・ブライトだったかしら。教授はその子の事どうするつもりなのかしらね」

 

「彼にも困ったものだが、福音計画は彼の担当だからね」

 

「でも、博士も一枚噛むんでしょ?」

 

「ああ、計画に、特に技術面での問題が生じ始めている。電磁波を用いたレーダーもその一つと言えるだろう。そして何より、このまま《紅の方舟》を投入した場合、下手をすれば撃沈される恐れも出てきている。パテル=マテルも例外ではない。ゴルディアス級の開発に割いていたリソースをかなりこちらにも割かなくてはならなくなったよ」

 

 

そうして話している間に、発射されたロケットが予定通りの軌道を描いて二段目の切り離しに成功し、最終的に衛星が軌道に乗ったことが《結社》の観測によっても確認される。

 

衛星はそれぞれスラスターを用いて各自所定の軌道に入り、世界の観測を開始するだろう。

 

リベール王国の科学技術の進展は異様であり、各国はそれを一種の恐れさえ抱いて注視している。

 

リベール王国はこの人工衛星を宇宙の平和利用として宣伝しているが、額面通り受け取る国などどこにもありはしない。

 

国境など無視して、迎撃不能な高度数百キロから自国の領土を観測できるなど安全保障上の脅威以外の何物でもない。

 

気象観測とはつまり地上の観測であり、つまり偵察衛星であると各国は受け止めており、最近では宇宙利用についてのルール作りを行うべきだと言う声が超国家的に広がりつつある。

 

そしてカルバード共和国では宇宙ロケットの研究開発についての法案と予算が今期の議会で通過する見通しだ。

 

 

「《結社》は人工衛星を打ち上げないの?」

 

「目立ってしまうからな。打ち上げにしても、存在にしてもだ。光学迷彩を四六時中展開するわけにもいかないからねぇ」

 

「望遠鏡で見えてしまうものね」

 

「今はまだ公に存在を露出するわけにはいかない。空間転移を利用した人工衛星の軌道投入については研究させているがね」

 

「ヨシュアも面白そうな所にいるのね。会うのが楽しみだわ」

 

 

白の少女はクスクスと笑う。

 

 

 

 

 

 

「これが今回明らかになった《結社》についての報告になります」

 

「…予想以上に巨大な組織ですね」

 

「我々としても衝撃をもって受け止めています。まさか、国際政治・世界経済の裏でこのような組織が暗躍していたなどとは」

 

 

ロレントの国立病院の個室にて、私はリシャール大佐の訪問を受けていた。

 

軍情報部は以前から金融機関などの資本の流れについて調査しており、D∴G教団の存在を明らかにした後もその活動を継続していた。

 

そして彼らはとうとう《結社》あるいは《身喰らう蛇》と称される超国家組織の存在を確認するに至る。あくまでも結果的に。

 

 

「各国の有力者に食い込んでいるのはもちろんの事、多くの才能、科学者の取り込みも積極的に行っているようですね。主流から外れた、あるいは学会から冷遇されていた科学者のかなりの数が行方不明になっている事は前々から掴んでいましたが…」

 

「かつて業績の悪化した企業家、没落貴族、主流から外された政治家や軍人。他にも解散した猟兵団、傭兵団ですか。そして多くが再び力を得て再興に成功している」

 

「彼らに資金援助が行われている状況証拠は掴んでいます。他にも、突然どこからともなく有能な人材が彼らの下で活躍しだすといったことも」

 

 

多くの事例において物的な証拠はなかなか見つからない。

 

しかし、多くのケースにおいて不自然な事象、状況証拠を確認するに至り、一部の関係者と思われる人間に対する『誠意』ある説得が行われ、《結社》の存在を情報部は確認した。

 

その勢力は全ゼムリア大陸に広がっており、おそらく手が付けられていないのはアルテリア法国ぐらいではないか…というほどに。

 

リベール王国においてもその活動は確認されており、多くの議員や軍人、商人が資本援助や人材援助、あるいは技術供与を受けているらしい。

 

 

「幹部構成員については何か分かりましたか?」

 

「いえ。ただ、《執行者(レギオン)》なる代理人が現場における指揮官として活動しているようです。執行者については何らかの二つ名が与えられていること、おそらくは22人存在することぐらいしか分かっておりませんが」

 

「22人?」

 

「タロットカードの大アルカナに例えられているのだとか」

 

「そうですか。なるほど…」

 

 

となれば、あの少年が執行者№0《道化師》と名乗ったのは本気だったと言う事か。トリックスターといった様子だったが、確かに大アルカナの《道化師》に相応しい少年だった。

 

そうなれば、ノバルティス博士と会ったときに護衛をしていた女騎士もその類なのだろうか?

 

だとすれば、未だどこの組織に属していたのかはっきりしないヨシュアが《結社》の一員であると仮定するなら、あるいは彼は暗殺者なので、案外執行者№ⅩⅢ《死神》なんていうのが割り振られているかもしれない。

 

可能性は排除していない。与えるべきでない情報からは隔離している。とはいえ、本人には元の組織に帰る気など無さそうなのだけれど。

 

それはそれとして、現場指揮官となる人間がカンパネルラと同等の実力者であり、22人もいる事が重要になる。

 

カンパネルラの実力を考えれば、構成員全員が強力な戦力を持ち、そして特殊な技能を習得していると理解すべきで、それは相当の脅威と言える。

 

もしそれだけの戦力を一か所に集中すれば、あるいは要塞や重要な戦略的要所、例えばグランセル城だって陥落させられるかもしれない。

 

彼らにとって要人の誘拐などは朝飯前である可能性は高く、これに対抗するには強力な兵器や武器だけでは不可能だ。

 

 

「面倒な相手のようですね。引き続き調査を進めて下さい。彼らの目的、組織の詳細、幹部や執行者の把握、本拠地などの調査を。何より王国内での彼らの協力者の洗い出しですね。機密情報をリークしている可能性が高いです」

 

「…しかし、彼らを利用することはできないのでしょうか? おそらく彼らの情報網は我々を凌ぐ可能性があります」

 

「利用ですか? 何を目的とした組織なのかはっきりしない間は控えるべきでしょう」

 

「…確かに。調査は続行させていますので、何か分かればまた折を見て報告しましょう。それと、今回の事件に関してですが、まずは企業家たちについては20年ほどの懲役刑が下されたようです。賠償金は彼らの資産と共和国政府から屋敷の修繕費、治療費とは別にでる事になっています」

 

 

リベール王国の重要人物の暗殺という暴挙はカルバード共和国とリベール王国の政財界に衝撃をもたらした。

 

多くの証拠を王国側が提示したため、共和国側は言い逃れが出来ず、また旅客機の売買契約や王国がほとんどのシェアを握る精密部品や導力器の輸出を停止する構えを見せたために共和国の株式が暴落し、共和国政府は一刻も早い解決を行わなければならなくなった。

 

加えて王国の影響下にある共和国議員の活動が活発化したことで、共和国がほぼ全面的に謝罪するという流れは確定した。

 

 

「我が国に不法入国した東方移民の受け入れについて大幅な譲歩を得ることができましたよ。後は関税障壁の軽減と、資源取引に色がついたという所でしょうか。まあ、貴女に何かあった方が我が国としては痛手なんですけれどね」

 

「不法移民の受け入れは重要です。無秩序な移民は国を不安定にさせますから」

 

 

労働力についてはノーザンブリア自治州が今年中にリベール王国に併合される条約が発効する見通しなので、これ以上の不確定要素は欲しくない。

 

言語も同一で、東方移民は宗教的には空の女神の信徒であるために、かつてのXの世界のようなヨーロッパ各国でのイスラム系移民のような宗教軋轢を起こすことは無いだろう。

 

しかし、それでも移民政策というのは様々な問題を起こす側面がある。

 

文化的な刺激をもたらし、低賃金労働を支え、社会の流動性を高める効果はあるが、犯罪率は高くなるし、教育水準や思想が異なる者たちと元のリベール王国民とでは常識が若干異なるために軋轢を生じさせやすい。

 

また既得権益を持つリベール王国人と移民との間に所得格差が生じ、これが新たな問題を生もうとしている。

 

リベール王国では女王陛下が多文化主義を支持するため、法的には移民に対して寛容な姿勢を取っているが、軍と移民局は単一文化主義を維持している。

 

これは他国に諜報活動や内政干渉の足がかりにされることを警戒するからであり、まあこれは当然と言える。

 

人口増加を早め、速やかな国力への転化を狙った移民政策ではあるが、国土の増大が無い以上、これ以上の移民受け入れは規制すべきというのが大方の意見としてあった。

 

それに文化的にも近いエレボニア帝国に占領された自由都市からの亡命者受け入れなどもあり、東方移民の受け入れはその必要性を低下させている

 

まあ、ノーザンブリア開発という用途もあるため、完全には戸口を閉ざすことは無いだろうが。

 

これからは高等な教育を受けた者や、特殊技能を持った人材を優先して受け入れ、難民じみた東方の余剰人口受け入れは行わなくなるはず。

 

そういう意味で不良と判断された移民を共和国に何の非難を浴びる事もなく追い出せることは大きな利益になるだろう。

 

 

「そういえば、もうすぐ退院だとか。医師たちが予想以上に速い回復に驚いていましたが」

 

「氣のコントロールによるものです。大佐も出来るのでは?」

 

「まさか。カシウスさんならば分かりませんが、自分はそこまでの技術を修めてはいませんよ」

 

「どうでしょうね、大佐は実力を隠してますから」

 

「そんなことはないですよ。ハハハ」

 

「外の世界の様子はどうですか?」

 

「貴女の事件のせいで、しばらく緊張感が漂っていましたが、共和国との共同声明の後は平常に戻っています」

 

「そうですか。そういえば、シェラさん…、遊撃士の知り合いから奇妙な話を聞いたんですけど、何か知っています?」

 

「というと?」

 

「最近、猫がネズミを怖がるそうです。リベール王国中で」

 

「ふむ、不思議な話ですね」

 

「ネズミが猫に反旗を翻したとか?」

 

「はは、まさか」

 

 

そうして私たちはしばらく談笑を続けた。

 

 

 

 




繋ぎのお話ですね。

029話でした。

自由電子レーザー系統なんですけど、大気で使うのなら波長はどのくらいがいいんでしょうね?

大気の窓は常識的に考えるとして、レイリー拡散を考えるなら波長は長い方がいいんですけど、回折を考えれば短い方がいいし、かといって短波長で高出力だと大気のプラズマ化が起きそうですよね。



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030

 

 

 

「エステルお姉ちゃん、退院おめでとう!」

 

「ありがとうティータ。ティータは可愛いですねー」

 

「うわっぷ。お、お姉ちゃん、抱き付かないで…」

 

 

ティータから花束を受け取る。おおよそ3週間の入院の後、私は無事に退院することになった。

 

家族や友人たち、お世話になった人たちが駆け付けてくれて、病院の正面玄関はちょっとしたお祭りみたいな状況になっている。

 

何故か共和国の大使とか、軍の将校などの偉い人もいたが、まあそんなに堅苦しい雰囲気にはなっていない。

 

 

「エステルっ」

 

「うわっと」

 

「ひゃわっ」

 

 

エリッサが駆け寄って抱き付いてくる。絶妙な力加減をしているのか、ふんわりとした体当たりだけれども、さりげなく頬ずりしてくるあたりは平常運転と言える。

 

押しのけられたティオはそんなエリッサに苦笑いしていて、ヨシュアはそんな私たちを微笑ましそうに、どこか眩しそうに眺めている。

 

 

「ちょっと、エリッサ、恥ずかしいですよ」

 

「ダメっ、エステリウムを補給しなきゃ」

 

「その新元素はいつ周期表に乗るんでしょうね…」

 

「人類未発見元素なのよ。ちなみに普通の人には観測は不可能だわ」

 

「超対称性粒子なんですねわかります。標準模型にも載ってないですよそれ」

 

「愛がなければ見えないの」

 

「だったら機械では計測できませんねぇ」

 

「愛を計測するなんて野暮な話だわ」

 

「それには同意します。考えるな、感じろってやつですね」

 

「お前たち、いつまで二人でじゃれあっている」

 

 

エリッサとじゃれあっていると、お父さんが呆れたような表情でポンと私の頭に手を乗せて撫でてくる。

 

13歳になって子供扱いと言うのはちょっと恥ずかしいが、まあ良く考えれば私もまだまだお子様だということに気づき、だまって撫でられる。

 

 

「退院だな、エステル」

 

「はい、お父さん。心配かけてしまってすみません」

 

「全くだ。冷や冷やさせおって」

 

「父さんが一番落ち込んでいたけどね」

 

「ぬ、おいヨシュア…」

 

 

ヨシュアにからかわれてお父さんが少しだけばつの悪そうな顔をするヨシュアやエリッサといった家族は増えたけれども、それでもお父さんと私は特別だった。

 

それは血のつながりとか、あるいは私がお父さんの愛したヒトの唯一の忘れ形見だとかそういう意味もあるのだろうが、もっと言葉で言い表せないモノが確かにあった。

 

今回もしかしたら死んでしまうかもしれないという瀬戸際から帰還して、そういうお父さんの、おそらくはこの世界において最も強いヒトだろう彼の弱い部分というものを少し垣間見た。

 

それはあの戦役においても確かに目撃したのだけれど、あの時はお父さんに気を回す余裕など私には無かったから、そういう意味で少しばかり罪悪感のようなものを感じている。

 

あの夜に命を賭けたことについては後悔はしていないのだけれど、だからといって心が痛まないなんてことはない。

 

お父さんを残して私が死んでしまうというのは、きっと彼を酷く苦しめるだろうから。だからそういうわけで、私はお父さんに抱き付いた。

 

 

「どうしたエステル。今日は甘えたい気分なのか? 父としては男冥利に尽きるのだがな」

 

「勝手に言っていてください。でも、まあ、こういうことはもう起こらないようにしたいです」

 

「断言ではないんだな」

 

「すみません」

 

「まったく…困った奴だ。お前に何かあったらレナに合わす顔がないんだが」

 

「ということで、サービス終了です」

 

「ん?」

 

 

私はさっさとお父さんから離れ、ティータやシェラさんの所へ。シェラさんのおっぱいは順調に大きくなっており、抱き付き甲斐がある。

 

 

「お、おい、エステル、今のは感動的なシーンじゃなかったのか?」

 

「いや、私、ファザコンじゃないので」

 

「ふふ、エステル、先生のことあんまり邪険にしちゃだめよ」

 

「十分サービスしたんですがね」

 

「父親っていうのは、娘にいつまでも甘えて欲しいものなのよ」

 

「そして婚期が遅れると、孫はまだかとか文句言いだすんですね」

 

「分かってるじゃない」

 

「お前ら、たいがい酷いな」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、相変わらずリベールの成長は凄まじいな」

 

「来月に締結される不法移民の取り扱いに関する条約、そして来年のリベールによるノーザンブリア自治州の併合が投資熱を一層加速させる要因になっていますわね」

 

「西ゼムリア大陸の三強時代の到来か。ふむ、表向きのパワーバランスを取る意味では好都合といえる。だが…」

 

「その辺りはお父様におまかせしますが?」

 

「はは、それを言うならそれは先生の専門だろう、マリアベル」

 

 

近代的なガラス張りのIBC本社ビルディングの総裁室において、一昔前では考えられない程の大きさを持つガラス窓を背に、質の良い黒皮のチェアに座る金髪の男は爽やかな笑みをデスクの前に立つ少女に向けた。

 

健康的に程よく鍛えられた身体を臙脂色のスーツに包むこの男は、ゼムリア大陸有数の資産家として知られている。

 

ディーター・クロイス。

 

彼は金融業を生業として世界に名を馳せる名家クロイス家の当主であり、また世界最大の国際金融機関IBCの総裁である。

 

そして彼の目の前で品の良い、しかしどこか不敵な印象を与える笑みを浮かべる、ブロンド髪を縦ロールに纏めた14歳ぐらいの少女は彼の娘であるマリアベルだ。

 

マリアベル・クロイスは若年ながらも素晴らしい才能を示し、父からもIBCの役員たちからも一目置かれる存在として、本格的ではないものの父親の仕事を助ける立場にいた。

 

そうした大陸随一の資産家である彼ら親子にとって、あるいはこの世界における重要な役回りを演じるだろう彼らにとって急速に経済発展を遂げるリベール王国は無視できる存在ではなかった。

 

何しろ金融機関のトップである以上、驚くべき成長を遂げるリベール王国経済は投資先として無視できるはずもない。

 

また世界最先端の導力技術を保有するZCFとその関連企業群は、現在の証券市場において最大の注目の的になっている。

 

そして彼らの今後の戦略においても、リベール王国という要素は大きなものになる事は明白だった。

 

 

「今まではエレボニア帝国とカルバード共和国という二つの大国がこの地域の主導権を争ってきた。だがそれはあまりにも不安定な体制だった」

 

 

つまり、この両大国はいつ全面戦争に突入してもおかしくはなかったのだ。

 

両国は互いに譲ることのできない係争地を抱え、また帝政と共和制という政治的なイデオロギーにおいて対立し、故に実際に互いを仮想敵国として考えていた。

 

軍事力は拮抗しており、そして両国は内政に大きな問題を、帝国は革新派と貴族派の対立、共和国は移民問題を抱え、それらの不満や軋轢を対外戦争によって誤魔化そうとする可能性も十分に考えられた。

 

そして彼らが限定的な戦争を行う場所として最も適している場所が、このクロスベル自治州という土地だ。

 

既に帝国は国境のガレリア要塞に戦略兵器たる列車砲を配備しクロスベル市全域を射程に収めており、共和国もまた盛んに国境付近で大規模な軍事演習を繰り広げている。

 

クロスベル自治州は市場としても、そしてこの世界の戦略資源である七耀石の産地としても、あるいは大陸横断鉄道が通る交通の要所としても魅力的な存在だった。

 

そしてこの地域を巡って古くから帝国と共和国が領有を主張しており、そのため両国の不安定なパワーバランスの上で自治州は急速な経済発展を遂げることになる。

 

つまり、両国にとってはある意味において法律や制度の抜け穴のような地域であり、そして都合の良い事に大陸横断鉄道がこのクロスベルを通ったことで両大国間の交易の要となった。

 

両大国の意向に翻弄される形で不安定になりがちな政治基盤をいいことに、不正な資金や資材をマネーロンダリングあるいは換金するための格好の場所ともなっている。

 

こうした裏経済の中心としての発展は、そのまま資本の流入を促し、これに上手く適応したクロイス家による銀行業の大成功によってクロスベルはゼムリア大陸の一大金融センターとして国際社会に認識されるようになる。

 

そして富の蓄積が増えるほどに、自治州は両大国にとっての甘い蜜を滴らせる利権となっていった。

 

こうして蓄積された自治州の実態に見合わないあまりにも大きな富と、そして両大国に翻弄される脆弱な政治基盤は裏社会を拡大させマフィアの跋扈を許すこととなった。

 

同時に両大国や他のゼムリア各国による恰好の諜報活動の場を提供した。大国の後ろ盾を持つマフィアの犯罪を自治州は有効に取り締まる事が出来ず、スパイたちの暗躍と暗闘は時に一般市民を犠牲にする。

 

そうした状況をクロスベル市民が変えることなど現実的には不可能であり、帝国人や共和国人の犯罪を裁くことも出来ない。

 

市民たちは帝国と共和国に対する不満や不安を、享楽的とも言っていい経済発展による富に酔いしれる事で目をそらそうとするが、多くの人間がこの状況を変えたいとどこかで願っていた。

 

ディーター・クロイスもそのような人間の一人だ。彼は大国によって翻弄され、正しさや美徳が失われつつあるこのクロスベルに強い怒りを覚えている。

 

彼は自分がクロイス家という家に生まれたことを運命的であると認識し、そして自分が考える正義をこの自治州、世界に実現したいと願っていた。

 

 

「だが、第三のプレーヤーであるリベールの存在が両国に強い警戒感を抱かせている。リベールは西ゼムリアの政治的状況を一変させてしまった。この状況では帝国と共和国は戦端を開くことが出来ないだろう」

 

「帝国と共和国が争えば、一人勝ちするのはリベールですものね。王国は中立政策をとっても、莫大な戦争特需がリベールには舞い込み、そして勝手に帝国と共和国は弱っていきます」

 

「ああ。そして帝国が有利となれば、リベールは人道的な保護と言う形で共和国の大部分を併呑する可能性がある。あるいは背後から襲われるかもしれない。共和国が有利なら、リベールは先の大戦の復讐戦と称して弱った帝国を南部から食い破り、豊かな穀倉地帯を切り取るだろう」

 

「そして、帝国は現状でリベールと戦争したとしても敗北する可能性が高いと認識している。そしてそれは共和国としても同じ。外交上では帝国と共和国が手を取り合う余地はなく、リベールとならば手を取り合う余地はある…と。両国が頭を抱えるのが目に見えますわね」

 

 

リベール王国は1000年以上の歴史を持つ由緒正しい王室アウスレーゼ家を有し、エレボニア帝国にとっても帝国の頭の固い貴族たちにとってもアウスレーゼ家は敬意を払うに値する相手だ。

 

対してカルバード共和国は百年程度の歴史しか持たず、しかも革命により共和政を打ち立てた全く異なる政治体制を持つ敵であり、帝国から見れば敬意を払うに値しない若輩の簒奪者である。

 

カルバード共和国にとってみれば、リベール王国は伝統的な友好国だ。

 

しかも部分的にとはいえ民主的な議会政治を採用しており、その民主的な制度の設立の過程において共和国と王国は親密な関係を築いた歴史もある。

 

当然、いまだ封建的な政治体制を維持する帝国と民主的な政治体制を取り入れたリベール王国とでは好感度において雲泥の差があった。

 

つまりリベール王国は、帝国にとっては伝統的な王室外交が可能な歴史と権威ある古王国として、共和国においては比較的近しい政治体制を持つ近代国家として認識されており、いわば同盟の余地すらある相手といえた。

 

今までは、かの王国は導力技術においては見るべきものがあったものの、しょせんは小国でしかなかったために大きな問題は起こらなかった。

 

だが、そんな戦略的な不利を技術力と言う分野で覆し、エレボニア帝国との戦争に勝利してからは風向きが完全に変わった。

 

手に入れた莫大な賠償金を元手に重工業化に成功し、ゼムリア大陸最大の工業国家へと脱皮を果たしたリベール王国は台風の目となった。

 

 

「リベール王国は今後さらに国力を増すだろう。技術力は超大国級、軍事力と経済力は既に大国入りを果たしている。文化面では先進国といって良く、内政も安定している。領土拡大については侵略ではなく、同意形成を全面に押し出して、ノーザンブリア自治州だけでなく、いくつかの自由都市を併合することに成功している」

 

「大陸各地の辺境にも接触を開始しているようですわね。大陸南部の貧困地域を始め、いくつかの国家を飲み込む可能性があるようです」

 

 

政治的に不安定な地域はいくらでもある。

 

導力革命が引き起こした経済・社会・情報伝達の変革は、いままで燻っていた辺境諸国家での貧富の格差、階級闘争、民族問題、部族間抗争に揮発油を注いだかのように問題を表出させはじめている。

 

今まで虐げられていることすら認識出来なかった人々が、自分たちがもっと豊かに、自由に、幸福になる余地がある事を知ってしまったからだ。

 

古い封建的な、あるいはさらに閉塞した政治体制を持つ国々では、既得権益を持つ支配者層と、先進地域の事物を知った権利や富を求める民衆との間で無視できない軋轢が生じるだろう。

 

その上、生産システムの導力化に成功した地域が安価で優れた余剰産物を生み出すようになれば、伝統的産業は破壊され、貧富の格差はますます大きくなる。

 

そして大国はそういった地域に触手を伸ばし、自国の影響下に置こうとする。

 

帝国、王国は水面下で活発に活動を開始しているが、最も有利に事を進めているのが優れた諜報組織を持ち、そして侵略性の少ないリベール王国だった。

 

このまま事が進めば、ゼムリア大陸の各地でリベール王国の強い影響下に置かれた国々が、悪い言い方をすれば経済植民地が誕生するだろう。

 

 

「あの女王陛下は分かってやっているのかね。どう思う、マリアベル」

 

「同じ政体の国へと導こうとしているようですから、噛んでいるのでは? 財界と軍の意向を上手く調整しているようですし」

 

 

弱小国家群は強力なリベール王国軍の傘に入ることにより安全保障を得ようとし、リベール王国は市場と資源を求めている。

 

リベール王国には侵略戦争の歴史もないため大国に比べて国際的な信頼性が高く、また人口の規模からして自国が完全に飲み込まれる心配がないという安心感があった。

 

そしてこれらの国々の支配者層は共和国のように既得権者が打ち倒される事態を危惧しており、民衆は帝国のような封建的政治体制の維持を望んでいない。

 

そういう意味で政治的近代化をソフトランディングにて成功させ、独立を維持し、さらに強国となったリベール王国に学ぼうとする王族や知識人、富裕層が増加している。

 

貴族などの現在の政治体制を維持したまま近代化を望む者はエレボニア帝国との接触を望む傾向にあったが、彼らは既得権益の保持にばかり気が取られて上手く動けてはいない。

 

工業化には古い産業や利権を切り捨て、国民の教育水準を引き上げる必要があるのだが、彼らはそれを望んではいないのだ。

 

そして既得権益層を打倒して新しい共和政を打ち立てたいと願う民衆のリーダーは共和国への接触を望む傾向にあったが、共和国自体の意思決定が鈍重であり、諜報機関も未熟であることから迅速で効果的な支援を受ける事が出来ていない。

 

また変革を主導する強力な指導者が必ずしも存在するわけでもなかった。政治への理解のある指導者を欠いた革命など、そんなものが起きればさらに醜悪な地獄を生産するだけである。

 

対して王国は急激な体制の崩壊が経済システム全体の破局をもたらす可能性を指摘するなどして、リベラルな思想を持つ者やインテリ層に食い込んでいた。

 

経済の正常な活動には法と秩序が必要であり、そのためには既得権益を持つ者たちが占める官僚を活用しなければならない。

 

急激な革命はこれら官僚組織の破壊をもたらす可能性が高く、しかし貴族制の維持は閉塞した法体系の継続を意味すると共に、人材の利活用に大きな不全を起こし、また腐敗を取り除くことができないだろう。

 

それはいくつかの失敗例が雄弁に物語っていた。

 

ある国では民衆による暴力的な革命により支配者層が打ち倒されたが、国家の基幹となるシステムそのものまでも破壊してしまい、国家運営に行き詰まり腐敗が横行することで極端な混乱が生じた。

 

ある国ではトップダウンによる政治体制を維持したままの近代化が模索されたが、それは過酷で醜悪な搾取へと変貌し、非効率で歪なシステムは民の希望と意欲を奪って早々に行き詰まりと破綻を生じさせた。

 

そうした中でリベール王国の外交官や工作員たちは指導者たちに取り入り、近代化を目指す中小国家の多くの王族や貴族の子弟、裕福な名家の子女、あるいは国家の改革を目指す指導者の卵たちがリベール王国を留学先に選んでいる。

 

それを表すように、各地の王族や知識人がリベールを訪れ女王に謁見を望んだ。そしてそれはクロスベルにおいても起こっている。

 

 

「一部の議員たちが親リベール王国派閥を形成しだしている。ハルトマン議長のような帝国派議員も、そして彼らと対立する共和国派議員もリベール軍の諜報部に弱みを握られ効果的にこれを掣肘できない。リベールは係争地であるこの地を勢力下に置く気はないようだが、いくらかの影響力を楔として打ち込もうとしている…か。やはり先生の言うようにリベールの協力を取り付けるべきだろう」

 

 

彼の情報によればリベール王国軍情報部は確実に帝国と共和国の両大国の国力を削ぐ方向で活動しており、帝国では貴族派や社会主義者に、共和国では民族主義者たちに密かに、あるいは間接的に支援を行なっているらしい。

 

同時に帝国と共和国で世論操作を行い、互いへの敵愾心をも煽っている節があるらしい。

 

そして今のリベール王国にとってクロスベルが国際社会における焦点になることはある意味において望ましい。この地域での混乱はすなわち帝国と共和国の衝突を誘発するからだ。

 

全面的な軍事衝突は両大国の軍事力を測り、戦訓を得ることが可能で、更に中立国として特需の恩恵を受け、そして可能ならば両国の国力を削ぐことも可能になるだろう。

 

そしてこの軍事衝突において敗北した側は世論の不満が大幅に蓄積し、内政上の問題に火をつけ、現政権の政策に対する批判を増大させ、反政府勢力の拡大、最悪の場合は内戦の誘発すら発生する可能性がある。

 

内戦が起こればリベール王国は自らに利となる勢力に加担すれば良い。

 

 

「ですが、リベールが政治的なリスクを犯してまでクロスベルに加担するには、さらなる利益を提示する必要がありますわ」

 

「国際資本のさらなる投資をリベールに行うように誘導することを提示しよう。IBCの、クロイス家のネットワークは大きいからね。東ゼムリア大陸におけるリベール王国製品の販路拡大にも協力できるさ。リベール王国企業への優遇も行えばいい。なに、損はしないさ」

 

 

 

 

 

 

力とは速度と質量によって規定される。

 

ならば質量がさして変わらない、いや、体重ならば若干ながら自分の方が重く、ましてや速度もまたさして変わらないと見える以上、彼我の力に差はそれほど生じないはずだ。

 

だというのに、どうしてこんなにも違いがあるのか。リィン・シュバルツァーには見当もつかない。

 

 

「基本はなっていますね。エリッサとヨシュアの言っていた通りですか」

 

「くっ」

 

 

相手は病み上がりの、一つ年上だとはいえ女の子である。

 

だが自分の振るう剣はまるで風に翻弄される花びらであるかのように軽くいなされ、そして時折思い出したかのように振るわれる彼女の、エステル・ブライトの剣撃はリィンの剣を弾き飛ばし、リィンの足はたたらを踏んで姿勢を崩す。

 

剣士としての格が違う…というのは分かるにしても、この理不尽な物理には理解が及ばない。

 

氣の扱いについても、確かにリベールに来たあの日の夜に見たあの龍の如き光を生み出したのが彼女であるにしても、今目の前で自分と手合わせをする彼女は手加減しているのかあるいは本調子ではないのか、それほど強力な氣を纏っている風ではない。

 

ただし、対面して感じるのは老師を前にして感じるのとよく似ていた。

 

エリッサさんのような業火を目の前にするようなものでも、ヨシュア君のような氷の刃を首筋に常に当てられているような感覚とも違う、故郷の最高峰の頂上で、雑音もなくただ風の音だけを耳にするような、そんな広大なまでの空白。

 

 

「剣を手にしてから一年と少しらしいですね。それにしては、中々に巧いと思いますよ」

 

 

汗もかかず、まるで午後に紅茶でも淹れて雑談するかのように、エステルさんはにこやかに俺の剣を評して話しかけてくる。

 

あいにくこちらはそんな余裕などなく、油断して手を休めれば、まるで気安い態度で挨拶するかのように強烈な剣を、俺がギリギリ受け止められる力加減で叩き込んでくる。

 

 

「それじゃあ、次で一段落にしましょうか」

 

「うわっ!?」

 

 

正確な突き。それが俺の剣の刃に突き立てられる。ほんの僅かなズレさえ許されない様な、恐ろしいほど精緻にして精密な一撃。

 

力のベクトルはいっさいブレることなく俺の剣に伝わり、押し込まれ、俺は弾かれるように後ろに突き飛ばされた。そうしてできた間合いは試合を行う際に向き合った時の距離と同じ。

 

 

「じゃあ、いきますよ」

 

「…っ、はいっ」

 

 

こちらの攻撃は全ていなされ、彼女は何の危なげもなく全てをさばいてしまっていた。だけれども、あまり無様な所ばかりは見せられない。出来うるなら、次こそは何かを掴めるように。

 

俺は静かに呼吸を整えて剣を構える。居合いでは駄目だ。端から速度が違いすぎて刃を合わせることも出来ない。故に正眼で。

 

 

「いち」

 

「ぐっ…はぁ!?」

 

 

視認すら困難なほどの一撃。

 

あまりにも分かりやすい上段からの袈裟切りは、先ほどの手合わせが嘘だったかのような猛烈な重量で、そして自分の過ちを即座に認識する。守りに入った時点で、全ては負けだったのだ。

 

そして信じられない事に、このことを認識した時にはもう、彼女は既に俺の背後にいて、次の一撃を放とうとしていた。

 

 

「に」

 

「つぁっ!?」

 

 

そして放たれた水平切りは、俺の剣を簡単に宙に弾き飛ばしてしまった。

 

そうしてエステルさんは「おや?」と言いたげな疑問符を頭に浮かべるようにきょとんとした表情になり、そして次に少しやり過ぎたかなというようにバツの悪そうな苦笑いをした。

 

それは俺の自尊心を打ちのめすのに十分な反応だった。

 

 

「ん、おかしいですね。三発は保つと思ったんですけれど」

 

「エステルって鬼だよね絶対」

 

「まあ、でもおおかたは理解できました」

 

「斬れば分かる…ってこと?」

 

「私は辻斬りか何かですか…」

 

「お主ら、なにをじゃれあっとるか」

 

 

ユン老師が腕を組みながら呆れるような表情で二人の少女を見下ろす。

 

エステルさんは照れたように笑い返し、エリッサさんはエステルさんと腕を絡ませたままだ。ヨシュア君は少し離れたところで穏やかに笑みを浮かべながら双剣の手入れをしている。

 

エステルさんが退院して三日が経った今日、俺は初めて彼女と剣を合わせる機会を得た。

 

とはいってもユン老師とのウォーミングアップの後と言う事だったのだが、老師と彼女の立ち会いは俺が今まで見てきた剣の試合とは次元の違うもので、何よりも場を支配した空気からして既に質が違っていたのだから、今の俺には届くはずもなかった。

 

 

「先生から頂いたこの古刀、かなり良いですね。名のある刀鍛冶が打ったものなのですか?」

 

「いや、旅先の中世の遺跡から拝借したものでな。知り合いの鍛冶師に治してもらったんじゃが」

 

「盗掘じゃないですか…」

 

「違うわい。遺跡を管理しておる村から、遺跡を占拠した魔獣を退治してくれと依頼があっての。見つけた宝物のいくつかを謝礼として渡されたんじゃよ」

 

「こうして貴重な考古学的資料が失われていくわけですね分かります。しかし、見たところかなり高度な技術で製造されていますね。おそらくは異なる素材を積層したものなんでしょうけど。複数の七耀石を含んだ層を重ねるとか、現在の技術でも相当難しいというか、不可能なんじゃないですかね」

 

 

ユン老師がエステルさんに渡した刀には木目のような独特の縞模様が浮かんでおり、それぞれの層が角度によって水に浮かぶ油膜のように虹色に変化し光を反射する。

 

なんというか不思議な雰囲気を持つ刀だ。そしてそんな初めて持つ刀であれほどの剣の冴えを実現する彼女もまた彼女なのだろうけど。

 

 

 

 

ユン先生から貰った太刀は複雑な縞模様がビスマスの人工結晶のように光を七色に反射してなんだかとっても綺麗。とはいえずっと見ていると酔うのだけれど。

 

太刀の長さは私の今の体の大きさには少し大きすぎるが、扱えないわけではない。まあ、今後の成長に期待するとしましょう。

 

 

「ところで聞いてませんでしたけど、銘は何ですか?」

 

「知らん。どこにも書いておらんからな。お主が名付けてみれば良いのではないか」

 

「んん。じゃあ、ポチで」

 

「本当にそれでよいのか?」

 

「ようし、お前は今日からポチだぞぉ。よぉ~~し、よしよしよしよし……。はは、冗談ですよぉ」

 

 

ああ、ヨシュアまで瞳からハイライトが…。冷たい視線に私は目をそらしつつ、私は新しいネーミングを必死に考える。

 

どうすべきか。中学二年生とかがノートに書き連ねるような意味もなく難しい漢字が並ぶのとか、あるいは良く分からないドイツ語とかイタリア語から引っ張って来たようなのとかがいいのだろうか?

 

 

「え、えっと、《虹蛇》というのはどうですかね?」

 

「南方の伝承にある龍か」

 

 

虹の神格化は世界各地で行われており、空の女神信仰が席巻しているこの世界においても、南部の熱帯や乾燥地帯において盛んに奉じられている。

 

ちなみに一神教のような排他的な特性を持たないエイドス信仰ならではの文化なのか、虹蛇に関する儀式が取り締まられることもほとんどない。

 

雨の象徴としての虹、空にかかる虹から連想される龍としての虹蛇は、Xの世界でも盛んに信仰されて来た。

 

その信仰形態はこの世界においても似通っていて、例えばある地域での雨乞いの儀式は、騒々しい音を立てる事によって乾季の間は眠りについている虹蛇を叩き起こし、雨を降らしてもらうという内容だったりする。

 

そういった地域では虹蛇は空の女神エイドスの遣わした神獣として扱われていたりして、七耀教会もまたその辺りを利用しているらしい。

 

学術面においては土着の宗教がエイドス信仰に取り込まれていく過程だとか、信仰とか文化の変容を理解する上で興味深い資料になっているそうだ。

 

 

「でも、なんでこの刀で斬ると、相手が石化したりするんですかね?」

 

「そんなのは知らんよ」

 

「石化ってよく考えるとすごく理不尽ですよね」

 

「そうか?」

 

「そうですよ」

 

 

石化現象というのは非常に奇妙なもので、石化毒や導力魔法によって引き起こされ、身体は石のように硬くなって動けなくなり、また衝撃を受けると致命的な損壊によって行動不能となる大怪我を負ってしまう。

 

このため非常に危険な状態異常であり、戦闘中に石化することは死に直結すると言ってもいい。

 

しかしながら肉体の構成元素が二酸化ケイ素や炭酸カルシウムになるわけではなく、また細胞などの分子構造や微細構造は保存され、七耀教会に伝わる塗り薬などを使えば即座に治癒することができるのだ。

 

こういった現象は科学的には極めて奇妙であり、その原理は長年謎とされて来た。

 

石化の原理が解明されたのは導力工学の進歩による観測装置の解像度の向上によってなのだが、要するにその正体は常温での凍結なのだという。

 

『地』属性による分子結合の制御に起因し、生体を構成する水分子が強力な水素結合により連鎖的にアモルファスを形成し、あらゆる生体の分子構造を保存したまま固まるのだ。

 

ちなみにXの世界のSF小説に登場する《アイス・ナイン》に似ているが、あれのように単独で触媒作用による水の固形化は起こさない。

 

あくまでも琥耀石(アンバール)に関わる特殊な導力的環境によって水分子の常温凍結が引き起こされるとされる。

 

 

「それで、リィンの奴についてはどう思う?」

 

「そうですね…」

 

 

そうして話が本筋に戻される。リィン君の殻。彼が破る事が出来ない、これ以上の剣の修行が行なえない理由。リィン君に視線を向けると、彼はまじめな顔で私に向き直る。

 

好感の持てる誠実な性質だ。二年を要さずに初伝に辿りつく実力はなかなかのものだと、先生も評している。ただし、その先に行くことが出来ない。

 

 

「リィン君は前に剣を握る理由について私に問いましたよね」

 

「は、はい」

 

「そして貴方はこうも言いました。自分の中にあるものに打ち勝つために剣を握る事は正しい事なのかと。最初、私はそれが心理的な、あるいは思想的なものだと思っていました。まあ、ある意味では間違いではないんでしょうが」

 

「……」

 

「恐れですね。貴方の剣からは恐怖を感じ取りました。間違いありませんか?」

 

「…おっしゃる通りです」

 

「ヒトを誤って殺した事が?」

 

「それは…まだありません……」

 

「ふむ…、『まだ』ですか。また、厄介なものを抱えていますね。これは予想外でした」

 

「何か分かったのか?」

 

「ええ、まあ。ちょっと、思っていたのとは違ったので戸惑っていますが」

 

 

想像していたのは、もっと心理的な枷だ。

 

ヒトを傷つける事への忌避感。暴力への嫌悪。何らかの原因で心的外傷を受け、自分が誰かを傷つけるという状況に恐怖を感じている。そういうものを想定していた。

 

だが、『まだ』ということは、つまり彼は殺人を犯す状況を己が理性でコントロール出来ない状態にある事を示唆していた。

 

 

「面倒ですねぇ。リィン君、貴方は何を抱えているんですか? 言いたくないのならば答えなくていいですが、それならば協力は出来かねます。貴方はその問題を一生一人で抱えることになるでしょう。まあ、そういう先送りは最悪の状況を招くことがあると理解すべきですが」

 

「……それは」

 

「私が信用できないのなら、ユン先生だけに話してはいかがです? 私は貴方と出会って間もないですし、信頼関係もさほど築いているわけではないですからね。ですが、問題というのは一人で解決できるとは限らないんですよ?」

 

「俺は…」

 

「あと一つ。目を背けるのは楽ですからね。無視を決め込むのも、時にはいいでしょう。貴方が八葉一刀流に求めたのはその問題を抑え込む手段、精神力を期待したのでしょうけれど、その問題が結局どういうものかを正確に理解できなければ、正しい対処なんてものは到底不可能なのです。科学者としての見解ですけれどね。じゃあ、エリッサ、ヨシュア。後はユン先生に任せましょうか」

 

「あのっ、待ってください。エステルさん、…良ければ聞いてもらえませんか?」

 

 

そうして彼はポツポツと彼が抱える秘密について語りだした。

 

 




おかしいな、本当はこのストーリー、今回で終わるはずだったのに。銀行家のせいで話が長くなったし。

030話でした。

リィン君が話すことを決めたのは、自分の想定以上にエステルとかが人外だったからというのもあります。

まー、自分以上の化け物だと思ってしまったのかも。こいつも行き着くところまで行き着けば(カルマエンド的な)化け物の仲間入りしそうなんですけど。


<虹蛇>:STR+1000,SPD/AGL/DEX +20、確率30%[ランダム状態異常]
ダマスクス鋼の刀剣がビスマスの人工結晶みたいに光を反射するみたいな刀身の刀。ジャグラーな感じの状態異常がムカつく。石化とか即死は対策していても、睡眠を喰らって致命的な状況に陥ったりする。そんな武器。


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031

 

 

七耀歴1196年エレボニア帝国北部シュバルツァー男爵領ユミル温泉郷、その日、この山岳地帯において季節外れの降雪が観測された。

 

平年においては決して雪が降る事のない時期、冬季にすら見る事のない程の積雪量と異常な低温。そしてそんな気紛れな異常気象は短期間で収束したが、その冬、一人の少年が深い心の傷を負った。

 

その日、シュバルツァー家の長男であるリィン・シュバルツァーは妹であるエリゼと共にユミルの渓流で遊びに興じていた。

 

9歳と7歳の幼い兄妹であったが、この季節魔獣は大人しく、道中に危険なことはほとんどない。

 

この渓流は二人のお気に入りの遊び場所で、特に清水が湧く美しい泉は二人のとっておきだった。二人はピクニック気分でいつものようにそこへ足をのばしたのだ。

 

その時までは何もおかしなことは無かった。

 

青い空を切り取る山脈、山の天候は変わりやすいものの、ユミルに住む子供たちには慣れたもので、嗅覚の様な感覚で天候の変化を事前に知ることも出来る。

 

こうして幼い二人はいつものように、子供らしく遊んでいた。しかし、異変は唐突に起こった。強烈な寒気は渓流を瞬く間に凍結させた。異常なまでの大雪はユミルを瞬く間に白銀へと変えたのだ。

 

それは幼い二人が山から下りる暇もなく起きたのだけれども、それだけならば雪山にもそれなりに慣れていた二人は遭難することなく家路に変える事が出来ただろう。

 

しかし、季節外れの大雪は魔獣の類を極度の興奮状態に追い込んでしまっていた。

 

 

「そして、俺たち兄妹は熊型の大型魔獣に襲われたんです」

 

「その話の流れからするに…」

 

「はい。当然、9歳の、しかも武術なんてほとんど齧った事もない俺には大型の魔獣なんて倒せやしません。しかも足場は深い雪のせいで悪く、人間の、子供の足では魔獣から逃げる事もできませんでした。俺はただエリゼを、妹を庇うだけで精一杯でした」

 

 

しかし、子供の出来る事は限られていて、リィンは熊の魔獣に弾き飛ばされてしまい怪我を負ってしまう。

 

そして少年の意識が朦朧と薄れ、魔獣はリィンと寄り添う妹に歩み寄り、そうして襲いかかろうとした。本来ならばそこに救いはなかった。

 

 

「エリゼを守らなければいけないと、そうしたら左胸の傷…、父に拾われる以前からあったらしいそれが熱く、炎のように疼いたんです。視界が真っ赤になって…、次に気が付いた時、俺は血の海に立っていました。手には枝払いのために持ってきていた小さな鉈、つまり俺は、たった9歳だった俺がそんなものであの巨大な魔獣を切り刻んだんですよ」

 

 

どこか自嘲気味に、そして罪を告白するようにリィンは語った。

 

 

 

 

「…そういった状態に陥ることは、その後もあったんですか?」

 

「いえ…、ただ、分かるんです。俺の中にそんな獣じみた本性が潜んでいることを。だから、いつか周りの切な人たちまで傷つけてしまうんじゃないかって……」

 

 

なるほど。なんというジュブナイル的設定。あるいは厨二病乙。沈まれ俺の左手的な。

 

しかしこの世界には魔法じみた力やアーティファクトなどという理解不能な器物、塩の杭のような人知を超えた現象が当たり前の様に存在するのだから馬鹿には出来ない。

 

 

「…そうですか。ユン先生は分かりますか?」

 

「ふむ、火事場の馬鹿力とはかなり異なるようじゃな。そういった例はいくつか知っておるが…」

 

「っ!? 本当ですか老師!?」

 

「落ち着け。そうじゃな、例えば七耀教会における守護騎士に顕現するという聖痕(スティグマ)というものもある」

 

「スティグマ…、女神の奇跡の表れですか。確か星杯騎士団守護騎士第五位が埋まっていませんでしたね」

 

「おぬし、どこからそのような情報を得ておるんじゃ…。それはともかく、強力な聖痕(スティグマ)の顕現に飲まれ、制御できない者は暴走すると聞く。ただし、聖痕ならば七耀教会が接触してくるはずじゃがな」

 

 

星杯騎士団を率いる12名の守護騎士、彼らには超常の力を宿す聖痕が身体に刻まれているというのは、まあ裏側の世界のごく一部では良く知られている事だったりする。

 

というか、聖痕の力を引き出す場面に遊撃士や軍などがいたりするので、各国上層部はもちろん遊撃士協会だって把握している件だ。

 

ただしその具体的な能力については分かっていないことが多い。

 

 

「とりあえず、見てみない事には分かりませんね」

 

「いや、しかし…」

 

「ワシが引き出してやろう。それならば安心じゃろう。ワシならば守護騎士にも遅れはとらんよ。まあ、第一位殿には分が悪いが」

 

「アイン・セルナート総長というのはそこまでの存在ですか」

 

「そうじゃな。只人の身が届く領域を超えておるとだけ言っておこう。リィン、準備をせい」

 

「……いいんですか?」

 

「この娘も言っておったじゃろう。目を背けているだけでは、おぬしの抱えるモノは解決せん。もし、おぬしがそのままで良いというのならば、ワシから教えるべきことはもう無い」

 

 

リィン君はユン先生の言葉に、少しだけ逡巡した後、意を決したように頷く。そして二人は試合をするように、リィン君は太刀に手をそえて居合の構えをとり、先生は泰然と自然体で向かい合った。

 

特に合図など無く、立ち会いが始まる。

 

 

「あんまり変わってないように思えるけど?」

 

「まだなんでしょう」

 

「精神的に追い込まれないと、発現しないんじゃないかな?」

 

「本当にアイツ、そんな力をもってるのかな?」

 

 

私とヨシュア、そしてエリッサは二人の立ち会いを眺める。今の所リィン君に特に変わったところはなく、先生に斬り込むものの、すぐにいなされて劣勢に陥っている。

 

エリッサの言うように今の所、リィン君の言うような力の兆候は一切見えず、エリッサも半ば疑うような目で観戦をしている。

 

まあ、彼の言う『獣』が実在しないのならば、この先は心理的なケアの問題になるわけで、そちらの方が気が楽なのだけれども。

 

もし潜んでいるのならば、彼がそれを制御できないどころか、自由に発現すらできないと言う意味でもある。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものか。

 

 

「くっ」

 

「やはり、自分では引き出せんようじゃな」

 

「すみません…」

 

 

そんな事を考えている内に、二人の戦いは簡単に勝負がついてしまう。結果など言うまでも無い事で、リィン君は息を荒げて、膝をついている。

 

そんな様子に先生は少しだけ思案顔になった後、太刀を鞘に納めて姿勢を正す。

 

 

「良い。ワシが引き出して見せよう」

 

「え…? っ!?」

 

 

そして次の瞬間、先生から濃密な殺気が周囲に放たれた。あまりにも圧倒的で、周囲に具体的な死を幻視させるほどの死の気配は心臓に悪いものがある。

 

叩き付けた本人は、外見上全く変化がないにもかかわらず、リィン君は顔を真っ青にして手足が震えだす。

 

そして先生がゆっくりとリィン君に歩み寄り、太刀を抜くと上段に構え、今にも少年を切り捨てんとするような状況を作る。そして、

 

 

「リィン、躱してみせよ」

 

 

太刀を振り下ろした。本来ならばそれで終わり。実戦ならば少年は切り捨てられ、試合である今ならば寸止めされるのだが、一秒後の死を確信するほどの剣仙の殺気は試合であることを周りの人間の脳裏から忘却させる。

 

すなわち、誰もが少年の死を予測した。しかし、

 

 

「ほう…」

 

「嘘っ?」

 

「速い!」

 

 

太刀は空を切る。その場にいたはずの少年の姿は消え、剣仙は感嘆の声を漏らした。エリッサは少年の姿を見失い、私とヨシュアのみがその姿を目で追跡することに成功する。

 

それでも、あれだけの加速を停止状態からなすというのは、私でも本気を出さなければ無理かもしれない。

 

そして刹那の間をおいて先生が横に太刀を振るう。激しく響く金属の衝突音と共に少年の疾走は止まった。

 

先ほどまで軽くいなされていた少年の剣は、今は拮抗するように鍔迫り合いを演じ、埒が明かない事を悟ると一足飛びで後方に跳んで距離を稼いだ。

 

 

「これは…、予想以上でしたね」

 

「何あれ…」

 

「髪が白く…、それだけじゃない、瞳の色も変わっている?」

 

 

リィン・シュバルツァーの外見は一変していた。それは頭髪が真っ白に脱色し、瞳がルビーの様に深紅色に変化したというような表面上の変化だけではない。

 

禍々しい空気を帯び、表情は明らかに攻撃的なものになっており、おそらくは性格そのものも凶暴なものへと傾いているだろう。

 

 

「これはまさか……邪気眼?」

 

「し、知ってるのエステル…!?」

 

「いえ、もちろん知りません。邪気眼を持たぬ者には分からないのです」

 

「君の言っていることが僕には理解できない」

 

 

とにかく、邪王真眼に覚醒し不可視境界線を越えたリィン君。確かにあれは制御できないだろう。鎮まれ俺の右腕的状況におかれた彼には申し訳ない話だが。

 

それはともかく、ユン先生はどこか面白いものを見つけたような表情をしてリィン君の変化を見つめている。これはまさに修行フラグっ!!

 

 

「それがおぬしの隠し持っていた力か。面白い。リィン、さあ、遠慮なく来い」

 

「おおおおおお!!」

 

 

普段の温厚で冷静な彼からは想像できない程の、どす黒い感情の塊を吐き出すかのような雄叫びをあげてリィン・シュバルツァーは再び動き出した。

 

一切の迷いのない、鋭利なまでに攻撃的で凶暴であるにも関わらず、理性的な戦術と八葉一刀流の流れを濃く感じさせる剣。振るわれるそれを先生は一歩も引かずに受け止める。

 

 

「……全然ちがう。アイツ、あんなに強かった?」

 

「力や速度が向上しただけではありませんね。身体的なポテンシャルだけでなく、技術面でも向上しているように見えます。剣筋が明らかに鋭くなっています。おそらく、相手を傷つける事、力に振り回されることへの恐れから解放された影響でしょうけれど…」

 

「加えて、積極的に攻め込むようになってるね。前までは守勢を基本としていたけれど」

 

「…ちょっとムカツク」

 

「エリッサ、何か言いました?」

 

「ううん。ただ、今のアイツには勝てないかもって思っただけ」

 

 

とはいえいくら超人的な身体能力を得たとしても、しょせんは12歳の子供の剣。

 

《剣仙》とまで称されたユン・カーファイには届くはずもなく、また剣の技術や癖自体は力を顕現させる前と変わるはずもなく、おおよその力を見切ったユン先生にリィン君は詰将棋のように手札を封じられ、追い詰められていく。

 

 

「なるほどの。おおよそ、おぬしが恐れる理由は理解できた」

 

「……」

 

「良いじゃろう。この辺りで終いとする」

 

「滅びろっ!」

 

「ほう、その技を実戦で扱うか!」

 

 

リィン・シュバルツァーの太刀が氣を纏い炎に包まれる。《焔ノ太刀》。初伝クラスの技の中ではそれなりに高い威力を持つ戦技だ。

 

とはいえ、消耗が激しくて連発できず、中伝とか奥伝あたりになるともっと効率のいい戦技を連発した方がコストパフォーマンス的に良くなるのだけれど。

 

そして、物騒な言葉と共に少年は《剣仙》に斬りかかる。だが、そもそもその技を伝授したのは誰だったのか。

 

 

「飛花落葉」

 

「おお!?」

 

 

それはいかなる原理か。二人の剣がぶつかり合った瞬間、おそらくは合気術に類する力の運用によりリィン・シュバルツァーの身体は宙へと浮かんでいた。

 

上へと弾き飛ばされたリィンは理解しがたい状況に、なんとか体勢を立て直そうとするが、その次の瞬間にはユン・カーファイが彼の頭を抑えるように彼の上に跳んでいて、対応させる暇すら与えずに剣を振り下ろしていた。

 

そしてリィン君が轟音と共に地面に叩き付けられる。少し遅れてユン先生が音もなく着地し、太刀を鞘に納めた。

 

地面に横たわるリィン君はというと、峰打ちだったようだが完全に気絶しているようで、私はメイドのメイユイさんを呼んで彼を介抱してもらうことにした。

 

 

 

 

「はい、これで大丈夫です」

 

「すみません」

 

「いえ、ただの打撲ですし、打ちどころも良かったみたいですから、後遺症も痕も残りませんよ。でも、ユン先生は子供相手にやり過ぎですよまったく…」

 

 

ブライト家に仕えるメイドのエレンさんに湿布を取り換えてもらう。

 

ブライト家には4人のメイドが仕えているようで、そのうち3人が戦闘をこなせるらしく、なんというかメイドと護衛を兼ねるのは効率的なのかと頭をひねるものの、まあ他家のことなので口出しするような事ではないと無理やり納得する。

 

先程、ユン先生に自分の内にあるモノを見せ、そして結果として鮮やかなまでに手加減までされて負けた。

 

エレンさんはそういった話を聞いていないのか、ユン先生による指南の中で気絶させられたと思っているようだ。そういう意味では助かると言えば助かる。

 

 

「……どうなるんだろうな」

 

「何か言いました?」

 

「いえ」

 

 

あんな暴走を見せて、ユン老師たちは俺の事をどう思っただろう。気持ち悪いとか、気味が悪いだとか思っただろうか。

 

妹のエリゼ以外の前では見せたことがないが、こういった異端が社会から爪弾きにされる可能性ぐらいは分かっている。それはいい。それはいいが、少し寂しいし、家族に迷惑がかかるのは避けたい。

 

そんなとりとめのない事を考えていると、ドアをノックする音が鳴った。

 

 

「はい」

 

「私です。入っていいですか、エレン」

 

「お嬢様? 今開けますね」

 

 

そうしてエレンさんがドアを開け、エステルさんと老師、そして小柄なメイドさんのメイユイさんが部屋に入ってくる。

 

エステルさんはベッドの横にある椅子に座り、ユン老師はその後ろに立ち、メイユイさんは紅茶の用意を始める。

 

 

「調子はどうですリィン君? 反動とか後遺症などはありますか?」

 

「いえ、特には。すみません、なんだか気を遣わせてしまって」

 

「構いませんよ。それで、本題に入っていいですか?」

 

「はい」

 

「では。結論から言いますと、今の所貴方のその《力》の正体は分かりません。ユン先生も見当がつかないそうです。ただし、戦闘時に八葉一刀流の技を使いこなし、戦術を立てていたことから、おそらくはある程度の理性的な行動が出来ている。おそらくあの立ち会いについて、リィン君は記憶が飛んでいるというような事態には陥っていないのではないですか?」

 

「はい、今回は全部覚えています。ただ、まるで自分が自分でなくなったような…そんな感覚でした」

 

「少し問診をしますから、答えていってください」

 

 

そうしてエステルさんから試合中の精神状態などについていくつかの問いを受け、俺は淡々とそれに答えていく。

 

あの力に飲まれかけた時、胸の痣が激しく痛み出した事を伝えると、上半身を裸にされてオーバルカメラで痣の写真をとる許可を求められたりしたが、それ以外は医者がするような検診に近いものだった。

 

 

「後で血液検査もしたいと思っています」

 

「はあ…」

 

「まあ、血液検査で何かが分かるとは思いませんが…。さて、リィン君にはいくつかの選択肢を提示しましょう」

 

「選択肢ですか?」

 

「1つはあの《力》の正体を突き止める。これは貴方のルーツに関わる問題です。知りたくない、知らなければよかったなんていう類の真実を引き当てる可能性も否定できませんが、貴方の力が先天的なものであるならば、これは有効な手段となりえます」

 

「どういうことですか?」

 

「そうですね…。単純に言えば、少なくとも暗黒時代が終焉を迎えて500年余り、貴方と同じ《力》を持った人間が他にもいた可能性が高いという推論によるものです。少なくとも、その《力》を持つ人間が500年という年月の中で貴方一人しかいないと考えること自体がナンセンスだと思っています」

 

「それは…」

 

 

それは考えたこともなかった。俺はこの《力》の事、自分の事ばかり考えていて、自分と同じ境遇にある人間が他にも存在するという可能性に全く考えが至っていなかった。

 

もしそういった人間が他にもいたなら、あるいは先天性というのならば、そんな力を持つ血族があるとするのなら、あるいはこの《力》を封じる手段もあるのではないだろうか?

 

 

「その正体を突き止めるにあたっては、おそらく七耀教会に頼る事が最も確実だと思います。単純に言ってあそこ以上にこの世界の事物に関する記録を保持する組織はありませんから。聖痕という異能を保有する以上、その他の異能についても記録を収集している可能性は極めて高いと考えられます」

 

「なるほど」

 

「後は個人的な知り合いがもしかしたら貴方の《力》について何か知っているかもしれません。ですので、明日にでも…」

 

「エステルお嬢様」

 

 

エステルさんがそう言おうとした瞬間、メイユイさんがにっこりと、少しばかり迫力のある笑みを浮かべてエステルさんを呼ぶ。

 

 

「言いましたよね、今はデリケートな時期ですと。王国の方からもあまり勝手に動きまわられると困ると言われたじゃないですか」

 

「いえ、ユン先生もいますし、レグナートに久しぶりに挨拶に…」

 

「駄目です。自重してください」

 

「うう…、分かりましたよ」

 

「ワシが連れて行こう。いいか、リィン?」

 

「…? 分かりました。俺の《力》の正体が分かるかもしれないと言うのなら」

 

 

話の流れから察するに、どうやらレグナートさんというヒトがそういった異能に詳しいらしい。

 

そしておそらく、辺境か外国に住んでいて、そこに行くとなるとエステルさんの安全の確保を万全に期することができないのだろう。有名人というのは大変なんだなと、その時は思っていた。

 

 

「では2つ目の選択肢です。別にこの二つを並行して行っても構わないんですが、リィン君はその《力》を使いこなしたいとは思いませんか?」

 

「え、使いこなす…ですか?」

 

「はい。今の所、その《力》を使った場合の反動や副作用は無いようですし…」

 

「む、無理です! 俺はあの《力》を抑え込むために、俺は…」

 

 

大切なヒトを、恩のあるヒトたちを傷つけたり、悲しませたりしないために、俺は俺の内にある《獣》を克服しなければならない。

 

でなければ、俺はシュバルツァー家には、家族と一緒にいる事などできやしないのだから。

 

 

「気持ちは理解できなくもないですがね。得体がしれない、制御できない力を恐れる事は理解できます。ですが、正体がわかったとしても、それを無くすことが出来るとは限りません」

 

「それは…」

 

「だからといって、目を背けていても解決することはないでしょう。いっそ、ヒトの手の入っていない秘境にでも籠らない限りは、誰かに迷惑をかけるという可能性は無くならないのです」

 

「……」

 

「リィン君、《力》というものは本来は無色なんですよ。それは武力だけではなくて、お金や知識、人間関係を含んだ意味で…です。善とか悪とか、守る力だとか暴力だとか、そこに色を付けるのはどこまで行っても人間です。貴方の気の持ちようで、その《獣》はもしかしたら全く異なる一面を見せることになるでしょう。不当な暴力から大切なヒトを守る力、災害からヒトを守る力。その《力》と共に生きるのか、敵対するのかは貴方が決める事ですが、どちらにせよ、その《獣》が貴方の内にあるという動かしがたい事実から目を背けることだけはしないでください」

 

「エステルさんなら、使いこなす道を選ぶと?」

 

「それで私が守るべきヒト達を守れる可能性が少しでも高まるのならば。もちろん、慎重に期すことは必要です。家族にもその《力》について理解してもらう事は必須条件です。この先どんな副作用が発生するかも分からないのですから」

 

 

副作用。エステルさんが語る。この《力》を使い続けることによって精神が変質する可能性、身体に自覚症状のない負担が蓄積する可能性、あるいは肉体そのものが別の物に変質する可能性。

 

それらは一人だけでは把握しきる事ができない恐れがあり、常に自分を見守ってくれるヒトや、あるいは専属の医者がいるに越したことは無いのだと。

 

 

「まあ、どちらにせよ一人で抱え込むのが一番の悪手です」

 

 

エステルさんはそう結んだ。俺は今すぐにそれを決める事が出来なくて、考えておきますとだけ答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「それで、エステルさんはお留守番することになったわけですね」

 

「そういうことです。このやり切れない気持ちを慰めてくれるのはクローゼのようなとびきりの美少女しかいません」

 

「ふふ、一国の姫にそんなことを望むなんて、エステルさんは我儘ですね」

 

「クローゼ、愛してる」

 

「はいはい、私もですよ」

 

「クローゼ、ちょっと返し方が雑になってません?」

 

「エステルさんが周りのヒトたちに節操なく愛を語るからです」

 

「私が世界で一番愛しているのはクローゼだけです」

 

「浮気性の殿方の常套句ですね」

 

「私が信じられないのですか?」

 

「誠意を見せてください」

 

「千本の薔薇を届けましょう」

 

「モノで歓心を買うのはいただけません」

 

「では、千の詩を詠いましょう」

 

「言葉を弄するだけでは真実の愛は見えません」

 

「なら、千のキス?」

 

「せめて一度のキスを、多くの国民の前で」

 

「スキャンダラスですねぇ」

 

「世界中の新聞の一面を飾ってみせましょう」

 

「「……ぷっ」」

 

 

そうして私とクローゼは大きなベッドの上でケラケラと笑い転げた。私は今、退院したことの報告のついでにグランセル城に来ていて、女王陛下への謁見の後、クローゼの部屋にお邪魔することにしたのだ。

 

怪我の事ではクローゼに大変な心配をかけたようで、出会い頭に泣きつかれてしまうなどのハプニングがあったりしたのだが、まあそれは別の話。

 

 

「ふふふ、じゃあ、お祖母様にお願いして、女の子同士で結婚できるように…」

 

「あはは、それじゃあ跡取りが出来ないじゃないですかー」

 

「くふふ、そこは最新技術で何とかしてください」

 

「それはちょっと時間がかかりそうですね」

 

「え、出来るんですか?」

 

「あー、可能性はありますよ。要は遺伝子を卵子に導入して、受精したことを卵細胞に知らせるシグナルを何らかの形で再現すればいいんですから」

 

「ちょっと、本気で考慮に入れようかと思います」

 

「ちょっ、クローゼ、ははは、冗談キツイですよ」

 

「ふふーふ、エステルさんを妊娠させてみせましょう」

 

「え、私が妊娠する方ですか?」

 

「私はリベール王になる女です。えいっ、手籠めにしちゃいますっ」

 

「あ~れ~、姫様お戯れはおやめになってぇ~」

 

 

ベッドの上でじゃれ合う。ふざけ合って、クローゼに押し倒される形になる。そしてひとしきり涙がこぼれるほど笑った後、ふと、クローゼの表情が真剣なものに変わった。

 

 

「本当に、無事で良かった」

 

「心配かけてしまいましたね」

 

「本当です。次、こんなことになったら、私、エステルさんを王宮に閉じ込めて囲いますから」

 

「合法的監禁と勘弁してください」

 

「私、王族ですので」

 

「それは怖いですねぇ。権力の濫用です」

 

「聞いてくれますか? 先日、お祖母様から私を王太女にしたいと話がありました」

 

「……そうですか。陛下はクローゼに決めたんですね」

 

「はい。少しばかり迷いましたが、私は受けようと思います」

 

 

それは、クローゼがこの先この王国を、そしてゼムリア大陸を巻き込むだろう大きな世界のうねりに飛び込むと言う決意でもある。

 

 

「大変ですよ。これから世界は劇的な状況に、歴史の分岐点に差し掛かるはずです」

 

「空気はどことなく感じています。戦争が起こるのですか?」

 

「まだはっきりしたことは言えません。だけれどもクローゼが王太女になるのなら、おそらくはアリシアⅡ世女王陛下の代か、あるいは少なくともクローゼの代で世界規模の動乱が起こる可能性があります。それは共和国と帝国という二国間の戦争ではなく、全ゼムリア大陸の主要国家が二つか三つの陣営に分かれて行うような大規模なものに」

 

 

導力革命による産業・経済・軍事の変化は政治体制や人々の常識を置き去りにした。

 

急激に発展した技術は世界を小さくして簡単に遠くの物事を知ることが出来るようになり、そして従来では考えられない規模の生産能力を人類に与えた。

 

そしてそれは人口爆発と莫大な資源の浪費という側面によって具現化する。

 

鉱物資源、食料、森林資源、人的資源、市場。大国は既に囲い込みを開始しており、今後10~20年以内にその勝ち負けが具体的に決定するだろう。

 

そうなれば覇権国家はその勢力拡大をさらに推し進め、周辺国や新興工業国との軋轢を今以上の形で発生させる。

 

だが旧態依然とした政治体制や人々の常識は、未だ複数の国家による利害調整の場を構築するに至らず、そして人々は総力戦の本当の恐怖を未だ理解していない。

 

経済上の国家の勝ち負けは内政に深く影響し、内部の諸問題から国民の目をそらすため、彼らが外交手段の延長として、旧来の『お上品な決闘』でもするが如く戦争という手段に走る可能性は否定できない。

 

その引き金を引くのは、おそらくは過剰な生産によって発生するだろう不況、それも未発達な金融システムを起因とする大恐慌である可能性は高い。

 

狭くなった世界において大国で発生した恐慌はもはや一国の問題に収まらない。まるでドミノ倒しのように各国の経済は深刻なダメージを負い、多くの人々が路頭に迷い、内政の不安定さに拍車をかける。

 

 

「もちろん杞憂に終わる可能性はあります。七耀教会を軸とした世界的な協調などというお伽噺じみた事も起こらないとは言えません。ですが、導力革命は人類に与えた恩恵と同じだけの代償を、必ず何らかの形で人類に求めるでしょう」

 

「想像するだけで憂鬱になりますね」

 

「クローゼなら、どこかの貴族に嫁いで、のほほんと暮らすという選択肢もあったんですけどね」

 

「それは嫌です。私は貴女と共にありたいんです。私の世界はまだとても狭くて、人間関係の広さなんてエステルさんの足元にも及びませんけど、それでも貴女があの戦役で為した事、失ったモノを知っています」

 

「……」

 

「貴女は私の初めての友達で、一番大切なヒトなんです。だから、いつか貴女と並び立てるような私になりたいと…そんな風に思っていました。そう、だから、私は貴女の女王になりたい」

 

 

私をまっすぐ見下ろす瞳。その決意がいつかどこかで変化してしまうかもしれないとしても、今この時のクローゼの言葉には嘘偽りがなかった。

 

それはまるで愛の告白のようで、私は頬がかっと紅く熱を帯びるのを感じ取った。

 

 

「…ちょっと照れますね」

 

「ちゃかさないでください。私も恥ずかしくなってしまいます」

 

「青春ですねぇ。10年後に思い出すと恥ずかしくてベッドの上で悶えることになるかもしれません」

 

「ふふ、私は一生の思い出として覚えておきますから」

 

「えっと、国民皆の女王になってくださいね?」

 

「ふふふ、どうしましょう」

 

「駄目ですよ。っていうか、そのまま行くと、私、クローゼに監禁される未来しか見えないんですけど」

 

「もうっ、エステルさんたら酷いです」

 

「冗談ですよ。…冗談ですよね?」

 

「ふふふふふふふふふ」

 

「…おい、冗談って言ってくださいよっ!」

 

「愛してますよ。なんちゃって」

 

 

そうしてクローゼは悪戯っぽい笑みを浮かべてウィンクをすると、私のおでこにキスをした。

 

 

「失礼します、姫様、お茶をお持ち……」

 

 

次の瞬間、部屋の扉が開いてメイドさんが入って来た。私、クローゼに押し倒されて、両腕を押さえつけられて、そしておでこにキスをされている。

 

角度的にはおでこなのか他の場所なのかは確認できないかもしれない。私とクローゼはギギギギと油が切れた玩具の様に扉に顔を向けた。メイドさんは顔を真っ赤にしていた。

 

 

「あのっ、あのっ、ノックしたんですけどお返事がなくて…。すみませんでしたっ、どうぞごゆっくりぃぃ!!」

 

「「……」」

 

 

ばたむっ、とドアが閉められる音。同時に私たちは正気に戻る。

 

 

「ま、待ちなさいシア! これは誤解なんです!」

 

「きゃぁぁっ、皆に知らせなくっちゃぁぁぁ!!」

 

 

クローゼの引き止めようと伸ばした手が空を泳ぐ。不穏な発言を廊下に響かせてメイドさんが女王宮から走り去る足音が響く。

 

 

「もー、どーにでもなれ」

 

 

私は考えるのを止めた。

 

 

 




ゆりんゆりんなの。

31話だクマ。


<飛花落葉>
攻撃クラフト、CP20、単体、威力150以上、基本ディレイ値2000、遅延
ユン先生の戦技。相手を上空に弾き飛ばし、体勢を整える前に同じく跳躍して剣で叩き落とす技。イベントバトルだと49999のダメージが確実に入り、同時に3ターンぐらい何もできなくなるぐらいのえげつない遅延効果が発生する。


誤字の指摘がありましたクマ。というか、おまえら釣られ過ぎクマー。

でも修正しようと思ったら、物書きの神様(菌類)からそのままにしておくと宝くじが当たるというお告げがあったクマ。これで大金持ちクマ。
→修正したクマ。




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032

 

 

「あ、リィン君、引いてますよ」

 

「おっ、これは…大物かな?」

 

 

爽やかな天候の下、深い青色のアゼリア湾の海上、私たちはちょっとした大きさの導力クルーザーの上で釣り糸を垂らしていた。強烈な引きでしなる釣竿を力いっぱい掴んで、リィン君がリールを巻く。

 

どうやら思った以上に大物らしく、ちょっとした大勝負の後、メイドのシニさんが大きな網を持って目前まで引き寄せた大魚をすくいあげた。

 

 

「うわっ、これは…、こんな魚、初めてだ」

 

「おおっ、すごいじゃないか。立派なブルマリーナだ」

 

「すごいですねっ、3.5アージュはありますよ!」

 

 

お父さんが快活に笑いながらリィン君の肩を叩くとリィン君は少し気恥かしそうに頬をかく。

 

ブルマリーナは最大で4アージュ近い大きさになる大魚で、《青き貴族》とも呼ばれるほどに美しい色合いの身体を持つカジキマグロのような姿の魚だ。

 

 

「む、大きいわね。私も負けてられないかも」

 

「ふふ、頑張ってください、エリッサお嬢様」

 

「私、さっきからシーラルしかかかりません……」

 

 

霧降山脈の奥地から帰って来たリィン君とユン先生、それに家族皆と一緒に今日は海釣りに出ている。

 

こんな立派な船を手配できたのは軍が手をまわしたせいで、一時は向こうが気をまわし過ぎて軍艦でという話になりかけたが、なんとかクルーザーに情報部と陸軍の護衛をいくらか同伴させる程度に落ち着いた。

 

まあ、遠方に巡洋艦が浮かんでいたり、遠く上空に2隻ほどの軍用飛行艇が飛翔しているのはちょっとしたおまけであるが。

 

 

「しかし、よく軍が許したな、エステル」

 

「別にそこまで行動を制限されてるわけじゃないので。リシャール大佐曰く、この程度こなせなければ要人護衛なんて満足にできやしないのだとか。日時はあちらの都合に合わせましたしね」

 

 

要人を守るために私生活を制限してしまえば、それは軟禁となんら変わらない。

 

そもそもある程度の自由な私生活の中で安全を保障できなければ、例えば王族が海外で活動する際に支障をきたすだろう。

 

巡洋艦を動かすのは少しオーバーな気もするが、威圧という意味もあるのかもしれない。

 

 

「おっ」

 

「ん、ヨシュア、釣れましたか?」

 

「ダメだ。小魚だよ。あ、エステルのも引いてるよ」

 

「お、これは…、中々の大物…!」

 

 

リールを巻く。なかなかの重量。少しの格闘のあと、海面に現れたのは、

 

 

「タコ…、ですか」

 

「まだまだじゃの」

 

「くっ、まだまだです!」

 

 

ユン先生に冷やかされて、私は意地になって海面を睨みつける。まあ、そんな事をしても魚には関係のない話なのだが。

 

そんなやり取りをしながらも、入院中は釣りには行けなかったので、久しぶりの釣りを思いっきり楽しむ。タコが釣れようが、そういうのもまた楽しいものなのだ。

 

 

「いや、でも本当にびっくりしましたよ。ドラゴンと話すことになるなんて」

 

「ふっ、こやつが紹介する者が普通であるはずがなかろう」

 

「まあ、私も初めてレグナートに会った時は驚きましたけどね」

 

 

霧降山脈で目当ての相手と出逢い、どことなくすっきりとした表情になったリィン君は語る。

 

どうやらあの竜はリィン君のあの変身について何か知っていたらしい。古代ゼムリア文明期から生きていると称するだけのことはあるようだ。

 

 

「いえ、それも十分驚きましたけど。なんで、彼の巣穴にラジオがあるんですか?」

 

「たしか、リベール通信が主催した詩作の大会の準優勝の商品だったと思いますよ?」

 

「……もういいです」

 

 

少しばかり疲れた表情をして水平線を眺めるリィン君。何か変な事を言っただろうか?

 

ちなみに最近は作曲や歌唱まで手掛けだしたらしいのだが、レグナートのリズム感というか音楽的な感覚は人類には少しばかり理解し難いものだった。

 

ぶっちゃければ、音痴なのである。リアルじゃいあんリサイタル。

 

まあ、本人が楽しんでいるのであれば、文句を言うようなこともないのだけれど。

 

 

「それで、何か分かりましたか?」

 

「結局は盟約がどうのとかではぐらかされたのじゃがな」

 

「いえ、それでも貴重な話を聞くことが出来ました」

 

「そうですか。盟約…。なんとも面倒そうな話ですね」

 

「知ってるんですか?」

 

「あー、ただの推察なんですけどね。レグナートについては王家が所有する古文書とかにも記載されていて、古代ゼムリア文明崩壊の頃から生きているっていうのは眉唾じゃないんです。で、まあ、それに加えて古の盟約なんて大仰な話になると…」

 

 

盟約ということは、つまりレグナートと何者かが結んだ事になる。

 

ここで、その何者かというのが問題になるのだが、人類という枠を大きく超えたドラゴンなんていう生物を盟約で縛るというのだから、それに類するような存在が見え隠れするわけで。

 

 

「となると、まあ、下手につつくとろくでもないモノが出てきそうなんですよね。おそらくは、ゼムリア文明の崩壊に関わったようなものなんでしょう。まあ、単純に考えれば《空の女神》様。常識的に考えれば馬鹿みたいに強力なアーティファクト関連の話じゃないのかなぁと」

 

「女神エイドスに馬鹿みたいに強力な…、思いつくモノといえば、七耀教会の伝承にある《七の至宝》とかですかね?」

 

「ふふ、さあどうでしょうね。で、結局、どうするつもりなんですか? その力と向き合っていくのですか?」

 

「いつになるか分からないが、近い将来、試練が課せられるだろうと。その試練を乗り越えた先に、何らかの答えを導き出すことになると、レグナートは言っていました」

 

「ご愁傷様です。ドラゴンクエストなんて当事者からすればろくなもんじゃねぇですよ」

 

 

竜が語る試練が生温いものであるはずがない。おそらくは命を賭すような厄介ごとに彼は放り込まれるのだろう。

 

そうして得るモノが何なのか、強力な力か、財か、名声か。欲しくないモノを与えられる機会を無理やり与えられて、それを得るための試練に無理やり参加させられるのだからたまったものではないのだ。

 

まあ、人生そのものがそういう性質であると言ってしまえば身もふたもない話なのだけれど。

 

 

「何故、俺にこんな力が宿っているのかは結局分かりませんでしたが、逃げても良い結果が出ないのならば、向き合うしかないんだと思います」

 

「ふふ、では、後悔のないように」

 

「はい。色々とありがとうございます」

 

 

まあ、逃げるという選択肢も時には必要なのだし、常に前を向いて走り続けることが最善の未来を引き寄せるわけではない。諦める事、見切りをつける事だって人生には必要だ。

 

未来なんて誰にも分らないのだし、逃げた先で、立ち止まった場所で、その人の人生を思わぬ方向に転換するような、そんな素晴らしい出会いが待っているなんて事もある。

 

それでも、どちらを選んでも何かを失うとして、その先に後悔するような事が待ち構えていても、立ち向かって後悔するよりも、逃げた先で後悔する方が少しシャクなのである。

 

まあ、それはヒトにもよるのだろうけど。

 

 

「七耀教会に頼るなら、歴史のある大きな聖堂に行くといいと思いますよ」

 

「大きな…ですか?」

 

「重要な聖堂には教会の、アーティファクトの管理に関連する人員が常駐していることが多いのです。彼らは教会の保有する門外不出の知識を継承しているらしいので、もしかしたら貴方の力についても何か知っているかもしれません。それに、歴史のある大きな聖堂は意外に権力との癒着が少なかったりするのです」

 

 

七耀教会というのは、Xのいた世界の凡百の宗教組織とは違って恐ろしく腐敗が少ない組織だったりする。免罪符をばら撒いて金策するようなどこぞの生臭い連中とは一線を画する。

 

あれだけの影響力を持ちながら、そういった性質が少ないのは驚くべきことだ。

 

Xの世界においては多くの力を持った宗教が最終的には国をも蝕んで、結果として民を苦しめる要因となるにもかかわらずである。

 

500年にもわたって権力を維持しながらも、腐敗を最小限に抑えているその組織運用…、その秘訣はぜひ教えてもらいたいものだ。

 

 

「それで、リィン君はいつ帝国に?」

 

「そうですね。週末にはと」

 

「そうですか。ユン先生にはもう少し付き合ってもらいたかったのですが」

 

「リベールにはアネラスがおるから、また来ることもあろうて」

 

 

ユン先生の孫娘であるアネラスさんは、やはり八葉一刀流の剣士らしく、私にとっては姉弟子ということになっている。剣に関して型は一通り伝授しているらしいが、皆伝には至っていないのだとか。

 

この一月の間、本当に色々あったけれども、まあ周りの人間に酷い後遺症が残るような怪我はなかったし、ユン先生にも久しぶりに会えて、結果オーライといったところか。

 

と、

 

 

「ひゃわっ!? 来たよエステル!! すごい大物の予感!!」

 

「え、あ、エリッサ!? ものすごく竿がしなってますよ!?」

 

「うわっ、すごっ!? でも負けない! 私が№1なんだからぁ!!」

 

 

エリッサの釣竿が尋常じゃない程にしなる。ヨシュアがエリッサが海に引きずりこまれないか冷や冷やしながら見守っている。そうして船の上の人間の注目を一身に浴びて格闘が続き、

 

 

「来たぁ!! って、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」

 

「ギ、ギガンゴラー!?」

 

 

海から勢いよく引きづりあげられた深海魚。3アージュ近いグロテスクな、アンコウを思わせる巨大魚が宙を舞い、そしてそれがエリッサに直撃する。

 

平べったい奇怪な巨大魚に押し倒されるエリッサ、それを指さして笑うお父さん。

 

 

「キャー!? 何これ!? 重い、気持ち悪い、ヌルヌルするぅ!?」

 

 

まあ、そんな休日の話。ギガンゴラー鍋、おいしゅうございました。

 

 

 

 

 

 

「はわっ、エステルお姉ちゃん、私、飛んでるよ!」

 

「上手いですよティータ。最初は中々難しいんですけどね」

 

 

ティータが工房内の空間で1アージュほどの高さで浮遊する。ティータはその背中に妖精の羽根を思わせるフィンを持つ機械を背負っており、それが彼女を浮遊させる種である。

 

工房都市ツァイスの旧市街に立地するラッセル邸、私たちは新しい玩具を手にティータと戯れていた。玩具は中央工房において試作されていたもので、軍からも研究資金が出ているものだ。

 

 

「個人用導力飛翔機か。一昔前では実現など遥かに先と思っておったが」

 

「日々技術革新というやつです」

 

「これが一般化したら、世界が変わるね」

 

「最初は軍事・救難用、次に業務用と言った感じでしょうか。個人が所有するにはちょっと高い買い物ですからね」

 

 

この個人用導力飛翔機、その価格は現在の所自家用導力車10台分という高価な精密機械だったりする。メンテナンスも複雑で一般の市民が買うには少しばかり高嶺の花。

 

とはいえ、成人男性3人を運んで飛翔するだけの出力は確保しており、特に災害救助の場面や土木・建築工事などでは素晴らしい活躍を期待できる。

 

遭難者を空から自由な高度で探し回れるだけではなく、救助するのに導力飛行船と違って広い足場を要することはない。火事などで建物に取り残されてしまったヒトなども容易に救うことが出来るだろう。

 

また高層建築物や巨大な橋などの建設やメンテナンス、補修などにも活躍するはずだ。足場を組んだりする必要はなくなり、高所での安全性を確保し、作業の効率化も可能になる。

 

 

「エステル、私も飛んでみたい」

 

「いいですよ。ティータ、いいですか?」

 

「うん!」

 

 

部屋の中をすいーっと飛んでいたティータが床に降りて、導力飛翔機を背中から降ろす。反重力発生装置により重量をあまり感じさせないが、実際には50㎏ほどの重量がある。

 

そして今度はエリッサが装置を背負って、ふわりと浮かんだ。基本的な操作は戦術オーブメントと同様に思考制御を採用しているが、緊急用にコントローラーによる手動操作も可能となっている。

 

 

「ちょっ、あれっ、止まってぇぇっ」

 

「勢いがつくと、中々止まらなくなるので気を付けてください」

 

 

重力を打ち消すことは出来ても、慣性力を打ち消すまでには至っていない。そのため勢いがつくと『流される』ので操作には注意が必要だ。

 

現在のモデルでは最大で時速500セルジュでの飛翔が可能であり、連続8時間運用を実現している。既に軍は制式装備とする準備に入っている。

 

これは歩兵強化プランの1つに数えられており、将来的にはパワードスーツの基本構成要素とすることを見据えている。

 

実現すれば歩兵は二次元的な運用から解放され、また地雷原や有刺鉄線などの障害を意味のないものに変えてしまうだろう。

 

また体重の数倍の重量物を負荷なく運搬できるようになり、歩兵に十分な装甲を施し、また戦車を問題なく撃破する火力を与えることも可能になる。戦場が大きく変わるかもしれない。

 

 

「本当に色々と使えそうだね」

 

「免許とか作った方がいいんでしょうけどね」

 

「そうか、事故に気を付けないといけないのか」

 

「ヨシュアは飛んでみないんですか?」

 

「僕は遠慮しておくよ。あの二人、楽しそうだからね」

 

「時には息抜きした方がいいんじゃないですか? 最近、頑張ってるじゃないですか」

 

「まだまだだよ。父さんには全然届かない」

 

 

ユン先生とリィン君がリベール王国から去り、破壊された我が家が再建されて、ようやく日常が戻って来た。相も変わらず警備は厳しいものの、元通りになることは良い事だ。

 

でも少しだけ変化があった。ヨシュアが本格的にお父さんに師事を始めたのだ。以前は、訓練については私やエリッサに付き合う程度のものだったけれども、積極的にお父さんから技術を学び始めている。

 

あの夜の一件が彼をそうさせているのは疑いようがなく、お父さんもそれにちゃんと付き合っている。

 

 

「あのヒトに届いたら、それはそれで大事件だと思うんですけどね」

 

「確かに。エステルなら、もう少しで届きそうだけど?」

 

「全然です。お父さんのすごい所は、単純な腕力じゃないですから。実際に刃を交える前に、勝負がついてるんですよ」

 

 

父に勝とうというのならば、最後まで敵対している事すらも匂わしてはいけない。細心の注意を払って、あらゆる可能性を潰し、そして彼が何の対処もできない様な速度で事態を推移させる必要がある。

 

 

「まあ、そんな事ができる人間がこの大陸にどの程度いるかっていう話なんですけど」

 

「背中は遠いってことかな…」

 

「それはそうと、ヨシュアは将来何になりたいんですか?」

 

「将来?」

 

 

ヨシュアはまるでそんなこと考えたこともないと言わんばかりの、きょとんとした表情で見返してくる。それはちょっと、お姉さん的に心配になるリアクションだ。

 

 

「エリッサは私の護衛兼秘書的な立場になるとかで、士官学校を目指しています。私は、まあ、進路なんてそんな地点は通り過ぎてしまってます。ティータは研究者でしょうね。ティオは農場を継ぐらしいです。でも、ヨシュアからはそういう話を聞きませんでしたから」

 

「将来…か」

 

「お父さんに付き合ってもらって、強くなりたいという気持ちは伝わってきます。でも、その先、ヨシュアは何を見ているんですか?」

 

 

ヨシュアは頭も良いし、戦闘についてはエリッサ以上だ。彼ならば、彼が望むどのような存在にでもなれるはずだ。

 

だけれども、彼の出自や幼少の経験からか、どこか自分の未来に対して期待、夢を持っていない様な、そんな気がする。

 

 

「そうだね。僕もいつか大人になって、仕事をすることになる」

 

「今のリベールは働き口なんていくらでもありますからねぇ。私達はまだ13歳ですけど、来年になればジェニス王立学園の入試を受けることも出来ますし、16歳になれば就職もできます。実力があればエリッサみたいに15歳で士官学校にだって入ろうなんてこともできますしね」

 

 

エリッサは飛び級などを使って再来年に士官学校に入学しようと頑張っている。学力が伴えば大学にだって入れるし、何なら留学というのも選択肢にあるだろう。とはいえ、

 

 

「軍は…、僕は素性がね…」

 

「…そうでしたね」

 

 

ヨシュアはブライト家の一員とはいえ、父を暗殺しようとした経歴の持ち主だ。そんな彼を士官学校が快く受け入れるかどうかといえば、否だろう。

 

口利きをすれば不可能ではないだろうが、悪しき前例になる可能性があり、出来るなら避けたい。そういう意味では厳密な身辺調査がされるような職業には就きにくいという事になる。

 

 

「それなら、お父さんみたいに遊撃士というのも有りかもしれませんね」

 

「遊撃士…、そうか、遊撃士か…。いいかもしれないね」

 

「結構シビアな判断を要求されますし、経歴についてもあまり問わないみたいですからね。ヨシュアなら実力も十分かもしれません。でも、怪我とかで引退する人も少なくないんですよね」

 

 

事実上、日雇いの仕事と変わらないし危険も多い。とはいえ、保険の適用など保証はそれなりにされているし、公共交通機関の使用についてはリベール王国内ではフリーパスになっている。

 

実力があれば一流企業や高級官僚並の給与を手にすることだって不可能ではない。それに、多くの人間に関わる事になるため、広い人脈を築くことも出来る。

 

やりがいのある仕事といえば、間違いなくそうなのだろう。

 

 

「まあ、ゆっくり考えればいいと思いますよ」

 

「そうだね」

 

 

ヨシュアはそんな風に返事をしたけれども、後に分かった事だが、彼が自分の将来を決めたのはこの時だったのだとか。

 

こんな何気ない日常を積み重ねて、私たちは少しずつ大人に近づいていく。そして、この時はまだ、私たちに大きな試練がほんの数年後に待ち構えていることなど知る由もなかったのだけれど。

 

 

 

 

 

 

鬱蒼と茂る密林、統一された東方風の武道着に身を包んだ集団が木々をかき分けて、ぬかるみや木の根で足場の悪い中を驚くべき速度で走り抜けていた。

 

彼らの顔には一様に焦りと疲労が見え隠れしている。過酷な修練を積み、大型の魔獣すらも一撃のもとに打ち倒すほどの力を得た彼らが追い詰められていた。

 

彼らの多くは怪我を負い、布で止血するなどの簡単な応急処置を行っているのが遠目でもわかる。また何人かは背に重傷を負った者を背負っており、彼らが何かに追われ、敗走していることも見て分かるだろう。

 

彼らは時に互いを励まし合い、叱咤しながらも進んでいく。

 

この密林を抜ければ大きな街道にでる事が出来、しばらく行けば街に辿りつくことが出来る。そこには彼らの協力者たちもおり、怪我人の治療もできるだろう。

 

そうしてもうすぐ街道に出る。そんな希望が見え、気が緩んだ次の瞬間、

 

 

「避けろぉぉ!!」

 

 

一人の巨漢の男が叫ぶと同時に、それ以外の者たちの腕が、足が、頭が、あるいは半身が抉られるように吹き飛んだ。

 

何が起こったのか理解できず、失われた自分の右半身を呆けるように見た後、ある男は恐怖と苦悶が入り混じった悲鳴をあげた。

 

足を失ってバランスを崩し、背負っていた女ごと倒れ伏した男は、その激痛に悶え、泣き喚いた。

 

むせ返るほどに濃密な血と臓腑の臭い、僅かに香る硝煙と鉄の臭い。周りを見れば肉体を欠損して呻き声をあげてのたうち回る者たち。

 

いち早く危機を察知した巨漢の男はその凄惨な状況に、唐突に襲った理不尽に数秒ほど唖然と口を開けて立ちすくんだが、次には仲間たちを生かすための介抱を急ぎ始める。

 

 

「くっ、大丈夫か!?」

 

「逃げろ、俺たちはもう駄目だ」

 

「馬鹿を言うな。お前を置いていけるか!」

 

「馬鹿を言っているのはお前だ。お前はこの国の希望なんだぞ!」

 

 

そんな言い争いをしながらも巨漢の男は生き残った仲間の一人に手を当てる。すると柔らかな光が男の手から発せられ、痛み故に苦悶の表情を見せていた仲間の男の表情が和らぐ。

 

そうして巨漢の男は仲間の男の欠損した部位を布で縛り、次の仲間たちの治療へと移るが、その途中で地面に落ちている無数の金属製の小さな玉を見た。

 

 

「これは…」

 

「指向性の対人地雷だよ」

 

 

咄嗟に振り向けば木々の陰から武装した男たちが現れる。迷彩服とボディーアーマーに身を包み、大型の軽機関銃を手にした集団。それが音もなく、こんな近くまで気配を察知させずに、姿を現した。

 

先頭にいるのは顔を奇怪なガスマスクで覆った痩せ男。巨漢の武道家は怒りをかみ殺すような表情で15アージュほどの距離を取って痩せ男と向かい合う。

 

 

「見事なものだ、ただ鍛え上げた肉体のみでこれに耐えきるとは…」

 

「これが貴様らのやり方か!?」

 

「いただけないな。君らは口を開けばいつも同じような事を吠える。君の事は高く評価しているのだから、もう少し気の利いた言葉を口にしてはどうかね?」

 

「死神どもが…」

 

「結構。我々は戦場の死神だ。だが、君も中々のものじゃないか? 指向性対人地雷の直撃を受けてかすり傷一つ無しとは。東方の神秘という奴かね? 実に素晴らしい。そして惜しい。君らが最初から我々に協力的であったなら、我々もこのように物資を消費せずに済んだ」

 

「ふざけろ。我らの大義を貴様ら金の臭いに群がる死神どもに売るはずがなかろう!」

 

 

巨漢の男は牙をむいて吠える。大義があった。仲間がいた。だが目の前の猟兵、金次第で民間人すら虐殺する死神どもの奸計に嵌り、今この場でまともに動けるのは彼ぐらいだろう。

 

早朝の襲撃を受けた彼らは巧妙な誘導によってこの死地に、地形や集団心理を計算しつくして配置された罠、地雷原に誘い込まれた。

 

狙いすまされて放たれた導力波の信号に従い、1㎏の火薬は炸裂し、700もの鋼の小球が扇状に吐き出される。そんな罠が無数に隠蔽されて仕掛けられていた。

 

普段の彼ならば、あるいはごく僅かな自然の改変、残されたほんのわずかな痕跡に気づいて、この罠を看破したかもしれないが、昨夜から続いた激しい戦闘は彼の注意力を奪っていた。

 

そして結果がここにある。

 

ごく小さな無数の鋼の球は哀れな彼らの肉に食い込み、ずたずたに引き裂いて、腕を、足を、あるいは半身を損壊した。

 

そしてただ一人、とっさに氣を練ることで肉体の硬度を高めたこの男だけが助かった。あの刹那の間にこれだけの氣を練るだけの功夫を積んでいたのは彼だけだった。

 

 

「いやいや、君らの大義とやらにはとんと興味が湧かなくてね。我々は我々の仕事をこなすだけ、クライアントの要望に応えるだけだ。そう、君だよ。この暴動の首魁とやらは既にご同行頂いているが、君もまた重要なターゲットでね。殺さないで確保するように言われている。もう勝ち目はないと分かっているだろう? 大人しく投降してくれないかね?」

 

「我らの義挙を暴動と片付けるか俗物どもめ! 確かにもはや俺に目はないだろう。だが、だがな、仲間を殺されて大人しくしていられるほど俺は諦めがいいわけではない。少なくとも、貴様の首は貰っていく!!」

 

 

巨漢の男の肉体が躍動する。研ぎ澄まされた氣により爆発的な突進力を生み出し、ガスマスクの痩せ男に拳を叩き込まんとする。

 

東方の武術の流れをくみ、現地の特異な格闘術や神秘を取り込んだ戦闘技術。この小国において政府軍の主力を翻弄し、撃破するに至った武人の頂点。

 

その拳は戦車の装甲をも破壊し、蹴りは大地を揺るがし、肉体は銃弾をも弾いた。であるならば、この距離において彼の拳を避けることなど能わず、故に彼の宣言は刹那の後に実現する。そうなるはずだった。

 

 

「なっ!?」

 

 

だが、その一撃は届かない。巨漢の男の右足首を唐突に、何者かの手が掴んだのだ。そして次の瞬間、男は想像外の膂力により地中に引きずり込まれる。

 

 

「おおおっ!?」

 

 

彼の足首を掴みとった手はあろうことか地中から生え、そして地獄の亡者の如く男を引きずり込む。そして胸まで地中に飲み込まれると、背後から一人の男が地中より這い出た。

 

筋肉質ではあるが長身であるため、むしろ細長くさえ見える、くすんだ金髪の目つきの悪い若い男。右手に金属製のスコップを持ち、巨漢の男を睥睨する。そしてスコップをおもむろに両手で掲げた。

 

 

「貴様は…!?」

 

「……」

 

 

スコップが振り下ろされた。

 

 

 

 

「相変わらず見事な腕前だな、エドワード」

 

「……」

 

「いやいや、私など君と戦えば数秒と持たないだろうさ。知識も経験も技術も共有しているのなら、個々の肉体のポテンシャルがモノを言うのが我々だ」

 

「……」

 

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。まあ、雑談は後にしよう。これで我々は《氣》の運用ノウハウを《喰える》のだからな。さあお前たち、撤収だ!」

 

 

地中に引きずりこまれた巨漢の男は無数の打撲によって白目を剥いて気絶している。そんな男を迷彩服の男たちは引きずり出し、特殊な全身麻酔を注射した後、死体袋に入れて運び出す。

 

また他の者たちは呻いていた武道家の集団に拳銃でとどめを刺すと、手慣れた手つきで地雷を撤去し、ニヤニヤ笑いながらエドワードと呼ばれた男の肩を叩くと、共に何の遺留品を残さずに密林から去って行った。

 

 

それはゼムリア大陸南部の小国で起きた一連の事件の、報道されることのなかった一コマ。

 

外国の新聞に「東方武術の流れをくんだ武装集団を中核とした農民反乱が鎮圧された」という、ほんの小さな記事で語られるだけの、

 

次の日には大抵の人間たちから忘れさられる程度のささいな出来事。

 

 

 

 






お久しぶりです

32話です。まだ原作に追いつきません。

閃の軌跡Ⅱが発売されるまでには原作に追いつきたいなーと、希望的観測を。



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033

 

 

「ったく、あのオッサンも無茶な事言いやがるぜ」

 

 

力強いエンジン音を響かせる旅客機の窓に、見飽きた赤髪の自分の顔が半透明に映る。その先、視線を伸ばせば白く陽光を反射する金属の翼と雲海が広がる光景が見えた。

 

雲間から垣間見えるのは丘陵地帯を覆うコンクリートとアスファルトで構築された人工物。ほんの半時ほど前ならば、二つの国を分け隔てる雪を冠した山脈が見えたのだが、

 

時速6,000セルジュという生物には実現不可能な速度は、自分の親世代が数日かけて旅した行程を数時間に短縮する。導力革命の恩恵という奴。

 

そもそも5,000アージュという高みはほんの10年前には人類には手の届かなかった領域。重力制御ではなく、4つの導力エンジンの生み出す回転エネルギーのみで金属の塊を浮かべているというのは現実味が無い

 

現実味が無いと言えば、これから向かう都市が本国の首都よりも巨大であるという現実だろうか。あるいはこの雲の下に200アージュに迫る摩天楼が立ち並ぶという伝聞だろうか。

 

やはり簡単にはイメージできない。多くの人間は経験した以上の事柄を想像できないのだ。そんなことが出来る存在を凡人たちは天才と呼ぶ。あのオッサンは天才なんて生易しいものではないが。

 

 

<まもなく当機はリベール王国ツァイスへと着陸いたします。停止するまでシートベルトを着用の上、座席からお立ちにならないようお願いいたします>

 

「着いたか」

 

 

旅客機はゆっくりと高度を落としながら滑走路へと向かう。旧式のこの機体はいまだ垂直離着陸を可能としないが、それでも100名近い人間をヘイムダルから外国まで2時間程度で運ぶというのは驚異的だ。

 

窓ガラスに映る赤い髪を軽く整え、キーンとした気圧による痛みを耳抜きで緩和する。遠い共和国方面の丘陵地帯と迫る大都市を眺めていると、航空機は滑走路に着陸し、大きな振動が身体を揺さぶった。

 

アナウンスとキャビンアテンダントに促されて手荷物を手に取り、航空機からタラップを使って降りれば、目の前には導力バスが横付けされている。

 

アスファルトによって整地された長大な滑走路と、緑色の芝生。見たこともない数の航空機が翼を休め、20を超える定期飛行船が係留される光景はこの国の豊かさを見せつける。

 

だが、最大の違いは雰囲気と呼ぶべきものかもしれない。肌で感じる、人々が纏う雰囲気。そういったものはものの数分で理解できる。

 

厳しさを感じさせる帝国とは違って陽気で、豪奢というよりは軽やかで、しかしクロスベルや共和国とは違い品がある。帝国に匹敵する歴史と伝統を持ちながらも、貴族制度を排し身分制度を持たない国。

 

10年前ならば歴史だけが自慢の小国と片付けられただろうこの国は、しかし現在は押すに押されぬ列強国の一員だった。おそらく国内総生産では来年にも帝国を抜き去るだろうというほどの。

 

この国には2人の要注意人物がいる。S級遊撃士カシウス・ブライト、そして彼の娘である《空の魔女》エステル・ブライト。できうるならばどちらかに接触しろとは鉄血宰相も無茶な注文をする。

 

情報局が共和国方面で行った謀略によるエステル・ブライト暗殺計画が失敗に終わり(上手くいきかけたのは暗殺者の腕が良すぎたかららしい)、警戒レベルが極限に達しているにもかかわらずだ。バカじゃねーの。

 

相手は歴史や導力学の教科書に堂々と名前を載せる相手であるのだから、人となりを知るのならばルーレ工科大学の教授のようなガチガチな身分で接触した方が確実性高いだろうに。

 

そうして乗ったバスはガラスと鋼鉄によって構築された曲線的な建築物を主体とする空港に入り、俺とその他の客たちは入国審査を受ける事になる。

 

ジェニス王立学園への留学を表向きの理由に。国籍は本国に隣接した自治都市のもので、今回は流石に本名ではなく偽名を用いる。書類については《本物》であるから心配はない。

 

 

「ようこそリベール王国へ。入国の目的は?」

 

「いやぁ、留学ですよ。ジェニス王立学園って知ってます?」

 

「ああ、ジェニス王立学園か。私の甥も通っていたな。そうなると数年の滞在に?」

 

「3年ぐらいかなぁ」

 

「遠くから一人で王国に? ご両親もなかなか剛毅でいらっしゃる」

 

「放任主義なんすよ」

 

「ふむ。荷物を調べてかまわないかい?」

 

「ええ、かまいませんよ」

 

 

俺はこの時、目の前の係官の表情や纏っている空気の変化を敏感に感じ取った。入管の係官は出来うる限り俺に不審に思われないようにしながらも、いかなる理由か俺の正体を半ば掴んでいる。

 

 

「はは。最近、国の方からテロリストだとか、ああ、あとは密入国者だとかに気を付けろっていう指示があってね。君は大丈夫だろうが。この前なんかは麻薬の密輸業者が捕まったりしてこっちも過敏になっているんだよ。迷惑をかけるね」

 

「いえいえ」

 

 

どうやらリベール王国というのは聞いていた以上に恐ろしい場所だったらしい。係官は適当な世間話をしながらも俺の様子をつぶさに観察しているようで、まるで考えを見透かそうとするような気味悪さを感じる。

 

この時には、俺はもう無事にこの国に侵入できるというような甘い考えを捨てていて、どうやってこの場から逃走するかの算段を確認しはじめていた。そして俺は唐突に大声をあげる。

 

 

「おいっ! アイツ、銃をもってやがるぞ!」

 

「何!?」

 

「へ?」

 

 

入管の係員たちの視線が俺から逸れる。俺が指さした男に視線が集中し、俺は同時に一気に駆けだした。数秒遅れて入管の係員は俺の行動の意味を理解し、詰め所に待機していた兵士たちが俺を追いかけてくる。

 

そうして数日の間、俺はリベール軍や軍情報部、軍用魔獣の追っ手を巻きながら、命からがらこの国から逃げ出したのだが、まあそれは別の話と言う事で。

 

 

 

 

 

 

商業都市ボース。リベール王国における五大都市の一つにして、エレボニア帝国との交易における拠点、物資の集積所として発展した、かつてはリベール王国第2の都市とまで称えられた大都市である。

 

しかしながら一年戦役においてエレボニア帝国により占領され、さらには戦役末期において補給を断たれモラルブレイクを起こした帝国軍により凄惨な略奪と破壊を受けて一度は灰燼に帰したことで今は知られている。

 

しかしながら終戦より7年、勝利を飾ったリベール王国が獲得した莫大な賠償金と、その後に続く急速な高度成長と重工業化により、ボースは確かに急速に復興され、以前以上の活気を取り戻すことに成功した。

 

テティス海に国際港を開き、世界最大の工業地帯を形成し、先進的な研究施設や大企業の本社、最近では国際的な金融機関の多くを擁するに至ったツァイスに王国第二位の都市としての地位を譲り渡していたが、

 

帝国との通商条約により、王国からは導力器や民生品が、帝国からは鉄鉱石や七耀石を始めとする鉱物資源、あるいは小麦や木綿、羊毛や宝石が盛んに取引され、商業都市としての機能を取り戻すにはさしたる時間はかからなかった。

 

都市としての規模はかつての数倍に肥大しており、人口においては国際都市クロスベルを上回り、帝国の首都ヘイムダルと並ぶに至った。計画的に整備された都市は、次世代の交通手段である導力自動車の運用を前提としており、

 

広大な都市に広がる街区を結ぶ高架の上を走る導力モノレールは、一辺数セルジュにして3階建ての巨大屋内商業区画ボースマーケットと共にこの都市の象徴とも言えるだろう。

 

七耀歴1200年の2月、七耀教会にとっても区切りの良い記念すべき年としていくつかの行事を控え、また近く復興の象徴として新しく建設された大聖堂が完成するので、その式典の準備に多くの人々が忙しなく働いていた。

 

そんな中でも特に大量の業務に忙殺されているのが行政府であり、大都市ボースの8つある地区の1つ、行政区の市庁舎は、このところ不夜城と化して夜遅くまで導力灯の光が煌々と輝く有様だった。

 

しかし、この日、行政府はにわかに異様な雰囲気につつまれる。軍用車両が往来に現れ市庁舎を包囲するように停車すると、黒い軍服姿の軍人たちが1個中隊ほどが現れたのだ。

 

彼らは受付の前に書状を掲げると、3人程度の集団に分かれて市庁舎に散らばる。そしてその集団の1つがボース市の財務会計を預かる部署に踏み込み、一人の男を取り囲んだ。

 

 

「財務課課長ニコラ・ファビウスだな。国防保安法、産業情報保護法違反の容疑で逮捕する」

 

「なっ!? 何かの間違いじゃないか?」

 

「話は後で聞こう。さあ、立て」

 

 

軍人たちは男に銃を突きつける。すると男は観念したように両手を上に掲げた。

 

 

 

 

「ふむ、これでおおよそのスパイは摘発できたか」

 

「はい大佐。軍と行政府、議会に侵入を許していたスパイは大かた片付いたと思われます。現在は得られた情報を元に、地下に潜ったスパイおよび反乱分子の摘発を開始しています」

 

 

七耀歴1200年2月上旬にリベール王国にて行われたスパイの一斉摘発により、王国の行政機関や軍の関係者から多くのスパイや機密情報の漏洩に関わった人間が逮捕された。

 

それは王国関係者にいくらかの衝撃を与えたものの、それ以上にエレボニア帝国軍情報局などの各国の諜報組織により大きな驚愕と深刻な損害を与えた。

 

なにしろ戦役前から長期潜入していた諜報員だけではなく、休眠状態にあるスリーパーまで摘発されたのだ。それも根こそぎと言っても良い。この電撃的な逮捕劇を事前に知る事が出来た諜報員は数少なかった

 

 

「しかし、恐ろしい機械ですわね」

 

「導力式嘘発見器などと名前はついているがね」

 

 

カノーネ君が報告書のファイルの束を手にして溜息を吐きながら感想を述べる。分厚い紙の束には今回摘発された者たちの情報がまとめられているが、膨大過ぎて目を通すのもおっくうになるほど。

 

ZCFがエプスタイン財団との共同研究によって開発した、《幻》の属性を応用することで対象の精神活動をモニタリングすることを可能とする導力式精神鑑定装置。

 

いくつかの試験により信頼性を確保したそれが、軍と行政関係者を対象とした健康診断と同時に行われた職務適正診断において用いられたのは去年の年末であった。

 

人間の脳は本当のことを話す時よりも、嘘や後ろめたいことを話す、あるいは考える時の方が活発に活動する。それは装置によって有意な形で検出され、今回の一斉摘発に大きく貢献することとなった。

 

また、既に移民局や入管にも設置されており、スパイが新たに侵入することを困難なものとしている。少なくとも、自分が諜報員であるという自覚のある者はすぐさま検出されてしまうだろう。

 

 

「問題は暗示によって自分が諜報活動をしている自覚のない者だったか…」

 

「グノーシスを用いた暗示により検査をパスできることは確認されています。ただし、この場合は尿中に薬物反応が検出されますが」

 

「そういった検査は入国管理では難しいな」

 

「ですね。しかし、それを補うのが…」

 

「アルジャーノン大隊か。国内の配備は完了したが、帝国や共和国方面にも配備したいという声がある。あまり表に出したくないのだがね」

 

「費用対効果が絶大ですので」

 

「はは、同志《G》にはとてもじゃないが貸せないな」

 

「彼らには例の《結社》からも接触があるようです」

 

「力を付けてもらう分には結構だ。せいぜい帝国の足を引っ張ってくれればいい」

 

「しかし、ツァイスで取り逃がした赤い髪の男、《鉄血の子供たち》の一人だったようだな」

 

「はい。レクター・アランドールと呼ばれているようです。これが本名かまでは分かりかねますが」

 

「アルジャーノンから逃げ切るとは大したものだ。流石はオズボーンが見出しただけのことはある」

 

 

エレボニア帝国宰相ギリアス・オズボーンが自ら拾い上げた直属の若い部下たち、《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》がここにきて表舞台に現れ始めた事を察知している。

 

アルジャーノン大隊の投入を現場が強く望むのは、帝国軍情報局の防諜能力の向上と彼ら《鉄血の子供たち》の活躍により帝国内での諜報活動が困難になりつつあることにも関係がある。

 

 

「《結社》が何を目的にしているのか、あの宰相殿が何処を目指しているのか…。焦点はクロスベルだな」

 

「諜報員の拡充はそう簡単には出来かねますが」

 

「レインズ兄弟は良くやってくれているさ。…だが導力技術ではなく魔導が関わるとなれば、専門家を招聘したいところだがね」

 

 

クロスベル新庁舎、250アージュの高さを誇る高層建築オルキスタワーの設計に奇妙な点が存在することが発覚したのは、耐震設計と銘打たれた独自の構造に関わる内部文書を入手したことに端を発する。

 

表向きの計画とは異なる構造は、建築学の専門家が首を傾げる工学上においてあまりにも理解不能なものだった。そしてこれを端に明らかになったのは、クロスベル地下の不可解な構造。

 

おそらくクロスベルの都市計画当初から目的をもって構築されたこれらの構造群についてZCFの導力学の専門家による検証を重ねた結果、それが現代導力学の延長上にあるものではないと結論が付けられ、

 

おそらくは中世から継承されているだろう魔導の産物であると類推したのがアルバート・ラッセル博士だった。

 

つまり、この構造はクロスベルという広大な土地を用いてなんらかの魔術儀式を行うために作られたのだと結論される。馬鹿げた考えだが、それが最も妥当な解答といえた。

 

これだけの巨大な建築物を大真面目に作り上げたのだから、この魔術は何であろうと成功する目算が高い。造り上げたのはおそらくIBC、というよりもその支配者であるクロイス家。

 

 

「彼らは一体何をしようというのでしょう?」

 

「大陸最大規模の資産をこのためだけに集めた錬金術師の家系だ。大それたこと、奇跡の類と考えた方がいい。だが現実離れした目的でない事は、協力者の面々を見れば見えてくる」

 

「クロスベルの独立」

 

「おそらくそれは儀式の結果として得られる副次的なものだろうが、我々にとっては一大事だ。ただでさえあの地域は火薬庫なのだからね」

 

「戦争になりますか?」

 

「我が国が一切干渉できないまま事態が進む状況は好ましくない。そのための一石として、女王陛下の考えは面白い」

 

「国際連盟でしたか」

 

「実効力を伴うものが作れるかどうかは分からないが、提唱するだけならタダだよ」

 

 

事の始まりは女王陛下の茶の席での話だったらしいが、それを《彼女》が簡単な素案としてまとめて女王陛下に返答したために大学やシンクタンクでの研究が始まったらしい。

 

リベール王国としてはエレボニア帝国とカルバード共和国の対立を歓迎している部分はあるが、それは防衛費に予算を傾けて国力をすり減らし、また民生部門で優位に立てるという意味で歓迎しているに過ぎない。

 

実際に戦争になる事は、経済的な意味でも、技術面でのリードを保つ上でも望んでいる訳ではなく、何事もコントロール可能なほどほどの状況である事が望ましい。

 

しかしながら、クロスベル情勢を見れば、今年になって帝国は新たに2門目の列車砲の配備を行い緊張は頂点に達している。ここにクロイス家の遠大な計画が加わればどうなることか。

 

かようにクロスベルを取り巻く状況は逼迫しているが、リベール王国が干渉することが出来るとっかかりは無い。あの地域のプレイヤーはあくまで帝国と共和国なのだから。

 

 

「表向きはこの緊張を緩和するための話し合いの場を作るため、その肴として国際連盟結成を議論する国際会議を行う。悪くはない。リベール王国が平和を希求していることを内外にアピールできる。古くからアイディアはあるが、形になりそうなものを表に出した例はほとんどない。今この時代だからこそ実現は可能だと思う」

 

「大佐は国際連盟が現実に発足しえると?」

 

「航空機や飛行艇、導力鉄道があれば人間を一か所に集める事は難しくない。導力通信は会議場と本国を短い時間で結ぶことが出来る。条件としては成立していると見ていい。ただし、成立しているのは物理的な条件のみだがね」

 

 

世界に複数の国家が存在するのは、結局のところ距離の問題だ。統治が可能な広さにも限界があり、物資を流通させる距離にも限界がある。限界を超えればシステムは破綻をきたす。

 

よって技術革新がそれを克服すればするほど、国家は巨大化する素地を手に入れる。そして導力革命により、人類は大陸一つを一つの国家として成立するに十分な条件を満たした。

 

 

「行く先は…世界政府ですか?」

 

「彼女曰く、あとは《覚悟》の問題らしい」

 

「《覚悟》ですか?」

 

「技術が可能であることを示しても、動かす我々が旧態依然とした頭では意味がないという話さ。国際連盟なりなんなりの国際機関の下で動く武力が、それも大国のそれを凌駕する他国の意思決定に左右されない武力がなければ、どんな組織を作ろうとも画餅の類でしかない。だが、そんな武力を認める大国があると思うかね?」

 

「ありえませんね。では、結局どのような形に?」

 

「多数決が全会一致か、特別な権限を持つ理事国を認めるか否か、七耀教会についてはどういった扱いとするのか、他にも意見が一致していない部分はあるが、武力については最終的には遊撃士でお茶を濁す方向で各国の了解を取る…というのを着地点にするらしい」

 

 

世界統一政府は実現不可能、機関直轄の武力組織の設立も極めて難しい。武力という実行力を伴わない政治組織など存在価値はないが、現段階でそれを設立するのは高望みしすぎである。

 

であるならば、機関の満場一致の支持を得れば政治的にも動け、軍隊として成立しない程度の民間人を守る事の出来る武装組織であることが望ましいのだが、それはつまり《遊撃士》なのである。

 

 

「もとより遊撃士が紛争調停に活躍した事例は片手に余るほどに存在する。本部はレマン自治州で、国際機関の本部を置く場所にふさわしい。遊撃士協会は各国の分担金から今以上の収入を得る事が可能で、世界平和を担うという名声やお墨付きを得る事が出来る」

 

 

国際的に災害救助や国際犯罪組織に対抗できる専門家を養成することが可能という点に関して、特に小国にとって国際機関の支援を受けた遊撃士というのは頼もしい存在と言える。

 

大国にとっても民衆のニーズに合ったサービスを迅速に提供できる遊撃士というのは、公共サービスの質を高め、行政コストの削減にも貢献するだろう。これは国ではできない事だ。

 

そして主要国の意見が一致すれば、紛争にすら手出しできるようになるのは大きい。主要国は《遊撃士》という紛れもない正義を先頭に立たせて動けば、例えば指揮系統の頂点に中立国の《S級遊撃士》でも置けば、

 

幾らかの余計なしがらみ、どの国が指揮を執るのだとか、侵略の意図が無い事を証明するだとか、歴史的な配慮だとか、そういった面倒事を越えて紛争調停のために軍隊を派遣できる余地も十分に出来るだろう。

 

だが、逆に言えば大国ならば今まで通り力押しで遊撃士を排除できるという意味でもあるし、遊撃士の中立性を大きく損なう可能性も否定できない。

 

結局のところ、遊撃士協会がこの話に乗るかどうかも不透明であり、会議が行われた結果、数年間の中立条約が結ばれるだけに終わるかもしれない。

 

 

「まあ、国際連盟が無理だとしてもクロスベルに公式の足場を作ることは必要になる。ZCFも彼女も《魔導》について興味を示しているからね。軍としてもそれが利用できるものならば、その技術群を手にしたい」

 

「我が国の国土開発に伴って、古代文明に関わる遺跡の発見と発掘は進んでいるはずですが?」

 

「リベールに埋まっている遺跡はいささか機械文明的なものに偏っているらしくてね。魔導の様なオカルトに関わる知識を蓄えた遺跡はほとんど見つからないらしい。いかなる状況に陥ろうとも、我が国が技術面で後れをとることは許されないよ」

 

 

技術面で後れをとることは、人口や国土面積に劣る我が国の凋落を意味するのだから。

 

 

 

 

 

 

針葉樹林と湖沼が織りなす自然の美しさで名高いレミフェリア公国も、未だ本格的な春の訪れないこの季節では防寒具が手放せない。

 

残雪が残り、蕗の薹が顔を出す路地を踏みしめ、顔を出した蕗の薹を横目にシェラザードは目的の家を目指す。

 

南国生まれではあるが、旅の一座にいた頃は北国におもむいたことも少なくはない。とはいえ、レミフェリアに来たのは初めてだ。

 

火酒が美味いとは聞いているが、仕事の内容が内容だけに控える事にする。とはいえ旅行鞄にはお土産に買ったウィスキーが数本潜んでおり、帰郷後の楽しみにとってある。

 

まあ、そのうちのいくらかは友人のアイナの喉に吸い込まれる予定となっているが。あれはウワバミとかいうレベルではない。

 

バスを降りて10分ほど、ちょっとした地方都市の一角の邸宅が目的地である。ぱっと見た感じでは木製の板を張り合わせた外壁を赤褐色に塗装した、現地風の二階建ての家。

 

しかしながら色々な事情があり、少しばかり厳重な2重の鍵や家に見合わない程に丈夫そうな門構え。導力式のドアベルを鳴らすとほどなくして家人がこちらを伺うように窓から顔を出した。

 

 

「はい、プラトーですが。どちら様でしょう?」

 

「シェラザード・ハーヴェイです。リベール王国の遊撃士協会から参りました」

 

「あら…、ようこそ、遠い所まで」

 

 

そうして貞淑な雰囲気を纏うプラトー家の奥方に案内されて、邸宅にお邪魔することにする。

 

家の中はこじんまりとしていて、しかしながら色鮮やかで、暖かな雰囲気。特に家具に使う色がリベールよりもパステル調で色彩豊かだ。

 

案内されてリビングに入ると、奥の赤色のソファーの上に淡いブルーの色の髪をした少女が猫を模したクッションを抱いてこちらを見つめていた。

 

 

「えっと、貴女がティオ・プラトーさんで良かったかしら?」

 

「はい。貴女が迎えの…」

 

「シェラザード・ハーヴェイよ。シェラって呼んで。えっと、ティオちゃんでいいかしら?」

 

「はい。シェラさん」

 

 

表情の少ない、しかしながら可愛らしい少女。歳の頃は10歳ほどで、ラッセル家の天才少女と同い年と聞いている。まあ、この少女も負けず劣らず頭の出来はすこぶる良いらしい。

 

ティオと聞けばエステルの幼馴染のパーゼル農園の少女を思い出すが、彼女はどちらかと言えばボーイッシュでしっかり者といった雰囲気の少女だったはず。目の前の少女の様な儚げさはない。

 

どこか浮世離れした、神秘的な印象を受ける。彼女が今に至った経緯を知ればそれは仕方がないのかもしれない。それでも、いくつかの偶然を経て彼女は元の生活に復帰したはずだった。

 

だが、結局のところ普通の少女として生きることが出来なかったというのは因果を感じさせる。

 

握手をと手をのばすと、さほどの抵抗もなく彼女はこちらの手を握った。もっと気難しい気質を想像していたが、ファーストコンタクトは上々といえた。

 

 

「分かっているとは思うけれど、リベールに来れば自由にご両親には会えなくなるわよ」

 

「はい。問題ありません」

 

「問題ありません…ね」

 

 

狂った大人の勝手な思惑で余計なものを植え付けられ、そのせいで享受できたはずの普通を受け入れる事が出来なくなった彼女は、その情緒面において問題を抱えている可能性がある。

 

この仕事を受ける際に、事前の知識としてエステルと大学病院の心療科の医者から説明を受けていた。その説明の通り彼女はどこか他人事のように両親との別れを処理している。

 

 

「とはいっても、手紙の遣り取りは自由だし、時間が取れればレミフェリアに帰郷することは出来るっていうのは、まあ、貴女なら分かっていそうね」

 

「はい」

 

「物わかりのいい子供ばかり相手にしていると、楽なんだか何なんだか…」

 

「何か?」

 

「いえ、こっちの話よ」

 

 

ティオ・プラトーの知能は極めて優れている。それが先天的なのか、あるいは後天的に付与されたものなのかは今となっては判断できないらしいが、とにかく彼女は優秀だった。

 

それは七耀学校の学習範囲を2年で修めただけでなく、ツァイス工科大学に入学する資格を獲得するほどに。天才少女と呼んでも差し支えはない。それだけなら問題は生じなかった。

 

だが、結局のところ少女を取り巻く人間たちは彼女の異常さを否応なく突き付けられた。彼女の異常さは後天的なものだったが、それは取り除くことが出来る類の病ではなく、才能とも言えるものだった。

 

問題はあまりにも優れた知覚と、それを処理できてしまう才能だった。それは周囲の人間の感情、思考すら読み解いてしまうほどに優れていた。

 

彼女はあらゆる過程を飛ばして最適解を導き出してしまう。共に悩んだり笑ったり、そういった人間関係の構築は必要ない。相手が望む事に2、3の言葉の遣り取りだけで辿りつき、提示してしまう。

 

彼女は2、3の言葉で事足りてしまう。そこで対話は尽きてしまうのだから、相手はいつまでたっても彼女の事が分からない。そして心を見透かされているような感覚は、彼女の異常性を際立たせた。

 

その齟齬を理解するには彼女は幼すぎた。彼女がそれに気づいた時には全ては手遅れだった。彼女の両親が娘に恐怖に似た感情を抱き、愛情や倫理の狭間で苦しみ、家族が上手く回らなくなっていた。

 

彼ら両親は理解していた。彼女の《力》が恐ろしい狂気の集団によって無理やり植え付けられたこと、少女が優秀であることは親として喜ぶべきである事、何よりも幼い娘に何の罪も瑕疵も無い事。

 

だから彼らは少女を責める事など出来なかった。出来ようはずもない。

 

幼い娘を守れなかったのは彼らであり、だから彼らには地獄に突き落とされ、多くを失った少女に失ったモノ全てを与え、何倍も愛さなければならい責務があった。

 

故に幼い最愛の娘に恐怖を感じる事、厭うてしまう事は女神に顔向けできない罪だ。許されるわけがない。抱きしめる事、話しかける事、娘のいる家に帰る事に躊躇を覚える自分たちはなんと恥知らずで罪深いのか。

 

そういったどうしようもない重苦しさは少女の父親と母親をがんじがらめにして、そして家族を歪ませた。

 

彼らは彼らが娘がいないと認識する場所で激しく互いを罵り合い、娘のいる場所では幸せな家族を装うようになる。

 

二人の親は知らなかった。分厚い石壁の向こうの子供たちの悲劇を知る事の出来た少女には、そんな不出来な演劇など手に取る様に分かってしまうという事に。

 

あまりにも優れた彼女はそういった周囲の人間の負の感情、苦悩を鋭敏に認識し、それが自分の能力に起因することを理解してしまった。

 

自責の毒が幼い少女の柔らかい心を、狂った思想により過酷な扱いを受けて傷ついた心をゆっくりと蝕んだ。酸に侵された青銅や大理石のように緩慢に、しかし限界を迎えるのは時間の問題だった。

 

限界だったのは二人の両親も同じだった。そうして少女は仮初にもなんとかはりつけていた笑顔すらも失い、父親と母親はやせ細り、幸せな家族は瓦解寸前となっていた。

 

そうして彼女ら家族を見守り支えてきた七耀教会のシスターたち、少女のケアに関わる医師、グノーシス被害者に関する多くのデータを持つツァイスの大学病院が介入することとなる。

 

いくつかの話し合いの末に、少女は家から出る事を希望した。七耀教会のシスターは家族を引き裂くことに難色を示したが、医師らは少女の両親の精神が限界に至っている事を見抜いていた。

 

少女が自分から家から出ていきたいと告げた際に、少女は両親が言葉には出さないものの安堵したことを見抜いていた。それが少女の口から語られた時、全ては決した。

 

 

「これが契約書になるわ」

 

「多いですね」

 

「大学への編入のための書類とか、ご両親の同意書もあるから」

 

「お給料、結構あるんですね。学費とか生活費で消えると思っていたんですが」

 

「それだけ貴女が評価されているということでしょう。その辺りの詳しい事はZCFの担当者にしか分からないけれども」

 

「いえ、家に送金できると分かって安心しました」

 

「貴女ぐらいの子供がそんなことを気にしなくてもいいと思うけれど」

 

「迷惑をかけましたので」

 

「……そう。荷物の方はリベールに?」

 

「はい」

 

「ステイ先のマードック氏は誠実な方よ。工房長をなさっているけれど、話しやすい雰囲気の方だわ」

 

 

そうして書類の説明、向こうでの生活について話していく。

 

対人コミュニケーションにトラブルを抱える彼女ではあるが、流石に一人暮らしをさせるわけにもいかないので、事情に明るいマードック氏が彼女を受け入れる事になった。

 

ラッセル家も候補に挙がったらしいが、機密情報を取り扱ったり、何かとバタバタしたりして忙しないラッセル家よりも、閑静なマードック工房長の邸宅が良いだろうという判断らしい。

 

 

「では、こちらにサインを」

 

「はい」

 

 

ティオちゃんとご両親が書類にサインをすると、彼女のお母さんが感極まったのか涙を流してティオちゃんを抱きしめ謝罪の言葉を口にする。

 

そこからは真に娘を思う母親の姿を見る事ができる。この母親は娘を間違いなく愛している。だからこうして少女を親元から引き離すという行為が正しいものなのかと、再び自問してしまう。

 

しかしそれは結果論で、少女が親元から去る事が決まるまで、そんな当たり前の母子の触れ合いすら不全をきたしていたという話を私は医師から聞いている。

 

この母親の愛情は、重苦しい責任感と義務感から解放されてようやく素直に表現されたのだ。既にそこまでこの家は壊れていた。その事実がどこまでも悲しい。

 

 

「ごめんね…、ティオ。私たちがもっとしっかりしていれば……」

 

「私は大丈夫ですから」

 

 

しかし、悲しむ両親とは対照的に、少女は早くこの場から去りたいという、どこかドライな感情をその身から発していた。

 

彼らが道を分かつのは、彼らが話し合って結論付けた結果であり、私は何かを言う立場ではない。ただ、思うにこの家族には時間と距離が必要なのだろう。

 

こんな風に家族が引き裂かれる様を見るのは酷く悲しい。それは私の居場所だった一座が失われた時の絶望を思い出させる。とはいえ、私まで暗くなってしまう訳にはいかない。

 

私はそんな暗い感情を振り切ると、腹の底から元気をくみ取り、姿勢を正してご両親に一礼する。そして少女の荷物を持って邸宅を後にした。

 

 

「振り返らないのね」

 

「あまり、思い出はありませんから」

 

「そう。…ところで占いは信じる?」

 

「占いですか?」

 

「なかなか馬鹿に出来ないのよ。後であなたの運勢、占ってあげるわ」

 

 

 






お久しぶりです。

033話です。あと、27話とかを少し改訂しました。まあ、パワーバランスの調整というか。


ちょっとコラム的な。

今回は軌跡シリーズに登場するアイテム類について。回復薬とかそういうの。

まずは『ティアの薬』系列。回復魔法が《ティア》なだけに、HPを回復する皆大好き薬草ポジション。序盤から最後までお世話になります。

七耀教会で調合されたと説明されていることから、七耀石の成分と七耀教会に伝わる法術などの儀式で魔法的な回復効果を発揮するのでしょう。なので大怪我してもすぐに回復します。

原理的にはきっと導力魔法が発揮する効果と同じなんでしょう。水属性なので止血とか、体液のバランス調整とかそういうの。イオンの挙動に干渉して神経系への干渉、鎮痛などもあるかもしれない。

同系統の薬に『セラスの薬』『キュリアの薬』がシリーズを通じて登場します。『パームの薬』『ソールの薬』『リーベの薬』はどこにいったの? リベール王国特産なの?

ちなみに[毒・封技・暗闇]などの肉体に関わる毒素を解毒する『パームの薬』、[混乱・睡眠・気絶]などの精神に関する異常を治癒する『リーベの薬』まではいいんだけど、

[凍結・石化]を同時に治癒できる『ソールの薬』は理解し難いよね。まあ、鉱毒・動物毒・植物毒をいっしょくたに扱わざるを得ないゲームシステム上の限界という時点でこの辺りの議論は破綻するんだけど。

『絶縁テープ』が[封魔]を回復するアイテムになるっていう要素が軌跡シリーズの特徴。ショートした導力回路を修復するためっていう名目だけど、これって専門知識が必要だよね。

というか、戦闘中にそんな精密作業が可能なのかという疑問はご法度。『キュリアの薬』を飲むと何故か戦術オーブメントの異常が解消される原理について深く考えるのもご法度。

今回はこの辺りで。




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034

お待たせしました。034話です。副題は「アントワーヌ事件」。


 

 

『やあ、ラジオの前の皆、こんばんは。今夜はのっけからスペシャルなニュースをお伝えするよ!』

 

『へぇ、どんなニュースなの?』

 

『これは友達のお姉さんの旦那さんの妹さんのクラスメイトのお母さんが話していたのを又聞きした話なんだけれどね』

 

『それって他人っていうんじゃ…』

 

『なんと! ZCFが今年の女王生誕祭に合わせて打ち上げるロケットに、アントワーヌちゃんが乗るんだってさ!』

 

『それはすごい事ね。でも、ちょっといいかしら?』

 

『何だいハニー?』

 

『そのアントワーヌちゃんが何者なのか、私にもリスナーの皆さんにも分からないんだけど』

 

『猫ちゃんさ!』

 

『アンタは今、たくさんのリスナーに大変な誤解を与えかけたよ』

 

 

 

 

 

「アントワーヌちゃんを殺さないで!!」「アントワーヌちゃんを助けろ!」「動物虐待反対!!」

 

 

ZCF中央工房の前に横断幕を手にした老若男女が声を張り上げて練り歩く。横断幕には小麦色の猫をデフォルメしたキャラクターと共に、彼らの主張の文言が書かれている。

 

一応このデモ行進は市長に届け出がなされた正式なもので、都市防衛部隊が交通整理をしながらデモを見守っているが止めはしない。私はそれを窓から見下ろし、思わずため息をついて呟いた。

 

 

「どうしてこうなった」

 

「新聞もラジオも毎日この話題よ」

 

「誰がアントワーヌを乗せるなんて言いだしたのか…」

 

「私もアントワーヌを乗せるなんて反対よ」

 

「いやいやいやエリカさん、そんな話、私も聞いてないから」

 

「ちなみに、私がアントワーヌを毒ガスが噴き出る仕掛けがついた箱の中に入れる実験をしているってのもデマだから」

 

「あ、そんな噂あったんですか?」

 

「あるのよ。まったく、ゴシップってのも困りものだわ」

 

 

七耀歴1200年、ZCFとリベール王国軍は第58回女王生誕祭に合わせて一つのプロジェクト、生物を宇宙空間に打ち上げ、無事に帰還させるという計画を発表した。

 

これは宇宙空間において動物が生存可能な空間を構築できること、宇宙空間において生命活動が持続しえる事、そして何らかの作業を行うことが出来ることを実証する科学実験である。

 

これにともないZCFでは宇宙船に載せる生き物の公募が行われた。微生物、植物、魚類、動物をサイズを指定した上で選定が行われる。

 

植物については無重力化での発芽・成長の観察、微生物は増殖や発酵などの活動が可能かなどが観察される。

 

またこの中で高等動物については、給餌の際にボタンを押させたりといった何らかの作業を行わせることで、宇宙空間において動物が正常に作業可能であるかを検証する。

 

だが、ここで一つの問題が生じた。様々な要素が絡み合った結果として今のような事態となったのだが、その引き金を引いたのは一つのラジオ番組だったらしい。

 

どこから湧いた話なのか、宇宙船に載せる動物に、猫のアントワーヌの名前が挙がったのである。もちろん事実無根なのである。

 

しかしながら、この情報はいくつかの不幸な偶然により真実味を帯びて王国中に広まった。そしてあろうことか、王国全土を巻き込む大事件へと発展したのだ。

 

 

「最初は誰かの冗談だったはずなんですけど」

 

「あー、たしかグスタフ整備長が、お前乗ってみるか? なんて冗談半分でアントワーヌに話しかけたのが始まりだったらしいわね」

 

「それが、どうしてラジオ番組まで話がいったんでしょうね?」

 

 

ラジオ番組でこのことが取り上げられ、事は予想以上に大きな話へと発展した。命の保証がない宇宙飛行に一匹の猫が選ばれようとしている。名前はアントワーヌちゃん。猫である。

 

いつの間にか中央工房に住み着き、今ではいかなる研究室にも顔パスで堂々と出入りすることが出来るという猫ちゃんで、いわゆるアイドルとかマスコットキャラ扱いされている。

 

そんな話が一夜にして王国中に広まり、それだけでなく共和国や帝国、果てはアルテリア法国にまで広がった。宇宙ロケットに乗せると言う大きな話もまた人々を惹きつけたのだろう。

 

初日は応援の声が大半を占めた。猫の誇りだとか、まあ色々な談話が新聞で交わされた。が、数日後事態は思わぬ方向へ。愛猫家の団体が新聞紙上でZCFを非難したのである。

 

そしてそれは最終的に女王陛下への嘆願にまで行きつき、議会においてすら話題に上ってしまう事態となった。ZCFはアントワーヌを乗せる事はないと声明を出したが、事態の収拾は図れなかった。

 

 

「早急に本命を決めなければならなかったとはいえ…、何故、ヒツジンなのか?」

 

「多数決で決まったんだからしかたないじゃない?」

 

 

エリカさんが肩をすくめるように答える。ヒツジンである。この世界で初めて、少なくともゼムリア文明崩壊後の世界において初めて宇宙に飛び出す高等生命が、ヒツジン。

 

 

「確か、露天風呂を覗いた下手人として遊撃士協会に捕獲された個体でしたね」

 

「女の子のブロマイドに敏感に反応するみたいだから、実験には丁度いいんじゃない?」

 

「そんな実験は嫌です!」

 

 

何が悲しくてそんなしょうもないエピソードを宇宙開発史の1ページに刻まなければならないのか。もっとこう、真面目なエピソードを期待したい。

 

まあ、他の候補としてペングーというのも推薦されたのだが、何故お前らはそんなに魔獣を乗せたがるのか。犬猫猿でもいいじゃないか。わけがわからないよ。

 

 

「魔獣なら死んでも誰も心を痛めないもの」

 

「命の重さはそれぞれ違うんですね、わかります」

 

「違うわ。命の価値は相対的なのよ。私にとってティータの命は世界で一番大切だけれど、他人にとっては見知らぬ小娘の命だもの」

 

「なるほど」

 

 

見知らぬ遠方の悲劇は同情を買ったとしても人を動かすには至らない。その手の問題に際して多くの人は理性的に対処するだろう。

 

近しい者の悲劇は万人を動かす。その手の問題は当人たちには何よりも大きな問題になり、多くの人は理性的に対処せず、感情的な反応を返すだろう。

 

人間はこの手の立ち位置に関わるギャップによって諍いを起こし、問題への対処について致命的な間違いを起こす。

 

理性的で合理的な判断が大失態を引き起こし、感情のままに動いた者もまた致命的な間違いを引き起こす。そういうことは、ままある。

 

 

「でもティータの可愛さは絶対正義(アブソリュート・ジャスティス)。これは究極真理(アルティメット・トゥルース)よ」

 

「言ってることが前後で矛盾してません?」

 

「わ・か・っ・た・わ・ね?」

 

「イ、イエス、マムっ」

 

 

長いものに巻かれるのは、世の中を上手く渡っていくための最適解なのです。寄らば大樹の陰。鶏口となるも牛後となるなかれとか、自分に自信が無いととてもとても。

 

 

「でも、ティオちゃんもすごく可愛いけど」

 

「早速浮気ですか。お持ち帰りしちゃだめですからね」

 

「うふふふふふ」

 

「おい、その笑いは何ですか? もう手遅れなんですか!?」

 

「私は! 既に! ティオちゃんと一緒にお風呂に入ったぞ!」

 

「くっ、手遅れだったか…。ちゃんと注意するように言っていたのに。知らない人についていくな、特に鼻息の荒い金髪の女のヒトには絶対にって」

 

 

きっと嫌がる彼女を風呂場に連れ込んでお湯攻めにし、十分にお湯に漬けこんだ後、髪の毛にラウレス硫酸ナトリウムを含む薬品をぶちまけてこれでもかと髪の毛を汚染した後、お湯をぶちまけたりしたのだろう。

 

さらに塩化ベンザルコニウムを含む薬品を追い打ちとして髪に塗りたくり、頭をお湯で攻めると、同じくラウレス硫酸ナトリウムを含む別の薬品で身体を汚染したりしたのだろう。

 

その後お湯攻め、お湯への浸漬処理という残虐きわまる虐待の後、布でゴシゴシした後、乾燥した熱風を吐き出す機械で苛めたに違いないのだ。

 

なんという残虐行為。羨ましい。

 

 

「それはともかく、興味深い実験ではあるのよね」

 

「まあ、確かに」

 

 

Xの世界では宇宙空間での基本的に生命活動に問題は無かったとはいえ、骨芽細胞の働きや循環系にいくつかの支障が生じる事が知られていた。

 

宇宙開発においてはその辺りについても検証を行う必要があるし、この世界特有の弊害が存在しないとは限らない。

 

例えば太陽活動に伴う波長の極めて短い高エネルギー導力波は強力な電離作用を有していて、直接浴びればラジカルの発生やDNAの損傷をもたらすことが知られている。

 

これらの導力波は大半が地上に到達する前に大気層の作用で無害化されるものの、数百キロ上空の衛星軌道においてはその防護作用の恩恵に与る事ができなくなる。

 

 

「重力制御とかが実用化できている分、解決できない問題は無いと思いますがね」

 

「最悪、地上と同じ環境を再現すればいいんだものね」

 

「そういえば、そろそろ始まるんじゃないですか?」

 

「そうね」

 

 

今日はロケットに乗せる生物をヒツジンに決定したことを公式発表する日だ。ZCFの広報が記者を集めて、選定に関する経過などを資料と共に発表するはずである。

 

 

「ラジオ放送中継までされるのよね」

 

「大したニュースでもないんですがね」

 

 

エリカさんとそんな話をしていると、バタバタと周囲が騒がしくなっているのに気が付く。何だろうと思っていると、職員の一人が一枚の紙を持って走って来た。

 

 

「エリカ博士っ、エステル博士!! 大変です!」

 

「どうしたの?」

 

「じ、実は記者発表のために配った資料にこんな文章が…」

 

「ん?」

 

 

記者発表のためにマスコミ関係者に配られたA4のプリント紙。選定された生物や、それに関わる意義などが書かれているはずの場所に、次のような文章が書かれていた。

 

 

『傲慢なる知識の亡者は民草の声を聴かず、故に私は贄なる愛らしき獣を救い上げる。

 

されどもし、この愛らしき獣を我が手で救わんと欲する勇士がいるならば、

 

自らの手で真実を閉ざす門を開け放つが良い。

 

第一の門番は機械仕掛けの都に、空を忘れた輝ける鳥の王に挑め。

 

怪盗B』

 

 

「怪盗B…これは…」

 

「それで、これがどうしたの? ちゃんと誤魔化せたんでしょう?」

 

「いえ、それが…、記者の一人がアントワーヌちゃんが行方不明になっていることを事前に聞きかじっていたらしく…」

 

「行方不明? そんな話は聞いてないわ」

 

「その、実は朝からアントワーヌちゃんを見た人が一人もいなくって、ティータちゃんとティオちゃんが中央工房を探し回っていたんです」

 

「ティ、ティータが?」

 

 

さらに悪い事に既にラジオを通じてこの怪文書、そしてアントワーヌが行方不明であることが報道されてしまったらしい。

 

 

「くふっ…」

 

「エ、エステルちゃん?」

 

 

笑みがこぼれる。

 

 

「ふふ、あはは。なるほど、やられました。たとえ今、ロケットに乗せる生物をヒツジンだと発表しても、アントワーヌが怪盗Bによって救われたという話になり、ZCFの威信は地に堕ちてしまう。やってくれます」

 

 

まあ、猫一匹で傾くZCFではないし計画自体に変更はない。多少の醜聞なんて有人飛行を成功させれば帳消しになる。

 

それよりもアントワーヌが帰ってこない可能性の方が、個人的には気がかりではある。彼女にはよくミルクをあげたりして可愛がっていたから。

 

 

「そ、それは…困ったわね」

 

「ええ、大した怪盗です」

 

 

ならば、ここではこう言うべきだろう。

 

 

「おのれ怪盗Bっ! いったい何者なんだ!!」

 

「あー、エステルちゃん。もしかして楽しんでる?」

 

「怪盗Bの正体と動機。わたし、気になります!!」

 

 

職員さんとエリカさんが「うわぁ、面倒くさい事になった」というような引き気味の表情になっているが、私の好奇心のオーバードライブは誰にも止められないのである。

 

怪盗。すばらしい。なんというロマンあふれる単語だろう。私は名探偵ではないが、ルパンⅢ世とかそういうの大好物なので、大ハッスルである。

 

そんな風に燃えていると、続いて再びパタパタとこちらに駆け寄る足音が。振り向くと2人の少女、ティータとティオが速足で近づいて来た。

 

エリカさんの顔がパアっと笑顔に綻ぶ。親バカである。

 

 

「あらあら、ティータ。どうしたの?」

 

「お母さん、えっと、実はこんなカードが…」

 

「おうふ…」

 

 

内容はマスコミに配られた文書と同じ内容のメッセージが書かれたカード。私はそのカードに飛びついた。OH、これこそ犯行予告。パトスが熱くなる。

 

 

「あはっ…、ティータ、これはどこで?」

 

「え、えっと、工房の前のお花屋さんに渡されて…」

 

「花売りの女性は猫を探す人が現れたら、これを渡すようにと言われたそうです」

 

 

ティオが聞いたところによれば、花屋の女性は見知らぬ男性から花束を買われ、そのついでにゲームの一種だと言われてこのカードが入った封筒を手渡されたという。

 

 

「どこを探せばいいのか分からなくて…」

 

「いいのよティータ。今から遊撃士の人達に捜索を依頼するところだから」

 

「で、でもっ! 私たちが先に見つけないと大変なことになるかもって、ティオちゃんがっ」

 

「その通りですよエリカさん。サイエンティストたる者、もっとアクティヴに謎に立ち向かわなければなりません!!」

 

 

エリカさんが残念なモノを見るような目で私を見つめ、ティータが苦笑いをしながらティオに「お姉ちゃんは時々あんなふうになるんですよ」とヒソヒソと耳打ちする。

 

 

「とはいえ、私達だけで動くのも何なので、エリカさん、マードック工房長はもう手配しているかもしれませんが、遊撃士協会への連絡を工房長に掛け合ってください」

 

「仕方がないわね。でも、無茶してはダメよ。貴女、今は色々と複雑な立場にいるんだし」

 

「情報部から付けてもらったメイドさん兼護衛がいますので。それにこの子たちも一緒なので、無茶はしませんよ」

 

 

ええ、捜査にはライバルがいる方が格好いいのである。そうして私はティータとティオを連れ、メイドのメイユイさんとシニさんと合流し、市中へと繰り出す。

 

怪盗Bによる大胆不敵な令嬢(猫)誘拐事件。後に《アントワーヌ事件》として語られるこの事件は、リベール王国を震撼させる大事件へと発展する。

 

 

 

 

「空を忘れた輝ける鳥の王…ですか。つまり、飛べない鳥を指すのでしょうか?」

 

「ニワトリさんとかかな?」

 

「飛べない鳥というのもいくつかありますが、このツァイスではある特定の種を指すことが多いですね」

 

「あっ」「なるほど」

 

 

導力自動車の後部座席、私とティータ、ティオはカードの内容から推理を始める。

 

まあ、遊撃士が動いているので、そこまで危ない橋を渡らなくてもいい。これは自己満足のためというか、そういうのに近い。

 

ティータとティオは私の露骨なヒントに合点がいったようだ。

 

 

「そっかー」

 

「なるほど」

 

 

飛べない鳥というのは魔獣を含めてもそれほどの数は無く、その中でリベールに住むモノとなればさらに数は絞られる。そしてツァイスともなれば一種類だけだ。

 

 

「そして輝ける鳥の王となれば答えは一つです」

 

「うんっ」

 

「というわけで、シニさん。ツァイス王立水族館へ向かってください」

 

「分かりました、エステル様」

 

 

ティータとティオは歳が近く、また同じく理系少女で頭が良いという共通点があるからか、出会ってから間もなくして仲良くなった。

 

ティータとしても話が合う同い年の同性の友達というのは貴重だったようで、ティオにしても邪気が無く聡いティータは一緒にいて負担にならなかったのだろう。

 

今ではほとんど一緒に行動しており、ハード面に強いティータとソフト面での強さを見せるティオは何かしら導力器を弄って改造したりして遊んでいる。

 

屋内だけじゃなく外で遊べ若人よと言いたくなるところだが、機械を作るために重い工具や材料を運んでいるからか、運動不足にはなっていないようだ。

 

さて、車は一路東へ。すっかりと都市に飲み込まれた旧トラット平原を南に、大規模なエンターテインメント施設やホテル、博物館などが集中するサウストラット地区へと向かう。

 

ツァイス王立水族館。サウストラット地区に建設された世界最大の水族館。ZCFの分館であり、水棲生物の研究拠点にもなっている。

 

見どころはアクリルガラスで作られた巨大水槽で、巨大な水棲魔獣や鮫などの大迫力の展示を見る事が出来る。子供連れの家族客やカップルたちにも大人気の観光スポットだ。

 

それだけあってか、今日が日曜日だからか、水族館の前には長蛇の列が出来ていた。これでは待つだけでも何十分もかかりそうだ。

 

 

「うわぁ、すごいヒトだね」

 

「人気だとは聞いていましたが…」

 

「すっごく大きな水槽があるんだよティオちゃん」

 

「とはいえ、今回はゆっくり見て回ることは出来ませんが」

 

「それは残念です」

 

「こんど一緒に見に行こうよティオちゃん」

 

「いいですねティータ」

 

 

積極的で情が深いティータに対して、消極的だが冷静なティオは結構バランスの取れたコンビなのかもしれない。

 

始めて会った時のティオは骨が透けて見えるほどに痩せ細っていたが、再びリベールにやって来た時にはだいぶん体重が戻っていた。それでも華奢なのは変わらない。

 

再び会った時のティオは、身体の健康面では改善していたものの、精神面ではかなり無茶をしていたようだった。

 

今でも表情が読みにくく感情の起伏が薄い彼女だが、最初の頃はまるで人形のようだったという。まあ、今でもそうだというヒトは多い。

 

私と話す時には僅かな感情の起伏が読み取れて、私の話には興味を持ってくれていたようだが、他人に対してはかなりドライな対応をしていた。

 

それでも、私の周りの人間に対しては徐々に心を開いてくれたようで、今ではヨシュアやエリッサ、エリカさんやダンさん、ティータなどは彼女の表情の変化とか、感情を読み取る事が出来るようになった。

 

彼らが言うには、ティオの表情が豊かになったのだと言うが、まあ彼らが言うのならそうのなのだろう。

 

というか、エリッサにロリコンの誹りを受けたのだが何故だろう。解せぬ。

 

私はただティータとティオを両手に抱き寄せて至福の時間を過ごしていただけなのに。(分かってくれるのはエリカさんだけである。)

 

ティオかわいいよティオ。ティータは天使。

 

 

「エステルお嬢様」

 

 

受付と話をしに行ったメイユイさんが戻って来た。これで行列に並ばずに水族館に入る事が出来る。これすなわち権力の力である。

 

 

「どうでした?」

 

「水族館側は大丈夫だと。しかし、先客がいるようでして」

 

「先客?」

 

「はい。リベール通信社の記者を先に入れたらしく…」

 

「なるほど、出遅れましたか。となると、あそこに停まっている車は…」

 

「リベール通信社の導力無線通信中継車ですね」

 

「相変わらずのフットワークですか。まあいいでしょう」

 

 

水族館の脇に駐車されているバンを横目に、私たちは水族館の職員に案内される形で職員通路を歩いていく。

 

様々な水槽を見下ろす形で通路は続き、ティータとティオはそれらを珍しそうに目を向ける。水槽を正面から見る事はあれど、裏から見る事は滅多にない。

 

そうして目的の水槽に辿りついた。

 

 

「……いましたね」

 

「相変わらず可愛いねー」

 

「おお、あのプニプニ感…。これは…革命的?」

 

 

王立水族館には様々な生き物が展示されており、特に10アージュを超える巨大水棲魔獣やイルカショーなどは目玉である。

 

だが、それらを抑えて子供たちの人気を独占する生き物がいる。すなわち、

 

 

「クエックエッ!」「クアックアッ!!」

 

 

洞窟湖に住むハイテンションなアイツら。ペングーである。どうしてこんなうるさいだけの変な魔獣が好かれるのか。まったく、わけがわからないよ。

 

 

「一日に5回行われる水棲戦隊ペングーオーショーが人気だそうですよ」

 

「シニさん、知ってるんですか?」

 

「ふふ、見たいですか?」

 

「いいえ結構です」

 

 

何だか嫌な予感しかしないので、ここはスルー一択である。なんとなく、連中の背後でカラフルな爆発による演出が脳裏に浮かんだが、そんな馬鹿げた有りえない想像は振り払う。

 

ペングー、すなわちペンギンによく似た水鳥の一種であり、ただし似ているのは姿形だけだ。魔獣であるため人を襲う危険な生き物である。最大の特徴はモヒカン状のトサカだ。

 

よってペングーが戯れる水槽は見学客が通る通路に対してぶ厚い特別性の強化ガラスで仕切られており、客に危害を与えないように工夫が凝らされている。

 

内部はカルデア隧道にある洞窟をイメージした装飾がなされており、アーツを阻害する場によって暴れないようにしているらしい。

 

しかしながら、この水族館でも一二を争う人気者らしく、特にペングーの幼鳥は人懐っこく見学客に近寄ってくるので女の子に人気が高い。まあ、確かにこれはとても可愛い。

 

成鳥は動きがどうも奇抜で好きではないが、子供に人気がある。独特の動きが子供たちには面白く見えるのだろう。

 

生態としては、様々な色の羽根を持つ個体が併存し、それぞれは亜種として交配可能であるらしい。羽の色によって性格が異なり、これにより主に5種類の亜種に分類できる。

 

青色の羽根を持つ種はアオペングーで、水系の魔法(アーツ)を使うことができる。黄色い羽根を持つキペングーは強烈な臭気を放つガスを出してくる。

 

ペンキで塗ったみたいな緑色の羽根を持つミドリペングーは魚をすごい勢いで投げつけてきて、アルビノ種のシロペングーは急所を狙う危険な攻撃を仕掛けてくる。

 

ちなみに桃色の羽根が特徴であるモモペングーは突然歌い出したり、人間相手に求愛してくる。わけがわからないよ。

 

 

「さて、では本命の所に行きましょうか」

 

「はい」

 

 

ペングーは先の種の他に、大型種であるオウサマペングーが存在する。この種は他のペングーとコロニーを同じくし、群れのリーダーとなる事が多い。

 

しかし、このオウサマペングーよりも稀少で、魔獣としても強力かつ長寿な大型種が存在する。個体数は少ないものの、カルデア隧道の鍾乳洞にて運が良ければ出くわすことが出来る。

 

すなわち、

 

 

「うわぁ、ペンペンだぁ!」

 

「これはすごいですね」

 

 

一際巨大な身体、クジャクのように背に広がる飾り羽。幻の純血種、デヴァインペングー。かつては鍾乳洞の主であり、そして私が若かりしときに生け捕りにした個体である。

 

今はペンペンという名前を付けられ、子供から大人まで大人気の、この水族館の目玉。完全に人間に飼い馴らされ野性を失ったでっかいマスコットキャラクターである。

 

最近の子供ならば、特に女の子ならば間違いなくコイツのヌイグルミを親からプレゼントされる。国外でも人気で、たびたび取材がくるらしい。

 

 

「相変わらずの後光ですか。そして、あれが記者さんですね」

 

「拘束いたしますか?」

 

「無用です」

 

 

メイユイさんが物騒な発言をするが止める。

 

さて、後ろの飾り羽がどこぞの大物演歌歌手のような後光を発するペンペンであるが、その傍に記者と思われる男がいた。

 

ボサボサの深い緑色がかった髪で、シャツはよれよれ、サスペンダー付きのベルト、スラックスを履いた、少し頬のこけた目付きの悪い男である。

 

彼はカードと共にメモ帳を左手に、ペンをせわしなく動かしていた。私は彼に近づき声をかける事とする。

 

 

「こんにちは記者さん」

 

「あ、誰だ? 今忙しい…、って、アンタは…」

 

「ZCFのエステル・ブライトです。よろしくお願いいしますね」

 

「……どうして貴女のような方が来られるのです? エステル・ブライト准将殿」

 

 

いぶかしげな表情の目付きの悪い記者。どうやら私の事は知っているようで、軍人として訪れたと考えているらしい。有名になるのも考え物。

 

 

「警戒しないでください。別にとって食べようって訳ではありませんから。カードの内容は写し終えましたか? 見せていただけると有難いのですが」

 

「メモと写真の方は提出したくないのですが…」

 

「ええ、構いません。《主催者》もそれを望んではいないんでしょう? それと、敬語でなくてもいいですよ。貴方の方が年上なんですから」

 

「…へぇ、そこいらの軍人とは違う訳か」

 

「石頭な人達が多いですけど、彼らもしがらみがありますから。職務に忠実であろうとすれば、融通が利かなくなる事もあるのです」

 

「そう言う事にしておこうか。…リベール通信社の記者、ナイアル・バーンズだ。こんごともよろしく頼むぜ」

 

 

そういってナイアルさんは握手を求めてきて、私はそれを握り返した。

 

 

 





お久しぶりです。5カ月ぶりぐらいでしょうか。一応の再開です。原作に入ったぐらいですぐに止まりますが。迷惑おかけします。

今回は例のめんどうくさい奴の登場です。変態仮面です。空の軌跡のラストでクローゼのパンツかぶって愛を語ったあの男です。


しかし、閃の軌跡プレイしていて思ったんですが、どうなんでしょうね。あの導力バイクの件です。

空の軌跡でゴスペルを切断するときに、内燃エンジンは導力エンジンに比べてうるさいとかいう表現がありましたから、自分、導力エンジンは電磁モーターに近い性質のものと思ってました。

でも、あのバイク、めちゃくちゃ振動してやがります。どう考えてもあの音と排気系は内燃エンジンのそれです。まったく、どうなってんだこれ。

つーか、なんでマフラーついてんの? 導力エンジンって酸素いるの? 排気ガスっていうか、冷却系なの? いったいなんなの?

というわけで、導力エンジンのシステムとは何なのかを考察してみた。

その① 力場的なものでモーターのように回転エネルギーを生み出す。
その② 爆発エネルギーをシリンダー内で発生させて、ピストンにより往復エネルギーを生み出す。
その③ 強烈な噴流を生み出してタービンを回し、回転エネルギーを生み出す。
その④ リベールとエレボニアでは導力エンジンの方式が異なる。
その⑤ そんなことよりおうどんたべたい。


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035

 

 

『第二の門番はここより西の海辺へ、翁が寄り添う旅人を守護せしサイクロプスに挑め。

怪盗B』

 

 

 

カードに書かれていたメッセージを読み解くために、高速道路《オトルト》を一路走り抜ける。カルデア丘陵を貫くトンネルを抜け、アイナ街道を左手に。

 

前方を走る車両は3年前にZCFが投入した高級車で、たしかセレナードとかいうセダンだ。良く目立つ鮮やかな赤のカラーリングと洗練されたデザインは男心をそそる。

 

ふと車窓から空を見上げれば、並走するように空をゆく一隻の武装飛行艇。あのシルエットは高速強襲揚陸艦アンティロープだろう。

 

ちょっとした火砲や対戦車ロケットにも耐える装甲を持つとか、3リジュガトリング砲を備えるとか、24人の完全武装の兵員を輸送するとか、まあ過剰戦力である。

 

あのガトリング砲が唸れば、自分たちはこの車体ごとミンチにされるわけだ。掠っただけで身体がまっぷたつになるだろう。ゾッとしない話だ。

 

そして、そんなモノを軍に護衛につけさせるようなVIPが目の前のセダンに乗っていると思うと、気軽な取材と思ってついて来た自分を呪いたくなった。

 

 

「ナイアル先輩、良かったんですか?」

 

「何がだ?」

 

「いや、その、空の魔女殿と同行だなんて」

 

「何言ってやがる、これはチャンスだろうが。猫の話題なんざ一時的なもんだが、あのお嬢さんとのコネは何十年と価値がでる。ここで機嫌を損ねるよりも、顔を繋ぐのが正解だ」

 

「はぁ…」

 

 

助手席でタバコを吸う先輩記者を横目に溜息をつく。ナイアル・バーンズ先輩は口も目付きも悪い男だが、記者としての勘は中々のもので、今ではウチのエースと言ってもいいほどの男だ。

 

こうした行動力と判断力がそういった評価を下すに至るスクープを生んできたのだろうが、たまに危ない橋を渡る事になるので同行するときはハラハラさせられることも多い。

 

まあ、楽しいのだけれども。

 

 

「9年だ。たった9年であのお嬢さんはこの国を変えちまった。他でもない、今ですら15にも満たない小娘がだ。異常っていうレベルの話じゃねぇ」

 

「まあ、確かにそうですが」

 

「これが良い方向かどうかなんてのは先の歴史家が判断することだが、この国の変化はもう止めようもねぇんだ。なら、そいつを引っ張ってるあのお嬢さんを見ずして、何がマスコミだって話だろう?」

 

「下手な事は書かないで下さいよ」

 

「わあってる。俺だってまだ死にたくはねぇさ」

 

 

相手は英雄だ。14歳の少女ではあるが、この国を帝国の侵略から守ったヒロインとして、民衆からの人気は絶大だ。加えて女王や政府、軍に深い繋がりを持っている大物でもある。

 

しかも、見栄えが良い。衆目に耐えうるほどに十分に可愛らしく、将来を感じさせる程に美しい。これで人気が出ないはずもなく、それは王族や人気歌手も真っ青なほど。

 

そんな彼女を新聞記者といったマスコミ関係者が放っておくはずもないのだが、いかんせん、王国軍情報部が彼女の情報について厳しい圧力をかけてくるので、下手な王族よりも扱いにくい。

 

手軽に扱うには彼女は機密情報の塊過ぎて下手に手を出せば火傷してしまうのだ。航空機関連や導力演算器関連だけでも、本当に10代の少女なのかと疑う程に発明と特許を有している。

 

さらに、最近では暗殺騒ぎがあったばかりで、彼女の周囲では常に軍が目を光らせている有様だ。あの時の情報部のピリピリとした空気は今でも思い出せる。

 

そして何より、政府や軍は彼女の英雄としてのイメージを維持する、あるいは盛り立てようとする方向に力を注いでいる。

 

美貌と才能を兼ね備え、それを国家のために捧げるヒロイン像は彼らにとって都合が良く、よって彼らは国民の規範としてこのイメージを利用している。

 

だから、このイメージを汚すような記事には圧力がかかる。株主やスポンサーからの声を上の方々は中々無視できない。

 

流石に出版物の検閲は法律上の制約を受けており、その制約も諸外国の中では緩い方に入る。法律上において規定された事項以外の理由での検閲が禁止されているのだ。

 

例えば王族に対する誹謗中傷、個人情報保護に抵触するもの、国家の機密情報に指定されたものは制約を受ける。だが、国政に関する意見を紙面に載せる事にはほとんど規制がかからない。

 

エレボニア帝国などでは身分違いの恋なんてものをテーマに扱うだけで検閲が入るそうだから、政府や官僚への批判が堂々とできるこの国のメディアは恵まれているともいえた。

 

しかし、それでも政府や軍は先に述べたようなスポンサーなどを介した形で隠然とした影響力をメディアに行使できる。

 

特に軍情報部はスポンサーや株主たち、あるいは彼らに影響力を持つ議員らの、もしくはその身内の醜聞や弱みを握っているらしく、軍情報部からの干渉と思われる事は自分も何度か見たことがある。

 

この辺りは大きくカルバード共和国とは違うかもしれない。まあ、あの国も色々とあるので一概には言えない。

 

例えば政権上層の某教団関連の大規模な醜聞をすっぱ抜こうとした記者が、次の朝には川に浮いて流れていたという話は有名だ。

 

教団が各国の軍と遊撃士らによって一掃された後の話だっただけに、どう考えても共和国上層部がまっ黒なのだが事件は未だ解決していない。

 

話は逸れたが、エレボニア帝国のように露骨な干渉が無いため普段は意識することはないが、そもそもの話として、この国の王権は議会よりも強く、故にこの国で国権が民権を上回ることは当然なのだ。

 

今のようにウチの会社が自由に動けるのは、歴代の国王たちが開明的であらせられたからだ。だいいち、8年前の戦役の事を考えれば、記者の活動がもっと妨げられていてもおかしくはない。

 

負けていればエレボニア帝国のようにもっと露骨な干渉と検閲がなされていただろうし、今回のように勝っていても王が凡庸であったなら軍の権勢が増していたはずだ。

 

そうなればマスコミが軍からの干渉を受けざるを得ず、軍や政府に批判的な記事は一切紙面に載せることは出来なかっただろう。

 

 

「あのお嬢さんを持ち上げる形を維持しておけば、軍からの横槍は入らねぇさ。そもそも今回の件であのお嬢さんを批判する意味はねぇからな」

 

「頼みますよ。そういえば、彼女の後ろにいた二人の女の子なんですが、誰ですかね?」

 

「一人はラッセル博士の孫娘らしい。もう一人は知らんが、ティオ・プラトーっつー名前だそうだ」

 

「ラッセル博士の…ですか。可愛らしい女の子ですね」

 

「噂には聞いたことがある。何でも大層な頭の出来だそうだ。ラッセル家といいブライト家といい、この国は人材に恵まれてやがる」

 

「いい事じゃないですか」

 

「個人とか一つの家に才能が集まるのは後々厄介になるぞ。今はまだ本人たちが有能だからいいが、年取って保身に走り始めたら老害に早変わりだ。そうでなくても権威主義者の温床になるしな」

 

「そういうのは本人の前では言わないでくださいね」

 

「わーってるって」

 

 

ナイアル先輩はうっとうしそうに肩をすくめてそう返事をする。まあ、口が悪いが分別はある男なので大丈夫だろうとは思うが。

 

 

「それにしても、このカードのメッセージは何を指し示すんでしょうね?」

 

「西の海辺はアゼリア湾沿岸を指してるんだろうな。サイクロプスはあれだ、一つ目の巨人だが、それ以上はな。お嬢さんは分かったみたいだが」

 

「しかし、彼女も太っ腹ですね。メッセージの内容をラジオで報道することを許すなんて」

 

「言ってただろう? 元々ZCFは猫を宇宙船に乗せるような計画はなかったんだ。だから、ZCFはこの騒動がどう転ぼうが大した影響は無いと見てんだよ。後はあれだ。あのお嬢さんはこれが劇場型犯罪ってのを理解してるんだろう」

 

「劇場型…、つまり我々マスコミの動きも怪盗Bの手の平ってことですか」

 

「ああ。最初からマスコミがメッセージを報道するように仕込んでたようだしな。ウチが報道しなくても、《主催者》が手を回す可能性が高かったんだろう。それで、隠してると猫が返ってこなくなるぞとかな」

 

 

 

 

「なるほど。つまり、この騒動自体が陽動である可能性があるわけですね」

 

「はい。この件で多くの人間がマスコミに踊らされて動くはずです。それに紛れて何らかの目的を果たすつもりなのかもしれません」

 

「はぇ~~」

 

「なんというか、面倒くさいですね」

 

 

シニさんの運転する車に乗り、一路ルーアン地方へ。高速道路はルーアンまで伸びており、ボースからルーアンまでの物流の動脈を形成している。

 

移動速度自体は飛行船に敵わない部分もあるが、コスト自体は導力車物流の方が安価だ。特にリベールのような狭い国土では、飛行船の有利さは高速道路が貫通した時点で低くなっている。

 

それでも徒歩での移動を主とする人々にとっては、いまだ飛行船の便利さは失われていない。長距離ならば飛行機に速度で負けるが、快適さならば飛行機を凌駕している。

 

さて、今回の事件だが、怪盗Bの目的は何なのだろうかという推理大会を後部座席で繰り広げていた。ティオは表向き面倒くさそうにしているが、頭の中では色々と考えているのだろう。

 

 

「本当の目的っていったいなんなんだろう?」

 

「いや、ティータ、陽動かどうかはまだ決まってないんですが。でもそうですね。こういう場合は人混みを利用するのが常ですから。警備を混乱させると言う意味では、何枚目かのカードのメッセージが指し示すどこかで事を起こすのではないですか?」

 

 

木を隠すなら森の中。人間を隠すなら群衆の中が一番いい。捜索者は容易に相手を見失うが、逃げる側は容易に捜索者を見つけ出すことが出来る。

 

逃げる側は単純に潜めばいいだけだが、捜索者は群衆をかき分けながら、群衆に注意を向けなければならない。捜索者はそれだけで目立ってしまうのだ。

 

と、ここで試作型の携帯型導力通信機の呼び出し音。

 

 

「こちらエステル・ブライト。感度は規定範囲内ですね。ええ、見つかりましたか。とりあえず泳がせておきましょう。どちらにせよ想定範囲内ですし無理は禁物です。え、ああ、大丈夫ですよ危険はありませんから。では…」

 

「誰からですか?」

 

「軍です。まあ、仕事ということで」

 

「お姉ちゃん、何が見つかったの?」

 

「ふふ、秘密です」

 

「しかし、これだけの小型通信端末はエプスタインでも実用化されていないのでは?」

 

「試作はされていると思いますよ。第五世代戦術オーブメントの標準的な機能になるはずですから。来年ぐらいにはZCFでもプロトタイプの運用を開始しますし」

 

「第五世代かぁ。私も欲しいな」

 

「ん、難しいと思いますよ。初期不良を見つけていく必要がありますから」

 

「そっかぁ」

 

 

残念そうなティータ。ZCFが独自に開発した第五世代戦術オーブメント《ソルシエール》は順当にいけば1202年の秋頃には先行量産型が世に出ることとなる。

 

その目玉の1つは携帯型導力通信端末であり、通話だけでなくメールや画像・動画の遣り取りまでもを可能とする。

 

カメラ、ディスプレイ、マイクとスピーカーなどの小型化はZCFのお家芸と言ってもいい。集積回路の発展は大型導力演算器を指の上に乗るサイズにまで縮小することに成功している。

 

これはXの世界の携帯電話に限りなく近いもので、導力波の中継のための基地局を必要とすることも同様だが、リベール王国はそれほど大きくはないので手間ではない。

 

戦術オーブメントの機能をオミットした単純な導力通信端末としても販売予定であり、ビジネスやコミュニケーションを大きく変貌させる可能性を孕んでいる。

 

もう一つの機能が導力魔法に関するものだ。導力演算器の能力を活用し、一つの導力魔法を複数の戦術オーブメントによって並列処理しようというものだ。

 

これにより単独の戦術オーブメントでは実現不可能だった、複雑な現象を制御できるのではないかと考えられている。

 

これを《融合導力魔法(ユニゾン・アーツ)》と名付けているが、今のところ繊細すぎるオーブメント同士の同調にいくつかの問題が生じている。

 

外部からのあらゆる導力波や導力魔法による干渉がシャットアウトされた空間ならば、《ユニゾン・アーツ》は成功している。

 

つまり、そうでなければ成功率は目も当てられないほどに下がってしまうのだけれど。

 

ある素材を用いればこれらの問題は解決するのだが、その素材が貴重というか、高価というか、意味不明というか、機密の塊というか、とにかく難物過ぎて目下検討中。

 

このため、この機能が実装されるかは今のところ不透明だ。

 

 

「ところでエステルお姉ちゃん、このメッセージなんですけど…」

 

「海辺で見守るべき旅人は船です。船を見守る一つ目巨人といえば…」

 

「そっか、灯台だねっ」

 

「そして、翁が寄り添うですか」

 

「灯台守が老人なんでしょう。とはいえ、今ではほとんどの灯台が無人化されているんですがね」

 

「そうなんだ」

 

「では、探す数も限られてくると言う事ですか」

 

「ええ。ルーアンの市庁舎にその手の台帳があるはずですから、簡単に分かるはずです」

 

 

灯台の管理は運輸通信省の所管になるのだが、実際の管理は市役所内の国の出先機関が行っているはずだ。

 

そういう訳で私たちはルーアン市の市庁舎を目指す。

 

風光明媚で知られるルーアン地方は、カルデア丘陵を挟んで東に接するツァイスからトンネルを抜けた先にある。

 

リベール王国の西部をその行政区域とするルーアンは、アゼリア湾に沿うように∩の字を描いた様な形をしている。

 

北部にはクローネ山脈によってボース地方と接し、東にはエアレッテンを境にカルデア丘陵を挟んでツァイス地方と接する。西は外海と接し、帝国との主要航路が存在する。

 

∩の字の内側となるアゼリア湾は、見事な砂浜が広がる美しい浜辺があり、メーヴェ海道が湾に沿う。西の外海との海岸には岩壁と青い海のコントラストが素晴らしいマノリア間道がクローネ峠へと伸びる。

 

ツァイスからのカルデア隧道から北西へと伸びるアイナ街道とメーヴェ海道の接続点、ヴァレリア湖から西にアゼリア湾へとそそぐルビーヌ川の河口にルーアン市が存在する。

 

東から西へと流れるルビーヌ川の両岸にまたがる形でルーアン市は存在し、北部と南部に分かたれたこの都市は、かの有名な導力式跳ね橋《ラングランド大橋》によって渡されている。

 

北部《北街区》と南部《南街区》に分けられたルーアンは、古くから主に北街区に民家や商店、教会などの施設が集中し、南街区に港湾施設や上流階級の住居が存在するというように役割が分かれていた。

 

それは現在にまで引き継がれ、北側には歴史的な建物が、南部には更新の速い産業施設が集中することとなり、市政や街並みにもその影響が色濃く表れている。

 

つまり、港湾施設と高速道路の接続がなされている南街区は開発が急速に進み、今では高層建築が幾つも立ち並ぶ近代都市が形成されている。

 

対して北側は古都の景観を維持するために、建築物の高さ制限や外観に対する規制が厳しく設定されており、歴史ある白く優美な景観を残していた。

 

 

「橋を挟んで、随分と街並みが違いますね」

 

「でも、南側はビルが多いけど、素敵な形の建物もたくさんあるよ」

 

「ルーアン市の市長の方針のようですね。ルーアンを観光都市として発展させようとしているみたいです」

 

 

元々このルーアン地方の市長であるモーリス・ダルモアは観光産業に力を入れようと考えていたようだが、対して王国側はツァイスの急速な工業的発展による港湾施設の要求から港湾施設の拡大を望んだ。

 

このため、南側は国の資金投入による大規模なウォーターフロントとしての開発が行なわれ、市長の意向を酌んだうえで観光産業への影響を考慮して、出来うる限り優美な街並みを維持した形での開発が行なわれた。

 

 

「映画の街っていうイメージが強いけどね」

 

「あの風景は映画館で見た事がありますね」

 

「風景が綺麗ですから、映画のロケにもよく使われるみたいですね」

 

 

北側は古い町並みを生かした時代劇などが、南側ではアーバンライフと現代的な恋愛や活劇を描く絵が撮れる。

 

なので、映画ファンたちがそういった映画のシーンの風景を求めて観光がてらに集まってくるらしい。映画産業は私が半ば主導した部分はあるが、今ではすっかりこの街の主要産業となっていた。

 

シニさんの運転で車が市庁舎へと入っていく。かつては市長の私邸であるダルモア邸が市庁舎として使われていたが、業務量の増大のせいでここでも専用の市庁舎が立てられることになった。

 

市庁舎はちょっとした宮殿のような佇まいで、エルベ離宮によく似た佇まいをしている。シンメトリーに作られた豪華な景観。中庭には噴水公園が作られていて、市民の憩いの場として解放されている。

 

よく手入れされた植樹と、中世期を彷彿とさせる大理石を用いた彫像や銅像。敷き詰められているのは質のいいタイルで、幾何学模様を模した柄を作り出している。

 

ルーアンに投下された復興資金と開発補助金の多くが港湾施設や道路などのインフラに費やされたが、こういった市庁舎にもかなり用いられたらしい。

 

まあ、確かに行政を円滑に進めるには十分な規模と設備のある市庁舎が必要になるし、観光都市としての側面を重要視するルーアンにとって市庁舎の外観を見栄え良くするのは必要だったのだろう。

 

市庁舎に車を近づけると、上級と思われる職員たちが一列に並んで出迎えをしていて、奥にはダルモア市長が笑顔で会釈をしてきた。

 

なんというか、仰々しい。

 

 

「ようこそルーアンへ、エステル・ブライト博士」

 

「お久しぶりですダルモア市長。直接出迎えていただかなくても良かったのに」

 

「いえいえ、貴女が来るとなれば、いてもたってもいられませんから」

 

 

秘書と思われる爽やかな?笑みを張り付けた青年が車のドアを開け、促されるままに車を降りてそのまま市長と握手。ダルモア市長は柔和な笑顔で私を迎える。

 

モーリス・ダルモアという人物は、かつては侯爵という地位にあった大貴族であり、90年前の貴族制廃止に伴いその身分を失ったものの、今では地元の名士としての立場を得ている。

 

かつてより有していた資産は莫大であり、例えば南街区に有するダルモア氏の邸宅は、かつてはその一部を市庁舎として機能させていたほどで、その規模も中々のものらしい。

 

 

「怪盗Bが現れたとか」

 

「ええ。とはいえ、盗まれたのは猫一匹です。私が動いているのも、どちらかと言えば個人的な我がままみたいなものです」

 

「いえいえ、ZCFの威光に泥を塗りかねない案件と聞き及んでいます。今やZCFはリベール王国の顔とでもいうべき存在、簡単に傷をつけて良い評判ではありますまい」

 

「そう言っていただけると幸いです」

 

「はは。ここで立ち話と言うのもなんです。応接室へ案内しましょう」

 

 

そうしてそのまま市長に案内される形で私たちは庁舎の中に入った。

 

 

 

 

「立派なところだったね」

 

「どれだけミラをかけたんでしょうか?」

 

「必要経費として認められたみたいですけどね」

 

 

必要な情報を得て、私たちは一路マノリア方面へと向かう。市庁舎でティータはツァイスではあまり目にしない貴族趣味の建物にあっけにとられていたようだ。

 

庁舎内はダルモア氏の好みを反映して貴族趣味で統一されていて、床や壁面、階段は大理石で飾られ、赤絨毯が敷かれ、シャンデリアや磁器の壺のような高級感を醸し出す調度品が置かれていた。

 

2階の応接間も案の定、草木をイメージした模様をあしらう高価な壁紙、大きなソファや重厚な木製のテーブルなどが置かれた豪奢な部屋となっていた。

 

観光都市として、『彼らの心の中にある』古き良き時代のリベール王国の姿を再現しようとする市長の理想像だろう。まあ、観光資源としては《有り》と判断されて助成金が下りている。

 

まあ、その時代における大変な無駄遣いが後世において観光資源となり、善政を敷いた統治者よりも有名になることは良くある。

 

 

「それはそうとして、次はバレンヌ灯台ですか」

 

「古い導力式灯台なんだよね」

 

「旧式の装置がいまだ現役なんだそうですよ。改築しようという話もあるみたいなんですけどね」

 

「ほとんどの灯台は自動化されていると聞きましたが?」

 

「導力通信と演算器を組み合わせて、市庁舎の管理センターで制御しているんです。保守管理に常に人を置いておく必要もありませんから」

 

 

しかしながら、バレンヌ灯台では灯台守が現役で、本人がいまだ意欲があることと、新たに装置などを入れて改修するよりも今のまま維持した方が安上がりだったことが現状維持となった理由だそうだ。

 

とはいえ、灯台守の男性は高齢で、いつかは改修工事を行う必要がある。まあ、古い機械はそれはそれで産業遺産として保存しても良いかも知れないが。

 

さて、ルーアン市からは高速道路が伸びていないので、メーヴェ海道を行くことになる。とはいえ、装甲車両の迅速な展開のために道は舗装されており、振動は少ない。

 

特にルーアンからマノリア村までの道程には集落や漁港、別荘地が点在しており、これらを結ぶためにバスが運行しているので、この海道の舗装は重要だったとの事。

 

マノリア村は見事な白い花を咲かせるマグノリアと呼ばれる木蓮が有名で、花の季節になればツァイスからも多くの観光客が訪れ、バスを利用するらしい。

 

潮騒と海の香りが素敵な、のどかな佇まいのマノリア村を抜けてさらに西へ、外海を望むマノリア間道へと車は進む。

 

外海はアゼリア湾とは趣が違い、少しばかり荒々しく、白波が岩壁に打ち付け岩を洗う光景は世界の果てを想起させて中々に美しい。

 

マノリア間道を南に、アゼリア湾と外界を隔てる半島は先細る岬だ。しばらく進むと灯台が遠くに現れた。バネンヌ灯台。岬の端にてリベールとエレボニアを結ぶ航路を見守るランドマークだ。

 

石造りの重厚な塔は近世リベール王国の建築様式を受け継ぎ、絶海の海と空の境界にそびえる苔むした姿は堂々として見栄えが良い。観光するために足をのばす価値はあるだろう。

 

だが、何やらここにも人だかりが出来ている。まあ、メッセージはラジオ放送されていたし、老人が住む灯台と暗号が分かれば、ここだと地元の人々は頭に思い浮かぶのだろう。

 

灯台の前の扉で老人が大きな声で怒鳴りちらしている。

 

 

「かーっ! おぬし等さっさと何処かへいかんか! 灯台は遊び場ではないんじゃぞ!!」

 

「いいじゃないか、ちょっと見せてもらうぐらい」

 

「アントワーヌちゃんの命がかかってるんですっ」

 

 

老人を取り囲む10人近くの老若男女、老人はおそらく灯台守のフォクトさんだろう。そして周りの有象無象はラジオで伝えられたメッセージを解いた人たちに違いない。

 

 

「どうしますかエステルさん?」

 

「話を聞かないとどうにもですね」

 

 

私達は車を降りて扉の前へ。すると群衆の中の私の顔を知る数人が、私を指さして名前を呼ぶ。人に指さすのはどうかと思います正直。

 

 

「おぬしらは…」

 

「こんにちはフォクトさん。私はエステル・ブライトです」

 

「ほう、おぬしが…」

 

 

名前が売れると言うのも、たまには役に立つ。フォクト老人は話を聞いてくれる感じとなり、私はいくつかの誇張を交えて事情を説明する。

 

まあ、ZCFの事情だとか、これを放置しておくとさらに野次馬が増えていくとかそんな話である。

 

そうして灯台に入る事を許可してくれた彼に先導されて、私たちは灯台を登る事となった。

 

 

「そう、あれは20年ほど前の話じゃった。わしがまだ漁師をしていた頃の話じゃ」

 

「はぁ」

 

「灯台っちゅうのは、海の男にとっては最後の命綱でな。わしも嵐の海で何度も命を救われたもんじゃ」

 

「はぁ」

 

 

途中でどういう訳かフォクト老人の身の上話が始まり、収拾がつかなくなり、私はティータとティオに助けを求める視線を向けるも、彼女ら二人は苦笑いするだけ。酷い。

 

仕方がないので、カード探しはこの二人とメイユイさん、そしてリベール通信の人達に任せる事にする。シニさんは下で車の番。

 

 

「スクアロの奴が作る海鮮おじやは最高でな。おぬしも一度食べに行くといい」

 

「はぁ」

 

「料理には酒がつきものじゃが、わしはアゼリア・ロゼに目がなくての。辛口アンチョビと一緒にやるのがなんともいえん」

 

「はぁ」

 

「そう、あれは10年以上も前の話じゃが…」

 

「はぁ」

 

 

いつ終わるともしれない長話。次々と脱線していく取り留めもない話題。私の魂はエクトプラズムとなって口からもれだそうとしていた。

 

そんな時、

 

 

「はわっ!?」

 

「ああっ!?」

 

 

二人の幼女の悲鳴が。何かトラブルかと私は跳ねるように飛び上がり、光源とレンズへと続く外のバルコニーへと飛び出した。

 

 

「どうかしましたか!?」

 

「あ、あの、カードが下に落ちちゃって…」

 

「はぁ…」

 

 

安心して溜息を吐く。誰かが下に落下したのかと思ったが、誰も怪我などはしていないようだ。メイユイさんが不手際に謝ってくるが、まあ、誰にでも失敗はあるし、致命的なものでもない。

 

 

「海には?」

 

「いえ、陸の方です」

 

 

なら安心ということで、フォクト老人に別れを告げてカードを探しに灯台を降りる。誰かに拾われたかもしれないと、人手を分けて探そうとすると、

 

 

「は? 男の子が持っていった?」

 

「帽子を被った、5、6歳ぐらいの男の子だったかなぁ?」

 

 

再びハプニングである。どうやら下に落ちたカードの入った封筒を、赤毛の帽子を被った幼い男の子が持って行ってしまったらしい。

 

 

「どこの男の子でしょうね…?」

 

「あの、エステルさん」

 

「ティオ?」

 

「私なら、分かると思います」

 

 

ティオが私を見上げる。無表情に見えても、どこか意志のようなものを見せる彼女。おそらく、彼女の植え付けられた能力を用いるのだろう。

 

 

「いいんですか?」

 

「はい」

 

 

私の確認に、水色がかった色素の薄い髪の色の少女はコクリと控えめに頷いた。

 

 

 






名前は出ていませんがギルバート初登場。まあ、綺麗なギルバートなんて出しても面白くないですが。

035話でした。

なんとなくリベール王国の面積を計算してみた。以前に香港とか札幌市程度ではないかという計算をしたけれども、今回はより詳細に。

距離の目安としてツァイス―エルモ温泉間の距離を採用。
ツァイスより東に165セルジュ、南に228セルジュという記述より、公式地図の縮尺を計算。取り尽くし法により面積を計算した。

結果は≪27,000平方キロメートル≫ほど。これはイタリアのシチリア島やアフリカのルワンダよりも少し大きいという結果になる。

ただし、ヴェルテ橋―ボース間420セルジュを基準とすると6万km^2を超えたり、ロレント―ヴェルテ橋間172セルジュを基準とすると1万km^2程度になったりと公式の地図自体が微妙に信用ならない。

どうでもいいけど、ロレント―ボース間592セルジュ、つまり60kmをエステルとヨシュア、シェラザードは半日で踏破している。

魔獣をぶちのめしながら、関所での手続きもやって半日。明るいうちに到着。その日の内に市長と会談…。8時間と考えれば…、あいつらフルマラソンでもしてるのだろうか?

さすが遊撃士は鍛え方が違うでぇ。


036話の投稿は22日金曜日の予定です。



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036

「こちらです。おそらく、この道を走っていったはずだと…」

 

「えっと、マーシア孤児院?」

 

「……来るときに見かけましたね」

 

 

ティオの感応能力により、カードを取っていった少年が走る足音を辿り、メーヴェ海道を東へと進むことになった。

 

マノリア村から東へそれなりの距離だったはずだが、ティータたちはなんとかついてこれたらしい。というか、リベール通信の大人たちが先にへばっている。運動不足ですね。

 

海道から左手に、北の方角へ別れるT字路。そこに木製の簡素な看板が立てられており、『MERCIA ORPHANAGE』と白い文字で書かれている。

 

孤児院に続く道は舗装されておらず、短い草が生い茂り、人の往来で踏みつけられたことで出来たような、そんな道だ。

 

視線を奥にやると、木で作られた塀で囲まれた煉瓦造りのちょっとした建物が見える。あれが孤児院なのだろう。

 

 

「………」

 

「エステルさん、どうかしましたか?」

 

「いえ、じゃあ行きましょうか」

 

 

ちょっと感傷的になった心情をティオに気づかれたらしい。私は気を取り直し、孤児院へと足を進める。塀の中では菜園が作られていて、ニワトリの鳴き声も聞こえてくる。

 

 

「のどかだね」

 

「パーゼル農園に似てる気がします。規模は全然違いますが」

 

「ツァイスっ子は土に触れませんからねぇ」

 

 

ツァイスの子供たちは土よりもアスファルトやコンクリートのほうがなじみ深いかも知れない。ティータなんかはカルデア隧道の岩なんかになじみがありそうだけれど。

 

見回せば菜園の横で子供たちが集まっていた。孤児の子供たちだろう。その中に帽子を被った赤毛の男の子も交じっている。

 

 

「クラムったらどこに行ってたのよ! テレサ先生、すごく心配してたんだからね!」

 

「へへっ、いいじゃんか。おかげでスッゲエものが手に入ったんだからさぁ」

 

「なんなのクラムちゃん?」

 

「ニヒヒ、見て驚くなよ。さっきマノリアの宿酒場のラジオでさ…」

 

「こんにちは少年」

 

「うわっ!? 誰だっ!?」

 

 

なんとなく気配を消して後ろから話しかける。いや、まあ、ただの悪戯心なんだけれども。こういう快活な男の子と言うのは知り合いには居なくて少し興味あり。

 

 

「そのカード、お姉さんにも見せてもらえるかな?」

 

「え、その……」

 

「クラム、なに紅くなってるの?」

 

「クラムちゃん真っ赤っ赤だねー」

 

「う、うるさいぞマリィっ、それにダニエルも!」

 

 

孤児院の雰囲気の通り、この孤児院は彼ら子供たちにとってすごし易い場所らしい。なんだかすごく安心できる。

 

 

「ああ、エステルさんがまた意味もなく笑顔を振りまいていますね。どう思われます解説のティータさん」

 

「えっと、あう…。この前、エリッサお姉ちゃんがエステルお姉ちゃんは天然ジゴロだからって」

 

「子供と言う生き物は意味もなく年上の綺麗なお姉さんに憧れるものだそうですよ」

 

「なんだか分かる気がする」

 

「ああ、とうとう少年がカードをエステルさんに渡してしまいました」

 

「うわぁ…。あれって絶対に…」

 

「堕ちましたね。撃墜マーク1つ追加です」

 

「ヨシュアお兄ちゃんの時もそうだったし…」

 

「刺されるんじゃないですかね。背中からズブリと」

 

「誰に?」

 

「エリッサさんあたりでは?」

 

「私は相手の方が刺されると思うなぁ」

 

「なるほど。そういう意味ではヨシュアさんも大概な感じかと」

 

「修羅場ってやつだねっ」

 

「何言ってるんですかティータさん。私たちも間違いなく巻き込まれるかと」

 

「あう…、どうしようティオちゃん。私、エリッサお姉ちゃんに襲われて生き残る自信ないよ…」

 

「そういう時は、とりあえず誰かを生贄にしましょう」

 

「…お前ら、良い性格してやがるな。しかし、無垢な初年の心を惑わす天才少女ね。おい、写真一枚撮っとけ」

 

 

ふと振り返ると遠巻きに私と子供たちを見ているティータとティオ、それに追いついて来たリベール通信の記者たち。というか、なぜ写真を撮るのか。

 

 

「あらあら、何やら賑やかですね」

 

 

すると、孤児院の扉が開き、黒髪の女性が現れた。多少の苦労が顔に現れているものの、昔はさぞ美人だったのだろうと思わせる顔立ちで、柔らかな雰囲気を醸し出す女性だ。

 

エプロンをつけたその姿は、ある意味において理想的な母親像を体現しているかのよう。一瞬だけ亡くした母親の姿を幻視してしまったのはそのせいだろう。

 

 

「こんにちは。こんな大勢で、何か御用ですか?」

 

「いえ、この子が拾ったものを探していたんです」

 

「あら。またクラムが何かしでかしたのですか?」

 

「ち、ちげーよ! オイラはカードを拾っただけだって!」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。それで、いま返してもらった所なんですよ。そうですよね、クラム君」

 

「う…、うん」

 

「……そうですか」

 

 

ちょっとした悪戯心だったのだろうし、子供のやる事。ちゃんと無事に返してもらったのだから、今更蒸し返すのもどうかなと思い誤魔化す。

 

とはいえ、目の前の女性には全てお見通しのようで、彼女の視線が男の子に向かうと、少年はたじろぐ様に帽子で目を隠す。母は強し。

 

 

「自己紹介がまだでしたね。私はこの孤児院の院長をさせていただいているテレサです。初めまして」

 

「私はエステル・ブライトです。まあ、学者のようなことをしてます」

 

「まあ、貴女が…」

 

 

テレサさんが手の平で口を押えて目を見開く。その後、ティータとティオ、それにナイアルらリベール通信の記者たちが自己紹介をしていく。

 

このまま立ち去るのも何なので、事情を説明しようとすると、「立ち話もなんですから、お茶でも飲みながら話しませんか」ということで孤児院の中に案内された。

 

 

「こんなみすぼらしい所で申し訳ございません」

 

「いえ、素敵な場所だとおもいますよ。なんというか、温かみがあります」

 

「ありがとうございます。ハーブティーぐらいしかありませんが」

 

「頂きます」

 

 

テレサさんの淹れたハーブティーをいただきながら、これまでの経過を説明する。出されたハーブティーはなかなかに美味しくて、体が軽くなるような感じ。

 

 

「このお茶、美味しいね」

 

「ええ、とても良い香りで、気に入ってしまったかもしれません」

 

「ふふ、おかわりはまだまだありますよ」

 

 

ティータとティオは出されたクッキーと共にハーブティーで盛り上がっている。しかし、この香りはおそらく表で栽培されているハーブと同じもの。

 

 

「このハーブは表で栽培されているものですね?」

 

「ええ、お恥ずかしながら。ハーブ栽培は私の趣味のような物でしてね」

 

「素敵ですね。綺麗な海の見える丘でハーブを栽培する…。お金では賄えない贅沢だと思います」

 

「そうですね。ここはとても良い場所だと思います」

 

「子供たちにとっても…ですか?」

 

「はい」

 

 

ここで養われている子供は10人ほどだろうか。一年戦役で親を失った多くの戦災孤児は、大半が親戚に引き取られたが、それでも多くが行き場を無くし、ボースやロレントなどの現地の施設で受け入れられている。

 

多くの施設は七耀教会系の福音施設かあるいは公的な施設かになるが、こういった私立の孤児院もないわけではなく、ツァイスやルーアンにもそういった施設は点在している。

 

気になったのは食器やカップなどの数や色々なインテリアから見て、どうやらこの施設が彼女一人で運営されていると思われる事。

 

それに真っ先に気づいて指摘したのは、私ではなくリベール通信の記者ナイアルさんだった。

 

 

「テレサ院長は独りでこの孤児院を?」

 

「はい。夫が亡くなってからは」

 

「ああ、申し訳ありません。不躾な質問でしたね」

 

「いえ、貴方が謝るような事ではありません。あの人が死んだのは事故のせいですから」

 

「事故ですか。しかし、お一人では経営も大変でしょう?」

 

「確かに大変ですが、子供たちが健やかに育ってくれれば私は幸せですから。それに、6年前から国から色々な援助が受けられるようになりましたし」

 

「ああ、なるほど」

 

「ふふ。これもエステルさんのおかげですね。亡き夫もそのことをとても感謝していましたよ」

 

「へ、私ですか?」

 

 

いや、確かにそういったことは提言したけれども。でもそれは私がやらなくても誰かがやった事だろう。感謝されるいわれはないのではないだろうか?

 

そんな私を見て彼女はクスリと笑みを浮かべた。

 

 

「孤児への補助制度拡充。あれのおかげで、あの子たちに色々な未来を与えられるようになったんですよ」

 

「え、いや、当たり前のことですよ。戦災で親を失った子供たちを支えるのは当然のことですし」

 

「その当たり前の事が多くの国では行われていないのです。補助金だけではなく、無料の定期診断と予防接種、それと同時に子供たちのカウンセリングも制度として確立させたのは貴女だと聞いています」

 

「まあ、そうですが」

 

「そのおかげで、いくつかの補助金目当ての酷い施設が見つかって、多くの子供たちが救われたと聞いていますよ」

 

「私が直接やったわけじゃないですよ。多くの人たちが真剣に取り組んでくれたから、そういう結果がついて来ただけです」

 

 

私は単純に提言とか筋道をつけただけだ。戦争は多くの人々の命を奪い心を傷つけたが、リベール王国の国民という一体感を醸成した。

 

だから、もしかしたら自分の子供がそうなったかもしれない、そう考える人々が協力して制度を運営してくれたのだ。不正を行っていたいくつかの施設もそうやって見つかった。

 

まあ、なんだかんだいって民度の高さはリベール王国の宝だろう。犯罪はあっても、悪人はいても、それでもほとんど大多数の人々は善性の素直な人たちだ。

 

 

「エステルお姉ちゃんはありがとうって言われる事を望んでやってないからね」

 

「それはそれで問題だとは思うのですが」

 

「ティオちゃん?」

 

「…いえ。ただ、この国の子供は恵まれているなと」

 

「そうなの?」

 

「他の国の多くの孤児院は寄付だけで運営されているようです。エレボニア帝国では最近になって国が補助金を出し始めたようですが、補助金目当ての不正が横行しているとか」

 

「ティオちゃんはなんでも知ってるよね」

 

「データを知っているだけでは役に立ちませんよ。エステルさんやティータさんのように、既存のモノを組み合わせて新しいモノを創造できる力こそ尊いんです。それに比べれば私は…」

 

「ティオちゃん?」

 

「いえ、脱線しましたね。七耀教会系列の福音施設は比較的マシといわれていますね。カルバード共和国はピンキリだと。それでも大国はまだマシで、一部の国では人身売買の温床になっているそうですし」

 

「ヒトを売るんだ…。そんなの酷いよ」

 

「余裕のない国は少なくありませんから」

 

 

何やら深刻な話をしている幼女二人に大人たちと一緒に苦笑する。そういえば、このリビングにはラジオが無いなとふと気づく。

 

 

「テレサさん、この孤児院にはラジオがないんですか?」

 

「ええ、欲しいとは思っているんですけれどね」

 

「無いと困るのでは? 気象予報とか防災情報なんかは必要でしょうし」

 

 

私はチラリとナイアルさんに視線を向ける。彼は心底嫌そうな顔をした後、溜息をついて、降参したように手を上げた。

 

 

「わーったよ。上に話をつけておく。社会貢献ってやつだからな」

 

「いいんですか、編集長に黙って約束して」

 

「いいんだよ。つべこべ言うな」

 

「えっと、そんなことをしていただく訳には…」

 

「いえ。ここの子供たちが大きくなって、ウチのファンになってくれるならっていう先行投資みたいなもんです。それに、こういう施設にラジオが無いっていうのも問題でしょう? それにウチが断っても、そちらの御嬢さんは寄付したでしょうしね」

 

「あの、なんとお礼を言って良いのか…」

 

「いえいえ、美人に尽くすのは世の男の務めですので」

 

 

そう言ってナイアルさんは目つきが悪いなりに笑顔を作って答えた。さて、そろそろお暇させてもらおう。

 

 

「お茶、ありがとうございました」

 

「いえ、こんなもので良ければいつでもおいでください」

 

「ええ、機会がありましたら。そうですね…、ではテレサさん、私とペンフレンドになってもらえませんか?」

 

「あら、良い話ですね」

 

「良かった。ではまた、お手紙をお書きしますね」

 

「楽しみに待っています」

 

 

そうして私たちはマーシア孤児院を後にする。孤児院の子供たちに見送られ、私たちはカードが示す次の目的地を目指すこととした。

 

 

 

 

「ここが最後…なんだよね?」

 

「さんざん振り回されましたね」

 

「面倒くさすぎです」

 

 

さてマーシア孤児院を後にして、私たちはグランセル、ロレントを引き摺り回され、そうして最後とメッセージにある場所へと辿りついた。

 

 

 

『終の門番は北へ、焼かれてなお不死鳥の如き蘇りし果実の里。

 

汝、姫君を解放せんと欲するならば、忘れ去られし天窓にて機械の騎士に挑め。

怪盗B』

 

 

北方にて焼かれたとなれば、戦災によって甚大な被害を受けた場所を指すはずだ。そして都ではなく里なのだから、大規模な街ではなく、小規模な集落を指すはずである。

 

蘇ったのならば、戦後復興した集落。新しくできた村ではない。果実となれば果樹栽培を想像させる。農村だろう。

 

ツァイス、ルーアン、グランセル、ロレントとくれば次はボースのはず。北という方角もこれを支持している。

 

それらの情報を総合して絞り込んだのが、ボース地方の山間の村、ラヴェンヌ村である。

 

8年前の《一年戦役》の激戦地の一つであり、ボース陥落後に孤立、非戦闘員しかいなかったにもかかわらず激しい砲撃を受け、多くの死者を出したとされる。

 

 

「リンゴがいっぱい生ってるよ」

 

「ちょうど収穫の時期なのでしょうか?」

 

「とりあえず、天窓が何かを調べなければなりませんね」

 

 

忘れ去られし天窓という部分がまだ解読できていない。とはいえ、現地に行かなければ分からない事もあるだろうということで、私たちは村長に挨拶することとする。

 

と、後ろの方から車が止まる音。振り向くと、大型のバイクに跨った男が村の入り口で停車したところだった。

 

赤毛の緑色のバンダナをした、黒いレザーのパンツとジャケットという出で立ちの、右頬に十字の傷跡がある青年。身長ほどもある巨大な剣を持つ彼には見覚えがある。

 

というか、ハーレーダビットソンをオマージュした大型バイクに跨る彼は、どう考えても暴走族のお兄さんである。これで《悪学斗》とか書いた旗とかあれば完璧なのに。

 

 

「アガットさんでしたか」

 

「お前か。例の怪盗Bのカードの件だな」

 

「ええ、そうです」

 

 

不機嫌そうな彼は渋々と言った感じで私たちの所へやってくる。ティータは少し怖がっているようで、私の後ろに隠れてしまう。

 

 

「遊撃士でもねぇのに勝手に動くんじゃねぇよ。そんなガキまで連れて…。だいたい、なんでマスコミの連中にカードの内容を流してやがる?」

 

「《主催者》が望んでいる事ですから。ねぇ、ナイアルさん」

 

「な、なんで俺に聞く」

 

 

私がナイアルさんに視線を送ると、急に話を振られたナイアルさんが戸惑うように愚痴を口にした。まあ、ただのお茶目ですよ。

 

どちらにせよ怪盗Bがそれを望んでいる。意図的に報道管制をすれば、怪盗Bの気が変わってアントワーヌを返さないかもしれない。

 

それに、相手の本当の意図を掴みたい。

 

 

「それは分かるがな。ギルドからも話は聞いてる。…ちっ、とにかくだ、ここからは俺が請け負う。アンタらはここで休んでろ」

 

 

ぶっきらぼうに言い放つ赤毛の青年。やれやれと言う感じだが、まあ遊撃士からすれば横からしゃしゃり出てくるのは面白くはないだろう。と、ここで、

 

 

「勝手ですね。ようやく合流してきてそれですか」

 

「なんだこのガキは?」

 

「ティオ・プラトーです。ガキという名前じゃありません」

 

「……」

 

「……」

 

 

何故か臨戦態勢となるティオとアガットさん。相性は悪いのかもしれない。というか、このお嬢さんは何故こんなに喧嘩腰なのか。

 

 

「とにかくだ。怪盗Bが何をしでかすかわからねぇ以上、ガキ連れてひっかきまわすような事だけは止めてくれ」

 

 

そう言ってアガットさんは村の奥の方へ歩いて行った。どうやらメッセージの内容、天窓に心当たりがあるらしい。

 

 

「重剣のアガットか。噂通りの男だな」

 

「ナイアルさん、知ってるんですか?」

 

「結構有名どころの遊撃士だからな。若手のホープ、重剣のアガットと銀閃のシェラザードを知らねぇ記者はいねぇだろうさ」

 

「彼も頑張ってるんですねぇ」

 

「お嬢さんにとっちゃあの男も子供みたいなものか」

 

「いや、私の方が年下なんですけど」

 

「だが、アイツの剣を斬ったってのは有名な話だぜ」

 

「ああ、まあ、まだ彼も未熟な頃でしたし。だいたい意志の通ってない鉄の塊なんて、木刀でも斬れるじゃないですか」

 

「いや、無理だから」

 

 

坂を上り村長宅へ向かえば、山林に抱かれた集落ラヴェンヌ村を一望できる。豊かな緑に囲まれ、峻嶮な霧降山脈を北に望み、傾斜地に張り付くように家々が建っている。

 

家々は密集しているわけではなく、丸太で組み上げられたログハウスのような体裁で、まるでミニチュアのようでとても可愛らしい。

 

村の南側には泉があり、その傍に作られた果樹園からは太陽の恵みを一身に受けた、目が冴えるような真っ赤なリンゴがたわわに実り、甘く爽やかな香りが風にのって鼻をくすぐる。

 

村長のライゼンさんは日焼けして年を経た威厳がありながら、優しげな瞳の老人だった。

 

 

「ようこそラヴェンヌ村へ。遠い所にわざわざ来ていただき光栄ですじゃ」

 

「いえ。こちらこそ突然の訪問に応じていただきありがとうございます。それにしても、良い村ですね」

 

「そう言っていただけると村の皆も喜んでくれるでしょう。それで…、今日はとある場所を探しておられるとか?」

 

「ええ、実は…」

 

 

というわけで経緯を説明する。そして天窓…、なんらかの閉鎖空間にて、そこから上部に穴が開き空が見えるような構造が存在しないか。おそらくは遺跡や洞窟、坑道を指していると思われる。

 

 

「そうですな。村の北に今は廃坑となっている坑道がありますのじゃ。おそらく、天井が崩れて空が見えるような状態の場所もありますのじゃ。しかし…」

 

「なんです?」

 

「いえ、先ほどアガットの奴に廃坑に入るための鍵を貸し出しましたのじゃ」

 

「アガットさんですか。遊撃士の」

 

「ええ、あれはこの村の出身でしてな…。昔は色々あったのですが、今は遊撃士として良くやっていると聞いておりますじゃ。…その、あやつが何かしでかしましたかな?」

 

「いえ。色々と教えていただきありがとうございます」

 

 

村長さんに別れを告げて、私たちは廃坑へと向かう。とはいえ落盤の危険があるので、幼いティータとティオを連れ回すのはどうかと思い、説得して村長宅に待機してもらう事とした。

 

 

「私達も行きたいです」

 

「せっかくここまで一緒だったのに…」

 

「すみません。ですが、坑道は入り組んでいるらしいですし、魔獣もたくさんいるようですので」

 

 

それなりに広い場所ならばすぐに助けられるが、小さな側道から飛び出てくるような魔獣を狭い坑道で対処して彼女らを守るのは少ししんどい。

 

まあ後は、これで最後と言う事で《主催者》からの催しがあるかもしれないと言う考えもあるのだけど。

 

 

「あの、エステルお嬢様こそ自重していただきたいのですが」

 

「そうです。落盤の可能性だって捨てきれないんですから」

 

「え、そんなの事前に雰囲気でわかるじゃないですか?」

 

 

伊達に龍脈とかぶち抜いて暴発させるような技を習得している訳ではないのである。するとメイユイさんとシニさんがひそひそとわざとこちらに聞こえるように互いに耳打ちしだした。

 

 

「どうしましょうメイユイ先輩、エステル様がどんどん人間離れして…」

 

「私達の育て方が間違っていたんですね。うう、本当に、カシウス様になんてお伝えすれば…」

 

「いえ、あの方も大概…。棒で地面殴りつけて地割れ起こすとか正直…」

 

「私達の癒しはヨシュア様だけですね」

 

「ヨシュア様は素敵ですよね。素直で紳士的で」

 

「それに比べてお嬢様はお転婆でらっしゃるから…」

 

 

そうしてチラリと私に視線を向けて盛大に溜息をついた。すごく悪意を感じます。これイジメですよね。イジメカッコ悪い。

 

というわけで、ここからは大人だけで行動。相変わらず意味もなく浮いているムカデの魔獣をシニさんらが掃討しつつ、坑道を目指す。

 

 

「案の定、開いてやがるな」

 

「ですね。それに…、中から空気の流れがあります」

 

「マジか?」

 

「良く気付きましたねエステルお嬢様。私だって注意を払わなくては気付かないほどですのに…」

 

「つまり、当たりか」

 

 

とりあえず坑道を進む。内部は安定しているようで、すぐに落盤が起きると言う気配はない。魔獣もさして強いと言う訳ではない。

 

これならあの二人を連れてきても良かったかなと思いつつ、奥に進むと、さらに奥の方から銃撃と剣戟の音が響いて来た。

 

 

「エステル様、お下がりください。私が先に見てまいります」

 

「お願いします」

 

 

シニさんがガンブレードを構えて、慎重に辺りを警戒しながら奥の方へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「こいつは、割りにあわねぇ仕事だな」

 

 

廃坑の奥、地元のごく一部の人間しか知らない大きく開けた、空から見れば、岩山が大きく陥没したように見える空間。

 

そこが怪盗Bのメッセージが示す場所だとすぐに理解できたのは遊撃士の中でも、ラヴェンヌ村出身である俺ぐらいだろう。

 

猫を探す仕事だ。怪盗Bが絡んでいるとはいえ、そこまでハードな状況になるとは予想していなかった。別に油断していたわけではない。手配魔獣を狩る時と同様の装備、準備で臨んだ。

 

だが、今は岩陰に隠れて勝機を窺うしかない。まったく、なんて日だ。

 

視線の先には4体の見たこともない魔獣。いや、魔獣と言うには機械的過ぎる。敵の武装はどう考えても導力銃、しかもラインフォルトで売ってそうな大型のガトリング銃。

 

金属製の筐体、丸っこいが鎧を纏った様な外観。大きさは高さ2アージュぐらいだろうか。両手にそのガトリング銃を備えており、それを撃ちまくってくる。

 

1体か2体ならなんとか対処できたかもしれないが、4体というのは頂けない。これでは2体倒している内に蜂の巣にされてしまう。

 

一人ではかなり厳しい。もう一人、手練れがいれば…

 

 

「ちっ、なんであいつ等の顔が浮かびやがるっ」

 

 

脳裏によぎったのはとある親子だ。一人は正直言って言葉にもしたくはないが、俺が遊撃士を目指す切っ掛けを与えた男。

 

このリベールにおいて最強の、おそらく大陸でも有数の実力を持つS級遊撃士。今の俺では逆立ちしても敵わない、ムカつくオッサン。

 

もう一人は俺よりも8も年下の少女。だが明らかに今の俺よりも強い、あの男の娘。天才と片付けるにはあまりにも行き過ぎた、かつて俺の剣をあろうことか斬った少女だ。

 

そして、その少女を思い浮かべた途端にどうしようもない怒り、不快な黒い感情が浮かび上がるのを感じる。いや、この感情は俺の勝手な八つ当たりに近い感情だ。

 

あのガキはまだ5歳だったと聞く。軍の方針なんかに口を出せたはずもなく、単純に翼を持つ機械を世に送り出しただけだ。

 

そもそも恨むべきは王国軍ではない。そんな事は分かっている。当時の状況を知り、常識を学び見識を広めれば広めるほどに理解できる。

 

あの状況下で王国軍が出来た事など、ほんのさしたる事しかない。あの市長の御嬢さんに八つ当たりするのも、軍に怒りをぶつけるのも全てお門違い。

 

全ては俺が弱いままだからだ。そう、こんな弱いままでいったい何が救えるというのか。

 

 

「ふざけるなっ! うおおおぉぉぉっ!!!」

 

 

気合を入れろ、気迫で負ければ喧嘩は負けだ。大剣を振り上げ、一気に平地を駆け抜ける。

 

窪地の底にある平地は障害物の少ない草地になっていて、走り回るのには丁度いい。銃撃戦で障害物が少ないのは少しばかり不利だが、構いはしない。

 

こちらを狙う機械の魔獣が銃口を向けてくる。そして目に見えるほどの赤く輝く無数の火線が脇を抜ける。

 

狙いを外すためのジグザグのステップで一気に間合いを詰め、火線が交差しようとした瞬間に跳躍、狙いを失った敵の1体に重剣を叩き込む。

 

 

「喰らいやがれ!!」

 

 

金属の塊を殴りつけたような衝撃音。硬い。機械の魔獣はよろめき、剣が衝突した部分は大きくへこみが出来たものの、倒しきれていない。

 

とはいえ、動かなければいい的だ。魔獣を影にして銃撃を潜り抜け、もう一度、

 

 

「そこだ!」

 

 

剣に込めた気を解き放ち、衝撃波と共に炎が一直線に奔る。ちょうど直線状にいた2体の敵を巻き込むも、先ほど斬りつけた1体の足を破壊するに留まる。

 

やはり硬い。もっと力を、気迫を剣に-

 

 

「なっ!?」

 

 

だが、次の瞬間、他3体の機械魔獣が俺に対して、もう1体が俺を隠す位置にあるにもかかわらずに、それに構わず集中砲火を浴びせかけてきた。

 

 

「くそっ、動けねぇ…」

 

 

浴びせかけられる火線は目も眩むほど。ガリガリと壁になっている魔獣を削り、破壊していく。なるほど、こいつらは機械、仲間を守ろうなんて殊勝な感情などあるはずもない。

 

 

「こんな所で……」

 

 

しかし銃撃はすぐに中断する。全く別の方向から、坑道の方から発された銃声。それが敵に次々と叩き込まれたからだ。

 

 

「早くそこから脱出なさい!!」

 

「あ、ああっ!」

 

 

間髪入れずに風の導力魔法が放たれた。エアロストーム。上位アーツだ。かなりの広範囲に風が吹き荒れ、石つぶてが機械魔獣らに叩き付けられる。

 

視線を向ければ銀色の髪を後ろに三つ編みで一本にまとめた美人、あのガキのメイドをしているとかいう女だった。

 

只者ではないと思っていたが、大した腕だ。おおかたアイツを護衛している軍人出身か何かだろう。とはいえ、今はその援護が有難い。

 

機械の魔獣どもは突然の乱入者に混乱しているようで、優先順位をつけあぐねているらしい。俺に対する注意が散漫となり、それが大きな隙となった。

 

 

「いくぜっ!!」

 

 

とにかく数を減らすべきだ。俺は全力を込めて一番近くの敵に連撃を叩き込む。必殺技とかそういう奴だ。身体を捻り、全身の筋肉を使っての四連撃。

 

大きく複数のへこみを作り、俺が斬りかかった魔獣はふらふらと揺れるように退いた後、その動きを止める。

 

向こうの方も1体撃破しようとする所だ。得物のガンブレードを巧みに使う。一息で間合いを詰め、刃で上段からの一閃を食らわせ、そのまま敵の背後に回る際に逆袈裟からもう一閃。

 

そしてすぐさま背後からゼロ距離で射撃する。6発の弾丸を早打ちで全く同じ場所に打ち込み、最後の一発が魔獣のコメカミと思われる場所を貫いた。そしてそのままソイツは停止する。

 

 

「アンタ、なかなかやるじゃねぇか」

 

「ふふ、貴方も大したものです」

 

「あんたこそな!」

 

 

相当な実力者だ。協力する相手としては申し分ない。彼女は平原を駆け回りながら薬莢をリロード、敵は最早一体で、駆け回る俺たちに無暗に弾丸をばら撒いている。

 

 

「当たらねぇんだよ!」

 

「今です!」

 

「おうっ!」

 

 

女のガンブレードから放たれたのは導力式榴弾。炸裂と共に炎が噴き上がり、大きく相手を仰け反らせる。それは奴の銃撃の精度を攪乱するのには十分すぎた。

 

 

「うぉらぁ!!」

 

 

距離を詰めればこちらの勝ちだ。俺は全力の一撃を機械の魔獣に叩き込んだ。

 

 

 

 

「助かったぜ」

 

「いえ。しかし、無茶をし過ぎでは?」

 

「反論できねぇな。アンタ、元軍人か?」

 

「いえ、元遊撃士です。貴方と同じですよ」

 

「へぇ」

 

 

美人で腕も悪くない。遊撃士だったというのも共感が湧く。現金な話だが、相手がそういう立場であるほうが話しやすい。

 

視線を向こうにやると、奥に猫が入った檻が岩陰に隠してあるのが見える。これで一件落着か。俺は気疲れがどっと出て、地面に座り込む。

 

 

「お疲れのようですね」

 

「全く、割りにあわねぇ仕事だったぜ」

 

「まあ、あんなモノとやり合うことになるとは思いませんでしたから。この国に来てから、色々と体験させてもらっています」

 

「アンタ、国は?」

 

「ノーザンブリアです。給料が良かったのでこちらに鞍替えしましたが」

 

「そうか。まあ、向こうじゃ仕方ねぇか」

 

 

ミラのためにプライドを売るとかそういうのに嫌悪するようなガキじゃない。これでもミラを稼ぐ大変さは知っている。特にノーザンブリアとなれば生活も相当厳しいもののはずだ。

 

あのガキのお守りで何倍もの給与が得られるなら、養うべき家族がいる人間なら間違いなく飛びつくだろう。

 

すると、坑道の方からエステル・ブライトとその他数人が現れた。

 

 

「倒してしまったみたいですね。しかし、これは…」

 

 

天才少女殿は機械の魔獣に興味がいっているようだ。リベール通信の記者どももしきりに残骸を写真に収めている。

 

 

「アガットさん、怪我をしているみたいですね。大丈夫ですか?」

 

「掠り傷だ。それより、さっさと猫を回収してこい」

 

「ふふ、分かりました」

 

 

こうして、リベール中の人間を巻き込んで騒動を起こした猫探しは結末を迎えた。

 

その後の顛末には興味はなかったが、とりあえずはあの猫は宇宙に行くことはないらしい。

 

結局、俺に残ったのは一人であの魔獣どもを倒せなかったこと。まだまだ無力で未熟な自分の姿を再確認した事ぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、まさかバレしまっていたとは思わなかった」

 

 

ナイアル・バーンズは普段の彼が見せないような含み笑いを浮かべて下界を見下ろす。今頃、後輩君は《私》を探して右往左往しているだろう。あるいは彼女から真相を明かされているところだろうか。

 

 

「サインを求められるとは思わなかったがね」

 

 

いつから気づいていたのか。いや、あるいは最初からだったのかもしれない。メッセージを記したカードの裏に、私の今名乗っている名をサインさせられた。

 

見逃したのは何ゆえか。おそらくは、今の所は明確な敵対関係にないためか。あるいは、手札を見せないためか。それとも単純な愉悦のためか。あるいは、

 

 

「ふふ、謎は淑女を美しく飾る。君たちもそうは思わないかね?」

 

「気づいていたか」

 

「趣味の悪い男たちだ。美しさがまるで無い。まるで君らの同僚のドブネズミのようじゃないか」

 

「はっはっは。なるほど、確かにドブネズミとは言い得て妙だ。だが、彼らは我々以上に働き者だがね。彼らに失礼と言うものだ」

 

 

背後の木々の合間から現れたのは、顔を奇怪なガスマスクで覆った黒い軍服の痩せ男。装いこそ珍妙で滑稽であるが、しかし油断ならない隙の無い気配を感じ取れる。

 

 

「君もそろそろその皮を剥いだらどうかね? なに、記者の方は既に保護されている」

 

「ふむ。確かに」

 

 

次の瞬間、白いマントがナイアル・バーンズの姿を覆い隠す。そしてその後にはリベール通信の記者の姿はなく、目を覆う白い仮面、白い貴族風の衣装に身に纏った、ウェーブがかった青い髪の男がいた。

 

 

「噂はかねがね聞いているよ《怪盗紳士》殿」

 

「いや、君の事も噂には聞いている。《千里眼》殿」

 

 

伝説的な猟兵の渾名だ。《千里眼》。最高峰の狙撃主として知られると共に、彼ら《北の猟兵》の黎明期における輝かしい一時代を築いた戦術の天才。

 

その活動時期は10年より前の、1180年代の話であるが、彼が積み上げた驚くべき実績により《北の猟兵》はその名を世に知らしめることができた。

 

結果として《北の猟兵》は今に続く高い評価を得、その地位を確たるものとして安定的な収入源をノーザンブリアにもたらした。そしてそれは、多くの塩の大地の子供たちを飢えから救うこととなった。

 

それが、多くの関係のない人々の骸の上に成り立っていたとしても。

 

 

「やはり君らの会社は油断ならないな。私の出自を知っているとは」

 

「ふふ。どうせ君らとて私の出自を掴んでいるのだろう?」

 

「さて。私等は諜報部門とは少しばかり畑が違うのでね」

 

「なるほど、確かに今回の主役はそちらだった。大したものだ。まるで常に監視されていた気分だったよ」

 

 

白い仮面の男が視線を脇に。そこには一羽の、紅い瞳のカラスがこちらを窺っていた。そこには明確な意思と言うべきものを感じ取る事が出来る。

 

 

「ネズミの他に、カラスのような鳥の類を飼い馴らしたようじゃないか? 海ではイルカでも飼い馴らしているのかね?」

 

「質問には答えられないな。とはいえ、こちらとしても見学料も無しに返したとあっては職務怠慢を疑われる。ほらなんだ、私は昔から役人気質でね」

 

「勤勉なことだ」

 

 

周囲から一斉に敵意が発生する。同時にガスマスクの男が古臭い導力式拳銃を手にして銃口をこちらに向ける。

 

既に仕事は終えた。後は怪盗らしく盗んだものを持ち帰るだけ。私は少しばかりの興奮を覚えながらマントを翻した。

 

 




予定は未定。おうふ。すみませんでした。

036話でした。

途中で怪盗Bのおふざけを書くのが面倒になったのは秘密ということで。だって、カードの内容考えるの面倒なんだもの。

とはいえ、ルーアン編の仕込みは完了と。ナイアルがニセモノだと見破っていた方、大正解。見破れなかったヒトは挙手。

エステルは034話の時点で見破ってます。035話の無線通信で見つかったと言っていたのは、猿ぐつわ噛まされて個室に監禁されていたホンモノのナイアル先輩です。

禍福の激しいお母さんキャラは、クローゼの人生が大きく変わったせいでここで出すことにしました。露骨な伏線です。

《千里眼》殿はマスクを外すとナイスなイケメン爺さんの顔が拝めます。しかし、どうして軌跡シリーズはいい男ばかりが活躍するのか。

好きなセリフは風の剣聖さんの決め台詞。「一身上の都合により、義に背き、道を外れ、勝手を貫かせてもらう!」ですかねぇ。




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037

今回はゆりんゆりんなの。


「っていうか、もう離れてくださいエリッサ」

 

「だめよっ、もっと光を。エステリウムがたりないのっ」

 

「あー、もうっ、そんなので寮生活が出来ると思ってるんですか!?」

 

 

リベール王国にてヒツジンが衛星軌道から帰って来た1201年3月。エリッサは士官学校の入学試験を突破し、あとは入学を待つばかりとなった。

 

もうしばらくすれば、エリッサはもうすぐ全寮制の士官学校に入学するためにグランセルへと向かうことになる。

 

本当は17歳ぐらいから入学するのが一般的なのだけれど、ことこの国では私という具体例と深刻な人材不足から飛び級が当たり前のように受け入れられていた。

 

もっとゆっくりと進んでいけばいいのにと思うのだけれど、これも彼女の意志。むしろ、独り立ちする彼女の決心を鈍らせるのはよくない。

 

それに、エリッサは既に士官学校に入るだけの十分な能力を手に入れていた。武術面ではユン先生から中伝を授かっているし、学力面でも努力の甲斐があって十分な水準に達している。

 

なんというか、集中力がすごいと言うか、私がこれやってみてと言った課題は多少の時間がかかっても確実にこなしてしまう。

 

どれだけの事でも努力で解決できる類のものならばなんとかしてしまう。テンソルでちょっと混乱してたけど、まあ、あれは試験範囲に入ってないし。多少がんばれば分かるし。

 

でも、「エステルの頼みならなんでも聞くよ!」とか言うから「じゃあ、足舐めて」って冗談で言った時に「いいの?」と真顔で返された時にはどんな顔をすればいいか分からなかった。

 

 

「エステル、ちょっと大きくなった?」

 

「平然と胸を揉むのは止めてください。ちなみに股の内側に触ったらベッドから蹴り落とします」

 

「そ、外側ならいいの?」

 

「なぜ手をわきわきさせるのか」

 

「アウチっ!?」

 

 

鼻の下を伸ばしながら私の太ももに視線を伸ばす変態淑女。私は迎撃するようにデコピンを放つ。えっちなのはいけないと思います。

 

甘え癖の取れないエリッサは最近では私の部屋に入り浸りだ。まあ、もうすぐ滅多に会えなくなるので許している私は私で激甘であるが。

 

具体的にはシロップに浸したスポンジケーキに蜂蜜をかけたぐらい。正直、歯が痛くなるというか苦みすら感じる。

 

でも、可愛い女の子は嫌いではないのである。華やかで、柔らかくて、ふわふわな感じ。裏側はあえて見ずに深く考えないのがコツ。なので、エリッサのスキンシップはある程度許容している。

 

別に時々エリッサの胸が手や腕に当たって喜んでいたり、胸を押し付けられて喜んでいたり、襟から覗く無防備で未発達なおっぱおに目がいったりは断じてない。

 

たまたま視線とかが釘付けになるだけである。他意はない。よくあることだ。ほら、あれだ、顔を見ていたらふと視線が下がって、5秒ほど一か所に視線が固定されるなど頻繁にある事だ。

 

だから、私は決しておっぱい星人でもホモ・オッパイモミストではないのである。本当ですからね。本当ですよ。絶対に、たぶん、おそらく。

 

 

「エステルも触ればいいじゃない。女の子同士のKENZENなスキンシップでしょ? エステルだったらどこ触られても私平気よ。むしろ触れよこのホモ・オッパイモミスト」

 

「誰がホモ・オッパイモミストですか! だいたい、本当にやると歯止めが効かな…、コホン、いえ、そういう淑女としてはしたない行為はどうかと思います。ええ、淑女たるものそういう秘め事は閨での戯れとして二人密やかにおこなうものなのです」

 

「ここ寝室だし、私たち二人だけだし」

 

「Oh…」

 

 

完全に今の状況じゃないですか。傍から見ればまるでキャッキャウフフしてる所にしか見えない現実。どうしてこうなったし。

 

 

「パーゼルさん家のティオはこんな風には育たなかったのに…」

 

「あの子はあの子でボーイッシュだけどねー」

 

「でも、意外と女子力高いですよ?」

 

「だよねー、服とかも結構カワイイの持ってるし」

 

 

最近はティオという名の女の子の友人が二人出来てややこしいのだけれど、幼馴染であるパーゼル家のティオはぶっきらぼうな感じのボーイッシュさを持つ少女だ。

 

農家なので虫とか平気だし、キャーキャー黄色い声は出さない。だからと言って少年的な趣味を持つわけではなく、細やかに気が回るし、家事も得意で子供の面倒を見るのも得意だ。

 

というか、趣味とかの類で言えば私の方が少年的ともいえる。刃物とか好きだし、機械的なギミックも好きだし、絶景があれば叫びたくなるし、星を見るために望遠鏡を覗くとワクワクする。

 

エリッサは3人の中では一番少女的で、可愛い服装とか小物が好きで、人形は卒業しているけれど、今では化粧の仕方の研究も欠かさない。男の話は一切しないが。

 

というか、身近で良く話す男の子がヨシュアとティオの弟であるパーセルさん家のウィル君ぐらいというのはどういうことなのか。男っ気が無さすぎる。他はオッサンばかりだ。

 

 

「エステルは昔はもっと男の子ぽかったけど」

 

「ふっ、あの頃は若かったんですよ」

 

「導力器の模型作ってはしゃいでたもんねー。可愛かった」

 

「今では実物大ですがね。いつか宇宙からこの星を見せてあげます」

 

「本当!? ロマンチックねっ」

 

「ええ」

 

 

過去の話はエリッサにとって地雷である。とびきりの核爆弾。過去と向かい合うのは大切だけど、だからって常に向かい合っていては疲れてしまう。

 

だから夢を語ろう。今ではない時、ここではない場所、それでもいつか必ず手を届かせる世界のお伽噺を語ろう。

 

 

「月の水平線から地球が上る景色とか、きっとすごくロマンチックですよ」

 

「月かぁ。エステルと二人で…」

 

「著しく貞操の危機を感じるので二人きりはダメです。ヨシュアかお父さんと同伴です」

 

 

密室の暴れられない環境で押し倒されたら、間違いなくパクっと頂かれてしまう。猫と金魚の入った水槽を同じ部屋の中に入れるような暴挙だ。

 

 

「この歳で保護者同伴はどうかと思うよエステル」

 

「ヨシュアならいいんですか?」

 

「うん。ヨシュアはきっと行く直前になぜかお腹壊すと思うから大丈夫」

 

「ハハ。お腹の中まっ黒ですね」

 

「私はピュアだよエステル。これ正に純愛」

 

「正しさのない愛は悪ですよ。たぶん、世界とか滅ぼす系」

 

「エステルのためなら世界中を敵に回しても大丈夫」

 

「そうやって悲劇が繰り返されるわけですねわかります」

 

 

すなわち、愛憎こそが世界を歪ませる。愛と憎しみは執着する心と言う意味で同義であり、つまり釈迦的な意味で悪である。よって、愛ゆえに人は苦しまねばならないのである。

 

つまり愛=苦痛。すなわち、愛が大好きな人間はドM。好き好んで磔にされるわけである。

 

 

「だって、私にはエステルしかいないもの」

 

「なんとなく嬉しいような不安になるような発言です…」

 

 

とはいえ、もう全寮制の学校に行くわけだし、今は好きにさせてもいいかなと激甘な考えを浮かべる。しかし、それは大きな間違いなのだ。

 

いつの間にかエリッサは私の首筋あたりに顔を押し付け、恍惚の表情を浮かべて息を荒くしていた。変態だ!

 

 

「くんかくんかすーはーすーはー、いい匂いだなぁ」

 

「おいやめろ。私の体臭をそんな変態チックに嗅がないでください!」

 

「え、私は大丈夫だよ? そういうの今更気にしないし」

 

「私が大丈夫じゃねぇです。さっさと離れてください!」

 

「だめよ! 全然足りないの! もっと光を。エステリウムがたりないのっ!」

 

「あー、またそんなに引っ付くっ。はーなーれーろー!」

 

「あれ、エステルちょっと大きくなった?」

 

「平然と胸を揉むのは止めてください。ちなみに股の内側に触ったらベッドから蹴り落とします」

 

「そ、外側ならいいの?」

 

「なぜ手をわきわきさせるのか…。っていうか、さっきからこれ繰り返してません?」

 

「まだ5回じゃない」

 

 

無限ループって怖くね?

 

 

 

 

 

 

「んー、やっぱり無傷で欲しかったですよね」

 

「いやいや無理でしょう。まだ生きてるだけでも幸運ですって博士」

 

「まあ、脚がついてるだけマシですよね」

 

「そうですよ。じゃあ、再起動させます」

 

 

ZCFの地下研究施設。最近では魔窟の類と地上の人々からまことしやかに噂される都市伝説の一種。いいえ、実在しますので。文字通りの魔窟ですが。

 

誰がそうしたのかって? たぶん、アルバート・ラッセル博士でしょう。私は悪くない。

 

さて、目の前にあるのは昨年に《怪盗紳士》が使用した戦闘用導力機械人形。《ガンドール》と呼ばれる生きた古代文明の遺産だ。

 

痛々しいまでに各所が傷つき、破損し、そして無数の導力ケーブルと拘束具に繋がれたそれは罪人のよう。起動とともにゆっくりと顔を起こす。

 

《彼ら》がどうやってこれを手に入れたのかは定かではないが、しかし、いかにして運用しているのかはある程度掴ことができている。

 

すなわち、人工頭脳を乗っ取ることに成功したのだ。まあ、その辺りは変態技術者の宝庫であるZCFの本領発揮というべきだろうか?

 

以前よりヴァレリア湖の湖底調査により機械人形の一部などが引き上げられ、ロボティクスに応用されてきたが、完全に現役で活動するそれを手に入れたことは大きな成果といえる。

 

 

「……劣化していない人工導力筋線維、構造材、論理回路、集積回路。銃の機構にもすばらしいものがありますし、調査対象としては胸が熱くなりますねぇ」

 

「工作精度が2、3ケタ違いますけどね」

 

「ですが、ちょっとしたアイデアや工夫を見れるだけでも十分な成果です。とはいえ、これを送り出した者たちのスパイである可能性を忘れないように」

 

「導力波も電磁波、重力波もシャットアウトしてるんですけどね」

 

「油断は禁物です。《彼ら》を甘く見ないよう」

 

 

我々の知らない通信手段を保有していてもおかしくない組織だ。スタンドアローンの導力演算器を使用したハッキングや解析もそのためである。

 

 

「しかし、武装がマシンガンだけとは剛毅というかなんというか…」

 

「その分のリソースを装甲に充てているみたいです。いや、並の兵士じゃ太刀打ちできませんってコレ」

 

「人間の命が高くなったリベール王国には垂涎の兵器ですねぇ」

 

「歩兵支援に陸軍が興味を持っているようです」

 

「二足歩行の装甲ですから。パワードスーツにも装甲厚の限界はありますし」

 

 

小銃程度の弾丸や爆風に伴う金属破片への防御としてパワードスーツの装甲は優位となるが、人間が纏って動き回れる装甲には限界というものがある。

 

中身に余計な物(人間)を入れる以上、ある程度の大型化は免れない。催涙ガスなどの装備やインターフェイスも不可欠となり、その他、食事や排泄などを支援する機構も必要になる可能性がある。

 

その分のリソースは搭載兵器や装甲、動力源を圧迫し、よって大型の狙撃銃などへの防御は限定的なものにならざるを得ない。

 

そうやって、しばらく調査を行っていると来客の知らせが。リシャール大佐が秘書の士官を連れて来たらしい。彼もコレには興味があるようだ。

 

気の強そうな女性士官を連れて、彼は地下の研究施設に現れる。

 

 

「突然の訪問、申し訳ございませんエステル博士」

 

「いえ。貴方も気になっているでしょうから」

 

「確かに。古代ゼムリアの遺産ですから」

 

「それだけではないでしょう?」

 

「ふっ」

 

 

同じようなものなら湖底からいくつか発見されている。状態が良いというのは素晴らしいが、だからと言ってアレら遺物から得られる知見をどれだけ上回るかは微妙なところ。

 

たしかに多くの情報を労せずに得られるし、実働しているそれからデータをとれるというのは得難いものだ。

 

とはいえ、X線解析などでもある程度は予測できていたし、仮説に根拠を与えてくれた、試行錯誤をせずに済んだとかその程度の情報も多い。

 

 

「怪盗紳士の動向については、国内に関してはある程度追跡することはできていました」

 

「同時に、アルジャーノンの規模も見破られたと?」

 

「対策がどの程度できるかは未知数です。少なくとも我々情報部では一つの施設を完全に守る程度の対策しかできない」

 

「いくつかあるんですけどねー。伝染病を利用した駆除などは筆頭でしょう?」

 

「なるほど。そして彼らがこの仕掛けをしたということは…」

 

「近年中に動くのでしょうね。このリベールで」

 

 

この古代の機械兵器は解析し、試験機を製造し、テストを重ね、量産型を製造し、配備するまでにある程度の期間を要する。

 

特に目的がないのなら今回のような威力偵察は行わないはずだ。そしてこんな置き土産をしていくことも考えにくい。

 

彼ら《身喰らう蛇》がこのリベール王国を舞台として動くだろう事は、情報部や私、あるいは一部の上級将校の間では確定事項となっている。

 

そして、彼らが我々の力が強まるのを指をくわえて待っているはずもなく、故に彼らが動くとすれば量産体制が整う、あるいは配備が開始するまで。

 

 

「…2、3年あれば戦力として投入可能となるでしょう」

 

「短いですね」

 

「というか、今年に動いてきてもおかしくはないんですが」

 

「無いでしょう。その兆候は今のところ見られません」

 

「どうでしょう? グランセル城の地下狙いというのは大いに考えられます」

 

「我々で調査はできませんか?」

 

「王家に決して触れるなという類の伝承が伝えられているそうです。アウスレーゼ家は下手をすると古代ゼムリア文明期にまで遡るでしょうね」

 

「《輝く環(オーリオール)》」

 

 

古代において女神エイドスより授かったとされる7つの古代遺物《七の至宝(セプト・テリオン)》の一つ。七耀教会の聖典に伝えられる伝説的な秘宝。

 

その存在を疑う者も少なくなく、というより現存すると考える人々も少数派であろう。あったとしても、自分たちに関わるものとは考えるはずもない。

 

だが、ここリベール王国においてはいくつかの間接的証拠がその存在を肯定してしまっている。少なくとも異様に発達した古代文明の存在は確定的だ。

 

それが女神にもたらされたのか、あるいは極まった古代文明が生み出した極地なのかは判断できはしない。それでも、あのドラゴンはこの地を静かに見守っている。

 

 

「その正統な所有者、あるいは管理者、守護者。七の至宝に関わる古代の王家あるいは名家、代表者。可能性としては簒奪者、反乱分子の首魁。まあ、あくまでも推測でしかないです。人間社会は複雑怪奇。政治となれば魑魅魍魎が潜んでいます」

 

「その辺りも調査させているところです」

 

「情報を扱う軍の部署が歴史ロマンに挑むですか。悪役にしか見えないですね」

 

「はは。一線の研究者に資金と材料を与えたうえでの国家プロジェクト扱いですよ」

 

 

軍が超古代文明の遺産を掘り当てる。古今東西の物語ではどう考えても破滅フラグである。なんというか、目覚めさせてはいけないものを掘り当てるとか、正義の味方に妨害されるとか。

 

 

「切り札は多いに越したことはありませんが、藪をつついて蛇を出すなんてオチはちょっと勘弁願いたいですし。まあ、貴方なら大丈夫でしょうが」

 

「それについては肝に銘じておきますよ」

 

 

とはいえ、敵が真っ先に狙うとしたら間違いなくリベール王国の情報を全て握っていると言ってよい軍情報部だ。

 

何らかの方法で彼らが無力化される事を想定するべきである。そのためのジョーカーも目途がついた。まあ、少しばかり想定の斜め上の結果だったけれど。

 

少なくともジョーカーの方は情報部でさえ掴んではいないはずだ。少なくともアレの正体を知っているのはラッセル博士とエリカさんぐらいだろう。

 

表向きは第五世代戦術導力器の開発と銘打たれているものの、あれはもはや別物だ。正直に言ってどれだけの可能性があるのか私やラッセル博士にすら推し量れないほど。

 

 

「しかし、いくら得体が知れないとはいえ国家を相手取ることは難しいでしょうが」

 

「常識的にはそうなんですけどね」

 

 

いくら得体のしれない技術を保有していようが、結局のところ戦争は物量で勝負が決まる。民のいない超国家組織は動きこそ軽やかだろうが、本気になった国家を相手取るのは難しい。

 

深く人々の心に根を張った宗教組織ならばまだしも、利害で繋がるだけの組織ならば付け入る隙はいくらでもあるというもの。

 

 

「それに、アーネンベルク級の竣工も間近です」

 

「ああ、そういえばもうすぐ竣工でしたか。その後はグリューネの建造開始ですね」

 

「空軍の建艦計画もそれで一区切りですが」

 

 

その後は海軍関連の増強にリソースが振られる。潜水艦、特に戦略型潜水艦の開発研究が本格化し、潜水艦発射弾道ミサイルの実用化を目指すことになる。

 

結局のところ、海に潜る潜水艦以上のステルス性を持つ兵器は存在しえなく、そういう意味ではアーネンベルグ級すらも見せ札の一つでしかない。

 

軍に関してはステルス機などの開発研究も並行しており、おおよそ20年以内においてリベール王国が対外戦争に巻き込まれるという可能性は極めて低くなっている。

 

そうして時間を稼ぎながら、勢力均衡による一時的な安定化、そして最終的には集団安全保障が確立できるような情勢にもっていければいい。

 

どの時点で他国が核兵器、あるいはそれに類する戦略兵器の開発に成功するかは不透明であるが、それはそう遠い未来ではない。

 

戦略兵器は見せ札とすれば勢力均衡を招くファクターとなる。批判は多いものの核兵器によるデタントは、相手側とこちら側の思惑が一致すればそれなりに平和を維持できるシステムだ。

 

それで一定期間は安定を保たせられる。そして大規模破壊兵器は戦争を躊躇させるために、大国間の意見調整を促す。

 

それを上手く利用すれば、Xの世界のような集団安全保障体制に近い情勢にまで持ち込めるだろう。出来るかは外交センス次第。

 

そのためには、大国と呼ばれる国々の国民がそれなりに豊かになることが前提条件となる。持つものは失うことを恐れるものだ。

 

幸い宗教的な対立が表面化しているわけでもなく、致命的な感情的対立が生じているわけでもない。調整のハードルは高すぎるというわけではない。

 

とはいえ、大国の都合による安全保障は、あるいはその後の非対称戦争の幕を開けることにもなり得るだろうが。

 

 

「これから起こり得る大陸の動乱に対し、我が国の基本姿勢は漁夫の利狙い」

 

「とりあえずは鉄血宰相殿のお手並みを拝見というところですかね」

 

 

この時まで、リベール王国の政府および軍の上層部には楽観があった。少なくとも国は大きく発展しており、国力においても帝国と共和国を追い抜くのもそう遠くはないと考えられていたからだ。

 

特に軍事力の評価においては大陸において比肩する相手はいない。共和国と帝国が同盟し、総力戦を挑んで来れば少しは状況も変わるだろうといったところ。

 

油断はなかったが、それでも余裕はあった。この平和がこれから少なくとも四半世紀は続くだろうという楽観的な予測。

 

しかし、それは半年後に大きく揺らぐこととなる。

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

「…っ」

 

 

鋭い横一線の薙ぎ払い、回避しきれずに剣で受ける。氣が具現させる灼熱の炎が熱を輻射し、頬をチリチリと炙る。

 

エリッサはそのまま私の横を高速で駆け抜け、私の背後をとる。あらゆる方向から剣が襲いくるような錯覚。

 

エリッサの炎のように荒れ狂う剣は、中途半端に戦闘経験を積んだ者に対して絶対的な初見殺しを発揮する。

 

今だってそういう者ならば背後を取られた瞬間に、架空の一撃を防ぐために防御の姿勢をとるだろう。だが、そんな一撃はいつまでも来ない。

 

そうして、気が付けば上段からの必滅の一撃を叩き下ろしてくる。まともに受ければ剣や盾ごと叩き割るほどの一撃。避けるのが無難である。

 

 

「業炎撃!」

 

「お返しです」

 

「へぁっ!?」

 

 

エリッサの業火を伴う一撃が空振りに終わり、私はバックステップと同時に飛ぶ斬撃、洸破斬を放つ。大技の後は隙が生まれるものだから、ちょっとした嫌がらせである。

 

しかし、私の放ったそれをエリッサは重心をずらすようにしてなんとか横に避けた。うん、体勢も崩れていないので悪くない。

 

悪くなかったので私はエリッサの背後をとることにした。

 

 

「弐の型・裏疾風」

 

「くぁっ…」

 

「お?」

 

 

八葉一刀流・弐の型「疾風」は独自の歩法を組み合わせた高速斬撃。敵陣に飛び込み多くの敵を切り伏せる一対多に特化した剣だ。

 

その中でも裏疾風は相手の背後から追撃を加えるという意味で、一段高度となるアレンジとなる。防ぐにはそれなりの反応速度を要求されるが、

 

 

「腕をあげましたね、エリッサ」

 

「まだまだだけどね! っていうか、この技けっこう見てるし」

 

「いえ、今のは一段と綺麗に避けましたよね。ちゃんと反撃も加えて、素晴らしかったです」

 

「じゃあ、エステルはどうして私の腕を掴んでるのかな…」

 

「攻撃は初動で潰すのも一つのテクニックです」

 

「そんなのふつう無理だよ…」

 

 

追撃を地に伏せるように回避したエリッサの素晴らしいカウンター。思わず一歩踏み込んで腕を掴んでしまいました。本来ならここで蹴るのですが、ここは我慢。トンとワンステップで後ろに退く。

 

 

「では、ちょっととっておきを出しましょうか」

 

「やだー」

 

「では、行きます。上手く防いでくださいね」

 

「…っ、五の型?」

 

「のアレンジです」

 

 

剣を鞘に納める。居合は剣の軌道が読みやすくなるという致命的欠点があるが、鞘走りで剣の速度が増すとか、鞘に刀の重みを預けられるとかそういった効果もある。

 

他にも剣の間合いを誤魔化すといった効果も期待できるが、腕のある相手だと誤差の範囲になってくる。まあ、その誤差が達人同士の立ち合いになると有意差として出てくるのだけど。

 

本来実戦で居合なんて使うのは実のところ非合理で、奇襲を受けた際の応戦の手段に過ぎないはずなんだけれど、速度を重視する戦技を扱う場合は意外にこれが効いてくる。

 

 

「いざ」

 

「あ、え?」

 

 

エリッサは信じられないものを見たかのように私の剣を受けた。ワザと体ではなく彼女の持つ剣を狙い、その剣技を叩きこむ。

 

衝撃によりエリッサが後方へと弾け飛ぶ。彼女の持つ剣はバラバラに砕け、エリッサは転がった後、途方に暮れたように折れた剣の柄を見つめていた。

 

 

「ねえ、エステル。今、エステルの剣が9つに分裂してたんだけど」

 

「はは、何を言ってるんですかエリッサ。剣が増殖するわけないじゃないですか常識的に考えて」

 

「あ、うん。え、でも、あれ? 何これ怖いんだけど。ねぇ、ヨシュア、今の見てた?」

 

 

エリッサがなんとなくあきれ顔で私たちの立ち合いを見ていたヨシュアに話を振った。ヨシュアはというと苦笑いしながら人差し指で頬をかく。

 

 

「僕からは13に見えたかな」

 

「さすがヨシュアは目がいいですねぇ。いえ、単純に視点の問題でしょうか」

 

「それで、エステル、何をやったんだい?」

 

「いえ、単純に素早く連撃を加えただけですが?」

 

「あー、うん、もういいや」

 

 

五の型「残月」の延長線。居合抜きから二段目の剣撃に移る抜刀術の速度面を突き詰めた戦技。《鬼神斬》。刹那に無数の斬撃を打ち込み、まるで無数の剣が同時に襲い来るような錯覚を与える。

 

まるで漫画みたいな技なのだが、まあ、この世界でそういう事を突っ込むのは野暮というもの。飛ぶ斬撃とか、剣に炎を纏わせるとかよりは常識的だと思う。

 

 

「私もまだまだかな」

 

「強くなっていますよエリッサは。剣は私が先に始めた分、一日の長がありますから」

 

「エステルは他の事一杯しながらでしょ」

 

「えっと…」

 

「ふふ、大丈夫だよエステル。別に羨んでるとか、嫉妬してるとか、自分を卑下してるわけじゃないよ」

 

「安心しました」

 

「むしろ、もっと惚れ込んでるよ! エステル愛してるよ世界一」

 

「不安になりました」

 

 

そうしてエリッサが抱き着いてくる。私はうんざりしながら彼女の頭を撫でた。ふと横を見れば母性すら感じるほどの笑みをニコニコと浮かべるヨシュア。ああ、他人事ということですね分かります。

 

 

「ヨシュアも何か言ってやってください」

 

「やだよ。怪我したくないし」

 

「遊撃士志望なんでしょう? 正義の味方のっ」

 

「遊撃士だってタダじゃ働かないよ」

 

「ちっ、しょせんは資本主義の狗ですか」

 

「エステル、私の愛は無償だよ?」

 

「私の精神力は有限ですがね。あと、どさくさに紛れてお尻を撫でないでください。踏みますよ」

 

 

タダほど高いものはないのである。無料の携帯電話は通信費用が嵩んで結局は高い買い物に。そして愛にもコストはかかる。主に精神的な意味で継続的に。

 

ちなみにエリッサの愛はセクハラ的な意味でコスト高。肩書き的に超偉い私様のお尻を撫でるとか、1億ミラ出されても無理ですので。

 

 

「あと二日ですか」

 

「…うん。大丈夫だよ。私、ちゃんと出来るから」

 

「信じています」

 

「うん」

 

「まあ、一月と経たずに会えるんですが」

 

 

全寮制とはいっても、外出が禁止されているわけでもなく、休日が設定されていないわけでもない。そういうのは逆に効率を下げてしまうからだ。

 

なので、休みの日に地下鉄を使えばそれほどかからずにZCFまで来れてしまう。買い物に付き合うことだって出来るし、それに私、軍のお偉いさんなので士官学校とか簡単に入れてしまう。

 

 

「だよねっ」

 

「というわけで、まだ訓練用の刀剣が残ってます」

 

「え、まだやるの?」

 

「セクハラする元気があるなら大丈夫です」

 

「……助けてヨシュアっ! このままだと筋肉痛で動けなくなっちゃう!!」

 

「あはは…。うん、冷たい飲み物持ってくるね」

 

「待ってヨシュアぁぁぁぁぁ!!?」

 

「うん、エリッサ、今すごいワザ考えました。これ絶対一撃必殺です。これで今度こそお父さんもバタンキューできます!」

 

「ひぃっ!?」

 

「てんちしんめーけん!!」

 

 

というわけで、今日はおもいっきりエリッサと付き合ってあげたのでした。

 

 




九頭龍閃だと思った? 残念! サモナイの鬼神斬でした!

《鬼神斬》
攻撃クラフト、CP35、単体、威力300、基本ディレイ値3000、確率90%[気絶] ・確率90%[混乱]
刹那に鬼神の如く16の斬撃を叩き込む超高速の連撃。
ほら、貧血気味の高校生だって17分割できるんだし…。

037話でした。

久しぶりの百合回。エステル的には好意を向けられることについては肯定的に受け止めているよう。ただし、受け入れるかはまた別で。

思春期なエリッサのちょっと性的なアプローチには辟易している様子。行き過ぎた行為に対しては容赦ないお仕置きを加えます。この後滅茶苦茶修業した的な。

しかし、幻の空中都市を得ようと目論む情報部大佐…。あれ、アイツしか思い浮かばないんですけど。目が、目がぁ~!




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038

 

「んー、エイね」

 

「エイじゃな」

 

「好き勝手言いやがりますね」

 

 

さて、時は流れエリッサがグランセルへと去り、それでも私の日常は変わらずZCFと王立航空研究所を中心としている。

 

ちなみに今日は新型戦闘機のモックアップが完成したのをお披露目している所だ。そしてこの暴言である。解せぬ。

 

まあ確かにその姿はお世辞にも格好良いとは言えない。なんというか、空を飛ぶ鳥的な要素が完全に剥落し、海洋生物のそれに酷似している。

 

そういうわけで、ラッセル博士とエリカさんから散々な評価を頂いている訳である。主に優美さの観点から。機能美を感じていただきたいのに。

 

さて、その機体の方であるが、まず、水平尾翼が無い。それどころか胴体と翼の明確な違いが見当たらない。

 

底面は平らな一枚板に見え、側面に細長い、中央に大きめの扉のような構造が見て取れる。ウェポンベイである。扉と胴体の接線はジグザグに切り取った奇妙な形状。

 

翼は端から始まり後端まで続く。上から見たら底辺がジグザグに切り取られた三角形に見えるはずだ。しかし平べったく、翼と胴体の継ぎ目が判然としないブレンデッド・ウィング・ボディー。

 

左右非対称の台形の二枚の垂直尾翼は内側に傾く全遊動式。インテークの入り口は菱形で、胴体を形成する傾斜とインテーク、垂直尾翼の傾斜はすべて一致している。

 

排気ノズルの形状も特殊で、上側が短くなった上下非対称。上下20°に偏向する二次元ベクタードスラスト。

 

 

「垂直がダメなのです」

 

「それは分かるがの」

 

「直角が交わる窪みは最悪です。あと、鋭角もやっぱりダメです」

 

「再帰性反射と回折に対する対策ね」

 

「平面が向く角度を一定にするように調整しました」

 

「まあ、インテークと胴体の膨らみの部分と、尾翼の傾きが平行になってるのは分かるわね」

 

「これは飛ぶのかの?」

 

「飛びます。というか、飛行船が飛ぶんですから、純粋に浮くだけなら形状なんて正直どうでもいいんです」

 

 

Xの世界の関係者が聞けばふざけるなと言うような内容であるが、あちらもフライ・バイ・ワイヤで割と無茶してるのだから文句を言われる筋合いはない。

 

浮いているのなら、後は推進力をつければいい。大抵の問題は推進力とフライ・バイ・ワイヤで解決できる。推力偏向ノズルがあればなお結構。

 

このXの世界のF-117とB-2の相の子のようなゲテモノは、とりあえず来年度末ぐらいには試作機を完成させて実際に飛ばしてみる予定になっている。

 

 

「私はこっちの方が好きだけど」

 

「わしもじゃな」

 

「まあ、それは、好みの差ですから。ええ、きっと」

 

 

新型戦闘機の素案はいくつかあり、F-22をイメージしたモックアップも用意している。分かり易くてオーソドックスで堅実な設計。水平尾翼があると安定性が違う。

 

何よりも格好よさが段違い。格闘性能を考えればクロースカップルドデルタ翼も考慮に入れるべき。カナードと水平尾翼はRCSに関して意外と変わらなかったり。

 

ただし、垂直尾翼は垂直だとRCSが高まるので、2枚のV字型が良い。内側に傾けるのも有といえば有りなのだけれど、すごい前衛的な形状になりそう。

 

 

「超小型反重力発生機関の見込みはついたんじゃろ?」

 

「ついちゃったんですねぇ。どうするんですか、あれ?」

 

「どうするも何も、出来ちゃったのは仕方がないでしょう?」

 

「でも、なんでああなるのか一切分からないんですよ?」

 

「それを追求するのがわしら科学者じゃろう」

 

「だからって、あんな訳の分からないものを実用化するのはどうかと思うんですけどね」

 

 

ある試行錯誤の結果として昨年、偶然生み出された新発明というか新発見。

 

それは本来全く異なる目的で作られたのだが、想定を上回る斜め上の結果を生み出す事となり、私達関係者は大きく困惑させられた。

 

それはある意味において現代導力理論の欠陥を突きつけるものであり、しかしとにかく有用であることは理解された。

 

これにより様々なブレイクスルーが生じ、いくつかの技術的な限界が取り払われた。融合導力魔法における同調の問題にしかり、重力制御機関の体積に関する問題にしかり。

 

モノがモノだけに、これの実態を知る者はZCFでもごく一部。軍情報部にだって流してはいない。ジョーカーとして手元に残しているが、正直なところ切りたくない札である。

 

何しろ、私やラッセル博士ですらこの新素材において何が起きているのか今のところさっぱり分からないからだ。

 

 

「というか、エリカさんはエリカさんでとんでもないモノ作っちゃいましたし」

 

「核熱ジェットエンジンのこと?」

 

「それです」

 

 

正確にはロケットエンジンに近いもので、推進力を生み出すために大気を用いるが、別に大気が無くても推進力は発生する。

 

トリプルミラー型核熱ジェットエンジン。磁力に加えて電位による障壁、さらに反重力による障壁によりプラズマを閉じ込め、本来は反応に手間のかかるホウ素と水素を反応させるシステム。

 

重水素と三重水素を用いないのは中性子により周辺施設や作業員を被曝させないため。発生するのはα線なので防護はしやすい。

 

ヘリウム3と重水素の反応は中性子を発生しないが、ジェットエンジンには向かない。短期での高効率反応を目指すためD-D反応の割合が高くなり、それなりに中性子が発生する。

 

発電ならばヘリウム3燃料はそれなりに有用だが、この天才様はCNOサイクルを実現してしまったのでその必要性は薄れている。

 

プロペラントとしては民間用ならば水を、軍用や宇宙開発の分野ではキセノンなどの希ガスか二酸化炭素を想定している。

 

とはいえこの画期的な推進システムもまだまだ問題が多く、出力も安定していない。それに容量が大きすぎて航空機や宇宙船に搭載するにはさらなる小型化が必要になる。

 

 

「だから、もうちょっと高効率なものが作りたいのよね」

 

「なら縮退でもさせますか?」

 

「……なるほど、その手があったわね」

 

「なんじゃ、面白そうな話じゃの」

 

「え、いや、冗談ですからね?」

 

 

いや、投げやり気味に適当なことを言っただけなんですけど、なんでこの人たち本気になっているんでしょうか。解せぬ。

 

そうしてエリカさんはものすごい勢いで広げたノートに数式と図を描き始めた。それにラッセル博士が加わり収拾がつかなくなる。このヒト達はもしかしたら世界を滅ぼすかもしれない。

 

そもそも、次世代機の研究もそこまで急がれているものではない。ラファールとミラージュという戦闘機で国防は十分であるし、そもそもあれらも軍全体に行き渡っているわけではない。

 

予定調達数720機というのは、今後10年ほどかけて整備していく類の話だ。今月になってようやく総数200機ほどが軍に配備されたという段階。

 

Xの世界で言うところの第4世代ジェット戦闘機とも言うべきこの二つの戦闘機は、重力制御という反則技により垂直離着陸機として機能し、豊富な搭載量は爆撃任務にも適用できる。

 

フライ・バイ・ワイヤと導力演算器による運動能力向上は今も更新され続けており、空戦能力もまだ伸びシロすら有様だ。

 

そしてお隣のエレボニア帝国といえば、まだ音速にすら到達できないプロペラ機が軍に行き渡ったかなといった状態。

 

ジェットエンジンについてはラファールの登場に触発された形で、今年になってようやく基礎研究を開始する部署がラインフォルト第三製作所に開設されたという具合だ。

 

そもそもエレボニア、カルバードともにレーダーすら満足に整備されていない状況ではステルス機を今すぐに投入する意味すら怪しい。

 

ということで、これはあくまでもステルスという概念の研究を行うための試験機となり、調子に乗ったZCFの熱心な(変態的な)技術者によってさまざまな新技術が投入されることになっている。

 

推力偏向ノズルやステルス性に適した形状の実証。排熱の抑制による対赤外線追尾。レーザーによる赤外線シーカーを無力化するアクティヴなミサイル防御。これらは私の常識的な発案だ。

 

だが、音速を超える空気が流れる層を機体表面に形成し、空力加熱や抗力を軽減する導力流体制御器だとか、尾翼のようなとても薄い構造体の内部に重力制御装置を組み込む技術だとか。

 

他にも、導力波や電磁波を反射させないメタマテリアルによる表面加工とか、画像素子による光学迷彩。戦闘機レベルの筐体に搭載可能な戦術高エネルギーレーザー兵器の開発なんかはどうかと思う。

 

いや、私もアイデアは出したし調子に乗って関わったし、ラッセル博士とかエリカさんとかと一緒に悪乗りしたことはあったが、なんでお前ら数年で実用レベルにもってきてるの?

 

 

「あー、私、ZCFに戻るので。一緒の飛行船にのります?」

 

「そうね。ここの設備も悪くないけど、向こうのほうが落ちつくもの。ティータもいるし」

 

「そうじゃな」

 

 

そうして私たちは飛行船に乗りツァイスへと帰る。半島からツァイスまでは850セルジュほど。飛行船の速度ならば30分で到着してしまう。

 

そうして着陸した空港にて、私たちを出迎えたのはリシャール大佐だった。

 

 

 

 

「……なるほどのう。どうやって手に入れたのかは知らんが、こいつは大したもんじゃな」

 

「そうね。今のZCFですらこれ程のものは作れないでしょう」

 

 

リシャール大佐が持ち込んだ案件は即座にZCFのスタッフにより見聞される。機密性の極めて高い情報なだけに、取り扱えるスタッフも限られてはいるが、誰もが一流の科学者や技師だ。

 

持ち込まれた資料は導力結晶チップに納められた画像データと各種数値、そして動画である。そこには全高7アージュほどの蒼い騎士人型が映し出されていた。

 

すなわち、人型機動兵器。

 

エレボニア帝国における最大の企業、ラインフォルト第五開発部から情報部が入手した仮称《機甲兵(パンツァーゾルダ)》についての機密情報にそれはあった。

 

 

「…シュミット博士の発明ですかね?」

 

「少なくとも資料の設計図にある《機甲兵》にはアヤツの設計思想が表れておる。じゃが、この蒼い機体は別物じゃな。アヤツにはこんな華美な機体を設計する趣味はないじゃろうからの」

 

「となると…」

 

「この蒼いのは間違いなくアーティファクトね。そしてそれを解析し、量産化に漕ぎ着けたと見るのが正解でしょう」

 

 

巨人の外観は巨大な鎧騎士のよう。昆虫の腕のような翼を背中に背負い、頭部には騎士兜のような飾りと見るべきものもある。

 

この青い機体には芸術的な要素が含まれており、優美で複雑なラインと装飾には機能的な意味を見いだせない。つまり、試作機や軍用機と呼べるものではない。

 

対して他の機体は工業的なデザインが見て取れる。これは正しく量産機、軍用機と考えて良いが、そのデザインには青い機体の影響が見て取れる。

 

となればエリカさんの言う通り、蒼い機体は発掘されたアーティファクトと考えて良いだろう。問題はこの機体の分析と技術の取り込みがどの段階にあるか。

 

 

「大佐、生産は既に?」

 

「いえ、現在は設計図のみで部品の試作が行われている段階かと」

 

「いつ頃から研究開発が始まったんでしょう? 少なくとも関節部の設計なんかの完成度は一朝一夕のものとは思えません」

 

「いや、それはお主が言う事ではないの」

 

 

私はほとんど反則をしているので理由がある。が、この目の前にある機体とデータには同じ雰囲気が感じられた。

 

すなわち、多くの試行錯誤を無視して正解に至る過程の跳躍。となると、向こうにもそういう存在が登場したか、あるいは例の結社が関わっているか。

 

 

「G・シュミット博士ですか…。いったいどういう人なんですかね?」

 

「ん、そうじゃな。基本的には研究さえできれば他はどうでもいいといった男での。それがもたらすであろう社会への影響など全く考えん」

 

 

ラッセル博士が顔をしかめてそう評する。優れた研究者であり技術者、しかしながら極めて気難しいとは聞いていたが、ラッセル博士とはよほど馬が合わなかったのだろう。

 

研究結果がどのように社会に影響を与えるかを考えるべきは、その社会を担う人々、あるいは政治家の仕事であるという思想は、まあそれなりに理解できる。

 

結局のところ研究というのは競争という側面があるから、自分が世に出さなくてもいずれ誰かが発明するだろう。再発見や再発明というのはこの分野では良くある事だ。

 

だからといって、何もかもを全部他人に放り投げてしまうというのはどうなのだろう? 私も飛行機という技術を世に送り出した分、そこまで強く言うことは出来ないのだけれど。

 

だけれども、その発明や研究がもたらすだろう危険性を常に発信し続けるのは、警告し続けることは研究者の倫理としては必要だと思う。

 

抗生物質の発明者が、その濫用について強い警告を発していたことは知られている。そしてそれは多剤耐性を獲得した細菌の登場として現実となった。

 

核兵器を作った私は、その危険性を、それがもたらすだろう悪夢を発信するのは私に課せられた義務である。

 

宇宙利用の正の側面だけではなく、負の側面を伝えることも義務だ。惑星軌道上に大量破壊兵器が溢れるという悪夢は絶対に阻止しなければならない。

 

 

「博士。この機体は王国の脅威たりえますか?」

 

 

リシャール大佐の真剣な表情。国防に関わる彼の視点は、つまりこれがリベール王国を脅かすものであるかどうか。私たちのような技術的な視点とは少しばかり異なる。

 

 

「そうですね。二足歩行のこの機体に関していえば武装飛行艇の敵にはなりえません。この青い騎士についても、飛行能力を有してはいますが空力的に見てラファールでの対処は十分に可能でしょう。平野での戦闘ならば」

 

「つまり、市街地や山林では?」

 

「このリアクティブ・アーマーというのが曲者です。歩兵の対戦車兵装では対処できないかもしれません。山岳地帯や森林の多い国境地帯では戦車が活動できませんし」

 

 

障害物の少ない戦域においては、戦闘ヘリとしての能力を持つ武装飛行艇が圧倒的に有利になるだろう。そもそも頭長のある二足歩行型というのはそれだけで不利になる。

 

無駄な関節や大きな前面投影面積は装甲の厚さを制限する。高い重心と細い四肢は火力に制限をもたらすだろう。

 

だが、

 

 

「最大の懸念はこの技術が他に運用された場合ですね。たとえば、多脚戦車やパワードスーツへの応用がなされれば、数に勝る帝国に押し切られる可能性もあります」

 

 

エレボニア帝国とリベール王国国境は峻険な山岳地帯だ。そしてその先には深い森林地帯が広がっている。視界が悪く、足場も悪く、霧も出やすい。

 

これらの地域ではこういった踏破性のある脚を持つ兵器が高い効果を示す可能性がある。視界の悪さは遭遇戦を多発させ、それが二脚型の兵器の戦術的価値を十二分に高めるはずだ。

 

 

「とはいえ、このままなら導力パルス兵器には無力ですね」

 

「繊細な導力結晶回路が仇じゃの」

 

「対策は可能よ」

 

「費用対効果の問題ですよ。全てのシステムが導力仕掛けなら、それら全てを保護する必要がありますし、関節部の保護についての難易度は戦車や飛行艇におけるそれと比較になりません」

 

 

対導力エネルギー砲・導力魔法対策も一応はなされているが、あくまでも戦術導力器に対抗できる程度のレベルだ。

 

極端に波長の短い、過度な導力パルスの負荷には耐えきれないだろう。たとえば原子爆弾を転用したようなものには。

 

ただし、それらもこの青い騎士、発掘されたアーティファクトの前にどの程度の効力を持つのかは不透明ではある。

 

 

「しかし、帝国でこのようなアーティファクトが出土するとは驚きじゃの」

 

「帝国には《巨いなる騎士》と呼ばれる伝承があるようです。『戦乱の世に“焔と共に輝き甲冑をまといし巨大な騎士”現れて、戦を平定する』と」

 

「焔…。なんとなく、嫌なワードが出てきましたね」

 

「七の至宝がらみである可能性…ね。どんなアーティファクトなのかは分からないけれども、これだけのアーティファクトを残す以上、かなりの大物の可能性があるわ」

 

「むしろ、この人形兵器よりもそちらの方が脅威と考えるべきでしょう」

 

 

雰囲気からすれば、その奥に控えるのは『火の至宝』だろう。属性からして破壊的であり、軍事転用の容易さを想像させる。

 

そのようなモノがエレボニア帝国の手に渡ればどのような結果を生むだろうか? 彼らが十分な自信をつければ、再びリベール王国に対して野心を抱かないとも限らない。

 

 

「ですが、差し当たっては第五開発部よりも第二製作所の動きの方を注視すべきかもしれません」

 

「蒸気機関を搭載した戦車…ね。いったい何のためにこんな物をって、まあ、少し考えればわかるわね」

 

 

よりにもよって蒸気機関を用いた戦車である。冗談かと思うようなシロモノではあるが、実用レベルにまで持っていったのは流石ラインフォルトというべきか。

 

しかし、よくぞ蒸気機関を戦車に収まるサイズにまで縮小できたものだ。熱効率は内燃機関に優れる部分はあるが、十分な出力を得るにはどうしても大型化してしまうという欠点からは逃れられないはずなのに。

 

そして、そんな労力に見合うだけの戦術・戦略的価値をこの戦車に与えるためには、考えられる状況は限られる。すなわち、

 

 

「導力エネルギーが使用できない環境下での機甲戦力の運用ですね。あちらも導力パルス兵器を開発した…とか?」

 

「それなら既存の戦車に一時的にシートなりを被せて防いだ方が安上がりだわ。それだけの理由で蒸気戦車なんて色物を開発する必要はないと思うけれど」

 

「ならば、他の何か…じゃろうか?」

 

 

その原理は分からないが、とにかく帝国は導力が使用できない状況を生み出し、その環境下での戦闘を前提とした武装を少数であるが製造している。

 

で、あるならば王国側もそれに対応した兵器を用意すべきだ。ならば、とりあえずは―

 

 

「私は新型の内燃機関でも設計しておきましょう。非導力化については以前から蓄積もありますし、ガソリンや軽油は共和国から供給を期待できます」

 

 

石油由来燃料を用いたジェットエンジンの開発は既に完了している。内燃機関についてもすでにガソリンエンジンが存在し、発電機を組み合わせた通信の非導力化も実現している。

 

とはいえ、そこまで効率的ではないのが難点であり、戦車に搭載するようなガスタービンエンジンはいまだ作成していない。

 

 

「ふむ、ならワシはこの人形と同じようなものを作ってみようと思うのじゃが?」

 

「まあ、お任せします」

 

「待ちなさいアルバート・ラッセル。私を無視して勝手に作れるとは思わないことね!」

 

 

そうしていつも通り取っ組み合うエリカさんとラッセル博士。緊張感のいまいちない二人の遣り取りに私はクスリと笑みを漏らす。

 

私はこの時、こんな事態においてもこの二人や、あるいは父さん、そして優秀なリシャール大佐やモルガン将軍がいれば対処しきれると考えていた。

 

すぐ傍で苦悩する大佐の事を深く考えずに。

 

 

 

 

 

 

「大佐、どうでした?」

 

「やはり博士たちもあれが《至宝》にまつわるものだと予測していたよ」

 

「情報部の予測通りというわけですね。女王陛下は?」

 

「七耀教会に問い合わせると。悠長なことだ。例の導力爆弾《ソレイユ》の運用も制限をかけたまま…」

 

 

いや、あの恐るべき兵器にしろ《火の至宝》の前に通用するかは未知数だ。未知の物こそ恐ろしいというのは的を得た表現だ。

 

であるならば、帝国がそれを手にする前に攻め滅ぼすか、あるいはこちらも対抗して《至宝》を手にするかだが、それを女王が許すはずもない。

 

城の地下に隠された導力反応の調査の許可も出ていない。アルジャーノンは効果的であるが、毒ガスや生物兵器には脆い部分がある。

 

目の前の赤い仮面の男が不敵な笑みを浮かべる。ロランス・ベルガー。ジェスター猟兵団から引き抜いた恐るべき剣の使い手。

 

相当のキレ者でもあり、カノーネ君に並ぶ私の右腕として活躍してもらっている。彼をスカウトしたのは…はて、いつだったか?

 

 

「やはり、計画を進めるしかないようだ。彼女は反対するだろうが、彼女の能力を今以上に、十全に国力に反映できる体制を構築するべきだろう」

 

 

エレボニア帝国の不穏な動きがなければ、正直なところこのままの体制を維持するのも悪くはないと考えていた。

 

女王陛下の調和を重んじる外交も、今のリベール王国の国力を背景にすれば極めて有効に働いている。陛下の態度は多くの国々にリベールが正義、エレボニアが悪という印象を決定づけている。

 

国力の増大とともに高まる軍事力も、陛下のイメージが軍事国家としての印象を弱め、エレボニア帝国への抑えという肯定的なイメージ戦略を打ち出すことに一役買っていた。

 

そういった我が国への印象は貿易面において優位に立つのに役立っている。少なくともラインフォルトは侵略国家の企業というイメージを免れえない。

 

そしてZCFは正義の味方、しかもその技術力により強大な侵略国家に勝利した側というイメージを前面に出せる。これは大陸諸国においてZCFのアドバンテージとなっていた。

 

だが、それはあくまでもエレボニアがこれ以上我が国に野心を抱かないという前提条件によるもの。彼らが強大な力を手に入れればどうなるか。

 

帝国軍や帝国貴族たちはリベール王国を過度に恐れ、そして憎むとともに嫉妬心を抱いている。苛烈な戦略爆撃はそれだけ彼らの心を抉ったのだろう。

 

そして、セントアークとバリアハートを無血開城し、ノルティア州の工業地帯を灰塵にされ、ラマール州の軍港を破壊された記憶は拭いされないようだ。

 

 

「しかし大佐、いいのですか? この計画では、貴方は最終的に法廷に立たされることになっている」

 

「ふっ、構わないさ。これだけの混乱を起こせば彼も軍に戻らざるを得なくなる。そして、《空の至宝》を王家に献上すれば計画は成功となる」

 

「大した愛国心ですね。しかし、次に玉座に座る王が姫殿下で良いのですか? 傀儡にするには聡すぎると考えますが?」

 

「傀儡にするつもりはないさ。何よりも彼女と懇意にしている姫殿下ならば、他の王族よりもまだ安心できるというものだ。そもそも次代の王が再び女王となるのは、ある意味において悪くはない。強大な力は警戒を生むが、女王が再び元首となればそういった印象も多少は薄れるだろう」

 

 

リベール王国が《空の至宝》を得た場合、多くの国々が我が国を警戒するだろう。何よりもアルテリア法国の横やりが入る可能性は高い。

 

七耀教会との協定なりを結び、至宝の所有を確定した後に女王陛下には玉座を姫殿下に譲ってもらう。これが成れば私は舞台から退場しても構わない。

 

姫殿下は彼女に強い影響を受けている。女王陛下は『力』に対して否定的な思想を持っているが、姫殿下は外交重視の姿勢を持ちつつも軍事力に対してはより現実的な態度を示していると見られている。

 

何よりも勤勉で誠実な態度と、陛下譲りの聡明さ、そして可憐な容姿は国民からの人気も高い。王としての器ならば、他の王族とは一線を画している。

 

対して他の王族は見たところ器が小さい。特に陛下の甥であるデュナン公爵は自己中心的で浪費癖が強い。単純な性格は傀儡としやすいが、その強欲は周辺国に要らぬ警戒を呼び起こすだろう。

 

 

「最後にクーデターの主犯である私が舞台を降りれば、姫殿下が傀儡であるという誤った印象はさらに薄まるだろう。ならば私は斬首刑となるのが最も良いが、さすがにそれは無いだろうな。まあ、国外追放かノーザンブリアに左遷されればシナリオとしては上出来だ」

 

 

後はエステル・ブライトと、可能ならばカシウス・ブライトがこの国を取りまとめるだろう。一度引退したあのヒトを軍に戻すというのは気が引けるが。

 

それでも、この二人と姫殿下の才気があれば、私程度の人材が消えようと大した影響はあるまい。特に彼女ならばあのオズボーンとも対等に張り合えるだろう。

 

私の後釜はシードにでも任せてしまえばいい。あの男は生真面目で苦労性ではあるが、私に代わる人材としては申し分がない。彼ならばモルガン将軍に代わり軍を率いるに十分すぎる。

 

事を成した後は、全て他人任せというあまりにも無責任な計画。それは私の元来の在り方からは大きく外れる。

 

しかしながら、それによって得られるリターンを考えれば実行すべきだろう。それに、同時に一時的な独裁に伴う強権でもって政府と軍に巣食う老害たち、不正を働く寄生虫共も一掃できる。

 

 

「カノーネ君には苦労かけることになるがね」

 

「彼女なら大佐の行くところ何処にでも着いていくでしょう」

 

「まったく、私のような男のどこが良いのか…」

 

「ほう、彼女の気持ちには気づいていましたか」

 

「ふっ、私はそこまで鈍感ではないよ。さて、我々も仕事を始めようか」

 

 

 

 

 

 

「やあ教授。そろそろ始めるのかい?」

 

「ああ、博士の方も調子はどうかね?」

 

「問題はないよ。リベール王国の早期警戒網は厄介ではあるが、出し抜くことは不可能ではないね。教授の方は苦労しているようじゃないか?」

 

「あの国の諜報網の精度が当初の予想を超えて高くなったからな。しかし、そのおかげで面白い人物とツテができた」

 

「怪盗紳士君は意外に協力的だからねぇ」

 

「ふふ、しかし今回の計画、博士にも来て頂けるとは恐縮だ」

 

「なに、私の興味は彼女にあってね。かつての古代ゼムリア文明にすら無かった設計思想…すばらしいとは思わないかね。これほど私の興味をそそる対象はレン以来だね。…だから分かっているよね?」

 

「ああ、もちろん。彼女もまた面白い歪みを持っている」

 

「頼むよ教授。そのために騎神の情報をリベールに流すことを許可したのだから」

 

「分かっているとも。しかし、あれは剣帝を潜り込ませるのにどうしても必要だった。なに、事が進めばリターンはそれ以上だ」

 

「ふむ、君の手腕に期待しようか」

 

「では、我々も仕事を始めようか」

 

 

 




ステルス機はどういうのがいいかしら? オーソドックスにF-22とかF-35系? あるいは空飛ぶエイみたいなキワモノでいくか。YF-23というのも…。


038話でした。

というわけで、原作通りの開始となります。うん、まあ、カプア一家とか出そうと思うとどうしてもね。

新たなゲストとしては第六柱さんにご登場いただきます。あとは、閃の軌跡Ⅱのプレイ次第で執行者No.1さんにも登場いただくかも。あれ、これ勝てなくね?

SCの終盤まで書けたら、ヴァレリア湖上空での飛行戦艦同士の殴り合いを描写する予定。以下に改善がなされたグロリアス改の素案を掲載。

使徒とかと戦えるレベル。ラミエルなら勝てるかも。ゼルエル相手ならちょっと無理かも。いったい誰と戦っているんだ? なお、防御面ではこれ以上のチートが…


《ぼくのかんがえたさいきょうのぐろりあす》
(装備案その1)超々高出力光学兵器『ディスラプションレーザー』
出力15テラワットにも及ぶ超高出力レーザー砲。6基の光学式標準砲塔より全天球方位に照準・照射を可能とする。ロイドは死ぬ。

(装備案その2)広域速射砲『プロトンキャノン』
近接航空防御用のエネルギー兵器。アイオーンType-αが搭載しているモノと同じ。ロイドは死ぬ。

(装備案その3)垂直発射装置
総数128セルの垂直発射方式のミサイル発射機。巡航ミサイルから対艦ミサイル、対空ミサイルまでなんでもござれ。ロイドは死ぬ。

(装備案その4)艦首光波衝撃砲『クエーサー』
1kgの質量に相当する重量のブラックホールを蒸発させ、そのエネルギーを前方に収束照射する戦略兵器。ロイドどころかクロスベルが消し飛ぶ。



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039

今回はつなぎ回。


 

 

 

「問題は、リベールはともかくエレボニア帝国に後れを取るということだよ将軍。特に今はクロスベル方面での緊張が高まっている。これも全てエレボニア帝国の野心によるものだ。分かるかね?」

 

「仰ることはもっともです大統領。しかし我が国もこの10年の間、遊んでいたわけではございません。こと、航空戦力においては帝国に対し常に優位を取っております」

 

「ふむ。なら、余計に彼らの機嫌を損ねるわけにはいかないな」

 

「そ、それは…」

 

 

この国の国防を司る男が口ごもり、暑くもないのに額に汗の粒を浮かばせた。いや、彼が悪いわけではないのは分かっているが。

 

私は葉巻の火を灰皿に押し付け、背もたれに体重を預ける。この国は巨大であるが、それゆえに病巣も多い。

 

そもそも組織などというものは10年もすれば腐敗が始まる。それは100年というまだ若い国家である我がカルバード共和国も同じことだ。

 

例の教団による事件はそれが最も顕著に表立って現れた例だろう。だが、目に見えるもの、目に見えないものも含めれば数えるのが億劫になるほどにそういったものはある。

 

癒着に収賄、横領に縁故採用。保身に長けたもののみが組織で生き残り、本当に必要な人材は芽を出す前に踏みにじられるか、抜き取られて腐らされるか。

 

組織を上手く渡りながらも有能な人材は確かに存在するが、老害や他者の足を引っ張るだけが得意な者たちの多いこと。

 

国境紛争、エレボニア帝国との覇権闘争。これに加え、今ではリベール王国というプレーヤーまで相手にしなければならない。

 

これだけの外交問題を抱えているにもかかわらず、民族問題と政治腐敗、マフィアが支配する闇社会といった国内問題は、癌と言っても過言ではないほどに我が国を蝕んでいた。

 

そういった多くの内患の一つが、空軍の実態だ。

 

カルバード共和国の航空機分野は完全にZCFに牛耳られている状態だ。特に心臓部となる部品の供給を完全にZCFに依存しており、単独での生産はできない有様。

 

それもバカ共が帝国の情報局の甘言に乗せられて暗殺騒動などを起こしたせいだ。アレのおかげでヴェルヌによるライセンス生産すら出来なくなったのだから。

 

これでは国防など初めからないにも等しい。このような状態で、どうやってリベール王国との健全な外交関係を構築するというのか。

 

悪いことに、こちら側には背伸びしても不可能な人工衛星を飛ばされている状況だ。あの国と事を構える気概のある軍人や議員など一人もいなくなっている。

 

いや、むしろ多くの議員がリベール王国の諜報機関に懐柔されてしまっている。このことは国民が知らないだけで、政治にかかわる多くの人間が知る公然の事実だ。

 

そして、それを防ぐためのシステムも不足している。

 

我が国独自の高度な情報分析機関を作るために動いてはいるが、今はまだ陸軍と外務省、内務省が別々に諜報活動を行っているに過ぎない現状だ。

 

それらは縦割り行政の弊害により、互いの情報の共有が出来ておらず、帝国情報局やリベール軍情報部に何度も苦杯を嘗めさせられている。

 

 

「我が国が人工衛星を打ち上げる日はいつのことになるやら」

 

「鋭意研究中であります。ですが、軌道投入に必要な出力を持つエンジン、そして航法制御のための導力演算器の開発に手間取っておりまして…」

 

 

閣僚の一人がそんな回答を述べる。それは全く出来ていないのと同じだろうとは表立っては言わないが。

 

そもそも我がカルバード共和国は技術面においてリベール王国とエレボニア帝国に及ばないことは周知の事実だ。

 

衛星を打ち上げるために研究中のロケットなどは、先日の実験において地上に落下し大爆発を起こした。

 

危うく一つの集落が消滅しかける惨事に、その原因究明のためにさらに研究開発に遅延が生じている。

 

民生部門のサービスの多様さについては勝っているとされるが、そんなもので経済や戦争で勝てるわけでもない。

 

自慢の工業力はすでにリベール王国がすぐ後ろまで迫っており、それが無ければ人口ぐらいしか両国に優位性を示せるものはない。

 

その人口に支えられた動員数と物量ですら、あの巨大戦艦の前では無力に思える。少なくとも歩兵で空飛ぶ巨艦を落とせるはずもない。

 

数がモノをいうというのは戦場の常識であるが、目に見える技術格差が生じた場合はそれを覆される事例もある。10年前のリベール王国がそれを証明した。

 

 

「それはそうと、《空の魔女》エステル・ブライト准将が我が国を訪問しているのだ。我が国の頭の固い学者先生たちにとっても良い機会ではないかね?」

 

「それは理解しております。今回は准将の講演を拝聴するため多くの学者や有識者が参加を申し込んでおりまして」

 

「選定に縁故採用や賄賂などは絡んでいないかね?」

 

「そ、その点につきましては万全を期しております」

 

 

なんとも《頼りになる》返答だ。今回の共和国最高学府における彼女の講演は入念な準備を整えて行われた。なにしろかつて暗殺騒ぎを起こした手前、次の失態は許されない。

 

航空機の開発者、そして帝国を完膚なきまでに叩きのめした立役者。しかも女性で見る目麗しいとくれば人気が出ないはずもない。

 

ちょっとした国家レベルの行事となった今回の講演であるが、これは多くの企業や政府・軍関係者にとっても重要なイベントとなっている。

 

彼女がリベール王国の意思決定において重要な役割を果たしていることは周知の事実だ。それに、ZCFにおける重要な地位を占めている。

 

そして航空機における現在基本となる戦術を考案したのも彼女だ。戦略爆撃や近接航空支援といったドクトリンは陸戦主体だった従来の戦争を一変させた。

 

機甲師団と近接航空支援の緻密な連携により、敵の戦線の脆弱な部分を突破し、敵主力を迂回して司令部や補給線を破壊、戦略的に重要な地点を脅かして敵主力を遊兵とする。

 

一年戦争においてリベール王国が行った電撃戦は、今や大陸諸国の軍隊のお手本として士官学校などで叩き込まれるドクトリンとなった。

 

その教義の基幹となった思想は彼女の発案であり、そしてそれを完全な形で構築したのが彼女の父親でもある天才カシウス・ブライトだった。

 

つまり、空軍と陸軍において彼女と彼女の父親は教書において最も重視される人物であり、故に彼女の王国軍内における声望はあまりにも大きい。

 

それは、彼女の一声でリベール王国の玉座に座る主すら変わるのではないかと言う者まで出てくるほどに。

 

そんな彼女とのコネクションは、企業人にとっても政治家、軍人にとっても垂涎の的のはずだ。

 

しかし、そういったコネクションも大事であるが、私としてはこの機会を技術面・思想面における発展に寄与させたいと考えていた。

 

 

「彼女は人間を見る目も長けると聞く。彼女の興味を引いた者をリストアップすべきだと考えるが?」

 

「そ、早急に準備させましょう」

 

「それと将軍、分かっていると思うが、まかり間違って彼女に傷一つでも付けるようなことがあれば大変なことになってしまう。私たちの進退にもかかわってくることだから慎重に頼むよ」

 

「はっ」

 

 

そうして閣議が終了し、スタッフが散っていく。私は再び葉巻に火をつけて煙を大きく肺に送り込んだ。

 

 

 

 

「…こういう溝をつければ良いのでは? そうすれば導力流の干渉が発生しますので」

 

「そ、そうかっ! なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ!?」

 

「ほう、盲点でしたな。それならば重量と容量を維持したまま十分な強度を保てる…。流石はエステル博士」

 

 

ただ今、私はカルバード共和国のとある大学の構内にていい歳のオジサンたちに囲まれていたりする。

 

女性もそれなりにいるのだけれど、やはりまだまだ学会は男社会といったところ。とはいえ、若い研究者も年老いた研究者も熱心で私としても刺激になる。

 

1202年早春、私はZCFの研究者たちと共に導力工学に関係する国際的な学会に出席していた。

 

本当はエリカさんやラッセル博士と一緒に来たかったんだけれども、危機管理というかリスク分散のために一緒することは出来なかった。

 

まあ、今回はお父さんが護衛についているので滅多なことなど起きようもないのだけれど。S級というのは伊達じゃないのである。

 

リベールを離れて多くの国々の研究者と話をするのは楽しい。とても刺激になるし、新しい視点や発想の源泉となる。ZCFに引きこもっていては中々得られえない経験だ。

 

 

「ん…? ということは、こういう風にすると…」

 

「!? お、おい! 何ぼさっとしてるんだ! 導力演算器を持ってこい!」

 

「ウソだろ…? とにかく実験で確かめてみないとっ」

 

 

初老の研究者が大学の演算器を持ってこいと怒鳴り、周囲の研究者たちが検証のためにノート上で計算を一心不乱に始める。

 

 

「博士、ここはこうすれば…」

 

「なるほど。それなら振動が抑えられますね。…っていうか貴方、ヴェルヌ社の人ですよね。これ、秘密にしなくて良いんですか?」

 

「いや、こんな機会滅多にないですから…。出し惜しみしても…ねぇ?」

 

 

何をあたりまえのことをといった感じで頷く面々。こうやって技術的な暴走は始まるのである。ストレンジラブ的な意味で。

 

そうして、何故かこの時この場所で自動車用の高効率エンジンが生み出されることになるのだが、それはまた別のお話。

 

なんだかんだで講演や学会が終わり、交流会という名のパーティーが開かれる。私はお父さんにエスコートされてドレスを身に纏って参加する。

 

薔薇をモチーフとした紅いドレスは、お父さんの強硬な意見により露出度控えめ。初期案は背中とか肩を大胆に見せるタイプだったのだけれど。

 

髪型はハーフアップで清楚な感じ。ヒールのある靴は履きなれなくて苦手。パーティーなどでは履くけれども、普段はスニーカーで通しているだけに、バランスの悪い靴は何とも。

 

 

「エステル、今日はずいぶんと甘えるなじゃないか」

 

「いえ、単純に虫除けに使ってるだけですが?」

 

「…父は悲しい」

 

「とか言いつつ、私に話しかけてくる男性に威圧を飛ばしてるのはどこの誰でしょう?」

 

 

華やかなパーティー。おいしい料理に高い酒。だが、元来パーティーの本質はコネクションを作るための戦場であり、ぶっちゃけ恋人探しの場所でもある。

 

ということで、さっきからナンパが絶えない。お父さんのダンディズムが無ければ男どもに包囲されて動けなくなってしまうほどに。

 

 

「正直、お父さんぐらいイイ男じゃないと靡かないっていうか」

 

「はっはっは。そうだろうそうだろう!」

 

「きゃー、お父さん世界一カッコイイ(棒読み)」

 

「そうだろうそうだろう!」

 

 

男は女の子がおだてると、たいてい乗り気になるので扱いやすい。特に娘が父親をおだてればイチコロ。この調子でナンパ野郎どもを駆逐してほしい。

 

あ、この肉うめぇ。ん、あのお姉さんおっぱい大きいな。

 

 

「やっぱり、共和国は大きいですね」

 

「人口が違うからな。5倍の人口と言うのは、単純に国力が5倍になるという意味ではないが」

 

「人的資源が豊富になりますからね。まあ、問題も幾何級数的に増えていくんですが」

 

 

才能の数が違うというのは、恐ろしいことでもある。分母が大きくなれば、それだけある分野における希少な才能が生じやすくなるのは当然のことだ。

 

とはいえ、人口の多さはそれだけ人間同士の問題を、軋轢を増大させていく。2人ならば1つの関係しかないが、3人になれば関係は3つに、4人になれば6つの関係が生まれる。

 

カルバード共和国がその本来のポテンシャルを十分に発揮できないのは、その辺りの複雑な問題が関わっているのだろう。

 

 

「明日にはノーザンブリアだったか」

 

「あと一日ぐらいは東方人街を見て回りたかったんですが」

 

 

今回の旅行はノーザンブリアなどのリベール王国の勢力圏に収まった土地を見て回る意味もある。

 

旧ノーザンブリア自治州を初めとして、紛争から脱却した大陸南部のいくつかの中小国家。流石にエレボニア帝国周辺にあったいくつかの自治州および自由都市は無理だけれど。

 

それが終われば、王国の5大都市を視察する予定が入っている。最近微妙に情報部の様子がおかしいので、自分の足で見て回る必要がある。

 

まあ、表向きは視察という名の、女王生誕祭までの長期休暇である。どちらにせよ、自分で制度を提案しながら有給をほとんど消化してなかったので、ちょうど良いのです。

 

遊撃士協会への依頼でお父さんを護衛につけてもらうので、道程における安全面はほぼ完璧。いや、この親父がいれば国家規模の陰謀も解決されちゃうんで。

 

 

「欲しいものは買えたんだろう?」

 

「ええ、まあ。お父さんは何か買ったんですか?」

 

「ふむ、酒をだな」

 

「ダウトです」

 

「冗談だ。ZCFのバイクでもと思っている」

 

「父親の特権ですか…」

 

 

ヨシュアがもうすぐ準遊撃士の資格を手に入れる。そのお祝いにとプレゼントを探していて、東方人街などを冷かしていたのだ。

 

その話がどこから漏れたのか知らないが、その後、共和国のいろいろな企業家や政治家から品物を贈られてきて大変なことになったのだけれど。

 

とはいえ、兄弟への贈り物なのだから、やたら高価なものはどうかと思い、身に着ける物で、長く使える物を探していたのだ。

 

しかし、お父さんは父親の特権という事で、お高いバイクなどをプレゼントするらしい。まあ、遊撃士として各地を移動するならバイクは欠かせないのだろう。

 

 

「今頃、ヨシュアは何してるんでしょうかねぇ」

 

「本でも読んでいるか、剣の手入れでもしてるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

リベールはゼムリア大陸西側を流れる暖流の影響により、他の地域よりも幾分暖かいとはいえ、未だ2月下旬、吐く息はまだ白い。

 

キンと冷えた大気は澄み切っていて、夜空に瞬く星々の輝きは眩さを増している。ベランダに背中を預けた黒髪の少年は、どこか憂いを帯びた表情でハーモニカを奏でていた。

 

 

「(じ~~~)」

 

「……」

 

 

そんな少年、ヨシュア・ブライトを頬を赤らめながら一心に眺める女の子が一人。金色の髪の、小柄で可愛らしい彼女はエレンという。

 

エレン・A・ファルクはこの屋敷で住み込みで働くメイドだ。姉の方はエステルを護衛するためにカルバード共和国に出張している。

 

恋に胸を高鳴らせる少女の横顔は、擦れたお姉さんにはどこか眩しく見える。妹分の一人、エリッサよりも健全な感情の発露は、どこか見守ってあげたくなる。

 

私は水割りブランデーの入ったグラスの氷をカランと鳴らして、琥珀色の液体を飲み干すと、なんとなく少女の耳元に息を吹きかけた。他意はない。ただの衝動である。

 

 

「ひぅっ!?」

 

「あら、感じやすいのね」

 

 

エレンはビクリと体を痙攣させ、あげそうになった悲鳴を両手で口を抑えることで飲み込み、そして油の切れたブリキの玩具のようにギギギと音を立てるかのように振り向いた。

 

 

「シェラ…さん!?」

 

「正解」

 

「はうっ…、えっと、あの、その…」

 

「どこから見てたかって?」

 

「(コクコクコク)」

 

 

必死に首を上下させて頷くエレン。小柄で童顔な彼女はとても20歳には見えず、そのオドオドした態度からしてどう考えてもヨシュアよりも年下にしか見えない。

 

 

「そうね。貴女が妄想のあまり顔を隠したりしたり、ニヤニヤしてた時ぐらいかしら」

 

「~~っ!?」

 

「カワイイわね、この生き物」

 

 

オドオドとして大人しい彼女であるが、表情は百面相で可愛らしい。一目でわかるように、彼女は年下の男の子に恋をしている。

 

まあ、気持ちは分からないでもない。顔は端正で、ミステリアスな雰囲気。それでいて気が利いて、マメな所も加点対象だ。

 

しかし、本人はエステル命なので、この恋が実るかは限りなく未知数。エリッサは何かと焚き付けて応援しているみたいだが、あの子の場合は下心丸見えである。

 

 

「でも、ヨシュアはたぶん、貴女が見てるのに気づいてると思うけど?」

 

「っ!? っ!?」

 

 

挙動不審に焦りだし、ワタワタと頭を抱えて錯乱するエレン。あ、やっぱりカワイイ。ちょっと押し倒したくなってしまった。

 

まったく、エリッサの影響でも受けたのかしらと溜息をつく。女同士と言うのはちょっと不毛すぎはしないだろうか。

 

まあ、恋愛なんてすぐさま結婚に結び付くわけでもないし、一度や二度くらい道ならぬ恋に寄り道するというのも悪くはないと思うのだけれど。

 

まあ、確かにエステルは時々ドキッとさせてくるが。天然のジゴロである。彼女に熱を上げる少女たちの言葉によれば、魂がイケメンらしい。

 

あるいはナチュラル王子様気質。困っているときにさり気なく、格好良く手を差し伸べて、華麗に問題を解決してくれるらしい。そのうちに、刺されるんじゃないだろうか?

 

それはそれとして、エリッサのあれはどちらかと言うと依存か…と思い直し、再び視線を戻す。ちょっと占ってあげようかしら。

 

 

「ベランダは寒いでしょ? ちょっと占ってあげるわ」

 

「……えと、いいんですか?」

 

「いいのよ。そうね、ちょっとお酒に付き合ってもらえない?」

 

 

その一言が私たちではなく、少年にとっての地獄への入り口だった。

 

 

 

 

ハーモニカを布で拭って、懐にしまう。このハーモニカと《星の在り処》は僕にとっての絆の象徴。

 

彼女との賑やかな日常の中に埋没していくそれが、正しいことなのか悪いことなのかは分からないけれども、

 

少なくとも彼女の前でハーモニカを演奏する時間は僕にとっての宝物になっていた。彼女は僕のハーモニカが好きだと言ってくれる。それがたまらなく嬉しい。

 

 

「ん、シェラさん、まだ飲んでるのかな?」

 

 

ふと視線を移せば、かなりいい時間なのに導力灯の明るい光が漏れるラウンジ。ちょっと声をかけようかとキッチンに水を取りに向かう。

 

 

「おや、ヨシュア様。何か飲み物をご用意しましょうか?」

 

「いえ、シェラさんに水を持っていこうかと」

 

 

キッチンには執事のラファイエットさんいて、布で銀食器を磨いていた。3年前の大怪我も、さほどの後遺症もなかったようで、剣士としても現役でいけるらしい。

 

 

「ふむ、彼女には何度も深酒を止めるようにと言っているのですが」

 

「はは」

 

「水は私がお持ちしましょう」

 

「いえ。僕がやります。シェラさんとも話がしたいですし」

 

「おや、ではお任せしましょう」

 

 

そう言ってラファイエットさんがピッチャーに冷えた水を注ぎこみ、グラスを二つトレイに乗せて用意してくれる。

 

まあ、酔ったシェラさんと話すなんて真っ平なので、水を置いて注意したらすぐに退散する心づもりなのだけれど。

 

 

「それではお願いします」

 

「はい」

 

 

そうして僕は水を持ってラウンジへと向かう。ラウンジからはシェラさんの笑い声が聞こえてきて、ふと笑みが浮かんでしまった。

 

今は彼女はこの家にはいないけれども、それでも彼女の残り香が、影響が染みついている。それは暖かく僕を優しく包み込んで、僕の冷え切った心までも温かくしてくれるよう。

 

そうして僕はラウンジに足を踏み入れ、後悔した。

 

 

「あら~ん、ヨシュアきゅんじゃな~い。お姉さんと一緒に飲みましょぉ」

 

「……飲め」

 

「え?」

 

 

何故かメイドのエレンさんまでもが酔っていた。シェラさんもいつもより酔っている。二人とも目が座っている。だめだ、シェラさんは二人で飲むと際限がなくなって…、

 

ああっ―

 

 

 

 

「シェラザード様、朝でございます」

 

 

ブライト家の執事、ベルナール・ラファイエット(70)は今日も客である女性、シェラザード・ハーヴェイ女史を起こしにドアをノックする。

 

ブライト家の執事を行うことに不満などない。むしろ伝説ともいえる主人に仕えることは誇りに思うし、3年前にお嬢様を守り切れなかったことが悔やまれる。

 

シェラザード・ハーヴェイ女史も奔放であるが、優秀な遊撃士と聞いている。それにお嬢様のご友人であるし、酒癖の悪ささえなければ、実に魅力的な女性だろう。

 

なので、こうして世話をすることも不満はない。女性相手という事で気を遣う部分もあるが、そういった点はエレンに任せればいいだろう。

 

しかし、今日はエレンの姿が見えない。仕方がないので私自らがシェラザード様を起こしに行く。そういえば、今日はヨシュア様を見ていないな。

 

 

「失礼いたしますよ」

 

 

何度ノックしても返事がないので、仕方なくドアを開けることとする。すると、

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 

何故かシェラザード様の部屋からヨシュア様の声が。そして私は見てしまったのです。

 

 

「あ……」

 

「ふむ」

 

 

ヨシュア様がベッドにおられる。その両脇にシェラザード様とエレンがヨシュア様の腕を抱えて眠っていた。

 

 

「なるほど。両手に花と言うわけですな」

 

「ちょ、違うんです! これは…」

 

「安心ください。エステル様には秘密にいたしますので」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

「ですが、カシウス様には…」

 

「誤解ですから!!」

 

 

両脇の美女たちは相変わらずヨシュア様の腕を抱え込み、どこか艶やかな寝言を口から漏らす。羨ましいことですな。若いとは良いことです。お盛んですな。

 

そうして私は必死に釈明するヨシュア様を置いてドアを閉めたのでございます。

 

 

 

 




ヨシュアはモテる。イケメンですから。もっと女装すればいいのに。

039話でした。

次回から原作突入です。やったー。原作はいるまでに39話費やすとか、わけがわからないよ。

FC編はだいたい原作に近い感じで進みます。とはいえ、エステルは軍関係者の偉い人なので、事件へのかかわり方が違ってくるでしょうが。

今後は不定期更新になります。少なくとも次の金曜日には更新できないと思います。閃の軌跡Ⅱが発売するまでには1、2回更新したいとは思ってます。

しかし、FCプレイしなおしたんですが、ヨシュアの命中率の低さに衝撃を受けました。特に肝心な時の双連撃の悲劇的なスカり率。

なんであんなに攻撃が当たらないの? お前、結社の暗殺者じゃねーの? 漆黒の牙(笑い)じゃねーの? そんな風に思った方は今すぐに挙手。

でも、絶影は便利。何気に必中とか高品質ですね。

クラフトといえば、クローゼのケンプファーが最高に便利。っていうか、もうジークだけでいいよ。必要なのはジークなんで。






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人物設定

いちおう、原作とは異なっている部分だけ。


<エステル・ブライト(16)>

主人公。妙なものが中に入ったせいで、原作からは大きく性格と能力が乖離している。太陽の娘と呼ばれた原作の雰囲気は無く、落ち着いた礼儀正しい少女という印象を与える。

中の人はIHIとかJAXAの研究員の男性Xらしいが、記憶を継承していても人格の継承はしていない。すなわち記憶を閲覧することは可能であるが、人格は一から形成されたものである。

とはいえ、Xの記憶の影響も無視できず、カシウス譲り遺伝的な要素と妙な化学反応の末に、チート乙が生み出された模様。ただし《理》には至ってはいない。

これにより、極めて早期に精神的に成熟しただけでなく、一目見ただけで物事のおおよそ本質を嗅ぎ取る素養を幼少より垣間見せる。

八葉一刀流の免許皆伝。得意な型は五の型「残月」だが、弐の型「疾風」も得意。氣の扱いと敏捷性については折り紙付きであり、この点についてはアリオスや《銀(先代)》を凌駕する。

科学者・発明家・剣士・戦術家・経済学者などの多彩な分野で活躍し、リベール王国にてNAISEIモドキをしているが、一年戦役時のトラウマを引きずっているためか、当人には特に出世欲はない模様。

カシウス・ブライトとレナ・ブライトの間に生まれた一人娘。栗色の髪とロゼワイン色の瞳は父親譲り、顔だちは母親譲り。絶世とまではいかないが美少女である。

髪型はツインテではなくハーフアップ。普段は上にジャケット、下はロングのプリーツスカートと黒ストといった落ち着いた感じの服装を好む。

男性的な記憶のおかげで、中性的な思考回路を持つが、基本的には乙女なので同性愛者ではない。セクハラ行為に対しては、容赦のないお仕置きを敢行する。

亡き母からの最期の言いつけである、女の子らしくする事に拘りがあるらしく、料理や家事、化粧やお洒落の類には研究熱心。しかし、そこには楽しみの感情よりも、義務感が前面にあり、学者か職人のような態度でこれを行っている。

趣味は釣り。タイミングが合えばカシウスとよく釣りに出かける。他には密かに女の子のおっぱいを観察するという趣味を持つ。

すなわち、おっぱい星人である。ホモ・オッパイモミスト(おっぱいを揉む人)。性的な意味ではなく、純粋におっぱいを愛している。巨乳も美乳もちっぱいも、それぞれ全てが等しく美しく、愛すべきものであると考えている博愛主義者。

揉むも良し、眺めるも良し、顔を埋めるも良し、むしゃぶりつくも良し。彼女が魔乳都市クロスベルに入った時、世界は大きな変革の時を迎えるはずである。

 

<エリッサ(16)>

作者の邪な行為による最大の被害者。原作ではおしとやかで心配性な少女だったが、このSSではどうしてこうなった。

濃い目のブラウンの髪をセミロングに伸ばした、青い瞳の可愛らしい少女。好きな色はピンクで、両親はロレントで居酒屋アーベントを経営していた。

一年戦役後の深刻な心的外傷の影響により、原作の性格からは大きく逸脱してしまっている。少し排他的な面を持つ、愛に生きる変態百合淑女へとジョブチェンジ。

精神的に死んでいた時に献身的に励ましてくれたエステルに強く依存しており、恋愛感情を斜め上に通り越した、かなり重めの愛をエステルに捧げている。

とはいえ、原作にもある善性は根本に残っているらしく、1202年時にはツンデレな感じで他人にもそれなりに気を遣うことができるようになっている。

剣士としてはエステルの指導により奥伝を得た、八葉一刀流の剣士として高い水準の実力を有する。氣の運用で刃に炎を纏わせるのが基本スタイルで、感情が高ぶると炎が黒くなるらしい。

趣味は実は料理と写真撮影。たまにエステルによって写真を焼き捨てられているが、感光クォーツを密かにエリカさんに預けているので、焼かれる事によるダメージは少ない。

 

<ベルナール・ラファイエット(70)>

ブライト家の執事。かつて王室親衛隊の中隊長を任されていた。フィリップ・ルナールの部下だったらしく、相当な手練れらしい。

剣士としてはなかなかの腕前らしく、Sクラフトまで持っている辺り侮れない。

 

<メイユイ(年齢不詳)>

ブライト家のメイド1号。東方出身の黒髪の小柄な合法ロリ。髪型はチャイナなシニョン。3人の中で実は一番の古株で、仕事が出来る。戦闘もできる。年齢を知ると始末される。

王国軍の第五列に属していたが、エステルの護衛役として配置転換されたらしい。Sクラフト持ちで、エステルの身辺警護を任されている。

武器は暗器。スカートの中からいろんな武器を取り出す。万能さん。

 

<シニ・エストバリ(27)>

ブライト家のメイド2号。銀色の髪をした長身の瀟洒なメイド。イメージ的には零の軌跡のエオリアに似ている感じだけど、それよりは髪質は素直。

ノーザンブリア自治区出身の元B級遊撃士。ノーザンブリア自治州のために遊撃士として働いていたが、父親が重い病気になって資金繰りがつかなくなっていたのを情報部がスカウトした。

父親はレミフェリア公国の有名な病院に入院中で、快癒すればリベール王国に移住するらしい。母親には早く結婚しろとせっつかれている。

武器は大きく重厚なガンブレード。アーツも得意で後衛も前衛も出来る。実は大食いの健啖家で、いつも何かを食べている。外道マーボーの使徒。

 

<クリスタ・A・ファルク(28)>

ブライト家のメイド3号。ノーザンブリア自治区出身。金髪ウェーブ髪のナイスバディーな元貴族のお嬢様。ノーザンブリアの崩壊により家財が失われ没落した。

親戚の家では微妙に不遇な扱いを受け、そんな不遇な境遇から家族を助け、また自立するために猟兵に身を投じたが、潔癖すぎる性格が仇となってソリが合わずにクビになった。

そうして燻っていたところを情報部にスカウトされたらしい。これを期に家族である母親と妹とともにリベール王国に移住した。

戦闘能力は確からしく、大剣を使った戦闘が得意であり、また猟兵らしく火薬やブービートラップの扱いなどの様々な知識に長けている。

かつてノーザンブリアに住んでいた時に、懐いていたお兄さん(初恋の相手)がいて、塩の杭で生き別れになったが今でも密かに彼のことを想っているらしい。

 

<エレン・A・ファルク(20)>

ブライト家のメイド4号。ノーザンブリア自治区出身。クリスタの妹。ショートカットの金髪の女性。

少しオドオドとしている控えめな女性。物心ついた時から親戚の家で下女扱いを受けていた。当然として戦闘能力は皆無。しかし、家事全般は上手で料理も出来る。

ヨシュアのことが好きらしい。

 

<メイゼル博士>

軍の秘密研究所においてグノーシス研究を主導するマッドサイエンティスト。アルジャーノン大隊やレッドキャップス中隊の創設に関わる。

外見は濃いブラウンの髪と口髭の優しげな紳士であるが、元D∴G教団の幹部司祭の一人であり、多くの子供に人体実験を施していたという経歴を持つ。

D∴G教団が説く神には特に興味はなく、グノーシスの効能にこそ興味を持つ。手段のためには目的を選ばないタイプ。

 

<エドワード・ライアン>

軍情報部特殊作戦部隊レッドキャップス中隊において小隊長を務める、くすんだ金髪の長身の男。常に軍帽を深く被っており、そこから荒んだ目が垣間見える。

スコップを得物とし、穴を掘るという事にかけては世界最高の才能を発揮する。レッドキャップス中隊最強。

 

<パトリシア>

女王蜂。

 

<ヴィルップ・ロウス>

《千里眼》と恐れられた旧ノーザンブリア大公国軍の元上級士官であり、元《北の猟兵》の団長を務めていた男。

戦場における怪我により失明し、引退を余儀なくされたが、硝煙と鉄の臭いにむせ返る戦場をこよなく愛する破綻者であるため、病床にて常に戦場に戻りたいと願っていた。

近接戦闘においては二丁拳銃を操り、跳弾を自在に利用し、弾丸と弾丸を衝突させて軌道を変えるなどの超絶技巧を駆使する。

また狙撃においても天才的な才能を示し、その空間把握能力と状況判断能力によって戦場では《千里眼》の渾名で恐れられていた。

今はレッドキャップス中隊の隊長を務め、ガスマスクを付けた痩せ男という胡散臭い格好をしている。

500の手勢を率い、万もの死体で荒野を赤く肥沃に変えた《農夫》。

あるいは一国の首都における市街地戦にて、万を超える民間人を互いに殺し合わせる状況を生み出し、この世の地獄を再現した《悪鬼》。

 

 



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略年表

略年表です。暦は七耀歴です。


 

0  リベール王国建国。

 

952  エレボニア帝国にて獅子戦役が終結する。皇子ドライケルスが皇帝に即位。

 

1110 カルバード共和国が建国。

 リベール王国にて貴族制度が廃止される。

 

1134 クロスベル自治州が成立する。

 

1142 アリシア2世誕生。

 

1150 ギリアス・オズボーン誕生。

 

1153 レマン自治州にてストレガー社創業。

 

1154 レマン自治州にてC・エプスタイン博士死去。

 

1155 レマン自治州にてエプスタイン財団設立。

 

1157 アルバート・ラッセル博士がツァイス技術工房を設立。

 カシウス・ブライト誕生。

 

1158 エレボニア帝国にてG・シュミット博士とラインフォルト工房により、軌道上を走る導力駆動車が開発される。

 

1160 エレボニア帝国にてルーレ市―ザクセン鉄鉱山間を結ぶ貨物鉄道路線が開通。

 

1162 第25代リベール王国国王エドガーⅢ世逝去。

 アリシア2世がリベール王国第26代国王として即位。

 ツァイスにて世界初の導力式時計台が完成する。

 

1164 《ラングランド大橋》落成。

 

1168 初の導力飛行船「カラトラバ」号完成

 アラン・リシャール誕生。

 

1173 クリスタ・A・ファルクがノーザンブリア大公国にて誕生。

 ツァイス技術工房がツァイス中央工房(ZCF)に改名する。

 ナイアル・バーンズ誕生。

 

1174 シニ・エストバリがノーザンブリア大公国にて誕生。

 ミュラー・ヴァンダール誕生。

 

1175 飛行船公社設立。定期飛行船「リンデ号」就航。

 ユリア・シュバルツ誕生。

 カノーネ・アマルティア誕生。

 

1177 4月1日オリヴァルト・ライゼ・アルノール誕生。

 

1178 7月1日午前5時45分ノーザンブリア大公国公都ハリアスクに《塩の杭》出現。

 アガット・クロスナー誕生。

 

1179 5月14日シェラザード・ハーヴェイ誕生。

 サラ・バレスタイン誕生。

 

1180 ゲオルグ・ワイスマンが七耀教会に入信する。

 クレア・リーヴェルト誕生。

 

1181 ケビン・グラハム誕生。

 

1182 アルバート・ラッセル博士が工房長を退任。

 マードック技術主任が工房長に就任する。

 エレン・A・ファルクがノーザンブリア自治州にて誕生。

 ドロシー・ハイアット誕生。

 

1183 ランディ・オルランド誕生。

 ユン・カーファイがリベール王国士官学校に特別講師として招かれる。

 

1184 大陸横断鉄道開通。

 アネラス・エルフィード誕生。

 

1185 ロイド・バニングス誕生。

 ゲオルグ・ワイスマンが封聖省に入省。

 12月20日ヨシュア・アストレイ誕生。

《クロスベルの鐘》が発掘される。

 

1186 8月7日エステル誕生(001話)。

 10月11日クローディア・フォン・アウスレーゼ(クローゼ・リンツ)誕生。

 エリィ・マクダエル誕生。

 ノエル。シーカー誕生。

 トワ・ハーシェル、アンゼリカ・ログナー、ジョルジュ・ノームらが誕生。

 

1187 客船「エルテナ号」がカルバード共和国領海にて沈没。リベール王国のユーディス王太子夫妻逝去。

 フラン・シーカー誕生。

 ワジ・ヘミスフィア誕生。

 リーシャ・マオ誕生。

 アリサ・ラインフォルトらトールズ士官学校Ⅶ組の面々が誕生する。

 

1189 クロスベル自治州にて飛行船の墜落事故が発生する。

 ケビン・グラハムが《紫苑の家》に入る。

 フィー・クラウゼル誕生。

 

1190 エステルが導力模型飛行機を飛ばす(001)。

 旅芸人一座と一座の踊り子シェラザード・ハーヴェイと出会う(002)。

 ZCFとエプスタイン財団が共同で導力ネットワーク構想を発表。

 ティータ・ラッセル誕生。

 ティオ・プラトー誕生

 リィン・シュバルツァーがシュバルツァー男爵に雪山で拾われ、養子となる。

 

1191 レン・ヘイワース誕生。

 ミリアム・オライオン誕生。

 エステルがZCFにスカウトされる。航空機(イロンデル)が初飛行に成功(003) 

 ブライト一家によるボース旅行。川蝉亭にて逗留する(004) 

 

1192 ハーメルの悲劇。

 早春、エレボニア帝国軍によるリベール王国への侵攻開始、《一年戦争》勃発。

 レナ・ブライト死去(005)。

 

1193 講和条約締結により、《一年戦争》が終結(006)

 エステルが《剣仙》ユン・カーファイに弟子入りする(007)。

 エステルが五か年計画を提案する(007)。

 カシウス・ブライト軍を退役して遊撃士に。

 ギリアス・オズボーンがエレボニア帝国の宰相に就任する。

 ヨシュアとレーヴェが《結社》に入る。

 

1194 ハーヴェイ一座解散。

 シェラザードがリベールを訪れる(008)。

 五か年計画開始。

 シェラザードが遊撃士を目指す。

 エリィ・マクダエルの両親が離婚する。

 オズマ・シーカーが任務中に事故により殉職。

 

1195 修業パート(009~011)、古竜レグナートと知り合う。

 ブライト家に執事とメイドさんがやってくる(011)。

 エステルが武道大会に出場して優勝する(012~014)。

 道化師カンパネルラがエステルに接触する(013~014)。

 ゲオルグ・ワイスマンが外法として破門される。

  ティオ・プラトーが《D∴G教団》に拉致される。

 

1196 エステルが八葉一刀流の免許皆伝を授かる(015)。

  ユン・カーファイがリベール王国から去る(015)。

  導力演算器《カペルVer.1》が完成する(016)

  レンが《D∴G教団》に拉致される。

  エレボニア帝国が自由都市ジュライを併合。

  リィンが一度目の覚醒、邪気眼を持つ(031)。

 

1197 戦略爆撃機《カラドリウス》の配備が始まる(017)。

  アルバトロス号が世界初の航空機による無着陸での世界一周に成功する(017)。

  ヨシュア・アストレイがブライト家に保護され、養子となる(017~019)。

  ティオ・プラトーが王国軍情報部によって《D∴G教団》から救出される(018)

《剣仙》ユン・カーファイが帝国にてリィン・シュバルツァーを弟子にとる。

  シェラザードが王都グランセルにてアイナ・ホルデンと出会う。

  シェラザードが正遊撃士となる。

 

1198 リベール王国にて世界初の核実験が行われる(020)。

  エステルがエリィ・マクダエルと知り合う(021~022)

  王国での会議にて核兵器の配備が却下される(023)。

  ジェット戦闘機ラファールの配備が始まる。飛行空母ヴァレリアが就航する(024)。

《D∴G教団》殲滅作戦が成功する。

  カシウス・ブライトがS級遊撃士に昇格する。

  ルフィナ・アルジェント殉職。

 

1199 導力ウソ発見器が開発される(025)。

  世界で初めて人工衛星(ヴォヤージュ1号)の軌道投入に成功する(026)。

《銀》によるエステル・ブライト暗殺未遂事件(026~027)

  エステルがリィンと知り合う(028)。

  対空レーザー砲の公開実験が執り行われる(029)。

  リィンが過去を語る(031)。

  コリン・ヘイワース誕生。

  ガレリア要塞に列車砲が配備される。

  サヤ・マクレインが運搬車の爆発事故に巻き込まれて死去。

 

1200 レクター・アランドールがジェニス王立学園に入学しようとするが失敗する(033)。

  ティオ・プラトーがリベール王国へと留学する(033)。

  アントワーヌ事件(034~036)。

  世界で初めて高等動物(ヒツジン)が衛星軌道に投入され、無事に帰還する。

  キリカ・ロウランが遊撃士協会ツァイス支部の受付となる。

 

1201 エリッサが王都グランセルの士官学校に入学する(037)。

  蒼の機神《オルディーネ》の起動。

  《剣帝》が情報部に侵入を果たす。

  《結社》より騎神の情報が情報部にリークされる(038)。

  戦艦アーネンベルクが就航する。

  ガイ・バニングス殉職。

 

1202 FC開始。ヨシュアが準遊撃士となる(040)

   10月、第60回女王生誕祭が開催される。

   SC開始。

 

1203 3rd

 

1204 零の軌跡。

  閃の軌跡(4月~11月)。

  碧の軌跡

  11月にクロスベル市長選挙が行われる。

 

1205 閃の軌跡Ⅱ。

 

 




たぶん、これで合ってるはず。


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FC編
040


FC編に入ります。


月の光が雲に遮られる闇夜。星のか弱い光では暗色の木々を照らすことはなく、闇に目が慣れたとしても足元は覚束ない。

 

それでも彼は張り出した根などに足を取られることもなく、足場の悪い木立の中を風のように駆け抜ける。

 

 

「くっ、なんとか撒いたか?」

 

 

追跡者の気配が感じられなくなり、ようやく彼は立ち止り荒くなった息を整える。所定の目的は果たした。後は早くこの情報を伝えなければ―

 

 

「っ!?」

 

 

理解が追い付かなかった。突然、何の予兆もなく大地が炸裂し、体が宙に吹き飛ばされる。意味も分からないまま土砂の奔流に巻き込まれ、意識が飛ぶ。

 

 

「ぐぁぁぁ!?」

 

 

体中から激痛が走り、肉体が悲鳴を上げる。拙い。これは追っ手による攻撃だ。立たなければ。間違いなく殺される。

 

なんとか立ち上がり、敵を見据える。男だ。くすんだ金髪の荒んだ目の若い男。王国正規軍の軍服に身を包んでおり、その背は高く200リジュはあるのではないだろうか?

 

男が持っているものはスコップだ。おそらくは塹壕を掘るための軍用の。それを引きずりながら、まるで生気の抜けた幽鬼のごとく私の方に近づいてくる。

 

 

「お前たちは何をしようとしている?」

 

 

問いかけるが答えはない。まるで最近になって後輩に連れられて見たホラー映画のように、その男は何の反応も見せず、歩く死体のように歩いてくる。

 

ゾクリと背中に寒気が走る。勝てるビジョンが一切思い浮かばない。しかし、私は槍の柄を掴む力を強め、精神を鼓舞する。

 

 

「はぁっ、方術、儚きこと夢幻のごとし!」

 

 

一息にて後ろに跳躍すると同時に、私の十八番ともいえる方術を用いる。夢幻の刃が男に向かい落下して―

 

 

「なっ?」

 

 

目を疑った。男はまるで羽虫を手で払うように、《鬱陶しそう》という表現がぴったりと当てはまるかのようなぞんざいさで夢幻の刃を左腕で払いのけたのだ。

 

 

「ならばっ…、来たれ雷神、空と海の狭間より…!!」

 

 

気圧されそうな心を奮い立たせ方術を用いる。次の瞬間、闇夜を引き裂くように青白い閃光が世界を割る。

 

高熱のプラズマが大気を引き裂き、内臓を押し潰すような重低音の雷鳴が森に響き渡る。目も眩む閃光は、一瞬だけ視界を白く染め上げ、そして、

 

次に視界が捉えたのは、私の眼前に迫った大きな手のひら。

 

 

「あがっ!?」

 

 

私の顔面をむんずと掴み取った大きな手は、ぎりぎりと万力のように頭蓋骨を締め付ける。痛みに気を失いそうになったとき、男はそのまま私を身体ごと乱暴に振り回した。

 

反撃するような余地もなく、私は遠心力のままに上空に放り投げられた。天地の逆転、私は一切の上下感覚を失う。

 

 

「ば…か…な……」

 

 

そして私が最後に見たのは、思い切り振りぬかれるスコップの残像。私は痛みすら感じずに意識を手放した。

 

 

 

 

「……」

 

「なるほど、してやられたか。アルジャーノンをも欺くとは、流石は《方術使い》殿といったところか。いや、カシウス・ブライトの指示かな?」

 

「…」

 

「仕方あるまい、アレが相手では大佐殿も分が悪かろう。それに、《方術使い》殿は丁重に送り届けねばな。では教授、お願いしよう」

 

 

 

翌日、グランセル港にてとあるB級遊撃士が昏睡状態で小舟に乗せられているのが発見される。

 

命に別状はなく、身体に後遺症はなかったものの、前後の記憶が曖昧であり、結局彼の身に何があったのかは捜査当局にも遊撃士協会にも分からず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

4月、朝日が部屋に差し込むとともに目を覚ます。眼を指でこすって欠伸をすると、小鳥が囀る音と共にどこか哀愁を漂わせるハーモニカの音色に気が付いた。

 

音楽に耳を傾けながら着替えをすまして、髪を梳く。演奏は途切れ途切れに、誰かに聞かせるわけでもなく、ただ気ままに、しかし詩情を感じさせて続いている。

 

演奏されている曲は《星の在り処》。エレボニア帝国で一時期はやった名曲らしいそれを知るリベール王国の人間は数少ないが、この家の人間に限ればその例外にあたることとなる。

 

私は伸びをした後、レースのカーテンを開く。滑車の軽やかな音が響くとともに明るい陽の光が脳を起動させた。

 

そのままベランダに続くガラス扉を開いて外の空気を吸い込む。そして音色に誘われるままベランダに出て視線を演奏者へと向けた。

 

演奏者はたぶん私に気付いているだろうけれど、演奏を止めずに最後まで吹き切る。それが終わると私はいつものように拍手を送った。

 

 

「おはようございます、ヨシュア」

 

「おはよう、エステル」

 

 

いちいち曲の感想は言わない。それでも私は彼の演奏が好きだし、この曲も好きだ。レコードも持っているし、自分でもピアノとかで演奏できる。

 

まあ、ヨシュアがハーモニカでこの曲を吹くと郷愁と言うか物悲しさを感じて、レコードや自分で演奏するのとは一味違うような気がする。

 

 

「ヨシュアが遊撃士ですか」

 

「まだ資格は貰えてないし、貰えても見習いだけれどね」

 

「貴方ならすぐに正遊撃士になれますよ。お父さんだって太鼓判を押してるじゃないですか」

 

「うん。でも、それと油断するのとは別だから」

 

「真面目ですねぇ」

 

 

そういう誠実な部分は好ましい。時折ネガティヴな思考に沈んでしまう彼だけれども、正しくあろう、優しくあろうという彼の誠意はいつも感じる。

 

遊撃士というのは中々に自由の利く仕事だけれど、同時に大きな責任を伴う。だが、それでも常にヒトと誠実に向き合おうとする彼ならばきっと大丈夫だろう。

 

 

「じゃあ、下に降りましょうか」

 

「そうだね」

 

 

ベランダから屋内に入って廊下を行く。木象嵌で飾られた廊下、両側の壁にかかる絵画や陶磁器などの品々はほとんどが貰い物だ。

 

部屋はそれなりに多く、客室やラウンジ、理容室や遊戯室まで備えている。必要のない部屋があり、スペースは余り気味。とはいえ、これ以上メイドさんを増やすほどの広さでもない。

 

以前、《竜陣剣》で吹き飛ばしてしまった屋敷は、前よりも少しだけコンパクトにまとめて立て直されている。

 

 

「おはようございます、お父さん」

 

「おはよう、父さん」

 

「ああ、エステルにヨシュアか。おはよう」

 

 

階段を下りて食堂に入ると、新聞を読んでいた父さんに出迎えられる。執事のラファイエットさんとメイドのクリスタ、エレンの姉妹が給仕をしてくれている。

 

食堂は草花が描かれた明るいパステル調の黄色い壁紙の部屋で、北側に光を取り込むガラス窓と橙色のカーテン、右手に白亜の暖炉がありその上に金の置時計が時を刻む。

 

シャンデリアはエレボニア帝国から取り寄せた一級品のクリスタルガラス製らしい。絨毯は羊毛で作られた大陸南方のものだとか。

 

中央にはちょっと大きめの長方形のテーブルがあり、落ち着いた暗色のそれの使用木材はクルミだ。

 

お父さんの座る奥北側と手前南側には肘付の椅子、テーブルの側面には肘無しの椅子が4つ配置され、座面のクッションカバーは黄色を主体とした柄で統一されている。

 

テーブルの中央には華やかな赤い花が飾られていて、南側手前と右手側には金に縁どられた皿の上に朝食としてのオムレツとサラダ、そしてティーカップが用意されていた。

 

 

「おはよう、みんな」

 

「おはようございます、お嬢様」

 

 

クリスタに促され、手前のお父さんと正対する南側手前の席に座る。ヨシュアの席は右側で、ヨシュアのためにエレンが椅子を引きだす。

 

エレンがトーストしたばかりのパンを私とヨシュアの皿の上に配膳し、クリスタが暖かな紅茶をカップに注いだ。

 

 

「余裕そうだな、ヨシュア」

 

「そんなことないよ」

 

「ふふ、ヨシュアが不合格になったら空から月でも落ちてくるんじゃないですか?」

 

「はは、あるいは空が落ちてくるかもしれないな」

 

「買いかぶりすぎだよ二人とも」

 

 

いや、むしろ過小評価ではないだろうか? 彼は既に正遊撃士としてやっていけるだけの実力を兼ね備えているのだし、数年でA級に届いてもおかしなことではない。

 

戦闘面ではシェラさんをずっと上回っているし、導力器に関する知識や技術、サバイバルや交渉術についても年齢にはそぐわない能力をもっている。

 

なんだこのパーフェクトなイケメンは。ティオ(パーゼル家の方)の話では女子にたいそうモテるそうだし。

 

私はさくりとトーストを齧る。うまうま。

 

 

「父さんたちは、今日はどうするの?」

 

「ふむ、今日は陸軍基地の視察だったか?」

 

「はい。ヴェルテ要塞の視察です」

 

「そういうことだ」

 

 

昨日は空軍基地の視察で、今日は陸軍基地の視察である。ヨシュアの合格を祝うパーティーを開く予定なので、それほど長い時間はかけないけれど。

 

 

「研修は実地でしたか?」

 

「うん。戦術オーブメントの運用を含めた一通りの仕事を遂行する実地研修かな」

 

「この1年の総決算ですね」

 

 

この1年間、ヨシュアはシェラさんに師事する形で遊撃士の資格をとるための研修をしてきた。

 

シェラさん曰く、こんなに手のかからない研修生を受け持ったことは無いとのことだが、まあ、それは仕方がないだろう。

 

とはいえ、生誕祭まで私がお父さんを貸し切りにする予定となっているので、即戦力となるヨシュアの加入は大歓迎なのだそうだ。

 

 

「では、そろそろ行く準備をしましょうか」

 

「そうだね。僕は一足先に遊撃士協会に行ってくるよ」

 

「ふふ、頑張ってください」

 

「うん。ありがとうエステル」

 

 

そうヨシュアは微笑みながら席を立ち食堂を出ていく。その後ろを甲斐甲斐しくエレンがついていった。若いなー。

 

 

「ヨシュアが遊撃士になる…ですか」

 

「意外か?」

 

「どうでしょう? 意外といえば意外ですけど、でも天職かもしれませんね」

 

「そうだな」

 

「性格もびっくりするほど丸くなりましたしね。多分、あの頃の話をすると恥ずかしくなって壁に頭を叩きつけはじめるんじゃないですか?」

 

「いや、苦笑いするだけだろう」

 

「あー、確かに」

 

 

黒歴史を思い出して枕を抱きしめながらベッドの上で悶々とゴロゴロ転がるヨシュアというのは想像できそうにない。

 

どちらかと言えば苦笑いした後、哀愁を帯びた表情で遠くを見る気がする。そしてそれを見た女子どもをキャイキャイと言わすのだ。

 

まあ、アレと結ばれる女の子はある意味において苦労させられるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

「んー、比較的練度は高いんでしょうけれど、及第点かと言われると…」

 

「まあ、そう言うな。お前の要求値が高すぎるんだ。俺からしてみればエレボニア帝国と遜色ないと思うが?」

 

 

ヴェルテ要塞にて、兵士たちの訓練風景を眺めてぼやいてみる。悪くはないが、全体として弛緩している感じ。まあ、前線ではないから仕方がないかもしれないが。

 

5,000名からなるリベール王国軍第2歩兵旅団が駐屯するヴェルテ要塞はヴェルテ橋の旧関所に作られた陸軍の駐屯地だ。

 

一年戦役において帝国軍による渡河を許したレナート川は、王都防衛の第二防衛線として再構築され、トーチカや観測所などが両岸にて巧妙にカムフラージュされて配置されている。

 

そしてヴェルテ橋の傍に構築されたのがこの駐屯地だ。レーダーや弾薬庫、高射砲陣地や掩体壕、通信施設など一通りの軍事施設がそろっている。

 

もっとも王国軍はレイストン要塞とハーケン門に重心が偏っていて、常駐は5,000人程度。しかし、有事には軍団規模の兵力を受け入れるように設計されているらしい。

 

鉄筋コンクリートによって強固に固められた地盤と、クレーンや掩体壕などの無数の軍事施設は武骨で威圧感を放つが、ここを突破された記憶を持つロレント市民からすればこのぐらいじゃないと安心できないとのこと。

 

士官に案内されながら、兵の練度や言葉に耳を傾ける。装備についてもスペックは知っているし、報告も詳しく受けているものの、実際に使っている人間の意見は必要だ。

 

 

「ウルスの性能も安定してきているみたいですね」

 

「ええ。アレがあれば帝国軍なんて怖くはありません」

 

「戦車は万能ではないぞ」

 

「もちろんですカシウス大s…、失礼、カシウスさん」

 

 

主力戦車のウルスは4年前にデビューしたリベール王国の機甲戦力の中核であり、Xの世界における第2.5世代MBT相当の戦闘能力を持っている。

 

これは周辺国に対抗可能な機甲戦力が存在しないという状況を生み出した。

 

例えば今年になって配備が開始されたアハツェンはウルスに対抗しえないとメーカーであるラインフォルト自身が認めてしまっている。

 

故にラインフォルトはアハツェン・タイプBの開発を発表し、10リジュだった主砲の口径を12リジュへと変更する予定らしい。

 

話しによれば砲塔を変更したせいで全体のバランスが崩れてしまい、当初予定していたスペックが満足に発揮できなくなるそうなのだけれど。

 

それでも我が軍の戦車を撃破できうるというのは向こう側にとっては重要だ。まあ、戦車だけで戦局が決まるわけではないのだが。

 

 

「戦車の役割は過去も未来も一つ、突破ですからね」

 

 

戦線の脆弱点を突破し、爆撃機やコマンド部隊と共同して補給線や司令部、あるいは長距離火砲や予備兵力を脅かす。

 

これにより敵の進軍を遅滞させると同時に孤立させ、情報を錯綜させると共に主力が拘束した敵主力を爆撃と砲撃によって殲滅する。

 

エアランドバトルと呼ばれる戦闘教義(ドクトリン)のための縦深攻撃を担うのが機甲となる。

 

まあ、制空権がとれる自信がないと選びにくいドクトリンなのだが、リベール王国は今のところそれが行える。

 

空軍に自信がなければゲリラ戦術を選ばざるを得なくなるのだが、それは焦土戦術と同様に国土を荒れ果てさせるので、本当は選びたくない戦術となる。

 

要塞に引きこもる消耗抑制はXの世界のフランスが大失敗して時代遅れを証明しており、エレボニア帝国が例の騎神を投入するならば山岳浸透戦術などというマイナーな手法で迂回してくる可能性を考慮すべきだ。

 

 

「とはいえ、リベール王国で機甲が活躍できるのは、ここから東の平野部なんですけどね」

 

「確かに。ボースは山岳地帯と森林が多いですから」

 

 

ボース地方とロレント地方を東西に分けるレナート川を渡河すれば、ミルヒ街道が通る広大な平原部に出ることとなる。

 

そのまま街道沿いに東にいけばロレント市が、南に平原を抜ければグランセルを囲む城壁アーネンベルクへと到達できる。

 

農地と草原しかないこの平野部は機甲戦力の独壇場だ。対してレナート川の西側、ボースに続く東ボース街道は森林地帯を貫く形で通っている。

 

故にここから西では戦車よりも歩兵が有利となる。なので、この基地には戦車があまり配備されていない。

 

なので、戦車を置くよりも歩兵のためのトーチカなどの防御施設を充実させた方が良い。北部は峻険な山脈があるため、敵の浸透はほとんど無視できた。

 

 

「まあ、ハーケン門はアリの巣だって話ですけどね」

 

 

帝国と王国の陸路における唯一の連絡路、ハーケン門とそこに続くアイゼンロードは無数のトーチカが建造され、そしてそれを結ぶ迷宮じみた地下道網が整備されている。

 

一年戦役で何の役割も果たせなかったハーケン門は、このように偏執的とも言える強固な要塞へと生まれ変わった。正気ならば大抵の軍司令官はここを迂回するだろう。

 

 

「ハーケン門の地下要塞は都市伝説がありまして」

 

「知ってます。迷うと二度と戻ってこられないとか、遭難した兵士の呻き声がどこからともなく聞こえてくるって奴ですね」

 

「そんなのがあるのか?」

 

「呻き声はトーチカから入り込んだ風が共鳴音を出してるだけだっていう説明をしているそうです」

 

 

遭難者が出るというのはデマである。新兵は確かに迷うらしいが、そんな遭難するような迷宮みたいな構造だと防御施設として意味がないのである。

 

そうして私はお父さんをお供にこの駐屯地の基地司令である旅団長と会談を行い、施設を見て回り、士官や兵士とちょっとした交流をする。

 

下士官や兵士たちの士気は高いように見受けられるし、表情も暗くはない。多少、私に対する過剰な憧憬を向けられて居心地が悪くなるのだけれど。

 

 

「はは、仕方ないですよ。准将は英雄ですから。最近は《空の魔女》だなんて蔑称が流行ってますけれど、俺たちにすれば勝利の女神ですから」

 

 

そう語るのは戦車兵の一人で、一年戦役を戦い抜いたベテランの曹長だ。戦役の際は帝国軍から鹵獲した戦車で活躍したらしい。

 

 

「報告書では新しい兵器が登場するたびに、覚えなくちゃならないことが増えて苦労するという意見があるようですね」

 

「そうつぁ、どんな仕事でも日々勉強って奴ですよ。でもまあ、導力端末の使い方はなかなかしんどいものがありますけどね」

 

「なるほど」

 

「便利なのはわかるんですけどね。C4Iでしたっけ? 確かにモノにできりゃあ戦場が変わるんでしょうが」

 

 

指揮(コマンド)、統制(コントロール)、通信(コミュニケーション)、コンピューター、情報収集・解析(インテリジェンス)。

 

情報技術の発達は軍隊において兵士一人一人を細胞とし、有機的かつスマートに運用するための下地を形成した。

 

前線の情報が即座に司令部に伝えられ、解析され、軍全体の動きに反映されるというのはある意味において戦場の霧を取り払うに等しい。

 

それができるならば、進軍中の敵部隊を発見次第、互いに離れた位置にある複数の部隊を呼応させて多方面から挟撃するというようなことも可能となる。

 

あるいは塹壕などから出て進軍を始めた敵部隊に、即時に近辺に展開する航空部隊によって攻撃支援を要請できるだろう。

 

さらに発展すれば、導力端末によって味方部隊の損耗率や疲労度合、弾薬の残量などの状態を軍全体で共有できるようになる。

 

そうなれば、味方の部隊に対して自分たちがどのような支援を行うべきか、いちいち司令部の情報解析を待つこともなく臨機応変に行うことも可能となる。

 

まあ、まだまだシステムの構築途上であるのだけれど。

 

 

「なるほど。ソフトウェア…OSの改良の余地があるかもしれませんね」

 

「いやあ、そんな手間を准将にかけるわけにゃあ…」

 

「いいえ、そういった少しの改良が末端の兵士の生死を分かつんですから」

 

 

インターフェイスの改良や表示ディスプレイにおける文字や図の配置を人間工学的な見地から改善すべきだろう。

 

それでも導力端末というのは慣れない人間からすればとっつきにくいはずだし、より直感的な応答をするシステムの構築も考慮すべきだろう。

 

ヘルメットと一体化したマウントヘッド型端末や、視界を遮らない投影型のディスプレイ、タッチパネルなども開発中だが、配備はまだまだ先になる。

 

 

「流石ですなぁ。情報部もいろいろと動いているみたいですし、リシャール大佐といいシード中佐といい、ああいう上官がいてくれると俺たちは安心して戦えるってもんです」

 

「情報部ですか?」

 

「ん、ええ。最近、去年からよく情報部の連中が出入りしてましてね。そのおかげで家柄だけのバカが大人しくなったり、大助かりなんですよ」

 

「……なるほど」

 

 

とはいえ、情報部からはそういった話は聞いていない。情報部の責任者ではないし、報告前という可能性もあるが…。

 

すると、突然懐の戦術導力器が振動を始める。導力通信の着信。第五世代戦術オーブメント《ソルシエール》の試作品には無線通信機能を付与している。

 

私はソルシエールを手に取り通話に出た。

 

 

「はい。……なっ!? 分かりました。続報を待っていますので…」

 

 

エレボニア帝国にて、遊撃士協会の帝都支部及び各地の支部が次々と襲撃されたらしい。帝都支部は高性能爆薬による爆破により全壊。死傷者多数。

 

ちょうど今会話にあった情報部からの緊急通信。それは私の心をざわめかせ、何か大きな事が起こり始めているという予感めいたものを私に覚えさせた。

 

 

 

 

 

 

「ヨシュア、おめでとうございます」

 

「うん、ありがとう」

 

「これからが本番だぞ」

 

「分かってるよ父さん」

 

 

夜、私たちは知人などを呼び寄せてささやかなパーティーを開いた。ヨシュアが準遊撃士となった事は、彼を知る多くの人たちにとっての慶事に違いない。

 

帝都からはエリッサが、さらにツァイスからエリカさんやティータ、ダンさんたちラッセル家の面々が来てくれた。

 

ヨシュアとも親しくしてくれているパーゼル夫妻とティオとチェル・ウィルの双子たち、エルガーさんとステラおばさんも当然参加してくれている。

 

他にもシェラさんとアイナさん、他にはお父さんの戦友だったフェイトさんと娘さんのユニちゃん、それにルックやパットといった子供たちの顔もある。

 

パーティーは立食式で、いくつもの白いクロスがかけられた丸いテーブルに様々な料理が載せられている。

 

 

「エリッサ、今日はヨシュアのためのパーティーなんですから、抱きつかないでください」

 

「んー、確かに学校には兄弟が遊撃士の資格を取ったお祝いをするためっていう理由で外出許可とったけど、嘘も方便っていうよねー」

 

「おい、嘘なのか。学校に言いつけますよ」

 

「そう言いつつもやらないんでしょ? エステルやーさーしーいー♪」

 

「ええい、頬を擦り付けるな! ティオ! これ引き取って!!」

 

「エリッサのことはエステルが責任もちなさいよ。そこまで悪化させたのはだいたいエステルのせいなんだし」

 

「そうだよ。私の心を奪ったエステルのせいなんだよ!」

 

「くっ、こうなればヨシュアに助けを…、え、あれ、なんかいい雰囲気?」

 

 

ヨシュアに甲斐甲斐しく奉仕するメイドのエレンさん。料理をとって、飲み物を用意し、そしてなぜか《あーん》をしようとしている。

 

 

「ヨシュアはプレイボーイだから邪魔しちゃだめだよエステル」

 

「エレンはあんなに積極的でしたっけ?」

 

「いえ、その、たぶんエリッサ様に焚き付けられたのでは?」

 

「えー」

 

 

溜息交じりに見守るような表情のクリスタさんが理由を答えてくれた。クリスタさんは金髪の美人さんの28歳。浮いた話はない。

 

似非お嬢様な私よりもずっとお嬢様然とした人なんだけれど、実は猟兵出身というちぐはぐな印象を人に与える。

 

 

「姉としていいんですかそれ?」

 

「あの子ももう大人ですから、私から何か言うようなことはありませんわ。それでも、本人のお気持ちを無視するわけにはいきませんが」

 

「ん、クリスタさんはヨシュアの想い人に心当たりあり?」

 

「ふふ、どうでしょうか」

 

「というか、クリスタさんはどうなんです? 恋人とか」

 

「……そうですね。良い方を紹介していただけます?」

 

 

クリスタさんは少しだけ何か詰まるように間を空けた後、作った笑顔でそう答えた。とはいえ、この場で深入りするのも何だろうと、私は適当に話を合わせる。

 

 

「いいですよ。ZCFには機械とか試験管相手は得意だけれど、女の子の相手はさっぱりな、でも実は良物件がけっこういますから。そうですね、シニさんとシェラさん、アイナさんも誘って合コンでもセッティングしましょうか?」

 

「ぜひ。でも、あの二人がそろったら、相手を酔い潰しません?」

 

 

そんな風に私たちは思い思いにパーティーを楽しむ。そして、私は頃合を見計らってヨシュアに近づいた。

 

 

「ヨシュア、プレゼントがあるんです」

 

「え? 父さんからも貰ったけれど、エステルも用意してくれていたんだ」

 

「はい」

 

 

綺麗な東方風の紙で包装された箱を私はヨシュアに手渡す。ヨシュアは照れたようにそれを受け取った。

 

 

「ありがとうエステル、開けていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

ヨシュアが丁寧に包装を開き、箱を開ける。入っていたのは鳳凰を象った刺繍のされたベルト。遥か東方に生息する希少な魔獣の皮を使った、黒色の落ち着いた感じの品だ。

 

カルバード共和国の東方人街で見つけた品で、一目で特別な品だという事が分かった。多少値が張ったけれども、長く使える品を贈りたかった。

 

 

「すごい。ありがとうエステル、大切にするよ。でも、使うのがもったいないな」

 

「ふふ、使ってやってください。長く使えば、風合いもよくなっていくと思いますよ」

 

 

そうして私たちは笑いあう。同時に願った。どうか、こんな穏やかな関係がいつまでも続きますようにと。

 

 

 

 

パーティーが終わり、参加者たちも帰路についた。片付けが一段落して、エリッサとヨシュア、私とお父さんの4人の家族の団欒の時間をゆるりと楽しむ。

 

お父さんがお酒の入ったグラスをテーブルに置く。

 

 

「パーティーが出発前で良かった」

 

「やっぱり、呼ばれたんですか?」

 

「エステルは知っていたか」

 

 

エリッサが首をかしげる。ヨシュアは何かに気付いたように視線を上げた。簡単な話、お父さんはエレボニア帝国の遊撃士協会への救援に向かう。

 

それをお父さんが話すと、ヨシュアはそうかと呟き、エリッサはエレボニア帝国を助けるという言葉に少し顔をしかめた。

 

 

「それで、いつ出発するの?」

 

「明日の10時には立つ予定だ」

 

「お父さんなら大丈夫だと思いますが、どのくらいかかると思いますか?」

 

「そうだな。少なく見積もっても半年はかかるだろう」

 

「情報部の助けは……、いらないですね」

 

「ああ。帝国の目があるからな」

 

 

まあ、本当はこの件について情報部の助けを借りたくないという意味もあるのだけれど。このタイミングでお父さんをリベールから遠ざけるというのは…。

 

偶然なら良いが、そもそも遊撃士協会を襲撃するというメリットを考えると、希望的観測は持たない方がいい。

 

 

「なに、帝国にも優秀な遊撃士はいる。《紫電(エクレール)》を筆頭にな」

 

「《紫電(エクレール)》サラ・バレスタイン。A級でしたか」

 

 

赤い髪の女性遊撃士。紫電を纏い、剣と銃を駆使して敵を屠ると聞いている。戦闘能力なら西ゼムリア大陸の遊撃士の中でも飛び抜けているという。

 

 

「なかなか見どころのある娘だ。美人だしな。それでだ、ヨシュア、俺が受け持っていた仕事をいくつかお前に回したいと思うんだが」

 

「……うん、いい経験になりそうだしね」

 

「そうか。うん、任せたぞ」

 

 

そうして翌日、お父さんはエレボニア帝国に向けて旅立った。それは、どこか大きな変化が私たちに訪れるという漠然とした予兆のように思えた。

 

 

 




ようやく原作突入。そういえば、『暁の軌跡』というのが発表されましたね。主人公格らしき少年とか中二病っぽくて痛々しいですが楽しみですね。

040話でした。

リベール王国の戦闘教義はエアランドバトルです。でも好きなドクトリンはソ連型の縦深攻撃。

戦術核をばらまきながら戦車部隊が怒涛のごとく前進し続けるとか、世紀末的でかっこいいと思いませんか?

旧日本帝国陸軍型の浸透戦術重視は、うん、末端の兵士にはなりたくないですね。肉弾攻撃とか、夜間突撃とか…。まあ、貧乏が全部悪いんですけど。

でも、毛主席が発明なされた偉大なる人海戦術にはもっと参加したくないですね。核で1千万人死んでも、人間余ってるから大丈夫とか…。

自分が兵士ならWWⅡフランス型の消耗抑制ですね。マジノ線に引きこもりたい。むしろ部屋から出たくない。仕事したくないでござる。

電撃戦はドイツ発祥、イスラエルでおかしなことになって、エアランドバトルで結実した感じでしょうか?

イスラエルのオールタンクドクトリンは、戦車だけで突って対戦車ロケットでボコられるのが快感になる戦闘教義です。



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041

 

上空5000アージュから放たれていた導力波が計器上で観測されなくなる。リベール王国空軍が誇る早期警戒管制機が活動を休止した証拠だ。

 

不定期に上空から空を監視するあの航空機は厄介だ。おそらく何の情報も持たずに空を飛んでいたならば、すぐさま連中の警戒網に引っかかってしまうだろう。

 

 

「連中の言ってた通りか…」

 

「ねぇ、キール兄、なんていうか、大丈夫なのかな…?」

 

「怖いか?」

 

「べ、別にそんなんじゃないよ!」

 

 

妹が強がるように言うが、しかしその瞳には不安を隠せない。古くからカプア家に仕えていた子分たちにカムフラージュを外させ、離陸準備をさせてブリッジから人払いをする。

 

外では偽装のために被せていた迷彩色のシートと木々の枝を取り払う作業が行われ始めた。

 

 

「たださ、何ていうか、裏切るみたいで…」

 

「…確かにな。だが、その分実入りは大きい。それに、今のままじゃいずれ埒が明かなくなる。分かるだろ?」

 

「うん…」

 

 

土地に関わる詐欺によって先祖代々の土地を騙し取られ、カプア男爵家はその歴史を終えた。

 

残ったのは3人の兄弟とついてきてくれた家臣たち、そして一隻の飛行船のみ。この飛行船も抵当にされていたのだが、なんとか持ち出すことには成功した。

 

それだけで俺たちは犯罪者に堕ちてしまったのだが、今まで貴族の生活に親しんでいた俺たちが無一文で世間に放り出されるというケースよりは幾ばくかましだったろう。

 

そうして空賊という稼業に身をやつし、なんとか細々とやって来たのだけれど、流石に最近になると、帝国においても空の監視の目は強くなってきて、空賊としての活動も限界を迎えつつあった。

 

10年前のリベール王国との戦争で、空軍の前に完敗した帝国軍の優先事項が防空だったからだ。

 

最近になって帝国にも登場したレーダー施設が各所に建設され始め、強力な戦闘機が配備され始めてから同業者は次々と廃業に追い込まれた。

 

帝国では手配されているために、まっとうな仕事につくのは難しい。最悪、飛行船を生かして危険な貨物の輸送を専門とする方向に鞍替えするかという話も出ていた。

 

そこに、連中からのオファーがあったのだ。そいつらが言うには、連中は秘密裏にリベール王国に雇われているとのこと。

 

そして曰く、リベール王国に違法な薬物や盗品、偽物を持ち込む悪質な業者、関税を回避するために密輸を行う業者に対する非合法のカウンターとなってほしいのだと。

 

危険な仕事ではあるが、王国軍に非公式だが認められた安定職だ。しかも、セコイ空賊稼業よりもはるかに稼ぎが大きい。

 

加えて、密輸業者を襲撃するために必要な飛行船の改造に関しても融通をきかせてくれるというサービス付きだ。

 

カムフラージュのための迷彩柄のシートや、対地レーダー、そしてレーダー波から船をある程度隠蔽できる塗料まで用意してくれる。

 

飛行船の維持管理代も向こうが持ってくれるのだから、これほどの好待遇も少ないだろう。

 

そうして仕事を始めて数か月、俺たちは連中が満足するだけの成果を上げたようで、かなりのミラを手にすることが出来た。

 

特にあの塗料は大したもので、すぐに剥げて効果がなくなってしまうのが難点なのと、機密という事で王国国外に出ることは禁じられているが、流石は技術大国と感心するほどの効力だった。

 

しかしながら、このままこの仕事を続けていくのには不安がある。

 

なにしろ、非公認の仕事だ。都合が悪くなれば切り捨てられるのはこちらで、その時は跡形もなく破壊され、口を塞がれるなんてこともあるかもしれない。

 

生業に出来るわけがないのだ。

 

それに、ミラはそれなりに貯まったけれども、借金や領地を買い戻すだけの額にはまだまだ届いていない。子分たちを一生養っていくだけのミラも貯まっていない。

 

そこで兄貴は大きな仕事をして、いっきにミラを稼ぐ必要があると言った。俺もそれには賛成だ。こんな仕事を長く続けることなど、土台無理なのだから。

 

 

「安心しろジョゼット、お前だけは守ってやるから」

 

「いや、そういうのはいいから。皆で帰らないと意味ないじゃないか」

 

「まったく、お前は…」

 

「兄貴! 離陸の準備終わりましたぜ!」

 

 

子分たちが離陸の用意が出来たことを大声で伝えてくる。ジョゼットは頷くと、俺は出航の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「それではお父さん、いってらっしゃい」

 

「ああ元気でなエステル。お前なら、まあ心配はいらんと思うが、ヨシュア、何かあったらたのむぞ」

 

「うん。父さんも怪我しないでね」

 

 

ロレント国際空港のリノリウムの床のロビーにて、私たちはお父さんを見送る。大きなガラス張の向こうには、いくつもの飛行船や旅客機が停まっているのが見える。

 

ロレントからはたくさんの農産物が王国各地に輸送される関係で、飛行船輸送のための大規模な空港施設が整備されている。

 

外国に農産物を届けるために国際便も受け入れており、航空機用の立派な滑走路も整備されていた。

 

まあ、政治中枢である王都グランセルや世界最大の都市ツァイス、商業都市であるボースにも立派な空港施設が整備されているので、特に際立った特徴というわけでもない。

 

唯一、ルーアンにはそういった大空港が存在しないが、国内便を受け入れる空港は整備されており、高速道路も通っているから不便と言うわけではない。

 

それに、空港施設の充実は国防においても必要事項であるため、ルーアンの空港でさえも十分な施設整備がなされていた。

 

 

「女王生誕祭までには帰りたいとは思っている」

 

「無茶はしないでください。あと、お土産期待しています」

 

「はは、任された。お前の護衛の仕事、途中で放り出してすまないが…」

 

「代わりの人を呼んでくれたんですよね?」

 

「ああ。信頼できる男だ。腕もたつ」

 

「父さんがそこまで評価しているということは、凄腕の遊撃士なんだろうね」

 

「まあな。とはいえ、到着するまで少しばかり時間が必要だ」

 

「分かっています。しばらくは軍が護衛を出してくれるようですから…、なんというか過保護な感じですけれど」

 

「言ってやるな。あいつらも3年前の件が頭から離れんのだろうさ」

 

 

リベール王国を周る旅行に、護衛としてお父さんを雇うことで軍の過剰な護衛を断ったのだけれど、帝国の件で計画が狂ってしまった。

 

もちろんメイユイさんたちの護衛だけで私としては十分なのだけれど、軍というか情報部がそれに難色を示して動けなくなった。

 

なにしろ、先日、リベール王国の遊撃士のなかでもNo.2と評価されるB級遊撃士が謎の武装集団に襲撃されて、一時は昏睡状態に陥っていたという話もあったからなおさらだった。

 

そこで、お父さんの推薦した凄腕の遊撃士を新たに雇い入れることで説得し、なんとか納得してもらったのである。

 

新たに雇い入れたのは共和国のA級遊撃士ジン・ヴァセック。《秦斗流》と呼ばれる徒手格闘技の使い手であり、《不動》の二つ名を持つ名の知れた遊撃士だ。

 

お父さんとは《D∴G教団》殲滅作戦の際に作戦の参加者として知り合ったらしく、お父さんにしては高評価を与えているようだ。

 

 

「それじゃあ、行ってくる。体に気を付けろよ」

 

 

そうしてお父さんは旅客機に搭乗して、リベール王国の地を離れた。

 

 

 

 

お父さんを見送った後、私とヨシュアは空港を後にする。

 

シニさんが運転する車の中、私はヨシュアとおしゃべりしながら流れゆく街を観察していた。

 

ロレントは10年前と比べ物にならないほどの大都市へと変貌し、一年戦役の傷跡をすっかり覆い隠していた。

 

もちろん、時計台とともに建立された慰霊碑などの戦役を記録する物もあり、多くの人々に拭い去れない心の傷が残っているものの、表面的にはそれを窺うことはできない。

 

空港の回りには各地に輸送される農産物を一時保管するための倉庫が立ち並んでいる。冷蔵機能がしっかりと整った現代的なコンクリート造りの倉庫群は中々に立派だ。

 

道路の幅は拡張され、歩道も整備されて導力車社会への対応を考えた都市計画がなされている。

 

人口も増え、地方からやって来た者、国外から移住してきた者、出稼ぎ労働者も含めれば都市人口も50万人を突破している。

 

街の規模も十倍以上に拡張され、ロレントはクロスベルに匹敵する大都市へと変貌をとげていた。

 

そうして車が遊撃士協会のロレント支部の前に止まる。

 

 

「それじゃあ、僕は仕事があるから」

 

「今日はパーゼル農園の害獣退治でしたか?」

 

「うん。夜行性らしいから、今日は遅くなるよ」

 

「どうせなら、泊まってくればいいんじゃないですか? あの双子も喜ぶでしょう」

 

「はは、そこまでお世話にはなれないかな。じゃあ、いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

ヨシュアがドアを開けて車外に出ると、外から子供たちの元気の良い声が聞こえてきた。

 

 

「必殺っ、ペングーオービーィィム!!」

 

「ちょっと痛いよルック」

 

 

歩道を走って近づいてきたのは、ルック君とパット君。二人は小学生で、ヨシュアやエリッサらの知り合いでもある。

 

ちなみにペングーオービームはテレビ番組で放送されている、子供向けの特撮物《水棲戦隊ペングーオー》に出てくる必殺技だ。

 

5匹の伝説のペングー戦士の熱きバーニングハートに答えて召喚される超巨大ペングー《ペングーオー》が放つ後光によって、悪の巨大魔獣グレートビッグヒツジンを撃滅するのだ!

 

SFXには依頼を受けた遊撃士たちが協力しているらしく、他にも演出のためだけに導力魔法や導力器などが開発されたと聞いている。

 

ラッセル博士なんで協力したし…。

 

何気に今年の女王生誕祭には映画が放映されるらしい。今は第3期で、子供たちに大人気。圧巻の特撮映像に大人たちにもファンがいるらしく、関連グッズも飛ぶように売れているのだとか。

 

 

「元気ですねぇ」

 

「あ、ヨシュア兄ちゃんに…、エステルお姉ちゃん」

 

「おはようございます、ルック君、パット君」

 

「お、おはようございます」

 

「ヨ、ヨシュア兄ちゃんは仕事?」

 

「うん、今日から本格的に遊撃士のね」

 

「すげぇなぁ」

 

「かっこいいね」

 

 

男の子たちにとって遊撃士と言うのはあこがれの職業の一つだ。これほど身近に正義を体現する分かりやすい存在はないのだから。

 

ちなみに、他にはパイロットや宇宙飛行士というのも人気がある。導力技師や軍人がその後に続くぐらいだろうか。

 

軍にそれなりの人気があるのは、リベール王国軍の精強さ、エレボニア帝国から国を守り勝利したという記憶が新しいからだ。

 

それに、旅客機のパイロットや宇宙飛行士になる近道は空軍だし、陸軍ならば導力重機の免許を無料で得ることが出来る。

 

ただし、歳を経るにつれて軍人になりたいという男子は減っていく。まあ、訓練は厳しいし、ZCFなどの企業に就職する方が給料も高いし休日出勤も少ない。

 

加えて、危険な任務に就く必要もないから母親としても安心するから仕方がないのかもしれない。

 

 

「そうだっ、エステルお姉ちゃん、俺、この前のテストで100点とったんだぜ!」

 

「それはすごいですね。この前のテストも頑張っていましたけれど、偉いですねルック」

 

 

ルック君の頭を撫でてあげる。

 

 

「ルックったらデレデレしちゃって…」

 

「はは、仕方ないよ」

 

「ちなみに、ルックが100点取ったのは一教科だけなんだよ」

 

「ちょっ、パットお前黙れっ!」

 

 

他の教科はパッとしない結果だったらしい。パット君の暴露によりルック君が血相を変えて怒り出す。うむ、男の子らしくって可愛らしい。

 

 

「ふふ、一教科だけでも得意な分野があるのは大切なことですよ」

 

「ほ、ほらなパット。さすがエステルお姉ちゃんは言うことが違うよな」

 

「でも、理科以外も頑張ってくれると私は嬉しいです。大丈夫、ルック君ががんばっているのはわかっていますから」

 

「う、うん」

 

「ふふ、でも今はいろんな事に挑戦してみてくださいね。パット君も。それと…、駆け回るのは公園の方がいいですよ。ここは車が危ないですから。じゃあ、私は用事がありますので」

 

 

ルック君とパット君の頭を一撫でしてから、私は車に戻る。二人は顔を赤くして、俯き加減。ヨシュアが和やかに笑みを浮かべて、手を上げて見送ってくれる。

 

 

「あ、うん。じゃあね」

 

「ばいばい、エステルお姉ちゃん」

 

 

そうして二人の男の子にも見送られ、車は一度家に戻る。今日の護衛役と合流しなければならないからだ。

 

 

 

 

家にたどり着くと、そこには軍用の軽装輪装甲車が2台ほどロータリーに停車しているのが見えた。

 

そこには黒いボディーアーマーを身を纏う怪しげな仮面の男が、情報部の制服を着た男たちに混ざって立っている。

 

 

「なんというか、浮いてますね…。メイユイさん、あのヒト知っています?」

 

「いえ、私がいた頃にはあのような士官はいなかったはずですが…。新しくスカウトされた方なのでは?」

 

 

ロータリーに車を止め、メイユイさんが車の扉を開いてから降りる。情報部の黒い軍服を着た男女が私に敬礼をした。

 

どうやらこの場を取り仕切っているのは、女性の士官のようで、軍人たちの最前列、私の正面で敬礼をしてくる。

 

赤みがかった髪の色と、どことなくプライドが高そうな雰囲気のクールビューティーな美人さん。おっぱいは控えめ。

 

そして、どこかで見覚えがあると思ったら、どうやらリシャール大佐の副官だったと記憶から情報をひねり出す。

 

その傍らに侍る目鼻を赤いバイザーのような仮面で隠した男は、純正の軍人ではないのか私に対しては軽い会釈をしてくる。

 

 

「貴女は、カノーネ大尉ですね。今日は貴女が私の護衛を?」

 

「はい、エステル准将。カシウス様と比べれば力不足かとお考えになられるかもしれませんが、ここに集めたのは情報部の中においても精鋭ですのでご安心ください。全力で護衛の任務、果たさせていただきますわ」

 

「それは心強いですね。カノーネ大尉と言えばリシャール大佐から最も信頼される右腕と聞いていますから、安心できます」

 

「まあ、有難うございます。救国の英雄であられる准将にそう言っていただけるとは、光栄ですわ」

 

 

前々からどこか険のある雰囲気が隠れていたが、話しているうちにそのような雰囲気は消え去った。主にリシャール大佐の右腕と評したあたりで。

 

んー、なんというか、多分これは嫉妬でしょうねー。カノーネ大尉はどうやらリシャール大佐に熱を上げていて、彼と親しい私にちょっと思うところがあったようだ。

 

いや、確かにあの大佐は素敵な男性と思うけれども、そういった感情を覚えたことは無いから冤罪なのだけれど。

 

まあ、お父さんに勝てるようになったら、ちょっとは考慮に入れてもいいかもですけどねー(超上から目線)。

 

 

「ところで、そちらの妙に浮いている風貌の方は?」

 

「あ、それは…、ロランス少尉っ、准将の前ですよ!」

 

「ふっ、お初にお目にかかります。私は去年より王国情報部に属することとなりました、ロランス・ベルガー少尉です。このような怪しい者ですが、今日一日傍に置いていただけるなら光栄の極みです」

 

 

ふむと彼の姿を一秒ほど見つめる。筋肉の付き方は剣士として理想的。腰に差す幅広な刀剣からしても、剣士であることは間違いない。

 

そして同じく剣士としての直感に従えば、このロランス少尉、お父さんやユン先生に匹敵するほどの凄腕であると本能が告げている。

 

うん、恐ろしいほどに怪しいです。

 

カノーネ大尉が帽子を脱がなかったり、敬礼をしなかったりするロランス少尉に目を見開いて怒っているが、少尉はどこ吹く風。

 

 

「リシャール大佐がスカウトしたのですか?」

 

「え、ええ、そうですわ。『ジェスター猟兵団』という傭兵部隊から、大佐がその腕を買われてスカウトしたのです。ですが、不快に思われたのでしたら…」

 

「いえ、そういう訳ではありません。ただ、これ程の剣士が無名の猟兵団に埋もれていたとは思いもしませんでした」

 

「ふふ、過大な評価ですよ准将。近く剣聖となられる貴女からすれば、自分などは凡百の剣士にすぎません」

 

「過大な評価…ですか。貴方が凡百の剣士なら、世の中に達人と呼ばれる剣士などいなくなってしまいますよ」

 

「ふふ」

 

「うふふ」

 

 

 

そうして見つめあい、不敵に笑いあう私たち。うん、なんかコイツと斬り合いたいという剣士としての欲求がチロチロと。

 

そしてそんな雰囲気に当てられたカノーネ大尉らが困惑の表情でオロオロしだす。あー、時間もあれなので我慢しましょうか。

 

 

「では、皆さん、今日はよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

マルガ鉱山はリベール王国最大、西ゼムリアにおいても有数の七耀石の鉱脈が存在する鉱山だ。

 

その特徴は驚くほどに良質で大きなセプチウム結晶が採掘できるという点であり、クォーツ用に加工されるものを含めて莫大な富を古くから王国にもたらしてきた。

 

そもそも七耀石の鉱脈はリベール王国とエレボニア帝国を隔てる山脈において豊富であり、また地下深くには有望な鉱脈がツァイスにまで広がっているとされる。

 

今のところ採掘にかかるコストに見合う有望な鉱脈はこの山脈に限られるが、ツァイスのカルデア丘陵やエルモ温泉の付近にも将来性のある鉱脈が存在するようだ。

 

このように、リベール王国はほぼ全域にわたって七耀石の鉱脈が広がっており、この豊富な資源を背景に導力技術の先端を走ってきた歴史を持つ。

 

ところが最近になってリベール王国が急速に工業化を進めたために、従来の採掘量では国家の工業を回すのに不足するようになってしまった。

 

核融合発電および電力という新要素を導入することで、工業基盤にかかる部分のセプチウムの要求量は大きく減少したが、それでも製品を動かすのは導力だ。

 

故に、ロレントでは現在、今まで廃棄されてきた土砂やセピス塊からセプチウムを効率よく抽出するためのプラントがいくつも立ち並んでいる。

 

細菌を利用したこの特殊な抽出方法のおかげで、ズリ山として放置されていた大量の捨石が再資源化され、同時にこの技術がセプチウムリサイクルの技術開発の突破口となっている。

 

ちなみに、この技術を開発したのはZCFのレイという研究者で、彼もなかなかの天才肌として知られている。

 

こうした七耀石精製工場もまた画期的であるが、鉱山自体も導力化が進んでおり、鉱員一人当たりの生産量は他の追随を許さない。

 

機械のアームに取り付けられたドリルを使って岩盤を削り取る重機、鉱石を外へと運び出すベルトコンベア、坑内の酸素量やガス量および温度を管理するエアコンディショナー。

 

地表に運び出された岩石は、鉄道を用いて運搬され、精製工場へと運び込まれる。浮遊選鉱を経て質の高い鉱石、低品質の鉱石に分別。

 

質の高い鉱石は従来の方法で、質の低い鉱石には特別な菌体の培養液を散布し、バクテリアリーチングによって有用物を結合状態から分離し、培養液中に溶出させる。

 

菌を用いる方法は、環境負荷が大きい強酸・強アルカリを用いる方法や、高熱を用いる方法よりもコストが安く、設備に与える負担も少ない。

 

菌の管理条件や反応が遅く時間がかかるなどの欠点もあるが、そういった要素は十分に解決可能だ。

 

こういった設備は、この鉱山における生産量を飛躍的に増加させ、そして鉱員の職場環境を良好な物へと改善した。

 

 

「これほどの鉱山設備は、エレボニア帝国やカルバード共和国にも存在しないでしょう。こうして近くで見ると、我が国の国力の力強さを実感できますわ」

 

「リベールの人々は誠実ですから。政治が納得できる未来像を示すことが出来れば、この国の人々ならこのぐらいのことを成し遂げてしまえるんです」

 

 

素直で純朴な性質、約束を守れる気質というのは、国家が近代化するうえでは不可欠な要素ともいえる。悪い言い方をすれば、騙されやすい国民性だろうか?

 

個々が個々の利益を追求し、他者のいう事を逐一疑い、他人を騙してまで利益を独占しようとする拝金主義者や極度の個人主義者だらけだと、こういうのは上手くいかない。

 

また、努力を嫌い、他人の努力の結果を掠め取ることばかり考える者がたくさんいると、やっぱり正常な成長は見込めない。

 

約束を守ることにプライドを持ち、それを果たせないことに強い罪悪感を覚える人々がいる国はまっすぐに成長できる。

 

騙されやすい国民性は、指導者の質が上手く合致すれば驚くほどの成長を実現できる。まあ、間違った指導者が現れると大変なことになるのだけれど。

 

しかし、イエスマンばかりだと、組織は驚くほどに腐敗しやすくなるし、特権を持つ老害を跋扈させやすくなる。スタートダッシュは速くとも、そういう国はすぐに衰退するだろう。

 

だからと言って、自分の意見を論理的に述べて、多くの人を論破して正義と万民の利益を追求しようとしても、それはそれで煙たがられる。

 

そうしていつの間にか多勢から遠ざけられて、重要な局面に臨むことが出来なくなるだろう。

 

 

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」

 

「なるほど。真理ですわね」

 

「ほう、おもしろいですな」

 

 

頷くカノーネ大尉ら士官たちの横で、ロランス少尉が面白そうに口元を歪めた。そんな様子にカノーネ大尉はまた青筋を立てる。うーん、世渡り上手じゃないですねー。

 

 

「ならば、准将、貴女はいかに生きられるのです?」

 

「誠実に…とだけ」

 

「意地を通されると。ですが、それのみではこの世界は生きにくいでしょう。この欺瞞に満ちた世界で」

 

「ちょ…っ、ロランス少尉っ!」

 

「ふふ、カノーネ大尉、いいんですよ。こういう風に意地を通しているヒトは見ていて面白いですから」

 

「はぁ…」

 

 

意地を通すのは難しいのだ。世界は刻々と変化し続けて、私たちもまた変化を余儀なくされる。

 

初志の理想は、守るべきもの、到達すべき段階のために曲げなければならない。そして一度曲げてしまえば、次から曲げるのは容易になる。

 

そうしていつの間にか、一番守りたかった思いはズタボロになってしまって、今守るべき何かにとって代わられてしまう。

 

 

「それでも、それでもヒトは正しさを求めてしまうんです。そういう生き物ですから」

 

「貴女は嘘や不正を繰り返す者たちを知っているはずでしょう?」

 

「それでもです。そういった人々もまた、どこかで正しさを求めています。どんな風になっても、そういった部分をヒトは本能的に持っていると私は信じています」

 

 

行動に移さなくても、そういった思いはどこかにある。大人が無抵抗の幼い子供に理由なく過剰な暴力を振るうのを見て、顔をしかめない人間はほとんどいない。

 

それを止める勇気がなくても、どうせ何も解決しないと諦めていても、正義なんて人の数だけあるのだから意味はないと主張したとしても、ヒトは正しさを求めるのだ。

 

 

「それに、この世界が欺瞞を糊塗されているのだとしても、自分まで格好悪くなるのは癪じゃないですか」

 

「……それは」

 

「まあ、それでも、人間はどこかに欺瞞をもってしまうものです。いつだって最高にカッコイイ自分であるなんて、皆きっとできないはずです。そんな強さを求めるのは、きっと酷というものです」

 

「なら、欺瞞を認めると?」

 

「いいえ、愛するんですよ」

 

 

ロランス少尉が少し呆けたような表情で私を見つめる。ちょっとばかり、というかかなり恥ずかしいセリフを吐いてしまったような気がする。

 

うーん、今日はベッドの上で反省会かなー。主にマットの上で恥ずかしいセリフを頭の中でリフレインさせながら、後悔とともにゴロゴロする感じで。

 

 

 

 

一度、会って話してみたかった。そういう、純粋な好奇心で俺はこの仕事に立候補した。

 

計画の遂行に必要なものではない。むしろ、この時点で存在を知られること自体が計画に悪影響をもたらす可能性すらある。

 

だが、それでも、あの悲劇が欺瞞で塗りつぶされた事を知る少女、あの戦争を終わらせた少女、そしてアレをあそこまで真っ当に立ち直らせた少女に会ってみたかった。

 

第一印象は、かの剣聖の娘に相違ないという直感だった。剣を振るう姿を見てはいないが、俺と同格、いずれは超えるだけの資質を見て取れた。

 

《理》に至るための道程にある者。なるほど、《盟主》が興味を持つだけの存在ではある。単純な知能の高さでは評価できない存在に違いあるまい。

 

そうして、少女に付き従い鉱山を見学する。

 

この国の国力の大きさを示す威容。人間の力は、これ程の構造物とシステムを作り得るのだと感嘆する気分にはなる。

 

だが、これを生み出すためのミラは帝国から賠償金として奪ったものだ。そしてそれが、あの悲劇を嘘で覆い隠した対価であることも知っている。

 

これらが欺瞞を振りまくに値するものなのか。俺は心の奥底で嘲笑する。

 

だが、

 

 

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」

 

 

面白い言葉だった。ヒトの弱さを、この世界の欺瞞の根本を端的に言い表した言葉。まるで賢人の言葉のよう。

 

そして俺はふと、何の意味もないことを自覚しながら少女に問答をしてしまう。俺は何を期待している?

 

 

「ならば、准将、貴女はいかに生きられるのです?」

 

「誠実に…とだけ」

 

「意地を通されると。ですが、それのみではこの世界は生きにくいでしょう。この欺瞞に満ちた世界で」

 

 

誠実さ。欺瞞とは全くの反対側にある言葉。だが、その言葉にこそ欺瞞はある。誠実さ、誠意があるならば、何故あの時金銭を優先したのか。

 

もちろん、それを問いただすことはこの場ではできない。だからこそ、皮肉の一つを述べて見せる。

 

しかし、彼女はそれでも語る。多くの信念が世界の大きな流れの中で変質し、元の姿を維持することもできず、無意味なものになってしまう。

 

それでも、それでもヒトは正しさを求めるのだと少女は信じる。

 

修羅と化したこの身もまた、正しさを求めるというのか? あるいはこの地に混乱をもたらすだろうあの外道にも正義はあるのだろうか?

 

 

「それに、この世界が欺瞞を糊塗されているのだとしても、自分まで格好悪くなるのは癪じゃないですか」

 

「……それは」

 

 

それは、痛烈な一撃だった。

 

笑ってしまうほどに心を抉る。この無様な男のどうしようもない結論を、その正しさが断罪するように。

 

なるほど、俺は格好悪いなと、そんな自嘲が表情に出てしまう。

 

 

「まあ、それでも、人間はどこかに欺瞞をもってしまうものです。いつだって最高にカッコイイ自分であるなんて、皆きっとできないはずです。そんな強さを求めるのは、きっと酷というものです」

 

 

そう、酷なのだ。だからこそ突きつけるべきだと信じた。この世界のありとあらゆる矛盾を、遠い世界の自分とは関係ないものとして欺瞞を塗り込める人々に。

 

突きつけることにより、知ることが出来るのだと俺は信じた。あらゆる欺瞞が取り除かれ、裸となった人々の選択を観測するのだ。

 

あの神聖にそれらの選択が及ばないことを証明するために。

 

 

「なら、欺瞞を認めると?」

 

 

そして、俺は最後の問いを発した。つまりは、彼女もまた人々の欺瞞を受け入れる者なのだろう。

 

その妥協を俺は期待する。そうやってお前たちは欺瞞に溺れていくのだ。そうして神聖には遠く及ばない、俗物へと堕ちていく。

 

だが、

 

 

「いいえ、愛するんですよ」

 

 

俺の言葉に対して、エステル・ブライトはそう答えた。少しはにかむような、そんな表情で少女は俺の問いに答えて見せた。

 

それは認めることと同じような、そんな言葉だったけれども、だけれどもその表情と発せられる印象が決定的な相違を俺に覚えさせた。

 

愛するのだと、愛すべきなのだと、少女は語る。

 

それはとても論理的ではないけれども、この世界で一番大切だった彼女、守り切れなかった彼女の面影を何故か少女に重ねてしまう。

 

姿や声が似ているわけではない。単純に姿かたちが似た女なら今までも見てきた。雰囲気が似た女もいただろう。少女はそれのどれとも合致しない。

 

なのに、どうして似ていると思ったのだろうか?

 

俺は唖然と少女の顔を見つめてしまった。

 

 

 

 

 

 

夜、仕事を終えて、僕は与えてもらった客室から月を眺める。

 

仕事自体は上手くいったと思う。畑を荒らす魔獣を捕獲した。当然ながら駆除するべきだと僕は判断した。

 

だけれども、ティオが、パーゼル家の人々が可哀想だからと逃がしてあげるようにと僕に頼んできたとき、僕は思い知らされた。

 

 

「エステル…僕は……」

 

 

可哀想だとかそういう気持ちが湧かない。エステルならばそういった心に同調できるはずだ。

 

この世界の理不尽を心に刻まれて、一度は壊れてしまったはずのエリッサだって、そういう心を間違いなく持っている。

 

だというのに、僕の心は冷たいままで、今もあの魔獣に同情する気持ちが露と湧かない。あるのは自分がどこまでも不完全だという自己嫌悪。

 

論理のみに基づいた、間違った解答しか弾き出さない機械仕掛け。こんな僕に、彼女と共に歩む資格はあるのだろうか?

 

月は何も答えない。

 

 

 




どうしてレーヴェフラグが立ったし。解せぬ。初期のプロットじゃハーレムなんて作る予定なかったのに。

041話でした。

もうすぐ閃の軌跡Ⅱが発売されますね。なので、更新は一時停止です。まあ、2、3週ほどクリアして、レベル200まで上げられたらそのうち…、年内にも……。


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042

発展著しいロレントではあるが、その市民たちの精神的支柱を担う七耀教会礼拝堂の規模は意外と小さなものだ。

 

それは一年戦役において破壊されたこの礼拝堂が、戦役以前と同じ作りで再現されたがゆえでもある。

 

もちろん、この礼拝堂では信者全てを受け入れることが出来ないので、他にもいくつもの礼拝堂が建てられており、中にはこの礼拝堂よりも多くの人々を受け入れることができるものもある。

 

それでも、古くからロレントに住む人々はこの市長宅の向かい側に位置する礼拝堂に足を運ぶ。

 

なぜなら、この礼拝堂は多くのロレント市民にとって特別な意味を持つからだ。私にとってもそれは例外ではない。

 

今日はミサが開かれていて、私はそれに参加し、女神に祈りをささげる。Xはそこまで熱心な信仰を持たなかったようだが、この私はそれなりに敬虔な信者といえるかもしれない。

 

導力革命がもたらした物質的な豊かさ、そしてこれがもたらした多くの知見は信仰から多くの力を奪った。

 

安定は信仰の力を薄れさせる。今目の前にあるものが簡単に失われないという確信は、形あるものへの執着を強くさせ、形のないものへの信仰を駆逐するからだ。

 

農作物が毎年ある程度安定的に収穫できる。疫病の猛威が簡単に隣人を奪わない。形あるものが簡単に失われないのならば、形のないものに心を預ける必要はない。

 

だが、それでも導力革命から1世代程度しか経過していないこの世界においては、まだまだ信仰は大きな力を持っていた。

 

 

「おはようございます、デバイン教区長。ミサ、お疲れ様でした」

 

「おはようございますエステル。おや、ヨシュアはどうしたのですか?」

 

「遊撃士の仕事です。市長から依頼を受けたようですね」

 

「ああ、なるほど。翠耀石の結晶の件ですね」

 

 

白くなった髭をさすり、デバイン教区長がうんうんと頷く。彼とは私が子供のころから顔見知りで、色々と無茶をしがちな私を真剣に怒ってくれる数少ない人でもある。

 

説教臭いところもあるが、多くの市民から好かれる老司祭だ。いくらかの恩もあり、実は私にとって頭の上がらないヒトの一人でもある。

 

 

「自らの歩むべき道を見いだし、そして一歩一歩と着実に前を向いて歩いて行ける。これはとても喜ばしいことです」

 

「ええ、本当に」

 

 

それが出来る人間なんてこの世界ではほんの一握りだけだ。リベール王国はそういった面では恵まれているが、世界の多くではいまだそれが許されない。

 

Xの世界でもそれは同じだった。Xの住んでいた日本という国は恵まれていたようだが、中央アジアや東アフリカの紛争地域、あるいは辺境においては夢見る事すら難しい。

 

ならば、導力革命から半世紀程度のこの世界ではなおさらだ。少し遠方に目をやれば、導力灯の灯りすら届かない地域は未だ多く、子供が労働力として扱われる地域も多い。

 

5年ほど前のノーザンブリアなどでは生きていくことすら困難だったという。シェラさんはかつてストリートチルドレンだった。

 

そんな中で人々が夢を見て、それを実現するための努力が許されることがどれほど貴重なことか。

 

 

「そういえば、君は確か休暇をとっていたのでしょう? こうも忙しく飛び回るのはどうかと思いますが」

 

「いえ、ちゃんと体調管理はしていますから安心してください。それに、飛び回っているとはいっても、余裕をもって動いていますから」

 

 

心配そうな表情のデバイン教区長に私は苦笑しながらそう応える。

 

まあ、今回に関しては余裕をもって動いているのは本当だ。今日の予定は最新の導力化農業の視察ひとつだけ。

 

この分野に関しては既に私の手を離れていて、ZCFやノーザンブリア出身の研究者たちがさまざまな工夫を凝らして発展させていっていると報告書で見ている。

 

最近は植物工場での栽培に特化した作物の品種改良が行われていて、背が低かったり、水耕に適していたりといった性質を持つ作物が生み出されている。

 

小麦などの穀物についても、チェルノーゼムなどの好条件の農地での露地栽培には負けるが、コストパフォーマンス的にはそれなりに戦えるものに仕上がってきているらしい。

 

私は今日の予定とか、外国でのいろいろな見聞など冗談を交えて教区長に語る。彼はいつだって聞き上手だ。ニコニコしながら相槌をうつ。

 

そして、ふと話の流れから話題があの戦役についての事柄に移り変わる。

 

 

「しかし、あの戦争からもう十年ですね…」

 

「あの頃に勤めていらっしゃったシスターさんは元気にしておられますか?」

 

「ふふ。ええ、後遺症もなく、今はアルテリア法国で元気にしているそうです」

 

「よかった」

 

「ええ…、彼女も君の事をいつも気にかけていましたよ」

 

「そうですか…」

 

 

一年戦役においてロレントが帝国軍によって略奪を受けたことは広く知られている。

 

補給を立たれ、連日の爆撃によって精神を擦切らし、結果としてモラルハザードを起こした帝国軍の一部の兵士たちによる蛮行。

 

その略奪と破壊の対象は七耀教会も例外ではなく、そしてそこに避難した多くの女性や子供たちが辱められ、殺された。

 

話しの中にあったシスターは帝国軍兵士によって犯され、殺されそうになった所で何とか心ある帝国軍士官によって命を救われたそうだ。

 

しかし、心身ともに傷つき、何よりも守るべき信者たちを残して生き残ってしまった彼女は精神的に病んでしまい、戦後はアルテリア法国に搬送され、治療を受けたらしい。

 

 

「あの日の自分の無力さに苛まれない日はありません。君のお母さん、レナさんの事もそうです。にもかかわらず、教会に気をかけてくれる君にはなんと感謝すればいいのか…」

 

「あの戦争の中ですから…、人ひとりに出来る事なんてたかが知れていますよ。だから気に病まないでください。それに、デバイン教区長には母を丁重に弔っていただいた恩がありますから」

 

 

デバイン教区長はあの日、兵士を止めるために扉の前に立ちはだかり、そして暴力に倒れた。

 

命こそ奪われなかったものの、守るべきものを何一つ守れなかった彼の心情は察して余りある。

 

それでも彼は目を覚ました後、怪我を押して多くの死者を弔ってくれたのだ。そのおかげで、母の遺体が野ざらしにならずに済んだのだから感謝してもしきれない。

 

 

「……私にはその感謝が辛くてたまらないのですよ」

 

「それでもです。デバイン教区長が罪の意識で苦しまれることを、母もきっと望んではいませんから」

 

 

七耀教会に避難した多くの女性や子供達を守ることが出来なかった。それだけではなく、シスターや神父の前で、何よりも聖なる礼拝堂の中で殺人と強姦が行われた。

 

そしてあろうことか、聖職につくシスターまでもが辱めを受けた。そしてその所業を為したのは、盗賊や猟兵ではなく大国の正規軍の将兵だったのだ。

 

この事実はリベール王国の教会関係者に強い衝撃を与えると共に、現代における教会の力、信仰の失墜を象徴した出来事でもあった。

 

もちろん、この事実を戦後に知ったエレボニア帝国は教会に対して最大限の陳謝を行い、現皇帝自らがアルテリア法国に出向いて謝罪した。

 

それでも、この一件は教会関係者に女神信仰の崩壊を想像させるに十分だった。その危機感はロレント・ボースの復興ボランティアに動員された教会関係者の数に表れている。

 

おおよそ大陸中の七耀教会から復興支援のための献金とボランティアが集まったことは、確かにロレントとボースの生き残った市民たちを勇気づけた。

 

デバイン教区長の誠意と七耀教会の支援があったからこそ、彼のいるこの礼拝堂は今も変わらず市民たちに愛され続けている。

 

 

「形あるものは必ず失われてしまいます。だから人間には女神が必要なんです。ですから、デバイン教区長もそんな辛い表情をしないでください」

 

「そうですね。一信者に勇気づけられなければ歩くこともできないのでは神父失格でした。無様なところを見せてしまいましたね」

 

「いえ。お気持ちは痛いほど分かりますから」

 

 

母はここで襲われ、連れ去られ、辱められ、殺された。

 

彼からすれば自分が殺したのも同然と思っていてもおかしくはなく、その娘である私への罪悪感はきっと小さなものではない。

 

それでも、彼はこの街の人々信仰をとりまとめるべき責任ある立場にある人間だ。罪悪感に囚われ、暗い表情をしていては人々を不安にさせてしまうだろう。

 

 

「それでは、今日はここで」

 

「ええ、今日も貴女に女神の加護がありますよう」

 

 

 

 

 

 

数百アージュもの奥行きのある巨大な屋内空間、何段にも重ねられた緑の生い茂る棚。煌々と導力灯が白く輝き、温度は春にもかかわらず初夏の陽気。

 

作られているのは小麦だ。露天では上手く管理しても1年に2回が限度で、それも土地の疲労を考えなければだが。

 

しかし、植物工場ではそういった問題も起きない。品種改良と光・温度管理を組み合わせれば、おおよそ1年に4回以上の収穫が可能なのだという。

 

加えて、植物工場では病虫害や雨風を物理的に遮断することから、作物本体が持つだろういくらかの耐性や機能をオミットすることもできる。

 

具体的にはエグミの元となるシュウ酸などの物質生産、あるいは葉や茎の固さ。その耐性が栄養面や食味に関わるならば別だが、そうでなければ植物にとっては余計なコストとなる。

 

このため、省いた方が成長速度や収量で優れることになり、場合によってはむしろ一部の機能のオミットが、食味を良くする方向に働くこともある。

 

そういった工夫を凝らすことで、高額な施設の導入コストをランニングコストと利益の面でカバーしようと考えているのだとか。

 

とかく、未だ黄金色には色づいていないものの、春小麦の葉が生い茂る棚が延々と何段にもわたって並んでいるのは非現実的。

 

ここから得られる麦の収穫はいったいどれぐらいになるのか想像もつかない。

 

 

「しかし、これは壮観だな」

 

「ノーザンブリアにも作られていると聞いていますわよ?」

 

「まあな。だが、こちらほどは導力化されてはいない」

 

 

クリスタ・A・ファルクは主人の護衛のため、ロレント最大の植物工場を視察する主人、エステル・ブライトが責任者の説明を受けているすぐ傍に控えていた。

 

隣にいる灰色の髪と金色の瞳が特徴の屈強な男は同じく護衛、情報部から主を守るために派遣されてきた、かつての同僚である。

 

名はゲール・メイヤーズ。階級は少佐。かつて私が《北の猟兵》に所属していた頃、あらゆる戦闘技術を叩き込んでくれた師ともいうべき人物だ。

 

2年前にノーザンブリア自治州がリベール王国に併合された折、《北の猟兵》もまた王国軍に編入されることとなった。

 

もちろん希望者に限られたものだったが、多くの元《北の猟兵》たちが王国軍に迎い入れられることとなる。

 

それは《北の猟兵》たちが非正規戦、コマンド作戦に特化したスペシャリストとして評価されたこともあるが、同時に兵員の増強を望んでいた王国陸軍の意向もあった。

 

経済発展著しいリベール王国では兵士の成り手がとにかく不足している。そして元《北の猟兵》たちの多くがそれに応えることとなった。

 

それは、彼らの多くが大公国崩壊以降の世代であり、故に若い頃より満足な教育を受けられなかったことが一因と言われている。

 

学が無ければ平和な国の中で栄達は見込めない。だったら、専門分野(戦争)を活かせる場所で出世を目指そう。というのが彼らの考えだったのかもしれない。

 

とにかく、彼、先輩、ゲール・メイヤーズは王国軍入りを希望し、そして猟兵だったころの武勲を評価されて少佐待遇として雇用されたそうだ。

 

 

「ノーザンブリアの暮らしぶりはだいぶん良くなったぞ。食料自給はまだ完全じゃないが、それでも市場に生鮮食品が並ぶようになったな。新鮮な野菜に肉汁たっぷりの肉が食えるようになった」

 

「昔は味気ない保存食ばかりでしたものね」

 

「ああ。猟兵になって外国に行かなけりゃ食えなかったモノが、今は子供達にも食わせてやれる。こんなありがたいことは無い」

 

 

国土の半分が塩と化したノーザンブリアの異変による致命的な影響は塩害だった。吹きすさぶ風が運ぶ大量の塩は、国土のほとんどの耕作地を不毛の土地へと変えた。

 

同時に多くの水系の塩分濃度が上昇した。塩化した周辺地域の淡水系はことごとく利用に適さなくなった。

 

そして海水の異様なほどの塩分濃度の上昇は周辺海域の漁業を壊滅させるに至る。経済崩壊、食糧危機、水不足。もはや八方塞がりと言ってもいい。

 

それを救ったのがリベール王国の技術投下だった。

 

塩分濃度の濃い水を淡水化する導力器、そして淡水を一滴も無駄にすることのない植物工場。これらはノーザンブリアのためにあると言っても過言ではない。

 

ノーザンブリアではなによりも水を無駄にすることが問題となる。植物工場では作物が吸収しきれなかった水分を全て回収できるが、露地栽培ではそれは不可能だ。

 

輪作障害もなく、病気への対策も容易だ。導入コストこそ高くつくが、気候の変化などに関係なく安定的に作物を収穫できる点は素晴らしい。

 

しかも、投入するエネルギーは導力という無限のエネルギーがあり、消費する水や肥料などの資源も最小に抑えることもできた。

 

 

「リベールでは食料自給率を高めるためと、ヴァレリア湖の水質保全のために農業ビルの建設を推進しているそうですわ」

 

「俺たちからすれば贅沢としか言いようがないが、そういう国だからこそ祖国に手を差し伸べる余力があったと思えば文句は言えんな」

 

「ですわね」

 

「…今の職場はだいぶん良いみたいだな、クリスタ」

 

「当然ですわ」

 

「ふっ、10年前、隊長に啖呵をきったあのはねっかえりがな」

 

「もう、先輩。昔の事を蒸し返さないでください」

 

 

私はふくれっ面で先輩であるゲールに抗議するが、先輩は野性味あふれる笑みを浮かべながら、昔のように私の頭にポンポンと手のひらをのせた。

 

 

 

 

 

 

エリーズ街道の手配魔獣「ライノサイダー」を討伐した僕が遊撃士協会に報告に戻ると、そこで思わぬ大事件に立ち会うことになった。

 

現場はロレント市長であるクラウスさんの邸宅。そこに強盗が押し入ったらしい。僕はちょうど遊撃士協会にいたシェラさんと共に現場に急行した。

 

僕は現場検証を任され、シェラさんは聞き取り調査を担当することに。そして現場検証を終えて市長邸のリビングへと赴くと、

 

 

「なるほど。つまり、強盗の狙いは翠耀石(エスメラス)の結晶だったわけですか。わたし、気になります!」

 

「いや、うん、ちょっと落ち着こうよエステル」

 

 

いつの間にか事件を聞きつけたエステルが目をキラキラさせて市長宅のソファに座っていた。クラウス市長はそんな彼女を目の前に苦笑いだ。

 

ソファに座るエステルの後ろに佇んでいたメイユイさんが、ペコペコとこちらに頭を下げてくる。うん、メイユイさんの責任じゃないから。

 

 

「ええ、ええ。しかし、ミレーヌさんたちに怪我がなくて本当に良かったです。ええ、本当に。いやあ、良かった良かった。しかし、陛下への贈り物のためのセプチウム結晶を盗むなんて不敬極まりないですね。ええ、早く捕まえなくちゃいけません。ところで犯人の目星はついてますかヨシュア? 協力は惜しみませんよ。いえいえ、これは私の好奇心を満たすためではなく、社会的正義を実現するため、何よりも市民の安全保障を司る軍人としての崇高な義務感からくるものなのです」

 

「はっはっは、確かに妻が無事だったのは救いじゃった。贈り物は替えが利くが、ミレーヌやリタの代わりはおらんからな」

 

 

エステルは社会的正義とか崇高な義務感とか言っているが、その本心は瞳の輝きが語っている。ミレーヌ夫人やメイドのリタさんが傷つけられていたなら違ったのだろうが。

 

僕の傍らではシェラさんが頭痛をこらえるようにコメカミに手を当てている。うん、気持ちは分かるんだけれどね。

 

 

「おほん、じゃあ、話を続けさせてもらうわよ。ヨシュア、現場検証の結果をお願いね」

 

「はい、シェラさん」

 

 

シェラさん、浅黒い肌をした銀色の髪の、スタイルの良い遊撃士、僕らにとっては家族同然の付き合いにある女性が咳払いをして話題を元に引き戻す。

 

事件の概要はこうだ。

 

白昼堂々と行われた市長邸強盗事件。家を強盗している時に市長が留守に入った…、もとい、市長が留守にしている時に、家に強盗が入ったらしい。

 

犯行はクラウス市長が教会にてデバイン教区長と会談していた際に行われた。第一発見者は市長自身、伴侶のミレーヌ夫人とリタさんは監禁されていたものの、怪我はなかった。

 

荒らされたのは市長の執務室のみ。他、ミレーヌ夫人とリタさんは屋根裏部屋に監禁されていた。

 

犯人は覆面をした3~4人の窃盗団であり、そのうち一人は背が低く女性だった可能性がある。

 

市長の執務室は調度品や本棚などが徹底的に荒らされ、倒され、書籍や物が散乱している状態であるのに、盗まれたものがセプチウム結晶以外にはほとんどなかったようだ。

 

市長は稀覯本もいくつか所有しており、犯人がその価値を知っていたならば間違いなく盗むはずだが、放置されていた。

 

セプチウム結晶以外には、小物入れに入っていた物品のみが盗まれていた。その小物入れの鍵は導力銃のようなもので破壊されたようだ。

 

しかし、セプチウム結晶が保管されていた金庫は焼き切られていたわけではなく、ボタン式の暗証番号を解析された上で開けられていたようだ。

 

証拠に金庫のボタンには、短波長の光で蛍光する粉末が検出されている。これを利用して強盗は暗証番号の推定を行ったものと推理された。

 

なお、玄関には鍵がかかっており、これが何らかの手段で破られた形跡は見られない。

 

しかしながら、二回のベランダには金属製フックのようなものが手すりにかけられた跡が残っていたため、窃盗団はそこから侵入した可能性が高い。

 

なお、夫人たちが閉じ込められていた屋根裏部屋からは、この辺りには自生していないセルベという樹木の葉が見つかっている。

 

 

「つまり、犯人は最近この市長宅を訪れた人物である可能性が高い。そして、セプチウムの結晶が市長宅の金庫に保管されていたことを知る人物になるね」

 

「なるほど」

 

 

つまり、犯人はごく最近市長宅を訪れた人物に限られる。そしてセプチウムが市長邸に保管されている事を知るとなれば、犯人は限られてくる。

 

ちなみに、セプチウム結晶は僕が父さんの依頼を引き継ぎ、今日の午前中に市長宅に運搬したものだ。

 

となれば、市長が僕が帰った後に金庫を開けていなければ、認証番号を知るための蛍光パウダーはセプチウムが金庫に入れられる前に塗布されていたはず。

 

マルガ鉱山にて今回盗まれたセプチウムの大きな結晶が採掘されたのはほんの数日前。故に、対象となる人物は、その間の期間に市長邸を訪れた人物となる。

 

視線がクラウス市長に集まる。市長はふむと考え込み、該当者を答えていく。

 

 

「そうじゃな、何人か当てはまる人物はいるが…、リベール通信社の記者諸君がそうじゃな」

 

 

リベール通信社の記者ならば別に市長邸を訪れてもおかしくない身分であるが、逆に言えば身分を偽って市長と会談した可能性も捨てきれない。

 

「なるほど、他には?」

 

「それ以外となると…、ジョゼット君しかおらんが。ははは、でも、まさかのう」

 

 

クラウス市長が冗談交じりと言わんばかりにジョゼット、僕がセプチウムを運び込んだ際に市長の執務室を訪れていた女学生の名前を挙げる。

 

 

「誰です? そのジョゼットという人物は?」

 

「ジェニス王立学園の女生徒だよ。後学のために市長に会いに来ていたんだ」

 

「うむ、人当たりのいい上品な令嬢といった感じじゃったな。まさか、ジョゼット君に限って犯人という事はあるまい」

 

 

クラウス市長はそのようにジョゼットを褒める。だが生憎僕の意見は真逆だ。あの時、市長がセプチウムを金庫に入れた時、彼女は狩人が得物を見るのような目をしていた。

 

 

「シェラさん、ジョゼットという女学生は今日にもロレントを発つと言っていました」

 

「ふん、急ぐ必要がありそうね。ヨシュア、貴方はそのジョゼットという子を、私は記者の方を当たるわ」

 

「では私も…」

 

 

そうエステルが言おうとしたその時、先ほどまで静かにソファに座るエステルの後ろに佇んでいたメイユイさんがにっこりと笑って、エステルの肩に両手を置いた。

 

 

「お・じょ・う・さ・ま。これはシェラザード様達のお仕事ですよ」

 

「え、いえ、でも、事件ですし。私、市民の安全と財産を守る軍人ですし」

 

「軍人として動かれるなら、兵を動かすのが筋ですわ、しょ・う・ぐ・ん閣下」

 

「え、クリスタまで…」

 

「諦めてください」

 

 

メイユイさんとクリスタさんに包囲されたエステル。うん、君はもう少し自分の立場と言うものを考えた方がいい。

 

 

「仕方ないですね。ああ、それとシェラさん、アイナさんにジェニス王立学園とリベール通信社に該当者について問い合わせてもらったらどうです?」

 

 

アイナ・ホールデン。遊撃士協会ロレント支部の受付をしている女性だ。シェラさんの親友でもあり、亡くなった資産家サウル・ジョン・ホールデン氏の孫娘でもある。

 

たしかに、彼女に頼んで該当人物が本当に学園や通信社に所属しているか、あるいは今どこにいるかを確認すれば、犯人に目星を付けるヒントになるだろう。

 

 

「そうね、ありがとう」

 

 

エステルの提案にシェラさんはそう応えると、僕はシェラさんと共に市長邸を離れた。羨ましそうに見送るエステルの表情が瞼の裏に残り、僕はクスリと笑みを浮かべる。

 

そんな僕にシェラさんは悪戯っぽく笑みを浮かべ、からかってくる。

 

 

「一緒じゃなくてよかったの?」

 

「ダメですよ。エステルは危険な場所に行くこと自体、立場上許されませんから」

 

「まあそうよね。それに、あの子が動けば怖いお兄さんたちも一緒にぞろぞろ付いてきちゃうか」

 

 

カシウス・ブライトの代わりになるような人材など、そうは存在しない。父さんほどになれば、《西風》のような最高位の猟兵団からも護衛対象を守りきるだろう。

 

故に、父さんが離れている今、エステルの護衛は過剰とも言っていいほどのレベルになっている。

 

3年前の暗殺未遂について、結局護衛対象であるエステル自らが剣をとって戦い、そして重傷を負った事件が軍にとっての汚点となっているからだ。

 

そもそもあの事件を解決に導いたのが外国出身の流浪の剣士だったというのも問題だった。軍は何も役に立たなかったのだ。

 

このため、今の彼女を守る護衛たちは僕から見ても大変な手練れだと一目でわかる者たちばかりだ。

 

特に護衛を率いる《北の猟兵》出身のゲール・メイヤーズ少佐は僕ですら正面からは勝てないかもしれないと感じるほど。

 

 

「まあ、確かにあの男は強いわね。クルツ先輩より確実に上…、まあ先生ほどではないでしょうけど。じゃあ、私はこっちに行くわ」

 

「分かりました。では、また後で」

 

 

合流場所と時間を決めて、僕はまずホテルへと向かう。そこにジョゼットが宿泊しているはずだからだ。もちろん、既にチェックアウトしいている可能性は高いが。

 

 

 

 

「…当りね」

 

「まさかと思いましたが」

 

 

市長邸を後にして、シェラさんと共に容疑者の調査した結果、記者二人についてはアリバイが確認され、女学生ジョゼットについてはチェックアウト済みである事を確認した。

 

しかしながら、都市間の標準的な交通手段である飛行船にジョゼットが乗った形跡はなく、バスのターミナルでも彼女の足跡は存在しなかった。

 

完全に足取りを見失ったわけだけども、市長邸の屋根裏部屋、ミレーヌ夫人とリタさんが監禁されていた場所に残されたセルベの葉を手掛かりに、この森までやってきたのである。

 

セルベの木はブナやヒバといった陰樹の類で、光の差さない鬱蒼とした森を形成する類の樹木だ。

 

なかでも、セルベの木は特に霧がでる環境を好むらしく、シェラさんが言うにはこのあたりではミストヴァルトを中心とした地域にしか自生していないらしい。

 

そういうわけで、何かの手掛かりになればとミストヴァルトへとやって来たのだが、これが大正解だったらしい。

 

森の奥の開けた広場、怪しげな4人、王立学園の制服に身を包むジョゼットとプロテクター付きの緑色の衣服に身を包んだ男たちがそこにいた。

 

僕とシェラさんは気づかれないように彼らに近づいていく。

 

 

「ふっふっふ…、まったくチョロイもんだよね。あの程度の下準備でこんな極上品が手に入るなんて。これで兄ィたちに自慢できるよ」

 

「しかし、お嬢にはビックリだぜ。いくら制服着てたからって、あんな演技ができるなんてよ」

 

「さすが元・貴族令嬢だねぇ」

 

「フンだ…。昔の事はどうだっていいだろ」

 

 

目標の情報を集めるために話し声に聞き耳を立てつつ、あの4人以外に仲間が近くにいないかを調べていく。どうやら他に仲間は近くにいないらしい。

 

彼らの話を聞くに、どうやら彼らは鉱山に鉱員として潜り込み、その時からセプチウムを狙っていたらしい事が窺える。

 

犯行については事前に周到な準備がなされていたようだ。

 

 

「…そろそろ行きましょうか」

 

「はい!」

 

 

シェラさんの合図と共に、僕は一気に姿勢を低くして走り、彼らの死角に回り込んで接近、障害になるだろう一番体格のいい男の首を一撃して昏倒させた。

 

 

「なっ、アンタは!?」

 

「ゆ、遊撃士だとっ!?」「どうしてここに…」

 

「よそ見はダメよ」

 

「ひぎぃっ」

 

 

残りの3人の視線が僕に集まったその隙をついて、シェラさんのムチがもう一人の男を強かに打ちのめした。あれは痛い。

 

 

「屋敷からセプチウムを盗んだ手際は見事だったけど…、フフ、詰めが甘かったみたいね?」

 

 

現場にこの場所を示す証拠物を残してしまったのは彼らの最大の不手際だろう。セルベの葉は分かりやすすぎる証拠品だった。

 

 

「遊撃士協会規約に基づき、家宅侵入・器物破損・強盗の疑いであなたたちの身柄を拘束します」

 

「ひっ」

 

「抵抗しない方が身のためですよ?」

 

 

注意が散漫だ。シェラさんの登場で注意をそらしたジョゼットを名乗った少女の首筋に刃を添えた。その冷たさに少女が小さく怯えの混じった声を上げる。

 

 

「あわわ…」

 

「そ、そんな…」

 

 

そういうわけで彼らは手を上げて降伏の意を示す。この程度の相手なら僕一人で十分だったかもしれない。

 

この、人を殺めることしか能のなかった僕の手が、犯罪者を捕まえるために振るわれるようになるなんてあの頃には思いも知れなかった。

 

本当に、多くの意味で彼女や父さんには感謝しなければならないだろう。

 

 

「それじゃあ、盗んだものを返してもらいましょうか」

 

 

武装を下ろさせ、腕を上げたまま両膝をつかせると、シェラさんがそう言ってジョゼットと名乗る少女に近づく。

 

そうしてボディチェックの要領で彼女のポケットなどを探っていくが、なかなか見つからない。

 

 

「なにやってんだよ。このポケットだよ!」

 

「無いわよ。…って、あら?」

 

 

そうして出てきたのは一枚の封筒。恐ろしく嫌な予感がする。

 

 

「え、なにそれ?」

 

「貴女のものじゃないの?」

 

「ぼ、僕知らないよ、そんなの!」

 

 

気味が悪いといった表情で声をあげる少女。そこに嘘はまったく混じっているようには思えない。そして怪訝な表情でシェラさんが封筒の中を検めた。

 

 

『銀閃の君と漆黒の牙よ。

 

大地より出でし風の結晶は我が手中にあり。

 

奪い返さんと欲するならば、我が謎を打ち破って見せよ。

 

第1の鍵は霧に沈む森に。泉に抱かれし長老を訪ねよ。

怪盗B』

 

 

シェラさんは中に入っていたカードを思いっきり地面にパーンっと叩きつけた。

 

 





恒例です☆

というわけで、42話でした。

お久しぶりです。本当に長い間、申し訳なかったです。久しぶりの更新。そして、出落ち。

序章のメインイベントですが、どうしてこうなった。

ちなみに、この世界線では四輪の塔は観光地化されているので、記者諸君は行くのに遊撃士の護衛を雇う必要はありません。

がんばれば、年内にもう一回ぐらいは更新します。


さて、閃の軌跡2を2周しました。リィンだけLV200ですとも。ふふーふ。『碧』と比べたらレベル上げは大変じゃなかったですね。

しかし、男性陣の扱いに涙が出ます。リィンとユーシスしか使わなくて、あとは全部女子というパーティに。

でもマキアスはまだ光るものがあっていいと思います。氷の乙女さんと組んでタイムマシンできますし。

エリオットは前回は結構使ってたんですけどねー。リィンが強すぎて笑ったし。後半とかフォース+瀑布+覇道で疾風一発で敵半壊とかね…。

風さんはほとんど使いませんでした。物理陣はフィーとサラとラウラが優秀すぎて辛い。ううむ、まさに不遇のジンに匹敵する扱いをしてしまいました。

皆さんはどうだったでしょう?


戦車戦は格好良かったですねー。特に戦車の装甲の上に乗って指揮を執るエリオットぱぱの雄姿。タンクデサントでしょうか?

つーか、歩兵が活躍しないのはどういうことか。見たところ空爆もさほどないみたいで、それなら塹壕戦が正義だと思うんですがね。

燃料気化爆弾が無いのなら、有刺鉄線+塹壕は不可欠だと思うんですけどね。内戦なので地雷はご法度。うん、機甲兵もスコップ持って穴を掘れば良かったのに。

うん、ドラマ的な意味で最悪ですね。却下。

まあ、容量的な意味で省略されているだけで、実際は数百台の戦車と機甲兵が入り乱れて激突するような地獄のような戦場だったのでしょうが。

だって、クロスベル侵攻に投入された戦車が数百台だったってありますしね。マジで局所戦でしか役に立ちそうにないなヴァリ丸。

だからきっと、ゼクス中将とかも本当は名乗りの時しか装甲の上に乗ってないのです。演出上の都合なのです。多分。

いや、まあ、30年前まで騎兵突撃とか戦列歩兵してたような連中だし、あるいは、もしかしたら、そんなあり得ないような事も…。

つーか、30年で戦列歩兵中心の近世水準の戦争が機甲戦と航空戦術に変貌か…。ラッセル博士とシュミット博士優秀すぎるだろう…。




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043

「四輪の塔はゼムリア文明の崩壊《大崩壊》の直後、七耀歴が始まって間もない頃に建設された4つの塔を総称する古代遺跡です。4つの塔は翡翠の塔、琥珀の塔、紺碧の塔、紅蓮の塔があって…」

 

 

市長邸から《カプア一家》を名乗る者たちによって奪われた翠耀石(エスメラス)の結晶は、なんと、さらに怪盗Bによって盗まれてしまっていた。

 

相変わらず悪趣味な彼は僕らが来るのを見越していたようで、いつものようにメッセージカードを《カプア一家》ジョゼットのポケットに忍ばせるという非常識をやってのけ、

 

否応なく、僕らはメッセージカードを手掛かりに彼の遊びに付き合わされることとなったのである。

 

実行犯である《カプア一家》の4人は既に王国軍へと引き渡したのだけれど、そこでもまた恐るべき事が起こった。

 

なんと、《カプア一家》の4人のうちの一人が、実は怪盗Bだったのだ。護送中に突然姿を現して王国兵を昏倒させ、ジョゼットたちを逃がしてしまったのである。

 

カプア一家の一人に成すまし、ジョゼットから翠耀石(エスメラス)の結晶を盗み、そして逮捕された彼らを解放した。やりたい放題である。

 

そういうわけで、怪盗Bを見抜けなかった僕ら、一味をみすみす逃してしまった王国軍、不毛な責任のなすりつけ合いが発生したわけである。

 

まあ、それは一応、エステルの一声で喧嘩両成敗となった。彼女の名声と人望は些細な責任問題をうやむやにする程度わけはないのだが、

 

だが、結果として、

 

 

「…このように、エレボニアに見られる精霊信仰の痕跡とは異なり、ここリベール王国では貴重な古代ゼムリア様式を直接受け継ぐ建築様式、美術様式が保存された古代遺跡が散見されます。特に古代の司祭あるいは原始的な空の女神の偶像とも考えられている…」

 

 

このように嬉々としてエステルが同行するという事態が招かれたわけである。彼女は上機嫌になるとうん蓄で舌が停まらなくなるのが玉に瑕だなぁ。

 

苦笑いしか浮かばない。

 

あのメッセージカードを手掛かりに、ミストヴァルトの大樹に張り付けられたカードを見つけ出し、その後、王国軍に4人を引き渡した後、先の騒動に巻き込まれ、

 

王国軍と微妙な雰囲気になったところで、エステルが嬉々として「話は聞かせてもらった!」などと仲裁に入り、今に至るわけである。

 

本当にどうしてこうなった。ちなみに、僕らが今いるのは翡翠の塔だ。ロレント市の北西に位置する、最近はめっきり観光化された古代遺跡である。

 

 

「溜息をつかれていると、幸せが逃げますわよ。ヨシュア様」

 

「僕に様付けはいいですよクリスタさん」

 

「そうよ、もっとフランクになさいな。血筋的に言えば、貴女の方が敬語使われる方でしょうに」

 

「今では落ちぶれた平民ですわ。あの国の貴族だなんて自慢しても、故郷じゃ侮蔑されるだけですもの」

 

 

リベール王国領ノーザンブリア自治州出身の彼女とその妹であるエレンは、大公家の遠縁にあたる貴族だったらしいが、彼女にとってはそれはむしろ枷に過ぎないのだとか。

 

とはいえ、貴族令嬢から猟兵になって、今ではメイド兼護衛か。波乱万丈極めりといった感じだろうか。

 

ちなみに、北の猟兵出身の彼女がいる関係で、今回軍からエステルの護衛役として派遣されたのは、彼女の顔見知りの北の猟兵出身の王国軍兵士らしい。

 

 

「しっかし、すっかり観光化されちゃったわね、ここも」

 

「魔獣もまったくいませんね。というか、掃除も行き届いてますし」

 

 

シェラさんが呆れたように周りを見渡す。崩れていた橋は、元の部材を傷付けたりしないような形で通れるように修復され、導力灯の灯りで内部はすっかり明るくなっている。

 

傷んだ壁画なども修復作業がなされていて、昔に来た時に比べてすっかり整備されて、すっかり歴史観光地化されてしまっている。

 

入口の前には売店や料金所が建てられており、土産物店には絵葉書などが売られているほどに俗っぽくなってしまっている。

 

ちなみに、他の3つの塔もここと同じように修復・整備され、今では定番の観光スポットになっているようで、学校の課外授業でも必ず来ることになっているのだとか。

 

 

「ランキングの一番人気は紺碧の塔らしいですね。色合いが素晴らしいのと、5階の噴水が名所なので。夕焼けの生える紅蓮の塔もツァイスに近い分、観光客が多くて人気高いですよ」

 

「最下位は琥珀の塔だったわね」

 

 

なぜ地属性はいつも不遇なのか。魔獣の弱点属性になっていることも多いんだけれど、どうしても派手さがなくて人気がないらしい。

 

 

「まあ、通はやっぱり翡翠の塔を選ぶべきでしょう」

 

「ロレント出身者っていつだってそう言うよね」

 

「うっさいですね。翡翠の塔はレベルが違うんですよ他とは。松明一本の紅蓮の塔とか石ころが放置されてるだけの琥珀の塔なんて足元にも及びません」

 

「ボースとツァイスの人が激怒する発言内容だね…」

 

 

青空に映える翡翠の塔はなんだかんだいってとても美しいけれど。それに、塔の5階に存在する樹木は観光名所として有名だ。

 

日光を浴びずに千年の時を刻む樹というのは、いかにもな浪漫であるし、ロレントっ子はこれを常に自慢するらしい。

 

それ以外に自慢するモノが限られているとも言えるが。そんなロレントっ子が自慢して止まないモノの筆頭は、目の前の少女だったりするのだけれど。

 

 

「塔5階のあれって、何か意味があるわけ? シンボルみたいな感じかしら?」

 

「七耀の属性調整みたいですね。塔全体が一種のアーティファクト、古代の装置として構成されてるんじゃないかって話ですよ。七の至宝に関係する遺跡とも言われていますね」

 

 

四輪の塔の5階中央には、その塔が象徴する属性、火、風、水、地を象徴するモニュメントが置かれている。

 

紺碧の塔には噴水、紅蓮の塔には焔を絶やさない石の燭台、琥珀の塔には巨大な岩といったふうに。

 

そして、翡翠の塔には一本の樹木が生えている。光の差さない塔の内部に、枯れることなく葉を茂らせる一本の樹木が。

 

 

「さてとと…」

 

 

そうして、5階から屋上に続く階段を前に、エステルは階段の横におかれた台に近寄り、置かれているチラシを手に取り、一緒におかれているハンコを押した。

 

 

「エステル、なにそれ?」

 

「スタンプラリーですけど?」

 

「……うん、そっか」

 

「景品もあるんですよ♪」

 

 

シェラさんが天を仰いだ。チラシを手に取ると、『第60回女王生誕祭記念スタンプラリー』という見出しが大きく書かれている。

 

参加者全員に素敵なプレゼントが当たるそうだ。そして抽選でさらに豪華景品が当たるそうで、A賞は飛行豪華客船でいく世界一周ツアー招待券らしい。

 

ちなみにB賞はZCFの大型テレビ、C賞にはエステルのサイン入り航空機写真集・資料が入っている。

 

それはともかく、貰える景品なんてエステルからすればちょっとしたポケットマネーで賄えるだろうに、あんなにウキウキとスタンプラリーに張り切るなんて。

 

僕はそんな時たま子供っぽい振る舞いをする彼女を生暖かく見守る事にする。そんな僕の視線に気が付いたエステルは、顔を赤くして言い訳を始めた。

 

 

「い、いえ、どうせなら生誕祭までに全部まわっておこうかなと」

 

「…うん、そっか」

 

「べ、別に景品が欲しいわけじゃないんですよ!」

 

「分かってるよ、エステル」

 

「ならその生暖かい視線と笑みを止めてください!」

 

「大丈夫だよ。僕はちゃんと分かってるから」

 

「絶対分かってないじゃないですか、その顔!」

 

 

そんなむきになって否定する彼女を僕らはほほえましく見守りつつ、目的地である翡翠の塔頂上へと登りきる。

 

爽やかな風が通り抜け、全天に青空が大きく開く。明るい太陽の光に手をかざし、目が慣れると広大なリベールの大地が眼前に広がった。

 

 

「ん…、この瞬間はいつもいいですね」

 

「そうだね」

 

 

背筋を伸ばして新鮮な空気を肺に送り込む。塔の内部も神秘的で中々に面白いけれど、薄暗くて狭い空間は人間に圧迫感や閉塞感を覚えさせる。

 

だから、このように一気に空の下に飛び出すような感覚は、解脱にも似た解放感をもたらして気分を爽快にさせる。

 

もともと高台に建てられたこの翡翠の塔は、その高さからロレント地方を一望できるので景色が素晴らしい。

 

背後に迫る山脈、近くはマルガ鉱山、遠くはクローネ山脈まで。ヴァレリア湖にキラキラと反射する太陽の光、裾野広く大きく発展したロレントの市街地。

 

 

「さて、メッセージは『翡翠の頂に佇みし6人の祭司、手折られし首を見よ』だったわね」

 

「一目でわかりますね。それと…」

 

 

シェラさんが読み上げた4枚目のメッセージカードの一文を読み上げる。そして目の前には正面の古代の謎の装置への道を作るように6本の柱が左右に三つずつ配されていて、そのうち左の真ん中の一本が中ほどから折れているのが確認できる。

 

そして同時にエステルは、折れた柱の次に右側の一番奥にある柱に視線を投げかけた。僕も同じく双剣に手をかけて構えをとる。

 

 

「観光客はあらかじめ出てもらったはずなんですけどね」

 

「……隠れても無駄です。出てきた方が身のためですよ?」

 

「で、出ていきます! 今すぐ出ていきますからっ!」

 

 

 

 

 

 

ヨシュアの警告に驚いて、焦ったような男の声が柱の後ろから発せられた。ヨシュア、声にドスが効いていましたよ。

 

そうして、青みがかった黒髪のメガネをしたコート姿の壮年の男性が飛び出してきた。容貌は冴えない学者風。

 

装いは高価なものとは言えず、戦闘に適したものでもない。持っているのは装丁のしっかりした分厚い一冊の書物のみ。

 

とはいえ、体格を隠しやすい外套のせいで分かりにくいが、その体格は比較的がっしりとしていて、鍛えられていることが分かる。

 

 

「あなたは誰ですか?」

 

「あなたは…」「え……、ゲオ兄様?」

 

 

とりあえず相手の素性を探る。一応、私たちが塔に登る前に観光客は退去させられているはずだったからだ。

 

それはともかく、ヨシュアとクリスタさんが小さく何かつぶやいて驚いている風。見知った顔なのだろうかとふと考えつつ、目の前の人物を観察する。

 

 

「すみません、ごめんなさいっ! 調査に夢中になっていただけなんですっ!」

 

 

その口から発せられるのは、情けないほど上ずって言い訳を述べる声。そこには敵対する意思などはなく、こちらへの興味だけが感じ取れる。

 

嘘をついている様子は今の所ないが、隣に立つヨシュアはどういう訳か顔色が悪くなって様子がおかしくなっている。

 

クリスタさんはヨシュアとは違った反応で、どちらかといえば唖然と男を見て固まっている様子。

 

 

「コホン。それで、あなた、いったい何者なの?」

 

 

ここで言い訳に終始する男に、シェラさんがコホンと咳払いをして話を進めるように促した。

 

男はそれに気づいてあっさりと態度を変え、先ほどまでの狼狽が嘘のようにハキハキと自己紹介を始める。

 

 

「これは申し遅れました。私、考古学者のアルバと申します。古代文明の研究のためにこの塔を調べに来たんですよ」

 

「一人でですか?」

 

「ええ、貧乏学者なもので」

 

 

彼はそう語る。考古学を研究する教授。

 

確かに、考古学者であるならば、この塔に登っていてもおかしくはないし、調査に夢中になって退去命令を無視したとしてもそれなりに言い訳が立つ。

 

ちなみに考古学者が貧乏なのはデフォルトである。そもそも理工系とはちがって生産的な職業ではないし、国やスポンサーの支援がなければ食べていけないのだから。

 

大きな発見や注目される仮説を唱えて講演を繰り返したとしても、発掘や資料採集のためにお金をどぶに捨てるがごとく研究に費やすので、貯金も貯まらないのである。

 

ともかく、考古学者という身分は簡単に所属が割り出せてしまうので、その場限りの嘘でない限り意味を持たない。

 

身分を偽るなら商人だが考古学のファンだと述べた方が余程動きやすいからだ。

 

なので、一応は裏付けをとるものの、その場限りの嘘でない限りは公的な身分は男が言うように考古学者である可能性は高い。

 

しかしながら、ヨシュアの突然の様子の変化が私の頭の中で警報を鳴らし続けていた。クリスタさんの反応も気になる。

 

ヨシュアはなんとか持ち直したようだが、それでもこの人物の登場と共に体調を悪くしたのには何らかの相関があってしかるべきだ。

 

とはいえ、ここで何の根拠もなく責めることは出来ないので、この場は穏便に済ませるべきだろう。

 

 

「…こちらも自己紹介しましょうか。私はエステル・ブライト。この場では王国軍人としています」

 

「ほぉ、貴女がかの有名な…。お会いできて光栄です」

 

 

驚きの表情を自然に浮かべるアルバ教授。しかし、どことなく嘘くささを感じる。最初から私が何者か知っていたのではないだろうか?

 

その後、ヨシュアやシェラさんが順番に挨拶していく。そんな中、クリスタさんの番になった時、彼女はいつもと違い消え入りそうな声で自己紹介を始める。

 

 

「あの…わたくし、クリスタ・A・ファルクと申します。その……」

 

「おや、可憐な方ですね。貴女も遊撃士なのですか?」

 

「い、いえ、わたくしはエステルお嬢様のメイドをしておりますわ」

 

「なるほど。上品な方なので、どこかのご令嬢かと思ってしまいましたよ。ははっ、失礼しました」

 

 

少しばかりいつもと様子の違うクリスタさんに、アルバ教授は飄々とした様子で笑う。その様子にクリスタさんは苦い表情をした後、謝罪を述べて後ろに下がった。

 

 

「ところで、エステル博士はどうしてここに?」

 

「…ああ、そうでした。シェラさん」

 

「そうね、そっちが先だったわ」

 

 

シェラさんが折れた柱を調べ始める。しばらくしてシェラさんが柱の折れた部分を調べ始めると、彼女は「あった」と声を上げて輝く宝石を掲げた。

 

 

「おや、それは…」

 

「今回はひねりがあまりなかったですね。何が目的だったんでしょうか?」

 

「どうかな。怪盗Bの犯行は愉快犯のそれに近いからね」

 

 

ヨシュアのその言葉に、その場にいる皆の視線が無言のままアルバ教授に注がれた。剣呑な雰囲気と圧力にアルバ教授は戸惑い慌てふためく。

 

 

「な、なんでしょうっ?」

 

「とりあえず、身体検査ですかね」

 

「だね」

 

「え、えっと?」

 

「怪盗Bは変装の達人、貴方が怪盗Bでないかどうか調べさせてもらいます」

 

 

 

 

身体検査と職務質問から解放された後、アルバ教授を名乗る男は解放され、車に乗って去っていくエステル・ブライト一行を見送る。

 

ついでに街まで乗せて行こうかという誘いを受けたが、彼はまだ塔の調査をしたいと言ってそれを丁重に断った。

 

塔の頂上、北側に備え付けられた正八角形の台座の上、アルバ教授は目の前の古代装置を眺めながら、メガネの位置をクイッと指で直す仕草をする。

 

装置自体は今は稼働していない。装置の中心には大きな釜のような構造があり、釜の底には青白い色をした円形の幾何学模様が嵌め込まれている。

 

釜の正面にはこぶし大の窪みがあり、まるで何かをそこに挿入すべきとでもいうような。台座の外周、東西北に三角柱の柱がこれを囲んでいて、柱の中ほどには円の1/4を欠いたような輪が台座を縁取るように備えられている。

 

 

「どうだったかな、教授?」

 

「ふむ、なかなか良い出来だったな。カシウス・ブライトに預けたのは正解だったという事だろう」

 

「相変わらず趣味が悪い」

 

「お気に召さないかね、怪盗紳士君」

 

 

六本の柱の一つの背後から白い仮面の、時代がかった白い衣装の男が表れる。ステッキをもった下面の男は鷹揚にアルバ教授に礼をとった。

 

アルバ教授は先ほどまでとはうって変わった蛇のように冷酷な笑みを浮かべ、仮面の男に振り向く。

 

 

「すまなかったね。骨を折らせてしまった」

 

「いやいや、私としてもあの宝石は見ごたえのあるものだった。とはいえ、あれはまだ職人の手を経ていない。原石もまた悪くはないが、女王を飾ったものとなれば美しさも格別なものになるだろう」

 

「良い趣味だ」

 

「恐悦至極。ところで、《空の魔女》殿については?」

 

「ああ、予想以上だったよ。《理》に通じた者というのは、誰もがああなのかね?」

 

「その辺りは《剣帝》君か、あるいは《鋼》殿に聞かれた方が良い答えが返ってくると思うが?」

 

 

アルバ教授は愉快そうに笑う。その笑いは冒涜的に悪魔じみていて、見るものによっては吐き気すら催すような底知れぬものだった。

 

 

「確かに。いや、しかし我らが盟主がお気に召すのも分かると言うものだ。本気ではなかったとはいえ、私の認識操作にあそこまで頑強に抵抗されるとはね」

 

「ほう? 良く気づかれなかったものだ」

 

「前哨戦のようなものだよ。心的距離を縮める類のものだったのだが、全く効果を及ぼさなかったよ。少しむきになりそうなりかけたが、あれ以上は流石に気取られていただろう」

 

「ふっ、教授ならばよもやそのようなミスは犯さないだろうが、彼女は確かに飛び切りだからな」

 

「ああ。だが、まだまだ甘い。かの剣聖の領域にはまだ達してはいないようだ。とはいえ、彼女の存在により計画は大きく変更されることになる」

 

「次の計画に影響が出なければよいが」

 

「その点は大丈夫だろう。《破戒》殿や《深淵》殿の助力までは借りることは無い。《博士》については申し訳なく思うが、彼も乗り気だからな」

 

「それは大変な事になりそうだ」

 

 

仮面の男は愉快そうに笑みを浮かべる。そこには先の言葉に反した愉悦が見え隠れしていた。

 

 

「それに、駒はもう一つ送り込んでいる」

 

「駒? 漆黒の牙だけではなく?」

 

「ふふっ、中々に面白い演出が出来そうだよ。楽しみにしていてくれたまえ」

 

「それはそれは、彼らには同情せざるを得ない」

 

「では、私は次の舞台へと赴こう。君はどうする?」

 

「しばらくは物見遊山といったところだろう。この国は美しいもの、そして歪みに溢れていて良い。私を魅了するものも多く見つかりそうだ。それでは教授、失礼する」

 

 

仮面の男はそう語ると指を鳴らす。花びらが舞い散り、そして幻のように男は姿形を消失させた。

 

 

「では、第一幕の始まりだ」

 

 

アルバ教授と名乗る男は再びメガネを直す仕草とともに口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様、みんな」

 

「結局、怪盗Bの姿形も確認できなかったけどね」

 

「仕方ないわ、相手が相手だもの」

 

 

うなじにかかるくらいの長さのウェーブがかったブロンド髪の女性、ロレント支部の受付であるアイナさんがヨシュアとシェラさんを労う。

 

 

「エステルさんもありがとうございます」

 

「いえ、軍も失態を犯していますし。こちらも仕事の延長でしたから」

 

 

翠耀石(エスメラス)の結晶を取り戻し、それを無事にクラウス市長に返却した後、私はヨシュアたちに同行する形で遊撃士協会ロレント支部へと訪れたのである。

 

受付を任されている彼女、アイナ・ホールデン、アイナさんは意外と波乱万丈な人生を送っているヒトだが、今ではある分野においてリベール最強とうたわれる人物でもある。

 

お淑やかな美人さんなので言い寄る殿方は多いのだけれど、彼女の親友であるシェラさんのお眼鏡に適わなければお付き合いはできないらしい。

 

なお、『ある分野』での戦いに善戦することも一つの条件なのだとか。

 

ふむ。無理ゲーじゃね?

 

 

「それにしても、ヨシュアはよくやってくれたわ。市長邸での現場検証も完璧だったし、怪盗Bのメッセージカードの推理も的確だったしね」

 

 

シェラさんがヨシュアのことをそう言って褒める。確かに指紋の事やセルベの葉を発見した事は今回の殊勲賞だ。

 

怪盗Bのメッセージカードに書かれた問題の解決にもかなり貢献してくれていた。準遊撃士としては十分すぎる成果。

 

シェラさんは改まってアイナさんに向き直る。

 

 

「アイナ…、推薦してもいいんじゃない?」

 

「そうね、私もそう思います」

 

 

シェラさんの言葉にアイナさんがにこりと頷く。ヨシュアはきょとんと何のことか理解できていないようだ。

 

ちなみに私はピンときている。ただ、ちょっと早すぎるんじゃないかなという気も。確かに能力や実績は十分だけれども。

 

 

「あら、エステルは何か言いたそうね」

 

「いえ、まだ三日ですし」

 

「それもそうなのよね。ただ、ヨシュア君は優秀だから」

 

「分かるわ。なんていうか、私、すぐにランクで追い抜かれそう」

 

 

女3人で笑いあう。一人分からない状態のヨシュアはどこか不機嫌な感じ。さっさと種明かししてもらいましょう。

 

 

「それじゃあヨシュア君、今回の報酬と、これを受け取ってちょうだい」

 

「これは…、そうか」

 

 

ヨシュアに手渡されたのは正遊撃士資格の推薦状。今のヨシュアは遊撃士とはいえ、《準》資格でしかない。

 

正遊撃士とは違って支部の間を自由に動くことは出来ず、また行使できる権力も制限されている。

 

正遊撃士になるには一定数、リベール王国では5つの都市の支部全てから推薦状を受け取る必要があったはずだ。

 

 

「エステルも言っていましたが、正遊撃士になるにはそれなりの実績を上げる必要があるって聞きましたけど…」

 

「カシウスさんの代理の仕事と今回の活躍、実績としては十分だと思うわ。…ただし、あくまでロレント地方での実績だけどね」

 

「他の地方支部でも実績を上げて推薦をもらう必要があるってわけ」

 

 

シェラさんの言う通り、正遊撃士の資格を得るには他の4つの地方における推薦が必要になる。

 

これは、正遊撃士となれば各地を回る必要がある事から、それぞれの土地勘を得ること、その地方での人々との人脈を得ることといった必要性からでもある。

 

また、それぞれの地方にはそれぞれの地方の特色ある任務があり、そういった多種多様な経験を積ませることも一つの目的だ。

 

とはいえ、三日で推薦状はちょっと早すぎるけれど。いや、まあ、ヨシュアはそこらの遊撃士よりもよっぽど優秀なのは分かってはいるが。

 

 

「人手不足ってのもあるのよね…」

 

「あ、主に私のせいですね分かります」

 

「悪いことじゃないんだけど、急激な発展のせいでいろいろ歪みがね」

 

「政府と軍のバックアップ体制が整ってきたおかげで動きやすくなった部分はあるのよ。ただ、移民問題は難しい部分が多いわ。ロレントはそうでもないけれど、ツァイスは支部が二つ必要になってしまったもの」

 

 

急拡大した工房都市ツァイス南東部に形成されたスラム街は、政府主導の政策により縮小傾向にあるものの、消滅には至っていない。

 

単に整理しただけでは周囲に分散するだけなので、管理する立場からすれば集まってもらっていた方がやりやすいという行政側な思惑もある。

 

 

「そういうわけで、ヨシュア君ぐらい優秀な子は遊ばせていられないのよ」

 

「なるほど」

 

 

遊撃士は人気の職業で、北の猟兵出身者の一部もそちらに流れている。猟兵と遊撃士は利害がぶつかることが多いので、少しばかり複雑な感情が生まれたらしいけれど。

 

そういうわけで、遊撃士の数はかなり増えているけれど、人口がここ10年で150万人近く増加したこの国ではそれでも足りないのが実情だ。

 

経済発展に伴う詐欺や密輸入といった犯罪も増えており、ステレオタイプの軍人には対応しきれない事件も数多くなってきている。

 

犯罪捜査を専門とする警察組織を作るべきとの声もあるが、今の所は遊撃士と競合する部分も多く具体的な形にはなっていない。

 

まあ、その辺りは政治家と行政が何とかするだろう。私の守備範囲からはずれているので、アドバイスぐらいしか出来ないのです。

 

 

「それじゃあヨシュア、私もしばらくしたらボースに移動する予定です。どうせなら、一緒にボースに行きませんか?」

 

「うん。だけれど、父さんに相談しなくちゃいけないんじゃないかな」

 

「それですけど、多分、連絡はつきませんよ」

 

「え?」

 

「ちょっと、それどういう事なのエステル?」

 

 

その一言にヨシュアとシェラさんが驚いた表情をして私に視線を向けてくる。まあ、そこまで秘密の案件ではないので言っても構わないだろうか?

 

 

「お父さんの命令で向こうは情報封鎖しています。たぶん、通信が傍受されているか、あるいは帝国の行政機関内部にでもテロ組織の内通者がいるんじゃないでしょうか?」

 

「そんな大ごとになってたのね…」

 

「向こうはかなり被害者が出たみたいだけれど」

 

「そういうわけですので、独断で動いちゃってもいいと思いますよ。お父さんならむしろ、そういうのは笑いながら焚き付けると思いますから」

 

 

あの能天気な親父殿はそういうタイプの人間だ。伊達に若い頃、剣の修業のために古竜に喧嘩売った酔狂ではないのである。

 

 

「本当にいいのかな?」

 

「いいんですよ。というか、一緒に来てくれると私がうれしいです」

 

「……そ、そっか。う、うん、わかったよ」

 

 

ヨシュアはちょっと顔を赤くして頷く。うむ、男の子は冒険するのが一番なのだ。ヨシュアは基本的に内向的で自分から動くタイプじゃないから、背中を押すのも姉の務めなのである。

 

 

「あの笑顔で焚き付けるんだから性質が悪いわよね」

 

「やっぱり、ヨシュア君って…」

 

「そうなのよ。それに比べてエステルは…」

 

 

何かシェラさんとアイナさんがヒソヒソと内緒話を始める。何かおかしなことを言っただろうか?

 

 

 

 

 

 

「人違い…ですわよね……」

 

 

遊撃士協会支部の扉の前で、クリスタは翡翠の塔の方角を遠く眺めながらつぶやく。その瞳にはどこか憂いと、そして痛みが垣間見える。

 

 

「どうした、クリスタ」

 

「先輩…、いえ、何でもありませんわ」

 

「ふん、まあいいが」

 

 

灰色の髪の少佐に声をかけられ、はっとクリスタは思索を切り上げ、背筋をただす。そうやら、年甲斐もなくホームシックじみた感傷に浸っていたらしい。

 

 

「24年ですか…」

 

「ん、ああ、あれからか…」

 

「覚えていますか、あれが起こる前の事を」

 

「…そうだな、俺が10歳の頃の話だからな…。思い出せるのは、本当に断片だけだ」

 

「私もです。4歳でしたから、ほとんど覚えていないんですけれど。でも、大切な思い出もあったんですよ」

 

「そうか」

 

 

そんな独り言にも似た言葉は、豊かな国の行きかう雑踏の音に消えていった。

 

 

 





みんな大好き教授の登場です。自分に彼の鬼畜っぷりを描写しきれるかどうか。ちょっと自信ないかも。


043話でした。


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

これで序章は終了です。次は愉快なカプア一家をめぐる事件、この世界では帝国軍に散々に破壊され、そして復興を果たしたボースを舞台とするお話に移ります。

うん、プロットがまだ出来ていないんだ。

リィンを登場させるか迷い中。ユン老師の理不尽な我儘のせいで武者修行に送り出された少年剣士が放蕩皇子にナンパされる話にするかどうか迷ってます。




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