【完結】地球の玄関口 (蒸気機関)
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設定その他。ネタバレ注意!
読み物:職員名簿


要するに人物紹介である。その為、職員でない者も含まれる。
忘れっぽいので矛盾点があったら言ってね!


【職員】

 

管理官(このお話の語り手)

 

種族  人類 日本民族

誕生日 6月5日

年齢  24歳

身長  162cm

好きな娯楽 インターネット、ダラダラすること

好きなもの 一人でいる事、ピール首長国の奴隷料理、モフモフしたもの、メロード

嫌いなもの 騒ぐ事、人混み、青菜系の野菜

特技 特技というほどでもないがくだらない事ばかりよく知っている、英語と中国語が話せる

 

《略歴》

大学卒業後、見識を広めたいと空港職員になる。しかし思っていたのと違うと感じていたところに宇宙港の話が。

 

《性格》

自分の事を変わり者だと認めていて他者からもそう見られている。人との関わりは割と嫌いじゃないが得意ではない。最近友達が増えた事は嬉しいし楽しく思っている。

 

 

吉田

 

種族  人類 日本民族

誕生日 2月12日

年齢  27歳

身長  174cm

好きな娯楽 ロボットアニメ、飲み会

好きなもの ビール、焼き鳥、焼き肉、佐藤

嫌いなもの キノコ、ホラー映画

特技 誰とでも仲良くできる事(自称)、英語をはじめとする一通りの言語をある程度習得している

 

《略歴》

特に大きな目標やビジョンは持ち合わせておらず、大学も何となく通い卒業した。卒業後は空港職員になり、宇宙港に引き抜かれ現在に至る。

 

《性格》

陽気で人当たりがいい善人であるが、悪ノリが過ぎる事も。その為周りからは軽い人物と思われがち。苦難に直面しても「どうって事ない」「何とかなるさ」と楽観的に考え、実際今まではその通りになっている。

 

 

メロード

 

本名  クラウカタ・メウロルド

種族  ガウラ人 カルダラ民族

誕生日 星霜の月、水蛇の曜日

年齢  28歳(地球の暦だとおよそ19歳)

身長  188cm

気に入った地球の娯楽 怪獣映画、動物園と水族館

好きなもの 蕎麦料理全般、軍隊、管理官

嫌いなもの 資本主義、トマト、自分の名前(だから『メロード』と名乗っている)

特技 超能力、舌で鼻の穴を塞ぐこと

 

《略歴》

火山の麓の町で生まれ、親と同じように軍隊に入った。しかし遠征訓練で宇宙に出た事により、星々へのあこがれを抱くようになり、志願して他の惑星の警備する部隊に入った。

 

《性格》

基本的には穏やかで心配性。内にはガウラ人らしく恐るべき好戦性、闘志を秘めている。一途だが、これはどちらかというとガウラ人の性質である。

 

 

エレクレイダー

 

種族  ガウラ人 バラックガウラ民族

型番  25698923

製造日 赤甕の月、獣の曜日

年齢  3歳(地球の暦だとだとおよそ2歳)

身長  191cm

気に入った地球の娯楽 ドライブ、ラジオ

好きなもの ガソリン、サラダ油、出世、名誉、栄光、他人に頼られること

嫌いなもの 民主主義、高級車、煽り運転、愛知県、福岡県

特技 変形(二輪車に変形可能)、有機生命体への奉仕、ダーツ(寸分の狂いもなく狙ったところに当たる)

 

《略歴》

汎用奉仕機械として製造され訓練を終えた後、帝国鎮守府日本出張所に納入された。

 

《性格》

名誉欲や出世欲が強いが、かと言って他人を蹴落とす事は考えない。なぜなら自分は完璧で優れているから他者を下げる必要などないと思っているからだ。善行のように見える行動や言動も自身をよく見せようという気持ちの表れである。

 

 

バルキン・パイ

 

種族  エウケストラナ人 マリディア民族

誕生日 3月36日

年齢  16歳(地球の暦だとおよそ20歳)

体高  132cm

気に入った地球の娯楽 競馬、サウナ、官能小説

好きなもの 相棒のニンニ、フライドポテト、お酒、お菓子、セックス

嫌いなもの 移民と難民、白米

特技 超能力、足が速い

 

《略歴》

死んだ妹の分まで幸せに生きる事を誓い、宇宙に飛び出した。地球に来てからは競馬のオーナーと共謀し競走馬としてレースに参加していたが、出場停止になり職を失う。そこで宇宙港職員の募集に応募した。

 

《性格》

明るい好人物であるが、移民と難民には非常に厳しい態度をとる。気持ちいい事や楽しい事は絶対に良い事だと考え、故に性にも奔放である(でもクスリはしない。文化が無いから)。とはいえエウケストラナ人は元々結構性に奔放であるので、本人だけの性質とは言い難い。

 

 

局長

 

本名  エゾフジ・ヨーティイェ

種族  ガウラ人 古ガウラ民族

誕生日 巻雲の月、細氷の曜日

年齢  42歳(地球の暦だとおよそ29歳)

身長  179cm

気に入った地球の娯楽 サイクリング、音楽(特にロックバンド)

好きなもの 味噌、マーマイト、納豆、部下の世話

嫌いなもの 暑さ、堅苦しい空気、責任

特技 人を窘めること、事柄を有耶無耶にすること

 

《略歴》

彼は本来こういった職に就くような家の出ではなかったのだが、機運をものにし、本人の実力も伴ってこの地位に上り詰めた。ただし、本人の望むところではなかったようだ。

 

《性格》

ガウラ人では非常に稀で、生真面目でもなければ仕事や使命に熱心な人物でもない。しかし「揉み消すこと」や「有耶無耶にすること」が得意であり、組織の状況や事態が好転する場合は躊躇なくそれらを使い、慣習や規則を踏み越える行動力も備えている。

 

 

スワーノセ・ラス

 

種族  ガウラ人 古ガウラ民族

誕生日 赤甕の月、細氷の曜日

年齢  16歳(地球の暦だとおよそ11歳)

身長  160cm

気に入った地球の娯楽 恋愛映画、少女漫画

好きなもの 故郷の土や畑や草木の匂い、プリン、いちごのショートケーキ

嫌いなもの 都会(特に原始文明の作る汚らしい都市)、害虫、害獣、害鳥

特技 手触りと匂いで土の良し悪しを見分ける事、豊富な農業の知識

 

《略歴》

エレバンの臣民大学を卒業、本人は家業を継ぐつもりであったが、既に長男が継ぐことが決まっていた。『エトゥナ・プラン』の為に地球に送られるが本人には知らされていなかった。とはいえ彼女の能力は統治よりも普通の農業関係に向いている。

 

《性格》

高慢で結構短気ですぐキレることも多い。また、人に頭を下げたり従属したりする事は嫌い。尊敬出来る人間とだけ付き合いたいと思っている。その場合は寛大で優しく、相手を立てて思い遣る事も出来る。

 

 

ビルガメス

 

本名  メン・バラゲ・ビルガメス

種族  アヌンナキ人

誕生日 羊に大麦・水を運ぶ月の12日目

年齢  30歳(地球の暦だとおよそ29歳)

身長  170cm

気に入った地球の娯楽考古学

好きなもの ケバブ、労働

嫌いなもの 水を無駄遣いする事

特技 両手を繋いだまま後ろに回せる

 

《略歴》

バルキンと同じ時期に採用された。実はアヌンナキは古代の地球と縁があるとの資料があるのでそれを調べるのが目的である。

 

《性格》

利他的でみんなが楽しそうにしているのを見ると自分も幸せな気持ちになる。だがそこに混ざるのは絶対に嫌いという変人でもある。

 

 

ホノルド氏

 

本名  マウナカタ・ホノルド

種族  ガウラ人 カルダラ民族

誕生日 赤甕の月、戦車の曜日

年齢  32歳(地球の暦だとおよそ22歳)

身長  180cm

気に入った地球の娯楽 ゴルフ、磯釣り

好きなもの 魚介類と蕎麦料理全般

嫌いなもの タバコの臭い、木の臭い

特技 これといったものは無いが泳ぎが上手

 

《略歴》

帝国ではあまり数の多くない海沿いの町に生まれる。魚が大好物で、魚介類食の文化がある日本に赴任したことは僥倖だと思っている。管理官の上司でありメタ的な話だが序盤の方で何回か登場した上司とは彼の事である。

 

《性格》

(日本人にとっては)特徴的な性格をしているわけではないが、面倒見はよさそう。

 

 

【時々出てくる人たち】

 

佐藤

 

種族  人類 日本民族

誕生日 10月12日

年齢  25歳

身長  156cm

好きな娯楽 ロボットアニメ、ウィンドウショッピング

好きなもの イタリア料理、たっぷりと砂糖を入れたコーヒー、動物全般

嫌いなもの 肩こり、ベジタリアン、地域猫

特技 動物のトリミング、ルービックキューブ

 

《略歴》

自然豊かな田舎出身だが流行には敏感だった。管理官とは高校時代に知り合い、管理官の唯一の友達であった。その後専門学校へと進学し、トリマーに。

 

《性格》

美人ではない、キツネというよりはタヌキといった感じの顔立ちで、穏やかで愛嬌がある。しかし管理官の友人なだけあって相当な変わり者である。動物は愛でるのも食べるのも好きだが、誤った接し方をする人間を強く嫌う。

 

 

ミユ・カガン

 

種族  フォリポート人

誕生日 上半期の95日

年齢  28歳(地球の暦だとおよそ27歳)

身長  161cm

気に入った地球の娯楽 募金、ゴルフ

好きなもの お金、お金を使う事、お金を貸しそして返してもらう事、インドカレー

嫌いなもの お金にがめつい人と行動、高い湿度

特技 賭け事は全て得意だが金が絡まないとてんでダメになる

 

《略歴》

企業国家であるミユ社の代表取締役社長の娘の一人。本人に自覚はあまり無いが才能があるらしく跡継ぎに選ばれ、その修行の為に地球にやって来た。

 

《性格》

金に糸目は付けない絵に描いたような豪快な金持ちといった《性格》である。一族の使命や掟に忠実ではあるが、自由になりたいという気持ちもちょっぴりある。パーソナルスペースがやたら狭い。

 



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読み物:宇宙の楽しい仲間たち

ほぼ趣味と覚書。
矛盾とか誰々の情報ヨコセヨ!って時は言ってね!


【星間国家】

星系間航行技術、FTL航行技術を持つ国家の総称である。

基本的には惑星統一を果たした国家が主だが、中には一つの惑星に複数の星間国家が存在する場合がある。

また、母星外領土にて独立、自治権を勝ち取った衛星国なども存在する。

 

 

【銀河同盟】

ガウラ帝国を中心とする相互安全保障を目的とした軍事同盟である。

最初はガウラとルベリーの単なる二国間食糧品貿易協定であった。

第二次銀河大戦の勝利後、銀河の二大勢力の一角として君臨している。

しかしながら、広大な銀河での影響力は限定的である。

 

・ガウラ帝国

絶対君主制を採る銀河同盟の創設国にして主要国。主要種族は食肉目型の哺乳類人種であるガウラ人。

天の川銀河有数の大国であり、銀河列強にも数えられる。

母星エレバンは冷涼な惑星で、赤道付近の広大な平野以外では年中雪が降っている。

傭兵業と農作物が主な特産品であり、国力の割には影響力が強い。

ラジオをこよなく愛し、清廉潔白であることに拘る。

過去の同性愛者による組織的な大規模犯罪の影響で同性愛は違法であるが、小児性愛や近親相姦は認められている。

特に兄弟姉妹での結婚は割とポピュラーである

 

・日本

立憲君主制の新興国。主要種族は霊長目型哺乳類人種の日本人。

ガウラ帝国の保護国とされているが、事実上の従属国である。

宇宙でも飛びぬけて歴史の古い皇室を擁しており、君主主義国家の憧れである。

近年急速に宇宙で流行している『カープ』発祥の地らしい。

赤い服と赤い帽子をいつも身に着けているらしい。

核の惨禍から生き延びた稀有な国であるが、そのせいで宇宙が色々と荒れている。

 

・イギリス

立憲君主制の新興国。霊長目型哺乳類人種であるイングランド人、ウェールズ人、スコットランド人、北アイルランド人を主要種族としている。

ガウラ帝国の保護国とされているが、事実上の従属国である。

いつも紅茶ばかりを飲んでいるらしい。食事がまずい。(あと影が薄い。)

 

・ハンガリー

主に霊長目型哺乳類人種であるマジャル人で構成されている最近王家が戻ってきた立憲君主制国家。

日本、イギリスと共にガウラ帝国の保護国であり、まとめて地球三国と呼ばれている。

近年急速に改革を進め、ガウラ帝国の保護下に入ることを選んだ。

日英と比べるとやや国力が劣るため、宇宙進出を狙い日々頑張っているらしい。

 

・ルベリー共和国

選挙によって絶対君主の代理を選出する独裁国家。共和国とは?銀河同盟の創設国の片割れ。

主要種族であるエウケストラナ人は四つ足の馬のような容貌で、頭に角が生えている。

エウケストラナ人は先天的に超能力を持つ種族であるため、それらの分野では銀河でもトップクラスの技術を持っている。

超能力の単純な種類についていえば恐らく宇宙一であろう。次元跳躍から今晩のおかずを決める魔法まである。

移民により王族を滅ぼされたという歴史がある為、排他的な国民性で移民や難民を憎悪する。

そのせいか海外に出る人物は多くの場合変わり者である。

ガウラ帝国とは互いに最初の隣人であり、彼らからは『性的に堕落している』との評価を受けているし、実際に堕落している。

 

・ピール首長国

正式名称は『ピール社会民主主義首長国及び部族連合』。

各部族の首長、酋長らによる寡頭制。社会民主主義は?

ピール人は爬虫類人種で、コモドドラゴンに似ている。

国の標語は『人は常に誰かの、何かの奴隷である』。

職業選択の自由が無く、厳格な適性審査の元、その個人に合った職業が割り当てられる。

料理はめちゃうま。

 

・マウデン家

マウデン一家による専制政治。マウデン人の容貌はオウムガイに似たデカい貝。実は両生類。

特産物は『カーマルマミン酪酸』、麻薬っぽいやつである。

おかげでミユ社の次に金持ち。

母星は海と川と湿地帯ばかりの惑星で、漁業も盛ん。

カーマルマミン酪酸は海底鉱山から取れるなんか変な石から作るらしい。

 

・ミユ社

一企業であるミユ社が国家を統治している。ただし、幹部はミユ家一族が占める。

主要種族はフォリポート人、スナネコのような見た目でまあるいおめめをしている。

母星は砂漠型惑星で、あらゆる金属資源が豊富に取れる。

銀河を股に掛ける大企業であり、天の川銀河一の金持ち国家。

半面軍事力と食糧自給率が心許ないためにガウラ帝国と接近した。

ガウラ人には『帝国の国庫』と呼ばれることも(その際にはガウラ帝国は『金庫番』と称される)。

 

・第六意識

情報生命体。集合意識体なので政治体制は無い。でも個体としての意識はあるらしい。

過去の情報戦争でミユ社に敗北、従属国となる。

電脳空間に入り込むことが出来るが、どういう原理なのかは自分たちでもわかっていないらしい。

そもそも自らの起源や性質にも興味が無いらしく、研究はあんまり進んでいない。割と謎の種族である。

 

・メウベ騎士団

建国より封建制の国家であり、天の川銀河最強の国である。

天の川銀河四大古文明の一つで、この銀河で3番目に宇宙に進出した。容貌は下半身がトカゲなグリフォンのような様。

この国の軍事力は天の川銀河全体の軍事力の30%を占めており、他の銀河同盟加入国全てが束になろうが打ち負かすことが出来るほど。

文化にトイレが密接に関わっており、トイレを大事にする種族である。

 

 

【旧支配者連合】

クートゥリューを中心とした軟体生物国家連合である。

ならず者国家連合、というわけでもなく、どちらかと言えば軟体人種、反銀河同盟、反権威主義的な集まりである。

特徴としては軟体人種と民主主義体制の国が多い点である。

 

・クートゥリュー

銀河の支配者を名乗る議会制民主主義国家。容貌はタコやイカに似ている。

天の川銀河四大古文明の一つで、天の川銀河で最初に宇宙に飛び立った文明である。

第一次銀河大戦、第二次銀河大戦の引き金を引きながらもなんやかんやで生き残っている。

第二次大戦において天の川銀河中に怪電波をばら撒き、人々に悪夢(文字通りの)を見せた。

結果として多数の原始文明を『発見』する事となる。

二度も大戦を起こしていながらも、国民そのものは普通の人々であり、産業はインスタント食品が有名。

観光にも力を入れている。

 

 

【他】

新興ってわけでも強いって訳でもない普通の国々。

と言っても新興国ぐらいなら軽くいなせるが。

 

・サーヴァール人

カラカルに似た容貌で宇宙中にめちゃくちゃいる旅行と移住が大好きな人々。

人口もおそらく宇宙一。郷に入っては郷に従い、あらゆる環境に適応できる、意外と凄い人たち。

最近では母星母国がどこかわからなくなってくる始末。

覇権には興味がないし、色んな国が結構な人口を抱えるので侵略の標的にならない。

 

・メギロメギア

国民全体がヒステリックで病的なまでに喧嘩っ早い直接民主制国家。

日本とも戦争を行い、銀河同盟によってすぐさま叩きのめされ、賠償艦を譲り渡す羽目に。

そのせいで銀河中の新興国を刺激してしまう。

ハマル人曰く『痰』『腐ったゲロ』『絞り出された膿』。

こう見えて軍事力は上から数えた方が早い、危険な連中である。

 

・ハマル人

鉱物種族でありとあらゆる研究を好む科学主義国家。

高度な遺伝子研究がメギロメギアに目を付けられ、母星は滅ぼされてしまった。

僅かな生き残りが航行可能な宇宙ステーションで逃げ惑っていたが、デブレツェン条約の締結により太陽系に居座る事になった。

 

 

【新興国】

日本の『発見』により核の恐怖を克服し、かつ軍拡競争を始めた国々。

こいつらのせいで銀河の治安がめっちゃ悪化している。

これにより銀河連盟と旧支配者連合は急接近、協力して対策を行う事に。

 

 

【天の川銀河四大古文明】

銀河で最も古い四つの星間国家。神の如く優れた技術を持つ。

孤立主義、同盟加入による外交的硬直、敗戦、なんかやる気が出ない、などによって影響力は限定的。

 

・シン国

フワフワと浮く龍にも似た爬虫類人種、ロン人が主要種族。

この銀河で二番目に宇宙に飛び出した。

脳内麻薬と快楽物質への依存、ルッキズムなどを克服している。なんのこっちゃ。

翻訳機は彼らが開発した。

 

・メウベ騎士団

上述の通り。

 

・クートゥリュー

上述の通り。

 

・アッスラユ

目をデカくした地球人のような容貌。

古代の地球に何か関係があるらしい。

 

 



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本編。
イントロダクション


地球に宇宙人らが訪れてより、早くも三ヶ月が経過した。

初めて邂逅した時における地球の首脳部の混乱は想像に難くない。

しかしこの宇宙人らという者どもはよくある娯楽作品のように我ら地球人類に対して敵意を見せることは無かった。

ただ、彼らは一つの要求をしてきた。

『開国せよ』とただ一言。要するに国交を結びたいという話であった。

なんとも社交的な連中ではないか、と侵略の恐怖に怯える心配は無くなったが、

次なる問題というのがその交流の出入り口である。

我こそは、という国はまずいなかった。

当然、自分たちよりも遥かに優れた文明の国境に自ら進んで接してやろうという国は無いし、

そもそもその宇宙人を受け入れられるだろうか、国交には観光客の出入国の条項も含まれていて、

素性の知れぬ彼らが何をしでかすかの見当も皆目つかないというわけなのだから、

これを快く受け入れられる国という物はなかった。

何か思うところでもあるのだろうか、アメリカを始めとする移民国家は特にこれを嫌がった。

しかし、港を開かなくては、客人の機嫌を損ねることになる。

そこで国連は幾つかの方針を打ち出す。

一つ、島国である。

二つ、先進国である。

三つ、ある程度の治安が保障されている。

理には叶っている。

島国であることは渡航者による無断の越境を防ぐため。

そして、これらの管理を満足に行えるのは先進国でなくては不可能であろう。

三つ目に関しては言うまでもない事だ。

裏で何があったのかはわからないが、これらは明らかにある二つの国に役目を押し付ける形になっていた。

即ち、イギリスと日本であった。

 

さて、ここから少し私の話をしよう。

手っ取り早く言ってしまえば、私は運良く(いや、悪くだろうか)日本の方の地球の玄関口で働くことになったという訳だ。

以前は空港に勤めていたものだから、その関係で引っ張り出された。

異星人を相手するのは緊張もあるが、正直、ワクワクするものだ。

しかし不満があるとするならば、さほど給料が上がらなかったという点であろう。

 

そうして迎えた今日、日本がこの星の玄関口となることを宇宙人らに通達して丁度三ヶ月目、ついに門戸は開かれた。

大きな窓から眺めると空から降りてきた一番最初の宇宙船からゾロゾロと異形の者ども(人類から見れば、だが)がタラップを下っている。

送迎バスは彼らが乗り込むのを今か今かと待ち構えている様子だ。

この広大な宇宙港が僅か3ヶ月で完成し、運用が始まるのだから宇宙人の技術というものは我々の遥か先を行くものだという事が改めて実感できる。

技術といえば、我々職員、それから観光客らにはイヤホンマイク型の翻訳機が支給される。

この技術もまさしく魔法とも言えよう、原理はわからないが、試してみたところ地球の言語でも瞬時に翻訳してしまった。

しかも正確なニュアンスまで訳してくれるので魂消た。もはや英会話教室に行くこともないだろう、英語教師にとっては不幸な事だ。

このように、宇宙人連中からある程度の技術提供があったのが日本とイギリスの嬉しい誤算である。

進んだ技術をこんなに簡単に渡してしまってもいいのだろうか、とも思うが、やはり宇宙人というのだからきっと我々とも価値観や正義が違うのだろう。

あるいはこの程度の技術は彼らにとっては大したことのない物なのかもしれない。

 



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一番の男

「この翻訳機もそうだが、とんでもない技術だ。こんなデカい宇宙港がたった3ヶ月で出来るんだからさ」

と言うのは、私の同僚となった男、吉田だ。

「そもそも不思議なのが、簡単に大気圏に出入り出来て、ここに着陸出来るってところだ、赤道直下の方が楽だと思うんだが」

場所に拘りもなく宇宙港を建設したことから、彼らにとっては重力など些細な事であるというのが窺える。

 

この星系、太陽系の外からやって来た、つまり銀河航行技術を持っているので当然ではある。

我々人類にとってもはや神の領域に達しているのではないか、と言っても過言ではない。

しかしながら、私(きっとこれは私だけではないだろう)というのは彼らに対して少し親近感を持っている。

というのも、宇宙人に渡された各種族の文化、風習などを纏めたマニュアルをよく読んであるからだ。

書いてある事柄は別段変わったことではなく、地球でもありふれたものであった。

これが、彼らが惑星ごとに統一国家を持つが故なのか、または地球人の文化がそれほどまでに多様(その多様さ故に今日まで地球統一が為されなかったのだというのなら皮肉な話だ)だという事なのかはわからない。

無論、変わった文化や風習も中には存在するが、あまりにも酷いものに関しては入国の拒絶、もしくは拘束も許可されている。あくまでも人権よりも安全、という訳だ。

彼らの人権意識について、これもよく驚く人がいるのだが、彼らは先進的な技術を持っているが必ずしも人道的とは言えないのだ。

マニュアルには彼らの国の概略が書かれていて、中には法制度や犯罪率などの項目がある。

政治体制についても、我々の言葉で言うところの独裁政治や軍事政権、封建制の国家も多く(40%は優に超える)、

犯罪者に対する処遇についても、死刑制度を持つ国は全体で半々、その内残虐刑を許可しているのがこれまた半数にも上る。

きっとリベラルや左翼を自称する者たちがこれを見たならば泡を吹いて失神するだろう。

 

「さあ、仕事だ、初仕事」と言うと吉田は自分の持ち場へと歩いて行った。

私の仕事というのは入国審査官である。恐らくは観光客が初めて会話する地球人になるだろう。

よしッ、と小さく掛け声を呟いて私は自分の持ち場へと戻った。

 

持ち場に戻って数分後、初めての仕事がやって来た。

直立する爬虫類、所謂レプティアンが防護ガラスを挟んで私の目前に立つ。

その容貌に内心はギョッとしていたがここで顔に出すわけにもいかずグッと堪えて口を開いた。

「では、書類を拝見します」

この人物はパスポートと入国許可証、検疫証明書、そして小さなメモ紙を提出し、こう言った。

「おれが一番かい?」

はぁ、と気の抜けた声を出してしまった。

「なあ、おれが一番だろう?もしそうだったらこのメモ紙にさ、地球語……ああそうか、地球は人種によって言葉が違うんだったな。じゃあ日本語で書いてくれよ、『あんたが一番』ってね。おれは一番が好きなんだ」

どうにも興奮した様子でそう語り、自分がいかに一番を愛しているのか、そしてどれ程の努力をしたかを長々と語り始めた。

ひどく困惑して、後ろに並ぶ列の顔を見るも、嫌そうな顔や雰囲気は見えなかった。

それどころかこの人物の言葉をジッと聞いており、時折頷いた風なリアクションを取ったり、噴き出したりしていた。

地球ではと言うと事実ではないかもしれないが、少なくとも日本ではまず見られない光景であろう。

尤も、彼らのボディランゲージが我々と同じであればだが。しかし険悪な雰囲気ではなかった。

かと言って彼をこのままベラベラと喋らせておくわけにもいかないので適当なところで窘め、

メモ紙には『あなたが一番』と日本語で書いてやった。

男(外見からはわからなかったが、パスポートには男性とあった)は大喜びでピョンピョンと飛び跳ねる。

「どうもありがとう!いやホント!こんなに嬉しい事ったらないね!この星に来て一番嬉しい出来事だよ!」

そりゃそうだろう、とでも言いたくなる言葉を矢継ぎ早に吐きながら、返した書類を受け取るとそのまま出国ゲートの方へと走って行った。

私は、なるほど、出国も一番か、と彼の一番に対する情熱にすっかり感心してしまった。

 



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小さな侵略者

港を開いてより数日、宇宙諸国らの一部よりある通達が届いた。

なんと、日本で洗脳された、または著しい健康被害にあった、という話なのだ。

翻訳機には追跡機能もついており、被害者たちの動きには不審な点もなく、

原因が一体何なのか、皆目見当もつかないというのだ。

これでは言いがかりにも程がある。

もちろん私たちにも調査のメスが入ったが、嫌疑は不十分。

休憩時間でこの事を吉田と話した。

この休憩時間というものがいやに長いのだ、というのが、宇宙船の数にも限りという物があるらしく、

一日に三から五便、一度に乗客は百二十ほどしか運べないというのだから、

入国審査が終わってしまえばかなりの空いた時間が出来る。

それに比べて出国管理はいつ客が来るかがわからないものだから、

一日中開けておかないといけないというので気の毒な話だ。給料は向こうの方がいいのだが。

「しかし、何が何だかわからない」と吉田は言う。

これは全くその通りで、ここにも噂は舞い込んでくるも、どれも何がなんだかわからない、というものであった。

旅館やホテルでも別に毒を盛った、などということはあり得ない。

地球の空気が肌に合わなかったのだろうか、と尤もらしい事は言えるが、

結局のところ宇宙人の健康問題までは専門外だから、憶測で語る事しかできない。

「だとすると、洗脳されたってのがよくわからん!」と彼は唸る。

 

翌日のまた休憩時、吉田がまた情報を持ってきた。

「なんでも、洗脳されたってのは思考回路が原始的になる、って感じだとか」

だとしてもそれが何かのヒントになるのかはわからない。

そう答えると彼は、「別にいいだろ、俺たちは探偵ごっこしてるだけなんだから」と言う。

それは確かにその通りだ。面白いから追っているだけで解決してやろうという気概という物はない。

実は私もこれまでの入国記録に目を通してみたが、ある共通点があった。

被害者たちはいずれも、菌類から進化した種族であった、という訳だ。

「だとしたら菌類の専門家だろ、そいつらが風邪でもひいたってのか」

そこが不可解な点でもある。だが、彼らにとっての未知の病原菌にやられた、という事もあるだろう。

「結核かインフルエンザか、将又マラリアにでもかかったのかな」

だとするとさながら、映画の『宇宙戦争』のような話であった。

 

そうしてまた翌日、今度は朝礼にて通達があった。例の件が解決したそうだ。

原因は食事にあった、納豆である。

なんでも科学者連中は病原菌ばかりを調べていたが、出国管理の人間がそういえば、と、

納豆の臭いがしたという話を出したところ、見事に的中したそうだ。

この納豆菌という連中は凄まじい繁殖力と耐久性を持つため、発酵食品などの工場では納豆の食用が固く禁じられているという。

それで、菌類人種を体内から侵略し、体調不良や乗っ取りを起こしたという訳だ(放っておけば納豆菌との対話が出来るのでは、という話でもある。彼らには気の毒な事だが夢のある話だ)。

いやはや、地球の小さな侵略者には驚かされた、という話であった。

 



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戦闘ロボットの憂鬱

『人権』というものをご存じだろうか。

どうやらこれは誰もが生まれながらに持っている物らしく、しかも憲法によって保障されているらしい。(我々労働者には関係のない話であるという事は労働基準監督署が仕事をしないことからも明らかである)

さて、生まれながらに持っている物というその『人権』とやらだが、

もしも、生まれながらに持っている物がそれではなく超粒子砲などであったのならどうだろう。

 

宇宙人というのは様々な種族がいて、爬虫類人種や菌類人種は話に出たと思うが、

他にも鳥類、虫類、哺乳類(人類もこの分類だろう)、植物類(言うまでもなく、『植物人間』ではない)、軟体類など様々な人種が存在している。

そうして、今回の話に登場するのが機械生命体で、所謂ロボットである。

もちろん金属探知機に引っかかる。しかし、機械人種だからとむやみに入国を拒否するわけにはいかないので、

彼らには検疫証明書とは別途の武装解除証明書が必要であった。

今度の客は、それを持ってはいなかったのだ。

書類が不足している、と言うと、彼はこう言った。

「わたしは武装とエネルギーユニットが直接繋がっていて取り外しが出来なんだ」

そんな事情を私に話して、一体どうしてもらおうというつもりなのだろうか。

「悪いがね、通してはくれないだろうか、ほら、エネルギーチップを払うよ、なぁ頼むよ」

と、恐らく彼らの通貨らしきものを机に置く。

「これは地球で言うところの金の延べ棒三本分ぐらいはあるはずさ」

日本円でざっと一億二千万円ほどの価値がある、と言うのだ。

私は頭がグラッと来るほどの衝撃を受け、椅子から転げ落ちそうになった。

「おいおい大丈夫かい、君には私のパスポートに判子を押してもらわないといけないからね、頼むよ」

それにしても、ロボットにしてはなんとも人間臭い人物である。

私は、これを受け取ることは出来ない、入国は規則上拒否しなくてはならず、上に話を持っていかないと変えられない、という旨を彼に告げる。

すると彼は落胆した様子で「そうかい……」と、返した書類とエネルギーチップを受け取りトボトボと戻っていった。

その日の業務終了後、私はこの出来事を上司に伝えた。

 

数日後、彼のような戦闘ロボットは可能な限りの武装解除と厳重な思想検査を通れば入国は可能、と規則が変わった。

その日から数週間の入国者は少し機械生命体の割合が多かった。そして、その中にも彼はいた。

「先日はどうも、上に掛け合ってくれたんだろ」

意気揚々といった雰囲気で話しかけてくる。私はただ上司に伝えただけだ、と答えると、

「なに、謙遜することはないさ。ほら、これを受け取ってくれ」

と書類と共に先のエネルギーチップを差し出した。

「ほら、こっそりポケットにしまっておきなよ。お礼だよ」

これは受け取れない、とエネルギーチップも返したのだが彼は書類だけを持って去っていった。

さて、こいつをどうしよう、と睨んでいると、次の客が入ってきた。

「おや、それはエネルギーチップ。なかなかいいやつじゃないか」

彼も機械生命体であった。このチップについて聞いてみると、

「確かに価値はあるが、有機生命体の個人じゃ百年かかっても使い切れやしないぜ。国に渡した方がいい」

との事であった。だが私は不思議とそんな気にはなれず(そもそも横領か収賄かでしょっ引かれるかもしれないのに)、机にこっそり大事に飾っておこうと決めた。

 



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皇帝陛下のおしどり夫婦

私は独身である。別に結婚願望が無いわけではない。

まだまだ若いのでこれから良い出会いがあれば、きっと結婚はするだろうが、

出会いというものがさっぱりなので相手になる目ぼしい人物もいないのだ。

どこかのお節介なおばちゃんがお見合いでもセッティングしてくれないものだろうか。

ある夫婦に出会ってからしばらくは、私はずっとそういう事ばかりを考えていた。

 

前日の夜、この仕事に就いてからは遠距離恋愛となっていた交際相手に一方的に別れを告げられた私は、その日は傍から見ても随分な落ち込みようだったのだろう。

他者の感情に敏感なタイプだろう客は、私を見てかなり気の毒そうな顔をしていた。(最近は宇宙人の表情も読み取れるようになった!)

隠す努力はしていたのだが、それでも何人かは「何があったかは知らないが元気を出して」と声をかけてくれた。

彼らの言葉が心にじんわりと沁みて、何とか立ち直れそうになっていた時、あの夫婦がやって来た。

「二人、一緒に見てもらっても構いませんかね」とカラカル型人種(カラカルとはアフリカから中東にかけて分布するネコ科の動物。それに似ているのでこう呼称した)の二人が書類を差し出す。

こういう時の裁量の一切は任せられているため(要らぬ文化摩擦を避けるためである。もちろん責任も重い)、どうぞ、と書類を受け取る。

何とも仲睦まじい姿を見せる二人のパスポートには同じ姓が記されていた。

ご結婚されているんですか、大変仲がいいご様子で、と言うと、夫の方が「どうもありがとう」とはにかみながら答える。

「実は新婚旅行なんです」と妻の方も口を開いた。

「私たち、出会ったのが実は先日、四日ほど前でして」

この時の私の顔を見てみたいものだ、絵に描いたような『呆気に取られた顔』をしていただろう。

彼女曰く、彼らの国では日本で言う神社みたいなところで神官に結婚相手を決めてもらい、

そしてその神官というのが、皇帝の意思を代弁する役職であるというのだ。

自由恋愛とは程遠く、どう考えてもお見合い制度の方がまだ自由そうなのにそれに疑問も不満も抱いてはいない様子だった。

彼らは私の表情を見て不思議そうな顔をしている。

「あの、驚かれましたか、でもこの国って帝国ですよね」

「結婚相手は皇帝に決めてもらわないのですか」

天皇陛下はそんなに暇ではないし、それは日本国への誤解だという事とその制度が魅力的には見えないという事を話すとやはり不思議そうな顔で言う。

「せっかく皇帝が御座すのに、変わった国ですね、それにあなたも」と。しかしそんな事を言われてもこれには深い訳があるのだから仕様が無い。

それにしても、四日でこんなに仲が深まるなんて余程相性が良いのだろうと、夫婦円満の秘訣を聞いてみたが、

「それはもちろん、皇帝陛下が選んでくださったのだから幸せになれるに決まっているじゃないですか」

と、さながら暴論にも近い答えが返って来た。

彼らにとって、彼らの君主というものが途轍もなく大きな存在であるという事が窺える。

確かに一国民の結婚相手の融通までしてくれる程面倒見の良い君主なら人気者なのは頷ける、理想的な絶対君主だろう。

私が彼らに書類を返し、良い新婚旅行を、と声をかけると、「ありがとう」と笑顔で立ち去って行った。

 

宇宙人の文化風習には驚かされてばかりだが、今度のカルチャーショックは妙に心を乱した。

振られたタイミングと重なったというのもある。

そして私自身、自由恋愛の風潮の中で生まれ育ち、お見合いの時代というものを知らないのだが、

一般に言われているほど不幸な時代だったのだろうか、と彼らを見ていてそう思う。

つまるところ、信頼する人物に紹介された相手とならきっと幸せに添い遂げられるだろう、という事である。

今まで私は前時代の結婚制度を一方面からしか見ていなかったのか、とハッとさせられた。

しかしこの事を吉田に得意げに話すと、「海外に比べて日本はどうたらって言ってる奴みたいだな」と呆れられてしまった。

 



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トラブル大名

偏屈な人物、怒りっぽい人物はどこにでもいる。見ている分には滑稽だが、実際に関わると質が悪い。

そしてその人物が強大な宇宙艦隊を持っていたとしたら、どうして我々地球人類の手に負えようか。

 

客の来ない空いた時間に、急に呼び出しを受けた。

なんでも、ターミナルに物凄く怒っている客がいるそうだ。

誰かが何か粗相でもしてしまったのか、と大急ぎで向かうと、エビ型人種が座り込み(どういう身体の構造をしているのか?)をしていた。

その近くでは同じ種族のボディーガードらしき二人組と警備員、係員が共に頭を抱えている。面白い光景だ。

吉田も同じく呼ばれていたのだが、「一体どうしろと」と溜め息を吐く。

この人物は数日前に私が入国させた人物であり、ああ確かに見覚えがあるな、と思いながら眺めていると、

「お前が入国させたんだから何とかしろ」と吉田に小突かれ、私は彼に話を聞いてみることにした。

「この国の政府の軟弱さと言えば、さながらムジェイルヌの尾っぽのようだな!」

このムジェイルヌというのがよくわからないが、非難しているという事は察することが出来る。

「つつけば引っ込むような軟弱者という事だ!どうして報復しようとしない!もう百年が経とうとしているぞ!」

報復とは誰にでしょうか、問いかけると触角をキチキチと鳴らしてこう言い放つ。

「連合国だ!それに図に乗りあがった朝鮮半島と国民党の連中にも思い知らせてやるべきだ!太平洋島嶼のクズどもも舐めた真似をしてくれる!」

彼がここまで日本の立場に憤っているのは、彼自身が叩き上げの封建領主(日本風に言うならば『大名』だろうか)だからである。

入国の際の書類、身分証にはしっかりと書かれてあった。そして彼自身の口からも聞いた、それでよく印象に残っていた。

地球には観光がてらに政治や軍事などを学びに来たらしく、その流れで日本の歴史に触れたのだという。当然、近現代史も。

「核分裂爆弾まで落とされて領土も理不尽に奪われなぜ黙っている、国家を自称するなら戦うべきだ!」

彼からすれば、終戦からの日本は国家として不適切な立ち振る舞いをしてきたのだろう、抵抗をしないというのは国民を危険に晒す事と同義であるからだ。

国を統治する立場として、強い憤りを感じたのだと思われる。

しかし国際情勢や立場から仕方ない部分もある、と伝えるも、納得できない様子でとんでもないことを口にし始める。

「軍事力が足りないというのなら、私の軍隊を派遣しよう、三個師団もあれば地球征服は容易だ」

いやそれは、と断ろうにも、勝手に一人合点して、

「そうだ!それがいい!すぐに派遣しようじゃないか!ガンマ線照射銃を装備した精鋭の遺伝子強化兵たちだ!」

流石に惑星を統治するだけの事はあり、それなりの軍事力をお持ちなのか何やら物騒な単語が飛び出す。

「すぐに連絡するから待っていてくれたまえ」と立ち上がり、懐(服を着ない種族なのに!)から何やら携帯機器を取り出して弄り始めた。

ふと脇に目をやると、係員も警備員も皆一様に青ざめた顔をしていた。

日本全体を考えると中々悪くない提案であるが、とんでもないことになるのは目に見えている。

なんだか頭が痛くなって来ちゃったが、私は何とか言い包めようと考えを巡らせ、

彼のキチン質の殻に覆われた背中に手を回し、実は報復の準備は整えている、とそっと囁いた。

すると彼は手を止め「それは本当かね」と聞き返してきた。

とても公には出来ないが報復は準備中であり、国民にも公然の秘密として通っている、と虚実を織り交ぜて話すと、

神妙な面持ちで携帯機器をしまってくれた。なんとか落ち着いた様子である。

「それは安心した、だがいつでも連絡してくれていい。政府にそう伝えておいてくれ」

そう言って名刺のような物を私に手渡し、出国ゲートの方へと歩いて行った。

ボディーガードの内一人は彼を追い、もう一人は私に感謝の言葉を述べてくれた。

だが一つ聞きたいことがあったので、彼に問いかけてみると、

「領主さまは例の事を知って、一時は何ともなかったのですが、空港に着て急に思い出したのか、怒り出したのです」

よくある事です、とボディーガードは言う。惑星の命運が電話一本であわや大惨事、というのがよくある事だと。

母星に紐で括りつけておけ!

 



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バッタ仮面の嬉しい日

宇宙人の容姿は様々だ。先の話に出てきたようにカラカルやエビなんかによく似た人種も存在する。

それでもって今回はバッタのお話。皆さんは直立二足歩行のバッタに見覚えはあるかな。

 

容姿の悩みというのは世界共通だ。男女問わず、容姿に気を遣っている人は多いし、

美容整形外科から客が途絶えることもなければ、仕舞いにはコンプレックスになってしまう人もいる。

そしておそらく宇宙においても多かれ少なかれ容姿の悩みがあるのだろう。

暗い面持ちでやって来たのはバッタ型人種の宇宙人だ。

この人物は書類を差し出すと突然、「私の容姿、どう思います、地球人から見て!」と情けない声で聞いてくるものだから、

そう悪くはないと思いますよ、と答えた。地球にはバッタよりももっと気持ちの悪い生物はいるし。(黒いアイツとかね)

しかしそれが今一信じられないらしく、彼は嘆き続けている。

「地球の、その、初等教育学校、ですかね、それに講師として呼ばれたんですよ、で、我々の種族はよく容姿が醜いといわれるんです!」

なんとも殊勝な心配だが、だったらそんな頼みを受けるな、とも思わなくはない。

しかし「だって、断れないじゃないですか!」と語気を強めて言うのだから、この人物はかなりのお人好し(おバッタ好し)なのだろう。

「ああ、子供たちに気味悪がられて、話を聞いてもらえなかったらどうしよう」とぶつくさと言いながら書類を受け取ると、トボトボとターミナルへと歩いて行った。

 

そんな出来事の記憶も薄れかけた一週間ほど後、彼は再び現れた。しかも今度は上機嫌だ。

ご機嫌ですね、と声をかけると待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「いや、実はですね、子供たちに気味悪がられるどころか、人気者になってしまいましてね」

なんでも、その容姿が特撮ヒーローとよく似ている、と結構な騒ぎになったのだという。

「あんなに喜んでもらえたのって初めてですよ!今度は友人も連れてこようかな!」

と満面の笑み(少なくとも私にはそう見えた)で語る彼の顔を見ていると、

きっと人間だったらここで嬉し涙を流しているんだろうなぁ、なんてしみじみと思った。

彼は虫人種だから涙腺はついていないのだろう、代わりに触角がカチカチと頻りに動いている。

故郷から遠く離れたこの星の子供たちに受け入れられたことが、彼にとってどんなに嬉しかったかは想像に難くはない。

容姿が醜い種族であると自分たちで思い込んでおり、どんな誹りを受けるかとビクビクしていたところで、

子供たちの大歓迎を受けたのだから、感極まるのも無理はない。なんだか私まで涙が出てきた。

泣いているのを不思議に思ったのか彼は「お、おや、どうされましたか」と慌ててこちらの心配をし始める。

「どこか痛みますか」と聞いてくるので、これは感動をしていて、人間はそういう時でも涙を流すことがある、と伝え、書類を返すと、

「あなたはとても良い方だ。どうもありがとう」と受け取り、颯爽と駆けて行った。

その日は一日、とても気分よく仕事が出来た。

 



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迷惑学者

実は、観光客よりも多いのが生物学者連中だ。全ての入国者の半分はこれで、しばらくは続くだろう。

そして、地球上で逮捕されることが多いのも生物学者なのだ(ついでに病院にかかるのも)。

 

入国管理においても、地球外生物の持ち込みを取り締まることはある。

私も幾つか取り締まったことがあるが、いずれも観光客がペットを連れ込もうとした場合だった。

こういう問題は宇宙船に乗り込む前に何とかして欲しいものだ。きっと出国は問題ないのだろう、

こちらに入国する際に法律に引っかかるだけで。ならば周知をするとか、してくれてもいいだろうに。

しかしまあ、案外この地球は地球人が思っているほど有名ではないのかもしれない、

それでいつもの感覚で連れてきてここで引っかかる、という事なのだろうか。

ちなみにパスポート他書類を持たせていない奴隷もここで止めることになっている。日本は奴隷を認めていないからだ。

それはさておき、学者と言う人種は宇宙においても(というか地球以上に)変わり者らしく、

時々常識が通用しないのだ(地球の常識が、ではなく宇宙の常識でさえも)。

しかも彼らは悪い事しようと思ってトラブルを起こしているわけではないので余計に質が悪い。

なので、研究目的での入国者にはいつも注意を呼び掛けている。

すると大半が決まってこう言うのだ「私がトラブルを起こすだって?バっカにしてくれちゃってェ!」と。

いやいやそれでもトラブル無きように、とは念を押して伝えるのだが、そういう事言う人物に限って、

やれ私有地に侵入しただの、誘拐未遂だの、土地をそのまま持ち帰ろうとした(地下20mぐらいからゴッソリと)だの、事件ばかり起こしている。

これには流石の日本政府も抗議をしたらしいが、実は宇宙諸国もこの迷惑学者たちには悩まされているが、

かと言って、研究資金を減額するのも良い事ではない、講習や指導も全然聞いてくれない、という状態で苦慮しているという話だ。

一応、日本政府も補償は受けているのだが、被害が多過ぎて調査もまだ終わってないところもあるというらしく、とても足りないのだとか。

生態系が破壊されたとは聞かないので、そこは流石に学者だなぁ、とは思った。

 

そしてついに今日、日本政府から通達が来た。対策を講じるまで学者を国に入れるな、と。

こちらとしては大いに助かるのだが、当然学者連中の反発が起きる。

書類の職業欄に学者、研究員と書いている人物をバンバン弾いていると、

とあるサボテン型宇宙人が大変ご立腹といった様子でこちらを睨んでいる(多分、睨んでいる)。

そして「何故だ!私は研究のためにここにやって来たのだぞ!」と怒鳴り散らす。

私は、規則ですから、問い合わせは軌道ステーションもしくは太陽系ワームホールステーションの日英臨時共同大使館へどうぞ、と言い放つも、

当然火に油を注ぐ事となった。「科学をなんと心得る!」などと宣うので、

あなたこそ法律を何だと思っているのですか、とこちらも負けじと言い返す。

するとこの人物は、なんと演説をし始めた。

自分がいかに科学と研究を大事にしてるかということ、それに人生を捧げてきたこと、

そしてどのような賞を取った、権威を持っている、などなどを長々と語る。

私は呆れ果て、つい警備員呼び出しのボタンを押してしまった。

数秒もしない内にキツネ型宇宙人の警備員がエネルギー警棒を振りかざして突入、

そしてその学者を叩きのめすと小脇に抱えて連れ去って行った。

この手に限る。

 



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宇宙健啖家

宇宙人の中には長寿な種族も存在し、長いものではなんと何百万年と生きるものもいる。

そして彼らは常に暇を持て余している。

 

私は長ったらしい休憩時間にいい加減ウンザリして勤務形態の改善でも申し出ようか、と考えながら自販機へと向かった。

自販機の前にはミミズク型人種の女性が幾つも飲み物を購入していた。

私が近づくと、首だけが振り向き一言「失礼」と言い自販機の前を空けてくれた。

きっと私はさぞ不思議そうな顔をしていたのだろう、彼女は語り始める。

「私はこの地球にグルメ旅行にやって来たのだ。今は自販機の全ての品を飲もうとしている」

なるほど、と答えながら私はお汁粉を購入した。

「美味しい物は宇宙にはいくらでもあった。ピール首長国の奴隷向け料理は実に絶品だ」

と将来役に立つのか立たないのかわからない情報を話しながら続ける。

「そして、私はこの地球の料理を食べ尽くそうという訳だ。意味は分かるね?」

首を傾げながら私に問いかける、しかし私の返事を待たずに更に話を続けた。

「私が食事巡りを始めてから早くも230余年が経った。食の探求こそが私の使命だ。ただまぁそれには情報がいる」

なるほど、美味しい食事の情報を知りたいのか、と思い彼女に近くの飲食店を教えようと口を開くが、

「いや待て、自分から能動的に探すことに意味があるのだ。それに私の話はまだ終わっていない」と制止し、

「どこまで話したかな、そう情報だ。そもそもこの国の料理とは、歴史を調べなくてはならない」

確かに食の探求者を自称するだけはある、かなりディープなタイプの趣味をしているようだ。

「そう、食事というものを甘く見る者たちを見てきた、なんと愚かしい!料理はその地の歴史、気候、技術水準、信仰と密接に関わっているのに!」

クリクリとした目を見開き、羽毛を逆立て熱弁する彼女の話にも、いい加減長いな、と思い始めてきたがまだ終わりは見えない。

「あなたもこの星の人間ならわかるだろう、私は事前にこの惑星の食文化を調べてきたのだが、なんとも素晴らしき多様性たるや!」

例のナットー菌とやらには驚かされたがね、と付け加える。

「私の熱意は伝わっただろうから、ほら」と羽角をゆらりと揺らしながら手を差し伸べてきた。

私は意図がわからず困惑しつつも手を握る。フワフワして心地よく、まるでひよこを撫でているかのような感触だ。

しかし彼女は慌てて手を引っ込め、今度は急にしおらしくなり、「い、いや、そういう事じゃなくて……」ともじもじし始める。

私には訳が分からず、じゃあ一体どういうことなのか説明してくれ、と頼むと、

「ゴホン、そうだね、回りくどい話はよそう、異星人だし。つまりはこの星で最もマズいものを紹介して欲しいのだ」

変わり者とは思っていたが、ここまでとは思わなかった。彼女は美食家ではなく健啖家だったのだ。

美味しいものならいくらでも知っているが、マズいものとなると話は別だ。何せこの国ではマズいものはすぐに廃れるのだから。

しかも、彼女の種族の味覚がどうなっているのか(有名だが猫は甘みを感じないという)、マズいものを紹介したつもりでも、どう感じるかはわからない。

そもそも美味しいマズいも個人の感性では、というのは考え過ぎだろうか。

しかしまぁ、心当たりはある。イギリス文化圏の連中というのは好き好んで(は、いないかもしれないが)マズいものばかり食べているので、

このまま飛行機に乗ってアメリカに行くか、一旦軌道ステーションに戻りイギリス方面へ向かうのがよい、と伝えようとしたが、

小学校の頃に給食に出たある郷土料理をふと思い出し、その産地を伝えた。

「なるほど、栃木県か、早速向かうとしよう」

彼女は大量の缶を鞄に詰めるとそれを抱え、意気揚々と去っていった。

これで少しは懲りるといいが、きっとあの程度じゃ美味い美味いと平らげるかもしれない。

 



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触腕を差し伸べて

宇宙人が地球へと入ってくるように、地球人が宇宙へと向かう事も少なからずあった。

半分ぐらいは研究者で、あとは観光客、政治家、そして良からぬことを企む連中である。

 

私はその日もいつも通りに仕事を行っていたが、なんとも鬱屈した気分である。

日本に宇宙人が増える事について、抗議の声が上がっていたのだ。

朝、出勤した時に遠くからデモ隊が騒いでいるのが見えた。

好き勝手言ってくれるものだ、そもそも、開国を拒絶すればどうなるかわからなかった、というのは彼らも知っているはずだというのに。

『宇宙の犯罪者が入ってきたらどうする』とかプラカードを掲げているが、未だに警視庁発表でも宇宙人の犯罪率(大半が例の密輸学者)より外国人の犯罪率の方が高いではないか。

日本の治安を考えるなら宇宙港を閉じるより外国との交流を閉じた方が良い。

そもそも我らが桜田門組よりも宇宙の警察組織の方が技術も優れているのだから、

人員が神奈川県警みたいなのばかりでもない限り未然に排除されるだろう、取り逃がす事もあるかもしれないが。

そんな事を考えて浮かない顔をしていたのではまた客に心配されてしまうので、気持ちを切り替えて仕事に集中していた。

 

ベニテングダケ型人種の女性の長ったらしい話も終わり、ようやく次の人の番が回って来た。

だがその触手型人種の男性はどうも様子がおかしく、書類を渡す際にも何やらビクビクとしている様子であった。

そしてもう一つ、資料を見ながら気が付いたのが、この人種の成人男性に見られる刺胞が見られなかった。

親御さんと一緒ですか、と問いかけたが彼は黙っている。そして一枚の紙を私に差し出した。

『無理矢理連れて来られた、私の後ろの人間を逮捕してくれ』と、そう書かれている。

私は、良い旅を、とだけ答えると入国許可の判子を押し彼に書類を返した。

彼は心配そうな雰囲気で歩いて行く。そして私は次の客を通した。

「やあ、ただいま」と言う彼は地球人類の男であった。パスポートには金色の鷲が誇らしげに輝いている。

珍しいですね、あなたの国ならビギン・ヒル宇宙港(イギリス側の宇宙港)の方が近いのでは、と言うと、

「いや、日本にいい仕事があったのさ」と彼は答えた。

ほう、どんな仕事ですか、と問いかけたが「それより早く判子を押してくれ」と急かされる。

「見たらわかるだろ、急いでるんだ早くしてくれ、判子押すだけだろ」とかなりイライラしたご様子だ。

私は考える時間を稼いでいた。あの触手の彼の話を鵜呑みするわけにはいかないが、

かと言ってこの人物にやましい事が何も無い、とも到底思えない(これは私の勘なので根拠はないが)。

しばらく悩んだ後、私は、だとするとここに来るべきじゃありませんでしたね、と言い放ち、警備員呼び出しのボタンを押した。

男は呆気に取られたが数秒後、キツネ型人種の警備員に取り押さえられ連れて行かれた。

その後の事を知るのは翌日の紙面で、やはり男は未成年の触手の彼を騙し、連れてきたようだ。

驚いたのがその目的で、アダルトビデオの撮影のため、だそうだ。彼はただ『映画に出る』とだけ伝えられたらしい。

人の業というものの深さよ、どんな内容なのかなど考えたくもない。

 



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ピカの惑星

地球文明は宇宙諸国に比べて全く遅れているのかと言えば、そうではない部分もある。

マヤ人が高度な天文学や暦を発展させていたように、地球の科学にも優れた分野は存在する。

一つが空母機動部隊戦術、そしてもう一つが保健物理学である。

 

宇宙人向けの調査では、日本の一番人気な観光スポットは福島で、次いで広島、長崎と続く。

これが世界の一番人気となると、プリピャチが最も人気だ。『そういう出来事』は宇宙では稀だからである。

ようやく学者の入国制限が部分的に解除された頃、私はあるキツネ型人種の生物学者と話すことになった。

「実に興味深い事なんですよ」と彼は言う。それはどうしてか、と言うと、

「大抵の文明というのは核分裂爆弾を誰かが使用した時点で滅亡へと真っ逆さまへと転落していきますからね」

一発でも実戦で使えば相互確証破壊は崩れ去り、全面核戦争によりその惑星は崩壊し、良くて文明の退行、最悪死の星と化すのだという。

「当時、アメリカ合衆国にしか手が届かなかったというのはある意味では幸運ですよ。そして、あなた方日本臣民の忍耐強さもね」

他人から言われると確かにその通りだとは思う。戦後の状況を見るに米国とは最初から事を構える必要はなかったのだから、

日米同盟はある意味では当然の帰結ではある。(仏印進駐やらフライングタイガーやらがあったので開戦は時間の問題だったが)

臣民、というのは宇宙諸国において日本は『神聖帝国』として認識されているからであろう。皇族の存在が理由だ。

「普通の国ならこう思うでしょう、いつか報復してやろう、こう考えます。そして、全面核戦争が始まる」

しかしそうはならなかった。『いつか』がまだ来ていないだけかもしれないが(いつぞやのエビ大名を思い出す話だ)。

彼らの国はというと、原子力兵器を使おう、という発想にはならなかったようだ。

宇宙諸国の大半の国がこの賢い選択をしている、強大な軍事国家でさえも!

先ほど述べたように原子力兵器を母星の上で使った種族は全て死滅しているからである、この地球人を除いては。

「我が国では放射線の発見と共にそれを防ぐ繊維を開発しました。既にしていた、というのが正しいかもしれません」

得意げに黒い鼻をひくひくさせて言う。

「しかしそのせいなのか、放射線の生物に与える影響というものは無視され続けていました。防げるのだから無いのと同じ、という事ですかね。人気もなかったですし」

宗教上の理由で動物実験さえも行われなかった、と彼は語った。

確かにこの分野は地球、とりわけアメリカ、旧ソビエト諸国、日本は進んでいるかもしれない。

アメリカはマンハッタン計画における障碍児や黒人に対する無差別なプルトニウム投与実験と原爆投下後の調査、

旧ソビエト諸国は米国内のスパイの情報やチェルノブイリの原発事故、

日本も原爆、東海村臨海事故や福島第一原発事故など、人体への影響を知る機会が多かった。

地球人(しかも日本人)としてはかなり複雑な気分ではあるが、未来の科学の役に立てるのであれば良しとしよう。

「こういう事言うのは、なんですけどね、ここは我々毒物劇物研究者にとっては天国のようなところですよ!」

満面の笑みを見せる。本当にそういう事は言わない方がいいと思うのだが。

彼は満足したのか書類を受け取り上機嫌で去っていった。

なんだかなぁ、と思いつつも、私たちの今現在は奇跡の上に首の皮一枚で成り立っていると実感させられたような気がした。

 



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異臭人

 

繰り返しになるが、宇宙には様々な人種が存在する。

容姿も様々、言語も様々、そして、体臭も様々なのだ……。

 

ある日の私は妙な違和感を感じていた。極端に客が少なかったのだ。

大体半分程度、5,60名ほどしかいなかった、毎便ほぼ満席なのに。

更に、いつもなら世間話でもしながらゆるりと入国審査を行っているのだが、

その日に限っては誰もが足早に去っていく。

私は、不思議な事もあるものだ、と思いながらも普段通り仕事を続けていたのだが、

ある時異様な臭いがすることに気が付いた。

何というか形容しがたく、硫黄かアンモニアか誰かの靴下の臭いかにも勝るとも劣らない、凄まじい悪臭であった。

そしてその臭いの主が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。

ちょうどその時審査をしていたオオカミ型人種の客が「早く、早く判子押してくれ!」と懇願する。

慌てて押すと乱暴に書類を受け取り一目散に駆けていった。

確かにこの臭いは耐え難く、いかにも嗅覚の強そうな彼らにとっては地獄かもしれない。

もちろん、私もその場から逃げ出したかったが、それは許されない。

そして、主は面前へと現れた。カエンタケのような容姿をしたそれは、呼吸の度に胞子のようなものを噴出させていた。

私の顔はさぞ引きつっていたことだろうが、それでも仕事は行わねばならない。

差し出された書類には何やら粘液のようなものが付いている、触ろうとすると、

「あ、触らない方がいいかも」とこの人物は言う。「かぶれるかも」と。

しかし触らなきゃ仕事にならないし、そんな事を今更ぬけぬけとよく言えたものだ。

私は粘液を気にせず書類を確認する。検疫証明書が存在するのが実に不思議だ。

その間にも臭いは私を襲い、涙がボタボタと溢れ出、胃液が口から飛び出ようと食道を駆け上がらんとしていた。

この臭いは筆舌にし難い、硫黄臭やアンモニアの刺激臭、スカンクの放屁でさえもこの臭いを嗅いだ後ならば、

まるで神秘の森の奥の澄んだ空気のように感じるのではないだろうか。

流石にこいつをそのまま入国させるわけにはいかないと、私は上司に相談しようと席を立つが、いない。裏方の職員はみんな退避していたのだ。

この菌類人種の男性は「あのー、まだでしょうかー」と苛立ちを見せ始める。

出来る事ならこの異臭物体を今すぐ宇宙空間に叩き出したいものだが、そういうわけにもいかない。

私は上ってくる吐瀉物をグッと飲み込み、申し訳ございませんが、と入国の拒否を告げた。

しかし納得がいかない様子だ。当然である、書類はすべて揃っているのだから。

「何故だ、これは差別だぞ!」と粘液と胞子をまき散らしながら怒鳴る。

バーナーで火をつけてやりたい気持ちを抑え、お問い合わせは日英共同大使館まで、と続けるが、

やはりいい気はしていない様子で、「しかしねぇ、君、理由が知りたいね、理由が」とまだ居座るつもりらしい。

これ以上いられては堪らない、私は、申し訳ございませんが今回はお引き取り下さい、と念を押して言う。

そうしてようやくこの人物は立ち去った。臭いで死ぬかもしれないと思わされたのは初めてである(今後も無いだろう、無いと嬉しい)。

私はすぐに掃除を始め、その後に大使館に連絡を入れた。向こうさんは何か言いたげだったが、詳細を懇切丁寧(さながらクレーマーのよう)に説明すると、

「じゃあ、今回は仕方ない」と渋々受け入れてくれた。

 



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お粗末な策略

所謂『マスコミ』を好きな人間は彼ら自身を除いて地球上には存在しないだろう。

前々から困った事をしでかす連中だとは思っていたが、我が身に降りかかるとは思わなかった。

 

ある日、上司に呼び出され「今日テレビ局の取材があるから適当に答えておいて」と言われた。

突然の事に驚き抗議をするも、ちょっとしたボーナスが出るとの事でまんまと話に乗せられてしまった。

吉田が「俺が受けたかったぜ」と悔しがったが、代わってもいいよ、と言うと「いやそれはやっぱ遠慮しとく」と訳の分からない事を言う。

そして内心緊張しながら業務を終え、取材の時間が訪れた。

応接室の前には例の警備員もいた。「取材に応じるよう命令を受けている」と彼は言う。

ところでこのキツネ型人種の名を『ガウラ人』といい、国は『ガウラ帝国』といったものである。

この国こそ、我が地球に開港を迫った国々の代表国であり、この空港や翻訳機などは全て彼らの国から供給されたものだ。

太陽系へのFTL貨客船の運営、管理も彼らの国の企業(日本語に訳すなら『帝国郵船』)が行っていて、事実上の太陽系の支配者である。

そういえば、と私は彼に自己紹介をすると、

「私は、そうだな、メロードとでも呼んでくれ。これは私の愛称だ、私の名前は地球人には複雑過ぎる」

と答えてくれた。複雑、と言うのもよくわからないが、詳しくは聞かないのが宇宙流だ。

そこで私はかねてから気になっていたお尻についているモフモフの物体に触れさせてもらう許可を取ろうとしたが、

「何を、はしたない。私たちはそのような関係ではないだろう」と断られて酷く落胆した。

しかし私の落ち込みぶりを見てか彼は「少しだけなら」と触らせてくれた。天使の羽衣というものが存在するのならきっとこういう感触なのだろう。

揃って入室すると、記者がソファに座って待っていた。

「どうもはじめまして……」と言うこの男性記者の顔を見よ、絵に描いたような鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。

確かに、デカいキツネが二足で立っているのだから驚きだろう、初めて見た時のショックは凄まじいものだ。

尤も、この程度は菌類人種のバラエティに富んだ容貌に比べれば大したことないのだが。

その後、記者との挨拶も簡単に済ませ、早速本題に入る。

こういうメディア関係者というものは私はなんとも胡散臭いと思っているのだが、

それは異星人であるメロードにとっても同じらしく口をへの字に曲げていた。

「では早速ですが、どうですか、宇宙人について」

私は、容姿に驚くことはありますが、と当たり障りのない返事をする。

「へぇ、では何かトラブルとかは」「こういうところが困るって事はありますか」と、

この男はどうにも私から負の感情から出た言葉を聞きたいらしい。そういえば聞いたことがあるのが、

日本のメディア連中は、相手を怒らせることで真実の言葉を引き出す、という発想があるとか(もしこの発想が事実なら『売り言葉に買い言葉』という諺は存在しないだろう)。

さもなくば、この宇宙人に対する開港を決めた現政権への攻撃の材料にしたいのかもしれない。

私がなかなか尻尾を見せない(見せる尻尾など付いていないが)ので記者は苛立ちを見せ始める。

そして標的をメロードに変えた。

「日本に来て困る事ってあるでしょう、例えばこういう点が後進的だとか」

彼はフワフワの尻尾をゆらゆら揺らしている、これはきっとご機嫌斜めの合図だ。

「困ることはない、少なくとも私の周りの日本人はみな親切だ」

「それでもあるでしょう、母星と環境が違うのだから」

私が記者を窘めようとすると、記者は眉間に皺を寄せ吐き捨てる。

「私はねぇ、宇宙人に屈したくはないんだ、あんたみたく。連中が強いからってヘコヘコしてると思ったら大間違いだ」

へぇー今時気骨稜々な日本人もいたものだなぁ、と感心したがこの男は更に興奮して続ける。

「このクソ毛むくじゃら宇宙人め、宇宙に帰れ!」

何なんだこの記者は、と私はため息も出なかった。メロードも怒りよりも困惑の表情を浮かべている。

彼が「君は取材に来たのではないのか」と問いかけても無視して罵詈雑言を浴びせている。

もうどうしようもないので警察を呼ぼうと電話に手を伸ばそうとすると、なんと記者は机を乗り越え私を突き飛ばして来たのだ!

私は勢いよく床に倒れ込んだが、幸い少し打っただけで済んだ。

「お前いい加減にしないか」とメロードが記者を取り押さえる。

騒ぎを聞きつけ部屋に事務員が入って来た途端に記者は悲鳴を上げ「この宇宙人がいきなり暴力を!」と言い出したが、

事務員はまず私に駆け寄る、私が事情を説明するとすぐに警察に電話をしてくれた。

記者は警察官に連れて行かれる間もずっと喚いていたが、誰も聞き入れはしなかった。

 

後日、警察からの話によるとやはりこの記者は現政権への攻撃材料の為にやって来たようだ。

きっと彼としてはトラブル続出!開港は間違いだった!、とかやりたかったのかもしれないが、

私たちがそんな話をおくびにも出さないので、宇宙人の方を怒らせようとしたがそれも失敗、

結局暴れて敢え無く御用、という事の顛末であった。なんとも、お粗末な作戦だ。

もちろん、この事件を報道したのは零細ネットニュースぐらいである(吉田が嬉々としてSNSに拡散していたが)。

打ったところも怪我と言うほどでもなく、それからも別段変わりなく仕事は続けているが、一つ変わったところがあるとすれば、

警備員呼び出しのボタンを押しもしないのに、メロードが時々こちらをチラと窺うようになったことである。

なんて可愛らしいのだろう!

 



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帰郷

故郷というものはやはり素晴らしいものだ。物置の整理の手伝いをさせられなければなお良い。

 

いつもの通り出勤すると、突然帝国郵船から宇宙港の一時的な休業を言い渡された事が判明した。

なんでも、宇宙船に故障が見られ(それも大量に)、その点検と運行管理の見直しなどが数日間で行われるとか。

不測の事態には急でも時間を取るのは流石だとは思ったが、

その故障と言うのが大量に出るほどのオンボロ船を使うのは御免被る、それほど僻地なのだろうか、太陽系は。

メロードが「よくある事だ」とため息交じりに教えてくれた。

彼らという種族は今ある物を長く使い過ぎるため、本来なら骨董市にでも並んでいるはずの物が現役で使われていたりするそうな、

それも伝統など儀礼的な意味なども一切なく、ただ勿体無いというだけで。

俄然興味が湧いてきた私は、ぜひ一度行ってみたいものだ、とこぼすと彼は「連れて行きたいのはやまやまだが、宇宙船が動かないからね」と残念そうに言った。

折角の休みというのに、宇宙人らは故郷に帰れないのだから気の毒だ、それに地球に取り残された人々も(無論帝国郵船による補償は受けるのだが)。

私は実家に一度帰ろうと思っていたので、それならば、と彼を誘ってみると「本当に!」と快諾してくれた。

 

荷物を纏めて待ち合わせ場所に赴くと、まさに日本の若者、といった服装の彼が立っていた。

尻尾がジーンズから飛び出している、なんと買った店でお尻の部分に切り目を入れてもらったのだという。

この季節でも毛皮があるから寒くはないのだろう、半袖のTシャツを着ていた。

それから、近くの空港から飛行機に乗って一時間半ほど、そこからまたバスで一時間。

その間は注目を浴びっぱなしだった、田舎だから宇宙人は珍しいのだろう(銀河規模で見るなら地球全土が田舎だが)。

家に着く頃には昼前になっていた。

家に上がると母が「あれ、帰って来たの」と素っ頓狂な声を上げる。

「ちょうどよかった、今物置の片づけをしててね」と続けようとしたところに、隣の宇宙人に気が付いた。

メロードが「どうも初めまして、私はガウラ帝国から来ました、メロードとお呼びください」と恭しく一礼をすると、母は驚いて奥にすっ飛んでいった。

連絡もしなかったしまあ当然の反応か、と私は彼を自室へと案内する。

荷物を降ろして居間に入るといつの間にか父、母、祖母、兄、嫂と家族が勢揃いしていた。

父が緊張した面持ちで口を開く。

「ようこそおいで下さいました」

私とメロードは呆気に取られた、こいつは何を言っているのだろうか。

一体どうしたのか、と私が尋ねるも何やら恐れているような怯えたような雰囲気である。

父を廊下に連れて話を何事か聞いてみるに、どうも私たちが思っている宇宙人の印象と違ったことがよく報道されているのだそうな。

私はさっくりと誤解を解き、テレビ新聞を鵜呑みにするな、とよく言い聞かせる。

ひと悶着も落ち着き、「そうだ、片付けの途中だった」と母が言ったところ「なら私も手伝いましょうか」とメロードが言い始めた。

彼の表情と尻尾からかなり興味がありそうな雰囲気が見て取れる。

母も「じゃあお願いしようかな」とさっきまでの怯えたような表情が嘘のようだ。

兄はまだ微妙な表情をしていたが、嫂の方は尻尾に目をやっていて、「触らせてもらえないかな」とつぶやく。

私が、親しい間柄じゃないと触らせてくれないよ、と言うとちょっと残念そうにしていた。

 

さて、物置からは古い物がわんさかと出てくる。思い出の品々だが、ガラクタも多い。

ただ、中には大昔の漫画だのよくわからない色の花瓶だの菊花紋章が銘打たれた金杯だの、捨てるのには少々憚られるものもあった。

母はどんどん捨てようとしているが、父の方は未練がましい事を言ってなかなかゴミに出したがらない。

兄はというと自身と私の小学生時代の絵だの工作だのを見つけてはそればかり見ている。

メロードの方は、祖母にこれは何だこれはどうだと質問していて、祖母の方も丁寧に答えている。

「ちょうどいい時に帰って来てくれて助かった」と嫂は言った、確かにこれは片付けが進まなそうだ。

さっさと片付けよう、と置かれている段ボールを抱えようとすると、

「それはまだ中身を確認してないんだ」と父が言い「いいよ、さっさと向こうに置いてきて」と母が言う。

そうして、父が確認した後、捨てる分として分けておこうとすると、今度はメロードが、

「これはまだ使えそうだし、捨てるんなら貰ってもいいかな」と言い出した。

そういえば彼らも勿体無いオバケだったなぁしかも日本人よりも重症の、ということが思い出される。

母が「どんどん持って行っていいわよ」と答えるとより一層尻尾を揺らして「ありがとうございます!」とゴソゴソ漁り始めた。

こういう物は宇宙で売りさばいたり出来ないのか、と彼に聞いてみると「未開人のガラクタとして買い叩かれるだけだから諦めた方がいい」と言った。

それよりも私が家で使う、とフンフン鼻息を鳴らしながら不用品から欲しい物を物色している。

私は、グダグダと中々先に進まない片付け作業を眺めながら、ああ、大変な時に帰ってきちゃったなぁもう、と溜め息を吐いた。

 



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凡才の国

天賦の才という物は結局のところ相対的な物なのだろうか。

社会に天才しか存在しないならば、彼らは天才と言えるのだろうか。

 

入国者の情報は一時的にデータベースに保存されており、閲覧が可能だ。

これは入国者の監視のためのシステムの一部である(宇宙におけるプライバシーの観念を推して知る事が出来るが、大抵の種族が納得している、よって監視は合法という事らしい。開港時に制定された『特定外来人種法』にもこっそり規定されている)。

退屈凌ぎに入国者の名簿をぼんやりと眺めていると、とある個性的な種族が目についた。

個性的、と言っていいものだろうか、この種族は身長がどの個体にも差が少ないのだ。

私は気になって他の項目も調べた、すると奇妙なことにいずれの項目でも平均値を多少上下する程度の差しかない。

それこそ、最も大きな差は年齢ぐらい、と言っていい程のものだった。

こういう物には知的好奇心が刺激されるもので、私はこの国についての資料を覗いてみるが、

納得のいく情報は得られなかった。

そこで、この種族の入国者に直接聞いてみることにした。

機会はなかなか訪れなかったが、不意の休暇が終わってから数日経ったある日、ようやくチャンスがやって来た。

「やあどうも」というこの『個性的な』人種の容貌はウミウシのそれに似ている。

一つ質問が、と言い、この個性的な無個性について問いかけたが、

「そうですかね、別に普通だと思いますけど」と、彼らはあまり気にしてはいない様子であった。

その後、再び「やあどうも」と同じ種族の人物が現れたが、

やはり「そうですかね、別に普通だと思いますけど」と答えた。

五人目からも同じ答えを聞いたので、直接聞いて確かめるのは諦めた、気が違いそうになる。

気が付いた点というのは、彼らは皆一様に無難な言葉しか語らないという点だ。

そして翌日、帝国郵船から私の元へとある物が届いたそうだ。

個人的な件で彼らを利用するのは気が引けたが、ちょっと仕事に彩りを、ぐらいのものだし多分誰も悪くは言わないだろう。

届けられたのはかの国の歴史資料である。中を覗くと、やはりかの国の文字で書かれていた。

そりゃそうか、と溜め息を吐きながらガウラの言葉の辞書(ちなみにガウラは漢字表記で『河浦』。よって河和辞典)とガウラ語で書かれたかの国の言葉の辞書を持ち出し、

日本語に存在しない単語や概念に難儀しながら少しずつ訳していった。

すると、浮かび上がってくるのがかの国の特殊で切実な事情だったのだ。

 

かの国の星は大いなる繁栄を迎えていたが、ある時、隕石が落ちてきたという。

そして不運にもその隕石には正体不明の伝染病が付着しており、それは瞬く間に星中へと広まった。

感染者は特に生殖器において遺伝子異常が見られ、彼らから生まれた子供たちのほとんどが障碍児であった。

人々は絶望したが、遺伝子学者の死に物狂いの研究により、出生前の遺伝子治療が可能になったという。

そしてその治療法は星中に広まり、ついに障碍者は淘汰された。

その後、無事に病原菌を根絶したが、思わぬ事が起こる。遺伝子治療の応用が始まったのだ。

彼らはより良い子孫を作ろうと、子供を『厳選』し続けた、最初は金持ちだけの特権であったが、

治療を繰り返すにつれ技術が向上し、その単価も下がっていったため、平民たちにも流行し始める。

貧富の格差は徐々に消えていき、誰もが優れた教育を受け始め、誰もが天才になった。

そしてそれから数十年、この国は今深刻な技術停滞を迎えているという。

原因は不明、何故だ、更なる繁栄を手にするはずだったのに……と嘆きの声が聞こえてくるかのようだった。

この国は遺伝子治療により誰もが優れた才能を持って生まれるにもかかわらず死に体の国になってしまった。

天才である彼らの頭脳をもってしても、原因はわからない。

 

私見を述べるなら、格差が消えた事によって競争も生まれなくなったという事なのではないだろうか。

誰も競争をしなくなった、全員が同じだけ能力を持っているからだ。

あらゆるものが横並びになった、貧富の差や能力、個性さえも。

国勢調査のグラフはさながら停止した心電図のようで、まるでその国が死んだ事を暗示しているかのようである。

つまるところ、彼らは天才の国になったつもりが凡才の国になってしまったのだ。

こうなればもはや手の打ちようは無いのではないだろうか。

上げてしまった生活の質を落とす事は難しいし、政府が介入し部分的に上げようにも、あぶれた人々が黙っているだろうか。

そもそもこの遺伝子治療を否定することは自らの人生、人格を否定することにも近しい事であり、

先人の努力の結晶を封印する事でもある。心情的にも厳しい決断を迫られることになる。

彼らの未来は何らかの犠牲を払わない限り、きっと明るいものではないだろう。

格差があってしかるべきとは言わないが、全てが平等な世界というのもきっとそんなに面白いものでもないのだろう、

私は強くそう感じた。

 



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地が震える

 

地震は日本人にとっては日常茶飯事だし、日本の他でもイタリアや南米諸国では地震は頻発する。

宇宙においても、煩雑なテクトニックプレートを有する惑星では進んだ地震学を有しているが、地震が全く起こらない星の住民は、この震える大地に慄くのだ。

 

今回の便の入国者も半ば、というところに差し掛かったところ、突如として窓ガラスなどが音を立て震え始めた。

もちろん、この施設は耐震性も十分に考慮されているため被害という物はなかったのだが、

一部の入国者たちが大パニックを起こし、それを収束させる作業に追われた。

なんでも、彼らの惑星では地震なるものが起きることが無く、まさしく天変地異の如く感じられたのだという。

「この星は大丈夫なのかね!?」と幾度となく問い詰められる。

そこで私が地学だのプレートテクトニクスだのの説明をし始めると、「難しい話はよくわからない」とそっぽを向かれるのだ。

何処の人間も非常時は一緒だな、と思いつつも彼らに安心してもらうように説明を続ける。

逆に地震になれた人種は「へへ、結構揺れましたね」と若干興奮気味に伝えてくる。

警備員らガウラ人も地震の存在は知っていたようで興味深いような表情をしていた。

さて、それから数日後、入国者の内訳が微妙に変動した。地質学者だ。

オカピ(コンゴに生息するキリンの仲間)に似た哺乳類人種の地質学者が上機嫌でやって来た。

「ここまでテクトニックプレートの境目が密集してるとウキウキしてくるよ」とは彼らの言だ。

しかし、勝手に人様の列島を見てウキウキされても何とも言えない気持ちになる。

実際、地震で(正確には地震後の津波や火災で、だが)多くの人命を失ってきた歴史があるのだから、

そういう物言いは如何なものか、と言うと彼も神妙な面持ちで「そう、だからなんだよ」と言った。

「私たちの国もそうさ、流石にここまでプレートが密集してはいないが、地震によって苦しめられてきたよ」

彼の目は遠い祖国に思いを馳せているようであった。

「でもな、わかるだろ?結局のところ『彼ら』の事を知って、そして共に生きていく他にはないって事ぐらい」

ある種の諦めとも言うだろうかね、と付け加えた。日本人というものも心の奥底ではそう思っているのかもしれない。

そしてそれは実践されてきた。法隆寺の五重塔や江戸時代のわざと崩れやすく作られた民家など、古来より地震と共に生きてきた日本人の『彼ら』に対する歩み寄りであった。

無論現代においても、耐震構造の研究や高度な住民退避システムの構築など様々な方面から為されている。

自然災害も自然現象だ、これを止めることは出来ない。

「ま、あんたがた日本人も頑張れよ。我々も協力しよう」と言い、彼は入国していった。

さて、これだけならば良い話で終わるのだが、無論、観光客にも地震の件は伝わっている。

とある人物はこう言った。「この国は地面が震えるそうだね、次は一体いつ起こるんだい?」

それは自然現象ですからわかりません、と答えると、「わからないって事は無いだろ、なぁ?」と食い下がる。

私は適当に、起こるといいですね、地震が、と話してさっさと判子を押して書類を返した。

次なる人物は「私がいるうちにその、『ジシン』とやらが起こらないように祈っていてくれ」と宗教的な装飾品を掲げ震えていた。

自然現象ですから、それに大きな地震の後は余震がよく起こりますよ、と答えると、「ああ、神よ……」と肩を落として去っていく。

そしてもう一人印象に残ったのは「大したことないですね、私の国なんてもっと凄い地震が起こりましたよ!」と得意げに話す人物だ。

自分の不幸を自慢げに話す奴があるか。やっぱりこういう人物はどこにでもいるのか、と私はげんなりとした。

 



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銀河の奴隷事情

 

古今東西、奴隷制度といったものはこの地球にも存在した(ある意味では現代日本においても存在する、と言えるかもしれない)が、

奴隷の社会的な地位というものは近代ヨーロッパ的な一般的イメージの奴隷からカースト制度などまで様々である。

 

先にも述べたとは思うが奴隷については一応、日本では認められていない。

よって、奴隷階級の入国の際には所有物ではなく人として入国してもらう事になっている。

それについて、所有者側からのクレームというものはほとんど無いのだが、時々奴隷側からクレームが来ることがある。

「貴様私をなんと心得るか」と食って掛かられた時には驚いた。

私はこのアルマジロ人種の男性に、この国では奴隷は非合法なので入国書類を取得しないことには、と説明をしたが何とも納得しない様子だ。

「では私はこの国では平民のように振る舞えと言うのか」と苛立ちを露わにしており、私は益々混乱した。

彼に、観光に来ているのではないのか、と問いかけると「まあそうだが」とばつが悪そうに言う。

彼らの国というのは労働こそが素晴らしい物であり、即ち奴隷こそが高貴なものであるという風変わりな文化があるのだという。

勤労が美徳だとは私も思うのだが、少々行き過ぎではないだろうか。

そも奴隷だが高貴、というものも私には難解(というか意味不明)で頭の中がこんがらがってしまう。

それなら所有者はどうなるのだろうか、政府や政治家はどうなのか、と疑問は尽きない。

休憩時間中に色々と調べてはみたものの、どうにも頭が痛くなるものばかりであった。

資料作成者も困惑したのだろう、公の資料とは思えないほど『理解し難い』、『意味がよくわからない』などの言葉がふんだんに使われている。

宇宙にも変った人種がいたもんだ、と思いながら政府が彼らに就労ビザを渡さないことを祈った。

 

さて、変わったクレーマーはこれだけではない。とあるカースト制度の国の奴隷はその所有者以上に階級に厳しいのだ。

直立する巨大な蟻のような風貌の女性はこう語る。

「私は先祖代々この奴隷階級です、母もそのまた母も奴隷、だのにこの国では認められないとは」と。

彼らは身分や身体の自由を拘束される事が屈辱とは感じないのだろう。むしろ、先祖代々勇敢にして忠実である事の証左となるのではないか。

そう考えると納得はいかないが理解は出来る、しかしまあだとしても無理なものは無理だ、としか言いようがない、これは内政にも関わる部分なのだから。

彼らのような文明はやはり、少なくともこの天の川銀河では少数派ではあるようだ。

 

そしてもう一つ、厳密には奴隷ではないし、これは所有者側の問題なのだが、入国書類も無しに通ろうとした者がいた。

このムジナモ型人種(水生の食虫植物の一種)のオーナーは不思議そうな顔でこう言う。

「奴隷?奴隷ではないよ別に」しかし書類が無いのでは入国は出来ない。宇宙生物のペットも現在は持ち込みが認められていないのだ。

しかし肝心の書類を持たない蜘蛛型人種は「いや、その」と口をもごもごさせている。

いずれの知的生命体も書類が無くては入国は出来ない、という旨を所有者に伝えると、これまたあっけらかんと言い放った。

「違うよ、こいつは食糧、食べるのさ。活きの良いまま連れてきたんだ」

じゃ、尚更ダメだ、と私は入国不許可の判子を押し、警備員を呼び出した。

 



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ふわふわの警備員

クリスマスについて正しく理解している日本人は存在しないだろう。

そして、クリスマスよりも天皇陛下の誕生日を祝う、という人間は少数派だ。

 

さて、帝国郵船というのがこの太陽系の宇宙交通についての支配者だというのは説明した通りだ。

しかしだからと彼らが利益第一な体質かというと、どうやらそうでもないらしく足りない人員はさっさと補充するし、休暇もすぐに出る。

更に現地民の文化風習を尊重する事も、『帝国』とは似つかわしくはない(元より帝国という言葉には善政悪政の意味は含まれていないのだが、世間一般的にはそうでもないというのはきっとご存じだろう)。

そして数日後の12月23日、即ち天皇陛下誕生日ももちろん休業で、この空港は完全に停止する。

となると、我々職員は休日に何をしようかと考えるのだが、この季節でも私に恋人がいないということは前述の通りである。

吉田が「どうせ暇だろ、お前も来いよ」とクリスマスの集まりに誘ってはくれたが、君だけならまだしも面識のない人間が来るなら行かないよ、と答えた。

すると彼はこう言う。「だろうな。来ると言い出したらどうしようかと思ってた」

だったら最初から聞くな!と私は思った、そしてその私の顔を見たのか彼は、一応聞いてみただけ、と付け加える。

しかしそうなると私の休日の予定は白紙だ。つい先ほども述べたが私にはクリスマスを共に過ごしてくれる地球人はいない。

だが暇そうにしている異星人なら心当たりがある、例の警備員だ。彼のフワフワの毛皮を堪能しながら過ごす休日はさぞかし幸福だろう!

 

そうして当日、彼は私の部屋にいた。

「それで、天皇陛下のお誕生日にはどんなお祝いをするんだい」と彼が言う。

別にちょっと国旗を飾るだけだ、と答えると不思議がるのだ。

「君主の誕生日なのにおかしな国だ、こんなめでたい日は盛大に祝うべきじゃないか」

確かに最近の日本人の天皇陛下への敬愛とか忠誠心の低さには嘆かわしいものがある、というのは自覚しているし、彼らのような帝国出身にとっては尚更奇妙に映るだろう。

まあ嫌われているわけではないし、身近な存在なわけでもないから、江戸時代程度に戻った、とも考えられるが。

それよりも私の今回の目的はこのふかふかの毛皮に飛び込むことだ。以前から時々頼んではいるが、あまり触らせてはもらえない。

無理に触ろうとするとやはりセクハラになりそうだし、無理強いはしていない。そして今、私は策を練っている。

「なんだか悩みでもありそうだね。ね、君、どうして考え事をしているの」と彼は私の態度を不思議に思ったのか聞いてくる。

いやなんでもないよ、と当然答えたが、やはり気になっている様子で鼻をヒクヒクさせている。

「だって君、私を部屋に呼ぶだなんて、何か重大な事でもあったに違いないからさ」

君たちの国ではそうなのか、と聞いたところ「いや地球人はプライバシーを大事にするって言うじゃないか」との事だ。

言われてみればそうだが、流石にファミレスで宇宙人は目立つし、第一これからセクハラに近い事をしようというのに人目があるとまずいのだ。

上手にやらなくては国際問題にもなりかねないが、そのリスクを負ってでもあのフワフワの毛皮に触りたい、あれはそれほどの物なのだ。

「君の考えていることを当ててやろうか、どうせまた私の毛を触ろうと企んでいるんだろう」

普段から言っているのでバレバレである。全く、恥も外聞も無いのかね、と言って彼は溜め息をついた。

そして彼は尻尾を前にやって「仕方ない」と一言。

私はお言葉に甘えて思う存分触らせてもらおうと思ったが、尻尾に抱き着いた時のあまりの気持ちよさにすぐ眠ってしまったらしく、ほとんど記憶が無かった。

うーん、残念。

 



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帰国ラッシュにて

年末年始と言えば、いつもの日本では海外旅行のシーズンだ。

例年と違うのが今年は一つ選択肢が増えたという事だろう。

 

帝国郵船系列のとある観光社が日本人向けにツアーを企画していた。

無論この値段というのがかなり張ったものなのだが、暇と金(とそして見栄)を持て余した連中が何人も宇宙へと飛び立った。

くれぐれも地球人の顔に泥を塗るようなことは避けて欲しいものなのだが、それでもいくつかの家族や団体が送り返されてきた。

彼らは口を揃えて、知らなかった、文化が違い過ぎた、などとのたまうが、そんな事はわかり切った事なのだから即ち、郷に入っては郷に従え、としか言いようがない。

そして年が明けてから数日、日本人たちの帰国ラッシュが始まる。楽しそうにしている人もいたが、やはり疲れた顔をした人が多かった。

パスポートに菊花紋章が並ぶのは惑星内の空港ならば不思議でもないのだろうが、こういう宇宙港では妙に新鮮味がある。

列も半分か、といったところである男性が話しかけてきた。

「いやー、人生観変わったわ」と語る。私がへぇ、とさほど興味も無さそうにあしらったので不満に思ったのか彼は続ける。

「君もこんなところにいないで宇宙に出たらいいのにさ。価値観変わるよ?」

いかにも、化外の文化に毒された日本人のようなことを仰るので、そうですね、あなたの言う通りです、と答えた。

するとまたしても気を悪くしたのか、「いやいや、人生損してるよ。こんなくだらない仕事なんてしてちゃあね」と言う。

くだらない仕事とはこれまた結構な言い分である、自分はさぞ良い身分なのだろう、当然私は途轍もなく頭に来た。

結局この男は他者を見下すために見識を広めようとしているのだろう。

さらに続けて「これからはグローバルな感性を持つべきだよ」などと言う。

こんな典型的な帰国子女みたいなことを抜かす人間が本当に存在したとは!しかも余程私に嫌味を言って欲しいらしい。

私はその事についてバカ正直に訊ねてみたが、すると彼は怒り出した、「客に対してなんて失礼だ!」と。

高々数日でここまで増長するのだから、留学生なんかが日本人とその社会を見下すのも当然と思える(実際には性格の問題だろうが)。

確かに宇宙社会は洗練されているものもあるだろうが、それが即ち日本の文化と社会が劣っている、という事にはならない。

結局のところ彼は所謂『意識高い系』な人物なのだろう。自尊心だけが肥大化してアイデンティティを持たないのだ。

私は彼に早く先に進むよう促した。

 

それからの帰国者たちに彼のような人物はいなかったが、やはり多くは文化摩擦で疲労していた。

よく聞いたのは監視ばかりで非常に疲れた、と言う話である。治安の良さを優先して選ぶと、自ずと警察国家にぶち当たるのだ。

しかし監視も気にならないほどの図太い神経を持つ者なら十分に楽しめただろう。

誰が言ったか、『どんな所よりも一番素晴らしいのはやはり母国である、愛国者の誇りとはそういうものなのである』という言葉がある。

彼らはそれを身をもって知ったのではないだろうか。私は故郷の事を思い出していた。

この繁忙期が終わったら一度実家に帰って数日程のんびりしよう、と。

 




※『いかにも、化外の文化に』の部分に誤字報告がありましたが、これはわざとです
※お察しの通り、主人公はちょっとヤベー奴な部分も持っております
※ご報告ありがとうございました


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資本主義病の特効薬

 

宇宙文明は優れているが、何も最初から優れていたわけではないだろう。

つまり、我々のこれからの道筋を彼らは既に通っているかもしれないという事だ。

 

二月の頭のイベントと言えば節分だ。

かの帝国郵船の支部局長は季節行事、伝統行事をいちいちやりたがるのだから職員たちは振り回されている。

節分のイベントを空港職員で盛大に執り行ったときは大変な賑わいだったが、その間客たちは皆置いてけぼりでポカーンと口を開け唖然としていた。

そして豆まきの後、年齢の数だけ豆を食べる時も長寿の人種は豆を食べきれず、機械生命体や人造人間なんかは二、三粒しかもらえずしょぼくれていたりと、私としては大いに楽しませてもらった。

 

さてその翌日、いつものように恵方巻の大量廃棄のニュースが流れる。

私がふと思ったのが、宇宙文明は如何にしてこの問題を解決したのだろうか、という点だ。

気になったので資料を色々と探ってはみたものの、そういう細かい部分までの資料は翻訳されていないようで、結局辞書を引くことになる。

だが思うような情報は得られなかった。

そこで私は、社会学に詳しい職員を呼び出す、彼は快く会ってくれた。

 

「入国審査の傍らで研究者にでもなるつもりかね、とてもいい事だ。素晴らしい」

開口一番に彼はこう言った。ガウラ人らしく狐のような容貌であったが、メロードと違い毛色は灰がかっていて、所謂ギンギツネのようだ。

私は挨拶をすると、早速毛並みを撫でさせてくれ、と(ついつい)頼む。

すると彼はこう言った。

「君ねぇ、そういうのは日本の言葉でセクハラと言うのだよ?」

そして、まぁ構わないがね、と尻尾を差し出す。

遠慮なく尻尾の感触を存分に味わった後、本題に入る。

「難しい問題だよ、こればかりはね」彼は眉をひそめて呻った。

曰く、大量生産というのは呪いのようなものらしく、一度踏み込めばそこから脱却するのは途方もない努力が必要なのだという。

「社会を構成する全ての人が、同じ方向を向いて行動を起こす事だ」

つまりは独裁国家、全体主義国家程この過剰生産状態から抜け出しやすい、という事だろうか。

「その通り。我々にも資本主義の時代があったが、あの時は地獄だったという話だ」

大量に生産された物品が店頭に並び、そして大量に売れ残り廃棄されていった、再利用にどんどんエネルギーが消費され、日に日に困窮していったのだという。

彼らの慣用句には『同じ爪切りを揃える』というものがあり、これはこの時代に作られた言葉で、意味は『数ばかり多くて実用性がない、無駄だ』ということを表す。

大量生産、資本主義化が進むにあたり物品の低品質化や見てくればかりに凝って本質に目を向けられていない製品などが数多く出回る時代があったのだ。

そしてこの経済革命によって現れた資本家たちは、金にならない物、人、地域には一切目を向けようとしなかったのだ。

それにより経済格差も凄まじいものとなり、ある時は飢饉さえも起こったのだという。大量に食品を生産しているにも関わらずだ。

「資本家は富ばかりを求めて汚い金稼ぎを繰り返した、さらに議会は何の役にも立たなかったとさ。だがそれを打開するある人物がいた」

そこでその惨状を見かねた彼らの皇帝が鶴の一声を上げたのだという。

「皇帝は議会と内閣を解散させた、主権を国民から君主に戻したんだ。未来永劫の善政を約束してね」

つまりは荒療治だ、解決は出来なかったよ、と彼は立った耳に人差し指をピンと当てる。

皇帝はその権力で財閥に次々とメスを入れ、悪辣な企業団体を解体していった、そしてそれは市民に大いに歓迎されたという。

「まあ不思議に思うかもしれないけどね、私たちの皇帝は本当に民の事を想ってくれる、素晴らしい方だよ」

君たちの天皇陛下と同じくらいにね、と付け加える。

話を聞けば聞くほど、私は民主主義と資本主義に疑問を感じざるを得なくなる。

無論、この二つを両立して経済格差や大量廃棄の問題を解決した国家も存在する。

しかし地球人種にはそれは出来るだろうかというと、それはまだまだ未来の話だ。

ともなれば、彼らと同じ道を行くべきだろうか。

「さぁ、それはわからないよ。問題が解決するのが先か、社会が崩壊するのが先か、それとも私たちの気が変わるのが先か、ね」

そう言って薄ら寒い笑みを浮かべるので、頬っぺたを引っ張ってやった。

 



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静かなる恐怖

 

卓越した科学は魔法と見分けがつかない。

これを強く思い知らされたのはある事件に遭った時だ。

 

私はその日も入国審査を行っていた。

特にトラブルもなく客の列も半ばに入った頃、問題の人物が現れた。

「やあどうも」と言う男は地球人類であった。

書類を差し出す彼は、何故だか妙な笑みを浮かべていた。

パスポートの表紙にはハクトウワシが描かれていた。

ジロジロと見ているのを悟られたのか、彼は「何か顔についていますかね」と問いかけてくる。

慌てて取り繕うが、この人物のなんとも不気味な雰囲気を感じ取れるのはこれまでの経験あっての事だろう(自分で言うのもなんだが)。

書類を見ると、不審な点というものは見当たらない。だがそんなはずはない、と私の勘が言っていた。

しかし、何度読み返してもどこにも間違いは無く、書類も全て揃っており、

写真と見比べてみても間違いなく同一人物である。

私が不気味に思うのはこの人物の表情であった。

彼はどうも、人間らしい表情をしていない。さながら無生物のよう、というわけではなく、

何と言うか少なくとも人類ではないような気がするのだ。人の皮を被っているような印象を受ける。

だがここまで来れたという事は、各種検査をパスしており内部に問題は無いという事なのだ。

私が妙に時間をかけていることを不審に思ったのか、彼は「どうかされましたか」と話しかけてきた。

いえ、別に、とパスポートに目をやると、丁度親指が顔写真を半分覆っていた。

これは本当に偶然なのだが、そこでふと思い出したのが『人間の顔は左右対称ではない』という事であった。

何らかのテレビ番組で見た記憶だったが、試してみようと思い、もう少しだけお待ちください、とパスポートを手に持ち裏へと下がる。

そうして、写真をスキャンし、画像にシンメトリー処理を施したところ、奇妙なまでに左右が対称だったのだ。

これは変だ、と上司に掛け合うと「一応、調べてみようか」と警備員の彼を呼び出し、男の元へと向かう。

男は驚いた表情でこちらを見ていた。

「申し訳ありませんが、もう一度検査を受けていただくことになります」と警備員に告げられた途端に男は一目散に駆け出す。

しかし、すぐに取り押さえられてしまった。

 

翌日、続報が入る。

彼は宇宙のテロリストであることが判明した。何とも肝の冷える出来事であろうか。

こういう前FTL文明を狙う侵略者は珍しい事ではないのだという。

私はお手柄だと上司や同僚に褒められ、ガウラ人職員にも大いに感謝されたが、とても喜ぶ気にはなれない。

何と恐ろしいのだろう、と身の毛のよだつ思いだ。

彼は遺伝子を操作して人間に化けていたのだという。さらに後日、ある惑星で地球人男性の遺体が発見された。

この事件に関して報道規制が為されたのは言うまでもない、大恐慌を起こしかねないのだから。

SF作品でよく見かけるような出来事だが、実際に目の当たりにしてこれほど恐ろしい出来事もないだろう。

今回は捕まったが、これからはどうなるだろうか、これまでにも紛れ込んだものがいるのではないだろうか。

 

それから数日は気が気ではなく、とても思いつめていた。

そのような思いが顔に出ていたのか乗客の何人かも不思議そうにしたり、こちらを心配そうに見つめていた。

ある時、休憩時間にメロードがやってきて「ほら」と尻尾を差し出す、これをやると私が喜ぶと思ったのだろう。

私が彼の尾に顔をうずめると、彼は口を開く。

「文化の違いもあるからどうやって励ませばいいかはわからない、だから好きに触っていい」

さらにそこへやって来たのが吉田だ、手にはおしるこ缶を持っている。

「最近なんか気にしてるみたいだけど、こんな事で思い詰めてちゃキリがないぜ」

まぁ責任は重大だけどな、と付け加えた。

どうにも、私の様子にみんなが心配していたようで、とりわけ親しい二人が励ましに来てくれたのだ。

彼らが言うには、そもこれはお手柄なのだから落ち込む必要は無いし、何よりも来るか来ないかわからないものを警戒していればそのうち倒れてしまうだろう。

その言葉を聞いているうちに、ははぁ確かにその通りだ、とすっかり思い直し、なんだか肩の荷が落ちたような心地だ。

こんなに簡単に気が晴れてしまっては、私も随分と単純な頭をしているな、とも思うが、そんなに悪い気はしない。

 



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宇宙イデオロギー戦争

 

他人に自分たちの伝統や主義をとやかく言われることほど頭に来る事はない。

ましてや異文化の人間だと尚更だ、『政治的正しさ』などお構いなく叩きのめしてやりたくなる。

 

様々な人種が宇宙には存在する。人とは即ち知的生命体の事である。

しかし、人間以外の動物たちが知的生命体と言われることはほとんどない。

霊長目やカラス科、インコ科は優れた知能を持ち(そしてしばしば一部の人間を超える)、言語や手話を教えて簡単な意思疎通を行った例もある。

また、文化的行動を取る種もいくつか存在するし、手を器用に使うカワウソ、道具を使うチンパンジー、建築を行うビーバーなど、明確な線引きは意外と難しいものだ。

とりあえずは、この地球上では人間以外は知的生命体ではないという事になっている。

さて、とある宇宙人が動物と人の中間、『準知的生命体』という物を持ち込んだ。

地球上にこの概念が存在しなかったわけではないが、時々世間を賑す程度で注目されていたとは言い難い分野だ。

この連中は高度な遺伝子工学と社会学を有し、『知性化』なる技術を持っている。

動物に知性を与える技術で、彼らはそれを自国民、良き友人として受け入れている。

ここまで来ればわかるだろう、彼らが動物園を見て騒ぎ始めたのだ。

日本人にとっては、またか、とウンザリするところだろう、それはガウラ人や他の宇宙人種にとっても同じことだったようで、ガウラ人職員らがわざわざ知らせに来てくれた。

吉田も、「過激な環境保護団体なんかも宇宙にはいるんだな。宇宙人に親近感が沸くぜ」といった様子であった。

団体、なんて規模であればいいのだが、ひょっとすると国家全体こうなのかもしれない。

だとすると、意外と重大な問題である。

無論、ガウラ帝国を始めとする幾つかの宇宙国家とは防衛協定が存在するので戦争が起これば帝国が何とかしてくれるだろうが、それでも心配になる。

ガウラ人職員の一人に聞いてみると、「あれはなぁ……」とため息を吐くのだ。

曰く、数が多い上しぶとく、勝利は難しくないが終わらせるのが難しい、との事である。

 

騒ぎになってから数日、かの国、彼らはメギロメジアという、メギロメジア人入国者は増すばかりだ。それに強制退去も。

政治活動の為の入国は禁じられているが、かと言って入国事由を馬鹿正直に話すヤツもいるはずもない。

そこで、外務省が帝国につつかれたのか、メギロメジア人の入国禁止を発表した。イギリスも足並みを揃える。

もちろん、我々にはすぐ知らされ、メギロメジア人は問答無用で弾くこととなる。

そうなると、やはり彼らは怒り出す。

「どういうことだ!出入国の自由は保障されているはずだぞ!」

自由という言葉には、公共の福祉を侵さない限り、という不文律が常に付きまとうので、彼らの言い分はもちろん棄却する。

だが、我ら人類とガウラ帝国は彼らのこの狂信的とも言える信条を甘く見ていた。

遂に、彼らは日本とイギリスに対して宣戦布告を行ってきた。準知的生命の解放を謳って。

役人たちは大いに驚き、恐怖したことだろう、最後に戦争してからもう70年以上が経っているのだから、しかも相手は宇宙人である。

そして、戦争開始から数十分後、ガウラ帝国とその同盟国らが防衛協定に従いメギロメジアに宣戦を布告した。

これが、人類が初めて宇宙戦争に参加した戦いである(尤も、何もしてはいないのだが)。

この戦争の様子は世界中で報道され、地球人の宇宙人に対する畏怖と憧憬を強めた。

同盟国らは宣戦布告を予想していたのか、素早く艦隊を派遣し、メギロメジア主力艦隊を容易く粉砕した。

自衛隊員やイギリス軍兵士が駆り出されたという話は聞くが、結局のところ、入国者に「戦勝を祈っているよ」と声をかけられることがあるぐらいで、一般市民の生活に変わりはなかったのだ。

この戦争の教訓があるとすれば、例え宇宙時代になってもイデオロギーによる戦争は起こり得るので警戒せよ、という点と、度が過ぎるイカれたヤツはぶちのめすに限る、というものであろう。

 



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メイドインコスモ

 

宇宙文明は優れた技術を持っている。もちろん、優れた工業製品も。

もしも安価に手に入れることが出来るなら、どうして手に入れない理由があるだろうか。

 

地球の文化風習が銀河を股に掛けるビジネスマンたちにも浸透し始めたのか、商談をしにやって来る人が増えた。

輸入雑貨はもちろん、電子機器や加工食品、書籍、映画など、市場は宇宙製の物で溢れ返る。

街は、今や時代は宇宙時代だ、と言わんばかりの様相でガウラ帝国風のファッションや何処の星の物とも知れぬ携帯音楽プレーヤーを持ち歩く人間ばかりだ。

宇宙人制作の映画は私も見たが、何ともしみったれた脚本と演出で中盤にはポップコーンを買い足しに行く羽目となった。

テレビの中の文化人気取りはこんなものをありがたがっているのだから、日本人の舶来品好きもここに極まれり、といったところだろう。

最近はみんな景気がいいのだ。というのも、ガウラ帝国の方針だかが変わったのか、元からこのつもりだったのかは不明だが、内政干渉が強くなったのだという。

で、労働者に関する法律を始めとする悪法や悪政を軒並み除去されてしまったのだ。資本家にとっては嬉しくない知らせに見えたが、払う賃金以上に売り上げが入って来るので今では誰も文句ひとつ言わない。

もし彼らが日本を帝国に組み込もうとしているのだとしても、この待遇に加えて国体を維持してくれるのなら誰もが口を揃えて大歓迎と言うだろう。

 

さて、今日もまた商魂を漲らせたビジネスマンに出会ったのだが、それにしては今一不安げな面持ちであった。

「はぁ、売れるでしょうかね」とこぼすのは自動車会社の営業である。

「何せこの星には魅力的な車が沢山あるのですから」と、カメのような容貌である彼は続けた。

はたしてそうだったかな、と考えてはみるものの、魅力的な車と言えば高級車ばかり思いつく。

「何を仰いますか、私が言うのは大衆車ですよ」と鼻息を荒くする。

「考えてもみてごらんなさい、例えば、なんだったかな、軽自動車のSUVがあるでしょう?あれはいい車だ、丸くて柔らかいデザインもいい。我が国の安全基準を満たせば是非とも輸入したい」

きっと例の遊べる軽ってやつの事を言っているのだと思う。確かにあのデザインは可愛いものだ。

しかし私は、値段設定を間違えなければ目新しさからきっと売れるのでは、という旨を伝えるとやはり不安げにこう言う。

「デザインが受け入れられますかね」彼は商品のカタログを開いて差し出した。

いくつかの写真が載っているが、どれもこれも地球上では見かけないようなデザインである。

マッチ箱のような車や卵型の車など、なんとも形容しがたいようなものまでもが揃っている。

二輪車については概ね悪くないのだが(というか、二輪という特性上あまり凝ったデザインが出来ないのだろうが)、四輪車は残念ながら地球人の感性では受け入れがたいものばかりだ。

私が渋い顔をしているので彼は「そうですよね、やっぱり……」としょぼくれた顔をする。

あ、いえ、と慌てて取り繕い、この国で重要なのは機能面と値段だ、と励まして書類とカタログを返すも、暗い顔のまま彼は行ってしまった。

 

そしてお次に現れたのは、今度は先ほどの彼とは打って変わって自信に満ちた人物であった。

「この商品はねぇ、絶対売れるぜ!」頭にタコを被ったような軟体生物人種の営業マンはそう言う。

「君もこれを見てみろよ!」とカタログを手渡されて、開いてみると載っているのは工具であった。

おそらく品質は地球製の物を遥かに超えているのであろう。だが私は、これは売れないな、と考えていた。

「我が国の職人たちが作った高品質の工具さ」彼は自信満々の表情を浮かべている。

私は当たり障りのない事を言いつつ書類を返す。受け取ると彼は一目散に駆けて行った。

 

そして後日、自動車会社の営業が現れた。

「売れましたよ、予想以上の反響です」と笑みを浮かべている。

彼は嬉しそうにカタログを開いて見せて「これです、一番人気は!」と得体の知れない奇天烈なデザインの車を指差した。

もう3000台にも届きそうなのだという。宇宙的と言えば聞こえはいいが、こんなデザインの車が売れるとは。

「日本仕様に変えたので少し車幅が狭くなりましたが、パワーはそのまま、燃費もリッター170kmの低燃費を維持できました!」

加えてなんとかコントロールとかかんとか言っていたが、私にはさっぱりである。

とにかく、低燃費というだけ事は理解できた、物理的にあり得るのだろうか、と考えても実際に出来てるのだから考えても仕方がない。

きっと地球の自動車整備士がこれを解体して研究しようにもさっぱり理解が及ばないのではないだろうか。

「遥々来た甲斐があったというものです」彼は意気揚々と去っていった。

 

さて、読者諸君はもうお分かりだろう。軟体生物の彼は暗い面持ちでやって来たのだ。

「どうしてか、わずかにしか売れなかったんだ、君たちは見る目が無い」

すっかり意気消沈しているようで、なんだか気の毒な気もする。

「何故だ、この星で作られたどの製品よりも精巧で高品質なのに、グラム4000円もする合金を使っているのに」

参考までに、銀は1グラム70円辺りをウロウロしてるそうな。つまり恐ろしく高価な素材が使ってあるのだろう、金よりは安いが。

彼はこの星での営業の縮小を命じられたらしく、足取りも重かった。

なぜ売れなかったのだろうか、彼らにはわかるまいが、私たちには簡単な事だろう。

彼らには腕が幾つもあり、工具もそれに合わせて作ってあるが、私たち人類に腕は二本しかないのだ。

 



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帰れない!

 

安かろう悪かろうはよく言ったものだ。

私の知る限りこの言葉には例外が存在しない。

 

 

格安を謳う会社が商品を横流しにしたり、計画的な倒産をして大騒ぎになっているのは記憶にも新しいだろう。

無論、計画的でなくても倒産する時はするのだが、惑星間を跨ぐ旅行会社が倒産すると、事態はかなり深刻となる。

つまるところ、ロビーで「帰れない!」と嘆いている客が大勢いるのだ。

ここが銀河の大都会ならまだしも、辺境の片田舎地球である。

しかもどうやら困った事に、彼らは富裕層ではなさそうなのが見て取れる、翻訳機を付けていないのだ。

というのも、こういった連中は行き帰りの賃だけで旅行資金を使い果たすらしく、善からぬ連中に支給された翻訳機を売っ払ってしまうのだという。何故か特に対策はされていない。

そうして、いつもの通り暇になった我々がすぐに駆り出された。

 

一応一声、どうされましたか、と尋ねると、帰って来るのは罵詈雑言である。多分わかっていないと思っているのだろうが。

「何だいきなり話しかけてきて!ミヒドン語もわからないのか?この愚かな原始人どもめ、気が利かない連中だ」

一体何様のつもりなのか問い質してやりたいところだが、ここはグッと堪える。

このミヒドン人という、鰻に手足が生えたような連中はどうも排他的な志向の持ち主(なら自分の星から出てくるな)のようで、宇宙でもあまり好まれる存在ではない。

彼に予備の翻訳機を手渡し身に着けさせるとやはり怒鳴りつけてくる。

「旅行会社が倒産した!何とかしろ!」

何とかしろとは言うが、どうしようもないのだ。何せ、我々はミヒドンとの国交は開いていてもいかなる条約も結んではいない。

銀河では、異文明とはお互いに認知した際には特に明言が無い限り国交は開かれたものとする、というはた迷惑な国際常識がある(このせいで地球文明の外務省がてんやわんやしてるのだ)。

人の往来だけは出来る国、という状況が度々発生し、その場合こういうトラブルがあった場合の解決策が全くと言っていい程無いのだ。

よくもこんななあなあの状態で秩序を保ってこれたものだ。それともルールがあるから破られるのだろうか?そもそも秩序は保たれているのか。

そんな事を考えていたら彼がまた怒り出す。

「聞いているのかおい!」もちろん聞いていない。

彼の言う事を要約すると、ツアーを企画した旅行会社が倒産してしまい、宙間航行船のチケット代が支払われず帰れないのだという。

知った事か、と言ってやりたいところだが、それではこの連中は空港にいつまでも居座るだろう。

しようがないので関係各所に連絡を取る。吉田が電話をかけている間、こいつらの相手をしなければならないのは私だ。

彼らは20人ほどの集団だが全員が金を持っておらず、喉が渇いた腹が減ったなどと喚きだした。

このまま騒がれ続けても迷惑なので、とりあえず水を出すと彼らは何と言ったと思うだろうか。

「ただの水を我々に出すとは無礼だ!」などとのたまう。

無一文の分際で生意気を言うんじゃない、と言ってやりたいものだ。

 

そうしているうちに吉田が連絡を終えると、席が空いている便に有償だが乗せられることとなった。

日本円で言うならちょっと多めの昼ご飯を食べる、ぐらいの値段なのだが「金なんか払わんぞ!」と彼らは言う。

彼らはほとんど手持ちを持っていない上、仮に持っていても払う気もないのだという。

バブル期の日本人海外旅行者でもここまでの人間はいなかったのではないのだろうか。ひょっとして帰りたくはないのか?

「君たちが払うべきだ!」何故なのか、これがわからない。

一応吉田がまた連絡を取ってみるが、帝国郵船はどうしても彼らに金を払わせたいらしい。

というのが、銀河金融協定と呼ばれる、宇宙国家間での『資本』に関する決まり事がまとめられた協定が存在していて、ミヒドンはそれに参加していないのだ。

つまり取り立てが出来ないのだという。どこまでも迷惑な連中なのだ!

ここで支払われなければ永遠に取り立てることは出来ないのである。ではどうしようか?

 

打つ手なしと悩んでいたところに、吉田の元に帝国郵船から連絡が入る。

通せ、との事だ。これはどういう事だろう、と二人で悩んだが、とりあえず彼らを搭乗ゲートへと案内した。

しばらくすると迎えの便がやって来た。なんだか不気味に思いながらも乗客らを見送る。

この連中は能天気にも喜んでいる様子だ。

 

さて後日の話、吉田が彼らの処遇について聞いてみたところ、驚くべき返事が返って来た。

なんと、彼らを人質にして彼らの国に直接脅しをかけたのだという。

料金が支払われなければ宇宙船ごとブラックホールに叩き込むぞ、と。

流石にミヒドン政府も対応せざるを得なくなり、無事にチケット代と迷惑料をふんだくったという話だ。

やはりケチケチしたことはするべきではないし、安かろう悪かろう、安物買いの銭失いここに極まれり、といったところだろうか。

とはいえ、多少しおらしくしていればもっと対応は変わったと思うのだが。

 



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帝国陸軍、中東へ

 

宇宙時代に突入したとしても、地球上のあらゆる問題が解決したわけではない。

相変わらずアフリカでは混乱が続き、中東においても平定されたとは言い難いのだ。

ガウラ帝国はついに介入の意思を明確に示した。当然、地球の国際社会には緊張が走る。

この頃は既に日英は帝国と同一視されているらしく、我々に対する非難の声も上がっているという。

帝国が最初に目を付けたのは、中東、さらに言えば、イスラエルとパレスチナであった。

一番厄介なところから潰そう、という事なのだろうか。

 

 

今日の宇宙港は一段と緊張が走る。何でも、噂の陸軍がこの空港に降りてくるというのだ。

直接降下することは出来るが、やはり混乱と非難を招くという事らしい。

そうなると、宇宙船の発着設備の存在する日本とイギリスに降り立つほかないのだ。

降りてくるのは第25独立混成師団の歩兵連隊、砲兵大隊だと聞いている。

機甲部隊もいるらしいが、そちらはイギリスに降り立つそうな。

それぞれ海上自衛隊、英国海軍に護衛されパレスチナへと向かう。

当たり前だがイスラエルは大激怒で、パレスチナ側は大喜びだ。

イギリスもこの介入には懐疑的なのだが、最終的にどういう事になるのかは帝国次第という事になるだろう。

言うまでもないが、以上は私が海外ニュースだのなんだのを調べて出した推論である。

さて、我々の職務というのは彼らの入国審査である。

有事なんだからパパッと済ませて欲しいものだが、形式上必要だという帝国郵船の主張に従ったらしい(こんな有事に喧嘩などするな!)。

発着場にはこれまでとは違う、武装の付いた巨大な輸送艦が到着していた。

 

ぞろぞろと兵士たちが歩いてくる、全員ガウラ人だ。

流石に武装と荷物は置いてきている様子で、彼らの軍服というのが、なんとも時代錯誤にも見える近代の歩兵のような出で立ちである。

靴の上に白いレギンス型の脚絆を付け、ベージュ色のズボンとトレンチコートのようなものを着ている。

さながら近代のオスマン帝国歩兵か、はたまた第一次大戦のフランス軍歩兵のような軍装で、かなりお洒落ではある。

帽子は被っていない、思えば帽子を被ったガウラ人を見たことが無いので、おそらくは帽子を被る文化風習そのものが存在しないのだろう。

彼らの一人目が私に差し出したのは公用パスポートと検疫証明書だけであった。彼だけは服装が少し豪華だったのできっと将校であろう。

「全く申し訳ありません、我々の身内の喧嘩に巻き込んだようで」と馬の青鹿毛にも似た毛色を持つの将校は一礼した。

問題はないとの旨を伝える。むしろ公用パスポートと検疫証明書だけなので楽なのだ。

「失礼ですが、パレスチナとイスラエルについてはご存知でしょうか」と将校。

私も詳細には知らないが、日本で一般的に知られている概略を話す。

「はぁ、なるほど、聞いていた話よりもずっと複雑そうですね」彼は、またか、とでも言いたげな表情だ。

「銀河でもよくありますよ、FTL文明か否かは関係なく、こういう事はあります」

顎に手を置いて目を瞑り、しばらく考え事をしている。「きっと、あなたとはまた会う事になりそうですね」

はぁ、と思わず声を出してしまった。それからもう一つ、と彼は前置きをしてこう言う。

「皇太子殿下が回られたところというのは、どこでしょうか?」

 

後日、日英のみで放送される帝国郵船が運営するニュース番組『帝国日報』にて戦闘の様子が報道された。

ガウラ軍は制空権を完全に掌握し、順調にイスラエル軍を切り崩しているようだ。

技術格差があるとはいえ、小銃と擲弾、野砲で武装した歩兵部隊に機甲部隊が完膚なきまでに叩きのめされるとは驚きだ、世界中が震えあがるだろう。

テレビの映像が切り替わると、今度はパレスチナ軍との戦闘で、ガウラ軍の機甲部隊(驚くべきことに第二次大戦期の重戦車に似ている)は彼らを蹂躙している様子だ。

つまりはあの辺り一帯を全て占領する気なのだろう。確かに一番手っ取り早い方法だが、まさか実践するとは。

これを目撃した世界は、一体どうなってしまうのだろうか、混迷は避けられないだろう。

しかし気になるのはあの将校の言葉だ、また会う、とは再び彼らが訪れるという事だろうか。

確かに一度占領する程度で何とかなる問題でもない気がするが。

今更になって思う事がある、彼ら、つまりはガウラ人は何しにこの地球にやって来たのか。

彼らは何を考えているのだろうか。

 



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宇宙からこぼれた殺人事件

実にくだらない出来事だった。いやホント。

 

 

さて、その日もその日で別段滞りもなく列を進めていた。

入国者と時々会話を弾ませながらも、その便の仕事も終えて次の便の準備(つまりは昼寝)でもしようか、というところであった。

突然、悲鳴が響き渡った。何事か、と警備員らが飛び出しそれに私も続く。

悲鳴の主の元へと行くと、真っ白になった植物型人種がいた。彼(彼女?)はピクリとも動かない。

その横にへたり込んでいるのが悲鳴の主だろう。グリフォンのような姿の女性であった。

「し、死んでるわ!間違いないの!」

確かにその植物人種はまるで草木が枯れたような体で息絶えているかのようだ。

「おやおや、事件ですかな」とそこへ現れるのが二人組の男たちであった。両方ともカラカル型人種だ。

「警備員さん、付近の人々を集めていただきたい。事情聴取ですよ」

「警察を呼んだ方が……」と警備員。全くその通りだ。

「まあまあ、実はこのお方、銀河を股にかける凄腕の名探偵なんですよ」

背の低い方のカラカル型人種の男が言った。そこで背の高い方が名乗る。

「どうも、ハッキリ言って私は名探偵、ヒラーク・ローイッタと申します」「私はその助手で医者のアメリトン」

なんとも謎の二人組だ、さながらシャーロックホームズのようである。

 

警備員らが近くにいた客たちを集めて、怪しい人物だけを何人か連れてきた。

まずは第一発見者であるグリフォン人種(厳密に言えば上半身は猛禽類のようだが下半身は爬虫類っぽい)、メウベ人の女性。

「あの、私は“偉大なるマードレ”といいます……その、驚いて……」

彼女はまだ落ち着かないのか、指を頻りに動かしていた。

メウベ人の姓は特殊で、地球人からすれば称号か渾名のようなものにも聞こえる。少しかっこいい。

ヒラークが彼女に問いかけた。

「ではまず、仏さんを発見する前は何をしとりましたかね」

「ええっとその……言わなきゃダメでしょうか……」

マードレはなんだか言いづらそうにモジモジとしている。

「出来れば、お願いします。アメリトン、メモの準備を」「はいよ、ヒラーク」

アメリトンは懐から手帳と鉛筆を取り出した。

「あの、私はその……お、お手洗いに、行ってまして……それで戻ってきたら、見つけたんです……」

恥ずかしそうに顔を手で覆いながら言った。確かにこれは言いたくはない。事件とも関係なさそうだし。

「もちっと前は、どうされてましたか」

「入国審査を終えて、お手洗いを探してました……ずっと我慢してましたから……」

「ふむ……なるほどね……」神妙な顔をするヒラーク。人の生理現象について聞いておきながら一体なにがなるほどなのか。

「ヒラーク、どうも彼女じゃなさそうじゃないか」

アメリトンが言う、私もそう思う。

「ま、それはまた後ほど。ではお次はどちらかな」

次なる人物は紫色の塗装の機械人種であった。

「どーも、こんちわ。俺様はティバセプトロン。気軽にティバちゃんって呼んでちょ」

一体誰が呼ぶというのか。「ではティバちゃん」呼んじゃった。

「この仏さんが発見されるまで何しとったの」

「俺様はちょっとキャバクラのねーちゃんと電話しててよ」

機械文明にキャバクラがあるとは驚きだ。本当に驚いた。

「それでよぉ、聞いてくれよ探偵さんよぉ……! 俺様があんなに尽くしてやったのにさぁ!」

彼はその場に崩れ落ち、啜り泣きを始める(比喩ではなく、涙腺機能が付いている!)。

「これ以上はアメリトン、君の領分だよ」

どう考えても面倒事を押し付けているだけだ。

「全く、人使いが荒いんだから」とアメリトン、おっさん同士なのに満更でもなさそうなのがなんか嫌だ。

「そいでね、お次は」

そこへ飛び出して来たのが四つ足のユニコーン(元より馬は四つ足だが)のような容姿の女性であった。

「私はバルキン・パイ!こっちは相棒のニンニ!」

そう言って彼女は超能力で浮かせたユニコーンの人形を見せてきた。この人種、エウケストラナ人は知性よりも先に超能力を手に入れた稀有な種族なのだ。

遵って、感性や人生観もかなり特殊な人種である。ただ基本的には善人ばかりの国だ。

「それではバルキンさんとやら、事件前の出来事をちょいちょいと教えてくんない」

バルキンは太陽のような笑顔を見せて、それこそ、『ニカッ』を絵に描いたような笑顔を見せた。

「いいよ!私は16年前、惑星エウケストラナのルベリー共和国、マリディア県イガート町に生まれたの。もちろん、赤ん坊の頃の記憶はないんだけど、私が3歳の頃、妹が生まれたんだ。両親は彼女にバルキン・レイって名前を付けたわ。レイっていうのは『幸せ』って意味!素敵でしょ!でも彼女、先天性の重い障害を持っていて、長くは生きられないだろうって。それで、この辺りから私の記憶があるんだけど私ってお姉ちゃんじゃない?だから、妹の為に何でもやってあげた。ずっと妹を優先してたから初等教育学校のクラスメートとも友達にはなれなかったの。で、10歳ぐらいの頃にこんな生活に嫌気が差して家出とかしちゃってね、笑っちゃうでしょ!中等教育学校も半ばって頃に、妹の病状が悪化して、両親も仕事があるから、私がずっと病院に通ってたんだ、部活動もやめちゃったんだよね。それで去年、忘れもしない、あの日はすごい雨で、道が混雑して両親がお見舞いには来られなかった。私と妹二人だけ。妹は私にこう言ったんだ、『お姉ちゃんごめんね、お姉ちゃんの人生も無駄にしたよね』って。妹は知ってたんだ、私が家出したって事も、部活動を辞めたって事も。妹には内緒にしてたのにね。それでね、私は妹に『無駄なんかじゃない、大好きな妹の為だもの』って言ったら、妹はニッコリと笑って『ありがとう、でももう心配はいらないよ。これからはお姉ちゃんだけの人生だから、もう辛い涙は流さないで』って。それでそのまま天国に行っちゃった。妹の最期を看取ったのは私だけだったんだ。悲しかったんだけど、なんだか肩の荷が降りたみたいな気持ちがして、不思議だったよ。だから、妹の分まで、私だけの人生を送ろうって、アルバイトしてお金貯めて、そしてこの地球って惑星が発見されたから、ここで新しい人生を歩むんだ!ってね!で、地球行きの宇宙船に乗って入国審査も無事に通って、悲鳴が聞こえたところに駆け付けたってわけ!どう?これでいい?」

非常に長く、ヘビーな話を聞かされて場の空気は一気に氷点下である。

「あの、気をしっかりね、一緒にトイレ行く?」

マードレが一応、慰めてるっぽい、トイレの話しかしないなこの人。

「俺様もいるから、な、今度飲み行こうよ」

ガソリンでも飲むというのか。

「ま……まぁ、よしとしましょうざんしょ残暑お見舞い申し上げます、なんつって」

氷に塩を注ぐようなことを言う。

なんだか妙に濃い人物が多いような気もするが、こんな連中入れたっけなぁ、と記憶を辿る。

最近は濃い連中に慣れ過ぎているのかもしれない、しっかりしなくては。

「こんなもんかな、こんなもんだろう」

ヒラークは一人で勝手に納得しているが、バルキン・パイの半生ぐらいしかわからなかったのではないか。

「さて、犯人っちゅうのがこの中にいますね」

らしいが、そもそも私が疑問に思うのが、例の植物人種は本当に死んでいるのだろうか?

また、監視カメラにも特に異常はないと警備員がこっそり教えてくれた。

ではこの植物人種は一体。

「こんな事をやりそうな人物はバツンと当たりがつくぜ、それはズバリあなただ」

とヒラークは私を指差した。はぁ?

「実に怪しいですからね、入国管理局の人間という立場を利用し、この人物を殺害した……」

どういう理屈でそうなったかはわからないが、周りはみんな軽く引いている。

「流石は、ヒラークだ」そう、このおっさんを除いて。

宇宙流のジョークだろうか、にしてもさほど面白くはないのだが。

「あはは、それってあなたたち流のジョーク?」と笑うバルキン・パイ。いいぞ、もっと言ってやれ。

そして如何にもな風に顔をしかめて、頭を抱えるティバちゃん。

「あの、真面目に考えませんか……」とマードレ。

名探偵が聞いて呆れる、彼らの国には論理とかそういうのが無いのだろうか。

「なんともはや、私の推理をお聞きになりたいようですな」

全くその通りだ、どうすればこの結論が出るのか。

「それでは私の推理をご覧いただいちゃったりなんかして」

と彼が口を開いた時、遺体(と思われていた物)が動き出した!

マードレが「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、場は騒然とした。

「はぁ、よく寝た。おや皆さん、お揃いでどうかされましたか」

そう、この植物人種は寝ていたのだ。みるみるうちに身体が緑を取り戻していく。

この人種は寝ている間は白くなる体質なのだという、私も初めて見た。

つまりはマードレの勘違いだった、というわけだ。では推理ってなんなのか。

「おあとがよろしいようで」と言ってサッと足早に立ち去るバカ二人組であった。

……一体、どうしてくれるのだこの空気を。

 



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突撃!奴隷の昼ご飯

 

美味しい料理が嫌いな人間はいない、この銀河ひろしと言えども!

だが美味過ぎるのも割と問題なのかもしれない、舌が肥えては普段の食事に困るというものだ。

 

 

その日は雨の日であったので、宇宙人らは持ち込んだ傘を差していた。

銀河中で多種多様な文化風習を持つにもかかわらず、傘だけはいかなる文明も殆ど形状が変わらないというのは面白いものだ。

道具の収斂進化とでも言うべきだろう。

私が訳もなくワクワクしているのは(訳が無いわけではないからワクワクしてるのだが)ついに『アレ』を取り寄せたからである。

覚えている者は少ないかもしれないがピール首長国の奴隷向け料理を入手する機会があったのだ!

そして今日、それが届くという。かの健啖家が美味いと言うのだから相当なものだろう。

私は入国者らにその料理について色々と尋ねてみたが、誰もが口を揃えて「美味しい」「絶品」「美味過ぎる」と答えた。

 

どれほど美味しいというのか!?

 

様々な種族が、どう見てもどう考えても文化も味覚も異なるであろう人々が異口同音に言うのだからこれはもう期待するしかない。

メロードらガウラ人に聞いてみても「美味しいらしい」「病み付きになる」とのことだ。

益々楽しみになって来た、まだまだ仕事は始まったばかりで、昼食にはまだ早い時間ではあるのだが。

 

さてさて、待ちわびた昼食の時間である。私は『例のブツ』の入ったバスケットを持ってきた。

届いてから一度も触っていはいないのである!この時の為に!

吉田や何人かの職員も集まり、興味深そうに見ている。

「さあどんなのだ、一口くれよな」と吉田。もちろんくれてやろうとも。

私はバスケットの蓋を開いた……!すると辺りにこの世の美味しそうな匂い、かぐわしいを匂いにしたかのようなものが広がった……。

涎が噴き出す、口を開ければマーライオン、周りの職員らも似たような様子になっている。

これが奴隷料理とは!ピール首長国の奴隷制度が未だに続いているのもわかるというもの、これが奴隷向けとは!

腹がグゥグゥと鳴る、きっと満腹でも鳴るだろう、匂いだけでこれとは恐れ入った。

私というのがなんか麻薬のようなものでも入っているのでは、と思っていたのだが、いや麻薬というのはある意味では正しいのかもしれない。

「は、早く、味だよ!」吉田が急かした。それもそうだ匂いで満腹になってはならない、とバスケットの中に手を伸ばす。

木で出来た可愛らしい弁当箱を取り出すと、先ほどの匂いが更に増した!

これを、この蓋を開けてしまうとどうなっちゃうんだろう……!?

さながら、期待に震えるキスする直前の中学生カップルのような、そんな状態だろう。

一思いに蓋を開くと、中には3種類の料理が入っていた。辺りは匂いで充満し、それが空腹中枢を刺激して飢餓感が増してきた。

まず目に入ったのが、野菜と魚らしきものの煮物だ。スパイシーな香りを漂わせており、実に食欲をそそる。

箸で魚をつまむと、ホロと崩れて口に入れるのにちょうどいい一口サイズ大となった。

口に入れ噛み締めると、この広がる味は、なんと言えばいいのだろうか、ギッシリと詰まった旨味がスパイスと共に解放され、口の中でシェイクスピアでも公演しているような。

とにかくめちゃくちゃ美味しいという事が伝わってくれれば幸いだ。口の中に掻き込みたくなる気持ちを抑えてお茶を飲む。

そしてもう一つの料理、これはスープのようなものだろうか、弁当箱の中に更に器が入っている。

箸に汁を付けペロリとひと舐め(お行儀が悪い!)すると、濃厚な野菜の香りがすうっと突き抜けていく。

思わず私は器を手に取り、クイと飲み始めた、こんな爽やかなスープは無いだろう。

これだけ濃い野菜の味、それこそ、青菜のような味がするが、全く嫌じゃない!(私は青菜系の野菜は嫌いなのだが!)

さらに言えば、これは冷製スープなのだ、冷めていても美味しい、いやむしろ冷めていた方が美味しいのではないかとさえ感じる(私は冷めたスープなど大嫌いなのだが!)。

とある作品では美味しいと自然と笑顔になる、などと歯の浮くような事を抜かしているが、そんな次元ではない、涙だ、私は今感涙の涙を流しているのだ、ナイアガラの滝なのだ。

これを食べるために私は生まれてきたのだろうか、という言葉が脳裏にちらつく。

さて、もう逸品……一品を食すべく、私は再びお茶を口に含む。

次なる料理はナンのような焼き物であった、あのインド料理のナンだ。

触ると弾力があり、噛めばモチモチとした食感で、その味は素朴であった。ただの素朴ではない、彼は先達二人の邪魔は決してしないのだ。

二つの料理を引き立てる、しかししっかりと存在感はある。お互いがお互いを引き立てあう。

鬼に金棒、虎に翼、獅子に鰭、高森朝雄に対するちばてつや、ローレン・ファウストのデザインと洗練された脚本、B-29とルメイ、ケマル・アタテュルクとイスメト・イノニュ、私の貧相な知識ではこれくらいしか出てこない。

とにかく、この『調和』というのは、そんな感じだ。今風に言うなら『尊い』のだ。

これらの料理に比べれば豪華な和食、懐石料理やフランス料理のフルコース、中華の満漢全席、いかなる地球上の料理も食べられる生ゴミである(表現はよろしくないが)。

これほどまでの感動を味わったのはいつぶりだろうか、この世に生を受けた時か、初めて自身と世界を認識した時だろうか……?

と、感動に打ちひしがれている隙に、周りの連中に平らげられてしまった。悲しい、とても悲しい。

 

それで、私の貧相な語彙力ではこの感動を伝えることは出来なかっただろう、あれはそれほどの物なのだ。

皆もあれを食べてみれば、思考など吹き飛んでしまうだろう、天にも昇る味であった。

ピール首長国はうまく考えたものだ。こんな料理を食べることが出来るなら奴隷階級に堕ちても悔いはないというもの。

この国について色々と調べてみたところ、他の惑星から奴隷になりに来る者までいるそうだ。今ならとても気持ちがわかる。

昔から奴隷と共に発展してきた国のようで、非奴隷階級の人間との確執というものがあまりない。

それよりも、奴隷を死なせたり怪我させたりするのは奴隷のオーナーたる資格無し、と軽蔑されるとか。

……彼らから言わせれば、地球人は奴隷以下の待遇で働いている奇特な連中であろう。

ところで、私はそれから四日間ぐらい舌が何も受け付けなかった。何もかもがマズく感じたためである。

 



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殿下、地球に来る:破天荒の襲来

帝国、というのだからガウラにも皇族がいるのは想像に難くない。

というか先日その存在を聞いたばかりだ。

しかし実際どんな人物なのかというと、ガウラ人職員に聞いてみたところとかく讃頌の言葉しか返ってこない。

もっとも自分の君主を悪く言う人物は圧政に苦しむ市民ぐらいだろう。

彼らの言を鵜呑みにすればとにかく素晴らしい人格者であるという事になるのだが、実際に会ったものはいないそうな。

是非とも一度お目にかかりたいと皆口を揃えて言う。

しかしながら、まさか自分が彼らの内の一人と行動を共にするとは思ってもみなかった。

 

 

その日も普段通りに出勤したのだが、何やらざわついている様子だ。

特にガウラ人職員の慌てぶりが目立ち、緊張もしているように見える。

先に出勤していた吉田に話を聞いてみる。

「なんでも、お偉いさんが来るらしいぜ」との事だ。

私は、へーどんな人なんだろう、と少し興味があったが、とりあえずは目下の仕事の準備に取り掛かった。

そこへ、メロードが飛び込んでくる。

「聞いたかっ」何を、と聞き返す間もなく彼は続けた。

「今日は皇太子殿下がこの星にいらっしゃるのだ失礼の無いように」

早口でまくし立てられ、私はきっと何のこっちゃという表情をしていたのだろう、頬をぷにぷにと触られた。

「わかってるのかおい!我がガウラの皇太子殿下なんだぞ!」

ここまで興奮している彼を見るのは初めてで、なんだか滑稽にも思えたが、確かにこれは一大事だ。

どんな人物なのかと聞いてみると、礼賛の言葉がもう出るわ出るわで、彼らにとってはまさしく神のような存在なのだろう。

ただし一つ、「しかし殿下は少々破天荒なところがある……」とだけ気になる言葉を最後に置いた。

 

さて、いつものように客人の話を聞きながら列を進めていると、少し挙動不審なガウラ人がやって来た。

私は少し怪しく思い、どうかされましたか、と声をかける。

声を聞いた途端に彼は毛を逆立て、どうして、とでも言いたげな表情でこちらを見ている。

どうしてもこうしても、耳をピクピクと頻りに動かし、尾も垂らしていて周りの目を気にしている挙動不審を絵に描いたようなガウラ人はそうそう来ないのだ。

書類の催促をすると、意外にもきちんと揃っていた。しかしこれでは何故怪しい挙動をしていたのかがわからない。

私は書類に偽造の痕跡がないか穴が開くように見つめる。彼も固唾を飲んでこっちを見ていた。

だが痕跡は見つからず、私は彼をただ単に挙動不審なだけの観光客、と結論付けようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

「あぁーーっ!!」と叫んだのは私でも彼でもなく、警備員、メロードである。

 

全ての客人が入国を終え、私は急いで持ち場を離れた。

『不審人物』はなんと応接室に通されたのだ。メロードもそこにいる。

私はひょっとすると彼が、と思い始めていたのだがこれはまさしくその通りで、応接間では質疑応答が為されていた。

「どうしてこんなことをしたのですか、我々は準備をしていたのに!」と言うのは支部局長である。

つまるところ、この挙動が不審だった人物が例の皇太子殿下であった。

「まあ……堅苦しい事は言わんといてな」と随分軽い口調で話す。

「式典とかほら、面倒じゃないか。時間もかかるし、君たちも辛かろう。なあ職員さん?」

入室した直後に急に振られたもので、あ、はい、としか答えることが出来なかったのが残念だ。

「ほらね、それに君らに監視されちゃつまらん。おれは半分、いや大方は観光に来ている」

「いいえ!大事な職務がございます!」支部局長は声を荒げる。

「あなたはここの職員を激励するためにいらっしゃったのではないのですか!慰問でしょう、慰問!」

「それはお父さんが勝手にやって欲しいんだけどなァ」

ガウラ皇族が相手だというのに支部局長は憤りを全く隠していない。

メロードもうんうんと頷いてる事からガウラの価値観ではこれが普通なのだろうが、地球人からすればひやひやモノだ。

「そもそもがですね、護衛もつけずに観光などとは…」と言いかけたところで、表情が一変、待ってましたと言わんばかりの顔になり、ザッと立ち上がった。

「護衛がいれば、いいんだな?」

支部局長は「え、ええ、まあ……?」と急に問われたので若干困惑している。

「なあ君、君はどこ所属だ」と私の隣でボケーっと突っ立って問答を聞いていたメロードを指さして問いかける。

メロードも困惑した表情で「第7軍、第47師団の超能力兵第114連隊です」と答えた。

そんな所属があったとは驚きだが、この答えを聞くと皇太子殿下は「では君、私の護衛に付き給え」と言い放った。

支部局長は大いに怒った。「ダメです!そんなのは絶対に!いくら彼が精鋭でもきちんと本国から派兵を!」

しかしメロードの方は俄然やる気が出たらしく、「やります、やらせてください!こんな名誉なことがあるでしょうか!」と感極まって叫んだ。

「ほら、彼もこう言ってるし」と殿下。そういう問題ではないのではなかろうかと思うのだが。

こうしてしばらく押し問答を続けていたが、支部局長の方が根負けして「困っちゃったなぁ、もう」と応接室を出て行った。

これから各所に連絡をするのだろう、おいたわしや。

 

「さてと、では君、頼んだよ」殿下はメロードの頭にぽんと手を置いた。

「はっ、光栄でございます」と彼は拳を握りしめて歓喜に震えている。彼の興奮はこちらにも伝わってくる。

「しかしなぁー」と殿下は急に声色を、いかにも何かに悩むかのような風にわざとらしく変えた。

「観光したいんだけど、いいガイドはいないものか。君、知ってる?」

メロードに問いかける。彼は顔を上げるとジッと私の目を見つめてくる。その手は食うかと私も睨み返した。

「いい人はいないものか、この騒動を知っていて、ガウラ人とも親しい日本人は」

殿下も私の方をチラチラと窺いながら続けた。ああ、こいつは何が何でも我を通すつもりだな、と悟る。

それでは、と自分が案内する旨を伝えると「そう言ってくれると信じていたよね!」とやはり私の頭にもぽんと手を置いた。

メロードも少し嬉しそうな表情をしている。私はため息しか出ない。

誰かさんはこれを『少々破天荒』と表現したが、私に言わせればこれは『かなりの無法者』である。

 



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殿下、地球に来る:文化の楽園

殿下は色々と準備がある、と宇宙港職員に話をしている。

その間、私とメロードは自身の準備を整えていた。

 

 

メロードはというと、鼻息を荒くして興奮しているのだ。

「こんな名誉なことがあっていいものだろうか!?」

私としては、まあいいんじゃない、としか答える言葉はない。

もっと心配なのは私がしっかりと案内が出来るかという点だ。というのが、私が友人がいない上大のインドア派であることに起因する。

休日もあまり外に出ないし、外食も恋人(元恋人と言うのが正しい)に誘われた時だけで、大体自分で済ませてしまう。

かといって家で何をするわけでもなく、SNSを覗いたり、本やデジタルノベルを読んでいたりと傍から見ればこいつは何のために生きているのだろう、と言われても不思議ではない(だから振られてしまったのだろうが)。

つまりは、観光名所などというのは有名どころしか知らないのだ。

これは困ったとスマートフォンと睨めっこしている私の顔をメロードが覗き込む。

「急に無理を言ったようで、申し訳ない」

全くその通りだ、専門のガイドを雇えばいいものを。

「そうは言っても、急に王族のガイドを受けたがる人間なんているかな」

確かにそれはいないと思われる。いずれにせよこれは天命だったと諦める他ない。

日本、ひいては世界の顔に泥を塗らぬよう精一杯やるしかないだろう。

「わかった、じゃあ終わったら私の毛皮を堪能するといい。好きなんだろう?」

よくわからないけど、という表情をしている。もちろん大好きだ、それを聞いて少しはやる気が出てきた。

こんな大仕事を承ったのだから、文字通り全身で堪能してやろうと思う。

 

さて、殿下はどこに行きたいのだろう?

それを考えて案内をしなくてはならない。直接聞くのがいいが、聞かずとも慮るのが忖度というものだ。

「おれは書店に行きたい。書店にはその星の全てが詰まっているからな」

しかしながら殿下のこの一言によって忖度の必要もなくなってしまう。

「行きたいところは粗方調べてあるのだよ」

では何をガイドすれば、となると小さなルールや慣習についてはよく知らないから教えて欲しいとの事だった。

「さてさて、それでは行こうではないか、この星の全てを手に入れに!」

えらく仰々しいが、書店で多くの事を学べるのは確かだろう。

 

私も書店に来るというのは久しぶりだ。最近は通販で概ね手に入るものだからズラリと並んだ数多の書籍には圧倒される。

店内には客人が結構いたが、何人かは地球外の人であった。

きっと殿下と同じことを思ったのだろう、教養なんかの本が置いてある棚を興味深そうに眺めている。

私はてっきり殿下もその一般書が置いてあるコーナーへと向かうのかと思ったら、彼は漫画のコーナーに入っていった。

メロードもその後ろに続く。私は呆気に取られてしまった。

殿下に、地球の文化などを学びに来たのではないのですか、と問いかけると彼は言った。

「こういう娯楽作品ほど、この国、あるいはこの星の倫理観や文化がわかるというものだ」

なんとも、理解は出来るが今一つ納得は出来ない答えが返って来る。

「この中指立ててる奴、面白いですよ」

メロードが多分薦めるべきではないものを薦める。そういう例外的なものを見て地球の文化を理解しないでいただきたい。

「うーん、どれにしようかなァ、面白いものがあるとは聞いたが、これほどの量とは思わなかったよ」

独り言で、この星に来て仕事をする気などさらさらなかったことを白状しながら棚を舐めるように眺める。

流石のメロードも呆れたような表情をしていた。

私はふと思い立ち、漫画しか読まないならば、と、ある提案をする。

殿下は目を煌びやかに輝かせ「そんな素晴らしい施設があったとは!」と叫んだ。

メロードが「殿下、書店では静かに」と窘める。

 

そう、私が提案したのはいわゆる漫画喫茶である。私も暇が潰せるし。

殿下はやはり目を輝かせて子供のようにはしゃいでいる。

「やはり違うな、この星の大衆による大衆の為の文化は!」

こういう、大衆の娯楽が充実している文明は意外にも珍しいのだという。

多くの場合、為政者が一方的に与えていたり、厳重な検閲を通さなくてはならなかったりするらしく、地球ほどの発展を遂げているものは極めて稀なのだ。

とある宇宙の社会学者は『文化の楽園』と表現し、また別の学者は『創作無法地帯』と表現した。

とにかく、自由に創作、表現をしたり、それを閲覧出来るという事はとても恵まれた事なのだ。

ガウラにおいても事情があるようで、資本主義時代に深刻な文化退行を起こしあらゆる創作物が廃れたという経緯がある。

なのでこの皇太子殿下は、この星に面白いものがあると聞き、居ても立っても居られなくなったのだろう。

そう思えば少し切ない感じもするが、殿下はメロードと一緒になって多くの漫画を持ち出し、二人して店員に怒られていた。

「いっぱい持ってっちゃ駄目なのか……」と席に着くと一心不乱に漫画本に噛り付いた。

その後、2、3時間ほど二人は漫画を読み漁った。少年漫画から風刺漫画、果ては成人向けの漫画まで。

私はどれが一番良かった、と聞いてみる。殿下は「恥ずかしながら、これかなぁ」といわゆるケモノ(つまり彼らと容姿のよく似た)の成人向け漫画を口にする。

あまりにも堂々とアダルト漫画を出して来たので私も驚いたが、彼ら的には開けっ広げにしても問題ない部分なのだろう。

メロードは、と聞くと、彼は少し恥ずかしそうに少女漫画の作品を挙げる。獣人と少女の恋を綴った物語だ。

私は、やっぱりモフモフしてるのが好きなんだなぁ、と妙に納得してしまった。

 



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殿下、地球に来る:テルマエ・ガウラ

昼飯時も少し過ぎて、ご飯を食べるのなら今からならどの店も空いているだろう。

私はガイドとしての仕事を果たすべく、昼食についてを殿下に聞いた。

「ああ、目星は付けてある」

何とも用意の良い事に、予約まで済ませてあった。しかしこれでは立つ瀬がないというものだ。

 

 

昼食は殿下の予約した店、なのだが、どう見てもただのビュッフェ形式の店だ。

私は目を疑ったが、何度見ても目の前に安くてマズい事で有名な飲食店が鎮座している。

「驚くなよ護衛、ここでは色んな料理が食べられるのだ」

殿下が得意げにメロードに話しているが、メロードは微妙な顔をしていた。

ただ、噂は聞いたことがある。このビュッフェ形式というのが宇宙人らには人気なのだ。

おそらくは滞在時間が限られているので、色んな種類の料理を少しずつ食べる事が出来るのが理由だろう。

味はともかくも、料理の種類は豊富で和洋中が揃っている。

店員の説明を聞き終えると、殿下はサッと料理の元へと向かった。

私も後を追う。メロードは荷物番だ。

食器を持って一緒に列に並ぶと「どれが美味しい?」と殿下が聞いてきた。

この店に美味しいものなど存在しないが、まあ外さない、というのはウィンナーや唐揚げだろうか。

私が目ぼしいものを皿に載せてやると「ほほう、ほうほう」と何やら頷いていた。

それから私は、これは冷めると美味しくない、とスパゲッティを皿に盛ってやると「急がねば」と席まで慌てて戻ってしまった。

メロードの分もある程度取って私が席に戻ると、大急ぎで掻き込んだのか殿下が喉に何かを詰まらせて苦しそうにしていた。

それでは味もしないだろうに(尤もしたところで大した味ではないのだが)。

 

さて、昼食も済ませたところで、殿下が是非とも行きたいところがあるらしい。

「風呂だ、我が国も風呂に関しては少々自信があってね。日本においてもそうだと聞いたものだから」

しかしすぐに声のトーンを落としてしまう。

「しかしながら、予約が出来なかった。なんでも宇宙人お断りだと……」

残念そうにしている。断った方もまさか相手が皇族だとは思わなかっただろう。

だが断られた理由はわかる。ガウラ人である彼らにはわかるまいが、やはり地球人ならピンとくるだろう(以前にも似たようなことがあった気がする)。

私は翻訳機を外して、彼らに聞こえないようにとある温泉施設に連絡をした、すると二つ返事で予約が出来た。

時期ではないとはいえ、当日に予約が取れるとは奇跡であろう。やはり皇族たるもの『持っている』なと感じる。

「凄いな、一体どうやったんだ。穴場があるなら教えてくれよ」

これは裏技である。もし日本の温泉に入りたくても断られた、という宇宙人が読者の中にいたら、ペット可能の施設に連絡してみよう。

哺乳類人種や鳥類人種なら意外と利用させてもらえるのだ。惜しむらくは今回は結構遠出をしなくてはならないという点だろう。

無論、そういう事を直接本人らに言う訳にもいかないので、内緒、とだけ答えて駅へと向かう。

 

 

数時間ほどの長い移動は二人を疲れさせるには十分であった。

私はこれを見越し、二人の間に陣取ったのだ。これがどういう事なのかお気づきだろうか?

つまりは寝ている二人をモフり放題という事である!

とはいえ、流石に皇太子殿下に自分から勝手に触れるわけにもいかないので、うまい事こちらに倒れてきてくれることを祈った。

寝息を立て始めてからしばらくすると祈りが通じたのか、ちょうど耳のふわりとした部分が私の顔の位置に来る。

ガウラ人の体臭というのは総じて、シャンプーして数日たった犬に近い臭いがするのだ。臭くはなく、むしろちょうどいい匂い(少なくとも私にとっては)。

メロードの方は遠慮なく触る。奇異の目で見られたが、目の前にコレがあって触らずにいられるだろうか。いやいられない。

都市部から郊外に出て人目がほとんど無くなってからは服の中に手を突っ込んでみようと考えたが流石に思いとどまった。

 

旅行の季節でもなかったので、当日でも簡単に泊まれたのは幸いだ。

やはり従業員は二人のガウラ人を見て驚いていた。話には聞いていたのだろうが実際に見たのは初めてなのだろう。

彼らが風呂に浸かれるから、というだけでなく、ここいら一帯は観光地であり、明日回るには持ってこいの場所である。

手続きを済ませて部屋に荷物を置くと「さぁ、早速入ろうじゃないか」と殿下が騒ぎ出す。

一応、従業員に聞いてみたところ、やはり人用の風呂に彼らを入れるのは嫌そうだったので、仕方なく犬用へと連れ込む。

だが、やはりと言うべきか「こ、こんなに狭いの?」「これじゃあまるで……」と不満げだったので責任者を呼んで交渉する。

彼がガウラ帝国の皇太子殿下であることを伝えると(当たり前だが)態度が急変し、なんと一番大きな露天風呂を貸切で使わせてもらえることとなった。

殿下たち二人は大喜びだが、この温泉宿にとってはいい迷惑だろう。まあでも、箔が付くかもしれない。

ガウラ帝国の皇太子殿下がお泊りになった宿、と言えば聞こえは良いなんてものじゃない。

しかしながら私が思うのは、皇太子殿下の方もお忍び旅行を強行しなければこんな交渉も必要なかった、という事だ。

 

殿下とメロードが大はしゃぎで露天風呂を楽しんでいる間、私はテレビでも見ながらくつろいでおこうと考えていた。

何せ、今の私は皇太子殿下のお付きなので連絡をすれば従業員が大慌てでなんでも寄越してくれるのだ。

でもそれも酷かな、と独り言を呟きながらお茶を淹れようと急須を探していたところに、濡れた犬みたいな(みたいというかそのもの)メロードがやって来た。

「殿下が呼んでいる」何かあったのだろうか、深刻な様子だ。タオル一枚で走って来た様子だから相当だろう。

「正確には私も困っているのだ……」地球生活の長いメロードでさえ困るのだからまさに非常な事態に違いない。

私はすぐさま露天風呂へと向かった。途中、メロードのせいで廊下がびちょびちょだった。後で謝らなくてはなるまい。

どうかされましたか、と露天風呂へと入ると、殿下はシャワーを指さして「お湯が出ない!」と言った。

はぁ、と答える事しかできなかった。メロードの方を見ると「いや、家のやつと違うし、壊すとよくないから」と。壊れるか!

とにかく、シャワーの使い方を説明すると殿下はこんなことを言い始める。

「君も入ればいいじゃないか」いや私は、と言っても彼は強引に手を引く。

「使い方と作法を教えてくれるだけでいいから」

まあ別に構わないと言えば構わない(まさか異星人に欲情する奴もあるまいし)ので承諾して脱衣所に入る。

どうせ貸切だ、揃って楽しまないと損だとは私も思うところだったし。

そうして、服を脱いで(言わずともわかるだろうが、三人とも翻訳機は付けたまま)また露天風呂に入ると、二人は寒そうに鏡の前で待っていた。

「は、早く!」

急いでその横に座り、使い方を説明する。

 

彼らの体は泡が立ち過ぎるので洗い落とすのに苦労したが、何とかそれも終わらせて風呂に浸かる。

「やはり風呂は良い。それに天をご覧よ、青く輝く故郷ガウラの月の如く美しい」

殿下がしみじみと話す。空には満天の星空が広がっていた。

「私も、故郷ベークトロハムに帰ったかのようです」「ほう、あの例の温泉地出身なのか」

彼らは故郷の話で盛り上がっている。私は従業員にある物を頼んだことを思い出し、それを取りに出た。

そのある物、というのはつまりお酒だ。ちょっと無理を言って用意してもらったのだ。

「ん、それはもしかして酒か」と殿下が食いついた。メロードの方も興味深そうだ。

私としても温泉で一杯やる、というのは夢とまではいかなくともやってみたいことだったのだ、読者諸君の中にもわかる人がいるかもしれない。

それでは乾杯、とお酌を手に取り前に掲げる。

メロードはグイっと一気に飲み干したが、殿下はちびちびと味わっているようだ。

私も口に含む。普段はあまり日本酒は飲まないのだが、これは飲みやすくて美味しかった、やはりこういう宿泊施設ともなると良い物を仕入れているのだろう。

つまみの漬物もこれまた美味しい、この酒によく合うのだ。二人もボリボリと夢中になっている。

案外、ガウラ人は地球人と味覚が似ているのかもしれない、あるいは全宇宙で共通なのだろうか?

確かガウラの母星は極寒の地だったような、と考えてみるが、目の前のガウラ人が美味い美味いと食べているので考えても無駄であろう。

風呂に入っているせいか、酔いの回りが早く、私の顔は今おそらく赤くなっていることだろう。

二人も少し上機嫌になって来た。私はふと思い立ち、メロードに抱き着いてみる。

彼は「うぁっ」と声を上げた。ふわふわの毛皮が湯に濡れてしっとりとしている、とても心地よい。

いつもと違い、彼はドギマギしているようだ。多分酔ってるからだろう、殿下はそれを見て笑っている。

頬ずりするととても落ち着く、まるで大きなレトリバーに抱き着いているような(ようなというかほぼそのものであるが)心地だ。

メロードはこの状態でも酒に手を伸ばしていた。お酌に入れて一気に飲み干す。

その調子でお銚子が2つ3つほど空になったところでお開きにしましょう、と風呂から上がった。

足取りがどうもふらつく、お風呂で暖まると血流が良くなるのか、酔いの回る速度があまりにも速いのだ。

しかも今度は晩御飯が来るというのだから、またそこでお酒を飲むだろう。

今日一日食べてばっかりな気がするなぁ、と思いながらガウラ人二人をなんとか引き摺りながら部屋へと戻った。

 



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殿下、地球に来る:殿下、帰路につく

部屋に戻ると美味しそうな匂いが漂ってきた。

テーブルには豪華な食事が並んでいる。明らかに予約したコースの値段で出てくる料理ではない。

二人とも明らかにこれまでとは違う雰囲気を漂わすこの料理に目を丸くしていた(元々丸くて可愛いおめめだが)。

 

さて、食事も半ばといったところだ。殿下は魚介類に舌鼓を打ち、絶賛していた。

「この星の魚も中々の味だ。それにこの『醤油』とやらは少し塩辛い気もするが結構良いな」

誰に話しかけているでもなく、一人でベラベラと喋っている。

そこまで褒めていただけるなら連れてきた甲斐があったというものだ。後で従業員に伝えておこう。

一方でメロードの方はと言うと、顔を青くして黙りこくっていた。

殿下の前で緊張もしていた様子なのでこうなるのも致し方ないだろう。

大丈夫か、と聞いてみると「もちろん」と返ってくる。

明らかに大丈夫そうではないので様子を見ていると、うぷ、とか、うぐぐ、とかの呻き声が聞こえて来るので慌てて部屋のシンクまで連れて行った。

そうするとやはり、彼は嘔吐した。「いやすまない、こんなはずでは」

気丈に振る舞うのがなんとも、いつもの背中が小さく見えたので、優しく擦ってやる。

「うぐっ、本当に、こんなはずじゃなかったんだがな……」

こんなことをするのは、変というか、らしくないのだが、きっと私も酔っているんだろう。

なんというか、彼を後ろから急に抱きしめた。

一瞬彼はビクついたが「ああ、ありがとう、楽になった」と言って私の腕を解き、こちらに向き直る。

急に抱き着いて申し訳ない、と伝えると彼は言う。

「君が誰にでもこういう事をする訳じゃないっていうのは、私にはわかる」

真っ直ぐと私の目を見つめていた、これは無論その通りで、つまりはそういう事なのだが、なんだか変な空気になっちゃったな。

彼の心臓の音が聞こえてくるかのようで、もちろん私の心臓も高鳴っているのだが。

変な話、異星人同士という事があるのだから、それってどうなのか、多分そう悪い事ではないのかもしれないのは、その通りだ。

なんだか妙な心地で、自分で自分が何を考えているのやら、多分酔っているからだろう。

彼の手が、私の手を握る。見た目はフワフワだが、触ると筋肉質で、掌にはプニプニと柔らかい肉球がある。

手を握り返したところで、ドタドタと足音が近づいてくる。

一体何事か、と確認する間もなく、青い顔をした殿下が慌ててシンクに顔を突っ込み、そのまま胃の中身を吐き出す。

これには酔いも、すっかり冷めてしまった。

 

さて翌朝、朝風呂済ませて身支度を整えている。

殿下は何も覚えてない様子で「昨日の晩御飯何食べたっけ、覚えておきたかった……」と肩を落としていた。

私とメロードは覚えている。しかしそれ故になんだかよそよそしくなっていた。

「さあ、温泉街とやらを出歩こうじゃないか」

三人浴衣で街を散策する、やはり時期ではないからか人は少なかった。

しかし好都合と言えば好都合、待ち時間もなければ異星人だからと奇異の目で見られることもない。

心ゆくまで楽しめるだろう。

「お、あれはなんだ?」と殿下が指差すのは如何にもな蒸し器を店頭に飾っている、多分温泉饅頭だろう。

店員のおばちゃんは目を丸くして「あら~、異星人の方なんて初めて見たよ」と言った。

人数分のお金を渡して、饅頭を受け取るとその場で頬張った。

「うんうん、いけるよなぁ」と殿下。メロードも満足そうである。私としては普通のよくある饅頭だな、と思ったが、いつもより少し美味しく感じた。

その調子で一軒一軒、店を見て回った。殿下は雑貨やお菓子を大量に買い込み、両手に紙袋を下げている。

「ちょっと買い過ぎたかな」と呟いた、ちょっとどころではないと私は思うのだが。

 

何故かどこの観光地にも存在するハチミツ屋から出ると、ひと際騒がしい集団と出くわした。

中国人観光客である、多分間違いない。この宇宙時代でも意外と彼らは日本へ観光にやって来ているみたいだ。

マナー、モラルは良くなりトラブルも減ったが、それでも騒がしいのばかりはあまり改善していない。

彼らは私たちを見つけると、スマートフォンを取り出して写真を撮り始めた。

「ちょいとお前さん方、気持ちはわかるが失礼じゃないかね」と殿下は詰め寄る。

「うわ!中国語わかるの!?」と一人の男性が驚いた。意外と翻訳機は知らない人も多い。

しかし言葉が通じるとわかっても、彼らはスマートフォンを下げたりはしない、それどころか動画も撮り始めた。

最近はここまでの中国人は消滅したと思っていたが、まだ生き残りが存在したようだ。

「よさないか、君たち」メロードも注意(おそらく『警告』だろうが)を始める。

だが彼らは聞いていない。聞く気も無さそうだ。殿下は呆れた様子でメロードに囁く。

それに頷くとメロードは右手を掲げた、その瞬間、中国人らのスマートフォンが宙に浮き、メロードの右手の上(掌とかではなく本当に真上!)に集まる。

スマートフォンを取り上げられた連中は大いに驚いた、私も、驚いた。

確かに、超能力兵とは言っていたが、まさかこんな絵に描いたような存在とは思ってもみなかった。

メロードが右手を握ると、囚われの身のスマートフォンたちは木端微塵に砕け散ってしまう。

「さて、観光を続けようか」と殿下は唖然としている中国人らを尻目に歩き始めた。メロードもそれに続く。

私は、少しやり過ぎたのでは、と不安に思ったが、宇宙人の倫理観は時々ぶっ飛んでいる場合があるので、命があっただけマシかもしれない(今現在宇宙人による殺人は報告されていないが)。

尤も、超能力を持ってる宇宙人相手に賠償請求などする気も起きまい。黙っていよう、うん、それで警察が来たら謝ろう。

 

かくして温泉街を堪能した一行は帰路についていた。

客席で殿下はぐっすりと眠っている。時折、耳をピクリと動かしていた。

私たち二人は起きていたが、やはり昨晩の事があったので気まずい雰囲気だった。

「昨日は、酔ってたんだ、申し訳ない」と彼は言う。

私は少し意地悪をしてやろうと、酔っていたら誰にでもああするのか、と聞いてみる。

すると焦った様子で「そんな事はない、そんな、君だけだ」と言い放つものだから、私の顔は熱くなるばかりだ。

思えば知り合ってから結構な時間が経つ。私は彼を頼りにしてきたし、懇意にしてきたつもりだ(いや、セクハラばかりだったかもしれない)。

ふと気が付いたが、そういえば昨日、彼が気に入った漫画、というものが獣人と少女の恋を綴った物語であることを思い出す。

それを思うと、なんていじらしいのだろう、彼なりのアピールだったのか、自身の境遇と重ね合わせたのか。

彼の気持ちに、応えてあげたい、応えなくては、との想いがだんだん強くなっていく。

私が彼に喋りかけようと口を開いたその時、殿下が目を覚まし「ああ、まだ着いてないのか」と呟く。

「まだまだ時間がかかるかと」とメロードは答えた。そうして、解散までその事について話す事はなかった。

これでいいのだと思う。少なくとも、今日のところはこれで。

 

 

後日聞いた話では、殿下は満足したとの事だ。

だからといってご褒美をもらえたり給料が上がったりはなかったのだが、最近の入国者はどうもガウラ人が多い。

「皇太子殿下が来られたのでしょう!?」「殿下はどこを回られたのですか!?」

との問い合わせが殺到しているので、なぜ増えたかは明白だ。

それからもう一つ変わったことと言えば、地球滞在時の注意書きに追加があった事だ。

『地球人はひと際高い毒物耐性を持っています。地球上での食事や酒類などの嗜好品利用の際は十分にご注意ください。』

私は、へぇー、とは思いつつ、心当たりがあった。

あの時吐くまでに酔っ払っていた二人は私より少し多いぐらいの酒しか飲んでいなかったからだ(人間に比べてやや細身というのもあるだろう)。

これから来る旅行者は十分に注意して欲しい。

しかしメロードには、また機会があれば、今度は吐かない程度に(そしてちょっと軽率になるまでに)飲んで欲しいものだ。

 



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ガウラの軍旗祭:はしゃぐ警備員

あまり関係が無かったので特に描写はしなかったのだが、実は日本とイギリスにはガウラの陸軍が駐屯している。

と言っても、地球内のガウラ人保護の為の最低限の戦力であり、この間降りてきたパレスチナ侵攻部隊とはまた別物だ。

在日米軍よりも遥かに数が少なく、日本には1200名ほど、英国と合わせてもわずか3000名足らずしかいない。無論、この少数でも地球文明が束になっても敵わないのだが。

さてでは、なぜ今回になって彼らの話を出したのかと言うと、このガウラ陸軍らのお祭りがあるというのだ。

メロードが、さも共に行きたそうに教えてくれたので、まぁ、どうしてもと言うから、悩みに悩んで仕方なく行くことにしたのだ。

「まさか二つ返事で良い返事をくれるとは、内容の説明もしていないのに」

彼の呟きは聞かなかったことにしてくれ。

 

 

このお祭りと言うのが、ガウラ陸軍の日本駐屯部隊、第62守備連隊が皇帝から軍旗を下賜された日を祝うものであった。

西暦で言うところの5月3日、ゴールデンウィークにぶち当たるため、絶好の機会である(そうでなくても有休を取ればいいだけの話だが)。

拝受は去年であるから、第一回目の軍旗祭となる。ガウラの軍隊ではあるが、地球の守備隊であるため地球の暦を使っているとか。

それで、いつもより遅めの軍旗祭であるので結構大きめの催しをするそうだ。

「今度の軍旗祭いつもよりも絶対に楽しいはずだ」とメロードは言うが、そうは言ってもいつものを知らないので何とも言えない。

そも軍旗祭と言うのも奇妙なものだ、日本陸軍が連隊旗を拝受した日に行っていた今でいうところの基地祭みたいなものなのだが、全く同じような催しをガウラ陸軍もやっていたとは驚きだ。

皇軍同士気が合うのだろうか。

メロード曰く、この催しではガウラの兵器が展示されるとか。

銃や背嚢、鉄兜などの個人用装備、装甲車、砲、航空機、船舶などの大型の兵器まであらゆるものが見られるという。

また、出店や軍楽隊、様々な出し物が開かれて、まさしく祭りと言うに相応しい賑わいとなるのだ。

当然、イギリスでも開かれるが、流石にそこまではしごするのは無理だろう。

彼の興奮具合とくれば、そりゃあもう凄いものだった。

勤務中に小躍りでもしかねないほどのテンションの上がりっぷりで、さながらはしゃいでいる子狐のようである。

ひとたび口を開けば、ガウラ軍の歴史なんかについて長々と講釈を垂れるのだ。

吉田の方のロボット警備員が「あいつガウラ軍の事になると早口になるの気持ち悪いよな」と言うぐらいである。

それを指摘すると「君だって楽しみしてるじゃないか」と言う。それはまあその通りなのだが、表情に出した覚えはない。

「匂いでわかる」彼は自身の鼻を指さして言うのだ。人の感情は匂いに出るというのは聞いたことがある。

いずれにせよ事実ではあるので特に訂正もしないのだが。

しかしながら、吉田にまで指摘された時には、なんだか癪だと思った。

 



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ガウラの軍旗祭:軍旗祭へ行こう

さて、待ちに待った軍旗祭の日がやって来た。

朝早くから車を出し、高速道路を使って向かう。宇宙人はまだ免許を取れないので私が運転だ。

 

 

「思ってたよりも乗り心地は悪いな」と助手席の毛玉が文句を垂れる。

休日なのだが翻訳機を一応持って来ているので、もちろん通じている(ま、翻訳機など無くてもガウラ語は喋れるがね)。

だが彼は忘れたらしく、何もつけていない。ガウラ軍の駐屯地に行くのだから問題は無いだろうが。

高級車じゃないんだから、と言っても「高級車に出来るんなら大衆車でもやるべきでは」などと抜かすのだ。

わざと差を付けて値段を変えているのだからという考えはきっと資本主義に支配されているのだろう。

そういえば帝国の交通機関はどうなっているのか気になる。

「別に、大部分は鉄道だ。鉄道と言えば『トトリパの戦い』の話が聞きたいか!?」

聞きたくないと言っても話すつもりだろう。

曰く、謀反の意を示す反社会的企業が秘密裏に作り上げた装甲列車とガウラ帝国軍の軌道戦車との戦いだという。

軌道上で行われた超高速の戦いは銀河ひろしと言えど他に類を見ないのだとか。

そもそも、装甲列車ならともかく戦車に無限軌道を付けたままレールの上に乗っけようというのがおかしな話だ。

そんなものを実戦配備したのはおそらくガウラの他にあるはずがないだろう。絶対にないと断言できる。

「それに、我が帝国軍の伝説的戦いぶりは宇宙時代にも変わらないのだ」

何がそれに、なのかはわからないが宇宙戦争は正直興味がある。まあ無かろうと彼は勝手にしゃべってくれるだろうが。

「第二次銀河大戦でのガウラ帝国は同盟軍を牽引する素晴らしい手腕を見せた」

西暦で言うところの1890年頃に起きた第二次銀河大戦……なんというか、漫画か何かに出て来そうな単語だ。

古からの銀河の支配者を名乗るクートゥリューを中心とした軟体人種の連合と哺乳類、爬虫類、鳥類人種を中心とする銀河同盟軍が戦った人種戦争である。

この際、軟体人種側は怪電波を飛ばして宇宙に散らばる原始文明らを仲間に引き入れようとしたのだ。

神話とも形容されるこの怪電波は天の川銀河の隅々まで広がった。

「だが連中は、知的生命体の大半がヌメヌメでもフニャフニャでもないって事を忘れていたのだよ」

軟体人種以外には効果が薄く、もし仮に触発されても悪夢にしか感じなかったとかなんとか。

しかしながら軍隊の方はそんな間の抜けた事はせず強力無比であり、同盟軍らも苦戦を強いられていた。

「そこでだよ、ガウラ帝国軍は新兵器を投入した……正確には同盟国のピール首長国だが」

……とにかく、銀河大戦で中心的役割を果たしたのがガウラ帝国であるという事らしい。

この地球でもデカい面をしているのも納得だ。尤もアメリカやロシア、中国と比べるとこいつらの方がマシなのだが。

 

駐屯地近くの駅に行くと、大勢の人間が並んでいた。

直接行くことは出来ず、最寄りの駅にてバスに乗らなくてはならないのだ。

メロードはここまで大勢の地球人がいるのに気圧されたのか、少し大人しくなった。

列を見る限り、単なる興味本位の家族連れからミリタリーマニアにSFファン、明らかに雰囲気と目の色が違う怪しい人物など様々だ。

外国人の数も多いが、宇宙人もそれなりにいるので白人や黒人でさえも日本人の中にいて目立たないのは面白い光景だ。

有料駐車場に車を停め、列に並ぶ。かなり時間がかかりそうだ。

「これはまた凄い行列だ、みんなガウラ軍に興味津々という事か」

一部はそうだろうが、大多数は軍と言うより文化や人に興味がありそうだ。私も軍よりは人(あとモフモフ)に興味がある。

ガウラ人である彼はやっぱり目立っていた、周りからチラチラと視線を感じる。

「なんか見られているんだが……」と耳打ちしてきた。当たり前だろう、と返す他ない。

ついに他の客らは話しかけてきたが、翻訳機を忘れたために、あたふたしている。

こちらに目配せして助けを求めるも面白いので放っておく。

「ごめんなさい、にほんごわからない」と懸命に返す様は可哀想だが可愛らしい。

 

ようやくバスに乗り、基地まで向かうと入り口には警備兵が立っていた。

バスを念入りにチェックして、異常がないかを確認すると、再びバスは動き出す。警備兵たちは笑顔で手を振ってくれていた。

人員が少ないためか兵舎などはこじんまりとしているが、兵器の格納庫や滑走路は恐ろしく広大である、隣でメロードが目を輝かせていた。

「凄い!あれを見て!あの戦闘機はねぇ!」と大いにはしゃいでいる。

基地内をバスが進みつつしばらくすると、滑走路に出た。

そこには屋台がズラリと並び、航空機や戦車も展示されていた。土嚢で作った簡易の陣地には機関銃や迫撃砲らしきものなども並べられている。

そして何より、どこを見ても人、人、人だらけである。これでは一度はぐれては二度と合流できないだろう。

すると、不意に片手の指の隙間にふわっとしたものが滑り込む。

連れの毛玉が私の手を取って繋ぎ(と言うより握り締めている、所謂恋人繋ぎ)、「こうしておけば大丈夫」とにこやかに言った。

私は下を向いて、その手を握り返した。

 



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ガウラの軍旗祭:軍旗祭を回ろう

これだけの屋台が並んでいるのであれば腹ごしらえの心配はいらないだろう。

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」とまるで八百屋のおじさんかのような事を言って呼び込みをしている。

風が吹けば美味しそうな匂いが流れてくる。これは肉の焼ける香ばしい匂いだ。

「これはまさに故郷の匂い!」とメロードが匂いの元へと走った。

当然私の手は握ったままだ、ガウラ人というのは足が速いので引き摺られそうになる。

なんとか転ばずに屋台の前に……正確には屋台前の列の最後尾に辿り着いた。

「また列に並ぶのか」と彼はため息を吐くが、バスを待つ列よりは遥かに短い。

この列でも、やはり私たち二人は目立ち、唐突に話しかけてくる人らの対応を強いられる。

そもガウラ人の基地なのだからその辺のガウラ人に聞けばいいのでは、とは思うのだがまあ暇つぶしによかったので目を瞑ろう。

 

 

「どれに~し~ますか」と普段話し慣れてないようなイントネーションで屋台の主は言う。

彼らも翻訳機を持っているはずだが、使わない方がいいと判断したのだろう。流石、民心の掴み方を心得ている。

鉄板の上ではナンだかパンだかわからない(ダジャレではない)ものが焼かれていた。

「あれはデオテルテだな。アオグミ……こっちで言う蕎麦みたいなので作った生地に野菜や挽肉を煮込んだものを入れて焼く料理だ」

ガウラの国民食、とまではいかないが割合ポピュラーなものではあるらしい。

ミートパイか焼き餃子みたいなものだろう、この組み合わせは不味いわけがない。

それと飲み物も併せて二人分購入する事をガウラ語で告げると「ブレダ!」とガウラの言葉でお礼をくれた(『ブレダ』は『祝福』『感謝』『尊みを感じる』という意味があるガウラ単語)。

屋台を離れて歩きながらその、デオテルテを頬張ると、口の中に肉汁の旨味が広がる。

さらに、形容しがたいけど美味しいような味もジワリジワリと沁みてくる。

……ハニーマスタード辺りが近いだろうか、それよりは酸味を抑えたような、とにかく味はなかなかに美味しかった、列が出来るのも納得だ。

これを『故郷の匂い』と表現した当のメロードは「故郷の味とはちょっと違うけど、相当な再現度だ」とムシャムシャ食べていた。

飲み物はワンカップみたいな容器に入った緑色の液体である。蓋を開けると香るのは甘ったるいどくだみ茶のような臭い。

口に含むと、やっぱりどくだみ茶にメープルシロップと塩を入れたような……飲めなくはないが、あまり美味しくは無かった。

彼はグビグビ飲んでいる、臭くは無いのだろうか、やっぱり慣れか。

 

屋台の他にも様々な催しが行われているようだ。

兵器の展示は実際に触る事も出来る。もちろん実射や操縦は無理だが。

とある輸送機の搬入口が開いており、そこに列が出来ていた。中に乗せてもらえるのだろう。

「あの輸送機はこの地球に来た時に攻撃を受けた奴だな」とメロード。

そういえばあったなぁ、と、いうのが、邂逅時にあの輸送機で降りてこようと飛行場の上空を旋回していたところを米軍が攻撃してしまったという事件である。

陸、海、空からの全面攻撃を受け、少し塗装が剥げたのだ。攻撃を受けたそのままの状態で展示されてある。

一般人の他、どう見ても一般人とは思えない一団がカメラを持ち、頻りにシャッターを切っていた。

陸上兵器や銃火器の類も弾が抜いてある状態で展示してある。少年が三脚を立てて置かれている重機関銃を構えて楽しそうにしていた。

それから、ズラリと装甲車が並んでいる様は圧巻だ。やはりこちらにも長蛇の列が出来ており、中に人が乗っている。

触るのはともかく、乗せてしまうのは軍事機密的に問題は無いのだろうか。

 

展示は兵器だけでなく、民族の展示も行われている。

しかし、その、パビリオンの入り口にデカデカと『人間動物園』と書かれているのでなんとなく入りずらいのだ。

恐らくは近い概念としての『人間動物園』という語句をそのまま使ったのだろう。

大抵の地球人がギョッとするのだが、差別的な意図は無く、ガウラ帝国諸民族の文化を紹介する目的なのだろうが。

躊躇いつつも入ってみると、名前とは裏腹に非常に面白い展示内容である。

ガウラ6族(ガウラ人を森林、砂漠、高地、島嶼、草原、人造種とザックリ分けた言い方)に加え同盟諸国の文化を紹介するもので、中々に興味深い。

ちなみにメロードはどの民族なの、と聞いてみると「私は砂漠の人種だが、生まれ故郷は温泉が有名なところだったな」

近くに山があって、と続ける。そう言われてスマートフォンで砂漠のキツネ属を調べてみると、確かに彼は若干コサックギツネに似ている。

それにフェネックギツネを足して2で割ったような……まあ起源は全く別物なのだろうが。

展示を見終えてパビリオンから出ると、看板を下ろして書かれている表題を書き直していた。

その方がいいだろう、流石に血の気が引く、特に黒人と白人は。

 

パビリオンを出て適当にぶらついていると、仮装行列が練り歩いていた。

ガウラ人兵士たちが地球の民族衣装やキャラクターのコスプレなどを着て歩いてる。

これには多くの人だかりが出来ていて、様々なキツネのキャラクターの服装に扮した集団には特に外国人らが熱狂していた。

多分男性が女性の、女性が男性の衣装を着てたりもするのだろうけど、一見してわからない。

その中の、最近有名な動物が少女になるアニメのキタキツネのキャラクター(冗長だがこう表現するほかない)のコスプレをした一人がこちらに寄って来た。

「随分久しぶりだなぁ!」とメロードに言う。「オンタイか、お前も地球に来てたんだな」彼らは知り合いのようだ。

「お前軍隊辞めて警備員なんて、一体どうしたんだよ」とオンタイと呼ばれた人物が問いかける。

「ええ?ああ、その、まあいいじゃないか」とメロードは頭を掻いた。

オンタイはこちらに気が付く。私が軽く会釈をすると、目を丸くして、驚いたような表情だ。

「お、お前、モテないからって、騙くらかして……」「いや違う!純愛だ!…………い、いや違くて、その!」

おやおや、これは……まぁ、私の顔も熱くなっているのだが、思わぬところでコレを聞けるとは思わなかった。

「それよりお前、後で銃剣術の模範試合があるから出ろよ」オンタイはこちらに気にせず続ける。

「腕が鈍ってなければだけどな、当然、超能力は無しだが。恋人にいいところ見せてやったらどうよ」彼はニヤニヤとした表情だ。

「違う、まだ、そういう関係じゃ……でもその試合には出ようかな……」

この間の私はどういう表情をしていたのかはあまり想像したくない、ともかく彼はどうやら私にいいところを見せたいようだ。

 



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ガウラの軍旗祭:模範試合

ふとしたことから、メロードは銃剣術の模範試合に出ることになった。

と言っても、模範試合なので勝ち負けがどうこうと言うものではないのだが。

 

 

「さあさあ皆さん、銃剣術の模範試合です。どうぞご覧になって下さい」

拡声器で呼び込みを行っている。わいのわいのと人が集まって来た。

そも銃剣術が宇宙にもあるのは興味深い。やはり二足歩行の人種だと武器の形も似たようなものになるのだろう。

特にガウラ軍では銃剣が重要視されている。警備兵が持つ銃も木製のボルトアクションライフルのように見える。

抜き身の銃剣を付けたままなのが危なっかしいが、割と帝国影響下ではありふれた光景らしい。

銃剣好きが高じて一部の部隊では日本軍の三八式歩兵銃の採用しているらしいとか、いつだったかメロードに聞いた。やっぱり皇軍同士気が合うのだろうか?

無論、機構が単純で砂塵に強い、地球人相手なら性能十分、銃身が長く白兵戦に強い、という点も考慮されてだが(えっ、白兵戦?)。89式じゃダメなのだろうか。

似たようなもので、ブローニングM2、MG42、スオミKP/-31、モンドラゴンM1908などが要請を受けて渋々少数だけ製造されているそうな。

アンティーク趣味なのか、現代の小銃のデザインが嫌いなのか、いずれにしても迷惑な話だろう。そりゃ、お金は貰えるだろうが。

 

話が逸れてしまった、とにかく銃剣術の模範試合だ。

「一口に銃剣術と言っても、ガウラ式であるのですから日本の銃剣術と違い、繰り突きや銃床での打撃は禁止されていません」

教官らしきガウラ人が前に立って言うが、そもそも大半の日本人は日本の銃剣術も知らない為、微妙な反応であった。

更に木銃の規定が緩く自身の使いやすい物であれば長さは自由なのだという。

木銃の先に細い金属の棒が付いていて、先端が丸くなっている。これが銃剣の部分を表しているのだろう。

センサーが鎧についているらしく、有効打を与えたと判断された場合に音が鳴る仕組みのようだ。

軽傷と重傷、致命傷の三種類の有効打が存在し、まあそれぞれ柔道で言うところの有効、技あり、一本と考えればいいだろう。

なんだか日本の武道とフェンシングが混ざったみたいな感じ、とでも言おうか。

「そもそも銃剣の出現は地球の西暦で言うところの800年代半ばでありまして、地球で言う火縄銃にナイフを付けたのが始まりとされています」

そしてこの教官の話が長いのだ。横の部下らしき人物らはローマ帝国の鎧にも似たような角ばった全身甲冑を着てこのクソ暑い中ただ黙って突っ立って聞いている。

この長ったらしい講釈は「いいから早く始めろ!」といつぞやのグリフォン人種の観客が怒鳴りつけるまで続いた。

 

「このように、地球における戦いでも銃剣は活用されちょるのです」画面にはイスラエル軍と戦闘を行うガウラ陸軍が映し出されている。

およそ時速60kmの速さで銃剣突撃するガウラ軍部隊には流石のイスラエル軍も恐れおののいていた(恐れおののかない地球人がいるだろうか)、ガウラ人は恐ろしく足が速いのだ。

「さてさて、お待ちかねの模範試合です」そう言うと横に立っていた、青い帯を巻いたのと黄色の帯を巻いた、二人がガチャガチャと音を鳴らし前に出てきた。どちらかがメロードだろうか。

距離を開けて向かい合って立つ。「構え、銃!」教官が声を上げると二人はほぼ同時に木銃を構えた。

「この二人は出来るだけ栄えるような試合ぶりをお見せしますので、皆様お楽しみください。それでは、始め!」

教官が開始の号令を掛けると、二人はゆっくりと近付き始めた。

先んじて、黄色の方が刺突を繰り出す。青が木銃を振り上げてそれを払いのけ、前蹴りを当てた。

おぉー!と観客の喚声が上がる。教官がベラベラと解説をしているようだが多分誰も聞いてはいない。

黄色は少しバランスを崩したがすぐに体勢を立て直し、木銃を構える。

しかし青は攻勢に出る、素早く飛び上がると木銃を相手の頭上に振り下ろした。

黄は避ける間もなく、それを防御する。木と木がぶつかり合う甲高い音が会場に響いた。

いつの間にか観客も増えており、辺りが熱気に包まれていた。まだまだ試合は始まったばかりだ。

二人は一進一退の攻防を続けていた、片方が攻撃を繰り出せばもう片方はそれを躱すかじっと耐え、隙を見て攻勢に転ずる。

素人目からもこれは達人同士の戦いのように見える。最初は喋りながら見ていたガウラ兵たちもいつの間にか見入っているので、この予測は当たっているだろう。

一方教官はブツブツ言っている。「あれほど本気でやるなと言うたんに、これじゃ模範試合にならんじゃないか……」微妙な顔もしていた。

このどちらがメロードかは全身甲冑を身に着けているのでわからない、しかしとにかく応援せねばと私は思い、彼の名を叫ぶ!

すると、青の帯を付けた方がバッとこちらを振り返って、その隙に銃床殴打を顔面に食らってしまった……しまった、と思った。

 

案の定、青い方がメロードであった。

帰りの車で謝ると「もういいから」と言う。しかしこちらの気が済まないというか。

「お詫びはもう貰ったじゃないか、屋台の品を、いくつか奢ってもらったし」

本当に気にしてはいないのだろうが、なんとも溜め息の出る話だ。

「……そ、そこまで言うなら、晩ご飯もご馳走になろうか」

何故か、蚊の鳴くような声でそう言うので私はもちろんOKした。

どうせなら何か作ろうと私の家に上げ、(その日の冷蔵庫の中の食材で)ご馳走を振る舞った(当然大したものではない)。

ガウラ人の好みに合うかどうかはある種、賭けとも思えたが、見る限りそこそこ気に入ってくれたようだ。

特に魚肉ソーセージは彼の口によく合ったようでがっついていた……魚肉ソーセージって……。

味噌汁は結構イケる口だったが、白米には微妙な顔をしていて、漬物は全然ダメである(塩っ辛いものね)。

「ご飯まで食べると帰るのがめんどくさくなってきたなぁ」とまたしてもか細い声で言う。

そこで私は……いや、その、わかっていたんだ私には、この先どうなるのかなんて。

だから一々書く必要などないだろう、わかると思うけど割と舞い上がっちゃってたんだ、私も彼も。

とにかく薄っすらとぼやかして言うならば、彼は獣だったという話だ。

ただ獣と言うにはあまりにも可愛らしい獣ではあったが。

いやこの可愛らしいというのは彼の獣の話ではない、彼の獣は……やめようかこんな話。

 



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読み物:密着!地球の玄関口

なんか、メロードが取材を受けたらしいのでご紹介しておく。


あの日、日本は突然宇宙時代に突入した。

街には多種多様なる地球外人種が行きかう。二足歩行の哺乳類から、幽霊のような容貌の人種まで。

その中心となったのが、かの宇宙港だ。

これまで多くは語られることのなかったこの宇宙港に、遂に取材のメスが入る。

 

 

今回取材に応じてくれたのはガウラ人の若き警備員、メウロルド氏である。

彼はここに来る前には、今現在地球を騒がせているガウラ帝国陸軍の超能力兵部隊に所属していたのだという。

「みんなには、『メロード』と呼ぶように言っている。その、この『メウロルド』という名前はガウラでは女の子の名前だから……」

少し恥ずかしそうに彼は言った。

彼がこの星に志願した理由は「まだ知らない世界を見る」ためだというのだ。

遥か宇宙の故郷を離れこの地球にやって来たメウロルド氏改め、メロード氏。

「ここの生活も慣れたものだ。多くの日本人は親切にしてくれるし、冬になって豪雪が降れば過ごしやすくもなる」と彼は語る。

 

さて、彼と共に宇宙港に入ってみよう。

一見すると従来の空港とさほど変わりは無く、むしろこじんまりとした印象を受ける。

「宇宙船一隻に乗せられる乗客は120名だ」と彼は言った。

目的地によっては長い旅になるため、積載物の多くが物資であり、更に便数も少ないためターミナルも一つしかないのだ。

「ここから海王星軌道ステーションまで飛び、そこからFTL航法にて他の星系へと向かうのだ」

ざっくりとした説明だが、おそらくは詳しく話すことは禁じられているのだろう。

 

メロード氏の仕事は警備である。その日が特に何もなく終われば、それが一番いいのだ。

その日も彼は定位置につく。視線の先には入国審査を行う職員と審査を受ける入国者がいた。

「入国者の動向を見張っていて、職員が合図をすればすぐに向かうようになっている」

そうしているうちに、審査官がメロード氏に対してウィンクをする。

彼に今の合図の意味を尋ねると「ああ……今日も一日頑張ろう、って合図だ……」と恍惚の表情で答えた。

「あの人はそう、情熱的で、陽気で、聡明で、なんて魅力的なんだろう」

詳しい事情はわからないが、少なくともメロード氏はあの人物に夢中のようだ。

 

休憩時間を覗いてみよう。

多くの職員は宇宙港内のレストランで食事を取るそうだ。

全体的に見ても、一般的な地球の空港と比べると規則はかなり緩い。

「職員だって人間なんだから、その職員が食事を取って気にする人がいるのだろうか」とはメロード氏の疑問だ。

宇宙的価値観なのだろうが、言われてみると確かにその通りだ。宇宙にはクレーマーなるものはいないのだろうか。

その点も彼に聞いてみたところ「いないわけじゃないが取るに足らない」とのことだ。

「もちろん、こちらの失態ならそれ相応の対応はするけどね」と彼はにこやかに言った。

今日の昼食は十割蕎麦だ。彼の故郷、ガウラでは蕎麦に似た穀類がポピュラーな食べ物なのだ。

「故郷の味に近いものがこんな遠くの星でも食べられるなんて思いもしなかったよ」と彼は言う。

ガウラではその蕎麦に近い植物を麺はもちろん、粉にひいて焼いたり、実のまま煮て食べる。

なんだか親近感が沸くような話だ。

 

そうして、午後の勤務でも同じく警備だ。

彼は定位置についた。視線の先には情熱的なあの人が書類を覗き込んでいる。

「本当にあの人は、そんなに多く関わったわけじゃないはずなのに」

一見して男性か女性かわからない風貌のかの人物に、メロード氏は虜なのだ。

ふとして見ると、彼(彼女?)の表情が険しくなった。

ピピッとメロード氏の服についた受信機が鳴り「出番だ」と腰に下げた警棒を抜いた。青白い光を帯びている。

颯爽と走り出し審査中の客に警棒を振りかざし警告した。

「手に持ったものを地面に置いて、大人しく壁に手をついて、下手な真似はしないように」

その鰻のような容貌の暴漢は手に持った拳銃のようなものをメロード氏に向ける!

「動くんじゃねえぞ、毛むくじゃら!」辺りは騒然としていたが、パニックは起きていない。

しかしメロード氏は全く動じずに「銃を捨てて、手を壁について」と答えた。

「このケモノどもめ!」暴漢が引き金を引こうとしたが、カチッカチッという音がするだけで何も起こらない。

その隙にメロード氏は目にも止まらぬ速さで肉薄し、警棒で叩きのめしたのだ!

そう、彼は超能力を使ったのだ。

 

収監が完了するとオフィスを案内してくれた。内勤の職員たちがパソコンと睨めっこをしている。

ここでは多種多様な人種が仕事をしていた。日本人、ガウラ人はもちろん、ロボットや猫みたいな人種も存在した。

種族、思想を超えて、彼らは協力して仕事に取り組んでいる。

 

最後にこの宇宙港について聞くとメロード氏は快く答えてくれた。

「幸か不幸か地球の玄関口となってしまったこの国だが、きっとこれは素晴らしい事ではないだろうか。少なくとも、私はこの素敵な出会いに感謝している。是非ともこの宇宙港を利用してまだ見ぬ世界を目撃して欲しい」

宇宙港はこれからも行く人来る人の出会いと別れの物語を奏で続けるだろう。

 



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地球の就職口

いつだったか宇宙人の日本企業での労働が制限付きで解禁となった。

これまでは宇宙人は宇宙企業に所属してしか日本では働けなかったのだ。

 

 

本日、新しく入ってくる社員がいるという。その人物も宇宙人だというのだ。

まあ見慣れたものなのでどうって事もないのだが、それは意外なる人物であった。

「やっほー!みんなよろしくねー!」

どこかで聞いた声の調子、彼女は間違いなくバルキン・パイである。

「あ!」とこっちに駆け寄ってくる。

「あなたはあの……変な探偵に犯人扱いされてた人だね!」

その通りである、思えば変な探偵であった。というか連中は探偵なのだろうか。

「よろしくね!今日からあなたの補助をする事になったの!」

そのようなものは必要ないのだが、まぁ、雇用政策の一環だろう。そんな役所みたいなことせんでもよろしかろうに。

そもそもがここは宇宙企業だし、このタイミングで入って来るのも妙な感じだが、大体彼女はいつも妙な感じなので気にする事はないだろう。

しかし彼女は一体どういう経緯でここに来たのだろうか。

「そうだね、まず妹が…」いや、その話はしなくてもいい。

どうも彼女は前職は競馬場、というか競馬だったらしいのだ。見てくれも馬(というか角の生えたポニー)だし。

「実は、私が出走して自分に賭けて大金を稼いだんだけど、ルールが変わって宇宙人は参加禁止になっちゃった」

当たり前だ。というか何をしているのか彼女は!意外と強かなのか、JRAは大いに怒っただろうに。

ふと思うのが、彼らは自分たちに似た生物がああやって使役されているのをどう思うのだろうか?

「えー、似てないよう。人と猿って似てる?似てないよね」

つまりはそういう事であるらしい。確かに腑に落ちる。動物園は言わずもがな、猿回しなどもあるし。

そして、彼女の仕事ぶりは割合優秀で、客が引いた後の書類仕事などお手の物だ。

得意の超能力で、紙とファイルが宙を舞っている。

 

さて、かのような労働解禁により宇宙から職を求めて求職者たちがやって来た。

就労ビザを片手に多くの人々がやってくる。そんなに宇宙には職が無いのだろうか。

「だって君、働けさえすればこの星で文化的な暮らしが出来る」とレプティリアンの男が言う。

それは無いと思いつつも、まあ止めはしない。そんな権利も無し。

きっと騙されたのだろう。よくある手口、というか騙して奴隷のような労働をさせるのは日本人が大の得意とする常套手段である。

恐らくは、例の皇太子殿下が地球の文化を紹介したもので、それに乗っかった連中の仕業だろうか。

ガウラの圧力で規制のメスが入ったとはいえ、あまりにもブラック企業が多すぎてまだまだ手が回っていないらしい。

そもそもの労働基準監督署が規制に引っかかり、事実上解体されたというマヌケな話のせいでもある(聡明な読者諸君ならお気付きだろうが、この民族は馬鹿である)。

しかしながら彼の言う事もある種尤もではあるのだろう、何しろ皇太子が『文化の楽園』と表現するのだから、あの宇宙はクソ広いくせして表現の居場所は無いらしい。

そうなるとなかなかどうしてこの国も悪くないような気がしてくるではないか。

「イーグザクトリィ!」とパイが同調した。

 



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百と二十の嘴

日本の難民に対する姿勢への国際社会の風当たりは強い。

しかしながら、難民を多数受け入れる国の当の国民からは称賛の声もある。

そしてガウラ帝国はこの姿勢と制度を、特に60日ルール廃止以前のものをして『堅牢』『制度の要塞』と一定の評価を下している。

 

 

「難民!難民は邪悪だよ!」バルキン・パイが叫ぶ。

彼女らの国、ルベリー共和国での共通認識であると、彼女は主張する。

「奴らはそう、アラポ!アラポだよ!」彼女らの星、エウケストラナに住むシロアリのような生物らしい。

「アラポは家に勝手に住み着くだけじゃなくて家の石材や煉瓦を食い荒らすの!難民もそう!」

まさしくシロアリのような存在だが、いくら何でも難民に対してそう言うのは酷というものだ。

このルベリー共和国というのは、元は王制だったのだが国際社会の圧力により難民を受け入れ始め、国を乗っ取られかけたという。

その際、王族らが難民らに殺害されたのが難民排斥と惑星の征服、統一の切っ掛けとなった。

日本にとっても無関係な話ではない。近年の偽装難民は減ってはいるものの、ガウラとの邂逅以前はよく聞く話であった。

守るべき皇族も擁する、誰が何と言おうとも日本を日本たらしめているのは彼らだ。

郷に入っては郷に従え、従わぬ者には十分に警戒をしなくてはならない。

 

さて、なぜそんな話をしているのかと言うと、まさしく今目の前に難民の列が並んでいるからだ。

パイはこんなもん連れて来るな!と大いに憤慨している。これは完全にシステムが悪いのだ、軌道上で入国管理すりゃいいだろうに(となると私は職を失うが)。

「ああ、地球の人よ、どうか我らにお慈悲を」と襤褸切れを纏った鳥類人種が言った。襤褸の隙間から白地に黒い縞模様の羽毛が見える。

とはいえ、私に決定権は無い。どうしたものだろうか、と思案に暮れていると電話が鳴った。

「君が入国審査しているのか」これは局長の声である。

はい、と答えると何というか慌てた声色でこう話した。

「君に全てを任せる」

はぁ?と思わず声を出してしまったが、どうにも先の『特定外来人種』の法律に大きな穴があったようで、『人間』と別に『特定外来人種』というカテゴリを作ってしまったのはいいが、難民についての規定はまだ制度化されていないのだという。

既存の法律で何とかならないものだろうか……まあならんだろうな。

彼らの多くは旅券一つ持っていない、検疫証明書も無い。当然、入国させるわけにはいかない。

しかしながら難民というのは得てしてそういうもので、その為に一時庇護というものがあるのだ。

だからといって、相手は宇宙人。一度でも入れてしまえば追い出すのには難儀するだろう。

「私たちはもう行き場が無いのです、ここで断られれば死を待つ他ありません」

つぶらな目を見開き、小さな嘴を動かす。彼らは哀れな宇宙のホームレスだが、同時にどこにも受け入れてもらえなかったとも取れる。

同僚らに意見を賜ると、当然の如くバルキン・パイは「断るべきだよ、絶対に!」と言う。

吉田の方は「しかし行き場が無いとなるとなぁ、可哀想だ」と。パイは彼に食って掛かった。

「あり得ない!あなた、みんなにいじめられて可哀想だからってゴキブリを飼育する!?」

「ゴキブリじゃないだろ、人間だぞ。そりゃ、偽装難民かもしれないけどたったの120人だぜ」

「たったの!?120『も』!だよ!この120人は来年には12000人になってるかもね!」

「だ、だけど、目の前の困ってる人間を見捨てるわけには……」

「難民じゃなきゃね!でも、あいつらは難民!」

二人の言い分はよくわかる。パイは、というかルベリー国民は過去の歴史から難民を忌み嫌い、排除しようとしている。

一方の吉田は人道的な見地から彼らを保護すべきだ、と主張している。どちらの意見も(片方は少々過激だが)真っ当なものだろう。

ガウラ人の意見はというと、彼らはここにはいないのだが、警備員たちが難民らを取り囲んで銃火器やライトセーバーのようなものを構えている姿が雄弁と語っている。

「我々を助けて下さい!もうどこにも行くところが無い!」

彼らの中には乳飲み子や小さな子供もいて、彼らの表情は今にも泣き出しそうだ。

このような決断を私に下せというのか?

「私は、どんな決断をしても別に気にしないよ、ただ意見の一つとして聞いておいてね」

「何も、言う言葉が見つからないが、じっくり考えて、後悔だけはするな」

二人とも他人事だと思って!気が付けば服が汗でびっしょりだ、冷房はきちんと効いているはずなのだが。

そこへガウラ人の事務員が新しく作った書式を持ってきた。おそらくは一時庇護許可書を一部改変したものだろう。

参った、こいつに判子を押せとでも言うのだろうか、視界がグニャリと歪んで何が書いてあるのかサッパリ読めない。

相手は宇宙人、120人、何を考えているかわからない、ここまで来れたとはいえもし武器を持っていたとすれば、エイリアンテクノロジーを以てして暴れられてはその被害は計り知れないだろう。いくらガウラの駐屯地があったとしてもだ。

だが私に120人を路頭に迷わせる覚悟もない、彼らとて人だ、彼らも感情と知性を備えた『人』である。偽装難民でなければ、彼らを追い出せば全員が死ぬだろう。

この決断をするには私はちっぽけ過ぎる!しかし本来こういうものなのだ、異邦人を自国に招き入れるというものは。

心臓が暴れ回る、寿命が5年も10年も縮んでいくかのようだ。何かないか、考える。

彼らを死なせもしない、だがこの国で自由にもさせない方法が何かしらあるはずだ。

私が書類から目を離して顔を上げると目に入るのはやはり難民の列、そしてそれを見張る警備員たち。

その難民の中から子供が不意に飛び出した、しかしすぐに警備員に捕らえられてしまう。

ああ、これだ、と私は思い、ガウラ人の事務員に耳打ちをした。

 

難民改め、不法入国者らは120名、全員身柄を確保された。間もなく不法入国者の収容施設へと移送されるだろう。

難民の規定は存在しなかったが、不法入国者や犯罪者の規定は存在した。そしてその収容施設も。

「なるほどね、これなら少なくとも死にはしないな」「監視も出来るしね」

吉田とパイの二人は感心しきりであったが、まあこれも一時的な措置でしかも彼らがこの先どうなるかは未定である。お得意の問題の先延ばしだ。

だが、これぐらいがちょうどいい落としどころはではないだろうか、とりあえず手元に置いておけば後はなんとでもしようがあるはずだ。

彼らとて犯罪者扱いは本意ではないだろうが、着の身着のまま追い出されるよりは遥かに人道的と言えるだろう。

そして何よりも、私が日本侵略の片棒を担がずに済んだのと、120人の命を奪うような事にならずに済んだのが一番の良い点だ。

 

と、これだけで済んだのなら良い話(良い話かなぁ?)ではあるのだが対外的には、助けを求める難民ら120名を不当に逮捕した、という事になる。

政府の人には頑張って欲しいが、やっぱり私たちも怒られるのだろうか、怒られるだろうな……。

 



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梅雨に謳えば

地球人からすれば無敵に思えるガウラ人にも弱点というものがある。

それは暑さと湿度であった。

 

 

季節も夏に差し掛かり、そろそろ夏服が欲しいと思っていたのだが、一向に支給も通達も無いのだ。

これはどういうことかというと、ガウラ人は毛が生え変わるので季節によって制服を変えたりはしないのだという。

地球人らと何人かの非ガウラ系の宇宙人を集めて抗議した結果、なんとか夏服を作ってもらえるようになった。

今まで気が付かなかったのか、と不思議に思うのだ。

しかしながら、この日本の不愉快な季節を甘く見ていたのか、ガウラ人も夏服を申請する者も増えてきた。

太陽が出たかと思えば、昼過ぎには空を雨雲が覆い、小雨が降り注ぎ、夕方には小康状態に入る。

この濡れた地面が渇いてからの湿度がガウラ人には堪えるらしく、特に外の担当の警備員などは舌を出して虚ろな目をして、今にも熱中症にでもなって倒れそうだ。

生まれた時からここに住んでいる日本人でさえ中々慣れないものなのだから、異邦人たるガウラ人には尚更だろう。

 

そしてその日も雨で、酷い湿度であった。

ガウラ人職員の多くが上半身に何も身に着けておらず、ちょっぴりドキッとする光景が広がっていた。

一方で、人造人間の職員は平然としている。

「おやおや、これでは警備隊長もそろそろ交代の時期ですかな?」

吉田の相方である、ロボット警備員エレクレイダー(『星の救世主』を意味する。無駄にかっこいい)は上機嫌だ。

「となると、この俺様が一番に出世してガウラ皇帝の近衛師団に入団するのも時間の問題って訳だな」

二、三段階ほど飛ばしているような気もするが、ロボットらしからぬ野望を抱えているようである。

今ここに警備員は彼しかいない。メロードは湿度にやられて具合を悪くし、救護室に行っているのだ。

普段は吉田とつるんでいるのだが、こういう機会なので、とこちらに絡んでくる。

案外几帳面なのか、真面目なのか、社交的なのは確かだろう、まあ私も彼と話すのは滅多とないので受け答えをする。

「そうなりゃ、この俺様の鼻も高いって訳よ、銀河一の御方の身辺警護を出来るなんざ、これ以上の名誉なこたぁねえ」

忠臣なのかそうでもないのかイマイチよくわからない人物である。

何かしらこの状況を何とかするアイディアでも出した方が出世するだろう、と伝えると彼は思案の表情を見せた。

「確かに、言われてみればな……」鼻の頭辺りに手を置く。

彼らガウラ人は狐っぽいから毛が生え変わったりしないのだろうか、夏毛とかに。

「いや、生え変わらない。そもそも地球の気温自体がガウラ人には高いんだぜ」

つまりは年中フカフカなのである、あれでは暑いだろう。切ればいいのに。

「ああ、そうだ、切っちまえばいいじゃねーか毛を」

エレクレイダーは合点がいったような表情を浮かべるも、直ぐにそれを曇らせた。

「だが地球にそんな技術者なんているのかねぇ」

それがいるんだなぁ、割と。私は高校時代の友人の連絡先を確認していた。

 

そう、その友人とはトリマーである。

友人は意外と暇をしていたようで(それに興味もあったのだろう)、すぐに来てくれた。

彼らはキツネ人種なのだから、それなら犬の美容師でもなんとかなるだろうという寸法だ。

まさか動物の美容師とは知ってか知らずか、ガウラ人らの列が出来ていた。

彼女は高校時代の唯一の親友であって、今現在でも連絡を取り合う仲だ。

「感心だぜ、まさかこんな技術者がいるなんてなぁ」エレクレイダーは言った。

「なあに、ちゃんと言う事聞いてくれるから犬より簡単だよ」

器用に手を動かしながら、ガウラ人の剛毛をバッサリと切っていく、切られる方は自ら頼んだとはいえ内心穏やかではなさそうだ。

「しかし、あんたこんなところで働いてたのね、話だけは聞いていたけど」と友人。

まぁ……、と答える。彼女は更に続けた。

「夢が叶ったんじゃない?よく言って、いや謳ってたじゃないの。謳うって……ふふっ、あんた自分で謳うって言ってたよね」

私は露骨に口をへの字に曲げる。言ってくれるな若気の至りを!

ささささっと終わらせてくれたために、2時間ほどで全員の毛を刈り終えた。

幾分か涼しくなったみたいで、彼らは感謝の意を表している。

エレクレイダーは私が友人と話している間は随分と大人しかったが、刈り終わった人らに「これは俺のアイディアだぜ」と触れ回っていた。

まあアイディアはそうなので否定はしないが、多分それは心証は悪いと思われ、彼はあんまり出世しないだろうな。

友人も結構儲かったのだろうが、刈り終えた毛を一つにまとめたモッコモコの巨大な毛玉を前に、どうしようこれ……と途方に暮れていた。

 



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白い黄金

惑星の構造、その生まれ方によってはその星の資源量というのも大いに変わってくる。

なので、意外なものがもてはやされたりすることもあるのだ。

 

 

「こんな惑星で、商機なんて見つかるものだろうか……」と呟くのがスナネコ型人種の商人であった。

失礼な事を言うものだ、と思いつつも、銀河にはまだまだ裕福な星があるのだろう、とも思う。

しかしながら意外とも言えよう、地球は割と裕福な方である。色々と原因はあるが、ガウラ帝国が資本主義嫌いなのも原因の一つらしい。

この帝国というのが銀河でも有数の、言わば銀河列強の一つであるので、すり寄る国々は市場経済を捨てるのだ。

そういう計画経済、社会主義的な体制でよく大国の地位を維持できているものだ。たまに来る商人らの話によれば金銭に関する制度がガッチガチに固められているとかなんとか。

ではなぜ、彼女はこんな惑星で、というのだろうか。

「需要がわからないし、製品規格も違う。考え方も、好みも。そこを何とかするのが商人なんだろうけど、僕じゃとても無理だよ」

はぁ、と溜め息を吐いた。「父さんは僕に会社を継がせるため、ここで修行をするよう送り出されたんだけど」

なんとも哀れな娘である。私にはアドバイス荷が重いが、一つ訊ねてみた。

「ええ?資源?まぁ、一通りは調べたけど……せめて近世に来れてたらね、金と銀があったんだろうけどさ」

宇宙でもやっぱり金銀は貴重なようだ。日本では、それこそ江戸時代には大量に掘れたが、今では大した量は出ない。

冶金技術が低かったため、中国に銅鉱石に混じったのが出て行ったという話も聞いたことがある。

「綺麗だし薄く延ばせるから、お菓子の包み紙にするんだよ」訂正、全く貴重では無さそうだ。ええ、お菓子の包み紙ぃ?向いてないでしょ。

どうも聞いた話だと、彼女らの星は金が掃いて捨てるほど取れるらしい。むしろ鉄や銅の方が貴重なんだとか。

どんな生まれ方したらそんな惑星になるのか、ていうかそんな星存在し得るのか、色々と疑問は尽きないが、この商人が嘘を言っているとも思えないのだ。

まぁ、細かい事は気にしないようにしよう、そもそもよく考えると目の前の宇宙人も割と信じ難いものだし。

「もっとよく調べるといいのかな……」彼女は肩を落として去っていこうとするが、足を止めてこちらに向き直った。

「君は何か知っている?この国の鉱石資源とか……」残念ながら、この島に豊富にあるものは一つしかない。

私はその資源の名を伝えると、彼女は耳と尾をピンと立て、大いに驚いた。

「君!君、君、君!なんて言ったの今!」慌てて懐からペンと手帳を取り出す。

驚いたが、私はもう一度口にした。「なんだって……ここは黄金の国じゃないか……!」

そう、日本でも豊富に存在する鉱石資源というのは、石灰である。

 

彼女の星は石灰など生物由来の資源がほとんど取れないというのだ(その為大理石ではなく金などを建材に使っているのだとか。羨ましい!!)。

また貝類やサンゴなどの殻を持つ生物も稀にしか存在しない。即ち石灰は全く取れない。

さて、日本列島ではこの石灰岩というのは掃いて捨てるほど埋蔵されている。

当然契約は成立、彼女はとある日本の石灰生産会社との間に同量の金と石灰を交換する契約を結んだとの事である(胡椒じゃないんだから)。

日本は巨万の富を得たかに思えたが、無尽蔵にも思えるほどの金が地球の市場に流入した結果、金相場が暴落した。大混乱である。笑い事ではない(でも笑っちゃう。ていうか誰か止めろよ!)。

一方で彼女の方はというと、石灰というのはかの星ではいくらあっても足りるものではないので大きな値下がりもせず莫大な利益を得たという。

 

しばらくしてから、やあやあ、と彼女は再び日本にやって来た。

「君にヒントを貰ったのを忘れていたよ」と彼女は私に地球製のアタッシュケースを渡す。

こういうのはこの場では受け取れない、と言うと、彼女はニヤリと笑う。

「今日はいいの。この大富豪、ミユ・カガンがついてるからね」

彼女は自身の顔を撫でるようなしぐさをした。そして視線を少し私の後ろに向けると、フフッと笑って立ち去って行った。

私が後ろを振り向くと、局長がいる。「今日だけだぞ」とでも言わんばかりの表情だ。

収賄、贈賄を憎むガウラ人にしては珍しいな、と思いつつもケースを受け取り、隅に置く。

私はその日は仕事に身が入らず、さぞ浮足立っていた事だろう。

ようやく仕事を終え、待ってました!と言わんばかりに猛ダッシュで帰路に就く。

家に帰りつくと、アタッシュケースを床に置き、その前で正座をし、ジッとケースを見つめた。

そうして深呼吸をし、ケースのカギを開け、ゆっくりと蓋を開ける……。

大量の石灰が袋詰めにされていた。

 



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読み物:ガウラ帝国Q&A

ガウラ帝国日本語・英語公式サイトより抜粋。
プロパガンダなのか何なのかはイマイチ判別がつかない。


 

Q.ガウラ帝国とはどんな国なのでしょうか。

 

A.私たちガウラ人はこの地球よりも遥かに寒い、寒冷型の惑星に生まれました。

 地球に存在する、キツネに近い動物から進化した私たちは、西暦紀元前100年頃にガウラ帝国を建設、西暦1000年頃には惑星全土を征服、統一国家を築き上げたのです。

 私たちはあなたたち日本人と同じく、一人の君主を国家元首としています。

 この君主には名前がありません、国民からはただ単に『皇帝(ガウラートリン、意味はガウラを統べる者)』と呼ばれています。他に並び立つ者がいないからです。

 

 

Q.行政機関はどうなっているのでしょうか。

 

A.基本的には皇帝による独裁です。皇帝を補佐する機関も存在しますが、ほぼ全ての決定権は皇帝に存在します。

 ただし、惑星外に存在する末端機関などは、独立した裁量権を有するものもあります。

 

 

Q.ガウラ人とはどのような人々なのでしょうか。

 

A.先述の通り、ガウラ人は地球に存在する、キツネに近い動物から進化しました。

 全身が毛皮で覆われ、マズルと大きな耳、ふかふかの尻尾、そして地球人と比べると強靭な肉体を持っています。

 私たちは正義と公正を愛し、皇帝を尊敬しています。また、潜在的に超能力を持っています。

 

 

Q.ガウラ人にも宗教はあるのでしょうか。

 

A.神というものを我々は信じませんが、もし存在するとすればそれは我らが皇帝でしょう。

 

 

Q.ガウラ人はどのような暮らしをしているのですか。

 

A.ガウラ人の多くは農業を営んでいます。

 俸給が国から支給され、そのお金で贅沢品、嗜好品を嗜むのです。

 食料品などの生活必需品は地方行政機関にて配給されています。

 公共交通機関の多くは鉄道であり、人々の生活に欠かせないものとなっています。

 

 

Q.一体どうして地球にやって来たのでしょうか。

 

A.銀河において取り決められている、非宇宙文明との接触に関する条約、2款12項6目21節に地球が該当したためです。

 他にも様々な理由があり、中でもブローニングM2重機関銃に代表される地球の銃火器は非常に洗練されているため、接触にはガウラ帝国軍の後押しもありました。

 

 

Q.ガウラ帝国軍が駐屯していますが、どうしてでしょうか。

 

A.彼らの任務は宇宙文明との接触による、宇宙文明からの地球侵略を防ぐことです。

 また、地球での宇宙人保護や、有事における地球上の国家への攻撃など、情勢によってあらゆる役目を担っています。

 

 

Q.彼らの使っている翻訳機はどういう原理でしょうか、またどこで手に入れることが出来るのでしょうか。

 

A.この翻訳機は知的生命体に眠る、地球の言葉で言う『霊感』や『魔力』、『超能力』を利用したものです。

 詳細な仕組みは専門家にお問い合わせください。

 また、購入をご希望の方はお近くの宇宙港の売店にてお求めください。

 

 

Q.ガウラ帝国は地球ではどのような活動をしているのでしょうか。

 

A.地球における拠点として一般に『総督府』と呼ばれる機関が存在します。

 日本語における正式名称は『帝国鎮守府 日本出張所』です。

 この機関は土着文明との外交交渉や、治安維持、紛争解決、市場経済からの解放、ハプスブルク家やオスマンオウル家、ソロモン朝などの王政復古支援などの慈善活動も司どっています。

 土着文明に対する資金の譲渡や軍事力の貸与などある程度の決定権も有しており、皇帝の代理者として存在します。

 

 

Q.日本やイギリスと今現在どれ程の関係なのでしょうか。

 

A.大変良好な関係を築いています。

 日本の『さっぽろ雪まつり』に感銘を受けたガウラ帝国の都市、パールマフロナ(ウンザリするほど多い雪という意味の名を持つ都市)の市長は札幌市との姉妹都市提携を推し進めています。

 他にも、イギリスのボルトンやヘイスティングスなども、ガウラ帝国の都市との友好を深めています。

 宇宙港を始め、様々な経済的な提携が進められています。

 

 

Q.日本、イギリス以外の国とはどのような関係でしょうか。

 

A.オーストリア、トルコ、エチオピア、チベットなど、様々な国家との交流を進めています。

 

 

Q.最後に、ガウラ人から見た地球の良い所を教えてください。

 

A.前述の通りの銃火器の発達と、表現の自由を持ちながらの巨大なエンターテインメント市場は地球固有のものです。

 地球人はこれらを大事にしていかなければなりません。我々にはそのお手伝いが出来ます。

 これからも、宇宙文明と共に歩み、この銀河をより神聖なるものにしましょう。

 



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管理局最大の危機

 

全くの私事である。例のラーメン屋は高過ぎるのだ。何が味集中カウンターだ。

いや、高過ぎるというより、値上げばっかりでウンザリする。しかも量は少ないときた。

殿様商売もいいとこ、強欲ラーメンに名前を変えるべきであると私は主張する。まぁ、行くんだけども。

今回は実に汚い話なので、正直お話ししようかどうか迷ったのだが、まあ、どうぞ……。

 

 

そのラーメン屋の話が昨日のお話。そして面前には長蛇の列、ベラベラと長ったらしくどうでもよい事を喋る客。

あんまり言いたくはないが、お腹の具合が悪いのだ。主人公にあるまじき体たらくである。

早く行ってくれ!と祈り、なんとか立ち去るがまた次の客も今日に限ってお喋りで、途轍もなく腹が立つ。いや、腹は痛い。

さっさと書類に判子を押して返しても「まあ待ちなって、ここらでおススメの店とかある?」と。

知るか!と言いたいのをなんとか堪えて適当なチェーン店を教えてやった。

しかしまだまだ列は続く、大体3、40人ほどだろうか、今からでも帰ってくれないだろうか。

どうも今日はお喋りな人種が集団でやって来ているようだ、今日に限ってもう!

彼らガタージュ人は社交的な種族である、明るく、物怖じせず、礼儀正しく、お喋り好きである。

マズルがあって食肉目風の見た目をしているが皮膚は鱗で覆われていて、地球人から見ればなんだか珍妙な容貌だ。パッと見は可愛いのだが。

しかし今はそのお喋り好きが私にとっては仇となる。今すぐ仕事を放棄してトイレに駆け込みたい。

補佐業務をしてくれているバルキン・パイは肝心な時に半日休暇を取っていてまだ来ないのだ。クソッタレ!いや、このままでは私がクソッタレになってしまう。

 

なんとか耐えに耐え、お喋り人種の列が終わって、今度はメウベ人の集団の番だ。

すると裏から局長が現れた。「君、粗相のないように……」

はて、何の事か、と思えば、どうもメウベ人らの雰囲気はピリピリしている。

「メウベの将軍だよ、パレスチナの戦いの観戦武官としてやって来たらしい」

何故お偉いさんでもここを通らなきゃならないのか、もっとVIP待遇でもいいだろうに。

そういうところばっかり良くも悪くも平等なんだからもう!というか吉田の方に行け!なんでいっつもこっちに来るんだお偉いさん方は!

「そういう事だから」局長は足早に立ち去る。クソッ!と口には出さず心の中で呟いた。いや、クソは出そうなのだが。

こんな冗談を考えるのもそろそろ限界なのだ。さて、面前に来たメウベの将軍が口を開いた。

「俺の名は“鋼のアッカード”。観戦武官としてここに派遣されてきた」

ああ、どうも、と平静を装うが、おそらく顔は歪んでいるだろう。

彼もどうやらお喋りが好きなようでベラベラと喋っているみたいだが全く頭に入ってこない。

書類の確認を急いで済ませてとっとと返す。が、それがどうにも不服のようだ。

「まあ待ちたまえ……あまり人を苛立たせない方がいいな……」

ああ、こいつも例のトラブル大名と同じタイプか、と思うといつぞやメロードが言ってたことを思い出す。

ガウラ帝国の友好国であるメウベ騎士団は天の川銀河でも古い大国で初期宇宙時代(地球で言う紀元前4000年頃)から存在する。

攻撃的ではないが強大な軍事大国であり、ガウラ帝国と同盟国が束になってようやく互角か、という軍事力らしい。

単独では天の川銀河最強の国家である。地球の歴史上の国家で例えるなら、彼らは銀河のモンゴル帝国かオスマン帝国であろう。

あんまり怒らせて関係が悪化するのは良くないので、精一杯の笑顔を作る。

「すぐわかるんだ、作り笑顔は……」

まさか、このくらいで外交関係が悪化するとは考え難いが、そうとも言い切れないと今まで散々学んだのだ。

だが状況が悪すぎる。そろそろ収まってくれてもいい頃だろうに、一向に腹痛が引く気配はない。

「おいおいおいおい、地球人ってのは、失礼な部族だな。何故苦い顔をする……?」

お腹が痛いからである。表情筋が引くついているのを感じる、ああ、終わった……!

「いや、ちょっと待て、もしかして具合が悪いのか?」

私はブンブンと首を縦に振り頷いた。

「わかった、御不浄、御不浄だな、御不浄は重要だ。我が国の神話にもその話が存在する」

彼は口を開き、その神話とやらを喋り始めた。いや行かせてくれよ御不浄に。

「おっと失礼、早く行ってきなさい」と彼は言ったのでお言葉に甘えてトイレに猛ダッシュした。

 

生き返ったようだ、さっきまでは生きた心地がしなかったから。

「いやはや、申し訳ない。かのような事情があるとは知らずに余計な事を言ってしまった。だが御不浄には先に行っておくべきだったぞ」

急に痛くなったとはいえまさしくその通りで、面目無いと私は謝罪した。すると彼は、先程言いかけた神話について話し始める。

曰く、昔英雄が存在し、彼は武勇に優れて容姿端麗で知恵もあったが、粗相をしてしまってからは一気に求心力を失ったという。

なんとも笑い話なのか何なのか、先日のマードレがトイレの事ばかり話していたのも何となくわかった気がした。

メウベ人にとってトイレは重要なのだ。マードレのトイレへの情熱はこういう文化的な下地から来ているものなのだろう。

ここまでトイレに情熱を注ぐ民族は……一つだけ知っているような気がする。

汚い話だったが、とかく管理局史上最大の危機は去ったので良しとしよう、良しとして頂きたい。

 



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宇宙のキューピッド:吉田の話

「大事な話なんだ」と言うのは吉田である。今我々はファミレスに来ていた。

彼らしくもない、彼ほど深刻、重大、大事、責任など、堅い言葉が似合わぬ者もいまいて。

「それはちょっと言い過ぎだろう、とにかく大事な話なんだ」

金なら貸さないとだけ先に言ってしまうが、不満気だ。

「わかるだろ、深刻な話ってさ」

何の話だろうか。確定申告とかかな。

「違う!俺は一目惚れしたんだ……」

……申し訳ないがその気持ちには応えられない、悪い人物ではないんだが。

「あ~~~~もう!だから!」

と彼が苛立ちを露わにしているところでメロードが通りかかり、吉田を一瞥する。

はて、ここに来る事は彼には伝えていないはずだが。

「ね!面白い事があるって言ったでしょ?」「確かに言えてらぁ」

バルキン・パイにエレクレイダーまで来ている。一体何なのか。

 

 

「で、だ!俺が一目惚れしてるのはお前じゃない」

それは知ってたが、面と向かって言われると傷つくのだ。

「なんだと!」と食って掛かるメロード。

「まあまあ落ち着きなよ。あ、店員さん、大盛ポテトとざるそば一つずつ!」「あ、サラダ油ある?コップ一杯持って来て」

勝手に注文する馬とロボ。そういえば今日は有休を取ってきているのだが、これだけ抜けると誰が代わりにいるのだろうか。

「アヌンナキ人の新人、ビルガメスくんだよ!」あっけらかんと言ってくれるが、可哀想なビルガメスくんである。

話を戻そう。では誰に一目惚れしたというのか?

「お、俺ぇ!?よせよ、俺は近衛部隊のニューリーダーになる夢があるんだぜ?そも、男性型ロボットだし」

ちょっと満更でもなさそうなのが若干キモイ。メロードとか超嫌そうな顔をしている。ガウラ人は同性愛が大っ嫌いなのだ。

ついで言うならガウラは結婚年齢の下限が男女ともに無かったり、異種族との性行為など(要するに獣姦!)を禁止する法律が無かったり、の割に『不倫』『浮気』などの概念、単語が近年まで存在しなかったり何とも言い難いお国柄である。

「そんなわけあるか!」「じゃあ私!?」「違うってば!」全く話が進まない。ので、読者諸君には先に言ってしまおう。

要は私の親友である例のトリマーに一目惚れしたというのだ。

……まぁ、まあまあ、別に悪い事じゃないとは思うが。いささか気が進まない。

「そんな事言うなよな、俺とお前の仲だろ」ただの仕事仲間だった記憶だが。

別に拒む理由もないので連絡先を教えてやるが、スマホを片手に固まっている。

「どうしよう、なんて電話すればいい?」そのような事は私の知る由もないのだが。

「遊びに行こうって!」「先日の礼を言うのは?」「まどろっこしい事はやめて言っちまえよ」

意外にも、この三人にとってはそうでもないようだ。

「だってあれでしょ、積極的に行かないと!」「その通りだぜ」

馬とロボの意見は押して押して押しまくる事であった。

「いや、それはダメだ。女性というのは奥ゆかしさにグッと来るものなのだ」

メロードの反論。それはガウラ人女性がだろうか。まあ彼には奥ゆかしさなどあんまりない気もするが。

「言葉にしないと伝わらないよ!」「そうそう。困るなぁ、有機人種ってのは。心とか絆とか言うつもりだろう?」

「だが急に押しても、引くだろう、引かないか?引くだろう?」私に同意を求めてくる。

そりゃあ、熱烈なアプローチが好きって人もいるだろうが、開口一番にそれだとちょっとマズいかもしれない。

そもそも電話する口実さえも元々無いのだから。まあ私が電話して約束取り付ければ済む話なのだが。

「じゃあやってよ!頼んだからね!」とバルキン・パイ。なんでだ。

「頼んだぞ……俺には勇気が足らんかった……!」

まぁ、別にいいけどもさ……。

 



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宇宙のキューピッド:踊る会議

 

とはいえ、連絡をするとして、一体何を伝えればいいのだろうか。好意を直接伝えればいいのか?

「それはちょっと待って欲しい」と吉田。何が不満というのか。

 

 

「いやいやいや、段階を踏もう。段階を」彼はいきなりは絶対断られるというのだ。

「大丈夫だよ、吉田いい男だし!……多分ね」バルキン・パイがポテトを摘まんで……つま……え、どうなってんのその蹄?

「吉田のいい男さ加減はある程度は保証するぜ、この俺様、エレクレイダーがな」

ぶっちゃけ価値観も何もかもが違う異星人、ましてや人造人間に保証されてもあんまり参考にはならないのだが。

「確かに俺はいい男だけど……流石に引かれてしまうだろ」いい男は自分の事をいい男とは言わないのだ。

いい男、といえば、例の親友……佐藤と言うのだが、彼女もあんまりモテるタイプではない。

眉毛太いし、顔と雰囲気は野暮ったい感じだし、眉毛太いし、変わり者だし、眉毛が太いのだ。

「ああ……すき……」変わり者はこいつもではあるが。案外お似合いかもしれない。

「まず作戦を立てよう。戦闘の前には作戦会議だ」メロードの尤もらしい提案。

「サーイエッサー!」バルキンが答える、ポテトはもう平らげたようだ。

「まず電話をするとして、なんと言って呼び出すか」確かに、口実がなければ不自然だ。

「この間のお礼、とか?」「それだと何故審査官が、って話になるじゃねーか」

意外と真面目に議論する宇宙人たちだが、当の吉田はダンマリを決め込んでいる。どうしたというのか。

「うまく呼び出せたとして、それからどうすれば……」

どうもこうもないだろうに、そこからは自分で何とかして欲しいのだが。

反ポリコレ的な事を言わせてもらうなら、大の男がウジウジしてちゃ情けないというものだ。

「大丈夫!積極的にね!」「その通り。なんでこの種族は普段から繁殖行動ばかりしてんのにこういう時は怖気づくのかねぇ」

まぁ、うん。地球人の性行為の頻度(それと性犯罪発生数)は銀河でもずば抜けて高い。日本でさえも上位に入る。

もちろん、理由は様々なのだ、繁殖期の存在や、クローンで増やせるから必要ないとか、性行為に快楽を感じない種族だとかなんとか……。

「パッと会ってバッとやればすぐ済むだろ」それでは犯罪である。

そのような積極論に異を唱えるのはガウラ人、メロードであった。

「先に吉田が言った通り、段階を踏むべきだ。まずは会って、その日はそれで解散。で、次に会った時は散歩でもしながら…」

これが彼の好みなのか何なのか講釈を垂れていたが、彼の目が私の顔をチラと見ると慌てて口を手で覆った。

「とにかく、『列車は屋台に停まらない』と言うのだから、慌てない方がいいだろう」

「それどういう意味?『走る者路傍の金子気付かず』、みたいな?」

おそらくかの国のことわざであろう。『急がば回れ』とか『慌てる乞食は貰いが少ない』とかそういう意味だろうか。

ともあれ、吉田の嘆願もあり、積極論は一先ず端に除けておくこととなる。

 

作戦会議を終え、帰宅してまず初めに、コンビニの弁当を電子レンジで温める。

最近のコンビニ弁当というのは女性向けだのと宣い値段をそのまま量を減らすので、本当にふざけた真似をするものだ。

ぶつぶつと一人文句を垂れながら、服を脱ぎ散らかし、ノートパソコンをスリープから立ち上げた。

レンジから取り出した熱々のなんか変なパスタを貪りながらスマホのメッセンジャーアプリを起動する。

はて、なんと書こうかとスマホ片手にノートパソコンで面白そうな動画を物色していると、スマホが鳴る。

だれか、と画面を覗き込むとまさに例の親友からの便りである。

「ちょっとよろしいかしら」と彼女。どうぞ、と返す。

「あの例の彼って、どういう人なの?」

例の、と言うと、誰であろうか。心当たりは3人ある。

「ちょっと紹介して欲しいんだけど」

メロードなら……ともかく、それが吉田ならば万々歳と言ったところなのだが、彼女はとんでもない返信を送って来た。

「あの、ロボットの人なんだけどさ」

えぇ……。

 



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宇宙のキューピッド:夜会

 

我が親友、佐藤は変わり者であった。

その、『気になる』というのが知的好奇心であるという事を祈ろう。

 

 

思えば佐藤はそういうのが好きだった記憶がある。

確か、宇宙から来た変形ロボが戦う作品を頻りに薦めてきていたが、私はあまり興味が持てなかった。

「そうそう、あの人航空参謀に似てるのよ。私の推しね」

本当に似てるとしたら、とんだ参謀である。

まあそういった、創作物の中のキャラクターが外に出てきたの如き状況なので気持ちはわからないでもない。

だが、まさか、恋愛的な意味合いを持つのではあるまいな。

「んー、それはまた会ってみないとかなぁ……」

何でまた急に。

「あんたがさぁ、あの狐とって話を聞いて、流石にもう事に及んであんたに引く事はないと思ってたんだけど、それにはドン引きしちゃってね」

酷い言われようである。そんなに引くかしら……。

「それじゃあ種族とかあんまり気にしなくてもいいのかーって思って」

それでも有機と無機じゃ天と地ほどの差があるとは思うのだが。

「今や宇宙時代だし、そういうのもありかなってさ」

無しではない、確かに、無しではないのだろうが……。

「あ、そうだ、セッティングしてくれる?」

そら来た、吉田と言い佐藤と言い、間に立って取り持つ人物の身にもなって欲しいものだ。

とはいえ私を介して出ないと連絡の取りようがないので、あのロボの話が出てからこうなることはすぐに予想出来た。

しかしながら私の独断でどうこう出来るものでもない。

 

というわけで、吉田以外を緊急招集した。

「なに?夜更かしはお肌の敵なんだけど」とバルキン・パイ。お前の肌は毛皮だろうが。

私はかくかくしかじかと佐藤の動向について話すと、エレクレイダーは驚いていた。

「この俺!?将来近衛部隊を背負って立つこのエレクレイダーがか!?とぉんでもない!」

まだ別に交際するとかしないとかそういう段階ではないのだが、彼は拒絶している。

「案外そう悪くないかもね!」と囃し立てるバルキン。

「お断りだ!なんで有機生命体なんかに……!」

全くもってその通りではある。おそらくは知的好奇心だとは思うのだが、佐藤の事だからなぁ……。

彼は有機生命体を見下したりとかそういうのは無いのだが、機械と生物が、というものに嫌悪感を覚えるらしい。

でも吉田の時はここまで拒絶していなかったような気もするが。

「機械にだって冗談は言えるぜ」

なるほどなるほど。懸案事項が一つ消えた。

「考えようによってはチャンスだよ!吉田がついて行けばサトーに会えるじゃない!」

「で、俺はあいつの誘いに応じろってか?絶対御免だ!」

かなり頭に来ているようだが、まだ彼女の心が恋心なのか知的好奇心なのかは定かではない。

その点を入念に説明し、これは作戦だと説得する。

「わかったよ、それで、どうすればいい」

それを今から考えるのだが、バルキンが手(前足)を挙げてブンブン振っている。

「まず吉田、エレクレイダー、と君の三人で向かって、途中で何か用事でもでっち上げてから吉田とサトーを二人っきりにするっていうのは!?」

何ともありきたりだ、上手くいけばいいのだが、現実的に考えると『じゃあ解散で』となりかねない。

「『解散で』じゃ済まされない予定を立てるんだよ。例えば……何か高級な物を予約するとか」

そう悪くはないと感じた、だが金は誰が払うのだろうか。

「……今月あんまり残ってないんだよねー」

「最近の油ってのは高いからな。大して純度も高くないくせに」

つまりは私が払う事になりそうだ。吉田が払え吉田が!後で吉田に言って取り返しておこう。

ところで、一言も喋らないメロードは地面に座り込んで寝ていた。

なんという可愛らしさか、是非読者諸君らにも伝わるよう表現したいところだがこのサイトのサーバーの容量が足りないだろう。

連れて帰ろうとしたがバルキンとエレクレイダーの何とも言えない視線を感じ、彼らに任せる事にした。

 



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宇宙のキューピッド:作戦

 

さて、作戦は始動した。

私はクソたけーレストランの予約をし、一日の日程を吉田と佐藤に伝える。

吉田野郎はその日が来るまで浮ついていた様子だ。

 

 

そうして遂に作戦の日の休日がやって来た。

まず、私と吉田、エレクレイダーとで佐藤と合流。

途中で私とエレクレイダーが離脱、そのままクソ高いクソレストランに行くという作戦だ。

まあそっからはメロードとバルキンのテレパシーで指示を出したりなんたりはするかもしれない。

力一杯気合を入れた服装の吉田と気だるげなエレクレイダー。それから、地球人に変装しているメロードとバルキン(二人とも地球人の見た目に擬態しているがメロードは耳と尻尾が隠せてないしバルキンは歩き方がよれよれで変装と言うには少しお粗末である)。

なんというか、二人から地球人、もっと言えば日本人がどのように見えているかがわかる。

メロードの方は目が少し大きくて肌の色が若干白い。バルキンは髪の毛の主張が過剰で目の色が真っ黒、全体的に色合いが極端であった。そして二人とも鼻の小ささを強調している。

準備は整った、あとは佐藤が来るのを待つだけである。

「どうしよう、緊張してきたぁ……」

吉田はズボンで手汗を拭っている。

エレクレイダーの方は「このまま来なきゃいいのにな」とぼやいた。

そうしていると、向こうから小走りで佐藤がやって来る。

「ごめんなさい、遅くなりまして」と一礼。

「ど、どうも!お久しぶりです!」

吉田が深々と礼をする。すると佐藤も「いえいえ」と深く頭を下げた。

数秒間二人で地面を見つめていたところで、エレクレイダーが口を開く。

「よぉ、こないだの理髪師さんよぉ」

まるで主人公に会ったライバルキャラのような口ぶりである。なんでだ。

それを聞くと佐藤はフッと頭を上げた。

「あ、お久しぶりです、ロボットさん……あ、ロボットって言うと気を悪くされるんじゃ……」

「おいおい、如何にも有機生命体って感じだな、そういう事を気にするのはバラックガウラ(『(主に工場などで)造られたガウラ人』の意。彼らの種族名)には一人もいないぜ」

そうなのだ、彼ら機械ガウラ人は自分たちが製造された人造生命であることを自覚しているのだ。

これには色々と歴史的な経緯があるのだが、今回は割愛しよう。

「あ、あんたもこないだぶりね」

そこでようやく私の挨拶である、まあ今回の主役ではないので別にいいのだが。

「ところで、ロボットさんとはご挨拶だな。この俺はエレクレイダー。誇り高きガウラの衛兵だ」

いや、警備員である。

「自分は、吉田です。どうぞよろしくお願いいたします」

緊張しすぎて全くいつもの調子では無さそうだ。

「よろしくお願いします。あっ、そういえばあんたの狐は?」

狐は今、馬と一緒にいるのである。動物園かしら。

「なるほど……」何がなるほどなのか。

 

はてさて、予約の時間まではまだ余裕があるので目的の店まで向かいつつ、適当にぶらつくことになった。

「あの、本日はお日柄もよく……」と吉田。そんな事を実際に言ってる奴初めて見た。

市中を歩くにしても、どうも食べ物屋さんばかりが並び、これから食事に行こうという我々には実にタイミングの悪い。

「あの、ロボットさん」

「さっきも言ったが俺は『ロボットさん』じゃねえ、エレクレイダーっていう立派な名前があるんだぜ」

名前だけは立派である。まぁ、小物っぽいのは言ってる事だけといえば、そうなのだが。

「エレクレイダーさんは、その……色々聞きたいことがあってうまく出てこない……」

「なんだよ」

割と彼女はロボットが好きだったから(その割には真逆の職業に就いているが、人生そんなものだ)機械生命体を目前にしてワクワクしているのだろう。

吉田が色々話しかけているが時々しか聞こえていない様子で、少し可哀想であった。

とはいえ、エレクレイダーの方も受け答えにやる気が無く、「へぇ」とか「ふーん」とかばかりである。

なんというか、微妙に三竦みのような状態で見ている分には大変愉快である。

ところで佐藤が後ろからついてくる狐耳と千鳥足に気が付いたようだ。

「なんだろうあの二人組……」さぁてね。

 

予約の時間が近づいてきたところで、私はメロードに合図を送る。

すると、私のスマートフォンが鳴った。

私はその電話に出ると、如何にも急用が入ったかのような演技をして見せ、佐藤に今日は帰るという事を伝える。

「えー、残念。じゃあ中止かなぁ」

そこで私が予約の値段を言うと、「えぇ、じゃあ続行で」との事。そうなのだ、彼女とはこういう人間なのだ。

更に、私はエレクレイダーも連れて行くと言った。

「へぇ?仕事関係って事?じゃあしょうがないかなぁ……」

彼女は結構にしょんぼりしていた。

そうして私は吉田に目配せすると、エレクレイダーと共に踵を返してその場を後にする。

さて、これで上手い事いってくれるといいが。

 

後ろの二人と合流すると、エレクレイダーは言った。

「もちろん、ツけるだろ?」

そりゃあ当然。だがロボットは目立つから何とかならんものか、と考えていると、エレクレイダーはギギゴゴゴと音を立てて、なんとバイクに変形した!

「こうすりゃいいのさ」こんな特技があったとは、ますますアニメか何かのようだ。

しかし、誰もバイクに乗れないので意味が無いのだ(私は原付なら乗れるが)。

「ドローンにでもなればいいんじゃない?」バルキンの比較的まともな提案、しかしながら、結構なデカさになるのでどうやっても目立つ。

結局このロボは置いて行くことにした。「畜生!後で聞かせろよ!」無人のバイクが音を立てて走り去る。事情を知らない人が見れば恐怖でしかないだろう。

「さぁ、私と精神を部分的に結合させて、テレパシーで会話できるようにする」

なんとも得体の知れないことを言い出すメロード。

彼の手が私の額に触れると、実に奇妙な感覚である、頭の中に、心当たりの無い感情、思考?が浮かんでくるのだ。

きっとこれがメロードの頭の中なのだろう、彼も私の感情を読み取ったようで、「そのうちに慣れる」と語り掛けてきた。

どうやらバルキンまでもがこの頭の中に入ってきているらしく、頭の中に二つ人格が入っているような気分でなんとも奇妙だ。

私ほどの大人物でなければ精神的に参ってしまうだろう。

「それと見た目もどうにかしなきゃね!」とバルキンの人差し指から放出された光を浴びると、なんと私の見てくれが変化したのだ。

これには驚いた、なんと性別までも変わっているような気がする。鏡で見ると、いやぁ、実にビューティフォー(これは元々)。

準備は整ったので、いよいよ彼らの会話を盗み聞きしにレストランへと向かった。

 

事前に予約していた(この席も取っていたのだから途轍もない散財である)席に座り、彼らを見つける。

四人分のテーブルに二人で向き合って座っていた。

超能力は便利らしく、離れたところの音を聞く力もあるのだ。軍事用超能力、という事らしいが、こんな事に使っていいものなのだろうか。

見た感じでは普通に会話している様子だが、それでは、実際の会話をお聞きいただこう。

 

「佐藤さんは、その、お仕事は……」

「あれ、ご存じないですか、トリマー……犬の美容師をやっておりまして」

「ああ、そうでした、ははは……」

そう悪くない雰囲気、なのだろうか。佐藤も別に退屈そうではないみたいだが、吉田の方が上がりっぱなしだ。

実に見かけによらない、もっとチャラいもんかと思っていたが。

「いや、吉田はそういうところある」とはメロードの言だ。

「奥手はダメだよ、もっと積極的に!」とバルキン、吉田にテレパシーを飛ばしたらしく、吉田が「え!?」と立ち上がった。

佐藤は大変驚いているが、吉田も驚いている。

彼女に、何を言ったんだと問いかけると「別に~?」と返って来た。おそらくいたらん事を言ったのだろう。

それから吉田のヤツは、まあ先ほどに比べてだが、多少積極的にはなった。

「どちらに住まれてるんですか」

「私は、あんまり近くじゃなくて、郊外の方。吉田さんは?」

「自分は宇宙港の寄宿舎ですね」

「えーっ!じゃあ宇宙人いっぱいいるんじゃない!?」

何気に初めて知った情報だ。あの宇宙人ばっかりのヤベーところに……。

「ヤベーって事はないよ!」と言うバルキン。彼女こそがヤベー奴の筆頭である。ヤベーとはいえ治安は日本のどこよりも良い。

この事に佐藤は大いに食いついたようで、会話が弾んでいる。

「あまり心配する事は無いかもしれないな」その通り、メロードの言う通りである。

しかしバルキンはやや不満気らしく、何やらテレパシーを送り付けている様子だ。

次第に吉田の顔が汗でびっしょりになっていってる。ホント、余計な事でも送り付けているのだろう。

「えーー、その、連絡先を、自分がこれなんですけど」

「あ、はい、私のは、ちょっと待ってくださいね」

なんとか上手くいったようだ。でももうひと悶着ぐらい欲しかったなぁ、見ている分としては。

 

休日も終わり職場に着くと、吉田がバルキンに対して大いに怒っていた。

「全く、信じられん!もうちょっとこう言い方ってものがあるし、考えてるときに送り付けてくるなんて」

「でも上手くいったでしょ?」

「いったけども……!」

この言い争いはしばらく続きそうだ。

大見え切って作戦だ、と騒いではみたものの、取り立てて大きなイベントが起きるわけでもなく、どちらかと言えば宇宙人どもの新たな一面を知るに留まった。

まぁ、そんなものか、そんなものだろうと私は一人で納得し、例のレストランの請求書を吉田にくれてやる。

すると彼は頭を抱えて「今度でいいか……?」と言うものだから、利子をどれくらい付けてやろうかと考えながら請求書をポケットにしまった。

十日で一割ほどでどうだろうか。

 



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七夕の狂詩曲

 

7月と言えば七夕だろう。

大抵の場合、大人になれば子供が出来るまで縁の無い話となるが、ちょっと寂しい気もする。

 

 

どこぞの動画サイトのチャンネルみたいなことを言うが、宇宙人は割と地球の文化に興味を持っている。

そりゃあそうだ、こんなところに来るわけだから、ある程度は興味を持って来るのだろう。

その中でも東アジア全体に跨る文化である七夕については彼らの興味をより一層引くらしい。

宇宙港内にも葉竹が飾られて、そこに願いごとが書かれた短冊が吊るされていた。

「しかし、何が悲しくて地球人の望みを叶えてやらねばいかんのか」

よくわからない感じの哺乳類らしき人種の宇宙民俗学者は言った。しかしながら、得てして神話というものはそういうものだ。

確かに彼の言う通り、織姫と彦星というのは親に引き離されたただの難儀なカップルだ。

毎年のように笹の葉に短冊括り付けて願い事を叶えてくれ、と要求されるのだから、さぞ困惑している事だろう。

日本以外の七夕でも願い事を祈念したりすると言うが、本邦のように自由奔放な願いを何でもかんでも願うというわけではないらしい(とはいえ、願い事を短冊に書くのは日本では平安時代から始まった事だし、大陸では七夕の伝統的な意義が失われつつあるという)。

「例えばだが、もし願い事が光の速度だとして、彦星に届くのが16年、織姫に届くのが25年、戻ってくるまでなら倍かかる。往復分をまけてくれたとしても最低16年はかかる。気の長い話じゃないか」

なんだかどこかで聞いたことがあるような話だが、昔の人は光の速度なんて考えなかったのだからその点はしょうがないだろう。

まあそれが16年で願いを聞いてくれるなら16年後を予見して、『庭付きの大きな家が欲しい』とかそういうものを頼むべきかしら。

「初期階級社会程度の文明があれば光の速度ぐらい解明できるはずだが」

宇宙的時代区分など知った事ではないが、古代のギリシャでは光の速度が有限か否かという論争があったという。

ヘレニズム文化が古代に、イスラム圏のみならず東アジアや欧州まで広く定着すれば地球の歴史も大いに変わったのだろうか。

「星に願い、だなんて。我が国にもそういう神話はあった。しかし、宇宙には興味深い事なら幾つでもあったが、願いを叶えてくれそうな存在はいなかったなぁ」

はぁ、とため息を一つ。そんな事は実際、わかりきった事だ。私もこの仕事を始めて思ったのが、宇宙は意外と普通という事である。

「だが、一つ、可能性があるとすれば、それは情報生命体だろう」

またまたどこかで聞いたことがあるような単語だ。しかし可能性とは。

「彼らは間違いなく存在している。我々と違う次元だが」

そのようなものをよく認識できたものだ。一体どういう存在なのか。

「君たちの言う、霊魂が近い、かもしれない。が、機械生命体にも近い。情報が意思を持っているのだ。彼らは過去の存在だが、未来の存在でもある」

インチキ哲学者のような事を言うではないか、ますます興味が湧いてきた。

「そこら中に居るがどこにもいない……判明している事があるとすれば、超能力を発現した者のみに認識が出来る事と、気まぐれって事ぐらいだな」

精神エネルギーとかそういった怪しい感じのフワッとした生き物なのだろうか。

ともすれば、対有機生命体接触用人型媒体……的な何かに入り込んで、この地球にも来ているかもしれない。

「まあ、必要があればそんなものを用意するかもしれないが、基本的には普通に話しかけてくる……らしい」

それはそれで不気味である。結局のところ、情報生命体とやらがいるらしいって事しかわからなかった。

蘊蓄を散々語り、満足したのかその宇宙民俗学者はササっと入国していった。

次の客の表情を見るに、ちょっと長話をし過ぎたかもしれない。

 

休憩時間、超能力が使える職員に葉竹を持たせて短冊の願いを読ませていた。

彼はガウラ人の事務員である。彼もまた超能力者だ。

「しかしねぇ、しかし、彼らが叶えてくれるとは限らんし、第一この星にいるのかもわからないのに」

民俗学者曰く、どこにでもいるというのだから探せばいるのではないのか。

「そういう単純な物でもないのさ、彼らは。というかメロードかバルキンに頼んでくれ、忙しいんだから、仕事の邪魔はやめて欲しいな」

彼らも仕事中である。暇そうにしてたので彼を捕まえてきたのだが。

「まあ忙しいっていうのは大袈裟だったけど……」

ならいいだろう、私にはどうしても叶えて欲しい願いがあるのだ。

「……まぁ、そんなに大事な願いなら、ダメもとで頼んでおいてやるよ。全くもう」

そう、とても大事な願いだ。例のあの石灰を同量の金と取り替えて欲しいのである(まぁ、金はもうかなり値下がりしてるのだが。ちなみに24万tほど日本に流入した。米国の金所有量の30倍である。帝国の保護下でなければ即死であった)。

 



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何の為に生まれて

 

どこぞのパンではないが、人というものは何の為に生まれ、何をして生きるべきであるか。

永遠のテーマであろう。こういった根源的な疑問に対して、宇宙文明らは様々な解を出しているようだ。

 

 

この信じ難い暑さにガウラ人職員らが熱中症を訴え、寒冷地産の人造人間らはオーバーヒートを起こし、やむなく彼らは食品を入れておく冷蔵庫に放り込まれた。

まあこれでも一応仕事は回るようなシステムは組まれているので短期間なら問題は無い。きっと冷房が効いた頃合いを見て出てくるだろう。

彼らの星では夏でも気温15度を超える事は無いというから、倍以上の暑さだ、熱中症などというのも初めての経験なのではないだろうか。

先の豪雨での被災地に入ったガウラ軍も熱中症と破傷風に叩きのめされ多くが母星へと撤退した。

中東に行っている連中も進軍は停止、ガウラ人は撤収し属国や同盟国の人種の兵士らが残された。

しかしながら思うのが、彼らは何の為に中東へと向かったのだろうか。本当に平定の為だろうか。

「ある程度は知ってますがね」

団扇を扇ぎながらそう言うのはいつぞやの青鹿毛のガウラ陸軍将校だ。随分と久しぶりである。

「まあ、話したところでどうって事もないでしょう」

ゴホン、と咳払いをして話を始めた。

曰く、初期宇宙時代にメソポタミア地域周辺へとアヌンナキ人の宇宙海賊が降り立ったらしく、隠し財産か何かがあるのだという。

おそらくは噂に過ぎないが、平定ついでに探しておこうと帝国陸軍は考えたのだ。

そしてその隠し財産というのが宇宙では『命の星』または『星の砂』と呼ばれる戦略資源なのだという。

「まあ、あまり信憑性はありませんが……」

彼は深い溜息を吐いた。このクソ暑い中宝探しとは、ご苦労な事だ。

「私のような高級将校では、この地獄のような暑さでも地球にいなければならんのです」

なんとも難儀な役職である。管理職というものにはなりたくないものだ。

「そう、熱中症で、もう何人もの命が危険に晒されたのです」

地球まで遥々やって来て、何も出来ずに暑さでくたばっては、何のために生きたというものだ。まさしく犬死、無駄死にというものである。

「んー、そうでしょうか。確かに死んでしまっては無念ですが、たとえどうやって死のうとそれが無駄な死であったという事にはならないと思います」

何とも、こういう価値観の違いにぶち当たると、彼らが宇宙からの来訪者であることを思い出す。

このような哲学の話は地球人から見ると一見破綻しているようにも見えるので、中々難しいのである。

「無駄に生まれ、無駄に死ぬという事はありません。例え、生まれて5分もせぬうちに死んだとしても」

 

彼がかのような死生観を持っているのは軍人故にだろうか。あるいはガウラ人は皆こうなのだろうか。

ともあれ、彼らの価値観というのは理解できるし、共感できる部分もある。

無駄な人生というものは存在しないというのだ。生まれていい事も一つもなく死んだ人物には少々酷なものではあるが。

こうやって共感できるものもあれば、何気なく入国者に聞いてみると…

「人生に意味など存在しない、人はただ繁殖の結果生まれただけなのだ」

という意見もある。まあ別に共感できなくはないのだが。

「我が国の言葉に『ただ在る』というものがある。森羅万象は訳もなくただそこに存在しているのみ、というものだ」

タヌキともアライグマともレッサーパンダとも言えぬ容貌をしているこの人種は、唯物主義的であり天命とか人生の意義だとかとは無縁の思想をしている。

「感情などというものもまた、脳内で分泌される物質の作用である」

では、超能力なんかにも仕組みがあるのだろうか、と聞いてみると、急に機嫌を悪くし、眉間に皺を寄せた。

「いつか解明してみせるさ、いつかね。見ておれよ、たーぅ!」

そうしてなんかよくわからない唸り声を上げ、足早と去っていった。

 

次なる入国者、ヌメヌメした軟体生物みたいな人種に話を聞いてみると、これまた驚くべき回答が返って来た。

「何の為に生まれるかはわからないけど、何をして生きるのかを決めるのは『パゃひゥろ』なのです」

日本人には発音出来ず、地球にも存在しない概念であるので近い発音である『パゃひゥろ』と表記しよう。

ゲームのネームタグとか、決められた役割とか、そういう言葉がおそらくは近しい言葉だろう。

「『パゃひゥろ』は偉大というわけではないのですが、『パゃひゥろ』は偉大さについては偉大と言っても良いかもしれないのです」

ちょっと何言ってるかがわからないが、いつもの事なのでそこには深く触れない。

「むー、例えるならそれは白紙の歴史書、黒塗りの台本、子供の長期休暇の計画表……」

ニュアンスはなんとなく伝わって来た。にしても子供はどこでも同じなのね……。

フワッとした感覚は掴めたその、『パゃひゥろ』だが、つまりは全ての人には役割があって、それを遂行しているという事なのだろうか。

「全然違うのです」ならもう私にはさっぱりわからん。

彼は「きっとそのうちわかる日が来るのです」と言って入国していった。

 

なんとなしにこれまで生きてきた私にはこの話は少々難しすぎる。

だからといって思い悩んだりはしないのだが、なんともその日はモヤモヤとした気持であった。

客も捌けて冷房の風に当たりながら物思いに耽っていたところに、冷蔵庫に入れられていたメロードが出てきた。

そして「あー涼しくて気持ちが良かった。あの瞬間の為に生きてるってものだよ」とか抜かしやがるので、脇腹を小突いてやった。

 



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花火の夜

 

様々な宇宙文明の存在を知るガウラ人にとっては目新しいものではないだろうが、地球にも文化というものが存在する。

そのうちの日本の、この季節の風物詩と言えば、花火を上げる日本人も多いだろう。

 

 

休日、私が冷蔵庫から取り出したパインを缶詰から皿にドボドボっと移すという、実にアメリカンな行為をしているとき、スマートフォンが鳴った。

画面を見るとメロードからのメッセージである。なんでも、近くで花火大会があるらしい。

初耳であるし、私としては実に行きたくないイベントだ。

わざわざこの暑い中わざわざ人混みの中へと突入しわざわざスリなどの犯罪行為の被害を受ける確率を増加させわざわざ不衛生な出店の食品を食べわざわざ当たりもしないクジを引くなど、正気の沙汰とは思えない(そう、私はこういう人間なのだ)。

「そういうのはよくない、確かに日本の治安はそう良くないが」

これは我が宇宙港が発行しているガイドブックにも記されている。日本、というよりは地球そのものが銀河諸国に比べて犯罪が多いのだ。

以前宇宙人の誰かに、日本では頻繁に傘や自転車が盗まれる事がある、と伝えたところその人物は絶句してしまった。

とはいえ、ガウラ人にとってはあまり脅威にはならなかったのが幸いだ、彼らに比べて地球人はあまりにも非力すぎる。

この身体能力の差のせいで、友好を深めるためのスポーツ大会の計画が頓挫しているという話だ。

「それに花火というものも見てみたい」

意外だが帝国に花火は存在しない、というと言い過ぎではあるが、頻繁に見られるものではないらしい。

彼らの中では火薬は戦略資源という考え方が強く、またパイロテクニクス的にもこの方面はさほど発達していない。誰も興味を持たなかったのだろう。

「全く無いわけじゃないし、私も、ニュース映画では見た事はあるんだけど、実際に見た事はなくて」

字面からも彼の好奇心というものが伝わってくるので、まあ、仕方がないので、ついて行ってやることにした。全く、仕方がないので。

 

とはいえ心配なのが熱中症であった。

ガウラ人の母星の多くは寒冷地域であり、そこで生まれた彼らの身体は気温が25℃を超えると危険である(温泉には浸かるくせに)。

体温調節能力も地球人と比べると低く、汗もかかず、犬と同じように舌と呼吸で熱を逃がすのだ。

逆に極寒や高山には強く、前述の高い身体能力も手伝い、軽装備で富士山を容易く踏破したという話もあるほどだ。

しかしここは富士山ではない、倒れられても困るので耐暑グッズを結構な量買い込んでいくことにした。

待ち合わせ場所には氷枕を頭に乗せたなんか変なやつがいた。

関係者と思われたくなかったので素通りしようとしたら、何とそいつは話しかけてくるではないか。

「私だよ、見てわかるだろう」

やっぱりメロードだったようだ。何その恰好。

「防暑装備だ、冷却パックもあるぞ」

頭の氷枕だけでなく、身体の至る所に冷却パックを貼り付けている。

滑稽を絵に描いたような格好だが、まあ命の危険もあるし……。

「にしてもその、伝統衣装?みたいなの、エモい。どこに売ってるんだ」

エモ…………彼というのはいつものジーンズにシャツ(に加えて氷枕と冷却パック)なのだが、今日という日は私と同じような伝統衣装をご所望のようだ。

まだ日も落ちておらず時間があるので、近くの服屋に寄る事にした。

店に入り目当てのものを探すと、女性の浴衣に比べると随分と粗末、あるいは適当なデザインの甚平が店内の隅っこにひっそりと並んでいた。

メロードは比較的質素なデザインのものを手に取り「ちょっと派手過ぎない?」と言った。

そんな事は無いだろうと思うのだが、彼らの価値観的には派手なのだろうか。

彼は値段も手ごろな縦縞のものを買うと、試着室で着替えようとする。

「お尻に穴開けるの忘れてた!」との声が聞こえた。

 

店員に尻尾穴を開けてもらって更に冷却パックなどを装備した彼と共に会場へと向かう。

既に人混みの中である。実に不愉快だ。

不愉快といえば、メロードもあまり心地良さそうな顔はしていない。

「誰かが通りすがりに尻尾を触っていく」

触る人の気持ちは大いによくわかるが、それは痴漢行為だ、絶対に許せない(私?私は自身の過去は顧みないのだ)。

私は彼の後ろに立つと尻尾を両腕で抱きしめ、他人に触らせないようにした。

「な、なあ、こんなところで……」

彼はモジモジしているが、私は決して離す気はない。

その状態で屋台の立ち並ぶ会場に辿り着く。言うまでもないが、大勢の人々でごった返している。

イカ焼きや揚げ物なんかのいい匂いが漂っており、これが実に食欲をそそるのだ。

「何か甘い匂いがする」とメロードはりんご飴の屋台へと進み始めた。

まだまだ宇宙人は物珍しいのか、人々の視線が我々の方に向き、進む道は勝手に開いてさながらモーセのようである。

こう注目を浴びると少し恥ずかしいもので、私は掴んだ尻尾に顔をうずめていた。

 

メロードは買ったりんご飴をバリバリと(そんな音がする食べ物だったろうか?)平らげ、次はこっち、次はあっちと食べ物ばかりを巡っていた。

その間ずっと尻尾を掴んでいたので、私は手荷物の確認が疎かになっていたのだろう、なんと私の鞄から財布が抜かれていたのだ。

周りを見てみると何人かが、財布が無い、と騒いでいたので恐らくみんな狙われたのだろう。

確かにこれだけの人混みなら『仕事』をするのは容易い。

あーあ、これだからこんなところには……と私はぶつくさ言っていたが、彼はジッと押し黙っていた。

話しかけても、こちらの声が聞こえていない様子である。

するとしばらくして「見つけた」と呟くと、ミョンミョンと妙な音を立てたかと思えばその場から消え去ったのだ。これには驚いた。

話には聞いていたが、これがきっと空間跳躍というやつなのだろう。

敵地の深くに浸透しそこから前線を食い破る為の超能力兵の基礎的な技術である。

とはいえ、どこに行ってしまったのか。私はただ立ち尽くすしかなかったが、しばらくするとまたミョーンと変な音を立てたかと思うと、スッと現れた。

手にはスリの犯人と思しき男を掴んでいる。

「財布を持ち主に返して、自首した方がいい」と彼が言うと男は必死の形相で首を縦に振った。

 

他の被害者たちからも大いに感謝されたが、どうも彼の顔に疲労感が滲み出ていたのでサッと手を引きその場を後にした。

この空間跳躍というものは非常に精神力を消耗するのだという。

その上、犯人を捜すために精神感応も使ったと言うので、適当に見つけたベンチに彼を座らせるとすぐにウトウトし始めた。

そんなに疲れるならやらなくてもよかったのに、と言うが、彼の目には私が相当に落ち込んでいるように見えたらしく、無我夢中でやってしまったという。

そりゃあ、落ち込んではいたが。自身はただでさえ暑さで弱っているというのに、健気と言うべきかなんというか……。

彼に新しく封を切った冷却パックを手渡し、隣に座り込んだ。

周囲に人がいないのは、きっと目の前に生い茂っている木々のせいであろう、ここからでは花火は見えない。

私はスマートフォンのブラウザを開くと、近くにある花火大会の情報を調べ始めた。

 



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平和の伝道師

 

平和の尊さ、大切さ、誰もが口を揃えて言う言葉だ。

宇宙人にも同じ言葉を言う者もいるが、少し事情が異なるらしい。

 

 

8月といえば盆や夏祭りを思い浮かべるだろうが、8月6日については広島や長崎にちょっと思いを馳せる人も多いだろう。

原子爆弾が投下された日であるからだ。天の川銀河において核分裂爆弾が実戦使用された公式記録は広島、長崎の二回のみである。合衆国も実に肩身が狭いのではないか。

使われない理由は様々である、地球の反核兵器団体が銀河諸国らに問い合わせをしたところ、多くの場合が占領時の残留放射線を理由に挙げている。

放射線による人体への影響についてはさほど深い研究がされていないので、地球人以外の多くの宇宙人は『よくわからないけどとにかく危ない』と考えているそうだ。

他には、占領政策に悪影響、ウラン鉱石の埋蔵量が極小である、より強力な兵器を既に開発済み、プルトニウム作ってる暇があったら武器弾薬を作るべし、など各国の事情があった(非人道的とかそういうのはあまり無かった)。

気に入った答えを得られなかったのか、団体はこの結果を広報の隅っこにちょびっと載せただけであったようだが、『帝国日報』では大々的に取り上げられた(覚えていないかもしれないが、日本とイギリスでのみ放送されているニュース番組である)。

 

そんな日に……正確には、そんな日に合わせて演説をするために来たためそんな日の数日前なのだが、現れたのは如何にも胡散臭そうな風貌のイルカっぽい宇宙人であった。

「私はこの国の下調べを随分としましたよ」僧衣のようなものを揺らして、懐から手帳を取り出すと目を通し始めた。

「失礼、私はマーヘッダ教の宣教師、フフ・ホットです。自己紹介が遅れましたね」

なんだかねっとりとした喋り方にほんの少しだけ妙な苛立ちを覚えた。

「いけませんよ、苛立ちは。お肌に悪い」彼は自身の鮫肌の頬を撫でる。

とっとと行ってもらおうとささっと判子を押してしまったのだが、歩を進める様子はない。

それどころか「一つ、話を聞いてみませんか」などとのたまいやがる。

断ろうと口を開く前に彼は話を始めた。クソッ!

「お聞きください。私はねぇ、日本人は大いなる勘違いをしているように思うのです。そして私はその為に来ました。私の母星は、かつて戦争の絶えない惑星でした。国土は荒れ人々は疲れ果て、戦う事の馬鹿らしさに気が付いたのです」

なんと、まあ、そういう話は地球上でも聞けるので、と話を遮ろうとしたが、聞き入れてはくれないようだ。

「まあお待ちなさい。ここからが面白いのです。我々は惑星一丸となって、復興し、発展し、繁栄を手に入れました。そして宇宙へと旅立ったのです」

この地球もそのようになればいいのだろうが、恐らくは永遠に来ない未来だろう。

「我々は平和の大切さを宇宙にも説きました、戦争など馬鹿らしいと……」

そこで彼はスゥと一呼吸置く。

「しかし、聞き入れられることはありませんでした。それどころか、武力を持たない我々を侵略しようと攻撃を仕掛けてきたのです!」

でしょうな。

「我々とて、ただでやられるわけにはいけません。武器を取って戦いました。最初は建設機械などを改造したものでしたが、技術を発展させ強力な兵器を作り、何とか退けました」

なんだか、思ってた方向と違う方へと向かっている……。

「多大な犠牲を払いました、戦後の飢饉もあって全人口の3割(後に調べたが、およそ12億人ほど)が死にました。当然、産業も文化も多くが壊滅し、惑星は再び荒野と化したのです。その時に、我々は気が付いたのです。平和の重みというものに」

彼は感極まったのか目に涙を溜めていた。

「先祖たちがあれ程争ってまで守りたかった、得たかったものが『平和』であったのだ、『平和』とは人々の血と汗と涙の結晶なのだ、と。だからこそ平和は尊いのですよ」

彼の手は手帳をギュッと握り締め、震えている。

「戦争を止めても、戦争への備えを怠ってはならないのです。戦争への備えこそが平和への近道なのです。我々は銀河中にそう説いて回っています」

適当にあしらおうと考えていたが、意外にも実に重みのある意見が飛び出てきたので、大いに驚いた。

「そこのところを、地球人、特に日本人は勘違いをしているように思えます。だから私は、数日後の平和集会にて演説を行いたいと考えているのです」

実によい考えだとは思うのだが、急に参加できるものなのだろうかが気になるところである。

彼は軽く会釈をすると、後の者を待たせてしまった、と足早に立ち去って行った。

次なる人物はエビ型宇宙人で「俺は感動したぁー!」とかなんとか言いながら触角をキチキチと頻りに動かしていた。

 

さて、数日後の8月6日。彼は無事演壇に立てたようで、テレビ画面にもチラッと映っていた。

反響はそこそこで、若年層や外国人、ネット上では大いに受けたが、所謂リベラルと呼ばれる人々にはイマイチ受けが悪かったようだ。

しかしまさか、普段から反差別や反戦を謳う人の口から「得体の知れない異星人の意見など取るに足らない」という言葉が出てくるとは思わなかった……いやちょっとは思ってた。

さらに、その翌日に彼が平和団体の構成員から暴行を受けて病院に搬送されたというタチの悪い冗談みたいなニュースが飛び込んできた事も付け加えておこう。

残念ながら平和はまだまだ遠そうだ。

 



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読み物:宇宙文明と核の恐怖

読んで字のごとく宇宙文明と核の恐怖の話である。
私の調べた限りでは、なのであまり当てにしないでいただきたい。
政府の判断により研究の存在が秘匿されている、または調査に対して虚偽の回答をした、などの可能性は排除出来ない、という点も付け加えておこう。


原子力そのものの研究は様々な分野において活用されているようだ。

特にエネルギー分野においては多くの研究の基礎となっている。

逆に兵器としての利用は全くと言っていい程活用されていない。

 

 

原子力時代

一般的な宇宙文明は原子力の時代を通ってきている、そしてその時代を生き抜いた。

これは致命的な原子力災害や核戦争が起きなかったことを表す。

多くの文明は放射線の恐怖に怯える事なく、原子力に替わるエネルギーを発見し、原子力時代を終えた。

またこれは、一致団結により繁栄を手にした宇宙文明が現在のところ多数派であるというのも理由の一つとして挙げられる。

核戦争が起こり得る状況になかったのだ。

 

放射線の防護

宇宙線防御は星間航行の基礎技術であるため、放射線を気にする必要のない極僅かな種族を除いて、宇宙線を完全に克服している。

それらに加えてX線、ガンマ線、中性子線などの各種放射線も克服している。原理は当然企業秘密である。

放射線の人体への影響については経験則や動物実験などで認識していた、にも拘わらずこれらが軽んじられたのはこの防護技術の発展の為である。

当たらなければどうという事は無い、と他に予算が必要な研究へと資金が回されたのだろう。

また、研究そのものをタブーとする文化も存在する。

 

兵器としての原子力

前宇宙時代ではそうでもなかったが、宇宙時代になってはこの原子力の軍事利用はエンジンなどの使用に留まっている。

荷電粒子砲を始めとする粒子兵器などを放射線研究の延長線として核兵器と見做すのならば別だが、全く性質が異なるため一括りにされることはそう多くない。

 

宇宙艦隊戦における原子爆弾

まずは宇宙艦隊戦の大まかな説明をしよう。

広大過ぎる宇宙では、敵艦隊との遭遇に半月から1か月を要する。もちろん、これは敵の移動経路を完全に読み取った場合である。

そうでなかった場合では数か月以上の時間がかかる事さえもあるという。索敵だけでだ。

会敵後、戦闘が開始され、ゼロ距離から1000万kmの範囲で戦う。

長距離では超光速兵器、光子兵器、FTL強襲(転移系のFTL航法を利用し直接敵艦に宙間魚雷やミサイルを叩き込む戦術)などが使われる。

中距離では上記に加えてレールガン、電撃兵器、近距離では砲撃、宙間魚雷、ミサイル飽和攻撃、近接距離では移乗攻撃やパイルバンカー、対艦光子刀剣が使われるという。

さて、原子爆弾の出る幕はあるのだろうか。答えは否である。

長~中距離において使えないというのはわかるだろう。砲弾として使用するにしても、起爆装置に加えて核燃料も搭載しなくてはならない為、非常に狙いやすい的となってしまうのだ。

宇宙時代のレーダーは高性能で、しかもほとんど遮蔽物の無い宇宙空間、大きければ大きい程砲弾としては不利である。

近接距離での原子爆弾は移乗攻撃や物理攻撃の邪魔になってしまう。その上、原子爆弾の威力にもよるが宇宙戦闘艦の装甲を貫くのはそう容易い事ではない。

また、差は国にもよるが通常弾薬に比べ高価である点、放射線によるダメージは期待できない点、管理と保守の煩わしさ、他の強力な兵器に比べ費用対効果が薄い、文化によってはロマンを感じない、気味が悪い、臭い(放射線を鼻腔で感じることができる種族が存在する。めちゃくちゃ臭いらしい)などの意見もある。

 

空襲、地上戦での原子爆弾

これについても、やはり放射線がネックとなるようだ。

地上戦においてこれを使用するとなると、対放射線防護装備を用意しなくてはならない、相手が使用するしないに関わらずである。

自軍の士気にも悪影響を及ぼし、占領地民の怒りも買う、また堅牢な要塞にはあまり効果がない、など使用に躊躇する条件を数多く満たしている。

ガウラ帝国では要塞を破壊する貫通兵器との併用も考えられたが、歩兵部隊の方が安価で強力との結論が出たそうな(元々、歩兵信仰の国ではあるのだが……)。

ただし、民間人や非武装地帯などのソフトターゲットに対しては多くの軍隊がその効果を認めている。

 

人道的か否か?

宇宙では兵器が人道的か非人道的かについて考慮されることはほとんどない。鉛筆でも人を刺すという非人道的な使い方が出来るのだから。

要は使い方であって、兵器そのものに人道も非人道もないと考える国が多いようだ。

ただ、放射線を不浄のものと考える国や文化は少数ながら存在するという。そういう文化に言わせれば非人道的であろう。

そもそもの話をすると、人道、人権という価値観自体が存在しない国も結構な数存在する。

治安が良く社交的で優しくて温和な民族ほど人権思想は芽生えず、育たない。理由は書かずともわかるだろうが、これほど皮肉な事も無い。

 

地球人と原子力

先も書いたように放射線そのものについては地球の科学の遥か先を進んでいる。

しかしながら、人体への影響に関しては進んでいるとは言い難く、むしろ遅れていると言っても差し支えない。

これも先に書いたのと同じく、需要がなかった為である。天然痘が消えた今、天然痘の予防接種が無くなったのと同じ、と言えるかもしれない。

一方、地球人類は何度も繰り返し被曝してきている。

マンハッタン計画の人体実験を始め、広島と長崎、冷戦期の核実験に、東海村、チェルノブイリなどの原発事故、子供用の実験キットにウランが入れられていたり、チョコレートや歯磨き粉に混ぜられたりなどの放射線グッズ。

天の川銀河にここまでの事をした星は他には僅かにしかない。なぜならそのような星は殆どが既に滅んでいるからだ。

核開発競争と多くの原子力災害を起こしておきながら今日まで生き残っているのは少なくとも天の川銀河では稀有な事例である。誇ってもいいだろう。

 

ちなみに

宇宙港がある日本に存在し、交通の便もそう悪くない広島は人気の観光スポットである。

その影響なのかは不明だが、地球人のステレオタイプとして赤い帽子とTシャツを着用した姿が定着しつつある。

 



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必要と発展の話

必要が発明の母であるのと同時に、需要もまた発展の母である。

例えば、どんなに優れた補聴器であっても聴覚を持たない種族には必要ないものなのだ。

我々がだらんと垂れた触手を束ねる紐を必要としないのと同じように。

 

 

地球に駐屯していた兵士たちは、この暑さと感染症によって撤退を余儀なくされた。

当然、交代として別の部隊が補充され、本国で手持ち無沙汰をしていた第3強襲師団が配属された。

この第3強襲師団というのが日本軍で言うところの菊師団みたいなもので、ガウラ帝国陸軍最強の部隊だ。

手榴弾と槌棒や刀剣、超能力、そしてあらゆる攻撃や汚染物質を無力化する鎧を装備している。

ストイックで恥ずかしがり屋なガウラ人のジューダ民族が人員の大半を占めていて、この民族は並外れた超能力適正を持っている。

恥ずかしがり屋なので超能力の出現以降、テレパシーでコミュニケーションを取ろうとする者が多かったため、それが彼らの超能力適正を伸ばしたのだ。

「ど、どうも……」とモジモジしながら、おそらくは師団長らしき人物が話しかけてきた。私が地球人なので気を遣って口で喋ってくれたのだろう。

砂漠の民族で鳥の子色の毛皮に比較的大きな耳を持っていて、まるで地球のフェネックギツネのような姿である。実に可愛らしい。

長々と話して彼らについて一から十まで聞いてみたいのだが、彼らには中々ハードルの高い事だろう、悔しいがサッと手続きを済ませて彼らを通してやった。

どう見てもそうは見えないのだが、どうもこいつらの存在のせいで、ガウラ帝国の歩兵用小火器は地球ほど洗練されなかったのだという。

超能力の件と言い、まさに必要と需要があればこそ発展する、という事を表す例と言えよう。

 

当然、それらは文化産業においても同じだ。

非資本主義体制の国家に多いのだが、テレビアニメや小説、漫画などの市場の規模が小さい事があるのだ。

驚いたのがガウラ帝国、テレビが全く普及していないという。地球じゃニュース番組なんかやってるくせにだ。

「都会に行けば置いている喫茶店もあるって言うけど」

どうも彼の出身地がただ単に田舎だったって訳ではなさそうだ。「失礼な事を言う」

曰く、『映画喫茶』とも言うべき場所で毎朝ニュース映画を見ながら世間話をするのがガウラ人的な日常らしい(映画喫茶とか……めちゃくちゃ良さそうじゃん!)。

それならドラマやアニメなどを放映してもよさそうなものだがあまり盛んではないようだ。

漫画や小説もある事にはあるが、日本ほど大きな市場ではないという。というか、前FTL文明の分際で宇宙でも群を抜いた巨大な漫画市場を持っているのは結構凄いことらしい。

ただ、ガウラ帝国でも全くそういうものが無かったわけではなく、大昔に大衆向け漫画が流行ったらしいが、ブームが過ぎればすぐに廃れてしまったという。

まあしかしながら、例の皇太子殿下も日本の漫画を堪能したことだし、文化的に受け入れられる下地はあるはずである。

彼がその気になれば、ガウラで漫画が流行るのではなかろうか。

「でも、漫画ってほら、なんかこう、派手過ぎるし……、明るい人が読むものって感じがするじゃないか」

そうかなぁ。

では、ガウラ人が何を娯楽にしているかと言うと、ラジオである。

実のところガウラ人は多くが農民、農家であり、農作業の手を止めずに楽しめるラジオが娯楽として主流なのだ。

この声の文化は大いに盛んで、MCや声優はこちらで言うアイドル…………そう言えばこちらでも声優はアイドルのようなものであった。

とにかく、大変に尊敬を集める職業らしい。同様に音楽も盛んである。ただし、作業用の音楽としてなので地球のものとは若干性質が異なるが。

 

さて、帝国以外ではどうなっているのであろうか。

「科学さ!科学実験が庶民の一般的な娯楽なんだ。微生物の細胞分裂を観察するのって超楽しいよ!」

というのは科学大好き種族のエリーデ人である。彼らはカブトムシともクワガタムシとも言えぬ、なんかカッコいい甲虫のような容貌だ。むしろ彼らが標本にされそうである。

「おや、それもいいかもしれないね、『人間標本』かぁ……」

なんだか聞いたことがあるようなマズい感じのアイデアを吹き込んでしまったらしい。見知らぬ宇宙人に妨害されそうな感じの。

この種族の科学に対する興味は驚異的である。先の話で放射線の人体への影響の話をしたが、彼らがその例外の国家であり放射線の人体実験を科学者自らが率先して繰り返している頭のおかしい連中である。

彼らの娯楽は当然科学実験、あらゆる文化、宗教が科学と繋がっており、科学主義とも言える思想だ。

その為、科学に関する書籍や番組などの売り上げは多く、逆にそれら以外については全く存在しない。

非科学的なものやフワッとしたもの、余計なものの需要が全くないため、情緒とかユーモアと言ったものが全くと言っていい程発達していない。

彼らの書く論文は他の種族からは専ら『有用だが退屈』との評価を得ているそうな。

「興味があるかい?あそうだ、こういう話はどう?戦闘艦にAIを積んで、そのAIの生存本能を利用した戦闘システムの話なんだけど…」

色々と物騒というか、何ともAIが気の毒な話っぽいので彼の言葉を遮り、書類を返した。

 

次なる客人は極端に綺麗にまとめられた書類を持って来ていた。

この星は運動が盛んだろうか、と頭に思い浮かぶ。感じた事のある感覚だ、これはテレパシーである。

面前にいる海獣っぽい人物が発信源だろう。驚異的な念話術と記憶能力を有する彼らの名はマンリト人という。

その通り、と返して来た。彼らの書類を見るとこれがまた極端に綺麗というか、印字であり、それもガウラ語で印刷されている。

そう、彼らは文字と言語を必要としなかったのだ。彼らの種族名も彼らを発見した恒星調査員のマンリトという人物の名から取って付けられたものである。

この状態でここまで発展したのは凄まじいとしか言いようがない。ボディランゲージを多用し、感情や思考をテレパシーで直接相手の脳裏に伝える。

なんとも地球人、というか言語を有する種族には理解し難い感覚である。

言語が無いのなら当然、所謂文芸的な娯楽は一切存在しないし、存在出来ない。結果、彼らはスポーツが大の好物である。

こういった彼らの文明(『文』明と呼ぶべきかはわからないが)は集合意識や情報生命体ともまた異なり、彼らマンリト人は宇宙でも異質な存在であると認識されているようだ。

私の思考を読んだのか、うむうむと頷いている。

手続きを終え、運動についてはまあまあ、と頭に思い浮かべると彼はさながら投げキッスのようにも見える素振りをして、去って行った。

多分、感謝の意を表す素振りだろう、多分ね……。

 

「娯楽と言えば、下級カーストの人間を虐待するのが娯楽ですね」

地球の価値観で言えばかなりヤバい奴のように見えるが、これでも彼は善良な一市民なのだ。

それが彼らの文化なのだ。そんな彼らはミメンクルメダ人、カワウソのような見た目をしたピール首長国の宿敵である。まあ確かにピール首長国はそういうの嫌いそうだ。

「ピール、連中は内政干渉も甚だしいものです。また衝突を起こさねば気が済まぬようでして、戦争になるのは嫌ですねぇ」

ハァ、とため息を吐いた。先のような事を何の臆面もなく言うのだから、全く悪い事とは思っていないのだろう。

「焼けた鉄の判を押したり、針金を括り付けた棒で叩くのです、あれは気持ちがいいですよ」

なんだか具合が悪くなりそうな話だ、そんなものを勧めないでいただきたい。

彼らの国ではそういった物の需要が高く、精巧で高機能な拷問器具が多数生産されていて、大きな市場を形成している。

銀河各国の嗜虐的趣向者たちがこの国の製品を買いあさっているとも聞く程の、嫌なタイプの貿易立国である。

私が、まさか地球でそんな事をするわけでは、と聞くとムッとした表情でこう言った。

「なんて失礼な、そんな、私を極悪人みたく言わないでください!」

憤りを露わにする。どうやら心配はいらないようだが、なんだろう、腑には落ちない。

私が謝罪をするとすぐに機嫌を直して、ハッとした様子で懐から紙を一枚取り出した。

「忘れるところでした、私はこの地球にも優れた『遊び道具』があると聞いてやって来たのです。これは名刺です」

スッと丁寧にその紙、名刺を私に差し出す、どうやら貿易商社の幹部のようだ。

私は、そういえば我らが地球でも優れた拷問器具は数多く開発されていたなぁ、となんだかゲンナリした。

果たして、彼らの需要に見合うものがあればいいが……いや、無い方がいいかもしれない……。

 



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債務者を討て

 

ロマン溢れるこの宇宙ひろし、『借金』とか『債務』とかそういうロマンの欠片もない単語を聞きたくはないものだ。

 

 

私は驚愕している。

宇宙人らに驚愕するのはいつもの事なのだが、その日の驚愕は他の驚愕とは異質な驚愕であった。

セミである。あの、虫の蝉なのだ。

私の面前には蝉人間が立っているのだ、それもただの蝉人間ではない。

頭がこう……ネコミミみたいになっている、猫耳ではなく、ネコミミである、この細かなニュアンスがわかるだろうか。

正面はまるで通気口のような模様があるのだが、シルエットはネコミミそのものである。で、顔は蝉。

そして極めつけに、手が蟹の鋏のようになっているのだ。これもう完全に見覚えがあるヤツである。

「ファッファッファッファッファ、我々は君たちがアンドロメダと呼ぶ銀河から来たヴォルタン星人、君たちと交渉に来た」

お、惜しい!惜しいけど交渉に来たのはアレだ、割と同じだ!しかし隣の銀河からとは、また随分と遠い旅をしてきたものだ。

私は、私一人の意思では何とも、と答えるとその人物は不思議そうな顔をした。

「『一人の意思』とは、個体の意思は総意ではないのか」

我々が集合意識体ではなく個体がそれぞれ意思を持つ生物であるという旨を伝える。

するとこの人物は頭を抱えたような様子を示す。

「では、我々はどこに交渉をすればいいのか」

外交交渉ならば大使館を通して、入国の際には外交官としての特権証明が必要です、と言うとやはりイマイチ要領を得ないといった反応だ。

「なぜそのような不要な手続きを要求するのか、非合理的だ」

合理も非合理も、手続きというのはそういうものである。

この人物の目的とは一体何であろうか、それを問いかける。

「我々の惑星は、ある発狂した投資家の失敗によって、惑星を差し押さえされたのだ」

惑星に存在する建物や土地などの財産はすべて接収され、それに加えて多額の負債を抱え込んでしまったのだという。

「だから、我々はあなた方地球人に資本を借りに来た」

なんじゃそりゃ。なんというか、可哀想といえば可哀想な連中である。

様子を察して誰かが呼んだのか、メロードや局長がやってきた。私は彼らに事情を説明する。

「借金か、いいでしょう。あなた方がきちんと利子を払い、全て完済出来る計画があるのならばそれも不可能な事ではない」

局長が言い放つ。メロードの方はかなり驚いた様子で、目を丸くしていた。

「負債は幾らなんだ」

「日本円にして、およそ20垓3000京円程度である」

「おい、なんだって?」

聞きなれない単位が飛び出したが、1垓が10の20乗だから、漢字無しで表すならえーっと……『2,030,000,000,000,000,000,000円』だろうか?

比較する数字が地球上の砂粒の数とか昆虫の総数とか観測できる星の数とかそのレベルである。

これでは宇宙貧者である。というか、借金の規模が違い過ぎる。

「信じられん、何したらそんなに負債が出来るんだ。これだから資本主義は……」

横でメロードがブツブツと左側っぽい事を言い出したが、これは言いたくもなるだろう。私だって言いたい。

「あなた方のアンドロメダ銀河で何とか出来ないのか、さもなくば踏み倒せばいいじゃないか」

局長も負債額を聞いて考えを改めたのか、自力での解決を促す。

「我々は軍隊をも差し押さえされた、もはや踏み倒す力さえもない」

これは何とも絶望的な状況だ。

「そりゃあなあお前、可哀想だが、だとすればお前たちは既に滅亡しているのだ。軍を奪われる前に行動に移せなかったのが残念だな」

局長の冷淡な様子にこの人物はなんとも落胆している。

「それでは、我々はどうすればいいのか」

「周りの国と相談すればいい、それこそ、備品なんかを借りて無人の惑星を開拓するとか」

「それでは遅すぎる」

「随分せっかちなんだなぁ」

「『せっかち』とは?」

ハァー、と局長は溜息を一つ。

「話にもならん。まあ地道に返す事だな。少なくともこの星にはそんな金は無い。天の川銀河中を探せばわからんが」

「君たち天の川人は非受容的だ」

「ああそうだよ、特にお前のような図々しい乞食みたいなのにはね」

局長はシッシッと手を振る素振りを見せた。しかしこの人物は食い下がる。

「すぐに返済は出来る、少しだけでもいい、数億程度でも」

「だったらそう言って待ってもらえばいいだろう、返済を」

「君たちは人でなしだ、どうなっても後悔するな」

勝手に金借りに来て勝手に怒られると、やんなっちゃうなぁ。しかし集合意識というのはこういう風に感情的にはならないはずである。

「アンドロメダの集合意識は違うのかもしれない」

メロードが適当な事を言うが、そもそも最初から集合意識の振りをしていたのかもしれない。

何の為にかは知らないが、多分向こうの銀河では何らかの効果があったのかも……。

そう思うと実に胡散臭く、最初っから最後まで全部嘘だったのでは?という気もしてきた。

その人物はプンプン怒って帰っていったが、実のところ私は内心ヒヤヒヤであった。

これで戦争に発展してしまってはなんとも責任の一端があるような気がして……(まあほぼ局長のせいだろうが、だとしてもだ)。

局長の方は大して気にも留めていない様子で「一応本国には報告しておくか」と連絡を取っていた。

 

後日、あの人物の正体がわかったそうなので局長が教えてくれた。

アンドロメダでも有名な多重債務国家で、国家事業として株式や先物取引などのマネーゲームを行っていたが、ある時見事に大失敗を犯して莫大な負債を抱え込んしまった。

最初は友好国に融通してもらっていたが、借りた分を投機やギャンブルに突っ込んで何度もスってしまうものだから、遂にアンドロメダではお金を貸してくれる組織がいなくなり、この天の川銀河にやって来たのだという。

つまりは、彼らは国家と国民そのものがギャンブル依存症のような状態になっていたのだろう。

迷惑だからとっとと制裁かなんかしろ、と天の川銀河から要求するも『君たち野蛮な天の川の連中とは違って我々アンドロメダ人はそのような非人道的な行為はしないのだ』との返答であったという。

ムカつく。言い分もわからないでもないが、流石になんとかして欲しいものである。

野放しにしていてはこの連中に騙される者も出てくるだろう。

 

そしてさらに後日。局長が微妙な顔をしながら教えてくれた。

例の債務者に金を貸した人物がいたのだという。あの石灰の金持ちスナネコ、ミユ・カガンである。

20垓程度なら払えなくもないので条件付きで貸してやったのだという。

そして彼女は、アンドロメダ銀河への事業拡大の為の投資である、と発表した。

そうそう、金の使い方というのはこうでなくては。

マネーゲームなどとチンケな使い方をしているから借金など抱える羽目になるのである。

が、その影響で、天の川経済に若干の波が生じているらしい。

20垓3000京円もの債権を回収できるのか、アンドロメダと経済を結びつける事は時期尚早ではないのか、などの議論が紛糾しているのだ。

その為、これからは景気が不安定になる事が予測され、地球経済はともかく、ガウラ帝国経済には直撃するので、ひょっとするとこの宇宙港の予算が一時的に減額されるかもしれないという。

やだなぁ、もう勘弁してよ。

 



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オリンピック作戦:開戦の狼煙

例のオリンピックのボランティアについてだが、誰一人応募がないという話だ。

それは当然の帰結と言えるのだが、意外な事に宇宙人らはこれに興味を示している(でも多分何か企んでいる)。

 

 

はてさて、かのオリンピックではあるが、東京のオリンピックなので東京の人間だけで何とかして欲しいものである。

まず目下の問題は人手不足であり、政府は何とか無料で働かせたいと躍起になっているのだ(さっさと日当5万ぐらいで雇った方が安くつくのではないのか?)。

あらゆる企業に召集がかけられたりなんたりしているらしいが、我々の元にも一応話に来たらしい。

局長をして「日本って頭がおかしくないと政治家になれないのか?」と言わしめるものだったという。

入国者たちにも「日本国で実に馬鹿げた大会があるというのは本当ですか!?」と言われるので、日本人職員は大変恥ずかしく、悔しい思いをしている。

なぜ我々がこのような目に合わなくてはならないのか、はらわたも煮えくり返るというものである。

 

そのような折、とある三つの勢力がボランティアに名乗りを上げた。

まず一つ目が、『ミユ社』である。

例の石灰のスナネコ企業国家(すなわち、企業自体が国家の役割を果たしている)であり、今回のボランティアに興味を示している。

あれだけの金を立て替えておきながらまだまだ余裕綽々のご様子だ。

 

次なる刺客は『マウデン家』。企業ではなく、家である。

それこそ、ヨーロッパの貴族のような存在で、オウムガイかアンモナイトのような見た目だ。

目が大きくてちょっと怖い。

 

そして最後に『ガウラ帝国人材派遣センター』である。

明らかに国営なので、恐らくは国主導であろう、きっと今後ともガウラ帝国をよろしく(どちらの意味かはわからないが)という事なのだろうか。

ただ、前の2つが名乗りを上げた後に慌てて表明した様子である。

 

……しかしながら、いずれの企業に決まったとしても仕事として発注してしまってはボランティアでは無いのではなかろうか、いいのだろうか(ボランティアの原義に沿うなら、確かに彼らは自発的に受注しに来た)。

おそらくは三つの勢力とも思惑があるのだろうが、一体何のなのか。

 

後日、プレゼンがあるという。人材派遣センターから協力の要請があった。

なんでも、地球の文化に詳しくてかつガウラ語が堪能な人物が必要らしい。

そこで、私と吉田に白羽の矢が立つ事になる。

この際はっきりと自慢させてもらうが、現時点ではガウラ語の細かなニュアンスまでを正確に和訳できるのは私か吉田、ビルガメスくんぐらいしかいない(ビルガメスくんは何者なんだ!?)。

謝礼も出るし面白そうなのでもちろん快諾。吉田と二人で行くこととなった。

 

「いや、実際楽しみだな」と吉田。その通り、こういう機会は滅多にないから心が躍るというものだ。

気掛かりなのはメロードである、ジッと吉田を睨んでいたが、というか何の心配も要らないのは知ってるだろ!と思うのだが。

デモデモダッテちゃんになっていた彼を窘めるのに大いに時間がかかった。まあ30秒ぐらいだけど。

プレゼンが楽しみだ、という話をしながら待ち合わせ場所に近づくと、腕時計を気にしている小柄のガウラ人が一人。

きっと彼が人材派遣センターの人間だろう。こちらに気が付くと、トテテと駆け寄って来た。

「えーっと、あなた方ですよね、はい……」と小さいのが言う。本当に小さい、140cmも無いのではなかろうか。

メロードでも180から200に届きそうな身長なのだが、本当にかなりの小柄である。

我々が頼まれた入国管理局の者である旨を伝えると、彼は胸を撫でおろした様子だ。

「はぁ、良かった。時間を伝え忘れたのかと思いましたよ。わたくしの名はキノドクです、はい……」

キノドクとは気の毒な名前だ。

「実はこの大役、急遽決定したものでして、その、わたくしもどうしたらいいのやら、はい……」

本当に気の毒だ……。

彼は島嶼のガウラ人、ミショーカ民族というガウラ人でも特に小柄な民族だという。まさに島嶼矮化したのだろう。

地球のキツネで言うなら若干ホンドギツネっぽい雰囲気だ。

「わたくし、地球種族と会話するのは今が初めてでして、失礼はないでしょうか、はい……」

丁寧な喋り方だが、芝居掛かっても見える。まあこういう話し方の人物なのだろう。日本人にもこういうやつはいる。

「別に失礼はないけど、大丈夫なんです、プレゼン」

吉田が問いかける。それに対して、ああ、と手を自身の額に置き、膝から崩れ落ちる。また大袈裟な。

「あまりにも無策っ、何も無いのです案が、というか、なぜボランティアに誰も集まらないのですか? というかオリンピックって何です!」

本当に何も知らないようである。ガウラ人がこんな無茶な仕事を振るとは意外だ。

「いいえ、いつもならこんな事はしませんよ、しかし保護国を守るのが我々の使命です、はい……」

ああ、やっぱり保護国扱いなんだ、とはまあ今更な話なので特に驚きはしない。形式上は同盟国なので問題無し、多分ね。

守るというのが少々気になる。つまりは対抗馬の2勢力は、地球侵略の意図があるのだろうか。

「それはわかりません。しかしミユ社はおそらく、彼らの意に関わらず経済を破壊するでしょうし、マウデン家なんてどうなるか、そも何者なのか……」

つまりは、起こり得る深刻な事態から日本を守るべく、帝国も名乗りを挙げたという事だろう。

「そういうわけで、これは私からのお願いなのですが……出来ればあなた方にも案を練って欲しいのです、はい……」

これは困ったことになった、と吉田と顔を見合わせる。

 



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オリンピック作戦:金銭を優先

 

さて、困った。

いや正直、あまり困りはしていないのだが、プレゼンに対して何も用意してきていないのだという。

対するミユ社には秘策があるようだ。

 

 

それで、我々に案を出せとは言うが、素人意見しか言えないのだが。

「それでもいいのです、残念ですがわたくしには皆目見当もつかないのです、はい……」

誰だこんな無能を寄越したのは!と言いたくなる気持ちを抑え、吉田にも聞いてみる。

「うーん、そもそもボランティアの内容も知らないし……」

ダメだこりゃ。まあ私も知らないのだが。

吉田がスマートフォンを一生懸命テチテチして調べたところ。

案内、競技の補助、運転、接遇、事務、救護、機器の操作、取材の補助、式典スタッフと、どれも素人にやらせるのはどうなのという代物ばかりだ。

ましてや宇宙人にやらせていいものなのだろうか。プレゼンが企画されたって事は政府も前向きに考えてるって事なのだろうが。

「そもそもがですよ、募集をしているにもかかわらず賃金を払おうとしないのがよくわかりませんです」

「それはもう、そういうものだとしか言えないな……オリンピックに関しては……」

この慣習は戦後すぐのロンドンオリンピックから始まったものらしいのだが、オリンピックにさしたる興味も無い私としては好き好んで苦行をしに行く理由もわからない。

ましてや、敗戦国だからと日本が参加させてもらえなかった回から始まった風習に拘る点も実に馬鹿らしい。

「そりゃあ、オリンピックの運営に参加できるのなら大変な名誉だと思う人もいるだろう」

スポーツ大会に熱狂する気持ちもわからないでもないが、だからってボランティアに行こうってなるのだろうか。

「ん~、お前さんの好きなアーティストとかの手伝いが出来るのならタダでもいいだろ?」

いや、そんな事はない。そもそもが素人が手伝おうなどというのが烏滸がましいのだ。寄付ならするが。

「お前は思ってたよりも嫌なやつだな……」

吉田は思っていたよりも割と良いやつのようだ。

まあ我々がボランティアするわけではないのでこんな事を話していてもしようがない。

「その点はいいとして、私としては理事だの何だのにはきちんと報酬が支払われている点が疑問です」全くその通りである。

「初めて知った時は耳を疑いましたよねぇ、あまりにも信じ難い、我が帝国の恥晒しです」

「いや、日本はお前さん方の帝国に加わった覚えはないぜ……」

そしてこのキノドクさんも実に嫌なやつである。そういう事は思っていても口には出さないのが地球の流儀だ。

「経済の為にやっているんですよね?もっと全体に金をばら撒けば、その分だけ経済が潤うのですよ?」

 

経済に明るくはないが、どんなに金を稼いでも使わなければ意味がないという事はわかる。

その点において、ミユ社ほど卓越した文明はいないだろう。彼らは数多くの場面で莫大な金を使い、そしてそれ以上の利潤を得ている。

「やあ、お久しぶりだね」と言うのはミユ・カガンだ。私にとっては忘れられない人物だが、彼女にとっても私は忘れられない人間のようである。

「だって君、君のおかげだよ。僕がこうして父さんに認められたのも君のおかげだもんね」

そう言われると照れてしまう。彼女は今やミユ社の幹部として職務を全うしているというのだ。

「それで、僕のプレゼンが見たいそうだね。どうせ帝国だろう?」

ご名答。お見通しのようである。

「帝国の貧乏性はなぁ、まあだから安定した経済と強大な軍隊を持っている訳だけど」

しかし先程から妙に近い。何なのか、パーソナルスペースが存在しないのがミユ社の社風なのだろうか。

彼女の手は私の腰に当てられている。私がその点を指摘すると、彼女は元々まあるいおめめを丸くした。

「嫌だったかい? ほら、あの例の帝国の警備員と、してたじゃないかスキンシップ」

いつどこで見られていたのか。まあモフるのは好きだし、嫌な感じはしないが……。

「別に他意なんて無いよ、僕には将来を約束した人がいるし」

そう言って彼女はフイッと私の方から目を逸らして前を向いた。

「でも、でもね、君…………君には恩があるから、僕と君とで特別な関係というのは本当だと思うな」

私の方を一度も向かずに言った。きっと照れているのだろう、私とて宇宙人の親友が出来るのは喜ばしい事だと考えている。

「さっ、プレゼンだったね。見せてあげるよ」

彼女はアタッシュケースっぽい箱からタブレット型の端末を取り出し、私に見せた。

まずは制度、機関から作り上げ、それぞれのスタッフの教育機関から何から何まで、地盤を整えようとしている。

キノドクさんが危惧していた物よりも遥かにまともであるが、これを実行するとなるとかなりの金額だろう。日本政府に払えるだろうか。

「その点は抜かりはないさ。足りない分はこちらが出すよ。もちろん、対価も貰うけど」

ニヤリと口角を上げる。ただまぁ、私の祖国なので出来ればお手柔らかにして欲しいものだ。

「この星は実にいい、まさに金脈と言える。このプロジェクトはその重要な一歩だ」

今回が成功すれば、その成功を経済的な橋頭堡しようという考え方なのだろう。地球が豊かになるのなら割と歓迎すべきことだ。

とはいえ、我々地球人も金銭を優先する質だが彼らの金遣いの荒さは少々激しすぎるかもしれない。

 



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オリンピック作戦:高貴なる者の宿命

マウデン家は慈善活動か何かのつもりで現れたようだ。曰く、自身の行為を『明白なる天命』『悠久の大義』と称している。

親切なのは大変結構な事なのだが。

 

 

キノドクさんと色々案を練ってみるものの、煮詰まる気配は全くしない。

どんな妙案を出しても、結局はミユ社の下位互換になってしまうのだ。

「やっぱ金持ちはいいよな」と吉田。それにキノドクさんが噛み付く。

「何を仰いますか、我が帝国が貧乏とでも言うのですか」

どこぞのスナネコには『貧乏性』とは言われていたが。

「まあ確かに、宇宙船はボロですし、軍隊はここ数十年兵器以外の装備は更新されていないですし……」

他にもあるようで、念仏を唱えるかのようにブツブツ言っている。

創意と工夫でなんとか、とは言いたいところなのだが、そもそもの新国立競技場の設計がよろしくないのだという。

「あんなマイゲール(侮蔑語、翻訳不可)みたいな建物、よく臆面もなく世間に発表できましたね?」

かなり高価な案を採用しようとしたり、批判が出たからとそれを蹴ってまた設計をやり直したり、政府が予算削ったり、と色々バッドイベントが重なったのである(実に馬鹿らしい)。

「もしガウラ人を駆り出したら冷房がないから全員死にますね。しかし皇帝陛下は思慮深いお方ですから、何かお考えがあるのでしょう」

またブツブツと念仏を唱え出したので吉田も「はぁ、思いの外楽しくはなかったな」とため息を吐く。

全くその通りである。

 

さて、不気味なのがマウデン家だ。彼らは多分貴族とかの人たちだろう、何者なのだろうか。

なんと今回は特別に彼らのプレゼンについて話を聞くことが出来た。

「よくぞ来られました、地球の客人よ」

うねうねと触手を伸ばし、あー!あー!気持ち悪い!触るんじゃない!なんか湿ってて生暖かくて嫌だ!

「はた、失敬した地球の客人よ。性別4型はこういうのはお嫌いかしら……?」

性別の問題ではない、いきなり触手を手に絡められてはどんな人も嫌がるだろう。

「おかしい、以前の性別6型の地球人は嫌がらなかったのですがぁ」

それはそいつが変態なだけである。ところで気になるのが性別〇型、とかの言い回しだが。

「よくぞお聞きくださいました地球の客人よ、我らの性別はあなた方よりも多く、実に3倍なのでござんす」

六つ、性別があるとは驚いた。どのようなものか気になあー!やめろ!気持ち悪いっ!

「はた、失敬、顔なら構わないかと……」

良いわけないのだこのバカ貝めが。

「いいえいいえ、わたくしたち地球で言うところのアンモナイトに似ておりますが」

全くふざけた連中である。ただ悪い奴らではないような気があー!やめろっ!

「失敬、ついつい、地球人の肌は非常に肌触りがとっても良いもので」

……私もガウラ人にむやみやたらと触るのは今後控えるようにしようかなぁ。

 

「地球の客人よ、とくとご覧あれ」とまるでオペラか演劇か、というようなふうにスポットライトが照らされる。

そして、舞台のようなものが始まった。聞きなれない音楽が鳴る。

「ああ、私は哀れなる日本人! 大体育大会のスタッフが集まらないの!」

泣いている演技をする役者、そこへ別の役者が現れた。

「我々マウデン家、そなたに手を差し伸べる者……」

「まあ、なんとお優しい!」

なんだか三文芝居でも見せられているかのようだ。

横で見ているプロジェクトリーダーみたいな貝が多分、ドヤ顔をしてこっちを見ている。

 

内容について一言で言うと、今の日本政府が実に好きそうな内容であった。

無償、やりがい、精神的動員、そういう言葉が散りばめられている。

しかしそれではやはり人は集まらないのではないか、それともマウデン家の臣民でも動員するのだろうか。

「もちろん、日本人でございます。ある秘策がございますですよぉ!」

そう言って、プロジェクトリーダーっぽい人物が飴玉のようなものを取り出した。

「ボランティアにはこれをお配りします。これは素晴らしいでございますよ」

ご賞味あれ、と手渡されたが、どうも気味が悪いので口には入れなかった。

「実はその飴玉、カーマルマミン酪酸という物質が入ってましてね。我々も日常的に使用している害のない嗜好品でございます」

これを舐める事で変性意識状態に陥り、強い強い至福感や多幸感を得ることが出来るという。

効果は8時間、彼らの国では毎日摂取する事が奨励されているという。何の悪びれもなく説明してくれたのだが要は麻薬である。

「そして、この素晴らしき嗜好品を地球にも広めようと。このボランティア活動は絶好の機会です!」

毎日摂取しているという事は身体に害は無い、のかもしれないが、如何せんアンモナイトなので影響についてのデータは当てにならない。

そもそもちゃんと麻薬として効能が地球人種に対してあるのかどうかもわからない。

いずれにせよ、麻薬を売り込もうとしているのは確かで、これでは貴族の家系というよりマフィアだ。

しかも地球上で認知されていない成分なので、輸入も制限されていない。

この辺りは『地球の事はよくわかんないから』と帝国もノータッチなのだ。

「まっ、ご賞味いただくもいただかざるも個人の自由。マウデン家の臣民にも使わぬ者はいますからね」

そして、食べないなら、と私の手から飴玉を拾い上げ自身の口に放り込む。

「これの素晴らしさを宇宙に広めるも、我らマウデン家、高貴なる者の宿命でござんす」

マウデン家、思っていたよりもヤバい連中であった。よかったぁー、食べなくて!

 



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オリンピック作戦:為すべき役割

 

如何に善意であっても、情けは人の為ならず、だろう。

 

 

結局のところ、割と無策な状態でプレゼンに出席する事となる。

3人で頭を抱えていた。

「どうしましょうか」

「本当になぁ」

キノドクさんも吉田も意気消沈というところだ。

「我々はそういう、薬物は持ってないのです、はい……」

いやそうではないのだ。

「無くはないと思うのですが、配るほど量産されているかどうか……」

そうではないのだキノドクさん。

「はぁ、そもそも委員会がちゃんとやってればこんな事にゃならんかったのになぁ」

全く不甲斐ないという物だ。まあ不甲斐ないのは知っていたがここまでとは思わなんだ。

「それは私もそう思っていたところです……皇帝もこの植民地の不甲斐なさには嘆かれているでしょうね……」

いや植民地ではない。こいつ隠さないな!?

「そうなんだ、自分たちで何とかしなきゃいけないんだ、本当は」

吉田が尤もらしい事を言う。今回はその意見に同調しようじゃないか。

政治家の連中は身内の管理も出来ないのか、という話だ(まあまともな政治家なんてメフメト2世とかサラディンとかぐらいだが)。

しかし今更彼らに文句を言ってもどうしようがあるだろうか、いやない。

「まさに、その点なのではないでしょうか」

キノドクさんが言うには、委員会も本当なら自分で何とかしたいのではないだろうか、とのことだ。日本人を買い被り過ぎである。

「そうに違いありませんです、これでいきましょう、はい!」

まあ、キノドクさんがいいのならそれでもいいのだが、吉田はそうではなかったようだ。

「しかしなぁ、五輪で金儲けしようって連中がそんな綺麗事でなんとかなるか?」

そもそも、もしこの案を採用したとして元に戻るだけであり、また無意味なプレゼンに金を使っただけになる。

「臣民の前で誓わせるのです、『我々はオリンピック運営において正当な報酬を支払う』と」

「そんなの絶対に無理だろ」

「彼らが常軌を逸した恥知らずでなければ、です」

いや、常軌を逸した恥知らずなんだってばさ。

結局私と吉田はあまり役に立たなかったし、事実上無策のままプレゼンに挑むこととなった。

 

さて当日。なんと驚いた、公開プレゼンである。

公開ではなかったはずなのだが、とキノドクさんに聞いてみると、ニヤリと笑みを浮かべる。

「ま、従属国の連中を意のままに操るなどちょろいものです、はい」

だから従属国じゃないって……。

「じゃあそれでガウラ案に決定させればいいだろ」

「……あっ」

これだもん。キノドクさん的には、民衆の前で恥をかくような真似はしないだろう、って事で公開プレゼンに仕立て上げたのだ。

そうして、プレゼンが始まった。

ミユ社のプレゼンは委員会どころか民衆にも受けが良かったが、やはり支払いを気にしている者たちもいた。

マウデン家案はやはり委員会の受けが良かったが、聴衆にはかなりの悪印象を植え付けたようだ。

さて、我らがキノドクさんの出番だ。私と吉田が一生懸命書いた台本を手に、壇上に上がる。

 

「まず初めに、私はキノドク、ガウラ帝国人材派遣センターの者です。我々の案をお話ししましょう。我々の案では委員会からの委託料は受け取りません、タダです。その他の諸経費なども一切請求いたしません。なぜなら、私はここにプレゼンをしに来たわけではないからです。私は忠告に来たのです、宇宙の同盟国であるあなた方日本人に。彼らオリンピック委員会は自らの使命を今、諦めようとしています。惑星外人の甘言に今まさに乗ろうとしている、とんでもないことです。この広い銀河のどこに、神聖なる式典のスタッフを外国人ならいざ知らず、異星人に任せようという人種がいるでしょうか。これまでも、これから先もないでしょう。しかし、委員会は今、歴史に名を残さんとしている。長きにわたる日本とオリンピックの歴史に泥を塗ろうとしているのです。私はそれを止めに来た、良き同盟国として。誰かにやらせれば楽でしょう、金への欲望に負ければ快いでしょう、しかしながら気高き知的生命体であるのならば、自らの為すべき使命を果たすべきなのです。偉大にして神聖なる事業は自らの役割に誠実に向き合う事によってのみ成し遂げられるのですから」

 

その後にも、力強い言葉を並べ立て演説を行った。

会場は拍手喝采であった、特に聴衆には大いに受け入れられたようだ。

委員会の方はというと、拍手はしていたが微妙な顔だ。まあそうだろうな。

内心どう思っていようが、聴衆の前でこれを聞かされてたのだから、これを裏切るって事は出来ないはずだ、常軌を逸した恥知らずでなければ。

つまるところ、大いに不安である。

 

そうして、私がそんな事があったことも忘れかけていた頃、TVニュースでこの件についてが報道された。

『オリンピックボランティア、マウデン家案に決定』とのことだ。

どひゃ~、そうきちゃったかぁ~。まあ、そのうち撤回されるだろ多分……。

 



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ガウラ帝国のポンコツなロボ

季節の変わり目というのは体調を崩しやすい、ましてやこのクソ暑いのが急に涼しくなれば尚更である。

というわけで、私はたった今職場に休みの連絡を取ったところだ。

ボーっとしていて頭が回らない、きっと薄着で寝たのが良くなかったのだろう。

起きていても怠いので、さっさとベッドに横になってしまおう。

 

数時間ほど寝ていたのだが、訪問者による呼び鈴によって目が覚めた。

私は、きっとメロードのやつが看病にでも来てくれたのだろう愛いやつめ、と小躍りしながら扉を開ける。

「お察しの通り、この俺エレクレイダーが看病しに来てやったぜ」

くたばれ。私は扉を閉めた。

「ちょっと待て!開けろ!折角来てやったのに!」

呼び鈴のスイッチを押しまくるクソッタレポンコツロボ、一体何の用だというのか。

「看病だって言ってるじゃないか!」全く、こんな奴を寄越さなくても。

曰く、ガウラ人は親しい人物が体調を崩した場合、最も信頼できる人物に様子を見に行かせる文化があるのだという。

ともなれば話は別だ、具合が悪くなりかけていたが、たちまち気分が良くなった。

「それを言うなら機嫌だろう?」訂正、やはり気分は良くならなかった。

 

「この俺、と言うと正確じゃないな。俺たちバラックガウラ人はガウラ人の為の奉仕機械だ、つまり医療機能も付いているのさ」

奉仕機械と言うと若干嫌な響きである。ともかく、進んだ医療を受けることが出来るのはありがたい事だ(例え風邪の治療であっても)。

「そういうわけで、服を脱げ、全部な」なぜこう私の期待を裏切るのだろうか。

「腸内に体温計を入れてだな、正確な体温を計るというわけだぜ」

彼の指先からニューンと体温計らしきものが出てくる。

ひょっとしてひょっとすると、そこまで医療が進んでいないとでも言うわけではあるまいな。

別に尻の穴にぶっ刺さなくったって体温ぐらい計れるのだが?

「そうなのか?地球人ってのは随分楽な体質してるんだな」

まあガウラ人は毛皮に覆われているから外部から体温は計りづらいのだろうか。

私は自身の体温を計ってみたが、39度ほどあるのでこんなポンコツにかまけているヒマもないのだ。

早いところ横になってしまいたのだが、私は食事を取っていなかった。

「そうなりゃ、この俺エレクレイダー様の出番って訳だ」

何か宇宙的なもので栄よう補給をさせてくれるのだろうか。

「この辺の近くの食料品販売店に行ってくるぜ!」

彼は家のカギを手に取ると飛び出していった。

うん……うん……ありがたいなぁ……。

にしても、だれかが来てくれるのは実にありがたいことだが、メロードのやつもなぜ彼なんかにたのんだのか。

実さいこのぽんこつめはねついはあるのだが、いかんせんどうにもぽんこつである。

そりゃあかれがしんらいにあたいしないとはいえないが、にしてもあれだ。

あたまがぼんやりしてきた、これほどつらいのはひさしぶりであるのだが……すこしだけよこになろう。

 

気が付けば、私はベッドに横になっていた。

「帰ってきたら倒れていたから驚いたぜ」

ちょっと床で横になっていただけではあるが、考えてみるにベッドに戻る体力もなかったのかもしれない。

それを彼が運んでくれたのだろう、ここに来て初めて役に立った。

「へっ、だがこれを見てもそう言えるかな」

彼の掲げたスーパーの袋の中には肉、肉、肉などが入っていた。

「風邪の時はこれに決まりだな」

多分これもガウラ人基準である(連中元は肉食だし)。地球人にはちょっと厳しい、しかも脂身ばっかり!

見ているだけで胃もたれがしてくるようだ。

「さぁ、この俺エレクレイダー様の料理の腕を見せてやるぜ」

それは困るという物だ。どう考えても今の私には食べられない。

私が彼に、もっと胃に優しいものを食べさせてくれ、と伝えると、キョトンとした表情になる。

「肉は胃に優しいだろ? それにDNAに素早く届く」

どういう事なんだ!?全然話を聞いてくれないし、あまり地球人の身体の事を理解していない。

看病に来てくれたのは実にありがたい事なのだがこれでは全くの落第点である。

「なんだよ、食べないのか。じゃあ名医の診断を報告しよう、とっとと寝てな」

そうは言われても、栄養はちゃんと取れてないのでこのまま寝ても体力的につらいものがある。

まあ構わないといえば構わないのだが、水分と塩分ぐらいは取りたい。

このまま彼に任せておいても埒が明かないので、私は彼に指示を出した。

「あん?米を煮詰めればいいのか? わかったぜ。この俺の料理の腕前を見せてやらぁ」

腕前って程のものでも……とにかく、ガウラの奉仕機械の腕前を見せてもらうとしよう。

 

十数分後、香ばしい匂いを漂わせた鍋を持ってエレクレイダーは戻って来た。

やったぁ!お肉が乗ってるぅ!サムゲタンかなぁ!

「どうだい、エレクレイダー様風アレンジだぜ!」

彼は先ほどの話を聞いていなかったのだろうか?

「だ、だって、肉があった方が……!」

とにかく気持ち『だけ』は伝わったので、むやみに根拠不明の元気は出てきたが……全くこのエレクレイダーめが!

 



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職業戦線貴賤アリ

 

職業に貴賤無しとはよく言ったものだが、そんな事はないというのは誰もが知っているだろう。

でなければ、所謂『土方』や『清掃』などの肉体労働が一定の尊敬を集めていなくてはならない。

 

「えっ、外科手術とやらは見せてもらえないのかい?」

と言うのはガウラ帝国第7惑星『タームラオシ(溶岩が多い、という意味)』からやって来た男である。

見慣れた職員と同じくガウラ人だが、見分けがつかないわけではない。

最近ではガウラ人に限ればパッと見て判別が出来るようになったし、書類には見てくれの特徴が書かれている(これ書く段階で審査すればいいだろ!?)ので初めて見る種族であってもある程度は見分けられるのだ。

この人物の特徴は……なに、マズルが短い、うーん……。

「どうせ犯罪なんてしやしないんだから。とにかく、手術が見れるところを教えて欲しいんだけどな」

そんなものは病院ぐらいだ。そもそも帝国にも手術が見れるところぐらいあるだろう。

「うんにゃ、外科手術となると殆ど無いね。地球なら毎日のように外科手術が行われていると聞いたのさ」

資料とか映像とか残っていないものかしら。聞いた話だとガウラ人は病気の克服、ではなく予防に力を入れている為に軍医を除けば医者が人口に対して僅かにしかいないらしい。

被災地での作業で破傷風が蔓延するのも頷けるというものだ。ちなみに罹患者たちは症状そのものではなく治療であるデブリードマンを非常に恐れたそうな。

「帝国で今時医者になるようなのは、軍医か相当な変わり者だけだよ、貰いも少ないのに」

給料が少ないとは驚いた、高度な技術を要求するだろうに。

「高度な技術って言ってもなぁ、予防すれば病気にはならないし」

彼らの星、タームラオシの医者はみんな廃業してしまったのだという。患者が一人もいない状態が続いたのだ。

また彼らの死生観としても、寿命で死ぬのに逆らうべきではない、という考え方があるので終身医療も流行らないのである。

廃業した医者たちはパンデミックと交通事故、労働災害などの防止を研究する機関に勤めているとか。

「その廃業した医者ってのがこの僕さ。例えみんなが病気にならなかったとしても、僕は医療のプロフェッショナルを目指しているのさ。研究機関に缶詰だなんてごめんだね」

実に殊勝な心掛けである。果たしてこのような医者が日本に存在するだろうか。

ところで産婦人科などはどうなるのだろうか気になるところである。

「それは医者の領分ではないんじゃないの、え、医者がやるの?」

うーん、何とも言えない返答である。日本にもかつて存在した産婆さんシステムのようなものが構築されているのだろう。

とにもかくにも、ガウラ帝国での医者はあまり尊敬を集める職業ではないらしい(日本において?みなさんよくご存じのはずだ)。

 

ともなると、気になって来るのが真逆の、いわば肉体労働者たちだ。

今度に現れたのは、これはまた極端な例である。

「非常に残念だ」と溜息を吐き現れたのは一体何者だろうか。

「私は『銀河都市建設維持労働者組合』の第4宙域支部長補佐、プロア・エ・レトである」

タツノオトシゴのような見た目をして宙に浮いているこの人物は自己紹介をした。

なんだかよくわからんが、とにかく赤そうなやつだ。宇宙にもこのような組織があるとは驚きである。

しかしその……何とか労組が一体地球になんの用なのだろうか。

「突然だが、この惑星は滅亡する!」

本当に突然な事を言う。一体何なのか。

「建設維持を軽視する国は滅びるのである。よってこの惑星は滅亡する」

どういう事なのか詳しく説明を求めた。曰く、この惑星の住人には公衆衛生やインフラ、土木建設などに携わる者への軽視が見られるので、この星は滅ぶのだという。

短絡的にも思えるが、確かに言われてみるとある程度は納得が出来るというものである。

どれも文明の基礎だ、公衆衛生が未熟だった時代、伝染病は日常茶飯事であった。

となると、やはり彼らのような職業は宇宙では尊敬を集めているのだろうか。

「我が国ではまさにそういった公衆衛生こそが高等職業である。他の国ではまぁ、ほどほどだが……」

他はほどほどなんかい!だからこそこういう組合があるのだろうが。しかし大事だ、公衆衛生は。

「ほどほどでいいのだ。『彼らは社会になくてはならない』という意識があればいい」

なんとも切実な思いである。彼の言い分は少々極端ではあるが尤もと言えよう。

「しかし!この国では土木業や清掃、例えば溝浚いなどに従事する者を見下しているではないか!」

この人物は熱弁する、何故文明の基盤である土木や衛生に関わる人々が低所得者であるのか、と。

「まさに行政の怠慢である。近くにこの星は滅ぶだろう!」

彼らマルトア人は最高の土木業者にして建設の鬼である。

宇宙要塞、輪状居住区、ダイソン球、惑星破壊砲、果ては星そのものまでも建設する凄いやつらだ。

銀河最高峰の肉体労働者である彼らの価値観から見ればおかしな話に見えるのである。

確かに問題と言えば問題だろう、誰でもできるからと下に見られては彼らも堪ったものではない。

これは社会の構造上の問題なのか、はたまたそういう文化価値観の問題なのかは、私にはわからない、社会学者ではないので。

「そしてそれを解明し、是正するのが我々『銀河都市建設維持労働者組合』の使命である」

彼は実に頼もしい事を言ってくれると、そのまま勇ましく入国していった。

 

こういう職業の格差は、社会構造的にどうしても生じてしまうものだろうし、他の宇宙国家にも存在する事なのだろう。

ただ、どういったバランスがその社会にとって一番いいのか、を我々国民は考えて選択しなくてはならない、のかもしれない。

その数日後、都心でネズミが暴れ回っているというニュースを見たので、どうも現状では少々バランスがよろしくないように思える。

 



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それはさておき:もふもふinもふもふ

いつの間にこんなものを書いたのかは知らないが、まぁ、どうぞ。
それともう一つ書き置きがあった。

“このお話はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ありません。”

……何かの意図があっての事だろうか?


予てよりあの人が強く推しており『ここで働きたかった』と言わしめた例の場所に訪問してみようと考える。

何でも、動物と触れ合えるというらしいから、私も動物はそれなりに好きなので実際楽しみだ。

 

 

この国の鉄道は極端に車両数が少ないために車両内が異常に混雑し、苦行のような時間を味わわせられてしまった。

ピタリと時間通りに来るのはいいが、あのような過密スケジュールでは安全性は存在しないのと同じだ。我が帝国なら既に営業停止になっていることだろう。

それでイケブクロ駅より歩いて数分ほど、四角い建物に入り数階上がったところにある。にしても四角い建物しかない町で一見して貧民街のようにも見える。

一つの建物に幾つもの商店などが集まっている、おそらく関東平野が狭いための苦肉の策、と言えるか。

 

階段の壁には無数のポスターが貼られてありこれから利用する『どうぶつハウス もふもふ』の概要が描かれている。

扉を開ける、すると店員が出迎えてくれた。

「いらっしゃいまっ……!?」非常に驚いた顔をして見せた。

「何かしましたか」私がそう問いかける。そう、私はすっかりと日本語を習得してしまったのだ。

「いや、えっと、その、何でも……」この人物は慌てて取り繕うような素振りを見せる。

「ひょっとして、宇宙人は入店禁止?」まあそういうこともよくあるので、それならそうで帰ろうかと思ったが、

「いいえ!そうではありません!……いらっしゃいませ、『どうぶつハウス もふもふ』へとようこそお越しくださいました。私は店長の菅井です」

どうやら杞憂のようだ、そう言うとこの人は店のシステムを説明してくれた。何やら地球の小動物を展示していて、触れ合いも出来る。

私の実家は田舎だからこういった店に行くまでもなく動物がいたが、帝国でも動物のいない地方にはこういう店があるという噂を聞いたことがある。

「それでは、ふくろうルームから」と案内された部屋の中には夜行性猛禽類らが綺麗に整列していた。

「こちらは地球の、夜行性の猛禽類でして、えー……」なんとも、説明に苦慮している様子が見受けられるので早々に切り上げよう。

「どれでも触れるのですか?」と聞くと「はい、こちらの札が付いている子はどちらでも」

早速私は小さめの身体で目の大きな鳥を選んだ。

「こちらはアフリカオオコノハズクのソラちゃんです」

小さくて実に可愛らしい、まるでダークマター反応炉のように美しい瞳をしている。

背中を触ると、羽毛がフワフワ、サラサラしていてとても気持ちがいい。

しかしながら気になるのが、店長の菅井とやらの視線だ。どうにも、この国の人間は『コレ』に弱いらしく、如何にも触らせてくれ、と言わんばかりの目線だ。

「あの……失礼ですが、尻尾を触らせてもらっても……」そら来たぞ、だがもうそういう訳にはいかない、むやみやたらに触らせて不埒者と思われるのは心外である。

我が帝国においてもこの尻尾というのはセックスアピールの一部なので地球人で言うなら、例えば男性が女性に太腿を触らせてくれと頼むようなもの、で合ってるかどうかはわからないのだが。

「いえ、そういう訳にはいきませんので、腕なら」かといって無碍にするのも悪いので腕を差し出す。

「ありがとうございます!……うわぁ~~!サラサラしてる~~~!ちょっと!田邑さん!」

別の店員を呼んだのだろうか、なんか大騒ぎになっちゃったかもしれないぞ。夜行性猛禽類たちも騒然としている。

「はーい。うわっ!ガウラ人ですかぁ!?」とおそらくタムラと呼ばれた店員が現れた。

「触っていいんですか!?あ、臭いも嗅いでいいですか!?」かなり興奮しているらしい。

「ま、まあ……」と私がたじろいだのを好意的に解釈したのか私の腕に鼻を当てる。

「あーすごい、なんか、畳みたいな臭い!」そりゃそうだ、私の部屋には畳があるし、畳で寝ているし。

「筑田さんも来て来て!」とスガイ店長。「ちょっと待ってください」との私の抗議の声も届いていないようだ。

なんということだ、この店にモフモフしに来たのにモフモフされているのは私の方である。尻尾は触られなかったのでそこは流石、動物を扱う職業の人間なだけはある。

ソラちゃんも目を見開き唖然としている。まあ元々目を見開いているが……。

 

次なる部屋は爬虫類ルーム、鱗の付いた生き物がジッとしている。

しかしこの、蛇に足が付いたような生物には驚いた。こういった人種は見慣れているが、小動物は初めて見た。

帝国ではこんな生き物は見たことが無い。これは何という動物なのだろうか。

「こちらはグリーンイグアナのチャーチルくんです。触ってみますか?」

店長のスガイが引き続き案内をしてくれる。これも触れるとは驚いた。

スガイの指示のもと恐る恐る触ってみると、意外とすべすべしている。

「うーん、これはすごい、もっとザラザラしてるかと思っていた……。帝国にはこういう蛇に足が付いた動物はいないから驚いた」

「えっ!是非そのお話詳しく聞かせてもらえませんか!?」要らぬことを言ったようで、目をキラキラさせている。

口火を切ってしまった以上はしようがないので知ってる情報を話すと、うんうんと興味深そうに聞いてくれた。

しかしながら……そういう話をしに来たわけではないのだが……。

 

さて、小動物ルームだ。気にはなっていたのだが、ジューダ民族のような小動物がいるらしい。

大きめの籠に入れられているこの小さな四足の動物がきっとそうだろう。

「この子、いいでしょうか」「フェネックギツネのロンメルくんですね」

如何にも神経質そうな顔つきがジューダ民族にちょっと似ている。あんまり可愛くないなぁ。

「こういった、その、失礼ですが、外見的特徴が似てらっしゃる動物を見ると、どんな気持ちですか」

と本当に失礼な事を聞いてきたスガイ店長。悪気はないのだろうが。

「人間がサルを見るのと同じですよ。それにあんまり似ていませんし」

「はぁ……」と釈然としないような表情だ。そりゃあ似ていなくもないが、人間とサルの方が余程似ているではないか。

他にも可愛らしい動物が沢山いたが、中でもお気に入りなのがミーアカットという動物のシャカくんである。

この目の周りの黒が滅茶苦茶カッコいい!これはね、ワルなヤツのカッコよさだ、渋い男の黒に違いない。

「実はミーア『キャット』って言いますけど猫とは無関係なんですよね、綴りも『Meerkat』ですし」

とスガイ店長。そんなこと宇宙人の私に言われても……。

 

前半のモフモフがあったので癒されに来たというのに、妙に疲れてしまった。

にしても、雑居ビルにしてもそうだがこの東京という町はかなり窮屈で実に圧迫感を感じる。

人とゴミでごった返し、誰もが疲れた顔でつまらなそうに歩いているものだから、これが貧民街でないというのが私は俄かに信じ難い。

こんな狭い籠の中に暮らしているのだから、かの『どうぶつハウス もふもふ』の動物たちのように食い扶持に困らぬ至れり尽くせりの生活でなければ割に合わないという物である。

 



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銀河の孤児

 

例えば、自分たちの文化風習がある日突然悪であると断じられ、ならず者国家扱いされたとすれば、その国は一体どうなってしまうのだろうか。

そんな考えを余所に、今回取り上げる国は案外呑気しているようだ。周りは堪ったものではないが。

 

 

宇宙にもならず者国家は存在するというのは想像に難くはないだろう。

こういった国家の連中を何度か入国拒否したのだが、随分と諦めが悪いようで、手を変え品を変え何度でも現れるので、大体の連中とはもう顔見知りとなってしまった。

「また来たぜ」と抜かすのはそのうちの一人、齧歯類型宇宙人の男である。彼もまた以前入国拒否したのだがまたしても現れた。

もう二度と来るなと言ったはずですが、と答えるとふふんと鼻で笑うかのような仕草を見せる。

「そう言うな、俺とお前の仲だろう?」と思っているのはそちらさんだけである。

「二度と来るな、か。4回は聞いたな」髭を弄りながら頭の中で数えているのだろうが、6回は言ったはずだ。

こういう手合いは国籍で封じてもあの手この手、つまりは偽造書類、パスポートなどで何とか入ろうとしてくるのだ。

この人物は銀河でも高名な犯罪者で、窃盗、詐欺、強盗、殺人、強姦、違法薬物の取引などと一通りの犯罪は難なくこなしているのだという。

ではそんな彼は何しに地球に来るのか?

「そりゃあお前、こういう原始文明は法整備も警察力も杜撰だからな、ビジネスするのには持って来いだぜ」

気晴らしも出来るしな、と最後に付け加えた。全くもって腸が煮えくり返る思いである。

こいつに犯罪歴の一つでもあればしょっ引くことが出来ようが、記録は真っ白だ。

「コツは、超能力国家は狙わないって事だぜ。逆に狙い目は平等や博愛を謳っている国だな」

要は我々地球の国家という事である、非常にいいカモなのだろう、彼もこの星に固執するわけだ。

「俺の母国はいい国だぜ。警官もいなければ死刑も無いし、旅行の時は犯罪歴を消してくれる。人権活動家様様だぜ」

かの国にも人権というものが存在するらしい、それも犯罪者に。さながらスウェーデンである、まあここまで酷くは無いが。

厄介なのが犯罪歴を消してくれるというものだ。こいつの母国はならず者国家にも程がある。

外で犯罪を犯しても、一度帰国してまた出国すれば帳消しになるという宇宙でも類を見ないクソ制度である。

結果、星間国家の99.8%に国交断絶を宣言されている。当然だろう。残りの0.2%は似たような国か超警察国家のヤベー国である。

現在の銀河社会における原始文明保護国化の流れの主な原因の一つがこういう連中だ。

彼らの国は法制度の起案、改正などに国民投票が必要なのだが……つまりは衆愚政治である。

というか、国民全体が悪人揃い(正確には、我々の価値観で言うところの『悪』『野蛮』な文化風習を持っている)なので進んでクソッタレな制度を作るのだという。

何度か征服に乗り出した国もあったが、占領後に駐屯兵たちが参ってしまい、平定は不可能と放棄されている。

今では誰も手を出そうとはしない、下手に住処を奪えば銀河中に散らばるのは明白だからである。

ある意味ではあらゆる国家から見捨てられた哀れな銀河の孤児と言えるだろうが、ハッキリ言って同情の余地無しだ。

 

雑談もほどほどにしてそろそろ警備員を呼ぶとしよう。

メロードは既にエネルギー警棒を抜いており、エレクレイダーも普段は腕に隠している光子砲をむき出しにしている。

「おいおい、自分と自分の国が銀河のお荷物って事を自慢するのかい?ネズミのおチビさんよ」

「お前たち民主主義国家と違って犯罪者一人を捕らえるのに国民投票は必要ないぞ、我々はな」

二人にしてはかなり珍しい言動だが、それほどの人物なのだろう。

「やあやあ、家畜ども。王様に何でも決めてもらって恥ずかしくないのか?」

「嘲笑するしか値打ちの無いような国作っといてよく言うぜ」

ヒートアップしないでとっとと連れ去って欲しいものだ。

しかし疑問なのが、遺伝子治療でもして別の種に化ければ易々と入り込めると思うのだが(尤も、以前の私とは違うので見破って見せるがね)。

「それは俺の美学に反するし、コレが使えないからな」と自身の股間を指さす。

次の瞬間、メロードが警棒をそいつの首元に当てた。

「無駄話はいい、とっとと失せろ」

はいはい、と踵を返し立ち去る齧歯類野郎にエレクレイダーが砲を突き付けて付いて行く。

メロードはこちらに駆け寄り、私の手をギュッと握り締めてきた。

「酷く傷ついただろう、全く信じられない事を言うヤツだ」

傷ついていないと言えば嘘になる……いやあんまりならないが、彼が心配してくれた事には実にほっこりするというものだ。

中々手を放さないのでそのままの状態で動かないでいると、次の客が申し訳なさそうに言った。

「あのー、まだでしょうか……うわ」

メロードはパッと手を放してそそくさと持ち場に戻る。次なる軟体人種の客の顔は若干引きつっているようにも見える。

「仕事中にそんないかがわしい事してるだなんて……そういうのあれでしょ……HENTAIってヤツでしょ……少し……引くわ……」

えぇ……こいつの反応はともかく、『HENTAI』の単語が既に輸出されているのにも驚きである。

 

さて、ヤツは後日また現れた。

「今度の書類はどうだ!」酷い出来だ。これじゃとても無理だ、と伝える。

「クソッ、大金払ったのによ、最近は厳しくなりやがって、開港当時は好きに入れたのによ」

サラっと背筋が凍るような事を言う。それは本当だろうか。

「ビギンヒル宇宙港だがな。イギリスは最高だったぜ、移民に優しい国は犯罪者に優しい国だ」

こういう手合いがいたので遂に対策に乗り出したのだろう。

私は気になっていたとある質問をした。

「何で犯罪をするのかって?そりゃあ、他人を痛い目に合わせるのが一番カッコいい事だからな。カッコいいってのは正義だ」

なるほど、なるほど……。

「この星もそうだろう?『憎まれっ子世に憚る』ってな」

確かに実態としてはそういう状態でもあるが、そういったものは我々の今現在の価値観からすれば不正義である。

同じにしては欲しくないものだ、我々とてそういう不正義を何とか是正しようと努力しているのだから。

「おいおい、狡猾なのも実力だぜ。まあ無能さを最後まで隠し通せないのならカスだがな」

そうしているうちにいつの間にか現れたエレクレイダーが彼に光子砲を突き付ける。

「お喋りは終わりだぜ、規定上ぶっ放しちまっても構わねーんだがなぁ?」

男は、また来るぜ、とだけ言って去って行った。

彼はただ構って欲しいだけなのだろうか、さもなくばただ単にクソ野郎なだけなのか。

素行は理解できないぐらい悪いのに、会話は通じる、実に不気味な種族である。

 



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消えた救世主:ケルトの盆祭り

 

10月の末と言えばハロウィンらしい。

…………となると騒ぎ出すのが宇宙人どもだ。意外とミーハーな連中である。

 

 

ハロウィンっていうのは、お察しの通り私はあまり好きではない。

そもそもケルト人の文化であり、実は私はケルト人ではなく日本人であるからだ。

更に言うなら、くそったれた連中が暴れ回ってスリや暴行、性犯罪を嗜むようなくそったれたイベントに好んで参加するような人間など……少し熱くなり過ぎた。

とにかく、こんなものに参加するのは絶対にありえず、大変な不本意な事であるのだ。

「あはは、もう3回ぐらい聞いたよ」と言うのは鉄騎に扮したバルキン・パイであった。

そうなのだ、ここはハロウィン会場なのだ。なんでだ。

「なんでって、クラウカタ警備員が行くならって」クラウカタというのはメロードの姓である。

つまりは例の宇宙人に今回もまんまとしてやられたという訳だ。

というわけで私も、私というのは心底嫌な人間なので、第二次世界大戦時の米空軍パイロットの仮装をしている(だって恐ろしいものに仮装するんだろう?)。

「サイコー!あなたらしいね!」とバルキンには好評だ。

今日は佐藤も来るらしく、吉田が張り切っている。

「いや、俺もあのロボットアニメをみっちりと仕込まれてさ、すっかり大ファンだぜ」

と、情報参謀とやらの仮装だ。絶対歩きづらい。

肝心のメロードはと言うと、ゲームのキャラクターの仮装だという。狐がパイロットのやつ。

「カッコいいよね、開発者はわかってるよ、うん」

思いっきりキメ顔なのがなんとも腹立たしいという物だ。似合っているが。

「ふっふっふっ、この愚か者どもめが!」などと言いながら現れたのは佐藤である。

「おおっ!破壊大帝!」と吉田。なんか二人で盛り上がっているので、二人は二人だけで放っておいた方がいいのではないだろうか。

「あなた達もそうでしょう?こんな錆臭い馬は邪魔だよね」鎧をジャラジャラと鳴らすバルキン・パイ。

とは言うが、私としてもせっかくみんな集まったのだからどうせなら一緒にいたい。

「あらま本当?だよねー!さぁ楽しくやろうよ!…………何するお祭りなの?」

私がケルト人の歴史から近代合衆国の児童労働についてまで説明しようとすると、もう一人のメンバーが到着した。

「主役の登場だぜ」と狼男の仮装で現れたのはエレクレイダーであった。

「エレさん、お久しぶり」「ああこないだの……誰だっけか」

佐藤だ佐藤、機械のくせに物忘れをするんじゃない。

さて、全員揃いはしたのだが、一体なにをするものなのだろうか、というのは私も思うところである。

先日にもハロウィンイベントが行われたが、器物破損が相次いだので暴動と勘違いしたガウラ軍の歩兵駆逐戦車が緊急出動し、アダムサイトガス砲弾を撃ち込んだという出来事があった。

その影響なのか、随分と町は穏やかな様相を呈している。というか思いっきりそれが原因だろう。

穏やかとは言っても、以前ほどの乱暴な騒がしさが無いだけで賑わってはいるのだが。

「つまり、お菓子をくれない人にイタズラすればいいのね?」

説明したところ、若干ニュアンスが異なるがバルキンはわかってくれたようだ。

すると、通りすがりの魔女に近づいて行った。

「お菓子ちょうだい!じゃなきゃどうなるかわかってるよね!?」

「ぎゃーっ!」魔女は一目散に逃げていく。馬型宇宙人は見慣れない人も多いだろうし、仕方ないね。

バルキンの方は何だよもう、と膨れっ面を多分していることだろう。鎧で顔は見えないが。

 

というわけで、ビアガーデン?っぽいところが開いているとのことなので、そちらに向かった。

佐藤が予約してくれていたようだ。「流石は破壊大帝さま」と吉田。

「全くこの愚か者どもめ、こういう時こそ頭を使うのだ」とはいえ、宇宙人3人と私と吉田である。

「…………そうね、無理だね」察しがよくて助かるという物だ。

そうしてるうちに食事が運ばれてきた。すごくハロウィンっぽいぞ!

色とりどり(黒と橙の二色が強いが)の料理に、メロードとバルキンは目を輝かせている。

「テンション上がって来たよ!」「すごいね、祝い事の料理みたいだ」

私も驚いた、カボチャや魔女、おばけなどを模る凝った意匠には目をチカチカさせられる。

「あんたは昔っからそうだよね」と呆れる佐藤。

こういうイベント事でいつも聞くセリフなので、そういうのわかった上で付き合ってくれてるんだろうに。

「そうだけどさ。じゃ、乾杯といきましょうか」

カンパーイ、とジョッキをぶつけると粉々になった。メロードとバルキンのせいだった。加減しろバカ!

 

さて、酒と食事も進み、キツネとウマは随分と酔っ払っている。

「この鎧重いよ!誰だよ着せたの!」自分で着たのでは?

佐藤と吉田も随分と話し込んでいる、どうやら情報参謀と防衛参謀のどっちが忠実なる部下であるか、の議論を交わしている。

メロードは、おめめをパチクリさせていて、黙々と料理を食べている。

全くハロウィン感は無いが、まあそこそこ楽しめているのでよしとしよう。

ふと思ったのだが、エレクレイダーの姿が見えない。

吉田にその事を聞くと「トイレじゃないの?」と言う。ロボがトイレに行くか?

そもそも『俺は飯は食えねぇけどな』と言っていたから暇だから席を立ったか、ガソリンでも買いに行ったのだろうか。

メロードやバルキンにも聞いてみるが「知らないよ!誰だよこの鎧着せたの!」「この状態じゃ超能力も使えないし~」とお話にならない。

うーん、でもまあエレクレイダーだしいいかなぁ……。

 



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消えた救世主:機械仕掛けの命

 

楽しいハロウィンパーティーという名の飲み会を楽しんでいたのだが、腹を空かせたのかエレクレイダーが席を立ってしまった。

一体どこへ行ってしまったのか。

 

 

「さあ、まあ大丈夫だろ」と吉田。

身の心配はいらないだろうが、彼の心を傷つけてしまったのではないかと、そっちの心配を私はしている。

「バラックガウラとかの第三世代人造人間のブレインサーキットは有機生命体のそれとさほど違いは無いからね」

とやけに事情通なバルキン。「だからこそ、第四世代人造人間は感情が制限されているんだけど」と続けた。

それは驚いた。しかし出会う機械は全て感情が豊かのように思えるが。

「感情が制限されてるっていうのは、外に行こうとか移住しようとかの感情も制限されているんだから」

なるほど、なるほど。となると、まさしくエレクレイダーは第三世代人造人間の典型である。

吉田も佐藤も彼女の話に感心しきりであった。「是非とも続きを聞かせて!」と佐藤が目を輝かせている。

「まあ、あんまり詳しくは無いんだけどさ……」と仕方なしに、というふうに続きを話し始めた。

 

バルキンの話は非常に興味深い。

ロボット技術自体はかなり古い歴史を持つようで、最初はこの地球のローマ帝国やギリシャの建築物などで使われていたような単純な工作機械だったのだという。

素人にはとてもそうには聞こえない。

こういう技術はサイボーグや人工四肢、人工臓器なども内包するのだが、ある時、ふとしたことから人工知能が生まれた。

メウベ人らが損傷した脳の一部を機械で治療できないか、という研究を行っていた時、機械人間(人造でなく自然に生まれた機械知的生命体)の脳をただ単にコピーしたものを作ったという。

それだけでは作動しなかったため、研究員が過労のあまりにそれを(もちろん生身の生物用の)培養液に突っ込んでしまうという判断をしてしまった。

すると、その人工知能は動き出したのだという。それから繰り返し再現実験が行われ、最初の人工知能が生まれた。

『八五式人造脳髄』と呼ばれたそれはメウベ騎士団の研究施設に『彼』が息絶えた今も保管されているという。

それを元にした人工知能が使われている人造人間らが第一世代人造人間である。寿命が数年ほどしかないという欠点があった。

そして、長寿命化が為されたが自身の死を受け入れられない第二世代、感情が豊かだが反乱の危険性もある第三世代、無駄な機能と感情を全て削ぎ落した第四世代と続く。

現在一般的に各国に使用されているのは第三、第四世代の人造人間だ(無論、ガウラ帝国のように第三を使う国はかなりの少数派だが)。

 

と、興味深い話をしているのにも関わらず、メロードは目がトロンとなっていた(佐藤もだが)。

相変わらず酒にはあまり強くないようだ、種族的な特性であるから当然といえば当然なのだが。

声をかけるとゆっくりと顔をこちらに向ける。

それで、頭をお辞儀をするみたいに下げると、私の頬に擦り付けてきた。

「人が話をしている時にっ!!何その顔は何っ!!」と鎧をジャラジャラ鳴らして喚きたてるバルキン。

私の顔を言ってるのだろうが、そんなに変な顔をしていたのだろうか。

にしてもバルキンは実に詳しいようだが、私は理由を知っている。

が、吉田は空気が読めないので「なんでそんなに詳しいんだ?」と聞いてしまう。

「それは…………趣味だよ趣味!」と言うバルキンだが、吉田は続ける。

「ひょっとして妹の為に色々と調べてたとか」酒の席とはいえ、そういう事は思ってても口には出さないものだ。

案の定、彼女は手……前足をバタバタさせて恥ずかしがった。

「そんなんじゃないよ~~違うよ違うって~~!次に無駄口叩いたら殺すぞ」

「うわぁー!ごめんなさい!」それ見た事か……えっ、怖い!

 

しかしながら、そうこう話している間もエレクレイダーは帰ってこない。

連絡を取ろうにも、彼は大の機械音痴(自身は機械なのに)で連絡手段が無いのだ。

メロードに聞いてもスリスリしてきて可愛いだけだし、3人も盛り上がっているところなので、やむを得ず私一人でも探しに行くことにしよう。

一人だけのけ者にして楽しむのも良くないだろう……え、ビルガメスくん?

あの人、めちゃしつこく誘っても来ないタイプだし、今日はなんかネトゲでイベントがあるとか言ってたし……。

 



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消えた救世主:警備の本領

 

多分近くのガソリンスタンドだろう。

彼は地球の燃料を『身体には悪いが味はかなりのもの』と評していたので。

 

 

店を出たものの、街は混み合っている。そりゃそうだ、ハロウィンだし(というかまだハロウィンなのか!?)。

心なしか人が増えているようで、うへぇ、と思いつつ人を掻き分けて進んだ。

が、駄目。なんだか思っている方向とは全然別の方に向かっている、というか人の波にどんどん流されていく!

ああ、どこまで行ってしまうのだろうか……これだからこういうイベントはクソッタレなのだ。

貴重品を急いでボンバージャケットの内ポケットにしまい込み、前のジッパーを引き上げた。

ぶつくさと文句を言いながら流されるがままに進んでいく。

一体この集団はどこへと向かっていくのだろうか。と、考えていると、急に腕を引っ張られた。

 

あまりいい予感はしないが、如何にもな柄の悪い連中に路地裏に引き込まれたようである。

私は素早く懐から財布を……あれ、どこやったっけ。

「別に悪いようにはしねえよ」今日日そんな事を言う人間を私は初めて見たよ。

しかしながら、なんというか、出来の悪いWeb小説のお約束のような状況である。

全く困った事が幾つかあって、一つはここがどこだかわからず、表通りの連中は誰もこちらを気にかけない事。

それと、財布を差し出せば素直に返してくれるような輩ではなさそうであるという点である。

更にもう一つ、恐らく、カッコいいヒーローは酒に酔ってるので現れないであろうという事。

いやしかしこれもう、どうしたらいいのかわからないんですけどマズいなこれしかし。

恐怖を強く感じると体が動かなくなるというが、まさしく今がその状態で、へぇ~ホントだったんだァとか考えてる場合でもなくて、本当にどうしよう。

メロードでもバルキンでも、この際吉田でもいいから誰か助けに来ないだろうか、来るわけないか。

と、観念しかけた時、アイツが現れた!

「おいおい、警備がてらに歩いてりゃ、やっぱり不埒者がいやがったな」

 

エレクレイダー!である。

「そうだぜ、この俺エレクレイダー様の参上だ!」

私を引きずり込んだ連中は、なんだこいつは、という顔をしている。まあ当然である。

「治安が悪いからよぉ、職業病ってやつかな、警備していたのさ」

流石である、今日に限っては手放しで褒める他ない。

「礼を言うぜ、悪党ども。この俺がかっこよく活躍できる場を作」

ガァーン!と大きな音が鳴った。エレクレイダーの顔面に大きめの石が当たった音だ。

「いってぇ!なんて事するんだ、地球人なら死んでたぞ!ほら見ろ、傷がついたじゃないか!」

ついてるようには見えない。というか痛覚があるのか、いらないだろロボに。

「この野郎!」と悪党ども。再び石を投げる。トンテンカンと金属音が鳴り響いた。

「痛い痛い!お前ら、人を機械だと思って好き放題するじゃねえか!明日の紙面に初めて人造人間に殺された地球人って紹介されたくなきゃ程々にしときな!」

そう言うと、エレクレイダーの腕が機械音を鳴らして開いた。連中はぎょっとする……が、何も起こらない!

「……あ!しまった、非番だから武装は無いんだった!」

助けに来てもらっておいてあんまりこういう事を言うのはよくないが、やられっぱなしである。

「な、なんだよ驚かせやがって……!」と連中。私もそう思う。

「しょうがねえ、こういう時は逃げるに限る」と私を抱きかかえて逃走した。

 

一時はどうなるかと思ったが、なんとかなってよかった。

「ま、この俺様にかかればざっとこんなものさ。この俺は警備員だからな、警備の本領ってのを見せつけてやったわけだ」

いやそれはどうだろう、助かったからよかったものを。

「……まあ、ちったぁしくじったがな」

今日は素直に礼を言うとしようじゃないか。なんだか酔いも冷めちゃったし、店に戻ろう。

「あ、俺ガソリンをペットボトルに入れてもらったんだけど、持ち込みしても大丈夫なのか?」

持ち込み以前になんかの法律に引っかかりそうだが、少なくともコップは貸してもらえないだろうね……。

 



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文明人に非ずんば

 

地球上においても、深いジャングルの奥地に住む『非文明人』たちの文化や遊牧民らの独特な生活に魅了される先進国人の話はよく聞く。

つまりそれは宇宙規模においてもそういう話をよく聞く、という事に他ならない。全ては縮図なのだろうか。

 

 

近世以降の白色人種が黒人やアジア人を猿だ獣だと言って差別、侮辱しているのはもはや日常の一コマであり、取り立てて騒ぐようなことではないのだが、そうは思わない連中がいた。

他ならぬ白色人種である。

これはどういうことなのかというと、アメリカで宇宙人による差別に反対するデモが行われたという事だ。

しかし面白いのが有色人種の国でそんなデモは起きていないという点である。

つまりは白人種は自分たちがかつてそうしたというのに、『非文明人』扱いされているのを嫌がっているのだという。

私はこの報道を嬉々として吉田に報告したが「そんな事で笑えるとは、やっぱり歪んでるな」と言われてしまった。

 

それにしたって、非文明人扱いというのが今一ピンと来ない。さながら動物園を見に来たような、そういう感じだろうか。

「いやそのねぇ、そういう事聞いちゃうの」と映写機で投影されたような容姿(こうとしか言いようがない)の女性は言う。まあそれもそうか。

「そういう事聞かれると困っちゃうなァ、私は別に差別意識とか、非文明人だとかそういうのは無いよ。としか言えないんだけど」

確かにわざわざ面と向かって野蛮だ、という人もあるまい。他の入国者に聞いても同じような答えだ。

「ここは遅れているな、とか思う事はあってもね、そりゃあ、技術の進歩は一様じゃないから」

ユラリユラリと、漫画かアニメかの幽霊のような、人型の影のような身体を揺らして言った。

「私たちの立場を言わせてもらうなら、例え相手が劣って見えても侮るべきじゃないし」

宝石のように身体が透き通った彼女らの種族は、別の銀河から来たのだという。

地球人の言う、六分儀座A(あるいは『UGCA 205』としても知られている)であるその銀河では、同時期の天の川銀河よりも遥かに技術が進んでいたとか。

彼らは生物の観測された天の川銀河にも支配の手を伸ばそうとした。

しかし宇宙というのは広大なので、遠くの銀河に戦力を割く余裕は無かったのだろう、小規模の艦隊にて侵略を始めた。

いくつかのハビタブル惑星に植民した後、天の川銀河の星間国家に戦いを挑んだ。

最初は優勢だったが、徐々に天の川銀河の国家は鹵獲とリバースエンジニアリングにより力をつけ、侵略者を圧倒し始める。

その際に降伏し、寝返ったのが彼女のご先祖様だ。地球における18世紀の出来事である。

「私たちは手痛いしっぺ返しを貰ったのさ、『非文明人』に」と彼女は結ぶ、遠い目をしながら。

まるでイギリスとズールー族の話だ。ピサロやコルテスらコンキスタドールのようにはいかなかった。

彼女を見送った後も、何人かの入国者に話をしてみたが、いずれも差別感情や見下すような気持ちは抱いていないという。

しかしながら、では何故、差別と騒ぎ出した人々がいるのだろうか?

元より白人種というのは他国の文化相手でもやたらと騒ぎ立てるような人種ではある(まぁ一口に白人と言っても色々種類があるが)のだが。

一体何が彼らをイラつかせているのだろうか。

 

さて、帰宅してまずは服を脱ぎ散らかし、ノートパソコンを立ち上げた。

最近は宇宙人にも地球の通信機器が行き渡ったらしく、宇宙人同士のSNSが流行っているのだ。

いつぞや登録して一度も発言していないSNSアカウントを掘り出し、覗き見するのに使っている。

そういえばメロードもやっているからとアカウントを教えられたな、と思い返す。

宇宙人はどうやって交流しているのか、というと、彼らの言語は流石に入力できないので、アルファベットで代用している。

もちろん英語ではなく、ガウラ語とかの音に当てて使っているので知らない人にはさっぱりわからない。

ガウラ語の辞書なんて宇宙関係の人間でなければほとんどお目にかかる機会もないのだ。当然私はわかるが。

適当に覗いて、自身のいやったらしい写真を上げているカラカル型人種を見つけて軽く興奮していると、ある物が目に入る。

何の事はないアメリカの人々の写真だ、宇宙人が上げている。しかしどうもそのアメリカ人らから批判を浴びている様子だ。

曰く「極めて差別的」で「到底許されるものではない」らしいが、どう見てもただ人々が写っているだけである。

宇宙人の方もわけがわからない、という反応で、大いに困惑している。

差別っぽかったら何にでも噛みつくアメリカ人だが、ここまで意味が不明瞭な非難は初めて見る。

何を怒っているのか、と探ってみると、どうも構図が近代の白人らが撮った『野蛮人』の写真に似ているというのだ。

逆によく気が付いたものだ、無論彼らアメリカ人の総意では無いのだろうが(しかしアメリカ人は反宇宙人的ではある)、アメ公ならさもありなん、と言ったところか。

それにその『野蛮人』の写真を撮ったのが誰なのかを完全に忘れているらしい。

くだらない被害妄想に呆れ果てた私はさっさと他の記事を回る事にした。

 



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宇宙船を買いに行こう

 

ウィンターシーズン到来!

極寒の地で生まれた知的生命体であるガウラ人は、この日本の冬が実に心地よいらしく、入国者数は日々増えている。

特に東北以北の地域、とりわけ北海道が人気らしく地球行きのチケットが恐ろしいほど値上がりし、ちょっと問題になっているのだ。

 

さてそうなると、オンボロ宇宙船も買い換えなければならないのだ。

何せ、たったの120人しか乗れない宇宙船、しかも2隻しかないので順番待ちが終わる頃には次の冬になっている。

帝国も補助金を出すというので、遠慮なく買おうじゃないか。

そして更に、そのお買い物について行ってもいい事になった。ワクワクが止まらねぇぜ。

もちろん吉田も行く。「ワクワクが止まらねぇぜ!」同じことを言うでない。

狐とロボは行かないそうだ。まあ目新しいものでもないだろうし。

無論、この買い物には局長が出向くのだが、地球人の意見も聞きたいのだそう。

「やはり、地球らしいものを模した宇宙船がいいのかな、例えば……ギロチンとか」

地球らしいというかなんというか、そのようななんだかお上品なお処刑道具が宇宙空間を漂っていては不気味である。

 

さて、私も地球を離れる時が来たのだ……さらば地球よまた会う日まで。

「数日で帰って来るよ」と局長。現実に引き戻してくれるな。

私は宇宙船に乗った人々を無数に迎え入れる事はあっても、宇宙船に乗ること自体は初めての事である。

吉田も同じようで、少し、いやかなりめちゃくちゃテンションが上がっている。

「すげぇーなぁー時代は進んだな!なぁ!おい!」「吉田くん静かに」局長に窘められてしまった。

さてどんな感じだろう、と待っているのだが、一向に動きが無い。

局長が腕につけた情報端末を覗き込んでいたが、ふとした時顔を上げると「もう宇宙だよ」と言った。

驚いた私と吉田は慌てて窓のカーテンを開ける、するとなんと、巨大な我が故郷が見えるではないか!

「何の音もしなかったのに、もう着いたのか!?」と吉田は驚愕する。

「まあ、こいつはどこぞの富豪の個人用宇宙船を買い取って改修したものだから、静音性は抜群だよ」

なるほどなるほど、席数が少ないのも納得であるし、オンボロとはいえ驚くほど快適であった。

というか離陸したのにも気が付かなかった!そこも見たかったのに!

それから、軌道ステーションで星系航行の可能な船に乗り換える。

目指すはガウラ帝国最大の商業都市『エレ・プラド』であるッ!ちなみに名前の意味は『星の(主に青果品などを取り扱う)市場』だ。

……いやまぁ成り立ちは青果品だったのだろう、知らないけど。

さて、十数時間ほど宇宙船内で寝たりご飯食べたり寝たりしていると局長が「そろそろだね」と伝えてきた。

窓の外を見ると、真っ白い惑星が面前に近づいてくるではないか!

これが帝国の第二惑星『エローステーネ』であり帝国の物流の中心地である。

「うおおお!すげえええ!!」と吉田と二人でつい絶叫してしまった。

「二人とも静かに」

 

一面真っ白い銀世界に、低めのビルや格納庫が並び立っている。

何とも形容しがたく、我々の想像する都会とはまた別物である。

なんというべきか、東京というよりはローマや京都、イスタンブールのようだ。

重いの他未来っぽいものは無く、特筆すべき点は自動車が全て無限軌道だったり、広告が一切無かったりする点ぐらいだろう。

「高いビルなんて色々と危ないからね。広告だって資本主義的だし」

尤ものようなそうでもないような事を言う局長……しかしなかなか私たちにとっては物珍しい奇妙な光景である。

「ただ、このクソ寒いのを何とかして欲しいけどな!」とガタガタ震える吉田。

今の気温は地球基準で見ると-20℃、南極かここは、クソ寒い。

「それじゃあ一先ず腹ごしらえでもしようじゃないか」と局長がキャリーケースを引きずって歩き出す。

そして恐らくこの国の公共交通機関であろう、兵員輸送車っぽい多分バスみたいなのに乗り込んだ。

私たちもついて行く。腹ごしらえとは是非とも楽しみだ。それに屋内なら寒くはないだろう。

 

そんな考えは甘かったのだ。-20℃が-10℃になっても寒いものは寒いのだ、防寒着は脱げなかった。

しかし多少はマシになったというものである。

この店はカウンター席しかないようで、よくドラマとかで見るような居酒屋っぽい内装であった。

席に着くと、局長が店主を呼び出す。「おーい、帰ったぞ」

するとドタドタと奥から局長によく似たガウラ人が出てきた。

「兄者、随分久しぶりだな」「少し用事が出来てね」

彼らは兄弟のようである。私たちも軽く挨拶を済ませると、局長はキャリーケースを開いた。

「見ろ、これは最高の調味料だよ」ケースの中にはズラリと『マーマイト』と書かれた瓶が並んでいた。えっ。

「これが噂の……マーマイト!この間のナットーとやらは人気だったけどすぐ取り扱い禁止になっちゃったからな」

ああ、あったなぁそういう事も……まあ味覚は違うだろうから、こっちではマーマイトが美味なのだろう。八丁味噌のような味らしいが。

それで上機嫌になった店主は私たちオススメをご馳走してくれるそうだ。

「絶品だよ、うんうん」と局長が言う、が、マーマイトを美味いって言ってる連中だし……。

多分食べれないものは出てこないと思うけど……と待つこと十数分。

肉の香ばしい匂いが漂ってきた。これは期待できそうだ!

「どうぞ召し上がれ」と出された皿には、ソースのかかった分厚いハンバーグにレンコンのような野菜と芋らしき野菜、そして蕎麦生地で焼いたパンが盛り付けられていた。

うーん、美味しそうだ。「俺はもう腹ペコだぜ、いただきます!」と吉田が肉にかぶりつく。

「おっと、違う違う、生地に野菜と一緒に挟んで食べるんだよ」なるほど、バーガーのようなものかな。

言われた通りに生地に挟んで頬張る、すると実に美味い!

「これは~~!肉汁とソースが互いの味を引き立て合って、しかもこのレンコンと芋みたいな野菜もシャキシャキしてて、この味はぁ~~~!うんまぁ~~~~いッ!!」

「吉田くん静かに」

 

さてさて、そろそろ本来の業務に当たらねばなるまい。

巨大な格納庫に入ると、まるで航空博物館のように宇宙船がズラリと並べられていた。

おもちゃの車みたいな感覚で宇宙船を並べるんじゃない!とでも言いたくなるような凄まじい光景である。

二人して圧倒されてはしゃいでいると「お待ちしておりました!」と技術者らしき人が局長に駆け寄る。

「外観はいかがいたしましょうか、やっぱり地球らしいものがいいですよね!ギロチンとか!」

地球のイメージはギロチンなのか!?それはフランスだけだ!

「まあ、この二人の地球人に聞いてくれよ」と局長が私たちを示す。

「はいはい、それでは地球人さん、どういった外観がよろしいでしょうか。ギロチンの他には『航空母艦エンタープライズ』や『駆逐艦雪風』、『戦艦ウォースパイト』『巡洋艦プリンツ・オイゲン』などございますが」

やけに偏った選択肢である。今から買うの旅客船だよね?

「いやでも特徴的なのって言えば軍艦ですし?」絶対こいつの趣味だ。

「ていうか別に普通のでもいいんだけど」と吉田が言うと露骨に嫌そうな顔をした。

「え~~~~……わかりましたよ、もう……」何なのか。

「それでは、500人乗りの軌道昇降船を60隻、2000人乗りの星系航行船を12隻、ですね。毎度あり」

……ん?やけに数が多い。

「ああ、そういえば言ってなかったけど大幅に拡張するからね。空港も」

まさに初耳である……え、えー!仕事が増えるのやだー!

 



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この広い宇宙の下で:不機嫌な新人

 

あらゆる備品や船舶を新調したため、驚くほど客が増加した。くっそぅ……。

しかしながら人員も増加したので(空き時間は大幅に減ったが)仕事量自体は大きく変わらなかったのが幸いである。

 

 

以前より宇宙港の拡張は計画されており、滑走路や格納庫、入国ゲートも増加し、宇宙港って割にはこじんまりしたこの施設もそこそこの空港ってぐらいにはデカくなった。

そして極めつけに期待の新人どものお出ましである。事前に研修を受けていたようだ。

ちなみにバルキンは別のゲートの担当となった。

「今までありがとう……別のゲートに行っても、元気でねぇ!」と目をウルウルさせていたが、歩いて数分もかからないだろ!?同じ建物の中だし!

新たに私の下に着いたのは銀色の毛皮をしたガウラ人女性、スワーノセ・ラスであった。

他のメンバーも対して掘り下げてないのにまあ新キャラなんか出しやがって、と思うが、まあ現実は物語とは違うので、次々とやって来るという事もあるのだろう。知らんけど。

「よろしくお願いします」と不機嫌そうに恭しく挨拶をする。見た感じは随分と生真面目のように見える。

「あ、失礼ですが先輩。あなた勝手に人の尻尾触るって聞きました。勝手に触るのは失礼だし、実際スケベだと思いますが?」

くっ、言ってくれるじゃねえかよォ……。しかし何も言い返せない!

「同性愛は帝国では不適格です、異性であってもスゲー変態です」

『不適格』とはつまり、共産党にとっての非共産主義者のようなものである。要するに駆除対象だ。

この辺りの理由は帝国の歴史書に詳しい。が、それはまた別の機会にでも。

とにかく、宇宙港はすっかり拡張され少し様変わりしたという事だ。

 

窓の外を見るに、いつもよりも数倍人数が多い。やだなぁ、と溜め息を吐きながら来場を待つ。

数倍の人数という事は数倍の時間がかかるわけで、んで、ゲートも増えたわけだからえーっと……まあなるようにはなるだろう。

「いちいちそんな事考えているんですか、地球人って」といちいち食って掛かってくるガウラ人、ラスである。

まあ私も随分な変わり者の自覚はあるので、多数の地球人はこんな事考えながら仕事はしないだろう。

うだうだと言い争い、というほどでもないが、色々と言い合っていると、メロードが目配せをする。きっと客が来たのだろう。

「こんにちは、旅ってのはいいねぇ!」と現れたのはいつぞや見た事のあるミミズク型人種だ。

パパパッと慣れた手つきで書類を差し出す、「はいこれお菓子、食べてね!」となんか変なのも差し出す。

「美味しいかどうかはまあ人による。僕はマズかった」んなもん寄越すな!どっかの健啖家にでもくれてやれ。

そのミミズク人種、アミ人の男性は旅の思い出や地球の観光地などをベラベラと喋り始める。

私がうんうんと聞いていると、後ろからラスが割り込んできた。

「ちょっと、後ろのお客に迷惑ですから、早く行ってください」

これは驚いた。ダラダラと喋っているのを咎められたのは今回が初めてなのである。いやそれも随分とおかしな話だが。

「何を怒っているんだい、何か悪い事でもあったのかい?」

「悪い?悪いってのは何もかもが悪い状況です!」

なんだか様子が変である、思えば最初から不機嫌であったが……。

「私は!私は、臣民大学での成績だってバツグンによかったのに、なんでこんな辺境の原始惑星で原始人と仕事しなくっちゃいけないんですか!恥ずかしくて家にも帰れやしない!」

随分な言い草である。まあ実際原始惑星で原始人なのだが、こういった話は地球でもよくある事だ。

「馬鹿言っちゃいけない、辺境の惑星だって大都会の惑星だって一緒さ」

「一緒なわけないじゃないですか!こんな野蛮で下等な人種がいる劣悪な星、来たくて来たんじゃないですよ!」

これはまた随分な言い草である。まあ実際野蛮だし下等だし……ってちょっと卑屈過ぎたかしら。

「一緒さ一緒。だってさ君、どんな星でもどこの星でも、見上げた空は同じ一つの宇宙だよ。見え方は違うかもしれないけどね!」

おお、言われてみればそうだ、名言だなこれは!と思ったが。

「屁理屈です!」と一蹴されてしまった。

「そうは思わないけどなぁ。もう僕は300年も生きてんだから信用してちょうだいよ」

「早く、行ってください!」ビシッと出口を指さす。

「なんだか虫の居所が悪いみたいだからここは退散しておくよ。でも覚えといてね、宇宙は一つ!」

男はひょうきんなステップを踏みながら去って行った。

彼女はと言うと、依然不機嫌な顔をしていたが、何か彼女なりに思うところがあるのか、その日はもう口を挟んでは来なかった。

 



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この広い宇宙の下で:名家のお嬢様

例の新人、スワーノセ・ラスは気難しさは私が出会った宇宙人の中では一二を争うものであった。

まあそういう人間もいるだろう、とは思うのだが。

 

 

ラスは毎日不機嫌であった。何らかの生物学的なアレなのか、と疑うぐらいだ。

しかしガウラ人にはそういうのは無い(発情期に類するものはあるらしいが)のだという。

仕事に差し障るほどではないが、いい気分ではない。

彼女に、なぜそんなに不機嫌そうな顔をしているのか、と聞いてみると「私は元々こういう顔です」と取り付く島もない。

それなら、この場所か、私が嫌なのかもしれない、と局長に相談することした。

「うーん、やはりと言うべきか否か……」

なんと、彼にはどうやら心当たりがあるらしい。

「なんてったって、エレバンの地方領主の家系だからね」

エレバン(『星の下』の意。アルメニアの首都とは関係ない)というのはガウラ人の母星であると同時に帝国の首星である。

そこの領主、というとファンタジーな感じだが、世襲制の県知事と考えるのが一番しっくりくる。

で、彼女はそんな領主一族、スワーノセ家の出なのだ。まさに名家のお嬢様である。

「素晴らしい一族なんだが、一体どういう訳なのか。虫の居所でも悪いんじゃないの」

だとすると、いい加減機嫌も直って欲しいものだが。

 

ガウラ人の事はガウラ人に聞くのが一番だ。というわけで警備員二人にも話してみた。

「ああいう言い方はよくない」とメロードは言う。それはそうなんだが。

「内地の人間はああだから。日本で言う京都の人間みたいな」

京都人のアレさが宇宙人に伝わっているのも興味深いが、やはり事情はどこでも同じなのだろう。

「しっかしよォ、なんだってこんな星に来たんだ? スワーノセ家と言えばエレバンの大穀倉地帯の領主だろ?」

エレクレイダーが疑問を投げかけた、それを聞くと彼女がここに来たのは実に不思議だ。

「さぁ、勘当でもされたんじゃないか」フンッと鼻を鳴らして言い放つメロード。

どうも彼は首星の人間があまり好きではないようだ。

「メロードは田舎者だからな。まあガウラ人の大半が田舎者なんだが」

確かにそれは言えてるが……とメロード。しかしだとすれば彼女もまた田舎の大地主ってことではないのだろうか。

「結局、驕り高ぶってるだけだろう」「そんなもんかねぇ……」

二人とて、意見が分かれるところのようだ。

 

そうなると直接本人に聞くが一番であるという事だ。私はその夜、彼女の寮を訪ねてみた。

「不躾ですね、いきなり来るだなんて」

やはり取り付く島は無さそうだ。しかしその理由を聞きに来た。

「別に、元々こういう性格なんです」

私はあまりにもそういう態度が続くと業務に支障をきたすし気分もよくないということを粘り強く懇切丁寧に説明する。

すると根負けしたのかポツリポツリと話してくれた。

「うるさいですね……別に、こんなところに来たくなかっただけです。私は、支配者の一族ですからこんなところでこんなことやってる場合ではないのに」

なんとも引っかかるというか、鼻につく言い方だがこの地球に来たのはかなり不本意な事らしい。

「お父様は、きっと私の事が嫌いなんです。でなきゃこんな原始文明に寄越したりはしません」

彼女はメロードと比べてみても比較的若いように見えるので、そんな彼女が単身この遠い星に来て寂しく思っているのではないだろうか。

「失礼な、16歳ですよ、立派な成人です」

帝国の暦では1年が255日なので地球の暦で換算すると……11歳ぐらいだろうか、地球の感覚だとかなり若い。

「帝国ではこれが普通です。もう結構でしょう?早いところ立ち去って下さい」

結局、ペッと部屋から追い出されてしまった。

 



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この広い宇宙の下で:一つの宇宙

ラスは相変わらず不機嫌であった。

それでも、以前よりかは多少マシにはなったが、職場の雰囲気は悪いままである。

 

 

しかしそれは私が我慢すればいいだけの事であるのだが、その精神的負担は他者には見えてしまうようだ。

休日にバルキン・パイと遊びに行っても「元気ないねぇ、大丈夫?」と心配されるといった具合である。

「やっぱり、あの新人なのね。文句ならあたしが言ってやろうか!」

気持ちはありがたいが、と私が彼女について思っていることを話した。

つまりは、彼女はホームシックとでも言うべき状態なのだろう、と。

「なるほどー。でも他人に当たるのは違うよね」

それは全くその通りである。

「星は違えど宇宙は同じなのにね、同じ一つの宇宙の下にいるんだから」

彼女も、いつぞやのミミズクと同じ意見を持っているようだ。

「でもさぁ、ホームシックって言うならさ、その『お父様は自分の事』だなんて言わないんじゃない?」

むー、確かにそれもそうかもしれない。では別に原因があるのだろうか。

「似たような理由とは思うけどね、例えば……後継者問題で血を見た、とか!」

無くは無いのだろうが、それなら帰りたがる理由もない。

「絶対そうだよ!血みどろ後宮サスペンスが起きてるんだよきっと!」

まさか、そんなオスマン帝国のハレムか、はたまた江戸の大奥でもあるまいし……。

「というわけで今日はオスマン帝国美術展に行くんだから!折角のおやすみなんだから、元気出して!」

どういうわけだ、別にいいけど……。

「元気出るよ!オスマン帝国美術は!」

オスマン帝国の美術は、イスラム美術とは違うのだろうか?

「全然違うよ!オスマンの美術は全世界の文化の影響を受け、同時に与えた素晴らしいものだよ!」

全世界、は言い過ぎにしろ旧世界全ての影響があったのはその通りかもしれない。

「旧世界こそが全世界だよ!新世界に国は存在しないし」

……宇宙人時々こういうよくわからないこと言うから怖いの私。政治的なアレだろうか?

 

さて後日。最近はガウラ人が多い、というのは先にも説明したような気もする。

新年という事もあり新年行事に参加するのかその日もガウラ人が多かった。

眼福眼福、と思いながら仕事を進めていると、銀色の毛皮をした壮年らしいガウラ人が現れた。

「お初にお目にかかりますねんけど」と結構な訛り(関西弁で表現しているが)のその男性は姓をスワーノセといった!

こんにちは、地球へようこそ。と軽く挨拶を済ませる。ラスは後ろで資料を管理している為気が付いていないようだ。

「うちの娘がここに来てますやんか、おたくご存じ?まあ知らんでもええけどな。なんか不服そうな顔してん」

ペラペラと喋り出す。ものごっつ聞き取りづらいねんこれが(翻訳機使ってるからわかるけどね)。

「なんでかうちの跡取りになるつもりやったらしく、そんなんすぐなれるかドアホ!って言うたらいじけてもうて」

なるほど、年相応らしいと言えばらしい。

「お前そもそもな、長男おんねんから跡取りは無理やって言うたら、『そんなんわかっとる!』とか言うて」

すると彼は上着をググッと上げて腹を見せた。

「見てん、これ、見てん、それで刺されたんや。お前ホント刺すか!?つって」

ホンマでっか!?血を見るどころか見せる側であった、コワイ!

「まあこれは別にええねんけど、そのまま喧嘩したまま地球に行ってしもうたんや……」

別にいいのかよ。まあガウラ人って丈夫だもんね……この前車に轢かれたの見たけどピンピンしてたし……。

「それでそのー、仲直りしたいって思うてるねんけど……聞こえとるやろ、ラスぅー!」

彼がそう言うので、私はラスの方に目をやった。書類の整理をしていたが、顔を上げた。

そしてデスクに置いてある缶ジュースを手に取ると少しだけ口に含み、缶を元あった場所に戻すと再び作業に戻った。

「聞こえてへんのかい!!」

 

しょうがないので、休憩時間に自販機前のベンチで彼らを引き合わせた。

「パパ!なんで来たん!」

ラスは非常に驚いたようで、彼女も訛りが出てしまっている。

「あ……な、なんで来たんですか、お父様!」

私がいるのを思い出したようで慌てて言い直した。彼はその態度にキッと目を鋭くさせる。

「お前そんなん、つまらんで。皇帝の威光の届かん人やからって見下しとるんとちゃうか」

ホントすんません、と私に頭を下げてきた。なんというか、やっぱり宇宙でもみんな同じものだなぁ、と感慨深いようなそうでもないような。

「だって、臣民大学じゃ……」

「お前そんなん、教授が言うてたか?人を見下したような態度は取ってもええて」

「い、いいえ……」

「悪辣な空気に流されるな言うたやろ?臣民大学っちゅうのはそういうドアホが多いのは事実や。見下してええんは相手の性格だけ、境遇や外見、種族やないで!」

仲直りしに来たのに説教が始まってしまった……しかしこう、喉に小骨が引っかかるような釈然としない説教である。

「そ、それより!お父様はなぜこの星に!?」

ようやく話が本筋に入った。

「そんなん、仲直りするために来たに決まっとるやろ!アホか!埃被ったみたいな毛の色して!」

さっき外見がとか言ってなかったっけっていうかお前も同じ毛の色だろ!?

「仲直りする事なんてありません!」

「そんな事ないやろ、ないよね?」と私を見る、見るな。

「先輩は関係ありません。仕事に戻りましょう」と今度は彼女が私を見る。

「待ってーな!この星に送ったのは訳があるんや!」

「どんな訳ですか、一生入国の管理でもしてろと?」

傷つくなぁ。

「実は……この地球人がおるねんから言いづらかったんやけど……この人物分かり良さそうな顔してるし……」

彼らから見るとそんな顔をしているのか?今度メロードに聞いてみよう。

「実はな、ある計画があったんや。うちら高級領主だけが召集されてな。この星って威光が届かんところあるやろ?」

「ありますね……」あるの、どういう基準なの、威光って何なの。

「地球人さんにもわかりやすく言うと、王侯貴族のいない地域の事やねんけど」

解説どうも。つまりはフランスとか南北アメリカとかになるのだろうか。

「まあガウラ人の考え方やねんけど、王や貴族には威光という神通力のようなものがあって、それが無いと国は見るも卑しいものになるという考え方やねん」

本来ならば私が解説すべき点なのだが……心が読まれているのか……!?

「言い忘れてたけど、自分、超能力使えるんやけども」

読まれているそうです。じゃあそれで娘の心読め。

「そんなん怖いやん、もし嫌われとったら立ち直れんやん?」

途中でベラベラと私たちが喋り出したのでラスが怒る。

「もう!結局何なんですか!」

「そうやねん……それで、その威光無き地を天皇家やエリザベス家とかの地球人も含めた王侯貴族で分割統治しよか~って計画なんやけども」

サラっと重要そうな計画を喋りおったこのおっさん、コワイ!中東平定もきっとこの一環だろう。

「その計画としてね、お前に地球の文化を学ばせようと送ったんやねん。もっとええ職場もあったけど、心配やし、宇宙港ならいつでも呼び戻せるし……」

「つまり……私がこの地球のどこかの領主になるということ、でしょうか」

「まあそう思ってもらってええけどね」

地球人的にはかなりアレな話を聞き終えた彼女は、声を震わせていた。

「よかったぁ……うちな、パパに嫌われたと、思たんや……」

「すまんかったなぁ、ラス……」

二人はひしと抱き合った、目には涙を浮かべている。いい話みたいな空気を出すな。

「だってうち、こんな遠くで、宇宙は広くて、周りは知らない宇宙人ばっかりだし……」

「いつも言うとるやないの、見上げた宇宙は一つで、誰もがこの一つの宇宙を見ているって。だから寂しく思わんでええんやでって」

ラスが彼の胸に顔を埋める。喧嘩別れしたのが余程応えたと見える。

親父の方はこちらに目をやった。

「すまんね、地球人さん、親子喧嘩に付き合わせてもーて」

ペコリと頭を下げた、地球式の綺麗なお辞儀だ。出会った時から思っていたが、訛りこそすれど立ち振る舞いは紳士らしいと言える。

まあこの字面では全くそうは考えられないだろうが……。

「先輩なら許してくれますよ、この人は……私が周りに当たっていても親身になってくれた、とってもいい先輩ですからっ!」

ラスは顔を上げると、これまで見た事もない弾けるような笑顔で言った。くそっ、もうなんか許された気になってやがる!

が、実際気にはしていない、面白い事も聞けたし。なんかいい話みたいになっちゃってるけど地球侵略計画の話なんだよなこれ。

でもこれまでの事から考えると日本は依然として日本のままだろうとは予想できるのでいいの……だろうか?

むむむ~と考えていると、親父の方がこそっと耳打ちをしてきた。

「まぁほとんど進んでないけどね、この計画」

進んでないんかい!いや、進んでてたまるか!

 



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鉄血仕事人

 

機械生命体の子供がアメリカで殺害された。犯人は、被害者が機械とあって罪に問われる事さえもなかった。

身体のほとんどが持ち去られ、残されたのは空間内にアップロードされた記憶の一部始終のみである。

この事件は地球が宇宙と交流し始めてからの初めての異星人殺人事件であった。

 

 

本日、そのアメリカで起こった殺人事件の遺族らがこの宇宙港にやって来た。

彼らの面持ちというのが見るに耐えないものである、というのは言わなくともわかるだろう。

他の客人らも雰囲気を察してか実に大人しく、さっさと業務は終えてしまった。

彼らは涙は流さないが、ロビーのベンチに座り込んで頭を抱えている。

そして彼らと同じぐらい暗い表情をしているのが、吉田だ。

今回の事件の被害者である子供を彼が入国させたのである。

私は彼に何と声をかけてやろうか、と考えを巡らせていた。

しかしながら以前の、私が辛うじて止めた不正入国未遂とは違い、実際に事件が起きてしまったのだから、彼も気分がよくないのだろう。

「あいつは、あいつとは話したんだ。この、初めての旅行を楽しみにしていたんだと」

俯いたまま吉田は呟く。「まだ子供だぞ、地球でなら9歳だったんだ」

不幸、と言えようか彼はその子と熱く語り合ったのだという。地球の事、将来の事、色々と。

そういう事で余計に感情移入してしまっている。

「俺、ちょっと遺族と話してくるよ」

結局、私が一言でも口を開ける前に彼はトボトボと行ってしまった。

 

吉田と遺族らが話しているのを遠目で見ていると、ロボットが近づいてきた。

「吉田の野郎は自分が入国させなければ、なんて考えてウジウジしてやがる」

エレクレイダー、ガウラ製の機械生命体で、吉田側の警備員だ。

「この俺様はここで実績を作って、将来は近衛師団に入るつもりなんだぜ、調子が狂ってヘマでもさせられちゃあ困るぜ」

やれやれ、とでも聞こえてきそうな感じに肩をすくめる。

警備員なんだからヘマも何もという気がするが要するに、私も吉田を立ち直らせるのを手伝え、と言っているのだと思う。

「それで、地球人ってのは何をしてやったら喜ぶんだ、特にこういう時はよ」

こんな口調だが、彼も吉田を心配しているのだろう。

私は、正直に今の気持ちを伝えればいい、とアドバイスをした。

「ケッ、そんな事出来るかってんだ。大体地球人はこういう事でいちいち感情的になり過ぎなんだよ」

仕方がない、それが地球人という種族である、ましてや被害者は子供。

「こんな事でウダウダ落ち込んでちゃ、身が持たないぜ、罪悪感を感じたってしょうがねーのによー」

それはその通りであるが……。

「ったくよぉー、あの調子じゃあ、こっちだって調子狂いそうだぜ……」

ブツブツ言いながらその辺をウロウロと歩き回っている。

彼も落ち着かないのだろう、口ではああ言ってはいるが、本当に吉田の事が心配なのだろう。

 

後日、かの被害者と同じ種族の機械生命体の男(と、言っていいものだろうか?)がやって来た。

彼がこちらに書類を差し出すと、武装関係の書類が一つも見当たらない。

私が彼に催促をすると、一枚の写真を差し出した。先日の殺人事件の被害者の写真である。

「私は『仕事』をしに来た。通せない、というなら引き上げるが」

つまり、彼はこの事件の加害者を始末しに来たのだろう。

「……こっちも、原始人に舐められては『面子』や『沽券』というものに関わるんでな」

ふと彼の後ろに目をやると、メロードが既に武器を抜いている。

男は振り返ると、メロードに語り掛けた。

「もしやり合うならどちらかが死ぬぞ、獣」

「警備員としての仕事は全うする、必要があればだが」

メロードも本気のようで、全身の毛が逆立っているように見えて、恐ろしい、まさに般若のような形相である。

「いいか……被害者はまだ産まれて間もないような子供だった。だが無残に殺され、死体さえも辱められた。お前たちとて許せはしないだろう、犯人を地獄に落としてやりたいと思うだろう」

それは、思っていないと言えば嘘になる。報道で見たが、あまりにも残酷な事件であった。

「獣もそう思うだろう」とメロードにも振ったが「私は職務を全うするだけだ」と一蹴される。

そうすると男は、ガウラ人は頭が固いんだから……とボソリとぼやいた。

この人物は確実に武器を持ち込もうとしている。入れてしまえば、間違いなく犯人を殺すだろう。

男に依頼した、恐らく被害者の両親が依頼したのだろうが、彼らの気持ちを無碍にするのは果たして正しい事だろうか。

復讐に意味はあるとか無いとかはよく言う話だが、彼らにとっては確かに意味のあることだろう。

しかしながら、地球に宇宙人の武装を持ち込ませるわけにもいかない、ましてや確実に犯罪を犯すと知っていながら。

そういう決まりだからである……決まりに沿って動けば責任は無い……。

そんな事が頭の中をグルグルと回っている、何が正しくて、間違っているのか……。

気が付けば、私の手は既に入国許可のスタンプを手に取っていた、私ってば何をやっているのかわかっているの!?

バレれば職を失うだろうし、他の地球人に何を言われるかどうかもわからない、待っているのは社会的な死だ!

だが私の手は入国許可のスタンプを押してしまった、押してしまったのである。

「入れてくれるのか、随分考え込んでいたが……」

男は安堵した表情を見せ、懐から一枚のコインを取り出した。

「もし追及された時、これを出すと良い」

何かの文字と模様が描かれている金属のコイン、何かの証になるのだろうか。

「任務は遂行される、正義は守られる。お前が気に病む事は無い、死ぬべき人間が死ぬだけなのだ」

そう言って彼は入国していった。メロードも「弾いたらどうしようかって思ってたよ」とか言い出した。人の気も知らないで。

しかし、これで確実に人が死ぬ、私のせいで……だが、自らの正義に従ったのだ、もし捕まっても悔いはない……はず。

どちらの選択をしたとしても何かしらの後悔やモヤモヤは残るのだろうが。

 

その日から私は何というか情緒不安定であったが、3日ぐらい経ったある日、かの被害者の遺族が訪れた。

「ありがとうございます、本当に、何と言えばいいか。規律も破らせてしまって」

私というのは、どういう言葉を出せばいいか迷っていた、というか困惑していた。

「そのような表情になるのも、無理はありません。それからこれは、感謝の気持ちです」

その人物は鞄から手帳のようなものを取り出し、私に差し出した。

「暮らすには十分なほど入っております」

差し出された手帳は、銀河市場で使える預金通帳であった。相当な額が入っているように見える。

これは受け取れない、と返そうとしたが、既にその人物は立ち去っていた。

仕方がない、貰える物は貰っておこう、とはいかない。明るい気持ちにはなれず、なんだか複雑な気分だ。

しかし、遺族の言葉を聞いて、多少は気持ちが楽になった。

のだが、この預金通帳については持て余してしまう……宇宙に出る予定もないし……。

 



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スイート・マイ・ツイート

 

SNSというものはよく考え出されたものだ。

多くの人間は純粋な交流の為に使っているが、承認欲求、あるいは自己顕示欲を満たすのにこれほど都合のいいものは無い。

 

 

とある日本の通信会社が、長期滞在する宇宙人向けの格安スマートフォンサービスを開始したところ、瞬く間に広まった。

特に物流や貿易関係者は家族連れで地球に住んでいる人々も少なくはない。

先日もメロードが自慢げに見せてきたが、所有者が宇宙人という点以外は珍しくとも何ともない普通のスマートフォンだ。

もちろん、インターネットにも接続できる。広大な電脳世界にもついに宇宙時代がやって来たのだろう。

となるとSNSだ。メロードは早速連絡先を交換してくれとせがんでくるのだが、私は見るために登録したようなものだから、何も無いよと注釈して教える。

SNS事情は地球も宇宙も概ね変わらず、すぐ飽きる者から四六時中見ている者まで様々だ。

ビルガメスくんはよくわからんが、バルキンなんかは適度な付き合い方が出来ている様子である。

とはいえ何かよくわからないものやらスケベなものまで流れてくるので正直ミュートしたいのだ……。

ラスというのは隙あらば見ているし、宇宙港にはちょっとしたSNSブームが来ている。

ついていけてないのはエレクレイダーぐらいだ。

「俺、それの使い方わかんないしさ、反応しないんだよ触っても」うーん、むべなるかな。

とにもかくにも最近の私の趣味といえば、専らそういった宇宙人たちのSNSを観察する事である。

 

帰宅して一番にやる事と言えば、ネットニュースやSNSを覗く事なのは私だけではないだろう。

相も変わらず、野党のニュースばかりだ。どうも帝国を好き放題にさせているのが気に入らないらしい。

戦争になるって?今や私たちに敵う地球上の国家はイギリスを除いて存在しないのに。

(忘れかけていただろうが)メギロメジアとの戦争は(我々地球人は何もしていないのに)勝利に終わったのだが、帝国の計らいかガラクタ押し付けられたのか賠償艦を宇宙艦隊が組めるほど貰ったのはあまり知られていないのだ。

日本政府的にはあまり知られたくないのか地球の言語での記事は存在しない。私はガウラ語の記事で知った。野党もそこを突けばいいのにね。

そうして、やりもしないSNSを覗いてみると、今日も宇宙人たちが盛り上がっていた。

流石に宇宙の文字は使えないので、英語と日本語を代わりに使ってやり取りをしている。

アルファベットやカタカナひらがなを使って無理矢理自国言語を表現している連中も中にはいる、まるで暗号のようだ。

こうして見ると色々と変な投稿があって面白いのだ。

『また尻尾を踏まれた!』とか『毛並み整えるならあそこのペットショップがおススメ』とかちょっとズレているとも思える投稿ばかりである。

まあそれが彼らの日常なのだろうが、それを垣間見れるというのは実に面白い事で、まとめサイトやら掲示板に専用の場所が出来たりもしている。

時間を無限に潰せるような気もする。

 

そうしてダラダラと眺めていると、気になる投稿があった。

カラカル型人種の少女の、その、アレな自撮り画像が流れてきたのだ。んなもん共有するなバルキン!

どうやらかなりの反応を貰っている、まあ当然と言えば当然である。

なんとも気掛かりな気もするが、本人がよけれな自由にやればいい、のだろうか。うーん。

数日程眺めていると、どんどんエスカレートしているようでバルキンもどんどん共有してくる。バルキンよさんか!

彼女のあられもない姿は既に数万、数十万人の目に届いてしまった。

もはやネット上から消すことは出来ないだろうに、彼女は能天気な事を呟いている。

が、遂にはアカウント凍結となってしまった。

 

後日、宇宙港に顔を隠した怪しげな宇宙人が訪れた。

どうも地球を出たいらしいが、顔を見せないのでこれは怪しいと拘束されたのである。

そしてそういうトラブルの時はもう私が呼び出されるのが決まりなのだ、こいつに任せておけばなんとかなると思われているらしい。

開港以来こういう事に数多く首を突っ込んできたことが仇となった。

局長も「いいんじゃない、解決した分だけ給料上乗せしよう」とか言うのだ、くそっ、日本人に感化されてブラック企業になったとでも言うのかッ!

まあ給料が増えるので当然出向く。指示された部屋に入ると、警備員とカラカル型人種がいた。

「お待ちしておりました、なんとかしちゃってくださいよ」と青い毛皮のガウラ人警備員。出国ゲートの担当である。

「じゃあ仕事に戻りますので。彼女色々言ってるんですけど、私にはさっぱりで」

そそくさーと部屋を立ち去った。こいつが凶暴な犯罪者ならどうするつもりだこの野郎……。

で、私がこの人物に話しかける……前に顔を覆っている布を剥すと、見た事がある顔だった。

「あ……知ってるんですね、まあ知ってるでしょうね……」

そうなのだ、彼女は自分の写真をアップロードしていた少女なのだ。

「もう地球にはいられません……こんな、こんなはずじゃ……」

なんでも最初はほんの出来心だったのが面白いように反応が増えて、やめられなくなったのだという。

「それだけなら、よかったんです、でもある時から、写真が私ってバレて……住んでいる所も特定されて……」

うーん、そりゃあ、地球上の狭いコミュニティじゃバレもするだろう、なんとも気の毒とも言える話だ。そうとしか言いようも無いが。

「こんな、SNSなんていうのは、私の国には無くって……みんな褒めてくれるから、私、調子に乗っちゃって……」

なるほどなぁ。そういう訳なら、と私は出国の担当者に簡単に説明をした。

それなら、と今回は特例として顔を隠したまま出国させることとなった。

にしても、自己顕示欲というものの恐ろしさたるや、私も気を付けなくてはならないだろう。

特に、普段から自己肯定感の低いほどこういうものはドツボに嵌まってしまうと言うから、落ち込んでいる時などは要注意だ。

適切な距離を保っていれば楽しい趣味なのだろうが、何事も程々が大事だという事だろう。バルキンも程々にして欲しい。

持ち場に戻ると、ラスが自分の写真を撮っていた。

「私ってばほら、控えめに言っても美人じゃないですか、SNSに上げたらやっぱり反応いいでしょうね」

お前おいちょっとお前やめろバカ、よさんか!

 



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トラブル大名再び

 

歴史というものを一方向からしか見ないのであれば、それは歴史を知ったという事にはならない。

一人称、二人称、三人称の視点で考えれば正確ではないにしろ、概ね正しいものが出来上がるのではないだろうか。

とはいえ歴史というものは当事者でなければ数多の資料を照らし合わせて最終的には『私はこう思う』までにしか到達しないのだが。

 

 

そういえば、メギロメギアとの戦争は我々の勝利に終わった(地球人は何もしてないが)。

そして驚くべきことに、貰えるはずのないと思われていた賠償が転がり込んできたのだ(何もしてないのに)。帝国の計らいだろうか(何もしてないんだよ?)。

大量の貴金属類やエネルギー、宇宙艦隊を日英は等分し、宇宙軍を新設せざるを得なくなる。

当然、地球社会の混乱は避けられないだろうが、まあその辺りは政治家のお偉いさん方が何とかしてくれるだろう。

近日には横須賀にて賠償艦の命名式と宇宙戦闘艇数隻の一般展示が行われる。

全国はおろか全世界から人間が集まると予想され、その賑わいはオリンピックなどを遥かに超えるものだろう。

宇宙港でも大いに宣伝され、旭日の周りを太陽系惑星が回る様子を模した旭日星系旗なるものが飾られている。これが超かっこいいのだ。

客人たちも口々に「戦勝おめでとう」との言葉をかけてくれる(何度も言うが、我々は何もしていないのだ!)。

 

そして、客の来ない空いた時間に急に呼び出しを受けた。なんでも、ターミナルに物凄く怒っている客がいるそうだ。

誰かが何か粗相でもしてしまったのか、とラスも連れて大急ぎで向かうとエビ型人種が座り込み(どういう身体の構造をしているのか?)をしていた。

どっかで見た顔だな、と思っていると彼が話しかけてきた。

「一体どうなっているのか!?」

はぁ、何がでしょうか、と尋ねる。彼はいつぞやのトラブル大名だ。今度は一体なんなのか。

「お前たちの歴史観はどうなっているのだ!?この、地球の!」

イマイチ話が見えてこない。前回と似たようなことで怒っているのは確からしいが。

「これを見るのだ」と差し出された冊子には、彼が独自研究したと思われる地球の近代史の情報が並べられていた。

つまるところ彼が言いたいのは、国によって言ってることが食い違ってたり明確な誤りがあったりする、という事だろうか?

「ああ、この日本も大いに悪辣外道なる真似をしてくれているではないか!」

逆に知らずに前回騒いでいたのか?だとするとスゲー馬……というかピュアというかなんというか。

「この……なんでしたっけ、ヴィクトール人でしたか。この人何なんですか」

私はラスを肘で小突くと彼に、歴史書など大抵はプロパガンダではないのか、と問いかける。

「そのようなはずが無かろう、一体君たち地球人は何を考えているのかね」

地球人的には(とはいえ、歴史書=プロパガンダというのは地球人的にも穿ち過ぎた見方だが)そっちこそ何考えているんだという話だ。

「全く信じられん、前に言った事も嘘なのではないだろうな!?」

嘘なのである。しかしこれは参った、まさか再び訪れるとは。前回と同じ手は通用しない(しそうだけど)だろう。

「なんだか話が見えないんですけど~」

袖をやたらめったらと引っ張るものだからしょうがないので事の次第を説明する。

皆さんも覚えているかどうかわからないので簡単に説明すると、この大名エビは以前に所謂ネトウヨっぽいこと吹き込まれて主に日本の敵対国に怒っていたのを私がてきとーに窘めて追い返したのである。

「はぁ……」呆れた表情をするラス。実際私も呆れた。

「全く、貴族たるものが情けなやというものです」自分のマズルを一撫でするジェスチャーをした。

「何だね君は、私は今この人に話をしているのだ、わかってるのかおい!」

ちょいと口を挟ませてもらいますがね、とラスは口を開いた。

「歴史ってのは多角的な見方が出来ますやんか、それで食い違う事自体はよくある事ですよ実際」

そんな事もわからないのか、とでも言いたげにまたマズルを撫でる。

「いずれかの一方の視点からしか見ない方が、偏ったものになるって話ですよ、あんたホントに政治家です?」

「待て、わかった、もう言うな」

彼はキチキチと音を立てているが、少し落ち着いた様子だ。やったねラスちゃん!

さあさ、水でも飲んで、と彼のガードマンからペットボトルの水を受け取り、彼の手に渡す。

蓋を開けると、口から細長い触角のようなものが出て来て、ペットボトルの中を掻き回している。

はて、どうしたものだろうか、と思案するも、今度ばかりは妙案(まあ前回もアレだったのだが)も思いつかない。

そもそもがデリケートで複雑な問題である。例えば南京事件、『30万人殺した』と言えば明確な嘘であるし、『民衆の被害は全く無い』と言ってもこれもまた真っ赤な嘘である。

陸海軍将兵の大陸における非道行為は日本軍憲兵の資料にも記されてある、しかし中国市民が日章旗を振り笑顔で日本軍を迎え入れる写真も残っている。

どうも一筋縄ではいかぬ、彼の思っているように二元論的な歴史であればどんなに世界は単純だろうか(そしてどれほど多くの考古学者が職を失うだろうか)。

「難しい事考える必要がありますか先輩、追い出しゃいーんですよ。帝国の公務員は皆そうしてます」

え、えー、そうなの……帝国でそういう手続きしたくね~……。

「ふん、だとすると、我が艦隊もお前たちの国に向けなくてはならぬようだな」

何故なのか。それは実に困る。まるで私が外患誘致でもしたかのようではないか。

「どうぞご自由に。帝国に勝てる自信があればですが」

ら、ラスちゃん!激しく煽らないで!とはいえ今の日本は以前の日本ではない。宇宙艦隊を持っているのだ。

宇宙艦隊と言っても、帝国から譲り受けた都合上連中が宇宙艦隊の人事を握っており、なぜか陸上自衛隊から指名した(まあ海自でも宇宙となると艦隊運営はままならないだろうが)のでてんやわんやな状態ではある。

だが規模はそれなりで、戦艦6隻に巡洋艦3隻、駆逐艦9隻、小型戦闘艇31隻と、これは天の川銀河でも中の下ぐらいの戦力である。

このエビ宇宙人らの艦隊にも多少の損害を与える事も可能なのだ(しかし全部賠償艦だし、棚から牡丹餅のようなものなのである)。

メギロメギアの一件で帝国が割と簡単に動いてくれる事も判明し、もはやこんな大名の事は怖くも何ともない。怖いのは外患誘致罪だけだ。

そんな気も知らずにラスはドンドコ突いて回る。

「あまり脅しをかけるようでは、あなたを拘束しなくてはならなくなりますねぇ、大名さん?」

すると彼は触角をうにゃうにゃ動かして再び怒り出した。ちょっとキモい!

「ふん!我が艦隊は手強いぞ!」だがそんな彼とは違いガードマンらは慌てふためいている。

二人のうち片方が大名を窘めようとし、もう片方は私とラスの方を向いた。

「あまり刺激せんといてください、この人すぐ怒るんだから」

ラスも割とすぐ怒るのでおあいこってヤツである。「なんですって先輩?」

しかしながら、あまりこの星でゴチャゴチャして欲しくない。こんなのでも、私の故郷だ。

「それはわかります、すぐ何とかしますから」

そう言ってガードマンの一人はもう一人の加勢に入る。

「閣下、お聞きください。彼らにはガウラがついてますから」

「その通り、きっとガウラの仕業でしょう。取り乱しては奴らの思う壺です」

そうして彼らはないことないことを吹き込み、そしていとも簡単に大名は落ち着きを取り戻した。この人物は大丈夫なのだろうか?

「えへへぇ、実はこの間のあなたの説得術を見て、修行したのですよ」

術って程でもなかった気がするけど……まあ、宇宙には色んな種族がいるし、文化レベルも様々なのでこういう事もあるのだろう。

しかしながら神輿が軽い方がいいというのは地球と彼らの国との共通点らしい。

彼の境遇を思い少々アンニュイな気分になりつつも、私たちは業務へと戻った。

 



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あなたは神を……

日本において新興宗教が嫌われているのは例の地下鉄の事件が原因であるのはよくご存じだろう。

無論宇宙にも新興か伝統かを問わず宗教は存在する。そして宣教師も。

 

 

ここ最近の日英宇宙艦隊の登場は、まさしく英国の産業革命、日本の明治維新を思わせるような衝撃を宇宙各国らに与えた。

特に軍事力で追い抜かれた中小国らに与える衝撃は計り知れず、無論この事だけが原因ではないのだが、建艦競争と拡張主義の蔓延をより強く押し進めた。

しかし大国らは無関心であった、簡単に捻り潰せるからである。

そして、その拡張の尖兵というのは地球外であっても宣教師のようで、その宣教師がこの地球にもやって来たのだ。それがこの人物である。

「汝、神を信ずるかね」

今時そんな勧誘の仕方って無いと思うのよ私。

豚かはたまたネズミかなんかなのか、というなんとも形容し難い容貌であるメチルスイ人の宣教師は地球に自身らの信教であるナマタ教を布教しに来たのだという。

「日本人というのは信仰に熱心ではないようだが。信仰こそ大義であり人生の糧である」

熱心ではないが、別に宗教からの影響が無いわけではない。

日本人の価値観というのは神道や仏教、儒教、道教、近年ではキリスト教などの価値観が折り重なって構成されている。

その上、国家元首たる天皇陛下も神道の最高神官であり、地球でも稀な宗教国家という一面も持っているのだ。

という事を懇切丁寧に説明するも、だからどうした、という様子である。

「おかしなことを、ホホホホ。日本には国教が制定されていないではないか、それでいてよく敬虔なる信徒と言えるな」

まあ、実際日本人が宗教に熱心ではないし、敬虔とも程遠いのは事実だ。

「確かに、地下交通機関にイソプロピルメチルフルオロホスホネートをばら撒かれては不信感を感じるのも無理もない」

イソプ……サリンって言えサリンって!

「しかしむしろ安心したがね。国体を変えずに布教する事が出来るという事に。それで、汝、神を信ずるかね」

私は結構、御免被るというものだ。神は八百万柱程いれば十分なのである。

「それは良くない、我らが神を信仰するといい。さすれば苦難は訪れない」

長いブタ鼻をヒクヒクさせながら言うその目は、なんとも虚ろなようにも見える。元々こういうのかもしれないが。

すると彼は急に私の頬を軽くひっぱたいた!痛い!

「ほら、こういう事になボボボボボボボボ」

そして彼の背中にメロードのエネルギー警棒が突き刺さった、何がほらだこのアホめが!

 

後日、もうそんなやつは来ないだろうと私は甘ったれた考えをしていたのだが、またしても来てしまった。

「やあどうもどうも。宗教の勧誘なんだけどさぁ」

そんな軽いノリの勧誘の仕方があるか!宗教はお断りだ、八百万の神々の威光にひれ伏せ!

またしても妙な人物が現れた、彼はカドミン人の信仰するイアチア教の宣教師であった。触角の付いた猫か犬みたいな容貌である。

「まあそう言いなさんなって。安くしとくから!」

宗教に安いも高いもあるのだろうか。やたら寄付を求める宗教なら履いて捨てるほどあるが。

「まずこの宗教札、これが無いと入信できないんだけど、今ならなんと原始惑星割引で8割引きなんだよね!」

まず入信に金がかかる時点で高い。

「んで、信徒札と信徒名簿に名前を記入するのにまたお金がかかっちゃうんだけど……こちら!」

何かの札を取り出す。免罪符とでも言うつもりなのか。

「よくご存じで!この免罪符を購入すると、なんと無料で記入できちゃう!」

名前を記入しないとどうなるというのか。

「とんでもない事をお聞きになりますなぁ!半年に一回更新しないと追い出されて処刑されてしまうんだ!」

絶対入りたくないぞこんな宗教!ひどすぎる!

「なんと、お気に召さない?それならばこちら!奴隷札!これを適当に捕まえてきたヤツに付ければ奴隷として所持することが出来る!もちろん自分に付けてもいいけどね」

どこまでもヤベー宗教である、というかこれ信仰してるの?カドミン人は?

しかもどういう信仰なのかも伝わってこない、なんか互いに縛り合う腐敗した組織みたいな雰囲気だけが伝わる。

「それは掟の第12条に引っかかるから伝えられないね」

入らないからとっとと入国してくれ、と書類を返したところ、彼は急に黙り込んだ。

「なるほど、仕方ないねぇ」と彼は懐から銃器のようなものを取り出し、メロードに取り押さえられた。

とにかく酷い連中である。宇宙碌な宗教ないな……と思ったが、ぶっちゃけ地球にも碌な宗教というものはないな、と思い直し、業務に戻った。

 



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ラブリー・ランチョンミート

 

日本に来る外国人観光客には案外日本人にとっては大した事も無い事がウケていたりもする。

それと同様で、地球人にとっては取るに足らないような意外な食品が宇宙人にウケていたりもするのだろう。

 

 

最近では宇宙人関連のテレビ番組も増えてきた。それだけ身近になったという事であろう。

地球外人への排他的な風潮は徐々に鳴りを潜め始め、街中でも日本人と宇宙人が並んで歩いている光景も増えてきた。

とはいえそれは日英に限った事のようであり、在日在英外国人はあまり快く思っていないという話である。

そんな風潮の中、以前流行っていた外国人に日本に来た理由を問いかける番組があったが、それの宇宙人版と言うべき番組が現れた。

勤務を終え、家に帰ってきて他にする事も無いのでボケーっと眺めていたが、とあるカラカル型人種(こいつらよく来るな……)があるものを目的に地球に来たという。

「銀河系でも著名なアミ人のグルメ旅行をしている美食家……美食というより悪食だけど、その人が紹介した地球の食べ物があるんだ!」

そう言って懐からランチョンミートの缶詰めを取り出した。スパムと言った方がきっと伝わるだろう。

「美味しいランチョンミートだよ!」自慢げな表情をしているが、リポーターは困惑気味である。

「あなたの星ではこういった食べ物は無いのですか?」

「無くはないけど、普通こういうのって非常食か軍用食だし、一般に流通する事は少ないんだよね!」

そういうわけでそこそこの人気を博しているという。

「レシピにも困らないし!卵とランチョンミートを一緒に焼いてもいいし、卵とベーコンと一緒にランチョンミートを付け合わせても、卵とベーコンとソーセージとランチョンミートでも、ランチョンミートと豆…」

と続けているとこの人物の連れが恐らく即席で作ったであろうランチョンミートの歌を歌い始めた。

「聞いた話だと北方の海賊民族がこれを作り出したんだよね!」

リポーターも何の事だかという表情で唖然としており、そこでVTRは終了した。

宇宙人の言ってる事はよくわからんが、とにかくランチョンミートが人気らしい。

 

宇宙港のお土産売り場でも早速ランチョンミートが並び出した(というかお土産売り場なんてあったの知らなかった……)。

まあ私もランチョンミートは嫌いではないのだが、ランチョンミートを買ったとしてもどうやって調理すればいいのか、という問題である。

日本の中でも沖縄ではランチョンミートというのはポピュラーな食材であり、ランチョンミートと卵のおにぎりなんかが有名という。

他にもサンドイッチはもちろん、ランチョンミートをゴーヤと一緒にチャンプルーにしたり、ランチョンミート味噌汁、ランチョンミート天ぷらやランチョンミートおでんなど様々な料理にランチョンミートは使われている。

そんなランチョンミートの事を考えながら仕事をしていると、カラカル型人種の入国者が訪れた。

「知ってる!?ランチョンミートの事!」

そりゃあ当然、現に今の瞬間までランチョンミートの事を考えていたところである。

「美味しい?ランチョンミートって!まああの人がお勧めするぐらいだから美味しいんだろうけどランチョンミート!」

この人物もやはりランチョンミート狙いのようだ。銀河では空前のランチョンミートブームでも到来しているのだろうか?

是非ともランチョンミート製造会社に教えてやりたいものだ、星間ランチョンミート企業も狙えるであろう。

「いいよねぇ……私たちの星にも来て欲しいなぁ、ランチョンミート製造会社」

実際そうなれば彼らとランチョンミート企業と双方にとって喜ばしい事である。

ランチョンミートを好きな時に好きなだけ食べられるようになれば、ランチョンミート天国だ。

「まあ好きなだけは食べられないだろうけどさ、ランチョンミートって塩分過多だし」

とにもかくにも、ランチョンミートはこのカラカル型人種を虜にしているようである。

「お勧めのメニューは?あの美食家が言うには『ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・豆・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミートの豆抜き』が美味しいんだって!」

それはただのランチョンミートではないだろうか?というか何かわけのわからない情報を掴んでいる気もする(先の北方民族の話も)。

恐らくだかそのようなメニューは無い、と伝えると露骨にガッカリした表情を見せた。

「えー、『ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミート・豆・ランチョンミート・ランチョンミート・ランチョンミートの豆抜き』は無いの?」

無論自分で作ればその限りではないだろうが、そんなランチョンミートだけの虚無のような料理は存在しないと信じたいものである。

「あ、そっか!ありがとう!まるでランチョンミート博士だ!」私はランチョンミート博士ではないよ!

 

ここ数日、さながら、スパムメールの如くこの話題を見聞きしてばかりである。

愛しのランチョンミートよ、さっさとくたばれ!

 



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河川敷のオウムガイ

私は今、もちもちとつくしんぼを一人で摘んでいる。

何故一人ぼっちで、と聞かれれば、それにはちょっとした訳があるのだ。

 

 

本日は近くの河川敷に来ていた。

この日は帝国の祝日、建国記念日らしく帝国の企業の一部である宇宙港もお休みなのだ。

それで、なぜ河川敷に、というとこれは我が友人佐藤につくしんぼ取りに誘われたからである。

「以前なら誘っても絶対来なかったのに」そんな時もあるのである。ホントよ。

しかしながら、結構朝早くに来たつもりであるのだが、もう数人ぐらいが取っているのを見かける。

誰も彼も年配のご婦人であるので、私たち若い二人が浮いてしまっている気もする。

「そんな事気にするまでもないでしょ」

そう言われればそうであるのだが……ともあれ天気も良いのでいい気分転換にはなりそうだ。

 

「つくしって言ったらやっぱり、卵とじでしょー、おひたしでしょー……そういえばそれ以外に何かある?」

考えてみると、つくしんぼ料理は卵とじとおひたし以外はあまり聞かない。

炊き込みご飯なんかどうだろう、と提案してみるも「うーん、ご飯かー……ご飯は白ご飯がいいからなー」

そんな事をだべりつつもちもちつくしんぼを摘んでいると、近くにいた人が橋の下辺りを指さして騒いでいた。

どうかしたのかな、と橋の方に目をやると、やや、あれは宇宙人だ。

「あ、宇宙人?」

それもマウデン家の人間である。一体何をやっている、いやキメているのだろうか?

「ちょっと見に行ってみようよ。あんた得意でしょ!」

まあ苦手ではないのだが……実際興味が無いわけではないので行ってみる事にした。

 

近づいてみるに、やはりマウデン家の人間(?)のようだ。何やら箱を見つめている。

こちらに気が付くと、挨拶をしてくれた。礼儀は正しいのだ。

「やあどうも地球市民よ。お初にお目にかかる。私はマウデン家の臣民、イェッタービゥムである」

あ、どうも……と二人して頭を下げる。

「実は、この四つ足の動物が、これはきっと飼育放棄をされているのだろうか、どう思うかね」

彼(便宜上彼としておく)の前の箱には、痩せこけた子犬が一匹、礼儀正しくお座りをしていた。

「なんて事を!!」佐藤は怒りを露わにする。「……あっ、あなたではなくて、捨てた人に、ですね」

「私も同じ気持ちである、我が祖国マウデン家領でも、このような事は稀にだが、起きる」

ああ、情けなや、と嘆息を漏らすイェッタービゥム。

彼らの星であっても、こういうペットに関する問題があるのだろう。

それで、彼は袂(どこ?)から飴玉のようなものを取り出す。多分例のカーマルマミン酪酸だろう。

「その通り、もちろん薄めるが、少しは気付けになるというもの。害は無い」

更に日本で買ったと思しき水筒を取り出し、水を入れたコップに飴玉を噛み砕いて混ぜ、子犬に飲ませた。

「私は……私も、幼い頃は動物を飼っていた。しかしながらだ、幼き故に、不幸な目に遭わせてしまった……」

少し想像に難いが、彼も小さな頃に動物を飼っていたが、段々と世話も雑になっていき、最後には事故で死なせてしまったのだという。

それを語る彼の表情はわからないが、声色には強い後悔の念が感じられた。佐藤も険しい表情だ。

「こんな事をして、贖罪になるとも思えないが、ここで会ったも何か運命的なものだろう、可能ならば我が国に連れ帰りたいが……」

「そうですね、この子があなたを選んだのだと思います」

佐藤は言った。

「……おかしなことを言う、それは地球の考え方か? 面白い考え方だ。ふふ、私が選ばれたのだな」

飴玉が効いてきたのか、子犬が元気を取り戻して来たようで、彼の触手をペロペロ舐めている。

「こうして見ると、初めは不気味なヤツだと思っていたが、可愛いものだ」

お前の方が不気味だろ、とは今は言わないでおこう。私の顔を見て考えを察したのか、佐藤はクスリと笑った。

「さて、これは空元気だから、しっかりと栄養を取らせないと。詳しい者はあるかね」

「ええ、私はこういう関係の仕事に就いていますから詳しいですよ!」

「それは心強い」

長い触手で箱ごと子犬を持ち上げると、佐藤と二人歩き始めた。

「じゃあちょっと一緒に色々と見繕ってくるね」

それについては大賛成ではあるのだが、つくしんぼはどうするというのだろうか。

「ん~……じゃあ、適当に摘んどいて」

いやちょっと、ねえ、私一人で、ひどい、寂しいなぁもう。

 

 

そういうわけで、一人つくしんぼをもちもちと摘んでいる。もう夕方だし、粗方取り尽くしたので座っているだけだが。

遅いなぁ、多分私の事忘れてるよなぁきっと。グスン。

 



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臣民の務め:警備員の兄

かの警備員とは、多分、お互いに憎からず思っている、と思うのだが。

考えてみればなんというか、危ない橋、とでも言うべきか、そのような状況である。

 

 

その日も、特に異常もなく入国審査は続いていた。

毎日のように宇宙人の顔を見ていると、意外と違いが分かってくるものだ。

最近ではガウラ人の顔はほぼ判別できるようになっている。

「失礼ですが、この空港に私の弟が仕事に来ているようだが」

そうそう、ちょうどこの男性なんかはメロードに似ている。

「もし存じているならば教えていただきたい」

ふーん、と思いながら彼の名前を確認する。

『クラウカタ・エマウルド』

はて、どこかで見たような名字ではあったが、今一つピンと来なかった。

私にはわかりかねます、と言おうとした時、ラスが後ろで「あっ、これって……」と呟いた。

「先輩この名字ってあの警備員じゃないですか?」

 

その日の業務を終えると彼とメロードと私とでファミレスに行くこととなった。

私は別にいなくてもよかったんだが、メロードの方がどうしてもと言うので、特に彼の兄に用事があるわけでも無いが同席している。

いくつかの飲み物と料理を注文すると先んじてメロードが口を開いた。

「会えてうれしいけど、一体どうしたんだ急に」

「別に、お前に会いに来ただけだよ」

彼はメロードと比べると目が細く鋭く、さながらチベットスナギツネのような顔立ちである。

口数はそう多い方ではないようで、それだけ喋るとまた黙り込んだ。

「何か用事があるんじゃないのか」

「そうだな……用事が無いわけではない」

そう言って彼が持っていた鞄から台紙のようなものを取り出す。

「お見合いだよ、お前もそろそろ独り身は寂しかろう」

「え……」

台紙にはガウラ人の女性の写真が貼り付けられていた。うーむ、そう来たか。

「しかしなぁ、兄貴、急にそんな事を言われても……」

「何か不満か、申し分ないと思うがね。地球での生活が心配ならこちらに家を建てて暮らせばよかろう」

そうじゃないんだがぁ……とブツブツ言いつつ、こちらをチラと見る。

「ところで、その地球人は一体、どうしてここにいるのかね」

ビッと私の方を指さす。

「一人だとあれだから、私が無理を言って来てもらったんだよ」

「そうか。初めまして、地球人」

どうも初めまして、と日本語で挨拶をすると、彼は付けていた翻訳機を外した。

「実のところ、お前を連れ戻しに来た」

はぁ?とメロードは声を上げた。彼は気にせず続ける。

「このような治安の悪い、未開の惑星にお前を置いておくわけにはいかないと、私は思うのだがね」

なんとも腹立たしい言い草だ、未開なのは否定し難いのだが。

「何を言ってる、日本人は前宇宙文明だが未開じゃないよ」

メロードの反論もまた、なんとも言い難い微妙な感じではある。うーむ。

「治安も悪いし、インフラも整ってはいない。第一、農地があまりにも狭いのは不安だろう」

「そんなに悪いものでもない、日本はこの星ではいい方だし」

「我が国の基準であれば、ここは犯罪者の町と言ってもいいほどのものだよ。それに未知の病気に罹患しては困る」

言いにくい事を好き放題言ってくれるものだ、しかし宇宙の治安が良すぎるのか地球の治安が悪すぎるのか果たして問題だ(とはいえ実はこれにはカラクリがあり、そういう調査に参加する国は元々お行儀がいいのだ。この調査は銀河列強を含めた一握りしか参加していないのである。宇宙の一般市民はあまり関心が無いのか、この事実を知らないことが多い)。

私は変わり者のひねくれ者なのでこういう事を言われても何ともないのだが、メロードの方はいい気がしないようで、眉間に皺を寄せている。

「それに何だねその属国民は、一体なぜ同席している」私もそう思うが、属国になったつもりはないんだが!

「この人は私の…………友達だ、地球での!」可愛い事言っちゃってもう。

「その属国民がお前を気に入るのは……まあそれは当然気に入ってしかるべきだがね?なぜこのような蛮人を友達にしてるのかね」

多分彼は私には通じていないと思っているのだろう、翻訳機も外してるし。

気を遣ってるのだろうが私はガウラの言葉はわかるので無駄である。

こういうのは地球でもよくある話だが、実際に当事者となると結構堪えるものだ……。

メロードはプルプル震えて怒りを露わにしている。そして次の瞬間、テーブルに拳を叩きつけて叫んだ。

「私が誰と友人になろうが勝手だろうが!」

兄はそれに一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに元の表情に戻った。

「それは当然だよ。だがね、それが何かまかり間違って婚姻関係になってはいかん」

そう言うと更に続ける。

「ガウラ人はガウラ人と結婚するのが常だよ。そしてガウラ人の子供を作り、帝国を繁栄させるのが務めだ」

それが伝統、それが臣民の義務だろう、と付け加えた。

 



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臣民の務め:参考人招致

 

思えば帝国は軍事国家であり、その性質は伝統文化にもよく表れている。

軍隊には頭数が、そして威光と厳格さが必要なのだ。

 

 

「まあ考えておいてほしい、このお見合いの話をね」

差し出されたお見合い写真には(多分)美人のガウラ人女性が写っている。

「良い娘だよ、なんて言ったって私の弟に相応しい女性を探したのだからね?苦労したものだよ」

彼はこの女性がどれほど人の出来た人物であるかを語った。勤勉で優しく、ハッキリとモノを言う、というまあ少なくとも私よりは好人物だろう。

そして頼んでいたペペロンチーノが運ばれてくると、押し黙っているこちらを気にせず食べ始めた。

「実に美味いね、これは。ちと塩辛いが」

「あ、ああ、そうだろ……」

メロードは完全に意気消沈して、尻尾もたらんとテーブルの下に垂れている。

私も、内心モヤモヤが渦巻いている。私をここまでモヤモヤさせるというのは相当なものだ。

結局彼は自分の分を平らげると「それではまた後日」とさっさと出て行ってしまった。金は置いていけ。

そして残された我々の面前には冷えたハンバーグとうどんが残されていた。

「私は……私も、もうちょっと考えてみるよ。浮かれていた、のかもしれない……」

浮かれていたなんて言われては堪るものか、という言葉を飲み込んで、トボトボと店を立ち去るメロードを見送った。

結局会計は全部私が持った。泣きっ面にハチとはこの事である。

 

私とて外国人は好きじゃないし、日本人は日本人と結婚する方がいい、と思っていた。

ドラマや少女漫画みたく『二人で壁を~』とはいかない、現実問題として様々な懸案事項が重くのしかかる。

伝統、文化は、その国の人間にとって重要なものだからである。それを一部、時には殆ど全てを捨てさせなくてはならない。

当然自分が捨てなくてはならないという事もあるし、お互いに譲歩して、なんていうのは本人同士ならともかく『家』も絡んでくると途端に難しくなる。

というのをラスに相談したところ、なぜか妙に目を輝かせている。

「いィーじゃないですか、二人で壁を乗り越える!文化の壁、種族の壁、俄然燃えて来ますね!激エモっスねぇ~ッ!」

な、なんかキャラが変わってるよラスちゃん!?

「私に言わせれば如何にも庶民らしい浅ましい考えですよ」

ボロクソに言ってしまっているが、少し溜飲が下がった。

「しかしこの分だと家族も心配ですね、家族付き合いもしなくっちゃあいけませんから」

いつか聞いたことだが、ガウラ人は子沢山なのだというではないか(一回の出産で平均3人ぐらい生むので少子化知らずである)。

家族も多く、家同士の関りも多い、つまりはしがらみも多いのだろう。

「別に一人ぐらい他所にやったってどうってことないでしょーがねえ」

……まあともかく、上の方が頭が柔らかく下々の者どもの方が固い帝国においてはそう珍しくもない出来事らしい。

「常に人手不足ではあるんですがね、入植地の開拓もありますし、軍隊はいつでも必要ですし」

それだけ出生率があっても足りないのだから帝国はあまりにも広大である、銀河帝国万歳だ。

「あの警備員がどう思っているか、そして先輩がどう思っているかでしょうね」

 

「そいつが言う事は尤もな事だと思うぜ、何か困る事でもあるかい」

と言うのはエレクレイダーである。彼にも一応相談してみた、一応ガウラ人だし。

「一応って……俺は真っ当なガウラ人だぜ!?」だがロボである。「確かにな」

彼は左手をなんか変なドライバーみたいな工具に変形させて、それで自身の右腕の整備をしながら言う。

「しかし、誰だって自由には生きられないものだぜ、特にこういう古い国はな」

曰く、かつて起きた民主政治と資本主義の暴走と崩壊によって臣民に政治的無関心、デイヴィッド・リースマンによる分類でいうところの『伝統型無関心』を引き起こしたのだという。

「つまりはこういう事さ、『帝国と皇帝の為に臣民が出来る最良の事は、人頭を増やし献上する事』って考え方だ」

即ちそれは、国家に身を捧げる事こそが良い事であって、外国に出て行くなど言語道断である、という事だろうか。

「まあそうだな、そういう事になる。上流階級とか海外領や属国に出向した人の間なんかじゃそうでもないが、大体はそんな感じだぜ」

それではやはりメロードの家族は、こういう考えを持っているのだろう。

「まあ些細な事だろ。本人同士の問題だからな」

 

彼ら二人に相談して良かった……かどうかはまだわからないが、大いに参考になった。

やはり本人同士で話し合うのがベストかもしれない。

 



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臣民の務め:一つの心

 

私は彼の部屋へと向かった。きっと閉じこもって考えを巡らせているのだろう。

ドアをノックすると返事が聞こえた。ノブを回すと、鍵は開いているようだ。

そのまま私は部屋に上がり込む。「あ、待って!」と聞こえたが、そんな気はさらさらない。

 

 

……入って一呼吸すると、待てと言った理由がわかった。

部屋が散らかっているとかそういうわけではないが、その、臭いが、動物臭が……仄かに畳の匂いもする。

「ああ、やっぱり……」としょげるメロード。いつもはそんな臭いはしていないが、やはり部屋だと籠るのだろう。

まあ別に臭いなんて今はどうでもよい、例の件について話し合いに来た。、

私としては、こんな地球人一人なんかの為に、家族を引き裂かれる必要はないという事だ。

ましてやチンケな原始惑星、彼らの故郷から一体どれほどの距離があるというのだろうか。

こちらの文化との衝突もあるし、そもそもが異種族であって、そんな二人が共に暮らしていこうなどというのが無理があるというもの。

「……色々、考えているんだな」と彼は言う。

「こんな事考えもしなかった、今までは。自身の気持ちに正直に、生きていけるものだと思っていた」

そう世の中は単純ではない、ましてや今は宇宙時代だ。誰しも好きには生きられないものである。

「君も、そうなのか。だったら……」

と彼が言葉を続けようとしたとき、部屋の奥からピピピと音が聞こえ始めた。

「あ……お風呂……」

という事は風呂が沸いた合図だろう、呑気なものである。

「こういう時こそだ、私は風呂に入ると、あの旅行の事を思い出す……そうだ、あの時のように一緒に」

い、いや、それはちょっと……あの時ならいざ知らず今はちょっと恥ずかしいし……。

「さあ、遠慮せず」と強引に引っ張り込まれてしまった。危ないやつである。

 

そうして、そう大きくはない湯船に二人して浸かっている。恥より窮屈が先に立つ。

にしてもガウラ人というのは人間とも大きく異なる、見てくれは当然だが。

関節の位置も違う、指の数もよく見ると四本、そもそも毛皮があるし、明らかに地球人とは違う。

このような種族と私のような種族が一緒になる事自体が、大きな間違いだったのだろう。

「あの旅行は、楽しかったな……殿下も大喜びだったし……」

そういえば殿下もいた。元気にしていることだろう、地球を良いように扱ってくれると助かるというものだ。

「あの時の、君が、私の背中に……」

お、思い出させないでくれ!!

「えっ、ええ? いや、その時のだな、背中に伝わった鼓動が、あれが伝わった時、私は、君を……」

そんな事を臆面もなく言うのは卑怯である、ましてやこの状況。

「同じだと思ったんだ、鼓動がするなら同じ心を持っている」

もちろん、心臓があるなら鼓動もするだろうし、知能があるから考えが一致する事もあろう。だがその他大勢の部分が違い過ぎる。

「確かに身体の仕組みは違う、しかし心は同じ、一つになった」

むむむ、そういう言葉を使われるとそうかな……そうかも……ってなっちゃうじゃないか。

「鋼を鉄と炭に戻す事をどうして考えるだろうか。私は、私はね、これは運命か何かだと思ったんだよ。何か貴い存在に導かれたような……」

やけにふんわりロマンチックな事を言う。あの場には殿下もいたのである意味では事実である。

「だって、ね、君、私はガウラ人400億の中の一人だし、君は日本人1億の中の一人じゃないか。来世というものがあったとして再び出会う確率なんて一体どれほどだというんだ」

それはそうかもしれないが、それとこれとはまた別の問題である。

「君ならきっと、『あんなのの言う言葉を気にする必要は無い』と言うと考えたんだけど」

……まあ、ちょっとは思っているが。

「私だって、帝国の為に私を滅して子孫を残すのが臣民の務めだと思っていた……ましてや私は軍人だ、それは当然の事だ……だが」

そして彼は押し黙った……というか、クタッてなった。どうも上せたらしく、私は慌てて彼を湯船から引きずり出して水をぶっかけた。

きっと何かカッコいい事を言おうとしたのだろうが、失敗に終わったみたいだ。でもそれが彼らしいとも言える。

超能力は使えないが、もうこれ以上は言われなくても私にはわかる。

 

後日、改めてファミレスで彼の兄と対峙した。

「それで、例の話は考えてくれたかね」

この兄はなんだか数日割と楽しんでたみたいで大きな紙袋を3つほど持って来ている。こいつ口ほど伝統とか重んじてねーんじゃねーのか!?

「これは家族へのお土産だよ」

嫌味の一つや二つや百個ぐらい言ってやりたいものだが、本題ではないのでやめておく。

「断りに来たのだ」

兄は一瞬目を丸くしたが、すぐに「それはどうしてかね」と言った。

「どうしても何も、別に今は必要ないし、それに私には……」

メロードはちらりと私の方に目をやった。

「ほう……その日本人かね……」

明らかに以前とニュアンスが違うので、きっとここ数日で微妙に彼の中での日本へのイメージが向上してるのだろう。ちょっと面白い。

「つまりは、臣民の務めを、伝統を捨てるという事かね」

ギラリと睨みをきかせて言った。

「いや、別に捨てるって程でもないが、別の新しい文化を受け入れるって考え方もある」

そう言って、メロードは(どこで手に入れたかはわからないが)帽子を深々と被……ろうとしたが、耳の収まりが悪くて被れないようだ。

「なるほどこれだから、我が国にこの『ボウシ』が生まれなかったのだな」

今度は無理矢理被り、耳が潰れてペタッと、先が下を向いてしまった。か、かわいいぞ!

この様子を見て兄の表情は大いに曇った。

「……そうか。誰しも好きには生きられないように、お前の人生を私や帝国の好きなようには出来ない」

そう言ってスッと立ち上がると荷物を掴み立ち去ろうとする。

「では、さらばだ弟よ。これが最後かもしれんがね」

その声は微妙に震えていた。

「最後と言わずまた来ればいいじゃないか」とメロードは割と呑気な事を言ったが、ただ黙って首を振り、ファミレスを出て行った。先日の金払え!

結局家族の仲を引き裂いてしまったかのようで、私としてはなんだか気分が良くない。

「大丈夫、また落ち着いたら仲直りできる」と弟が言うので、とりあえずは安心させてもらおう。

 

数週間後、宇宙港に再びクラウカタ姓のガウラ人が現れた……。

「前回は失敗したが、今度の女性はもっと素晴らしいぞ」

引き下がる気が全く無くてある意味安心したよ。メロードも呆れとったわ。

 



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局長の気焔万丈

思えば局長というのは、この宇宙港を束ね、ある程度進駐軍にも口を通せる立場の人間だ。

この日本の、No.2とまではいかないにせよ相当高い地位にあるのは確かである。それなりの苦労もあるだろう。

 

 

勤務時間も終わり、さあ帰ろうという時に局長が話しかけてきた。

「管理官、この後暇かね。酒でも飲まないかね」

実に珍しい事である。用事があったって行くだろう、かの人物にこうやって飲み事に誘われては。

「行きつけって程でもないが、いい店がある」

その後タクシーに揺られて飲み屋街、の更に路地裏に入り込んだ。

なんだか危なそうな感じだが、どうも宇宙人らばかり見かける。

「巣食ってた連中は粗方駆逐されたらしい、日本人はどうも我々の事が気になるみたいでね」

なんという事だろう、薄汚いゴロツキらの集会所だった路地裏は、奇異の目から隠れたい宇宙人らの寄り合い所みたいなところになっていた。

ついでに屋台とかも出来てた……これは違法では?

「ちゃんと許可取ってる……らしいが……」と自信なさげな返答である。多分違法である。

とはいえ相手が路地裏に潜む宇宙人だと警察も手出ししにくいのだろう、害も無いだろうし放っておいていいと判断したのかもしれない。

そうしてなんだか妙な煮物を作っている……宇宙おでんと名付けよう、宇宙おでんの屋台の椅子に座った。

「お、日本人とは珍しい」とガウラ人大将が言う。ここは日本だぞ!

「たまには部下に奢ってやらないと、日本式だ」

「確かにここは日本だからね局長」

別にそんな悪習じゃ真似なくても……と言いたいところだが今度に限っては珍しい話が聞けそうなので万々歳だ。

 

さて、酒も入って来て、局長の方もなんだか様子が変わって来た。

「君は、どうなの、クラウカタ警備員とは」

どうもこうもって感じだし、うーん……。

「というか、どうだねガウラ人の男の味は」

いや、そういう、肉食って感じではないのだが……。

「地球人はほら、淫乱って聞いたから……何か間違ったこと言ったかね……」

誰から聞いたのだろうか。多分アイツだろうけど。

「バルキン管理官から聞いたんだけど、やっぱり違うよね」アイツでした。

まあガウラ人は人生において殆どの場合一人の異性しか愛さないと言うので相対的には間違いではないのだろうが。

「驚いたよ、『フリン』とか『ウワキ』とか、古ガウラ語辞典を持ち出してようやく翻訳できたんだから」

400年前ぐらいから消えた言葉らしく、日本語での単語が現代の外来ガウラ語として地球に住むガウラ人コミュニティに定着している。

「……む、となると、今こうして二人でいるのも『フリン』になってしまうのだろうか」

人によってはなるだろう。当然そんな気はサラサラないので私としては問題ない。

「こういう事も含めて……ガウラ人にとって日本の治安は悪すぎる……無論日本以外なんて言うまでもない……」

ハァー、と深いため息を吐いた。

「この国には天皇陛下がいる。しかし、日本人は天皇陛下の臣民として相応しいだろうか……?いや待て、天皇陛下がいるから日本なのか、日本に天皇陛下がいるのか……」

なんだか、鶏か卵かみたいなことを言い出した。彼らの考え方を端的に表した言葉ではある。

王は臣下に、臣下は王に相応しい存在であるのが理想である、という考え方だ。

「大部分が相応しくはない、私は教化の必要性を強く感じているのだよ!」

なんか恐ろしい事を言い出したぞ!いつになくやる気満々である、珍しい。

「まあ、かと言って、それが自由な創作物の発生を阻害してしまうならしょうがないのだが……うーむ……」

私は特に相槌などは打っていないのだが一人で勝手に気焔を上げている。

「まずは教育機関、それから報道だ、いや報道などというものは日本には存在しない!まだあるぞ、まだ手ぬるい!」

局長の統治計画の発表会が始まってしまった。しかしまあ、こういう場だから別に気にするほどでもないだろう。

演説を話半分に聞きながら宇宙おでんの汁が染みた大根を頬張る。うーん、見た目の割にワイルドな味だ。

「さあ君はどう思う!こんな事、到底許されることではない!」

急に振られても何の事だかわからない!私は適当に、そうですね、と答えた。

「そうだろうそうだろう。いや……違う、改善の余地はあると思うが」

何なのもう。

「ああ……面倒だ、課題が山積みだ……」

これまた急に意気消沈して、テーブルに突っ伏してそのまま寝息を立て始めてしまった。

困った。「あーあ、局長、またかい……」大将もきっといつも困っているのだろう。

「最近はいつもこうだよ。なんだかデカい仕事でもしているのかね」

確かに、最近は忙しそうである。普段はロビーで呑気してたりしているのに。

大将の言う通り、何か大きなことが動いているのだろうか。

そうなると、彼の気焔にも納得がいく。元々こんな事に熱心な人物ではなかったはずだからだ。

幾ら彼でも断れなかったり、避けられない仕事があったのだろう。

……それはそれとして、この酔っぱらいをどうしてくれようか。

 

二人して困っているとそこへ、ガウラ人の客が入って来た。

「こ、こんばんは大将、やってる? あッ、あなたは、偶然!」

なんとメロードであった。なんか妙な感じだが、彼もここによく来るのだろうか?

「ま、まあ……」なんか変である。嘘を吐いているのだろうか。

「……すまない、実は局長と二人で来てると聞いて」

としょぼんと語り出したが、大将が遮る。

「知り合い?じゃあよかった、局長が寝ちゃったから連れて帰ってあげてくれ」

「え、あ、はあ……」

本当にちょうどいいタイミングで来てくれたのは実にありがたい。私一人では抱えきれないだろうから。

帰り道、メロードに色々と聞かれた。

「何を話してたんだ?」

別に、局長が演説を始めたのを聞いていただけだったのだが。

「よかった……ほら、地球人は淫乱って聞いたから……」

誰から聞いたのだろうか。多分アイツだろうけど。

「バルキンから聞いたんだけど」アイツでした。あのクソ馬!

 



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ギャンブラー No.56

 

「うわーん!助けてー!」

バルキンが叫ぶ。彼女は不逞宇宙人の人質となってしまっているのだ。

「こいつを殺されたくなかったらこの国の元首か、政治首班を呼べ!」

直立する爬虫類人種の不逞宇宙人も叫ぶ。彼はバルキンに銃を突き付けているのだ。

一体どうしてこんなことになってしまったのか……!

 

 

その日も、普段通りの仕事をこなしていた。

大きなトラブルもなく、ラスの方もなんだか眠そうな顔をしていたところ、バルキンの方が騒がしくなった。

「一体何事でしょうか」とラス。客たちにも動揺が走っていた。

彼女に様子を見に行かせたところ、なんとカウンターを乗り越えてバルキンに掴みかかる暴漢がいたという!

メロードに客たちを避難させ、私もちょっと様子を見に行ってみた。

「うわー!助けてー!犯されるーー!日本の成人男性向け書籍みたいに!日本の成人男性向け書籍みたいに!」

「誰がテメーみてーな四つ足に欲情するか!!人質だテメーは!」

「チッ……あーあ、はいはい、どうぞ、人質ね」

あの馬、自分の状況わかってんのかしら。

警備員は一瞬の隙を突かれたようで、バルキンが人質に取られてしまったことに狼狽えていた。

 

そして今に至る。警備員たちが犯人に銃を向けて取り囲んでいる膠着状態だ。

警備課の課長であるフィーダ、課長補佐のソキ、宇宙人対策係長のアクアシの三人が揉めている。

「普通にぶっ殺しちまえばいいのでは」「そうなると色々と問題がある。日本国内で揉めると主に野党がやかましい」

「左様の通りです、であるなら後ろから忍び寄ってやっつけてはどうでしょう」「どうやってだ」

誰が誰だかわからないが、とにかく揉めているという事だけはわかった。

「俺様の腕があればあいつを殺さずに行動不能には出来るぜ」とエレクレイダーは言う。

が、「でも失敗したら野党が騒がしくなるからなー」と肩を落とした。

局長も「殺すと野党がうるさいからなぁ……」と言うからどんだけ野党うるさいんだ全く。

不逞宇宙人、まあ犯人とでも呼ぶとしよう、犯人はこちらに要求を突き付けてきた。

「一時間以内に大日本帝国の国家元首、または政治首班を出せ!でなきゃこいつの命はない!」

もう大日本帝国ではないのだが、恐らくは天皇陛下か首相をご所望なのだろう。

無論陛下をこのような場にお呼びするわけにはいかないので、首相が来ることになるだろうか、仮に要求を飲めばだが。

「首相を呼んでどうするつもりだ」

局長が問いかけた。すると犯人は表情を歪ませてこう叫ぶ。

「この国のせいで俺の人生は台無しだッ!!」

渾身の叫びにも関わらず、辺りははてなんのこっちゃという空気になった。

「なんか知ってる?」と局長が私に聞いてきたが、全く心当たりがない。

宇宙人との接触は(帝国に隠し通したものがあるのでなければ)間違いなくガウラ帝国が最初であるはずだ。

「よくわからないな、一体どうして台無しになったんだ」

「大東亜戦争だ!あれに負けさえしなければ、俺は今頃億万長者よ!」

いよいよ意味がわからなくなってきたぞ。そもそもその頃に地球は『発見』されていたのだろうか。

「まあ存在は知られていたのかもしれない、我々は知らないが……」

「しかし、いかがいたしましょうか局長」とソキ課長補佐が遮る。

「首相を呼べば野党がうるさいでしょうが、かといって首相が行かないとなるとやはり野党がやかましいでしょう」

どっちにしろ面倒臭い状況になっちまったなぁこれ!

「ではなんとしてでも我々だけでこの事件を解決せねばならない」

局長が意気込むが、一体どうすればいいのか。

「まず原因を聞き出そう。一体大東亜戦争に何があったというのだ!」

犯人に問いかけると、こう答えた。

「大日本帝国が勝ち目のない戦争なんかするから悪いんだ!」

日本が負けた事と彼に何の関係があるのか。

「あいつ、ひょっとして戦争賭博の事を言っているのか」

戦争賭博とは、原始惑星の大きな戦争でどの国が勝つか賭けるというものである。

非合法のように思えるが、銀河全体で禁止されているわけではない。しかし、行儀のよい行為とは見做されていないようである。

1870年の普仏戦争以降の地球は優良な賭博場であり、特に第一次エチオピア戦争、日露戦争、冬戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争は大番狂わせの名勝負であったとされ、配当金も凄まじい量となったそうな。

しかしながら銀河の反社会的勢力の資金源の一つという側面もあり、帝国の地球への接触の動機の一つともなっている。

「お前、余程見る目が無いらしいな」「うるせえ!」

太平洋戦争開戦時の大日本帝国のオッズは682倍、人気が無いとか言うレベルではない。

「首相を呼んでもどうしようもないだろ!人質を解放しろ!」

「俺はなんか仕返ししてやらないと気が済まない!俺の父はこれに全財産をつぎ込んだんだぞ!そのせいで俺まで貧乏暮らしだ!」

「えぇ……」えぇ……。なんだかどうしようもない感じになって来たぞ。いつぞやのアンドロメダからの来訪者が思い出される。

ていうかバルキンはやけに大人しい。(だって、する事ないし……)ぐっ、直接脳内に!

なんか超能力的な何かで、ワープとか出来ないのだろうか。

「あ、そうじゃん!」「うわ!なんだ!?」

突然のバルキンに狼狽える犯人であったが、そんな彼に構わずバルキンはむむむむ、と頭を捻り出した!

「キテル・キテルヨ・デンキテル!!」

更に彼女は、呪文か何かの詠唱らしき言葉を叫んだ次の瞬間、フッと消えた!

「き、消えた!?」「確保ォー!!」

そして身構えてた警備員たちが一斉に犯人に飛び掛かった!

 

なんとも間抜けな事件であったが、どうやらこれで野党に騒がれずに済みそうだ。

犯人の彼は母国に帰っての生活保護とかそういう制度の利用を薦められると、涙を流しながら自身の苦労の半生を語ったという。

気になる点と言えば、消えたバルキンの行方である。彼女は一体どこへワープしたのだろうか?

 

……バルキンは四日後になってようやく帰って来た。

一体何があったのかと聞くと「いやー!飛びすぎちゃって!パリまで飛んじゃったよパリ!臭いのなんのって!」

ちょっぴりだけ心配していたのだが、呑気な彼女とフランスの現実にダブルショックである。

パリって、そんなに汚いの……ショックだなぁ……。

 



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巨人の影

日本は、帝国による事実上の庇護下に入ってより豊かになった。

しかしながら、そうでない者、あるいは以前よりも貧しくなった者たちも存在している。

 

 

休日、特に用事もないので都市部をふらりと歩いてみることにする。

帝国が来てからそれなりに時間を経て、世相もガラリと変わったように思えたが、街はそんなに変わりないようだ。

宇宙人の姿が見られることを除けば、だが。

大部分の国内産業が潤い、バブル崩壊以降低迷気味であった国力は徐々に回復しつつある。

帝国向けの輸出品を作る産業(まあ、大半が軍需産業だが)も勃興し、圧力により法改正が行われ、金回りはかなり良くなったように感じる。

しかしながら、それでも暗い顔をしている人間や浮浪者なんかをちらほらと見かける。

原因が思い当たるとすれば、例えば自動車産業などはかなりかき乱されている。

銀河を股に掛ける星間企業は非関税障壁を越えることに関して優れたノウハウを持っており、また現地の自動車会社との技術提携などもしている。

例えば、南アジアでは高いシェアを誇るが国内ではそこそこ、という自動車会社はガウラ帝国の軍用装甲車工場と提携して高い安全性と走破性を持った軽自動車を開発、販売した。

この車は販売開始より半月ぐらい後、高速道路での運転中に逆走してきたドイツ車と正面衝突、ドイツ車をさながら挽肉のようにしてしまったが軽自動車とその運転手はほぼ無傷、という大事故が話題となり飛ぶように売れ始めたという。

英国でもスパイ映画で有名な高級車メーカーと星間企業提携し、宇宙的なデザインに既存のスーパーカーを遥かに超えた性能を併せ持った自動車が登場して車業界を賑わせている。

こういった事もあってか、自動車業界の勢力図は激変した。自身の強大さに胡坐をかき提携の波に乗り遅れた日本とドイツの大手自動車メーカーは今や見る影もない。

特に日本大手の方は主な客層である『金を持っているが車にはさほど興味が無い層』をも奪われ、燃費と安全性で大きく後れを取り、事業はやや縮小されてしまった。

ちなみにアメリカは宇宙人を嫌っていて徹底的に排斥しているのでさほど影響はないようだ。

邂逅前はあんなに宇宙人好きだったのに実に不思議である。

それに伴い、日英と米国(だけではなくほぼ全世界とだが)の関係は急速な冷え込みを見せている。

翻訳機の登場も、外国語産業に影響を及ぼしている。リアルタイムで大まかなニュアンスまで訳せるからだ。

外国語の学習本は徐々に売り上げが落ちているため、最近では宇宙の言語に関する本まで出している(こっちはそこそこ売れているらしい)。

 

さて、宇宙人が日本の社会に急速かつ大量に入り込んできた影響を受けたのは所謂ブラック企業らも同じようだ。

元々移民なんかのおかげで空気が変容しつつあったが、移民とは違い格上(いや対等なのだが)の人種の流入により既存の雰囲気や無意味なしきたりをやたらめったら破壊し尽くす事態になっているという。

やはり日本人の無意識か自覚してかの第三世界の人種に対する差別意識にも問題があったようだ。

そういった企業は事態を改善できなければ(元々死にかけの企業だからブラック化するのだから当然であるが)倒産し、それなりの数の失業者が出た。

また、汚れ仕事に偏見や嫌悪感を持たない人種などもいるため、清掃業などは彼らの独擅場である。

例え給料が安くても、大抵の場合祖国からの仕送りや首星外逗留者給付金などの副収入があり、あるいは元々の金持ちが道楽で働いているなどということもあって生活には困らないため辞める心配もない。

そういった、きつい、危険、汚い、給料が安い、休暇が少ない、カッコ悪い業種から日本人は放逐され、浮浪者となる他なかった。

ついでになんか変なマナーを広める連中も滅んだ。これに関してはいい気味といえばいい気味だ。

そしてそういった放逐された日本人たちからの風当たりが強いのが、我々宇宙産業の従事者である。

別に自分からそういう職業だと名乗ったりはしないから実際に危険はないのだが、ネット上での罵詈雑言は色々と堪えるものがある。

失業してしまったのは彼ら自身のせいとまでは言えないのだから、同情の余地はあるのだが、それにしても酷い。

売国奴とまで呼ばれる始末であり、まさに『愛国心は無法者の最後の拠り所』という言葉を強く噛み締めるような思いだ(ちなみに帝国では『愛国心無き者は法無き者』という格言があるので、やっぱりガウラ人と地球人は別物なのだろう)。

文化風俗面も若干影響を悪い方向に受けているようで、同性愛関連の書籍がやや忌避気味にある。

これはガウラ人が同性愛を蛇蝎の如く嫌うからだ。児童を死姦する事を教義とする新興宗教がある事を想像しよう、それくらいの嫌悪であるとか。

そして地球上にそのような宗教が存在しないのと同じように、帝国にも同性愛者は存在しない(訂正、より質が悪いのが実在するらしい)。

ただし、これに伴う表現の委縮ついては帝国側も憂慮しているようで、出版社などに掛け合っているというニュースも流れている。

 

そのようなことを考えつつも小腹が空いてきたので食事でもしようと店を探していると、何やら揉め事が起きているようだ。

日本人男性とガウラ人の女性が口喧嘩をしている。

無論、暴力となると日本人に勝ち目はないのだが、ガウラ人の方も手が出るタイプではないので(つまり、手を出す時は相手を殺す意志がある時である)どんどんヒートアップしている様子だ。

休日までこのような場面に遭遇したくはなかったのだが、ある意味職業病なのか自然と足がそちらに向かっていた。

何を言い争っているのかと割って入ると、日本人の男は怒り心頭といった様子でこう言った。

「こいつらさえ来なければ、俺がこんな惨めな生活を送らずに済んだのに!」

あー、そういうやつかーと、何と返答すべきか考えていると、ガウラ人の女も吐き捨てた。

「だから、気持ちはわからないでもないけど、そんな事をボクに言って君は何のつもりなんだ」

私の言いたいことを簡潔に言ってくれてしまった。だが日本人の男の怒りは止まらない。

「だったら帰りやがれキツネ野郎!!」「帰るとも、観光が終わったらね」

うーむ、どうにも収まりどころがない様子である。

詳しく話を聞いてみると、この男性は先日失業したのだという。

星間企業や宇宙人労働者の流入により、何年も勤めていた会社であったが、リストラの憂き目にあったのだ。

自分の状況を話して冷静になったのか、男はしょげかえったような顔をしている。

「わかっているんだよ、あんたに当たったって何の意味も無いってことぐらい」

なんだか今にも泣き出しそうである。

この様子を見てガウラ人の女は「じゃあ謝ってくれ、先に。ボクに色々と暴言を吐いたじゃないか」とこのタイミングで宇宙人な感じを出してくる。なぜ今なのだ。

「ご、ごめんなさい……」「キツネ野郎というのは恐るべき侮辱だ。君たちも猿とは言われたくないだろう」「はい……」

今にも消えてしまいそうなほど小さくなっている。そろそろやめたげてよぉ!

彼が一通り謝罪を終えると、彼女はニンマリといたずらっ子のような笑みを浮かべてこう言った。

「それじゃあ詫びという事で、どこか観光名所にでも連れて行ってくれよ」

呆気に取られている男の手を引っ張って、彼女はつかつかと歩き出した。

そしてそのまま二人は人混みの中に消えて行ったのである。

……ま、まあ、よいお友達になれそうな感じで、うん、よかったんじゃないかしら。

いつもと違って仲裁してもタダ働きになってしまったが、たまに良い事はしてみるものだ。

良い事をしたのだから、きっと今日は良い事が起こるだろう。

と、すぐさまスクラッチくじを買いに走ったのだが、なんと3000円がただ紙切れに変わったのである!食事はせずに帰った。



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領主はつらいよ:会合に行こう

 

領主、貴族、王族と聞くと煌びやかなイメージが湧くはずである。

しかし残念ながら帝国の場合は地球のそれほど、華やかしきものではないのである。

 

 

王侯貴族と言えば、我らが日本人の主である天皇家や英国のウィンザー朝、ハプスブルク家やサウード家を思い浮かべるだろう。

そして彼らは国事を行いながらも煌びやかな生活を送っている。

まあ彼らなりの苦労というものはあるのだろうが、我々庶民とはかけ離れた、豪華な生活を送っていることだろう(サウード家の末端はそうでもないらいしが)。

帝国にも領主、貴族というものが存在する。例えばスワーノセ家なんかは、ラスの実家だ。

「今日はお父様が来るそうですよ、楽しみですね」

まあ面白いおっさんなので楽しみではある。

「しかし、どうしてまた地球に来るのでしょうね」

そこは聞いていないのか。高級領主が来るのだからきっと非常に大事な事か、さもなくば観光とか全く大事ではない事であろう。

「……大体のお客様が、そのどちらかですよね?」

うむ、我ながらアホな事を言ってしまった。

 

そうこうしているうちに、彼女の父親は現れた。

「おひさやね。ラスも元気しとるかー」

親戚のおじさんのような感じで現れたのがラスの父親、スワーノセ・シンシナである。

「お父様、お久しぶりです」

ラスと二人で軽く挨拶をすると、後ろについてきてたガウラ人たちもこちらを覗き込んでいる。

「実は団体客やねんけど、会合があるから領主総督連中を連れて来たんや」

地球への用事は非常に大事な事であったようだ。

「ラスちゃん、元気そうじゃのう」と彼女と顔見知りっぽい焦げ茶色の毛皮をした……似たような毛皮の人物を複数名発見したので、容貌の描写は省略する。

とにかく、顔見知りっぽい人はアソ家の当主であった。

「おじさんこそ元気そうですね」

「いやあ、もうわしも歳じゃけぇ、今はもうこの世を去る準備をしちょるよ、後はもう娘に引き継ぐけぇのぉ」

「そう言って何年経ちますか」

和気藹々といった雰囲気であるので、まるで町内会のようだ。

「へぇー、こいつが地球人か!ホントに顔までハゲてやんの!」

「どれ、ちょっと顔を触ってみてもいいかね」

彼らは、第八惑星総督のミヤックと第五惑星総督のカイドーコマである。

なんだかチンピラみたいな連中であるが悪気はないようである。手のひらのぷにぷにの誘惑に負けて快諾した。

彼らは私の顔に手を伸ばして触れようとしたが、直前でやめてしまった。

「っと、どうやら誰かの逆鱗に触れそうな感じだぜ!」

「ああ、まだ腕は惜しいからな……」

残念、と肩を落として私から離れていった。こっちも残念である。後ろの方を見るとメロードが目を光らせていたので、それでやめたのだろう。んもう。

「お久しぶりズラ、ラスちゃん!」とまた小さなガウラ人の少女が現れた。

「トリエス!」と呼ばれた少女は、フゲンウゼン・トリエス、帝国の拡張と軍事を司る貴族の当主である。

「元気そうズラねぇ」「まあね。そっちも最近忙しいらしいやん」

旧友と出会えたようで、ラスは楽しそうである。

このなんとも呑気している集団が貴族や総督たちであるというのは俄かに信じ難いが、大体育ちがいい人って人当たりもいいしなぁ、こんなものだろう。

そこへ局長がやってきた。

「皆さん、会合にご出席いただき誠にありがとうございます。ご案内いたしますのでこちらへ」

なるほど、局長が取り付けたのか。彼はこの集団を誘導して、整列させた。

「それじゃあ一枚写真撮りますねー」……なんか本当に町内会の旅行みたいだな!

そういえば彼らに護衛などはいないのだろうか。

「そんなん雇うお金ないねん、お金の殆どは維持費だけで吹っ飛ぶし……」

「行政の費用も馬鹿にならない」

「戦争計画の立案だけでももんげー負担ズラ」

「税を増やすと市民に嫌味を言われるしな!」

うぐぐ、貴族とは一体……封建領主も楽ではないようだ……。

 



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領主はつらいよ:地球の未来の話

 

さて、となると、きっと私が駆り出される事であろう。

なので局長にその旨を伝えると、意外な反応をされた。

「いや、今回は雇っているよ。君にも業務があるだろう」

なるほど、それは安心だ。遠慮なく仕事に戻れる。

 

 

ではない!それではお話が終わってしまうではないか!

「え、いや、もうほら、連れてきたし」

「あ、どうも」といつの間にか日本人ガイドらしき人物がいる。

彼には帰ってもらった方がいいだろう。

それに以前は皇太子殿下もご案内したのだから私の方がいいと思うけどなぁ!吉田もそう思うよね?

「え?あ、ああ。そうかな、まあそうかも……」

ほらね。

「う、うーん、そこまで言うなら君にやってもらおうかな……」

そうでなくては。

「えっと、では私は」

「代わりに入国管理をしておいてくれ」

「えっ」

 

そういう訳なので、私が案内する事となったのである。

「俺は別に案内なんてしたくなかったのに」

吉田もついてきた。ほら、私一人だと心細いし。

「じゃあなんで案内をするなんて……」

まあいいだろう。「よくない」

局長が会合を開いたと言っていたが、一体何の会合なのだろうか。

と、宇宙港から出たとたんに領主たちは不満を言い出した。

「ひえー!なんだこの暑さは!馬鹿なのか!?」

「宇宙港内の暑さで嫌な予感はしとったがのぉ……」

何が馬鹿なのかはわからないが、彼らにとっては結構な暑さだろう。

とはいえ20度前後なので地球人的には全く暑くないし、まだまだ暑くなることもあるのだが。

「まあ我慢できんこともないねんけど、こんな真夏によう呼んだな」

全くその通りである。真夏ではないが。

「時期はまだ初夏でございます……失礼、完全に慣れてしまっていて……」

局長が謝罪した。まあもう随分長くいるものね。

「うっかり屋さんズラねぇ」

「乗り物を手配してありますのでそちらへどうぞ」

と差し示した方向にはバスが来ていた。……なんだか社内の様子が変だが。

領主たちが続々と乗り込み、私と吉田が最後に乗ると、その異様さに驚いた。

「さ、寒い!冷房効き過ぎっていうか冷蔵庫かこれ!?」

「特注のバスだよ。冷蔵車とも言えるかもね」

社内の温度は5度である。無論我々は夏服であった。

「ちょっと、上着を持って来ても……」

「いいや、時間がないから我慢してくれ」

「えぇー!」えぇー!

「寒いなら私にしがみついているといい」

やったぁー!吉田と二人で遠慮なく局長にしがみつく。

「何してるんだこいつら……」

「さぁ……」

と若干呆れられ気味ではあったが、背に腹は代えられぬというものである。まだ寒いけど。

「ちょっといいズラ?」とトリエスちゃんが手を挙げた。

「会合って、一体どんな会合があるズラか?」

「せやな」

「そうだぜ、わざわざこんなところに呼び出すだなんてな!」

「せやせや」

ラスの親父はなんなのか。

「……ええ、それはまさしく、地球の未来の話です」

うーん、えらく重大な会合に立ち会ってしまったようだ……。

 

極寒のバスを20分ほど耐えきって、ようやく目的地についた。

ホテルの大広間で、なんだか式典でも始まろうか、とでも言わんばかりの様子で、中はやはりガンガン冷房が効いていた。

でもやっぱ5度よりは暖かい。

「それでは、ご着席ください」

ぞろぞろと、彼らの名前が書かれたプレートが置かれてある席にそれぞれ着いた。

テーブルにはプレートの他に、美味しそうな食事が置かれている……と言っても良く見ると和食が多いので、雰囲気に合っているかは微妙である。

「これ食べてもいいのかい?」とミヤックが指差した。

「ええ、どうぞ」との返事を聞く前にサバの味噌煮をもう口に放り込んでいる。

「ん~!うめえのなんのって、長旅で腹減ってたからなぁ!」

それを見た他の当主らも食べ始める。

「塩辛いが、中々いけるのぉ」「塩辛いねんけどな」「しょっぱいズラ」

「日本人はこんな塩辛いもの毎日食って、舌が馬鹿になっちゃわないか心配だな!」

悪かったな、塩っ辛くて!

「皆さま、そのままお聞きください。我々がなぜ地球に来たのかは覚えていますか」

おお、実は私も気になっていたのだ。

「もちろんそれは、良質な小火器と好戦的な戦闘奴隷の為ズラ」

「経済的に搾取する事が目的じゃのう」

そ、そんな恐ろしい理由が!?

「いや、王侯貴族の保護じゃなかったっけな?」

「皆さん方、地球人が同席しているからと脅かさないでください」

あははは、とエイリアンジョークで和気藹々な空気を醸し出しているが私と吉田は冷や汗は出るし身体は冷えるし冷え冷えである。

「ふん、本当のところは金だ。投資による発展と貿易による関税で、戦費の穴を埋めるための計画の一環だな」

そう答えたのは機械ガウラ人の長、管理AIイゾートリである。

「我が帝国と似たような国体の日本とイギリスが拠点となったのは結果的に願ったり叶ったりだったのは、我が輩たちの嬉しい誤算だがな」

まあ投資のようなものだろうか、それを惑星規模でやるのだから、宇宙時代というのは凄い時代だ!

「左様、かの銀河大戦は賠償金だけではとてもじゃないが損失を埋めることが出来なかった。そこで進められたのがこの拡張計画です」

銀河大戦が起きたのは1890年代から1960年代後半ぐらいまでの長い期間だというから、投入された財も相当なものだろう。

星間戦争は(特に移動に)時間がかかるのである。

「それが響いて俺たちゃ貧乏ってわけ。参るよなぁ」

はぁ……と皆が一斉に溜め息を吐く。それを踏まえて彼らの服装をよく見ると、綺麗とは言い難いもので袖口なんかは破れているのも散見される。

「それで幾つかの惑星と、そしてこの地球の日本とイギリスを拠点として財貨を得るという試みは無事成功しております」

例の石灰貿易だけでも相当な関税を得られたのではないだろうか。

「天皇の存在も大きいもので、この天皇家は我が皇帝家よりも長い歴史を誇っております、エチオピアのソロモン朝も同じくに。彼らの威光によりこの地球は栄光と安寧を手にしていると考えられているでしょう」

それは驚きである。天皇家の歴史は最長でおよそ2600年、短くても1500年以上はあるので改めて考えてみても立派なものである。

「ところがどうであるか!」

局長はいつになく熱が入っている!

「市民は不況に苦しみ、人心は乱れ、天皇を始めとする王侯貴族らは象徴などという牢獄に囚われておるではないか!こうなれば我が帝国の直接統治の方が良いのではないかと考えましてね」

議場がざわついた。ミヤックが局長に問いかける。

「って事は、エトゥナ・プランを見直せって事かな!」

「左様でございます」

するとトリエスちゃんが立ち上がった。表情はかなりキリッとしており、仕事モード全開である。なんだかカッコかわいいぞ、なんて言ってる場合でもないが。

「それはオラの管轄ズラから、どういう事なのか説明してもらうズラ」

彼女の目はギラリと鈍く光っているようにも見えた!

 



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領主はつらいよ:地獄の沙汰もなんとやら

 

「それでは一体、どういう考えを持っているのか、説明してもらうズラ」

「いいでしょう」

さぁ、戦いだぁ!「そんな事言ってる場合かよ……」吉田は溜息を吐いた。

 

 

「皇帝は先代の事業をお引継ぎになり、そしてこの地球の計画が皇帝として初めての事業ズラ。それを事も半ばで変えようというのは、余程の事があってのことズラ?」

「せやせや」

「ええ、余程の事でございます。この事業は、現在の計画では仕損じる恐れ大、と私は申し上げたい」

「根拠を述べていただきたいズラ」

「せやな、根拠や」

ラスの親父はなんなのか。

「ではまずお手元の資料をご覧ください」

資料には、地球の情勢、半ば凍結状態のエトゥナプランの事、地球の行政区域の変更についてなどが書かれていた。

また、パレスチナ統治の情報により地球人を抑えつける事の困難さと治安維持の難しさなども挙げられている。

「一部地域の治安が比較的良好であるのは奇跡と言えるでしょう」

そんなに言わなくても……。

「しかしそれではプラン通りに懐柔策を取るか、はたまた浄化を行えばいいズラね。その分お金はかかるけどズラ」

「お金かぁ……」またしても領主らが溜め息を吐く。そんなにお金ないの。

しかし局長は溜め息は無視して進める。

「懐柔は結構難しいと思われます」

日本の懐柔は成功しているのだが、そういえばイギリスや他の国についてはあまり聞かない。

「この星に来てそれなりに時間も経ちますが、未だ日英の懐柔も完全ではありません、それに……」

局長が資料のページをペラララッとめくった。

「お手元の資料、8ページにある各国の情勢です。中小国、特にオーストリアやタイなどは我らに恭順の意を示しておりますが、MI6と情報本部の調べによればロシア、中共、アメリカは隙あらば我々と事を構えんとしており、それに同調する国も必ず出てくるでしょう。そうなればもはや懐柔どころではありません」

日英の諜報機関も手中に収められているとは、もはや実質傀儡と言ってもいい状況である。

「我が軍の脅威になると言うズラか」

「いいえ、我が軍にかかれば換毛期の毛をむしるかの如く。しかしながら、地球人は容易く原子爆弾を使用します」

場の空気が一気に張り詰めた。やはり彼らにとても核兵器は特殊な扱いなのだろうか。

「これは冗談ではありません。原爆ドームはご覧になられたでしょうか、第二次世界大戦から二千回以上もこの地球上では核爆発が起きています」

「そいじゃ、間違いなく日本やイギリスが標的になるズラね」

「核は軍事施設には効果がないからなぁー。狙うとすれば都市だな!」

「うむ、でなければ農地か」

「そりゃアカン。困るで、畑に放射能は。除去するのになんぼかかるか」

ざわざわと騒ぎ立て始める。うーむ、現実となれば何ともおぞましい限りだ。

吉田もなんだか気分が悪そうな表情である。

「帝国軍には無意味ですが、市民を巻き添えにするのは本意ではありませんからね」

「防御する事は」

「可能でしょうが、世の中絶対という事はありません」

「しかしそれなら、余程譲歩しなくては懐柔は難しそうズラねぇ」

即ちこれはどういう事か。

元の計画では日本を東アジア、イギリスを西欧、オスマン帝国を復活させ中東や北アフリカの中心国にして纏め上げ(絶対上手くいかないだろ!)、(ガウラ人にとって威光を持たない賤しい地域である)南北アメリカを東西から挟撃する手筈であったという。

統治は現地政府に委任し、宇宙社会への参加と独立の保障、科学研究や経済面での提携を行い、その対価として上納金を貰おう、というのが元の計画である。

……いや、こんなの絶対赤字だろう。

「あのー、宇宙的な兵器で、パッとやっつけちゃったり、洗脳したりは出来ないのでしょうか……」

吉田が恐る恐る手を挙げて質問した。そしたら。

「貴様は案外恐ろしい事を考えるな、とても血の通った生物とは思えん!人の心とか、情けとかが無いのか貴様は!全くこの地球人めが」

と管理AIイゾートリに呆れられてしまった。ロボなのに!吉田とてきっとお前には言われたくはないぞ!

「はぁ、すみませんです……」

「それにそういう大型の兵器は動力費だけでも結構するズラ」

「全員殺してもいいけど、そうなると弁解が面倒だしなぁー!」

侃々諤々と様々な意見を交わす領主たち。その内、一人が手を挙げた。

「ちょいといいですかみなさん」

比較的年老いたようにも見えるこの人物はアソ家の当主である。

「この資料、見たところ肝心な部分が抜けちょるようにも見えるけぇのぉ」

「どこでしょうか」

「わしはこの地球の事についても一応事前に調べておいたんじゃが、この星は幾つか大きな原発事故が起きておるそうじゃのぉ」

「はい、しかしそれは解決に向かっているはずです」

「果たしてそうじゃろうか? 帝国の『劇物の令』の基準を適応するなら、相当な範囲の除染が必要になるけぇのぉ。果たしてそこまでの金があるかどうか」

「うーむ……」

「それに他の部分も少々乱暴で強引じゃ。帝国の『律令式目(と翻訳するのが一番近いだろうか?とにかく法律である)』を適応するとなれば、地球人の半分以上を逮捕せにゃあならん」

局長は渋い顔をして資料を見つめ熟慮している。しばらくすると顔を上げないまま口を開いた。

「そう言われれば、その通り……」

最初の勢いはどこへ行ってしまったのか、すっかり意気消沈している。

「お前さん、随分と地球人に……なんというかのぅ、失望感を抱いておるようじゃのぉ。少し休んだ方がよかろう」

地球の事情を顧みると、失望するのも彼らからすれば当然と言えよう。この日本でさえも、帝国に比べればスラムのようなものである。

彼らしくもないような気もするが、最近思い悩んでいたのはこういう事情があっての事だったのだろうか。

「へへっ、領主や総督が辛いってのがちったぁわかったんじゃないのかな!」

ミヤックが軽口を叩いたのを皮切りに、領主たちが次々と愚痴を言い始めた。

「農道の補修も金がかかるしなぁ」

「領民はうるさいし!」

「宇宙船のローンもあるし」

「娘が三人も生まれたし」

「そろそろ屋敷もボロボロだから、修繕しないと」

なんだか親近感が沸いてくるような感じだ!

しかしながら、総督府は別にあるはずなのだが、どうしてまた局長が出張る事となったのだろうか。

「総督府の一番上のお偉いさんがあと数年で退任だそうで、次に私が指名されたのだ」

そんな事があったとは驚きである。彼は深いため息を吐いた。「やはり、誰かに相談しなくてはね」

「そうですよ水臭い、この吉田にでも遠慮なく言ってください!」

吉田が頼りにならない時は、私が聞くことにしよう。「頼りになるよ!」

「ありがとう、二人とも」そう言って、彼は会議のテーブルに向き直った。

「会議はここまでに致しましょう。この後、地球の観光の用意があります、詳細はバスに戻ってからお話ししますので、今は気兼ねなく食事をお楽しみください」

「そう来なくっちゃねー!」

かくして、エトゥナプランの見直しは見送られた。

アソさん曰く、もし金が足りて彼の計画が遂行されれば地球が地獄と化したであろう、とのことである。

地獄の沙汰も金次第とは言うが、金が無いために地獄となるのを避けられるというのは面白いものである……いや面白くない!

さてその後、観光のガイドも我々がやる事となったのだが、大変愉快な人たちであったので、とても楽しい時間が過ごせた。

 

ところで、私らの代わりを務めていた人は結構頑張っていたそうだ。

「やれば出来るものですね!ここに就職してもいいですか!?」

案外に強かなヤツであった。

 



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恐怖の催淫シャンプー

 

そう、これは実に恐ろしい事件であった!にしてもひでータイトル……。

 

 

最近になってよく聞くようになったのが、宇宙人による性犯罪である。

幸いと言うべきか、強姦まではまだ起こってはいないそうなのだがこれでは時間の問題ではないだろうか。

なんでも、よく居るカラカル型人種、サーヴァール人というのだが、それらがある時期を境に突然暴走して襲う事が多発しているという。

しばらくして我に返ったり失神したりしてなんとか事無きを得たりはするのだが、既に社会問題となりつつある。

実に不気味なのが、加害者も、また被害者も老若男女入り乱れているという点だ。

例えば、若い女性のサーヴァール人がおじさんに執拗に性行為を迫ったとか、女児のサーヴァール人が女子高生のスカートの中を覗いたとか、なんとも頓智気なニュースばかりが流れている。

そしてこの人種、銀河でも類を見ないほど人口が多いのだが、それは彼らが移民をよくするからである。

この人種はあらゆる気候に高い順応性を示し、しかも現地の法や風習文化に自ずから進んで馴染み、唯一ドラッグの使用に抵抗が無い点を除けば模範的な市民である。

それ故にあらゆる国家で受け入れられ、この地球でも非常によく見かける人種となっているのだ。

よくマタタビの吸い過ぎで路上に寝転んでいるのを除けば地球でも大人しくしていたのだが、一体どういう心境の変化なのだろうか。

実に奇妙であるとして、警察が研究を進めている。

 

それはそうと、この日の吉田は上機嫌であった。

「フッフッフ、これが噂の女子高生の匂いがするシャンプーだ。どう?嗅いでみ?」

そう、これだからである。野郎から女子高生の香りがするとは変な感じがする。

「うへぇ、臭い!」とラスには不評であったが、バルキンには好評であった。

「いいねぇ!どう、今晩は暇なんだけど……?」

「いや、それはちょっと……」

バルキンは男なら誰でもいいのか。

「誰でもは良くないよ!まあ、病気がなければねぇ……」

そういうのを誰でもいいと言うのである。

ともかく、ガウラ人職員らには不評であったがそれ以外の人種にはそれなりに好評であったそうな。

当然日本人にも好評である。

「今度佐藤さんと会う時にもこれで行こうかなぁ~」

それはどうだろうか……まあ佐藤なら喜ぶであろうが……。

 

そうして、仕事も半ばという時に事件は起きた。

どうも吉田の方が騒がしく、メロードがエレクレイダーの救援に向かうほどであった。

何事だろうか、と様子を見に行くと、なんと吉田がサーヴァール人の老若男女たちにさながらアイドルか何かのように揉みくちゃにされていたのである。

黄色い歓声が響いている。エレクレイダーが叫んだ。

「そろそろ放してやらないと痛い目を見ることになるぞ!まぁ、その、彼は嬉しいかもしれないが!」

「いや、助けてくれよ!!」吉田も叫んだ。

「すっごーーい!吉田はモテモテの日本人なんだね!羨ましー!」バルキンも叫ぶ。

彼女を始め、野次馬たちが続々と集まってきているが、そんな事を言ってる場合だろうか。

周りで数人のサーヴァール人が慌てふためいているので話を聞いてみる。

「あ、あの、彼は一体どんな媚薬を付けてたんですか!?」

「媚薬というか、催淫性の香水っていうか、ああ、また、ムラムラしてきちゃった……!」

その内の一人の女性が吉田の方に駆け出した。

余りにも人数が多いのと彼らが手荒な事はしない質なのが幸いしてか何なのか、吉田が暴力を受けている様子では無さそうではあるのだが……。

「参ったな、撃ち殺すわけにもいかないし……」とエレクレイダーもお手上げだ。

そこでメロードも参戦する事になる。

「よし、私とバルキンの超能力で引き剥がすから、その隙に吉田を助けてやってくれ」

「あいよ」

「サー!サーイエッサー!サー!」

メロードとバルキンが目を閉じると、次の瞬間さながらモーセの海割りの如く、吉田の周りが一斉に開けた。

その隙にエレクレイダーがサッと吉田を抱き上げてその場から足早に立ち去る。

するとどうだろう、サーヴァール人の集団はきょとーんとした表情でその場に立ち尽くしている。

「さあ、話を聞かせてもらう」「口を割らなきゃお仕置きしちゃうよ!」

 

後日、原因が判明した。言うまでもなくあのシャンプーである。

これに含まれるγ-デカラクトンと呼ばれる成分がサーヴァール人の脳に作用して自制心の低下と性的欲求の促進を引き起こしたのである。

そして、性犯罪が多発し始めたのもこのシャンプーが有名になってからである。

これによりシャンプーの製薬会社がこれを販売中止にしようとしたが、サーヴァール人の製薬会社との提携で抗催淫薬が頒布されることとなり販売中止は免れたのである(それでもまあ多少の批判はあったが、販売継続の署名もまた多く集まったのだという)。

かくして催淫シャンプー事件は幕を閉じたが、吉田はサーヴァール人が軽くトラウマになっているらしい。

「もう俺、二度と猫カフェいかない」などと言っているのでちょっぴり可哀想である。

 

ところで、バルキンが妙なものを発見してきた。

「例のサーヴァール人の製薬会社製のさ、ほらこれ、ガウラ人に効くやつだよ……!」

……まあ、使う機会は無いが、貰えるものは貰っておく派なので、他意はないけど貰っておこう。

 



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銀河輸入雑貨店

 

最近では、宇宙から様々なものが入ってくるので、地球人たちはそれを楽しみにしているのだという。

 

 

「ねね!最近何してる!?あたしパパ活!」

と恥も外聞も無く言うのは当然バルキン・パイである。一体誰がパパになってやろうというのかこの馬に。

「意外と多いよ、単価も高いし、アメリカから来た人もいたね~」

う、ううむ。

「まあ、そういう人もいるからね……本人たちの同意があれば、まあいいんじゃないの……」

とは言いつつも佐藤も若干引き気味である。

「ねえ、パパ活って?」

ラスが不思議そうに聞いた。そんな事は知らなくてもいいのだ。

今日は休日なので友人たちとファミレスでダラダラとだべっている。

「さとちんは何してる最近?」多分佐藤の事である。この馬はいつもこうやって謎のあだ名をつける。

「さとちん……? えっとねぇ、お客さんのガウラ人に色々と誘われてて食べたり飲んだりばっかりだよー」

なるほど、吉田が最近しょげ返ってるわけだ。

「まあでも、どこかの誰かと違って私はちゃんと人間が好きだから、変な事になったりするわけではないんだけど」

だそうである。よかったな吉田。……まるで私がちゃんとしてないような言い草である。

「って事はサトー、あんた太ったんちゃう? というか、パパ活について教えて欲しいねんけど」

「そうなのッ!」と佐藤はテーブルを叩く。ラスはちょっとビクッとした。

「太ったのよ結構!どれくらいかは言えないけど……」

そう言ってお腹をさする。飲み食いしてばかりでは太るのも当然である。

しかしながら、本業のペットのトリミングとかがあるので、そんなに暇そうには思えない。

「いやだってもううち宇宙人しか来ないし、宇宙人は宇宙人で、一度切ったらしばらくは来ないし……」

元はペットサロンだったはずが、宇宙人向けの美容室になってしまったようだ。法制定前なのでデカいシノギの臭いがする(かの有名な吉本フレンズ生コン社の騒ぎもあるし、暴力団は最近のトレンドであるし)。

「ええなぁ、ウチも今度行こうかな。それよりも、パパ活って何?」

「是非おいでよ、可愛く切ってあげるから」

「あたしも行こっかな!」

まあ繁盛してそうで何よりである。

「それでさ!何かいいダイエットはないかなーって」

そんなものがあればとっくにみんなやってるだろう。そもそも適度な食事と運動をすればいいだけである。

「まあそれはそうなんだけど、何か良いものがあればと思って」

むー……そういえば、一つだけある。ある宇宙人の営業マンにもらった名刺があった。

なんでも健康とかの薬品を販売するのだそうで、私は興味が無いのだが、名刺だけ押し付けられたのである。どこで売るのかも書いてある。

「そうそう!そういうの!宇宙時代万歳!店員さんケーキ追加で!」

これだもん。しかしながら、大体そう事は上手い事運ばないというものである。

 

そういうわけで後日、佐藤と二人で地球外輸入雑貨を扱う雑貨店……というにはかなりデカくて、スーパーみたいな所にやってきた。

一見して、普通のスーパーマーケットとさほど変わりはないのだが、駐車場、駐輪場、そして傘立てに厳重な警備が敷かれている。

更によく見ると傘立ては宇宙最先端のセキュリティシステムが導入されており、もし他人の傘を盗もうとするならきっと命はないだろう。

「おほー!こりゃ凄い楽しみ!」佐藤は大興奮である。

こういう店は法的にはちょっとアレなのではないだろうか。

普通の家具やインテリアはまだいいのだが、食べ物や薬品、機械類の取り扱いは問題があるのでは?

きっとグレーゾーンとか有耶無耶とかそういう感じのアレで成り立っているのではないだろうか、危険物は宇宙港で止まるので、被害と言えるものは出ていないと思うが……。

そういうのちょっとどうかと思うんだけど!?という事を外で万引き禁止の貼り紙をやり過ぎなぐらいベタベタと壁に貼り付けているエウケストラナ人(バルキン以外で初めて見たぞ!)の店員に問い質してみると、意外な答えが返って来た。

「大丈夫!日本国政府が買い上げて、それをここで販売しているのですからね!」目をへろりと逸らした。ホントかよー!

「大丈夫って言ってるし、見てみよっか」まあ、大丈夫だという事にしよう。反社会的勢力に金が流れるわけでもあるまいし。

中に入ると、見た事も無いような品々が棚にズラリと並べられていた。こりゃすごい。

「わぁ、これは、薬を見に来たんだけど、ちょっとそれ以外も見てみたくなるね」

全くその通りである。

 

「いらっしゃいませ、万引きはせぬようお願いします」

普通なら地球人を何だと思ってるのか、とムッとするところだが、私ほどになるとどうって事ない。

だが佐藤は「あはは、やっぱりそういう扱いなのねー……」と微妙な顔をしていた。

とはいえ、中には傘立てほどのセキュリティらしきものは今のところ見当たらない。

「あ、これなんだ!」と佐藤が手に取ったのは……何それ。なんかグニグニした粘土みたいな見た目だが、触るとサラリとしていてヒンヤリする……よくわからない。

「何だろうこの……何だろう……」近くにいたガウラ人の店員を呼び出して聞いてみた。

「わかりません……我が帝国にもこんなものはございませんので……あ、万引きはしないようにお願いしますよ」

お前もわからんのかい!誰かがわかるから置いたのではないのだろうか……。

「よし、買った。値段も500円弱と手頃だし」なんかよくわからないやつお買い上げ。

ヒンヤリしていて頬に当てると気持ちがよいので、多分そういう冷却グッズなのだろう、知らんけど。

他にも何の臭いも味もしない試食とかどういう類の種なのか想像もつかない生物とか何かを放出している鉱物とか用途不明の怪しげな機械類とかホントにこれ適法なの?というものがずらずらと並べてあった。

特に特徴的であったのが傘である。傘はどのような星でも変わらず、銀河傘連盟なるものも存在する、と何か変なネズミっぽいキツネっぽいマスコットと共に手描きのポップが貼られていた。

が、なんと全面が金属の格子で締め切られ、欲しい時は店員に頼んで開けてもらうしかない(どんだけ傘盗むと思われているのか日本人)。

 

かくして、寄り道しながら歩くこと二時間半、ようやくお目当ての薬品コーナーに辿り着いた。

「二時間半?楽しすぎて疲れを感じないね!」

佐藤の買い物かごはいっぱいである。

「喋る鉱石はヤバいよねこれ」「限られた」「ほらまた喋ったよ」「限られた」

なんでよりによってその言葉なのかはわからないが、日本人の耳にそう聞こえるってだけなんだろう、多分(ちなみに声は最近結婚したという人気男性声優に似ている、らしい)。

そんな事より「限られた」ちょっと静かにしててねカジ鉱石くん、色々と薬品を物色しようじゃないか。

「色々あるね……これは、『痒くなる薬』?何に使うのよ……」

なんだか妙な薬ばかりで、これは薬事法的に大丈夫なのだろうか。

メウベ人の店員に聞いてみると「さぁ、興味ないから。万引きはするなよ日本人。見てるぞ」とのことである。無法地帯である。免税店ならぬ免法店である。

「ダイエットに効きそうなのは……この食欲減衰とかはちょっとなぁ……」

体内の油分を溶かす薬とかあるけどこれどう考えても処刑用のやつではないだろうか。

「あ、これいいんじゃない!?体内の栄養を排出する薬だって」

いや、それは……絶対具合悪くなるやつ……ってか死ぬだろ……。

「やっぱりそうかぁ……なんか死ぬやつばかり置いてあるね」

ロクでもないものばかり置きやがって!と二人でモチャモチャと愚痴っていると、いつぞやのサーヴァール人営業マンが現れた。

「おや、おやおやおや、これはこれは入国審査官殿、ご来店ありがとうございます。あ、万引きはやめてくださいね」

彼にダイエットにいい薬品はないのだろうか、と尋ねてみる。

「運動されるのが一番ですね」まさしく至言である。

「どうしてもと言うのであれば、こちらですかね。栄養の吸収を抑える薬です。メメ教徒の修行僧が使っていた漢方を元に作られました。まああまりオススメはしませんが……」

「それいいね!買った!」とすぐにかごに放り込む佐藤。かごは溢れんばかりで、随分と羽振りのいいものである。

「ま、まぁ、自分へのご褒美ってやつかな……」そうすか……。

「お買い上げありがとうございます。もっといっぱい買っちゃってください!」

 

そうしてその後も二人で一通り見て回り、佐藤は合計24点でおよそ六万四千円の買い物をした。加減しろ莫迦!

更に、薬の効果であるが、後日彼女から連絡があった。

「ヤベーのなんのって、もういくら食べても」「限られた」「ちょっと黙ってて!全然栄養吸収されないし効果1週間ぐらいあるし、助けて!」

とりあえず、病院に行くように勧めた。世の中そう上手い事いかないものである。

 



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海の日

 

夏と言えば海である。という考えは陽の者に精神が支配されている。

私は決して好きではないのだが、まあ友人が行こうと誘うのであれば仕方あるまい。

 

 

このクソ暑い日に海水浴場に来るのはいつぶりであろうか。

以前来た時も佐藤に誘われて来たような記憶がある。即ち、学生時代以来ということになるだろう。

「最高の海日和ってやつだね」と佐藤は言う。

確かに、あまりにもクソ暑いので客が少なく、浜辺では快適に過ごす事が出来そうである。

日本人は当然として宇宙人らもいて、どこかで見たでっかいオウムガイやらヒトデみたいなヤツやら、如何にも海が好きそうな連中も遊びに来ているようだ。

「おほー!!これが海!」とラスは大興奮である。「広くて青い花畑みたいやね!」

彼女は海を実際に間近で見るのは初めてなのだという。確かに言われてみれば、農家の娘だから内陸出身なのだろうことが窺える。

メロードとエレクレイダーも同様に、目の前にするのは初めてのようでややテンション上がり気味である。

「こういう海の水は塩が入っているのだというが」「旦那ァ、そりゃあガセってやつだろ。川から降りてくるのにどっから塩が出てくるんだよ?」

……まあ、うん、言われてみればそうであるのだが。

そして忘れてはいけないのがバルキンである。

「海ってサイコー!全力で楽しむしかないよね!」

こういう場を楽しむのであればまさしくうってつけの人材である。

「さあさあ、みんな着替えよう!うん!」吉田はテンション上がりっぱなしである。

差し詰め、佐藤の水着姿がお目当てなのだろうが、彼女がどういう人間であるかを忘れているようだ。

「この俺は防水ボディーだからな、水着なんてのはいらねえ。ここで待ってるぜ!」そもそもお前は隠すものが無いだろう。

 

さて数分後、更衣室から出揃う。

「か、かっけぇ……」吉田は呆気に取られている。

それもそのはず、佐藤はウェットスーツを着こなしているからである。

「吉田くん、そんな水着じゃダメだよ!死にたいの!?」

いや、ただの海水浴場なので吉田の普通のサーフパンツの方が正しいのだが……。

「水生生物の観察の基本はまず死なない事、いいね?」「あ、はい」

磯遊びも出来るビーチではあるので生き物は見つかるだろうが、所詮は海水浴場なのでたかが知れている。

「……なーんてね!ごめんね、これしか持ってないんだ。期待してたでしょ?」

「い、いえ!全然大丈夫っすよ!はい!むしろカッコいいというか、惚れるというか……」

なんか敬語になってる。そうしているうちにバルキンが出てきた。

「どーお?似合ってるでしょ!」馬がビキニを着ている。馬の位置だとそこには乳房は無いだろってところ、胸筋辺りにトップスが来ていて、まあアンダーは正しい位置だろうか。

元々全裸なのに水着を着ると妙にエ……いや、そんな趣味はない!

「どーよ吉田!ドキっとしちゃったでしょ」「いや」「ガーン!」そりゃそーだ。

それで、次にラスが出てきた。

「さあ行くで!」上半身裸で。おっぱい丸出しである。一体何なのか。

「なんや、ちょっと遅くなっただけや、お尻んとこ尻尾の穴開けるの忘れてん」

そうではない、そうではない。

「あの、ラスちゃん、上も買ったよね?」

「あんなんつけんでもええわ、別に恥ずかしい訳でもなし」

恥ずかしいよ!地球人にとっては恥ずかしいのだ、そりゃあガウラ人にとっては違うかもしれないが。

「ラスちゃん、ほら、他の人をご覧。みんな上も付けてるでしょう?というか、私たちが恥ずかしいっていうか……」

そうなのだ。私たちがなんか恥ずかしいのだ。「っていうか私ですら着てるよ!?」とバルキンも言う。

ガウラ人がどういう進化をしてきたのかはわからないが、二足歩行で乳房も二つというヒューマノイドライクな体型だし、胸もちょっと膨らんでいるので色々と問題なのだ。

「そ、そう言われると、恥ずかしい気がしてきたなぁ……」

そう言うと慌てて更衣室に戻っていった。となるとメロードも心配である。

「ああ、それなら俺が教えたから大丈夫だよ……その、位置と大きさがネックだったから水着も選んでさ……」

あー……。

「え?何が?」「何でもないっす」

程なくしてメロードとラスと同じタイミングで出てきた。水着はちゃんと着れてた、よかったよかった。

 

浜辺に戻ると、綺麗に荷物が並べられて、パラソルも開かれていた。きっとエレクレイダーがやってくれたのだろう。

肝心の本人はと言うと、海水を舐めている。

「ほ、ホントにしょっぱい!そんなに海の底は塩だらけなのか!?」

ロボだから実際に舐めずとも成分分析とかネットで調べたりとか出来そうなものなのだが。

「お、戻ったか。そうだな、スマホが使えりゃこんな事にはなってねーんだよ」

そういえば触っても反応しないのであった。なんか接続とかして操作出来ればいいのにね。

「全くだぜ。俺はただの奉仕機械だからな、母星に帰ればアップデートも出来るが」

と彼と喋くっていると「話してないで、浮き輪の空気入れようよ!」と佐藤に呼び出された。

「いいぜ、俺のエアーコンプレッサー装置の出番だな」

ってそういう機能はついているのかよ!おかげで一分も経たずに浮き輪やらボートやら全てに空気を入れ終わった。

 

「あ~、もう出たくないわ~」「ほーんと」

とラスとメロードが海水にずっと浸かっている。まあこう暑いとねぇ。

泳いだりビーチバレーしたり吉田を埋めたり水に浮かんで流されそうになったり砂で芸術を作ったり吉田を埋めたりと一通り遊んで回ったが、二人はアレが一番気に入ったようだ。

「そろそろ掘り起こしてくれないかな!?」

「浜辺と言えば、あれでしょ?」と佐藤が鞄からスイカを取り出した。

そう、もちろんスイカ割りである。彼女は宇宙人らに日本の海水浴を嫌というほど思い知らせてやると意気込んでいたので抜かりはない。

シートが敷かれ、スイカが置かれた。「なんで俺の隣に置くの」海に漬かっていた二人が何事かと戻って来る。

「じゃあまずはラスちゃんからね」と佐藤は木刀をラスに手渡す。

「え?どうすりゃええの」オーソドックスなスイカ割りというのは、まず目隠しして回って……。

「こう?」とその場で回り出す。メロードは何の為にこんな事を……という表情だ。まあ遊びってのはこんなものである。

「もう目が、回って来た!わかって来たで、目隠ししてあのスイカ?をたたき割るんやな!」

飲み込みが早いようで彼女はフラフラと吉田の方へと向かっていった。

「ちょ、ちょっと!こっちじゃないよ!やめて!やめて!やめて!」

「ここや!たぁー!」と木刀を振り下ろすと、吉田の顔の横に落ちてへし折れてしまった。

「ひんっ」と吉田が声を上げた。「よ、吉田くん!」と佐藤が慌てて駆け寄る。

「な、なんとか……気絶せずに持ちこたえました……」

「あらぁー、すまんな、怪我はない?」「大丈夫……」

危うく事件になりかけたが、まあ無事だったのでよかったよくない。

ということでスイカ割りは中断となった、木刀も折れちゃったし、スイカは普通に食べることにした。

 

佐藤と吉田は磯の方に生き物を探しに行ってしまい、メロードは海に漬かったままで、エレクレイダーは相変わらず海水を舐めて不思議がっている、バルキンは男を見つけて追いかけて行った……。

一人取り残された私は、海を眺めながらぼんやりとしていたのだが、ふと気が付くと先程まで隣で座っていたラスがいない。

辺りを見渡しても、どこにも見当たらない。ガウラ人は彼らの二人しかいないので目立つはずなのだが。

まあ、ああ見えて彼女も大人なので別に心配するほどの事でもないのだが、ないのだが、凄く心配である。

とりあえずメロードを水から引き揚げて彼女を探そうとしたところで猛スピードでこっちに走って来た。

「はい!五分ピッタリ!」何の事だろうか。

「おっさんと追いかけっこしててな。五分逃げ切ったら何でも買うてくれるって!捕まえられたら何でもせなあかんねんけど」

しばらくすると、そのおっさんも走って来た。

「はぁ……はぁ……速すぎる……」「しゃばいなぁおっさん。あと1時間は走れるでウチ」

なぁーんだ、おっさんとかけっこしてただけか……いや、いやいやいや、ふ、不審者!メロード行け!

「う、うん!」と手をかざすとおっさんは宙に浮きあがった!

「ぐわああああ!」「へっ?」

 

おっさんはまあ未遂という事で、ガウラ人の恐ろしさをたっぷりと思い知らせる程度で解放してやった。

どういう状況だったのかをラスに説明すると「へぇー!そりゃ恐ろしいわなぁ」と反省しているのかしてないのかわからん感じであった。

「でもまぁ、地球人に身体能力で負けるわけないし」それはまあそうなのだが。

地球人が、というよりは、悪い人間はどこにでもいるので、ラスにはもっと気を付けて欲しいものである。

そうこうしているうちに佐藤と吉田の二人も帰って来た。

「吉田くんってば、ウミウシ踏んだんだよ!しかも裸足で!」「まだ足に感触が残ってる……」

もう十分に楽しんだので、まだ日が傾くには時間があるがもう引き上げる事となった。

片付けているとバルキンも帰って来た。

「楽しかったね!」「また来たいわなぁ」「いや、もっと涼しい時期にしよう」「しかし真水で身体を洗わないとな、錆びちまうぜ」

と中々の好感触のようで、楽しんでいただけたようで幸いである。

「また来たいねぇ、今度もこの、いち、にぃ……7人で!」と佐藤が妙に湿っぽい感じの事を言う。なんてことを言うんだ佐藤!

当然、また来る事になるだろう、今度はビルガメスくんも誘ってみようか、局長も意外と来るかもしれない。

 

ところで帰り際、更衣室から出たところに、呆然として座り込んでいる二人組の男性がいた。

「馬……馬と……俺ら……」「もういい、忘れろよ!」

な、なんというか、気の毒と言うべきか……。

 



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読み物:地球の中の銀河、銀河の中の地球

銀河人と地球人の関係は概ね良好と言えるだろう。とはいえ衝突やトラブルが無かったわけではない。

また地球文明の存在とその歴史が知れ渡り、銀河諸国に少なくない影響を与えた。

 

 

 

【ガウラ公館事件】

 

最も大きな衝突であり、だというのに帝国の動向に敏感な人間しか知らない事件である。

帝国では同性愛は死罪であるので、もし同性愛者が公館に入ってしまえば逮捕処刑を行わなくてはならない。

なので、同性愛者の立ち入りを禁止する旨を地球上のあらゆる言葉で書かれているのだが、それに目を付けたのがLGBT団体である。

大勢のデモ隊が公館に殺到し、警備員らも押し流して公館へと雪崩れ込んだ。

数十名が公館、つまり帝国の領土に足を踏み入れた。このままでは危険と判断した責任者は戦闘命令を下す。

職員らは決死の覚悟で銃を持ち、侵入した暴徒らと『戦闘』を開始。

暴徒たちは次々と『戦死』し、公館に入り込んだ人間は全て帰らぬ人となった。

帝国は日本政府に「武装集団の襲撃を受け、これを撃滅した」と事後報告を行ったという。

日本政府はこれを大きく取り扱いはしなかったために外交問題にはならなかったが、遺族らは抗議を続けているという。

一方、帝国はこれを悪びれもせずに、特に告知もなく公式サイトに掲載している。

 

 

【君主あらずは国にあらず】

 

ガウラ帝国の君主と君主制の崇拝は邂逅当時から話題になっていた。

特にフランスやアメリカ、共産主義国に対しては悪意や嫌悪を隠そうともしなかったという。

例えば、帝国のあらゆる発表では彼ら『威光無き国々』の写真や出来事などは一切排除されていて、まるで存在しないような扱いであった。

米国は一連の無礼な振る舞いに抗議を行ったが「では君主を連れて来なさい」と門前払いされたという。

各国では王党派の支持率が若干増えつつあり、特にフランスはレジティミスト、オルレアニスト、ボナパルティストが三勢力が鎬を削っている。

またオーストリア、ハンガリー、トルコ、エチオピアなどは帝国の支援もあって本格的に検討中だという。

この事と、後述の原爆投下の件が尾を引いており、アメリカ人はすっかり宇宙人嫌いになってしまった。

 

 

【昇る太陽】

 

開放政策というよりは無理矢理こじ開けられたようなものだが、社会の風通しは多少は良くなった。

まず宇宙人労働者らは過労を促す空気を破壊し、蔓延る不正を破壊し、そして既得権益を破壊した。

これは反社会的勢力ののさばる裏社会においても同様であり、宇宙人マフィアの存在も確認されている。

ある種の侵略とも言える行為ではあるが、長らく疲弊していた日本社会は再び活気を取り戻す事となる。

その分の痛みを伴う事となり、路頭に迷う者も多く出た。中には会社を乗っ取られるような日本人までいた(自業自得とはいえ)。

しかしながら以前よりも消費活動は増え、景気も良くなり、人口も僅かに増加しつつあるというので、宇宙人様様である。

『旭日景気』と一部で呼ばれているというが、全然流行っていない。

 

 

【流入する宇宙文化】

 

他国の文化を取り入れるのは日本人の特性とも言えるものであるが、宇宙国家相手でもこれは例外ではない。

一例として挙げられるのが、ガウラ帝国における祝日に春の到来を盛大に祝う日、日本で言うところの節分や立春とも言える日があり、日本の商売人がこれに目を付けた事である。

これは長い冬が終わり実りの季節がやって来るのでもう備蓄を開けてしまおう、というのが由来とされており、穀物を中心としたご馳走が食べられている。

日本人もそれにならって、ご飯はもちろん、蕎麦、麦、豆、粟、稗、黍、トウモロコシの料理とそのレシピ本がコンビニやスーパーで販売され始めた。

また、ガウラ帝国の料理もこれを機に注目されており、肉料理が多い事と粟が肉料理と相性が良い事が偶然にも重なり、ちょっとした流行となっているという。

 

 

【『カープ』の流行】

 

常日頃から割と娯楽に飢えている宇宙人らに流行りつつあるのが『カープ』である。

これは野球を意味する言葉で、観光客の多い広島から宇宙へ広まったためにこのような呼ばれ方をしている。

広島の野球チームの誕生を描いた漫画が輸出されてから徐々に広まっていったとされる。

特にプロスポーツなどの文化を持たない地域ほど熱狂し、球団も既にいくつか出来ているという。

地球の野球チームと対戦する日も近いだろう!

 

 

【星間戦争の頻発】

 

とある与党幹部の地元にて会談、締結が為された『飯塚条約』により、メギロメギアは多くの賠償艦を日英に譲渡する事になる。

これによる地球艦隊の大幅な増強は、中堅諸国に焦燥感を与えた。

強力な艦隊を持ち、しかも列強の庇護下にある地球は他の覇権を狙う国家たちにとっては脅威である。

彼らがいつ『覚醒』してもいいように、中堅諸国らは軍備の増強を急いだ。

軍拡の波は銀河中に広まり、各国の緊張を煽り、銀河は戦乱の時代へと突入した。

かつての大勢力であった『銀河同盟』と『旧支配者連合』はこの事態を憂慮しており、連日治安維持の為の協議を行っている。

 

 

【核への忌避感の払拭】

 

地球人の理想とは裏腹に、広島や長崎の出来事に宇宙人らは「我々が最初ではないならば」と感じたようだ。

厳密に言うならば、核分裂爆弾を前宇宙時代において実戦で使用した種族は全て先の時代に進む前に滅亡している。

その為地球は核の使用後も生き残った稀有な文明ということで注目を浴びていた。

各国はこぞって構造も単純で安価な核分裂爆弾の製造と実戦使用に取り掛かった。

この影響で、防護壁として有用なコンクリートの原料である石灰の需要が増大し価格が高騰した。

更に、銀河における戦災難民の数が急激に膨れ上がったとマウデン家市民保護庁が発表している。

 

“先んじて汚名を着てくれたアメリカ合衆国とトルーマン大統領に、我々は感謝せねばなるまい!”

                        ――とある新興国の軍事担当相

 

“かつて原子爆弾は縁起の悪い物であった。知られている中でこれを使った種族は全て滅んでいたからだ。それが歯止めとなっていた。しかし生き残りが見つかった今、そんなものを気にする種族はいない。残念ながら偏見は取り払われ、原爆を蔑視する者は消えた”

                        ――マウデン家市民保護庁長官

 

 



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電気人間の怪

宇宙人というのは驚くほど現金を持っている。無論、カード会社が対応していないというのもあるが。

噂によれば宇宙人向けのクレジットカードサービスもあんまり好調ではないらしい。

 

 

さて、またかと思われるかもしれないが、宇宙には多様な人種が存在する。

菌類や機械生命体はもちろん、無機生命体ももちろんいる。

そして彼らの中の一つ、情報生命体というものがいるのだが、まあ地球人は信じないだろう。

私もこの目で見るまでは信じられなかった。なんと表現すべきだろうか。

一番近いのは幽霊だ。幽霊が実在するとすれば(ガウラ人は実在すると主張している)、それが彼らに近いだろう。

特殊な手段を使わなければこちらの世界には僅かにしか干渉できず、さらに彼らは電子機器に入り込むのだという。

そんな如何にもなものが存在しては堪りかねるのだが、彼らがパスポートを持ってこの地球の玄関口に現れたとなれば信じざるを得ないだろう。

「如何ありましょうか」と言うのはこの目の前の……何と言えばいいだろう、何も無い所に映写機で映したように透けていて、見てくれは所謂魂のような、そんな容貌だ。

想像できないかもしれないが、これを文章で伝えることは至難の業だろう。未だに信じ難い、目を疑うとはこの事だ。

「では、あれですかな、対有機生命体コンタクト用のヒューマノイドインターフェイスでも…」

なんだか懐かしい響きだがその必要は無い。彼の書類を受け取ると、これまた発音できないような名前が書かれている。

「はっはっは、よく言われますよ。こちらの世界の人間には読めないでしょうな」

彼らの便宜上の国家名は『第六意識』という。企業統治国家であるミユ社との戦争に敗北し、今はその従属国である(例の金持ちにゃんこの国。1企業がそのまま国家として機能している)。

「しかし、あの敗戦が無ければこうして私たちが出会う事もなかった。そう悪くもなかったのです」

なんとも悟ったかのような物言いである。どうやって戦ってどう負けたのかが気になるが。

とにかく、彼(彼女?)を皮切りにこういう情報生命体もよく見かけるようになった。

 

1週間ほど経った頃、クレジットカード会社からカード停止の案内が届いた。なんでだ。

「先輩、多分情報生命体連中だと思うんですけど」

そういう偏見はよくないと思うよラスちゃん。

「でも絶対そうですよ。あいつらは電子機器やネットワークに忍び込んでセキュリティを破り、電子通貨なんかを奪う事もあるんですよ」

ううむ、まあそういう事もあるだろうが……となると地球人には手出し出来なさそうである。

「やつらは特別なセキュリティをしておかないと犯罪し放題なんです」

「その通り」

おや、誰か他にいただろうか。

「ここですよここ」

と私のスマートフォンから聞こえた。画面に表示されているのはいつぞやの情報生命体である。怖い!

「きっと私たちの同胞の仕業ですね、申し訳ない」

「本当、迷惑なんですけど。早く止めて来てくんない」

「そうしたいのは山々なのですが、電池切れかけてますよ」

あ、ホントだ。「まあ私のせいなんですが」出て行け!

「すみませんが、この『HEAT/Great Honor』ってゲーム、面白いんですかこれ。なんか、課金してはずーっと同じステージ回るばっかりで……」

人のスマホに入って来てアプリにまでケチをつけるとは何てやつだ。否定は出来ない。

え、課金してないよね!?

「ご安心を。1万円ほどしかしていませんから」

なるほど、ラスちゃんがこいつらを疑う訳である。

「っちゅー事は、こないだからのあの、11payの事件もあんたらの仕業やな!」

「いやあれは単純にセキュリティシステムが存在しなかっただけです」

「そっか……」そうだよな。

「では事件の解決に動くとしましょうか。私のスマホをこのまま持ち出してください。あ、モバイルバッテリーあります?」

お前のじゃないが。まあバッテリーはあるけど……。しかしながら今は仕事中である。

「では、仕事が終わるまで待ちましょうか」いや普通に今すぐ出て行って欲しいんだけど。

 

で、仕事も終わった頃。

「終わりましたか」お前まだいたの。

「いやー、強敵でしたよ井上成美は。重慶無差別爆撃ラッシュは強力でした」

またゲームやってたのか。しかも今回のイベントクリアしちゃったのか!

「サラディン、杉原千畝、キング牧師、ナイチンゲールの人道主義デッキでなんとか突破しました」

そんな攻略法があったとは!……それはそうと事件の解決って話はどうなったのか。

「あ、そうでしたね。行きましょうか」どこへ向かうのだろうか。

彼(彼女?)とやって来たのは、駅前の客の多いコンビニであった。

「ここのWi-Fiスポットを使いましょうか」

Wi-Fiなら宇宙港にもあるが(宇宙人らは規格が合うものを持ってないので職員しか使っていないのだが)、ここでないとダメなのだろうか。

「いえ、足が付くと問題ですからね」……結局端末の情報は残るので、どちらにせよダメなのではないだろうか?

「厳密に言えば、どこからでも足が付かないようにする事は可能なのですが、まあフリーの方が楽なのです」

よくわからないが、彼らの事情というものがあるのだろう。

「それでは、接続してください」

まだ登録をしていないので、さっさと登録を済ませてWi-Fiに接続した。

「よし、すぐ済みますからね」

と彼が言うと、画面上からスッと消えてしまった。

するとしばらくして、緊急速報が届いた。この緊急速報というのは、日本政府と帝国が提携して地球上での帝国軍の活動を報じるものなのだが、どうやら帝国電脳軍というものが動き出したそうな。

そんな軍隊まであるのか!と驚くような名称であるが後から聞いた話によると、所謂サイバー対策課のようなものらしいので、ちょっと夢を壊された心地である。

それから数分後、彼は戻って来た。

「見つけて帝国軍に突き出してやりましたよ。いい気味ですなぁ」

これでクレジットカードも使えるようになるだろう。でかした。

「さぁ、帰りましょうか。私たちの家へ!」私の家だが。

家に帰りつき、『HEAT/Great Honor』を開く。早速さっき言っていた方法を試してみようとログインしようとするが、繋がらない。

不正なアクセスがあった為にBANされた、と表示が出ている。

「あっ。すみません、どうやら勘付かれたみたいですね。こういうのばっかり力入れて、ゲーム性に金をかけるべきなんですよ」

お前の仕業か!どうやらガチャをちょいちょいっと弄って星5の英雄をバンバカ出していたようだ。なんてことするんだ!

ていうかBANてお前……課金しといてお前……そんなに金はかけてないのでそう惜しくはないのだが。

「まあ、また始めましょうよ最初から。BANならちょいちょいっと解除してあげますんで」

それよりも、こいつはいつまで私のスマホに居座るつもりだろうか……。

 



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無用問答

 

今朝は変わったものが配られた。即席らしき指名手配書である。

どうやら、太陽系方面へと逃げた指名手配犯がいるらしく、もしこちらに来たらここで食い止めようという魂胆である。

んで、その指名手配犯というのが、銀河でもダメな警察国家と名高いスパパ国という国の人間である。

容貌というのが、なんだろう、うーん……トカゲに猫耳を付けたみたいな……まあ人の容貌をとやかく言うのはよくない。

局長をして「かの外務省は指名手配書配るのが趣味だから」と言わしめる国なので厳しい国なのだろう。

まあ今まで来たことのない人種であるのですぐにわかるだろう。細かい特徴も書かれているし。

 

 

と、思っていたのだが。何の偶然か今日はスパパ国の人間が大勢押し寄せてくるのだ。

どうもツアー客らしい、なるほど、それでこのタイミングで地球に逃げてきたわけである。

「指名手配?ああ、いつもの事だよ……」

ただの観光客に聞いてもこれなので、日常茶飯事なのだろう。

「なんせ、インターネットにいたずらプログラムを貼り付けるだけでしょっぴかれるしなぁ、子供のいたずらだってのに」

それは確かに厳しすぎる話だが、はてさてどこかで聞いたことがあるような……。

ともかく、一人一人に目を凝らし、手配書に書かれた特徴と照らし合わせる。

名前は『ヘッタン』。身体的な特徴として『野暮ったい目』『暗そうな雰囲気』『右の鼻腔がやや大きい』、罪状は『アパファスダスの窃盗』。

いや……全然分からん!なんだこの手配書は!なんだアパファスダスって!盗む程のものなのか!

とりあえず、名前に注視しておこう、というかそれが私にできる限界である。見慣れた種族であればある程度はなんとかなるのだが……。

あとアパファスダスについても聞いてみたが、「それは凄くいいものだよ」「そう?私はそうでもないけど」「いや、そんなものには興味が無いね。反吐が出る」「ああ、素晴らしいよそれは!」と様々な意見があるので、結局何なのかが全く分からなかった。

 

そうして大体6割ほど捌いたところ、挙動不審な怪しい人物が現れた。

別に名前は『ヘッタン』ではなく、容貌についても書いてある特徴とはまるで違うのだが、かなりオドオドしていて、鞄を大事そうに抱えている。

まあ別にこの人物ではないはずなのでアパファスダスについても聞いてみると、ギョッとした表情になった。

「し、知りません!アパファスダスだなんて!」

一体何なのか。まあこの人物は指名手配犯ではないので別にいいのだが。

「いや私は盗んだりなんかしてませんアパファスダスなんてものはね!」

と言うと、ゴトッと物音がした。手を滑らせて鞄を落としたようだ。

「ああッ!」なんと鞄の中身が出て来てしまった。ゴロゴロと円筒状の物体が転がる。

それはなんです、と聞いてみると「アパファスダスです。いやいやいや間違った!違います!」

ますます怪しい……。

「これはアパファスダスじゃなくてあの、アパ、アパ、えーっと……物忘れが酷くて、アパで始まる奴なんだけど……」

……アパラチア山脈?

「そうそうそう!その、アパラチアサンミャクです!はい!」

一応、説明しておくが、アパラチア山脈はアメリカの山脈である。山脈である。大事なので二回言う。

「……これ、そのアメリカのアパラチア山脈の、アレね。アレ」

地球に入るのは初めてのようだが、これは一体どういう事だろうか。

「あ~……う、売ってたんですよ、そのアメリカ山脈のアパラチアが……」

米国は地球外輸出入を未だに解禁していない。日本の企業が販売した可能性もあるが、利益になるとも思えないので……。

「それは……あ~、じゃあ連絡が無かった、うん、連絡が無かったものですから……」

……他に何か持ち込まれるものは。

「いや、アパファスダスだけ。あー!いえいえいえ!何にもないです!」

何か、アパファスダスについて誤魔化そうとしている。まさか、偽名で入国しようとしているのだろうか。

しかしながら星間航行旅券の偽造はかなり難しいし、そこいらで手に入るものでもない。

何かを隠しているのだろうが……。

「いや、隠す物なんてそんなものはないですよ、ハハハ」

そう言ってその円筒状の物を拾い集めているが、何かの拍子でそれが振動をし始めた。なんなのか。

「ああっ、ああっ!違います!これはその!振動するヤツですよ!」

マッサージ器みたいなものだろうか。

「まあそんなところですかね!」

さっきはアパラチア山脈と言っていたが……。

「何かの間違いですよ!」

すると今度はボタボタと液体が垂れ始める。マジでなんなのか。

「ああっ…………もうダメだ…………」

そう言って彼は項垂れてしまう。

「すみません、これはアパファスダスです……」

危険なものではないのだろうか。

「そう、ご存知の通り、危険があるわけではありませんが……あなたの目は誤魔化せなかった……悪うございました……」

…………これがなんだというのか。

「そうですこれは、アパファスダス……」

いい加減にして欲しい、危険物でも何でもないなら一々申請する必要もないし、無意味に誤魔化そうとする必要もない。

「いやでもこれ!アパファスダスなんだってば!信用してちょうだいよ!」

どうぞお通り下さい、バカの相手をする暇はないんだ。

「ほらこれ!見てよこれ!」

と私の目の前に突き出した。円筒状のそれは振動していて、何か液が漏れている。水筒?

水筒なんて宇宙に行かなくったってどこでも売っているのだ。

「頼むから私が悪いんだって言ってよ!!」

全く、忙しいんだから、仕事の邪魔はやめてほしいな。

「私は悪人なんだ!私を逮捕しろ!私を拘束してくれ!」

ボタンを押して呼ぶまでもなく警備員が彼を引きずって連れて行った。

はぁ~、と深いため息が出る。時々こういう変なやつがいるのだ。

しかもよりによって指名手配犯の知らせが出ているというのに。疲れ果ててしまいそうだ。

「お疲れのようですね。ご苦労様です」

とそこへ次の入国者が来た。名前は『ヘッタン』である。

…………とりあえず、警備員が戻ってくるまで待とう。ていうか結局アパファスダスってなんなの!

 



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それはさておき:ラスちゃん農家に会いに行く

そんな与太話が事実かどうかは知らない。
が、確かにここ最近ウキミ食品という会社が現れて、業績を伸ばしている。



 

長閑な農道をピンク色の毛皮で青い鬣の馬に乗ったキツネ人間が進んでいた。

 

「下に~、下に~」

 

「なにそれ」

 

上に乗っている、頭の上や体のあちこちに氷嚢を抱えている銀色でちっこいのはスワーノセ・ラス。

ガウラが母星、エレバンの名門貴族の娘である。すごい最高級な名門で、恐らくは読者の想像以上に名門なのである。

下で乗られているのはバルキン・パイ、ルベリー共和国のただの平民である。

 

「上に~、右に~」

 

「だから、それなに」

 

彼女らは、この田園風景を見に来ている。

 

「やっぱあれやね、田畑を見ていると心が落ち着くねん」

 

「別に……」

 

正確には、ラスが、であるが。

 

「ホントはチェルノーゼムが見たいねんけど」

 

「何それ」

 

そのような他愛もない事をダラダラとしゃべくりつつ、二人は散歩を楽しんでいた。

 

「それにしても一面緑だね。どうして池に植えているんだろう」

 

「これは水田てゆーてな、水稲を栽培するための農業施設や」

 

「へぇー!意味も無く水浸しって訳じゃないのね!」

 

ラスはバルキンから飛び降りて、水面を覗き込んだ。

 

「まあ、こんな臭い穀物よう炊いて食べるわ、茹でた方が上手いでコレ」

 

「あたしは好きだよ!」

 

「あーあ、うちやったらみーんな蕎麦にしてまうのになー。ほら、貝もおるで」

 

「貝?なんで貝がいるの?」

 

「知らんがな、差し詰め養殖でもしとるんとちゃうか」

 

「ゲー、貝食べるの……」

 

「こういう淡水の巻貝の味は悪かないで。まぁ良くもないけど……」

 

「果たしてそう言えるだろうか」

 

「いやこれは食ったことないから……えっ!?」

 

「わわっ!」

 

なんと、二人が気が付かぬ間にミミズクのような容貌の人種、アミ人の女性が立っていた。

 

「ビックリしたでホンマ」

 

「いつの間に!」

 

鳥類人種であるアミ人は地球で言うところの猛禽類から進化した人種であり、無音飛行能力をそのまま受け継いでいる。

そして彼女は宇宙でも有名なグルメ旅行家であり、地球においてはまず日本を回っているのである。

 

「私が以前紹介したランチョンミートはご存じかな」

 

「ランチョンミート!?何それ楽しそう!」

 

「いや、食べ物だ」

 

「ケッ、食べ物かよ」

 

バルキンは悪態をついた。

 

「まあ名前ぐらいは聞いたことあるで。せやけどうちら地球で仕事してるから、外で紹介されてる事はちょっと疎いねんけど」

 

「それもそうだな……」

 

彼女はめちゃくちゃ露骨に残念そうな顔をした。

 

「そ、そんなに落ち込まなくても……」

 

「えっと……せや!コレ食べてみた?この貝!」

 

「これは……いや、まだだ」

 

「食べてみたらええんちゃう、話の種にでも」

 

「しかしこれは養殖池だろう」

 

「そんなん聞いたらええがな!」

 

「多分あそこの建物だよ!行こ行こ!誰が一番に着くか勝負ね!」

 

三人は一斉にこの田んぼの持ち主の家と思しき建物へと駆け出す。

バルキンは二人にぐんぐん引き離される。

 

「え!?おかしくなーい!?身体の構造的にぃーー!!」

 

 

三人は農家の家の玄関に辿り着く。

ラスとアミ人の女性はケロッとしているが、バルキンは息絶え絶えである。

 

「はぁ……はぁ……二人とも足速いね……」

 

「短距離ならな」

 

「私は飛んだから」

 

「はぁ……そう……」

 

そうして、ラスはインターホンを鳴らした。

 

「ごめんくださーい」

 

はいはーいと中から男性の声とドタドタと慌ててこちらに向かう音が聞こえる。

扉が開くと、この初老の男性はギョっとした表情になった。

彼にしてみれば、宇宙人が訪ねてくるだけならまだしも、3種類もの宇宙人が扉を開けたらそこにいるのだから、彼の胸中を推し量るのは容易だろう。

 

「え、えっと、その、何か御用でしょうか……っ!」

 

「すんませんけど、そこの池の貝を買いたいんですけど」

 

「池、貝って……?」

 

要領を得ないような様子である。

 

「見てもらった方が早いんじゃない?」

 

「それもそうやね」

 

「おじさん、見てもらってもいいですか?」

 

「え、えっと、はい、どれですかね……」

 

初老の男性を連れて水田の中の巻貝を指さす。

彼は注意深く覗き込むと、すぐ合点がいった様子である。

 

「あー……これはねぇ、これは害虫なんだよ」

 

「え?養殖しているわけじゃないの?」

 

「国によってはしているみたいだけど、日本じゃ食べないからね。元は食用らしいけど」

 

「では食べられる、ということかね」

 

「そうだね、寄生虫がいるからちゃんと火を通さないといけないけど」

 

「それじゃあいくつか貰うよ!いくら?」

 

「いや、いらないよ、害虫だし……ひょっとして、これって宇宙では売れたりする?」

 

「味によってはな。ジュルリ、すぐにでも食べたいものだ」

 

「そうだよね……日本でも同じ理由で食卓に上がらなかったらしいし」

 

「まあまあ、宇宙人の口には合うかもしれんで!」

 

アミ人の女性が水に手を入れて、その巻貝を掬い上げた。

その手は羽毛に覆われており、手というよりは翼に指と鉤爪が付いたようなものであり、その掌に当たるであろう部分に山盛りの巻貝が乗っている。

 

「ああ、袋に入れよう」

 

男性は急いで家に入り、ビニール袋を手に取って戻って来た。

彼が袋の口を広げると巻貝を流し込む。小さな袋はすぐ満杯になった。

 

「かたじけない、御仁」

 

「今度会うたら感想聞かしたりますわ」

 

「ありがとう!優しいおじさん!またね!」

 

「ああ。手?は洗ってな……あ、それと写真を撮ってもいいかい?」

 

「ええですよ」

 

 

 

 

 

「そう、これこそが、かの有名な食品輸出会社『ウキミ食品』の始まりだったのです」

 

 

「……なんですか先輩、その変な顔は。本当ですよ!」

 

 

「いや、冗談じゃないんですって!ほら、写真もありますから!」

 

 



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這い寄る簡単

 

インスタント食品、我々の味方である。

宇宙には進んだ技術があるのできっと優れたインスタント食品が存在するのだろう。

 

 

星間航行はとっても時間がかかるものなので、狭い宇宙船内では当然娯楽というものが重要になってくる。

その中でも特に食事は重要だ。初期宇宙時代の宇宙船には多くの場合キッチンなんて大層なものはついていない。

ただし、保管庫はそれなりのものがついているので、軍用の携行食品とはまた別にインスタント食品が発展した。

日本を含めた地球各国の食品会社もこの業界に参戦しようと武者震いをしている。(まあ宇宙人らとて同じものばかりだと飽きるし新商品はとりあえず手に取るので基本的に発売すれば売れるのだ)

さて、本日の客はクートゥリューからの営業マンである。

勤務も終わりさあ帰ろうと日本人職員らでだらだらと喋りながら歩いていたところである。

「やあ地球人、俺はインスタント食品の営業マンだよ。簡単フードをめっちゃめちゃ売りに来た」

タコを頭にかぶったヒューマノイドのような容貌の人物があごひげみたいな触手をうねうねとうねらせている。

「いっつも忙しいおみゃーたちはさもしい食事ばっかりしておるやろう」

いきなり失礼な、まあ半分ぐらいは事実だが。「ちゃんと自炊してるよ!」と吉田が反論する。

「ふっ、よく言うわ。自炊なんか週に一回ぐらいやろうが」

ぐっ……この野郎勝手な事ばかり言って!

「ちゃんと毎日自炊だぜ!弁当だって自分で作ってるぞ!」

おぉ~と声が上がる。凄い男だ……。

「ほんだら、おみゃーさんに用はないよ、あばよだのん」

あ、それじゃあって感じで吉田は普通に帰った。普通に帰るこたないのに。

「さて、あとはおみゃーたちの毎日の貧しい食事をバッチリ変えてやっからよ、よう見てちょ」

なんか商品紹介を見る感じの流れである。

「あの、あとはよろしくお願いしていいですか?」

「先輩こういうの得意っスよね!」

と残りのメンバーも私に押し付けて帰ってしまった。えぇ……。

「おや、おみゃーだけか。まあよかろう」よくない。

そう言うと彼は自分の鞄の中から小さな箱を取り出した。

「これはめっちゃめちゃうみゃーインスタント食品でよ、香辛料やら肉や野菜がいっぴゃー入っとるスープ、『イスの大いなる前菜』だがや!」

要するに、クートゥリュー風スープカレーとでも言うべきか。それは確かに美味しそうだ。

「調理方法はたった30秒ぬくとめるだけ!しかもこの紐を引けば勝手にぬくとまるでよ!」

そう言って箱についた紐を引っ張った。

うーん、どっかで見た事があるぞ。もう地球にあるような気がする。

「たーけっ、あんなちょこっとぬくといだけで、誰が喜ぶがや」

流石にリサーチ済みである。まあそりゃそうか。

「ほーれ、出来たがや。食ってみてちょ」

箱を開けると、スパイシーな香りが漂う。カレーとはちょっと違った趣だ。

そしてその箱とスプーンを手渡される。確かに、地球のあったかくなる弁当とは違ってまるで火にかけたかのようにほっかほかだ!

どれどれ、一口。口に入れ辛ッッッッッ!!!!!しかもツンと来る!!!!

私がむせていると、彼はすぐにスープカレーを取り上げてしまった。

「この程度で大袈辛ッッッッッ!!!!!しかもツンと来る!!!!」

お前もかよ!やっぱ辛いでしょ!?

「何これ、あ、超激辛だがや……」

全く、ちゃんと確認して欲しいものだ。

「そいじゃ、お次はこいつだがや」

まだあるのか……これは洋画でよく見る奴である。

「こいつは『ミ=ゴ=ディナー』だがや、確認したもんだで味はバッチリのはずよ」

これにも温め機能が付いているらしく、彼は紐を引っ張った。

「作り方簡単、紐を引っ張って30秒ぬくとめるだけ!」

30秒間待つ……しかしながら、意外と言えば意外である。銀河を征服しようとしたというから、極悪なイメージを抱いていたが。

「ほんだら聞かしたろう。クートゥリューがどういう訳でこの銀河の旧支配者になったかをよ!」

なんだかめっちゃめちゃうれしそうである。

 

「あれはおみゃーたちの西暦で言う、紀元前4000年頃。クートゥリューは宇宙に飛び立った。新たなる開拓地を探しによ」

今から6000年も前に宇宙に出ていたとは驚きである、流石は天の川銀河では最古の星間国家だ。

「そして、三つの種族を見つけた。ロン人の住むシン国、メウベ騎士団、アヌンナキ人のアッスラユ。連中も同じ時期に宇宙に飛び立ったがや」

これらが、天の川銀河四大古文明とされている。

「俺たちは最初は手を取り合った。だがよ、シン国が作り出した翻訳機だ、そう、それだよ。今付けているよ。これがいけなかった」

そんなに昔からあるのこれ……。

「初期の翻訳機は出力の調整が出来なくてよ。あらゆる謀略を暴き出した。各国の外交部はえりゃー混乱した」

つまりは、あらゆる機密が漏れ出てしまい、軍事計画も何もかもが暴露されたということか。

「その通り、3ヵ国ともクートゥリューを狙っとった!」

えぇ……何か悪い事でもしたの……。

「まあ、頻繁に宙域侵犯しとったのが悪いんだがや、それで袂を分かつこととなった。そしてクートゥリューは銀河を征服する事を誓ったんだ」

とんでもない逆恨みである……まあただ逆恨みするってはずもないので、外交交渉で何かがあったのだと推測されるが。

「しかし、現代は戦争のない実に平和な時代なんで何よりだがな」

 

っと、そろそろ温まる頃だろう。

「ほんだら、この『ミ=ゴ=ディナー』を食ってみろ」

見た目は、まさしくアメリカ映画で見るようなレトルトっぽいプレートである。

フォークっぽいものでハンバーグ?を口に入れると……魚だこれ!しかし美味しい!

「そうだ、クートゥリューの一級品、とはまあ言わねえがよ、うみゃーだろ!」

これはかなりいける、が、見た目がどうもハンバーグなので、違和感がぬぐえない。

さらに付け合わせのサラダ?らしきものを食べると、グニグニしているが味はいける、どうやら海藻のようだ。

「そうかそうか、うみゃーか、ほんだらな……」

と彼は鞄を全部押し付けてきた。なんでだ。

「おみゃーはええやつだで、話も聞いてくれたし。これ持ってってみんなに宣伝してくれな、簡単フードってな!」

え、いやその、急に言われても。っていうか自分の仕事だろ!

「次来る時はもっとうみゃーもん持って来るげな!」

そう言って彼は出国ゲートへと立ち去った。

えぇ……どうしようこれ……。呆然と立ち尽くす他ない。

どうしてこう、宇宙人ってみんな突飛な真似をするのだろうか……。

あの野郎、勝手な事ばっかり言って、なんで3国に睨まれたかってそういうとこやぞ!多分!

 



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地球禍論

 

日本人ほど奴れ……単純労働者として優秀なものはいないのではないだろうか。少なくとも地球じゃトップクラスだ。

しかしそれは再び悲劇をもたらした。

 

 

これは数か月前のお話。

その時期には、悪そうな連中がよく来るようになった。というのはやはり、地球の存在が広まって入国者のバリエーションが増えたというのがある。

見慣れない種族が最近目に付くようになった。一体どれほどの数の種族がこの銀河に存在するのか。

明らかに地球生まれでは、と言いたくなるような見た目の者から、当てはめる日本語が存在しない容貌の者まで様々だ。

しかしながら、よく来る人物の顔というのはだいたい覚えてしまう。

「やあやあ」と現れたのは人材派遣会社のビジネスマンだ。

ヒューマノイド型宇宙人で、やや目と口が大きく肌の色がアザラシのように灰色である。

それ以外は人間とほとんど変わらない(ので結構キモイ)種族だ。彼は実によく現れる。

「職に困ったら、是非とも私を訪ねてくれたまえ。このコルリョイにね」といつものように名刺をこちらに差し出した。

一体このコルリョイという人物はどういう商売をしているのだろうか。

「単純に、労働者を集めているのだよ、君」

ただのハローワークみたいなのならいいのだが、きっとそういうわけでもないのだろう。

「別に変なことをさせはしない、ただ日本人はよく働くからね。素晴らしい労働者だ」

それ見た事か。(一応)我が同胞たちにあまり過酷な労働をさせて欲しくはないものだ。

「なんて事は無い、ただ都市の清掃やインフラの維持、高齢者の介護などをやらせているだけだ」

どこかで聞いたことがあるような話である。

「それがね、君。衣食住と月給をこの国で言うところの……概ね80万円ほど与えるだけでわんさか日本人が募集してくるからね」

今どこかで聞いたことがある話と言ったが、すまん、ありゃ嘘だった。

「なあに、最近のドロイドは高価になり過ぎてだな。輸入すればするほど赤字になる。それなら発展途上国の人間を雇った方が安いというものである」

という感じで、日本人は安月給でよく働くから宇宙でも労働者として注目を集めているのだ。

まったく、誇らしいったらありゃしない。

 

そして現在、コルリョイは頭を抱えていた。

「お前たちは働き過ぎだ!」

やっぱり、何かどこかで聞いたことがあるような……。

「聞いてないぞ!1日5時間も働くだなんて!」

それぐらい調べたらすぐわかるだろうに。えっ、5時間で?

曰く、(彼らにとっては)異常に働くために彼らの種族の労働者が大量に失業しているのだというではないか。

まあ5時間程度なら日本人でなくても同じ結果になっただろう。そのせいでかなり深刻な社会問題となっているらしい。

企業は日本人をはじめとする地球人労働者を求め、失業者達は地球人の排斥を求め、政府はその板挟みになっているのだ。

なんというか、かなり身近で聞いた問題な気がする……猛禽類な国章を持つ国々で……。

彼らの価値観にない『生き甲斐』とかいうなんかヤベー思想も企業には都合がよく、業績も悪くないため昇進も早い。

結果として既存の労働者たちは失業し、その波が社会全体に波及しているのだろう。

「どうして責任を取るつもりだ!この私は!」

まさか、自身が祖国を破滅の道へと歩み出させるとは思わなかっただろう。

しかしながら事態が動いてしまっているのだからどうしようもない、資本主義社会ではどこでも起こり得ることであるようだ。

 

それから2週間ほど経て、またしてもこの人材派遣会社の社員が現れた。

が、パスポートには見慣れた、ただしこの場では意外と見慣れない菊花紋章が輝いている。

「コルリョイさんはクビになったんですよ」

コルリョイはリストラの憂き目に遭い、安くて優秀な日本人にとって代わられた。

彼は今何をしているのか、転職できたのかは定かではないという。

「我々も気を付けなくてはなりませんね……」

その通り、結局のところ上品な仕事だけを求めるのはよろしくないようで、以前の銀河都市建設維持労働者組合、だったか(よく覚えてただろう?)。

彼らの言う通り、所謂汚い仕事こそ軽視してはならないという事に他ならない。

さもなくば、まつろわぬ者どもに庇を貸して母屋を取られる事態になる。

コルリョイは国を滅ぼした(或いは滅ぼしかけた)人物として永久に彼の母国の歴史に刻まれるのだろうか。

 



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ハンガリー騒乱

 

オータムシーズン到来……やっとか!

秋の味覚を精一杯楽しもうではないか。

と、言いたいところであるが、町は予期せぬ来訪者たちで埋め尽くされていた。

 

 

数か月前、ハンガリー王国が成立した。どういうこっちゃ、と思うかもしれない。

ここ数年の世界情勢を鑑みて、突如現れた王党派が急激に勢力を伸ばし、国事詔書の再発布を宣言、ハプスブルク家の王の召喚をオーストリアに先んじて行った。

英国王室のスキャンダルにどうも嫌気が差していたらしいガウラ公館はすぐさまハンガリー王国と接触し、宇宙港の設置を打診する。

そうして先日、ヴァーチ宇宙港が完成し、地球で三番目の玄関口となった。

んで今日、まるでここが宇宙港ではないかのような錯覚に見舞われている。

入国者がハンガリー人だらけなのである。

「意外と黄色くないんですね!」

失礼な、ちゃんと黄色いわ!……ってそうじゃないか。

だからといってなぜこうもヨーロッパの田舎もんどもが多いのかというと、ハプスブルク家の帰還を記念して宇宙港利用が格安になるクーポンをハンガリー国民にばら撒いたのである。

とはいえ、流石に他の星系に行くのまで安くなるのは予算の関係で厳しかったらしい。

そういうわけで、星間航行よりは安くつく軌道ステーション経由での日本へと向かう便が新設されたそうな。

予算が足りないならそもそもばら撒くなよ、とは思うのだが……。

 

それはさておいて、秋、ようやっと涼しくなって来た。

ガウラ人らもこれには大いに喜んだ。まだまだ暑さには慣れていないのである。

秋と言えば実りの季節であり、秋の味覚のお楽しみがいっぱいなのだ。

メロードに誘われて、近所のスーパーに……ってスーパーかよ。

「旬の素材があると言えば、もちろんここだ」そりゃそーだけどもさ。

しかしながら、なんだかハンガリー人でごった返している。

タダ同然で渡航出来るので、どこもかしこもハンガリー人だらけだ。

色々と物珍しくてあらゆるものを手に取って行くのか、商品棚は寂しげである。

宇宙港周りのあらゆる店は全てこのような状態であった。

「うーん、これではどうしようもない」とメロードはしょげ返ってしまう。

しょうがない、と私は車を出してちょっと遠出する事を提案した。

 

小一時間ほど車を走らせると、なんとも長閑な田園風景が広がる。

「いつ見ても、我が故郷を思い出すものだ」

帝国は意外にも農業国であり、財政の40%ほどは食料品輸出高で賄っている(他は賠償金とか啓蒙政策とか、あと傭兵紛いの事もやって稼いでるらしい)。

その為田園風景というものはどこでも見ることが出来る。

というか、我々の言うところの都会というものがほとんど存在しない。流石に首都については東京を遥かに凌ぐものであるが(しかしそれ以外の地方惑星の首都は地方中枢都市の県庁所在地程度の規模である)。

さて、こういう田園に来たのは訳がある。

「あの小屋は……」

そう、無人販売所である。こういうところなら観光客は滅多に来ないだろう。

「我が故郷にもあったなぁ、まさかここにきて祖国を思い出すとは」

これが外国人相手なら日本ノ治安ガーと出来るのだが、そうはいかないのが宇宙人だ。

まあ見た感じノスタルジックな感じに、遠い故郷に思いを馳せている様子なので意外な方面に効いてしまったようだが。

野菜や柿や栗なんかが並べられている。どうやらハングリーなハンガリー人はまだ到来していないようだ。

「この甘い匂いのする橙色の実は……」

彼は料金箱に小銭を入れると柿を手に取りそのままかぶりついた。

「うーん、これは!アレだ、パルペイユに似てるな」

何それ。晩白柚みたいなものだろうか。まあなんかガウラの果物だろう。

「しかしながら、こうして異国の風景と自分の故郷を重ね合わせるなんて、随分遠いところに来たものだと実感する」

全くご苦労さんというものである、遥々このような治安も悪い原始惑星に来て。

「別にそう悪いものでもない。治安は悪いが、威光を感じるし、夏さえ慣れればね」

まあ夏は日本人でも慣れないものなので、寒冷出身の所属が過ごすのは堪えるというものだろう。

彼は柿を頬張りながらジッとこの田園風景を眺めている。

「……故郷の景色が似ているのなら、そこまで心配はしなくてもいいものだろうか」

何を心配しているのかは知らんが、声に出ている。

「やっ、別に、何でもないさ、忘れてくれ!」

と妙に恥ずかしがるのがいまいちよくわからない。

するとそこへ車が一台やって来た。

「すごいぞ!無人販売所は本当にあったんだ!」

「いや僕らの国にも農村に行けばあるよ……」

チィッ!ハンガリー人か!ここまで嗅ぎつけやがった!ずらかるぞ!

「え、う、うん」

と無人販売所の写真を撮るハンガリー人を尻目にその場から立ち去る。

まあ別にずらからなくてもよかったのだが。

今度はもっと落ち着いた時に来ようね。

 



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メダル・オブ・オナニー

諸君らはいつぞやの交通事故を覚えているだろうか、いや忘れるはずがない。

例の飯田幸次事件だ。彼は未だに逮捕されていない。

 

 

帝国の皇太子殿下がやって来ることとなった。

今度は前のとは違い、公式のやつである。

日本の首脳並びに天皇陛下との会談が予定されている。

両国の関係が深まることは大変喜ばしい事である。

「お久しぶり、また会ったね」と殿下が現れる。

相も変わらず元気そうでよかった、しかしまたしても妙な事を言い出さないかが心配だ。

「いやいや、今度はちゃんとした仕事だから。しっかりやるとも、うん」

ホントかよー!しかしよく見ると後ろにはキノドクさんやら偉いっぽい人が並んでいるので本当らしい。

いつぞやの枢密院の貴族たちも揃っている。

「お父……陛下はご公務で来られないので、息子であるおれが代理で来たのだよ」

ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。きっと名誉な事なのだろう。

「ところで、まあ会合はいいんだが、プライベートの事でな……」

と深刻そうな顔をした。多分ロクでもないことだろう。

「昼間に会合があるんだが、夜には何もない、自由時間なわけだ。そこでだが……」

どうせまた街をガイドしろだのと言うのだろう。

「よくわかったね。でもお忍びだからな、またあの、まんがきっさ?ってところに連れて行ってくれ!」

随分とお気に召したようである。そんなところ何べんでも連れて行くけど。

 

そして翌日、会合の様子が生中継された。せっかくなので仕事は休んだのである。

首相との会談や天皇陛下との懇談は穏やかに進み、両国の関係が再確認される。

まあここまではよかったんだが、ちょっとした日本滅亡の危機があったのである。

それは勲章の授与式の話題が出た時である。

「勲章ですか、これは驚きました、このような場で冗談を言うとは」

ハハハ、と演技掛かった乾いた笑いを見せる。

「いいえ、冗談では……」と日本の外務大臣が言うも、帝国側の人間はみな納得のいかないような表情をしている。

「本当にお分かりでないのですか?」と小さなガウラ人、いつぞやのトリエスちゃんが腰に下げた儀礼用の槌棒らしきものに手を掛ける。

それと同時に貴族らがガウラの皇太子を取り囲むと、一斉に振り返り、やはり腰の槌棒に手を掛け臨戦態勢に入る。

場は一瞬にして物々しい雰囲気と化した。えらいこっちゃ!

「我々が何も知らないとお思いですかな、陛下。飯田幸次の件を。いいえ、これだけではありませんが」

日本側の出席者たちがざわつく、警備員もどうすればいいのか、とおろおろしている。

そうして、皇太子はガウラ人がどれほど権威や名誉を大事にしているかを語る。

「日本ではどうだか知りませんが、帝国では権威とは犯罪の許可証ではないのです。即ち、これを私に授与しようというのは恐るべき侮辱となる訳です」

辺りのざわめきが大きくなる、事の重大さに気が付いたようだ。

「宣戦布告と受け取ってもよろしいでしょうか」

それはやばい、と外務大臣が飛び出し、勲章の授与を中止にする事を説明した。

当然、会合は中止となり、その場で解散となった。

 

その後、私の方に電話がかかってくる。

『漫画喫茶連れて行ってくれ!』と。え、えー。今からぁ?

しょうがないので行くことにする、まあ中継も終わっちゃったし。

彼らが宿泊しているホテルに向かうと、意外にもラフというか、地球の若者って感じの出で立ちで待っていた。

「こうすればバレないだろう、君みたいな傾奇者にしかガウラ人の違いなどわかるまい」

かぶ……どこで覚えたのだろうか、そんな言葉。

ところで、彼に例の事について聞いてみた。

「失礼だよなぁ!?実際凄い失礼!おれは別に地球に犯罪をしに来たわけじゃないってのに」

根本的な勘違いをしているのか、皮肉なのかはわからないが、とにかくむやみやたらに気高いという事はわかった。

何にせよ、次来た時に改善が見られれば受け取る事にはしようという事であったので安心した。

「冷やっとしちゃった。まさかあのまま出すとは思わないし、こりゃ戦争かなってよぎったよ」

結構ヤバいところには来ていたようで、戦々恐々と言うヤツである。

「大体、勲章なんて貰っても、どうしろっていうのかねぇ……」とぼやく。

今の日本政府はさぞや慌ただしく慌てふためいている事だろう。

 

翌日、例の飯田幸次の初公判についての速報が流れた、加えて過去の未解決事件の捜査の再開なども報道された。

日本政府も腑抜けと思っていたが、中々やるではないか。

恐らく、多少、いや結構な大企業だの官庁だのの幹部が消える事となるだろう。いい気味というものである。

この様子なら次は勲章を受け取ってもらえるだろう。一体誰の為の勲章であろうかと思わされる出来事であった。

与える国の自己満足なら一体どれほどの価値があろうか。

 



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来たぞ我らの

 

種族は様々だが、その存在そのものが迷惑になってしまうというのも悲しい話だ。

特にデカいと大いに困る。

 

 

ある日の事、仕事も終わり、とっとと帰ろう、と吉田と談笑しながら宇宙港を出ようとしたときの話である。

突然、何かが落ちてきたような地響きが起こった。

「うわっ、地震か!?大丈夫か!」吉田が咄嗟に私を庇おうとしたが、この程度で壊れる建物でもあるまい。

それにしても、地震にしては妙な気もする。初期微動も無かったし。

すると何やら出入り口で騒ぎになっている様子である。

「何かあったのかな」と吉田と二人で駆け付けると、なんと、身丈が40メートルはありそうな巨人がいたのだ、それに怪獣も!

巨人の方は銀色ので顔を見ても表情というのが読み取れない。怪獣の方は二足歩行する巨大なとげとげしたイグアナみたいであった。

「何だあれは!?」全く同感である、ありゃなんだ。

巨人と怪獣は今にも戦いだしそうな雰囲気であったが、空からまた巨大なものが降りてきた。

「あれは、自衛隊の宇宙艦隊じゃないか?」

現れたのは横にでっかく旭日星系旗(旭日の周りを太陽系惑星が回る様を模した旗)が描かれている宇宙戦艦である!来たぞ我らの自衛隊!

さらに続けて、ユニオンジャックの描かれたものと、赤白緑の線が(多分大急ぎで)描かれたものも現れた。

それぞれ日本、イギリス、ハンガリーの宇宙艦隊だろうが、明らかにハンガリーのだけ艦影が違う。

「あれはうちの船だな……」といつの間にか隣にいたメロードが呟く。

「って事は、早速貰っちゃったのかな」「多分最新のヤツだろう」いいなぁ。

しかしこんなところでドンパチされては堪ったものではない。

自衛隊の艦、山汐型宇宙戦艦から交信を試みているようである。

『即刻退去せよ、さもなくば交戦の意志ありとして攻撃を開始する』

あ、多分これ中に乗ってるの自衛官じゃなさそう。

「うん、これ多分ガウラ帝国軍の人乗ってるよね……」

自衛官はあんなこと言わないのである。すると巨人の方もそれに答えた。

『私は君たちがM87星雲と呼ぶところからやって来たラノレトウ人だ』

「ゲッ」とメロードが声を出す。一体何なのか。

「宇宙の鼻つまみ者だ、独善的な思想を押し付けてくる、危険な武装集団だ」

何でも、彼らの考える平和を強制してくる上、意に沿わないとなると忽ち攻撃を仕掛けてくる危ない連中なのだそう。

しかも一人が一艦船並みの戦力を持つので非常に質が悪いのだという。

そんな奴が一体何しに地球へとやって来たのか。

『この宇宙怪獣を退治しに来た。あなたたちに危害は加えない』

降りて来た時に結構被害出てるし、その巨体だといるだけで危ないし、それに不法入国である。

しかも、宇宙怪獣の方は割と大人しい、巨人に怯えている様子である。

『怪獣の不法侵入は罪に問えないが、貴様は知的生命だろう、出て行くがいい』

『宇宙の平和と秩序を守るのが私たちの使命だ』

『なら法を守れ、そもそもお前たちは銀河系不干渉条約に調印しただろうが、なぜここにいる』

痛いところを突かれたのか、間髪入れず目から光線を発射した!

しかし、山汐はバリアーのようなものを張って凌ぐ。

同時にイギリスの戦艦レナウン、ハンガリーの戦艦トゥラーンが攻撃を開始する。

それぞれ、レーザー砲のようなものとレールガンみたいなのを発射した。

『デュワアアアアアアアアア!!!』

と巨人の身体が吹っ飛んでいく。ビルにぶち当たって膝をついたところに宇宙怪獣が駆け寄ってきて腹に蹴りを入れた。

『ボォァ!!』

余程腹に一物を抱えていたのだろうか、怪獣は何度も蹴りを入れ続ける。やめたげてよぉ!

戦艦三隻はその様子を周りから眺めている、まあこの状況では……。

そのうち、巨人はクタッとなって動かなくなった。し、死んだのかしら。

「いや、連中がそんな簡単に死にはしない、気絶か、狸寝入りだろう」

こんなところで死んでもらっても困ると言えば困るのでそれは安心した。

「あ、浮き上がった!メロード君あれは」「あれは念力だろう」

あの巨体がフワーッと浮き上がる、巨人はぐったりしているので気絶したのだろう。

そして、レナウンが何かを発射すると、空中にポッカリと穴が現れた!

「凄い!何あれ何あれー!!」吉田も大はしゃぎである。

「あれはワームホール、かな。私も見るのは初めてだ」

空間が捻じ曲がったかのような、いや事実捻じ曲がっているのだろうか、空間そのものに穴が開いている。

巨人はその中へポイッと放り込まれた。そして、レナウンが再び何かをワームホールに向けて発射すると、シュッと穴は閉じてしまった。

「あれはどこに行くんだろう」「さぁ……」

全く困り果てた宇宙人だ。幸いにも、後日、死傷者は出ていないことが発表された。

とはいえ建物の被害はそれなりの物となってしまったという。

怪獣の方は大人しいので、適当な無人島にて飼育を計画しているらしい。大丈夫かしら。

 

そして数日後。メギロメギア人が現れて、何やら憤慨している。

「お前ら!ラノレトウ人なんて押し付けやがって!!」

どうやら、いきなり星系内に現れたらしく、機嫌が悪かったのか交戦状態となったらしい。

「ただでさえ賠償艦なんかで艦隊戦力が減っているというのにぃー!!」

相当ご立腹のようだが、私に言われてもな!?

確かにテキトーにワームホールに放り込んだのはよろしくない事だろうが……。

「もぉー嫌いっ!」

彼(彼女?)の叫びが宇宙港に響く。

 



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思わぬ福音

 

宇宙諸国から禁忌、というよりはあんまり褒められたモノではないと思われているものはいくつか存在する(無論どの国でも秘密裏に研究はされているだろうが)。

カニバリズム、次元跳躍、タイムマシン、麻薬、皮膚刺激のヤベーやつ、そして高度な遺伝子工学。

 

 

メギロメギアとの戦争の結果が全宇宙に広まったことで、思わぬ珍客が現れた。

彼らは移動可能な宇宙ステーションに乗りこの太陽系まで遥々やって来たのである。

名をハマル人といい、彼らの母星はメギロメギアに征服されたのだという。

そして、そのメギロメギアに勝利したこの地球(しつこいようだが、我々は何もしていない)のある太陽系に是非とも住みたいとの事であった。

太陽系の所有者、というのが特に決まってもいないため、ガウラ帝国が代表して、いいんじゃない?って感じで受け入れられることとなる。

今日はそのハマル人の博士が来ている。

「私はジャークナ博士じゃ」

彼らの見た目というのが全身が鉱物で出来ているかのようであり、岩石人間、とでも言うべきだろうか。

皮膚には宝石なんかも見受けられて部分的に美しい?容貌である。

「まずは戦勝おめでとう、と言っておきたいところじゃ」

まあ……素直に受け取っておこう。

「いい気味じゃ!あのクソッタレのカスのメギロメギアに一泡吹かせるとは!」

余程溜飲が下がったのか、朗らかな雰囲気である。

「あの忌々しい『痰』『腐ったゲロ』『絞り出された膿』まだあるが、まあともかく連中が嫌な目に遭えば我々は幸せじゃな!」

は、はあ……。そもそもなぜ侵略されたのだろうか。

「まあ、我々が異なる種族の動物を掛け合わせ、新しい種族を作ろうと研究を進めておったのじゃが」

なるほど、それでメギロメギアが怒ったわけだ。動物園ですらキレるのでこのような研究は以ての外であろう。

それで、研究はどれほど進んだのだろうか。

「まあ、機密と言えば機密じゃが……わ、わかった、教えよう!だから拒否スタンプを置いてくれ!」

ご厚意により教えてもらえることになった。

「全く、酷い入管じゃ……ゴホン、そうじゃな、ハッキリ言って卓越した、と言っても過言ではないじゃろう」

曰く、ある程度似通った種族のグループ、即ち有性生殖同士、無性生殖同士であれば交配を可能にする技術を得たのだという。

そんでそんで?

「まあどんな人生を歩むかまでは保証できんが、ある程度見た目の操作は可能じゃ。塩基配列の解析が終わっていればな」

して、それはどのようなプロセスで行われるのであろうか。

「雄に手を加える方法と雌に手を加える方法とあるが、基本的には……精子か卵子、に手を加えて、その……」

何かを言い淀んでいるが、どうしたのだろうか。

「そ、そのう、チョメチョメするのじゃ」

は?

「アレじゃよアレ!あの、こう、男と女がこう、するヤツじゃて!」

セックスの事だろうか。

「わっ、地球人に羞恥心は無いのかね!?」

仮にも博士が、ていうか彼は鉱物種族だし恥ずかしがることもないだろうに。

「そんな事はないじゃろう!我々とて……繁殖、そう繁殖はするからのう!」

とにかく、こういう技術があるというのは非常に興味深い事である。

「こんな事を聞くとは、さては異種族の想い人でもいるのかのう?」

…………。

「わ、わかった!すまんかった!拒否スタンプを持つな!……まあ、いずれにしろ、これらの技術は地球にも知れ渡るじゃろうな」

 

それから数日後に、ハマル人との条約、デブレツェン条約が結ばれた。

正式名称は『ハマル人と日本国とイギリスとハンガリー王国とガウラ帝国の間の相互協力及び安全保障並びに地球三国におけるハマル人の地位に関するデブレツェン条約』である。

この条約は要約すると、ハマル人が地球に遊びに来るし、技術面でも全面協力する、という地球にとっても相当に美味しい取り決めであった。

彼らは征服されて以来はする事も無く研究に没頭して宇宙ステーションに引きこもっていたために、久方ぶりに惑星の大地を踏んだようだ。

およそ50万人ものハマル人、全人口の9割が地球に降り立ち、逆にハマル人のステーションが空っぽになっているという話である。

戦争だのなんだのには常にネガティブなイメージや悪影響が付きまとうものである。

しかしこういう良い出来事が起こるというのはまさしく思わぬ福音であったと言えるだろう。

 



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小さな望み

 

近頃、銀河の事情はあまり芳しくはない。

地球の台頭による軍事拡張競争は、各地に戦火をもたらしていた。

 

 

宇宙戦争についての報道は盛んに行われている。

何故なら、最近の国内というのが平穏そのものであり、帝国の加護による外交の安定やメディアに睨みを効かせる宇宙人らなどによっていつものくだらない報道が出来なくなったからである。

メディアは新しい飯の種を開拓すべく、宇宙に飛び出した。それに応じて戦場カメラマンの出入国も増えている。

ある時、ボロボロになった敗戦国に行った戦場カメラマンが戻って来た。

「やあ、ただいま。久々に日本人の顔を見たよ」

こういう手合い、即ちマスコミ関係の人間は手榴弾やらなんやらを持って帰ろうとしたりとロクでもない人物が多いのでよく詰問しなくてはならない。

色々と質問を投げかけると、なにやら様子がおかしい、何かを隠しているようである。

「いやぁ、はは、ここまでスルっと来れたからいけるのかなぁって思ってたけど……」

それは私も問題だと思う。誰か改善してくれ!

「実はその……」

と彼のコートの下から出てきたのは宇宙人の子供であった。

見てくれからして爬虫類人種のようだが、身なりというのが襤褸切れを纏っている。

「この子は戦争で両親を亡くした。見立てによれば、都市には原子爆弾が使われたようでね……」

この子の故郷の町は戦争で灰燼と帰し、政府もその機能を失い、凄惨を極める状況となっているらしい。

その様子を撮影していたところに、この子を見つけたのだという。

「この子が私の後からついてきて、見捨てられなくて……」

そういう事なら気持ちはわかる。しかし書類もパスポートも無いのでは入国は難しい。

そも一体どうやって出国したというのか。

「出国時には、『その子はここを出た方が望みがある』と言われて……」

なるほど、せめて子供だけでも、と。となると同じような境遇の子はいるかもしれない。

どうやらこの場でどうこうを決めるのは無理そうである。

私は上司に相談すべくその場をラスに任せて、彼ら二人を特別室を案内し、オフィスに引っ込んだ。

 

「ああ、その国はもう無くなった」

そう言う彼は私の直接の上司である、マウナカタ・ホノルド氏である。珍しく(?)青い毛皮だ。

ともなれば国籍はどうなるのだろうか。

「無国籍じゃないかな。いずれにしても征服した国にとってはどうでもいい問題だろう」

やはりそうなるのだろうか。国籍がないのであれば、難民申請を通すのも難しい。

「しかし不幸なものだ、故郷を失った上その場を離れなくてはならないとは。いっその事討ち死にすればその子も幸せだっただろうに」

まあ、その子が幸運だったか不運だったかはこれから決まる事である。

とにかく、無国籍だからと捨て置くわけにもいかない。何か方法はないかと考えを巡らせる。

「一つだけ方法はある、まあ日本語で言うところの『ウラワザ』みたいなものだが」

ホノルド氏は神妙な顔をして言う。裏技、という事はきっとグレーな行いである。

「違法ではない、が褒められた行為でもない。国籍を取得させればいい」

それはその通りなのだが、日本国籍を一朝一夕で取るなどというのは不可能である。

「誰が日本と言った。宇宙を探せばあるだろ、すぐ取れる国が」

果たしてそんな国があるものだろうか……。

「探して、それでダメならその時考えればいいじゃないか」

……よし、探してみよう!

 

数時間後、日が落ち業務時間が終わってからはラスや吉田、メロードなんかの手伝いもあり、数百ある天の川銀河の国々の国籍法を調べ上げた結果、なんと一朝一夕で取得できる国が見つかったのだ!

名前をガウラ帝国というらしい。

「……すまん、忘れてたんだ、そんなに怒るなよ、ウフフ」

ホノルド氏はともかく、なんでラスとメロードは教えてくれなかったのか。

「すみません、クラウカタ警備員が……見惚れていたので……」

「が、頑張る姿が、素敵で……つい……」

……怒るでホンマに。

「しかしなぁ、俺たち日本人には考えられないよな、そんなに手続きが簡単だなんて」

全くである。この帝国の法典というのは先進国の割には良く言えばかなり大雑把、悪く言えば地球の中近世レベルなのである。

遵って国籍の取得も容易である、しかしこの場合は二等臣民になるようではあるのだが、入国には問題ない。

「この時間じゃ受付できないから、また明日になるな。あの部屋には色々置いてあるから、一日ぐらいは寝れるだろう」

特別室の彼らに今日はそこで宿泊するように伝え、解散となった。

 

帝国の大使館は入国ゲートを通らなくてもアクセスできるところにも窓口が存在する。

なぜこのような作りなのかというと、やはり星間航行が長旅になる関係なのだろう。

彼らを連れて、受付へと向かう。

「すみません、わざわざこんな事を」

全くである。こんな事は私の業務範囲ではない、とは口に出しては言わないのだが。

窓口で事情を話すと、ホノルド氏が話を通してくれていたのか、既に書類の準備がされていた。

カメラマンはすぐに書類に書き込み始める。

職員は「久々の仕事だよ!」と言うので随分退屈していたらしい。ここには誰も用事がないのだという。

書き終えた書類を取ると、子供の顔写真をその場で撮る。そんなのでいいのか。

そうして、その子に向かって三つの誓いを立てるように言った。

「まず一つ、皇帝に忠誠を誓うべし。二つ、みだりに暴動を起こす事なかれ」

子供も復唱する。

「そして三つ、臣民籍を脱したい場合は再び最寄りの役場まで訪れて下さい」

それも誓いかよ!とにかく手続きはこれでおしまいのようで、その子に臣民証という小さなカードを渡した。

「ああ、ありがとうございました」とカメラマンは深々と頭を下げた。

そうすると、子供が私に手を差し出す。

私の方も手を出すと、その小さな手で私の手を握った。

「きっとありがとう、というのを伝えたかったのでしょう」

カメラマンはそう言う。左様、礼ぐらい言ってもらわないと甲斐が無いというものだ。

彼らは嬉しそうに入国していった。

「しかし、帝国の二等臣民ともなると大変だろう」とホノルド氏は言う。

臣民の義務というものがあるのだろうか。

「いや、それは忠誠と遵法以外は免除される。問題は月の惑星外臣民生活補助金が半額しかもらえない事だ。日本円だと15万円前後だな。とても足りるかどうか……」

何それ。財源どうなってんの。ていうか私も臣民になりたい。

 



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山陵が呼んでいる

 

最近肌で感じるのが、地球は割と観光地としては優秀なのではないのか、という点である。

しかしそうなってくると、傍迷惑な理由で地球を訪れる者も中にはいる。

 

 

木々は青く繁りて、鳥のさえずりが聞こえ、坂道が足を責め立てる。

そう、今は山に来ている。なんでだ。

「何でって、身体を動かすのは健康にいいよ」

メロードは荷物を背負い軽々と山道を登る。

「今日は昔の皇帝によるキャンプ推進の布告が出された日なんだ」

昔の皇帝さんも呑気な布告を出してくれたものである。

この山の一帯はキャンプ指定地であり、(特に整備もされていないため必然的に)ハイキングも楽しめる(楽しめない)のである。

メロードに誘われてこれに参加したわけだが、もう音を上げている。つらいよぉ。

他の登山客もいるが、殆どがガウラ人であり、ウキウキで山道を駆け上がっていく。生物学的差異というものは残酷である。

「しょうがない……」と彼は私を抱きかかえる、無論荷物は背負っているので、所謂お姫様抱っこになってしまった。

他の登山客の視線が刺さるので、私は再び歩き出した、んもう。

 

小一時間ほど険しい道(私にとってはね)を歩き、ようやく野営出来そうなところに辿り着いた。

ガウラ人たちがわらわらといて、なんだか彼らの母星にでも来たかのようである。

「まあ、これだけ人がいるのもしょうがないか。テントを張ろう」

若干不満そうな顔をしながらテントを組み立て始めた。

手伝おうか、と聞くまでもなくあっという間に完成してしまった。こりゃ凄い、軍隊仕込みの見事な早業だ。

「ま、まあ、ふふ、そうでもないけど」褒め称えると照れている。

調子に乗ったのか調理器具なんかも組み立て上げてしまった。まだしばらくは使わないというのに。

しかし後程の準備の手間が省けるというものである。

ところでガウラ人と日本人の組み合わせというのがひと際目立つのか、若干視線を感じる。

「我々の行事に参加していただけるとは!やはり日本人、大いなる絶対者を持つ者同士気が合いますなぁ!」

と通りすがりの人に言われた。言い方!

何人かは私が入国管理の人間であることに気が付いたのか、色々と話しかけてきた。

全く、休日というのに仕事をしている気分である。

 

日が傾き始め、そろそろ夕ご飯の準備でもしよう、という時に、ガウラ人でない宇宙人を見かけた。

甲殻類人種のようで、不思議な装束、明るい水色のフード付きローブを身に纏う、どう見てもキャンプという出で立ちではない。

ガウラ人らは地球人の登山客と比べればかなり軽装ではあるが、装備を背負ってきているのに対し、彼らは小さなポーチを持って来ているだけだ。

妙だとは思ったが、まあそういう宇宙人なのだろう、と気にしないでおく。

「火を起こそうか」とメロードが軍用の着火器を使い一瞬にして火を起こしてくれた。……別にいいけど、なんとも物足りないものである。

さて食材だが、肉、肉、ちょっと野菜とそば粉のパン、そして肉である。肉ばっかりだ。

しかも赤身のブロックで、アメリカンなバーベキューのようでテンションが上がる。いいね!

今日はメロードが料理をしてくれるようだ。

「ベークトロハム風の料理を味わわせてやろう……と言っても、代用食材ばかりだが」

そう言って肉を2cmぐらいの厚さで切り落とし、塩となにやらいろいろと香辛料、香草を混ぜた調味料を振りかけた。

「これの再現に苦労したよ」

しっかりと肉に揉み込むと、次に鉄板にバターをたっぷりと乗せ、火にかける。

胸焼けしそうな香りを漂わせ煮えたぎるそのバターの海に肉と野菜を放り、ジュウジュウと焼き上げる。

「これぞ、キャンプで定番の一品だ」

バターと香辛料の暴力、これはきっと美味しいだろう!……と、思ったが。

一口噛めば、中々の噛み応え。風味はあるが、味が薄い、というか塩気が全然足りない。

ワイルドで香ばしいが日本人の舌には塩気が無い一品である。こんなこともあろうかと、醤油を持ってきた。

「出た、またその黒い塩水!」

これで塩気と旨味を補充すると、めっちゃめちゃ美味しくなった!

蕎麦パンに挟んで食べると(まあパンに肉を挟めば大体美味いのだが)これがまた見事なマッチングである。

そこで私はおもむろに、鞄からワインを取り出し、栓を開ける。

まだ日も落ちてはいないが、別にいいだろう。

時間はすぐに過ぎていき、辺りも次第に暗くなり、いい感じに酔っ払ってくる。

その頃にはメロードの胸のモフモフに顔を埋めて夢心地に浸っていた。

「本当に好きだな……」と呆れた表情をしているが、これはいいものなのだ。

メロードの胸毛は、今はまだ癌には効かないが、そのうち遺伝子に素早く届き効くようになる。

 

そうして堪能していたというのに、なんだか辺りが騒がしい。というか、明るい。

「あ、燃えている」

なんと、キャンプ場のど真ん中で火柱が上がっている!何事か!

駆け寄ってみると、周りではガウラ人が呆然と眺めている。

話を聞くと、なんでも水色のローブを着た宇宙人がこの中に飛び込んだというのだ。

「いきなり、山で死ぬのが宿命だとか言い出して……」

一体何なのか。いやホントに。つい先ほど飛び込んだばかりだというので、まあ私が酔っ払っていた、というもあるのだが、なんと私は火の中にタックルをしかけてしまった。

「ちょっと!」とメロードの制止する声が聞こえたが、黙って見過ごしては菊花紋章に泥を塗るというものである(たぶん)。

火の中から何とか宇宙人を救出し、私自身も軽いやけどで済んだ。燃え上がる日は山火事にならないよう他のガウラ人が消してくれたようだ。

メロードにしこたま怒られた後、この宇宙人に話を聞く。結構な火傷を負っていそうだったが意外にも平気そうである。

「まだ、死ぬべき時ではなかったか……」

時は知らんが、死ぬなら他所で死んでほしいものである。

曰く、彼らの山岳信仰にある死ぬべき時期というものが来ていたのだというではないか。

「この山に呼ばれたと思ったが、死ななかったという事は勘違いだったようだ」

何をバカげたことを、とは言わないが、何も本当に死ぬって事はないだろうに。

それも焼身自殺、山火事になってしまう。

「この国の山は気まぐれのようだ……元より神というものは気まぐれなものであるが……」

そう言って、暗闇の山道をヨタヨタとした歩調で下って行こうとしたが、あるガウラ人の登山客に捕まえられた。

「とりあえず、今晩はうちのテントで預かろう。行き倒れられちゃ寝覚めが悪い」

それは実にありがたい、そうしてもらおう。

テントに戻ると、メロードが不満気な顔で待っていた。何か言いたげである。

なんだかドッと疲れたので、すぐ寝袋に入る。

すると彼は寝袋の上から私を抱きしめた、なんかスンスン言ってる。

そんな悲しげな声を出されると、こっちも悲しくなってくるじゃないか、もう。

 



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にっちもさっちも運上所

 

人を見張るのが入管であるならば、物を見張るのが税関である!

……のだが、悩みの種も輸出入してしまうらしい。

 

 

いつだったか、研修の一環として税関の仕事を覗いたことがある。

ここでは税の徴収と輸出入貨物の検査、密輸の取り締まりなどが行われている。

ホノルド氏に休憩がてらにでもと業務命令を言い渡され、ちょっとワクワクしながら税関へと向かった。

「どうも、本官はニッチと申します、こっちの小さいのはサッチであります」

「あーたのが小さいでしょうがね」

……ちっこいガウラ人が二人いた!いつぞやのキノドクさんと同じミショーカ民族なのだろう。

真面目っぽいが抜けている男性の方がマピチュ・ニッチ、それに突っ込む女性の方がマピチュ・サッチである。

「我々、姉弟で夫婦で同僚でありまして」

「そんな事まで言わなくていいんだよバカぁ」

属性の盛り過ぎでは。ガウラ帝国では珍しくもない事であるという。

血が近いと問題だと言うが、帝国はその辺は解決済みなのだろうか……。

「今日は暇でありますので」「暇って言うな」

凸凹コンビ、とでも言おうか、ある意味息ピッタリである。

小型犬か小動物かが追いかけっこをしているかのようにせわしなく動いて回っている。

「こちらが、貨物検査用の機械であります。発明は西暦で言うところの1952年、発明者は……」

「その辺は省略しろよ、アホ」

サッチがニッチの鼻面をポムッと突く。可愛い。惚気も可愛い。

「操作はコンベアに荷物を載せ、タイミングよく機械を通る時にこのレバーを降ろし、早すぎてもダメ、遅すぎてもダメなのであります」

その辺りは自動でやってくれたりはしないのだろうか……。

「自動でやってくれてるはずなんだけれどねぇ」

どうやら彼が勝手にやってるみたいである。

そういうふうに、彼らは私に色々と仕事の説明をしてくれた。

 

「最近では気になっていることがあります」

「ああ、例の事」

何やら問題でもあるのだろうか。

「最近、夜の行為の回数が少ないのでありまして」

「はぁ!?あーた、はぁ!?」

そんなん私に聞かれても……。

「地球人は大変淫乱、淫靡と聞きますので、何か打開策を持つのではないかとお聞きしたいのですが」

もっとエロいピンクの馬に聞いてね。あと……吉田とか?

「吉田管理官ですありますか!」

「ちょっともう、やめてよ……」

奥さん耳をへにゃっと萎ませて恥ずかしがってる。可愛い。惚気も可愛い。吉田の困る顔も目に浮かぶ。

「それよりも、もう一つ気になる事があるんだよ」

「そうでありました、最近よく見かけるのでありますが……」

この税関というのは貨物の中身を、例えそれが書物やデータであっても、全てに目を通さなくてはならない。

そうなると、帝国的にはそぐわない物も中には見かけるのだという。

「他国に行く分はよろしいのでありますが、中にはこのような書類もあるのであります」

ニッチが差し出したのは……腐敗した女性向けの薄いやつであった!

「きっと地球で言うところのAPFSDSというやつであります」

「LGBT」「あ、そうでありました」

そうは間違えないだろ!

「皇太子殿下の命で素通りさせてはいるのでありますが、本官このDARPAを通すのは苦渋の決断であります」

「LGBT」「むぅ、そうでありましたか」

皇太子殿下がきっと話を通したのだろう。表現だけであれば帝国でも違法ではない(というか表現に関する法が存在しない)からだ。

「それにマンガ?っていうヤツ、派手な人が読むものじゃないの」

そうかなぁ。

「とにかくこの事を、同じく高貴なる絶対者を持つ忠臣である日本人に問い質したく思った次第であります」

日本人的には別に良いのではないか、と思う。そもそも近親相姦してる人たちに言われたくないわ!

彼らの映画、というのは見た事が無いが、帝国社会が映画の影響を受けて何か変わったりはしないだろう。

「いえ、わが国は映画通りの国であります」

ガウラの映画クソつまらなそうだな!

「正直、クソつまらないでありますな……」

「世間話するだけだから頭に入らなくてもいいんだよね」

つまらないのか……。映画の楽しみ方そのものが地球とは違うようだ。

とにかく、創作物が社会に影響を及ぼすのは、余程の出来のものであるか、影響を受けた本人が元からその因子を持っていた時だけである。

「では、LGBTが我が国に流入する事は無いと」

「LGBT」「やや、失礼……いえ、今のは合っていたと思うであります!」

その心配はないだろう、と考える。少なくとも日本人としての見解は、だが。

「少し、不安が和らいだように感じるであります」

「それじゃあ、まだ聞きたいことがあるんだけど……」

そういうふうに、地球の表現が彼らの帝国に悪影響を及ぼすという憂慮の気持ちを、一つずつ解きほぐしていく。

 

そして誰かがああいういかがわしい本を買っているという事実だけが残った。誰が買ったのかッ!?

「とはいえ、こんなものを買っている人物というのが気になるでありますな」

「貨物の責任者は誰だったかな……」そんなの覗いていいのぉ?私も気になる。

書類には『ガウラ帝国 第二皇太子』と書かれてある。例の地球に来ていた皇太子殿下の事だ。

私は予想は出来ていたが、二人は完全にフリーズしている。

しばしの沈黙の後、ニッチの方が口を開く。

「燃やすであります、何かの間違いでしょう」やめろ!

「あ、そうだ!これ食べるっていうのはどう!?」どうもこうもない。

しばらく(小一時間ぐらい)錯乱状態であった。まあ私も、(これは例え話だが)我らの皇族が近親相姦モノの作品をこっそり嗜んでおられると発覚すれば、そのショックは計り知れない(まあ近代以前を顧みればそこまでおかしな話でも……あるけどさ)。

何とか宥めると、どうすればいいのか……という感じにまたしても押し黙ってしまう。

「……よし、見なかった事にするであります」

「そうね」

何とか落ち着いたようでよかったよかった(よくはない)。

しかし、同じひと悶着が着いた先の税関でも起こるであろうことが予想されるが、まあ私の知る由ではないだろう。

 



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魔法の飲み物

 

宇宙社会とて麻薬の類はある。当然、規制されている事が多いのだが。

意外なものが禁止薬物と指定されていたりするのだ。

 

 

宇宙の薬物と言えば、まあ例のマウデン家が使っている『カーマルマミン酪酸』である、まあ詳しくは知らないが。

地球上での話になると、大麻や阿片、覚せい剤諸々である。

こういったものは基本的に身体の構造が似ている種族(例えば、同じ哺乳類であれば、など)になら効くので、当然輸出は禁じられている(そもそも日本では非合法だ)。

ところが、種族によっては未知の影響を及ぼしたりするなど、この辺りの管理は非常に煩雑で難しいものなのだ。

 

例を挙げるとするなら『マタタビラクトン』である。

これはその名の通りのマタタビはもちろん、ケイガイやイヌハッカなどの植物に含まれる成分なのだが、これはネコ科の動物を恍惚、酩酊の状態にしてしまう。

まあ、それでオチは察するだろうが、ネコ科に似た種族にも効果を発揮するらしく(しかも大抵の場合本国では非合法)、よく嗜みに来る者がいる。

「いいなぁ、自生しているなんて羨ましいなぁ~~~~ッ!」

とサーヴァール人の女は言う。明らかに絡みたくないタイプだ、地球人で言うなら、大麻やってるヤツみたいな……。

「この星じゃ『マタタビ』と言ったかね、うーん、実に幸運の音色を感じるよ」

なんだか別世界が見えているようだ。こういった顧客が多いのだから、当然商魂の逞しい連中が出てくる。

現状マタタビに関して規制したりなんたりの法律は無いので持ち出し放題である。

まあ、禁止されている国には持ち込めないのだが、麻薬の生産地となっては気分がよくないというものだ。

そして、柄の悪いネコ科の連中が最近増えているのもこれらが原因であろう。

わざわざマタタビを吸いに遥々地球までやって来るのだからご苦労な事だ、ただ治安は悪化の一途をたどっている。

最近では『庭に入ってくる』『ゴミを漁る』『路上で寝ている』などの苦情が多いという(まるで猫だ)。

結局、帝国軍によって過度に迷惑をかける連中は拘束され、惑星外退去の処分を受けてしまった。

 

実はコーラも一目置かれている。

まあカフェインが入っているからというのは当然であるが、糖質といい味といい宇宙人にとっては結構ヤバいらしい(いや地球人にもヤバいのだが)。

「これは効くアルよ。本当ネ。疲れたカラダ吹き飛ぶアルよ!」

そう言う彼は宙に浮くタツノオトシゴのような容貌のマルトア人の男性である。

「一体これほどの物を作るのにどれほどの人体実験をしたアルか、気になるコトよ!」

いや人体実験はしてないかと……大衆に飲ませて味を改良していったものなので、それもある意味人体実験ではあるが。

この絶妙な味に病み付きになる宇宙人が続出なのだというのだ。

これは商機だ!と各国の個人輸入業者から大手星間商社の営業マンまで続々と買い付けにやってくる。

栄養ドリンクや更に混ぜ物をして飢餓対策、戦闘糧食としても飲まれているらしい。

もっと他にも良いものがありそうなものだが……。

「いつも同じ味だと飽きるコトよ!」という訳なのである。

さぞや大手飲料メーカーは儲かるだろうと思いきや、格安スーパーにおいてあるようなインチキコーラの味の方が好まれているらしい。

しかしながら清涼飲料水はある程度の需要が常にあるので、全体的な売り上げは上々である。

ただ、コーラのバブルも規制によってそのうちはじけてしまうだろうとされている(炭酸だし)。

 

意外にもお茶も警戒されている。

これは身体にはいいはずなのだが、それがダメらしい。

資本主義国家の、特に医療と製薬関係が政権を牛耳っている国家が存在し、それらの国では禁止薬物に指定されている。

だがこれを求めに地球に来る者たちが後を絶たない。この密輸出には帝国はもちろん日本も目を瞑っている。

持ち出されるものは緑茶はもちろん、紅茶、麦茶、烏龍茶、マテ茶と幅広い。

これには切迫した理由があった。

「わが国のみならず、多くの資本主義国家では飲料水に有害物質が混ぜられています。もちろん医療サービスや薬を買わせる為です」

両生類のような見た目のヒドラ人男性はそう言う。

真綿で首を締めるかの如く、ジリジリと国民から税金と反乱の芽をむしり取るのが目的だという。

先述のコーラなどをはじめとする清涼飲料水を飲むことは奨励されているため、お茶をそれらと偽って秘密裏に流通させるとか。

流石に既製品に混ぜ物をするのは企業の信頼を毀損するので、出来ないでいるのである。

「様々な国から多様な種類の飲料を入手する事で、目くらましにもなるのです」

彼らが何の心配事もなく普通にお茶が飲める日が来ることを祈ろう。

 

最後に、かなりの人気を集めているのはかの有名なチューハイである。

パワフルゼロという商品だが、これはヤバい。我々地球人からしてもヤバい。

飲んだ宇宙人の大半は「これヤバい」と言うらしい。

こういった庶民の風俗というのは瞬く間に広がる、そしてそのかなりのヤバさが銀河でも広く認知されているらしい。

地球という星の存在よりも有名であるとか。

そうして、お酒が大好きな宇宙人が結構な頻度でやってくる。大体入国時点で酔っ払っている。

「パワフルゼロ!早く飲んでみたいなぁ~~!!」

と書類も出さずに行こうとするし、特に悪意もない癖に警備員に抵抗するので結構質が悪い。

「わかった!出す!旅券だろ、それからえーっと……あった!」

くしゃくしゃになった上酒で滲んだ書類一式を出された時は頭を抱えたものである。

しかしながら、それほど威勢が良くても出国時には人が変わったようにおとなしくなる。

「パワフルゼロ……あれはヤバい。ホントヤバい、なんであんなの販売してるの、ていうか出来るの」

そう、ここは過労死の国日本であり、こんな魔法のような飲み物を飲んでいないとやってられんのである。

最近は多少改善しつつあるけど。

 



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チューバ危機

 

あわや大惨事になるところであった出来事である。

 

 

最近は大きなトラブルもなく結構呑気して仕事をしていたのである。

もうすぐ年も明けるなぁ~とか考えていたところ、それは突然やって来た。

「どうしてくれる!」なにがでございますか!

「いや、君に怒っても仕方は無いが……」

急に冷静になるな!トカゲ、というかコモドドラゴンのようなみてくれからピール首長国の人物だと推測される。

「左様、私はピール首長国の政務奴隷、外交担当のグリザエリである」

政務奴隷というのがなんかよくわからんけど、要するにかの国の外交官である。

彼は懐からペンダントのようなものを取り出すと、何かのスイッチを押す。

するとチューバのような楽器のホログラムが表示された。

「これは先日、君たちの国のテレビ局に貸与したものだ」

すごく嫌な予感がする。結構ヤバめの。

「もう期限は過ぎているのに一向に戻ってこない。これは我が国の統合の象徴なのだ、すぐにでも返して欲しい」

それはそうだろうが、私にはどうすることも……。

「この宇宙港で待たせてもらう。はっきり言うが、首長議会では要求が果たされなければ開戦する事が決定された」

もう手遅れであった。どうしよう。まあ連絡すればすぐに返してもらえるだろう。

入国管理はラスに任せ、後ろに引っ込んだ。

 

「またトラブルかい、好きだねぇ」

好きで巻き込まれているわけではない。

「しかしテレビ局は約束を守らんのかね」

連中はなんか違うのだ、なんか我々一般の日本人と決定的に異なっている。

それで、テレビ局と連絡を取ってみると……。

「ああ、あれ、壊れたから捨てたよ」

はぁ?

「もういいかい?切るけど」

はぁ……?

余りにも理解が追い付かないのでまともに答える事も出来ずに切られてしまった。

壊れたから捨てた?マジで?想像以上にヤバい状況である。

「なになにどうしたの」

ホノルド氏に電話の事を話すと、目を見開き、全身の毛皮を逆立てて、口をあんぐりと開けて、そのまま固まってしまった。

これは多分外務省とかに知らせた方がいいだろう。

連絡をすると5分もせずに飛んで来た。しかも地球三国(日英洪の三ヵ国を指す)の外交官が。

 

「とりあえず警視庁に担当者とそのチューバの回収をさせているが……」

山野太郎外務大臣は冷や汗をかきながら言った。

三人とも顔面蒼白である、いや二人は元々白いか、なんて言ってる場合でもない。

「この間国交結んだばかりなのに、最初のイベントがこれですかぁ」

洪大使のフニャディ・ミクローシュ氏が嘆く。

ウィリアム・カーティン英大使も呆れたような、落胆のような表情だ。

グリザエリ氏にどう説明したものだろうか。

遅れて局長も現れた。

「日本側の落ち度だから帝国は介入できない、当事国だけで解決してくれ」

何とかはしたいけど……という事であった。

ピール首長国はガウラ帝国の同盟国、銀河同盟の一員であり、同じく同盟国である日本との紛争については特に制限されていない。

制裁決議案などの提出はしてもしなくてもいいのである(元が食糧品の相互貿易協定であったためその辺はテキトーなのだ)。

「尤も、決議案を出したところで、通ったら我が国も制裁しなくてはならなくなる」

なんてこったという他にあるだろうか。山野大臣は局長に詰め寄る。

「なんとかなりませんか、彼らの象徴を破壊してしまったというのがどれほどのものなのかは重々承知です」

「私の方も説得はしてみますが……とにかく、グリザエリ氏に掛け合ってみましょう」

 

グリザエリ氏は自販機のジュースを飲んで結構呑気していた。

「おお、来ましたか」

「大変申し訳ございません!」

山野大臣が頭を下げる。

「い、いえ、頭を上げて下さい。そのような事に一体何の意味があるでしょうか。ますます腹が立つばかりです」

大臣は慌てて顔を上げた。確かに怒りがある程度の閾値を越えると謝られてもムカつくだけにはなる。

「『セップク』とか『ドゲザ』とかいう茶番ならまた今度見せて下さいね」

かなりガチ目にご立腹の様子であり、三国大使は顔面蒼白である、いや二人は元々……もう結構。

「とはいえ、あなた方に怒っても仕方はないでしょう。返してもらえるのでしょうね」

それが……と彼に事情を説明した。期限を過ぎただけでもかなりご立腹であるのに、壊されたと知ればどうなることやら……。

「……なるほど、なるほど、そういう事ですか」

口から紫色の煙を噴き出し始める。局長が「こりゃ相当頭に来てる」と耳打ちしてきた。

「なんという事だ……せ、戦争だ……」ミクローシュ大使が絶望の表情でなにやらブツブツと言っている。

ハンガリーとしては迷惑この上ないだろう、宇宙との国交の為に国体まで変えたのだから。

しばしの沈黙が続くが、グリザエリ氏が口を開いた。

「まあ、交渉はしましょう。この場で返答し、速やかに実行すればですが」

「この場で……」

「国の象徴を破壊されて手ぶらで帰れますか」

言い分を認める他ない。もし蹴るのであれば、彼らとその同盟国を相手に戦う覚悟をしなくてはならない。

「わかりました、ここで話しましょう」

局長は全員を特別室に案内する。え、私も?

「管理官さん、恥ずかしながら異国事情についてはあなたの方が詳しい部分もある。是非同席してもらいたい」

山野大臣が深々と頭を下げるので、しょうがない、行くしかない。当たって砕けろだ。

「いや砕けてはダメだよ」と局長に心を読まれてしまった。あれ、超能力使えたっけ。

 

「あなた方からすれば、三種の神器を破壊されたようなものです。いかがいたしましょうか」

「ではまず、当事者の処罰を……」

しかしグリザエリ氏は首を横に振る。

「一つよろしいですか、人権などという地球の、と言うよりはキリスト教世界でのローカルルールを持ち出されないようお願いいたします」

場がシンと静まり返る。つまりは地球の司法基準の裁量では飲まないという事に他ならない。

「わかりました、当事者の身柄を引き渡しましょう」

「それは当然でしょう……それだけでは彼のような人物を作った環境は放置されるという事になりますが……」

当人だけではなく、体質ごと改善しろ、という事だ。

「では……どうせよと」「そちらの方はご理解されているようですが」

私に振る。大臣がこちらを見る。全く無茶を言う!

私は大臣に、彼が求めているのは即ちこういう事が二度と起こらない事でありつまりは、一社丸ごとの要求ではないか、と伝える。

「では、一万にも近い人数を引き渡さなくてはならない、しかも無関係な人物までも……」

「流石にそれは酷でしょうから、業界に入ってから5年目以上の者たちのみで構いません」

これでも相当譲歩しているつもりだろう。そもそも即時宣戦布告もあり得る話だったのだから。

大臣は頭を抱えた。ミクローシュ大使が口を開く。

「この国家の、いや地球の大事に、一万人で済むならそれを引き渡すべきでしょうが!」

ウィリアム大使も口を開いた。

「左様、そも日本の総務省がこれらの問題を放置してきたツケでありますからな」

有名な話ですよ、と付け加えた。他国の事だと思って言いたい放題である。

「英国の公共放送でも問題が横行しているらしいですな」

グリザエリ氏がボソッと呟くと、英大使は口を噤んだ。

「まあ今は関係がありません。考えてみれば、これはいい機会でしょう。我々の気も晴れる、病巣を取り除ける、良い事尽くしです」

時々彼ら宇宙人の価値観はあまりにも俯瞰的過ぎてついていけないと感じる事がある。

決断力のある強靭な国家が惑星を統一し宇宙に飛び出た、というパターンが多いので当然と言えば当然の事ではあるのだが。

山野大臣は目を閉じ、考えを巡らせている。

数分ほどの静寂が続いた後、大臣は口を開いた。

「私は立場上、国民を生贄にするような真似は出来ません……」

ジロリとグリザエリ氏の目がぎらつく。

「しかし、ある提案をさせていただきます」

 

『夫が研修から帰ってきて以来人が変わったみたいに優しくなった。ちょっと怖いけど、まあいっか!』

『例の事件のプロデューサーが研修から帰ってきたらすぐ自殺したってよ、何があったか知らんがざまあ』

『テレビ局に貸したものが戻ってきました!もう諦めてたのに!』

数週間後のネットではそのような書き込みがチラホラと見える。

山野大臣は、そちらの国に研修に向かわせたい、と提案したのだ。

グリザエリ氏はすぐに理解したようで、スクッと立ち上がると大臣と握手をした。交渉妥結である。

つまりこれは……研修という名目でピールに向かわせて、そちらで、まあどうとでもしてもらおうというものであった。

って思いっきり生贄にしてるじゃないか!山野ぉ!恐ろしい大臣だ。

何はともあれ事件は解決、負け戦は回避されついでに膿も出せて一石二鳥だ。

……一件落着って感じ雰囲気だがマズい気もするが、めでたしめでたし、なのだろうか、それでいいのだろうか、なんだか腑に落ちない。

ところで局長が何やら呆れた様子でいる。

「帝国郵船の放送関係の連中も、負けてられないって言っててな……」

なんか宇宙港の周りをゴミ掃除してるなぁ、って思ったらそういう事だったのか。

いや、うん、まあゴミ掃除ではあったんだけど……。

 



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卑怯な日本人

 

他国から見ればどう映るか、というのを内側から推測する事は困難だ。

ましてや他国、それも宇宙の国々なら不可能とも言えるだろう。

 

 

年末年始と言えば、通常の空港の職員は大忙しだろうが、宇宙港の職員はそうでもない。

というかいつもと変わらない、むしろいつもよりも暇である。

「年末年始は何かと入り用だと聞くから、どうぞ」と局長もお年玉をくれた。おっほぉ~~~60万~~~!!

職員らはみな局長を崇め奉っている。

「いや、支給されたんだよ。石灰岩特需のおかげで利益が物凄いから」

石灰岩様様である。日本国内の輸出品は帝国郵船を経由して持ち出されている。

つまりはあらゆる輸出入のマージンをちょっぴり拝借しているのだが、核戦争の流行(?)によりコンクリートの需要が増加。

とにかくセメントが早く欲しい!という中小国が大勢現れ、日本産のセメントにミユ社共々吹っ掛けて回っているのだ。

核戦争の流行の発端となった上でコンクリートを輸出し暴利を得るとはまさしく悪魔のような国に見えるだろう……。

ぶっちゃけ偶然が重なっただけなので責任も何も無いのだが、なんとも複雑な気持ちである。

しかしながらこれは帝国の国庫をも潤し始め、彼らも日本及び地球を雑に扱う事は出来なくなったのである。

「元々雑に扱われてはなかったけどね」そりゃあそうだが、吉田は意外とそういう事を言う。

 

そうすると恨みを、というか逆恨み、というか憤りを日本に抱く者も現れ始める。

気持ち的には理解も出来るのだが……。

国内でも宇宙人らによるヘイトクライムがいくつか起き始めている。

今のところは通行人を殴ったり居酒屋で暴れたりと軽微な犯罪ではあるが、エスカレートしないことを祈るばかりだ。

そんなふうな事を色々と物思いに耽りながら仕事をこなしていると、アタッシュケースを持った人物が現れた。

「こんにちは」と挨拶をしてきたが、私のこれまで経験から言って、妙である。

書類を差し出すが、別に変なところはない、ないのだが、こういったぎらついた目をしている者は何かを企んでいる。

私がスタンプを押さないのを不思議に思ったのか、こちらをジロリと覗き込む。

「何か不備でも?そんなはずは……」ブツブツと呟く。

調べた方がいいかな、と警備員を呼ぼうとした時、彼はアタッシュケースを開いて叫んだ。

「卑怯な日本人にはこれがお似合いだ!」

何の事だ、と思った瞬間、彼はメロードに取り押さえられた。

「もう遅い、一矢報いる事が出来ればそれで十分だ!」

きっとアタッシュケースに何かを仕込んだんだろう、例えば、爆弾であるとか。

ケースに近づこうとすると、エレクレイダーが一目散に駆け来るのが見えた。

「爆発物反応を検知したぜ!そこか!」

彼はアタッシュケースを覗き込む。

「時限爆弾だな、きっと3分もすれば爆発するぜ。核物質の反応は無いが、きっとこの建物丸ごと吹っ飛ぶぞ!」

まさか!ラスが避難勧告の要請をしているが3分ではきっと間に合わない。解除は出来るのだろうか。

「やってみるぜ」エレクレイダーの指が何かに接続する端子のように変わった。

そしてアタッシュケースの中の爆弾に接続し、無言で睨みつける。

きっと頭の中で解除プログラムを作動させているのだろう、彼に期待だ。

「あ、ヤベッ」なんて?

「失敗した、後30秒になったぜ」

何やっちゃってくれてるんですかね。もうおしまいだ!

「こうなりゃ、滑走路に捨てるしかねえ!」

エレクレイダーはケースを抱えて窓ガラスを突き破……「ベッ!!」れない!強化ガラスだ!何でこんなに硬くしたのか!

「ちょっと貸してみ!」いつの間にか現れたバルキンがアタッシュケースを分捕る。

「あたしごとテレポートするよ!」はい?

「ごめんねみんな、いつも好き勝手ばっかりやっちゃって……グッバイ!」

そんな、それは困る、だって、あなた、友達じゃないか。

「友達?ふふ、ありがとね。こんなあたしを友達って言ってくれて」

こんなところでお別れになるなんて御免被る。

「グッバイ、エレクレイダー!後は任せて!グッバイ、メロードくん!彼女を幸せにしてあげてね!」

そんな最後みたいなことを言わないでくれ。

「グッバイ!近所のおっさん!多分聞こえてないと思うけど!佃煮そんなに美味しくなかったから持ってこなくてもいいよもう!」

……。

「えーっと、それから……あ、そこの君!グッバイ!なんで爆弾持ってきたの?」

早く行けや!!!

その瞬間、フッと消え失せた……アタッシュケースだけが。

「ふぅ……おどかせちゃってさ……」

それはこっちのセリフである。というか、爆弾はどこに?

「それなら沖合に飛ばしたよ!誰もいないところにね!」

「く、くそう……卑怯者……」

取り押さえられた男は言うが、こんな爆弾を持ち込んで炸裂させようという方が余程卑怯だろう。

しかも、直接我々が何かをした訳ではない……まあ心情的には同情も出来るのだが。

男はそのままメロードに連行されていった。強制送還されることだろう。

 

太平洋上の爆発は翌日の紙面を飾った。帝国軍により危険はないとの声明が出される。

報道陣が宇宙港に来たらしいが追っ払われたという。

随分前の記者以降、取材は余程のことが無い限りお断りなのだそうな(爆発は余程の事だと思うけどなぁ)。

卑怯な日本人というのは、まあ現状で否定は出来ないだろう。

マッチポンプのように映るというのはまさしくその通りだ。

このような憎悪による事件や陰謀が続くとするのならば、そのうちこの問題の矢面に立たなければならない日が来るだろう。

 



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読み物:ニュース映画『大日本観光案内 第3回』

 

 

冬の季節の日本は特に素敵です。

地球歴で言う、10月から3月までの日本は我々ガウラ人にとっても住みやすいものとなっています。

特に北海道と東北地方、それから新潟。

冷たい風に雪、凍り付く川と湖、どの地域もガウラ人にとっては過ごしやすい冬となるはずでしょう。

 

「皆さんご機嫌麗しゅう、リポーターのエレベスドでございますわ!」

毎度おなじみのエレベスド氏ですね。おや?今日はどうしたのでしょうか。首しか出ていないようですが。

「ご覧になってくださいまし、ここでは首まで雪で埋まることが出来ますのよ」

それは確かに素敵ですけども、出て来なくっちゃあ話にならないというものです。

ここは日本の秋田県。秋田県というのは、『米』と呼ばれる穀物で有名なプロヴィンスです。

「それだけではございませんわ、大きな原生林がある事でも有名ですのよ」

よく調べてますね!それでは、町を散策していきましょうか!

「さあ、行きますわよ!」

 

しばらく、いや小一時間ほど町を散策しましたが、誰もいません。

「おかしいですわね、どういう事かしら……」

近年まで日本は少子高齢化が進んでいたと聞きますからね。

「そうなのですね……あ、ガウラ人がいますわ」

第一村人、ではありませんが、とりあえず話を聞いてみましょうか。

 

「おや、こんなところで同胞と出会うとは、滅多にあるものじゃないで」

「ご機嫌麗しゅう。帝国映画製作所のエレベスドでございますわ」

「ホンマでっか!?サイン貰ってええ!?」

「ええどうぞ」

エレベスド氏、ここでも人気者ですね~!

「当然ですわね」

ところで御仁は、どうしてこの町に?

「『米』を見に来たついでに遊びに来たんやけど、誰もおらんのや」

そうですかぁ、まあ我々も誰にも会わなかったですものね。

「そうですわねぇ……ここには誰もいないのかしら」

「建物はあるんやけどなぁ」

建物を見るに、ゴーストタウンって訳では無さそうです。

「人が住んでいない訳じゃなさそうですわね」

「せっかく遊びに来たけど、一人ぼっちじゃ楽しくないでなぁ」

「今日は日本の暦でも休日のはずですわ」

「せやねん、みんな外で遊ぶもんやと思たんやけど……ところで、これスワーノセ荘園にも配給される?」

ええもちろん。スワーノセ領出身なんですか?

「せやねん。おーい、おとうはんおかあはん見とるかー。そこそこ元気やでー。アンダルスも元気しとるかー、はよ結婚せなあかんでー」

「妹さんですか?」

「せや、もう14歳やから、そろそろいい相手を見つけんとなぁ。せや、ここで募集したらええやん」

あのー、これ、観光案内でして……。

「そうか、あかんか……」

「そうでしたわ、観光案内というのをすっかり忘れていましたわ」

しかしながら、誰もいないし案内しようが……そうだ、行政機関があるはずでしょう!

「そうですわね、行ってみますわ!」

「気ぃつけや~~」

 

そして我々はこの町の行政機関を訪ねました……が、しかし。

「誰もいらっしゃらないのかしら……」

本日はお休みのようです。なんとまあ間の悪い……。

「前回の大日本観光案とは大違いですわね」

前回の川越はサイコーでした。人も大勢いましたしね!

「今回は、残念回という事になりますわね」

そうですね。吹雪と積雪、絶好のお散歩日和と言うのに日本人は何をしているのでしょうかねぇ。

「全くですわ」

それではここいらでごきげんよう!

次回は日本の蛮族の住むと言われている鹿児島を訪問したいと思います!

 

 



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エスケープ・フロム・ジ・アース

現代だというのに疫病が蔓延し、蝗害が襲い、さながら歴史上の戦乱の前触れの如き様相を呈している。

こんな時、外来人種ならばどうするだろうか。

 

 

新型肺炎ウィルスの蔓延は他人事ではない。

我々宇宙港職員には清潔が義務付けられている。

とはいえ、マスクなんて今や高価なものは手に入らないので、『魔法のレシピ』とガウラ人が語る消毒液を使用している。

「これはいいものだ。あらゆる疫病をこれで防いだ歴史がある」

メロードがこっそり教えてくれたが、その正体は蒸留酒に薬草を入れ水で薄めたものらしい……要するに香り付き消毒アルコールである、何なら薬草も要らない。

ペストの時代、蒸留酒で食器などを洗っていたポーランドは流行を免れたというので、きっと帝国にもそういう歴史があったのだろう。

なお、地球では帝国の蒸留酒も薬草も手に入らないためスピリタスと、香りの似た柑橘類の皮で代用しているらしい(消毒以外の用途に使いたいものだ、例えば……飲んだり)。

ところで吉田の方もマスクは手に入らなかったようで、身体に消毒液を念入りに吹きかけている以上の対策はしていない。

「粘膜から感染するというからな、スマホも拭いとこう」

「おいおい、お前らそんな装備で大丈夫か?」

エレクレイダーである。マスクをしている。お前要らないだろ。

「念には念を入れてな」いや要らないだろ。しかしよくマスクなんて手に入ったものだ。

「盗んだわけじゃないぜ、行きつけの薬局で取っといてもらったのさ」

薬局って、薬でも飲むというのかロボなのに。

「飲まないけど」なんなのか。

 

来航する客たちにも消毒液が配布されているし、至る所に設置してある。

他にも対策は為されている様子でもなければ、感染拡大を過度に心配している様子ではない(荷物はしっかり消毒されている。元から設備もあるし、人より高価である事が多いので……)。

そもそもの身体の構造が違うため感染しない、または感染しても症状が出ない(それはそれでマズいが)、感染するかどうかわからないなどの理由である。

ただし、全ての人種が感染しないわけではないようで、出国ゲートにはいくつかの哺乳類人種が殺到している。

代わりに、入国ゲートに現れるのは怪しげな連中である。

「新型肺炎ウィルス、実に興味深い!」

生物兵器専門の軍人と名乗る者らがちょくちょく現れ始めている(毎度思うがこういう奴らは一体どこから嗅ぎつけるのか)。

「インフルエンザも中々のものだが、しかしこの新型ウィルスは潜伏期間も魅力的だ!」

他人事だと思って言いたい放題である。とはいえ死亡率はインフルエンザに劣る。

「そこだよ、体力の弱い者、それも老人ばかりが力尽きている……うむ、これは少子高齢化改善の役に立つ!」

自国民相手に散布するのか……こういう時々現れる倫理観がぶっ飛んだ人にはいつも驚かされる。

「そうと決まれば早速採取だ!君はお大事にな!」

ルンルン気分で入国していった……。

 

後日再び彼(彼女?)の顔を見る事となる。

「地球を、出よ……!」

何やらマスコミやら医療関係者をぞろぞろと引き連れて何かを言っている。

「ああ、あれか?感染したらしいぜ、新型肺炎ウィルスにな。この俺みたいにマスクをしねーからだろーな」

エレクレイダーが言う。いやお前はロボだから……まあいいか。

ロボが言う通りあの人物は感染したという。しかも潜伏期間も殆ど無しに発症したのだという。

これはどういう事なのだろうか。

「きっと身体の構造の違いだな。あの種族にはかえって強力に作用したんだろうよ」

なるほど、感染しない、のではなく却って強く症状が出たのだという。

だとすると、このまま帰しても大丈夫なものだろうか……それともひょっとして、感染した状態で帰るのが目的なのだろうか?

それにしても考えてみれば、宇宙人らと頻繁に接触する我々にとって未知の症状は他人事ではない。

「だろ?マスクしとかなきゃ。何枚か譲ろうか?」

こういう場合は、遠慮なく貰っておこう。

 



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バッド非言語コミュニケーション

 

手話、ハンドシグナル、相槌に身振り手振り、いわゆるジェスチャーやボディランゲージは数多く存在するわけである。

玄関口にいるのでこれらを多用する、と思われるかもしれないが、実はそんな事はないのだ。

 

 

さて、これは開港してよりひと月後ぐらいの話なのだが、この頃はまだ手を振ったり、会釈をしたりしていた。

しかしながら、段々と彼ら宇宙人の表情というものがわかってきたのである。

まあわかってきたからと言って良い事ばかりでもない。

手を振るとムッとされたり、何が?というようなキョトンとした顔をされたりも多い。

この、手を振るという簡単なジェスチャーでさえも種族文化によって異なる意味を持つので面白いものだが、あまりにも多いとこちらの気もよろしくはない。

「そうかな、気にし過ぎだろう」と語るのは吉田だ。

確かに彼のように屈強な神経を持ち合わせていれば、このように思い悩む事も無かっただろう。

「なんか馬鹿にされている感じ……」

しかし彼の言う通りと言えばその通りだ。

彼らがこちらに来ているのだからこちらのジェスチャーが気に障ってもぶっちゃけ知ったことではない。

郷に入ればなんとやらだ。まあ近年の地球ではそうでもなかったが、これからはまたこの風潮が流行る事だろう。

 

勤務を続けていると、何やら挙動不審な怪しいヤツが現れた。大柄の軟体人種で、容貌はタコにも似ている。

何か不安があるようですね、とちょっと聞いてみる。

「ぼ、僕は自分に自信が無いんだ、だから地球で受け入れられるか心配で……」

受け入れるかどうかは別として、別に悪いことはしないだろう。単なる観光客相手に。

だがまだ宇宙人慣れをしていない人もいるだろうから、その点だけ注意してもらえれば。

という旨を懇切丁寧に話した。

「そうかな……じゃ、じゃあ、君は受け入れてくれる?」

それはまあもちろん、この一ヶ月で随分と慣れ切ってしまった。

すると、彼(彼女?)は手……触手を差し出して来た。

握手だろうか、とそれを握る。すると彼も握り返して来た。

「また今度、会いに行くよ!」

随分と気をよくしたみたいで書類も忘れて駆け出しそうになる。

「おっとっと、忘れてた!」

 

数日後、勤務も終わり帰路についていた。

先日の人物の事が気になり出していた頃である。

また今度、とは言っていたが……。

「気にしなくていいんじゃないの、あれだよ……口だけ達者な……」

リップサービスとでも言いたいのだろうか。

「そうそれ」

吉田は頻りにスマートフォンを覗いている。

「いや、宇宙のジェスチャーとかさ、メモってんのよ」

意外にも勉強熱心である、チャラい見てくれからは全く想像もつかない。

「失礼な!前から思ってたけど割とそういうところあるよなお前……」

お互い変わり者だろう。

「そう言われちゃそうなんだがこりゃまい……なんだあれ」

何かが前方から接近してくる……あれは数日前の例の人物である!

「やっと見つけたぁーーー!!」

ウネウネと触手が蠢いている、キモイというよりもこれはかなりの恐怖だ!

あわやぶつかる、というところで吉田が前に出てくれた。

「ちょちょちょ、ちょい待ち!なんだよあんた!」

「君こそなんだよ!」

なんでも、私を探していたのだという、なんでだ。

「受け入れてくれるって言ったじゃないか!僕の、その、アレも握ってくれたし!」

「えぇ……」

えぇ……は私が言いたい。アレって嫌な想像しかできないが、どれが手でどれがソレか見分けがつかないのでそりゃ握るわ!

「握手と間違えたんだって」

「違うね、だって受け入れるって」

「受け入れるもなにも、文化も違う人種にそんな事言って通じるわけないだろう」

「でも……」

「それにな、あんたがたハプテュル人文化も俺は調べたんだから、いきなり求婚のジェスチャーをするってのもあんたの方が失礼だと思うぜ」

「……」

吉田が言い包めてくれた、助かった!

彼は諦めたようでトボトボと帰っていった。勘違いさせて悪いことをしただろうか。

「いいや、アイツが悪いな。距離感ってのは徐々に縮めていくもんだろ」

それもそうか。

「お前もだぞ、急にチャラそうだのなんだのって言われて、最初ビックリしたからな。別にいいけど」

ご、ごめん……ん?いや最初は吉田の方から話しかけてこなかっただろうか。

「あれ?そうだっけぇ?」

すっとぼけた事を……それはともかく、吉田がいなければ果たしてどうなっていたか、というのはあまり考えたくない。

こればかりは感謝しなくては。

「素敵な同僚がいて幸せ者だな」

そうなのかもしれな……おや、誰かが前から走ってくる。

「見つけましたわ~~~!!ヨシダ様ぁ~~~~!!」

「えっ!?」

今回の件はどうやらお互い様という事になりそうである。

以来、迂闊に手を差し伸べたり、ジェスチャーに応じたりは控えるようになったとさ。

 



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盆参りインザギャラクシー:狐の里帰り

 

日本には、先祖の霊がお盆の時期に現世へと帰ってくるとされており、そのお参りなんかをする風習がある。

ガウラの文化にも似たようなものがあり、今がちょうどその時期なのだという。

 

 

この宇宙港というのは、多様な文化を持つ様々な人種を内包しているためか祝日休日なんかにかなり寛容で、すぐに特別休暇を出してくれる。

という事はつまり、ガウラ人の祝日にはガウラ人みんなが休んでしまうという事になる。

即ち、宇宙港の大部分の人員が休暇となるため、この時期は宇宙港そのものが閉鎖と予め決まっているのだ。

つまり我々地球人も休みという事である。やったね!

「日本にも、確か『オボン』というのがあったな」

そう、このガウラ人らの休暇はお盆休みなのである。

帝国の暦で4年に一回、先祖たちの霊魂に感謝する風習があるのだという。

当然メロードも里帰りする事になるのだが……。

「しばらく会えなくて寂しいものだな」

太陽系と帝国諸星系を繋ぐワームホールのおかげで数ヶ月の別れ、という事ではないのだが、それでもちょっぴり寂しいのである。

「……もし、君が良ければだが。一緒に来てはくれないだろうか」

そうでなくてはお話にならないというものだ! 私は一瞬で快諾する。

「え、いいの」

そりゃモチのロンで、バッチグーよ。

「よかった、よかった……うん」

そうと決まれば早速冬物を出さなくてはならない。きっとめちゃくちゃ寒いだろうし。

 

慌てて家に戻って準備をし、宇宙港へととんぼ返りだ。

閉鎖されているとはいえ帝国向けの運行だけは止まらない。ただし、貨物船だが。

手荷物検査も終わり、荷物置き場に布を敷いただけの部屋に入れられる。

「思えば、ほんの十数時間で行き来が出来るというのは嬉しい事だ」

貨物室でなければ手放しに喜べたのだが、そうも言ってられないだろう。

周りではガウラ人らが床に寝そべったり雑誌を読んだりゲームをしていたりとのんびりしている、慣れっこなのだろうか。

だだっ広い何もない空間に不用心に雑魚寝している、なんとも面白みのある光景である。密航でもしている気分だ。

その中に、メロードが友人を見つけ、そちらの方へと話をしに行ってしまった。んもう。

しようがないので壁にもたれかかって座り込んでいると、こっちに近づいてくる二人組がいた。

「管理官どの!」「久しぶり」

いつぞやの税関のニッチとサッチであった。

「本官らも里帰りであります」

相変わらずちみっこくて可愛い二人組である。

「しかし、管理官。隅に置けないでありますねぇ!ちょんちょんでありますねぇ!」

きっとメロードの事であろう。まあそう言われればそうである。

「まあ、あの人もなかなかいい尻尾だからね」

「えーっ!?」

ニッチは慌てて尻尾の手入れを始めた。私にはさほど変わらないように見えるのだが……。

「あの人、どこの出身だっけ」

確か、ベークトロハムと言っていた気がする。

「あそこか……あそこはねぇ……」

な、なにかあるのだろうか……?

サッチが口を開けた瞬間、彼女の口にモフりと尻尾が突っ込まれた。

「モガガ!」

「どうでありますか、本官の方が男前でしょう!」

羨ましいようなそうでもないような、というかそんなことされて男前かどうかわかるものなのか……。

案の定、彼女からチョップのお返しを貰っていた。

そして結局、彼女が言おうとしたことがうやむやになった……めっさ気になるなァ。

 

貨物船はワームホールを抜け、帝国の第五惑星ハコダに到着した。

宇宙港に降り立つと……かなり注目の的のようである。

「田舎だし、重要な政府施設もないからな、宇宙人は珍しいんだよ」

さながら宇宙人でも見るような目でこちらを見ている……いや、彼らは宇宙人を見ているのだが。

それでは、入国の時間だ。客として来るのは久しぶりである。

「日本?知らない国だな……どこにある?」

太陽系の……と言ってわかるものでもなさそうだがとりあえず説明した。

「あー、あのカープの!あんた福岡のカープチームにいるヤカモト選手に似てるしな!ファンなんだよ!」

全然似てないと思うのだが……カープ、というのは野球の宇宙での呼び名である。なぜこの呼び名なのかは詳しく知らないが……。

というか、手渡した書類に全然目を通していない、この国境は割と杜撰なようである。

「げっ、同業者かよ……。でもここまで来るって事は別に変なやつじゃないだろう?いやここに観光しに来たのなら十分変人だが」

そう言われればそうなのであるが、これは一本取られた……わけがない。真面目にやって欲しいものである……。

「だってみんな祝日なのに仕事だぜ俺!?」

それは気の毒には思うが……。

「まあうちの民族にはこの風習無いんだけどな。古ガウラ民族とカルダラ民族と、あとは……忘れた」

じゃあ真面目にやれよ!

「まあそう言いなさんな。ようこそガウラ帝国へ。皇帝陛下万歳、天皇陛下万歳!」

かくして、まんまと入国を果たした私たちは……更に鉄道に乗り継ぐこととなる。いい加減疲れたが、もう少しの辛抱だ。

 



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盆参りインザギャラクシー:ガウラ鉄道の夜

 

この惑星ハコダには宇宙港が一つしかない。

田舎だからというのと予算不足が主な理由である。

同じ理由で飛行場もなく、主な交通網は帝国においては安上がりな鉄道である。飛行機の方が安そうなものだが……。

 

 

宇宙港を出た時、日がもう落ちかけていた。

「この宇宙港は直接駅に繋がっているから外に出る事はない」

とメロードが言う。ちょっと外に出てみたい気もするのだが。

「一応、出られないことはないが……暑いだけだぞ」

窓から外を見ると、一面平野で軌条の他には人も建物も何も無い。

なるほど、冷房がやたらとついているわけである。

つまりは空調の維持費に食われて予算が限られているのだという。きっとガウラ人が暮らすには暑すぎた星なのだろう。

じゃあどこに住むところがあるのか?

「この星の住人の大部分は山や高地の上に住んでいる」

標高が高ければ気温も低いというわけだ。

確かに遠くに険しい山が見えて、レールはそちらへと向かっているようだ。

この平野で農業でもやれば、きっと莫大な収穫量を得る事が出来るはずなのだが。

「帝国産の作物はこの気候では育たないし、第一間に合ってるからな」

まあ足りているのなら作る必要もない。

いずれ必要になればこの地も開拓されることだろう。

 

券売所で切符を購入する。

「日本人ですか!初めて見ましたよホントにハゲてるんですね!」

そりゃあまあ君たちよりはハゲてるけど。

ジロリとメロードが睨みを利かす。

「あ!いや失敬、悪気があったわけでは……しかし、寒くないのですか」

もちろん寒い。今すぐ冷房止めて欲しいぐらい。興味本位で持ってきた温度計が-10度を指している。冷凍庫か!

「ははぁ~意外ですなぁ~……失礼、切符でしたね。良い旅を!」

料金を34ピトー(帝国の通貨、34ピトーは日本円で2500円程度)払い、2名……ナントカ列車、と書かれた切符を受け取った。文字はまだ簡単なものしか読めない。

「いずれ読めるようになるよ。覚えれば立派な帝国臣民だ」

駅のホームに行くと、もう列車は到着していた。

乗客たちが次々と乗り込んでいく、それなりに盛況のようである。

「ここからまあ一日ぐらいかかるな」

なんと、宇宙船よりも長いではないか!

そういうわけなので一部の車両を除いた全てが寝台車両となっている。

乗ったことがないので楽しみだ!とウキウキで乗り込もうと歩く。

次の瞬間、メロードにガシッと抱えあげられた。

「ふぅー……隙間が広いから気を付けて」

下に目をやると、どうやら足を踏み外すところであったようだ。間一髪だ!

ちょっと浮かれすぎちゃったかしら。

 

中はどうやら個室式である。入る際に、乗務員に切符を手渡す。

「2名様ですね、135号室でございます」

というと、この乗った地点からは随分歩くこととなる。

「あれが例の日本人だ」「ホントにハゲてる!」「ああいう色の毛皮なんじゃないの」「尻尾がないし、鼻もないみたいだ」

列車の中でも注目の的であった。

「この星に宇宙人が来るのは殆ど無いからね……はぁ、きっとみんな映画や写真でしか見たことがないんだよ」

メロードがため息交じりにぼやく。

「日本国天皇と言えば、我が皇帝一族よりも古いというではないか、見ろ!神々しい威光が後ろに見える!」「あらホント」

そんなの出てるの!?

「出てると言えば出てる」マジで!?

囃し立てる野次馬の中から小さな子供がトテテと走って来た。かわいい。

「これ、使ってください!」

何かの薬品のようだ、何々……うーん、何か毛に関係する薬のようだが……。

「い、育毛剤だよこれは……」

きっと心配になって持って来てくれたのだろう、気持ちだけはありがたいが……。

しかしこれは本人の物ではないだろう。

「うん、お父さんの。使って!」

うぐっ、キラキラした目でこちらを……!

しかし可哀想なのはこの子のお父さんである。先程からスカーフを頭に被ったガウラ人が焦ったような表情でこちらを見ているのだ。

我々地球人は頭と……一部の部分にしか毛が生えないという事を説明すると、更に目を輝かせた。

「すっごーい!なんで!?」

なんでって言われても……。

メロードがこの子のお父さんを連れてきてくれた事でなんとか先に進むことが出来た。

お父さんは終始申し訳なさそうな顔をしていた……こちらこそ、なんだかすみません……。

 

そんなこんなでようやく個室に到着する。窓の外はすっかり暗くなっていた。

「あら、ご一緒させていただきますわ」

と美しいご婦人と子供たちの先客がいた。

3人の子供たちは目を丸くしてこちらを見ている。

「ご挨拶は?」

ススス、と婦人の後ろに隠れてしまった。かわいいぜ……。

私が宇宙人なものだから人見知りをしているのだろう。

「この人は、日本人でして、それで」

「承知しておりますわ、私の夫も地球に赴任してますの。パレスチナに出征しておりまして」

「ああ、例の」

だとすると顔を見た事があるかもしれない。

「軍人だから、今度のお休みも戻ってこれないみたいで……」

寂しそうに呟く。思えば中東と帝国は戦争中であった。

こういう話題はメロードが得意なようで、それから二人で話し込んでいた。んもう。

しようがないので荷物を置き、備え付けのベッドに横になると、シュタタと3人の子供がこちらに寄って来た。かわいい。

皆、中東の服装であるカンドゥーラ(男性が着てる白いアレ)と甚兵衛羽織を混ぜたような服装をしていてそれぞれ模様も違う。かわいい。

ベッドの横からジーっと見ている……。一人が口を開いた。

「鼻が……ある!」

そりゃあるよ!

「耳は?」「耳はない……」

耳もあるよ!髪の毛をかきあげて見せた。

「それ耳?」「かっこいい……」

そうかなぁ。まあ彼らのセンスとは違って当然だ。

身体を起こして、腕まくりをしてみせる。

「そこも生えてないんだ」「凄い!」「寒くない!?」「それに爪が丸い!」

……ん?なんか一人増えている気がする。

「あら、知らない子が混じってますねぇ……」

ご婦人も気が付いた。やっぱり知らない子だったか!

「まあよくある事ですな」

「ですねぇ……」

よくある事なのか……。なんというか、帝国の子供は割と大雑把な育て方をされているようだ。

私への興味が失せたのか、5人でキャイキャイと部屋の中で遊び始めた……5人?また一人増えてるよ。

まあよくある事ならいいか……と私は再び横になり、目を閉じる。

碌な座席もない貨物船に数時間揺られていたせいですっかり疲れ果てていたようだ。

子供たち6人が……6人!まあいいか。暴れ回っている中でもストンと眠りに落ちた。

 



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盆参りインザギャラクシー:ようこそ帝国へ

 

目が覚めると、モフモフに包まれていた。

子供たちが寒そうだからと一緒に寝てくれたのだという。

しかし、あまりにも醜態を晒したのでこちらについて語るのはよそう。

 

 

翌朝、朝食の時間だというので各部屋に食事が運ばれてきた。

乗務員がガシャガシャと音を立てながらワゴンを押して入ってくる。

シェフらしき、清潔な服装をしたガウラ人も後ろについてきているようだ。

「日本から遥々来られたということで、お口に合うかどうか」

日本人が来たらしいという噂は厨房にまで広がっていたようである。

食事は、肉!穀物!といったふうで、匂いはやはり香ばしい。

フォークのようなものでかぶりつく……ジューシィだがやはり日本人の舌には塩気が足りなく感じる。

そこで、私は例のモノをかけてもいいか、とシェフに聞いた。

「それはもちろん、あ、でもそれ味見させてもらってもいいです?」

それじゃ遠慮なく、と醤油を垂らし、再び口に運ぶと、うーむ、程よい。

趣向というよりは生理的な違いなのでこうする他ない。

日本人の口に合うように作ると、彼らにとっては味見も出来ないぐらい塩辛くなるだろう。

醤油瓶を渡すと、シェフは「これが例の」とすぐさま掌に落とし、一口舐める。

「しょっぱい!舌がビリビリする!」

グエー!と口を半開きにして舌を出した。

「……これ、頂いても?」

そこは抜かりなくお土産用に(まあこれが好きなガウラ人もいるかどうか……)いくつか持って来ているので、未開封の分を渡した。

「どうもありがとう!研究すれば使えるかもしれません」

そう言って、シェフは醤油を大事そうに抱えて出て行った。

 

さて、ようやくメロードの故郷、ベークトロハムに到着した。

人口3万弱の小さな、長閑な町……であるのだが、そこの警察組織から取り調べを受けている。

「宇宙人は取り調べを受けてもらう!」

なんとも、随分と高圧的で排他的な雰囲気であるようだが……。

「いや、前はこんな事なかったのだが……」

「去年条例で決まったのだ!」

ロクでもない条例が決まったものである。

なんでも一昨年(帝国歴での)の始め辺りに帝国の同盟国たるピール首長国での宇宙人犯罪の影響を受けて制定されたらしい。

「まあ正直アホらしいとは思うのだが、だが、だが!決まっているからには受けてもらう!」

マニュアルを!と部下らしき人物からやや埃の被ったファイルを受け取る。

「幾ら衛兵とはいえ、手荒な真似はやめてくれよ。私に皇帝を裏切らせるな」

メロードがかなり語気を強めて威嚇する。

「危害を加える事は書かれていない!単なる取り調べだからな!」

気にもしてないようで、ファイルから目を離さず答えた。

「危険物探知に、思想検査……まあガウラ人も一緒なら、ちょっと頭の中見せてもらうだけだな!検査官!」

もう一人いた部下が前に出て、私の頭に手を当てる。

「ちょいと失礼」

私の方は何も感じなかったが、彼の表情は険しくなった。

「耳をしゃぶるのは犯罪です?隊長」

「何!?耳を!?汚いだろ!何の話だ!?」

「素朴な疑問なんです」

おっと、どうやら今朝の出来事を……。メロードが呆れたような表情をしているのが横目に見えた。

「…………個人的な見解としてだが!しゃぶられた側が嫌がってなかったり!嫌がってたとしても許したのなら!犯罪ではない!」

「じゃ、シロです」「よし!釈放!」

よかったよかった。が、衛兵たちとメロードのこちらを見る目が痛い。

しょうがないじゃん!目の前にモフ耳が来たら、吸引するしかないじゃない!

「私のならいくらでも吸わせるから。そういうとこから直していこう」

すみません……。

 

衛兵の詰所から出てバス(どうみても兵員輸送車だが)に乗り、彼の実家へと向かう。

ふと窓ガラスを見ると、自分の顔が映って見えた。どうやらむくんでいるようにも見える。

標高が結構高いため、高山病にでもなったのだろうか。そういえば起きて数時間も経ってないが眠気もしてきた。

「いや、実は私もそうなんだ。地表暮らしが長かったからかな。家についたらアセタゾラミドを貰ってこよう」

ガウラ人といえども元々高所に住む種族ではないのでこれらの症状には万全を期しているのだという。

さて、最寄りのバス停に降り、しばらく歩いてようやく家の近くまで到達した……のだが、例のあの人物が仁王立ちしていた!

「あ、兄さん」「お前は……」

 



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盆参りインザギャラクシー:ご家族勢揃い

私たち二人を待っていたのは、メロードの兄であった。

「……メ」「ああ!!あれが噂の!!」

と、兄を遮って叫んだのは一体何者。

 

 

「メロードさんも久しぶり!」

「義姉さん」なんと、メロードの義理の姉であるという。

と、いうことは……彼女は兄の妻という事になるのだろうか。

「そういうこと!あ、うちのは知ってる?会ったことあるみたいだけど」

まああまり親しいとは言えないが……。

「地球に行ったみたいだけど。あたしに黙って。それも二度も」

「……」「黙って来てたのか!?」

なんというか、尻に敷かれている様子である。

それはともかく、とメロードが高山病の事について伝える。

「またかい。もう薬無いからあたしが買いに行くよ。でも、その子貸してくれない?」

と私を指さす。えっ、私ぃ?

 

「管理AI、運転前チェックリストを」

彼女は装甲車のような車(これでも自家用車なのだという)に乗り込むなりこう言い放った。

すると自動でエンジンがかかり、車そのものが話しかけてきた。

『わかりました』

なんと、危険予知AIがついているのだという。ハイテクだ!

「なんてったってうちのは最新式だからね!役場やどこぞの企業の公用車とは違うのさ」

こちらの国でも組織というのはケチケチしているらしい。

「制動装置」『チェック』「懸架装置」『チェック』

と五分ぐらいかけてチェックリストを読み上げていく。まるで飛行機だ、アンチアイスもオフにしよう。

ハンドルもさながら飛行機のようで、大量の計器とボタンとスイッチが配置されていて、運転席というよりはコックピットだ。(本当にこれは自家用車なのだろうか?)

「さて、出発!」

エンジンが凄まじい轟音を立てて唸る。

「し――――――よ――」

何か話しかけてきているようだが聞こえない!

どうも窓がどこか開いているらしい、彼女があたふたした様子でボタンを押すと、騒音はシャットアウトされた。

「これだったこれだった。あ、車内食よかったら食べる?」

後ろの棚から何やら赤いビスケットらしきものを取り出し、一つ口に入れると、もう一つをこちらに差し出した。

濃縮された肉々しい匂いがする、噛んでみるとビスケットなのだが、味が肉だ!この人ら肉好きよね。

「聞きたいこと沢山あるけどさ、まずは薬を飲んでからだね」

彼女はビスケットを口に放ると運転に意識を向けた。

その間、私は窓の外の景色を眺めていた。

狭苦しく道沿いに並ぶ住宅や店の上や間からは遠くの山の青が見え、時々広大な田畑や池なんかが顔を見せる。

建築様式こそ違えど、さながら日本の地方道を通っているかのようで、他の星にいるとは思えないような光景であった。

 

薬も飲み、高所に慣れたのか次第に気分も良くなって来た。

家に戻ると、リビングに一家が勢揃いしていた。

「紹介しようか、この人は……」「さっきから散々聞かされているよ!」

どうやらメロードが私について随分と喋っていたらしい。

という事で私は軽い挨拶だけで済ませた。

「じゃあ私の家族を紹介しよう。一緒に薬を買いに行ったのはマルシダ」

「よろしく!」

毛皮の色は前身真っ黒だが、性格は真逆の明るさのようだ。

「で、その夫で私の兄のハディード」

「……」

嫁の尻に敷かれているのがバレてばつの悪そうな顔をしている。みてくれは細い目つき以外はメロードとそっくりだ。

「私の双子の妹、エマウルド」

「あたしと取り違えたのよ名前!本名はエマードなの!」

確かに、そんな事を言っていたような気がする。見た目はやはりメロードに似ていて……と一つ一つ取り上げるとキリがないので以降は省略する。

「私の一つ下の弟のバザード」

「どうも」

「そして、父のアラディードと母のトリミン」

「息子が世話になっているというではないか!なあ母さん!」「そうですねぇ、嬉しい事ですねぇ!」

仲睦まじい様子である……のだが、まだ四人ほど小さいのが残っている。

「あとは、知らない、新しい兄弟かも……」

どうやら地球に来ている間に家族が増えたようである。仲睦まじ過ぎる。

「一人はうちの息子だよ!」とマルシダさんが言う……それでも三人は新しい兄弟のようだ。

「ま、まあ!いいじゃないか!家族は多い方がいいし!」「そうですよそうですよ!」

照れた様子で釈明をする父母。羨ましいほど仲が良さそうだ。

「あそうだ!おもてなししなくては母さん!」「そうですよ!」

「俺が行ってくるよ」

スクッとバザードさんが立ち上がり、恐らく台所へと向かう。

「おお、ありがとう、気を付けてな!」「んー」

台所で気を付ける事があるのだろうか……。

「いや、客人が来ると知って慌てて獲って来たから、随分と活きがいいんだよ」

へぇ~。と思った次の瞬間、バザードさんが向かった方から獣の断末魔の叫びのような声が。

子供たち4人もビクッと驚いた。私もビビった。

「そりゃ驚くよな」とメロード。これが普通なのだろうか。

「いや、普通ではないかな。よくある事でもない」

ま、まあ、日本の田舎でも鶏を絞めたりするし!?

叫び声からしばらく、バザードさんが血塗れで戻って来た。

「ちょっとこぼしちゃったけど」

一つのコップに赤い液体が注がれてきた。トマトジュースかなぁ?

「ささ、遠慮なく」と私に差し出される。

ぐっ、飲めという空気だ……。明らかになんか血の匂いがするというか間違いなく動物の血だろう。

しかしながら血を飲むというのは別にそこまで変な食文化でもなく、地球にも血をゼリーにしたり腸詰にしたりスープにしたりと割と普遍的なものである。

だとしても、そのまま飲むって事は少ないだろうが……。

だが出されたものはいただくのが日本人の掟である(要出典)。

いただきます、とコップを手に取り口へと運ぶ。

口の中に生暖かい血の味が広がり、マジで吐きそうになったがグッと堪えて一気に飲み干した。

そうして周りに目をやると、唖然とした顔をしている。

「飲んじゃったの!?」えっ!?飲むんじゃなかったの!?

「か、変わった人だね、メロード兄さん……」「ありゃまビックリ……」

弟さんと妹さんの反応を見るに、大変な粗相をしてしまったようである。先に言ってよ!

「今説明しようとしたのに……」

どうも、清めの塩みたいなものらしく、手の甲にちょびっとつけるだけでいいそうだ。

お客さんが来た際にしてもらう事らしい。先に!言ってよ!

「……おもしれーヤツだ」ハディードさんがニヤリと笑っている。笑うな!

「まぁ、そういう事もあるさ、なあ母さん!」「そうですねぇ……?」

しかしながら、何やら雰囲気が変わって打ち解けた感じになったので、怪我の功名とでも言うべきだろうか。

ある意味、大怪我であったが……。

 



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盆参りインザギャラクシー:狐の盆参り

 

前回。清めの血を飲んじゃった。

 

 

「まあ、そういう事もあるだろうな!」

滅多にあるものではない!

我ながら結構緊張していたのだろう、随分な早とちりをしてしまったものだ……。

うえー、まだ血の味がする。

「また注いでこようか」「まあよかろう、身体の中から清められただろうし」

いいのだろうか……。

「じゃあ口直しに飲み物を注いでこよう」

バザードさんがまた台所の方へと行ってくれた。

「揃ったところで飯にするか」

お父さんの一声で男連中がゾロゾロと台所へと向かう。

意外と言えば意外、地球的には『古い』価値観(そも文化価値観に古いも新しいも無いのだが)を持っているかのように見えたが、家庭の料理は男性がやるのだろうか。

「……そんな事気にした事も無かったなぁ。その日の気分だし」

とマルシダさん。まあ家庭によるよね!

「やる気がある人が行く感じ?」

では誰もやる気が無かった場合はどうするのだろうか。

「その時は外食かなぁ」

かなりフワッとした感じのようだ。

エマウルドさんと母のトリミンさんは子供たちの相手をし始めた。

「おまたせ、追い出されちゃった」

バザードさんがコップを手に戻って来た。

今度は緑色の液体が入っているので、ちゃんとした飲み物だろう。

「今度は飲んでもいいよ。味わって飲んでね」

では頂こう。口に含むと……あー……これは……。

なんだろうか、エナジードリンクから甘みを抜いたような、飲めない事も無いけど、まずい栄養剤とも言うべき味だろうか……。

「植物を抽出した飲み物だよ」

言うなれば帝国のお茶という事だろう。

「日本にはこういうのある?」

ありまくる。甘いのから苦いのまで様々だ。

「へぇー!」「そんなに多くて、迷うんじゃないかな」

迷うって事はないけど。

「あそうだ、どう、この星は」「どうと言われても困るかもしれないけど」

冷涼だけど長閑で住みやすそうな感じはするけど。

「そうかなぁ、もっと田舎がいいよね」「いや、僕は都会がいい」

そういうふうに矢継ぎ早に質問を投げかけてこられると、なんだか緊張してきちゃった。

「え!?額から体液が!」「だ、大丈夫!?」

いやこれは汗で……そういえば彼らは汗はかかないのであったか。

こういう時、久々にコミュ障を発揮してしまうのである、仕事中は平気なのだが……。

「ごめんね、色々聞いちゃって」「聞くならラジオでも聞こう」

バザードさんが棚の上に置いてあるラジオのスイッチを入れた。

『…して、我が帝国陸軍の降下作戦に成功、首都アギマに偉大なる皇帝の旗印が翻る。すなわち敵が精鋭を誇る、戦車・機械化兵団の頑強なる抵抗を排撃しつつ…』

なんだか物騒なニュースである。

「ああ、そう言えばそうだったね」「アギマ陥落か、そろそろ終わるかも」

この感じだと、戦争はかなり日常的な事らしい。

今や帝国軍は使い走りの如く治安維持に駆け回っていて、不足しそうな兵員を従属国たちから集めようという噂もあるとか。

「もしそうなったら大変だね、地球人も」「僕も予備役将校だからなぁ」

戦争が身近にあるというのは、どういったものなのかは想像するしかできないが、我が身にはなって欲しくないものである。

とそうこう話しているうちに、料理が出来上がったらしく男性陣(バザードさんも男性だが)が戻って来た。

「出来たよ~。我が故郷の味だ」

蕎麦粉のパンかナンのようなものが盛られたバスケットに、それにつけて食べるであろうソース、サワークリームみたいなものか。

曰く、穀物とか豆とかのペーストでバターもたっぷり、見た目の割にかなり重たいようである。

それと鍋には肉と野菜がたっぷり入ったスープ、ポトフのような見た目と香りだ。

「お父さんたちが作るといつもこれだもん」とエマウルドさんがぼやいた。

どれもこれも美味しそうだが、一口食べるとやっぱり塩味が薄かった。

ので一言告げて醤油をかけさせてもらうと、うーん、やっぱりこれだわね。

「ほ、ホントにかけるんだそれ!」「やっぱり日本人はそれ持ち歩いてるんだね~」

最初は好印象だが、一口舐めると。

「げげ、塩辛い!」「こんなものよく食べられるね……」

とまあ、これである。こればっかりはもうしょうがないのである。

 

「今日は泊っていくんだろメロード」「泊って行きなさい、ご友人もどうぞ」

食事中にこういう話が出た。

「一日だけね」

一応そのつもりで来たのだが、迷惑ではないだろうか。

「別に問題ないよ、家は馬鹿みたいに広いんだから。なあ母さん」

「お爺ちゃんの代は開拓したところ全部もらえたみたいですからねぇ」

墾田永年私財法じゃん!入植者だったのだろう、確かにそれぐらい役得が無いと開拓なんてやってられない。

先祖は子沢山(今でも十分多くない?)だったようで、家は広めに作ってあってさながら小さな旅館のようだ。

「まあこの辺の家はだいたいそんなもんだがなぁ」

入植者らの集落であるので、一軒一軒の敷地が大きく、庭も畑もデカい。

のだが、どの家も大きな道路沿いかその近くに密集しているので狭苦しく感じるのがこの町の特徴だ。

ともかく泊めてもらえるようでよかったよかった。

 

食後、礼拝に立ち会わせてもらえることとなった。

「ここが我々の一族の墓標だよ」

綺麗に整えられた庭に、石で出来た祠のようなものがある。

するとみんな、おもむろに服を脱ぎ始めた、上半身だけ。な、なんでだ。

「祖先と代々の皇帝の前に心臓を露わにするためだ。君はしなくてもいいが……」

よかった、恥ずかしいというよりは凍え死ぬので……。

そうしてみんなが祠の前に跪くと、お父さんが小さな紙を開いて、祈りの言葉を読み上げ始めた。

「偉大にして崇高なる我が祖先よ、田畑に実りをお与えください、盃に溢れる酒をお注ぎください、我が武勇をお見届けください、我が敵に罰をお与えください、災厄の日までの備えをお預かりください」

般若心経か祝詞か、はたまたキリスト教徒の主への祈りかイスラムの礼拝かのように読み上げると、他の全員がそれを復唱する。

すると皆が財布から小銭やら紙幣やらを取り出して祠の中に入れた。

私も入れようかなと財布を取り出したが、メロードに制止される。

代わりに彼がスッと私の財布から千円札を取り出し、祠に供えた。

まあ私は心臓を晒していないから、という事だろうか。

「我が祖先よ、我らを正しき道にお導きください」

最後は復唱せずに終わった。

こういう宗教の儀礼を眺めていると、何とも言えない不思議な気持ちになる。

「異国のお金が増えたね」

入れてもらっちゃったけど、大丈夫なのだろうか。

「まあこれは、何かあった時に使うお金だから、使えれば何でもいいのよ」とお母さまが言うので大丈夫だろう。

「それじゃ戻りますか!」エマウルドさんが言うと、みんな服を整え始める。

関係ないっスけどエマウルドさんおっぱいおっきいっスね~~!……もちろん声には出していない。

「ん?どうしたの?やっぱり日本人とは違う?見せてあげようか!」

視線を感じ取られたようで胸を張って見せつけてきた。ぐぬぬ……。

「じゃあ僕も」とバザードさんも見せつけてくる。無邪気なセクハラはやめろォ!

ペシッとメロードがバザードさんの鼻を小突いた。

 

居間に戻ると、メロードがキリと畏まった様子でいる。

「重大な報せがあるんだが、聞いてくれるか」

「知ってますよ、そのご友人の事でしょう」

でもお母さまに即出鼻くじかれた。

「ちょ、ちょっと……」「あら……ごめんなさいね」

ハハハとみんな笑った。全員知ってたようである。

まあ以前の兄の事もあるから、知っていてもおかしくはない。

「いいと思うよ、変人だけど」「変わった人だけど、お母さんはいいと思うわ」

「……変人だが、悪いヤツじゃないのはわかった。だが俺は認めん」「ああ!?」「認める」

「いい子じゃない、ちょっと変だけど」「まああれを差し出されて飲むって事はだな。変人だが」

変人変人ってひどいなもう!しかもなんか脅されてる人いるし!

「みんな、ありがとう……」感極まってるんじゃないよ!変人に突っ込んでよ!

……まあ余程の変わり者でなければこんなところにはいないだろう。

とはいえ割と重大な出来事のはずがしんみりのしの字も無く消化してしまって、いいのかしら。

「だがメロード、人は自由には生きられないぞ」

父の顔が険しくなる。

「何年かに一回は帰ってきなさい。これは絶対だ!」

あれ、思ったほど不自由でもなさそうだぞ。

「あと子供も見せてね、出来たらでいいけど……」

「うちの子にも会いに来てよね」

「あ、帰ってくるときはお土産も頼むよ」

割と普通である。問題があるとすれば文化や宗教の面であるが……。

「そんな事を気にするガウラ人はいない……同性愛は別だがな」

それなら一先ずは問題ないだろう……多分。

「……どこに出しても恥ずかしくないよう育てましたが、どうか息子をよろしくお願いいたします」

とお父さんが深々と頭を下げる。やや、こちらこそ、と私も頭を下げた。

その夜は、お酒を飲みつつメロードの話をうんと聞かされた。私の方も、地球での彼について話した。

それと、この国のお酒は味もさることながらアルコール度数も薄いので私はかなりの大酒飲みだと認識されただろう……。

果実酒は甘くて美味しかったが、後日調べた結果、アルコール度数は1%強程度であった。

 

そうして帰路。メロードが呟く。

「もしダメだったら、私は君にここで暮らしてもらうか、さもなくば……と思っていた」

さもなくばなんなのかが気になるが、別に私はここで暮らしても、とは気軽には言えない。

そして、彼を遥か宇宙の彼方に住まわせるのは若干気の毒に思う。

「私は別に、地球に行かなきゃそもそも出会わなかったのだから」

案外気に入ってるしね、とも付け加えた。

そう思ってもらえるのであれば、こちらも安心というものである。

親族もいい人たちばかりで、すんなりと受け入れてくれた(のか、本心はわからないが)。

果たしてこんなに幸せでいいのだろうか。

「もちろん、いいとも」ホントにぃ?「ホントに」

 



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読み物:混迷する地球

昨今の世界情勢。

 

 

・帝国による『平定』が行われた地域の情勢について

 

パレスチナ・イスラエル平定後、帝国軍は多数の増援を配備、ヨルダン、シリア、レバノン、イラクに侵攻し、これらを占領。

周辺国は非難声明を出したが、他の地域の国でこれに異を唱えられる国はアメリカの他には無かった。

帝国はオスマン帝国復興の為の橋頭堡の建設を宣言し、これらの地域の統括的な支援を行うのだという。

トルコ共和国政府はこの宣言について寝耳に水のようで、困惑している様子だ。

まず手始めに暗黒物質発電所の建設と、教育機関の設立を3ヶ月以内を目途に完了させる事を発表した。

宗教に関して特に制限はないが、諍いの監視の為に帝国の憲兵らが国中で目を光らせている。

出入国についても同様に制限は無い……『帝国領メソポタミア』を各国が承認すればの話であるが。

帝国はこれらの急激な教化政策をかつてのオスマン帝国の近代化政策に倣い『ニザーム・ジェディード(新たなる秩序)』と名付け顰蹙を買っている。

 

 

・ハンガリー王国の復活

 

元々ハンガリー国民については、オーストリア=ハンガリー帝国の片翼を担う自負があった[要出典]。

しかしながら、第一次世界大戦の敗北により二重帝国は解体され、以降現代までこの国が王を頂く事はなかった。

帝国との邂逅後もしばらくは王党派政党は存在しなかったが帝国のオスマン帝国復興宣言により事態は急変した。

ハンガリーはかつてオスマン帝国の支配下にあったこともあり、この新オスマン帝国に編入される可能性が示唆され始める。

政権与党は事態を鑑み、帝国への急速な接近を図るべく、ハプスブルク家との交渉を開始。

粘り強い交渉とこの動きを察知したガウラ帝国の後押しもあり、かくしてハンガリー王国は現代に復活し、ハプスブルク家は再び玉座に舞い戻った。

これらのオスマン・ハンガリー政策はバルカン半島処理の事前準備であると推測される。

 

 

・アフリカ征伐

 

発表によれば、帝国軍はアフリカの治安維持にも意欲を見せている。

地球上のあらゆる場所から利益を得る為である。

争わせて武器や物資を流す方が儲かりそうなものだが、帝国は輸出できるような小火器を持たない為であろう。

しかしながら、どうも帝国は発展させれば自然と朝貢や関税によって儲かると考えがちのようだ、果たしてどうなるだろうか。

 

 

・総督府内の政治的対立

 

帝国とて一枚岩ではない。

地球の利益を分けてもらう、という点においては一致しているが、天皇家の存在は想定外であったようで、彼らの意見も分かれている。

大きく三つに分けられ、そして日本の命運は彼らの一存次第でもある。

まず前提として、天皇家の歴史はガウラ皇族よりも長く、威光についても上回るものである、という事実(?)が存在する。

また、日本国民の評価についても、

「都に住めば愚昧、鄙に住めば寡聞、不寛容にして傲慢、物事の道理を知らずよく法規を犯す。彼らには天皇家は過ぎたる王冠である」

と散々なものだ(要するに他の地球人種とほぼ同じ評価である)。

一方で以下のような評価もある。

「地球国家全体に言える事でもあるが、一握りの秀でた者により文明が成り立つ。この者らの出現は出自、性別、学歴、障害の有無に因らない」

「彼らの根性主義は大抵の場合は害悪でしかないが、困難を前にすれば粘り強さを以てして対処する、方法が正しかったことは殆ど無いが」

「追い詰められた際にこそ落ち着き払い、事に当たることが出来る」

「好きな事をやらせると、欠点はまるで蜃気楼のように消え去る。これは即ち政治と制度に欠陥があるという事だ」

と概ね『やれば出来る子』というようなものだ。

派閥の一つ目は、最小の派閥である『譲位論』。即ち、日本国天皇(及び中華皇帝、らしい)の位をガウラ皇帝に譲らせるべきというものだ。

発見初期に主張された。統治の正統性を失うと棄却されたが、未だに派閥としては存在する。

もう一つは『大政委任論』。旧幕府の如く、天皇が上に立ち、ガウラ皇帝に統治を委任する(つまりはショーグネイト)という形を取るべきという主張である。

皇帝の崇拝者たちから(即ち平民出身者の大部分)は強烈に反対されているが、貴族らからは一定の支持を得ている。

従来の権威をそのままに、統治権のみを委譲する、正統性も申し分ないというわけだ。

当然ながら、皇帝が征夷大将軍と格下げになるとの批判が出ている。

そして、現状最大の派閥は『啓蒙自立論』である。

前述のように、帝国により導くことにより、威光ある同盟国として手元に置いておくべきという主張だ。

現時点では、従来の構造を破壊せず威光も享受できるこれが主流である。

しかしながら、大政委任論と啓蒙自立論の対立は日々激化を続けており、総督府の雰囲気がどんどん悪くなっていきそうだ。

 

 

・同盟国

 

最近になってようやく銀河同盟諸国らにもこの星の存在が認知され始めたらしく、それらの国々からの入国者数は日に日に増加している。

とはいえ、政治的な干渉については(例の国宝の事件を除けば)殆ど無く、ガウラ帝国の利権と認識されているようである。

商人にはそのようなものはお構いなしのようで、地球人向け、あるいは在地球の宇宙人や同胞向けに商売を始める者も多く現れ始めた。

 

 

・とはいえ……

 

しかしながら、同盟国ではない――例えば銀河同盟と敵対しているような――第三国の者はどうだろうか。

もう既に合衆国や中国共産党、クレムリン、ドイツやフランスにも接触している者たちはいると言ってもいいだろう。

地球三国はこれらの地球国家と政治的に対立していくことだろう、帝国が彼らに興味を持たず、傀儡国に編入しようと考えているからだ。

世界秩序はどうなるだろうか。日米安保体制は。EUとの関係は。周辺国との領土問題は。

既存の秩序の破壊による国内の反発があるかもしれない。煽動や集団ヒステリーによる暴動やテロが起こるかもしれない。

三国とその他の国との埋められない溝が出来上がるかもしれない。大規模な軍事衝突が地球上で起こるかもしれない。

帝国との遭遇以来、常に不穏の影が迫っている。

 



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臣民病

※全年齢版


 

なんだか最近メロードの様子が変と言えば変だ。

息を荒くしていて、苦悶の表情を浮かべている。

 

 

休憩時間、彼の様子があまりにも目に余ったので仮眠室に引き摺り込んだ。

「ハァ……ハァ……どうにもおかしい……」

なんかこう……発情期みたいな感じだ、スケベな薄い本みたいに。

「そんなものは、無いはずなんだけど」

それとも狐じゃなくて狼だったのだろうか……うーん、さもなくばなんらかの病気か。

彼は前屈みの姿勢になっている。元々やや前傾姿勢気味なのでそこまで違和感もないが。

「動悸が激しくて、なんだか頭と腹の下辺りがポカポカして……」

言われたところに目をやると、なんと、フフ、勃起、しているようである!

「うぅ、あまり見ないでくれ……」

ホホーウ!なんて言ってる場合でもない、大病であれば問題だ。

とっとと医者に連れて行くのが良いのだろうが。

「いや、いい、医者になんて……」

そう言って彼は拒絶する。どうしようもない時は医者に行くよう強く言って、その場は解散した。

 

数日経っても治っているような様子でも医者に行ったふうでもなく、私の方は段々と腹が立ってきたし、これでは日常生活に支障が出るのではないだろうか。

そもそも以前はこんな性格では無かったし、模範的ガウラ人らしくない振る舞いだ。

「それは愛だよ!」

佐藤に相談してみるが、このような反応である。

「でも最近散髪、散毛?まあトリミングに来たけど、別に変な素振りはなかったけどな」

そうなのである。他者といる時は普段通りでも、どうも私といる時に豹変するのだ。

「あなたがエロ過ぎるだけなのでは?」

それはあるかもしれない。

「……」

ないかもしれない……。

「まあでも、困るって事はないんだよね」

困るというほどでもないが、彼があまりにも辛そうなので……。

「そう……惚気かよくそっ!」

そうではなくって。

「へいへい。はぁ、吉田くんったら、全然前に進んでくれないんだから。こないだも猫カフェでねぇ…」

 

やはりガウラ人の事はガウラ人に聞くのが良いだろう。

という事でラスちゃんに聞いてみた。

「そ、そんなん、知らんですけど!」

恥ずかしがりながらも答えてくれるようである。

「えーっと……ほら、旅先で開放的になるって、あれですやんか」

そんな状態ではない気もするのだが……。

「ま、まあ、その、ウチにも心当たりがあるから……」

マジで!ちょっと聞かせてごらんなさい!?

「ややや!なんでもないです!」

ホンマにぃ?

「話が脱線してますよ!……えーっとですねぇ、まあその、ガウラ人らしくはないですね」

そう、そうなのだ。というか彼らしくもない。

「なんて言っても、我らガウラ人は天の川銀河で最も清廉潔白でそういうふしだらな事とは無縁ですからね」

彼女が挙動不審になりながら言った事はデータ上は正しい……が、個人的にはかなりの不正確であると考えている。

性行為の頻度に対しての出生率があまりにも多すぎる、例え一度の出産に複数人産んでいたとしてもだ。

しかしながら、この言説はガウラ人の口から頻りに語られるのである。

というのも、これは歴史の話になるのだが、帝国に昔存在した言わばLGBT団体が組織的に行っていた犯罪の中に集団強姦があり、その影響である。

帝国臣民は彼ら同性愛者とは違うという点を示すべく、清く正しき者こそがガウラ人であるという社会運動を始めた。

そして、今日に至るまでに、ふしだらなものの多くは帝国の社会から消え去った。

性教育と深夜に放送されているラジオ官能小説を残して。

「だからどうだこうだという訳でもないですけど……とにかくそんなのはありません!」

 

そうなるとやっぱり、連れて行くべきは医者の元である。

しかし普通の医者はいないし、地球の医者に診せてもどうなのか、というわけで駐屯地の軍医の元へと連れて行く。

自衛隊病院のようなもので、一般にも開放されている。宇宙人がかかる病院は地球上ではここぐらいしかない。

「あなたが嘘をついていると言いたいわけではありませんが、何かの間違いでしょう。そのような病気は聞いたことがない」

医者が言っていいのかそれ。

「ガウラ人がそんな、ふしだらになるなんてありえません。非科学的だ」

いや、その主張の方が……というか実際に目の前にいるんだから。

「では彼が目の前で自慰でも始めるとでもいうのですか」

そういうわけではないが……。

診察を受けている間、メロードは妙に大人しかった、というか考え事をしているような雰囲気であった。

彼も思い悩んでいるのだろうか、となんだか泣けてきた。なんとかならないものだろうか。

「ふーーーーーむ……正直なところ、認めたくはないですが、症例は知っています……公然の秘密だが……」

遂に口を割ってくれた。

「だが原因も予防策も、ましてや治療法もわからない。が、その症例を教えましょう。ルベリー共和国は知っていますか?」

かのお馬さんの国である。

「そこに嫁いでいったあるガウラ人女性が、全く同じ症状にかかっているのです。伴侶と二人きりの時にはこの『発作』が起きたそうです」

現状は確かに似たような状況だ。

「彼女は現地のガウラ人軍医に相談したが、原因は不明。感染症でもない、超能力が使われた形跡も無し」

では、ルベリー共和国の医者は何と言ったのだろうか。

「それが、『そんなものだろう』とまともには取り合ってくれなかったそうです」

まあ、あの国ならね……。

「そして数週間後に自然治癒。他の幾つかの症例も、ルベリーにて起こっている。ルベリー共和国内固有の精神疾患だと思われていたのですが……」

ところが地球でも症例が出てしまった。

「とにかく、治療に成功したり、原因がわかったら是非教えてください」

 

考えを整理するに、どうしても、割としょーもない病気なのではないか、というところに行きつく。

「その通り、しょーもないよ!」

しょーもない馬もそう言う。

「しょーもない言うな!バルキン・パイちゃんだよ!」

共和国でも症例がある、という訳で彼女にも相談してみた。あまり相談はしたくなかったのだが……。

「スケベ過ぎて死ぬわけでも無し!」

これだもん。

「国外に出るような人間には有名な話だよ。ガウラ人を娶ろうという人が男女問わず大勢出て外交問題になったし」

共和国民最低だな!

「流石の私も話を聞いた時引いたよ、政府もキレてたらしいし……それでまあ共和国では、たぶん羽目を外しすぎちゃったんじゃないかなって結論になったんだって」

私もその考えに至った。だがしょーもないなりに割と深刻な話でもある。

彼らは普段から、礼儀正しく清廉潔白がガウラ人である、それがガウラ人らしさ、という事をさながら『呪い』の如く自らに言い聞かせている。

では、ある出来事でこの呪縛から解き放たれた時にどうなるだろうか?

反動で身体が言う事を聞かず、さながら発情状態に、一時的にでもなってしまうのだろう。

そしてこれが出生率の謎の正体でもあると考えている。

ガウラ人の夫婦はおそらく、相当な頻度で性行為をしているだろう。初めて性を知った若者たちのように。

多分『呪い』のせいで避妊具なんかも流通していないのであろうから、子供も出来て出生率も上がる、しかも福祉も出産に関する医療も充実しているので死亡率は低い。

しかしながらこの『呪い』があるせいで統計調査には嘘を書いてしまっているのではないか。

ある意味これは国民病、彼ら風に言うなら臣民病であり、らしく言うなら文化依存症候群であろう。

社会的な役割、即ちロールを演じるのに固執するあまり、それから解き放たれた途端に、乱れに乱れるという事だ。

とはいえこのロールに固執する性質が、性犯罪や不倫浮気を防いでいるという事実も確かに存在する(でも多分これはガウラ人だからってのもあると思うが……)。

良い面もあれば悪い面もある、世の中うまいこと出来ているものだ。

 

さて、この病の原因と性質、自然治癒するって事もわかったのでとりあえずは安心である。

帝国に潜む社会病理がこのような(変な)形で顕在化するとは、彼らも思わなかったであろう。

例の軍医にこれを伝えると、やっぱり、というような返答で、現場では知られているがあまり認めたくはないようなものであるらしい。

何故ならば帝国臣民は清廉潔白である……という一種の『呪い』にかかっているからだ。

とはいえ、それによって犯罪率を下げ、他国でもお行儀のいい国民を育てる事が出来たのだから大したものである。

だが、そのツケを支払わなければならないのが、よりによって身近な人間であるとは、あまりよい気分ではない。

 



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平城京エイリアン

 

現在、奈良県在住の宇宙人人口は爆発的に増加しつつある。

一体何なのか、大仏様の思し召しとでもいうのだろうか……。

 

 

最近、よく見かけるのが鹿、のような容貌の宇宙人である。

こういう地球の生物によく似た種族というのは割とよくいるのだ、収斂進化というヤツだろう。

よく見ると似てる、というものから瓜二つというものまで、その度合いは様々だ。

だがこの種族、ミウビ人は地球の鹿とそっくりなのである。

若干前傾姿勢の二足歩行で、蹄のような二本の指がよく動くという点を除けばだが。

「ナラってどこ!?行きたい!」

それで、彼らに似た種族である鹿がたくさん、それも町中にいる奈良県が人気なのだという。

中には移住をしに来たという人までいる。

「おせんべいもらえて、神様みたいな扱いされるんだろ?住むぜ!」

毎日煎餅だけどそれはいいのだろうか?

そういうわけで、毎日のように移住者が訪れるので奈良市役所は大変な事になっているそうな。

彼らは鹿せんべいをねだる点を除けば治安を乱したり街を汚したりはしていないそうで、地元の住民からも邪険にはされていないという。

更にその宇宙人見たさに地球内観光客も増加しているというので、嬉しい事尽くし……なのだろうか?

「ミウビ人と奈良人の友好は永遠さ!」

奈良人て……まあミウビ人にとっても良い事ではあるのかもしれない。

 

人口増に税収増、観光業の活発化と好調を見せていた奈良経済であったが、数か月後に突然、その伸びに陰りが見え始めた。

ミウビ人の人口が減少を始めたのである。同時に入国も減り始めた。

しかし出国は増えず、人口だけが減っていく、実に奇妙な現象である。

そんな中ミウビ人の多分偉い学者が入国ゲートへと現れた。

「恐れていたことが起きたのです」

原因不明の病気か、あるいは鹿の感染症が移っちゃったのか。

「いいえ、それらではありません。病気ではない、ミウビ人は帰ったのです」

帰った、というと何らかの形で出国したのだろうか。

「違います、彼らは原始に、ありのままの、文明の無い時代へと帰ったのです」

一体何なのか……いや本当に何なのか、わけがわからないよ。

「ではわけがわかるように説明いたしましょう」

学者が言うには、彼らは帰化してしまったのだという。

これは日本国籍を取得した、という意味ではない、彼らは奈良の鹿になってしまったのだ。

収斂進化とはいえ、遺伝子的にも近しい種族であったミウビ人は、奈良の大勢の鹿たちに感化され、元の野生の姿へと還ったのである。

そして、彼らは『人間』であるとみなされなくなり、宇宙人人口が減少したのである。

彼らはここの生活を続けていくうちに奈良の鹿になる事を受け入れた。

知能も低下し、四足歩行へと戻り、ありのままの、原始の、祖先たちの姿へと変貌したのである……。

……やっぱりわけがわからなかった、そんな事ってある!?

「我々は特別、帰順しやすい種族ですから、こういう事は度々起こるのです」

なんとも難儀な種族である。

「私は彼らに強く呼びかけなくてはならない」

まあ、そうやってどこでもここでも野生に帰られては困るだろうし。

「良い土地を見つけましたね、幸せに暮らすのですよ、と……」

そっちであったか。

「素晴らしい土地でしょう、うう、私も、メェ~~~~!」

鹿はメェとは鳴かないよ。

 

ミウビ人的には問題なくても、奈良人的には大問題である。

突然鹿が大量に増えたようなものであるのだから。

とはいえ、ある程度の知能はギリギリ保っているようで、翻訳機を付けるかミウビの言葉で喋り掛けると反応を示すという。

また奈良の鹿との交配もどうやら可能のようで、徐々に同化していくであろうことが予想される。

市民たちは「これも仕方ない事だ(鹿だけに)」と対策に追われていた。

ミウビ人政府も支援金に人材派遣と対策には協力的である、奈良とミウビの関係は非常に良好のようだ。

この宇宙鹿と奈良の鹿は地元住民でも見分けがつきにくいらしい。

ミウビ人の言葉で呼びかけるしか見分ける手段がなく、それらと日本語が混ざった、通称『鹿語』が住民の間に広まった。

 

メロードらガウラ人やバルキンたちエウケストラナ人ではそういう事はあるのだろうか。

バルキンに聞いてみるも「さぁ、興味ないし……考えた事もないし……」との事である。そりゃそーだ。

「まあ時々大草原を思いっきり走り回りたくはなるよ!」

子供の頃はよく木登りをしていたが、これも一種の先祖返りでミウビ人の場合それが強烈に顕れるという事なのだろうか。

このような種族は宇宙でも稀な存在であり、実に奇怪で、この世の広大さを思い知らされるような出来事であった。

 



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ベビーオブメタル

製造されたものでなく、自然に発生した(あるいは発生したとされている)機械生命体というのが我々有機生命体にはイマイチ理解し難い存在なのは説明するまでもない(ただし虫人種は意外と恭順の意を示すらしい)。

そんな種族の子供が突然現れたのなら、どうしたものかというものだ。

 

 

さて、その日もいつも通り(書き始めはこればかりだな私は……)に仕事がひと段落つき、少し休憩でもしようか、というところである。

最近は多種多様な人種が増え、それらの容貌や風習には驚かされることが増えている。

私は、ここで一つ彼らの図鑑なにかでも書いてやろうか、と考えていた。

そうして、図鑑のネタを考えていたところに、呼び出しが入る。

渋々ながらも応じて、内勤のオフィスに向かうと、深刻な顔をして局長が前に立っている。

「あー、休憩中に申し訳ない諸君。実を言うと空港内で孤児が発見された」

彼が抱えた段ボール箱の中には、小さなロボットが入っていた。

「この子は機械生命体の赤ん坊だ、形状からしてマーティルア星系の人種だろう。発見の状況からしておそらく、捨てられたのだと思う」

どよめきが起こる。全く信じられない、酷い話だ。

「近くの病院などに連絡はしたが、手に負えないそうだ。無理もない話だ」

哺乳類ならいざ知らず、機械生命体ではどうすればいいのかわからないのだろう、ガソリンでも飲ませればいいのだろうか?

「そこで、一時的に我々が保護することになった。交代でだ」

 

当然、空き時間の長い私たちが多くの時間面倒を見ることになるだろう。

しかし子供なんて育てた事もないし、ましてや異星人で、しかも機械生命体だ。

専門家とかいないのだろうか?

「呼びはしたらしいですけど、まあ一週間弱は掛かるでしょうね」

ラスは言った。そりゃあそうか、マーティルア星系ってのもどこにあるのかわからないし……。

ロボな職員たちに協力を仰ぐのがベストだろう、彼らに話を伺ってみた。

「いや、我々は人造人間だから……」「自然発生の機械生命体は何考えてるかわかんないです」

残念ながら、ロボたちは役に立ちそうにない。

こういう自然発生的に生まれた機械生命体は2タイプいる。

一つは生体金属が知的生命体へと進化した、純粋機械生命。

もう一つは鉱物、植物、または菌類が進化の過程で機械の体を身につけるようになった寄生機械生命。

この種族、マーティルア人と呼ぶとして、この子供はどうやら前者のようである。

容貌というのが、晩白柚ぐらいの大きさの球体にカメラレンズのような一つ目と四角い口が付いているふうで、如何にもなロボだ。

 

「調べて来ましたよ、何を飲ませればいいのか」

ラスは意外にもやる気に満ち溢れている。こういうの好きなのだろうか。

「ま、まあ、子育ての練習と思えば、ですやんか!」

そうして、彼女はメモ紙を取り出した。

「えーっと、ガソリンにアルコールと、あとは……」

なんだかモロトフなカクテルが出来上がりそうな感じだが、大丈夫だろうか。

彼女はその混合油を瓶に入れ、蓋の代わりに布を詰めた。やっぱりモロトフなカクテルだろそれ!

「布に染み込ませたのを吸うみたいです」

そう言われれば納得だが……火気厳禁だ。

ラスは瓶を逆さにして、その子供の口に布を当てる。

すると布を加えてチューチューと吸いだした。異種族であっても、子供というのはかわいいものである。

「うめぇ、うめぇなぁ……ありがてぇ……!」

かわいくねー!

「なんてこと言うんですか先輩!」

いやだって、おっさんみたいなことを!

「おっさんみたいだなんて、生まれたてのピチピチでちゅよねー」

「親分……」

親分!?おかしいぞさっきから!この種の子供はこういうものなのだろうか?

それとも翻訳機を付けているからなのだろうか、しかしラスも付けている……。

「どう見ても、可愛いじゃないですか」

そうかなぁ……。

同じ地球人である吉田にも見てもらおう、彼の場合はどうなるのか。

「見た目は可愛らしいじゃないか」

問題は喋った時である……そもそも赤ん坊なのに喋れてるのはそういう種族なのか。

吉田が子供を抱えて喋り掛ける。

「よーしよし、可愛いでちゅね~」

「ハゲ兄貴……」「ハゲ兄貴!?」

うーむ、地球人相手にだけというわけか。

「これはハゲてるんじゃなくて、髪を上げてるんだ!」

「デコスケ兄貴……」「ちょっとわかってくれた!」

翻訳機の、日本語に翻訳する際にだけ起こるバグみたいなものだろうか……?

 

さて、この子の子守はラスちゃんが熱心に見てくれている(かわいい)。

母性に目覚めたのだろうか。

「そういうわけじゃないですけど……いいじゃないですかなんでも!」

私としては大いに助かる。機械生命の世話だなんて、とてもじゃないがというものだ。

しかもかいがいしく世話を焼く様は見ていて可愛いし、ウフフ。

「結構成長が早いみたいですよ、ほら」

「親分……!」

親分ではないが、足が生えてきていて、歩けるようだ。ここ2、3日なのに。

野生動物の赤ん坊は数十分で歩けるようになるというのでそういった種族なのだろう。

地球人類種が特別に成長が遅いとも言えるかもしれない。

「親ぶーーん!」親分ではないが、辺りをグルグルと走り回っている。シュールだ。

時々家に連れ帰ってまで世話を焼いているようで、そうなると別れが辛かろうに。

 

さらに数日を経て、子供の方もさらにデカくなった。

手も生えて足も長く大きく育ち、身長は50cmを超え、相変わらず走り回っている。

「親分!母上!」

母上、とはラスの事である。

「やぁ~ん、まだうちそんな歳でもないのに~」

満更でもなさそうである。

「しかし、一週間でこれほど成長するとはな」

「オールバック兄貴!」「うん……もうそれでいいよ……」

吉田改めオールバック兄貴への態度はなぜか相変わらずである(そもそもなぜ髪型の知識を持っているのか?)。

本日、例の専門家が訪れる手筈になっているのだが、ちょっと名残惜しい気もするものだ。

職務に戻り、入国者を捌いていると、らしき人物が現れた。

が、どうにも機械生命ではないようである。

「マーティルア星系の機械生物、との事だが」

彼自身は違うようで、容貌は哺乳類人種のように見えるが、奇妙な仮面を被っていて顔はわからない。

種族の名をホリグレ人という。

「私はロボット兵器専門家の、チムだ」

ロボット……兵器?

 

彼を子供の元へと案内する。ラスと局長も同席している。

そうして、彼は子供を見るなりこう叫んだ。

「遅すぎた!」

遅すぎたとは、一体何なのか。

「こいつは惑星侵略の尖兵、マーティルア人の凶悪なロボット兵器なんだ!」

マーティルア人は改造された子供を送り込み、捨て子に偽装する事で入管を掻い潜り、そこから惑星侵略に移るのだというのだ。

「何馬鹿な事言うてんねん!この子が兵器やて!?」

「ただの子供とは大違い!これほど獰猛な殺戮兵器はこの宇宙に存在しないだろう、見ればわかるだろ!」

いや見てわかるものでも……さっき自分で偽装って言ったじゃん!

「いやしかし、彼の言ってる事は事実だとすれば、早急に対処すべきだね」

局長も彼に同調する。確かに、事実であればとんでもない事だ。

「これはマーティルア人の常套手段なんだよ!」

「そんな……そうなの……?」

ラスが涙目で子供に問いかける。

「母上……」

その子が口を開いた瞬間、警報が鳴り始めた!一体何事か。

慌てた様子で職員が部屋の扉を開ける。

「局長!上空にマーティルア人の艦隊が現れました!」

「なんだとぉ……!」

スマホも鳴り始める、緊急速報だ。

「だから言ったろう」

専門家はそれ見たものかと言わんばかりの様子だ。

「既にガウラ帝国の守備艦隊と交戦中です!」

えらい事だ、戦争だ……割と定期的にえらい事になってる気もするけどね!もうなんか慣れたけどね!

「母上……!」

「あ、待って!」

突然、子供が窓を突き破り、空へと飛び立った!

「何をする気だ!?」

専門家も驚く、予想外の動きらしい。

「まさか、祖国に反逆して、ウチらを守ろうと……!」

子供の腕から武装が飛び出し、マーティルア艦隊に攻撃を仕掛けた!

「そんな、ダメやーーーーー!!」

「健気な子供だ、親の愛に報いようとしているのかッ……!」

 

数分後、子供は艦隊を壊滅させて戻って来た。

「母上ー!」

「えっ、つよ~~~~~!!」

つ、強すぎる……侵略の尖兵に使うのも頷ける。

「ううむ、恐らくは、自軍の兵器であるこの子供兵に対抗する手段を講じていなかったのだろうな」

推測によればだが、と専門家は付け加えた。

局長もご満悦の様子である。

「お前も帝国軍人にならないか?」

「毛むくじゃら……」「えっ!?毛むくじゃら!?」

マーティルア艦隊を手から射出されるビームランスでバッタバッタとなぎ倒す様は壮観であった。

惑星の地上を単独で征服するための兵器である為に、このような強力な武装だったのだろう。

この子供はラスが引き取って育てるそうだ。

「名前は……せやな、星の救世主という意味の『エレクレイダー』はどや!」

いや、その名前の人物は既に近くにいる……。

「そっかぁ」そっかぁじゃないよ!

専門家の方も、とりあえず様子見でという事で帰って……くれなかった!

「この子の観察を是非ともさせてくれ!この日本に移住する!」

「じゃあ、うちで働いてもらってもいいかね」

局長はこの専門家、チム氏を宇宙港で雇うみたいである。

かくして全て問題なく、捨て子騒動は終わった。

問題があるとすれば、滑走路に無惨にも飛び散ったマーティルア艦隊の残骸の処理をどうすべきか、という点である。

 

 



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管轄クラブ

各種法、条約、協定、宣言などは迷路の如く張り巡らされている。

官吏たちには頭の下がる思いである。

 

 

ある日の事。例の危ない齧歯類人種の入国者がやってき

「うわーー!!俺は密入国するぜぇーーーーー!!」

一目散に駆け出した!は、速い!

メロードもすぐに走り出すが追いつけずに、ついに入国、そして宇宙港の外へと飛び出した!

が、そこで命運尽き果てたか何も無いところで躓き、地面に倒れ込んだ。

「ぬわーーーーーーーーーーーーーー!!!」

すかさずメロードが拘束する。

「何も無いところにけっ躓いたから畜生!」

「ハァ、ハァッ、びっくりさせやがって」

一体何なのか。というか、密入国ってそういうものじゃないだろうに。

「エッ、そーなの!?」

これでは単なる不法入国である。

「マジかーーー!!」

いちいち声がデカい。

 

ラスが各所に連絡をしてくれたようで、関係組織の職員がすぐにやってきた。

「私、県警対宇宙人課の鈴木です」

日本の警察である、まあ入国はしてしまっているので妥当なところだろうか。

「すぐに事情聴取を始めさせていただきます」

「ちょいと待った」

何故か警備課宇宙人対策係長のアクアシさんが口をはさむ。

「ここは我が帝国郵船に任せていただきたい」

「しかし、もう敷地外に出ております」

「そうですがね、これは我々の不手際」

どちらの管轄かで揉めているようだ。

「どっちでもいいから早く処理してくれよ」

メロードがぼやく。同感だ。

「あいや待たれよ」

また変なのが来たぞ。

「それがしの名はメウベ騎士団血鬼隊隊長“赤影の素晴らしきキド”。ここはそれがしに任されよ」

メウベ人までやって来た。トカゲみたいなグリフォンである。名前がゴテゴテしている。

「そやつはメウベ騎士団が追う人物、こちらに引き渡し頂きたい」

「しかし……」

「ちょっと待って!」

まだ来るのか!?メロードも犯人もなんだか退屈そうにその場に座り込んでいる。

パカラッパカラッと小気味よく足音を鳴らして現れたるはユニコーンのような人種、エウケストラナ人であった。

「私はルベリー共和国公安警察の捜査官、トワイレフト」

なんだか6人+αでつるんでそうな名前である。

「彼、共和国の違法パスポートを持っているわ。つまり、こちらで処理するってこと」

「待ちな」

また増えた。コモドドラゴンのような爬虫類人種、ピール人が現れる。

「俺は首長国の行政奴隷のガリヤガリ。そいつを追ってやって来た」

どうも、不法入国以外にも手広く犯罪をやってるようである。

「こいつ、どこでどうやって登記されたかは知らねーが、うちに戸籍がある。明らかに不正だ」

「お待ちなさい」

もう来なくていいよ!早く処理してくれ!

「ミユ社の社員名簿にそいつの名前があります。我が社の問題は我が社で解決する」

ミユ社の人間だ。スナネコのようなまあるいおめめをした人種である。

「私は人事部のオーキミ。ここはミユ社にどうか任せてはいただけませんか」

 

もう増えないようなので、ようやく話が進み始めた。

「そういうわけにはいかない、日本の警察としての意地がある。宇宙人に好きにはさせない」

鈴木さんが言い返す、しかし。

「ほざくなよ土人(クソガキ)が」

ガリヤガリ氏は腹に据えかねる様子である。

「ほんの少し前までマスコミのクズどもをのさばらせていた分際で。腹を裂いて“シロメシ”を詰め込んでやろうか」

例の件もあるので、ピール人からの日本人の印象は恐らく最悪の一歩手前ぐらいであろう、口も悪くなるというものだ。

「そういう言い方は良くない。我々の宇宙港で騒ぎを起こすようでは拘束しなくてはなりませんね」

アクアシ係長が彼を窘める、いつの間にかエレクレイダーが彼の背後で睨みを利かせていた。

「侮辱はダメよ。もっと理性的に、科学的に解決しなきゃね」

トワイレフト氏も同調する。

「ならば早く引き渡せ」

ガリヤガリ氏は犯人の腕を掴んだ。座り込んでいた二人の表情が強張る。

「おっと、ガリヤガリ殿。まだお主らに渡すとは決まってはおらぬ。それに手荒い真似はやめた方が良かろう。種族の差をまざまざと見せつけられたいのなら話は別だがな」

キド氏に凄まれると。ガリヤガリ氏は舌打ちして掴んだ手を離した。

「痛いじゃないか!!!!!」気持ちはわかるけどちょっと黙っててね。

「まず話を整理しましょう。犯人は入国審査を済ませずに日本国領内まで入り込んだ。ここまではいい?」

唐突にトワイレフトが仕切り始める。

ところで、メロードが私に耳打ちをした。

「ちょっといいかい?」

ダメです、今からが良いところなんだから。

「ええ、ですから、これは日本警察が管轄でしょう」

「そうかしら?日本の法律では宇宙人は『特定外来人種法』で通常の外国人とは違うものとして規定されているわ。そうなると、扱いが変わってくるはず」

この『特定外来人種法』というのは宇宙人に関する取扱いを定める、開港時に成立した法律である。

「つまり、日本の警察に逮捕は出来ないって事」

「そんなはずは……」

「いや、彼女の言う通りです」

アクアシ係長も同調するようにこれは事実である。

本法成立の際に恐らくは入れ忘れたのだろう(んなもん入れ忘れんな!)か、逮捕については何も書かれていない。

ので、なんとな~くな緩い、玉虫色の運用が為されており、あんまり突っ込むとドツボに嵌まる。

とはいえこれを含めた細々とした法の隙間を埋めた改正案は既に可決されており、施行を待つばかりだ。

これまでの宇宙人犯罪者は全てガウラ帝国軍によってなされており、そして多くが学者連中の軽犯罪であった。

「そして、今現在では我がガウラ帝国の管轄にあるということです」

「それも違うわね」

トワイレフト氏は続ける。

「銀河同盟内の協定に『犯罪者引渡条項』があるのよ。となると、日本では犯罪者でもガウラ帝国では犯罪者ではない、そしてルベリー共和国の犯罪者である人物はこちらに引き渡されることになるわね」

なるかな……なるかも……わかんないや!

「そして引渡条項はミユ社、メウベ騎士団、ピール首長国にも適応される」

オーキミ氏が付け加えた。となると対象が四つに絞られる。

すると、メロードが腕を引いてきた。

「ねえちょっと……」

今忙しいから後にして頂戴。

 

さて、犯人の処遇はメウベ、ルベリー、ピール、ミユのいずれかに引き渡される。

「であるなら、我が騎士団に引き渡される他なかろう。最も強い同盟国はいずこか?」

「いいえ、ルベリー共和国よ。優れた研究はいつもルベリーからって言うもの」

「優れた研究を優れた兵器に変えているのはいつも首長国だがな」

「それもミユ社の資金力あってのものですが」

なんだか銀河同盟の内情が見えてきた気がする。

「ねえねえ、ねえってば」

またもやメロードが袖を摘まむ。後になさい後に。

「でも……」

まあそこまで言うなら聞いてみようか。

「ぐしゃあああああああああああ!!!!」

あああああああああああ!!犯人がまるでゾンビになってる!!

「だからさっきから言ってるのに」

もっと!強く!言ってよ!

「俺はゾンビ!!死体だ!!死体を逮捕してみろおおおおおお!!!」

ゾンビの場合はどうなるのだろうか!?

「死体ですって!?科学的にあり得ない、つまりあなたは科学的に存在していない!」

「首長国では死者は逮捕できない」

「ミユ社の規定でも同じく」

「死んだ者を鞭打つのはいささか酷であろう」

あんた方散々管轄の奪い合いしてたのに今更それはないでしょーが!

鈴木さんとアクアシ係長は!

「えーっと、前例がないので……」

「流石に死体は……」

え、えー。

「ぐははははははは!!悠々と入国させてもらうぜええええええ!!!」

ゾンビが立ち上がり、走ろうとした、その次の瞬間。

ズドン!と爆音が鳴り響き、ゾンビの上半身が消し飛んだ。

「死体なら別に撃ってもいいんだよなぁ?」

エレクレイダーのアームキャノンのようだ。

「……あれ?なんか、間違えた?」

いや、大手柄だと思うよ。

結局のところ、帝国郵船で処理する形になってしまった。

言い争いをしていた6人は、なんか変な空気になったのでその場を無言で立ち去った。

ていうか、なんでゾンビになっちゃったのかとか、そういうのも追究した方が良いのではなかろうか……。

 



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それはさておき:想いは六千万

 

「バッ……………バルキンッッッ!!」

新聞の紙面には彼らの見知った人物、馬物の顔、馬面が掲載されていた。

「なっ……なんで……………」

容疑は住居不法侵入であり、宇宙人犯罪という事で大きく取り上げられている。

示談金は6000万円という記述もあった。

「確か『クリスマスは童貞漁りでもするわw』とか言ってたで……!」

「あいつ……」

 

それはさておき、宇宙港の警備員メロードは休日にファミレスに来ていた。

「かなり久しぶりだな。メロード、6000万年ぶりか」

彼の友人、ヴィン・マシーフと共に。

「かもな。君も日本に来ていたのか」

「ああ、パレスチナの件でな。平定してからは日本に駐屯してる」

彼らは軍隊時代の友人であり、同じ部隊に所属していた。

メロードが軍をやめた後、マシーフは第3強襲師団としてパレスチナ攻略の為地球に降り立ったのだ。

「と言っても後方支援、機関砲砲手だがな」

「君の腕は超一流だ」

実に地球時間でおよそ3年、ガウラの暦だと約4年ぶりの再会である。

 

「それで、何か悩み事でもありそうだな君」

メロードは運ばれてきた牛乳を口に含みながら言った。

「まあ、な」

「言ってみなよ」

マシーフはズボンのポケットから小箱を取り出し、テーブルの上に置く。

「そう、君には日本人の恋人がいるだろう、ちょっと噂で聞いてな」

「恋人……まあ恋人という事になる」

「実はな……」

彼は懐から一枚の写真を取り出す。

それには、日本人女性の顔が写っていた。

「かえで、というんだ」

「なるほど……」

先達たるメロードに、彼女とより仲良くなるには、という事の相談であった。

「し、しかしなぁ……」

「ちょっとしたことでもいいんだ」

メロードは頭を抱える、彼はむしろ相手から言い寄られた側である。

もちろん、会話したり出掛けたりはしたのではあるが。

「そうだな……どこかに一緒に出掛けたり、とか」

「当然行ったとも」

マシーフは彼女との思い出を語る。

有名な観光地から、なんでもない辺鄙な田舎まで、彼らは様々なところへと観光に行ったようだ。

「私たちより、色々行ってるんだな……」

「ああ、6000万ドルの夜景も見に行った」

「そんなのあったかな……」

メロードは記憶を呼び起こし、日本人はどういった恋愛観か、どのようなものを好むか、と色々と探る。

そしてその中から無難なものを一つ挙げた。

「何か、プレゼントしてみれば、ほら、クリスマス?っていうじゃないか」

「キリスト教の祭事だから、神道の日本人には関係ないと思うんだが……」

「不思議だよなぁ」

二人して首を傾げる。

「それで、アクセサリーとかいいんじゃないか、日本人女性は」

「だがアクセサリーはあまり喜ばれないとインターネットで見た」

「本当かい」

「……もう準備してしまったんだ。『命の星』鉱石がはめられた指輪なんだが。6000万はしたが無駄になってしまったな……」

マシーフが懐から小箱を取り出し、開いた。中にあったのは黄緑色に輝く宝石がはめ込まれた指輪である。

『命の星』というのは銀河でも高価な鉱物で、誰もが羨む宝石でありながら、光線兵器に使用される戦略資源でもある。

「こんなに綺麗なのに残念だな……」

「見た者を虜にする、これしかないと思ったんだが……」

はぁ、と溜め息を吐き、うつむいた。メロードの方もぼんやりと中空を見つめ、思案に暮れている。

 

「やはりアクセサリーは女性の得意分野だ。我々の得意分野で攻めよう」

メロードが思案の旅から戻ってきた。

「それもそうだ、俺たちの得意分野か……」

「農業とか」

「いいや、彼女は農業はやらない。確か、アパレルショップの店員とか言ってたな……」

「アパレル……って?」

「簡単に言えば服屋だな。出会ったのもそこだ、普段着を買おうとしてな」

「そうか、それじゃ」

「それで、気に入った服が合ったんだが女性用だって話でな」

メロードの返事を遮り、続ける。

「ちょっと無理言って、色々と仕立ててもらったんだよ。その時に対応してくれたのが彼女だった。日本で初めて親切にしてもらった……」

「ま、まぁそれは後でゆっくり聞かせてもらうよ……じゃあアクセサリーなんて初めから無理な話だったじゃないか」

「そう言うなよ、これは返品するさ」

マシーフは頭を掻き、小箱の蓋を閉める。

「じゃあどうしようか……服、は尚更ダメだな……」

「我が国のお菓子とか食べ物は」

「いや、彼女はお菓子も得意なんだ……あのプリン?とかいう甘いお菓子は絶品だった……一緒に作ったりもしたんだぞ」

「そう……」

この時メロードは内心、ちょっと悔しい気分であった。そこまで一緒にしたことない!

「いや、それはともかくお菓子はダメだ。料理だって、味覚に合うはずがない。味噌汁を飲んだことがあるか?」

「それもそう……だとすれば我々は軍人だから、そこはどうかな」

「軍事か……俺は機関砲手だから……機関砲、そうだ、機関砲がいい!」

バッと立ち上がり、顔を輝かせる。

しかしメロードは呆れたようなふうに、こう言った。

「……機関砲を貰って嬉しいか?」

「うれしい!」

「だよな!」

急ぎ、二人は支払いを済ませると、駐屯地の倉庫へと向かう。

 

数日後、マシーフはかの人物であるかえでの住居に訪れていた。

「渡したいものがあるって!?クリスマスは別によかったのに」

「ちょっと気が変わってな……ちょっと大きい荷物だが」

人一人の大きさぐらいはある荷物を部屋に持ち運ぶ。

「でっか!なにこれ!?」

「喜んでもらえるか不安だけど……いや、俺は今まで6000万発の砲弾を撃った超ベテランだ、こんな事で臆したりはしない」

「開けてみてもいい!?」

「もちろんいいとも」

かえでは包装紙を丁寧に剥がし、その中の物を見ると目を丸くして驚愕した。

「えっ、これって……?」

「ガウラ帝国製の22cm対人機関砲だ」

「機関砲……」

「どう、かな……発射機構は潰したから実射は出来ないけど……」

かえではその場で呆然と座り込む。

「私の事を考えてくれたんだよね」

「ま、まあ、そういうことになる」

「一生懸命、考えてこれ?」

「そう、だけど、気に入らなかったかな……」

彼女は立ち上がり、その勢いでマシーフに抱き着いた。

「6000万かえでポインツ……!」

かえでさんは変わったご趣味をお持ちでいたのである。

よかったよかった!

 



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時を喰らう少女

 

銀河ひろしと言えど、かような種族は彼らが唯一であろう。

そう思わせるような客人が現れた。

 

 

なんだか騒がしい、裏方連中が慌てふためいているようだ。

なにゆえ、そんなに慌てるようなことがあるか。

「ヤツが来る!」

ホノルド氏は語気を強める。

ヤツとは一体、それだけでは何もわからないではないか。

なんでも、その『ヤツ』の対策用の設備がこの宇宙港には存在しないのだという。

まさかこんな辺鄙な星に来るとは思わなかった、といったところだろう。

それほどまでに脅威なのだろうか?

「如何なる種族でも、対策が無ければヤツに触れる事すら出来ずに屠られるだろうね」

警備員たちもかなり厳重な警戒態勢に入ろうとしている。

だがかなりビビっている様子でもある。

「流石の俺様の自慢のボディも、連中相手じゃ長くは持たねーな」

「事が起これば宇宙港職員全ての命が危険に晒される」

エレクレイダーとメロードもいつにも増して真剣そのものだが、尻尾は萎れているので、何も起こらないことを祈るばかりだ。

「ちょっと近くの神社に行って、ハマヤ?とかお祈りするものを貰ってきてくれ」

ホノルド氏の依頼だ、それも対策なのだろうか。

「時々効く場合があるのと、単なるお守り」

なんじゃそりゃ。よくわからないけど、ヤツというのが余程の人物であるらしいというのはなんとなく理解できた。

 

ともあれ、警戒を厳にしつつも、単なる客人なのではないだろうか、とも思っている。

まあ近年は宇宙そのものが荒れ気味というのもあるが、それならそれで警備の強化なんかしてくれればいいだろうに。

余程財布の紐が固いのか、あるいは財布そのものが軽いのだろうか。

宇宙船が到着したが、客は一人しか乗っていなかったようだ。

遂にヤツとご対面というわけである。

ヤツはトボトボと一人歩いてきた。

青い肌と紺色の髪の毛を除けば容貌は地球人にも似ている、女性のようだ。

「はじめまして、地球人。何の騒ぎかしら」

まあそう思うよね。

「この怯えた子ぎつねたちの様子を見ると、私の事を歓迎してくれているみたいね」

警備員らも何も言い返せないらしく、盾を構えて黙っている。天下のガウラ人のこれほどの醜態は初めて見た。

「私は、私たちは私たちを表す単語を持たないから、そうね、あなた達の言葉で『タイムイーター』とでも呼んでくれていいわ」

タイムイーター、時を喰らう者、ガウラ人たちはこれに怯えていたのだ。

「そう、私たちは時間を食べる、こんなふうに」

彼女が書類を手に持つと、書類が何としおしおに、色褪せてしまった!

凄いけど、これでは書類に不備があるという事になってしまうが……。

「もちろん、こういう事も出来る」

すると、書類は徐々に元の白さを取り戻していった。

「原理は……まあ私の専門分野じゃないからよく知らないけど……」

よく知らないのかよ!まあ私も私の身体の事はあんまり知らない、なんで納豆が身体にいいのかとか……。

「それでね、私は……原始文明の星を旅行するのが好き」

それでこの地球に旅行をしに来たのだろう。しかしなぜ?

「誰も、私を知らないから、誰も私を気にしないから」

宇宙には彼らタイムイーターの脅威が広まっている為、今日のガウラ人たちみたいに怖がられたり警戒されたりすることがほとんどなのだという。

確かにそれではまともに旅も出来ないだろう。

そうなってくると、この地球のような国は彼女にとって都合のいい旅行先になる。

どうやら、単なる旅好きな人物であるようだ。

「特に、銀河同盟の人々は、我が種族の事は苦手でしょう、散々苦しめたからね……ククク」

第二次銀河大戦において、銀河同盟軍はこのタイムイーターの軍隊にコテンパンにやられたというのだ。

メウベ騎士団は対策を知っていたようで、事なきを得たというが。

なるほど、過度に警戒すると思ったらそういう事か。

「ちなみに、あなた達の言う『丹』と何かを混ぜ合わせた塗料で、塗られた部分だけ時間の進みを止める事が出来るらしいけど」

よく知らないんだ、とも彼女は言った。丹とは、硫化水銀の事である。

ともあれ、警戒は取り越し苦労であったようで、よかったよかった。

「もう戦争なんてしてないのに、どこに行っても警戒されちゃうから」

強すぎる種族というのも難儀なものである、クートゥリューでさえここまで警戒されてはいなかった。

逆に旧支配者連合側の国に行くとどうなるのだろうか。

「それはもう、お祭り騒ぎ。旧支配者の希望だのなんだので……」

ああ……つまり、安息の地は自分たちが知られていないようなところだけという事か。

触手たちが小躍りしている様子は是非見てみたいものだが。

「それでさ、お洒落なところとか、良さげな観光スポット教えてくれない?」

彼女はスマホを取り出す。これは最近サービスが開始され、軌道ステーションで販売されている宇宙人向けの旅行用使い捨てスマホだ。

私はまあ、無難なところから自分のお気に入りまでを幾つか挙げ、メモ用紙に書いて渡した。

「ありがとう!私の名前は『■■■■』だからね!しばらく地球にいるから連絡してね!」

え、なんて?全然聞き取れなかった!と言う間もなく、時を喰らう少女は駆けていった。

ガウラ人たちの尋常ならざる怯え方に身構えてたが、なんというか普通の、というか他の人種に比べても圧倒的にまともなお客さんであった。

考えてもみれば、どんなに強い種族でも訳もなく暴れたりすることはないというものだ。

 



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管理官二人旅:英国の管理官

 

ちょっとした休暇の気分だった。

まさかこんな事になるとは思いもしなかった。

 

 

ある日、宇宙港に例のスナネコ人、ミユ・カガンが訪れた。

彼女とは随分と久しぶりである。

「仕事が忙しくてね、ようやく君に会えてうれしいよ」

耳をぴょこぴょこさせている、可愛い。

「そう、今日はただ来ただけではないんだ、はいこれ」

そう言って彼女はこちらにチラシとチケットを差し出した。

「ミユ社が誇る最高の体験さ、名付けて『惑星漂流ツアー』さ」

これらに書かれた文字はカナクギ流の日本語文字で書かれているので、おそらくは『漂流』というのも誤訳だろう。『探検』が正しいのではないか。

「特別な君にプレゼントさ、もちろん無料でいいとも」

無料ですって!?しかしこのミユ社の人間が無料とは何か裏がありそうな予感である。

「無いよ、純粋な好意さ。素敵で特別な君に、ね」

ま、まあ、あなたほどの人物がそう言うのなら……是非とも行かせてもらおう。

 

と、いう事で、私は休暇を取り、チラシに書かれた日時に軌道ステーションにいる。

ツアーだから他の旅行者もチラホラ集まりつつある。

メロードも連れて来たかったが、カガンはメロードの分のお代は死んでも出さないと言う(何か確執でもあるのだろうか?)ので、私一人で来ている。

しかしどうやら、日本人は私だけのようで、英語や多分ハンガリー語ばかりが聞こえてくる。

翻訳機も一応持ってきたので抜かりはない。

「コンニチワ!あなた日本人さんですよね?」

金髪の美女、しかもスタイルもものすんごい人が話しかけてきた。

しばらく唖然としていると、彼女はちょっと焦ったような表情をする。

「すみません、韓国人さんでしたか?それとも台湾人さん?はたまた別のアジア人さん?」

いや、日本人だよ、と答えると、顔が明るくなった。

「やった!私日本人さんと話すのは初めてなんです!宇宙人さんとは結構話したことはあるんですけどね」

となると、宇宙港関係の人物だろうか。

「そうです、仕事は入国管理の方を……あ、今日は休暇でこのツアーに参加しているんですよ!」

お、お、おお、そりゃ、ビックリ、同じ職種の人、それも海外の人と会うのは私も初である(というかここに来てようやくイギリス側宇宙関係者と初接触である)。

「ええーっ!すごい!じゃあ先輩、"Senpai"ですね!私最近始めたんですよ!」

先輩と言えばそうなるが……。

「お願い、先輩気づいてよ!」

何の話だ、なんなんだ……。

その辺りで、ガイドらしきフォリポート人(スナネコ人種の事)がやって来た。

「揃いましたか、揃いましたね!時は金なりですとっとと行っちゃいましょう!」

うーん、どこまでも現金な連中である。話が早くて助かるが。

 

話しかけてきた金髪美女はオリビア・ペイリンという名前であった。

彼女は英国のビギンヒル宇宙港に最近雇われた新米入国管理官なのだそう。

せっかくなので、宇宙船でも隣の席に座ってお喋りをしている。

「へー、いろんな宇宙人さんがいるんですねぇ~」

伊達に開港時から働いてはいないのである、フフン。

しかし彼女は彼女で結構な目に遭ってるみたいで心配だ。

そもそも町でいきなり誘われて始めたというから、なんだかその場のノリと勢いで人生を乗り切っているのではなかろうか。

「ちょっと流されやすいとはよく言われますね」

誘われてすぐ転職決めちゃうのはちょっとかなァ。

さて、地球を出発して十数時間が経つ頃、窓の外の明かりに青みが混ざってきた。

「ツアーではこの惑星に上陸していただきます!」

ガイドが前に立ち、注意事項などを読み上げつつ、書類を配る。

「ふわぁ~、何かありましたかぁ」

オリビアは大あくびをして目を覚ました。

「あ!この星ですか!」

そしてすぐ窓の外に釘付けになった。

「以上です、全てお配りした用紙の通りであります」

「見て下さい!森に崖に、ファンタジー世界みたいですよ!あ、紫色の森がある!」

全然聞いてないんだからこの子。彼女に肘打ちをして、書類を手渡す。

「あ、いつの間に!」

あなたが窓に噛り付いている間にですお嬢様。

……いつの間に、といえば、座席に乗った時には無かったボタンが増えている。

リクライニングやラジオのボタンとは別に、ただ気が付かなかっただけかもしれないが、赤いボタンが増えていた。

オリビアにも聞いてみる。

「ホントですねぇ、増えてますね!何のボタンでしょう!?」

押してみれば。「はい」

瞬間、景色がガラッと変わった。一面に広がる大空、空をその身一つで飛んでいるかのような。

凄い映像技術だ、ひょっとしてVRとかMR的な映像のスイッチだったのだろうか、でも妙に風が強い。

これもリアルな、あの4DXみたいなのが進化した表現なのだろう。

隣のオリビアの方を見ても、唖然としている。

このまるで現実のような映像に圧巻されているのだろう。

そう、まるで現実みたいだ、鳥になったかのような。

不満があるとするならば、重力だろう。体感的に、なんか、下に落ちているかのような感覚だ。

……目を背けてもしようがないだろうか?

そう、落ちている、これは映像ではなく、落ちている、座席ごと。

叫び出したいが叫んでもしょうがない。

隣に目をやると、オリビアと目が合った。彼女は口を大きく開ける。

「ごめええええええええええええええええええええええん!!!!!!!」

いや、私も悪かったのだし、まあここは落ち着いて、冷静に、気絶しましょう。

 



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管理官二人旅:華麗な冒険

当たりは強いが、喧嘩は弱い、二人揃って管理官2!

私、扶桑が関所の守り、管理官。

「私はイングランドがワトフォード生まれ、オリビア・ペイリン」

趣味も育ちも違うけど、変わり者は二人とも。異星人にならあくどくモテる!

「菊花のお嬢さん、沈没したもうな」

ジョンブルの娘さんこそしっかりおしよ!

二人は入国管理官!

はてさて如何なる華麗な冒険に行こうか。

 

 

あはっ!?

なんか変な夢を見ていた。

落ちる時は落ちるものだが、どうやら命まで落っことしてしまったわけではなかったようだ。

周りに目をやる……見慣れない形の葉っぱと木々、蛍光色に光る落ち葉……。

「助けて~!」

それから触手に絡まれているオリビアさん。

「いや~~ん、ダメですぅ!助けてくださぁい!」

ナイスバデーにヌルヌルした触手が、胸に、股間に、絡みついている!ほぅ……。

って、いかん!このままではえっちな展開に!

慌ててシートベルトを外し、触手に蹴りを……入れるのは怖いのでその辺にあった石を投げつけた!

「いっつっ……!石とか……やりすぎやろ……」

命中!喋った!翻訳機を付けてるからだろうか!?オリビアは拘束から解かれ、地面に倒れ込む。

「助かりましたぁ!」

なんとか彼女を抱き寄せ、触手と距離を取る。

「石とか……無いわ……」

なんかブツブツと文句を言いながらズリズリとその場から立ち去っていく触手。

「酷い触手ですよ!ちょっと気持ちよかったけど……」

えぇ……。それはそれとして、ここはどこだろうか。

多分窓の外から見えていた惑星に間違いはないだろうが。

そもそも、あのボタンは緊急脱出ボタンか何かだったのだろうか?

座席にはパラシュート的なものが付いていて、おそらくはどこかのタイミングで作動したのだろう。

更に、座席の下には何やらケースのようなものが付いている。

取り外し、蓋を開けると、わずかな食糧品とサバイバルキットらしきものが入っていた。

オリビアの分と2セットある。

「これでしばらくは持ちそうですね」

救難信号的なものは出ていないのだろうか、それを確かめる術はない。

さて、留まるべきか、文明を探しに行くべきか。

「どうしましょう……」

救難信号が出ているとすれば、留まった方がいい。

「じゃあ留まりましょう!」

だが、もし出ていないのであれば、食糧や道具があるうちに早急に集落を探すべきであろう。

「じゃあ、探索に出ましょう?」

……どっちがいいと思う?

「救難信号が出ていると仮定するなら……えっと、すぐに出た方がいいかもしれません」

いや、救難信号が出ているなら留まるべきではなかろうか。

「ここが、触手の巣の近くでなければですね……」

オリビアは私の後ろを指さす。振り返ると、ウネウネと触手が蠢いていた。

「お前人んちに墜落してきたんにお前石は無いやろ石はお前!」

あらあらそいつは失敬、サバイバルキットとオリビアの手を取り慌ててその場を去った。

 

蛍光色の葉っぱがちらつく森を宛ても無く二人彷徨う。

流石に、遭難してしまった事を受け入れ始めて心細くなって来た。

時刻は知らないが、もうすぐ日が沈むだろう、かなり薄暗くなって来た。

「ワクワクしますね!」

ちっともしません。

「こうなった以上は、状況を楽しみましょうよ」

身の危険が無ければね。

「私ってば、色々と物騒な目に遭う事が多かったから、なんだって楽しんでみようって思って過ごしてるんですよ」

私もそういう楽天主義な心持ちならば、どれほどよかったか。

しかしながら、それも大切な事であろう。

遭難なんて人生に一度あるかないか(大抵の場合は二度目はなく死ぬだろう)、暗い気持ちでいては助かる命も助からない。

気を強く持とう、うん、それがいい。

「ひぃ~~!変な虫がいる!全然楽しくないです!」

お前はよぉ!!……ともかく、これ以上進むのは難しいだろう。

光る落ち葉を頼りに進みたいところだが、じんわりと光っているだけなので、懐中電灯の代わりにはならない。

気が動転して、周りを見ていなかったので今になって気が付いたが、なんと幻想的な光景であろう!

闇の中で、光る葉っぱが、黄色や緑や、橙、青に光ってまるでイルミネーションのようだ。

「綺麗ですね!彼氏とくればよかったなぁ」

息を吞む美しさだ。

さて、サバイバルキットの中身をよく見てみると、色々と入っていた。

片手で持てるほどの大きさと重さだが、十徳ナイフらしきものやライト、おそらくライター、金属の小さな容器、包帯、おそらく絆創膏、裁縫道具、笛、紐と縄、寝袋、あとボードゲーム? そして拳銃。

「拳銃なんて、使う事無いといいですけど」

全くだ。というか正直使い方がわからない、構えて撃つだけではないのだろう?

説明書も一応入ってはいるものの、残念ながら知らない文字である。こういうのは絵で描けよ!

食糧の方は、金属の容器に入っている。缶詰のようにも見えるが、蓋を開け閉め出来る様だ。

何日漂流するかわからないからチマチマと食べようかな。

「これ意外と美味しいですよ!」

あれ!?もう半分ぐらい食べちゃってるんですか!?

3分の1ぐらい食べても多いかなぁって思ってたのに……。

「あとは温かいミルクティーがあれば最高ですね!」

それは贅沢というものだろう。

ていうかこの缶詰全然おいしくないんですけど!味覚はやっぱ、イギリス人ってアレなのかな……。

 

翌朝、ぶかぶかの寝袋で寝ていたところ、ガサガサッという茂みからの音で目を覚ます。

何事かと飛び起きると、爬虫類人種のなんか部族みたいな人がいた。弓と槍を持っている!

「お目覚めのようだぜ、今日の獲物さんがよ!」

あああああああ!!蛮族だああああああ!!急いで寝袋を脱ぎ捨てて、拳銃を探すが見当たらない!

周りを囲まれている!サバイバルキットもどうやら奪われたらしい!

オリビアは、と周りを探すと、もう捕まっていた!

「いやぁ~~やめてくださぁ~~い!」

胸を揉まれ、股間に手を這わせられている!またしてもえっちな展開になってしまう!

「ぐへへへへ、今日の獲物は上物だなぁ!」

マズい、ていうか、本当にマズくないかこれは!やばいやばいホントやばい!

「……ってな感じで、訪れた人を驚かすのが好きなんだ俺たちは♪」

なるほど、蛮族ではなくひょうきんな族であったか。

「なぁ~んだ、そうだったんですかぁ。じゃあえっちな事はされないんですね、セーフ」

アウトだよ!!あなたは実際にえっちな事されてたじゃん!!えっちな目に遭ってばっかりだなこの人!

そもそもが質が悪い冗談にもほどがある!

「ご、ごめんなさい……」

部族たちはシュンとして謝った。まあ、わかればいいんだけど。

「流石はお優しい!マレビト様!」

「マレビト様ー!」「マレビト様万歳!」

「今日は宴だぁーーーーー!!!」

なんだかよくわからないけど、彼らに獲って食われるようなことはなさそうだ……。

 



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管理官二人旅:トカゲのマレビト信仰

 

諸事情により宇宙船から墜落した我々は、これまた諸事情により部族たちの村へと向かう事となった。

 

 

「マレビト様!」「マレビト様ー!」

マレビト、と翻訳されているのは一体どういうわけなのかはよくわからないが、どうやら歓迎されているとみて間違いないらしい。

「すごいですねぇ」

オリビアも興味深そうに辺りを見渡す。

この爬虫類人種の部族というのも、見るからに部族という出で立ちである。

煌びやかな装飾、腰蓑かふんどしみたいなアレ、前掛け?にそれから独特なボディーペイント、そしてベレー帽のような帽子。

こちらの感覚だと若干ベレー帽が浮いている気がするが、まあとやかく言うほどの事でもないだろう。

住居はログハウスのような木造建築で、今我々は村の中心の広場にいる。

「マレ様ー!」「マ様!」「マっちゃん!」

それだともう原形留めてないけどね。

楽器を鳴らし、歌ったり踊ったりのどんちゃん騒ぎだ。

「なんの騒ぎかね」「長老!!」

長老っぽい人も出てきた。

「いや、本当に何の騒ぎなのかね……」

なんか勝手に騒いじゃってる感じなんだけど大丈夫なのかな。

「マレビト様が来られたのです」「なんじゃと!」

長老っぽい人がこちらに向かってくる。

「よくぞお越しくださいました。どちらからおいでですかな」

それが……とこれまでの経緯を話す。

「なんと、それでは宇宙人でしたか。では宇宙語でお話しいたしましょう」

翻訳機があって会話も出来てるから別によいのだが、まあせっかくなので聞いてみよう。

「おみゃーたち、こんなところまで何よりだぎゃ。まあ気が済むまでゆっくりしていくんだの」

どこかで聞いた訛りだ、これはクートゥリューの言葉だろう。

という事は、ここは旧支配者連合の影響下にあるという事になる。

つまりは星間国家との繋がりがあり、そこに辿り着ければ帰れる可能性は高いのである。

「今日は宴での、よう楽しんでちょ」

「喋り方はもう普通で構いませんよ」

「ああ、そうでしたかお優しい」

宴を楽しんでいる場合でもないような気もするのだが、まあせっかくだから参加していこう。

 

「マレビト様!これどうぞ!」

しかし、なぜこれほどまで歓迎されているのかが少しわかりかねる。

「あれじゃないですか、来訪神信仰ってやつですよ」

来訪者に宿や食事を提供して歓待する風習があるのだろう、ということだ。

だとすればそれに乗っかってしまおうじゃないか。

「マレビト様、これ飲んでください!」

部族の若い男性に木のコップを手渡される、中身はなんだろう。

「一気に!グイ―ッと、いっちゃってください!」

ほんのりアルコールの臭いがするのでお酒であろう、そういう事なら一気にいくか!

グイっと一気飲みする、意外にもこれが美味、柑橘系の味だ、喉ごしも爽やか。

オリビアも飲んでるだろうか、と見てみると踊りをジィっと見ている。

「いえ……ちょっとチラチラ、アソコが見えてまして……」

こいつさてはスケベだな。どうしてもえっちな展開にしてしまおうという気か!?

それはさておき、酒があるならつまみも欲しいと思っていたところ、先程の男性が食事も持って来てくれた。

これまた木の皿に、イタチみたいな小さな動物の丸焼きとクリームシチューのような煮物が入っている。

ビジュアル的にはちょっと敬遠したいところだが……。

「おいしーですよぉ!」

とオリビアは食べちゃってるので私もいただく。

「こっちの"メベリ"に付けてお召し上がりください」

煮物の事だろう。イタチ?の肉をほぐし、言われた通りに食べる。

いける、意外にも!確かに見た通りこいつはクリームシチューに似たものだろう、ミルク系のまろやかな味がする。

「左様、これは交易で買った動物のお乳をベースに煮込んだものです」

イタチ?の肉も噛むほど旨味が染み出す、部族の見た目に反してかなりの高水準な料理だ。

「ありがとうございます、作った甲斐があるというものです!」

こんな至れり尽くせりでいいのだろうか、何か裏でもありそうな感じだが。

「もう一杯どうぞ!」

まあ、酒が美味いからいいか!もっと飲もう!

「もう、飲み過ぎたらダメですよぅ」

んむぅ……でも祝いの席だし……。

だがオリビアの言う通りだし程々にしておこう。

 

気が付けば、お空を見上げて寝転んでいた。

「お目覚めですかマレビト様」

先程の男性が顔を覗かせる、どうやら膝枕をしてくれていたようで……。

まあ案の定と言うべきか、オリビアに合わせる顔がない。

起き上がると、部族の人たちもみんな寝ていた。

朝早くから始めたので、まだ日は高いままである。

オリビアを探すとサバイバルキットに入っていたボードゲームみたいなので一人遊んでいた。

「うーん、ルールがわかりませんね……」遊んでなかった。

すると、私が起きた事に気が付き、こちらに寄って来た。

「大丈夫ですか?飲み過ぎないでって言ったのに」

面目ない……。

「それじゃあ、ここを出ましょうか。近くに都市があるらしいです」

「森を抜けるまでは私が案内して差し上げましょう」

荷物を持ち、村を発つ。お世話になりました。

「さあ、行きましょうか」

森の中の道を三人でトコトコ進む。村を出てしばらくしてから男性が口を開いた。

「運良く村を出られましたね」

運良くとはどういうことだろうか。

「ああやって宴を開き、油断したところを拘束して、売り飛ばしたり、慰み者にしてしまうんですよ」

「ええっ!?」

それは恐ろしい事を聞いた、間一髪だったのだろうか。

「まあ嘘ですけど」「なぁんだ」

嘘かよ!

「こうやって冗談を言ったりして他人を喜ばせる、我が部族の風習です。我々はそうやって生きてきましたから」

一種の外交戦略と言うべきものだろう、無論来訪者が富や技術をもたらしてくれるという事もあるだろうが。

「その通りです。好意を見せる人々を襲う者はいませんから」

それっぽいことやったのが目の前にいるけどね、イギリス人って言うんだけど。

「あ、あははは……」

「クートゥリューも同じでしたね、彼らは突然現れましたが、危害を加える事はありませんでした」

あの、戦争を二度も起こした国としては意外である。

そうこう話をしているうちに森の出口が見えてきた。

「さぁ、もうすぐですよ。それと」

彼は肩にかけていたポーチから紙を取り出す。

「私たちの村の住所です、是非ともあなた方の故郷の特産品を送ってください」

なるほどなるほど、宴の代金という事か!よくできた風習である。

「もちろん!スコーンと紅茶も送りますね!」

食べ物は大丈夫なのかどうかはわからないが、私も是非とも送らせてもらう事としよう。

そういえば、彼の名前を聞いていなかった。

「私の名前はマゲタマ・パゲー・ヘモナ・モホーホホ・フンダバ・シッチャ・メッカ・アマオア・アケス…」

長い長い。

「冗談です。私はヒューダー、でもどうして私の名を?」

まあ一番お世話になったみたいだし、荷物を送るなら宛名があった方がいいだろう、いいよね?

「そうですね。ヒューダーさん、ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ。マレビト様方、達者で!」

広大な平原を貫いて都市に向かって続く一本道を二人で歩み始めた。

 



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管理官二人旅:旅の終わり

面白い部族たちと別れ、近くにある都市に向かう事となった。

これできっと帰れるはずだ。

 

 

これできっと帰れるはずなんだが、もう二度は野宿している。

全然都市に辿り着かない、気配さえもない。

食糧は切り詰めつつ食べているのでまだ少し残っているが、水の方が底をつきた。

見渡す限り何も無い平野で、幾つかの木々がポツンポツンと立っているのが見えるぐらいである。

会話も殆ど無くなってしまった。つまるところ大ピンチである。

「あっ……」

オリビアさんが何かを見つけたようで、平原を指さしている。

小さな動物がいた。

「け、拳銃を!拳銃!」

慌てて彼女はキットから拳銃を取り出し、小動物目掛けて構える。

ポォン!と銃にしては軽い音が鳴ると、弾が煙の線を描いて飛んだ。

小動物には当たらず、地面で跳ね返ると空に飛びあがる。

「あーーーー!!んもぅ、Fucking hell!!」

拳銃は信号弾であった、これでは小動物を撃ち抜くことは、出来なくもないが難しいのではないだろうか。

結局、ヒューダーを信じて道を進み続けるしかない。

しかしオリビアは不貞腐れて道のど真ん中に大の字になって寝転んでいる。

「もぉーーーーーいやっ!!」

そうだよな、わかるよ。元はと言えば、私がボタンを押してみろと言ったばかりに……。

「実際に押したのは私ですもの!自己嫌悪ー!」

私も彼女の横に寝転ぶ。あーこのまま車に轢かれてしまえばなー、轢きに来る車もないけど。

すると何か遠くで音がする。きっと幻聴か何かかなぁ。

と思ったが、エンジン音のような音が近づいてくるではないか。

二人して慌てて身体を起こすと、目の前にはピックアップトラックのような乗り物がいた。

クートゥリュー人が乗っている。

「おみゃーら、こんなところで何やってんだぎゃ。煙が上がっとると思っとったら」

 

「そりゃあ、無事で何よりだがな」

事情を話すと、町まで乗せていってくれるそうだ。

しかも水筒の飲み物をわけてくれた。

「助かりましたぁ!」

この人物は、クートゥリュー政府運輸省国道整備対策事務所ミ=ゴ・インスマンス出張所の職員なのだという。

ミ=ゴ・インスマンスというのは、彼らクートゥリューが名付けたこの惑星の名だそう。

この頭の“ミ=ゴ”に『新しい』という意味も含まれているので、ニューイングランドとかニューカッスルとかそんな感じの名付け方だろう。

「しっかしおみゃーら、こんななげー道を歩いてこうだなんて無茶な事すんだなぁ」

部族の人間にこの道を真っ直ぐ行くように言われたので、こんなに長いとは思わなかったが。

「部族?おめーらあいつらに会ったんけ!?」

別に、そんな驚かれるようなものでもないのではないか。

「あいつらは人質を取って貢物を要求する惑星のならず者なんだぞ、ホントに」

そーなの!?

「でもそんな人たちには見えませんでしたが……」

めっちゃいい人たちだったんだけど……。

「最近政権交代したって噂があるでな、そんなら無事に帰ってこれたのもおかしい話でもねーでよ」

どうやらちょうどいい時期に訪れたらしい。

 

2時間ほどだろうか、結構なスピードで飛ばしてもらって、町についた。

この町には宇宙港が存在するというので、もしかするとガイドが我々を探しているかもしれない。

しかし宛てもないし腹も減ったし、適当にホテルを探してもらった。

「銀河同盟の子狐めらによろしくな、あばよだのん」

「ありがとうございます!」

職員さんは仕事に戻っていった、彼がいなければどうなったことやら。

ホテルの扉を開けると、そこには見慣れた人種が。

「あ!!飛行機で落ちてった人たち!」

一緒に乗っていたハンガリー人たちである。もちろんガイドも一緒にいた。

「ご無事でしたか!探しましたよ!」

ホントに探していたのだろうか……。

まさか漂流ツアーとはいえ、ここまでやらされるとは本格的なツアーであった。

「……! そうです!楽しんでいただけたでしょうか!」

皮肉だよぶっ飛ばすぞこのクソネコが!!

「ひっ!すみません!お代は取りませんから!」

元々払ってもねーけどな!!脱出ボタンの設計を見直しとけや!!

にしても、安心したらドッと疲れを感じてきた。早く部屋で休みたいものである。

オリビアはロビーの椅子に座り込んで、疲れ切った表情をしている。

何にせよ、無事に戻れてえがったえがった。

 

それから後日、まあなんやかんやクートゥリューの外交機関との手続きがあったりして、今は我が家に帰ってきている。

オリビアとは連絡先を交換した、共に苦難を乗り越えたし、そうでなくても同じ職種なので何かと話す事もあるだろうし。

そして、ヒューダーに送る荷物と手紙をしたためているところだ。

メロードも手伝ってくれている、まあ帰ってきたら旅行の話をする約束だったのでそのついでだが。

「まあ、命の恩人ならな、しょうがないけどさ……」

別にやましい事は何も無いと何べんも言ってはいるのだがこの調子である。

助けてもらったのに送り返さないのは不義理だと彼もわかってはいるのだろうが。

しっぽがシュンと垂れ下がっている。かわいい。

そうしていると、電話がかかって来た。ミユ・カガンからだ。

『どうだった、旅行は』

割と散々な目に遭ったけど、まあ結果オーライであった。

『……おかしい、そんな危険な目に遭わせるような予定は組んでいない』

電話越しにブツブツ言っている。おかんむりなご様子である。

『申し訳ない、君にこんな苦労を掛けるつもりはなかったんだ……』

まあまあ、結果的に楽しかったから……。

『今度埋め合わせはするよ、それと、あんな宇宙船を手配した担当者もどうにかしよう』

そこまでしなくても、と言いかけたところで電話は切れた。

あいつは終わったな……。

貴重な経験であったし、友人も増えたのは結構だが、もう二度とこんな冒険は御免である。

「今度は私も行くから!安心してくれ!」

えー……じゃあもう一回ぐらいにしとく。

 




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と後書きに書くといいらしいとの風の噂でのん。


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水掛け陰謀論

 

古来、神々は天より舞い降りたという。

宇宙人も天から現れた、つまりはそういう事なんだそうな、よく知らないけど……。

 

 

ある休暇の日、佐藤がどうしても行きたいというので一緒に博物館へときている。

なんでも、古代文明の展示がされているらしく、その内容がとても興味深いのだという。

「絶対面白いよ、面白くなかったら地面に埋めてもいいからね」

帰り道にホームセンターがあったかどうかは、まあ見てから考えるとして、普段来ないのでこういうのは興味深いものではある。

「あれ、なんか見た事ある人がいる」

と佐藤が指差す方向には、影の薄い、いや自ら影を薄くしている同僚、ビルガメスくんがいた。

職場で毎日会っているはずなのに随分久しぶりのような気分である。

彼は日本人を驚かせないよう、自身の大きい目を隠すためにいつもサングラスをつけているので、ぱっと見は中東の人にしか見えないのだが、毎日見てるとわかるものだ。

「あ、どうも」

こういうふうにいつも他人行儀なのだ。

「佐藤だよ、覚えてる?何回か吉田くんと遊んだよね!」

そーなの!?三人で遊ぶことあるんだぁ。

「そうだねぇ……」

微妙な態度である。

ひょっとして、男二人の遊びに佐藤がついて行っちゃってる感じなのかしら。それは如何なものだろうか……。

「いやいや、意外と趣味は合うんだよ」

それはそれで吉田が可哀想な気もする……。

しかしながら、こうやって博物館で会うという事はそれも事実なのだろう。

 

三人で展示を回ることにした。

うーん、しかし、なかなかどうして、瞼ばかりが重くなる。

ところどころに目を引く面白いものはあるのだが、私にとって大半は退屈である。

まあでも、二人は楽しそうなので、それを邪魔するのは無粋というものだろう。

「ほらこれ、どう思う?要するにアヌンナキというのは、あなたたちアヌンナキ人の事なんでしょう?」

しれっと重大そうな会話が聞こえてきた。

「そういう学説がほとんどだね」

「ほとんどって?」

「というのも、これは僕たちアッスラユでも意見が分かれているんだ。なんて言ったって数千年前だからね。いくら宇宙時代に突入してたとしても、数千年も耐える記録媒体を当時は持っていなかったんだ」

「つまり記録は失われたの?」

「そうだね、第一、宇宙の辺境で起こった刑事事件の記録なんて、何年も保存する理由も無いから。で、今になって慌てているのは"命の星"があるかもしれないからなんだよ」

「なるほどー。じゃあ真実はアッスラユには無くて、地球にありそうって事なのね」

「そういう事になるかな」

なんだなんだ二人して早口で……。

「知らないの!?あらゆる神話の神々は古代地球に降り立ったアヌンナキ人だったんだよ!」

と自信満々の笑みの佐藤。

そんなの都市伝説だよ……と言いたいところだが、こんな時代なので真実味を帯びる。

そしてビルガメスくん曰く、アッスラユにも記録の痕跡が残っているというのである。

じゃあもう真実じゃん。地球の資料洗えばいいし。

「ところが、地球側の資料はイラク戦争で多くが失われたんだ」

あらまぁ、物事は上手くいかないものである。

私が以前聞いたのは、紀元前数千年ぐらいにメソポタミア地域周辺へとアヌンナキ人の宇宙海賊が降り立ち、"命の星"を隠したという話だが。

「そう。その際に、宇宙海賊は人類…」

「を作ったんでしょ!」佐藤が割り込む。

「違うよ、現地の労働者として雇ったんだって」

「いやいやー、遺伝子操作して奴隷として人類を作ったんだよ!」

意見対立のようである。

まあビルガメスくん的にはご先祖様なんだから、奴隷を作ったとは思いたくないだろう。

しかし佐藤がこういう都市伝説的な考えとは知らなんだ。

「そっちの方が面白そうだし」そうかな……そうかも……。

「確かに君の意見も尤もだけど、歴史は常に面白い方向に行くとは限らないのさ」

あーだこーだ言い争っているが私にはチンプンカンプンである。

このままほったらかしで外に出ようかな……。

「そして、レプティリアン人種が地球を陰で操ってるって訳」

「僕たちは哺乳類だよ」

 

埒が明かなそうなので、売店で期間限定販売されていた古代シュメールのビールを飲んでいると、二人が出てきた。

「いや~、意外と彼話せるよ!」

「とんでもない、サトーさんこそ」

なんだか知らんが意気投合していた。

罪なお人よ、吉田というものがありながら。

「こっち方面の話は吉田くんわからないからなぁ~」

まあ私もわからんから何とも言えんけど。

「よし、今日はとことん語り合おう!ビルガメスくんもいいよね!?」

「えっ!?えーっと……」

おいおい……彼は確か一人が好きなはずで……。

「それじゃあ、今日だけでも」

「おっしゃー!」

え、えー!その語り合う会には私も頭数に入っているのだろうか、入っているんだろうなァ。

結局、深夜遅くまで二人のバビロンの真剣な議論を(さほど興味も無いのに)聞かされ、翌日は目をこすりながら仕事をする羽目になった。

 

 




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と後書きに書くといいらしいっち聞いたっちゃけど。


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スナネコの社交界

 

煌びやかな社交界、的なものはやはり宇宙社会にも存在する。

今回はそれに招待されてしまったのだ。

 

 

今日宇宙港を訪れたのは最近よく見るスナネコ星人ミユ・カガンである。

最近地球での仕事が忙しいのだろう。

「そうだね、コンクリートの他にも商材を探さなくてはいけないし」

結局潤うのは日本もなのであまり文句はないが、枯渇するほど使われても困るというものである。

「そこまではしないけど」

彼女は自身の服のポケットをまさぐり、またしてもチケットを取り出した。

「この招待状を君に、今度こそ、素敵な時間を過ごしてもらいたくてね」

そこまでされる謂れはないけど、貰えるものなら貰っておこう。

「私の分は?」

いつの間にかメロードがカガンの顔を覗き込んでいる。というより、睨みつけている?

「無いよ、僕たち二人の仲だからね。君とは友達じゃないし」

「え……友達じゃない……」

彼は耳と尾をシュンと垂らして持ち場に戻る。

「こ、怖かった……」

カガンも胸をなでおろす心地のようである。

なんか、仲悪いのかな二人は……。

 

はてさて招待状は、社交パーティーの招待状であった。

やっぱりセレブは違うなぁ!でも私はセレブでもないのに参加していいものだろうか。

出発の日までに一張羅を慌てて仕立ててもらい、宇宙船に飛び乗り半日、パーティー会場の存在するマウデン家の母星、マホジャへと到着。

移動で疲れてはいるが気合はばっちり、しかしルールとかマナーとか全然知らないのだけど。

「そこはまあ、なんとかなるさ」

カガンもいつもと違って、パリッとしたスマートな服装である。

ベトナムのアオザイにも近いが、それにトレンチコートが混ざったような感じ?の白い服装をしている。

パーティー会場は、全体的に黄色が使われているという点を除けばイメージ通りのもので既に何十人と様々な種族がいた。

黄色の絨毯に目をチカチカさせつつ見渡したところ、主に銀河同盟諸国からの参加者のようで、地球人もチラホラ見かける。

というか知ってる顔だ、山野大臣である、元、大臣だったか。

「お久しぶりです、先の件ではどうも」

例のピール首長国との外交問題の際に矢面に立ったが、かなりの譲歩をせざるを得ず、結局あの後彼は責任を取って大臣を辞めたのである。

「今はこういう、星間国家との会食に飛び回っておりますよ」

確かに、前見た時よりややふくよかな顔になっている。

「しかし、幅広い交友関係を持っておられるようで」

あなたの話はよく耳にします、とのことである。どういうこった。

「こういう事さ」

と後ろから手が伸びて来て目隠しをされた。

この声は……ひょっとしてガウラ帝国の皇太子殿下ではないだろうか?

「その通り、よく覚えててくれた、感心感心」

パッと手を離すと、目の前にあの狡ズルそうな顔をしたキツネがいる。

ん?どうやって目隠ししたまま前に移動を?

「そんな事はいいじゃないか、さあ酒でも飲んで」

その辺を歩いていた給仕からボトルとグラスをかっぱら……えなかった、回避された!

「ちぇっ、これだからな」実に不満気である。

ガウラ人はお酒に弱いので、しかも皇太子なので、きっと主催者の配慮であろう。

「あーあ、日本酒は美味かったなぁ!温泉もよかったなぁ!誰かまた連れていってはくれないかなぁ!」

まるで子供のように駄々をこね始め、山野さんも驚いた顔をしている。

「わ、私が連れて行きましょうか」

「君が行くような小綺麗なところはもう散々行ったよ」

あーでもないこーでもないと二人で揉め始める。

「今のうちに行こうか」

そうだね……とカガンと共に二人の元を後にした。

 

招待状に記されていた記号の立て札があるテーブルに行くと、料理が並べられていた。

いい匂いが漂ってくる、そういえば腹ペコだ。

「素敵なパーティー、錚々たる面々、極上料理、事件が起こるにゃ十分な環境ですな」

なんかサーヴァール人の人が話しかけてきた。無視していると勝手に続けて喋り出す。

「どうも、お久しぶりです、私の顔と名前、憶えていますでしょうか」

いや、私は腹ペコなので食事の邪魔をしないでいただきたいのですが……。

「ハッキリ言って私は名探偵、ヒラーク・ローイッタです、お忘れですかな、お忘れでしょうな」

ああ、いたな、そんな人……。そういえば助手もいたはずだが。

「アメリトンはお金が足りなかったので」

可哀想だろ!連れて来てやれよ!

そうこう言い合ってるとカガンが私の袖を引く。

「行こう、会場にいる間、僕のそばを離れない方がいい」

なんとも面白くなさそうな表情である、彼女に誘ってもらったのに彼女に殆ど構わなかったので当然だろう。

「まだお話しは終わってないんだっつの」

知るかボケ!お腹減ってたのに!

彼女に連れられた先のテーブルにも料理は並んでおり、先客がいた。

「もう知り合いはいないよね」

多分いないはずだけど。

「おやおや、先日のマレビト様!」

いました。

「私ですよ、ヒューダーです。お荷物無事に届きましたよ」

惑星ミ=ゴ・インスマンスに漂流した時に助けてくれた部族の青年である。

しかし一体どうしてこんなところに?

「所謂一つの社会見学というものです、クートゥリュー領の人間ですが、部族は別にクートゥリューに与しているわけではありませんから」

友好関係は多ければ多いほどいいでしょう、とも付け加えた。

それで違う勢力の社交界入りとはなんとも大胆なやり方である。

「そのお召し物が日本の礼装ですか、とても美しいですね」

う、うん。そちらは……前見た時と変わらない服装である。

「我が部族はこれが普段着で正装ですからね」

腰蓑っぽいのをピラピラさせる。ちょっとドキッとしちゃうからやめろ!

「おっと、社交界では不適切な仕草でしたね」

ふと横を見ると、カガンがいなくなっていた。

周りを見渡すと、会場の出入り口に向かって歩いている。

あちゃー、他の人と話しすぎちゃったかなぁ。

 

会場の外まで追いかけて、ようやく捕まえた。

随分とヘソを曲げているようで、口をへの字にしている。

いや、へそを曲げている、というのは不適切だろう、私が原因なのだから。

「……いいじゃないか、素敵な友人が大勢いて。素敵じゃない友人はホテルに戻るとするよ」

そんな言い方しなくたって……。

「いいんだ、社交パーティーなんだから、君が正しいんだ、色んな人とおしゃべりして」

そっぽを向いてしょげ返っている。

しかし友人を放って一人だけ楽しんでいては、一緒に来た意味も無い。

会場に戻って、今度は二人だけで楽しもう、と言うが、首を垂れたままだ。

よしならばこうしよう、パーティーはやめだ。

「え?」

街に繰り出すとしようじゃないか、そうすれば、知った顔とも会わないだろう。

「いいの?その服だって慌てて仕立てたのに、パーティーに行かなくて」

別に社交界入りするわけでもない、雰囲気さえ知れれば十分である。

「君がそれでいいなら……」

そういうわけで、早速街に繰り出そうじゃないか。どうせだから礼装のままで!

「ふふ、それは素敵な提案だ」

マウデン家の街、一体どんなものがあるのか大いに楽しみである。

 

 

クッソつまんなかった、遊ぶところ一つもねーし。

「まあ、マウデン家の人々は真面目だからね」

ホテルに戻り、顔を見合わせると、なんだか笑いがこみ上げて来て、二人して一頻り笑った。

 




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と後書きに書くといいんやて!


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壊れたる翻訳機

翻訳機、何気なくいつも使っているが、これが壊れてしまっては大いに困るのだろう。

今回はそのことをこってりと思い知らされた。

 

 

その日はホノルド氏から連絡が入った。

「これから到着する便は事故で軽い電磁パルスの影響を受けたらしい、乗客は無事だが、翻訳機がイカれちまったそうだ」

つまりは会話も出来ないのだろうか。

「まあ全員がまるっきり壊れたって訳でもないらしいから」

という事なので、まあ大丈夫だろうと高を括っていた。

結果としてかなり苦労する事となる。

 

一人目の客人が歩いてきた。狼に似た人種である、見たところ身体に異常はなさそうだが。

が、書類を出さない。なぜだろうと彼に書類を出すように促した。

「すみません、もっと大きい声で」

書類を出してください!

「まだ小さいですね」

書類を!!!提出!!!してください!!!

「うわ、大きすぎる!」

書類をご提示願います!!

「ああ、書類ね。国によって入管のやり方はまちまちだから」

くそう、先が思いやられる。

さて、次なる客人もオオカミさんであった。彼の翻訳機も壊れているのだろうか。

書類をご提示願います!!

「うわわ!びっくりした!急に叫ばないでおくれよ!」

ああよかった、壊れてなかったんですね。

「え?もうちょっと早く小声で」

ホンヤクキハコワレテイルミタイデスネ!

「ああそうだ、酷いパルスだった、見てくれ、俺のハンチャビーさんが壊れちまったよ」

ハンチャビーサンガナンダカワカラ……ゴホン、心の声まで早口でなくてもいいか。

というか、どういう壊れ方なんだそれは……。

その後しばらくは、翻訳機が正常な客が続いていた。

それも長くは続かなかった。

 

その人物もオオカミさんであった。

「俺は窓際にいたからどんな壊れ方をしたやら」

とりあえず、普通に話しかけてみた。

「えらく古めかしい喋り方だな、もっと若い感じで」

⊇れτ″ナニ″レヽι″ょぅ、ζ、″τ″すカゝ?

「いや、それはそれで古いよ……」

何やらドン引きした様子である……要らぬ恥を搔いてしまった。

となると、逆なのではないか。

かかるうちいで方はいかがならむ。

「……うーん、若者言葉はちょっと」

やっぱり逆になっているようだ。

其れにてはかくはいかがであろう。

「もうちょっと古く」

そんな世代間で通じないほどころころ変わるもんなのあんたらの言葉って!

デハコレデハドウデアリマショウカ。

「うーん、なんか違うんだなぁ」

。カウロダ事ウイウコ、アャジ

「そうだよ!それそれ!それで、何をすれば?」

。イサダクテシ示提テ全ヲ類書タキテッ持

「わかったわかったよ~ありがとう!」

ふぅ、なんとか乗り切ったようだ。

先の様子を見た感じ……以降の客はみんな壊れている様子だ。外側の席だった人たちばかりなんだと。

「ゆっくり大声で喋ってよ」

し ょ る い を は い け ん い た し ま す !

「幽霊みたいに透き通るような声で」

書類を提示してください。

「斜に構えたふうに?」

Are you here because you don't know the necessary steps to enter the country?*1

「震えて」

入国書類を提示してください。

「上下に昇り降りしつつ」

入 書 の 示 お い し す

 国 類 提 を 願 致 ま 。

「暗号文風にお願いします、信号的なヤツで……」

--・-・ -- -・--・ ・- ・--- ・-・-- ・- --・-・ ・・ ・---・ --

「なんというか四角い感じ」

 

    必

   い 要

  さ   書

 下  。  類

  て   を

   し 提

    出

 

「もっとこう、ウネウネ這いずり回る感じで?」

 

 書

  類

    の

      提

       出

       を

      お

    願

  い

 い

 た

  し

    ま

      す

       。

 

「えぇ、どうやって喋ってるの……こわ……」

お前らのせいじゃろがい!!!

「え?小声で早口で喋って下さい、それで100年弱ぐらい古い言い方で」

!イ゙カロャ゙シイセノラエマオ

事故で仕方ないとはいえウンザリである、もう電磁パルスなんてこりごりだ!

という感じで、ようやく最後の客が去って行った。

 

そういえば吉田は一体どうやって乗り切ったのだろうか。

「翻訳機のスピーカー機能を使ってな」

はあ。そんな機能あったっけ。

「前にも使ったじゃないか」

……使ったかな、使ったかも。

 

*1
"入国するのに必要な手順もご存じないのにここに来たのですか?"




気に入ったらブクマ……いや、今回はアレなので別にいいです……はい……。


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お狐様の憂鬱

 

中年の危機、思秋期、まだ私には縁のない言葉である。

しかしながら、そうでもない人物が一人、身近に存在した。

 

 

「お前は何者だ」

え、日本人ですけど……。

「違う、これは自身への投げかけだ。ホノルド、お前は何なんだ、なぜガウラ人なんだ」

私の前でうんうんと唸っているのは私の上司、マウナカタ・ホノルドである。

「今日でもう33歳だぞ!」

あ、お誕生日おめでとうございます。

「ああどうもありがとう。誕生日って祝うもんなの?」

地球では祝うけど……。

なぜ私が相手をしているのかと言えば、なんでだろう、としか言いようがない。

とにかく、便利屋みたいに思われているのは確かである。

「みんなが頼りにしてるって事じゃないか、私だって頼りにしている、それに比べて私はなんだ」

そ、そうですかぁ?……まあ悪い気はしないけどしょうもない事や面倒な事ばかり押し付けられる気がする。

彼はどうやらアイデンティティの揺らぎに陥っているようだ。

「こんな中年男の何がいい、独身なのも当たり前じゃないか」

気にしてたんすね……。しかし33歳で中年か、ガウラ人は寿命がどうも地球人よりも短いそうだ。

「魚釣りやゴルフなんてのもやってたが、最近はどうにも熱が無くって」

飽きた、という訳でもなさそうだ。

「そこでだ、新しい事を始めてみようと思う。君の意見も聞きたいのだ」

はあ。やっぱりそういう感じなのか。

別に私の意見なんて聞かずとも……とは思ったが面白そうなので付き合おう。

 

まず初めに向かったのは、カレーライス屋であった。なんで?

「こういう変わったものを食べてみれば、きっと心にも変化が訪れるはずだ」

そうなんすか……。そう言う割にはあまり進んでいないご様子である。

「いや、マズくて……穀物からも変な臭いがするしこんな香辛料の塊をありがたがるなんて変わってるよな」

……。

「ゴメン、今のは訂正させてくれ。私たちガウラ人は香辛料を慎ましやかに使う」

まあ別にいいけども。

「そしてこのコーラも舌がひりひりするし、福神漬けとラッキョウ、まるで酢が固形物になったみたいだ」

……。

「ああ、失礼、私たちガウラ人は酢も慎ましやかに使う」

思えば、メロードやその故郷の料理は全体的に味が薄かった。

舌の構造とか味蕾の数や性質が異なるのだろう。

無論日本人が塩味が好きというのもあるし、現代人が濃い目の味付けに慣れ過ぎているというのもある。

ん?それなら今まで何を食べて暮らしていたのだろう?

「そうだなぁ、スーパーで生魚を買って、それを焼いたりそのまま食べたり。後は肉や野菜もそうだな」

原始人かよ!まあ味付けが濃ゆくて食べるものが無いのなら仕方なかったってやつなのか。

「惣菜も買ってみた時もあったが、大抵は味が濃ゆくてな」

メロードやラスは割とよく食べてるみたいなので、彼らはすっかり慣れてしまっているようだ。

それはそれで生活習慣病が心配ではあるのだが……。

 

「それともう一つ試してみたいことは鉄道写真を撮る事だ」

はあ。まあ悪くない趣味だと思うけど。

「どうかな、何が面白いんだろう」

じゃあなんでやろうとするのか……。

「もちろん、一見面白くなさそうな事でもやってみたら楽しい事ってあると思うんだよ」

それはそうかも。

「さあ電車が来るぞぉ……あの敷地内にいるのは?」

先客だろう。しかし進入禁止の場所に入ってしまっているのはいただけない。

「文字が読めないのかな。犯罪をするというのは本人だけじゃなく環境も悪いんだ、家族や同居人、教育、経済状況、さもなくば…」

などと講釈を垂れているうちに電車はブワアアーンと通り過ぎてしまった。

「ああもう、行っちゃったじゃないか」

はぁと溜め息を吐く。

「もとより軍事的インフラストラクチャーである鉄道を撮影しようってのが間違ってる」

彼はせっせと撮影機材を片付け始めた。

何となくこの人が独身な理由が掴めてきた気がするが、まあそこは言わないでおこう。

 

「さあ、次は星を見てみようか」

天体望遠鏡を担いで丘の上に登っている。クソ寒い。

彼らガウラ人に合わせていると体力が持たないと思う時があるが、今がその時だ。

「たまにはいいと思うけどな」

早くも帰りたい心地である。

夜の闇の中で凍えていると、後ろから足音が近づいてきた。

「やあ……ホノルドさん……」

「メロード……くん……」

あ、メロードだ。

「どうしてここに……?」

「あなたと同じですよ」

彼も天体望遠鏡を担いでいる。

「星が出てきたみたいです、見ましょうよ」

「あ、ああ……」

何やらピリピリしたムードである……あっ、そりゃそーか。

「わからない、なぜその人がこんな夜更けに凍えている?」

「それは……私の自分探しに付き合ってくれているからだ……」

「なぜ自分探しを」

「今日が33歳の誕生日だからだ」

「そうですか……33歳の誕生日なら……仕方ないですね!」

仕方なくないと思うけどなぁ!もっと強く色々言ってくれ!もっと!

ところでそういう趣味的なものは同族たるメロードにも聞いてみてはどうだろうか。

「うーん……あそうだ、一つありますよ。今度の休みは空いてますか」

「空きまくってるよ!」

 

そういう訳で次の休日。

私はセーフティエリアで退屈している。

セーフティエリアというのは、サバゲーフィールドの安全地帯兼休憩所みたいなところである。

つまりはサバゲーに来ているという訳で、なぜか私も連れて来られたのだ。私はやらないというのに。

何人かポツポツと帰って来ていたが、しばらくすると試合が終わったのかゾロゾロと人が戻って来た。二人もだ。

「こんな遊びがあるとは知らなかったよメロードくん!」

「なかなか楽しいでしょう?」

二人はゴーグルをつけて、談笑しながら戻って来た。帰っていい?

「初めから彼に聞くべきだったなぁ」

全くもってその通りである。

「ガウラ人がどうして幸せになれる、戦争もしないで!」

よくわからないけど、彼が幸せを取り戻したようで一件落着だろう。

なんだかおっさんに振り回されただけであったような話だ。

でも、ガウラ人の精神性の一部が垣間見えた、ということでここは一先ず良しとしてくれないだろうか。

 



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読み物:侵略者、銀河同盟

 

銀河同盟による日本侵略はすでに始まっている!

というのは大袈裟な表現だが、地方では彼らがバンバン土地を買っているというではないか。

 

 

・帝国の事情

現在、ガウラ帝国は大きな戦争も起こっておらず、なんだかんだで人口は増え続けている。

しかしながらその増えた人口の受け入れ先はそう多くなく、支配下の惑星は既に開拓済みであり、失業者対策がそこそこ急務であった。

そこで帝国は同盟国や従属国に掛け合う事となる。

 

・日本の地方

その事情とうまく嚙み合ったのが日本の少子高齢化社会である。

地方では人口の流出や出生率の減少などにより過疎化が進んでいた。

帝国はこれに目を付け、日本政府と掛け合った。

 

・技能実習制度

日本政府は既存の制度である技能実習制度を提案した。

帝国も初めは乗り気であったようだが、その実態を知るにつれ、難色を示し始める。

そして遂には帝国の大使をして「こんなもん提案しやがってほんま殺すぞ」と言わしめた。

この発言は公式文書にも記されている。

 

・侵略の始まり

日本政府との協力を諦めた帝国はミユ社との連携を図る。

国内において日本への移民キャンペーンが始まった。

地方に多数存在する放置された農地を買い上げ、希望者へと配布。

彼らは日本に移り住み、農地を覆う竹林や藪を切り拓き農業を始める。

現地のコミュニティでは多くの場合受け入れられたという。

田舎者は閉鎖的、とはよく聞く言説だが、ガウラ人は殆どが田舎者であるし、

そもそもコミュニティに入ろうが入るまいが不都合はない、のが理由とされている。

ミユ社は大手各社の農業機械を購入し、タダ同然で貸与、保守を行うサービスを開始した。

これは既存の日本人農家であっても利用することが出来た。

帝国はこれらを管理するために『日本農耕地管理機構』を設立。

 

・日本農地管理機構と農業協同組合

日本農地管理機構は農業協同組合と当然競合した。

しかし機構側は農協の組合員を排除しなかったために、両方に属する日本人農家も徐々に増えていった。

農協は莫大な資本との戦いは避け、共存する方針を取る。

結果として地球向けの販路は農協、宇宙向けは機構、と農業従事者にも都合のよい棲み分けが発生した。

とはいえ、農協側も黙って見ていたわけでもなく、幾度か交渉に臨んだが、

農協にいるような人間の人間性では話し合いにさえならなかった。ダメだった。

 

・栽培作物

かくして、開拓が始まった。

とはいえ、休耕田や元々農地であった土地が多く、復元するのにさほど労力はかからなかった。

主な作物としてはコメ、ムギ、トウモロコシをはじめとする各種の穀物、豆類や、彼らの好みなのか根菜類が多い。

他には地球外原産の作物、馬鹿でかい白菜みたいなのや、見た目がグロテスクなウリのような作物も栽培されている。

これらに加えて養蜂業、養蚕業、対宇宙輸出向けにエンマコオロギやスズムシの養殖も行われている。

 

・こだわる人々

ガウラ人の中には昔ながらの日本の暮らしにこだわる、他の来訪者とは少し志向の異なった勢力も存在する。

彼らは昔ながらの家屋にも拘り、茅葺屋根の、絵に描いたような農村の家屋に暮らしている。

その維持の為に茅場を整備したり林業に手を出したりと、半ば実験考古学の領域に足を踏み入れようとしているらしい。

そういう人たちってたまに見る。

 

・害獣駆除

こうして、事業が軌道に乗り始めると、害獣対策が懸念され始める。

これらにも機構からの支援が行われ、有刺鉄線や防壁建設キットなどが配られた。

更に帝国製の害獣迎撃システムの持ち込みが検討されたが、殺意が高過ぎる為に国内法的に不可能であるという判断が為された。

当然と言うべきか、日本人農家は大いに困惑する。

なお、害獣に対する効果に加え、作物を盗まれるという事態も殆ど無くなった。

 

・農奴

日本農地管理機構はピール首長国との奴隷交易の仲介をも行った。

人手不足に悩む日本人農家はこれを利用した。

これもまた、機構価格で破格の値段で雇えたが、結局技能実習制度と変わらないという批判が起きる。

しかしながらそもそもが奴隷の概念が日本とも異なり、

しかもピール首長国の奴隷は日本の多くの労働者よりも良い暮らしをしているのである。

ところが彼らには職業選択の自由が存在しない、それ故に『奴隷』とされているのだ。

 

・事業の広がり

この狭い列島には過疎化により数えきれないほどの休耕地が存在した。

その為あらゆる土地で、むしろ都市部よりも、農村地域で宇宙人らを見かけるようになったのである。

同様の動きはイギリス、ハンガリーでも広がっているという。

最近では日本の食料自給率が大幅に上昇しつつあるとの報告も出ているそうだ。

更に嬉しい事に、山間部にも人の手が入る事となる為に鹿、猪、熊などの獣害も減少傾向にあるという。

 

・侵略者とは言うものの…

いくらガウラ人が土地を買おうが田舎に住もうが日本人より増えようが、

そもそもが彼らは事実上の宗主国であり、いつでも息の根を止める事が出来る立場にある。

彼らの侵略ならもうとっくに終わっている。

しかも、過疎地に人が集まる事は決して悪い事ではなく、地域の活性化にもつながっている。

感謝すべきとまでは言わないが、良い方向に進んでいるという事は間違いないだろう。

今後、彼らの気が変わらないことを祈ろう。

 

 




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そう言って彼は灰になった……


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お洒落合い宇宙

 

服飾にはその種族の歴史や文化、所有資源が反映されるものだ。

宇宙人らにも当然、それらを着こなすおしゃれさんは存在する。

 

 

エイリアンの奇抜な容貌に対して目が慣れてくると、彼らの服飾に目が行くようになる。

最近は入国者たちの服飾に注目してみるのも日課だ。

地球でも割とよく見るようなものも存在する。

特にTシャツとズボン、ローブ、スカートは最たる例だ。

結構、こういう服装は多いのでとてもガッカリである。

服飾を極めしものは同じ場所に辿り着くということなのだろうか。

「いや、だってほら、面倒くさいし。あんたらは一日一日服変えてるの?」

アライグマかなんかに似た宇宙人の男は言う。

ただ単にものぐさなだけなのだろうか。

構造が単純で安く手早く作れるというのも便利だが画一的になり過ぎるのは問題だ。

 

それでは身近な宇宙人だとどうだろう。

メロードは……何もつけていないし、服も地球風だ。

「まあ軍人だからな。装飾品は危ない」

うん、大事だよね……いい心掛けだとは思うけど……。

とはいえ彼は何を付けても似合わなそうな感じもする。要するに、俗っぽい言葉を使うなら陰キャっぽいから……。

「失礼な!失礼なのか?うーん……」

別にそこまで深く考えなくっていい!

となるとラスちゃんはどうだろうか。

「うちはほら、後ろにリボンつけとります、可愛いやろ!」

後頭部の毛を伸ばして、リボンを結んでいる。

彼らに換毛期は無いので伸びたら伸びっぱなし、定期的なお手入れが必要だ。

その代わりに一部分だけ伸ばしておしゃれしたりも出来るのである。

他の装飾品はというと、帽子の文化は無いらしいが、恐らくこれは寒冷惑星だから日の照りが激しくないせいであろう。

「あとは、手に付ける装飾品はありませんです。農作業しませんアピールになりますやんか」

なるほどなるほど腑に落ちる。

おしゃれが好きそうな宇宙人は他にもいる。

「もちろん、あたしのことだよね!」

おしゃれなポニー、パイちゃんだ。

「鬣と毛皮、実はこれ染めてるんだよ!本当はもっと地味な色!」

へー!薄ピンクの毛色に水色の鬣とは変な生き物とは思ったが、それならば納得だ。

「実はオレンジ色なんだ、鬣もブロンドで」

派手さはあんまし変わらなかった、パイってよりはジャックな感じだが。

「それとピアスを付けてるよ!耳は仕事の時は外してるから今はないけど、舌にもつけてるよ、ベッ」

ペロンと舌を垂らすと、確かについてる。

「これを時々チラッと見せつけるとセクスィ~~~なんだよ。ほら」

彼女は口を少しだけ開けて、ピアスをチラ見してみせた。

お、おお、ゴクリ……でもないか。

「えぇ~~~!めっちゃえっちでしょ~~!あとはクリト」

ええい、もう結構!

ビルガメスくんはどうだろうか。いつもサングラスを付けているが。

「金無垢のアクセサリーかな。定番はやっぱり」

彼は首飾りを付けていた。まっ金金だわ!

なんだか先日の博物館で見たような形で、王族か貴族かと言わんばかりの豪勢さだ。

「金は結構取れるし綺麗だからね」

彼らの母星では金はそこまで貴重ではないらしい。

こっちでいう真珠ぐらいの価値だそうだ、それなりに手は届く。

「おいおい、俺には聞いてくれないのか?」

エレクレイダーだ。ロボなのに何を着飾るというのか。

「実はこのボディーのパーツは換装が出来るんだぜ」

スゲー!ロボみたいだ!

「だからロボだって……とにかく、取り外して塗装したり、イカした加工をしたりだな」

模型店や板金屋でオシャレできるというわけだ、実に面白い。

が、当の本人は何も変えてはいないようだ。

「素の俺様が一番ハンサムだし気に入ってるからな」

そう……。

 

時には目を引く入国者もいる。

このカラカルっぽい人種のサーヴァール人は幾何学模様の柄が描かれたアロハシャツ?のようなものにケープを羽織っていて、

下はロングスカートに軍隊が履いているようながっしりとしたブーツ。

それから耳に金色のピアスを付け、指輪もそれぞれの指にってそれは手が使いにくいだろ!

目元をよく見ると、まつ毛にはマスカラを付けているようで、綺麗にカールしていて、ラメが時折輝きを見せる。

「あの、なにをそんなに見つめられているのでしょう……」

おっとこれは失礼。ついつい見惚れてしまった。

しかし時々(地球の価値観からすれば)変なのもいると言えばいる。

例えば着ていない人種とか。

地球人に似た猿人人種の女性なのだが、全裸である、裸族が惑星統一しちゃったのか?

「別に隠す意味ってある?それともあんたがたは隠さなきゃいけないほど醜いの?」

ムカつく。なぜそんなに態度とおっぱいがデカいのか。

また、似たようなもので大事な部分を隠せてない人もいた。ぶるんぶるんしおる。

「これは俺たちの流行りの服なんだ!」

牛のような人種は言うが、どうであれ隠さないなら通さない。通さない決まり。

結局彼らはいずれも局部を隠すもの持っていなかったので追い返した。

変わった服飾文化というのは面白いが、こうなると考え物である。

 




読者アアアアアアアアアアアアアアアアア
気に入ったら感想ブクマ評価してえええええええええええええええええ
あと冷蔵庫のプリンが食べられてるうううううううううううううううううう


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恒星費未払い

 

もしも、恒星に利用料があるしよう、きっと天文学的な数字になるだろう。

……天体である恒星と『天文学的数字』という慣用句を掛けたジョークである、面白かった?

 

とある旅行客が、どうも旅券を忘れたらしい。

「あちゃー、出直してきますわ」

宇宙は広大で復路もバカにならない時間であるので、帝国の大使館に行けば対処してくれる場合があるのだが。

「いいえ、そういう運命なのですよきっと」

そそくさと帰ろうとする。まあ、そういう日もあるさ。

「あ、パスポートを偽造用に譲ったとかそう言ったやましい事は一切しておりません念のため」

そ、そうなんだ……。

 

続いて現れたのはサングラスのようなものを付けたモルモット風な出で立ちの男二人組であった。

「なかなか洒落た宇宙港じゃないの」

「結構金持ってて羽振りいいんですってねぇ」

何の話かな……。

「何も起きなきゃいいけどな」

何だ!?

「いや何、弟が言ってるのは万が一妙な事が起きたら大変だなぁということですね」

それはそれとして書類の提示を……。

「書類だって兄貴」

「プーイプイプイプイ、お宅さん面白い人ですねぇ」

あなたの笑い方程ではないと思うが。

「地球人ってのは冗談がうまいんだな」

何の話なのかさっぱりである。

「宇宙船はいくつあるんだ?」

いくつって……数えた事はないが大体10前後だったはずである。

「気を付けなよ、壊れるかもしれねぇからな」

壊れる?

「なんだって壊れる事があるんじゃないですか?」

そう言って彼は受付台を拳で小突く、するとベキッとひびが入ってしまった!

「あらごめんなさい」

「兄貴は不器用なんだよ、特に機嫌が悪い時は手がワナワナっときてなんでも壊しちまうんだよな」

「宇宙船だって壊されたらマズいんじゃないですかねぇ」

どうやら脅迫されているらしいことはわかるが、私に言われてもってところがある。

「ここのオーナーはガウラ人だろ、知ってるぜ」

「毛皮に火をつけたらどんなことになるんでしょうねぇ」

まあ順当に燃えるだろうけど。というかそもそも何の話なんだろうか。

「兄貴が言ってるのはな、出すもん出しなってことだ」

「あなたは顔が利くんですって? 知ってますよ」

利かない事もないが、それで、どういった要求なのか、脅迫するならそれからだろう。

「脅迫? いやーいやー、誰がいつ脅迫したってのよ」

「俺たちは善人ですよ」

彼らの兄貴の方が今度は仕切りのガラスを突いてまたしてもひびを入れた。

警備員いるのわかってんのかなこいつら……。

「俺たちは宇宙警備隊の恒星観測員よ」

「これまで太陽を維持管理していたのは俺たちなんですよねぇ」

えぇ……何をバカな……。

「西暦で言うところの、252年から太陽はうちの管理下にあったんだからな」

「滞納した分払えって事ですよ」

はあ。ちなみにいくらぐらい。

「月に40兆円で手を打とう」

太陽の恩恵を考えれば妥当とも言えそうな値段だが、こんな詐欺まがいの事で払える値段ではない。

これ以上聞いても馬鹿馬鹿しいので警備員を呼び出す。

「わかった、100億でどうでしょうか」

「500万でもいい」

「話なら向こうで聞こうか」

メロードが二人を掴んだ。

「20万!」

「1000円!いや100円!」

どんどん値崩れさせながら、彼らは引き摺られていった……。

 

「あいつら詐欺師だよ!」

バルキンが言う。何か知ってそうだと、彼女に聞いてみたのだ。

「有名な二人組だよ、わけわかんねーこと言って金銭を騙し取ろうとする!」

有名という事は、それなりに被害者がいるという事だろうか。

「いいや、それがサッパリなの。だから有名なんだ」

あ、そう……銀河にもせこい事を考える人がいるものである。

とはいえ、あのような杜撰なスケッチのようなものでは全くお粗末な台本としか言いようがない。

ディレクターを呼び出すべきだろう。

 




はいどうもディレクターざんす
え!?気に入ったら感想ブクマ評価入れて下さるざんすか!?


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愛の日の話

 

バレンタインデーや父の日母の日なんかに類する日は宇宙にも存在するのだろうか。

その答えを知るべく、私は愛多き女性の元へと向かった!

 

 

「えっ、あたしぃ!?だよねっ!」

バルキンちゃん、あなたは呼んでないんですけど!

「仲間は多い方がいいですやん!」

それはそうだけどさ。

さて、バレンタインデー当日に彼女たちに集まってもらったのは訳があるのだ。

「愛とか恋とかセックスとかの話ならあたしの右に出る人はいないよ!」

「そ、そうやね……」

三つめは余計である。とにかくそういう日が、宇宙、とりわけ銀河同盟ではどういう扱いなのかという話だ。

「ルベリーにももちろん、バレーボールデー?に類するお祭りマンボはあるよ!」

バレンタインだってば。

「ところで、どうして『バレンタインデー』なんです?明らかに日本語じゃない……」

「それだよ!気にはなってたんだけど」

もちろん、源流は日本の文化ではない。

カトリックだかプロテスタントだか聖公会だか、はたまたコプトか東方正教会かネストリウスか非カルケドン派か、

どこの宗派のものかはわからないがとにかく聖ヴァレンティヌスに由来する記念日であるという話である。

「前から思ってたけどあなた話す時どうでもいい部分が長いよね」

「シーッ!」

……それで、1936年に製菓会社が打ち出したキャンペーンが、2月14日に愛しい方にチョコを贈ろう、というものであった。

「じゃあそれが始まりなんだ!」

いいや、定着したのは1970年頃らしい。

「へーよくわかんないけど」

「そもそもチョコレートって何ですか?甘くておいしいのは知ってますけど」

いざ聞かれると、うーん、カカオという植物の種子が原料のお菓子、と言うべきか。

世界中、というよりは全ての先進国でポピュラーなお菓子だ。

「それじゃ農家にとっては景気の良い話じゃん!」

どうかなぁ、児童労働とか外聞のよろしくない話もよく聞くし。

「……なんでそんなものが流通してるの?」「うん」

資本主義がっていうか近世の植民地主義がっていうか……あんまり答えづらい質問はよしてくれ!

「変やなあとは前から思っとったけど、農業っていうか基礎というものを軽視し過ぎやないですかこの星」

「いつまでも地表に這いつくばってるのも頷けるよ」

ぐすん、今日はなんだか二人とも辛辣である……おっしゃる通りとしか言いようがないが……。

 

「それで!ルベリーだとねぇ、月に一回、『愛しき日』っていうのがあるんだ!」

つまり、バレンタインデーみたいなのが月に一回あるというのか。

「そゆこと!その日はサービス業や飲食業以外はお仕事もお休みになってデートしたり愛を確かめ合ったりセックス!!!したりするよ!!!」

三つめは余計である。叫ぶな!

つまりは所謂プレミアムフライデーみたいなものであり、お休みでない職種にとっても月に一度の稼ぎ時という事でもある。

「そう……そうだね、そうなるのか~~!」

気付いてなかったようだ。お互いにとってもオイシイ日なのだ。

でも独身だとどうなるのだろうか。

「普通に娼館に行くけど」

ああ、そう……。

「その、『ショーカン』ってなんです?翻訳できないみたいです」

ガウラ帝国ってこういうところ逆にヤバいよね。

「うん、なんで真逆なウチと同盟国になれたんだろうね……」

「ん~?」

とにかく、ルベリーでは毎月の恒例行事であるそうだ。

デートや性行為だけではなく贈り物を送ったりする事も多いのだという。

ただ、日本のようにこれといった定番商品は無いらしい。

 

「帝国だとそういう日は無いですね」

無いのかよ!無いのか~。

「まあ、みんな恥ずかしがり屋ですし……」

「そうだよ」

そうかな……そうかも……。

「家族の日とかはあるんですけどね」

色恋ごとなどはプライベートな事なので大々的にやったりはしないという。

そもそも、資本主義、商業主義と決別しているのでそういったキャンペーンとは無縁なのだろう。

「だからこういうイベントは楽しみなんですよ!まあ、そういう現地の文化なんだから仕方な~くって体でですね!」

なるほどなるほど。

「だから受け取ってもらえると思いますよ!」

「そうだよ」

別に私が誰それに贈るのは……と意地を張っても仕方がない。

つまり、私が聞きたかったのは、贈っても失礼に当たらないか、という点である。

「大丈夫ですよ!仮に失礼に当たったとしても喜んで受け取るでしょう」

「そうだよ」

それはそうだろうけど……というかバルキン、さっきからそうだよとしか言ってなくない!?

「そうだよ」

ウザっ……とにかくこれで確認が取れた以上、心置きなく渡せるという訳である。

「それで、チョコレートどんなの作ったんですか?」

………………あ。

「え……?」

しまった!作るの忘れてた!渡す時の事ばかり考えてた!

「い、今からでも間に合いますよ!当日ですけど!」

「どうやって作るかわかんないけど手伝うよ!カカオ豆を買ってくればいいんだよね?」

いや、市販のチョコを溶かして、型に入れたりなんたりするだけでいい。

「え、それは溶かして再度固めてるだけで手作りとは言わなくないですか?」

それは…………そうだけど…………さ…………。

 




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スペース啓蒙時代

 

日本・台湾・パラオ三ヶ国条約の締結により、各国の距離は以前よりも縮まった。

これは三ヶ国をEUのような事実上の緩やかな連合にするための帝国の後押しによって締結されたものである。

とはいえ先達ほど自由に行き来できるわけではなく、日本国籍を有せざる在日外国人にとって状況はあまり変わらず、

また帝国が台湾、パラオを日本と同等に扱う、つまり技術思想の啓蒙と引き換えに多少の干渉を行うという、

ぶっちゃけ二国にはあまり大きなメリットの無い、帝国の都合の為の不平等条約のようなものであった。

宇宙人らは彼らの入管を通してなら自由に出入国出来るようになったわけである。

これらに加えて、帝国領メソポタミアの平定と統治が始まり、

『ニザーム・ジェディード(新たなる秩序)』も新たな段階に入る事が宣言される。

周辺地域は戦々恐々である。

そんなこんな地球秩序が大きく変わりつつある中で最初に彼らと交流した日英には変化が訪れつつある。

 

まず第一に、景気が良くなった。

というのはもう既にお話ししている事ではある。

体感の景気も劇的に改善されたのだ。

というか、この点については今までが異常ではあったのだが。

日英双方共に犯罪率も失業率も自殺者数、社会保障受益者数、あらゆる数値が激減している。

街のホームレスは明らかにその数を減らしているし(何らかの手段で排除されてるだけかもしれないが)、

夜遅くまで仕事をしている人も、夜勤か飲食か職場にしか居場所がない人だけの物となっている。

行政に対する行政指導がモリモリ入って恐ろしい事になっているそうな、これではまるで属国である。

「事実上の属国ですからね。我々はまたしても天皇陛下の威光によって守られる」

そう言うのは山野元大臣であった。今日は彼とお茶をしている、帝国について色々聞きたかったそうな。

「一体何人の首が飛んだのでしょうね、それも物理的に」

確かにテレビで見なくなった人々は大勢いる。

主権はこの景気の良さからは想像できないほど危機的状況に陥っているのである。

「これも帝国の啓蒙政策でしょう、彼らは民主主義など屁とも思っていない、むしろ悪だと考えている」

彼らは実際に民主主義でかなり痛い目を見たらしいので、民主主義は嫌いなのだ。

話によると市町村役場、県庁、各省庁にもメスが入り、これらの権限も幾つかは強化されたり、逆に取り上げられたりもしている。

「急進的な変革、強制良化、社会は良くなったとはいえ本当はこれを自分たちの手で成し遂げなければならなかった」

そういった意味では政府の議員官僚らは非常に悔しい思いをしているようである。

「……だが一つ、我らの天皇陛下にだけは彼らは頭が上がらないのに、陛下の許しも得ずにこんな過剰ともいえる干渉を行うだろうか」

ひょっとするとこれも陛下の思し召し、という事になるのだろうか?

「ま、まさかなぁ……」

まっさかぁ~……!

 

さてもう一つは、外国人、つまり地球内の外国人がさして珍しい存在ではなくなったことである。

これは宇宙時代以前から徐々にその傾向になりつつあったのだが、宇宙人の登場で急速にただの人になってしまった。

日本人の中で“ウチ”と“ソト”の構図に変化が起こったのだろうか、

地球内外国人は突然“ウチの人”になってしまい大変困惑しているという。

差別は殆どなくなる代わりに気も遣われなくなった、という事だろう。

予てより在日外国人の問題は幾つか存在したが、

前述の行政改革もあってか官公庁からの腫れ物扱いも無くなったという話もある。

また外国人犯罪が増加……ではなく多く報道され始め、

世間に『過剰に』知られるようになった。これは例のピール首長国のせいもあるが。

とはいえ宇宙人を受け入れている以上排外主義も主張できないために、

最近では『脱地球論』などというどこかで見たような主張が、

特にこれまでネット右翼と呼ばれてきた層に人気なんだそうな。

これらは実は英国でも似たようなことが起きているらしい。

かの国でも移民による大規模な犯罪が摘発、盛んに報道されつつも、移民たちそのものにはあまり強く当たれず、

『我々イギリス人は地球人とは違う道を歩む、栄光ある離別へと進むべきである』

といったなんだかよくわからない論まで登場している。

ある程度生活が洗練されてくると、昔の『劣った』生活が嫌になってくるような、そういう心持ちなのだろう。

日本人もイギリス人も『前時代的な』他の地球人が嫌になり、この星を出たがっているのである。

最近出国者数が増えているのもそれらの影響だろう。

 

一方で帝国に受容された日本、イギリス文化も存在する。

代表的なのはお茶だ。しかも茶道とアフタヌーンティーと普通に普段飲むお茶とが色々とごっちゃになっている。

どこかで何かの行き違いがあったのだろうが、

日本人と英国人ってのは茶を飲むもんなんだという共通認識が広がっているらしい。

緑茶紅茶はもちろん中国茶やマテ茶、果てはコーヒーまでもが一括りにお茶として帝国に流通している。

なんでも、例の皇太子殿下が持ち帰って飲んでいたのが原因だとか。

「こんな苦いもの好き好んで飲むかね」

……彼としてはいたずらのつもりだったのだそうな。苦~いお茶を従者に飲ませようとしたのである。

結局のところ帝国の庶民たちもあらゆるお茶に砂糖を入れて(昆布茶にも!)、

ついでに羊羹やスコーンなど各種茶菓子も仕入れてお茶請けにして嗜む。甘いのと甘いのでクドくない?

「まあ、いいんじゃん?」

と、広めた当の本人が飲んでいるのは日本の老舗のサイダーであった。

「絶対こっちのが美味しいよ」

殿下は地球を訪れる度に漫画喫茶で漫画を読みつつサイダーを飲んでいる。

彼としては、この漫画とサイダーの文化が広まってくれた方が余程よかったのではないだろうか……。

 

もう一つは文房具が人気である。

いつだったか紹介した通り、電子媒体はハッキングの恐れが大いにあるので、

帝国、というか星間国家のあらゆる手続きは紙媒体が主要である。

そこで、日本が誇る文房具である、今では主要な輸出産業として成長している。

これらは宇宙レベルでも高い水準にあったようで、

私も名前も容貌も知らないような国からも注文を受けているらしい。

先日なんか初めて見た種族が日本製のペンとメモ帳を使っているのを見たほどだ。

とはいえそれを黙って見ている星間企業たちではない。

日本にも多くの宇宙製文房具が輸入されている。

跡がわからないくらい綺麗に消せる修正テープなんかは私も使っている。

また、謎の技術によって真円や直線しか書けないペンなど、さながらペイントソフトでも使っているようなものが人気である。

しかしながら売れ行きが全く良くないものもある、定規である。そりゃそーだ。

 

このように、帝国と地球とで互いに影響を受け合いながら時代は進んでいる。

もはや地球人は孤独ではなく、ゆりかごから降りたよちよち歩きの赤ん坊である。

これから、先んじて宇宙に出た地球国家とそれ以外の国家の関係はどうなるだろうか。

帝国はいつまで地球の面倒を見てくれるのだろうか。

地球の各国は何かの間違いが起きない為、または起きた時の為に蒙きを啓きながら近代化を進めている、

まさしくスペース啓蒙時代とでも言うべき時代に突入している、のだろうか。

 




気に入ったら感想ブクマ評価、か……懐かしい響きだ
あれは20年前……


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涅槃来訪者

宗教は宇宙にも存在するはずだが、強烈な宗教国家というのも当然存在する。

中には悟りの領域に到達した人々もいるのである。

 

 

「そう、我々こそ、悟りの領域に達した者です」

何だ藪から棒に。

だしぬけにこんな事を抜かすは耳が尖ったエルフのような容貌の、

ロビオリクス人のバシット教宣教師である。

そもバシット教とはどういった宗教なのか?

「少し訂正を、ロビオリクスではなくロッビオリックスであり、バシットではなくバシィートです」

そう……それで、ロッビオリックス人のバシィート教ってなあに?

「それにはまず、悟りについてご説明しなくては」

はあ。

「あらゆるものへの執着を捨て、感情をも捨て去ることにより、真の穢れなき命になる事であります」

仏教の悟りと近いものだろうか。

「ほっほっほ、そんな地球の原始的な宗教と一緒にしてもらっては困ります」

はあ……ホントに悟りを開けているのか怪しくなって来た。

「もちろんです、感情などは捨て去っておりますよ」

捨てきっているなら地球の原始宗教と、なんか言わないはずだろう。

「私に感情はありません」

どうかな。

「無いっつってんだろ!!!!」

ひっ!わ、わかったわかった!

てかやっぱりあるじゃん!感情!

「ねええええええええええ!!」

 

宗教がどうとうか以前の人物であったが、

彼のような……彼のようではないが信仰に篤い人物というのは度々現れる。

以前にもマーヘッダ教の宣教師だという人間が訪れたのは覚えているだろうか。

「フフ・ホット宣教師に会いに来ました、広島にいらっしゃるのでしょう?」

この鮫っぽい容貌の客人は覚えているようだ。広島にいるかどうかまでは知らないが。

例の宣教師が訪れて、そしてぶん殴られて以来、

敬虔なマーヘッダ教徒が度々訪れるようになった。

ある種の聖地巡礼だろうか。

「まあ、後の世に、即ち日本人が教えを受け入れた時には聖地になることでしょうよ」

となると結構偉い人だったらしい。

ちなみに実行犯はしっかりと逮捕されているし、帝国に引き渡されたという噂もある。

宇宙人にとっても信仰や悟りは重要な関心ごとである。

「人の思想、意志の根底には宗教も存在します。あなた方にも存在するはずです」

我々日本人の心の底にあるのは神道であろう。

おそらくは彼ら宇宙人にとって日本人は神道の原理に従って生きているように見えるはずだ。

ちょうど、ガウラ人が皇帝とその威光を中心に生きているか如く見えるように。

そして無神論者、無宗教者は無宗教という宗教に則っているのだろうか。

なんだか屁理屈みたいだが。

 

さて、自宅。

特にする事も無いので、天の川銀河での宗教やしきたりなんかを適当に調べている。

意外と面白いんだこれが、仕事にも役立つし。

しかしながら結局のところ目指すのはいずれの宗教も似たようなものであり、

生活に役立つものであるか、布教がメインであるか、悟りを目指すのかの三つに分けられる。

「良いところに気が付いたね( ´∀`)b」

何奴!?思わず肘打ちを繰り出す!

「うわっ!!(+o+)」

手応え……無し!当たったと思ったんだが。

突然隣に現れたのは、まさしく龍そのものであった!

「おれはシン国の学者、アパララさ!(*^-^*)」

なんだか奇妙な話し方をしている……気がする。

いやそんな事よりどうやって入って来たというのか!不法侵入だ!

「それはナンセンスな問いだね(;´・ω・)」

そうかなぁ。一応ガウラ軍を呼んでおくかなぁ。

「なんてったって過去は未来であって一は全、塩サラミにはドラフトビールなんだからね(*'ω'*)」

何を言っているのか全然わからない。いや最後のはちょっとわかる。

「そのうち君たち地球人やガウラ人にもわかるよ( ´∀`)b」

よくわからないが、危害を加える意思は無さそうである。

しかしシン国人は初めて見た。このように龍そのものであるとは思わなんだ。

……にしても一体何の用なのか。

「シン国は例えどんなにどうしようもない種族であっても、真理を探究する人たちの味方なんだ(*'ω'*)」

どうしようもないは余計であるし、ちょっと気になっただけではあるんだが……。

「おれもどうせ暇だから付き合うよ(^_-)-☆」

要するに暇つぶしに来たようだ。変わったやつである。

私も暇つぶしで調べているから人の事を言えたものでもないか。

「悟りを開く、即ち涅槃に入門することはとても重要だよ(-ω-)/」

シン国にとってもね、と付け加えた。

しかしながら、仏教を始めとした多くの宗教が

この『悟り』を目指しているというのは実に不思議とも言える。

「そうなんだな(^_-)-☆ 道を極めし者らはいずれも同じところに辿り着くんだね!(^^)!」

宗教の収斂進化みたいなものだろうか。

「だからおれたちは科学的な部分からもアプローチしたんだ(・´з`・)」

これは神経科学の分野になるけど…と話してくれたが、何やらさっぱりであった。

「研究を続けるうちに脳内の共感物質こそが文明を停滞させるぬるま湯であるという事を突き止めたんだd(*´∀`*)b」

地球人にとってのオキシトシンの事だろう。しかし必要だから分泌するわけであって。

「そう、こういう分泌物は生命にとってなくてはならない物質でもある(゜_゜)」

それを超える事こそが目指すべき領域であると。

「その通り、これを俺たち『知性の完成』と呼んでいるんだ(^^♪」

執着や感情や共感を捨て去り、自らの役割に邁進する。

どうだろう、地球人的にはむしろ逆な気もするけど……。

つまり尤もらしく言うなれば、

脳内物質の気まぐれな分泌に意思や感情を支配されてはならない、とでも言うべきか。

「そう、そうだよ('ω') そういった『動物性』を捨てる事が『知性の完成』なんだ( *´艸`)」

うーん……何ともわかるようなわからんような……。

即ちそれが悟りであり、煩悩を滅殺した状態であり、知性が完成した状態であると。

「究極の共感であるルッキズムという疾病の克服や煩悩を捨て人間関係のトラブルを排除することは、国家としても重要な課題なんだ(/・ω・)/」

そう彼(彼女?)が言うと突然入り口のドアが蹴破られた。

「突入!!!」

どうやらガウラ軍が到着したらしく、ぞろぞろと入ってくる。

「こいつだな不法侵入者は!来い!シン国人!!」

「えっ、あの、その(;´・ω・)」

「拘束する!」

ガチャンと手錠を掛けられてしまう。

「あっちょっと(:_;)」

部屋に入って来た時のように突然消えたりするわけでもなく、

アパララ氏は引き摺られていった。

「大丈夫ですか、何もされませんでしたか?」

ちょっと話をしただけなので大丈夫ではあるが、

軍を呼んだのはちょっとやり過ぎたかもしれない。

「いいえ、やり過ぎなどという事はありません。不法侵入者ですよ!何もされなくても警察組織を呼ぶべきです!!」

と、いう事なので、皆さんもお気を付けて(・ω・)ノシ

 




神とか仏とかはこうおっしゃった、気に入ったら感想ブクマ評価をよろしく、と


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超星間アイドル

宇宙人、というか知的生命体は基本的に娯楽に飢えている。

芸能稼業的な仕事も当然存在する。

 

 

帝国にもラジオや映画があるくらいだから芸能界ぐらい存在するだろう。

俳優、声優も存在するわけだ。

しかし彼らというものをとんと見たことがない。

やっぱり多忙だからかな。

「見てみたいですよね~」

意外にもラスちゃんも見た事が無いという。

「貴族やからって会わせてもらえるわけでもないですやん」

そうなの、セレブってつるんでるイメージあるけど……。

「それは地球だけじゃないですか?」

そうなのかな……でもこないだカガンと社交パーティーに行ったし!

「……えーっ!!なんでウチも連れてってくれなかったんですかーっ!!」

余計な事を言ったかもしれない。

そうこうお喋りしているうちに宇宙船が到着した。

 

物々しい雰囲気の、ボディーガードらしきガウラ人らがぞろぞろとやってくる。

「何事ですか……」本当だよ!

すると、格調高そうな軍服にキラキラした装飾を付けたような、

なんともちぐはぐな服装のガウラ人が現れる。

「あ、あれは!!」

あの人知ってるの?

「ご存じないんですか!?」

ご存じないよ、地球の田舎者だし……。

「我が帝国が銀河に誇る名声優、帝国軍広報師団長にして宣伝戦の天才、連続ラジオ小説『赤い水晶と帳』の主演を務め、トップアイドル街道を駆け上がる…」

と言ってる間にもう既に目の前に来ていた。

「そう、テルバノ・ツェルです♪」

「ホンモンやーーーーっ!!!!」

ラスちゃん大興奮である。

「モノホンだーーーーっ!!!」

パイちゃんも何故かこちらに来ていて、大興奮だ。

「ホンモノじゃじゃんじゃんじゃーーーん!!」

もう一人は……えっ、誰だ今のは!?まあいいか。

このツェルさんは声優でアイドルで女優で軍人ということなのか。

「あと、後輩たちの為に事務所の調整官も兼任してやってます♪」

調整官アイドルじゃん!というダジャレはいいとして。

彼女はどうやら翻訳機をつけていないようである。

「もちろんです♪声優は言語の達人、銀河同盟諸語はもちろん日本語や英語、ハンガリー語も当然使えますよ♪」

台湾語は勉強中ですが……と付け加えた。

「古典も知ってますよ♪例えば有名どころで『ちはやぶる神のこゝろのあるゝ海に鏡を入れてかつ見つるかな』」

わからない、でもちはやぶるは聞いたことあるから小倉百人一首だろうか?

「やっぱ凄いっすね!サインちょーだい!ちょーだい!」

「あ!ウチもウチも!」

こらこら、こんなところで。

というかどっからその色紙が出てきた。

「いいですよ♪」いいんですか。

「バルキン・パイちゃんへって書いてください!」

「あ、ウチも!スワーノセ・ラスへって!」

こういうミーハーな風習はやはり地球とも大差ないのだろう。

彼女は慣れた手つきでスラスラッと、それぞれの言語でサインを書き上げた。

「無論、言語のスペシャリストは書くことにおいても同様です♪」

もう一枚白紙の色紙を受け取ると、

サラサラと草書体風のカタカナ(しかもしっかりと読める!)で、

“テルバノ・ツェル ”と書き上げ私に寄越した。

あ、ありがとうございます……。

「広報師団の宣伝動画は見た事がありますか?」

公式サイトでやってるやつか。日本語が上手いとは思っていたが。

「その通り、私が声をあてていたんですよ♪」

「あらゆるプロパガンダのデザインや構成演出を担当してさらに声も当てたりやっぱ最高や!プロやでーーー!!」

なんかラスちゃんテンションおかしくない?

「これがおかしならんでいられますか!!銀河一のトップアイドルやで!」

アイドルが政治宣伝に関わるのは、それは、いいのか……?

まあ帝国的には良いのだろうが……。

「子供ん時見たミサザ紛争の勝利演説以来大ファンなんです~~~!」

「あらあら、どうも♪」

すると彼女はラスに手招きする。

ラスが受付を出ると、ギュッと抱きしめた。

「はりゃりぁ~~~~~~~~~ッッッ!!!」

多分喜んでいるだろうが、そのまま気絶してしまいそうな勢いである。

「私も!私も!」

「はいはい♪」

続いてバルキンも抱きしめた。

「うっひょ~~~もう身体洗わない!!」

「ちゃんと洗ってくださいね♪」

「洗う!!」

ラスはというと、魂が抜けたようにその場に立ち尽くしている。

本当に気絶しちゃったかもしれない……。

でも、そんなとんでもない声優が何しに地球に来るのだろうか?

「日本の声優はレベルが高い、とある筋から聞きまして♪」

へぇ、そうなんだ。

「ご存じないのですか?」

あ、あなたもそれ言うのね……。

まあ確かに地球世界的に見れば最上位に入るだろう。

といってもレベルが高い国というのが日米中、あとは韓国ぐらいだろうが……。

「両国の文化の為に交流という形で、訪れたんですよ♪」

大変良い事だろうが、恐らくなんだけど日本の声優はそこまで、

というか帝国の声優程幅広い知識でやってるわけではないだろう。

無論、演技や語彙の知識は凄まじいだろうが。

「お互いに良い刺激になると思いますよ♪」

それでは、とボディーガードら共々入国していった。

 

後日、彼女は再び現れた。

「私、しばらくこの国にいます」

いつもの口調ではない、♪が聞こえないというか……。

なにやらぎらついた精悍な目つきである。

「深く、失望いたしました。この国の声優には……!」

そ、そうなんだ。思ってたほどレベルが高くなかったとかだろうか。

「その通り、演技は光るものがありましたが、知識が足りません」

ま、まあ帝国基準の知識を求めると……。

「銀河同盟の声優として、いや!天皇陛下の御前に出すには相応しくない!!」

えーっと、かのお人もそこまでは気にはなされないと思うのだけれど……。

「だから決めたのです、この国の声優を鍛え上げ、威光に見合う凄まじきものにすると……!」

なんだか勝手に一人で大盛り上がりしている様子である。

ともあれ彼ら声優たちにとっては多分……良い事、なのだろうか?

無関係な我々は静観させていただくが、

彼女の恐らく厳しいであろう苛酷な特訓からの生還を超願っておくことにしよう。

 




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土佐日記 とさとさとっさ 土佐日記


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菊花の冠:威光って何!?

そもそもだが、ガウラ人らの言う威光というのは如何なるものか。

具体的な性質については全くわからない。

ガウラの皇帝には存在し、日本の天皇や地球の王族たちにも存在する。

高貴なる血を可視化したもの……ではないだろうかと私は考えている。

後光が差して見えるのではないのだろうか。

どうやって可視化したのかはわからないが、我々も徳の高い大人物に出会うとまるで輝いて見える時がある。

それのもっと強いものだろうか。

なぜこんな事を考えているのかと言うと、現在とんでもないことになっているからである。

 

 

さて、そのとんでもない事というのは、ある日の事である。

その日も割と呑気して仕事をしていた。

バルキンは休暇で、代わりにラスちゃんが彼女の窓口で受け付けている。

しっかりと仕事が出来るようになってわたしゃ感涙ものだよ……!

「あの、その、書類、出しましたけど……」

おっと失礼、余所見ばかりしていてはいけない。

今日はまあ何にもない日だろうとは思っていたのだが、

こうやってお話になっている以上、何らかの出来事があるものである(身も蓋も無いが)。

するとやっぱり突如として、物々しい雰囲気のガウラ人集団が現れた。

軍服で菊花紋章があしらわれた腕章をつけている。

そしてその中で多分一番偉いっぽい人がズイと受付に立ち、書類を差し出した。

「"皇位継承の勅"に則り、この宇宙港は我々の指揮下に入る」

え、え~~~~~~~~!?

少々お待ちください、と後ろに引っ込んでホノルド氏に相談する。

「随分カビの生えた法だけど、確かに存在はするみたいだ」

彼は分厚い本をパラパラとめくりながら言った。

だとすると、宇宙港はお休みって事になる。

「そうなるね。何のために指揮下に置くのかはわからないけど」

皇帝継承の勅、と彼は言っていたが。

「とりあえず、言う通りにしておいた方が良さそうだね」

 

受付に戻ると、ビデオカメラのようなものを用意していた。

「記念すべき日を記録するのは当然だ」

ここでやるのか……。彼はカメラの前に立つと、カメラマンに合図を送る。

「ゴホン、私は帝国の威光派閥の長、オホル・サラード。日本国天皇を『発見』出来た事は帝国にとっても幸運な事だった」

撮影が始まってしまった、私の返事を待つ気は初めからなかったようである。

「そこでだ、この第一村人ならぬ第一日本人にもこの国を継承する会議に立ち会ってもらう」

彼は私を指さす。別にいいけど、いつもの事だし。

「宇宙史に残る出来事なんだから軽く『別にいいけど』なんて言うな!」

勝手に決めたくせに……。

「まず我々は日本国天皇を呼び出し、ガウラ帝国の統治権の継承を提案する」

だがちょっと待って欲しい、そもそも国を譲るだなんてガウラ帝国皇帝が許すはずもないだろうに。

「この継承の勅は初代皇帝の出したお触れだ、より相応しい者が現れればそちらに国を譲ると」

つまりそれを満たすかどうかの基準が威光であると。

「その通り、日本国天皇は最終的にはそれを受け入れるだろう」

それはどうだろう、我らの陛下がそのような提案を受け入れるはずもない。

「それでこそ我らが指導者に相応しい資質を持つという事だ、だから最終的に」

ああ、そういう……でもやっぱりそんな事が実現すれば社会的な混乱は避けられないと思うけど。

大体従属国に統合されるだなんてガウラ臣民が許すか……。

「うるさいなさっきから大人しく静かに聞け!これ録画してんだぞ!」

勝手に返事したくせに……。

「とにかく、この宇宙港を指揮下に置いたのは計画の第一歩だ。以上、第二VTRに続く!」

と締め括る。第二VTRはきっとまた後で撮影するのだろう。

 

その後、客は全て宇宙港から追い出され、宇宙港と大使館の職員はロビーに集められた。

警備員らの姿もあったが、抵抗はしていない様子である。

「あいつら、どうも武装してやがるからな。全員ぶちのめすぐらいわけないが、犠牲者が出るかもしれねぇ」

エレクレイダーがそう言うのであればきっとそれは正しいのだろう。

だいたい継承だなんて、無茶苦茶な事を言う。

従属国である日本に併合される形になるというのに。

「まあ確かにその通りだが、彼らの言い分にも一理あるだろう」

ホノルド氏は言った。無いだろ。

「あるよ」

局長もあると言う。無いよね?

「ある」「ある」「あります」

フィーダ課長、ソキ課長補佐、アクアシ係長もあると言う。無いと思うんだけどなぁ。

「まあ、あるかな……」「ありますやんか」

メロードとラスちゃんまであるって言った!

最近ガウラ人わかってきたなぁって思ってたけどやっぱりわかんなくなった……。

「わっけわかんないよね」「そうですよ」

よかった、バルキンとビルガメスくんはこっち側だった。

……ん?バルキン?なんでここにいるんだ休暇のはずだが。

「虫の知らせってヤツ!でも大丈夫そうだし帰るね!」

いや全然大丈夫では……と言う間もなくフッと消えてしまった。

とにかく、ここまでの事をやる大義名分に使われるって、

一体全体威光というのは何なのか。

 



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菊花の冠:皇帝来訪

 

さてさて、宇宙港は威光派とやらの指揮下に置かれてしまった。

威光派の要求はただ一つ、ガウラ帝国の日本への併合である。

……彼らに何の得があるというのだろうか?

 

 

「君たちにもわかりやすく言えば、宗教的意義がある」

威光派のリーダー、オホル・サラードはそう簡単に説明してくれた。

のだが、申し訳ないが日本人に宗教はさっぱりである。

「キリスト教西方教会がエルサレム奪還の為に何度も無意味な軍事的侵略を行っただろう、アレだよ」

なるほど、理解は出来た。今無意味って言った?

「言ってない」そうかな……。

とにかく、彼らにとっては大いに意義のある事なのだろう。

現在の皇帝よりもより素晴らしい威光を持った我らが天皇陛下に、

国を譲って治めてもらった方が良い、という考え方だ。

うーん、孔子の徳治主義にも似てるようなそうでもないような。

「そう、だから無意味でもやるもんなの、とにかく皇帝府に連絡したからすぐに会議は始まるだろう」

今無意味って言った?「いいや」そうだろうか……。

 

彼の言う通り、日本側の関係者が血相を変えて現れた。

「どういうことなんだね!」

外務大臣っぽい人に問い詰められるが、私に聞かれても……。

「全く、彼らが来てからは面白い事ばかりだな」

首相っぽい人も来た。それには同意する。

「ようこそ、宇宙港へ。おやおや、当事者が見えませんが」

「帝国の皇帝陛下や外交機関ならいざ知らず、あなた方が何者かもわからないのにここに連れて来いと言うのですか」

「そう来なくては」

首相っぽい人も臨戦態勢が整っている様子である。

日本側とっては今のところはデメリットも無さそうに見えるが、

社会的な大混乱は必至であるので、御免被りたいというところだろう。

「それで、もう一人の当事者は」

「急いで来るならば1時間以内には。そうでない場合は……しーごーろく、うーん6週間ぐらいでしょうか」

「そんなに」

報連相しっかりしてよ!急いでこない場合はどうすんのさ!

「まあまあ、それまでゆっくり気長に待ちましょう」

帰りてぇ……とでも言いたげな表情の首相っぽい人であった。

 

それから数十分後。

サラードは椅子に座り込み、大きな鼾を立てて寝ていた。

「それはどうなのよ」

首相っぽい人も呆れているし、みんなも呆れている。

「リーダーにあるまじき行為だ、この会議が終わればすぐに追放すべきだ!」

彼の部下らしき威光派ガウラ人も憤りを隠せない様子であった。

すると、ぞろぞろとガウラ人が入国ゲートから現れた。

どうやら急いできてくれたようである。

「お待たせしたみたいですね」

煌びやかに装飾された外套を羽織った先頭の彼が、

かの殿下の父親にしてガウラ帝国の皇帝"ガウラートリン"なのだろうか。

「いや、お待たせし過ぎてしまったのかもしれません」

あれ!ちょっと面白い人かもしれないぞ!

「これは、お初にお目にかかります、私は日本国の政治首班、総理大臣です」

「どうもどうも、私はガウラ帝国の皇帝です」

そんなサラっと言っちゃうんだ!

後ろにいる見知った顔もいる貴族たちはそういう指示でもされているのだろうか、

ただ突っ立っているだけである、一応怪しい動きがないか目を光らせてはいるようだが。

皇帝は首相と固い握手を交わした後、こちらにも挨拶をしに来てくれた。

「息子からよくお聞きしていますよ、漫画喫茶の権威、いや、日本流に『漫画喫茶の神』とお呼びすべきか……」

随分と話が大きくなって伝わっているようである。

ちょっと紹介しただけじゃないか殿下!

私との握手を済ませると、今度は椅子で寝ているサラードの元へと歩いて行く。

そして、ひじ掛けにだらしなく垂れている彼の尻尾を握ると、激しく扱き上げた!

「うひゃっ!!」

堪らずサラードは飛び起きる。

「おどかすなよなぁ!」

「お久しぶりですね」

お久しぶりとは随分な、というか意外なご挨拶である。

どうやら二人は知り合いらしい……えーっ!

 



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菊花の冠:おおきみの為に

 

日本とガウラはえらいこっちゃの大騒ぎ。

当の威光派のドンであるサラード氏と皇帝は知り合いらしい。

はてさて交渉はどうなりますことやら。

 

 

もう一度言うと、意外にもサラードと皇帝は知り合いであるそうな。

って事は結構なお偉いさんなのかしら。

「皇帝陛下、大変お久しゅうございます。高等学校以来でございますね」

先程飛び起きたとは思えない態度である。

「君と私の仲、畏まった態度はよしてくれよ」

「あっそ、んじゃ、おひさ~」

「無礼者ォ!!」

バシィっとビンタを繰り出す。なんかコントでもやってるんです?

「やっぱこれだな」「うん、そうだね」

随分と仲がいいらしい。

しかしながら相変わらず貴族たちは後ろで見ているだけである。

日本側の交渉団は若干苛立った様子だ。

「あの、皇帝陛下、それにサラードさん。交渉を始めたいのですが」

外務大臣が口を開き、遂に会議が始まる。

 

威光派の人員がビデオカメラを回し、会議は映像記録として保存されている。

「単刀直入に言えば、今現在の皇帝の任を日本国天皇陛下にお譲りするべきだという事だ」

サラードは言った。国号も変わり、即ちガウラ帝国は日本へと編入される形になる。

「それで、一体あなた方の国に何の得があるというのですか」

首相は問う。当然の疑問である。

属国に吸収される宗主国など前代未聞だ。

ガウラ皇帝が日本国天皇を兼任する、もしくは名乗る、という話ならばまだわかる。

まあそれだと独立戦争に直行するだろうが。

「毛皮を整える時、自分でやるのかい?」

サラードは自らの尾を撫でながら言った。

人間に毛皮はないんですけど!首相の頭もあんまり……。

「美容師に頼むはず、それと同じだ」

わかるようなわからんような。

「つまり、優れたる者には相応しい立場というものがある、という事ですよ首相」

皇帝が捕捉をする。……いや、わかるようなわからんような。

その場にいた日本人ら同じことを思ったのか皆似たような表情だ。

「天皇陛下は地球に収まる器ではない、そういう事ですかな?」

「まあ、その辺りかな」

ちょっとニュアンスが違うけど……みたいな表情である。なんなのか。

「仮にこの提案を受けたとして、皇帝陛下はどうお思いなのですか」

その通り、皇帝は廃位という事になるのだが、それはいいのだろうか。

「あのお方は私よりも優れた威光を持つお方ですので、やぶさかでございません」

また出た!威光!威光って何なの!そんなに大事なものなの!?

「フフフ、大事なのですよ漫画喫茶の神。我々もあなた方の『人権』理解できませんが、それと同じでしょう」

むむぅ、そう言われるとなんだか納得しそうになる……神じゃないけど。

「科学的には、我々ガウラの科学ではだが、所謂スカラー、が概念的には近いが、それの一種さ」

何言ってるのかさっぱりである。

「わかりやすく言えば、四次元の物理現象、うーん、時間や距離を超えて三次元空間に干渉するエネルギーと言えばいいんですかね……」

陛下の補足でちょっとわかった気がしてきた!

おそらくこれでも正確な説明ではないのだろうが、

その値が高いほど威光が優れているという事なのだろう。

……それで、なんで高い方がいいのだろうか。

「それを説明するには……あー……」

「陛下、原始人には理解できん話だよ」

「そういう言い方は良くないよ」

全くである。とにかく、威光が良い方が政治的にも正しいという話なのだと納得すればよいのだろう。

いきなり物理学講座らしきものが始まり、日本の交渉団は頭を抱えていた。

「ちょっと休憩にしましょうかね」

陛下の気遣いが身に、いや頭に染みる……。

 

さて、小休止も終わり、会議は再び始まる。

というか、始まってから一歩も進んでいない。

「正直、目的が見えません」

その通りなのだ、例え政治的に正しいからと言って、

国益を損なうような真似は出来ないだろう。出来ないよね?

何か裏があるのでは、と考えられるのも無理はない。

「いいえ、これは理想の為の大きな一歩」

「理想、どんな理想なんですか?」

「そりゃあもちろん、大層なものさ」

というだけでサラードは口を濁す。

責めるべきはここであろう、と外務大臣が問い詰めた。

「その理想を是非我々にも教えていただきたい、場合によっては協力いたしますよ」

「ああ、大層とは言ったが人に話すようなものでも……」

「では何か下心があるのでしょうな」

「いやいや、とんでもない……」

なんだか話したくなさげな感じである。

「お話しいただけない限りは協力は無理ですな」

サラードは口をもごもごさせていて、まるで粗相を隠す子供のようである。

「あなたの野望は、目的はなんですか」

「ガウラ帝国の破滅、というわけではありますまい」

首相も参加し、更に攻勢を強める。

「もしそうであるのなら、銀河同盟共通の敵という事になりますぞ」

「いくらガウラ帝国法で許されているとはいえ、あなた方威光派に警戒の目を向けねばなりますまい」

ああ、立派になったなぁ日本国!

こんな強気の発言が出来るようになっただなんて!

「ほう、あなた方の『両生類にも劣る』警察組織が、我々威光派を監視しようと?」

ガウラ母星の両生類は地球のものとは違い農作物を荒らす害虫であった。

と言えばわかるだろう、強い侮蔑の意がある。

みんなはこんな言葉を使ってはいけないよ!

「よさないか君、首相さんたちも」

「ああ、失礼、つい熱くなってしまいました」

「申し訳ありません……」

彼の異様な雰囲気に気圧され、二人は意気消沈してしまった。

彼らを窘めた陛下は、サラードの方をスッと見据える。

「でも……君の理想、親友として私にも聞かせてはくれないか」

そして彼の手を取り、言った。

サラードは観念したように溜め息を吐いた後、こう答える。

「君の為だよ」

君、とは、やっぱ君主の為だろうか……いや、まあ、そういう事ではなかったか。

「はあ、私の?」

「そうさ、笑うなよ」

「笑わないけど……」

日本側は意図を汲み取りかねて、首を傾げている。

「全部君の為さ、ふふ、おかしいよな」

自分で笑ってるじゃん!っていうか『君の為』というのは『君の為』って意味?

「そうだよ、皇帝陛下個人の為さ、親友だからね!」

「何が私の為なんだ」

「学生時代、言ってただろ、『皇帝の地位は荷が重すぎる』『いっそ手放してしまいたい』って」

「言ったような気がするけど……」

……えーっ。

「だから、私が何とかするって答えただろ」

「そうだっけ?」

「そうだっけって、だから私はこうやって威光派を騙して集めて、君を皇帝の責務から降ろそうと……」

「え!?騙してたんですか!?」

威光派の人たちもびっくり、会議の場がどよめく。

「全部君の為だったのに!」

「え゙っ゙、ま、まさか同性愛者じゃないだろうね……?」

「そんな薄っぺらいものなんかじゃない!」

誤解なきよう、これはガウラ人の価値観である。

そもそもこういう娯楽にそのような政治的闘争を持ち込むのがナンセンスっていうか……って何の話だ。

しかし、なんか一気にブロマンスな雰囲気が漂ってきたぞ。

ひょっとして、これってものすごーくしょーもない話?

「っぽいですな、入管殿」

首相とも意見が合った。入管殿て……。

 

さて、とりあえず事態は終息したっぽい雰囲気になった。

威光派の人たちが怒って帰っちゃったのである。

「サラード、気持ちは嬉しいけど……」

「……本当はわかってはいたんだ。君が皇帝に即位したあの日、君の覚悟を感じた。でも……それでも私は約束を果たしたかった」

「いややめたいのはやめたいけど」

「やめたいのかよ!」

またコント始めてる……。

仲が良いのは結構な事だが、国をも巻き込んでまでやるのはやめてほしいものである。

「でも人には人の相応しい立場というものがあるんだ」

「……そうだな。君には皇帝の座が似合っているさ」

「うん、サラード、君は断頭台の上がお似合いだよ」

「そーなの!?」

「いや、だってそう決められているし……『交渉不成立の場合首謀者は罪に問われる』って」

えー!?いい感じに終わりそうだったじゃん!

嫌な感じに終わっちゃうよこの話!

「いいえ、陛下。既に日本に入国しているのでこちらでお預かりします」

「でも内乱罪の過去の判例は無期懲役だよね?」

「そうですけど……」「やだーーっ!!」

そこは恩赦というのでなんとかならないものだろうか……。

まあ実害もなかったし、帝国では行為そのものは違法では無かったため、刑は免除されるだろう。

……祖国には戻れないだろうが。

「まあ、君が帰ってくるまでになんとかしておくよ」

「いや、いいんだよ。そこまでしなくたって……」

「実はちょっとうれしかったからね。君の気持ち……」

「陛下……」

よかった、いい感じに落ち着きそうで。

「なんとかならなかったらどうする?」

「どうしよう……」

いやそういう疑問は今は口に出さないでさ……。

なんか変な感じに着地したのであった。

 

 



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ありえんエイリアン

 

宇宙人というのは日本人が作った少年向けの漫画に出てくるようなトラブルを起こしがちな美少女や、

アメリカ人の作った大衆向け映画に出てくるような凶暴なエイリアンや、

イギリス人が作った偏屈なタイプの人間向けの創作に出てくるような

意味不明でどうもご都合主義(人の事を言えたものだろうか?)にしか思えないようなガイドブックの編集者は少数派である。

が、いないわけではない。あまり会いたくはないものであるのだが。

特に凶暴なヤツには。

 

 

そして今日、大ピンチだ。会いたくない内の一つ、めっちゃ凶暴なのが来たのである。

私は今そいつの胃の中にいる。咀嚼されなかったので助かった(助かってない)。

人間ここまで追い詰められると案外冷静になるもので、

ヌメヌメとした外分泌液もこのような身動きの出来ない状況ではある意味一種の清涼剤となるものである(?)。

訂正、あまり冷静ではない。

それからもう一つの懸念は、消化液が衣服ばかりを溶かしている点である。

まあこのまま死んでしまえば関係は無いが、生き残ってしまった場合がちょっと恥ずかしい事になる。

こんな事になってしまったのも、ここに来るまでの全ての関係者が、

『こういう種族なんだろうねぇ』と見過ごして来たからである!

いや明らかに人を食べる気満々だったんですけど!

顔合わせた瞬間食われたし!やっぱ毛が多いと食べるの嫌なのかな?

臓器と筋肉が動く音と周りの騒ぎが聞こえる。

「どうする!撃つか!?」「いや、中に人が!」「とにかく取り押さえろ!」

みんな頑張ってくれ!私も溶かされないように努力するよ!

などと考えているうちにどんどん奥に入っていっているような感触がする。

もう考えるのはよそう、と目を閉じる。

しばらくそうしてしていると周囲が明るくなってきたように感じた。

きっとみんなが助けてくれたのだろう、と目を開けると、そこは見覚えのない部屋であった。

その部屋の真ん中に寝転がっていた。何事かと起き上がると、目の前に扉が見える。

これは夢だろう、まあ暇だったし、と扉を開けようとするも鍵がかかっていた。

するとアナウンスが流れる。

『ガムボールさ!』は?『ガムボールだよ!持ってるだろ?』

持っていない、というか意味がわからない。

『持ってないの?まあ確かに、ガムボールを食べない人種もいるわな……』

随分と変な夢を見るものである。この状況だと致し方はないが。

『ガムボール持ってないなら出て行ってくれる?』

なんて身勝手な、と思った次の瞬間、身体が宙に浮いた、

と思ったらエイリアンの口から放り出される!

一瞬の出来事で何が起こったのかさっぱりわからなかった。

「ウワーッ!大丈夫かよ!?」

幸いにも着地点に警備員がいてくれて、

受け止めてくれたおかげで床に打ち付けられる事はなかった。

「よし、拘束しろ!多少怪我しても構わん!」

「服を溶かしやがって、全くとんでもないスケベだ!」

アクアシ係長の号令により、そのエイリアンはお縄についた……。

その後、中での状況を事細かに話したが、ガウラ人らにも今一ピンと来るものではないらしく、

事情聴取を行おうにもそのエイリアンに意思疎通能力は無かった(どうやって宇宙船に乗ったんだ!?)。

実に不思議な体験であった……で済ますにはちょっとアレな体験だが。

 

さてもう一つは吉田の話だ。

通常、入国拒否というのは書類の不備や偽造以外のパターンではほとんどない。

余程危険と見做されない限り拒否されるという事はないのである。

話は変わるが実のところ、吉田というのはモテる。

地球人はともかく、意外にも宇宙人相手にもモテるのである。

まあ普通に好青年であるのは私も認めるところだ。

しかしそれにも案外苦労する事があるようだ。

 

ある時期、彼は同じ人物と会話することが多くなった。

親しい人物が出来たわけではない、同じ客が何度も訪れるのである。

「彼って素敵よねぇ!あなたから見てもそうでしょう!?」

これはその、いわゆる竜人のような容貌の種族女性が、私の方の列に来た時の言葉だ。

そうじゃないですかぁ、とてきとうな返事をすると、ギロリと睨まれた。

おーこわ、と思いつつ彼女を入国させる。

別に騒ぎさえ起こさなければ好きにすれば、という感じだが、吉田の方が参っちゃってる様子だ。

「勘弁してほしいぜ、俺には佐藤さんがいるのに」

いや、まだ君ら付き合っては……はともかく、彼にも選ぶ権利はあるだろう。

しかし前にも似たような事はあったな、状況は少し違うが。

来る頻度は徐々に短くなり、遂には一日に何度も訪れるようになった。

しかも入国スタンプを押しても居座り、仕事が滞るようになった(主に私の仕事が増えた)。

来るなと言う訳にもいかないので私の方に回そうとすると、まあごねるごねる。

一体全体どうしてそんなに惚れ込まれたのか。

「いや、単に『爪が綺麗ですね』と言っただけなんだよ……」

こういう事になるから文化の異なる相手の身体的特徴について言及するのはよろしくないのである。

みなも反面教師にして欲しい。

結局、用事もないのに来るのはやめてくれと頼むことになった。

だがそんな要求を素直に受け入れるはずがありもしない。

「なんですってぇ……!?」

「いえ、ですからねぇ」

「殺す!!!!」

彼女が口を開くとビャッと長い舌が飛び出て吉田の首を締め上げた!

これはいかんとエレクレイダー、光線銃で舌を焼き切った!場内に響く叫び声!

「これまでは俺も我慢に我慢を重ねてきたが、もう今日という今日は我慢できんぜ!」

そしてそのままその女性に掴みかかり拘束した。

「げほっ、全くえらい目にあったよ」

吉田の方は命に別状もなく、怪我にも至っていない様子である。

結局彼女は殺人未遂で母国に強制送還され、旅券も取り上げられたという。

多分しばらくは来ないだろう。

これには流石に吉田も懲りて、客に対する態度を改めるのではないだろうか。

「しかしなぁ、ちょっと好意を表す態度が乱暴なだけだし……銃を撃ったのはやりすぎじゃ……」

殺されかけたのにこれである、この分だとまたこういう出来事は起こるだろう、

そういう煮え切らない態度がよくなかったんじゃないのか!?

 



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異星人食堂

 

例えば、西欧人ならば旨味を知らない、わかりづらいという。

同じ種族でこうであるならば、身体の構造までも違う宇宙人だとどうなるか、想像に難くはない。

 

 

宇宙港に食堂が出来た。

職員はもちろん、訪れた客も利用できる、日本を代表する料理が提供される。

なぜかランチョンミート料理もある。それは本来ならイギリスの役目であろう(アメリカの食材では?)。

となると、私のやる事は一つ、レッツ観察だ。

最近は専ら休憩時間や隙間時間を利用して食堂に訪れているのである。

「真面目に仕事しようよ……」バルキンは呆れているが……。

いや、これは私がやらねばお話にならないのである!

 

一先ずは店員に人気メニューを聞いてみることにしよう。

「どれが人気、というかは、カレーが人気が無いかなぁ」

どこぞの一流レストランから(おそらくは無理矢理)連れて来られたシェフは

不思議そうな顔でそう答えた。

「だいたいこういうのってカレーが一番人気になったりするじゃない?」

まあ確かにそういうのがありがちなパターンである。

どこかで統計を取ったわけではないけど……。

「理由としては塩辛い、香辛料が臭過ぎる、あとは排泄物に似ている、かな」

くっ、誰もが思っていても言わぬことを……!

しかしながら味覚は当然違う上に味覚受容体まで違う事もあるので

さもありなん、と言ったところだろう。

例えば鳥類は辛さを感じないらしいので鳥人種なんかにはカレー不評なのだろう。

「ご馳走様!カレー、辛くてうまかったよ!」

空いた食器を鳥人種の客が下げに来た。

……辛さを感じる鳥人種がいてもおかしくはないけども!

不評の原因は香辛料だけではない。

出汁や醤油など旨味調味料がダメな場合もある。

「死んだ魚の臭いがする!」ま、まあそれは正しいが……。

つまりはイノシン酸、グルタミン酸、コハク酸などの物質である。

これらの一部、または全ての受容体を持たない種族であるならば、

おそらく地球で満足な食事を得る事はないだろう。

 

そういう点で見れば、まずガウラ人は味に、特に塩味に過敏である。

醤油や酢を水で薄めて使っていたりするし、カレーも薄めて食べる。

というか、ドッグフードやキャットフードを食べている人も多いと聞く。

しかし開港時点からいる古参ガウラ人はもう味に慣れてしまっているらしい。

健康的には心配であるが。

つまるところ、食べ慣れれば地球での食事も問題なく喫食できる人種である。

この慣れというもので時々困ったことになる。

触手冠動物型人種、としか形容しようのない人物が食事が終わったのに

席から立たず何やらモジモジしている。

「いや、その、味と臭いがね……」

故郷の味に似ていて、感慨に耽ていたのだろうか。

「いいや、そうじゃなくて……ね……」

なんとも言いづらそうな様子だ。

「アレですよアレ、発情期の……の臭いと味が……」

えっと、つまり我々の言うところのクリームチーズと言ったところだろうか!?

「この麺の汁、うどん?ってやつの汁がね……」

もし彼らの女性と交際する日本人男性が現れるとするならば、

その男性は幸運である……多分……。

下の話でなく舌の話がしたいんですけど!

 

この食事という点において地球人類は銀河でも

どちらかと言えば秀でている種族のようだ。

猫っぽい人種が担架で運ばれていくのを見かけた。

「二硫化アリルが入ってるなんて聞いてないぜーッ!」

おそらくはタマネギ中毒だろうか、

でもそんな急にぶっ倒れる病気でもなかった気がするが……。

菌類型の人種にとって納豆菌は競合相手である、

というのは、最初の頃にお話しした通りだ。

では殺菌作用のある食品だと?例えばニンニクに入ったアリシン。

身体に穴が開いたりとかなりの猛毒のようだ。

地球人類でさえも少量食べただけでも下痢を引き起こす事もあるので、

菌類人種が食べれば大事故になってしまうだろう。

なので、この食堂ではニンニクを使った料理は提供されていない。

他にはアボカドに含まれるペルシン、チョコレートに含まれるテオブロミン、

キシリトールやカフェイン、エタノールなど、

動物に与えてはならない物質は宇宙人相手でも確認を取った方がいいだろう。

逆にテトロドトキシンやシアン化物などの地球人にとっての毒物を

分解する能力を持つ種族もいる。数は少ないが。

「このサヌカイトって石、輸出してくれないかな……」

とガリガリ石を食べる鉱物人種や、

「コンセントさえあればいつでも満腹だよ」

などといった機械生命体など、

そもそもの生物としての根底から違う人種もいる。

……美味しいのだろうか?というか、何しに食堂に?

 

いつしか、食堂に入り浸るようになっていたのだが、

ある日、ラスちゃんが困り顔でこう言った。

「先輩、あの、お腹空いてるんですか?」

いや、そういうわけでは……。

「ウチのおやつあげますよ……」

そう言ってラスは懐からお菓子を取り出して私に譲ろうとしてくる。

これはな、ちゃうねん、食い意地が張ってるから食堂に行ってるわけでは……。

「オイオイオイ、いくら腹減ってるからって後輩からおやつ取るか、フツー」

エレクレイダーも呆れたような表情でこちらを見てくる。

「賤しいヤツめ!いつもみたく食堂に行くんだな」

いやだから違うんだってば!

かくして、私の食堂観察は終焉を迎えた。

 



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私だらけ!

 

奇妙な風土病には気を付けよう、特に不慣れな土地を訪れたのならば。

 

 

はてさて今度はどんなトラブルが起きますやら。

という感じで今入院している。

休暇を利用して異星旅行に出かけた際に、アメーバ状の寄生生命体に取りつかれてしまったのである。

どえらい事だとすぐに現地の病院に向かい、

保険という制度がそもそも存在しないという事で帝国の大使館に泣きつき、

なんとか支払いを立て替えてもらって、検査は異常なし。

旅行は切り上げて地球に帰るも、体調を崩し帝国の駐屯地にある軍病院に即入院させられた。

異常あるじゃねーかチクショー!という事なのである。

「君に感染したのは一体何だろうね」

いつもの軍医や警備兵たちは感染防止の為ガスマスクと防護服でガチガチに身を固めている。

これであるので予後は芳しくないのかもしれない……短い人生であった……。

と思いきや数日経っても具合は悪化せず、むしろ元気である。

そうして精密検査の結果が出た。

「君に取りついた寄生生命体が新種だとわかった」

つまりは何もわからなかったという事である。

なんでも、私が旅行で訪れた土地に居ついていたのだが、長らく存在を無視されていたようだ。

爬虫類には取り付けないらしく、現地の爬虫類人種に認識されていなかったらしい。

「何が起こるか気になるなぁ~!また寝らんなくなっちゃう!」

マッド医者出たな……。このまま何も無いといいんだけども。

そいで翌朝、話し声で目が覚めた。

メロードたちがお見舞いに来てくれたらしく、病室の外で談笑の声が聞こえる。

私も加わろうと扉を開けると、マスクをつけたメロードとラスと、私が会話をしていた。

……アレッ!?

「えっ!?二人!?」

「どういうこっちゃ」

何故か相手の私も驚いている、いや驚きたいのはこっちの方だ!

「これは一体どういう事か」

どういう事かはこっちのセリフだ!誰だお前!

「君、いや私こそ誰だ!」

いかにも私が言いそうなセリフを!

「あの、先生呼んで来た方がいいみたいやね」

「うん」

 

「それって、宿主を完全に複製する寄生生物ってコト……!?」

私に聞くな。「私に聞くな」

どこからどう見ても私で、なんと服装までそっくりそのままである。

「凄い生物だな、宿主殺したりしないの?」

縁起でもないことを言う。現時点だと身体に影響はないが、

私が二人いる事の社会的な影響は少しあるだろうし、

おそらく仕事は休むことになるだろう。

「どんな感じ?」

「どんな感じも何も、私は私だ。こっちが複製なんじゃないか?」

オイオイオイ、コピーが本物に反逆しようというのか?

「ぱっと見どっちが本物なのかはわからないなぁ。付き添いの人は?」

「うーん……せやねぇ……」

「むぅ……」

ラスちゃんはともかく!ラスちゃんもだけど!メロードってば!!

「超能力で頭ん中覗いてみたらええんちゃう?」

「そうだな」

メロードは私と、コピーの私の額に手を当てた。

流石に記憶まではコピーできまい。が、しかし。

「……わからない、何から何まで完全に一緒だ。記憶までも……」

え、えー!じゃあどうやって判別するのか!?

「まあ二人とも精密検査をすればきっと違いは出てくるよ」

そうして入院が長引くことになったのだが……。

 

翌日、どういうわけか私が8人ぐらいに増えているのである。

私多すぎ!耐えられん!

「単為生殖なんだろうね」

「なんだろうねじゃないが」

もう無茶苦茶である。検査とかそんな悠長なことを言っている場合ではない。

「検査の結果には驚いた。何から何まで同じだ、いや、少なくとも同じに見えると言った方がいい」

ぅえーっ!?じゃあ、誰が本物で誰が偽物かわからないってことか!?

それは非常に困るのではないだろうか!?

「まあいいんじゃん?」良くはないよ!?

「そんなことより、増えた私たちはどうするんだ」

「そうだそうだ」確かに増えたままでは困る。

「そうだね、間引くか」ま、まあそれしかないが……。

「間引くといっても、誰が本物かわからないのでは」

「いいや、実のところ監視カメラに映っているからそれを確認すれば…」

と言いかけたところで、私以外の私がみんな一目散に逃げ出した。

「あーっ!本部!こちら軍病院!」

軍医はすかさず警備に通達を行った……。

「とりあえずこの駐屯地からは出られないはずだが」

 

「撃っていいのかしら」「まずいんじゃない、政治的に」

兵士たちの話し声が聞こえる。

撃ってもいいかもしれないが、あまりいい気分ではないだろう、少なくとも見た目は私だし。

「この寄生生物に効くものがもうすぐ届くそうだ」

軍医はそう言うが正直不安しかない。

二人で病室で待っていると、続々と私たちが縄で縛られて連れられて来た。

「やめろー!死にたくなーい!」「諦めが肝心だよ私」

私同士で慰めあっている……。

「あとは特効薬を待つだけだが……」

「待ってくれ、本物の私かどうか検査でもわからないのにどうするつもりだ?」

「そうだそうだ」「そうだぞ」

まあそれは確かにそうだ。まあ私が本物なんだが。

「監視カメラだって、全部が映っているわけじゃないだろう」

「どっかで入れ替わったかもしれない」

カメラの死角に入ることもあるだろうし、言わんとすることはわかるが。

私が本物だけどね!

「その点も特効薬が来れば解決するよ」

そこで、部屋の扉を叩く音がした。

「噂をすればだな。入れ」

扉が開くと、ガウラの軍人がデケェカナブンを抱えていた。

「軍医どの、例の物が届きましたであります」

ウワーッ!デケェカナブン!中型犬ぐらいの大きさはある!

「よく知ってるね、こいつはデケェカナブン」

なんでも、体内に対寄生生命体ウィルスを飼っているらしく、

この寄生生物の毒牙に掛かった動物やそれが増殖した個体に噛みつき体液を注入。

そして寄生生物が体内から飛び出したり、形を留めていられなくなったら、

綺麗に舐めとってしまうのだという。つまりはこの寄生体の天敵だ。

 

デケェカナブンは縛られた私たちを見ると目の色を変え、

羽を広げて飛んだ!キモいよー!

そして私たちに噛みつく!断末魔の悲鳴と共に溶けていく私!

地獄絵図とはこの事だ、気分の悪い光景である。

そうして全ての私を食らいつくした後、私の首筋にも噛みついた!

痛っ……くはない、噛むのが上手らしい、するとすぐ気分が悪くなり、

たまらず嘔吐すると、口からアメーバが飛び出してきた。

「げぇー、荒療治だなぁ」「気分が悪くなってきたであります」

私の吐瀉物だろうが気にせずデケェカナブンは綺麗に舐めとり、

獲物がいなくなったとわかると、その場で動かなくなった。

ありがとう!デケェカナブン!

 

かくして珍事は終演を迎えた。

「いやーパンデミックを起こさなくてよかったよかった」

軍医はようやくマスクを脱ぐ。

「暑くて仕方なかったよ」

しかしながらなんとなく、ひっかかるのは、きちんと全員処分できたか、という点だ。

確かに全員処理したはず……数えたわけではないが……。

「君を合わせて8人だったよね。あれ?9人だったっけ?」

ううむ……私の記憶も定かではない……。

「まあいいんじゃん?」

よくはありませんけど!?

その後の調査によると、複製体に感染能力と複製能力がないことが確認され、

もし仮に取り逃がしていたとしても大きな問題はないそうだ。

いや問題あるよ!なんだよそれ!私が大いに困るんですけど!

 



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帝国首都の舌戦

 

異文化同士の衝突については、もはや多くを語る必要もないだろう。

だが厄介なことにアレを導入しようと企む者がいた。

 

 

ある日突然、ガウラ帝国の帝国首都への招待状が届いた。

差し出し人は例の殿下である。嫌な予感しかしない。

が、行かない訳にもいかないし、首都にはまだ行ったことがないので

タダで行けるならばこれは好都合である。

しかし、届いた手紙を詳しく読んでみると、

どうやら帝国の領主らに日本の文化、特に漫画や同人文化などについて

講習してもらいたいのだという。専門家に頼んでほしいんですけど。

というツッコミを見据えてなのかあまり大っぴらにしたくないし、

まだ皇太子なのでツテが無いという点も書き記されている(どうにかできそうなものだけど……)。

いや、でも、やっぱりもっと適任者がいるだろ!?ただの宇宙港職員なんですけど!

「じゃあ俺が行ってもいいよ!」

この男は吉田。さっきまでコミケの事を漫画のフリーマーケットと思っていた男である。

まあ、大きく外れている程でもないが、彼には荷が重すぎる……。

他の候補はみな宇宙人だ。バルキンは?

「え!?ガウラ人にスケベな本を布教してもいいの!?」

ダメそうだ。結局私が行くしかないらしい。

そもそも私宛の招待状ではあるのだが……。

 

さて、道中は省略し、数日の船旅の後、主星エレバン、帝国首都へ。

宇宙港から出てすぐ正面は北欧かどこかの古風な街という感じである。

空飛ぶ車も高層ビルも無いが、鉄道は走っているし、

小銃を担いだ衛兵がいたるところに立ち周囲を見張っている。

昔からあるものをそのまま使っているようで、

歴史を感じさせる街並みだ(ていうか部分的にほぼ古代なところまである。物持ちが良過ぎる)。

大通りの先には立派な宮殿らしきものが見え、あそこに皇帝が御座すのだろう。

一応政治の中枢はこの古い街並みらしい。

こっちは日本語で言うなら『旧町』という地名だ。

しかしこの宮殿とは逆の方向を見ると摩天楼が剣山の如く立ち並び、

東京やニューヨークが田舎に見えるほどの、まさしく想像通りの宇宙都市だ。

空飛ぶ車もある!

こっちの方は訳すなら『新町』という地名。

新町は宇宙時代になってから作られた大使館と外国人居住区が大半を占め、

帝国首都の人口、およそ3000万の大半が住んでいる。

結果として新町と旧町の境目はアメリカとメキシコの国境みたいになっているという、

なかなか風変りな都市だ。境目付近の日照権とか大丈夫なのだろうか。

「外国人かい、遊びたいなら新町に行った方がいい」

どこかの大使館職員らしきなんか変な宇宙人に話しかけられた。

旧町は見ての通り遊ぶところは少ないようである。

しかしながら用事があるのは旧町だ。

「マジで!?外国人なのに!?滅多にあるもんじゃないぞ!」

え、そうなの……。

「宮殿と官公庁、政務を行うガウラの貴族らの住居と国際会議場、それから元首級の客人専用の宿泊施設ぐらいしかないんだぞ旧町」

そうなんだ、でも外交官なら入る事もあるんじゃ……。

「いやいや、街並みを見て回るぐらいなら観光客でも許されているが、用事があるってなると……君大統領?」

違うけど……でも招待状の住所見るとやっぱり旧町だし……。

しかし住所がわかっててもそれがどこかわからんので、

適当に彷徨いていると衛兵に声をかけられた。

「招待状をお持ちですね、どうぞこちらへ」

はて私は何も言っていないのだが。

「皇太子殿下がお待ちです、日本から遠路遙々帝国首都へようこそおいでくださいました」

どうやら心が読めるらしい、文字通りの意味で。

というか、エレクレイダーがよく言っている近衛隊ってこの人たちかひょっとして。

「左様でございます、彼にも素質はあると思いますが」

ロボに素質なんてあんのかな、という疑問には答えてくれなかった。

 

衛兵に連れられて訪れたのはそこまで大きくはない会議場であった。

というか異常に古めかしい、石で出来た議場である。

いつの時代の建築物だこれ。

「だいたい1000年前だよ、お久しぶり」

ここで皇太子殿下のご登場だ。そこまでお久しぶりでもないかもしれません。

「正確には942年前かな……元気してた?」

まあまあ元気。とはいえガウラの暦なので地球人的にはもっと新しいものだ。

少なくとも金閣寺ほど古くはないだろう。計算してないけど。

つまりはガウラ文明は地球文明よりも遅く生まれたにも関わらず、

地球文明よりも早く宇宙に飛び立ったということであるのだが。

「しかし文化は地球ほど洗練されてはいないよ」

どうだろうか、文化と価値観に優劣なし、が宇宙時代の処世術である。

そして大抵の場合、各国の『禁忌』を除いて、という枕詞がつく。

「君もだんだんわかってきたじゃないか!でも媒体についてはホントに地球のが進んでるからね!」

そう言いながら私の頬をむにむにした。な、なにゆえ……。

 

「あまり大っぴらにしたくないのはこういう事」

ズラリと並べられた漫画やアニメの中には、

いわゆる同人誌やBL、百合と呼ばれるジャンルも含まれている。

「しかもおれが勝手にやってる事だし、別に禁止はされてないけど」

つまるところ文化振興事業を勝手にやっちゃっているようだ。

違法ではないのだろうが、殿下は皇族の一員である為に、

しかも禁忌とされている同性愛を含んだ作品も中には存在し、

誤解を招けば最悪自身の首が(物理的に)飛ぶというかなり大胆な事をやっているようだ。

一体どうして命までも懸けてこんな事を……。

「たまにいるだろそういう人」いるけど……。

ともあれ、そこまでの心意気なら協力するのはやぶさかではない。

そうこう殿下と話していると、からの議場にぞろぞろとガウラ人が入り始めた。

「彼らはみんな領主か、その家族、またはその家臣だ」

文化振興に特に意欲を見せる人々なのだろうか。

「そうでもないかもしれない、気を付けろ、みんな一癖も二癖もあるから」

え、えー!学びたいから来ているのでは!?

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」は?「ごめん」

流石の帝国も善人ばかりではないらしい。

こういう講習などは度々行われ、渋々やって来ている領主も多いのだという。

帝国の貴族は公務員とは聞いていたけど……。

しかしながら、そう来ると思ってとある秘密兵器を、グイと飲み干した。

「それって酒?今から講習始まるんだけど……」

多少は気が大きくなった方が良いのである。

「まあ、君がそう言うのなら……」

 

かくして講習が始まった。

事前に一通り調べてきた、鳥獣戯画から少年俱楽部とそして現在に至るまでの歴史と、

大まかな概略、市場規模、そして同人文化などを解説した。

彼らは特に市場規模に驚いていたようで、6000億円を超えるとなると、

ガウラ帝国のラジオを除いた文化産業では太刀打ちできないらしい。

だがそれが逆に彼らの内の何人かの逆鱗に触れたようだ。

それは講習が終わり、質問時間になってから顕在した。

「ハルナ伯コサキです。此度の講義、我が領地においても大いに役立つことでしょう。そこで、お聞きしたいことがあります」

そう言われれば光栄である。質問なら何なりと。

「では。漫画に限らず舞台やアニメ、その他様々な職種において創作者の搾取が行われている点についてですな」

まぁ、確かにそれは存在する。彼らも事前に調べてきているようである。

「詐欺と横領と強姦の温床と言えましょう、そのような腐敗した醜い産業を我が帝国に持ち込むことが許されるとお思いでしょうか」

「全くだ」「早くお帰りあれ」

確かにそれらは課題であるが、産業に携わる人々の不断の努力によって近年は改善しつつある。

それからもう一つ、これは産業構造の問題であり、漫画という媒体自体の問題ではない。

他の漫画大手の国である米国や韓国、フランスでもそれぞれ独自の産業構造を持ち、

何も日本の『腐敗した醜い』構造まで取り入れろと言っているわけではないのだ。

まさかとは思うが、そこまで考えが至らなかったわけではあるまい。

「……失礼」そう一言呟き、彼は黙り込んでしまった。

そして次なる刺客が立ち上がる。

「タニガウア公ユザードです。少々お尋ねしたいのですが、二次創作同人誌というものについてです」

確かに気にはなるでしょう、どうぞ。

「これは著作権法という法令に親告罪とはいえ抵触します。この点について著作者や政府はどのような対応を行っているのでしょうか」

あまりにも目に余る物や権利者の意向に反しない限りは特に。

「と言うと、事実上野放しであると。事実上の組織的な犯罪を野放しですか」

組織的ではないだろうが、確かに法に触れる。

しかし二次創作はファンが勝手にコンテンツの良さ広めてくれる広告とも言える。

二次創作がファンを呼びファンが二次創作を作りまたそれがファンを呼ぶ。

さらに同人文化は次なる世代を育てる事にも一役買っている面もあるのだ。

二次創作で力をつけた人材を出版社が採用し、新たなコンテンツを生み出す、

清すぎる川に魚は住めないのである。

「なるほど、しかしながらポルノが宣伝になりますかな。権利者の提示したガイドラインにも従わず、お目こぼしを利用して金稼ぎとは、川には害魚ばかり住んでいるようですな」

ガイドラインに従わない人間も確かに存在するが、

それはそれだけ規模が大きい証左であるとも言える。

人が増えれば悪人も増える、当然の事である。そういった人間は目立つ。

そしてこれは、遵法意識の高いガウラ人であるならば、

このような問題も起こさずに盛り上がる事が出来るとも言えよう。

また、二次創作や同人作品が成人向けばかりであると考えているのであるならば

それはとんでもない思い違いだ。悪目立ちするだけで大半が全年齢向けである。

「すみません、その点については不勉強でした……」

もっとこう、ポリコレとか文化の衝突的な視点で来ると思ったらちゃんとした質問来るのいいよねよくない。

ここまでバチバチやり合うとは、酒飲んでてよかったぜ。

さあ次だ!かかってこい!

「ムツガタ伯爵のミヤーカです。あのー、このオメガバース?についてですけど、地球人類の男性は妊娠ができる生殖器が存在するってことでよろしいでしょうか?」

……いや詳しくはないが、それはそういう設定、想像であって、とやかく言う事ではない。

「ちょっと気になりまして、事実でしたらば地球人が奇怪な同性愛などを嗜むのも理解できるな、と思いまして」

「全く野蛮な種族だこと」「ありえない、古い価値観だ」「前時代、いや前々時代的と言えますでしょうな」

「そのような作品を持ち込んで臣民に悪影響を及ぼすのではないかと心配です」

そもそもが創作、想像であり、どのような作品であっても自由だ。

誹謗中傷やデマの拡散を目的にするものであれば別だが、そういったふうでもない。

第一、余程帝国にそぐわない物であれば年齢制限をかけたり規制したり禁輸すればいいだけの話であり、

それを作品や著者に言われても知ったことではないのである。

また、日本においても物語の影響でバンドやキャンプや競馬が流行ったことはあっても

殺人や海賊行為や鬼狩りなどの犯罪行為が流行した事はない。

もし仮に作品の影響を受けて犯罪を犯したとしても最終的には本人の意志である点はどうあがいても揺るがない。

「それは……そう言えるかも……」

にしても、他国の文化を取り上げて、奇怪だの野蛮だの前時代的だの、

流石は宇宙時代の先進国と言える。

「チッ……」「むぅ……」

さあ、次はどなたか。

「バンダガ侯爵スザク。お答え願いたい、そもそも貴殿は漫画の専門家どころかド素人ではないか。そんな論ずる資格も持たない人物が遥々宗主国を訪れ講釈を垂れるとは、全く出過ぎた真似だと思うが、これをいかに思われるか」

ただの人格攻撃だがお答えしよう。

確かに私は素人だが、この漫画産業は先ほど申し上げた通り莫大な市場を擁すものであり、

それに従事する専門家の手を煩わせるわけにはいかない。

更に言えば、漫画そのものに幼少期から触れ、今回の事で事前に勉強しており、

ここにいる誰よりも漫画について詳しいのは火を見るよりも明らかである。

そもそも私は他ならない皇太子殿下の指名によりここに訪れており、

これを資格が無いと説くのならば、それこそまさしく宗主に講釈を垂れる行為と言えよう。

「ぐ……」

「ていうかお前たちいい加減にしろ!?」

ついに殿下の怒号が飛んだ。遅いよー!

「このおれの客人を愚弄するとは何ごとかお前たち」

恥を知れ恥を、と議場から領主たちをみんな追い出してしまった。

「全く見苦しい真似をしてしまった、申し訳ない」

本当にね!しかしこれでは講習会を台無しにしてしまったのではないだろうか。

「いいや、心配は要らない。多分。みんな金には困っているからね……」

 

後日、日本の漫画がガウラ帝国に輸出されること、

そしてガウラ帝国製の初の漫画の製作が開始され、

日本でも発売される事が発表された。

『知られぬ日本の面影』や『菊と刀』のような、

ガウラ帝国の文化や風習を紹介するものになるらしい。

こういった帝国を紹介した文化人類学の書籍はいくつか出版されているが、

どれも鳴かず飛ばずであった。

今度のは漫画という事で取っ付き易いだろうし、おそらくヒットするだろう。

「という事で、翻訳お願いできる……?」

これである。殿下は人使いが荒すぎる。

宇宙港職員に頼む仕事じゃないよ!?自分でやってよ!

「やっぱ無理かぁ……じゃあ有名な田戸ツナコって人に頼むか……」

いや、その人はやめた方が……。

「え!?じゃあやってくれるか!ありがとう!また連絡しよう!」

そう言ってスタコラと足早に去って行った。

まあ王族相手だから、あんまり強い言葉は使えないが、

一言だけ言わせてもらうのならば、あのクソ野郎!

 



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ラスちゃんペットをかいに行く

 

猫や犬は可愛い。いや少なくとも地球人から見れば可愛いとされている。

今更言うまでもないことだが、種族によって可愛さの尺度も違ってくる。

 

 

さて今日はペットショップに訪れている。ラスちゃんも一緒だ。

「色んな生き物がおるんやね~」

彼女はペット、というかロボなら飼ってはいるのだが、

なんでもそのロボにお友達を作りたいとか。

「ロボやなくて、ヒヤムン!」

ヒヤムンという名前にしたそうだ。意味は『中興の祖』。何の?

「親分……」

今日は彼?も来ている、あれから結構時間が経つが相変わらずこれである。

見た目もこれ以上変化はないようだ。

「最近は料理も作れるようなったんですよ!」

大量破壊兵器に何をさせているのか。

しかしながら現状何も敵意や怪しい電波を出している様子も無いらしいので、

まあ問題は無いのだろう。

ヒヤムンに料理が出来るぐらいの知能があるなら、

殆どの動物を視野に入れてもいいだろう。

「ペットかい、金の臭いがするね」

カガンさんも来ている。ラスちゃんが呼んだのかしら。

「せやねん。ウチ持ち合わせがないねんけど、ちょっと永久に貸しとってくれへん?」

まさかの財布係である、しかもそれは貸しとは言わないのでは……。

カガンも渋い表情をする。そりゃそーだ。

「えー……じゃあ、1000万円だけ……」

そんなに。私も借りていい?

「ダメ」なんでーっ!!

いつの間にか二人は仲良くなっていたようだ。

 

それはともかく、やはり定番と言えば犬猫だろう。

が、ラスちゃんはなんとも怪訝な表情をしている。

「あんまり可愛くない……」

まあ確かに、彼らにとってはそうだろうな……。

「自分たちの容貌に似た小さい種族がおったら飼いたいと思います?」

色んな愛好家もいるから人によるんじゃないかな!?

それに犬はともかく猫はそんなに似てないかも……。

「むー……ミユ社の人に似てる……」

それはそう。でもそれ言い出したら銀河中似てる人いっぱいいる。

カガンはミユ社の人間であるので、これは思うだろうか。

「別に可愛いと思うけど……」

そ、そうなんだ。それは自分たちの顔も可愛いという意味で?

「それもあるけど、あんまり似てないよボクたちには」

そうかな……そうかも……まあ確かに、我々も自身が猿に似ているとはあまり思わない。

「しかもこの二つの種族って侵略的外来種ですやんか。流通規制せんでええんです?」

それもそう。とはいえ今更規制も無理な話だろう。

「見た目から生態まで何から何まで可愛くないのでパスです!」

そっか……。ヒヤムンはどう思う?

「親分……」

ちゃんと喋れるようになったりはしてないのかな。

「何言ってるんですか、ちゃんと喋ってますやん」

え……。

「そうだよ。翻訳機が壊れているのかい」

え……?

 

さてお次はその他の小型哺乳類だ。

ウサギ、ハムスター、モルモット、フェレット、チンチラにリス、

ハリネズミにミニブタ、モモンガ、ミーアキャットにデグー!

あと色々!全部言っていくとキリがない。

三人は黙って腕を組んで聞いている。な、なにゆえ……。

「いや、どこまで言うのかなって」

「気合入ってましたし……」

「親分……」

くそう。あんたらが日本語読めないからだろ!?

「読めます~、ひらがななら……」

「流石にまだかな」

でしょう!?それはいいからほら見て見て!

「うーん……美味しそうやね」

絶対そういうこと言うと思ったもんね。

「ていうか害獣ですやん?」

そんなこと言ってたら何も飼えないし……。

そもそもガウラ帝国にペット飼う文化があるのか、と問い質したくなって来た。

あるとしたらどういう動物を飼っているのか?

「ん~~、爬虫類とか陸棲の魚とか鳥とか……」

先に言ってよ!そっち先に紹介したのに!

ちなみにカガン的にはどうだろうか。

「このモルモットってやつ……」

可愛いよね!プイプイ言ってて!

「社会性フィルターを外して言わせてもらうけど、丸々太ってて踊り食いしたら美味しそうだね」

次行きましょう。

 

さあお待ちかねの爬虫類だ。

「ちっちゃ!?初めて見るわこんなの!?」

意外な反応である。

寒冷地だと生物は大型になるというが、彼らの星には小型の爬虫類が生息していないそうだ。

そもそも地球人にとっては大型の爬虫類、しかも寒冷地というのが驚きである。

どういう進化を遂げたのだろうか、生物学者なら大いに食いつくところだろう。

「これならええかもね~しかも可愛いし、ウフフ」

キラキラした目でトカゲたちを眺めている。

しかしヒヤムンは首(頭しかないのに?)を横に振る。

「母上……」「えー、せやろか」

何を言っているのか気になる。やっぱ翻訳機壊れてんじゃない。

今度修理に持っていこう。

カガンの方も、ヒヤムンと同じ意見のようだ。

「ちょっとね……ウチの害虫に似てて……」

彼らの故郷は温暖な惑星らしいので、

きっとトカゲがこっちで言うところのゴキブリポジションなのだろう。

「気分悪くなって来ちゃったねぇ」

「ほんなら、次行きましょうか」

 

お次は鳥コーナーである。インコ文鳥あとその他。

「随分と投げやりな紹介じゃないか」

だって美味しそうとか焼き鳥とか言うんだろ!?

「いや、これは別に……」

あらそう?

「肉が少なそうだし」

これだもん。カガンはいいとしてラスちゃんがお気に召すか問題だ。

「これはキビシイなぁ~~~~~」

全くワガママだなぁ!何が問題なのよ!

「いやぁ、檻を見た感じ衛生に気を遣わなあかんし、それにこの小ささだと噴霧器系の嗜好品とかも使えんやろうし、遊ばせるなったら大変やし観葉植物なんかも置けんしなぁ」

うわぁ、急に知識の解像度を上げてくるな!

「母上」

ヒヤムンもそうだそうだと言っていそうです。

ちなみに観葉植物はヒヤムンの趣味らしい。お洒落だ。

「鳥は実家で飼ってましてん。5mぐらいのヤツ」

でか!ダチョウとかエミューの類だろうか。

「ちゃんと飛びますよ!」

スゲー!見てみたいものである。

すると突然、なにかエンジンに点火した音がした!

「母上……!」

ヒヤムンは自分も飛べると言いたげだ!

でもここペットショップ!やめて!

店員さんもダッシュでこっちにやってきた!

「大きな音やめてもらっていいですか!?」

「召使い……」「召使い!?」

結局めちゃくちゃ怒られて追い出されてしまった。当たり前である。

賠償金ってことでにカガンさんが100万ぐらい置いていってくれたそうだ。

それはいいのか……?

 

後日、ラスちゃんが新しい友達が出来たというので見せてもらう事となった。

「驚いたらあかんですよ!」

ドジャァ~~ンと彼女が見せてくれたのは金魚であった。

「なんだ金魚か、と思ったでしょ!?」

何か秘密がありそうである。

「おや、お友達ですか」

……誰が今喋ったの?

「親分……」「ウチではないですよ!」

もしかして金魚!?どひぇ~~~!

「なんとヒヤムンが金魚に手術を施して、喋れるようになったんや」

「はい、おかげさまで」

てへへ、と金魚は照れ臭そうだ。

だが、なんというか、金魚が喋っているのはこう、キモいよ~~~!

「可愛いですやん!可愛いですやん!」

「親分!」

しかしこのヒヤムン、本当にただの大量破壊兵器なのだろうか?

結構恐ろしいものを匿っているような気がしてならないが、

まあ大丈夫だろ……たぶん……。

 



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珍客万来

 

いや、まさしくこの作品の主題ではあるし、

何度もエピソードとして取り上げられてはいるのだが、

突出して変なやつはホント勘弁して。特に下な方。

 

 

「我々は『乳首ダブルクリック宗』だ」

は?唐突が過ぎる。

「我々の信仰は乳首ダブルクリックすること!」

聞いてないんですが。奇妙な珍客はヒューマノイド型人種の男であった。

信仰を人に押し付けなければ別に構わないけど、

そもそも聞いてもないのに信仰を前面に押してくるやつは

碌な人間ではないという事は地球の歴史でさえ証明されている。

そもそもどういう宗教なんだよっ!?

「どういうって、乳首ダブルクリック宗だが?」

は?正気とは思えないが、これが正気なのだろう。

書類に目を通すも、発言以外は特に問題箇所は無い。

一通り見終わってから顔を上げると、5人ぐらいに増えていた。

……増えてるーっ!?これも乳首ダブルクリック宗のパワーなのか!?

「いや、これは気まぐれだ」

気まぐれなのーっ!?

「お前も乳首ダブルクリック宗に入らないか?」

入らねーよ!!なんなのこの人!

「ならば、わからせてやるまでよ!」

ウワーッ!身の危険を感じ、すぐさま警備員呼び出しボタンを押した。

瞬く間に警備員が飛んできた!警備員が撫で切った!

ビーム警棒で5人(1人?)をまとめて撫で切ったッ!

 

もう一例、これは本人が悪いわけではないのだが。

辞書を片手に、メガネをかけたサーヴァール人の女性が訪れる。

彼女は辞書を食い入るように見ながらたどたどしい日本語で言った。

「書類提出しますた、入国キボンヌ」

は?太古の言葉を使っている。

私が固まっているので、何やら不備があったのではと不安になっている様子だ。

「あいえええ!不備!?不備ってなんで!?」

なんだかあからさまに言葉遣いがおかしいのだ。

「あーもうめちゃくちゃだよ……」

めちゃくちゃなのはあなたの言葉遣いですけど!

しかも色々混ざっている様子である、酷い辞書を掴まされたようだ。

「こんなの嘘でしょ、何故なんですか!」

彼女は辞書をこちらに差し出した。

なるほど……『よくわかるネットスラング集』ね……。

その旨を伝えると、ショックを受けたようだ。

「俺が悪いんだ……こんな辞書を受け取ったのは俺のせいだ!」

いや全然悪くないと思うよ!代わりの普通の辞書を持って来よう。

「キャビンアテンダントがファーストクラスの客に酒とキャビアを提供するように持ってきな……」

うわぁ!急に横柄な態度になるなぁ!!

正しい辞書を渡すと、深々と礼をして言った。

「ありがとうございました死んでしまいました!」

はあ、どうも……。

 

「私は銀河連邦に雇われた傭兵だ」

全身甲冑のようなパワードスーツに身を包んだ人物が現れた。

銀河連邦という組織は聞いたことがないが……。

銀河同盟なら知ってるけど。

「"メタルアンドロイド"なるものを探している」

メタルなアンドロイドかぁ。あっこにいる警備員とか。

「いや違う、もっと丸っこい、可愛いやつだ」

可愛い……例の侵略兵器の事だろうか?

「そんなら、今日は連れて来てるで」「親分!」

「ついに見つけた……!」

カウンターを乗り越えようとする!コワイ!

「母上!」

歩く対艦決戦兵器がラスちゃんの前に立つ!わ、私は!?

「うひひひひ!!」

甲冑の人の様子が変だが、何やらこのロボに飛び掛かろうとしている。

しかし!ロボのビーム砲が火を噴いた!死ぬのでは?

凄まじい勢いで壁に叩きつけられる甲冑の人!

対艦砲の威力があるのに原形を保っていられるとはすごいスーツだ。

なんて感心している場合ではないのだが。

ビームを撃ち終わると甲冑がボロボロ剥がれ落ちていった。

中身は、全裸である!なんで?

「ん~~~~~、気持ちいい~~~~~!!」

げぇーッ!!変態だーッ!!

「うへへへ、もう一発、もう一発くれよぉ」

「親ぶーん!!!」

ヒヤムンが珍しく困惑してこちらへ逃げてきた。

警備員らは突如のビームに唖然としていたが、

我に返ると、その変態を取り押さえる。

「あっ、待ってっ、もっと強くっ」

「うわっ超きめぇ!」

そのまま引きずられて連れて行かれた……。

 

宗教や文化には出来る限り敬意を持って接するつもりだが、

限度というものがある。それと、辞書はちゃんと確認してから買ってほしい。

 



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読み物:酷暑少々

いくつかの小話。

 

・あつーい!

 

それにしても暑い!暑すぎる!

近年の異常な夏の暑さには本当に参る。

ガウラ人たちはついに物流用の冷凍庫から出てこなくなった。

「ここまでの暑さは想定していないよ!」

バルキンは意外と平気そうだ。ルベリーの夏も似たようなものらしい。

「でもちょっと湿度がね……」

宇宙的技術ならこういったひどい環境に耐えられる服装など作れそうなものだが。

「もちろんあるぜあるぜああああるぜぜるるる」

暑さでバグったエレクレイダーが答えてくれた。無理はするな!

「だいじょうぶだいじょうぶ人工知能に影響はだいじょうぶ」

絶対大丈夫ではないよね!?急いで水を汲んできてぶっかけた。

「ちょっとへいきになったぜ。言語中枢の部品は熱に弱くてな熱に弱くてな熱に弱くてな」

本当に言語中枢の故障だろうか……心配だ……。

「ていうか全然冷房効かないじゃん!」

確かにバルキンの言う通りだ。ひょっとしてガウラ製の空調?

ここまでの暑さを想定していなかったりして……。

「かもしれないねぇ」

バルキンと話しているとどうもエレクレイダーが喋らない。

やばい!完全にオーバーヒートしてぐったりしている!

慌てて二人で抱えて彼を冷凍庫に連れていった。おもーい!

 

 

・平和洗脳?

 

とある、平和を愛するガウラ人女性がいた。

彼女は人権にも理解を示した。のだが、それがまずかったらしい。

まず彼女は原爆資料館などの戦争資料館に殴り込みをかけた。

「子供に恐怖を植え付けて洗脳するなら資料館は名乗っちゃダメよ!」

最初、館の職員はわけがわからなかったそうだ。

彼女は資料館の館長らを呼び出し公開討論を開いた。

「平和学習と言えば聞こえはいいけど、やってることは子供たちに恐怖を植え付けて洗脳することじゃない!」

これらは彼女に言わせると重篤な人権侵害であるのだという。

館長らは反論した。

「平和の大切さを学ぶことの何が洗脳か!」

しかし彼女はますます憤る。

「論点をずらしちゃダメよ!内容の是非に関係なく暴力と恐怖によって他人の思想を変えるのは洗脳よ!」

ましてや子どもの権利条約に従うなら如何なる場合も子供の心を傷つけるなんてことが肯定されてはならない、と付け加えた。

「それに演出!部屋の暗い色調!恐怖を煽っちゃダメよ!資料館を名乗るなら!」

彼女は問題点や平和学習の矛盾点、欠点をずらずら並び立てる。

ついに館長らは下を向いたたま押し黙ってしまった。

この公開された討論、というより一方的なリンチにより、日本の世論のガウラ人への心証はちょっぴり悪化した。

みんな不幸になった……。

 

 

・オリンピック

 

こちらの世界の(どちらの世界の?)オリンピックは1年延期で開催された。

例の新型感染症は克服している。

『日本人が100人死のうが1000人死のうがガウラ帝国には何の関係もないが、帝国の公衆衛生まで乱されることと、天皇陛下がどうしてもと言うから』

という異例の発表により、帝国製のワクチンがほぼ全ての日本国民に接種させられた。

ひどい発表だ!ヘ、ヘイトスピーチ……!

当然のように強制であり、陰謀論者が喚いていたが、

銃剣を突き付けられたことにより接種に納得したようである。

ワクチンは先進的な宇宙製ともあって瞬く間にウイルスを駆逐した。

そして、これまた天皇陛下のお願いにより全地球市民にも渋々提供され、

『王無き賤民』たちにもガウラ帝国のワクチンが行き渡りついに封じ込めに成功した。

出所であるという噂の中国の某研究所は帝国宇宙艦隊の演習中の『流れ弾』により、

タキオン粒子投射砲を2日間ぐらい照射され続け一帯から全ての生物が消えた。

やり過ぎでは?いや、流れ弾なら仕方ないのか……?

気まぐれで人類を救ったり始末したりする彼らは、

まさしく神の如き存在であると再認識させられた、と人は語る(誰によって?)。

 

 

・アイスステークス

 

このクソみてーな暑さにより日本のアイスクリームが大ブームに!

というか、宇宙にも当然アイスクリームはあるのだが、輸入なんか待ってられないってことである。

では日本のアイスステークス、出走するアイスを紹介しましょう。

解説はラスちゃんです。

「あいよー!ってなんやねんこの茶番」

一番、ビッグチョコモナカ。

「被膜のパリッとした食感が爬虫類系の人種に人気やね!虫みたいで!」

モナカのこと被膜っていう人初めて見た。

二番、アイスのきのみ。

「ウチは好かんなぁ、噛めばいいの?舐めたらいいの?でも噛んだら歯茎がキュンとするやん」

ガウラ人にも知覚過敏あるんだ……。

クーレスト、三番での出走。

「飲むアイスやね!ということで一部の虫人種に大人気や!というか溶かさずに食べられるのがこれしかないらしいで」

残念なことである。彼らの間では普通に冷たい飲み物の方が主流である。

四番はソフトクリーム。普通のやつです。

「普通に人気や。ウチも大好き!金箔巻いてるやつあるらしいで!」

美味しいものね、金箔はなんで巻くのか私にもわからない。

五番、ブラックチョモランマ。最近になって九州から全国に殴り込みです。

「周りのカリカリがうまいんや!カリカリだけ売ってくれんかなぁ」

美味しいけど、単体で食べるのはどうなの!?

六番、ガッツリみかん。

「哺乳類系と虫系の人が好んどるで、まあ普通や」

柑橘類は宇宙でも広く人気のある果物である。銀河柑橘類協会も存在する。

七番はあいす大福。私これ好き。

「あーあかん!歯にくっつくのはいやや!」

そうなの、残念……。肉食動物系の人種には不評らしい。

八番はあずきスティック。

「固すぎて食えへんわ、頭おかしいんちゃうか」

そ、そこまで言わなくてもよくない!?

九番、バニラまんじゅう。和風が続きました。

「中のめちゃ黒くて甘いやつなんなん!甘すぎや!しゅきぃ」

確かに甘すぎると私も思う。私も好き。

十番、爽快カップ。カップアイスここで初登場。

「うん、まあええんちゃう」

適当である。なんで!?

十一番、ベルゲンダッツ。名前に意味はないらしいですね。

「高い割にそこまで味変わらんやん」

やはり……地球人にしかわからないか、この領域(レベル)の話は。

十二番、プピコ。二つついてるやつ。

「二人一緒に食べるときにええねん……か、彼氏とかおらんけどね!?」

ホンマにぃ~?怪しいなぁ~?紹介してよぉ~?

十三番、ワークス パワークーラントplus。……これは?

「冷却液やね。水冷系の機械人種が宇宙製より質は悪いけどこれしかないから飲んで、なんとか凌いでるらしいで」

な、なるほど、でもアイスではないのでは……。

十四番、ゴリゴリくん。

「中のじゃりっとしたのがええらしいな。ウチはようわからんけど」

時々変な味を出して赤字を出しまくることで有名だ。ナポリタンはねーよ!

十五番、アイスボンボン、チューピット、ポリジュース、棒ジュース、ポキポキアイス、うーん……。

「あれどれが正しい呼び名なんや……被膜の上から噛めるから食べやすいで。二人でも食べられ……まあそれはええんやけど」

別に隠さなくてもいいのに。『ポリエチレン詰め清涼飲料』と総称するらしい。

最後、十六番、ピコ。円錐台状の六つ入りのやつ。

「みんなでシェア出来るからええね!ウチは噛めへんけど……」

時々ハート型のやつが入ってるらしい!見たことないけど。

以上、16アイス立てのレースになります。

芝、2000m、天気は快晴、アイス場状態は稍重、まもなく出走です。

「どこに出走すんねん」

 



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ミステリーサークルサークル

諸君はミステリーサークルというものをご存じだろうか。

まあ、恐らくはあまり聞きなれない言葉であろう、私もあんまり知らない。

 

 

珍しい客人が来た。

それぞれ、アヌンナキ人、メウベ人、シン国人、クートゥリュー人の男性4人組である。

銀河四大古文明の揃い踏みだ。それにしても珍しい。

加えて彼らは高齢のようである。

「いやいや、随分と久々に来ましたな」

「そうですなぁ」

随分と仲がよろしい様子である、にしても、以前も来たことがあるというのはどういうことだろう。

「言葉の通りですよ……まあ、非合法でしたが」

まあそうだろう、久々という事は宇宙港開港以前に訪れたという事になる。

「ご存じですかな、ミステリーサークルというものを」

アヌンナキの男性が問いかける。いや、全然。

結構昔に流行ったやつじゃなかったかしら。

「左様、西暦だと……何年だったかな」

「1980年代ですよ」

「ああそうだった!懐かしい、何だったかな、アハーみたいな曲……」

「それはアーティスト名ですよ」

よく知らないんだけど、どうやら地球に来たことがあるのは本当のようである。

ワイワイ喋りながら、4人の老人たちは入国していった。

 

その日の夜、ミステリーサークルについて軽く調べてみる。

要約すると単なるいたずらである。

農作物が幾何学模様に倒される現象や跡の事を言い、

当初は原因が不明で、UFOが原因だのプラズマだの色々と取り沙汰されていたようだ。

いわゆる超常現象ってヤツである。

日本でも、福岡県篠栗町にいくつか現れ、

町おこしに利用されたそうな。

話題になった途端に世界中に模倣犯が登場したり、

UFOがサークルを作る映像が捏造されたりと、

ひと悶着もふた悶着もあったそうだが、結局のところは、

ダグ・バウワーとデイヴ・チョーリーという二人の老人のいたずらによるものであった。

……では、彼らは?

 

そして翌朝のニュース。

篠栗町に数十年の時を経て再びミステリーサークルが現れたのである!

昨日の会話が本当ならば、あの四人の仕業と見て間違いないだろう。

つまり、ミステリーサークルは本当に宇宙人の仕業だったんだよッ!

な、なんだってーーーーー!!

……しかし宇宙時代の今、さして驚くほどの事でもないのである。夢が無いなぁ。

出勤すると、ロビーに例の四人がいた。

彼らにミステリーサークルについて聞いてみる。

「もちろんその通り、我々が作ったものだ」

ではダグとデイヴの話は……。

「あれも本当。残念ながらもう亡くなっていたが……」

「二人は我々の恩人です」

何やら事情があるらしい。

「まあ、我々は銀河社会に黙って、不法に宇宙を旅していたのだよ」

メウベ人の老人が小さい声で言った。まあ大きな声じゃ言えないよね。

「地球の、ブリテン島を見ていた時に宇宙船が故障したのです」

まあよくある話ではありますが、とそのアヌンナキ人は付け加えた。

なんでも、その時に二人に出会い、匿ってもらったのだという。

不時着した地点は麦畑であり、収穫間近の麦が円形に倒れてしまった。

宇宙人騒ぎになれば、いずれ銀河社会にもバレてしまう、重罪は免れない。

そこでダグとデイヴは彼らにある提案をした。

宇宙船を自分たちが買った山小屋に隠し、そこで修理を行う。

円形に倒れた麦は自分たちが作ったことにする。

そして、山小屋の位置がバレないように、イギリス各地に作る。

4人の内、技術者は1人しかいなかったために、

残りの3人と合わせて5人はミステリーサークル作りに奔走した。

技術者の人は一人で船の修理、可哀想。「そうでしょう!?」

……もちろん作り方はベニヤ板とポールを用いたやり方である。

最初に作ったのは1978年、そして修理が終わる1991年まで続けられた。

「厳密に言えば、1980年には修理は終わっていたがのぉ」

イギリスでの生活が楽しくて10年ほど居座ってしまったらしい……。

つまり、かのミステリーサークルは宇宙人が宇宙船の痕跡を誤魔化すために、

手作業で作っていたというのが真相であるらしい。ホントかよー!?

「でもあの時は本当に楽しかった……ダグとデイヴも、本当にいい友人だった」

「ああ……」「昨日のことのように思い出せるよ」

4人とも、すっかり思い出に浸ってしまった。

かの乱痴気騒ぎにそんな美しい友情のエピソードがあったとは、

なんとも胸にジーンと沁みる心地である。

 

そういえば、今朝の篠栗町のはやっぱりあなた方の仕業?

「……? いや我々ではないが」

えーーっ!?

 



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謎の光線X

 

例えばの話、先進国の人間が発展途上国の農村を訪れたとき、

その不衛生さに耐えられるということは稀であろう。

 

 

一応、日本に存在する企業として健康診断を受けさせる義務があり、

宇宙港職員らもその例に漏れず何ヵ月かに一回健康診断があるのだが、

今回はいつもの駐屯地での検査が都合により不可能となった。

なんでも、人員の再配置?みたいなのがあるらしい。

そこで近所の病院に依頼する事となった。

「地球の原始的な医療機関なんて信用できるんかいな」

訝しげな表情のラスちゃん。そういう言い方はよくない。

「だってあれやろ、水素水とか血液クレンジングとか5Gとかトラン…」

それはそう!そいつらはそう!情報源が片寄りすぎている。

「第一、うちらの身体構造わからんやろ」

確かに、その点はどうするつもりなのだろうか?

結論から言えば、駐屯地の軍医が来た。

「地球の医療器具は実に興味深いよ。考古学的な意味で」

いきなり皮肉かよ、先進国民らしいな!

「また君か、よく会うね」

本当にね……。

 

さて、無事に健康診断が始まり、順調に進んでいるかのように見えたが、

なんだか前がつっかえている。

「嫌だ、それだけは受けない!」

何やら受診拒否をしている人がいるらしい。

周りのガウラ人たちもなんだか不穏な表情をしている。

「四の五の言わずに受けたまえ、地球人はみんな受けているよ?」

そう言う軍医殿は防護スーツに身を固めている。

その横には放射線技師らしき日本人の医師が困り果てた表情で立っていた。

どうやら、レントゲン検査を嫌がっているようだ。

「放射線を自ら浴びに行くなんて、そんな馬鹿な話があるか!」

「はっきり言うが我々の使う透過装置も放射線の一種を使っているんだよ」

「そっちは安全が証明されているだろ!?」

レントゲンだって安全は証明されとるわい!

彼らにとっては大昔の治療法を使用しているように見えるのだろう、

例えば、瀉血や武器軟膏のような。

「よし、私が行こう!」

メロードが先方として立ち上がった!いいぞ!

「ではまず、その軍服を脱ぎたまえ」

「……」

前職で使っていた超能力部隊の軍服を着ていた。

これは放射線を通さないのである。それじゃ意味無いだろ。

「軍医殿こそ脱いでください」

「私は何回も浴びるから」

「安全なのでしょう?」

「万が一って事もあるし……」

「はぁ!?」

軍医の方もビビっている様子である。

まあ得体の知れない異国の、しかも後進国の、カビの生えたような医療を

施されようものなら誰だってビビる、ましてや、放射線だ。

廃れた医療については教わっているとも思えない。

結局メロードは軍服を脱がずに、引き下がった。意気地なしめ!

「安全だとは思いたい!でもビビっちまって……」

ションボリしている。そう言う割にはわざわざ前の職場の服引っ張り出してよぉ。

ラスちゃんの方もあんまり受けたく無さそうな表情だ。

「勘弁してホンマに。よく平気やな地球人は!」

平気も何も、これしか無いのである。

「早く進歩してください!ウチらのレベルまで!」

進歩したいのはやまやまなんだけど……。技術供与してくれたらいいのに。

「俺は平気だぜ、受けてもいいがね」

エレクレイダーは語る。まあ……そうね……君はそう……。

同じX線照射でも手荷物検査のX線の方が彼には似合いそうだ。

「確かにな。人造人間も手荷物扱いになったら楽だろうがな~」

自分から言っておいてなんだけど、それでいいのか……。

 

そうこう話をしている間も一向に列は進まない。

「とにかく、X線照射は認めない。遺伝子に傷がつくからな……」

「つかないって!」

しちゃもちゃと押し問答を繰り返す。早くして欲しいんだけど。

「俺が行くぜ!」

そこでとある葦毛のガウラ人職員が名乗りを上げた!

「もし俺が、X線によって溶けてしまったら、その時は後は頼むぜ……!」

「お前誰だよ」

ウワーッ!知らない人!時々不審者出るよねこの職場!

すぐに摘まみ出された……。

しかしながら彼のせいで場の空気が白け、気勢をそがれてしまい、

職員たちは渋々、恐怖に慄きつつもレントゲン検査を受け始めた。

ありがとう!知らない人!

 

だいたい2週間後、体の不調を訴える職員が続出した。

というより、不調な気がする、という訴えであるが。

皆、当然のように一蹴された。

「なんか、調子悪い気がすんねんな~~」

とラスちゃんもこれである。

医学に限らず科学技術の進歩には早い遅いがあるし、

そもそも、なんというか同盟国なんだし、もうちょっと信用して欲しいものである。

 



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ナンセンス、ライセンス

 

地球上の国々でも、交通の発達に差異があるように、

銀河諸国においても様々だ。

 

 

メロードは自動車学校に行っているらしい。

元軍人だから自動車の運転ぐらいできるとは思うのだが……。

「操縦が全然違うからなぁ……」

それもそうか。彼はガウラ帝国にてのみ使える免許をいくつか持っている。

小型自動車、小型装軌自動車、軽装甲車、軽装軌装甲車、小型自動二輪、

側車付自動二輪、小型自動三輪、軽飛行機、軽戦闘機、浮揚艇、小型宇宙艇と……いくつかか?これが?

しかしこれでも軍人の中では少ない方らしい。

「超能力部隊でならこれは最低限のものだ」

嘘でしょ……エリート部隊じゃん……知ってるけど。

しかしながら、帝国の免許制度が細分化し過ぎなところもある。

そのくせ軍用車以外は大した車を作っていないのだから、

この制度が足枷になっているのではないだろうか。

純帝国製の自動車は殆ど日本に入って来ていないのであるが、この制度のせいである。

日本で例えるなら、軽自動車と普通自動車を運転するのにそれぞれ専用の免許を取る必要がある、

といったところだろうか。かなり不便である。

「まあ試験自体は日本のよりも簡単だし」

それはそれで問題だろう……。

 

帝国の交通事情というのが鉄道が主であるため、軍用車両以外は割と軽視されがちなのだろうか。

そもそも帝国主星の道路はアスファルトなどという便利なもので舗装されていない、

多くの場合が古代から使われてきた石畳である。

更に、一年中雪で覆われている地域では舗装は不可能か無意味に終わる事も多く、

雪の中から柵と標識がニョキニョキ生えている光景が散見される。

極めつけに、鉄道網が惑星の末端にまで張り巡らされている為、

自家用車に乗る必要が殆ど無いのである。

更に海の大半は常に流氷が流れており、海上交通はてんでダメである。

が、砕氷船については地球製より遥かに優れている。

あくまでそれらは主星エレバンでの事情である点を留意せねばなるまい。

第二惑星以降の植民地においては、まだ末端まで交通網が敷かれておらず、

自家用車に頼る地域も存在する。

そして大抵の場合は軍用車両のお下がりであるのだ。

 

ではルベリー共和国ではどうだろうか。

馬だからって徒歩だったりしないよね?

「自動車はつい最近に現れたものだからねぇ~」

十数年前までは金持ちの為の物で、それまではやはり徒歩だったそうだ。

馬車というか、人?力車は今でも割と主要な交通手段である。

種族の特性が長距離移動に向いている為だろう。

彼らは移民は嫌いだが、旅や旅人は嫌いではないそうだ。

「でも飛行機や馬車鉄道はあるよ!」

馬車鉄道もルベリーだとほぼ人力車じゃん!

馬車鉄道というのは、馬車をレールの上に乗せたものといえばわかりやすい。

というわけで貨物自動車の代わりに、鞄などの個人用の運搬道具が発達したようで、

軽量で頑丈、大容量なものが多く、銀河の中でも高品質な部類に入る。

特に、"ヤヤオモバ"という名の陸生の大型有肺類から取れる分泌物を

セメントコンクリートと混ぜた素材は加工が容易で軽量かつ

あらゆる腐食と放射線を含んだ毒物を遮断する。

これは莫大な埋蔵量の放射性鉱物を擁し、

南北12000kmに連なる“ユカタケ山脈”を踏破するために開発された。

この素材で作られた旅行鞄は各国の軍隊にも納入されており、

ルベリー共和国の主要な輸出産業の一つとなっている。

閑話休題。ともかく、交通網、特に自家用車はあまり発達していない。

 

他にも、ミユさんとこに聞いてみたりもしたが、

砂漠に特化していたりと、多種多様な事情があるようだ。

地球にて販売される他の星の乗用車は事前に地球仕様に改造する必要がある。

そういうわけであるので、国際免許などというものは存在しない。

一応作ろうとした形跡として『銀河乗用車免許協会』という組織がある。

あるだけで、会員は誰もいない。もう、解体しろ!

会員がいないので解体できないのである……いいだろ勝手に解体すれば!?

なんでも、道路事情やら免許制度の違いやら利権やらなんやらで揉めに揉め、

結局すべての加盟国が脱退してしまったらしい。

 

さて、およそ二か月後、メロードは無事に自動車学校を卒業した。

さあ試験に合格すれば免許取得だ!というところで躓いている。

「この問題作った人、性格が悪いよ」

ジトッとした目つきで学科試験の過去問集を睨んでいる。私もそう思う。

この試験の意地の悪さはいずれかの乗用車の免許を持つ人なら誰もが知っていることだろう。

「どうしてこんな意地悪をするのかな……意味があるとも思えない」

まあ難しくしすぎるのも問題だし、簡単すぎてもダメだし、となると

自ずと頭を捻らなくてはならない嫌な問題ばかりになってしまうのではなかろうか。

尤も、捻られているのは問題作者の性格だろうが。

こういった日本の免許制度も銀河を彩る多様性の一つである。嫌な多様性だ……。

 



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監視、収容、及び駆除

 

例えば、怪異や奇妙な生物などを取り扱う組織があるとするなら、

とても夢のある話ではないだろうか!

 

 

「いいや、全然」どうして。

メロード的にはピンと来なかったようだ。

「いやだって、地球で言うなら天然痘やゴキブリを管理保管している組織みたいなものだよ」

言われてみればそうなのかな……そうなのかも……。

そんな不快害虫みたいな扱いなのか怪異……。

しかし、メロードはある施設を紹介してくれた。

「『特定生物収容委員会』というのがある」

この、特定生物というのはやたらめったら周りに危害を加えたり不気味な出来事をまき散らす生物の総称である。

生物というのが金属、機械、鉱物、情報生命体も含まれるので、

ザックリと『怪異』と言ってしまっても大きな間違いではない。

「見に行く?話のタネぐらいにはなるだろうし」

「行くー!!」と答えたのは私ではない、吉田だ!

こんなのに興味があるとは初耳である。

「いや、行ってみたいだろ実際!」行ってみたいけど……。

そういうわけで、早速休暇を取り、旅行に出かけるとしよう。

 

入場料が12万もした……。

「そういう危険生物を収容しているから維持費がかかるんだろうが……」

私も吉田も財布を覗いてげんなりしている。

さて、我々二人が訪れているのは『特定生物収容委員会メラネック星系クエイカ軌道ステーション支部』である。

名前が長いこの施設はピール首長国領域内に存在し、

銀河同盟のみならず旧支配者連合系の宇宙艦隊も集結しており、

この星系内での戦闘は禁止されている。

つまり、銀河系内のヤバい生物は外交関係を超えてなんとかしようというわけだ。

「委員会の設立は第二次銀河大戦の最中。とある小国の艦隊が壊滅したところから始まったらしい」

吉田がダラダラダラダラ書かれた長ったらしい委員会についての説明文を要約してくれた。

「艦隊消滅について調査した部隊が発見したのは宇宙を泳ぐ巨大なドラゴンだったんだ」

そのドラゴンの住んでいたところが、ここメラネック星系なのである。

当時の技術では両軍の手に負えるものではなかったために、

両陣営の協定によりこの生物を監視する軌道ステーションが建造された。

それが『特定生物収容委員会メラネック星系クエイカ軌道ステーション支部』なのだ。

ちなみに支部というからには他の星系にも存在しているようで、

その場からの移動、輸送が困難な特定生物を監視、保護しているらしい。

輸送可能な場合はこのクエイカ支部に持ち込まれる。

余りにも危険な生物の場合は駆除も行うとか。ただし、可能であれば。

ちなみに特定生物の条件は、

 

・特殊な、或いは並外れた能力、性質を持つ

・希少性、研究価値の高いにもかかわらず保護の必要性が生じている

・由来が不明な人工生物

・意思疎通、または友好関係の締結が不可能な知的生命体

 

といったものだ。ちょっと珍しい動物園みたいなものだろうか。

さてここからは箇条書きで解説していこう。

 

・宇宙ドラゴン

特定生物第一号である。

宇宙ドラゴン、と訳したが見た目はトカゲのようでもありウツボのようにも見える。

体長はおよそ1200mで、小型の宇宙船よりもでかい。

性格は温厚で他者に危害を加える事は殆ど無い。機嫌を損ねないうちは。

どういう理屈か口から強大なエネルギーを帯びた不可視光線を吐き出し、

直撃すればあらゆる物質は破壊される。

莫大なエネルギーで、何というか、事象そのものを存在できなくするとかなんとか。

よく意味がわからないが……。

魚のエラのような器官を介して暗黒物質を食べている。

知能もそれなりにあるようで、給餌用の暗黒物質生成装置を載せた宇宙船が近くを通ると、

おでこを擦り付けて催促するのだそうな。かわいい。

吉田はカッコいいと大喜びしていた。

「おいおい、ドラゴンって聞いて喜ばない男子はいないぜ!?しかもかわいさもある!」

うむうむ、その気持ちわかる。

 

・火の鳥

フェニックスだ。実在したんだ!?

見た目は宇宙を羽ばたく金色の怪鳥のようで、煌びやかだ。

だが、よく見ると顔は嘴のついた蛾っぽくもある。ちょっとキモイ。

宇宙に浮かぶ塵や微惑星を丸呑みにするのが食事らしい。

体長もまあまあデカい、40mぐらいある。

凄まじくしぶとく、良くないタイプの威光、悪性思念を放っている為、

近くに存在する生命に不幸をまき散らす害獣である。

生き血を飲むと寿命が延びる上に不幸になる。嫌すぎる……。

色々試したがマジで死なないらしい。

先述のドラゴンの光線でも死ななかったそうだ。どうなってるのか。

特殊な遮光ガラス越しにしか観察してはならないし、

そのガラスもひと月で腐食するために2週間に一回は取り替えなくてはならないという

なんとも金がかかる特定生物なのだ。

腐食の原因は不明、恐らく悪性思念のせいでガラスが不幸になっている為とされている。

「あまり長く見ていたくはないな……」

全く同じ意見だ。

 

・ラノレトウ人

アレッ!?お前っ!

「私は危害を加えるつもりはない!ここから出してくれ!」

……この特定生物はラノレトウ人。

彼ら固有の独善的な思想を持ち、奇襲戦争、第三国への戦争に介入、

居住惑星への侵攻と宇宙航行者の大量殺戮、

銀河国際法の違反など、様々な悪行を繰り返し、

遂に意思疎通可能な知的生命体とは見做されなくなったのが特徴。

強力な光線を射出できる体質で、身体も巨大な戦闘民族だが、

自分の意志では善を為すための衝動をコントロールできない……。

見つけ次第駆除するしかないのが残念だ。一度地球にも来ているよね。

ちなみに、思想自体はそう捨てたものでもない、弱者の救済や人権、環境保護を訴えている。

問題はそれらの為ならあらゆる事情や法規を無視、手段を選ばない点である。

「傍から見ればっていうか、もろテロリストなんだけど……」

「そういう解釈も可能だろう。だがラノレトウの曾祖父が許してくれたという事だ」

誰だよ。そいつが許してくれたからなんなのか……。

「マジであんたたち、我が身を振り返った方がいいんじゃないか?」

「我々は正義の味方のつもりだ、どんなに阻まれても生き返る。これからも正義を為すつもりだ」

出所はまだまだ先のようだ。

彼らの母星は特定生物収容委員会を中心とした多国籍軍によって占領されており、

それらから逃れた潜伏ラノレトウ人は銀河中にいるらしい。

この間の地球に来たやつはメギロメギアに飛ばされて……結局どうなったのだろうか?

 

・服だけ溶かすアメーバ

えぇ……なんでこんなのがいるの……。

気温35度、湿度12%以下で活発化する原生生物である。

とある乾燥型惑星で発見され、最初に惑星に降り立った調査隊が知らず知らずのうちに持ち帰り、

惑星の全ての住人が全裸にさせられたという事件が有名なんだとか。

かなりの悪食で、繊維状の物は何でも食べる。ので厳密には服だけを溶かすわけではない。

植物繊維だろうが動物繊維だろうが鉱物繊維、化学繊維までも、

分解できないものは殆ど存在しない。ただし、繊維状の物に限る。

地球の生物とは体の作りが違うようで、分解の仕組みはさっぱりわからなかったが、

とにかく、直径2mm以下の繊維状の物質は何でも食べて増殖するとか。

その悪食っぷりを利用しようと研究が続けられている。

あらゆる分野に応用できそうだ、ゴミ処理問題や軍事面、スケベな用途にまで……。

ちなみにお土産として持ち帰ることが出来る。いらね~~!

「いやいる……いや、いらない……?」

目を覚ませ吉田!

 

・異次元怪獣

無人の惑星上にて突如観測されたワームホールからひょっこり出てきた巨大なウサギ。

……というのは日本人にはそう見えるという話で、

ガウラ人には鳥、エウケストラナ人にはムカデみたいな虫、

クートゥリュー人にはエビに似た甲殻類に見えるとか。

見る種族によって見え方が変わる思念生物、情報生命体である。

起源も不明、性質も不明、異次元の生物ではないかとされている。

危険性は今のところ低く、撫でようとしたピール人をテレポートさせ、

付近の惑星の岩石の中にめり込ませた、という話が残っている程度だ。

ピール人にはふっくらした哺乳類に見えたらしい。

幸い誘導には素直に従うらしく、何を考えているかはわからないし、

処分のやり方も不明、やる意味もあまりない、という事でこの施設に収容された。

情報生命体の癖に香辛料の匂いが大好物。

だが食事を取るわけでもなく、ただ単にふわふわと浮いているだけだ。

かわいい。吉田触ってみて。

「なんてこと言うんだ!嫌だよ!」

そりゃそーか。

 

他にも、殆どの環境条件で何をやっても絶命する絶滅危惧爬虫類や、

監視していると照れ隠しなのか首をへし折りにくる不気味な人形など、

様々な怪異が展示されていたのだが割愛させていただく。

吉田も私も大はしゃぎであった!12万円の価値はあったと言えよう。

「すっかり楽しんだな」

ところで吉田、その手に持っているものはなんだい?

「これ?これは、お土産だけど……」

どう見ても例のアメーバである。やましい事考えるのはよせっ。

「ち、違う!これはその……あっ!環境問題とかその辺を解決するために持ち帰るんだ!」

まあ持ち帰るのは個人の自由だけど、多分検疫通らないよ。

「あっ……そうか……そうだった……」

宇宙港職員が変な細菌を持ち帰るなんてあってはならない事なんだ。

「そうだなぁ、どっかの職員は変な増殖する病原菌を持って帰って来たらしいし」

……そう、二度と!あってはならない事なんだ!

 



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芸術愛が爆発だ!

 

宇宙とて芸術が存在する。

しかし今は群雄割拠の戦国時代、多くの芸術が銀河から消えようとしている。

だがそんな芸術が危機に陥った時に守る組織が存在するのだ。

 

 

最近、『ワイウラー芸術結社』とかいうのが太陽系に来たらしく、

毎日毎日飽きもせず日本を行き来している。

なんでも、ワイウラーという伝説的絵画師が結成した、

銀河中の芸術の収集と啓蒙、保護を目的とした集団らしい。

どこぞの殿下と同じく漫画にも感銘を受けているとかで、

ここ数日は荷物も増えて税関も忙しそうにしている。

彼らの言う芸術は実に幅が広い。

美術は当然ながら、音楽、文学、演劇、映画、などの

明らかに芸術って感じの物に加えて、

アニメ、ゲーム、同人誌、個人の書いた二次創作や適当に作られた都市伝説、

車両や電気製品、道具などのあらゆる物のデザイン、

シリーズの新作が出ないからと言って

キャラクターに淫語を叫ばせまくっているMADムービーまで、

創作物すべてが芸術だというのだ。最後のはどうかなぁ!?

そういった姿勢であるので、アニメやゲーム業界からは歓迎され、

演劇と映画、特に邦画などの業界、それと著作権的な部分からは懐疑的な視線を注がれている。

「知的生命体あるところには芸術が溢れているのだ」

タンチョウにも似た人種のワイウラー結社の職員の一人は言う。

「人間はあらゆるものを想像し、作り上げてきた。その結晶と言えよう」

確かにそれには同意だ、芸術とは技術と想像力の粋であろう。

ふと思ったが、彼らにも好みというものがあるのだろうか。

「芸術は全てが素晴らしいものだ」

彼らにとっては芸術は全て平等(地球においてもそのはずなのだが)であり、

収集し保護すべき文化財なのである。

しかしまあそこまで深刻に捉える質問でもなく、

『犬と猫だとどっちが好き?』とかその程度で良い。

「ペットは芸術品を汚すから嫌いだ」

そ、そうかもしれないけど……。

「言ってる意味はわかった。もし優れたる格というものあるとすれば、最も上等なのがテレビゲームであろう」

意外な答えである。

「絵や3DCGという美術、センスの問われるUI、音楽、シナリオ、声やモーションの演技、全てが備わっている」

言われてみれば確かにそうかもしれない、言わば総合芸術というヤツだろうか。

「左様、更にはプレイヤーが介入できるという点でもGOODだ」

なんか急に喋り方が変わったぞ……マズイ……。

「即ち体験する芸術、これまで科学の積み重ねである電子基板を使った芸術だ!

 思えば昔からそうであった、絵画においても顔料は当時の最新技術が使われる、

 演劇の舞台装置は機械工学で作られ脚本も世相を反映し、

 文学は世代の最新の流行が記されている、音楽もそう、音響学の粋である!

 火薬も花火という形で空を彩り、造園は植物学と遺伝子工学を使った!

 記憶媒体の発展、即ち印刷と蓄音、写真と映写機は芸術の枠をさらに広げたのだ!

 内燃機関の登場と大量生産は芸術を身近なものにし、乗用車はもはや美術品となる!

 兵器はどうだろうか!美しい刀剣は冶金学を象徴するものだ、研ぎ澄まされた機能美は現代の驚異である!

 科学の発展、時代の変遷と共に常に芸術はあった!芸術こそ知性体が永久に宇宙に残すべき足跡なのだ!」

結構な熱量であった、なんというか人間賛歌って感じだ!

「だからこそ、もし芸術の危機が訪れた時に、永久に失われてしまわないように我々は存在している」

ワイウラー芸術結社、なんか今まで見てきた組織の中でも一番まともな気がする……!

いや、どうだったかな、まあいいか。

「君たちも、芸術の危機が起こらないよう気をつけてくれたまえ!」

つまるところ、表現規制や暴動、戦争にならない事が重要なのだという。

戦争も時に芸術を生み出す事がある(曰く、原爆ドームとからしい。やっぱりまともじゃなかった!)が、

それよりも芸術品や芸術家の損失や言論統制などのデメリットの方が大きいとか。

そして他国との交流もまた芸術を育み、技術の進歩も芸術を発展させる。

おそらく銀河には、そして地球人類が宇宙に飛び出す未来には、

ゲーム以上の、それも我々の想像の余地もないような芸術で溢れていることだろう。

 

そうして彼らは、インターネット上の全ての創作物を抽出するソフトウェアを開発し

使おうとしたので日本政府にめちゃくちゃ怒られた。それは犯罪だよ!?

 



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運命を破壊した男

 

諸君らはアカシックレコードなるものを知っているだろうか。

この世の全ての出来事、未来の出来事でさえも記されたものだとかなんとか。

予め起こる事が決まっているのならこんな退屈なこともあるまい、

そう思った者が宇宙にもいた。

 

 

「アカシックレコードはかつて存在したんだよっ」

ある日の休憩時間、声を荒げるは吉田である。

また誰かに変な事吹き込まれたな……。

そういった陰謀論的でオカルトなものも宇宙時代の今、

全てが満更間違いであるとも断言できなくなってしまった。

そもそもアカシックレコードとは?

「この宇宙の全ての出来事が記されていた、岩石だよ」

意外な人物から答えが聞けた、ビルガメスくんだ。

というか声久々に聞いた気がする、そんな声だったっけ?

「い、いいじゃないか声は!そう言われたら恥ずかしいなぁ」

ご、ごめん。ともかく、彼はアカシックレコードについて

なにやら知っている様子だ。

「あれを破壊したのは他ならないアヌンナキ人だからね」

「へぇ~」

そうだとすれば大層な事をやったものだ。

こういう世界の法則みたいなものを破壊したという事になる。

余程腹を据え兼ねてのことだろうか?

「いいや、アマツェ・ノ・ミカザチいう一人の男がね、我々の初期宇宙時代の話なんだけど…」

 

ミカザチというそのアヌンナキ人は自由を求め、

スレッジハンマーを片手に小型研究船でこの大宇宙に旅立ったのだという。

彼は起こることがもう既に決まっている、だなんてことは許せなかったようだ。

当時のアヌンナキ人の国家、アッスラユでは個人での宇宙旅行が流行の兆しを見せていた。

西暦で言うところの紀元前4000年頃の話である。

アカシックレコードの研究も当時盛んになされ、

アッスラユ学会ではどうも実在するらしい、という事を突き止めていた。

ミカザチは自由を制限されることに敏感で苛烈な性格をしていた。

アカシックレコード実在の噂を聞きつけた彼はすぐさま行動に移る。

全財産を売り払って個人宇宙船を購入し、

詰め込めるだけの物資とスレッジハンマーを持って宇宙に飛び出した。

この時の航海日誌は現存しており、アッスラユ市民はいつでも閲覧可能だ。

日誌によると、結構無茶苦茶な航海だったようであり、

アカシックレコードがどの辺りにあるのかさえも彼は知らなかった。

だが彼は辿り着いた、いくつかのブラックホールを抜け(サラッと言われたけど抜けられるのか?)、

小惑星帯にある一つの岩石を採取した。

理由は不明だが、彼はそれがアカシックレコードであると確信したようだ。

そうして、持ってきたスレッジハンマーでその岩石を叩き割り、

宇宙空間に捨てると、すぐに来た道を引き返した。

その後、変な男がアカシックレコードを破壊したと学会に押し入り、

確認してみると確かに反応が消えており、時系列的にも辻褄が合う事から、

学会はアカシックレコードは破壊されたものと結論付けた……。

 

「という感じの昔話だね。ホントかどうかは知らないけど航海日誌と当時の資料は残っているんだよね」

「なるほどなぁ、夢があるような無いような……」

つまるところ、この世界の未来はもはや誰にもわからないということだ。

結構な事じゃないか、そっちの方が面白いだろう。

「そうは思わない人もいて、今でも『本物の』アカシックレコードを探している団体もいるよ」

確かに未来の事が完全にわかり、それにアクセス出来れば都合が良いことだろうが。

「宇宙の運命を変えた、あるいは破壊した人物でもあるね」

「アカシックレコードは破壊される運命だったのかな」

それ自身が破壊される事まで記されているとはなんだか奇妙な感じだ。

「それはもはや誰にもわからないよ、研究もせずに壊しちゃったからね」

破壊まで規定事項だったのか、アカシックレコード自身が破壊されることを望んだのか、

もはや永久の謎になってしまった。

タイムマシンでもあれば、わかる事だろうか。

もしアカシックレコードが現存していたらどのような未来になっていただろうか?

こんな宇宙人騒ぎが起きていない地球世界もあったのかもしれない、

今となっては、ちょっと想像できないものである。

 



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社乱Q

陰謀論、オカルト。宇宙人の到来はそれらに大なり小なり影響を与えた。

馬鹿らしくなって足を洗う者もいれば、更に深みへと嵌ってしまう者まで。

しかし、それらの陰謀は本当に張り巡らされているのかもしれない……のか?

 

 

近年の動画配信産業の興隆は言うに及ばず、といったふうだ。

何をするにしろ遊ぶにしろ学ぶにしろ何でも動画!という事象が増え、

私のような文字を読む方が早いと考える人種は

ウンザリしながら動画内の要点を探す日々を送る羽目になった。

そして、動画と言えばデマである。

「それは偏見が過ぎるだろ!?」

吉田のツッコミだ、彼は動画であっても平気なタイプ、つまり敵である。

「敵味方あるのか……というか、デマは文字メインのサイトでもあるだろ……」

それはそう。いずれにせよ知識多く知恵少き電脳の海の航海術は身につけておかねばならないだろう。

さもなくばデマゴーグやデマカセな情報に踊らされることとなる。

こういうのは元芸能人がやってる嘘だらけの歴史の授業や

ネット言論人?とかいう何の専門家でもない人間の詭弁と誤謬の例文集などが有名だが、

特別悪質なのはやはり陰謀論である。

 

ロビーで客たちが談笑をしていた。

宇宙人向けの使い切り通信端末で動画を見ているようだ。

「こんな事ある?ただのセメント入りの缶詰めだよ?」

「ホントに馬鹿だねぇ!日本人って!」

どうやら例の変な缶についての動画を見ているらしい。

それを見て日本人全体をひと括りに馬鹿だというのはいささか乱暴だが、

みんないつもやってることなので何も言えない……。

「こういう時何て言うんだっけ日本語で……草?」

「それだ!草!」

そういう日本語どこで覚えてくるの観光客が!前にもこんなやついたな。

どうやら星間国家諸国の大多数ではこういった陰謀論者なるものは珍しい、

というよりはとうの昔に駆逐、淘汰された存在のようで

これを見に来る悪趣味な連中が一定数存在する。

このような視線で見られているということを自覚して、

身の振り方を考えてくれればよいのだが、物事はそう上手くは好転しないものだ。

冒頭で記した通り、宇宙人到来はこれらの組織にも影響を与えており、

元々あったそういった変な陰謀論と変な都市伝説が変な感じに融合してしまい

なんだか手に負えない感じの団体になってしまったらしい。

 

そういうわけで最近宇宙港の周りが騒がしいのである。

光の戦士だかきゅうりのQ太郎だかわからないが、

妙な横断幕を掲げた連中が宇宙港周りでデモ行進を行っている。

大使館に行ってほしいが、例のLGBT団体の事件以来閑古鳥が鳴いているとか。

確かに、我々は反撃はしないからね、今のところは……。

警備員らは忙しそうにしており、入国ゲート周りの人員も

宇宙港周辺の応援に出向いている、新規に人員を雇うことも検討中だ。

また、帝国軍から武器弾薬が提供されたようで、メロードが喜んでいた。

さて彼らの主張に耳を傾けてみよう。

「ガウラ帝国は日本を支配しようとしている!」

「ハリウッドはガウラ人に支配されている!」

「前アメリカ大統領と天皇陛下こそが真実を知っているんだ!」

一つ目の危機感は理解できるし、三つ目も実は半分は当たってそうだが、

ハリウッドは多分ガウラ人興味ないと思う。

つまりこれまでの陰謀論の支配者層とされてきたものに

ガウラ人がすっぽり収まった形になっているようだ。

デモ隊の周りでは見物客の宇宙人らがカメラを構えており、

商売っ気のある者は屋台やテーブルを並べている。

なんだかお祭りのような雰囲気なのだが、

我々としては仕事の邪魔である。

 

しかしながら、ここ数日急にこれ目当ての入国者が増えた。

デモは益々盛んに行われていて、

何故かツアーのようにガイドがついている団体も見受けられた。

「ここだけの話やねんけど」

こそこそっとラスが私に話すのはこの騒動の『真実』であった!

「どうも一定数の需要があるみたいで、団体が金もらっとるらしいですやんか」

つまるところ、屋台や旅行会社から団体へデモを依頼、

団体は宣伝効果の上資金までもらえるし、宇宙港側も警備強化と集客増で予算が増える、

入国者増加の恩恵は日本全体が受け、全員が得する状況になっていたのだ。

それってつまり、この一連の騒動自体が陰謀だったって、事……!?

なんとまあ随分と阿漕なことを考えるものである。

いやでもやっぱりさ、もっとまともでマシな観光資源あるでしょ!?

 



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異次元転移はただの風邪:異次元の逃亡者

 

今のところ、異次元の存在を否定できる材料はない。

もちろん、相互に関わりを持つ手段も不明だ。

ただし、向こうから来た場合はどうなるだろうか?

 

 

今日も今日とて呑気にテロ行為を未然に防ぎ、

テロリスト宇宙人を見送ったところである。

最初はビビってたりもしてたけど、もはや手慣れたものだ。

もうどんな客が来ても狼狽えたりはしない、自信がある!

何でも来いである。

「やあ、私」

う、うわあああ、この見覚えのある顔は!

「あ、あの~」

メロードみたいなのもいる!

和洋折衷の和が強めな大正モダンな出で立ちに見知った顔が乗っている、

つまるところ私がいたのである。

なんだよもぉー!またかよぉーー!!

「待ってくれたまえ、私」

こないだの生き残りか!?

「何の事だかわからないが、私は別の次元から来た私だ」

なんだって!?まあ別にいても不思議ではない。

「異次元転移なんて珍しくもないただの風邪みたいなものさ。呑み込みが早くて助かるよ私」

その通り、すぐに警備員を呼ぼう。

「あっ、ちょっと待ってくださいよ!助けを求めに来たんです!」

メロードっぽい人が言った。というか……女性?

「はい、こちらの私は違うのですか?」

うーむ……とにかく今は仕事中なので待ってもらうことにした。

 

さて、勤務時間終了。

自宅にいつものメンバーを集めて、この二人の事情を聞くことに。

「すっごーい!異世界転生ってやつ!?あ、転移か!異次元転移?」

「なんというか、こういう不思議なことによく巻き込まれるよなお前は」

バルキンははしゃぎ、吉田は呆れている。

「こちらの吉田くんはオールバックなんだね」

「それ以外何か違いはあるか?」

「いや、特に」

吉田は異次元に行っても髪型しか変わらない男だった。

「待ちな。まずこいつらの素性を明確にしないといけねーぜ」

エレクレイダーはこういう時真面目である。

「そうだったねぇ、では自己紹介しよう」

異次元の私は、スウと一呼吸置き、再び口を開いた。

「私は大日本帝国外務省地球外政策局特定外来人種対策室特殊諜報官さ」

な、長い……。

「そして私は戦術顧問のメウロルドです!」

色々と突っ込みたいが、まずは一つ、大日本帝国!?

「うッ、そこからかい?一体どれほど私達の世界と違うんだろうねぇ」

第二次世界大戦は起こっていないのだろうか、アドルフ・ヒトラーは?

「第二次ぃ?あんな戦争が二度も起こってはたまらないよ。そうだねぇ、ヒトラーは知る人ぞ知る風景画家さ」

ヨシフ・スターリンは。

「ロシヤ暴動の主要メンバーだね、銀行強盗して捕まったよ」

ベニート・ムッソリーニ。

「ローマ帝国から暴力団を駆逐した名政治家だね」

じゃあ、ウィンストン・チャーチル。

「世界大戦中のシナイ半島攻防戦の敗北で失脚した大英帝国の将校だね」

東條英機。

「第42代内閣総理大臣、特に目立った功績は無いねぇ。まあ前任の近衛が酷すぎたがね」

話を総合するに、どうやら第一次世界大戦あたりから分岐しているような気がするが、

ローマ帝国の存在のせいでそれも違う気がする。ロシアの発音もなんか古いし。

「こういう認識をすり合わせたところで無意味な行為だよ、私」

それもそうか。では何用で参られたのか特殊諜報官殿。

「実のところ、我々の宇宙がヤバくってねぇ」

「全く未知の生命体、なんというか、電気アメーバとでも言うべきなのか……」

なんとも分かりづらい例えだ。

「つまり、ビリビリするスライムみたいなの?」

バルキンもわからなかったようである。

「いや、実体は無いんだよ」

「実体が無くて電気アメーバっぽい……情報生命体の事か?」

吉田はいつの間にか手に持っていた事典を開いて見せた。

「ふむふむ……おぉ、まさしくこれだよ!」

「なるほど、情報生命体って言うんですね」

どうやら向こうの宇宙では存在が確認されていないらしい。

「そーだ!やっぱりそっちのメロード……メウロルドちゃんもやっぱりそういう関係なの!?」

バルキンが余計なことを聞く。

「べ、別に、どういう関係でもないですし!違いますし!そっちこそどうなんですか!」

……私からはノーコメントだ。「私からはノーコメントだね」

同じことを言うんじゃない私。「同じことを言うんじゃないよ、私」

「やっぱり、同じ人ってことなんだね!」

感心したような呆れたような表情のバルキンであった。

「いいや、しかしね、ガウラ人たるものが同性愛だなんてのは……」

ヘ、ヘイトスピーチ……時々顔を出すメロードの悪いところだ。いつもメッ!って言ってるのに。

「何をおっしゃいますか異次元の私!生物学を超えた愛こそが尊い愛なのですよ!」

「どんな愛だって尊いだろう、同性愛を除いて」

「数を増やすだけなら人工授精でもすればいいんですよ」

「ダメッ!メウロルド!ヘイトスピーチダメッ!」

「あうっ」

向こうの私に叱られてしまった向こうのメロードであった。

にしても、結構話が逸れてしまった。結局何だったんだっけ。

「そっちの宇宙が危機だから助けてくれって話だろ? でも俺たちにどうしろっていうんだよ」

それは全くエレクレイダーの言う通りである。

私達ただの宇宙港職員なんだけど……。

「まあそうなんだけどね。とにかく、詳しく事情を説明しようか」

 



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異次元転移はただの風邪:息吹を喰らう呑龍

 

詳しい説明を、と言いたいところだが宇宙港で話すのもなんだということで、

私の家で話し合うこととなった。なんでだ。

 

 

「まあ、なんだか、随分とハイカラな町並みだったね」

「古い家屋がほとんどありませんでしたね」

「ま、まあ焼かれたからな……アメリカに……」

「えぇーっ!?シビル事変以降無二の大友好国であるアメリカとかい!?」

おそらくは、シベリア出兵にあたる出来事である、のか?

こっちの歴史を教えたらきっと仰天するだろうな……。

「よし、じゃあ飯は俺が作るぜ」

「あたしも手伝うよー!」

吉田とバルキンが何故か張り切っているが、そんなに居座るつもりなの君たち!

「そういえば我々も小腹が空いてきたところだよ、腹が減っては死を待つばかりだ」

「ですね!」

聞いたことあるようなないような慣用句である。

そもそも吉田は料理ができるのだろうか。

「ばっかにしてくれちゃってぇ。炒飯に、焼き飯だろ?ピラフに、リゾット、ドリアにパエリア」

お米ばっかりじゃん!

「待った待った、ライスプディングも作れるぞ!」

米騒動でも起こすつもりなのか?

「だって台所米しかないぜ」

……なんか、レトルト的なのなかったっけ。

「あったよレトルト!……クートゥリューのやつじゃん!」

いつぞや貰ったやつだ。それにしよう。

 

「さて本題……これ不味いね……」

「確かに……」

そうなんだよ、大して美味しくはないのよこれ……。

「まあいいや。とにかく危機的な状況なんだ。情報生命体が現れたというのは伝えたね?」

向こうの私が説明を始める。

情報生命体、向こうでは“ドンリウ”と、

呼称している存在が突如として現れたのだという。

宇宙空間を凄まじい速度で移動し星を丸ごと喰らう、

凶悪な宇宙イナゴとでも言うべき存在だ。

「ただの惑星のみならず恒星の息吹まで吸い付くしてしまう恐ろしい存在だよ」

「どこから来たのか、何のために暴れているのかも不明です」

“息吹”という表現はおそらくは“エネルギー”ということだろうか。

向こうではエネルギーが

まさしく宇宙の危機という状況だ。

「というわけなんだよ、助けてくれたまえ、私」

だがちょっと待ってほしい。我々にどうしろというのか。

「何か策はあるんだろう?」

いや、無いけど……ていうかなんでこっちにやってきたの。

「占い星人ウーラナインのお告げさ」

何その2秒で考えたみたいな宇宙人。

「こちらの次元に何らかの解決策があるとのことでした」

「そのために次元隧道を通ってやってきたのさ。次元隧道というのはだね…」

多分説明されてもちんぷんかんぷんだと思う。

「ちん……急に下品な冗談はやめてくれないか?」

ちんぷんかんぷんという言葉もないらしい。

異次元となるともう我々にはどうしようもないのだけれど。

とりあえず、こういうどうしようもない時は殿下やカガンに連絡を取ってみよう。

『よくわからんけど、専門家でも送るよ』

殿下の方は専門家を送ってくれるそうだ。

『君に呼ばれたならすぐにでも行くよ』

カガンは来てくれるらしい。

「殿下って、ガウラの殿下かい?」

「何者なんですかこっちのあなたは……」

言われてみればそうである。普通に仕事してただけなのに。

私、何かやっちゃいました?

「あ、誰か来るよ」

ボケはスルーされ、バルキンが来客の気配を感じ取った。

「どうも!来たよ!」

カガンであった、そんな急いでこなくても。

「呼ばれたからには、ね」

まあ、早いほうが助かる。しかし今日はいつもと格好が変わっている。

「よく気がついたね、ご覧よ、フォリポート伝統衣装と和服の融合、ポリコレ風に言えば文化盗用エディションさ」

地球の文化をわかっているようでわかってない宇宙人仕草。

なんだか上はアオザイ下は袴、みたいな感じでちぐはぐな服装である。

ひとしきり服を見せびらかした後、

異次元の私に気がつき、途端に目を見開いて驚いた。

「な!?き、君が、二人!?うおおおおおお!」

なんだか興奮している様子である。

「この人はいつもこうなのかい?」

怪訝な顔をするもう一人の私。

いや、まあ、いつもかなぁ、どうだろう……。

 

「失敬。それで、どういったご要件?」

落ち着いたらしい彼女に事情を説明した。

「なるほど、事情はわかった」

「どうにかなるもんなのか?」

吉田が問いかける、聞く限りでは到底太刀打ちできそうにないが。

「ボクたちミユ社はこういった生物を駆逐したことがあるからね」

「それは本当かい!?」

カガン曰く、一個体を捕らえて改造を施し、また群れに放り込むだけで

瞬く間に汚染が広がり、行動を阻害、停止させてしまうのだという。

「しかし捕らえるとなると大掛かりな作業になるね」

希望が見えてきたが、専用の機器とか必要なのではないか。

「まあ軍事機密だ。なにか手頃な情報生命体でも落ちていれば……」

それなら、一つ心当たりがある。

いつからか私のスマホに住み着いているあいつだ。

「素晴らしい、情報生命体の個体さえあればこの場で出来る」

「何から何まで揃ってますね!」

「すごいじゃないか!すんなりうまく行って気味が悪いくらいだよ、異次元の私」

いや全くその通りである。

「よし、それじゃあ、そっちの世界に戻ろうじゃないか!俺たちも行くぜ!」

「ゴーゴー!」

吉田とバルキンはついて行く気満々である。

まあ私も異次元に興味があるし行けるなら行ってみたいものである。

「そうだねぇ、メウロルド。どうやって戻るんだい?」

「あれ、それはあなたが知ってるはずじゃ?」

「え?」

「え?」

えぇ!?

 



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異次元転移はただの風邪:流行りの辰砂コーデ

 

「えーっ!?どうすんのさ!」

「どうしましょう……」

どうやらこの二人、帰りのことを全く考えていなかったようである。

「……こちらの世界じゃ、次元転移はできないのかい?」

そもそも異次元が観測されていない。

あるのではないか、と考えられてはいたが。

「えーっ!?」

「えー!って言いたいのはこっちの方だよね」

「うんうん」

バルキンと吉田も呆れている。

するとそこへ、なんだかミョミョミョという音がどこからともなくし始めた。

「これは……誰かテレポートしてくる」

メロードがそう言うと、何もない空間に渦巻状の光が現れた!

そして背丈ぐらいの高さまで渦巻きが登ると、

そこから一人の白毛のガウラ人が、いきなり、パッと出現した。

「どうも、私が時空の……専門家、ホーダツです」

しかし不法侵入だよ!

「失礼、急いで……おりましたから。なにせ私、時空の……専門家ですので」

なんか変わった喋り方だが、察するに彼は殿下がよこしてくれた人物であろう。

「時空の専門家なら、異次元転移も出来るんじゃないか?」

吉田が提案をしてみる。ホーダツさんは思案顔で答えた。

「ある程度……当は付けています。なにせ私、時空の……専門家ですので」

ガウラ人のこういう専門家って変わったやつしかいないのかな。

「そんな事はないと思うけど……」

そういえばそういうテレポートって寿命が縮んだりはしないのだろうか。

「問題ありません、なにせ私、時空の……専門家ですので」

「まあ専門家とか関係なく縮まないけど」

超能力って何でもありなんだなぁ。今更ながらに思う。

 

向こうの世界のメロード……メウロルド曰く、

異次元転移にはアカシックレコードへの接続が必要なのだという。

そんなもの……うちにはないよ……。おっさんに破壊されたし。

「えぇ~~~!?じゃ、じゃあ、未来も何もわからないじゃないですかッ!」

未来ってのはわからないから面白いのだ。

「どうかしてます!」

そこまで言わなくても……ある種の宗教観の違いみたいなものだろう。

「話を聞くに概ね理論は……わかりました。この中に超……能力を使える者は?」

メロード、バルキン、そしてホーダツさん本人ぐらいだろうか。

向こうの世界のメウロルドも使えるようだが、転移する本人である。

「それでは、今から……お二人に手伝っていただきたい。理論はテレ……パシーでお送りします」

ホーダツさんの目が光った!

すると二人はそれぞれ何かのメッセージを受け取った様子で、

首を傾げたり難しい顔をしている。

「それでは、向こうの世界へと向かう……皆さんは『丹』を身にまとって頂きます」

 

早速準備が始まった。

カガンは私のスマホに居座る電気人間に命令プログラムを打ち込む。

私と吉田は丹の使われた衣服を探してきた。

超能力組は理論について考えている様子である。

もう一人の私は街をウロウロしている。

「すごいなぁ、高くて新しい建物ばかりじゃないか、羨ましい。こっちは聖武天皇時代の建物がいっぱい残っているよ」

どうしてこうなったかを聞けば羨ましくはなくなるだろう。

我々は近くのデパートで丹のTシャツとズボン、それから風呂敷を手に入れた!

なんでこんなの都合よく売ってんの!?流行ってん!?

丹で体表をある程度覆えば時空移動の影響はほとんど受けないそうだ。

いつぞやの時間を食べる種族もこれが弱点であったので、

時空の……何らかの何かをどうかする効能があるのだろう。

とにかく、これで準備は整ったはずだ。

我が家に戻ると手筈は整った様子で、メロード二人は呼吸を整えている。

バルキンなんか珍しく神妙な面持ちだ。

ホーダツさんは説明を始める

「まずはこの丹……の服を着ていただきます」

ふむふむ。上下真っ赤な服装になる。

「そしてそこに、数式を実体……化したレーザー、(すう)レーザーをぶち込みます」

な、なるほど……?

よくわからないけど、超能力ってホントに何でもありだな!

カガンがスマホを手に私の寝室から出てきた。

「ついに出来たよ。これでバッチリさ」

「急に呼ばれたかと思いきや重大任務を仰せつかってしまいましたね」

電気人間野郎の飲み込みが早くて助かる。

「準備は……整いましたか。では皆さん着替……えてください」

ホーダツさんはメウロルドともう一人の私、そして私に服を手渡す。

ちょっと待って、私も行く流れ?もしかして。

「あれ?君も行くんじゃないのかい?」

どうやらなんか行かなくてはならないっぽい雰囲気だ。

スマホと電気人間野郎だけで良くない?

異世界には行ってみたいものだけど、それは平和な場合に限る!

「成功した場合の謝礼も用意してあるんですけどぉ」

行きます。行かせてください。慌てて服を着替え荷物をまとめる。

「よろしい、それ……では、始めます」

ホーダツさんとメロードが手をかざし、バルキンが角を掲げると、

それぞれ、掌と角から光線が発射され、我々を直撃!

瞬間、視界が暗転した。

 



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異次元転移はただの風邪:呑龍討伐!

 

目が醒めてまず思ったのが、少々涼しいかな、という点だ。

「こんなものだよ、この季節は」

もう一人の私の話を聞くに、この地球は温暖化とは無縁らしい。

どうやら、街のど真ん中で目覚めたようだ。

でもなんだか古い写真で見るような町並みである。

一番の驚きは、上空に人影が浮かんでいることだ。

あれが例のドンリウであろう。

「帝都の街を案内したいところだが、あまり時間がない」

もう一人の私によって対策室らしきところへと連れて行かれた。

途中の町並みはまさしく興味深いものばかりであった!

古いような新しいようなデザインの車、

見慣れない企業名、英字がほとんど無い!

しかしその割には結構外国人も見かける、

なんとも不思議な光景であった。

 

「へー、きさんが異次元の……」

対策室長っぽい人はラスちゃんにそっくりであった!

「まあ確かにあたしはラスばってんが」

……あなたは、そういう感じなのね!?

「話は聞いとると思うけど……なんでそげん赤い服着とうと?」

これはまあ深いような浅いような訳があったりなかったり……。

「まあよかばい、何か策があるとよね?」

それはこのスマホに聞いてみなければならない。

電源を入れると、画面にカガンが写っていた。

『君がこの動画を見ているということは、ボクはこの世界にはいないだろう……』

そりゃそうだ、私が世界を移動したんだから。

『見事なツッコミだ。……ちゃんとツッコんでくれるといいけど。これ録画だし』

録画でした。録画にツッコんじゃったよ!

『とにかく、電気人間野郎にプログラミングを埋め込んだ。彼がしっかりとやってくれるはずだ』

しかし、彼女にこんなことが出来るとは意外ではある。

『すごいだろう?情報生命体は物理攻撃は効かない、効くのは情報的攻撃と精神的攻撃だ。そして彼らは大抵意識を共有している』

「なるほど、そうやったったい!?」

ラス室長が声を上げた。

ノウハウがないと倒せないタイプの敵は実に厄介である。

『そこで、ボクは電気人間野郎にネット論客として悪い方に名高い"タラコ唇 デコ雄"の動画を見せたんだ』

はぁ?あの賠償金から逃れるためにドイツに逃亡したやつ?

『その通り。彼は論議を混乱させるのが上手だし、しかも出羽守だ』

悪い方に拗れた負けず嫌いが世の役に立つとは、

世の中なかなかわからないものである。

『彼らを論破……論破と言っても議論でもして論理的な破綻を指摘したりする必要はない、

 いわゆる俗語での論破、をすれば、彼らの戦意を砕き、憤死させることも出来るはずだ』

なんだか無茶苦茶不安になってきた、大丈夫かなこの作戦。

そんな論破されただけで憤死するようなメンタルで

銀河中を侵略して回るだなんて可能なのだろうか。

『攻撃的な人はだいたい弱いってことだね』

しかし、もしそれで駄目だったらどうすればいいのか。

『それでダメなら、スマホに情報爆弾をつけておいたから起爆するといい』

最初からそっち使っちゃダメなの?

『向こう100年情報機器が使えなくてもいいならね』

「それは困るばい!」「出来れば使わないで済むといいですね……」

確かに大変なことだ、まあ本当に最後の手段だろう。

『それと、スマホも改造させてもらったよ。おそらく敵は宇宙だろうから反重力装置で一飛びさ』

勝手に改造しないで!

『ごめんねぇ、新しいの買ってあげるから。宇宙空間でもエネルギーシールドを張ることで行動可能だ』

スマホの充電には荷が重いのではないだろうか。

『懸念は尤もだ、フル稼働では4時間しか保たない』

めちゃくちゃ長持ちじゃない!?

『それでは健闘を祈るよ。動画が終われば電気人間野郎が目を覚ます。無事、帰ってきてね、お願いしたからね』

そうして、再生は終わった。

すると、電気人間野郎が画面に登場する。

「なんか寝てる間に大変なことになってますねぇ」

本当にね、彼にとっては災難なことだろう。

「いいえ、こういうの大好きです。相棒!早速とっちめに向かいましょう!」

誰が相棒だ、誰が。

彼は反重力装置とシールドを起動した、

するとスマホを中心に球状の光の膜が張られる。

これがエネルギーシールドか!

「はみ出たりはしてないですよね、準備はいいですか?」

だがちょっと待ってほしい、今はまだ室内である。

3人が目を丸くしてこっちを見ている。

「先に言ってくださいよ!」

というか、私はついていく意味があるのか。怖いんだけど。

「情報爆弾の起爆は人の手でするようになってますので」

なるほど……。

「頑張ってくれよ私……いや、頑張るのは電気人間くんの方だが」

「応援してますよ!」「吉報を待っとるばい!」

3人に別れを告げ、窓を開ける。

そして反重力装置を起動し空へと飛び立った!

 

数分ほどで、宇宙空間に多分到達した。

しかし凄まじい光景だ、生身で空に飛び上がるとは、

こんな経験をするとは思っても見なかった。

「はっはっは、まず異次元転移が稀ですよね」

それもそうだ。思えば随分と遠いところまで来たものである。

軌道上に浮かんでいる人影、ドンリウに近づいていく。

なんと表現すべきか、人型の赤黒い影に目と思しき光が縦に5つ並んでいる。

しかも超巨大だ、身長何km?

『それ以上近づくな!』

その影からの言葉だろうか、急に頭に鳴り響いた。

『何者だ』

まずは私は答えたが、どうやら聞こえていないようであった。

やはり情報生命体にしか意思疎通ができないらしい。

「我々は大日本帝国の全権大使です」

『何の用だ』

「何の用はこちらのセリフでしょう?なぜ宇宙の星々を喰らうのですか?」

『それは我々が宇宙の支配者だからだ』

「宇宙の支配者?侵略者ですよね?」

『我々は宇宙を支配する義務がある、これこそ明白なる天命なのだ』

「支配とは言いますが、あなたがたのやってることって大量虐殺ですよね?」

『違う!』

ドンリウは声を荒らげる。

『支配は正当な権利であり義務だ!』

「誰の何によって保証されているんですかその権利と義務とやらは」

『この我々自身によってだ!宇宙を支配する資格を持つのは我々だ!』

「根拠を見せてもらっていいですか?なんかそういう資格を発行する機関でもあるんです?」

『この力こそが根拠だ!逆らう者はみな滅ぼした!』

「ではあなたはこの宇宙全ての生命を滅ぼさなくてはなりませんよ」

『なんだとぉ……!』

電気人間野郎は高笑いをした。

「はっはっはっは、誰もいない独りぼっちの銀河で宇宙の支配者気取りとは、全くお笑いですな」

『…………ギャオオォォー!!!』

ドンリウはちょっと考えて、そして悲鳴を上げた!

そして爆発四散、跡形も残骸も無く消え去ってしまった。

結構メンタルが弱かったようだ。

今まで破壊活動をしている間に、

ちょっとでも過ぎらなかったのかしら、その疑問……。

 

地上に戻ると、万歳三唱の声があちらこちらから聞こえてくる。

「やったー!勝利万歳!天皇陛下万歳!大日本帝国万歳!」

もう一人の私も大喜びの様子だ。喜び方は置いておくとして。

「ありがとう私!この世界は救われたよ!」

「本当に、お礼してもしきれないでしょうけど、試してみましょうか!」

試さなくていい。それにお礼を言われるべきは電気人間とカガンだ。

「うーん、流石は私、謙虚だなぁ」

「いやいや、君だって大したもんばい!さぁ!勝利の祝宴の時間たい!業務は後ばい!」

おぉー!と歓声が上がる。

なんかこっちの世界の人、色々と大雑把で羨ましい限りだ。

 

さんざっぱら酒と食事をご馳走になり、

専用のワープ装置に乗り、元の私たちの次元へと戻った。

お土産まで持たされちゃった!

「いやぁ~ドンリウは強敵でしたねぇ」

そうだったような、そうでもなかったような。

まあ戦ったのは私ではないので、とやかく言う事もできまい。

「おかえりなさい、君」

宇宙港に戻ると、カガンが出迎えてくれた。

「無事うまくいって良かったよ」

メロードたちはどうしたのだろうか?

「君たちが転移して丸2日経ったけど、次元転移の疲れが残ってるみたいで寝込んでいるよ」

バルキンやホーダツさんも同じらしい。

彼らもまさしく異世界を救った功労者であろう。

仕事をすっかりすっぽかしてしまったし、

今どんなふうになっているか職場に確認しようと足を踏み入れようとしたが、

その瞬間後ろから声を掛けられた。

「すまない、異世界の僕……実は困ったことが起きてだね」

なんだよぉぉぉもぉぉぉぉぉーーーー!!またかよぉぉぉぉおーー!!!

こちらの方のお話については、割愛させてもらう。

 



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禿山の熱帯夜

 

温暖化などの環境問題を解決出来るのなら万々歳だろう。

しかしながら手っ取り早い道というのはいつも裏があるものである。

 

 

ところで、地球温暖化、今風に言えば惑星温暖化、

これを知らない人はあまりいないだろう。

大気中に温室効果ガスが充満することにより

地上から宇宙に放出されるはずの熱を吸収してしまい、

惑星全体の気温を上昇させ気候を急激、大幅に変動させてしまうことである。

異常気象、大規模な自然災害を誘発させることもあるこの現象は、

当然宇宙においても問題視されていることである。

なお、惑星全体が寒冷地かつ農地なガウラ帝国には関係がない話である。

対策は大きく分けて、温室効果ガスを減らす、惑星を冷やす、緑地を増やす、

これらの3つのアプローチからなる。

 

1つ目に通じているのはミユ社であった。

彼らの母星はかなり工業化が進んでおり、

なおかつ、元から自然は少ない惑星でもあった。

未だに新発見のものが見つかるほどそこら中に存在する鉱脈からの自然由来の鉱毒と

その金属を利用するために太古の昔から存在する製錬所の排液が流れる川や

風が吹けば砂塵が舞う極度に乾燥した大気は

我々のよく知る青々と茂った植物の生育には適さない環境であった。

ミユ社の人々、フォリポート人やこの星の生物、砂漠に生える植物たちは

元々過酷な環境で生まれたので大気汚染は案外平気であったが、

発展によってついに大気中の二酸化炭素の量が

数少ない植物たちの消費量を超えてしまい

惑星温暖化が始まってしまったのだ。

そこでミユ社は二酸化炭素を消費し、

コクのあるエスニックな調味料を生成する装置を作ったのである。は?

なんでも、この惑星のとある金属と大量の炭酸を結合させると

スパイシーないい感じの粉末になるのだという。は?

「意味がわからないって顔してますねぇ!」

以上はミユ社の炭酸スパイスの営業マンの説明だ。

「お気持ち、わかりますよ。私にもなんのことだかさっぱり」

私はさぞ狐につままれたような表情をしていることだろう。

しかしこれでも結果として、温暖化は解消された。

この調味料が銀河中で大ヒットしたからである。

無論、ミユ社広報部の暗躍があっての大ヒットだが……。

ちなみにこの調味料、地球人が食べるとお腹を壊すので注意。

 

2つ目、惑星を無理やり冷やした国がかつて存在した。

いわばテラフォーミング技術であるのだが、

この国は今現在存在しない。

惑星内部のいじくったり、大気中に大量に冷却物質を投入したおかげで

急激に寒冷化が進み、飢餓により絶滅したのだ。

確かに、温暖化は完全に解決したようである。

この惑星の顛末については

ほぼ全ての星間国家のテラフォーミングの教科書に載っているという。

 

3つ目だが、これを格安でやってくれるという業者が今目の前にいる。

植物型人種のようで、種を売っているという。

「この種はどんな環境でも発芽し、地域を緑化いたします!」

それはすごいが、値段が気になる。

種一つにつきおよそ2.5キロ平方メートルを緑化するが1つ500円だというのだ。

破格の値段だが安すぎるとちょっと気になるものだ。

「我々の星では掃いて捨てるほど手に入りますから、実質手数料みたいなものです!」

しかしながら、私は別に緑化に困ってはいないのでとっとと入国してもらった。

問題は2週間後である。これを買った国がいた。

南米や中部アフリカ、東南アジアでは森林の減少が深刻であった。

そこでこの種に飛びついたというわけだ。これを植えれば森林が回復し、

種を採取することで伐採と回復を繰り返せるとでも考えたのだろう。

しかしこの植物はとんだ食わせ者であった。

わずか5日間で地域の土壌に巨大な根を張り巡らせ、

もう5日間で栄養と水分を吸い付くし、

そしてもう5日間で大量の植物人種に変貌し、領土要求を始めた。

この種は例の植物人種の侵略種の種子だったのである。

あの営業マンはとっとと地球から出ていってしまっていた。

これは開港以来、前例のない大規模な地球侵略となった。

地球製の通常兵器が通用しない厄介な存在であり、

各国の嘆願にガウラ帝国軍が動くこととなった。

熱線投射砲やタキオン粒子投射砲で攻撃し、なんとか駆除は完了したが、

土壌の栄養の枯渇と攻撃による徹底的な破壊により、

人はともかく植物の生育はほぼ不可能な状態となってしまった。

高い代償である、これならハゲ山の方がマシだったとさえ言われている。

 

ともかく、地球と同じく宇宙においても、

環境問題はビジネスや謀略にはもってこいだと考えられているようだ。

つまるところ妙な回り道や裏道を探すよりも、

自力で地道に解決するのが最も確実で堅実な方法であるということなのだろうか。

特にこういった緊急性のある切実な事象こそ。

 



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針の筵の馬の国

 

ルベリー共和国。

かつて王族を擁したが、移民に暗殺され、大の外国人嫌いになった国。

同僚、バルキン・パイの故郷である。

 

 

「ダメったらダメーっ!!」

そ、そんなに……ちょっと行ってみたいって言っただけなのに。

「絶対におすすめしないよ!後悔しても知らないからね」

バルキンがそこまで言うのだからよほどのものだろう。

「外国人が行ったら何されるかわかったものじゃないよ」

ラスちゃんも神妙な面持ちで頷く。

「そうですよ、帝国でも渡航は非推奨とされてますねん」

本当にひどいのだろう、渡航情報が常に赤い感じだろうか。

なんでも、大使館なんかも租界のようにまとまっていて壁で覆われているらしい。

よっぽどである。ますます興味深いような。

「ホント、どーーしてもって言うならさ、一つだけ約束して」

 

そういう訳で穴という穴全てを調べられているわけだ。

「密輸品などはないようですね」

とんでもない人権侵害だ!と言いたいところだが、

人権というものの説明から始めなければならない。

外交問題にもなりそうだが、今の地球にそれほどの影響力はない。

「ルベリーの警察はいつも君を見張っているぞ」

さっさと服を着て、入国する。

宇宙港は割りと閑散としており、何人かいる外国人、いや外星人?が

暗い表情だったり項垂れていたりしている。

「悪いことは言わないから、すぐにその出国ゲートから出ていった方がいい」

ゲソっとした表情の宇宙人が言う。

身なりから見て外交官のようだが、仕事で来ていてこれなら

とんでもない仕打ちが待ち受けていそうで、早くも後悔しそうになる。

宇宙港を出て、列車でマリディア県イガート町へと向かう。

ここを出る列車には乗客は殆どいなかった。大体が途中で乗車する。

よほど宇宙港を使う用事がないと見える。

途中乗車の客も私を見つけると露骨に嫌そうな顔をしていた。

嫌悪の目に耐えて、なんとかイガート町についた。

町とはいうが、発展度は宇宙都市らしく東京を遥かに上回る。

掃除は行き届いていて綺麗である、本当にゴミ一つない。

摩天楼が立ち並び、どこまで続いているか先も見えないほどで、

大勢の人々でごった返している。しかしどこか古風な雰囲気だ。

タクシー(らしき公共交通機関)もバス(同上)も中々停まってはくれないので、

目的地までは徒歩で向かわねばならない。

そうなると、通行人に囃し立てられる、往来で暴力を振るったりは流石になかったが。

「二つ足に売るものなんて置いてないけどね!」

「チッ、外国人がよ……」

「その足でどうやって立ってんだ?ああ、もちろん聞くまでもないか」

道を歩けば後ろ足で砂を掛けられるといった始末である。

覚悟はかなりしていたのだが割と心が折れそうだ。

東京を遥かに凌ぐ大都会でこれなら、田舎はどうなるのか。

いや案外田舎の方がマシなパターンかもしれない。

滲んだ涙を拭い去り、自分を民族学者と思い込むことでダメージを軽減させることに務めつつ、

メモに書かれた住所に向かう。結局、時間の余裕が無くどこに寄ることも出来なかった。

 

バルキンとの約束とは彼女の実家に宿泊することであった。

「お父さん、窓全部閉めて!カーテンも!」

「ああ」

ロクに挨拶ももされずに、家に入れてもらった。

「どうも、初めまして。バルキンのお友だちって聞いてるけど……」

あまり歓迎してくれている様子ではない。

「私がバルキンの母よ、こっちは父、見分けぐらいつくわよね?」

どうも、名乗りもしてくれないようで、私の名前にも興味が無いらしく聞かれなかった。

「色々ひどい目にあったでしょう?」

そりゃもうたっぷりと。

「私たちも、あなたみたいな二つ足の“ド毛唐”を泊めるのは嫌なんだけど、パイがどうしてもっていうから」

正直な方だ。正直すぎる。とてもつらい。

こいつらをして『性的に堕落している』としか言わないガウラ人は心が広すぎる。

歯に衣着せぬ民族性なのだろうか。

「今日一日だけよ、明日は清掃業者を呼んだの」

バルキンの部屋に通された、彼女の部屋に泊まるように伝えられたようだ。

「食べ物はこれ、どうぞ」

とだけ言われ、袋に入れられたパンらしき固形の食料を渡される。

 

はぁ。

こんなカスみたいなところは飽き飽き、一刻も早く帰りたいわ。

パンみたいなのをかじりながら何気なく、部屋を眺めていると、

きっとここはバルキンの部屋だったのだろう、荷物はそのままにしてある。

キラキラ光る時計か羅針盤のようなものや、何か虹色に光ってるパソコンらしき電子機器、

なんか、大きなちん……おそらく何らかを模したと思わしきアレが置いてある。しまっとけ!

ベッドもある、これは人類のとは大きく変わらない。

そうしていると、テーブルの上に一冊の日記を見つけた。

彼女には悪いが、辞書を片手に読んでみよう。

……どうも読み進めてみると、殆どは異性との乱痴気騒ぎばかりが書かれていたが、意外な事実がわかった。

彼女の妹、レイは海外、それも宇宙に対する憧憬を抱いていたようだ。

幼い頃から病院のベッドを出られなかったのもあるのかもしれない。

彼女は、レイの影響を強く受けている、初めて会った時彼女が言った通りに。

 

翌朝、意外にもご両親は朝食を用意してくれた。

食卓にまで誘ってくれた、一体何の心変わりだろうか。

「いい加減、彼女には帰るように言ってください。いつまでも化外の地にいてもしょうがないでしょうに」

「うん」

人の星をして化外の地とは随分な言い様である。まあ田舎ではあるが。

全然関係ないけど親父さんは寡黙な方である。

一応伝えてはみる、と軽く流しておいて、食事を口に入れる。

野菜の美味しさが口の中に染み渡る。

「美味しい?そう……宇宙人にもこの良さがわかるのね」

彼女はニコリと口元をゆるめた。

ほんの少し、小さな半歩分だけ距離が縮まったような気がした。

 

さて、嫌な部分はすっ飛ばし、地球、宇宙港。

「おかえりなさい先輩、どうでしたって聞くまでもなさそうですね」

「だから言ったのに」

ラスとバルキンのお出迎えである。だってあんなにひどいとは思わなかったし……。

そういえばこれを持って帰ってきた。

「あ!あたしの日記!読んだ!?」

まあそれなりには。

「は、恥ずかし~~~~!!なんで読んじゃったのもう!!」

本当に、殆どが恥ずかしい内容だったけどね……。

しかしながら、非常に排他的な国であった、彼女からは想像もできない。

彼女は、きっとそんな国が嫌になり、レイの遺志も継ぎ、故郷を飛び出したのだろう。

そういった故郷の息苦しさは私にはあまりわからないが、あれほどの国であれば、

相当なものを感じるのではないかと推測できる。

バルキン・パイの両親は、今も彼女の帰りを待ち続けているが、

彼女があの場所に戻る日は来るのだろうか。

「えっ!?なに!?急に抱きついて!まさか、ついにあたしの愛が伝わっちゃった!?」

「げぇー!そういうの気持ち悪いですねん!」

ラスの星にもそういったものがありそうな感じ。まあどこにだってある、日本にも。

「あー、今度あたしも帰ろっかな~」

……思い過ごしであったようだ。

 

 



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受容と根絶

 

さて、最近では不思議な、でも良いことに、障害者への差別が少なくなっているそうだ。

これらはネットの呟きなどでポツポツと見受けられている、彼らの体感だそうなのだが、

確実にこれが理由というのはわからないようで、多分これも宇宙からの福音だろう、ということらしい。

まず一つ、宇宙人という新たな社会階層の追加があるだろう。

彼らは(比喩表現としての)カーストの外にいる得体のしれない化物だ。

そんな連中と比べれば、こっちのほうがまだ親しみが湧くというものだと、

そういうことらしいがなんともまあ酷い話な気もする。

同じ理由で性的少数者、地球の外国人、マイノリティへの圧力も低下している。

結局のところ、標的が宇宙人に向かって逸れたということでもある。

 

それからもう一つは、ガウラ人たちの奇妙な行動である。

彼らは障害者、特に身体障害者や視覚障害者を街で見かけると敬礼を行う。

おそらく何らかの勘違いをしているようである。

「何やら難しい顔してんな、姉ちゃん。いや兄ちゃん?」

誰もいないのに声だけがする、と思って辺りを見渡すも、声の主は見つからない。

「ここだよ」

突然腕がニョイっと出てきたので小さい悲鳴を上げてしまう。

「背が高過ぎで見えなかったろ?」

そのガウラ人は腕だけで受付台の上によじ登ってきた。

なんとも言えないジョークに苦笑いする。

「……おかしい、爆笑中の爆笑ジョークだったのに」

笑っていいものだったのか……。

「ふふん、考えている事を当ててやろうか、地面についた足でカウンターの上に乗るな、だな?」

不正解。正解はまた変わったやつが丁度よいタイミングで来たものだ、である。

「そうかぁ、じゃあこの脚がどうして無くなったか聞きたくないか?」

別に。そういうのを聞くのは地球ではマナー違反である。

「帝国でもそうだよ。だから誰かに聞かせたいんだ!お願い言わせて!」

しょうがないので語らせる。

彼は連絡将校だったようで、空爆で脚を失ったそうだ。

「ただの空爆じゃない!レーザーだ!ジュッて音がしたら脚がとろけてた!発酵乳製品のように!」

だが彼が故郷に戻ってからの生活は不便ではなかったそうだ。

なにせ傷痍軍人はめちゃくちゃ多く、社会インフラもそれにあわせて作られているのである。

この点は米国に似ているかもしれない。

また、治療に関してはあまり重視されていないようで、

義足、義手などをつけなくても生活できるように社会設計がなされている。

傷痍軍人は身体的だけでなく精神的にも傷を負うものも多いため、

その点でも障害者には結構寛容な社会である。なおアスペルガー症候群患者で構成された軍の部隊が存在するらしいので、

やっぱり軍事国家な部分が見え隠れしているのであった、良いような悪いような。

「でも怪我か先天性かはわからないから、とりあえず敬礼しておく。しないよりはして間違えたほうが気分的にマシだし」

つまるところ、ガウラ人たちは街の身体障害者たちを傷痍軍人かと勘違いしていたのである。

ただ、別に悪口を言ってるわけでもなし、ガウラ人らがそうやって丁重に扱うので、

日本人らもそれにつられてだんだんと、ついつい、一緒になって丁重に扱うようになってきたのではないだろうか。

だとしたら、面白い勘違いであるし、集団心理の良い面が出たのかもしれない。

 

それと関連して、もう一つのエピソードがある。

異星人の私から見ても、見るからに知的障害者、

といったふうの子を連れた宇宙人が訪れた。

「この国では、知的障害者は違法でしょうか……?」

おそらく母親であろう、恐る恐る聞いてきた。

私は、彼女に違法でない旨を伝えた。

するとホッとした様子で、目に涙を浮かべていた。

「よかった……実は、私の国では障害者の出産は違法なんです」

出生時前の検査技術が発達し、生まれる前に障害の有無の判断、

そしてある程度の治療までできるようになったのだそう。

しかし、彼女は夫を交通事故で失い、彼が唯一残したお腹の子供は障害を持っていることが判明。

重度の知的障害はまだ治療法が確立しておらず、堕胎するしかない状況になる。

だが彼女は出産を強行すると数年の準備を経て故郷を捨て、

宇宙船内でたまたま地球の噂を耳にしてここにやってきたのだという。

「これで息子と2人で暮らせます。少なくとも逮捕はされない。こんなでも、彼の忘れ形見だから……」

2人は入国していった。彼らはおそらく日本でも苦しい立場に置かれるかもしれないが、

それでも、何も未来がない祖国よりはマシだと語っていた。

親のエゴなのかもしれないが、それでも凄まじいと言うべき覚悟だと感じた。

彼女らの未来の幸運と幸福を祈ろう。

 

いずれの例も障害者福祉の未来を示している。

社会そのものを変えるか、それとも元から断ってしまうのか。

その際、人権は侵害されないか?コストは?どれほどの時間が必要か、

問題の数は未知数だし、人類がいずれの選択肢を取ったとしても、

多くの矛盾や葛藤が生まれて来るはずである。

 



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色とりどりの色眼鏡

 

マナーやルール、生活習慣などはある種の民族の風習と言えるだろう。

そしてそれらの見え方も千差万別だ。

 

エスカレーター。都会ではこういうマナーがある。

急ぐ人のために片側を開けて立つ、というものだ。

これの発祥は第二次大戦中のイギリスである。混雑緩和を目的として周知された。

とはいえ、手摺を片側しか掴まずに乗ることは推奨されるものではなく、

緊急停止時にバランスを崩すかもしれないし、その上片側を人が歩くとなれば、転倒の危険性も増すだろう。

 

このマナーは幾つかの星間国家で紹介された。

以下は帝国日報文書版のコラムの一部である。かなり批判的であった。

 

 “天皇陛下のお膝元である東京都におけるこの因習は、日本人、特に関東に住む

  日本人の未熟性とそれ故の馬鹿げた勘違いの象徴と言えるだろう。彼らはそれ

  が危険行為であるとも知らず、しかも自分をマナーを守る良い人間であると考

  えている。無知蒙昧にして傲慢、正しく『都会人』の特徴によく当てはまる。

  なぜこうなるのか、それは都会人が日頃から複合材料製の建物に住み、舗装さ

  れた地面を踏み、人工食材しか食べないからである。彼らは土に触れる喜びを

  知らず、作物を育てないため慈愛の心を持たず、天皇陛下の存在のありがたみ

  を感じる心を失っている。これこそが都市化の弊害である。        ”

 

そもそもガウラ帝国にエスカレーターがあるのかどうか別として、

最終的に関係がなさそうな部分に着地している。

まあ、最後の部分が言いたくてこの記事を書いたのだろうが、

実際に危険行為ではあるし、これは私の偏見だが、確かに自分を良い人だと思ってそうな……いやよそう。

こういう視点から見るというのは彼らが、言うなれば農村志向、といった社会であるからだろう。

都市部がそもそも過密にならないため、こういったマナーが生まれないのだ。

彼らには奇異に見えただろう。

 

 “鉄道の貨車を思い浮かべてもらいたい。資材が沢山詰まっているはずだ。しか

  しそれら全てが人間だったらどうだろう?この悍ましい光景は日本の東京で見

  ることが出来る。日本語で『マンインデンシャ』と呼ばれるものである。この

  奇特な風習は数十年続いており、改善される見込みはない。そもそも改善する

  ものではないのである。これは関東の文化だ。彼らはこうして精神的に自分を

  追い詰めることで『カロウシ』――働き過ぎて死ぬこと――や『ノミカイ』―

  ―好きでもない人と酒を飲むこと――のストレスに耐えるための訓練を行って

  いる。そして、男女不平等社会である地球では、日本も例外ではなく女性が危

  険に晒される。その為に『チカン』――他者の身体を性的な意図を持って触る

  こと――によって予行演習を行うのである。チカンは関東の戦士たちの文化で

  あるのだ。これが世に言う関東軍である。こうして精神面の振り落としが日頃

  から行われ、自殺者も多く出してしまうが、屈強なる戦士を育てるためには必

  要な犠牲なのである。将来、日本兵が宇宙の傭兵業界を席巻する日も近いだろ

  う。我らガウラ帝国と横並びに歩く日もそう遠くはない。         ”

 

満員電車と痴漢に対する評論である。かなり頓珍漢な事が書かれている酷い記事だ。

飲み会の件を見るに多分酔っ払いかなんかから話を聞いてしまったのかもしれない。

しかも着地点が傭兵産業。確かに満員電車は戦場にいるよりもストレスが強いという話も聞くが、

おそらく傭兵産業に参加するのは、まあ難しいんじゃないかな……!?

 

一方で、ルベリー共和国は上述のマナーについては好意的な評価をしていた。

 

 “日本人の思いやりには感服する。技術や社会の発展は即ち精神の発展とはなら

  ない。ある時、自動階段の片側を空けて立っている者を見た。私が問いかける

  と、急ぐ人のために空けているのだという。ルベリーでは見ない光景だ。誰し

  も転倒で死にたくはないのである。だが彼らは、ただの思いやりで死の縁に立

  っているのだ。なんという博愛精神、他者を慈しむ心であろうか!ルベリーに

  これほどの人間が一体どれほどいるだろうか!              ”

 

これはルベリー共和国の『宇宙のケダモノ誌』という冊子の記事の一部である。

宇宙人のことは嫌いだが気にはなるようで、結構広く読まれているようだ。

そんなルベリーでこれほど高評価をされるのは珍しいことだ。

というのも、エウケストラナ人の身体構造に起因する。

彼らの脚は地球の馬と同じく重要な部位であり、骨折すれば心不全などのリスクに繋がる。

医療技術の進歩で即死亡、ということは殆どなくなったが、死んだほうがマシな状況になることも少なくない。

骨折やそれに繋がる転倒や事故などに本能的に恐怖を感じており、

エスカレーターでの転倒を顧みない日本人の優しさに感涙しているのだろう。

つまるところ、ちょっとした意識のすれ違いみたいなものだ。

逆に危険行為だと批判すべきところな気がしないでもないが、宇宙人なので考えてもしょうがない。

 

 “サラリーマン出退勤時の息抜き、痴漢。それは東京に存在する。しかしこれら

  はある種の、乗客と鉄道会社双方の合意によって成り立つ奇妙な風習であった

  。過密車両の維持は鉄道会社の至上命題である。なぜ関東がこの奇妙な風習を

  維持するのかは不明である。関東の人間はこの過密車両の中で異性や子供の身

  体に触り、日々のストレスを解消する。そして環境を用意した鉄道会社に報い

  る為毎朝同じ車両に乗り、金を落とすのである。もちろん、公然と行えば犯罪

  である。しかし、この状態は数十年以上維持し続けられているのである。星間

  国家からしてみれば、信じ難い明らかに異常な状態であるにも関わらず、抗議

  の声は小さくむしろ正当化する声さえも聞こえてくる。我々に理解することは

  難しいが、つまりはそういう文化なのだ。                ”

 

これはミユ社の発行する『異邦詳細』という雑誌での満員電車評の記事の一部だ。

おそらくは相当批判的な文章である、そんな文化無いよ!

そりゃ金持っとるミユ社からしてみれば何の対策もしてないように見えるし、

だとすればそういう文化なのだろうと思われるのも仕方がないのかもしれない。

でも土地の都合とか路線の都合とかお金の都合とか色々あるし……。

彼らにとって改善とは工程をすっ飛ばしてでもやるもので、やらないのは理由があるかそういう文化である。

無能と悪意を少し混同してしまう彼らの思想が透けて見える文章であった。

 

地方にも目を向けてみよう、町内会や隣組など、いわゆる『田舎の相互監視』は、

軍事国家からは国民の結束と防諜を強化すると評価され、

そうでもない国家では息苦しいと難色を示されたり、珍風習として紹介されている。

 

  “医師を追い出すというのはやり過ぎであろうが、優れた防諜として、特に占

   領下においては機能する可能性があり、調査が必要である。       ”

 

  “あまりにも馬鹿げた制度だ、住民の相互監視ではなく、国家による監視が必

   要である。市民は欲にあまりにも弱く、組織として腐敗するのは目に見えて

   いる。国土中が腐敗することになってしまう。             ”

 

  “制度として解体されたにも関わらず、このような風習がそのまま残るという

   のも面白い話である。とはいえ、日常では息が詰まるだろう、非常事態にこ

   そ真価を発揮するものであるので、これからも続くことを祈ろう。    ”

 

それぞれ、ガウラ帝国、ピール首長国、マウデン家の評価である。

これらの雑誌や記事は宇宙港内の売店で購入することが出来るので、

気になる人は是非買って読んでみるといい。

 

社会問題とされているものが評価され、マナーとされるものがこき下ろされる、

我々と同じく、彼らも彼らの目でしか物事を見ることが出来ないのであるので、

単なる風習か、因習であるのかを決めるのは見る者の色眼鏡なのだろう。

 



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いい加減にしろ

 

私は今、ちょっと宇宙人から距離をおいている……。

 

 

なぜこんな状況に身を置いているのか、というのを少し説明しなくてはならない。

5日前のことである。私はいつものように業務外のことを任されていた。

どうも私は新たな客人が訪れるたびに面会をさせられているようであり、

少しの研修と長時間の接待を行わなければならないのである。

外務省かどっかにそういう人員がいてもおかしくない、というかいなきゃダメだろ!

と抗議の声を上げるも、全くの未発達の分野とも言えるこのエイリアンファーストコンタクト業で、

最も優れた人材が私のようであり(ちょっと自慢だ)、次点で吉田が出てくるぐらいの

人材不足に陥っているようである。当然星間国家にはノウハウがあるが、

このような重要な技術はあまり教えてはくれないし、経験と勘だけが物を言うタイプの業種である。

即ち、地球上で最も経験豊富なのが私と吉田、そして見知らぬイギリスの宇宙港の人だということらしい。

とはいえ、原始文明相手に強気の交渉や難癖をつける連中も少なくはないので、

そういう連中の危険な『ニオイ』を嗅ぎ分ける麻薬調査犬みたいなことをやらされているのだ。

杞憂に終わればいいが、確かに変な連中は来るので依頼を無碍にすることも出来ないのである。

 

4日前、技術指導を言い渡された。なお吉田は助けてはくれなかった。佐藤に言いつけてやるからな!

外務省官僚のエリート、しかも私よりも歳上な人たちに研修をしなくてはならない。

そんなこと言われても、だいたいフィーリングだし……。

なんでこんな奴に、なんて表情をされてもそれはこっちが聞きたい事なのだが。

こういったあまりに位階が違う人間と関わるのは気を遣うので疲れてしまう。

しかしながら、私の経験した話を聞かせると、何人かは目を輝かせていたので、

やっぱりそういった心意気の人たちのほうが私は大成すると思うよぉ!

 

3日前。全く手応えを感じなかった技術指導で心が疲れ果てても、仕事がある。

とはいえいつも通りならいつも通り見送りしつつ犯罪者をメロードに押し付けるだけなので、

そう忙しい業務ではなかったはずなのだが、その日はいつも通りではなかった。

なんでも、偽装技術が向上したようで、本当に人間と見分けがつかないような入国者が現れたのである。

こういったのは最新の機械であっても見分けるのが難しく、星間国家でも手を焼く存在なのだが、

経験豊富な管理局員に隙はない。文化、流行や歴史、気候などの知識を総動員し、

人間に化けた不法侵入宇宙人共を見事引っ捕らえてやったのである!

吉田と私とで合わせて15人も捕まえ、何れも同じ組織の者たちであった。日付ずらすとかさぁ……。

彼らは歴史に関してかなり偏った知識を持っていた。ビザンツ帝国は1400年代に滅びましたよ!

 

2日前にはもうクタクタであった。休憩室でのんびりする時間も増えた。

しかしながら、身近な宇宙人どもが最近構ってなかったせいなのかグイグイ来る。

「ねえねえ!最近疲れてるなら温泉行こうよ!今日!」

「それより俺とゴルフ行こうぜ、吉田もメロードも誘ってさ」

バルキンとエレクレイダーだ。お前ゴルフできんの!?

「そりゃあもちろん、この俺はゴルフだって出来るぜ、ルールを教えてもらえればな」

どうやらやったことはないらしい。そんな思い付きで初体験するスポーツではないと思う。

「温泉だよ温泉!疲れてるみたいだし」

「吉田が言っていたが、温泉にも入れてゴルフもできる場所があるらしいぜ」

「それって……天国ぢゃん……!」

なんだか妙な話になっている。きっとよほど疲れた顔をしていたのだろう。

「あそーだ、飲み行こうよ!ほら、最近後輩も出来たしさ!」

ようやく人員を増やしてくれたのか私にも日本人の後輩ができた。女の子。

なかなか覚えがいいのだが、寡黙な人物である。きっと酒の席には出てこないだろう。

と、思っていたのだが、バルキンが誘ってみると、来てくれるようである。

きっと気を遣ってくれているだろうし、私も出席することにした。

週の半ばなので時間も遅くはならないだろうし。

「先輩、聞きましたよ!先輩はかなり頭のネジが外れたやつだって!」

めちゃくちゃ絡んでくるぅ。いや別にいいんだけど、公私をかなり分けるタイプなのかな。

しかも頭のネジが外れてるって、誰情報だ。だいたいわかるけど。

「バルキンさんです!社交界ってどんな感じでした!?」

いや別に……そんな大袈裟なものではなかったのだが、まあ端から見れば気にはなるだろう。

彼女に色々と話すと興味深そうに聞いてくれた。

こういう可愛い後輩が出来ると、まあ、ついつい夢中になって飲みすぎてしまうものである。

 

それで、昨日。二日酔いという程ではないが、体がだるい。

「や、休んだほうがいいんじゃないか」

吉田も心配してくれるのでよっぽどなのだろう。

「今日は休め、心配だ」

メロードもシュンとした様子で身を案じてくれる。

かわいいしうれしいなぁ〜、なんて考えてしまうのはおそらく頭が回っていないのだろう。

「ひどい顔ですやんか。顔洗いました?」

ラスちゃんはこの調子である。

そんな感じで仕事に来た日に限り、結構ヤバ目の出来事が降ってくる。

「少しいいかい、外交官がやってくるそうなので付き添いを」

局長であった。もう勘弁してほしいのだが、渋々ついていくことにした。

「僕は殺人エイリアン!お前たち殺す!」

コワ〜。何なんだこの人。

「君ならどうする?」

知らねえよ、どうもしねえよ、帰せよ、聞くなよ、いい加減にしろ。

と、言いたいところだ。が、おそらく何らかの勘違いをしている気がするので、

話を聞いてみるとやっぱりなんか変なドラマの影響を受けたようである。

「やはりそうだったか」

結局なんとなしに解決してしまったが、すごいしたり顔をしているのが腹立つ。局長は何もしてないだろ!

そこで、疲れがピークに達したのか椅子に座り込むと気を失ってしまう。

 

目を覚ますと、数週間の休暇を取ったことになっていた。

メロードと吉田が色々とやってくれたらしい。吉田はこうなる前に手を貸してほしいものだが。

「俺も色々と忙しくて……悪かったよ」

分かればよろしい。しかし休暇となればしばらく宇宙人の顔を見ずに済む。

「私の顔も?」

メロードがウルウルした目でこちらを見ている。今にもクンクン鳴き出しそうだ。

鼻をつまんでやると、目を閉じる。あざと可愛いやつだが、一応成人してるんですよね……?

そう考えると少し彼の将来が不安になったが、とにかく今日はもう帰ろう。

自宅に辿り着くと、着替えもせずにベッドに横たわり、そのまま意識を手放してしまった。

 



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私はここにいる

 

ボイジャーのゴールデンレコードは、このような文を読みに来る者なら

きっと誰でも知っているはずであろう。

地球外知的生命体がいたのであれば、あれの立場はどうなったのか。

 

 

「金のレコードぉ?知らないなぁ」

ガウラ人は別にボイジャーを発見して地球に訪れたようではない。

殿下も言うからには間違いないのだろう。

「例の戦争の副産物だよ。そこで、素敵な星、まあ人だが、彼を発見したので、国連とかいうのをチョチョイと……あっ、これは言ったらだめだったか」

つまるところ、イギリスと日本が選ばれたのは

彼らによる陰謀が関わっていたということなのだろうか。

いやまあね!?おかしいとは思ってたんだよなぁ~最初からぁ〜〜!

「表向きは国連の話し合いで決められたってことになってるから、内緒ね」

私が言い触らしたところで信じる人もいないだろうが。

 

なぜ、私が殿下とこんなお話しているのかというと、

他でもない山野元大臣のお願いなのである。

「我々とて、アメリカと手を切ったわけではないですから。手を切れとうるさいのを拒絶してますがね」

彼らの目的の天皇陛下が日本に御わす以上、

ガウラ帝国に対してある程度強気に出れるのだ。

日米同盟をこのまま解消させるのは不義である、

という見方が政府内でも強いのである。

これまでの立場が少し逆転してしまった、と考えるものもいる。

ガウラ帝国も万能で無敵、というわけでもないので、秘密裏に米国に接触することは不可能ではない。

そうなれば事態は急変することだろうが、今のところその兆候はない……らしい。

「放っておけばいいのに、民主主義というのが、というか王がいないというのがお気に召さないようで」

完全にイデオロギーの闘争であり、間に立つ日本にとってはクッソどうでもいいことである。

そもそも自分たちも民主主義国家と手を組んだこともあったくせにである。

 

さて話は逸れたが、金のレコードについての存在自体は宇宙探検家たちの間で認識されていたようだ。

殿下が話をしてくれたのか、宇宙探検家ギルドの会合に招待された。広大すぎる宇宙では縁故主義が物を言うのである。

自らの手足だけで同好の士を血眼になって探しても、広すぎて見つからないのだ。

「その通り、まさしく金のレコードのようだ」

「私はここにいる、と叫んでも、誰の耳にも届かないなんてことはよくある。星間国家は幸運を掴んだ一握りの者たちだ」

宇宙探検家たちは何も無い空間をひたすら彷徨い続けている“イカれた”連中である。

探索に出る度に自分たちの孤独さに打ち震えるのだという。

「宇宙には誰もいないんだよ!」

多種多様な人種たちがそれに頷く。彼らにはイデオロギーなどは些細な事であるようだ。

「そうだ、金のレコード!我々は『赤子の呼び声』と呼んでいる」

こういう、原始文明が他者とコミュニケーションを取ろうと漂流物を送るというのはそこまで珍しくはない。

しかし、その原始文明の存在を突き止めるのは非常に稀な事である。

「赤子を見つけた!赤子を見つけたんだ!」

なんかテンションがおかしい人がいるが、誰も気にしていない様子であるのでいつものことなのだろうか。

「だが今この場にあるわけではない。アノマリーは出来るだけそのままにしておくのが礼儀だ」

アノマリー(宇宙に点在する奇妙な事象全般のこと)に変に手を出して惑星が一つ壊滅したという話もあるらしい。

「このレコード、探査機はこの地球で言うところのカシオペア座ガンマ星付近で発見された」

となると……550光年もの距離である、らしい。

しかしおかしなことになる、まだ数年前に太陽系を出たばかりのはずだ。

1光年先に行くのにも1万8千年はかかるはずであるが……。

「レコードのコピーのデータならここに」

探検家の一人が携帯端末を取り出すと、レコードの音声が流れ出した。

いつぞや聞いたのと全く相違ないものであった。

 

「うそでしょ……」

山野元大臣と同席しているNASAの職員は驚嘆の声を漏らした。

データをコピーしてもらい、NASAで比較分析を行うと、全く同じものであった。

ほぼ間違いなくボイジャーレコードのものだという。

「ありえない、何かの間違いではないのか?」

探検家たちの記憶違いや情報入力のミスの可能性はあるかもしれない。

「実のところ、通信は途絶えていた。2009年辺りを最後にね……」

ここだけの極秘情報らしい……彼らの上司にも伝わっていない……。コラぁー!

そりゃあ、突如550光年先にワープ?でもしたのであれば、途絶えるのも当然である。

本来ならまだ太陽系を出たばかりでそれほど遠くまでは行っていないはずの探査機が、

なぜ遥か彼方で発見されたのだろうか。何があったのかは探査機のみぞ知る。

これは例の探検家ギルドでさえ解明できていない。

彼らギルドが『真理の不安定性』と呼ぶ事象であり、宇宙の七不思議の一つである。

 

ちなみに残りは『宇宙の存在』『神霊の有無』『42』『性癖は何のため?』

『全ての生命が働かずに面白おかしく生きていく方法』『特定生物の諸問題』

などである。いくつかしょうもないのがあるな……。

 




【七不思議の解説】
-真理の不安定性-
物理法則は自然に、或いは人為的に捻じ曲がることがあるが、
それらも含めて物理法則なのだろうか
何かを計算し忘れたのか?たまたまなのだろうか、それとも……

-宇宙の存在-
なぜ何もないのではなく、何かがあるのか
存在に意味はあるのだろうか
問いかけること自体が馬鹿げているという考えもある

-神霊の有無-
神が世界を作ったのだろうか
死は終わりでなく変化であるのだろうか
何れにせよ、彼らには税金を支払ってもらいたいと考える為政者は多い
そんなだからなかなか出てきてくれないのではないか?

-42-
万物についての究極の疑問の答えであるに違いありません!

-性癖は何のため?-
見ろ!あいつ閂に欲情してるぞ!ということだけではない
本能に同種の適齢の異性としか交配できぬよう刻めば良いのに
どうしてどいつもこいつも異種族だの同性だの高齢だの幼年だの非生物だの
変な配偶者を見つけてしまうのだろうか
明らかに遺伝子多様性の範疇を超えているのではないか

-全ての生命が働かずに面白おかしく生きていく方法-
働くのが好きな種族もいるのでいつも議論の的である

-特定生物の諸問題-
彼らはどこから来て、何者で、何の目的があるのだろうか
一刻も早く滅ぶか帰るかして欲しい……


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宇宙港文芸部

 

文芸というものは当然、言語と文字を持つ文明ならどこでも発展してきた。

いや文字を持たざる文明でも民謡や口承の昔話などは存在する。

そして彼らの思想や風習、好みを色濃く反映するのである。

 

ふと気になった。彼らはどのような文章を書くのだろうか。

「へー、いいですやん」

私はいつもつるんでる、いつメンにとある提案を持ちかけた。

ちょっとした短編小説を書いてきてほしい、と。

ラスちゃんは割と乗り気であったようだ。

「スワーノセ・ラス大先生の次回作にご期待ください!」

次回作。多分何か間違って覚えている。

メロードやエレクレイダー、バルキンも快諾してくれた。

呼んでもないのにミユ・カガンも現れた。

「ハア……ハア……そ、そういうことなら、僕も呼んでくれないと……!」

慌てて来たようで息絶え絶えである。誰が呼んだんだ。

「あたしあたし!人が多いほうが面白いじゃん!」

バルキンがそう言う。まあそれは確かに言えている。サンプルは多いほうがいいし。

「はっ、この俺エレクレイダー様にかかれば傑作の一つや二つ、余裕だぜ」

「出来るだけやってはみるが」

ロボが書く小説っていうのも気にはなるなァ。

幸いなのかなんなのか、小説を書いて友人に見せるという行為に恥ずかしさはあまり感じていないようであった。

 

「あかん、めっちゃ恥ずかしいです……!!」

そうでもないようであった。ラスちゃんは尻込みをしている。

次の休日、私の家に集まって発表会を行っているのだが、トップバッターがこのざまであった。

まあそうだよね!恥ずかしいし勇気がいるよね!

どこかの誰かは未だに投稿ボタンを押すのにもちょっと気合を入れねばならないという。

「みんな見せるんだから大丈夫だよ!」

「大丈夫やないですよ!」

「そうなりゃ、この俺が一番に見せてもいいぜ!」

こういう時頼もしいのがロボである。あとでガソリン飲ませてあげるね。

「短編って言われてたが、詩にしてみた。別に構わんだろ?」

というわけで、エレクレイダー作、『白銀の夜』。

 

月影の明かり灯すれば 銀の輝き閃きて

金属の月輝けば さながら永夜の夢のよう

稲光にも負けぬ輝き 帝の外套の如く

白銀の肌を持つ者来たれりて

名をエレクレイダーと言った

 

「どうだぁ?この俺様の美しさを詩にしてみたぜ」

いきなり反応に困るやつが来たな……。

「すっごーい!超かっこいいじゃん!」

バルキンには大受けのようであったが、他は怪訝な表情で静まり返っている。

やっぱり、ガソリンは無しにしようね。と思っていたらメロードとラスちゃんが口を開いた。

「私はいいと思う」

「せやね。かなりいい線行ってるんやないですか」

マジで!?ガウラ人的にはいいのこれ!?ま、まあ、エレクレイダーもガウラ文化のロボだからか。

「やっぱり君もそう思うかい?」

カガン的にはダメそうな感じだ。この辺りの感覚はミユ文化の方が近いようである。

バルキンは何でも喜びそうだからあまり宛にはならないかも。

「じゃあ次あたしあたし!いいよね!?」

「ええですよ、どんどん行きましょか!」

バルキン作、『蹄鉄の轍』、一部抜粋。

 

長い長い暗い暗いトンネルを歩いているような心地であった。

「どうして、私は処女じゃないの……っ!?」

ああ、不幸とは不意にやってくるものだ。

純潔だった私はもういない、汚され、踏み躙られた。

初めて愛に目覚めても、それが真実の愛であったとしても、傷跡は消えはしない。

足掻けば足掻くほど、雪道の足跡、蹄鉄の轍のように、土で汚れて黒ずんでゆく。

彼はきっと幻滅はしないし、より強く私を愛してくれる。

それはそれはとてもとても辛く辛くて私はきっと耐えられない。

悔やんで悔やんで悔み果てても過去を変えることはできない。

 

えっ……く、暗い!

「そう?別にそこまで暗い話じゃないと思うけど」

内容はこうだ。

ある少女は過去に見知らぬ男性に体を許してしまった。

それから数年後、自分が心の底から本当に好きになれた男性と出会えた。

しかしながら過去の出来事が彼女を苦しめ追い詰める。

最後、ついに彼にそのことを打ち明けたが、彼はこう言った。

『だから君を愛しているんだよ』

「なんというか、気味が悪い」

メロードの言う通りである。

「えー、でもこれ、コメディだよ?」

これコメディ!?どこが笑えるんだよ!?今日一番ゾワッとしちゃった。

どうでもいいことを気にしている男女の滑稽さを見る喜劇なのだというが。

「どうでもよくないで!」

「うーん、コメディではないよね」

「コメディだとしても笑えねえな」

他の文化の人々には不評であった。

「えー、定番のやつなのに」

逆にルベリー文化圏での悲劇というのはどういうものなのか。

「他の国の文化を受容してしまったとか」

だとすると現在進行形で悲劇真っ最中であるということになるけどそれはいいのかな……。

「いやいや、あたしは悲劇とは思ってないよ!あたしは変わり者だからね!」

ルベリー共和国行きたくねえなぁ。もう行ったことあるけどね……。

「それじゃ、次は僕かな。僕も物哀しい話を書いたんだけど」

そう言ってカガンはかなり分厚い原稿用紙を取り出した。気合入ってんな!

お次はミユ・カガンの作品、『悲劇についての備考録』、これもまた一部抜粋。

 

過去がどうあれ明るく振る舞えばいい。彼はそう思った。

彼は13.55cm定規を3号規格の上質画用紙に、右から6.4cmの位置に当て、

用紙裁断用カッターで秒速2.2cmの速度で切った。

これは通常、メモ紙やシレネンス用などに使われる際に行われる。

こういった文化は各部署によって細かい違いがある。

例えば、住宅基礎課では左から11.2cmと規定されている。

シレネンスの際に使われる器具が比較的新しいものであった際の名残である。

現在ではどのようなサイズの上質画用紙であっても適応できるが、

かつては部署ごとに予算が分けられており、器具や規格がバラバラだったのだ。

 

終始こんな感じである。目が滑る滑る。シレネンスって何。

「な、なんなんすかこれ、なんなんすかこれ」

ラスちゃんが戦慄している。私だってしている。

「数字や備考がいっぱいあった方が読者は喜ぶからね」

物語に関係しているの最初の一文だけなんですけど?

抜粋した箇所が悪いのではないか、と思うかもしれないが、

本当にどこを切り取ってもこんな感じである。そりゃ分厚くもなる。

話としての内容は、幸せに暮らしていた男性が強姦の憂き目に遭い、

そのせいで一家の関係がギクシャクしており、しかしなんとなくの惰性で離散とまでは行かず、

ズルズルと悲劇を引き摺ったまま生活を送るが、更なる不幸が押し寄せる、というものである。

あまりに救いがない!

「出た出た出ましたね、地球の創作もそうやねんけど、とりあえず強姦とか社会問題とか暗い話入れとけば高尚って思ってるやつやん!センスが無いのを露悪趣味とか曇らせって呼ぶのやめたほうがいいですよ!」

ラスちゃん口悪い!やめて!数多の創作者を敵に回しちゃうしこの作品にもガッツリ刺さるよそれは!

「そ、そこまで言わなくても……」

珍しくカガンがガチ凹みをしている。かわいそうかわいいのでナデナデしてあげる。

「うーん、とにかく読み難いよね」

「だな」

「うむ」

それは全く同意である。というか、話の内容よりそっちの方が問題だ。

「それなら君こそ、どんな傑作を書いたんだい!?」

私の腹に顔を埋めながらカガンが凄む。くすぐったい。服の中に入ろうとするな。

「見せたりますよ、本物の創作ってもんを!」

最初あんなに恥ずかしがってたのに、ノート数冊を取り出し、開いて見せた。みんな私が短編って言ったの覚えてる?

ラスちゃん作、『数多の名を持つ王子』、一部抜粋。

 

王子は自分の心に戸惑った。二人の人物に心惹かれるなどということは通常ありえない。

だが、最愛の婚約者と同じように、あの農家の娘を愛してしまっていることに気がついた。

「私はどちらを選べばいい?いや、そんな不義理な考えはよそう」

王子は畑仕事で疲れているのだと考えて、川に浸かってゆっくりすることにした。

「王子も、水浴びですか?」

川には例の農家の娘がいた。

「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

彼女の毛皮には水が滴り、その尾は艶やかに水滴が光を反射し、テラテラと煌めいている。

この娘もまた、王子に心惹かれていた。だが婚約者がいるのはわかっていた。

彼女はこの心の内を一生胸に秘めたままにしようと、覚悟と決意をしていた。

「王子……」

だが目の前に想い人が現れるとその覚悟が揺らぎそうになるのである。

 

ちょっとエッチなやつだこれ!

「それでですね!この農家の娘はですね!実は実の妹なんやねんですよ!それでですね!!」

熱の入った解説をしてくれるラスちゃん。良くない感じのハッスルをしている。

内容はこうだ。とある国の王子が自身の領地を周る。

すると次々に心惹かれる女性が現れ、王子の心は戸惑い続ける。

しかし彼には婚約者がいて、やはり彼女の事を愛していた。

結局王子はそれぞれの女性と逢うために多くの偽名を使うことにした。

という感じである……うーん、単なるクズ男じゃないか、と思うが、

ガウラ文化では一生に一人しか愛さない。

王子が彼女らを手放すとみんな生涯未婚になってしまうので、という落とし所なのだろう。いや、でも、うーん。

「意外と、悪くなかったね」

カガンには響いたようであった。

「グッと来たよ……さすがだね、ラスくん」

「そ、そう?さっきはあんなこと言って、ごめんね……」

仲直りできたようでよかった。

「ありきたりでベタだけど、やっぱ王道がいいよね!」

やはりと言うべきか、バルキンには好感触だったようだ。

「しかしふしだらな男だと思う」

メロードには不評のようであった。

「それじゃ、次はお前だな」

エレクレイダーの指名により、メロードはノートを差し出す。

題名は『初恋の二人』。例によって一部抜粋。

 

一目惚れ、というものがあるが、まさにそれであった。

学生時代では誰にも惹かれなかった、どんな女性も色褪せて見えた。

だが今目の前に立つのは、文化も体格も毛並みも違う。

「お名前を聞いても?」

「私は⸺」

彼女の名前を何度も声に出して繰り返す。とても心地が良かった。

私が名前を口にする度、彼女は恥ずかしそうな仕草をする。

故郷を遠く離れて、ついに初めて、恋に落ちた。

 

め、めちゃくちゃ、純な話が出てきちゃった!

「はぁー、やっぱりこういうのはいいですねぇ」

ラスちゃんがため息をつく。ガウラ人的には王道の話なのだろう。

恋を知らなかった男が故郷を遠く離れた土地に行き、

そこに住む文化も人種も違う女性と恋に落ち、結ばれるという話だ。

地球文化からしても王道の話で、キュンと来る描写がたまらない。

「ま、まあまあいいじゃないか。ちょっとクサいけどね」

カガンも結構良いと思ったようである。

「うえー、こういうのなんて言うんだろ、青臭い感じがしてあんまり好きじゃないかな」

逆にバルキンはそうでもないようである。好きそうなのに!

「だってさぁ、ねえ?」

ねえって言われても。

「これ、お前じゃねーか?」

ふと、エレクレイダーが口に出した。

「ち、違う」

「違くはないだろ、故郷を遠く離れて?警備隊に就職?で、その施設に出入りする女性と恋に落ちるって、お前なぁ……」

ロボは呆れた様子であった。メロードは、図星を突かれたかのように、さっと手で顔を覆った。

私はよくネットの漫画とかである、『ちょっと待って』とか『まじ無理』とか『尊い』とかははっきり言って大嫌いなのだが、

やばいちょっと待ってまじ無理無理尊い尊い自分の恋をお話にしちゃったの可愛い可愛い可愛いもちろん顔には出さない。

メロードは顔を手で隠しているし、ロボとラスとバルキンはニコニコしている。カガンはキレている。なんで?

時々チラと指の間から私の方を見るメロード。目が合うと慌てて指で隠すメロード。

クソッ、変な雰囲気になってしまった。すると、カガンが突然立ち上がる。

「このあざとい犬め!来週!来週また書いてくるからね僕!」

そう言って腕時計型端末を操作し、ワープしていってしまった。

どうも最近気がついたが彼女はメロードに何やら敵愾心のようなものがあるようだ。

「んも〜、そういう話なら先に言ってよね!それなら青臭いとか言わなかったのに」

「ほな、最後は先輩ですね」

……え?私は、別に何も用意してない……。

「そりゃあかんでしょう!自分が言い出したことですやんか!」

そ、そうだけどさ。しょうがない、私がいずれ文章で一稼ぎしようとちょくちょく書き溜めていた、

彼らについて脚色を入れたり入れなかったりしたものを少しだけ見せてやるとしよう。

題をつけるとするならば、『地球の玄関口』。

 



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それはさておき:その二人、憂鬱につき

 

「ボクは仕事柄心理学に通じていてね、キミの考えることを当ててやろう」

ファミレスのテーブル席に対面して座るのはメロードとミユ・カガンの2人だ。

実に珍しい組み合わせである。

「ボクに1杯奢りたい気分なんだ」

「違う」

「それじゃあもしくは、最近はあの人にいいところも見せていなければ一緒にいる時間も少ないとかかな」

「わかっているなら初めからそう言えばいい」

メロードは実に憂鬱げな表情をしている。

たしかに彼女の言うとおり、あの人と最近は職場でしか会っていない。

本人の事件対処能力はもちろん、後輩たちも頼もしくなってきており、

出番のないことが多い。

休日でも最近は酷暑のため一緒に出かけることも少ない。

日本人に限らず地球人類は(ガウラ人と比べれば当然)浮気性であるので、

彼はそれも懸念している。

「信じてあげなよ!」

「信じる心と、そうでないものとその他と、心がいくつかある……」

「その他ってなんだい」

カガンは呆れ果てたように溜め息を吐いた。

このところの酷暑は多少慣れたところでガウラ人には堪えかねるものであり、

メンタル面にも悪影響を及ぼしている。

「今日は頼みごとがあってキミを呼んだんだ」

彼女は手荷物から冊子を取り出し、テーブルに広げた。

「これは……こんなものよく手に入れるものだ」

「金で買えないものはあんまり無いのさ」

メロードが目を丸くしたこの冊子は、

タイムトリップの術式が書かれたルベリーの機密文書であった。

「こんなことをして、犯罪じゃないか?」

「犯罪じゃないよ、買ったから。それにタイムトリップを規制する法律も無い。表向きタイムトリップは出来ないことになっているからね」

「それはそうだが……まさかとは思うが」

「そのまさかさ」

メロードは頭を抱える。

「……どこに、いやいつに行くつもりなんだ」

「あの人の学生時代に会ってみたくない?」

「協力しよう」

実にしょうもない理由でとんでもないことを仕出かそうとする二人であった……。

 

詳細は機密であるため省き、彼らはタイムトリップした。

「ふぅ……かなり疲れるが、時間を移動するのにこの程度で済むとは、流石はルベリーだ」

「そうなんだね」

超能力の使えないカガンにはその凄さがよくわからない。

彼らは、夕方の住宅街にいた。

街は赤く染まり、カラスが鳴いている。

「ここがどこかわかったりしないかい、その超能力で」

「わからんね。でもあの人の住んでいた街なのは間違いない」

まだ日本では宇宙人の存在は信じられていない。傍から見ればきぐるみを着た不審者であろう。

赤いの道をトボトボと歩く。下校途中の学生たちから変な目で見られていた。

「すっげー!もふもふじゃん!」

「そんなきぐるみ暑くないの?」

小学生たちに絡まれる。

「我々は宇宙人だ」

「宇宙人は自分のこと宇宙人って言わないだろ!」

子供たちに触られたり蹴られたりと、カガンはちょっと憤りを感じていた。

「なんと野蛮な」

「こういうものさ、子供は」

飽きたのか小学生たちは手を降って立ち去っていった。

「あの人の居場所がわかればなぁ」

「私は鼻が利く。この辺りに住んでそうなのは臭いでわかるが……」

「おい見てよ、識別札がある」

カガンが見つけたそれは、家の表札の事であった。

「これの、あの人と同じなのを探せばいいんだ」

二人は表札を見ながら、住宅街を散策し始めた。

 

しかしながら、名字というのは同じものも多く、

そして我が子をきぐるみを着た不審者に会わせる親もいなかった。

「なぜ誰も家に上げてくれないんだ」

「そりゃそうだよ君」

日は既に落ち、暗くなっていた。

「そうだ、日本の学生というのは部活なるものがあったはずだ。それで遅くなってるのかも」

「なるほどそうか」

二人は看板を頼りに、学校のある方向へと向かい始めた。

すると、一人の学生が歩いているのが見える。

「あれじゃないか?」

「なに!?」

その学生は、目的の人物とは髪型や背格はが違うが、顔立ちは似ていて若干幼くしたような顔であった。

「か、可愛い!」

「見るだけだ、見るだけだぞ、カガン。タイムパラドックスになる」

メロードはあの人に飛びつきそうになるカガンを抑えながら、その人を眺める。

「ああ、間違いない。はぁ……好きだなぁ、やっぱり」

「うん!うん!気が合うね珍しく!」

鼻息を荒くするカガン。それはちょっとキモいと思い始めるメロード。

しばらくして、その人物の後方から車がやってくる。

その人の近くで停車すると、扉が開き、その中に引き込まれてしまった。

「……あれでも、見るだけかい、メロード」

「私の背中に乗れ」

カガンが彼の背中に掴まると、メロードは凄まじいスピードで走って車を追いかけた。

地面を蹴り、その勢いで体が宙に舞う。

「わあ、あ、あ、あ……!」

カガンは振り落とされないように必死にしがみついた。

走行中の車の上に着地すると、窓ガラスを覗き込み、運転手を睨みつける。

そして、ガラスに向かって手刀を放った。

ピシッ! 小さなヒビが入り、そこから蜘蛛の巣状に広がっていく。

「ひっ!」

運転手は慌ててブレーキを踏み、車を停車させた。

それと同時に、メロードも地面に降り立つ。

「なんだこいつら!?」

「おい、早く車で轢け!」

仲間の一人がそう言うと、車は急発進した。

しかし、メロードはそれを正面から受け止めた。

タイヤが煙を吹きながら空転する。

「私は物凄く機嫌が悪い!」

メロードは念力でエンジンを停止させた。

「クソッ、何なんだよ!?」

男たちが車から降りてくる。彼らはナイフや鈍器などの武器を持っていた。

「白いのが2匹、黒いのが1匹。肌の色が違うんだね、よく似た近縁種ってやつかな」

カガンが怒られそうなことを呟く。

「この変態きぐるみ野郎、殺してやる!」

「さあ宇宙戦争ってやつを始めようか」

男たちは一斉に二人に襲いかかる。

カガンは即座に一発いいパンチをもらってしまい、ダウンした。

「ぐへぇ、あとは頼んだメロード」

「弱い」

実際、メロード一人で十分である。

彼はナイフを突き刺されようが平然と男たちを組み伏せる。

ブランクはあるがやはり軍人であった。

「きぐるみのクセに……!」

「お前のようなクズどもの、命を取らないだけありがたいと思え」

そう言って、男の腹に蹴りを入れる。

その男は口から泡を吹いて気絶してしまった。

「う……うう……」

「制圧した」

「こういう時ホント頼りになるよ、メロード」

二人は車の中を見ると、ビニール紐で縛られているわかりし頃のあの人がいた。

恐怖で震えている。

「君、大丈夫?」

カガンが話しかける。どうやら暴力は振るわれてはいない様子であった。

「よ、よかった……」

しかしながら、その人は困惑の表情を見せる。

「えっと、その、我々は宇宙人だ」

「そう、そうなんだ、入国管理官のキミに恩があってだね……て言ってもわかんないか……」

「とにかく、家に送っていこう」

メロードはあの人をお姫様抱っこする。

「ちょっと待て、ボクはどうする」

「背中にしがみつけ」

カガンは渋々メロードの背中にしがみつく。

「乗りにくい」

「我慢しろ」

そうして彼は地面を蹴り上げ、空中へと飛び立った。

あの人の叫び声が響く。カガンも悲鳴を上げている。

「わぁぁ落ちるぅ」

「頑張れ」

数分もせずに、あの人の家に辿り着いた。玄関の前で下ろす。

あの人は深々と頭を下げ、礼を言った。

「その、なんだ、こんなことがあったからって余所者たちをあんまり嫌わないであげてくれ」

「特に宇宙人!」

メロードとカガンの二人も頭を下げる。

踵を返し、去ろうとすると、あの人がメロードの尻尾にしがみついた。

「あっ……」

「あ、いいな、いいな。ボクの尻尾も触っていいよ」

しばらく堪能すると、今度はカガンの尻尾に頬ずりをする。

「ふふふ、サラサラしてるよね?ちぎって持ってってもいいよ」

それを聞いた途端、手を放してしまう。

「遠慮しなくていいのに」

「……それじゃあ、気をつけてな。絶対に入国管理官になってくれよ」

「約束だからね」

あの人が怪訝な表情をしつつも頷くのを確認すると、メロードは時間跳躍の超能力を使用した。

 

それから現代。ファミレスのテーブル席に二人は座っている。

「絶対、タイムパラドックス起きたよね」

「でもあの人は誘拐されたとかそういう事言ってたかい?」

「聞いたことないな。それに……」

「……は?待て、なぜ言い淀む?」

「別に……」

「ふ、ふ、ふざけんな!この犬め!」

カガンがテーブルを叩く。皿やコップがカタカタと音を立てて揺れた。

「落ち着け、みっともない」

「にゃああああああああ!!!」

最近は、心動かされることが多くて情緒が不安定気味なミユ・カガンなのであった。

 



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旅する傷心猫

 

「宇宙を旅すれば何か変わるかと思ってたけど、何も変わらなかった」

そう語るのはカラカルのような猫の人種サーヴァール人の若い女性であった。

彼女は私がご機嫌にも散歩をしているところ、河川敷で佇んでいるのを見つけた。

 

 

「嫌な事ばかり目につく」

彼女に声をかけ、隣に座り込み話を聞いてみる。

100を超える文明を旅して来たが、良い思いは一度もしたことがないという。

いや、あるのかもしれないが、それよりも遥かに、嫌な部分を見てきたのだ。

彼女は、当然あまり詳しくは話してくれなかったが複雑な幼少期を過ごしていたようである。

「悲恋の話は嫌い。幼馴染の男の子が火事で焼け死んだのを思い出すから」

こうして会ったのも何かの縁と、力になれないかと話を聞いてみたがこれはかなり荷が重い!

やめときゃよかったと後悔しつつも、気にはなる話でもある。

「そんなこともあってさ、私は嫌な事にばかり敏感なんだ。慣れようとしてるけどうまくいかない」

とはいえ慣れるべきものでもない。不幸なことなんて無い方がいい。

「そうだよね。不幸や苦難は人生のスパイスだとか言う人がいるけど、最初から最後まで楽しい人生のほうが絶対にいいに決まっている」

苦難続きの人生なんてうんざりだ、と彼女は言う。

物語であれば希望が待っていたりするものだが、自分の人生だとそうはいかない。

 

楽しい旅の思い出について聞いてみると、意外な答えが帰ってきた。

「ルベリー共和国。あそこは酷かった!」

それはすごく良くわかる。あの国はホントひどい。

「逆に潔いぐらいだよ。でも不思議と危険な目には遭っていない。一番の友好国であるはずのガウラの大使館がガッチガチに警備されてたけどね」

そうなの!?大使館だから警備はそりゃしてるとは思うけど。

「ある意味では楽しかったかな。なんというか、サッパリした差別?」

彼らは異邦人に対する悪意を隠そうともしない。それでよく外交関係が成り立つものだ。

私が自分を民俗学者と思い込むことで心のダメージを軽減していた話をすると、彼女は大笑いした。

「それ最高!確かにいい手段だ。私はそういう時は自分を高貴な人と思い込んでいるよ。オホホ、下賤の民の攻撃などしゃらくせーですわよ」

彼女は戯けてみせた、私も大笑いした。

 

逆に、あまり聞きたくはなかったのだが嫌な話も聞かせてくれた。

「嫌だったのは、実のところ、在外サーヴァール人の集落だね」

意外なことだが、異郷の同胞の方が冷たいというのである。

「大半の集落はまともなんだけどさ。特に辺境と大都市。極端なところは酷いものだよ……」

異種族なら初めから警戒するが、同胞なら無意識的にも気が緩んでしまう。そこを付け込まれるのだという。

「辺境じゃ無理矢理婚姻させられそうになったりね。多分僻地過ぎて新しい血が入ってこないからなんだろうけど」

なんというか、孤立した集落にありがちな感じである。

「都会は単純に治安が悪いし、ほら、国によっては旅行者なんて実質、法外人だから、ね……」

あまり詳しくは言いたくはなさそうだったので、それ以上は聞かなかった。

「そんな泣きそうな顔しないで。これよりも酷いことは何度かあったから」

いよいよ涙が溢れそうである。彼女に今後いい事しか起こらないよう祈るしかない。

「例えば、謎の調査船に捕まって改造手術を施されそうになったとか」

そっちの方が酷い判定なんだ。いや、確かに酷いけど。涙引っ込んじゃったよ。

「なんとか脳を改造される前に乗組員をボコボコにして脱出したけど」

あ、よかった……のか?なんか仮面をつけたバイク乗りが思い浮かぶ感じだ。

「ホント、人生って嫌なことばっかりだよね。嫌なことなんて現実だけでいい」

強く頷くばかりである……いや、私はどちらかといえば幸福な人間であると自負はしているが。

「だから私暗い話は嫌い。そんなの全部焼いちゃえばいいし、書いてる人もみんな穴に埋めて殺したほうがいいんじゃない?」

ふ、焚書坑儒……。急に怖いこと言わないで?宇宙人すぐそういうこと言う。

 

彼女と色々話していると、すっかり空が赤く染まってしまった。

「一日中付き合ってくれて、ありがと。私、誰かに聞いてほしかったのかもね」

こちらこそ、貴重な話を聞けたものである。

今日の話を書き留めて誰かに見せてもいいかと聞くと、快諾してくれた。

「色んな人に読ませてあげて。特に暗い話書いてるやつ穴に埋めるところとか。一番伝えたいのそこだから」

そこなんだ……まあ、彼女の人生を思えば、気持ちはわからないでもない。単なる八つ当たりだけど。

「もう会うことはないかもしれないけどさ、あなたに会えてよかった。日本で一番の思い出だよ。一生忘れないからあなたも一生忘れないでね」

そう言うと、彼女は立ち上がり軽快な足取りで去っていった。気分が晴れたようでよかったよかった。

なんだか軽いような重いような不思議な人物であったが、ただ一つ言えるのは、私はこの日を生涯忘れないであろうという事、である。

 



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地球の最前線

 

遠い星の出来事ではあるが、宇宙港へのテロが相次いでいるという。

なんだかとてもきな臭い話だが、他人事とも思えないものだ。

 

 

銃声が鳴り響く。

「意外に上手いな!」そう私に言うのは吉田である。

ここは宇宙港内に(何故か)新設された射撃訓練場だ。

昨今のテロ事件を受けて、帝国郵船が用意してくれたのだという。

こんなもの用意する金があるならもっといい機械を入れてもらった方がいいのだが、それだとお役御免になってしまうので言わない。

しかしながら免許も無しに銃なんてぶっ放していいのだろうか。

「……いいんじゃない?実質帝国領みたいなものだし」

吉田曰く韓国やハワイでは観光客向けに射撃場で実銃の射撃が出来るというから、じゃあ問題ないのだろう……多分。

主権国家という視点で見れば暗澹たる状況ではあるだろうが。

さて、この銃は護身用として渡された。当然持ち帰ってはいけない、職場に置いておくものだ。

警備員だけでは職員を守れないかもしれない、ので最終手段として個人に銃を持たせるというのである。

……そりゃ、警備員だけではダメな時があるかもしれないが、もっと手荷物検査とかを強化してくれれば防げるのではないだろうか。

案の定、エレクレイダーら警備員たちはこの計画を良く思っていないようである。

「警備は俺たちの仕事だ、邪魔されちゃ困るぜ」

ごもっとも。

「第一、素人が咄嗟に銃を取り出して撃つ、なんてことが出来るわけねーだろ、しかも警備員を無力化するようなヤツをだぜ?」

全くもっておっしゃる通りである。

これに対し、警備課のフィーダ課長はこう語る。

「既存の警備に加え、職員の自衛力を高めれば、宇宙港の警備は万全の態勢と言えるだろう!」

理屈で言えばそうかもしれないが……。「それに射撃は楽しいし……」そっちが本音か。

彼の部下である課長補佐のソキ、宇宙人対策係長のアクアシは呆れ顔である。

「予算が余っちまってるとはいえ、公私混同甚だしいのでは」「左様の通りです」

課長は浮かれた様子で毎日足繫く訓練場に通っている。

 

さて、職員らの射撃訓練ブームも去り、訓練場の利用者が警備員らと課長だけになった頃。

メロードもバルキンも他の警備員も眠ってしまい、エレクレイダーはバグって使い物にならない。

「主電源を切ってください。主電源を切ってください。主電源を切ってください」

彼のバグった時の音声が宇宙港に鳴り響く。

地球人のみがこの謎の攻撃に耐性があった、というか地球人対策をしていなかったようだ。

恐るべき事に、これはテロだ。私もかなり混乱している。

「マズイぞ、どうするよ、どうしよう……!」

吉田も慌てふためいているが、こんな時の為の銃の訓練であって、しかし、その……。

「撃てるのか?」

そっちこそ。だがはっきり言って撃つ勇気は無いが、死にたくもない。

多数の乗客たちも眠っている。頼れるのは銃と吉田……銃のみだ。

「俺も頼ってくれ」

そんなコントをしている場合じゃない。

「お前が言い出したんだろっ」

これぞまさしくテンパっているって状態だろう。お互いに。

我々は今カウンターに隠れて、対暴徒用のシャッターを降ろしている。

何故か覗き穴がついている、ガウラ製なので反撃する前提なのかも知れない。

軍や、頼れそうな人に連絡はしたので待っていれば帝国軍がやってきて何とかしてくれるだろうが……。

「……急いだほうが、いいのかも」

吉田が覗き穴を見ながらそう言った。私も覗いてみると、メロードや警備員らが出血している。

それを見た瞬間、脳が沸騰するような感覚を覚える。

「おい、馬鹿なことは考えるなよ」

銃が効くかどうかなんて考える暇もない、ヤツをどうにかして、彼らの血を止める。

「やめておけよ……」

こういう時、吉田はノッてくれるタイプだと思ったが、違ったのだろうか。

「俺だって悔しいよ……」

……。

「はぁ……どっちかが死んだら、ちゃんと遺族に謝るんだからな」

 

シャッターを開け、銃を構える。緑色の肌、触手と大きな一つ目を持った宇宙人に照準を合わせた。

静止の声は果たして通じているのだろうか、こちらに目をやるとゆっくりと近づいてくる。

そいつが、近づくに連れ、覚悟が薄れ、後悔の念がジワジワと渦巻く。

そもそもの間違いは普通の職員に人を殺す覚悟をさせる事である。

無言で近づき、触手が私の握る銃を掴む。渾身の力を込めて、照準を合わせ続ける。

こんなテロリスト相手でさえも、引き金が引けないほど、私は宇宙人の存在を受け入れているのだろうか。

「うおおおお!ごらああああ!!」

もはやこれまでか、というところで吉田のタックルが炸裂する。

テロリストは地面に倒れた、意外と体幹が弱かったようだ。

「言っておくが、俺も殺す覚悟はねーぜ!!」

そう叫びながらも銃床で頭っぽい部分を殴りまくる。が、しかし。

触手が肌から飛び出し、私と吉田の首を掴んだ。

「ぐっ……だから、こうなるって……!」

窒息の苦しみが襲う、やめておけばよかった、と、ちょっとは抵抗できてよかった、の半々だ。

ここで死ぬのは悔しいがメロードとそれと、吉田も一緒ならきっと退屈はしないだろうか。

意識が途切れそうになった時、視界の端に青い人影が飛び込んできた。

「そいつは私の友人だ」

それが緑のテロリストに触れると、触手の力が抜けて、どんどん萎びていき、ついには首から離れた。

「ああっ、はぁぁーーー!助かった!!」

吉田の方も解放されたようだ。

「間に合ってよかったね」

青い人影はいつぞやの時を喰らう少女であった、■■■■って名前だった記憶がある。なんて呼べばいいのか。

「超能力の妨害をしていたようだけど、残念、私らのは超能力とは違うんだな」

物体の時間を自在にできる種族、タイムイーターの御業である。一体どういう原理なのか、聞いてもわかんないんだろうな。

「おや、そこいらで血を流しているぞ。傷は塞げないんだ!どうしよう!パニックになりそう!!」

それを聞き、慌てて救急箱を取りに走った……。

 

結局、護身用の銃によるテロ対策は問題が多過ぎる、という事になった。

課長のフィーダの趣味によるところも大きかったようで、局長にこっぴどく叱られていた。ていうか更迭された。

こんな星には来ないだろうと考えていたようだ。自分が来れなくなったみたいだが。

警備員らも強く言ってくれて、特にエレクレイダーはかなり頭に来ていたようだ。

「仕事仲間を危険に晒すだなんて二度とごめんだぜ」

「余程低予算で作られてるんだな、この宇宙港……」

彼らも大いに呆れ果てていた。自分たちの身の危険にも関わることである。

防衛設備の見直しも行われ、超能力妨害装置への対策ももちろん盛り込まれるという。

して、テロリストはやはり新興国家の手先であったようだ。無論関与は否定しているが。

地球の玄関口というのは地球の最前線になりうるということを大いに痛感した日であった。

 



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入国拒否

 

ガウラ帝国の地球改革はやはり少々強引なものであった。

民主主義国家の反感を買い、敬虔な信徒の反乱を招いた。

啓典の民らとはそりが合わない。血を流してまで得た自由を奪われる。

多くの地球人にとっては耐え難いものであった。それは大きな隙となった。

 

 

「すんませんけど、なんでか知らんけど呼び出されてん」

ラスちゃんが故郷に一度帰るという。理由はわからないそうだ。

「ま、久々やし、いい機会やと思いますやんか」

彼女の言う通りである。

とはいえ、なにやら猛烈に嫌な予感がするのである。

なにせ彼女は貴族だし、その貴族が何も言わずに戻ってこいと言うのだから、

冠婚葬祭ならともかく、なにやら大事が起こるのではないかと邪推してしまうものだ。

帝国のニュースに何か載ってないものかと探すが、特に変な部分は見当たらない。

杞憂であることを祈る。

 

「覚えておられますか講師さん!ムツガタ伯爵ミヤーカですよ!」

覚えてません……でも講師ということはいつぞや首星エレバンに行った時にあった人だろう。

「オメガバース、完全に理解しましたよ!素晴らしい!あっ、私がこれを素晴らしいと言ってたことはどうか内密に……」

は、はあ。しかしかなりの熱量で語ってくるので無下にもできない。

そんな貴族が何しに地球へ訪れたのだろうか。

「んー。まあ、あなたにならいいでしょう。前線指揮の為です。ちょっと気が早いですが、防御のために地形を見ておきたくて」

……え?

「ああ、貴族というのは前線で死ぬものですよ。家督は娘に託しました、まだ4歳でしたが」

それにも驚きだが、もっと驚きなのが、前線指揮の部分だ。

即ち地球が前線になってしまうということでもある。

 

次の休憩にすぐさま局長の元へと行って聞いてみた。

「知ってしまったか、思ってたよりも遅かったけど」

どうやら本当の事らしい。帝国軍諜報部による情報なので間違いないという。

「まだ始まると決まったわけじゃないが、時間の問題とも言える」

話を聞いている途中、吉田も血相を変えて現れた。

「そんなのって、嘘でしょ!?」

「嘘だったらいいんだけどな」

「俺、まだ佐藤さんと付き合ってもないのに!」

そっちか。そういえば最近佐藤を見ないな。てっきりもう付き合ってると思ってたけど。元気にしているだろうか。

「二人に言っておきたいが、君たちはもはやこの星の重要人物だ」

そんな、我々は単なる入国管理官……とは、言えないだろうな。あらゆる厄介事に首を突っ込み過ぎた。

吉田にしても私の見てないところで色々とやってるのだろう。

「そして、吉田くんの言う佐藤という人物は既に保護してある。軍は口の軽い連中に罰を与えるべきだな」

それは大いに安心した。いや安心できるか……?末端の情報統制が出来てなかったってことになる。

 

局長曰く、これはガウラ帝国の外交交渉の失敗であるという。

まずは中東の平定である。これはかなり世界中に反感を買った。当たり前だ。

さらにオスマン帝国の王族を引っ張り出して、あの辺を纏めるつもりだったそうだが、トルコが拒絶した。当たり前だ。

王族の存在するサウジアラビアなどの国もこの辺りのミスのせいで交渉が難航することとなる。

根本の思考回路が違うために、誤算の数は予算と反比例するほどであった。予算出せよ。

とはいえ時間制限などは決めずに、ゆっくりと懐柔していけばよいと考えていたと見られる。

そして、そこがガウラに敵対し地球を狙う国々の付け入る隙となった。

即ち、彼らにとってまつろわぬ国々、米国、中国、フランス、ロシアなどを敵対国家にまんまとかすめ取られたというわけである。

間もなく地球は大規模な内戦状態に陥るということなのだろうか。

帝国の不手際には困ったものである。代理戦争なんてやめてほしいものだ、それで我々が犠牲になるなら特に。

 

「実は君の写真を使って抱き枕を作りたいんだ、一種の愛情表現だって聞いたから……」

このヤバイ時に抱き枕作るんじゃない!てか私がいるからいいじゃん!!

メロードこの調子であった、おそらくは報告を聞いていないのだろう。

「いや、異様な状況なのはわかっている。だから最後にこうやって……」

最後がこれでいいのか!?ま、まあ、それは人によるか……。

彼が言うには、もうかなりの地上軍が地球に集結していることだろうという。

そして宇宙艦隊の規模も、日英洪と帝国のものを合わせたのと同等かそれ以上らしい。

他の同盟国は介入を嫌がっており、戦況によってはルベリーが助けに来るぐらいだそうだ。

「それでも帝国は負けない。だが酷い状況にはなるだろう。敵の宇宙艦隊を開戦前か直後にでも撃滅できれば別だが……」

どれだけ地上戦力が多くても宇宙艦隊に睨まれれば動くことはできないのである。

だがそれが出来れば苦労はしないだろう。そんなことは可能なのだろうか。

「強力な戦力が必要だろうな。それもすぐに。本国の艦隊では間に合わないだろう」

彼は、そう言って彼のマズルで私の頬を撫でる。

「地上戦とあれば、私もガウラ人に産まれた以上、行かなければならない」

行かないでほしい。

「……地球の人間は大事な何かや誰かのために、汚れ、傷つき、立ち向かい、そして死ぬ。私も地球の人間になりたい」

メロードは私を抱きしめる。彼の毛皮は、優しくて暖かい。これが最後になるのは嫌だ。

「さあ、ご飯が冷めてしまうよ」

今日はメロードが作ってくれた。私に振る舞ってみたかったのだという。

こんな時に何かを食べる気にはなれないが、せっかく作ってくれたので肉じゃがに口をつける。

不味い!!!!何入れたの!!!!!

「え!?し、醤油を……あー、これウスターソースだった……」

陰惨な気持ちも吹っ飛ぶこの味、臭いで気がつかなかったのは、彼も私も落ち込んでいたからだろう。

なんだか締まらない空気だが、それでも伝えなければならないことがある。

私は、あることを彼に伝えた。嫌なら、別にいいんだけど。

「嫌じゃない!でもそれって、漫画で見た死亡フラグってやつだ!」

だから、締まらないからそういうことは言わないでほしい。

死亡フラグとやらがもしあるのなら、私はそれをねじ伏せる妙案が浮かんだ。思えば簡単なことであった。

 

「おお、君か」

「お久しぶりでございます」

「親分!ぶんぶん!」

そう、それはヒヤムンであった。喋る金魚と……ジジイは誰だっけ。

「ジジイではない!私はロボット兵器専門家の、チムだ」

ああ、そうだった。仮面をつけた人間のような種族である。

ラスちゃんは戦争とは知らずに帰ったので、このジジイと喋る金魚にヒヤムンの世話を頼んでいたようだ。金魚に世話できるの?

私はジジイにあるものを手渡す。

「これは……これをどこで?まあいい、とにかく、これがあればヒヤムンは最大出力を四日は維持できる。ただ動くだけなら220年保つぞ」

「親分!親分!」

「いやはや、驚きましたね。これをあなたが持っていただなんて」

私もすっかり忘れていた。宇宙港が出来て少ししたぐらいの時に客から頂いたものだ。

エネルギーチップである。とあるロボットの客からもらった。

そしてヒヤムンは凄まじい強さを持つ。これならば、地球の誰も傷つかないまま、やましいことを考えた宇宙人だけを殺すことができる。

目の前の敵は殺せないが、見えないところで間接的になら、殺すハードルはかなり低い。

でも、しょうがないよね。

「親分……」

「私も共犯者だ!私もここが戦場になったら困るからな!」

「わたくしもですよ」

金魚は別にいいが、そう言ってくれるのは助かる。

「誰だって困る。これは一方的な侵略で、しかもこの星の人間の手を汚させる。気にすることはないよ」

私はヒヤムンに、しっかり入国拒否の旨を伝えるように念を押したのである。

 

開戦の日、宇宙港からヒヤムンを見送った。

メロードも、エレクレイダーも、他の警備員たちもいないし、客も誰もいない、静かな宇宙港だ。

きっとあの子がやってくれるはず。そうすれば、メロードも誰も傷つかずに帰ってくる。

「や、ここにいたんだ」

バルキンとビルガメスくんだ。久々に見た気がする、ビルガメスくん。

「この戦いが終わったら宇宙港やめようって顔だね!」

どんな顔だよ、こんな顔か。

「僕たちはあなたにばかり負担をかけすぎたから、その、申し訳ないよ」

ビルガメスくんは深々と頭を下げる。好きでやってたことだから別にいい。

「辞めるのも、いいんじゃないかな!色々としたいことがあるでしょ、彼と!何人作る!?」

ホント、デリカシーがない。まあでも、それも彼女ということか。

「……さみしいよおおお!!!」

と急にバルキンは泣きながら抱きついてきた。

後生会えなくなるわけでもないし、また連絡を取ればいいのに。

「だって、だって、寂しいんだもん!一番好きな外国人だもん!忘れないでね!五分に一回電話頂戴ね!」

それは無理。でも彼女がそんなに想ってくれているとは、なんとも嬉しいようなむず痒いような気分だ。

「そもそも、戦争も始まったばかりだけどね」

ビルガメスくんの言う通りだ。負ければ、私達の処遇はわからない。

「大丈夫だよ!ヒヤムンを送ったんでしょ?あの子は艦隊戦力だろうがバシバシ叩き落とすから!」

かつてそうだったように、今回もそうであって欲しいが。

 

日本国民の多くが気が気でない数日間を送っていた。

街も山も異様な雰囲気であった。だがついに、敵戦力が日本やイギリス、そしてハンガリーの土を踏むことはなかった。

それどころか、各国に駐留する米軍やロシア中国にも、動きは見られなかった。

必ず勝てるという確証、つまり星系内制宙権の獲得後に攻撃を開始するという条件を飲ませたらしい。これが不意の交戦を防いだ。

また、ヒヤムンを送ったことが功を奏した。この小さな勇者の存在を、敵は察知できていなかったのだ。

敵艦隊は壊滅し、帝国艦隊が地上に砲を向けている間に、新興国家は停戦に同意した。

日本国民は安堵した、もちろん私も。

メロードもエレクレイダーも、他の警備員たちも帰ってきた。帰ってこなかったのはヒヤムンだけであった。

「あいつが死ぬとも思えないけど」

メロードの呟く通り、あの子は尋常じゃない強さだ。

「間違いなく、戦争の英雄だ」

地球のために、私が殺したようなものだ。

そうして、被害も何も無かったのに、ぼんやりとした日常を送っていると、ラスちゃんから連絡が来た。

『ヒヤムンってば!うちのとこまで来てん!かわいいやっちゃねん!あ、そっち大丈夫でしたか!?』

どうやらヒヤムンはラスちゃんの元へとそのまま帰ってしまったようだ。ずっこけそうになった。

『なんやなんや、辛気臭い顔してたから何かあったと思いましてん。すぐ帰りますんで、待っといてください!お土産も買っていきます!』

はぁーー。とため息が吹き出る。全く脳天気な……まあでも、らしいといえばらしいオチだ。

とにかく全員無事だ!これで心置きなく、自分の、私達のやりたいことをやれるというものである。

「でもさ、あんだけ、大見得切って出征したのにさ」

全部ヒヤムンに持ってかれちゃったね。でも、その方が彼らしいし、やっぱり危険な目には遭って欲しくないよ。

私は、しょぼくれた彼の尻尾を優しく抱きしめた。

 



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エピローグ:最終報告書

 

銀河の辺境、ちっぽけな田舎の星、地球が、揺り籠から降りて幼年期の終わりを迎えようとしている。

外来者の手による不本意なものであるが、それでも、天上を知ってしまった人類の衝動を止めることはできない。

 

 

地球人類の幸運は、来訪者がガウラ帝国であったことである。

彼らは基本的には礼儀正しく、我々の文化にあまり関心を示さない方であった。

唯一、王族の存在さえあれば、彼らは技術も兵器も人材も提供してくれた(お金は貸してくれなかった、金欠だったので)。

紛争解決にも積極的であったが、やや強引に地域を一纏めの王国にしてしまうきらいがあった。

それらの是非はともかく、地球人は彼らを通して初めて次なる時代、星間国家を垣間見た。

隣人の訪問の衝撃からしばらく、人類は目を覚まし始めた。

思ったほどでもなかった、と感じるものもいれば、新鮮さに高揚し、すぐにでも宇宙へと飛び出そうとするものもいた。

 

ところで、ルベリーのとある外来人種(より正確に訳すなら『毛唐』が近い)対策学者が残した言葉がある。

「知的生命体はムラを大きくして発展してきた。銀河帝国といえど巨大なムラである」

地球人類は巨大な銀河ムラの一員となった。人権などという奇怪な因習を持つ、銀河の因習仲間、因友である。

銀河系皆兄弟とまでは言わないが、どこも同じようなものなのだろう。

そういう奇妙な連帯感が、銀河社会を辛うじて形作っている……らしい。ホントなら嫌だなぁ。

 

さて、この作品を多様性だの多文化共生だの高尚なことを伝える意図は一切無い。

私はそういう高尚なのは嫌いだし、これらは出来事、事実の羅列に過ぎない。

だから、この作品を見たからといって多様性だの何だのを尊ぶ必要はない。

私とて、宇宙人はともかく、外国人つまり日本人じゃない人類はそんなに好きではない。

ちょっとしたトラウマも持っている、持っていたような……あの二人組は何だったのだろうか。

とにかくもしも、何かの間違いでこの作品から高尚なものを受け取ってしまったのだとすれば、それは捨ててしまったほうが無難だろう。

 

あの事件から一年とちょっと経つ。一応みんなのことを報告しておこう。

吉田は、なんとか佐藤と付き合うことが出来たようだ。あの事件の時に思い切って告白したのだという。

尤も佐藤の方は、もう付き合っていると思っていたようだ。彼女も未だに宇宙人向け理髪店をやっている。

ラスは、ちょっとだけ偉くなった。私のポストが空いたのもある。いつの間にか彼氏もいて驚いた。ヒヤムンと金魚と楽しく暮らしているそうだ。

バルキンは相変わらず呑気している。時々家に遊びに来るが、騒がしくってかなわない。結局里帰りはしていないらしい。

エレクレイダー、なんと近衛師団の採用試験に挑戦している。今年度は二次試験で落ちたそうだが、一次試験は突破できているので大したものだ。

ビルガメスくんも変わらないが、なんでも博物館を建てるのが夢で、最近は色々と集めて回ってるらしい。

局長、彼も相変わらず飄々と仕事をこなしている。浮ついた話は聞かないけどいいのかな。

その他、ヒューダーや■■■■などの友人らとも時々連絡を取っている。元気にしているようだ。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

いってらっしゃい。チューはしないけど。

「し、してくれてもいいんだけどなぁ!」

メロードとは同棲し始めた。彼はまだ宇宙港の警備員をやっているが、私としては早いとこ辞めてほしいと思っている。

私は宇宙港での仕事を辞めた。命と体が幾つあっても足りないからだ。

籍を入れて、式を挙げたが……まあ、式のことはあまり聞かないで欲しい。

あんなめちゃくちゃな式はなかなかお目にかかれないだろう。当事者じゃなければ面白かっただろうけど。

「うわぁ、なんだ、ミユ・カガン!毎日のように文句を言いに来るのはやめろ!」

カガンは何が気に食わないのか、以前よりもメロードに突っかかるようになった。こうして時々……ほぼ毎日玄関で待ち構えている。暇なのかな。

そうして、お茶を出してやるまでが日課だ。

「いやぁ、いつもすまないね」

そう思うならやめてほしいのだが……最近、私は彼女の気持ちに気がついた。

「だめだ、やめてくれ、そういう申し訳ないから仕方なく、みたいなのはよくない」

……そう思うなら、メロードに突っかかるのも程々にしておいて欲しいかな。ああ見えて私の伴侶だ。

「うわーん!ボクはどうすればいいんだぁ!」

彼女の気が済むまで、付き合ってやるべきなのだろうか、それはそれで彼女を傷つけそうな気もする。

「あ、それはそうと今回の翻訳だけどちょっと修正してほしいところがあってね」

うわぁ、急に仕事モードに入るなぁ!玄関先ではなんなので彼女を中に入れる。

リビングで仕事の話をしていると、うちの小さいのが泣き声を上げ始めた。

「おっと、じゃあ少し中断しようか」

それが助かる。「見てていい?」ダメ。

 

そんなこんなで、今は山のようにあるガウラやルベリー、ミユ社の本や製品の説明書を翻訳して生計を立てている。

カガンの提案であり、彼女の会社に所属する形になっている。非常にありがたい。

機械翻訳を使えばいいのだろうが、精度が安定するには時間が掛かるだろうし、物語となると、やはり人間が翻訳したほうが良い物ができる。

いつも使っている翻訳機を使えばいいかもしれないが、仕様上、翻訳機使用者の主観が入ってしまうらしい。初めて知った……。

まあ正直なところ、以前の方が楽な仕事ではあったが、言葉の通じないわけのわからない人間の相手をするのは今は一人が手一杯だ。

相手をしているのは、二つの種族を掛け合わせて誕生したこの銀河における新たな種族だ。対応も手探りでやるしかない。

幸い、メロードや家族、研究者、そして友人たちの助けもあるのでなんとかなってはいる。

私……私たちのエゴによって生まれたこの人物にどのような未来が、明るい未来か辛く苦しいものが待っているのかはわからない。

正直なところ不安でいっぱいだが、でも私は色々な人々を見てきた。私ほど色々な人を見た地球人も私の他には吉田ぐらいしかいないだろう。

それらを鑑みて、この世界、この宇宙は今のところは信頼するに足るのではないかと判断した。

 

この報告をもってして、本作の結びの文とさせていただく。

 




数年間、ダラダラと続けてまいりました。
お付き合いどうもありがとうございます。

「思ってたより灰汁が出てしまった…」「これ面白いか?」「これはつまらないな…」
などと思いつつもまあええかの精神で作られたので品質にバラつきのある作品ではございましたが、
お楽しみいただけたのであれば幸いです。


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補遺:あまり思い出したくはないが

後日談的なのは期待しないでって言ったが、すまん、一個出来ちゃった


 

「第3強襲師団、師団長として貴官たちに命ずる。共に背中を守り合い、常に伴侶を救い、いずれか、或いは両方が故郷へと帰ること」

ガウラ帝国は軍事国家である。男女ともに戦地へと赴き、そこで結婚することがある。

なので、司祭とかの役割を上官がやるのだが……血生臭いよ!

一応これでも日本風にアレンジしてくれているようだ。私たちたっての希望なので頑張ってくれたようだが……。

私はウエディングドレスを、メロードは軍の正装を着ている。

「はっ!我々は共に背中を守り、常に伴侶を救い、いずれかが故郷に戻ることを誓います!」

「よろしい。これはガウラ皇帝、そして日本国天皇陛下の名の下に下される勅命であることを忘れるな」

「はっ!」

荘厳な雰囲気だが、なんか荘厳違いな気がする……。

「それでは、指輪を交換し、誓いの口付けを」

「了解しました」

私たちはお互いに指輪を左手の薬指に嵌める……テキパキし過ぎて、本当に軍隊みたいだ。

そうして、人前では初めての、口付けを行った。写真を撮る音が聞こえてくる。

「ここに勅命は下された。この誓いを破ることは、皇帝、及び天皇陛下の顔に泥を塗る事を意味する!」

お、重いよ~~!破るつもりは毛頭ないけども!

「皇帝万歳!天皇陛下万歳!」

その号令の後、万歳三唱が教会に響いた……。

事前になんとか上手いこと調整してこれだ。前はもっと血生臭さかった。

 

お次は披露宴。帝国にはこの文化は無いので完全に日本式。客席を見ると圧巻だ。宇宙人たちがズラズラと列席している。

宇宙港関係者や佐藤みたく宇宙人慣れしていない友人たちが気まずそうにしている。

さあ開宴だ。司会者が開宴の挨拶をしているところ、嗚咽の声が聞こえる。

正体は吉田であった。あいつ……同僚二人のために泣けるいい男だ……けどうるせぇーー!!

結局佐藤に連れ出されていった。もう酔ってるんじゃないだろうな。

そうして両家の紹介も終わり、挨拶も済ませると会食だ。乾杯!

多彩な宇宙の料理を用意出来たのは局長のおかげである。……味については置いておこう。

そうして定番のケーキ入刀。前から思ってたんだけど、これ何なの?

「い、いくぞ、綺麗に切れなかったら嫌だからな」

メロードがめちゃくちゃ緊張しているので笑ってしまう。そんな気合い入れてやらなくても。

しかも結局切り口はぐちゃぐちゃになってしまった。彼はかなりしょんぼりしていた。可愛い奴め。

ケーキを食べさせ合うのだが、お互い自分の感覚で切ってしまい、私はガウラ人の一口大サイズで食べることになった。大き過ぎるのである。

「ご、ごめーん……」

口の周りがクリームまみれになる。逆に私は小さすぎたのでお互い様だろう……お互い様じゃねーっ!

そうして、自由に席を立つ人もちらほら現れ始めた。

「伊織!宇宙人なんて聞いてないよ!」

「可愛い狐じゃん!」

今更ながら、伊織は私の名である。

そしてこの人たちは小学校からの親友だ。ちょくちょく連絡はしていたが……。

「しかも、お客さんたちも宇宙人だよ!?狐はもちろん、馬に、猫に、青い人に、あれはトカゲ!アンモナイト!イギリス人!」

多様性があっていいじゃないか。話してみればいい人たちばかりだ。イギリス人は別にいてもいいだろ!?

「流石にちょっとハードル高いわぁ」

「まあ、でも、伊織は物怖じしないからね」

「"失礼、お嬢さん方。お義姉さま、俺のこと覚えてます?バザードです"」

「"先輩!呼んでくれたんですね!"」

ガウラ語と英語で同時に話しかけてくるな!今翻訳機つけてないんだから!

親友たちはそれぞれの言葉で応対する私を尊敬の眼差しで見ている。あんたらも宇宙港職員になったら半年でこうなるよ。

そうこうしているうちにお色直しだ。控室なら誰も来ないだろう。

 

十数分後、メロードと二人で戻ってきた時、会場はとんでもないことになっていた。

まず酔っ払ったイェッタービゥム……いつぞやの捨て犬を拾っていた、マウデン家の家臣……オウムガイ人種の人の触手にオリビアが絡まれていた。

「ナンデコーナルノー!?」

後で聞いた話だがカーマルマミン酪酸とアルコールの相乗効果で急激に悪酔いしたらしい。

しかし、やめて欲しい、私たちの披露宴でエッチな展開はやめてくれぇーっ!

「やばいぞどうしよう」「頭がとろけて力が出ない……」

メロードの友人の軍人たちは、普段飲まない地球の強いお酒でクタクタになっていた。

誰か対処してくれーっ!と思うが、会場スタッフは日本人であり手が出せない。

■■■■やヒューダーは!?

「君は服装を考えた方がいい、恥ずかしくないのかな」

「これが正装でしてね、人の国の服飾にケチをつける方が余程恥ずかしいと思いますが」

な、なんか喧嘩してる!?酒に酔ったのがよくないのか、あの二人の相性が特別悪いのか。

ならバルキンは!?

「ねぇ、終わったらイイコトしない?」

「妻がいるのですが」

「別にいいじゃん」

私のお兄ちゃん口説いてんじゃねえクソ馬!!!お義姉ちゃんがキレかけているのがわかる。

「いいじゃん!UFOキャッチャーやろうよ!!」

UFOキャッチャーかよ。

こうなりゃ、エレクレイダー!!戦闘員はもう君しか残ってない!

「ロボだ!かっこいい!」

「だろ?俺様はエレクレイダー、宇宙一カッコいいロボだ」

姪っ子や来客の子供たちを相手してくれているのはありがたいけど周りえらいことになってるの見て!

吉田!佐藤!正直期待はしてないが!

「うぅ……あの二人は、本当にいいやつだから……嬉しくてぇ……!」

「うんうん、そうだね。私も嬉しいよ」

駄目だこりゃ。

「これなかなかええな」

「そだね」

ラスちゃんやビルガメスくんももう、諦めの表情で食事をしている。

親友たちや両家の家族も、唖然としていた。

「やっぱり、私がやらなきゃかな」

そうだね、頼んだよメロード。やっぱり彼しかいない。

結局彼によりオリビアは救助された。お色直しをしたばかりの服は汚れ、会場の中心辺りのテーブルは全部めちゃくちゃになったが。

色々と、余興なんかがあった予定だが、全部中止となってしまった。

そのせいなのか、カガンがこっそりと会場へと入ってきていた。多分余興で登場するつもりだったのだろう。可哀想。

 

片付けなどで時間が遅れ、私たちの両親への手紙の朗読もなくなってしまった。これは小っ恥ずかしかったから助かる。

そうして、私たちから両親へと花束を贈る。メロードの父、アラディードさんは涙をボロボロこぼしていた。

「頼むな、メロードをな……!」

これからはお義父さんと呼ぶことになる。なんだか彼につられて私も涙が…

「なんで呼んでくれなかったんだ!」

とそこへ会場に乱入者が現れた!ガウラ人たちが一斉に立ち上がり敬礼をする。

あの出で立ちは間違いなく殿下である。だって、王族は呼ぼうにもねぇ……。

「おれは友達じゃなかったっていうのか、寂しいなぁ、悲しいなぁ」

呼ぼうとは思ったけどあまりにも畏れ多くて。

「ふふん、まあ主役は遅れてくるものだ。今は何をしている?」

主役は私たちだけどね……。花束贈呈も終わったし、これからは代表の謝辞だろうか。

「ちょうどよい、おれが言ってやろう」

そう言って殿下は咳払いをして話を始めた。

「本日は歴史的な日だ。ガウラ帝国の男子と日本国の女子が契りを結ぶ。これは両国の友好の象徴となろう。彼らには、何も共通点はない。人種も、思想も、信仰も、言語も、産まれた星も育った国も何もかもが違う。その二人がこの先共に歩む事を決断した。これは希望だ、我々はお互いの悪いところに目を瞑り合えるということだ。この二人の行く末は宇宙の行く末と言えるだろう。どうか見守っていこうじゃないか、彼らの未来を、そして私たちの未来を!親族に代わり、ガウラ帝国第三皇子がこれをお礼の挨拶とさせていただく。今日は皆に集まっていただき感謝する!」

なんでえ、結構熱いこと言ってくれるじゃないの。メロード、というかガウラ人はみんな感極まって泣いている。

そうして披露宴は閉宴と相成ったのである。

 

見送りを終えた頃には精神的にクタクタになっていた。

やっと、終わった……酷い一日だったような気がする……。

「忘れられない式になったな」

悪い意味でね……私達が結ばれて最初の思い出がこれか……。

しかしまあ、これも私達らしいんじゃないか。

「ふっ、ふふふ、そうだな。私達はこうでなくては」

……彼には、結婚後伝えようと思っていたことがある。

「えっ!!子供!!」

そうだ。いつぞやの岩石星人が遺伝子改良技術を持っていた。そこに頼んでみようと考えている。

まあ、嫌と言うなら、別に……。

「嫌じゃない!絶対作ろう!いっぱい作ろう!」

いやいっぱいは……まあ、多くても三人……。

「そうと決まれば、私は上司に給料増加の打診をしなくてはな」

その結果より危険な任務になるということは避けてほしいものだ。

「なあ、伊織」

珍しく彼に名を呼ばれる。

「これから二人で幸せになろう!」

歯が浮くようなセリフをよくもまあ、恥ずかしげもなく、言うものだ。

私から言わせてみれば、もう幸せだから、肩肘張る必要はない。

彼の腕を取り、手を握る。そうして二人で顔を見合わせて、ニコリと笑った。

 



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