【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。 (政田正彦)
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プロローグ

感想や応援等を参考に再構成したリメイク版第一部になります。
リメイク前より長くなる予定です。
1からのやり直しになりますが、またよろしくお願いします。


 ふと目が醒めるとそこは森林でした。

 

 地面に仰向けになっている私の目に映るのはそびえ立つ巨大な大木と、生い茂った葉、その隙間から見える青い空。

 ……あれ?私は確か自分の部屋のベッドで寝ていたはずじゃ?

 なんだってこんな自然豊かな場所で寝そべってるの?

 

 まだ寝ぼけているのか、意識がハッキリとしないな。

 ひとまず上半身を起こして辺りを見回す。

 

 が、ここが森林であるという確証が深まっただけで、現状の把握には至らず。 

 一つ分かったことと言えば、私の寝ていた場所が、自分が小さくなったのかと錯覚するほどに大きな樹の根っこだったということくらい。

 

 起き上がり、自分の体に異常がないか確認する。

 

 ここで気付いたのは、自分の格好が寝る前と今着ている物とはだいぶ違いがあるということ。

 そもそも肌の色も、こんな病的なほど白くなかったはずだし、ついでに言えば、体が軽いような、重いような、自分の体ではないような不思議な感覚がある。

 

 そこまで考えてようやく意識が覚醒し始め、どうした事だろうと、もう一度辺りを見回し、「誰かいませんか?」と口にしようとして……異変に気づいた。

 

 口が、動かない。

 いやそれどころか表情がピクリとも動かない。

 顔全体が仮面になってしまったような、表情筋が全部鉄になってしまったかのような感覚。

 

 様々な感覚に違和感を覚える。

 

 木々が風に煽られ枝や葉が擦れてザァザァと音を立てており、微かに風が私を撫でる感触がする。

 だというのに、風に乗って流れてくるはずの匂いという匂いを一切感じない。

 木の匂いも、土の匂いも、草の匂いも、一切感じない。

 

 まるでよくできた作り物の世界に迷い込んでしまったかのよう。

 

 おかしい。

 私がおかしいのか、それともここがおかしいのか。

 

 途端に怖くなってきた。

 ひとまずここから離れることにしよう。

 

 

 勢いであの場所から離れ、歩き出したはいいものの、どこに行けばいいのだろう? 

 

 歩けども歩けども、見つかるのは木、良くて木の実、草ばかり。

 鳥や虫の声もするけれど、目の前に現れる気配はなし。

 

 だが歩いていくうちに、遠くから水の流れるような音がすることに気がついた。

 

 水。

 

 口すら動かないけれど、水って飲めるのかな?

 というか、水って必要なの?

 そもそも、喉は渇くの?

 

 いや、それはいいとして、もしそこに川などがあるのであれば、水の流れを辿っていけばそのうち人が住む場所に出るかもしれない。

 

 そうじゃなくてもこの山(と言えるほど高所であるかも分からないが)から降ることくらいはできそうかな。

 

 

 そう考え、私はひとまずその音がする方へと足を進めた。

 

 

 しばらく歩くと、思った通りそこには川があり、水がサラサラと流れていた。

 しかし思った通りではなかったのが、そこが思っていた以上に幻想的で綺麗な場所であったという事である。

 

 見たこともない花や草が生い茂っており、遠くを見れば……あれは……虫……? なのだろうか? チラチラと光の粒子のような物を散らしながら水辺を踊るように飛んでいる虫などが目に入った。

 

 ついしばらくその光景に見入ってしまっていたが、やがてハッと我に返り、ひとまずその川の流れに沿って歩くことに決めた。

 

 その矢先、進行方向に一つ、半径5m程度の、小さな池のような物があることに気づく。川の水がすぐ傍の地面の窪みに染み出してできた水たまりのようなそれ。水面は静かで、まるで鏡のように周囲の様子を映している。

 

 丁度いい、これで自分の姿をハッキリと確認することができる。

 

 私は、自分の格好の確認をするために、その池の前に立ち、上半身をお辞儀するような形に折り、落ちないよう注意しつつ、池を覗き込む。

 

 

 …………そこには、私の好きな小説、オーバーロードに登場する、【シャルティア・ブラッドフォールン】……の親戚みたいな娘が居た。

 

 

 髪は先程から確認はしていたが、毛先が赤い絵の具に付けたように染まっており、それ以外はシャルティアと同じく銀髪である。ただしシャルティアが被っていたようなヘッドドレスは無かった。

 それ以前に、シャルティアが着ていたようなドレスに比べると、なんというか、こう……チープというか、ちゃちい(・・・・)というか……。

 

 顔はというと、シャルティアに似ているが、所々差異がある。

 目は鋭くなかったと思うし、目の色も彼女は赤だったハズだが、私はなんか黄色というかオレンジというか、彼女がルビーだとすれば私はトパーズのような色の目だ。

 

 逆に似ている場所を挙げるならまず背丈、肌の色、そしてこの胸のパッド……ん?……いや、どうやら胸は全然似ていなかったらしい。道理でパッドにしては引っ張られるような妙な感覚だと思った。

 

 というかデカ過ぎじゃない?

 後ろから見ても横乳が胴体からはみ出て見えちゃうくらいデカい。

 

 デカい(確信)

 

 成長したらさぞナイスなボディに……いや、シャルティアと同じくトゥルーヴァンパイアだったとしたら私これ以上成長しないのでは……?

 

 

 ……なんだか虚しい気持ちになった。

 

 

 ちなみにというのもなんだが、本来の私は普通なのが個性ってくらい普通の女子高生で、ロリ巨乳でもなければヴァンパイアでもない(まぁ当たり前だが)はずだ。

 

 

 

 ……思わず好きなキャラに似た物を見てしまったから、その作品の世界に入ったかのような錯覚に陥っていたが、そもそもここがオーバーロードの世界だと決まったわけでもない。

 

 とりあえず、このまま川を降って人がいる場所を目指そう。

 私は池の中で泳いでいるエメラルドグリーンの魚を横目に、歩みを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人がいる場所を目指そう……そう考え歩いてこの方どれほどの時間が経っただろうか。

 そもそもここは人の住む世界なのかと疑うほど、行けども行けども川ばかり。

 ひょっとしてループしているのでは?と思うほど景観に変わりがない。

 

 ……考えが甘かったと言わざるを得ない。

 川を抜けたらそこは海でしたなんてことも有り得るのだから。

 

 

 しかし私には歩く以外に選択肢など無い。

 私は、自然とどうしてこうなっているのか、ここはどこなのか。

 そんな、可能性について考えながら歩き続けた。

 

 

 まず一つ目の可能性。

 

 『実は私の本体である女子高校生の身体が昏睡状態にあり、めちゃくちゃ長い夢を見ている』

 ……うん、正直信じたくもないがこれが一番納得できるという複雑な気分だ。

 もしこれだった場合今頃私は病院のベッドの上だろうか?

 それとも集中治療室?

 ともかく異常事態であることには変わりないだろうなぁ。

 

 

 二つ目。

 『あなたは死んでしまいました、ここは来世の世界です』

 信じたくない……いや、だって、明日も学校だから早く寝なきゃ~と思ってベッドで寝たら死にましたってどういうことなの……?

 んでもってここが来世だというのも信じたくない。

 その場合私は表情と、匂いといった概念が存在しない世界に転生してしまったことになる。

 というか生まれ変わったのなら赤ん坊になって然るべきだろう。

 何故こんな中途半端に……いや一部立派に成長しているけれども。

 

 

 三つ目。

 『あなたのあたまはおかしくなってしまいました』

 自分でも、この状況を人に説明できる自信はない。

 だが仮にこの状況を、千の言葉を用いて説明したとしても、それで返ってくるであろう反応は「なにそれ? 君、頭大丈夫?」がいいとこだろうと思う。

 そもそも口も動かないから、言葉を用いて説明なんて土台無理な話だけれども。

 

 

 四つ目。

 『実はよくできたゲームのような世界にあなたは召喚されてしまった』

 オーバーロードの観過ぎだろうか?でもあの世界も確か表情とかが無かったはずだし、電脳法とかいうので、現実世界と混同しないよう、五感の内味覚と嗅覚は完全に削除されており、そして触覚もある程度制限されている。

 

 ……という設定が有ったはずだ。

 

 

 この状況はそれに酷似している。

 

 

 ……そうなると私はこのユグドラシル(仮)の世界のプレイヤーになったということだろうか?だがだとすると何故声が出ないのだろう?

 

 モモンガさんたちはボイスチャットのような物で会話していたのだろうし、私にだって声ぐらいあっていいのでは。

 

 ゲームだったら、ステータスとかそういうの、どうなっているんだろう?

 自分で見られないのだろうか?

 オーバーロードの……転移後の世界では、自分の中に意識を向けることで使える魔法、MPやHPが手に取るように分かる、みたいなことを言っていたような気がするが……。

 

 自分の中に意識を向けると……胸のあたりで何かがそこに有るのが分かる。

 

 ただしそれは、今にも消えそうな蝋燭の火にも劣る頼りなさで、フッと息を吹きかければ消えてしまいそうなほど脆弱。気のせいの一言で済ませてしまえるような不確かな存在だった。

 

 しかし恐らくはこれがMPなのだろう……魔法とかスキルに至っては、そもそも存在すら感じない。

  

 というか、ひょっとして、私は今レベル1だったりするのだろうか。

 もしくは1ではないにしろかなりの雑魚。

 

 ……うん、有り得るな。

 むしろ最初からレベル100っていう方がどうかしている。

 

 もしここがオーバーロード……あるいは他の、剣とか魔法とかのファンタジーな世界だったとしたら……私は、生き残れるのだろうか。

 

 いや、生き残るしかない。

 生き残って、とりあえず、そう、もし本当にオーバーロードの世界だったとしたら、モモンガさん辺りにコンタクトを……そもそも今アインズ・ウール・ゴウンは存在するのかという問題もあるものの、それも追々知っていけばいい。

 

 まず目先の問題として、これから生き残るにしても、武器がないんだよな……シャルティアだったら雑魚モンスターなら手刀……というか小指の爪で十分なんだろうけど……。

 

 今は考えても仕方ない。

 とりあえず死なないようにとだけ考えて行動するしかない。

 

 

 死なないように、という行動方針ができた私は、先程まで無鉄砲に歩いていたことが急に怖くなって、どこかから魔法で監視されているのでは?どこかから狙われていないだろうか?と不安になり、こんなレベル1の糞雑魚ヴァンパイアを誰が相手にするというのだろうかと気付くまではビクビクとしながら進んでいった。

 

 それから、何度か先程光っていた虫……蛍というよりかは小さな妖精のように見えるそれ……に出会ったり、それ以外にも、緑色のイノシシっぽい何かとか……ゴブリンらしき何かとか……人喰い草的な何かが欠伸をしている現場にも出くわした。

 

 それらを全てスルーして進んでいる。

 

 さっきから全然人に会わないのは何故……いや、ひょっとしてさっきのモンスター、実は中身はプレイヤーだったりするのだろうか……?

 

 そんな、今更考えても仕方のないことを考えつつ足を進めて、「そういや疲れとか全然感じないな?」と思い始めた頃になって、いったいどれだけの距離を歩いていたというのか、それか単純に時間の問題だったのだろうか。

 

 変化に気付いたのは、辺りに風が吹かなくなってからだった。

 

 

 

 

 急に辺りが暗くなり始め、気が付けば、空に浮かんでいる星々と、妖精さんの放つ光だけが辺りを照らしていた。

 

 

 けれどそれも次第に消えていき……。

 

 

 とうとう、私は何の準備もしていないまま、異世界転移よろしく美少女が悪い奴に襲われている所に通りすがることもなく、とっぷりとした暗闇を持つ夜を迎えてしまいた。

 

 

 夜になると、今まで「森でハイキング気分!たーのしー!」という、とても強引な方法で保っていた自我が段々と薄れ、漠然とした恐怖が私の心を支配し始めたのを感じる。

 

 

 

 このまま帰れなかったらどうしよう。

 

 このままここで野垂れ死んだらどうしよう。

 

 このまま歩いていて、誰かに襲われたらどうしよう。

 

 この先もずっと暗闇だったらどうしよう。

 

 

 

 このまま、ずっと独りぼっちだったら、どうしよう。

 

 

 じわり、じわりと漠然とした不安感、焦燥感が心を支配していく。

 

 あるいは見ないようにしていただけ。

 

 

 先程まで見えていた淡い光も既に遠くへ。

 辺りは真っ暗闇で、非常に静かでした。

 

 本当に真っ暗で、足元もよく見えないけれど、それでも、歩くことは止めない。

 

 止まれない。

 

 止まったら、暗い考えの坩堝にハマってしまいそうだったから。

 

 

 

 けれど、その歩いていた先の地面に異変が起こる。

 

 ただ単純に、一寸先も見えない闇の中で、川の音だけを頼りに歩き回っていたから、ソレの存在に気付かなかっただけ。

 

 ザブッという、思い切り深い水溜りに足を滑らせた音が鳴り、私の片足の足首の上辺りまで一気に冷たくなる。

 

 冷たくなっただけではないようだ。

 

 バランスを崩して全身ずぶ濡れになりそうになりつつなんとか体勢を整え、大慌てでその水から引き抜くと、足からジュウジュウという音と、不快感。

 

 履いていた初期装備の靴がドロドロに溶けてしまっていた。

 

 酸なのか毒なのか分からないが、この水たまりにはそういうバッドステータスが付加されているらしい。

 

 ……さしずめRPGでよくある、上を歩くとダメージを受ける毒の沼と言ったところだろう。

 

 痛みこそないけれど、恐らくは惨状になっているであろう足の全貌を見ることがなくて良かったという点でだけは、暗闇で良かったと思いました。

 

 しかし、とうとう困り果てた。

 

 

 ここから先は、ずっと毒の沼なのだろうか?

 

 それを確かめる手段は私にはない。

 

 強引に進んだりしたら、骨も残らなかった、なんてことになりかねない。

 

 あの妖精が飛び交う綺麗な川はとんだ死地に続いていたようで。

 あるいは最初から三途の川を見ていたのだろうか。

 

 

 突然のことで一気に恐怖が煽られ、戻るにしたって結構な距離があることを思うと億劫で、ついに歩く気力すら失い、暗闇の中、一人、膝を抱えました。

 

 

 どうしてこんなことになったの。

 

 助けて……。

 

 だれか助けてよ……。

 

 お願いだから誰か私を救ってよ、見つけてよ。

 

 

 お母さん、お父さん。

 今頃どうしているのかな……。

 

 

 心の中では、とっくに涙でいっぱいなのに、この顔じゃあ涙一つ流すことができないのだなぁ、と途方に暮れていました。

 

 

 そう、丁度、そんな時だった。

 

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 

 私が”あの人”と出会ったのは。




リメイク前よりユグドラシル時代に触れてみようかと思っています。
改変過多になったら申し訳ない……。


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迷子のヴァンパイア娘

「え?……NPC……?」

 

 黄金の、太陽を模したかのような装備を身に纏い、爆撃機並みの攻撃力の弓を持ったバードマンの青年。

 この世界ではペロロンチーノというユーザーネームを持つ彼は今、盛大に困惑していた。

 

 前置きとして、そもそも何故彼がここに居るのかという事から話そう。

 

 彼はユグドラシル、というゲームのプレイヤーであり、同時に「アインズ・ウール・ゴウン」という41人で構成された、少数ながらかなりの戦力を誇るDQNギルド、そのメンバーの一員であった。

 

 このグレンデラ沼地という、毒の沼に覆われた暗き森の中心部にある遺跡……ナザリック地下墳墓……今では攻略後に改造を施され、六つだったエリアは九つに増築され、名前もナザリック地下大墳墓と変更、各階層の内容も制圧前とは比べ物にならないという、彼らアインズ・ウール・ゴウンの拠点。

 

 彼はバードマンの特殊スキルでもある外敵の探知に長けたスキルを活かし、表層で拠点を守護する存在であった。

 

 そして今日、そんな彼の監視網に引っかかったのは、一人のヴァンパイアの少女がフラフラとこのグレンデラ沼地に訪れる姿。

 

 つい前日、傭兵NPCや使い魔、召喚MOBといった者を含めると、約200名にも登る大人数のプレイヤーがナザリックへと進行し、それらとの戦闘があったばかりであった。

 結果として相手はほぼ全滅させ、アインズ・ウール・ゴウンは勝利を収めたものの、受けたダメージは皆無という訳にもいかず……一言で言えば、現状アインズ・ウール・ゴウンは”ピリピリ”していたのである。

 

 なので彼、ペロロンチーノは彼女の姿を見た瞬間、すわっ敵襲か?と思ったが、どうもそんな様子でもない。

 

 仲間に報告してみるものの、探知妨害等の阻害魔法一つかけていないという。

 見ただけで強さが分かるスキルを所持する仲間にも聞いてみたが、およそ彼らの敵になるような存在ではなく、むしろ雑魚中の雑魚。

 偽装しているにしても、あまりに弱すぎるという。

 

 そうこう話しているうちにも彼女は、昼夜問わず暗闇に包まれる為、グレンデラ沼地では必須となるハズの暗視系アイテムまたはスキルを持っていないのか、毒の沼に足を突っ込んで慌て、ちょっと迂回すればいい話なのだが、周りが見えないのか、そこで蹲って途方にくれてしまった。

 これは見ていたペロロンチーノしか気付かなかったが、よく見れば細かく震えているように見える。

 

 えっ、ちょっとまってアレ泣いてんじゃない?

 

 アインズ・ウール・ゴウン各員が話し合って出た仮説に、「彼女はどこかタチの悪いユーザーに騙されてここに連れてこられてしまった初心者ユーザーなのでは無いか?」というものが挙げられた。

 

 

 というのも、以前にも似たようなことがあったのだ。

 我らがアインズ・ウール・ゴウンのギルド長は、魔王ロールがプレイヤー間でも有名であったので、初心者のユーザーに、「プレイヤーのように振舞っているが、中身は運営。あれがこのゲームのラスボスで、倒すと……」というような偽情報が流され、それを鵜呑みにしたレベル100にもなっていない初心者がたったの5人でナザリックに挑むという事件があった。

 

 そもそもHPとかMPの値を見れば分かるのではと思うかもしれないが、このゲームでは情報戦を有利に進めるために、自らのステータスを偽って表示する、なんていうスキルも存在するので、結果として、初心者相手にガチの魔法をぶっ放して蹂躙する、いや、してしまうという結果になった。

 

 直後、彼らがまだ100レベルにも満たない事を知ったギルド長は「道理で弱過ぎると思いました……、何も知らない初心者相手にガチの魔法を使ってしまった……これが原因で辞めたりしないでほしいんですけどね……」と嘆き、仲間内の情報操作が得意であった人による助力でその偽情報は嘘であるときっちり理解されて、この件は収束を迎えたのだ。

 

 

 が、それも完全ではない。

 

 

 中には攻略サイトなんて見ねーぜ!という輩も居るだろうし、現にこうして迷い込んでくる初心者や低レベルのプレイヤーの相手をするのもこれで4回目である。

 

 なので今回迷い込んできた彼女もそうだろうと踏んでいた。

 

 しかし、突然メッセージを送って警戒されるよりはいい、というのと「敵意が無い」と伝える事が重要だと考えた彼らは、実際にその場へ向かい、(ゲーム内ではあるが)顔を合わせて話す方がいいだろうと考え、ペロロンチーノにその役を任せた。

 

 だが、蓋を開けてみてビックリ。

 

 迷い込んできたプレイヤーだと思っていた彼女は、実はプレイヤーではなく、NPC、つまり中に人の居ない、AIで動くキャラクターであったのだ。

 

 これには流石の経験豊富な彼らも戸惑った。

 

『アイエエエエ!? NPC!? NPCナンデ!?』

『これは……どういうことなんです?』

『さぁ……? 目的がさっぱりわかりませんね』

 

 NPCは原則、もともと用意されている簡単なプログラムと、専用のツールを使うことでしかAIを書き換えることができない。

 

 つまり、現在の彼女の行動をNPCで再現しようとすると、「グレンデラ沼地を川に沿ってまっすぐ歩く。(ただし沼に到着した場合、そこでアクション(蹲る)を実行し、その場で停止)」と、長く複雑なプログラムしなければならない。

 

 だがなんでわざわざそんなプログラムにする必要があるのか?

 プログラム初心者が組んだ結果にしては、ダメージを受けると蹲るという、本来は無い、そして綿密な計算とプログラミング技術が必要なアクションを組んであるという矛盾。

 

 目的がわからない。

 

 どうせやるにしてももう少しレベルの高い、斥候の職業を持つNPCにして地形を把握するなり、罠を仕掛けるなり、やりようはあるはずだ。

 

『ペロロンチーノさん、とりあえずツールでそのNPCの事をもう少し詳しく調べられます?』

 

 しかし、幸いペロロンチーノはそのプログラムを書き換えるためのツールを所持し、既に一体、【シャルティア=ブラッドフォールン】という名の、ヴァンパイア、ロリ、偽乳、両刀、巨乳好き、死体愛好家という盛りに盛った設定の、自分の趣味を凝り固めたようなキャラを制作したことがある。

 

 しかし、飽くまでこのツールでプログラムを書き換えられるのは自分の作ったNPCならではの話であり、彼には目の前の少女の設定まで自由に書き換えることはできない。

 公式によって作られたNPC、または他人が作ったNPCには大抵プロテクトが掛かっており、見たところ彼女にも同じことが言えるだろう。

 ワールドアイテムと呼ばれる最高位のアイテムなら可能かもしれないが……。

 

 ただし、プロテクトがかかっているNPCでも、その設定を見ることは出来る。

 

 村の町娘であれば「この村に生まれた娘で名前を~~と言い……」といった説明が表示されるのだ。

 

 ツールでもう少し詳しく調べてくれというのは、ツールを使うことで閲覧出来る設定を読むことで、今この場に居る少女の手がかりを探ろうとしているのである。

 

 

「なになに……?」

 

 ……この間、目の前の少女の心境は「え?なに?何が起こってるの?この人は何を言っているの?」とただただ困惑しているだけである。

 この暗闇のせいで、彼女からは、目の前のUIや表示されているコンソールは見えていないようだ。

 もっともゲーム内でかつただのNPCであるので、それらの感情が表情に出ることはないが。

 

 

▼△――――     NPC DATA      ――――△▼

 

 《NO NAME》《女性》

 《LV.001》

 《種族:ヴァンパイア》

 

 ヴァンパイアの少女。

 記憶も、知識も、名前も無く、ただただこの世界を彷徨うだけの存在。

 生前彼女がどこの誰で、何をして、どうしてヴァンパイアになったのか。

 それを知る者は、もうこの世に存在しない。

 

 

 職業

 《現在の権限では閲覧できません》

 装備

 《現在の権限では閲覧できません》

 所持スキル

 《現在の権限では閲覧できません》

 所持魔法

 《現在の権限では閲覧できません》

 

 《傭兵雇用:6000G》

 《アイテム交換申請》

  ...etc

 

▼△――――                ――――△▼

 

 

『……そんだけ?』

「そんだけです……」

『傭兵雇用が表示されているということは、このNPC、ひょっとして野良?』

『えっ、野良のNPCがここまで迷い込んできたって事?』

『考えにくいが、それしか考えられないだろう』

 

 

 NPCは戦闘能力がある物だと、金を払う事で傭兵として雇うことが出来るNPCが存在し、それらはそのまま傭兵NPCと呼ぶ。

 ギルドホームで、製作可能レベルを消費することで製作できるNPCはギルドNPCと呼ばれ、ギルドを守護する存在なのに対し、傭兵NPCは、金という対価を消費することで、プレイヤー個人を守護し、サポートを行う存在である。

 

 ただし、もしここで、既に彼女を雇っている存在が居たとしたら、この情報を閲覧する際に、《傭兵雇用》の欄は表示されない。

 ここが表示されているということは、このNPCを雇用している者は現在存在せず、今彼女は野良の、雇用待ちの傭兵NPC、ということになる。

 

 雇用待ちの傭兵NPCというのは原則、町や村、その中でも酒屋や宿屋という場所で、雇ってくれる存在を待つだけの存在であるのが多い。

 

 ただし、中には旅をしながら傭兵として食いつないでいるという設定の高レベル傭兵NPCが砂漠のダンジョンにどこへ行くわけでもなく彷徨っているなんてことも、極々稀ではあるものの存在はするのだ。

 

 この毒の沼地にたまたま訪れる可能性も、0%ではない。

 

「けどまさかこんなところで見るなんて……っていうかレベル1だし」

『っていうか、どことなくシャルティアに似てません?』

『それは流石に偶然でしょう……デザインが被る事はよくあることです』

『いや、今はこのNPCちゃんをどうするか、でしょ?』

 

 ペロロンチーノは話を聞きながら、「そうですね……」と相槌を打つ。

 しかし、実を言うと、彼の中で既に目の前の脆弱なレベル1ヴァンパイアをどうするかというのは、既に決めていた。

 

「あの……俺が雇うってのはダメですか?ちゃんと自分の財布から出しますんで」

 

 特にその行動に意味はない。

 いま現状でレベル1のヴァンパイアを雇う事に、大したメリットは存在しない。

 ただなんとなく、このまま見捨てるのは、ちょっと。という、それだけの理由。

 

 

 ……という訳ではない。

 

 

 ペロロンチーノは、前日シャルティア=ブラッドフォールンを完成させてからというもの、ユグドラシルにこれといって”やりがい”のような物を感じられず、若干マンネリ気味になっており、自由度の高いこのゲームにおいて何かやることないかなーと模索していた状態だった。

 

 そこに来て、レベル1のヴァンパイア。

 

 彼にとって彼女は取るに足らない存在であるのは言うまでもない。

 

 だが、弱さは「昔の弱かった頃を思い出す初々しさ」、そのくせ顔やスタイルの凝ったデザインは、自身がシャルティア=ブラッドフォールンという愛娘を作った際のキャラメイクに費やした情熱と重なる物があった。

 

 まぁデザイン案とか設定を考えただけで、実際にモデリングしたのは別の人だったけれども。

 

 また、誰にも言ってはいないが、シャルティアの後に、姉であるぶくぶく茶釜の作った、双子のダークエルフの件で、自分もシャルティアに姉妹をと思ったのだが、ギルドで制作できる、NPC製作可能レベルが上限に達していた為に諦めており、それが心残りだったのだ。

 

 もし彼女が成長し、シャルティアと並ぶ存在となり、肩を並べて戦う存在に上り詰めたらどうなるだろう?と想像する。

 

 良い。

 

 いや、とても素晴らしい。

 

 それに、自分が作ったシャルティアと同じヴァンパイアであるというのも、なかなか運命を感じる話ではないか。

 

『……いいんじゃない?』

『ちゃんと自分でお世話するんですよ!』

『ちょwwwwおかんwwww』

『ありがとうママ!ぼくこの子大事にするよ!』

『お前んじゃねーから(笑)あとママじゃねーわ(笑)』

 

 というペロロンチーノの気持ちを知ってか知らずか、ギルドメンバーからの返答も肯定派が多い。

 なんだかんだ、気のいい奴らである。

 

 《10000金貨を支払いが完了しました》

 

 またこれもペロロンチーノは誰にも言わなかったが、彼女を雇う際、6000金貨という価格で雇えたのに関わらず、彼はかなり色をつけて、10000金貨も支払った。

 さすがの自由度の高さである。

 色をつけた理由はただ単純にそういう気分だったからというのと、キリが良いから。

 気分的には、「釣りはいらねぇ、とっときな」という感じだ。

 ゲーム内の通貨だからこそ出来る贅沢である。

 ちなみに、スキルを使えば値切って本来より安く雇う、という事も可能だ。

 

 《雇用契約が完了しました》

 

「じゃあ、一旦連れて帰りますんで、代わりに誰か見張っててください」

『あじゃあ私行きますね』

「よろです」

 

「(さて、これからしばらくはこの子の育成でもしよっかな……どういう構成にするか考えないと)」

 

 こうして、晴れてレベル1のヴァンパイアは10000金貨ぽっきりでペロロンチーノの物となった。

 

「(あ、そういえば名無しだったっけ……名前も考えておかないとな……シャルドネ?いや、アルティア……スティカ……久々にネーミング辞典でも開こうかな)」

 

 傭兵NPCのステータスやスキル、職業などを含めた育成は、基本雇い主であるプレイヤーが調節をする事が可能だ。

 後衛職の魔法使いで盾役が欲しいのに、育てたらこいつも魔法使いに成長してしまった、なんて事が起こらないようにする為である。

 

 命名権は、名無しのNPCにだけ使え、これは公式であっても他人の物であっても変わらない。

 ただし一度決めたらもう一度専用のアイテムを使わなければ変更不可というのと、命名にも多少だが金貨が必要であるという注意点がある。

 

 もっとも、ただ単に戦力として使いたいだけならば、それは必要ないのだが、ペロロンチーノはそういう細かいところも凝りたい性分なのである。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 現在、私はあまり家具の置かれていない、どちらかと言えば殺風景な部屋で待機状態にある。待機というコマンドを用いての命令らしいが、私の意志と関係なく待機しており、身体は微動だにしない。

 

 金縛りのようなもので少し不自由さを感じるものの、原因が分かっているため恐怖もなにもない。

 

 それどころか、心が異常な程平坦で、体にもこれと言った疲れは無く、このまま何日もじっとしていたとしても問題は無さそうで、若干退屈だなぁと感じなくはないのだが、耐えられないほどではない。

 

 ちょうどいいので、私は現状の再確認を行うことにした。

 

 

 私はここまでの一通りの彼の言動から、なんとなく事態を飲み込みつつあった。

 

 まず目の前の声の主である男性の名前がペロロンチーノという名前であること。

 

 ……その名前はオーバーロードで聞いたことがある。確か、本編前、ナザリックが転移する前の、ユグドラシルの世界において、アインズ・ウール・ゴウン、そのギルドを構成するメンバーの一人であり、弓使い、そして私の大好きなシャルティアの創造主である事。

 

 

 なんて素晴らしい!

 

 

 つい先程までの不幸がウソだったかのような幸運に胸が躍るのを感じる。

 

 というか結局ここはオーバーロードの世界だったのか。

 

 そしてペロロンチーノが居るという事は、ユグドラシル……オーバーロードにおいて、転移する前の、ゲームの世界であるという事。

 

 話の流れから察するに、現在私は、そのユグドラシルの世界において、NPCという立ち位置にあるらしい。

 

 それも、傭兵NPC。

 つまりお金を消費することで雇う事ができるNPCであるという事。

 

 そして、なんと!幸運にも!ペロロンチーノさんに私を雇用してもらったという事!

 

 ィヤッター!!!

 

 本当はどうせユグドラシルの世界に来るならプレイヤーとか42人目の至高とかが良かったけど、現実はNPC。

 でもこれはこれでアリですね。

 

 私もどちらかといえば慕われるより慕う、追いかけられるより追いかける側の人間なので、42人目の至高なんかになって、下僕から「○○様!」なんて呼ばれたくない。

 どうせ関わるならもっと親密な関係でいたいところである。

 

 

 なので、とりあえず驚きはしたものの、夢でもないようだし、受け入れるのに大して時間はかからなかった。

 

 

 そして、私の現在位置ですが、ペロロンチー……ご主人様に連れられて、ナザリック地下大墳墓の、第二階層にある、第四階層へ行くための屍蝋玄室と呼ばれる場所。

 そう、あのシャルティアちゃんの居る場所なのです!姿は見えないけど!

 

 ああ、早く会いたいなあシャルティア。

 っていうかもう早く転移したいなぁ。

 本編開始まで後どれくらいかな?

 

 それまでにペロ……ご主人様に私のレベル上げをしてほしいんだが……大丈夫かな?途中で辞めちゃったりしないかな。

 

 

 自分でも知らないうちに、つい先程まで私の心にあった不安や心細さというものは、いつのまにか風化し、これからの事を考えることで、一瞬で払拭されていた。

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、もしも、あの時ペロロンチーノが彼女を拾っていなかったら。

 毒の沼による継続ダメージで死んでいたか、あるいは、一定の頻度でポップするゾンビ(無論レベル1の彼女には打つ手もない)に囲まれて可哀想なことになっていたかもしれないし、そもそもここに至るまでの道で出会った、イノシシや食人草っぽいモンスターの数々も、通常攻撃を一撃でも食らったら即死であった。

 

 この事実を知るのはもう少し後になってからであったが、それを知って、変化しないハズの表情が少しだけ青ざめたように見えたのは、また別の話である。




『グレンデラ沼地の聖域』

 グレンデラ沼地とは、最奥部にあたる部分に、ナザリック地下大墳墓がある、暗雲が立ち込め、毒の沼に覆われ、それに加えて、低位から中位のアンデッドがポップする死の漂う森である。

 が、こんな暗き世界にもごく数カ所、水が澄み渡り、フラウア・フェアリー等の妖精種等も、極稀に見ることができる秘境が存在する。
 設定では、かつて『世界樹』と呼ばれていた樹の種子が、地下深くに眠っており、死の森にぽつりと現れるその秘境の幻想的な風景は見る者の心を奪うだろう。

 特にエリア名は決められていないので、プレイヤーからは聖域、あるいはセーフポイントと呼ばれていると言う。


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エレティカ=ブラッドフォールン誕生

「うん……傭兵NPCってこんな感じだったなあ」

 

 現在、私はご主人様と共に、異形種のプレイヤー御用達の、発見済みダンジョンへと訪れている。見た目は本当に、石造りの遺跡という感じで雰囲気がある場所。

 

 ご主人様は以前にもここに仲間と来たことがあるようで、出てくる低レベルなゴブリンなどを見る度に「おーっ、懐かしいなぁ」とうんうん頷いていました。

 

 というか、もう既にご主人様はレベル100になっているのね。

 

 もうちょっと早く出会えれば一緒に冒険、なんてことも出来たかもしれないのに……。

 

 いや、過ぎたこと言っても仕方ない、か。

 

 むしろレベル100で経験を積んでいるからこそ、今こうして安心して狩りが出来るわけだしね。

 

 もし私一人だったら、とっくの昔に死んでいた。

 そして蘇生してくれる人も居ないので本当に死ぬところだった。

 

 今では死ねば蘇生(下級の蘇生アイテムで、使えば死亡状態からHPが5分の1位のところまで回復してくれる)アイテムを使用してくれるし、危ない時は一緒に闘ってくれる。(弓使いなのに普通にパンチしている)

 

 ……非常にありがたい。

 

「さて、ここらは大体済んだかな?……《集合》」

 

 そして更に有難いのが、この『命令コマンド』である。

 

 これの何が有難いって、まず『待機』だけど、これは実はご主人様がログアウトしている間は、ほかの人が私に干渉しない限り、私の意識もログアウトしているのです。

 

 要するに、仮にご主人様がリアルのお仕事で一週間ログインしなくても、その間私はぐぅぐぅ何も考えずに寝ることが出来るというわけです。

 

 実は怖かったんだよね。

 ご主人様が辞めた後もずーっと意識のあるまま何年も待機モードだったら、と。

 

 その懸念が無くなった時は思わず胸を撫で下ろしたくなった。

 

 そしてもう一つに、《戦闘》

 

 一口に戦闘といっても、戦闘系のコマンドって言って、色々あるんだけど……。

 これのお陰で、喧嘩のけの字もした事のないド素人の私でも戦う事が出来る。

 

 感覚としては何も考えていないのに身体が勝手に達人のような動きで戦闘をすると言えばいいだろうか。

 

「戦え!!戦うんだよ!!」

「(そんなこと言ったって私戦い方なんてわかんないよ!!)」

 

 なんてことにならなくて本当に良かった。

 命令コマンド様々です。

 もうどんどん命令して下さい。

 

 自分の体が勝手に動くのは、最初こそなかなか慣れなかったが、今では自分の体がスポーツ選手も真っ青な宙返りをしながらの攻撃をしたり、夢にまで見たスキルを使ったり、そういった戦闘の感覚が非常に心地良い。

 

 それに、いずれ転移後の世界でも同じように戦う事になるだろうが、そこで命令コマンドが正常に作用する保証はない。

 

 いや、アルベドの、指示を聞いているのかいないのか、いや聞いてはいるんだけど頭の中は常にアインズ様でいっぱい!というような言動の数々を含め、NPCは、命令コマンドを用いず、「自分で考え、自分で行動する」という者になっていた。

 

 この事を踏まえるに、命令コマンドは転移後ではただの言葉でしかなく、現在のオート戦闘のような物は、使えない物と考える方が良いだろう。

 

 今のうちに、この体での戦い方とか、スキルを発動する感覚を覚えておかなくっちゃ。

 

 

「どう?あとどれくらい?」

「うん、あと5個。順調だよ姉ちゃん」

 

 

 加えて、今日はご主人様の姉であるぶくぶく茶釜さんも、仕事が休みだというので手伝ってくれている。

 

 モンスターは攻撃する際に言わば『一番気に食わない奴』を標的にする。これを数値化したものが隠しデータである憎しみ、通称ヘイト値なのだが、彼女はギルドの中でもこれの扱いがトップレベルに長けている。

 

 一度彼女がヘイトを稼ぎ出したら、モンスターは私には目もくれず、ぶくぶく茶釜さんの方へと向く。

 その隙に、後ろからちくちく。

 

 このお陰で今日は普段は手の出せない高レベルなモンスター達と戦えていたりする。

 経験値が目的ではないのでレベルは未だに一桁台なのだが。

 

「で、結局、どういう構成にするの?」

「ん?あぁ……えっと、シャルティアはアンデッドとか異形種に対して特化した構成じゃない?だから、この子には人間種に対して特化した構成にしてあげようかな、と」

「なるほど、シャルティアとの対の構成となるわけね。いいんじゃない?」

 

 そう、実は私のスキルや職業の構成なのだが、全てご主人様がそれを決めている。

 傭兵NPCってそのへんどうなんだろうな~と思っていたが、むしろ私で決められることの方が少なかった……。

 

「でも、傭兵NPC、ねぇ~……AIのレベルが低くて使い物にならないって聞いてたけど、使いようによっては案外使えるかもね?この子」

「でしょ?傭兵NPC=使えない子みたいな固定観念みたいなものがあったけど、自動で狩りをしてくれるのはなかなかいいもんだよね」

 

 これに関しては後で知ったのだが、傭兵NPCってそもそもAIがあまり優秀じゃなくて、ぼっちな人でもチームが組めたり、チームの人数の不足を補ったりとメリットがあるものの、中途半端なクラス構成のプレイヤーに劣るほど微妙で、高難度のクエストに同行させると足手まといにしかならない程度らしいんだよね。

 

 その点私ってば中にちゃんと人が入ってますからね!

 あれ?これもうNPCって言わなくない?

 

「これでそろそろ転職条件に必要なアイテムが揃ったんじゃない?」

「よしっ!最強ビルドにまた一歩近づいた!」

 

 そして、今現在、狩りに来ているといったが、実はRPGよろしくレベルを上げるために来ているわけではない。

 

 ユグドラシルでは転職条件が難しい職業である程、能力値の上昇も大きいというものがある。

 

 であるので、対して難しくない職業でレベルをあげて100レベルにしてしまうと、それ以上能力値の向上が見込めず、100レベルなのに中途半端なステータス、ということになりかねない。

 そのため、ユグドラシルでは、「強いキャラを作りたいなら、種族レベルは上げるな」という定説がある。

 

 現在は私もそれに従い、できる限りレベルを上げないようにしながら頑張りつつ、できる限り転職条件が難しい物を選ばされている。

 

 既に、『スピードスター』だの『ワルキューレ/ハルバード』だの見た事のない職業を取らされているのだが、その条件がまた大変で……いや、止そう、あの地獄のような日々を思い出したくない。

 

 

 ……まぁ、装備は流石アインズ・ウール・ゴウンというべきか、いま装備できるもので最高の物をつけているし、行く先々でつけるべき耐性を熟知しているからそこをカバーして、武器も本来初見でここに来るような人は後で製作に苦労するだろうなというものを最初から持って行けたりと「逆にこれで無理だったら猿でも無理」という程、いたれりつくせりな育成を行われている。

 

 これって実は滅茶苦茶凄い事なんでは……?

 

 そんな感じで、低レベルなのにも関わらず、転職条件の難しい職業を取り、私はガッチガチのガチビルドをさせられていた。

 

 ちなみに、今回の転職に必要な条件は、《自分より格上の相手を30回倒し、転職に必要なアイテムを集める》であるので、その為にわざわざぶくぶく茶釜様に手伝って貰い、レベルの高いモンスターを相手にチクチクしていたわけである。

 

 ……とこんな感じで私一人では絶対に達成できない条件が延々と続く。

 わぁい完成が楽しみだなぁ(白目)

 

「今日はここまでにして、一旦引き上げたら?」

「あ……そうだね、そろそろ帰ろうか」

 

 こうして、私のご主人様によるガチビルドは、何ヶ月も続いた。

 

 

 

 

  

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ペロロンチーノさん、どうです?調子は」

 

 帰ってくるなり、ギルド長であるモモンガさんがご主人様の元へ訪れた。

 彼は私のご主人様ととても仲が良い。

 良くこうして二人で話している姿を見る。

 

「……この子ですか?いやぁ、流石に皆さんが手伝ってくれるだけあって、シャルティア以上にガチのビルドが出来てますよ」

 

 この子、というのは私の事である。

 ……そう、実は未だに私の名前は決まっていないのである。

 流石にそろそろ決めて欲しい所だが……。

 

「あれ以上にガチって……もうそれチートになるんじゃ」

「それ今更ですよ」

「それもそうですね」

 

 

「というか、そろそろ名前位決めたらどうです?」

「ん?んー……そうなんだよね……」

「吸血鬼の娘なのでキューコとか」

「まぁそれだけは絶対にありえないとして……」

「ナンデ!」

 

 うん、私も流石にキューコは嫌だなぁ……。

 吸血の吸に子供の子でしょ?

 安直にも程があると思うんですがそれは。

 

「ウーーーーン……いや、実は候補はあるんですよ」

「へぇ?聞いてもいいですか?」 

「はい、というかまず、ブラッドフォールンであるのはもうすでに決定済みなんですよ。問題は○○=ブラッドフォールンの○○の部分でして」

「あぁ、シャルティアと姉妹関係にしたいって言ってましたもんね」

「で第一候補が『ビビ=ブラッドフォールン』」

 

 やばいって!!ちょっとまってそれは!怒られますよ!!

 

「え?いいんじゃないですか?」

「いや、でもこれルーマニアの血を吸う女の悪霊の一種で、背の高いやせた女性の姿で赤い服を着て、裸足というかっこうで現れるっていう物なんですけど……ほら、この子背が……」

「……あぁ……まぁ確かに」

 

 えっ、本当にあるのそういうのが?

 

「でもこの際別にそういう伝承での姿形は気にしなくてもいいんじゃ?」

「そう……そうなんですよね、でもそれを踏まえてもまだ候補があるんですよ」

「どんなですか?」

 

「マサニ」

 

「え?」

 

「マサニ=ブラッドフォールン」

 

 それはない。

 

「それはない」

「これはないですよね」

「分かってるんなら言わないでくださいよ!?」

「でもこれも一応伝承があって……女性の死者の霊魂が怪物と化したもので火葬したときに生じる灰の中から突如として現れるというもので、格好は真っ黒、恐ろしい顔をしているといいます」

 

 あっ、それもまた何か実際伝承みたいのがあるんですね?

 

「あっ実際あるんですねそういうのが。てっきり、まさに!ブラッドフォールン!っていう意味かと」

 

 ごめんなさい私もそうだと思っていました。

 

「これだとホラ、黒い武装に真っ黒なお面をつけてですね、敵と戦っている最中にその仮面が割れるんですよ、そうしたらこのメチャプリティーアンドビューティーアンドキュートな顔が見えてですね?」

 

 要するに「メチャ怖いと思ってたやつが実は美少女だった」みたいのがやりたいって事ですか……。

 

「あぁはい言いたいことはなんとなく分かりました……でその二つだけですか?」

「実は最後にひとつだけ……」

 

 まだあるんですかご主人様……私もう別に伝承とか関係なくていいんで普通の名前が欲しいです。

 

 

「エレティカ」

 

「エレティカ・ブラッドフォールン……今までで一番しっくりくるんじゃないですか?」

 

 うんうん!もうそれでいいよご主人様!

 あぁ!待機状態で動けない!!

 動けたら全力で肯定の意を示したというのに!!

 

「でもこれ伝承には悪魔に魂を売った女性が死後なるとされていて、日中はボロをまとった老婆の姿で人の目を欺き餌食にする人間を選び、夜になるとその人間を仲間とともに襲う。更に、強力な邪眼をもち……」

「いやもうそういうの気にしない方向で……」

「あ、そう?やっぱり?なんか俺としてもエレティカが今んとこ一番かなぁと思ってたんだよね~」

 

 じゃあ端からそうしろや!!

 

「じゃあ端からそうしろや!!」

「すみません、考えすぎてほんとにこれでいいか不安で」

「……ところで、いつからそういう伝承とかに詳しくなったんですか?」

「いやどうせならと思って吸血鬼で調べたら出てきただけです、詳しくは知りません」

「まぁそうですよね」

 

 あ~……そういえばユグドラシルの世界の大元の元ネタは北欧神話だったっけ……。勉強したら分かることもあるのかな……。まぁ今じゃ原作読めないどころか原作の中にいるからあんまり意味ないんだけど……。

 

 転移後に図書館で本があれば見てみるのもいいかも。

 

 ともあれ、こんな感じで私の名前が決定され、私の名前の欄に《エレティカ=ブラッドフォールン》という名前が刻まれた。

 

 ……名前と言えば、私ってばいつからご主人様の事ご主人様と呼ぶようになったんだろう?

 

 雇われる前は普通にペロロンチーノさんって呼んでいたような気がするから、雇われると主従関係みたいなものが構築されて、自動的にこういう風になるのかもしれない。

 

 とはいえ流石に「ご主人様」はちょっと自分でもないかなと思うんだけど、転移後の世界まではそもそも口を開いてご主人様と呼ぶことは無いだろうから、あまり気にしないでいる。

 

 

 

 ……まぁ、そもそも転移後の世界にはご主人様は居ないしね。




『スピードスター』

 【転職条件】:30レベル以下の状態で、素早さを規定値まで上げ、5分間直線上に速度を落とすことなく走り続ける

 【備考】:素早さの上昇値が非常に高い職業であり、素早さに依存して攻撃力が増大するスキルや、素早さを上げる魔法等を取得することが可能である。
 素早さを規定値とあるが、30レベル以下では到底到達できない域に設定されており、あえてこの職業を取ろうと思って取れる人は少ない。ただし、元々素早さに特化している種族であればその限りではない。

『ワルキューレ/ハルバード』

 【転職条件】:武器種が《ハルバード》に該当する武器で、5体以上の、自分より格上(+5レベル以上)のモンスターを同時に倒す。これを15回繰り返す。

 【備考】:名前のとおり、ハルバードを使ったスキルや魔法を覚える職業で、信仰系魔法詠唱者に属し、純粋な戦闘能力(能力値の向上具合)はシャルティアの『ワルキューレ/ランス』に並ぶ物があり、ランスの方が攻撃力の上昇が多いが、ハルバードは、スキルに多数の敵を同時に攻撃する物が多いという違いがある。


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始まりがあれば終わりもある

 あれから何ヶ月しただろうか、私のステータスやスキルはもう殆ど完成に向かっていたのだが、ここに来て、新たな問題が発生しました。

 

「1500名ですか」

「クックック……所詮は烏合の衆、いくら集まったとて、我らがアインズ・ウール・ゴウンに敵う道理は無い」

 

 そう、ついに、この時が来てしまった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンを標的とした、プレイヤー、傭兵NPCを合わせ、1500人以上の討伐隊が結成されたのだ。

 

 1500vs41(配下を入れてもそこまで多くない)、はっきり言って勝機は薄いように見える……だが……。

 

「まぁ大丈夫でしょ」

「ぶっちゃけ負ける気がしない」

「3000は必要だよね~……」

「おいおい盛りすぎだろ、せめて4500」

 

 この余裕っぷりである。

 

 彼らはモモンガなどのロールプレイを重視したキャラも多く在籍しているけれど、ぷにっと萌えさんを代表とする策士の緻密な考えの上で行動しており、強豪のPKギルド。

 そもそもの話、彼らに数をぶつけたところで焼け石に水。

 より大きな力で返されるだけだ。

 

「今回はエレティカも戦闘に出てもらいましょうか? 丁度あと少しレベルアップすれば、完成するんですよ」

「おー、いいですね、じゃあ他のNPCにも参加させちゃいますか」

 

 と、こんな軽いノリで私達の参戦は決まった。

 まぁいいけどね、結局、不意打ち以外ではプレイヤーあんまり戦ったこと無かったし……あったとしてもPK(プレイヤーキラー)の相手ばっかりでなんかあれだし。

 モンスターとの戦いはずいぶん前から味気ないと感じ始めていた所。

 ここらで人狩りしましょうか!

 

 あ、誤字じゃないですよ。

 

 

「じゃあ……行こうか。……存分にもてなしてやろうじゃないか」

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓《表層》

 

 既にギルドのメンバーは戦闘配置に付き、斥候部隊であるメンバーが彼らの姿を捉える。

 

「……おっ、きましたよゾロゾロと」

「バカ正直に正面からご苦労なことだ」

 

 目線の遥か先には、ゾロゾロと、統一感のない、様々な装備を着込んだ冒険者の者達。

 何も口にしない、そして表情すらない、だが分かる。

 彼らは真剣そのものであると。

 

「彼らもまた、このゲームを愛しているのだなぁ」

「ですね、でも、このゲームへの愛に関しちゃ俺も負けてませんよ。エレティカがそのいい証拠です」

「何度見ても、それが野良のNPCだったなんて思えないよねぇ」

 

 周りのメンバーが口々にそう言う。

 いやまぁ中に人入ってるからほんとはNPCじゃないんですけどね……。

 

「エレティカちゃんを真っ先に前線に投入するなんて、本当にいいんですか?」

「いいんですよ……俺、これは勝手なイメージっつーか、妄想なんですけど……最近エレティカを見ていると思うんですよ。「早く私に戦わせろ」そう言っているような気がするんです」

 

 

 …………突然何を言い出すんですかねこの人は……。

 しかしあながち間違ってはいないのが悔しい。

 だがこれだけは言っておきたい!!私は戦闘狂ではないと!!

 

 

「NPCに感情なんて無いって、分かってるんですけどね、なんか、こう……良く分かんないんですけど」

「う〜ん、まぁ、せっかく作ったガチビルドのNPCですし、戦わせてあげたいっていうのは分かりますよ」

「あぁ……折角のいい舞台が揃っているしな」

「そうそう、だって、1500人ですよ?もう、滅多にないじゃないですか?こんな数を相手に…………無双が出来るのは」

 

 ギルドメンバーの誰かが放ったそのセリフに、その場の全員の悪役ロールに火が、いや、炎が灯る。

 

「くっ……クックックックック、違いない」

「わざわざこれだけの数を集めてくれたんだ……気持ちよく散らせてあげなきゃあなぁ?」

「たくさん蹴散らせて気持ちいいの間違いでは?」

 

 あぁ、ダメだ、この人達、完全にハイって奴だよ。

 こうなったら誰にも止められない。

 

「そろそろ、予定地点まで到着しますよっと」

「じゃあペロロンチーノさん……お願いします」

 

「了解、ギルド長……エレティカ=ブラッドフォールン……《出撃》」

 

 

 <最大(マキシマイズ)強化加速(ブーステッドマジック・ヘイスト)

 <彗星衝撃斧(すいせいしょうげきふ)

 

 

 瞬間、私の体がバンッ!と大きな音を立てながら跳ねるように駆ける。

 目標、先の標的。

 もはや自分でも、流れていく視界を追いきれない程の超スピード。

 

 凄まじいスピードで目標までの距離が縮まっていき、私の後を追うように暴風が巻き起こり、煙のエフェクトが遅れて発生する。

 

 

 視界に標的を捉えると同時に、ハルバードを構え……

 

 

 切っ先が標的と接触する。

 

 

 一瞬の抵抗感と、スピードの減退を感じつつ、その場に到着。

 素早さと攻撃力が直接ダメージになるスキル。

 今ので何人か、モロに入ったやつが死亡した。

 

 着地時に、地面にクレーターが発生し、クモの巣状にひび割れる。

 このゲーム、良く出来てるなぁ、ほんと。

 

 「なっ!!?」

 

 先頭にいた奴が驚きの声を上げるが、驚く前に行動してください。

 もう戦闘は始まっているんですよ。

 

 私は、ハルバードを振り回しながら駆ける。

 スキルを使いながら飛び回る。

 魔法を使いながら走り回る。

 

 あぁ、素晴らしい。

 

 

 これが、私の力……!

 

 

 

「NPCの癖に! あまり調子に、乗るな!!」

 

 腹の辺りに衝撃が走る。

 

 ハンマー使いか……このスピードの私をこんな重い武器で捉えるとは。

 なるほど腐ってもアインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売るだけのことはある。

 私はここに来て初めてのダメージを負う……だが……。

 

「ぐあっ! くそ、だが、一撃入れてやった……? ……っ!!?」

 

 その傷は、既に回復している。

 

 これは私の持つ武器、相棒のハルバードである『血で血を洗う』の効果。

 『相手のレベルに関わらず、敵を倒した際、HPMPが全快する』というもの。

 つまり、スキルは回数制限があるので無理だが……HPMPという点において、私にガス欠は起こり得ない。

 

「散れ! 散らばれ! コイツの武器、敵を倒すと自身のHPを回復する効果を持っている!! ダメージを受けるな!! 盾役で囲め!!」

 

 そうバカ正直に作戦を立てられちゃあ抵抗せざるを得ないじゃないですか……。

 いや、NPCだと思って油断しているのか?

 

「くそ!!速過ぎる!!」

 

「ガチすぎるだろ!!」

  

「糞がああああああああああ!!!」

 

「こんな奴情報になかっただろ!!?」

 

 

 そういえばこうやって表立って戦うのは初めてのことであった。

 情報がない、というのも仕方のないことかもしれない。

 

 だったら、覚えておいてください。

 

 

 

 私はナザリックNPCにおいて、『1対多の殲滅戦において最強』の座を持つ者。

 エレティカ=ブラッドフォールン。

 

 

 

 あぁ、こういう時ロール出来ないのも、NPCの辛いところですね……。

 

 

 こうして、私は1500人に及ぶ討伐隊に突っ込み、一人で奮闘。

 287人キルという成績を叩き出した。

 本当ならもう少し倒せたかもしれないが、防御力の高い壁役に囲まれ、最大まで強化された範囲の広い魔法を連打されては、流石の私も打つ手がなかった。

 

 まぁ、その後モモンガさんがワールドアイテムを使って凄まじい数を滅ぼしたのだが……、私が突っ込んだのに便乗して遠くからご主人様が弓矢……というかほぼ爆撃をしたり、他の魔法職の方によって、大分数が減らされた。

 

 結果なんて、途中から火を見るより明らかで。

 

 「これではせっかく攻めてきてくれたのにあんまりだろう」と途中から敢えて手を抜いて、ナザリック地下大墳墓内で決戦を行い、悠々と勝利を収めたという。

 

 私は勝利を収めた後で蘇生されました。

 ちゃんと蘇生が効いて本当に良かった……一応懸念事項の一つでしたから。

 

 

--------------------------------

 

 

 

 こうして、アインズ・ウール・ゴウンに攻め込んできた1500名の討伐隊の撃退はあっさりと終わった。

 本当にこれの倍でもわりとなんとかなりそうで怖い。

 

 

 そして、勝利を収め、メンバーがほくほく顔の中、私のステータスを見ながらプルプル震えるバードマンが一人。

 

 

「ついに……ついに完成した……」

 

 

 私が、この世界へ転生……転移?してから、一体どれほどの月日が経っただろうか。

 いや、もうこの際何ヶ月なんて、時間なんてなんの意味も持たない。

 今のこの感動に、「このガチビルドを完成までこぎつけるのに何ヶ月掛かったんですよ~」なんてのは無粋だ。

 

 そう、今回の戦いで私のビルドが完成を迎えたのである。

 

 まぁ当然といえば当然である。

 あとはレベルアップして100レベルにさえなれれば完成といったところでの侵攻であったので、280体以上の高レベルプレイヤーをキルしていたらレベルくらい上がって当然というもの。 

 

 死んでから蘇生する時のデスペナルティのような物も、蘇生の魔法そのものが、それを緩和する為にあるらしく、レベルの低下等はなかった。

 

 そもそもレベル自体はそこまで上げるのに苦労するものでもなかったし。

 

 

「最高だ!エレティカ!お前とシャルティアは俺の自慢の娘だよ!」

 

 

 ありがとう、ありがとうご主人様。

 なんならハグしてもいいのよ。

 あっ、それはR18コードに引っかかるからダメか。

 

「お疲れ様です、ペロロンチーノさん!」

「ありがとう!ありがとう!」

 

「いやほんと頑張ったわこれは……よくもまぁこんな難易度難しいのばっかで固めましたよね」

「これがもしプレイヤーだったらと思うとゾッとするわ、しかも二人」

「っていうかこれもうぶっちゃけギルドメンバーの大半はこの子に単騎で勝てないんじゃない?」

「ロール重視なんだからそれを言っちゃあいけねぇよおめー」

 

 ともかくめでたいね。

 私はようやく完成し、100レベルとなったので、晴れてナザリック階層守護者、シャルティアと同じ第一、第二、第三階層の守護者となった。

 

 まぁ拠点NPCではないので、シャルティアと同じ場所で待機状態にされているだけなのだが。

 ちなみに、姉妹、という事で、生まれた順番的に私が妹かと思ったら、「なんとなく顔がエレティカの方が姉っぽいよなぁ」という理由で私がシャルティアのお姉ちゃんになった。

 

 てっきり私が妹になるかと思ったんだが、まぁこれはこれで転移後に動きやすくなるから有難い。

 しっかり者の姉になれるように頑張らなくちゃね。

 そうでなくてもシャルティアは色々とやらかすから……。

 

「よぉし!!エレティカ完成祝いに今度オフ会しましょうか!」

「おっ、いいですね~やりましょうやりましょう!」

「私も今回は仕事を早く切り上げられるように本気出しますわ」

「えっ、それじゃあ私も頑張ってみようかな……」

 

 

 

 ……私も行きたい……ちくしょう……。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからしばらくというもの、平和な日々が続きました。

 

 ゴーレムクリエイターの人がまた問題を起こしたり……

 悪を掲げる人と正義を掲げる人が相変わらず喧嘩していたり……

 ご主人様とその姉が喧嘩?していたり。

 

 

 

「エレティカ~聞いてくれよ~今日さ~……」

 

 

 はいはい、なんですか?

 

 

 

「ふむ、メイド服というのもなかなか……いや、やめよう、ホワイトブリムさんに目をつけられるかもしれん……」

 

 それはマジで勘弁してほしいです。

 

 

 

「相性は抜群に良いんだけど、やっぱ『血で血を洗う』は見た目ちょっと怖いよな……外装を変更する事も出来るんだが……生憎俺って武器のデザインは疎いんだよなぁ……」

 

 そんな事はないと思いますけど……。

 

 

 

「やべぇ、エレティカの前だと独りって気分しないから独り言めっちゃ多いわ」

 

 

 それはまぁ、実際独り言と言っていいのか曖昧ですしね。

 

 

 

「よーぅエレティカ!シャルティアと仲良くヤッてるかー?おっと、運営さん、今のは変な意味じゃなくてですね?」

 

 通報しました。

 

 

 

「うぃっす、今日もお仕事お疲れちゃん俺~っと……はぁ~癒される~~~これで抱きつけたりしたら最高……いや、冗談だから。ちょっと?皆??俺はロリコンじゃな……いやロリコンだけれども!!!!」

 

 おまわりさんこっちです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、エレティカ、いやごめんな、最近仕事忙しくってさ……なんて、お前に言っても仕方ないんだけどさ」

 

 気にしてませんよ、お仕事ご苦労様です。

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、エレティカ。ハハ、なんかもう懐かしいっていうレベルだな……そうそう、こういう装備だったよな……設定は……そっか、こんなんだっけ」

 

 お久しぶりです、あまり無理をしないでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんな」

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペロロンチーノさん、やっぱり、どうしても辞めちゃうんですか?」

 

「……真面目な話、仕事が最近忙しくってさ、皆には悪いと思うけど」

 

「でも、だからって辞めなくても」

 

「実はさ、エレティカを作る前から辞めようとは思ってたんだよ、色々やりきった感があるっていうか……もう、これ以上……ここで俺にできることなんて無いんだよ」

 

「……そんな事、ないですよ」

 

「……いや、ごめん、今言ったこと忘れてください。モモンガさん」

 

「謝らないでください、いいんですよ、そりゃあ、ゲームよりリアルの優先するのは当たり前のことじゃないですか?仕方のない……事です」

 

「……」

 

「……何時でも待ってますから」

 

「……」

 

「……装備、売ってくれて構わないって言ってましたけど……ここに、残しておきますから」

 

「……ごめん、今まで、ありがとう……また、どっかで会おうよ、モモンガさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、ご主人様は去っていった。

 

 

 

 いつでも帰ってきて下さい、ご主人様。

 

 

「いつでも帰ってきて下さいね、ペロロンチーノさん」

 

 

 

 

 

 

 起こるとわかっていた事だ。

 ご主人様も、リアルを優先すると分かっていた事だ。

 だってそれが本来のルートなの……だから……。

 

 

 

 だから……ぁ……あぁ……あぁ……どうして。

 

 

 

 精神の抑制とはなんだったんだ。

 

 

 

 今ほど、涙を流せないこの身体を恨んだことはない……。

 

 

 

 結局……また一人になってしまった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その、数ヵ月後。

 

 運営から、ユグドラシルのサービス停止が、公式に発表されることとなる。

 

 

 

 

 一つの世界が終わりを迎え、新たな世界へと旅立つ日がやってくるのだ。

 

 

 

 

 本編開始まで、あと少し。

 

 




 いつの間にか、彼女の心の拠り所となっていたペロロンチーノ。
 ここからリメイク前との差異が生まれ始めます。



スキル:彗星衝撃斧《すいせいしょうげきふ》

移動中、そして規定の速さ以上で動いている状態でしか発動できないスキル。
通常のスキルと違い、ダメージ計算に能力値の素早さが一部依存しており、
素早さの値が高い程威力が上がる。
その内容は、彗星の如く、敵陣に突っ込んで範囲攻撃をするというもの。
職業:ワルキューレ/ハルバードのスキルの一つである。
また派生スキルも多く、そのいずれもこのスキルと同様一部素早さが依存している。

本来、エレティカのようなスピードは出さなくても発動は可能であるが、
規定の速さは肉眼でも十分認識可能なレベルの速度でしかない為、
エレティカのようなスピード自慢でもなければ絶対に使用しないスキルである。


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終わりからの始まり

 待機状態で意識を手放し、ただそこに佇むだけの存在だった私は、唐突に、フッと意識を取り戻した。

 

 ……あれからどれだけ経ったんだろう?

 

 ご主人様が辞めてから……。

 

 

 いや、もうその事はいい。

 いつかはこうなるって分かっていたから。

 

 

 あれから、私は何度か待機モードのまま意識を覚醒させることがあった。

 

 一度目にそうなった時はまさか転移したのかと思ったが、どうやら、私が居るエリア……具体的な範囲は不明だけれども、そこに誰かが入ってくると、意識が覚醒するらしい。

 

 おそらくはゲームのプログラム的な事が原因なんだろう。

 

 ひょっとすれば、誰もエリア内に居ない時、私の存在はゲームに認識すらされていないものになっているんじゃないかと思い恐怖したが、少しすればそれすらもどうでもよくなった。

 

 

 私に近づくプレイヤーが居ると目覚める。

 そのほかにも、スキルで遠くから覗かれたりしたら意識が覚醒する事もあるかもしれない。

 

 

 そして私は今回も、どれ程時間が経ったかは分からないが、それを確認しようとも思わず、恐らく周囲に誰かいるのだろうなと結論付けてその場でぼうっと過ごす事にした。

 

 

 誰だか知らないが、そっとしておいてほしい物だ。

 いや恐らくは気まぐれか何かでモモンガさんが訪れたんだろうけど。

 あるいは別のギルドメンバーの人かな?

 

 まぁ、どうでもいいや。

 

 ご主人様だったら真っすぐにこの部屋、それか向かいのシャルティアの部屋に来るはずだし。

 

 

 

 思わず、「はぁ」とため息を…………つく…………??

 

 

 

 

 

 待て待て待て待て、なんでNPCである私がため息なんかつくことが出来るんだ?

 

 

 驚愕に顔が動くのを感じる。

 顔も動く!表情がある!息が出来る!

 

 これはまさか。

 

 

 私は、恐る恐る、自室の大きな鏡の前に立つ。

 そこには、綺麗なヴァンパイア娘の姿が。

 

 試しに、ニコリと微笑むと彼女もまた微笑んだ。

 あら可愛い。

 

 「あ、あ~、私はナザリック地下大墳墓、第一、第二、第三階層守護者、エレティカ=ブラッドフォールン……でありんす?いや、間違った廓言葉までわざわざ真似する必要もないよね……」

 

 声もちゃんと……おいおい今の美声私のかい?いやまぁそれはいいとして。

 うん、どうやら今回は本当の本当に転移後の世界のようだ。

 

 ……今頃はモモンガさんが「コンソールが出ない!GMコールも効かない!一体どういうことだ!?」とかやっている辺りかな……。

 

 たしかこの時はアルベドに呼ばれるハズだから……待ってればそのうちアルベドから連絡来るよね。

 

 ……拠点NPCじゃなくて傭兵NPCだからって理由で呼ばれなかったりしたらどうしよ。

 まぁそんときはそんときって事で……。

 

 とりあえずは、ようやく戻った自分の表情筋を確かめるようにぐにぐにと動かしていた。

 

「エレティカ?今いいかしら?」

 

 ……予想より全然早かったぞ。

 

「はい、どうぞ」

「失礼するわね」

 

 ふぉぉ、リアルアルベド様や……やっぱ綺麗だなぁ……っておっぱいデカッ!いや私が言えたことでもないけど……。

 

「……どうかした?私の部屋に来るなんて珍しいんじゃない?」

 

 どういう話し方をすればいいのか分からないのでとりあえずシャルティアをお手本にして、同じクラスの子と話すような感覚で話す。

 

 いや、待って。

 そういえば私ってアルベドの中で一体どういう存在なんだろう?

 

「そうね、率直に言いましょう。モモンガ様より、1時間後、第六階層の闘技場に、ヴィクティム、ガルガンチュアを除く全守護者は集結せよとのご命令よ。貴女も迅速に準備して、時間通りに来なさい。いいわね?」

「承ったわ、アルベド、知らせてくれてありがとう」

 

 アルベドの中での私の立ち位置は分からないけど、とりあえず階層守護者として認識はされているらしく、話し方にも特に問題はなかったようでホッとする。

 

「では私はこれで失礼するわ、また後で」

「ええ」

 

 こうして事務的な報告と伝令だけ伝え、アルベドは部屋を出て行った。

 うん……今後色々と話すこともあるだろうし、積極的に仲良くしていきたいところだけど……シャルティアの件もあるからなぁ……難しいところだ。

 

 ……さて、着替えないと……。

 

 

「(あの子とは守護者であるという事以外接点も無いし全然話したことないから緊張したわ……シャルティアよりはまともな感じといっていいのかしら?あれは……いや、まだ油断は出来ない。ああ見えてとんでもない性癖の持ち主とか……)」

 

 アルベドはアルベドで、部屋から出て少しすると、エレティカとのファーストコンタクトが割と上手く行った事にホッと胸をなで下ろしていた。

 彼女は元々”ペロロンチーノ様専属の従者”であり、自分の命令を聞くかどうかも不明な存在であったというのもあるが、設定上理解しただけであって、実際彼女と一度でも会話した記憶が無いのだから仕方ない。

 

 例えるなら一度も話したことはないけど名前だけは知ってるクラスメートを呼びに行く心境だ。

 

「シャルティア?居る?居るわよね?入るわよ?」

「ちょっ、待ちなんし!」

 

 ……だが不安だった一番の理由は、自分の中の知り得る知識が正しければ、シャルティアの姉であるからである。

 

 

 ――……50分後

 

 

「そろそろ、かな?……《異界門ゲート》オープン」

 

 時間より数分早く行くのは基本ですよね。

 とっくに着替え終わり、髪のセット(ほとんど必要はなかったが)も終わり、その他、軽いお化粧、香水、ネイルケア、と行くばかりになっていた私は、時計を見て50分経ったのを確認する。

 

 ユグドラシルの世界では一般的な移動手段である転移の魔法を使い、第六階層の闘技場へと門を繋いだ。

 

 いやぁ、これほんと便利よね。

 学校の登下校とかこれで出来たらいいのにとアニメ観てた当時思ったのは私だけじゃないはず。

 

 門をくぐり抜けて、第六階層に足を踏み入れる。

 

 見れば、どうやらまだ双子が炎の精霊と戦っている所だったようで、ちょうど私が来たと同時に、決着がついたようだ。

 

 空気中には、パラパラと火花が散っている。

 

 

「あれ?早かったじゃない」 

「ご命令だもの、指示された時間より早く来るのは当然というもの。でしょう?」

 

 

 可愛いなーこの双子ダークエルフ……ぶくぶく茶釜さんもほんといい仕事してるわ。

 今は何故か祭壇っぽいところでぷよんぷよんしてるけどね。

 

 ……ん?

 

「えっ……ぶくぶく茶釜……様……?」

 

 私は幻か何かかと思って目をこする。

 だがそこに居るのは紛れもなく、ピンクの肉棒のようなスライム。

 ぶくぶく茶釜様その人であった。

 

「あは、は……えっと……久しぶり、エレティカ」

 

 ……一体このデロデロした卑猥な形の肉塊にしか見えないスライムのどこからその萌えボイスが出ているのだろうか……って、そうじゃなくて!

 

 なんでぶくぶく茶釜様がここに!?

 辞めたんじゃなかったの!?

 

 

「お、おかえり、なさいませ……ぶくぶく茶釜様……よくぞお戻りに」

 

 ひとまず、疑問を口にするのはやめておいた。

 

 なんだか分からないけれど、多分、本来の……原作では居ないハズの私が居る事で、バタフライエフェクト的な作用が起こって、ぶくぶく茶釜様がこっちに来る事になったんだな。

 

 良かったね、アウラ、マーレ。

 

「ぶくぶく茶釜様!見てくださいましたか?私達の戦闘!」

「ぶくぶく茶釜様ぁ……!僕、その、頑張りましたぁ」

「ちょ、フフ……二人共甘えん坊なんだから……おいで」

 

 双子のダークエルフは私と少し会話を交わすと、ビュンッと風切り音が鳴りそうな程早く、生みの親であるぶくぶく茶釜に飛びついた。

 それに応えるぶくぶく茶釜も、語尾になるにつれて声が若干震えるのが分かった。

 

 これも演技だったら私ちょっと声優のファン辞めます。

 

 なんて思いつつ、感動的なシーンに思わず涙が流れそうになるのをグッとこらえる。

 

 見た目は完全にロリショタダークエルフを捕食するスライムだけど。

 

 

「モモンガ様、エレティカ=ブラッドフォールン、御身の君命に従い参りました」

「う、うむ……ちょっと……いつまでも私の影に隠れてないで出てきてくださいよ」

「いや、でもさ…………だってさ……」

「でも、もだっても無いでしょう!ほら、早く!!」

 

 ……ん?なんか様子おかしくない?

 

「後ろに誰か居るのですか?」

 

「あぁ、そうなんだが……このっ……いい加減に……!!」

「嫌だって!無理だって!だってもう何ヶ月ほったらかしにして……絶ッッッ対、怒ってるもん!!もう嫌われているまである!!!」

 

「それを確認するためにもまず隠れるのをやめろこのエロゲバードマン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「エロゲ……バードマン……?」

 

 「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 一瞬、思考が真っ白になる。

 

 その言葉の意味するところがわからなくて。

 

 しかし、ひょこっとモモンガ様の後ろから出てきた顔を見て、理解する。

 

 ほんの数刻であったか、それとも何秒、何十秒の間だったか、私は石のように静止したかと思うと、モモンガ様のその後ろに何故か隠れているその御方の元へ足を進める。

 

 

「そんな、まさか……」

 

 

 まさか。

 

 いや、そんなはずはない。

 

 だって、あの方は既にこの世界を去ってしまったはず。

 

 その悲しみを乗り越え、ここで頑張るという決意だって決めた。

 

 ここに居るはずがない。

 

 そう思いつつ、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 転移して初日、途方にくれていた私を雇ってくれた人。

 

 その後も私の育成を真剣に考え、今では人間種対抗として随一の強さを誇るまでに育て上げてくれた恩人。

 

 時々エロい発言もするけれど、NPCの私に対してもすごく優しくて。

 

 エロゲー脳で、変な衣装を着せたりもするけれど、色々な服を作ってくれて。

 

 時々私の前で独り言のように愚痴を垂れたりもするけれど、いつも前向きで……。

 

 この世界において、私の育ての親。

 

 

 私は、素早くモモンガ様の後ろに回り込み、その姿を確認する。

 

 

 そこには、もう帰ってこないと思っていた、あの人の姿が。

 

 

「ペロロンチーノ、様……?」

 

 ヤダ、あまりの寂しさに私は幻覚でも見ているのだろうか?それ程までに精神が参っていたなんて自分でも気付かなかった。

 

「や、やぁ……エレティカ、久しぶり……」

 

 なんて思っていたら目の前の幻覚が私の声に反応してくれた。

 

「ペロロンチーノ様ですか?本当に、本当に?」

 

 そんな、嘘だ。何で。

 

 

「えっと、うん、そう、本当に……ペロロンチーノ……本人だよ」

 

 

 私は、目の前で、苦笑いするような、バツの悪いような顔のバードマンの胸に、震える手でそっと抱きつく。

 羽毛布団のような柔らかな感触が肌を撫でる。

 あぁ、これは幻ではないんだ。

 

 

「どうして……?だって、もう、会えないと……思っていました……」

 

「……ごめん……」

 

「いえ、いいんです……こうしてまた会えたのですから……」

 

 

 胸にすがりつくようにする私をご主人様が慈しむように抱きしめる。

あの時は流せなかった涙が遅れて頬を伝い始める。

 

 

「でも……ごめん、本当にすまなかった……エレティカを、君たちを、置き去りにして……俺は……」

 

「……何も、言わないでください」

 

「いや、けど」

 

 

 

「今はただ……ここに……傍に居てください。もう、私を一人にしないで……」

 

「……!!……あぁ、約束する。もう、俺は……どこにも行ったりなんかしない。お前達を……エレティカを、離さない」

 

「ご主人様……」

 

「エレティカ……」

 

 

 

 嬉しい。嬉しい。これは私が見ている夢なのだろうか。

 夢なら覚めないで欲しいなんて使い古されたフレーズだけど、今は本当にそう思う。

 

 抱きついた私達は、しばらく見つめ合い、どちらからともなく、唇を近づけていく。その距離は段々と狭まっていき、最後は、0に……。

 

 

 

 

「ん゛ん゛っん゛ー!!」

 

「「!!!!」」

 

「二人共……悪いが今は緊急事態だ……”そういうの”は、後で、存、分、に……!!」

 

 

 気付けば、モモンガさん、ぶくぶく茶釜さんの全員が生暖か~~~い目でこちらを見ていたので、私達は、どちらからともなく、バッ!と飛び退くように離れ、私は恥ずかしさから、顔を真っ赤にしながら俯いた。

 

「す、すみません、なんか、感極まって……」

「もう会えないと思っていたので、つい……」

「気にするな。ただ今は非常事態だからな?邪魔するようで悪いとは思うが、そういうのは後で、二人だけの場所で、ひ、っ、そ、り、と、するように……な?はは……ははははは!!!」

 

「「は、はい」」

 

 

 要するに「俺の目に入らないところでやれや」という事ですね分かります。

 見れば双子の姉弟も「やれやれ」みたいな呆れ顔でこちらを見ていた。

 な、なんだよもう!お前らだってやってたじゃないか!

 

 

「おや、私は二番でありんすかえ?…………えっ、えっ、どういう状況でありんすのこれは?えっ、ぶくぶく茶釜様……えっ?ぺ、ぺぺぺ、ペロロンチーノ様ぁ!?」

 

 

 こうして訪れたシャルティアが「うおおん」と言いながら号泣してご主人様に抱きついてダメージを与えたり、それを引っペがしたりしている内に、各守護者が集結し、各々「おお!至高の御方が二人もお戻りになられた!」とかなんとか反応していた。

 

 (未だに顔が熱くてあまり周囲の事まで気が回せなかったのでこの辺はあやふやである)

 

 

「……では、皆?至高の御方々に、忠誠の儀を」

 

「第一、第二、第三階層守護者、エレティカ・ブラッドフォールン」

「同じく第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン」

「「御身の前に」」

 

「第五階層守護者、コキュートス、御身ノ前ニ」

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ」

「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」

「「御身の前に」」

 

「第七階層守護者、デミウルゴス、御身の前に」

 

「守護者統括、アルベド……御身の前に」

 

 

「第四階層守護者ガルガンチュア……及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を。我らの忠義全てを、御身に捧げます」

 

 

 うん……と……自分も流れるようにやっているからアレなんだけど、こうしてみると、壮観だなぁ……レベルカンストしている絶対的強者であるNPCが、それを上回る上位存在に対して膝を折り、頭を下げ、命令を待つ光景っていうのは。

 

 

「(ど、どうしましょうこれ……)」

「(ど、どうしましょうったって……ここはギルド長であるモモンガさんがビシィッと決めてくださいよ)」

「(うっ、し、仕方ないですね)」

 

 あの、すみません、聞こえてるんですがそれは……。

 

 

「……各階層守護者の皆、よく集まってくれた……感謝しよう」

「感謝なぞ勿体無い!我ら至高の御方々にこの身を捧げた者達……その御身からすれば、私達なぞ取るに足らない者でしょう。しかしながら、我らが造物主たる至高の御方々に恥じない働きを、誓います!」

「「誓います!!」」

 

 各々の声で闘技場がびりびりと振動するのを感じる。

 いや、自然にプレッシャーのようなものが出ているのだろうか。

 あるいは目の前の闇のオーラを発しているモモンガ様のせいか。

 

 確実に後者です本当にありがとうございました。

 

「……素晴らしいぞ!守護者達よ!お前たちならば、失態なく事を運べると強く確信した!!」

「おお……!」

 

「おお……!」

 

 いやご主人様まで「おお……!」って言っちゃダメでしょ!?

 

「(馬鹿っ……!!)」

 

 

「(いやペロロンチーノさんまで「おお……!」って言っちゃダメでしょう!?)」

「(すみません、つい)」

「(このっ、馬鹿! 後で覚えてな!)」

 

「……さ、さて、現在ナザリック地下大墳墓は、原因不明の事態に巻き込まれている。現在セバスに地表を捜索させている所だが……」

 

 

 そう言って目線を移すと、そこには既に地表の捜索から帰還したセバスの姿。

 そしてセバスが報告した内容には、信じられないものがあった。

 

「「……草原?」」

「そんな。ナザリック地下大墳墓の周りはグレンデラ沼地のはずじゃないの?」

「確認したところ、ナザリックを中心に半径1km以内は全て、ただの草原でございました。人型の生物、建築物、及びモンスターの類は、一切、確認できませんでした」

 

 これでもう確定だ。

 

 ここは、オーバーロード本編で言うところの、転移後の世界だ。私は人知れず、このあとの展開について頭の中の記憶を探っていく。もう最後に原作を見たのも何ヶ月……下手したら何年も前の話なので、覚えていない部分も多い。

 

 それ以前に、私の存在という差異があるため、正常に原作通りのルートに進むかどうかも怪しい……。

 

 まぁ、もろもろ全部を原作通りに進ませるつもりもないんだが……。

 

「ご苦労だったセバス、やはりナザリック全体が、どこか不明の地に転移してしまったのは間違いないようだな……守護者統括アルベド、並びに防衛戦責任者であるデミウルゴス」

「「はっ」」

「両者の責任のもとで、より完璧な情報共有システムを構築し、警護を厚くせよ!」

「「はっ!!」」

 

 うわぁ、実際に見ると結構すごいな。

 確かにこれは守護者のみんながモモンガ様万歳ってなるのも分かるわ。

 だってもう、ねぇ?

 見た目とか言動が本当に、死の支配者って感じするもの。

 

「マーレ、ナザリックの隠蔽は可能か?」

「ま、魔法という手段では難しいと思います、で、でも、例えば、壁に土をかけて、そこに草を生やしたりするなら……」

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと……?」

 

 ……ここは止めるべきだっただろうか?

 いや、流石に仕方ないよねこれは。

 

「アルベド、今は私がマーレと話している。余計な口出しをするな」

「ハッ、申し訳ございません」

「で、マーレ?壁に土をかけて隠すというのは可能なのかな?」

 

「は、はい!おゆ、お許し頂けるのでしたら……あ、でも……」

「ふむ、大地の盛り上がりが不自然か……セバス、近辺に丘のような場所はあったか?」 

「残念ながら、確認できておりません」

「であれば……周りにも土を盛って、ダミーを作った場合ならばどうだ?」

「それならば、さほど目立たなくなるかと」

 

 

 ……まぁよく考えたら近隣の国の人達からみてつい最近まで平坦だった草原のあちこちに突然丘が出来たら不思議に思いそうなものだけどね……今は黙っておこう。

 

 

「ふむ……では、そうだな……マーレは、ぶくぶく茶釜さんと共に、それらの作業に当たれ」

「ハッ!」

 

「二人からは何かありますか?」

 

「そうですね……俺のスキルを使えばより遠くの物まで視認する事が可能だ、なので、丘を作る際、一つ、目立たない程度で、出来るだけ高い丘を作って欲しい。そうすればより遠くを見渡すのが楽になる」

「か、かしこまりました!」

「俺からは以上でいいかな……」

 

「私は……これは今行おうとしている隠蔽作業が終わってからでいいんだけど、ナザリックそのもののダミーを、敢えて分かりやすい場所に作り、そこへ注意を向けるのはどうかな、と思ったんだけど……どうかな?セバス」

「もしご指示していただけるのでしたら、マーレ様の隠蔽作業が終わり次第、直ぐにでも配下の者を集め、建造に取り掛からせて頂きます」

「うん、じゃあそれに取り掛かる人員について後ほどまた打ち合わせをしましょう、私も今のところはこれだけで」

 

 

 アレ?こんな事あったっけ……?いや、そうか……ご主人様は元からこういう、接近する敵を事前に補足する役割だったから、そういった事前に敵を察知するための事に関しての関心が高く、ぶくぶく茶釜様はヘイト稼ぎや防御に長けた盾担当だから、防衛面についての関心が高いという事かな。

 

 

「では、最後に、私から各階層守護者に聞いておきたいことがある……まずはシャルティア、お前にとって私は一体どのような人物だ」

 

「美の結晶!正にこの世界で最も美しい存在であり、私の創造主であるペロロンチーノ様とも深い絆を持つお方でありんす」

 

「では、エレティカ」

 

 

 えっと……?ここで私は彼に対して忠誠を誓ってもいいものなのだろうか?

 一応雇っているのはペロロンチーノ、ご主人様だけだしなあ……。

 でもまあ、ここは波風立てず、穏便に済ませますか。

 

 

「我が主であるペロロンチーノ様と同等の力を持つ……死をも超越した支配者、妹を含む各階層守護者が至高の御方と呼ぶ存在の頂点に君臨する御方であると認識しております」

 

「(……待てよ? エレティカは拠点NPCではないはずだよな?……にも関わらず。こうして言うことを聞いてくれるのは、俺への忠義というよりは、ペロロンチーノさんの友人である事から発生する俺への忠義、といった感じなのだろうか? ……それに加え、実際にはそう設定されてはいないはずのシャルティアを「妹」と言った……俺たちが設定に書き込む事の無かった口先だけの設定も反映されている……という事なのだろうか)」

 

 

 続いて他の守護者達も同じようにモモンガへの本心を口にしていく。

 そのほとんどが「偉大なる御方」「慈悲深き御方」「まさに頂点に君臨するに相応しい」「絶対なる支配者」等のこれでもかという程の強い忠誠心が現れていた。

 

 

「……そして、私の愛しい御方ですっ!」

 

 あ、やっぱりアルベドは『モモンガを愛している』と書き換えられたのね。

 モモンガさんェ……。

 

「うっ!?うむ、そうか……あぁ、言い忘れていた……と言ってももうお前たちの目の前に居るのだから、既にわかっているとは思うが……私の同胞であるペロロンチーノさんと、ぶくぶく茶釜さんがナザリックに帰還した。この件についてはまた後日、他の下僕も集めて改めて発表する。……私からは以上だ、二人からは他に何かありますか?」

 

「……エレティカとシャルティアには後で言わなければならない事がある……後で俺の部屋まで来てくれ」

「「ハッ」」

 

「あっ……私も、マーレとアウラはこのあとの作業で一緒になるけれど、その時に言うべき事があるの、あぁ、でもマーレは作業があるから……そうね、アウラもマーレと共に行動しなさい、後で表層に私が向かいます」

「ハッ」

「わ、わかり、ました」

 

 うん……?何かあったっけかな……?早速原作にないイベントの発生かな?

 

「……では、今後とも忠義に励め!」

「「はっ!」」

 

 そう言うと、モモンガ様、ご主人様、ぶくぶく茶釜様の姿がかき消える。

 

 

 

 こうして、転移後初めての守護者が全員集結する会議は終わりを告げた。

 

 

 

 ……今頃、「あいつら、マジだ……!!(ビコーン×3)」とかやってるのかな?



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階層守護者の話し合い

 至高の御方々と呼ばれる3名が転移で立ち去ってから何秒そうしていただろうか。 

 ようやく重圧から解放され、ホッと一息ついた面々が立ち上がる。

 

「モ、モモンガ様、すごく怖かったね、お姉ちゃん」

「ホント、押しつぶされるかと思った」

 

 実際、スキルでオーラまで出して大物っぽさを演出して、スキルの効果でかなりの圧をかけていたのだから、当然といえば当然であるが、彼らにとってしてみれば、そもそも彼らにそれ程の圧力を感じさせる事が出来る存在が至高の存在以外にそうは居ない為、この反応も当然のことと言えた。

 

「マサカ、コレホドマデトハ……」

 フシュー、と大気すら凍るような冷気を吐き出しながらそう言う、守護者の一人。

 

 

 第五階層守護者、コキュートス。

 

 

 凍河の支配者の異名を持ち、カマキリとアリを融合させたような直立歩行するライトブルーの2.5mの巨大な蟲で、背中には氷柱のような鋭いスパイクが無数に飛び出しており、常に冷気を漂わせている。

 守護者の中では、装備した武器を扱った攻撃力はナザリックで随一と言う強さを誇る、武人である。

 

「あれが、支配者としての器をお見せになったモモンガ様なのね……」

 

 そう言いながら、手を祈るような形で組んで、恍惚な表情でモモンガが居た場所をほうっと眺めている一人の女性。

 

 

 守護者統括アルベド。

 

 

 慈悲深き純白の悪魔という異名を持つ小悪魔サキュバスであり、ナザリック全NPCの頂点に立つ存在である。

 外見は、純白のドレスと、それとは対照的な黒い羽、頭から突き出した山羊のような角と言った特徴があり、羽根と角が無ければ、人間の麗しい美女と変わらない。

 だが実力はその見た目に似合わず、守護者の中でも序列4位、防御最強の名を持つ圧倒的な防御力があり、数ある魔法の中でも最高峰の、超位魔法を三回耐えられるという、王の盾に相応しい実力を持っている。

 

 また、元々は「ちなみにビッチである」という設定だったが、モモンガとペロロンチーノ、そしてぶくぶく茶釜等の「最後だし良いよね」と茶目っ気が、彼女の設定を「モモンガを愛している」に書き換えてしまったが、本人がそれに気づいているのかどうかは明らかではない。

 

 

「ペロロンチーノ様……」

「ぶくぶく茶釜様……」

 

「うああああ~~~ん!!! もう、もう会えないがどおぼっで……ぐすっ」

「うう、まさかまたこうして会えるなんて……」

 

 シャルティアと、マーレ、アウラが、この地に戻って来た自分の創造者の存在を思い出したのか、スイッチが切り替わったかのように涙を流し始める。

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 

 第一〜第三階層の守護者であり、鮮血の戦乙女という異名を持つトゥルーヴァンパイアの少女。

 長い銀色の髪を片方に集め、白蠟地味た白さを持つ肌、真紅の血液のような色の瞳で、服装は漆黒のボールガウンで、スカート部分は大きく膨らんでかなりのボリューム感がある。

 守護者の中でも序列1位という実力者で、総合力最強という、他の守護者から見ても頭一つ分他の守護者よりもステータスの高い存在となっている。

 と、性能だけ見れば非常に優秀な守護者であるのだが、まず性癖が「死体愛好家」、「サド」「マゾ」「ロリビッチ」と、エロゲにありがちな性癖をこれでもかと詰め込まれており、しかも「両刀持ち(男女どっちでもイケる)」という、いわゆるトラブルメーカー(問題児)だ。

 ”まだ”これといった問題は起こしていないが。

 

 

 アウラ・ベラ・フィオーラ。

 

 

 負けん気あふれる名調教師という異名を持つ第六階層の守護者であり、薄黒い肌を持つダークエルフであり、耳は長く尖ってやや上向きで、瞳は緑と青のオッドアイだ。

 装備は、上下に革鎧を装備し、さらに赤黒い竜王鱗を使ったぴっちりした軽装鎧をまとい、その上から白地に金糸の入ったベストと長ズボンと言った、男装姿をしたダークエルフの少女(76歳)。

 強さは、ビーストテイマーとレンジャーのクラスを収めており、彼女自身の戦闘能力は低いが、使役する、最高レベル80、支援スキルにより実質90レベルの魔獣100体以上による数の暴力により、約1名除き、他の守護者を圧倒出来る他、バフやデバフの効果を持つ吐息、それを射撃のスキルと組み合わせる事で遠くの敵を狙ったデバフ攻撃をする事も出来る。

 100体以上の魔獣を従え、自分は相手を弱らせることも出来るという凶悪な構成だが、上記シャルティアやアルベド等、色物だらけのナザリックNPCの中で数える程しかいない常識人の一人でもある。

 

 

 そして、アウラの双子の弟であるマーレ・ベロ・フィオーレ。

 

 

 頼りない大自然の使者という異名を持ち、姉と同様、第六階層の守護者。

 彼もまた、種族はダークエルフであり、肌は薄黒い。

 金髪のおかっぱ頭で、耳は長く尖ってやや下向き、瞳は緑と青のオッドアイでアウラとは逆となっている。

 藍色の竜王鱗を使った肌に密着した胴鎧と、その上から白地に金糸の入ったベストとスカート。

 更に、白色のストッキングを履いているという典型的な男の”娘”である。

 一見弱そうに見られがちな彼であるが、その強さはというと、ドルイドのクラスを修めており、支援魔法や広範囲殲滅魔法等に長けていたり、実はかなりの豪腕の持ち主で、身の丈以上もある杖、「シャドウ・オブ・ユグドラシル」を使って相手を撲殺したりと、階層守護者の序列3位という実力者である。

 

 

 ちなみに、今回ナザリックに帰還した至高の御方の一人であるぶくぶく茶釜は、この双子の製作者、つまり、生みの親である。

 

 

「ですね……」

 

 

 そして、それを知っており、自分も同じ状況になったら涙を禁じ得ないだろうと思い、今はそっとしておこうと決めた、赤いスーツ姿の悪魔。

 

 

 第七階層守護者、デミウルゴス。

 

 

 炎獄の造物主という異名を持つ、第七階層の守護者であり、髪型は黒髪のオールバックで、肌は日焼けしたような色をしており、丸い眼鏡をかけ、ストライプが入った赤色のスーツを着用し、銀のプレートで包まれた尻尾が無ければ、敏腕ビジネスマンか、弁護士を彷彿とさせる格好の悪魔である。

 防衛時におけるNPC指揮官という設定を与えられたNPCであり、インテリめいた見た目に相応しく、ナザリックの中でも最高峰の頭脳と叡智を誇る存在である。

 

 

 デミウルゴスを含め、今回自分の創造主が帰還されなかった者達も、シャルティア、アウラ、マーレが守護者としてあるまじき姿を晒して泣いているが、それを止めようとは思わない。

 自分が同じ立場であれば、と考えると人のことは言えない。

 そう思い、今はそっとしておこうと考えたのである。

 

 決してこれらの収拾をつけるのが面倒だったとか、そういうことではない。

 

「……では私、先に戻ります。ペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様のご予定は伺っておりますから問題無いとして……モモンガ様はどこに行かれたのか不明、しかしお傍に仕えるべきでしょうし」

 

 私がシャルティアの背中を撫でながら、双子の涙を拭き取ったりしてようやく落ち着いてきた時に、頃合を見てそう一人の執事が言った。

 

 

 守護者と同等の立場を持つ、戦闘メイドプレアデスのリーダー、セバス・チャン。

 

 一般的な執事服を身に纏い、綺麗に整えられた白髪、白髭のナイスミドル。

 顔は彫りが深く、白人のような顔つきで、目つきは肉食の猛禽類を思わせる鋭さを持つ。

 一目では人間とそう大差無いが、種族はれっきとした竜人であり、竜人としての真の姿を発揮すると、ある一部のNPCを除き、肉弾戦では随一の強さを持つ。

 性格はというと、カルマ値が全体的に極悪に偏っているナザリック勢の中でも、珍しく善寄りで、かつて彼を作ったたっち・みーによる「困っている人が居たら助けるのは当たり前」を初めとした考え方に深く共感しているといった特徴がある。

 

 

「そうね……セバス、何かあった場合はすぐに私に報告を。特にモモンガ様が私をお呼びという場合、即座に駆けつけます! 他の何を放っても!! ……ただ寝室にお呼びという場合は、それとなくモモンガ様に時間が掛かると伝えなさい? 湯浴み等の準備が……もちろんそのままでいいというなら」

 

「了解しました、では、守護者の皆様も、これで」

 

 主人の元へ行く事を優先したのか、あるいはこれ以上長く続く話を律儀に聞く必要は無いと思ったのか、セバスは早々に切り上げると、礼をして一人この場を後にした。

 アルベドは若干不満そうであったが、セバスであれば問題無いだろうと思っているのか、別段何を言うわけでもない。

 

 さて、では話し合いを……と周囲に目を向けたデミウルゴスとコキュートスが、シャルティアが未だに頭を垂れて忠誠の儀を行った体制のままでいることに気付く。

 

「ドウシタ、シャルティア」

「うん? エレティカ、シャルティアはどうかしたのかね?」

 

 今まで涼しい顔だったエレティカの笑みが引き攣る。

 

 

 しまった、忘れてた。

 

 

「あ~~~……え~っと……気にしないで、これは……」

「あの、凄まじい気配を受けた時……非常にゾクゾクしてしまって……下着がすこうし”マズイ事”になってありんすの……」

 

 エレティカが咄嗟にフォローしようとしたが間に合わず……デミウルゴスは聞いた事を大いに後悔した。

 

「この、ビッチ!!」

「……っはぁ~!? モモンガ様からあれ程の力の波動……ご褒美…を頂いたのよ!? それで濡りんせん方が頭がおかしいわ大口ゴリラ!!」

 

 あの、それだと私も頭がおかしいってことになっちゃうんですがそれは……とエレティカは思ったがそうは口に出さず、やれやれと呆れた表情でそれを見守る。

 

「ヤツメウナギ!!」

「私のお姿は至高の御方……ペロロンチーノ様に作って頂けた姿でありんすえ!!」

「それはこっちも同じことだと思うけどお!!?」

 

 闘技場が、二人の異常な程の闘気で満たされていく。

 もし、仮に、だが……ここにレベル10に満たない一般人を放り込んだら。

 多分失禁とか気絶では済まないだろう。

 永遠に廃人になるのも覚悟しなければならない。

 

 その間に入って彼女らの仲裁をするとなると、守護者の面々でもなかなか難しい。

 ……というか、正直面倒である。

 

「……あ~……アウラ、女性同士のことは、同じ女性に任せるよ」

「ちょっデミウルゴス!! 私に押し付ける気ぃ!?」

「全ク、喧嘩スル程ノ事ナノカ……」

「コキュートスまで!!」

 

 急に振られた面倒な役に辟易するアウラ。

 ……が、その場にもう一人残った女性に目をつけて、アウラの目が妖しく光る。

 

「エ、エレティカ~! お願~い! 手伝って!」

 

 エレティカがアウラの方向に目を向ければ、可愛らしく、「お願いお願い」と手を組んで愛らしいポーズのアウラ。

 シャルティアと違い両刀持ちでもなければ、かと言ってアウラに特別な感情を覚えるわけでもないエレティカであったが、それを見てしまうとなんだか断るのもなんだなぁと思ってしまう。

 

 

 「(パパァ~これ買って? とか女子高生にねだられるオジサンって、こういう気分なのかも)……仕方ないわね……シャルティア!! アルベド!! じゃれつくのもその辺にしておきなさい!」

 

 

 エレティカ・ブラッドフォールン。

 

 

 拠点NPCではなく、ペロロンチーノが設定を変更できないので、形式上という形ではあるが、第一~第三階層の守護者であり、シャルティアの姉……という設定を持たされ、かつての大侵攻の後に、その戦績から、屍山血河の戦乙女という異名がついたトゥルーヴァンパイアの娘。

 出会った初期と違い、シャルティアと似せたデザインのポールガウンで、スカートの部分も同じく大きく膨らみ、ボリューム感がある。

 彼女との違いは、髪が上下に銀色と赤色で分かれたプリンカラーであるという事と、目が黄金色のトパーズを思わせる形で、目つきも若干鋭く、シャルティアのつけているヘッドドレスはつけておらず、リボンで髪を結うだけに留めているという違いがある。

 

 守護者の中で、序列二位にある、「殲滅戦において最強」を誇る存在である。

 

 

 実はその正体は過去、あるいは全く別の世界からの転生者だとは、本人以外の誰も知り得ない。

 

 

 「「……じゃ、じゃれつく??」」

 

 

 突如として横槍を入れてきたエレティカの一言で、二人はキョトンとした顔になり、一気に怒気が霧散する。

 その隙に、エレティカが「そこに正座!」とでも言いそうな、怒涛の勢いで鎮めに掛かる。

 

 「……シャルティア!! 一体何故そうまで堂々と「下着を濡らしてしまいました」なんて言えるの!? 品が無いとは思わないの!?」

 「はっ、はい、申し訳無いでありんす、姉上……」

 

 ぽかんと口を開けて呆気に取られているアウラの目に、怒気を孕んだ姉の叱責に、シャルティアがシュンと小さくなる幻視が見える。

 逆にシャルティアは、自分の姉が巨大化しているかのような幻視に陥っていた。

 無論これはスキルによるものではなく、単純にシャルティアが精神的に萎縮しているに他ならない。

 

 「アルベドも!! 仲が良いのは分かるけど、この非常事態にいちいちシャルティアにちょっかいを出さない!! ……そんな姿をモモンガ様に見られたら、「余裕がない女」だと思われるわよ!」

 「ッ!!? よ、余裕がない女……!!」

 

 ぐうの音も出ないとはこの事である。

 アルベドはしばらく「余裕がない女……余裕がない……」とブツブツ言い始めたかと思うと、羽根をブルブルと震わせ始めた。

 

 思い当たる節があったのだろう。

 

 

 「分かったら、ほら、アルベドは私達に指示を出さないと。話が進まないでしょう?」

 「そ、そうね、そうだったわ」

 

 

 言外に、「ちゃんとしろ」と言われたような気がして、アルベドは無意識に姿勢を正し、一つ咳払いをする。

 見ればシャルティアも立ち直って冷や汗を流しつつも凛とした表情である。

 こうして、問題児二人を難なくいなして喧嘩を止めてしまったエレティカ。

 そんな様子を、アウラが目を丸くしながら見ていた。 

 

 「凄い、一瞬であの問題児二人を沈静化させちゃったよ」

 

 あまり期待していなかった分驚きも一層大きい。

 同じく、遠くに避難していた男性陣も、この光景を見て少し目を見開いていた。

 

 実を言うと、彼らはエレティカ=ブラッドフォールンがどう言う人物なのか、全く知らなかったのである。

 

 アルベドが、宝物殿の守護者であるパンドラズ・アクターを名前と財政面の責任者である事、そしてモモンガが創造した者であると言う事以外何も知らなかったのと同様。

 

 エレティカの事は、拠点を守る者では無く、ペロロンチーノ様の傭兵としてナザリックに所属し、経験を積んだ後、今では妹であるシャルティアと同様の、第一、第二、第三階層守護者を担っている、と言う事。

 それだけの情報しか知りえなかったのだ。

 

 何せエレティカは設定上は記憶を失って彷徨っていただけのヴァンパイアに過ぎないのだから。

 

 そんな彼女にNPCとの接点を持たせる事の方が困難である。

 

 せいぜい、シャルティアの設定に「姉妹間の仲は悪くない」と一文書く程度が精一杯であった。

 

 

 以上の事から、各守護者はエレティカという人物を測りかねていたが、第一印象はかなり良い方に捉えれたようだ。

 

 

 「(……これからあの二人が喧嘩を始めたらエレティカに任せるとしますか)」

 「や、やっぱり、エレティカはすごいなぁ……さっきも、ぺ、ペロロンチーノ様と……抱き、抱き合ってたし……ぼ、僕もああいう風にしっかりしないと……」

 

 「抱き合ってた」という言葉に、敏感に反応したデミウルゴスが、彼の本来のスピードをはるかに超える勢いで、ギュルッ!とマーレの方へ顔を向け、その両肩を勢いよく掴んだ。

 

 「そ、それは本当かいマーレ!?」

 「ひゃひぃっ!? え、ええと、はい、ここでエレティカとペロロンチーノ様が、再会した時に、だだだ、抱き合っていました!! なんというか、感動の再会、みたいな感じでっ!! こう、ぎゅっと!」

 

 マーレは突然驚愕の表情で自分に詰め寄ってくるデミウルゴスに驚きつつ、先ほど見た、感動の再会を果たすエレティカとペロロンチーノの一幕を身振り手振りを加えて懸命に伝える。

 

 ちなみにマーレはマーレでぶくぶく茶釜と抱擁(?)していたのをデミウルゴスは知らない。

 

 「(これは良い事を聞いた!)至高の御方のご子息様の誕生する日も近いかもしれませんね……!」

 

 デミウルゴスは、これ以上ない程、上機嫌に口角を釣り上げ、至高の御方の一人であるペロロンチーノと、その配下であるエレティカ=ブラッドフォールンとの御子に思いを馳せた。

 またいつ『りある』という場所に旅立ってしまうかもわからない至高の御方には、戦力の増強という意味でも、旅立ってしまった後も自分達が忠義を捧げるべき後継者、子孫の存在を求めていたのである。

 

 それをとなりで聞いていたコキュートスは既に「オオ、オオオオオ!!ソレハ、素晴ラシイナ!アアア……爺ト呼ンデ下サルカ……!!デハコノ爺ガ、肩車ナゾヲ……!!」とトリップしており、誰かが声をかけなければ永遠にその世界から帰ってきそうにない。

 

 

 「デミウルゴス? マーレ? いつまで話しているの? これからの計画について話すわよ?」

 「おっと、すまないアルベド、今行くよ……マーレ、この件は後日じっくりと話そう」

 「え、は、はい」

 「……それと……コキュートス! 素晴らしい光景を見ているところすまないが戻ってきてくれたまえ!」

 「オオ……アレハ良イ光景ダッタ……素晴ラシイ光景ダ」

 

 女性陣は、若干様子がおかしい男性陣に首をかしげるものの、真意に気付いたものは居らず、「まぁそれよりも今は計画について話さないと」と意識を切り替えていた。

 

 

 「では、これからの計画を……まず、アウラとマーレは先程の命令に従い、直ぐにでも件の作業に取り掛かりなさい」

 「は、はい、分かりました」

 「了解~」

 

 こうして迅速に、次々と指示が下されていく。

 が、今は一応現状の確認をするまでは警戒レベルを最大まで引き上げるのと、それに加えて、モモンガ様からマーレへ下されたナザリックの隠蔽工作と、至高の御方であるペロロンチーノとぶくぶく茶釜様からのご命令。

 

 この二点について再確認を行うという形である。

 

 「シャルティアとエレティカはペロロンチーノ様のお部屋へ」

 「分かったわ」

 「承知したでありんす」

 

 意外にも、ここに嫉妬とか怒りという感情は入っていなかった。

 どうやら本当に『モモンガを愛している』、いや、モモンガだけ…を愛しているのだろう。

 エレティカは人知れず、『ギルメンを愛している』とか書かれていなかった事に深い安堵を覚えていた。

 

 「デミウルゴスとコキュートスは自分が担当する階層で、警戒レベルを最大まで引き上げての警戒態勢に入りなさい、そして、これは全員に言える事だけど、何か異常事態が発生した場合は即座に報告すること。いいわね?」

 

 「(……ほんと、モモンガ様さえ絡まなければ有能なんだけどなぁ……)」

 

 「了解シタ」

 「承りました」

 

 

 「では各員、行動に移りましょう」

 

 こうして話し合いは手短に済まされ、それぞれがそれぞれの命令に従って動き始めた。 

 

 



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父親と娘二人

 階層守護者各員による話し合いから数時間が経過。

 

 ――――ナザリック地下大墳墓、第九階層「ロイヤルスイート」の一角。

 

 第九階層はギルドメンバーの住居としてギルドメンバーの私室やNPCの部屋だけではなく、客間、応接室、ギルドメンバーのログイン地点兼ホームポイントの円卓の間、執務室等で構成されており、他にも大浴場や食堂、美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン等々多種多様な施設がある。

 これらはユグドラシル時代、何の意味もない飾り……雰囲気作りの為の物であったが、転移後の世界では全て、設定通りに稼働している。

 ちなみに全てタダで利用できる。

 

 そして、そんな第九階層で、各メンバーの私室までの廊下を、双子のヴァンパイア姉妹が歩いていた。

 

「(うわああああああああああああ!!! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!!)」

 

 そして、その双子の姉の方、エレティカは今、涼しい顔をしながら内心羞恥に悶えるという器用な事をしていた。

 

 

『もう、会えないかと思っていました……ご主人様……』

『いいんです……こうしてまた会えたのですから……』

『今はただ……ここに……傍に居てください。もう、私を一人にしないで下さい……』

 

 「(何故!! 何故あんなことを言ってしまったんだろう!! あれではただのこ、こここ、告白をしているようなものじゃない!! うああああああ!!!)」

 

 

 最初、それこそ彼女がユグドラシルのNPCとして転生し、その後彼に拾われた直後は、彼に対してはこれといった感情は持ち合わせておらず、ただ単純に、「シャルティアの生みの親と会っちゃった~!」というミーハーっぽい感想しかなかった。

 

 が、育成を手伝ってもらう……というか「育ててもらった」という言い方の方が正しい、その期間のうちに、彼の存在は、彼女の中で段々と大きくなっていった。

 

 最終的に、本来の親である両親と代わる、心の拠り所となるぐらいには。

 

 え?もしかしてペロロンチーノのことが好きなのかって?

 正直そういうのは良く分かりません。

 でも、人間だった頃ならバードマンなんて絶対に恋愛対象じゃなかったハズですが、今ではあの硬くて鋭い嘴が、大きな翼が、艶々した羽根が、若干魅力的に見えてしまうのも確かです。

 

 これも傭兵として雇われ、頭がご主人として認識しているから?

 

 

 ……そう、そうに決まっている。

 

 そりゃそうだよ、だって雇われた頃から何故か心の中でまでご主人様呼びが定着しちゃっているもの!!

 

 だからこの、何?

 この意思は……私とは関係ない!ないったらない!

 

 勘違いしないでよね!エロゲバードマンの事なんか全然好きじゃないんだからね!

 

 

「あの、あ、姉上……」

「ん?どうしたのシャルティア?」

 

 

 と、そんな事を考えていると、私の後ろを着いて来ていたシャルティアがおずおずと声を掛けてきた。

 いつになく弱々しく、覇気のない声。

 

 

「姉上は、その、知っているでありんすか?……至高の御方々が行ってしまわれた……『りある』という場所について」

 

 

 スイッチを切り替えるように、思考を切りかえる。

 …………ふむ、どう答えたものか。

 少なくともここは私に知りえない情報は言わないほうがいいだろうと判断し、適当に誤魔化す。

 

 

「残念だけど、私も良くは知らない……私は確かに、貴女たちのように拠点を守護する存在ではなく、ペロロンチーノ様に付いて行き、外に出る事があったけれど、それでも、『りある』という場所については結局詳しく教えてくれた事はなかったわ」

「そう、でありんすか……」

 

 シャルティアは、どこか残念そうな、しかしホッとしたような顔でそう言った。

 私は、未だに不安そうにしているシャルティアの頭を胸に抱えるように抱き、そのまま彼女の頭を優しく撫でた。

 

「……大丈夫、必要だったら私達にも話してくださるわよ。今はその必要がないだけ。私達はあのお方に忠義を尽くし、その為に生きている。今はそれでいいの」

「……でも……」

 

 私が全てを話すわけにはいかないとは分かっていても、私の知る限り、強気でかなりの自信家、プライドが高く、我が道を行く感じのシャルティアの、こういった弱々しい態度を見せられると、心に来るものがある。

 

「……大丈夫よ、きっと。だから行きましょう?ペロロンチーノ様が待ってるわ」

「はい……」

 

 私はシャルティアの返事を聞き、抱きしめていた彼女の頭を離し、くるりと踵を返す。

 そのまま、ご主人様の私室へと向かった。

 

 離した際、「あっ……」と何やら残念そうな声が聞こえた気がするが、私はそれに気づくことなく、歩みを進めていくのだった。

 

 

 

 そういえば、ご主人様はなんの用で私達を呼んだのだろう?

 ……ま、まさか、姉妹丼的な……いや、まさか、この非常事態だし……いやでも……。

 

 

 

 

 ――――同時刻、ペロロンチーノの私室

 

 

 

「はぁ……」

 

 彼は、先ほどまでの事が夢であるかのような、ふわふわした気分の中、段々と現実味の増していくこの状況に慣れ始める事で思考が正常に動作し始め、今までの事を思い出していた。

 

 時は、つい数時間前。

 

 旧友であるモモンガから、ユグドラシルのサービス終了の知らせと、最後の日ぐらい、皆で集まらないか、という誘い。

 

 そうして久々にユグドラシルにログインした時は、軽い気持ちだった。

 

 久しぶりですねモモンガさん、とか、久々に来たけどやっぱり変わってないなぁとか、そういうのも全部モモンガさんが守ってくれたんですねとか、そういったやりとりがあって、それで、もし機会があったら、別のゲームでまた会いましょうとか、そうしたらメールを下さいとか、そういう話をして。

 

 それから、ゲームが終了したかと思えば……この有様である。

 

 そもそもの話、まさかアインズ・ウール・ゴウンがモモンガ一人になっているだなんて思っていなかったし、一人でずっとこの場所を守ってきて、あの時の言葉通り、ずっと自分を待っていてくれていただなんて思っておらず、申し訳なさ、罪悪感、それらで胸が抉られるような思いであった。

 

 ヘロヘロさんが明日も仕事だからとログアウトした時に自分もと言えなかったのはそういった罪悪感からだ。

 

 そこに来て、一体誰が久々にオンラインゲームにログインしたらその世界が出られなくなるだなんて思うだろうか。

 

 いや、周囲は毒の沼ではなく草原が広がっているという話だったか。

 この場合出られなくなったというより、また別の場所に連れて行かれたみたいな感じだろうか。

 

 この身体もそうだ。

 これはユグドラシルでプレイしていたペロロンチーノという自分のアバターでしかないハズ、だが今は、この腕も、足も、目も頭も、翼も嘴も、すべて自分の物として認識し、初めは身長差や嘴の存在に慣れなかったものの、今では順応しつつある。

 

 それ自体は彼にとってそこまで問題ではなかった。

 

 エロゲ以外、何か楽しい事がある訳でもなし、肉親である両親はすでに亡くなっていたし、もう一人の肉親である姉は……まぁ肉親っていうか肉棒ではあるけど、そこにいるのだから問題はない。

 それに加えて、彼女とか、仲がいい友人とか、そういうものがいた訳でもない。

 

 体についても……うん、別段問題があるどころか、以前の脆弱な人間の身体からは考えられない程高スペックな物になっている。

 

 友人であるモモンガはアレが無くなっている事を少し嘆いていたようだったが、自分には元より立派なアレが……いや、でもまぁ相手がいないし、今はそういう気分じゃないから、意味があるかどうかと言われると微妙なところではある。

 

 ただ唯一言えるのは、本物の鳥みたいに全部同じ穴とかじゃなくて良かっ……ってなんの話をしているんだ、そういう事じゃなくて。

 

 

 

 

 ここに来た事、リアルに戻れなくなった事、この身体になった事、それ自体はむしろ少し嬉しいとすら思った。

 

 モモンガさんとは……既に色々と話し合っているし、今更謝罪は不要だと、分かっている。

 今この状況で彼に対しての謝罪は、侮辱だ。

 彼はたった一人でこのギルド……アインズ・ウール・ゴウンを守ってきた。

 「一人で守らせてしまってごめん」とか「辞めてしまってごめん」じゃないだろう。

 

 だから、モモンガさんを一人にしてしまった事に関しては、俺は今後の態度で返していかなければならない……そう考えている。

 

 

 ここまで考えているのにこうも頭を悩ませているのは、先ほどのエレティカとシャルティアの件である。

 

 シャルティアは、俺が手塩に掛けて作り上げ、性癖をこれでもかと詰め込んだ愛娘であるし、エレティカは、ある種運命的な出会いを果たし、育成の為に一緒に冒険をした、愛しい存在である。

 

 けれど、リアルの事を優先し、ゲームを辞めた後、ずっと、ずっとずっとずっと自分の事を待っていたと知って、シャルティアに痛いぐらいの抱き着きをされながら号泣されて、エレティカにはしくしくと泣かれながら「もうどこにも行かないで」と悲痛な願いを投げかけられた。

 

 これでなんとも思わない程、俺は残忍な人間ではない。

 

 加えてエレティカの、あのセリフが頭の中で繰り返される。

 

 

『もう、会えないかと思っていました……』

「うぐっ……」

『もう、私を一人にしないで下さい……』

「うごおっ!!……ぬっ……ぐっ!……くっ……!!!」

 

 

 その度に、俺の中にある良心が人生で最大音量の警鐘を鳴らす。

 既に彼は蹲って奥歯を噛み締めるようにしながらベッドに蹲る。

 予めペロロンチーノについていたメイドは部屋の外で待機しているが、もしこれを見ていたら今頃大騒ぎになっていただろう。

 ベッドで自分達の忠義を尽くすべき絶対的存在が蹲って唸り声をあげながら苦しんでいるのだから。

 

 それから少し経って、唸り声が止む。

 

 

「……やっぱ、謝んないと、な」

 

 

 謝罪。

 これが俺の選んだ選択肢。

 だからこそ、俺は彼女達を自室に呼び、話し合い、誠心誠意謝罪する機会を設けた。

 

 本来なら「散々放って置いたくせに」とか「お前を親だとは認めない」とか言われても仕方のない事だと思っているし、長い間会わなくて、突然再会したからああしてくれたけれど、心のどこかでは怒っているのでは?いや怒っていて当たり前だと思っていた。

 

 けどこればっかりは、謝罪は必要だろう。

 なんせモモンガと違い、彼女らはゲームが終わってしまったらそれまでだった可能性があるのだから。

 本来はもう二度と会えない筈だったし、そうなる予定だった。

 

 

 だというのに、俺はゲームが終了する最後の日、彼女らに会おうともしなかった。

 

 

 転移すれば時間はあったはずだ。

 モモンガさんと話している時間があるなら、彼女を最後、一目見ておくとか、最後に一枚スクリーンショットを撮るとか、最後にシャルティアの設定に、数時間後にゲームが終わったとしても大丈夫なように、「その後もナザリックで永遠に幸せに暮らした」とか書いておく事も可能。

 

 だけどそれをしなかった。

 

 彼女らはゲームが終わった後、誰からの記憶からも失われ、本当の意味で死ぬところだったのだ。

 

 こうして自分が転移していなければ、永遠にこのナザリックで俺を待っていたことだろう。

 

 

 NPCだから彼女達を軽視していたわけではない、それだけは断じて違うと言える。

 

 だけどもこうなったのは一重に俺が長い間ナザリックから、ユグドラシルから離れていたから、それで……そこまで考えが及ばなかった。

 

 これは、もう、どう考えたって、言い訳のしようもなく、120%俺が悪い。

 

 

「……うん、誠心誠意、謝ろう。許してくれるとも思わないけど」

 

 

 そう決意し、ベッドから起き上がり、頰(ほとんど嘴に当たる部分)を軽く叩く。

 そして、控えめに彼の部屋のドアをノックする音が響く。

 

「ペロロンチーノ様、エレティカとシャルティアです、ご命令に従い参りました」

「うん、入っておいで」

「失礼します」

「し、失礼します……」

 

 部屋の外に待機させていたメイドが彼女らの代わりにドアを開き、中へと招く。

 目でペロロンチーノに判断を伺い、嘴の先で「そのまま外で待機」という意を汲むと、廊下へと戻って行く。

 

「そこにお座り。お茶も出せなくて申し訳ないが……」

「お心遣い感謝致します」

 

 二人の姉妹は、言われた通りに指されたソファに腰掛ける。

 凛とした姿勢で動揺もしていないエレティカとは対照的に、シャルティアは緊張気味に俯き、顔が赤くなっていた。

 

「ここに来てもらったのは、その、謝罪と、説明をする為だ」

「謝罪、でありんすか?」

 

 シャルティアが「謝罪」と聞いて「まさかそんな」と目を丸くする。

 彼女にとってペロロンチーノは創造主、絶対的な存在であり、そんな彼が自分に「謝罪」など有りえない事だと考えていた為である。

 

 

「……その、なんだ…………ずっと、ほったらかしにして、すまない!!」

 

「え……?」

 

 ポカン、とシャルティアの口が開かれ、呆気にとられた情けない声が漏れる。

 

「そんな事、気にしてなどいません。こうしてまたこの地に戻って来て下さったのですから」

「……へっ?」

「そ、そうでありんす。ペロロンチーノ様が謝罪する事など、何もありんせん!」

 

 今度はペロロンチーノの方が、呆気にとられる。

 シャルティアに関しては、あの号泣が嘘だったとも思っていないが、それでも少なからず怒っていると思っていた。

 

 なんなら一発ぶん殴られる覚悟だったのである。

 

 エレティカに関しては、さめざめと泣かれてしまい、なんというか、何年かぶりに再会する遠距離恋愛するカップルか何かのような一幕があったものの……落ち着いた後であるなら話は別だと思っていた。

 

 彼女に関しては、もしこれが自分ではなく他人だったら後ろから「これでずっと一緒ですね」とか言われながらナイフで刺されても何も文句言えないレベルだとすら思っていた。

 

 そう、落ち着いて考えれば、自分はあまりにも長い間彼女をほったらかしにしていた訳であって……それで怒っていない、などと返されるとは思ってもみなかった。

 

「本当に、怒っていないのか?」

「怒るも何も、私は今こうしてご主……ペロロンチーノ様に、こうしてまた会えただけで十分です」

 

 そのあまりの健気な姿勢に、ペロロンチーノの良心が敏感に反応し思わず「グフゥッ」と目から涙が吹き出しそうになるものの、この想いに応えて、せめて威厳ある姿でいなければなるまい、とぐっと堪える。

 

「私も……姉様と同様です、ペロロンチーノ様はここに居てくださるだけで、価値があります」

「うっ……ぉ……そ、そうか……しかし今一度謝罪させてもらう。すまなかった、二人とも」

 

 そう言いながら、ペロロンチーノは既に涙目になっている顔を、人間だった頃の感覚からか、目の前の二人から隠そうとし、深く頭を下げた。

 だが、それは数秒後にエレティカの手で、顔を上げるよう促される。

 見れば、切なげな顔で首を横に振るだけのエレティカ。

 「そう軽々しく頭を下げるな」と言われている気がして、それ以上は何もしなかった。

 本人としてみれば「謝罪など不要である」ただそれだけの意思表明でしかなかったのだが。

 

「それで……「説明」とは、なんの事でありんしょう?」

 

 少し空気が落ち着いた所で、シャルティアが口を開く。

 

「それは……そうだな、丁度いい機会だから話しておこう。……こことはまた別の、そしてかつてのユグドラシルともまた違う世界……「リアル」についてだ」

 

 ここで、エレティカが初めて少し目を見開いた。

 少なくとも原作にはなかったパターンだと思った為である。

 まさかここで話されるとは思ってもみなかった、というのもある。

 

 一方のシャルティアは、「とうとう説明してもらえる時が来たのか」と姿勢を正し、一言一句聞き逃さぬようにペロロンチーノに向き合った。

 

 ペロロンチーノは、頭の中で先ほど、モモンガ、ぶくぶく茶釜、そして自分の3人で話し合った、「リアルという世界の設定」について思い出して居た。

 

 馬鹿正直に「実はユグドラシルはゲームの世界で」と説明するわけには行かなかった為、三人で事前に、それらしい設定を即興で考えたのである。

 

 内容を要約するとこうだ。

 

 『リアルとはこことは違うもう一つの世界を指す名称である』

 『リアルには私達以外行き来することが出来ない上、今はその交流が断絶されている。モモンガと自分、そして姉が今の状況を異常事態であると認識したのはこれが要因である』

 『リアルではいかなる強者であってもレベル1以下のなんの力も持たない人間であり、それがお前達が至高の存在と呼ぶ者の真の姿でもある』

 『更に厄介なことに、リアルでは死んだら生き返れない上に、死と隣合わせと言っても過言ではない、過酷な環境になっている』

 『そのリアルという場所で、仲間達は、譲れない物の為、今も戦っている』 

 

 

「……分かってほしい、決して皆、去りたくてここを去った訳じゃないんだ」

 

 

 全て話終わり、ペロロンチーノは、心中、祈るような気持ちで二人の反応を伺う。

 

 エレティカは、それが全てではないにしろ、全てが嘘ではないと知っている為、小声で「やはりそういう事でしたか……」と呟き、目を閉じてうんうん頷く。

 一方のシャルティアはというと、白い顔面が蒼くなり、自分の無力感に打ちひしがれ、涙を流す事を忘れるほどの衝撃を受けていた。

 

 あの至高の御方ですら、戻って来れるかどうか分からない世界。

 

 ペロロンチーノ様が、そんな死と隣り合わせだという危険な状態にあった時、私は何をしていた?

 

 でも、私には、その世界に行くことすら出来ない。

 

 仮に行けたとして、その世界で一体何が出来る?

 

 レベル1以下の、ちっぽけな存在となった自分に、一体何が。

 

 それは、守護者の中でも、総合力最強、序列1位の名を欲しいままにする、シャルティアの心を震わせるには十分すぎる衝撃であった。

 

 しばし無言の静寂がその一室を支配する。

 それを見かねてか、あるいはそれまでどうフォローを入れるかと考えていたのか、エレティカが口を開く。

 

 「至高の御方が今もなお、そのお姿を隠され……この地にいない理由は分かりました……ペロロンチーノ様が、長らくここから姿を隠されてしまった理由も……ですが、ならば尚更、ペロロンチーノ様が悪いなんて事、絶対にありえません」

 

 そんなに大変な世界で、譲れない物を守る為に戦っていると言われて、誰がそれを責める事が出来ようか。

 貴方は悪くない。

 

 シャルティアはその言葉にハッとして、思考を切り替え、コクコク頷いて肯定する。

 ペロロンチーノも、その言葉を聞いてどこかホッとしつつ、「本当の事」を言っていない、という罪悪感がチクリと胸を指す。

 

「(だが、嘘はこれっきりだ。そしてこの嘘だけは、絶対に貫き通す)そうか……そう言ってもらえると、なんだか救われたような気分だよ、エレティカ」

「それは良かったです……それで、今の『リアル』についての話は、他の守護者にも話されるのですか?」

 

 これは重要な事だ。

 他の守護者にも、これを伝えたほうがいいとエレティカは思っている。

 特にアルベドは、その点少し危ない。

 

「あっ……いや、どうなんだろ……その辺については、モモンガさんと、姉を交えて相談しておくよ」

「皆、知りたがっていると思うので……是非ご検討お願いします」

「分かった、二人には俺から伝えとくよ」

「ありがとうございます」

 

 ここで、話すべきことはほとんど話し終えた……が、ペロロンチーノはエレティカやシャルティアの反応を見て、一抹の寂しさを覚える。

 どうにも、態度が上位者に向けるそれであり、父親とか家族に向けるものではない。

 どうにかして、距離を縮めることは出来ないだろうか、と思い、ある事をペロロンチーノが思い出す。

 先程メッセージでモモンガから伝えられた夜の星々の事を。

 

「あ、そうだ、先程モモンガさんから連絡があったんだが……どうやら転移されたこの場所で見る夜の星空は、大層美しいものなんだそうだ。また明日にでも、三人で見に行ってみよう」

「まぁ、それは素敵ですね、是非お供いたします」

「三人……?わ、私も!?」

「え?嫌だった?」

「いえ!喜んでお供させていただきます!!」

 

 やけに嬉しそうだなぁと呑気に考えているペロロンチーノだったが、夜、お供に呼ぶ、というのがどういうことか……彼にはそれがわからない。

 

 対するシャルティアは先程から自分の姉とペロロンチーノの会話を、このニコニコと心底嬉しそうに、という表情でいる姉を見ては、会話をぶった切るのも少し気が引けるし、既に今聞きたかった「リアル」については聞けたし、他にそこまでして聞きたいことも言いたいことも無い、と、何となくだんまりになってしまっていた。

 そこでまさか自分にも”夜の誘い”が来るとは思わず、つい腰が浮いてしまいそうになる。

 

「私はその日初めてを迎えるのですね……!」

「ん?何か言った?」

「いえなにも!」

 

 隣にいてバッチリ聞こえていたエレティカは心の中で「お前の初めてってメイドさんかヴァンパイアブライドとかじゃなかったっけ?」とツッコミつつ、しかしこの場は何も言わないほうが得策だろうと口を閉じてただニコニコと微笑む。

 

 それから、「急にこんな事になっちゃったけど今後も頼むね」といった雑談をいくつか挟んだりした後、時間を見て、そろそろ戻るべきだ、と、エレティカが席を立った。

 

「それでは、今日はこれで失礼します、ご主人様」

「し、失礼しましたでありんす、ペロロンチーノ様」

「う、うん……これからも、よろしく、二人共」

 

 パタン、とドアが閉められ、足音が聞こえなくなった後で、ペロロンチーノは深く息を吐き、肩から重い何かが降りるのを感じた。

 それと同時に、心の中に、むず痒いような嬉しいような気持ちが芽生え始めている事も。

 

「娘、か」

 

 呟きながら、自室のドアを開き、そのまま、ベッドに仰向けに倒れこむ。

 頭の後ろで手を組み、目を閉じて、フッと何かを思い出したかのように笑い出す。

 

 

 

「結婚どころか……童貞捨ててすらいないってのに、随分と大きな娘が出来たもんだ……」

 



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【幕間】お風呂でレッツ友好度アップ

 ナザリック地下大墳墓第九階層『スパリゾートナザリック』

 

 その名のとおり、スパリゾート……つまりは温泉を中心とした保養施設をイメージして作られた大浴場で、9種の風呂、男女で合わせて17浴槽といった充実具合である。

 (18ではなく17なのはもちろん、露天風呂が男女混浴だからである)

 

 前話でも説明したとおり、第九階層のこういった施設は、ゲームでは単なる雰囲気作り、飾りでしかなかったが、転移後の今ではキチンと設定通りに稼働しており、下僕達も良く利用している姿が見られる。

 

 今も、女湯に、第六階層の階層守護者である、アウラ・ベラ・フィオーラが温泉に浸かっている姿があった。

 

「ほゃぁ~~~…………」

 

 女湯には、今のところ利用者は彼女だけ、いわゆる貸切状態であり、それを良い事に、アウラは普段誰にも見せない位に緩みきった表情で温泉に浸かっていた。

 

 まぁ、それも仕方のない事かもしれない。

 

 なにせ、彼女は先程まで、自らの創造主……いわば母親のような存在であるぶくぶく茶釜と、”大事な話”をしていたのだから。

 

 

 

―――――数時間前……。 

 

 ナザリック地下大墳墓表層防壁部分

 

 

「ぶくぶく茶釜様……ひとまず、ナザリックの壁を土で隠すのと、周囲に丘を作るのは、これで一段落かと思います」

 

「そう、お疲れ様、よく頑張ったわね、マーレ」

 

 マーレの行っていた作業は、ナザリックの隠蔽……このだだっ広い草原で、ぽつんと存在するナザリックは、遠くから見てもかなり目立つことだろう。

 それから姿を隠し、尚且つ見つかりづらいようにダミーを生成するというのがマーレの今回任された任務であった。

 

 その任務も今一段落ついたようで、「あの、ペロロンチーノ様が仰っていた高台になりそうな丘と、あと、ナザリックそのもののダミーについては……」とマーレはやる気満々にぶくぶく茶釜に尋ねるが、「それは追々、ね。あなたの魔力も、無限大にあるわけじゃないのだから、無理はしない事」と頭を撫でられたので、本日彼がすべき任務はもう無さそうだった。

 

「えと、それで、私達に話、とは?」

 

 傍らでそのやりとりを見ていたアウラが、若干遠慮気味にぶくぶく茶釜に訪ねた。

 

 先程守護者全員で集まった際にも言っていた事だ。

 貴方達には、後で話がある、と。

 

 本来は、シャルティア達と同様、自分たちが至高の御方の元まで尋ねるべきだと思うが、マーレにはどうしても外せない、最重要任務があったため、こうして表層等という場所にぶくぶく茶釜を任務が終わるまで待たせる形になってしまった。

 

「そうね……まず一つ言っておかなければならない事があるわ」

 

 ゴクリ、とアウラがの喉が鳴り、冷や汗が頬を伝うのが分かる。

 マーレに至っては「叱られるのでは」と手足が細かく震えている程だ。

 

 もしや、自分は何か不敬なことをしてしまったのではなかろうか。

 ほかに手段がなかったとは言え流石にナザリックの壁に土をかけるというのはまずかったか。

 

 

「……今まで、ナザリックに帰ってこれなくて、本当にごめんなさいっ」

 

 

 双子の思考が停止する。

 あまりにも予想外過ぎたためである。

 

 聞き間違えたのかもしれないと耳を疑うが、レンジャーを修めている自分の聴力が衰えるなんて事は有り得ない。

 確かに、「ごめんなさい」と、そういった。

 

「…………えっ??」

 

 それはどちらの口から出た疑問符だろうか。

 あるいは両方からかもしれない。

 

「あの……ぶくぶく茶釜様、どうして謝るのですか?」

「えっ?いや、だって……さ、寂しい想いを、させてしまったかなー……と」

 

 刹那、その意味を理解する。

 そして同時に、驚愕……いや、感動、感銘、感涙する。

 

 

 私達の主、創造主の、なんとお優しい事だろうか!!

 

 

 彼ら、彼女らにとって、主が居ない間のナザリックを外敵から守護する。

 それが役目であり、例えばその主が数年帰ってこなかったとしても、守護するという役目は絶対に変わることのない、存在意義である。

 

 それが普通なので、例え自分がいかに寂しかろうと、創造主を恋しく思おうと、もう帰って来ないかもしれないと予感しても、そこで主を待つのは天命である。

 

 それが守護者というものだ。

 

 であるのにも関わらず、目の前のこの御方はどうだ。

 

 

 「長い間ナザリックに帰らずに居たから、お前達に寂しい想いをさせてしまっただろう、すまなかったな」と、そう言ったのだ。

 

 

「そんなのっ、ぶくぶく茶釜様が謝ることなんかじゃないでずっ、こうしてここにお戻り頂けただけで、私はっ」

「ぶくぶく茶釜様ぁ~!ぼ、僕!僕、ほんとは寂しかったですぅ~!!」

「ば、馬鹿っ、マーレ!私、私だって、う、うぇぇ」

「ごめんね、ごめんね二人共……!本当に、寂しかったよねぇ……っ!」

 

 見ればぶくぶく茶釜の……頭部……?なのだろうか。

 じわりと、透明な粘着性のある液体――恐らくは、彼女の涙なのだろう――が流れ出ており、そこに双子の姉弟が涙を流しながら飛びついた。

 

 人目が無いのが幸いし、一切憚る事なく、ぶくぶく茶釜もアウラもマーレも気が済むまで泣いていた。

 

 丁度、夜が明けて、ほんのりと白く霞んできた空から漏れる日光が彼らを照らしており、非常に感動的なワンシーンである。

 

 ……ただし、何も知らぬものから見ればぶくぶく茶釜は見た目が肉棒なので、その様子はただただ卑猥でしかないのが本当に惜しい。

 

 実に惜しい。

 

 

「もう一度、ちゃんと謝らせて……本当に、ごめんね」

「いえ、もういいんです。……ってこれだとエレティカみたい。でも、本当に、もういいんです、これで」

「そ、そうです。ぶ、ぶくぶく茶釜様がここに居るだけで十分です」

 

 そこで、ぶくぶく茶釜はある事を思い出す。

 そう、先程、モモンガ、弟、自分との三人で集まり、「リアル」についてどう言い訳……いや設定しようかと話し合ったのである。

 

 事の発端は弟の「ずっとナザリックに居なかった事についてちゃんと説明しないとあの二人が許してくれるとは思えない」「だからといって、バカ正直にユグドラシルは実はゲームの世界でしたなんて言えるはずもない」という訴えからだ。

 

 自分にも思い当たる節があるし、モモンガさんも「いつかは説明しなければならない時が来るでしょうし」と真剣に考えていた。

 

 結果として下僕達には、自らが考えたリアルの設定について話すことにした。

 

 内容についてはペロロンチーノがシャルティアとエレティカに話した内容と同じなので、ここでは割愛する。

 

 その話を聞いたダークエルフの双子の反応はというと。

 

 

 まずマーレの方だが、これはもう、見るからに怯えに怯えきっていた。

 元々臆病な性格であると設定しているし、この反応は予想の範疇であるが、本人的には、これ以上無い程の恐怖を叩きつけられたかのような感覚であった。

 例えて言うなら、幼子が、居もしないお化けの話を聞いて、恐怖のどん底に叩き落とされるような、そんな感覚だ。

 流石に、「今回突然ナザリックが別の場所に転移したように、ナザリックがリアルに転移してしまうなんて事になったりしないだろうか」とまで心配するのは、後にも先にも彼だけだろうが。

 

 

 一方でアウラは、「そんな大変な世界でぶくぶく茶釜が戦っていたというのに何もすることが出来ない自分」に大きな無力感を覚えるという、ある意味シャルティアと似た思考になっていたが、同時に、「だとしても、もし行けるのであれば私もリアルで戦いたい」と思っていた。

 なにせ、ぶくぶく茶釜の説明では「レベル1になってしまう」らしいが、それでも、「仲間達は今でも戦っている」と言っていた。

 これは、強引に解釈するなら、「リアルではレベル1でも戦う手段がある」という事になる。

 それで死んで、生き返れなくなったとしても、本来死とはそういうものであるとも理解している。

 ……とはいえ、「私達にしか行き来出来ない」と言われてしまってはどうしようもないのだが。

 

「この話はまだほかの守護者にはしていないわ。恐らく守護者で知っているのは貴方達と……シャルティア、そしてエレティカ、最後に、アルベド辺りがこの事を知っているかも知れない。あの二人が話していたら、だけど。それはともかく、この事は三人で言うタイミングを見て皆に伝える予定だから、みんなの前ではこの話は避けるように。良いわね?」

 

「分かりました!」

「わ、分かりましたぁ」

 

 それからしばらくして三人が落ち着くと、次第に打ち解け始め、益体もない雑談をしていた。

 

 「あの時はああだった」とか、「セイユウ、という職業について」だとか、好きなものの話だとか……。

 アウラとマーレにとって、何物にも代え難い、宝物のような時間が過ぎていった……。

 

 

「……あっ……」

 

 

 アウラは、浴槽の中で、つい思い出に耽ってしまい、時間を忘れてしまっていた事に気付く。

 

 無論、彼女にのぼせるとかいう概念は無いが、そろそろ他の守護者達も訪れる時間になる筈であると思い出し、軽く顔を洗い、もう一度浴槽で寛いだ。

 

「あら、先客が居たのね」

「ん?シャルティ……じゃない、エレティカか」

「私も居んすぇ、チビスケ」

 

 見ると、そこにはナザリック地下大墳墓1~3階層を双子で守護するヴァンパイアの姉妹、シャルティアとエレティカが居た。

 一瞬エレティカとシャルティアを見間違いそうになるが、全体的に見ればその背丈だとか、髪型、髪の長さ、顔つきとかは瓜二つだけれども、まずエレティカはそもそもパッドじゃなくて盛らなくても「嘘でしょ」ってくらい無茶苦茶胸がでかいし、髪の色も先端が赤いし、目の色も違うしで、よく見ればすぐに見分けがつく。

 

「(その四つの違いが……いや、もう一つ)」

 

「こらっ、胸を触らない!」

「いいじゃないでありんすか~!……はぁ、この胸が羨ましいでありんす……!姉妹なのにこの差は一体なんだというの!?やわこい!!ついでにすべすべ!!でありんす!!」

「……いつからこんな甘えん坊な娘になっちゃったのかしら?」

 

「(性格も全然違うや……案外見分けるの簡単かも)」

 

 目をキラキラさせながら下卑た笑みで姉の胸を揉みしだく妹とそれを「困った甘えん坊さんね」と余裕で受け流す姉とを見比べて「似ている」とは流石に言えないだろう。

 しかし、ふとある事を思い出し、「そうでもないかもしれない」とアウラは思い直した。

 

「(エレティカはエレティカでペロロンチーノ様に抱き着いて「もうどこにも行かないで」なんて甘えた声出してたし……やっぱり姉妹ってことなのかも……あれはびっくりしたなぁ、流石に意外過ぎだもんね)」

 

「たぷたぷふわふわでありんす……はぁっ、た……った・ま・ら・ん!」

「もう……っ!いい加減に……し・な・さ・い!」

「やぁん!もうちょっと!」

「…………(そんなに柔らかいのかな、アレ)」

 

 ……シャルティアがエレティカの胸を「たまんねぇ!」と揉みしだく手に合わせて胸が上下にたぷんたぷんと揺れ動く姿を見て……ちょっとだけ、その揉み心地に好奇心が沸く。

 いや、別に目の前のシャルティアのように、女でも男でもどっちでもイケる!とかそういう訳じゃ流石にないのだが、何せ自分もコレなので、触った事が無い。

 

「……アウラ?」

「……えっ何?」

「いや、何か私の胸を凝視しているような気がしたから」

「き、気のせいじゃないかな~?」

 

 いつから見ていたのに気付かれていたのか、エレティカが苦笑していた。

 シャルティアはいつの間にか別の浴槽に行ってしまったようである。

 一体どれほど凝視していたというのか。

 

「そう?でも……」

「そ、そういえば、そっちはどうだった?ペロロンチーノ様と、話したんでしょ?」

 

 もうちょっとであのシャルティアと同じ事をしていたかもしれないと我に返り、急に恥ずかしくなったアウラは、強引に話を変える事にした。

 

「謝罪されたわ。「いままでほったらかしにしてごめんな」ですって。そんな事、気にしていないのに」

「あぁ、そっちもなんだ……私もぶくぶく茶釜様に、「ナザリックに帰ってこれなくてごめんなさい」って言われたよ」

「そうなのね……なんと慈悲深い御方々なのかしら」

 

 言いつつ、エレティカは『リアルで譲れない物の為に戦っている』とかいう設定を持ち込むのなら、「放っておいてごめん」ではなく「帰ってこれなくてごめん」の方がしっくりくるよなぁ、と益体もない事を考えていた。

 アウラは、やはり同じ感想を持つわよね、と少し親近感を覚え、好感度が上がった。

 

「だよね……」

 

「そう……よね……」

 

「うわあっ!!?アルベド!?居たの!?」

「ええ……今来た所よ……」

 

 全く気がつかなかった……というか、様子がおかしい。

 なんというか、こう……全く覇気が無いというか……。

 まるで幽鬼かアンデッドかのように顔色が悪い。

 風呂に入る前に自室に戻れと言いたいレベルでだ。

 

 

 

「……モモンガ様からなにか言われたの?」

「……!!!」

 

 エレティカがそう聞くと、アルベドの翼がビクリと震える。

 ……図星らしい。

 

 とはいえ、ここまで意気消沈しているアルベドは珍しい……いや、初めて見る。

 アウラも流石に気になってアルベドに問いかけた。

 

「な、なんて言われたの?」

「……まだ皆には話すなと言われているから、詳しくは話せないけれど……私は自らの思い違いと浅はかさ、愚かさに絶望しているのよ……」

 

 エレティカはそう聞きつつ、心の中で「あぁ……」と思い当たる節がある事を思い出す。

 恐らく、自分達が聞いた「リアルの設定」をアルベドもモモンガから聞いたのだろう。

 

 あの骸骨、息子にはまだ話さないつもりか?

 まぁ、黒歴史なのもあるから、心に準備が必要なのかもしれないが……どのみちいつかは邂逅する時が来るだろうし、その時に話さない訳にもいくまい。

 

 それはおいといて、目先の問題、アルベドの現状だ。

 実はアルベドは、アインズ・ウール・ゴウンに仕えているというよりは、モモンガ個人に仕えており、アインズ・ウール・ゴウンの面々、下僕が至高の御方々と呼ぶ存在は、自らの創造主であるタブラを含めて「ナザリックを見捨てた造物主」と見限っており、「アインズ・ウール・ゴウン」という名すら、「下らない」と一蹴する、というシーンがあるのである。

 

 ある意味、ご主人様だけに仕えて居る私と同様とも言えるだろう。

 彼女にペロロンチーノを敬う気持ちはサラサラ無かったのかもしれない。

 

 そう、サラサラ無かったのだ。

 むしろ憎悪すらしていたかに思える。

 だが、そこに来て、リアルについての設定を聞かされるとどうなるか。

 

 もっと正確に言えばアルベドは、「至高の存在と呼ぶ存在は今でもリアルという過酷で困難な戦況の中、譲れない物の為戦い続けており、その為にナザリックに帰還する程の余裕がない」と聞かされたのだ。

 

 今まで、至高の御方々はナザリックをお見捨てになったのだ、そのせいでモモンガ様は悲しんでおられるのだと考えていたアルベドはその根底から否定するような説明に、足元の床がガラガラと崩れ去り、目の前が真っ暗な暗闇になったような感覚だったのではないか、とエレティカは推測した。

 

 ちなみにこれはエレティカには知り得ない事だが、アルベドはモモンガからリアルについて話された際、「お前もタブラさんが帰ってこなくて辛いとは思うが」と言われたことから、モモンガ様は自らが至高の方々に大して悪感情を抱いていた事まではモモンガに知られているようでは無いと知った。

 

 ……というのが唯一の救いだったが……それも、あの知慮深きモモンガ様の事だから、全て理解した上で、あえてそう言ったのかもしれない可能性を考えると、あまりに恐怖であった。

 

 「今は必要だし緊急事態だから見逃しておいてやる」と言われているような気すらしていた。

 

 だがだからといって「今まで私は至高の方々を既に見限り、憎悪すらしておりました」何て事を口が裂けても言えるはずがない。

 そんな事がバレたら、自らの死で償いきれるかどうか分からない程の大罪である。

 

 

 ……いや、今更罰や死が恐ろしい訳ではない。

 

 

 死んでも必要であれば蘇生でまたナザリックの為に死ぬことができるのなら本望である。

 

 

 今一番恐ろしいのは、己の愚かさだった。

 

 このような者に守護者統括という役目が務まるだろうか?

 至高の御方々を疑い、見限り、あまつさえ「モモンガ様を悲しませる者だ」と憎悪したこの愚かな私に。

 

 

 我らが至高の御方々はこうしている今もっ、そんな過酷な戦況の最中、戦い続けているというのに!!

 

 

「アルベド?」

「……っ、何かしら」

「……まぁ、深くは聞かないし、そのうち分かってしまうんだろうけど……一つだけ、”ナザリックの外を見た者”からアドバイス。一応アウラにも」

「私にも?」

 

 そう言って、エレティカがちゃぷ、と浴槽から左腕を出し、口元で一つ指を立たせた。

 

「一つ、”失敗はその後の忠義で返せ”」

「……なに、それは?」

「私が外に出て学んだことの一つよ。私は妹や貴女と違って、最初から貴方達と肩を並べられる程の強さを持っていたわけじゃない。両手の指では数え切れないほどの失敗を犯して来たけれど、その失敗を返す為に、傷を負い、血反吐を吐き、それでもハルバードを振り回して、彼……ご主人様の望むクラスを修め、レベルも100にして……そうして今の私がある」

 

 そこには、強い意志と妙な説得力があるとアルベドは感じていた。

 事実、彼女は最初から”序列二位”だった訳ではない。

 本当に最初は、記憶を失い、力を失い、ただ彷徨うだけのヴァンパイアでしかなく、それをペロロンチーノ様によって救われ、育てられ、その期待に応えるべく努力して、今のエレティカの姿があるのだ。

 

 最初から100レベルの強者だった訳ではない。

 

 1レベルの頃から完璧であったハズもない。

 

 彼女は彼女で数々の失敗を繰り返し、それをバネにして、ここまでのし上がってきたのだ。

 

 ……実際にはそう大したものでもないのだが、全部が全部嘘という訳でもないのもまた事実であるし、少なくともアルベドにとってはソレこそが真実であり、彼女が今言ったことが酷く説得力をもっているように感じられた。

 

 

「だから、なにをそんなに落ち込んでいるのかは知らないけれど、これからもずっとその調子だと貴女、”切られる”わよ」

「そん……っ!!」

「それが嫌ならもう少し覇気を持って、凛としていて欲しいものね。仮にも、私達守護者をまとめる、守護者統括という役目を担っている貴女には」

 

 ニヤリと悪戯に笑うエレティカの顔をアルベドはただ呆然と見ていた。

 確かに先程まで、足元が崩れて、今にもどこかへ落ちていってしまうか、あるいは何かの拍子で飛んで行きそうだった心。

 しかし今エレティカの話を聞き終わってみるとどうだろう。

 

 崩れ落ちたと思った床が元通りになったかのような。

 落ちたと思ったら、案外すぐ近くに床があったかのような。

 

 もう、底も見えない程の大きく深い穴に落ちそうになっていた私の手を誰かが掴み取ってくれたかのような。

 

 失態はそれ以上の功績で覆せばいいという彼女の持論は、アルベドが今最も必要としていたファクターの一つだったのかもしれない。

 

「エレティカ……」

「なにかしら」

「……一つ、ということは、他にもあるのかしら?」

「どうかしらね?」

「……聞かせてちょうだい」

「機会があれば、私の方から話すわ。それに……どうやら今の貴女には必要ないみたいだもの」

 

 そうエレティカが言ってからアウラがアルベドの方を見ると、成る程、先程の落ち込んだ様子はどこへやら。

 

 いつもの威厳ある態度のアルベドに戻っており、顔色も悪くない。

 後者はこの温泉のおかげかもしれないが、そこは言わぬが花である。

 

「先に上がるわね、アルベド、アウラ……シャルティア!?先に上がって待っているから!」

 

 ザブッ、と浴槽から上がると、そのまま後方のシャルティアへ声をかけてから、スタスタと出て行ったエレティカ。

 

 それを「えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってくんなましな!」と微妙におかしい廓言葉で”駆け足で追いかける”シャルティア。

 

 

 

 

「……ん?あれ、石像が動いて……」

 

 

「……あっ……私は知らないわよ~っと……」

 

 

 

 

 ……無論、この後、至高の御方の一人が残したお風呂場のゴーレムと守護者三名の熾烈な戦いがあったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ペロロンチーノさん、女湯の方、なんだか騒がしくないですか?」

「ん?ほんとだ。なんかあったのかな……これは覗いて見てみないといけませんね!!?いやっ、これは守護者の安全を確認するためでね!!決して覗きとかそういうんじゃないですよ!?ええ!!」

「とりあえず落ち着け」

 



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本当の絶望は足音を立てない

 ペロロンチーノがシャルティアとエレティカに謝罪とリアルについての説明をし、明日の夜、親子の親睦を深めるために夜に月を見に行こうと誘った次の日の昼頃。

 

 執務室に、件のペロロンチーノ、その姉、ぶくぶく茶釜、そして、ペロロンチーノの友人であり、ナザリックの絶対支配者であるモモンガ、そのモモンガに仕えるセバスの姿があった。

 

「う~ん……」

 

 モモンガが唸りを上げながら、目の前の鏡に向かって手をかざし、上下に動かしたり、指先を振って反応をみたりしていた。

 目の前の鏡、それはただの鏡ではなく、そこに映るのはモモンガの顔ではなく、どこか遠くの風景、ナザリックの近辺に存在する草原や森が映っていた。

 

 鏡の名は遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>、その名の通り、遠くの風景を、遠隔して覗き見ることが可能であるというマジックアイテムである。

 

 だが、ユグドラシルでは、せいぜい街の様子をのぞき見たりして、街がどれくらい混んでいるかとかを把握するだけのものに過ぎない物であったが、今ではその効力は、文字通り遠隔視……使い方さえ覚えれば千里眼のようにどこでも見れそうとすら思えるかなりの効力を持っていた。

 

 が、肝心の操作方法も変質しており、モモンガはそれの扱いに四苦八苦していたし、なにより既に1時間程試して、人っ子一人見つけられない。

 

「(だが、これの操作方法がわかれば、ナザリックの警備システムの強化に役立つはず……)」

 

 遠隔でナザリックの周囲を簡単に監視できる、電力が無限に続くドローン監視カメラのようなものが出来ると考えれば、これは非常に大きな効力が期待できる。

 

 何せナザリックの面々はまだ現地の人々とこれと言った交流をしておらず、もしナザリックが転移したこの地に現地の人が訪れたとしても、ナザリックからでも見える場所でなければそれを察知することができない。

 

 つまり「侵入者が来たぞ!!」と言われてからその対応に追われる羽目になる。

 

 それに比べたら、遠隔視を利用し「あそこに現地人がいるぞ!」と事前に知れたほうが気分的に楽なのもあるし、何より対応に対策が立てやすく、うまくすれば現地の人間の強さとかも知ることができるかも知れない。

 

 遠隔視の鏡の前で揺れるモモンガの手が、右往左往する。

 思いつく動作を試してどれくらい経っただろうか。

 パスワード忘れた電子機器のロックに誕生日を入れたり特徴的な数字を入れたりする感覚に似ていた。

 

 刹那、執務室のドアがノックされる。

 

「モモンガ様、エレティカです」

「ふむ、入れ」

「失礼します」

 

 静かにドアが開かれ、エレティカが入って来る。

 ペロロンチーノが呼んだのかと思いを顔を伺うが、見ると小首を傾げているので、どうやらそういう訳でもないらしい。

 

「第一、第二、第三階層の警備体構築、またマーレによる表層の隠蔽作業が完了した事を報告するために伺いました。ひいては、その次に指示があれば、と思ったのですが……どうやら後にした方が良さそうですね」

 

 正直に言えば、エレティカはここからカルネ村との交流ができるまでの事を知っていたが、自分がそれに同行するのは無理だろう。

 その後、シャルティアが「武技を持つ者」と「死んだり殺したり痛めつけたり食べたりしても問題ない者」の確保に向かうので、それに同行できるようならと思っていた。

 

 せっかく自分の体の自由を取り戻したのだというのに、第一階層でじ〜〜〜っとしているだけというのは少し退屈だったし、ミーハーっぽいけれど、原作に登場したあのキャラやこのキャラと絡みたいというのもある。

 

「そっか、でも今は任せるような仕事はないかな。引き続き警戒を続けてくれる?」

「承りました」

 

 まぁこうなるよね、と半ば諦めていた分そこになんの感情もなく、エレティカは恭しくお辞儀をして、ドアを開けようとした。

 

 が、その瞬間、モモンガの気が抜けたのか、背もたれにもたれかかる。

 自然と、手は遠隔視の鏡から見て大きく開かれた形になった。

 すると、鏡からユグドラシル時代にも発した聞き覚えのある電子音が鳴り、鏡の中の映像が切り替わり、そこには人間たちが住んでいると思われる村の姿があった。

 

 聞き覚えのある音に、思わず足を止めるエレティカ。

 

 これはひょっとすればチャンスかもしれない。

 

「おっ!」

「うまく行ったの?」

「「おめでとうございます、モモンガ様」」

 

 ありがとうセバス、エレティカも、と返し、モモンガとペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜は新しい玩具を手に入れたように、切り替わった映像に見入った。

 

 だが、そこは思っていたよりもずっと夢のない光景であった。

 

「お! 第一村人発見……あれ?」

「これは……祭り……か?」

「いえ、これは違います」

 

 そこでは、野盗の類ではなく、何故か騎士のような格好をした人間が、見た限りでは普通の、なんの特徴もない村人を襲っているという光景。

 画面を切り替えて、人の顔もよく見えるほどに映像を村に近づけると、村人が丁度剣で斬り殺されるシーンだった。

 

 略奪、侵略、謀略、殺戮、戦争、そういった文字がモモンガの脳裏にちらつく。

 

 いずれにしても、見ていてあまり気分のいいものではなかった。

 

 

「チッ」

「ウッ、俺、こういうのダメかも。……モモンガさんよく平気ですね?」

「えっ? あぁ……あれ、俺……」

 

 

 こんなグロ耐性あったっけ?と言いかけて、セバスの前だと思い直し、あとで「ひょっとすると自分の精神も変貌しており、アンデッドの物となっているから平気なのかも知れない」と考えたことを伝えることにした。

 ペロロンチーノの種族であるバードマンはモモンガと同じく異形種ではあったが、モモンガのような精神の抑制といった物はなく、せいぜいが精神攻撃に対する耐性を有しているために、「結構なことじゃ驚いたりしない」程度。

 

 少なくとも、こうしてスプラッタな光景をみても「ウェッ気持ちわるッ」で済むほどには耐性があった。

 

 もしなんの耐性も有していなければ、今頃泡を吹いていたかも知れない。

 ぶくぶく茶釜の方はというと、むしろ、無言でその映像に見入っており、「どうするか」を考えているらしい。

 

「どうなさいますか」

「ふむ……」

 

 村が襲われている。

 それも、おそらくはまともな理由ではない。

 少なくとも自分達が見る限りでは、村人達が全員罪人だとか、異教徒だとか、恐るべき病原菌を持っている、あるいはすでに蔓延しているとか、「殺されなくてはならない対象」だとは思えない。

 

 かつての弱き自分と同じ、「奪われる側の」人間達であった。 

 

 だが、モモンガは何も聖人君子というわけではない。

 一体なんのメリットがあって、この村人を救わなければならないというのか。

 

 セバスはカルマが善寄りだから、この人間達を救ってやりたいというのは分かる。

 だが仮にこの騎士が全員レベル100以上の強者だったらどうする。

 無駄に自分たちの存在を外部に晒すことになるだけではないのか。

 

「えっ、助ける流れじゃないの?」

 

 と、ペロロンチーノがさも当たり前のように、アイテムボックスから弓を取り出しており、すでに行く気満々でそう言った。

 

 まぁ、彼はそうだろうな。

 メリットやデメリットを考えたりすることなく思ったら一直線なのがこの男だ。

 

 無論他の人が説得すれば聞く耳を持ってくれる分、他のメンバーと比べたら随分まともな人なのだが、今の現状で、「特に理由はないけど」で人助けするほどの余裕はモモンガにはなかった。

 

「モモンガさん」

「ぶくぶく茶釜さん……?」

「私はこれ、行くべきだと思うな」

「そうですか……?メリットがあるようには思えないのですが」

 

「モモンガさん、よく考えて?私たちはいつかこの世界の人間の一般的なレベルを知らなきゃいけない。でも、それを調べるには私たちはどうすればいい?どこかの国でも襲うの?それかモンスターのように一般人でも襲う?」

「それは」

 

 それは無理、いや、リスクがあまりに大きすぎる。

 他のプレイヤーも転移している可能性がある以上、目立つ行動は避けるべきだ。

 できれば彼らの反感を買うような行動も。

 

「そう、それは無理。でも今のこの状況なら?表向き「村人を救う」と言った大義名分があるし、これでうまくあの村を救えば、あの村を中心に交流を取ることが可能。ナザリック的には「この世界の人間の強さを調べるため」と言った目的がある。むしろこれは、「現地の人間の強さを知る」のと「現地の人間と交流を持つ」という目的を同時に達成出来る、またとないチャンスだよ」

「……なるほど」

 

 そう考えると、なぜかしっくり来てしまい、先ほどまでの迷いは露と消えた。

 やはりぶくぶく茶釜さんが居てよかったと思いつつ、セバスに顔を向け、指示を出す。

 

「セバス、これから私たちはこの村へ向かう。アルベドに完全装備で来るように伝えよ」

「ハッ承知しました」

 

 心なしか返事が嬉しそうである。

 まぁ、セバスはたっち・みーさんの子だもんなとモモンガは一人、セバスにかつての恩人の姿を重ね合わせる。

 

「丁度いいから、エレティカも来る?」

「是非お供させて頂きます」

 

 内心ガッツポーズしながらお辞儀をし、虚空から愛用の武器、「血で血を洗う」を取り出した。

 シャルティアも連れてきますか?と言おうと思ったが、あの子は準備に時間がかかりそうだし、その時間でエンリとネムが死んでしまうかもしれないので、ここは気づかないふりをすることにした。

 

「では、行くか……異界門(ゲート)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌……そんな……お姉ちゃあぁぁぁん!!」

 

 カルネ村、その近辺の林の中に、ネムはいた。

 突然の謎の騎士達による襲撃。

 見たことのないほどに必死な形相で「逃げろ」と言った父の顔。

 地面に倒れ伏せ、血を流しながら動かなくなった母の顔。

 

 今、目の前で背中に”2回目の斬撃”を受け、短い悲鳴をあげてぐったりと動かなくなった姉、エンリ。

 

 「ヘッヘ、俺たちに楯突いたりするから、こういう事になるんだ」

 

 その犯人である、下品な笑い声を上げながらズンズンとこちらに近づいて来る騎士の姿。

 

 死ぬ。

 

 私もお姉ちゃんと同様に、剣で貫かれて死ぬ。

 

 嫌だ。

 

 嫌。

 

 誰か、助けて!

 

 

 

 数秒、その場に沈黙が訪れる。

 

 ネムは、来ると思っていた痛みがいつまで待っても来ないので、ぎゅっと瞑った瞼を恐る恐る開くと、目に入ったのは、振り上げていたはずの剣を構えるでもなく呆然と「何か」を見ている騎士の姿。

 

 顔はヘルムで隠れて見えなかったが、おそらくはそこが目であろう場所から指し示される目線を追い、くるりと自分の後ろに目を向ける。

 

 すると、そこには楕円型に広がる、”闇”があった。

 

 

「な、なんだ……!?」

 

 

 そして、そこから「ずるり」と音が聞こえそうなほどに、ゆっくりと”絶望”はやってきた。

 

 

 黄金に輝く杖を、地面に突き立て、そこを支点に這い出るように闇から現れる、真っ黒で上質なローブを纏った、大きな骸骨のアンデッド。

 ぽっかりと開いた眼孔の中で赤い炎のような光が、騎士の男を見据えると、おもむろに男に手をかざし、呪文を唱えた。

 

心臓掌握(グラスプ・ハート)

「ぐっ!!?ガァッ、ぁっ」

 

 呪文を唱えると、翳した手に半透明に脈動する血の塊が現れ、それをグッと握り潰すと、騎士の男はカエルがひき潰されたようなくぐもった声を上げながら、地面に倒れ伏せた。

 

「私が得意とする死霊系……その中でも第9位階の魔法が通じなければ、逃げるしかないかと思っていたが……」

「バッバケモノ!!」

 

 何が起きているのか理解できず、呆然と、その光景を見ていた騎士の男だったが、仲間の男が苦しみながら倒れ伏せたのを見て、ようやく目の前の驚異と相対する。

 が、その真っ赤な光に見据えられると足が震え、剣を握る力が弱まる。

 

 「(人を殺しても何も感じない……やはり心も人間を辞めたということか)どうした?逃げる相手は追い回せても、毛色が変わった相手は無理か?……せっかく来たんだ。無理矢理にでも実験に付き合ってもらうぞ!」

 

 凄むような声に、その明確な敵意に、殺気に、あまりに容赦のない残酷さに、騎士はもはや正気を保てず、気づけば踵を返して無様に、なりふり構わず走っていた。

 

龍電(ドラゴン・ライトニング)

「ひぃぃっやめっ、あがががぁあがああぁぁぁぁ!!!」

 

 指先から、まるで龍の唸り声ような音を上げながら突如現れた雷鳴は一瞬で騎士の男を捉え、バリバリとその身を焦がしていき、その一瞬で騎士の男の命を奪った。

 

「(弱い……第5位階程度の魔法で死ぬとは……)」

 

 内心、モモンガは今しがた殺した男を見ながら、そのあまりの脆弱さに愕然としていた。

 いや、コイツが特別弱かったとか、電気系が弱点だったとか、そういう事もあるかもしれない。

 

 続いて、モモンガは本来のクラスである後衛職らしく、アンデッドを召喚してみようと思い立った。

 既に召喚の魔法は使用しており、使えることは知っていた為にそこに迷い等はない。

 

 中位アンデッド創造・死の騎士(デス・ナイト)

 

 だが、たった今心臓を握りつぶして殺した騎士の死体の真上に黒い渦のような物が出現し、それに死体が丸ごと覆われたかと思うと、死んだはずの死体がビクリと動き、起き上がったどころか、そのまま黒い靄は剣、盾、兜などに変化していき、あっという間に恐ろしい死の騎士がその場に現れた。

 

 ここで何が問題かというと、ユグドラシルでは少なくともスキル使用時に死体に乗り移って出現、なんてことはないのだ。

 

 「(ユグドラシルとはだいぶ違うなぁ……)デスナイトよ、この先にある村を襲っている騎士を殺せ」

 

 そう言いながら、倒れている騎士を指差すと、デスナイトは地響きのような低い叫び声を上げると……「えぇ……?」……そのまま走って行ってしまった。

 

 これもユグドラシルには無い行動だ。

 本来召喚されたアンデッドは主人を守るべく行動するものなのだから。

 

 

「(いや、まぁ……命令したのは俺だけどさ)……さて……」

 

 

 絶望が、くるりとネムの方へ振り返る。

 その目が「次はお前の番だ」とでも言っているようで、ネムの体が恐怖で完全に硬直し、目を見開いたまま、息をするのもままならなくなる。

 

 死ぬ。

 これはもう、絶対に死ぬ。

 

 だが、その絶望は姉の方へ目を向けると、そちらへと興味を向けたらしい。

 

 逃げなきゃ……今のうちに。

 でも、体が動かない。

 

 そして、なんとか体を動かして逃げようとしていると、後ろの闇からさらに何かが這い出てくる。

 それも、一人や二人ではなく、ぞろぞろと。

 

 

「モモンガさん、どうでした? この世界のレベルは」

「あまりに低すぎて正確なレベルまではわかりませんでした……高くて10レベルもいっていないんじゃないかと」

「マジ?」

 

「それじゃあ、あんまり警戒は必要なかったかも? ああでも、彼らが特別弱いだけかもしれないし」

「なんにせよ、もう少し検証が必要ですね」

 

「ご主人様、あまり私から離れないで下さいね」

「分かってるよ、エレティカも、何かあったらすぐ言えよ?」

 

 レベルとかなんとか、彼らの会話はあまり理解できなかったが、それでもネムは目の前の存在がとんでもなく異質、少なくともこんな田舎の村の近辺に居ていいような存在じゃないという事を本能的に理解していた。

 

 一人は鳥を人の形にしたらこうなる、とでも言うような、大きな翼を持つ男の形をした異形。

 もう一人?は、これに関してはどこからその可愛い声が出ているのか、その可愛い声が逆に不気味ですらある、ピンク色のでろでろしたスライムのような異形。

 そして、もう一人は鳥の男に随伴するように、傍に立つ、異様に肌の白い、このような場所には到底似合わない赤黒い血を思わせるドレスを着た少女。

 

「遅くなってしまい、申し訳ありません、モモンガ様」

「いや、実に良いタイミングだ、アルベド」

 

 遅れて、さらに、堅牢そうな真っ黒な全身鎧を身にまとった女性が現れる。

 ちらりとこちらを見るも、その目線には絶対零度の冷たさがあり、思わずびくりと体が震える。

 

 ……今その真っ黒な女騎士の後ろに居る少女には、彼女が小さく、それはもうほんとに小さくガッツポーズをしているのが目に入ったが、言わぬが花だろうと黙っておく。

 

「怪我をしているようだな……死んでいるか?」

 

 骸骨の男が、そう言いながら姉の身体を見る。

 

「……良かった、まだ息はあるようです」 

 

 一瞬、黒い影が視界を走り、何が起こったのかと目線を彷徨わせ、その声の発生元を追うように見ると、いつの間にそこに移動したのか、赤黒いドレスを着た少女が、ぐったりとした自分の姉をそっと抱き抱えていた。

 

 まだ、息はある。

 それはまだ生きていると言う、一筋の希望。

 だがすぐ殺されてしまうだろうと言う絶望でもある。

 

 一つだけ言えるのは、ネムには今ここで起ころうとしている事に関して、なんの抵抗も出来ず、ただそれを見守っていることしか出来ないと言うこと。

 

 今まさに骸骨が懐から取り出した、真っ赤な血のように見える怪しい液体を、姉に無理矢理飲ませようとしていても、それを止める術はなかった。

 

 あれは毒薬か?人が飲んで大丈夫なものではないだろう。

 むしろ、間違っても飲んではいけない、そう言う類の物に見えた。

 

 

「だ、だめっ!!」

 

 

 無意識にひねり出した声。

 だがそれでアンデッドの手が止まることもなく、目線だけこちらを見据えたかと思うと、そのままその液体を姉の口に流し込み、わずかに姉の喉が上下に動いたのが見える。 

 

 もう、だめだ。

 

 

 

 だが、その絶望を否定するように、ドレスを着た少女はエンリの身体をそっとネムの前に降ろし、「大丈夫だから」とネムに語りかける。

 そこには、まるで親が子を慈しむような、泣いた子供を慰める、優しい笑顔があった。

 

 

 刹那、姉の身体に深く刻まれた傷から淡い緑色の光が漏れ、地面に反射する。

 

 

「……ケホッ! ケホッ! ……あれ……? 痛みが、無い……?」

「お、お姉ちゃん……?」

 

 

 

 どう言うわけだろう。

 エンリは息をする事を思い出したかのように咳き込み、かと思ったら、さっきまでぐったりしていたのにも関わらず、パッと上半身を起こして、ペタペタと背中の傷に触れている。

 いや、正確には”傷のあった場所”、そこにはもう傷はなく、まるで最初から剣で斬り付けられて居たと言う事実そのものがなかったかのように傷は塞がっていた。

 だがそれが嘘では無い、と言うように、服は滴った血がべっとりと固まっており、何も知らなければ見た目は重傷を受けた少女であった。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 どう言うわけだか分からないが、それはネムにとってどうでもいい事だった。

 死んだかと思って居た、殺されたと思って居た、そして、死ぬよりもっとひどい事になると思って居た姉が、不思議な魔法のような液体で、命が救われ、こうしてまた生きていると言う事実だけがそこにある。

 ネムとエンリは抱き合いながらお互いの無事を喜んだ。

 

「傷は治ったようだな」

「は、はい!」

 

 どうやら、少し、いや、結構、かなり、物凄く、途轍もなく怖いけれど、この骸骨の方は、良い人らしい。

 もし悪い人だったとしても、自分たちの命の恩人であるという事実は揺るがない。

 

「……お前たちは、魔法という物を知っているか?」

 

 そう問われ、ネムはエンリの顔を見上げ、エンリは目の前の彼らを見ながら困惑していた。

 

 素直に答えてしまっていいのだろうか?

 もし、彼らのいう魔法と、自分の知る魔法が違っていたらどうしよう?

 素直に答えたとして、それが彼らにとって意にそわない形の答えだったら?

 

 そうしたら、今でこそ優しい振りをしているけれど、今度こそ、殺されるのではないか。

 

 いや、もしかしたら死ぬよりもよっぽど怖い目に……

 

 

 その場に居たアルベドは、「この、下等種族が!!」と口を開こうとした、が、そうなる前にエレティカが行動を起こしたので、呆気にとられ、武器を振り上げそうになった腕をそのまま硬直させてしまう。

 

 

「そんなに警戒しないで」

 

 

 姉妹の元に、一人の、見た目はこの中では一番人間に近い少女が、腰が抜けて座り込んでしまっている姉妹に視線を合わせるようにしゃがみ込み、口を開く。

 

 

「痛いのも、怖いのも、もう居ないわ。もう、大丈夫だから」

 

 

 彼女はそう言うと、両手で私たちの肩に手を置くと、にこりと微笑みながら

 安心させるように、慈しむように、姉妹の肩を撫でた。

 そうして慰められて、頬を涙が伝い、「こんな優しい人を疑ってしまうなんて」と自分を恥じ、だいぶ落ち着きを取り戻した。

 

 それを見ると、少女はもう一度ニコッと微笑み、頭を一撫ですると、一瞬で真剣な顔に変わり、立ち上がって鳥の男の方へと戻って行き――「私もデスナイトと共に掃除(・・)しに行きますので、一時的に御身から離れる事をお許し下さい」――何か話した後、瞬きをしたらもうカルネ村の方へ飛んでいっていた。

 やはり、彼女もまた、私達の理解の及ばない所に居るのだと姉妹は思う。

 

「……もう一度問おう。お前たちは、魔法という物を知っているか?」

 

 モモンガと他二名の至高は内心、「ユグドラシルでは一般的な顔の筈だが、なにをそんなに」と首を傾げていたが、どうやら怖がられているようなので、見下した感じにならないように、目線を出来るだけ下げて、もう一度同じ事を問う。

 

 姉妹からしてみれば顔を近づけられて更に怖さ倍増だったが、今度こそ素直に答えた。

 

「は、はい! 時々村に薬草を取りに来る、薬師の友人が魔法を使えます!」

「そうか、であれば話は早い。私はマジックキャスターだ。この村が襲われているのを見て、助けに来た」

 

 助けに来た?助けに来たと言ったのか。

 一体、何故?

 ここには先程の奇跡のような薬の代金になるような物など何もないというのに。

 

 そう言った疑問が頭の中で巡るものの、それに目の前のアンデットが答える事はなく、「生命拒否の繭《アンティライフ・コクーン》矢守りの障壁《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ》」と魔法を唱え、「そこに居れば大抵は安全だ」と言った。

 展開された魔法は、半透明で緑色のガラスかシャボン玉のような膜がドーム状に私たちを包み込んでいる。

 おそらくはこれが身を守ってくれるのだろう。

 

 

「それから、これを渡しておく」

 

 

 そう言って投げられたのは、二つの角笛。

 曰く、「それを吹けば、ゴブリンの軍勢がお前に従うべく姿を現すだろう」という事らしいマジックアイテムで、「それで身を守るといいだろう」と言った。

 

 なんて事。

 この方々は人間を憎むアンデッドではなく、とてつもない叡智を持つ存在で、弱き者を助けるためにこうして貴重な品をただの村娘である私達に授けて下さる、とても偉大で、心優しい御方だったのだ。

 骸骨の顔とか、あと仲間の方がちょっと怖いけれど。

 

 その御方は言い終わると踵を返し、ローブをはためかせながら、仲間と共に、カルネ村の方向へと歩みを進め始める。

 

「た、助けて下さり、本当にありがとうございます!!」

「ありがとうございます!」

 

「気にするな。これも実験の一環だ」

 

「お、お名前を! せめてお名前をお教え下さいませんか!?」

 

 自分達を助けてくれた大恩人の名だけでも知っておきたい。

 知ってその名を一生忘れることのないようにしたい。

 救ってくれた大恩人の名を知らないなんて事がないようにしたいという思いから、自然にエンリの口から滑り出た言葉に、モモンガは一瞬考えるような素振りをする。

 

 

 そして、バッとローブを翻しながら振り返り、やや大げさな口調で声高らかに宣言した。

 

 

 

 「……我が名は”アインズ”、ナザリック地下大墳墓の主である、アインズ・ウール・ゴウンの一人、アインズだ、この名をしかとその身に刻むがいい」

 「……(えっ??)」



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カルネ村の悲劇

 エレティカがカルネ村に着いた時には、既にデスナイトが到着しており、カルネ村は混乱の最中にあった。

 

 騎士達からしてみれば、楽な仕事だったハズがいつの間にか任務が伝説級のバケモノの討伐に切り替わっており、村人からしてみれば、ただでさえ絶望的な状況が一匹のモンスター乱入という絶望の上乗せが来たというような状況である。

 

 

 「……さて、私もお掃除をしなきゃ、ね」

 

 

 エレティカはそう言いながら、デスナイトの無双っぷりを見て「アレなら別に私が手をくださなくてもいいかも」と考えを改め、とりあえず盾でぶん殴られてピクピクしている騎士ゴミは異界門(ゲート)で拷問官、ニューロニスト・ペインキルの元に搬送し、ぶった切られてゾンビ化しちゃっている騎士カスは黒棺ブラック・カプセルでむしゃむしゃしてもらおう、ということにした。

 

 ……うん?あぁ、そうか、精神がヴァンパイアに寄ってしまっているのか。

 やけに人間への情とか、同族へ向けるべき感情が薄いと気付いたが、彼女にとってそれはどうでもいいこと・・・・・・・・だった。

 

 

 「お゛……お前、は……!?」

 

 

 はいはい、村々を襲う悪い騎士はしまっちゃおうね~とばかりに、驚愕に染められた顔の騎士の言葉を無視してゲートの中にぽいぽい突っ込んでいく。

 夏に虫取りをする少年が捕まえた虫を虫かごにぽいぽいしていくような気分である。

 このあたりにはもう居ないかな~と一旦ゲートを閉じると、物陰から悲鳴が発せられた。

 

 

 「うわぁぁぁ!!?人が、人が消え……!!」

 

 「あら、こんなところにまだ殺し損なったゴミ虫が……デスナイトったら、これは後で説教ですね」

 

 

 原作で物陰に隠れていた奴なんて居たのだろうか?と内心首をかしげていたが、描写されていないだけでこういう腰抜けが居ても不思議ではないかと考えた。

 

 強大な敵を前にした反応として正しいとも言えなくはない。

 

 ただ……腰抜けに変わりはないし、今エレティカに気づかれてしまったので、全くの無意味だった訳だが。

 

 

 一瞬、しまった!という顔で固まった騎士は、その隙をエレティカに突かれないハズもなく、その表情のまま宙に飛んだ・・・・・。

 

 そのまま、くるくると視界は回る。

 

 騎士はそれを困惑した気分でただ見ているしかなかった。

 

 

 

 空。

 

 今、何が起きた?

 

 飛んでる?

 

 死んだ?

 

 誰が死んだ?

 

 血だ。

 

 首がなくなった身体。

 

 俺の身体……?

 

 

 

 あれ、俺の身体……どこ……。

 

 

 それが、臆病者な騎士の最後の思考となった。

 奇しくも、この部隊で最も勇敢な者とほぼ同時に、それも同じような死に方で散っていったのだった。

 

 

 「デスナイト!エレティカ!そこまでだ!」

 

 少しして、騎士の数がだいぶ減った頃を見計らってそれは現れた。

 一人は、怪しい仮面をつけた男。

 もう一人は、黒い甲冑に身を包む女性……。

 

 仮面を着けた男の命令により、二つの絶望がぴたりと行動を停止する。

 

 二人を見て、おや?ご主人様は何処へ?と思ったエレティカだったが、考えてみれば彼はローブやフードをかぶっても手が鳥っぽいし、なにより羽根の部分はどう隠そうとしても盛り上がってしまい、どうしても不自然になるため、その異形を隠すことができそうにないという事を思い出し、恐らくぶくぶく茶釜様が居ないのもその為だろうと思った。

 

 恐らくは、この光景も遠くで見守っているのだろう。

 

 

 

 「さて、生き残った諸君には生きて帰ってもらう。そして貴様らの主……飼い主に伝えろ。「次このあたりに手を出したら、次は貴様らの国まで死を告げに行く」と。……行け!!そして確実に伝えるがいい!!」

 「う、うわあああーーーっ!!」

 

 

 エレティカは、脱兎の如く踵を返してなりふり構わず走り去る騎士達の後ろ姿を見て、今日、騎士達は多分人生でも1番走ることになるだろうなぁと、益体も無い事を考えていた。

 

 同時に、心のどこかで「虫けらにはお似合いの姿だ」とも。

 

 それに気付いて、やれやれと首を振った。

 どうやら精神はヴァンパイア寄りになってしまっているらしい。

 元同族に対して虫けらだのカスだのゴミだのはあんまりだろうと自身に突っ込みを入れた。

 

 「あ、貴方達は、一体……?」

 

 「申し遅れました……私の名はアインズ。この村が襲われているのを見て、助けに来たマジックキャスターです。ですから、もう安心……」

 

 「……たす、かった……のか……?」

 「でも……」

 「いや……」

 

 もう安心だ、と言いかけて、彼らの顔から未だに不安の色が残っている事に気付く。

 一拍考えてから、言葉を続けていく。

 

 「……とはいえ、無償で助けるわけではありません。事後承諾、という形になってしまって申し訳ないが……それなりの報酬を頂きたい」

 

 「……おお……!」

 「た、助かった……」

 「良かった……良かった……」

 

 「(金銭目的である、ということにしておいた方が、余計な心配をされずに済むという訳か……しかし、あの姉妹が怯えていたのはこの骸骨の顔。いや、異形の姿だったのか……)」

 

 驚いたという意味では、エレティカのあの姉妹に対する、優しく安心させるように微笑み話しかけていたあの対応の方が驚いたのですっかり印象として薄れてしまったが、そっちの方が大事だった……。

 

 ここでうっかりその事に気付かずにここに来ていたらどうなっていたことか。

 

 現地の村人と初の邂逅……どころの騒ぎではなかったかもしれない。

 

 危うく、村人VSスケルトン&バードマン&スライムというカオスな状態になるところだったと思うと、流れる筈のない冷や汗が流れる思いだった。

 

 「エレティカ、回復のアイテムは持っているか?」

 

 「はい。ご主人様……”ゴウン様”に賜ったアイテムは全て常時肌身離さず持っています。念のために」

 

 「そうか……では、肌身離さず持っている所悪いが、ソレで彼らの治療を頼めるか?」

 

 「それは良いですが……いえ、承知しました」

 

 先程まで、ハルバードを振り回したりゲートで騎士をしまっちゃおうねーした後なので、村人たちから恐れられているのでは?と思ったが、一瞥してそんな訳でもなさそうだと思い直す。

 理解が及ばな過ぎて怖がるという段階をすっ飛ばしてしまったのか?

 まぁ、それならそれで都合がいい。

 

 結果として、アインズが村長との邂逅、情報の提供を終わるまで、私はポーションによる村人たちの治療にあたった。

 

 

 

 「すみません……このポーション、貴重な物なのでは?」

 「お、俺、こんなもんに払える金なんか……」

 

 「いいんですよ。元より使いどころが無くて荷物を圧迫するだけの無用の長物でしたから。このポーションも、今必要としている貴方達に使われた方が本望というものです」

 

 聞きつつ、村人達は「なんと懐の広い方々なのだろう」と、涙を流しながら感謝の言葉を述べた。

 エレティカは内心で、「もう手に入らないかもしれないという考えは無いのだろうか?……まぁ腐る程なんてもんじゃない位あるし……大丈夫か」と呟いたが、無論心中にとどめて置いたので、それが誰かに伝わる事は無かった。

 

 

 

 「……俺のエレティカが天使過ぎて生きるのが辛い」

 「……それ、下僕の前では絶対に言わない方がいいわよ」

 「え?何で?」

 「…………」

 「……あっ、そ、そうか、あぶねぇ……」

 

 

 声優だけあって、既に下僕達の”キャラ”をなんとなく理解していたぶくぶく茶釜は、もし本当に弟が「生きるの辛い」とか言い出した日には「何がご不快な点がございましたか!?」「自害してお詫びを!!」とか言い出しそうである。

 ジトッと(ネチャリと?)有りもしない目で睨みつけられ、ようやくそれに気付くペロロンチーノ……いや、”ゴウン”であった。

 

 

 あれから、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、モモンガの三人は名前を変えた。

 いや、正しくは変えたというより、ナザリック外でのみ、別の名を名乗ることにした。

 

 ペロロンチーノがゴウン。

 ぶくぶく茶釜がウール。

 モモンガはアインズである。

 

  理由は、その方が”アインズ・ウール・ゴウンの名を広める”という目的を遂行しやすいだろうと考えたためである。

 

 もしプレイヤー等がこの世界に居た場合、そしてアインズ・ウール・ゴウンを知っている場合、これだけでも気付いてもらえる可能性が高い。

 

 

 「(少し違和感があるけどね……ゴウン様とウール様って……まぁ、ご主人様はご主人様でいいか)」

 「ありがとねぇ。本当に……」

 「いえいえ」

 

 

 こうして、ナザリック外での名前を決めたはいいものの、ぶくぶく茶釜様は果たしてちゃんとウールの名を使う日が来るのだろうか?と益体の無い事を考えながら、けが人の口にポーションを流していく。

 

 

 エレティカは目の前の人間を見ながら、自分が彼らに対してどういう感情を抱いているかについて考えた。

 

 

 先程の騎士、いや、ゴミにも等しいカス共は、やはり、ゴミにも等しいカスとしか思えなかった。

 目の前の彼らはどうか?

 ゴミにも等しいカス……とは思えなかった。

 先程殺したカスと同じ、人間なのにだ。

 だが、かといって人間に友好的な感情を持ち合わせているかというとそれも違う。

 

 「(私のカルマ値は善寄りだった筈だけど……まぁ、それを言ったらセバスだって、悪人には容赦無かったような気もするし)」

 

 案外、生来容赦の無い性格だったのかもしれないが、今となってはどうでもいい事だ。

 流石に転生する以前から人を殺しても何も思わないような人間では無かったと思うが。

 

 結論として、エレティカは人間に対し「敵対する人間=救う価値のないゴミ以下の存在。友好関係にある者は=あまり興味が無い」という結論に至った。

 

 「(……いや?まてよ……?一つ、例外があった)」

 

 

 エンリとネムだ。

 

 

 よく考えてみれば私の彼女らに対する態度はかなり友好的と言っても良い。

 出来れば彼女らの両親も救ってあげたかったとすら思う程には。

 

 彼女らと、目の前の人間の違いは何だ?

 

 

 少女だったから?違う。

 

 可愛いから?全く無いとは言い切れないが、違う。

 

 彼女らが特別だった?

 

 

 「(……そうか、原作に深く関わるキャラクター……)」

 

 

 とるに足らない人間、その中にたった一握りの例外として、原作に登場する人間のキャラクター……今後登場する、漆黒の剣やンフィー、敵として登場するクレマンティーヌ、カジット、それから漆黒聖典を思い浮かべ、確信する。

 

 「(やはり違う。彼らは、私の中で、いや、人間の中で、例外の存在だ)」

 

 

 何故なら、彼らに干渉する、それはつまり、原作に干渉するのと同義だ。 

 もっと言えば、ナザリックの面々に干渉し、間接的に原作に干渉する事と同義。

 

 彼らは、エレティカにとって、「原作に干渉する為に必要な者達」である。

 

 

 「(まず漆黒の剣、彼らを救いたい……)」

 

 これから起こるであろう出来事を指を折って数えていく。

 

 「(ンフィー君が怖い思いをしないようにしたい……個人的にはクレマンティーヌさんも好きだから、生かしたい……カジッちゃんは……宝珠に操られているだけなんだとしたら、救うべきか……それに何より、妹、シャルティア……あの子も、洗脳なんてさせたくない。というか、絶対させない)」

 

 しかし、原作通りに進むと不幸な結末を迎える者が居ると知っておきながらそれを傍観する……それが自分に出来るとは思えなかった。

 

 だが一つ、無視できない問題がある。

 

 「(シャルティアサイドとモモンサイド、同時に介入するのは不可能という事……でも……なんとかして、救いたい……きっと、知っている私にしか、救えない)」

 

 

 「なんとかしないと……」

 

 

 ここに来て、彼女の行動指針が定まった瞬間であった。

 

 

 「た、大変です、村長!き、騎士風の男達が、村に向かって来ています!」

 「なっ……ど、どうして……どうすれば……!?」

 

 と、考えているうちに、原作が進んでいくようである。

 声をかけようか迷う暇も無く、背後からため息が聞こえた。

 

 「……モモ……ッアインズ様」

 「また、厄介事か……(ここまで関わってしまったんだ……こうなれば最後まで面倒を見るべきだろうなぁ)」

 

 アインズは、渋々彼らの話を聞き、指示を出した。

 その内心はおくびにも出さず。

 

 村長を残し、村人達が避難をしていると、漸く肉眼でその姿を捉えられる位置まで彼らが迫り始めていた。

 

 



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戦士長との邂逅

 「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフである。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐する為に、王のご命令を受け、村々を廻っているものである」

 

 装備は不揃いであるものの、所々の装飾や色のイメージで統一されているその騎士……いや、戦士達を率いる者、エレティカは初の戦士長との邂逅に、そういう印象を抱いた。 

 

 「王国戦士長……!」

 

 「ん……?」

 

 王国戦士長、と聞いてカルネ村の村長が驚きの声を漏らした。

 そして、それを敏感に感じ取ったアインズは、ガゼフという人物の、”王国戦士長”肩書きから、漠然とではあるが、「多分この王国の戦士の中でも相当に上位に位置する者なのであろう」と推測した。

 

 「カルネ村の村長だな……横に居る者達(・・)は一体何者なのか、教えてもらいたい」

 

 対してガゼフは、対面する黒いローブを纏い、怪しげな、怒っているようにも泣いているようにも見える仮面を被り、表情の一切が把握出来ない男。

 そして、その傍らに随伴するように一歩引いたところで佇む、黒い甲冑の、胸部の形状からして恐らくは女性と思われる、ハルバードを持つ騎士。

 同じく、その対になる位置に、一見、赤黒い血を思わせるドレスを身にまとい、不気味な形のハルバードを持つ、不自然な程真っ白な肌の少女が、その外見の年齢からは考えられない程妖艶な笑みを浮かべそこに佇んでいた。

 

 「こちらは……」

 

 「それには及びません。初めまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウンの一員……今はアインズと名乗る者です。この村が襲われて居る所を助けに来たマジックキャスターと、その伴をする者達です」

 

 村長に被せるようにアインズがそう告げる。

 そして言い終わると同時に、ガゼフは驚いたように軽く目を見開き、馬から降りた。

 

 「この村を救っていただき、感謝の言葉もない!」

 

 と、感謝の言葉を伝える為に。

 

 内心「怪しい奴め!ついてこい!」みたいな展開になったら、等と考えて居た節もあり、戦士長だというのに随分簡単に信用し、そして感謝を述べるのだなとアインズは思っていた。それが彼の性格故か、あるいは戦士長といえど、この国ではそこまでの権力を持っていないのかまでは分からないが、”虫程度の親しみ”が沸くのを感じる。

 

 「戦士長!周囲に複数の人影!村を囲むように接近しつつあります!」

 

 そこに、一人の戦士がガゼフの元にそう報告を告げ、それがアインズやエレティカ達の耳にも入った。

 

 

 「(やれやれ……なかなか帰れそうにないなあ)」

 

 

 思えばただこの世界の住人の戦闘レベルが知りたかったが為にした行動だったが、こうも事が大きくなっていくとは思わなかったのもあり、疲れを知らないハズの体が重くなったように感じた。

 

 

 そして、それから数分後。

 

 

 村の倉庫にあたる場所にて、身を潜めながら相手の姿を確認すると、報告通り、村を囲うようにして、それは現れた。

 

 「(アニメではそこまで意識して見ていなかったから分からなかったけど、たしかに、この世界のマジックキャスターの水準を考えると、あの数はそれなりに驚異かもしれないわね……)」

 

 今見えるだけで少なく見積もっても二十人以上のマジックキャスターで、見えないのを含めると、記憶では百人以下の構成員で、それぞれ第三位階の魔法を使えるとかなんとか。

 

 そんな一人前のマジックキャスターをこれだけの数を揃えるというのはなかなかに骨が折れる事だと一人考えていた。

 

 原作では居るような居ないような連中だったが、そう考えると大したものである。

 

 今後出会うであろう一人前の冒険者チームのマジックキャスターを百人集めましたと言えばそれがどういう物か分かるだろう。

 

 

 そんな事を考えながら一人頷いていたエレティカだったが、「どうせ死ぬ」という彼らの未来が決定している以上、「死人について考えても無駄か」と興味をなくした。

 

 しかしただこうやって突っ立っているだけで終えるつもりはなく、彼女はあることに関しては介入をするつもりである。

 

 といっても、唯一彼女がやれること、やる必要がある事と言えば、彼らを一通り回収し終えた後、情報を聞き出すために拷問する時に訪れる。

 彼らは情報の漏洩を阻止する為に、ある一定の条件で情報を吐露してしまいそうになった場合、強制的に死に至る魔法が掛けられている。

 それを彼らが知っているかどうかは定かではない……もしかすると本国が彼らを覗いていた事すら知らない所から、それ自体知らないのかもしれない。

 

 まぁ、重要なのは彼らが知っているかどうかではない。

 拷問する側としては、情報を聞き出す前に死んでもらっては困るのだ。

 

 「(だから私は、彼らが拷問にかけられる際、手を加える必要がある)」

 

 まぁ具体的には……最初からニグンを拷問するのではなく、念の為に雑魚から拷問にかけていった方が良いのではと言っておくとか……。

 

 管轄外(?)なので怒られるかもしれないが、いざ拷問して「ほら見ろやっぱり念の為に雑魚からにして良かっただろう」となればそれで良いのだ。

 

 そんな事を傭兵NPCであるエレティカが進言する事自体に違和感があるのだが、そこにエレティカは気付かない。

 

 

 「……ではこれをお持ち下さい」

 

 「?……君からの品だ!有り難く頂戴しよう」

 

 

 等と彼らの明日を考えている内に、話し合いは済んだらしい。

 

 

 ……そこで、はたとガゼフとエレティカの目が合った。

 

 

 ガゼフは、初めて落ち着いて彼女を見た。

 

 初見ではとても戦いが出来るような、この心の広く、そして強いアインズの伴として、あまりに幼すぎるのではないか、と思ったが、考えてみれば、自分の身長よりもある大きなハルバードを持っているというのに重そうな素振りも辛そうな素振りも無く、今も全く同年齢の少女を思わせない笑みで微笑んでいる。

 

 恐らくは彼女もアインズと同様、秀でた才の持ち主であり、ともすれば筋力、あるいはハルバードの扱いに秀でたタレントの持ち主か何かなのかもしれないなと結論づけた。

 

 とはいえこの幼い子供が戦いの場でハルバードを振り回す事に思う事が無いわけではないので、要らぬ世話だと分かっているが、彼女に話しかけることにした。

 

 「君も、村を救ってくれてありがとう……しかし、その歳で戦いの場に出るのは辛くないのか?」

 

 そう聞かれたエレティカの反応はというと、「ガゼフってやっぱ渋くてカッコイイなあ、前前世じゃこんな筋肉隆々でゴツい人あまり見ないし」等と考えていた為、考えてもいなかった自身への問いに一瞬困惑する。

 

 そして口から出た答えは、「いえ、大丈夫ですよ。私、こう見えてすっごく強いですから」というものだった。

 

 100%事実であるのにも関わらず、その態度とセリフから、子供が見栄と威勢を張っているようにしか聞こえなかった。

 

 おのれ……私がヴァンパイアで無ければこんなことには。

 

 

 

 ガゼフはそれを聞いて、その態度から本当か嘘かわからなくなり、曖昧な笑みを浮かべ、子供とはいえ村を直接的に村を救ったのは彼女とアインズが制御するデスナイトであると聞かされていたのを思い出した。

 

 「そうか、それは頼もしいな」

 

 ガゼフはそう笑いかけながら、その場を後にした。

 

 ちなみにもう一人の黒い甲冑の女騎士とも目が合ったが、彼女からは初対面であるというのに異様に冷たい目線を向けられていたので話しかけるのは止めようと考えた。

 賢明な判断である。

 

 

 「アインズ様、私はこのままアインズ様の御身をお守りするということでよろしいのでしょうか?」

 

 「うん?このままでいいぞ。それとも何か問題があったか?」

 

 問題、と聞いてアルベドがキッと「アインズ様に問題などあろうハズがない!」とエレティカに殺気を向けるが、それを受け流し、「いえ、早期解決を求むのであれば私が出て行ってあの小蝿を叩き落としてきた方が早いのでは?」と言った。

 

 それに対し、アインズは「まさかこいつも(人間嫌い)なのか?」と疑い、「お前も人間は嫌いか?」と問う。

 

 「いえ、人間そのものが嫌いという訳ではありません。純粋に、ご主人様の敵なら排除すべき者であり、味方、あるいは何かしらの役に立つのなら、レベル1の人間でも生きる価値が存在すると考えております」

 

 

 それを聞いたアルベドが「はぁ?」とでも言いたそうに首を傾げて怪訝そうに見つめるので、エレティカはそんな事があるのかは別として、と付け加えた。

 

 アインズは聞きながら「エレティカにとって人間かどうかが重要なのではなく、敵か味方か、それ次第であるという事か。まぁ主人を守る傭兵と考えるなら……それらしい答えではある」と思う。

 

 一応、「敵だと判断した場合なら良いが、出会って間もない人間に悪感情を持たれるような事はするなよ?まぁエレティカなら心配ないと思うが」と釘を刺しておいた。

 

 まさか、「あなたは味方ですか?それとも敵ですか?」とハルバードの切っ先を首元に突きつけたり……しないとは思うが、ナザリック勢の影響を受けているのなら十分ありえると思えたからである。

 

 「で、奴らの処分についてだが……まぁたしかに早期解決にはそれが一番だが、今回はあのガゼフとかいう、この王国最強の戦士の実力とやらを見せてもらう絶好の機会だからな……この世界のレベルの水準がこれで明らかになるという訳だ」

 

 「成る程!流石はアインズ様ですね」

 

 まぁそうであるのは知っていたがと内心で零しつつ、エレティカは全力でヨイショした。

 

 

 「……(あれ?まてよ?よく考えたら俺がわざわざ出て行くまでも無いのではないか?)」

 

 

 エレティカの「私が殲滅して来ようか」という案を「いや、相手の実力が見たいから」と却下したものの、考えてみれば、「相手の実力が見たいから」と伝えてさえおけば良いのではなかろうか。

 

 敵の実力が見たいのなら、「手加減して実力を引き出してから殺せ」と命令すればいいのだ。

 無論ユグドラシルでは考えられない事だが、ここはゲームではないのだから可能なはずである。

 

 見たところあの天使達ではまかり間違っても、天地がひっくり返ろうがエレティカには敵わないというのはナザリックの者なら誰でも分かる事実。

 

 であるならここは、わざわざ”上位者”である自分が出るのではなく、部下であり、下僕である彼らに仕事を与えてやるというのもまた上位者たる自分の努めと言えるのではなかろうか。

 

 そして、冷静で、強く、恐らくはこの仕事をこなせるであろう者が今、目の前に居る。

 

 急に見つめられたからかきょとんとして首を傾げているが。

 

 決意するまでにそう時間は掛からなかった。

 

 アインズは、友人にメッセージを繋ぐ。

 

 

 

 『……ペロロンチーノさん、ちょっといいですか?』

 

 『……はい?』

 

 

 

 

 

 数十分した所、場所が変わって、戦士長サイド。

 

 

 アインズが魔法でそれを覗くものの、それは「お世辞にも高いとは言えないレベルの戦いである」という印象しか抱けない。

 

 唯一特筆すべき点があったとすれば、戦士長の放った”武技”というらしい、スキルにも似た技の数々。

 

 「(あれはユグドラシルには無かった……この世界特有の戦闘技術ということか)」

 

 にしては、相手側は使役するモンスターがユグドラシルと同じものであるというのは一体どういう事なのだろうか。

 

 偶然で異世界にユグドラシルと同じモンスターが居るなんてことが果たしてあり得るのか?

 

 

 考えている内にも、戦況は変化し……いや、進行していくというべきか。

 一時はその武技でもって天使達を打倒していたガゼフだったが、何度倒しても数が減らない天使に、徐々に体力を奪われ、傷も数を増やしていき、戦況は悪化する一方であった。

 

 「お前を殺した後、村人達も殺す。無駄なあがきを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに、苦痛なく殺してやる!」

 

 そうニグンが言い放つと、ガゼフは「フッ」と嘲笑する。

 

 「……何がおかしい?」

 

 「フッフ……愚かな事だ……あの村には、俺よりも強い御仁が居るぞ……!!」

 

 「ハッタリか?……天使達よ、ストロノーフを殺せ」

 

 そして、指示に従い、天使達が動き出す。

 

 万事休す、ガゼフは死を覚悟した……だが。

 

 

 『では行ってまいります』

 

 

 

 

 

 瞬間、目の前には天使達とそれを使役する敵の姿、ではなく、死屍累々、いや、全員怪我を負っているものの生きている仲間達の姿、つい先刻避難したはずの村人達、そして村を救ったというマジックキャスター、アインズ(・・・・)とその伴をする黒い女騎士の姿であった。

 

 「こ、ここは……?」

 

 「ここは村の倉庫です。仲間(・・)が魔法で防御を貼っています」

 

 そうアインズが応える。

 ガゼフは彼を見て、ある違和感に気づく。

 

 そうだ、ここを出る前に一言二言だけ会話した、あの少女の姿がないのだ。

 

 「……あぁ、エレティカは今、あの者達の始末に行っていますよ」

 

 「なっ!?」

 

 顔色から彼の疑問に答えるアインズ。

 ガゼフはその言葉に思い当たる節が脳裏に浮かび、先程アインズから貰った、妙な形のアイテムを懐から取り出すと、それは役目を終えたとでも言うように、光の塵となって空気に溶けていった。

 

 「……まさか、いや、それは一体……!?」

 

 「心配ご無用ですよ」

 

 とはいえ、少女である。

 見た限り、成人もしていない、幼い少女だった。

 

 「……あの娘を、見かけ通りの者だと思ってみているなら、今すぐやめた方がいい。……あれは、彼女は、貴方の何倍も強い」

 

 激高しそうになった頭が、アインズの言葉によって冷水を浴びせられたように冷えていった。

 それ程までの説得力が、その声色に現れていたからだ。

 

 これは直感でしか無いが、多分彼は本当の事を言っている。

 

 リ・エスティーゼ王国の戦士長がたかが旅のマジックキャスターの伴である少女に劣るなど、一体どうして信じられようか。

 

 だが、実際、村を救ったのは誰であったか?

 アインズ殿は彼自身が使役するデスナイトとエレティカという少女の手で救ったのだと言っていた。

 この村の村長、そして他の村人から話を聞けば多く出てくるのはアインズ殿の名前、そして次いで多かったのが彼女の名前である。

 

 主な功績を挙げていると思っていたデスナイトはちょろちょろと名が挙げられるだけ。

 

 もしかすれば、あの少女は外で番犬の如く鎮座する大いなる死の騎士よりも強いという事なのではなかろうか。

 

 であるなら、認めざるを得ないだろう。

 恐らく、彼女は、俺よりも強い。

 

 

 そう彼の脳が結論付けた瞬間、既に体力の限界を超えていた戦士長は、フッと力が抜けバタリとその場に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「誰だ、お前は?」

 

 「ごきげんよう、スレイン法国の皆様。私はエレティカ・ブラッドフォールン。君命に従い、貴方達に絶望をお届けに参りました」

 

 

 戦場には、ガゼフと入れ替わるように、ハルバードを持つ華麗な令嬢(絶望)が現れた。



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こんにちは、死ね。



前置き


この二次創作オバロの世界における「吸血鬼の判別方法について」ですが

・赤い目
・白い肌
・特徴的な牙

などが特徴として挙げられましたが、原作でシャルティアと遭遇した人達の反応が、


盗賊(山賊?)=シャルティアを見ても幼い少女(おっぱい)としか思わなかった。(彼が無知であるか、暗かった、逆光だった為という可能性もあるが)

ブレイン(爪切り)=再生力を見たのと、その容姿の特徴から吸血鬼だと判断

ブリタさん含む冒険者の皆様=本来の姿(ヤツメウナギ)になったシャルティアを見て吸血鬼だと判断。

漆黒聖典=同上、あるいはアンデッド探知で気づいたか。


……と考えた結果、容姿で判別は難しいという事にしました。
吸血鬼であると断定できる判断材料は


・真祖である状態の姿(シャルティアとブリタさんが出会った時の状態、ヤツメウナギ)
・斬られてもすぐに傷がふさがる
・目を見せる事で催眠?ができる


などの判断材料があってようやく吸血鬼と断定できる、ということにします。
なので、今後は特に魔法や変装で隠すといったような事はしないこととします。

今回は無知な作者のために感想やメッセージで教えていただき、
誠にありがとうございました。

それでは長くなりましたが本編へどうぞ。


 やはり、アニメや本で見聞きするのと、実際に見てみるのとでは印象が違うなあとエレティカは一人考えていた。

 

 原作ではただの雑魚に過ぎなかった天使達……おお、考えてみればかなりのサイズ、そして威圧感である。

 とはいえそのレベルでは、まんま羽虫に過ぎないのだが。

 

 ニグンの顔もこうしてみれば、いやなかなか、うん、もし私がエレティカではなく、人間だった頃の彼女だったならば今頃足が竦んでいたかもしれない。

 

 

 ……ちなみに、何故原作ではここに居るはずのアインズとアルベドが不在でエレティカがここにいるかというと、単にアインズがエレティカの意見を聞いて「考えてみればわざわざ俺が動くまでもないな?」と考え直した為である。

 

 こうして無力化から転送までの工程を丸投げされたエレティカだったが、むしろそれはゲートから直接拷問官へ「拷問するなら念の為に雑魚からやる方がいいですよ」と一言言っておく、という目的を達成するなら願っても居ない事であった。

 

 

 ……まぁ素直に聞いてくれるかどうかは別として。

 

 

 「では、一応警告をせよとの指示なので、警告します。無駄な抵抗は止めて、命を差し出しなさい。さもなくば、先の宣告通り、絶望を与えながら殺します」

 

 エレティカは、地面にハルバードを突き立て、両手を広げ、自称「勧告のポーズ」で、笑顔でそう言った。

 ……言っている内容はその笑顔からはかけ離れすぎて一瞬の困惑が彼らを襲う。

 

 「……娘、幼い子供なら手心を加え、見逃してやるとでも思ったか? ……お前は殺し、ガゼフも見つけ次第殺す。そしてその後ろに居る村人も殺す……天使を突撃させよ!」

 

 その命令に従い、天使が高速で少女に光の槍を突き立て、そして、対する少女はなんの抵抗も回避もせず、光の槍は呆気なくその体を貫いた。

 

 「……フッ! 無様なものだ、子供だからと容赦はしな……」

 

 と言い終わる前に、異変に気づく。

 

 天使達がその場から微動だにしないのだ。

 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら必死に抵抗するように。

 

 「……これはひょっとして、命の差し出しは拒絶しますよ、という事でしょうか?」

 

 いつの間にか、天使の顔にアイアンクローを決めるエレティカ。

 背丈の関係上、本来空中に浮かんでいるハズの天使が、地に足を付け、その足で踏ん張っているという奇妙な光景がそこにあった。

 

 そのまま、メリメリと嫌な音が鳴り……頭が握り潰れた、と思った瞬間、天使は光の塵となって消えていった。

 

 「ば、馬鹿な!!」

 

 「何かのトリックに決まっている!!」

 

 「……私のご主人とそのご友人の方々が、貴方達の使うその羽……天使達と魔法に興味を持たれていらっしゃったのですが……それは貴方達を殺したあとにしましょう」

 

 そう言いながら、「やれやれ仕方ない」とでも言いたげに、面倒くさそうに、もったいぶってエレティカはハルバードを手に取った。

 既に先程までの真っ黒な笑みは無く、ただただ無表情に、無感情に彼らを見る絶望がそこにあった。

 

 

 「ではさようなら(死ね)

 

 

 瞬間、バンッ!と何かが爆ぜる音が鳴り響き、同時にエレティカの姿が消え、立っていた位置は、小さく土が抉れた。

 

 「なっ!?」

 

 認識することすら許されないスピードで事態は急転する。

 

 消えた少女は天使の真正面に姿を現し、一瞬で天使を叩き斬り、光に変え……終わる前に、次の天使へ、その鎧を蹴り、次の、次の、次の、そして最後の天使を叩き斬り、次は騎士達の番だ、とハルバードの切っ先を一人の騎士に今ふり下ろそう……としたところで、ビタッとその動きが停止。

 

 ようやく彼らの前に姿を現したと思ったら振りかぶるポーズで停止した少女。

 

 上空を見れば先程までいた天使達はただの一体も残ってはいなかった。

 

 肝心の少女はといえば「……あ」と、まるで何かを思い出したかのように呟くと、再び姿を消し……先程まで自分がいた場所へと戻っていった。

 

 ハルバードを向けられていた騎士はあまりの殺気に気を失ったらしくそこで倒れた。

 

 

 (そういえば、実力が見たいからすぐには殺してはいけないんだった。失敗失敗)

 

 「な、何が……起こった?」

 

 

 少女が消え、なにかが爆ぜるような破裂音が聞こえ、何かが連続して天使達を叩き切る音が聞こえ、騎士の一人に少女がハルバードを振りかぶったかと思えば、騎士を叩き切ることなく、何事か呟いて、「そこが定位置」とでも言うように先程まで居た場所に戻った少女。

 

 ……これが、たったの一瞬、時間にして数秒の出来事である。

 

 「う、うわあああああーーーーっ!!」

 

 一人の騎士が錯乱し、魔法を放つ。

 錯乱するのも無理はない。

 本当に、瞬きをするような時間の刹那、使役する天使を全て叩き切られたのだから。

 

 それに続いて次々に魔法が放たれていく。

 

 

 『こちらから確認しているが、どれもユグドラシルで見たことのある魔法ばかりに見えるんだが……お前から見てもそうか? エレティカ』

 「はい、はい。ええ、私から見ても、どれもユグドラシルで見たことのある物ばかりです」

 

 

 ……しかし当たらない。

 ただの一発も、少女に当たる気配はなく、こともあろうに少女は一歩も動かずにその魔法の全てを尽く躱し続けていた。

 

 

 『そうか……どこで覚えたのか、聞く必要があるな』

 「はい。そうですね、これが終わった後で聞いてみるとしましょう。きっと快く、懇切丁寧に教えてくれるはずです」

 

 「うわあーーーーっ!!!」

 

 

 そして、ある一人の騎士が錯乱したのか、あるいは魔力が切れたのか……石つぶてによる攻撃を仕掛けようとした。

 

 だが、その瞬間、ピゥン、という風が切れる音、そして一瞬だけ見えた光の筋が彼の頭を貫き、ズドンと爆発し、一瞬で彼の頭部を破壊、死亡させた。

 

 

 「な、何が……起こった……?」

 

 「もう、ご主人様ったら……」

 

 

 困惑したように騎士達、ニグンを含め、「今何が起こったのだ」とエレティカを見るも、エレティカ本人はたった今頭を吹き飛ばされた騎士自体には見向きもせず、どこか、全く違う方向に目を向け、「困った人だ」と呆れるように、あるいは照れるようにその先を見ていた。

 

 「きさっ、何っ――監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!! かかれ!!」

 

 困惑し、「貴様、何をした!?」と言おうとしたニグンだったが、どういう訳か心ここに在らずといった様子の敵を見て、「油断したなバカめ!」とばかりに上位天使に指示を下し、その鉄槌をエレティカに振り下ろさせた。

 

 だが、振り下ろされた鉄槌は、こちらを見てもいないその少女の片手で、小動もせずに止められる。

 

 「あっ、すいません。少しよそ見をしてしまいました」

 

 言いつつ、止めている方とは逆の方の手でハルバードを構え直し、切っ先が見えない程の速さでハルバードを振るい、上位天使を雑多切りにした。

 

 気づいたときには既にバラバラと光となった上位天使を、顎が外れるのではというほどにあんぐりと口を開けながら激昂する。

 

 「じょ、上位天使を、一瞬で……!? こんな、小娘がァ!? あ、ありえるかぁ!! 上位天使がたったの一瞬で滅ぼされるはずがない!!」

 

 「た、隊長! 我々は、ど、どうすれば!?」

 

 部下の困惑の声にハッとしたニグンは、こういう非常時の為に国から持たされたあるものを思い出し、それを懐から取り出す。

 

 「最高位天使を召喚する!!」

 

 『あれは……輝きからするに……超位魔法以外なら封じ込めることができる、魔封じの水晶……エレティカ、最大限に警戒せよ』

 

 「ハッ、承知しました」

 

 とはいえ、エレティカはこれの中身がまかり間違っても最高位天使等とは呼べない糞雑魚かませ天使さんであることを知っているのだが……一応、警戒する振りだけは必要だろう。

 

 

 「見よ!! 最高位天使の尊き姿を!! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!!」

 

 

 そうして放たれた光から翼を広げ現れたのは……まぁ、うん、成る程……たしかに何も言われず、ユグドラシルの知識も無く「これが最高位天使ですよ」と言われたら信じてしまいそうな、強大(笑)な天使であった。

 

 「これが……切り札、という訳ですか?」

 

 「そうだ!! 貴様にはこの宝を使うだけの価値があると判断した!」

 

 「…………」

 

 「恐ろしいか? 年相応に怯えてしまうのも無理はな――」

 

 「下らないですね……」

 

 思わず、「はっ?」と間抜けな声がニグンの口から漏れる。

 今、奴は何といった?

 

 「聞こえませんでしたか? 貴方の言うその切り札とやらがあまりに幼稚でお粗末で下らない物だったので、落胆していたんですよ。これではあの御方と私の今までの警戒が、全て無駄になってしまいました」

 

 「何を……何を言っている……!? まさか、いや、そんなハズはない!! お前のようなちっぽなクソガキにぃっ!!! 最高位天使が負けるハズがない!!! ハッタリだあぁぁ!!」

 

 駄々をこねる子供のように絶叫し、そして最高位天使(笑)に「ホーリースマイトを放て!!」と指示を下す。

 

 原作ではアインズがあえてこれを受けたが、別に親切に受けてやることもないだろう。

 あれは単にあの作品において「敵の切り札の攻撃を真っ向から受けてもピンピンしてるモモンガ様TUEEEE!!」っていう場面なのであって。

 

 無論今エレティカが立っているのはそんな原作、作品の中の世界ではない。

 故にわざわざそこで立ち止まってやるもなく、ひょいとその光の柱を躱した。

 

 「なぁっ!!?」

 

 「あの、もういいですよ?」

 

 ホーリースマイトによる轟音が鳴り止み、少女は口を開く。

 

 「もう戦わなくていいですよ、今のが切り札だったんでしょう?

 

 もう貴方達のデータは取り終えました、もう用無しです。

 

 貴方達が生かされている理由はたった今無くなりましたので、もう無理して戦おうとしなくても結構です。

 

 あぁ、結果が分かっているのにいちいち抵抗するのも面倒でしょう?

 

 ですからそこで大人しく横になって下さい。

 

 とはいえ一応、歯向かって来たので、今更絶望を与えないという訳にも行きませんから……腕の一本や二本、あるいは足の一本や二本、あるいはもう二度と詠唱が出来ないように喉を潰しましょうか、それともそのちんけな自尊心をズタズタにするためにおなじくちんけな***でも切り落とし、それを目の前で豚の餌にでもして差し上げましょうか?

 

 腕、足、喉、性器、目、内臓、神経、精神、記憶、誇り……さぁ、どれを潰しましょうか? どれを潰して欲しいですか? あるいは、これだけは潰して欲しくない、というものはありますか?」

 

 「あ、ひ、あぁ、ぁ……!!」

 

 

 先程まで、その驚くべき身体能力、素早さでもって、一瞬で距離を詰めて天使達を屠っていたというのに、彼女は今、一歩、一歩と、恐怖を煽るように、今まで見たことがないほどドス黒い笑顔を浮かべながら、彼らに、両手いっぱいの絶望を、今、与えようとしていた。

 

 「ま、まま、待ってくれ!! え、エレティカどの、いや、様!! 私達の! いや私だけで構いません!! い、命を助けてくださるのであれば、望む額のよう、用意を……!!」

 

 少女は歩みを止めない。

 

 しかしニグンが命乞いを言い終わると同時に、一瞬にして、顔から殺気が、悪意が消え去り……代わりに、その年齢からは考えられない程の、妖艶な色香を思わせる笑みで、ゆっくりと言い聞かせるように囁いた。

 

 

 「ダァ~メッ……♥」

 

 

 そうして、ハルバードは今日一番の大きな風切り音を鳴らしながら振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 「君命に従い、賊共の殲滅及びナザリックへの転送、完了しました」

 『うむ、よくやった』

 

 こうして、カルネ村での騒動は幕を閉じ、私はナザリックへと帰還した。

 

 裏でナザリック五大最悪の一角「役職最悪」、特別情報収集官……いわゆる拷問官である、ニューロニスト・ペインキルとの邂逅で盛大に罵倒されたりした挙句、それを耐え抜き、全力のヨイショによって事なきを得て、結果として、一人の騎士、一番最初に私が切りかかろうとしただけで気絶してしまった男が、情報の漏えいを防ぐ為の呪いとも言える魔法により死亡。

 

 以降はこの魔法をどうにかするか、また別のアプローチから情報を聞き出す必要があり、今この時点で拷問などにかけることは情報を失うことになりかねないという結論に至り、彼らは今、第二階層の一区画「黒棺(ブラック・カプセル)」にて、”あまり食いでのない餌”もとい”苗床”ついでに”おつまみ”として扱われることとなった。

 

 体の中を虫が食い荒らす激痛と、皮膚と肉の間を虫が走る悍ましい程の嫌悪感に晒され、口の中に全力で食いちぎろうとしても異常な程硬い外殻で守られた虫が入り込んでいることにより、舌を切って死ぬこともできない、体力の低下や栄養が足りずにとか虫がやりすぎて、という理由で死にそうになってもどういうわけかすぐに回復させられてしまう、まさに生き地獄であった。

 

 エレティカは当初の目的であったニグンの生存は達成できたのでそれ自体は毛ほども気にしていない様子だったが。

 

 彼から齎される情報が今後どういう影響を与えるかは不明だが、まぁ……数ある二次創作を読んでいるうちに、ニグンのような奴でも好きになってしまう事がたまに、極希にあったりするので、そういった事が遠因でニグンを生かそうと思ったのかもしれない。

 

 結果的にはモモンガの胃腸が「あぁぁ貴重な隊長格の情報源を失ってしまったあァァァ」と悲鳴を上げなかったという位しか今のところ変化はないのだが。

 

 ……いや、変化といえば、エレティカは今現在、何かを見落としているような、何か大事なことを忘れているような気がしていた。

 

 

(何、この違和感……? 原作で本来起こっていたハズの出来事が、起こっていない?)

 

 

 本来は発生するハズだったイベントが何かの不都合でフラグが立っておらず、発生しなかったというような感覚だろうか。

 

 

(思い出せ。原作での本来のニグンとの戦いを)

 

 天使との戦い……いや違う。

 ガセフ? 関係無いだろう。

 ニグン、そう、ニグンが関係していた筈だ。

 

 ニグン……その名前を思い浮かべ、エレティカは最後に彼を見た姿を思い返した。

 

 

 『ばげ、もぼぉっ!! 私が居なくなればっ……本国の者達が黙ってはいないぞ……!!』

 

 

 

 本国。

 

 

 『なんらかの情報系魔法……使って…………私の”攻勢防壁”が起動したから大して覗かれては……』

 『”本国”…………俺を?』

 

 

 ……そうだ、あの場面で、初見、「今のなんだったんだ?」というほんの数秒のシーンがあった。

 

 「攻性……防壁……!!」

 

 バリンッとガラスが割れるような音を立て、監視する魔法を阻害したあのシーン。

 タラリと冷や汗が流れるのを自覚する。

 

  

 

 

 

 

 

 「ひょっとして私、見られてた……?」

 

 

 

 

 

 

 私に、攻性防壁のスキルはない。

 

 元々、主人の囮等で、「みられてなんぼ」な状況である事が多かった為である。

 

 

 すっかり忘れていた……。

 

 

 ……いや待て、見られていたのはもうこの際良いとしよう、良いとしようじゃないか。

 百歩、いや千歩位譲って、”私の戦闘がスレイン法国に見られていた”事はもういい。

 

 問題はそれによって、どんな影響が出るのか?

 

 

 一つ、土の巫女姫の生存。

 

 本来はモモンガの攻性防壁により爆死するというなんとも無惨な死を遂げる土の巫女姫さんであったが、今回それはない。

 

 

 二つ、そしてその土の巫女姫が生存する事により、スレイン法国では破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活ではないかという大騒ぎは無くなる。

 

 

 その代わりに「単騎で陽光聖典を殲滅出来る程の戦闘能力を持つヴァンパイア!?」と大騒ぎになり漆黒聖典が駆り出されることになるかもしれないので、シャルティア洗脳回避と喜ぶわけにも行くまいが。

 

 ……というかむしろ目標がヴァンパイアの娘になった分、厄介度が増したような気がする。

 

 十中八九、対ヴァンパイア用の装備とかで出くわす事になるに違いない……!!

 

 ……これもう私スレイン法国に目をつけられたと思っていいのでは?

 タイミング的に、流石に名前までは判明していない、と信じたい……。

 

 

 ……でも、ひょっとすれば、相手が竜王ではなくたった一人のヴァンパイアになった事により、カイレが出てこなくなる、なんて事はないだろうか?

 

 仮にも”警護される立場”であるカイレだ。

 

 たかが強いヴァンパイアというだけで国の宝具を使うだろうか?

 

 彼女しか適性者が居ない超貴重なアイテムなのに?

 

 

 十分に有り得る話だ。

 

 

 もしこれで本当に彼女がいなくなってくれれば、仮に出撃した漆黒聖典とシャルティアがぶつかっても洗脳されるということは無くなるだろう。

 まぁ多分そうでなかったとしても、シャルティアにはご主人様がついているのだから、心配ない、むしろ過剰戦力だとすら思うのだが。

 そう楽観視出来る問題でもないが。

 

 とにかく、油断はせずに事に取り掛かる事にした。

 スレイン法国がどう動くか気になるものの、ここで考えていても仕方のない事だ。

 私は決意を新たに、次に、どう介入するべきかについて考える事にしたのだった。



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やっぱり、情報って大事

 ニグンを蹂躙しカルネ村を救ってから一夜明けた後、玉座の間にシモベ達が集められた。

 玉座にはモモンガ様、その傍らには御主人様とその姉であるぶくぶく茶釜様が異様なオーラを放ちながらそこに立っている。

 

「まずは勝手に私達だけで行動した事を詫びよう。何があったかは、アルベドやエレティカの方に聞くといい。それよりまず、我々から至急伝えるべき事がいくつか存在する」

 

 聞きながら、「いくつか……?」と内心首を傾げる。

 ここで、このイベントで告げられるのは、モモンガ様が名前を変え、アインズと名乗る事にした、という事のみ。

 

 ただし今回に至ってはそれは起こり得ないと考えていた。

 アインズとは今はモモンガが外の世界において使う、「世情に疎いマジックキャスター」としての、仮の名前、という事で落ち着いたはずだ。

 

 

「まず俺から伝えよう」

 

 

 そういって一歩前に出たのは、私の御主人様、ペロロンチーノ様その人だ。

 やはりこういう所も変わりつつある。

 本来、御主人様は居る筈の無い存在なのだから。

 

 

 

 

 

「今後、人間と接触した際、相手が女や子供、特に幼女あるいは貧乳、それらに該当する者だった場合、相手が明確な敵である場合を除き、危害を加えることを禁止とする」

 

 

 

 

 

 …………はい?

 ええと、つまり、なんだ……つるぺたロリに危害を加えてはならない、と?

 いや、まあ、うん……そっかぁ……。

 

 私はシリアスという4文字がこの瞬間音を立てて崩れるのを察した。今回はギャグパートだ。間違いない。

 

 

「うむ、何故? と考える者が殆どのようだな……では一応説明しておこう」

 

 

 

 コホン、とわざとらしく咳払いをして、御主人様は続ける。

 

 

「忠実な下僕である諸君にはこれから様々な活動をしてもらう事になるだろう。時にはどこの誰を殺せ、敵を殺せ、そういう事も往々にしてあるだろう、だが最も重要なのは……それらの判断を君達に任せる、という事にある」

 

 

 カツ、カツ、と玉座の前を歩き回りながら、もっともらしい事を言いながら続ける。

 

 

 「そこで、注意すべき点が先の命令にある。こう言ってはなんだが……君達は”敵であるならば一切の情け容赦なく打ち滅ぼす野蛮な者”と……”秩序と知性、そして隔絶した実力を兼ね、鮮烈かつ苛烈に、その上で目的を優雅に達成する者”……どちらがこのナザリックに仕えるに相応しいと思う?」

 

 

 御主人様がそう言い切り、カッとこちらを振り返る。

 そして、同時にハッと背景に雷が落ちたかのような表情になる下僕達。

 

 

 「俺は後者の方が相応しいと思っている。目的を達成するためならどんな手段でも、というのはそういう手段を選ばざるを得ない”弱者”の発想だ……”真なる強者とその従僕”である諸君には、常に余裕という名の優雅さを持って事に当たってほしい。

 その第一歩が先の命令という訳だ。わざわざ殺さなくても良いような、何の罪も無い女子供を殺してまで目的を達成するような者になって欲しくない」

 

 

 もっともらしい事を言っているようだが、指示した命令は「つるぺたとロリには手を出すな」である。

 

 

 しかし、ナザリックのシモベ達は、そうは思わない。思うわけがない。というか、今のように堂の入った演技で命令されたら、例え「首を切って死ね」と言われても迷うことなくその命令に従うかもしれない。

 

 ただまぁ、無意味な命令でもない。むしろ必要以上に殺したりするのを忌避し、原作で死亡するキャラクターの生存をどこか願っていた私としてはかなり好都合な命令だったので、特に異論を唱えようとは思わなかった。

 

 

 

「異論はないようだな?」

 

「次は私から、と言っても、これは念の為の保険……万が一にもあり得ないと思うけれど、一応命令として心に残しておいてほしい事を一つ」

 

 

 

 続いて前に出るぶくぶく茶釜様。

 なんでしょう? 無節操な性行為は禁止とかそんなんですか?それだとちょっとだけ助かるんですけど(主にアルベドやシャルティアの節操の関係で)

 

 

「この場に居る全てのシモベ達は、どうしてもやむを得ない場合を除いて、お互いに傷つける事を厳禁します」

 

 

 ああ、成程、その事か……と私は思ったが、周囲はどうも納得していない。

 いくら極悪のカルマ値だからと言って無暗に仲間を傷つけるような下僕は居ないと言いたげだが、本題はそこではないのだ。

 

 

「……というのも、この世界に来てから、どうやら私達の知るダメージの法則とこの世界の法則が違う事が既に明らかになっているわ。本来受ける筈の無い仲間からのダメージを受けているという明確な事実としてね」

 

 

 一例として、モモンガ様のネガティブタッチ(触れる相手にダメージを与えるオンオフ可能なパッシブスキル)なんかが挙げられる。

 

 

「よってこれからは仲間同士でも些細な事で傷つけあったりしない事。ひょんな事から命を落とす事もあるかもしれない、そして、貴方達の持つ強大な力は、十分にそれを起こし得る物だと理解して頂戴。……異論のある者は立ってその意思を示しなさい」

 

 

 正直言ってこんな真面目な事言われると思ってませんでした。

 ごめんなさいぶくぶく茶釜様。

 性行為禁止令でしょとか思って申し訳ありません。

 

 

「私達二人からは以上よ」

 

「ご命令お伺い致しました。これよりナザリックに仕える全てのシモベは、『相手が敵でない場合、女、子供、幼女、貧乳、それらに該当する者達に危害を加える事を禁止』、また、『お互いを無暗に傷つける事を厳禁する』、これらを絶対遵守する事を誓います」

 

『誓います』

 

 

「うむ、これよりお前達には今まで以上に働いてもらう事となるだろう……最後に私から一つ厳命する……ナザリックを、不変の伝説にせよ!」

 

 

『ウオオオオオオーーーーーーーッ!!!』

『モモンガ様!! 万歳!! 至高の御方!! 万歳!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間を振るわせるほどの大熱狂で響き渡る万歳コールはその後もしばらく続き、御方が姿を消し、自室か、あるいはどこかへ休みに行かれたか、もしくは仕事の続きに戻った後も、しばらくはその場に熱を持った者達が残る。というより、その場の誰一人として、その場を後にしようとしなかった。

 

 デミウルゴスやアルベドが指示を出すまでは、階層守護者達も動かない。

 とはいえ、約3名程、この後どんなイベントが起こるかは知っているのだが。

 

 

「デミウルゴス。モモンガ様とお話した際の言葉を皆に」

 

「モモンガ様が夜空をご覧になった時、こう仰いました……『私が、私達がこの地に来たのは、誰も手に入れたことの無い宝石箱を、手にする為やもしれない』と」

 

 

 私としては、居合わせる事が出来なかったので知らなかったが、ちゃんとこのイベントは起きてくれていたようである。まぁ本人は相変わらず不在なのだが……。

 

 

「そしてこうも仰いました……『世界征服なんて、面白いかもしれないな』と」

 

 

 そして案の定言っちゃったんですね、モモンガ様……いやまあ知ってたけどね? ひょっとしたらって事があるかもしれないと思っていたが、修正力には勝てなかったよ……。

 

 ……ん? 待てよ、時間的に、御主人様からリアルの事情(仮)を聞いたのと、この勘違いイベントは同時刻な筈……ではアルベドはその後の指輪を貰うイベントでリアルの事情(仮)を聞いたのだろうか? ……指に光る指輪を見るにどうもそうらしい。

 

 

「各員、ナザリックの最終目的は、モモンガ様……至高の御方々に宝石箱を……この世界を捧げる事だと知れ!」

 

 

『ウオオオオオオーーーーーーーッ!!』

 

 

 こうして熱狂と勘違いの渦が巻き起こるナザリック地下大墳墓の玉座の間。

 私もこのテンションに合わせないといけないのは若干恥ずかしくて辛いがこれも必要な事なのだ……多分。

 

 ……別に何があるという訳じゃないけど、あんまりモモンガさんの胃が痛まないように善処しよう……うん……。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 さて、こうしてカルネ村での一件は完全に片付いた……とは、言い難い。

 訳有って、私は法国に自分の存在がバレたかもしれないと危惧しているのだ。

 

 

 そう危惧した私は、対策を取ろう(どうにかしよう)……と、した。

 …………そう、「した」――つまり過去形である。

 

 どう対策を取ろうかと考えたが、そもそもどう出てくるかが不明だし、かといって法国が自分を見ていたかもしれないと……知ったところでどうしたらいい?

 

 

 誰かに言う? 論外だ。まず相手が居ない。原作知識があるのは私だけなのだから。

 

 自分でどうにかするにしても、「アイツなんか最近変な行動してね? 何か企んでるんじゃね?」とか思われたらどうする。いや、無いと思うけど、言及された場合どう言えばいいというのだろう。

 

「なんか法国っていう国に見られたような気がしたから事前に準備をば」

 

 馬鹿なのだろうか。馬鹿なのだろう。こんな事を考える位には私は追い詰められて……結果、とりあえず、成すがままに過ごす事にした。経過観察とも言う。

 

 

 強いてやることがあるとすれば……これからの展開を見て、改善できるところはトコトン改善していく……ようは、お節介を焼く事が、唯一原作知識を持つ私に出来る事だと思っている。

 

 まずひとつは死亡してしまうであろうキャラクターの生存だ。

 

 一番分かり易い例は漆黒の剣という冒険者パーティーの四人、その中でも特にニニャは「魔法の習得に必要な期間が常人の半分で済む」という、ユグドラシル時代から見れば破格のタレント持ちである。

 みすみす見殺しにしてしまうのは()()()()()()

 それ以上に良心が痛むというのもあるが。

 

 因みに、その件で関わってくるであろう、クレマンティーヌ、そしてカジットも活かしたいと思っている。生かすではなく活かす。ここ重要。

 

 クレマンティーヌさんは有無を言わさずぶっ殺しちゃったけど、一応この世界では英雄級に片足突っ込んだ戦士らしいし、もう片方のカジットは割と大きい秘密結社を持っているがナーベによってこんがり肉(おやつ)になっている。

 

 

 勿体無くない? 勿体無いよね?

 

 

 その他、原作から逸れた、あるいは描写されなかった事が起こった際には、その都度対応する事にした。

 

 

 

 そんなこんなで、私はこういった場面で役に立ちそうな情報を可能な限りかき集める事にした。

 

 もしかしたら今後役に立ちそうなアイテムの情報だったりとか、その他にも、色々と役立ちそうな情報やデータが残っているかもしれない、という事で私は、御主人様に許可を得て、『第十階層 最古図書館(アッシュールバニパル)』へと足を踏み入れた。

 

 ここには、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが残したユグドラシルに関する直筆の書物から、趣味で集めていた物、著作権が切れた本のコピー、魔法の本といった実用性の高い物が置かれている。

 尚、魔法の本は「こういう魔法があるよ」という情報が載っているだけであって、それを持っているからといってスクロールのような効果は発揮しない。

 

 だが、情報は有益だ。これを利用しない手はない。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 そして、しばらくすると、私は執務室に呼び出され、御主人様に命令を下された。

 

 

「外部での活動……ですか」

 

 

 どうやら私は、モモンガさん&ナーベラルの冒険者組ではなく、セバスとソリュシャン、そしてシャルティアと共に行くことになった。

 

 

「そう。俺とシャルティア、そしてエレティカは、人に紛れて、盗賊とか犯罪者とか、”突然居なくなっても誰も困らなく、殺したり痛めつけたり食べたりしても問題の無い”人間の確保を目的に、そして二つ目の目的として、武技と呼ばれる、この世界特有の戦闘技術を持つ者の捕縛を目的に活動してもらう」

 

 

 一つ目は純粋に下僕達の為だ。人を食料とする種族の下僕には必要な者(と言っても殆ど嗜好品のようなものだが)も居るし、カルマが極悪に傾いているナザリックの下僕は大抵弱い人間を虐め抜く事が大好きだ。無論、例外も存在するが。

 

 

「そして、そういった事に当たる為、セバスとソリュシャンを囮役として、”格好の餌食”を演じてもらう。これが今回やる事の全容だね。ついでに、セバスとソリュシャンには、そのまま王都っていう場所で同様の任務と情報収集、資金の調達等の任についてもらうことになるかな」

 

 

 まだ王都へ行く途中に居る(と思われる)盗賊の一団の存在については触れられていない、か……ついでにそれっぽい人が居たらとっ捕まえておいた方がいいかな……。でもブレインさんとも会いたい&可能なら捕縛しておきたいんだよね……。

 

 

「承知しました。必ず納得の行く成果を上げて見せましょう」

 

「……いや、そんなに気負わなくてもいいんだよ?」

 

 

 前日までの恥ずかしさを隠すべく、自分なりに忠義を示したのだが、若干悲し気な声を出されてしまう。やっぱりあなたの中で私は娘であって、それ以上でも以下でもないのですか?

 

 ……って、そうじゃないか。確かモモンガさんが冒険者になった理由も「息抜きがしたいから」という理由だったから、同じようにご主人様も表向きは今言った目的で、そして本来の目的は息抜きがしたいっていうだけなんだろう。

 

 

「はい……わかりました」

 

 

 しかし、本当の意味で気を抜くわけには行かない……下手したら妹が洗脳されるかもしれないってのに、呑気にしてるわけには……あと、もしかするとツアーの方にも出会う可能性があるかもしれないし……いや、正史通りに進めば出会う事になりそうだけども……まぁ、それはいいか……。

 

 問題なのは、これで冒険者モモンサイドに直接関与する事が出来なくなっちゃった事なんだよね……。

 

 

「少しだけよろしいでしょうか?」

 

「ん? 何?」

 

「モモンガ様は何を……?」

 

「ああ、モモンガさんはね、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルで冒険者になって名声を稼ぐっていう活動をする事になっているよ。高名な冒険者になれば、それだけ強者や珍しいモンスターの情報やそれに関する依頼、もしかすると友好的な関係を持つ事にも成功するかもしれないという試みによる物だ」

 

 

 うん、概ね原作通りである。

 

 

「お一人で、ですか?」

 

「いや、ナーベラル・ガンマを連れて行くって言ってたかな。一番レベル的に手頃で、そして人間と見分けが付かず、見破られる事もないからって。あと、真面目そうだし」

 

「……お言葉ですが、ナーベラルでは危険では? 彼女は人間に対する嫌悪感がナザリック内でも人一倍強く、話題に挙がっただけで眉を顰めるような娘だったと記憶しているのですが」

 

「………………マジで?」

 

「マジです」

 

 

 これに関しては本当だ。実は少しだけ顔を合わせた事があるが、ちょっと話題に挙がると「とるに足らないノミ以下の下等生物等、いっそ全て根絶やしにしてしまったほうがよろしいのでは?」とか言い出す。

 原作で見て知ってはいたものの、ここまで酷いもんだったのかと愕然した。

 

 とはいえ、既に命令を出してしまった後、本人もやる気になってしまっている以上、今更「やっぱナーベはやめて他の者にしよう」と言う訳にも行かないだろう。

 

 

「……行く前に、少しナーベラルに会って、話をしておきます」

 

「えっと……すまん、エレティカ。頼むよ」

 

 早速、 最古図書館(アッシュールバニパル)で得た情報が役に立ちそうだ。

 

「それで、ぶくぶく茶釜様は?」

 

「引き続きという形になるが、ナザリック(偽)の建造や防衛網の構築に取り掛かってもらっている。そっちはアウラとマーレも担当するんだったかな」

 

 

 なるほど……そっちは特に問題なさそうかな?

 ……とか言ってるとフラグになりそうだ、やめよう。

 

 取り敢えず、私は後日、冒険者として外部活動をするナーベラルに会うことにした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、食堂にて。

 

 そこには食事時になると一般メイド達が集い、各々の創造主が同じ者同士のグループで集まったり、あるいは別の創造主の者と話したいグループで集まったり、方や一人で静かに食事をとりたい者も居る。

 

 そんな中、特に注目を引くのは、メイドの中でも唯一戦闘能力を保有する、戦闘メイド、プレアデスの面々である。

 

 彼女らは一般メイドから、メイドとして、種として、女として、あるいは可愛らしい存在としての憧れの的であり、特にシズ・デルタはその容貌も相まって人気が高い。

 

 だが、今日はそんな彼女らよりも余程珍しい、おおよそこのような場所で会う事等無い、あろうことか階層守護者の一人である、エレティカ=ブラッドフォールンその人の姿があった。

 

 その場の全員がチラチラと彼女を盗み見る中、そんな彼女と対面する形で座っているのは、先の戦闘メイドプレアデスの一人、ナーベラル=ガンマ。

 

 

「突然このような場所で会いに来てしまって申し訳ないわね」

 

「いえ、そんな事は……むしろエレティカ様にわざわざ足を運んでもらう等……」

 

「それはいいのよ。私が貴女に用があったのだから」

 

「用、ですか?」

 

 

 こう言ってはなんだが、ナーベラルとエレティカの間に、これといって関係らしい関係は同じナザリックに仕える者である、という程度、会社で例えると別部署の上司と別部署の部下である。

 

 そんなエレティカがナーベラルに何の用があるというのか?

 

 

「貴女は近々モモンガ様と外部で冒険者として活動するという命令が下っているわね?」

 

「そうですが……」

 

「貴女はナザリックから出て本格的に活動するのは初めてだったわよね? そんな貴女に、私から”要らぬお節介”を焼かせてもらおうかと思って」

 

 

 そう言って、彼女は一つの紙の束……スクロールに使われるような羊皮紙ではなく、ただ単純に文字をメモする為だけに使う植物由来の、薄く、わざわざストレージにしまうまでもなく持ち歩けるような、メモ用紙の束を渡した。

 

 

「これは……?」

 

「とっておきなさい。きっと貴女の役に立つ」

 

 

 そう言ってエレティカは用は済んだとばかりに、さっさと食事を片付け、「頑張って」と言葉を残し、その場を後にした。

 

 彼女の姿が見えなくなってから、ナーベラルは手元に残されたメモ用紙の束に目を向ける。

 

 

「……”人間とうまくやる賢い方法”……? ……これは一体……」

 

 

 一つの纏まり、ともすれば、手作りのメモ帳の表紙に当たる部分に、そう書かれていた。手書きで。

 

 そしてナーベラルはそのタイトルの下に、小さく、しかし衝撃的な事が書かれている事に気付く。

 

 

「”これさえ出来れば至高の御方からべた褒め間違いn……”」

 

 

 そこまで読んで、ナーベラルはその場の一般メイドでは認識する事も出来ない高速の御業でそのメモ用紙を懐に仕舞った。

 

 

 

 



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人間への対処マニュアル

 「あの二人は今頃外部活動かぁ……そろそろ着いたころかな?」

 

 ナザリック地下大墳墓近郊、ナザリック(偽)建設予定地にて、そう独り言ちるのは、現在ナザリックに存在する至高の御方の一人であり唯一の女性である、ぶくぶく茶釜。

 

 マーレによるナザリック地下大墳墓に土を盛り上げ被せ、上空から幻惑の魔法を施すことでの隠蔽工作が終了し、現在はナザリックのダミーを建造するべく活動中である。

 

 因みに原作と比べるとかなり急ピッチ、いや、効率的かつ高速でそれらは行われており、彼女の指示によるものと、原作では一度モモンガに確認を取ってから、(その後アルベドに意見と指示を促し)良いと判断されたら作業に入るという工程が彼女による確認で終わるため、とてもスムーズに作業が進んでいる。

 

 とはいえ、彼女が居ることで、カルネ村近郊にあるトブの大森林に建設されるナザリック(偽)以外に、4つ、5つとかなり広範囲に渡り、そして様々な特色を持つダミーの建設を予定しており、その数もまだ増える予定であるため、早く始まり作業が早いからと言って、速く終わるとは限らない。

 

 むしろ作業量的には増えている。

 

 増えた理由は、純粋に、実験の用途別に使用する施設を変えたかったのと、以降国レベルの相手を敵に回す際、中継地点、拠点となる場所などを作っておいた方が何かと好都合であると考えたためである。

 

 その拠点も、わざと冒険者たちなどにバレやすく、しかし自然な位置で建設するものや、ここであればバレないだろうという場所に建設する予定の物もある。

 

 そのほとんどが実験用だが、一つだけ考慮しなければならないのは、『絶対的な難攻不落の状態にしてはならない』という物がある。

 

 どういうことかというと、それは『ユグドラシル時代では拠点生成時に、入口から拠点の心臓部まで、一本は道が繋がっていなければならない』という、アリアドネというシステムが存在したためだ。

 

 もしそれに抵触した場合(拠点を丸ごと地面に埋めて侵入不可能の存在にしてしまうなど)拠点の財産が目減りしていくというペナルティを受けることとなるのだ。

 

 そのシステムがこの世界でも生きているのであれば、如何にナザリックであろうとも、絶対不落の城は作れない。

 

 ナザリックではその代わり、5、6階層でそれらの問題を解決したり、各階層に階層守護者を設置し、これでもかとトラップを張り、複雑化しているという徹底ぶりであり、そもそも、この異世界の住人では攻略はほぼ不可能だろうという状態なのだが。

 

 

 と、まぁ拠点関係の事に関してはこれくらいにして、彼女の話に戻ろう。

 

 

 ここまで話しただけで、彼女の彼女によるナザリックでの活動はかなり広範囲に渡り、三名の中でも最もブレーン(頭脳)に近い存在であると言えるだろう。

 

 

 だが、基本彼女の仕事は上から下僕たちに向かって「こういうことをして、もしこうだったらこうして分かんなかったらアウラかマーレか私に聞くように」と指示を飛ばし、書類が来たら目を通し、OKだったら「いいよ~」と書類を通す。

 

 仕事と言えばこれくらいのものだ。

 

 あとは……。

 

 

 「(ぐへへ、働くアウラとマーレぎゃわいいよぉ……)」

 

 

 遠隔視の鏡や魔法、それらを駆使して愛しい我が子の活躍をその目……目?……に焼き付けておくくらいのことしか無い。

 もし「暇だから作業手伝っていい?」なんて言おうものなら「いえいえいえいえ私たちがやりますので」となる、あるいは「私たちの作業が到らないばっかりに御身の手を煩わせてしまった!これはもう死ぬしかねえ!!」となるので、結局作業に参加するなんてことはできない。

 

 要は彼女は恐らく人生でもそうそう無かったであろう暇な時間を謳歌しているのであった。

 

 

 「愚弟とモモンガさん大丈夫かなぁ~……?」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 一方、エ・ランテル城塞都市の、とある小さな宿屋。

 昼間から呑んだくれる冒険者や、今日は休みにするかといいつつ、昨日も、なんなら明日も、その次も恐らく休みであろう冒険者なんかがその宿屋で駄弁っていた。

 

 そこに、突如扉を開き、中に足を踏み入れたのは、如何にも高そうな真っ黒なプレートメイルを着込み、真っ赤なマントを翻し、背中に二本の、常人なら一本を持ち上げるだけでも一苦労しそうな大剣を背負う大男。

 

 そして、その傍らには、きめ細かな、シミ一つ無い色白の肌に、夜の闇をそのまま落としたかのような、切れ長の黒い瞳と、同じく漆黒のポニーテールを揺らす、外見こそお淑やかそうな絶世の美女。

 

 

 「宿を借りたいのだが。二人部屋で、飯は要らない」

 

 「……二人部屋なら一日七銅貨だ」

 

 「うむ」

 

 

 周囲の冒険者はそんな様子を見ながら「カッパーのくせに」、「どこのボンボンだよ」「隣の女、なかなかいい女じゃねえか」「俺はもうちょっと胸があった方が……」などと好き放題に陰口を叩く。

 

 そして、それだけに留まらない者も居るわけで……。

 

 「(はぁ……面倒な……)」

 

 見れば、ニヤニヤと顔を歪ませながら、モモンガの進行方向に足を突き出している男の姿。純粋に邪魔をしたいだけというわけではないだろう。恐らくはわざとぶつけ、「おいおいいてーじゃねーかどうしてくれんだよ」というお決まりのパターンである。

 

 まぁ、ここは乗ってやろう、と、モモンガの足の先の部分が男の足にトン、と触れる。

 

 

 「オイオイ痛てーじゃねかどうしてくれんだよ?あ?」

 

 

 そして案の定、思っていた通りのセリフが男の口から飛び出た。思った通りの雑魚のお決まりのセリフに、モモンガは思わず、嘲笑と笑い声を堪えきれなかった。

 

 

 「フフッ……いやすまない、あまりに雑魚にお似合いのセリフだと思ってな、笑いを堪えきれなかった」

 

 「あぁ!?」

 

 「モモンg……様、こんなの((ノミ以下のクズ))放っておいて行きましょう」

 

 

 そこでモモンガ……冒険者の姿ではモモンと名乗っている……は胸ぐらでも掴んで力に物を言わせて放り投げてでもやろうかと思っていたが、意外にも、後ろから「放っておけ」とナーベラルに諭され、考えを改める。

 

 

 「そうだな。こんな雑魚、わざわざ相手にしてやることも無いか」

 

 「ん、だ、とコラァーッ!!」

 

 

 しかし、それは相手にとってただただ煽られただけに過ぎない。

 顔を真っ赤にして怒る冒険者はその男に殴りかかろうとして、そして……次の瞬間、耳をつんざくような、バチンッという音が右頬から脳にまで響き渡り、頭から店のテーブルに突っ込んでいた。

 

 

 「結局お手を煩わせる事になってしまい、すみません(失敗した……やはり人間はゴミでしかない……)」

 

 「気にするなナーベ、さあ、行」

 

 「ほぎゃあああーーーーーッ!!?」

 

 

 「行こうか」と言い終わる前に、店の中で女性の絶叫が響き渡る。そして、その女性に目を向けると、こちらをキッと睨みつけ、そのままズンズンとこちらに詰め寄り……。

 

 「アンタのせいで私のポーションが割れちゃったじゃない!!!弁償しなさいよ!!!」

 

 「ポーション……?」

 

 そんなもんで何をそんなに怒るんだと内心首を傾げるモモンだったが、その女曰く、そのポーションは、女が食事を制限し酒を絶ちやっとの思いで貯めた金で今日買ったばかりの物だったという。

 

 この世界のポーションとはそこまで希少なものなのだろうかと思いつつ、ならばと件の冒険者の仲間を指差す。

 

 

 「こいつらに支払いを要求したらどうだ」

 

 

 まぁ、喧嘩を売ってきたのはそちら側であるのだから、結果的に自分のせいとは言え、喧嘩を生んだ原因である者が払うのが筋である。が、「いつもここで呑んだくれてんだもん、払えるはずが無いわよね」とのこと。

 

 

 「あんたさぁ、ご立派な鎧着てるくらいなんだしポーションの一つや二つ、持ってんでしょ? 現物でも構わないからさ」

 

 

 まぁ、持ってはいるし、逆に考えなくてもあげちゃってもいいさと思えるのだが……と思ったところで、ナーベの方向から殺気を感じ、このままでは死人が出ると慌てて自分のポーションを女に手渡した。

 

 

 「(赤……?)」

 

 

 この世界では存在自体が伝説とされる、真っ赤なポーションを。

 

 

―――――――――

 

 

 そういった出来事の後、二人は部屋で色々と反省や今後の活動について話し合った後、「モモン様ではなく、モモン、と呼べ」や「一応先輩なのだから先輩の顔は立ててやるべきだ」など、先程の女や今後の行動方針について話し合う。

 

 そして、ナーベはそれらが終わった後、懐からひとつのメモ帳を取り出し、その内容を食い入るように読み始めた。

 

 

 『人間とは、プレイヤーであるとか、類稀な才能の持ち主であるといった例外を除き、基本弱く、そして愚かです。そこをどうにかするには大変な労力が必要なので、普通に君命に従うだけである場合、まずは「嫌い」ではなく、「どうでもよい」という存在に脳内で切り替えましょう。

 

 どうしても切り替えられないというあなたには、この言葉を送ります。“どうしてクズだゴミだという割にそこまで腹を立てるのか?”と。こうした心構えを持つことで、基本は心を落ち着かせての活動が可能です』

 

 

 

 これを読みナーベラルは「どうして私はこうも人間に対し嫌悪感を抱いているのか?と……クズだゴミだと思っているような存在にそこまで腹を立てるのは矛盾しているのではないか」と考えるようになった。そして、極力は無関心を徹底するようにしてみよう、と。

 

 まずクズだゴミだと思っていること自体に問題があるような気がするが……それを表に出さない努力をしているだけマシと言えるだろう。先ほどは殺気まで隠せなかったようだが。

 

 

 『次に、もしも人間が敵対行動を取ってきたり、あろうことか至高の御方に楯突くような愚かな行動に出た場合、容赦無く一瞬で仕留めたいところですが、ここはグッとこらえて、半殺し程度でナザリックに送りましょう。その方が、有効活用できるうえ、死ぬよりも苦しい地獄を見せることが可能だからです』

 

 

 

 これを読みナーベはなるほどと目から鱗が落ちる想いだった。敵対したから殺す、という行為はあまりに浅はかな行為であると知る。

 

 ただ殺すのでは御身に歯向かうという重罪を罰したとは言い切れないという事実に気付かず、敵はただ殺せばいいという考えを改め、むしろ成るべく死なないように、生き地獄を見せることでようやく罰として適当な物となるのだと。

 

 ……もっとも、これを書いたエレティカの思慮はまた別であるのだが。

 結果的に目的が達成されるのであれば過程はある程度目を瞑ろう。

 

 

 『そして、敵対より厄介なのは、「人間と友好関係を結べ」と言われた場合です。この場合殺すなどもってのほかであるのは言うまでもなく、暴言を吐くこと、悪態をつくこと、暴力を振るうこと、人間にとって害になることの全てがNGです』

 

 『重要なのは、そういう感情を隠すことです。そのために、第一に笑顔、第二に暴力を振るおうとしない、第三に暴言を吐かないこと、これさえできていれば、こちらから敵対関係になってしまう、ということは無いでしょう』

 

 『心に余裕ができたなら、別ページ記載の『人間が喜ぶさしすせそ』を実践してみると更にグッドです!』

 

 

 

 「(これは思ったより難しい任務になるかもしれないわね……)」

 

 もしここまで読んだのがナーベラルでなくモモンガであったならば、「いやあまりにタイミング良すぎだろ」とか「この人間が喜ぶさしすせそって、男が喜ぶさしすせそのことじゃないか!?」とツッコミを入れていたかもしれないが、ナーベラルはそんなことは露知らず、至って真剣にそれを読んでいた。

 

 

 

 

 まさか、内容が『嫌いな上司との上手な付き合い方』の“嫌いな上司”を“人間”に差し替え、細部の文面も細かくナザリック用に、というかナーベの為にアレンジしたものであるとは考えもしないだろう。

 

 

 ちなみに、内容はこれに加え、「人間にプライベートの予定に誘われた時の上手い断り方」や、「人間の男を簡単に誘惑する方法」、「人間のダメージを与えると一番痛い場所」など……最後のはそれどうなんだろうか……まぁ色々と書かれているようだ。

 

 

 全て、エレティカが一晩で書き写した物である。

 

 

 そして、そんなメモ用紙の束を読み進めているナーベラルの様子を見ていたモモンガが、不意にナーベラルに声をかけた。

 

 

 「…………ところで、ひょっとして先ほどの冒険者への対応だが、あれは人間嫌いを克服しようとしていたのか?」

 

 「その通りです……ですが結果は御身の手を」

 

 「それはもう良い。それより……そういった自身の欠点や弱点を克服しようとするのは大変良いことだ。褒めてやろう、ナーベ、いやナーベラルよ。これからも励むがよい」

 

 「は、はいっ!!(本当に実践したらベタ褒めされた!?)」

 

 

 

 と、急に褒められてしっぽが有ればそのしっぽで竜巻を起こせそうなほど嬉しそうにしているナーベラルだが、もちろんこれには訳がある。

 

 モモンガは事前にエレティカにより、ナーベラルが極度の人間嫌いであること、そして、「こういった指示をしておいたので、もしそういった、改善しようとする努力が見られた場合、精一杯褒めてあげてほしい」と言われている。

 

 これに関してモモンガはナーベラルのそういった面を知らなかった、知らせてもらえて良かったという点でもそうだし、そうした時にちゃんと褒めてやれという件については是非とも実践していきたい所存である。良き上司に、いや、良き支配者となるためにも。

 

 

 ……だが、まさか夜なべしてナーベ用の人間との接し方マニュアル(人間との上手い付き合い方と題してはいる)を作っていたとは思わなかったが。

 

 

 もちろん、「自身の欠点や弱点を克服しようとするのは大変良いことだ」という先の言葉に嘘はない。

 自身の欠点や弱点を克服しようと努力するのは決して悪いことではなく、褒めるべきことだ。ゾンビが火炎と神聖属性を無効にしたいと思うなどといった、余程無謀なことでない限り。

 

 

 「では、一夜明けたら冒険者ギルドへ赴き、何らかの依頼を受けるが……その際、分かっているな?」

 

 「はい、モモンさ……ん、無闇に人間と敵対したり、暴言や悪態をついたりしないこと、ですよね?」

 

 

 

 若干呼び方がまだ慣れていないところは否めないが、まあ、初日だし、及第点としよう。

 少しずつ頑張っていけば良いことだ。そして、そんなナーベラル(とエレティカの一晩を費やした)の努力の効果は、直ぐに表れ始めた。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 「(笑顔、笑顔、笑顔……)」

 

 「(……大分硬いけど、本人的には頑張って笑顔を徹底している、つもりなんだろうな……これも後で褒めておくか、いや、褒め過ぎもなんだしな……少し様子を見ておくか)」

 

 

 

 冒険者組合ロビーにて、やや硬い笑顔を浮かべる(周囲からはギリギリ微笑ととれる)ナーベと、それを見つつ、読めない依頼掲示板を睨みつけ、さてどうするかと内心頭を抱えているモモン。

 

 それを下卑た目でニヤニヤと後ろ指を指し、好き勝手に言いたい放題の周囲の冒険者たちが居たが、二人はそれを意にも介さない。

 

 本来であればナーベは内心で「(後ろで喋ってるアメンボ後で殺す)」くらいのことを考えていたのだが……マニュアル、“人間と上手くやる方法~これさえできれば至高の御方からベタ褒め間違いなし!~”を実践しようとし、笑顔を維持するのに必死であるため、あまり外部からの反応を気にしなくなっていた。気にするほどの余裕が無いとも言う。

 

 やがて、熟考したモモンは一枚の依頼書を手に取り、受付の娘に見せる。

 

 

 「この依頼を受けたいのですが」

 

 「……申し訳ございませんが、この依頼は鉄級(アイアン)から上の人へ向けての依頼となりますので、銅級(カッパー)の人はお受けできません」

 

 「彼女は第三位階までの魔法を使用でき、私自身もそれに匹敵するだけの実力があると自負しているのですが……」

 

 

 それを盗み聞きしていた……モモンが敢えて聞こえるように話したのもあるが……周囲の冒険者たちは一気にどよめいた。

 この世界における第三位階のマジックキャスターは、それ即ち一人前のマジックキャスター以上の存在であると認識されている。

 

 そしてナーベの若さ。その若さで、一人前のマジックキャスターであるというのはなかなか信じられない事実であった。

 

 

 「……すみませんが規則ですので」

 

 「そうですか……無理を言ったようですみません。では銅級(カッパー)の中でも、報酬の高い物を見繕ってくれませんか?」

 

 「かしこまりました」

 

 

 微妙な差異だが……モモンは熟考した末、せっかくナーベの人間への態度が軟化しつつあるのだから、自分もなるべく柔らかい態度で接するべきなのでは?と考えた。

 それによりモモンは自ら騒ぎを呼ぶような真似はするまい、と文字が読めないことを誤魔化すのにそこまで時間をかけなかった。

 

 

 「それなら、私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

 「ん?」

 

 

 そうして、依頼を受けようとしていたモモンのもとに、4人の冒険者グループが声をかけた。

 

 

 

 

 その四人の冒険者グループの手伝ってほしい仕事というのは、簡潔に言うと「モンスターを退治して報奨金を組合から手に入れよう」という、とてもシンプルなもの。依頼こそされていないものの、周囲の人はモンスターが少なくなって道を安全に通ることができるし、自分達は報奨金が受け取れるという誰も損をしないお仕事である、とのこと。

 

 そして、これはなるべくは人数が多い方がやりやすい仕事でもある。その分取り分が少なくなりそうなものだが、大量に狩ることができれば、分け合っても十分な報奨金が取れるので、結果として、モンスターの狩りに行く際に限って、人数は四人以上居た方が安定して大量のモンスターを狩れるため、極端に人数を多くしてモンスターも狩れなかった、ということがない限りは狩りは成功したと言えるだろう。

 

 そして、今回その仕事をモモンとナーベに持ちかけた冒険者グループ……漆黒の剣のメンバーは、戦士、レンジャー、魔法詠唱者(マジックキャスター)森祭司(ドルイド)の四人というバランス良く構成されたパーティーで、今回は普段組んでいる冒険者パーティーのメンバーが別の依頼で捕まらず、人手も集まらず困っていたところ、モモンとナーベが受付をどよめかせていたところに通りがかり、声をかけてみた、ということであった。

 

 ちなみに、銅級(カッパー)の依頼で受けられる依頼でもらえる報酬よりもこの仕事の方が圧倒的に報酬が高く、もっと言えば、漆黒の剣のメンバーには自分の戦闘力にものを言わせ、宣伝役として買って出てもらおうという算段である。まさに、モモンの目的である「名声を高める」という目的を達成するためにはうってつけの、望んでも無い好機であった。

 

 

 「どうですか?引き受けてもらえますか?」

 

 「いいでしょう」

 

 

 二つ返事でモモンはその誘いに乗り、漆黒の剣と手を結んだ。



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漆黒の剣

 ここで改めて漆黒の剣について触れようと思う。

 

 漆黒の剣とは4人組の冒険者チームであり、リ・エスティーゼ王国の城壁都市エ・ランテルを拠点としている。その階級は銀級。

 

 リーダーであるペテル・モークは戦士。

 この国では特に珍しくもない金髪碧眼の好青年で、それ以外に特徴らしい特徴はないが顔立ちはそれなりに整っており、爽やかな印象を持つ。チームのまとめ役である。

 

 次いで、レンジャーのルクルット・ボルブ。

 金髪で茶色の瞳の若者で、細身で手足が長い印象を持つ。

 皮鎧を纏い、合成長弓(コンポジット・ロングボウ)とショートソードを装備している。

 

 その次に、森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。

 口の周りにボサボサとヒゲを生やした、がっしりとした体格の、野蛮人のようにも見える青年。

 チームの中では回復役や植物の力を借りる魔法でのサポートを担い、本人はメイスで攻撃をする。

 ヒゲのせいで老けて見られがちだが、まだ20代である。らしい。

 

 そして、魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ。

 濃い茶色の髪と青い瞳を持ち、チームでは最年少で一番背も体格も幼く、それでいて肌は白く、顔立ちもチームでは一番美形で中性的な美しさがあり、声もやや甲高い為、中性的な印象を受ける。

 

 そして、彼ら曰く、ニニャにはこの世界特有の武技に次ぐ生まれつきの異能、「タレント」と呼ばれる才能、「魔法適性」というタレントを持っており、本来であれば8年かかる魔法の習得を4年で済むという、ある種驚異的とも言える才能の持ち主でもある。

 

 「タレント、ですか……」

 

 「とはいえ、この街には私よりももっと有名なタレントを持った方が居ますから」

 

 「というと?」

 

 「成る程、彼の事を知らないということは、モモンさんは出身はここではないようですね」

 

 「この街には、ンフィーレア・バレアレという、”全てのマジックアイテムが使用可能”というタレントを持った方がいらっしゃるんですよ」

 

 「ほう、それはすごい」

 

 

 感嘆の声を上げるが、内心では警戒心を強める。

 全てのマジックアイテムが使用可能、それはつまり、本来そのマジックアイテムを使用する為に必要な技能やステータス、レベルの全てを無視して、そのマジックアイテムの使用が可能であるという事。

 

 かなり上位の、制限が多く、扱いづらい、それこそ神器級のマジックアイテムでも同様であるというのならば、これ程の驚異はない。

 

 ナーベも同じことを考えているのだろう。

 無言で縦に首を振り、連絡するべき特記事項として頭の中に「ンフィーレア・バレアレ」という名を叩き込んでおく。

 

 

 そうして漆黒の剣の各々の自己紹介が済んだところで、「では今度はそちらの紹介をお願いします」という空気になる。

 

 「では今度はこちらの自己紹介をしておきましょう。私の名はモモン。私の場合は見てわかるかと思いますが、双大剣を扱う戦士です。こっちは……」

 

 「ナーベです。魔法詠唱者を修めていて、第三位階までの魔法を使うことが出来ます」

 

 第三位階、と聞いて漆黒の剣の面々から、おお、と小さな歓声が沸き起こる。

 ナザリックの面々からすれば児戯にも等しい程度のことであり、ナーベ自身、実際は第三位階どころか、第八位階まで使役が可能であるが、それはこの世界では人外の英雄でしか踏み入ることができない領域を指していた。

 下手に目立つ事を避けるための虚偽。

 

 だが、第三位階でも、ナーベの若さであるならば、この世界ではとてつもない才能を有する魔法詠唱者である事を指す。

 ナーベ自身としては「第三位階程度で騒ぎやがって」程度にしか思っていないが。

 

 

 「その若さで第三位階まで使えるなんて……凄い才能の持ち主ですね!」

 

 「(第三位階程度)それほどでもありません」

 

 「……さて、共に仕事をするのですから、顔位は見せて置きましょう」

 

 冒険者ギルドのとある一室にて、モモンはそう言いながら自らのヘルムを取り外した。仕事の話はまとまったので、お互いの信頼関係の為に顔位は見せる必要があると判断した為である。

 

 まぁ尤も、彼らに本来の顔、つまりはオーバーロードとしての骸骨の顔を見せるつもりがあるわけではない。無論その顔が見えないようには細工をしてある。

 

 

 「……おお、なんと言ったらいいか……」

 

 「……なんだよ、どんな面が出てくるかと思ったら、むしろかなりの()()()じゃねーの」

 

 

 

 ただし、モモンガの幻影魔法で誤魔化す、という方法では無かった。

 ヘルムの下にあったのは、黒髪短髪の黒目の異邦人らしい顔でありながら、彼から見ると異国の者である漆黒の剣から見ても明らかに整った顔立ちと言えるだろう、かなりの美青年だった。

 

 本来は適当に自分のリアルの顔を幻影魔法で再現して誤魔化すつもりだったモモンの顔が、どうしてエキゾチックな美青年になっているのか。

 

 その理由を語るには、モモンが冒険者として活動を始める約三日前まで遡る。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 「モモンガさん、偽装はどうするつもりなの?」

 

 「え?」

 

 それは、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、モモンガの三人で定期的に行っている報告会とは名ばかりの愚痴の言い合いやあの子がカワイイとかあいつがヤバいといった雑談をする機会で、モモンガが冒険者として外部で名声を高めながら情報収集をすると言った際の、ぶくぶく茶釜からの一言であった。

 

 「いや、え?じゃなくってさ、その骸骨の顔はどう隠すつもりなの?」

 

 「フルフェイスのヘルムでも被れば十分じゃないですか?いざとなったら魔法で偽装すれば……」

 

 「……でもご飯とかはダダ漏れですよね?」

 

 「……そこはこう、うまいこと誤魔化せば……」

 

 そう言いながら、何か問題でもあるのかとペロロンチーノにも視線を向けるが、「いや、別にそれで良くない?俺に至ってはぶっちゃけ姿を現すつもりすらないから何もしないよ」とペロロンチーノも何が問題なのか分かっていないようだった。

 

 しいて問題点を挙げるなら、今しがた言った通り、食事時になって困ることになるという事くらいだろう。

 何故かスケルトンなのに喋れたり歩けたりするモモンガだが、彼に肉体、骨以外の物は存在しない。無論内臓、食道に該当する物等も存在しない。そんな彼が食事をとろうとしたらどうなるか。

 

 無論、ダダ漏れのびちゃびちゃである。

 そして、これは幻影による隠蔽ではどうにもできない問題でもあった。

 

 

 「フッフッフ、そこはね、このアイテムがあれば全部解決するんだよ、お兄ちゃん!」

 

 「お兄ちゃんて言うのやめて!?」

 

 「モモンガさんはワイの兄貴だった……?」

 

 

 モモンガにとって食事とはすなわち栄養補給の為のルーチンワークの一つでしか無かった為あまり意識していなかったが、ぶくぶく茶釜曰く、本来、仲間内で同じ鍋をつつきあうような食事は、仲間との間で信頼関係を結び、またそれを高める事にも繋がる重要な事である。

 

 そうでもない、と思うかもしれないが、実際問題「じゃあ皆でご飯食べるぞ〜」という時になって一人だけ「あ、俺はいいや」とその場に居ない者へどんな感情を抱くか。想像に難くない。

 

 

 「で、結局そのアイテムってなんなんです?」

 

 「ふふふ、これは私が仕事仲間とユグドラシルで遊ぶ時に使ってたアイテムなんですけどね……?」

 

 「あーそういや姉ちゃん仕事仲間に人間種の友達居たっけな。なんだっけ、姫騎士とかエルフとか……」

 

 「おっとそれ以上はいけない」

 

 実際、彼女の仕事(エロゲ声優)仲間にもユグドラシルをプレイしているプレイヤーが居たのだが、まさかぶくぶく茶釜が異形種のスライムでプレイしているとは露知らず、人間種でアカウントを作ってしまったが為に、会うのにそういった処置が必要だった頃が有ったのだ。

 

 ……というのは表向きの理由で、実際はスライムの姿でも良かったのだが、唯一彼女らと街等で行動する際にのみそのアイテムを使った、他は当たり前のようにスライムの姿で共にプレイしていたが、情報が命より価値のあるユグドラシルで、今から考えるとかなり大胆な事をしていたなと思う。

 

 まぁ、その子はガチ勢になる前にゲームを辞めてしまったが。

 

 それはそれとして。

 

 

 「テケテテン!【裏切りのロケットペンダント】〜〜〜(ダミ声)」

 

 「ふむ……?」 

 

 

 モモンガでも知らない名前のアイテムだった。

 ひょっとすると、かなりのレアなアイテムか、あるいは名前も語られない程のゴミアイテムだったか。

 これはねモモンガ君とぶくぶく茶釜は自身の覚えている限りのそのアイテムの効果を説明する。

 

 

 「効果なんですけど……まぁ、ぶっちゃけゴミアイテムなんですが、【偽りなる人間への変身(トランスオブヒューマノイド)】が使える代わりに、能力値が結構洒落にならない程に下がるっていう……実際見てもらった方が早いかな。どうぞ」

 

 「……道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)……」

 

 

 ぶくぶく茶釜から手渡されたそれを手に取り、試しに鑑定でどんな物かを見てみたが……その人化の魔法を使えるようになる代わりに能力値も人間仕様に、なんと脅威の15%ダウン。

 正直言って、もしユグドラシル時代自分がこれを手に入れていたら、コレクター欲も沸かない程に要らない物と言わざるを得ない、まごう事なきゴミアイテムであった。

 

 そう言わしめる程に、偽りなる人間への変身(トランスオブヒューマノイド)為の代償があまりに大きすぎた。いやむしろ、この魔法の効果自体があまりに小さすぎたと言っていいかもしれない。

 

 そもそもこの魔法自体、ドッペルゲンガーが持つ変身能力……その下位互換の更に下位互換、ドッペルゲンガーがレベル3で覚えられるような、ただし他の種族の者であるとあまり使う方法が思いつかない程度の物。

 

 尚、看破系のスキルをもっていたりすると一瞬で正体もバレてしまう為、ガチで救いようが無い魔法であった。

 

 

 「せめて減少値がこの半分だったならまだしも、これはちょっと……」

 

 「でも、これなら確か種族ごと変化した筈だから、食事や睡眠も取れるんじゃないかな?」

 

 「とはいえ……う~~~ん……」

 

 

 正直食事に関して言えばかなり魅力的である。睡眠も取れるかもしれない。もしかするとソッチの方も復活するやもしれなかった。最後に限って寒気がしたのでモモンガは考えを中断したが。

 

 

 

 「アレだね、使う時だけ装備すればいいんじゃないかな?」

 

 「う~ん……そう、そうですね……それなら確かに使えるかもしれませんね」

 

 「じゃあ、試しに今ここで使ってみて貰える?確かそれ、一回使うと課金アイテム使わないと変化後の外見変えられなかった筈だから」

 

 「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 ……こうした経緯でモモンは厳密には人化では無いが、概ね人の身体を手に入れる事を可能としたのだった。

 

 「(なんでガチャでは引きが悪いのにこういうとこで妙に運がいいのやら)」

 

 しかもこの外見はモモンガが一発で引き当てたものであった。

 本来は数十種類の、それこそ老若男女を問わずとりあえず人間になるというような魔法で、課金で魔法使用後の姿を変えられるようになるというゴミ仕様だったが、課金アイテムを使いもせず、自他ともに認める”まとも”な外見を引き当てられたのだから、この男の運はどこか間違っているのかもしれない。

 

 この運を何故あの時のあのガチャで発揮出来なかったのか。

 

 

 「てっきり戦傷でもあるのかと思ったぜ俺は。なあ?」

 

 「う~む、男の目線から見ても、フルフェイスのヘルムを被るのは勿体ない気もするであるな」

 

 「いや、その……異郷の者だと知られると色々とトラブルに巻き込まれやすいですからね、ハハハ」

 

 「そういう事情なら、仕方ありませんね」

 

 

 顔見せも終わった事で、モモンもヘルムを被り直す。

 ……そして、赤いマントの下に隠して付けていたロケットペンダントをこっそりとバレないようにアイテムボックスへと入れる事で外した。

 

 魔法を使用していなくてもステータスは下がるというのだから、外さない理由が無かった。

 

 「(食事の時もこれを付けないといけないのか……いや、まあいいけどさ)」

 

 

 

 

 

 「ところでお二人は付き合っていらっしゃるんですかっ!?」

 

 「はぁ……」

 

 「ルクルット、お前……」

 

 

 

 

 「さぁ仕事の話はこれくらいにして」とでも言いたげに、機会を待っていたかのよう、いや、実際待っていたのだろう、漆黒の剣のメンバーの一人、ルクルット・ボルブが勢いよく立ち上がり、そんな事をのたまり、他のメンバーは「またかコイツ」とため息を吐いた。

 

 「いいえ」

 

 「惚れました!一目惚れです!付き合ってください!」

 

 最早ここまで来ると天晴と言わざるを得ない程堂々としたナンパ野郎であった。

 ルクルットも初対面の相手に本気の本気で告白している訳ではない。仮に断られたとてそれはそれで燃えるしよしんば受けて貰えたなら儲けもの、程度にしか考えていないだろう、それ以上に、彼にとって美しい女性=ナンパ対象なのである。

 

 もっと言うならナーベラル、冒険者の姿であるナーベは、本来のメイドとしての姿ではなく、”ごく普通の冒険者”としての格好であってもその美貌は陰る事を知らなかった。

 

 いわば絶世の美女。これにニコリと微笑みでもかけられてときめかない男が居るだろうか。いや、居ない。ルクルットはそう断言できる。

 

 

 「告白ですか……お気持ちは嬉しいですが今は冒険者として駆け出しで色恋事に耽っている暇は無いので誰ともお付き合いをするつもりはありません」

 

 

 ここまでノンブレスである。

 言葉だけ聞けば相手の事を思いやる気持ちに溢れており、気持ちは嬉しいと言っておくことで男性側へのダメージの軽減、そして具体的に何故付き合えないのかを説明するというフォロー付き。まさに異性からの告白の断り方としてはお手本のような断り方だろう。

 

 ……「いちいち断るのもめんどくせえ」と言わんばかりの靴の裏にこびりついた虫の死骸でも見るかの如き冷たい目と取り付く島も無いと悟らざるを得ない程の早口の断り文句でなかったならば、だが。

 

 尚、ほぼ人間対応マニュアルの完コピである。

 ナーベ、脅威の記憶力であった。

 

 

 「ンンン~~~真面目な所も素敵だ~~~!!では、お友達からお願いします!」

 

 「お互い初対面で良く知りもしませんし貴方とは同業の者としてやっていきたいです」

 

 

 ナーベ、ルクルットへの心のシャッターが降り切った瞬間である。

 何気に仲間とも友人とも認めず同業の者でしかないと断じている辺り嫌悪感がかなり明け透けに見えているが彼女本人としてはこれでもまだまだ抑えに抑えまくっているつもりであるし、実際本来の歴史の彼女であったなら彼はスプーンで目玉をくり抜いてやろうかとすら言われている。

 

 

 「っか~~~!冷たくあしらわれてしまいましたがこれはこれでぐぁっ!!」

 

 「ハハハ……ウチの馬鹿がすみません」

 

 「あぁ……いえいえそんな、とんでもない」

 

 

 これには流石のモモンも苦笑いであった。

 ナーベに至ってはこめかみに青筋を立てていたが、角度的にモモンにしか見えない位置であった為助かった。ただし本人のストレスはかなり溜まっているようである。

 

 「(……これは、多分ナーベにとって物凄く頑張ったって事だよな……うーん、出来ればもう少し感情を露わにしないようにしてほしいけど……でもまあ、そうまで焦る事も無い、か。うん、後で褒めておこう)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「モモンさん?指名の依頼が入っています」

 

 

 さて、それじゃあお互いの準備が済んだら出発しましょう。そう話しながら冒険者ギルドを後にしようとしていた所、受け付けの娘からそう声がかかる。

 モモンとナーベは先日この街へ来たばかりで、自分達の事を、そしてその実力の高さを知る者は本人達しか存在しないハズ。

 

 にも関わらず指名というのはどういう事だろうかとナーベの警戒心が強まる。

 

 「ンフィーレア・バレアレという方です」




某天然水「なんですかそれ口説いてるんですかごめんなさい狙いすぎだし気持ち悪くて無理です」

ナーベ「冒険者として駆け出しで色恋事に耽っている暇は無いので誰ともお付き合いをするつもりはありません」


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表側の出会い。

久しぶりの更新なのに完全新規じゃないのほんますまん

モモンさんサイドの話を一つにまとめて一話にした為、
読んだことのあるであろう文章が続いてしまいます。
なので、テストではありますがジャンプ(リンク?)を付けて置きました。


新規の話は ここ からです。


もし飛べなかったらすみません……。
プレビューで確認した時は飛べたんです。






「僕はンフィーレア・バレアレ。この街で薬師をしています。今回、薬草採集のためにカルネ村近くの森まで行くつもりです。そこで、あなた方にはその警護と、薬草採集の手伝いを依頼したいのです」

 

「警護ですか」

 

 モモンはそう口にしつつ、内心で「面倒だ」と愚痴を零す。

 

 もしここにぶくぶく茶釜さんのようなガード役で、仲間を守護するようなスキルを持つ者が居たならば簡単だが、モモンもナーベも警護任務に向いたスキルを所持していない。薬草採集についても同様である。

 

 そこで、モモンは相談の結果漆黒の剣の面々に協力を要請し、共にこの依頼に当たる事にした。

 

 レンジャーであるルクルットの目と耳があれば、敵の襲来を事前に察知する事が可能であり、ドルイドであるダインの力があれば薬草採集の助力になるだろうし、そして人数が多ければそれだけ成功確率が高くなるという事に繋がる為だ。

 

「うむ、モモン氏の慧眼、お見事である」

 

「こっちは全然構わないぜ」

 

「こちらこそ是非お願いします!」

 

 漆黒の剣はそれを快諾。

 

 元々過剰戦力といっていいレベルだが、より確実に依頼を達成する為だ。

 

 もっと言うと、モモンとナーベという英雄の誕生を目撃する人物は多いほうが良い、という思惑もある。

 

「では打ち合わせの前に、一つお聞きしても?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「何故私なのでしょうか?……私たちは昨日エ・ランテルに着いたばかりで友人はおろか私の存在を知る者は殆どいない。にも関わらず、何故?」

 

「ああ、それは……宿屋の一件を聞いたんですよ。黒い全身鎧に身を包んだ男が、冒険者の男を片腕で投げ飛ばした、と、店に来ていた冒険者の方が噂をしていたんですよ。そして、今まで護衛に頼んでいた方が今回何故か()()()()()()()()()という連絡が入ったそうで……そこでその噂を思い出し、受付の方に聞いたところ、モモンさんの名前が挙がったという事です。あ、あと、(カッパー)の方なら、お安いかと思いまして」

 

「なるほど(話の筋は通っている、のか?あまりにも出来すぎていると言えなくもないが……まるで小説の主人公か何かみたいだ)」

 

 

 内心首を傾げつつも「とりあえず警戒だけはしておくか」と結論づけ、モモンとナーベはそのままさっそくカルネ村へと出発した。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 出発から暫く。トブの大森林が遠くに見え始めた頃。

 

 

「モモンさん、この辺りからちょっと危険地帯になってきます。気を付けておいてください」

 

「了解しました」

 

 カルネ村に続く森沿いの街道、住んだ川の河原で馬を休ませ、休憩をとっていた一行。 

 

 モモンは返事をしながらこれからの事について思考を巡らせていた。 

 

 モモンは現在魔法詠唱者としての装備を殆ど着用しておらず、着ているのは魔法で作り出した鎧と、対となった大きな大剣のみ。つまり、魔法が使えない状態である。

 

 そんな状態でどれだけ自分がこの世界で通じるか、という実験を兼ねての物であるが、この恐ろしく脆弱な人間達の世界で下手に魔法を使い、そこからボロが出てしまうよりかはいいだろうという保険の為でもある。

 

 尤も、本気でマズイと感じたら即座に本気を出す準備はしてあるし、そもそもこの世界の一般的なレベルのモンスターでは傷一つ負う事が無い。そのうえ、ナーベも居る為、もしもの時は彼女に情報を持ち帰ってもらう事も出来るだろう。

 

 問題は……。

 

 「だぁ~いじょうぶだってナーベちゃん!俺の耳と目があれば、問題ナッシング!」

 

 「期待していますよゴミ虫」

 

 「えっ、今なんて?」 

 

 「いえ、ゴミがついていますよ、と」

 

 

 ナーベ、そろそろ限界なのでは……?いくらナーベが(かろうじて)平静を装っているとはいえ、ストレスで胃に穴が開きそうな程イライラしているのはルクルット以外の全員が理解していた。そしてその度にダインやペテルが窘めているのだが、ルクルットがそれで止まるかどうかと言えば、御覧の有様である。

 

 「……ゴホンッ、ナーベ、今一度連携の確認をしたい、こっちへ」

 

 「はい、モモンさーーー……ん」

 

 「ほら、ルクルットはこっち」

 

 「え~?」

 

 

 モモンの意を汲んでくれたのだろう。ペテルがルクルットの腕を掴んで引きずりながら離れていく。

 

 

 「……その、大丈夫か?」

 

 「問題ありません」

 

 「(即答。でも問題無いようには見えないんだよなあ~……)うむ、そうか……ナーベ、いや、ナーベラル・ガンマよ、お前はよくやれているぞ(……こんな感じでいいのかな?)」

 

 「も、勿体ないお言葉……!」

 

 「待て待て、膝を突こうとするな、怪しまれるだろう」

 

 「す、すみません」

 

 「うむ、今一度言うが、お前はよくやれている。この調子で頑張ってくれ。ただし無理はするなよ」

 

 モモンはナーベの肩を軽く叩き、労いの言葉を述べた。

 それに対してのナーベはと言えば、今までのストレスはどこへやら。

 

 私、がんばります!というオーラで満ち溢れていた。

 

 

 かたや漆黒の剣はと言うと、いい加減ナーベの苛立ちに気付き始め(まぁゴミ虫とか言っているのが明確に耳に入れば誰だってそう思う)、ルクルットの説得に入っている。

 

 仲間のナンパ、いや、恋路を邪魔しようという程ではないにしろ、あれは誰がどう見たって脈無しであるのは一目瞭然であった。

 

 「お前、もういい加減ナーベさんにちょっかいをかけるのやめろよな」

 

 「え~、いいじゃねーか」

 

 「良くない、全然良くない。ナーベさん滅茶苦茶我慢してると思うぞアレ」

 

 「え、マジ?んな事ねーだろ」

 

 「お前……ほら、見てみろ、彼女、本当にうれしい時はああいう顔をするんだよ、多分」

 

 

 ああいう、とペテルが顎をしゃくった先に居たのは、先程とは違い、やる気に満ち満ちた彼女の姿。モモンさんに肩に手を置かれたりなんかして、しかもそれに対してまんざらでもないどころか頬を染めてかなり嬉しそうだ。

 

 「あ~…………やっぱり付き合ってんのかな?」

 

 「さぁ、それは知らないけど……浅くない関係である事は確かだろうな」

 

 「というかルクルット、あなたさっきモモンさんのあの素顔を見たでしょう?アレに勝てる自信があるんですか?」

 

 「うっ……それは……いやっ!俺は諦めないね!男は顔じゃねえ!まだ付き合ってるって決まった訳じゃないし!……でもあとで聞いてみる!」

 

 ……この男、際限というものはないのだろうか。

 漆黒の剣の面々はもう好きにすればいいとため息をもらした。

 

 

 「……確か、この辺りは森の賢王のテリトリーなんですよね」

 

 モモンとナーベの話がついたらしい、と確認した辺りで、わざと話題を変える為にニニャがそう口を開く。モモンとナーベの二人にも聞こえる声で。

 

 森の賢王。

 

 曰く、数百年の時を生きている強大な魔獣であり、蛇のような尻尾を持つ、白銀の四足獣であると伝えられており、所謂森の主、ユグドラシルで言う所のエリアボスモンスターのようなものであるらしいと考えた。

 

 モンスターにしては珍しく、人の言葉を理解し、魔法も使えるらしい。

 

 ユグドラシルでは珍しくもなんともなかったが。

 

 モモンは話を聞きながら、いい話が聞けたと、存在しない口元をゆっくりとつり上げ、「それは、一度会ってみたいものですね」と言った。

 

 存在も確かなものではないが、もし居るなら、そしてそれを倒せたなら、名声の上昇にも役立つだろう、と。

 

 

 

 ……そういえば、森にダミーのナザリック建設の為の場所探し及び森の探索の為、アウラやマーレ、ぶくぶく茶釜さんも今頃この辺りの探索に来ている筈では無いだろうか?

 

 鉢合わせたりしないようにはなっている筈だが、後で連絡だけでも入れておいた方が良いかもしれないなとモモンは思う。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 モモン達は、しばらく歩いた後、日が暮れて来たので今日はここまでとなった。

 カルネ村まではまだ数日かかる。

 

 モモンは漆黒の剣の面々と共に、夕食の鍋を囲んでいた。

 

 本来と違う大きな点は、モモンもそのヘルムを外し、食事に加わっているという事だ。

 

 メニューは少量の干し肉とジャガイモに似た穀物を切った物、緑色の豆、それらを煮て塩等で味を調えただけという簡素なスープと、同じくドレッシングも何もなく、塩が軽く振られた簡素なサラダ。だが、あの世界では……まだ母が生きていた頃に食べた食事を除けば、パサパサして味気無く、栄養補給と言う意味でしか食事をしたことが無い、自信をもって「まともな物」と言える食事を口にした事など人生において片手で数える程しかないモモンガにとって、この食事は……。

 

 

 「(はぁ…………美味い。まともな食事というのはこんなに美味いのか)」

 

 

 スープ。茹でられ、ほくほくになった穀物のほのかな甘みと香り、そして確かな歯ごたえがありながら口の中でほろほろと崩れ野性的な旨味を口の中いっぱいに広げる干し肉、ぷちり、ぷちりと心地良い食感の豆、そしてそれらから溶けだしたたっぷりの栄養源が含まれたスープの温かさがじんと喉から胸に、そして腹に染みわたる。

 サラダ。噛むたびにザクリと小気味の良い音が鳴り、そして葉野菜独特の青っぽくて若い匂い、それを感じる度に口に広がる甘さ。

 

 

 人前という事もあって流石に涙を流したりすることなど無かったが、思わず目を閉じてじっくりとそれらを味わう姿に、どこか神聖さすら感じている漆黒の剣に気付けない程、モモンガにとっての食事は素晴らしい物だった。

 

 とはいえ、ナザリックで作られた最高品質の食材による食事だったならまだしも、彼らのような駆け出しの者達が旅先で簡単に腹を満たせるようにと作ったスープにすらここまで感動出来るのは、訳がある様にモモンガには思えた。

 

 

 「(聞いた話によると日本人は本来食にうるさくて、他国の食文化を取り入れて自分達の舌に合うように改善を加えて独自の料理を創り出してしまう程の食通だった、なんて話を聞いたことがある。俺の中にもその日本人の血が流れているって事かもしれないな……)」

 

 

 このアイテムを貸してくれたぶくぶく茶釜さんには感謝しなければ。

 食事ができる、というメリットだけで能力値15%減少等、些細な事だ。

 

 

 「……えっと……モモンさん、お代わり要りますか?」

 

 「いいんですか?申し訳ないです」

 

 

 すっと恥ずかし気に差し出された、少しだけスープが残った木の器に、ペテルはまたスープを注いでいく。

 

 暖かい湯気をあげながらいっぱいに注がれたそれをモモンに手渡しながら、ペテルはモモンがあまりにも美味しそうに、自分達の中では不味いとまでは言わずとも間違っても美味しいとは言えないそれを嬉しそうに食べる彼を見ながら、どうしてもペテルはこう考えてしまう。

 

 モモンさんは一体ここに来るまで一体何を口にしてきていたのだろうか。

 神に、食物に感謝を捧げながらというよりは、まるで、今までロクな物を口にしたことが無かったかのような反応だ、と。

 

 こんな物でも感動して目を細めてしまう位に貧しい国の出だったのだろうか。あるいは、本気で食物に感謝を捧げている、立派な神の信徒なのだろうか。

 

 無論、後者であればともかくとして前者は質問の内容としてあまりに失礼だ。

 その上、冒険者の暗黙の了解として、「お互いの身の内の詮索はしない」というのがある。

 

 だから聞くわけには行かない。

 

 だが、だからこそ気になる!モモン程の戦士が、ナーベ程の魔法詠唱者が、一体どこから、どうしてやってきたのか、と。

 

 そんな事を考えていると、食べ終わったらしい、フゥと満足気に息をついたモモンが不意に口を開いた。

 

 「皆さんは何故冒険者を?」

 

 

 それはむしろ俺達が貴方達に聞きたい。

 そう思ってしまう漆黒の剣の面々だったが流石にそれを口に出す事は無かった。

 モモンからしてみれば他愛の無い雑談をしているに過ぎないだろう。

 

 「ええと、私達のチームの名前の由来でもあるんですが、十三英雄の一人、黒騎士が持っていたとされる4本の魔剣、これを見つけるのが私達の第一の目標なんです。だから、漆黒の剣、と」

 

 「(成程、チーム名がそのままチームの目的になってるわけだ……それ、手に入れた後はどうするんだ?……っていうかまた新しいワードが出たな……十三英雄ってなんだよ。ここは分かった振りをしたほうがいいのか……?)」

 

 「……十三英雄って何ですか?」

 

 

 ナイスだナーベ。と心の中でサムズアップするモモン。

 ナーベからすれば、未知のワード、そして自分達は異邦人であるという事から考えて当然の質問をしているだけだったが。

 

 

 「そうか、モモンさん達は知らないんですよね……ええと、二百年程前に、この地で世界を滅ぼしかけた悪魔と、その配下の魔神達との闘いで活躍された英雄達、という御伽噺で……黒騎士というのはその中の一人です」

 

 「(成程……この世界にもそういう御伽噺とかあるんだな……そういえば、御伽噺もそうだけど、神話とか言い伝えみたいなものを俺は何も知らないな)」

 

 もしこの十三英雄というのがプレイヤーだったとすると、転移してきたプレイヤーはナザリックと同時期に転移したのではなく、時を越え、200年前に転移した……俺達が200年遅いだけかもしれないが……ということになる。

 

 つまり、この世界に俺達と同じプレイヤーが居るとしても、それが今も存在しているかは分からないし、人間だったら特殊な魔法でも使わない限りは寿命で死んでしまうだろう。

 

 「(ますますこの世界でプレイヤーと会う可能性が分からなくなってきた)」

 

 「それを見つけるまでは、これが俺達の仲間の証なんです」

 

 思考に耽って黙っているのを続きを促しているととったのか、そう言ってペテル、そして他三人が懐から取り出したのは黒い刀身の短剣。

 

 何の効果も無く、ただ刀身が黒いだけ。柄に宝石が四つ埋め込まれた、ただそれだけの短剣だ。

 

 だが、今はそれで充分だ。

 

 

 「(……良いチームだな。昔は俺もこうだった……皆で協力し、素材を集め、そしてナザリックを創り上げた……)」

 

 

 「冒険者のチームって、皆こんな風に仲が良いんですか?」

 

 「命を預けますからね」

 

 「うちは男だけだしなあ。女が居ると揉めたりするって言うぜ」

 

 「それに、まぁ、一応チームとしての目標……もちゃんと定まってますしね」

 

 「皆の意思が一つの方向に向いていると、全然違いますよね」

 

 「モモンさんもチームを?」

 

 

 チーム。仲間。そうだ……俺には最高の仲間が居た。

 

 

 ……いや、違う。

 

 

 確かにたった三人だけになってしまったけれど、でも……。

 

 

 

 「冒険者、では無いんですが……今も、同じ目的の為、別々に行動しているんです」

 

 「どんな人なのか聞いても!?」

 

 「……そう、ですね……一人は……そう、純白の聖騎士でした。彼は私が弱かった頃……」

 

 

 

 

 こうして鍋を囲みながら、夜が更けていく。

 

 

 

 

 

 ちなみにこれは余談だが、殆ど喋っていないナーベはあまり情報を出し過ぎる訳には行かない為すべてではないものの、至高の御方のお話を聞けるという棚ぼたなご褒美に震え、心の中で静かに目の前の人間に、ほんの少し、雀の涙ほどだけ、こっそりと感謝した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 「モモンさん、あそこに見えるアゼルリシア山脈の北方には、フロストドラゴンが多数生息していると言われています。でも、エ・ランテル近郊にもその昔、天変地異を操るドラゴンが棲んでいたという伝承があるんですよ」

 

 「ほう、それは凄い……その天変地異を操るというドラゴン……なんて名前のドラゴンなんですか?」

 

 「えーと……すみません、帰ったら調べてみます!」

 

 「よろしくお願いします、ニニャさん」

 

 「はいっ」

 

 

 数日後、英雄譚や神話といった類の事が好きなニニャと、そこにプレイヤーの痕跡があるかもしれない、と色々聞きたがったモモンは意気投合した。

 

 まぁ、この雑談、というか、ニニャの雑学とも呼べる話からもたらされる情報からプレイヤーの明確な影を感じる事はあまりなかったが。

 

 しかし現地の人間とここまで仲良く……好意的な関係を結ぶ事に成功した、というのはかなりの進展だろう。

 

 仲間内以外でこういった話をすることはあまり無いのだろうか。ニニャは今まで自分が知って来た伝承や神話、御伽噺なんかを、思いつく限りモモンに話して、それを漆黒の剣の面々は微笑ましい物を見るように見ていた。

 

 ナーベはというと、モモンの後ろをついて歩いている。それだけである。ニニャの話等右から左へ、いや、そもそも届いてすらいない。女性だし、そういった事にはあまり興味が無いんだろうなと思ったニニャは、特に気を悪くすることは無かった。

 

 「カルネ村までは、もう少しです!」

 

 そんなこんなで、一行は朗らかな雰囲気でカルネ村へと向かう。

 

 

 「……あれ?変だな」

 

 

 そして、ンフィーレアが異変を感じたのは、そろそろカルネ村が見えて来始めた、という時だった。

 

 「どうしました?」

 

 「あんな頑丈そうな柵、前は無かったんですが……」

 

 見れば、そこにはンフィーレアが前回訪れた時には無かった、太い木で村全体をぐるりと囲うように作られた、頑丈そうな柵。何かあったのだろうか、と一行に緊張が走る。

 

 警戒しながら村の入り口まで辿り着くと、ルクルットが足を止めた。

 

 

 「ありゃ、ゴブリンじゃねえか……」

 

 見れば、入り口からわらわらと、子供より少し大きい程度の大きさの、いかつい顔をしたゴブリン達がそこに待ち構え、弓に矢をかけていた。

 

 「お前さんたち、何者だ!?」

 

 「!?」

 

 そうゴブリンが言い放った瞬間、周囲の草むらからもゴブリンが飛び出し、武器を突きつける。

 

 「囲まれた……!」

 

 「武装を解除してもらいましょうかね。出来れば戦闘は避けたいんですよ、特にそこのフルプレートの兄さん、アンタからはヤベぇ雰囲気ってのをバリバリ感じるぜ」

 

 そう言われながら、モモンは「おや?」と内心で首を傾げていた。

 彼らに心当たりがあったからだ。

 

 

 「ゴブリンさん、どうしたの?」

 

 「おお、エンリの姐さん!」

 

 「あっ!?……エンリ!」

 

 「え?……ンフィーレア!」

 

 「あ!あの子!」

 

 

 入口の向こうから呼び出されてきた少女。

 それを見た漆黒の剣は彼女の姿に心当たりがある。

 

 この数日、道の途中や休憩中等でンフィーレアから聞き出した彼の想い人、その特徴に酷似していたのだ。

 

 そしてモモンはモモンで、アインズとして救った一番初めの少女の姿を数日で忘れる筈もなく……脳裏では、「彼女の言っていた”村に時々来る薬師の知り会い”、というのは、ンフィーレア君の事だったのか」と納得していたのだった。

 

 

 

 

 ひとまず、お互い害は無いと理解した為、戦闘は起きずに済んだ。

 

 その後、あの頑丈そうな木の柵とエンリとカルネ村を守っているらしいゴブリンたちに、一体何があったのか、あらかたの事情を聞いた。

 

 突然騎士達に襲われ、両親を失ってしまった事。

 そこを、旅の、ちょっとお面が怖いけど優しい魔法詠唱者の人、ドレスを身に纏った、貴族よりももっと高貴な雰囲気を醸し出しているお嬢様、そして真っ黒な鎧に身を包んだちょっと怖い女性の()()に、命を救われた事。

 

 「私はよく覚えていないんだけど……真っ赤なポーションで、傷で瀕死だった私を嘘みたいに治してくれたってネムから聞いたわ。背中に剣で二回も切り付けられたのに、傷跡も残ってないのよ」

 

 「(赤いポーション……!?)」

 

 

 そして、伝説のポーションの存在。

 

 モモンさんはそのアインズという人やそのお嬢様?と何か関係があるのだろうか……?黒い女騎士の方は”アルベド”という名前だったらしいが……。

 

 「(うーん、やっぱり()()()()()()())」

 

 「また会えないかなあ」

 

 「あ、会って!……会ってどうするつもりだい?」

 

 「ちゃんと言えなかったから、お礼を言いたいなって」

 

 「あ、そ、そう……そうだね、お礼を言うのは大事だね(……うーん、赤いポーションについては分からず仕舞いか……モモンさんにアルベドという人を知ってるか聞いてみようかな……)」

 

 

 



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森の賢王をゲット

遅くなってすみません。
そして最新話ですら無い。
別の作品に浮気ばっかしてました。
途中から既存の話になります。

新規1
既存
新規2

という非常に面倒な事になってしまいすみません。
既読の方は読み飛ばしてください。


 

 「では、ここから森に入りますので、警護をよろしくお願いします」

 

 モモン達は、いよいよ依頼の本題、薬草採取の為に森の入り口に訪れていた。

 とはいえ、「モモンさん達が居れば大丈夫でしょう」とペテルが言うように、万が一にも事故が起こり得ない万全を通り越して過剰すぎる戦力がついているのだから、何事も起こる筈は無いが。

 

「あの、モモンさん」

 

「なんでしょう?」

 

「もし、森の中で森の賢王と出会ったら……殺さずに、追い払ってほしいんです」

 

 そりゃあ無理だろ!とルクルットが声を上げた。だがンフィーレア曰く、カルネ村が今までモンスターに襲われずに済んでいるのは、ここが森の賢王のテリトリーである為、他のモンスターが寄ってこなかった為だ。

 

 よって、それを倒してしまうと今まで寄ってこなかったモンスター達が森に入ってくるようになり、最終的にはカルネ村も襲われるようになるだろう、という事だった。

 

「話は理解出来たけどよ、流石にそれは……」

 

「いいでしょう」

 

 相手は何百年も生きている森の魔獣。流石に殺さないように追い払うというのは無理だろうと言おうとしたが、まさかの速攻OKを出してしまったモモンに漆黒の剣は驚きの声を上げた。

 

 まぁ、これもまた強者の余裕というやつなのだろう、と納得はしたものの、いったいこの人はどこまで強いんだろうという疑問は解消されない。

 

「その前にこちらから提案があるのですが」

 

「なんでしょう?」

 

「ナーベがアラームに似た魔法を持っているんです。なので、そのあたりを一度見回って来てもよろしいでしょうか?」

 

「もちろん構いませんよ」

 

 では、と二人は森の中に入っていく。ちなみに言うまでも無いがアラームに似た魔法なんてものは嘘である。とりあえず彼らから離れたかっただけに過ぎない。

 

 

「さて、ここまで来れば大丈夫かな」

 

「モモンさん、こんな所で一体何を?」

 

「(そのセリフを聞いただけで邪な何かを連想してしまうのは俺の心が汚れているんだろうか)いやなに……私の名声を上げるための作戦会議と行こうじゃないか。アウラ、そしてぶくぶく茶釜さん」

 

 

「はーい!」

 

「あれ、バレてました?」

 

「っ!?アウラ様、ぶくぶく茶釜様!?」

 

 ナーベが突然の上からの気配に顔を上げると、そこにはアウラとぶくぶく茶釜が木の枝の上で待ち構えているのが見えた。アウラはともかくぶくぶく茶釜の気配にも気付けないとは!とナーベは内心で猛省する。

 

「それで……”森の賢王を既に手中に収めている”っていうのは、どういう意味ですか?」

 

「あー……まあ、色々とあってね……」

 

 

 バツが悪そうにそう言ったぶくぶく茶釜は、木からするすると降りながら、事のあらましを話し始めた。

 

 

 

 

 

『ぶくぶく茶釜様、なんだか変わった魔獣が居ます』

 

「変わった魔獣?」

 

『ええと、銀色の毛皮で、蛇の尻尾を持っていて……私でもなんて名前の魔獣かまでは分からない、とにかく変わった魔獣です。多分この辺りで一番強いんじゃないかと』

 

「へえ……」

 

『とはいえナザリックで使役している魔獣に比べたら全然ですけどね』

 

「あらっ?」

 

 なんだ、がっくり。

 

 とはいえナザリックの魔獣にも勝るものがそうそう居ても困るし、比べれば劣るとはいえ現地の強者である事には変わりないが。

 ともすれば、アウラにその魔獣を手懐けてもらえれば、その魔獣から何らかの情報が引き出せる事もあるかもしれない。人の言葉を話す、という可能性を考慮していなかったのは、魔獣と聞いてイメージするのが普段アウラが使役している魔獣達だった為だ。

 

 ぶくぶく茶釜はひとまずアウラの言う魔獣の元へゲートを繋ぎ、さっそく会ってみる事にした。

 

「な、なんでござるか!?ダークエルフに、スライム……!?我が縄張りに、いつの間に入ったのでござるか!?」

 

「(ええ……?なんでハムスター?)」

 

 

 まぁ、結果は御覧の有様であったが。

 

 

 

 

 誰が件のアウラの説明を聞いて、銀色(っぽい色)の毛皮と蛇の尻尾を持つハムスターみたいなおめめがキュートな愛くるしい魔獣を想像出来ようか。

 

 アウラに非は無いが、なんだか騙されたような気分である。

 果たしてこれを手懐けたとして、モモンガや愚弟にどう説明しろというのか。

 

 ねえねえ、ハムスター飼いたいんだけど、いいかな?……とでも言えと? 

 

 

 

「あ~……縄張り、ってことは、この辺りの森は貴方の支配下にあるという事?」

 

「そうでござる!我こそはこの森を支配する森の賢王!!無断で縄張りに入ったからには容赦しないでござる!今こそ我が力にひれ伏すが良いでござるよ!!」

 

「(嘘……って訳でも無いんだろうなあ、多分。弱いけど、ここらの報告に上がった魔物の中では段違いに強いのは明らかだし)」

 

 はぁ……とどうやってかため息をつきながら、今後のこの魔獣の処分に困るぶくぶく茶釜。いやまあ、まずは殺すか手懐ける必要があるのだが……。

 

「殺しますか?」

 

「いや、この世界に来てからまともに身体を動かしてないから、少しは戦闘の真似事もしないとね。悪いけど、アウラ達は下がっててもらえる?もしもの時は……まあ無いとは思うけど、分かってるわね?」

 

 はあい、と間延びした返事をしながら、その場にあった手ごろな木の枝に飛び乗り、戦闘の邪魔にならないように見物するアウラ。その枝には既にアウラと同じ任務に就いていたマーレの姿もある。

 

「いいのでござるか?2人、いや、3人で来ても良かったのでござるよ」

 

「そういうのはまず私に勝ってから言ってもらえるかしら?三人じゃないと負けた時の言い訳が思いつかないというなら話は別だけど?」

 

「言うではござらんか!ではそろそろ無駄話もここまでして、命の奪い合いをするでござる!」

 

 

 そう言いながら、バッと勢いよく飛び出し、鋭利な爪を繰り出す森の賢王。

 ぶくぶく茶釜は巨体に見合わぬスピードに一瞬だけ目を見張るが……それによって彼女が傷つけられる事は無い。

 

「ぬぅ!?」

 

 森の賢王は、全く避ける素振りが見られなかったのにも関わらず、自分の攻撃が()()()()()事に少なからず驚愕した。

 

 ぶくぶく茶釜はアインズ・ウール・ゴウンの中でも防衛職についているスライムである為、この程度の攻撃ならよしんばまともに受けたとしてもかすり傷一つ負う事は無いだろう。

 そして、防御特化とは言え、かの森の賢王の繰り出した攻撃は、彼女にとってあまりに遅すぎた為、あえて受ける必要すらなく、攻撃を見てから回避余裕でしたといった所であった。

 

「回避する武技でござるか……?ならばこれならどうでござる!」

 

 ぶくぶく茶釜の真後ろに着地しながら、蛇のような尻尾を彼女の居る場所を叩き付けたが、それも彼女には容易く見切られてしまい、地面に穴を空けた程度で終わってしまう。

 

「むむう、スライムの癖になかなか素早いでござるな……!てぇい!」

 

 

 まどろっこしい、とでも言いたげに森の賢王が爪や尻尾を使っての高速の連撃や、その大きな身体を丸めながら高速で転がり、そのままタックル等を繰り出したり、不意打ちで地面から攻撃したりもしたが、全て失敗に終わってしまう。

 

「(懐かしいな……昔もよく、モンスターのヘイトを稼ぐ為にひたすらに攻撃を避けたりしたっけ)」

 

「ええい!避けてばかりでござるか!?」

 

「あら、疲れちゃったの?……じゃあ次は避けないから、全力で叩き込んできなさい」

 

 ほう?と森の賢王は顔を上げる。

 

「ふふん、いいのでござるか?某、遠慮とかしないタイプでござるよ?」

 

「良いから、来なさい」

 

「……流石に舐めすぎでござるっ!!」 

 

 舐めプである、というのは認めるが、ぶくぶく茶釜からすると、ただただ自分の防御力を試してみたかっただけ、というのが本音だったりする。

 

 そして、森の賢王は言葉通り一切の手加減無く、むしろ、自身の知る限りでは最高威力の技……名前など無いが、空中に飛び上がり、大きく回転、その後その回転力を利用、超高速で鞭のように尻尾を叩き付けるという技だ。

 

 無論、隙があまりにも多すぎるのは言うまでも無いが、事威力という点だけ見れば、周囲一帯が地響きで軽く揺れる程の威力である。

 

「【パリイ】」

 

 そして、繰り出された技がぶくぶく茶釜に直撃し……まるで金属同士を叩き付けて弾いたかのような音が鳴り、今度こそ森の賢王は驚愕することとなる。

 

 無理も無い。相手はスライム。スライムと聞いて誰がここまでの防御力を誇ると思うだろうか。

 

「……なんとっ!」

 

 森の賢王は着地しながら、かのスライムにダメージを負った様子が全く見られない事に驚愕の声を上げ、むしろ自分の尻尾の方にズクズクと鋭い痛みが走っている事が信じられずにいる。

 

「成程成程……ちゃんと昔みたいにカウンターも効くようね。この調子なら他の防御系のスキルも問題無さそうね」

 

「まさか……某の技のダメージを、そのまま某自身に跳ね返したのでござるか……!?」

 

「そうよ。獣にしては頭が回るのね」

 

 でなければこれほどのダメージを負うわけが無い、という自信が森の賢王にはあった。それこそ、魔法の武具でも叩き割れるという自負があったのだ。

 

 

「こ、降参でござる……」

 

「あら?まだまだやれそうだけど」

 

「今のが最大威力の技だったでござるよ。それに……今ので某自慢の尻尾が御覧の有様でござる。勝ち目が無いのは自分が一番良く分かるでござるよ」

 

 

 見れば、今のパリィによるダメージの反射によって、そのまま自分の技を受けたその尻尾は、先端が大きく砕け、見るも無残な形となっており、これではまともに振るう事もままならないだろう。

 

「それなら……そうね、ここで死ぬか、私達に忠誠を誓うか、ここで選びなさい」

 

 少しこのまま殺そうか迷ったが、仮にも森で一番の強者が突然居なくなった場合どんな影響があるか分からない。

 それに、殺したとしても……精々が、あの毛皮をアウラが欲しがっているという程度だったか、それ以外の活用方法が思い浮かばない。

 幸い頭は見た目ほど悪くないようだし、従うというのであれば荷物運びくらいにはなるだろう。人手は多い方が良い。

 

「……忠誠を、誓うでござる。某、子孫も残さないまま死ぬわけには行かぬ故に」

 

「そう。それじゃあ……とりあえずはあなたはこのままこの辺りを支配下においておけばいいわ、何かあればこっちから連絡するから」

 

「連れて帰らないんですか?」

 

 

 事が終わったのを見て、トン、と着地しながらそう尋ねるアウラ。

 

「ええ、まあ……今更だけど特にやってほしい事がある訳じゃないし、ただ単に軽く運動がしたかっただけだから」

 

「う、運動……某との命の奪い合いが、運動……ま、まあ、そういう事なら某、ここで姫からの命令が下るのを待っているでござるよ!……ところで、まだ名前を聞いていなかったのでござるが」

 

「ぶくぶ……いや、ウールよ。以後そう呼びなさい」

 

 

 こうして、偶然にもモモンガが森の賢王の噂をしていた同時刻、件の森の賢王と対峙……し、そして圧倒的な勝利を収め、服従に成功した。

 

「……一応、モモンガさんにも報告しとくか……めっちゃ気が引けるけど」

 

 

 そして時は現在へ戻る。

 

 

 そして、森へ入る直前に、「そういやモモンガさんもこの辺に来てるんだっけ?」と思ったぶくぶく茶釜は彼にメッセージを入れた。森の賢王っていうのを服従させたんですけど、コイツどうします?と。

 

 

「……という事なのよ」

 

「なるほど……まぁ、経緯は分かりましたが、どうしましょうかね……本来なら森の賢王の足でももぎ取って倒した証にでもするつもりでしたが、ぶくぶく茶釜さんのペットになったっていうなら、悪戯に傷つけるわけにもいきませんよね」

 

 そう、本当だったらモモンは森の賢王という魔獣を撃退する事で更なる名声を得ようとしていた(実在しなければこちらで偽者を用意するつもりだった)のだが、既に服従を誓っているなら、殺すのももったいない気がする。

 せっかくの現地の魔獣、しかも口が利けるというおまけつきなのだから、色々と情報が手に入るかもしれない。

 

 力でモモンが服従させた事にでもするか、と思案していると、ぶくぶく茶釜が口(?)を開く。

 

 

「(まぁ別に手足をもいでもいいけど)……ねえ、名声を高めるのが目的なんだよね?」

 

「え?ええまあ」

 

「それなら、こういうのはどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 ズズン、という地響きがカルネ村付近の森に響き渡り、薬草を採取していたンフィーレアや漆黒の剣、そしてモモン達の元に届いた。

 

「まずいな……! デカいのが近づいてくる! しかも、この足音は……!()()()()()()()!」

 

「何!?森の賢王は一体じゃなかったのか!?」

 

「他のモンスターと争っているのか?あるいは、子供でも生まれたか……チッ!魔獣複数体に俺らじゃ太刀打ちできねえ!」

 

 一気に騒然とし、緊張が走る一行。そんな中、地響きが聞こえる方向から皆を守る様にして二本の大剣を構える一人の男の姿があった。

 

 

「……皆さんは先に森の入り口へ戻ってください」

 

「あ、あんた一人で相手するっていうのか!?流石に無茶だ!」

 

「大丈夫です。私もこんな所で死ぬつもりはありません。後から必ず追いかけますとも」

 

 

 この御仁は一体どこまで度量があるというのか。普通、どんな英雄でも、二体以上の魔獣を相手に生き残る事なぞ不可能だ。おそらく、後から追いかけます、とは彼の本心。つまり、自分たちが逃げるだけの時間を稼いでやる。そう言っているのだろう。

 

 現状、漆黒の剣の面々が残ったところで、彼の足手まといにしかならないのが事実。

 

 彼らは断腸の思いで先に戻る事に決めた。

 

 

「モモンさん!……無理はしないでくださいね!」

 

「ええ、もちろん。さ、早く」

 

 

 ンフィーレアと漆黒の剣の一行は言われるがまま、森の入り口へと駆けていく。

 黒い鎧を着こんだ御仁が、無事に帰ってくる事を祈りながら……。

 

 

 

 

 

 

「……で、これが森の賢王ですか?」

 

「言いたいことは分かるけど、事実なのよね~」

 

「その通りでござる!某は森の賢王と呼ばれる魔獣でござる!」

 

 

 連れて行くにしても、流石にコイツを連れて行くのは……ちょっとやだなあ……でもそうするしかないしなあ……とモモンはため息をついた。

 

 折角だから、森の賢王との戦いをもっと苦戦だったぽく演出しない?相手の数増やすとか!とぶくぶく茶釜が提案した事から始まるこの作戦は、至ってシンプルだ。

 

 まず、アウラが持つ魔獣達&森の賢王で漆黒の剣とモモンが居るところまで全力疾走する。

 

 すると音で気付かれるので、足止めをモモンが買って出る。これにより漆黒の剣と一時的に離脱。

 

 そして合流。

 

 この際、モモンは手持ちのアイテムの中から、ごく当たり前のように所持していた魔獣の身体の一部を取り出し、それを「森の賢王と縄張り争いをしていた魔獣の物」と称し、それを持ち帰ることに成功したことにする。

 

 そして、縄張りを供に守ってくれた者であり、剣と爪を交えた戦友として、森の賢王はモモンに付き従い、供に戦う事を誓った。

 

 ……というバックストーリーをでっちあげ、特にそんな理由は無いがぶくぶく茶釜の命令で従属を誓っている森の賢王を連れて帰れば、モモンは2体居る内の一体を討伐しもう一体を従属させることに成功したともなれば、かなりの名声が手に入るはずだ。

 

 ……実際にはそんな事が成し遂げられるような人物は希代の大英雄扱いされそうなものだが。

 

 ちなみに、森の賢王には既にぶくぶく茶釜とモモンガが主従関係ではなく対等な立場であり、ナザリックという大墳墓の主人であることや、その大墳墓に住まう者達については説明済みである。

 

 森の賢王はそれを聞いて「それを聞く前に会って居たら失礼をかまして死んでいたかもしれんでござるな……」と、肝を冷やした。

 

 

「(よくこんなバックストーリーを考えつくよなあ、あの人)」

 

「え~と、それで、何と呼べばいいでござるか?」

 

「好きに呼べ」

 

「えっ!?(こんな獣風情がモモンガ様を好きにお呼びできるだと……!?)」

 

「では殿と呼ばせてもらうでござる!」

 

「……ちなみにお前は?」

 

「某も好きに呼んでいいでござるよ!」

 

「そうか(うーん……この見た目だし大福……いや、まんごろ?)」



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こんな夜更けにどこへ行くの?子猫ちゃん

今回はエレティカサイドの話ですが、
ほぼ書き直したりしておらず、新規の話は今回はありません。
なので、既読の方はスルーでOKです。

調整中なので、次の話はもちっとお待ちを。


 モモン達がカルネ村に到着する日より、しばし時は戻る。

 場面はエ・ランテルの街……『黄金の輝き亭』

エ・ランテルにおいて、貴族や裕福な商人、高名な冒険者などが使用する最高級の宿。

 この世界にしてはかなり豪華な部類にあたる装飾品や内装の数々が輝く様はまさに黄金の輝きの名を冠するに相応しく、リ・エスティーゼ王国の黄金の姫という異名を持つ第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと同じ黄金を冠するだけはあるというものである。

 

 

 「なんなのよ、この料理は!」

 

 が、しかし……今日はそんな場所で金切り声とテーブルを叩く音が鳴り響いた。

 声を発する先に居るのは、裕福な商人のご令嬢と思われる、可憐なドレスを身にまとう、金髪で、タレ目が特徴的な、十人居れば十人振り返るであろう程の、麗しい女性。

 ただ、その表情は苦悶、あるいは侮蔑、あるいは怒りがありありと現れており、その隣で、紳士服に身を包む白髪でヒゲを蓄えた、しかし服の上からでもその肉体の発達具合が分かるほど偉丈夫が困った声を発していた。

 

 「美味しく無いわ!」

 

 「お嬢様……」

 

 「セバス!すぐに出立の準備を整えなさい!」

 

 「……承知致しました」

 

 心底困った声でそう了承した男を傍目に、その勢いのままつかつかと速足で歩いていくと、その行き先に居た、小汚い格好の男性、ザックに怒鳴りつける。

 

 「ザック!」

 

 「へっ?へ、へい」

 

 「お前も馬車の準備をするのです。もうこんな街には居たく無いわ!」

 

 

 まさに、世間知らずな箱入り娘。いや、ワガママ娘と言った所か。

 一人で部屋へと戻っていく後ろ姿を見ながら、従者らしい紳士服の偉丈夫は頭を下げると「お騒がせしました、皆さま」と紳士的な対応を見せ、周囲の貴族や商人達は彼に同情的な目を向けていた。

 

 ただ一人、邪な視線を件のお嬢様に向けるザック以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかな?ソリュシャン?」

 

 「ええ……上手く釣れました、ペロロンチーノ様」

 

 

 部屋の中には、先ほどのワガママな商人の娘……”絶好の餌”を演出していたソリュシャン・イプシロンと、その従者役であり本来は彼女の上司でもあるセバス・チャン。

 

 そして彼らの報告を受ける、彼らの絶対的な四十一人の支配者が一人、ペロロンチーノの姿があった。

 

 「()()()()()けど、二人共すごい演技力だったからね(セバスは普段通りだったけど)」

 

 『もったいなきお言葉!光栄の到りでございます!』

 

 惜しみない賞賛の言葉……というか本心の言葉に感激し膝をついて傅き、見事なまでに同じセリフを同タイミングで放つ二人。

 

 彼らは「殺しても誰も困らない、食べたり拷問したり殺したり実験に使ったりしても良い人間」、一般的に犯罪者に部類される、盗賊や山賊といった輩を誘い出す為に、世間知らずでワガママ、だが商人の娘で、しかも見た目は麗しいという絶好の餌を演じており、ものの見事に成功。

 

 ザックという小汚い小悪党は今、山賊と場所と時間の指定、合図の再確認を行っており、「あの体を楽しむのが楽しみだ」と言っているのをソリュシャンのスキルで確認済みである。

 

 ちなみに、ペロロンチーノが側で見ていた、というのは、実は「この世界での食文化でいうところの最高級がどの程度か見てみたい」とのペロロンチーノの言から彼自身の弓使いのスキルの一種である、『闇に潜む弓兵(ハイド・アンド・アーチャー)』(弓を持っている時に使える専用スキルであり、次に攻撃を行う瞬間まで高度の不可視化状態になるスキル)によって姿を隠していた。

 

 ちなみにカルネ村でもこのスキルを使用、強化を行い、エレティカの戦いを見守っていたのだ。

 

 

 「じゃあ、準備が済んだら出発し……ん?」

 

 不意に、メッセージがかかる。

 誰だ?モモンガさんか?あるいは姉ちゃんか?とそれに応えると、意外な人物の声が聞こえる。

 

 『ペロロンチーノ様、エレティカです。ご報告がありまして連絡させて頂きました』

 

 「報告?」

 

 聞きながら、セバスとソリュシャンが餌になっている間、シャルティアは馬車の中で爪の手入れ。そしてエレティカは「待っているのも暇なので、こちらはこちらで山賊や盗賊といった下衆共を探してみようと思います」と、死んでも良い人間を探して別行動となっていた。

 

 見た目は変装してしまえばただの少女と見分けがつかないので、問題は無いだろうと思っていたペロロンチーノだった(というか、基本彼がエレティカやシャルティアの言う事に対し、余程の事で無い限りNOと言わないのが主な理由だ)が、今回の件は彼女が暇を潰したいだけだと思っていたので、報告等さらさら期待していなかったのだが……まさか、何か問題が?

 

 『まず、事後報告となってしまい申し訳ないのですが、”クレマンティーヌ”と名乗る武技を持った人間、そして、ズーラーノーンというアンデッドを使役する邪悪な魔法詠唱者によるテロリスト集団、その幹部カジット・デイル・バダンテールという男とその部下との接触と捕縛に成功しました』

 

 「…………うん??……えっ!?」

 

 行動早くない?アクティブ過ぎない?そう思うペロロンチーノだったが、彼女の報告はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 時は遡る。エレティカは今、街でかなりの高さを誇る建物の屋根から、優れた視力であるものをじっと見つめ続けていた。

 

 「うーん……もう襲っちゃおうかなあ」

 

 

 目線の先、そのさらに先、暗闇の中に潜みながら歩く、フードを被った何者か……その正体は、元漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌその人であった。

 

 なぜエレティカが彼女を見つめながら物騒なことを呟いているかと言うと、簡単な話、この後エレティカはエ・ランテルを出立し、予定通り、山賊の襲撃を受け、その寝ぐらに殴り込み、その後も予定がぎっしり詰まっている現状。

 

 そして、クレマンティーヌという、原作通りに進めばこの後漆黒の剣という冒険者達を嬲り殺し、ンフィーレアという薬師の少年を拉致誘拐、着けると廃人になってしまうマジックアイテムを使い、アンデッドの大量発生という事件を起こす予定であり、人を殺したり痛めつけたりすることを心から愛している、英雄級の力を持つ性格破綻者。

 

 

 

 そんな問題児な彼女にエレティカが干渉出来るのは、今、このタイミングだけなのだ。

 

 

 

 感知スキルや探知スキルが無いエレティカだったが、今日このタイミングで「クレマンティーヌがザックとぶつかり、殺意を覚えたが、先を急いでいたので見逃した」という出来事があるのを知っていたので、ザックを観察していればそれとぶつかったフードを被った人物がクレマンティーヌであり、後はそれを目で追えば良いだけの話であったので、彼女の発見には特に困らない。

 

 現行犯で無いと犯罪者かどうか疑われても、彼女が身につけている、冒険者の証である、ドッグタグのようなものを殺した後に奪い、戦勝トロフィーか何かのようにアーマーに付けているのを見せれば、「彼女は冒険者を襲う殺人鬼です」という事実を言ったとして、誰が疑うだろうか?

 

 更に言えば、今回「死んでも良い人間の確保」と、もう一つ、「武技やタレントというこの世界特有の能力を持つ人間」の確保が目的でもあったので、その点クレマンティーヌは自身の身体能力を向上させる武技を持っており、本来の職業が魔法詠唱者であるのを加味しても大差のレベル差であるモモンの剣を難なく躱す事が出来るという身体能力を発揮できるという、まさに絶好の相手と言えた。

 

 

 と、ここまで条件が揃っているのであれば何故すぐに襲わないのか。

 

 

 それは、純粋に場所とタイミングの問題。

 クレマンティーヌがカジット・デイル・バダンテールと合流するのを待っているのだ。

 

 

 カジットとは、クレマンティーヌの協力者、いや、クレマンティーヌが協力する悪の秘密結社である、”ズーラーノーン”の者であり、原作通りだと、この後エ・ランテル墓地で行う儀式によりアンデッドの軍勢を作り出し、エ・ランテルを襲い、そしてモモンとナーベによって返り討ちにされる、死霊魔法詠唱者の、司祭風の服を着た男。

 

 エレティカが知る限りでは、この後カジットとクレマンティーヌは目的の達成の為、ンフィーレアの拉致の為に彼と彼の祖母が営む薬屋に行くのだが、ンフィーレアが不在だった為失敗する。

 

 エレティカには知り得ない事として、この為に、外に出ないよう、ンフィーレアが薬草採集などを行う際に普段依頼を出していた冒険者グループは今はクレマンティーヌとカジットの手によりアンデッドになっているが、それが原作で描かれなかっただけなのか、エレティカが居る事による想定外のバタフライエフェクトかは誰にも分からない。

 

 

 エレティカは出来るだけ音を出さないよう、民間人に気付かれないようにしながら、屋根から屋根へ飛び移りながら、クレマンティーヌを追い、彼らが合流する瞬間を待つ。

 

 もし、彼らを叩く前にペロロンチーノからメッセージで呼び戻されたら……この目論みは失敗に終わる。 

 

 

 だが、エレティカが望むその瞬間はそう時間をかけずにやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……?」

 

 「……どうした、クレマンティーヌ」

 

 

 予定通りの時間と場所、人知れずカジットと合流したクレマンティーヌだったが、合流した瞬間、彼女の人間離れした危機察知能力と戦士の勘が妙な胸騒ぎを起こす。

 

 「まさか、あいつらが追って……いや、そんな筈は……」

 

 本国の連中が裏切者である自分を処分しに来たのかと思ったが、それはあり得ない。

 たかだか自分如きの為に、こんなにも早く追っ手を、それも人間という部類の中では最強の戦士に近い自分を追える存在はそうはいない。

 

 そしてそういう奴は大抵もっと重要な任務についているものである。

 

 とすると、クレマンティーヌには心当たりがまるで無かった。

 たまたま殺した奴の知り会いが自分に恨みを持っている可能性はあったが。

 

 

 そして、勘は確信に。

 

 今までの人生において、これほどの濃密な殺気を感じた事は無い、と思う程に禍々しい気配が、自分を目掛けて一直線に”飛来”してくるのが見える。

 

 それは、少女の形をした化け物……本国に居る化け物とはまた別の類、いや、明確な殺意を向けられている分、アレよりも更に悍ましい。

 

 

 「おい!どうしたと……」

 

 「離れろ!カジット!!」

 

 

 ”カジッちゃん”と馬鹿に出来ない程の緊張がその顔と態度に表れているのを見て、カジットは訳は分からなかったが、引き連れていた弟子達と共に一気に臨戦態勢に入る。

 

 

 

 

 

 刹那

 

 

 

 

 エ・ランテルに一つの強風が吹き荒れる。

 誰もそれを発生させた本人の存在に気付かず、頭上を一瞬で過ぎ去っていくソレを視認すら出来なかった。出来たのは唯一それが移動する線ではなく飛来する点として見る事の出来たクレマンティーヌただ一人。

 

 ただし、見れたからといって、桁違いの化け物の中でも、特にその素早さの右に出る物は居ないと思われる程の規格外の攻撃に対応出来る筈もなく。

 

 

 クレマンティーヌは武技により自身の身体能力の向上及び高速化によって、体感する時間が大幅に引き延ばされ、モノクロとなった人外の世界で、まるで冗談のような速さで飛来し、音もなくその場に着地する少女の姿を見た。

 

 

 目線だけがそれを追えていた。

 クレマンティーヌはその場から動かなければならないと本能的にそう思った。

 

 だが動かない。

 否、動かないのではなく、酷く遅い。

 クレマンティーヌ自身経験した事すらない程の限界すら超えて加速化した世界で、少なくとも目の前の化け物を相手にするには、彼女は遅すぎた。

 

 

 そして、音速を優に超えた”殴打”、それが今、クレマンティーヌに向かって振り抜かれようとしている。

 

 

 迎撃、不可能、死ぬ。

 防御、無理だ、死ぬ。

 回避、出来ない、死ぬ。

 

 

 

 一瞬の視界の回転、明暗、明滅、意識の混濁。

 気付けば、否、瞬きをする間に、クレマンティーヌは空中を舞っているのだと理解する。何をされたのか全く分からないまま。

 

 敵襲、攻撃、そして空中で錐揉みされていく……ここに至るまで、0.93秒の出来事である。

 

 

 やがて、およそ攻撃の何倍もの時間をかけ、クレマンティーヌは地面に背中から受け身も取れずに衝突。

 衝突の瞬間、肺にかろうじて残っていた空気が内容物や血と共に吐き出され、何をされたのか、正しく理解する暇も無く、意識は暗闇に放り出された。

 

 

 「なん――」

 

 

 そしてエレティカの襲来からおよそ3秒。ここでようやく死霊魔法詠唱者のカジットは既に攻撃を受けているという事を悟る。

 

 だが彼が出来たのはそれだけだった。

 呪文を唱える暇も、宝珠を取り出す暇も、弟子達に肉壁になってもらう暇も無く、ただの一言を発する、その暇すらなく、カジットは顎、鳩尾、腹に殆ど同時に打撃を加えられ、無防備なそれは暴力によって呆気なく蹂躙され、地面に倒れる。

 

 そのほんの瞬き一回分に相当するかどうかという程度遅れて、弟子達がバタバタと倒れていくが、既にカジットは意識を失っており、それらを聞く事は無かった。

 

 

 

 

 「…………フゥ、目的達成!」

 

 

 

 

 ……遅れて、天高く吹き飛ばされたクレマンティーヌのスティレットがガツッと地面に突き刺さり、全てが回収された後、小さな罅の入った穴だけが、そこに残されていた。

 

 

 彼女が何をしたのかを説明すると、まずスピードスターと呼ばれるユグドラシルでも指折りの早さを誇る職業で主に手に入れた、守護者の中でも最速と思われる身体能力で、屋根からクレマンティーヌの居た場所に飛来、この際飛行スキル等は一切使っていない。

 

 

 音を立てないように着地、そしてハルバードでは音が鳴ってしまうので、素手で腹から顎にかけて高速のアッパーカットを放つ。

 誰かに目撃されてしまう危険性もあったが、壁や床に叩きつけて痕跡を残してしまうよりかは良いだろうと考えた。

 クレマンティーヌの武技によって鋼鉄並みの防御力を持っていた彼女の顎を打ち抜いた結果、それは天高く身体を打ち上げ、錐揉みしながら地面に衝突する、という結果になった。

 

 なお、これでも手加減をしている。

 していない場合、クレマンティーヌは首から上が爆発四散していただろう。

 

 後は純粋な身体能力だけでカジット達を圧倒。

 ただし素手とはいえ高速で殴れば死んでしまうのでかなり弱めに。

 

 カジットの持っていた死の宝珠が彼の手から禍々しい光を放ちながら転がり、そしてエレティカに回収される。

 

 こうして、クレマンティーヌにより漆黒の剣の四名は殺されず、ンフィーレアは誘拐されずに無事に過ごす事となった。

 

 

 コレがどう転ぶかは、まだエレティカにも分からない事だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 「うっ……」

 

 全身に鈍く強烈な痛みを感じて目を覚ますクレマンティーヌ。

 

 自分は生きているのか?何故、殺されていない?ここは何処かという疑問の前に真っ先にそう疑問に思うクレマンティーヌは自身の身体の状態を確認しようとして、今自身が死ぬよりも屈辱的な状況にある事を知る。

 

 目を布か何かによって覆い隠されており、現状、周囲を視認することが出来ない状況であるが、常に振動していたり、時折ガタッと揺れたり、馬の蹄の音であったり、人の話し声が聞こえる事から、馬車の中に居るのではないか、と推定した。

 

 両の腕は、今は背中の後ろで繋がれビクとも動かず無理に動かそうとすれば鋭い痛みに襲われる。現状役に立ちそうにはなかった。

 

 脚も同じく、鉄製の枷か何かによって繋がれており、同じく動かない。

 

 もっとも、仮にそれらが付いていなかったとして、与えられたダメージのせいでここから逃げるにも逃げられないのは自明の理であったが。

 

 悪態をつこうとして、口につけられた……猿轡(さるぐつわ)、だろうか?球状で穴の空いた、ぐにぐにとした物が口に詰め込まれており、強い圧力によりうめき声かため息しか出ないようになっている。

 

 

 

 「ンンン(くそが)……」

 

 思わずそう悪態をつくが、くぐもった音としてでしか吐き出せず更に苛立ちが募る。

 

 

 「あら、人間が起きたようでありんすえ、姉上」

 

 「あら本当、ようやく起きたのね」

 

 聞こえてきた声は、意外にも少女のような声だった。それでいて、やたら色気を持ち、身体の隅々を撫で付けられるような冒涜的な声。

 

 そして彼女らによって目隠しを外されるクレマンティーヌ。

 その目に映ったのは、彼女の推測通り、馬車の内部……ただしかなり豪華な内装の、人が六人乗って尚余裕がある物。

 そこに、扇情的なドレスを来た金髪の女性と、白髪と整った髭を持ちながら、強い戦士の雰囲気を放つ偉丈夫と、鳥のような仮面を着けたバードマン、そして、先の少女の姉妹が床に転がされた自分を覗き込んでいる姿。

 自分の隣に、カジットが転がされているのも見えたが、まだ昏睡しており、目覚めそうに無い。

 

 漆黒聖典という人外共の集団、そして生物的に人外である亜人などを相手取っていたクレマンティーヌには彼らが全員人間ではないという事を本能的に悟る。

 

 「そんなに怯えなくても良いのよ?別に取って食おうって訳では……いや、ある意味取って食うつもりではあるけれど、殺す気は無いから」

 

 予想外の言葉に、クレマンティーヌは目を丸くする。

 このまま嬲られて死ぬか、弄ばれて死ぬか程度にしか考えていなかったため、殺す気は無いというのはあまりに予想外であった。もちろんブラフである確率が高く、信じてなどいないが、だが彼女達であれば自分にそんなまどろっこしいブラフを張る必要は無いとも考える。

 

 「まぁ、お前の出方次第で、死にたくても死に切れない生き地獄を味わわせる事になり兼ねないでありんすけどねぇ」

 

 声的に、姉妹でいう妹にあたるであろう少女がニヤリと笑いながらそう脅迫する。

 だが出方次第で、という事であれば対処を間違わなければ生きのびれる可能性があるという事か?

 

 「まぁ、まず貴方には現状を、私達が何で、どういう存在かを正しく理解してもらう為にも……ただ、今から起こる事をそこで見ていてもらうわ」

 

 「……?」

 

 「すぐに分かるわよ」

 

 

 彼女がそう言うと、馬車がピタリと止まる。

 だが、次の瞬間、「おい!ここを開けろ!死にたくなければな!!」という脅迫の怒鳴り声と、馬車の戸を強く叩く音が聞こえてきた事から、目的地に着いたという訳では無さそうだ。

 

 おそらくは野盗、山賊等だろう。

 

 ここが人外魔境でないのであればクレマンティーヌでも負けることはないだろうが、それでも、彼らはこれが計画通りだと言わんばかりの余裕の表情であり、先の姉妹の妹の方が、その戸を開く。

 

 

 そして、外から「ヒュゥ」「中々の上玉じゃねえか」と男達の下卑た笑い声が聞こえ始める。

 まさかこいつらに私をマワさせるって訳じゃねえだろうなと身構えていると、一人の男が薄笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 「何も命まで取るつもりはねえよ。出すもんさえ出しゃあな……へへっ、しかし、ガキにしてはいいもん持ってんじゃ……」

 

 言いながら、半笑いで子供の割に異常なほど豊満な胸に手を伸ばした男だったがその言葉が最後まで続くことはなく、先ほどから一言も発していなかったバードマンの男がいつの間にか立ち上がり、弓に手をかけていた。

 

 「汚ねえ手で俺のシャルティアに触ってんじゃねえよ、ゴミが」

 

 そう言い放つと、今まさに愛おしい我が娘の胸に手を伸ばしていた男の身体を軽く蹴るバードマン。男の体はゆっくりと重力に従い地面に倒れる。

 

 

 

 その男の身体はいつの間にか頭部が消え失せていた。

 

 

 「ぺ、ペロロンチーノ様ぁん……」

 

 「大丈夫かい?シャルティア?」

 

 「はいぃ!勿論でありんす!妾の胸を触って良いのはペロロンチーノ様と姉上だけでありんすぇ!」

 

 「(エレティカも……!?)ん……そうか、良かった。じゃあ……そろそろ死のうか、お前ら」

 

 

 

 そして、馬車から彼らの下僕であろう白い肌を持つ美女、明らかに人間ではない彼女らが飛び出し、バードマンが今一度弓に手をかけ、姉妹が揃って飛び出し、金髪の令嬢が見覚えのある男に歩み寄っていた。

 

 

 「う、うわああああああ!!」

 「ば、バケモ……!!!」

 「俺の、俺の足があ!!げぼぼっ!!」

 「あああ!嫌だ!!死にたくねえ!!死にたく……!!」

 「誰か……頼む、明かり、を……何も、見えな……」

 

 

 結果、クレマンティーヌの目の前で行われたのは今まで見たどんな暴力より圧倒的で、理不尽で、残虐で、残酷で、非道で、それでいて美しい、暴虐の真髄。

 

 超越者による弱者への一方的な蹂躙であった。

 

 

 

 「ッ!?……フッ……ゥ!!」

 

 こんな奴らが、人間の世界に居て良いのか?

 いやそもそも存在していて良い物なのか?

 して良い訳は無い!こんな、こんな出鱈目が居て良い訳が無い!

 まるでこの世の不条理や不都合や理不尽から生まれたかのようだ。

 

 こんなの……めちゃくちゃだ。

 

 こんなのが表の世界に現れたりしようものなら、この世界はめちゃくちゃになるだろう。

 

 「フゥッ……!フーッ……!」

 

 

 見せかけの平穏な生活も、戦争も、人間も亜人もアンデッドもモンスターも、生と死も。

 王国も帝国も法国もどんな国も、自分を出来損ないだと虐げてきたあいつやこいつもそいつも。

 

 全部、めちゃくちゃに。

 

 

 「フーッ!!フーッ!!フゥヴッ……ン……!!」

 

 

 

 ……ゾクリ、と、下腹部に得も言えぬ、今まで感じたことの無い程の高揚感と悦楽、こんな存在が居ていいのかという憎悪が湧き上がるのを感じた。

 

 

 

 

 

 「さて」

 

 「…………ッ!!!」

 

 

 

 くるり、と怪物の内の一体、双子の姉妹のようなヴァンパイアの内の姉であるらしいそれが振り返り、クレマンティーヌと目を合わせる。

 

 

 

 「これが私達の言う事を聞かなかった場合のあなたの姿よ」

 

 

 

 クレマンティーヌは軽く失禁しかけた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 「(う〜ん、いや、自由行動を許したけどまさかここまで自由に動くとはなあ……)」

 

 エレティカからもろもろの事情を聞いて、そこに不自然な点が無かったと言えば嘘になるが、どれも確証には至らず、エレティカだったらやりかねないなと納得できてしまう程度の物であり、結果として、ペロロンチーノはエレティカが齎した結果だけを受け入れ、その過程で、「襲撃する前に連絡だけでもして欲しかった」とか「戦闘まで許した覚えはない」と小言を飲み込み、ちょっとした注意程度で事を終わらせた。

 

 せいぜい「次からは相談してくれるともっといいかな」というやんわりとしたものであった。

 

 「これなら姉上に付いていけば良かったでありんす……」

 

 「まぁ、シャルティアは空になる馬車を見張る役割もあったから、今回は仕方ないね」

 

 問題は、任務開始早々、事実上の大手柄を挙げた姉を羨望と嫉妬の目で見つめむくれるシャルティアの方である。エレティカも流石にそこまでは想定外だったのか、苦笑いを浮かべ、「この胸か?やはりこの胸が姉の優秀さに一役買っているのか?」と訳のわからない推論を並べながら胸を揉みしだくシャルティアを止めようともしない。

 

 胸で機嫌が治るのであれば安いものであるとでも言いたげだ。

 見ているペロロンチーノとしてはたまったものではない。

 彼は百合もイケるクチなのだ。なんなら、柔らかいものだろうが、gifだろうがpngだろうが。

 まぁシャルティアの製作者なのだから当たり前である。

 

 「(まぁシャルティアは見た感じしばらくああしてれば大人しくなりそうだからいいとして、こっちはどうしたもんかな)」

 

 チラッと視界に入れないようにしていた方向に居る彼女。

 それは、エレティカが捕まえてきた件の犯罪者、クレマンティーヌとカジットである。

 クレマンティーヌはあれ以降すっかり大人しくなり、時々こちらを窺うように目線をよこすが、すぐに顔を背ける。カジットは既に目覚めているようだが、思いの外ダメージが大きかったのか、意識が朦朧としているようだ。

 

 そもそもの話、何故彼女達は捕まって即ナザリックの拷問用施設送りになっていないのか。

 

 それは純粋に、クレマンティーヌが武技を使え、カジットが何らかの秘密結社の幹部的存在である事が判明している為……端的に言ってしまえば、利用価値があるから生かされているのである。

 

 だがそれだけなら、別に彼女達を同行させる必要はない。

 情報を聞き出すなら拷問にかけて聞き出し、利用するだけならこちらの言う事を聞くように支配するなり調教するなりした方が手っ取り早いし確実だ。なにせこちらには言葉で人を操れる悪魔、などという存在も居るのだから。

 

 そうしないのは、エレティカが待ったをかけた為である。

 

 

 「これから行く王都もそうですが、この世界の地理や国について私達は詳しくありません。であれば、この世界の者に案内を任せるのがいいかと愚考します」

 

 「それは……うーん、どうなの?」

 

 「……現地で案内役を調達すればいいんじゃありんせんの?」

 

 「それでは私たちがこの国の事に詳しくないという弱みがその現地の者とやらにバレてしまうでしょう?」

 

 「でも、それならバレたら殺し」

 「てしまうのはダメよ。言われたじゃない、犯罪者等の殺したりしても良い人間以外は殺してはいけない……特に小さな子供、貧乳の女なんかは特に殺してはならない、と」

 

 

 それもそうだった、とシャルティアは思い返し口に手を当てた。ついでに黙って聞いていたソリュシャンも言われてみればそうでしたと思い出していた。不敬にあたったかと思いペロロンチーノを見るが「……ん?」と首を傾げていた。この二人もそうだが、こいつはこいつで話を聞いているのだろうか。自分が言い出したことだろうに。

 

 

 「その点、この人間なら……明確に裏切ったと判断すればその時は殺せばいいし、上手くいけばこの女や男の組織の仲間なんかが釣れる可能性もありますから……まぁこの様子ではそれは期待出来そうにないですが」

 

 「なるほど……じゃあ、クレマン……クレマンティーヌって言ったっけ?この子はそう言ってるんだけど、この話に乗るつもりは……あるみたいだな」

 

 

 ペロロンチーノが言い終わるより、というか言い始める段階からガクガクと首を縦に振るクレマンティーヌ。

 目には少し涙が浮かんでいるが、きっと至高の御方の役に立てる事が嬉しくて仕方がないのだろう。

 

 

 「ではそのボー……猿轡はもう取ってしまいましょう。あ、しかし許可無く口を開けばその都度お仕置きしますのでそのつもりで。発言したい場合は事前に発言の許可を求めなさい。いいわね?」

 

 こくこくと頷くクレマンティーヌを見て、ようやくその口にくわえられていた……というかこれは一体誰がいつ作った物なのか……いやまあそれはいいとして……ボールギャグ、もとい玉口枷を外す。

 

 つう、と銀色の糸が引く姿は割と扇情的だ。

 

 少しの間口をもごつかせた後、クレマンティーヌは少しの間発するべき、今聞くべき質問を脳内で吟味する。

 

 あの強さはなんだ、とか。

 これはどこに向かっているのか、とか。

 お前達は一体誰なんだ、とか。

 どうして私なんだ、とか。

 

 

 

 そして吟味し終わった後、クレマンティーヌは恐る恐る「発言しても、よろしいでしょうか」と口にする。

 

 エレティカがいいでしょうと促すと、クレマンティーヌはこう質問した。

 

 

 

 

 

 「あの、おま、いや、皆さまはぷれいやー……なのでしょうか?」

 

  

 

 

 

 爆弾が投下された。





ほぼ。つまり全てではないという事。





……まとめるために仕方なかったとはいえ、10910文字は流石に長すぎですね。
でもごめんなさい、削る元気がないので今は勘弁してください。


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【幕間】エレティカ【キャラ設定】

本編じゃなくてすみません。

新年とか関係なく僕は今日も今日とて作業作業on作業です。

来年もよろしくお願いします。
それが言いたいが為にキャラ設定書いたまである。


19/05/08(追記更新)強さの欄を修正しました。


「もう戦わなくていいですよ、今のが切り札だったんでしょう?」

 

 

 

名前:エレティカ=ブラッドフォールン

 

種族:異形種(アンデッド)

役職:ナザリック地下大墳墓 第一~第三階層守護者

住居:第ニ階層死蝋玄室(シャルティアとは別室)

属性:不明、悪~中立程度だと思われる

 

 

-種族レベル-

 

吸血鬼(ヴァンパイア):10Lv

真祖(トゥルーヴァンパイア):10Lv

 

 

-職業レベル-

 

ワルキューレ/ハルバード:8Lv

スピードスター:10Lv

ビショップ:10Lv

ブラッドドリンカー:?Lv

など

(シャルティアを参考に細部を変更していく予定)

 

 

-サブデータ-

 

身長:140cm

歳:不明

創造主:存在せず

雇用主:ペロロンチーノ

性別:女

趣味嗜好:お節介、ペロロンチーノ

 

 

-概要-

 

ユグドラシル時代、ナザリック近辺の沼地で途方に暮れていたところをペロロンチーノによって救われた野良の傭兵NPC。その正体は、平成生まれの女子高生が転生した姿であり、オーバーロードも読んでいた。

所謂、原作知識を持った異分子であり、今後その知識を活かして、本来死ぬハズだった者の救済や、モモンガの胃の痛みを緩和したり、ペロロンチーノとイチャイチャしたりする。

ナザリックに所属しているが、その実アインズ・ウール・ゴウンの下僕ではなく、ペロロンチーノ個人に仕える傭兵である為、実質モモンガやぶくぶく茶釜に従う義務は無いという珍しい立ち位置でもある。

 

 

-外見-

 

顔、背格好等が妹として設定されたシャルティア=ブラッドフォールンと酷似しているが、目が赤ではなくトパーズのような色で、目つきも若干鋭い。またヘッドドレスを着用しておらず、髪型も銀色の髪の毛先が血を吸い上げたように赤く染まっているといった差異があり、なにより偽乳ではない、といった違いが存在する為、そうそう間違える事は無い。

 

彼女もシャルティアと同じく真の姿はヤツメウナギと称される真祖としての姿があるはずだが、見せたことは無いし、進んで見せようとも思っていないようだ。

 

 

-性格-

 

ペロロンチーノによって造られたわけではないので性癖過多ではないが、オーバーロードを読んでいる&それなりのオタクであった為、むしろシャルティアよりも性的な知識に関しては潤沢な知識を持っている。

 

精神がヴァンパイアへと寄っているのか、人間を殺すという事に関して何の疑問も抵抗も抱かなくなってしまっており、本人に自覚は無いが、敵と認識した者に対しては一切の容赦が無く、妹と同様かそれ以上の嗜虐心がある他、「殺してしまうよりも、生かして捕まえて色々な事に利用した方が無駄にならなくて済む」と、ナザリックでいう所の慈悲の全く無い思考を持っていたりもする。

 

彼女自身に必要以上に痛めつけるサド的な趣味が無かったのは幸いだったかもしれない。

 

仲間に対しては基本的にお節介焼きなお姉さん。とても面倒見が良く、誰彼構わず助言をしたり、果てはある人物の為に一晩でかなりの量のメモ帳一冊を手作りした事もある他、なにかにつけて胸を揉みしだきに来る妹をあしらう姿が度々見られる。

 

 

-強さ-

全てが高水準で構成されたシャルティアの構成を参考に、階層守護者の中でも最も素早く、素早さや移動スピードによって威力が変化するスキルを多数所持しているスピードタイプで、主に人間の軍隊等との闘いに最適化された構成となっており、階層守護者の序列では二位「一対多最強」の座を持っている。

 

アンデッドなので疲労を感じる事は無く、その上彼女の持つハルバード、『血で血を洗う』の効果によって、「敵一体を撃破する度に体力を全快する」というかなり凶悪な物となっており、モモンガの言う所のシャルティアの正しい運用方法である「敵のリソースを削る為、矢のように戦場に放って敵陣で暴れさせる」をより特化した方法で運用できるものとなっている。

ただし、血で血を洗うのテキストに「敵を撃破すると~」と書いてあるため、スポイトランスのように自分の眷属を殺した場合では効果を得ることが出来ず、敵mobや敵プレイヤーを撃破した場合しか効果は得られない。

異世界でもこの設定は生きており、ナザリックに属していない者を殺した場合しか効果が得られない。

 

 

人間種のギルドとの戦争での戦果だけ見れば階層守護者の中でも随一と言って過言ではない彼女だが、一位で無い理由としては、一体一で真っ向からシャルティアと戦えば、勝つのはスポイトランスを持ち、肉弾戦にも長けたシャルティアの方だろうという理由。

 

 

-関連人物-

 

シャルティア=ブラッドフォールン

可愛い妹。胸をやたら揉んでくる。最初その柔らかさを愉しみたいだけだったハズが、最近になって段々やらしくなってきているのに困っている。

 

アウラ

かわいい。それなりに仲良し。時々彼女と二人だけでガールズトークをしたりする。

 

マーレ

かわいい。だが男だ。時々チラチラと視線を感じる。

 

アルベド

一応応援はしている。時々マーレの代わりにモモンガから興奮した彼女をひっぺがしたりしている。

 

ペロロンチーノ

御主人様。好きじゃないんだからねと言いつつベッタリ。シャルティアとの絡みをエロい目で見られることに困っている。

 

ぶくぶく茶釜

御主人様の姉。あまり会話をしたことが無いが、実際に会ってみてやはりあの見た目であの声は卑怯だと思って居る。

 

モモンガ

いつもお疲れ様です。いやほんとに。

 

デミウルゴス

「ペロロンチーノ様との子供を作る気はないのかね」と姑みたいな事を言い始めた。ちなみにそのつもりは今の所無い。

 

コキュートス

時々BARで会う。あまり会話は無いがお互い悪く思っていない。

 

ナーベラル

うまくやるのですよ、ナーベ。

 

クレマンティーヌ

ずぶずぶに甘やかし尽くすか、あるいはナザリック式の洗脳を施すか迷っている。多分前者。



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夜襲、二人のブラッドフォールン

ほんの一瞬だけ日間ランキングに載ってた事、お気に入りが4000人を超えた事
大変嬉しく思います、これからもよろしくお願いします。

これらの事が嬉しくて、作者は久々にビールを解禁しました。

本編とは全く関係ないどうでもいい話ですが、作者の家系は血筋をどう辿っても酒に強く、
そして酷い酔い方をする血筋だそうです。実際母も兄も父も祖父も強いし酷い。

今の所、作者(21)は自分の血に抗えています。
というか、ビールとかだと酔えないままお腹いっぱいになってしまう。

今回は本来シャルティアが暴走してしまう回ですが、シャルティアとエレティカは血に抗えるのでしょうか?(申し訳程度の前書き要素)


 

 

 「……クレマンティーヌ」

 

 「は、はいっ!」

 

 「どこでその名前を……いや、プレイヤーというものを、一体どこで聞いた?」

 

 

 ペロロンチーノは目の前の爆弾を落とした女の発言に、内心凄まじい焦りを見せていた。

 

 可能性として考えていなかったわけではない。自分達だけが選ばれたと考えていた訳でも無い。ただ少し、そう、ただ少しだけ、その名をこの世界で聞くにはタイミングが早すぎた。

 

 対するクレマンティーヌも、目の前の、さっきまでは柔和で軽そうな雰囲気を醸し出していた、鳥と人間が合わさったような異形種の男の纏う雰囲気がガラッと変わった事、そして、そんな彼に侍る女や彼を守る存在であろう老人の執事の「こいつらには勝てない」と本能が最大音量の警告音を鳴らしている事実に、内心焦り等と言う言葉では説明できないような感情が渦巻いていた。

 

 ただ、あの絶望的で混沌とした強さとかそういう次元の話では説明のつかない力を前にして、もしかして、と思って聞いてみただけなのに。

 

 少しでも発言を間違えたなら()られる。

 

 クレマンティーヌは、そんな状況で、驚くほど冷静に、そして淡々と自分の知っているプレイヤーの情報を目の前の怪物に話した。

 

 

 

 かつてこの世界に存在し、魔神達を従えてこの世に降臨した六大神、八欲王、それらの神話の人物達は、人間種であったり異形種であったり様々な形でこの世に現界したのだが、彼らは自分達を「ぷれいやー」と総称していたという。

 

 ぷれいやーは百年に一度の周期でこの世界に現れ、六大神のように人間達を救ってくださる場合もあれば、八欲王のように、絶大な力は持つもののとても欲深く、最期には自身達の力で滅んでしまった者も居る。

 

 百年の周期で現れる筈が、ここ数百年は姿も見せておらず、法国、クレマンティーヌの捨てた祖国はとある事情からぷれいやーを血眼で探し回っており、そして救いを待っている……。

 

 ……というのが、クレマンティーヌの知るぷれいやーの全容。

 

 具体的にどんな力を持っていたか、何を成したのかという情報は残念ながら頭に無い。

 

 

 「そうか……やっぱりこの世界に来ていた奴が他にも居たんだな……でも、100年も……いや、クレマンティーヌ達の知る限りではそれ以上の周期が空いているのか」

 

 それって、暗に不老不死の存在以外の、よほど特別な人間じゃない限りは、今生きているであろうプレイヤーは異形種に絞られると考えていいのだろうか……いや、うちにも一応不死の人間は居るし、そもそも、プレイヤーなら人間なんていつでも辞められるだろうし、今もなお人間であるかどうかも分からない。

 

 結局、他のプレイヤーがいるかどうか、という事については分からず仕舞いであるようだ。

 

 だが、かの法国という国ではプレイヤー=神として考えている、と。

 

 

 確かに、ユグドラシルのプレイヤーであれば、何の力も無かった人間種を救えるだけの力があるだろう。それも、今でさえ技術の進歩がこの程度である。600年前とか一体どれほどの力が人間にあったというのか。

 

 「詳しく聞く必要がありそうだな……アイツの呪いってのはまだ解けてないんだっけ?」

 

 「アイツ、と申しますと……あぁ、あの者の呪いなら、スクロールさえ確保してしまえば解呪は可能との事ですが、未だにそのスクロールの素材の確保に手間取っておりまして……」

 

 「あー、そっか」

 

 

 スクロール、かいつまんで言えば魔法を使える、巻物の形をしたマジックアイテムなのだが、これを作る為に必要な材料はこの世界ではまだ確認できておらず、在庫を使ってしまうのも憚られていた。

 

 それさえなんとかなってしまえば解呪の魔法であの忌々しい、三回質問に答えると死んでしまう呪いは解呪できるのだが。

 

 尚、そんなものを使わなくても、今の彼なら一言()()すればペラペラと勝手に喋り出してくれるだろうが、今や立派な食糧兼、苗床兼、玩具兼、捕虜である彼にはそうする自由すら無いし、ペロロンチーノがその事実に気付くのはもっと先の話だ。

 

 

 「ええと、ああそうだ、俺達がプレイヤーかどうかって話だけど、プレイヤーはこの中では俺だけ。で、あと二人、オーバーロードとスライムのプレイヤーが居る」

 

 「ま、まじ、あぁいや、本当ですか?」

 

 「本当だよ。ちなみに……そっちの執事はセバス、で、そっちのお嬢様は実はうちのメイドで、名前はソリュシャン、でこっちが俺の娘のシャルティアとエレティカだ。君達の言う、魔神……て事になるのかな?すまん、まだちょっと良く分からなくて」

 

 

 クレマンティーヌはようやく合点がいったという様にストンとその事実を受け入れた。まぁ、目の前であれだけのでたらめな力を見せつけられたらそうだとしか考えられないのだが。

 

 

 「それは……本当か」

 

 「! カジッちゃん」

 

 

 縛られていた内の一人、カジット・デイル・バダンテールがおもむろに口を開く。

 クレマンティーヌは「お前生きてたのか」とでも言いたげな表情で彼を見るが、当の本人はそれどころではない。

 

 「勝手に口を開かないでくんなまし。下等な人間風情が」

 

 ただでさえ人間が同じ馬車の車内に乗っているのが気に食わないシャルティアが殺気を飛ばし、やや怯んだ様に見えるカジットだったが、朦朧とした頭で話は聞いていたようで、発言する許可を求め、その上で再度口を開く。

 

 

 「もし、貴方様が人間を、魔神も超える神に等しい存在だというのなら……どうか、ワシの願いを聞いてはくれないか」

 

 「願い?」

 

 「願いだと……!?人間風情がっ、おこがましいにも程がある!」

 

 「……ッ!何卒!何卒お願い申し上げますッ!代価なら、なんでも!ワシの持つ全てを!貴方様に捧げます!だからどうかっ、どうかぁ~~~っ!!」

 

 「ちょちょ、ちょっと待てっつーの!ちょっと落ち着け!シャルティアも、アンタも!話を聞いてみないと分かんないって」

 

 

 この、馬車にしてはかなり広いにしてもそれでもお世辞にも広いとは言えないこの馬車の車内で、床にへばりつくように土下座をかますカジットと、一方そのカジットの脳天目掛けて手刀を振りぬこうとしているシャルティア、それを止めるセバスとエレティカ、そしてペロロンチーノ。限界まで影を薄くしてとばっちりを受けないようにしているクレマンティーヌ。

 

 数分そのカオスな状況が続いただろうか、ようやく落ち着いてカジットに話を聞いてみれば、それはまあ、なんとも単純明快で良くある話であった。

 

 「死んだ母親を生き返らせてほしい、ねえ……生き返らせる代わりに、一生俺達に従属する事を誓う、と」

 

 「そうです、それこそが我が望み」

 

 

 マザコンかよ、このおっさん……。

 聞けば母親の死から30年以上経過し、その上5年程の準備期間を要し、死の螺旋という儀式を行い自分がエルダーリッチとなる計画も全ては母の為。エルダーリッチとなり、現存する、レベルの低い者はペナルティで灰になってしまう蘇生魔法では無い、全く新しい蘇生手段を不老不死の身体で研究する為にやっていたとの事。

 

 やけに不死に対しての執念尋常じゃないなと思ったらまさかの狂気のマザコンだった事を知ったクレマンティーヌはそんな事を目的にしてたのかとかなりドン引きである。

 

 ……まぁ、そこまで死の螺旋に拘ったり、本物の狂人となってしまった一因は彼の持っていた死の宝珠にもあるのだが、知る由も無い。

 

 

 「……まぁ、実際、俺ならお前の母親とやら、簡単に生き返す事は可能だ」

 

 「ほ、本当でございますか!?」

 

 「出来ちゃうのかよ……やば……」

 

 「ただし、だ……ぶっちゃけ俺の一存で決める訳には行かない。お前らをこうしてナザリックに送らずに生かして拷問もしていない事、それ自体が奇跡みたいなもんなんだからな」

 

 そう言われて、クレマンティーヌは先程愚かにもこの神の乗る馬車を襲った盗賊達が、恐らくは転移系であろう、真っ黒な渦のような門にポイポイと投げ捨てられて行く様を思い出す。

 

 恐らくあの先にあるのだろう。ナザリックと呼ばれる神の拠点が。そしてあるのだろう、盗賊達を拷問する施設や、人を食う化け物達の巣窟のようなものが。

 

 自分自身もそうなっていたかもしれない。

 

 まだ何も事件を起こしていないのに、目を付けられたというだけでその有様では流石に笑えない。

 

 「だから……まぁ、あれだな、今後の働きが良かったら俺から二人に話を通してやるくらいの事はしてあげるよ。それでいいな?」

 

 「は、はい!もちろんでございます!」

 

 「あ、あの……その事で、大変申し上げにくいのですが、私、王国出身じゃないし、道案内とか出来ないんですが」

 

 あまりの恐怖にクレマンティーヌは自分からそう自白し始めた。

 じゃあ案内してと言われた時に言うよりかはいい筈だと判断した為である。

 

 「あぁ、それに関しては期待していません。私達が知りたい道案内というのは何も王都の観光の道案内ではなく……そうですね、例えば……今私達は殺しても良くて食べても苛めても良いような人間を探しているんですが、心当たりはありませんか?」

 

 「(それ私の事じゃねーよな?)……ええと、居なくなっても問題無いというのがあたしらみたいな犯罪者とかロクでなしの事を差しているんだとしたら、王都には一杯居ると思いますよ、例えば、八本指とか、六腕とかいう犯罪者組織があったと聞いたことがあります」

 

 「そう、それです。そういう情報を求めているのです。これからもそういった情報を持ってきてくれたり……」

 

 そう言いながらエレティカはチラ、とペロロンチーノを見る。

 何となく、言いたい事は理解していたペロロンチーノはエレティカに続ける形でこう続けた。

 

 「そうやって役に立ってくれるなら……まぁ、無事は保証するように俺から言ってみるよ、あ、カジットもな」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 

 こうしてクレマンティーヌとカジットは利用された後安らかに死を迎えるというルートの回避に成功した。とはいえ今後の働き次第というところではあるが。

 

 クレマンティーヌは、この中でも比較的に積極的に人を殺そうとしたりせず、自分達に道案内を任せてくれたエレティカと呼ばれていたヴァンパイアらしい少女には、足を向けて寝れないどころか毎朝毎晩祈りを捧げたい程だ。

 

 恐らく、彼女が居なければあのシャルティアという明確に人間を嫌っているヴァンパイアに八つ裂きにされていたか、拷問され生き地獄を見る羽目になっていたのだから。

 

 比較的温厚そうなこのプレイヤーのバードマンにしたって同じ事、おそらくエレティカが居なければ私達を案内人に、等とは考えていなかったようだった。

 

 「ん?どうかしたかしら?」

 

 「い、いえ、なんでも」

 

 「煩わしい……何も用が無いのにじろじろと不快でありんす」

 

 「シャルティア、そう言わないであげなさい」

 

 クレマンティーヌにはむしろ鳥人野郎よりエレティカこそ救いの女神なのではないかと思い始めていた。実際、あながち間違いでも無い。彼女は本来一度死ぬハズだった彼女を、理由はどうあれ救った事に変わりはないのだから。

 

 

 

 

 「では、私達は一足先に王都へ行っております」

 

 「私達も盗賊を片付けたら向かいます」

 

 こうして、一通りの話が済んだ後、セバスとソリュシャンの二人と、クレマンティーヌとカジットは一足先に王都へ向かい、ペロロンチーノとブラッドフォールン姉妹は盗賊の居る洞窟へと向かった。

 

 

 「で、さっきの人間から聞きだした武技の使える……ええと、ブレインとかいう人間でしたかえ?それを探せばいいのでありんすね」 

 

 「そうよシャルティア、ちゃんと、殺さずに捕えなきゃダメよ。出来る?」

 

 「ご冗談を、この私が人間に後れを取るとでも?」

 

 「(実際、後れを取るという程では無いにしろ、貴女は本来ここでブレインという男を逃してしまうハズ、なんだけどね)」

 

 「(姉妹同士の絡み……キマシタワー)」

 

 

 因みにだが、作戦何てものはほぼ無いに等しい。

 シャルティアとエレティカの二人を盗賊のねぐらに突っ込み、ブレインという男を確保、他の者達は全員殺してもいいし、ナザリック送りにしても良い。それ以外はその都度対応。基本スタンスはこんな感じだ。

 

 ……約一名、エレティカを除いて。

 

 

 エレティカは、本来であればこの作戦とも言えない作戦が失敗に終わる事を知っている。

 

 本来であるならば、シャルティアが血の狂乱の効果による高揚と狂化によって冷静さを欠いた結果、ブレインは逃すわ、向かった先にたまたま居合わせた漆黒聖典のワールドアイテムによって支配されかけるわ、その結果モモンガと戦う事になるわと散々な結果となるのだ。

 

 「(……まぁ、私と御主人様が居るんだから、そうはならないけどね……)」

 

 

 

 

 

 

 

 「ぎゃあああ!!」

 

 「化け物ォ!!」

 

 

 「こんなものでありんすか?……はぁ、退屈でありんすねえ、ブレインとかいうのはまだ出てこないのかしら?ねぇ姉上?」

 

 「そうねぇ……それよりシャルティア?血の狂乱は大丈夫?」

 

 「平気でありんす。姉上と()()()にしてありんすし、むしろ少し血が足りないくらいでありんすえ」

 

 

 エレティカがまず先に行ったのは、シャルティアの本来の失敗した原因である『血の狂乱』対策である。

 

 敵の流した血を使って様々なスキルを扱ったりする、ヴァンパイアやブラッドドリンカーといった職業のスキルによって、彼女の頭上には、今まで敵が流した血が蓄積された赤い球が浮かんでおり、それと全く同じものがエレティカにも浮かんでいる。

 

 それこそが対策その1、シャルティアと血を半分にする事で、狂乱に陥る可能性を減らすという事。

 

 半分になった事で物足りないのでは、と思いきや、むしろ「姉上と半分こでありんす~」とまるでお菓子でも分け合う少女のように喜んでいる。

 

 周囲が血みどろの洞窟内で無ければ思わずきゅんと来てしまうかもしれない、屈託のない笑顔だ。

 

 ちなみに、ペロロンチーノはその後方で、もしもの時に備えて透明化しながらいつでも矢を放てるようにスタンバイし……そして姉妹がいちゃいちゃしている様に悶えるべきか、あるいはこの惨状に少しは困惑すべきかと頭を悩ませ……いや、仕事をしろお前は。

 

 

 そうして数分が経っただろうか。

 

 不意に何者かの斬撃が姉妹の片方、シャルティアの方に襲い掛かり、そして難なく躱され、その斬撃は空を切る。

 

 

 「ヒュウ、やるな、不意を打ったつもりだったんだが」

 

 「……おや?一人でありんすかえ?お友達の皆さんをお呼びなされても構いんせんよ?」

 

 「いらねーよ。あんな奴らが何人居ても邪魔なだけだ」

 

 「勇敢でありんすねえ」

 

 

 ニヤリとどちらともなく不敵な笑みを浮かべる両者。奇しくもどちらも自分の実力に一遍の疑いも持たず、そして慢心している者同士であるという事に気付き、改めて思うと皮肉な話であるとエレティカは心の中で笑う。

 

 

 「ところで、貴方もしかしてブレインって名前じゃないかしら?」

 

 「ん?なんだ、俺を知っているのか」

 

 「そうよ、だって私達、貴方に会いに来たんだもの」

 

 「そりゃ光栄な事だね。わざわざこんな所まで会いに来てくれるとは。で?目的はなんだ?」

 

 

 はん、と笑いながらも決してこちらから目線を逸らそうとはせず、瞬き一つしていない。油断はしているようだがそれでも戦士という事だろう。エレティカはニコリと屈託ない……およそこの戦いの場では不相応な笑顔で、ブレインに手を差し向けながらこう言った。

 

 

 「私達の僕になりなさい」

 

 「……はっ、ハハハハ、ハーハッハッハッハッハ!!そりゃ一体なんの冗談だ?クク、いや傑作だ、何を言い出すかと思えば、ククク……」

 

 「あらあら、冗談を言ったつもりは無いけれど」

 

 「…………正気かお前、俺をおちょくってんのか?」

 

 「まさか」

 

 

 ピリッ、とした空気が辺り一面に充満する。それを横で見ていたシャルティアは、本当であれば自分が殺そうと思って居た相手だったが、ほんの一瞬かもしれないが、それでも姉が戦う姿が見れるかもしれないと思い、実はこの数秒前にそそくさと後ろで待機済みであり、丁度その横にペロロンチーノも居た。見えてはいないが。

 

 

 「……ハッ、いいだろう、僕にでも何でもなってやるよ……俺に、勝てたらな!」

 

 「……フフ、それでは、行きますよ?」

 

 

 ブレインが構えると同時に、エレティカがゆっくりとブレインに歩み寄る。

 そうする必要はないが、あまりに早く決着をつけてしまうと、ブレインの武技が見れない可能性があった。

 

 別に、バトルジャンキーという訳ではないが、一応、一つの可能性として、一つの技術として、武技というスキルを実際に見て、体験してみたいという思いからの行動であった。

 

 対するブレインも一切の手加減をするつもりは無く、本来、ガゼフとの来る再戦の時の為の技であるそれを惜しみなく使おうとしていた。

 

 絶対必中の【領域】と神速の一刀【神閃】を併用し、対象の急所”頸部”を一刀両断するという、いわば必殺技と呼べる武技、秘剣虎落笛。

 

 

 そして、領域の中に今、エレティカが完全に踏み込んだ。

 

 

 

 瞬間、おそらくはこの世界の中でも有数の刀の腕でもって放たれた音速を越える一閃はエレティカの喉元へと放たれ……そして、難なく止められた。それも、指で。

 まさか、そんな筈は無い、とブレインは目を疑った、だが、自分の鍛え上げた刀は、ビクとも動かない。

 

 

 「貴方、勘違いしているわ。勝てたらなってやる、ですって?悪いけど、貴方に最初から選択肢なんて無いのよ、ブレイン・アングラウス」

 

 「ば、化け物……!!」

 

 「いいえ違うわブレイン・アングラウス、確かに私達は化け物かもしれない。けれど、今この現象が起こっているのは、私が化け物だからじゃない。……貴方が弱いからよ」

 

 「弱い、だと……?この俺が……?」

 

 

 ええそうよとエレティカは続ける。

 

 

 「私達は化け物。でも、かつての世界では私達に匹敵しうる程の力を持った、強き人間も居た。化け物じゃないのに、私達より強い存在が」

 

 「それは……」

 

 「しかも、その世界では武技は存在しなかったわ」

 

 「何だと?いや待て、さっきから一体何の、どこの世界の話をしているんだ?」

 

 「どこでもいいじゃない。とにかく武技は存在しなかった。だからこそ、武技が使える人間を探し、そして貴方を求めるのよ」

 

 

 万力のような力で受け止められていた刀が離され、ブレインは最早構えをとる気にもなれず、ただ彼女の話に耳を傾けていた。

 

 

 「私達の元へ来なさい、ブレイン・アングラウス。貴方の求める物を、私達は持っている。それを手に入れられるかどうかは、貴方の今後の身の振り方と……御主人様次第って所かしらね」

 

 「御主人様……?お前達より、更に上が居るってのか……!?」

 

 「少なくとも四十一人はいるでありんすえ」

 

 「ハハ……ハ……そりゃ、弱いって言われちまう訳だな」

 

 

 

 「……話は済んだみたいだな」

 

 「うおっ!?」

 

 話が済んだと判断したのか、ペロロンチーノがスッと不可視化を解除し、三人の前に姿を現す。だが、本来は非常時以外では姿を現さない手はずになっているが……。

 

 「御主人様?」

 

 「……御主人様……コイツが!?」

 

 コイツ呼ばわりしたのが気に食わなかったのか、シャルティアから殺気が飛ぶ。

 ブレインはそれに怯むが、裏を返せばその怒りこそ目の前のバードマンが彼女達の主人であることの証明であった。

 

 確かに強さは自分などでは足下どころか、同じ次元に立つ事すらおこがましい強さを持っている。それは黄金の太陽のような輝きを放つ装備が裏付けている。だがそんな装備を太陽を忌み嫌うとされているはずのヴァンパイアが主人と呼ぶような存在がつけているのだから、困惑して当然だ。

 

 「ああうん、一応ね。まぁその話は後にして……シャルティア、エレティカ。外からお客様が来ているみたいだ。どうも、この盗賊を俺らより前に目を付けてたっぽい、多分、冒険者かな?とっとと盗賊をとっ捕まえて帰ろう」

 

 「「了解で(ありん)す」」

 

 ブレインの困惑をよそに、さっさと必要事項を伝えていくペロロンチーノ。

 お客様、というのは恐らく、ブリタ達の事だろうと判断しながら、エレティカは思案する。見つかっていないのであれば、彼女達は無視してもいいだろう。

 

 となるともう一方の方、本来であれば、シャルティアを待機状態のままにしてしまったとはいえ支配する事に成功した漆黒聖典の方だが……あれは、どうしたものか。

 

 彼らを無視するのは簡単だが、かといって無視していいレベルの人間では無い事も確かだ。

 

 無策で突っ込んで自分が支配されては元も子もない、というかそんなつもりは無いのだが……相手はそれなりの、この世界では間違いなく五本、いや十本の指に入るか入らないかと言う程の強者だ。

 

 もっと言えば、ここで逃してしまうと次いつ現れるか予測が付かない存在でもある。ここで不安の種は片付けて置きたい。

 

 

 私とシャルティアが持つ、あのスキルを使えば……。

 

 

 問題はそれをどうやって使わせるか……。

 

 

 もし居なかった場合の事も考えて……。

 

 

 ……。

 

 

 

 

 「……エレティカ?」

 

 「……ハッ、な、なんでしょう御主人様……?」

 

 「大丈夫?なんかさっきからボーっとしてるような気が……」

 

 「そ、そんな事は……あれ?」

 

 

 無い、と言おうとしたが、確かに改めて自分の現状を確認すると、少しだけ違和感があった。視界がほんの少し赤みがかって見えるのだ。それと同時に、御主人様への返事に普段より少し時間がかかって居る事から、脳の回転が遅くなっている事を自覚した。

 

 「……血の狂乱、か?」

 

 「恐らく……そうでしょうね、成程……自分ではあまり気付けないのですね」

 

 「流石に狂化状態に陥った二人を同時に相手にするのはちょっとキツイかな……どうだ?とりあえずこの任務が終わるまではいけそうか?」

 

 「……なるべく血を啜らないようにすれば、なんとか」

 

 

 ぐっと我慢すれば大丈夫、と言えるような代物では無かった。血の狂乱、厄介なスキルである。ただ敵陣に突っ込めばいいという任務であったなら楽だっただろうに。

 

 

 「本当に大丈夫か?」

 

 「ひゃっ!?」

 

 

 突然、ペロロンチーノが目線を会せるように屈み、顔を寄せて彼女の目をじっと見つめる。すると、エレティカらしくもない、見た目相応の少女のような声が漏れ、頬がカァッと赤くなる。

 

 「……!ちょっと赤くなってるじゃないか?本当に……」

 

 「だ、大丈夫、です!大丈夫ですから!私はこのまま盗賊達を殲滅してきます!それでは!!」

 

 「あっ、ちょっと!?」

 

 ビュン、と擬音でも付きそうなレベルの脱兎の如く、ものの数秒で姿が見えなくなってしまう。

 

 「な、なんだ……?」

 

 「あ、姉上~~~!ちょっと待ってくんなまし~~~!!」

 

 続いて、そんな可愛い姉の背中を追いかけてパタパタとシャルティアが走り出す。

 ドレスじゃなく鎧にすればよかったと若干の後悔を抱き、というかエレティカも同じようなスカートの筈なのに何故ああもミサイルの如く走行が出来るのかと思いながら……。

 

 

 

 ペロロンチーノとブレインは、二人がその場から走り去っていくのを呆然と見つめながら、目の前の超越者に話しかけた。

 

 

 「……貴方は、アレ、いや、彼女達よりも強いのですか」

 

 「……そうだね、立場的にはあの子達の主をやってるからね」

 

 「もし、もしも俺が、貴方のお役に立てたなら……」

 

 「……そうだなぁ……」

 

 

 ブレインの言いたい事は分かっている。言う事を聞くから、自分を強くしてほしい、とでも言うつもりなんだろう。教えを乞いたいというかもしれないが同じ事。

 

 こちらとしては一見何のメリットも無いように見えるが、武技という技能を持っている人間の中ではブレインはトップクラス。それにクレマンティーヌやカジットという例外が既に存在してしまっているので、二人も三人も変わらないだろうという気持ちもある。

 

 あとは、この世界の人間をレベリングに付き合わせた場合成長具合はどうなるのか、といった疑問の解決にも繋がるかもしれない。

 

 出来なければまぁ適当に魔法武具を渡すとかして納得させれば一応問題は無い。というか納得しないなら最悪殺せばいいのだから。

 

 結局、今後の対応は追々考えるにしても、むやみに殺すべきではないかと考えた結果、ペロロンチーノはブレインに答える事にした。

 

 

 「強くしてやるとも力をくれてやるとも確約はしない。今後お前がどうなるのかはお前次第だ、それでいいな?(まぁもとより選択肢なんて無いけど)」

 

 「はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(はぁ、顔が、身体が熱い……これも血の狂乱のせいなの?)」




きゅ、9786文字……!?あまりに長すぎました、次からはちょっとは削ります。
(削れるとは言ってないし、なんなら修正したら増えたし、削ろうと修正したら何故か増えてた)


法国とか六大神のとか八欲神とか十三英雄とかのうんたらかんたらについては実はヨクワカッテナイ


※先にこっちのサイドの話が書きあがったしまったので上げましたが、時系列的にはモモンガさんとぶくぶく茶釜さんの方が早いと思うので、後程この話の前に挿入する形であちらサイドの話を投稿したいと思います


……これこそ前書きに書くべき事では?(時すでに遅し)


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現実は非情である。

突然就職が決まりニートを脱却した



……のとは特に関係なく更新が遅れてしまい本当に申し訳ございませんでした。

他に浮気しまくってるからな……すまんな。



「これは……逃げ道!?まさか逃げられたのでありんすか!?」

 

「そのようね……少し遊びすぎたかしら」

 

 盗賊のねぐらを襲撃し数十分が経過しただろうか、二人は奥の方に居る盗賊があまりに少なかった事に疑問を覚え、周囲を調べていると、どうも抜け穴のようなものがあり、そこから外に続いているようだと知る。つまり、盗賊の一部に逃げられたのだ。

 

 それを知って本気で苛立っているシャルティアに対しエレティカも少なからず苛立ちを見せるが……内心ではほくそ笑んでいた。

 

「盗賊はここから逃げたのでしょうね……道理で少し数が少ないと思ったわ」

 

 嘘である。いくらエレティカとて見ず知らずの盗賊団の人数が多いか少ないか等分かるはずもない。

 

 もっと言えば、本当に盗賊達が逃げているかどうかなど、どうでも良かったのだ。

 問題は、このまますんなりと襲撃が終わってしまう事で、森に居ると思われる人類の盾とも呼ぶべき存在をみすみす見逃してしまう事。

 

 自分と言う存在が居る以上、そこに現れるという確証も無いが、可能性として遭遇する確率が最も高いのはここだ。

 

 むしろここで出会えなかった場合、今後の動きが制限される。

 

 何せどこであのワールドアイテムを持った者達と出くわすのか、本当に予測不可能になってしまう。

 

 既にエレティカという異物も居る以上、彼らが原作通りにここに来ているかも分からないが、そこは一種の賭けだ。

 

 そして、原作通りならばここで「クソ人間共めぇ!!」……と昂っている妹が無策で特攻した挙句、ブリタ達冒険者に存在が知られ、ブレインも逃がしてしまうわ、別件で訪れていた例の人達に中途半端に精神支配を受けるわ、その場に遭遇した白金の竜王と裏で戦う事になるわ、精神支配のせいで自分の敬愛する主人に剣を向けることになるわ、後でそれのせいで死ぬほど凹む羽目になるわとろくな目に遭わない。

 

 

 ……まあ、そうなると知っていて、エレティカが何も行動を起こさない訳が無いのだが。

 

 

 

「フゥ、シャルティア、まずは落ち着きましょう。」

 

「姉上!!この状況で落ち着けと!?」

 

「この状況だからこそ、よ。怒りに任せて先走ってはダメ。それは今最も愚かな行為よ。分かるでしょう?」

 

 そう言われて、あっさりと血の狂乱が収まるなら苦労はしない。シャルティアは「しかし!」と声を荒らげながら、フーッ!フーッ!と獣のように息を荒立てていた。

 

 しかしエレティカはそんなもん知らんと言わんばかりに、シャルティアに流れを握らせない。二の句を継がせず言いくるめる。

 

 

「まず盗賊が逃げたのであれば勿論追って捕まえる必要があるのは事実よ。しかし、先ほど御主人様が言っていた冒険者達というのがここに来るまでそう時間は無いだろうというのも事実よね。」

 

 静かに、言い聞かせるように現状とどうすればいいか、何が問題かを一つ一つ話していく。

 

 

「となると、感知系のスキルを持たない私達では、隠密系のスキルで隠れられると面倒な事になるかも……よって、眷属を使って搜索の手を増やすのがいいわね」

 

「……そうでありんすね、私と姉上が同時に眷属を呼び出せばそれなりの数になるでしょうし、それだけ居れば隠れていても見つけ出せるでありんす……」

 

「眷属に任せたら十中八九食い殺してしまうでしょうけど……まぁ、仕方ないわね……本当は捕まえたかったけど……逃げられてしまうよりマシだもの」

 

「成る程……フゥ、少し、血に酔っていたようでありんすね……私としたことが……」

 

 

 どうやら、少しだけ落ち着いてきたようだ。

 

 ……いや、単に解決法を見出したことで焦りが消え、人間を蹂躙する時の残虐な思考に戻りつつあるとでも言ったほうが良いだろうか。シャルティアの顔には、最早見つけだした人間をどうやって拷問してやろうか、としか考えていない時の笑みが張り付いていた。

 

 むしろ、手間をかけさせた分、見つけたら普段よりも苛烈に殺してやろうとまで考えている。

 

 盗賊達は是非先程捕まえたのが最後で、逃げた奴なんか居なければ良いのだが。

 

 

「それじゃあ早速行きましょう。」

 

「ええ、姉上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お下がり下さい!カイレ様!」

 

 

 その日、漆黒聖典は()()()()()()()()二人の吸血姫が居るこの森へと調査に訪れ、そして彼女達の使役する眷族達によって攻撃を受けていた。

 

 

 だが、事の発端は、土の巫女姫が謎の爆発で死亡した事を受けて、破滅の竜王の復活を危惧した法国が漆黒聖典にこの調査を、そしてもしも復活していた場合はこの竜王を支配する事を目的に出撃した……という本来の歴史とはまた()()()()()で出撃している。

 

 

 土の巫女姫の魔法によって、陽光聖典の隊長であるニグン・グリッド・ルーインを監視していた者達による、やや発狂気味でもたらされた驚愕の報告が事の発端だ。

 

 曰く、陽光聖典がたった一人の、幼く、そして美しい少女の姿をしたヴァンパイアによって、()()()滅ぼされ、戦闘不能状態にされた挙句、何らかの……恐らくは転移の魔法により、連れ去られたという事。

 

 

 もしこの報告が本当で、それが出来るような存在であるなら、それは神……とまでは言わずとも、神人やそれに連なる何かではないのだろうか。

 

 人間至上を掲げる法国としては、その謎の存在がヴァンパイアというアンデッドであるのが惜しい所である。

 

 もしこれが人間だったなら良かったのだが、等と発言してしまう者を咎める者は居ない……ように思えた。

 

 だが、土の巫女姫の魔法により、それを見ていた者はその発言に対しこう返した。

 

 

 人間だったとしても、あんなものに救済を求めるのは間違っている。

 

 

 ()()は……そう、彼女は、素手で天使達を組み伏せ、地に引きずり下ろし、そのまま、顔を握りつぶした……追加で召喚された天使は、目にも留まらぬ速さで全て消されてしまった……まるで悪夢のようだった。

 

 恐怖に駆られて魔法を放つも、全て躱され、避けられる。

 

 その後、狂乱するニグンに、彼女が……何かを言っていた。

 笑みを深め、首をかしげながら、何かを……尋ねているようだった。

 

 何を言っていたかは、何を尋ねていたのかは分からない、わからないけれど……ニグンのあの怯えよう、表情から伝わってくる、恐怖。

 

 ……私はあの声が聞こえなくて、心底良かったと思う。

 

 でなければ、その後狂おしい程美しい笑顔で、彼女がハルバードを振り下ろした瞬間、私は今よりもっと発狂していただろうから。

 

 

 そう語った者は、今は自室に篭って出てこなくなってしまった。

 

 これには、流石の周囲も認識を改め、すぐにそのヴァンパイアをどうするべきかという会議が開かれた。

 

 

 そもそも、人間至上という信念と教えを掲げている以上、このヴァンパイアをどうこうするまでもない、即刻始末すべきであるという考えと、神人や、それに連なる実力を持っているなら殺すのは惜しいのではないか、という意見に分かれる。

 

 後者は、どうにか拮抗しているものの、今にもそれが崩れそうな現状で、不確定要素をはらんでいたとしても戦力が欲しいという者達だ。

 

 だが、そもそも言う事を聞くかどうか不明だし、経緯を聞く限りでは間違いなく始末するべきであると言われてはぐうの音も出ない。

 

 

 だがそこにとある天啓を得た者からの鶴の一声があった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 漆黒聖典は、この会議の数時間後、【ケイ・セケ・コゥク】を身に纏ったカイレを護衛しながら、かの陽光聖典を全滅させた吸血鬼を周辺で捜索。その後この吸血鬼を()()する為、出撃を命じられたのだ。

 

 無論、支配に失敗した場合は即刻対象を始末する事も任務に含まれている。

 

 ……その結果、彼らは奇しくも、そして不幸な事にも、こうして本来の歴史通りにこの場所へと訪れることとなったのだ。

 

 違うのは、報告から竜王ではなく、吸血鬼が相手であると考えられていたが為に、吸血鬼用の対策装備(といっても武器に銀を塗ったり施したりする事位しかしていないが)をしていること。

 

 

 そして、ここにエレティカという異物が存在していた事である。

 

 

 

「……なんだ!?」

 

 戦闘中、敵を捌いていた隊長の許に、白く輝く斧が投擲される。

 間一髪でそれを避け、地面へと刺さったそれに目を向けると、その斧はまるで幻だったかのように、地面に深い傷跡だけを残して幻のように消えていた。

 

 

「……何だ!?何かがいる!!」

 

「気をつけろ!既に敵はすぐ近くにいるぞ!!」

 

 

 隊員の一人がまるで、こちらを取り囲むが如く、ぐるぐると風を切りながら木々を飛び回り、目にも留まらぬ速さで彼らを中心に走り回る、何かが居る事に気付いた。

 

 それは、“隊長”の目をもってして、ようやく残像が追えるか追えないか、という程のスピードであった。

 

 あの裏切り者、疾風走破(クレマンティーヌ)でもここまで速く動くことは不可能だろう。

 

 

「動きを止める!」

 

 

 第九席次「神領縛鎖」、長いチェーンを武器とし、人やモンスターを捕縛する能力を持つ者であり、捕縛するという意味で彼の右に出る者は居ない。

 

 彼でも、この謎の敵の動きは見えない。だが、彼は見えなくても“装備”は的確にその謎の敵の影を捉える為に俊敏にその者を追う。

 

 数秒、森の中で木々を蹴り飛び回る音が鳴ったかと思うと、彼の持っていたチェーンがビン、と張り、凄まじい力で引き寄せられ、一瞬彼の身体が浮き上がるのではないかという程の怪力でチェーンを引っ張られ、慌てて他の仲間も彼のチェーンを彼の身体ごと引くが、ビクともしない。

 

 どころか、漆黒聖典のメンバー3人の力をもってしても力負けして、ズルズルと地面に靴の跡を作ってしまっている。

 

 

「なんという、力だ……!!」

 

 未だに、木々や草でその者の姿が見えないが、こうしてズルズルと引きずられている以上、なにかを捉えた事は確かだ。

 

 ならば、後はその捉えた者を無力化させてしまえばいい。

 

 

「使え!」

 

 

 隊長の指示に従い、カイレがケイ・セケ・コゥクの効果を発動させる。

 

 そこから出ずるは闇夜を照らす光を放つ黄金の龍。

 

 龍はチェーンの先に存在する何者かに向かって飛翔し、木々や草木の先の中に潜り込んで行き、その先でカッと大きく光り、辺りを照らし始める。

 

 

「やったか!?」

 

「……いや、これはっ!?」

 

「ぬわぁ!?」

 

 カイレが違和感を感じた次の瞬間、チェーンの先から感じられていた大きな力がフッと消える。あまりにも唐突な出来事に、ドドッ、と大きな音を立てながら、チェーンを引っ張っていた3人の隊員達全員が尻餅をつかされていた。

 

 どういう事だと驚きと屈辱に顔を歪める第九席次の許に、彼の扱っているチェーンが舞い戻る。だが、確かに捉えたと思ったはずの対象の姿はそこには無かった。

 

 何故、どうして、という疑問が、隊長の頭の中で浮かんでは消える。

 

 隊長の脳裏に『失敗』という二文字が浮かび上がり、支配が上手く行かなかった事から、一度態勢を立て直すべきであると判断した彼は撤退を命じようとした。

 

 

「動くな。一歩でも動いたらコイツの首を跳ねるわ」

 

 

 

 だが、相手はそれすらをも許してくれないようだ。

 

 隊長が気付いたその声の方向に振り返ると、地面に倒れ首から血を流し、気を失っているらしいカイレとこちらを鋭く見据える真っ赤な目のヴァンパイアの少女の姿。

 

 少女はカイレを膝で抱えるような形で捕らえ、凶悪な見た目のハルバードを片手に持ち、もう片方の手でカイレの身体を抱き寄せつつ、その手は切りつけられた首元に鋭い爪を添えており、いつでも殺せる状態となっていた。

 

 

「見捨てて逃げようなんて考えない事でありんすえ?」

 

 

 そして、いつの間にそこに居たのか、カイレを捕らえている吸血鬼とまるで瓜二つの見た目をしたヴァンパイアの少女が、退路を塞ぐような形で立っていた。

 

 隊長を含めた漆黒聖典の全員が、もはや、最悪カイレを見捨てて自分達だけこの吸血鬼の情報を持ち帰るために撤退するという、事実上の敗北すらをも許されなくなったと悟るのに、そう時間はかからなかった。

 

 何故……どうしてこんな事になった!?と隊長と漆黒聖典の隊員達は狼狽する。

 

 

 

 その問いに答える(ネタばらしをする)と話は至ってシンプルだ。

 

 

 

 

 まず、第九席次がチェーンで捕まえた何か。

 

 それは、能力値の同じ人造物を生み出す切り札である姉妹共通のとっておきのスキル、【エインヘリヤル】でエレティカが作り出した……早い話がただの囮である。

 

 事前に、念の為最初から切り札を使って万全を期して戦闘に入る、というエレティカの案を、眷族達が死亡している事を感知していたとはいえシャルティアは最初不審がった。

 

 だが実際に眷族を倒した相手と対峙してみると、確かに、そこそこ強い(装備をした)人間が揃っているようで、その判断が正しかったと素直に理解出来た。

 

 こうして上手く事が進んだ今となっては特に必要なかったのではないか、と思った彼女だが、この後、相手がワールドアイテムを所持していると知った時、もし無策に突っ込んでいたらどうなっていたと思う?という姉の問いで冷や汗を流すことになる。

 

 

 と、そんなどこぞの影分身的な経緯で発動したエインヘリヤルだったが、実際のところ、敵の周辺を走り回らせ注意を逸らすのが目的だった。

 

 相手がチェーンを使って捕縛までしてくるとは流石に予想外だった。

 

 そして引きずられるような形になっていたとはいえ一応の行動の阻害さえも出来ていた事実は、エレティカも予想外の出来事であり、流石は人類の盾である、と言えよう。

 

 

 だが、現実は無情である。

 

 

 いくら能力値が同一であるとはいえ、とっておきの切り札であるとはいえ、今回に限って、それは囮に変わりはない。

 

 注意がそちらへ向いている隙を突いて、一番面倒かつ対処に困るカイレを行動不能にし、捕縛。ついでにエインヘリヤルを解除。

 

 そして、現状を鑑みて彼らを逃がすべきではないという姉の意を汲んだシャルティアにより漆黒聖典は退路を塞がれ、完全に詰む事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これは……?ここで一体何が……)」

 

 

 数刻の後、同場所にて、白金の鎧をその身に纏う騎士……その実態は、がらんどうの鎧を遠隔操作で操っているアーグランド評議国永久評議員にして白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれる竜であり、現存する最強の竜王の一人。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンがその場に訪れていた。

 

 優れた知覚能力を持ち、不可視化や幻術を無効化し、はるか遠方、たとえ自分が寝ていても相手を察知することが出来るというドラゴン特有のそれより、更に格段に優れた感覚を有するツァインドルクス=ヴァイシオン……通称ツアーは、強力なアイテムを捜索中に、その知覚能力で、鎧の付近で戦闘が行われた事を察知した。

 

 事前にこの場所に漆黒聖典が訪れている事も知覚していたツアーは、彼らの前に姿を現すつもりも無かったので少し離れた場所に居たのだが、そんな彼らが戦闘を行う程の相手がこの森に居る事までは知覚の範囲外であった。

 

 感知した情報では、既に戦闘は終了しており、それは漆黒聖典の完全敗北で終わっている。

 

 

 だがその後、まるで……いや、実際にその場から消えたのだろう、彼の感知になんの反応も無くなってしまったのだ。

 

 流石に気になって、こうしてツアーは彼らが“何か”と戦闘を行っていたのであろう場所へと訪れたのだが……やはりこうして訪れてみても、既にそこに人影は無く、多少の戦闘跡が見られるのみであった。

 

 

「(……つまり、あの漆黒聖典とやり合って、この短時間で勝利し、そして隊員全員を打ち負かし、その場に戦闘跡を残すだけに留め、彼らごと姿を消した、と?)」

 

 

 それが出来るとすればそれは……。

 

 

「百年の揺り返し……その可能性もある、か……」

 

 

 がらんどうの白銀の鎧から発せられた言葉は、闇夜の中へと溶けて、誰にも届くことは無く、発した本人も森の中へとその姿を消した。

 

 

「(願わくば、八欲王のような邪悪な存在でないことを祈るよ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?ちょっとまって今よく聞こえなかった、もう一回言って?……うん、うんうん、それで?うん……そっか、それでそいつらと出会って交戦になった、と……それで切り札も使って勝って捕まえた、と……うん、よくやったね。

 

……はいそこ~~~!!敵の一人がワールドアイテムらしきものを所持してたってどういう事ぉ~~~ッ!?一体何に喧嘩を売ってそして勝っちゃったって~の!?」

 

 

 

 ……一方その頃、別の(変態的な)意味でも邪悪な存在(ペロロンチーノ)は自分の認知していないところで娘たちがまた何かとんでもない事をしてる!!と頭を抱えていたのだった。






旧作エレティカ「シャルティアが支配されるの耐えられん!わいが代わりになったるやで!!」ドン!!
シャルティア「!!!」


今作エレティカ「支配されたくないし囮使うやで。影分身の術!(エインヘリヤル)」
シャルティア「名案かよ、その隙に退路塞ぐでありんすえw」

漆黒聖典「は?やめろおい、詰むだろ、おい、やめろ、やめ、やめろォーーーーッ!!」


現 実 は 非 情 ! デデドン


ツアー「100年の揺り返しかもしれへんな……(超シリアス顔」キリリッ

ペロロンチーノ「俺(の娘達)、またなんかやっちゃいました?」ポカーン



エインヘリヤルを解除とか出来んのかって?
……知らん!



……もし今回の話で「これって納得いくかぁ~~~?おい?俺はぜ―――んぜん納得いかねえ」っていう読者さんが多かったら、後々書き直すかもしれません(汗)


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そこに正座しなさい。

更新が遅すぎて内容もう忘れたよ~って人~?

は~い…………。



……俺だけじゃないよね?

ほんとすみません、仕事忙しくて……でも大丈夫です!
最近仕事クビになったんで!!!(白目)











 漆黒聖典との闘いから数時間後。エレティカとシャルティア、そしてペロロンチーノは、予定通り先に王都へと向かっていったセバス達との合流を果たすべく、再び馬車での移動となっていた。

 

 行きとは違い人が多くなったので、ナザリックから馬車(移動用のマジックアイテム)を久々に取り出し、馬車二台での移動となっていた。

 

 片方にはクレマンティーヌとカジット、そして新たに着いていく事になったブレイン・アングラウスの三名が乗り込んでいる。一応、監視の目は届くようになっているが……今更監視が必要かどうかは定かではない。

 

 なんせ、一人は目の前で絶対的な力の差を目の当たりにしている。一人はその力にほんの一端とは言え触れている。一人は彼等の持つ力があれば自分の願望が今度こそ叶うかもしれない千載一遇のチャンスを手に出来るかもしれない。

 

 そんな三人が彼等を裏切ろうと思うはずも無く。

 

「……って事は、俺らがやるべきは……“ご主人”の望む、“明日いなくなったとしても困らない、殺したり食ったりしても大丈夫な奴”を探し出し……その情報をご主人に伝える、って事で良いのか?」

 

「あ、あと武技が使える奴なら尚良いみたいね~。な~んでわざわざ私達みたいなのを使ってまでそんな事するかは……分からないけど」

 

 クレマンティーヌから言わせてみれば、あれだけの実力があるのであれば、国の一つや二つでもさっさと支配なり滅ぼすなりして、人だろうが何だろうが好きにすればいいのではなかろうか、と思わないでもない。

 

 あの蹂躙から鑑みるに、心優しい神、というわけではないのだろうし。

 

「だが、幸いにも、お互い“その手の連中”との縁は深いからのう……特に苦労する事もなく情報自体は渡せるじゃろうて」

 

 実際、一人は法国の大反逆者にして、英雄の領域(あくまでもこの世界での基準)に足を踏み入れた戦士。

 一人はズーラーノーンという秘密結社の元幹部。

 そしてもう一人はかつて王国最強と謳われる戦士と互角の戦いを繰り広げた男であったが、つい先程までは盗賊の一派で傭兵のような事をしていた男。

 

 当然、裏の事情にもそれなりに精通している。

 

 命令が「探し出して殲滅せよ」ならまだしも「探すだけ」なら、この三人だけで十分だろう。それが三人の共通見解である。

 

 ……まぁ、もっとも、もし彼らがダメだったとしても、ナザリックには八肢刀の暗殺蟲等を含む、隠密に長けた下僕達が居る為、その気になればこの程度の情報は丸裸に出来そうなものだが……というか既に、ペロロンチーノ含め至高の御方である3名の周囲には彼らが控えているのだが。

 

 ……いや、だからこそだろうか。

 

 彼らにとっては敵の情報より御方に降り掛かる何か……具体的にそれがなんなのかは明らかではないが、明らかではないからこそ、その情報の方が重要なのだろう。本来の歴史と違って一人から三人に増えているので人員を割く余裕もない。

 

 故に、至高の御方から離れて情報収集という発想すら……。

 

 

 ……そして、そんな事にいつかは気付く日が来るかもしれないペロロンチーノが乗車しているもう片方の馬車には、彼を含め、吸血鬼の二人の姉妹が乗車していた。

 

 だが……何故か姉妹のうち一人……エレティカはガタガタと揺れる馬車の床に正座させられており、ペロロンチーノはそんな彼女を厳しい目つきで見下ろしていた。シャルティアはそんな両者をおろおろと見守るばかりである。

 

 

「……エレティカ」

 

「はい」

 

 

 不意にペロロンチーノから口を開く。ただ名前を呼んだだけだが、その声色には明らかな怒りが含まれていた。聞いた事も無い主人の怒りの孕んだ声色にエレティカはすぐに自らの行いが浅慮であった事、そしてそれが他でもない主人の怒りを買ってしまった事を悟っていた。

 

 

「なんで怒っているかは、分かるな?」

 

「……度重なる行き過ぎた独断専行……そこにシャルティアまで巻き込んで、ワールドアイテムを所持する輩と一戦交えたという、下手をすればこちらがどうなっていたか分からないような危険を侵した事、ですよね……?」

 

 

 考え着く全ての自分の浅慮だった行為と愚かさを列挙する。単独行動に至っては、既にクレマンティーヌの件で一度注意を受けているというのに、舌の根も乾かぬ内の再犯であった。

 

 いくらペロロンチーノにとってエレティカが大切な存在だからと言っても……いや、だからこそ、これは許せる行為ではない。

 

 そう、たとえ、眉をハの字にしてうるうると涙目になりながら「ですよね……?」と不安げにこちらを上目遣いで窺い見るエレティカがばちくそに可愛くても、今だけは心を鬼にしなければならないのだ。

 

 

「……結果的にこうして勝利出来たから良かったようなものの……このワールドアイテムの効果を聞いただろう? あれはお前たちのような精神系の魔法が効かない種族に対してですらその耐性を貫通して相手を洗脳するというワールドアイテムだ。この危険性は分かるよな?」

 

 そう言いながら、件の敵の集団から鹵獲したワールドアイテムを指し示す。

 

 傾城傾国。ワールドアイテムの一つであり、黄金の龍が刺繍されたチャイナドレスであるそれは、「精神支配無効の者にも精神支配を与える」という効果であり、同時に大人数を支配する等といった制限無く無限に魅了する行為は出来ないという点以外、非常に強力なアイテムであると言えた。

 

 簡単に言えばこれを使われていたらエレティカやシャルティアでも、相手の手の内に堕ちていた可能性があったのである。

 

 説明を聞いてシャルティアは顔を青褪めさせた。

 

 もし姉の提案通りに囮を使っていなかったら……鎖を使って拘束を受け、そして精神を支配されていたのは、自分か姉のどちらかかもしれなかったという事実に。

 

 

「はい……もし、負けていたら私は……どうなっていたことか」

 

「そうだ。だから……もう二度とこういった勝手な行動はしないでくれ」

 

「……はい」

 

 

 シュン……と効果音が聞こえてきそうな程目に見えて落ち込むエレティカ。彼女自身としても、「もう少しうまいやり方があったのではないか」「今更ながら危険過ぎる賭けだったのでは」「そもそも漆黒聖典が居なかったらどうするつもりだったのか」といった自責の念が渦巻く。

 

 

 しばし、沈黙がその空間を満たす。

 

 

 やがて、先にその沈黙に耐え切れずに口を開いたのは、やはりと言うべきか、ペロロンチーノの方であった。

 

 

「……とはいえ、だ! この世界の実力者を捕縛出来たし、そのお陰で色々と分かりそうだし……何か事が起こる前に、危険なワールドアイテムの回収もできた。モモンガさんへのお土産話もこれでもかという程出来た。結果は上々過ぎるくらいじゃないか?……それに、エレティカ」

 

「っ、は、はい」

 

 

 先ほどまでの声色とは打って変わって優し気に、諭すように話すペロロンチーノ。エレティカの頭をさら、と撫でながら、目を細め、心底嬉しそうに言葉をつなぐ。

 

 

「何より、お前が無事であった事が嬉しいよ」

 

「……! ご、ご主人様……っ」

 

 

 カァ、と顔が熱くなる。……先ほどもあった現象だが、アンデッドなのにどうして顔が熱くなったりするのだろうか。心臓は動いていないのだから、顔に血液が集中する、なんてこともない筈なのだが。

 

 

「シャルティアもだぞ?」

 

「わ、私もでありんすか?」

 

「当たり前だ」とペロロンチーノは笑い、少し離れて座っていたシャルティアを手招きし、床に座っていたエレティカを立たせて自分の傍に招き席に座らせる。

 

「シャルティアもエレティカも、そしてナザリックの皆も、そして俺も。……もし死んだとしても、後で生き返れるかもしれない。お前たちにはもしもの時の為に蘇生アイテムも持たせては居る。……けど、だからって、お前たちが傷ついたり死んだりしても大丈夫って訳じゃないんだよ」

 

 

 気付けばペロロンチーノは二人を抱き締めていた。

 

「だから……情けない事を言うと、今さっきお前達の報告を聞いて俺は……少しだけ恐ろしかったんだ。……まあ、お前達なら余程の事が無い限り大丈夫だと信じてるけどな」

 

 しかし、今回のようにワールドアイテムという例外もある。

 

 更に言えば、相手が自分達同様に異世界に来ているプレイヤーとかだったら、きっと今回のように上手くいっていたかは分からないだろう。そんなものが居るかどうかは定かではないが、定かではないという事は、居る可能性も有るという事だ。

 

「情けない主人でごめん、だけど、だからその……もう少し自分の身を大事にしてくれ。これは命令じゃなくて、俺個人として……お前達に、お願いだ」

 

 二人は、それを情けないとはとても思えなかった。一度リアルに旅立たれてから、もう来ないのでは、もう会えないのではないかと思っていた彼女達には。

 

 

「申し訳、ありません……」

 

「申し訳ございませんでした……」

 

「や、もういいって……これから、気を付けていけばいいんだ」

 

 

 しばらくそうしていた後、さて、と彼は現実に向き直り……「今回の件、どう報告したものか」と頭を抱えた。

 ……まぁ、そう遠くない未来、結局包み隠さず報告された二名もまた、頭を抱える事となるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マジで……?』

 

 このように。

 

 

 三者はお互いひと段落ついたので、そろそろ情報交換しとくかと連絡し合い、ナザリックに転移し、円卓の間で会議する事となった彼等は、ペロロンチーノの……そしてエレティカのぶっ飛び具合に同時に同じセリフが口から漏れた。

 

 

 方や建設作業中に現地で伝説と呼ばれているハムスター(?)と戦闘(?)をしてその支配権限を手に入れ、ついでに、森を支配していたらしいトロールとナーガも()()()()一捻りして、森を完全に支配下に置き、着々と偽ナザリック建設に勤しんでいるぶくぶく茶釜。

 

 方や、冒険者として名を上げ始め、ぶくぶく茶釜が遭遇した魔獣を「ここでは使わないだろうから」と支配権限を譲り受け、街で「立派な魔獣を支配した凄腕の戦士」として認識され始めた……が、今のところただそれだけでしかない、強いて言えば漆黒の剣という冒険者グループと仲良くなった位のモモンガ。

 

 

 

 そして一方、()()()ペロロンチーノは、町でエレティカに自由行動を許したら犯罪者と出くわしたが女の子だったので一応殺す前に縄で縛りあげて国の裏事情等々、知っていることを吐かせようとした所、思っていたよりヤバい情報(プレイヤーがこの世界では神扱いされている事やそれに関する諸々の事情等、法国という国の実態等)を手に入れた。

 

 その情報の見返りに彼女を生かし、今後は案内役として活用することにした事。

 

 また、その際彼女と協力関係にあった、ズーラーなんちゃらとかいう秘密結社の幹部だというハゲを、彼女と協力して成果を挙げられれば、という条件付きで彼の母親を蘇生、以後は彼の全てをナザリックに捧げるという事となった事。

 

 さらに、王都へと向かう途中で餌にかかった盗賊の一派を壊滅。雇われていた武技を使える戦士を仲間に。

 

 さらにさらに、盗賊の一部が抜け道から逃げ出しているという事実に気付いた姉妹が敵を追って森へと眷属を放ったところ、全く別の一派、後に漆黒聖典と呼ばれる法国の最強戦力と何故か遭遇し、戦闘となったが勝利。

 

 さらにさらにさらに、相手はなんとワールドアイテムを所持しており、それが傾城傾国というアンデッドのような精神支配無効化を持つ相手でも関係なく精神支配出来るワールドアイテムであったこと、そしてそれを鹵獲したこと。

 

 現在、ワールドアイテムの持ち主を含む漆黒聖典はナザリック送りにし、現在はまだ生かさず殺さずの状態。

 

 

 

「待って待って、情報量が多すぎる! ちょ、どうなってんの!? え、一日で起こった出来事よね!?」

 

「はい」

 

「はいじゃないが? はぁ……ちょっと、リストでも作らないと整理出来ませんね……ちょっと待ってください」

 

「すみません、お願いします。実は俺もちょっとまだ困惑してるんですよね……えっ? うちの子、ひょっとしてヤバすぎ?」

 

「アンタんとこの子だろうが!!」

 

 

 

 結果として、会議は夜通し行われた事は言うまでもない。




モモンガ「なんか墓地の方で秘密結社がアンデッド使って何かしようとしたり英雄の領域(笑)に踏み込んだ女が同行の冒険者グループを皆殺しにしたりしてそれを解決する事で冒険者として名声を上げられるような気がしたけどそんな事なかったぜ!!!」

ぶくぶく茶釜「建築は楽しいなあ……楽しいだろおい?」
グ「は、はい」
リュラリュース「は、はい」

ペロロンチーノ「そんなことよりうちの子がヤバい。可愛さも含めてヤバい。」



※モモンガsideとぶくぶく茶釜sideはどこかに挿入投稿する形で追加します。




捕捉ですが、今作では隊長の武器に関して触れません。

神人である彼の武器が普通の武器なわけないだろうと予想でき、“みすぼらしい槍”という特徴からロンギヌス(神話上のロンギヌスも、見た目はみすぼらしい槍でしかないとされる)である可能性があるのではないか、という説がありますが、今のところそれが定かであるかは不明である為です。

ここでは、この槍はワールドアイテムではなく、神器級~伝説級の、ロンギヌスの存在を知り、その存在を利用したプレイヤーが作ったロンギヌスのレプリカ、みたいなもんだという事にしてください。

流石に、ナザリックに何でも消せる槍を持たせるとか怖すぎて私には書けないです。


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