Reincarnation of Z (秋月 皐)
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U.C.0084 - 残党狩り
目覚め
一言でも感想を貰えれば泣いて喜びます。
拙い文章ではあるかと思いますが、よろしくお願いします。
深夜、くたびれ果てた男性は白い溜息を吐きながら、自宅への帰路を辿っていた。
「疲れた」
無意識に呟いた言葉に気づくと、自分に嫌気が差して、更に溜息を重ねる。
「溜息を吐いていると幸運が逃げる」と姉が口煩く言っていたが、自分の幸運は既に尽きている物だと割り切っていた。けれどそのような言葉が思い浮かぶのは、姉に対する劣等感からだろうか。
やっとの思いで自宅のマンションに辿り着く。
いつも通りにエレベーターのボタンを押した所で、扉の張り紙の存在に気づいた。
「しまった、昨日から点検だったか」思い浮かべるも、言葉にする気力すら沸かない。
我が家に辿り着く為に、階段を使う必要があるが、我が家は三階にある。その程度であれば、まだ歩く事ができるはずだ。
疲れきった身体に鞭を打ち、我が家で待つ冷たいベッドの為に、歩みを始めた。
一歩、二歩、ゆっくりと階段を登っていく。一度目の踊り場に出た所で、再び溜息を吐き出す。大学生の頃にやった富士山登りよりも、辛く感じたのは、共に歩んでくれた友達が、居ないからだろうか。無い物をねだった所で、友人が現れる筈も無い。
あいつは今頃、暖かな布団で眠っているんだろうか? 脳裏にはあいつの笑顔が浮かんできた。
大学生の頃はこんな仕事につくだなんて、微塵も思っていなかった。そこそこ名のある大学を出た自分に待ち構えていたのは上司からのパワハラは当たり前、残業したって給料は出ない。有給休暇であるにも関わらず、会社に出社してはタイムカードを押さずに働かされる。もはや、企業とすら呼べない奴隷施設だ。
考えれば考える程に涙が出てくる。けれど、泣いたって明日はやってくる。明日の為にも、今は休まなければ。
「しまっ――」
休む事だけを考えていたせいか、一瞬だが目の前が暗転してしまう。目をつむっていると気付いた時にはもう遅く、階段からは足を踏み外し、ただ重力にしたがって転げ落ちる。階段に全身が打ち付けられる度に、ほんの僅かに残っていた幸運を、さっきの溜息で逃してしまったと悔いる。
この世の中で、何かやるべき使命があった筈なのに、それさえも見つけられずに、命が尽きてしまう。
あぁ、こんな最後は嫌だ。
******
声が、聞こえる。俺を呼ぶ声が、聞こえてくる。
暖かく優しげな声が、微かだが、確かに聞こえる。
「誰だ、俺を呼ぶ声は!」
大きな声を上げてみるが、返事は無い。
身体に違和感を感じる。階段から転げ落ちた筈なのに、痛みが無い。残業で体力は枯れていた筈なのに、普段通りに身体が動く。むしろ、心地良いぐらいだ。
天に登ると言うのは、こういう感覚なのかもしれない。
けれど何故か胸の鼓動は高鳴り、生命の力を感じさせる。
この声が原因なんだろうか? 耳を澄ませ、声を聞こうと集中してみる。
「あなたにはまだ、やらなければならない事があるのでしょう」
聞こえた。女性の声だが、聞き覚えの無い声だ。
自分がやらなければならない事なんて、親の老後の面倒を見るぐらいだ。嫁もおらず、子も居ない自分にはやらなければならない事なんて……。
「きっと、あなたなら出来るわ」
途端に声が遠のいていく。
「待てっ! なんだ、俺がやらなくちゃならない事ってさ!」
声を荒げ呼び止めようとする。けれど声はどんどん遠のき、暫くもしない内に声は聞こえなくなってしまった。
青に染まっていた世界が、ゆっくりと黒く塗りつぶされていく……。
******
[0084年5月 ハミルトン基地]
ピピピピッ、ピピピピッ。朝を知らせる電子的なアラームの音が鳴り響く。耳障りな音を止めようと布団から手を伸ばし、スイッチを切る。
目元を擦り、布団から出て靴を履く。思いっきり身体を伸ばし、顔を洗おうと洗面所へ向かう。両手に冷えた水を溜めると、顔にかけた。
冷たい水に意識が叩き起こされ、眠気が消えていく。外からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。気持ちの良い、いい朝だ。
途端に違和感を感じた。先程まで、当たり前の用に使っていたが自宅の洗面所は、オートマチックで水が流れてくる、ハイテクな物では無かった。
よくよく考えてみれば、自宅で靴を履いているのもおかしい。これではまるで海外のようでは無いか。
水に濡れた顔をタオルで拭き、辺りを見渡せば『知らない筈なのに知っている』自分の部屋が目の前に広がっていた。
いや、違う。ここは自分の部屋ではあるが、そうではない。『地球連邦軍の部屋』だ。頭が混乱する。意味が分からない。理解出来ない。
何故、自分が今いる部屋が地球連邦軍の部屋だと分かった? そもそも地球連邦軍ってなんだ。
「地球連邦軍って、まるでガンダムじゃない……か……」
自分の置かれている状況に理解が出来た。けれど信じる事は出来ない。
急いでクローゼットを開けたが、ハンガーに掛かっている服は、地球連邦軍の制服と、フライトジャケットだった。次にデスクの上に置かれたコンピュータを見る。自宅で使っていたパソコンとは、似ても似つかない代物だ。
脳に浮かんでくる手順通りに起動させてみると、地球連邦軍のデータベースにアクセスする事が出来た。
いくつもあるファイルの中に、気になるファイルを見つけた。モビルスーツと書かれたファイルだ。動悸を感じながらもマウスを操作し、ファイルを開く。
ジオン軍と連邦軍に分かれてファイルが存在していたので、連邦軍のファイルを開く。いくつものアルファベットと数字の羅列、つまりは型式番号が表示されている。
試しにRGM-79Cと書かれたファイルを開いてみる。
ジム改と表示されたファイルには機体のスペックからパイロット達の評判、それに配備状況等を簡単に纏めた物が書かれていた。
「小隊配備中……?」
ジム改と言えば、確か一年戦争の後に配備されていた機体の筈だ。ガンダム好きの友人が、誇るような顔で話していたのが思い浮かぶ。
それと同時に確信した。が、念のために自分の頬を抓る。痛い、当たり前だ。けれどようやく確信を得た。
「やっぱりなのか……!」
コンピュータの横に置かれたデジタル時計を見れば
クローゼットの中を再び確認すると、モビルスーツパイロットにのみ支給されるバッジが、フライトジャケットには縫い付けられていた。これも自分の物だ。
自分がモビルスーツのパイロットという、夢にも見た現実に身体を震わせる。
喜びのあまりに声を上げようとした途端、電話機から電子音が鳴った。恐る恐る受話器を取り、耳へと当て、声を出す。
「はい」
少し上ずったような声になってしまったが、相手が気にしないでくれる事を願うしかない。
「少尉、すぐに司令室に出頭したまえ。良い知らせがあるぞ」
電話の相手は少し落ち着いた雰囲気のある男性だ。声の質からしてそこそこに年を取っている相手だろう。そして自分の事を少尉と言った事から、少なくとも目上の相手である事は直感で理解が出来る。
だが、どう返した物か。ガンダムのアニメを最後に見たのは、高校生の頃だ。体感では、かなり昔の事に思える。
記憶の奥底から、ガンダムでの会話と一般的な軍隊での会話や、普段使っている仕事場での会話から話し方を組み立てようと、注意する。不敬で銃殺なんてされたら、堪ったものではない。それに、相手方の言う良い知らせと言う物にも、興味を引かれた。
「良い知らせ、でありますか?」
「あぁ、そうだ。すぐに来たまえ」
「はっ、了解であります」
カチャリと電話の切れた音が鳴る。受話器を元の位置に戻すと、どうやら無礼な態度は取らなかったようだと一安心する。
聞き返したら勿体ぶられた辺り、かなり良い知らせのようだ。この世界に来て早々に昇進だろうか? だとしたら無神論者だったが、考えを改めねばならない。
思考に一区切りつけると、クローゼットから、一般的な連邦軍の制服を手に取る。襟元に少尉の階級章がつけられているのを見れば、自然と口元に笑みが浮かんでいた。大急ぎで寝間着から着替え、洗面所へ向かうと髪型を軽く整えてから、部屋を後にした。
******
「マサシ・クラノ少尉、ジャブローから直々の転属命令だ」
記憶を頼りに司令室へ辿り着くと、先程の電話で聞いた声と全く同じ声の男性が、神妙な面持ちで――けれど、どこか嬉しそうに――話した。
ジャブローと言えば地球連邦軍の心臓部、総司令部が存在する場所だ。そんな場所から直々の転属命令だ。司令官殿の表情からして、悪い知らせでは無いだろう。
「転属でありますか? しかもジャブローから……。何処の部隊への転属でしょうか」
確認を取るように聞き返と、司令官殿は待ってましたと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが、軍人らしく落ち着いた口調で話し始めた。
「クラノ少尉、貴官はティターンズへの入隊を許可された」
意気揚々と話す司令官をよそに、私は絶望していた。
ティターンズへ入隊だって? 冗談じゃない。ティターンズと言えば、毒ガスでコロニーを壊滅させて、機動戦士Zガンダムでエウーゴにコテンパンにやられた悪役組織じゃないか。何故そのような凶報を喜々として話すんだ。この基地を去って欲しいと願われるようなミスを自分はしたのだろうか?
思考が巡り、回る。取り乱してしまっているが、状況の整理を行わなくちゃならない。
「どうした、少尉?」
仮にも今は司令官殿の前だ。泣き出したくなる気持ちもあるが、なんとか押さえ込め。心の中で自分に言い聞かせると、なんとか落ち着きを取り戻せた。
「いえ、自分がティターンズへ入隊するのですか?」
「ティターンズと言えば、連邦軍の中でも選りすぐりのエリートだけが入隊を許可される部隊だ。自分の部下から、ティターンズ入隊者が出てくれて私も鼻が高い」
司令官はそう言いながら、書類を纏めたファイルを手渡してくる。ファイルを受け取った所で、ようやく納得が行った。
時計で見た今の年は84年だ。一年戦争が終結してから僅か4年しか経っていない。この時期のティターンズと言えば、デラーズ紛争後に設立された、正真正銘、連邦軍のエリート部隊だ。部下が栄転する事を喜ばない上司は山ほど居るが、どうやらこの人はそういうタイプの人では無く、自分の部下の栄転を素直に喜べる人のようだ。きっと良い人なんだろう。
「光栄であります。マサシ・クラノ少尉、ジャブローからの転属命令、確かに受けました」
「うむ、ティターンズでの貴官の活躍を期待する」
ファイルを受け取ると、軍人らしく敬礼をしてみせる。敬礼の仕方に問題は無かったようだ。
「では、失礼します」
回れ右をして、そのまま司令室を後にした。機械の自動ドアが締まると、緊張から開放され溜息を吐きそうになったが、喉元で止めた。
「運が良いのか、悪いのか……」
脇に抱えたファイルを両手で持ち、恨めしく睨む。
ファイルには、鷹をモチーフにしたティターンズのエンブレムが描かれていて、室内灯の明かりがエンブレムに反射し、煌めいて見えた。
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第一章.メリーさんの羊
日誌
ハミルトン基地からロンドン基地へ転属となったクラノは、補給物資を乗せて各地を飛び回るミデア輸送機に便乗して、イギリスのロンドン・ヒースロー基地へと向かっていた。
移動の途中、ハミルトン基地の自室にあった、クラノの所有物であるノートブック型のコンピュータ内に残された、日誌データを眺めていた。
この世界の事とこの世界のマサシ・クラノと言う人物について知る為だ。
宇宙世紀の世界で目覚めた事に意気揚々としていた矢先、ティターンズへの転属命令が下った事で、クラノは冷静さを取り戻す事ができた。
ティターンズという悪役組織の末路は、敗北と崩壊だ。
慎重に立ち回る事が出来なければ、死んでしまう可能性が極めて高いグリプス戦役が待っている上に、敗北で終わるのではお先真っ暗と言う他にない。
無事生き伸びてたとしても、軍法会議で銃殺刑にされる可能性があった。そんな未来は誰もが嫌だろう。
銃殺刑にされない為にも、クラノはまず知識を得る事にした。その知識の源になる物こそが、この世界のクラノが書いた日誌だ。
日誌には、二度に渡るコロニー落としに関する出来事が、事細かに記述されていた。
スペースノイド達の手で、二度に渡って行われたコロニー落とし。
増えすぎた人口を宇宙へと移民させ、移民した人々の新たなる大地として建造されたコロニーを、巨大な弾頭に見立て、地球へと降下させて地上に致命的な打撃を与える悪魔の所業。
二度目のコロニー落とし。コロニー、アイランド・イーズは、0083年11月に、大規模な穀倉地帯である、北米大陸へと落着した。
当時、ハミルトン基地所属の新米モビルスーツパイロットとして、地球連邦軍に所属していたクラノは、軍の休暇を利用して、生まれ故郷である日本へと帰っていた。
その為、コロニー落着の被害から免れる事が出来たのは幸いだったが、北米大陸に存在していた、ハミルトン基地は甚大な被害を負う事となった。
被害状況の調査と復興の為に、休暇は取り止めになって、日本から呼び戻されたクラノは、大急ぎで戻ったが、北米に到着した時、眼前に広がる光景は、言葉にするのも憚れる程の惨事であった。
宇宙から降ってきたコロニーの欠片は、基地のあちこちを抉り、基地の近郊でトウモロコシや小麦を育てて、基地にパンの差し入れをしてくれていた、気のいい老夫婦の住まう家付近は、もはや何があったのか分からない程だ。
立派であったハミルトン基地は見る影もなく、仮設の司令部と、急造の滑走路だけが置かれて、基地の周辺に散乱するコロニーの残骸を、作業用のザクと、タンク型のモビルスーツ達が回収していた。
スペースノイドが落としたコロニーの被害を、スペースノイドが作ったモビルスーツが片付けをしている奇妙な光景は、クラノの気持ちを複雑にさせた。
ハミルトン基地に所属していた仲間達は見当たらず、その名前が死亡リストに刻まれているだけだった。
クラノは悲しみ、嘆きながらも、地球連邦軍のモビルスーツパイロットとして、北米基地復興に尽力した。
復興に集中する事で友人を失った悲しみを紛らわそうとしたのだ。
『もし、あの時あいつらを日本に誘っていれば』
『もっとあいつらと話していれば』
そんな後悔が、心を揺るがせていた。
やがて時は過ぎて、年を越した0084年5月までの間に、大方の基地施設は修繕されて、基地機能はなんとか回復した。
しかし、コロニーの落着で大きなクレーターを作られてしまった穀倉地帯は、復興するのにかなり長い年月がかかる。
アイランド・イーズ落着について、地球連邦軍はコロニー移送中の落着事故だと、世間に公表したが、宇宙で決起したジオン軍残党デラーズ・フリートが、コロニー落しを行ったのは、誰の目にも明らかであった。
このような惨事を二度と繰り返さない為にと立ち上がったティターンズに、クラノが同調したのは当然の帰結であっただろう。
日誌を読み終えたクラノは、この世界のマサシ・クラノという人物がティターンズに入隊した理由を理解したが、同時に別の疑問が生まれた。
ジオン公国軍が行った一回目のコロニー落とし、ブリティッシュ作戦では、同じスペース・ノイドの住まうコロニー、アイランド・イフィッシュの住民約二千万人を毒ガスで虐殺した。
スペース・ノイドの自治独立を謳うジオン公国が、スペース・ノイドを虐殺したのだ。
それだけでは留まらず、二回目のコロニー落としを行った、ジオン残党軍デラーズ・フリート。これに怒りを覚えるのはアースノイドなら当然の事だろう。
しかし、スペースノイド達の犯した過ちを、ティターンズが再び行う。
ティターンズは30バンチに住む住民を毒ガスで虐殺するのだ。
コロニーの住民を同じ毒ガスで虐殺したジオン軍に対して怒りを覚えた筈の連邦軍ティターンズが。
『ティターンズの正義はどこにあるんだ』
一度はエゥーゴに離反する事も考えたクラノだったが、日誌を読んだクラノは理由を探す事にした。
毒ガスを使って30バンチコロニーの住民を虐殺した本当の理由。
それこそがこの宇宙世紀の世界にティターンズのパイロットとして、目覚めた理由に繋がる。
そんな予感がしていた。
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シミュレーター
クラノは日誌を読み終えると、ミデア輸送機に搭載されていた、ジム・コマンドを借りさせて貰い、コクピットに座って、シミュレーターを起動させた。
地球連邦軍のモビルスーツには、標準機能として、シミュレーター機能が搭載されている。
本来は敵の新型機が現れた際に、前線で性能を分析し、対策を練る為に使われるべき物であるが、戦後となってしまった現在では、パイロットの個人トレーニングと言う名目で、主に暇潰しに使われているようだ。
モビルスーツなど操縦した事の無いクラノにとっては、何よりの頼りとなった。
宇宙世紀の世界で目覚めてから、配属先のロンドン基地に向かうまでの間、毎日シミュレーターを起動させては、モビルスーツを操縦して、仮想敵であるザクやドムを撃破していた。
操縦技能は身体が感覚で覚えていた。なんて夢のような話は存在しなかった。
クラノは一からマニュアルを熟読して、起動の手順を覚えて、起動させれば次は操縦方法を確認して、武器を扱い、敵を撃破する訓練を積んだ。
パイロット候補生用の初心者モードから始めて、エリートパイロット用の上級モードの、地上版と宇宙版をクリアした時、ようやくティターンズとしてのスタートラインに立つことが出来たのだ。
今日は上級モードの更に上である、伝説の相手との戦闘シミュレーションを行うことを決めていた。
誰もが知っているモビルスーツ、ガンダムとの戦闘だ。
ジム・コマンドのコクピットに座ってシミュレーターを起動すると、メインモニターには荒野が映し出された。
実在する地球連邦軍の軍事演習場を、モデルにした場所だ。
ピロローン。
電子音がコクピット内で鳴る。敵モビルスーツをレーダーが捉えた音だ。
メインモニターの直下に設置された、円形のレーダーモニターには、一つの菱形が表示されて、菱形の中にはRX-78という、ガンダムの型式番号が、シンボルマークとして表示されていた。
望遠スコープを使用して、レーダーの反応がある方向を見渡すが、ガンダムは見当たらない。
ジム・コマンドとガンダムでは機体性能の差が大きい。
ハンディキャップとして、ガンダムのレーダーには、ジムは映らない設定になっている。
その事を利用して、クラノは正面戦闘は避け、背後からの不意打ちを仕掛けることにした。
ガンダムの左後方に回り込み、主兵装であるビーム・ガンの銃口を、ガンダムの頭部へと向けて、トリガーを引く。
ピンク色の粒子の塊がピチュンと空を切りながら、ガンダムへと真っ直ぐ伸びていく。
不意打ちは成功したとクラノが確信したその瞬間。
ガンダムはバックパックのスラスターから火を吹かして、前へとステップし、ビームを回避した。
「うっそだろっ!」
ビームを回避したガンダムは、機体各部のスラスターを自由自在に操り、旋回する。
完全な不意打ちを避けられた事に動揺しながらも、クラノはブーストペダルを思いっきり踏み込み、スラスターを吹かせて、一気に後退しながら、ビーム・ガンを撃ち続ける。
ガンダムはビームに怯む様子を見せない。
それどころか、最小限の回避運動だけで、全てのビームを回避しながら、ジムへと急接近してくる。
ガンダムがジム・コマンドを正面に捉えると、ガンダムの黄色いデュアルアイが、ピンクに光った。
誰もが知る伝説の白いヤツ。
悪魔の異名は伊達では無く、向けられたビームライフルの銃口に、シミュレーターであることを忘れた身体からは、汗が吹き出していた。
『殺される』
******
気がつくとシミュレーターは終了していた。
コクピットハッチが開き、格納庫の薄暗い灯りが見えた時、ようやくクラノは自我を取り戻した。
大量に汗を吸ったフライトジャケットを脱ぎながら、誰に宛てるでも無く言葉を漏らす。
「あれは悪魔だ」
コクピットから出て、着替えを済ませたクラノは、シミュレーターの記録を何度も見返していた。
他の対ガンダムシミュレーションのログを漁るが、他のパイロットも同じ様に、ガンダムの威圧感に負けていた。
似たり寄ったりな負け方をしているログの中、WINの文字が目に止まる。
「ガンダムに勝ったパイロット……!?」
慌ててパイロットネームを確認する。
「ユウ・カジマ……? 聞いた事のない名前だ」
確実にシミュレーションを熟して自信をつけていたが、名も知らぬパイロットに負けたことで、クラノは大きく溜息を吐き出そうとして――止めた。
やるせない気持ちを心に抱えていると、ミデアに取り付けられたスピーカーから、声が流れる。
「そろそろロンドン・ヒースロー基地に到着する。席についてシートベルトをするように」
席に座ってシートベルトを締めると、着陸に備えながら、窓から見える外の風景を眺めた。
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ラダー小隊
[0084年6月 イギリス ロンドン・ヒースロー基地]
晴れ渡る空の下、ミデア輸送機からクラノは降りた。
イギリスの夏は寒い、なんて話を聞いたことがあったが、そんな事は無い。
腕時計に内蔵されている温度計を見ると、まだ春であるにも関わらず、針は三十を指し示していた。
コロニー落としによって、地球の気温や天候が乱れた影響だろうか。
ハミルトン基地で貰った指令書には、ロンドン基地の第三下士官室に行くようにと書かれていたが、指令書に基地の地図は同封されていなかった。
仕方が無いと内心で呟くと、適当な連邦兵を見つけて声をかける。
声を掛けた連邦兵の襟元には曹長の階級章、胸元にはウィングマーク(モビルスーツパイロット徽章)が付けられていた。
「すまない。道を尋ねたいのだが」
「見かけない顔、ティターンズか?」
「ここに赴任してきたばかりなんだ。第三下士官室はどこにある?」
「そこの扉から入って階段を登って二階に上がったら左正面にある扉だ」
「ありがとう、助かる」
「お前さん、モビルスーツに乗るんだろう?」
連邦兵はクラノのウィングマークを見てか、話を続けた。
「ティターンズのパイロットなら、それらしい格好をしないとな」
クラノの襟を直すふりをしながら、胸ポケットにチョコレートを忍ばせる。
「おい……」
「パイロットってのは頭を使うもんだろ? 糖分を確保して損は無い筈だ」
「どういうつもりだ?」
「それじゃ、俺は仕事があるから。お互い頑張ろうぜ、エリートさん」
手を振りながら何処かへと歩いていく。
クラノは追うか悩んだが、ロンドン基地に居るのなら、あの連邦兵と会う機会もあるだろうと考え、下士官室へ向かう事を優先した。
下士官室には、ティターンズの制服を着た男が2人、対面する形で椅子に座っている。
部屋に掛けられたアナログ時計からカチ、コチと時を刻む音が鳴っていた。
「失礼します」
小さく音を立てながら無機質な扉が開き、下士官室にクラノが入る。
「揃ったか。両少尉は椅子に座ったままでいい」
そう言いながら立ち上がる男の襟には、地球連邦軍大尉の階級章が付けられていた。
クラノは、大尉に対面する形で椅子に腰をかける。
ちらりと隣を見れば、スペイン系の顔立ちをした青年。
彼の襟には、クラノと同じ少尉の階級が付けられている。
同じ階級の人間がいたことにクラノは内心で安堵した。
「諸君ら二人に来てもらったのは他でも無い、新編されたティターンズのモビルスーツ部隊の一員として諸君らが選ばれたからだ」
大尉が「選ばれた」と口にした時、隣に座っている少尉の口元が緩む。
エリート部隊の一員として選ばれて喜ばない人間はいないだろう。
「自己紹介が遅れたな。私はラダー・クラット大尉だ。この部隊の指揮を任されている」
落ち着いた声でラダーは自己紹介を済ませる。
ラダーは壮年の男だ。筋肉質な体つきで、誰が見ても軍人だと分かる程に、軍人らしい雰囲気を漂わせている。
自己紹介を済ませたラダーは、クラノの隣に座る少尉へと目線を向ける。
目線に気づいた少尉は、椅子から立つと、自己紹介を始めた。
「自分はレイエス・ミンヴィル少尉です。士官学校を卒業して、そのままティターンズに入隊出来た事を光栄に思います」
レイエスの声が微かに声が上ずった。
士官学校を卒業したばかりということは、ここにいる三人の中で一番若いということで、緊張を隠そうとしているように見えた。
レイエスが座ると、今度はクラノが立ち上がる。
「マサシ・クラノ少尉です。つい先日までハミルトン基地で復興に尽力していました」
日誌で知識を得たとはいっても、クラノが軍に所属していたことはない。
下手な行動をして怪しまれないように、手短に挨拶を済ませた。
「これから我々はラダー隊としてジオン残党の掃討を中心とした任務にあたる。その為にも――」
ラダーが話を始めようとした所で部屋に付けられたスピーカーから、けたたましいサイレンが鳴り響く。
《サウサンプトン基地にジオン残党と思われるモビルスーツ数機が出現。ラダー小隊はただちに支援および鎮圧に向かってください》
「どうやら奴らも我が隊の設立を祝福してくれるようだな」
「ジオンの残党共が、ですか?」
レイエスが問いかける。
「この地球圏の平穏を乱す輩を掃討するのが我々ティターンズだ」
静かだが自信に満ちた声でラダーは返す。
ティターンズが正義であると確信している声だ。
一年戦争が終わった今、地球圏でテロ行為を行うジオン残党は間違いなく悪であり、その鎮圧を行っているティターンズが正義であることは確かだ。
少なくとも今は。
「急いでパイロットスーツに着替えろ。着替えたら格納庫に向かうぞ」
「了解です」
二人の少尉の返事が被る。意図していなくても出来てしまうのは、全くの偶然であった。
敬礼を済ませると、三人は急いで更衣室へと向かった。
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強襲
イギリス海峡の海中に潜むユーコン級潜水艦、U-231。その艦内では五機の水陸両用型モビルスーツが出撃準備をしていた。
《カリート中尉、発進準備はできていますか》
「いつでも構わんよ」
若さの残るパイロット、カリート・アウグスティンが女性オペレーターに言葉を返すと、注水が始まり、ジュリックとゴッグが格納されているモビルスーツデッキが、海水で満たされていく。
《ハッチ内注水完了。下部一番、二番ハッチ開放、ご武運をお祈りします。続いて上部ハッチ注水開始、アッガイ隊出撃準備どうぞ》
開放されたハッチのロックが外れて、二機のモビルスーツが海中に放り出される。
ピンク色のモノアイをサーチライトに切り替えて、卵形の巡航形態に移行すると、二機は航行を開始した。
《予定通り、俺と中尉どのは先行して、空母とその護衛機、それとモビルスーツ格納庫を潰して陽動を行います。続くアッガイ隊は俺たちが交戦している間に、物資の入ったコンテナをユーコンに物資を積み込む手筈です。俺たちの浮上に合わせてユーコンがミノフスキー粒子をぶち撒けますから、レーダーは使い物になりませんな》
「承知しているが、デラーズ・フリートの決起で連邦の警戒も高まっているのだろう? そう上手くいくとは思えんがな」
《我々は物資不足なんです。上手くいかなきゃ、仲良く飢え死にですぜ》
「分かっているから、こうして賊の真似事をしているんだろう。目標地点が近づいてきた、通信を切るぞ」
現状に対する不満を誤魔化すように無線通信のスイッチをオフにして、会話を中断した。
機体に異常がないかチェックしていると、レーダーのアラート音が、前方に機雷原を探知したことを知らせた。
機雷原があるのは想定の範囲内だ。
ジュリックとゴッグは頭部から赤い色のカプセルを前方に射出する。
カプセルが割れると、中からゲル状のフリージーヤードが散布されて、機体を覆った。
いくつかの機雷が機体に接近したが、フリージーヤードに絡め取られてしまい、起爆することはなかった。
機雷原を抜けて、フリージーヤードを切るように排除すると、水面を割くようにして海中から飛び出し、空母の上に降り立つ。
立ち込める霧の中、空母はジュリックの重量で大きく揺らぐ。
ピンクに光るモノアイが艦橋を捉えると、アイアン・ネイルを突き刺して、アイアン・ネイルの中央に配置されたメガ粒子砲が、黄色の閃光が射出し、艦橋を貫いた。
カリートがレーダーに目を向けると、乱れが生じていた。ユーコンの散布したミノフスキー粒子の影響だろう。
視界が制限される濃霧とミノフスキー粒子散布下での戦闘は、カリートにとって、慣れたことであった。
遅すぎる警報が基地のあちこちで鳴り響く。
艦橋が潰された影響で、空母のアクア・ジムを出撃させようと上昇していたエレベーターが途中で停止する。
的になるのをなんとか避けようと、アクア・ジムのパイロットは、スラスターを吹かせて、機体を飛び上がらせた。
艦橋から爪を引き抜く見慣れない紫色の機体に、着地の隙きを見せまいと、ハープーン・ガンを向けた途端、側面から飛び出してきたゴッグが、空中で目を光らせた。
鳴り響く警戒警報の中で、どうにか対処しようとアクア・ジムのパイロットが思考を巡らせる間に、ゴッグのアイアン・ネイルは、アクア・ジムの右半分を、無残にもえぐり取った。
甲板に半壊したアクア・ジムが叩き落とさたことがきっかけとなり、空母は真っ二つに割れて、沈み始める。
ジュリックは踏み台のように甲板を蹴って、着地をスラスターで補助して、陸地へと降り立つ。
一瞬、カリートの脳に電流のような感覚が走った。
「今か!」
基地の守備モビルスーツに目もやらず、ジュリックが格納庫のある方向に機体を正面に向けると、腹部に搭載された八つのメガ粒子砲の内、正面の三つから、順にメガ粒子を発射した。
真っ直ぐに伸びた三本のメガ粒子は、開きかけの扉を貫いて、その内の一本が扉の前で備えていた、ジム・スループの動力に直撃して、巨大な爆発が生じる。
それだけでは収まらず、隣接されていた格納庫に保管された弾薬が、次々に誘爆を起こし、更なる爆発を引き起こした。
「ハッハッハ! つくづく恐ろしいよ、私が!」
爆煙を目の当たりにして怯んでしまったジム改のコクピットを、ゴッグのアイアンネイルが貫く。別のジム改がゴッグに銃口を向ければ、ゴッグは爪が刺さったままのジム改を盾にするかのように突き出した。
「こいつ……!」
友軍の機体を盾にされ、頭に血が登ってしまった連邦のパイロットは、ジム改のビームサーベルを突き出しながら、全力でスラスターを噴射させた。
「そのような突撃は
ゴッグはしなやかな動きで突撃を交わし、腹部の拡散メガ粒子砲を、ジム改に浴びせた。
基地守備隊である61式戦車を踏み潰しながらも、カリートはアッガイ隊の事が気に掛かっていた。
そろそろ桟橋から三機のアッガイ隊が上陸して、食料庫のコンテナをユーコンに積み込む時間だ。
可能なら弾薬庫からも物資を奪うつもりだったが、こうなってしまっては物資も残っていないだろう。
そうなると、カリートのやるべき仕事は、基地の司令部を潰して、増援が来るのを遅らせる事だった。
サウサンプトン基地司令部では、怒声が飛び交っていた。
「なぜ奴らの動きが分からなかった、機雷はどうした!」
「知りませんよ! それにミノフスキー粒子が濃ゆ過ぎて、まともに戦えやしません!」
「くっ、守備隊はなにをやっている!」
「さっきの誘爆を見なかったんですか!」
司令官は苦虫を噛み潰すかのように、モニターに映る、基地の地図を睨みつける。
このままでは、基地に集められた物資が、残党共の手に渡ってしまう。
ティターンズに頼るのは癪であったが、それ以外の方法をとる選択肢はないように思えた。
「ロンドンに応援要請を――っ!」
瞬間、基地司令部は、黄色の閃光に包まれて消し飛んだ。
カリートの乗る、ジュリックが放ったメガ粒子砲だ。
守備隊を処理し終えると、ゴッグがジュリックに触れて、ノイズ混じりの通信を入れる。
《中尉どの、基地施設の制圧は殆ど完了しました。ですが、応援部隊が来るのは時間の問題でしょうな》
「信号弾が上がるまでは待機だ。この霧だ、見落とすなよ」
回線を切り、コクピットに備え付けられた水筒に入った水を飲んでぼやく。
「全く、拍子抜けだな。こうもあっさり制圧できてしまうとは」
たった二機のモビルスーツで制圧された基地施設を眺めながら、カリートは虚しさを感じていた。
物資を集積している基地であるのにも関わらず、守備隊も大したことのない連中ばかりだった。
どうやら、連邦軍は本当に戦争が終わった物だと思っているようだ。
「我々の独立戦争はまだ終わっていないと言うのに」
ミノフスキー粒子と霧で覆われたこの基地の上空に、三機の黒い影が迫っていることをカリートはまだ、知る由もなかった。
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交戦
グレートブリテン島の上空でモビルスーツを乗せたベースジャバーが三機、デルタ隊形を取りながらサウサンプトン基地へと飛んでいた。
「基地には高濃度のミノフスキー粒子が撒かれているようだ。無線は使い物にならんぞ」
「サウサンプトンには自分の友人が配属されている空母が寄港しています。ティターンズには入隊できませんでしたが、かなり優秀なパイロットです」
レイエスの声には緊張と焦りが混ざっていた。「彼なら大丈夫だ」と自分に言い聞かせているように聞こえる。
「スロットルを10パーセント上げる、遅れるな」
ラダー隊長の声は、はっきりとした聞き取りやすい声だ。
淡々としゃべる声は機械のようだが、機械にない優しさを感じる一言だった。
置いていかれないようにと、スロットルを上げるようにベースジャバーに指示を出す。
基地に近づくにつれて、音声にノイズが混ざり始めた。遠目に見えるサウサンプトン基地からは、いくつもの煙と炎が上がっている。
爆発が目視では確認できない。戦闘が終わった後のように見えた。
「基地が見えてきた、二人は互いのカバーを優先しろ」
「了解です」
「了解」
隊長であるラダーの合図で二番機のレイエス機が、そして三番機のクラノ機がベースジャバーから飛び降りる。降下中の隙をカバーする為に、ベースジャバーが前に出て、メガ粒子砲を発射した。
ユーコンに物資を積み込んでいたアッガイは作業を中断して、頭部バルカンをベースジャバーに撃つ。しかし、射角の限られた頭部バルカンでは、ベースジャバーに命中させることはできなかった。
仕方があるまいと、アッガイが腕部メガ粒子砲をベースジャバーに向けた時、三つの影が太陽を背にしながら降り立った。
ジム・クゥエルがシールドを構えながらトリガーを引き、放たれた弾丸がアッガイのモノアイレールを砕き、メインカメラが機能しなくなったことに動揺したアッガイのコクピットをビームサーベルで貫く。
コクピットだけを潰せば、機体の核融合炉が爆発することはない。場所を問わず、ジオン残党を鎮圧する目的で設立されたティターンズには必須とも言える技だった。
レイエスとクラノの乗る、陸戦型ジム改が教本通りにスラスターの噴射を利用して、ゆっくりと着地した。
「紺色の機体、噂のティターンズ様かよ」
憎らしい紺色の機体に向けて、腕部ロケットランチャーを放つ。
放たれたロケット弾は白い煙を吹きながらレイエスのジムへと向かう。
レイエスはシールドを使ってロケットから機体を守るが、爆発で機体のバランスを崩してしまった。
ロケットランチャーの命中を確認して、追撃を加えようとしたアッガイに、クラノの放ったジム・ライフルの弾丸が吸い込まれるように直撃して、左腕を吹き飛ばす。
周りに被害をだすことなく、敵を鎮圧する。
特殊部隊でありながら、ミリタリーポリスのような役割を持つティターンズならではの戦い方をなんとか身につけることができていたようだ。
「大丈夫か、レイエス少尉」
声をかけて、相手に声が届かないことを思い出す。
クラノにとって初めての実戦だが、多少の緊張はあれど、想像以上ではない。
焦って取り乱すとは真逆で、妙に頭が冴えていることに気づいた。
「こっちに動くなら、この辺りか」
アッガイの動きに合わせてトリガーを引く。
3発の弾丸が銃声を鳴らしながらアッガイへ飛んでいくと、左脚部に命中して、アッガイがバランスを崩して、転がり込むようにコンテナの影に身を潜めた。
「ティターンズ、エリートを名乗るだけのことはあるか」
左腕を吹き飛ばされたアッガイのパイロットがコクピット内で誰に宛てるでもなく呟き、歯を食いしばる。
アッガイ四機……いや、三機でティターンズ三機を抑える程度ならまだしも、コンテナを搭載したユーコンを守るのは難しいだろう。
戦闘が長引けばティターンズの増援がくることは容易に想像できる。
速やかに撤退する為にも、陽動をしかけた中尉を呼ぶべきだとジオン兵は考えた。
コンテナの陰に隠れたまま、霧掛かった空に信号弾を放つ。
「頼むぜ、ニュータイプの坊ちゃんっ……!」
信号弾の赤い光が、霧がかった空で輝いた。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
お詫びに二話の投稿をと考えていたのですが、難しいので代わりにフルアーマーガンダムに関する報告書を13日夕方頃に別のシリーズとして掲載予定です。よければそちらもご覧ください。
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交戦2
「信号弾……!?」
アッガイの腕を吹き飛ばしたクラノは、レイエスと共に、コンテナの陰に隠れたアッガイの様子をうかがっていた。
上空で言われていた通り、ミノフスキー粒子の影響を受けたレーダーはノイズだらけで、まともに機能していない。メインモニターに映る外の様子は、濃霧のせいで制限されている。
気がつけば隊長機とはぐれてしまったようで、姿を確認できないが、交戦音が聞こえていることから、他の敵と戦っているのだろうことは分かるが、打ち上げられた信号弾に呼び出されて、敵の別働隊が現れる可能性があった。
なんとか隊長機と合流したいが、目の前のアッガイを放置しておくわけにはいかないし、かと言って、レイエス機と離れるわけにはいかなかった。どうにかして、レイエスと共にアッガイを、なるべく早く撃破する必要があった。
レイエスもそのことが分かっているのかクラノ機の背中を守るようにして、警戒をしていた。ミサイルランチャーの直撃を受けたシールドは半壊しているが、まだ使い物になりそうだ。
クラノはレイエスに左右から挟み込む、お前は左から回り込めと、モビルスーツでハンドサインを送る。
「了解しました、クラノ少尉……!」
軽微とは言え損傷したレイエス機を、敵の左側へと回り込ませるのと同時に、クラノも敵の右側へと機体を進める。
シールドを構えながら、ゆっくりとコンテナの裏へ回り込んだ時、スラスターを全開にしたアッガイがクラノ機に向かって、勢いよく突っ込んだ。
「ぐぅっ、こいつ!」
ぶつかった衝撃で機体が大きく揺らされて、同時にコクピットの中でクラノの頭がシートに押しつけられる。下半身に血が集まり、頭から血が抜けてしまう。パイロットスーツが下半身を空気で圧迫して、意識が飛んでしまうのを防いでいた。
「坊ちゃんがくるまで、持たせなくちゃな!」
スラスターの勢いが強まり、アッガイは更に加速をかけて、ジム改をコンテナの壁に叩きつけようようとする。
「クラノ少尉!」
叫ぶのと同時にライフルのトリガーを引いた。
巨体であるアッガイが直線移動をしていれば、当てる事は容易だ。
いくつかの弾丸がアッガイに命中して、その内の一発がアッガイのバックパックに直撃した。
「スラスターに当てるパイロットが!」
「ひっつくなっ!」
頭部バルカンをアッガイに撃ち込みながら、正面のコンソールでビームサーベルのコマンドを切り替えて、右中指のボタンを叩き、ジムの左腕でビームサーベルを引き抜く。手首を回転させて、発振機の口をアッガイの頭部に押しつけると、ピンク色のビームの刃を伸ばして突き刺した。
「カメラが、なっ!?」
突き刺さったビームサーベルの先端がコクピットに到達して、パイロットごとを焼いた。
「機体が爆発する!?」
ビームサーベルをオフにしながら、ペダルを踏み込む。スラスターのスロットルを限界まで上げて、一気に飛び上がり、アッガイから離れる。暫くすると、後方でアッガイが大きな音と共に爆発した。
「ビームサーベルは、空いている手で使えると便利なんだな」
刀身の伸びていないサーベルを左肩のラッチに戻しながら、初めて撃破した敵の残骸を見つめる。火を帯びたアッガイの欠片から、魂が天へ還るかのように、黒い煙が立ち上っていた。
「やばっ!」
突然、レイエスの機体がいた場所に黄色のビームが飛ぶ。回避が一瞬でも遅れていたら彼は死んでいた。戦闘が終わったわけではないことを失念していたクラノは、ビームが飛んできた方向にシールドを構える。
濃い霧を裂くようにして、ゴリラのような紫の巨体が姿を現した。
「ロックオンしていないビームを避けるパイロットが、まだ連邦にいたとはなぁ?」
「なんだ、あの機体は」
薄紫色のずんぐりとした機体を見るなり、クラノは驚愕した。モビルスーツに搭載されたオペレーションシステムは、敵機を自動で識別して、緑色のターゲットマーカーをメインモニターへと映し出した。ターゲットマーカーの横には敵機体の型番と、ジュリックという機体名が表示されていた。
「ジュリック……? ゴッグとは似ているが、違うか」
ジュリックのすぐ隣に居た茶色の機体、ゴッグとは似ても似つかないその姿に、少しの動揺を覚えた。が、それは同時に、クラノの希望にもなった。
「知らないモビルスーツが存在する。なら、ティターンズが勝つ可能性だって!」
敵をロックオンすると、ターゲットマーカーが赤色に変わる。
操縦桿につけられたトリガーを親指で力強く押し込む。ライフルから90ミリの弾丸が発射されてジュリックへと飛んでいくが、分厚い曲面の装甲で弾かれた。
連射は止まらない。二発目三発目と、連続で装甲に弾丸が突き立てられては弾かれた。
「ライフルが弾かれた!?」
重モビルスーツであるドムの装甲さえも貫通する弾が、敵の装甲で弾かれてしまっては、ダメージを与える手段が限られてしまう。残っている手と言えば、至近距離で撃ち込むか、あるいはビームサーベルで切るか。どちらにしても、敵に近づく必要がある。
「きさまが、アンドレイをやったのか!」
ジュリックを操縦しているカリートは、散らばるアッガイの残骸に涙した。
あまり見かけない形のジムではあったが、ティターンズカラーである以上、敵であることは間違いなかった。
敵からのロックオンと攻撃のアラートが鳴り響くコクピットの中で、装甲が弾を弾く音を聞きながらトリガーを引く。
腹部に搭載されたメガ粒子砲に黄色い光が集束し始める。
「撃たせはしない!」
スラスターを噴かせて、ジュリックの懐へと飛び込む。右腕で持ったビームサーベルで斬りかかろうとした瞬間、ゴッグのアイアンネイルがビームサーベルとつばぜり合った。
「中尉どのに怪我をさせるわけにはいかんのでな」
「超硬質合金製だからって、切れないと思うなよ!」
硬い爪を切り裂こうと、レイエスはトリガーに力を込める。アイアンネイルが中々切れないと判断すると、同時に頭部のバルカンを至近距離で撃ち込んだ。普段なら弾かれるであろう弾も接近した状態では、ゴッグの装甲といえども防ぎきることはできない。弾丸が次々に装甲を貫いていく。
「ケードル、そいつは任せた。私はアンドレイをやった奴を叩く」
斬りかかってきたレイエス機を無視して、クラノのジム改を中心に、回るようにしながら距離を詰める。
「シミュレーションは十分に積んであるのに、追いつけないのか!」
巨体に似つかわしくない高い機動力を見せるジュリックに、クラノは翻弄されていた。
なんとか必死に食らいついて、ライフルを連射し続けるが、有効弾は与えられていない。
「内蔵兵器が連邦だけの物だと思うな!」
頭部バルカンを撃ち込むレイエスの機体に、ゴッグの腹部メガ粒子砲が光りだす。
「くっそっ!」
慌てて避けようとスラスターを噴かせて飛び上がるが、放たれたメガ粒子にジムの下半身が撃ち抜かれた。
「レイエス!」
「よそ見をしている場合かねぇ!」
ジュリックの丸く太い腕がクラノ機のシールドを突き破って、左肩に刺さる。反撃をしようと、損傷した左腕で再びビームサーベルを引き抜こうとするが、サーベルを上手く握ることができずに落としてしまう。
「早い!?」
「死ねよ、ティターンズ!」
ジュリックが再びアイアンネイルでジムを貫こうとした時、ピンク色のビームがジュリックの足下に着弾した。
「俺の部下を可愛がってくれたみだいだな」
ベースジャバーに乗り、二機の無人操縦されたベースジャバーを従えたラダーのクゥエルがジュリックとゴッグに向かってライフルと、ベースジャバー達が追従するようにメガ粒子砲を撃っていた。
「ちっ、目的は達成した筈だ。撤退するぞ、ケードル!」
下半身を損傷したレイエスのジムが、空になった頭部バルカンをゴッグに撃ち続ける。
哀れな姿を見下すようなゴッグは踵を返すと、ジュリックと共に霧の中へと消えて行った。
「遅くなってしまって悪かったな」
通信の制限を解除すると、ラダー隊長のコクピット内の様子がメインモニター右上のサブモニターに表示された。一人でアッガイ二機を相手にしていたようだが、クゥエルに損傷らしい損傷を見受けられない
「いえ。隊長こそ、よくご無事で」
「申し訳ありません隊長。足をやられてしまいました」
左上のサブモニターに、機体が大きく損傷しているせいか、レイエスの苦い顔がノイズ混じりに映る。初出撃で足を切られたことに対する悔しさもあるが、この基地で友軍機に遭遇していないことを気にしているように思えた。
「俺に謝るぐらいなら、整備班にワインの一本でも持って行くことだ」
「隊長、生存者の捜索をしてもいいでしょうか」
今すぐにでも友人を探しに行きたいであろうレイエスの代わりに言うと、隊長の表情が険しい物になった。
「許可する。が、レイエスは機体から降りろ」
「了解、しました……」
レイエスの声が震えているのがモニターを通しても分かる。モビルスーツのコクピットハッチが開き、レイエスは機体から降りた。
「先ほど見つけた車両まで運んでやる。車両に乗ったらお前達は司令部を捜索しろ」
レイエスがクゥエルの手に乗り、コンテナ近くにあった車両まで運ばれる。
「なんですか、これ。車両……?」
運ばれた先にあったのは、前半分がバイクで、後ろ半分に履帯のついた荷台が繋がったような、奇妙な形の車両だった。
「使えそうか?」
「鍵はついています」
地球儀のストラップがついた鍵を回すと、一発でエンジンが掛かった。見た目も比較的新しい物に見える。レイエスが乗り込むと、奇妙な形の車両は動き出した。
ラダーの指示通り、レイエスとクラノは崩れた基地司令部へと向かう。
左の操縦桿のボタンを叩いて、ジムのレーダーを対人レーダーに切り替えて、捜索を開始するが、レーダーではレイエス以外の生体反応を捉えることはできなかった。
「誰か、生き残っている人はいないんですか!」
大声でレイエスが叫んだが、帰ってきたのは瓦礫となった司令部が崩れる音だけだった。
「誰かがいます!」
崩れた瓦礫の陰に、人の腕をジムのカメラでも捉えた。しかし、それはすでに死んだ人の腕だった。
「よせ、レイエス。もう亡くなっている」
外部スピーカーで語りかけながら、右腕で制止すると、二人は死体から目を背けるようにして俯いた。
「戦争はもう終わったのに、なんで人が死ななくちゃならないんですか」
呟いた彼の声をヘルメットのマイクが拾い、クラノの耳に届けた。
それから暫く捜索を続けたが、誰一人として生存者を見つけることはできなかった。司令部を捜索している間に、隊長は港や格納庫を捜索したようだが、前者は海中に、後者は誘爆を起こしたようで、死体一つさえ見つけることができなかったと言う。
大破したレイエスのジム改の回収班が到着した所で捜索班に後の捜索が引き継がれることになった。
「クラノ、レイエスをベースジャバーに乗せてやれ」
「了解しました」
右の操縦桿についてあるトリガーカバーを閉じて、非戦闘モードに切り替える。正面のコンソールを弄って挙動をセッティングすると、ジムの右手が車両を適切な強さで摘まんで、ベースジャバーの上に載せた。
車両を降りたレイエスはベースジャバーのコクピットへと乗り込んで、ラダー小隊はベースジャバーでロンドン基地へと飛び立った。
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@Akiduki_47
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休息
ロンドン基地に戻ると、窮屈なパイロットスーツからティターンズのジャケットに着替える。
スーツのサイズは事前に申告していた筈だったが、小さいサイズの物が送られていたようだったので、与えられた自室へと向かう。
急ぎだったこともあって、部屋はキャリーバッグと、事前に送っていた段ボールが積み上げられているだけの寂しい状態だ。
部屋に備え付けられたコンピュータを起動して、キーボードを叩き、ちょうど良いサイズのパイロットスーツを注文する。
右下を見ると、メールボックスに新着メールがあることを知らせる赤い数字が1と表示されていた。数字をクリックしてメールを開くと、前の所属であったハミルトン基地の司令官から、ティターンズ配属を改めて祝う内容のメールが送られてきていた。
「ティターンズが相手だから媚びを売りたいのか」
呆れたが、メールの内容を読み進むにつれて、違うことが分かった。どうやら新天地での仕事に心配してくれているようだ。思い返せば、ティターンズ配属が決まった時も自分のことのように喜んでいた。優しい人のなのかもしれない。
「生前もこんな上司がいたら、違っていたのかもな」
問題がないことと、何かあった際には連絡する旨を伝えるメールを作成して、送信のボタンをクリックする。
一息吐いて備え付けのベッドに腰をおろすと、戦闘が終了してからずっと高鳴っていた心臓の音が、クラノには不快に思えたので、部屋を出て自動販売機で缶コーヒーを注文してから、気を晴らそうと格納庫のモビルスーツを見に向かう。
ロンドン基地の広い格納庫では、ちょうど損傷したジム改を、パーツ単位に分解しているところだったようで、工具の音に混ざって整備長の怒鳴り声が聞こえてくる。
損傷させてしまったことを少し申し訳なく思いながらも、良い休憩場所が無いかと辺りを見渡すと、レイエスが鉄柵にもたれかかっているのが見えた。
「レイエス少尉、整備班に絞られたか?」
「クラノ少尉。いえ、むしろ逆です。よく帰ってきたって」
初出撃で命を落とすパイロットが殆どだと、教本に書いてあったことを思い出す。
いくらエリートであるティターンズとは言え、初めての実戦で共同撃墜のスコアを抱えて、無事でなくとも生還したのだから、賞賛されてもおかしくはない。
レイエスが生還できたのも、ジム改が素直に反応してくれたおかげで、ゴッグの攻撃をすんでのところで避けることができたからであった。整備班の腕は信じられる。
「〝モビルスーツの足はたとえ切られても治せるが、人間の足はそうじゃない〟って」
その通りだと思い、首を縦に振って同意をしながら、缶コーヒーのタブを開けてレイエスと同じように鉄柵にもたれかかりながら、飲みはじめる。
「確かにそうかもしれませんが、自分は、モビルスーツを壊すためにティターンズに入ったわけじゃないんです。だから、もっと強くならないと」
視線の先には、ラダーが乗っていたジム・クゥエルが、無傷の状態でモビルスーツハンガーで寝かされていた。使える機体が最優先と言うことなのか、解体されているジム改よりも、多くの整備員が機体のあちこちに取り付いて、各々の作業を進めている。
サウサンプトン基地にいたと言うレイエスの友人。彼が乗っていたと思われるアクア・ジムが、母艦であったヒマラヤ級空母と共に海底で鎮座しているのを、捜索班のフィッシュアイによって発見されたと、帰還の途中で隊長から聞かされていた。
あと数分早ければ。なんてことは戦場ではよくある話だと言うが、そう簡単に割り切れる物でもない。思い詰める気持ちは、胸が痛くなる程に理解できた。
「持ってきた車両があっただろう」
だからこそ、気晴らしになりそうなことを提案してみる。思い詰める気持ちも分かるが、思い詰めすぎるのもよくないだろう。
「ケッテンクラートって言うそうです。かなり珍しい車両のようで」
「そいつでロンドンの街に行ってみないか」
クラノが他人と積極的に関わりを持つような人間でないと考えていたレイエスは、驚いたように目をぱちくりとさせた。そして、改めて自分の頭の中を整理すると、自分が如何に思い詰めすぎていたかが見えてきた。急な初出撃だったこともあって、今日は一日休んで良いと言われている。気分転換に努めて、次の作戦に備えるのも悪くないと思えた。
「いいかもしれませんね」
断られることも考えていたが、杞憂だったことに安堵して、ほっと一息ついて、手に持った缶コーヒーを、一気に飲み干してしまう。
「街に行くなら、俺も混ぜて貰っていいか」
声を聞いて振り返ると、いつの間にか二人の後ろには隊長が居た。突然のことに驚いてしまうが、特に断る理由もなかったので「もちろんです」と言葉を返した。
霧が晴れた昼下がりのロンドンは、活気に溢れていて、様々な人や車がそれぞれの目的地に向かっているようだった。レイエスが運転するケッテンクラートの荷台に、クラノとラダーが乗っている。
僅かに空を見上げてみれば、有名な時計塔が時を刻み続けていた。
「隊長はこの辺り長いんですか?」
大人二人が乗るには少し狭い荷台の上で揺られながら、夏の日差しに照らされる。暑さに耐えきれず、ジャケットを開けて風を取り込むと、僅かではあるが涼しさを感じた。
「着任して三年になる。そこを右に曲がってくれ」
隊長の指示通りにハンドルを切って、路地へと入る。暫く進むと、白い文字でトラファルガーと書かれた黒い看板が見えた。
「駐めておくといい」
レイエスがケッテンクラートを路肩に駐めて、鍵をかける。
ラダーについて路地を歩く。ビルとビルの間にある階段を上がって、準備中の札が下げられた扉をラダーが三度ノックをしてから押し開くと、店内はやはり開店前なのか薄暗くて、ある日の夕暮れのような電球色をした光がカウンター席を照らしている。
まるで「こちらへどうぞ」と言っているかのようだ。
カウンターの内側ではバーのマスターがグラスを磨いている。
「ラダーか」
「部下を連れてきた。うまい酒を飲ませたくてな」
二人は「どうも」と挨拶をしながら小さく頭を下げる。マスターがテーブル裏のスイッチを押すと、足元のネオンライト淡い光を放って、まるで深い海にダイブしたかのような雰囲気に店内ががらりと変わり、ラダーに促されて、カウンター前の席へと腰をかける。
マスターの後ろにある大きな水槽の中では、緑の中に赤みがかった水草が揺れて、赤と青色の小さな魚が群れて泳いでいた。
「相変わらず、お前は準備中の札が読めないな」
「基地を出る前に連絡はしただろう」と話すラダーの表情は、基地で見せる表情よりも和らいで見える。
「どういった関係なんです?」
隣に座ったレイエスがカウンターに身を乗り出しながら尋ねる。
「元パイロットでな、俺と同期だ」
「それじゃあ、一年戦争に?」
ラダーの過去を詮索したいわけではなかったが、一年戦争の話には興味がある。前に居た世界では二度に渡って世界大戦があったが、一年戦争ではたった一年の間に二度の世界大戦よりも多くの人が亡くなっている。そんな戦争に身を投じて、生き残ったラダーがティターンズで隊長を務めて、クゥエルを無傷で帰還させたのは経験を経て、実力をつけたからだろう。
実力のある人の話を聞くことは、クラノ自身にとってとても有益なことだと考えた。
「星一号作戦の時、足の無い化け物に出会ったのさ」
コップを磨く手を止めずに、マスターは一年戦争の最終局面を思い出す――。
多分今年はこれが最後の更新になります。皆様良いお年を。
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激戦と正義
[0079年12月31日 ア・バオア・クー]
地球と太陽を背にするSフィールドに集結した、連邦軍第一大隊が、ア・バオア・クーに攻撃をしかけてから何時間が経過しただろう。メインコンソールに表示される残りの燃料は、少ししか減っていない。
所属しているモビルスーツ大隊のジムと隊列を組んで、ア・バオア・クーへと進行する。
ジオンのモビルスーツが散発的に攻撃を仕掛けてきたが、ビームスプレーガンを撃っている内に、誰が放ったかも分からない銃弾が敵にあたって、光の弾が空に散った。
「早すぎる、なんだ!」
味方の叫ぶような声を耳にしながら、モニターに映る光を見る。
高速で移動する足の無い機体は、機体のあちこちから黄色いビームを撃ちだしていた。
「大物だ、シャアか!?」
「足が無い奴は、指からビームを撃っているのか!?」
「味方の方向からビームが飛んできたぞ、俺たちごと撃つのか!?」
「違う、あれは敵の……うわっ!」
混乱した仲間達の声が、ノイズ混じりに鳴り響く。
必死に敵を目で追いかける。ペダルを小刻みに踏んで、味方と離れないように距離を保ちながら、足のない化け物の周りにいる、動きの鈍いゲルググをロックオンして、スプレーガンで撃ち抜く。
違うと指摘した隊長のジムが、目の前で撃ち抜かれたので、巻き込まれないように両側のレバーを思いっきり引き、スラスターを噴かして距離を取る。
「隊長! ラダー、まだ生きてるか!」
爆発して、散った隊長の乗るジムの残骸が機体にぶつかり、軽い音がスピーカーから再生される。背後にいたラダーの機体と背中を合わせて、接触回線を繋いで、互いの生存を確認する。
「なんとかな。でもあいつを抜けないとア・バオア・クーに取り付けないぞ」
レーダー上で機影がひとつ、足なしの化け物に急接近していくのが見えた。どこの馬鹿がやっているのだと目視で確認すると、接近して行ったのは白い機体だった。
「無茶をするパイロット、あれがガンダムなのか!?」
ジムが護衛するランチを狙ったドム二機を、ガンダムがほぼ同時に撃破して、足なしの化け物と交戦を始めた。黄色とピンクのビームが飛び交うその姿は美しささえも感じさせた。
途端に、足のない化け物の目がこちらに光った。ガンダムに撃ったはずのビームが飛んできたのだ。
「コニス!」
ラダーに名前を呼ばれた時には時間の流れが遅くなるように感じた。戦闘の光が全て見え、目の前のビームを躱すことさえできそうだった。
頭で処理できていても、身体への伝達が追いつかず、レバーを引いて機体を動かそうとしたが、ビームはジムの左脇腹を貫いていた。
コクピットが歪み、押し潰れて、右足が挟まっている感じがしたが、左足の感覚が無かったことに違和感を覚えた。現実から目を背けたくなるが、気になってしまっては当然目を向けないはずもなく、目を向けるとそこにあるはずの左足が無くなっていた。
「あぁ、あぁぁっ!」
声にならない悲鳴を上げる。左足から目を逸らそうと必死に頭を振るが、釘付けにされたかのように目を離すことができない。
どこから漏れてきたのかも分からない血の滴が宙に浮いている。死が近づいていることを確信して、胸の鼓動が激しくなる。苦しみから逃れようと身体を捩るが、コクピットのシートベルトが邪魔をする。ベルトを外そうとしていると、ラダーのジムがコクピットをこじ開けた。
「飛べ!」
壊れかけのスピーカーから鮮明に聞こえた声を頼りに、じわじわと感じはじめた左足の痛みを堪えて、ジムのコクピットへと飛び移った。
「コニス、死ぬじゃない。こんなことで死ぬな!」
薄れ行く意識の中、親友や家族以上の存在とも言えるラダーの声に、いつしか身体の痛みは薄れて、和らいだ気分になっていた。
******
「ラダーが俺たちの母艦だったトラファルガーに運んでくれて、緊急で病院船に移されて、目が覚めた時には戦争も終結。引退して、今じゃこうしてバーのマスターさ」
自分を笑うようなバーのマスター、コニスは拭き終えたタンブラーグラスを机に並べて、ミキシンググラスに赤ワインとコーラを注いで、バー・スプーンでかき混ぜる。
「前々からお前はこういう雰囲気の店がが似合う男だと思っていた。お前の戦場はここなんだろう」
ラダーの言葉を聞いたコニスは嬉しそうに笑みを浮かべながら、タンブラーグラスに氷を入れて、ミキシンググラスから赤いカクテルを注いだ。
「なら、かわいい後輩達にサービスしてやらないとな」
出されたのは深い紅色のワインに見えた。よく見ると小さな泡が立っている、炭酸なのだろうか。
「ディアブロ・ブラッド。本来なら店で出すようなカクテルじゃないんだが、これぐらい飲みやすいものが良いだろう」
「悪魔の血、か……」
飲むのを少し躊躇ったが、好意で出されたものを飲まないのも失礼だ。グラスを手に取り、カクテルを飲む。
舌の上を通って喉へと流れるカクテルは、ブドウ味のコーラのように、ソフトドリンクのような軽い味わいで、厳つい名前の割りには随分と飲みやすい。
「美味しいですね、これ」
「ワインとコーラを一対一で割っただけの簡単なカクテルだ。一年戦争の頃は隠していたワインでよく作って、ラダーと飲んでいた」
「隊長達も基地で飲んでたんですか?」
「たまにな」
カクテルを飲み終えると、コップに水が注がれて、二人の前に差し出された。差し出されたコップを手に取って、今度は水を飲む。
「今日はありがとうございました」
「また来るといい」
コニスのバーを出ると、外は薄暗く。西の空が夕焼け色に染まっていた。
駐車した空き地に戻ると、レイエスのケッテンクラートを、物珍しそうに見ていた子供達が、三人に気づいた。
「わっ、ティターンズの軍人さんだ!」「兄ちゃん達、モビルスーツ乗ってんの?」「あの変なバイク兄ちゃん達のだよね!」
子供達は、あっと言う間に三人を取り囲んで、いくつもの質問を投げかける。
「お、おい」
珍しく困惑したラダーが「なんとかしろ」とでも言いたそうに見てくるが、クラノ自身も子供の対応に慣れているわけではなかった。
「ラダー隊長、クラノ少尉。ここは自分が……!」
そんな中、レイエスが一歩前に出て、その場に座り込んで子供達と目線を合わせる。
「君たちは家に帰る途中かい?」
「うん!」
「そっかそっか、お兄さんたちは見ての通り、ティターンズだよ。このおじさんが隊長で、僕と、このお兄さんが部下だよ」
「おじさんが隊長なのー?」「パパと同い年ぐらいかなー?」「おじさんすげー!」
ラダーの表情が、みるみる内に陰っていく。
「あのバイクは僕のなんだ。仲間でドライブしてたんだよ」
「へー」
子供達が同時に声を漏らした。
何人かが「乗ってみたい」と言いたげな視線をケッテンクラートに向けている。それを見たレイエスが「荷台に乗せてあげようか」と声をかける。
「ほんと!?」「やったー!」「俺が一番な! 一番がいい!」「えっ、ずるーい」
がやがやと騒ぎはじめた子供達の前で、立ち上がったレイエスが一度だけ手を叩いた。
「乗せて欲しい子は静かに整列!」
言った途端、子供達が静かになり、レイエスの元へ我先にと並ぶ。
「よし、それじゃあ順番に乗せてあげるから。隊長、クラノ少尉、手伝っていただけますか?」
レイエスの意外な特技に二人で関心して、首を小さく縦に振った。
それからは三人で子供達を順番に荷台へと乗せては下ろしてを繰り返して、全員を荷台に乗せた。荷台に乗った子供達は「すっげー!」や「本物だー!」と目を輝かせながら喜んでいた。
再びレイエスがしゃがみ込み、子供達と視線を合わせながら楽しかったかを聞く。
すると子供達は口を揃えて「楽しかった」と喜んで答えた。お開きにして基地へと戻ろうとしたとき、一人の少年がケッテンクラートに乗る三人を引き留めた。
「お兄さん達、ティターンズは、宇宙の悪い奴らから地球を守ってくれるんだよね?」
それが切っ掛けとなったのか、他の子供達も各々の思いを口にしはじめる。
「もう、コロニーは落ちてこないんだよね?」
「地球に隠れてるジオン星人も、ティターンズが倒してくれるんだよね?」
「ティターンズは、正義の味方なんだよね?」
投げかけられた質問に、クラノは思わず目を背けたくなってしまう。
しかし、隊長とレイエスが顔を見合わせていることに気づくと、クラノも顔を見合わせて、三人で頷くと、子供達に向かって「もちろんだ」と答えた。
これからティターンズが歩む道をクラノは知っていたが、少なくとも今は、瞳を輝かせる子供達の未来を守る為に戦う。それこそが正しいことなのだと、確信することができた。
子供達は基地へ戻るケッテンクラートに、敬礼をしながら「頑張って!」や「応援してる!」といった言葉をかけた。
ティターンズの一員であれば当然のことを言ったのだが、当然だとしていても目頭が熱くなるのを感じていた。
レイエスに至っては運転しながら涙を流している始末だったが、ラダーもクラノもレイエスの気持ちは十二分に理解できたので、レイエスに声をかけることはしなかった。
「自分、次の作戦は必ず成功させます」
呟くように漏らしたレイエスの言葉に二人は小さく頷いた。
沈む夕日を眺めながら、今ある正義を信念として貫き通すことが正解なのだろうと、クラノは信じることにした。
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第二章.北の楽園
温かな家庭
グレートブリテン島の北西にあるフェロー諸島。そのひとつであるノルソイ島の、今は使われなくなった港にU-231は寄港していた。
第一次降下作戦時にジオン軍が築き上げた天然の要塞基地。オデッサ作戦で敗走したジオン兵と、その関係者が住み着いて、いつしか
奪取したコンテナを、さざ波に揺られるU-231から地上へと移すクレーンの上で、晴れた空の下、海鳥達が自由気ままに飛んでいる。
整備の為に愛機であるジュリックを基地の格納庫まで移動させると、機付長に機体を任せて、海に近い住宅地にあるケードルの家へと向かい、扉を叩いた。
「少尉どの、きましたか」
「邪魔させていただくよ」
家に入ると、入ってきたカリートに気づいたのか、モビルスーツに似たロボットのおもちゃで遊んでいた幼子がどたばたと歩いてきた。
「しょうい!」
「ルークスも大きくなったな。今年で三歳だったか?」
第一次降下作戦の時にケードルが出会った女性と結婚して生まれた子、ルークスの頭をカリートが撫でてやると、嬉しそうな笑みを浮かべながら「はい!」と元気に返事をした。
「あら、カリートさん。いらっしゃい」
「リラさん、お邪魔させていただきます」
ケードルの妻であるリラに挨拶をしていると、奥からよい香りが漂ってきた。
「ちょうどシチューができた所だから、座っていてくださいね」
リラに言われた通り椅子に腰掛けると、隣にケードルがルークスを座らせて、ケードル自身はカリートの正面にある椅子に座った。
隣に座ったルークスがカリートをキラキラとした瞳で見つめている。
「こいつ、少尉どののことが大好きみたいで。父親である私よりも少尉と会うのを楽しみにしていたみたいなんですよ」
カリートはルークスが生まれたばかりの頃から知っていた。赤子の頃にも遊んでやっていた覚えがあったが、そこまで懐かれていたとは思っていなかった。
「本当なのか?」
「これ、しょういにプレゼントです!」
ルークスはポケットから、はがき程度の大きさの紙を取り出すと、カリートに手渡した。
受け取って裏返すと、紫色で描かれたモビルスーツと金色の髪をした青年が描かれていた。
「これは、私とジュリックか? よく描けているじゃないか」
頭を撫でて褒めてやると、彼は嬉しそうに笑った。
「お待たせしましたね」
リラがテーブルにホワイトシチューが入った皿を並べる。シチューには一口大に切られたにんじんやじゃがいも、ブロッコリーと鶏肉が入っていた。
「さぁ、召し上がれ」
スプーンを手に取り、更に沈めるとシチューと具材がスプーンの中へと転がり込む。すくい上げ、口元に運びほおばると、シチューの温かさと野菜の食感に鶏肉の味が口に広がる。
リラの作るシチューが美味しいことは知っていたが、以前食べたよりも更に美味しくなっていた。
「これだけ美味い料理を作れるのなら、奥さんは店が開けるかもしれんな」
「もう、おだててもなにも出ませんよ」
「店を開くなら、看板はルークスが描くのが良いだろう」
野菜を除けることもなくスープを食べるルークスの絵の腕を褒めてやりながらも食事を進める。
「まかせて、ママ!」
口に入れていたパンを飲み込んだルークスが自信満々に言う。
「そうなると私と少尉どので料理を食べることになりますな?」
食卓に笑みが巻き起こる。カリートは温かな家庭の中にいることを感じる一方で、家族として充実しているケードルと、その子であるルークスに羨ましさを感じていた。
自分を軍に売った親父の顔が脳裏を横切る。振り払うようにシチューをもう一口、口へと放ろうと皿にスプーンを沈めると、スプーンは皿の底を突いた。いつのまにか、食べきってしまっていたようだった。
「カリートさん、おかわりしますか?」
空になった皿に気づいたリラが尋ねてきた。親父のせいでリラの作るスープを十分に味わうことができなかったのが不満だったので、おかわりを頼むことにした。
「多めに作ってあるから、ルークスもあなたも、おかわりするのなら言うのよ」
カリートの空になった皿を持って、キッチンへとリラが向かった。
******
食事を終えたカリートは食事と絵の礼をリラとルークスに言ってからケードルと共にモビルスーツの整備を手伝うべく、格納庫へと向かうことにした。
到着すると、ちょうど機付長がジュリックから昇降機を使って降りてきている所だった。
「ジュリックの調子はどうか」
「マグネットコーティングは問題ありません。ですが、消耗したパーツの替えが効かなかったので鹵獲したパーツを使用しました。こちらも問題はないかと思いますが、一度起動のテストをされたほうがよろしいかと」
機付長と入れ替わる形で昇降機を使い、ジュリックのコクピットへと上がる。
「ありがとう、今すぐ動かすとしよう」
コクピットへと乗り込むとルークスが描いた絵をコクピットに貼り付けて、メインとなる電源のスイッチを入れて、機体の立ち上げを開始する。メインコンソールが点いて、続いてジェネレーターを立ち上げる。
機体の立ち上げを手順通りに行っていると、何度かの爆音が鳴り響いた。
「なんだ!」
コクピットハッチを閉じながら通信系のスイッチをオンにするが、ノイズが酷い。このノイズの掛かり方は明らかにおかしいものであったが、ひとつだけ納得する理由をカリートは知っていた。
「ミノフスキー粒子か!」
レーダーや通信機器に障害を発生させるミノフスキー粒子が突如として発生することは無い。それはつまり、ミノフスキー粒子を散布した何者かが居るということであって、何者かとは、連邦軍以外にあり得なかった。
手順を飛ばしてジュリックを急いで立ち上げて、格納庫から出ると、三機の紺色をしたモビルスーツが住宅地に上陸していた。
その内の三機に、カリートは見覚えがあった。二機はかつてジオン公国軍で運用されていた水中戦仕様のザクだ。
鹵獲したザクを連邦が運用しているのは知っていたから、大した問題ではない。
だが、残りの一機と共に運用されていることが、1人のジオン軍人にとって、堪らなく不快であった。
V字型のアンテナと赤いゴーグルに隠れてはいるものの、はっきりと分かるツインアイ。ジオン軍人の皆が憎むと言っても過言ではないであろう悪魔。
「ガンダム、だと……?」
第二章に突入です。
お気に入りに入れてくださっている方、しおりを付けていてくれる方、感想を書いてくださる方、評価を付けてくださる方、エタらないか心配してくださる方。本当にありがとうございます。
私が書けるのは読んでくださる方がいるからです。
これからもどうか応援お願いします。
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前日
[0084年 6月17日 ロンドン基地]
サウサンプトン基地をジオン軍残党が襲撃して、初めての実戦を経験して以来、基地の中で身体を鍛えるか、シミュレーターで訓練をするか。あるいは今そうしているように、モーションパターンの作成に勤しむぐらいしか、やることがなかった。
暇を持て余していたクラノの元をレイエスが訪れたのは、彼を昼食に誘うためだった。時計を見て、昼を過ぎていたことに若干の驚きを覚えながらも、誘いに応えて士官食堂へと二人で向かう。
「モーションパターンですか?」
「それぐらいしか、やることが無いからな」
機械工学に関する知識は皆無に近いはずのクラノだったが、自分でも驚くほどに教本に書かれている内容を飲み込むことができたので、モーションパターンの作成に力を入れていた。
アッガイとの戦闘で咄嗟にモーションを作成して、サーベルを頭部に突き刺したが、グリップから手を離すのは非常に危険な行為だ。
あらかじめモーションパターンを作成しておけば、作成した分だけ緊急時の状況に対応しやすくなる。これから起きる戦争で生き残るためには、身体や技術を鍛えるだけでは足りていないのだ。
「今度、僕の作ったモーションも見てくれませんか?」
「俺の方からお願いしたいぐらいさ、是非頼むよ」
他の人が作ったモーションパターンを交換しあう交換会が開かれるぐらいに、パイロットからは重要視されていた。
伝説のニュータイプであるアムロ・レイも部屋に籠もって大量のモーションパターンを作成していたのだと言う。
士官食堂の列に並んで食事を受け取り、席を探しているとラダーが食事をしているのが見えた。隣には基地司令官の姿も見える。
「隊長、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
声をかけると快諾されて、ラダーの隣にクラノとレイエスが座ると、入れ替わるかのように基地司令官が席を外した。
ハンバーグと蒸したにんじん、ポテトサラダにフランスパンとブルーベリージャム、それとジャブロー産のコーヒー。ほとんど毎日食べるロンドン基地のランチセットはティターンズに用意された特別なものだ。ひとつ上の待遇を与えることで、ティターンズに入隊するために一般兵が奮起することを狙っていると言うが、実際は僻まれることが大半だった。
周囲の視線を気にもとめず、フォークでにんじんを刺して口へと放り込むと、ほくほくとほぐれるにんじんはほんのりと甘い味がした。
「二人とも、かなり成長しているじゃないか」
食事の最中にラダーが話を切り出す。
確かにシミュレーターの成績は上がっている。着任当初は最高で十三機撃破だったのが、二十四機まで撃破できるようになっていた。
実戦と訓練は違うと言うが、訓練を実戦のように行うことで、技量が上がっていることを実感できた。自信は実戦における最強の武器と言ってもいいだろう。もちろん、過信も禁物ではあるが。
「レイエス少尉はオーガスタ上がりだったな?」
食事の手を止めたレイエスが「えぇ、そうですが?」と言葉を返す。
「オーガスタがニュータイプの研究をしていると言う話を耳にしたんだが、どうなんだ?」
「自分もその噂話を聞いたことはありますが、しょせんは噂話ですよ。訓練は他の所より厳しいらしいですけど、慣れてしまえば苦ではありません」
クラノは横目で見るレイエスの瞳が一瞬陰ったようにみえた。
「クラノ少尉の所属していたハミルトン基地にも似たような噂が立っていたな」
話を振られて少し驚く。そんな噂話は全く聞いた事が無かった。
「ふむ、どこにでも立つ噂話だったか」
「突然どうしたんですか?」
不思議に思っていたけれど、口には出さなかったことをレイエスが平然と尋ねる。
「お前達がニュータイプだったら、俺が楽できるだろう?」
「だったら、良かったんですけどね」
全くだ。しかし、生まれ変わったらニュータイプ! なんて夢物語はない。レイエスも、時々凄まじい反応を見せることがあるが、ニュータイプと呼ぶにはほど遠い。
実際にニュータイプを見てみたい気もするが、そうそうお目にかかれるものでもないだろう。自分がニュータイプだったら、なんてことは考えるだけ無駄だろう。
「食事を終えたら第三ブリーフィングルームに来い」
一足先に食事を終えたラダーが、食器を返しに向かう前に言った。予定では訓練をする筈で、作戦があるわけでは無かった筈だ。疑問に思いながらも食事を終えて、レイエスと共に第三ブリーフィングルームへと向かう。
ブリーフィングルームには、ラダー隊長の他に連邦軍の標準的なフライトジャケットを着た男が二人いた。
「ミデアパイロットのケースとジュリアスだ。次の作戦から俺たちを運ぶ〝足〟となってくれる」
二人のミデアパイロットと挨拶を交わしながら席に着くと、ラダーがブリーフィングモニターをつけた。
「サウサンプトン基地襲撃の際に、強奪された物資の中に仕込んだ発信器から、ジオン軍残党の拠点である、フェロー諸島基地の詳細が明らかとなった」
フェロー諸島に属する島のひとつであるノルソイ島がモニターに拡大表示されて、島の端に赤いバツ印がつけられる。
「俺たちは基地の戦力を確認する為に、水陸両用モビルスーツで威力偵察を行う。先ほども説明したとおり、敵基地まではミデアで輸送して貰うこととなる。予定降下ポイントに到着次第ミデアから降下、基地に攻撃を仕掛けてしばらくの間交戦し、敵の戦力を確認したのちに撤退する。ここまででなにか質問はあるか?」
レイエスが右手を挙げた。
「威力偵察とは言いますが、壊滅させるのが我々ティターンズの役割ではないですか」
「そう言うな。もやしのような残党共の隠れ家とは言え、基地は基地だ。叩くのならより大きな戦力で確実に叩かねばな」
納得した様子のレイエスが手を下げる。
他に質問がないかをラダーが確認したあと、出撃は明日の昼十一時であることと、今日の訓練は中止して、各自、搭乗機体のチェックと慣らしをしておくようにと伝えた。
解散して、格納庫へと向かうと紺色に塗装されたモビルスーツが三機。右端と左端には水中仕様のザクが、中央には水中仕様のガンダムが並べられていた。
「ガンダムじゃないですか!」
レイエスが歓喜の声を漏らす。シミュレーターがバグを起こしていると言わせるほどの実力を持つガンダムは、連邦兵なら誰もが憧れる。水中型とはいえ、ガンダムはガンダムだ。
そんなガンダムの両隣にザクが並んでいる光景は、異様だった。
「隊長が乗るんだろう。俺たちはザクだな」
「ティターンズの隊長にもなればガンダムにも乗せて貰えるってことですかね」
昇降機を使い、ザクのコクピットに座る。ジオンのコクピットを連邦軍の共通規格に改修した物だからか、コクピットは少しだけ狭く感じた。
規定の手順に従い、機体を立ち上げる。機体各部の動作チェックも行ったが、問題はないように思えた。ジム改に比べてやはり反応が鈍く感じてしまうが、水中の機動力では水中型ザクの方が勝るのだろう。
一通り動かして、問題がないことをチェックすると、コクピットから降りる。水中戦シミュレーション訓練も十分に受けている。明日の実戦でも問題なく戦える筈だ。
作戦まで十分に身体を休めるため、部屋に戻って布団の中に入り、部屋の電気を消してからクラノは眠りについた。
一週間空きました、申し訳ありません。
今月17日にROZが日間ランキングの2位にランクインしていました。
ここまで書けていて、かつランキングにまで掲載されたのは他の誰でも無く、ROZを読んでくださるあなたのおかげです。
本当にありがとうございます。
これからもどうか、応援をよろしくお願いします。
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降伏勧告
ロンドン基地を発ち、北西へと進路を向ける二機のミデア。その格納デッキに搭載された水中型ザクの薄暗いコクピットの中で光る赤い非常灯を眺めながら、クラノは無線機から聞こえてくる予定の指示を、今か今かと待っていた。
ボッというノイズのような起動音が入り、ミデアパイロットであるケースの声が聞こえてきた。
「ラダー隊、予定降下ポイントまで六分だ。機体の立ち上げを開始しろ」
「ラダー、了解」
「レイエス、了解」
「クラノ、了解」
返事をしてから機体の電源を入れて、各種モニターのスイッチをオンにすると、モニター越しに周囲の状況が確認できるようになる。右隣にあるレイエスの水中型ザクもモニターを起動したのか、ピンク色のモノアイが光って左右に動いた。
ジェネレーターを起動させる。重水素とヘリウム3をIフィールドの中で核融合させることで抽出された電力が、パルスコンバーターで流体パルスに変換されて、機体の各部にあるアクチュエーターを作動させることで、防水用シーリングが施された機体の各関節が動くようになる。
連邦軍が採用しているフィールドモーターシステムに比べて、機体が重くなる代わりにメンテナンス整が高いのが、ジオン軍で採用されていた流体パルスシステムの特徴だ。
確かに、乗ってみれば分かるが機体を動かす感覚がまるで違う。普段から訓練で使用している連邦軍機の方が、自分にはあっていそうだと感じた。
事前に作成していたモーションパターンが記録されたカセットを、右側にあるカセットボードに挿入して、モーションパターンをロードする。
戦術データ表示モニターで、武装の装備状況、燃料量と機体整備状態を。メインパネルで弾薬数をチェックする。サブロックガンと胸部ロケットポッドに頭部機関砲。全てが確かに装備されて、弾薬もマックスの状態だ。整備状態も良好で、燃料も満タンになっている。
主警報装置のどれもが作動していないことを確認して、座席の裏の酸素ボンベと左下にあるサバイバルコンテナを開き、機体内装備品をチェックする。どれも問題はない。
最後にもう一度、ヘルメットとノーマルスーツの点検をして、出撃準備を整えた。
「クラノ、レイエス。予定降下ポイントまで九十秒だ、準備はいいな?」
ちょうど準備を終えたところでラダーの声が聞こえる。
「格納デッキ、ハッチオープン。クラノ機、カタパルトスタンバイ」
格納庫後部のハッチが開かれる。サブモニターで背後を確認すると、青い空と海がまるで境目の無いかのように繋がって、広がっていた。
機体がカタパルトに固定されて、重い金属音が鳴る。
「グッドラック! 続いてレイエス機、カタパルトスタンバイ」
金属が擦れる激しい音を立てながらカタパルトが作動して、機体が空中に放り出される。ペダルを細かく踏んで、スラスターを噴かして機体を安定させながら、落下速度を調節する。ラダーの乗る水中型ガンダムに続くようにして、エメラルドグリーンの海面へと大きな水しぶきを上げながら機体はダイブした。
適切な水深を保つために、バラストに海水を注水させながら、視界を遮る白い泡が落ち着くのを待っていると、レイエスの水中型ザクがダイブしてきた。
泡が晴れて視界がクリアになると、水中型ガンダムが左手で「行くぞ」のハンドサインをしてからフェロー諸島へと向かって進み始める。ラダー機に続いてレイエスとクラノの水中型ザクが推進を開始した。
しばらく進むと目標であるノルソイ島が見えた。港にはいくつかの漁船が停泊していて、一見すると普通の漁村のようにも見える。
しかし、水中には潜水艦用の隠しデッキの入り口と思われる鉄の扉が存在していた。ここに住む連中が黒であることは間違いないようだ。
予定されていた通り、
陸地付近に脅威となる敵兵力がいないことを確認すると、レイエスの機体と共に浮上する。陸地に立ち、改めて周囲の状況を確認する。民家のような建物が六つ、エレカが四台、武装車両が二台、煙を上げている。どうやら居住区だったのか、破壊した建物と似たような建物が点在している。ジオン残党兵の寝床なのだろう。
「テロリストに容赦する必要は無いか」
レイエス機にモノアイを使った光信号で攻撃開始を指示する。60 mm頭部機関砲で建物と武装車両を中心に、次々と破壊していく。
施設を破壊する後ろで、ラダーの水中型ガンダムが浮上してきた。少し距離のあった格納庫にも三発の胸部ロケット砲を放つ。
燃えさかり、煙を上げる基地施設を見て、サウサンプトン基地の惨状を思い出す。あの基地程ではないが、心が多少なり痛む。しかし、生かしておけばより多くの人を殺すかもしれないジオン残党に手加減をする理由はない。残りのロケットを隠しドックのある岩場へと放つが、大したダメージを与えられていないようだった。
水中型ガンダムから攻撃中止のサインが送られる。外部スピーカーがオンになると、ラダーが降伏勧告を始めた。
「我々は地球連邦軍ティターンズである。この基地は我々ティターンズが制圧した、降伏するのならこれ以上の攻撃は行わない。速やかに降伏せよ」
しばらく待つが、誰も応じない。それどころか、水中にある隠しドックの扉が開き始めた。
「愚かだな」
音を聞いたラダー隊の三機は再び水中へと飛び込み、開きかけの扉の隙間に向かってビームライフルとサブロックガンで斉射を仕掛ける。いくつかの弾が扉に当たり、水中で白い爆発を起こす。
煙のような泡を引き裂くかのようにして、水色のモビルスーツ、ズゴックが姿を現した。
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海中の戦い
「これだけ攻撃しておいて降伏勧告か、ティターンズのやり方だな」
ジュリックが出たのとほぼ同時にロケットが飛来し、破壊された格納庫に身を隠しながら、ティターンズの降伏勧告をカリートは聞いていた。
破壊されたとはいえ、格納庫内の機体はそう簡単には破壊されていない。ゴッグのパワーなら、自力で瓦礫を押しのけてくるだろう。
様子を窺っていると、覚えのある振動がした。隠しドックの扉が開くときのものだ。
「誰がドッグの扉を開けと言った!」
カリートはコクピットの中で怒声を飛ばす。気づいたティターンズのモビルスーツは、海中へと飛び込んでいった。
「ケードル、私は奴らを押さえる。部下を退避させたらすぐに来いよ」
応答はないが、格納庫の残骸から逃げ出す整備兵たちが見えた。おおかた、ゴッグが瓦礫を押さえて、兵達の逃げ道を作っているのだろう。
下手に手助けをすれば、かえって瓦礫を崩落させてしまう危険がある。手助けはせず、敵を追うようにして海中へと飛び込んだ。
******
現れたズゴックに対して、水中型ガンダムを中心に、レイエスとクラノの水中型ザクが左右に展開すると、ズゴックは水中型ガンダムへと向かって突進してきた。
ラダーはズゴックの突進を、受け流すようにして躱す。
突進したズゴックにサブロックガンの照準を合わせようとしていると、後方からのロックオンアラートが鳴る。
開いた扉から現れた二機のアッガイが放つメガ粒子砲を、レイエスとクラノはぎりぎりのところで回避し、ズゴックをラダーに任せて、レイエスとクラノはアッガイと正対する。
すると、見慣れない機体が現れた。アッガイと似たような胴体をしているが、異形とも言える頭部を持つ機体。
アッグガイは、両腕に装備する鞭のようなヒートロッドを海中でなびかせている。
アッグガイの更に奥、扉の向こうには二隻の潜水艦の姿が見える。
片方はサウサンプトン基地を襲撃したものだろう。
だとすると、レイエスの陸戦型ジム改の足を撃ったゴッグとジュリックがいるはずだ。
現れたアッガイも僅か二機。ズゴックやアッグガイと合わせても基地守備隊と言うには少ない。
ユーコン級潜水艦二隻に満載できるだけのモビルスーツがいると見るのが、妥当なところだろう。
こちらの戦力があまりにも足りていない。ガンダムがいるとはいえ、水中型ザクは、アッガイ二機どころかズゴック一機にすら勝る性能の機体ではないのだ。
二機のアッガイが、レイエスとクラノの水中型ザクに迫る。距離を詰めて放たれたロケットランチャーを、水中バレルロールで回避して、サブロックガンを撃つが、中々当たらない。
「連邦風情が我らジオンに水中戦を挑むとはなぁ!」
至近距離まで接近してきたアッガイが右腕を伸ばし、アイアンネイルで斬りかかる。咄嗟にアッガイの腕を左手で押さえ、爆発ボルトを作動させて、胸部ロケットランチャーを切り離して、頭部機関砲を向ける。
「自爆するつもりか!?」
左腕を振りほどき、逃げようとするアッガイの前で、頭部機関砲を胸部ロケットランチャーに撃ち込む。全力で距離を離すアッガイに、クラノは思わず笑みを浮かべる。
機関砲の弾がロケットランチャーに当たるが、既に打ち切ったロケットランチャーは爆発するはずがない。
距離を取りながらサブロックガンをアッガイへと撃つが、やはり当たらない。シミュレーターのアッガイよりも機動力が良いように見える。
「この俺をこけにしやがって!」
再び突進してくるアッガイに、頭部機関砲を放つクラノ機の横で、ラダーの水中型ガンダムはズゴックにビームライフルを撃っていた。
******
「ズゴックのパイロットもさすがに手練れか」
メガ粒子砲とビームライフルを撃ち合う二機の距離は自然と縮まり、格闘戦へともつれ込む。ビームピックを突き出し、ズゴックのコクピットを狙うが、ぎりぎりの所で避けられて、脇腹を掠める。
カウンターと言わんばかりに突き出されたズゴックのアイアンネイルを避けながら、左腕に装備されたハープーンガンを撃ち込むが、重モビルスーツであるズゴックの装甲を貫くことができず、指向性の爆薬が小規模な爆発を起こした。
******
アッガイとアッグガイと対峙しながら、レイエスは妙な不快感とも戦っていた。
頭が重くなったような感覚を振り払うように頭を振り、気を晴らすべくアッガイに頭部機関砲とサブロックガンを撃つ。
「やけくそで撃った弾など、当たるものか!」
あざ笑うジオン兵の乗るアッガイが弾を避けるが、三発目の弾が吸い込まれるようにして、アッガイの左足に当たった。
「なんだと!」
「てぇぇいっ!」
左足を破損したアッガイに、肩のスパイクを突き出しながら突進を仕掛ける。
ぶつかった瞬間に強い衝撃で機体が揺れて、動きが止まってしまう。
すかさずアッグガイがヒートロッドを絡ませようと腕を伸ばす。避けようとレイエスは機体を動かすが、サブロックガンにヒートロッドが触れてしまった。
「しまっ――」
声を漏らそうとした瞬間、ヒートロッドの高熱がサブロックガンの弾薬を爆発させる。
サブロックガンから手を離すが、爆発に巻きこまれた右腕が損傷してしまった。
近接用の武器もなく、頭部機関砲以外にまともな武装はない。なんとかアッガイとアッグガイから距離を取れたが、このまま交戦を続けても勝てる見込みはゼロだろう。
この後の自分がどうなるか、考える必要もない。だが、ここで自分が死ねばより多くの人が、ジオン残党の手で苦しめられることになる。そんなことは死んでもごめんだ。
撤退用の閃光弾をセットして、頭部機関砲から放つ。放たれた閃光弾が強烈な光を水中型ザクと、ジオンのモビルスーツとの間に発生させた。
反転し、撤退しようとしたその瞬間。紫色の鉄の塊が海中へとダイブしてきた。
******
「ジュリックか!?」
突進ばかりのアッガイをいなしたクラノは、ジュリックに向かってサブロックガンを撃つ。
現れたジュリックは異常とも言える速度でクラノの撃った弾をかわし、まともな武装を持たないレイエス機を無視して、クラノの水中型ザクに迫る。
何発撃っても、まるで撃たれる場所が分かっているかのようにかわすジュリックに、恐怖を覚える。
「まさか、ニュータイプなのか」
胸の鼓動が早くなり、自分に死が近づいていることを知らせる。コクピット内のアラームが、耳を貫くほどにけたたましく警報を鳴らしている。
死ぬ。
一度は死んだことのあるクラノではあったからこそ、死への恐怖は人一倍強いものだった。もう二度と、全てが遠ざかっていくような、あの感覚を味わいたくはない。
ピンク色に光るジュリックのモノアイから、背けるようにして強く目を閉じる。
機体に強い衝撃が――――こない。
恐る恐る目を開くと、水中型ガンダムのビームピックと、ジュリックのアイアンネイルがつばぜり合っていた。
「ガンダムか、一度落としてみたかったんだよなぁ!」
******
「部下をやらせるわけにはいかん」
互いの格闘武器が弾き合うと、ジュリックの胸部メガ粒子砲が、水中型ガンダムに放たれる。
黄色の閃光をロールすることで回避した水中型ガンダムは、左手に持ったビームピックのリミッターをマニュアル操作で解除し、出力を限界まで上げて、ジュリックに向かって投げつける。
水中を高速で回転するビームピックのビーム部分に向かって、水中型ガンダムはビームライフルを撃ち込み、ビームを拡散させた。
拡散したビームが極小規模な水蒸気爆発を起こし、白い煙のような泡を大量に発生させる。
「目眩ましごときで」
大量に発生した泡を掻き破るように直進してきたジュリックに、水中型ガンダムは右手のハンドアンカーを射出する。
易々とかわされてしまうが、かわした先にいたズゴックの右足を、ハンドアンカーが掴んだ。二本目のビームピックを左手に持ちながらズゴックを中心に周回するようにしてハンドアンカーを絡ませる。
一気に巻き取り、動けなくなったズゴックに近づくと、ビームピックの出力を下げて、ズゴックの核反応炉(ジェネレーター)の位置を確認する。
「あいつ、なにをするつもりだ」
「十分に研究された機体を使うから、こういうことをされるんだ」
ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の、コアとも言えるIフィールドジェネレーターを、ビームピックで焼き切る。
「レイエス、クラノ対ショック姿勢!」
******
ズゴックを蹴飛ばしたラダーの通信に驚くも、言われた通りに対ショック姿勢を取る。
次の瞬間、Iフィールドで守られていない状態で融合した重水素とヘリウム3が再び分離することで生み出されたエネルギーが核爆発として現れて、ティターンズもジオンも関係なく周囲にあるもの全てを強い衝撃と共に吹き飛ばした。
衝撃はやがて巨大な津波となり、放射線で汚染された波が
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再出撃
後続の部隊がラダー隊を発見したのは、ズゴックが爆発してから七時間が経った頃だった。
「こりゃ酷い」
そう話したのはジム・スループのパイロットだ。
クラノの水中型ザクはコクピットを守ろうとした両腕がひしゃげていて、こじ開けてクラノを救出するのにも時間が掛かった。
レイエスの機体も似たような状況であったが、爆発の中心近くにいたラダーの水中型ガンダムは回収不可能と判断されて、水面近くまで浮上させてから水中でコクピットをこじ開けた後に投棄されたそうだ。
爆発の際、コクピット内に走った衝撃は強いものだったが、パイロットスーツを着ていたおかげでクラノはまる一日の気絶で済んだ。軍医からは養生のため一日医務室のベッドで休むように言われていたが、ブリーフィングルームに呼び出された。
嫌な考えを振り払うように頭を振りながらクラノが廊下を歩いていると、レイエスと合流した。
「クラノさん、お疲れ様です」
「レイエス、身体は大丈夫なのか?」
「なんとか。でも、ブリーフィングルームに呼び出しって……まさか、今から作戦じゃないですよね?」
そんなわけないだろうと思ったが、同時にフラグが立ってしまったとも思ってしまった。
「それにしても、クラノさん。隊長のこと、どう思います?」
何と答えるべきか逡巡したが、ただ一言「ヤバい」とだけ答えた。
エリートであるティターズのパイロットなら、コクピットだけを潰すぐらい出来てもおかしくない。しかし、核反応炉のジェネレーターだけを破壊するなんて、もはや神業の域だ。
それに、今回はジオン残党の基地でやったから致命的な被害を与えることができたが、起きる被害の規模を考えれば普通はやらない。
「隊長、仮にもガンダムを壊してしまいましたから、始末書に追われていると思ったんですけどね……」
ブリーフィングルームに着くと、先に来ていたラダーが二人を見て、席に座るよう促した。
「レイエス、クラノ。全快前で悪いが、前回の後始末をしに行く」
ブリーフィングモニターに表示されたのは、ユーコン級潜水艦と北大西洋の地図だ。
「フェロー諸島に潜伏していたジオン残党の潜水艦だが、どうやらあの爆発から逃れたらしい。奴らが逃げるとしたら、大西洋を渡った先にあるアメリカ大陸だ。が、奴らの物資を考えると大西洋を横断するのは不可能だ」
モニターに表示されていた地図が、グリーンランドとラブラドル海周辺を拡大して映す。
「奴らはグリーンランドを経由して、ラブラドル海を渡るつもりだろう。我々はそこを叩く」
「叩くって言ったって、この具合ですよ。それに、機体もありません」
「機体なら新型のガルバルが用意されている。具合だって、心配性な医者が言っているに過ぎん」
そうまで言われれば、二人は言い返すことができなかった。
何よりも、自分たちが取り逃した敵であることは間違いない。放っておけば、ジオン兵が多くの人を殺す可能性だってあるのだ。
「テロが起きる前に鎮圧できるなら、それに超したことはないだろう。作戦開始は十二時間後だ。ガルバルに慣れてみせろ」
無茶としか言えない要望に応えるべく、クラノはレイエスとともに格納庫へと向かった。
ガルバルディβの姿を見たレイエスが「またジオンのモビルスーツ」と嘆いたので、クラノは「仕方ないだろ」と慰めにもならない声をかけた。
「なんだこの機体、癖が強すぎる! これが新型機なのか!?」
今まで乗ったスタンダードな量産機に比べて、妙に癖のあるガルバルをねじ伏せるように操縦しようとするが、どうしても振り回されてしまう。
それはレイエスの方も同じのようで、普段よりもスコアが低い。
「これだからジオンの機体は嫌なんだ!」
シミュレーションを終えたレイエスが吐き捨てるように呟く。
「ジオンの機体だって、乗りこなしてみせないとな」
自販機で購入した缶コーヒーをレイエスへ投げ渡す。
「……ありがとうございます。クラノさんって、絶対モテますよね」
レイエスからの言葉でコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「いきなり何を言っているんだ!?」
口元を袖で拭いながら目を見開く。
「顔は地味ですけど日系人でティターンズに入るぐらい優秀ですし、何より気遣いができる。今まで何人と付き合ったんです?」
「恋人なんて考えたこともなかった。そういうレイエスの方こそ、お前は顔が良いんだからモテるんじゃないのか?」
レイエスの顔立ちは整っており、時代が時代ならモデルや俳優をしていてもおかしくない顔だ。恋人の一人や二人、居てもおかしくない。
「俺の親父、FF-6のパイロットだったんです。それで、子供の頃からパイロットに憧れてたんですよ。そしたら、突然モビルスーツなんて物が出てきて。戦闘機の時代が突然終わってしまって。仕方なくモビルスーツに乗っていたら、今やエリートですよ」
笑いながら話すレイエスの表情は、どこか寂しそうなものであった。
掛けるべき言葉が思い浮かばず、青白い山が描かれた缶コーヒーを飲みながら、話を聞き続ける。
「でも、連邦のモビルスーツは好きなんです。格好いいですから。だけど、コロニー落としをするような連中の機体になんか!」
「あまり大声で言うな。ガルバルだって、扱いは難しいが高いスペックを持つ機体だろ?」
「あんなのに乗るぐらいなら、旧式のジムに乗りたいですよ……」
文句を言いながらも仕方がないことを理解しているのか、レイエスはガルバルのコクピットに戻って再びシミュレーションを始めた。
「まぁ、気持ちは分かるけどな……」
これから先に開発されるティターンズのモビルスーツは、どれもこれも
「何にしても、慣れるしかないんだろう」
自分にそう言い聞かせると、クラノも再びシミュレーターを起動した。
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失った者
ロンドン・ヒースロー基地に配属されたクラノは、サウサンプトン基地を襲撃したジオン残党を追い、フェロー諸島にある隠し軍港を強襲する。
防衛に出てきた水陸両用モビルスーツ「ズゴック」の動力をティターンズの隊長であるラダーが破壊したことで、巨大な爆発が発生。
衝撃に巻き込まれたクラノ達ラダー小隊だったが、フェロー諸島から脱出したジオン残党に対して追撃を行うよう命令が下る……。
ノースエデン基地での戦闘から三日が経った、六月二十一日。
ジオン軍の潜水艦U-231は、かつてないほど重い空気に包まれている。
ズゴックの爆発は凄まじい物だったが、重モビルスーツであるジュリッグの装甲は衝撃に耐えて、パイロットであるカリートを守った。
しかし、ミノフスキー反応炉の核爆発で生じた放射線はモビルスーツの装甲に残り、まともな整備もできず、更に修理用パーツも底をついていた為、やむなくジュリッグは大西洋の海中に投棄されることになった。
これでユーコンが保有しているモビルスーツは、整備中だったケードルのゴッグだけになってしまった。
オデッサ戦からの付き合いである相棒を失ったことは大きな痛手だったが、ユーコンの乗組員たちは、それ以上に深い傷を負ってしまった。
「……ケードル曹長」
「カリート中尉。どうかなされましたか?」
彼が船内のベッドで目元を赤くしている姿を見て、何と声を掛けるべきなのか――ニュータイプであるはずのに――分からなかった。
親に捨てられ、フラナガン機関に引き取られたカリートにとって、ケードルの家族は本物の家族といっても過言では無い存在であった。
しかし、基地と同時に愛する人と血の繋がった息子を失う辛さは、誰かが「わかる」と言った所で受け入れられるものではない。
聞き慣れた筈の、籠もったエンジン音が今日は嫌に耳についた。
「先ほど、連邦の警戒網を抜けた。そろそろグリーンランドに着く、補給が終わるまではゆっくりしていろ」
彼は我が戦隊の副隊長であっても、一人の父であり男だ。
どんな言葉を掛けたとしても、心の傷は癒やせない。
せめて、今は一人にしてやるべきだろう。
「了解しました、中尉。……ありがとうございます」
呟くような声は、内にある感情を必死に押し殺しているようにも聞こえた。
グリーンランドの東側に位置するクルサック島に、カリートらを乗せたU-231は停泊した。
春を終え、夏に差し掛かり始めた六月末の天気は快晴だが、ほんの僅かに肌寒さを感じる。
ノースエデンでの戦闘がまるで嘘のように――憎らしいほどに晴れた昼下がり。
人々が宇宙へと上がる長い時の間で寂れてしまった空港の跡地に、カーキグリーンで塗装された、箱形の胴体を持つ航空輸送機ファットアンクル改が舞い降りる。
「オーライ、オーライ。よーし!」
ファットアンクル改の前部ハッチが観音扉式に大きく開くと、中では二機のモビルスーツが佇んでいた。
「北米からのプレンゼント、か……」
片方はフリッツヘルムにツノがついた、ザク改の指揮官型。
もう片方は人工雪の噴射機を背中に装備した、ドム寒冷地仕様だ。
どちらも寒冷地用に、白をベースとした迷彩塗装が施されている。
ファットアンクルは三機までモビルスーツを搭載できるが、今回は残りのスペースに燃料や弾薬、食料などの物資を搭載している。
フライトジャケットに身を包んだカリートが確認がてらに物色していると、降ろされた物資の片隅に、随分とくたびれた車両を見つけた。
「サウロペルタ……!」
ノースエデン基地では偽装も兼ねて現地で徴用した車やバイクを使っていたので、サウロペルタを見るのはいつぶりだろうか。
オデッサを脱出して以来、見ることの無かった無骨なフォルムに思わず表情が緩む。
笑っていられる状況でないのだが、馴染みの車を見かけて思わず笑みがこみ上げてきた。
カリートはモビルスーツの操縦よりも車の運転の方が好きだった。もしも戦争に勝利していたら、悪路をも踏破するサウロペルタで地球の各地を走り回っていただろう。その夢は、今も心の片隅で眠っている。
「中尉どの」
声を掛けられ振り返ると、ケードルがどこか穏やかな表情を浮かべながら立っていた。
「また懐かしい車ですなぁ……。ユーコンへの積み込みが終わるまで、コイツでドライブでもいかがですかな」
珍しい提案どころか、初めての提案に困惑してしまう。
思い返せばサウロペルタに乗るときはいつも決まって出撃の直前で、カリートは誰かとのんびりドライブをした経験がなかった。
「確かに、ドライブ日和ではあるが」
「そうと決まれば。ほら、乗ってください」
ケードルはサウロペルタの運転席ではなく助手席の方に座って、カリートが運転席に座るよう促してきた。
「私が運転をするのか?」
「ニュータイプが運転する車に同乗する機会は、少ないでしょうから」
彼の心情を考えれば、運転する気になれないのも無理はないか。
「……了解した。快適なドライブを堪能させてやろう」
部下達に物資の積み込みを任せて、サウロペルタに乗り込む。
キーを回すと、車体に古傷がいくつもあるにも関わらず、元気なエンジン音を鳴らした。
クルサック空港跡の周りには、ぽつぽつと小高い山が立っていたが、どれも標高は小高い丘程度で、見晴らしは中々悪くない。それでも山間を抜けてくる風は、ひんやりと頬を冷やしてくれた。
「覚えていますか中尉どの。オデッサから脱出する前は、基地の中をこうして走っていました」
「あぁ、あの頃はお前が運転していたが」
忘れもしない、宇宙世紀0079年、十一月初頭。連邦軍のヨーロッパ反抗作戦に合わせて、カリートはオデッサ基地に配属されていた。
「中尉どのは、まだ十四歳のお坊ちゃんでしたな」
「着任したばかりの頃は、お前達にナメられていた物だ」
今でこそケードルを代表とした部下達はカリートを慕うようになっているが、着任したての頃は真逆の態度だった。
三月に発動された第一次降下作戦でオデッサに降り、激戦をくぐり抜けた彼らは、接収したユーコン級潜水艦を乗り回して、まだ水陸両用MSが配備されていなかった時代から黒海と地中海で連邦軍と渡り歩いていた。
自他共に認める精鋭部隊であったU-231の隊長であったケードルは副隊長に格下げされて、新しく着任してきた隊長は、当時まだ十四才の――しかも、フラナガン機関などというオカルトマニア共から送り込まれてきた――少年だったのだから、反発するのは当然の話だった。
「そういう中尉どのも、かなりトゲトゲしてましたな」
「若さ故、という事にしておいて貰いたいな」
カリートはフラナガン機関に集められた孤児の一人だった。
不要と判断されれば今よりも更に過酷な人体実験の素材にされると知った彼は、フラナガン機関において、いずれの試験でも高い成績を出し続けた。
しかし、サイコ・ウェーブだけは他の高レベルなニュータイプに比べて微弱な物しか発せられなかったので、簡単なマインドコントロールを施されて、実践へと送り出される事になったのだ。
実戦で鍛え抜かれた精鋭と、地獄のような環境で生き残ったカリート。
互いの反発は、初の実戦となったオデッサ撤退戦で、意外にもあっさりと解消された。
カリートは初の地球で慣らし運転も無しに、たった一機のアッガイで、十二両の戦車と三機の連邦軍のモビルスーツを撃破して見せた。
それだけに止まらず、隊長という立場を利用して地球降下作戦後にジオンと親交を持った――例えば、ケードルの妻のような――者達を見捨てること無く、ユーコンへの搭乗を許可した。
孤児であったカリートは、家族に対して強い憧れを抱いている。その気持ちをフラナガン機関で強化された結果だったが、ニュータイプ研究所のマインドコントロールとしては非常に珍しく上手く成功した例であったと言えるだろう。
「私が隊長のままでしたら、妻をノースエデンまで連れて行かなかったでしょうな」
「……すまない」
緩やかに踏んだままのアクセルから足を離すことなく謝ると、ケードルは慌てて言葉を続けた。
「勘違いなさらないでください。感謝しているのです。あの時中尉どのに連れて行かれなければ、私は一生、息子の顔を見ることも、成長を見守ることも出来ませんでした」
「それでも、私が連れて行かなければ――」
言いかけたところで、自分が無駄な「もしも」の話をしていることに気づいて、口をつぐむ。
「悪いのは全て連邦とティターンズ。などと簡単な話ではありませぬが、それでも自分は中尉どのに付いてきて良かったと、今でも思っております」
そうまで言ってくれるケードルに、着任してから四年も経って二十三にもなったが、自分はまだまだ子供らしいと気づかされる。
「……世話をかける、曹長」
「お安いご用です」
ケードルの笑いにつられかけた時――飛行場の方向からけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
「敵か?」
「そのようですな」
サウロペルタのアクセルを全開にして、大急ぎで飛行場へと戻る。
物資は七割ほど積み込まれていたが、肝心のドム二機はまだユーコンに積み込まれていないどころか、ファットアンクルの中だった。
「何事か!」
「中尉さん! どうやらティターンズの連中が、嗅ぎつけてきたようです!」
積み込み作業を手伝っていた部下が慌てふためいているのを見て、カリートはやはり来たかと感心していた。
ノースエデンの惨事から命からがら逃げ出したU-231は、略奪してきた積み荷を降ろし終えた所で、ろくに物資を補充していなかった。物資がなければ、長い遠洋航海を行うのは不可能だ。
そうなると、必ずどこかで補給を行う必要がある。絶対に生まれる隙を的確に突いてきたのだから、感心する他にない。
「ユーコンには速やかに離岸するよう要請しろ」
「それじゃあ、せっかくのモビルスーツが!」
「積み込めていない物資は放棄する。私とケードルはMSに搭乗し、ファットアンクルでカナダを目指す。ユーコンとはカナダで合流だ」
「ですが、それでは……」
難色を示すのも無理はない。なにせ、ファットアンクルにはおよそ武装と呼べる物がなく、空戦になれば一方的に落とされるのがオチだ。
一応、護衛のドップが二機ついて来ているが、気休め程度にしかならない。
「お前達はシーランスで戻れ!」
「り、了解ですっ!」
背を向け海岸へ走る姿を見送ることもなく、カリートはサウロペルタでファットアンクルの格納庫に乗り込む。
足早に格納庫の通信機へ向かい連絡を取ると、既に離陸の準備を始めていたのか前部ハッチが速やかに閉じて、左右の大型ローターが回り始める。
やがて物資の固定作業が途中にも関わらず、ファットアンクルは空へと飛び立った。
お久しぶりです。投稿が一年も空いてしまいごめんなさい。
またつらつらと投稿して行きますので、よかったらお付き合いください。
感想、評価などお待ちしてます。
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第三章.白夜に奏でる追走曲
違和感
ロンドンにあるヒースロー基地の格納庫は、年中無休で稼働している。
イギリス最大の空港であり、ヨーロッパの中でも上位に入る飛行場は、その重要さに反して防空設備が薄い。理由は単純で、ロンドン上空で撃破してしまえば民間人に多大な被害が出るからだ。
そんなヒースロー空港を守護するべく、地球連邦空軍の防空隊はひっきりなしに出撃し、出撃していく機体を整備する為に、整備班は班長から檄を飛ばされている。
年中無休で整備を行う彼らは、地球連邦軍全体で見ても凄腕と呼ばれているが、そんな彼らも今日はざわついていた。
「聞いたか、エアーズ市の事件」
「あぁ、またジオン残党が暴れたんだろ」
ヒースロー基地の第三格納庫。ティターンズ用の格納庫として遣われている建物の片隅で、サムソン・トレーラーに乗せられたガルバルディβは出撃前の最終点検を受けていた。
ガルバルディは、今年に入って正式採用されたばかりの新型モビルスーツだ。どんなトラブルが起きてもおかしくはない。その上これから向かうが北極圏であることを考慮して、ガルバルディは耐寒仕様になっている。
大仕事をお願いしている上に、前回の出撃で水中型ガンダムと水中型ザクをダメにしてしまったので、クラノとレイエスは整備班に頭が上がらなくなっていた。
二人は第三格納庫の片隅で、コーヒーを飲みながら点検が終わるのを待っていた。
「こんな事件を起こせる余力が、まだジオンに残ってるなんて」
「シルバー・ランス事件か……」
事の発端は、中堅企業であるバンカー工業の労使交渉から発展した騒乱事件だ。
騒乱に乗じてジオン残党はザク三機を持ち出して人質を取り、立てこもり事件を起こしたが、近辺で戦闘演習を行っていたティターンズによって鎮圧された。
珍しくもないジオン残党の暴動だったが、事件はこれだけに止まらない。
アフリカの連邦軍基地から移送中だった気化弾頭をジオン残党軍が奪取し、宇宙へ打ち上げていた。
残党達の狙いはサイド3。
自らの故郷であるコロニーを破壊しようという暴挙は、ティターンズの活躍によって無事に阻止されたと大々的に報道されている。
シルバー・ランス事件以外でも、細かな事件が起きてはその殆どがティターンズの手で鎮圧されているらしい。デラーズ紛争以降、ジオン残党は勢いを落とすどころか、より活発になっていると感じられるほどだ。
「ジオンの隠し軍港を潰したとは言え、ユーコンには逃げられっぱなしですからね。今度こそ叩いてやりましょう」
「気合い入ってるな、レイエス」
「クラノ少尉も、しっかり気合い入れてくださいよ」
「結局ガルバルには慣れる時間もなかったけどな」
「うぐ……。あんなに癖の強いジオンのMSになんて、慣れる必要ないんですよ」
レイエスは恨めしそうな顔で点検中のガルバルディを睨みつける。
「そんなにジオンのモビルスーツが嫌いか?」
「えぇ、嫌いですね。ジオンのモビルスーツを作った連中は単眼フェチの変態に違いありませんよ」
子供のようにむくれた表情を見て、クラノは思わず吹き出してしまった。
「単眼フェチって……」
「知ってますか、少尉。ジオンの中にはザク・レディとか言って、美人なビキニ姿の女性がザクのコスプレをしたエンブレムを張ってたそうですよ」
「へ、へぇ……」
ザクのコスプレと言われて思い浮かんだのは、なんともシュールな光景だった。
「変態宇宙人の作ったモビルスーツに乗るために、僕はティターンズに入ったわけじゃないんですけど、仕事ですからね」
グチグチと文句を言う割りには何だかんだで割り切って、彼なりにガルバルディに慣れようと努力しているのだから、とやかく言う気は起きない。
「でも、どうせなら隊長の乗ってたクゥエルに乗りたいですよ」
「そういえばオーガスタ基地の士官学校から来たんだったか」
ひと言でジムと言えど、その仕様は生産された基地や時期で多少の差異が生まれている。
例えば広く一般的に知られているRGM-79ジムは、生産された時期によって前期生産型であるAタイプと後期生産型であるBタイプに分けられる。ここまでならまだ分かりやすいが、後期生産型とは別にRGM-79Cと呼ばれる後期型ジムが存在し、更には同じ型式番号を持つRGM-79Cジム改が存在している。
なので、下手にジムの後期型なんて言おう物なら後期生産型なのか、後期型なのか、はたまたジム改なのかと非常にややこしいことになるのだ。
同じ型式番号を持つ機体といえば、RGM-79Fも似たような物で、アフリカや中東方面に配備された装甲強化型ジムとヨーロッパ方面に配備された陸戦用ジムが同じ型式番号をもってしまっている。
この辺りが複雑化してしまった背景には、やはりミノフスキー粒子の影響が大きかったのだろう。
クラノは日課として毎晩寝る前に連邦軍のデータベースを閲覧していた。そのおかげで、モビルスーツに関する知識も自然と増えていた。
そんなバリエーションの多いジムの中でも、ティターンズに採用されたジム・クゥエルは所謂オーガスタ系の機体だ。
「オーガスタと言えばエリート量産施設らしいが、どうなんだ?」
「そうですねぇ。プライドの高い奴は多かったですけど、いい所でしたよ。保養施設に広い室内プールとかありましたし」
「軍隊の基地に訓練用じゃないプールか……」
クラノが今まで見てきた基地は、良くも悪くも軍隊の基地だった。
「俺がいたハミルトン基地は……」
自分が元々所属していた基地の話をしようとして、不気味な気持ち悪さが込み上げてきた。
「クラノ少尉?」
レイエスが不思議そうに首を傾げているが、それどころじゃない。
「……思い、だせない」
記憶を辿ろうとするが、ハミルトン基地の光景が思い出せない。
確か、ハミルトン基地でティターンズに転属するよう辞令を受けて、それからシミュレーターで必死にモビルスーツの基本操縦から戦闘まで一連の技術を身につけた。
だけど、何故そんなにも必死になってシミュレーターを利用していたのかが思い出せない。ハミルトン基地の光景も、辞令を渡してきた司令官の顔も名前も、ぽっかりと抜け落ちてしまったかのように思い出せない。
どれだけ記憶を遡っても、ロンドンに来るまでのミデアでガンダムを相手に戦った記憶までしか鮮明に思い出せなかった。
「どうしたんですか。顔、真っ青ですよ……?」
心配そうな顔でレイエスが覗き込んできた。
「あ、あぁ。大丈夫……。っと、何の話だったか」
「オーガスタの話ですよ」
「そうだった。それで――」
なんとか普段通りに振る舞って取り繕い、話を続けようとした所で格納庫内のスピーカーからラダー小隊のモビルスーツの整備が終わったことを、整備班の爺さんが伝えてきた。
「っと、終わったなら行くか」
「……クラノ少尉、本当に大丈夫なんですか?」
「もちろん。仕事なんだから、休んでもいられないしな」
クラノは残っていたコーヒーを一気に飲み干し、床に置いていたヘルメットを拾い上げる。
普段通りに振る舞って見せてはいるが、自分でも自分の顔色が分かる程度には気分が悪い。だけど、仕事を休むほどではない。大げさに見積もっても、目標地点に着くまでのコクピット内で休んでいれば、十分に治るはずだと判断した。
「無茶はしないでくださいよ」
「俺よりもレイエス少尉の方が無茶しそうだけどな」
軽口を叩きながら、二人はそれぞれのガルバルディへと歩いて向かった。
感想、評価など本当に励みになっています。
もしよろしければ感想、評価、お気に入りやしおりなど反応を頂けると幸いです。
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会敵
薄雲の掛かった広い空と、見下ろす限り広がる白い大地。
世界というカンバスに白の絵の具を塗りつけたような、ちらほらと影のある白い風景の中。ガルバルディを乗せた三機のベースジャバーは、グリーンランドの雪原地帯、上空千メートルを飛行していた。
《小隊各員へ、センサーで敵を補足した。方位2―1―0、高度百、距離千メートル》
《見えます。かなり低く飛んでますね》
指示された方向へカメラを向けると、白い大地にカモフラージュされた機影が三つ。コンピューターを通して解析された情報は、低空を飛行する機影が二機のドップと一機のファットアンクル改だと示した。
「護衛機か……」
サブ・フライト・システムであるベースジャバーと、純粋な戦闘機であるドップでは、重りであるモビルスーツを乗せているベースジャバーが空戦では圧倒的に不利だ。
不利を覆せるとするならば、やはり乗っているモビルスーツの働き次第ということになる。だが、モビルスーツであっても、チョロチョロとハエのように飛び回る戦闘機を落とすのは、それなりに困難なことだ。
《ミサイルを近接信管に切り替えろ》
コンソールを叩いて、シールド裏に装備されたミサイルを着発信管から近接信管に切り替える。対空火器である頭部バルカンが搭載されていないガルバルディだが、三機でかかれば二機のドップぐらい、どうということはないだろう。
敵もこちらに気づいたのか、ファットアンクルを挟むような形で飛行していたドップは、交差するような軌道で左右に分かれながら、こちらへとクロスターンしてきた。どうやらファットアンクルだけを逃がすつもりらしい。
「決死の覚悟って奴は、どうにも好きになれないな」
出撃前の気持ち悪さもすっかり消えたおかげか、必死になって味方機を逃がそうとするジオンの残党に、クラノは哀れみの気持ちさえ抱いていた。
《先にドップを片付ける。レイエスとクラノは二人で一機を落とせればいい》
空戦では主に速さと位置の二種類のエネルギーが勝敗を左右する。
速さは言わずもかな、敵の背後を取る為に必要なエネルギーで、位置エネルギーとは高度……つまり、高い位置にいることだ。
ただ高度が高いだけでは一見すると有利になる要素はないように思えるが、高い位置から下へと落ちるとき、高度は速度に変換される。
時速六百キロで飛行してきた戦闘機が、高度を千メートルも下げる頃には、速度は倍の時速千二百キロになっている。
結局のところ、ミノフスキー粒子が散布された状況の空戦では、相手より早い方が勝つと言っても過言ではない。
ガルバルディを乗せたベースジャバーが出せる速度は、出力任せに飛び回るドップに遠く及ばない。
高度の有利を捨てて攻撃を仕掛けると、もしも攻撃が失敗した場合、高度においても速度においても圧倒的に不利になってしまう。地上をゆっくりと歩むウミガメのように、高空から襲いかかるドップの攻撃を躱せず食い散らかされてしまうだろう。
だが、敵の目的はファットアンクルを逃がすことだ。のんきにドップと戦っていては、逃げられてしまう。
そして、クラノ達は曲がりなりにもティターンズだ。たかだか戦闘機程度に後れを取るようでは、エリート部隊の名が廃る。それらを踏まえた上で、ラダーは早期に決着をつけることを選んで指示をした。
《遅れるなよ》
目の前でラダーの機体が左にバンクを取り、高度を下げて加速していく。
「《了解》」
隊長の意図をくみ取ったレイエスとクラノは、返事とともに機を傾けラダーに続いた。
薄暗いコクピットの中で、ファットアンクル改の周りを飛んでいたドップを示す輝点が、敵を示す輝点へと向かっていくのを、カリートは見つめていた。
「……ニックとパーカーが戦闘に入ったか」
彼らは本来ノースエデンで受け取る予定だった物資護衛の為、ヨーロッパから北米へと渡っていたジオンでは珍しい戦闘機パイロットだ。地球侵攻作戦から今に至るまで戦い抜いただけあって、機体に刻まれたキルスコアは五十を超えている。
本来であればエースと呼ぶにふさわしいパイロットなのだが、ジオンでは百機をゆうに越えるほど落としたパイロットが三百人以上もいるので、真のエースとまでは呼ばれていない。
それでもカリートは彼らほど腕の立つパイロットは中々いないだろうと確信していた。だが、それでも奴らが相手となれば話は別だ。
サウサンプトン襲撃をして以来、ティターンズに目をつけられてしまった。
対応の早さからして、またもティターンズの部隊なのだろう。
最初はティターンズ仕様のジムで、次は水中型のガンダムとザク。
こちらはMS二機を受領するのも命がけだと言うのに、次もまた新しい機体で来るのだろうと思うと辟易してきた。
「コクピット、聞こえるか」
《カリート中尉、どうかなされましたか》
「私とケードルはここで降りる」
《なっ! なにを言ってるんですか、中尉! そんなことをしたら――》
「このままじゃ追いつかれる。それに、わざわざMSを運んでくれた諸君を失うわけにはいかない」
足の遅いファットアンクルを逃がすのなら、まず最初に少しでも軽くなるよう荷物を破棄すべきだ。
それに、ニックとパーカーのおかげで連中は低高度まで降りている。二人で降りて対空砲弾で狙い撃てば、奴らの
「なに、私とケードルは奴らの足を止めたら逃げるさ」
《……了解、しました。高度を下げます》
低空を飛行していたファットアンクルが更に高度を下げていく。
高度が下がれば下がるほど、安全に降下することができる。彼らなりの配慮にカリートは内心で感謝した。そして、もうひとり感謝しなければならない相手がいる。
「悪いな、ケードル。貧乏クジだ」
《そうでもありませんぜ。中尉と共に戦えるのですからな》
「ふッ、そうか」
降下高度まで降りると、ゆっくりと正面のハッチが開かれていく。
薄く光りの差し込んだ格納庫の中で灯った二つのモノアイは、眼前の銀世界を映し出す。
「カリート・アウグスティン、ザク。降りるぞ!」
高らかに声を上げると、白く塗装されたザクとドムは、凍てついた大地へと飛び込んだ。
暫くは月曜朝五時頃に安定して投稿できるかもしれません。
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空戦
クロスターンを終えたドップ二機は翼下の増槽を切り離すと、むちゃくちゃとも言える膨大な推力を生かして、上昇しながらラダー隊へと向かっていく。
まっすぐに降りながら速度を上げていくラダー隊に対して、ドップ隊は左右へ避けるような軌道を取った。ドップ隊の後ろでは、ファットアンクルが高度を降ろしているのが見えた。
「道を譲ってくれたのか?」
左右に分かれたドップへとシールドを向けるが、距離が離れている上に相対速度が早すぎる。狙いを定めるよりも早くすれ違った。
邪魔者が居なくなったのなら、今のうちだ。
三機のベースジャバーは更に加速をかけ、ファットアンクルへと直進していく。
《後ろを取った!》
上昇しながら反転していたドップが、いつの間にかラダー隊の左右斜め後ろに、それぞれ付いていた。
『散開ッ!』
狙い澄ましたドップは息の合ったタイミングでバルカンとロケットを斉射する。火線がちょうどバツ印のようになり、ラダー隊に襲いかかる。
タイミングを見計らい、隊列を維持したまま左右へと広がって火線から逃げる。が、ドップはそれまで全開だった推力をカットし、更にエアブレーキまで開いて軌道を無理矢理ねじ曲げた。
『くそっ!』
隣を見ればレイエスのベースジャバーから黒煙が上がっていた。右側の尾翼が水平と垂直の両方とも、どこかへ消え失せてしまっている。
『あぁっ、落ちるっ!』
火事を失ったベースジャバーは、ガクッと高度を落としてきりもみ回転を始める。めまぐるしく回るコクピットの中でレイエスはぎりッと歯を噛みしめていた。
「レイエス、離脱しろッ!」
コクピットの中でクラノが叫ぶと、レイエスのベースジャバーのロックが外れ、ガルバルディが空中へと放り出された。
「逃がすか!」
一撃離脱戦法の原則に則り、攻撃を終えて離脱していこうとするドップに向かって、シールド裏のミサイルをラダーとクラノのガルバルディが放つ。
パシュッ、と飛んでいった四発のミサイルの内、ラダーが放った物はドップの眼前で近接信管が作動し、ひび割れたキャノピーに焦ったパイロットが舵を切ろうとした途端、二発目のミサイルがドップに直撃。瞬く間に火の塊となり四散した。
一方でクラノのミサイルはドップの後方で一発が爆発。エンジン部に若干のダメージを与えた程度で、もう一発は翼の側で爆発。右羽をもぎ取ったが、ドップは平然と飛行を続けていた。
「羽は飾りか!?」
《よぉくも、パーカーをぉぉッ!!》
片羽になったドップは再び反転し、ドップを落としたラダーの機体へと向けて発砲。
「させるかっ!」
回避行動をとるラダーを援護するように、クラノはビームライフルのトリガーを引く。
コンピューターの予測よりも早く、とっさにレバーを動かして照準した場所は、ドップの進む先とちょうど重なっていた。
《なっ――!?》
黄色のビームがドップのど真ん中に突き刺さる。
「当たっ、た……?」
咄嗟の事で、無意識のことだ。なぜ当たったのか、なぜ当てられたのか、クラノには理解できなかった。
『避けろっ!』
「えっ?」
敵を落としたことに安心していたせいで、すっかり油断しきってしまっていた。
サブモニターに映っていたラダーのベースジャバーが、下側から爆発。直後にクラノの機体も下側から突き上げられるような衝撃を受けた。
「対空砲弾か――!?」
急いでベースジャバーとの接続を解除し、スラスターを噴かせて空中へと脱出する。
機体が宙に浮くと、コンピューターがオートで降下姿勢を取らせた。
「一体なにが」
コンソールを叩き、対空砲弾の飛んできた方向をズームすると、雪原の中にピンクの光りが二つ見えた。
白い迷彩塗装が施されているのは、ザクとドムだ。先ほど撃墜したドップのことを恨んでいるかのように、こちらを睨み付けている。
二機の内、ザクの方はマシンガンを装備していた。対空砲弾を撃ったのは、ザクの方か。精密射撃を行えるとは言え、ザクマシンガンで正確に二機のベースジャバーを撃ち抜いた技量。よほどのエースか、ニュータイプか。あるいは、その両方か。
どちらにしても、このままでは――。
「狙い撃ちにされるのか!」
『させん……!』
同じく降下姿勢を取っていたラダーのガルバルディが、スラスターを噴かして突撃していく。
「そんな、無茶です!」
《はッ、当たりに来たのかァ?》
空中で真っ直ぐ突っ込んでいくラダーの機体は、敵にとって見ればただの的だ。クラノを守る為にしても、無茶が過ぎる。
狙いを定めたザクがトリガーを引いた直後。ラダーのガルバルディは全身の推進装置を使って、降下しながら横に身体を捻り、一回転した。
「あのモーションは!?」
《MSでバレルロールだと!》
『そこだ』
怯んだザクに向けて放ったビームライフルは、ザクが後ろに短くステップをしたことで、氷床を焼いただけに止まった。
《くっ、ゲタは脱がせた。逃げるぞ!》
ホバー移動を行えるザク改とドムは踵を返して、氷上を滑るような動きで逃げていく。
地表が近くなったクラノのガルバルディは、数あるモーションパターンから最適な動きを自動で選択して、雪原に降り立つ。
「逃がすかっ!」
クラノは背を向けた二機のモビルスーツに向けて、ビームライフルを連射する。だが、すでに射程ぎりぎりまで逃げていたザクとドムに、あっさりとかわされてしまった。
『よせ、ここからでは当たらん』
射撃を続けようとするクラノをラダーが制止して、先に降りていたレイエスの機体が合流してきた。どうやら無事だったらしい。
「追いますか?」
『ベースジャバーを壊されて、手ぶらで帰ったらどやされるだろうなぁ……』
『追うしかあるまい……ん?』
クラノとラダーのガルバルディがビームライフルのグリップにあるエネルギーパックを交換していると、空からぱらぱらと雪が降ってきた。
『気象予報じゃ晴れだって……』
『コロニーなんて物が落ちたんだ。気象予報があてになる筈もない』
ぱらぱらと降っていた雪は段々と強くなってきているように感じた。
『……急ぐぞ』
「「了解」」
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氷床の上で
一面真っ白な氷床の上を、三機のガルバルディはスラスターを併用して進む。
最大望遠で視認出来る距離には、二機のモビルスーツ。バケツ頭のザク改と、背部にバックパックを背負ったドム寒冷地仕様だ。
『仕掛けるぞ』
ラダー機が一段と加速して、それに二機のガルバルディが続く。
クラノがドムを射程内に捉えるのとほぼ同時に、ラダーとレイエスが射撃して、クラノもトリガーを引く。
《ちっ、連中はしつこいな》
平然とかわしながらも、しびれを切らしたザクは後ろを振りからずに、ドラムマガジンがセットされたマシンガンを後ろへと向けた。
『うわっ!?』
放たれた通常弾をラダーは予測していたかのように躱し、レイエスはシールドで弾く。
更に距離を詰めたラダーがビームライフルを撃って、まるで次は当てるとでも言うかのように、ザクとドムの進む先へと着弾させた。
《中尉どの、ここで仕留めますか?》
《まだだ、と言いたいが……!》
二機は交差してから左右へと広がるように進み、更にもう一度交差すると、そのままターンをしてラダー小隊と相対した。
「来たか」
『焦るな、時間を稼げれば良い』
『了解っ!』
正面には二機のモビルスーツ。そして友軍は自分を含めて三機。数の上では有利だが、経験では圧倒的にジオンの方が上だ。
ビームを三発ほど撃つが、まるでこちらのコンピューターの予測する場所を知っているかのように、予測先から消えて当たらない。
一方で敵の弾はどれもが正確で、避けようにも当たってしまうのだから、クラノとレイエスはシールドを遣って受けるので精一杯だった。
このまま直進して距離を狭めれば、より命中させやすくなるだろうが、それは敵も同じだ。
《後ろの二機は案山子ですなぁ!》
ドムがジャイアント・バズーカを両手で構えて、こちらへと狙いを定めているのが見えた。
マシンガンはシールドで防げても、バズーカの直撃には耐えられない。避けようにも当たってしまうのなら、奇策で避けるしか手は残ってなかった。
「ぐぅぅっ……!」
バックパックから全力で噴射して機体を持ち上げるのと同時に、両足を前へと突き出し、思いっきり歯を食いしばって、機体に急制動をかける。意識をブラックアウトさせながらも、更に左側へと飛んで、バズーカを避けながらビームライフルを撃った。
《なんとっ!?》
奇策で躱されたことに怯んだドムは、横に回るような動きで回避する。クラノも逃がすまいと続けて撃つが、急激に襲ってきた巨体の割りに高機動なドムに直撃をあてることは出来なかった。
パイロットスーツを着ていても、襲いかかってきた強烈なプラスGのせいで、頭痛が酷い。それでもなんとか機体を着地させて、そのままスラスター移動へと移行する。
ラダーとレイエスのガルバルディは、ザク改へと更に距離を詰めていた。
《接近戦を挑むか!》
ザク改はマシンガンを持ったまま、ガルバルディはライフルを持ったまま。それぞれハンド・グレネードとビームサーベルを左手で抜く。
接近する直前。放たれたビームライフルを、ザク改は右肩のシールドで受け流し、持っていたグレネードを投げる。ラダーがグレネードの爆発をシールドで受け止めた時には、ヒートホークを左手に握ったザク改が、ガルバルディの眼前まで迫っていた。
『ラダー隊長っ!』
《ちぃッ!》
一条の光がレイエス機のライフルから放たれるのと同時。ザクは足裏のスラスターを吹かせて後方へと跳び、マシンガンをばらまいて、更にバレル下部に設置されたグレネードランチャーが火を吹かせた。
『その程度っ――!』
マシンガンの弾を受けたシールドは、傍目からでも分かるぐらいボロボロになっていた。続くグレネード弾を受ければ、破壊されてしまうだろう。そう判断したラダーは防御姿勢から切り替えて、左手に持ったサーベルでグレネード弾をたたき切った。
《やるかッ!》
グレネード弾をきられた事に驚きと感心を覚えながらも、カリートはヒートホークを構えて、グレネード弾の爆煙へと突っ込む。
対するラダーも、接近するザクの気配に合わせてビームサーベルを振るった。
煙を裂いて、二機のモビルスーツが激突する。
《〝きさまがティターンズの指揮官か。他の二人に比べて、随分とイイ動きをするじゃないか”》
オープンチャンネルで発せられたジオン残党の声を聞いて、ラダー達は驚愕した。
ジオンの残党にしては、声に若さがあった。
一年戦争から既に四年が経って、当時学徒兵だった少年達でさえ今は成人している頃だろう。だと言うのに、敵の声は部隊最年少のレイエスの声よりも若く聞こえた。
『〝サウサンプトンから追っていた残党が、まさかこんな若造とはな”』
《〝……ら、がっ”》
ミノフスキー粒子の影響か、ノイズが混ざった通信に小さな声が混ざる。
《〝お前らが、みんなをッ!”》
『隊長っ!』
刃を交えている状況では、射撃で援護しようにも誤射してしまう危険がある。
レイエスはライフルを腰にマウントし、右手でサーベルを抜いて、動きの止まっているザクへと切り掛かった。
しかし、振られたビームサーベルは宙を切る。
『へっ?』
直後、レイエスに横からぶん殴られたかのような衝撃が襲いかかった。
切り結んでいたザクは小さく後ろに身体を反らして斬撃を躱し、巧みにホバー移動を操って、そのままレイエスのガルバルディに蹴りを入れたのだ。
「レイエスっ!」
呼びかけるが、返事がない。
直接コクピットを焼かれたわけではないのだから、気絶しているだけなのだろう。だが、地面に倒れて動かないモビルスーツなんて、ただの的だ。
《トドメは頂きますぜ!》
「させないっ!」
クラノがカバーするように機を移動させると、レイエスを狙ったドムのバズーカを半分のサイズに縮ませて、分厚くさせたシールドで弾くように受け止めようとした。だが、バズーカの直撃にシールドが耐えきれる筈もなく、目の前で砕け散って、体勢を崩してしまう。
《墜ちろぉぉッ!》
「まだッ――!!」
ドムは真っ直ぐに、握ったヒートサーベルを赤熱化させて、確実に仕留めようという意思を感じさせる。仲間を、そして妻と子供を奪われた者の叫びをクラノは知らない。
ガルバルディはシールドを破壊された衝撃で、後ろ側へと押されている。そんな体勢でも、クラノは諦めていなかった。
自由に動かせる右腕に握られているビームライフル。銃口の先にはジオンのドム。
躊躇うことは一切ない。殺さなければ、殺される。
だから、クラノは引き金を引いた。
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