もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】 (善太夫)
しおりを挟む

◆prologue ──ちなみにポンコツである

 DMMO‐RPG YGGDRASIL

 

 一二年の歴史が正に終わろうとしていた。

 

 ギルド アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガは手を伸ばし、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴む。このギルド武器を作り上げるために費やした日々の思い出がまるで昨日のことのように甦る。YGGDRASIL最終日、訪ねてくれたギルドメンバーは三人。他の三七人は既に辞めていたため、もう訪れる者はいない。

 

 モモンガは指に嵌めたリングを発動させて第一階層に移動する。せめて最後くらいはこのナザリック地下大墳墓をくまなく自身の目に焼き付けておきたかったからだ。

 

 第二階層の死蝋玄室の前に少女が立っていた。モモンガは思わず微笑む。第一から第三階層の守護者という設定のNPC、シャルティア・ブラッドフォールンだ。彼女を産み出したペロロンチーノとモモンガは特に仲が良かった。ペロロンチーノがシャルティアを作り出した際には一番最初にモモンガに披露してくれたものである。しかし──

 

「──最後くらいはペロロンチーノさんに来てほしかったな……」

 

 モモンガは思わず呟いた。無理な望みだとわかってはいたが。

 

 YGGDRASILにおいてプレイヤーが取得できるアカウントは一つだけである。ペロロンチーノに限らず辞めていったかつてのギルドメンバーは皆、装備やアイテムを全てモモンガに託して去っていった。中にはアバターを消去してしまった者も少なくはない。そんな彼らが今更ログインしてくるとは思えなかった。

 

 第四階層まで来たときに、モモンガはシャルティアがずっとついてきていることに気がついた。どうやらペロロンチーノが何やら仕掛けておいたようだ。おそらくモモンガがシャルティアとある一定の距離に近付いたときにプログラムが発動するようにしておいたらしい。これには本職がSEのヘロヘロも一枚かんでいそうだった。

 

 モモンガはシャルティアを従えてナザリック地下大墳墓を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック第十階層──玉座の間──

 

 贅沢の限りを尽くした装飾に包まれた広大な空間の真ん中の階段をモモンガは上っていく。後ろにしずしずと歩むシャルティアを従えながら。そして一人のNPC──守護者統括の役目を与えられた美女──の横の玉座に座る。シャルティアは玉座のモモンガの脇の守護者統括と対をなすように寄り添う。

 

 玉座に座る漆黒のオーバーロード(モモンガ)、左右には白い衣装の守護者統括(アルベド)、そして深紅と黒の衣装の戦乙女(シャルティア)

 

「……よし。間に合ったようだな」

 

 ユグドラシル終了まであと残り十分。仮にナザリック地下大墳墓を攻略しようとする酔狂な輩が来たら、ラスボスらしく悪のロールプレイを完遂するつもりだ。

 

「……ん。そういえば──」

 

 ふと気になったモモンガはシャルティアのステータスを表示する。以前、シャルティアの外装デザインが出来上がった際にペロロンチーノの要望に反して巨乳になった。ペロロンチーノはデータをリセットするとか息巻いていたのだが、ある日、ケロッとした様子で『ああ、モモンガさん。あれは解決しましたよ』と笑っていたことを思い出したのだ。

 

「……なるほど。…………ん?」

 

 シャルティアの設定には『巨乳は実はパッドを三枚重ねた虚乳で、実際には貧乳である』とあった。更に読み進めていたモモンガは思わず目を疑った。

 

「──ペロロンチーノ!」

 

 モモンガは思い出していた。そうだった。彼はそういう人間だった。エロゲーをこよなく愛するペロロンチーノは自らの欲望を具現化すべく、シャルティアに屍体愛好者(ネクロフィリア)同性愛(ビアン)といった要素を加えていたのだった。

 

 モモンガはシャルティアの設定の最後の一文を見ながら考え込む。

 

 ──ちなみにポンコツである。

 

 さすがにシャルティアが不憫になる。NPCはあくまでも拠点防衛時の備品のような存在だったため、今まで気にもしなかったのだが、このまま終わるのはあまりにも哀しすぎるのではないだろうか?

 

 モモンガはコンソールを操作してシャルティアの設定から最後の一文を消去する。そして新しく書き加える。

 

 ──極めて優秀である。

 

 一つのことを成し遂げた満足感と共に目を閉じる。

 

 23:59

 

 モモンガは玉座に凭れてユグドラシル最期の刻を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ──おかしい。モモンガは焦った。サーバーダウンが延長したのだろう、最初はそう思った。しかし、事態はモモンガの想像を遥かに超えていることを重い知らされるのだった。

 

「どうしなしんす? わらわにできることがございんすならどうかご命令を頂きとうありんす」

 

 モモンガが初めて聞く声に振り返ると、妖艶な美少女(シャルティア)の顔がすぐそばにあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap01 深紅と漆黒

 城塞都市エ・ランテル。地方都市ではあるがバハルス帝国とスレイン法国との境界の程近くにあり、リ・エスティーゼ王国の守りの要でもあるこの街はなかなかの賑わいを見せていた。外部から訪れる旅人も少なくはなく、黒髪の南方からの旅人や、まれに見かけるハーフエルフの者などはさほど珍しいものではない。

 

 しかしその二人組は明らかに注目を集めていた。深紅のフルアーマーを着たまだ幼さを残した美少女の戦士と異様なマスクを被った怪しげなマジックキャスター。彼らは周囲の視線を集めながら冒険者組合に入っていった。

 

「冒険者登録はこちらと聞いてお伺いしたでありんすが、どなたに話をしたら良いのでありんしょう?」

 

 深紅のフルアーマーの美少女の妖艶なまでの声に、そしてこの世の者とも思えない美しさに、組合にいた誰もが息を呑んだ。まるで時間が止まったかのようだった。予想しなかった反応だったのか、やや困惑気味の少女の言葉が続く。

 

「──もし? どなたか案内してほしいでありんすが…………もし? ──」

 

 深紅の乙女に急かされてようやく受付嬢が自分の仕事を思い出した。

 

「…………あ……あ、はい。では、こちらの用紙に記入をお願いします」

 

 受付嬢の前の席に少女が腰掛けるとマジックキャスターがその後ろに立つ。深紅の乙女は机に置かれた用紙を一瞥すると、後ろを振り返った。黒のマジックキャスターは静かに首を横に振る。

 

「…………困りんしたね。わらわたちは遠くから旅をしてきたものでありんして、こちらの言葉に未だ不慣れでありんす。代筆などは頼められんでありんしょうか?」

 

 いつしか彼女たちの周りには冒険者達の人だかりができていた。このままでは代筆の権利を巡って争いが起きかねない。受付嬢は小さくため息をついた。

 

「……では、私が代筆いたします。まずはお名前をお伺いいたします」

 

「……モモンだ」

 

「……わら……私はシャル……そう、シャルでありんす」

 

 受付嬢は用紙に『モモン』『シャル』と書き込む。それから三十分ほどで新米冒険者シャルとモモン──後に“深紅と漆黒”と呼ばれる冒険者が誕生したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふう。まずまずといったところか……」

 

 宿屋の個室で漆黒のマジックキャスターはその正体を現す。彼こそはモモンガ改めアインズ・ウール・ゴウンその人であった。彼は先日、カルネ村という小さな開拓村の一つを助けた際に、自らの名前をギルドの名前──アインズ・ウール・ゴウンとすることにしたのだった。

 

 カルネ村では現在のナザリック地下大墳墓が存在する世界がかつてのユグドラシルとは全く異なることを知らされ、より多くの情報を集める手段としてアンダーカバーの必要性を痛感することになった。

 

 そして、そのための冒険者──それがモモンとシャル──である。

 

 アインズが冒険者となることは守護者たちの反対に遭った。無理もない。彼らにとって最後に残ったモモンガ──アインズが唯一の至高の存在である。しかし、アインズは譲らなかった。彼の心に忘れかけていた冒険に対する想いがふつふつと湧き上がっていたのだった。最終的には守護者たちも折れるしかなかった。

 

 アインズが冒険者というアンダーカバーを作るにあたり、次に問題となったのが『誰を同行させるか』だった。最初にアインズは自らを戦士化させて戦闘メイド(プレアデス)のナーベラルを連れていこうと考えたのだが、守護者の一人が強く反対した。

 

「アインズ様はかけがえのない存在にありんす。しかるに未だどのような敵がおわすとも知りせんしに、不得手な戦士役をおわすなど危険すぎるでありんす。ここはせめて本来のマジックキャスターとして戦士役(アタッカー)をお選びになさるべきでありんす」

 

 確かにシャルティアの意見はもっともだった。まだ状況がわからない以上、慎重に行動すべきであろう。となれば冒険者として同行すべきなのは……そう。シャルティアなら適任だ。戦士役(アタッカー)としても回復役(ヒーラー)としても問題はない。そして、何よりもアインズとの相性が良い魔法構成(ビルド)をしている。他に良さそうな組み合わせはアルベドだが、彼女には守護者統括としてアインズの代わりにナザリックを守ってほしかった。

 

 とはいえ、いざアインズとシャルティアの組み合わせが決まった段になって、アルベドが強硬に反対し始めた。最終的にはシャルティアが『抜け駆けはしない』と約束し、更にデミウルゴスが何やらアルベドの耳に囁くことでようやく納得を得たのであった。

 

「そういえば……冒険者の講習での話でありんすが、回復魔法をパーティ以外に使わないとはどういうことでありんしょう?」

 

 シャルティアはなにか含みのある様子で訊ねる。

 

「うん?……それはだな、神殿勢力の権威維持と資金の源泉となるのだろうな」

 

 アインズは神殿が治癒の魔法を施すいわば医療機関を独占している状況を思い出す。それにより強い影響力を維持しているのだった。

 

「……逆に神殿勢力の弱み、なのかもありんせんね。ところで──」

 

 シャルティアは小首をかしげた。

 

「次はどう致しんす? やはり依頼を受けるんでありんしょうけれど……時間がかかりんすね」

 

 シャルティアはため息をついた。確かにその通りだ。何か難事件でも起きて華々しく解決するくらいしなければ、銅プレートの冒険者のままである。

 

「……そういえば……シャルティア。さっきは……」

 

 アインズは先程の宿屋の酒場での出来事を思い出す。

 

「……ああ、あれでありんすか。あまりにもしつこい男でありんしたから魅了の魔眼を使いんした」

 

 アインズは納得した。宿屋に入った途端、男が難癖をつけてきたのだが、シャルティアが前に立っただけでスゴスゴと席に戻ったのだった。アインズは改めてシャルティアを同行者に選んで正解だったと思う。

 

 ──それとも──

 

 あのユグドラシル最終日にシャルティアの設定の一部を書き換えたことが幸いだったのかもしれない──あのままポンコツのままだったら──アインズはアンデッドには起こり得ない、軽い目眩を覚えるのだった。

 

「……それにしても……アインズ様が銅プレートの冒険者などという扱いには納得いきんせんでありんす」

 

 シャルティアが口を尖らせる。確かにアインズたちの実力を正確に評価するなら最高位のアダマンタイト級でも足りないくらいだ。なにしろこれまで集めた情報では魔法では超位階を扱える者はおろか、第六位階を扱える者が伝説上の英雄クラスというのである。だが、アインズと同じようにこの世界に百レベルプレイヤーがいないとは限らない。

 

 まあ良い。とりあえずアンダーカバーを作れた。これから少しずつ情報を集めていくとしよう。焦ることはない。

 

 アインズは冒険者としてのこれからの日々に胸を熱くするのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap02 漆黒の剣

 翌日モモンとシャルの二人は冒険者組合にやってきた。しかしながら新米冒険者の銅プレートでは受けられる仕事は荷物運びぐらいしかなく、途方にくれるのだった。

 

「あのう、良かったら私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

 そんな二人を見かねてか、声をかけてきた冒険者がいた。

 

「街道などに現れるモンスターを倒す仕事なんですが……この国では倒したモンスターに応じて賞金が貰えるんですよ」

 

「いわゆる懸賞金というやつであるな」

 

 シャルはモモンと顔を見合わせた。モモンは静かに頷く。

 

「……折角でありんすから、その話を詳しく聞かせてほしいでありんす」

 

 モモンとシャルは彼らと同じテーブルの席についた。彼らは冒険者チーム“漆黒の剣”のメンバーで、最初に声をかけてきたのがリーダーのペテル。そしてレンジャーのルクルット、術者(スペルキャスター)ニニャ、ドルイドのダインの四人だった。

 

 互いに自己紹介を終えると突然──

 

「シャルさん! 一目惚れです。僕と結婚してください!」

 

 ルクルットが立ちあがりシャルに手を差し出した。

 

「……ふーん。そうでありんすね。死んだら少しは考えてみんしょうが、まず無理でありんしょう」

 

 シャルは気の無さそうな物言いでルクルットの求婚を拒絶する。

 

「モモンさんと……シャルさんはモモンさんと……その……」

 

「──ふぅ。そうでありんすなら良いのでありんしょうが……モモンさんは私にとって星、でありんす」

 

「……星?」

 

 シャルはため息混じりに続ける。

 

「……夜空の星でありんす。近くに見えるけれど決して届かない、でありんす。──でも」

 

 シャルはハッとするほど妖艶な笑みをモモンに向けた。

 

「いつかは星に飛んでいける日が来るかもしれないでありんしょう」

 

 シャルの芝居かかった科白に漆黒の剣のメンバーは誰もが呑まれていた。暫しの沈黙──

 

「ハハハハハ……うちのルクルットが失礼しました。ではお二方、よろしくお願いします」

 

 リーダーのペテルが締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒の剣とモモン達はエ・ランテル郊外に来た。このあたりではモンスターだけでなく野盗の類いも出没するという。

 

 一日かけてオーガ三体、ゴブリン十六体、それが収穫だった。漆黒の剣のメンバーは手際よく獲物の耳を切り取っていく。それを冒険者組合に提出すると賞金が貰えるのだそうだ。

 

 一行がエ・ランテルに戻ってくるとモモンとシャルが立ち止まった。

 

「……うん? 街外れの墓地にアンデッド反応が……随分多いな」

 

「どれも大した敵では無さそうでありんすが……」

 

 モモンは漆黒の剣に冒険者組合への報告に行かせ、城内の警備を厚くするように手配するとシャルと二人で墓地に向かった。

 

 

 

 

 

 

 墓地に面した城門にモモン達が到着すると、丁度城門が破られようとしていたところだった。

 

「〈万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)!〉」

 

 モモンが魔法を発動させると幾つもの雷撃が絶え間無くアンデッドたちを貫く。光が消えた後には何も残らなかった。ポカンとへたり込む兵士たちをモモンは叱咤する。

 

「モンスターは我々に任せろ! お前たちは街を守れ! わかったな?」

 

 城門から深紅のシャルと漆黒のモモンが飛び出していく。兵士たちはただ見送るだけであった。

 

 ズウウウンと腹の底に響く音を立てて巨大なアンデッドが倒れる。そこから小さな赤い影が飛び出し次々とモンスターをなぎ倒していく。

 

 やがてモモンとシャルはアンデッド召喚の儀式の中心にたどり着いた。

 

「どこの馬鹿者か? いったいこれだけのアンデッドの大軍の中をどうやって?」

 

 敵の首魁とおぼしき痩せた男が喚く。

 

「仕方ない。これをくらえ!」

 

 男が手にした宝珠を捧げると巨大なアンデッド──スケリトルドラゴンが姿を現す。更にもう一体。

 

「フハハハハ。愚か者め! この魔法に完全耐性があるスケリトルドラゴン相手には誰も勝てぬわ!」

 

 男の笑いは次の瞬間に凍りつく。

 

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

 空中を漂う小さな黒い点がスケリトルドラゴンに触れた瞬間、スケリトルドラゴンの姿が歪み、消える。

 

「馬鹿な? スケリトルドラゴンだぞ? しかも二体を──」

 

 ──空気が揺らぐ。

 

「チイイイィィッ!」

 

 暗闇に紛れて隠れていたもう一人の敵がいきなりシャルに斬りかかる。いや、両手にしたスティレットを突き出す。シャルは手にしたスポイトランスを使わずクルリと身を返して避ける。

 

「あんたの相手は私だよ」

 

 ビキニアーマーを着た女が猫のようなしなやかな体さばきでシャルに突きかかる。

 

 左右に軽く身体を振りながら難なく避けるシャルに女は段々苛立ちを覚える。

 

 と、次の瞬間、シャルはスポイトランスを手放す。追撃する女。手にしたスティレットがシャルに突き刺さるかに見えた刹那──女は蹲る。女の腹部はシャルの手が貫いていた。

 

「こちらはお仕舞いでありんす。モモンさんはどうでありんしょう?」

 

 モモンはシャルに笑いかける。

 

「こちらも片がついたところだ」

 

 シャルは首をかしげる。

 

「いったいこの者らはなんでありんしょう? この女は武技を使いんすようでありんしたが……」

 

「うむ。まあ今回は冒険者としての名声を得るため、首謀者として冒険者組合に死体を引き渡すとしよう」

 

 シャルは少し残念そうにしていたが、すぐに気を取り直すと周囲を調べ始めた。

 

「この奥になにやら部屋がありんす」

 

 シャルの言葉にモモンは拾い上げた珠──男がかざしていた物──を投げ捨てて向かう。

 

 モモンが部屋の中を調べるとそこには半裸の少年がいた。彼はンフィーレアと名乗った。

 

 

 

 

 

 

 その日の事件の真相は極秘扱いとして深く秘されたが、兵士などの目撃談などから“深紅と漆黒”の二人は一躍英雄となった。冒険者のランクも一気にミスリル級になった。

 

「おめでとうございます。モモンさんにシャルさん」

 

 冒険者組合で漆黒のメンバーと再会したときに二人は祝福された。

 

「かぁー。こんなことならあのとき諦めなければ良かった!」

 

「申し訳ない。ルクルットには我々も困っているのである」

 

 ニニャがモモンに走り寄った。

 

「モモンさん、僕たちも頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 シャルと二人きりになった時にモモンは呟いた。

 

「なんだか、少し羨ましいな……」

 

「あの者らでありんすか?」

 

 モモンは、いや、アインズは思い出していた。かつてのギルドメンバーと過ごした日々を。

 

「……もしかしたら、でありんすが──」

 

 シャルティアが微笑んだ。

 

「──ペロロンチーノ様ならこの世界に来ていそうな気がしんす。あの御方は……トラブルに好かれていんすから……」

 

 シャルティアの言葉にアインズは思わず破顔するのだった。

 

〈──アインズ様、宜しいでしょうか?〉

 

〈エントマか? 何があった?〉

 

〈デミウルゴス様が至急お会いしたいと……重大な話だとのことです〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap03 セバスとデミウルゴス

「どうやら順調なようですね」

 

 セバスとソリュシャンが馬車に乗り込むと既に車内で待ち受けていたデミウルゴスが声をかけた。

 

 セバスは黙って頷いた。セバスは何故だかこのデミウルゴスが苦手だった。そんな微妙な気配を察してなのか、ソリュシャンが口を開いた。

 

「あの……以前からお聞きしたかったのですが、セバス様とデミウルゴス様は仲がお悪いのでしょうか?」

 

 頬を赤く染めたセバスとは反対にデミウルゴスは涼しげな様子で答えた。

 

「さあ? 私は特に悪い感情はありませんが……ただ、我々を創造された至高の御方が些か争うことがありましてね」

 

「……デミウルゴス様。その言葉は不敬では?」

 

 セバスは更に顔を紅潮させてデミウルゴスを睨んだ。しかしデミウルゴスは相変わらず涼しい顔で続けた。

 

「セバス。我々の間には上下関係はありません。だから私のことは単にデミウルゴスと呼び捨てにしていただきたいものです」

 

 セバスは鼻白む。デミウルゴスの言葉は正しい。だからこそセバスはデミウルゴスを苦手に感じるのかもしれない。

 

「まあ、話を戻すとあくまでも創造主同士のことで我々には関係無いかと思いますよ。ただ──強いて挙げるならカルマ値のベクトルの違いでしょうか」

 

 ソリュシャンは頷く。それは彼女も薄々感じていたことだった。ソリュシャンのカルマ値はマイナス400。デミウルゴスは同じくマイナス500。対してセバスはプラス300。違いすぎるのだ。そんなソリュシャンの心の動きを察してか、デミウルゴスは続ける。

 

「だがね、その違いこそが大切なのだよ。それは至高の御方がかくあれと造られたのだから。それに──」

 

 デミウルゴスは更に続ける。

 

「今回、アインズ様がセバスに与えられた任務──それはセバスこそが相応しいと思われたからなのだから」

 

 セバスの胸に熱いものが込み上げてきた。

 

「……デミウルゴス。ありがとう。私も貴方が今回の任務に最適だと思います」

 

 それは長年積もった塵を払うかのような瞬間だった。

 

 

 

 

 今回彼らにアインズから与えられた任務は三つある。まずはソリュシャンとセバスが地方の金持ちの商人の娘と執事を演じ、野盗に狙われるように仕向ける。そして襲ってきた輩──突然消えても誰も気付かない犯罪者──をナザリックに連れ帰るのが一つ目。次に野盗のアジトを襲い武技などユグドラシルにはない能力を持つ人間を捕まえるのが二つ目。最後は王都で商売をしながらリ・エスティーゼ王国の軍事力や魔法など、あらゆる情報を集める、という三つである。

 

 そして今、まさに野盗の手下が馬車を御し仲間が待ち受ける中へ向かっていたのである。

 

「そろそろみたいです」

 

 ソリュシャンが閉じた片目を押さえながら二人に知らせる。やがて馬車が止まった。

 

 

 

 

 

 

 ザックは走り続けていた。悪態をつきながら。傭兵くずれの盗賊団での彼の仕事は金づるの裕福な商人の馭者になり、仲摩が待ち受ける中に誘導する、いたって簡単で安全なものの筈だった。それが今、背後に迫る死の恐怖が彼を襲っていた。

 

(なんてこった! なんでこうなるんだ? なんで?)

 

 ザックはひたすら逃げていた。死の恐怖がすぐ後ろに迫っていた。

 

「──『止まれ』! 『振り向きたまえ』」

 

 ザックはピタリと立ち止まると回れ右をする。目の前に悪魔(デミウルゴス)がいた。

 

「ふむ。この男は使い道がなさそうだ。『自らの首を締めて死にたまえ』」

 

 ザックは妹の名前を呟きながら息絶えた。

 

「ではセバス。ここで別れよう」

 

「わかりましたデミウルゴス。ところで、シモベはどうされるので?」

 

 デミウルゴスは大袈裟にお辞儀をしながら答えた。

 

「もう既に呼び寄せてある。転移門(ゲート)でね」

 

「…………デミウルゴス。貴方と話せて良かった」

 

 デミウルゴスは馬車に再び乗り込み去っていくセバスたちをじっと見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて……そろそろ我々も行きましょうか。では『アジトに案内したまえ』」

 

 倒れていた野盗が五人、むくりと立ちあがり歩き出す。彼らの後を四体の魔将(イビルロード)が続く。いずれもレベル八○台のデミウルゴス配下のシモベたちだ。それぞれ色欲の魔将(イビルロード・ラスト)強欲の魔将(イビルロード・グリード)怠惰の魔将(イビルロード・スロウス)嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)で敢えて見た目に威圧感が少ないものを選んであった。同時に隻眼の屍(アイボール・コープス)二体に周囲を警戒させる。デミウルゴスは念のために自らを完全不可視化させて彼らのあとをついていく。あたかもピクニックにでも出かけるかのような足取りで。

 

 砦に着くと〈人間種魅了(チャーム・パーソン)〉で支配された最初の五人が中に入り仲間を連れ出す。それを次々とデミウルゴスが〈支配の呪言〉で支配する。仮に〈支配の呪言〉が効かない相手がいれば魔将により拘束する手筈だった。

 

 砦を拠点にしていた野盗、『死を撒く剣団』総勢六十六名は魔将が出る幕もなく全員デミウルゴスの支配下になった。

 

 

 

 

 

 

〈デミウルゴス様。何者かがやってきます──〉

 

 隻眼の屍(アイボール・コープス)からの伝言(メッセージ)を受けてデミウルゴスは完全不可視化したまま、空に飛び上がる。砦を目指す冒険者が六人、いや、七人。丁度良い──デミウルゴスは嗤う。そして、冒険者たちは新たなデミウルゴスの手駒になった。

 

 砦からはわずかばかりの財宝と近隣から拐ってきたと思われる女たちが十人ほど。すべてナザリックの近くに最近アウラが作った仮の拠点に転移門(ゲート)で送り出す。

 

 と、またしても隻眼の屍(アイボール・コープス)が来訪者を知らせてきた。デミウルゴスはすぐさま先程手駒にした冒険者たちを差し向ける。これで相手の注意をひきつけ、デミウルゴスは完全不可視化したまま背後をつく。

 

「……面白い。なかなか歯ごたえがありそうですね。それに──」

 

 デミウルゴスは相手の指揮官が持つ粗末な槍と老婆の衣服に強い魔力を感じ取り目を細める。〈支配の呪言〉で行動の自由を奪うも、その二人には効果なし。レベル四○以上かマジックアイテムによる効果か?

 

 続いて魔将が一斉に攻撃をかける。と、老婆の衣服の模様が光り怠惰の魔将(イビルロード・スロウス)の動きが止まる。

 

「──面白い。実に面白い。その者は生かしたまま捕らえるのですよ」

 

 残念ながら指揮官の男は逃げられたものの老婆とマジックアイテムという望外の成果にデミウルゴスはほくそ笑む。念のため老婆を麻痺させてマジックアイテムの衣服を剥ぐと伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

〈アインズ様にご報告を。是非ともご覧頂きたいものがありましてね。はい。重大な話です〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap04 いくつかの布石

「──〈道具上位鑑定(オール・フブレイザル・マジックアイテム)〉──こ、これは!」

 

 アインズの声が思わず上ずる。無理もない。目の前にあるのは紛れもないワールドアイテム『傾城傾国』だったからだ。かつて古代中国の逸話からつけられたそのアイテムは発動させると対象の一人を意のままにできるというもの。それがこの世界に存在した……これが意味する事は──

 

「いかん。大至急外に出ているNPCを戻せ! 大至急だ!」

 

 アインズの苛立ちを含んだ声から守護者たちは事態の大きさを知る。かくてリ・エスティーゼ王国からセバスとソリュシャン、トブの大森林からアウラとマーレが呼び戻される。

 

 翌日、主だった階層守護者たちが玉座の間に集められた。

 

「これから諸君にはそれぞれワールドアイテムを貸し与える。これはいわば保険だ。ワールドアイテム所持者ならば他のワールドアイテムの効果は受けないことは皆も知っているな? まあ、一部の例外については考慮しないことにする」

 

 アインズの指示で元からワールドアイテムを所持していたアルベドを除く五人の階層守護者にそれぞれワールドアイテムがパンドラズ・アクターから渡される。

 

「……あとはセバスか……」

 

 アインズは手にした『傾城傾国』を眺める。まさかこれをセバスに着せるわけには──

 

「シャルティア。悪いがお前に渡したアイテムをセバスに渡せ。代わりにお前にはこれを渡しておく」

 

「──はっ。かしこまりまして御座います」

 

 シャルティアは真剣な面持ちで『傾城傾国』を受け取る。そこには普段のありんす言葉は皆無だった。

 

「さて……これでワールドアイテムに対する対策はできたわけだ。次はレベル百プレーヤーが敵対する可能性について考える必要があるな。何か思うことがあれば述べてみよ」

 

 アインズは守護者たちを見回す。

 

「アインズ様。プレーヤーが一人ならば問題ないかもしれませんが、複数となると……ですので階層守護者たちを二人一組にするか、もしくは高位のシモベを複数同行させるのが良いでしょう」

 

「……うむ。流石だ。アルベド。……私もそう思う」

 

 アルベドの意見に賛同するアインズに異を唱える者がいた。

 

「私は反対でありんすえ。私はむしろプレーヤーを釣るのが上策だと思いんしんす。傍目には無防備な状態にしていんして、敵が来たらシャドウデーモンが影から飛び出しいんす。如何でありんしょう?」

 

「ほう。シャルティアの案は私も良いと思いますよ。それにシャドウデーモンならば影の中に五体ほど潜ませるのも面白そうですね」

 

 シャルティアの案にデミウルゴスが賛意を示す。それが決め手となり、各守護者の影にシャドウデーモンを潜ませることになった。

 

「……ふむ。さて……最後の課題だ。デミウルゴスが捕まえた野盗、そして──ああ、以前に拘束した陽光聖典の生き残りによればやはりスレイン法国の漆黒聖典だそうだ──と、同じくスレイン法国のカイレ──あの『傾城傾国』の所持者だな──彼らをどう使うべきだろうか?」

 

 アインズは更に言葉を加える。

 

「ちなみに私はスレイン法国、この国を滅ぼそうと思っている」

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国に対してのデミウルゴスの案、そしてスレイン法国に対してのアルベドの案が同時に動き出す。それは間違いなくスレイン法国の滅亡の瞬間へのカウントダウンとなるものだった。

 

〈アインズ様。地上のログハウスにカルネ村のエンリという人物が訪ねてきております。なんでも以前に助けていただいたとかで、お礼を一言申し上げたい、とのことですが如何いたしましょうか?〉

 

「……カルネ村? エンリ……だと?」

 

 アインズは記憶を探る。そしてようやくにして姉妹のことを思い出す。と、静かにシャルティアが口を開く。

 

「……カルネ村のエンリ……でありんすか。確かカルネ村ではアインズ様はマスクをつけていたんでありんした。つまりはアインズ様と“漆黒”のモモンとを結びつけることができるのでありんすな」

 

 アインズは言葉を失う。

 

「──うむ。そ、そうだったな…………殺すか?」

 

 ──それはアインズと会ったもの全ての死を意味していた。

 

「それにはおよびますまいでありんす。まだ利用価値は残っていんす」

 

 シャルティアはニヤリ、と嗤った。

 

 

 

 

 

 

 エンリは先程から震えが止まらなかった。ログハウスのメイドの案内で豪華な調度品が置かれた貴族社会を切り取ったような部屋に通されたからだ。「飲み物をどうぞ」と言われたがエンリは身動き一つできなかった。

 

 正直、後悔していた。「お礼をしなきゃ」そんな軽い気持ちで訪ねてはいけなかったのだ。

 

 ──まだ(ネム)を連れてこなくて良かった──

 

「待たせたかな?」

 

 扉を開けて仮面のマジックキャスターが入ってきた。

 

 エンリは小さな声でお礼を言い、大切に抱えたサトイモの入った包みをおずおずと差し出す。カルネ村の誇る特産品も、この場では場違いなだけだった。

 

「うむ。ありがとう。……ところで一つ頼みがある。無論報酬はやろう。どうかね?」

 

 アインズはエンリに『それ』がいくつも入った袋を見せた。袋の大きさから判断すると百個は入っていそうだった。エンリは村人たちがエンリと同じ幸運を手にする光景を思い描く。

 

「……そんな……あの……よろしいのですか?」

 

 声が掠れた。無理もない。それがどれだけの価値を持つのか、恐らくエンリが一番わかっていた。

 

 ──カルネ村の村娘(エンリ)は悪魔と取り引きをした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap05 カイレの死

 スレイン法国は揺れていた。土の巫女姫の突然の爆死に始まり陽光聖典の消滅、そして漆黒聖典の壊滅とカイレの行方不明。カイレの行方不明はスレイン法国の至宝『ケイ・セケ・コゥク』の行方不明でもあった。

 

 スレイン法国の最奥──最高神官長会議が行われる部屋では恒例の掃除が行われていた。掃除をする神官長は皆、一様に暗い顔で押し黙っていた。そしてそれは会議が始まってからも続いた。

 

「……今日もまた人間たる我々の命があったことを神に感謝いたします」

 

 重い空気を破り、最高神官長が祈りの言葉を述べる。

 

「感謝いたし──」

 

 神官長たちが口にした瞬間にいきなり扉が開けられた。

 

「大変です! カイレ様が! カイレ様がお戻りになりました!」

 

 

 

 

 

 

 トブの大森林の側に延々と続く街道を一台の荷馬車が走っていた。馬車を操るのはまだ少女──カルネ村のエンリである。

 

「姐さん、このペースなら明日にはアーウィンタールに着きますね」

 

 ゴブリンの隊長(ジュゲム)が声をかける。エンリは無言だ。不安もある。

 

 運転しながらもついつい荷台を気にしてしまう。荷台にはアインズからの依頼の『荷物』がある。

 

 荷台にはカイジャリたちも乗っているが、よく平気なものだ。エンリは最初にアインズから『荷物』を見せられたときのことを思い出し、思わず吐きそうになる。

 

(我慢しなきゃ。これもカルネ村を守るため。ゴブリンさんたちのためにも、きっとなる)

 

 エンリは歯を食いしばり馬車を走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国の中央に高くそびえ立つ議事堂の前に彼女(カイレ)は立っていた。何故か首に輪にしたロープを巻きつけ、足には重りの鉄球がついた枷をしていた。重りを引き摺ってきたような跡が城外に延々と延びていた。

 

 無表情に強張った顔でずっと口の中で何やら呟いている。神官長の中でも若いレイモンが近づいて耳を近付けてみる──と、レイモンは顔色を変えあわてて胸もとで十字を切る。彼が耳にしたのは神への呪詛の言葉であった。

 

 突然カイレの身体が痙攣をするかのように震え出す。震えはだんだん大きくなり、不意に止まる。そして見守る神官長たちを舐め回すかのように見、腹の底から絞り出すかのような声を出した。それはカイレのものとは到底思えないものだった。

 

「聞け! 法国守護たる愚か者共よ! 汝らは無辜の民を謀略により殺害した! 汝らは権謀を用いて王国と帝国とを争いせしめた! 汝らは人類の救い手を標榜しながら野盗を操り私欲を(ほしいまま)にした! これらの罪は今、白日のもと、明らかとなった! これより大いなる天罰により、汝らは滅ぶべし! 我は自らの命にて購わん! 汝ら我に続け!」

 

 そう叫ぶとナイフを両手で持ち、自らの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「なんとおそろしい……」

 

 神官長たちは目の前で起きた事が信じられずにいた。遠巻きにいる者たちの不気味なまでの静けさがかえってこの場で起こった事態の重要さを思い返させるのだった。

 

「しかし『ケイ・セケ・コゥク』が戻ってきたのは不幸中の幸い……」

 

 光の神官長イヴォンがため息をつく。それに対してレイモンが首を振る。

 

「……『ケイ・セケ・コゥク』は使えません。ただの衣服と何ら変わらないものになっています」

 

「……そんな馬鹿な? その……すり替えられたのではないかね?」

 

 レイモンもその可能性は考えた。可能性が全く無いとは言えないが、偽物の可能性は低いだろう。何故なら()()()()()()()()()()()()()()が我々にはないからだ。ふと、レイモンは一つの可能性に行き当たる。もしかしたら使用できる回数には限りがあったのではないのか? 彼の知る限り過去に『ケイ・セケ・コゥク』が使用されたのは数回しかない。だとすれば充分にあり得る話だ。

 

 ここでレイモンは部下に呼ばれて中座する。六色聖典を束ねる彼は多忙であった。

 

「いったい何が起きている? さっぱりわからん」

 

 最高神官長が思わず喚く。

 

「……これは神が我々を滅ぼそうということかもしれん。しかし……最後の野盗がどうのとはなんじゃ?」

 

 ジネディーヌの疑問に誰も答えられなかった。

 

「……カイレの復活はどうしましょうか? 復活させれば何かしら敵に関する情報が得られますし、なにより貴重な戦力が──」

 

 唯一の女性、ベレニスの言葉を最高神官長は止める。

 

「事態が明らかになるまでは考えるべきではない。カイレのあの様子、お主も見たであろう? 民衆の不安が増す事態は避けるべきだろうな」

 

 最高神官長の主張はもっともだった。誰もが押し黙り、気まずい沈黙が続く。

 

 そんな重い空気を変えたのは戻ってきたレイモンだった。彼はいきなり口を開く。

 

「──皆さんに残念な報告があります」

 

 レイモンの唇は微かに震えていた。

 

「これ以上残念なことなど無いじゃろう?」

 

 レイモンは首を振る。

 

「帝国が……バハルス帝国が……我々、スレイン法国に対し宣戦布告をしてきました」

 

 スレイン法国の崩壊が、始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap06 フールーダとカルネ村自警団のエンリ

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスはその日、忙しかった。

 

「さて……どうしますかな? 陛下」

 

 帝国最強の大魔法詠唱者(マジックキャスター)三重魔法詠唱者(トライアッド)」フールーダ・パラダインが髭をしごきながら側に寄る。

 

「スレイン法国はおそらく周辺国家の中でも最強。まともに戦っては勝ち目は無いでしょうな」

 

 フールーダの言葉に対してジルクニフは不敵に笑う。

 

「わかっている。爺は私がそんな無能だと思うか? まあ、このまま何も意思表示しないわけにもいくまい? 法国にはたまに躾が必要であろう」

 

 ジルクニフとフールーダは笑いあった。

 

 しかし、フールーダの目はジルクニフの瞳の奥に揺らめく怒りを見逃さなかった。首から下げたいびつな木彫りの人形を思わず握りしめる。

 

 このアイテムは村娘が首から下げていた物だった──何らかのマジックアイテムなのは間違いない。だか、結局何もわからなかった。

 

 こうして身につけておくのは危険があるとも思ったが、敢えてそうしているのには理由があった。他に置いておく方がかえって危険なのだという判断。それにフールーダには自信があった。なにしろ自分を越える魔法詠唱者(マジックキャスター)の存在など考えられなかった。

 

「あの娘はどうした? エンリとかいったか……」

 

「──はっ、陛下。かの者は単なる村娘と思われたため、既に帰しました」

 

 屹立したままで“不動”ナザミ・エネックが答える。彼は帝国が誇る四騎士の一人で、今回のスレイン法国への行軍の指揮官だ。

 

「ふむ……そうか。それにしても……ゴウン殿、だったな。どう思う?」

 

 ジルクニフの問いかけにフールーダが答える。ナザミは口を結び、彫像のように屹立の姿勢を保つ。

 

「……一度是非とも手合わせしたいものですな。この歳まで生き永らえていて、なかなか強敵といえる人物に出会えませんでしてな。かの十三英雄の一人、ベルスー・カウラウならば──」

 

「──爺。昔話ならばここではやめてくれないか? 私が知りたいのはアインズ・ウール・ゴウンという人物の力量についてだ」

 

 ジルクニフは苛立っていた。フールーダは無意識に木彫りの人形を触りながら答える。

 

「……なんとも言えませんな。仮面をつけた胡散臭い魔法詠唱者(マジックキャスター)であるとしか……たしか王国にもそんな人物がおりましたが……まあ、私と良い勝負ができるとは思えませんな」

 

 ジルクニフは頷いた。

 

「さて……それでは、出陣だ。今回はあくまでもスレイン法国の奸計を世に示し、我がバハルス帝国の正義を示す戦いだ。故の私自らの親征だ。兵士に徹底させよ」

 

 

 

 

 

 

 カルネ村への帰路。『荷物』が無くなった荷馬車とアインズからの任務という大役を無事に終えたエンリの心は軽かった。

 

「…………疲れた」

 

 アインズからの依頼はまず、バハルス帝国に『荷物』を届けること、その際に『カルネ村自警団』を名乗ること、そして最後の依頼は──

 

 アインズは自らエンリの首にひもがついた木彫りの人形をかけた。

 

「よいかね? バハルス帝国で誰かこの木彫りの人形に興味を示す人物がいたらこの人形をさりげなく渡すのだ。あくまでもさりげなくだ。……そうだな、これは幸運のお守りとして私がお前に持たせたことにしよう。心配するな。誰も興味を示さなかったらそれはそれで良い。…………だが、少し勿体ないな。そうだ、城内に落としていけ。そうすれば誰かが拾うだろう。ふむ。良い釣りができれば良いな」

 

 エンリが木彫りの人形を渡した相手はフールーダとかいうバハルス帝国の偉い魔術師だった。アインズ様の期待に応えられたら良いな、そう思った。カルネ村への帰路は心が軽かった。

 

 帰ったら荷馬車を綺麗に洗わなくてはならない。ンフィーが良い魔法を知っていれば良いのだけれど……

 

 エンリはなんとなく今回の出来事で父母の無念が少しだけ晴れたかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

「カルネ村自警団? 別に陛下に報告するまでもあるまい。陳情なら係の者に聞き取らせろ」

 

 バジウッドは思わず苛立つ。たかが農民の陳情に付き合わされるのは御免だった。ただでさえ昨夜いささか飲み過ぎて若干の二日酔なのだ。

 

 しかし次の瞬間、彼の酔いは吹っ飛ぶ。

 

「それが……荷馬車で来ているのですが……村を襲って返り討ちにした我が軍の兵士の死体を乗せているのだそうです」

 

 

 

 

 

 

 事は重大だった。それは首席宮廷魔術師のフールーダが自ら事情聴取に赴いたことからもわかる。

 

 兵士の一人がフールーダに耳打ちする。あの兵士の死体は全て帝国の人間のものではなかった。しかし、装備は全て帝国のもの。フールーダは呪文を唱える。すると鎧や兜に小さな文字が浮かび上がる。それはいわば製造日や支給先などのデータを意味するもので、以前に消息不明になった部隊のものだとわかった。つまりは偽装工作──どうやらエンリという娘の話は正しいようだ。

 

 フールーダはエンリがいる部屋に入る。

 

「私はこのバハルス帝国で首席宮廷魔術師の位置にいるフールーダという。兵士から話は聞いた。よってカルネ村で起きた事はもう話さなくても良い。聞きたいのはその村を救ったという魔術師についてじゃ──アイン──」

 

「──アインズ・ウール・ゴウン様です」

 

 エンリの瞳には怯えの色が濃くなる。

 

「……むう。そのアインズ──ゴウン殿の主張の通りお主の村を襲った者は我ら帝国の者ではない。おそらくは法国じゃな」

 

 フールーダは防具の流出経路からスレイン法国が首謀者と確信していたがわざとぼやかす。

 

「ゴウン殿とはどんな人物かな?」

 

 エンリはアインズについて話す。全てあらかじめアインズから指示された内容を。

 

 ふと、フールーダはエンリの胸もとの粗末な木彫りの人形に目を止める。彼のタレントはそれがなかなかのマジックアイテムだと見抜いていた。

 

 エンリはフールーダに木彫りの人形を見せた。そして演技をする。バハルス帝国までの道中で何度も練習してきた。エンリの演技は完璧だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap07 黄金の姫

 エ・ランテルに戻ってきたブリタたちは冒険者組合に報告を終え、酒場に集まる。郊外の野盗の砦を急襲、拐われていた女たちの解放、更には野盗の黒幕の謎の部隊との交戦、それらの成果に誰もが高揚していた。

 

 任務に投入されたのは七人構成の部隊が二つ。十四人全員が無事に戻ってこられたのは実に幸運だった。これは謎の部隊が交戦直後に姿を消したことも大きい。

 

 これで私もいつかは──

 

 いつしかミスリル級冒険者に──それがブリタの夢だった。今回の事件で一段、夢への階段を登ることができたに違いない。

 

「私らの幸運に!」

 

 ブリタの音頭に冒険者たちは一斉にジョッキを突き上げた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたものか……」

 

 冒険者組合の奥の部屋では冒険者組合長のアインザック、都市長のパナソレイ、魔術師組合長のラケシルの三人が同じ様に眉間に皺を寄せて悩んでいた。

 

 彼らの目下の悩み事はエ・ランテル郊外の野盗の砦から回収されたいくつかの文書、更に冒険者が交戦した際に残された謎の部隊の物的証拠のいくつかについてだ。

 

「どう思うかね?」

 

 パナソレイは二人に意見を求める。

 

「間違いない。これだけの魔法装備、やはりスレイン法国の部隊のもの、だろうな」

 

 ラケシルが断言する。砦から押収した文書は曖昧なものだったがこれで確定したと考えて良さそうだ。

 

「捕らえた野盗からの証言は無理なようだ。なんらかの精神作用魔法で回復させるのは無理らしい」

 

 アインザックの言葉にラケシルが付け加える。

 

「……言うまでもないが、法国のやつらなら可能だろうな」

 

 パナソレイはエ・ランテルを預かる都市長としての結論を出す。

 

「……王都へは私から報告する。尚、この件は極秘にしておこう。事は外交問題だからな。……さて──」

 

 パナソレイは緊張を解く。

 

「ぷひー。でわ、たのむぞ」

 

 

 

 

 

 

 王宮で開かれた御前会議は紛糾し、結論が出ないまま国王の退出により終了した。第二王子のザナックはレエブン候と部屋を出る所で呼び止められた。

 

「お兄様、よろしいでしょうか? 大切なお話がありますので後程私の部屋にお越しいただけませんでしょうか?」

 

 ザナックは思わずレエブン候と顔を見合わせる。

 

「そうですわね。よろしければレエブン候もご一緒に如何です?」

 

 妹姫(ラナー)は花のような笑みを浮かべた。

 

「とっても美味しい紅茶が手にはいりましてよ」

 

 

 

 

 

 

「で、なんの用だ?」

 

 しびれを切らしてザナックが切り出す。部屋に招いてからずっとラナーは紅茶の話しかしていない。しかし彼女がザナックたちを呼んだのは明らかに別の目的があるはずだ。

 

 両手で口元に運んでいたティーカップをテーブルに置くとラナーは姿勢を正す。

 

「お兄様は現在の我国をどうご覧になられますか?」

 

 ラナーの正視にザナックはしどろもどろになる。

 

「……うん? どうと言われてもな……まあ、好ましくはないな。うん」

 

 ラナーは断言する。

 

「このままでは王国は三年と経たずに滅びますわ。だから──」

 

 ラナーは続けた。

 

「お父様には引退していただこうと考えていますの」

 

 ザナックは言葉を失った。確かに自分もそのことを考えたことは正直ある。しかし、時期尚早として胸の奥に仕舞っていて、口に出したことは無い。だからこそラナーの言葉は自らの秘部をさらけ出されたようで恐ろしかった。

 

「──で、父上を引退させてどうする?」

 

 ザナックの声は掠れていた。

 

「お兄様に王位についていただきます」

 

 ラナーの言葉でザナックは理解した。これは同盟だ。兄のバルブロは第一王子として優位にいる。それをラナーと自分が手を組んで引っくり返そうというのである。

 

「──お前への報酬は?」

 

 大切なことだ。これをキチンとしておかないと同盟は組めない。ラナーは首をかしげ、しばし思案した。

 

「特にございませんわ。ただ──仔犬(クライム)と一緒に田舎に家でも建てて静かに暮らしたいですわ」

 

 クライムとはラナーの護衛の若者で、ある日ラナーが拾ってきた経緯がある。

 

 同盟は成立した。

 

 

 

 

 

 

「姐さん、カルネ村が見えてきましたぜ」

 

 ゴブリンリーダー(ジュゲム)の心は弾んでいた。エンリは嬉しく思う。彼ら(ゴブリン)もカルネ村を故郷として愛しているのだ。

 

 入り口を通り抜けて広場に馬車を乗り進める。と、何やら人集りができていた。

 

 エンリは顔見知りの村人に訊ねるとなんでも村に修道女が新しく来ているという。

 

「アインズ様の紹介で聖ナザリック教会のルプスレギナ様がいらっしゃってくださったのですよ。村人に無償で治療を行なってくださってね、真に有り難い」

 

 エンリはアインズの気遣いに感謝するのだった。

 

(ゴウン様が下さったアイテム、どうしたら良いかしら? 機会があればルプスレギナ様にも相談してみようかな?)

 

 

 

 

 

 

「うむ。とりあえず父上に後継者を指名してもらう……これは同意する。根回しにはレエブン候に頼むとしよう。……しかし反対派をどうするか?」

 

 この問題は今まで何度もザナックが悩んできたことだ。だが、ラナーはあっさりと解決策を提示する。

 

「それに今回の事件を利用します。まず、スレイン法国の策謀を世に明らかにして糾弾する檄文を出しましょう。以前彼らと交戦した戦士長にも一役買ってもらいます。そして、彼らと密約していたとして、反対派の力を削ぎます。とはいっても反対派貴族の手足となっている犯罪組織や悪徳商人を徹底的に排除すれば良いでしょうね」

 

 ザナックは残った問題を口にする。

 

「……だが妹よ。国内に波風を立てるのはまずいのではないのか? 帝国が黙ってはいまい」

 

 帝国とはずっと戦争状態が続いている。今でこそ小競合いをするだけだが、状況次第ではどうなるかわからない。

 

「帝国とは停戦協定を結びましょう」

 

 ザナックもレエブン候も無理だ、と叫びそうになる──が、ラナーは言いはなった。

 

「私がバハルス帝国に行き、ジルクニフ皇帝を説得します」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap08 ヴァンパイア討伐の依頼

 エ・ランテルの中間クラスの宿屋の一室にミスリル級冒険者“深紅と漆黒”の姿があった。

 

「それにしてもミスリル級では思うように情報が集まりんせんでありんすな。……それに……」

 

 シャルティアがため息をついた。モモンもため息をつく。

 

 “深紅と漆黒”は現在ある問題を抱えていた。

 

「…………金が無い」

 

 正確にはユグドラシル金貨はうなるほどあるのだが、この世界で使用することを自重しているため、使える金が心許無いのである。ミスリル級冒険者はエ・ランテルでは最上位のランクであり、それなりの金額を稼げるのだが、それ以上の出費が嵩んでいたのだった。

 

「……いっそセバスに少し自重してもらうのが良いでありんしょうか? よろしければソリュシャンにさり気なく伝えておくでありんすが?」

 

 シャルティアが提案する。セバスとソリュシャンには王都での情報収集の一環で裕福な商人を演じさせており、現地の魔法を調べるためにマジックアイテムやスクロールを買い漁ることを指示していた。

 

「……いや、それには及ばん。あれにはそのまま続けさせよ。とはいえ…………」

 

 アインズは机の上に広げられた硬貨に目をやる。数枚の金貨と銀貨、銅貨だ。このうちの大半がセバスの活動資金と消える。

 

「……まずはアダマンタイト級になるのと金儲け、が必要でありんすね。金と名声になる依頼がどこかに転がってありんしょうなら──」

 

「──それだ!」

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル冒険者組合にミスリル級冒険者が四チーム集められる。“深紅と漆黒”のモモン、“クラルグラ”のイグヴァルジ、“天狼”のベロテ、“虹”のモックナック、各チームのリーダーが揃い、これでエ・ランテルの冒険者の最上位チームが全て揃ったことになる。

 

 彼らが待たされた部屋に三人の男が入ってくる。それぞれ都市長のパナソレイ、魔術師組合長のラケシル、そして冒険者組合長のアインザックだ。互いの紹介が終わるとアインザックが依頼について説明する。

 

「諸君に集まってもらったのは他でもない。先日のエ・ランテル郊外での野盗『死を撒く剣団』の壊滅についての話は皆も知っていると思う」

 

 一同は戸惑いを覚える。確かあの依頼は金級冒険者を中心としたチームの仕事だったはずだ。たかが野盗退治などミスリル級冒険者の仕事ではない。

 

 彼らの顔に浮かぶ不満げな様子からアインザックの言葉が詰まる。明らかに彼は逡巡していた。

 

「ぷひー。よいだろう。あとは、わたしからはなそう。……といってもひつようなはんい、までだがね」

 

 都市長は今まで秘匿されていた事実を明らかにする。野盗の裏に特殊工作部隊の暗躍があったことを。そして具体的な依頼についてアインザックからの説明に移る。

 

「今回の依頼は表向きエ・ランテルからリ・エスティーゼを結ぶ街道の野盗退治だ。依頼者はリ・エスティーゼ王国の商工会、商人の寄付を集めてくれたから懸賞金は総額金貨三千枚だ」

 

 破格の懸賞額にどよめきが起きる。

 

 イグヴァルジが不敵に笑う。

 

「つまりそれだけ危険な任務、というわけだな?」

 

 アインザックは無言で頷く。

 

「当初は王都のアダマンタイト級冒険者に依頼すべき内容と判断されたのだが……ちと事情があって“蒼の薔薇”も“朱の雫”も動けないそうだ。同じミスリル級なら以前の彼らの情報があり、かつ、地形が近い我々に依頼した方が良い、というわけだ。勿論皆、受けてくれるだろう?」

 

 皆が頷いて承諾する。と、先程のイグヴァルジは発言を求める。

 

「ここに集められたミスリル級冒険者の力量についてだが、足手まといはいないのかね? 新顔が混じっているんだが」

 

 イグヴァルジの言葉は“深紅と漆黒”に対する当てこすりなのは明白だった。

 

「……いや、彼らは必要だ。なにしろ相手にはアンデッド──ヴァンパイアもいるという報告があるのだ」

 

 イグヴァルジは顔色を変える。“深紅と漆黒”の噂は聞いたことがあるが、あり得ないと一笑に付していた。

 

「……“深紅と漆黒”の二人は皆も噂で知っていと思うが、ズーラーノーンの幹部二名とスケリトルドラゴンを二体倒している。無論、このことは口外しないでくれ」

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

 セバスは館に戻る。着飾ったソリュシャンが出迎える。リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼの一等地に建つ、小さいけれども立派な建物がセバスたちの仮の拠点だった。以前も商人が使っていたために住居とは不釣り合いなまでに大きな倉庫があった。

 

「セバス様。ご首尾は如何でした?」

 

 セバスはコートを脱ぎながら答える。

 

「順調です。リ・エスティーゼの商工会に参加するほぼ全ての商人から寄付の約束を取り付けられました。更に王家からもわずかながら寄付を頂きました。これでヴァンパイア討伐の報酬は予定より多額になりそうです」

 

 ソリュシャンは悦ぶ。

 

「お疲れ様で御座いました。ではアインズ様にご報告させていただきます」

 

「お願いします。ソリュシャン」

 

 

 

 

 

 

「しかし……そうなると少うし制限が必要となりんしょう。……いか程までなら良いでありんすか?」

 

 シャルティアは少し不満がありそうだ。無理もない。同行するミスリル級冒険者を生かしたまま目撃者に仕立て上げ、かつ任務を遂げるには自らの力に制限をかけなくてはならないからだ。

 

「……そうだな。とりあえず魔法は第三位階まで、スポイトランスはできるだけ使用しない、という線だな」

 

「……仕方ないでありんすな。ですが……ぷれいやーが相手の場合は全力を使わせていただきたく存じありんす」

 

 アインズは頷く。そのときは二人して全力で攻撃しなくてはならないだろう。

 

「ところで……首尾はどうなっている?」

 

 シャルティアは妖艷に微笑んだ。

 

「以前にデミウルゴスが捕縛した野盗の中の一人、これが一番強いようでありんしたから、私自らの下僕にいたしんした。で、後は漆黒聖典やらの強者らしき二名の合計三名を既に用意んしんす。彼らには既に相手を殺さぬ程度に暴れさせておりんすが……」

 

 シャルティアはここで言葉を止める。

 

「敵役にはちいと弱すぎせんでありんすか?」

 

 アインズは悩む。この世界はユグドラシル基準では計れない。なにしろ『王国最強』ガゼフがデスナイトと互角に過ぎないのだから。

 

「……まあ良い。今回はナザリックのシモベは使わずに済ませたい。それに──」

 

 アインズは嗤う。

 

「今回はあくまでもスレイン法国の仕業なのだからな」

 

 シャルティアはふと思い出したかのように口を開く。

 

「そういえば報告が遅れんしたが、以前にエ・ランテル外れで対戦した首謀者の死体、なにかに使えるかもしれないと思いんして回収してありんす。アウラの偽りのナザリックにオレオールの結界を張りんし部屋に他の眠らせた漆黒聖典やらと一緒にしてありんす」

 

「そうか。──アウラのあれはもう出来上がっているのか?」

 

 シャルティアは昨日、偽りのナザリックを訪れた際のことを思い返す。

 

「アウラはまだまだと言っていたでありんすが、ほぼ完成してありんすな」

 

 アインズは頷く。

 

「うむ。では頃合だな。吸血鬼討伐前に一旦偽りのナザリックに行く。シャルティア、お前も同行しろ」

 

「仰せのままにありんす」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap09 カルネ村の聖女

 カルネ村には平和が訪れていた。何より村外れに新しくできた聖ナザリック教会に負う所が大きい。

 

 教会の唯一の修道女(クレリック)ルプスレギナは週に一回、村人を集めて無料で治癒魔法を施した。

 

 それまではわざわざエ・ランテルまで行き高額な代金を支払わなくてはならなかったのだから。

 

 最近村に引っ越してきた有名なポーション職人のバレアレ一家がもたらした知識も村の生活改善に一役買っていた。

 

 村の中央にある集会所では村の主だった人間が集められ、議論が行われていた。

 

 村長が挨拶をする。まず最近村の住人となったバレアレ一家が紹介され、次に聖ナザリック教会のルプスレギナ、最後にエンリが改めて紹介される。

 

「実は皆に相談がある。エンリの家のゴブリンは知っているな? あのゴブリンは実はあるマジックアイテムで召喚されたものだ。そしてこれがそのマジックアイテム『ゴブリン将軍の角笛』だ」

 

 村長は懐からうやうやしくアイテムを取り出す。それはエンリの胸に下げられた物と全く同じ物だった。村長はエンリを促す。エンリは意を決して村人に語りかける。

 

「私はこのアイテムでゴブリンさんたちを呼び出しました。そして、ゴブリンさんたちは今では大切な家族であり、村の一員です。実はある依頼を果たし、ゴウン様に謝礼としてこのアイテムをいくつか頂きました。この場ではこのアイテムの使い道について皆と相談したいのです」

 

 村人は互いに顔を見合わせた。咄嗟のことで誰も何を言って良いかわからないのだ。と、一人の少年が手を挙げた。

 

「えっと……ンフィーレアと言います。エンリは、その……ゴウン様から使い方について何か言われてないのかな? 例えば後で返さなくてはならないとか?」

 

 エンリは考えながら答える。

 

「特になかったと思うけど……ただ『大切に使え』と『召喚は状況を考えなくてはならない』とは仰っていたわ」

 

「その……価値はいか程なんかの? 売ってしまうのはまずいかな」

 

 おずおずと老人が訊ねる。

 

「それはゴウン様に対する裏切りになると思います。やはり大切にしないと……」

 

 エンリの意見に皆押し黙る。かといって誰もが家族としてゴブリンを迎える自信はない。静寂がいつまでも続くと誰もが思えたそのとき、ルプスレギナが立ち上がった。

 

「皆さん。偉大なる神はこの世界に様々な種をお造りになられました。それが人間でありゴブリンでもあります。私は偉大なる神が降り立たれた楽園を知っております。そこでは様々な形の御方がたが楽しそうに過ごしておられました。皆さん、楽園とは各々の心の中にあるのです」

 

 村人は皆、神々しいまでのルプスレギナに神の意思を感じるのだった。

 

 とりあえずアイテムはエンリが預かり後に必要がある場合に考えることになった。

 

 

 

 

 

 

 それから一週間が過ぎると村人の中にゴブリンが増えていた。また、周辺の放棄された開拓村を建て直しにいく人がアイテムを受けとることもあった。

 

 いつしか人口も増え、村には笑い声が戻った。そして幸運をもたらしてくれた仮面の魔術師アインズ・ウール・ゴウン様への感謝をしない村人はいなかった。

 

 そんな日々を急転させる出来事はなんの前触れもなく、突然やってきた。

 

 月末になり、いつもの徴税人が村を訪れたのだが、彼は物々しい兵士を帯同していた。村人は理由を聞かされないまま、広場に集められた。神殿から来た神官が勅書を読み上げる。

 

「リ・エスティーゼ王国所在カルネ村において神殿の許可なく聖ナザリック教会と称する不敬なる者による数々の無償治癒行為につき、神殿は異教徒と認定。首謀者ルプスレギナなる者を王都に送り処刑、教会は焼き払うものとす」

 

 やがてルプスレギナが縛られて連れてこられる。村人の怒りは頂点に達した。

 

「お前ら帰れ!」

 

「ルプスレギナ様はお前らに渡さん!」

 

 村人は暴徒となりルプスレギナを解放する。エンリは必死に止めようとするが、もはや村人は止まらない。

 

 神官を撲殺し、兵士と徴税人を追い返す。彼らはエンリを頭にいただき、カルネ村自警団の旗を掲げたのだった。

 

 カルネ村を中心とした開拓村住人の人間とゴブリン合わせて約二百名ほどが事実上の独立宣言をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国首都アーウィンタール──フールーダは留守中の指示をようやく終えて自室のソファに座る。明日はいよいよスレイン法国との国境に向かって進軍する。今回は皇帝自らの親征であり、不様な様子は見せられない。勝利する必要は無いがどのタイミングで講和や休戦するか、それが問題だった。

 

 フールーダは胸元の人形に触れる。それにしてもあの村娘が話していた謎の仮面のマジックキャスターアインズ・ウール・ゴウンとはいったい何者であろう?

 

 と、突然空間が歪んだ。目の錯覚かと思い、目を擦ると……フールーダは知らない場所にいた。

 

「ようこそナザリックへ。私はアインズ・ウール・ゴウン。ここの主だ」

 

「………おお…………おお……」

 

 フールーダは思わずひれ伏す。彼は強大な魔力の渦の中心に(アインズ)を見た。

 

 

 

 

 

 

「今帰ったっす。ソーちゃんはまだ仕事っすか?」

 

「……ええ。セバス様のお供をされているわ」

 

「ナーちゃんは暇そうっすね? 聖女やらないっすか?」

 

「ナーベラルには無理じゃないかしら? どう?」

 

「そうね。村を滅ぼすというのならやりたいけれど……人間(ゴミムシ)の相手はご免ね」

 

「まあ、ナーちゃんはそうっすね」

 

「で、次はどうするの?」

 

「うーん……よくわからないっす。ただ、王都から討伐軍が来るかもっす」

 

「可哀想に。全滅ね。村の人たち」

 

「まあ、仕方ないんじゃないっすか? でもなんだか王都の方もきな臭いっすから何かあるかもしれないっす」

 

「アインズ様の思惑通りに進んでいるってことかしらね」

 

「きっとそうっすね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap10 鮮血帝の謀略

 バハルス帝国皇帝ジルクニフはスレイン法国との国境手前に軍を留め、野営の準備をする。

 

「陛下、このまま進軍しないのですか?」

 

 先鋒の大将である、ナザミが疑問を口にする。ジルクニフはただ笑う。

 

「まあ、待て。そのうちにアーウィンタールから報せが来るだろう」

 

 ナザミは焦る。彼は幾度も戦場を駈けてきた。このままでは士気が下がるのは明白だからだ。

 

 対するスレイン法国はゲリラ戦に特化した少数精鋭の部隊による一撃離脱を仕掛けてきた。兵はさほど消耗しないが士気は確実に下がる。そうこうしている間に一週間が経った。

 

「陛下にお取り継ぎを! 帝都からバジウッド将軍からの信書です。将軍も追ってお見えになるはずです」

 

 ジルクニフは使者から信書を受け取り一瞥する。そして脇のフールーダに笑いかける。

 

「素晴らしい。爺の見立て通りだ。さて、バジウッドを待つとしよう」

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフは兵士を集め演説する。

 

「かのスレイン法国は卑怯にも我が軍を騙り無辜の民を殺害した。しかるにその非を責めんとして兵を挙げた留守中にまたしても我が帝都アーウィンタールにて神殿勢力と結託し、謀叛を起こそうとした。幸いにも迅速なる兵士の働きにより謀叛は未然に防がれた。これより我は帝都に戻り神殿勢力の残党を駆逐する。神殿が担ってきた民への治癒魔法などの一切は当面魔術師協会の管轄とする。尚、一部の兵はここに残り卑怯なるスレイン法国より我が帝国を守ってほしい」

 

 

 兵たちの熱狂的な歓声の中、敵の間諜の首が長槍の先に突き刺され、高々と晒されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国でゲリラ部隊を指揮していた火滅聖典隊長は前線の部下からの報告を受け、敵の陣地に晒される首を確認する。それは間違いなく以前壊滅し行方がわからなくなっていた漆黒聖典の一人のものであった。隊長は歯軋りする。

 

 戦線は互いに睨み合ったまま、時間だけが過ぎていこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフはフールーダと共に急ぎ帝都に向かう。フールーダの飛行(フライ)で馬車ならば数日間かかる道程を一晩で戻る。そして予め執務官のロウネから秘密の会合を持ちかけた闘技場の特別貴賓室の扉を開ける。

 

 突然の皇帝の登場に居並ぶ神官たちはギョッとして立ち竦む。

 

「やあ、諸君。なんの相談かね? よろしければ私も加わりたいものだが」

 

 慌てて顔を隠す者、呆然とする者、凄まじい形相で睨み返す者……彼らはジルクニフ皇帝の留守に乗じて皇帝の廃位を画策する謀議をまさに行っていた最中だったのだ。

 

 階下から登ってきたニンブルが兵士たちを指揮して神官達を次々と捕縛する。

 

 神官たちは神に仕える者に相応しくない言葉をジルクニフに浴びせるが、効果は無い。たちまちのうちに連れ出されていった。

 

 と、同じく帝国四騎士の一人、“重爆”のレイナースがやってきた。

 

「おそれいります。今しがた陛下宛にお忍びでリ・エスティーゼ王国の第二王女がお見えになっていらっしゃいますわ」

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国首都アーウィンタール。リ・エスティーゼ王国よりも人々は活気に満ち溢れていた。アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の面々は、ラナー王女の護衛のため同行するラキュースを除き城外で暇をもて余していた。

 

「そういやその剣って、なんか暗黒の力を秘めてててラキュースが神官でなかったら喰われてたかもしれないって話、本当なのか?」

 

 ガガーランがイビルアイの持つ魔剣キリネイラムを無造作に指で突っつく。

 

「いや、聞いたこと無いぞ。そんな話。……そもそも本来の持主だった十三英雄の悪魔騎士は悪魔と人間のハーフだったが見た目はあまり──」

 

「また始まった──」「イビルアイうるさい」

 

 イビルアイは双子に水を差されて黙る。と、いきなり通行人が話しかけてきた。

 

「ガガーランさんですよね? ほ、本物のガガーランさんだ! あの、闘技場、出ませんか?」

 

 ガガーランは思わぬファンに出会い困惑する。

 

「良かったなガガーラン」

 

 これ見よがしにイビルアイが皮肉を言う。

 

「うーん……遅いね。ちょっと見てこよっか?」

 

 イビルアイは慌ててティナを止める。なんで私が苦労しないとならないのだろう? イビルアイはまだ戻ってこないラキュースを恨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフとの停戦協定は互いの利害が一致して成立できた。これでいよいよ国内の不穏分子の排除ができる。ただ──

 

 ラナーは眉をひそめる。

 

 ジルクニフが出した条件に聖ナザリック教会の庇護というものがあった。ラナーは初めて聞いたが、どうやらトブの大森林の近くの開拓村の一つ、カルネ村に教会があるらしい。カルネ村なら確かガゼフ戦士長が謎のマジックキャスターに出会った場所だ。戻ったらガゼフに聞いてみよう、と思いながらもラナーはこの情報をジルクニフが持っていた事実の背景に思考を巡らすのだった。

 

「あの、ラナー王女。よろしければ私と少し話しませんか?」

 

 ラナーとラキュースは皇城内で声をかけられる。決して美人ではないが、なんとなく男の気を惹く愛敬があった。ラナーは本能的に侮れない相手、だと認識する。

 

 女は名乗らずにただ、ジルクニフ皇帝の愛妾の一人です、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 ラキュースがラナーと一緒に皇城から出てきた頃には夕方になっていた。

 

「ようやく出てきたな。やれやれ」

 

 ガガーランは先程からの男の熱烈な求婚に辟易していた。

 

「だからよーオッサン。俺は童貞しか相手にしないんだよ? イビルアイ、お前からも頼むぜ?」

 

 ようやく男を振り切り、王国に戻る道すがら、馬車の中でラナーは宣言した。

 

「王国に戻ったら膿を全て綺麗に出すつもりです。皆も協力してほしい」

 

「……具体的にはどうする?」

 

 イビルアイが尋ねた。

 

「……そうね。王国の闇を仕切る八本指とそれに繋がっている貴族を一掃します」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap11 吸血鬼ブレイン

 ブレイン・アングラウスは『領域』を発動させる。次々と踏み込んでくる冒険者たちを尋常ではない能力で血汐に染める。

 

 とはいえ、深傷は負わせない。刀が皮膚を斬る瞬間に返すため、見ためほどの傷ではない。が、圧倒的に傷を受けて相手の戦意が挫かれる。エ・ランテルの郊外で捕らえられ、吸血鬼となったブレインは今まで到達できなかった高みにいた。

 

 彼は他の二人と共に街道に出現する恐怖の対象を演じていた。今の彼にとってはミスリル級冒険者は敵ではなかった。一人また一人と次々に傷を受けてへたり込む。

 

 と、突然空気が割れる。細身のランスを構えた深紅のフルアーマーの少女が一撃で他の戦士──スレイン法国の人間──を倒す。ブレインは立ち竦み、彼女の神々しいまでの美しさにうっとりする。彼女こそがブレインを高みに連れていってくれた天使だ。

 

 彼に与えられた役割はミスリル級冒険者たちを恐怖させ、主人(シャルティア)に見事殺されることだ。

 

 ブレインは静かに目を閉じる。我が生涯に悔いなし──いや、まてよ?

 

 ブレインは目を開く。訪れる死に恐怖する。──まだ、死ねない。

 

 正確には既にアンデッドなのだから死んでいるのだろうが……

 

 ブレインはシャルティアのランスをかわす。そして背を向けて一目散に逃げ出した。

 

 今は死ねない。好敵手(ガゼフ)ともう一度立ち会うまでは……

 

 

 

 

 

 

「逃げられたでありんすか」

 

「………あ、ああ……凄い。助けていただきありがとうございました……ああ……あああ……」

 

 イグヴァルジは腰を抜かしていた。その股間に染みが広がっていく。

 

 アインズは倒した漆黒聖典の一人の胸元からスレイン法国の文書を取り出して高々と掲げて皆に見せる。これで“深紅と漆黒”がスレイン法国の工作員を倒し、彼らが操る強力なヴァンパイアを追い払った、という既成事実ができた。しかし……

 

「少うし人選を誤ったでありんす」

 

 シャルティアはブレインが去っていた方角を見ながら呟く。

 

「……ああ。こっちもだな……」

 

 アインズは白目を剥いて気絶しているミスリル級冒険者たちを眺めながら呟く。どうにかまともに起きていたのはイグヴァルジとモックナックの二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの街に着くと街の入口で冒険者組合長のアインザックが待ち構えていた。

 

「やあ、シャルさん、モモン君、よくやってくれた。君たちがいなかったら全滅していたろうね。いや、ありがとう」

 

「そんなことはありんせん。皆が力を合わせたに過ぎんせん」

 

 シャルが謙遜する。

 

「シャルさん! 俺たちが生きて戻れたのはあんたたち、いや、貴女方のおかげ。ありがとうございました。……足手まといな俺たちを助けていただいて何てお礼を言ったら良いか……ウック……」

 

 イグヴァルジも今やすっかりシャルの熱烈な信奉者となっており、アインズは思わず苦笑する。賞金を辞退すると言って聞かないミスリル級冒険者たちに、それならばと皆で酒場に行き、酒と料理を振る舞うことにした。

 

 残念ながらアダマンタイト級にはまだなれなかったものの、エ・ランテルで比類なき冒険者としての名声は得ることができたのでまずまずといったところだろうか。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国王都リ・エスティーゼ。魔術師協会から一人の初老の男が出てきた。彼はアインズの命を受けて魔術師協会でユグドラシルには存在しなかった魔法のスクロールを購入したのだった。

 

 セバスは腰に挿した戦果(スクロール)に満足げに目をやり、次に腕時計を見る。

 

 ──少し急いだ方が良いですね──セバスは裏道に入る。少々治安が悪いが、帰り道の短縮になるからだ。

 

 通りに面した裏口の扉が開き大きなゴミ袋を担いだ男が出てきてゴミ袋を放り投げる。セバスはゴミ袋の側を通り過ぎようとする。と、セバスの足が止まった。ゴミ袋の口から伸びるか細い女の腕がセバスのスラックスの裾を掴んでいた。

 

 窶れた女が姿を現す。

 

「……離してくださいませんか? それとも──」

 

 セバスは優しい声をかける。

 

「貴女は助けが欲しいのですか?」

 

 

 

 

 

 

 ブレインは走り続けていた。アンデッドになって疲労がないことを幸いに無我夢中で逃げていた。

 

 創造主(シャルティア)を裏切った彼には逃げる以外に道は残されていなかった。

 

「──どうやら追ってこないみたいだ」

 

 しかし、逃げ切ったとは思わなかった。逃がされたのだ。あの真祖(シャルティア)が本気で追いかけてきたなら直ぐに捕まっただろう。

 

 ブレインは何者かの気配に刀を構える。

 

「──ほう。なかなかやりおるようじゃな。しかし──」

 

 目の前に現れた老婆に思わず気を殺がれる。ブレインは本能的に直感する。

 

 ──この相手は……強い。

 

 老婆はブレインに向かい無防備に近付く。

 

「……うん? お主ヴァンパイアじゃな。ふむ。さしずめ強さを求めんがため、人間を辞めたか。よせよせ。お主には勝てん……お主……ブレイン、ブレイン・アングラウスではないか? ふむ。随分と見違えたの」

 

 ブレインは思い出す。かつて王国のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の死者使い(ネクロマンサー)リグリット・ベルスー・カウラウ──かつて対戦したが歯牙にもかけられてもらえなかった。だが、今は──ブレインはニヤリと嗤った。

 

 

 

 

 

 

「……セバス様。その女をどうするおつもりですか?」

 

 ソリュシャンはベッドの上の女を見ながら尋ねた。セバスが拾ってきた女はソリュシャンにより大治癒(ヒール)が行われた上に身体もお湯で清められ、ボロ切れのようだった面影はなくなっていた。

 

「当分の間、ここで保護することにします」

 

 セバスは(ツアレ)を見つめながら答えた。ソリュシャンは色をなす。アインズ様からは極力目立つ行動を控えよ、と言われていたのではないか?

 

「……では、アインズ様にご報告すべきでは?」

 

 ソリュシャンは引き下がらなかった。この任務を失敗すれば、それはソリュシャンのみならず戦闘メイド(プレアデス)への評価が失墜することになりかねない。

 

「……いや、その必要は無いでしょう。アインズ様にはそんな些細なことをお耳にいれるべきではないかと」

 

 セバスはソリュシャンに背を向けたまま言い放った。ソリュシャンは目の前が真っ暗になる。そしてようやくの思いで訴える。

 

「……出過ぎた真似ではございますが、せめてデミウルゴス様にご相談されては如何でしょう?」

 

 セバスはソリュシャンを振り返る。

 

「……わかりました。そうしましょう。──ありがとうソリュシャン」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap12 カルネ村の奇跡

 リ・エスティーゼ王国ヴァランシア宮殿での宮廷会議では六大貴族を含む主だった貴族たちの前でラナー王女からバハルス帝国との停戦合意の調印文書が披露される。

 

 主戦派のボウロロープ候は皮肉めいた賛辞を送り、王国の内情を露呈する。彼が中心の勢力は第一王子のバルブロを担ぎ上げ、権勢を欲しいままにしていた。対抗勢力として有力なのが第二王子のザナック支持を打ち出しているレエブン候の派閥だ。

 

 今回、ラナーが帝国との講和を成立させたことはボウロロープ候には面白くなかったらしく、次にラナーが帝国との和解の条件とした聖ナザリック教会を他の神殿と等しく保護を与える、という提案に真っ向からぶつかってきた。

 

「既に四大神を祀る神殿があるのにさような邪教を認めるわけにはいきますまい。かようなことを認めるならば神殿からの反発は必定。陛下はいかがされる? 聞けばかの邪教は王国に牙を剥き、役人や兵士に甚大な損害を与えたとか。むしろ軍を派遣して断罪すべき」

 

 貴族たちの神殿勢力との結び付きは強く、聖ナザリック教会に対する反発は押さえられようがなかった。しかも以前に派遣した徴税人を村人が追放したのは事実である。

 

 国王ランポッサ三世としては事情究明の特使を派遣する、特使は国王の信任が厚い戦士長のガゼフを送ることとするのが精一杯だった。

 

 と、またしても思わぬ横槍がはいる。

 

「父よ! ガゼフ殿は以前にカルネ村で戦闘の傷を癒されたと聞いておりますゆえ、冷静な判断を下せるとは思えませぬ。従ってこの私自ら誰何しに行こうと思います」

 

 ランポッサ三世はバルブロ王子に許可を出した。

 

 

 

 

 

 

 バルブロ王子は兵士二千を率いてカルネ村を目指す。やがて目的地まで一キロメートルとなった地点で一旦軍をとめる。

 

「バルブロ王子、このまま二千の兵でカルネ村に向かうのはお止めいただきたい。これでは村の人間の不安をいたずらに煽るだけです。まずは少人数の先遣隊を編成して事情を説明するべきです」

 

 国王の意向で同行しているガゼフが意見する。バルブロは王軍の旗を指しながら叫ぶ。

 

「馬鹿を言え! 我々は王軍だぞ? 王国に反逆する農民風情になんで気遣いしなければならんのか? さては貴様、同じ平民出身だから農民共の肩を持つのであろう?」

 

 ガゼフは全くとりつく島がないまま、引くしかなかった。

 

 バルブロ王子は意気揚揚とカルネ村に軍を展開する。ガゼフはカルネ村に以前はなかった高い見張り台や防壁があることに気付く。

 

「聞け! カルネ村に邪教を信仰する聖ナザリック教会なる存在があるというが、邪教を広めし首謀者を速やかに我が軍に引き渡せ。これは王命である。直ちに開門せよ」

 

 バルブロの使者が門に向かって叫ぶ。しかし反応がない。と、何処かからか牛のふんが投げられて使者と王旗が糞まみれになる。

 

「ルプスレギナ様は渡さないだ!」

 

「糞まみれの糞王子はとっとと帰れ!」

 

 バルブロ王子は逆上した。

 

 

 

 

 

 

 村人は抵抗する。塹壕や高台から弓矢を射かけてくる。更に村人に混じってゴブリンもいる。それらのことがバルブロの怒りに油を注いだ。

 

「王命に対する明らかな反逆だぞ。一人残さず殺せ! いや、生け捕りにして村人の前で村長や教会の人間を処刑してやる」

 

 村人はゴブリンの指揮で奮戦していたが所詮は多勢に無勢、次第に押し込まれていく。戦線は徐々に後退し最早風前の灯火だった。

 

 王国軍は最後の砦である教会を取り囲む。

 

「聞け! これ以上の抵抗は無意味だ。大人しく降参しろ。さもなくば全員の命は無い」

 

 兵士が呼び掛けると鐘楼に人影が現れた。修道女のルプスレギナだ。

 

「神よ! 今こそ弱き者を救いたまえ! この地に奇跡をお示したまえ!」

 

 ルプスレギナの祈りに呼応するかのように黒い雲がたちまち空を覆いだす。やがて天空に光りが現れ、それぞれの光が形となる。四体の|門番の智天使《ケルビム・ゲートキーパー》だ。その神々しさに兵士も村人も呆然となる。

 

 突然、バルブロ王子が雷に撃たれ馬から転がり落ちた。同時に何処からか力強い角笛の音が響き渡り喚声が起こる。教会を囲んでいた兵士たちは次々に現れてくるゴブリンの軍勢に蹴散らされていく。

 

「我らゴブリン騎兵隊。敵の包囲網を突破せん!」

 

「我々ゴブリン魔術師隊、敵を殲滅してやろうぞ!」

 

 忽ちのうちに形勢が逆転する。突如として千を超えるゴブリンの軍勢が──しかも練度も装備も王国軍を遥かに凌いでいた──反撃してきたのだ。しかも総大将であるバルブロは生死不明である。

 

「各部隊長は部下を纏めろ。攻撃はするな。ただただ撤退に全力を。エ・ランテルに撤退だ!」

 

 ガゼフは怒鳴った。そしてバルブロ王子を乗せた馬車を守りながら戦場を後にする。

 

 夕暮れのカルネ村に村人の歓声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 アインズは完全不可視化の状態で空中から聖ナザリック教会を見下ろす。教会の鐘楼ではルプスレギナが迫真の演技の真っ最中だった。

 

 ルプスレギナが天に向かい両手を差し伸べる。アインズは門番の智天使を召喚する。

 

 そして王国軍の中で一番目立つ総大将を雷撃で落馬させる。

 

「……うん? ちょっと強すぎたか? うーん……魔法の矢(マジックアロー)にしておいた方が良かったか? まあ良いか」

 

 そしていよいよ最後の仕上げ──(アインズ)の顕現──金ビカのやたらと派手な衣装を着たアインズが不可視化を解こうとした瞬間に『ブォー』と角笛の低い音が響き渡った。

 

 戦場に突如として現れるゴブリンの大軍勢。アインズは混乱する。

 

 やがてアインズは教会の建物の影で立ち竦む村娘(エンリ)の姿をとらえる。どうやら彼女がゴブリンの軍勢を召喚したようだ。

 

 ──多少シナリオとは違うが、まあ良いか。アインズは神の役を演じずに済んだことに内心安堵していた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap13 王都騒乱

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフはカルネ村から兵を撤退し、王都リ・エスティーゼに帰還した。重傷のバルブロ王子はもはや虫の息であり、王都に着くとすぐさま水の神殿に部下を送る。兵を纏めヴァランシア宮殿の前に来ると宮殿は近衛兵により厳重な警戒態勢となっていた。

 

「ガゼフ殿、貴殿の遠征中にバルブロ王子を戴く勢力による王位簒奪並びにラナー王女の暗殺未遂事件が発覚いたしました。失礼ながら貴殿の身柄の一時拘束と首謀者バルブロの身柄をお引き渡しいただきたい」

 

 否応なしにバルブロは引き立てられていく。ガゼフは兵に命じ武装解除をさせる。

 

「陛下は? ランポッサ三世陛下はご無事なのか?」

 

「幸いに一連の事件は未然に終わり、陛下も王女もご無事だ。しかしかなりのご心労ゆえ、臥せっておられる」

 

 ガゼフはとりあえず安堵する。と、同時に自分が王都を離れていた間にいったい何が起きたのだろう、と思った。

 

 

 

 

 

 

「クライムはここで待っていて。良いこと?」

 

 ラナーに言い渡されてクライムは思わず反論しようとする。階下に自分が置かれては肝心のときに間に合わないのでは? と無言の抗議で訴える。

 

「忠犬も良いけどよぉ、童貞。姫様のことなら心配いらないぜ? 俺たちがついているんだからよ? それとも俺たちが頼りないってんなら話は別だが」

 

 ガガーランにここまで言われてしまうとクライムには返す言葉はなかった。

 

「……ラナー様をお頼みいたします」

 

 深々と頭を下げるクライムの肩をガガーランが容赦なく叩く。あまりの強さにクライムは思わず顔をしかめる。

 

「……クライム。階下の警備も重要だ。手を抜くな?」

 

 クライムの目の前に仮面がぬっと近づく。

 

 ラナーとザナック、レエブン候、そして“蒼の薔薇”は階段を上っていく。ラナーの私室の前で新入りのメイドが落ち着かない様子でいるのに不審に思ったガガーランが声をかける。と、突然メイドがその場から逃げ出した。

 

「──追って! 捕まえて!」

 

「──待った! 危険。この部屋は──」

 

 ラキュースとティアの声が交差する。突如として起こる爆発。イビルアイがすぐさま魔法を〈水晶障壁(クリスタル・ウォール)〉を展開する───

 

「ラナー様! ラナー様ぁ!」

 

 クライムは階上での爆発音にすぐさま駆けつける。辺り一面に煙が充満していて視界が利かない。足もとに小柄な人物が倒れていてクライムは思わず抱き起こす。

 

「……くっ。小僧か。姫様なら大丈夫。今頃ラキュースが安全な場所に避難させている。ザナック殿下もな」

 

 

 

 

 

 

 爆発物を仕掛けたメイドはすぐに捕らえられる。そして依頼者の名前としてボウロロープ候に近い貴族の名前を白状した。

 

 バルブロ王子派の貴族が数珠つなぎに捕縛されていく。やがて貴族の館から神殿の神官長との連名によるスレイン法国への密書が明らかにされる。

 

「知らぬ! 断じて知らぬ! 私は潔白だ! おのれ……誰かの罠だ!」

 

 騒ぎ立てるボウロロープ候も兵士達に捕縛される。事態に気を落としたランポッサ三世は自らの退位を決断する。

 

 これにて第二王子のザナックが即位しそのままザナック王となる。ザナックが自らランポッサ四世もしくは他の名前にしなかったのは退位した先王に対する畏敬を表したもの、と噂された。

 

 同時に各神殿は神官長を失い弱体化する。追い討ちをかけるかのように聖ナザリック教会が国教として守護されることになり、各神殿はこの下部組織へと追い落とされた。

 

 王都リ・エスティーゼとエ・ランテルには大規模な聖ナザリック教会が建設されることになった。両教会は“カルネ村の聖女”ルプスレギナが司祭を兼任し、聖ナザリック教会から派遣された修道士達が布教を行うこととなった。民衆は彼らの治癒の施しに感謝し、瞬く間に王国全域に信者が増えていった。

 

 

 

 

 

 

 かつてアウラが建設した偽のナザリックはもはや実物のナザリックとも遜色ないものになっていた。

 

 守護者統括のアルベドは階層を降りていく。やがてかつてカルネ村で捕らえられた旧陽光聖典の人間たちのもとに着く。彼らの本心は人類救済であり、また本来信心深い人間である。ナザリックで過ごし、かつ、神の顕現としか思えぬアインズの威光に直面してしまえば、それまでの彼らの神を捨て去ることは造作もなかった。しかも、彼らは扇動工作を得意としていた。

 

 これまでも一部の人間をリ・エスティーゼ王国に送り、聖ナザリック教会の布教活動に従事させてきた。そしていよいよ彼らをスレイン法国に送り込む段階に来たのであった。

 

「……これからあなたたちはかつての祖国であるスレイン法国へ行ってもらう。このナザリックで多くのことを学んだあなたたちにはスレイン法国が如何に奸計を用いて人心をたぶらかしていたかわかるはず。神であるアインズ様はスレイン法国を滅ぼされると決めたわ。でも、大勢の民衆が巻添えになるのはお望みではない、ともおっしゃった。あなたたちは慈悲深いアインズ様のご意向に沿い、過ちから悔い改める人間を救済しなさい。さあ、行きなさい!」

 

 信心深い聖ナザリック教会の修道士たちは瞳を輝かせながら駆けていった。

 

 彼らの姿が見えなくなるとアルベドは呟いた。

 

「全く人間などという種族は単純なものね。わたくしならすぐにもスレイン法国を崩壊できるのだけれど……アインズ様はきっと彼らの『神』を殺そうとなされているのね」

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国 王都リ・エスティーゼでは立て続けに新しい話題が駆け抜けた。

 

 幽閉されていたバルブロ王子の死去、ラナー王女とバハルス帝国皇帝ジルクニフとの婚姻、そしてリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の同盟、同時にリ・エスティーゼ王国のスレイン法国に対する宣戦布告だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap14 エルフの国

 アインズはシャルティア、アウラ、マーレを従えて塔を登っていく。アウラはスキルで周辺を警戒するが敵の存在は無い。

 

「おかしいですね? アインズ様。普通なら王城に近衛兵士みたいな精兵がいるはずですよね?」

 

「……うん? そ、そうだな」

 

「敵の罠かもしれんせん。しかし──」

 

 シャルティアも首を傾ける。あまりにも歯応えが無さすぎるのだ。エルフ国の国境を越えた辺りで一度、しかしこちらの姿を認めると途端に逃げ出してしまった。

 

「そういえばあのエルフ達、『オッ──』とかなんとか言っていたようでありんすが……」

 

「……オッタマゲーじゃないの? それかオッカマーとかかな?」

 

「お姉ちゃん、ぼ、僕はオカマじゃないよう……」

 

 アインズは守護者たちが楽しそうに笑っている光景にほのぼのとする。今日はこのエルフ国を落とし、そのままこのメンバーでスレイン法国を叩く。

 

 陽光聖典や漆黒聖典からの事前情報では強者は数名。しかしこのメンバーならば万が一つにも敗けはないだろう。最悪でもアインズとシャルティアとで転移魔法を使用すれば安全に撤退できるだろう。

 

 このエルフ国の国王はなかなかの強者らしいので、まずは予行練習みたいなものだった。

 

 一行が楽しそうに語らっているうちに最上階に到着する。

 

「貴様たち、よく来たな。私がこの国の──」

 

 シャルティアがスポイトランスを構えて突進し、アウラとマーレが行動阻害魔法をかける。アインズは前に出て〈心臓掌握(グラスプハート)〉を唱えようと──

 

「ま、待て! いや、ここは一対一じゃないのか? 卑怯だぞ!」

 

 エルフ王は泣きながら懇願する。アインズはただニヤリと笑う。

 

「PVPでは多人数での攻撃が基本だぞ? 〈心臓掌握(グラスプハート)〉」

 

 アインズたちは呆気なくエルフ王を倒す。するとあちらこちらから隠れていたエルフたちが出てきてアウラとマーレに平伏する。

 

「このエルフたちにはアインズ様の偉大さを教える必要がありんすね」

 

「いやあ、参ったなぁ。まあ、シャルティアよりあたしの方がこう、魅力的なんじゃないの?」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 年長のエルフが恭しくお辞儀をする。彼によればこのエルフ王は『先祖返り』で強大な力を背景にエルフたちに君臨していたという。かなり残忍な性格でもあり、今回アインズたちがいわば行きがけの駄賃代わりに倒したことに感謝しているのだという。

 

 アインズは更に年長のエルフから『王族の印』を持つアウラかマーレのいずれかを国王としてエルフ国に留めてほしいと懇願される。

 

「……アウラが王様になれば良かったでありんすが、きっと妻のエルフは選りどりみどりでありんしょう?」

 

「……シャルティア。あたしは女だってーの」

 

「……おや? そうでありんしたか。申し訳ないでありんすが、私みたいに胸に起伏が無いとわかりんせんでありんす」

 

 アインズはシャルティアとアウラの言い合いを眺めながらふとかつてのギルドメンバーのやりとりを思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国 王都リ・エスティーゼ──

 

 セバスとソリュシャンが商人を演じている館には一人の来訪者の姿があった。

 

「……デミウルゴス……まさか貴方がお越しになるとは……」

 

「……別にたいしたことではないよ、セバス。私も少しばかり王都に用事があってね。さて、伝言(メッセージ)で大体の事は聞いたが、セバスはどうするつもりかね?」

 

 セバスは答えを逡巡する。ナザリックの利益を優先するならば彼女(ツアレ)は殺すべきだろう。しかし──

 

「…………彼女を助けることはできないだろうか……?」

 

 セバスの答えを聞いたデミウルゴスは瞳を蛇のように細め、笑い出す。

 

「フッハッハッハッハッ。なるほど……なるほど……そうですか。いや、なるほど」

 

 セバスはキツネにつままれた面持ちだった。

 

「……いや、失礼。実はセバス、私はセバスから今回話を聞いて、まずアインズ様にご報告したんだ。するとアインズ様は『面白い』と仰られて、このアイテムを渡すようお命じになられた」

 

 セバスはデミウルゴスからアイテムを受け取ると驚く。

 

「──これはまさかたっち・みー様の! おお! アインズ様! ありがとうございます!」

 

 その晩、街の外れで王都の闇を取り仕切る幹部の一人、コッコドールが半殺しの状態で発見される。彼はうわ言のように「しゅみましぇん。しゅみましぇん」と繰り返すのみで誰にやられたのか話すことができない状態だった。後に人々の噂に謎の超人が悪を懲らしめるというものが広まっていった。その超人の背中に浮かぶ四つの謎の紋章をみた、という噂と共に。

 

 

 

 

 

 

 エルフの国へ出立する前日──

 

 デミウルゴスからの報告を受けたアインズはセバスが勝手な行動を取ったことに最初はショックを受ける。しかし、時間の経過と共に思い直す。そして気付く。

 

 彼ら守護者(NPC)たちが成長しているのだということに。アインズはセバスの行動にかつてのたっち・みーの姿を重ねる。

 

 どうせなら──あの頃のようにギルドメンバーと過ごした日々を守護者たちが引き継いでくれたら──アインズはアイテムボックスから一つのアイテムを取り出した。ただのエフェクトでなんの効果も無い。たっち・みーがふざけてアインズの誕生日にくれたアイテムだった。

 

 アインズは改めてデミウルゴスにアイテムを託す。受け取ったセバスがどう受けとるかはわからない。でも──

 

 アインズは楽しそうに笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap15 蒼と深紅と漆黒と

 リ・エスティーゼ王国首都リ・エスティーゼは謎の正義のヒーローの話で持ち切りだった。そのスピードは雷より速く、鳥のように空を飛び、力は凄まじく片手で馬車を持ち上げてしまうほどだという。

 

「……一度手合わせしてみたいぜ? なあ、イビルアイ。俺かそいつかどっちが勝つか賭けないか?」

 

「……いや、どうだろう。そもそも人の噂なんて尾鰭がつくものだしな。あの十三英雄だって実際には──」

 

「──ストップ。ストップ。イビルアイがその話を語ると長くなるからな。そういやエ・ランテルで新しいアダマント級冒険者が生まれたんだよな。そのよ、“赤黒”とセーエキ……?」

 

「『セーキローリング』だ。それに“赤黒”じゃなくて“深紅と漆黒”だ」

 

 ガガーランの言葉をイビルアイが訂正する。

 

「……おっと。それそれ。……でよ? どっちが強いかな?」

 

 イビルアイは黙り込む。

 

「どうかな? ただ、“深紅と漆黒”はスケリトルドラゴン二体を倒したり、ギガントバジリスクを倒しているからな? ガガーラン、どうだ? お前に倒せるか?」

 

「スケリトルドラゴン一体なら倒せるがなあ。二体は厳しいだろうな。……ギガントバジリスクは……“蒼の薔薇”全員じゃないと無理だろう」

 

 ガガーランは冷静に判断する。そうなのだ。“深紅と漆黒”は桁違いの強さなのだ。深紅のフルアーマーの女戦士シャルは魔法も使える。それも第三位階だ。そして漆黒の魔術師(マジックキャスター)モモンは第六位階まで使うという噂がある。あくまでも噂だが……

 

 となると、モモンはイビルアイはおろか帝国のフールーダと同格ということになる。──馬鹿な。あり得ない、イビルアイは首を振る。

 

「そういや、とうとう潰れたな。スレイン法国──」

 

 ガガーランは吐き捨てるように言った。無理もない。“蒼の薔薇”はかつて彼らの部隊と剣を交えたことがあったのだった。

 

「人類の守護者とかなんとか宣っていたが結局陰険なヤツラだったんだな」

 

 スレイン法国はこれまで王国や帝国に対して数々の謀略を行ってきていたことが明るみになり、王国と帝国との連合軍により、最高神官長ら執行部が降伏し崩壊したのだった。

 

「そろそろ時間だな」

 

 イビルアイは立ち上がる。これからヴァランシア宮殿でラキュースら他の“蒼の薔薇”のメンバーとラナー王女と待ち合わせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 アインズは最高神殿を見回す。もはや脅威となる存在はいない。一人、銀と黒の髪のハーフエルフの少女がよろよろと立ち上がった。彼女の推定レベルはおよそ六十台。現地の存在ではおそらく破格の強者であり、レアだった。アインズが心臓掌握(グラスプ・ハート)を使わなかったのはレアコレクターとしての食指が動いたからに過ぎない。

 

「……私と……勝負しろぉぉ……その色黒チビのダークエルフぅ! 私は人類最強の守り手、“絶死絶命”だッ!」

 

 ──いや、既に人類最強じゃないじゃん、とアインズは思わず心の中で突っ込む。

 

「おやまあ、誰かさんは今日はモテモテでありんすな? チービースーケ」

 

 アウラが前に出て鞭を構える。格下とはいえアウラは一対一の戦いは得意ではない。しかし、アインズは信じていた。守護者たちが今回の戦いで成長を見せてきたことを。

 

 二人の戦いは互角に見えた。しかし、アインズの目にはアウラがスキルを使い、徐々に相手の動きを削っていく様が見えていた。最終的にはアウラの完勝だった。アインズはアウラの頭を撫でてやる。アウラは仔犬のような甘えた顔をした。

 

「くッ! ……好きにしろ! 私を好きに蹂躙するがいいッ! こ、このケダモノめッ!」

 

 アインズ、アウラ、マーレ、そしてシャルティアまでもが目が点になった。

 

 

 

 

 

 

 ヴァランシア宮殿のラナー王女の部屋に通された“蒼の薔薇”はそこで意外な顔触れと会う。

 

「紹介しますわ。こちらが“蒼の薔薇”。そしてこちらが“深紅と漆黒”のお二人です。今回の八本指壊滅の依頼を引き受けてくださったのですわ」

 

 八本指というのは王国の暗黒界を仕切っている八人の顔役からなる組織で、今回、地道な調査で突き止めた彼らのアジトを殲滅する計画をラナー王女が立てたのだった。

 

「どうやら“深紅”との異名があるようでありんすが私がシャル、そしてこちらがモモンさ──ん。ゴホン……モモンさんでありんす」

 

 シャルが優雅に自己紹介をする。あまりの気品に貴族の娘であるラキュースも思わず息を呑む。

 

「おいおい? ウチのチビさんだけじゃないのな。仮面を被った魔術師(マジックキャスター)ってのは。案外お似合いかもな」

 

「──ゴホン。モモンさん、ウチのガガーランが失礼なことを。謝らせていただきたい」

 

 ラキュースがガガーランの頭を下げさせながら謝罪する。

 

「では、本題に入るとしますわ。クライム、貴方にも参加してもらいます」

 

 

 

 

 

 

 その晩、“蒼の薔薇”と“深紅と漆黒”は手分けして八本指のアジトを襲撃することになった。ラナー王女の頼みで“蒼の薔薇”にはクライムが同行する。

 

「童貞、俺はてっきり姫様がジルクニフと結納したから拗ねてると思ったぜ?」

 

 早速ガガーランがからかうとクライムは顔を赤くする。

 

「……正直、複雑です。でもラキュース様から貴族社会ではそういう形式的な婚姻があると伺いましたから……ラナー様は国家の事をお考えなのですからきっと正しい判断なのだと思います」

 

 クライムは唇を噛む。

 

「ふーん。そういうものか。……と、そんなことよりも仕事だ。どうあっても“深紅”には負けられないからな?」

 

 珍しくイビルアイが感情的になっていた。無理もない。昨日の初顔合わせがあった後──

 

「どうだい? 互いの実力を確かめるためにちょいとばかし試合をしないか?」

 

 きっかけはガガーランだった。

 

「……別に私は構いんせんが……」

 

 シャルにモモンが頷いてみせた。

 

「面倒でありんすから“蒼の薔薇”全員と私でやり合っても構いんせんでありんす」

 

 結局試合をすることはなかったが、このことはイビルアイの自尊心を酷く傷つけたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ここが六腕のアジトでありんすか……」

 

「……うん? 一体のアンデッド反応があるな? 油断するなよ?」

 

 シャルに続いてモモンも中に突入する。

 

「──これは!?」

 

 

 

 

 

 

「おかしい。敵の気配はあるが……動きがない」

 

 ティナがスキルを使って建物の内部を探り、首を傾げる。

 

「……罠か?」

 

 全員の緊張が高まる。ラキュースが意を決して建物の内部に突入する。しかし、敵の抵抗はない。

 

 ────??

 

 皆で思わず顔を見合わせる。誰もが狐につままれたかのようだった。彼女たちの前にはあり得ない光景があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap16 正義降臨

 城砦都市エ・ランテル。夕闇に一人の男が道を急いでいた。人通りが疎らな裏道を男は早足で歩く。と、かすかに聞こえる女の悲鳴。

 

 男はジャケットを脱ぎ捨てる。夕闇にも鮮やかな青と赤のピッタリと身体にフィットしたボディスーツの胸もとには大きく男の頭文字の『S』が描かれていた。背後には『正』『義』『降』『臨』の四文字のエフェクトがまばゆく光る。

 

 男は走る。正義のために。弱き者を虐げる悪を倒すために。今夜も街に木霊する。正義の叫びが。『正義降臨』

 

 

 

 

 

 

 セバスはふと思い出していた。彼の創造主たる至高の御方、たっち・みーは現実世界で警察官だった。しかし、セバスだけは知っていた。たっち・みーの本業は実は正義のヒーローだということを。つまりは警察官というのも世を忍ぶ仮の姿、アンダーカバーにしか過ぎなかったのだ。

 

 このことは他の至高の御方々、ギルドマスターのモモンガすら知らない秘密であった。

 

 たっち・みーの秘密は腰に着けていた特殊なベルトにある。このベルトが駆動することにより、たっち・みーの全身は特殊装備に覆われる、いわゆる『変身』が可能となるのだ。

 

 

 

 

 

 

 最後の襲撃場所で“深紅と漆黒”、そして“蒼の薔薇”は顔を合わせる。互いの表情からそれぞれの現場が同様だったろうと察しがつく。

 

 これまでのアジトでは全て何者かの襲撃を既に受けており、八本指の幹部はご丁寧にもロープで厳重に縛られていたのだった。

 

「……どうやらそちらも同じ状態だったみたいですね?」

 

「……いったい誰の仕業でありんしょう? 随分と手際が良いように思われんすが……」

 

 ガガーランが断言する。

 

「そりゃあれだ。『セーキポロリン』だろ?」

 

 ──性器ポロり──アインズは思わず混乱する。一瞬思考が止まる。

 

「──何べん間違うんだ? それを言うなら『セーキローリング』だ」

 

 ──いや、『正義降臨』だから。イビルアイも得意そうに言ってるけど間違ってるから……アインズは心の中で激しく突っ込む。

 

 一同は建物の中に入る。シーンと静まり返っていて無人のようだった。と、かすかに人の呻き声がした。

 

 

 

 

 

 

 館の主人、ヒルマはベッドから起き上がる。何か起きている──そう直感した。

 

 急いでガウンを羽織ると扉の外の気配を探る。普段なら警備をしているはずの部下の姿が無い。

 

 ヒルマの目の前で扉のノブがゆっくりと回される。

 

「……はじめまして。私は正義の執行者です。貴女は私が何故来たかお分かりですよね?」

 

 穏やかな、しかしながら毅然とした振る舞い。青と赤のピッタリと身体にフィットした派手な衣装。胸にある謎の『5』の数字。噂で聞いていた『精気絶倫』に間違いない。ヒルマは胸もとをはだけて男を誘う。彼女の手練手管に抗える男はこれまでいなかった。

 

 ヒルマは男に妖しく笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

「……この女幹部はなんだか精神的に酷くダメージを受けているようでありんすね」

 

 “深紅と漆黒”、そして“蒼の薔薇”がヒルマを取り囲む。視線は虚ろに彷徨い、ブツブツと何やら呟いている。

 

「……私に魅力が無いわけではない……そうだ。きっとそう……大丈夫。私はまだまだ魅力的……あの男がおかしいだけ……そうだ。あの男は男しか愛せないのだ……同性愛者なのだ……それとも……きっとロリ■ンなのだ……きっとそうだ……」

 

「──な……」

 

 思わずアインズは叫びそうになり口をふさぎ、シャルティアと顔を見合わせる。セバスの仕業であるとすぐにわかったが、女の言葉はアインズにとって衝撃的だったからだ。動揺はすぐに鎮静化する。この時ばかりはアンデッドの身体に感謝する。

 

 かくて八本指は全ての幹部が捕縛され、組織は壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 とある小さなある王国──小さな少女の女王が治める──が、今まさにビーストマンたちの襲撃の前に風前の灯であった。

 

「……陛下。もはやおしまいです。陛下の始原の魔法も、生け贄にすべき国民の数がおりません」

 

「……う、うむ。じゃが、クリスタル・ティアは? 彼らはまだ戦っておるのじゃろう?」

 

 女王は立ち上がり外を見る。勿論戦場はここからは見えない。

 

 ──もはや滅ぶしかない。と、そのとき遠くで爆発が起こる。

 

「──正義降臨!」

 

 女王の耳には確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 セバスは周辺国の情報を集めるため、旅の商隊として馬車を走らせていた。どうせならばと馬車には実際にリ・エスティーゼで仕入れた商品も載せていた。

 

「……この辺りが竜王国になりますね。ふふふ。なんでも真なる竜王の子孫の国らしいですが……親近感が少しありますね」

 

 セバスはソリュシャンに向かい、楽しそうに笑った。アインズからの任務はリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国ではよくわからない周辺国の調査と心のままに正義を行え、というものだった。特に姿形に拘らず弱き者を救え、と。

 

「……セバスよ。おそらくたっちさんがこの場にいたらきっとそう望むだろう。いや、違うな。もしかしたらたっちさんもこの世界に来ているかもしれない。法国を押さえて随分と情報を得ることができた。それによればお前達が至高の御方々と呼ぶ我々プレイヤーは過去にもこの世界を訪れているようだ。だから……たっちさんも来ているかもしれない。そう私は思うのだ」

 

 セバスは胸を熱くする。

 

「……セバス様」

 

 ソリュシャンがセバスに目配せする。セバスの頬が引き締められた。スーツとシャツにかけられた指にグッと力が入る。

 

 やがて、彼の目には弱き者が虐げられている光景が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 ビーストマンたちは突如起きた出来事に混乱する。立て続けに爆発──正確には爆発のような衝撃波にビーストマンの戦士たちが何人も吹き飛ばされる。

 

 赤と青の衣装の人物が、赤のマントを翻し、嵐を伴い駆け抜ける。

 

「正ぃー義ぃー降ぅー臨んっ!」

 

 セバスの力強い叫びと共にビーストマンたちが何十人も吹き飛ばされる。

 

 圧倒的な力の奔流にさらされビーストマンの戦意はへし折られた。

 

 ドラウディロンは恋をした。黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)である彼女にとって思いがけない感情が生まれていた。

 

 彼女は正義の執行者(セバス)にかつての真の竜王にも似た強さを、そして懐かしさを感じた。

 

 そう、白状するならば、ドラウディロンはセバスに女として惹かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、アインズ様。次はどうなさいますのでありんしょう?」

 

 アインズは静かに空を見上げる。

 

「うむ。実はな、シャルティア。知っていたか? アインズ・ウール・ゴウンの名前を歴史に刻む為には倒さなくてはならない敵がいるのだということを」

 

 シャルティアは黙ったままアインズを見上げる。

 

 アインズは楽しそうに笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap17 ズーラーノーン

 偽ナザリック最奥部 玉座の間──元スレイン法国神官長レイモンはアインズの前に(ひざまず)く。

 

「レイモンよ。アインズ・ウール・ゴウンへの忠誠、感謝しよう。お前たちがもたらしてくれた情報は実に有意義であった」

 

「はっ。有り難き幸せ」

 

「さて。お前たちが追っていた秘密結社ズーラーノーンについて少し情報があってな、その前に改めて確認しておきたい」

 

 アインズの合図にアルベドが一人の女を連れてくる。長く伸びた金髪に紫の瞳、雰囲気が随分と変わっているが、以前にエ・ランテルの墓地で“深紅”に倒されたズーラーノーンの女幹部だった。

 

 立ち上がり、思わず身構えるレイモンをアインズは片手を上げて制する。

 

「この者はクレマンティーヌ。過去を後悔し、現在では敬虔な聖ナザリック教会の修道女であり、アインズ様の信奉者です」

 

「……うむ。アルベドよ。流石は守護者統括に相応しい働き。感謝する」

 

「……有り難うございます」

 

「……そういえばもう一人の姿は見えんせんでありんすが……復活させなかったのでありんしょう?」

 

 シャルティアが疑問を口にする。

 

「……ああ。あれは既にアンデッドだったのでな。どうも利用価値が無さそうなので打ち捨ててあると思うぞ?……ああ、そうだ。スレイン法国のハーフエルフはどうしている? あのレアは?」

 

 アインズの疑問にはシャルティアが答えた。

 

「……あのハーフエルフの娘ならアウラに付きっきりでありんす。あれを離そうものなら自殺しかねんでほとほと困っていんす」

 

 アインズはハーフエルフがアウラに尋常ならざる執着を持っていたことを思い出した。そして──まあ、仲直りしたのならまあ、いいか──と気楽に思う。

 

 アインズは軽く咳払いをすると姿勢を正し、集まっている守護者たちを見渡しながら言葉を伝える。

 

「さて、皆の働きにより我がアインズ・ウール・ゴウンの名声は地上世界に広く広まったと言える。しかし、まだ我々の威光に臥さない存在が残っている。それが秘密結社ズーラーノーンだ。この度私はこのズーラーノーンを掌握しようと考えている」

 

 

 

 

 

 

「情報ではここにズーラーノーンの幹部がいるんでありんすな?」

 

 エ・ランテルの郊外にあるごく普通の空き家の前に“深紅と漆黒”の二人の姿があった。かつてズーラーノーンの幹部だったクレマンティーヌからの情報でいくつかあったとされる活動拠点のうちのひとつだ。

 

 表向きは聖ナザリック教会からの依頼で『ズーラーノーンの調査』だ。

 

 モモンは裏口に回り、シャルが正面から乗り込む。あらかじめモモン──アインズにより家の中にはアンデッド反応があった。

 

 シャルは注意深く進む。同時に自分の影に潜ませていたシャドウ・デーモンを先に進め敵の背後に潜ませる。

 

 ドアを開け、踏み込む。と、立ちすくむ一人の男がいた。

 

「──な? ……ありえないッ!」

 

 モモンも合流する。男を見て驚いているシャルが言い訳のように呟く。

 

「……私が眷属にしたでありんすに……何故私が感知しなかったでありんしょう?」

 

 男は倒さなくてはなかったかつてシャル──シャルティアから逃げ出したブレインだった。

 

 

 

 

 

 

「──申し訳ありませんでしたぁ!」

 

 シャルティアに対してブレインは土下座する。彼の顔は涙と涎でグシャグシャだった。

 

「……どうしてもストロノーフと、ガゼフ・ストロノーフと試合がしたかったんですッ!」

 

「──ほう?」

 

 ガゼフの名前を聞いたアインズの目が光る。と、シャルティアがアインズに平伏する。

 

「……モモンさん。いや、アインズ様。申し訳ございません。この者はブレイン、私が眷属にした野盗の生残りでございます」

 

 アインズは思い出した。アインズたち“深紅と漆黒”のヴァンパイア討伐で噛ませ犬役をさせようとしたが、逃げ出した男だった。

 

「……貴様にはいくつか聞きたいことがある。正直に答えよ」

 

 アインズはいくつかの疑問を尋ねた。最初に疑問だったのは彼の眷属としての主、シャルティアからどうして逃げることができたのか? だ。これにブレインは『ライバルであるガゼフとの勝負への執念』と答えた。これはアインズにも理解できる気がした。次の疑問はシャルティアが何故、眷属であるブレインの存在を認識できなかったのか? という点である。

 

 これにはブレインは言葉を濁す。しかし、アインズには強力な第三者──おそらくはネクロマンサー──の関与が思われた。

 

 そして第三の疑問は彼がどういった経緯で彼がズーラーノーン幹部になったのか? もしくはズーラーノーンとの関係だった。これもブレインの答えは要領を得ないものだった。

 

 アインズはとりあえず“深紅と漆黒”としてエ・ランテルに戻ることにする。あくまでも形の上では聖ナザリック教会の依頼であるためだ。

 

 シャルティアがアインズの顔を見る。アインズは頷く。

 

「……よし。帰還だ──エ・ランテルへ」

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルに戻ってきたアインズにルプスレギナからの伝言(メッセージ)が届く。

 

〈アインズ様にお目にかかりたいとリグリットという人物が教会にお見えです。如何なさいますか?〉

 

〈──うん? 『アインズ』宛てなのか? ……とりあえず会うとしよう〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap18 リグリットの提案

「……ふむ。やはり、な。お主、『ぷれいやー』じゃな?」

 

 エ・ランテル一番の宿屋、黄金の輝き亭の一室でアインズとリグリットの会見が行われた。リグリットの第一声に同席するシャルティアとアルベドは思わず身構えた。アインズは片手を上げて二人を制するとリグリットに言った。

 

「……よくわかったな。そうだ。私はプレイヤーだ。……お前はプレイヤーに会ったことがあるのかな?」

 

 リグリットは頷く。

 

「……いかにもわしは『ぷれいやー』を知っておる。かの十三英雄の『リーダー』がそうじゃったよ。かの者は最初は弱い存在じゃったが、最後は誰よりも強くなりおった」

 

 アインズの目が光る。

 

(なるほど。『リーダー』はレベルが低い状態のプレイヤーだったのだな。それがこの世界で経験値を重ねてレベルアップしたということか。……つまり成長限界まではこの世界でもレベリング可能ということみたいだぞ?)

 

「『リーダー』の最期は仲間を殺した後悔から蘇生許否したのじゃったが……さて、ここからが本題じゃ。お主は何が目的かの? それ次第では協力せんでもない」

 

「私の目的は──」

 

 ──そう。アインズの目的は一つ。

 

「──かつて仲間たちと築き上げた我がギルド、アインズ・ウール・ゴウンの名を永遠の物とし、全ての人々の記憶に留めることだ」

 

 ──そしていつかは……かつてのギルドの仲間達と再会できたら──

 

 アインズの答えはリグリットには意外なものだったらしい。

 

「……それだけ、か? うむ。……その……なんじゃ。例えば世界征服とか人間を全て虐げて異形なる者の楽園を作る、とかではないのか…………うむむ」

 

 リグリットは腕を組んで考え込む。と、突然笑い出す。

 

「……成る程。成る程。確かにお主は『ぷれいやー』じゃわい。良かろう。お主に協力をしよう。……と、そういえばわしの従者のブレインは生きておるかの? ああ、正確にはアンデッドだから違うか……ヴァンパイアになった剣士じゃ」

 

「──貴様が……!」

 

 気負い立って身構えるシャルティアを制してアインズは答える。

 

「……無事だ。しかし、何故、彼がズーラーノーンの幹部になっていたのかな?」

 

 リグリットは語り出した。彼女はかつての仲間たちと『世界を乱す輩』に対する警戒をしていた。やがて、その存在が現れる。

 

 まず、その人物は『死の螺旋』という儀式魔法を用いて一つの国を滅ぼした。次にスレイン法国の最高神官長にまで登り詰めた末に法国に伝わる伝説の秘宝を持ち出して逃亡、現在では秘密結社ズーラーノーンの盟主として君臨しているのだという。

 

 ブレインは剣の腕前からズーラーノーンの幹部になるよう、まさにスパイとしてリグリットが潜りこませていたのだった。

 

「……わしはズーラーノーンの盟主はかつての十三英雄の中の人物の成れの果てではないかと考えておる。……聞けば貴殿らはズーラーノーンを討伐するとの由、是非とも手を組みたい」

 

 

 

 

 

 

「アインズ様。よろしかったので?」

 

「……問題ない」

 

 アルベドの問いかけにアインズは頷いて答えた。

 

 ──とにかく情報が欲しいところだな。リグリッドから初めてプレイヤーについての具体的な情報が得られた。やはりレベル百のプレイヤーが複数存在することもあり得ると考えるべきだろうな。

 

「……アルベドよ。バハルス帝国の婚礼には聖ナザリック教会の教皇として任せるが、良いな」

 

「はっ。聖ナザリック教会教皇に恥じない働きをしてまいります」

 

 アルベドは平伏する。

 

「さて、あとはズーラーノーンの盟主だな……しかしリグリットやブレインからも具体的な情報はなかった。しかもズーラーノーン内部でも盟主と最近接触したものは無いというが……」

 

「……先程の話では丁度エ・ランテルの墓地での騒動のあたりでありんすね。そういえばあのときの魔術儀式は『死の螺旋』であったのでありんしょうか?」

 

「──うん? ……そうか。しかし……あのアンデッドは盟主ではないのだったな。うーむ。これは一旦あのカジットという人物も復活させる必要があるかもしれないな」

 

 と、ふと唐突にアインズはスレイン法国から連れ帰ったハーフエルフの捕虜のことを思い出す。現地勢では相当の強者であり、しかもプレイヤーの血を受け継いでいる可能性が高い稀少種(レア)だった。

 

「──あのハーフエルフならば確かアウラに預けております。呼びにやりますか?」

 

「……いや、良い」

 

 ──近い種族なのだからアウラとマーレにとって良い友人になれば良いな、アインズはそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第六階層。アウラはいささか疲れていた。原因はこの間スレイン法国での戦闘で捕虜となったハーフエルフの少女だ。

 

 瞳がオッドアイでハーフエルフと種族も比較的近いという親近感から相手が希望する不慣れな一騎討ちをして、アウラが打ち負かしたのだが……

 

「……アウラ様。お風呂の用意ができています」

 

「……う、うん」

 

 アウラがマーレと住んでいる住居に帰るとハーフエルフが三つ指をついて出迎える。アウラは気乗りしないまま、風呂場に行く。

 

 ちなみにマーレは最近、エ・ランテルの冒険者組合のために冒険者の訓練用ダンジョン作成にかかりっきりになっていて、しばらくナザリックを留守にしているので不在だ。

 

 ──マーレが居てくれたらマーレに押し付けるんだけど。

 

 アウラが裸になって風呂に行くと、ハーフエルフも付いてくる。アウラの身体を石鹸で泡立てたスポンジで洗う。

 

「……あのさぁ、いい加減にしてほしいんだよね? それにそもそもあたしは女なんだけど?」

 

 アウラが口を尖らせて文句を言うが、ハーフエルフは全く動じる様子はない。横を向き、指先で床にのの字を書きながらため息混じりに呟く。

 

「……アウラ様。私を打ち負かしたあの瞬間から私の全ては貴方に捧げると決めました」

 

 ──いやいや、あのときあんた、ケダモノーっとか叫んでたし。なにそれ?

 

 アウラは不機嫌そうに風呂場を出た。ハーフエルフはバスタオルでアウラをゴシゴシ拭く。そしてアウラの耳もとで小さく囁いた。

 

「…………貴方の子供を産みたい」

 

 ──いや、だからさ、あたしは正真正銘女だっての……

 

 彼女(アウラ)の苦悩はまだまだ続きそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap19 盟主

 リ・エスティーゼ王国ヴァランシア宮殿の王女ラナーの私室──

 

「では、頼みましたよ。くれぐれも気をつけて」

 

 アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のリーダー、ラキュースは頷く。

 

「わかりました。では、その秘密結社ズーラーノーンの盟主とかいう人物についての情報を集めれば良いのですね」

 

「……ズーラーノーンか……確かスレイン法国の出身者が多いらしいな。死を司るいわゆる邪教徒の集団だと聞いたことがあるな」

 

 ラナーのもとを辞した“蒼の薔薇”は宿屋で作戦を練る。それでまずはズーラーノーンが関与したと噂されるエ・ランテル墓地での騒動について調べることになった。

 

 エ・ランテル冒険者組合の正式発表では事件そのものがなかったとされているが、確かな筋からの情報ではズーラーノーン幹部による大規模アンデッド召喚の儀式魔法が行われたという。そして、エ・ランテルの冒険者チーム“深紅と漆黒”によりスケリトルドラゴン二体、主謀者二名が倒されたらしい。

 

「その儀式魔法はどうやら『死の螺旋』というものらしい」

 

 ティナが報告する。

 

「……いや……まさか、な……」

 

 イビルアイの声が震えていたようだが、仮面に隠れてその表情は見えない。一同はエ・ランテルへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルに到着した“蒼の薔薇”はまず、冒険者組合を訪ねた。あいにく“深紅と漆黒”は任務のためしばらくエ・ランテルを離れているという。

 

「……せっかくの高名なアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の皆さんが訪ねてくださったのに申し訳ありません」

 

 奥から出てきた男は組合長のアインザックと名乗った。イビルアイがまず口を開く。

 

「……単刀直入に聞く。エ・ランテルの墓地での騒動について知りたい」

 

 にこやかだったアインザックの表情が一変する。彼は顔の汗を拭きながらそんなことは知らないととぼける。

 

「……イビルアイ。貴女はいきなり過ぎるのよ? ここは私に任せなさい。……組合長、私たちはラナー王女の命を受けて来ました。できる範囲での協力をお願いします。先日、“深紅と漆黒”が倒したスケリトルドラゴンについてなら教えてくださるかしら?」

 

 アインザックは少し葛藤していたが、話し出す。彼の話から大体の事件のあらましを知った一行は次に現場の墓地に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……うひょー……なんか気味悪いな?」

 

 ガガーランが大きな体を縮こませる。どうやらこういう場所が苦手のようだった。

 

「……なんだガガーラン。お前にも苦手なものがあったとはな」

 

「──しっ。黙って」

 

 イビルアイの軽口をラキュースが制止する。思わずティアとティナは顔を見合わす。

 

 ラキュースの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

「……ボス? 特に敵の反応は無いけどどうかしたのか?」

 

 ティアの問いかけにラキュースは力なく首を振る。

 

「……別に……たぶん大丈夫よ。なんだか悪い予感がしただけだわ。先に進みましょう」

 

 イビルアイは『死の螺旋』という言葉を噛み締めていた。彼女にとっては忘れることができない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 アインズがガジットを復活させなかったのは彼が既にアンデッドだったためである。アンデッドをアンデッドとして復活させるのにはより上位の復活魔法が必要になるからだ。

 

「……うむ。わしはいったい……」

 

 復活したガジットはゆっくりと辺りを見回す。

 

「……さて、早速だがお前にいろいろと聞きたい。まずはエ・ランテルの墓地での魔術儀式についてだ」

 

 ガジットは目の前の死の超越者(アインズ)の姿に驚愕する。その眼窩に揺らめく赤い光に魅いられたかのように小さな声で答えていく。

 

 

 

 

 

 

「……思ったほど情報はなかったな」

 

 アインズは落胆する。ズーラーノーンの幹部であったガジットからの情報はクレマンティーヌからのものと大差無かった。しかし、ガジットは妙なことを言っていた。

 

 彼は自らをアンデッドにするための儀式『死の螺旋』を行うために盟主から死の宝珠を預かったそうだが、その時点ではアンデッドではなかったという。

 

 しかも、死の宝珠を手にしてからの記憶が曖昧だとも言っていた。アインズはふと、現場で投げ棄てたアイテムを思い出した。死の宝珠とはあれに違いない。となるとまた、現場に行かなくてはなるまい。死の宝珠がそのままあるかはわからないが……

 

「…………死の宝珠、か……気になるな。そのアイテム……」

 

 アインズはシャルティアと共に“深紅と漆黒”として再びエ・ランテルの墓地へ行くことにする。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの墓地を捜索する“蒼の薔薇”のメンバー。皆、言葉少なく緊張した様子だった。

 

 ラキュースだけでなくイビルアイも何か良くないことが起きるという予感が消えなかったからだ。

 

「…………ん? 何だこれは?」

 

 イビルアイは倒れた石の陰からひとつの玉を拾い上げる。なかなかの魔力を感じる点から儀式に関係するアイテムの可能性が高かった。

 

「……これはこれは。お主はなかなかの魔力を持ったアンデッドだな。良かろう。この『死の宝珠』が力を貸してやろう」

 

 イビルアイは立ち上がると仮面を外した。赤い双眼が妖しい光を放つ。

 

「イビルアイ?」

 

 ラキュースがイビルアイの異常に気付く。と、同時にティアとティナがイビルアイの左右を窺う。そこにはイビルアイならざる何者かがいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap20 魔剣キリネイラムと死の宝珠

 ラキュースはイビルアイならざる存在に斬りかかる。と、ティアとティナがその剣を弾く。

 

「……ティア? ティナ? まさか貴女たちまでも?」

 

 ラキュースは茫然とする。ティアとティナの瞳もイビルアイ同様に赤く妖しく光っていた。

 

 更にラキュースは後ろから羽交い締めにされる。ガガーランだ。やはり同じように瞳が赤い。

 

「……クッ! ……ガガーランまで……そ、そんな」

 

 ラキュースは絶望する。ラキュース以外の“蒼の薔薇”が敵になってしまった。ラキュースは覚悟を決める。こうなってしまっては全力で抗うしかない。

 

 ──みんな、ごめんなさい。

 

 ラキュースは手にした魔剣キリネイラムに魔力を注ぐ。頭の奥で何者かの声がする。

 

 ──そうだ。力が欲しいか? ならばお前に力をくれてやろう?

 

「──うわぁぁぁ!」

 

 ラキュースは咆哮する。

 

 

 

 

 

 

「いったい……これはなんでありんすか? 仲間割れ……というわけではなさそうでありんすが……」

 

  “蒼の薔薇”の前に深紅のフルアーマーの戦乙女(シャル)が姿を現した。

 

「あ、あんた……良かった。手を貸してくれ。リーダーが突然おかしくなっちまってな」

 

「……ボスがとうとう魔剣の闇黒面に呑まれたらしい」

 

 ラキュースを羽交い締めしているガガーランが叫ぶ。ラキュースの手には黒いいびつな形のオーブがあった。

 

 アインズは理解する。あれは以前カジットが持っていた『死の宝珠』だろう。ラキュースは精神操作をされているようだった。

 

 と、ラキュースが持つ魔剣キリネイラムの魔力が膨れ上がり、爆発する。

 

「──!!」

 

 皆が我に返ったときにはラキュースの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。とりあえず状況はわかりました。おそらくラキュースさんは『死の宝珠』による精神支配を受けてしまったのだと思います。……ところで闇黒面に呑まれたというのはどういったことでしょうか?」

 

 “漆黒”のモモンへはガガーランが答える。

 

「……いや、詳しくは知らないんだが、以前にリーダーが魔剣キリネイラムの闇黒の力に抗っているとか聞いたことがあってな。まあ、当人は大丈夫だと笑っていたから大して気にしていなかったんだがよ?」

 

「……魔剣キリネイラムでありんすか。そういえばかつての持主は十三英雄とやらの闇黒騎士とかいいんしたな?」

 

 シャルの言葉にガガーランが頷く。

 

「そうだ。十三英雄の話ならイビルアイが……おい? イビルアイ?」

 

 イビルアイは呆けたように立ちすくんでいた。ラキュースがいなくなれば彼女が仕切り出そうなものだが、ただ、立ちすくんでいる。

 

「……イビルアイとやらも精神支配を受けたでありんすか?」

 

「いや、たまにこうなるんだ。まあ、口ほどタフではないみたいでね。一種の現実逃避とかいうやつだろ?」

 

「……イビルアイは使えない奴。ラキュースの代わりは無理」

 

 同じ“蒼の薔薇”(なかま)だというのに容赦がない。

 

(『死の宝珠』に『魔剣キリネイラム』か……なんか嫌な組み合わせだな。まずはラキュースの行方を捜すしかなさそうだな)

 

 アインズは“蒼の薔薇”に向き直る。

 

「これから我々は引き続き『死の宝珠』の行方を捜すつもりです。互いに情報を交換しながら個別に動くのが良いと思いますが、どうでしょう?」

 

 “蒼の薔薇”を代表してガガーランが承諾する。

 

 “深紅と漆黒”は現れたときと同様に、風のように去っていった。

 

「……さて、イビルアイ? そろそろ大丈夫か?」

 

「……あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと昔のことを思い出してな……いや、なんでもない。関係ないことだ」

 

 イビルアイは仮面に隠れた顔を蒼白にしたまま答える。

 

(──『死の螺旋』のときに感じた魔力の源……『死の宝珠』とはいったい……まさか?)

 

 

 

 

 

 

「魔剣キリネイラムにそんなことは無い……じゃが、以前の持主の黒騎士は悪魔と人間のハーフと言われておるが……うーむ。……それと『死の宝珠』か……」

 

 リグリットは何やら考え込む。

 

「……もしや……ズーラーノーンの盟主の実体はその『死の宝珠』やもしれん」

 

「……あの、ちっぽけなオーブが、でありんすか?」

 

 シャルが疑問を口にする。墓場から戻った“深紅と漆黒”はエ・ランテルの聖ナザリック教会でリグリットと会っていた。

 

「……以前にブレインを潜入させたじゃろ? でも結局盟主の情報は入手できなかった。それも人の形をとらない存在ならば合点がいくわい」

 

 リグリットは目を瞑る。

 

 リグリットは「あくまでも推測の域を出ないが」と前置きして語りだした。彼女によれば『死の螺旋』と呼ばれる儀式魔法は過去に二度行われたという。一度目はかれこれ二百年以上前、そして二度目は二十年ほど前だという。二度目の、ズーラーノーンが廃虚で行った儀式では小さな町が一つ犠牲となったという。

 

(うーん。スレイン法国で聞いた真の竜王が使う『始原の魔法』に匹敵するレベルか……ユグドラシルでの超位魔法といったところだな。この世界でも警戒は必要ということか)

 

「その二十年前の『死の螺旋』を行ったのがズーラーノーンの盟主とされておるんじゃが、それ以降盟主が明らかに別人のように性格が変わったらしい。かやつも勘違いしていたようじゃが、そもそも『死の螺旋』の本来の目的とは──」

 

 突然アインズにメッセージが入る。

 

〈アルベドか? どうした?〉

 

〈アインズ様。姉さん、ニグレドから死の宝珠、蒼の薔薇のラキュースの所在が判明したとの報告がありました〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap21 闇堕ちラキュース

 “深紅と漆黒”と“蒼の薔薇”はリ・エスティーゼ王国の外れに来ていた。

 

「モモンさん、“蒼の薔薇”も連れてくることは無かったんではないでありんせんですか?」

 

「うむ。まあ、そうだな。ただ、盟主とはいえ相手は蒼の薔薇のリーダーだしな。彼女たちを同行させた方が良いだろう」

 

 モモンの言葉にシャルは首を傾げる。そしてニッコリと微笑んだ。

 

「……そうでありんすか。私はあの者らを同行させずにラキュースをさっさと殺してから復活させる方が簡単かと思いんしたが……モモンさんは敢えてあの者らを立ち会わせて伝説を目撃させることを重視されたのでありんすな。さすがは至高の御方でありんす」

 

(──あっ……そうか。しまった。蒼の薔薇を同行させるんじゃなかったか……)

 

「……うむ。まあ、そんなところだ」

 

 モモンは咳払いをして“蒼の薔薇”に振り向く。“深紅と漆黒”の内輪での打ち合わせとして離れていたガガーランたちが顔を上げた。

 

「……確実な情報によればこの近くにある廃虚となった寺院にラキュースさんがいるらしいですね。この先の手順について確認しておきませんか?」

 

「……ここまで迷惑をかけたが、ラキュースの件は我々で解決すべきだな。モモン殿とシャル殿には改めてお礼をするとしよう」

 

 イビルアイの冷ややかな口調にシャルが口を挟む。

 

「そうでありんすか? 確かに私では力の加減ができずに殺しかねないでありんしょうから」

 

 仮面の裏でイビルアイの表情が一変する。

 

「──ガッハッハッハ。そいつは困る。リーダーが死んじまったらリーダーに蘇生してもらえなくなっちまうしな」

 

 ガガーランがイビルアイの背中を容赦なく叩く。ほどけた空気の中でモモンが声をかける。

 

「では、皆さん行きましょう。ラキュースさん以外の敵は引き受けます」

 

 一行は寺院の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 寺院の中は暗く、すかさずイビルアイが魔法で灯りを照らす。

 

「よく来た。我が邪悪なる神のもとへ。今こそ我が封印は解かれ、邪悪なる魔剣キリネイラムの真の力は解放された。今、ここで立ち去るならば良し。かつてのよしみで命は助けてやろう。さもなくば邪悪なる神の怒りに晒されん!」

 

「……だとよ? どうする?」

 

「……ボス。とうとう暗黒の精神によって生まれた闇のボスの登場……ヤバイ」

 

「──問答無用! 〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉!」

 

 イビルアイがすぐさま攻撃魔法を唱える。ラキュースは浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を使い防御する。

 

「──流水加速──爆砕!」

 

 ガガーランがラキュースの目前に飛び込み必殺の一撃を加える。ラキュースはかろうじてかわし、ガガーランの脇をすり抜ける。途端に爆発。

 

「──〈爆炎陣〉ボス。ごめん」

 

 ティナとティアの連携攻撃。

 

「──チッ! 超技! 必殺撃滅! 暗黒超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)ォオ!!」

 

 かろうじてティアとティナの〈不動金剛盾の術〉が防ぐ。すかさず〈不動金縛りの術〉をかけるがラキュースの白銀の鎧無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)に阻害される。

 

「うぉりゃー! 〈超級連続攻撃!〉」

 

 ガガーランの必殺武技はラキュースの浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が作る壁に阻まれる。

 

 熾烈な攻防は一進一退を繰り返し、終わりを見せない。人数では優位なガガーランたちではあるが、殺さずに制圧するのはなかなか難しい。一方でラキュースはお構いなしの全力攻撃である。

 

「…………ふぅ。全く見ていられんせんでありんすな……」

 

 シャルはスキルで清浄投擲槍を作り、放つ。それは祭壇に置かれた死の宝珠を微塵に砕く。

 

「「!!!!」」

 

 その瞬間に糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるラキュース。

 

「……約束通りにラキュースには一切刃を向けなんしんす。あのマジックアイテムごときの精神支配を受けるなど、私なら恥ずかしくて生きていられんでありんすが……」

 

 リーダーを取り戻した“蒼の薔薇”は互いに肩を抱き合いながら感慨に耽るのだった。と、そのとき──

 

「──おのれ! 魔剣に心を奪われし堕落した神官戦士(クレリック)よ! 我が聖剣サファルリシアで浄化してくれん!」

 

 突然、寺院に白いサーコートの女聖騎士が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

「──なんだと! それは本当か?」

 

 ローブル聖王国の聖騎士団団長のレメディオス・カストディオは思わず叫んだ。

 

 リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のラキュースが闇に堕ちたという噂は彼女にとって許しがたいものであった。

 

「──いやいや、あくまでも噂です」という副官の言葉はもはや届かない。

 

「よし! 私が行ってガツンと目を覚まさせてやろう!」

 

 ケラルトは慌てる。姉は一度言い出したらなかなか引かない性格だ。更に唯一彼女を諭すことができる存在は南方の貴族たちとの会合のため、不在だった。

 

 ケラルトにとっては、姉になんとか副官にイサンドロとグスターボの二人を同行させることを認めさせるのがやっとだった。

 

 かくて、レメディオスは聖剣サファルリシアを携え意気揚々とローブル聖王国を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

「大変お世話になりました。どうやらあなた方のおかげで自分を取り戻せました」

 

 ラキュースはシャルとモモンに深々と頭を下げる。

 

「私は大したことはしておりんせん。それより魔剣とやらに飲み込まれたのでなくて良かったでありんすな」

 

 シャルの言葉にラキュースの顔が真っ赤になる。

 

「……いや、そ、それは……あくまでも設定──」

 

「──ガハハハ。まあ、良かった。良かった」

 

 ガガーランがラキュースの肩をバンバン叩く。

 

「…………ところで……あれは?」

 

 ラキュースは寺院の片隅の剣を振り上げたまま固まっている聖騎士主従を指差す。

 

「……なんでもない。なんでもない。ボスには関係ない」

 

 ティアに追い立てられるように一同は寺院を出ていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆cap22 黄金の花嫁

「クックックック……なんじゃその……闇堕ちラキュースじゃと? 魔剣キリネイラムにはそんな大層な力など最初から無いわ」

 

 リグリットは呵々大笑する。“蒼の薔薇”も“深紅と漆黒”は狐につままれたかのような顔になる。

 

「……これが魔剣といわれる由縁はの……」

 

 リグリットはちらっとラキュースの顔を気の毒そうに見る。

 

「……ちいとばかしな、……『運』じゃ。そのな、運が落ちるんじゃて」

 

「「──はあ?」」

 

「……じゃからの、お主が持っておってもなんの問題は無いのじゃて。ほら」

 

 ラキュースはリグリットからキリネイラムを受け取る。心なしかラキュースの頬には赤みがさしていた。

 

「──いや、しかし、あの黒騎士は悪魔と人間とのハーフで闇の力の暴発が──」

 

「──なんじゃお主? あの男の話を真に受けていたのかの? ありゃあ全てあの男の空想じゃ。そもそもあの黒騎士は普通の人間じゃ」

 

 リグリットは容赦なくイビルアイの言葉を否定する。黙り込むイビルアイに蒼の薔薇の面々は同情する。なにしろ彼女はこれまで百年もの間、騙されていたのだ。

 

「……なんでありんすか? わら……私の顔に何か付いているんでもありんしょうか?」

 

 シャルがラキュースの視線をいぶかしそうに訊ねる。途端に赤面したラキュースは慌ててシャルから目を逸らす。

 

「……いや、あの。……なんでもありません」

 

 蚊の鳴くような小さな声で答えるラキュースにガガーランが絡む。

 

「おいおい? なんだか恋する乙女みたいだがよ? ──ん? まさか?」

 

 ラキュースの顔が熟したトマトのように更に真っ赤になる。

 

「……ボス。わかりやす過ぎ」

 

「……同性愛の魅力を共に語りたい」

 

 双子のティナとティアがからかう。

 

「……うーん。有りか無しかでいえば可能性は無くはないでありんすが……私の身も心もモモンさんのものでありんす」

 

「「えええええー!!」」

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールではバハルス帝国皇帝ジルクニフとリ・エスティーゼ王国王女ラナーとの婚姻の準備が大々的に行われていた。

 

「クライム。蒼の薔薇はまだ到着しないのかしら?」

 

「はい。深紅と漆黒のお二方と一緒に向かわれていらっしゃるそうです。……聖ナザリック教会の大司教様は既にご到着されており、ザナック新国王陛下とお父上の前国王陛下がもてなされていらっしゃいます」

 

「……そう」

 

 ラナーは鏡を見ながら素っ気なく言うとクライムに振り向いた。ラナーは美しかった。

 

「──ねえ、クライム。今日の私、どうかしら?」

 

 クライムは唾を飲み込んだ。

 

「……とても……とってもお美しいと思います」

 

 ラナーは楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

「──で、その花嫁が後ろ向きで投げたブーケを手にすると次の花嫁になるんです」

 

 ラキュースが紅潮した面持ちで語る。

 

「……それはなかなか面白い風習でありんすね。私も次の花嫁になれたらどんなにか……」

 

 シャルはそっとモモンを窺う。モモンの表情は仮面に隠れて見えない。そんなシャルの仕種にラキュースは明らかに落胆する。

 

「……ドンマイ。ボス。相手が悪すぎ」

 

 やがて一行はバハルス帝国帝都アーウィンタールに到着する。

 

「……うーん。悔しいがリ・エスティーゼより活気がありやがる」

 

「……ガガーラン、もう帝国は敵ではないのよ。発言は気を付けなくては」

 

 ラキュースがリーダーらしく嗜める。普段ならガガーランに嫌味のひとつでも言いそうなイビルアイはまだブツブツ呟いていた。どうやらまだ立ち直れていないようだ。

 

「……さて。わしらは姫さんに会いに行くが、お主たちはどうする?」

 

「……私たちは聖ナザリック教会の大司教様と打ち合わせがありまして。ここで別れましょう」

 

 モモンの言葉で蒼の薔薇と深紅と漆黒は別れた。

 

 

 

 

 

 

「これはアインズ様。お出迎えせずに申し訳ございません」

 

 今回、聖ナザリック大教会大司教の役を担うアルベドが平伏する。随員の戦闘メイド(プレアデス)も揃って平伏する。

 

「よい。面を上げよ。此度はご苦労。ところで、ナザリックの守備は?」

 

「はい。第一階層にコキュートスを置き、全てはデミウルゴスに任せてあります。また、いざというときにはバンドラズ・アクターとルベドも動かすように手配してございます」

 

「うむ。申し分無い対応だ。良くやった」

 

 アルベドがこれ見よがしにシャルティアに微笑む。しかしシャルティアは動じない。

 

「……さすがは守護者統括でありんすな。アルベドがいなければアインズ様の漆黒というアンダーカバーは不可能であったでありんしょう。それにひきかえ私はあまりお役に立てなかったでありんす」

 

 シャルティアは大袈裟にため息をつくとアインズの様子を探る。

 

「……シャルティア。そんなことはない。お前がいてこその“深紅と漆黒”なのだ。感謝しているぞ」

 

 シャルティアは潤んだ瞳でアインズを見つめる。視界の端に淫夢悪魔(アルベド)の憤然とした表情が映るが無視する。

 

「──おやー? シャルティアもいたんだ。……あっ……アインズ様!」

 

「あ、アインズ様。ぼ、僕たちも、あの、今来たところです」

 

 アインズとシャルティアが振り返ると双子のダークエルフの姿があった。アウラの後ろには隠れるように銀と黒の髪の少女がいる。

 

 少女はシャルティアとアインズの姿を認めて泣きそうな顔になる。スレイン法国の崩壊時にこの二人の強さはまざまざと見せつけられた。明らかに彼らも神人に違いない。それにあの頃とは違いナザリックの規格外な強さを骨身に沁みて知っている。それに何よりも今ではアウラ様の子供を産むという宿願が彼女にはあった。

 

「──コホン。アウラのことは頼んだでありんす。私とアウラは姉妹のようなものでありんすから」

 

 シャルティアがわざとらしくウインクしてみせる。

 

「──ちょ、何言ってるのさ? シャル──」

 

「──ありがとうございます。頑張ります。そして必ずアウラ様の子供を身籠ってみせます!」

 

「──あたしは女だって!」

 

 アインズは破顔する。シャルティアも、アルベドも、プレアデスも、マーレも楽しそうに笑う。困りきった表情だったアウラですらつられて笑い出した。

 

 ──今日はとても素晴しい一日になりそうだ。アインズは思った。

 

 

 

 

 

 

 皇城の謁見の間には二人の新郎と二人の新婦が並ぶ。しかしこれは二組の結婚式ではない。バハルス帝国皇帝ジルクニフとリ・エスティーゼ王国王女ラナーの結婚式だ。ジルクニフはラナーと婚姻すると同時に愛妾であり参謀のロクシーとも婚姻し、ラナーも同様にジルクニフと婚姻すると同時にクライムとも婚姻する。

 

「──ナザリックでは神様も四十一人いらっしゃいますから」

 

 大司教アルベドは慈母の如き微笑みで四人を祝福する。そして、神々の名前アインズ・ウール・ゴウンの御名を崇めるよう、祈りの言葉を捧げる。

 

 アインズ・ウール・ゴウン神を信仰する聖ナザリック教会は今では主流の宗教となり、大勢の信徒を抱えるものとなっていた。そこには従来の神殿勢力が禁止していた無料での治癒魔法を解禁したことが大きい。人びとは水を求める魚のように、聖ナザリック教会の庇護を求めた。そして教会は人間や異形種の隔たり無く、平等に受け入れたのである。

 

 今やアインズの宿願であったアインズ・ウール・ゴウンの名前を永遠のものにする──という願いは現実のものになった。

 

 

 

 

 

 皇城のバルコニーに四人の新郎新婦が姿を現す。黄金に輝く髪の花嫁がブーケを振ってみせた。

 

 花嫁が後ろ向きになり、空高くブーケを投げる。

 

 シャルティアは空に向かい手を伸ばす。

 

 ──ああ。もしかしたら、星に手が届く。そうしたら……私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆epilogue

 

「凄いね! マーレ! やったね!」

 

 ラナーが投げたブーケは非情にもシャルティアの指を掠めてマーレの胸に落ちた。

 

「ぼ、僕が次のは、花嫁……」

 

 興奮したアウラにくしゃくしゃにされるマーレをボンヤリ眺めながらシャルティアは後悔していた。

 

 ──あと数ミリの差。こんなことならば、昨夜爪の手入れをするのではなかった……

 

 

             Fin



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆おまけ『のうきん!』

「……なん……だ……と…………カルカ様がけ、結婚……だ……と?」

 

 エ・ランテル郊外に宿営しながら無為に日々を送っていたローブル聖王国のレメディオス団長主従のもとに本国からの使いが到着し、カルカ聖王女からの勅命に目を通したレメディオスは思わず叫んだ。

 

「……団長、それは真でしょうか?」

 

 レメディオスは答えずに副団長のグスターボに勅書を投げ渡す。

 

「──こ、これは!」

 

 勅書にはローブル聖王国聖王女カルカの名前でバハルス帝国のジルクニフ皇帝の結婚式に出席するようとのレメディオス宛の命令があった。

 

「──ぐぬぬぬぬ。まずいぞ。これはまずい。しかし我が妹がついていながらなんとしたことか! よし! すぐにも帝国に行くぞ! ついてこい!」

 

 レメディオスはいきなり馬を走らせる。グスターボとイサンドロの二人の副団長は慌てて団長の後を追った。馬の無い従者たちはみるみる離されていく。

 

 イサンドロはレメディオスの前に馬を進めると行手をふさいだ。

 

「団長! 帝国へは反対です!」

 

「……なにを言うか! カルカ様の命を受けたこの私に逆らうというのか? いくら九色の貴殿でも容赦せぬぞ?」

 

 レメディオスは顔を紅潮させながら腰に右手を添える。

 

「……ですから反対ですって。反対」

 

「……まだ言うか!」

 

 ようやく追いついたグスターボが疲れきった様子で具申する。

 

「……団長……帝国はあっち側なんですが……」

 

「……うん? そんなことわかっていたさ。さあ、行くぞ……うむ……」

 

 必死に取り繕うレメディオスを見ながら二人の副団長はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネイア・バラハは疲れていた。彼女は正式な聖騎士ではなく、今回の出張では一番下役の従者であり、背には大きな荷物を背負っていた。

 

 いきなり団長が馬を走らせたため、ネイアら徒歩の随行者は必死に走ることになった。

 

 ようやくの思いで団長たちのもとにたどり着くと、今度は元来た道を戻るのだという。

 

 ──冗談じゃない

 

 ネイアは肩の荷物を投げ出したい衝動をじっと堪える。そしてギュッと唇を噛み締めると一歩一歩歩き出す。

 

 三時間程歩き続けた所で副団長のグスターボが休憩を命ずる。既に疲労困憊となっていたネイア達は荷物を下ろし、水筒の水を口に含む。

 

「なんだ、情けないぞ。貴様たちはそれでも聖騎士か?」

 

 団長の言葉にネイアは心の中で「いや、聖騎士ではなくただの見習いの従者です。そもそも団長は荷物も無く、馬に乗ってらっしゃっていますよね?」と反論する。

 

 わずかばかりの休憩時間は無情にも直ぐに終わり、ネイアは再び荷物を背負うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブの森を抜けて開けた場所に出た瞬間、ネイアの五感に緊張が走る。カッツェ平野と呼ばれるその場所では微かにアンデッドの気配がした。

 

 レメディオスも緊張した様子で腰の聖剣サファルリシアに手をかける。

 

「き、来ます!」

 

 ネイアの叫びと時を同じくして巨大な何ものかが姿を現す。

 

「──こ、これは………………船…………か?」

 

 聖騎士主従の前に現れたのは地上を走る巨大な帆船だった。舳先に立つボロボロの海賊服にやはりボロボロの海賊帽を被ったエルダーリッチが口を開いた。

 

「エ・ランテルまでなら乗せてやるが、どうするね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂けむりと共に小さくなってく船影を見送りながらネイアは小さくため息をついた。

 

 ──あのアンデッドと戦闘にならなくて良かった……

 

「……ふん。あのアンデッドめ。運が良いな。我が聖剣サファルリシアで浄化されずに済んだのだからな」

 

 先程までとうってかわって元気を取り戻したレメディオスが胸を張ってみせる。無論、その場の皆には空元気だとバレバレであったのだが。

 

 微かに頬を紅くしたレメディオスは小さく咳払いをするとネイアに向き返った。

 

「……貴様、しっかり警戒しないとダメではないか。もっと早く発見しなくては……」

 

 ネイアは視線を下げて団長の小言を受け止める。

 

 ──私は団長たちと違って徒歩のうえに重たい荷物を背負っているのですよ?

 

 喉元まで出かかっている言葉を必死に抑え込む。そんなことを言ったら大変なことになるのは明白だった。

 

 レメディオス団長の小言は一時間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イサンドロ・サンチェスは混乱していた。それはこの度の聖王女カルカ様の結婚が信じられなかったからだ。

 

 聖騎士団にはほぼ公認の秘密があり、それはカルカ様とケラルト様との間のただならぬ関係について、である。この秘密は聖騎士団団長であるレメディオスだけが知らなかった。

 

 普通、姉妹──それも仲の良い姉妹ならばそういった機微もまた気づくであろう。しかし、それはレメディオスには到底無縁の世界だった。

 

 ──それも仕方あるまい。

 

 イサンドロは思う。レメディオス団長はそういった感性が全く欠落している。彼女の全ては強さに向けられていた。

 

 ──純粋といえば聞こえが良いが──

 

 イサンドロは心の奥底に『馬鹿』という言葉を沈める。

 

「──イサンドロ! 何か言いたそうだな?」

 

 イサンドロは急いで首を振る。こういうときに団長の勘は鋭い。同じ副団長であるグスターボを羨ましく思う。彼は武に於いてはイサンドロに及ばないが、団長の気難しさに柔軟な対応ができていた。

 

 イサンドロは団長から距離をとり、怖い顔で歩く従者に近付く。

 

 彼女はネイア・バラハ。彼女の父は九色の黒をいただく英雄であり、彼女の母親は同じく聖騎士だ。

 

 レメディオス団長がネイアに当たるのには理由がある。ネイアの母親は厳しい人物で、かつて従者時代のレメディオスを指導した先輩であった。どうやらレメディオスはそれをずっと根に持っているらしい。

 

 イサンドロはネイアの険悪な眼差しを気にしながらため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

「無い! 無い! なーい!」

 

 突然レメディオスが叫んだ。まるで狂ったかのようにトランクを片っ端からひっくり返している。

 

「カストディオ団長、如何されましたか?」

 

 従者のネイアが恐る恐る伺う。こういうとき、まずネイア等の従者が貧乏クジを引かされるのだ。今回従者はネイア一人である。

 

「無い! まずいな。カルカ様に叱られてしまう!」

 

 ネイアはふと、昨夜聖剣サファルシアの柄についた傷を綺麗にするよう、レメディオスから聖剣を預かったことを思い起こす。

 

「……畏れながら……団長のお探しの品はこちらでは?」

 

 レメディオスは歓声とも僑声とも言いがたい声を上げてネイアから聖剣を引ったくる。

 

「──従者ネイア! 何故貴様が聖剣を持っていたのだ? いや、言い訳などするな。この聖剣はいわばローブル聖王国の──」

 

 レメディオスの説教は夜まで続いた。

 

 

 

 

 

 一行が帝国領に差し掛かる山道にやってきたとき、道の脇にぬかるみに車を取られて動けなくなった馬車に出会った。

 

 主らしい若い男は連れている奴隷の女エルフに怒鳴りつけていた。

 

「そこの男! 貴様も騎士ならば女子供相手に強がるものではない! 態度を改めるならば助力致そう!」

 

 レメディオスが叫ぶと男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「これはこれは女騎士殿。この私に向かい大言壮語するからには相当腕に自信がある様子。かのガゼフ・ストロノーフすら凌駕するエルヤー・ウズルスをご存知無いご様子ですね?」

 

「ふん。貴様がガゼフと同格だと? 馬鹿も休み休み言え。貴様などガゼフの足もとにも及ばん」

 

 エルヤーは舌打ちをすると剣を抜き、斬りかかる。レメディオスはサーコートの裾をエルヤーの剣に巻き付けると瞬く間に跳ね上げる。次の瞬間、レメディオスは奪った剣先をエルヤーの首筋に当てて笑った。

 

「……ふん。口だけだな。私はローブル聖王国聖騎士団団長レメディオス・カストディオ。相手が悪かったな」

 

 勝利に気を良くしたレメディオスは聖騎士に命じてエルヤーたちの馬車をぬかるみから出してやった。

 

 

 

 

 

 

「では、レメディオス様は帝国に向かわれているのですか? それならばこの私、エルヤー・ウズルスにお任せください」

 

 レメディオスに圧倒されたエルヤーはまるで崇拝するかのように世話を焼くのだった。見え見えのおべっかに二人の副団長は苦々しく思いながらもどうすることもできなかった。

 

 道中は何事も無く進み、一行はバハルス帝国首都、アーウィンタールにたどり着いた。

 

「──け、け、結婚? ……な……だと?」

 

 突然レメディオスのすっとんきょうな叫び声が響く。レメディオスの耳朶は真っ赤に染まっていた。

 

「……な……なんだと……いや……私はな……」

 

 グスターボは事態を察する。どうやらエルヤーがレメディオスに言い寄っているらしい。

 

「──私は処女だ!」

 

 耳をそばだてていた聖騎士たちが一斉に吹き出す。従者ネイアの耳朶も赤くなる。

 

「おやおや? お客さんみたいっすね。で、処女はどなたっすか?」

 

 いつの間にか馬車に立つ一人の修道女(クレリック)が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に式典は終わっていて、出席者がビュッフェでの会食を思い思い楽しむ中、遅れて来た来賓が列をなしていた。一組ずつ紹介と共に会場に招き入れられていく。

 

「来賓の方をご紹介致します。ローブル聖王国より聖騎士団団長、永遠なる処女(エターナル・ヴァージン)レメディオス・カストディオ様とそのご一行様です! 純潔を守るために鎧姿ですがご容赦ください、とのことです!」

 

 ダークエルフの司会者がマジックアイテムで叫ぶ。真っ赤になって俯いたレメディオスの視界の片隅に抱き合って笑い転げる聖王女(カルカ)(ケラルト)の姿があった。尚、執拗なエルヤーからの求婚にレメディオスがどう答えたかは謎である。

 

 

 

        のうきん!【おわり】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆another story ~ルビキュという男の物語~

 エ・ランテル郊外での予期せぬ戦闘により壊滅したスレイン法国の漆黒聖典隊長は一人、逃げていた。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備え、手駒にするという任務のために派遣されていたスレイン法国の最強部隊。しかし──

 

 彼は混乱していた。気配を消して潜んでいた漆黒聖典に対して何故か真っ直ぐに進んできた冒険者たち。せいぜい金級程度の彼らがいったいどうして我々を感知できたのか?

あり得ない。

 

 そして突然背後に現れた魔将──あれは魔神か? いずれも真の竜王に匹敵する存在が三体……馬鹿な?

 

 ──冗談ではない。なんなんだ? なんなんだ?

 

 結局、自分一人が逃げ出すのが精一杯だった。セドランが、ボーマルシェが、スレイン法国で二つ名を持つ精強な隊員がまるで雑魚兵士の如く次々に倒されていく。あり得ない。そして全身が竦み上がる恐怖が暴風のように押し寄せてきた。

 

 既に満身創痍だった。今こうして走っているのすら奇跡だった。たたただあの場所から少しでも遠く。とにかく逃げ切らなくては……やがて彼は力尽き、その場に倒れた。悪夢だ……きっと再び目を開けたら現実に戻るだろう。だってありえないだろう? 漆黒聖典こそは人類最強であるはずなのだから……朦朧とする意識の中で小さな人影が何人も覗きこむのが感じられた。そして彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、粗末なベッドに彼は寝かされていた。不意に声がした。

 

「おや、目覚めたか。しかし、よく生きていたものだ」

 

 彼は思わず身構えた。目の前にいたのはゴブリン。スレイン法国では人間以外は亜人種も含めて敵である。

 

「良かった。駄目かと思ったけど……新しいポーションのお陰ね」

 

 ゴブリンの後ろからにこやかに笑いながら村娘が入ってきた。ゴブリンはさりげなく娘の前に立つ。

 

「……姐さん、気を付けてくださいよ? こちらはちいとばかし油断ならないようですからね」

 

 男は体から力を抜く。どうやら倒れていた自分をこの娘とゴブリンが介抱してくれたようだ。唯の村娘と思ったが、この娘はおそらくテイマーなのだろうか。

 

「……感謝する。私は……そう……」男はしばし逡巡してから名乗った。「……私の名前はルビキュという。旅人だ。野盗に襲われて逃げるうちに崖から落ちたらしい」

 

「私はエンリ。そしてここはカルネ村よ。貴方は随分長い間眠っていたの。幸いに今日はルプスレギナ様がいらっしゃるから完全に治癒してもらえるわ」

 

 ルビキュは勿論偽名である。

 

 ルビキュはエンリとカイジャリ──これがゴブリンの名前だった──からいくつかの事実を知った。まず驚いたことにルビキュは半年間も昏睡状態だったらしい。そしてその間にリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とがスレイン法国に宣戦布告をし、スレイン法国は滅び王国と帝国に吸収されてしまったという。

 

「──そんな馬鹿な!」

 

 思わず叫んでしまったルビキュをエンリたちは訝しげに見返す。ルビキュは動揺を押し殺し、笑顔で返す。

 

「……いや、その……確か王国と帝国は戦争していたはずで……信じられないというか……」

 

「……スレイン法国は滅んで当然です。あいつらはバハルス帝国の兵士に扮してこの界隈で酷いことを……きっと王国と帝国もスレイン法国に仲違いさせられていたんです!」

 

 ルビキュはエンリの瞳に憎しみの炎を垣間見て言葉を失った。彼はスレイン法国が人類の存続のために尽くしてきたと信じていた。そのためには些細な犠牲など顧みる必要は無かった。しかし──

 

 

 彼女(エンリ)の憎しみは明らかにスレイン法国に向けられていた。何があったのかわからないが、自身が拠り所にしてきた正義が崩れてしまうような気がした。

 

「……ところで、ルプスレギナ様がどうとか言っていましたが? どのような方なのですか?」

 

 ルビキュは話題を変えた。たちまちエンリの表情は明るくなり、頬には赤みがさした。

 

「大変お優しく美しい、天使のようなお方です。今はエ・ランテルの聖ナザリック大教会にいらっしゃいますが、時おりカルネ村に足をお運びになるんです。……ああ、どうやらいらっしゃったようですね」

 

 見ると扉の外から二匹のゴブリンがなにやら合図を送っていた。ルビキュはエンリが用意してくれた服に着替えてカルネ村の聖ナザリック教会へ行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。ルプスレギナ様」

 

 暖かな光に包まれて村人が癒されていく。修道女(ルプスレギナ)の治癒魔法だ。

 

「これは……いったい……?」

 

「ルプスレギナ様はこうして村人に治癒を施されていらっしゃるのです。無料で」

 

 ──馬鹿な。エンリの説明にルビキュは思わず叫びそうになる。そんなこと、教会が許すはずがない。

 

 ルビキュの動揺を見透かしたかのようにルプスレギナがじっとルビキュの顔を見つめた。その輝くまでの美しさにルビキュは少しぼうっとなる。

 

「……貴方にも神のご加護があらんことを」

 

 ルビキュの身体の傷にルプスレギナの手がかざされる。みるみる傷が消えていくのを感じる。

 

「……これは教会の規則を破ることでは?」

 

 ルビキュの声に辺りが静まり返る。村人は皆、ルビキュから目をそらす。

 

「……教会が間違っているのです」

 

 ルプスレギナの静かな声が、響く。

 

「何故、教会は無償での治癒行為を禁止するのでしょう? 彼らの信仰する神はそんなにも狷介なのでしょうか? 私は私の信仰する神々のご意志を守っているだけに過ぎません」

 

 ルビキュはその修道女の神々しいまでの美しさに圧倒された。彼女の側にまごうことなき神の存在を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝早くにルビキュはカルネ村を後にすることにした。以前にスレイン法国による襲撃があり、彼の身元がバレてしまうと面倒が起こるからだ。

 

 エンリだけに別れを告げるとルビキュの姿はトブの大森林に消えていった。

 

「……さて、どうする?」

 

 スレイン法国が滅んだ今、彼に帰る場所は無い。リ・エスティーゼ王国はともかくバハルス帝国さえも敵国となった以上、それらの国に身を寄せることはできない。

 

 竜王国か……ビーストマンに滅ぼされていなければ良いが……

 

 ルビキュは取り敢えずトブの大森林を抜けて旧法国に向かうことにした。それに彼には法国が、いや、人類最強の“絶死絶命”番外席次が負けるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ルビキュは足を止める。ただならぬ気配に身を伏せた。彼の五感には強大なモンスターが近くにいることを感じていた。

 

「うわー! なんだか喜んでいるみたいだね」

 

「……あの、養分たっぷりの雨は、あの、樹木にとってはご馳走みたいなんです」

 

「うわー! マーレに枝を絡めてキューキュー甘えているみたいだね。こうしてみると魔獣ともおんなじだね」

 

 巨大な魔樹のモンスターが小さな二人のダークエルフに甘える光景にルビキュは凍り付く。

 

「……あれは……破滅の竜王(カタストロフィ・ドラゴンロード)? ……間違いない。難度150は軽く超える世界を破滅しかねない存在──だが──」

 

 キューキューとダークエルフになつく姿は図体の大きな犬に見えた。

 

「ところでお姉ちゃん。どうやってこの子を、あの、連れ帰るの?」

 

「安心してよマーレ。ちゃんとアインズ様の許可を貰ったからね。この『山河社稷図』を使うんだよ」

 

「な、なるほど。『山河社稷図』に閉じ込めて運ぶんだね。そ、そっかぁ」

 

 伏せたまま二人の会話に耳をそばだてていたルビキュはやがて妖しいモヤに包まれた。

 

 

 

 

 

 

「なんだったのだろう?」

 

 モヤが晴れると周囲の様子が変わっていた。相変わらず森の中なのだが、生えている植物も動物も一回り大きく感じるのだ。何らかのトラップが発動したのかもしれない。

 

 そこが依然としてトブの大森林だと疑わない彼はスレイン法国目指して再び歩き出した。

 

 森は広大で、彼は数週もの間、彷徨い続けた。果実を食べ、泉の水を飲み、ひたすら彷徨い続けた。そうしてようやくにして大木を利用して作られたログハウスにたどり着いた。

 

「……誰か……水と食料を……」

 

 ログハウスの中から出てきた人物を見てルビキュは言葉を失った。間違いない。銀髪と黒髪に尖った耳にオッドアイ──

 

「……何故、君が──」

 

 突然、彼の口が塞がれる。そして鬼のような表情で番外席次(かのじょ)が耳元に囁いた。

 

「──私の過去の話をアウラ様に話したら殺す。いい?」

 

 ルビキュはただ、力なくうなずくだけだった。

 

 

 

 

 

「……ふーん。そっかぁ。じゃあザイトルクワエを運んだときに紛れて来ちゃったんだ?」

 

 第六階層のアウラとマーレの住居のある大木の下に用意されたテーブルでルビキュは思わぬ歓待を受けていた。双子の守護者のうち、マーレはエ・ランテルで冒険者向けのダンジョン制作のため不在だったが、アウラの指示で三人のエルフの娘が次々にルビキュのグラスに酒を注ぐ。

 

 酔ってしまったルビキュをアウラに寄り添った番外席次が睨んでいた。

 

「……いやぁ、彼女は、“絶死絶命”って二つ名があるんですがね、日頃から『キリッ敗北を知りたい』なんて……いやいや。恥ずかしくないかって思うんですがね……」

 

 番外席次の顔が真っ赤に染まっていく。

 

「ふーん。でもさぁ、彼女、そんなに強くないよね? あたしに簡単に負けちゃうくらいだもんね」

 

 ルビキュが突然、アウラに土下座をした。

 

「……アウラ様。彼女は、料理も洗濯もできません。ですがよろしくお願いいたします」

 

 ──いやいや。だからあたしは女なんだっつの……

 

 ルビキュは楽しい酒を浴びるように飲んだ。翌日の悪夢がすぐ側で怒りに震える黒と銀の髪の乙女からもたらされるとは思いもしないで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆番外編 深紅と●●●●

 

 エ・ランテルの冒険者協会にやって来た“深紅と漆黒”のシャルは扉の外に声をかけた。

 

 戸惑いを隠せない様子で入ってきたのは漆黒のフルアーマーにバルディッシュを片手にした戦士だった。漆黒の鎧が描く艶やかな曲線は戦士が女性である事を示していた。

 

 彼女がフルヘルムを脱ぐと、中から美しく艶やかな長い黒髪と美しい顔があらわれた。

 

 深紅のフルアーマーを着たシャルが『美少女』であるならば、その漆黒の女性は『美女』という呼称が相応しかった。たとえ彼女の頭に二本の角が生えていて瞳の色が金色であっても、その美しさを損ねることはなかった。

 

「アル──。さっさと登録を済ませてしまうでありんす」

 

 アルと呼ばれた女は受付の席に座る。そして用紙を眺めて困った顔をする。

 

「……どうしたらよいかしら。わたくし、王国の文字が読めなかったわ……」

 

 アルに振り返られてシャルがアルベドをどかして代わりに座る。

 

「……仕方ありんせん。わら──コホン。私が代筆してしんしょう」

 

 シャルは手早く用紙に書きこむと受付嬢に渡す。一瞥した受付嬢は何か言いかけるがシャルが人差し指でその口をふさいだ。

 

「……さっさと登録を済ませるでありんす。彼女はアダマンタイト級冒険者チーム“深紅と漆黒”の新しいメンバーでありんす」

 

 かくしてエ・ランテル唯一のアダマンタイト級冒険者チーム“深紅と漆黒”に新しいメンバーが加わったのであった。

 

 

 

「シャああルうう! お前はアア!」

 

 冒険者組合に『大口ゴリラ』の絶叫が響きわたった。

 

 受付嬢は泣きそうになる。

 

「困ったでありんすな。そんなに嫌なら自分で登録しなんし。私に頼むならば『大口ゴリラ』になるでありんす」

 

 シャルはニヤリと笑った。

 

「──それとも『剛毛●●●』とか『ボーボー●●』の方が良かったでありんす?」

 

 アル──大口ゴリラはギリギリと歯軋りをするがどうする事も出来なかった。

 

 とはいえ、正式な登録名は『大口ゴリラ』となったが普段の呼び名はアルベドからとった『アルベ』を使う事になった。『アル』でなく『アルベ』にしたのは『シャル』と語感が似ていて間違えやすそうだから、である。

 

 ともあれ事情によりアインズが抜けた“深紅と漆黒”には新たにアルベドが参加する事になったのだった。

 

 

 

 

 “深紅と漆黒”のシャルとアルベに名指しの依頼がきた。なんでも地方の貴族の若者の成人の儀に同行して欲しいとの内容だった。

 

「はじめまして。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム。是非トーケルとお呼び頂きたい」

 

「私は従者のアンドレです。この度はトーケル坊ちゃんの依頼を引き受けて頂きありがとうございます」

 

 主従が深々とお辞儀をする。

 

「わら──私がシャル。そしてこちらが大口──」

 

「アルベよ」

 

 アルベはシャルを遮って叫んだ。

 

「……ええっと……漆黒はたしかモモンという男性でしたよね?」

 

 アンドレが恐る恐る尋ねた。

 

「モモン様、よ! おそれ多くもモモン様のお名前を呼び捨てるなど……二度としない事ね。でないとわたくしのバルディッシュの露となってもらうわ」

 

「……………ハイ」

 

 アンドレは萎縮しながら恐る恐る尋ねた。

 

「……あの……モモン様は今日はおいでになられないのでありますか?」

 

「モモン様はお忙しいので今回の依頼はこの私、シャルとこちらの大口──コホン。アルベの二人で受けるでありんす」

 

 次の瞬間、トーケルが叫んだ。

 

「シャルさん! 一目ぼれです! 結婚して下さい!」

 

「──な!?」

 

 アルベが漆黒のフルヘルムを脱ぎながら笑う。

 

「シャあルうぅ。結婚してあげなさい。わたくし、祝福してあげるわよ」

 

 シャルに求婚したばかりのトーケルは──

 

「アルベさん! 一目ぼれです! 結婚して下さい!」

 

「トーケル坊ちゃんんん!」

 

 アンドレの叫びがむなしく響く。と、トーケルのアゴに見事に二人のアッパーカットが炸裂した。

 

 

 

 

「トーケル。さっさとしなしんし。置いていくでありんす」

 

「全く使えないわ。荷物運びも満足に出来ないのかしら」

 

 “深紅と漆黒”の二人の馬から遥かに遅れて荷物を満載した馬をひくトーケル主従の姿があった。

 

 怒り狂う二人に土下座をしてなんとか依頼を受けてもらい、一行はトブの森を北上していた。

 

 トーケルの家、ビョルケンヘイム家では跡継ぎの若者は成人の儀としてモンスター退治をする習わしがあった。そしてその為に護衛を兼ねて冒険者を雇う必要があったのだった。

 

 “深紅と漆黒”に名指しの依頼をしたのは街中で聞いた深紅のシャルの美貌の噂に心を動かされての事だったが……

 

「坊ちゃん……あの二人が共にモモン様の妻、なんて本当でしょうかね?」

 

「知るか。……しかし二人とも実に美しいものだな。シャルさんは美少女といった所だし、アルベさんはまさに美女だ。しかも二人ともスタイルが抜群だな。ああ。あの二人のどちらかでも我が妻に出来るならば悪魔とでも取引するぞ」

 

 トーケルの言葉にアンドレは色をなした。

 

「トーケル坊ちゃん……めったな事は言わない事です。噂ではローブル聖王国のあたりでは強大な悪魔が暴れているらしいです。本当に悪魔が来たらどうするんです?」

 

 主従は口を閉じた。はるか前方ではシャルとアルベが馬を止めてこちらをうかがっている。

 

「はやくしなしんし。遅くならないうちに片付けてしまうでありんす」

 

 

 

 

 トーケル主従がようやく二人に追い付くとシャルもアルベも武器を構えていた。

 

「どうやらお出ましのようでありんすな」

 

「……バジリスクかしら? かなり大きいわ」

 

 いつの間にか取り出したのか書物をめくっていたシャルが叫んだ。

 

「あったでありんす。ギカントバジリスクでありんす。ま、大した敵ではないでありんすな」

 

「そうね。じゃあわたくしがある程度虫の息にしてしまうからトーケルにとどめを刺させる、というのでよいかしら?」

 

 トーケルは足をがくがくさせていた。

 

「シャルさん! アルベさん! ギカントバジリスクです! 逃げましょう! 私たちだけでは勝てっこありません!」

 

 アンドレは叫ぶが二人は気にしない様子でたんたんと準備する。

 

「トーケル……本当に使えないでありんすな。仕方ありんせん。私がトーケルの足をつかんで武器がわりにギカントバジリスクのとどめをさすしかありんせんな。トーケル、しっかり剣を握っているでありんす」

 

 二人とトーケルは迫り来るギカントバジリスクに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でもこうして昨日のように思い出す。そして孫たちは必ず目を丸くして私の話に夢中になる。

 

 誰が信じてくれるだろうか? この私、トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムがかつて成人の儀でギカントバジリスクを葬った事を。

 

 そしていまでも胸を熱くするのだ。あまりにも美しい銀色の髪の美少女と黒髪の美女の姿を。

 

 そしてビョルケンヘイムを継ぐ者に伝説として語り継がれていくだろう。“深紅と漆黒”の名と共に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆ペロロンチーノの帰還

オマケ短編です


「……ナザリックよ。私は帰ってきた!」

 

 ナザリック地下大墳墓の上空に現れた金色に輝くバードマンはバズーカ砲を取り出すと空に向かって撃った。

 

 ヒュルルルルル…………ドドーン!

 

 大きな音を伴って巨大な花火が広がる。

 

 

「──! ペロロンチーノさん?」

 

 アインズが駆けつけて両手を拡げる。

 

「……モモンガさん! ようやくたどり着きましたよ!」

 

 顔中をクシャクシャにしてバードマンがアインズに抱きつく。彼こそはアインズ・ウール・ゴウンのメンバー、ペロロンチーノだ。

 

「──ペロロンチーノ様っ!」

 

 シャルティアもまた顔中を涙とよだれでグシャグシャにしてペロロンチーノに飛びつく。

 

「うおおお! シャルティアが、シャルティアがしゃべってるッ!」

 

 ペロロンチーノは抱きついてきたシャルティアの肩に手をかけて顔を覗きこむと、静かに尋ねた。

 

「あー、シャルティアよ。大切な事を確認したい。これは答えによっては俺は自らを滅ぼすか、もしくはこの世界を滅ぼすかという結果をもたらすかも知れない」

 

 ペロロンチーノは遠い目をしながら言葉を続けた。

 

「ちなみにナザリックにたどり着く途中で俺はひとつの国を滅ぼしてきたッ!」

 

「……ペロロンチーノさん!」

 

 アインズはペロロンチーノが過ごしてきたであろう苦労を思い、彼の背中を叩いた。

 

「だってさ、モモンガさん。ケモノ耳のモフモフはケモノ娘こその特権っすよ? それが野郎ばかりがウジャウジャウジャウジャ……これって冒涜じゃないっすか? しかもヤツラが滅ぼそうってのがまだ幼さの残る女王様っていうのですからどっちを助けるべきか決まっているじゃないっすか?」

 

「…………ああ、うん」

 

「俺はやってやりましたよ。ドラウディロン女王の為にむさ苦しいケモノ男のビーストマンをちぎっては投げちぎっては投げ、獅子奮迅の活躍で──」

 

「さすがはペロロンチーノ様でありんす!」

 

「で、逃げていくヤツラを追いかけてビーストマンの王国にいってきたんですがね、モモンガさん、信じられないですよ? ケモノ耳娘が一人もいないんですよ? 信じられますか? ウサ耳娘も犬耳っ娘も猫耳娘も……ビーストマンのメスってただのケモノにしか見えない姿なんですよ? 信じられますか? いや、モモンガさん、これが許されます?」

 

 ペロロンチーノの瞳は怒りに染まっていた。

 

「これは許せないですよ、俺は! パッケージ詐欺ですよ! ロリ物エロゲーなのに行為がないとかそういう類いの詐欺ですよ……で、その王国は滅んでもらいましたが……」

 

 ペロロンチーノはシャルティアに向き直った。真剣な面持ちで。

 

「……シャルティア。お前の胸は……貧乳か?」

 

 シャルティアは恥じらいながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 二人のやり取りを眺めながら、アインズは思った。ああ、ペロロンチーノさんは変わらないな。そして、随分と騒がしくなりそうだ、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。