鎮守府島の喫茶店 (ある介)
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Menu-0:プロローグ
【前】


イベの合間に色々な作品を見ていたら妄想があふれてきてしまいました。
とりあえず初回はプロローグであるMenu-0(【前】【中】【後】)と一章のMenu-1から一話(一皿目1~3)をまとめて投稿いたします。それでは、はじまりはじまり~


 都内のとある料亭。そこで俺はある人を待っていた。

 

「ひさしぶりね、秀人」

 

 その変わらない声に懐かしさを感じながら振り返ると、そこに立っていたのはかつての面影を残しながらも立派な女性に成長し、徽章や階級章のついた濃紺の軍服に身を包んだ幼馴染と、同じく濃紺のスーツ姿の茶髪の女性だった。

 

「おう、久しぶりさくら。お前、自衛軍に入るのが夢って言っていたけど、その格好ってことは……」

 

「ふふ、まぁねー。この格好を見てもらってもわかるように、今日はその辺に関係したお仕事の話もしようと思ってね。とりあえず座りましょ?」

 

 そうして俺たちは席につき、用意されていたビールをお互いに注ぐ。

 

「じゃぁ、久しぶりの再会にってことでいいかしらね?」

 

「そうだな、五・六年ぶりか?」

 

「そうね、島を出てからも何度かやり取りはしていたけど、直接顔を合わせるのはそれくらいかしらね……お互いいろいろあったと思うけど、再会に乾杯」

 

 軍服の幼馴染と乾杯か……こいつがこの格好で来たということは、まぁアレに関係した話なんだろうな。

 

――深海棲艦――

 

 それは突然の出来事だった。とはいっても俺が知ってるのは当時ニュースで語られていたことだけで、もしかしたら日本政府としては知っていたのかもしれないが……少なくとも俺たち一般市民にとっては突然で、まさに青天の霹靂ってやつだった。

 

 日本周辺海域に突如として現れた謎の敵性体『深海棲艦』と呼ばれるそれは、なぜか現代兵器では歯が立たずその版図を瞬く間に広げ、数か月後には太平洋全域に及んだと言われる。それらは版図を広げていくと同時にシーレーンの封鎖を行い、人々を陸へと封じ込めた。

 

民間船に対する攻撃は少なかったとされているが、無理やり押し通ろうとする船や、軍艦の護衛を受けて航行する船に対しては容赦ない攻撃がなされたということで、日本政府は早い段階で民間船の航行を規制した。

 

 それに伴って、島しょ部に住む人たちは避難を余儀なくされた。当時あの島に住んでいた俺たちも例外ではなく、東京へと引っ越してきた。

 

 当然ながらその後の日本は大混乱を極めたのだが、政府政策によって少しずつ安定を取り戻していくこととなるのだが、様々な報道がなされる中で一般市民はと言えば「こうなった以上、どうにかやっていくしかない」「不便にはなったものの、何とか生きていける」という考えが大半でそれほど悲観はしていなかった。

 

むしろ日本人の気質というか、みんなで力を合わせて乗り切ろうという機運が盛り上がり、以前よりも国内は活気に満ちていたようにさえ思う。

 

 そんな中で俺はとある居酒屋で和食を中心に料理の修行をしていた。高校半ばで引っ越してきて、今一つ気乗りせずに編入もしなかった俺だったが、親父の紹介でその店で働くようになり、おぼろげながら夢みたいなものも考えるようになっていた。

 

 そんなある日、食材の値段もある程度落ち着いてきたころ大将からある話を持ち掛けられた。それは、食料の供給が安定してきたので店を再開したいという知り合いの洋食屋がいるのだが、その店でスタッフを募集しているのでどうかという話だった。

 

 今の店にも愛着があったし大将にも恩を感じていたので一瞬ためらったが、以前から和食以外にも興味があった俺は、大将の後押しもあってその話を受けることにした。

 

 その後はその洋食屋で修業をしたり、やはりそこの店主の紹介で中華を勉強したり、そば打ちを習ったりといろいろな料理に手を出してきた。あちこちを渡り歩くことに罪悪感もないわけではなかったが、店を出るときには皆笑って送り出してくれたので師匠たちにはほんとに感謝してもしきれない。

 

 そんな感じでこれまで過ごしてきたわけだけれど、先日ある料理屋での修業が終わり、そろそろ自分の店でもと考えていたところにさくらからメールが来たという訳だ。

 

「……と……秀人!聞いてる!?」

 

 っと、さくらが呼んでいたみたいだ。ついつい回想にふけってしまっていた。

 

「あぁ、ごめんごめん、もっかい頼むわ」

 

 そう言ってちょっと大げさに手を合わせて頼み込む。するとさくらは一枚の名刺を渡してきた。

 

「なになに?『海上自衛軍 特殊試験鎮守府司令官 三等海佐 大橋さくら』ってやたら長ったらしい肩書だな。つか、三等海佐っ!?その歳で!?」

 

「ふっふーん、どうよ。まぁ、実際のところ階級は形式的なもので、艦長になれるのが三等海佐以上だったからそうせざるを得なかったってだけなのよね」

 

 まだ防大をでて何年かしか経っていないにも関わらずこの階級ってことは、いくら本人が優秀で今の国防事情を鑑みたとしてもありえないだろう。なんかウラがあんのか?

 

「そうなのよ。『特殊試験鎮守府』ってところがまぁ大人の事情ってやつね。んで、いきなりなんだけど、あたしたちの育ったあの島に帰れるとしたら……帰りたい?」

 

「帰れる……のか?」

 

 料理を初めてからいつの間にか考えるようになっていた夢……今はこっちに居たとしても、いつの日かあの島に戻って店をやりたいと、そう思っていた。

 

 あの青く透き通った海で獲れた魚、緑豊かな山で採れる山菜やキノコ、島の人たちが丹精込めて作った野菜……そんな食材を使って料理を作って、みんなを笑顔にしたい……そう思ってきた。だから……

 

「もちろん!帰れるなら帰りたい!」

 

 思わず前のめりになって答えてしまった。

 

「だよね、秀人あの島好きだったもんね。実はウチの依頼を請けてくれたら帰れるんだけど……ただ、聞く前に誓約書にサインしてもらうことになるけど、どうする?引き返すなら今のうちだよ」

 

 はいはい、お前もわかっているんだろう……そう思いながら誓約書とやらをよこせと手を出す。

 

「ま、あんたならそうくると思っていたよ……アレを」

 

「ハイ」

 

 さくらは芝居がかった調子でそう言いながら横に座っていた女性に声をかけて誓約書を受け取り、こちらに差し出してきた。それをもらって一応目を通すと、一緒に渡されたボールペンでサインをしてさくらに返す。

 

「はい、確かに。じゃぁ、まずこの鎮守府のことから説明しようかしらね。鎮守府っていうのは、艦娘たちが集中配備された基地のことで、国内外に何か所かあるわ」

 

 そこでいったん言葉を切り、ビールのお替りとちょっとしたつまみを頼む。さして時間もかからずにそれらが届けられると、さくらは改めて続きを話し始めた。

 

「で、そこで何を試験するのかってことなんだけど、ずばり『艦娘との共存』よ。あなたも聞いたことあるでしょ?『艦娘』」

 

「あぁ、たしか深海棲艦が現れてからしばらくして現れた、深海棲艦に唯一対抗できる戦力を有する女の子の姿をした謎の存在だったっけ?俺の知ってることと言えば政府発表で聞いたそれぐらいだけど……そうそう、動画も見たな。海上を滑るように進む六人の女の子たちのやつと、その後出た政府の公式の奴」

 

 深海棲艦と、その後現れた艦娘。詳細な政府発表が求められる中である日、出所こそわからずじまいだったが、状況的には自衛官が撮ったと思われる一つの動画がネット上で拡散され始めた。

 



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【中】

プロローグ中編です


 夜明け間際、昇ってくる朝日をバックに海上を滑るように進む六人の人型をしたシルエット。逆光ではっきりとは見えないが、服装や髪形から十代前半くらいの女の子だろうと推測された。

 

 その後シーンが変わると、遠景でこれまた細かいところまでは見えないようになっているが、訓練だろうか的に向かって手に持った砲塔らしきもので砲撃をする姿や、足や腰に装着されている発射管から魚雷と思われる細長いものを撃つシーンなどが映し出されていた。

 

 その後、最後にまた朝日をバックにした航行シーンに戻って動画は終わるのだが、その暁の水平線を進む姿は神々しくさえ感じられた。

 

 そんな動画が世間を大きくにぎわせたしばらく後、別の動画が今度は政府から公式動画として公開された。

 

 その動画には総理大臣、防衛大臣と並ぶ様々なデザインのセーラー服を身にまとった女の子が六人。後に『始まりの六人』と呼ばれることとなる彼女たちは、最初の動画のような武装こそしていないが、あそこに映っていた女の子たちであろうことは容易に想像がついた。そして、そこで語られた内容は今でもはっきり覚えている。

 

 最初の自己紹介からして衝撃的だった。

 

 初めに総理大臣が演説と説明をした後で彼女たちに自己紹介を促した。そして彼女たちが口したのはかつての第二次世界大戦時の大日本帝国海軍の艦艇の生まれ変わりであり、それぞれ駆逐艦『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』と軽巡洋艦『大淀』であるという事だった。

 

 そして、その内容に会見場が静まり返る中、軽巡洋艦『大淀』と名乗った六人の中でも背の高い女の子が代表して話し出す。

 

「私たちは『艦娘』と呼ばれる存在であり、かつての大戦で国のために戦った英霊たちの想いが形となり、当時の軍艦の力を持って現れたものです。あの戦争に関しては多くの議論があるかと思いますが、今私たちを形作っているのは、ただただ純粋な『日本と、そこに住む人々を守りたい』という想いだけです。まず、そのことをご理解いただきたいと思います」

 

 そこで、一度お辞儀をすると一斉にフラッシュが焚かれた。彼女は顔を上げて、目の前に置かれていたコップを手に取り、口を潤すようにゆっくりと水を飲むと、言葉を続ける。

 

「私達には『艤装』と呼ばれる装備を使って深海棲艦と戦う力があります。通常兵器の効果がない深海棲艦に対して、現状唯一対抗できる力です。ただ……先ほど御覧になったように私たちも水を飲み、食べ物を食べ……生きています。なので、様々なご意見はあろうかと思いますが、どうか皆さんと共にこの日本を守る仲間として、私たちと今後増えるであろう艦娘たちを受け入れていただきたいと思います。それが私たちの願いであり、私たちを形作る英霊たちの想いです……そしていつか、平和になった時は皆さんと一緒に……そうですね、桜の下でお花見でもしたいですね……」

 

 実は料理もそこそこできるんですよ。そう言って笑顔で締めくくった彼女は、割れんばかりの拍手を受けて一歩下がると、そこに並んでいた他の『艦娘』たちと一緒に敬礼をして、総理大臣に先導されながら会場を後にした。

 

 その後防衛大臣が引き継ぎいくつかの質問を受けて会見は終了したのだが、正直会見場がしっちゃかめっちゃかになっててまともな会見の体を成していなかったように思う。

 

 その後は当然ながらネットは祭りになり、新聞各社は号外を出し、TV各局も緊急特番で一色だった。そして、この会見によって一部軍国主義の再来だという声もあったが、そういう声もやがて小さくなり、世論は全力で『艦娘』を応援するという方向へと収束していった。

 

「あー、その最初の動画なんだけどね……実は彼女たちの発案で作って、防衛省が拡散させたのよ。どうやったら国民に受け入れられるか彼女たちなりに考えてね」

 

「え!?そうなの?確かにやけに構図にこだわったというか、PVっぽさがあるなとは思っていたし、その辺は話題にもなったんだよ。一介の自衛官が隠れて撮って拡散したにしてはできすぎてるってね」

 

 もしかしたら彼女たちのいる基地がある程度噛んでいるんじゃないかという推測は出ていたが、まさか軍そのものだったとは。しかも本人たちが発案だったなんて……まさに、狙い通りじゃないか。それにそう考えると、心なしか映りを意識してたようにも感じられたのが納得できた。

 

 島に戻ると彼女たちを相手にするということらしいのだが、まだ実際に会ったこともないのでどんな子達なのか少しばかり不安っちゃ不安だな……と伝えると、さくらがニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべている。

 

「なんだよ、その顔。気持ち悪いな」

 

「いやー、『どんな子なのか』って言ってたからね。ちゃんと一人の女の子としてみてくれているんだなーって嬉しくなっちゃってさ」

 

「まぁ……な。というか、みんなそう思ってると思うんだけど」

 

 俺が照れくささから、若干早口でそういうとさくらは少し表情を曇らせて言った。

 

「んー、ほとんどの人はそうなんだけどね……中には彼女たちをただの兵器としか見てないような輩もいるのよ。悲しいことにね……ただ、そういう連中は度が過ぎると処罰対象になるし、そういう考えを払拭するための今回の試験鎮守府でもあるんだけど」

 

 そうだった、話があちこちに飛びがちだけどその話をしてたんだよ。

 

「それそれ、結局のところどういう事をするところなんだ?『艦娘との共存』って言ってたけど、具体的には?」

 

「えっと、あれから彼女たちの人数も増えたり、ある程度情報も公開されたりして国民の認知度も上がってきてると思うんだけど、国民と艦娘の相互理解を深めるためのテストケースとして、島を丸ごと使って自由に交流ができる街を作ろうって計画なのよ。で、ちょうどいい島出身者の私が責任者をすることになったってわけ」

 

 なるほどね。それで、協力者として元島民たちに声を掛けてるってわけだ。いろいろと条件や制約はかかるが島に戻りたいって人は多いだろうし、インフラも残ってるから街も作りやすいか。

 

 加えて、この島で行われる様々な施策を既存の鎮守府にも波及させその周辺の町でも積極的な交流を始めるそうだ。

 

「今回の計画のキモは彼女たちが生活する様子を多くの一般の人たちに見てもらって、彼女たちが普通の女の子だって知ってもらう事よ、まずはウチの島で次に既存の鎮守府。いずれ国内全体と、段階的にお互いを知って『共存』の下地を作れればってね」

 

「オーケー、目的とか意義みたいなものはわかった。俺も全面的に協力しよう。だが、これだけは聞かせてくれ……『安全』なんだよな」

 

「うん、そこは気になるよね。地理的には最前線だし、絶対安全とは言えないけれども、少なくとも危険度としては本土と大して変わらないわ。きちんとした鎮守府の施設を作ってある程度の練度の艦娘たちも配備される予定だから、もし深海棲艦が攻めてきても周辺の安全はなんとしても確保するわ。それに、接続水域内だったらほとんど危険は無いって事も最近分かってきたしね。EEZ内でも『はぐれ』みたいなのはいるけどきちんと艦娘の護衛をつければ問題ないし」

 

 それは大丈夫なのか?とも思ったが、どうやら接続水域内であれば民間船もほぼほぼ安全に航行できることが最近分かって、単独で漁などに出ても大丈夫らしい。もちろん近くの鎮守府が定期的に哨戒と掃討を行っていることが前提だということだが……

 

「それじゃ、納得してもらえたところで具体的な話に行きたいんだけど、その前にこの子を紹介しておくわね」

 

 ここまで結構長いこと話を進めてきたが、さくらの横に座ってにこにことかわいらしい笑みを浮かべたまま会話を見守っていた女の子、気になってたんだよね。

 



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【後】

プロローグ後編です


 大学生くらいだろうか、背中まである茶髪を耳の後ろで軽くお団子にまとめている。頭の上でぴょこんと跳ねるアホ毛がまた彼女の愛らしさを強調しているようにも思う。

 

 そんな彼女がさくらに促されて、椅子から立ち上がるとこちらに向き直り、右手は腰に、左手は勢いよく前に突き出し、ポーズを取ると言い放った。

 

「英国で生まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」

 

 ……お、おう。なかなか気合の入った自己紹介でいらっしゃる。どう反応するのが正解なのか戸惑ってしまい、思わず拍手しながらさくらの方に目線を向ければ、顔を背けて肩を震わせている……笑ってやがるなこいつめ。

 

「うぅー。テートクー、やっぱりこれは間違いだった気がしマース」

 

 うん、俺もそう思うよ、金剛さん。普通に自己紹介してくれればよかったんじゃないかと思うよ。

 

「くっくっくっく……あー、おかしかった。だって、あなた私の前に初めて来たときだってそれやったじゃない。大丈夫よ金剛、かわいかったから。ねぇ、秀人」

 

「あ、あぁ、そうだな……っと、俺は田所秀人、さくらから聞いてるかもしれないがこいつの幼馴染で、しがない料理人だ。よろしくな」

 

 さくらが急に振るもんだからびっくりしたが、とりあえず俺の方も自己紹介をして握手しようと手を伸ばす。すると彼女はさっきまでのしょぼくれた顔を一瞬で笑顔に変えて手を握ってくる。

 

「ハイ!ヨロシクオネガイシマース!」

 

 その屈託のない笑顔と嬉しそうな声にドキッとしてしまい、思わず早口でさくらに尋ねる。

 

「えっと、さくら、聞きなれない名前から察するにこの金剛さんは……」

 

「えぇ、お察しの通り、艦娘よ。かつてイギリスにあったヴィッカース社に大日本帝国海軍が依頼して建造された戦艦で、その後何度かの改装を重ね長年にわたり活躍した戦艦『金剛』が元になっているわ。今は私の秘書艦として働いてもらっていて、今後動きにくくなるであろう私に代わって、あなたとの繋ぎをやってもらおうと思って今日連れてきたのよ」

 

 ほう、イギリスで。だからちょっとカタコトっぽいのか……ということで、無事自己紹介も済みここからは金剛さんも交えて具体的な話を詰めることにした。

 

 かいつまんで話すと、とりあえず店の造りとしては喫茶店で、中身はなんでも料理屋みたいな感じの飲食店を営業してほしいとのことだ。

 

 ガワはもう完成していて今は細かい内装を整えてるとのことで、外観も内装も大橋さくら指令代行様の趣味全開で作られているらしく、俺に拒否権は無いそうだ。まぁ、聞いたところ昭和レトロな感じで落ち着いた雰囲気にするということで一安心。ファンシーでメルヘンでワンダーランドな感じじゃなくてよかった。

 

 ちなみに、今回街を作るにあたっての土地のあれこれはすでに話が付いていて、街自体もかなり変わっているから、お楽しみにとのことだ。

 

 さらに、そこで扱う食材に関しては島に農水畜の各種生産兼研究施設が立てられるそうで、効率的な生産やより多くの種類の食材を生産するための施設でもあるようで、よほど特殊なものでない限り手に入るようになるということだ。フル稼働し始めたら、かつての島の人口分の食糧を賄い、さらに余剰分を本土に送るほどの生産能力があるらしい。

 

 そうそう、食材と言えば面白い話を金剛さんがしてくれた。

 

「実はワタシたちも漁に行ったりするネ。元々鎮守府での暇つぶしに堤防釣りなどをする子達はいたのですが、任務として秋になれば秋刀魚を獲りに行ったりもするデス。皆さんに人気の任務なのですヨ。敵も出てきますが、私もよく駆逐艦の子たちを連れて訓練しながら獲ってきますヨ。Follow me! ってネ」

 

 その時のウインクがかわいかった……じゃなくて、そういえば何年か前から、『鎮守府謹製秋刀魚缶』なるものが売られるようになったな。水煮と生姜煮だったか。結構人気で常に品薄だった気がする。

 

噂によると、各地鎮守府周辺では塩焼きなんかも売ってたりしているそうなのだが……期間限定なので残念ながらお目にかかったことはない。

 

 ふむ……そうか、彼女たちが獲ってたのか。それを公表したらさらに人気が出るような気もするが、数を確保するのも大変そうだし、それもあって隠してるのだろうか。

 

 ともあれ、食材も問題なく揃えられそうだし、店舗の方あと数日もあれば完成するし、できれば早めに来てほしいとのことなので、挨拶諸々込みで一週間後の軍の物資輸送船に乗せてもらうことになった。

 

 その後も和やかに会談は進み、金剛さんもいろいろな話をしてくれた。艦娘たちについての詳しい話は、実際に島であってからのお楽しみということであまり教えてもらえなかったが、敷地内の寮住まいだった他の鎮守府と違って、島では街の中にシェアハウスのような形で艦娘たちの家が用意されているとのこと。姉妹艦や仲のいい数人単位で共同生活を送るそうだ。

 

 落ち着いたらぜひ遊びにきてくだサーイなんて言われたが、機会があったら……と濁しておいた。だって女の子だけの家に行くってのいうはなかなか……ねぇ?

 




これにてプロローグはおしまい。次から第一話になります。
お読みいただきありがとうございます。


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Menu-1:プレオープン
一皿目:島上陸1


今更ですが、この物語では章見出しを『Menu-〇:〇〇〇』話見出しを『〇皿目:〇〇〇』としています。


 あれから数日がすぎて、いよいよ島への引っ越しの日を迎えることとなった。大きい荷物は先に送ったし、ちょっとした手荷物だけで港へと向かう。

 

「田所秀人さんですね、お待ちしてました」 

 

 港の入り口では自衛官の方が待っていてくれて、車で船まで案内してもらった。まぁ、その辺うろちょろされても困るだろうしね。

 

 出航の時間も迫っていたということでそのまますぐに乗り込んで、間もなく出航という流れになった。今回乗せてもらった船は元々民間船だったもので、座席を減らしたりなんやかんやしたりして貨物兼人員輸送船として改装したものだそうだ。

 

 なんでもジェットフォイルとかいう船で「普通の輸送船に比べると積載量はだいぶ少ないですけど、その分めっちゃ速いんですよ!」と船まで案内してくれた自衛官の方が熱く語っていたのだけれど……ごめんなさい船のことはよくわかりません。ともあれ、到着するのは夕方だそうなのでのんびり過ごさせてもらおう。

 

 いつの間にか寝てしまっていた内に到着していたようで、自衛官さんに起こされて搭乗口へと向かい扉をくぐる。すると見えてきたのはでかいクレーンや無骨な建物が立ち並ぶまさに『軍港』だった。

 

記憶の中の景色と大きく変わってしまった様子に少し寂しさを覚えながらタラップを降り、とりあえず誰か探そうかと歩き始めたところで……

 

「ヒデトサーン!」

 

 どこからか呼ぶ声が聞こえる。誰だろうとそちらを見れば、そこには先日の顔合わせの時とは違う、ちょっと変わった格好をした金剛さんが立っていた

 

「やぁ、久しぶりだね金剛さん。これからよろしくね……にしても、その恰好はなんというか、ユニークだねぇ。いや、かわいいんだけどね」

 

 髪形こそ先日と同じだが、黄色?真鍮色?のちょっと変わったヘッドドレスに、着ている物は巫女服のようなデザインだがスカートは短いし、黒い。それに肩も出てるし、脇も……なんとも目のやり場に困る服装だった

 

「うぅー。あまり見られると恥ずかしいデス」

 

 ちょっと不躾だっただろうか、彼女は恥ずかしそうに自分を抱きすくめるようにしてうつむいてしまったが、ぽつぽつと説明してくれた。

 

「この服は私達艦娘のuniformデス。皆さんそれぞれdesignは違いますが、身体能力や深海棲艦に対する防御力upされマース。勤務時間内は、基本的に皆さんこの格好ネ。冬の海でも寒くないヨ」

 

 ほう、そんな高性能なものだったのか。しかし、艦娘ごとにデザインもちがうのか……それは見てみたいものだ……いや、よこしまな意味は無くて、単なる興味としてね。だから金剛さんそんなジト目で見ないでほしいのだけれども。

 

「そんなことより!正門までご案内しマース。そちらにお預かりしていたMotorcycleも置いてあるネ。さぁ、Follow me! ついてきてくださいネー!」

 

 笑顔でそう言って、颯爽と歩き始めた金剛さんの後を慌てて追いかける。

 

 二人で並んで歩きながらいろいろと話を聞く。ちなみにさくらは元島民たちの引っ越しが迫ってきていることもありあちこち飛び回っていて今はいないとのこと。

 

 他にも、この鎮守府の事、ほかの艦娘の事、普段の生活の事などいろいろ話してくれたのだが、どうも自分たちで生活することになったのはいいが今のメンバーで家事ができる艦娘は少ないらしく、特に料理に関しては残念なことになっているのだそうだ。

 

おまけに、既存の鎮守府では専任の調理師がいる食堂があったりするのだが、この島では設備こそ揃えられているものの調理師はおらず、自分たちで作るか市街地で買ったり食べたりするのだそうだ。それも、艦娘たちの自立と交流を促すためなのだと教えてくれた。

 

「今はまだ街の皆さんもいらっしゃらないのデ、自衛軍の方々が炊き出しをしてくれたりしマス。デモ、ヒデトさんが来てくれたので、お店がOpenしたら一日に何人かはそちらに行くことになると思うネ」

 

 一通りの調味料や加工品、ある程度の野菜やドリンク類など日持ちするものは一通り運び込んであるし、卵や乳製品なんかの日持ちしないものも一部は今日のうちに冷蔵庫に突っ込んであるらしい。

 

調理道具や食器も準備万端だというので、明日からお試し限定メニューのランチ営業をすることにした。女の子たちがレトルトばっかりできちんとした食事をとれてないなんて話を聞いちゃほっとけないしね。

 

「ほんとデスカ!?さすがヒデトさんデス!明日は絶対お店に行くネ!」

明日からの開店の話をすると、彼女は一瞬嬉しそうな顔になったが、すぐに残念そうな顔をしてしまった。どうしたものかと思っていると前を見ながら口を開いた。

 

「ヒデトさん、残念ながらこの後お仕事があるので今日はここまでデス。明日のOpen楽しみにしてるネ。じゃあまた明日……good-byeネ」

 

 いつの間にか鎮守府の正門まで来てしまっていたらしい。後ろ髪引かれる思いではあるが、この後仕事ではしょうがない……というか俺もやることいっぱいあるしな。

 

 守衛さんから前もって送って預かってもらっていた愛用の電動スクーターを受け取り、門を出たところでスクーターにまたがると、笑顔で手を振る金剛さんに手を振り返し、モーターをスタートさせる。

 

 だんだんとスピードを上げ鎮守府が遠ざかるが、チラリとサイドミラーを見れば金剛さんが小さくなりながらもまだ手を振ってくれている。危ないので振り返ることができないのが申し訳ないが、電動モーターの軽やかな音を響かせながら海岸通りを進んでいく。

 

 たしかこの先だったかな……しばらく走って、海にせり出した山の端をくぐるトンネルを抜けると目の前に飛び込んできたのは、水平線に沈みゆくでっかい夕日だった。

 

「おおー。やっぱりここからの眺めはいいねぇ」

 

 思わず声を上げてしまうほどの絶景がそこには広がっていた。

 

 さっき船を降りたときは、変わってしまった港の姿を寂しく思ったが、こうしてあのころと同じ夕日を見ると帰ってきた実感がわいてくる。

 

 昔は港で遊んだ帰りに、家のある少し離れた市街地に向かって自転車を漕ぎながら眺めた夕日だが、またこうして拝めるっていうのは金剛さんたち艦娘のみんなが頑張って領海を維持してくれているおかげなんだろう。そう思うと、明日からの営業も頑張らなきゃな。

 

 なんてそれっぽく浸りながら市街地に入り、教えてもらった自分の店の前まで来たんだけど……

 

「ここだよな?……なんだ、これ『ふゅじんち さっき』?」

 

 外観は赤茶色したレンガ造りで、海が見えるウッドデッキがあるおしゃれな作りの喫茶店なんだけど、そこに掲げられた看板には謎の言葉が刻まれていた。

 

 しばらくそこに立ち尽くして考え込んでいると、ふと閃いた。もしかしてこれは、横書きだけど右から読むんじゃなかろうか。

 

 そうして見直すと『きっさ ちんじゅふ』と読める……なるほど、どうやらこれがこの店の名前らしい。

 

 そういやさっき金剛さんも言ってたな。今回店を開くお礼としてどうしても看板を書かせてほしいと言ってきた駆逐艦の子達がいたって。

 

 見るとなかなかかわいらしい丸文字で、見ようによっちゃ味がある……かな?どうやら四人で書いたらしくそれぞれ違った筆跡で下の方に小さく『ぃでれ』『ばーしぱす』『んーゃじ』『すでのな』と書かれている。これも同じだとすると『れでぃ』『すぱしーば』『じゃーん』『なのです』だろうか……うん、意味わからん、口癖かなにかかな?

 

 ともかく、店にくることがあったら、お礼でなんかサービスしてあげよう。話によるとまだ子供――金剛さん曰く、実際は年齢という概念はないのだが、言動は見た目の年齢に引っ張られるそうだ――らしいし、特製お子様ランチでも作ってあげようかな。

 

 謎の文字列が解読できたところでようやく店に入る。内装もかなりおしゃれな感じで、さくらが昭和レトロと言っていたように、全体的に落ち着いた色味のインテリアでまとめられていていい感じだ。所々に錨なんかの船にまつわる小物も置いてあったりして、まさに海辺の喫茶店だな。

 

 その半面厨房は最新の冷蔵庫やコールドテーブルはもちろん、小型だがフライヤーやアイスクリームメーカー、ミキサーもある。そういえば、喫茶店と言いつつどんな料理でも作れるように営業許可を取ってあるって話だったっけ。アイスクリーム製造許可も取ったのか。

 

 設備のチェック、器具のチェック、食材のチェックを一通り済ませ、その後も使い勝手を確認しながらいろいろいじったりしているうちに夜も更けてきて、結局遅くまで店舗であれこれやってしまった。

 

 ふと時計を見れば日付も変わろうかというところだったので、適当なところで片付けて二階の自宅部分に引っ込むことにする。こっちは……特に変わったとこもないな。とりあえずサッとシャワーを浴びて寝ることにする。明日は初日だし、食材も限られてるから何種類かしか作れないけど、何にしよう。

 

 さっき見た食材を思い浮かべて何ができるか考えながら、島での新生活一日目が終わっていった

 



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一皿目:島上陸2

 二日目の朝。思いのほかワクワクしてたのか、やけに早く起きてしまった俺は、とりあえず今日のランチで出す予定のスープの仕込みをしていた。

 

 今日のスープはコーンスープ。コーン缶と牛乳があったので昨日の段階で決めていたレシピだ。

 

 フードプロセッサにかけて細かくした大量のコーンを丁寧に裏ごししていく。もちろん全部は使わずに、今日の分をある程度確保したら残りは小分けにして冷凍し、ストックしておく。これを作っておくとスープ以外にも色々と使えるんだよな。

 

 例えばチーズと一緒にリゾットなんかに使ってもおいしいし、クリームソースを作るときに混ぜればグラタンやシチューにも使える。意外なところではパン生地に混ぜ込むのもいい。焼きあがった時のコーンの香りと小麦とは違った甘味がまたいい感じなのだ。

 

 とりあえず、ある程度の量をストックしたら別の仕込みに移る。お次は大量の玉ねぎだ。こいつをひたすらみじん切りにしていくのだが……目が……しみにくい切り方のコツもあるんだけど、流石にこの量には太刀打ちできない。ただ、洋食屋で修業していた時もやっていたけど、これはこれで包丁使いのいい修行になるんだよね。

 

 という訳で刻んだ大量の玉ねぎを何回かに分けて炒めていく。あらかた火が通り、透き通ってきた辺りでバットにあけて粗熱をとり、ラップをして今度は冷蔵庫に入れていく。大量とはいえ今日明日で使い切るだろうから冷蔵庫でいいだろう。

 

 使うときは、食感が欲しい時は再加熱を短めに、甘味が必要な時は時間をかけて炒めて、所謂飴色玉ねぎにする。煮込みやスープ、ソースに具そのものなど使い道は広く、玉ねぎは洋食には欠かせない材料の一つでもある。

 

 そのほか今日のランチで出す予定の料理の仕込みをあれやこれやとやっていると、なんだか店の前の通りが騒がしいのに気づいた。まだ開店までは時間があるが……

 

 ちょっと気になってホール側に回ってみると、何となく喋ってるのが聞こえる。どうやら艦娘の皆さんが鎮守府へ出勤する時間のようで、女の子たちが何人か店の前で様子をうかがっているようだ。扉のところに貼ってある『本日より開店します※ただし、暫く開店時間は11時~18時』の貼り紙を見て残念がっている声が多いようだ。

 

「中がみえないっぽーい」

 

「だめだよ覗いたりしたら。ほら、遅刻しちゃうから行くよ」

 

 なんて声が聞こえたので、ブラインドを開けて外を見てみるとおそろいのセーラー服を着た二人組がこちらを見ていた。

 

 どうも薄い桜色の長い髪の子がこちらを覗こうとしていたのを、黒髪のおさげの子が止めていたらしい。すると、彼女たちもこちらに気づいたようで、桜色の髪の子が元気よくぶんぶんと手を振っている。こちらも手を振り返すと、おさげの子がペコリとお辞儀をして襟をつかんで引っ張っていった。桜髪の子が「ぽぉーいぃー」と謎の言葉を発しながら引きずられていて、踵がガリガリ言っているが大丈夫だろうか。

 

 それから、仕込みの続きや、掃除などをしてるとそろそろ開店するには良い時間になった……よし、やるか。

 

 外は快晴、新規オープンには絶好の日和だ。デッキにつながるガラス戸も全開にして、初秋のさわやかな風を取り込む。そのままデッキから入口に回り、貼り紙をはがし、かけ看板を『CLOSE』から『OPEN』にひっくり返して店内に戻る。

 

 まぁ、流石にすぐにお客さんは来ないだろうと思いながら、カウンターからぼーっと外を眺める。

 

 そういえば、今でこそ多くの自衛軍の方々が鎮守府で作業をしているが、本来あそこに常駐している生粋の人間は司令と守衛さん、何人かの事務方くらいであまりいないらしい。

 

なんでも、『妖精さん』とかいう不思議生命体が鎮守府の管理を担っているらしいのだが……説明されてもさっぱりだった。「そのうちお店に連れていきマース」なんて言ってたけど、一体どんな生物なのやら。

 

――――カランカラン

 

 っと、そんなことを考えていたら初めてのお客さんが来たようで、ドアベルが軽やかな音を立てて扉が開かれた。

 

「いらっしゃいませー」

 

「Hey!マスター!Congratulations!開店おめでとうございマース!」

 

『きっさ ちんじゅふ』最初のお客さんは大きな花束を抱えた金剛さんだった。

 




一皿目のまとめ
金剛さんのセリフはどこまでカタカナにするか迷いどころ
あと金剛さんかわいい

お読みいただきありがとうございます。


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二皿目:金剛姉妹と初めての喫茶店1

『目指せ飯テロ』とか言っておきながら、昼間では大した威力がないことに後々気づいたので、明日予定していたものを前倒しで投下します
(二皿目1~3を予約投稿)

さっきのはほとんど料理描写なかったし、これくらいの時間ならテロになりうるか……?

1/3


「いらっしゃい金剛さん、どこでも空いているとこに座ってください」

 

「はい、ヒデトさんどうぞ。開店のお祝いデース!」

 

「こんな立派な花束……ありがとうございます」

 

 カウンター席に腰を下ろしながら、大きな花束を手渡してくる。正直花の名前なんてわからないのだが、色とりどりの花がまとめられていてとてもきれいだ。カウンターの端にでも飾っておいたら店も華やかになるだろう。

 

 確かどこかに花瓶らしきものがあったような……と戸棚を漁っていると、カウンターから声がかかる。

 

「それで、ヒデトさん。今日はMy sisterの一人を連れてきたので、ご紹介するネ。ほかに二人いますが、彼女たちはまだ着任してないノデ……霧島ーCome in!」

 

「失礼いたします」

 

 そう言って入ってきたのは、金剛さんと同じような衣装を身にまとったメガネの女性。スーツが似合いそうな知的美人だ。

 

「どうぞ、いらっしゃいませ。えーっと霧島さん?」

 

「はい。はじめまして、霧島です。よろしくお願いいたします」

 

 これはこれはご丁寧な挨拶を。見た目通り真面目な子のようだ。

 

「とりあえず、飲み物でも用意しようか。なにがいいかな?初めてのお客さんだし、サービスするよ」

 

「そうデスネー、でしたら紅茶が飲みたいネー。霧島もそれでいいデスカ?」

 

 二人とも紅茶でいいとの事なので準備を始める。

 

 実は昨日食材のチェックをしていてこの紅茶の種類も確認したのだが、このご時世でよくもこれだけ多くの産地から集められたものだと驚いた。ヨーロッパからの輸入はあまり回復していないという話だったが、どうやら日本企業がインドやスリランカなどの産地で加工しているようだ。詳しい話は聞いていないのでわからないが、伝手でもあるのだろう。

 

 まさかとは思うが、金剛さんが紅茶好きだからこれだけの種類をそろえたなんてことはないよな。確かにこの店を作るにあたって、さくらと一緒にあれこれ意見を出したらしいから品ぞろえにも口は出せなくないけど……いくら紅茶の本場イギリス生まれだからってねぇ……

 

 まぁ、そんなくだらない考えは置いといて、お茶の用意を続ける。

今回はキャンディという茶葉にしよう。これはスリランカのキャンディ地方で作られている茶葉で、クセがなくスッキリとした味わいでなんにでも合わせやすい種類の茶葉だ。今日はこの後食事も控えているし、金剛さんたちの好みもわからないので渋みも少ないこの茶葉を選んでおこう。

 

 修業で教わった通りの手順で紅茶を入れていく。

 

 カップとポットはしっかり温めておいて、ポットが温まったところでお湯を捨てて茶葉を入れ、しっかり沸騰させたお湯を注ぐ。茶葉が元気に跳ねているのを確認して、ティーコジーをかぶせて砂時計をセットし、しばらく蒸らす。その間にカップのお湯を捨てて、ストレーナーをセット。そうしているうちに砂も落ち切ったので、ティーコジーを外してカップに注いでいく。濃さと量が同じになるように交互に注ぎながら、最後の一滴まで入れたところで二人の前に。

 

「どうぞ、おまたせいたしました」

 

「アリガトゴザイマース。ンー良い香りデース。入れ方も素晴らしかったので、これでおいしくなかったら茶葉のせいデスネ」

 

「確かによい香りです。それに金剛お姉さまがお入れになるときのような手際の良さでした」

 

「それは当然ネ!ヒデトさんはprofessionalですカラ……ワタシの方がまだまだデース」

 

 入れ方を褒められるのはなんだか照れるな。ポイントさえきちんと押さえればさほど難しいものでもないんだが、大事なのは手早くやることなんだよね。ただ、手早くやるためにはきちんと手順を身につけて手際よくやることが大事なんだけど、それを理解してくれるっていうのはやっぱそれだけ紅茶が好きってことだよな。そんな彼女がおいしそうに味わってくれているのを見ると、嬉しくなるね。

 

「さて、お二人さん。まだ、仕入れがしっかりしてないんで、できる物が限られてるんだが、どういたしましょう?ちなみに、これがランチメニューだよ」

 

 そう言って俺はメニューの書かれた一枚の紙を渡す。紙と言っても、それなりにメニューとして見られるようなデザインと装丁にはしてある。応急とは言えしばらくはこれでいく予定だし、ペラ紙一枚渡してハイどうぞってわけにはいかないからね。

 

 メニューを受け取った二人が、さらっと流し見た後にお互いに目を合わせて頷いた後、金剛さんが徐に口を開いた。

 

「ヒデトさん。実は恥ずかしながら、ワタシたちはこういうお店に来るのは初めてなのデス。霧島をはじめ、他の子たちはほとんど鎮守府からは出たことがありません。ワタシも秘書艦としてテートクと一緒に何回か外に出たことはありますが、お仕事でしたのでこういったCoffee ShopやDinerに立ち寄ることもなかったのデス」

 

 えっと今言った英単語は、喫茶店や食堂ってことで良いのかな?それで何を頼んでいいかわからないってとこか……でも、今までいた鎮守府だって食堂はあるって昨日聞いたし、レトルトなんかもあるから食べたこともないってことは無いと思うんだけど。

 

「ハイ。もちろんCanteenにもあって、食べたことがあるMenuも多いデス。デスガ……せっかくなので、ヒデトさんが『これがキッサテンだ!』と思うMenuを教えてほしいネ」

 

「なるほど、そうだったのか。そういう事なら任せてくれ、喫茶店と言えばコレっていうのを用意するよ……では、少々お待ちくださいませ」

 

 そう言ってちょっとわざとらしくお辞儀をして厨房へと引っ込む。さて、一応メニュー表に載ってるのはどれも喫茶店らしいメニューではあるのだが……その中でも特に喫茶店メニューと聞いてイメージするのと言えばこの二つだろう。とあるメニューを思い浮かべながら準備を始めた。

 



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二皿目:金剛姉妹と初めての喫茶店2

連続投稿2/3です


まずはスープの準備から。今朝仕込んでおいた玉ねぎを炒めるのだが、ここであまり時間をかけて色が濃くなりすぎるとスープの色味も濃くなりすぎるので注意する。いい感じに色が付いたところで裏ごしコーンを入れてこげないようにサッと混ぜたら、さらに牛乳を入れながらのばしていく。そこにコンソメを入れて溶かし、塩コショウで味を調えたらとりあえずは完成だ。あとは盛り付ける前に軽く温めなおせばオーケー。

 

 続いて、一つ目のメインに取り掛かる。スープづくりと並行して刻んでおいた野菜と鶏肉を炒めていく。野菜はシンプルに玉ねぎ・ピーマン・マッシュルームで、ここでも玉ねぎ大活躍だ。しっかり火が通ったところで、塩コショウを軽く振ったらご飯とケチャップを投入。フライパンをあおりながら強火で一気に炒めながら絡めて味をつける。

 

 このケチャップで味付けをするときは短時間で一気にやらないと、ごはんがべちゃっとする上に、トマトの風味も消えてしまうので注意だ。しっかりと味が付いたところで一度ボウルに開けておいておく。

 

 チキンライスを作っている間に沸騰させておいたお湯に塩とパスタを投入。さらにパスタを茹でている間に具材を炒めていく。今度は玉ねぎ・ピーマン・マッシュルーム・ソーセージだ……って切り方は違うが、さっきとほとんど同じなんだよね、味付けもケチャップだし。

 

 という訳で、先ほど同様に具材に火が通ったところで塩コショウを振る。そうこうしているうちにタイミングよく茹で上がったパスタを、良く水気を切ってから投入し、ケチャップをかける。チキンライス同様に炒めながら手早くパスタに絡ませて、喫茶店の定番メニューその一『ナポリタン』の完成。これはこれで盛り付けたら、冷めないうちにもう一つを完成させなくては。

 

 しっかりと熱したフライパンにバターを入れ、回しながらなじませる。完全に溶けてしまうとすぐに焦げてしまうので、溶け始めたところで、溶き卵を投入。フライパンと菜箸を振りながら、卵に空気を含ませてふわふわにしていく。そのままある程度表面を焼き固めたら、先ほど除けておいたチキンライスを入れて卵でくるむ。リズムよく手首を返しながらフライパンを振って形を整えれば、喫茶店の定番メニューその二『昔ながらのオムライス』の完成。

 

 あとはお皿に乗せて、ケチャップをかけて持って行こう。若い子達にはふわふわ卵の奴の方が人気かもしれないが、喫茶店のオムライスと言えばコレみたいにしっかり卵でくるまれている奴かなって思うんだよな。ま、次からはどっちがいいか聞いてから作るけど。

 

「はいよ、おまちどうさま」

 

 出来上がった料理を温めなおしておいたスープと一緒に持って行く。サラダがないのが残念だけど、葉物を中心にサラダ野菜はまだ入荷がないみたいだし仕方ない。

 

「Wow!これはオムライスとナポリタンですね。Tomato ketchupの香りがおいしそうネー」

 

「えぇ、それにこのコーンスープも……さっそくいただきましょう。お姉さまはどちらになさいますか?」

 

「それはもちろん、ふたりでshareしましょう!」

 

 ま、この仲の良さそうな姉妹ならそうするよな。なんとなく予想できていたので、取り皿を渡す。

 

「あ、ありがとうございます。お姉さま、お取りしますね」

 

「Thank youネ、霧島」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 いただきますとスープカップに手を伸ばす二人にそう声をかけて、洗い物を済ませてしまおうと厨房に引っ込む。背後からおいしいという声が聞こえてきて嬉しくなる。その後もあれこれと楽しそうに話しながら食べている様子が厨房まで伝わってくる。こうしているとやっぱり普通の女の子と変わらないな。

 

 洗い物も手早く済ませ、アイスティーを作ってカウンターに戻ると二人とも食べ終わってたみたいだ。お茶を準備するのがちょっと早かったかなと思ったけどちょうどよかったみたいだ。二人の前の皿を下げてアイスティーを出しながら声をかける。

 

「食後のお茶をどうぞ。で、どうでした?」

 

「ハイ!とってもとってもdeliciousでした。ごちそうさまデス。ネ、霧島」

 

「えぇ、マスターさん。とてもおいしかったです。ごちそうさまでした。それにしても、当たり前ですが、レトルトなどとは比べ物にならないですね……」

 

 二人とも満面の笑顔でそう答えてくれた。にしても、レトルトとは比べ物にならないか……最近はレトルトもおいしいものが増えてるから捨てたもんじゃないんだけど、やっぱり出来立てを普段と違う環境で食べるっていうのはおいしさも変わってくるからな。食べてもらえてよかったよ。

 

「霧島、ヒデトさんのお料理をレトルトと比較するなんて失礼デスよ」

 

「し、失礼いたしました!」

 

「いやいや、気にしなくていいよ、レトルト便利だもんね。普段はやっぱりそういう物が中心なの?」

 

「えぇ、我々の鎮守府は駆逐艦のような小さい子が多いですから、私たちに限らずほとんどの艦娘がレトルトやインスタントを利用していることが多いみたいですね。深海棲艦の侵攻以降そういった物も増えましたし」

 

 そうなのだ、霧島さんが言うように奴らが現れて以来、湯煎するだけのレトルトに限らず、缶詰やインスタント食品などが大きな発展を見せた。味はもちろん、保存期間や調理方法、栄養バランスも考えられた様々な商品が生まれていた。初めは非常食としての需要が大きかったかもしれないが、ある程度国内が落ち着いた今でも、その人気は高い……もしかすると家庭での省エネの意識もあるのかもしれない。

 

 ただ、最近では食料事情も侵攻以前に近づいていることもあり、今までの反発からか手作り志向という動きも出てきているそうなので、しばらくすれば落ち着くだろうと言われている。以上ニュースからの受け売りだ。

 

「ですが、最近では料理ができるようになりたいという子達も増えてきまして、鎮守府の方でも作業が落ち着いてきたので、自衛官の方が簡単な料理教室を開いてくれたりもするんですよ」

 

「ワタシは行けなかったデスが、同じおうちの子が先日そのlessonに行きましタ。その日の夜肉じゃがを作ってくれましたが、とてもおいしかったデース」

 

「ほう、それはいいね。じゃぁ、うちでもそのうち料理教室でもやってみようかな」

 

「Oh! それはgood ideaデス!その時はぜひワタシも参加しマス!」

 

 そんな感じで和やかに会話を楽しんでいたが、一つ気になったことを聞いてみた。

 



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二皿目:金剛姉妹と初めての喫茶店3

連続投稿3/3です


「そういえば、今朝うちの前を通った子達が今日は来れないって残念がっていたみたいなんだけど、何か聞いてるかい?やっぱ開店時間が短いかな」

 

「いえ、開店時間は大丈夫ですが、皆サンこのお店ができるのを楽しみにしていたので、放っておくと開店と同時に押しかけそうだったデス。なので、こちらで空き時間のscheduleを調整して一度にたくさん来ないようにしたデスが……ご迷惑でしたカ?」

 

 そうだったのか。まぁ、もうちょっと来てくれても全然かまわないんだけど、店のキャパより俺のキャパが持つかわからないし、かえってありがたかったかも。一人で店を回すのは初めてだし……そう考えると早めにホール役だけでも雇った方がいいのかな。

 

「ご迷惑でなければよかったデス」

 

 金剛さんはちょっと気にしていたようで、俺の考えにほっと胸を撫でおろしていた。その横で霧島さんがおずおずと手を挙げて、口を開く。

 

「あの、マスターさん。そのホール役というのは料理ができなければいけませんか?」

 

「いや、お客さんの案内と水出し、注文を取って料理を出すって感じかな。後は片付けとか……忙しかったらレジもお願いするかもしれないけど、どうして?」

 

「えぇ、我々の中から人を出せないかと思いまして……できればローテーションで。いかがですか?お姉さま」

 

「……なるほど!さすが霧島!艦隊のbrainデス!テートクの許可は必要デスが、大丈夫だと思うネ!」

 

 それはありがたいが、大丈夫なのか?任務とか作戦とかいろいろあるんじゃ……

 

「No problemネ、ヒデトさん。ワタシたちも常に作戦で海上にいるわけではありません。作戦出撃する艦隊や遠征任務の艦隊、鎮守府でいろいろお勉強する子達も居マース。ほかにもいろいろやることはあるのデスが、その中に組み込みまショウ!」

 

「えぇ、確か教育カリキュラムの中にも『島内活動』があります。本来は例の実験農場や牧場、養殖施設などが対象ですが、島民の皆さまのお手伝いや一般の方々とのふれあいが趣旨だったはずなので、この件も許可が下りるのではないかと」

 

 なんだか二人の間で盛り上がってて置いてけ堀感もあるが、艦娘の中から人を派遣してくれるって事でいいのかな?

 

「だったら、一つ来てもらう子にお願いというか提案なんだけど、せっかくだから料理に興味がある子が良いかな。今はできなくてもいいんだけど、空いた時間に料理を教えたり、簡単なことなら手伝ってもらったりもできると思うからさ」

 

「ほんとデスか!?それはワタシ達としてもありがたいデース!こうしてはいられません!すぐに帰って企画書をまとめなければ……ヒデトさん、ごちそうさまデシタ。霧島、お会計をお願いしマス」

 

「は、はいお姉さま。ではお会計はこれで……はい、ありがとうございます」

 

 霧島さんにお釣りとレシートを渡す……っとそうだ、もう一つ聞いておくことがあったな。

 

「今日はこの後誰か艦娘の子が来る予定はあるのかい?」

 

「はい、今日は夕方四時にfinishする子達が来る予定デース。外の看板を書いてくれた子達と引率のお姉さんたちデス。あとはその間に自衛官の方たちが何人か来るかもしれないネ」

 

 おぉ、あの謎の言葉を書いた子達か。早めにお礼を言いたかったんだよね。引率のお姉さんも気になるが、じゃぁ今日はその子たちで店じまいだな。

 

「了解。では、二人とも気を付けて」

 

 手を振りながら見送るが早いか、二人は店を飛び出していった。

 

「今夜テートクが帰ってくる前に、企画書をまとめなければ!霧島、おっそーい!」

 

「ちょ、お姉さまお待ちください。それに、そのセリフは島風ちゃんの……」

 

 ま、まぁ元気があるのはいいことだよな。途中で転んだりしなければいいが……それにしてもあの二人は歩いてきたのか?いや、あの衣装の時は身体能力も上がるって金剛さんも言ってたし、これくらいの距離なら走っても大したことないのかな。最近年のせいか体力が落ちてきたように感じる身としては、若干うらやましい。

 

 とりあえず、さっさと食器を片付けちまうか。金剛さんの話だと何人か自衛官の人たちも来るような事言ってたし……っと噂をすればさっそく……

 

「いらっしゃいませ、空いてるお席にどうぞ」

 

 自衛軍の人たちに声をかけながら、お冷とおしぼりを準備していく。今は目の前のお客さんに集中しなくちゃ。

 




という訳で、二皿目終了です
ちなみに主人公は霧島さんを言葉通りの頭脳派だと思ってます。まさか武闘派なんてこれっぽっちも……

明日以降はこれくらいの時間に三皿目その一を投稿予定です。

以降一日2000~3000文字ずつで小分けに投稿していきますので、よろしくおねがいします。
もし長くて読みずらいorもうちょっと長くてもいい等ありましたら言っていただければと思います


お読みいただきありがとうございました。


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三皿目:第六駆逐隊と引率お姉さん1

自分の予想を上回るUAとお気に入りの数にびっくりしております
読んでくれた方・お気に入り登録してくださった皆様ほんとにありがとうございます

今回はみんな大好きあの人の登場です


 あれから何人かお客さんは来たものの、特に大きな混雑もなく夕方になった。さすがに注文が続くとちょっとお待たせしてしまうこともあったけれど、まだメニューが少ないこともあって、何とか回すことができたのは一安心だ。中には開店祝いにと思わぬお土産を持ってきてくれた人なんかもいて驚いたのだが、皆歓迎してくれてるみたいでよかった。

 

 まだ半日だけれど、一人で店を回すっていうのは俺が思っていたよりも難しい。ただありがたいことに金剛さんも動いてくれるみたいだし、今の段階で気づけたのはよかったのかな。

 

 気づけば五時を回り、店じまい予定の六時まではあとわずかとなっていた。もっとも、最後のお客さんと思っていた彼女たちが来るまでは待とうと思ってはいるのだが……四時に任務終了と言ってたからそろそろかな?なんて考えながら片付けをしているとドアベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 お待ちかねのお客様が来たようだ。先頭で入ってきたのは、服装は割といそうな女の子っぽいのになぜか眼帯をしている女の子。おまけに頭の横では耳っぽい形の機械がぴょこぴょこ動いている……なにそれ?

 

「おう、来たぜ大将!オレの名前は天龍。フフフ、怖いか?」

 

「あ、あぁ。いらっしゃい。ここの店主の田所秀人だ。よろしく……ん?というか、軍人が一般人を大将なんて呼んでいいのかい?」 

 

 ちょうどホールのテーブルを拭いているところで出迎えたのだけれど、近づいてきた彼女の勢いに押されて思わず後じさってしまった……こ、怖かったわけじゃないぞ?いや、ある意味凶悪なものはお持ちでいらっしゃるのだけれども……

 

 いや、それは置いといて、『大将』なんて彼女たちにとっては特別なワードなんじゃないのか?と、ふと思いついた疑問に、彼女は俺の肩をバシバシたたきながら言い放った。

 

「むしろ、一般人だからいいんじゃねぇか?店主なんだから大将で間違ってねぇだろう?まぁ、大将以外の立場の軍人をそう呼んだら問題だろうけどよ。つか、こまけぇことは気にすんなよ!」

 

 そうなのか?あまりにあっけらかんとした返答に少し呆けてしまったが、彼女は俺のそんな様子にはお構いなしで、後ろについてきていた子達を店内に促す。というか、なんかテンション高いな。

 

「ほら、お前らも入ってきて挨拶しろよな」

 

 そういわれてはいってきたのは四人の小さな女の子たちと一人のお姉さん。四人はおそろいのセーラー服を着ていて、キョロキョロしながらちょっとおっかなびっくりという感じだが、最後のお姉さんはにこにこと優しそうな笑顔でそんな彼女たちを見ている。ただ、一つわからないのが、彼女の頭の上にぷかぷかしている謎の機械の輪っか……なにそれ?

 

「あっ、あのっ!」

 

 おそろいの四人の中でも先頭で入ってきた黒髪の子が周りの子から促されながら口を開いた。ん?挨拶してくれるのかな?なんだか一生懸命な感じがして微笑ましい。つい応援したくなる感じだ。

 

「とっ、特Ⅲ型くちきゅ、くちっ、駆逐艦一番艦の暁よ。い、一人前のレディとして扱ってよね!」

 

 おー、途中ちょっと噛んだけど、最後はポーズも取ってキメてきた。小声で「やった、言えたわ」なんて言ってるのもかわいらしくて、思わず拍手してしまう。そうか、この子があの『レディ』の子ね。

 

「では、次は私だね。特Ⅲ型駆逐艦二番艦の響だ。素敵なお店を始めてくれてありがとう。スパスィーバ」

 

 ふむ、この子はまたクールな感じだね。『スパシーバ』はこの子か。そういえば、昨日調べてみたんだけど、ロシア語でありがとうって意味なんだっけ。なんというか、冷たい印象を持ちそうな見た目と話し方だけど、いい子なんだろうな。

 

「じゃーん!特Ⅲ型駆逐艦三番艦の雷よ!かみなりじゃないわ!そこのとこもよろしく頼むわね!」

 

 今度は万歳するようにアピールしながら自己紹介をしてくれた元気っこ。三番艦ってことは人間でいうところの三女ってことなんだろう。この子が『じゃーん』の子ってことは最後が……

 

「特Ⅲ型駆逐艦四番艦の電です。どうか、よろしくお願いいたします。……なのです」

 

 この子が『なのです』の子ってわけだ。この子はちょっと気弱そうな感じだけど、どこかで見たような……って、あっ!

 

「『始まりの六人』の子!?」

 

「はっ、はわわっ!それは……そうなのですが……そうではないのです」

 

 おっと思わず口に出て驚かせてしまった……でも「そうだけど、そうじゃない」ってどういうことだ……なぞなぞか?

 

「それに関しては私が説明するわ~。まずは自己紹介からね、軽巡洋艦、天龍型二番艦の龍田だよ。天龍ちゃん共々よろしくお願いしますね」

 

 これは、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします。

なんか話しぶりから彼女の方がお姉さんのような感じもするが、二番艦ってことは妹か。

 

「それで、さっきの話なんだけど~、詳しくは機密に触れるからあまり話せないんだけど、私達艦娘は同じ艦が何人も存在しているの。でも、『艦娘』としての性能とかは一緒で、姿形が似ていても、それぞれ別の人格を持った『人』なのよ~。そこのとこ、忘れないでね」

 

 そう話す彼女はにこにこと優しく教えてくれていた様に見えるが、最後一瞬だけ真顔になったように見えた……

 

 あぁ、そっか……なんでそうなのかとかはほっといて、今俺がこうして顔を合わせている彼女たちは、彼女たち以外の誰でもないってことでいいのかな?

 

「うん、わかってくれたみたいね~。でも、あんまり気にせず接してくれていいよ~、少なくともうちの鎮守府では一人ずつしかいないしね~」

 

「了解……さぁ、一通り自己紹介も済んだところで、適当に座ってくれ。仕事帰りでお腹もすいているだろう。そこの四人のお嬢さん方は今日はサービスだ。作れるもんが限られるんで、メニューはこっちで決めさせてもらったんだが、お代はあの素敵な看板で先払いってことで。すまないがそちらのお姉さんたちはお代をもらうことになるけど、いいかい?」

 

「おう!いいぜ!元々俺たちが奢るつもりだったしな。メニューもお任せで頼むぜ!」

 

 うん、良い子だ。言葉遣いはちょっと乱暴だけど、面倒見もいいんだろう。暁ちゃんたちも懐いているみたいだし、後輩たちに慕われるいい姉御って感じかな。

 

 そして、言葉遣いだけでなく、行動もちょっと乱暴というか、まさに『どかっ』といった感じで席に着くもんだから、その凶悪な体の一部に思わず目が行ってしまう……が、その瞬間どこからか思わず身震いをするような視線を感じたのですぐさま目線を外す。

 

「さ、さて、皆さん。飲み物はどうする?」

 

「はいはい!紅茶がいいわ。さっき金剛さんが教えてくれたの!素敵な香りの紅茶を出してくれるって!」

 

「かしこまりました。それでは少々お待ちください」

 




という訳で、園長先生登場です。
一応鎮守府から出るときは天龍刀は持っていません
ただ、手持無沙汰なので外出用の木刀を買おうかと
最近密かに考えているらしい……


次回は第六駆逐隊のために腕を振るいます。
ではまた明日のこの時間に。

読んでいただいてありがとうございました


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三皿目:第六駆逐隊と引率お姉さん2

今回は調理描写が中心で、会話は少ないですがご了承ください


 暁ちゃんがそうオーダーしながら四姉妹はカウンター、ほかの二人はテーブル席とみんな思い思いの席に着いたところで準備を始める。他のみんなも紅茶でいいってことで、今度は人数も多いし、抽出用ポットとは別にティーサーバーも用意してテーブル席に持って行く。

 

「料理の方もすぐに用意するからちょっと待っていてくれるかな」

 

「おう、サンキューな。俺たちの方は後でいいから、あいつらの分を先に頼むぜ」

 

 姐御かと思ってたらイケメンだった。そんな天龍さんに感心していると、彼女に対して横から思わぬ攻撃が飛んでくる。

 

「そうねぇ、あの子達今日は任務中から楽しみでそわそわしていたみたいだしね~……天龍ちゃんも一緒に」

 

「うっせぇ龍田!俺のことはいいんだよ!ほっとけ!」

 

 顔を赤くして、そっぽを向いた天龍さんと、そんな彼女をニヤニヤ見つめる龍田さん。

 

 続いて、カウンターの四姉妹にも紅茶をサーブしていく。それぞれの前に置かれたティーカップに紅茶を注いでいくと、彼女たちはその様子をキラキラした目で見つめていた。

 

「じゃぁ、料理ができるまでちょっと待っててね」

 

 そう言って、厨房に引っ込もうとすると、後ろから呼び止められた。

 

「あ、マスターちょっと待って。ジャムはあるかい?もしあったら、ティースプーンに一杯もらえないかな……えっと、二人分」

 

 彼女は響ちゃんって言ったかな。なるほど、ロシアンティーか……金剛さんがイギリスに関係していたようにこの子はロシアに関係しているのだろう。ロシア語もたまに出て来るみたいだし。

 

 とりあえずすぐに出せるのがイチゴジャムだったのでそれをスプーンで掬い、小皿に二つ乗せて差し出す。

 

「はい、どうぞ。イチゴジャムでよかったかな」

 

「スパシーバ。ほら暁、これを舐めながら飲んでみると良い。ロシアンティーという飲み方だ。なかなかおしゃれだと思わないかい?正式なものとは少し違うけどね」

 

「へぇ、こんな飲み方もあるのね。いいわね……うん、甘くておいしいわ!」

 

 どうやら暁ちゃんがストレートで飲もうとして、飲みにくそうにしていたのを響ちゃんがフォローしたようだ。自己紹介でも言ってたけど、レディに憧れてちょっと背伸びしたがるお年頃ってやつなのだろう。

 

 それにしても、ちょっと暴走気味だった金剛さんや龍田さんにからかわれる天龍さん、響ちゃんにフォローされてる暁ちゃんといい艦娘の姉妹艦の姉っていうのは、みんなこんな感じなのか?

 

 そんな仲の良い姉妹たちの様子を見ながら、厨房に戻りさっそく調理を始める。今回考えていたのはずばり『お子様ランチ』なのだが……暁ちゃんのさっきの様子を見てるとお子様扱いしないでって怒られそうなんだよな。とりあえず、旗は無しにするとして……ちょっと強引かもしれないけど、あの手でいくか。

 

 まずはメインの前に付け合わせその一、ニンジンを使った一品。本来なら、サラダを入れたいところなのだが、今日は野菜を使った一品としてこれを入れることにしよう。

作り方は簡単、細めの千切りにしたニンジンをオリーブオイルでしんなりするまで炒めたら、塩を振って味付け。火を止めて粉チーズ、パセリを振りかけて和えたら完成だ。今日は小さい子向けだからやってないけど、コショウを振ってもピリッと味が締まっておいしい。

 

 それと並行して付け合わせその二のパスタも作っていく。と言っても茹でたペンネと櫛形に切ってあげたジャガイモにジェノベーゼソースを絡めるだけなのだが。

 

 このジェノベーゼソースはこの島に来る前のあいさつ回りで、以前修業していた洋食屋のシェフにもらったお手製のものだ。バジル・オリーブオイル・ニンニク・松の実のシンプルなものなのだが、修行当時に俺が好きだったのを覚えてくれていたらしく、餞別にと渡してくれた。餞別でもあり、量も多くなかったので自分用にしようかと思っていたのだけれど、お皿の中に緑色も欲しかったしせっかくなので少し使うことにしよう。

 

 さて、付け合わせが二種類できたところで次の一品、お子様ランチと言えば尾付きのエビフライ……といきたいところなんだけど、残念ながら冷凍庫にあったのはむきエビの状態で冷凍されたものだった。大きなサイズの尾頭付きはこのご時世手に入りにくいし、しかたないね。なので、今回はエビのフリットでいこう。

 

 まず下ごしらえとして、解凍したむき海老に片栗粉と少しの塩を揉みこんで汚れを取り、しっかり水洗いしてキッチンペーパーなどに挟んで水気を取る。これで臭みはかなりとれるが、さらに下味も兼ねて酒、塩を振ってなじませておく。次に衣だが、これはいろいろとレシピがあるとは思うのだけれど、今日は小麦粉・片栗粉・水を1:1:1で混ぜたものを使う。この衣にくぐらせたエビを180℃の油で揚げて粗熱を取っておく。

 

 あとで皿に盛りつけた後にソースをかけて完成となるのだけれど今回はオーロラソースにしようかな、タルタルソースは今日作ってないし。ケチャップ、マヨネーズにレモン汁と砂糖を少量混ぜ合わせたソースなのだが、こいつを上からタラりという訳だ。

 

 どんどん行こう。次はメインのハンバーグ、種自体は午前中の仕込みで作って成型してあるので、後は焼くだけだ。天龍さんたちのメインもハンバーグにするつもりだったので、彼女たちの分の大きなサイズと、お子様ランチ用の小さいサイズの二種類を焼くことにする。といっても同じフライパンで同時に焼くわけにもいかないので、それぞれ焼き方は変えていくけど。

 

 まずは大きいほうから焼いていく。十分に熱したフライパンに油を引いて、一気に表面だけを焼き固める。こうして肉汁が逃げないようにしてから200℃に予熱したオーブンにフライパンごと投入、じっくりと火を通していく。

 

 その間に小さいほうも焼いていく。小さいほうは片面だけに焼き色を付けてひっくりかえしたらふたをしてごくごく弱火でゆっくり火を通す。修業を始めた当初はオーブンにしろフライパンにしろ、火加減や取り出すタイミングがなかなかわからなくて、失敗したもんだ。

 

 最後はオムライス。サイズは小さいが、お昼に作ったものと同じなので、サクッとやってしまおう。

 

 という訳で一通り完成したところで、それぞれを一つの皿にバランスよく盛り付けていき、ソースをかけていく。フリットにはオーロラソース、ハンバーグとオムライスにはケチャップなのだが、オムライスにはせっかくなのでケチャップで『Ⅲ』と書いてみる。みんな同じバッジをつけていたみたいだし、さっき自己紹介で言っていた特Ⅲ型の『Ⅲ』なのかな。

 

 よし、あっちの二人の分のハンバーグはまだちょっとかかりそうだから、先にこれを持って行こうか。

 




ごめんなさい、六駆のお食事まで行きませんでした

でも、某午後茶ストレート感覚で飲んでしまい
甘くなくて『きゅぅ~』って顔しちゃう暁かわいい


明日は三皿目の最後のパートを投稿予定です
六駆はどんな反応をするのでしょう……


今回もお読みいただきありがとうございました


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三皿目:第六駆逐隊と引率お姉さん3

なんとお気に入り100件頂きました!
ありがとうございます!
これで一戦目で潜水艦に刺されても
掘りマスで目あての艦が出なくても頑張れます←え

さてさて、本日は三皿目の最後をお届けします。
六駆とお姉さんたちの反応は……?


「お待たせしました。こちら、お子さ……じゃなくて、『本日のおすすめワンプレート』でございます」

 

 お子様ランチとは言えないので、横文字でごまかすことにしたわけだ。とはいえ、内容的にも普通のお子様ランチとは変えていて、いわゆるカフェ飯風ではあるので良いと思うんだけど……どうだろう?

 

「見てみて、雷ちゃん。このオムライスおそろいなのです!」

 

「そうね電。それにこれだけの種類のお料理……手間もかかってるわよ」

 

 最初に反応したのは下の妹二人だった。よかったケチャップで書いたⅢは受けたみたいだ。それに雷ちゃん、そこに目がいくとは……この子も料理するんだろうか。

 

「ハラショー。これはいいね」

 

「こ、これは……」

 

 そしてどうやら響ちゃんも気に入ってくれたみたいだが、問題の暁ちゃんはと言えば……固まっている。お子様ランチがばれたか?

 

「……にんじん……」

 

……うーん、そこか。そこに引っかかるのかー。しっかり火を通して、甘味を引き出しているから食べやすいとは思うんだけど、やっぱり視覚的にそのまんまっていうのはきつかったかな。

 

 できるだけ好き嫌いせずに食べてもらいたいんだけど、お礼の意味もある今回くらいはせっかくだから気にせず食べてもらいたいし、今日だけ何かと入れ替えようかなと迷っていると横から声がかかる。

 

「だめよ暁!せっかくマスターが作ってくれたのに好き嫌いしちゃ。それにお野菜が食べられないなんて、素敵なレディになれないわよ!」

 

「なのです。それに暁ちゃん、このにんじんさん甘くておいしいのです」

 

 お、お母さんがいる。そして、先に手を付けていた電ちゃんも勧めてきた。黙っている響ちゃんはと言えば、静かに頷きながら小さな口で小動物のようにもくもくしている。

 

「そ、そうよね。暁は一人前のレディなんだもの、これくらい……あれ?おいしいわ!これなら食べられる」

 

 よかった。心配いらなかったみたいだ。安心したところで、そろそろ奥の二人のハンバーグもいい感じだと思うので、厨房に戻ろう。

 

 ちょっと遅くなってしまったかと心配したが、ちょっと厚めに成型していたからかオーブンから取り出して指で押して確認すると、ちょうど良さそうな火の通りのようだった。

 

 よしよし、おいしそうにできた。これを皿に乗せて付け合わせとして先ほどのジェノベーゼソースで和えたパスタとニンジンの炒め物を添える。こっちのニンジンにはコショウを振って、大人の味わいに。

 

 そして、フライパンに残ったソースを使ってソースを作る。フライパンを火にかけて、赤ワイン・ケチャップ・バター・ソース・醤油を入れてよく混ぜる。焦げ付かないように煮詰めていって、程よいとろみになったら完成だ。好みではちみつやすりおろしたリンゴ、玉ねぎなんかを入れてもおいしいし、醤油の分量を増やしてみりんを入れて照り焼き風なんて言うのもいいね。

 

 同時に、別のフライパンで目玉焼きも……っと、俺の好みで半熟にしちゃったけどだいじょうぶかな?

 

 目玉焼きを乗せた上にソースをかけて完成したハンバーグをライス、スープと一緒にテーブルまで持って行く。

 

「お待たせいたしました」

 

「お!待ってました!うまそうだなー、オイ」

 

「あら、ほんとうね。天龍ちゃんの言い方はアレだけど、おいしそう」

 

「ふふふ、それはよかった。ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言ってその場を離れると、カウンターに戻る背中から二人の話し声が聞こえる。

 

「前の鎮守府の食堂でも何回かハンバーグは食ったけど、やっぱり違うな」

 

「そうね~、あれはあれでおいしいと思っていたけど、流石に仕方ないんじゃな~い?まぁ、その分安かったけどね」

 

「確かに、こんなにジューシーじゃなかったしな」

 

「あら~、天龍ちゃんが『ジューシー』なんて言葉を使うなんて、成長したのね~」

 

「うっせー、黙って食え」

 

「うふふ、は~い」

 

 うん、おいしそうに食べてくれてよかった。食堂の料理はまぁコストとか供給量の問題とかあるしな、多少味が落ちるのは仕方がないだろう。ただ、最近は値段の割においしいものも多いし侮れないんだけどね。

 

「にしても、龍田はほんと玉子好きだよな?」

 

「うん、特にこの半熟がね~。ぷるぷるの白身と、トロトロの黄身がソースとお肉に絡まって……はぁ、おいし」

 

「そんなに玉子が好きって、なんだかへび……」

 

「てんりゅうちゃーん?なにかしらー?」

 

「……い、いや、なんでもねぇ……」

 

 そこはかとなく危険な二人の会話を背中で聞き流しながらカウンターに入ると、お母さん……じゃなくて、雷ちゃんが聞いてきた。

 

「あの、マスター。お願いがあるんだけど……」

 

「ん?なんだい?」

 

「もしよかったら、このニンジンの付け合わせの作り方を教えてくれないかしら?これなら、暁も食べられるみたいだし」

 

 ……苦労してるのかな。もちろん大したものじゃないのですぐに教えてあげる、炒めるだけだしね。

話を聞くと、やっぱり彼女が料理しているらしいので、そのうち仕入れが安定したらほかの食べやすい野菜レシピも教えてあげよう。

 

 その後も電ちゃんが最後まで残していたケチャップの『Ⅲ』をなかなか崩せずにぷるぷるしたり、暁ちゃんを響ちゃんがからかったり、雷ちゃんに料理のことを聞かれたりと俺もカウンターから受け答えしながら食事をすすめていった。

 

「さーて、お前らそろそろ帰るぞ」

 

 食事を終えて、のんびりしていたところに天龍さんの声が響く。四姉妹は「えー」と口々に不満を言いながらも立ち上がり、帰り支度を始めた。

その間に龍田さんが支払いを済ませてくれる。

 

「ごちそうさまでした。またくるわね~」

 

「ありがとうございました。それにしてもチームワーク抜群ですね」

 

「まあね~、このメンバーで遠征に出ることも多いし、なんだかんだで天龍ちゃんはこの子達以外にも駆逐のみんなに慕われてるのよね。おかげで、天龍幼稚園なんて言う人もいるくらい……っと、これは内緒よ~」

 

「ほら、龍田いくぞー。ちゃっちゃとしろよな」

 

 龍田さんが人差し指を立ててそういったところでドアの方から声がかかり「はーい」と言いながらそちらに向かう。店から出ていく彼女たちを見送りながら手を振っていると、思い出したように雷ちゃんがとてとてと戻ってきて下から見上げてきた

 

「あの、マスター。また来てもいいかしら?」

 

「もちろん、いつでもおいで」

 

「ありがとう!それで……もしよかったらなんだけど……またお料理教えてもらえないかしら……私たち駆逐艦はまだ、建造されたばかりでいろいろわからなくて。本とかで勉強はしてるんだけど……」

 

「時間があるときでよかったらになるけど、いいよ」

 

「ほんと!?ありがとう!じゃぁ、また来るわ。今度は給料貰ったら自分のお金で食べに来るわね!」

 

 そう言って手を振りながら元気よくみんなのところに戻っていく。奢りだったのを気にしてるのかな?でもお礼の気持ちだから、気にしなくていいのに。

それにしても、建造されたばっかりってことは生まれたばかりってことかな?それなのに、みんなの役に立とうと頑張ってるんだな。なにより、あんな風にお願いされちゃ断れないよね。

 

 皆思い思いに手を振り、別れを告げて店を出ていく。

 

「さて、初日の営業終了!後片付けすっか!」

 

 気合を入れなおすように声に出して、片づけを始める。初めてまともに話した艦娘たちはみんな普通の女の子だった。もちろん、この店の中の姿しか見ていないので海の上ではまた別の顔なのだろうけど……ただ、これからのこの島での生活がきっと楽しいものになるだろうっていうのははっきりしたかな。

 




頑張り屋さんの雷かわいい


という訳で三皿目はこれにて終了。
そして本日はこの話と同時に、『箸休め(閑話)』を投稿します
そっちは短めなので、アニメなんかのED後のCパートみたいなものってことで

読んでいただいてありがとうございました


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箸休め1:艦娘会議

本日二本目の投稿です。
これの前に三皿目の3を投稿してますのでご注意ください

この『箸休め』は基本的に主人公がいない場所での話になるので
三人称になります。よろしくお願いします


 所変わって、こちらは鎮守府のとある一室。この鎮守府の中心となる艦娘たちが集まり、会議が行われていた。

 

 彼女たちはこの鎮守府ができるにあたり、今回の件に賛同した既存の鎮守府から立ち上げ時の核として集められた、ある程度の練度を持った精鋭達だ。なので、忙しくあちこち飛び回る司令官に代わり、こういった会議を定期的に行い彼女たちが主動して鎮守府を動かしている。

 

 もちろん、最終的な判断は司令官が行い、決して司令官が仕事を投げているわけではない……はずだ。

 

「――――という提案を司令にしたいのですが、長門さんはどう思われますか?」

 

 その会議の最後に霧島から、昼間喫茶店で話題になった件が議題に上った。

 

「ふむ……いいのではないか?確か島内活動だったか、教育カリキュラムにも入っていただろう?それに、空いた時間で料理を教えてもらえるというのもありがたいな。私も教わりたいものだな」

 

「ええ、ただその活動に関しては第一次産業実験施設とその周辺区域が対象だったと思うのだけれど」

 

 霧島に『長門』と呼ばれた武人然とした艦娘が答えると、その横に座っていた青い袴の艦娘『加賀』が疑問を投げた。

 

「なに、いずれは一般区域でも行うのだろう?それが早まっただけだ。そういえば、お前たちも行ったのだったな。店主殿はどんな人物だったのだ?天龍」

 

「あぁ、まあ普通の兄ちゃんだったぜ。つっても今までに会った連中といやぁ、軍の連中ばっかりで、それと比べればって感じだけどな。少なくとも俺は気に入ったぜ、多分あのちびっ子たちもそうだろう。帰り道でさんざん話してたからな」

 

 嬉しそうにそう話す天龍の様子を見て、端に座って会議の様子を眺めていた金剛も大きく頷いている。先ほどから会議の中心になっていた長門が、その金剛の様子を横目でチラリと見遣ると、加賀とアイコンタクトをして話し出す。

 

「よし、今回の提案については私の方からも提督に話をしておこう。彼は提督の信頼する友人であるとのことだ、おそらく提案は通るだろう……となるとだ、誰を派遣するかということになるわけなのだが、それについては何か案は?」

 

「ハイ、それなのですがある程度期間を区切り、何人かを交代で派遣しようと思いマス。ヒデトさんのお話によると、仕事内容は難しいものではないという事ですカラ、低練度の艦娘を中心にできれば多くの子に体験してもらいたいデース」

 

 長門の質問を受けて、金剛がそう答えたところで黒髪おさげの少女が手を挙げた

 

「長門さん、意見具申良いかな?」

 

「時雨か、遠慮しなくてもいいぞ。どうした?」

 

「その、誰を派遣するかなんだけど……できれば指名制にしてくれると嬉しいかな。僕たち駆逐艦に限らないと思うんだけど、みんなあのお店ができるの楽しみにしていた様だし、普通に働くという事にも興味津々みたいだから立候補にしたらみんな行きたがって収拾がつかなくなると思うんだよね。指名制なら、選ばれなくて残念ではあっても納得できるでしょ?」

 

 時雨と呼ばれた彼女は、この会議室にいる艦娘たちの中では唯一この鎮守府で建造された艦娘だ。

 

 ちなみにこの鎮守府が立ちあげられることになった経緯の特殊性から、現在所属している艦娘は、軽巡洋艦以上は前述の通り他の鎮守府から転属してきたのだが、駆逐艦はこの鎮守府で建造された者のみである。

 

 生来の真面目さから、そんな練度の低い駆逐艦たちのとりまとめとして彼女が選ばれ、この会議にも出席しているのだが、この発言を聞けばその理由も納得できよう。

 

「なるほど、それは一理あるわね。先ほど金剛の話を聞いていて、わたしも早く行ってみたく思いましたから」

 

 普段冷静沈着で知られる加賀がそう気炎を上げるあたり、時雨の懸念もそう的外れではないのだろう。

 

「うむ、さすが時雨だ。それに今はまだ少ないが、今後人数も増えて来るとさらに行きたい者が増えて大変だろう。よし、その点も含めて提督が帰ってきたら話をしよう。霧島、議事録はとっているな?金剛、一緒に来て説明してくれるか?」

 

「sure! お供しマース!」

 

「あのー、一つええか?低練度の子からってーのは異存ないんやけど、その前に一人推薦というか、行かせたい奴がおるんよ。ウチと同じトコから来た奴なんやけど……店長はんを利用するようで心苦しくもあるんやけどな……」

 

 長門がまとめに入り、今回の会議もお開きの流れになっていたところで、それまで黙っていた一人の艦娘が、遠慮がちに話し始めた。

 

「どうした龍驤、珍しくはっきりしないな」

 

「んー、あんな、今までは鎮守府内だけのことやったしウチらも半分諦めててんけど、こっち来て街中であれやられたら他の人に迷惑になるんちゃうかなーって」

 

 龍驤がそこまで話したところでほかの艦娘たちから「あー」という声が漏れる。誰の事か気づいたようだ。

 

「せやから、その店長はんに協力してもろて、あの子の生活リズムを整えられへんかなーって……あはははは……」

 

 いくらなんでもさすがに街中でそんなことはしないだろうという声も聞こえてきたのだが……そんな彼女たちの耳にとある艦娘の声が飛び込んできた。

 

「さぁ!夜戦の時間だ!夜はいいよね。夜は!さ!!」

 

 その言葉を聞いて、沈黙した部屋の中で誰ともなくつぶやいた。

 

「……ったく、あの夜戦バカ……」

 




いやー、いったい何内さんなんだろうなー(棒
一応補足しておくと、この方も転属組ですが
会議からハブられている訳ではなく
夜間哨戒中なだけです……自主的に。


というわけでまだ来店していない艦娘も出てきたり
鎮守府の現状もちょろっと語られたりしましたが
こんな感じで鎮守府側の話だったりちょっとした説明などを
今後『箸休め』を使ってたまにやっていきたいと思います

明日はいつも通り一本、四皿目の1を投稿いたします。
読んでいただいてありがとうございました


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四皿目:アルバイトは夜戦バカ?1

タイトルからバレバレではありますが(むしろ昨日の会議からバレバレ)
金剛たちとの話題に出たお手伝い第一号が今日から登場です

それではどうぞ~


 さて、今日は開店前の仕込みを手短に終わらせてとある人物を待っている。

 

 というのも、昨日閉店後にさくらが送ってきたメールによると、さっそく金剛さんたちが掛け合ってくれたらしく、今日アルバイトの艦娘を一人連れてきてくれるらしいのだ。

 

 どうも生活リズムの矯正も兼ねているということで、元島民たちが本格的に引っ越してくるまでの三週間で何とかしたいという話だった。仕事に関しては「やるときはやる子だ」なんて言ってたけど、むしろその一言は不安になるんだが……

 

 でも、朝から夜までしっかり働けば、自然と生活リズムなんて整ってくると思うんだよね。明るいいい子だとも聞いているので、まぁなんとかやっていけるだろう。

 

 出勤前の早い時間に行くからついでに朝食も用意してくれという事だったので、準備をしながら待っていると、ドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「ひーでーとー、きーたーわーよー!」

 

 はいはい、今開けますよっと。

 

「おはようさくら。そっちの子もいらっしゃい」

 

 ドアを開けながらそこに立っていた制服姿のさくらと、その後ろに立っている女の子に挨拶をして、店内に促す。

 

 二人がカウンター席に着いたところでお冷とおしぼりを出すと、さくらが恥ずかしげもなく顔を拭きながら話し始めた。

 

「というわけで、バイト連れてきたわ。昨日の晩長門と金剛に説得されてね……ほら、川内挨拶」

 

「川内、参上!よろしくね!」

 

「店長の田所秀人だ。こちらこそよろしく、川内さん」

 

「川内でいいよ、店長」

 

 お互いに挨拶をして握手を交わす。朝が苦手と聞いていたが、元気に挨拶してくれた。人懐っこそうないい子じゃないか。そう思って安心しているとさくらが詳しく説明してくれた。

 

「この子ってば夜戦が大好きでね、夜になると夜戦させろってうるさいのよ。昨日は今日のこれがあるからって無理やり寝かせたんだけど、下手すると夜通し騒いで朝になったら寝るなんてこともあってね」

 

 あー、そりゃよくないな。完全に昼夜逆転か。

 

「きちんと昼間の任務に出ればそんなことは無いんだけど、ウチはまだ本格始動してないからなかなかね……どうしようかと思ってたら昨日金剛たちから提案があったから、昼間はここで働かせてもらおうと思って連れてきたのよ」

 

「そういうわけで、よろしくお願いします!いやー私もよくないとは思ってるんだけど、夜になるとついつい血が騒いじゃうのよね……なんなら、店長が夜戦してくれてもいいのよ?」

 

 え?夜戦て……え?そういう?

 

「せーんーだーいー、変な事言わないの!秀人も本気にすんな!……ったく、生活リズムを整えるのはあんたのためでもあるんだからね。前のところの提督から聞いてるわよ?せっかく夜戦を想定して出撃させても、前の日夜更かししてぼーっとしてるもんだから昼戦で余計な損傷出す時があるって……最奥部なら中破で夜戦突入してもいいけど、その前に中破されると撤退させざるを得ないって愚痴ってたわ」

 

「むー、それはよく言われたかも。神通にも怒られたし……でも、でも!そのぶん避ける訓練だってしてるし、私だって決めるときは決めるよ!」

 

「それはわかってるわ……わかってるから余計に残念なのよ……」

 

 そう言ってさくらは頭を抱えた。えーっと、言ってることの半分くらいはわかんないけど、なんかヒートアップしてきちゃったし止めた方がいいかな。

 

「まあまあ、お二人さんそれくらいにして。朝飯食っていくんだろ?」

 

 そう割って入った途端、二人の目が輝きだした。

 

「そうよ!それが楽しみで今日来たんだから。頼んでおいた朝定よろしくね。ごはん大盛で!」

 

「はいはい、すぐできるからお茶でも飲んで待っててよ」

 

 そう言って濃い目に入れた緑茶を出して、厨房へと引っ込む。さーて、作りますか。

 

 さっきさくらが言ったように昨日のメールで『朝定食』のリクエストがあったので、今朝は焼き魚定食にすることにした。というのも実は、昨日来てくれた自衛官さんの中に仕事の合間に釣ったゴマサバをお土産にと持ってきてくれた方がいたので、それを一夜干しにしてみたのだ。

 

 作り方は簡単。カマと腹骨を残したまま三枚におろしたサバを10%位の塩水に一時間漬けた後、さっと水で汚れなどを洗い流し水気をよく取る。後は干物作り用の籠に入れて一晩風通しのいいところに置いておくだけだ。今朝は天気も良かったので、少し天日に当ててから取り込んだ奴を焼く。

 

 んー、これは見るからに旨そうだ。何尾かもらったので、昨日晩飯でシンプルに振り塩で食べたのだけれど脂がのっていて旨かった。その旨味がさらに干すことで凝縮されていると思うと……二人に出してもまだ余るので、持ってきてくれた自衛官さんにも食べてもらわねば。確か今日は無理だけど明日また来るって言ってたし。

 

 そんなサバの一夜干しを焼き台に乗せて、脂の滴る「ジュッ」という音を聞きながら、味噌汁を完成させる。今日の味噌汁はシンプルにわかめとねぎの味噌汁だ。できればここに豆腐か厚揚げを入れたいとこなんだけど、まだ手に入らないので残念。

 

 先ほど昆布と鰹節でとった出汁に乾燥わかめと大きめに切ったねぎを入れて煮立たせる。火が通ったところで、味噌を溶き入れて沸騰直前まで火をいれたところで止める。

 

 そうこうしている間に、焼き鯖を確認してひっくりかえすと、皮目に良い感じの焦げ目がついてパリッと仕上がっている。後はこのまま身の方を焼いて完成だ。

 

 ちなみに魚の焼き方で『川(魚)は皮から海(魚)は身から』なんて言葉もあるが、実際は盛り付けるときに上になる方から焼くと教わった。なので今回のような切り身の場合は皮目を上に盛るので、先に皮から焼いて色よく仕上げよう。

 

 さてさて、鯖はほどなく焼きあがるのでご飯と味噌汁をよそっておこう。あとは漬物と小鉢として昆布とキャベツの即席漬けを用意してある。これは、だしを取った後の昆布を細切りにして、醤油・だし汁・柚子果汁を合わせた漬け汁にざく切りにしたキャベツを数十分漬け込んで、簡単に作れるし出汁がらも無駄にならないのでお勧めだ。

 

 鯖も焼きあがったところで、焼き串から外しながら皿に盛る。脇に大根おろしを添えれば焼き鯖定食の完成だ。こんがり焦げ目のついた皮目と香ばしい匂い、じゅうじゅうふつふつといった音が食欲をそそる。焼き鯖・ごはん・味噌汁・小鉢・漬物をお盆に乗せて一人前……うん、これなら文句ないだろう。

 




てことで、川内さんにしばらく手伝ってもらうことに……
はてさてどうなるやら……

読んでいただいてありがとうございました


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四皿目:アルバイトは夜戦バカ?2

今回は四皿目その2

今日は提督と川内の朝ご飯と、ちょこっとお手伝い開始です




「おまたせ~」

 

「待ってました!おいしそうな匂いがこっちまで漂ってきてお腹すいたわ」

 

「店長、ありがとう。さっきから提督のお腹の音がうるさかったのよ」

 

「ははは。今日の朝定は鯖一夜干し定食だ。昨日釣り好きの自衛官さんが何匹か開店祝いに持ってきてくれたんだ。まぁ、しっかり食べてお仕事頑張ってくれよ。ごはんと味噌汁はお替りもあるから気軽に言ってくれ」

 

 釣り好きって言うとあのおじさんかな?とさくらが知り合いだったようでお礼と伝言を頼んでおく。

 

 鎮守府の立ち上げ作業の合間、手隙な艦娘を連れてちょっと沖合まで釣りに出ることもあるらしい。釣果は自分たちの食事にも反映されるので、最近では自衛官たちから「作業は自分たちにまかせてどんどん釣りに行ってうまい魚釣ってきてくれ」と言われているちょっとした有名人のようだ。他の自衛官の話ではわりと地位も高いらしいのだけれど……いいのか?そんなんで。

 

 そんな話をしていると、食べ始めた川内が目をつむって天を仰ぐように顎を上げていた。心なしか震えているようにも見える

 

「どうした、川内?」

 

「……店長……やばいよ、これやばい。こんなおいしい朝ごはん食べさせられたら夜戦なんてしてる場合じゃないよ」

 

「……え?」

 

 どうやら川内は気に入ってくれたようだが、そんな川内の言葉にさくらはありえない物を見るように目を見開いて驚いていた。

 

「あんたがそんなこと言うなんてどうしたの?熱でも出た?」

 

「ひっどーい。いいから提督も食べてみてよ!この焼き鯖も見た目が良いだけじゃないんだよ!キュッと締まった身から溢れる脂とうま味。さらに程よい塩味だから、この大根おろしに醤油をちょっと垂らして一緒に食べれば……んー。また違った味わいが……はぁ……おいしい。それにこの味噌汁もシンプルでほっとする味だよねー。お出汁もしっかりとってあるし……なんか朝からこんな贅沢していいのかなぁ」

 

「あ、あなたが夜戦以外にこんなに夢中になるなんて驚きだわ。いや、うん。確かにおいしいのはわかるんだけど、そんなに食レポみたいに言われちゃうとあたしの言う事なくなるわね」

 

 うわー、恥ずかしくなるくらいほめてくれてるわ、この子。確かに今朝のメニューは我ながらうまくできたと思うけど、焼き方や出汁の取り方の基本を教えてくれた師匠のおかげだな。

 

「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。どうやら川内も料理するみたいだし、給仕だけじゃなく簡単な仕込みや調理も手伝ってもらおうかな。余裕があればいろいろ教えられると思うし」

 

「ホント!?絶対だからね?約束よ?」

 

「うんうん、なんか上手くやれそうでほっとしたわ。秀人もこの子のこと頼むわね?というわけで、ご飯お替りもらえるかしら?」

 

 身を乗り出して聞いてくる川内に割り込むようにさくらが茶碗を差し出してくる。川内もやる気があるみたいだし、確かにこれなら上手くやれそうだよ。そんなことを考えながら、さくらのご飯のお替りを持って行くと、今度は川内が茶碗を差し出しながら待っていた。はいはい、お替りね。

 

「いやー、朝からちょっと食べすぎちゃったかな。でもなんか力出てきた気がするわ、じゃぁお仕事行ってきますかね」

 

「おう、行ってらっしゃい。しっかりな」

 

「そうだ、9時過ぎくらいに工場からいろいろと野菜が届く手筈になってるわ。システムチェックなんかも兼ねて、試験生産させた分はこっちに回すようにしてもらったから。モニターって形にしてあるからお金はいらないけど、その代わりに量が指定できないのと味とか食感とか使ってみた感想なんかの簡単なアンケートに答えて欲しいってさ」

 

 おお、それはありがたい。量はまだそんなに必要ないというか、今ある分で何とかするし簡単なアンケートなら全然かまわない。

 

「それと、今日のお昼過ぎに長門と加賀って子を来させるわ。金剛と合わせてうちの秘書艦三人娘の二人ね」

 

「おう、わかった。どんな子なんだい?」

 

「ウチは秘書艦三人体制でね、まずあなたも会った事のある金剛は社交的な性格を見込んで、対外的なところを手伝ってもらってるんだけど、長門には出撃や遠征・訓練なんかの戦闘実務関係、加賀には兵站や資材の数値管理や事務関係を主に手伝ってもらっているわ。二人とも真面目で信頼できるいい子達よ」

 

 ふーん、なるほどね。まぁ、あとは会って話してみればわかるだろう。

 

「じゃまた食べに来るわね、ごちそうさま。川内は明日からは出勤時に秘書艦の誰かに連絡してくれれば直行直帰でいいわよ。」

 

「了解!」

 

 さくらはそう言って出勤していった。それじゃあ川内、まずは片付けから始めようか。

 

 それからしばらく片づけや開店準備を進めていると、さっきさくらが話していた野菜が到着したようだ。

 

「おーい店長、野菜が届いたけどどこに置いておく?」

 

「おう、こっちの調理台に頼むわ」

 

「はーい!」

 

 そう言って川内が持ってきたのは、台車に積まれたいくつかの段ボールだった。一つの箱に何種類かごとに分けられた野菜が入っていて、結構な量があるようだ。

 

 その中身はレタスやグリーンリーフなどの葉物をはじめ、トマト・キュウリ・なす・キノコ類など多岐にわたった。

 

「ねぇ、店長。この野菜は工場から来てるのよね?島の反対側にそういう施設があるのは知ってるけど、そもそも工場で野菜ってどういうことなの?」

 

「えーっと、俺もひとから聞いたりテレビで見たりしたくらいであまり詳しくないんだけど……」

 

 川内からの問いにそう前置きをしてから説明を始める。

 

 元々『野菜工場』自体は深海棲艦の侵攻前から増えつつあったのだが、費用対効果の面から採算がとれる野菜の種類も少なかった。それでも農学研究の発展やLEDや水耕栽培ユニットなどのハード面の技術向上もあって少しづつ増えてきていた。

 

 そんなときに深海棲艦の侵攻があって、食料自給率や避難民の住宅用地不足が問題になった時、その解消の一手として農水省主導で農業の工場化が一気に進められた。それまで技術はあってもコストが合わないっていうんで作らなかったものも作るようになったり、さらに作れる種類を増やそうって研究もやっていて、その施設の一つがこの島にあるってわけだ。もちろん露地栽培の研究も進んでおり、この島でもその実験は行われている。

 

「なるほどねー、だから食料不足からすぐに立ち直れたんだね」

 

「まぁ、その点に関しては他にも理由があるんだけどね。もともと米をはじめいくつかの農作物は過剰生産気味だったし、輸入に関しても『作れない、足りないから輸入する』んじゃなくて『政治的理由』で輸入している物もあったしね」

 

 個人的にはそれ以上にエネルギー問題が何とかなりそうなことも大きかったと思う……と、これを話し始めるとまた長くなってしまうのでやめておこう。

 

「んー、難しい……」

 

「ははは、ちょっとお堅い話だったね。とりあえず言えることは、君たちが深海棲艦を倒すだけじゃなく、タンカーや資材運搬の護衛をしてくれてるおかげでこうして料理ができるって事かな。ありがとね」

 

「そっか……そっか……」

 

 柄にもないこと言っちゃったけど、川内はじっと手を見ながらそうつぶやいて微笑んでいた……感謝してるっていうのは伝わったかな。

 

「さぁ、開店まであんまり時間ないよ。俺は仕込みの続きするから川内はそれを野菜用の冷蔵庫にしまっちゃってくれるかい?終わったらこっちを手伝ってもらうから」

 

「はーい、任せておいて!」

 

 その後も仕込みや、ホールのセッティングなど作業を続けて開店時間を迎える。それからしばらくは自衛官の方や施設の人がちょこちょこ来てくれて、いろんな話を聞かせてくれた。

 

 そんな中で川内はと言えば期待以上の働きをしてくれていた。

 

 持ち前の明るさと人懐っこさでお客さんからの反応も上々だし、普段から料理をしているのか簡単な下ごしらえなら任せられるほどだ。もちろんスピードはまだまだなところもあるが、それもいずれ慣れるだろう。

 

 なかなか楽しみな人材が手伝いに来てくれたな。

 




川内は夜戦が絡まなければ割と女子力高いと思うのです
時報を聞くとごはんも作ってるみたいですし
他の三水戦の子達からも慕われていて面倒見もよさそうだし
……あと私服modeかわいい


四皿目はこれで終わりです
明日の五皿目では、本文にもあったように長門と加賀が来店します

それでは、お読みいただきありがとうございました


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五皿目:ビッグ7と一航戦(青)1

本日は五皿目その1
昨日も会ったように長門さんと加賀さんの登場です




 ランチタイムも過ぎてお客さんもいなくなり、そろそろ俺たちもお昼にしようかと洗い物をしながら考えていると「カランカラン」とドアベルの音が聞こえ、続いて川内が厨房に呼びに来た。

 

「てんちょー、長門さんと加賀さんが来たよー」

 

「わかった、席に案内して水とおしぼりお願い」

 

「りょうかーい」

 

 彼女はそういってホールに戻っていった。二人はカウンター席に座ったようで、川内と話している声が聞こえて来る。

 

「川内もきちんとやっているではないか」

 

「そうね、すこし見直しました」

 

「当然よ!やるときはやるんだから!それに、二人とも店長の料理を食べればわかるわよ。頑張んなきゃって」

 

 おっと、川内さん、あまりハードルは上げないでほしいのだけれど?これ以上上がらないうちに俺もカウンターに向かう。

 

「いらっしゃいませ。長門さんに加賀さんだったかな、店長の田所秀人だ。よろしくね」

 

「私が、戦艦長門だ。よろしく頼むぞ、店主殿」

 

「航空母艦、加賀です。どうぞよろしく」

 

 二人がそれぞれ挨拶してくれる。長門さんは黒髪ロングできりっとした目つきの美人さんだ。佇まいや拳をグッと握った力強い自己紹介など武人然としていてかっこいい……露出が多くて目のやり場に困るが。

 

 加賀さんは対照的に物静かな感じで青い袴の和装と共に凛とした雰囲気を感じる。ともすれば冷たい印象を受けるが、可愛らしいサイドテールがそれを和らげている感じだ。実際の性格はどうかまだわかんないけど。

 

「さて、二人ともご注文はどうしましょう?一応メニューはあるけど、リクエストがあれば載っていないものでも作りますよ?」

 

「それなのだがな、実は今朝から提督がうるさいのだ。やれ焼き魚が旨いだの、味噌汁が旨いだのとな……それですっかり定食の腹になってしまってな」

 

「えぇ、それにお恥ずかしい話なのだけれど、最近はきちんとした形式の定食などしばらく食べていなかったのよ。ですから何かそういった物をいただければと」

 

「あぁ、そうなのだ。だから、そういった物で一つ頼めるだろうか。主菜はなんでも構わない、魚はまだ仕入れが難しいというのも聞いているしな」

 

 二人の話を聞いて思わず頭を抱えた。さくらの奴は部下に何を話しているんだ……まぁ、職場でそういう話ができるのは立場関係なく仲がいいってことなのか?まぁ、そういう事ならちょうど良いものが仕込んである。

 

「かしこまりました。そんなに時間もかからないと思いますので、少々お待ちください。ちょうどいいから川内も一緒にお昼にしたらどうだ?」

 

「んー、いや私も手伝うよ。指示ちょうだい」

 

「そっか、助かるよ。じゃあ……」

 

 二人に一礼し、作るものを川内に説明しながら厨房へ引っ込んで下ごしらえを手伝ってもらう。

 

「そうだなぁ、じゃぁ俺はこっちで出汁取ってるから、川内は茄子の下ごしらえをしてもらえるかい?」

 

「はーい、縦に半分にして格子に飾り切りだっけ?」

 

「お、良く知ってるな。でも今回は乱切りにしよう。それと、たしか冷凍庫にちりめんがあったからそれと和えようと思う」

 

「へぇ、そんな作り方もあるんだ。あれ?でも冷凍してあったらすぐ使えなくない?」

 

「いや、取り出してもらうとわかると思うけど、ちりめんは水分が少ないから冷凍しても軽く揉めばすぐにほぐれるよ。使う分だけほぐして、また冷凍しておいて」

 

 そうなんだー、と言いながら冷凍庫に行き小分けにされたちりめんを取り出す川内。すぐに、ほんとだ!おもしろい!という声も聞こえて来る。さて、彼女が茄子の下ごしらえをしているうちにこっちのことをやってしまおう。

 

 だし汁に醤油・みりん・砂糖・酢を入れて火にかけ、ふつふつとしてきたところで火からおろしてバットに移しておく。その間に茄子の方も切り終わったらしく次の指示を伝える。

 

「そしたら、茄子を素揚げにしてもらえる?160~70℃くらいかな。切り口がほんのりきつね色になるくらいまで」

 

 元気よく返事をした彼女は予熱してあったフライヤーに向かい、茄子を揚げはじめる。じゅわぁという音を聞きながら、今度は味噌汁を作り始めると同時に主菜となる煮物を温めておく。この煮物は、今朝大根おろしに使った大根が中途半端に残っていたのと、昨日の残りの鶏モモ肉を使った『鶏と大根の煮物』だ。

 

 一口大に切った鶏肉と大根を醤油・酒・みりん・砂糖を使って弱火でじっくり煮込んだもので、濃いめの味付けと生姜の風味が食欲をそそる。今日は鶏肉と大根だけだが、ゆで卵を一緒に煮込んでもおいしい。味の染みたゆで卵をご飯に乗せて軽くほぐして煮汁をかけて……って食べたくなってきた。後で余った煮汁で煮卵だけでも作ろうかな。

 

「店長、揚がったよ~」

 

「はいよ、じゃぁ油を切ったら熱いうちにそこの漬け汁に漬けておいて」

 

 おっと、余計な事を考えてしまった。この煮物はもう味も染みてるし、温めなおすだけでいいな。

 

 ご飯と味噌汁をよそって、彩に斜に切った青ネギを散らした煮物も盛り付けたところで、茄子の方も粗熱がとれ出汁もたっぷり吸っているようなので、ここにちりめんを和える。

 

「ほい、川内味見」

 

 火傷しない熱さなのを確認して、川内の口に茄子をひと切れ放り込む。「いいねー、いいよこれー」とお褒めの言葉をいただいたので、器に盛っておろし生姜をちょんと乗せて『茄子の揚げびたし』の完成だ。

 

「二人ともおっまたせー」

 

 川内と一緒に二人の待つカウンターにお盆に乗せた定食セットを持って行く。

 

「おぉ、待っていたぞ川内……旨そうだな」

 

「そうですね、この香り、さすがに気分が高揚します」

 

「ほら二人とも、冷めないうちに食べてよね。私も一緒に作ったんだから」

 

 いただきますと手を合わせ、箸を手に取る二人の様子をうかがう……長門さんがまず口に運んだのは大根。中までしっかり味が染みたそれを口に含み、何度か咀嚼するとすかさずご飯を掻き込む。

 

「まずいな、これは……あっ!いや、その、おいしくないという事ではなくてだな!絶妙な味付けで、その……そう!あれだ、いわゆるヤバイというやつだ。箸が止まらなくなりそうでまずいということだな。うん」

 

 そういって手早く箸を進める長門さん。最初ちょっとドキッとしてしまったけど、若干テンパりながら早口で説明してくれた。おいしくてヤバイってことでいいんだよね、若者言葉的な?と思いながら隣に立つ川内を見ると、こちらの視線に気づいて小声で話しかけてきた。

 

「いつも不動の構えって感じで堂々としている長門さんがあんなになるなんて、レアだよレア」

 

 さらに、良いもん見せてもらったわーといった感じで大きく頷いている。そしてもう一人、加賀さんはと言えば、茄子から手を付けて目を見開いていた。

 

「この茄子は……いいですね。茄子のとろける食感とじゃこの食感のアクセント、染み出る出汁の旨味……」

 

 小声ながらもそう言って、ご飯や味噌汁、煮物と箸を進めバランスの良い三角食べを見せてくれる。さらに合間合間で頷きながら食べている様子を見ると気に入ってもらえたのだろう。

 

 おいしそうに食べてもらえてよかったねと川内と顔を見合わせてほっとしていると、長門さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あの、店主殿……申し訳ないのだが、ご飯のお替りをいただけないだろうか」

 

「私の分も、その……お願いできるかしら」

 

 そして、それに便乗する加賀さん。そんなの返事は決まってる。

 

「はい!喜んで!」

 

 ついでに、川内にも同じメニューで昼食を摂らせて、その間にもさらにご飯を二杯、おかずを一杯お替りした二人は、今は満足そうな顔で川内と一緒に食後のお茶をすすっている。

 

 なかなか見た目にそぐわぬ食べっぷり。作った側としては嬉しい限りだ。

 

 すると、長門さんが姿勢を正して口を開いた。

 

「さて、店主殿。少々真面目な話になるのだが、よろしいか?」

 

 




ここの鎮守府を裏から支えるお二人の登場です
外に出るときは長門さん頭の角は外してます
そして、加賀さんのサイドテールには『女子』を感じます

次回、長門さんは何を話すのか……


お読みいただきありがとうございました


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五皿目:ビッグ7と一航戦(青)2

おかげさまで累計UA10,000超・お気に入り200超えました、ありがとうございます!

感想をくださった方々・評価してくださった方々・誤字報告をくださった方々
そのほか読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!励みになります

これからも頑張ってまいりますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです


今回は五皿目その2
料理の話もないのでサクッと終わらせてつぎに行こうと思います


「はい、なんですか?」

 

 長門さんが急に真面目な顔をしてそう言ってくるものだから、何かと思いながらも腰を据えて話そうと、椅子を引っ張りだして座りながら答える。

 

「真面目な話と言っても、そんなに堅苦しいものではないのだが……加賀、あれを」

 

「ええ、店長さんこれを」

 

 そう言って渡されたのは数枚のコピー用紙。そこには『第一回鎮守府祭(案)』と書かれていた。

 

「鎮守府祭?」

 

「うむ、鎮守府祭だ。約二週間後帰島船団の第一陣が組まれ、三日間かけて数百名の島民の帰島が行われることになっているのだが、それが終わった翌日にこの祭りを行おうと思っていてな。そこで屋台を出してもらえないだろうか」

 

「屋台を出すのは構いませんが、またどうして祭りなんかを?」

 

 手渡された計画書をペラりとめくりながら尋ねる。

 

「まぁ一言で言えば、本格的な交流を開始する初めの一歩だからな、インパクトのある一発をぶち上げるといったところか。とはいえ、本土の基地祭などに比べると小規模なものだがな」

 

 はぁ。なんというか、さすが軍艦が元になった艦娘らしいパワフルな企画というべきか。でも考えてみれば、例のPVだって自分たちで考えたって言ってたし、そういうのが好きなのかもしれないな。

 

「確かに簡単に言ってしまえば長門さんの言う通りなのですが、もう少し詳しく説明するわ。お祭りは第一部と第二部に分かれていて、午前中の第一部では簡単な式典と観艦式、公開演習が行われます。それらが終了後、その流れで自由に……と言っても許可された範囲でですが、第二部として鎮守府内の各催しを見て回ってもらいます。現在企画されている催しとしては、艦娘に関するパネル展示、艤装や装備品の展示、食料生産実験施設の説明会と資料展示、そして店長さんに今お願いしたような有志による屋台です」

 

 一気に説明してしまったけれど、何か質問は?と聞いてきた加賀さんの言葉に、企画書を見ながら考えてみる。企画そのものは特におかしなことは無いように思う。招待客も軍のお偉方に各鎮守府の提督と、メインはこの島に引っ越す予定の住民達か。あとは……

 

「屋台をやるとして、メニューはなんでもいいのかな?使える機材とか食材とか」

 

「メニューはなんでもいいわ。ただ、自衛軍の方でも結構な人数が協力してくれることになっているから、よくある屋台メニューはそちらにお願いすることになっています。なので、被らない物が望ましいわね。そのあたりのメニューと使用可能機材、食材に関しては一覧が載っているから」

 

 あぁ、これか。なになに、焼きそばに焼き鳥、お好み焼き、たこ焼き、かき氷、フランクフルト等々よく見る屋台メニューは網羅されているようだ。

 

「出店はさせてもらうが、メニューに関してはちょっと時間をもらえるかな?何ができるか考えてみるから……っとそうだ、当日の川内の予定は?できれば手伝ってもらいたいのだけど」

 

「私は手伝いたいんだけど……長門さん、どうなの?」

 

「残念だが、川内にはこちらを手伝ってもらいたい。観艦式は全員参加だし、公開演習でも川内には水雷戦隊の旗艦として指揮してもらいたいからな。店主殿、すまないが……」

 

「いやいや、構わないよ。というかそっちが本業なんだから謝ることもないって」

 

 手伝ってもらえないのは残念だが、まぁ何とかなるだろう。それより、艦隊旗艦なんてすごいじゃないか、実はなかなかの実力者だったんだな。

 

「えへへー、改めてそう言われると照れちゃうな。そうだ、長門さん!午後!午後からなら手伝っても大丈夫でしょ?」

 

「うむ、そうだな。一部を除き午後は皆自由時間になっているからな、構わんのではないか?」

 

「やったぁ!店長、午後になったら手伝いに行くからね!その代わり、演習見に来てよ」

 

「そうだな、早めに準備を済ませて川内の雄姿を見に行くか。金剛さんや他のみんながどうやって海で活動してるのかも気になるしね」

 

「絶対だからね!約束よ!」

 

 その後も祭りに関して細かいところを話していく。さくらが言っていたように事務関係は加賀さんが取り仕切っているようで、主に彼女と話を詰めていったのだが、なるほど真面目で頼りになる子のようだ。

 

 その間他の二人はと言えば、演習に関する話で盛り上がっていた。時折熱が入りすぎて声が大きくなる場面が見られたが、そのたびに加賀さんにたしなめられていた。何事にも全力で取り組む気質のようで、今回のことも絶対に成功させてやろうという想いが現れているようだった。うん、そういう熱さは嫌いじゃない。

 

 最終的に、川内も訓練や準備が必要ということで一週間前から鎮守府に戻るということになり、それに合わせて店も一時的に閉めることになった。それまでは毎日営業するつもりだし、休みの間も何回か見学がてら鎮守府にご飯を作りに行くことになっている。

 

 なにより、こっちに来てすぐに営業しはじめたし、空いた時間でゆっくり島を見て回るのもいいかもしれないな。例の生産施設にも行ってみたいし。

 

 そうして話しているうちに日も傾き始め、何人かの軍人さんが小腹を満たしに来たところで話を終えた。

 

「さて、店主殿そろそろお暇しようと思う。祭りの件もそうだが、今後ともよろしく頼むぞ」

 

「では、なにかあったら川内を通して連絡を。今度は赤城さんと一緒に食べに来るわね」

 

「えぇ、うちもまだプレオープンって感じで十分な品数を用意できなくて心苦しいのですが、またいつでも来てくださいね」

 

「うむ、そうさせてもらおう。そうだ川内、今日は帰りに鎮守府に寄ってもらえるか?祭りもそうだが少し話があるのでな」

 

「了解!じゃぁまた後で」

 

 川内はそういってさっき来店したお客さんに水とおしぼりを用意しに行った。長門さんと加賀さんも手を振り帰っていったので、俺も仕事に戻るとしよう。

 

 結局その日はその後何人か軍人さんが来て営業終了。川内も初日だし、鎮守府に呼ばれていることもあったので、片付けを引き受けて先に帰らせることにした。

 

 最後まで手伝うと言ってくれたけど、洗い物も大した量じゃないしそんなに気にするなって。また明日よろしくね。

 




これにて五皿目終了です
鎮守府でのお祭りイベントはある意味定番かもしれませんね
一応このお祭りの式典で正式に鎮守府が稼働開始となります(今は建前上はまだ準備中)
ただ、しばらく先のことなのでもう少し今までのような感じで進みます

今日はこの後『箸休め2』を投下して明日の六皿目に繋げます

読んでいただいてありがとうございました


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箸休め2:艦娘+1会議?

本日二つ目の投稿です
これの前に五皿目その2を投稿してあるのでご注意ください


 その日の夜。鎮守府内の作戦立案室。

 

 昨日の会議室とは違い、提督室に併設されたこの部屋は、海図が広げられ艦娘や深海棲艦の模型やデータファイルが所狭しと並んでおり、出撃前の作戦立案・分析などに使われる部屋だ。

 

 薄暗く、締め切られたその部屋の正面に設えられた提督用の席に着いたさくらが、机の上で組んだ手に顎をのせながら重々しく口を開く。

 

「さて、まずは川内の話から聞こうか」

 

「司令、真面目にお願いします」

 

 進行役としてさくらの横に立っていた霧島が手元のリモコンで室内の照明をつけながら、眼鏡を光らせて言った。

 

「えー、なんか暗いほうが、悪巧み感が出ていいじゃない……あ、ごめんなさい……じゃ、川内よろしく。今日一日やってみてどうだった?」

 

 霧島に怒られながら仕切りなおすさくら。この提督の悪ふざけはもはや日常茶飯事なので、ほかの艦娘たちは今さら突っ込まない。

 

「そうねー、優しくていいひとだったよ。料理もおいしいし、いろいろ教えてくれるしね。それに、普通の女の子としてっていうか、普通の女の子としてしか扱われなかったから逆に拍子抜けかも」

 

「確かにね。最初こそ驚いたり、気にしたようだったが、すぐにそんなことはなくなったね。ただ、私達を見る目が艦娘というより……その、幼い子供を見る目だったのは気になったけど」

 

「そうね、私たちの時は鎮守府祭の話になって思い出して、それまではすっかり忘れているようだったわ。その後、演習の話になったら逆にキラキラした目で話を聞いていたけれど」

 

 川内の言葉に響をはじめ、ほかの艦娘からも賛同の声が上がる。

 

 そう、今回この部屋に集められているのは、この二日間で『喫茶 鎮守府』に行った艦娘たちだ。彼女たちの意見を聞いて、今回の件の手ごたえを探る……それが今回の会議の趣旨だ。ただ、第六駆逐隊のうち暁と電は夜も遅かったので欠席だが。

 

「そう……それは一安心ね。まぁ、彼なら大丈夫だとは思ってたけど」

 

 さくらはそう言って胸を撫でおろすが、不意に心配そうな顔になる。

 

「なんだ?提督、まだなにか心配事か?」

 

「んー、普通の女の子として接してくれるのはありがたいのだけど、それはそれで別の心配事がね……」

 

「わかりマス。私達が戦い、傷ついた姿を見られたら……という事デスネ」

 

 顔色を窺い訊ねてきた長門の言葉に、口ごもりながら答えたさくらだったが、最後まで言い切らなかったさくらの言葉を金剛が継いだ。

 

 彼女が指摘したことは今までにも何件か報告が挙げられていることでもあった。軍の内外にかかわらず、艦娘を普通の女の子として接してきた人の中には彼女たちが戦い傷つくことに衝撃を受け、これ以上戦わせられないと艦娘否定派に回る人もゼロではなかったのだ。

 

「そうだな、一応艤装と衣装がダメージを肩代わりしてくれるから、俺たちの肉体的にはかすり傷とか打撲程度だけど、見てる方は痛々しく見えちまうのかもな……でもあの兄ちゃんなら大丈夫だと思うぜ!」

 

 金剛の言葉に提督の懸念を察した天龍がそこまで口にしたところで、頭を掻きながら周りを見回して言葉を続ける。

 

「俺さ、自己紹介の時思わず『大将』って呼んじまったんだ。世間の店じゃそう呼ぶ事があるって聞いたことがあって、言ってみたくってさ……そしたらあいつは『軍人が大将なんて言って大丈夫か』って。まぁ、とっさに出た一言で大した意味は無いんだろうけどさ、ちゃんと俺たちが戦ってるっていうのもわかってくれてると思うぜ……まぁ実際に見たらショックを受けっかも知んねーけどさ、そんときゃさっさと怪我治してまた店に食いに行ってやりゃいいんじゃねぇの?」

 

 天龍が話し終えると室内は静寂で包まれた。提督をはじめ一同が「まさかこいつが」と言った顔で天龍を見つめていたのだ。そんな雰囲気を真っ先に破ったのは彼女の妹だった。

 

「天龍ちゃんが真面目なことを言ってる~。妹としても鼻が高いわ~」

 

 天龍をからかうように龍田が言った。「たーつーたー」という恨めし気な天龍の声をスルーして室内は笑いに包まれ、和やかないつもの鎮守府の雰囲気が戻ると天龍に乗っかるように川内も話し始めた。

 

「今日お仕事しながら店長といろいろ話したんだけど、その中で『私たちが戦ったり、輸送船の護衛したりしてくれるおかげで料理ができる』って言ってくれたの。それ聞いたら私嬉しくなっちゃってさ……だから、店長なら大丈夫よ」

 

「なによ、あんたたちさっきから聞いてればやけに秀人のこと持ちあげるじゃない?まぁ、初めてまともに話した普通の男ってことで、浮かれる気持ちは解るけどほどほどにね」

 

 さくらも二人に対してからかいの言葉をかけ、室内が再び笑いに包まれる。そんな中で一人不満そうに頬を膨らませる艦娘がいた。

 

「どうしました?お姉さま。そんなお顔は似合いませんよ?」

 

「ワタシももっとヒデトさんとお話したいデース」

 

「そんなこと言って、昨日お店からさっさと出てきてしまったのはお姉さまではありませんか。それに、これからいくらでも話す機会はありますよ」

 

「むー、それはそうデスが……」

 

 今一つ納得しきれれない金剛と、それを窘める霧島を横目に会議は進んでいく。

 

「まぁ、みんな秀人と仲良くやれそうでよかったわ。とりあえず金剛の懸念は大丈夫だとは思うけど、様子見でってところね。とやかく言った所で実際にそうなってみないとわからないってのもあるし……」

 

 さくらはそこまで言うと、ぱんっと一つ手を叩いて話題を変えた。

 

「さて、あいつの話はそれぐらいにして、今日は川内もいるから観艦式の演出も詰めちゃいましょうか」

 

 和やかな雰囲気の中で、会議の夜は更けていく。

 




拗ねる金剛かわいい


明日は六皿目その1になります
今度は誰が来店するのでしょうか

お読みいただきありがとうございました


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六皿目:わんこ予備隊1

タイトルからもわかると思いますが
今回はあの子達が登場します

とは言え前半は川内との朝食風景ですが……

それではどうぞー


「おっはよーございます」

 

「おう、おはよう」

 

 元気に朝の挨拶をしながら、川内が裏口から入ってきた。そのまま身支度を整え、エプロンをしながら聞いてくる。二日目にしてすでに慣れたものだ。

 

「さぁ店長、何からする?」

 

「そうだな、今日はもう野菜が届いているから、昨日と同じようにしまっちゃってくれるかな?」

 

 りょうかい!とこれまた元気に返事をしながら段ボールから野菜を取り出してはしまっていく。

 

 その間に、一旦仕込みの手を止めて朝食用に食パンを焼いていく。これは彼女が来る前に焼いておいた自家製パンだ。業務用のミキサーが用意されていたので、せっかくだからと使ってみたのだけど、どうだろう?専門店には劣るかもしれないが、ふんわりとおいしくできたと思う。

 

 トーストだけというのも味気ないので、オムレツとスープも用意しようか。オムレツはすぐできるから後にして、スープは今日のメニューにも出そうと思っているコンソメスープだ。

 

 昨日店を閉めてから鶏ガラや手羽先、各種野菜ガラ、香草をじっくり煮込んで仕込んだブイヨン・ド・ヴォライユ(鶏のブイヨン)をベースに刻んだ野菜・鶏ひき肉・卵白・昆布を加え、アクを取りながら旨味をさらに追加して塩で味を整えた黄金色のスープだ。

 

 ここにブイヨン・ド・ブフ(牛のブイヨン)があればさらにコクも出るんだが……牛骨とか仕入れられるようになったらさっそくやってみよう。代わりに、今回は昆布を入れて味に深みを増す。

 

 このコンソメを作るときに出たひき肉なんかの出汁ガラはうま味があまり残っていないので、お客さんのメニューの具材としては使いにくいのだが、修行中はミートソースやドライカレー、ピラフの具などに使って賄いを作ったりしていた。今日はこれをオムレツの具にして俺たちで食べちゃおう。

 

「店長こっち終わったけど、なんかいい匂いがする」

 

「おう、朝飯食ってきてないんだろ?味見がてらササッと食べちゃいな」

 

「やったぁ!じゃあさっそくいただきまーす!」

 

 手を合わせてさっそくトーストにかぶりつく。厚めに切った食パンを「サクッ」と気持ちのいい音を立てて頬張るとゆっくり味わうように咀嚼する。

 

 続けて、無言のままスープを一口飲むと川内は「ふはぁ」とよくわからない声を上げた。続けてオムレツに手を伸ばしてそれぞれ口にしたところで聞いてみる

 

「どうだ?」

 

「うん、最高のモーニングだよ!これも店で出すの?」

 

「そっか、良かった。スープは今日の日替わりスープとして出すよ。パンは今はトーストにしたけど、サンドイッチにしようかなって。オムレツは具材がちょっと訳ありだからなぁ」

 

 満足してもらえたようでよかった。オムレツは具がどういう物かを説明して、出せない理由を教えたけど「これでも十分おいしいのに」とちょっと不満そうだ。確かにおいしいはおいしいし、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。

 

「さぁ、残りの仕込みをやっちゃおう。今日は艦娘の子はだれか来るって言ってた?」

 

「えーっと、確か白露型の二人がおやつ時くらいに来るって聞いたなぁ。なんかお菓子みたいなの作ってあげたら喜ぶんじゃない?」

 

 うーん、デザート系はあまり得意ではないんだけど……まぁ、来たら聞いてみようか。普通に食事しに来るかもしれないしね。

 

 そのまま仕込みを続け、昨日同様開店を迎える。島にいる人数も限られているので、三日目ともなるとだいぶ落ち着いたものだ。川内も手伝ってくれているので、お客さんと話をする余裕も出てきた。

 

 昼過ぎには先日鯖を持ってきてくれた釣り好きの自衛官さんも来てくれたので、例の一夜干し鯖定食を出した。この方は鎮守府の立ち上げ関連の任務が終わって、島が動き始めた後も島に残ることになっているらしい。なんでも、小さなものだが鎮守府とは別に自衛軍の基地も作って本土との連絡や物資搬送、島内の復興基地として使うのだそうだ。

 

 今日の焼き鯖もたいそう気に入ってくれて、今後も釣りに行ったときは持ち込むのでぜひ調理してほしいと言われた。俺としても魚介類は大好きなので、ぜひ持ってきてくださいということを伝え、とても仲良くなれた気がする。

 

 そんな楽しい会話を交えつつ昼の営業を行い、お客さんが切れたタイミングで俺たちも昼食を摂って、片づけをしているときに彼女たちはやってきた。

 

「こーんにーちわっ!」

 

「こんにちわ」

 

「いらっしゃい、空いてる席にどうぞ」

 

 そう出迎えたのは、二人の女の子。こないだ来た暁ちゃんたちと同じか、ちょっと上くらいだろうか。薄い桜色の長い髪に黒髪おさげの……あぁ、初日に店を覗いていた子か。

 

「やっと来れたっぽい!」

 

「そうだね、でもとりあえず自己紹介しよう?マスターも困ってるよ?」

 

 いや、困ってるって程でもないけど、ちょっと突っ走り気味のこっちの子を黒髪の子が窘めるって言う構図はこないだと同じだった。

 

「まずは僕からだね。僕は白露型駆逐艦二番艦、時雨。これからよろしくね」

 

「おなじく白露型駆逐艦四番艦、夕立よ。よろしくね!」

 

「店長の田所秀人だ、こちらこそよろしく」

 

 なんやかんや言いながらカウンター席に着いた二人に、川内がお冷とおしぼりをだす。お互いに挨拶を交わして談笑する中で注文を聞く。

 

「店長、二人ともお昼は食べたけど、ちょっと小腹がすいてるんだって。なんか丁度いいおやつある?」

 

 それならと今朝川内に言われてから考えていたメニューがあるので、二人のお相手を川内に任せて一旦準備に下がる。

 

 そのメニューはホットケーキ。

 

 まず材料として薄力粉・ベーキングパウダー・砂糖・卵・牛乳を用意する。粉類はそれぞれふるいにかけてから混ぜ合わせておいて、別のボウルで溶いた卵に牛乳を入れた物にダマにならないように混ぜて生地にするのだが、ここでひと工夫するとふんわりした焼き上がりにすることができる。

 

 それは、卵を溶くときに黄身と白身で分けるということだ。特に白身はメレンゲにしてから加えると焼き上がりのふんわり感が全く変わってくる。こうしてできた生地を持ってカウンターに戻る。カウンター内で焼こうという訳だ。

 

「あ、マスターさん戻ってきたっぽい!」

 

「おう、ちょっと待ってな。今焼くからな」

 

「へー、今回はこっちで作るんだ?」

 

 川内が疑問を投げて来る。そういやこっちで料理するのは初めてだったか。お茶やコーヒーはこっちで入れたりしてたんだけどな。

 

「まぁね。これならこっちでも作れるしな。それにお嬢ちゃんたちも作ってるとこ見ながらなら飽きないだろ?」

 

 この店では初めてだけれど、修行していた喫茶店ではデザートや簡単な料理はこうしてカウンターで作っていて、俺も初めの頃に川内同様疑問に思って、マスターに聞いたことがある。

 

『デザートは華があるからな。一種のパフォーマンスみたいなもんでお客さんも見ていて楽しいだろ?それにカウンターに座るお客さんってのはそういうの目当てで来てる人もいるし、こっちもお客さんと会話しながら作業できるしな。黙ってムスッとした顔をお客さんに見せるくらいならカウンター席なんて必要ねえよ。寿司屋だって同じだろ?』

 

 そして『お客さんに見られるんじゃない、お客さんに見せるようにやれ』というマスターの話を聞いて考えてみると、それまで修行してきたカウンターがある店では、どの店の店主も似たような思いでいたのだろう。カウンターに立つ時はお客さんとの会話を楽しみ、料理に関しても包丁さばきやフライパンさばきなどで楽しませていたような思い出がある。

 

 だからこの店でもこうやってカウンターで調理をして……

 

「おー、見てみて時雨、膨らんできたっぽい!ふわふわ~!」

 

 こうして目の前でだんだんと焼きあがる様子や……

 

「いや、見事なものだね」

 

 ちょっと大げさにフライパンを煽ってひっくりかえす様子を見て喜んでもらおうってわけだ。

 

「よし、できた」

 

 二枚のホットケーキをふっくら厚めに焼き上げて皿に乗せ、ちょっとした苺の飾り切りを添える。別皿に乗せたバターと、ディスペンサーに入れた蜂蜜も一緒に二人の前に置けば、そっちに目を奪われながらもちらちらとこっちの様子をうかがってくる。その様子はまるでお預けを食らった犬のようで、彼女たちの頭に犬耳があるようにさえ見えて来る。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

 俺がそういうと、待ってましたと言わんばかりにナイフとフォークを手に取り、いただきます!と食べ始めた。

 




まだ二人には犬耳は無いので『予備軍』ということで
でも、耳は無くとも、ぽいぬはぽいぬ

お読みいただきありがとうございました


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六皿目:わんこ予備隊2

六皿目の2です

今回は艦娘に関するお話をちょろっと入れて
六皿目終了です


 別に普通に食べ始めていいのにと苦笑しながら川内を見れば、二人の様子を物欲しげにじーっと見ている。今は仕事中なんだけどとは思ったが、ほかのお客さんの時はきちんとしているし、気心知れた仲間の前だから多少は大目に見るかと、一言注意してから少し残った生地を焼き始める。

 

「特別だからな。味見程度だぞ」

 

「やったぁ!店長、大好きよ!」

 

 まったく、安い大好きがあったもんだと小さなホットケーキを焼きながら、熱心に食べる二人の様子を見てみる。

 

「どうだい?お二人さん」

 

「うん。とてもおいしいよ。こんなのをいつも食べてるかと思うと、ちょっと川内さんがうらやましいな。ねぇ夕立」

 

「そうそう、夕立このホットケーキのためなら、何でもできるっぽい!」

 

 そんな大げさなと思いながら、焼きあがったホットケーキにバターを一欠け落として川内に渡す。受け取った彼女は、準備万端持っていたフォークを突き刺し、嬉しそうに食べ始めようとした。

 

 立ったままだったので、流石に行儀が悪いと注意して、結局三人並んでカウンター席でもぐもぐやってる。「ふわふわだねー」なんていいながら、かわいい女の子たちがおいしそうに食べてる姿は見てるこっちも嬉しくなるからいいんだけどね。

 

 その間に、紅茶のお替りも入れておく……しょうがない、川内にも出してあげよう。

 

 みんなの食べる様子を見て思ったんだけど。どうして女の子ってのは甘いものを食べるとジタバタしちゃうんだろうね?美味しさの表現がわかりやすくて作り手としてはありがたいんだけど……謎だ。

 

 そうこうしているうちに皆食べ終わり、紅茶を飲んで一息ついている。ほかにお客さんもいないので、俺も一服しようかとお茶を入れていると時雨ちゃんが静かに話し始めた。

 

「それにしても、こんなにおいしいお菓子は初めて食べたよ。ホットケーキ自体は知っていたし、市販のお菓子は差し入れなんかで何度か食べたことはあるんだけどね」

 

 はじめて食べた……か。

 

「その……先日雷ちゃんが言っていたのだけれど、君たちも建造……というか、うまれたばかりなのかな?」

 

「そうだね。僕らをはじめ駆逐艦はみなこの鎮守府で生まれたんだ。軽巡以上のみんなは他の鎮守府からの転属だけどね。だから毎日新しいことだらけってわけさ」

 

「へー、じゃあ川内って前は他のところにいたの?」

 

「そうよ、これでも結構活躍してたんだから」

 

「そうなの!川内さんってばすごく強いっぽい!夕立も早く川内さんみたいな改二になりたいっぽい!」

 

 へぇ、川内がねぇ。当たり前だけど、まだまだ知らないことだらけだな。今の会話でも気になったところがあったので、せっかくだから聞いてみる。

 

「なぁ川内。今夕立ちゃんが言ってた『改二』ってなんだ?」

 

「ふっふーん、教えてあげましょう。私たち艦娘は戦闘や訓練を重ねて経験を積んで、艤装の運用能力が上がると、性能を大幅に向上させることができる改造を行うことができるの。そして私とか艦娘のうちの何人かは改二改装と言って、さらなる性能向上や特化運用ができるような改装を行えるのよ、中には艦種自体が変わったりする子もいるし。ちなみに、ここにいる二人もいずれ改二改装が予定されていて、時雨は対空能力、夕立は砲戦火力の大幅アップが予定されているの」

 

 川内が得意げに説明してくれた。なるほどねー、艦娘って言っても色々あるんだな。そうだ、もひとつ聞いてみようかな

 

「ついでにちょっと聞きたいんだけど、ここの鎮守府って今何人の艦娘がいるの?」

 

 と、今まで店に来た子達の名前を上げながら聞いてみた。

 

「そうだね。そのほかだと正規空母では赤城さん、軽空母で龍驤さん、重巡は高雄さんと愛宕さん、軽巡だと夕張さんがいて、駆逐艦は島風かな。あ、開港式典まではこの人数で行くそうだよ。まだ艦を新造できるだけの資材もないし、海域攻略で……ってこの辺は機密だったかな?」

 

 ちょっとしゃべっちゃったけど大丈夫かな?と不安そうに時雨が川内を見ると、だいじょぶだいじょぶと手を振っていた。

 

「店長なら大丈夫だと思うよ?でも、私たちの口から話すのは確かにあまりよくないかな。多分そのうち提督が話すと思うけどね」

 

「ああ、参考になったよ、ありがとう」

 

 川内のフォローに乗っかる形でお礼を言っておく。

 

「でも……うん。参考になったのならよかった」

 

「もー、時雨ばっかりずるいっぽい。夕立もマスターさんとお話したいっぽいー!」

 

 よかったとつぶやき、はにかむ時雨ちゃんとそれにじゃれつく夕立ちゃん。この二人も姉妹艦らしいけど、こうしてみるといろんな形の姉妹がいるんだなと改めて思う。まぁ、みんな仲がよさそうなのは変わらないけど。

 

 それからしばらく他愛のない話をしながら過ごす。主に夕立ちゃんからの質問に答える形だったが……

 

 こないだの暁ちゃんたちもそうだったけど、彼女たちのような駆逐艦の子はこの島で生まれたばかりということもあって人と接する機会もまだ少なく、こうして話をするのが楽しくて仕方ないようだ。特にこの子は「かまってかまって」って感じの犬みたいでかわいい。

 

 そんな夕立ちゃんの「ぽいぽい」という口癖に慣れてきたころ、時雨ちゃんが思い出したように声を上げた。

 

「あっ!夕立、そろそろ鎮守府に戻らないとこの後の水雷講習に間に合わないよ。今日の講師は龍田さんだから……そういうわけで慌ただしくてごめんね、マスター。おいしかった、ごちそうさま」

 

「えー、もっとお話したいぃ……けど戻らないと龍田さんに怒られるっぽい。マスターさん、また来るっぽい」

 

「そっか、勉強頑張ってな。またいつでもおいで」

 

 そう言って慌てて会計を済ませ、手を振りながら店を出ていく二人を、こちらも川内と二人で「ありがとうございました」と見送る。

 

 そのまま片付けをしていると、ドアベルの音と同時に「いらっしゃいませ」という川内の元気な声が店内に響く。さて、ここから閉店までもうひと山かなと、気合を入れなおしてお出迎えだ。

 




皆様イベントお疲れ様です
自分は改めて学びました……
備蓄は計画的に!

お読みいただきありがとうございました。


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七皿目:一人と一人1

 結局昨日は彼女たち以外の艦娘は来なかったが、夕方になって農場で働いているという研究者さんたちがやってきていろいろと話をしていった。納品してくれている野菜の感想や、今後作ることになるであろう品物の話、そこから広がる料理の話などいろいろ盛り上がってしまい、結局店を閉めてからも色々食べながら話し込んでしまった。

 

 そして、最後にいくつかの材料を置いていったんだけど、これはそのうち作ろうか。しばらく作ってなかったから練習も必要だしね。

 

 そして一夜明けて、今日も今日とて開店準備の最中だ。もう間もなく開店時間でもあるので川内は店内を、俺は店の前を掃除している。

 

 さっきちょうど暁ちゃんたちが鎮守府に出勤だったようで元気に挨拶して通っていった。その姿を見送りそろそろ開店かなと思っていると、何やら市街地の方からすごい勢いで接近して来るものが見えた。

 

 なんだろうとしばらく見ていると、どうやら誰かが走ってきているようだ。そのスピードから艦娘の子なんだろうなと思っていると、どんどんその姿が大きくなってはっきりと見えて来る。

 

 大きなうさ耳のようなカチューシャをつけて、ノースリーブのセーラー服。そしてスカートと言えるのかどうかも怪しい短さのスカートをはいた金髪の女の子が両手を大きく広げて、さながら某眼鏡のロボット娘のように走ってきた。なんというかコメントに困るというか、変わったかっこの子も居るんだな……

 

 間もなくうちの店の前に着くと、砂埃を上げながら急停止した。

 

「とうちゃーく!にひひ、速いでしょ」

 

「お、おう。速いな」

 

「だって島風だもん!……あっ、駆逐艦島風です。スピードならだれにも負けません。速きこと、島風の如し。です!」

 

「島風ちゃんね。俺はここの店長だ、よろしくね。今日は一人で来たのかい?まだ、ちょっと早いけど」

 

「んーん、もう一人いるんだけど……」

 

 そこまで言って自分が来た方を見る。俺もつられて見てみれば、またひとり女の子がこっちに走ってきている。島風ちゃんは「おっそーいー!」なんて言ってるけど、俺みたいな一般人からしたら彼女も十分早いと思うんだけど。

 

 緑の大きなリボンで髪をまとめ、胸元にもオレンジのリボン。ちらりと覗くおへそが眩しい女の子だ。島風ちゃんよりもちょっと年上だろうか?そんな彼女もほどなく店の前に着いた。

 

「もう、島風置いてかないでよー。艤装がなくてもあなたとは速力の差があるんだから」

 

 島風ちゃんといいこの子といい、あれだけのスピードで走ってきた割に息を切らしていないのはやはり艦娘の身体能力のなせる業なのだろうかと感心して二人を見ていると、そんな俺に気づいて、彼女は慌てて居住まいを正す。

 

「ご、ごめんなさい。兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました……って、まだ開店前でしたか?」

 

「いや、もうすぐ開店だから大丈夫。さぁどうぞ」

 

 そう言って扉を開けながら二人を店内へと促す。

 

 それにしても夕張か……その衣装の色使いはやっぱり……メロン?なんてくだらないことを考えながら席に着く彼女を見てたら、視線に気づいたのかこちらを見て首をかしげる。

 

「どうされました?マスターさん」

 

「あ、いや、なんでもないよ。さて、さっそくだけど注文はどうする?一応メニューはあるけど、それ以外でも作れるものはあるから相談してくれ」

 

 そう言ってメニューを渡す。危ない危ない、あんまり不躾に見てたらだめだな。

 

 接客を川内に任せ、カウンターに引っ込むとすぐに声がかかる。

 

「てんちょー!この中ですぐに食べられるものがいい!」

 

「はい、かしこまりました、夕張ちゃんは?」

 

「お蕎麦……は無いですよね」

 

 蕎麦か……昨日の研究者さんからの土産の中にそば粉もあったけど……ちょっと一回打って感覚を取り戻さないと、まだお客さんには出せないかな。

 

「ごめんね、お蕎麦はまだやってないんだ。あー、でもそば粉はあるからそれを使った料理なら出せるよ」

 

「そうですか、残念です。でもそば粉を使った他の料理っていうのも気になるので、それをお願いできますか?」

 

「かしこまりました、少々お待ちくださいね」

 

 二人とも注文を終えて、話に花を咲かせている。どうやらこの後午後から鎮守府に行くようで、今日の任務の内容を確認しているようだ。その前にうちで早めのランチという事らしい。

 

 という訳で川内に指示を出しながらさっそく作り始める。まずは夕張ちゃんのそば粉を使った一品、ガレットから作ろう。

 

 初めにそば粉・水・卵・塩を混ぜて生地を作る。本来はこの後数時間寝かせたほうが生地がなじんで滑らかになるのだが、このままでも焼けるので今日はこのままで。

 

 熱したフライパンに油を引いて馴染ませたら、生地を丸く広げながら引いていく。表面がふつふつしてきたところで中央に卵を割り、周りにハム・チーズを並べる。生地の裏に良い感じで焼き色が付いて、白身がある程度固まったら具を覆うように生地を四角に折りたたんで完成。

 

 皿に盛ってベビーリーフを乗せてオリーブオイル・塩コショウをかけて仕上げるのを川内に任せている間に、島風ちゃんのもう一品。

 

 フライパンにオリーブオイル・粗みじんにしたニンニクと鷹の爪・拍子木切りにしたベーコンを入れて熱していく。ニンニクが軽く色づき、ベーコンにも焦げ目がついたところで、並行して茹でておいたパスタを投入。さらにゆで汁を加えて、フライパンを軽く煽りながら一つに纏めていけば、パスタアーリオ・オリオ・ペペロンチーノの完成だ。

 

 川内にはこの二つを先に持って行ってもらって、俺はもうひとつ……とあるドリンクを作ってから後を追う。さて、おいしくできたと思うんだけど、反応はどうだろう。

 

「はい、二人ともお待たせ―。夕張さんにはこれ、そば粉のガレット。島風にはペペロンチーノよ」

 

「待ってましたー!いっただっきまーす」

 

「いや、島風あんた手つけるの早すぎでしょ……まぁ、いいか。おいしそう、いただきます」

 

 俺がカウンターに行くと二人はさっそく食べ始めているところだった。

 




島風のあの格好は実際目の前に現れたら
ちょっとどうかと思う。

お読みいただきありがとうございました


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七皿目:一人と一人2

「あ、マスターさんいただいてます。そば粉にこんな使い方があったなんて知りませんでした。この半熟の黄身と溶けたチーズと絡めると……最高ですね!」

 

「はは、良かった。ほかにもいろんな具を使って作れるから、言ってくれればまた作るよ」

 

 夕張ちゃんとそんな話をしている横で、島風ちゃんは黙々とパスタを巻いては食べ、巻いては食べと続けている。するとそんな彼女を見る俺の視線に気づいたのかこちらを見て、口を……

 

「ふぇんひょー!ふぉえもいふぃー!」

 

……開こうとしたけど、言葉になってなかった。多分おいしいって言ってくれたんだろうけど、食べるかしゃべるかどっちかにしようね。

 

 周りの三人に一斉にたしなめられた彼女は首を縦に振ると、パスタを巻く作業に戻った。食べる方に集中するみたいだ。

 

「んー、でも店長、こんな時間からニンニク料理ってちょっと女の子にはきつくない?」

 

 不意に川内から掛けられる疑問の声。それに応えるべく取り出したのは、さっき最後に作ったドリンクだ。まずはお客さんの二人の前に出した後、川内にもグラスに入れて差し出す。

 

「なーにー?……あ、おいしい。リンゴジュース?」

 

「そ、りんごとレモン汁、蜂蜜で作った搾りたてのリンゴジュースだよ」

 

 首をかしげながら一口飲んで答えを出した川内になんでリンゴかを説明する。ほかの二人も「どゆこと?」って顔でコッチ見てるしね。

 

 ニンニクのにおいの元がどういう物かってのは、栄養学とかそういう話になって面倒だから割愛するとして、このにおいを消す方法にはいくつかあってそのうちの一つにリンゴがあるんだ。リンゴに含まれる酵素が胃の中で発生するニンニク臭を和らげるってわけだ。で、変色防止に入れたレモン汁でプラスされた酸味が口の中もスッキリさせてくれる。

 

 食事と一緒に緑茶を飲むのも効果があるんだけど、こんな洋風全開の料理に緑茶っていうのもどうかと思うし、リンゴジュースにしてみた。

 

「へー、なるほどね。まぁその当人はあんまり気にしてないみたいだけど」

 

 苦笑いの川内の言葉に島風ちゃんの方を見てみれば、パスタはすでに食べ終えて満足そうな顔でストローをすすっているところだった。

 

「あんた、せっかく説明してくれたのに途中から聞いてなかったでしょ」

 

「んー?そんなことないよ。匂いが減るんでしょ?あんまり気にしてないけどね」

 

 あんたねー……とあきれ顔の夕張ちゃんをよそに島風ちゃんは言い放つ。

 

「別にいーじゃん。だって、おいしいもん!」

 

「ははは、そうか。おいしけりゃ別にいいか。よし、もう一杯飲むか?」

 

 彼女が自信満々に言い放ったその言葉に、嬉しくなって空いたグラスにリンゴジュースを再び注ぐ。

 

「ただ、作って出した俺が言うのもなんだけど、もうちょい気にしてもいいんじゃないか?女の子だし」

 

 なんか隣から「おまいうってやつだね」なんて声が聞こえてくるが、わかってるっての。だからこうしてフォローしてるんじゃないか。

 

 そんな感じでひといじりされた後、話題を変えながら談笑を続ける。

 

「そういえば、二人は姉妹艦っていうのはいないのかい?」

 

 そんな会話の中でふと気になって投げた話題に一瞬空気が変わる。川内の思わず漏れただろう「あっ」という声に、俺もちょっと不味ったかなと思った所で、夕張ちゃんがちょっと寂しそうに話し始める。

 

「私たちは二人とも特殊な設計思想で作られたコンセプト艦で、姉妹艦と呼べるような艦はいなかったんです」

 

 そうだったのか、ちょっと悪いこと聞いちゃったかな。

 

 謝った方が良いのかと口を開こうとしたときに、遮るように夕張ちゃんが続ける。

 

「あっ、でもいいんです。そりゃ他の子達が姉妹仲良くしてるのを見るとたまにちょっぴり寂しくなりますけど、今となってはほかの子と違うことができるっていうのは私の自慢でもあり、誇りでもあるんですよ。それに、鎮守府のみんなは姉妹艦とか関係なくみんな家族みたいなものですし。この子も居ますしね。ねぇ、島風」

 

「うん、夕張は寂しがりやだもんね。私がいなくちゃ。にひひっ」

 

「な、なに言ってんのよこの子は!そんなことないんだからー」

 

 そう言って島風ちゃんの頭をぐしぐしとちょっと乱暴に撫でる夕張ちゃんと、「やーめーてーよー」なんて言いながらも嬉しそうな島風ちゃん。

 

 その二人の様子は姉妹というよりは気の置けない親友のようであり、実際そういう感じなんだろう。その後も二人の仲のいいエピソードをいろいろと聞かせてもらった。

 

 この島で建造されたばかりの島風ちゃんとのやり取りや、訓練前のジョギングではいつも夕張ちゃんが置いて行かれてることなど、やいのやいの言い合いながら楽しそうに話してくれた。

 

 そんな楽しい話しのあれこれも、ほかのお客さんがちらほら来店し始めたことで終わり、俺も注文を捌くのに厨房に戻ることにする。

 

「じゃぁ、マスターさん。また来ますね」

 

「てんちょー、またね!」

 

「はい、ありがとうございました。今度は蕎麦用意しとくからな」

 

 そう言って、会計を川内に任せて俺は厨房に向かう。すると程なく川内がニコニコしながら戻ってきた。

 

「どうした?なんか嬉しそうだね」

 

「んー、あの二人が楽しそうにしてたからねー。さ、それよりまた注文はいったよー、お仕事お仕事っ!」

 

 彼女は注文が書かれた伝票を置くと、笑顔でお皿のスタンバイをはじめた。




というわけで、七皿目仲良し二人組のお話でした

今日はこのあと箸休めを投稿いたします、ご注意ください

お読みいただきありがとうございました


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箸休め3:釣りの朝

本日二つ目の投稿です
これの前に七皿目その2を投稿してるのでご注意ください

今回のお話は流れ的に八皿目に組み込んでもよかったのですが
主人公のいない場面で三人称視点ということで箸休め扱いにしました

それではどうぞー


「おっちゃーん!どや?つれとる?」

 

「嬢ちゃんか、早いな。なんだ、こういう時はぼちぼちでんなーって言えばいいのか?」

 

「それはそれでベタな返しやな……」

 

 早朝の堤防に二人の笑い声が響き渡る。

 

 ここは鎮守府から少し離れたところにある防波堤の一つ。岩場が近くにあるせいか船の往来の激しい鎮守府の近くにありながらも航路からは外れており、様々な魚が集まる穴場の釣りスポットである。

 

「今日はどうした?こんなに早い時間にこんなところに」

 

「今日休みやねんけど、早く起きてもーて……ちょっと散歩にな。にしても、その『嬢ちゃん』って呼び方何とかならんの?なんやこしょばいわぁ」

 

「でも嬢ちゃんの名前は『龍驤』だろ?なら嬢ちゃんでいいじゃねえか」

 

 何度言っても改めてくれない呼び方に「もうええわ」とため息をつきながら、龍驤は自衛官の脇に置いてあるクーラーボックスをのぞき込む。

 

「ほー、ようさん釣れたなー。これって鯵か?」

 

「ああ。ほら、あそこに岩場が見えるだろ?あれがこの辺の海底にもあってな。『根』つって魚が集まりやすくなってんだ。で、この鯵はその根に住み着いてる所謂『根つきの鯵』ってやつだ。それをサビキでちょちょいっとな。カタは小さいが、脂がのっててうまいぞ」

 

 そう話す間にも、上げた竿先から伸びる仕掛けには三匹の鯵が付いていた。それを慣れた手つきで針から外し、ナイフで締め、クーラーボックス……ではなく、バケツの中に入れていく。

 

「あれ?こっちに入れへんの?」

 

「ん?あぁ、こいつらはアシが早いからな。こうやって刃を入れた後しばらく海水に漬けて血抜きすんのさ……」

 

 龍驤からの質問に答えながら、その自衛官はテキパキと釣り道具を片付けていく。

 

「さて、そろそろ戻らないと遅刻しちまうな……そうだ嬢ちゃん、今日こいつを持って例の店に行こうと思うんだが、嬢ちゃんもどうだい?結構釣れたからな、ほかに一人二人くらい連れてきても構わんぞ?」

 

「ほんまに?ありがとう!早起きは三文の徳ってやっちゃな。確か今日は赤城が非番やったはずやし、声かけてみよか……それにしてもおっちゃんも仕事前に釣りなんて、ほんまに好きなんやなぁ」

 

 そんな軽く呆れたような龍驤の言葉に、彼は「まあなー」と照れたように頭を掻きながら今の話に出た艦娘を思い浮かべた。

 

「あー赤城っつーとよく食うって噂のあの子か。まぁ、こんだけありゃだいじょぶだろ。他のもんも頼むしな」

 

「あははー。大型艦が元になってる子らはしゃあないな」

 

 艦娘たちの間では、戦艦や正規空母の健啖家ぶりはもはや常識だが、自衛軍の中でも話題になっていることに龍驤は少し呆れながらも一応フォローはしておくようだ。

 

「いやいや、君らは体張ってこの国を守ってくれてるんだ、食事くらい遠慮せず食べてくれよ……とりあえず、店の方には話しとくから時間が決まったら連絡するよ。鎮守府の方に行けばいいかな?」

 

 国を守るという自衛官の言葉に少ししんみりした空気が流れそうになったが、それを打ち消すように龍驤が声を上げる

 

「そうや!そしたら、この子預けとくわ!」

 

 そう言ってごそごそとポケットを漁って龍驤が取り出したのは一枚の紙人形。それを左手の掌に置き、右手の人差し指を立てて軽く念じると人差し指に『勅令』と書かれた青白い人魂のようなものが浮かび上がる。きちんと発動しているのを確認して軽く微笑んだ龍驤は、その人差し指で左手の紙人形を撫でた。

 

 その瞬間紙人形はボウッと青白い炎に包まれて燃え上がり、そばで見ていた自衛官も「うおっ」と思わずのけぞってしまう。そして龍驤の左手に残ったのは、一機の飛行機とその上にちょこんとのる小さな人形のような女の子だった。

 

「いやー、遠くからは見たことあったけど、近くで見るとなおさら魔法みたいだねぇ。それにその子、妖精さんだったかな?施設でもたまに見かけるけど、不思議なもんだ」

 

 自分のことを話しているのがわかり、敬礼を返す妖精さん。さらに、その妖精がぽんぽんと機体を叩くと機体はどこかに消えてしまった。

 

「ふっふーん。どーお?この子は彩雲。この子に言ってくれればウチのとこまで戻ってきて知らせてくれるっちゅうわけや。って言うても今の召喚はちょっち演出したんやけどな」

 

 彩雲と呼ばれた妖精を自衛官に手渡しながら、龍驤はそう説明する。受け取った自衛官も「よろしくな」と言いながら肩に乗せて頭を撫でる。

 

 彼も妖精自体を見るのは初めてではないし、鎮守府の各施設にも少なくない数の妖精がおり、交流もあるため慣れたものだ。

 

 そうして彼ら二人と一機……いや三人はわいわい話しながら鎮守府へと戻っていった。

 

 その日の午後。龍驤は赤城と一緒に鎮守府にある休憩スペースに来ていた。

 

 二人とも非番とは言え、この鎮守府ではまだ所属している艦娘が少ない上に、立ち上げの核としてここに来ているためやることも多い。今後増えるであろう艦娘たちの訓練計画や、まだ足りていない物資や施設の改善要望のまとめなど普段なかなかできない書類仕事をこうして休日を使って片付けたりしていて、今はその休憩という訳だ。

 

 秀人が聞けば「鎮守府はブラックなのか?」と唖然としそうであるが、とはいえ特にノルマがあるわけでもなく、ほかにやることもないので本人たちも休日の暇つぶし代わりに、のんびりやっているというのが実情だ。

 

 もっともいずれ人数に余裕も出てくれば、何か趣味を持ちたいと彼女たちは考えているようだが。

 

 そんな二人の元に一機の飛行機が飛んできた。今朝龍驤が自衛官に渡した『彩雲』だ。

 

「おっ、来た来た」

 

「なんです?龍驤さん。彩雲?」

 

 二人の前のテーブルに着陸した彩雲を見て、赤城が疑問を投げる。

 

「せや、実は今朝、例の釣り好きのおっちゃんに会うてな……」

 

 龍驤は彩雲を手に乗せ、報告を聞きながら赤城に今朝のことを話し始める。

 

「……っちゅーわけで、赤城もどうや?今日は加賀帰り遅いんやろ?」

 

「いいんですか!?ぜひ!実は加賀さんから話を聞いてうらやましく思っていたんです!あの人はじめは『赤城さんと一緒に行きたいものです』とか言っておきながら長門さんと先に行っちゃうし、それを言ったら『仕事の一環でしたので』とかしれっと言ってくるし……そのくせ自慢するように……あれはわかってやってましたね、絶対」

 

 龍驤の誘いに思わずといった感じで愚痴りだす赤城。龍驤も宥めながら、加賀にも意外とお茶目というか黒い部分があったことに苦笑いをこぼす。

 

「それならちょうどよかったな。今度は赤城が自慢したりぃ……っで、時間なんやけど、店長はんからは閉店後でどうかって。せっかくだからいろいろ気にせず作りたいし、食べてもらいたいって事らしいで」

 

「あー、楽しみですね!どんなお料理が食べられるのでしょうか」

 

 その後仕事に戻った二人だったが、夕食が楽しみすぎて気合の入りすぎた赤城の手によって、かなり早めに終わったせいで『おあずけ』の時間を紛らわすのに苦慮したとかしなかったとか……

 




龍驤の関西弁は大目に見てもらえると助かります……
根っからの関東人なので堪忍してつかぁさい

艦載機の補足として、空母たちは飛ばすだけなら艤装が無くても
矢やヒトガタなど、元になる物があればできますが
艦載機との通信は艤装がないとできません……という設定です
そして艦娘以外に妖精さんの声を聞こえるようにするかどうかは
まだちょっと考え中です

という訳で次回はこの二人が来店します
お読みいただきありがとうございました


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八皿目:鯵と赤城と龍驤と1

昨日の箸休めで出たように今日は
あの二人が鯵を食べまくる前編です




「おっさかながー、つれましたー、さんまいにー、ふふふふんふふーんっと」

 

「……店長……なにそれ、歌?」

 

「え?あぁ、昔どっかで聞いた歌なんだけど、魚をおろしてるとつい頭に浮かんじゃうんだよね」

 

 鼻歌交じりに鯵をおろしていたら、川内に冷たい目で突っ込まれてしまった。確かラのつく……

 

 と、それは置いておいて、今俺は、今日のランチタイムに例の自衛官のおっちゃんが持ってきた鯵をおろしている。今朝釣りあげたもので、これでいろいろ作ってほしいという事だった。夕方以降艦娘も連れて来たいが、何時が良いか?という事なので、俺も久しぶりの新鮮な魚でいろいろ作りたかったので、どうせなら閉店後にでも時間を気にせずやろうということになった。

 

 そして今、閉店までにはまだ時間があるが、お客さんももう食後でのんびりしていて会計を待つのみということもあって、下ごしらえをしているという訳だ。

 

 しばらくすると厨房の出口のところからホールの様子をうかがっていた川内が、お客さんに呼ばれて出ていった。

 

「店長、最後のお客さんが帰ったよー。外の看板も下げてきたし、何か手伝おうか?」

 

 ホールに行った川内が、そう言いながら戻ってくる。それじゃあ川内にも手伝ってもらおうか。

 

「おう、ありがとう。川内は魚を捌いたことは?」

 

「残念ながら無いかなー」

 

 ふむ、となると簡単なものが良いか。そう考えながら、分けてあった小鯵を冷蔵庫から出す。『ジンタ』というには大きいが、刺身にするには小さいサイズのこいつの処理をお願いしようか。

 

「じゃあ、これのエラとワタを取ってもらおうかな」

 

 そう言って、やり方の説明を始める。このサイズなら包丁を使わなくても簡単にできるからな。

 

 左手で鰓ブタの後ろくらいを持って、右手で鰓と胸鰭、その下の骨のある所をつまんで下に引っ張れば、鰓から内臓まで一気に取れる。その後残った血をきれいに流して水気を取ればオーケーだ。

 

「おー、簡単だぁ。面白いねこれ」

 

 川内もすぐにコツをつかんだようで、楽しそうにやっている。あまり数は多くないけど、これは南蛮漬けにしよう。

 

 こっちの下ごしらえも終わったところで、川内から鯵を受け取る。水気がないのを確認して、小麦粉をまぶし油で揚げる。その間に酢・砂糖・しょうゆでつけダレを作り、そこに薄切りにした玉ねぎ・ピーマンと輪切りにした鷹の爪を入れたバットを用意しておく。170℃で約10分揚げた鯵の油をきって、つけダレに漬けて冷蔵庫に入れ、味を馴染ませて完成だ。

 

 そうこうしていると店の方から扉を開ける音が聞こえて来る。おっ、来たかな。

 

「おーぅ、兄ちゃんきたぞー」

 

「いらっしゃい。待ってましたよ」

 

「あぁ、これは土産だ。ウチの地元の酒蔵で作ってる酒でな、魚にはこれが一番なんだよ」

 

 入ってきたのは、約束していたおっちゃんと二人の艦娘らしき女の子。さらに自衛官さんはお土産にと日本酒を持ってきてくれた。

 

 酒と言えば、例の侵攻以降荒れに荒れた業界の一つであるが、せっかく良い酒を持ってきてくれたんだ、今は忘れよう。持ってきてくれた銘柄を見れば、知る人ぞ知る酒蔵の名酒だった。これは合わせるアテを作るのも気合が入るってもんだ。

 

「さぁ、どうぞお好きな席に。そっちのお二人さんも。あぁ、聞いてると思うが、俺はここの店長やってる田所だ。よろしくな」

 

 彼らを席に案内しながら、軽く挨拶をしておく。すると艦娘の二人もそれぞれ自己紹介をしてくれた。

 

「ウチは軽空母、龍驤や。よろしゅうな」

 

「正規空母、赤城です。加賀さんからお話は伺っています。こちらのお店に来られるのを楽しみにしていました」

 

「ってことで、今日の払いは俺が持つからこいつらに腹いっぱい食わせてやってくれ。こう見えて結構食うからな」

 

「わかりました、頑張らせてもらいます。とりあえずすぐにつまめるものでもいくつか出すので、お待ちください」

 

 ちょうど川内がお冷とおしぼりを持ってきてくれたので、後を任せて厨房に戻ってつまみになりそうなものを持ってこよう。

 

 ついでに、預かった日本酒を徳利に移そう。この酒は確かスッキリした飲み口で香りも控えめだったはずだから、冷が良いだろう。ということで、清涼感のあるデザインの徳利に移し、氷を入れた桶にお猪口と一緒に入れて持って行く。つまみはさっき仕上げておいた鯵の南蛮漬けと、塩もみして千切りにした生姜と一緒に出汁にしばらく漬け込んだ胡瓜だ。

 

「はい、お待たせしました。まずは小鯵の南蛮漬けです、頭から丸ごとどうぞ。あと、こいつは冷でよかったですかね?」

 

「あぁ、さすがわかってるねぇ。この酒は冷たいほうが旨いからな、あっためると香りが飛んじまう。どうだ?兄ちゃんも一杯」

 

「ありがとうございます。じゃあ一杯だけ……どうも……っはぁ、うまい」

 

 さっぱりした飲み口と鼻に抜けるリンゴのような爽やかな香り。さすがいい酒だな……これならこの後の料理にも間違いなく合うだろう。

 

「うん、うまい……それに、この南蛮漬けにもよく合うな」

 

「はい、さっぱりとした味付けと良く合って、これは箸が進みますね」

 

 出だしは好調のようだ。さて、次の料理に取り掛かろう。

 

 お次は鯵料理の定番の一つ、なめろうだ。まずは三枚におろして小骨・皮を取った鯵を叩いていく。ある程度叩いたところでみじん切りにした生姜・ねぎ・大葉を加えてさらに叩く。ムラなく混ざったらこれを三つに分ける。今日は量が多いので、これをベースに三種類作ろう。

 

 まず一つ目は味噌と醤油で味をつけたベーシックなタイプ。もう一つは同じように味をつけた後フライパンで焼いた所謂サンガ焼き。そして最後、味噌と醤油の代わりににんにくのみじん切り・ごま油・塩を使った塩なめろうだ。

 

 そしてさらにもう一品。三枚におろした後の骨を醤油・酒・みりん・生姜に漬け込んだ後、軽く小麦粉をまぶして、二度揚げした骨唐揚げだ。どっちかというと日本酒よりビールに合う感じだが、これがまたハマる。この辺のメニューは居酒屋で修業した甲斐があったってもんだな。

 

「どうぞ、なめろう二種類とサンガ焼き、それと鯵の骨唐揚げです」

 

 先ほどの南蛮漬けは皆すでに食べ終わっていたようで、待ってましたと言わんばかりに一斉に手を伸ばす。

 

「んー、これまた旨いなあ。ウチはこのサンガ焼きちゅうのが好きやわ。表面の香ばしさとほろほろとした食感がええわぁ」

 

「私はこの塩なめろうですね。普通のもいいですが、ごま油とニンニクの風味が食欲をそそります」

 

 おっちゃんは骨唐と日本酒を交互に楽しんでいる。これは聞くまでもないな、まぁ酒飲みの好きな味付けだから気持ちは解るけど。

 

「さて、そろそろガッツリ系も出そうかと思うんだけど、ご飯はどうする?おっちゃんは酒飲むからいいと思うけど、そっちの二人は?」

 

 予想通り、おっちゃんは「俺はこれがあればいい」なんてお猪口を掲げてるけど、二人はご飯も食べるみたいだ。それじゃ、さっそく作ってくるかね。

 




まずはサッパリと南蛮漬けとなめろうです

なめろう美味しいですよね
ご飯に乗せて出汁をかけてお茶漬けなんてのもいいと思います
鯵以外にも秋刀魚やブリで作っても……

明日はご飯と一緒に食べたいアレです
お読みいただきありがとうございました


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八皿目:鯵と赤城と龍驤と2

今回は鯵を食べまくる後半です


 というわけで、さっき仕込んでおいた鯵をフライにしていく。ほかにも魚介や野菜も何種類か一緒に揚げていくのだが、この辺の作業は優秀な助手にお任せだ。

 

 川内は元々ある程度料理ができたということもあるが、飲み込みも早くて揚場ならある程度任せられるほどになっている。ほんと川内が来てくれて助かった。

 

 その間に、こちらは刺身を作ろう。せっかくなので鯵は姿造りで中心に据えて、鯵のほかにボックスに何匹か入っていた他の魚も一緒に盛り合わせる。他に入っていたのは、血鯛・いさき・メバルなどだ。どれもきちんと締められていたので十分刺身で食べられる鮮度だった。

 

 ひとつひとつ丁寧に刺身にしていると、視線を感じたので顔を上げる。すると、一通り揚げ終わったのか川内がのぞき込んでいた。

 

「さすが店長、きれいなもんだね。でも、お刺身とかってこういう店では普通出さないよね?私が最初に食べた定食とかも」

 

「んー、まあね。これでも最初は和食中心の居酒屋で修業してたからね、その後洋食屋行ったり中華屋行ったり、蕎麦屋行ったり、一通りのことは身に着けたかな」

 

「へー、そうなんだ。じゃあそのうちお蕎麦とかラーメンとかも食べられる?」

 

「そうだな、そのうちな」

 

 農場の人たちからも蕎麦粉や小麦粉をもらってるし、夕張とも約束したしな。どっちも麺やスープを用意するのに気合入れないといけないから、片手間ではできないけど数量限定とかでそのうち出したいなとは考えてる。

 

 そんな会話をしているうちに刺身の方も完成し、フライの油も切れたので大皿にたっぷりの千切りキャベツと一緒に盛って完成させる。ごはんと味噌汁のセットも併せてホールへ持って行こう。

 

 ちなみに今日の味噌汁は鯵のつみれ入りだ。徹頭徹尾鯵尽くしである。

 

「はい、おまち。鯵とそのほかミックスフライに刺身盛り合わせ、鯵つみれ汁だ。ごはんと味噌汁はおかわりもあるから遠慮なく言ってくれ」

 

 閉店後でもあるので、俺と川内も一緒に晩御飯にさせてもらうことにした。

 

 フライにつける物はなにが美味しいか……なんてたまに議論になったりするけれど、俺はもっぱら醤油派だ。もちろんソースやタルタルソース、マヨネーズ、ポン酢なんかも嫌いではないが、どれか一つと言われたら迷うことなく醤油を選ぶ。

 

 そんなことを考えながら他のみんなは何をつけているかと見回してみれば、川内は俺と同じように醤油をつけて、一度ご飯の上に乗せてから食べていた。ごはんに醤油が染みた所がまた美味しいんだよね、という意見には全面的に同意だ。

 

 龍驤ちゃんはソースをたっぷりかけて食べている。サクサクした衣もいいが、ソースが染みてしんなりした衣も好きなのだそうだ。うん、なんとなくわからないでもない。

 

 最後に赤城さんはと言えば、塩で食べていた。なるほど、それもあったな。出来立てのフライやてんぷら、特に魚介系に塩というのは良く合うからね。逆に冷めてしまうと塩はいまいちだと思うので、揚げたてだからこその贅沢かもしれない。

 

 そうして食べながら会話に花を咲かせていると、どうやら龍驤ちゃんは川内と同じ鎮守府から来たようで、この店での彼女の様子を聞いてきた。

 

「なぁ店長はん、この子普段はどうなん?ちゃんと仕事しとるん?」

 

「おう、ほんと川内が来てくれて助かってるよ。今はいろいろ任せられるようになってきたしな。このフライもほとんど川内が作ったんだよ」

 

「ほー、やるなぁ川内。この子今まで夜になると夜戦夜戦喧しくてな。難儀しとったんよ」

 

「今は夜はちゃんと寝てるもん!」

 

 はいはいと軽くあしらいながら会話を続ける二人を尻目に赤城さんはおいしそうにフライをぱくついている。いつの間にか塩ではなくソースに移行していた……見た感じ気に入ってくれたっぽいけど、どうかな?

 

「どう?赤城さん」

 

「ええ、とてもおいしいです。加賀さんの話は大げさではありませんでしたね」

 

 一体加賀さんはどんな話をしたのやら。なんか照れくさくなって頭を掻いていると、赤城さんは小さく笑って話を続けた。

 

「このフライは川内さんが揚げたそうですけど、下ごしらえがきちんとされているのがわかりますし、そちらのお刺身も丁寧な作業で見た目も綺麗に整えられていて、目でも楽しめます。それにこのお味噌汁……なんだかほっとする優しいお味で、毎日でも飲みたいですね」

 

 そこまで一気に話すと、一口味噌汁をすすり「ほぅ」と息をつく。その様子を見て、この人がただの大食いってわけじゃないんだろうなと感じる。

 

 食にこだわりはあるけれど、美食家とか言うウンチクたれのようなものでは無く、いろんなものをおいしく、楽しく、たくさん食べる健啖家というやつなのだろう。そんな彼女に褒められるのは、料理やっててよかったと思う。

 

「そういえば全然違う話なんだけど、龍驤ちゃんて空母なんだよね?まだそんなに多くの艦娘さんに会ってないからわからないんだけど、空母ってその、みんな加賀さんみたいな感じかと思ってたから……意外と……なんていうか、可愛らしいなぁと」

 

 相変わらず川内とわいわいやっている本人を横目に、そんな疑問を赤城さんに投げてみる。赤城さんや加賀さんは大学生くらいな感じだけど、龍驤ちゃんは幼いとまではいかないがどちらかと言えば少女と言えるような印象を受ける。

 

「あー、元になった艦が軽空母であまり大きくなかったというのもありますけど、あまり本人の前で言わないであげてくださいね。表には出さないようにしてますけど、以前自衛官の方に駆逐艦と間違えられた時には、後々かなり落ち込んでいましたから。まぁ、間違えたのはそこのおじさまなんですけどね」

 

 おっちゃん、なにやってんねん。おっと、思わず関西弁になってしまった。いや、サムズアップしてる場合じゃないですよ……聞こえてたんですか。

 

「それに、艦時代は一緒に一航戦を務めたこともありますし、別れてからも私たちとは別の場所で多くの作戦をこなして戦線を支えていた殊勲艦の一隻でもあるんですよ。だから私たち正規空母も頭が上がらないんです」

 

「へー、小さな体で頑張り屋さんってことか」

 

「うふふ、そうですね。私も負けていられません」

 

 そんな話をしながら彼女の方を見れば、勝ち誇った顔で川内を見下ろし、最後の一枚になったアジフライに箸を伸ばそうとしているところだった。どうやら知らない間に熾烈な争奪戦が繰り広げられていたようで、川内も悔しそうな顔をしている。

 

 すると突然……

 

「あー!ウチのアジフライ!何してんねん!」

 

 横から箸がものすごいスピードで伸びてきて、最後のアジフライをかっさらって行った。まぁ、言うまでもなく赤城さんの仕業なのだが。

 

「慢心しては駄目。ですよ、龍驤さん」

 

 歯噛みする龍驤ちゃんに、ニヤニヤする川内。赤城さんは味わうようにゆっくりとフライを頬張り、それを見て笑うおっちゃん……いやはや、楽しそうで何よりだ。そんな楽しい雰囲気で夜は更けていった。

 

「悪いな、帰り遅くなっちまって」

 

「いいのよ、楽しかったし。それに私だってここの店員なんだから、片付けだって仕事のうちでしょ」

 

 楽しかった時間も終わり、俺たちは片付けをしているところだ。川内には彼らと一緒に帰ってもらうつもりだったが、さっき言われたような理由で手伝ってもらっている。正直助かるよ。

 

 そんな時だった。川内の携帯が着信を知らせた。

 

「はーい、川内です……え?……はい…………はい、了解しました……大丈夫です、私から伝えます……はい……では後で」

 

 ん?軽い感じで電話に出たと思ったけど、なにやら真面目な話みたいだ。気になってしまい思わず作業の手を止めると、話も終わったようで川内もこちらに向き直る。

 

「店長ごめんなさい。提督から緊急の呼び出しがかかっちゃった。これから鎮守府に行かなきゃならないんだけど、いいかな?」

 

「あぁ、それは構わないが、なにかあったのか?」

 

「うーん、詳しくはまだ話せない……というかまだはっきりしてないんだよね。とりあえず店長は普段通りに生活していて大丈夫だってさ。明日朝また顔出すからその時に話すね」

 

「わかった、こっちのことは気にしなくていいから、あんまり無理するなよ」

 

「うん、ありがとう!行ってきます」

 

 いってらっしゃい……と見送ったはいいが、結構慌てて出ていったな。多分深海棲艦がらみだろうとは思うが、何があったのか心配だ。

 

 俺の方は普段通りでいいってことだから、そこまで切迫してはいないのだろうけど……なんて気にしていてもしょうがないか。とりあえず今日のところは片付け終わらせて、さっさと寝ることにしよう

 




『いっぱい食べる、君が好き』

そして、龍驤を駆逐艦同様
「ちゃん」付けで呼ぶ主人公……


フライに何をつけるかは友人ともしばしば議論になります
ただ一つ言えるのは
「揚げたてなら何をつけてもうまい」





さて、次回何やら不穏な雰囲気が……
お読みいただきありがとうございました



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九皿目:二人の大きなお姉さんと一人の真面目な駆逐艦1

今回から九皿目です

最近誤字が多く、報告をいくつもいただいてしまっています。
この場をお借りして、ご迷惑をおかけしたお詫びと
報告をくださった方々にお礼を申し上げたいと思います。

ありがとうございます


 さて、川内も昨日ああ言ってたし、普通に開店するつもりで準備だけはしておこう。

 

 いつも通り、今日使うだろう食材の下ごしらえをしていると、勝手口が開けられて川内とさくらがそろって入ってきた。

 

「おはよう秀人、ちゃんとやってるみたいね」

 

「おう、おはよう。朝一発目のセリフがそれとは……おまえは俺のオカンかなにかか?とりあえず、お茶くらいは出すから店の方に行っててくれ」

 

「はいはーい。んじゃ待ってるから」

 

 そう言って厨房から出ていくさくら。その間川内は挨拶をした後手を洗い、エプロンをつけて手伝う準備をしていた。

 

「ん?川内大丈夫なのか?昨日結構慌ててるようだったから、てっきり今日からしばらく手伝えないものだと思っていたんだけど」

 

「うん、今日は大丈夫。でも、この後提督とも話すと思うけど、明日からはしばらく鎮守府に詰めることになるみたい。集中的に付近の哨戒をすることになったから……手伝えなくてごめんなさい」

 

「何言ってんだ元々そっちが本業だろう。それを無理言って来てもらってるんだ、文句なんかねぇよ。じゃぁ早速あいつに出すお茶の準備してくれるか?俺もすぐ行くからそのまま向こうで待っててくれていいから」

 

 さっきまでの申し訳なさそうな顔から一転、笑顔で元気よく返事をすると彼女はさっそくお茶の準備を始めた。

 

 さて、どうせちゃんと朝飯も食ってないだろうから俺の方でも何か軽く用意するか。簡単にできる物ってことでおにぎりと味噌汁かな。とはいえ、ただの塩むすびじゃ色気が無いからちょっと手を加えよう。

 

 まず取り出したのは大根。根っこの方は細めの短冊に切って味噌汁に、葉っぱの方をおにぎりに使う。

 

 みじん切りにした葉っぱを、ごま油を引いたフライパンで軽く炒めてボウルに移す。そこにちりめんじゃことごはんを入れて混ぜ合わせたらちょっと味見……んー、ちょっと塩を振るか……よし、これを握ってまず一つ。

 

 もう一つは白ごまを混ぜたご飯を握り、味噌を塗って焼いた焼きおにぎりだ。味噌はみりんで軽く伸ばしてちょっと甘めにしてある。これを焼き台でじっくり焼いていけば香ばしいなんとも言えない香りが広がる。両面に焦げ目がついたら完成だ。

 

「おまたせ、はいこれ。どうせ飯食ってないんだろ?あんまり時間ないかもしれないけど、とりあえず話は食べてからにしよう」

 

「さっすが秀人気が利くわね。まぁ、時間なくなるほど切羽詰まってるわけじゃないけど、ありがたいわ。んじゃさっそく……」

 

「私もいただきまーす」

 

 二人そろって揉み手をするようにおしぼりで手を拭きながらそう言うと、思い思いにおにぎりを手に取って頬張る。

 

 んじゃ、俺は焼きおにぎりからいこうかな……うん、良い感じだ。外はカリカリ中はふんわり、ごまの香りもいいアクセントになっている。

 

「あーやっぱりいいわね、こういうの。なんていうかお母さんを思い出すっていうか、実家に帰ってきたっていうか……ほんと、秀人をこの島に呼んでよかったわ」

 

 おい、お前のおふくろさん、朝はパン派だっただろうが幼馴染よ。いや、言わんとしていることはわかるんだけどね、所謂『おふくろの味』ってやつだろう。

 

「そうだねー。いいよねーこういうのってさ。簡単そうだし今度私も同じ家の子に作ってあげようかな。今まで作ったのなんて塩むすびか、適当に具を入れたくらいよ」

 

 それでも十分だとは思うけど。まぁせっかくだから、ぜひ作ってあげるといいよ。他にもいろいろおにぎりレシピはあるし、好みに応じて教えてあげよう。

 

 そんな感じで間もなくおにぎりも食べ終わり、ちょっと一息ついたところでさくらが今回の件の説明を始めた。

 

「じゃぁ、さっそく昨日の呼び出しのことと、今後の話をしようかしら。っても、そんなに深刻になる必要はないんだけど……まず昨日の夜、本土に行って仕事をしていた二人の艦娘が帰ってきたんだけど、そもそも夜間航行はこちらの指示か、よっぽどのことがない限りしないように言っているの。これはいくら高練度艦でも、暗闇からの攻撃では大きな被害を受けることがあるからよ」

 

「ってことは、そのよっぽどのことがあったってことか?」

 

「まぁね。本当だったら彼女たちは日が落ちる前に帰ってくる予定だったんだけど、こちらに向かう途中で戦闘があったらしくてね。敵ははぐれ駆逐艦で、戦闘自体はすぐに終わったらしいんだけど、そのあといろいろあって……」

 

「ってちょっとまてまて、さっきから普通に話してるけどそれって軍事機密ってやつじゃないのか?」

 

 俺みたいな一般人にそう易々と話すような内容じゃないだろう。一部とはいえ作戦行動だし、なにやら段々と詳しい話しになっていっているし……勘弁してほしいのだが。

 

「そうなんだけどあんたなら信用できるし、川内のこととかこの後の話にも関わってくるしね。ま、全部が全部話してるわけじゃないし、一応それなりの権限持ってるから……それで、その戦闘終了後に一人の艦娘が発見されたの……理由は色々説があって定かじゃないけど、私たちの間じゃ『ドロップ』って言われて、深海棲艦との戦闘後に艦娘が発見されることがあって……それよ」

 

 ほらみろ、お構いなしで喋りやがって。信用されてるのは嬉しいし、別に喋るつもりもないけど、戦闘後に艦娘が発見されるとか、むしろお前の方が守秘義務違反とかに問われたりしないのか?

 

「で、割と近海でそんなことがあったもんだから、しばらく集中的に哨戒を行うことにしたの。間もなく鎮守府祭もあるし、無事に成功させたいからね。その一つの部隊を川内に率いてもらいたいから、手伝いには寄こせなくなるわ。ごめんね」

 

「いや、さっき川内にも言ったんだが、そっちが本業なんだから気にしないでくれ。というかこっちは普通に営業して大丈夫なのか?」

 

「ええ、それは大丈夫。この島の生産施設も稼働してるし、本土との輸送にも護衛をつけるから食材も問題ないわ。もちろん、ここの安全もね。むしろ、みんなが一息つけるところとして普段通りの営業をお願いしたいの……それと」

 

 営業するのは構わないし、この島に来ることになった時今回のようなことがあるのも少し聞いてはいたからいいんだけど、まだ何かあるのか?

 

「さっき言った『ドロップ』した艦娘なんだけど、流石に昨日の今日で作戦行動に従事させるわけにはいかないの。おまけに、まだうちは人手不足だから、作戦を行いながら教育や訓練をって訳にもいかなくてね。川内の代わりにここで働かせてほしいのよ」

 

「わかった、いいぞ。まぁ、ここに来たばかりでこの流れだったらちょっと躊躇ったかもしれないけど、川内という前例もいるし、今日まで何人かの子たちと話もして来たし大丈夫だろ」

 

「そう?よかった。もちろん、この店の事とかこの島のこととかは話しておくから。よし、じゃぁ話も済んだしそろそろ鎮守府に戻るわ。今日昼過ぎくらいにその子を連れて何人かで艦娘が来るからよろしくね。その子たちも昨日帰ってきたばかりでゆっくりできなかったから、いっぱい食べさせてあげて。私宛に請求してくれれば払いは持つわ。じゃ、そういうことで」

 

 そう言うや否や、話は済んだとばかりに立ち上がり、川内に一声二声かけると颯爽と店を出ていったさくら。なんか勢いに流された気もするけど、まあいいか。

 

「行っちゃったね……」

 

「あぁ、行ったな。さ、とりあえず開店準備するか」

 

 それまで黙っていた川内がちょっと呆れたようにぽつりとつぶやいたのをきっかけに、開店準備を再開する。

 

 にしても、昼過ぎに来るという子達はどんな子なんだろう?その辺聞いておけば良かったかな……後で川内に聞いてみようか。

 




すみません!
大きな(どこがとは言わない)お姉さんの登場は
次回になります!

そしてさくらが結構機密っぽいことを話してますが
一応問題無い範囲です(一般協力者に対するナントカカントカ)

それでは、また明日いつもの時間に……
お読みいただきありがとうございました


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九皿目:二人の大きなお姉さんと一人の真面目な駆逐艦2

今日はいよいよタイトルの子達が登場します





「おじゃまいたしますわ」

 

 ランチタイムが過ぎて、落ち着いた頃彼女たちはやってきた。ちなみに今日のランチタイムはさすがに昨日の影響かお客さんは少なかった。

 

 まず入ってきたのはおそろいの青い制服のような恰好をした、ナイスなバディというか、なんともグラマラスな黒髪と金髪のお姉さんが二人。正直目のやり場に困る……

 

 そしてその後ろから少し俯き加減で入ってきたのは薄紫の髪に黒いベスト、白いシャツに赤いリボンタイをした女の子だった。今までの感じからすると駆逐艦娘だろうか?いや、龍驤ちゃんの例もあるし……

 

「こんにちは、いらっしゃい」

 

 益体もないことを考えていてもしょうがないので、ひとまずお出迎えをして店内に促す。

 

「マスターさんこんにちは。高雄型重巡洋艦一番艦、高雄です。提督から聞いていた通り、あなたのような素敵な方がマスターでよかったわ」

 

「私は高雄型重巡洋艦二番艦、愛宕。マスター、覚えてくださいね」

 

 まずはお姉さん二人が笑顔で挨拶してくれた。高雄さんに関しては「素敵な」なんて言ってくれて、思わず照れてしまう。

 

 後ろから川内が背中をつつきながら「店長、デレデレしない」なんて言ってくるけど、こんな美人さんに言われたらしょうがないだろ……何とか普段の表情で挨拶を返せたと思う。返せたはずだ。

 

 すると、そんなお姉さん二人に促されてもう一人の子も自己紹介をしてくれた。

 

「陽炎型駆逐艦二番艦、不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 うん、真面目というか、硬いというか……先の二人とはいろんな意味で違う感じだ。挨拶から察するに、この子が川内と代わってこれから働く子なんだろう。仲良くできるといいんだけど。

 

「こちらこそよろしくね。まぁ、初めてのことばかりだろうから、気楽にいこう。俺のことはマスターでも店長でも好きに呼んでくれたらいい」

 

 そう言って握手をしようと手を伸ばす。するとおずおずと手を握り、言葉少なにではあるが返事を返してくれた。

 

「はい。それでは店長殿と……」

 

 うーん、怒っているわけではないんだろうけど。慣れてくれればもう少し柔らかくなってくれるかな。

 

 それぞれ自己紹介を済ませたところで席についてもらい、注文を聞くことにする。その際、さくらが払いを持つことを伝えて好きなだけ食べるようにとも伝える。せっかくだから、鎮守府司令官様の懐の深さを見せていただこう。

 

「では、みんなでつつきながら食べられるような料理にいたしましょうか。私たちもお腹すいてますし、がっつりいきたいですわね……マスターさん、中華はできますか?」

 

「あー、ちょっと材料と相談しなきゃならんけど、できますよ」

 

「では中華料理をいくつかお任せでおねがいします」

 

 この中で一番のお姉さんの、高雄さんが代表して注文をする。みんなそれでいいようでそれぞれ頷いているけれど、正直ちょっと意外だった。

 

 もっとこう、お洒落な感じかとも思ったんだけど、まさかガッツリ系中華をご所望とは。さて、何を作ろうか。

 

 店を作った時のさくらの指示なのか、調味料類は和・洋・中関わらず豊富にあるので良いとして、問題は他の食材なんだよな……

 

 魚介系は基本冷凍もので種類も限られてるし、麺は各種パスタとその他数種があるけど、残念ながら中華麺は無い。小麦から作れないこともないけどそんな時間もないし……何より豆腐が無いから麻婆豆腐が作れない。餃子や春巻きの皮もないし、どうしたものか。

 

「てんちょー、愛宕さんから追加注文!あのね……」

 

 とりあえずできる物から手を付けようと思いついたメニューの野菜を切っていたら、川内がホールから戻ってきた。追加注文があるらしいが……ふむ、了解だ。その一品も付け加えよう。

 

 さあ、まずは簡単にできる物から作って、間をつなごうか。中華鍋を熱して鶏ガラスープの素を混ぜた卵液を多めの油でふんわりと半熟のスクランブルにしたら、一度皿に上げる。次に一口大のトマトを炒めて皮がめくれるくらい火が通ったら、さっきの卵を入れて軽く和える。最後に塩コショウで味を整えて、ごま油を少量回しかけて煽ってなじませれば完成だ。簡単にできて、ご飯にも合う。

 

 修業時代にはこれを丼にした賄いが良く出てきたものだ。これと、もう一品もやしの中華風サラダを出して次を待ってもらう。

 

 このサラダも簡単で、レンジにかけたもやしと千切りにしたキュウリ・ハムを醤油・酢・ごま油で和えただけである。

 

 これは余談だが、修行先でバイトしていた中国人留学生曰く、「ごま油と鶏ガラスープを使えば何でも中華料理になる。たまにいくつかの醤を使えれば完璧」らしい。それを聞いたその店の店主は「そりゃ家で作る中華風料理ってやつだ。一緒にすんな」なんて笑いながら言ってたけど……

 

 ともあれ、この二品を川内に持って行ってもらう間に次に取り掛かろう。

 

 次は、昨日もらった鯵が何匹かあるから、あんかけ仕立てにでもしようか。ぜいごとワタを取った鯵に飾り包丁を入れて塩コショウで下味、小麦粉をまぶし、素揚げにする。

 

 それにかける餡は、みじん切りにしたニンニク・生姜を炒め、香りが出てきたところで千切りにした玉ねぎ・ピーマン・ニンジンを加える。すぐに火が通るのでこげないうちに鶏ガラスープ・醤油・砂糖・酢の合わせ調味料を入れて煮立たせたら、水溶き片栗粉でとろみ付けだ。その餡を揚げたての鯵の唐揚げにたっぷりかければ出来上がり。

 

 よし、じゃぁ野菜、魚ときたから次は肉料理かな。これは中華の定番青椒肉絲(チンジャオロース)で行こう。

 

 あらかじめ川内に下ごしらえを頼んであるので、あとは炒めるだけ。まず、卵・塩・酒・醤油で下味をつけて片栗粉・油をまぶした豚細切りを炒める。そこに千切りにしたピーマンとたけのこ……が今日は無いので、代わりにジャガイモを入れる。

 

 残念ながら現状では本土に注文しないと手に入らないからな。でもこのジャガイモを入れたやつも結構おいしいんだよね。確かにシャキシャキ感は劣るけど、ほくほく感と味の染みた感じが好きなんだ。

 

 さて、野菜に火が通ったところで醤油・酒・オイスターソース・鶏ガラスーブ・水溶き片栗粉を混ぜた合わせ調味料を入れて強火で一気に絡めて出来上がり。

 

 よし、この二品を持ってちょっと顔出してくるか。

 




留学生のくだりは実際に知り合いの中国人に
言われたことだったりします。もちろん笑い話ですが。

そして、駆逐艦は『不知火』でした
眼光鋭く、『怖い』と言われる彼女を『真面目』と書いたのは
セリフやエピソードから『不器用な真面目さ』を感じ
その真面目さ故に「今度こそ」と自分に言い聞かせる意味も込めて
厳しい表情・言葉が出てきてるんじゃないかなと思ったからです
この辺りは『霞』も同じかもしれません

と、長々書いてしまいましたが、あくまで作者の妄想ですので
「そんな風に考える人もいるんだなぁ」
くらいに思って、ご理解していただければと思います

お読みくださりありがとうございました


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九皿目:二人の大きなお姉さんと一人の真面目な駆逐艦3

九皿目のラストです

今回ちょろっと史実というか、シリアスさんが様子を窺ってますが
出てきた瞬間退場していただくのでご安心を




「はい、鯵の唐揚げ中華あんかけと青椒肉絲ジャガイモバージョンお待たせ」

 

 持って行った瞬間「わぁ」と声が上がる。主に愛宕さんの声のようだけど、高雄さんもニコニコ顔で皿に取り分けている。不知火ちゃんは……食べてくれてるみたいではあるけど、なんというか、表情があまり変わらないので作った側としてはちょっと不安になる。

 

「不知火ちゃん、どうだい?」

 

「えぇ、頂いてます。おいしいです」

 

「そっか、良かった」

 

 軽く声を掛けてみたが、一言返してきただけでまたすぐに食事に戻ってしまった。箸は進んでいるようなので、気に入らなかったわけではないようだけど……

 

 思わず高雄さんの方を見ると、俺たちのやり取りを見ていたのかちょっと困ったように笑いながら、肩を竦めた。

 

「マスターさん、みんなとてもおいしく頂いてますよ。この青椒肉絲もジャガイモというのは初めてですが、ご飯が進みますね。ちょっとこれは危険かもしれません」

 

「そうねー、さっきのトマトと玉子の炒め物もトマトの酸味とごま油のコクを玉子が良い感じにまとめていて、良かったわ。色も鮮やかで見た目もよかったし、私も今度作ってみようかしら―」

 

 ありがたいことに高雄さんと愛宕さんがフォローしてくれた。優しい人たちだ、なんだか初めてお姉さんらしい艦娘に出会った気もする。いや、決して今まで出会ったお姉さん艦がダメという訳ではないのだけれど。

 

「炒めるだけだから、簡単に作れると思うよ、愛宕さん。それに、ごま油の代わりにオリーブオイルを使って、チーズを入れてバジルを散らすと洋風になってパンにも合うから、朝食とかにもいいかもね」

 

「へー、それもおいしそうね。試してみるわ。ところで、もう一品お願いしたのは大丈夫?」

 

「あぁ、すぐに作って持ってくるから、待っててくれ」

 

 愛宕さんとそんな会話を交わしていると、高雄さんは知らないのか首をかしげていて、不知火ちゃんは鯵の骨を取るのに真剣だった。そんなににらむようにしなくても……

 

「不知火になにか御用ですか?」

 

「いや、ごめん、なんでもない。んじゃ、次を作ってくるから、ごゆっくりどうぞ」

 

 うん、ちょっと目力強くて、びっくりだ。気を取り直して愛宕さんオーダーの料理を作ってしまおう。

 

 まずはニンジンを短冊、キャベツはざく切り、玉ねぎを薄切りにする。また、少し塩を入れた鍋で鶏手羽を茹でる。中華鍋に油、ニンニクを熱して香りが移ったところで野菜を炒めたら、骨から外してほぐした鶏手羽とゆで汁を加えて、醤油、ナンプラー、コショウで味付け。そこに乾燥ビーフンを加えて煮戻しながらスープを吸わせて、水気がなくなったところで油を回しかけて軽く炒めたら完成。皿に盛って櫛切りにしたレモンを添えて持って行く。

 

 さて、愛宕さんからは東南アジア、できればフィリピン料理なんて注文を受けたけど、どういう事なんだろう……

 

「はい、おまたせしました」

疑問に思いながら出来上がった料理を席まで持って行くと、まず反応したのは意外なことに不知火ちゃんだった。

 

「店長殿、この料理は?」

 

「フィリピンのパンシット・ビーフン、まぁ焼きビーフンだな。お好みでレモンを絞ってどうぞ」

 

「そう……フィリピンの……」

 

 あれ?一段とテンションが下がってる?どうしたものかと迷っていると、この料理をオーダーした愛宕さんが静かに話し始めた。

 

「……あなたや私が沈んで、高雄も大破したレイテ沖海戦……その戦場となったフィリピンの料理よ。昨日今日とあなたと話してみて感じたんだけれど、レイテやその前のキスカとか、昔のことに囚われていたり、気にしすぎたりしている気がしたの……だから、荒療治ってわけじゃないけど、この料理であえて思い出してもらって、おいしく乗り越えてもらおうかと思って頼んだの」

 

「愛宕……」

 

「愛宕さん……でも、あの時はあなたも……」

 

「えぇ、そうね。でもあなたは昔のことを気にしてちょっと肩ひじ張りすぎなんじゃない?気合を入れる気持ちもわかるし、私たちも今度こそって気持ちはあるわ。でも、何の因果かこうして人の体で生まれ変わったのだから、今の状況を少し楽しんだとしても罰は当たらないと思うわよ?……というわけで、せっかくマスターが美味しいものを作ってくれたのよ、さぁ!食らいなさい!」

 

 あれ?なんか最初は真面目な話かと思ったんだけど……そのキメポーズはちょっと……

 

「あーたーごー。せっかくいい話だったのに、最後の一言で台無しよ!なによそれ?夜戦でも始める気!?」

 

「あらやだ、高雄そこは『馬鹿め!』って言ってくれなきゃー」

 

 あ、高雄さん頭抱えてる。「あんたねー」って、そりゃ高雄さんだって怒るわな。不知火ちゃんだって……ってあれ?

 

「ふっ、ふふふ、あははは。愛宕さん、おかしいです……でもそうですか、もう少し楽しむですか……不知火にもできるでしょうか?」

 

 あっ、笑った……

 

「もちろん!できるわよ。想像してごらんなさい?深海棲艦と戦うのは大変だけど、みんなで戦ってみんなで帰ってきて、またマスターに美味しいものを作ってもらって、笑いながら食べるの。それだけで楽しくなってくるじゃない?ねぇ、マスター?」

 

 っておい、そこで俺に振るのか?高雄さんまで一緒になって、「頑張って!」みたいに首振ってるし。

 

「あ、あのさ、俺は昔のことは記録でしか知らないからあまり言えないけど、少なくとも今こうして俺が店をやれるのは、君たち艦娘って存在が守ってくれてるからだし、これからもきっとそうなんだと思う。だから、感謝の気持ちってわけじゃないけど、俺は俺のできることとして、おいしいと思ってもらえるような料理を作っていくからさ、勝っても負けてもまたみんなで食べに来て笑ってくれるとうれしいかな」

 

「店長殿……はい、ありがとうございます。それと、改めて明日からよろしくお願いいたします」

 

 俺の言葉を受けて、不知火ちゃんはまた真面目な引き締まった表情に戻ってしまったけれど、何となく表情に険がなくなった気がする。そんな彼女とテーブルを挟んだ反対側では、なぜか川内まで加わった三人で揃ってサムズアップを決めていた。

 

 その後、別のお客さんが来たのでそちらの対応に行ってしまい会話する時間はなかったが、結構重めのメニューながらペロリと平らげた後も、しばらくお茶を飲みながらあれこれ話をしていた様だ。

 

 最後に不知火ちゃんに明日の予定を告げて見送る。笑顔が出たのはあの時だけだったけど、なんとなく上手くやっていけそうな気がしていた。

 

 そして翌日。

 

「店長殿、おはようございます」

 

 約束の時間に現れた不知火ちゃんは、グレーのパーカーにショートパンツとタイツという、どこかに居そうな女の子みたいな装いだった。

 

「おはよう。そういうかっこもいいね」

 

「ありがとうございます。もう少し気楽にというお話でしたので、ちょっとラフな服装にしてみました」

 

「うん、良いと思うよ。じゃあさっそく手を洗って手伝ってくれるかな。あ、せっかくかわいいかっこなんだし、汚れないようにちゃんとエプロンしてからね」

 

 俺がそう言うと、彼女は荷物を置いてエプロンを手に取り、手洗い場に向かった。

 

 まだ言葉遣いは固いけど、さっそく実践に移すあたり良い傾向だと思う。ある意味真面目だからこそ見た目から、っていうのもあるのかな?ともあれ、包丁を握ったことはないってことだから洗い物や掃除から手伝ってもらおうかな。

 




これにて九皿目終了です

先日のイベントではうちの不知火が活躍してくれたので
フォーカスを当ててみました。
決して私服modeにやられたとか
ちょっとツンとしたあの表情にやられた
ということはありません。ええ、決して。

それとレイテ関連で重巡の中では那智の方が関係は深いですが
那智だとちょっと重すぎる感じがしたので今回は見送りました



このあと例によって箸休めを同時投稿しております
そちらもどうぞ。

お読みいただきありがとうございました


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箸休め4:緊急招集

この前に九皿目その3を投稿しています。ご注意ください。

今回の箸休めはちょっと蛇足感があるかもしれませんが
よろしければお読みください


「ごめん、もう始まってる?」

 

「いや、まだ提督が来ていない。大丈夫だ」

 

 急な呼び出しに駆け込んできた川内に、長門がそう返して着席を促す。

 

 ここは鎮守府にある会議室の一つ、提督から急な招集がかかり、艦娘たちが集められていた。川内は喫茶店での作業中だったため、少し遅れてここへ駆け込んできたという訳だ。

 

 川内が開いている席に座りあたりを見回すと、どうやら彼女以外の艦娘たちは揃っているようだ。先ほどまで店で騒いでいた赤城と龍驤もそろっており、川内へ向けて手を振っている。

 

 すると、ほどなくしてさくらが高雄と愛宕を引き連れて入ってきた。

 

「みんな揃ってるみたいね、じゃあさっそく今回の呼び出しについて説明をするわ。長門、海図を」

 

 そう言われて、長門がホワイトボードに張り出したのは、何種類かの縮尺で描かれた島周辺の海図だ。さくらはいくつかのマグネットを貼り付けながら説明を始める。

 

「昨日まで高雄たちが本土に行っていたのはみんな知っていると思うけど、その帰り道に深海棲艦との戦闘があったの。まぁ、そのこと自体はいつものように『はぐれ』と遭遇しただけとも考えられるんだけど……高雄」

 

「はい、私たちは昨日の午前中に向こうの港を出たのですが、だいたいこの辺りではぐれと思われる駆逐イ級と遭遇しそのまま戦闘に突入、これを撃沈せしめました。その後速度を落として周囲を索敵しながら戻ってきました」

 

「ありがとう。という訳で、これからしばらくみんなには集中的に哨戒を行ってもらいます。式典を控えているから念のための安全確保ってやつね。積極的に索敵範囲を広げる必要はないけど、何かあった時のために哨戒の精度を上げていきます。期間は一週間、そのくらいやれば上も文句言わないでしょ?」

 

 話を聞いていた艦娘たちは、一様に引き締まった顔で頷いていた。その表情を見回したさくらも満足そうな顔で頷いて話をつづけた

 

「よろしい。じゃぁ、詳細はあとで長門と詰めてくれるかしら。提督なりたての私よりもあなた達の方が詳しいでしょうからね。あとで報告だけ頂戴……それともう一つ。私にとってはこっちの方が重要なんだけど……」

 

 ちょっと言葉を濁したさくらの説明を引き継いだのは愛宕だった。

 

「実はその戦闘の後『ドロップ』があったのよね。発見されたのは陽炎型の不知火よ。なんとか自力航行は可能だったけど、この島に着いたところで限界だったのか眠っちゃって、今は医務室で寝ているわ」

 

「なるほど、平時であればゆっくり教育や訓練もできるけど、式典を控えたこのタイミングじゃね」

 

「えぇ、もう少し人が多ければいいのでしょうが、まだそんな余裕はありませんからね」

 

 提督が言いよどんだ理由を察したのか夕張と赤城からそんな言葉が聞こえた。

 

「まぁ、やってやれないこともないが空き時間が増えたり、偏りが出るのは否めんな。いっそ訓練ということで周辺哨戒に組み込むか?」

 

「それははんたーい。ある程度の戦闘機動訓練をやってからじゃないと危なっかしくて連れていけないわ~。せめて雷跡を見て縮こまらずに、落ち着いて回避行動がとれるくらいにはなってもらわないとね~……当たる当たらないは別にして。」

 

「ふむ、龍田の意見ももっともだな。せめて香取か鹿島がいてくれれば……というのは無いものねだりか。提督よ、どうするのだ?さすがにやることもなく放っておくのはかわいそうだぞ」

 

 あちらこちらで話が始まり、室内がざわついてきたところでさくらが手を叩いて注目を集めた。

 

「はいはい、みんながあの子のことを心配してくれているのはわかったわ。そこで、私から提案。秀人のところに預けるっていうのはどうかしら?長門の言うように、やることもなく放っておくのは言語道断だし、かといって中途半端に教育を始めても身に付かないと思う。だから、いっそのことコッチが落ち着くまで喫茶店の手伝いをしてもらうわ」

 

 さくらの提案に、なるほどといった声があがり、おおむね賛成するような雰囲気になっていたが、一人の艦娘が口を開いた。

 

「ねえ司令官?それだとマスターのご迷惑にならないかしら?心配だわ。なんだったら私が空いてる時間一緒にいてお勉強のお手伝いしてもいいわよ?」

 

「ありがとう雷。でも、秀人なら大丈夫よ、ああ見えて面倒見良いし。それに、そのやり方だと雷ばかり負担がかかっちゃうからね」

 

 そんな秀人を心配する雷に対し、さくらは優しい口調で言った。そして皆に向き直ると、さらに説明を続ける。

 

「とりあえず、明日の朝川内と一緒に店に行ってそのあたりは説明しておくわ。そこでオーケーがもらえなかったらまたちょっと考えなきゃだけど、多分大丈夫。あと、不知火には高雄・愛宕と一緒に暮らしてもらうわ。そこで簡単な説明は済ませておいてくれると助かるわね」

 

 さくらの言葉に二人は敬礼を返して了解の意を伝える。

 

「じゃぁ、この後は長門を中心に編成を決めて頂戴。高雄・愛宕はあの子が目覚めたら一回私のところに連れて来てもらって挨拶を。それが終わったら今日は帰っていいわ、あの子と一緒にゆっくり休みなさい。明日は朝みんなと顔合わせしたら、あの子にこの島と鎮守府の基本的なことを教えてもらいたいのと、午後にでもあの店に顔出してきなさい。あの子を預けるにしろそうでないにしろ、美味しいものでも食べてくるといいわ」

 

 そうして一通りの指示を出した後、「私は執務室で今回の報告書をまとめる」と言って出ていくさくらを艦娘たちは敬礼で見送る。

 

 残った彼女たちはさっそく長門を中心に集まり、高雄たちが敵艦と遭遇した状況を詳しく聞きながら、艦隊編成を考え始める。空母を中心とした航空機による索敵部隊、天龍達の水雷戦隊や川内を中心とした夜間哨戒部隊などが組まれ、スケジュールも次々決まっていく。

 

 確かにさくらが言うように今回の件はあくまで『念のため』であるし、こんなに大がかりな警戒態勢は必要ないだろう。そしてそれはここにいる皆がわかっていた。わかっていてなお、これほど真剣に動いているのは、この鎮守府が無事にスタートを切れるよう、すぐそこに控えた開港式典を何事もなく終えられるようにという想いがあったからだ。

 

 そんな皆の想いを頼もしく、また、嬉しく思いながら長門は部隊をまとめていった。

 




という訳で、今回の件の鎮守府側の対応と
不知火が店に来た理由の簡単な説明でした

とりあえず九皿目までで今いる艦娘は出たので
あと少しで一章を閉める予定です。
今後ともよろしくお願いします

お読みいただきありがとうございました


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十皿目:不知火の給仕修行1

本日は十皿目です

今回は不知火のお手伝い開始がメインですが
最後に久しぶりのあの子達が少し登場して
明日のその2に繋げます。


 さっそく手伝いを始めてもらった不知火なんだけど、初めてだからしょうがないのだけれども、なかなか手が進まない。とは言え慣れないながらも丁寧にやろうとしているのが伝わってくるので好感が持てる。

 

 これが雑で適当にやっていたら、以前いた厨房だったら蹴り飛ばされているところだが、彼女はそんなことは無いので文句はないな。多少皮を剥きすぎ大きさがそろっていなくても調理次第でカバーできるし、問題は無い……無いんだけど……

 

「くっ……また、削りすぎてしまいました。これは……不知火の落ち度です」

 

 本人は結構気にしているようで、だんだんと元気もなくなってきている気がする。

 

「なあ、不知火。初めてやることなんだ、そんなに気にすることはないよ」

 

「ですが店長殿、これでは食材が無駄になってしまいます。せっかくの野菜が……」

 

 軽くフォローしてみたが、彼女はそう言って小さくなってしまう。初めに感じた気の強そうな表情は、自分のふがいなさを堪えているようにも見える。確かに、食材を大事にするのはいいことだし、その気持ちは忘れちゃいけないんだけど……と思いながら俺は一杯のスープを彼女に差し出す。

 

「店長殿、これは?」

 

「まあいいから、飲んでみて」

 

 怪訝な顔をしながら一口飲んだ彼女は、目を見開いてこちらを見た。俺は無言で促すと、一気にスープを飲み干して「ふぅ」と息をついた。

 

「今飲んでもらったのはこれだ」

 

 そう言って不知火を一つの鍋の前に連れていき、中を見せる。その中に入っている袋を取り出して中を見せると、彼女もその中身に気づいたようで問いかけてきた。

 

「これは、野菜の皮ですか?それに切れ端なども入っているようですが?」

 

「あぁ、ここに入っているのは昨日出たものだけど、これと鶏ガラなんかを合わせてブイヨン、まぁ、和食で言うところの出汁を取っているってわけだ。だから、今日出た分も閉店後や明日の開店前に同じようにしてブイヨンの材料として使う。だから無駄にはならないよ」

 

「じゃあ、不知火が失敗したものも……」

 

「あぁ、そのまま捨てたりしないさ。それにこの出汁ガラやここに使わなかった物もそのほかの生ごみと合わせて裏にあるコンポストで肥料にしちまうからな。それを農場で引き取ってもらってまた新しい野菜を育ててもらう。だから、あんまり気にするな。それに、不知火は丁寧にやってくれてるからね、すぐに上手くなるよ」

 

 俺はそれだけ言って仕込みに戻った。不知火はしばらく鍋を見ていた様だったが、一言つぶやくように「はい、ありがとうございます」と誰にともなく言うと作業に戻っていった。

 

 戻った後の彼女は背筋を伸ばして作業しており、心なしかやる気も元気も戻ったように見える。

 

 その後、作業がひと段落したところで、先ほどのブイヨンをベースにしたスープとトースト・ハムエッグといった簡単な朝食を取った後、開店作業を行う。その朝食の時も味わうようにスープを飲んでいて、なにか彼女なりに感じる物があったようでうれしく思う。

 

 さて、そんなこんなで開店を迎えたわけなのだけれど、ここでもう一つ問題が出てきた。というか、開店前の作業から薄々感づいてはいたので、案の定といった具合ではあるのだが……

 

 不知火に笑顔が無いのだ。それが彼女の性格で、表情を出すのが苦手なのだと断じてしまうのは簡単だが、接客業においてはちょっと問題である。

 

 どの店でも自分の腹のうちは見せずにお客様に対しては常に笑顔で接する。真面目な顔をするのはお詫びをするときだけだと教育されてきて、不知火に対しても開店前にそのように教えて理解はしてもらえたようなのだが、実際のところは……といった感じだ。

 

 さっきちょっと練習した時はもう少しまし――と言っても、口角が少し上がっているという程度――だったので送り出したのだが、早まっただろうか。真面目にやってくれている事が救いだけど、ちょっと心配になって、手が空いたところを見計らって聞いてみる。

 

「およびですか、店長殿」

 

「あぁ、ちょっと見ていて感じたんだけど、やっぱり笑顔は難しいかい?」

 

「そう……ですね。今朝店長殿に言われたことは頭では理解していますし、お客様に気持ちよく食事していただかなければならないので、どうにか顔も動かそうとしているのですが……やはりできていませんか」

 

 うーん、硬いな。真剣に取り組んでくれいているのは嬉しいんだけど、自然な笑顔で接客するなら、その義務感は逆効果なんだよ。

 

「んー、ちょっと質問を変えようか。まだ何人かしか接客していないけど、不知火はこの仕事は楽しい……いや、楽しくやれそうかい?」

 

「はい、お客様が店長のお料理をおいしそうに笑顔で召し上がっているのを見るとありがたく思いますし、そのお手伝いが不知火にもできるのは光栄なことだと思います」

 

 そうか、ついつい川内と同じように見てしまっていたけど、この子はあくまで自分は部外者だと感じているのかもしれない。そのお客さんの笑顔を生んでいるのは、不知火も含めてのこの店だっていうのをわかってもらえれば自然と表情も柔らかくなると思うんだよね。

 

 不知火が仕込みを手伝った食材を使っている時点で、今でも十分にそういう事になっているんだけど、もっと直接的にわかってもらわないと難しいかな……とその時だった。

 

「こんにちわー」

 

「ズドラーストヴィーチェ」

 

「お邪魔するわ」

 

「おじゃまするのです」

 

 入口の方から声が聞こえた。この声は暁ちゃん達かな?ちょっと話が中途半端になっちゃったけど、同じ艦娘どうしならもう少し気楽にできると思うし、接客に行ってもらおう。

 

「あたらしいお客さんが来たね。暁ちゃん達みたいだし、あまり気負わずにいってらっしゃい」

 

 はい、と一言返事をしてさっそくお冷とおしぼりを持って行く。するとすぐに、注文をもらって戻ってきた。

 

「店長殿、ランチパスタのこれとこれをそれぞれ1.5盛りお願いします。取り分けて食べるそうなので」

 

「了解、じゃあ不知火はお皿とスープの準備をお願い」

 

 不知火にお皿を出してもらって、人数分のスープを温めなおしてもらっている間に彼女たちの注文の品を作っていこう。

 

 まずはベーコンとほうれん草のクリームパスタから。フライパンに拍子木切りにしたベーコンを入れ、火が通って脂が出てきたところでバターを一欠け、4~5センチ幅に切ったほうれん草を入れて炒める。

 

 ほうれん草がしんなりしたところで、小麦粉を全体にまぶして粉っぽさがなくなるまで混ぜたら牛乳を少しづつ加えながら混ぜていき、ブイヨンを加えて煮込みつつとろみを出す。とりあえずこれは置いておいて、後で茹で上がったパスタを入れて良く合えて、塩で味を整えたら完成だ。

 

 さてお次はキノコと茄子の和風パスタ。石突を取ったり適当な大きさに切って下ごしらえをしたしめじ・しいたけ・エリンギと厚めのいちょう切りにした茄子をたっぷりのバターで炒めていく。しんなりしてきたところでだし汁と醤油を加えて煮たたせると、フライパンの縁の辺りでこげた醤油がバターと相まってなんとも言えない香りを漂わせる。

 

 ここにちょっと固めにゆで上げたパスタを加えて、残った汁気を吸わせるように混ぜ合わせたら完成。さっきのクリームソースにも同様にパスタを加えて最後の仕上げを済ませる。

 

 と、ここまで作っていてちょっと思いついたことがある。暁ちゃん達にも協力してもらって試してみよう。

 




不知火の初めての接客は、案の定といった感じですかね


そしてお待たせしました?
第六駆逐隊が久しぶりの登場です


続きはまた明日
お読みいただきありがとうございました


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十皿目:不知火の給仕修行2

本日は十皿目の後半です




「お待たせ、ご注文のクリームパスタと和風パスタだよ」

 

「こちら取り皿です」

 

 俺がみんなの前に料理をサーブするとすかさず横から不知火が取り皿を配る。ナイスだ不知火ちゃん。

 

「いーかーづーちー、あなた暁がほうれん草苦手なの知ってて頼んだでしょー!」

 

「大丈夫よ!おいしいから食べてみなさい!」

 

「む、むうー」

 

 あら、暁ちゃんに黙って頼んでたのか。でも、このメニューならほうれん草の嫌な味はほとんどしないはずだから、頑張れ暁ちゃん。他の二人は……

 

「あれ?電、茄子は嫌いじゃなかったっけ?」

 

「響ちゃん、それは他の鎮守府の電なのです。電はお茄子大好きなのです!」

 

 へえ、同じ電でも好き嫌いが分かれることがあるのか。こう言っちゃなんだが面白いな。

 

 ちょっと躊躇いながらも暁ちゃんがほうれん草を食べたのを確認してから、ごゆっくりと一言言って不知火と厨房へと下がる。そこで、彼女に一つ提案だ。

 

「さて、不知火。注文にはなかったけど、彼女たちにデザートを作ってみないかい?」

 

「不知火が……ですか?しかし……」

 

「なに、デザートと言っても切って混ぜるだけの簡単なものさ。何なら皮を剥くだけだっていい。どうだい?」

 

 さっき思いついたというのが、これだ。

不知火が一人で作ったものを食べてもらって、誰かに美味しく食べてもらう喜びってのを、直接感じてもらおうってこと。もちろんこれは俺のわがままでもあるので、彼女たちにはサービスということにするし、さっき言ったように切って混ぜるだけの簡単なものだ。

 

 不知火はしばらく考えていたようだが、顔を上げるとはっきりと言った。

 

「わかりました。不知火にできるかどうかわかりませんが、挑戦してみます」

 

「よし、じゃあさっそくこれを使って……あっ、小さいけどよく切れるから注意してな」

 

 不知火の返事を聞いて小さいフルーツナイフを渡し、作業台の上に人数分+1の材料を取り出していく。

 

 まずは、キウイとバナナの皮を剥いて適当な大きさに切っていく。大きさは揃っていなくてもいいが、それなりに量もあるので初めてナイフを使ういい練習になるだろう。キウイの皮むきの最初の一個だけ見本を見せたが、後は彼女に任せて俺は説明に徹する。

 

 そうして切った果物をミキサーに入れて、ヨーグルト、牛乳も分量を教えながら入れてもらう。最後に蜂蜜をひと回し垂らしたら、ふたを押さえてスイッチオンだ。

 

「な、簡単だっただろ?」

 

「はい、不知火にもできました」

 

 その言葉を聞きながら、俺はグラスを五つ用意してミキサーから注いでいく。そしてそのうちの一つを手に取って不知火へと差し出した。

 

「簡単だったけど、正真正銘不知火が一人で作った手作りのデザート、キウイとバナナのスムージーだ。飲んでみて」

 

 すこし躊躇いながらもグラスを受け取った不知火は、暫く見つめた後グラスを傾けた。

 

「あぁ、おいしいです……これが料理をするという事なのでしょうか」

 

 ゆっくりと味わい飲み込んだ後、こちらをみてつぶやくようにそう言ってきたが、それに対して俺は首を横に振った。

 

「いや、まだ足りないな……さぁ、そろそろみんなの食事も終わったころだろう。持って行ってあげよう」

 

 否定されてちょっとしょんぼりした様子だったが、彼女は一つ頷くとグラスの載ったお盆を手に取って厨房を出ていった。それを追いかけて俺もホールに出ていく。

 

「こちらサービスのスムージーです。デザート代わりにどうぞ」

 

「いいのかい?ありがとう……これは美味しいね、バナナの濃厚な甘味とキウイとヨーグルトの酸味がマッチしていてとても飲みやすいよ」

 

 不知火が置いたグラスに手を伸ばし、さっそく口をつけた響ちゃんが感想を言ってくれている。他のみんなもそれぞれ飲みながら笑顔になっていた。そして後ろから眺めていた俺に口々にお礼を言ってくれたのだけど……

 

「いや、これは不知火が一人で作ったんだ、だからお礼を言うなら不知火にね」

 

 そう言って俺は不知火の肩に手を置いて、彼女が作ったという事を強調する。不知火は困ったような顔で肩ごしにこちらを見上げてきたが、間を置かずに暁ちゃん達から「ありがとう」「美味しかった」という声が聞こえてきた。そんな中で雷ちゃんが話し始めた。

 

「うまくやれてるみたいでよかったわ。このタイミングでこの島に来ちゃって、なかなかお話もできないから心配だったの。だからちょっと様子を見に来たんだけど……大丈夫みたいね!でも、なにか困ったことがあったら何でも頼ってちょうだい、おんなじ鎮守府の仲間なんだから!」

 

 雷ちゃんの言葉に合わせるように、ほかの姉妹たちも頷いて笑顔を不知火に向けている。そんな笑顔を向けられてどう反応していいかわからなかったようで、彼女は少し俯いてしまっていた。

 

「さて、みんなそろそろ戻るわよ。マスターと不知火のおかげで午後の任務も頑張れそうだわ……そうだ不知火、また『コレ』作ってくれるかしら?こういう飲み物ってレディにピッタリだと思うのよ」

 

 帰ろうかと立ち上がってそう言いながら、不知火に向かってグラスを軽く持ち上げる暁ちゃん。レディかどうかはさておいて、確かに若い女の子には人気あるよね。

 

 その言葉を聞いて不知火ちゃんの肩を軽くたたく。ここはしっかり返してあげなきゃだめだよ。

 

「ありがとう、ございます。不知火でよければいつでも」

 

 小さいながらもはっきりとした口調で返事をした不知火の表情は、照れているようではあったけれど、今までよりほんの少し柔らかくなっていたような気がする。

 

 その後会計を済ませた彼女たちを二人で並んで見送った後、不知火がぽつりと言ってきた。

 

「店長殿、先ほど店長殿が『足りない』と言った意味が分かったような気がします。作っただけではまだ足りなかったのですね。作ったものを食べてもらって、笑顔になってもらう……それが料理ということなのでしょうか」

 

「そうだともいえるし、まだまだともいえるけど、そこまでわかってもらえたらオーケーかな。今の気持ちがあれば、自然と表情も柔らかくなると思うよ」

 

「はい……ですが、まだまだですか。料理とは難しいですね」

 

「そう、難しいんだ。こんな風に偉そうに言ってるけど、俺だって師匠たちから見ればまだまだだろうしね。さぁ、仕事に戻ろう。」

 

 そう言ってそれぞれ片付けや、ほかのお客さんの接客に戻っていく。これで少しは変わってくれるだろう……っていうのは少し楽観的かな。

 




十皿目終了です

果たしてスムージーをデザートと言って良いものかはわかりませんが
デザートのようなもの……ということで一つ

お読みいただきありがとうございました


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十一皿目:カレーだよ、全員集合!1

タイトルからお分かりの通り
カレーです
全員集合です

とは言え、今日の分は作るところまでですので
不知火の頑張りにご期待ください


 不知火がうちで働くようになって、そして鎮守府が警戒態勢を敷くようになって数日が過ぎた。その間にも何人かの艦娘たちが不知火の様子を見に来たりしてくれていて、その時に聞いた話では明日の哨戒で何事もなければ明後日には警戒を解除するそうだ。

 

 そんなある日の閉店後、いつものように後片付けをしていると不知火が話しかけてきた。

 

「あの、店長殿、お願いがあるのですが」

 

 珍しくお願いがあるという不知火。いつもと違うその様子に片付けの手を止めて、腰を据えて話をすることにする。お茶を入れて席に着き、話の続きを促すとゆっくりと喋りはじめた。

 

「今日長門さんから話があったように明後日には警戒が解かれるという話ですが、そうなったらなにか鎮守府の皆にしてあげたいのですが、なにか不知火にできることはないでしょうか……不知火はまだここへ来て海に出てはいませんが、艦娘なので皆がこの数日間大変だっただろうというのは想像できます。ですので、そんな大変な任務をこなしてきた皆に何かしたいのです」

 

 なるほど、打ち上げパーティーみたいなことは俺も考えていたけど、こうして不知火から話が出てきたというのは嬉しいな。もしかしたら艦娘たちが暮らしているというシェアハウスでの会話で、自分が海に出ていないことに関してなにか思うところがあったのかもしれないけど……

 

「わかった。実は俺も、この店を貸し切りにして打ち上げでも企画しようかと思っていたんだ。不知火もその気なら、メインの料理を作ってもらいたいんだけどどうだろう?」

 

「はい、やりたいです……ですが、何を作るのですか?」

 

「それなんだけど、最初はビュッフェ形式にしようかとも思ったんだけど、どうも加賀さんや赤城さんなんかの食べっぷりを見ていると料理が追い付かなそうな気がしてね。一気にある程度の量を作れるものがいいかなーと」

 

 そうなんだよね。初めて来たときにも感じてはいたんだけど、後から聞いた話だとどうやら戦艦や空母などの大型艦が元になってる艦娘っていうのは、元の艦の燃費というかそういう物を引きずっているらしくて、良く食べるんだよね。

 

「と、いうわけで、海軍と言えば……」

 

「もしかして、カレーですか?」

 

「正解!そして、いま不知火から聞いて思いついたんだけど、そのカレーを不知火に作ってもらおうかと思う。俺は好きにトッピングできるようにいろんな揚げ物やサラダなんかを作るから、どう?」

 

「ええ、カレーでしたら皆間違いなく喜びます。ぜひやらせてください」

 

 俺の提案を聞いて不知火は鋭い視線で返事をする。うん、良い返事だ。それにここ何日かの手伝いで、包丁の使い方にも慣れているし、作り方のレクチャーはするとしても一人で問題なく作れると思う。

 

 その後はベースのカレーをどうするか、トッピングはどんなのがいいか、ほかに何を用意するかなど色々話し合った。不知火が真面目な表情で色々と提案をしてきて俺も楽しくなってしまったので、片付けの時間が大幅に伸びてしまったけれど、きっと素敵なカレーパーティーができるだろう。

 

 翌日の閉店間際、珍しく一人でやってきたさくらによって、予定通り明日には、今回の警戒態勢を解除することが告げられた。

 

 さくら曰く「今回の件はある意味上に対するパフォーマンスの意味合いが強かったからね。何もないと思いながら警戒させ続けるっていうのは申し訳なかったと思うけど、あの子達が『良い訓練になった』って言ってくれたから少し救われたわ」だそうだ。

 

 そして、自分はいい部下に恵まれたと嬉しそうに話していた。話を聞く限りじゃ、さくら自身もそれなりに苦労しているようで、そんな彼女も含めて打ち上げパーティーのようなものをやりたいと伝えたら、一も二もなく賛成してくれた。

 

 明日一日時間を空けて、明後日から一週間は鎮守府祭・開港式典に向けた準備に入り、手伝いも出せなくなるということで、それに合わせてうちの店も一時的に閉めることになっている。そこで、その店休初日の夜に打ち上げパーティーを行うことになった。

 

 そんなこんなで迎えた当日、不知火は朝からカレーの仕込みに集中している。彼女に作ってもらうのはカレーだけだが、侮るなかれその量は大きな寸胴鍋二つ分である。正直これで足りるかどうかはわからないが、いざとなったら他のメニューを何か即席で作るつもりだ。

 

「店長殿、終わりました。これで大丈夫でしょうか?」

 

 うん、この子もだいぶ上達したな。細かい包丁使いはともかく、このくらいの作業なら安心して見ていられる。自分の作業をしながら様子を見ていたが、仕上がった野菜もばっちりだ。

 

 ちなみに今回は煮込み時間も十分とれるので、大きめに切った野菜と角切りにした赤身の牛肉がたっぷり入ったビーフカレーだ。トッピングは無くても十分食べ応えがある。

 

 一通り野菜を切り終えた不知火に次の作業を指示する。お次は玉ねぎを弱火でじっくり炒めて所謂飴色玉ねぎを作っていく工程だ。これがあると無いとでは味の深みが違ってくるからね。

 

 具として入れる大きめに櫛切りにしたものとは別に、薄切りにした大量の玉ねぎをバターを溶かした寸胴でじっくりと炒めていく。やることは簡単だが、焦げないように常に見ていなければならない上に、寸胴は二つなので、結構大変な作業だ。

 

「はじめはなかなか変わらないけど、途中から色が変わっていくスピードが上がるから気を付けてね」

 

「了解しました……あぁ、良い香りがしてきました」

 

 踏み台の上で大変な体勢だろうにそんなことはかけらも見せず、大きな木べらで焦げ付かないように一生懸命混ぜている。この頑張りを無駄にしないように、俺も後ろから色の変化を見守る。ちょっと思いついたことがあったので少しそこから取り分けておく。

 

「うん、こんなもんだろう。そしたら野菜を入れてさっと炒める……よし、こっちに置いておけば焦げないから、次は肉だな」

 

 寸胴の場所を移して、空いたところでフライパンを煙が出るくらいまで熱する。

 

「て、店長殿、煙が出ていますが大丈夫なのでしょうか」

 

「大丈夫、大丈夫。というか俺が使うところ見てきてるじゃない」

 

「ですが、いざ自分が前に立つと……いえ、この程度どうということはありません」

 

 珍しくちょっと焦った様子を見せる不知火をおかしく思いながら、横から牛脂をひとかけら投入する。

 

「はい、脂を全体に馴染ませたら、肉を入れて……そう、強火で表面を焼き固める。そしたら、赤ワインでフランベするから注意してね。俺が回し入れたら、ちょっと傾けると火が付くから」

 

「わかりました。不知火とて艦娘の端くれ、多少の煙や炎に尻込みするような軟な女ではありません。いつでもどうぞ」

 

 さっきフライパンから昇る煙に焦ったのをごまかすように、なんだか妙な気合が入ったみたいだけど、頃合いを見て一言かけてワインを回し入れる。不知火がすぐさまフライパンを傾けて火をつけると、ボウッと火柱が上がった。

 

 そんなフライパンを見つめる不知火の表情がちょっと怖かったのは気のせいだろうか?

 

「よし、じゃあその焼きあがった肉を鍋に入れて……肉汁も一緒にね」

 

 そのままステーキとしても出せそうな肉を二つの寸胴に分け入れていく。肉を入れたらしばらく炒めて全体を馴染ませたら水とローリエを入れて煮込みに入る。

 

「さて、後は煮込みながら時々覗いてアクを取っていけばいいから、この間にお昼にしちゃおうか」

 

 そう言って手元の鍋からスープをよそって、サンドイッチと一緒に出す。サンドイッチはさっき夜の準備と並行して作っておいたもので、シンプルにタマゴとハム&レタス、そして夜用に作ったポテトサラダを挟んだものの三種類だ。

 

「そのスープは何でしょうか?先ほど何やら隣で作業しているのは見たのですが」

 

「これかい?さっき不知火が炒めていた玉ねぎをちょっともらって、ブイヨンで伸ばしただけの簡単なオニオンスープだよ」

 

 不知火が丁寧に炒めて作った飴色玉ねぎの甘味とコクがブイヨンの旨味と合わさって、それだけで十分おいしいスープに仕上がっている。

 

「もう少し手を加えて、オニオングラタンスープにしても良かったんだけど、そこまでやってると時間かかっちゃうからね。さぁ、冷めないうちにどうぞ」

 

「はい、いただきます」

 

 静かにカップを手に取って、琥珀色のスープをしばし見つめる。ゆっくりとカップを傾け、口に含んだ不知火の表情が僅かにほころんだ。この数日間で俺も彼女の僅かな表情を、少しくらいは読み取れるようになっていて、今の顔は美味しい時や嬉しい時のそれだ。

 

 そのまま手早く昼食を済ませた俺たちは、すぐに作業を再開した。鍋が気になるのか、不知火もチラチラと目線を向けて気にしていたからね。

 

 何回かアク取りをして、ルゥを溶かせばちょうどいい時間に出来上がるだろう。俺の方も揚げ物の仕込みと、サラダ……はまだ早いな。まだ時間もあるしのんびりやりますかね。

 




自分はココイチ等専門店のサラリとしたものよりも
野菜がゴロゴロしていてドロリととろみの強いカレーの方が好きです
専門店はそれはそれで美味しいんですけどね



さて、次回はみんなでカレーパーティーです。

お読みいただきありがとうございました


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十一皿目:カレーだよ、全員集合!2

十一皿目その2です
皆でカレーを食べます


 それからしばらくして仕込み作業も終わり、不知火のカレーも無事完成したところでさくらから「これから向かう」と連絡があったので、俺たちは準備を始めた。

 

 保温用のジャーと鍋に入れたご飯とカレーをカウンターにセッティング、その隣には各種揚げ物類などのトッピングを置いてある。ちなみに揚げ物以外にも、ウインナーやハンバーグ、目玉焼きなんかも注文されればカウンターで焼くことになっている。

 

 そのほかにもサラダや飲み物などの準備も終わり、後は鎮守府組の到着を待つだけとなったところで、不知火が声を掛けて来る。

 

「なんだか、今になって緊張してきました。皆喜んでくれるでしょうか」

 

「どうした?らしくないな。そんな不安そうな顔……っていつも通りのポーカーフェイスだな。ま、大丈夫さ、さっき味見しておいしかったろ?それに不知火の気持ちもちゃんと伝わるよ」

 

「なにやら、失礼なことを言われた気がしますが、まぁいいでしょう……ふふっ」

 

 いつも通りの表情ながら、緊張していたのを解そうとちょっとおどけて言ってみたけれど、うまくいったみたいだ。それこそ珍しいことに、笑顔を見ることができた。

 

 そんな会話をしていると、店の外が騒がしくなってきた。どうやらご鎮守府組がご到着のようだ。

 

「こんばんわー、秀人来たわよー……って、うわっ!いい匂い。すきっ腹にこれは一種の暴力ね」

 

 カランカランと軽快なドアベルの音と共に、さくらは入ってくるなりそんなことを言ってくる。確かにカレーの匂いってのは、とてつもない力があるよな。

 

 そしてその後ろからは艦娘たちがそれぞれ入って来ては、店内をみて口々にいろんなことを言っていた。

 

「この匂い、流石に気分が高揚します」

 

「はっやっくっ!かっれっぇ!」

 

「トッピングもよりどりみどりっぽい!」

 

「今日はお招きありがとございマース!」

 

「こいつぁたまんねーなぁ、おい」

 

 みんな待ちきれないようで、わいわいがやがやと収拾がつかなくなり始めたところで、さくらが手を叩いて静かにさせる。あれだけ騒がしかったのに、一瞬で静かになるあたりは流石だ。

 

「さて、今日はこの一週間の打ち上げってことで、みんなお疲れ様。結果としてなにもなかったのは予想通りではあったけれど、最後まで気を抜かずに任務にあたってくれてありがとう……」

 

 さくらの話は続いているが、俺と不知火で飲み物を配って回る。今日はアルコール抜きなので、とりあえず軽巡以上の年長組にはウーロン茶、駆逐艦たち年少組にはオレンジジュースだ。二杯目からは好きなものを飲んでもらおう。

 

「……というわけで、飲み物は渡ったかしら?それじゃ、お疲れ様!かんぱーい!」

 

 さくらの掛け声で、あちこちからグラスを合わせる音が響いた……のもつかの間、さっそくご飯の前に行列ができた。島風ちゃんを先頭に、どうやら小さな子からということらしい。

 

 それぞれ好きなものをご飯の上に乗せてるのを見ると、性格が表れているようで面白い。

 

 駆逐艦の子達に人気なのは、やはりというかなんというか、ミニハンバーグやウィンナー、唐揚げだったし、加賀さんと赤城さんは豚と鶏のカツ二種盛りだった……牛肉もカレーに入ってるし、皿の中が肉でえらいことになっている。

 

 玉子が好きと言っていた龍田さんはゆで卵を乗せて。中には、その場で作る半熟のスクランブルエッグを注文してきて、オムカレー風にする艦娘もいる。白身魚フライを乗せた金剛さんは、やはりイギリスの血が騒いだのだろうか。

 

 最後にさくらが何も乗せないプレーンを持って行って、一通り行き渡ったところで、不知火に声をかけた。

 

「不知火は何にする?」

 

「いえ、不知火は……」

 

「こっちは大丈夫だから、一緒に食べておいで……ほら、愛宕さんも呼んでるよ」

 

 遠慮する不知火をみんなのところに送り出す。途中で声が聞こえたのだろう、愛宕さんもこちらを見ていたので、アイコンタクトを交わして協力してもらった。

 

 愛宕さんが手招きをしているのを見て、不知火はひとつお辞儀をするとしゃもじを手に取ってご飯をよそい始める。彼女はプレーンにするようで、その上からカレーをかけると一言「いってきます」と告げて、みんなのいるテーブルへと向かっていった。

 

 不知火はうちで働いていたので無理もないが、まだ囲まれるのに慣れていないようで、ちょっと遠慮がちにしている。それでも、明日からは艦隊に加わり訓練を始めるということで、同じ駆逐艦の子達と色々話をしているようだ。

 

 その間にも、続々とカレーのお替りをしていく艦娘たち。トッピングは更にバラエティ豊かになり、中には隣に並べていたポテトサラダをトッピングする子も現れた。意外と美味しいんだよね、それ。でも、まさか君がそんな冒険するとは思わなかったよ、時雨ちゃん。

 

 みんなだいぶお腹の方も満ちてきたようで、だんだんとデザートのフルーツヨーグルトに移行する子が増えてきた。一部のお姉さま方は、まだまだカレーに舌鼓を打っている。おかげでご飯もカレーも綺麗になくなりそうだ。

 

 すると、全体的にまったりとした雰囲気が漂い始めたところで、カウンターにさくらがやってきた。

 

「今日はありがとうね、秀人」

 

「いやいや、こちらこそ。おいしそうに食べてくれて嬉しいよ」

 

 いつもとは違う穏やかな口調でそう言ってくるもんだから、なんか調子が狂ってしまう。

 

「どうした?珍しくしおらしいじゃないか」

 

「うん、ちょっと不安になっちゃったっていうか……今回は何にもなかったけど、もしこれが島のみんなが帰ってきた後で、ほんとに敵が攻めてきてたらって思うと……ね」

 

「何言ってんだ。これからそういう事が起きたときに、今からそんなんじゃ身が持たないだろうが。そうなる可能性があるってのは分かってたんだろ?」

 

 俯き加減で不安を漏らすさくらに、俺もゆっくりと語りかける。こいつ意外と繊細なとこあるんだよな。

 

「……でも、その心配は杞憂ってやつだ。覚えてるか?島から避難するって決まった時の商店街のおじさんたちの様子……島に残るって最後の最後までゴネてただろ?八百屋のオヤジなんて『自給自足でやっていける』とか言って山の方を耕そうとしてたし、漁師連中は『島民魂なめんな!いざとなったら銛で突いてやる』なんて言ってたな」

 

 ちょっとおどけた感じでそう言うと、さくらもその時の様子を思い出したのか、笑顔を浮かべた。

 

「結局最後はおばちゃんたちに怒られて避難することになったけどさ、そんな人たちが戻ってくるんだ、なんも心配ねぇよ。むしろ、艦娘たちを応援するとか言って港に押しかけるかもしれないぞ?そっちの方が心配だろ」

 

「あはは、そうかもね。ありがと、なんか元気出たわ。それに今はあの時とは違う、頼りになる子達がいるもんね」

 

 顔を上げて、さっきまでと違うしっかりした口調でそう言ったさくらは、わいわいと楽しそうに話している艦娘たちを見つめた。

 

「そういうこった。だから、これから戻ってくるみんなを含めて俺たちは、あの子達が陸にいるときは楽しく生活できるようにやっていくし、おまえはあの子達の戦いが少しでも楽になるように頑張ればいい……頼むぞ、司令官殿」

 

 俺の言葉に、敬礼しながら「かしこまりました」なんて返してくるさくらと二人で、ひとしきり笑い合ったあと、さくらに連れられて艦娘たちの輪に加わる。それからしばらく楽しい時間が過ぎていった。

 




これにて十一皿目終了です。

また、とりあえずここで一区切り
一章 Menu-1:プレオープンが終了となります。
結構長くなっちゃったので、一章というより
シーズン1というか一期という感じになってしまいましたが
何とかなりました

二章の予定について、活動報告の方に少し書いてありますので
気になる方はご確認頂ければと思います

お読みいただきありがとうございました


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クリスマス特別編
??皿目:素敵なパーティーしましょ1


特別編その1

本編の話の流れとは少し外れているので、『??皿目』としてあります
そしてまだ本編で登場していない艦娘たちが登場するのでご注意ください

お詫びが一つ
タイトルは夕立のセリフですが、今回のメインではありません。
全国の夕立ファンの皆さま、すみません。

そして、今回は特別編という割には
いつもと同じような感じになってしまった気がします
イベント感を出すのって難しいですね

それではどうぞ






 鎮守府が本格稼働し始めてしばらく経ち、所属している艦娘の数も順調に増えているらしく、うちの店にもたくさんの子が来てくれている。そして、お手伝いの方はいつの間にか新規着任艦の研修の一部に組み込むことになったらしく、一、二週間ごとに何人かずつ来るようになっていた。

 

 そんな日々を送っていたある日のこと

 

「なーなー、てんちょー。もうすぐクリスマスだろ、なんかしようぜぇ!翔鶴さんもそうおもうだろ~?」

 

「こら、佐渡ちゃん。あんまり店長さんを困らせてはいけませんよ?でも、そうですね……この島に来てから皆さんにはお世話になりっぱなしですし、ちょうどいい機会ですから、お礼の意味も込めて何かできたらいいですね」

 

 今週のお手伝い艦の佐渡ちゃんと翔鶴さんがそんなようなことを言ってきた。

 

 ちなみに、佐渡ちゃんは幼稚園児か小学校低学年くらいの小さな子で、駆逐艦よりも小さい海防艦とかいう艦が元になっているらしい。ちょっぴりヤンチャな元気っ子だ。そして翔鶴さんは加賀さんなんかと同じ正規空母が元になっているお姉さん艦だ。あふれ出るお姉さんオーラが半端ない。

 

 それにしても、クリスマスっぽい何かねぇ……一応さくらとはこないだやったカレーパーティーみたいな感じでパーティーをやろうという話はあるのだけれど、この子達はこの子達で何かやりたいってことだよね。

 

「佐渡ちゃん、例えばどんなことがやりたい?一応パーティーはやるつもりでそっちの司令官と話はしているけど……」

 

「ケーキ!ケーキつくろうぜぇ!佐渡様がどでかいのこしらえてやるよ」

 

 試しに佐渡ちゃんに聞いてみたら食い気味に返事をしてきた。そうかケーキね、確かにこれくらいの年頃の女の子は作りたがるよね。『どでかいの』はともかく、翔鶴さんと二人で作ってもらうのもありかもな。

 

「ケーキかぁ、どうです、翔鶴さん。二人で作ってみませんか?」

 

「わぁ、いいですね!でも、難しくありませんか?」

 

 翔鶴さんに振ってみれば、やりたいとは思っているようだけれど、チラリと佐渡ちゃんの方を見て不安を漏らした

 

「そうですね、確かに本格的なものは佐渡ちゃんには難しいかもしれませんが、簡単なもので少しずつバリエーションを変えて何種類か作るのはどうですか?例えば……」

 

 そうして佐渡ちゃんにも手伝えそうで、かつ作っていて楽しそうなものを提案する。

 

「なるほど、それならばできそうですね。それに色々変えて楽しめそうです」

 

「いひっ!いいじゃんかそれ、やろうやろう!」

 

 佐渡ちゃんも横で聞いていていいと思ったのか、賛成してくれた。よし、それじゃコレで行こう。

 

 迎えた十二月二十四日。今日はクリスマスイブ、さくらと話していたパーティーは明日貸し切りでやる予定なので、今日は通常営業なのだけれどせっかくなのであるメニューを出すことにした。

 

 それは『クリスマス限定 艦娘特製ケーキセット』だ。昨日試しに作ってみたら、十分形になっていたので急遽メニューに加えることにした。翔鶴さんもこの島の人たちに何かお礼をしたいと言っていたので、島民限定のお値打ち価格でご提供だ。

 

 そして現在厨房では、二人の艦娘が急ピッチでそのケーキを作成中である。

 

 まずは翔鶴さん。彼女は現在ひたすらクレープ生地を焼いている。小麦粉・卵・砂糖・牛乳・ベーキングパウダー・バターを混ぜた生地をフライパンに落とし広げて焼いていくのだが、すでに数十枚焼いているにも関わらず、翔鶴さんは疲れた様子も見せずに楽しそうに作業を続けている。

 

 途中で変わろうかと聞いてみたが、やんわりと断られてしまった。作るのが本当に楽しいのと、みんなに食べてもらえるのが嬉しいのだそうだ。

 

 一方佐渡ちゃんはと言えば、ひたすらクリームをホイップしている。もちろん、ホイッパーでは大変なので電動ハンドミキサーを使わせているが、「いひひっ」と楽しそうにやっている。時折跳ねたクリームが顔についたり、味見と称して何度も舐めたりしているのはご愛敬だろう。

 

 そしてこのクリーム、今回は何種類か用意している。まずは普通のホイップクリーム、そして苺ジャムを混ぜた苺ホイップとココアパウダーを混ぜ込んだココアホイップ、甘さを抑えてクリームチーズを入れたチーズホイップも作ってある。

 

 と、ここまでくればわかるように今回二人が作っているのは『ミルクレープ』である。クリスマスと言えばブッシュドノエルや定番のショートケーキなのかもしれないけれど、さすがに佐渡ちゃんには難しいだろうし、苺を乗せただけで『一緒に作った』っていうのは……さすがに納得いかないだろうからね。

 

 一通り準備を終えたところで、クレープ生地の熱を取るため一旦休憩を挟む。この間に朝ご飯だ。

 

 メニューは当然というかなんというかクレープである。さすがにこれだけの枚数を焼いていると失敗して破けてしまう物もそれなりに出てくるからね、それらを使って食事系のクレープを作っておいた。

 

 一つはレタス・チーズ・トマト・ハムを乗せてマヨネーズをかけて巻いたサラダクレープ。もう一つはレタス・スクランブルエッグ・スライスして軽く焼いたソーセージを乗せてケチャップをかけて巻いたボリュームたっぷりのクレープの二種類だ。

 

「これは……甘くないクレープもあるのですね」

 

 翔鶴さんが不思議そうに聞いてきたが、生地の甘さと具材のしょっぱさが意外とマッチして美味しいんだよね。このタイプは手で持って食べるより、お皿に乗せてナイフとフォークで食べたほうがいいかもしれない。

 

 あぁそうだ、今思いついたけど、手巻き寿司ならぬ手巻きクレープパーティーなんかも面白いかもしれない。少し小さめに焼いた生地を用意しておいて、ホイップクリームやカットフルーツのほかにも今使ったような野菜や卵、ソーセージやベーコン・ハンバーグなんかを用意して好き勝手に巻いて食べてもらう。今回のパーティーはもう別の企画を考えているので出来ないけど、次回はそれにしてみようかな。

 

「お!これうまいぜ!翔鶴さんも食べてみなよ」

 

 そんなことを考えていたら、佐渡ちゃんはさっそく食べ始めていたようで、口の横にケチャップをつけて翔鶴さんに勧めている。それを「あらあら」と言いながら拭いてあげている翔鶴さんはほんと『お姉ちゃん』だ。

 

 実際彼女には『瑞鶴さん』っていう妹がいるらしいのだけれど、その子といる時もこんな感じなのだろうか?

 

「あの……店長さん。もう一つずつ……よろしいですか?」

 

 楽しそうに話しながら食べている二人を微笑ましく見ていると、翔鶴さんが伏し目がちに、こちらを窺いながらお皿をさしだしてきた。佐渡ちゃんはもう十分なようだが、流石に正規空母娘さんには足りなかったようだ。幸か不幸か、まだ失敗クレープもあるので手早く作ってあげる。残りの失敗作はあとでクリームの残りを使っておやつにしようか。

 

 朝ご飯休憩を終えて、さっそく作業に戻る。翔鶴さんが焼いたクレープ生地に佐渡ちゃんがクリームを塗っては生地を重ね、塗っては重ねと層にしていく。時々塗りすぎてはみ出したりしてしまっているが、とても楽しそうに作業を続けていく。ここでもやはり、ちょいちょいクリームを舐めているのは……まぁいいか。

 

 その後無事に開店までに作り終えて、販売を開始できた。最初に来たのは、なんとうちの母親だった。というのもこの母親、休みなのをいいことに近所の奥様方と開店早々お茶しに来たそうだ。もっともこの人は、島に戻ってきてからしょっちゅう来店しているので今さらなのだが。

 

 そしてその母親を皮切りに、一緒に来ていた奥様方や別の女性客の方々が注文してくれた分を翔鶴さんと佐渡ちゃんが準備している。

 

 その彼女たちが厨房から出てきた時だった。

 

「きゃー、佐渡ちゃんかわいいー!」

 

「おぉ、翔鶴さん……来てよかった……」

 

 うちの母親と来ていた奥様方や、遅番で出勤前のモーニングを食べに来たおっさんから黄色い?歓声が上がった。というのも今日の彼女たちはクリスマス衣装、所謂サンタコスというやつなのだ。これがまた良く似合っていてかわいい。

 

 さくらに話を聞いた時には、なんでこんな衣装が?と思ったのだが、これは本土の自衛軍本部から送られてくるそうで、普段大変な任務をこなしている艦娘たちにせめてかわいい衣装で楽しんでもらおうという一種の福利厚生らしい。

 

 クリスマス以外にも季節のイベントごとに様々な衣装が用意されているらしく、艦娘たちも楽しみにしているようだ。そして、この衣装のままでも通常の衣装と同じような機能が備えられているらしく、さくらはいろいろ説明してくれたけれど正直半分も理解できなかった。だから、一般人に話すことじゃないっての……ただ、最後に言っていた「かわいいからいいよね」という言葉には全面的に同意だ。

 

 その後もキャーキャー言われながら、二人は給仕を続けていた。佐渡ちゃんは可愛い格好とは裏腹にやんちゃな言葉遣いがご婦人方にウケていたし、翔鶴さんは予想通り男連中に大人気だ。

 

 そして、いつも以上に忙しい――多分彼女たちのクリスマス衣装が口コミで広がったせいだろう――ランチタイムが終わり、二人にはつかの間の休憩時間。

 

「いやー、おつかれさま。二人ともどうだった?」

 

「本当に疲れましたね。でも佐渡ちゃんも頑張ってくれましたし、何より島の皆さまが喜んでくれたみたいで、私も嬉しいです!」

 

「いひっ、翔鶴さんの言うとおりみんな喜んでくれたみたいだったぜ!おばちゃんたちになでられまくったのは勘弁だぜ……」

 

 普段の落ち着いた感じではなく、少しテンション高めに話す翔鶴さんといろんな人にかわいがられて少しお疲れ気味の佐渡ちゃんが答える。

 

「でもさー、やっぱ自分が作ったものをおいしいって言ってくれるのはうれしーよな!てんちょーの気持ちがわかったぜ!」

 

 普段佐渡ちゃんは運ぶ専門だからね、初めてお客さんに食べてもらったから余計に嬉しいらしい。これをきっかけに料理に興味を持ってくれたら嬉しいな。

 

 そんな感じで休憩中楽しそうに喋る佐渡ちゃんと、彼女の話を優しく聞く翔鶴さんの姿にほっこりしつつ、二人にお茶を入れる。接客はしばらく任せてもらって、二人にはもう少し休憩を取ってもらおう。

 

 まだまだ午後も頑張ってもらわなきゃね。

 




はい、特別編その一は翔鶴姉ぇと佐渡様が
島の人たちをサンタコスでおもてなしです



色々とクリスマスネタは考えたのですが
結局無難に今回のクリスマスmode 2017艦から選んで彼女たちにしました
佐渡様かわいい


明日は特別編その2、艦娘たちのパーティーです
前回のカレーパーティー的な感じでいく予定ですが
今度のメニューは何でしょうかね

お読みいただきありがとうございます


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??皿目:素敵なパーティーしましょ2

特別編その2
艦娘たちのクリスマスパーティーです

書き始めたら、あの子もこの子も書きたくなって
普段よりもかなり長い(6500字over)となってしまいましたが
特別編と言うことで一気に行きます

読みにくいかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです

そして今回は新たにクリスマスコスのあの子達が登場です

それではどうぞ



「ヘーイ、ヒデトサーン!Merry Christmasだヨー!」

 

「金剛お姉さま、落ち着いてください。あぁもう、店長さん、こんばんは。なんかお姉さまがすみません、今日のパーティーをすごく楽しみにしていたので」

 

 ハイテンションで真っ先に店に入ってきたのは金剛さんだった。衣装は普通だったけれど頭にサンタ帽子をかぶっていて、満面の笑みを向けてくれている。全力でクリスマスを楽しもうとしている様子がなんともかわいい。

 

 その後ろからは、少し困った顔で霧島さんが追いかけてきた。ただ、金剛さんを本気で止めようとはしていないあたり、彼女も楽しみにしていたのだろう。

 

「霧島―、これつけるデース!」

 

 ただ、流石に金剛さんが渡そうとしている『鼻メガネ』は勘弁してほしいみたいだけど……よくそんなの持ってたな。さくらあたりの悪ふざけか?

 

 二人に続いて他の艦娘たちも続々と店内に入ってくる。中には金剛さんの様にサンタ帽をかぶった子や、翔鶴さん達の様にサンタコスの子もいてみんなそれぞれにクリスマスを楽しんでいるようだ。

 

「めりくりめりくり、マスター、めりくりだよー!」

 

「メリークリスマスですわ、店長様」

 

 そして今回のパーティーのメニューをどうするか、案を出してくれた二人も来た。鈴谷さんと熊野さんだ。初めて会ったときは確か重巡洋艦って言ってたかな?そのうち航空巡洋艦になって、いずれは軽空母にもなれるとかって嬉しそうに自己紹介してくれたけど、ごめん俺には正直よくわかんなかったよ。というかそんな簡単に種類変わるもんなの?

 

「やあ、二人ともいらっしゃい。その衣装良く似合ってるね」

 

 そう、この二人もまた、サンタコスだ。熊野さんは正統派?っぽい感じだけれど、鈴谷さんは肩を出したなかなかに大胆なタイプだ……ちょっと目のやり場に困る。そして、そんな俺の様子を察したのか、鈴谷さんは軽く腰をかがめて下からのぞき込むようにしながら「ほれほれ、どうよー」なんて言ってくる。非常に眼福でもあり、恥ずかしくもあるのだけれど、やってる自分がそんなに顔赤くしてて、逆にダメージ受けていないかい?

 

 結局鈴谷さんだけでなく、ほかの艦娘たちとも似たようなやり取りをしたあと、そろそろパーティー開始と言うことで俺はカウンターで待機することにする。今回はある程度仕込んであるものを、カウンター内で仕上げ調理して提供する形だ。このメニューにするのに結構悩んだけれど、さっき言ったようにあの二人が相談に乗ってくれた。

 

……クリスマスまであと何日かといった所で、パーティーをやること自体はさくらと相談して決まっていたが、メニューを何にするかで俺は悩んでいた。

 

 準備や仕入れの都合もあるから、早めに決めたいんだけど……カレーはこないだやったし、チキンは用意するとしても、ターキーは無理か。他の料理も一人で回すことを考えると、ビュッフェ形式は無理。量が量だから、全部作り置きっていうのも逆にちょっとねぇ。んー、どうしたものかな……

 

「マスター、どしたの?悩み事?」

 

 客足も落ち着いたアイドルタイム。カウンターで洗い終わったコーヒーカップを拭きながら、どうしたものかと考えていたら、遅めのランチに来ていた鈴谷さんに声を掛けられた。

 

「えぇ、店長様がそんなお顔をするのは初めて見ましたわ。どうなされたのですか?」

 

 お気に入りのサンドウィッチを頬張りながら、熊野さんも聞いてきた。しまった、顔に出ていたかと後悔したが、この際だからこの二人にも相談してみることにしようか……それにしても、彼女の『店長様』という呼び方はなかなか慣れない。もっともはじめは『おじさま』と言われていたのを、まだそんな齢じゃないと変えてもらってのコレなので少しはマシになったのだが。

 

 話がそれてしまった。さっそく二人に聞いてみよう。

 

「実はさ、今度のクリスマスにパーティーをするってのは聞いてると思うけど、そのメニューを何にするか悩んでいてね。何かいいアイデアないかね?」

 

「あー、そんな話してたわー。こないだはカレーだったんでしょ。バリィから聞いたよ、鈴谷も食べたかったなー」

 

「なるほど、パーティーですか……サンドウィッチ!はメインにはならなそうですわね。なにが良いのでしょうか……」

 

 バリィっていうのは夕張さんのことか?そういやあの子カレー蕎麦は無いのか聞いてきたけど、北海道の夕張の方じゃ有名らしいね。艦娘って由来になった土地のことまで影響うけるのかな?

 

 それと、熊野さん、流石にサンドウィッチをメインにするのはちと厳しいかな。お昼に色々用意してっていうのも面白いかもしれないけどね。

 

「またカレーにするというのもいいのでは?しばらく間も空いてますし、正直カレーなら何度続いても皆さん大歓迎ですよ?」

 

 空いたテーブル席を片付けていた翔鶴さんもそう言ってくれたけど、それはそれでありがたいが、作る方としては続けて同じメニューというのはどうもね……と、四人して考え込んでしまった時だった。

 

「そうですわ!パスタはいかがでしょう?麺はあらかじめ茹でて、ソースも作れるものは前もって作っておけば時間もかかりませんし、カウンターのコンロでも作れるのではなくって?クリスマスにお洒落なパスタを殿方に作ってもらうなんて、なかなかのシチュエーションだと思いますわ……あ、でも麺が伸びてしまうかしら……」

 

 おー、なるほど、パスタね。クリスマスディナーで男がパスタを作って女性に振舞うってのも、ありきたりではあるけれど恋愛ものにありそうなシーンではあるね。ただそれがカップルでもなければ、喫茶店の店長っていうところで成立するかどうか疑問だけれど……

 

「熊野さん、それ良いよ。ナイスアイデアだ。それに麺をあらかじめ茹でておくってのは、いろんな喫茶店やレストランでもやる手法だし、伸びにくくする方法だってあるからね。よし、それでいこう」

 

 うんうん、ちょっと楽しくなってきた。何作ろうかな……とりあえずおつまみ系の揚げ物とローストチキン、サラダ類は前回同様カウンターに山盛りにして自由に取ってもらうとして、パスタソースで作り置けるのはなんだろう。後で考えておかないとな。

 

「ふふふ、店長さん楽しそうですね」

 

 メニューについて色々考えていたら、翔鶴さんに突っ込まれてしまった。

 

「鈴谷はねー、何がいいかな。やっぱカルボかなー、あ、でもボンゴレとかもよくない?二種類あるんだっけ?」

 

「わたくしはやはりトマトソースは外せませんわね。上にバジルを散らして……そうですわ、バジルと言えば『じぇのべーぜ』とかいうのも聞いたことがありますわ」

 

 ただ、楽しくなっているのは俺だけではないようで、二人も気になるパスタを挙げていく。もちろんそのあたりは押さえていきますよ。と、そんな会話をしていると、佐渡ちゃんがお昼寝休憩から戻ってきて、眠そうに目をくしくししながら「なんのはなしー?」と聞いてきた。とりあえず佐渡ちゃんは顔を洗ってこようか。後で彼女にもどんなパスタが良いか聞いて参考にしよう。

 

 とまぁ、こんな感じの会話が先日あって、今日のパーティーがパスタパーティーに決まったという訳だ。そして今、店に入ってきた艦娘たちの目は、各テーブルて圧倒的な存在感を放っている丸鶏ローストチキンに注がれている。とりあえず大きめの奴で三羽ほど用意したけれど足りるだろうか?

 

 普通のパーティーなら問題ないが、彼女たちの食べる量はかなりのものがあるからね、パスタもあるし多分大丈夫だと思いたい。

 

 今回のこのローストチキン、せっかくのパーティーなのでそれなりに手間をかけて作っている。まず詰め物として中に入れてあるピラフ。オリーブオイルにバター・生姜・ニンニクのみじん切りを入れて熱し、香りを出したら同じくみじん切りにした玉ねぎ・マッシュルーム・エリンギを入れて炒める。ある程度火が通ったところで米を入れて透き通るまで炒めたら、塩コショウ・ブイヨンを入れて炊いていく。少し芯が残るくらいの固めに炊き上げたら、一旦ボウルなどにあけて冷ましておく。

 

 鶏肉の方は表面に塩・コショウ・ニンニクを刷り込んで、腹の中に先ほどのピラフを詰めたら楊枝やタコ糸で処理をして網を乗せた天板にセッティング。鶏の周りに皮つきのまま大きめの櫛切りにしたジャガイモ・玉ねぎ・カブとローズマリーを乗せて、全体にオリーブオイルを垂らしたら予熱してあるオーブンに入れて、温度を調節しながら90分ほどかけて焼いていく。

 

 焼きあがったら、天板に溜まっている脂を小鍋に取り除いておく。この油は後で赤ワイン・醤油等と合わせてソースに使う。で、鶏の方は後で出す前に、軽く焼きなおして温めるとしてこのまま置いておこう。余熱で火も通るしね。

 

 ということで完成したお鶏様が彼女たちの前にあるという訳だ。一部艦娘はすでに狩人の眼差しになっているが、一旦さくらがその場をまとめる。

 

 正直聞いているのか聞いていないのかわからないような挨拶と乾杯を済ませると、それぞれのテーブルで歓声が上がる。一応不公平にならないように一人が代表して切り分けながら配っているようで、喧嘩にはならなそうだ。鶏が置いてないテーブルもあるしね。

 

 中でも意外だったのは、長門さんが駆逐艦の集まるテーブルに行ってそれぞれに配っていたことだ。どちらかと言うとドーンと構えて持ってきてもらう側かと思ったのだけれど、その気配りに驚いた。

 

「にゃにゃっ!この鶏おいしいにゃ!」

 

「球磨はこのピラフが良いクマ、鶏肉は入ってないのに鶏の旨味がしみ込んでて、なんとも言えん味わいだクマ」

 

 うん、みんな気に入ってくれたみたいでよかった。手間をかけた甲斐があったってもんだ。それにしても、あの二人の語尾はいつ聞いても不思議だ。特に球磨ちゃん、熊は「クマ」とは鳴かないんだけど、いいのかな?

 

 そんな感じで他のみんながまずはチキンに舌鼓を打つ中で、さっそくパスタを注文に来た子達がいた。

 

「マスター、さっそくお願いね。鈴谷はカルボナーラで!」

 

「わたくしはこのタコとトマトのぺペロンチーノというのが気になりますわ。トマトでぺペロンチーノというのはどういうことなのでしょう」

 

「そりゃくまのん、ピリ辛トマトソースでニンニクマシマシじゃない?」

 

 まずやってきた二人、鈴谷さんはこないだ話していたようにカルボナーラ、熊野さんはタコとトマトのペペロンチーノをご注文だ。

 

 熊野さんがタコを選んだっていうのは、やっぱり神戸生まれだからかな?瀬戸内のタコ美味しいもんね。残念ながらうちのタコは、島からもそんなに遠くない横須賀のヤツだけど。そして、鈴谷さん、その表現はどうかと思う。どこのラーメン屋だ……そしてトマトソースってわけでもない。

 

 気を取り直してまずはカルボナーラから。卵・生クリーム・塩・コショウ・粉チーズを混ぜ合わせた卵液を用意しておいて、フライパンでは拍子木切りにしたベーコンをしっかり炒める。普通の薄切りのベーコンをカリカリにしてもいいが、個人的にはこっちの切り方の方が好きだ。

 

 表面はカリカリで、ある程度弾力を残したベーコンに卵液を加えて軽く混ぜてなじませる。そこにあらかじめ茹でておいたパスタを加えて混ぜ、卵液がとろりとしたらお皿に盛って粗びきコショウをかけて完成だ。

 

 続いて熊野さんのペペロンチーノ、トマトとついているがソースではなく具として使う。作り方も簡単で、普通にペペロンチーノを作る要領でオリーブオイル・ニンニク・鷹の爪を熱したところに、半分に切ったミニトマトを加えて炒める。トマトに火が通り、水気がなくなったら茹蛸を加えてさらに炒めて、最後にパスタとゆで汁を加え軽く混ぜてなじませたら完成だ。

 

 このレシピ、パスタを入れなくてもおつまみとして美味しいし、生のトマトの代わりにドライトマトを使ってもおいしい。ともあれ、ソース以外にもトマトの美味しさが楽しめる一品だ。

 

「おー、これこれ。なんか女子っぽくない?ありがとね」

 

「ありがとうございますわ。なるほど、トマトをこう使うのですか。おいしそうですわね」

 

 パスタを受け取った二人は席に戻ると、嬉しそうにフォークを回して口に運ぶ。すると……

 

「うわっ!ウマッ!」

 

「はむっ、んー!なかなかいけますわ!」

 

 という声が聞こえてきた。そしてその声に触発されたのか次々と艦娘たちがこちらにやってきて、怒涛の注文が始まった。

 

 金剛さんと霧島さんは以前食べたナポリタンで、あの時以来のお気に入りだそうだ。他にもミートソースやマリナーラ、バター醤油の和風パスタ等様々な注文が飛び交う。

 

 合間に店内を見渡せば、ローストチキンに入っていたピラフとナポリタン、サイドメニューの一口豚カツを一皿に盛り合わせて『なんちゃってトルコライス』を作る川内のような子も居れば、何かにとりつかれたようにチキンと格闘を続けている夕立ちゃんのような子もいて、なかなかにカオスだ。

 

 そんな中、今日までお手伝いしてくれている佐渡ちゃんが、俺の隣で一生懸命ある作業をしている。それは、スプーンを使ってたらこを皮からほぐしているのだ。前にどんなパスタが良いか聞いた時に、ぜひ自分で作りたいということで作り方を教えた。基本的には材料を混ぜるだけなので佐渡ちゃんでも簡単に作れるからね。

 

 その作り方は、溶かしたバターにほんの少し醤油を落としたところにたらこを入れて混ぜ、そこにパスタを加えて和えるだけ。フライパンでバターを熱して香ばしさを出してもいいんだけど、小さい子が作るときはボウル一つでできるこっちの方が安心できる。

 

 出来上がったパスタをお皿に盛って刻んだ大葉と海苔を散らせば、十分お客さんにも出せるレベルだと思う。それを「いひひっ」といつもの笑い方で嬉しそうに席まで持って行けば、鎮守府のお姉さんたちが「すごいね」「よくできたね」とほめてくれる。それを「おう!」と返す佐渡ちゃんの笑顔を見れただけで、今日のパーティーは大成功と言えるだろう。

 

 その後もいろんな注文を捌きながら、パーティーの夜は更けていく……いや、龍田さん、残念ながら抹茶小倉パスタは無いんだ、ごめんよ。というかよく知ってたね……って、天龍さんに食べさせたかったって、流石にちょっとかわいそうだと思うよ?意外と美味しいらしいけど。

 

 あれほどあったチキンやそのほかのサイドメニューも綺麗になくなり、良い頃合いになったところで、例のミルクレープを切り分けて配っていく。すると「待ってました!」とあちこちから声が上がった。

 

 きれいにデコレーションされたものに比べるといささか地味ではあるけれど、二人が一生懸命作ったのを聞いてみんな嬉しそうに、そしておいしそうに食べている。と、ここで翔鶴さんと目配せをして、最後のイベントを開始する。俺からのサプライズプレゼント……といっても内容はうちの店の割引券なんだけどね。

 

 というわけで、翔鶴さんお願いします。

 

「皆さま、ここで店長さんからクリスマスプレゼントです。ちゃんとうけとってくださいね……それでは!全航空隊、発艦始め!」

 

 翔鶴さんのその掛け声とともに、カウンター内で待機していた妖精さん達が一斉に艦載機を出現させて、飛び立っていく。その機体の下には、割引券をカプセルに入れて装着させているのだが、それをそれぞれの頭上で正確に投下していく。

 

 駆逐艦の子達は嬉しそうにキャッチしては中身を見て喜んでくれているが、一部の艦娘……特に空母の皆さんの様子はちょっと違っていた。真剣な眼差しで投下されたカプセルを避けていたのだ。それを見た翔鶴さんが思わず「避けなくて大丈夫ですよ」と声を掛けると加賀さんと赤城さんが恥ずかしそうに謝っていた。

 

「すみません、思わず……飛行甲板が……」

 

「ごめんなさい、避けなさいと頭の中で……なにかが……」

 

 その反応に、周りのみんなは声を上げて笑っていた。

 

 避けてしまったのは軍艦時代のトラウマ的なものかもしれないが、それに囚われずに笑えるっていうのは、良いことなのかな。一瞬ちょっとマズったかと気にしてしまった俺なんかより、よっぽど彼女たちの方が『強い』んだろう。

 

 早くも話題が『割引券をどう使うか』に移って、笑い合っている彼女たちを見ながら、そんなことを考えたクリスマスの夜だった。

 




昨日の分が今一つクリスマスっぽくなかったので
冒頭で金剛お姉さまに元気よくテーマ回収していただきました

そして鈴熊コンビを出した理由は、かわいいから。以上

イラストを見て、艦載機でプレゼントネタがやりたかくなった事も
翔鶴さんを選んだ理由だったりします

という訳で今回の特別編は以上で終了
明日からは第二章『Menu-2:本格営業開始』が始まります

軽い予告としては
今回の特別編で出てきた子達が出てくるのと
今まで店から出なかった秀人が外に出ます。(脱引きこもり)

お読みいただきありがとうございました



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Menu-2:本格営業開始
十二皿目:ドーナツホールズ1


今回から本編に戻って、第二章『Menu-2:本格営業開始』の始まりです。

時間もカレーパーティーの翌日から。
二章では鎮守府祭での式典で、鎮守府が本格始動して
艦娘を増やしていきますが
それまでに二皿ほど艦娘との交流を挟みます

初回の今日は、昨日と打って変わって少し短めですが
切りどころ的にここだったので、ご了承ください


それではどうぞ


 さて、今日から一週間は店を閉めて鎮守府祭に向けての準備だ。とはいっても、一週間丸々準備というわけでもないし、せっかくだから空いた時間で島を回ってみようかと思う。

 

 さっそく今日から動こうかどうしようかと考えながら、昨日のパーティーの片付けを終わらせて、店の前を掃除しているとジャージを着た響ちゃんがきれいな薄い空色の髪をなびかせて走ってきた

 

「おはよう、響ちゃん。ランニングかい?」

 

「ドーブラエウートラ、マスター。今日は休みをもらったのでね、家にいても暇だったから軽く走ろうかと思ってさ。帰ったら雷が作ってくれた朝食が待ってるんだ。もうほとんどお昼だけれどね」

 

 なるほど、この一週間頑張った分、艦娘たちも今日は休みという訳か。雷ちゃんがご飯を作って……で、ほかの二人は?

 

「あぁ、暁と電なら、私が出てくるときはまだ布団の中だったかな。そろそろ雷にたたき起こされてるんじゃないかな?ちなみにうちは天龍さんと龍田さんも一緒に住んでるんだけど、あの二人は庭で素振りをしていたよ。マスターは今日から休みだったよね、なにするの?」

 

 あれ?と訊ねた俺に、少し肩を竦めながらそう答えてくれた。へー、シェアハウスに住んでるって言ってたけど、天龍さんと龍田さんが保護者替わりって事かな。それにしても他のみんなは想像通りというかなんというか……

 

「俺はちょっと島を回ろうかなと……さしあたって今日は、昼過ぎくらいに山の方の農場を見てこようかなと思ってるよ。いつも野菜を届けてもらってて、挨拶もしておきたいしね」

 

 さっき、掃除をしながら考えていたことを話す。農場の人たちとは店に来た時に少し話したくらいで、きちんと挨拶したことなかったからね。

 

「ほう、それはいいね……もし迷惑でなければ一緒に行きたいのだけれど、いいかな?」

 

「あっちの人と話してる間暇になっちゃうと思うけど、それでも良ければ」

 

「かまわないさ、その施設に興味もあるし、マスターと出かけるのは楽しそうだ」

 

 それは光栄なことだ。せっかくだから、なにかおやつでも持って行って向こうで食べようか。牧場も併設されているらしいから、ピクニック的な感じでちょうどいいだろう。と、我ながらなかなかいい案が浮かんだと思い提案してみる。

 

「ハラショー、それはいいね」

 

「よかったら他のみんなも誘ってみたら?二・三人だったら車にも乗れるよ」

 

「そうだね、声を掛けてみるよ……まぁ、来るかどうかはわからないけど」

 

 とりあえず、帰って朝ご飯を食べたらまた来るということで、響ちゃんは走っていった。さて、それじゃあなにかおやつになるようなものを作ろうかね。

 

 厨房に戻った俺はさっそく材料を準備する。ふるいにかけた薄力粉・ベーキングパウダー・砂糖をさっくりと混ぜ合わせて、別のボウルで作った溶かしバター・卵・牛乳を混ぜた物と合わせる。

 

 だまにならないようにしっかりと混ぜた生地をビニール袋に入れて、袋の端を切ったらそこから絞り出しながらスプーンを使って丸く成型する。それを熱した油に落として茶色く色づいたら、簡単ボールドーナツの完成だ。あとはしっかり油を切って、砂糖を振ったものとココアパウダーを振ったものの二つを今回は用意することにした。

 

 ちょっと甘めに入れたミルクティーと一緒にバッグに入れて準備オーケーだ。まだちょっと早いけど、軽く昼飯を食べて店の前に車を回しておこう。

 

 実は車をこの島に来る時に買って、直接こっちに送ってもらったので乗るのは初めてだったりする。今となっては珍しくもない小型の電気自動車で、欧州車みたいな丸っこいボディとスイッチ一つで開閉するハードトップが気に入って決めた。そのおかげで荷物はあまり載せられないが、とりあえず何かあったら後部座席に投げとけばいいだろう。

 

 立ち上がりのスムーズさや、電気自動車特有の音の小ささに驚きながら車を回す。これはこれでいいものだけれど、昔親父が載ってたガソリンエンジン車みたいに、足元に響いてくるあの感じが無いのは少し物足りなくもあるかな……

 

 とは言えいったん降りて、新しい自分の足を眺めていると思わずニヤニヤしてしまう。彼女たちが来るまで時間があったので、そうやって店の前で準備万端待っていると、響ちゃんが二人の艦娘を連れてやってきた。

 

 あれは雷ちゃんと、夕立ちゃんか。他の姉妹二人は来られなかったのかな

 

「やあ、マスター。待たせちゃったかな」

 

「いやいや、大丈夫だよ響ちゃん。雷ちゃんと夕立ちゃんもいらっしゃい」

 

「こんにちはマスター、今日はお誘いありがとう。あっ、ちなみにうちの姉妹たちは龍田さんにつかまってお勉強中なの。こないだの講習がいまいちだったからって……困っちゃうわ」

 

 俺が気にしている様子を察したのか、雷ちゃんが説明してくれた。なんというか、二人とも……がんばれ。

 

「こんにちは、マスターさん!おうちの前で響に会って話を聞いたっぽい!時雨も誘ったけど、やることがあるんだって。よろしく言ってたっぽい!」

 

 なるほどね、時雨ちゃんも相手できなくて夕立ちゃんも暇してたってわけだ。ある種暇人たちの集まりみたいだけど、こういうのもたまにはいいよね。

 

 じゃあさっそく車に乗り込んで出発しよう。天気もいいことだし、せっかくだから上を開けて行こうか。

 




開店後初めての店外での交流です

主人公の車はプジョーあたりを想像していただければ……

タイトルの『ドーナツホールズ』は
作中で秀人が作ったボール型のドーナツのことで
元々はドーナツ型で生地をリング状に型抜きした時に出る
『穴』の部分を揚げたことからそう呼ぶらしいです。

ただ、現在市販されているドーナツは
生地を直接ドーナツ型に成型する
ドーナツメーカーで作られることが多いので
『穴』はできませんが……

お読みいただきありがとうございます


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十二皿目:ドーナツホールズ2

今回は艦娘たちとほのぼのピクニックです


 響ちゃんが助手席に、ほかの二人が後ろに乗り込んだところで、スタートスイッチを押してゆっくりアクセルを踏み込めば、車は滑るように走り出す。この季節はもしかしたら寒いかなとも思ったけど、彼女たちは気にならないようできゃいきゃいと楽しそうな声をあげている。うん、オープンカーで海を横目にドライブなんて、彼女たちじゃなくてもテンション上がるよね。

 

 しばらく海沿いを走った後、林道に入っていく。島の中央付近にある山を、ぐるりと回りこむように通っている林道を抜けると、なだらかな傾斜の草原のようなところに出た。店から見て大体島の反対側だろうか。

 

「わぁ、すごくひろいっぽーい!マスターさん、ここがそうなの?」

 

「みてみて、向こうに牛が見えるわ!」

 

「奥の方に大きな建物もあるみたいだけど、あれも生産施設かな?」

 

 口々に見えた物を話し出す。あぁ、確かにこれはなかなかの光景だ。……最後に響ちゃんが言った建物に近づいて行くと、管理施設と研究所が併設されているようで、その大きさがはっきりわかる。

 

 正面入り口横の駐車場に車を止めて、海の方を見れば関係施設の全体を見渡すことができた。

 

 ここの管理・研究・実験棟の隣には加工施設、牧場や鶏舎などの畜産施設が麓へ向かって並び、離れたところにはビニールハウスや小規模の畑が並んでいるのが見えた。

 

 さらに下に目をやれば、水田や麦畑だろうか?かなり大きな田畑が広がり、その横には田園風景に似つかわしくない、近代的な二つのビルが見える……あぁ、あれが噂の野菜工場だろう。詳しくは知らないが、あのビル一つでかなりの生産量があるらしい。

 

 そして、海の上にも様々な施設があることがわかり、あの一つ一つで養殖が行われるのだろう。ここからでは遠すぎてわからないが、恐らく生簀なんかもあるんだと思う。

 

 しばらく眺めていると、後ろから袖を引っ張られた。

 

「マスター、挨拶しに来たんじゃなかったのかい?」

 

 おっと、ごめんよ響ちゃん。そうだったね、思わずこの光景に見入ってしまったよ。

 

 そのまま響ちゃんに袖を引かれて、施設の中へと入っていく。受付で目的を告げて、所長さんを呼んでもらうと、急な訪問にも関わらず快く対応してくれた。

 

 応接室に通された後、すでに店で顔見知りだったので堅苦しい挨拶などもなく、いつもの野菜のお礼や今後の生産予定などを話し、ついでに今後働くことになっている両親のこともよろしく言っておいた。ま、直接この所長の下に就くわけじゃないけど、社交辞令?笑い話?的な感じで。

 

 しばらく話をして、この後周辺を見て回る許可をもらってこの場を辞することにした。まだ人手も少なく稼働していない施設もあるとのことだったが「とりあえず牧場の辺りでのんびりさせてもらうつもりなので」と伝えて、応接室を後にした。

 

「さて、どこか休憩できるところはないかな」

 

 外にでて、あたりを見回していると雷ちゃんが何やら見つけたらしく、声を上げた。

 

「ねぇマスター、あそこなんていいんじゃないかしら」

 

 そう指さした先には、職員たちも休憩に使うのであろう、四阿が見えた。すぐ近くには草を食む牛も居て、ロケーション的にもなかなかいいんじゃないかな。

 

「よーし、駆逐艦夕立、出撃よ!」

 

「あっ、ちょっと、待ちなさい!」

 

 じゃあ、あそこで休憩しようかと言うやいなや、夕立ちゃんが駆け出してそれを追うように雷ちゃんも走り出す。

 

「まったく、困ったものだね……マスター、私たちも行こう」

 

 二人に続いて響ちゃんも歩きだしたが、数歩進んで振り返ると置いて行かれた俺の方に手を伸ばしてそういった。少し気恥ずかしさを感じながらも、伸ばされたその手を取り並んで歩き出す。

 

 手をつないだまま歩いてきたことで、先に着いていた二人が「ずるい」と言ってきたが、それをごまかすようにお茶とおやつを取り出し、四阿にあったテーブルに広げていく。

 

 海洋性気候で冬もそれほど寒くないとはいえ、これくらいの季節になるといくらか風も冷たくなってきているので、暖かいミルクティーは正解だったみたいだ。そして、お皿にあけた砂糖とココアがまぶされたドーナツたちも、次々と無くなっていく。

 

「さすがマスターね、こんなにかわいらしくて美味しいお菓子も作れるなんて」

 

「ありがとう雷ちゃん、時間がなかったから簡単なものだけどね」

 

「いやいや、十分だと思うよ?こういうところでおいしい手作りお菓子を食べるっていうのもなかなか素敵じゃないか」

 

 この子達は二人して褒め殺してくるなんて流石姉妹艦、ナイスコンビネーションだ。と、ここでもう一人が少し前から静かなことに気が付いて、周りを探してみると……なにしてるんだろう、あれ……

 

「ぽい?ぽいぽい。ぽーいっ!」

 

 ……近くにいた牛に草を差し出しながら、何やら「ぽいぽい」言っている。会話してるのかな、あれ……あ、草食べた。仲良くなったっぽい?

 

 その後も草の上に寝転んだり、お嬢様がたが牛と戯れるのを眺めたりしてのんびりした時間を過ごしていると、いつしか日も陰ってきていた。

 

「みんなー、そろそろ帰るよ」

 

 少し離れたところに座り込んで、ごそごそやっていた三人に声をかける。すると、三人は後ろ手に手を組みながら駆け寄ってきた。なんだろうと首をかしげていると、三人そろって「はい!」と手を差し出してくる。

 

 そんな彼女たちの手に握られていたのは、四葉のクローバーだった。

 

「今日は楽しかったわ!」

 

「ドーナツもおいしかったっぽい!」

 

「だから、これはそのお礼だよ」

 

 そう言いながら一人一人手渡してくる。思わぬプレゼントに、なんだかちょっと感動してしまった……

 

「ほら、日が暮れる前に帰ろう。あんまり遅くなるとみんな心配するからね」

 

 照れ隠しにそんなことを言いながら、三人の頭を撫でて「ありがとう」と伝える。そして三人にやたらと引っ付かれながら車へと戻り、車を発進させた。

 

 するとあまり走らないうちに、屋根を閉めて暖かくなった車内と心地よい振動にやられたのか、隣と後ろから寝息が聞こえてきた。結局そのまま彼女たち艦娘が住むシェアハウスが立ち並ぶ区域についてしまった。

 

 ただ、着いたのはいいが、許可なく入れないのでどうしようかと思っていたところで響が起きたので、天龍さんを呼んでもらって、まだ起きない二人を運んでもらうことにした。

 

「大将ありがとな、こいつらの面倒見てもらって。ここんとこ張りつめてたから、いい気分転換になったんじゃねえかな」

 

「いや、俺も楽しかったから、こちらこそありがとうって感じだ」

 

「そう言ってもらえると助かるぜ……あー、迷惑ついでに、今度他の連中も連れてやってくれるか」

 

「あぁ、もちろん。今度時間ができたら声を掛けてみるよ。天龍さんもどうだい?」

 

「っば、ばかやろう!俺はいいんだよ!」

 

 迎えに来た天龍さんとそんな会話を交わして、皆と手を振って別れる。響ちゃんもまだちょっと眠いようで、雷ちゃんを背負った天龍さんに手を引いてもらっていた。そんな彼女たちの後姿を見送りながら、ほっこりしたところで俺も帰ることにしよう。

 

 車のドアに手を掛けたところで、胸ポケットに刺さる三つの四つ葉のクローバーが目に入り、思わずニヤけてしまう……帰ったら押し花の作り方を検索しようと心に決めて、エンジンをスタートさせた。

 




帰った後、響と雷が置いて行かれた二人に責められて
六駆の間に険悪な雰囲気が流れたとか流れなかったとか……

そしてなにやら響が秀人と接近してますが
秀人は年の離れた姪っ子くらいの感覚でいます
響ちゃん残念……?

お読みいただきありがとうございました


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十三皿目:鎮守府食堂

今回は切りどころが微妙だったので
ちょっと長いですが、一気に行きます



 数日後に祭り本番を控えた今日は、打ち合わせがてら鎮守府にお邪魔している。打ち合わせと言っても、ほとんどは休みの間にメールや店に来てもらって済ませているので、今日は実際に使用する器具や場所の確認と言った感じだ。

 

 一通りの話を終えて、今はせっかくだからと金剛さんに敷地内を案内してもらっている。

 

「あそこの建物が工廠と言って、新しい艦娘の建造や装備を作ったり整備したりするところデス。そして、その隣が入渠施設、ワタシ達は『お風呂』って呼んでるネ……マスターも一緒にどうですカ?」

 

 金剛さんの話によると、修復材という薬湯のようなものに入ることで、戦闘で受けた損傷を回復させることができるそうだ。もちろん普通のお風呂としても使えるということで、みんなでワイワイ入るのが楽しみらしい。

 

 そして金剛さんのお風呂のお誘いは非常に、ものすごく、とても残念ではあるが、丁重にお断りさせていただきました。

 

 鎮守府の敷地を歩いていると、昔は無かったガントリークレーンなんかを見て、少し寂しくなってしまう。武器の類が見えないのと、建物の造りが無骨ながらもレンガの壁になっているあたりまだマシなのかな。

 

「ん?あれは……」

 

「あぁ、どうやら駆逐艦の皆サンが水上航行訓練をしているようですね」

 

 ふと海の方を見てみると、海上に浮かべられたいくつかのブイの間を縫って、何人かの艦娘が滑るようにスラローム航行をしていた。水上スキー……いや、スケートか?映像でしか見たことなかったけど、見事なものだな。

 

 やたら直線が早いのは島風ちゃんかな?あの低く構えているのは夕立ちゃんだろう。スキーの回転競技のように体を倒しながら、ギリギリを攻めているのは暁ちゃんのようだ、普段の姿からは想像できない凛々しさだ。そんな風にしばらくその光景に見とれていると、横で金剛さんが解説してくれた。

 

「あれは、ワタシ達の戦闘機動の中でも基本の動きデスネ、特に駆逐艦は敵に接近して雷撃を行うことが多いノデ、ああしてジグザグに動いて敵の砲撃を躱しながら近づくデス。どうやら、今度のお祭りの公開演習に向けて気合が入っているみたいデスネ。すでにどういう演習を行うかは決まっているのデスガ、駆逐艦の枠がまだ空いてるので選ばれるように頑張ってるようデス」

 

 なるほどね、と金剛さんの話を聞きながら彼女たちの訓練を見る。時折教官役の天龍の指導があったりしながら、皆真剣にやっているようだ。邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こうか。

 

「お昼も近いですし、そろそろ食堂の方に向かいましょうカ?今日はヒデトサンが作ってくれるということで、皆サン楽しみにしてたデス!」

 

「そうだね、行こう……ん?」

 

「どうかしましたカ?」

 

 なんだかさっきから視線を感じるような気がしてるんだけど、特に誰も見当たらないので「なんでもない」と金剛さんに伝えながら、食堂へ案内してもらう。

 

 金剛さんの言うように、今日はここに来たついでにお昼ごはんを作ることになっている。同時に料理教室の真似事もやる予定だ。とはいえ、料理の初心者がほとんどなので、簡単に説明しながら作る様子を見てもらうくらいだけどね。

 

「どうぞこちらデース」

 

 案内されて入った食堂は、行ったことはないが学食や社食、あるいは昔のデパートの食堂かといった感じで、現代感覚ではお洒落とは言えないけれど、どこか懐かしさを感じるようなところだった。

 

 そのまま厨房に入ると、こちらはあまり使われていないという話の通り、ほとんど新品のようだった。それでも最近はうちの店での経験を生かして、川内が腕を振るうこともあるらしく、埃をかぶっている様子はなかったが。

 

「さて、それじゃ準備だけは先にしておこうかね。調理はみんなが来てからにしよう」

 

「ハーイ、それではワタシは皆サンを呼んできマース!」

 

 金剛さんはそう言うと小走りで食堂を出ていった。今日見学予定なのは長門さん・霧島さん・加賀さん・赤城さんの戦艦・空母のお姉さんたちだ。下の子達のために何か作ってあげたいという長門さんからの発案があったらしい。

 

 そこで今回は、料理初心者でも簡単にできて、かつ応用の幅も広いメニューをということで、市販されているとあるものを使った料理をしようと思う。俺も一人暮らしでお世話になってるし、師匠たちの中にも一般の人に教える時にコレを勧める人も多い。

 

 その市販されている物とは……「めんつゆ」だ。

 

 最近のめんつゆは化学調味料や添加物を使っていないものがほとんどだし、きちんとした出汁を使っているものも多い。なので、下手に出汁取りで失敗するよりはこれを使った方が、美味しく簡単にできるので初心者にはおススメだ。

 

 炊飯器をセットし、今回使う予定の材料を作業台の上に並べていると、続々とお姉さん方が厨房に入ってきた。

 

「やあ店主殿、さっきぶりだな。すまないが今日はよろしくお願いするよ」

 

 それぞれと挨拶を交わすと、長門さんが代表して頭を下げてきた。

胸元に船のイラストと『PUKA‐PUKA』と書かれたクリーム色のエプロンをしている……意外と似合っていることにびっくりだ。しかも、まさかの私物らしい。

 

「エプロン姿もなかなかお似合いですね」

 

 長門さんに向かって率直な意見を述べてみる。

 

「な、なにを言っているのだ。そんなことはいいから早く始めよう。昼までに間に合わないぞ」

 

 照れているのか、顔を背けて早口でまくしたてられた。さて、それじゃ始めましょうかね。

 

「長門さんもこう言っていることですし、さっそく始めたいと思います。皆さんメモの用意はよろしいですか?」

 

 俺がそう言いながら見渡すと、みんな真剣な眼差しで見返してくる。うん、やる気が伝わってくるね。

 

「それでは、まずは今日何を作るかなんですけど、今日はこの『めんつゆ』を使った丼物を二種類作りたいと思います。実際食卓に乗せる時にはこれだけではちょっと寂しいので、味噌汁やちょっとしたサラダなんかを一緒に出してあげると栄養的にもいいかもしれないですね」

 

 という訳でまずは、日本を代表する米のファストフード、牛丼から作ろう。早い・安い・うまいの三拍子そろった牛丼、先ほど『米の』と言ったが日本のファストフードとしてはもう一つ、『麺の』ファストフードとしてかけそばが挙げられるが、どちらも昔から、サラリーマンの味方として愛されてるものだ。

 

 まずは油を引いた鍋で櫛型に切った玉ねぎを炒める。しんなりしてきたところで、薄切り牛肉を加えてさらに炒める。ある程度火が通ったら麺つゆ・水――今回の製品だと1:3――と砂糖を入れて煮込む。以上。

 

「あの、マスターさん、それだけでしょうか?」

 

「はい、この後煮詰めすぎないようにという注意点はありますが、作り方としてはこれだけです」

 

 霧島さんが驚いた表情で、眼鏡を直しながら聞いてきたが、何か問題でも?という感じで返しておく。とはいえ、これでおしまいだとあんまりなので、アレンジも少し紹介しておく。

 

 味付けはそのままで、牛でもすじ肉や豚・鶏を使ってみたり、ごぼうやにんじん、きぬさや、きのこなんかを足してもいいし、豆腐を入れて肉豆腐にしてもおいしい……そんな感じで色々とアレンジを教えていくと、みんな頷きながらメモを取っていた。

 

 それじゃ、これは弱火で置いといて次にいこうか。次の料理は親子丼だ。基本的にはこれも材料をつゆで煮るだけなのだけれどね。

 

 まずは鍋につゆと水を入れて火にかけるのだが、今度は1:4と先ほどよりもちょっと薄めだ。そこに櫛切りにした玉ねぎと、一口大に切った鶏肉を入れて煮る。鶏肉に火が通ったら火を弱めて、溶き卵を入れて半熟になったら出来上がりだ。

こういった大人数の場合、フライパンでまとめて作ってもいいかもしれないが、できれば親子鍋を使って一人前づつ作ってもらいたい。その方が美味しくできると思うからね。

 

 続いて、こいつのアレンジも紹介する。鶏の代わりに牛や豚をつかえば、所謂『他人丼』ってやつだし、カツを使えば『かつ丼』だ。他にも、お肉はちょっとという時には厚揚げやさつま揚げ、うなぎを使うのもありだし、前の日に残ったてんぷらや唐揚げ、フライを卵でとじるっていうお母さんもいるのではないだろうか。これからの季節、カキもいいかもね……うん、卵とじの無限の可能性を感じる。

 

「なるほど、これならば私達でも作れそうです」

 

「ええ、私は先ほど店長さんがおっしゃっていた肉豆腐を試してみたいですね。お酒にも合いそうです」

 

 赤城さんと加賀さんもメモを取りながらそんな話をしていた。そうこうしているうちに、ほかのみんなの訓練も終わったようで、食堂の方が騒がしくなってきた。

 

「おや?なんだかいい匂いがするね」

 

「そうね~、今日は店長さんが来てるのだったかしら?」

 

 時雨ちゃん、龍田さんを先頭に、続々と艦娘たちが入ってくる。

 

「じゃあせっかくだから、注文がきたら交代で作ってみようか。牛丼は盛るだけだけどね」

 

 そうして鎮守府食堂の特別営業が始まった。牛丼と親子丼の注文は半々くらいだったが、自分たちが食べる用に作ったりして、皆一通り作れるようになったようだ。時折卵が固まりすぎたりしてしまったけど、初めてにしては皆上手に作れていた。食べた方もおいしそうに食べていて、一安心だ。

 

 そして俺も今金剛さんが作ってくれた親子丼を食べている。

 

「うん、美味しいよ、金剛さん。鶏肉もちゃんと火が通っているし、卵もいい感じの半熟具合だ」

 

「ホントですか?良かったデース!」

俺がそう感想を言うと、金剛さんは満面の笑みで返してくれた。そして、なんだかもじもじしながら、言葉をつづけた。

 

「……ヒデトサンにもっといろいろ教えて欲しいデース……」

 

「ああ、俺でよければ喜んで」

 

 金剛さんの後ろで、霧島さんのメガネが光った気がするけど、気のせいだろう。

 そんな会話をしながら俺たちも食事をしていると、やはりどこからか視線を感じる。

 

「んー、どこからだ?」

 

「ヒデトサン、どうしたのですカ?さっきも何か気にしているみたいだったネ」

 

 どこから見られているのかときょろきょろしている俺に金剛さんが聞いてきた。

 

「鎮守府に来てから、なんだか視線を感じるんだよね」

 

「ナルホド、それでしたら恐らく……」

 

 そう言って金剛さんが指さした先を見てみる。すると……

 

「お初にお目にかかります、田所殿」

 

 カウンターの柱の陰から人形が出てきて挨拶してきた……え?

 

「あの、これはいったい?」

 

「前に少しお話したかもしれませんが、彼らが『妖精さん』デース!」

 

 いや、え?あー、なるほど?妖精って、そういう……マジ?

 

……初めて見る不可思議生物?に俺が目を白黒させていると、妖精さんとやらが目の前にずらりと並び自己紹介をしてきた

 

「改めて初めまして、田所殿。私は司令部付の妖精です、お見知りおきを。そして、私の後ろに並ぶのは各施設長であります」

 

「はぁ、ご丁寧にどうも」

 

「彼らのほかにも各施設には多くの妖精がおりますので、そのうちお会いすることもあるかと思いますよ」

 

 そうなんですか。正直まだついて行けてないけど、もうそういう物だと思うしかない。と、何とか納得しようと思っていたところで、食堂の入り口から飛行機が入ってきた。

 

 今度はなんだ?と思っていると、その飛行機はそのままカウンターに着陸して目の前までやってくると、静かに静止した。その上にも妖精さんが乗っていて、彼女?が機体をポンポンと叩くと機体が手品のように消えた。

 

 あー、もう驚かないぞ。なんて思っていると、その飛行機に乗っていた妖精さんが敬礼して自己紹介を始めた。

 

「艦上偵察機彩雲であります。よろしくお願いいたします!」

 

 なんとか平静を装いつつ敬礼を返すと、彼女は妖精さんたちの列に加わった。

 

「さて、今日はご挨拶までということで、これにて失礼させていただきます。機会があればお店のほうにも伺わせていただきます」

 

「はぁ、お待ちしております……ちなみに、お好きなものはなんですか?」

 

 理解が追い付かないままに話が進んでしまっているので、なんとも間抜けな質問をしてしまっていた。お見合いかよ……

 

「はっ!甘いものですな。和菓子洋菓子なんでもござれですぞ」

 

「わかりました。ではお越しの際はなにかご用意させていただきます」

 

 俺の返事を聞くと「楽しみにしております。ではっ」とカウンターから次々飛び降りて去っていった。その光景を呆けながらしばらく見ていたが、我に返って後ろで見ていた艦娘たちに目を向けてみると、彼女たちは満足そうに頷いていた。

 

「いやはや、妖精さん達にも気に入られるとは。さすが店主殿だな」

 

 そんな長門さんの言葉に、ほかの艦娘たちも嬉しそうに笑っていて……どうやらついて行けてないのは俺だけだったようだ。

 




……おや?金剛のようすが……!?(BBBBBB)

いつもより長くなりましたが、十三皿目はこれで終了です

その代わり、明日の更新では
久しぶりの箸休めを短めに一本と
十四皿目その1を投下予定ですので、お楽しみに。

妖精さんを喋らせるか如何しようか迷ったのですが
秀人を驚かせたかったので、喋らせることにしました
まぁ、姿を見せただけで驚きそうなものですが……
後半角カナ表記はさすがに読みにくかったのでやめました


お読みいただきありがとうございました


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箸休め5:Sneaking Fairy

今回の箸休めはネタ回というか、お遊び回です

短めですが
昨日の『鎮守府食堂』の別視点をどうぞ


 鎮守府正門前から伸びる道の上空に、一機の飛行機が飛んでいた。

 

 かつての日本海軍において最速とされた、艦上偵察機『彩雲』である。

 

「こちらS-1、HQ応答されたし」

 

「こちらHQ、S-1どうぞ」

 

「鎮守府に向けて接近中の対象を発見。現在上空にて旋回しつつ監視中、間もなく鎮守府に到着する模様」

 

「HQ了解。正門にて待機中のKS-2より対象を目視に発見セリとの報あり。S-1は一時帰投し、以降別命あるまで待機。You copy?」

 

「Yes I copy. S-1帰投する」

 

 彩雲はどこかと通信した後、鎮守府へと機首を向けた。地上では何も知らない秀人がスクーターを鼻歌交じりで走らせていた。

 

 ちなみに旧日本海軍が元になっているはずの彩雲や司令部がコードネームや英語を使用しているのは『ノリ』である。

 

 そして、そんなのんきな秀人とは打って変わって、HQ――司令部――と称された鎮守府の一角は緊張に包まれていた。

 

「さて諸君、いましがたS-1から報告があったように、間もなく対象が鎮守府に入る。この後の行動予定は……J-1頼む」

 

「はっ、対象は正門にて金剛秘書艦と合流後、本館で提督殿、長門管理艦、加賀管理艦と鎮守府祭の打ち合わせ。終わり次第鎮守府内の説明を簡単に受けながら食堂へと向かい、調理指導を行った後、艦娘たちと昼食を共にするそうです」

 

「よろしい、N-1配置はどうなっているか」

 

「はい、KS-2から6並びにN-2から6のツーマンセル五組すでに所定の位置へついております」

 

「よし、では各員くれぐれも慎重に行動するように。解散!」

 

 HQ妖精の一言でそれぞれの持ち場に散っていく妖精たち。これから起きることを想像しているであろう彼らの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 そしてその後も……

 

「現在目標が金剛さんに連れられて本館から出てきました!並んで歩いている金剛さんの嬉しそうな笑顔が眩しいであります。どうぞ」

 

「ただいま入渠施設を金剛さんが説明中。あっ、金剛さんが入渠のお誘いをかけましたが、断られました。いくら男性に慣れてないからと言って、そのお誘いはどうかと思うであります……どうぞ」

 

「目標は水上訓練中の駆逐艦の皆さんを視察中。彼女たちの動きに感心しておられる様子。どうぞ……って、こら!そこ、気になるからと言って前に出すぎだ!」

 

 等々、鎮守府内を移動する秀人の一挙手一投足を各所から見つめ、さらに作戦に参加していない妖精たちもまた、謎の技術によって作られた通信装置に映る映像を、それぞれの施設で固唾をのんで見守っていた。

 

 そして、作戦開始から数時間後、ついにその瞬間が訪れた。

 

「お初にお目にかかります、田所殿」

 

 食堂にて秀人の前に悠々と思わせぶりに登場したHQと、彼女のセリフに合わせて整列する各施設妖精たち。そんな彼らに驚き、目を丸くしている秀人の表情が通信装置を通して他の妖精の元にも届けられる。

 

 そして、秀人が少し落ち着いてきたところを見計らって入ってきた彩雲。秀人の目の前に見事な着陸を見せ、得意げな表情で機体を消して見せる。

 

 その後畳みかけるように、店を訪問する約束を取り付け、自分たちが甘味を好きだという情報まで伝えることができ、秀人の反応に満足した妖精たちは、すぐに撤退を開始した。

 

 食堂から出た彼女たちは、円陣を組んでHQ妖精の言葉を待つ。

 

「諸君、作戦成功だ!」

 

 その瞬間、その場にいた妖精たちだけでなく、映像で見ていた妖精たちからも「ワアッ」という声が上がる。

 

「やはり、我々が出ていった後、頃合いを見て彩雲がやってくるという二段構えが良かったのだろう、田所殿もたいそう驚いておられた。それに、我々が甘味を好きだという重要情報も伝えることができた……これは120%以上の出来と言える……では、これにて作戦終了とする。諸君、ご苦労だった」

 

 そして妖精たちは、今回の作戦のことを話しながらそれぞれの業務へと戻っていった。

 

 やはり妖精といういきものは、おしなべて人を驚かせるのが好きなようである。

 




というわけで、今回は妖精さん達の悪戯回でした。

割とどうでもいいことですが
文中のコードネームを一応説明しておくと

HQ(司令部)→戦績表示の艦隊司令部情報画面にいるドヤってる子
S-1→彩雲の装備妖精
J-1→情報処理担当ということで、図鑑妖精(謎虫込み)
N-1と2~6→任務妖精(迷彩メット)とその部下
KS-2~6→工廠妖精(作業員)

もちろんそのほかにも多くの妖精さんが働いています
噂では猫を抱えた妖精もいるとかいないとか……


今日はこの後十四皿目その1も投稿しておりますので
よろしければそちらもどうぞ

お読みいただきありがとうございます




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十四皿目:第一回鎮守府祭1(前日準備)

本日二つ目の投稿です
これの前に箸休め5も投稿してますのでご注意ください

さて、いよいよ鎮守府祭です
今回は秀人の前日準備(屋台の仕込み)です。

それではどうぞ


 さて、鎮守府祭が明日に迫った今日、俺は厨房でひたすらその準備に追われていた。

 

 結局今回の祭りで何を出店することにしたかと言うと、ピタパンサンドだ。小麦粉・ドライイースト・塩だけで作ったシンプルな生地を袋状に焼いて、中に様々な具材を詰める。手軽に手で持って食べられて、具材を変えて色々作れる。そして大量に作り置きして冷凍ができ、屋台では鉄板で軽く温めて出来立てを提供できる。

 

 という訳で、今はその中に詰める具材を仕込んでいるところだ。野菜類は明日の朝届くから、向こうで準備するとして、今は肉類の漬けダレを作っている。これに今夜から一晩漬けこんで、明日その場で焼いたものを具材として挟む予定だ。

 

 まずは焼き肉サンド用のタレ。醤油をベースに、酒・みりん・ごま油を混ぜ、さらにそこにすりおろしたニンニク・しょうが・リンゴとみじん切りにしたねぎ・白ごまを指でつぶしながら加え、混ぜ合わせれば完成だ。

 

 続いてタンドリーチキン。ヨーグルト・カレー粉・ケチャップ・オリーブオイル・すりおろしにんにくを混ぜたものに、隠し味で醤油をちょろっと垂らす。

 

 スパイシーなのがお好みなら、ここに粗びきコショウを足したりカレー粉を増やしたりしてもいいし、マイルドがお好みならオリーブオイルの代わりにマヨネーズを加えてもいい。

 

 そのほかにもミニハンバーグのタネを作ったり、卵フィリングやドレッシングを作ったりしていく。そして、そんな俺の隣では……

 

「ふんふんふーん。おっ!膨らんできたー。何度見ても面白いわよね」

 

「川内さん、遊んでないで真面目にお願いします。まだまだ次があるのですが」

 

 こないだまで手伝いに来てくれていた川内と不知火が二人でピタパンを焼いていた。不知火が成型した生地を、川内がフライパンで焼くという流れだ。

 

「いいのいいの、料理は楽しくやらなきゃ。ね、店長」

 

「まあそうだな。不知火ももう少し肩の力を抜いてやろう」

 

「はい、了解です。店長殿」

 

「なんでか店長には素直なんだよなー」

 

 俺と不知火のやり取りを見て、拗ねたように言う川内だったが、その表情は相変わらず笑顔だった。

 

 そんな二人の様子を横目に、俺は次の作業に移る。

 

 肉ばっかりでもアレなので、次はきのこのオイル漬けを作っていく。これは他の料理にも使えて保存もきくので、ちょっと多めに作ろう。

 

 まずはきのこを適当な大きさに切っていく。今回はエリンギ・マッシュルーム・しめじを大量に……よし。続いて、フライパンにオリーブオイルを多目に入れて、スライスしたニンニクと鷹の爪を入れて弱火でじっくり香りを出したら、きのこを投入。フライパンから溢れそうになって、横で見ていた川内が「うわぁ」と声を上げたけど、炒めているうちに水分が抜けて嵩が減るから心配ないって。

 

 それを中火で炒めていくと、だんだんしんなりしてくる。そのまま水分が抜けるまで炒めたら、ローリエの葉を二枚ほど加えて塩・コショウ・醤油で味付けをする。後は冷めてから密閉できる瓶に詰めて、きのこが浸るまでオリーブオイルを注いだら完成だ。

 

 これで冷暗所に置いておけば、この季節なら二・三週間はもつ。パスタやブルスケッタ、肉・魚料理の付け合わせ等色々使える便利な保存食だ。もちろん、そのままおつまみにもできる。

 

 そんな感じで、昼過ぎに二人が来てくれて始めた作業も、あらかた目途が立ちいつの間にか日も暮れていた。そろそろ切り上げて夕食にしようか。

 

「二人とも夕飯食べていくだろ?なにがいい?」

 

「やったぁ!ありがとう店長。じゃあさっきのたれで焼き肉とか……ダメ?」

 

「ありがとうございます。実は不知火も先ほどのたれは気になってました。なんというか、食欲をそそる匂いだったもので……」

 

 あー、確かにあの匂いは作ってる俺もやばかったからな。じゃあ、ご注文通りあれで焼き肉定食作るか。

 

「よし、じゃあ不知火、肉焼くか」

 

「え?あっ、はい。了解しました」

 

「川内は皿の準備をお願いな」

 

「はーい!」

 

 せっかくだから二人にも手伝ってもらって、手早く作ることにしよう。不知火が適当な大きさに切った肉を焼いている間、千切りにしたキャベツと櫛切りにしたトマトを皿にセッティングしておく。

 

 次いで、「自分たち用だからこれでいいよな」と言い訳しながら顆粒だしを使って味噌汁を作っていたところで声がかかった。

 

「店長殿、そろそろいいでしょうか?」

 

 どうやら肉が焼けたようなので、不知火の横から手を伸ばしてたれを回しかける。するとその瞬間、醤油の焦げるいい匂いや、ニンニクなどの香味野菜と肉汁が混じり合ったなんとも言えない香りが「ジュゥッ」という音と共に立ち昇る。

 

「おおぅ、これはやばいね。夜戦で痛打食らった時並の衝撃だよ」

 

 などと川内が俺にはちょっとわからない例えをしたかと思えば……

 

「これは……なるほど、確かに……」

 

 と、普段冷静な不知火でさえ、驚きの表情で共感していた……あ、今の例えって分かりやすいんだ?

 

 そうして焼きあがった肉にタレを絡めたら、焦げないうちに皿に盛る。さ、二人とも食べようか。

 

「前にお店を手伝ってた時もそうだったけど、なんかこうして厨房で食べるのっていいよね。普段と違う感じがドキドキするっていうか、裏方感っていうか……」

 

「わかります。作戦前に艦隊の皆と食べる戦闘糧食のようなものでしょうか?一体感と言いますか……不知火はまだ訓練でしか経験がありませんが」

 

 不知火の例えに川内も「あーそうかもね」なんて言ってるけど、その例えも俺にはちょっと難しいかなー。

 

 そんな艦娘あるあるに、俺だけ首を傾げながら作業台の前に三人並んで座ると、手を合わせて食べ始める。

 

「いただきます……はぁ、やはり店長殿の料理は美味しいですね」

 

 焼き肉を口にした不知火がそんな感想を言ってきたが、ぶっちゃけ俺がやったのはタレの材料を計って混ぜただけだ。肉を焼いた不知火の腕が上がったんだろう。焼き上がりのタイミングも、不知火に声を掛けられるまでお任せだったからね。

 

「そんなことは……いえ、ありがとうございます」

 

 俺が褒めると、俯き加減でそう答えて黙り込んでしまった。その横で川内がニヤニヤしながら、からかいたそうにしていたので、こちらから話題を振る。

 

「そういや、大丈夫とは聞いたけど、前日なのに準備とかいいのか?」

 

「うん、準備そのものは午前中で終わらせてあるし、訓練も昨日までびっちりやってきたからね。後は明日の本番前に軽く確認ってことで、今日は英気を養うために休みなの。だから不知火と相談して、店長を手伝おうって。短い間だったけど、私達だってこの店の一員だからね」

 

 いやはや、嬉しいことを言ってくれる。照れくさくてありがとうとしか返せなかった俺を許してほしい。明日屋台に来てくれたらサービスするからな。

 

 夕食後は片付けだけだったけど、川内は明るく、不知火はぽつりぽつりと、言葉を交わしながら作業を続けていった。

 




秀人のお祭りの屋台メニューはピタパンサンドです
先日ドネルケバブのキッチンカーを見たときに決めました
美味しかったです



次回はいよいよ本番です
お読みいただきありがとうございました


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十四皿目:第一回鎮守府祭2(当日午前)



今回はお祭り当日の午前中のお話になります
途中までですが……


 三日間に及ぶ元住民たちの帰島も、昨日で終わった。

 

 俺個人としては、昨日は祭りの準備で使ったが、初日には昔馴染みと再会してうちの店で盛り上がったり、両親とも再会したのだけれどそのほとんどの時間は、両親の家の片付けに追われていた。

 

 もっとも、ほとんどの家具は備え付けだったので、どの家でも片付ける物と言えば衣類や趣味のものが多いということらしく、これからのんびりやっていくという話だ。

 

 だからこの三日間で一番忙しかったのは、生産施設の直営店で食材を売っていた研究者さんたちだろう。保存の利く物は前もって注文を取って運び込んでいたとはいえ、どの家の冷蔵庫も空っぽだからね。

 

 そんなこんなで、ついに迎えた鎮守府祭当日……俺は朝から鎮守府に乗り込んで、準備に追われていた。

 

 俺に宛がわれた場所にはすでに屋台と使用申請していた周辺器具も設置してあったのだが、昔ながらの祭りの屋台の屋根にソーラーパネルが設置してあるというのは、なかなかにシュールである。もっとも、この小さなソーラーパネルで鉄板から冷蔵庫、照明にホットショーケースの電力まで賄えるというのだから、いかに深海棲艦侵攻後にエネルギー関連が発展してきたかがわかる気がする。

 

 周りでは自衛軍の人たちが同じような屋台の準備をしており、お互いに挨拶を交わす。今回俺以外は皆自衛官だけれど、祭りは毎年開催されるとのことで、来年には島民が出す屋台も増えるだろう。

 

 さて、一通り機材のチェックを済ませて持ってきた食材や調理器具をセッティングしたら、下ごしらえを開始していく。

 

 大体のものは昨日と今朝のうちに準備してあるので、後は焼くだけというものが多いのだが、野菜類に関しては、流石に昨日のうちに切っておくという訳にはいかないからね。レタスやキュウリなどのサラダ野菜やハムやチーズも挟みやすい大きさに切って、すぐ使えるように冷蔵庫に入れておく。

 

 脇に置かれた鍋の中では、店で作ってきたチリビーンズを温めなおしている。合い挽きと玉ねぎを炒めてトマト缶、ブイヨンを加えて汁気を飛ばしながら煮込んだ後、カレー粉で味付けしたもので、正直なところチリビーンズとキーマカレーの合いの子みたいな感じだ。

 

 そんな時だった。

 

「おはようございます、店長さん。今日はよろしくお願いします、何か問題はありませんか?」

 

「おや、加賀さんじゃないですか、おはようございます。こちらこそよろしくお願いしますね。特に何もありませんよ、ありがとうございます。加賀さんは見回りですか?」

 

「ええ、屋台関連は私の担当なので……ここは譲れません」

 

 見回りがてら挨拶をしてきてくれた加賀さんと少しばかり話をする。加賀さんの話によると、金剛さんはさくらと一緒に軍の人たちと式典の打ち合わせ、長門さんは警備の打ち合わせ中だそうだ。今日はさすがに会えるかどうかわからなかったので、みんなによろしく伝えてもらうことした。時間があれば食べに来てくれたら嬉しいな……っと、そうだ。

 

「加賀さん、せっかくなのでおひとついかがですか?美味しくできてるとは思うんですけど、味見ってことで」

 

「よろしいのですか?それならばぜひ」

 

 俺が提案すると、加賀さんは表情を変えずにそう答えた……いや、心なしかキラキラしてるような気がする。そんな艶っぽい表情の加賀さんにちょっと待ってもらって作業を始める。

 

 昨日あの二人にがんばってもらったピタパンを鉄板で軽く温めたら、半分に切って中を開く。そして空いたところにレタスをひいたら、先ほど温めていたカレー風味のチリビーンズを入れて、紙で包んだら出来上がりだ。

 

「どうぞ、熱いですから気を付けて」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 加賀さんは俺の手からピタサンドを受け取ると、熱さを確かめるようにしながら、ゆっくりと口に運んでいった。一口かじった後「これは……」と言ったきり静かに食べ進めていく。

 

 それほど大きくないのですぐに食べ終わってしまい、少し名残惜しそうに目を細めると。指に着いたソースを舐めとる。そんな表情の加賀さんに、俺は言わずにはいられなかった……。

 

「もう一ついかがですか?」

 

「いただきます」

 

 間髪入れずに……というか若干かぶせ気味で返事をしてきた加賀さんに、さっき食べてる間に作っておいた二つ目を差し出す。どうやら食べるのに夢中で気が付いていなかったようだ。

 

 今度はレタス・チーズ・トマトと自家製の卵フィリングを入れたサラダ風のものだ。この卵フィリングは、ゆで卵を粗くつぶしたところに同じくらいにみじん切りにした玉ねぎを入れて、塩・コショウ・マヨネーズで和えたものだ。玉ねぎはあまり入れすぎると辛くなるけど、適度に入れるとシャキシャキした食感が癖になる。まぁ、ピクルスの入っていないタルタルソースみたいなものかな。

 

「……ふぅ、ごちそうさまでした。やはり、朝から美味しいものを食べると力が出てきますね。ありがとうございます」

 

 食べ終わるの早いな……満足してもらえたなら良かった。俺が「お粗末様」と返せば加賀さんは「これから一日頑張れそうです」と力こぶを作るように腕を曲げて見せてきた。

 

 あまり表情が変わってないから、ちょっとシュールではあるけれど、最後にお互い頑張りましょうと言って去っていった。

 

 その後もちょっとした時間を見つけて川内や不知火をはじめ、艦娘たちが挨拶しに来てくれた。さすがに皆忙しいようで挨拶だけして戻っていったが、口々に「後で食べにくる」と言ってくれた。残念ながら金剛さんと長門さんには会えなかったけど……

 

 そうこうしているうちに、本館前の広場が騒がしくなってきた。島民も集まり始めたようで、そろそろ式典が始まるのだろう。ここは海側なので建物の陰に隠れて良く見えないが、まあいいか。どうせお偉いさんの長話があるくらいだろう。

 

「マイクチェック……1、2……OK?……それではこれより開港式典を執り行います……」

 

 この声は霧島さんだろうか?式典開始を告げる良く通る声が流れてきた。式次第が書かれた冊子を持って、マイクの前に立つ姿がなんとなく想像できる。始まったようだけど、俺はこのままここで準備させてもらおうかね……もうほとんど終わってるけど。

 

 さくらや、自衛軍のお偉いさんの挨拶の後にはやたらカミカミの町長の声が聞こえてきて少し笑ってしまった。避難時に任期が約一年残っていたので、来年まではあの人が町長を務めるらしい。まあ、来年の選挙でも再選するだろうし、しばらくは変わらないだろうな。まだ若いし、有能で人気もあるし。

 

 その後も何人か挨拶が続いた後、式典は無事終わったようで、出席者たちのざわめきが聞こえてきた。この後は場所を港側に変えて、観艦式と公開演習の予定だ。

 

 続々と出席者たちがこちらに移動して来る。港には即席の観閲台とでも言うか、数メートルの高さで作られた見学台が設置されている。今回の観艦式は島民に向けた物であるということで、大人数が登れるようになっていたが、どうやら子供たちを優先して登らせてているようで、きゃいきゃいと楽しそうな様子がここからも見える。よし、俺も岸壁に移動するか。

 

 艦娘たちはすでに海上におり、陣形を組んでいる。どうやら六人で一つの艦隊のようで、三つの艦隊が作られていて、彼女たちをまとめるように金剛さんが立ち、それを補佐するように霧島さんが控えている。

初めて目の前で彼女たちが『艤装』というものを装着しているのを見たけれど、かっこよすぎるだろあれ。

 

「全艦!抜錨!」

 

 黒光りしている彼女たちの装備に見とれていると、さくらの勇ましい声が響き渡った。

 




今回はここまで
明日はこの続き、観艦式からの演習と
屋台への艦娘訪問になります

お読みいただきありがとうございました


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十四皿目:第一回鎮守府祭3(当日午後)

鎮守府祭りその3

予告通り、観艦式・公開演習と艦娘たちがピタパンを食べる回です




 海上に響き渡ったさくらの声に応えるように、先頭に立つ金剛さんが手を挙げて……振り下ろす。

 

「私たちの出番ネ、Follow me!ついてきてくださいネー!」

 

 水上を滑る艦娘たち。湾内を航行しながら、先導する金剛さんが時折手を動かすと、それに合わせて後をついていく艦隊が陣形を変えていく。正直陣形の名前なんてわからないけど、次々と変わっていく様は見事なものだ。見学席の方からも拍手や歓声が上がっている。

 

 そのまま湾をぐるりと回って見学席の前に戻ってきて、まずは戦艦・重巡洋艦の子達が一列に並んだかと思うと

 

「全砲門!Fire!」

 

 と、金剛さんの号令に合わせて、彼女たちが一斉に沖に向かって砲撃を行う。その音と迫力は凄まじいものだったが、これが俺たちを守ってくれるのかと思うと頼もしく感じる。

 

 島民のみんなも同じように感じたのか、歓声もひときわ大きくなった。だが、そんな中で大きな音に驚いてしまったのか、泣き出してしまった小さな子も居たようだ。

 

 それを解決したのは加賀さん達空母組だった。長門さん達と入れ替わるようにして彼女たちが並ぶと、龍驤ちゃんは広げた巻物の上に形紙を滑らせて、加賀さんと赤城さんは目の前に浮かべた甲板の上を通すように矢を放つと、それぞれが燃え上がるようにして艦載機へと変わる。

 

 その時点で泣いていた子は泣き止んだのだが、続いて彼女たちは艦載機に指示を出して見学席の周りを旋回させた。そんな艦載機の上に乗る妖精さんから手を振ってもらった子供は、すっかり笑顔になって手を振り返している。

 

 最後に前に出てきたのは軽巡・駆逐艦たちだ。軽巡洋艦の先導で駆逐艦たちが手を繋ぎながらやってきて、踊るようにしながら進んでいく。大きな輪、小さな輪になって回ったり、その間をすり抜けるように航行したりしている。なるほど、これは人の姿を持つ彼女たちじゃなきゃできないことだな。

 

 そして、一連のパフォーマンスが終わって、開始時の様に整列した所で再びさくらの声が響く。

 

「全艦、艦隊を組みなおし、演習へ移行!」

 

 彼女たちは敬礼と共に揃って返事をすると、すぐに艦隊を組みなおして二つの艦隊を編成しなおし、演習に参加しない艦は大きく周りを取り囲んだ。

 

 片方は長門さんを旗艦に、以下高雄・愛宕・加賀・赤城・龍驤といういかにも強そうな編成。対するは川内を旗艦に、以下天龍・龍田・夕張・夕立・時雨という一見火力に乏しそうな感じだ。これで戦いになるのかと疑問に思うが、先日打ち合わせの時に聞いた話だと、今の鎮守府でこの組み合わせが一番見ごたえがあるのだそうだ。どういうことかは見ればわかるという事なので楽しみだ。

 

 そして、霧島さんの号令で演習が開始された。

 

「さぁ、演習、開始するわよー……全艦戦闘……はじめっ!」

 

「一航戦、出撃します」

 

 まず先手を取ったのは加賀さん達空母組だった。お互いの砲撃の射程外から次々と艦載機を飛ばしていく。上空から爆弾を落とすものと水面スレスレを飛んで、魚雷を発射するものの二種類があるようで、ものすごい数の艦載機が川内艦隊に迫っていく。

 

 だが、接近してきた艦載機は次々と落とされていった。上空を飛ぶものは夕張が落としているようで、装備を見ても良くわからないのだがどうやら対空に特化させてあるみたいで、まさに夕張無双と言った感じだ。うち漏らしたとしても少数なので、十分回避もできているようだった。

 

 そして、魚雷の方は直進しかしないので、回避するのが基本という事のようだが、時折砲撃を当てて潰しているようだ。

 

 しばらく艦載機の猛攻を耐えると、続いて砲撃戦に移っていく。まず砲撃を行ったのは見るからに大きな主砲を持った長門さんだ。射程もきっと長いんだろうな。そしてその後を高雄さんと愛宕さんの重巡姉妹が続く……対する軽巡や駆逐艦は、まだ射程に届かないようで撃てずにいる。

 

 川内艦隊は一方的に砲撃を受けるだけかと思っていたところで、前に出てきたのは天龍・龍田姉妹だった。

 

 彼女たちの手には刀と薙刀のようなものが握られていて、まさかと思っているとまずは天龍さんが一閃。長門さんが打ち込んできた砲弾を切った。そして次々に飛んでくる砲撃を龍田さんと二人で、涼しい顔して切り飛ばしていく……あれ?艦隊戦ってこういうものだったっけ?

 

 その光景に俺も、見学席もあっけにとられて言葉を発せずにいたのだけれど、チラリと来賓席の方を見れば、軍のお偉方が頷いているのが見えた。え?こういうのって艦娘として普通なの?

 

 そんなまさかの艦娘常識に驚いていると、海上でも動きがあった。それまで腕を組んで静かにたたずんでいた川内が走り出したのだ。

 

 後ろから時雨ちゃん、夕立ちゃんの援護射撃を受けながら、自らも魚雷を発射し、砲撃を行い、長門艦隊へと接近していく。白いマフラーをなびかせながら、相手の砲撃をすり抜け、魚雷を飛び越え、爆撃の雨に飛び込んでいく。

 

 映画さながらのアクションを見せる川内が突っ込んでいって、しばらくすると砲撃が止み、お互いの激しい攻撃によって発生した水柱や煙が晴れていった……するとそこには、長門さんに魚雷を突き付ける川内の姿があった。

 

 その瞬間、「わあっ!」と今日一番の大歓声が上がった。いやー、すごかった……すごかったんだけど、魚雷の使い方ってそうじゃないよね?

 

 それから、さくらの簡単な挨拶があって、午後の部に移った。そのころには俺も屋台まで戻ってきていて準備を始めていた。ここからが俺の本番だからね、一つ気合入れていきますか。

 

 演習が終わったのがお昼過ぎと言うこともあって、まずは皆腹ごしらえからという事らしく、屋台スペースはお客さんでごった返していた。誰もが先ほどの演習の様子を興奮冷めやらぬといった感じで話している。

 

 そんな中でうちの屋台に真っ先に来てくれたのは、先ほどの演習で勝利した川内艦隊だ。

 

「店長!見ててくれた?」

 

「あぁ、すごかったな!最後を決めた川内もすごかったけど、それを援護した時雨ちゃんと夕立ちゃんもすごかったし、夕張さんもあの猛攻をしのいでたしね。それに天龍さんと龍田さんがまさかあんな方法で砲撃を防ぐとは思わなかったよ」

 

 テンション高めに声を掛けてきた川内に、俺もちょっと興奮しながらみんなのことを褒めた。それぞれ得意げな顔で嬉しそうにしている。

 

「でしょでしょー。ま、当然の結果ねー……そうだ、午後は私手伝うからね。提督にも許可取ってるし」

 

 あれだけ動いた後で大丈夫なのかと心配したが、本人は全然平気な様子だったのでとりあえずみんなとお昼を食べてからでいいということにして、注文を取る。

 

 みんな二つ食べるということだが、まずは全員共通で頼んだ焼き肉サンドから作ってしまおう。

 

 昨日から漬け込んでしっかりと味が付いた肉を鉄板に乗せていく。湯気と共に立ち昇る、タレの香りが食欲をそそり、それを見た夕立ちゃんが「おっにくーおっにくー」と飛び跳ねている。時雨ちゃんがそれを窘めるが、そんな彼女もソワソワしながらこちらを気にしているようだ。

 

 そんな彼女たちのプレッシャーを感じながら、軽く温めたピタパンの中に千切りキャベツを入れて、そこに焼き肉をたっぷり入れて完成させる。頑張ったみんなには肉マシサービスだ。

 

「ありがとー!……うわっ、なにこれ、おいしい!昨日と同じお肉だよね?味が染みてるのは当然だけど、柔らかくなってて食べやすい」

 

「さんきゅー大将……おー、こりゃうまいわ。なあ龍田」

 

「ほんとねー、なんだかもう一戦くらいできそうな、パワフルな味ねー」

 

 一品目をみんなに渡して、みんなの感想を聞きながら次を作っていく。というか龍田さん、さすがにもう一戦はきついと思うのだけれど。

 

 さて、そんなことを聞きながら作っているのはタンドリーチキンサンドとウィンナーサンドだ。昨日から漬け込んでいた鶏肉を、鉄板で焼きながらスライスしていく。あふれ出た肉汁と漬けダレが、混じり合いながら熱せられることで出る、音と匂いが食欲をそそる。

 

 その横ではウインナーの皮が弾けるパチパチという音も聞こえてきて、さらにはそこから溢れてきた肉汁が鉄板にあたって、これまた旨そうな音を立てている。

 

 タンドリーはレタスと薄くスライスした玉ねぎと一緒に、ウインナーはレタスと千切りキャベツと一緒にピタパンに挟んだところに、蜂蜜・粒マスタード・マヨネーズ・醤油で作った自家製ハニーマスタードソースをかける。

 

 出来上がったところで、すでに最初の奴を食べ終わっていた夕張さんと駆逐艦の二人に渡すと、待っていたのかすぐにかぶりついた。

 

「うわー!匂いでわかってましたけど、やっぱり美味しいです!ジューシーな鶏肉と濃厚なソースにシャキシャキの玉ねぎの辛味が合いますね!」

 

「うん、おいしい。いい味だね」

 

「マスターさん!夕立このソース好きっぽい。もうちょっとかけてほしいっぽい!なんだか、ほかのお肉にも合いそうっぽい」

 

 さすが夕立ちゃん。このソースのおいしさに気づくとは……このソースはステーキやポークソテー、ナゲットにも合うからね。他の二人もおいしそうに食べてくれている。

 

 続けて川内のポークビーンズサンドと天龍さん、龍田さんの卵サラダサンドも手早く仕上げて渡すと、さっきの肉の焼ける匂いに惹かれたのか、ほかのお客さんも並び始めた。邪魔しちゃ悪いってことで、彼女たちが軽く挨拶して立ち去ったので、ほかのお客さんの注文を捌き始める。

 

 そんな感じで一般のお客さんや、時折顔を見せに来る艦娘たちと会話しながら結構な人数のお客さんを捌いていったのだが、そろそろ祭りも終わろうかという時間になって、とある男性がやってきた。

 

「マスター、チリビーンズを一つ、いただけるだろうか」

 

「はい、かしこまりました。少々お待ちください」

 

 ロマンスグレーの髪をオールバックにした、六十代半ばくらいの男性が注文をしてきた。表情こそ好々爺然とした穏やかな表情だが、背筋はピンと伸びており只者ではなさそうな雰囲気を纏っていた。今回戻ってきた島民すべてが顔見知りという訳ではないのではっきりしないが、その佇まいから察するに軍の関係者のような気がする。

 

 川内がいれば知ってたかもしれないけど、さっき戻らせちゃったからな……

 

「お待たせいたしました、熱いのでお気を付けください」

 

 出来上がった品を渡すと、一言「いただこう」と返してきた後は無言で食べ進めている。なんだか緊張するな。

 

「なるほど……いや、大したものだ。お若いのに丁寧な仕事が感じられる。こういった物は初めて食べたのだが、たまには良いもんだな」

 

「ありがとうございます、ところで……」

 

 あなたは……と訊ねようとしたところで彼の後ろから声がかかった。

 

「提督!こちらにいらっしゃったのですか。他の方々はもう本土にお戻りになりました。今でしたらさくら提督と余人を交えずお話しできますよ」

 

「おお、大和か。すまんな、今行く……ではマスター、これからもよろしく頼むよ」

 

 首元に菊紋が図案化された衣装をまとった女性に先導されながら、提督と呼ばれた彼は本館の方に向かって行った。やっぱり軍の関係者だったのか……というかあの女性、『大和』って呼ばれてたよな?ってことはもしかしてあの戦艦大和の艦娘か?さすがに俺でも知っているような有名戦艦の艦娘を、このタイミングで見ることになるとは……なんか、芸能人を見た気分?……なんて一緒にしたらまずいか。

 

 そんなことを思っていると、どうやら祭りも終わりらしく霧島さんが閉会を告げる放送が聞こえてきた。んー、ちょっと食材も残っちゃったな……周りで片付けしてるのはひいふうみい……よし、ちょうど良さそうだな。

 

 残った食材を無駄にするわけにもいかないので、片づけをしている自衛軍の人たちに声を掛けに行くことにした。

 




今回の演習はお祭り中の見世物なので
かなり演出が入っています

普段の戦闘はこんなに飛んだり跳ねたりしません……多分



本日はこの後に箸休め6も投稿します

お読みいただきありがとうございました


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箸休め6:防衛軍のウラ事情

今年最後の投稿になります
これの前に十四皿目その3を投稿してますので、ご注意ください

前回のラストに出てきた男性の正体が明らかに……






 秀人の屋台に顔を出した後、大和に呼ばれた男性がやってきたのは鎮守府本館にある応接室だった。黒革の上等なソファに大和と並んで腰を下ろした彼の向かいにはさくらが座り、その後ろに金剛・長門・加賀がビジネスチェアを並べた。

 

「さて、大橋三佐、時間を取ってもらってすまんな」

 

「いえ、こちらこそお待たせしてすみませんでした、大将殿。それで、お話というのは先日メールで頂いた例の南方泊地の件でしょうか?」

 

「左様。一年前に前任者を処分して以来、新たに信用のおけるものを派遣しておったのだが……やはりあそこは閉鎖することにしたよ。やはり周辺住民の協力を得られんことには立ちいかんということだ」

 

 さくらに『大将』と言われたこの男性、実は自衛軍の対深海棲艦におけるトップ、各鎮守府をまとめる元締めの立場にいる人物である。

 

 そして、その大将の言葉を聞いて、さくらは一年前の事件を思いだしていた。

 

 数年前に深海棲艦に対する反撃の橋頭保として、東南アジアのとある島に作られた南方泊地。その戦略的価値から当時の海上自衛軍の中でも優秀な人材が司令官として、大きな権限を与えられて派遣された……はずだった。

 

 鳴り物入りで運用が開始された泊地だったが、長いこと目立った戦果を挙げられずにいた。それでも輸送護衛任務などは積極的にこなしていたし、深海棲艦との闘いの最前線と言うこともあって、やはり攻略は難しいのかという声が本部では多かったため、それほど問題視はされなかった。

 

 しかしある日、定期視察を行った時に匿名のタレコミがあり、横領・違法薬物売買・密輸等の泊地司令が行っていた悪事が芋づる式に発覚したという訳だ。本人は実際に優秀であったために自身の身の回りの証拠は巧妙に隠されていたが、それでばれないだろうと安心していたところで、タレコミを受けて周辺の金や物資の動きを追った調査部が証拠を握り、お縄になったらしい。

 

 その後、新たな提督が派遣されたが、周辺住民はほとんどが前任者に協力していた連中だったので、逃げ出したり十分な協力が得られなかったということで、かなり厳しい運営状況だったらしい。もっともその前から極端な節約によって、あまり充実した鎮守府運営とは言い難いようだったが。

 

 と、ここまでがさくらの知っている内容だった。

 

 実はこの時視察に行ったのが、当時中将だったこの大将であり、タレコミを行ったのが彼の隣に座っている大和だったりする。そしてこの件での行動力と判断力、悪事に対する毅然とした態度が評価され、大将に任じられたというのが裏話だ。

 

「そこでだ、三佐。これまでその泊地に所属していた艦娘たちを既存の鎮守府に振り分けることにしたのだが、一艦隊六名こちらで引き受けてはくれんか」

 

「はっ!了解いたしました」

 

 大将の提案を受けてさくらは立ち上がって敬礼を返す。

 

「いや、そんなに畏まらないでもらいたい。幸か不幸か、例の男は自身の金もうけにしか興味がなかったようでな、艦娘たちは心身ともに健康だ。後釜に据えられた奴とも仲良くやっていたしな。事件に関しても今となっては『バカな男がいたものだ』と笑い話にする艦娘すらおるくらいだ。だから君も、単純に戦力が増えるくらいの気持ちでかまわんよ」

 

 そう話す大将の横では大和が笑いながら頷いてており、それを見たさくらもなるほどと頷いていた。

 

「では正式な書類は後で送るが、時間もかかるだろうから、前もって詳細をメールで送っておこう。ま、書類も形式的なものだ、あまり急がんでもいいぞ。それに、艦隊は明日到着させるからな、よろしく頼むぞ」

 

「あ、明日ですか?また急な……いえ、かしこまりました。それではそのように」

 

「うむ、よろしい。ではこの話は終わりだ。ところで、今日から改めて鎮守府運営が始まるわけだが、何かあるかね?」

 

「はっ、でしたら……」

 

 そこからは、鎮守府や島の現状、今後の活動に向けての要望などを秘書官達も交えつつ話していく。

 

「そういえば、田所君といったかな?例の彼に会ってきたよ。まぁ、自己紹介する前に大和にここまで連れてこられてしまったがね」

 

 ある程度話が煮詰まったところで、話を変えるようにに大将がそう言った。からかうように言われた大和は頬を膨らませているが、話を振られたさくらは嬉しそうに返事をした。

 

「そうでしたか。どうでした?彼は。屋台をしていたはずですが、なにか召し上がりました?」

 

「あぁ、ピタパンというのだったかな?初めて食べたがなかなかの味だったよ。いい腕をしているようだ」

 

「まったく、提督は勝手に一人で行ってしまわれて……一緒に連れて行ってくだされば私も食べる時間があったかもしれないのに……」

 

 大将の言葉を受けて、先ほどのお返しとばかりに大和が恨めしそうな声を上げる。その声と表情に室内は笑いに包まれた。とそこで、大将がさくらに鋭く突っ込んできた。

 

「ところで三佐、いつ彼と式を挙げるのかね?さすがにこの島でやるとなると出席するのは難しいかもしれんが、祝電くらいは打たせてもらうが?」

 

 まったく想像していなかった大将の言葉に、さくらが言葉を返せずにいると、彼女の後ろから「テートク!どういう事デース!」「提督よ、詳しく聞かせてもらおうか」「……少々お話が必要なようですね」とそれぞれ声がかけられる。

 

「いやいやいや、あいつとはそんなんじゃありませんから!ただの幼馴染ですから!」

 

「そうなのか。てっきりそのつもりで島に呼んだのかと思っておったわ。ならば金剛君、君はどうだね?先ほど話を聞いた限りでは、君もなかなかに気に入っているようではないか。」

 

 顔を真っ赤にして反論するさくらに対して、大将は事も無げに金剛へ矛先を変える。すると今度は金剛が顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 騒然となる室内で、その引き金となった大将は、軽く笑いながら話を続ける。

 

「まぁ、三佐の話は冗談にしても、金剛君以外でも長門君や加賀君、ほかの艦娘でもいいのだが、もしその気があるのならぜひ教えて欲しい。利用するようで悪いが、例の制度が適応できるかもしれんからな」

 

「……絆システムですか」

 

 何とか再起動したさくらがそう返す。

 

 彼女が言った絆システム、正式名称を『艦娘練度限界突破に関する諸制度』という何かと堅苦しい制度があるのだが、自身の限界まで成長した艦娘が提督との確かな絆を感じるようになった時、それを象徴するアイテムとして提督から贈られた『指輪』を装備することで、さらなる能力を発揮できるようになる現象と、その指輪を購入するための申請をする制度のことだ。

 

「そうだ、君たち女性提督はそう呼ぶようだな。男連中は申請書を婚姻届け、指輪を結婚指輪として、制度そのものを結婚と呼んでいる……まぁ、一応後ろに『カッコカリ』などとつけてはいる様ではあるがな」

 

「そのあたりの呼称については置いておいて、制度として利用するのは賛成ですが、機能として、一般人である彼と艦娘たちの間に成立するのでしょうか?」

 

 大将の言葉にさくらが疑問を投げた。民間と艦娘との交流を進めるなかで、お互いの絆を確認できるこの制度は確かにいいことかもしれないが、さらなる能力の発揮を目的としていて名称にも含まれている以上、効果が見込まれなければ難しいだろうというのがさくらの意見だ。そして、それこそ一般的な結婚制度のようなものを作った方がいいのではないかとも思っていた。

 

「三佐の指摘はもっともであるが、元々明確な指針となるような数値があるわけではないのでな。現状でも戦果が向上し、能力が上がっているように見えるというだけだし、限界突破というのも自己申告というだけで、実際には誰にも分らんよ。ま、実際何らかの変化はあるのだろうがね。そして、その絆は提督でなくとも結べると儂は考えておる。何かを守るということは、時として大きな力を生む。それが絆を結んだ相手や、その対象が住む町であるならばなおのことだ」

 

 ゆっくりと語られるその言葉を、静かに、頷きながら聞く一同。するとその静けさの中で、さくらが口を開いた。

 

「なるほど、それを聞くと一考の価値はありそうですね。しかし、大将。意外とロマンチストなんですね」

 

「ふん、言うではないか。だがな、ただの理想や夢物語のつもりはないぞ?艦娘たちが我々と同じ姿、同じ感情を持つ以上そう言うことは十分に起こりうることだ。感情の持つ力は、思いもよらぬ現象を起こすことがある……良くも悪くもな。なにより……例の元泊地司令官と絆を結ぶよりも、はるかに期待できるとは思わんかね?」

 

 かつての英霊たちの『守りたい』という感情から生まれた艦娘と、『恨み』という感情から生まれたとされている深海棲艦。その場にいた彼女らが大将の話を聞いて、そのことを思い浮かべたかどうかはわからないが、少なくともなにか思うところはあったようだ。

 

 もしかしたら、秀人と自分のことを考えている人物もいたかもしれないが……

 




という訳で、本年最後の投稿でした。

文中のカッコカリ関連や練度・ステータスに関しての設定は
一応考えてありますが、ここでは長くなるので割愛させていただきます

そして、最期の投稿が説明回チックになってしまったので
明日の元日にはお正月特別編をお届けする予定です

時間はいつも通りですので、よろしくお願いします


お読みいただきありがとうございました
来年もまたよろしくお願いいたします!


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お正月特別編
??皿目:鎮守府島の初日の出


皆さまあけましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いします

さて、今回はお正月の特別編をお送りいたします
今回の特別編も本編の時間とはちょっとずれてますので
??皿目としております。ご注意ください


 茹で上がったそばを流水でぬめりを取って締めたら、もう一度お湯にくぐらせて温めなおしてからお湯を良く切って器に入れる。鍋で温めていたつゆをたっぷり注いだら、最後に玉ねぎとセリのかき揚げをのせれば出来上がりだ。

 

 春の七草として有名なセリだけれど、これも例の野菜工場で作られているもので、土を使わない溶液栽培とかいうので作ってるらしい。今まで使ってきたレタスやホウレン草なんかの葉物野菜や、トマトなどもこの育て方で作っているのだそうだ。

なんだかすごいなと小学生並みの感想を思い浮かべながら、かきあげそばの入った器を『二つ』お盆に載せてこたつまで運んでいく。

 

「はいよ、年越しそばお待ち。熱いから気をつけろよ」

 

「待ってました!おー、かき揚げうまそー!あっ、秀人卵、卵ちょうだい。月見にするから」

 

 へいへい、と適当な返事をしながら台所へと引き返す。なんか癪だから俺も月見にしよう。

 

 大みそかの今日は、一人でのんびりと年を越そうと思ってたのに、さっきいきなりさくらがやってきて年越しそばを要求してきた。もともと作るつもりで準備してたからいいんだけど、せめて連絡くらい欲しいものだ。

 

「はい、卵……ところで、実家の方には行かなくていいのか?」

 

「さんきゅー……今年はこの島で初めての年越しだしね。あの子達にはゆっくりしてもらおうと思って、今年は私が鎮守府に詰めることにしたのよ……そういうあんたはどうなのよ」

 

 熱々のそばを吹いて冷ましながら俺の質問に答えたさくらが、逆に聞いてきた。俺も最初は帰るつもりだったんだけど……

 

「だからか。おじさんとおばさんがうちに来て年越しパーティーするとか言ってたのは。なんか色々作らされそうだからこっちに避難してきたんだよ。あの人たち飲む量も食う量もかなりのもんだからな。いいように使われるに決まってる」

 

 それを聞いてさくらも納得したように「あーね」と一言返して、そばをすすった。それからしばらくそばをすする音だけが聞こえていたが、そろそろ食べ終わるかという頃だった。

 

――――ゴーン……

 

 遠くから鐘の音が響いてきた。この島に一つだけあるお寺の鐘の音だ。この音は昔から変わってないな。

 

「あー、もうこんな時間か。そろそろ鎮守府戻んなきゃ」

 

「そうなのか?もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」

 

 さくらが時計をみながら、残念そうにそうつぶやいてそばつゆを飲み干した。

 

「ごちそうさま。今日は私が戻ったら守衛さんにも上がってもらうことになってるのよ。警備なら妖精さんがいれば完璧だし、夜間に関しては最低一人『人間』の当直がいれば大丈夫ってことになってるからね」

 

 へぇ、そいつはご苦労さまだ。っと、そうだ。

 

「そうだ、じゃあ明け方お邪魔してもいいか?あそこ確か日の出が良く見えたろ?」

 

「あー、そういうこと……いいわね。それならあの子達にも声かけましょう。んで秀人、食堂の調理場を開けるから、あったかいものお願い」

 

「いいねそれ。正月休み明けの営業で出すつもりで、茹で小豆仕入れてあるんだ。それ使って汁粉でも作るよ」

 

 よしよし、楽しみになってきた。年越しはのんびりとなんて言っておきながら、こういう話が出てくると俄然テンションが上がってしまうあたり、我ながら料理バカだと思う。まぁ、相手が両親たちではなく、かわいい女の子達っていうのも大きいのだけれど……

 

「よっし、それじゃあたしは戻るわ。着いたら門の所のインターフォン鳴らして頂戴。妖精さんに迎えに行ってもらうから。じゃあねー」

 

 手を振りながらさくらが出ていってしばらくすると、外から電動スクーター特有のモーター音が遠ざかる音が聞こえてきた。

 

 さて、それじゃまずこれを片付けて、厨房に置いてある材料を確認して……日の出の時間も調べとかないとな。となると仮眠する時間はあるかな……ま、何とかなるか。

 

 もう何回目かわからなくなった除夜の鐘を聞きながら、洗い物を済ませていった。

 

 東京よりも南にあるとはいえ、一月の夜中ともなれば気温も一桁まで下がる。下手したらビルに囲まれた都内よりも寒いかもしれないくらいだ。

 

 そんな田舎の寒空の下、スクーターを走らせて鎮守府への道を走っていると、ぼんやり光る謎の飛行物体が接近してきた。すわ、人魂か?と思ってビビるが、よく見てみると以前鎮守府に行ったときに挨拶された飛行機の妖精さんだった。

 

 迎えに来てくれたらしく、スクーターと並行して飛びながらこちらに手を振ってくれた。というかこの速度で飛べるんだ……あれ?何気にこれってものすごい体験してないか?

 

 そのまま飛行機と並んで走るという、衝撃体験を続けることしばし。鎮守府の明かりが見えてきた。そして、到着した門の所では誘導灯を持った妖精さんが待っていてくれて、門を開けてくれた。お礼を言って中に入ろうとすると「ちょっと肩をお借りしますね」と言って肩に乗ってきた。

 

 おぉ!なんだこれ。新年早々テンション上がりっぱなしだ。そのまま妖精さんに案内してもらって、スクーターを止めて食堂へ入る。するとそこにはすでにさくらが待っていて、声をかけてきた。

 

「待ってたわ秀人……っていうか、あんたもだいぶ妖精さんに懐かれたわね。あたしより懐いてんじゃない?軽くジェラシーだわ」

 

 右肩に門のところにいた妖精さん、左肩に飛行機を消した妖精さんを乗せて入ってきた俺に、さくらはよくわからない文句を言ってきた。そんなこと言われてもねぇ……どう思いますか?妖精さん。

 

「はぁ、まあいいわ。あと一時間くらいしたらあの子達も来るから。そしたらみんなで初日の出を拝んで、ここに戻ってきてお汁粉を飲むと。いい?」

 

「了解。んじゃさっそく準備にかからせてもらうよ」

 

 執務室に戻ると言ってさくらが出ていったところで、持ってきた段ボールから店で仕込んできたこしあんを取り出す。かなりの量を作ってきたので結局仮眠はとれなかったけど、これでみんなが喜んでくれるなら安いもんだ。

 

 そのこしあんと同じ量の水を鍋に入れて、強火で焦げないように混ぜながら溶かしていく。沸騰したところで弱火にしたら、こしあん自体には味付けをしていないので、砂糖と塩を適量入れてコトコト煮込み、適度に煮詰まったら完成だ。後は食べる前に焼いた餅をお椀に入れて、そこにこいつを注いで食べてもらう。もちろん塩昆布も忘れずに。

 

 と、出来上がったところで、肩に乗って一緒にここまで来た妖精さんに頼んで、ほかの妖精さん達を呼んでもらう。

 

 しばらくすると、かなりの人数の妖精さんが集まってきて、食堂のテーブルの上が途端に騒がしくなる。そんな彼女たちにカップ――妖精さん用のちいさなカップが食器棚に置いてあった――にお汁粉の汁だけを注いで配っていく。餅は危なそうなので無しだけど、みんな嬉しそうにお礼を言いながら受け取ってくれた。

 

 全員に配り終わったところで、この間挨拶してくれた司令部付の妖精さんの号令で「いただきます」と唱和して、一斉に口に運ぶ。

 

――ふぅふぅ……ずずっ……こくり

 

 みんな揃って吹いて、啜って、飲み込んで……「はぁー」とため息のようななんとも言えない声が漏れた。あったかい飲み物を飲んだ時、思わず出ちゃうあれだね。作り手としては、飲んだ人からそれが出ると嬉しくなるね。ほっと一息って感じで。

 

 それから口々に「おいしい」「うまい」「最高であります」なんて声が聞こえてきた。そんな彼女たちのおいしそうな表情を眺めていると、入口の所からさくらが顔を出して叫んできた。

 

「みんなが来たわよー、あたしたちも行きましょう」

 

 その言葉を受けて、妖精さんの代表が片付けは任せてくれと言ってくれたので、火の元だけ確認してさくらについていくことにする。食堂を出る時に背中にかけられた、妖精さん達の「行ってらっしゃいませ」の声がなんかこそばゆい。

 

 迎えに来たさくらから、妖精さん達の懐きっぷりをからかわれながら海の方に回ると、まず最初に目に入った金剛さんから声を掛けられた。

 

「ヘーイ、テートクにヒデトサン、Happy new yearデース!」

 

「あけましておめでとう、金剛さん。今年もよろしくね」

 

 金剛さんの言葉に近づきながら返事をすると、周りにいた他の艦娘たちからも同じように声がかかる。何人か眠そうな子もいたけれど、ひとしきり挨拶を交わしてみんなで海に向き直る。

 

 「なんか甘い匂いがするっぽい」とじゃれついてくる駆逐艦の子達と、わちゃわちゃしながら待っているとだんだんと水平線の辺りが白んできた。

 

 さくらの横に立つ長門さんは「これぞ暁の水平線だな」と感慨深げにつぶやいていた。その周りの子達が頷いているところを見ると、艦娘的に思うところがあるのだろうか。

 

 それにしても、初日の出をこんな風に見ることができるなんて、今年はいい年になりそうだ。

 




長門の言葉に感慨深げにしている艦娘たちと対照的に
女の子と並んで初日の出というシチュエーションに鼻の下を伸ばす主人公
ま、所詮若い男なんざこんなもんですわ



明日の投稿は、
急に思いついたネタが書きあがれば、特別編第二弾をお届けします
ただ、今日明日と昼間は書けないので、夜でなんとかなれば……
って感じですかね。正月がらみのネタなので、できれば書きたいのですが

間に合わなければ、ストックしてある通常版を投下しますので
その時は「こいつ間に合わなかったのか」と笑ってやってください

お読みいただきありがとうございました


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??皿目:鎮守府島の初日の出――おまけ――

今日は、本編の前に特別編のおまけをひとつ挟みます

短いうえに本編とは関係ないので、軽い気持ちで読んでもらえればと思います


「はぁ、今日もなんだかいつもと違いましタ……」

 

 その日の秘書官業務を終えて、家に戻った金剛はリビングで紅茶を飲みながらため息をついていた。

 

「どうしたのですか?お姉様。ため息などついて……まさか、提督にお叱りを?」

 

「イイエ、テートクはいつも通りお優しかったですヨ……ただ、最近素っ気ないというか、ソワソワしてる気がするデス」

 

 そんな物憂げな姉に、新しい紅茶を注ぎながら心配する霧島に対して金剛がそう答えたところで、室内に電話のベルが鳴り響いた。

 

「はい、霧島です……えぇ、居りますが。はい……は、今からですか?…………なるほど、そういう事でしたら喜んで……はい。失礼します」

 

「テートクでしたか?」

 

 気になって訊ねた金剛に、霧島が無言で笑みだけを返すと、金剛はキョトンとした顔で首をかしげた。姉ながら可愛らしいその仕草に、からかいたくなるのをグッと堪えて、先程の電話の用件だけを簡単に話す。

 

「ええ、司令からでした。ちょっと相談したいことがあるそうなので、帰ったあとで申し訳ないが、ちょっと来てほしいという事でした」

 

「ナルホド、了解デス。ではちょっと言って来ます」

 

 行ってらっしゃいませ、と霧島に手を振られて家を出た金剛は、すぐに提督執務室に着いて、その扉を叩いた。

 

「テートク、お呼びと聞いて来マシタ。どうかしたデス?」

 

「金剛、君には鎮守府立ち上げから今までずっと世話になっていたからな、その感謝とこれから先もよろしくという事で、コレを受け取ってくれないか?」

 

 金剛の手のひらの上にそっと置かれたのは、ネイビーブルーの上等なベルベットで覆われたリングケースだった。

 

「テ、テートク……コレって……」

 

「あぁ、さっき大本営から書類一式と共に届いてな。今までさんざん待たせてしまったから、準備ができた以上いても立っても居られず、君を呼び出してしまったと言う訳さ。自惚れや勘違いでなければ、受け取って貰えると思っているのだが……」

 

 そう言いながら提督が指差した先には、金剛が求めてやまなかった書類一式がそこにあった。そして、必死にこみ上げてくる感情を押さえながら、いよいよ手の中のものを確認する。

 

 両手で大事そうに包み込みながら、その小さな箱をゆっくりと開けて行くと、少しづつ開いていく隙間から強い光が漏れてくる……まるで探照灯のような……

 

「え?テートク?なんか光が!……テートク!?」

 

 金剛がそう言葉を発した瞬間、彼女の意識が途切れた……

 

「……さま!金剛お姉さま!そろそろ起きて準備しませんと、今日は店長さんのところに『お雑煮』を食べに行く約束では?」

 

 次に金剛が目を開けたのは、いつもの自分のベッドの上だった……

 

「あ……夢……でしたカ」

 

「どうしたのですか?顔が緩んでますが、なにかいい夢でもごらんになりましたか?」

 

「ハーイ!それはもう……あっ、いえ、忘れでしまったみたいデース」

 

 霧島はそこまで気にしていない様子で「ま、そんなものですわね」と出ていってしまったので、金剛は身支度を整え始めた。ヘアウォーターで髪を湿らせて、頑固な寝ぐせに櫛を通したら、いつもの髪形を作っていく。三面鏡に映る自分の表情は、なるほど霧島の言う通りどことなくにやけている気もする。

 

 そんな自分の表情を見ながら、金剛は一言つぶやいた

 

「ふふふっ……ヒデト提督ですカ……悪くないですネ」

 




はい、特別編のおまけ
金剛の初夢です

初夢に出てきた提督って誰なんですかねー(棒)

ホントはもう何人か初夢ネタをやりたかったんですが
残念ながら時間がありませんでした。
すいません

このあと本編として十五皿めその1を投稿いたします

お読みいただきありがとうございました


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Menu-2:本格営業開始
十五皿目:新艦隊到着1


さてさて、今回から本編に戻りまして十五皿目その1です




 祭りも無事に終わり島民も戻ってきたということで、うちの店も営業時間を延ばすことにした。午前八時に開店して午後一時まで、その後二時間休憩をもらって午後三時から閉店の午後八時までの営業だ。

 

 そのうち十一時まではモーニングメニュー、その後午後一時まではランチメニューで営業する予定だが、まあ個人営業のうちの場合メニューなんてあってないような物だしな。作れるものならなんだって作る。

 

 そして今朝のモーニング営業初日、さっそくさくらがメニュー外のおにぎりセット――日替わりおにぎり二個と小鉢、味噌汁――を頼んできた。しかもドリンクはホットコーヒーというなかなかの強者っぷりだ。

 

 その時の彼女の話では、数名の新しい艦娘が本日着任するとのことで、顔合わせと案内を兼ねて夕食を食べに来るそうだ。なんでも今まで東南アジアの方の泊地にいたらしく、和食に飢えているという事なので、そっち系のメニューでお願いということだが……さて、どうしたものか。

 

 今日は手伝いの艦娘がいないので、一人でどうにか午前中の営業を終わらせた後で、何かヒントがないかと休憩中に商店街をふらついてみる。前もって話は済ませていたらしく、多くの店舗が例の生産施設から仕入れて営業を開始していた。

 

 そのうちの一件の魚屋を覗いてみると、漁師達も今朝からさっそく漁に出ていたらしく、近くで獲れたらしい魚介が『祝初荷』の手板と共に並んでいた。

 

 さすがに初めての水揚げと言うことで、ご祝儀相場でいい値段がついているが、良いものが揃っているのでせっかくだからいくつか買って行こう。と品物を見繕っていたら、とある魚を見つけた。

 

「あれ?おやっさん、コレどうしたの?この辺じゃ獲れないよね?」

 

「おう、田所んとこの坊主か。でっかくなったなぁ、今度店に食いに行くからサービスしてくれよな……って、あぁそいつか。そいつはな、東京の市場の知り合いに頼んで、今日に合わせて送ってもらったんだよ。ま、そのうちこの島でも養殖もんなら仕入れられるようになるらしいがな」

 

 聞くと、海自の輸送船のスペースの一部を間借りする形で、一定量までなら本土から荷物を運べるらしい。

 

 それはともかく、コレも買っていくか。結構いいサイズだから一本あればいろいろ作れるだろうし、今日はこいつでフルコースといこう。お祝いに使う地域もあるし、着任祝いってことでもちょうどいいんじゃないかな

 

「じゃぁおやっさん、こいつとこれと……あとそっちのもちょうだい」

 

「まいど!こいつもおまけしとくからよ、使ってくんな」

 

 やったね、おまけまでもらってしまった。買ったものを氷と一緒に発砲スチロールに入れてもらい持って帰ることにする。とはいえ、結構な量と大物が一本いるので台車を借りることにした。後で俺も一台買っておこうかな。

 

 予想以上の大収穫にホクホクしながら店に戻り、簡単な昼飯を済ませると午後の営業が始まる。接客の合間を縫って仕込みをしていこう。

 

 島の皆は昨日の今日ではさすがにまだ落ち着いていないようで、あまりお客さんが来ないまま夜を迎えて、例の艦娘の子達のご到着と相成った。

 

「こんばんは、店長さん。例の子達を連れて来ました」

 

 加賀さんに連れられて、六人の艦娘が店に入ってきた。落ち着いたお姉さんぽい子から、今風の子、こんな子が?と思うような小さな子まで様々だ……ちなみにさくらは、仕事が残っていて来られないという内容の、悔しさあふれる長文メールが来ていたので『どんまい!』とだけ返しておいた。

 

「さ、あなたたち、店長さんにご挨拶を」

 

 俺がカウンターから出て出迎えると、加賀さんに促されてそれぞれ自己紹介をしてくれた。

 

 まずは空母の翔鶴さん。青みがかった長い銀髪がきれいな、巫女服風のおねえさん。そして重巡洋艦の鈴谷さんと熊野さん。今どきの女子高生とお嬢様っぽい喋り方のこの二人は、今は重巡洋艦だけれど、いずれ航空巡洋艦?とか言うのになって、最終的には軽空母にもなれるらしい……ってことは、偶然にも今日のメインの魚にピッタリだ。

 

 続いては球磨ちゃんと多摩ちゃん。熊とタマではない。二人は否定しているが、小動物っぽい愛らしさは否定できない。ただ「クマー」という語尾はどうかと思うが……で、最後は海防艦の佐渡ちゃん。まさかと思ったが、この子も艦娘らしい。どことなく天龍さんを思わせるようなヤンチャな言葉遣いと自分のことを『佐渡様』と呼ぶあたりが、逆に可愛らしい。

 

 と、この六人が新しく来た艦娘たちなのだそうだ。とりあえず挨拶を済ませたところで、テーブル席に案内する。

 

「さて、さくらから聞いたんだけど、みんなは今まで南の方にいたんだって?」

 

 お冷とおしぼりを渡しながら、さくらから聞いていたことを話題に出してみる。すると、翔鶴さんが答えた。

 

「ええ、東南アジアの泊地にいました……そこで色々ありまして、この度こちらの鎮守府に転属となったんです。あ、でも、佐渡ちゃんはついこの間来たばかりですので、それほどあちらにいたわけではありませんが」

 

 そんな翔鶴さんの言葉を聞きながら、佐渡ちゃん以外の子達はなんとも言えないような苦笑いを浮かべていた。なるほど、いろいろあったのね。

 

「そうなんだ……それで、今日は和食でって聞いてるんだけど、それでいいかい?」

 

 あんまり突っ込まない方が良いような表情だったので、話題を変えて聞いてみると今度は鈴谷さんと熊野さんが返してくれた。

 

「そうそう、向こうじゃなかなか食べられなかったんだー、せいぜい魚の塩焼きがいいとこだったし」

 

「ええ、あちらの料理がまずいわけではないのですが、やはり和食が恋しくなりまして。こちらに帰ってきたときに、インスタントのお味噌汁は頂きましたが、ちゃんとしたお料理もいただきたいですわ……インスタントでも鈴谷は目を潤ませていたようですが」

 

「ちょ!熊野やめてってば!マジ恥ずかしい……」

 

 悪戯っぽく熊野さんが言った言葉に鈴谷さんが顔を赤くして縮こまってしまった。でもまぁ、海外にしばらくいると、醤油やみそがやたらと恋しくなるっていうし、以前ならともかく深海棲艦が現れてからは、そう言った日本の調味料は海外では簡単に手に入らなくなったみたいだからね。そう恥ずかしがる事ではないと思うよ。

 

 すると横からも声が上がった。

 

「さかな!多摩はおさかなが良いニャ!」

 

「球磨も魚が良いクマー。向こうの魚は、なんか、こう、違うクマ!」

 

 あー、何となくわかるよ。あくまでイメージだけど、やたら派手な魚が多そうだよね。よくよく見れば日本の魚も結構派手なのいるけど、見慣れてないとちょっと尻込みしちゃうっていうか……

 

「了解。今日は良い魚が手に入ったから、ちょうど良かったよ。佐渡ちゃんもそれでいいかい?」

 

「おう!いいぜぇ。うまいの頼むな!」

 

 足をプラプラさせて話を聞いていた佐渡ちゃんにも確認して、さっそく一品目を用意するために厨房へと下がる。さてと、気合入れて美味しいもの作らないとね。

 

 まずは魚屋のおっちゃんにおまけでもらった『あさり』を使って定番の酒蒸しを作ろう。

 

 油をひいたフライパンでみじん切りにした生姜・ニンニクを熱して香りを出したら、砂抜きをしてよく洗ったあさりを入れて、軽く炒める。その後酒を振ってふたをしてしばらく蒸して、あさりが口を開けたら醤油を少し回しかけて、刻んだ青ネギを入れてサッと混ぜて出来上がり。

 

 この島で獲れたものなんだけど、しばらく獲る人間がいなかったからか、大きく育っていてプリプリの身が旨そうだ。酒のつまみにも最高の一品だけど、この香りとあさりの旨味が胃袋を刺激して、さらに食欲を煽ってくる品でもある。そして、意外と子供も好きなんだよね、コレ。俺もそうだったし。

 

 さすがにいきなりこれだけだとパンチが強すぎるので、さっぱり系として大根・キュウリ・大葉を千切りにしてポン酢で和えた、簡単大根サラダを一緒に持っていく。お好みで茗荷を入れても美味しいけれど、手に入らなかった。残念。

 

「はい、お待たせ。まずはこれでもつまんでてくれるかい?」

 

「やっば!なにこれめっちゃいい匂いなんですけど!」

 

「いひっ!うまそうだなー、これはよぉー」

 

 出来上がったものを持って行くと、歓声を上げるみんなの横で加賀さんが何やら物欲しそうにこちらを見つめていた……

 

 え?お酒はまだ仕入れてないんですよ。この酒蒸しに使ってたやつ?確かに飲んでも美味しい日本酒を使ってますが……わかりました、一本だけですよ。

 

 加賀さんの悩ましげな表情に根負けして、徳利を一本だけつけることにした。「やりました」じゃないですよ、まったく。

 

 お酒を持ってくるなり、翔鶴さんと嬉しそうにお酌しあっている加賀さんは置いといて、次の料理の準備に取り掛かる。と言っても、すでにできているので器に盛りつけるだけなのだけどね。

 




新しい艦娘たちは、クリスマス特別編で出てきた子達でした

そして、主人公が魚屋で見つけた魚とはいったい……
まあ、無駄に引っ張ってるなぁとは思いながら
せっかくなので次回持越しです
ヒントは結構でてるので、わかる人は簡単にわかるかもしれないですね


お読みいただきありがとうございました


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十五皿目:新艦隊到着2

感想をくださった方々が予想していたように、メインの魚はコレでいきます


 次はいよいよメインの魚を使った一品だ。その魚とは、これからの季節どんどん美味しくなる『ぶり』である。

 

 今日仕入れたのは北海道産の10キロオーバーの大物で、脂も強すぎず適度に乗っておりとても美味しそうだ。という訳でまず彼女たちに届けるのは『ぶり大根』だ。

 

 ぶりの頭とカマ、切り身を適当な大きさにぶつ切りにしたら、一回沸騰したお湯に通して霜降りにする。残っていた汚れや血をきれいに水洗いしたら、乱切りにした大根を茹でていた鍋に入れ、醤油・みりん・酒を入れて、落し蓋をして煮る。

 

 しばらく煮込んだところで、火からおろして味をしみこませる。夕方から仕込んでいたので、良い感じに味も染みているはずだ。軽く温めなおして持って行こう。

 

 そしてもう一品、ぶりの中骨に残った身をスプーンでこそげとった『なかおち』にねぎ・しょうが・大葉・味噌を加えて叩いてなめろうを作って持って行く。あんまり量は無いんだけど……喧嘩しないよな?

 

「お次はぶり大根とぶりのなめろうだよーっと」

 

「あぁ、この醤油の香り、たまりませんわ」

 

 大きな煮物皿にたっぷり盛られたぶり大根を見て、お洒落なカフェが似合いそうなお嬢様がやたら日本人臭いセリフをのたまったかと思えば

 

「マスター!米!米が欲しいクマ!」

 

 球磨ちゃんが白飯を要求してきた……もちろんご用意してますとも。他に欲しい人はと聞けば、全員が手を挙げる。まぁ、そうなるよね。

 

 人数分の白飯を届けて、慌ただしく厨房に戻る。さぁ、つぎつぎ。

 

 次はお刺身。脂ののった腹節二本を使うが、一本はそのまま刺身にして、もう一本は昆布締めにしてある。

 

 皮を引いたぶりの身を日本酒で軽く洗い、両面に軽く塩を振り、昆布で挟んでラップでくるんで冷蔵庫で寝かせてある。昼頃から仕込んであるので、ちょうどいい頃合いのはずだ。

 

 昆布締めと普通のものと、それぞれ切って盛り付けて、ついでに一緒に買ってきたイカなども刺身にして盛り合わせる。結構な量になってしまったが、彼女たちなら問題ないだろう。

 

「お次は刺身盛り合わせだ」

 

「あら?店長さん、こちらがぶりというのは分かりますが、なんだか二種類あるように見えるのですけれど……」

 

「あぁ、こっちが普通のでこっちは昆布締めにしてある。昆布締めの方は醤油でもいいけれど、そのままでも美味しいよ」

 

 日本酒でほんのり顔を赤くした翔鶴さんが聞いてきたのでそう説明する。かぼすがあれば絞って食べたいところなんだけどね。

 

 そんな説明をしているところで、横から伸びてきたのは加賀さんの手だ。がっついているようで、なぜか上品に感じられる所作で昆布締めをひと切れ口に運ぶと、目を閉じてゆっくりと噛みしめながら味わう。そして、口の中に昆布の香りとぶりの旨味が広がっているうちに、杯を煽った……それを見た翔鶴さんも同じように昆布締めと日本酒を楽しむ。

 

 二人とも恍惚とした表情で余韻に浸っていたかと思うと、顔を見合わせて頷いた。何かと思っていたら、並んで上目遣いでこちらを見ながら、徳利をつまんで持ち上げて見せる。

 

 結局、加賀さんと翔鶴さんの二人の視線に負けて、さらに一本つけることになってしまった……でも、あの和装の二人の色っぽさに勝てる男がいたら教えて欲しい。

 

 とりあえず、刺身は結構な量があるし、これで少し時間が稼げるだろうから最後のぶり料理に移ろう。最後は焼きものを二種類用意している。一つはシンプルに塩焼きで、もう一つは幽庵焼きだ。

 

 幽庵焼きとは醤油・酒・みりんに柚子を加えた幽庵地に漬け込んで焼いたもので、これもすでに仕込んで漬け込んであるから、後は焼くだけだ。

 

 焼き加減に注意しながら、厚めに切った切り身にじっくりと火を通していく。時折滴っては『ジュッ』と音を立てる、ぶりの脂と幽庵地がなんとも言えない香りを立てる。いい感じだ。

 

 付け合わせにと幽庵地を塗って焼いた白ネギと一緒に、一人分ずつ皿に盛って席まで届ける。

 

「最後は塩焼きと、幽庵焼きだよ」

 

「あぁ……これぞ焼き魚にゃ……あっちで食べてたのは、ただの焼いた魚だったのにゃ」

 

「多摩よ、流石にその言い方はいろいろ頑張ってくれてた食堂のおばちゃんがかわいそうクマ……ただ、おばちゃんも二言目には『味噌欲しい、醤油はどこだ』とうるさかったクマ」

 

「そうだったにゃ、おばちゃんごめんにゃさい。でもきっとおばちゃんも同じこと言うと思うにゃ。あれだけ醤油に飢えていたおばちゃんなら……」

 

 目の前に置かれた皿を持ち上げて、多摩ちゃんがしみじみとつぶやく。球磨ちゃんがそれを窘めるが、話を聞く限りではその食堂のおばちゃんも少ない物資に悔しい思いをしていたらしい。

 

 そのおばちゃんは、タイミングを逃して日本に戻ってこられずに向こうに残っていた日本人の方で、同じ日本人としても料理人としても気持ちがわかるだけに、そんな状況で頑張っていたことに頭が下がる。

 

 その後はしばらく談笑しながらの食事が続いた。加賀さんと翔鶴さんの会話からは、体育会系の上下関係が伺える。翔鶴さんは加賀さんのことを尊敬しているようで、加賀さんもどことなく嬉しそうだ。

 

 そして、鈴谷さんと熊野さんは「ぶりって出世魚なんだってー。あたしたちみたいじゃんね」と盛り上がっている。

 

 多摩ちゃんは相変わらずぶりを拝みながら「この鼻に抜ける柚子の香りがたまらんにゃ」とか言ってるし、球磨ちゃんは甲斐甲斐しく佐渡ちゃんの世話を焼いていて、いいお姉ちゃんだ。

 

 それからしばらく食事は続き、この島のことなんかを聞かれて俺も時折話に参加しながら、時間が過ぎていった。

 

「さて、それではそろそろお暇しましょうか」

 

 綺麗に料理を平らげてくれて、みんな笑顔で食後のお茶を飲んでいると、加賀さんの一言で今日の食事会はお開きになる。すると、会計を済ませながら、加賀さんが思い出したように言ってきた。

 

「あぁそうでした、明日からこちらの翔鶴と佐渡を手伝いに寄こすことにしましたので、よろしくお願いします」

 

 その言葉に合わせて後ろに立っていた二人も「よろしくお願いします」とお辞儀をしてきた。ふたり来てくれるのは助かるけれど、佐渡ちゃんは料理とか大丈夫なのかな?まぁ、できることをやってもらえばいいか。

 

 俺も「こちらこそよろしく」と返事を返して、店から出ていく彼女たちを、手を振って見送った。

 




何人かの方が予想してくれていたように
出世魚の『ぶり』をメイン食材に選びました

冬が旬ですし、場所によっては正月祝いや嫁入りのお祝いに使われるので
新規着任祝いという意味もあります
そして、複数回の改装を予定している彼女たちに
出世魚というのも縁起がいいかと……

というか、お酒で頬を染める空母コンビはエロいと思います



お読みいただきありがとうございました


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十六皿目:二匹の龍と熊と猫1

本日は十六皿目その1です

とくにひねりのないタイトルで、出てくる艦娘も書いてある通りですが
なんかリズムが気に入ったのでご勘弁を




 翔鶴さん達が来てから数週間、ここまでの間にもクリスマスパーティーをやったり、この島での初めての年越しでみんなで初日の出を見たり、金剛さんの様子がなんとなーく変わったような気がしたりしなかったりと、いろいろあった。

 

 まぁ、その辺の話は別の機会にするとして、店の方は通常営業に移っており今週はイマドキの女の子の鈴谷さんと、神戸生まれのお嬢様の熊野さんが手伝いに来てくれている。

 

「店長!店長!てんちょー!開けて欲しーにゃー!」

 

 その手伝いの二人と一緒にランチ営業後のお昼休憩を取っていると、厨房の勝手口の外で叫んでいる子がいた。まぁ、あの語尾からして明らかなんだけど……

 

「どうしたの多摩ちゃん」

 

 そう言いながら勝手口を開けると、大きな発泡スチロールを抱えた多摩ちゃんが立っていた。あぁ、両手がふさがってて開けられなかったのね。

 

 とりあえず彼女を中に入れて、話を聞くことにする。

 

「それで?この発泡どうしたの?」

 

「実は、今日休みで朝から漁港のほうに行っていたにゃ……」

 

 多摩ちゃんの話によると、暇だったので朝から漁港に行って水揚げを眺めたり、漁師連中と一緒に魚の仕分けをしてみたり、終わってから漁師飯をごちそうになったりして、さっきこっちに来たのだが、その時にバイト代だと言って発泡に魚を詰めたのを渡されたらしい。

 

「……それで、多摩は料理できにゃいから、店長に何か作ってもらおうと思って持ってきたにゃ」

 

 なるほどねー、と多摩ちゃんの話を聞きながら発泡のふたを開けてみれば、メジナを中心にアジやカサゴ等の中小サイズが結構な数で入っていた。

 

「どうかにゃ?お願いできるかにゃ?」

 

「ああ、大丈夫だよ。さっきお昼食べたんじゃ、夜でいいかい?」

 

「もちろんにゃ!あっ、球磨姉ぇと天龍型も連れてくるからよろしくにゃ」

 

 もちろん了解だ。というかあの二人と仲がいいのか。意外だったな。

 

「まぁ、あの二人も多摩たちも軽巡の中では旧型だからにゃ。いろいろとあるのにゃ」

 

 なるほど、そんなもんか。

 

 その後は手伝いに来ている二人と軽く話した後「楽しみにしてるにゃー」と言って出ていった。たくさんあるから、この二人にも食べさせてあげて欲しいという事なので、多摩ちゃん達に出す料理の参考にもしようと、何が食べたいか聞いてみた。すると熊野さんが少し考えた後、安直かもしれませんが……と口を開いた。

 

「先日は和風のお魚料理をいただいたので、今度は洋風ではいかがですか?フレンチとまでは申しませんが、ちょっとお洒落なものをと。おそらく、彼女たちもあまり食べたことはないと思うので、楽しんで頂けると思いますわ」

 

 ふむふむ、洋風のお洒落な魚料理ね……うん、いけそうだな。

 

 多摩ちゃんが来たのが、お昼休憩中だったこともあって、二人にはゆっくり食べててもらって、下ごしらえだけでもしちゃおうかな。と、さっそくシンクに氷ごと中身を空けて、鱗を取り始める。

 

 ほどなくして、背後に人の気配を感じたと思ったら、鈴谷さんが近づいて作業をのぞき込んでいた。って、ちょっと近い近い。

 

「わっと、ごめん。ちょっと魚料理に興味があってさ。もしよかったら捌き方教えて欲しいなーなんて」

 

 へぇ、今どきの女の子っぽいから丸の魚なんて嫌がると思ってたんだけど、これは意外だったな。じゃぁせっかくだから、鱗を取ってもらおうと、腕まくりをしてやる気満々の彼女にコケ引きを渡す。

 

「うひー、なんかヌメヌメするー」

 

 言葉はアレだけど、嫌っていうわけではないようで、彼女は作業を続けていく。その後も時々わーきゃー言いながら、なんとか一通りの鱗を取り終えたので、続いてはワタを抜いていく。さすがに一人で全部やらせるわけにはいかないので、俺も隣で説明しながらワタを取っていく。

 

 と、そろそろ休憩時間も終わるので、一旦これは片付けておこう。さぁ、二人とも、午後の部開店だ。

 

「ありがとうございましたー。またいらしてくださいね……あら?皆さまいらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」

 

 あれから日もすっかり暮れて、夕食を済ませに来るお客さんもひと段落したところで、熊野さんが見送ったお客さんと入れ違いになるように、多摩ちゃん達がやってきた。

 

「店長来たにゃー」

 

「鈴熊コンビも、お疲れ様クマ―」

 

「おーっす大将、久しぶりだな」

 

「おひさしぶりー」

 

 それぞれ挨拶を交わしながら、席へと案内する。他の子達もすでに多摩ちゃんから話は聞いていたようで「少々おまちください」とだけ伝えて、厨房へ下がりさっそく調理を始めることにした。

 

 まずは旬のメジナを何匹か使って、カルパッチョを作る。せっかく新鮮で脂ののったメジナがあるんだし、やっぱり生で食べてもらいたいよね。

 

 メジナを三枚におろして、小骨を丁寧に取ったら皮をひいて薄くそぎ切りにしてお皿に並べる。その上にベビーリーフ・ざく切りにした水菜をこんもり乗せたら、オリーブオイル・わさび・醤油・米酢で作った自家製のわさびドレッシングを回しかけて完成。洋風と言っておきながら、思いっきり和の調味料を使っているのはご愛敬。

 

 そしてもう一品。メジナのアクアパッツァだ。

 

 フライパンにオリーブオイル、みじん切りにしたニンニク、櫛切りにした玉ねぎを入れて炒める。火が通ったところで、鱗とワタを取って塩を振ったメジナを入れて、両面を焼いていく。ある程度焼き色が付いたところで、あさりと半分に切ったミニトマト、四つ切にしたマッシュルームを加える。崩れないように気をつけながら軽く混ぜたら、白ワインを入れてアルコール分を飛ばし、バジルを入れて蓋をして蒸し焼きにしていく。

 

 あさりの口が開いたら、仕上げにオリーブオイルをひと回しして、ちょっと味見……うん、旨い。お皿に盛り付けて出来上がりだ。

 

「おまたせしました。メジナのカルパッチョと、アクアパッツァです。このスライスしてあるバゲットにのせたり、スープを吸わせても美味しいよ」

 

 鈴谷さんと熊野さんにも手伝ってもらいながら、料理と取り皿を置いていく。多摩ちゃん達は目の前にそれらが置かれるたびに「おー」と歓声を上げているけれど、取り皿にまで言ってくるのはどういう事なんだい?

 

 それぞれの前に取り皿が出そろったところで一斉に、いただきますと手を伸ばした。さてと、みんなの反応はどうかな?

 

「うわ、このアクア何とかってすげえな。あさりと魚の旨味がなんつーか……すげえな」

 

「天龍ちゃん。気持ちはわかるけど、『すげえな』しか言ってないわー」

 

 いやいやそれで十分ですよ、龍田さん。美味しいと思ってくれたのは十分その表情で伝わってきてるからね。

 

「不思議クマ……醤油と、わさびと、多分お酢も米酢を使ってて、思いっきり和なのにきちんと洋食クマ……」

 

「球磨姉にはこの言葉を贈るにゃ……『美味しいは正義』そして『生魚には醤油』……にゃ」

 

 米酢を使っているのを見破るとか、球磨ちゃんはなかなか鋭い味覚を持っているようだ。そして多摩ちゃん、『美味しいは正義』というのは至言だと思うけど、醤油以外で食べても美味しい生魚はあるんだよ。今度食べさせてあげよう……まぁ、醤油は間違いなく美味しいと思うけど。

 

 掴みは上々のようなので、厨房に戻って次の作業を始めよう。

 




本文冒頭で書いたように、このお話は前回からしばらくたって
クリスマス編とお正月編の後まで時間が飛んでます。

これで現実の時間とある程度リンクさせられたので
歳時記物なんかも書きやすくなりましたかね


そして、前回に引き続き魚メインですみません。
魚好きなんでついつい……


およみいただきありがとうございました


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十六皿目:二匹の龍と熊と猫2

十六皿目その2です
今回も多摩歓喜のおさかな祭りです


 さて、続いての料理はカサゴのフィッシュアンドチップスだ。イタリアから一気にイギリスに飛ぶが、なんでもありの喫茶店だからいいよね?

 

 三枚におろしたカサゴの身に塩・コショウで下味をつけたら、薄力粉・卵・塩・ビールで作った衣をつけてあげていく。ここでビールを使うのが、衣をサクッと仕上げる秘訣だ。同様にスティック状に切ったじゃがいもにも衣をつけて、二・三本まとめて揚げていく。

 

 油から上げて、飾りとしておろした後のカサゴの尾頭を素揚げにして、中央に配した皿に盛り付けていく。本場ではモルトビネガーなんかをつけて食べるらしいが、今は無いのでシンプルにマヨネーズとケチャップを添えて出す。それぞれ別につけても、一緒につけても美味しい。

 

「はーい、フィッシュアンドチップスですよ。レモンはお好みで……喧嘩しないようにね」

 

 揚げ物はレモンをかけるかけないで喧嘩になることがあるからね。一言言っておこうかな……からかい半分に。

 

「うにゃっ!あっつ!……ふぅ……ふぅ……」

 

「なんだ、多摩は猫舌か?そのまんまだな……って、あっつ!」

 

 あー、揚げたては熱いよね……でもこの料理は熱いうちに食べてこそだからね。その熱さも含めて楽しんでほしい。特に今日のカサゴは脂のってるから、噛んだ瞬間あふれ出てて来て口いっぱいに広がってなんとも言えないんだ。

 

 ちなみにこれを揚げたのは鈴谷さんなんだけど、その前に一回熊野さんがトライしたら大変なことになっていた。

 

 油に入れる時に「とぉぉぉう!」油が跳ねると「ひゃぁぁぁぁ!?」と大騒ぎだ。後ろで見ていた鈴谷さんなんて必死に笑いをこらえてたな。

 

 さて、今日はもう一品。鰺を使ったパスタを作ろう。

 

 先日の鰺パーティーの時に調べて結局作らなかった料理で、ぜいごを取って三枚におろした鯵を、つぶしたニンニク・刻んだ鷹の爪・ローリエ・ローズマリーを入れたオリーブオイルで『煮る』というもの。どうやらこの料理、オイルサーディンをもじって『オイルアージン』なんて言われているらしい。

 

 こうして作ったオイルアージンはもちろんそのままでもうまいし、瓶に詰めておけばしばらく持つ。今回はこの鯵と、煮る時に使った油でパスタを味付けていく。

 

 まず、フライパンにこの油とにんにく、鷹の爪を少し移して加熱しながらさらに香りを引き出す。ここにスライスした玉ねぎを入れて火を通したところで、オイルアージンを入れて大きめにほぐしながら炒める。全体がなじんだら、パスタとゆで汁を入れて和えたら完成だ。

 

「はい、最後は鯵を使ったパスタだよ」

 

 大皿にたっぷり入れて持って行く。さっき裏で二人に味見してもらったけど、高評価だったので、きっとこの子達にも喜んでもらえるだろう。

 

「あらー、鯵もお洒落になるものなのねー」

 

「むむっ?この鯵は一度オイル漬けにしてるクマ?油を吸って柔らかくて、ほろほろ崩れるような食感と風味がたまらんクマ」

 

 龍田さんが今まで鯵をどう見ていたかが感じられるセリフをこぼすと、球磨ちゃんが鋭く分析する。やはり彼女はかなりの味覚を持っているようだ。

 

 多摩ちゃんはどちらかと言うと、美味しければそれでいいって感じなので、見事に対照的ではあるが、俺としてはそれぞれ自分のやり方で料理を楽しんでくれるのが一番だ。その点では二人とも変わらないようなので、見ていて嬉しくなる。

 

 調理は一通り終わったので、カウンターで洗い物を片付けていると、彼女たちの話し声が聞こえてきた。

 

「そういや、多摩は改二計画があるんだったか?」

 

「そうにゃ。まぁ、まだ練度が足りないっぽくて、しばらく先の話しにゃ」

 

「ふーん、なんかみんな先に行っちまうよな……球磨はいいのか?妹たちみんな改二になっちまって」

 

「んー、思うところが全く無いと言ったら嘘になるクマ……でも、球磨は今のままでもそれなりに優秀と言われるクマ。最前線や大規模作戦は難しくても、新人の練度上げを手伝ったり、解放後の定期的な哨戒任務なんかはまだまだやっていけるクマ。適材適所というやつクマ」

 

 なんだか難しそうな話をしているな。愚痴ってほどでもないが、旧型艦ならではの話題って言ってたしな。

 

「それよりも、天龍がそんな風に言ってくる方が驚きクマ。他の所の天龍の中には改装はおろか、遠征ばっかりで出撃できなくて暴れる奴もいるって聞いてるクマ」

 

 今度は逆に球磨ちゃんから天龍さんに質問が行くが、それに答えたのは龍田さんだった。

 

「ふふふ、実はこの天龍ちゃんも前の鎮守府にいたときは、そんな感じだったわよー。さすがにその時の提督に噛みつくほどではなかったけれど……優しい提督さんだったから、甘えてたのねきっと」

 

 そのころのことを思い出すように、軽く上に目をやりながら話す龍田さんの横で「うっせー」とつぶやいている天龍さんを無視して、彼女はさらにつづけた。

 

「でもね、こう見えて天龍ちゃんも真面目だから、なんだかんだ言いながら遠征にでて、せっせと資源を集めるわけよ。それで、ある時の大規模作戦の時に貯めに貯めた高速修復材のおかげで、最深部の攻略に成功して、当時一緒に組んで演習に出ていた駆逐艦の子達との艦隊が戦功第一で表彰されてね。それからかしら?天龍ちゃんが自分から一生懸命遠征に行くようになったのは」

 

 へぇ、兵站をそこまで評価するなんて、なかなかないことなんじゃないの?というか、かなり厳しい戦いだったのかな?ギリギリの状態だったのを天龍さん達が支えていたとしたら、戦功第一でもおかしくないな。

 

「まぁな、あの時は嬉しかったな。提督が言ってくれたのもそうだったけど、ほかの艦娘連中も賛成してくれてよ。『提督が慢心して備蓄が少なかったのを、立て直してくれた』『この修復材が無かったら間に合わなかった』ってさ。だから俺にできることをやろうって思えるようになってよ……」

 

 天龍さんはそう言って、照れくさそうに鼻を掻いた。

 

「なるほどクマ……でも、なんだか天龍は真面目なのが似合わないクマ……」

 

 からかう様にそんなことを言った球磨ちゃんに天龍さんがじゃれついていると、もみくちゃにされながら球磨ちゃんが叫び声を上げた。

 

「あー!多摩、残ってたの全部食べちゃったクマ!?」

 

「美味しかったにゃ。話に夢中になってたからもうごちそうさまかと思ってたにゃ。多摩悪くないもん」

 

 うん、三人が話している間、お皿に残ってた旨味たっぷりのスープまでパンで拭って、きれいに食べてたのがカウンターから良く見えてたよ。龍田さんは気づいてたみたいで、時々目線を送ってニヤニヤしてたけどね。

 

 と、そこで他のお客さんの注文が入ったので、洗い物をお手伝いの二人に任せて厨房に戻る。その後もしばらく笑い声が聞こえて来たりしていたので、楽しい時間を過ごしているようだった

 




鰺のオイル漬けは以前から知っていましたが
「オイル・アージン」という呼び方があるのを今回
レシピを調べていて初めて知りました。
この呼び方を考えた人はすごいと思います。

そして最後までマイペースな多摩ちゃん……
完全に猫である


そして、予定にはありませんでしたが、この後箸休めを急遽投稿することにしました
そちらもお楽しみいただければ幸いです


お読みいただきありがとうございました




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箸休め7:鎮守府食堂のその後

なんとなんとお気に入りが1000件突破しました!!
ありがとうございます!ありがとうございます

読んでいただいている皆様に何かお礼をせねばということで
短いですが箸休めを一本書いたので投下いたします



あっ、これの前にもいつも通りのお話を投稿していますので、ご注意ください


 ここは鎮守府内にある食堂。他の鎮守府で活躍している『間宮』や『伊良湖』のような給糧艦や、自衛軍で雇われている食堂のおばちゃんがいないこの島の鎮守府では、無用の長物……とまではいかなくても、長らく『ただの休憩スペース』でしかなかった。

 

 だが最近ではそれも変わってきている。秀人の喫茶店で手伝いを経験した子や、料理に興味を持った子達が、日替わりで練習も兼ねて食事を作っているのだ。もちろん、まだまだ素人料理の域を出ていないが、艦娘たちにとっては毎日の楽しみになっていた。

 

 そして、その日の調理担当艦は昼食の準備ができた段階で、放送を行うことになっている。

 

「時刻はヒトフタマルマル。昼食の準備ができた。今日はこの長門が担当だ、皆の注文を待っているぞ」

 

 この日昼食を作ったのは長門。管理艦という多忙な立場にありながら、これまでにも何回か厨房に立っていて、料理に関しても評価は高い……ただ一点を除けばだが……

 

「今日は長門さんが作ったのね。美味しいんだけど、量が多いのがちょっとね……」

 

「なのです、前回のカツ丼もその前の牛丼も、戦艦サイズだったのです……」

 

「それでも他の戦艦や、空母の人たちがお替りしていたのはさすがだね」

 

「だめよ、せっかく作ってくれてるのに……確かに全部食べるの大変だったけど……」

 

 放送を聞いた第六駆逐隊の面々が、少し不安になりながら、今日のメニューは何だろうと予想しあいながら食堂に向かって行った。

 

 そのころ……食堂内は異様な緊張感に包まれていた。その原因は、既に到着していた川内のせいだ。いや、むしろ川内は被害者ともいえるかもしれないが……

 

 元々ある程度料理ができたのに加えて、秀人の店で単なる手伝い以上の活躍を見せていた彼女は、この鎮守府内で自他ともに認める最も料理上手な艦娘だった。そのため、厨房に立つ艦娘たちにとってはさながら審査員のような存在になっていて、川内に認められるような料理を作ることを常に意識するようになっていた。

 

 そしてその本人はと言えば、一人席に座りじっと目をつぶって考えこんで……

 

(料理上手と言ってくれるのはうれしいんだけど、そんなに緊張されるのも困るなぁ……普通においしく食べられればそれでいいんだけど、またなんかコメント求められるのかなぁ……助けて、店長)

 

 周囲の想いと裏腹に、川内は困っていた。

 

 そんな川内の背中をじっと見つめた厨房の長門はと言えば……

 

「あのように静かに精神統一をして料理に向き合うとは……さすが川内だな。私も戦艦の端くれとして、全力でぶつからねばなるまい」

 

 などと、おかしな方向に気合を入れなおして、調理を進めていった。

 

 この日長門が作っているのは、鶏肉ときのこのみぞれ煮だ。先日秀人に教わった後、麺つゆを使ったレシピにハマった長門は、店に行ったときにいくつか応用レシピを聞いていて、この『みぞれ煮』もそのうちの一つだった。

 

 適当な大きさに切った鶏モモ肉に、酒と塩を揉みこんで10分程度馴染ませたら小麦粉をまぶし、ごま油で焼き色をつける。焼き色が付いたところで、ほぐしたしめじ・舞茸・薄切りにした玉ねぎを入れて軽く炒めたら、たっぷりの大根おろしと麺つゆ・水・おろし生姜を入れて沸騰させてから一・二分煮込めば出来上がりだ。

 

 秀人からもらったレシピ通りに一つ一つの手順をこなしていく。余計なアレンジを加えることも無いので、その時点で普通に美味しいものが出来上がるのはほぼ確定しているし、そのことは川内もわかっているのだが、長門としてはそれでも安心できないようで、緊張感の漂う現在の食堂の状況を生み出してしまっている。

 

 その結果川内の精神力だけがダメージを受け続けているのだが……

 

 仕上げに、器に盛った後で刻んだ青ネギを散らす。お盆の上にこのみぞれ煮と白飯、お麩とわかめの味噌汁を乗せて、本日の日替わり定食の完成である。

 

 ちなみに味噌汁は業務用の出汁入り味噌を仕入れてもらっているので、お湯に溶かして好きな具材を入れるだけだ。川内以外の艦娘たちはこれを使っているのだが、なかなか出汁取りがうまく行かないのだそうだ。

 

 次は出汁から作ってみようかなどと考えながら、長門は川内の元へとお盆を運んでいく。

 

「お待たせしました。本日の日替わり定食、鶏肉ときのこのみぞれ煮です」

 

「は、はい。ありがとうございます……へぇ」

 

 普段の堂々とした出で立ちからは考えられないようなしおらしさで、目の前にお盆を置いた長門に対して、川内もどことなくぎこちない返事を返してしまったにだが、長門の持ってきた料理を見るなり、思わず感心したようなため息が口をついた。

 

 これまで長門が作ってきたのは丼物か、ザ・肉と言うようなものばかりだったので、こういった定食形式や肉以外の食材がここまで使われているのは初めてだったからだ。

 

 いただきますと手を合わせ箸を手に取る川内と、それを緊張の面持ちで見つめる長門。いつの間にか集まっていた他の艦娘たちも、少し離れたところで固唾をのんでその光景を見守っている……なぜかさくらまで混じっているが、彼女は完全に面白がっているだけだ。

 

 そして川内は肉をひと切れ口に含み、しっかり噛みながら味わうと、ゆっくり飲みこんで口を開いた。

 

「おいしいよ、長門さん。鶏肉を煮込む前にしっかり焼き色を付けているから香ばしさも残っているし、たっぷり入った大根おろしと、生姜の風味が後味をサッパリさせてるのもいいよね。なにより、一緒に入ってるきのこもいい味出してる」

 

「そうか!よかった。ありがとう!さて、それでは皆の分も作らなくてはな!」 

 

 その川内の言葉を聞いて、長門はそれまでの硬い表情を崩し嬉しそうにそう言いながら、厨房へと戻っていく。周りで見ていた艦娘たちもなぜか「おー」と言いながら拍手をしていた。

 

 さっきまでの静けさとは打って変わって、騒がしくなった食堂の中で、川内が誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 

「もうちょっと気楽にお昼ごはん食べさせてよ……」

 




という訳で、予定にはありませんでしたが
箸休めの投稿です

今回のお話は『十三皿目:鎮守府食堂』のその後のお話でした
川内の心境を表す言葉としては
「どうしてこうなった……」でしょうか


お読みいただきありがとうございました
これからも皆さんに楽しんで頂けるよう頑張ります!


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十七皿目:バーガーバスケット1

タイトル通り、バーガーをバスケットに入れるお話


 今日店は休みなんだけれど、俺は朝から厨房で作業をしていた。

 

 というのも、店が正式にオープンしてから週一で休みにしているのだが、先日暁ちゃん達が来た時にその話をしたら……

 

「そう言えばこの前のお休みの時、響たちとお出かけしたって聞いたんだけど……」

 

「うらやましいのです……」

 

 って感じで暁ちゃんと電ちゃんの二人にジト目を向けられてしまったので、その二人に加えて時雨ちゃんも呼んでお出かけすることになった。とりあえず今日という日取りと、時間だけ決めてきてもらうことになっているのだけれど……

 

 前回は牧場に行ったから、今度はどこにしようかと考えていたところで昨年末に蒔いた冬蒔きの小麦がいい感じで育っててきているという情報を、先日例の所長さんから教えてもらった。いい感じに作業中の休憩用に四阿もあるらしい。

 

 そのことを思い出して、なるほど、青々と茂る麦畑の横の四阿でちょっと遅めのランチっていうのもいいなと思う。ちょっと風が冷たいかもしれないが、そのあたりは一応暖かい格好でと伝えてあるから大丈夫だろう。

 

 となると、持って行くのは何がいいかな……せっかくだから小麦を使ったもので、サンドイッチか……ハンバーガーもいいかな。うん、それでいこう、小さめのバーガーをいくつか詰めたバーガーバスケットにしよう。

 

 そんな感じで今朝起きてから準備を初めて、既にバンズは焼成中。そのまま食べても美味しいふわふわパンに仕上がるはずだ。

 

 さて、挟む具材を作っていこう。まずは定番のハンバーグから。今回は外に持って行くので冷めても硬くなりにくいように作らなきゃね。

 

 使うのは豚と鶏の合い挽き肉。牛肉はこの二つに比べて、脂が溶ける温度が高いから口の中で脂が溶けにくく、冷めてから食べるものとしてはあまり向いてない。そして、タネを作るときに牛乳とサラダ油を少し足すと、冷めても固くなりにくい。これをいくつか作って、プレーンと照り焼きの二種類を用意することにしよう。

 

 お次はチキンステーキ。鶏は照り焼きと、ガーリックバターの二種類だ。照り焼きはハンバーグ同様、焼いた後に醤油・酒・みりん・砂糖で甘めのたれを作って絡めていく。ガーリックバターは、塩コショウを振った鶏モモ肉を、バター・ニンニクを入れて熱したフライパンで焼いていって、最後に香りづけ程度に少量醤油を回す。

 

 作りながらこれをご飯にのせてかき込みたい衝動に駆られるが、今は我慢我慢……パンに合うのも間違いないしね。

 

 続いては目玉焼き。フライパンに置いたバンズ大の丸い型に割り入れて、ターンオーバーで焼いていく。持ち運ぶのを考えると、ハードとまではいかないけれど半熟よりは硬い感じで仕上げる。まぁ今の季節なら半熟でも大丈夫だろうけど、念のためね。

 

 と、ここまで作ったところで付け合わせをどうするか考える。ハンバーガーと言えばフライドポテトなんだけど、それだとなんだか芸が無い。なので、今回はローストポテトにしようかな。

 

 大きめにカットしたジャガイモに塩・コショウを振って、オリーブオイルをかけてタイム・ローズマリーを散らして良く混ぜ合わせる。それを耐熱皿に入れたら、予熱してあるオーブンで30分くらい焼く。これの良いところはオーブンに入れたら放っておけるのがいいよね。

 

 ってやばい!楽しくて色々作ってたらそろそろみんな来ちゃいそうな時間だ。うちが集合場所だし、ジュースでも飲んでもらいながら待っててもらうか。とちょっと焦りながら作業をしている時だった。

 

「こーんにーちわー!」

 

 あー、やっぱり来ちゃった。外から暁ちゃんの声が聞こえてきたので、とりあえず店内に入ってもらって待ってもらう。

 

「ごめんね、まだちょっとお弁当作ってる途中なんだ。ジュースでも出すから待っててくれないか?何がいい?」

 

 そんな感じで三人に提案すると、彼女たちは顔を見合わせて頷くと、キラキラした表情でこちらを向いて言ってきた。

 

「ねえマスター、何か僕たちにも手伝えることは無いかな?」

 

「そうね、暁も手伝ってあげるわ!」

 

「みんなで作ったお弁当をお外で食べるのは、楽しそうなのです!」

 

 そっか、じゃぁみんなですきなものをバンズに挟んでいこうか。さっきまで作っていたものを説明しながらみんなを厨房に案内する。手を洗ってもらった後、最近買った子供用のエプロンを手渡しながら、作り方を教えていく……と言っても挟むだけなんだけどね。

 

 バスケットや包み紙、お手拭きなんかの準備をしながら、楽しそうに笑いながらオリジナルバーガーを作っている彼女たちの様子を見る。

 

 それぞれ特徴が出ていて面白い。時雨ちゃんは普通に店に売っていそうな具材の取り合わせで作っている。レタス・ハンバーグ・ケチャップの基本的な奴や、ガーリックチキンにレタス・玉ねぎを挟んだ奴といった感じでバランスがとれている。

 

 暁ちゃんは、やっぱり野菜が苦手らしく、ハンバーグ・チーズ・ハンバーグ・チーズ・ケチャップという豪快なダブルチーズバーガーや、照り焼きハンバーグ・目玉焼き・マヨネーズというてりたまバーガーには電ちゃんに言われて渋々レタスを挟んでいたけれど……

 

 その電ちゃんはと言えば暁ちゃんとは対照的に野菜を多く使っている。照り焼きチキンには玉ねぎマシマシで挟んだり、レタス・玉ねぎ・トマト・マヨネーズという肉抜きのも作っていた。

 

 みんなが作ったバーガーを、屋台の時にも使った包み紙でくるんでバスケットに詰めていく。ローストポテトや余った具材もみんなでつまめるように、紙のランチボックスに入れて持って行こう。ちなみに出来立てのポテトもせっかくなのでみんなで味見したけど、良い感じに出来ていたみたいでついつい二個三個と手を伸ばしそうになってしまった。

 

 バスケットを持ってもらって、魔法瓶にはミルクティー、念のためにブランケットとレジャーシートを持って準備もできたところで、さぁ出発しようか。

 




艦娘とのピクニック第二弾
というか二人ともしっかり覚えていたようです

というか、暁は野菜もしっかり食べましょう……
それじゃレディとは言えないぞ!


お読みいただきありがとうございました





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十七皿目:バーガーバスケット2

本日はピクニックに出発です


 三人には店の前でちょっと待っててもらって車を回してくる。幸い天候にも恵まれ、風もなく日差しもぽかぽかと暖かいので、今回も上を開けてオープンカーで行こう。

 

 待っている三人の前に車を止めると、それぞれが「かわいー」「すごーい」と言ってくれて、ちょっと嬉しい。

 

 さっそく乗り込んでもらい車をスタートさせて、前回同様海沿いの道を走らせるとその光景にみんな歓声を上げる。こないだの響ちゃん達もそうだったけど、いつも見ている海でもこういう形で見るとまた新鮮なようで、喜んでもらえているのを見ると、連れてきてよかったと思える。

 

 しばらく走っていると、暁ちゃんが突然声を上げた。

 

「ねぇ!あれって赤城さんと翔鶴さんじゃない?」

 

 そんな彼女の声に、ほかの二人も「ほんとなのです!」「艦載機の運用訓練かな?」と話す。俺は運転中なのでじっくり見ることはできないのだけれど、かろうじて海の上に誰かいるのがわかる程度だ。よくこの距離で誰だかわかるな……彼女たちの上空を飛んでいる艦載機も海鳥か何かかと思ったよ。まぁ、あんな風にきっちり揃って編隊を組み替えるのは、海鳥じゃありえないけど。

 

 そのまま海を横目に車を走らせることしばし、山裾の方に青々と茂る畑が見えてきた。

 

「ほら、見えてきたよ。あれが麦畑だ」

 

「うわー!すごいのです!大きいのです!」

 

 電ちゃんが驚くのも無理はないな。さすがに北海道や外国みたいに見渡す限り一面の……とまではいかないけれど、かなりの広さの麦畑と田んぼが広がっていた。

 近づいて行くと、何台か車の止まった駐車場らしき開けた所があったので、俺たちもそこに止めさせてもらう。

 

 車を降りて、遠くに見えている四阿へと四人で並んで歩いていく。

 

「ふふっ、なんだか単横陣みたいだね」

 

 歩きながら、時雨ちゃんがそんなことをつぶやいた。何それ?と思っていると、ほかの二人も確かにと笑い合っている。なんのことかと聞いてみれば、潜水艦を相手にするときに使う、横一列に並んだ陣形のことだそうだ。へぇ、そんなのがあるんだ……なんだか俺一人で知らないことばかりなのも寂しいから、今度誰かに色々と教えてもらおうかな。

 

 そんなことを考えながら歩いているうちに、目指していた四阿についたので、さっそくバスケットを開けて準備を始める。三人も一緒に手伝ってくれてすぐに終わって、それぞれのオリジナルバーガーを取り出していた。

 

「みんな手は拭いたかい?それじゃいただきます」

 

 俺の言葉に続いて手を合わせた三人は、ガサゴソと包み紙を開くと、一様に「わぁ」と言いながら目を輝かせた。自分たちで作った奴なのでもちろん中身は分かっているのだけれど、今のこのシチュエーションにそういう声が出てしまうのもわかる気がする。

 

「おいしー!ね、ね、マスター。なんでこのハンバーグ冷めても柔らかいの?」

 

 大きく口を開けて、てりたまバーガーにかぶりついた暁ちゃんが聞いてきたので、彼女の口元についたタレを拭ってあげながら説明してあげる。

 

 電ちゃんは、そんな会話をよそに、小さな口で一生懸命野菜バーガーを食べている。なんだかハムスターみたいでかわいい。

 

「このパンはいいね……ふかふかと柔らかくて。僕好みだ」

 

 時雨ちゃんはバンズが気に入ったようで、出発前に作っている時もこんな感じだった。持った時のふわふわ感が良かったらしく、ここへ来て実際食べてみてさらに気に入ったみたいだ。

 

 そんな感じでしばらくわいわい言いながら食事を続けていると、白衣を着た研究者さんたちがやってきた。うちの店に来たことがある顔見知りもいたので、お互いに手を挙げて軽く挨拶をすると、彼らはタブレットを片手に麦と向き合って何やら作業を始めた。

 

 俺としては「なんかデータ取ってんのかな」くらいに思ってたんだけど、三人娘は何をやっているのか気になったようで、食べながらチラチラと目線を送っている。

 

 その中でも特に気にしていたのが時雨ちゃんだった。自分の分を手早く食べ終えると「ちょっと行ってくるね」と近くにいた研究者さんの所に行ってしまった。

 

 その後しばらく話をしていた様だったが、こっちに残っていた二人も食べ終えて「暁たちもちょっとお話してくる!」と四阿を飛び出していったタイミングで、入れ替わるように戻ってきた。

 

「おかえり、何か面白い話は聞けたかい?」

 

「うん、ここの麦は順調に育ってるってさ。夏前にはたくさん収穫できるだろうって……麦秋って言うんだっけ?良い表現だよね」

 

「そうだね、またそのころになったら見に来てみようか?黄金色に色づいた麦穂がきれいだと思うよ」

 

 それは楽しみだね、と笑みを見せるとミルクティーを一口飲んで、麦畑を見つめる時雨ちゃん。この子は他の駆逐艦の子と比べても大人っぽいというか、どことなく達観したようなところがある。まぁ、雰囲気が違うと言えば不知火もそうなんだけど、彼女ともなんか違うんだよね。

 

 多分軍艦時代の経験っていうのが影響してるんだと思うんだけど、無理に聞き出すことも無いか。もちろん話してくれるなら聞くくらいはできるけど、戦争を知らない俺は大したことは言えないし、できることって言ったら料理位なもんだ。だったら、今とこれからを笑って過ごしてもらうために、美味いもん作るっきゃないよな。

 

 とりあえず今は……

 

「時雨ちゃん、ミルクティーおかわりいるかい?」

 

「うん……もらおうかな」

 

 時雨ちゃんが笑顔で差し出してきたカップに、ミルクティーを注いでいく。そんな風に静かな時間を過ごしていると、二人が戻ってきた。

 

「ねぇ時雨、暁たちもなにか育ててみない?司令官に言って鎮守府のどこかに小さな畑でも作って」

 

「きっと楽しいのです!他のみんなも誘って、お野菜を育てるのです」

 

「僕たちが畑か……できるかな?」

 

 なにやら楽しそうな話をしているな。いいね、自分たちで作った食材の味はまた格別だぞ。

 

「そういう事なら、作ったものをうちに持ってきてくれれば料理してあげるよ、暁ちゃんも美味しく食べられるような野菜料理でどうかな?」

 

「子供扱いしないでよね!暁は立派なレディなんだから、野菜くらい…………食べられるように頑張るわ……」

 

 からかい混じりの俺の言葉に暁ちゃんが反論しようとするが、電ちゃんのジト目に気づいたのか、最後は尻すぼみになってしまっていた。今日のバーガーも野菜避けてたもんね。

 

 いまいち締まらない感じにみんなでひと笑いした後、何を作るかさっそく相談し始めた。まずは土地を確保できるかどうかだと思うんだけど、楽しそうだからいいか。

 

 そんな彼女たちの相談は帰りの車内でも続いていた……この子達が何を作るのか、楽しみだな。

 




今回のピクニックは麦畑を見に行きました
彼女たちは麦が育っているのを見て何か感じたのでしょうか?
ま、やってみたいってだけかもしれませんが……



お読みいただきありがとうございました


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十八皿目:夜戦明けの七草がゆ

一日遅れですが、七草がゆネタです。


「……ってなことがあってさー、お昼ぐらいゆっくり食べさせてほしいよ、まったく」

 

 今朝は朝いちばんから川内が店に来て、管をまいていた……と言っても別にお酒を飲んでいるわけではないのだけれど。

 

 なんでも、先日俺が鎮守府で料理を教えて以来、昼ごはんを艦娘たちの持ち回りで作っているらしいのだが、その時に鎮守府一番の料理上手として、なにかと意見を求められるそうだ。ただ、感想を求められること自体はべつに構わないらしいのだが、その時の緊張感が尋常じゃないとぼやいている。

 

「みんな自分の料理の評価が気になるのは分かるんだけどさ、私だって家庭料理に毛が生えたようなのしか作れないし、塩と砂糖を間違えたりしない限り、文句は言わないっての……」

 

「まぁ、料理上手の宿命と思ってあきらめるんだな。そのうち落ち着くだろうさ。それにしても、開店と同時に来るなんて、珍しいな……ほい、お茶」

 

 注文通りちょっと濃いめに入れたお茶を差し出しながら、そんな風に話題を振ってみる。開店と同時とは言ったが、実際はちょっと前から待っていたようだ。別に知らない仲じゃないんだし、言ってくれれば中に入れたのに。

 

「実は昨日の晩から夜間哨戒に出ててさ、夜明け前に帰ってきてさっきまで仮眠をとって、せっかくだからここのモーニングでもと思ったの。まぁ、食べたらまた戻って報告書書かなきゃならないんだけどね。ちなみに、一緒に行った艦隊の他のみんなはまだ寝てるよ。駆逐の子達はさすがに疲れたんだろうね、昼まで起きないと思うよ?あれ」

 

「ふーん、なんか大変そうだな。それならちょうどいいのが仕込んであるから、朝はそれにしようか?胃に優しいやつ」

 

「あー、いいねー。さすがに夜戦明けはそういうのがありがたいのよね。戦ってないけど」

 

 まぁ、なんというか、見た感じ疲れてるっぽいからね。こういうのがいいだろうってのと、ちょうどさくらに頼まれてて用意してたってのもあるしね。そろそろそのさくらも来るんじゃないかな?

 

「おはよー秀人。あら、川内も居たのね、おはよう」

 

「あ、提督おはよう。提督も朝ご飯?」

 

「そうよ、あるものを頼んでいてね。川内も食べる?」

 

「それなら、さっき話したけど川内も食べるってさ。大きめの土鍋で作って、量もそれなりにあるから大丈夫だよ」

 

「さっすが秀人。抜かりないわね!」

 

 確かに食べるとは言ったけど、なんの話?と川内が首をかしげてきたので、軽く説明する。

 

 実は、昨日の野菜の仕入れの時に、サービスで春の七草が送られてきた。それには所長からの手紙が添えられており、セリ・スズナ・スズシロは施設で栽培したものらしいが、それ以外は所長が田んぼを使って育てていたものらしい。そこで、余った分は使ってもらって構わないので、今日来た時にあるものを作ってほしいという内容だった。

 

 さらにそのことを、さくらが昨日来た時に話したら、余裕があるなら自分も食べたいということで用意していたら、川内が来て今に至る……と説明したところで、川内も何の料理かわかったらしく、ポンと手を打った。

 

「あー、七草がゆか!知ってる知ってる『セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロこれぞ七草』だよね!もしかして、カウンターのコンロに乗ってる土鍋がそうなの?」

 

「正解!おかゆを作るのも時間がかかるから、今朝からここでコトコトやってたって訳だ。もういい感じに出来てると思うけどね」

 

 『おかゆ』は生の米を普通よりも多い水量で炊いたもので、きちんと作ると時間がかかる物だ。たまに炊いたご飯に水を足して煮た物を『おかゆ』として出す人がいるけれど、それは『おかゆ』ではない。そのあたりはきちんとしてもらいたい。そもそも、一度炊いたご飯を煮て作るにしても、十分柔らかくするには同じくらいの時間がかかるので、大して時短にはならない。

 

 という訳で、今日の七草がゆなのだが、特に奇をてらうことも無く、基本の作り方で作ってある。水の分量は米の七倍、七分がゆだ。研いだ後一時間ほど浸水させた米と、分量の水を土鍋に入れて中火にかける。そのまま何もせずに火にかけ続け、煮立ってきたらしゃもじで底を撫ぜるようにしてかき混ぜて、くっついていた米をはがし、火を弱火にしてちょっと隙間を空けて蓋をする。

 

 その後は40分ほど弱火で炊き続けて、今がちょうどそれくらい時間が経ったところだ。なので、どんなものかと蓋を開けてみると、もわっと湯気が上がると同時に甘いような香りが立ちのぼる。カウンター越しに覗いている川内も「おー」なんて声を上げているけど、その後すぐに「あれ?」と首をかしげる

 

「店長、七草がゆだよね?草はいってなくない?」

 

 仕上げの塩をひとつまみ入れて、サッと混ぜながら前もって茹でて刻んでおいた七草を取り出して川内に見せる。

 

「一緒にやると水分量とか変わってきて何かと失敗しやすいからね、別茹でして最後に混ぜた方が美味しくできるんだよ」

 

 と、説明しながらおかゆと七草を混ぜ合わせて、茶碗に盛る。このままだとちょっと味付けが物足りないかもしれないので、作り置きしている塩昆布と鰹節の佃煮、梅干し、藻塩をそれぞれ小皿に入れて添える。お好みで使ってもらおう。

 

「はい、どうぞ。七草がゆだよ」

 

「お、おいしそー。やっぱりこの日はコレ食べとかないとね」

 

「いっただきまーす……ふぅ……ふぅ……あふっ」

 

 二人してはふはふしながら食べている。そりゃ熱いに決まってるさ、出来立てだもん。

 

「店長おいしい。なんだかお米の甘味と七草の爽やかな風味が広がる感じ。こう、胃の辺りからじわーっと優しさが体中に染みわたるの……それに、この藻塩っていうのもいいね、なんだかまろやかな塩味が」

 

 目を閉じて、浸るように感想を述べる川内。相変わらずこっちが照れるような表情と表現だ。

 

「私はこの塩昆布かな。こないだのお汁粉のときも持ってきてたよね?今度はこれのおにぎりとか食べたいなー。この鰹節のも捨てがたいわね」

 

 さくらはさくらでいつも通りねだってくる。わかったわかった、今度作ってやるよ……あぁ、川内もそんな目をしなくても作ってやるって。

 

 二人を軽くあしらうと、さくらが話題を切り替えて、川内に話しかけた。

 

「そう言えば川内、夜間哨戒の結果はどうだったの?まぁ、特に連絡が無いから問題なかったんだろうけどさ」

 

「まぁね、詳しくは鎮守府で報告しようと思ってるけど、特に異常はなかったわよ。いつも通り静かなもんだったわ」

 

「そっかー、じゃあどういう事なのかしらねー、あれ」

 

 そんな会話をしながら、さくらがチラチラこっちを見てくる。あー、これは聞いてくれってことだな?だが、その手には乗らんぞ、また軍事機密に巻き込まれるのは勘弁してくれ。俺はただの一般人なんだ。

 

 さくらの視線には気づかないふりをしながら、洗い物に集中しているように見せる。しばらくして川内が「おかわり!」と茶碗を差し出したところで、さくらもあきらめたのか「チッ」とわかりやすい舌打ちをして、おかわりを要求してきた。

 

 まったく、お前は俺に何をさせたいんだ?まぁ、ただ聞いてほしいってだけなんだろうけど、今回は残念だったな。ぶっちゃけ気になって仕方ないんだけど……知らんぷり知らんぷり。

 

 結局そのまま二人は鎮守府に向かって行ったので、俺の平穏は守られた。なんか誰かが話してきそうな気がするけど、まぁいいか。

 




相変わらず川内の感想は食レポみたいです
そしてさくらは秀人を巻き込もうと……

徹夜明け、飲み会明けのおかゆはほんと体に染みますよね
何気に作者はおかゆ好きなので、レトルトのストックをいくつか置いてあります

もうちょっと気軽におかゆを食べられるお店が増えればいいのに……


お読みいただきありがとうございました


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箸休め8:艦娘会議+1再び

今まで箸休めはおまけ的な扱いで
本編と一緒に投稿していましたが、ストックがギリなこともあって
これからは単品で投稿していきたいと思います
パターンが崩れるのは心苦しいですが、ご了承ください。




 薄暗い作戦立案室の中で、提督席に座ったさくらが重々しい口調で話し始めた。

 

「それじゃ川内。報告を……」

 

 そのさくらの言葉を受けて川内が話始めようとした時だった……

 

「提督、それは以前もやったのでもういいです。川内も乗らないの」

 

 霧島がリモコンで部屋の電気をつけながらそう言った。そのやり取りまでは既定路線だったようで、周りに座っている他の艦娘たちも苦笑いをしていた。

 

「はーい、ごめんなさーい。それじゃ改めて川内、昨日の夜間哨戒の報告よろしく」

 

「はい、昨日ヒトキュウマルマル出撃。その後、予定されていたチェックポイントをたどりつつ島の周囲を索敵するも、電探には目立った反応はなく、本日マルゴーサンマル帰投。長門管理艦に完了報告を行い任務終了しました。航路については資料に纏めてありますので、そちらをご覧ください」

 

「ありがとう。まぁ、今朝あった時にざっくり報告は受けたけど、何にもなしか……長門どう見る?」

 

「そうだな、赤城よ、あの時見たのは確かに艦隊だったのだな?いつものようなはぐれなどではなく?」

 

「えぇ、報告書にも書いたように、軽巡1駆逐艦3の小規模ではありましたが、確かに艦隊行動をとっていました。もっとも、こちらの航空機を発見すると即座に反転、海域を離れていきましたけど……」

 

「しかし、その後は発見できずか……となると、やはり侵攻目的ではなく、たまたま近くに出てきていたのを発見したという事だろうな。提督よ、特に問題視することも無いと思うぞ」

 

「やっぱりそう思う?とりあえずしばらく哨戒シフトを厚くしましょうか。報告書を見る限り進路もこちらに向かってくるというよりは、島の索敵範囲に入らないようにうろうろって感じだし。確かに赤城達がたまたま範囲外に飛ばさなければ見つからなかった距離だしね」

 

 彼女たちが話しているのは、先日赤城と翔鶴が鎮守府近海にて艦載機運用の調整を行っているときに、敵艦隊が発見されたという件についてだ。

実は秀人たちが海上にいる彼女たちを見かけた後の出来事だったりするのだが、赤城の言う通りすぐに海域からいなくなったことと、その後の索敵にも引っかからなかったことから、緊急招集などはかけられなかった。そしてそのことを受けての昨日の夜間哨戒だったという訳だ。

 

「じゃぁ、それについては後で詰めるとして、次は新艦娘の着任についてね。加賀、艦娘の建造状況は?」

 

「はい、軽巡と思われる二隻は間もなく建造完了。軽空母と思われる一隻は明日の午前中に完了予定です。そしてなけなしの資材を投入した大型艦建造ですが……」

 

 もったいぶる加賀の言葉にどことなく皮肉めいたものを感じはしたが、それをグッとこらえてさくらは次の言葉を待った。

 

「……おそらく大和型ではないかと」

 

「よっしゃ!来た!」

 

 加賀の言葉にかぶせ気味にしてさくらが叫び声を上げた。それを聞いた加賀はため息をつきながら、頭を抱えた。

 

「いいですか提督。今回はどうしてもということで大型艦建造を行いましたが、本来でしたらそんな余裕はないんですから。おかげで資材もカツカツです……まったく、本部から海域攻略を進めるように言われているというのに。ある程度資材がたまるまでは、しばらく遠征部隊に頑張ってもらわなければなりませんね」

 

 さくらの喜びもつかの間、加賀のお小言で小さくなってしまった。

 

「ったく提督はしょうがねぇな。ま、俺たちがまたガッツリ資材集めてやっからよ!そんなしょぼくれんなって。加賀もその辺にしてやれよ、戦力が増えるのはありがたいことだろ?」

 

 それはそうですが……と加賀の勢いもなくなったところで、さくらが息を吹き返す。かと思いきや、龍田が「当分出撃はおあずけだけどねー」と追い打ちをかける。収拾がつかなくなってきたところで、金剛が手を叩いて室内を纏めた。

 

「ハーイ、皆サン、落ち着いてくだサーイ!ひとまず、霧島・赤城・川内で哨戒シフトの見直しを。長門と加賀は新造艦の受け入れ態勢をお願いしマース。特に長門は大和型の子の事をおねがいしマスネ」

 

「うむ、了解した。さすが金剛だな、頼りになる」

 

 横道にそれ始めていた会議を、一瞬で立て直すあたり伊達に秘書艦はやっていないという事だろうか。室内の他の艦娘たちも、長門同様感心していた……その中にさくらが入っているのは、この鎮守府ならではかもしれないが。

 

「では、気を取り直して、最後の議題デース。テートク、なにか駆逐艦の子達から相談があったみたいデスネ?」

 

「ええ、この間暁・電・時雨の三人が秀人と一緒に出掛けたときに、麦畑を見に行ったらしいの。そこで麦を育てている研究員の人に色々話を聞いたみたいで、自分たちも何か育てたいって言って来てね。他の駆逐艦たちも乗り気みたいだし、私は良いことだと思うんだけどみんなはどうかしら?」

 

「いいのではないか?もちろん本来の我々の役目である、深海棲艦から人々を守るということをないがしろにするようでは問題があるが、家庭菜園レベルであれば元軍艦である我々でも何かを育てることができるということは、大きな経験になるだろう。かく言う私も畑には興味があったのだ。このビッグセブンの力を戦闘以外にも活かせないものかとな。求めがあれば手伝うことはやぶさかではないぞ」

 

 力こぶを作りながらそう話す長門を、ほかの艦娘たちは若干冷ややかな目で見ていたが、駆逐艦たちの畑づくりということに関しては皆賛成のようだった。

 

 むしろ自分たちもやりたいようで、あれを作りたい、これを作りたいと盛り上がり始めていた。いつも冷静な加賀さえも「やはりここはじゃがいもを育てて肉じゃがを……」なんてことを言っている。

 

 そんな感じで、再び会議が脱線しそうになるのを引き戻したのはやはり金剛だった。

 

「ハイハイ、皆サンの気持ちは解りました。皆サン賛成でいいデスネ?基本的には駆逐艦の子達に頑張ってもらいますが、何かあったら皆サンでHelpお願いしマース。よろしいデスカ?」

 

 了解!と他の艦娘たちの声がそろった所で会議はお開きになって、それぞれの役割をこなすために部屋を出ていった。その場に残った金剛とさくらも次にどう動くか相談を始める。

 

「それじゃ金剛、畑の件は研究所の方にも連絡しておくから、後で暁たちを連れて話をしてきてくれる?どうせならそれなりのものを作ってもらいたいからね、畑を作る場所や、必要な道具、作る作物の種なんかももらってこれるように言っておくわ」

 

「了解テートク。テートクはどうするノ?」

 

「私はもうちょっと資料とにらめっこね。後はもう一度赤城と翔鶴から話を聞いてみるわ」

 

「フーン。何か気になるデース?」

 

「んー、危険が無いのは間違いないんだろうけど、気にはなるわね。もし何か気づいたら金剛や加賀、長門には真っ先に意見を聞くから。その時はよろしくね」

 

 その後、金剛が部屋を出ると、さくらは海図を手に取った。その海図には、赤城・翔鶴の艦載機が観測していた深海棲艦の動きが記録されていたのだが、そこにチェックを入れつつ見直していく……なんなのかしらね?この動き……そんなことをつぶやきながら。

 




文中での建造のくだりですが、建造や解体周りの設定に関しては
明言はしませんが、それっぽい辻褄合わせの設定はあります
今後そんな感じの表現がもし出たら察していただければ……

そして、文中の建造状況は
実際にデイリーのついでに空母レシピ1回軽巡レシピ2回で回して
出てきた子を使う予定です。
(彼女たちの後は重巡レシピと戦艦レシピでも回してみましょうか)
そして調子に乗って回した大型建造。今まで居なかったあの方を狙ったのですが……

ありがとうございます。一発ツモでした(さくらのセリフはまんま作者のセリフ)
ただ……本編で登場するのは何話か後になりますが



そしてひとつお知らせです
とりあえずMenu-2はこれで終わりになります
鎮守府祭りにクリスマス~お正月の各イベントと
艦娘たちとのお出かけ等
初期プロット上で予定していたことも終わりましたので。

次回からはMenu-3をお届けします
ゆるゆると書いていきますので、お楽しみに

それでは、少々長くなりましたが
お読みいただきありがとうございました


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Menu-3:『喫茶 鎮守府』の日常
十九皿目:大和撫子と海辺のカフェ


本日から『Menu-3:喫茶鎮守府の日常』になります
Menu-2では祭りやクリスマスなどイベント多めでお送りしましたが
Menu-3では特に大きな流れもなく、平凡な日常を淡々と?お送りする予定です
過度な期待は(ry


それではどうぞー


――――カランカラン

 

「どうぞ、鳳翔さんこちらです」

 

「ありがとう。赤城さん」

 

 ある日の午後、赤城さんが恭しく店内に案内したのは、和装に身を包んだ女学生のような出で立ちの女性だった。昨日新しい艦娘を紹介したいと言っていたけど、この人のことか。

 

「初めまして、航空母艦、鳳翔です。よろしくお願いしますね」

 

「こちらの鳳翔さんは、世界で初めて最初から空母として建造された方で、我々すべての航空母艦の母のような存在なのです!私が一航戦として活躍できたのも、鳳翔さんが育ててくださった艦長の方々や、パイロットの方々のおかげなんですよ」

 

 鳳翔さんか。連れてきた赤城さんがいろいろ補足してくれたけど、この見た目でお母さんというのはちょっと気が咎めるというか……でも、雷ちゃんみたいに言動が完全にお母さんな子も居たしな。

 

 鳳翔さんも確かに佇まいなんかは落ち着きを感じさせるし、すごい人なんだろうと思うが、せめてお姉さんくらいで……

 

「赤城さん?この鎮守府ではあなたの方が先に着任した先輩ですから、もう少し気軽に接していただきたいと言ったはずですが……それに!艦時代ならともかく、今はこうして人としての体を得たのです。一人の女子として母呼ばわりというのはちょっと……」

 

 あぁ、やっぱり。でも、赤城さんが鳳翔さんのことを尊敬してるのとか、感謝しているのとかは伝わってきたけどね。平謝りしている赤城さんを優しい目で見ているあたり、本気で怒ってないようだし優しい人なんだろうな……というか、その眼差しはやっぱりお母さん?

 

「とりあえず空いている席にどうぞ。すぐにおしぼりとお冷をお持ちしますね」

 

 そう言ってカウンター席に案内すると、すかさず今日手伝いに入っている球磨ちゃんがおしぼりとお冷を持ってきた。自分でも意外と優秀といっているのはビッグマウスでもなんでもなく、彼女は気配りがうまい。本人曰く、多摩ちゃんの下にもさらに三人の妹がいる五人姉妹の長女で、おまけになかなかにエキセントリックな姉妹らしく、そういう子達をまとめるために視野の広さが生まれながらに染みついているらしい。

 

 まだ今の鎮守府にいるのは多摩ちゃんだけだが、ほかの妹たちが来た時がちょっと不安だとぼやいていた。

 

 さて、お客さんの二人はと言えば、球磨ちゃんが抜かりなく渡していたメニューを見ながら相談をしていた。

 

「赤城さん、なにがおすすめかしら?」

 

「はい、全部です」

 

「そ、そうですか。では何か食べたいものはありますか?」

 

「いえ、私はなんでも美味しく食べますので、鳳翔さんのお好きなものでよいかと」

 

「はぁ、こういうお店は初めてなので、意見を聞きたかったのですが……それではこれにしましょうか」

 

 ほとんど相談になっていないようだった……赤城さんって真面目なように見えて食事に関することでは時々抜けてるよな。などと、少し失礼な感想を抱いたところで、鳳翔さんからお呼びがかかった。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「このプレーンオムレツを日替わりスープとパンのセットで。あと食後にカフェオレをお願いします」

 

「はい、プレーンオムレツのスープとパンのセットですね。で、食後にカフェオレ……と、かしこまりました。少々お待ちください」

 

 ちょっと意外な注文にドキッとしたのが表情に出てしまったのか、そこを鳳翔さんに突っ込まれてしまったので、謝りながら訳を話す。

 

「すみません。ちょっと意外だったというか、空母の方々はどちらかと言うと……その、ボリュームのあるものを好まれる様でしたので」

 

 と、チラリと赤城さんを見ながら訳を話すと、赤城さんはそっぽを向いて聞こえないふりをしている。そんな俺の言い訳を聞いた鳳翔さんは、笑いながら返してくれた。

 

「ふふふ、確かに彼女達はそうかもしれませんね。ただ、私は空母と言っても軽空母なので、彼女たちに比べてそこまで食べませんよ。それに、実はこういったオムレツのような洋食に憧れてまして。艦だった頃の烹炊班には優秀な料理人の方も居て、洋食を作ることもあったのですが、乗組員の方々がおいしそうに食べているのが印象的で……せっかく人の体を得たので食べてみたいなと……」

 

 なるほどね、軍艦の頃はさすがにオムレツは食べられないもんな。その後小声で「私が作ると玉子焼きになってしまうので」と言っていたのは聞かなかったことに……

 

「鳳翔さんの玉子焼き美味しかったです!」

 

 ……しようかと思っていたけれど、赤城さんの一言で台無しだよ。

 

 とりあえずその場を離れて厨房に入り、注文の品を作り始める。と言ってもプレーンオムレツと言うことで手早くパパっと作ってしまおう。

 

 熱したフライパンにサラダ油を薄く引いて馴染ませたら、バターを一欠け。バターが溶けて薄く色づいたところで卵を一気に入れるのだけれど、卵は白身と黄身で固まる温度が違うので、良く溶いておかないと焼きムラができたりデコボコした仕上がりになってしまうので注意だ。

 

 ちなみにうちのプレーンオムレツは卵に塩をひとつまみだけで、牛乳や生クリームは入れない。もちろん、そっちのレシピも上手く作れば美味しいのは知ってるけどね。

 

 そして、卵を投入したら縁が固まるまでしばらく待ち、固まったら卵をかき混ぜる。数回かき混ぜた後数秒待って卵を固めたら、フライパンを傾けて手前から奥に巻いていく。奥まで巻いたところで、フライパンの柄の部分を叩きながら煽って、外側を内に内にと巻き込んでいったら、ある程度巻いたところで大きく煽って……ひっくりかえす。

 

 横で見ていた球磨ちゃんも「おー」と拍手してくれて、ちょっと嬉しくなる。

 

「球磨ちゃん、そろそろできるからお皿とスープとバスケットにロールパンを盛っておいてくれるかい」

 

「りょうかいクマー」

 

 球磨ちゃんに指示を出す間に、フライパンのカーブを使って卵を木の葉型に整えて、もう一回ひっくりかえす。形が整った所でお皿に盛り付け、いろどりにパセリを乗せて卵の中央部分から垂れるようにケチャップをかければ完成だ。綺麗な木の葉型と鮮やかな黄色で我ながらうまくできたと思う。

 

 すぐにもう一つのオムレツを手早く完成させて、二つ一緒に持って行く。先にスープとパンは持って行ってもらっているけど、そんなに待たせることは無いはずだ。

 

「おまたせしました、プレーンオムレツです。スープとパンはお替りもありますから、言ってくださいね」

 

 そう言いながら二人の前にお皿を並べる。二人はオムレツが来るまで待っていたようで、そこで初めていただきますとフォークを手に取った。

 

 鳳翔さんはフォークをオムレツに当てるとゆっくりと力を入れていく。焼き固められた表面は初めのうちはしっかりとした弾力を持ってはね返してくるが、ある程度の力を加えたところで、亀裂が入りゆっくりと裂けていく。

 

 カチャンと小さな音を立ててお皿までフォークが下りると、その断面からトロリと半熟の卵がこぼれるのが見えた。牛乳などを加えていると、水分量が多すぎてべちゃっとした感じになってしまいがちだが、うちのは卵だけで作っているのである程度の硬さを保ったまま、プルプルとおいしそうに震えている。

 

「うわぁ」

 

 思わずと言った感じで鳳翔さんがそう言いながら、切り落とした部分にケチャップを少しつけて口へと運ぶ。隣では赤城さんがじっとその様子を見つめていた。まずは鳳翔さんが一口食べてからという事なのだろうが、赤城さんがそんなに緊張することも無いと思うんだけど……

 

「あぁ、おいしい。口の中でとろけて、卵の持つ滋味が広がっていきます。このほんのり甘いパンとの相性も良いですね……ほら、赤城さんも冷めないうちにいただきましょう」

 

 ゆっくりと味わった後に飲み込んで、鳳翔さんはおいしそうに言ってくれた。それを聞いた赤城さんも同じようにオムレツを口に含んで「んー!」と声を上げている。

 

 その後もオムレツにパン、スープと口に運ぶ鳳翔さんは、時折頬に手を当てながらおいしそうな表情で頬張っている。かつての大正・昭和の女学生たちも初めて洋食を食べたときはこんな感じだったのだろうか。

 

 スープの最後のひとしずくまできれいにパンで拭ったあと、満足げな表情で「ごちそうさま」と手を合わせた二人。それを見てカフェオレをカウンターに置きながら訊ねてみる

 

「先ほどのお話だと鳳翔さんも料理をされるようですが、どんな料理を?」

 

 俺がそう訊ねると、鳳翔さんは少し俯いて「それなのですが……」と言った後ぽつぽつと言葉を繋げた。

 

「実はちゃんとした料理はやったことが無くて……知識はあるのですけどね。昨日ちょっと調理場を借りて作ってみたときも、さきほど言ったようにオムレツが玉子焼きになってしまう次第で……やはりお砂糖とお醤油を入れたのが間違いだったのでしょうか?」

 

 なるほどねー、まぁ砂糖と醤油入れたら確かに玉子焼きだよね。フライパンで作ったらしく、形こそオムレツのような木の葉型だったらしいけど、作り方がいまいちわからなくて巻きながらつくったってことだからなおさらだ。それならばと一つ提案してみる。

 

「洋食に興味があるなら、お教えしましょうか?すでに聞いているかもしれませんが、うちではいろんな艦娘の子達に手伝ってもらいながら、料理を教えたりしてますので。お話を聞く限りでは基本はできそうなので、すぐに覚えられると思いますよ」

 

 すると鳳翔さんはガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、前のめりになって口を開いた。

 

「いいのですか?ぜひお願いします!帰ったらさっそく申請書を提出しなければ。あぁどうしましょう……」

 

 っと頬に手を当てて身もだえたところで彼女は我に返ったようで、ゆっくりと腰を下ろしてストローをすすった。

 

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました……それにしても、なんだかこうして噂に聞いていた『カフェー』に来られるなんて夢みたいですね」

 

 さっきのはしゃぎようも、こういう喫茶店への憧れの表れだったのだろうか。気を取り直してそんな風に言った後、鳳翔さんはつぶやくようにつづけた。

 

「確かに私たちは戦いの中に身を置いていますが、だからこそこういう穏やかな時間は楽しんでいきたい。そして美味しい料理でみんなを喜ばせたい……というのは甘えでしょうか?」

 

「いいえ鳳翔さん、少なくともこの島にいる艦娘たちは同じ思いですよ。そしてこれから増えるだろう子達もきっとそう思うはずです。こんな時間を楽しむために、守るために戦うと……それに、美味しいごはんを食べてから出撃すると、調子も上がりますしね」

 

 最後におどけるように言った赤城さんと鳳翔さんは、顔を見合わせて笑いあう。そして、その後も食後のカフェオレを楽しみながら、二人の会話は続いていった。

 




大和撫子鳳翔さんです
イメージは『カフェや洋食屋に憧れる大正の女学生』

鳳翔さんがお店をやっているのは公式設定(千歳の時報)のようですが
彼女をお客さんとして登場させたいというのも
この二次小説を書き始めた動機の一つだったりします

というか赤城さんこんなにポンコツ気味だったっけ?

お読みいただきありがとうございました


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二十皿目:軽巡三姉妹参上!1

先日回した軽巡レシピでちょうど二人出たので
勢ぞろいした三姉妹が登場です


「クゥーマー、クマ、クマ」

 

 手伝ってもらっている球磨の謎の鼻歌を聞きながら、朝の仕込みをしている時だった。スマホのメッセージアプリが新着メッセージを知らせた。

 

 まだ割と早い時間だったので、こんな時間に珍しいなと思いながら確認してみれば、差出人は川内だった。よかった、またさくらの無茶振りかと思ったじゃないか。

 

 『今夜妹二人連れてくから、よろしくね。和食でも洋食でもいいけど、最近寒いからアツアツメニューがいいかなー。よろしくね!』

 

 というメッセージが。妹がいるって話は前に聞いていたけど、ここの鎮守府にも着任したのか。なんだかメッセージからも嬉しそうな感じが見て取れる……『よろしくね』って二回言っちゃってるあたりとか。

 

 とりあえず『三名様ご予約承りました、お待ちしております』とわざとらしく返しておいて、三人が来る夜までにメニューを考えようか。

 

 相変わらず良く気の利く球磨と二人で無難に午前中の仕事をこなしてから、休憩の間に街に出てなにかいいネタが無いかうろついてみる。ちなみに球磨はお留守番だ。ちょうど休憩前にお昼を食べに来た多摩ちゃんと一緒にゴロゴロしている。

 

 実は「マスターも一緒にゴロゴロするにゃ」「それが良いクマ、のんびりするクマー」と誘われたのだが、涙をのんで店を出てきた。

 

 厨房から繋がる畳敷きの休憩室兼更衣室があるのだが、ドアが開いたままになっていたので、出がけにチラリと覗いてみると幸せ空間が広がっていた……くっ、後悔なんてしていないぞ。

 

 気を取り直して商店街をぶらぶらしていると、避難前にもやっていた練り物屋が営業を再開していた。近海でとれる様々な魚を使って作る自家製の練り物は、かつては観光客のお土産としても人気の品だった。特に厄介者と嫌われるサメを使ったはんぺんは、あの凶悪な面構えが嘘のような繊細さと滑らかな口当たりで、煮てよし焼いてよしわさび醤油で刺身も良しという絶品だった。

 

 そんな練り物を見ておでんもいいかなと思ったが、店の壁に貼られていた『おでん始めました』の貼り紙と、店頭で湯気をあげるおでん鍋を見て考え直す。この店では前から自前の練り物を使ったおでんも売りの一つになっているので、うちの店で扱うのはやめておこうかね。

 

 となると、どうしたものか……そうだ、洋食にも具とスープを一緒に楽しめる洋風おでんともいえるあれがあるじゃないか。

と、とあるメニューを思いついた俺は、商店街にある肉屋に足を運びいくつかの加工肉を買うことにする。

 

 この店も避難前からあった店なのだけれど、今では例の生産施設と直接契約を結んでおり、そこで生産されている物を安く、新鮮な状態で買うことができるようになったのと、その新鮮な材料を使った自家製加工肉がまた絶品なので、ついいろいろと買い込んでしまった。

 

 いいものが手に入ったと足取り軽く店に帰れば、いつの間にか多摩ちゃんは帰ったようで球磨が午後用のご飯をセットしているところだった。

 

「マスターお帰りクマ―。またいっぱい買ってきたクマね」

 

「あぁ、今日は夜になったら川内が妹連れてくるって言ってたからな。リクエストに応えられそうなちょうどいいメニューを思いついて、その材料も込みだ」

 

「あー、そう言えばそんなこと言ってたクマ。あそこもうちの姉妹に負けず劣らず、エキセントリックだから、マスターも注意するクマ」

 

 なんだその表現?と思いながら、食材をしまっていく。さぁ、しまっちゃおうねー……っとそうだ。

 

「なぁ球磨。川内達の料理一品作ってみるか?簡単だし」

 

「おー!やってやるクマ!川内相手なら失敗しても大丈夫クマ!」

 

 いや、流石にお客さんとして来るんだから失敗したらまずいだろ。というか、そうそう失敗しない料理だから大丈夫だよ。

 

 確か彼女たちが来るのは七時くらいだったはずだから、一時間くらい前から仕込んでいけば大丈夫だろう。とりあえず、午後の営業始めるかね。

 そして、時刻は六時過ぎ。夕食を食べに来たお客さんたちを相手しながら、球磨に作り方を教えていく。そのメニューは簡単に作れるうえに、この季節ぽかぽかとあったまれる『ポトフ』だ。

 

 野菜はすでに適当なゴロゴロサイズに切ってあるので、まずは鍋に皮を剥いたニンニクを丸のまま何個か入れてオリーブオイルで炒めていく。そこに玉ねぎ・にんじん・ウインナーを入れたら軽く炒めて、水・ブイヨン・束にしたパセリの茎・ローリエ・じゃがいもを入れて煮込んでいく。

 

「よーし、後はじゃがいもが柔らかくなった位でキャベツを入れてさらに煮込めばオーケーだ。ウインナーの塩気もあるけど、一応味見して塩コショウで味を整えたら出来上がりだな」

 

「え?これで終わりクマ?」

 

「あぁ、これで終わりだ。粒マスタードかサワークリームを添えてもいいけど……簡単だろ?」

 

「クマー。なんだか気合入れて損したクマ」

 

 肩透かしを食らって、気の抜けた返事を返す球磨と話していると、ドアベルの音に続いて「てんちょー、こんばんわー」という川内の声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい。待ってたよ……そっちの二人が?」

 

「うん、私の姉妹艦の神通と那珂……さぁ、二人とも店長に挨拶して」

 

 厨房から出てホールに出迎えに行くと、川内が後ろに二人の女の子を連れて待っていた。神通さんと那珂さんと呼ばれた二人が、川内に促されて挨拶をしてくれた。

 

「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願いします」

 

「艦隊のアイドル、なっかちゃんだよー!よっろしくぅー!那珂ちゃんってよんでね」

 

「えっと、神通さんと那珂さんだね、よろしく」

 

 神通さんの方は、ちょっと弱気そうだけど普通の子みたいだ……もう一人の那珂さんの方はアイドルって……まぁ、確かにそれっぽい気もするけど球磨が言うほどかな?と、そんな第一印象を抱いていたら、那珂さんがちょっとムッとした顔で近づきながら言ってきた。

 

「那珂ちゃん……」

 

「えっ?」

 

「りぴーと、あふたー、みー。な・か・ちゃ・ん!……はい!」

 

「えーっと、那珂ちゃん」

 

 腰に手を当てて一言ごとに接近してくる那珂さ……那珂ちゃんに気圧されながらそう言うと、彼女は「うん、よろしい」なんていいながら、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 




『那珂さん』
書いてて違和感しかありませんでした

次回はポトフともう二品作って、三人に食べてもらいます
さて、三人はどんな反応を見せてくれるでしょうか


お読みいただきありがとうございました


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二十皿目:軽巡三姉妹参上!2

本日は川内型後編です



「ま、こんな二人だけどかわいい妹たちだからさ、よろしくしてやってよ」

 

 若干苦笑い気味の俺に、川内がそんな言葉をかけてきた。よろしくするのは良いんだけど、お手柔らかにね。

 

 とりあえず三人を空いたテーブル席に案内して、厨房に戻る。その間に球磨がお冷とおしぼりを出してきて、厨房に戻ってきた。

 

「どうだったクマ?」

 

「いや、自己紹介にはびっくりしたけど、いい子達みたいじゃないか」

 

「でも、あの姉妹ああ見えて世界最強と言われた各水雷戦隊の、旗艦経験のある武闘派揃いクマ。気を付けるクマ、特に神通は……いや、なんでもないクマ」

 

 うーん、その水雷戦隊っていうのがよくわからんが、あんまり武闘派って感じもしなかったけどな。神通さんは見た感じおっとり系だし、那珂ちゃんはアイドル云々を置いとくとしても可愛らしい感じだし。でも、こないだの演習の時の川内を見た限りでは、その妹さん達も同じように優秀なんだろうなとは思うけどね。とりあえず、今はお客さんなんだから、球磨もちゃんと手伝ってね。

 

 注文は朝の時点でもう聞いてるから、まずは球磨の作ったポトフと手作りパンで繋いでもらおうかね。で、その二つを持って行ってもらっている間に俺はもう一つ、洋食でアツアツと言えばコレってメニューを作ろうか。

 

 まずは中に入れる具材から。大きめに切ったマッシュルーム・エリンギ・しめじを小鍋に入れて、少量の白ワインを振りかけてふたを閉めて蒸し煮にする。別のフライパンでオリーブオイルを熱したところに、一口大に切った鶏モモ肉を入れて焼き色を付けたら、塩コショウを軽く振って味を整える。

 

 具材にそれぞれ火が通ったところで、前もって小麦粉・牛乳・バター・塩・ナツメグで作っておいたホワイトソースに、きのこを鍋に溜まった旨味たっぷりのエキスごと加えて混ぜたら、バターを塗った耐熱皿に入れてそこに鶏肉を埋め込むように入れていく。

 

 このベースになっているホワイトソースは、基本に忠実にシンプルに仕上げてあるので、グラタンのほかにもクリームコロッケやパスタソースにも使えて活躍の幅も広い。牛乳か生クリームを足してクリーム煮なんてのもいいかもね。

 

 その具材と合わせたソースの上に、パン粉・粉チーズをかけて少量のオリーブオイルを回しかけ、予熱したオーブンで焼き上げれば『鶏ときのこのグラタン』の出来上がりだ。いろどりに刻みパセリも散らそうかな。

 

 そして今日はもう一つグラタンを作っていく。もう一つはバターを塗った耐熱皿にスライスしたじゃがいもとミートソースを交互に重ねて、最後にシュレッドチーズをのせて焼いた『じゃがいものミートグラタン』だ。

 

 取り分けて食べる用に大きめの皿で作ったこの二種類のグラタンを、オーブンに入れて焼いていく。

 

 ちなみにこのミートソースは、パスタにかけてもうまい。というか、パスタ用に作っておいたものを使っているから当たり前なんだけど……

 

 というのも、喫茶店だけあって……というのは俺の勝手なイメージだけど、パスタの注文は少なくないので、朝と昼の仕込みの時に、いくつかの種類は作り置いていて、このミートソースやホワイトソースはそれを使ったのだ。

 

 作り方は何の変哲もない普通のミートソース。みじん切りにした玉ねぎ・ニンジン・セロリを、お手製のブーケガルニと一緒にオリーブオイルで炒めていく。水分が飛んだところでブーケガルニを取り出して、下味に塩を振って軽くほぐした合い挽き肉を入れ、あまりいじらないように注意しながら炒めていく。

 

 ここで強引にほぐそうとしたり、手を入れすぎて潰したりすると美味しくならないので注意。とは言え、手を入れなさすぎるのも固まったままになるのでよろしくないという扱いの難しさ……女心とミートソース。

 

 ひき肉にしっかり焼き色が付いたら、赤ワインを加えて煮詰めて旨味を凝縮させて水分がなくなった後で、つぶしたトマト水煮缶を加えて煮込んでいく。そのままトマトの水気を飛ばして、塩コショウで味を整えれば完成だ。

 

 というわけで、焼きあがったグラタン二種類を川内三姉妹の所に持って行く。

 

「おまたせしました、鶏ときのこのグラタンとじゃがいものミートグラタンだよ。熱いから気を付けてね」

 

「わー!すっごーい!このお洒落な感じはアイドル向けだよねっ」

 

「ありがとうございます……姉さん、那珂ちゃん、取り分けるからお皿かしてください」

 

「おいしそー!あ、店長ポトフお替りもらってもいいかな?うん、三人分」

 

 それぞれ違った反応を見せる三姉妹。ひとまず川内から注文のあったポトフのお替りをよそって戻ってくる。

 

「店長ありがとね……うん、やっぱ美味しいわね。冷えた体に沁み込むような、一皿目はもちろん美味しかったんだけど、こうして改めて味わうといろんな旨味が溶け込んでるのがわかって、さらに美味しく感じるなぁ」

 

「私はこのじゃがいものグラタンが好きですね。ほくほくしたお芋と深い味わいのミートソース、そしてその二つに絡んでまとめているチーズがなんとも言えないですね。それになんだか……体が火照ってきてしまいました」

 

「あっふっ、あっつ!み、水……ふぅ。えっとー、那珂ちゃんはこのきのこのグラタンかなー。きのこは健康や美容にも良いしね!美味しく食べられるなんてさいこー!那珂ちゃんますます魅力的になっちゃうかも。きゃはっ」

 

 好みは分かれたみたいだけど、みんな笑顔で食べてくれている。良かった……っていうか、神通さんはそのセリフだとちょっとあれなので、体があったまったって言って欲しい。那珂ちゃんの『きゃはっ』はまぁいいか。アイドルだもんね、切り替えも早いし。

 

 そのままホールで他のお客さんの接客をしたり、後片付けをしていると三姉妹の会話が耳に入ってきた。

 

「ねぇ、川内ちゃん。川内ちゃんはこういうの作れないの?」

 

「んー、やってやれないことは無いと思うけど、流石に店長みたいにはいかないかな。でも、今度レシピ聞いてみようかな」

 

「でも、姉さん。このポトフならどうですか?さっき球磨さんが簡単だったって言ってましたし」

 

「いやいや甘いよ神通。ポトフの作り方自体は簡単なんだけど、この味は私には無理だね。この深い旨味は多分だけど店長特製のブイヨンが使われてるのよ。あれは一朝一夕じゃ真似できないわよ」

 

 さすが川内、良い舌を持ってる。そして、なんだかんだ言ってもいいお姉ちゃんしてるじゃないか。そんなお姉ちゃんに助け舟をだしてあげようかな。

 

「水筒かなんか持ってきてくれれば、ブイヨンも分けてあげるよ。せっかく再会できた妹さん達になにか作ってあげたらいいよ。川内なら、うちのブイヨンを使った他の料理も何種類か作れるだろう?」

 

「ほんと?いいの!?今度もらいに来るからね。約束よ?」

 

 さっきも言ったようにせっかく三姉妹揃ったんだし、お姉ちゃんとして何かしてあげたらいいんじゃないかな……そんな感じで提案してみたら、川内も同じような気持ちだったのだろうか、キラキラした笑顔で喜んでくれた。

 

「まぁ!店長さんありがとうございます。姉さんの料理は鎮守府でも随一だと評判ですが、なかなか時間が合わなくてまだ食べてませんでしたから、楽しみです」

 

「店長、ありがとー!そう言えば、なんだかんだでまだちゃんとした料理は作ってもらってないもんね。ここに来てからの食事は他のみんなと一緒だったし。というわけで、川内ちゃんよっろしくぅー!」

 

 うん、妹さん二人も楽しみにしてくれてるみたいだし、頑張れ川内お姉ちゃん。

 




グラタンってなんだか女子力高そう(←思い込み)


ここで艦隊のアイドルさんから一言
「お仕事ならリアクションも取るけど、ガチでリアルな熱さはNGだよ!」



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二十一皿目:長崎思い出の味

先日の箸休めでの内容とタイトルからわかると思いますが
今回はあの方の登場です

ちょっといつもより長いですが、切っちゃうと短すぎな気がしたのでそのままで
(いつもは大体5000文字超えるくらいから分割を考えてます。今回は4700文字)


 さて、ここの所立て続けに新しい艦娘が来店しているが、今日もまた一人来ることになっている。長門さんの連絡によると、長崎生まれと言うことで、長崎にちなんだメニューをお願いしたいという事だ。そして、自分よりもたくさん食べるので、量の方も多めに頼むとお願いされた。長門さんより食べるって、相当な量だと思うんだけど、どうなんだろう。

 

 とりあえず、メニューをどうするかってところなんだけど、ぱっと思いついたのは佐世保バーガーだった。でも確かあれって『この材料を使えば佐世保バーガー』っていうのは無かったはず。『手作り』で『注文を受けてその場で作る』ってのが定義だったはずだから、ちとわかりにくいか。

 

 となると、皿うどんかちゃんぽんなんだけど、どっちにしても麺が無い……よし、作るか。どうせ麺から作るなら、今回は皿うどんにしようかな。

 

 寝かせる時間なんかも考えて、お昼ごはんを食べ終わったところで麺づくりを始める。

 

 ボウルに強力粉・薄力粉・水・塩・卵・重曹を入れてまぜる。手に粉が付かなくなって、丸い塊になるまでしっかり捏ねながら混ぜたら、ビニール袋に入れて新聞紙で挟んできれいな床に置いたところでゴロゴロしていた多摩ちゃんを呼ぶ。というか、最近球磨が手伝いに来るようになってから、多摩ちゃんが良く来るんだけど任務とかないの?大丈夫?

 

「多摩ちゃーん。ちょっと手伝ってもらえる?」

 

「何するにゃ?多摩は料理は食べる専門だけどにゃ」

 

「ちょっとこの上に乗って踏んでくれるかい?」

 

 そうお願いすると、多摩ちゃんは新聞紙の上で「にゃっにゃっ」と言いながら足踏みを始めた。しばらく踏んでもらった後、広がった生地を折りたたんで足踏み再開……というのを球磨と交代しながら四回ほど繰り返してもらったところで、一旦生地作りは終了。丸めてしばらく寝かせておく。三・四時間だろうか、長門さん達が来るまでには間に合いそうだ。

 

 その後寝かせ時間も良い感じになったので、接客の合間を縫って麺を完成させてしまう。と言っても後は簡単。生地をいくつかに分けて伸ばして製麺機にかけるだけだ。

 

「あっははは、面白いクマー」

 

 楽しそうに製麺機のハンドルを回している球磨は放っておいて、具材だけでも仕込んでおくかと野菜を切っていたところで、長門さん達がやってきた。

 

「店主殿、今夜はよろしく頼む」

 

 そう言いながら扉を開けて入ってきた長門さんの後ろから、実に特徴的な女性が入ってきた。

 

 銀髪と褐色の肌に、眼鏡をかけているところまでは良いのだが、特に目を引くのがさらしだけしか巻かれていない大きな胸だ。正確にはセーラー服の襟部分が見えるので、それっぽいものを羽織ってはいるようだが、もはやないに等しい。

 

 正直そこに目を向けるなというのは、健全な成人男性には無理な話だと思う。そして、そんな俺の苦悩をお構いなしで、その女性は手を差し出しながら口を開いた。

 

「大和型戦艦二番艦、武蔵だ。貴殿が店主か、よろしく頼むぞ」

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 なんとか返事を返して握手をしたが、さらに接近したことで存在感を増したソレにドギマギしてしまう。思わず長門さんの方を向いて、目線で助けを求める。

 

「武蔵よ、だから言っただろう。店主殿もお前の格好に戸惑っておられる。ほら、これでも羽織っておけ」

 

 そう言って長門さんが武蔵さんに軍服のようなものを差し出した。それを受け取った武蔵さんは渋々袖を通すが、胸元のボタンがとまらずみぞおちの辺りまでは露わになってしまっている。まぁ、それでも艶めかしい肩から脇にかけてのラインや、お腹周りが隠れただけでもよしとしよう。

 

 と、そこでもう一人来ていることに気づいた。大きな二人に隠れて見えなかったが、島風ちゃんも一緒に来ていた……のだけれど、どこかいつもより元気が無いように見える。んー、元気がないというか、迷子になった子がお母さんを見つけた時みたいな感じ?

 

 ちょっと気になったので、席に案内するときに長門さんだけに聞こえるように訊ねてみた。

 

「長門さん長門さん、島風ちゃん何かあったんですか?」

 

「まぁな。武蔵が建造されてからあの調子なのだ。私も心当たりはあるが……後で聞いてみるつもりだ。よかったら、店主殿も一緒に聞いてくれないか?」

 

「いいんですか?俺なんかが……」

 

「いや、店主殿だからこそ、だな」

 

 長門さんと内緒話をしていると、先に座った二人から「長門、何をしている」「おっそーい」と声がかかる。あの感じを見ると、落ち込んでるとかって訳でもないみたいだな……

 

 しかし大和型か……大和さんは祭りの時に会ったけど、だいぶタイプが違うというか……いろいろと、こう、なんというか、でかい人だな。あっ、でもある部分の大きさは姉妹で似ているかも……

 

 ともあれ、三人を待たせても申し訳ないので、さっさと調理に取り掛かる。

 

 まずは皿うどんの前に、軽くつまめるものを用意しよう。長崎と聞いて、もう一つ思い浮かんだ名物がある、それが『長崎かんぼこ』だ。

 

 簡単に言ってしまえば、長崎の地の魚を使った練り物なのだが、助宗だらをメインに作る他の地域の練り物と違って、鯵や鰯、エソなど様々な魚を使って作る長崎のそれは、また違った味わいがある。

 

 とは言え、長崎から遠いこの島では本場のものを入手するのは難しい。ただ、商店街にある練り物屋では、長崎同様島の魚を使った物も多いので似たような商品を仕入れておいた。今回用意したのは、鯵かまぼこと鰯の揚げかまぼこ、糸よりのさつま揚げとその店自慢のサメはんぺんだ。

 

 このうち、サメはんぺんと鯵かまぼこは刺身で、鰯の揚げかまと糸よりさつま揚げは軽く炙って持って行く。

 

「どうぞ、まずはこの島の魚で作った練り物盛り合わせです。はんぺんはわさび醤油で、その他は生姜醤油で食べてみてください」

 

「ほう、これはかんぼこ……とはちと違うようだが、美味そうだな」

 

 さすがに武蔵さんにはピンと来たようだ。まずは一口なにもつけないで口に運んだ。

 

「あぁ、美味いな。余計なものは使っていないと見えて、魚の旨味がはっきり味わえるいい品だぜ」

 

「はんぺんをこうして食べたのは初めてだな。焼くか煮るかしかないと思っていたが……この食感は癖になりそうだ」

 

 うん、掴みはオッケーっぽいな。島風ちゃんも静かだけど、おいしそうに食べてくれてるし。

 

 厨房に戻った俺はさっそく皿うどんの調理に取り掛かる。本場の揚げ麺が手に入ればよかったのだが、今回は手作り中華麺を揚げて作ることにする。

 

 極細の中華麺を蒸したものの水気をよく取って、サラダ油にごま油をちょっと足して中華鍋で揚げていく。こんがりカリカリに揚げて油を切っている間に、次はあんかけを作ろう。

 

 まずは酒・醤油・生姜で下味をつけた豚バラ薄切りと鹿の子に包丁を入れた紋甲イカを炒めていく。火が通ったところで一旦取り出して野菜を炒める。今日使うのはニンジン・ねぎ・白菜・ちんげんさい・きくらげと、忘れちゃいけないのがかまぼこだ。これらを順番に炒めていって、火が通ったら豚肉とイカを戻し入れて水・酒・醤油・ガラスープを入れて煮立てる。二・三分煮たら、水溶き片栗粉でとろみをつけて最後にごま油で香りとつやを出したらあんのできあがり。お皿に盛った揚げ麺にかけて完成だ。

 

「はーいおまちどうさま。皿うどんと中華卵スープお持ちしました。お好みでお酢やからしもどうぞ。麺はうちで作った奴だから、ちょっと本場のとは違うかもしれないけど、味は保障するよ」

 

「ほう!麺を手作りとはやるなご主人。皿うどんはずっと食べたかったのだ、感謝するぞ」

 

 武蔵さんがそう言ってくれて、箸を差し入れると「ザクッ」という音と共に麺が崩れる。しっかり中までパリパリになってるみたいだ。

 

 三人そろってパリパリ、サクサクと音を立てながら食べていく。時折「ふむ」「ほぅ」「うむうむ」なんて言いながらただひたすら食べ進めていく。その見事な食べっぷりは、見ているこっちが嬉しくなる。いつ呼ばれてもいいように、カウンターで作業しながら見ていると、ほどなくしておよびがかかった。

 

「ご主人、懐かしい料理をありがとう。とても美味しかったぞ。それで、一つ聞きたいのだが……これを白飯にかけるというのはアリか?」

 

 そんな武蔵さんの言葉に俺は黙って頷いて手を出す。すると、武蔵さんも黙って頷きながら皿を手渡してくる。だが、そこで黙っていられなかったのが長門さんだった。

 

「ん?なんだその聞くからに美味そうな料理は!私も頼む!」

 

 そう言うなり残っていた皿うどんをがつがつと掻き込み、もぐもぐしながら皿を手渡してくる。さすがにそれはちょっとはしたないのではないかな?食べたい気持ちはわかるけどね。

 

 島風ちゃんはまだ食べている途中だ。結構な量があったのに、こんなに早く食べ終わるこの二人のお姉さんがおかしいのだと思う。

 

 二人からお皿を受け取り厨房に戻って、さっきと同じようにあんを作っていくが、せっかくだから一味変えようかととろみをつける前に溶き卵を回し入れる。あつあつのスープに卵が流し入れられると、ふわふわの雲が散らばるように固まっていく。そこにとろみをつけて、新しいお皿にこんもりとお椀型に盛られた白飯の上にかけていく。

 

 うん、これはやばいやつだ。レンゲで一気に掻き込んで、はふはふ言いながら食べるのが正義だろう。

 

「おまたせ、お替り……とはまた違うか。中華丼?になるのかな、お持ちしました」

 

「ふはは、これはいいな……む、ご主人、卵を溶き入れたのか?さすがだな」

 

「あぁ、先ほどの皿うどんももちろん美味かったのだが、やはり白飯も食べなくてはな」

 

 なんだか二人の視線がキラキラを通り越して、ギラギラしているように見える。そんな二人を見つめていた島風ちゃんに気付いたので、彼女も食べたいのかと思い聞いてみる。

 

「んーん、私はさっきのでお腹いっぱい。ちょっと気になるけど」

 

 と答える島風ちゃんに武蔵さんが声を掛ける。

 

「ならば少し味見してみるか?私のを少し分けよう」

 

 そう言って島風ちゃんの空いた皿に少し分け入れる。お礼を言って、一口食べた島風ちゃんが「あっ、おいしい」と声を上げるのを見ながら武蔵さんはゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ島風、食べながらでいいから聞いてくれ。私がこの鎮守府に来て以来、お前はなにかと私の世話を焼いてくれるが、そこまで付きっ切りになる必要はないぞ。もちろん迷惑だと言っているのではないし、お前がどういう気持ちでこうしているのかも分かっているつもりだ」

 

 そこで「でも!」と言いかける島風ちゃんを手で制して、彼女は言葉を続ける。

 

「もう大丈夫、私は無事だぞ。確かにあの時お前に摩耶の乗員を任せた後私は沈んだが、こうして新たに生まれ変わったのだ。今度はもう、あんな思いはさせない。大丈夫だ……」

 

 武蔵さんはそこまで話して、島風ちゃんの頭をゆっくりと撫でる。その表情は、今までの武人然とした凛々しいものではなく、姉のような、母のような優しい表情だった。

 

 なんだか大丈夫そうだな。そう思って長門さんを見ると、食べる手を止めて嬉しそうに頷いていた。島風ちゃんはしばらく撫でられるままになっていたがだんだん照れくさくなってきたのか、バッと顔をあげるといつもの調子で言った。

 

「ほら、二人とも冷めちゃう前に食べなよ!美味しいよこれ!」

 

 そう言われて一瞬顔を見合わせた二人は、揃ってはっはと笑った後レンゲを手に取り食べ始めた。料理を持ってきてからなんだかタイミングを逃して離れがたかったが、俺もカウンターに戻ることにする。

 

「うむ、美味い、美味いぞ!どうだ、島風ももう少し食うか?」

 

「うん!」

 

 テーブルを離れる俺の後ろからは、そんな二人の会話が聞こえてきた。

 




というわけで、武蔵さん登場です

武蔵というと一緒に話題に上るのは
最期を看取った清霜・浜風が多いですが
彼女たちの前に武蔵を護衛し
武蔵に乗っていた負傷者と摩耶の生存者の移乗を受け入れたのが島風でした
今回のお話はそのあたりの史実を参考にさせてもらっています

武蔵の時報では摩耶や島風にも言及してますね


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二十二皿目:第十一駆逐隊とレモネード

ここで初登場の公式主人公……
ごめんよ、遅くなって


 最近鎮守府では、海域攻略というのを積極的に行っているらしい。これは自衛軍本部からの要請で、深海棲艦に支配されている海域を攻略し支配権を取り戻そうという、いわば鎮守府の活動のメインと言えるものなのだそうだ。

 

 この海域攻略自体は順調に進んでいてこちらの支配海域も広がっているのだが、そういう海域は支配権を取り戻した後も定期的な掃討作戦を行う必要があるため、広がれば広がるほど戦力の充実が必要になってくる。

 

 おまけに特定の艦種でしか攻略できない海域もあるため、難易度は加速度的に上がっていくのだそうだ。

 

「……ってことでさ、ドロップやら建造やらで新規着任が増えてるのは良いんだけど、なかなか教育も進まなくてさ、ちょっと急ぎすぎたかなぁ」

 

 と相変わらず機密だなんだをお構いなしで愚痴っているのは、朝定を食べに来たさくらだった。こいつは喫茶店だって言うのにモーニングではなく朝定ばかり注文して来る……せっかく手作り食パンの厚切りトーストとかあるのに。

 

「大変そうですな、司令官殿」

 

「何それ、他人ごとね」

 

「だって他人ごとだし」

 

 俺がからかい混じりに言うとさくらは文句を言ってきたが、そりゃ他人ごとだからな、しょうがない。とはいえ、全く俺には関係ないってわけではなくて、最近艦娘の人数が増えてきたことでうちの店にもたくさんの子が来てくれるようになった。ただ、新しい子が挨拶に来てくれてもランチやディナーの忙しい時間だったりして、きちんと挨拶できていない子も多いのはちょっと気になっている。

 

「そうだ、吹雪たちがなんか教えて欲しいことがあるんだって、多分午後あたり来ると思うから対応してあげてね」

 

「おう、わかった。吹雪ちゃんって言うと、あのセーラー服の中学生っぽい子か。確か『始まりの六人』の中にもいた……」

 

 先日軽く挨拶を交わした女の子の姿を思い浮かべる。と同時に、以前見た動画に映っていた姿も思い出された……もちろん本人でないことは重々承知だが。

 

「そうね、確か十一駆……えーっと、第十一駆逐隊のメンツで来るって言ってたから、あの六人の中で言うと叢雲も一緒だと思うわ。何を聞きたいのかは秘密にしてるみたいだったけど、秀人に聞くってことは料理のレシピかなんかじゃないかしら?じゃ、行ってくるわ」

 

 さくらはそう言うと会計を済ませ店を出ていった。何を聞きに来るのかわからないけど、ちょっと楽しみだな。

 

 昨日まで球磨が手伝いに来ていたけど、今日は一人での営業。ランチタイムにちょっと混んだくらいで特に混乱もなく休憩に入る……おっさん連中が少ないのは艦娘の手伝いが無いせいか?

 

 一人なので適当に昼飯を食べたら、少し早いが店を開けてしまう。いつお客さんが来てもいいようにカウンターで作業をしていると、ほどなくしてドアベルが来客を知らせた。

 

「マスターさん、こんにちはー」

 

 入ってきたのは、今朝さくらが話していた吹雪ちゃん達だった。吹雪ちゃんを先頭に白雪ちゃん、初雪ちゃん、叢雲ちゃんと挨拶をしながら入ってきて、カウンターに並んで座った。

 

「いらっしゃい。さくらから聞いたけど、何か質問があるって……っていうかお昼食べた?先に何か食べるかい?」

 

 お冷を出しながらそう聞くと、それじゃ何か食べようかなとそれぞれメニューを広げて考え出したので、しばらくカウンターで作業を続けていると決まったようでお呼びがかかった。

 

「私はナポリタンで!」

 

「あっ、私もナポリタンでお願いします」

 

「……たらこスパ」

 

「私はきのこクリームスパゲティがいいわ」

 

 それぞれ注文した後に、吹雪ちゃんから追加注文が入る。

 

「あと、食後にレモネードを四つ、お願いします!」

 

「はい、かしこまりました。食後にレモネード四つですね。じゃぁすぐに作ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 注文を伝票に書き留めて、厨房へと引っ込む。さて、まずはパスタを茹でつつきのこクリームソースからかな。

 

 バターを引いたフライパンで薄切りにした玉ねぎを炒めていく。しんなりしたところで、石突を取ってほぐしたしめじと、軸を取ってスライスしたシイタケを入れて炒める。きのこがしんなりしてきたら、ホワイトソースと粗びきコショウを入れてザっと合わせたら一旦置いておく。

 

 っと、そろそろパスタが良い感じなので、一旦ざるにあけてオリーブオイルを絡めて固まらないようにしておこう。

 

 お次はナポリタン。具材を炒めて、塩コショウを振ったところでパスタを投入。さらにケチャップを入れて、絡めながら完成させる。ナポリタンをお皿に盛ったら、さっきのきのこソースを軽く温めて、パスタを入れて和えればきのこクリームスパゲティの完成。

 

 最後はたらこスパゲティ。以前パスタパーティーで佐渡ちゃんが作った時はボウルの中で完成させたが、今回はフライパンを使って作る。

 

 フライパンにバターを入れて溶かし、バターが湧いてほんのり色づいたところで火からおろし、ほぐしたたらこ・醤油を数滴たらしたら軽く混ぜて、パスタを投入。良く混ぜてお皿に盛り、千切りにした大葉と海苔を乗せて出来上がり。さて、四人も待ってるだろうから持って行こう。

 

「おまたせしましたー。ご注文のお品ですっと」

 

「わぁ、おいしそう!やっぱり喫茶店と言えばコレですよねー。金剛さんも言ってましたし。って白雪ちゃんタバスコかけるの?辛くない?」

 

「これが美味しいんだって、かけすぎに注意とも言ってたけど……吹雪ちゃん粉チーズかけすぎじゃない?」

 

 ナポリタン二人組は同じものでも食べ方が少し違うみたいだ。吹雪ちゃんは粉チーズたっぷりタバスコ無し、白雪ちゃんは粉チーズとタバスコをちょっとずつという食べ方だった。このへんはやっぱり好みが出るよね。

 

「うん、おいしい……これのためなら外に出るのもやぶさかではない」

 

「あら、このクリームソースも美味しいわよ。六駆の子達に聞いていたとおりね……古鷹さんにも教えてあげようかしら」

 

 こっちの二人もおいしそうに食べてくれてる。今叢雲ちゃんが言った古鷹さんってーと、昨日挨拶に来ていた高校生くらいのオッドアイの子だっけ。

 

 さっきの吹雪ちゃんの言葉もそうだけど、鎮守府内でも色々とコミュニケーションというか情報交換が行われているようで……知識はあっても食べたことない料理ばかりだろうからね、そういう口コミも判断基準の一つになるんだろう。ま、仲がいいみたいで何よりだ。

 

 それからしばらく彼女たちの話声と、カチャカチャと食器のなる音が響く。時折「天龍さんの訓練が……」とか「愛宕さんがパンパカパーンって……」なんて知った名前がチラチラと聞こえてくる。愛宕さんが……なんだって?

 

 そのうちみんな食べ終わったようで「ごちそうさまでした」という声が聞こえた。それを聞いてお皿を下げながら、注文されていたレモネードを置いていく。そう言えば、初めて来たときもこの子達はレモネードを飲んでいたっけ。気に入ってくれたのかな。

 

「くー、すっぱい……けど、美味しい!」

 

「うん……やっぱりこれだ」

 

 吹雪ちゃんと初雪ちゃんが一口飲んでそんなことを言った所で、今日の本題を切り出す。

 

「さて、お腹もいっぱいになったところで、今日の目的を聞いてもいいかな?なんかのレシピを聞きに来たんだと思うけど……」

 

 俺がそんな風に水を向けると、叢雲ちゃんが答えてくれた。

 

「えぇ、それなんだけど、このレモネードの作り方を教えてもらいたいの。難しいかしら?」

 

「作り方は簡単だし、教えるのも構わないんだけど、理由を聞いてもいいかい?」

 

 どうしてだろうと聞いてみれば、四人で顔を見合わせた後一つ頷いてから吹雪ちゃんが説明してくれた。

 

「はい、マスターさんには話していいとのことなので、少し詳しくご説明しますが、私たちは最近海域攻略中に発見されて着任したのですが、着任してすぐに艦隊に加わるわけではありません。艤装の運用練度を高めるために座学や湾内での訓練等を経て、一定の練度を超えたと判断されてから出撃許可が下ります」

 

 俺には話していいとか、どうせさくらだろう。とそのことは一度脇に置いといて、頷きながら吹雪ちゃんの話に耳を傾ける。

 

「そして、私たちはまだその許可が下りていないので外洋には出られないのですが、その間にも他の方々は攻略を進めたり、今後出撃許可が下りた後に、比較的安全に継続して練度を上げられるような海域の奪還を進めています。私たちはそれを見送ることしかできないので、疲れて帰ってきた先輩方に何かできないかと思ったんです」

 

 そこまで説明した吹雪ちゃんの後を引き継いだのが白雪ちゃんだ。

 

「レモンの酸味には疲労回復効果もあると聞いたことがありますし、お風呂の後に冷たいのを飲んでさっぱりしてもらおうかなって、それに先日いただいた時に、マスターさんがこの時期は温めても美味しいとおっしゃっていましたので、これはピッタリだなと」

 

 なるほど、それでレモネードか。うん、良いんじゃないかな、きっとみんな喜んでくれると思うよ。

 

「よし、わかった。じゃあうちの特製レモネードの作り方を教えよう!」

 

 俺がそう言うと、四人は嬉しそうに顔をほころばせた。一見クールっぽく見えた初雪ちゃんや叢雲ちゃんも喜んでくれているので、よほどみんなのために何かしてあげたかったんだろうね。

 

 そして、作り方を教える前に俺はカウンター下の扉からある物を取り出して四人に見せる。それに反応して口を開いたのは叢雲ちゃんだった。

 

「その瓶は……レモンを漬けているのかしら?」

 

「そう、レモンの砂糖漬け……レモンシロップだね。うちのレモネードはこのシロップを水で割ったところに、生のレモンを絞ったものを加えてるんだ。今日はこのシロップの作り方を教えようと思う。といっても簡単だから、そんなに身構えなくてもいいよ」

 

 俺はもう一つ新しい瓶を厨房から持ってきて、作りながら説明を始めた。

 

「まず瓶を良く洗って、水気を乾燥させたら消毒用のアルコールを噴霧して、きれいな布巾でふき取る。でかい鍋で煮沸消毒してもいいけど、大変だと思うからこれでいいと思うよ」

 

 続いてレモンを輪切りにしていく。深海棲艦が来るようになって輸入の柑橘は出回っていないので、ワックスはついていないので安心だ。良く洗う程度で使える。

 

「次に輪切りにしたレモンと同じくらいの量のグラニュー糖を交互に入れていって……最後に蜂蜜を適量垂らす……あとはしっかり蓋をして冷暗所に置いておけば五日から一週間くらいで使えるようになるよ。皮の苦みが苦手だったら輪切りにする前に薄く剥いてあげると良いかな」

 

「結構簡単なんですね。これなら私たちでも作れそうです」

 

 白雪ちゃんがメモから顔をあげてそう言うと、初雪ちゃんが後に続く。

 

「それで、これをどうするの?」

 

「シロップができたら、水で割ればレモネードに、炭酸水で割ればレモンスカッシュになるよ。割合は好みだからお任せするよ。で、うちの場合はお客さんに出す前に、ここにレモン半分の搾り汁と輪切りにしたレモンを一枚、ミントの葉を浮かべて作ってるんだ」

 

 うちのレモネードは最後に生の搾り汁を加えてる分かなり酸味が強いものになっている。この辺りは店によってさまざまで、最初からシロップを使わないで生の果汁と砂糖だけで作るところもあれば蜂蜜を入れないところもあるし、グラニュー糖ではなく黒糖を使うところもあると聞く。

 

 このレモネード、あるいはレモンスカッシュってのはコーヒーに並ぶ、喫茶店におけるそれぞれの店の顔ともいえるんじゃないだろうか。

 

「最後に加える搾り汁は、酸っぱくなりすぎたりして調整が難しいかもしれないから、最初は水で割るだけにしたらいいんじゃないかな?それでも十分美味しいはずだから」

 

 四人は立ち上がってカウンターを覗いていた体勢のまま頭を下げて「ありがとうございました!」と声をそろえて言った。さっそくこの後商店街をめぐって材料をそろえて作ってみるということで、そのまま会計を済ませて帰っていった。

 

 今の季節なら消毒をきっちりやればそうそうカビは生えたりしないと思うけど……喜んでくれるといいね。

 




今まで出てきてなかった吹雪型が登場です
なんとなく吹雪なら先輩たちにこんなことしそうだなーと……
運動部のマネージャー的な?
あ、叢雲もタイプは違うけどやりそう
(あくまで作者のイメージです)


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二十三皿目:浪花生まれのソース育ち

今回の艦娘達は同じ造船所くくりです
そして自分にとってはなじみ深いご当地メニューが出てきます
分かる人にはわかるかも?



「あの、店長殿……ご相談が……」

 

不知火が何やら深刻そう表情にで相談を持ち掛けてきた。なんだ?どうした?さっきまであの日以来お気に入りになっていたトマトの卵炒めを食べて満足そうにしていたじゃないか。

 

「実は先日私の妹たちが着任したので、今度連れて来たいのですが……」

 

 ん?別に深刻になるような内容じゃない気がするけど。うちはただの喫茶店なんだから気にせず連れてきてくれればいいのに。

 

「いえ、私が案内しようかと思ったのですが、明日の朝からしばらくの間、遠征でここを離れるもので彼女たちだけで来るそうなのです。ただ、その子達は少々変わっていると言いますか、特徴的なところがあって少し心配で……せめて陽炎姉さんがいてくれたら良かったのですが」

 

 不知火がそんな風に言うなんて、ちょっと不安になってきたのだけれども……

 

「えっと、とりあえず名前とか、その特徴とやらを簡単に教えてもらってもいいかな」

 

「はい、名前は黒潮、浦風、舞風。特徴は大阪弁、広島弁、ハイテンションです……」

 

 えーっと……どういうことかしら?

 

 その後もう少し詳しく聞いてみると、三人は同じ大阪の造船所で建造された過去があり、姉妹艦でもあるということで、ここの鎮守府でも仲良くしているという事なのだがそれぞれ特徴があって、黒潮ちゃんは大阪で生まれたせいか大阪弁だし、浦風ちゃんは呉にいた経験から広島弁、最後の舞風ちゃんはダンスが好きなハイテンションガールらしい。

 

「しかも、料理の方も注文がありまして、ソースを使ったりつけたりして食べる料理がいいということでして」

 

「ソースで食べる料理ねぇ……」

 

 不知火から聞いたリクエストちょっと考えてみる。とりあえず大阪とソースで思い浮かんだのはお好み焼きだけど、大阪と広島で別れちゃうから却下かな、どっちも好きだけど。たこ焼きは鉄板が無いし――今度買っておこう――となるといっそ関西圏から離れたソース料理にするか。

 

 ちょうど先日……といっても大分経つけど、修業時代の知り合いから開店祝いと言うことで彼の地元にあるメーカーのソースが送られてきたところだ。確かその地元で昔から食べられている料理を聞いたことがあるからそれにしようかな。

 

「うん、大丈夫。任せといて!」

 

 メニューの目処が立った俺は、不知火に向かって胸を叩いた。

 

「ありがとうございます。やはり店長殿にお話ししておいて正解でした。妹たちがなにか失礼なことをしたら後で教えてください。叱っておきますので」

 

 こちらこそ、言っておいてくれてよかった。当日言われても何とかするけど、前もって言ってくれると考える余裕も出るしね。大阪生まれならきっと気に入ってくれる料理のはずだ……イメージだけど。

 

 不知火から深刻そうで深刻じゃない、ちょっと深刻かもしれない相談を受けてから二日後の夜、彼女たちが来店した。

 

「黒潮や、よろしゅうな」

 

「うち浦風じゃ、よろしくね!」

 

「こんにちは!陽炎型駆逐艦舞風です。暗い雰囲気は苦手です!」

 

 聞いていた通りの……いや、舞風ちゃんに関しては想像以上のハイテンションガールだった。とりあえず三人を席に案内して、注文を確認する。

 

「えっと、不知火からソースを使った料理って聞いてたんだけど、それでよかったのかな?」

 

「ええで、不知火から聞いたかもしれんけど、ウチら大阪で生まれてん。せやからソースには目がないんよ。ただ、お好みくらいしか作れるもんが……」

 

「じゃぁ、今日用意しているメニューはちょうどよかったかも。使ってるソースも関東のメーカーのだし、ちょっと変わったメニューも用意してるからさ」

 

 そんな風に今日のメニューをちょっと説明すると、青い髪の浦風ちゃんが乗ってきた。

 

「ほぉ、そりゃ楽しみじゃねぇ。ウチも料理はそこそこできるつもりやし、お好み焼きやったら自信あるんやけど」

 

 っと、この二人のお好み焼きって所謂関西風と広島風だよな。どっちも自分たちの所のものを『お好み焼き』って表現するからな。ただ、出身者に聞いてみると大阪対広島なんてのはテレビが面白おかしく煽ってるだけだっていうけど……ま、実際はそんなもんだ。

 

「舞風もそれでいいです!お任せしまーす」

 

 そう言えば舞風ちゃんは標準語なのね……っと、三人から了解も得たところで、さっそく料理を始めていこう。

 

 まずはちょっとしたおつまみを二品。まずはイモフライから。前もって茹でて皮を剥いたじゃがいもを冷蔵庫で冷やしておいて、八等分したものを串に刺す。この時冷やしていないアツアツのじゃがいもを使うと崩れてしまうので注意だ。それを卵・薄力粉・水をちょっと重めに溶いた衣にくぐらせてパン粉をまぶして揚げれば完成。ソースをたっぷりかけて食べてもらおう。

 

 ソースの送り主曰く、店によってはパン粉をまぶさない『いも天』のような作り方の所もあって、ソースがしみ込んでしっとりした衣とホクホクのじゃがいもがたまらないらしい。今回はパン粉をつけたけど、そっちもおいしそうだな。

 

 続いてもう一品は、シューマイだ……と言っても、そこのご当地シューマイは肉が入っていないのだそうだ。じゃぁなにが包んであるのかと言うと、片栗粉をまぶした玉ねぎだけだ。実際に修行時代に作ってもらって食べたことがあるが、軽く衝撃を受けたことを覚えている。

 

 作り方はいたって簡単。みじん切りにした玉ねぎに片栗粉・塩・コショウをまぜて、シュウマイの皮で包んで二十分ほど蒸し上げるだけ。ここにやはり地元のソースをかけて食べるのだ。どちらかと言うと、ご飯のおかずよりもおやつやつまみとして食べられることが多いらしい。

 

 ひとまずこの二つを食べていてもらおう。

 

「はい、お待たせ。いもフライと玉ねぎシューマイだよ。どっちもこのソースをたっぷりかけて召し上がれ」

 

「串カツ……とも違うみたいやね。どれどれ……うん!うまい!結構たっぷりかけてんけど、ソースがうまいんか知らんけど、全然いけるわ。いや、もっとかけてもいいかもしれん」

 

「ほんまやね、ソースの旨味が強いけぇ、ほくほくのじゃがいもとぶち合うわぁ」

 

「このシューマイも美味しいよ!最初はお肉もないしソースで食べるから、えっ?って思ったけど、ぷりっぷりで甘い玉ねぎの中身とソースの辛味とか旨味とかがすごい合うの!お肉なんか無くても全然オッケーよ」

 

 そうなんだよね、最初はえっ?って思うんだけど、舞風ちゃんの言ったようにプリプリの餡とコクのあるソースが良く合うんだ。これがほんとに衝撃だった。さて、ソースも気に入ってくれたみたいだし、三人が舌鼓を打っている間にメインを作ろう。

 

 まずはいもフライと同じように下ごしらえしたジャガイモを、薄く油をひいたフライパンで炒めていく。この時に塩・コショウとソースで味付けをする。ソースが全体にからんで味が付いたところで、一旦フライパンから取り出しておく。綺麗にしたフライパンに油をひきなおして、まずは豚バラを炒めて、火が通ったところで一口大に切ったキャベツともやしを加えてさらに炒める。しんなりしてきたところで、焼きそば用の蒸し麺を加えて軽くほぐしたら、ソースをかけてさらに炒める。

 

 最後に先ほどのじゃがいもを入れて、全体を合わせたら完成だ。これを作るときのコツは、じゃがいもを別で味付けること。そうすると味ムラや温めムラがなくなる。そして、今日は三人が大阪出身ってことだから、これにわかめとタマゴの中華スープと白飯を添えてやきそば定食にして持って行く。

 

「お待ちどうさま。今日のメインはポテト焼きそば定食だ。もちろんこの焼きそばも同じソースを使ってるよ」

 

「ポテト入りは初めてじゃねぇ」

 

「ウチも焼きそば定食は知っとったし、食べてみたいと思っててんけど……」

 

「はむ……んー!うまうま」

 

 舞風ちゃんがいち早く手を付けておいしそうに食べてるのを見て、ほかの二人も食べ始める。

 

「おおぅ、これはええのう。ごはんにもあうけぇ、箸が進むわ」

 

「ほんまやね!まったこのソースがええ仕事しとるなぁ。大阪のソースは鎮守府にも取り寄せてもろたんやけど、このソースも欲しいわぁ」

 

 黒潮ちゃんはさっきからこのソースをべた褒めだ。よっぽど気に入ったらしい。

 

「小さな会社だからなかなか大変だったみたいだけど、最近ネット販売も再開したみたいだから調べてみたら?」

 

 そう言って黒潮ちゃんに会社名を教えてあげる。彼女は復唱して確認した後「おおきにおおきに」と言って、再びおいしそうに食べ始めた。

 

「なぁ、店長はん。ウチ明後日からこのお店の手伝い担当なんじゃけど、今日のメニューの作り方教えてもらえんじゃろうか?同じ生まれがほかにもいるけぇ、作ってあげたいんじゃ」

 

 そう言えば一昨日不知火が来た時もそんなことを言っていたな。ちなみに今日までの数日間はちょっと訓練の予定が重なってしまったらしく、特定の子が手伝いに来ていたわけではなかった。一番忙しいランチタイム限定で川内や不知火が来てくれたので助かったけど。一昨日不知火と話をしたのも手伝いが終わった後、お昼をごちそうした時だ。

 

 そして、浦風ちゃんの質問ももちろんオーケーだ。元々できる子もできない子も料理の幅を増やして、みんなで美味しいものを食べてもらいたいからね。そう思って返事をすると、浦風ちゃんはなんとも頼もしげに言った。

 

「よし、お手伝いがんばるけぇね、うちに任しとき!」

 

 その後テンションの上がった舞風ちゃんが「お礼に舞風の踊り見せたげる!」と立ち上がったのを他の二人が宥める場面なんかもあったりしたけど、みんな楽しそうに食べてくれてよかった。

 




大阪藤永田造船所生まれの姉妹艦三人と言うことでこの子達の登場です
もちろん他にもたくさんいますが、キャラ的にこの三人で……

そして、浦風の広島弁は大阪弁よりも難しかったです
広島の方々、変なところがあったらすみません
浦風提督の方々、あの可愛さを上手く表現できていなかったらすみません


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箸休め9:ある日の鎮守府

今回は箸休め

鎮守府の様子を覗いた小ネタ集となっております


 その日の鎮守府は朝早くから動き始めていた……いや、この時間を朝と呼んで良いかどうかは疑問ではあるが。そんな、夜明けまでまだ数時間ある暗い港に一人の艦娘の声が響く。

 

「はーい、みんなおっはよー!……あれ?」

 

「那珂ちゃんこんな時間なのに、元気いっぱいっぽい」

 

「流石にこの時間は……ふわぁ、ちょっとだけ眠いかな」

 

 いつもとは違ってテンションの低い夕立と、あくびをこらえ切れなかった時雨に対して、那珂が諭すように言う。

 

「もー、眠いのはわかるけど、お仕事なんだからシャキッとしなきゃー」

 

 二人よりも着任は遅いが、任務に対するこの姿勢は水雷戦隊を率いた経験か、アイドルとしてのプロ意識か……どちらにしろ見習わなければならないな、と二人が気合を入れたところで、後ろからゴロゴロとドラム缶を転がしながら夕張がやってきた。

 

「那珂ったら初めて旗艦に任じられて、はしゃいでるんじゃないの?」

 

 夕張のそんな指摘に、那珂は言葉を詰まらせ、たじろいでしまった……どうやら図星だったらしい。その様子に軽くため息をついたあと、夕張は続けた。

 

「まぁ良いわ、合流に遅れて先方に迷惑かける訳にはいかないから、そろそろ行きましょうか」

 

 そう言ってロープが巻かれたドラム缶を落とし、自らも海面に降り立った。それを見て時雨と夕立も後を追う。

 

「ちょっと待ってよー!センターは那珂ちゃんなんだからー!」

 

 何とか陣形を組みなおして、那珂・時雨・夕立・夕張の順で海上を進んでいく。しばらく進んだところで夕張が旗艦の那珂に対して、今回の任務の確認を促した。

 

「もっちろん覚えてるって。まずこのまま北上して、島の東北の合流ポイントへ向かう。そこで島の漁師さんたちの船と合流して、そのまま彼らを護衛。予定されている漁場での操業を終えたらそのドラム缶に少し分けてもらって、島の漁港まで護衛しながら帰ってくると。オッケー?」

 

「うん、それで大丈夫。ついでに言っておくと、今回含め何回か小規模な試験操業を行って、その後規模を徐々に拡大していって、安全が確認されたら他の鎮守府でも行われる予定よ。ま、安全とされている接続水域からは離れるけど、EEZ内には変わりないしそこまでの危険は無いはずよ」

 

 そんな風に補足する夕張に夕立が軽い感じで声を掛ける。

 

「じゃあ結構楽っぽい?」

 

「まぁ、こないだみたいなことがあるから気を抜くわけにはいかないけど、護衛任務の経験を積むにはいいかもね、今後はもっと遠くに行く任務もあるだろうし。次回からは訓練がてら、もっと練度の低い子でもいいかもね」

 

 最期の方は半ば独り言のようなものだったが、夕立の質問に夕張は「気は抜かないように」と注意しながらもその声音が軽いものであることを考えると、この任務の難易度も察することができる。

 

 そんな会話を交わしながら、合流ポイントに近づくとすでに数隻の漁船が待っているようだった。その漁船団に那珂が大きく手を振る。

 

「漁師の皆さんおっまたせしましたー!漁場のアイドル『那珂ちゃん』お仕事頑張りまーす!」

 

 

 

 場所は島に戻り、鎮守府内提督室。時刻もすでに九時を回った。

 

 室内では金剛が重要度に応じて書類を仕分けしていた。その内容は町役場からくる島住民の陳情書や提案書、長門や加賀から上げられる鎮守府の運営関係書類や軍本部からの命令書やこちらから送る報告書など多岐に渡る。

中には妖精さんによるお菓子配給数アップの陳情書なども入っており、それを見た金剛も思わず頬を緩める。

 

 あらかた仕分けも終わって、そろそろかな?と金剛が時計を見たところで「ガチャリ」とドアノブが回り、ドアが開かれる音が聞こえた。

 

「おはよう金剛。今日も早いわね」

 

「Good morningテートクー。今日も一日よろしくお願いしマース!」

 

 お互いに朝の挨拶を交わして執務机の前まで来たさくらは、その上に積まれたファイルの数にあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。

 

「うわぁ、今日もあるわねー。だいぶ運営の方は落ち着いたと思ったんだけど、この書類の数は減らないのかしらね」

 

「落ち着いたら落ち着いたで、新しい仕事も増えてきマス。しょうがないデスネ、頑張りまショー!」

 

 さくらは椅子に腰かけながら、手近なファイルに手を伸ばそうとしたところで「そうだ」と思い出したように小さなバッグを取り出して、金剛に渡した。受け取った金剛が首をかしげながらバッグの中身を確認すると、そこから出てきたのは保温ボトルとランチボックス。

 

「テートク、これは?」

 

「さっき秀人んとこで朝ご飯食べてきたんだけど、最近金剛が朝から頑張ってくれてるって話をしたら、サンドイッチ作ってくれたのよ。あなた朝ご飯食べてないでしょ?」

 

「Really!? Oh! Thank you so much!! What a beautiful morning!!」

 

「あー、とりあえず落ち着いて。隣の応接室使っていいから、ゆっくりそれ食べて来なさい」

 

 興奮のあまり全文英語で話し始めた金剛を落ち着かせながら、応接室につながる扉をさくらが指さすと、金剛も自分のはしゃぎっぷりに気が付いたのか顔を赤くしながら、そそくさとその扉に向かって行った。

 

「まったく……あんなに喜ぶとは思わなかったわ。今度から一緒に行くようにしようかしら」

 

 金剛の消えていった扉を見つめながらさくらはそうつぶやくと、目線を机に戻してこの日の執務を始めることにした。

 

 

 

 

 時間は進み、お昼時。鎮守府各所に設置されているスピーカーから、この日の調理担当艦の声が聞こえてきた。

 

「ヒトフタマルマル。正午です。昼食ね。本日の担当は私加賀と赤城さんの一航戦が担当いたします。食べたい方はお早めに……」

 

 食堂に備え付けられた放送機器のスイッチを切って、厨房で待機していた赤城の元に戻った加賀。手を洗い、自前の割烹着を着ると赤城と向き合い気合を入れた。

 

「それでは赤城さん、やりましょうか。炊飯器のセットは大丈夫ですか?」

 

「はい、加賀さん。今日はここが私達の戦場ですね。ごはんは二つがすでに炊きあがっていて、保温用のおひつに移してあります。追加もセット済みですよ」

 

 加賀の質問にウインクしながら答えた赤城に加賀も「さすが赤城さん」と返したところで、食堂に入ってきた艦娘たちがいた。

 

「加賀さーん、赤城さーん。お昼ごはん食べに来ましたー!」

 

 厨房に向かってそう声をかけた吹雪とその妹たちだ。そして、その後も続々とお昼ごはんを食べに艦娘がやってくる。それを見た一航戦の二人は、お互いに頷きあって調理を始めた。

 

 この日二人が作ることにしたのは、先日秀人に教わった麺つゆレシピの応用編、豚の生姜焼きだ。

 

 麺つゆにおろし生姜をたっぷり加えた漬けダレに、様々な部位の豚小間切れを漬け込んで焼いた簡単メニューである。本来であればロース肉を使いたいところだが、流石に艦娘たちが満足するだけの量をロースだけで賄うとするとかなりの額になってしまう。予算も考えた上でのやむを得ずの豚小間だが、どの部位も味が良いのは間違いないので、皆もそれほど気にしてはいない。

 

「さぁ、赤城さん、どんどん来ますよ。そろそろ戦艦や重巡の方々も来るでしょう」

 

「えぇ、そうなったらさらに回転を速めなければ……私たちの分は残るでしょうか?」

 

 いたって真面目な声音で自分たちの分を心配する赤城に、思わず吹き出しそうになりながら加賀は新しい肉を焼き始めた。

 

 

 

 

 いつの間にやら日は暮れて、任務を終えた艦娘たちもそろそろ帰宅し始める時間だ。

 

 そして、鎮守府正門から市街地へと向かう道を、何人かの艦娘が複縦陣で歩いていた。

 

「不知火ちゃん、マスターさん大丈夫っぽい?」

 

「えぇ『今日はお客さんも少ないから、いつでもどうぞ』だそうです。それにしても良かったのですか?私たちまで誘ってもらって」

 

 さっきまでどこかへ電話をしていた不知火と、並んで歩いていた夕立がそんな会話をしている。不知火が電話をしていた相手は秀人で、どうやら彼女たちは彼の喫茶店に向かっているようだ。

 

 そして、不知火の質問に答える形で、後ろを歩いていた時雨から声がかかる。

 

「気にしないでよ。漁師さん達からいっぱい貰っちゃったし、僕たちだけじゃ食べきれないからね。夕張さんや那珂ちゃんも誰かに分けるって言ってたよ」

 

「どんな料理作ってくれるかな、楽しみー。ねぇねえ、早く行こうよー」

 

 島風はすぐにでも走っていきたくてうずうずしているようだ。そんな島風を最後尾から窘めたのは、妖精さん特製の大きなクーラーボックスを引っ張る愛宕だった。

 

 彼女が引くクーラーボックスには、時雨と夕立が今朝の任務で貰ってきた魚の一部が入っている。それを秀人に料理してもらおうという訳だ。

 

「まぁまぁ島風ちゃん。焦らなくてもあのトンネルを抜ければすぐ着くわよー。それにしても高雄は残念だったわねー、こんな時に夜勤だなんて」

 

「そうだぜ、島風さん。お店は逃げないんだ、ゆっくりいこうぜぇ。いひっ、さっかなー、さっかなー」

 

 佐渡も愛宕に合わせるように言うが、さっきからテンション高めだ。それにしてもこの佐渡、愛宕が引っ張るクーラーボックスの上に乗っているのだが、特に何事も無いように進んでいるのは愛宕の力が強いのか、妖精さんの技術力なのか……

 

 一行がその日の任務であった事などを楽しげに話しながら進んでいくと、間もなく秀人の店にたどり着いた。

 

「マスターさんこんばんはー」

 

 先頭を歩いていた夕立が元気よく扉を開けると、店内からも返事が返ってきた。

 

「いらっしゃいませ!待ってたよ」

 

 今日はどんな美味しいものを食べられるのだろう。そんなことを考えながら店に入っていく彼女たちの顔は、自然と笑顔になっていた。

 




割烹着姿の加賀さんに
「朝ご飯できてますよ」
と優しく起こされたい……


次回はこの続きの料理編という訳ではないので悪しからず……

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二十四皿目:二人の大きなお姉さんと一人の真面目な重巡洋艦

どこかで見たタイトルですが、あのお二人と一緒に
今回は重巡が一人来店します


「どうだったかしら?初めての戦闘は。いきなり艦隊戦だったから、大変だったんじゃない?」

 

「はい、損害も少なくて済みましたし、自分の役割もこなせたかなって……」

 

「んもー、相変わらず硬いわねー。確かにここでは私たちの方が先に着任してるけど、同じ重巡同士なんだし、もっと気楽にいきましょうよ」

 

「そうね、むしろ私たちが丁寧にならなきゃいけないかしら?私達重巡のお姉さんみたいなものだし。ねぇ?古鷹ねえさん」

 

「わかった、わかったからその呼び方はやめてよ、高雄。愛宕も合わせないで!」

 

 今、目の前で話をしているのは先日着任したばかりの古鷹さんと、今日一緒に出撃してきたという高雄さんと愛宕さんの姉妹だ。同じ艦種と言うことで初出撃のお祝い的な感じでご飯を食べに来たのだそうだ。

 

「お待たせしました、アンチョビソースのホットサラダです」

 

 三人の前に置いた一品目は、ホットサラダ……と横文字を使っては見たけれど、まぁ温野菜のことだ。今日使ったのは、ブロッコリー・じゃがいも・にんじん・かぶ・アスパラで、これを蒸した後、熱したオリーブオイルでニンニク・鷹の爪・アンチョビを炒めたアンチョビソースを絡めてある。

 

 野菜は食べたいけれど、一日中外にいたのでサラダだとちょっと冷たいな……という注文を受けて作ったものだ。

 

「うわー、おいしそう。店長さん、いただきます」

 

 様々な野菜は蒸したことと、オイルが絡んだことで更に色艶が増して輝いて見える。それに勝るとも劣らないくらいに目を輝かせて、サラダを取り分け始める古鷹さん……ってあれ?マジで左目ピカピカというか、バチバチしてない?

 

「ちょ、ちょっと古鷹、あなた左目バチってるわよ!」

 

「テンション上がるとそうなっちゃうのよねー」

 

 二人に指摘された左目を「やだぁ」と抑える古鷹さん。そうなんだ、テンション上がるとそうなっちゃうんだ……そんな彼女のオッドアイをきれいだなと思いながら見ていたら後ろから声を掛けられてしまった。

 

「店長はん、ちぃと見すぎじゃ。次の品が良い感じじゃけぇ、戻ってきてくれんかのぅ」

 

 昨日から手伝いに来てくれてる浦風ちゃんが呼びに来たようだ。彼女はそのままコックコートの裾をつかんで引っ張っていくので、三人にも笑われてしまった。

 

 浦風ちゃんに引っ張られながら厨房に戻ってくると、美味そうな匂いが漂っていた。

 

「もう十分くらいは蒸らしとるけぇ、ええじゃろ?パセリも刻んどいたで」

 

「さすが浦風、ありがとう」

 

「おう!うちに任しとき!」

 

 蒸し終わったというコンロの上の鍋のふたを開けてみれば、湯気と一緒にぶわっと海の香りが広がる。全体をさっくり混ぜ合わせて、浦風が刻んでおいてくれたパセリを散らして再度蓋をして鍋のまま持って行くことにする。

 

「はい、お次はタコとあさりのシーフードピラフです」

 

 テーブルの真ん中に鍋を置いて、一緒に持ってきた取り皿を配っていく。すると、待ちきれないといった感じで愛宕さんが鍋のふたに手をかけた。

 

「ぱんぱかぱーん!……わぁ、良い匂い!」

 

 謎の掛け声とともに開けられた鍋から立ち昇る香りに、三人が歓声を上げる。

 

 今回のピラフは、旬の真蛸が手に入ったので作ってみた。もちろん刺身や煮物にしてもうまいが、熱が加わり高まったタコとあさりの旨味を米が吸うことで、味わい深いピラフに仕上がっている。

 

 オイルやにんにくとの相性もいいし、今回は洋風のメニューで纏めたのでピラフにしてみたが、もちろん和風にタコ飯にするのも美味しい。

 

 作り方は、オリーブオイルを引いた鍋でみじん切りにしたニンニクを炒め香りを出したところで、同じくみじん切りにした玉ねぎを加える。玉ねぎが透き通るくらいまで炒めたら、一口大にした茹でだことあさりのむき身を加えて炒める。軽く火が通ったら米を加えて炒め、全体に油が回ったらブイヨン・白ワイン・塩・コショウを加えて煮立たせて、煮立ったら蓋をして十二・三分炊く。その後火を止めて十分蒸らして出来上がり。仕上げにパセリを散らしてお好みでレモンを絞って食べてもらう。

 

「はい、どうぞ」

 

「いいから、あなたも食べなさい」

 

 と、ここでも取り分けようと古鷹さんが動いたが、それを手で制して高雄さんが取り分ける。二人とも面倒見のいいお姉さんだ。愛宕さんは食べる専門?

 

 でも、こないだ駆逐艦の子達と来た時はいいお姉さんしてたから、いつもこうって訳じゃないんだろうけどね。

 

「いやー、ここのお店ほんと美味しいですね。店長さんもやさしいし。こないだ来た時は忙しかったみたいであんまりゆっくりできなかったけど」

 

「そうね、前にいた鎮守府は外出できなかったから、私達も初めての時は感動したわ。まぁ私たちがいたところは陸の孤島みたいなところだったから、ここみたいなお店は無かったかもしれないけどね」

 

「でも、あそこの鎮守府、最近は周りに商業施設を誘致しようって動きもあるらしいわよ?ほかの鎮守府でも今度の春辺りに鎮守府祭をやろうかって話も出てるそうよー」

 

 料理を分けながらそんな会話をしているけど、その話は俺が引っ込んでからしてほしいものだ。そんなに褒められたら照れるじゃないか。

 

「あっ!ここのお祭りのビデオ見ましたよ!楽しそうでしたね。あのビデオって公開されてるんでしたっけ」

 

「一般公開はしていないけれど、軍の関係者はみられるようになっているわ。他の鎮守府や基地からは問い合わせが殺到しているようよ?『羨ましい』『うちもやりたい』『川内さんかっこいい』ってね」

 

 古鷹さんの言葉に高雄さんが返したが、最後の川内云々は本当かい?確かにかっこよかったけれども。

 

 とりあえずその場を離れて、最後の料理を作りに戻る。最後の一品は古鷹さんご注文のきのこのクリームソースパスタだ。先日同じものを食べていた叢雲ちゃんに聞いてどうしても食べたかったらしい。

 

 厨房に戻って浦風に手伝ってもらいながらパスタを作る。実はこの浦風、意外にも……と言っては失礼かもしれないが、料理が上手い。昨日どんなものかと思って自信のあるものを作ってもらったら、見事な茶碗蒸しが出てきたときには驚いた。なので、今日も仕込みや調理に大活躍だ。

 

 さらに良くできていることを褒めると、嬉しそうに「任しとき!」って返してくれるもんだから、こっちも思わずにやけてしまう……方言女子、いいかも。

 

 そんな若干オッサン臭いことを考えながら、パスタを完成させて持って行く。

 

「これが、叢雲ちゃんの言ってたクリームパスタかー。おいしそう」

 

「パスタは私達も初めてねー。美味しいって話は聞いていたけど」

 

「あら?私は前に来た時に食べたわよ?愛宕はいつもガッツリ系ばかり頼んでるんじゃない?丼物とか揚げ物とか」

 

 うん、高雄さんその通り。愛宕さんが頼むのはほとんど揚げ物とかお肉系のライスセットか丼ものだからね……いや、口には出さないけど。

 

「おいしー!ほら、二人も食べようよ。コクのあるクリームソースにきのこの旨味が溶けだしてて、そのソースが絡んだもちもちの麺もたまらないよ」

 

 ニヤニヤしていた高雄さんと、ぐぬぬって顔をしていた愛宕さんを尻目にパスタを口に運んだ古鷹さんが、そんな風に二人に呼びかけると二人は顔を見合わせて笑い出した。

 

 テーブルの上の空いたお皿を片付けて、厨房へ戻り浦風ちゃんに声を掛ける。

 

「いい子だよね、古鷹ちゃん」

 

「そうじゃねぇ、ウチ等駆逐艦にも優しくしてくれるええお姉ちゃんじゃ」

 

 特に他のお客さんの注文もたまってなかったので、手早く洗い物を済ませカウンターで待機しながら三人の様子を見れば、笑顔で話に花を咲かせていた。

 

 前に自己紹介をしてもらった時に「私、結構古い艦なんですよ」なんて言ってたけど、空母の人たちの鳳翔さんを尊敬している感じも、ああして年代関係なく楽しそうに話しているのも、どっちいいなぁと思う。

 

 これからもあんな風に笑ってもらえる店を続けていかなきゃな。三人の笑顔を見て、改めて気が引き締まったかも。

 




本文とは関係ありませんが
龍田・村雨の改二実装おめでとうございます!
まぁ、うちはまだまだ先になりそうですが……
どちらも設計図がいらないというのはありがたいですね
戦闘詳報は任務もありますし、改造レベルに達するまでには何とかなるでしょう


そして浦風に広島弁にやられつつある主人公
「ちょいまち、ウチらも方言女子やでー!」
という声もどこからか聞こえてきそうですが……


そんなことより佐渡様の節分絵が可愛すぎて……
早くも節分回のメインは決まりましたね


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二十五皿目:スク水魅惑のマーメイド1

タイトルからお分かりかと思いますが、今回はあの子達です
ただ、前後半で分かれるので彼女たちが出てくるのは後半になってしまいますが……

その分前半は飯テロ成分マシマシ?でお送りします


 今日は店の定休日なんだけど、朝から鍋とにらめっこを続けている。むしろ休みだからこそ長時間鍋だけにかかりきりになれるとも言えるけど。

 

 それで、今日は何をしているのかと言うとラーメンスープの仕込みだ。この間の皿うどんの時に中華麺を作って以来、ラーメン欲求が高まり続けていたのでこの休みを利用してスープを仕込んで、明日のランチにでも数量限定で出そうかなと思っている。

 

 今回作っているのはごくごくシンプルな鶏ガラスープだ。昔ながらの醤油ラーメンってのを作ろうと思っている。

 

 軽く下茹でして汚れを取った鶏ガラ・もみじと鶏脂を、うちにある一番でかい寸胴で煮ていく。と言ってもラーメン屋にあるのより二回りくらい小さいものだけれど、それでも二十人前は余裕で作れる。

 

 この寸胴で、何回か丁寧にアクを取りながら煮たら、生姜・ニンニク・玉ねぎを入れてさらに煮る。さらに一・二回アクを取ったら、長ネギの青い部分を入れて一時間ほど煮込んでいく。その後、一晩水につけて戻した、干しシイタケとその戻し汁を鍋に入れて、さらに煮込んでいく。そして今はこの作業中という訳だ。このまま火加減に注意しながら二・三時間くらい煮込めばベースの完成だ。

 

 実際にラーメンのスープとして使うには、これにだし昆布と醤油・酒で作ったかえしと合わせて使う。

 

 さて、これを煮込んでる間にチャーシューも作ろうかね。使うのは豚バラ、これの表面にフォークで何か所か穴を開けたら、フライパンで表面に焼き色を付けて、醤油・酒・みりん・長ネギ・しょうがを入れて煮ていく。うん、今日の昼飯はこれの味見がてらチャーシュー丼にでもしようかな。

 

 チャーシューの方はある程度煮たら火を止めて、味を吸わせる。後は寸胴の火も弱めて、蓋をしたところで

 

「んー!あー……久しぶりにやると肩こるな」

 

 独り言にしては少し大きな声を出して一つ伸びた後、ちょっと外の空気を吸いに店の正面に出てみる。目の前の道路を渡ればそこはもう大海原が広がっている。すると、高く上った太陽に照らされて、キラキラ光る波間に不思議なものを見つけた。

 

「あれは……人か?でもこんな時期に海水浴って訳じゃないよな。となると艦娘なんだろうけど……」

 

 でも、艦娘なら海の上を走るだろうし……遠くて良く見えないけど、色とりどりの髪色をした女の子が泳いでいるように見える。と、しばらくすると潜ってしまったのか姿が見えなくなってしまった。

 

……あれ?全然浮いてこないけど大丈夫なの?沈んだとかじゃないよね。やばい、ちょっと焦ってきた。とりあえず連絡したほうがいいかな。

 

「えっと、さくらの番号は…………あ、もしもし。おう、お疲れさん、ってそれより今店の前の海眺めてたら、人っぽい影が何人か見えて海に沈んでいったんだけど!髪色が派手だったから艦娘だと思うんだけどさ……あぁ……え?そうだけど……そうなの?なんだ、焦って損したわ。うん、休みだけど……あぁ、大丈夫。了解、じゃあまたな」

 

 なんだよ、潜水艦の子だったのか。あんな普通に泳いだり潜ったりするもんなのか。ありゃ初めて見たら他の人もびっくりするだろ、島の人間にも一言言っておいた方がいいんじゃないかな。

 

 っと、思いのほか時間が経ってしまった。店に戻って、鍋の様子を見つつ昼飯にすることにする。さっき思いついた、チャーシュー丼だ。

 

 ラーメンに使う分のチャーシューはバットに取り出して、冷ましておく。タッパーに入れて冷蔵庫にしまっておこう。そして、元々自分で食べる用に作っておいた小さな塊肉を切っていくと、中はほんのりピンク色で表面のタレの茶色とのコントラストがなんとも言えない。丼に白飯を盛り、上からチャーシューのタレを回しかける。その上にスライスしたチャーシューと白髪ねぎをのせたら、ラー油を垂らして完成だ。うん、我ながらうまそうにできた。

 

 コンロの横に丸いパイプ椅子を持ってきて腰を下ろし、鍋を横目にレンゲでチャーシュー丼を掻き込む。あぁ、うまい……トロトロになったチャーシューと、濃い目のタレが絡んだごはん。そこに白髪ねぎのシャキシャキ食感と辛味がアクセントを加える。ラー油も脇でいい仕事してるわ。

 

 半分ほど食べたところで、思い出す……そうだ、卵があった。

 

 煮卵用に作って殻をむいておいた大量のゆで卵を一つ取り出して、ご飯の上で軽くつぶす。すると割れた白身の隙間からトロリと流れ出す半熟の黄身。そこにタレをちょろっと垂らして混ぜて食べれば……もう何も言うまい。

 

 普段の俺からしたら、ちょっと盛りすぎたかなと思った量だったけど軽く平らげてしまい、しばらく食休みを挟んだ後作業に戻る。

 

 ちょっと深めの鍋に大量の半熟ゆで卵を入れ、そこに先ほどチャーシューを煮込んでいたタレを注ぐ。ラップをして冷蔵庫で一晩漬けこめば、最高の煮卵が出来上がるはずだ。

 

 そして、実は先ほどさくらに電話をしたときに、例の潜水艦の子達を連れていくので、何か食べさせてあげて欲しいと言われている。なので、本来であれば後はスープを完成させて、今日の作業は終了の予定なのだが、せっかくだから出来立てのラーメンでも食べてもらおうということで、麺を作ることにする。

 

 作り方自体はこの間と一緒だが、今回は若干太めの平打ち縮れ麺にしよう。捏ねて、踏んで、寝かせて、とやっているうちに、スープの方も良い感じになった。キラキラと脂が輝く、澄んだ黄金色の鶏ガラスープだ。とりあえずこの後使うだろう分を残して、明日の分はこし器にかけながら、いくつかの小さな鍋に移し替えて冷蔵庫に入れておく。

 

 その後、夕方になり寝かせた生地を製麺機にかけて、縮れを出すために揉んでいると店の扉が開けられて、さくら達が入ってきた。

 

「秀人ーきたわよー……さ、みんなも入って入って」

 

「いらっしゃーい……って、おぉぅ。その格好は……」

 

 出迎えるために店の方に出てみれば、さくらと一緒に入ってきた子達の露出度が……。軍人っぽい濃い目のオリーブグレーの服を着た、灰色の女の子以外はみんなスクール水着だったのだ。一応上にパーカーなどを羽織ってはいるけれど、艶めかしいおみ足がなんとも目に毒だ。思わず、さくらに耳打ちしてしまう

 

「ちょっと、あの格好はどうなのさ、もうちょっとほかに無かったのか?」

 

「そう言われても、あれがあの子達の艤装の衣装なのよ。あれで来たから代わりも無くてさ。とりあえず上は羽織らせたし、寒さは感じても艤装の効果で凍えることは無いらしいけど……あんまり見ちゃだめよ」

 

 とりあえずってことは、本来はあのパーカーも無かったって事か。凍えないからいいってもんじゃないと思うけど。

 

 まぁ、いつまでも彼女たちを放っておいて内緒話を続けるわけにはいかないので、まずは俺から自己紹介をしておこうか。

 




目の前で女の子が水に潜ったまま浮かんでこないのを見たら
それはもう慌てると思います
そして容姿描写からわかるかと思いますが
出てくるのはろーちゃんではなくユーちゃんです
うちの子がまだユーちゃんなので……


次回、スク水deラーメン(←わけがわからないよ)


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二十五皿目:スク水魅惑のマーメイド2

昨日の後書きに書いたように
今日は『スク水deラーメン』です

あ、内容は健全ですので悪しからず


 あまり生足が目に入らないように、どうにか目線を下げないようにしながら――とは言え身長差があるので、下を向かなければならないのが辛いところだが――自己紹介をすると、彼女たちも順番に自己紹介をしてくれた。

 

「はい、潜特型一番艦、伊400です。『しおん』って呼んでくださいね」

 

「伊168よ、『イムヤ』でいいわ、よろしくねっ!」

 

「Guten Abend 伊8です。『はち』と呼んでください」

 

「伊19なの!そう、『イク』って呼んでもいいの!」

 

「こんばんは!伊58です。『ゴーヤ』って呼んでもいいよ。苦くなんかないよ!」

 

「ドイツ海軍所属、U-511です。『ユー』とお呼びください」

 

 みんな正式な名前は数字らしく、特別な愛称みたいなのがあるみたいだ。潜水艦は水上艦以上にわからない俺でもユーちゃん……ドイツのUボートは聞いたことあるな。そして、彼女たちはこの島の鎮守府所属という訳ではなく、ほかの鎮守府から演習のためにやってきたらしい。

 

「じゃあ、とりあえず適当に座ってもらって……今日は店が休みなんで、作れるものも限られてるんだけど、さっきまで仕込んでたラーメンがあるんだ。修行以来久しぶりに作ったんだけど、味見がてら食べてみてくれないかな?喫茶店でラーメンっていうのもアレだけど。」

 

 もちろんほかに食べたいものがあれば作るよ、と付け加えつつ聞いてみると真っ先に手を挙げたのはしおんちゃんだった。

 

「ラーメン!ぜひ食べてみたいです。たまに食堂のメニューに載るのですが、自衛軍の方曰く『なんだか味気ない』ということなので、ちゃんとしたのは食べたことないんです」

 

「ユーも……Japanのラーメン気になります……」

 

 しおんちゃんに続いてユーちゃんもそう言うと、ほかの子達もラーメンで良いということでちょっと安心した。のと同時に、なんだかハードルも上がった気がする……

 

 おまけというわけではないけれど、俺が昼に食べたチャーシュー丼のミニサイズもつけようか?と聞いたら、みんな食べるという事なのでさっそく調理に取り掛かる。

 

 大きめの中華鍋にたっぷりのお湯を沸かし、麺を投入していく。この中華鍋だと、一度に茹でられるのは二玉くらいが限度、それ以上ではうまいこと麺が泳がないからね。グラグラ沸騰しているお湯で三分ほど茹でたら、平ざるに取って湯切りをして、用意しておいたスープの中に入れる。その上に乗せる具はチャーシュー三枚と半分に切った煮卵一個分、なるとにメンマ、海苔という懐かしのラインナップだ。とりあえずこれを……

 

「さくらー、ちょっと手伝って!」

 

 運ぶくらいはできるだろうと、さくらを呼ぶ。「しょうがないにゃー、メンマサービスしてね」なんて言いながら、なんだかんだで手伝ってくれた。あいつ昔からメンマ好きだったもんな。

 

 待たせると申し訳ないので、次々完成させていく。最後にミニチャーシュー丼をまとめて作って持って行けばひと段落だ。

さくらと一緒にミニ丼を持ってホールに行くと、ふぅふぅ、ずるずるとラーメンをすする音が聞こえてくる。

 

「はい、チャーシュー丼おまたせ」

 

「わぉ!待ってました!このチャーシューを使った丼なんて美味しくない訳がないわ!」

 

「ねぇねぇマスター、このラーメンとってもおいしいのね、麺もツルツルシコシコ、お肉もトロトロで、イク幸せなのねー」

 

 持って行ったチャーシュー丼にさっそく取り掛かるイムヤちゃんと、頬に手を当てて、どこか恍惚とした表情で感想を言ってくるイクちゃん。この子はなかなか危険な子のようだ、とある部分も含めてあまり直視できない。

 

 と、そんな彼女から目線を外した先には、ちょっと悪巧みをしているような顔をしながらご飯の上で煮卵を崩しているゴーヤちゃん。その食べ方に気が付くとは流石だ。だがその顔は女の子としてはどうかと思うよ?気持ちはわかるけど。

 

 テーブルを挟んで反対側の席では、箸を使いなれていないユーちゃんにはっちゃんが教えているようだった。

 

「ユーちゃん、フォーク使うかい?」

 

「Danke……でも大丈夫、です。がんばり、ます」

 

「うん、がんばってゆーちゃん。これはお箸の方が美味しく食べられるわよー」

 

 はっちゃんの言う通り、ラーメンは箸の方が美味しいと思うから、頑張って。全然使えない訳じゃないみたいだし、美味しそうに食べてくれているから大丈夫だろう。

 

 みんなの空いたグラスにお冷を注ぎなおして、さくらが座るカウンターに戻る。

 

 さくらと何気ない会話をしていると、不意にさくらがお礼を言ってきた。

 

「休みなのにごめんね。実はこの島のことは他の鎮守府でも話題になっててね、あの子達も鎮守府の外で食べるってことを楽しみにしてたのよ……でもラーメン仕込んでたなんてナイスタイミングだったわ。まだこの島ラーメン屋ないもんね、久しぶりにちゃんとしたラーメン食べた」

 

「話題になってんのか……ま、喜んでもらえて何よりだ。それにしてもあの子達演習で来たって言ったっけ?今日だけか?」

 

 昼間あの子達を見たときは驚いたからね、もし今後も似たようなことがあるなら聞いておきたいし、島のみんなもびっくりするだろう。

 

「そうね、あの子達にはしばらくこの島に滞在してもらいながら協力してもらって、うちの子達の対潜戦闘を鍛えようかと思っててね。どうもこの辺りにも時々敵さんの潜水艦が現れるみたいだから。とりあえず、昼みたいなことにならないように案内流しとくわ」

 

「ふーん、じゃぁ今後も店に来ることがあるって訳だ。今度は喫茶店らしいメニューを食べてもらわなきゃな」

 

「んー、それもそうかもしれないけど、今日は今日で満足してるみたいだし、いいんじゃない?……ほら」

 

 そう言ってさくらが指さした方を見てみればいつの間にか食べ終わっていたらしく、それぞれあれが良かった、これが美味しかったなどと話をしていた。

 

 静かそうに見えたユーちゃんも、はじめて食べたラーメンのおいしさをちょっと興奮気味にはっちゃんに語っているみたいだし、ゴーヤちゃんは椅子の背もたれに体を預けて「ごちそうさまでち……もう、いっぱいでち……」なんてお腹をさすっている。

 

 するとテーブルの端に座っていたしおんちゃんがこっちに気が付いて、お礼を言ってきた。

 

「店長さん、ごちそうさまでした。普段食べるインスタントや食堂のものとは違って、味わい深くとてもおいしかったです!なにより、こんなおいしいものを作ってくれる店長さんの他のお料理も食べたくなりました。また来てもいいですか?」

 

「もちろん、ラーメンはたまにしか出さないけど、他のも自信あるからね。いつでもおいで」

 

 しおんちゃんのお礼に照れながらもそう返すとほかの子達も手を挙げて、自分も自分もとアピールしてきた。そんなみんなの様子を見てさくらは笑みを深めると、この後も予定があるということで、会計をしてみんなを連れて帰っていった。

 

 どれもスープまできれいに飲み干されていたラーメン丼を片付けながら、今度来た時は潜水艦のことをいろいろ聞いてみようかな、なんて思っていた。

 

 

 翌日……昼のランチタイムから数量限定で販売した醤油ラーメンは、一瞬で完売した。いくらこの島にラーメン屋が無いからって、みんなラーメンに飢えすぎだろう……こりゃちょっと迂闊だったかな……

 




水着でラーメン……海の家かな?



とりあえずうちにいる子達を登場させました。
しおんはこないだのイベントで落ちたけど、ほかの子達は全然来てくれません……
まるゆは……今はいません……今は……(意味深)


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二十六皿目:姉に送るおにぎり

今日のお話はとある姉妹艦の末っ子が頑張るお話です


「あ、あの!ご相談があるんですけど!」

 

 ある日の午後、一人の艦娘がちょっと遅めのお昼ごはんを食べに来たのかなと思ったら、席に着くなりそんな風に声を掛けられた。

 

「どうしたの?阿武隈ちゃん。そんなに緊張しなくても、俺にできることなら協力するよ」

 

 彼女の名前は阿武隈、お団子の上に輪っかが付いた金髪ツインテールの女の子だ。ちょっとうつむき加減で緊張しながら、意を決したように言ってきたもんだからちょっと苦笑気味に返す。

 

「えっとー、実は先日うちの姉……一番上の長良って名前なんですけど、その長良お姉が着任したんです。それで、その姉がトレーニング大好きで、トレーニングバカと言ってもいいくらいなんですけど、なにか体作りにいいものを作ってあげたくって……でもあたし、塩むすびくらいしか作れないし……」

 

 トレーニングバカって……ずいぶんな言い方だけど、そうか体作りか。

 

「それなら、そのおにぎりのレシピをいくつか考えようか」

 

「ありがとうございます店長さん!よろしくお願いします!」

 

「よし、じゃぁ中に入ってきて、手を洗って」

 

「へ?」

 

 という訳で、今日はトレーニング後にもピッタリ、おにぎりスティックを作っていきます。助手はお姉さん思いの阿武隈ちゃんです。

 

「店長はん、阿武隈はんを引っ張ってきたかと思うたら、今度は何を始めたんじゃ?」

 

「いやね、阿武隈ちゃんが長良さんだっけ?お姉さんに何かトレーニングに良い食べ物を作ってあげたいなんて、健気なことを言うもんだから心打たれちゃってね。お店も暇だし、直接教えようかなって。もちろん、お客さんが来たらちゃんとやるよ」

 

 まだ、流れについてこれていない阿武隈ちゃんを引っ張って厨房に入ると、浦風ちゃんに怪訝な顔で聞かれたので、そう答えた。

 

「なるほど長良姉ぇか、こないだ建造されたんじゃったね。そういう事ならうちも協力しちゃるわ、長良姉ぇにはうちも昔世話んなったことあるけぇの。店のことはうちが見といちゃるけぇ、店長はんはこっちに集中しとってええよ。なんかあったら呼ぶけぇね」

 

 うん、ありがたい。それじゃあさっそく作っていこうかと、阿武隈ちゃんに説明を始める。

 

「じゃぁ、阿武隈ちゃん。今回はおにぎりスティックを作っていくんだけど、トレーニング後に糖質を取るのは体作りに良いらしいんだ。そこに具としていろんなものを使って栄養のバランスを取っていくよ……といっても俺もちゃんと栄養学を学んだわけじゃないから、聞きかじりだし具材の方もイメージとか味重視なので、そのつもりで」

 

「はぁ、わかりました。でも美味しいものを作ってあげられるなら、あたし的にはオッケーです」

 

 よし、それじゃあまず一つ目、梅昆布おにぎりから始めよう。

 

 ボウルにご飯を入れて、種を取って軽く叩いた梅干しと塩昆布を入れて混ぜ合わせる。それをラップでくるんで食べやすいスティック状に握ったら、大葉を巻いて出来上がり。

 

 今回はとりあえずこのままお皿に乗せておくが、出来上がったら改めてラップでくるんで、両端をキャンディ包みでねじったらランチボックスに入れて持って行く。

 

「なんか、簡単かもです」

 

「普通に売ってるふりかけで作っても、見た目が変わるだけでだいぶ違うと思うよ。さ、次のやつを作ろう」

 

 続いてはツナレタスおにぎり。この二つの食材、使いようによってはご飯と良く合って、チャーハンなんかにしてもおいしい。今回はチャーハンにしちゃうと上手く握れないので、混ぜご飯にしよう。

 

 まず太めの千切りにしたレタスと油を切ったツナをボウルでざっくり混ぜ合わせたら、レンジで少し加熱してレタスをしんなりさせる。そこにマヨネーズ・醤油・粗びきコショウとご飯を加えて混ぜたら、先ほど同じようにラップで形を整えて出来上がり。

 

 さて、どんどん行こう。お次は魚肉ソーセージを使った低カロリーオムライス風おにぎりだ。

 

 小さめの角切りにした魚肉ソーセージを炒めたものとご飯をボウルに入れて、ケチャップ・塩・コショウをかけて混ぜ合わせる。魚肉ソーセージはそのままでも食べられるので、炒めなくてもいいかもしれないけれど、軽く炒めてやると表面がカリッとなるしほんのり香ばしさもでるから、おすすめだ。

 

 さて、この魚肉ソーセージケチャップライスをラップの上に広げた薄焼き卵の上に乗せて、卵とラップでくるみながらスティック状に成型して完成だ。

 

「うわぁ、かわいい。おべんとじゃなく普通のランチにもいいですね」

 

「そうだね、その時は普通のチキンライスとかでもいいかもね」

 

 基本的に混ぜて包むのがほとんどで、難しい調理工程も無いせいか阿武隈ちゃんは楽しそうに調理をしている。うんうん、やっぱり楽しくやらなきゃ美味しいものは作れないと思うんだよね。

 

 そして最後の一品は、疲労回復に良いとされている豚肉を使った、ボリューム満点肉巻きおにぎりを作ろう。ビタミンBなんちゃらが含まれてるんだったかな?

 

 焼くという工程があるものの、これも作り方自体は簡単だ。白ごまを混ぜたご飯をスティック状に成型したら、豚の薄切り肉をご飯が隠れるように巻く。今回はロースを使ったけどバラ肉でももちろん美味しくできる……脂がちょっと気になるかもしれないけど。

 

 その肉を巻いたご飯を、油を引いたフライパンで焼いていき、しっかり火が通ったところで醤油・酒・みりんをかけて絡めながら焼き色と照りを出して出来上がりだ。ラップにくるむときは粗熱を取ってからくるもう。

 

「これは良い匂いですね。なんだか涎がでてきました」

 

 じゅうじゅうと美味しそうな音と香りを漂わせながら、阿武隈ちゃんが肉巻きを焼きながら、そんなことを言った時だった。

 

――くぅー

 

と、どこからか可愛らしい音が聞こえた。

 

「ふぇ!?やだ、あたし?……恥ずかしい……」

 

 どうやら、阿武隈ちゃんのお腹がなっちゃったらしい。そう言えば、お昼ごはん食べてなかったもんね。これで作業も終わるし、この後作ったものを実食と行きましょうか。

 

「肉巻きの方はそれでオッケーだね。じゃあ、作った奴を食べてみようか。片付けはやるから、お店の方で待っててくれるかな?お皿に乗せて持って行くよ」

 

「あ、はい、ありがとうございます。じゃぁ向こうに行ってますね」

 

 阿武隈ちゃんに向こうで待っててもらい、見栄えのするお皿におにぎりスティックを盛り付けると、ランチセット用に作っておいたスープ、お新香と一緒に持って行く。

 

 カウンター席で作り方をメモに纏めていた阿武隈ちゃんは、こちらに気が付くとキラキラした表情で顔を上げた。

 

「はい、お待たせ。本来は巻いてあるラップをはがしながら手で持って食べるけど、今回はそのままだからね。お箸でどうぞ」

 

「わぁ、こういうお皿に盛るとまた印象が違いますね。いただきます!」

 

 そう言って阿武隈ちゃんがまず箸をつけたのは、さっきお腹を鳴らしてしまった肉巻きおにぎりだった。

 

「んー、おいしい!濃い目の味付けが良いですね。ごはんに混ぜたごまも香ばしくって良く合います」

 

 そのまま半分ほど食べ進めて、ほかのおにぎりにも少しずつ手を付けていく。

 

「この梅の酸味も疲れた体に良さそうだし、オムライスはなんだか懐かしい感じ。レタスも意外とご飯に合うんですね」

 

 まぁ、魚肉ソーセージとか若干チープな感じもしなくもないけれど、家庭で簡単に作れるっていうのを考えるとこういうのが良いのかな。

 

 そして、阿武隈ちゃんはお腹がすいていたということもあってか、さほど時間を掛けずに食べ終えると、一息ついてお礼を言ってきた。

 

「店長さん、ありがとうございました。あたしでも作れる簡単なものなのに、こんなに美味しいなんてびっくりです。きっと長良お姉も喜んでくれると思います……そしたら、今度は長良お姉と一緒にご飯食べに来ますね」

 

「まぁ、阿武隈ちゃんがそうやって作ってくれるってだけでお姉さんは嬉しいと思うけどね。俺も感想とか聞きたいから、ぜひ連れてきて欲しいな」

 

 そんな風に言って笑い合うと、阿武隈ちゃんは再びレシピをまとめる作業を始め、俺も時折彼女の質問に答えながら、午後の営業に戻っていった。

 




阿武隈のおにぎりネタはキスカ撤退作戦の時に
陸軍兵士たちにおにぎりを振舞ったという逸話を元ネタにしました

そして、話題に出るだけで姿は出てこない長良ちゃん……
ごめんよ。きっとそのうち二人で来店する場面を描くつもり、予定、多分


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二十七皿目:あなたのそば

ひらがなで思わせぶりなタイトルをつけても料理物では大して意味がないことに気が付いた


――トントントン

 

 生地を押さえている板をずらしながら、リズミカルに麺を切っていく。

 

「ほー、見事なもんじゃねぇ」

 

「ありがとう、でも師匠に比べれば太いしテンポも悪いさ」

 

 実際師匠が切る時の音は『トットットット』と気持ちのいい音を奏でていた。

 

『揉み方三年、切り三月』とも言われ、切るのは蕎麦打ち工程の中でも簡単な部類に入るが、俺なんかがあの短期間であそこまでのレベルになれるはずもないし、むしろ本来なら『揉み方三年』の後に『のし方一年』を加えて、長い修行が必要なのにも関わらず嫌な顔せずに教えてくれた師匠には感謝しかない。

 

 さてさて、浦風の言葉に昔の事を思い出してしまったが麺も無事に切り終わり、次は茹でに移る。

 

 たっぷりの沸騰したお湯に、麺をほぐしながら入れる。麺が鍋にくっつかない様に数回十字に箸を入れたら、あとはしばらく麺を泳がせる。ぐらぐらと沸騰を続けるお湯の対流に乗って、麺が鍋の中を流れていくのを見つめ、頃合いを見計らって平ざるで掬い流水で締める。

 

 水で締めた麺を浦風が用意しておいてくれたざるに盛って、鰹節と昆布の出汁をきかせたつゆと、薬味にねぎ・わさびを添えれば特製もりそばの出来上がりだ。だいぶ前に約束してから結構待たせちゃったから、夕張ちゃんも喜んでくれるといいんだけど……

 

「二人とももりそばお待たせしました。一応二枚もりにしてあるけど、足りなかったらまた茹でるから言ってね」

 

「ありがとうございます。んー、良い香り」

 

「店長さん、流石です。お蕎麦まで打てるとは……いただきます」

 

「夕張はんに加賀管理艦、てんぷらも揚がったけぇ、食べてや」

 

 夕張ちゃんと加賀さんの前にそばを置いたと同時くらいに、後ろから浦風ちゃんがてんぷらを持ってきた。身内のお客さんと言うことで了解を得て、浦風ちゃんに揚げ物を任せてみたけれど上手くできたみたいだ……これは川内に次ぐレベルだな。

 

 さて、当初の予定では夕張ちゃんにお蕎麦を作ってあげることになっていたんだけれど、どうして加賀さんもいるのか……それは昨日の昼までさかのぼる……

 

 

 

 以前生産施設の人にそば粉をもらって以来ガレットや年越しそば、練習でそばを打ったりしているうちにそのそば粉もなくなっていた。そこで、その日のモーニングを食べに来た施設の人に話をして、昼休憩の時に新しいのをもらいに行くことになっていたのだ。

 

 事前に話を通しておいたおかげで、すんなりと受け渡しも済ませて店に帰ってくると加賀さんがお茶を飲んで待っていた。

 

「おかえりなさい、店長さん。浦風がお茶を入れてくれるというので、休憩中という事でしたが入れていただきました。すみません」

 

「いらっしゃい加賀さん。知り合いであれば、休憩中でもお店に入ってもらって構わないと言ってあるので、大丈夫ですよ」

 

 そう言いながら、一抱えあるそば粉の入った袋を運んでいく。

 

「あら?店長さん、その袋は?」

 

「あぁ、さっき施設に行ってもらってきたそば粉ですよ。明日辺りちょっと出してみようかなと思いましてね」

 

「お蕎麦ですか……美味しいですね」

 

 そこで、加賀さんの瞳がキラリと光ったような気がした。そして、既に美味しいと確信しているのはどういうことだろう。最初は夕張ちゃんに食べてもらおうと思ってたけど、ここは加賀さんも誘うべきだよね。

 

「もし、明日の午後辺りお暇でしたら、夕張ちゃんを連れてきてはもらえませんか?以前彼女からお蕎麦のリクエストがあったので、ぜひ食べていただきたいんです。もちろん加賀さんも一緒に召し上がっていただけると嬉しいんですけど……」

 

 とそんな風に誘ってみると、案の定というかなんというか、若干食い気味に答えを返してきた。

 

「それはぜひ頂きたいものです。わかりました、この一航戦加賀、全力でその任務にあたります」

 

 どうやら正規空母の方々は食べ物が絡むと若干ポンコツになるみたいだ。こないだ鳳翔さんと一緒に来た赤城さんもそんな感じだったし。

 

 とりあえずその後「お蕎麦と聞いて麺が食べたくなりました」と言ってミートソースパスタのダブルをペロリと平らげると、翌日の来店予定時間を告げて帰っていった。

 

 ちなみにこの『ダブル』というメニューは大型艦の子達から要望があってできたもので、その名の通り通常の二倍の量になる。一応『トリプル』までは対応するが、そこまで食べるような子は大体『ダブル』と何か他のメニューの組み合わせで頼んでくることが多かったりする。

 

 

 

 とまぁ、そんなことが昨日あって、今日はお二人でご来店という訳だ。そしてその二人は今、美味しそうに蕎麦とてんぷらを楽しんでいる。

 

「あぁ、噛む度に香りが広がるお蕎麦がたまらないです。麺つゆもお出汁の風味がありながら蕎麦の香りを邪魔してないですし……平賀さんが最期の食事にと選ぶのもむべなるかなって感じですね」

 

「えぇ、それにこのてんぷらもなかなかイケますね。旬のお野菜のほのかな苦みが大人の味です。塩で食べても美味しいですし、浦風いい仕事をしましたね」

 

 夕張ちゃんはしみじみと蕎麦を噛みしめてそんなことを話していた。確か彼女の言っている平賀さんってのは、軍艦の設計士だったかな?前に尊敬する人物だって話してた気がする。その平賀さんが最期に食べたってのが彼女の蕎麦に対する思いの元なのかな。

 

 そして、加賀さんはてんぷらをサクリと言わせながら浦風を褒めていた。褒められた浦風は珍しく照れているようで、今の鎮守府の重鎮としてもかつて大きな戦果を挙げた艦としても、加賀さんに褒められるというのは嬉しいのだろう。

 

 今日のてんぷらは旬の野菜を中心に用意してみた。加賀さんが言っていた大人の味わいのふきのとうに春菊、厚めの短冊切りにして揚げたホクホクの長芋、そしてセリと大粒のあさりで作ったかき揚げだ。

 

 麺つゆにつけるのはもちろん、塩で食べるとより風味が引き立って美味しく食べられると思う。そしてかき揚げも綺麗な円形でふんわりと仕上がっているあたり、ほんとに上手に揚がっている。

 

 すると、夕張ちゃんが浦風に声をかけた。

 

「浦風ちゃんもせっかくだからお蕎麦食べない?てんぷらもこんなにきれいに美味しく揚がってるし。ねぇ、良いでしょマスターさん?」

 

 ふむ、そうだな。これも勉強のうちってことで。浦風もこっちを見て目をキラキラさせてるし……

 

「いいんじゃないかな。じゃぁ、加賀さんのお替りを茹でる時に一緒に浦風の分も茹でようか」

 

 加賀さんが食べ終わりそうなのを見てそう言うと、加賀さんはスッとざるを差し出してくる。それを受け取りながら指を一本立てると、彼女はちょっと顔を背けながら二本立ててきた。かしこまりました、二枚もりですね。

 

 その後、加賀さんのお替り分と浦風の分の蕎麦を茹でて持ってくると、美味しそうに食べている彼女たちに感化されたのか、ほかのお客さんも蕎麦を頼んできた。食べるのを止めて接客を手伝おうとする浦風を手で制して対応をしていく。

 

 しばらくし厨房で作業していると、浦風が戻ってきた。もうちょっとゆっくりしてても良かったのに……

 

「店長はん、ありがとう。お蕎麦おいしかったわ。それで、二人が蕎麦湯あったら欲しい言うとったんじゃけど」

 

 もちろん、ありますとも。ただ、蕎麦湯を入れる赤いアレが無いので、大きめの出汁ポットに入れて持って行く。出汁茶漬けやひつまぶしなどで使う用に用意しておいたものだ。

 

 すると二人がそれぞれお礼を言ってくれる。

 

「マスターさん。お蕎麦とても美味しかったです。私のわがままを聞いていただいてありがとうございました。なんだか初心を思い出して、改めて頑張っていこうかなって」

 

「えぇ、ほんとに美味しかったです。私からもお礼を……それに浦風を初めこれまで多くの艦娘を受け入れてくださりありがとうございます。最近では鎮守府の食堂もにぎやかになりまして。いろいろ作る子も増えてきたんですよ」

 

 二人ともそれぞれ思うところあったようで、穏やかに微笑みを浮かべながらそう言ってくれた。なんだか作って良かったな。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。毎日という訳にはいかないけど、またそのうち作ろうと思うから、その時はまた食べてくれるかい?まぁ、この間のラーメンとか、こういう料理は気が向いた時にって感じだけど、個人店だしいいよね」

 

 そんな風におどけて軽く言うと、二人も笑って返してくれた。

 

「もちろん。でも次に作るときも教えてくれたらうれしいかな」

 

「ええ、先日のラーメンも食べそこないましたので……提督のあの言い方……思わず弓に手が伸びそうになりました。次こそは……譲れません」

 

 なんだか物騒な加賀さんの物言いに、夕張ちゃんと顔を見合わせてプッと吹き出した。加賀さんなりの冗談なのかもしれないけど……さくらさんや……あなたはどんな風に話したのかね?

 




一応お店の名前は伏せますが(バレバレとか言わないでください)
先日某青い一航戦と同じ名前の蕎麦屋に立ち寄ったのが
このお話を書いたきっかけです。
そこに蕎麦と言えばの夕張を一緒に登場させました
以前のお話でいつか夕張に蕎麦食べさせるって言ってましたし。

お店は人気店らしく、なかなか美味しかったです。


そして加賀さんの最後のセリフ……ガチだと思うよ?店長さん……


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箸休め10:鳳翔の手作りコロッケ

食べたい(切実)


「えーっと、まずはじゃがいもを茹でてる間に、玉ねぎとひき肉を炒めてしまいましょうか」

 

 手元にあるメモを見ながら手順を確認していく鳳翔。そのメモは先日秀人に作り方を教わった時のものだ。

 

 お昼前、鎮守府の食堂ではその日のお昼当番である鳳翔が厨房に立っていた。今までにも何度かお昼を担当したことはあったが、その時は和食を作っていたので今回初めて洋食にチャレンジすることにした……そのメニューがコロッケ定食だ。

 

 普通のプレーンなポテトコロッケと、チーズを中に入れたチーズコロッケ。そしてカレー粉で味付けをしたカレー風味コロッケの三種類にごはんとお味噌汁を付けた定食となる。

 

 秀人に教わったいくつかの洋食レシピの中で、このコロッケを最初に選んだというのはやはり鳳翔他艦娘たちともなじみ深いからだろう。旧日本海軍作成の料理本『海軍割烹術参考書』や『海軍四等主計兵厨業教科書』などにも載っていた洋食の代表『コロッケ』。

 

 鳳翔は調理を進めながら、そのことを思い浮かべていた。

 

「あの時の烹炊さんもこんな風に作っていたような気がします。艦娘になるときにどういう訳か和食の記憶ばかりが残ってたけど、先日店長さんに教わった時になんとなく思い出してきたわ……あの方は洋食も得意だったはずなのだけれど、なぜかしら」

 

 そんな独り言を言いながらも調理の手は止めない。みじん切りにした玉ねぎを、バターを溶かしたフライパンで丁寧に炒めると、続いて牛ひき肉を入れてしっかり火を通していく。途中余分な脂をキッチンペーパーに吸わせながら炒め、塩・コショウ・赤ワインを加えて水分を飛ばしていく。

 

「さて、そろそろいいでしょうか」

 

 炒めたひき肉を一度ボウルに移したあと、茹でていたじゃがいもに竹串を差して茹で具合を確認する鳳翔。ちょうどよく茹で上がったじゃがいもをざるにあけて、皮を剥こうとした時だった。

 

「鳳翔さん、調子はどう?手伝うよ」

 

 と、ある艦娘が鳳翔の元へやってきた。

 

「あら、川内さん。訓練はもう終わったのですか?」

 

「うん、午前中の訓練は終了。もう少ししたら十一駆の子達も来るからさ。一人じゃ大変でしょ?MI作戦で山本大将の連合艦隊に一緒に組み込まれた誼ってことでさ」

 

「ふふふ、そうですね。それじゃお願いしちゃいましょうか、ではじゃがいもの皮を剥いて潰しておいていただけますか?私はもう一回ひき肉を炒めますので」

 

「了解!まかせて!」

 

 やってきたのは川内だった。簡単な料理や慣れている和食ならともかく、今回はコロッケに挑戦するという話を事前に相談されていた川内は、訓練を早めに切り上げて手伝いに来たのだった。そして、指導をしていた吹雪たち第十一駆逐隊の面々にも声をかけたのだが、彼女たちは訓練の疲れで食堂までたどり着いていなかった。

 

 その後、二人で話をしながら追加のひき肉と、つぶしたジャガイモを混ぜてタネを作ったところで、今度はこの種を三つに分けて三種類の味を作る。

 

「まずは普通のプレーンタイプと、小さなサイコロ状に切ったチーズとマヨネーズを混ぜ込んだもの、そしてカレー粉でちょっとスパイシーにしたものを作る予定なのですが……」

 

「うんうん、良いんじゃないかな。いろんな味が楽しめるし」

 

 鎮守府一の料理上手からそんな言葉をもらった鳳翔は、ちょっと安心した様子で次の作業に移った。とその時だ。

 

「鳳翔さん、川内さん、お待たせしました」

 

「すみません。遅くなってしまいました」

 

「訓練しんどい。こっちの方がいい」

 

「全く初雪ったら情けないんだから。さぁ鳳翔さん、なんでも言って」

 

 吹雪を先頭に第十一駆逐隊が到着した。

 

「お、やっと来た。じゃあ鳳翔さんがほかの準備をしている間に、君たちはこのタネを成型しておくこと……こんな風に。で、小麦粉・卵・パン粉の順番につけて、ここに並べてね」

 

 と川内が一つお手本を見せながら作り方を説明していく。鳳翔はそれを横目で見ながら他の準備を進めていった。自身が得意とする味噌汁や、小鉢として何種類かの漬物を切ったりしているうちに、駆逐艦たちが成型していた大量のコロッケのタネも見る見る間に小判型に姿を変えていった。

 

 それでもまだ艦娘たちの胃袋を満足させられるだけの量には達していないので、他の準備を終えた鳳翔も成型に加わり、六人で和気あいあいとタネを丸めていく。

 

「おわったー!鳳翔さん鳳翔さん、見てください。じゃーん!」

 

 そう言いながら吹雪が見せてきたのは、船の形をしたコロッケだった。船体を模した台形に正方形の艦橋が乗っているだけのシンプルなものだったが、なかなかの遊び心だった。

 

「あら、ずいぶんかわいくできましたね……じゃぁ、せっかくなので皆さん一つずつ選んでください。お礼と言っては何ですが、一足お先にお味見してみませんか?」

 

 鳳翔が指を立ててウインクしながらそう言うと、四人はそれぞれ気になっていたものを取ってくる。それを油の中に入れれば、ジュワァという音を立てる。

 

「なんだか揚げ物を揚げる音って、それだけで美味しそうですよね」

 

 という白雪の言葉に他の面々も頷いている。そんな楽しみにしているような彼女たちの様子を、見えないながらも背中で感じながら鳳翔はフライヤーを見つめる。その鳳翔の目線の先では衣が少しずつ色づいていく。

 

「川内さん、そろそろですか?」

 

「うん、コロッケは中身がすでに火が通ってるから、衣がきつね色になったらオッケーよ」

 

 初めてのコロッケに少し不安だったのか、川内に確認してから網じゃくしでコロッケをそっと掬うと、油の中から綺麗に揚がったコロッケが現れる。

 

「おいしそー!」

 

 後ろから掛けられたその声に、鳳翔も笑みを深めた。

 

「さぁ、お味見どうぞ……ってまだ熱いですから気を付けてくださいね」

 

 そんな鳳翔の忠告もろくに聞かずに、待ちきれないとばかりに四人は揃って手を伸ばす。そして、揃って口に運ぶとこれまた揃って上を向いてはふはふと熱を逃がす。その後ろで川内が「さすが姉妹艦」と苦笑いをしているのを見て、鳳翔も思わず「ふふ」と笑い声を上げた。

 

「さて、そろそろいい時間じゃないかな?この後の配膳も手伝うから、鳳翔さん、いつもの放送してきたら?」

 

「あら?もうそんな時間ですか?じゃぁちょっと行ってきますね」

 

 吹雪たちの「おいふぃー」「鳳翔さんさすがだわ」という声を聴きながら川内に言われて時計を確認すると、間もなく時刻は正午になろうとしている。鳳翔は小走りで放送機器の前に向かうと時計の針が重なるのを待ってスイッチを入れた。

 

「ヒトフタマルマル。正午です。烹炊係は鳳翔が務めさせていただきました。本日の献立はコロッケの三種盛り定食となってます。数に限りもございますので、皆さまお早めにいらしてくださいね」

 




これを書きながら某アニメのOPが頭の中エンドレスでした
はい、奇天烈なあれです


今回川内と十一駆が登場したのはMI作戦時鳳翔さんと一緒に
主力連合艦隊に編成されていたという記事を見つけたので……
決して、料理上手の川内がいると話がうまく回るという訳では……



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二十八皿目:ドイツ料理が食べたいの!

ドイツっ娘たちの登場です……が、ユーちゃんはお休みです


「んー、こんなもんかな。どう思う?」

 

「思ったよりも酸っぱくないですね。でも美味しいと思います」

 

「もう少し熟成させて発酵が進めば、酸味も強くなると思うけど。初めて作ったにしてはまあまあかな」

 

 今週手伝いに来てくれている吹雪も美味しいと言ってくれたので、とりあえずオッケーだろう。今俺たちが味見していたのは、一週間寝かせたザワークラウトだ。消毒した保存瓶に、千切りにして塩もみしたキャベツとローレル、キャラウェイシードを入れて漬け込むだけのドイツの家庭の味だ。

 

 今日はこのほかに、この島で作っているヴルスト(ソーセージ)とじゃがいもとベーコンのチーズ焼き、アイントプフを作る予定だ。ドイツパンはライ麦もないし、今回はバゲットで我慢してもらおう。

 

 とまぁ今日はドイツ料理を色々と作るつもりなわけだけれど、それはどうしてかって言うと、この間ドイツからあちらの艦を元にした艦娘が派遣されてきたそうで、挨拶に来た時にドイツ料理をリクエストされたという訳だ。

 

 他の国にも艦娘がいたことが驚きだったんだけど、日本ほど多くは無いが、ドイツのほかにもアメリカやイタリアの子も居る……と聞いて、そう言えばユーちゃんもドイツだと言っていたのを思い出した。

 

 時間が経って慣れてくればそうでもないのかもしれないけど、来て間もないということもあってホームシック的な感じなのだろうと思い、ドイツ料理を作ることを了承した。とは言え、ドイツ料理はそれこそさわり程度しかやったことが無かったので、改めてどんなものがあるのか調べてみた。ジャーマンポテトがドイツ料理じゃないとは驚きだ。元になったと思われる、似たようなものはあるらしいが……ナポリタンみたいなもんか。

 

 ともあれ、彼女たちが来る前にある程度仕上げてしまおう。ヴルストとチーズ焼きは来てからの方がいいので、先にアイントプフを作っておく。

 

 小さめのサイコロ状に切った玉ねぎとニンジンをオリーブオイルで炒め、その後同様に切ったじゃがいもとレンズ豆を加えてさらに炒め、次にブイヨンを加えて煮込んでいく。ある程度具材が柔らかくなったところで太めのヴルストをゴロっと入れたら程よく煮込んで完成。

 

 以前作ったポトフとも似た料理だけれど、あっちはフランス生まれ。それにこのアイントプフは、ドイツ軍とも関りが深い食べ物だったりする。

 

 ドイツでは家の数だけレシピがあると言われているこの料理は、簡単に作れることから野戦糧食としても食べられていたそうで、かのヒトラーも『アイントプフの日曜日』なる政策を打ち出したことがあるらしい。

 

 とまぁ、こういった歴史的背景もあり、家庭の味ということもありで今回作ることにしたのだ……野戦糧食ってことは陸軍?まぁ、簡単に作れるから軍艦でも作ってたよね、多分。

 

「いい匂いですねー。おいしそうです」

 

 他のお客さんの料理もやりつつだったので、吹雪にも見てもらいながら煮込んでいるとカランカランと扉の開く音が聞こえた。

 

「Guten Abentテンチョーサン!」

 

「コンバンワ!」

 

「コ、コンバンワ」

 

 入ってきたのは重巡洋艦だというプリンツさんと駆逐艦のレーベちゃんにマックスちゃん。三人を席に案内して、料理を出す前にちょっと気になってたことを聞いてみることにした。

 

「ドイツだと晩ごはんは軽く済ませるって聞いたんだけど、量はどうする?少なめにしておくかい?」

 

 ドイツ料理を調べているときに知ったんだけど、ドイツではお昼ごはんとおやつをしっかり食べる代わりに晩ごはんはあまり食べないらしいのだ。日本の習慣では考えられないけれど、夜は寝るだけだからと言われれば……わからなくもないかな?と、そんな俺の質問に答えてくれたのはプリンツさんだった。

 

「大丈夫ですよ。『ゴーにはいればゴーにしたがえ』最近は皆と同じように夜も食べてます!」

 

 若干発音がおかしかった気もするけど、そういう事なら心配はいらないね。少々お待ちくださいとその場を離れ厨房に戻る。

 

「あ、店長さん。注文はひと段落したみたいですけど、何かお手伝いすることありますか?」

 

 すると、煮込み終わった吹雪が声をかけてきたので、フランクフルトやハーブを練り込んだもの等の各種ヴルストを焼いてもらうことにする。彼女は川内や浦風の様に元々料理ができるという訳ではないが、とても真面目で働き者なのでこちらとしてもかなり助かっている。ヴルストもきっちり焼き加減を見ながら焼いてくれるだろう。

 

「はい!吹雪、頑張ります!」

 

 うんうん、良い返事だ。その間に俺はチーズ焼きを作ってしまおう。

 

 厚切りのベーコンを太めの短冊切りにしてフライパンで炒めていく。ベーコンから脂が出てきたところで一度ベーコンを取り出し、その脂でスライスしたじゃがいもとアスパラを炒めていく。じゃがいもに火が通り、ベーコンの脂を良い感じに吸わせたところでオリーブオイルを塗った耐熱容器にベーコンと一緒に入れて、上からたっぷりのシュレッドチーズと粗びきコショウをかけてオーブンで焼いていく。具材の方は火が通っているので、チーズが溶けて軽く焦げ目がついたら出来上がりだ。

 

 ヴルストも良い感じに焼けているようで、パチッパチッと皮が弾ける音が聞こえてくる。時折吹雪の「きゃっ」「ひゃうっ」なんて声も聞こえてくるのはご愛敬だろう。

 

 焼きあがったヴルストは、たっぷりのザワークラウトと一緒にお皿に盛り、チーズ焼き、スープ皿に入れたアイントプフ、スライスしたバゲットと一緒に持って行く。

 

「お待たせしました。上手くできてるかわからないけど、ご注文のドイツ料理です。パンはバゲットで勘弁してね」

 

 そう言いながら三人の前にお皿を並べていくと、三人から揃って「ワーォ」という声が漏れた。こういうとこは外国人っぽいね。

その料理のなかでプリンツさんがまず口に運んだのはフランクフルトだった。フォークを刺して豪快にかぶりつく。

 

「ンー!Lecker!Bierが欲しくなりますね!」

 

 ん?ビールは分かるけど、レッカーってなに?とちょっと首をかしげていたらレーベちゃんが教えてくれた。

 

「店長、Leckerは美味しいって意味だよ。このザワークラウトも手作りだよね?とても美味しいよ」

 

 そっか、良かった。ちょっと酸味が弱いかと思ったけど、ザワークラウトもうまくできてるみたいだ。そして、物静かなマックスちゃんを見ると、一さじ一さじ味わいながらアイントプフを口にしていた。

 

 次に彼女たちはチーズ焼きに手を伸ばす。できることならシュレッドチーズをかけて焼くのではなく、お客さんの目の前で溶かしたラクレットチーズをかけて提供したいところなのだけれど、まずラクレットが手に入らないからね……生産施設でも各種チーズを作り始めているところらしいから、そのうち手に入るようになるのかな?

 

 そのチーズ焼きも彼女たちは美味しそうに食べてくれている。そのまま食べたりバゲットに乗せて食べたり……笑顔が途切れることがないのが嬉しい。

 

 そうして楽しそうに食事を終えて、いよいよ帰ろうかと会計をしながらプリンツさんがお礼を言ってきた。

 

「テンチョーサン。今日はほんとに感謝ね!レーベやマックスはいてくれたけど、ビスマルクお姉さまがいなくて最近ちょっと寂しくなってたけど、テンチョーサンの料理を食べたらなんだか元気出てきました!また作ってもらえます?」

 

 今はユーやハチもいるけど、そのうちいなくなっちゃうし……と俯いたのがどことなく寂しそうに見えた。だからって訳じゃないけど、プリンツさんの申し出を快諾する。

 

「ああ、もちろん。それに今日のヴルストは商店街のお肉屋さんでも売ってるから買いに行くといいよ」

 

「Danke Danke!また食べに来ます!Wurstも買いに行ってみるね!」

 

 さっきまでの表情と打って変わって花が咲いたような笑顔でそう言うと、手を振りながら出ていった。確かダンケってありがとうだったよな。うん、それくらいは知ってる。レーベちゃんは丁寧にお辞儀してくれて、物静かなマックスちゃんも一緒に手を振ってくれた。

 

「三人とも嬉しそうでしたね」

 

 横で見ていた吹雪もそう言ってくれた。あまり作ったことない料理でちょっと自信なかったけど、満足してもらえたみたいで良かった。これからも頑張ってもらいたいね。

 

 

 ……後から聞いた話なのだけど、商店街の肉屋に毎回大量のソーセージを買いに来る女の子の常連客ができたとかできなかったとか……

 




外国艦のホームシックネタも定番かもしれませんが、やっておきたかったので……
そして、本来であればイベントで入手のプリンツですが
ドイツからの派遣ということでレーベ、マックスと共に登場です
ただしビス子はまだうちに居ないので、出て来ません……くそぅ


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二十九皿目:むつのあじ1

意味深ひらがなタイトル第二弾……



 今日は朝から魚市場を覗きに来た。ここには島の周りで獲れた魚介類はもちろん、日が昇る前に東京から運ばれてきた魚もわずかながら並ぶ。まだこの島で魚を扱う料理屋は少ないが、その代わりに、一般の奥様方や軍関係者、時には艦娘も覗きに来ることもある。主に多摩ちゃんとか……

 

 そのおかげで以前とは違うかもしれないが、それなりに活気のある光景が繰り広げられている。

 

「おう、田所の坊主!今日は良いの入ってるぞ!」

 

 うちの親父がコッチ関係の仕事を長くやっていたこともあって、それなりに顔見知りも多くこうして声をかけられる。どのおっさんもまだまだ『田所の坊主』を止めてはくれないみたいだけど……

 

 そんな風にいろんな人に声をかけられながら、とりあえずぐるっと一通り見て回る。すると、ある馴染みの店で気になる魚を見つけた。

 

「おっちゃん、これは?」

 

「お、良いところに目を付けたね。そいつは今朝戻ってきた船のやつだ。最近この辺でも上がるようになってな……東京じゃこの値段じゃ買えねぇぞ」

 

「ですよね、めっちゃ安いわ。んじゃこれ貰おうかな。そっちの中小サイズと、こっちのでかいのも」

 

「まいど!昼でよけりゃ帰りがけに配達するけど、どうする?」

 

 一応ここまで車で来たけど、積んでいくのはちと危険か……匂いとか付いちゃうし……

 

「じゃぁ、お願いしてもいいですか?支払いだけ済ませていくんで」

 

 と、そこでの買い物を済ませて、他の所も回りつつめぼしいものを仕入れていく。さて、そろそろ帰ろうかと駐車場へ向かった所で、珍しい顔を見つけた。

 

「あれ?長門さん。こんなところでどうしたんですか?」

 

「おお、店長殿ではないか。いやな、多摩がいないかと探しに来たのだが……どうやらいないようだな。店長殿は仕入れか?」

 

 あー、多摩ちゃんか……今日はいないみたいだったな。

 

「えぇ、結構いろいろと買ってしまいましたよ。大きいものは配送してもらう手筈になってます」

 

 そう言いながら手提げを持ち上げてみせる。

 

「ふむ、今日の夕食は店長殿の所というのもいいな。ちょうど私の妹艦が着任したのだ、その紹介もしたいしな」

 

 へぇ、妹さんか。やはり妹さんも似たような衣装なのだろうか……目のやり場に困りそうだ。決してその姿を見たいからという訳ではないが……

 

「それならぜひいらしてください。ちなみにお名前は何とおっしゃるんですか?」

 

「あぁ、妹は陸奥と言うんだ。少し運の悪いやつではあるが、なかなかいい女で自慢の妹だ……どうした?」

 

「いえいえ、なんでもありません。なるほど、陸奥さんですか。それはそれは……」

 

 なんともタイムリーというか、ナイスタイミングだ。ぜひ、さっき買ったものを食べてもらいたい。あれ?でも自分の名前のものを食べるってどうなんだろう。まぁ、あれなら美味しいのは間違いないだろうし、縁があるってことで。

 

「では陸奥を連れて今夜伺うとしよう。メニューはそうだな……お任せで良いのだが、やはり和食だろうか。私が初めて食べたときの定食が忘れられなくてな」

 

「はい、お任せください。ご飯に合うメニューを考えておきますね。ではまた後で、お待ちしてます」

 

 そろそろ鎮守府に向かうという長門さんと別れて、俺も店に戻ることにする。吹雪も待ってるしな。

 

 その後店に戻り、仕入れた物や配達された野菜を冷蔵庫にしまっていく。その時俺が買ってきた貝類の砂出しをしながら「あっさりーしっじみーはーまぐーりさーん」と謎の歌を歌っていたが、残念、蛤はないのだよ……

 

 手伝い始めて何日かが経ってだいぶ手馴れてきた吹雪のおかげで、特に問題なく営業を行う。例の貝類もあさりバターや、ボンゴレ、スープなどに姿を変えていった……吹雪がやった砂出しもばっちりだ。

 

 ちなみに今日はシジミをトマトスープにしてみた。以前作ってこれはイケると思ったレシピなのだが、所謂マンハッタンクラムチャウダーをシジミで作るのだ。意外としじみとトマトの相性が良く、お客さんにも好評である。もちろん、味噌汁にも大活躍だ。

 

 さて、そんなこんなでランチタイムも終わって休憩時間、勝手口から呼ばれてみれば頼んでおいた魚が届いた。

 

「あいよ、お待ちどう。余ってたちっちぇえのも持ってきたから使ってくんな」

 

「おお!マジっすか!ありがとうございます!」

 

 そう言って持ってきてくれた荷物には、発泡の箱が一つ追加されていた。おやっさんと一言二言話してから別れ、厨房に運び込んで開けてみると中には青魚に鯛やかれいなど、何種類かの魚が結構な数入っていた。おやっさんは小さいって言ってたけど、そこそこの大きさのものもあったりして色々使えそうだ。さくらの朝飯用に干物でも作るか。

 

「うわー、すごいですね。今朝市場で買ったやつですか?」

 

 横から覗いていた吹雪も、いろいろな魚が入った発泡に歓声をあげる。そして「こっちはなにかなー」と言いながら今日のメインが入っている箱を開けた。

 

「ひゃっ!これなんですか?すごい歯、噛まれたら痛そう……なんだかイ級みたい」

 

 あー、結構鋭い歯が並んでるからね。太刀魚や鱧なんかに比べればかなりマシだけど、それでも注意しないとケガをする。

 

「それはクロムツって魚だ。東京の方じゃかなりの高級魚として扱われるが、最近この辺でも獲れるみたいで結構安かったんだよ」

 

「へー、ムツって言うんですね……陸奥さんと一緒だ」

 

「おう、今日長門さんがその陸奥さんを連れて来るから、その時に使う予定だ……そうだ、ちょっと味見してみるか?この時期は脂がのっててうまいぞ」

 

 せっかくだから吹雪にも食べてもらおう。こっちの小さいのを使って、刺身と焼き物でも作ろうかね。

 

「やったぁ、ありがとうございます!じゃあ私はご飯とお味噌汁用意しますね!」

 

 そう言って吹雪はスキップでもしそうな感じで味噌汁を作り始めた。さすがに出汁は顆粒のだしの素を使っているが、味噌汁くらいなら作れるようになった。

 

 その間に、ムツをおろす。まずは塩焼き用に鱗を取って三枚におろしたら、串を打って塩を振っておく。このまましばらく塩を馴染ませてる間に刺身用にもう一本おろす。

 

 他の魚にも言えることだけれど、特にこのムツという魚は皮の下に美味い脂があるので、皮ごと食べられるように湯霜造りにしよう。大きいものだと皮は引いた方が良いかもしれないけれど、このくらいのサイズならこっちの方が美味しいと思う。

 

 鱗を取って三枚におろした身を、皮目を上にしてざるに並べてキッチンペーパーを被せたら、その上から熱湯をかけていく。キュッと皮が縮んだところで氷水にくぐらせて身を締めて、水気をよく拭き取ったら皮に飾り包丁を入れて少し厚めに切れば出来上がりだ。

 

 続いて、塩がなじんだところで塩焼きを焼いていく。まずは皮目にしっかり焼き色を付けてから、ひっくりかえして身を焼いていくのだが、火が通るにつれて皮に油が浮いてきてパチパチ弾ける音がなんとも美味しそうだ。

 

 焼きあがったらお皿に盛って、大根おろしを添えて完成だ。昼の賄いとしてはちと豪華な気もするが……吹雪に勉強させるためだしな、うん。

 

「はい、お待たせ。クロムツの湯霜造りと塩焼きだ」

 

「んー、美味しそう。いいのかなぁ私だけ……ごめんね、みんな」

 

 ま、その辺は手伝いに来てくれる子の特権と言うことで。冷めないうちに食べよう。

 

 まず吹雪が箸を伸ばしたのは湯霜造りだ。わさびを乗せて醤油につけるが、その醤油を弾くほど脂が乗っている。

 

「いただきまーす……ん!んー!おいしいです!皮の食感と、とろける身が口の中で……」

 

 ふふふ、そうだろうそうだろう。この皮が美味いんだよな。塩焼きはどうかなっと……うん、ふっくらした身がたまらないな。大根おろしの辛味とムツの脂がまた合う。

 

「この塩焼きも良いですね!ふっくらしてて口に入れるとほろほろ崩れて……こっちのパリッとした皮もまた違った食感でおいしいです」

 

 そう言いながらおいしそうに箸を進める吹雪。その顔が見られて俺も嬉しいよ、これはいい買い物したわ。

 

 これならきっと長門さんと陸奥さんも気に入ってくれるだろう。夜が楽しみだな……

 




はい、ムツです。クロムツです。

久しぶりにむっちゃん旗艦にして愛でていたら
ふと、むっちゃんで何か書きたい欲求が。
今回は出て来ませんでしたが……


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二十九皿目:むつのあじ2

陸奥がムツを食べます


 あれからあっという間に日も暮れて夕食時。そろそろ長門さん達も来る頃かな?とりあえず、炊き立てご飯は準備オッケー。食材の下ごしらえも済んでるので後は彼女たちの到着を待つばかりだ。

 

「店長さーん、長門さん達いらっしゃいました!」

 

 ホールへの出入り口から顔を出して吹雪が声をかけてきたので俺もそちらへ出迎えに行く。

 

「いらっしゃいませ、お待ちしてました」

 

「店長殿、今夜はよろしく頼む。そしてこっちが私の妹の陸奥だ」

 

「長門型戦艦二番艦の陸奥よ、よろしくね。マスターとこのお店のことは長門やほかの子達から聞いていて、食べに来るのが楽しみだったのよ」

 

 これはまた何というか……武人然とした長門さんとはタイプが違って、柔らかい物腰でどことなく色っぽい。そしてやはり衣装が露出多めで目のやり場に困る……

 

「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」

 

 二人なのでカウンターへと案内すると、陸奥さんに声をかけられた。

 

「ありがとう。本当はもっと早く来たかったんだけど、長門の都合がなかなか合わなくて……いい加減一人で来ようかと思ったわ」

 

「そう言うな陸奥よ、今日こうして連れてきたではないか。その分今朝のうちに店長殿にばっちり頼んでおいたからな、期待していいぞ。なあ店主殿」

 

 って、長門さん。そんなにハードルを上げないで貰いたい……一応満足してもらえるとは思うけど、改めてそう言われてしまうとちょっと……ねぇ?

 

「ええ、腕を振るわせてもらいますよ。それではさっそく用意してきますのでお待ちください」

 

 とりあえずそう言ってその場を離れ、料理を用意しに行く。まずはお通しで簡単なものから。

 

 今日のお通しは長芋とオクラの梅肉和えを用意した。

 

 拍子木切りにして軽く酢水にさらした長芋と、塩もみした後湯がいて斜に切ったオクラを、叩いた梅肉と薄口しょうゆで和える。それを小鉢に盛り、鰹節をかけて出来上がりだ。

 

 これを吹雪に頼んで持って行ってもらってる間に、次はムツの刺身を作ろうかな。

 

 刺身は二種類。あまり大きくないサイズを使ってお昼と同じように湯霜造りにしたものと、大きいサイズを使った普通の刺身だ。大きいものは皮を引いてから切るが、この皮も捨てずに使う。

 

 皮はおろす前に鱗を取っておいて、引いた後の皮を適当な大きさの短冊に切ったら、波うつように串に刺していく。そこに塩を振って焼くと、皮についていた脂が溶けだして軽く油で揚げたようなカリカリの食感になって、魚の皮好きにはたまらない一品になる。

 

「お待たせしました、クロムツのお刺身と皮の塩焼きです。脂がのっててうまいですよ」

 

「ほう!ムツか!脂ののったムツとは……美味そうだな」

 

 二人の所に刺身と皮焼きを持って行くと長門さんが陸奥さんの方をニヤニヤとした表情で見ながらそんなことを言っていた。

 

「あら長門、それはどういう意味かしら?もちろん魚のことよね?」

 

 言われた陸奥さんはそんな風に言い返すが、人を指して『脂がのった』と言えば働き盛りの魅力あふれる年代のことを指すことがあるから、褒める意味もあるけど……あれはあれで三十代くらいだしな。陸奥さんはそんな齢には見えないから、どっちにしろだめか。

「えーっと、まぁいいではないか。ほら、美味そうだぞ?さっきのお通しもサッパリしていてうまかったからな。いやがうえにも期待が膨らむというものだ」

 

「まぁ、いいわ。いただきましょう……あら!あらあら。おいしい!とろける脂が口いっぱいに広がって……こっちの焼いた皮もいいわね。さすがムツと名が付くだけのことはあるわ」

 

 うん、反応も上々。次の焼き物に移ろう。

 

 塩を振ってしばらく置いておいた大きめの切り身を焼き台で焼いていく。お昼にやったように皮目をパリッと、身はふっくらするように焼き上げていく。パチパチと脂が弾ける音を聞きながら、その横ではこの後作る味噌汁の出汁に使うためにおろした時に出た中骨も焼いていく。

 

 よし、できた。大根おろしを添えて、吹雪に持って行ってもらう。

 

 お次は煮物、最近でこそ高級魚になっているクロムツだが、関東では昔から煮物の定番として扱われた魚のひとつでもある。これに白飯とアラからとった出汁で作った味噌汁を添えて出す。脂ののったムツの煮付け……白飯に合わない訳がない。

 

 では、さっそく作っていこう。まずは鍋に薄切りにした生姜・醤油・酒・みりん・砂糖・水を入れて煮立たせる。煮立ったところで切り身を入れて落し蓋をして四・五分煮たら落し蓋を取り、五センチ位の長さに切った長ねぎを入れてさらに二・三分煮る。味見をした煮汁が、ちょっと濃いかな?くらいに煮詰まれば出来上がりだ。

 

 魚の煮付けは煮汁につけながら食べるので、そこまで長い時間煮込まなくても大丈夫。逆に煮込みすぎると煮崩れたりするので注意だ。

 

「いい匂いですね、店長さん。ご飯とお味噌汁よそっておきますね」

 

 ホールから戻ってきていた吹雪が気を利かせてくれる。今回の味噌汁は、シンプルに豆腐とねぎにした。だが、その表面にはムツのアラから出た脂の粒がキラキラと輝いており、一味も二味も違ったものになっているだろう。

 

「お待たせしました。クロムツの煮付けです。ご飯とお味噌汁はお替りありますんで、言ってくださいね」

 

「おお!やはり日本人ならばこれだな」

 

 そう言いながら長門さんがムツに箸を入れると、薄く色づいたた白身がほろりと煮汁の中に崩れる。彼女は続いてそのひとかけらを箸で取り、煮汁にちょんとつけて口へ入れる。すると長門さんは「んー!」と言いながら茶碗を手に取り、ご飯を掻き込んだ。

 最近分かってきた、何も言わずともわかる美味い時の長門さんの行動だ。

 

「あらあら、長門ったらはしたない」

 

 ちょっと呆れたようにそう言う陸奥さんが、最初に手に取ったのは味噌汁だった。ゆっくりとお椀を傾け口に含むと、驚いたように目を開きもう一口。その後豆腐をひと切れ食べて、ほぅと息をつく。

 

「……食堂で鳳翔さんや川内が作ってくれたお味噌汁も美味しかったけど、これはまた一段と美味しいわね」

 

「この味噌汁はムツのアラで出汁を取ったんですよ」

 

 その言葉に「なるほど」とつぶやきながら、再びお椀に口をつけた陸奥さん。隣では長門さんが、黙々と食べ続けていた。長門さんはあまり口には出さないが、美味しそうに食べてくれるので見ているこちらも嬉しくなってくる。まぁ、うちに来る艦娘の子達はみんなおいしそうに食べてくれるんだけどね。

 

 その後切り身がまだ残っていたので、気に入ったものをもう一度作ることにした。長門さんは煮付け、陸奥さんは塩焼きを注文し、二人はご飯と味噌汁も何回かお替りしつつ味わっていた。

 

 思う存分ムツの味を堪能し、食後のお茶を飲みながら長門さんが声をかけてきた。

 

「いやー、店主殿、今日も美味しかった。ごちそうさま」

 

「ほんと、どれも美味しかったわ。ごちそうさまでした」

 

 二人して改まってそう言ってもらえたので、ちょっと照れながらも頭を下げる。

 

「私あまり運がいいほうではないのだけれど、こうやって美味しいものが食べられるこの島で建造されたのは、運がよかったのかもね」

 

「そうかもな。ま、今後は他の鎮守府でも外の美味い物が食べられるようになっていくとは思うが、こうして他の所に先駆けて食べられるのはありがたい話だ」

 

 そう言って二人で顔を合わせて「ふふふ」と笑い合う。そんな風に言ってもらえるのはこっちとしてもありがたい話だね。

 

 帰り際、陸奥さんが店を出る時に「また来るわね」と笑顔で言ってくれて、思わずドキッとしてしまったが、振り向くと吹雪がジト目でこちらを見ていた……さーて、片付けしなくちゃ。

 




陸奥の味(誤字)

陸奥のあら(誤字?)



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三十皿目:金剛型ティーパーティー

最近ちょっと喫茶店っぽくないメニューが続いたので……




 金剛さんから相談を受けたのは一昨日のモーニングの時だった……

 

 

 

「ヒデトサン!聞いて下サーイ!今まで居なかった妹二人が昨日出撃した先で発見されたデース!」

 

 最近お気に入りの『朝のパンケーキセット』を食べ終えて、ミルクティーを飲みながら嬉しそうにそう報告してきた。

 

 今日この後も鎮守府の先輩として、また運営のトップの一人として色々と教えたりしなければならないそうなのだが、そんな事務的なことでさえも楽しみなのだそうだ。なんだか妹さんが羨ましくなるような思われっぷりだね。

 

「そこで相談なのデスガ、明後日その二人に島の案内をするときに、こちらのお店でアフタヌーンティーをしたいのデス。大丈夫ですカ?」

 

「えぇ、構いませんが、金剛さんの言うアフタヌーンティーは英国式のしっかりしたやつですよね?」

 

 俺も詳しくは知らないけれど、本場のアフタヌーンティーはただお茶を飲むっていう事だけじゃなく、サンドイッチ等の軽食と共にお茶を楽しむ。なので、そのあたりの準備も合わせて大丈夫かってことなんだろうけど……

 

「ただ、うちにはティースタンドが無いのでそこは目を瞑ってもらいたいのですが、サンドイッチ・スコーン・ケーキくらいなら用意できますよ」

 

「Nice! それで十分デース!姉妹揃ってのティータイム楽しみネー」

 

 

 

 とまぁ、そんなことがあり、今は彼女たちに出す予定のケーキを作っているところだ。

 

 そもそもうちは喫茶店と言うこともあって、普段から何種類かのケーキを置くようにはしている。とはいえ人手も少ないことから混ぜて焼くだけで作れるシフォンケーキが主だが……

 

 そんなシフォンケーキもうまく作れるようになるまでは大変だった。メレンゲを泡立て過ぎたり、逆に足りなかったり。目詰まりを起こして硬くなったり……ただ、慣れると簡単に上手く作れるようになってきたので、ココアパウダーをまぜてみたり紅茶の葉を混ぜてみたりとアレンジを加え、今のうちの店ではそういった何種類かのシフォンケーキに、ホイップクリームや様々なジャム、アイスクリームなんかを添えて出すのが定番になっている。

 

 そして今は新作の『抹茶小豆シフォン』を作っているところだ。昨日試作をしてみてうまくできたので、今後のメニュー入りも検討している一品だ。製菓用の抹茶を本土から取り寄せなければいけないので、毎日作るという訳にもいかないけれど限定メニューにするのもいいかな。

 

「あっ!昨日作った抹茶のケーキですね!美味しかったなぁ。暁ちゃんと熊野さんも気に入ってくれてましたしね!」

 

 吹雪が横からそんなことを言ってきたが、実は昨日試作した時に吹雪とちょうど来ていた暁ちゃんと熊野にも味見をしてもらって、太鼓判をもらっている。

 

 ところでこの暁ちゃんと熊野のコンビだけれど、どうやら『レディ』同士と言うことで仲がいいらしい……意外なような、納得のような……。

 

 気を取り直して作業を続ける。小麦粉と一緒にふるいにかけた抹茶と卵黄を混ぜて、そこに小豆缶を入れて混ぜ合わせたら、別のボウルで作っておいたメレンゲを入れて良く混ぜる。出来上がった生地を型に流し込み、作業台にコンコンとやりながら空気を抜いたら後は焼くだけだ。

 

 さて、お次はスコーンを作ろう。これもプレーンとチョコチップは普段から置いてあるのだが、今日はそれにプラスでもう一つ。甘くないタイプのものを作ろうと思う。生地を作るところまではいつもと一緒だが、そこに細かく刻んだプロセスチーズとベーコンを練り込んで焼いたもので、甘いものが苦手な人や、朝食なんかにもおすすめの一品だ。

 

 焼きあがったシフォンケーキを冷ましつつ、スコーンの焼き上がりを待つ間に胡瓜やハム、卵などのシンプルなサンドイッチを作っていると金剛さん達がやってきた。

 

「ハーイ!ヒデトサーン!妹たちを連れて来たデスヨー!」

 

 そんな金剛さんの笑顔に連れられてやってきたのは、霧島さんのほかに二人。皆それぞれスカートの色は違う物の、巫女服のような衣装を着た女性だ。

 

 まず挨拶してくれたのは、金剛さんと同じ濃いめの茶髪が軽く外に跳ねたような髪型の、活動的な印象の女性だった。

 

「金剛お姉さまの妹分、比叡です!まだこの島に来たばかりですが、少しでもお姉さまに近づけるように、気合!入れて!行きます!」

 

 お、おう。見た目通りの元気な娘さんのようだ。続いて自己紹介してくれたのは黒髪ロングの女性だ。

 

「高速戦艦、榛名です。あなたがマスターさんですね、金剛お姉さまからお話は伺っております。よろしくお願いいたしますね」

 

「こちらこそよろしく」

 

 明るくみんなを引っ張る長女の金剛さんに、元気っこの次女の比叡さん。しっかり者の榛名さんが三女で、頼りがいのありそうな末っ子の霧島さんか。なかなかいい関係の姉妹みたいだね。

 

 四人をテーブル席に案内して、吹雪におしぼりとお冷を出してもらったら、既に準備が済んでいる何種類かの一口サンドイッチと焼きたてのスコーン、いくつかのジャムと紅茶を入れて持って行く。

 

「お待たせしました。本日の紅茶はアッサムです。こちらのミルクを入れてミルクティーでどうぞ。紅茶のお替りもお気軽に言ってくださいね」

 

 そう言いながらテーブルに並べたティーカップの中に紅茶を注いでいく。最後の一滴まで注いで彼女たちの前に置くと、ミルクポットを置いてその場を離れる。そのままカウンターに入り、紅茶のお替りの準備だけしておくことにする。

 

 作業を始めると金剛さん達の会話がきこえてきた。

 

「それでは皆サン、いただきましょう」

 

「金剛お姉さま、このサンドイッチ美味しいです。見た目普通のサンドイッチなのに何が違うのでしょうか……」

 

「比叡お姉さま、こちらのお店では食パンも手作りだそうで、その違いではないでしょうか?」

 

「このスコーンもなんだか素朴な味で良いですね。榛名こういうの好きです」

 

 金剛さんの音頭でそれぞれ気になる物に手を伸ばす。比叡さんが口にしたサンドイッチは霧島さんが言うように自家製パンを使った、他所とは違った自慢の一品だ。榛名さんはスコーンを気に入ってくれたようで、ジャムを塗ったりしながらおいしそうに食べてくれている。

 

 と、そのうちに金剛さんがこちらを向いて、軽くティーカップを掲げてニコッと笑いかけて来た。俺の方も笑顔で頷いて、紅茶のお替りを持って行く。「どうぞ」と金剛さんの所にティーポットを持って行くと、金剛さんが周りに聞こえないようにささやいてきた。

 

「あの仕草で気が付くなんて、流石ヒデトサンデース」

 

 金剛さんのような美人さんにそうやってささやかれるなんて経験今まで無かったものだから、思わず顔が熱くなってしまう。それをごまかすように四人に尋ねる。

 

「えーっと、シフォンケーキをいくつか作ったんだけど、皆さんどれにしますか?ちなみに今日は新作の抹茶小豆もありますよ」

 

 そんな風に少し早口で聞いてみると、比叡さんと榛名さんはそれぞれ普通に返してきたが、金剛さんの隣に座っていた霧島さんは、さっきのやり取りが聞こえていたようでクスクスと笑っていた。恥ずかしいからそっとしておいてほしい。

 

 みんなで分けながら食べるらしく、四種類をひとつずつ注文されたので、お皿に乗せて吹雪に持って行ってもらう。恥ずかしいので吹雪さんお願いします。

 

「Wow!鮮やかなGreenが美しいですネー。うぅー、小豆の甘さとおマッチャのほのかな苦みが紅茶に良く合うデース」

 

 他のシフォンケーキは食べたことがあるので、真っ先に抹茶小豆にフォークを伸ばした金剛さんがそんな風に言ってくれた。霧島さんはプレーンのやつに色々なジャムを乗せて食べるのが好きなようだ……そして新しい二人はというと……

 

「ココアの香りがたまりません!クリームと合わせるとさらに美味しいです!」

 

「素敵な紅茶と、香りのいいケーキ……榛名感激です!」

 

 うん。こっちも気に入ってくれたみたいだ。すると榛名さんが、金剛さんに軽く身を乗り出して質問を始めた。

 

「金剛お姉さま!昨日の説明会ではこちらのお店でお手伝いができる任務があると聞きましたが本当ですか?お料理も教えていただけるとか……」

 

「Yes! 申請を出して抽選で当たる必要はありますガ、そういう任務はありますヨー。榛名やりたいのデスカ?」

 

 え?いま抽選式になってるの?ちょっと前に聞いた時は新任艦が順番にって事だったけど……

 

「はい、榛名も美味しいケーキ作れるようになりたいです!それに他の子にも聞いたのですが、お料理の方も気になります……マスターさんも優しそうですし」

 

 そう言ってもらえるのはうれしいな。カウンターで聞きながら思わずにやけてしまう。と、金剛さんの横から霧島さんが眼鏡をクイっとやりながら口を挟んだ。

 

「榛名姉さま、あくまでお店のお手伝いですので。そこはご理解くださいね」

 

「えぇ、榛名は大丈夫です!」

 

 噛み合ってるのか噛み合ってないのか微妙な会話を繰り広げつつ、お茶会が進んでいく。心なしか空気が変わったような気がしなくもないけど、比叡さんは相変わらずニコニコとケーキを楽しんでいるから大丈夫なのだろう。

 

 ……うん、そう言うことにしておこう。

 




次回金剛VS榛名、秀人をめぐる女の戦い

……ありません。この物語はのんびりほのぼの日常系なので。


という訳で、久しぶりに喫茶店ぽい感じで書きました。
ふわふわシフォンケーキ……たべたい


お読みいただきありがとうございました



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三十一皿目:体も心もぽかぽか鍋パ1

そう言えば鍋ネタやってないなと思いまして……



「店長さーんお出汁はこんな感じで良いですか?」

 

「マスター、味見お願いしてもいいかしら」

 

「店長、こんな感じでどうかな?」

 

「浦風こんなものかしら?ええ、そうね、ではそのように」

 

「不知火姉ぇそれでええと思う……って舞風!それはこうじゃ。ウチの良く見ときんさい」

 

 久しぶりに鎮守府御一行様のパーティーが予定されている本日は、午後から貸し切り営業だ。と言ってもまだパーティーは始まっておらず、今店内ではある程度料理ができる駆逐艦の子達が下ごしらえに精を出していた。

 

 というのも今回のパーティーは彼女たち駆逐艦の子達が発案だったりする。先日から演習のために島に滞在していた潜水艦隊が明日で自分たちの鎮守府に帰るということで、対潜演習で一番お世話になっていた駆逐艦の子達が、ぜひお別れパーティーをやりたいということで計画した。

 

 そこで、会場は例によってうちの店を使うとして、メニューをどうするかということになったのだが、感謝の気持ちとして「できれば自分たちで何か作って食べてもらいたい」という相談を受けたので、それならば今の時期にピッタリのもので、かつみんなでワイワイ食べられて、さらに簡単にできる物と言うことで鍋を作ることになった。

 

 そして今、その駆逐艦の子達がうちの厨房で仕込み作業を色々とやっているという訳だ。

 

 さっき吹雪ちゃんが出汁の取り方を確認してきたのはみぞれ鍋だ。『雪』が名前につくことから妹さん達と考えてこれにしたらしい。その妹さんたちは大量の大根おろしをおろしたり、材料を切るのに余念がない。

 

 今回のみぞれ鍋は鶏肉ときのこを中心にしたものだ。具材をどうするか相談されて教えたレシピなのだけれど、別に雪国と名の付くきのこ商品を思い浮かべてこのレシピを教えたわけではない…………ごめん吹雪、ちょっと思い浮かべた。

 

 続いて雷ちゃんが小皿に入れて味見をお願いしてきたのは、トマト鍋に使う予定の魚介出汁だ。

 

「うん、良い感じだね。後はこし器にかけてやればオッケーかな」

 

「よかったぁ。マスターありがとう!」

 

 雷ちゃんはそう言って鍋の所へ戻っていった。彼女が作っている魚介出汁は、鍋の具としておろした鯛や鱈のアラに玉ねぎ・セロリ・マッシュルームを加え、水と白ワインで煮たフュメ・ド・ポワソンに、さらに海老の殻や頭を軽く砕いて煮出したものだ。海老の頭から出た濃厚な味噌が加わり、風味とコクがアップしていてそれだけでもスープとして十分な一品になっている。

 

 さらに具として後であさりも入るので、もう何が何やらわからなくなりそうだが、美味いのは間違いないだろう。『味の宝石箱や』的なコメント誰か言ってくれるかな?ノリ的に龍驤ちゃん?

 

 とまぁ、くだらないことは置いといて……雷ちゃん達が作っているこのトマト鍋はとあるレディーの「トマトってなんかお洒落よね」と言う一言で決まったとか……そのレディーはと言えば、現在あさりの砂出し監視任務に就いている。姉妹艦的にそれで良いの?

 

 次に時雨ちゃんが見せてくれたのは、ぎゅうぎゅうに鍋に詰まった白菜と豚バラのミルフィーユ鍋だ。白菜の白と緑、豚肉のピンクがきれいな渦を巻いている。なんとも真面目な時雨ちゃんらしい仕上がりだ。これは後で刻んだ生姜を散らして、吹雪が取った出汁を入れて火にかけるだけだ。

 

 ちなみにこのミル鍋、二つ目だったりする。艦娘達の食べっぷりを考えると、一つでは足りないということですでに一つ仕込んで冷蔵庫にストックしてるのだ。そして時雨ちゃんがこの作業をしている間妹艦の夕立ちゃんはと言えば……

 

「とうちゃーく!どう?島風が一番速いんだから!」

 

「むー、やっぱり島風ちゃんには勝てないっぽい」

 

「マスター、カセットコンロ借りてきたよ」

 

 ちょうど着いたみたいだ。夕立ちゃん・島風ちゃん・響ちゃんの三人で、鎮守府にあるというカセットコンロを借りてきてもらっていた。

 

「おぅっ!良いにおーい!早く食べたーい」

 

 厨房に入るなり、そんなことを言ってきた島風ちゃんに頼んで、ホールのセッティングをしておいてもらう。「島風!了解しました!」とやたら気合が入っているように見えるのは、早く食べたいからかな?ホールの準備が終わっても、みんなが揃うまではお預けだからね?

 

 最後に不知火と浦風が仕込んでいるのは味噌仕立ての野菜たっぷり寄せ鍋だ。この二人の作業はなんだか安心してみていられるな。他の姉妹二人にも簡単な下ごしらえを教えつつ順調に進んでいる。

 

 こうして四種類の鍋の準備が進んでいるわけだが、実は俺も一品隠し玉を用意しているのだけれど……まぁ、準備らしい準備はいらないからいいか。とりあえず俺の方は漬けダレをいくつか作っておこうかな。

 

 まずは定番のポン酢から。と言ってもこれはすでに仕込んである。

 

 今回使う柑橘は『橙』だ。昔からこの島で栽培されてきた柑橘の一つで、一般家庭の庭にも植えられていたくらいポピュラーなものだ。今回の鎮守府建設に伴う開発でそういった物は抜かれたそうだが、生産施設の果樹園の一部に移植されたらしく、そこで貰ってきた。

 

 この橙の果汁と醤油、みりんを合わせたところに、昆布と鰹節をたっぷり入れて保存瓶に入れて寝かせてある。こうすることで酸味の角が取れて、まろやかに仕上がるからね。

 

 んで、お次は胡麻だれ。これに使うすり胡麻をさっきからすってもらってたんだけど、どんな感じかな?

 

「初雪ちゃん、どう?」

 

「うん……良い感じ……いい匂い」

 

 誰か手の空いている子に頼もうと思っていたすり胡麻作りに手を挙げたのが初雪ちゃんだった。どうやらこういう地味な仕事が好きらしい……さっきから黙々とすり続けていてくれたおかげで大量の胡麻も良い感じにすり終わっていた。

 

 そのまま初雪ちゃんにお願いして、胡麻だれを作ってもらう。すり胡麻に味噌・醤油・橙果汁を加えて出汁でのばしていけば完成だ。初雪ちゃんにスプーンを渡して味見してもらおう。

 

「ん!……これは……いい!」

 

 よしよし、うまくできたみたいだね。とりあえず今回はこの二種類にしよう。四つのうち二つは使わないし。その分薬味を色々用意しようかね。

 

 刻みねぎや紅葉おろし、柚子胡椒、おろし生姜なんかの定番のものはもちろん、おろしにんにくや生卵のスタミナ系、粉チーズやドライバジル、オリーブオイルにブラックペッパーなんかはトマト鍋にも合うね。後は胡麻油、ラー油、みじん切りにしたザーサイで中華っぽくするのもアリかな。

 

 いろんな薬味を試しつつ、好みの味を見つけてもらうのも鍋の楽しみ方の一つだと思う。

 

「それにしてもいっぱい用意したのです……」

 

 一通りの仕込みが終わり後は鍋に入れるだけとなったところで、作業台に所狭しと並んだ材料を見ながら電ちゃんがつぶやいた。

 

 確かに結構な量があるな。これにプラスして締めのことも考えると……足りるかな?ま、その時は何か作るか。と、あたりを見回せば、どことなくやり切った顔で駆逐艦の子達が休んでいた。いや、これからが本番だからね?まぁ、鍋は準備さえしっかりしておけば後はそんなに大変じゃないけどさ。

 

 といった所で、ホールの方からドアが開く音が聞こえてきた。

 

「てんちょー!おまたせ!みんなを連れてきたぜぇ!」

 

 楽しそうな佐渡ちゃんの声に続いて、他のみんなの話声も聞こえてきた。なんともいいタイミングで佐渡ちゃんが来たね。皆の先導艦という今回のもう一つの重要任務も無事達成って訳だ。

 

 そして厨房では佐渡ちゃんの声を聴いた皆がお互い顔を見合わせて頷くと、夕立ちゃんが声を上げた。

 

「さぁ、ステキなパーティーしましょ!」

 




なんだか最後に夕立が一言で色々かっさらって行きましたが
次回は鍋パーティ実食編です


他にも色々鍋は考えたのですが、今回はこの四種類で。
すきやき・しゃぶしゃぶ・チゲ・水炊き……
魚しゃぶ系も出したかった



お読みいただきありがとうございました


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三十一皿目:体も心もぽかぽか鍋パ2

皆でお鍋を食べます……美味しそう……



なんと、日間3位にランクインすることができました!
思わずブラウザを閉じて開き直すくらい驚いてしまいました……

評価してくださった皆様、お気に入りしてくださった皆様
読んでくださった皆様、ありがとうございます!


 入ってくるなり思い思いの席に着く鎮守府御一行様、この辺りはもう慣れた感じである。今回の主賓の潜水艦の皆も、佐渡ちゃんに案内されながら席に着いた。

 

「いらっしゃーい」

 

 そんな風にホールに迎えに出ると、後ろから駆逐艦の子達も「いらっしゃーい」と声をそろえてお出迎えだ……それにしても結構な人数になったもんだ。この人数になるといつもの席では足りないので、予備の椅子も引っ張り出してきてやっとといった感じだ。次回からは鎮守府の食堂でやろうかね?出張調理って感じで。

 

 事前の打ち合わせ通り、駆逐艦の子達がテーブルにセッティングしてあったコンロに出汁の入った鍋を置いて火をつけていく。トマト鍋とミル鍋はすでにある程度具材が入っているのでそうでもないが、みぞれ鍋と寄せ鍋のテーブルはあっという間にお皿で埋め尽くされていく。

 

 テーブルの上に色々と並べながら、吹雪と不知火がそれぞれの担当の鍋に具材を投入していくと、それだけで艦娘たちのテンションが上がってきているようだ。とは言え煮えるまではまだ時間がかかるので、その前に司令官殿のありがたいご挨拶だ。

 

 さくらがみんなから見える位置に立って、手を叩き注目を集めた。

 

「はーい、ちゅうもーく!まずは潜水艦の皆、今日までありがとうね。明日には帰っちゃうって事だけど、今日のパーティーは皆のお別れ会と、お礼も兼ねてるからいっぱい食べてって頂戴。ま、長ったらしい挨拶は明日の見送りの時に回すとして、次は今回のパーティーを企画した吹雪、よろしくね」

 

「はい、私達駆逐艦からは一言。皆さんのおかげで潜水艦はもう怖くありません!ありがとうございました!」

 

 さくらからのフリに応えた吹雪ちゃんに続いて、他の駆逐艦たちも「ありがとうございました」と声をそろえて頭を下げる。すると潜水艦のみんなから「なかなか言う様になったでち」「本気出したらあんなもんじゃないのねー」といった声が聞こえてくる。確かに吹雪のセリフはなかなか挑発的だった。

 

 対する鎮守府側からも「那珂ちゃんだってやるときはやるんだからぁ」「佐渡様もいるぜぇ!」なんて声も聞こえてきた。せっかくのパーティーが一触即発か?……なんてことはなく、すぐに笑いに包まれた。短い間だったけどいい関係が作れたみたいだ。

 

 そして潜水艦隊の方からはしおんちゃんが代表して話すようで、その場で立ち上がって口を開いた。

 

「今日はこんな会を開いてくださってありがとうございます。初めはちょっと頼りない皆さんでしたが、訓練後半はむしろ私たちの方が勉強になるくらい頼もしくなってくれました。正直最後の一戦は見つからないようにするのと、爆雷にあたらないようにするのに必死でした……いつか皆さんがうちの鎮守府に来た時には、ここのような美味しいお店を案内できるように周辺住民の皆さんと良い関係を築いていきたいと思います」

 

 そう挨拶をしたしおんちゃんは真面目な性格からか、途中感極まったように目頭を押さえた。そんな感動的な場面を尻目に、同じ艦隊の子達は「しおん硬いでち」「早くたべたいのねー」という声も……ていうかさっきからガヤやってるのってゴーヤちゃんとイクちゃんだけじゃない?イムヤちゃんが呆れた表情してるのって、その二人にだよね。

 

「そろそろいい感じではないデスカー?良い匂いがしてマース!」

 

 いいタイミングで金剛さんが声を出す。確かにさっきからくつくつという鍋が沸く音と共にそれぞれの鍋から良い匂いが漏れ出してきていた。金剛さんの言葉を聞いて、駆逐艦の子達が鍋のふたに手をかけて金剛さんに目配せをする。

 

「OKデスカ?それでは皆サンOpen!」

 

 金剛さんの音頭に合わせて各テーブルで鍋のふたが取られると、大量の湯気と一緒に美味しそうな匂いが爆発した。と同時に、艦娘たちのテンションも一気に上がり、ひときわ大きな歓声が上がる。どの鍋も良い感じに火が通って食べごろになってるみたいだ。

 

 まずは主賓の皆さんにと言うことで、吹雪がみぞれ鍋を取り分けて渡していく。それを受け取った潜水艦の皆は「いただきます」とそれぞれ口に運んだ。

 

「ふわぁ、おいしい……ユー、お鍋は知ってましたけど、こんなの初めて……」

 

「ほんと、美味しいわー。大根おろしが絡んだぷるぷるの鶏肉がたまらないです」

 

 と、さっきまで静かだったユーちゃんとはっちゃんがのんびりした口調で美味しさを伝えて来る。その隣ではイムヤちゃんが出汁をすすって「あー……」と声を出していた。

 

「この出汁最高!鶏ときのこの旨味も溶け込んで、いくらでも飲めちゃいそう!」

 

 すると、潜水艦の子達が口をつけたのを見て、他のテーブルでも「いただきます!」と声が上がった。後はもう、なるようになれだ。

 

「このトマト鍋美味しいですわ。暁さんやりますわね」

 

 と暁ちゃんがレディー仲間の熊野にトマト鍋を勧めているのが見えた。そこで「妹たちが頑張ってくれたわ!」と妹を立てるところはさすがお姉ちゃんだね。

 

 その隣では同じくトマト鍋を食べながら、目を見開いている龍驤ちゃんがいた。

「なんやこれ、めっちゃいろんな旨味が詰まっとる。ほんまにうまいわぁ」

 

 残念『味の宝石箱』は出なかったか……

 

 と、隣のテーブルでは軽巡洋艦の子達が薬味を駆使しながらミル鍋を楽しんでいた。ポン酢に生卵、七味唐辛子というなかなか通な食べ方をしているのは川内で、その隣では夕張ちゃんがねぎや生姜、紅葉おろし盛り盛りで食べている。球磨は胡麻だれにラー油をたっぷり入れて担々風かな?

 

 そして寄せ鍋の方を見ると……そこはまさに戦場だった……戦艦と空母が集まったそのテーブルは、次々と具材が消費されていくところに、島風の手によって追加投入が行われているが、そろそろ煮えるスピードが追い付かなくなりそうだ。

 

 鍋の上空では空母たちの目線による目に見えない制空権争いが繰り広げられ、その隙をぬって戦艦たちの箸がどこからともなく伸びて来る。肉は煮えたそばから掬い取られ、もはやしゃぶしゃぶ状態だ。

 

 さすがにこの状況はいただけないな……と言うことで、ちょっと動くことにするか。

 

 カウンターにちょっと小さめの鍋をセッティングして、昆布と水を入れたところに豆腐を入れて火をつける。最近ようやく島でも豆腐が簡単に手に入るようになったからね。やっぱり冬場の豆腐の食べ方と言えばコレは外せないでしょ。

 

 これで何人か釣られるかなーと、しばらくコトコトやっていると、ほんのり漂う昆布の香りに誘われてやってきたのは加賀さんだった。ちなみにカウンターの隅ではすでにさくらがこの湯豆腐で一杯やってるが、放っておこう。

 

「あら、湯豆腐ですか?それに提督がお飲みになっているのは……」

 

「いらっしゃい、加賀さん。さすがに各テーブルに配るわけにはいかないけど、ここで少しならお酒も出せますよ。いかがですか?」

 

「えぇ、いただきます。湯豆腐で一杯だなんて、素敵ですね」

 

 そんな言葉を聞きながら、お皿に豆腐を盛って何種類かの薬味と一緒に加賀さんの前に置く。すると、加賀さんの後から何人かの艦娘もやってきた。

 

「加賀ー、一人だけずるいデース」

 

「なかなか粋なことをしているではないか」

 

「店長、こっちにも欲しいな」

 

「なんだ、美味そうだな。俺も混ぜろよ」

 

 やってきたのは金剛さん、長門さん、川内、天龍さんのうちの店でもおなじみの鎮守府の重鎮たちだ。お互いにお酒を注ぎ合い、思い思いの食べ方で湯豆腐を楽しんでいく。みんな大体ポン酢に好きな薬味を入れてるけど、個人的にはシンプルにねぎと生姜を乗せて醤油で食べるのが好きかな。

 

 お酒も入ってきたことでなんだかカウンター周辺が一気にアダルティな感じになった……と言うか、会話も鎮守府運営の話が始まってしまい、プチ幹部会の様相を呈してきてしまったが、とりあえずここで聞いた話は俺の心のうちにしまっておこう。

 

 というかさくらよ、止めなくていいのか?いや、むしろさくらが率先して機密を話すから今更か……とりあえず、一つ気になったのが暁ちゃんや時雨ちゃん達が育てているという野菜のことかな。収穫したら持ってきてくれるってことだから、楽しみにしておこう。

 

 と、彼女たちが動いたことで、他のテーブルでも席替えが行われてそれぞれ気になっていた鍋をつつきに行ったみたいだ。

 

 ドイツ艦の子達は洋風ってことでトマト鍋にチャレンジしている。オリーブオイルを入れてみたり、粉チーズを振ったりして楽しんでくれているみたいだ。そうそう、タバスコをちょっと入れても美味しいんだよね。

 

 高雄さんに愛宕さん、那珂ちゃんはみぞれ汁を食べながら「きのこの食物繊維が……」とか「鶏肉のコラーゲンが……」なんて話をしている。艦娘とは言え女の子、美容や健康には注意してるんだね。

 

 ってところで、どの鍋も具がなくなってきてだいぶ落ち着いてきた感じかな?それじゃ、いよいよお待ちかねの締めに参りますか……

 

 まずはご飯を使って二種類。味噌寄せ鍋で雑炊と、トマト鍋でリゾットだ。

 

 鍋にちょっと出汁を足して火を強めて、洗ったご飯を入れる。軽く混ぜてふつふつと沸いてきたところで溶き卵を流し入れたら火を止めて、蓋をしてしばらく蒸らす。蒸らし終わったら軽く混ぜて、刻んだ青ネギを散らして出来上がりだ。

 

 続いてトマト鍋で作るリゾット。こちらも出汁が少なくなってたので、ちょっと足して洗ったご飯を入れる。煮立ったところで粉チーズをたっぷりと入れてざっくり混ぜたらドライパセリを振って完成。

 

 そして、完成したそばから待ち構えていた戦艦たちのお腹に消えていく。

 

「やはり鍋の締めは雑炊に限る!」

 

「あらぁ、このリゾットもなかなかよ?魚介の旨味をご飯が吸って、トマトの酸味とチーズの風味がおいしいわ」

 

 ま、美味しそうに食べてくれてるし、ほかの二つもあるから作っちゃおう。

 

 ミル鍋の締めに作るのはうどんだ。元々の出汁に加えて、豚から出た旨味と白菜の甘味が加わっているので、うどんを入れて煮込んだら軽く塩を振って味を整えるだけで十分美味い。ここにいろどりに青ネギを散らしてやればオッケーだ。

 

 これを待っていたのが駆逐艦や潜水艦の子達だ。戦艦や空母に比べてあまり食べない彼女たちだが、これを楽しみにして少し抑えていたらしい……なんとも可愛らしいじゃないか。

 

 そして最後はみぞれ鍋。これはちょっと変わり種になるかもしれないが、温めなおした出汁に焼いて焦げ目をつけた餅を入れて少し煮る。雑煮みたいな感じになるが、大根おろしが餅に絡んで美味しいんだよね。

 

 一通りの締めを作り終えて、軽く片付けていると多摩が「うにゃー」と言いながら餅と格闘していて、それを見ながら他の子達も笑っている。

 

 そしてカウンター組は昆布の旨味がたっぷり出て、ちょっととろみのついた湯豆腐の出汁を使って澄まし汁を作る。鍋に残った昆布だしに薄口しょうゆと塩を少し入れて刻みねぎを散らしただけの簡単なもので、お吸い物ともいえないようなものかもしれないが、これが結構ほっとする味で好きだったりする。

 

「あー、やっぱり鍋っていいわね。最後の最後まで美味しいし……みんなも楽しそうだしねー」

 

 軽く出来上がった感じでさくらがそう言いながら、お吸い物をすすっている。カウンターに座った他の面々も、ワイワイと鍋の締めを楽しむ他の艦娘たちを見て笑顔を浮かべていた。

 

 うん、やっぱ大人数で鍋っていいよね。そんな感じで俺もみんなを眺めていると、視線に気づいたのか吹雪がこちらを見てきたので「やってよかったね」という意味も込めて親指を上げる。すると、それを見た吹雪も親指を立てて満面の笑顔を見せてくれた。今回も大成功だね。

 




ここの所寒いので、お鍋ネタをやってみましたが……たべたい。


そして今回のお話には関係ありませんが
鬼っ子如月が可愛い




お読みいただきありがとうございました!


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三十二皿目:鳳翔さんの洋食修行1

今回から鳳翔さんがお手伝いです
洋食が苦手という鳳翔さんに作り方教える予定でしたが……
ちょっと長くなったので分けます
とりあえず今回は前フリで……


「店長さん、今日からしばらくの間よろしくお願いいたします」

 

「こちらこそよろしくお願いします鳳翔さん」

 

「そんな堅苦しい呼び方ではなく私のことは『鳳翔』と。こちらが教えを乞う身なのですから、敬語もおやめくださいな」

 

「じゃぁ、よろしくお願いしま……じゃなくて……よろしく頼むよ、鳳翔」

 

「……はい」

 

 あー、そこで俯き加減で頬を染めないで……こっちが恥ずかしくなってくるから。

 

 今の会話の通り、今日から鳳翔さんがうちの店に手伝いに来ることになったんだけど、ぶっちゃけ基礎はできてるみたいだし、直接教えなくてもレシピを見れば鳳翔さ……鳳翔なら洋食も作れると思うんだけどね。

 

 ただ、本人の希望という事もあったし、店としても料理ができる人が手伝いに来てくれるのは助かるから、断る理由もない。

 

 そして今日は初日にも関わらず、夜も明けきらぬうちから来てもらっている。その理由は鳳翔が市場を見てみたいということで案内するためだ。そして彼女の格好もいつもの和装ではなく、動きやすいパンツスタイルで来てもらった。さすがに汚れたら大変だし。

 

「なんだかこういった服装はなれていないので、違和感がありますね」

 

「たまには良いんじゃないですか?新鮮でなかなか素敵ですよ」

 

「あらやだ、店長さん。からかわないでくださいな。ほらほら、そろそろ行きましょう」

 

 からかってるわけじゃないんだけど……まぁ、これ以上時間食ってもあれだから、そろそろ行こうかね。と、鳳翔に助手席に乗ってもらって走り出した。

 

 これから向かう市場は、元々は今の鎮守府の場所にあったものを移設……というか新しく今のところに作り直したもので、広さはそれほど大きくないけれど新しいこともあって綺麗で使いやすい。仲卸の数は少ないが、昔からやってるところや干物や貝などに特化しているところ、本土からの荷物を専門に扱うところなど、ある程度住み分けもされていて特に諍いもなく運営されているようだ。

 

 その市場には魚を扱うところ意外にも、包丁などの調理道具や肉類の卸もあり、ちょっと離れた所には青果市場もある。帰りにそっちもちょっと覗いていこう。

 

 そんなことを鳳翔に説明しながら車を走らせると、ほどなく市場に到着した。車を止めて持ってきた長靴に履き替え、ジャンパーを羽織ったらさっそく市場に入っていく。隣を歩く鳳翔もどことなくテンションが上がっているようにも見える。

 

「まぁ!すごい活気ですね!なんだかワクワクしてきました!あ、でも、お店の方のお買い物は良いのですか?もしあれば……」

 

 と鳳翔が聞いてきたので、大丈夫と笑って答える。何か面白いものが見つかれば買おうとは思っているが、基本的に定番メニューで使う食材は前日のうちにメールやファックスで契約を結んでいる仲卸に注文済みだ。品物は市場の共同配送サービスで配送してくれるので問題ない。

 

「だから、気になるものがあったらどんどん言ってね」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 鳳翔はそれを聞いて安心してくれたみたいで、さっそくあちこちに視線を向けては色々とレシピを思い浮かべているみたいだ。

 

 まずは見て回るだけにして一回りしたところで、鳳翔に声をかける。

 

「とりあえずこれで一周したけれど、何か気になる食材はあったかい?」

 

 するとちょっと恥ずかしそうに答えを返してきた。

 

「ええ、正直気になるものが多すぎて……でも、思い浮かぶのが和食のレシピばかりなんですよね……」

 

 んー、そんなに気にしなくても良いと思うんだけど。まだ初日なわけだし……

 

「それでいいと思うよ。というかうちの店は知ってのとおり、喫茶店とは名ばかりのなんでもめし屋みたいなもんだからね。いろんなレシピが浮かんでくるだけで十分さ。じゃぁ、せっかく市場に来たんだし、何か鳳翔の気になる物を買って行って、それで何か洋食メニューを作ろうか」

 

「わぁ、ありがとうございます!なんでもいいんでしょうか?……それでしたら……さっき見たことのないものがあったのでそれでもかまいませんか?」

 

 鳳翔の言葉に頷きを返すと、彼女は俺の手を取って「こっちのお店です」と引っ張っていった。それにしても鳳翔の見たことない魚介か……実践はともかく、知識としては色々と食材のことも知っているって言ってたけど、それでも知らないってなんだろう?

 

「あ、ありました、このお店です……って、ご、ごめんなさい!お手を……」

 

 いえいえ、むしろありがとうございます?と、鳳翔に連れられてきたのは貝類を専門で取り扱っている仲卸だった。そしてそのお店の前で鳳翔が「この貝なのですが……」と指さしたのは……なるほど、これか。

 

「あぁ、これは最近日本で増えてきた貝で、ホンビノス貝って言うんだ。確か東京湾ではかなり増えてて、扱いに困るくらいだって聞いたことがあるね」

 

 鳳翔が気になったというホンビノス貝についてそんな風に説明していると、店のおじさんが俺たちの会話を聞いて声をかけてきた。

 

「らっしゃい。っと喫茶店のマスターか。さすがに良く知ってるね。ちょっと前の食糧不足の時は需要もあったんだけどね、それも落ち着いた今じゃ余り気味って話だ。食っちゃー美味いんだけど、やっぱりあさりだー蛤だーって方が馴染みあるからな。どうしてもそっちに流れっちまう」

 

 なるほど、確かになじみは薄いかもしれないな。家庭じゃ使い道にも悩むんだろう。鳳翔も話を聞きながら、なるほどと頷いている……よし、じゃあこれを使っていくつか作るか。

 

「おじさん、コレ欲しいんだけど、いくら?」

 

「一応キロゴマルで出してんだけど、どうかな?」

 

「んー、でも余っちゃわない?サンマル」

 

「確かにな、でもサンマルはきついって!活かしで置いとけるしよ。じゃぁヨンゴー……いや、ヨンマルでどうだ!?これ以上は勘弁してほしいんだがなぁ」

 

 おっ、一気に下げてきた。まぁ、流石にこれくらいの値段であんまり値切るのも良くないし、良いとこだろう。

 

「ありがとおじさん。じゃぁそれで……それと……その殻付き牡蠣ももらっていくよ。そっちはその値で良いからさ。三陸?」

 

「まいど!築地経由で三陸から送ってもらったんだわ。じゃぁ、その分少しおまけしとくからよ、今後ともよろしくな。そっちの姉ちゃんは艦娘さんだろ?多摩によろしくな」

 

 三陸の牡蠣か……いいね。あんまり量が無いからランチには使えないか。すぐになくなっちゃいそうだな。

 

 それにしても多摩はいつの間に仲良く……ってしょっちゅう顔出してるっぽいし、当然か。長門さんも知ってるみたいだし、仲良くやってる分にはいいのかな。まだ共配の朝の便が出ていないということで、今買った分も一緒に送ってもらうことにして、お店を離れる。すると少し歩いたところで鳳翔が声をかけてきた。

 

「店長さんすごいですね。今の貝お買い得で買えたんですよね?」

 

「まぁ、値切りなんて見せるのはちょっと恥ずかしいんだけどね。それに、もともとそれほど高くない品だからどうかと思ったけど……いけるかなって」

 

 男ならバンと言い値で行きたいところだけど、少しでも仕入れ値を抑えたいというのが店舗経営の世知辛いところだね。その分別の品物も買って、いってこいってことで……

 

「いえいえ、値切れるところは値切っていいと思いますよ?流石にあまりしつこいのは私もどうかと思いますが、お相手の方も笑ってらしたということは、お互いに良い商売ができたという事ではないでしょうか?お店を経営するというのは見栄だけではできませんから」

 

 鳳翔はそう言って笑顔を見せてくれた。うん、ありがたいね。

 

「よし、まだ時間もあるし、朝ご飯食べていこうか。場内に漁師さんや市場の人たちが行く食堂があるんだ。場所は変わっちゃったけど、昔からやってる店で美味いんだよね」

 

 所謂『市場飯』ってやつで、量もあって安くてうまい。こないだ来た時に行ったけど、昔の味と変わってなくて嬉しかった。

 

「ぜひ食べてみたいです!行きましょう!」

 

 朝も早かったし、少し歩いてお腹もすいたからね。笑顔の鳳翔と一緒に、気持ち早歩きになりながらそのお店へと向かって行った。

 




あれ?コレってデート?


鳳翔さんのパンツスタイルは皆さまのご想像にお任せします
(女性の服なんてわからん……とは言えない)


正直市場だけでここまで長くなるとは思いませんでしたが
その分次回は飯テロマシマシでお送りします……お送りしたいな。

お読みいただきありがとうございました


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三十二皿目:鳳翔さんの洋食修行2

鳳翔さんとデートの回後半です

デートで市場飯って、どうなのさ~日向


 歩き始めてそれほど時間もかからずその店に到着しのれんをくぐると、まだ朝早いにもかかわらず結構な数のお客さんで賑わっていた。いつもは適当にカウンターに座るのだけれど、今日は鳳翔がいるので奥まったところにあるテーブル席に腰を下ろす。

 

「さて、なんでも好きなもの頼んで。こんなところでなんだけど奢るからさ。まぁ、魚市場の食堂っつったら刺身系のイメージだけど、他のもうまいよ」

 

 壁に貼ってあるお品書きを眺める鳳翔に、手を拭きながらそう声をかける。

 

「ありがとうございます。それにしても色々ありますね……店長さんは何になさるんですか?」

 

「俺はホルモン丼かな、これに生卵が最高の組み合わせでさ」

 

 濃い目の八丁味噌で仕上げた甘めの汁にホルモンの脂とうま味が溶けだして、なんとも言えない深い味わいになっている。食べ進めるうちにたまに現れるこんにゃくがまたいい味を出している。

 

「ホルモン丼ですか……なかなかパワフルですね……でも、そうですね、朝早くから働いているとお肉が欲しくなります」

 

「ホルモンはちょっとヘビーかもしれないけど、お肉だったら牛丼も美味しいよ。ここは玉ねぎじゃなくて長ネギを使ってるから、他の所とはちょっと味わいも変わってくるし」

 

「じゃぁ、それにします……えっと、卵もつけちゃいましょうか」

 

 そう言って鳳翔はふふふと笑った。それを見ながらさっそく注文すると、大して時間もかからずに注文の品が届けられる。

 

「え?もうですか?早いですね……ではいただきます」

 

 この早さも特徴の一つだからね。せっかちな市場の人間向けならではというか、なんというか。

 

 丁寧に卵を溶いてから回しかける鳳翔とは反対に、俺は肉とその上に盛ってあるねぎの真ん中を軽くへこませて、そこに卵を直接割り入れる。そして黄身を軽く崩したところに七味を振りかけて、レンゲを差し込み豪快にすくって口に運ぶ……んー、うまい。

 

「ふふふ、良い食べっぷりですね店長さん」

 

「おっと、これは失礼。女性の前でちょっとはしたなかったかな」

 

 ついついいつもの調子で掻き込んでしまったが、嫌だっただろうか?

 

「いえいえ、私が同じようにやってしまったらはしたないでしょうが、殿方はやはりそうやって豪快に食べていただいた方が良いですよ。とても美味しそうで」

 

 そう言ってくれた鳳翔はと言うと、彼女だけ別の店に来ているような上品な所作で食べていた。牛丼をそんなにきれいに食べる人は初めて見たよ。

 

「それにしても、この牛丼おいしいですね。お肉も柔らかいですし、おつゆもさらりとしていて食べやすいです」

 

 この牛丼は元々先代が東京で食べたものをパク……参考にして作ったものだ。ただ、当時この島で簡単に手に入る肉と言えば安い赤身の肉ばかりなのに加えて、砂糖も高級品だったのをどうにか美味しくできないかと改良したものらしい。

 

 出汁を強めに効かせて、砂糖は使わず醤油と酒、少量のみりんで長時間煮込むことで、筋張ってた安い肉もすじが溶けてトロトロになり、島の周りで取れた魚で取った出汁のおかげで島民好みの旨味が加わったという事らしい。

 

「なるほど、この一杯の丼にも歴史があるんですね。これだけの方に愛されるのも納得です」

 

 俺の説明を聞いて、鳳翔が感心したところでそろそろ戻って開店準備をしましょうか。俺たちの会話を盗み聞きして、嬉しそうにニヤついている店主は放っておこう。

 

 その後、ちょっと慌ただしく開店準備をして、開店を迎える。さすがに午前中はゆっくりと手ほどきを行う余裕もないので、営業に集中する。例のホンビノスもほとんど必要ないとはいえ、念のため砂出ししなきゃいけないしね。

 

 それにしても、鳳翔のエプロン姿もなかなかいいね。自前の割烹着を持ってきてくれてはいたのだが、せっかくなので今までの手伝いの皆もつけていたエプロンで作業してもらったんだけど、これがまた似合ってるんだよな……っと余計なことは考えずに接客しなきゃ。

 

 そんなこんなで午前中の営業を終えて、お昼休憩。鳳翔もこの時を待っていたようで、さっそくホンビノス貝を使って料理をしていくことにする。と言ってもまずは仕込みから。

 

 たっぷりの水を入れた鍋に良く洗った貝を入れて煮ていく。火を通しすぎると硬くなるので、口が開いたところでお湯から上げて殻を外していく。半開きになった貝の口にスプーンを入れて少し回すと殻が開くので、後は殻のカーブにスプーンの丸みを合わせれば簡単に掻き出せる。数は多いがやることは単純なのでテキパキと終わらせてしまおう。

 

 むき身ができたところで、一個鳳翔に勧めてみる。生食ができる貝ではあるけど、一応火も通っているし味を見てみよう。

 

「へぇ、初めて食べましたが、なかなか美味しいですね。蛤ほどではありませんが、それなりに旨味もあります」

 

「そうだね。和食であればこの茹で身を酢味噌で食べてもいいかもしれないね。後洋食ならカルパッチョとか」

 

 さて、それではさっそく一品目を作っていくことにしましょうか。鳳翔には隣で見てもらって、レシピを説明しながら作っていく。

 

 まずはじゃがいも・にんじん・マッシュルーム・玉ねぎを五ミリ角くらいに刻んでいく。ベーコンも薄切りにして、同じくらいの大きさに切っていく。続いて、バターをたっぷり溶かしたフライパンでそれらの野菜・ベーコンを炒めてから、小麦粉を少しずつ加えながら炒める。

 

 小麦粉の粉っぽさがなくなったら、先ほどのホンビノスのゆで汁と白ワインを加えて煮立たせて、その後牛乳と剥き身を加えてひと煮立ち。最後に味を見て塩・こしょうで整えたら出来上がりだ。いろどりにパセリを散らしてもいいね。

 

「はい、ホンビノス貝を使う定番料理、クラムチャウダーの完成だ」

 

 アメリカ原産のこの貝は、実はクラムチャウダーに使われる貝として、向こうでは有名だったりする。もしかしたら知らないうちにこれを使ったものを食べている人もいるかもね。

 

「これは……なんだかほっとする味ですね。具だくさんであったかくて、寒い時には最高ですね」

 

 日本ではあさりで作ることが多いからそっちの味の方が馴染みあるかもしれないけど、これはこれで美味いんだ。さて、お次はこの貝でボンゴレ・ビアンコを作ろう。

 

 作り方自体はあさりの時と同じ。オリーブオイルを熱してニンニク・鷹の爪の香りを出したところにホンビノス貝を入れて白ワインを振り、蓋をして蒸し焼きにする。アルコールが飛んで貝の口が開いたところで、茹で上がったパスタとゆで汁を加えてフライパンを煽りながらソースを乳化させて絡めていく。

 

 味を見て塩で整え、お皿に盛ってパセリを散らしたら完成だ。あさりよりも大きいので見た目もボリューミーで食べ応えのある一品だ。もちろん、パスタを入れずにワイン蒸しとしても美味しく食べられる。

 

「今度はホンビノス貝のボンゴレだ。さ、食べてみて」

 

「はい、いただきます……ん!身がプリッとしていて美味しいです。ソースにも旨味がしっかり出ていて、パスタにもいい味付けになってますね」

 

「うん、よかった。メモを取ってたみたいだけど、作り方は大丈夫そうかな?」

 

「はい、大丈夫だと思います」

 

「それじゃ、今日のおススメに書き加えておくから、注文があったら作ってみようか」

 

 鳳翔なら大丈夫。そう付け加えて笑いかけると、鳳翔もちょっと迷ったものの「がんばります!」と力強い返事をしてくれた。

 

 その後、昼の賄いとしてパスタとクラムチャウダーを平らげた俺たちは、仕入れたホンビノスの半分はボンゴレやワイン蒸し用にそのまま残し、もう半分を茹で身にして殻を外していく。

 

 その間も俺たちは「あの料理に使える」「こんな使い方はどうか」など、ホンビノス貝の使い方をあれやこれやと話していった。新しいレシピを覚えた鳳翔も、作ってみたくてうずうずしているのか、楽しそうな表情で作業を続けていた。

 




【ほうしょうはあたらしいレシピをおぼえた】



ホンビノス貝、まだまだ馴染みは薄いかもしれませんが
最近取り扱いも増えてきました
安い割に、結構おいしいです


お読みいただきありがとうございました


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三十三皿目:ふわふわすいーつ

今日は鳳翔さんがあのスイーツをつくります


 昨日一日で、というか午後だけですっかりクラムチャウダーとボンゴレの作り方をモノにした鳳翔は、今日は新しい事に挑戦していた。

 

 その様子をカウンターに座って眺めているのは、珍しく一人で来店した霧島さんだ。どことなくアンニュイな表情で頬杖をついているので、ちょっと気になって声をかけてみる。

 

「霧島さん何かありましたか?なんだか疲れてるみたいですけど」

 

「あらやだ、ごめんなさい。ちょっとここのところ仕事が立て込んでおりまして」

 

 なんでも、鎮守府立ち上げメンバーの一人として、姉である金剛さんや加賀さんの補佐をすることが多い霧島さんなのだが、ここのところ新規着任艦も多くその仕事量が増えているらしい。さらに、まだまだ着任は増えるそうでしばらくはこの状態なのだそうだ。

 

「まぁ、それでもお姉様や加賀さんに比べれば少ないほうなのですが……」

 

 なるほどね……組織運営っていうのも大変だ。あれ?長門さんは?

 

「長門さんは体を動かす専門ですからね……あ、もちろん書類仕事ができない訳ではないですよ?それに作戦立案や艦隊運用は長門さんが中心ですから。それに天龍・龍田・川内と優秀なサポートが揃ってますしね。最近は高雄も事務処理ができるようになってきたので、多少は何とかなりそうです」

 

 長門さんをまるで脳筋みたいな言い方をしてしまって、慌ててフォローする言い方になってしまった霧島さんだったが、なんとなく分かるかも。でもそういうトップの形もありっちゃありなのか。長門さん背中で語るタイプっぽいしね、「私についてこい!」みたいな。

 

 そんな会話をしていた俺達の横から、鳳翔がお皿を出しながら声をかけてきた。

 

「疲れた時は、甘い物を食べてリフレッシュですよ、霧島さん」

 

 そう言いながら鳳翔が霧島さんの前に置いたのは、自家製のバゲットを使って作ったフレンチトーストだ。

 

 卵と牛乳、砂糖をしっかり混ぜ合わせて、バニラエッセンスを数滴垂らした卵液にスライスしたバゲットを漬け込み、バターを溶かしたフライパンでこんがり焼く。お皿に乗せて粉砂糖を振って出来上がり。疲れている霧島さんのために、バニラアイスをちょっぴりおまけで付けちゃおう。

 

「あぁ、美味しそうな匂いです。この甘い匂いはなんだかダメになりそうな匂いですね」

 

 確かに女の子が好きそうな匂いだよね。そして、俺も嫌いじゃない。

そしてこれに合わせるのはフルシティにローストして、酸味を抑え苦みをちょっと強めに出したコーヒーがいいだろう。

 

 コーヒー豆に関しては国内生産も大分盛んになっている。深海棲艦のせいで中南米からの輸入がなくなった分を補填するには量が少ないが、その代わりに東南アジアからの輸入を増やし何とか賄っている。

 

 という訳で霧島さんに提案してみたら、是非と言う事なのでコーヒーを淹れる準備をしていく。

 

 ちなみに、今日の豆は最近流通の始まった鹿児島奄美諸島の豆だ。霧島さんの名前の元になった『霧島連峰』も鹿児島にあるので、何か惹かれるものがあったのだろうか。鹿児島って言った時に反応してたしね。

 

 まずはガラス製のサーバーにセットしたドリッパーのコーヒー粉全体に、お湯を馴染ませて蒸らす。数十秒蒸らしてから、今度は粉の真ん中でゆっくり『の』の字を書くように、一定のスピードで真上からお湯を注いで抽出していく。

 

 なんとなくみんなの視線がドリッパーに集中して、静かな時間が流れていく。しばらくぽたぽたとコーヒーが落ちる様子を見ながら、その時を楽しむ。霧島さんもフレンチトーストを食べようとフォークとナイフを構えた格好のまま注目していた。

 

 コーヒーを落とし終わって、サーバーから温めておいたコーヒーカップに注ぎ、霧島さんの前に「どうぞ」と置いた。そこで、霧島さんは固まっていたことに気が付いたらしい。

 

「あらやだ、私ったら。いただきますね」

 

 そう言って霧島さんはフレンチトーストをそっとフォークで押さえて、ナイフを入れた。ナイフに押されたフレンチトーストの表面が、羽毛布団の様に沈んでいくと彼女は思わずと言った感じで声を上げた。

 

「なにこれ、ふわっふわじゃないですか!あ、でも周りの皮の所はパリっとしてるんですね…………あぁ、食感も素晴らしい……噛む度に甘味とバターとバニラの香りが口の中に広がって……」

 

 続いてはアイスとトーストを一緒に口の中に入れて、驚きの表情を浮かべた。

 

「うわ、あったかいのと冷たいのが口の中で……って、私何言ってるんでしょう」

 

 初めての感覚に笑顔を深める霧島さん。そこで思い出したようにコーヒーカップを手に取って口元に運び、目を瞑って大きく鼻で息をして香りを楽しむ。そしてゆっくりカップを傾けて一口飲んで、上がったテンションを落ち着けるように「ふぅー」と息を吐く。

 

「あぁ、さっきまでの甘さがスッキリしますね。それにこの苦みがまた甘さを引き立てるというか、恋しくなるというか……お姉様が入れてくださる紅茶もいいですが、コーヒーもたまにはいいものですね」

 

 よし、これでコーヒー党が一人増えたかな?こういうバニラ風味にコーヒーの苦みはベストマッチだと思う……それにしても霧島さんコーヒーが似合うな。やり手秘書って感じだ。

 

 そうして交互にフレンチトーストとコーヒーを楽しむ霧島さん。鳳翔もフレンチトーストの作り方はばっちりだね。次はコーヒーの淹れ方かな。

 

「ところで、鳳翔さん。例のお話は店長さんにはもう?」

 

 食べ終わったところで霧島さんがそんなことを鳳翔さんに聞いた。例の話?なんのことだろう。

 

「あ、いえ。明日金剛さんが誰かお連れになるということはお話しましたが、それ以上は私も聞いてませんので」

 

 あぁ、なんか会わせたい人がいるから、明日金剛さんが連れて来るってのは聞いたけど、それのことか。それがどうかしたのだろうか。

 

「それでしたら、大丈夫です。まぁ、秘密にする必要もないのですが、特別それ以上の情報があるわけでもないですし……そう言う訳で、明日お姉さまが二人の艦娘を連れてまいりますので、よろしくお願いしますね」

 

「えぇ、それは構わないですけど。何か特別な方なんですか?」

 

 そう霧島さんに質問すると、少し考えた後答えてくれた。

 

「そうですね、特別と言えば特別なのですが……いつも通りでよろしいかと。ただ、もしかしたら写真を撮られたりするかと思いますが、大丈夫ですか?」

 

 え?写真?まぁ、構わないけど……うちの写真なんて取ってどうするの?

 

「他のお客様に迷惑がかからなければ構いませんが……」

 

「そうですか、それはよかった。お店にも、他の方にもご迷惑が掛からないように、くれぐれも言っておきますので……では、私はそろそろ鎮守府の方に戻りますね」

 

 そう言って、霧島さんはお会計を済ませて店を出ていった。もうちょっと詳しい話聞きたかったけど、鳳翔知ってる?

 

「いえ、私も昨日の夜電話で聞いて、先ほどの話以上のことは聞いてませんでしたので。昨日今日はこちらのお店でしたから……すみません」

 

 そうだよね、ずっとうちに居たもんね……とりあえず重要なことであればきちんと話してくれるだろうし、金剛さんのサプライズ的なやつだろうな。なら、そんなに心配することも無いだろう。

 

 この件はこれ以上考えてもしょうがないし、店も暇なうちに鳳翔にコーヒーと紅茶の入れ方でも指南しておこう。まずはコーヒーからね。

 

「はい、よろしくお願いします。店長さん!」

 




霧島さんはコーヒーが似合うと思います


そして彼女が去り際に言った言葉……
皆さんは誰のことかもうお気づきかと思いますが
秀人にはサッパリわかりません……ダレノコトデショウカ……



お読みいただきありがとうございます



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三十四皿目:初めての取材1

昨日の投稿でほんのり匂わせたように
今回はあの子達が登場です。


「ハーイ、ヒデトサーン!おっじゃましマース!さぁ二人も入ってくださいネー」

 

 午前中の営業が終わって少したったころ、昨日霧島さんが帰り際に言い残していった二人の艦娘が金剛さんに連れられてやってきた。この時間なら他のお客さんにも迷惑にならないだろうということで提案があったのでそれを了承した形だ。

 

 どんな話があるかはわからないけど、多少延びたところで夜まではそれほど忙しいわけじゃないし、何とかなる。

 

 元気に挨拶をしながらドアを開けた金剛さんの後ろから入ってきたのは胸元にノートを抱えた菫色の髪をしたセーラー服の女の子とカメラを首から下げた同じような格好をした女の子の二人だ。似たような服装を見るに姉妹艦だろうか。

 

「いらっしゃい、『喫茶鎮守府』へようこそ。俺が店長の田所です、店長でもマスターでも好きに呼んでくれて良いですよ」

 

「き、恐縮です、青葉です。よろしくお願いします」

 

「私は衣笠、青葉共々よろしくね」

 

 自己紹介をしたその流れで開いているテーブル席に案内すると、俺にもちょっと話があるということで鳳翔にお茶の準備を頼んで、俺も彼女たちと一緒に腰を下ろす。そこで隣に座った金剛さんに、さっそく話を聞くことにする。

 

「それで、お話と言うのは何でしょうか金剛さん」

 

「ハイ、実はこのお店を取材させていただきたいのデス。実は彼女たちは海自本部所属の艦娘で、先日新しく……と、ここは本人たちの方が詳しいデスネ。青葉、お願いしマース」

 

 そう言って、金剛さんは青葉さんを促すが、青葉さんはこういうのに慣れていないのかちょっと緊張気味だ。とりあえず、本人たちの口から聞きたいな。という訳で、頑張れ青葉さん。

 

「えっと、青葉たちは今度一般向けに発売される新しい海自広報誌の編集スタッフとしてこの島に来ました……本来広報部には自衛官の方しかいらっしゃらなかったんですけど、この雑誌を作るにあたって艦娘にもスタッフの募集がありまして、妹のガッサ……じゃなかった、衣笠と一緒に参加することにしたんです。以前から文章を書くことにも興味ありましたし、青葉にも何かできないかなって……あっ、私が執筆担当で、衣笠がカメラマンって分担で。」

 

 へぇ、これも『人と艦娘との……』って奴か。そういや、いっちゃん最初のさくらの説明で、いずれ何かの形で情報発信をしていくって言ってたような……それにしても、その広報誌ってどんな作りにするのかね?ちょっと気になる。

 

「はい、その雑誌のページ数はそれほど多くなくて、フリーペーパーという形で配布予定です。艦娘たちの日常を中心に紹介していく予定です。もちろん深海棲艦との戦闘に関しても多少は取り扱う予定ですが、私達が知ってもらいたいのは『艦娘』がどういう事が好きで、どういう風に暮らしているかですから……それで、その雑誌の創刊号特別編としてこの島を取り扱うことになったんです。で、その中の特集記事の一つとしてこのお店を取り上げたいな……と。どうでしょうか?」

 

 ちょっと自信なさげに、上目遣いでそう聞いてくる青葉さん。記者としての初仕事らしいし、緊張してるんだろうな。とは言え、任せても大丈夫だからこうして二人で来てるんだろうし、そうでなければちゃんとした広報の人が付いてくるよね?

 

 それに、ちょっと尻すぼみにはなってしまったが、説明してる途中はじっとこっちに熱のこもった視線を向けて、たどたどしくも熱の入った説明をしてくれていた。よほどこの雑誌作りに気合が入ってるのだろう、そんな熱い気持ちをぶつけられたらこちらも答えないわけにはいかないよね。

 

「もちろん、俺で協力できることはするつもりだ。できる限りのことはさせてもらおう……ところで、その雑誌の名前とかって決まってるの?艦娘通信とか?」

 

「ありがとうございます!……名前は、その……決まってはいるのですが……」

 

 彼女の言葉に右手を差し出し快諾すると、彼女は両手でしっかりとこちらの手を握って嬉しそうにぶんぶんと振ってお礼を言ってくれた。ところが、そこで俺が雑誌の名前を聞いてみると急に口ごもって、もじもじしてしまう。どうしたのかと首をかしげると、それまで説明を青葉さんに任せていた衣笠さんが教えてくれた。

 

「ごめんなさいね、店長さん。実は雑誌の名前が青葉の出したやつに決まったもんだから、この子恥ずかしいんですよ……ずっとこういう記者に憧れていたのに変なところで恥ずかしがり屋なんだから」

 

 そして、恥ずかしがってる青葉さんに向かって「私が言うけどいいよね。うん」と了解を取り付けると、言葉をつづけた。

 

「雑誌の名前は『Bridge』と言います」

 

「ほう、その心は?」

 

「二つ理由があるんですけど、艦娘と人とを繋ぐ『懸け橋』にしたいというのが一つ。それともう一つは『艦橋』とかけて、私たちが作るこの艦橋から見える航路が、両者の関係を正しく進んでいけるようにってことらしいですよ。青葉曰くね」

 

 なるほど、いい言葉じゃないか。そんなに恥じることは無いと思うんだけど……似たようなことをいろんな人に言われて、余計に恥ずかしくなっちゃったのかな。

 

「ワタシもいい言葉だと思いマース。『Bridge』……ステキデス……」

 

 金剛さんがその響きをかみしめるように繰り返していたところで、青葉さんが「わー!わーっ!」と手を振ってその雰囲気をかき消した。

 

「そ、そろそろ、お話を聞きたいのですが、よろしいですか!?」

 

「あー、ちょっと待った。君らは昼飯食べてきたのかな?もしまだなら、せっかく喫茶店に来たんだし、何か食べてからにしないかい?」

 

「それがいいデース!二人とも、ヒデトサンの料理を食べずして、このお店は語れません!さぁ、何かRequestはありませんか?」

 

 そんな金剛さんの言葉に二人は一瞬顔を見合わせると、クスりと笑って注文をしてきた。

 

「それでは、伊太利亜コロッケ……はご存知ないですよね……そうだ!金剛さんが『初めて食べたメニュー』を二人分お願いします。後でその時のお話も聞かせていただけると嬉しいです!」

 

「かしこまりました。金剛さんはどうする?」

 

「ンー、そうですネ……私はタンポポでお願いしマース!」

 

 青葉さんの言っていた『イタリアコロッケ』というのは残念ながらわからないな。後で聞いてみて、作れそうだったら今度作ってみようかな。

 

 で、二人の注文は金剛さんが食べた料理を二人分って事だったけど、あの時は霧島さんとシェアしてたから両方とも作っていけばいいかな。そして金剛さんのタンポポオムライスは彼女のお気に入りの一つで、初めてオムライスを食べてしばらくした時に、こういうのもあるよと作ってあげてから、その可愛さとふわふわ食感で大好きになったらしい。

 

 さて、さっそく鳳翔と手分けしながら調理を進めていく。鳳翔が切ってくれた具材を手早く炒め、ご飯を入れたらケチャップをかけてチキンライスを作っていく。と、これは一旦ボウルに入れておいて……お次はナポリタンだ。これももはや手慣れたものなので、軽く作っていく。

 

 続いて一つ目のオムライスを卵で巻いていく。こっちは普通のオムライスだ。そして、次が金剛さんご注文のタンポポオムライス。これは金剛さんの希望で、目の前でナイフを入れて卵を広げるということになっている。

 

 そのためのオムレツを焼いていると、さっきまで隣でじーっとフライパンの中を凝視していた鳳翔がため息をついた。

 

「はぁ、どうやったら店長さんみたいにきれいにできるのでしょうか……」

 

「気持ちはわかるよ、俺も修行始めたばかりの頃はそこの店長とか先輩のやってるのを見ながら同じように思ったもんさ」

 

 そう言いながらお皿に盛ったチキンライスの上にオムレツをそっと乗せる。鳳翔は一緒に出すスープをよそいながら、言葉を返してきた。

 

「では、どうやってそこまでの腕に?やはり練習あるのみでしょうか」

 

「そうだねー、毎日ひたすら焼いてたかな……後は丸めたタオルとか、塩を入れたビニール袋で練習したかな……さぁ、三人が待ってるから持って行こう」

 

 二人でホールへと完成した料理を運んでいく。すると三人は軽く手を叩いて待ってましたと迎えてくれた。

 




感想で予想してくださった方もいらっしゃいましたが
青葉とその相棒衣笠の登場です

いろんな作品で大活躍の青葉ですが
ここではまだまだペーペーです。
これから彼女はどんな記者になっていくのでしょうか

とりあえず次回は取材前の腹ごしらえです

お読みいただきありがとうございました


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三十四皿目:初めての取材2

青葉取材!あ、いえ、しゅつげ……あれ?合ってました。







「お待たせ、こっちがオムライスとナポリタン。こっちが金剛さんのタンポポオムライスだ」

 

 お皿を置きながら料理の説明をした後はいよいよ金剛さんのお待ちかね、卵に入刀だ。

 

 切っ先を卵に刺したナイフを、スッと滑らせればほとんど抵抗を感じることも無く切れ目が入る。その切れ目から左右に軽く開いてやるだけで、トロりと流れ出した半熟の卵がチキンライスを覆っていく……

 

「いつ見てもExcellentデース」

 

「ガッサ!今の撮った?」

 

「ごめん青葉、見とれちゃって……」

 

 これくらいのよくあるパフォーマンスでそんな風に悔しがることは無いと思うけど……いや、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。

 

 シャッターチャンスを逃してちょっとうなだれていた二人だったが、すぐに立ち直って食事を開始する。

 

 まずは青葉さんがスプーンでオムライスを半分に分ける。その割れ目をちょっと広げてやると、そこから美味しそうなオレンジ色に色づいたチキンライスがほろりと崩れてきた。その瞬間をカメラに収めようとシャッターを切る衣笠さんだったが、その二人を横目に金剛さんはタンポポオムライスを嬉しそうに頬張る。

 

「二人とも、お仕事も大切デスガ、早くしないと冷めてしまいますよ?それはお料理にもヒデトサンにも失礼デース」

 

「あっ!すみません!いただきます!」

 

 金剛さんの言う通りあったかいうちに食べて欲しいってのいうは確かなんだけど、それも彼女たちの仕事だってこともわかってるからそんなに気にしちゃいないよ。それに何十分も放っておいて写真にかまけるって訳でもないだろうし……

 

「ヒデトサンがそう言うなら良いですケド……それにしても、このフワフワ感は癖になるデース。トロトロの所もチキンライスと絡まって、一味も二味も美味しくなりマース!」

 

 その言葉を聞いて、衣笠さんもカメラからフォークに持ち替えてナポリタンを取り分ける。二人で半分ずつ分け合った後、まずオムライスに手を付けたのは青葉さんだった。

 

「あぁー、幸せですー。お米の一粒一粒、具の一かけらまでしっかりと味が付いていて……それを卵がしっとり優しく包み込んでいるんです。これはどうやって表現するのがいいでしょうか」

 

 ちょっと行儀は良くないかもしれないが、スプーンを咥えたまま「んー」と幸せそうな声を上げる青葉さん。そして、その隣では衣笠さんがパスタをフォークに巻き付けて口に運んでいた。

 

「うわ、これは金剛さんの言う通り写真なんて撮ってる場合じゃないわ。あったかいうちに食べないともったいない……いえ、申し訳ないわね」

 

 そうそう、料理はあったかいうちにね。お互いの感想を聞いた二人は似たようなタイミングで「どれどれ」なんて言いながら、もう一つの料理に手を伸ばす。

 

「あー、これも素晴らしいですね。野菜はシャキシャキした食感が残っていながら、しっかり火が通っていて甘味が出ていますし、その甘味とケチャップの酸味、旨味が一緒になってパスタに絡んで……炒めたことでついたちょっとした焦げ目の香ばしさもたまりません!」

 

 さすが記者志望というかなんというか、味の表現が細かいな。ちょっとストレートすぎる気もするけど、わかりやすくていいと思う。対する衣笠さんは……

 

「美味しい!それに傷や焦げ目なくきれいに焼かれた卵の黄色に、バターとケチャップでキラキラ輝くライスのオレンジ。色味もいいわね」

 

 彼女はカメラマンらしく見た目も楽しんでいるようだ。そして、そこから二人は黙々と食べ進める。時折何かを考えているようなのは、記事の内容でも思い浮かべているのだろうか?そんな二人と一緒に、金剛さんも美味しそうに残りのオムライスを口に運ぶ……この人もいつも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるよね。

 

 さて、そんなこんなで食事を終えて、食休みに金剛さんの『いつもの』お茶を楽んだところで青葉さんと衣笠さんが表情を変える。

 

「それでは、そろそろお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?午後の営業もありますし、まずはご主人から。その後鳳翔さんと金剛さんにもゆっくりとお話を伺いたいです!」

 

「えっ?私もですか?」

 

 横で聞いていた鳳翔が驚きの声を上げる。初耳だったのね。

 

「はい、噂のお店で働く艦娘の声もお届けしたいですから。後で川内さんにもお話を聞く予定です。昨日こちらについた時にお話ししたら『私が一番弟子なんだからね!』とおっしゃっていたので」

 

 「まぁ、どうしましょう……」と頬に手を当てている鳳翔は置いておくとして、川内……そんなこと言ってるのか。しかも一番って、ほかにもいるのか?弟子をとった覚えはないんだが、まあ実際一番いろいろ教えたのはあの子だし、そう言うことにしておこうか。

 

「うぅー、ヒデトサンの料理をこの島で一番初めに食べたのはワタシデース!」

 

 その張り合い方はどうなの?金剛さん……と、ひと笑いあって場が和んだところで、初めての取材が始まった。

 

「じゃぁ、はじめさせていただきます。ガッサ、写真よろしくね」

 

「はーい、衣笠さんにお任せっ!」

 

 俺も、青葉さん達も初めての取材だったけど、割とスムーズに進んでいった。やはり、先に料理を食べたことで、お互いの距離が縮まったのだろうか。

 

 それに彼女の熱意に感化されて、こっちもついつい熱く語ってしまった所もあった。料理人を目指したきっかけやこの島に来た経緯。艦娘に対する想いや、関わり合いで感じたことなど質問は多岐にわたり気づけば午後の開店の時間を迎えてしまっていた。

 

「あーっと、すまないんだがそろそろ開店の時間なんだ」

 

「すみません。つい夢中になってしまって……もっとお話を聞きたいところですが残念です」

 

「まぁ、この後はゆっくりお茶でも飲みながら金剛さん達の話を聞いてもらえれば。あ、もしこの島の人に話を聞きたいってんなら、顔見知りのお客さんが来たら紹介するよ」

 

 この島の人たちなら喜んで協力してくれるだろう。特にうちに来る客っていったら艦娘目当てに来る連中も多いしな。正直それはそれでどうなんだと思わなくもないが……今まで手伝いに来てた子達も嫌がらずに応対してたし、悪いことではないんだろうけどね。

 

「ほんとですか!?恐縮です」

 

 青葉さんと衣笠さんが手を合わせて喜んでくれたところで、俺は席を立ってカウンターへと入る。午後の開店前に紅茶のお替りを入れておこう。

 

 お湯を沸かしながらティーセットを準備していると、衣笠さんがやってきた。

 

「お茶を入れるところを撮らせてもらって良いですか?」

 

 首から下げたカメラを軽く持ち上げながらそう言ってきたので「もちろん」と頷くと、彼女はさっそくファインダーをのぞき始めた。すると、ファインダーを覗いたままぽつぽつと話し始める。

 

「青葉がちょっと熱くなってたみたいで、なんだかごめんなさい」

 

「いや、こっちこそいろいろ語っちゃって……なんか恥ずかしいな」

 

「そんなことないわ。艦娘とのこととか聞いてて嬉しくなったし……まぁ、だからこそ青葉もテンション上がっちゃったのかな。でもいい記事になりそう」

 

 そこでふと青葉さんの方を見れば、さっそくメモをまとめ始めているようで、真剣な表情で何やら呟きながら書き込んでいる。

 

「それは良かった、雑誌ができるの楽しみにしてるよ。それより、しばらくこの島で取材を続けるんだろ?今度は別の時間に来ると良い。ここでしか見られない艦娘の顔っていうのもあるだろうしね」

 

「ええ、そのつもりよ。その時はまた美味しい料理よろしくお願いしますね!」

 

 軽くカメラを外して笑顔でそう言った後、またファインダーを覗く衣笠さん。

 

 その後お茶が入るまでしばらくの間、シャッターを切る音とメモを書き込む音が響いていた。

 




青葉や衣笠にとっても、秀人にとっても、新しい雑誌にとっても
初めての取材というお話でした


さて、明日は節分ですね。ネタにする料理は決まっていますが……

おや?何人かの艦娘がアップを始めたようですね




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三十五皿目:福は内

今年の恵方は『南南東』らしいです


 シャッシャッシャ、パタパタパタ。俺がしゃもじでご飯を切る音と、隣で鳳翔が扇ぐうちわの音と一緒に、うちわの風に乗って出汁とお酢の香りがあたりに広がる。

 

 今俺は鎮守府の食堂で、大量の酢飯と格闘中だ。

 

「にしても、こんなに大量に使うかなぁ?……使うよなぁ……」

 

「そうですね、一人一本じゃ足りないでしょうし……」

 

 いくつかの大きな桶に入った、もはや何合分かもわからない量の酢飯を作りながら鳳翔とそうつぶやく。今日は二月三日、節分にちなんで皆で恵方巻を作ることになり、店を午前中で閉めてこちらに来ているのだ。

 

「そう言えば鳳翔たちはあっちに参加しなくてもいいの?」

 

「ええ、私は初回に参加しましたので。それに、そろそろ戻ってくるのではないでしょうか?皆さんが戻ってくるまでに仕込みも終わらせなければいけませんし」

 

 俺が言った『あっち』というのは島の神社で行われる豆まきのことで、この島の神社でも避難以前から豆まき自体は行われていたが、今年は帰島して初めてという事や、艦娘達もいるのでかなり大規模に開催されるらしく、そこにみんな参加しているのだ。

 

 神社での豆まきは日本各地で昔から行われているが、深海棲艦の出現後の食糧不足が影響してか、家庭で豆まきが行われることはほとんどなくなってしまった。その代わりに各地の神社での豆まきが重要視されるようになってきたらしいが……。

 

 とまあそんな事情もありつつ、鎮守府からは豆まき係として艦娘たちが参加することになった。午前中から何回かに分けて全員で豆をまくということで、鳳翔は初回の豆まきに参加した後店に戻って手伝い、そのままこっちにきたという訳だ。

 

 そしてもう二人、豆まき後にこちらに合流してきた艦娘がいる。それが、今鍋に向かっている川内と、焼き台の前で咳込んでいる不知火だ。

 

「店長、ちょっと味見おねがい」

 

「うん、いいんじゃないか?出汁もしっかりとれてるし野菜のうまみも出てる。みんな喜んでくれると思うよ」

 

「やった!よかった」

 

 川内が作っているのは大根・ニンジン・ごぼう・里芋・とうふ・シイタケ・長ネギ・油揚げといった具沢山の醤油仕立てのけんちん汁だ。

 

 そして不知火が煙にやられているのが鰯の丸干し。この辺りで取れた中羽から大羽の鰯のワタを抜いて塩水に漬けてから一夜干しにしたもので、これをじっくり焼き上げている。

 

「店長殿……これはさすがに……ケホッ……」

 

「うーん、ちょっと一気に焼き過ぎかな、もすこし分け焼いても良かったんじゃない?みんなに渡す前に軽く温めなおすわけだし……どっちにしろ一回じゃ焼き終わらないでしょ?」

 

「そうですね……これは不知火の落ち度かもしれません……ケホッ」

 

 換気扇が回っているのでこっちまで煙は来ないけれど、目の前の不知火は大変だろう。その煙が邪気を払うから頑張って……涙目になっている不知火にエールを送っておく。

 

 そうこうしているうちに酢飯も仕上がったのでテーブルごとに小さな桶に分けて、濡れ布巾を被せておいて出番を待ってもらうことにする。続いてバットに恵方巻の具材を各種用意していくことにする。

 

 まずは基本的な太巻きの具材としてかんぴょう・きゅうり・シイタケ煮・でんぶ・玉子焼き・穴子・高野豆腐の七種類を使った縁起のいい七福巻。そして、まぐろ・サーモン・いくら・いか等海鮮太巻き用の鮮魚の巻き芯も用意した。

 

 他にも子供が好きそうなものってことで、ツナマヨやカニカマ、棒カツやエビフライなんかもあるので、何も食べるものが無いってことは無いと思う。

 

 あとは太巻きではないけれど、油揚げを煮た物もあるのでお稲荷さんも作れるようにしてある。これは俺が食べたかっただけってのもあるけど……こっそり茎わさびや針生姜を混ぜた酢飯も用意していたりする。うん、楽しみだ。

 

「とりあえずこんなもんかな」

 

「そうですね、足りなかったら……またその時に考えましょう。あと、その美味しそうなお稲荷さん私もいただけますか?内緒にしておきますので」

 

 もちろんです。鳳翔さん……と、さすがに量が量なので厨房内には置き切れず、食堂のテーブルにずらりと並んだ材料を見て感慨にふけっていると、食堂の外が騒がしくなってきた。どうやらみんなが帰ってきたみたいだ。

 

「たっだいまー!佐渡様の帰投だぜ!おっ、てんちょー、見てみてこんなに取れたんだ!いひっ」

 

 一番に入ってきた佐渡ちゃんがこちらを見つけて駆け寄ってきて、グレーの外套のポケットから、両手いっぱいのおひねりを取り出して見せてくれた。嬉しそうな彼女を良かったねと撫でていると、駆逐艦達を先頭に艦娘たちが帰ってくる。

 

「さぁ、みんなこっちよー、ちゃんとついてきてねー」

 

 駆逐艦に続いて長良ちゃんに連れられて入ってきたのは……おや?あれは島の子供たちか。

 

「あっ、店長さん。この子達も一緒にお願いします。神社で仲良くなって一緒に恵方巻作ろうってことになって。お母様方は今本館の方で司令官や秘書艦の方々とお話し中です」

 

 長良ちゃんが説明してくれたけど、そういう事なら大歓迎だ。と、その前に外は寒かっただろうから、あったかい物でも飲んでからにしようか。

 

 そう思ってあったかいミルクココアを作ってみんなに配っていると、一人の駆逐艦が寄ってきて横でこちらを見上げて来る。

 

「どーぉマスター?鬼っ子如月だっちゃ。ほらほら、お祓いしないと襲っちゃうかもしれないっちゃ」

 

「ちょっと如月ちゃん!マスターさんの迷惑になっちゃうから、だめだよぉ。それにその口調なんなの?」

 

「えー、だって司令官が鬼っ子になるならこの口調だって言ってたから」

 

 頭に鬼の角を付けた如月ちゃんがしなだれかかってきて、それを睦月ちゃんが止めに来ていた。というかさくらは如月ちゃんに何を教えてるんだよ……まぁ、かわいいけど。

 

 ただ、いかんせん見た目年齢的に『おしゃまな親戚の子がじゃれている』ようにしか見えないのがねぇ。俺はもう少し、こう、大人な女性が……。

 

……おっと、そろそろみんな一息ついたかな?じゃあ恵方巻作りに入ろうか!別にあちこちから冷たい視線を感じたわけじゃないよ?

 

 まずはお手本として、鳳翔や川内、不知火と一緒に四人でみんなに見せながら一本巻いてみる。太い標準タイプと、子供向けの細いタイプだ。

 

 この時に注意するのは欲張って酢飯や具材を入れすぎないこと。ついつい色々入れたくなる気持ちもわかるんだけどね。

 

 一通り作り方を説明した後は、みんなに食べたいものでそれぞれ作ってもらう。予想はしていたけれど、やっぱり普通の太巻きはあんまり人気ないね。その辺は俺たちで巻いていこうか。ま、自分の分を作ったら他のものも作ってもらうけどね。

 

 手の空いてる軽巡や重巡のお姉さんたちに監督してもらいながら恵方巻を作っていく。

 

「みてみてーなんだか魚雷っぽい!」

 

「ちょっと僕はそれ食べたくないかな……」

 

「これを使ってバトントワリング……どうかな黒潮姉ぇ」

 

「いや、無理やりダンス要素を入れんでもええんとちゃうかな。食べもんで遊んだらあかんで」

 

「これがニッポンのセッツブーンですね!」

 

「プリンツ、違う。節分。何度言ったら覚えてくれるの」

 

 そんな艦娘たちの声に混じって、島の子供たちの笑い声も聞こえてくる。仲良くなれて良かったね。

 

 恵方巻の起源だとか商業的な狙いだとかはさておいて、節分を楽しむツールとしては良い物なのは間違いないと思う。そんなことを感じる笑顔がそこかしこで見られた。

 

 視界の端ではそんな食堂の様子をカメラに収める衣笠さんと、子供たちに話しかけてはメモを取っている青葉さん。今回のことも記事にするようで、精力的に動いている。

 

 楽しそうにしているとはいえ、二・三本巻いたら子供たちは満足して飽きてしまうだろうから、その前に俺たちも加わって巻き終えてしまうことにする。まぁ、そのあたりは監督のお姉さんたちもうまくやってくれてるみたいだ。特に愛宕さんや古鷹さんは子供たちの扱いも上手いようで、保母さんの様に楽しませている。

 

「ちゃうちゃう、そこはこうやって……こうすんねん!」

 

「わー、りゅーじょーちゃん、すごーい」

 

「せやろ、伊達に発艦に使うてへんからな、太巻きならウチに任しとき!って、太巻きちゃうわ、巻物や!それと龍驤お姉さんや!頼むで、ほんま」

 

「みんないい?……これがノリツッコミ。それにちゃん呼びもしっかり拾ってる……流石龍驤さん」

 

「初雪……もう……言わんといて……」

 

 龍驤ちゃん一応立場的に監督側なんだけど……すっかり溶け込んでるな。まぁ、うん、楽しそうで何より。

 

 あらかた具材も巻き終えたところで、さくらがお母様方を連れて食堂に入ってきた。それに気づいた子供たちは、それぞれの母親を自分達のテーブルに呼んでは作った恵方巻を自慢している。あちこちから「ママ、見て見て!」「はい、これお母さんの分」という声も聞こえてきた。

 

「秀人ごめんね、急に人数増えちゃって。助かったわ、ありがとう」

 

「いや、こっちも楽しかったし構わないさ。それに川内達も来てくれたから準備もそれほど大変じゃなかったし」

 

 さくらがこっちにやってきてそんなことを言ってきたので、軽く返しておく。ま、こういうのもいいじゃないか。

 

 さて、揃ったところで、夕食にはちょっと早い時間だけどみんなで恵方巻タイムだ。

テーブルの上を片付けてお皿とけんちん汁、鰯の丸干しを配膳していく。飲み物はお茶の中に豆まきの豆を入れた福茶だ。これも縁起物として欠かせない。

 

 その後、さくらの音頭で食べ始めたのだが、いつの間にか始まっていた武蔵さん対長門さん対赤城さんの恵方巻早食い対決や、暁ちゃんが欲張って詰めた具材がほとんどこぼれてしまったりと色々あったけれど、なんといっても印象的だったのは最初の一本目をみんなで同じ方角を向いて無言で食べたことだろう。

 

 正しい食べ方かもしれないけど、あのシュールさはカメラを構えた衣笠さんに釣られてみんなが失笑してしまうのもしょうがないよね。

 




龍驤……頑張れ。
そして、今回は大人数なのでちょい役ですが
節分modeの佐渡様と如月を出せたので満足です。

文中で秀人も行っていたように昨今の恵方巻商戦に思うところはありますが
節分をイベントとして楽しむツールとしては悪くないとは思います

それに由来を調べるとなかなか面白い説も出てきますし……



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箸休め11:ある日の鎮守府その二

本日の投稿は久しぶりの箸休めです
ある日の鎮守府その二と言うことで、小ネタを二つほど

それではどうぞー


 その日多摩は久しぶりに港へ顔を出していた。

 

 この島の艦娘たちの中でも無類の魚好きの彼女は、週に何回かこうして港へ顔を出す。そうしているうちに顔見知りも増えて、今では港や市場のアイドル……いやマスコットのような存在になっていた。なので、彼女が歩くとそこかしこから声がかかる。

 

「おう!多摩じゃねぇか。ずいぶんご無沙汰だったな」

 

「おいちゃんおはようにゃ。この一週間任務でちょっと遠くまで行ってたにゃ」

 

「多摩ちゃん多摩ちゃん、ひさしぶりねぇ。今日良いの入ってるから後でいらっしゃい。包んどくから、鎮守府の皆に持ってってあげな」

 

「おばちゃんいつもありがとにゃ。みんなよろこぶにゃ」

 

 そんな会話を交わしながら市場を抜け、港へと到着するとちょうど漁船が帰ってきたところだった。多摩がその船の係留される様子を眺めていると船から声がかけられた。

 

「おーい!猫の嬢ちゃん。ちょうどよかった、ちょっと仕分け手伝ってくれや!いつもんとこには話通しておくからよ」

 

「わかったにゃ!それと多摩は猫じゃないにゃ!」

 

 多摩の返しに船長はハッハと笑いながら船倉の水槽のふたを開け、岸にある水揚げ用のクレーンを誘導していく。クレーンの先についている網が水槽から持ち上げられると、その中には様々な種類の魚が入っていた。

 

 それを女性陣が待ち構える仕分け台の上まで持って行き、網の搾りを開ければ、まだ日が昇り切らない薄暗い港で、照明の光に照らされて輝く魚体が次々と流れ出て来る。

 

「おー、今日も大量にゃ」

 

「あぁ、おかげさんでな。そら、どんどん行くぞ」

 

 その後数回に分けられて船の水槽から水揚げされる魚を港の女性陣に混じって仕分けていく多摩。仕分け台から溢れんばかりの魚に自然と表情も緩んでくる。

 

 他の船の水揚げもあってしばらく作業は続き、すっかり日が昇って明るくなったころようやく終わった。

 

「よーし、お疲れさん。後は俺たちの仕事だ。猫の嬢ちゃんもこれからお役目だろ?いつもんとこで朝飯食ってきな」

 

「船長ありがとにゃ!それと……いや、もういいにゃ」

 

 そう言って多摩は手を振って『いつもの所』へ向かう。そこは秀人もよく行く場内の食堂、この間秀人が鳳翔と来た時は親父さんが切り盛りしていたが、今は市場の方に行っているのか女将さんだけだった。その店内に元気よく多摩が入っていくと、女将さんもすかさず挨拶を返してきた。

 

「おはようにゃー!」

 

「多摩ちゃんおはよう。話は聞いてるよ、今日もおまかせでいいかい?」

 

「うん、お願いしますにゃ」

 

 そう言って、多摩はカウンターの一番端に座り、料理を待つ。この時間のこの席は半ば彼女の指定席の様にもなっており、他の常連客が店に来た時に、そこに彼女が座っていないと残念がる者もいるくらいだ。

 

「はいよ、おまたせ。今日は鰺のなめろうだよ。そっちの土瓶には出汁が入ってるからね、出汁茶漬けにしても美味しいよ」

 

 目の前にお盆が置かれるなり、さっそく手を合わせて食べ始める。細かく叩いてなおプリプリの身と銀皮が光るなめろうを、最初はそのままでご飯と別々に食べていく。

 

「んー、おいしいにゃー。でも、いつもあれしか手伝ってないのに申し訳ない気がするにゃ」

 

「何言ってんだい。多摩ちゃんはこの後もお勤めでしょ?それに、来てくれるだけで市場が明るくなるんだ、それで十分だよ。ま、ここの男連中は単純だからね、多摩ちゃんみたいな若くてかわいい女の子と話せるだけで嬉しいのさ……ほら、お替りもあるからね、遠慮なんてするんじゃないよ」

 

 女将さんのその言葉に笑顔で頷きながら、半分くらいご飯を食べたところで今度はご飯の上になめろうを乗せて、小鉢に入れられていた卵黄を落とす。それをなめろうと少し混ぜてご飯と一緒に口に放り込む。

 

「ふわー、しあわせにゃー。お替り、おねがいするにゃ」

 

 そうやって一杯目のご飯を平らげたところで、お替りをもらう。二杯目はさっき女将さんの言っていた出汁茶漬けで食べることにした多摩は、ご飯の上に残りのなめろうを乗せると、その上から熱々の出汁をかけていく。

 

 湯気と一緒に広がる、出汁と味噌と生姜の香りを楽しみながら、多摩はにやにやしながらご飯となめろうを混ぜていく。すっかり混ざったそれを茶碗に直接口をつけてはふはふ言いながら食べていく。

 

 そのままお茶漬けを一気に食べ終えると、一息ついてお茶を飲み干してから店を出る。

 

「女将さんごちそうさま、おいしかったにゃ。それじゃ行ってくるにゃ」

 

「あいよ、いってらっしゃい。今度はお仲間も連れて来な。サービスするよ!」

 

 女将さんや他の常連客に見送られて多摩が出ていくと、店内がにわかに活気づく。

 

「俺もなめろう定食ちょうだい!」

 

「あー、俺はさっき食っちまったけど……一杯だけなめろう茶漬けってできる?」

 

 おいしそうに食べる多摩にあてられた常連客の注文が殺到する……これもまたいつもの光景だった。

 

 

 

 

 お昼過ぎ、鎮守府本館前の広場で柔軟体操を行っているジャージ姿の二人の艦娘がいた。

 

「ねぇ、長良さん。今日はどのコースにするの?」

 

「今日はちょっといつもと趣向を変えて山の方に行って、トレイルランっぽいことをやってみようかなって。島風ちゃんやったことないよね?」

 

「うん、初めて聞いた!もしかしてさっき渡されたコレってそれ用の靴?」

 

「うん。昨日届いたばかりなんだけどね。とりあえず市街地まではいつも通り海沿いに走って、途中にハイキングコースの入り口があるから、そこから山を駆け上がるって感じかな。ってことではい、バックパック。ドリンクとテーピングとかのファーストエイドキットが入ってるから」

 

「おぅ!なんかかっこいい!ありがとう!」

 

 そんな会話をする二人の後ろから声をかける艦娘がいた。

 

「長良お姉ちゃーん!島風ちゃーん!良かった、まだ出発してなくて。はい、これ」

 

 小走りで二人に近づいてきた阿武隈が、持っていた手提げから二つのタッパーを差し出した。

 

「どうしたの阿武隈ちゃん。これから出撃じゃなかった?」

 

「うん、そうなんだけど、お姉ちゃんたちが走りに行くって聞いたから、ちょっと時間をもらって作ってきたの。店長に教わったおにぎりスティックだよ。走ったらお腹減ると思って……二人で食べて」

 

「うわー、ありがとう!一応行動食は持ってきたけど、これに比べちゃうと魚のえさね!」

 

「ありがとう!阿武隈ちゃん!にひひ、食べるの楽しみー」

 

 お姉ちゃんには『さん』なのに、なんで私は『ちゃん』なんだろうと思いながらも、二人の嬉しそうな表情に阿武隈も笑顔で「いってらっしゃい、気を付けてね」と手を振り見送ると、二人も手を振り返し、鎮守府を飛び出していった。

 

 鎮守府を出て走り慣れた道を一気に市街地まで駆け抜けると、二人は予定していたハイキングコースへと入る。トレイルランと言うには整い過ぎた道かもしれないが、初心者の二人にとってはちょうどいいらしく、颯爽と駆けていく。

 

「長良さーん、おっそーい!早く早く!」

 

「島風ちゃん、山道はペース守っていかないとばてちゃうよ。それに足元も不安定なんだから」

 

 初めての山道にテンションが上がっているのか、ハイペースで進む島風を長良は窘める。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!だって島風だも……おぅっ!?」

 

 長良に注意されて、そんな風に返そうとしたところでちょっとした段差に躓きそうになる島風。何とか踏みとどまるが、流石に肝を冷やしたのか大人しく長良の後ろについてペース落とすことにしたようだ。

 

 とは言え、艤装をつけていなくても身体能力の高い艦娘なので、普通の人間に比べてかなり速いペースで山道を走っていく二人。程なくして視界の先に木々が切れて広場の様になっているところが現れた。

 

「見えてきた!島風ちゃん。あそこだよ!ラストスパートッ!」

 

「よーし!島風いっきまーす!」

 

 ここまでくれば、もう道も平坦で危ないところもないということでペースを上げる二人。まるで風のような速さで木々の合間を抜けると、そこは木製のベンチとテーブルが置いてある小さな見晴らし台になっており、遠く水平線まで見渡すことができるようになっていた。

 

「わー、これはすごいねー」

 

「うん……あっ、ねえあれって阿武隈ちゃん達じゃない?」

 

 そう島風が指さす先には大海原を単縦陣で進む艦娘の姿があった。さすがにこの距離から顔まで見えるわけではないが、恐らく島風が言う様に阿武隈達なのだろう。

 

「そうだ、阿武隈ちゃんの作ってくれたの食べよう!ほら、長良さんも!」

 

 島風は長良の手を取り、ベンチへと連れていき腰を下ろすと、バックパックの中から出発前に阿武隈に手渡されたタッパーを取り出した。

 

 その中には、一本一本はそれほど大きくないが食べやすいように棒状に握られ、ラップでくるまれたおにぎりスティックが並んでいた。

 

「にひひっ、おいしそう!」

 

「ほんとだ。料理を教わったとは聞いてたけど、こんなにきれいに作れるようになってたんだ……」

 

「ほらほら、早くたべようよ。はい、お手拭き」

 

 二人は手を拭うと、思い思いのおにぎりに手を伸ばしていった。

 




多摩が市場に出入りしていることについて、ある人からコメントをもらっています
「迷惑になってなければ良いクマ。でも、後でお礼を言いに行ってくるクマ」


トレーニング好きの長良とスピード狂の島風
走るということに関して意外と話が合いそうだと思い組ませてみました



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三十六皿目:どちらにしようかな

今日はちょっと短めですが、あの姉妹がランチを食べに来ました


「ここはやはり鶏にするべきか……いや、それとも豚か……」

 

「ねぇ、日向まだなのー?もう同じのでいいでしょー?」

 

 目の前のカウンター席に座って、喧々諤々とやっているこの二人。先日航空戦艦に改装されたという伊勢さんと、日向さんのお二人だ。

 

 彼女たちは最近鎮守府に着任したのだけれど、かなり早い段階で改装が可能と言うことで集中的に出撃任務を行い練度向上に努めたそうだ。とりあえず、改装可能と判断された後うちで集中出撃打ち上げ会をやって、思わずはっちゃける程に疲れたらしい。

 

 その打ち上げの時に、ハイテンションの日向さんから瑞雲がどうとか、航空火力艦の時代だとか色々教えてもらったのだけれど、ごめん……ちょっとよくわかんなかったかも。嬉しいってのはよーくわかったけどね。

 

 そして二人が、というか日向さんが悩んでいるのが今日のランチをAランチにするかBランチにするかだった。彼女たちがこの店に来たのはまだ何回かしかないけれど、そう言えばいつも日向さんは悩んでる気がする。話しぶりを聞いていると、優柔不断って訳でもないと思うんだけどね。

 

 すると伊勢さんがポンと手を打った。何かを思いついたようだ。

 

「そうだ、両方頼みましょうよ。だいたい私もあなたも普通の一人前じゃ足りないんだから、AとBを二人前ずつ。これでどう?」

 

「なるほど、それは名案だ。ではご主人、そのように頼む」

 

「はい、かしこまりました。では少々お待ちください」

 

 無事二人の注文が決まってよかった。それにしても、これからはA+Bランチというのも作ろうかな。とりあえずまずはAランチから作ろう。今日のAランチはチキンソテーのオニオンソースだ。

 

 まずは塩・コショウを振った鶏モモの正肉をフライパンで皮目から焼いていく。皮に焦げ目をつけつつパリッと仕上げたら、ひっくりかえして焼いていく。焼きあがったらお皿に移して、フライパンに残った鶏の旨味たっぷりの脂を使ってソースを作ろう。

 

 フライパンに、すりおろした玉ねぎ・醤油・酒・みりんを加えて軽く煮詰めたら、お皿の上の鶏肉にかけて、付け合わせにソテーしたほうれん草と櫛切りのフライドポテトを添えて出来上がり。

 

 お次はBランチ、ポークチャップだ。こちらはまず筋切りをした厚切りの豚ロースに、塩・コショウを振って小麦粉をまぶしておく。それをフライパンで焼き、両面に焼き色を付けるのだがこの時はまだ中までしっかり火を通す必要はないので、焼き色が付いたら一旦取り出しておく。

 

 フライパンに残っている脂をふき取り、バターを溶かしたらスライスした玉ねぎとマッシュルームを炒めていく。ある程度火が通ったところで、塩・コショウ・ケチャップを入れてさらに炒めていく。

 

 さて、次は……ケチャップの色が濃くなってきたら、出しておいた豚肉を戻してソースと絡め、赤ワインを少し入れる。そうしてフライパンの底からこそげるように混ぜたら、蓋をして弱火で数分煮たらオッケーだ。この時濃くなりすぎていたら、ちょっと水を足してやってもいい。

 

 付け合わせとしてキャベツの千切りと、茹でてオイルをまぶしただけのパスタを用意した皿に肉を乗せる。フライパンに残ったソースにバターを一欠け落として、混ぜてから皿の上の豚肉にかければ完成。

 

「はい、お待たせ。AランチのチキンソテーとBランチのポークチャップです。それぞれ二人前ずつまとめて盛ってあるけど、食べやすい大きさに切ってあるんでお箸でどうぞ」

 

「おいしそー!どうよ、ひゅうがー、やっぱり両方にして良かったっしょー?」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

 伊勢さんはどや顔で、日向さんは無表情なんだけどちょっと悔しそうな顔で、二人そろって手を合わせる。

 

「わ!おいしっ!じゅんわり肉汁とさっぱり玉ねぎソースが合うねー」

 

「ふむ、これは良いな。このケチャップのついたキャベツがまたなんとも……」

 

 そうそう、豚肉も良いけどこの付け合わせのキャベツとパスタにケチャップソースを絡めて食べるのがまた美味しいんだよね。

 

 その後しばらく話をしながら食べていた二人だったが、だんだん口数が少なくなり食べるペースも上がってくる。そして途中でご飯のお替りも挟みつつ、二人で競う様に食べていった。そしてあっという間に食事を終えて……

 

「んくっ……んっ……っぷぁー!美味しかった!」

 

「うむ……満足満足。ごちそうさまだ、ご主人」

 

「ありがとうございます。お皿、下げちゃいますね」

 

 まるで風呂上がりのビールの様にお冷を飲み干す伊勢さんと、満足そうな表情で静かにお礼を言ってくる日向さん。この姉妹もなかなか対照的だよね。

 

 すると食休みのまったりとした空気の中で、伊勢さんが話を振った。

 

「そういや日向最近天龍に剣術習ってるんだって?」

 

「あぁ、例の祭りの時の動画があっただろう?あれを見て私もできないかと思ってな」

 

「ふーん、確かにあれは凄かったけど……」

 

「伊勢もどうだ?お前も刀持っているだろう?精神鍛錬にもいいぞ」

 

 へー、この二人も刀持ってるんだ。確かにあの時の天龍さんかっこよかったもんな、飛んでくる砲弾をこう、居合でスパッと。

 

「あたしはいいわ、どっちかって言うと霧島に砲撃を教わりたいし」

 

 日向さんはその返事に「そうか」と一言返すと、お茶を一口飲んでからぽつりと言った。

 

「時に伊勢よ、瑞雲の調子はどうだ?」

 

「え?」

 

 全く予想していなかったセリフなのだろう、伊勢さんがポカンとした顔で日向さんを見つめる。

 

「昨日出撃しただろう?出撃した後はきちんとメンテナンスしなければいけないぞ、それに日頃から良く磨いておいてやらんとな。そうだ、帰ったら伊勢の瑞雲も磨いてやろうか?」

 

「い、いや、大丈夫。ちゃんと妖精さんと相談しながらやるから」

 

 あー最近彼女たちの話を聞いていてわかったんだけど、日向さんって彼女たちが使ってる瑞雲って飛行機のことになると、どうやらスイッチが入るっぽいんだよね……クールそうに見えて、実は天然とか?いや、真面目をこじらせた感じかな?

 

 こないだ来た時には『瑞雲部』を鎮守府で作りたいとか言ってたっけ。活動内容が効率的な運用方法の研究と集中的な訓練を行う事って言ってたから、なんだかまともな感じがしたけど……伊勢さんに即却下されてたな。

 

 なんだかいつも明るい伊勢さんが無表情になっているように見える。あー、今度は運用方法について語っているようだ。今日も長くなりそうだ、お茶のお替り置いておこうかね……

 




今回は四航戦のお二人でした。

日向は他の作品でも同じような扱いかもしれないですが
「特別な瑞雲をプレゼント」とか言い出したあたりで
自分の中の日向像が固定されました。


「瑞雲はいいぞ」


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三十七皿目:姉妹で一杯

今日はあの姉妹がお酒を飲みにきたようです


 よし、こんなもんかな。これでうまく漬かってくれるはずだ。明日の夜を思い浮かべてニヤニヤしながら、冷蔵庫にタッパーをしまう。

 

 今仕込んでいたのはさわらの西京漬け。前の店で使っていた味噌を取り寄せることができたので、市場でさわらを仕入れてきてさっそく漬け込んでみた。これから一日漬け込んで明日にはいい感じになっているだろう。

 

 作り方は簡単。西京味噌を酒とみりんでのばして作った味噌床に、軽く塩を振ってしばらく置いて身を引き締めたさわらの切り身を漬け込んでおくだけ。魚でなくても肉や野菜でも美味しくできるんだけど、やっぱり最初は魚でやりたかったんだよね。

 

「そうだ鳳翔、明日の夜は千歳さんと千代田さんだったけ?確か予約の時に聞いたのは日本酒をメインで楽しみたいってことだったと思うけど」

 

「はい、そうですね。あのお二人は日本酒がお好きです。それとおつまみも魚介中心でというリクエストでした」

 

 よしよし、それじゃこれもおつまみの一つに加えよう。

 

 実は最近新しいことを始めていて、アルコールの仕入れ体制が整ってきたので週に何回か通常営業の終了後、特別営業を行っている。とは言え、酒の量も限られている上にこの店のメインはあくまで喫茶店ということで、そちらに影響が出ない程度に一日一組限定で予約のみとしている。

 

 その特別営業が明日の夜で、予約のお客様が千歳さんと千代田さんという訳だ。ちなみに、ありがたいことに予約は当分先まで埋まっていて、そのほとんどが艦娘の皆だったりする。まぁ、これまで何回か目にした加賀さんなんかの飲みっぷりを見ていると、なるほどなって感じもするね。

 

 さて、まだ休憩時間に余裕はあるし、鳳翔と相談しながら明日の酒の肴でも決めますかね。

 

 という訳で、翌日。通常の営業を終えて、ちょっと休憩を挟んだ後特別営業の開始だ。いくつか照明を落として薄暗くするだけで、グッと店内の雰囲気が変わって小洒落たバーか飲み屋と言った感じだ。

 

「こんばんはマスターさん。今日はよろしくお願いしますね」

 

「こんばんは!お姉と一緒に来るの楽しみにしてたんです。美味しい物お願いしますね!」

 

 赤い袴にジャケットと言う和洋折衷な揃いの衣装のこの姉妹は、おしとやかなお姉さんと活発でお姉さん大好きな妹さんという組み合わせで、見てるこっちもほのぼのして来る。

 

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 

 カウンター席へ案内して、さっそくお酒と一緒に用意していたお通しを出して楽しんでもらう。

 

 今日のお通しは今が旬の蕪を使った煮物だ。皮を剥いて葉を取った蕪を四つ切にして、出汁・醤油・みりんを煮立たせたところに入れて炊いていく。蕪に竹串がスッと入るくらい柔らかくなったところで、三・四センチくらいに切った蕪の葉と熱湯をかけて油を落とした油揚げを入れてひと煮立ちさせたら出来上がり。小鉢に入れて持って行く。

 

「まずはお通しで、蕪と油揚げの煮物です」

 

「ありがとうございます。いただきますね…………あぁ、優しいお味ですね」

 

「いただきます……ふぁ、おいしい。お酒とも……うん、ばっちり」

 

 よかった。じゃぁ二人の対応は鳳翔に任せて、次のおつまみを作ろうかね。

 

 次は刺身、カワハギの薄造りだ。この時期のカワハギは肝が大きく育ってパンパンに膨らんでいるので、この肝をラップでくるんで蒸したものを、刺身の横に適当な大きさに切って添えてある。そのまま醤油をつけて食べても美味しいし、醤油に溶いて刺身をつけて食べても美味しい。まさに旬の味だ。

 

「どうぞ、カワハギの薄造りです。肝はお好みで醤油に溶いてお召し上がりください。こちらが醤油、こちらがポン酢です」

 

 ここで一旦料理の手を止めて、ゆっくり楽しんでもらうことにする。二人の様子を見ていると、千歳さんはまず刺身で浅葱と紅葉おろしをくるんでポン酢につけて口に運んだ。

 

「あぁ、さっぱりしているのに、噛むと魚の旨味が感じられて……紅葉おろしのピリッとしたのがそれを引き立ててますね」

 

 対して、千代田さんは肝を醤油に溶いて食べていた。

 

「うわ、この肝の濃厚さ、クセになりそう。お姉、こっちも美味しいよ」

 

 うん、どっちの食べ方も美味しいよね。笑顔で食べてる二人を見て、俺もほっと一息ついていると、千歳さんが真剣な様子で声をかけてきた。

 

「あの、マスターさん。マスターさんは『器用貧乏』ってどう思われますか?」

 

 器用貧乏か、言ってしまえば俺も器用貧乏なんだけど……

 

「器用貧乏って言っちゃうとネガティブな言葉だけど、なんでもできるとかオールラウンダーって考えると良いことだと思うよ?でもどうして?」

 

「あの、私達がどちらかと言うとそう言うタイプなので……空戦では空母の方々、開幕雷撃ではまだいらっしゃいませんが雷巡の方々、砲撃戦はもとより夜戦でも駆逐艦の方々に後れを取ってしまいますし……そうなると私たちが艦隊にいる意味と言うのが……」

 

「んー、俺には海戦のことはよくわからないんだけど、確かに一つ一つを見ちゃうとその専門家には負けるかもしれない、でもその全部に参加できるってことですよね?その手数の多さは武器になるのでは?」

 

 俺の料理も、それぞれの専門店に比べれば劣るかもしれないけれど、その分お客さんのどんな注文にも材料さえあれば対応できるって自負はある。それこそ一品目は和食、二品目に洋食、三品目に中華で食後のコーヒーっていう注文もこなせるからね。ま、料理屋と海戦じゃ比較にならないと思うけど。

 

 一発一発の威力はかなわなくても、二人の攻撃が加わることでダメ押しになったり、けん制になったりするんじゃないかな?

 

 と、俺の言葉を聞いて千歳さんは「なるほど」と考え込んでしまう。そんな彼女に声をかけたのが千代田さんだった。

 

「そうだよお姉!私たちの強みはどんなことにも対応できる万能性なんだから!確かに装甲とか回避とかいまいちかもしれないけど、いっぱい訓練して練度を上げれば対応できるはずよ!」

 

「そう……かもしれないわね。ありがとう千代田。マスターに鳳翔さんもごめんなさい、情けないところを見せてしまって。美味しい料理とお酒でもう酔っちゃったのかしら?」

 

 そう言って千歳さんは頬に手を当て「ふふふ」と色っぽく笑った。これといった事は言えてないけど、少しは気が楽にになってくれたのかな。とりあえず話の区切りもついたし、次の料理に移ろうか。

 

 次はちょっと趣向を変えて、洋風のおつまみとして仕込んでおいた自家製のオイルサーディンを持ってくる。

 

 頭とワタを取ったしこいわしを、ニンニク・ローリエ・ローズマリー・鷹の爪と一緒に低温のオリーブオイルでじっくり煮ていく。ワインなど洋酒のつまみになることが多いオイルサーディンだけれど、結構日本酒にも合うんだよね。

 

 これはそのまま食べてもいいし、醤油をちょろっと垂らしてみたり、マヨネーズをつけて食べたりしても美味しいので、小皿にそれぞれ入れて持って行こう。

 

「お次は自家製オイルサーディンです。お好みでこちらをつけてどうぞ、そのままでも美味しいですよ」

 

 すると、鳳翔がその料理に反応した。

 

「あら、店長さんいつの間に仕込んでいたんですか?」

 

「ん?昨日の夜、鳳翔が帰った後にね」

 

「よかったら鳳翔さんも食べてみませんか?すっごくおいしいですよ」

 

 俺たちの会話を聞いて千代田さんがそんな風に言ってきた。横で千歳さんも頷いているので、鳳翔もご相伴にあずかることにしたようで「それではいただきます」と言いながら、千代田さんが差し出したお皿から一匹箸でつまんで口に運ぶ。

 

「あ、柔らかい。全然骨が気になりません。それにニンニクとハーブの香り、唐辛子の辛味が後を引きます。これは日本酒にも合いますね」

 

 その後千歳さんに勧められたお酒は断っていたが、お客さんに勧められたら一杯くらい構わないんだけどね、俺ももらうことあるし。何よりこの時間は俺の趣味みたいなもんだから、鳳翔も二人と一緒に並んで呑んでたっていいんだけど。

 

 では、そろそろ最後の料理に移ろうかな。最後は焼き物、昨日漬けておいたさわらの西京漬けだ。

 

 これは焼き台よりもフライパンの方が焼きやすいかもしれない。揉んでしわを付けたアルミホイルをフライパンに引いて、そこに味噌を軽く拭き取った切り身を乗せる。両面に焼き色を付けたら日本酒を少量振りかけ、蓋をして蒸し焼きにしていく。付け合わせにこんがり焼いたしし唐を添えて出来上がり。

 

「お待たせしました。さわらの西京焼きです」

 

「わぁ、お味噌のいい香り。これは……あの、マスターさん、白いご飯はありますか?」

 

「あ!マスター私も!」

 

「はい、どうぞご飯とお味噌汁です」

 

 二人からそんなセリフが出たところで、鳳翔がすかさずご飯とお味噌汁を二人の前に置いた。こんなこともあろうかと用意しておいたんだ、この西京焼きにはご飯は欠かせないと思ってね。

 

「あぁ、しっかり漬け込まれたさわらとご飯……この組み合わせは間違いないですね」

 

「お姉、お姉。このしじみのお味噌汁も美味しいよ、なんだかこう、体に沁みわたるー!って感じ」

 

 飲んだ時のしじみの味噌汁ってたまらないよね。ほんと千代田さんの言う通り体に沁みわたる感じ。

 

 ご飯を頼んだところで二人としてもお酒は終わりのようで、さわらとご飯を楽しんでいる。まぁ、まだ夜も長いし、もうしばらくゆっくりしていってもらおう。

 




限定的ではありますが、秀人の店でもアルコールの提供が始まりました
これで飲兵衛ネタができるようになりましたね

そして水上機母艦の運用ですが
ゲーム内では遠征や6-3、イベント等のルート固定、編成制限の時の制空(補助)要員
等々活躍の場は広いと思います。しかし、この世界ではなかなか思うところもあるようで……
今後の活躍に期待ですね。



お読みいただきありがとうございました


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三十八皿目:暁型のお母さん1

もはやタイトルからバレバレかと思いますが、今回はあの子のお話です



 昨日までで鳳翔のお手伝い期間が終わって、明日から新しい子が来るって話だったんだけど、今日俺が休みで一日暇してるって話をしたら遊びに来たいというのでオッケーした。どうせだから一緒にお昼ごはんで手の込んだものでも作ろうかな。

 

 何か参考になるものは無いかと、カウンター席に座って愛用のレシピノートを眺めていたら、カランカランとドアベルが鳴った。

 

「こんにちはマスター!今日はお休みなのにありがとう!」

 

「マスターさん、こんにちはなのです」

 

 元気な声と一緒に、雷ちゃんと電ちゃんがやってきた。明日から働くことになってるのは雷ちゃんだけだったけど、電ちゃんも一緒に遊びに来たみたいだ。

 

 基本的にお手伝いは、新着艦の中から希望者を募って抽選でって話だったんだけど、今回は『大型艦強化週間』とやらを始めるらしく、空き時間が増える駆逐艦の中で、着任時期を問わず希望者を募ったそうだ。そして見事抽選に当たったのが雷ちゃんという事らしい。

 

 昨日の晩にそんな電話が雷ちゃん本人からかかってきた。かなりのハイテンションで……まぁ、それだけ嬉しかったって事なんだろうね、明日まで待てないくらいに……そう思ってくれてたらいいな。

 

「いらっしゃい、よく来たね。とりあえずお茶でも飲んでゆっくりしてよ」

 

「あ、じゃぁマスターお手伝いは明日からだけど、せっかくだからお茶の淹れ方教えてもらえないかしら?それと、わたしのことは雷って呼び捨てにしてほしいわ。明日からはマスターの弟子になるんだもの!」

 

 だから弟子って訳じゃないんだけど……まぁ彼女たちがそう言う認識ならそれでもいいか。

 

 それに、昨日からすでにやる気いっぱいみたいだしね。今日ならゆっくり教えられるからこちらとしても願ったりだ。「こっちにおいで」とカウンターの中に雷を招くと、それを見て電ちゃんがおずおずと手を挙げた。

 

「あの、マスターさん、電も……その……呼び捨てでお願いしたいのです……」

 

「了解、じゃぁ電も改めてよろしくね」

 

「はい!なのです!」

 

 さて、電から素敵な笑顔をもらったところで、雷に紅茶の淹れ方を教えていこう。

いつものようにお湯を沸かして、ティーカップとポットを温めて茶葉を用意する。何回か俺が淹れるところを見てるだろうから、作業そのものは雷に任せて俺は後ろから手順を説明していく。まぁ、やり方自体は簡単だし落ち着いてやれば問題ないだろう。後は回数をこなしていけば慣れて動きもスムーズになる。

 

「後はこのまま砂が落ちるまで蒸らして、ストレーナーを通してカップに注げばオッケー」

 

「わかったわ!それにしても、このお茶っ葉が跳ねるのはいつ見ても楽しいわね」

 

 こうして大きくジャンピングさせるのも美味しいお茶を入れるコツだからね。お湯を注ぐときは勢いよく注ごう。そのまましばらく待って茶葉もだんだん落ち着いてきて、砂時計の砂も落ち切った。

 

「じゃあ、注いでいこうか。ストレーナーをカップにセットして、濃さが一定になるようにバランスよくね……そう。それで最後の一滴までしっかりと。この最後の一滴を『ベスト・ドロップ』とか『ゴールデン・ドロップ』って言うんだけど、これが一番重要で、この一滴は一番目上の人とかメインゲストに入れてあげてね」

 

「へぇ、そうなんだ……じゃあこれはマスターに!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 雷からカップを受け取って口に運ぶ。後ろで見ててきちんとできていたから美味しいのは分かってるんだけど、実際口にすると……うん、美味しい。きちんと香りも出てるし、これなら合格かな。

 

「雷ちゃん、おいしいです。おうちでも淹れて欲しいのです!」

 

「うん、ばっちり。何回か俺が見ながら入れてみて、大丈夫そうだったら紅茶は任せようかな」

 

「ほんと?良かった……わたし、がんばるわ!」

 

 それから、お茶を飲みながら世間話に興じる。そして、実はお茶請けにと思って作っておいたお菓子がある。

 

「はい、お茶と一緒にどうぞ」

 

「わー、すごーい!これってもしかしてエクレア?」

 

「ちっちゃくてかわいいのですー」

 

 そう、一口サイズのエクレアだ。かなり久しぶりに作ったので、レシピを一から確認しながらの作業だった。正直うまく生地が焼けるか心配だったけれど、なんとかなって良かった。もうちょっとこっち系のお菓子も練習しなきゃダメかな……

 

「んー!あまーい!おいしい!」

 

「はわぁ、おいしいのです」

 

 ま、二人も喜んでくれてるみたいで作った甲斐があったよ。二人が美味しそうに頬張っているところで、ちょっと豆知識を披露してみる。

 

「二人とも、実はこのエクレアって『かみなり』とか『稲妻』って意味があるんだ。理由は諸説あるけど、二人と同じだね」

 

「そうね……なんだか変な感じだわ、でも私たちもこのお菓子みたいに、みんなから好かれるようになりたいわね」

 

「さすが雷ちゃん。電も頑張るのです。」

 

 二人ともすでに十分みんなから愛されてると思うんだけどな……でも、なんだか燃えてるみたいだし、頑張れ。っと、そうだ、こないだのあの話聞いてみようか。

 

「そういえば、こないだの鍋の時にちらっと聞いたんだけど、みんなで野菜育ててるんだって?」

 

「えっ?ええ、私達駆逐艦全員で交代しながら育ててるんだけど、主に暁と時雨が指揮を執ってやってるわ。今育ててるのは小松菜、冬でも育てられて初心者にもおすすめだって農家のおじいさまに教えてもらったの」

 

「そうなのです、そろそろ収穫できるみたいなので、暁ちゃんが『マスターさんに色々作ってもらうわ、』って張り切ってたのです」

 

 なるほど小松菜か。ほうれん草ほどクセもないし、いろんな料理に使えるな。というか暁ちゃんって野菜苦手だと思ってたんだけど、やっぱり自分で作ると違うのかねぇ。なんにせよ良いことだ。

 

「そう言えば、そろそろじゃがいもを植える予定なの。気候的に九州と同じ春作?ができるからって」

 

 あー、確か長崎とか鹿児島の辺りじゃ今くらいに作付けして六月前後に収穫するところもあるんだっけか。ちょっと小さめの新じゃがを蒸かして丸ごとパクっといったらうまいだろうな……バター醤油も捨てがたいけど、塩だけでも十分美味しいよね。

 

「じゃがいもかー、いろんな料理に使えるから楽しみだね」

 

「そうね、いっぱい収穫できたらじゃがいもパーティーしたいわ」

 

「あっ、電はこの前浦風ちゃんに聞いた、いもフライが食べてみたいのです!あとポテト入り焼きそばも美味しそうだったのです!」

 

「ほんとよね、あの子達おいしそうに話すんだもの。聞いてるだけで食べたくなっちゃったわ」

 

 あの時のやつか。大した手間でもないので、お昼ごはんに作ろうかと提案してみたけれど断られた。せっかくだからその時を楽しみにしておくそうだ。すると雷が「そうだ!」と思い出したように話し出す。

 

「さっきの名前のことなんだけど……」

 

 呼び捨てとかちゃん呼びとかのことかな?

 

「……この間駆逐艦の皆で話してた時に、他の皆もマスターに呼び捨てで呼んで欲しいって言ってたわ」

 

「そりゃまぁ、構わないんだけど……またどうして?」

 

 手伝いに来てくれた子達は別としても、いきなり呼び捨てっていうのもどうかと思ったんだけど……

 

「あの……ね。このお店に手伝いに入った子達は呼び捨てにしてるでしょ?わたしもそうだったんだけど、それが……ちょっと……羨ましくって……」

 

 最後の方は照れて俯きながらの発言だったけれど、そっか、そんな風に思ってたのね。じゃぁ今度から駆逐艦の子達は呼び捨てで呼ぶ事にしようか。いきなりそう呼ばれても怒らないでねって言っておいてもらおう。

 

「大丈夫なのです!みんな大喜びなのです!」

 

 それなら良かった。と、そんな会話をしていると時間の方も大分経って、そろそろお昼ごはんにちょうどいい頃合いだ。

 

「そろそろいい時間だから、お昼ごはんにしよう。せっかくだから雷も一緒に作ろうか」

 

 とは言え、電を一人でカウンターに残すのも忍びないので三人で一緒に厨房へと入っていく。さーて、何を作ろうか……二人は何が食べたいのかな?

 




三越コラボで二人の書下ろし来ましたね。かわいい……

そして鳳翔さんの牛刀カッコイイ……


次回は二人でお料理回です。さて、何を作るのでしょうか


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三十八皿目:暁型のお母さん2

今日は雷電の後半です


「さてと、それじゃあ何を作ろうか……って何か気になるものでもあったかい?」

 

 厨房内に入り、きょろきょろ周りを見回す二人に声をかける。この間の鍋の時も入ったと思うけど、結構な人数で作業していたからゆっくり見てる余裕も無かったからね。するとさっそく雷が一つの機械を指さして聞いてきた。

 

「マスター、これはこの前使わなかったけど何かしら?」

 

「ああ、それは業務用のミキサーだよ。それを使ってパンやケーキの生地を混ぜるんだ」

 

「はわわ、これであのおいしいパンができるのですか!すごいのです」

 

 えと、お二人さんそろそろお昼にしないと、遅くなっちゃうけど……なんて感じで二人に言うと、二人が何やら相談し始めた。小声で話してはいるが時々「あったかいの」「お肉?」「洋風で……」「暁ちゃんが」とか聞こえてくる。暁が……って野菜か、野菜なのか?

 

「マスター、決まったわ!ドリアはどうかしら?できればハンバーグの乗ったやつ!」

 

「マスターさんに教えてもらって、おうちでも作りたいのです」

 

「オッケーわかった。じゃあ電にも少し手伝ってもらおうかな」

 

 そう言って二人に指示を出していく。雷には野菜の下ごしらえをお願いしておいて、電にはハンバーグのタネを作ってもらおうかな。炒め玉ねぎのストックがあったので、それをさらに炒めて甘さをより引き出したものをバットに広げて冷ました後で、合い挽き肉・卵・牛乳を含ませたパン粉・ナツメグと混ぜていく。

 

「粘り気が出るまでしっかり混ぜてね」

 

「わかったのです!」

 

「マスター、切れたわよ。次はどうするの?」

 

「よし、じゃあまずは上にかけるホワイトソースを作ろうか。材料はここに出してあるから、コンロの前に立って」

 

 と、雷を鍋の前に立たせて、いつも作っている基本のホワイトソースの作り方を説明していく。ちょっと電の様子を見たけれど、あっちはもうちょっとかな。

 

「そうそう、上手い上手い。ダマにならないように手早くしっかりとね。基本的にはこの作り方で、レシピによって調整する感じかな。ドリアやグラタンはこのままで、シチューやソースに使う時は牛乳の量を増やしてちょうどいいとろみにってね」

 

「へー、なるほど。思ったよりも簡単で良かったわ。これならおうちでも作れそうね」

 

 雷は普段からも料理してるって言ってたからね、これくらいならお手のものだろう。どうやら電の方もいい具合なようなので、パパっと三つ成型して焼くことにする。ここからは二人には横で見ていてもらうことにしよう。

 

 フライパンで両面に焼き色を付けた後、蓋をして蒸し焼きにしていく。ハンバーグが焼きあがったら一旦取り出しておいて、フライパンの余分な脂をふき取ったら、スライスしたマッシュルームとアスパラを軽く炒め、ホワイトソースを加えてひと煮立ちさせて塩コショウで味を整える。

 

 次はこれらをご飯の上に乗せてオーブンで焼くんだけど、今日はハンバーグドリアということでご飯はシンプルにバターライスにしよう。本当はコンソメで炊いたご飯にバターを混ぜるんだけど、今日はすでに炊いてあるご飯にコンソメ顆粒を振ってバターとドライパセリを入れて混ぜていく。

 

 このバターライスを内側にバターを塗った耐熱容器に入れて、その上からホワイトソースとハンバーグを乗せ、さらにもう一度ハンバーグにホワイトソースをかけたら予熱しておいたオーブンで焼いていく。

 

「なんだか焼く前だけど、もうおいしそうだわ」

 

 雷がそんな感想を漏らしてくるけど、確かにこの段階でも美味しいと思うよ。でも、これを焼くことで全体がまとまってさらに美味しくなるんだよね。

 

 で、ドリアを焼いている間にサラダを作ってしまおう。こっちは簡単にレタス・トマト・キュウリの簡単なやつにしよう。そして、これにかけるドレッシングは簡単手作りドレッシング。オリーブオイルに塩・コショウ・醤油とこないだも使った橙の果汁を絞って混ぜる。橙の力強い酸味とほのかな甘みが美味しい、この島の家庭ではおなじみのドレッシングだ。

 

 そうこうしているうちに、ドリアの方も焼きあがりそうだ。さて、ホールに行ってテーブルのセッティングをしようか。

 

「はーい、あ!そうだ!ちょっとまって……」

 

 雷はそう言って、何か電に耳打ちしている。ん?なんだろう。

 

「うん……うん……わかったのです!」

 

 話が終わったと思ったら、電が出て行ってしまった……あぁ!なるほどそういうことか。

 

「マスター、今から電がお客さん役で来るから、ちょっと接客の練習をさせて欲しいの。マスターは後ろで見てて、おかしなところがあったら教えてちょうだい」

 

 やっぱりね。雷なら問題ないとは思うんだけど、練習しておくに越したことは無いから、ちょっとやってもらおうか。席に案内した時に出すおしぼりとお冷をいつもの位置にセッティングしたところで、店のドアが開いて電が入ってきた。

 

「いらっしゃいませー!おひとりさまですか?……こちらへどうぞ」

 

 雷は接客のお手本のような笑顔で電を迎えると、テーブル席へと案内した。いつもはお一人様だとカウンターだけど、これから三人でご飯だからね。

 

 電が席に着いたところで素早くおしぼりとお冷を取りに来て、待たせないうちに電の前に置きに行く。すでに注文が決まっている設定のようで、そのまま続きが始まる。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「はい、ハンバーグドリアをお願いします」

 

「かしこまりました、それでは少々お待ちください」

 

と、ここでとりあえず終わりのようで、二人が戻ってきた。

 

「こんな感じでどうかしら?」

 

「雷ちゃんばっちりなのです!」

 

「うん、今の調子なら大丈夫そうだね。明日も安心できそうだ」

 

 といった所で、既に焼きあがっていたドリアとサラダをみんなで運んで、ちょっと遅めのお昼ごはんにすることにした。

 

「熱いから気を付けてね。それじゃあ、いただきます」

 

 俺の後に続いて二人も「いただきます」と手を合わせる。

 

「あふ、あっふぃ……あっつー!でも、おいしいわ。ハンバーグから肉汁があふれて、ホワイトソースと混ざり合って……一味も二味も美味しくなるわ」

 

「ふわぁ、バターのお味のご飯とホワイトソースがすごくおいしいのです」

 

 うん、美味い。俺はちょっとタバスコをかけて食べてるけど、流石に二人はかけないか。ピリッとした辛味が美味しいんだけどな。

 

「このドレッシングも美味しいわね。マスターのおうちでも昔からこれを作ってたの?」

 

「ああ、うちの母親はここにすりおろした玉ねぎを入れてたかな。後はたまにマヨネーズを入れたりね」

 

「あら、そっちもおいしそうだわ。今度作ってみようかしら」

 

 うん、簡単だから作ってみてほしいな。特にマヨネーズを混ぜると酸味も和らぐし食べやすくなるからおすすめだ。

 

「そうだ、これってチーズを乗せたらどうなのかしらね?」

 

「卵もおいしそうなのです」

 

「そうだねー、どっちも間違いなくおいしいと思うよ」

 

 ……ただ、カロリーが半端ないことになりそうだけど、彼女たち艦娘はそう言うのには無縁みたいだからね。この間さくらも愚痴ってたし……「あんなに食べてるのにどういうことなの!?」って。

 

 そんな感じで色々料理の事や、明日からの働き方の事なんかを話しながら食事を続けていった。

 

「明日から、このおいしい料理を楽しく食べてもらうために私も頑張らなきゃね」

 

「雷ちゃん、ファイトなのです!」

 

「まぁ、あんまり心配はしてないけど、よろしく頼むね」

 

 すると、そんな電や俺の言葉に雷は、満面の笑みで答えてくれた。

 

「この雷様に任せて!だから、いーっぱい頼っていいんだからね!」

 




ハンバーグドリア、小さい子は好きそうですよね
いえ、彼女たちが小さいとかそう言う訳ではなくてですね……




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三十九皿目:北の海から

北の海の魚を北方迷彩が似合うあの子が食べます


 今日から手伝いに入った雷だけど、やる気もさることながら、普段から台所に立っているというだけあって、初日から下ごしらえなどでかなり助かっていた。

 

 そんな彼女と一緒に今日の分の仕込みをしていると、市場から注文していた魚介類が届いた。今日は、ちょっと気になる魚が入荷するって昨日の情報に乗っていたから注文してたんだよね……っと、これこれ。

 

「マスター、それはなあに?」

 

「ふっふっふ、これはね……じゃーん!」

 

「じゃーん!って……なにこれ?」

 

「お、丸を見るのは初めてかい?これは真鱈だよ」

 

「へー、これが真鱈なんだー!」

 

 そう、昨日の夜契約している仲卸から活〆の真鱈が入荷するって情報があったので、仕入れてみた。普段から鱈はフライや煮付けに使う用にフィーレを仕入れているんだけど、今日のこれは釣りあげてすぐに活〆にしてある丸のものだ。ただ、鮮度はいいけれどさすがにアニサキスが怖いので生では出せないな。昆布締めとかにしたいけど……やっぱ水揚げしてすぐにワタを抜かないと危ないよね。

 

 という訳で、三枚におろしながら何を作ろうか考える。おぉ、鮮度がいいだけあって身がぶりぶりだ。これは何にしても美味しいだろうな。

 

「なぁ雷、鱈の料理と言えば何が思い浮かぶ?」

 

「そうね、お鍋かフライ……ムニエルとかかしら?」

 

 うん、そんな感じだよね。どうすっかな……本数も限られてるし、数量限定のコースっぽくしてみようかな。夜の特別メニュー、活〆真鱈づくしみたいな感じで。

 よし、そうしよう。とりあえず三枚におろすところまでやっておいて、アラと一緒に冷蔵庫にしまっておく。さて、これはこれでいいとして、じゃぁ雷のお手伝い初日の営業を開始しましょうか。

 

 開店後の雷の様子はと言えば、昨日の練習の成果?なのか、笑顔で接客を行ってお客さんからの評判もなかなかのものだった。特におばさま方には一生懸命頑張っている姿が可愛いと大人気だった……と言うか、この店に来るおばさま方は誰が手伝っていてもそんなことを言ってる気がする。

 

 お昼休憩の時はさすがに慣れないことをして疲れたのか、ぐでーっとなっていたけれど、午後の営業が始まるとそんなことはおくびにも出さず、笑顔で接客してくれていた。

 

 そんな感じで夜になり、ちょっとのんびりした時間が流れていた時だった。天龍さんが一人の艦娘を連れてやってきた。

 

「おう、大将晩飯食いに来たぜー。雷はちゃんとやってっか?」

 

「ああ、彼女には色々と助けられてるよ」

 

「そうか、そりゃよかった。っとそうだ、こいつ木曾って言うんだけど、まぁ弟子みたいなもんかな」

 

「球磨型の木曾だ、よろしくな。今は持ってないけど、そのうち刀がもらえるって聞いてるんで、今のうちにと思って、扱い方を天龍の姐御に教わってるんだ……あ、眼帯は元からだからな!パクったわけじゃないからな」

 

 思わず眼帯を見つめてしまっていると、木曾ちゃんはそう説明してくれた。そう言えばこの間の日向さんも天龍さんに刀の扱いを教わってるって言ってたし。さすが天龍さんだね。

 

「天龍さんに木曾さん、いらっしゃいませ。おしぼりとお冷をどうぞ」

 

「お、やってるな雷。大将に迷惑かけてないか?」

 

「失礼ね!ちゃんとやってるわよ」

 

 なるほど、言い方はアレだけど、気になって様子を見に来たってところか。素直じゃないというかなんというか……。

 

「さて、さっそく注文したいんだが、木曾はなんか気になるものはあるか?」

 

「そうだな、店長、あの黒板に書いてある『数量限定真鱈づくし』ってまだあるのか?」

 

「まだ残ってるよ。それにするかい?」

 

 木曾ちゃんの問いかけにそう答えると、二人ともそれにするという事なので、厨房に戻り作業を始める。新鮮な鱈を和洋中の食べ方で楽しんでもらうこの真鱈づくし。まず一品目は先付けとして真鱈子の花煮から出していく。

 

 これは、生のたらこを適当な大きさに切り、卵が外側に来るように裏返したものを一度下茹でする。この時にたらこが花が咲いたように固まるので花煮というのだが、これを生姜・出汁・醤油・酒・みりん・砂糖でサッと煮たら出来上がりだ。これをつまみながら次の料理を待っていてもらおう。

 

 これは雷に持って行ってもらって、そのまま二品目の調理に入る。二品目は中華、真鱈の蒸し物だ。

 

 軽く塩をしておいた鱈を皿に乗せて、その上に薄切りにした生姜とにんにくを散らして蒸す。蒸しあがったら醤油・オイスターソース・黒酢を混ぜたタレをかけて、白髪ねぎ・針生姜・香菜を乗せて持って行く。

 

「お、次は何だい?大将」

 

 さっきの花煮で食欲が刺激されたのか、今か今かと料理を待っている二人の前に蒸し鱈の皿を置くが、これで完成ではない。さっそく手を付けようとする二人を制止して最後の仕上げをするとしよう。

 

「ちょっと跳ねるかもしれないから気を付けてね」

 

 そう言って、熱したゴマ油を上からかけるとジュウッと大きな音を立てながら、あたりに香ばしいゴマ油の香りが漂う。

 

「うおっ!この香りたまんねぇな!」

 

「ああ、美味そうだ」

 

 これでようやく完成。お預けを食らった二人が揃って箸を伸ばす。

 

「あっ……つい!けど、うめぇ!」

 

「名前はわからんが、この葉っぱがいいアクセントになってるな。うまい」

 

 木曾ちゃんが言ってるのは香菜……パクチーと言った方がわかりやすいかな?さて、二人にエンジンがかかったところで、次の料理を作ろうか。

次は洋風鱈料理の定番、鱈のムニエルだ。今日はレモンバジルソースをかけようと思う。

 

 骨を取って塩・コショウを振って小麦粉をまぶした鱈の切り身を、バターを溶かしたフライパンで焼いていく。身が崩れないように気をつけながら焼き、火が通って両面が色づいたら付け合わせのほうれん草のバター炒めと一緒に皿に盛る。

 

 フライパンに更にバターを溶かして刻んだバジルを入れたら、レモン汁を加えてフライパンの底からこそげるようにサッと混ぜて、鱈にかけて出来上がり。鱈の淡白な味に、バターのコクとレモンの酸味、バジルの香りがいい感じに混ざりあう。

 

 これを持って行ってもらっている間に、最後の料理に取り掛かる。最後は和食、鱈の唐揚げ和風あんかけだ。

 

 まず、鱈は骨を取って一口大に切り、塩と酒を振ってしばらく置いておく。その間に餡を作ってしまおう。餡は、斜に切った長ねぎとえのき、しめじを軽く炒め、そこに出汁・酒・みりん・塩・薄口しょうゆを加えて煮立たせたら、水溶き片栗粉でとろみをつける。

 

 続いて、先ほどの鱈に片栗粉をまぶして揚げ、お皿に盛ったら餡をかけて三つ葉を乗せて出来上がり。これを昆布と鱈のアラで取った出汁で作った味噌汁と、ご飯と一緒に持って行く。

 

「はい、お待たせ。鱈の唐揚げきのこあんかけだ」

 

 二人の所へ持って行くと、軽くギラついた目で見られてしまった。そんなに飢えていたのだろうか?二人にそんな目で見られるとちょっと怖いんだけど……。

 

「あー、さっきのも美味かったけど、やっぱ魚は米と一緒に食ってこそだな」

 

「俺は蒸したやつが好きだな。あの葉っぱがなかなか刺激的だった。でも、この優しい味はなんだかホッとするな……」

 

「二人とも、味噌汁も美味しいわよ!なんたってこの雷様が作ったんだから!」

 

「やるじゃねぇか雷。美味いぜ」

 

 すると、天龍さんと雷の会話を聞きながら、木曾ちゃんがふふふと笑った。

 

「なんだ木曾。なんかおかしかったか?」

 

「いやな、鱈は北のほうの魚だろ?AL作戦のことを思い出してな。あの時は艦だったのに今はこうして美味いもんを食ってるっていうのがなんだか不思議でよ」

 

 まぁね、普通に考えたらおかしな話だよな。軍艦が人と同じ姿で生まれ変わるなんて。でもせっかくだし、美味いもんをいっぱい食べて楽しんで欲しいもんだね。

 

「あんまり細かいこと気にすんなよ。美味い料理って物を知ることができてラッキー!くらいに思っておけばいいんじゃねぇの?…………大将!おかわり!」

 

「それもそうか。よし、俺もおかわりお願いするぜ!」

 

 そう、まだまだ美味い物は他にもたくさんあるんだ。楽しんだもん勝ちってやつだよ。

 




軽巡→木曾ちゃん
雷巡→木曾さん
って感じです。なんとなくのイメージですが

眼帯&刀でキャラ被りのライバルっぽい関係が多い
この島では師弟関係のようです。
何度か書かれているように、天龍がかなりの実力者なので……



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四十皿目:寒い日にはホットサラダ

ホットサラダとかいうお洒落な響のメニューが似合いそうな彼女です


「うー、今日は寒いな……」

 

 本州の南に位置するこの島は、冬でも比較的暖かい日が多いのだがそれはあくまで『比較的』というだけで、単日で見れば寒い日は寒い。

 

「だめよ、そんなんじゃ。そろそろお店開けなきゃいけないんだから、シャキッとしてね」

 

 お母さんに怒られてしまった……いかんいかん、雷に言われた通りシャキッとしないとな。さぁ、開店だ。

 

「さっぶー……あったかいお茶ちょうだい」

 

 すると、入ってくるなりそんなことを言いながら、さくらはカウンターに突っ伏した。一緒に入ってきた榛名さんがため息をついている。

 

「もう、鎮守府に戻ったらしっかりしてくださいよ?執務室でそんなことしていたら金剛お姉さまに叱られますからね」

 

「わかってるわよ、今だけ今だけ。朝ご飯食べたら力出て来るからさ。秀人、日替わり一丁!」

 

 二人に熱いお茶を出しながらさくらの注文を「はいはい」と聞きつつ、榛名さんにも注文を聞くと彼女は何やら悩んでいるようだった。

 

「榛名は厚切りトーストで……お野菜も食べたいですが……ちょっと寒いですよね。どうしましょうか」

 

 今日の寒さじゃちょっとサラダは冷たいよね。とは言えトーストだけっていうのも味気ないか。

 

「それなら、ホットサラダにしましょうか?その名の通りあったかいサラダなんですけど……」

 

「それは良いですね!お願いします」

 

 「かしこまりました」とその場を離れ、まずはさくらの朝定から作っていく。実のところさくら以外にも朝食に和定食を注文する人は多いので、その日の仕入れで変わる日替わり焼き魚定食を用意してある。

 

 今日の焼き魚は鮭の加工品を専門に扱う業者から仕入れた『沖漬の本チャン紅鮭』だ。道東で獲れた本チャンと呼ばれる紅鮭を、獲れてすぐに船の上で処理をして塩につける沖漬で作られている塩鮭で、昔ながらの塩辛さながらも紅鮭の旨味が楽しめる一品になっている。

 

 自前で鮭が獲れないこの島では、昔から鮭と言えばこういった塩鮭がほとんどだった。正直子供の頃はただしょっぱいだけで、おかずとしてはハズレだと思っていたのだけれど俺もさくらもこういう物をおいしいと感じる齢になったって事なのかな。

 

 そしてこの鮭を焼いている間に、雷には味噌汁を作っておいてもらう。今日の味噌汁はねぎと豆腐、これも体が温まる一品だ。定食にはこれに加えて、小鉢としてごぼうとにんじんのきんぴらときゅうりの漬物がついてくる。お盆にひとまとめにして持って行ってもらおう。

 

 続いて榛名さんのホットサラダを作る。ホットサラダは焼く・茹でる・蒸すといった作り方があるが、今回は焼きで行こうと思う。と言っても、鮭を焼く前にすでにオーブンに入れたので、既に焼きあがっている。

 

 今日使ったのは、スナップエンドウ・ミニトマト・エリンギ・アスパラ・ベーコンだ。これらを食べやすい大きさに切って天板に広げてオーブンで焼く。サラダボウルに移し、塩・コショウ・オリーブオイルを和えて最後に粉チーズを振れば出来上がりだ。トースト、スープと一緒に持って行こう。

 

「お待たせしました。ホットサラダのトーストセットです」

 

「これは……素敵です!榛名、いただきます!」

 

 榛名さんはフォークに刺したまだ熱い野菜をふうふうと冷ましてから口へと運ぶ。

 

「おいしい!シャクシャクとした食感と、トマトの酸味がいいですね。ジューシーなベーコンとチーズが良く合ってていい感じです。何より寒くても美味しくお野菜が食べられるのはいいですね」

 

 まぁ、どうしてもこういう日は冷たい野菜には手が出にくいからね……これなら作るのも簡単だし、野菜を変えたりいろんなドレッシングを使ったりと飽きも来にくいからいいよね。

 

「さくらはどうよ、焼き鮭しょっぱくないか?」

 

「んー、これくらいの方がご飯が進んでいいんじゃない?あ、二杯目はお茶漬けにしたいからお茶お願い」

 

 さくらに感想を聞いてみたら、言葉だけでなく茶碗も一緒に差し出してきた。仕方ないなぁと茶碗を受け取り、厨房に戻ってご飯をよそってお茶を入れ、軽く炙ったもみ海苔・刻みねぎと一緒に持って行く。

 

「さっすが秀人わかってるわね!」

 

 それらお茶漬けセットを受け取ったさくらは、嬉しそうな顔でほぐした焼鮭・海苔・ねぎをご飯の上に乗せてお茶を注いでいった。

 

 さて、こっちはほっといて榛名さんは大丈夫かな?と見て見れば、こちらも美味しそうにトーストを両手で持ってもぐもぐしていた。榛名さんは千切らない派だったんだね、ちょっと意外かも。

 

 と、ここでさくらにちょっと気になったことを聞いてみた。

 

「そういや今日は珍しく一人じゃないんだな。いつもは一人で来るのに」

 

 すると、榛名さんより一足早く食べ終わったさくらが、お茶を飲みながら答えた。

 

「あー、今日はちょっと早めに仕事始めてたからね。で、ひと段落着いたところで手伝ってもらってた榛名と一緒に朝ご飯を食べに来たって訳」

 

 話を聞くと、以前からの秘書艦である金剛さんとは別に、第二秘書艦という彼女の補佐をする艦娘のローテーションが組まれることになったらしい。なるほど、前に霧島さんが嘆いていた人手不足の対策か。それで余裕も出てきてこうして朝ご飯を食べにくる余裕も出てきたのかな?だったらいいんだけど……

 

「そう言えば、さっき出てくるときに駆逐艦たちが騒いでた気がするんだけど、榛名何か聞いてる?雷でもいいんだけど」

 

「いえ、榛名はなにも……」

 

 と、さくらと榛名さんが首をかしげていると、隣にいた雷が説明してくれた。

 

「それなら、今日の午前中にみんなで育ててた小松菜を収穫するからって、朝から暁がはしゃいでたわよ。珍しく響もテンション高めだったわ」

 

 へぇ、いよいよ収穫か。響までテンションが高かったってことは、良い感じに育てられたのかな?

 

「じゃぁ、収穫したらうちに来るのかな?」

 

「ええ、予定が空いてる子から順番で来るってことになってるわ。今日はうちの姉妹と時雨・夕立・島風が午後の訓練が終わってから来る予定よ。他の子は明日の出撃の準備があったり、遠征で外にでちゃったりするんだって。午前中空いてる子は収穫には参加するけどね」

 

 ってことは、一番最初のメンバーか。駆逐艦の中では古株だね。みんなが来るまでに何を作るか考えておかないとね。雷の説明にそんなことを考えていると、さくらと榛名さんも口を開いた。

 

「あら、いいわね。でも、そういう事なら言ってくれれば予定を調整したのに」

 

「ええ、せっかくですから皆さん一緒に来られるようにしましたよ?さすがに今からは難しいですけど、前もって言ってくださればよかったのに」

 

 そんな二人の言葉を聞いて、雷はちょっと苦笑いしながら話始めた。

 

「それなんだけどね、この間いつ収穫するかをみんなで相談したんだけど、実際に司令官とか艦隊の管理をしてる長門管理艦に話してみようって意見も出たのよ。でも、うちの暁が『暁たちの本業は深海棲艦との闘いよ。そこに影響のない範囲でってことで空き時間に畑をやらせてもらってるのに、そんなわがままを言う訳にはいかないわ!決まっているスケジュールの中でやりましょう!』ってね」

 

 はぁー、やるなぁ暁。なんだかお子様なところが目立つけれど、伊達に長女じゃないって事か。するとそれをきいたさくらが優しい表情で言った。

 

「そっかぁ……私としては戦いとは関係ないところも色々経験してほしいから、そういうわがままは大歓迎なんだけどなぁ。もし加賀や長門が反対しても説得するし」

 

「そうですね。でも、加賀さんも長門さんも、金剛お姉さまだって反対しないと思いますよ?特に長門さんはだいぶ暁ちゃん達のことを気にしていた様ですし」

 

「司令官も榛名さんもありがとう。でも、暁の言葉を聞いて私たちも納得したのよ。だから、リーダーになっていた暁と時雨が参加できる今日にしたの。でも、そうね、今度は前もって相談してみようかしら」

 

 なんつーか、みんな優しいよね。さくら達もそうだけど、暁たちもちゃんと考えてる。でも、駆逐艦の子達が戦いのことばかり考えてるっていうのも、艦娘としての矜持みたいなものがあるとしてもちょっと寂しいからね。さくらの言う通りもっと関係ないことを経験してほしいな。

 

 ま、そのためにうちとしてもお手伝いって形で受け入れてるわけで、これからもどんどん来てもらいたいね。島の人たちにも好評だし。

 

「そういう事なら今日来る予定の子達は早めに上がれるようにしてあげましょうか」

 

「そうですね。彼女たちの今日の予定は湾内での訓練だったと思うので、天龍さんにそれとなく話しておきましょう」

 

 そう言って二人は立ち上がると、鎮守府へと戻っていった。そっか、採れたてを食べられないのは残念だけど、後から来た子達も美味しく食べられるようなメニューを考えておかなきゃ。

 

 二人が帰った後の食器を片付けながら、俺はそんなことを考えていた。

 




榛名はオサレなカフェメニューが似合いそう

そして暁の何気ないオトナな部分が垣間見えました
本人はいませんが……



お読みいただきありがとうございました


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四十一皿目:初収穫の味1

今日は昨日のお話にも出てきた駆逐艦たちが育てた小松菜のお話です


 という訳で、その日の夜。

 

 そろそろ暁たちが来ようかという頃、他のお客さんの注文もひと段落したので、ホールを雷に任せて彼女たちに出す料理の下ごしらえを行っていた。

 

 始めに小松菜を育ててるって聞いた時は「ずいぶん渋い野菜を選んだな」と思ったもんだけど、その後の話を聞いたり少し調べてみたりすると、最初に相談したという元農家のおじいさんも勧めるのも納得だなと感じる内容だった。

 

 この時期でも平均気温がマイナスにならないこの島では、冬でも育てられる野菜はそこそこあるが、その中でも初心者が育てやすい物っていうのがこの小松菜とほうれん草なのだそうだ。

 

 虫が付きやすいという難点はあるけれど、そこに気を付ければ一か月程度で収穫まで持っていける。そしてほうれん草に比べてアクもなく、クセも少ないってことで小松菜を選んだのだろう。

 

 さてこの小松菜、先ほど言ったようにアクが無いので下茹での手間もなく、いろいろな料理に使える。それこそ、適当に切ってバナナと一緒にミキサーにかけるだけでスムージーとして飲めるくらいに使い勝手もいいのだけれど、今日何を作るかは一応考えてある。

 

 シンプルにそのものを味わえるおひたしは必須として、その他に何をどれだけ作るかは持ってきてくれた量にもよるんだけど。とまぁそんなような事を考えていると……

 

「マスター!みんなが来たわ!」

 

 と、雷が厨房の入り口から顔を覗かせて声をかけてきた。さてさて、どんな感じで収穫できたのかな?

 

「店長さん、見て見て!いっぱい育ったっぽい!」

 

「島風も手伝ったんだから、当然よね」

 

 そう言いながら運んできた二人が見せてくれた収穫用の黄色いコンテナの中には、大きさに差はあれど、青々とした葉をピンと伸ばした小松菜が、隙間なく詰められていた。これはなかなか……

 

「おー!これは凄いな!こんなに採れたんだ。がんばったね!」

 

「うん!夕立頑張ったっぽい!店長さん、褒めて褒めてー」

 

「あー!ずるーい、島風もー」

 

 なんとなく見えないしっぽを振っていそうな二人の頭を撫でていると、暁と時雨がいないことに気が付いた。あれ?と思いながら見渡すと、目が合った響が説明してくれた。

 

「暁と時雨なら後から来るよ。私たちの代表として指導してくれたおじいさんの所にお礼に行ってるんだ。収穫のおすそ分けを持ってね」

 

 なるほど、そういうのは大事だよね。その教えてくれたおじいさんも喜んでくれるだろうね。

 

「ほら、みんな。立ち話は他のお客様にも迷惑になるから、とりあえず空いてるところに座ってちょうだい」

 

 後ろから雷がそう言ってきたので、夕立と島風からコンテナを受け取ってみんなには座ってもらう。と、ちょうどその時、暁と時雨が店に入ってきた。

 

「マスター、こんばんは。ごめんなさい、遅くなってしまったわ」

 

「お邪魔するよ。今日はありがとうマスター」

 

「いやいや、気にしなくていいよ。それより、畑仕事を教えてくれたおじいさんのとこに行ってきたんだって?喜んでくれたかい?」

 

 後から入ってきた二人を席へと促しながら、お礼を言いに行ったというおじいさんの様子を聞いてみた。

 

「うん!とても喜んでくれたわ!また次のじゃがいもの時も手伝ってくれるって!」

 

「少ないけれど、収穫したものを渡したらその場でちょっと味見をしてね……おいしいって言ってくれたよ」

 

 二人がそう言って笑顔を見せると、駆逐艦の子だけでなく他のお客さんからも「良かったね」というような言葉と共に笑顔が向けられた。それを聞いたみんなは驚いたり、照れくさそうだったりしながらも、笑顔をくれた人たちに嬉しそうに頭を下げていた。

 

 さて、延々とこうしててもしょうがないので、みんな揃ったことだし、さっそく料理を作ってこようか。そう思い、雷に目配せをして厨房へと下がっていく。

 

 彼女たちが持ってきてくれた小松菜を手に取って改めて見てみると、虫食いや病はほとんど見られなかった。

 

「これって農薬とか使ったの?」

 

「んー、あれは農薬になるのかしら?なんか、農業施設の施設長さんにも話を聞きに行ったんだけど、研究段階のもので完全天然由来成分で作ったものがあって、それを使って感想を聞かせてくれないかって言われたの。私たちも役に立つならって思って使ってみたんだけど、ごらんの通り効果はバッチリだったわね」

 

 一緒に厨房へ戻ってきた雷に聞いてみると、そんな説明が返ってきた。

 

 へぇ、そんなものがあるんだ……でもそれがあったにしても、これだけ綺麗に仕上げるには、とても丁寧に作業していたのだろうということは感じられた。

 

 もちろんそれ以外にも、虫が少ない冬場に育てたことや、収穫した時点でおかしいものは取り除いてから、ここへ持ってきているって事もあるのだろうけど、それも込みで大したもんだと思う。後で、あっちの子達にも育てているときの様子を聞いてみようかな。

 

 それにしても、明日以降に来る子達の分も取っておかなきゃいけないんだけど、これだけあったら色々つくれるなぁ……と、状態を確認したところで一品目のおひたしから作っていこうと思うのだけれど、これは雷に作ってもらおうかな。

 

「え?良いの?わかったわ」

 

 作ると言ってもすでに出汁は引いてあるから簡単だ。まずは小松菜を流水で洗って土やほこりをきれいにしたら、沸騰したお湯に茎の方から入れていき二分ほど茹でる。茹で上がったら冷水で締めた後しっかり絞って適当な大きさに切り、出汁・醤油・みりんと和えて器に盛って鰹節を乗せたら出来上がり。

 

 茹でて更に鮮やかになった緑がきれいだし、ちょっと味見をしてみたけど見た目も味も、普通に売っているものと遜色ない物だった。

 

 「さぁ、まずはおひたしで食べてみて」

 

 そう言ってみんなの前に一人分ずつ小鉢に入れたおひたしを並べていく。皆で顔を見合わせた後、まず箸をつけたのは暁と時雨のリーダー二人だった。

 

「あぁ……これを僕たちが作ったんだね……」

 

 時雨は目を閉じてしっかりと噛みしめながら、何かを感じているようだった。そして暁は、野菜が苦手ということもあって、ちょっとおっかなびっくりといった感じで口に運んでいた。

 

「はむっ……あ、おいしい。ちょっと青臭い感じはするけど、おいしいかも」

 

 よかった、暁も食べられた。確かに小松菜は青臭いと感じる人もいるから気にはなってたんだけど、補正も多少はあるのかな?

 

 人が舌で感じる以外に美味しさを感じる要素として、いろんな補正があると思うけど今回は『自分で育てた補正』があると思う。このほかにも恋人の『手作り補正』や『デート補正』、食べる場所に由来する『市場補正』や『海の家補正』なんかもあるかな……まぁ、『思い出補正』はたまにマイナスになることもあるけど。あれ?これってこんな味だっけ?みたいな。

 

 とまぁ話がずれてしまったけれど、俺としてはそういう様々な補正も込みで『食べる』ってことを楽しんでもらいたい。たまにこういう事に否定的な人もいるけれど、今日はそういうのは放っておいて、『自分たちが作ったから美味しい』っていう自信を持って楽しんでもらいたいかな。

 

 暁と時雨が食べているのを見ながらそんなことを考えていると、二人に続いてほかの子達も次々と口に運んでいく。

 

「わぁ、シャキシャキしてておいしいのです!」

 

「ハラショー、これはいいね。頑張った甲斐があったというものだよ」

 

 みんなもその味に満足してくれたところで、次は炒め物とご飯ものだ。小松菜は油や肉との相性も抜群で、個人的には豚肉が特に合うと思っている。ってことで今日のメインでもある小松菜と豚肉の炒め物から作っていこう。

 




次回はメインのお料理と、駆逐艦たちの畑仕事のお話になります

なんだか書きながら電が
だんだん食いしん坊キャラになってきた気がします……


お読みいただきありがとうございました


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四十一皿目:初収穫の味2

今日は小松菜その2をお送りします


 まずは豚のこま切れに塩を振って下味をつけて、片栗粉をまぶしておく。こうすることで旨味が閉じ込められると同時に、小松菜から出た水分を適度に吸ってべちゃべちゃになるのを防ぎつつ、食感もプルプルになる。

 

 これを、油を引いたフライパンで炒めてある程度火が通ったところで、小松菜の芯を炒めていく。芯に火が通ったら葉の部分を入れサッと混ぜて、醤油・酒・みりん・おろし生姜を混ぜておいた合わせ調味料を回しかけて炒める。全体に味が付いたらゴマ油を少し絡めて出来上がり。

 

 生姜の香りとゴマ油の香ばしさが、食欲をそそり思わずご飯に手を伸ばさずにはいられない一品だ。

 

「いい匂いね、おいしそう!ご飯とお味噌汁もよそっておいたわ」

 

「おっ!さすが雷、助かるよ。ありがとう」

 

「そんなことないわよ。マスターを助けるのが仕事なんだから!」

 

 いやー、頼もしいね。そんな雷がよそっておいてくれたご飯にも、今日は小松菜が入っている。炊きあがったご飯に、刻んだ小松菜とちりめんじゃこをフライパンで炒めたものを入れた混ぜご飯だ。

 

 これはおにぎりにしても美味しいけど、その時は炒める時に軽く塩か醤油を振る。今日は炒め物があるので特に味はつけていないけれど、じゃこの塩気もあるのでそのままでも美味しい。そしてお味噌汁は小松菜と油揚げ。

 

 そして、この混ぜご飯とお味噌汁は、俺が炒め物を作ってる間に雷が仕上げてくれた……という感じで、結局すべての料理に小松菜が入ることになった。

 

 それぞれお盆に載せて、みんなの所に持って行きましょう。

 

「お待たせー。小松菜と豚肉の炒め物に、小松菜とじゃこの混ぜご飯。小松菜と油揚げのお味噌汁で小松菜づくしだ」

 

 大皿にどっかりと盛り付けた炒め物をテーブルの中央に置くと「おー」と歓声があがった。まぁ、それだけじゃなくて、料理全部に小松菜が使われていることに対してというのもあるのだろうけど……

 

「すごいね……僕はおひたしと味噌汁くらいかと思ってたんだけど……こんなにいろいろあるなんて」

 

「この匂い絶対美味しいっぽい!」

 

「早く食べたい!島風が取り分けちゃうね!」

 

 島風が気を利かせて小皿に取り分けていく。これは自分で言ってたみたいに早く食べたいってのもあるんだろうな。でも、自分の分だけじゃなくてみんなの分も取り分けるっていうところがいい子だよね。

 

「んー、小松菜シャキシャキ、お肉プルプル!ご飯が進むわ」

 

 さっきのおひたしの時は恐る恐るといった感じで食べていた暁も、これは積極的に箸を動かしていた。そんな姉に向かって雷が言葉をかける。

 

「作り方は教わったから、こんどおうちでも作ってみるわね。それにこのご飯はおにぎりにしてもいいって聞いたから、お弁当のレパートリーがまた増えたわ」

 

「やった!雷ちゃんのお弁当は美味しいから、うれしいのです!」

 

 へぇ、雷はお弁当も作ってるんだ。大変だね……そんな感じで見つめていたら、何を考えているのか顔に出ていたのか、雷は「たまーにね」と苦笑いを向けてきた。でも、たまにだとしても電のあの笑顔を見れば、ちゃんと作ってるんだろうなって感じるよ。

 

「ごちそうさま。マスター、おいしかった」

 

 すっかり食べ終わって、時雨が発したその言葉に他の皆も「ごちそうさまでした」と続けた。みんな満足そうな顔をしているけど、実はもう一品あるんだな……。

 

「はい、頑張ったみんなにサービスのデザートだ」

 

 そう言いながらカウンターに隠しておいた、自家製レモンシャーベットを配っていく。もしかしたらお腹いっぱいかな?なんてことも考えたけれど、みんなの目の輝きを見ればそんなことは心配なさそうだね。

 

 あ、ちなみにアイスには小松菜は入れてない……レモネードに使っているレモンシロップを使って作ったシャーベットだ。と言ってもアイスクリームメーカーに材料を突っ込んでスイッチを押しただけなんだけどね。

 

 そんな彼女たちのうち、近くにいた時雨にちょっと話を振ってみた。

 

「そういえば、結構な量が収穫できたみたいだけど、そんなに広い畑を作ったの?」

 

「うん……広いかな。といっても始めは今の半分くらいのつもりだったんだけどね……教えてくれたおじいさんと……なんというか、長門管理艦が張り切ってしまってね」

 

 なんてことを頭をかきながら話してくれた。それにしても長門さんがねぇ……

 

「おじいさんに教えてもらいながら、僕たち駆逐艦だけで一番初めの土起こしをやっていた時に、長門さんが様子を見に来てくれたんだけど……いつの間にかおじいさんと意気投合していてね。僕たちがやっていたのと同じ面積の畑を一人で作っていたんだよ……『御老台と話をしていたら、盛り上がってな。つい体が動いてしまった』なんて言ってたかな」

 

「あの時の長門さん、すっごい速かった……でもでも、次は島風も負けないんだから!」

 

「いやいや島風、あのスピードはビッグセブン級の馬力が無いと出せないと思うよ……残念だけど」

 

「っていうか、長門さんツナギで来てたわよ。あれは最初からそのつもりだったと思うわ」

 

 時雨の話に島風と響も加わってきた。そして暁はなかなか鋭い指摘をしている。ツナギの長門さん……ちょっと見て見たいかも。

 

 とまぁそんなわけで、せっかくだからということで当初の倍の面積で作ることになったらしい。ただ、研究施設から貰ってきた種が小松菜のものだけだったので、大量の小松菜を育てることになってしまったとのことだ。

 

「いやぁ、あの時は余らせる前提でたくさん種をもらっていたんだけど、まさか全部使い切る羽目になるとはね……さすがにちょっと僕も焦ったよ」

 

 そのせいでというか、おかげでというか、これだけたくさん作れたのか。にしても畑を耕す長門さんか……いまひとつ想像できないな。

 

 と、そこで雷が思い出したように暁に話しかけた。

 

「あ、そうだ。山の農場は行ってきたの?あっちの部長さんにもお世話になったんだからちゃんとお礼言ってこないと」

 

「わかってるわ。そっちは明日吹雪たちが行く予定よ。あっちで主に動いてたのあの子たちだから」

 

 そんな役割分担もしていたんだね。まぁ、なんでもかんでもリーダーがやるって訳じゃないよね。というか今の雷のセリフは……

 

「なんだか雷ちゃん、お母さんみたいなのです……」

 

「ひどーい!そんなことないわよね?ねぇ、マスター……あれ?聞いてるー?」

 

 電がみんなの気持ちを代弁して、俺が雷から目をそらしたところで、店内は大きな笑いに包まれた。

 




今回の子達には和食でいったので
残りの子達は洋食で行こうかと思います

というか、長門は何をやっているのでしょうか……



お読みいただきありがとうございました


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四十一皿目:初収穫の味3

これで小松菜編終了です
まさか小松菜だけでここまで引っ張るとは……なんかすみません


 さてと、今日は吹雪達が来るんだったな。確か午前中は任務から帰ってきたばかりだから、夜来るんだっけ?

 

 にしても、今日は何作ろうかな……昨日は和食だったから、今日は洋食にするつもりだけど……基本的にはほうれん草と同じように使えるから、それで考えてみるか。と、思いついたメニューをメモに書き出していく。

 

「それが今日のメニューかしら?」

 

「うん、こんな感じで行こうと思うけど、どう思う?」

 

「へぇ、こんなのも作れるのね、おいしそうだわ。何か手伝えることがあったらどんどん言ってちょうだい」

 

「ありがとう」と接客を雷に任せて、あまり忙しくない夕方の今のうちに、下ごしらえを済ませてしまうことにする。

 

 ちなみにうちの店で一番忙しいのは、当然ながら十一時から十三時までのランチタイムで、この時間は料理の注文が多いうえに、回転も早いのでかなり忙しい。その次は八時から十一時までのモーニング。料理はそこそこ出るものの、朝定以外はトーストなどの簡単なものが多いので、そうでもない。

 

 そして、午後の営業はというと、十五時に休憩を終えてからは、お茶と作り置きできるデザートをゆっくり楽しむお客さんが多くて回転もゆっくりなのと、料理はたまに遅いお昼を食べにくる人がいるくらいで、あまり出ることは無い。

 

 そして、実は夜の時間帯が一番暇だったりする。というのも、通常営業ではお酒を出さないということもあってそういうお客さんは来ないし、晩ごはんも家で家族と食べる人が多いからね。うちの店に食べに来るのは、独り身の研究者さんか自衛官さん、後は艦娘の子達がほとんどだ。

 

 という訳で、今も遅いお昼を食べ終えた研究者さんが何人かと、のんびりお茶を楽しんでいる商店街の奥様方くらいしかいない。あの奥様方も、そろそろ帰って晩ごはんの支度を始める頃合いだろう。

 

「マスター、今は何を作ってるの?」

 

 とりとめもないことを考えながら鍋をかき混ぜていたら、お客さんがいなくなって暇になったらしく、雷が作業を覗きに来た。そんな雷に、ほぼほぼ完成していた鍋の中身をスプーンですくって渡してみる。

 

「なあに?あ、さっきのメモに書いてあったスープ?……うわぁ、なめらかでクリーミーで……おいしい!」

 

 そう、今作ってたのは小松菜のポタージュだ。

 

 刻んだ小松菜と、じゃがいもをバターで炒めてからブイヨンを加えてくたくたになるまで煮たらミキサーにかける。それを裏ごししながら鍋に移し、牛乳を入れて塩・コショウで味を整えたら出来上がり。あとは出すときに器に入れて生クリームを少し垂らす。

 

 俺も一口味見をしてみるが、うん、いい出来だ。美味しくできているのを二人で確認して顔を見合わせてニヤニヤしていると、ホールの方から声が聞こえてきた。

 

「こんばんわー!マスターさんいらっしゃいますか?」

 

 お、吹雪達が来たみたいだ。とりあえず雷にお冷なんかは任せて、最初の一品目をすぐに持っていける状態にしてから顔を出すことにする。

 

「やあ、いらっしゃいみんな。待ってたよ」

 

「店長さん、私達が作ったお野菜、すごくおいしくしてくれるって暁ちゃん達に聞きました!」

 

「店長殿、今日はよろしくお願いします」

 

「今日も期待してるからね!」

 

 俺が顔を出すと、白雪や不知火、叢雲が声をかけてきた。ほかの子達も早く食べたいというようなまなざしでこちらを見ていた。まぁ、期待して待っててよ。

 

「今日は昨日とはまた違った料理を用意してるんだけど、まずはやっぱりシンプルにおひたしで食べてもらおうかと思う」

 

 そう言って雷に目配せをして持ってきてもらう。小鉢に入ったそれを一人一人の前に配膳し、どうぞと声をかけるとそれぞれ手を合わせて箸を伸ばしていく。

 

「これうまぁ、お出汁がええ味出しとるわぁ」

 

 黒潮のそんな感想の横で、一人箸を伸ばすのをためらっている子がいた。あれ?舞風って野菜食べられなかったっけ?

 

「なんや、舞風。苦手なんか?」

 

「うん……菜っ葉系がちょっと……でも暁も食べたって言うし……はむっ!」

 

 お、食べた。どうだ?

 

「うっ、にが……くは無いけど、やっぱりこのクセはちょっと気になるかも……」

 

 ま、しょうがないか。でも、次の品は大丈夫だと思う……だといいな。それじゃぁ、雷に手伝ってもらって持ってこよう。

 

「お次は小松菜とじゃがいものポタージュスープだ。これはそこまでクセは気にならないと思うよ?」

 

「うん……いただきます。あ、おいしい……おいしいよマスター!」

 

 ふふふよかった、他の皆もほっとしたみたいだ。さっき味見した雷もうんうんと頷いている。

 

「なめらかで、濃厚で……青臭さはほとんど感じないけど、小松菜が入ってるのは分かる……おいしい」

 

 無表情でどう思ってるかわからなかった初雪もそんな風に感想を言ってくれた。そしてもう一人、無表情な子がいるんだけど……不知火の場合は前に手伝ってくれてた時になんとなく読み取れるようになってたからね。今の顔は美味しくて顔が緩みそうになるのを我慢してる顔だ。

 

 それじゃ次の料理を作ろう。次はある意味定番ともいえるんじゃないだろうか?小松菜とベーコンのバター炒めだ。

 

 バターを溶かしたフライパンでベーコンと小松菜の茎の部分を炒めていく。それぞれ火が通ったところで葉っぱの部分を加えてしんなりするまで炒めたら味を見て塩・コショウを振って、お皿に盛って粉チーズを振りかけて出来上がり。バターとベーコンの塩気があるから、コショウだけでもいいかもしれないね。

 

「はいどうぞ、バター炒めにしてみたよ」

 

「うわぁ、ええ匂いじゃね!この組み合わせは外れようがないわぁ」

 

 確かに、ベーコンにバターが合わさったら大体どんな野菜でも美味しくなる気がする。案の定、みんなのフォークの動きも早くなった気がするよ。

 

 では、そのバター炒めがなくならないうちに、次の料理だ。次は今日のメイン、小松菜のパスタだ。

 

 この小松菜のパスタ、ぶっちゃけどんな味付けでも美味しいと思う。醤油で和風にしてみたり、トマトベースで作ってみたり、もちろんほうれん草みたいにクリームソースにしても美味しい。そんな中で今日はオイルベースで作ることにした。

 

 まずはオリーブオイルでニンニクと鷹の爪、刻んだアンチョビを熱していく。香りが移ったところで小松菜の茎とほぐしたしめじを加えて炒める。火が通り、パスタが茹で上がる直前で小松菜の葉とパスタのゆで汁を加えてソースを乳化させたら、パスタを入れて良く絡めて出来上がり。

 

「おいしそう。持ってっちゃうわね!」

 

 雷が持って行ってくれている間に、自家製のロールパンをバスケットに入れて持って行く。これは普通のパンだけど、ペーストにしてパンに練り込んでも良かったかも。ほうれん草を練り込んだパンとかたまに見るし。

 

 バスケットを持ってみんなの所へ向かうと、何やら不知火に視線が集中していた。こちらからは不知火の背中しか見えないのでどうしたものかと思って席まで行くと、俺に気づいて声をかけてきた。

 

「あぁ、店長殿。やはり店長殿の料理はおいしいですね。雷さんが羨ましい……」

 

 微笑みながらそう言ってくれた不知火に、こちらも「ありがとう」と笑顔で返す。すると周囲の驚きが更に深まったように感じられた……え?今の何かおかしかった?

 

「不知火さんのあんな自然な笑顔初めて見ました。お料理を口に入れた瞬間、ふわっと優しく……」

 

「ええ、それにマスターに話しかける時も優しく微笑んだままで……あなた、普段からその方が良いわよ」

 

 俺の疑問に答えてくれたのは吹雪と叢雲のつぶやきだった。確かに不知火の笑顔はかなりレアだからね……でも妹さんたちは見たことないってことは無いでしょ?

 

「そうじゃねぇ、普段から一緒にいるとたまに笑ってくれるんじゃけど……」

 

「まさか、他の人の前でそんな表情するとは思わんかったわ。なんやちょっと『じぇらしい』感じるわぁ」

 

 黒潮はおどけるように言ったが、結構真面目に驚いているみたいだ。そんなみんなの反応に、不知火は「不知火に何か落ち度でも?」と澄ました顔でパスタを巻いていた。いや、落ち度はないんだけど……ね。というか、個人的には初雪までもが驚いた表情をしてたことに驚いたんだけど……

 

 と、そんな一幕もありつつ、一通り食べ終わったところで、彼女たちにももちろん用意してあります。

 

「はい、食後のデザート。サービスのレモンシャーベットだよ」

 

「……待ってました」

 

「やったぁ!なんかテンション上がって踊りたく……」

 

「……舞風、店長殿にご迷惑がかかります。やめなさい」

 

 いやぁ、昨日の子達もそうだけど、やっぱりみんな女の子なんだね。甘いものでこんなにテンション上がるとは……あ、でも店内で踊るのは勘弁ね。

 




駆逐艦たちの初収穫のお話でした。

これを書くのに色々レシピを調べていたのですが
いやぁ、どれもこれもおいしそうで……



お読みいただきありがとうございました


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四十二皿目:鎮守府島のバレンタイン

今回は料理描写が無い上に、かなり短いです。
バレンタインって今日だっけ?って程度の認識しかなかったもので……すみません


「ほい、チョコレート」

 

「おう、サンキュー」

 

 いつものように朝食を食べに来たさくらから渡されたそれを、何の気なしに受け取ってしまったけれど、これって結構高級品なんじゃないの?

 

「ふっふっふ。色々と伝手があるのだよ……というか秀人だって製菓用にチョコとかココアとか仕入れてるじゃない?似たようなものよ」

 

 はぁ、なるほど。つってもチョコみたいに原料を輸入に頼っていたものに関してはいまだに価格が高いままだからな。ちょっとドキドキしてしまう……俺たちがガキの頃はこの離島でさえ数十円で買えるようなものもあったのに……

 

「そうか、今日はバレンタインか。最近じゃチョコを贈る方が珍しいらしいけど……ありがたく頂くよ」

 

「うん、ありがたく頂いてちょうだい。つっても、実はうちもその原料の輸送に一枚噛んでてね。割と安く買えたりするから、あんまり気にしなくていいわよ。実際小売価格はまだ高いけど、原価はかなり下がってるらしいから、このバレンタインが終わったあたりで小売価格も下がってくるんじゃないかしらね」

 

 へー、護衛任務かなんかにそう言うのがあるのかな。そういや最近遠距離の護衛任務でしばらく島を離れるなんて子が何人かいたけど、関係あるのだろうか。

 

「そうそう、うちの子達もなんか用意してるみたいだったから、後で持ってくるかもね。ねー雷?」

 

「あー!だめよ司令官。内緒なんだから!」

 

 ふーん、へー、ほーぅ。いや、別に気にならないこともないというかなんというか……ごめんなさい、すごく気になります。これなら黙っててくれた方が良かったよ……くそぅ、さくらの奴め。

 

「じゃ、そう言う訳で私はそろそろ行くわねー……鼻の下伸びてるわよ」

 

 最後にそんなことを言い放ってさくらは出ていった。

 

 その後気を取り直して営業を行っていたわけなんだけど、例によってうちの店でもバレンタインフェアというのを行っている訳で……うちの店ではココアシフォンケーキとチョコクリームのミルクレープを出している。

 

 実はこの二つは普段から置いている物ではあるが、さっき話したような事情によって他の商品よりもいくらか値段が高めになっている。それを本日限定で値下げして販売しているという訳だ。

 

 そしてこれがまた結構なペースで注文が入っている。午前中はそうでもなかったのだが、午後になって、いつものご婦人方や研究施設の女性陣。そして暁や熊野さんなんかの艦娘も何人か食べに来ていた。

 

 艦娘の子が来るたびにお互い意識してしまって、なんとなくソワソワしてしまったが、結局何事もなく夕方になってしまい、今日はもうあと何人もお客さん来ないだろうなと思っていた時だった。

 

「ヒデトサーン!こんばんはデース!」

 

「店長おじゃましまーす」

 

「おう、いらっっしゃ……い?」

 

 金剛さんと川内がやってきた……大きな段ボールを抱えながら……何を持ってきたのかと首をかしげていると、金剛さんが「ふっふっふー」とニヤニヤしながら差し出してきた。

 

「ヒデトサンにpresentネー!Happy Valentine……な、Chocolate持ってきたヨー!」

 

「鎮守府の皆から店長にって。ね、ね、開けてみて!」

 

 差し出されたそれを受け取って、恐る恐る開けてみると……お?おー!これは!

 

「ココアパウダーと、製菓用チョコレートか!ってこんな高級品貰っちゃっていいの?」

 

 そこにはうちで取り扱っている物よりもランクが上のココアパウダーとチョコレートが入っていた。

 

「今回は、鎮守府の皆で少しずつお金を出して買いマシタ。ヒデトサンはこっちの方が喜んでくれるんじゃないかって……」

 

「うちに護衛依頼をしてくれる業者さん……って言っても軍を通してだから直接会った事は無いんだけど、そこがカカオの取り扱いもやっててさ。提督を通して相談してみたら、かなりお買い得にしてくれたんだ……私達でも買えるかどうかを聞いただけのつもりだったんだけどね」

 

 二人とも照れくさそうに頬を掻きながらそう説明してくれた。いやほんと嬉しいよ……確か密閉して冷暗所に置いとけばかなり持つよな。ホワイトデーはこれで何か作らなきゃ。

 

 それにしても、これを手に入れられるとは流石軍の伝手……朝さくらから貰ったチョコもこれか……。

 

「とりあえず、なにか食べていく?こんないい物貰っちゃったし、サービスするよ?」

 

「Sorryヒデトサン。今日はこれで帰ります……非常に残念デスガ……」

 

「うん、今日はこれを届けに来ただけだから。それに一応みんなからって事だし私達だけサービスしてもらうのもね……」

 

 まあそれもそうか。でもお茶くらい飲んでいっても罰は当たらないと思うんだけど……と思っているうちに、二人はそそくさと店を出ていった。帰り際俺の隣にいる雷を気にしているようだったけど気のせいだろうか。

 

 そんな風に思いながら雷を見てみると、腰に手を当てて満足そうに仁王立ちをしていた。

 

「あはは、あの二人は届けるだけが役目だったのよ。それ以上は……と言っても、お茶くらいは飲んでいっても構わないと思うのだけれどねぇ?」

 

 俺の視線に気づいて、慌てて何かをごまかすように早口になっているように感じたが、雷のセリフに「そんなもんか」と一応納得しておくことにした。

 




という訳でどんな乙女協定があったのかはご想像にお任せします

とりあえず言えるのは
金剛のバレンタインボイスは
『な!』の言い方が可愛いと思います



お読みいただきありがとうございました


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四十三皿目:緊急事態!?

今回はみんな大好きなあの子を登場させて
ちょっぴり物語を動かしたいと思います


「ふぁ、あーぁ……いい天気だねぇ。散歩日和ってやつだね」

 

 店休日の今日、特にやることも無かったのでその辺を散歩しながら新しい料理のネタでも考えてみる。

 

 今の時期魚だと何だろう……金目か、カレイ。ヒラメも美味いな。煮付けに焼き物、金目のしゃぶしゃぶとかどうだろうか?肉だとやっぱり煮込み系かなー、シチューも美味いし……あータンシチュー食べたいかも。うん、今度作ろう……

 

 そんな感じでくだらないことを次々と、脈絡もなく考えながら商店街を歩いていく。この後帰ったら何か作ろうかなと思いながら、ちょこちょこ店を覗いては気になったものを買っていると、いつの間にか買い物バッグがいっぱいになっていたので、商店街を抜けて海岸通りを通って店へと戻ることにした。いや、いつの間にかとか言ってるけれど、ちょっと買い過ぎたかも……

 

 ちょっと反省しつつ、海岸通りから見える大海原を眺めて現実逃避だ。

あぁ、日の光を受けてキラキラ光る水面がきれいだ……そして穏やかな波に揺られて砂浜に打ち上げられる黒いビーチボールが……。

 

「ん?ビーチボール?こんな時期に?」

 

 夏場ならともかく、こんな時期に波打ち際でボール遊びなんてそうそうしないと思うんだけど……なんとなく気になるので、ちょっと見に行くか。どっかから流れ着いてきたのかもしれないし、ゴミなら捨てないとね。

 

 そう思って砂浜に降りて、よくよく見てみるとどうもテカリ具合がビニールの感じとは違う気がする。なんというかこう……生々しい感じだ。

 

「えぇー……なにこれ……なんか水棲生物的な感じ?」

 

 さすがに素手で触る勇気は無かったので、近くに落ちていた木の枝でつついてみる。

 

――ビクッ

 

「うぇっ?動いた?」

 

 枝の刺激に反応したと思ったら、急に飛び上がって口らしきものを開いてこちらを襲って来る……かと思ったが、そのまま力が抜けたように落ちてしまった。

 

「もしかしてお前、弱ってるのか?」

 

 初めて見るその謎生物が何なのかはわからないが、大体の予想はつく。ただ、艦娘や妖精さんである程度耐性ができていたのか、それともあまり現実味がなかったせいか、驚きはしたものの弱っていることへの心配の方が先に来ていた。

 

 砂浜に力なく転がるソレを拾おうとして手を伸ばすと、ソレはふらふらと浮かび上がり俺の背後へ回って、ぐいぐいと背中を押し始めた。

 

「どっかに連れて行こうってのか?……わかったよ。案内してくれ」

 

 そしてソレに連れていかれた岩場の陰には、モノトーンの少女が横たわっていた。

 

「見た目は女の子だけど……人とも艦娘とも違う……となると、まさかなぁ」

 

 その女の子に近づいて様子をうかがうと、外傷も特に見当たらず気を失っているだけのようだ。その事にほっとしたところで、ここまで案内してきたビーチボールもどきを見ると……。

 

――オネガイ

 

 そんな声が聞こえた気がして、ソレは光の粒子になって消えていった。

 

「お願いって、まぁこの子のことだよなぁ。話ができるかどうかもわからんけど、とりあえず連れて帰るか」

 

 そう思って彼女を背負い、店へと戻ることにした。

 

 ひとまず彼女を休憩室に寝かせておいて、自分の昼飯の準備を始めることにした。料理をして一旦落ち着こう……というわけで、休みの日の簡単お昼と言えばやっぱりコレ。チャーハンでしょう。

 

 レタスが中途半端に残っていたので、これとハムでレタスチャーハンにしよう。

まずはカンカンに熱した中華鍋に油を馴染ませ、溶き卵を投入。サッとかき混ぜてすぐにご飯も投入。お玉の底でガッガッと押し付けるようにして卵と混ぜたら、刻んだねぎとハムを入れて大きく煽りながら混ぜ、ガラスープの素・塩・コショウ・醤油で味をつける。最後に短冊に切ったレタスを入れて混ぜたら出来上がり。レタスは予熱で火を通してシャキシャキ感を保った仕上がりだ。これを『二つ』の皿に盛り付けていたところで、休憩室の方から「クゥー」とかわいらしい音が聞こえた。

 

 どうやら、味付けをし始めたあたりで気が付いたらしく、こっちを覗いてる気配がしてたんだよね。おいしそうな匂いに釣られたんだろう。そして、休憩所の入り口の方を見ると、案の定頭だけを出してのぞき込んでる姿が見えた。

 

「お腹すいてるだろう?一緒に食べよう」

 

 そう言いながら手招きをすると、頷いてはくれたものの、おっかなびっくりといった感じでこちらへとやってくる。

 

 ちょっと高めの椅子を作業台の前に置いて座らせ、レンゲ……は食べにくそうだから、スプーンを渡してあげる。

 

 スプーンに慣れていないのか、上手持ちで握ると首をかしげてこちらを見てきたので、彼女の後ろに回って手を添えながらチャーハンをすくう。

 

「はい、あーん」

 

 と言いながら、つられて開けた口にスプーンを運ぶと、何回かもぐもぐした後で驚いた顔で上を向いて、俺の顔を見てきた。ふふっ、おいしいと思ってくれたみたいだね。

 

「お替りが欲しかったらまた作るから、ゆっくり食べるんだよ」

 

 と言うが早いか、彼女は「ガツガツ」という表現がぴったりなスピードでチャーハンを食べ始めた。それじゃ、俺も食べますかね。

 

 よほどお腹がすいていたのかすぐに一人前を食べ終えて、こちらにお皿を差し出してきた。はいはい、お替りね。今作るから待っててね。

 

 結局その後もう一回お替りをした彼女はお腹いっぱいになったせいか、お皿にまだ少し残っていたがスプーンを握ったままうとうとし始めてしまったので、子育てってこんな感じなのかなぁなんて思いながら、彼女を抱えて自宅部分へと連れていき、ベッドに寝かせた。

 

 それから俺は道具の手入れをしたり、明日の仕込みをしたり、夕ご飯も彼女の分を作ったりしたのだけれど、俺が寝る時まで起きることは無かった。

 

 ベッドは一つしかないので同じベッドに入ることになったが、俺が布団に入ると彼女は、誰かが近づいてきたのを感じ取ったのか手を動かして、ひっしと抱き着いてきた。そんな彼女のきれいな白い髪を撫でながら、俺も寝ようかと目を閉じたところであることに気が付く。

 

「そう言えば、名前聞いてなかった……っていうか、これさくらに報告しないとまずいんじゃないの!?」

 

 今さらながらに事の重大さを思い出した。初めて見るけど、この子は十中八九例のアレのお仲間だよね……可愛らしいけど。

 

 思わず体を起こして頭を抱えると、彼女は身じろぎをしてこちらに手を伸ばしてきた。

 

「まぁ、いいか。どうせさくらは明日の朝も食べに来るだろう。その時に話をすればいいか。雷にも話をしておかなきゃな……」

 

 とりあえず今日はもういいや。明日のことはその時考えよう……間違いなく怒られるだろうけど……なんであそこに倒れていたかとか色々気になることも多いけど、こうなったらなるようになれだ。幸い危害は加えてこないみたいだし、大丈夫だろう。

 

 そんな何の根拠もない半ば諦めのような気持ちを、彼女の頭を撫でることでごまかして、眠りにつくことにした。

 

 

 

 そして夜が明けて……。

 

「ねぇ、マスター。その子どうしたの?」

 

「……拾った……」

 

「ひろっ!そんな犬や猫じゃないんだから!それにあなたもマスターから離れなさい!」

 

「……イヤ……」

 

「むー……マスター!今日は臨時休業!それと緊急招集かけるから、大人しくしててよね!良い!?」

 

「はい……」

 

「ワカッタ……」

 

 頭を抱えた雷がスマホを取り出し連絡を取り始める……こりゃぁ、思った以上にやばいかも?ちょっと色々気合入れた方が良いかもな。

 




名前は出てませんが、皆さまご想像の通り?のあの子です

という訳で、次回からは新展開に入るので
長かった『Menu-3:鎮守府喫茶の日常』は終了
次回からは『Menu-4』でお願いします

お読みいただきありがとうございました


それと……
なんと二人の方に推薦文を書いていただきました
『F35B』様『ゼルガー』様ありがとうございます!


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Menu-4:『喫茶 鎮守府』の日常+(プラス)
四十四皿目:謎の少女の正体は?1


謎の少女の正体が明らかになるみたいですけど……



「あ!おはよう司令官、雷よ……うん、早くにごめんね。そう、緊急事態。深海棲艦がらみ……いいえ、危険は無いわ……うん、お店……とりあえず、金剛さんと加賀さんを連れてきて欲しいの。長門さんは……鎮守府の方を見ていてもらった方が良いかしら……」

 

 うーむ、険しい表情で会話が続いているな……雷からは大人しくしていろと言われたが、さてどうしたものかねぇ?と、そんな感じでこちらを不安げに見つめる謎の少女と目を合わせ、頭を撫でる。

 

「あー、あとうちの暁も呼んでくれるかしら?私が電話してもいいけど、司令官から言ってくれた方が良いかもしれないわ……うん…………わかった。待ってるわ」

 

 途中でこちらを見ながら話をしていた雷だったが、ようやく話が終わったようだ。

 

「えーっと、なんかすまん」

 

「いいのよ、これくらい。それに最初は驚いたけれど、見た限りだと危険は無いみたいだし……」

 

 よかった。とりあえずは落ち着いてくれたみたいだ。と、ここで俺の腰に引っ付いていた少女が、コックコートの裾を引っ張った。何事かと彼女を見ると、

 

「オナカスイタ……」

 

 俺のことを見上げながらそう言ってきた。そっか、昨日は結局夜ごはんも食べないでずっと寝てたからね……そりゃお腹もすくよね。

 

 彼女の言葉に俺と雷が顔を見合わせ、雷もふっと険しかった表情を緩めて言った。

 

「そうね、私も朝ご飯食べてないし、お腹がすいたままじゃ考えもまとまらないわ」

 

「よし、それじゃ何か作ろう。っとその前に臨時休業のお知らせを書かなきゃね」

 

「それなら、私が書いておくわ。マスターはお料理の方をお願い」

 

 そう言って雷がレジの下の棚からマジックを取り出してイーゼル黒板に書き始めたのを見て、俺は厨房へと向かった。謎の少女も後ろからついて来ようとしたのだが、それを雷が止める。

 

「あなたはこっちで一緒に待ってましょう。お姉さんに少しお話聞かせてくれるかしら」

 

 雷の言葉を聞いて、少女は少し不安げな表情でこちらを見たが、笑顔で頷いて見せると、雷の所へと歩いていった。

 

 さてと……今日は普通に営業するつもりだったからな……細かい仕込みは雷が来てからと思ってまだあまりやってなかったけど、パンは結構作っちゃってあるんだよね。とりあえず食べきれない分は冷凍に回すか……鎮守府の皆に訳を話して協力してもらうか。

 

 ひとまず、今食べる分の朝ごはんは、たくさんあるロールパンでロールパンサンドにしようかな。

 

 そうと決まれば、さっそく中に挟む具材を作ることにする。あの子は昨日の夜を食べてなくてお腹すいてるだろうから、ちょっとガッツリ系も考えよう。それにさくら達も後から来て食べるかもしれないし、多めに作っておこうか。

 

 まずは定番の卵から。卵フィリングはシンプルに作る。ゆで卵を、食感を残すようにフォークで荒くつぶしたら、マヨネーズ・塩・コショウで味をつける。マヨネーズだけだとちょっとぼやけた感じになってしまうので、塩とコショウで引き締める。

 

 そして卵でもう一つ。同じくらいの大きさにみじん切りにしたベーコンと玉ねぎをバターで炒め、ベーコンに火が通ったところで溶き卵を投入、スクランブルエッグにしていく。

 

 大きくかき混ぜながらしっかりと火を通して、最後に塩・コショウで味を整えたら出来上がり。柔らかい卵の食感とカリッ、ジュワッっとしたベーコンの食感、脂の旨味が美味しい。

 

 お次はツナフィリング。薄くスライスした玉ねぎを水にさらして辛味を抜いたら、油を切ったツナと合わせて卵と同じようにマヨネーズ・塩・コショウで味を整えれば完成だ。

 

 後は、ちょっと重めの物として焼き肉に自家製ドレッシングを絡めたものと、玉ねぎとピーマンで作ったシンプルなナポリタン。そのほかレタスやキュウリ、ハムやチーズなどそのまま挟むものや、焼いたウインナーも用意した。

 

 それぞれお皿に入れて、切れ目を入れたロールパンと一緒に持って行く。後は好きなものを挟んで食べてもらおう。

 

 っていうか……結構用意したけど、食べてくれるよね?向こうに持って行ったらバトってるとかないよね?と、一瞬考えてしまったけれど、軽く気合を入れなおして持って行く。

 

「お待たせ―、このパンに好きなものを挟んで食べてね」

 

「はーい!待ってました!」

 

「マシター!」

 

 ……あれ?……なんか仲良くなってる?

 

 二人で並んで手を挙げながら、待ってましたと声を上げてくれた。すると、驚きで呆けた顔をしてるだろう俺を見て、雷がクスっと笑って説明してくれた。

 

「大丈夫よマスター。ちょっと話を聞いたら、色々あるみたいだけど敵ではないわ……ねー、ほっぽちゃん」

 

「ウン!」

 

 はぁー……何があったかは分かんないけど、仲良くなったのなら良かった。それに彼女の名前はほっぽちゃんっていうのか。やっと知ることができた。

 

 それでは、ほっとしたところで朝ご飯にしよう。俺がそう言って手を合わせると二人も手を合わせて笑顔を見せてくれた。

 

「いただきます!」

 

「イタダキマース!」

 

 そのほっぽちゃんがまず手を付けたのは卵フィリング。スプーン一杯に乗せてパンに挟みこんでいく。嬉しそうに挟んでいってるけどそんなに挟んだらかぶりついた時にこぼれるよ。

 

「あーあー、ほっぽちゃん。口元に卵がついちゃってるわよ……ほら、拭ってあげるからこっち向いて」

 

 そんなほっぽちゃんを見かねて雷がおしぼりで口元を拭ってあげる。なんというか、さすがだね。

 

「イカヅチ、アリガト」

 

 と、その時だった。店の扉が勢いよく開けられて……。

 

「秀人、雷どういう事!?」

 

「あ!何してるデース!」

 

「……離れなさい」

 

……あ、結構来るの早かったね。

 




皆さんお察しの通り、ほっぽちゃんの登場です

最後に鎮守府組が到着しましたが、さてさて……

新章タイトル大して変化無くてスミマセン
結局のところ、日常には変わらないかなぁと

お読みいただきありがとうございました


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四十四皿目:謎の少女の正体は?2

お久しぶりです!




 さて、状況を整理しよう。

 

 朝食を食べているところで、三人が店に入ってきた。それもかなりの勢いで。それに驚いたほっぽちゃんが椅子から立ち上がり、三人から距離を取ったのを見て、俺と雷もほっぽちゃんのそばに駆け付ける。まだ何の説明もしていない状況で彼女を見たら、そりゃ危ないから離れろってことになるよね。

 

 とりあえず、ほっぽちゃんをかばう様に前に立って、金剛さんと加賀さんに向かって「落ち着いて」と両手を前に出すジェスチャーを行う。

 

 俺のその様子を見て、とりあえずすぐに向かってくる様子はないけれど、金剛さんと加賀さんはいまだ険しい表情で俺たちの目の前に立っている。

 

「艤装はありませんガ、刺し違えてでもお守りシマス!」

 

「ええ、私に金剛、雷も居ますし。いくら姫級とは言えお互い艤装なしですから……いけます」

 

 様子見と言った感じで、飛び掛かるという訳ではないけれど、じりじりと近づいてきている……あー、雷が安心させるようにほっぽちゃんの頭を撫でているのを見れば大丈夫だと思ってもらえるんだろうが、死角なのか目に入ってないのかはわからないけど、見えてないみたいだ。

 

 と、流石にその様子を見かねてか、さくらが口を挟んだ。

 

「落ち着きなさい二人とも。多分この子は大丈夫よ……ね、雷」

 

「そうね、司令官。さっきこの子と少しお話したけれど、敵とは思えないわ……」

 

 さくらも店に入ってきたとき驚きはしたものの、金剛さんや加賀さんほどの警戒心は抱いていなかったように見えた。雷から電話で話を聞いていたのかもしれないが、それだけじゃなく何か知ってることがあるのかもね。とりあえずここは一旦落ち着いて話を進めようじゃないか、お二人さん。

 

 さくらの言葉と雷の様子を見た二人が話を聞く雰囲気になったところで話しかける。

 

「とりあえずみんな座らないか?朝ご飯も途中だし良かったら一緒に食べよう。それにこの子とは一晩一緒にいたけど、何にも危ないことなんてなかったから大丈夫だよ」

 

 そう言って、三人をテーブルへ促す。すると、金剛さんと加賀さんは顔を見合わせると一つ頷いて、素早く席へ座ってこちらを見つめて来る。

 

「さぁ、ヒデトサン。席に着くデース」

 

「お話を聞かせていただけますね?店長さん」

 

 ん?なんかさっきとは違った感じで視線が鋭くなっているけど……ま、話ができる体制になったということで、良しとしよう。ただ……もう少し穏やかになってもらうために、お茶を入れようと思うので、皆には先に話を進めておいてもらおう。

 

今も不安そうにこちらを見上げているほっぽちゃんをひと撫でして、雷に預けてカウンターへと入る。その間際にさくらに目を向けると、理解してくれたように頷いて皆を促してくれた。よし、あっちは任せて大丈夫そうだね。

 

というわけで、これから淹れるのは紅茶の中でもリラックス効果が高いとされているフレーバーティー、アールグレイだ。

 

 あちらはさっそく話を始めたみたいで「深海棲艦」とか「軍上層部」とか物騒な言葉が聞こえてくるけれど、なるべく聞かないようにしながら紅茶を淹れることに集中する。さっき先に座った二人は俺が席につかずにお茶を淹れはじめたことで、チラチラこちらを気にしているけれど一応さくらの話は聞いてるみたいだ。

 

 と、ここでお湯も沸いたので、ぼこぼこと沸騰するお湯をティーポットに勢いよく注ぎ、茶葉を大きくジャンピングさせる。するとアールグレイ特有の爽やかなベルガモットの香りが広がった。

 

 テーブル席の方にも香りが届いたらしく、紅茶好きの金剛さんが「良い香りデース」と反応しているのが聞こえてきた。

 

「はい、どうぞ。これでも飲んで落ち着こう」

 

「ンー、おいしそうなアールグレイデース。ヒデトサンありがとうございマス。でも、もう彼女が安全なのはテートクから説明を聞いたので大丈夫デスヨ。安心してくださいネ」

 

「ええ、どうやら我々も知らされていない事実があったようで……でも、店長さんのお心遣いはありがたく思います」

 

 そっかそっか、それなら良かった。

 

「じゃあとりあえずこれからどうするのかを聞かせてもらおうかな。彼女が深海棲艦の仲間らしいのは分かってるけど、ぶっちゃけ俺たちからしてみれば危害を加えてこないというのなら、艦娘と変わらないんだよね……っていうのが昨日からこの子と接していて感じたことかな」

 

 ほっぽちゃんの頭をポンポンやりながらそう言うと、さくら達は困ったような嬉しいような複雑な表情で笑った。

 

 そう思う理由としては、彼女以外の深海棲艦を見た事ないのと直接被害を受けたことがないっていう事がある。もちろん深海棲艦と直接対峙している鎮守府の人間たちや、深海棲艦の被害を受けた経験がある人たちからしてみたら甘い考えと言われるかもしれないが、少なくともこの子に関しては『ちょっと変わった女の子』ってだけだ。

 

 と、そんなようなことをみんなに話すと、さくらが「その考えは良いと思うけど……」と前置きしたうえで真面目な顔で話し始めた。

 

「今回の件は一歩間違えたら危険な目に遭っていたっていうのは理解しておいてね。どちらかと言うとこの店に入ってきたときのこの子達の反応が正常なんだから……私が雷から前もって危険は無いって話を聞いてなかったら、攻撃命令を出していたとしてもおかしくなかったのよ」

 

 そう言いながら金剛さんと加賀さんの方を見て、話を続ける。

 

「深海棲艦は一般人には直接危害を加えないというのが今のところの通説だけれど、それだってどこまで信じられるかわからないわ。それにその子は深海棲艦の中でも確固とした自我を持ち、知性もある上位個体……何をしてくるかわからないわ。知らなかったとは言え、発見した時点で通報してほしかったわね」

 

「あぁ、そのことについては反省しているよ。我ながら軽率だった」

 

「わかってるならいいわ。これ以上秀人をいじめても仕方ないから、この話はここで終わり!これからの話をしましょう」

 

 さくらはひとつ大きく手を叩くと、表情を切り替えて明るく言った。うん、ほんとにすまなかった。

 

「という訳で、今回は彼女……軍では北方棲姫と呼称されているのだけれど、どうやら彼女たちも同じ名前で認識しているらしいわね。それがどこからもたらされた知識なのかはわからないけれど、艦娘たちが生まれながらにある程度の知識を持って生まれてくるのと同じ事なんでしょう」

 

 なるほど、今朝の雷の話だと自分のことを『ほっぽ』と言っていたらしいからほっぽちゃんと呼んでいたけど『北方棲姫』が正しい名前だったのか。

 

「で、彼女……ほっぽちゃんが安全だと判断した理由は……秀人にはいいか。とりあえず信頼に足る根拠があって判断しているって事だけ知っておいてもらえればいいわ。それで、今後なんだけど……ほっぽちゃんあなたはどうしたい?」

 

 と、ここで今まで静かに話を聞いていたほっぽちゃんにさくらが話を振った。そのほっぽちゃんはしばらく考えた後、ぽつりとつぶやくように言った。

 

「ワタ……シハ……ホッポハ……ココニイタイ。ヒデトノトコロガイイ……デモ、ヒデトガメイワクッテイウナラ……」

 

 そう言って不安げな表情でこちらを見上げて来るほっぽちゃん。迷惑なんてことはないけど……良いのかな?軍の方で問題が無ければ俺は構わないけど。と思いながらさくらを見ると「いいの?」というような顔でこちらを見ていたので、その目をしっかり見据えて頷いてみせた。

 

「わかったわ。じゃぁ秀人のところで預かってもらいましょう。とは言え、軍の方に何も報告しないのもまずいから、形の上では私の管理下にあるということにして、私が執務中はこのお店に手伝いに来ている子が監視を代行って感じでどう?加賀いける?」

 

「まぁ、後程詳細は詰めるとして、大丈夫だと思います。ただ、あの方と大和さんには話しておいた方がよろしいかと」

 

「それはもちろん!大将殿には全てを報告するわ。そもそもこの島でのことは一般市民に危険が及ばない限りかなり自由にさせてもらってるから、今回のことも協力してくれるはずよ。まぁ、誰かさんが昨日の時点で知らせてくれてたらもっと余裕をもって対応できたんだけどねー」

 

 そう言ってジト目でこちらを見てくるさくらさん……だから、悪かったって。

 

「ま、いいわ。それじゃ報告云々はこっちの仕事として、ほっぽちゃんが快適に暮らせるように相談しましょうか」

 

 さくらにジト目で見られて軽く笑いが起こったところで、次の話へと移っていく。幼いとはいえ女の子との生活だから、いろいろと助けてもらわなきゃならないこともあるだろう。そのあたりちょっと相談しておきたいな……というところで、店の扉が勢いよく開けられて、一人の艦娘が入ってきた。

 

「遅くなってごめんなさい!すぐにここに来るように言われて来た……んだけど……あなた!そこから離れなさい!」

 

 あ……そうだ。暁も呼んでたんだっけ……

 

「暁!この子は大丈夫だから、落ち着いて!それにそのやり取りはさっきやったからもういいわ!」

 

 うわぁ、雷……なかなか辛辣だねぇ。暁もなんだか涙目になってしょぼんとしちゃって……

 

「むぅ……わかったわよ!それで?暁は何のために呼ばれたのかしら?」

 

……と思ったら立ち直りも早かった。

 

「とりあえず、雷たちが話をしている間このほっぽちゃんの面倒を見てもらおうかと思ったのよ。暁なら大丈夫だと思って」

 

「任せて!!一人前のレディーにとってはおちゃのこさいさいよ!」

 

 なるほど、確かに暁なら任せられるかも。ちょっとおっちょこちょいなところはあるけど、面倒見が良いからね、これは適任だろう。というか、雷に大丈夫と言われてすぐに信じて先に進む辺りはさすが姉妹艦同士の信頼感と言うやつか。そのあたりもあって暁を呼んだのかもしれないな。

 

「えーっと、ほっぽちゃん?暁よ!よろしくね」

 

「アカツキ……ヨロシク」

 

 小さな手と手で握手を交わす二人。なんとも言えないほのぼのとした雰囲気があたりに広がり、思わず皆笑顔になる。

 

「じゃあほっぽちゃん、何して遊ぶ?」

 

「レップウゴッコ!ゼロデモイイヨ!」

 

「烈風も零もちょっと持ってないわ……」

 

 暁がなんだか困ってしまったようだけど、俺としてもレップウやゼロが何のことかピンと来ておらず、思わず「何?」と首を傾げたところで加賀さんが教えてくれた。

 

「烈風も零戦も艦載機の事です店長さん。龍驤さんなどでしたら紙があれば出せるのかもしれませんが、私はちょっと無理ですね……せめて矢だけでもあれば……」

 

 そっか、艦載機のことだったのか。いくら俺でも零戦は聞いたことがある。そう言えば龍驤ちゃんは紙でできた式札を艦載機に変えて巻物を甲板にして飛ばしていたけれど、戦闘機動でなければ、式札さえあれば飛ばすことはできるって言ってたな。

 

 ……っと、そうだ!零戦の代わりになるかはわからないけど……と、あることを思いついた俺は、自宅部分にある自室の机から何枚かのコピー用紙とペン、それとタブレットであるページを検索して持ってきた。

 

「ほっぽちゃんの言う烈風や零戦は無いけれど、代わりにこれはどうかな?」

 

 そう言って、コピー用紙を折って紙飛行機を作り、翼部分に日の丸を書いて軽く飛ばして見せた。

 

「オー!ゼロ!マッテ!」

 

 俺が飛ばした紙飛行機を、手を伸ばして追いかけるほっぽちゃん。と言っても、紙飛行機なのですぐに床へと落ちてしまったが、それでも嬉しそうに拾い上げてこちらへ持ってきた。

 

「モット!モット!」

 

 ほっぽちゃんがそう言ってねだってきたので、部屋から持ってきたタブレットを暁に見せながら説明する。

 

「このページに紙飛行機の作り方が色々載ってるから、一緒に作って遊んであげて」

 

「さすがマスター!ありがとう!」

 

 俺が差し出したタブレットを嬉しそうに受け取った暁はさっそくほっぽちゃんと一緒に隣のテーブルで紙飛行機を折り始めた。その様子を見届けてみんなのいるテーブルへと戻る。

 

「ヒデトサンやりますネー、Good Jobデース!」

 

「いやぁ、ちょっと子供だましかとは思ったんですけどね。喜んでもらえて良かった」

 

 金剛さんが褒めてくれて照れくさくなりながらも席に着く。さて、それじゃあ話を進めようか。

 




お待ちいただいていた皆さま、お待たせいたしました。
ひとまず中途半端になっていた四十四皿目の後半をお届けすることができました

諸々の事情により、以前の様に毎日更新と言うのは難しくなってしまったのですが
今後少しづつでも更新ペースを上げていけたらと思っております。

お読みいただきありがとうございました


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四十五皿目:腹が減っては……

本日は三月三日ひな祭り
……ですが、ひな祭りネタは当分先になりそうです
その前に、こちらのお話をどうぞ……


 ほっぽちゃんが暮らしていくことにあたっての一通りの問題点を話し合い、とりあえずは何とかなりそうだ。女の子に必要な日用品なんかはこの後暁と雷が一緒に買いに行ってくれるということだし、一般常識も少しずつ店に来てる子なんかに教えてもらうことになった。

 

 そして細かいところだとお風呂にも一緒に入ってくれることになったんだけど……その話題が出たときに、さくらから「艦娘やほっぽちゃんから誘われても一緒に入っちゃだめよ……水着着用だったとしても」なんて言われたのだが、いくら水着を着ていたとしてもそういう相手でもない俺と、一緒に風呂に入るなんて思わないだろう?

 

 という感じで返したら、さくらが「そうとも限らないのが困るのよ……」と頭を抱えた。いやいや、そんな……ねぇ?

 

 結局その時は「秀人にそのつもりが無いならいいわ」と話を切られた。なんだか奥歯にものが挟まったみたいな言い方でやだな……まぁ、この手の話は蒸し返してもろくなことが無いからやらないけど。

 

 とまあそんなこんなで話が進んで、時間の方もぼちぼちお昼ごはんといった頃合いだ。

 

「そろそろいい時間だから、みんなでお昼にしないか?元々今日のランチ用に仕込んでおいたものがあるから悪くならないうちに何とかしたいんだ。それに、腹が減ってはなんとやらと言うしね、ほかにも話しておかなきゃいけないことはあるだろうけど、まずは腹ごしらえといこう」

 

「そうね、それじゃお願いしようかしら。私は一旦鎮守府に戻って様子を見て来るわ、本部の大将にも報告しておきたいし……さすがにこれは備え付けのホットライン案件だわ」

 

 去り際「金剛と加賀はゆっくりしていて良いわよ」と言い残してさくらは店を出ていった。その金剛さんと加賀さんは暁と一緒にほっぽちゃんを見ていてくれるということで、俺と雷で厨房へと向かう。

 

「それで、マスター。何を作るつもりだったの?私が来る前に仕込んでいたのよね?」

 

 雷の質問を受けて、俺は冷蔵庫から仕込んであったバットを取り出して彼女に見せる。

 

「これだよ、肉詰め。ピーマンとシイタケ、それとナスの三種類でミックス肉詰めフライ定食にしようかと思っててね。後は揚げるだけってとこまで作っておいたんだ……ま、冷凍しておいて別の日に使ってもいいんだけどね」

 

 というわけで、今日の日替わりランチに使う予定だった野菜の肉詰めを雷に揚げてもらうことにした。

 

 作り方も手間はかかるかもしれないけれど、さほど難しいものではない。玉ねぎのみじん切りと合い挽き肉、卵をしっかり粘りが出るまで混ぜ合わせたタネを野菜に詰めていく。ピーマンはヘタを取って半分にして、種を抜いたところに。ナスは切り離さないようにヘタの下の所から四つ割りにして、その間に挟む。そしてシイタケは軸を落として、傘の裏の所にこんもり塗り付けてマカロンみたいな形に成型しておく。

 

 そうそう、シイタケの軸は傘の部分に引けを取らないくらい旨味も栄養も詰まっているので、うちの店では毎回冷凍保存しておいて、ある程度量が溜まったところで出汁を取ったり、佃煮などに使ったりしている。まぁ、個人的には何個か串に刺して塩焼きにするのが一番うまいと思っている。

 

「マスター、とりあえずこれくらいでいいかしら?」

 

 と、雷から声がかかり、作業台の上に揚げたてのフライが入ったバットが置かれる。結構な量が揚がったけど、今日は加賀さんもいるしこれくらいはすぐになくなってしまうだろう。

 

 大量の肉詰めフライを千切りキャベツを盛った皿に種類ごとに乗せていく。ひとまずこの三つの大皿と、ポテトサラダを入れたサラダボウルを先に持って行ってもらい、後からご飯とお味噌汁を持って追いかける。

 

「お待たせー、さぁお昼にしよう。今日は肉詰めフライ三種類だよ。醤油・ソース・ケチャップ、お好きな調味料でどうぞ……ってさくら戻ってたのか。早かったな」

 

 って言っても、これだけの量を揚げるのにそれなりに時間もかかってるか。

 

「んー、今さっき戻ってきたばっかりよ。でも揚げたてに間に合って良かったわー……あ、そうそう、大将は今回の件私に一任してくれるってさ、ただし報連相は欠かさずにってね。秀人にもよろしく言ってたわ。じゃ、いっただっきまーす!」

 

 そう言ってさくらがフライに手を伸ばすと、他の子達も一斉にいただきますと、好みのフライに箸をつけ始めた。……って、え?それで終わり?そりゃ俺に話せない内容もあるのかもしれないけど……どうも、俺の幼馴染さんはかなりその大将さんに気に入られてるみたいだね。というか、よろしくと言われても俺その人知らないから「はぁ、どうも」くらいしか言えないんだけど……

 

「ンマイ!」

 

 そんな俺の戸惑いを打ち消したのは、ほっぽちゃんのその一言だった。お子様握りのフォークに刺さった食べかけのピーマンの肉詰めフライを掲げながら、キラキラした表情でそれを見つめている。

 

「こら、そんな言葉遣いはレディーとして恥ずかしいわ。ちゃんと『おいしい』って言わなきゃ」

 

「でも、ほっぽちゃんは暁と違ってピーマンも食べられるみたいね。そこはレディーなんじゃない?」

 

 ほっぽちゃんの言葉遣いを窘める暁に対して、ニヤニヤした表情でツッコむ雷。この料理なら苦くないから食べてみて欲しいな。

 

 そして年長組の反応はと言うと、加賀さんはまずナスの肉詰めから手を付けたようで、箸を使って器用に小さく切りながら、醤油をかけて食べている。

 

「サクッとした衣とナスのトロっとした食感が良いですね。そこに肉の旨味と醤油の塩気が……これはご飯が止まりません」

 

 といった感じで金剛さんに話しかけると、その金剛さんはソースのかかったシイタケの肉詰めをフォークとナイフで切り分けて口に運びゆっくりと味わうと、加賀さんに答えた。

 

「確かにそれも美味しいと思いマス。デスガ、このシータケの肉詰めもJuicyで美味しいデスヨ。噛むとお肉とシータケから美味しさがあふれて、そこにこのソースが絡んで……これもごはんに合いマス……でもヒデトサン、なんだかこのソース普通のよりも赤い気がしマース。手作りデスカー?」

 

「いや、これは知り合いの料理人が教えてくれたもので、そいつの地元で百年以上続くソースメーカーの物なんだ。前に開店祝いで送ってくれたんだけど、気に入ったんでそれ以降も何種類か取り寄せて使ってるんだよ。これはトマトとリンゴ、パイナップルがたっぷり使われてて、その甘味と後からくるスパイスの香りがフライにピッタリなんだよね」

 

 そんな俺の説明に触発されたのか、今まで醤油で食べていた加賀さんや、ケチャップで食べていたお子様たちもソースに手を伸ばしてきた。

 

「ンマイ!」

 

「だから、ほっぽちゃんてば……」

 

 と、そのソースをかけて食べてみたほっぽちゃんが声を上げて、それを暁が窘めるという光景が再び繰り広げられると、店内は笑いに包まれた。

 

 そうして楽しいお昼ごはんも終わり、のんびり食休みをしているとぽつりとさくらがつぶやいた。

 

「とりあえず大将から好きにやっていいとは言われたけど、うちの皆にどうやって説明しようかしらねぇ」

 

「それもあるけど、島の人たちはいいのか?」

 

「そこはあまり心配してないわね。ありがたいことに、あんたと同じかそれ以上の感覚の持ち主ばかりよ?危なくないと分かればすぐに受け入れてくれるわ。もちろん、町長には後できちんと話をしておくけど。後は、軍の隊長さんだけど……あの方はある程度こっちの上も知ってる方だし、大丈夫そうね……とまぁ、そう言う訳だから暁と雷はこのあとほっぽちゃんと一緒に買い物してきて。もちろんお金はこっちで出すわ」

 

 あー、この島の連中……特に今戻ってきている人たちは確かに大丈夫そうだね。それで文句言うような人はそもそも戻ってこないだろう。

 

 それと、隊長さんって言うとあの釣り好きのおっちゃんか。あの人は大丈夫だな、うん。

 

「あのね、それなんだけど……」

 

 そんな俺たちの会話に暁が手を挙げて入ってきた。ん?なんだろう?

 

「そろそろひな祭りじゃない?だからパーティーとかどうかな?って……ほっぽちゃんの紹介も兼ねて、隊長さんと町長さんも呼んだりして……」

 

「パーティーねぇ……」

 

 俺はいいと思うけどね、パーティー。暁の提案に腕を組んで考え込むさくら。そしてそんなさくらを暁以外の皆も真剣な表情で見つめていた。

 

「うん、いいんじゃない?ウチらしくて。やるなら明日の午後ね、ちょうど昼過ぎに町長さんと来年度のことで話をする予定だから、その流れで参加してもらいましょう。金剛、後で役場に行ってちょっと話してきてもらえるかしら?隊長さんには私の方から話しておくから。」

 

「え?明日やるの?ちょっと急すぎない?」

 

 思わず俺が声を上げると、すぐさまさくらが返してきた。

 

「何言ってんの!こういうことは早くやった方が良いのよ。というか、年度末で忙しくて町長さんの予定が多分合わないわ。明日も本当は休みなのに来てくれることになってるのよ、せっかくだから楽しんでもらいましょう」

 

 なるほど、町長さんも大変なんだな。まぁ、特殊な島だし忙しいのも当然か……

 

「ってことで、秀人は料理の方よろしくね。お店は明日もお休みさせちゃうことになるけど、その分はうちの方から補填させてもらうつもりよ」

 

「まぁそれは構わないんだけど……そうだ、それなら何人か手伝いに来てもらえないかな?できれば……」

 

 とまぁ、そんな感じでやると決まったら、とんとん拍子でいろんなことが決まっていった。昨日彼女を発見してからやたらと慌ただしいけれど、それがなんだか楽しくなってきている自分がいた。

 

 そして気のせいかもしれないけれど、他のみんなもなんとなくこの状況を楽しんでいるようにも感じる……まぁ、国を守る鎮守府、特にトップであるさくらがこんな感じでいいのかと思わなくもないけれど、こういうフットワークの軽さを買われたのも今のポジションにいる理由の一つなのかもしれないな……と好意的に解釈しておこう。

 

 次々決まる事柄に追い付いて行けてないのか、キョトンとした顔でこちらを見上げるほっぽちゃんの頭を軽くなでながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 その日の夕方、買い物を終えた暁、雷、ほっぽちゃんが帰ってきた。

 

「お帰り、みんな……って、どうしたのそれ?」

 

「オバチャン、オカシクレタ!」

 

 ほっぽちゃんが自慢気に広げて見せてくれた袋いっぱいのお菓子を見ると、どうやら何の心配もいらなかったみたいだね。

 

 

 

 




あれ?今回もほっぽちゃん回のはずなのに
あんまり喋ってない気が……



お読みいただきありがとうございました


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四十六皿目:艦娘たちのひな祭り1

遅くなり申し訳ございません
ようやく書けたというか、書く時間が取れたというか……
言い訳はさておき、周回遅れも甚だしいですがひな祭りネタです
お読みいただければ幸いです


「さて、こうして集まってもらったわけなんだけど、これから手分けしてひな祭りメニューを作ろうと思う」

 

 ほっぽちゃんの処遇についてさくら達と話をした翌日、俺は鎮守府の食堂で何人かの艦娘を前にそんなことを言っていた。俺の前に並んでいるのは、今までうちの店に手伝いに来てくれたことがある子達で、時間があった子達だ。

 

「店長、それはいいんだけど、何を誰が作るの?」

 

 と、自他ともに認める(?)俺の一番弟子らしい川内がそんなことを聞いてきたので、メニューと割り振りを説明していく。

 

「よし、じゃぁまず川内は蛤関係を任せようかな。潮汁はもちろんだけど、それ以外にも一つ二つくらい蛤料理をお願いしたい。わからないことがあったら聞いてくれていいけど、川内なら大丈夫だろう」

 

「了解!まっかせて!」

 

「次に鳳翔と翔鶴にはちらし寿司をお願いしようかな。これはちょっと量が多くて大変かもしれないけれど、俺も手伝うからがんばろう」

 

「わかりました店長さん。お任せください」

 

「はい、鳳翔さんの足を引っ張らないようにがんばりますね」

 

頼もしい鳳翔の言葉とは対照的に翔鶴はいささか自信がなさげな返事だったけれど、鳳翔との空母同士ならコンビネーションもバッチリだと思う。翔鶴の実力だって、十分だと思うんだけど……

 

 っと、次は不知火と浦風だな。この二人には……

 

「二人には簡単なものでいいから、いくつかつまめるものを作ってもらいたいんだ。唐揚げやポテトフライとか、サラダとかがいいかな」

 

「了解しました。全力で任務にあたります」

 

「よっしゃウチに任しとき!」

 

 不知火と浦風は俺の言葉を聞いて、グッと手を握り込み気合を入れた。すると、横から川内がしなだれかかってきた。

 

「店長は何するの?鳳翔さん手伝うとは言ってたけど、私のとこもてつだってほしーなぁ」

 

 そんな川内を引き離しながら、俺は説明を続ける。

 

「わかったわかった、川内も手伝うよ。もちろん、二人もね。とりあえず俺は、皆のことをちょこちょこ手伝いながら、お菓子を作ろうかなって」

 

 そんな事を言いながらコックコートのポケットからとあるお菓子のレシピを取り出して見せると「まぁ、お菓子!」「いいねぇ」と言うような声がみんなから上がった。そうだよね、皆好きだもんね、お菓子。

 

 役割分担を発表したところで厨房内に散らばって、さっそく調理を始めることにする。材料は昨日店を休んで使ってない分と、今朝市場に行って仕入れてきた分を既に運び込んであり、後は調理するだけだ。

 

 まずは鳳翔、翔鶴の空母組の様子から見ていこう。と言っても、この二人なら調理そのものは心配してないし、手が足りなそうだったら手伝うか。

 

「それでは翔鶴さん、ご飯が炊けるまでの間に具材を用意してしまいましょう。そこまでやっておけば、後は混ぜるだけですからね」

 

「はい、鳳翔さん。指示をお願いできますでしょうか?」

 

「まずはシイタケとかんぴょうを煮ましょう。量は多いですが、昨日店長さんから言われていて二つともすでに戻しておいてあるので、煮るだけですよ」

 

 二人のそばに行くとそんな会話が聞こえてきた。そうそう、今日この会をやるって決まってから、鳳翔に連絡して用意しておいてもらったんだよね。さすがにこれは今日集まってから戻して作るって訳にはいかなかったからね。普段は鳳翔から料理の相談を受けることが多いのだけれど、連絡先を交換しておいて良かった……って言ってもうちで働いた事がある子とはみんな交換してるんだけれどね。

 

 そして、そんな会話をしていた二人はさっそく煮物を作り始めたみたいだ。昨日から戻しておいたシイタケの戻し汁に醤油・みりん・砂糖を加えて煮汁を作り、戻したシイタケとかんぴょうを入れて中火で煮ていく。沸いたらアクを取って落し蓋をして数十分煮れば出来上がりだ。

 

 うん、やっぱり和食は鳳翔に任せておいて問題ないね。それに二人とも割烹着が良く似合ってるわ。

 

 そのほかの具材として彼女たちが用意しているものとして、こちらは市販品になるが酢ばすと、翔鶴が焼いている錦糸卵、鳳翔が作っている桜でんぶがある。

 

 錦糸卵はフライパンで卵を薄く焼いて粗熱を取った後、切りやすいように丸めたり重ねたりして細く切っていく。

 

 桜でんぶは、今回は近海で取れた鯛で作っているようだ。一つまみの塩を入れて茹でた鯛の身から、丁寧に皮・骨・血合いを取り除き細かくほぐしていく。できるだけ手で細かくしたらフライパンに移して、酒・塩・水を加えてさらに細かくしながら炒り煮にしていく。この時ほぐれやすくするのに、鳳翔は六本の菜箸をまとめたもので混ぜている。さすが、わかってるね。

 

 最後に食紅を垂らして色を付けたら、鮮やかな桜色のでんぶが完成だ。正直どちらの具材も昨日のうちに作り置きしておくこともできたのだけれど、シイタケなんかに比べてそこまで時間がかかる物でもないからね。出来立てを用意できるのであれば、それに越したことはない。

 

 ここまで後ろから眺めていたけれど、どうやらこのコンビは今のところ手伝いはいらなそうだね。手伝いが必要になるのはご飯が炊けてからかな?と、思ってその場を離れようとした時だった。

 

「店長、これ何?とりあえず洗ってはみたたんだけど、蛤と一緒にこれも置いてあったんだよね」

 

 少し離れた流しで貝を洗っていた川内がとある物を掲げながら声をかけてきた。それを見て説明しようと口を開きかけたところで、鳳翔が代わりに説明してくれた。

 

「川内さん、それはホンビノス貝という貝ですよ。蛤には劣りますが、それも美味しい貝です。蛤と同じように使えますよ」

 

「へぇー、ありがとう鳳翔さん。さすが、良く知ってるわね」

 

 と、先日入手したばかりの情報を披露する鳳翔。川内が再び仕込みに戻ったところで、鳳翔はこちらを向いてペロリと舌を出しながらウインクをした。うん、かわいいから許そう。

 

 とりあえず、ここは二人に任せて川内の様子を見に行こうかな。大量の貝も洗い終わったみたいだしね。

 

「あっ、店長いいところに来てくれた。とりあえず蛤の潮汁は決まってるとしても、他の料理をどうしようかなって思ってたの、相談に乗ってよ」

 

「あぁ、もちろん。でも、川内のことだから何となく考えてるのはあるんだろう?」

 

「まぁねー。潮汁に使う分以外の蛤は煮ハマにしようかなって思ってるんだけど、このホンビノスとやらをどうしようかなって」

 

 なるほど、煮蛤ね。ナイスチョイスなんじゃないかな?そのまま摘まんでもいいし、ちらしずしに混ぜても美味しいよね。で、ホンビノスをどうしようか……って事か。

 

 そもそもこのホンビノスは昨日急に決まったこの会に使うのに、元々店で注文していた蛤だけでは足りなそうなので蛤を追加注文しようとしたところ、一年で一番蛤が消費される日なうえに離島であるここでそんなに量が揃えられるわけもなく、代わりにと安く仕入れさせてもらったものだ。

 

 あの貝屋の兄ちゃんにはちょっと無茶言っちゃって申し訳なかったけど、その分いろいろ買ったから許してくれるだろう。

 

「どうせなら洋風で攻めてみるってのはどうかな?」

 

 ホンビノスを仕入れた経緯を思い出しながら、川内にそんな提案をしてみると「ようふう?」なんて感じで首を傾げてきた。

 

「そ、洋風。茹でて剥き身にしたものにエスカルゴバターを和えてみたり、春野菜と一緒にワイン蒸しなんて美味しそうじゃない?」

 

 まぁ、そんな感じで作り方を簡単に説明すると川内も味を想像したのか、目を輝かせながら何度も首を縦に振った。

 

「うわぁー美味しそう!それにするわ、ありがとう!……あ、でも『エスカルゴバター』って?」

 

 エスカルゴの入ったバター……ではなく、エスカルゴを焼くときに殻の口の部分に塗って使うガーリックバターの事だ。ニンニク・パセリをバターと混ぜて作ったもので、貝類やキノコ、ステーキなんかにも良く合う調味料だ。

 

 そんな話をしながらも手際よく貝を茹でて、口が開いたものを二人で剥き身にしていく。貝剥きがあれば楽なんだろうけど、今回は無いので適当な大きさの貝殻の片方を外してそれを使って剥いていく。

 

 慣れないうちはスプーンでやってもいいけど、慣れると貝殻の方が早くきれいに剥けるんだよね。殻の内側と縁のカーブが、なんか、こう……いい感じのフィット感?的な。

 

 川内と二人で貝剥きマシーンになって黙々と作業を続け、そろそろ終わるかなといった所で浦風からお呼びがかかった。

 

「店長はん、ちょっと手伝ってもらえんかのう」

 

「こっちはもう私一人でも大丈夫だから、行ってあげて」

 

 と、川内も大丈夫とのことなので、浦風の所へ向かうと大量の鶏肉と格闘しているところだった。

 

「つまめるもので皆が好きなものっちゅーことで唐揚げを作ろう思ったんじゃけど、この量を切るだけでも時間かかってしまうけぇ、手伝ってほしいんじゃ。終わり次第ウチは不知火姉ぇのミニハンバーグ作り手伝うわ」

 

「そういう事ならこの下ごしらえは俺に任せてくれていいよ。浦風は不知火の方に行ってあげて」

 

「ほんとぉ?いやー、ぶち助かるわぁ。ありがとうね」

 

「いいっていいって、それで?味付けは何にする予定だったの?」

 

「んー、普通に生姜醤油でって思っとったんじゃけど……店長はんにお任せするんよ」

 

 浦風はそう言って不知火を手伝いに行った。俺たちの会話が聞こえていたのか、不知火がこちらに向き直りお辞儀をしてきた。これもチームワークってことでそんなに畏まらなくていいんだけど……よし、いっちょやりますか。

 

 とりあえず大量の鶏モモ正肉を一口大の唐揚げ用に切っていく。そして、切りながら味付けをどうしようかと考えたんだけれど……どうせなら何種類か作りたいよね。

 

 まずは基本の生姜醤油と、ニンニクとゴマ油を効かせた塩唐揚げ、あとは衣にカレー粉を混ぜてカレー風味も作ろうかな。それと、思いっきり俺の好みなんだけど、梅しそ唐揚げも作ろう。これは醤油・酒・叩いた梅肉で下味を付けた鶏肉を大葉で巻いて揚げたやつで、さっぱりしてて美味いんだよね。どっちかと言うと大人の味だし、加賀さんや長門さんなんかは絶対気に入ってくれるだろう。

 

 そんな感じで皆で手分けして仕込みをやっていったので、量こそ多かったもののその割には早く終わった。後は出来立てを食べてもらいたいので、ご飯が炊けてちらし寿司ができたくらいから調理を始めればちょうどいいだろう。よし、じゃぁ俺の方のお菓子もみんなに手伝ってもらいながら作ってしまおうかな。

 

 まずはひな祭りに欠かせない『ひなあられ』。昨日のうちに五ミリ角くらいに細かく切っておいた餅を油でカリカリになるまでくっつかないように注意しながら揚げる。揚がった餅の油が切れて冷めた物を、三つに分けてビニール袋に入れ、一つは粉糖、一つは粉糖と抹茶、もう一つは粉糖と食紅を入れて良く振ってまぶしたら白・緑・紅のひなあられの完成だ。

 

 こんな感じで簡単に作れるので作ってもらってる間にもう一つ、ひな祭りに欠かせない菱餅……はちょっと大変なので、今回は『菱餅風ミルクプリン』を作る。

 

 まぁ、こっちも材料を混ぜて固めるだけなので簡単と言えば簡単なんだけど、一番下の抹茶ミルクプリンがある程度固まったら、その上に白いミルクプリンの元を流し入れる。それが固まったら、イチゴジャムを混ぜたピンクの苺ミルクプリンの元を流し込んで固めていく……っていう工程はちょっと面倒くさいかな。

 

「さて、これで後は一時間くらい冷やせば出来上がりかな」

 

 最後の型を冷蔵庫にしまいながらそう言ったところで、ちょうどご飯が炊きあがったみたいだ。以前恵方巻パーティーの時にも使った桶にご飯を移して、手早くちらし寿司を完成させてしまう。

 

「店長さん、お味見お願いします」

 

「あっ、これも」

 

 出来上がったちらし寿司を小皿にとって鳳翔が味見をと渡してきたところに、川内が横から煮ハマを乗せてくる。

 

 江戸前寿司のネタで出る煮ハマは正確に言うと、下ごしらえをして茹でた蛤を調味液に一晩くらい漬け込んで作る『漬け』なんだけど、川内に作ってもらったこれは酒・醤油・砂糖・生姜を使って弱火で煮込んだ浅炊きの佃煮と言った感じだ。火が通りすぎて硬くならないように丁寧に煮られているようで、見た目もプリッとしている。

 

 いやー、なんというかどっちも美味そうな匂いだし、これで不味かったら詐欺だろう。まずはちらし寿司、続いて煮ハマと順番に味わう……あー、いいね。この味。

 

「大丈夫、ばっちりだよ」

 

 そう言って二人に笑いかけると「いぇーい」と言いながらハイタッチを交わす。鳳翔がハイタッチとかちょっと珍しい光景なんじゃない?ともあれ……

 

「予定の時間も近づいてるし、この調子で他の料理も完成させちゃおう」

 

 という俺の言葉にみんなは「おー!」と拳を上げて返してくれた。よし、最後まで気を抜かずに頑張ろう!

 




という訳でネタが周回遅れなうえに後半へ続きます……


潮汁……潮……汁
ごめんなさい、なんでもありません。


お読みいただきありがとうございました


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四十六皿目:艦娘たちのひな祭り2

昨日に引き続きひな祭り後半です


「おー!美味そうだぜ、なぁほっぽ。ひひっ」

 

「ウマソーダゼー、サドー」

 

 あらかた料理も終わり、テーブルに並べているところで食堂のドアが開いて艦娘達がやってきた。その先頭に立って真っ先に入ってきて声を上げたのが手を繋いだ佐渡ちゃんとほっぽちゃんだった。

 

 へぇ、もう仲良くなったんだ。先に顔見せだけは済ませておくとは言ってたけど、この様子だと何の心配もいらなかったみたいだね……ちょっと二人の言葉遣いは気になるところだけれど……。

 

「こら!そんな言葉遣いはレディーじゃないわ!」

 

 その後ろから注意しながら入ってきた暁に続いて、他の艦娘たちもやって来た。それぞれの表情は一様に穏やかで、特に問題が発生している様子は無かった。

 

 食堂に入ってきた皆に適当に座ってもらっているうちに、テーブルセッティングを済ませてしまうことにする。すると最後に入ってきた金剛さんが近づいてきて、話しかけてきた。

 

「こんなにたくさんのお料理thank youネ、ヒデトサン。ワタシも何か手伝うネー」

 

「ん、どういたしましてだ。でも、今日はどっちかつーと俺はサポートで、皆がメインで頑張ってくれたからね。後で皆のことも褒めておいてくれるかな?」

 

「Sure!もちろんデース!」

 

 そんな会話を交わして笑い合い、金剛さんにも手伝ってもらいながらセッティングを終えた。すると、食堂のドアが開かれてさくらが一人の男性を伴って入ってきた。

 

「はーい、ちゅーもーく。おいしそうな料理がいっぱい並んでて早く食べたいのはわかるけど、その前に町長さんからありがたーいお話よ。」

 

 みんなから見やすい位置に立って、手を打ちながらそんなことを言い、町長を一歩前へと促す。俺たち調理組も作業の手を止めて、壁際で並んで待機の姿勢を取った。

 

「えー、ただいまご紹介にあずかりました町長です。初めて会う人もいると思いますので、自己紹介を……と思ったのですが、まぁ『町長さん』とでも呼んでもらえれば結構です」

 

 町長が自己紹介を始めようとしたところで、隣に立っていたさくらが彼に見えるように指を回し始める。あれは俗にいう「巻きで」ってやつだ……いくらしょっちゅう顔を合わせて公私共に気心知れた仲だからって、そりゃぁちょっと町長がかわいそうじゃないかなぁ?ほら、俺に向かって悲しそうな目を向けてきてる……のを見なかったことにする。

 

「……ごほん。それでは手短に……今日は楽しそうな会に呼んでいただきありがとうございます。そして、先ほど皆さんの新しいお友達ともお話をさせていただきました……最初に聞いた時にはびっくりしましたが、いざ会ってお話をしてみるととてもいい子で、ありがたいことに私もお友達にしていただくことができました」

 

 と、そこまで話して町長はほっぽちゃんに手を振ると、ほっぽちゃんも笑顔で手を振り返した。

 

「こうして、彼女のような存在とも笑顔で向き合えるということが分かった今、島民に危険が無いということが大前提ではありますが、今後彼女と同じような存在が現れた時には我々の仲間として迎え入れていくことをお約束して、ご挨拶と代えさせていただきたいと思います。ありがとうございました」

 

 そう言ってお辞儀をして一歩下がると、食堂内に集まっていた艦娘達から大きな拍手と歓声が送られた。どことなくいつも島民の前で行う挨拶よりも鼻の下が伸びていたように感じるのは気のせいだろう。

 

「さて、町長さんの挨拶も終わったところで、いよいよお待ちかねのパーティーよ!みんなグラスは持ったかしら?……よろしい。それでは総員、起立!右向けー右!」

 

 さくらの号令と共に、それまで座って話を聞いていた艦娘たちが一斉に立ち上がり、正面向かって右側……つまり俺たちが待機している方を向いた。いきなりの状況について行けない俺たちが顔を見合わせているとさくらが言葉を続ける。

 

「今日の料理もそこにいる秀人たちが作ってくれたわ。いつものことかもしれないけれど、いい機会だからいつものお礼に代えて乾杯ということで……それじゃ、かんぱーい!」

 

 さくらの号令に続いて、食堂内から「乾杯!」「ありがとう!」といった声が一斉に上がる。改めて言われると恥ずかしいけど、嬉しいもんだな。

 

 みんなの声に応えるように俺たちもグラスを掲げ、一口飲むと拍手が起こった。そんな暖かいサプライズに先ほどとは違う表情で、再び顔を見合わせた。とは言えまだ仕事は残っているので、調理組の皆に呼びかける。

 

「さて、ちょっとびっくりしたけど、仕事に戻ろう!大皿料理はそれぞれのテーブルで取り分けてもらうとして、川内潮汁は?」

 

「もちろん、バッチリよ!」

 

「それじゃ、皆で手分けして配膳していこう。もうほかの子達は手を付け始めてるから手早くね」

 

 そう言いながら厨房へと戻って、川内がよそってくれた蛤の潮汁をみんなで配っていく。

 

 今日の潮汁はシンプルに具材は蛤と飾り付けの三つ葉のみ。作り方も、蛤と昆布を鍋に入れて水から火にかけ、アクを取りながら加熱して沸騰したら昆布を取り出す。そのままグラグラやってしまうと蛤の身が固くなってしまうので、火を弱めて貝の口が開いたところで風味付け酒を加えて味を見ながら塩を足すといった単純なものだ。

 

 ただ、単純なものではあるけれど丁寧にアクを取ったり、硬くならないように火加減を調整したり、わずかな量で味が変わってしまう塩加減など、美味しく作るのは難しいと思う。そんな難しい料理だけれど、川内は見事にこなしてくれた……さすがは一番弟子ってところか……いや、弟子を取った覚えも、そんな腕も俺にはないんだけど……。

 

 潮汁が乗ったお盆を運びながらそんなことを考える。そして、運ぶ先はさくらと町長さんのいるテーブルだ。

 

「どうぞ町長さん、蛤の潮汁です。熱いのでお気をつけて……はい、さくらも」

 

「うむ、ありがとう」

 

「さんきゅー」

 

 二人の前に蓋つきのお椀を並べると、さっそく蓋を外し始める。その間にテーブルについていた他の面々にもお椀を渡していく。

 

「おぉ、これは美味しそうだね……うん、この香りこの味。やはりひな祭りにはこれが無くてはね」

 

「あー、おいしいわねぇ……これは誰が?……そう、川内が作ったの。今度はしじみで作ってもらおうかしら」

 

 さくらの最後の一言はともかく、二人とも気に入ってくれたみたいだ。ま、実際美味しいのは間違いないしね。

 

 さて、普段は店にお客さんで来るくらいしか会う機会が無い町長さんや、さくらとさっきのことについてゆっくり話をしてみたいところなんだけれど、料理を作った側としては皆の反応も気になるところだし、ちょっとほかのテーブルも回ってこよう。と、軽くあたりを見回したところで、ちょっと気になる子達を発見したので、近づいて声をかけてみる。

 

「やぁ、青葉さんに衣笠さん、ひさしぶり。二人は食べないのかい?」

 

「あっ!喫茶店のご主人!ご無沙汰しておりますー」

 

「店長さん、お久しぶりー。まずは写真をと思ってね」

 

「なるほど……えーっと……聞いていいかわかんないんだけど、二人はここの所属じゃないのに、今回の事って……」

 

 普段は軍事機密なんてとか言いながら聞かないようにしているのに、我ながらダブスタ甚だしいなと思いながらも気になって聞いてしまった。まぁ、現状を見れば悪いようにはなってないのは明らかなんだけどね……。

 

 すると、そんな心情を少なからず察してくれたのか、苦笑いを浮かべながら青葉さんが答えてくれた。

 

「御心配には及びません。私たちはこちらのさくら提督も賛同しておられる深対本部の大将の派閥……という言い方が正しいかはわかりませんが、同じ考え方ですので。それにうちの編集長……あっ、これは正式な肩書や階級が堅苦しいとのことで本人からそう呼ぶように言われているのですが……その編集長と大将、さくら提督の間でも話がついていますので、我々のこの写真も取材というより参考資料として大将に提出される予定です」

 

「そっか、それはよかった。でも、せっかくのパーティーなんだし、君たちも適当に切り上げて楽しまないと……今日は君たち女の子のお祭りなんだから……っていうか、うかうかしてると料理がなくなるよ?」

 

「はーい、そうしますね。さっきから青葉のお腹も鳴りっぱなしですし」

 

 そんな風にからかう衣笠さんと「ガッサはすぐそう言うことを言う!」と拳で鋭いツッコミを入れている青葉さんに別れを告げて別のテーブルへと向かう。

 

「ヒデトーコッチコッチ!コレウマイ、イッショニクオウ!」

 

「てんちょー。このハンバーグ美味いな!今度店でも作ってくれよー」

 

 そんな声に呼ばれてやって来たのはほっぽちゃんと佐渡ちゃんの所だ。

 

「二人とも仲良くなったみたいで良かったね」

 

 入ってきたときも二人で手を繋いでいたし、こうして二人並んでいるところを見ると、幼稚園か小学校低学年の友達の様にも見える。そしてそれぞれの隣で甲斐甲斐しく世話を焼いている暁たちがお姉さんってところか。幼い食べ方にもかかわらず、この二人の周りが汚れていないのは彼女たちお姉さんの力だろう。

 

「おう!仲良くなったんだー、こう見えてほっぽってつえーんだぜ!」

 

「ウン、ホッポツヨイ!」

 

 えーっと……仲良くなる基準ってそこ?……だけって訳じゃなくて、単純に気が合うってこともあるんだろうけど、というかほっぽちゃんが強いってどういう事?と思い、誰かに説明してもらおうかとあたりを見回すと、ここのテーブルのまとめ役だろうか?龍驤ちゃんがいることに気が付いた。

 

「なんや、ちょーっと不本意なことを考えとる顔な気ぃもするけど、まぁええわ。そもそも艦娘や深海棲艦がどういう理屈で攻撃しとるかっちゅーのが、守りたいとか恨みとかの想いの力が云々かんぬんでー……えー……まとめるとやね、ほっぽは実際の戦闘はできひんけど、演習はめっちゃ強いっちゅうことや。それがさっき試しにやってみたらわかってな、それを見た佐渡が目ぇキラキラさせてほっぽに突撃して、意気投合。今に至るって感じやな」

 

 途中でめんどくさくなって細かい理屈は省いたみたいだけど、周りの皆も頷いているところを見ると、話しの後半にあった仲良くなった流れっていうのは合ってるんだろう。ともあれ、仲良くなって良かったねってことで、ミニハンバーグをおいしそうに頬張る二人の頭を撫でながら、少し話してその場を離れた。

 

 躊躇いつつ向かったのは、空母・戦艦組が集まるテーブル。特に艦種で分けたわけではないはずなのに、自然とそのメンバーが集まっているのにはそれなりに理由もあって……

 

「あら、店長さん。こんにちは……こちらの唐揚げは店長さんの味付けだそうですね。とてもおいしいです。ねぇ加賀さん」

 

「えぇ、こっちの梅風味も美味しいですよ赤城さん。ともすれば脂っこく感じてしまう鶏モモの唐揚げですが、梅の酸味と大葉の風味でさっぱりといくつでも食べられそうです」

 

 最初ににこやかに声をかけてくれたのは赤城さんだった。基本の生姜醤油の唐揚げをつまみにお猪口を傾けている。続いて梅も美味しいと言ってくれた加賀さんだったが、彼女も同じようにお猪口を手に持っていた。

 

 二人の前にはほんのり泡が残ったグラスが置かれているので、これは既に第二段階へ移行しているということなのだろう。となれば、やることはひとつ……深入りせずに撤退だな。

 

 そんな感じで各テーブルを回りながら料理の感想を聞いたり世間話をしたりしていると、それぞれの料理もいい感じに減ってきたようなので、ここらでデザートを出そうかね。と、そう思って邪魔にならないように厨房へと向かうと後ろから声をかけられた。

 

「店長手伝うクマー」

 

「そうですわ、わたくしたちもお世話になった経験がありながら今日は都合がつかずお手伝いできなかったので、なにかなさるのでしたらぜひお手伝いさせてくださいな」

 

「そうそう店長さん、期間は短かったけど私たちだってお店の一員なんですから」

 

 そう声をかけてきてくれたのは、以前手伝いに来てくれた子達で、今日の調理に時間が合わなくて来られなかった球磨、熊野、吹雪だ。彼女たちの後ろでは鈴谷も手を振っている。

 

「ありがとうみんな。それじゃコレをテーブルに配って行ってくれるかな」

 

 と、俺が見せたのは漆塗りの大きめの菓子皿に乗せたひなあられだ。

 

「お、おいしそーじゃん?いっただきー……んー、サクサクで甘さ控えめで美味しー」

 

 鈴谷が一つ手に取って口に放り込むと、嬉しそうな顔でそう言ってくれた。熊野も口では「こら、はしたないですわよ」なんて注意しているけど、自分も気になってしょうがないっていうのが表情に出まくってるので、一つずつ味見と言うことで皆に勧める。

 

 それぞれが思い思いの表情で美味しさを表現している間に、もう一つ用意していた菱餅風牛乳プリンが入った型を冷蔵庫から取り出していく。まぁ、型と言っても一人分づつ作っていては数が足りないので、ある程度深さがあるバットに作ってそこから切り出すようにした。それでもかなりの数のバットが必要ではあったのだけれど……

 

 ともあれ、二・三回フォークを入れて食べきれるくらいの大きさで菱形に切りだして、崩れないように丁寧にお皿に盛り付けていく。センスに不安はあるが、できるだけ可愛らしくね。

 

 すると、これも予想どおりではあるのだけれど皆がこちらをじっと見つめてきていたので、切り出すときにできた菱形になってない部分を渡す。

 

「ふわぁ、優しい甘さでおいしいですー」

 

「クマはこの抹茶の所が気に入ったクマ。ここだけ食べたいクマ」

 

 吹雪は口に入れた瞬間その甘さにやられたようで、頬に手を当てて目を瞑ってうっとりとしている。方や球磨は一層ずつ剥がして食べたみたいで、抹茶が気に入ったみたいだ。今度店でもそれぞれ単品でデザートとして用意してみようかな……それにしても、こういう層構造のものって一枚ずつ食べる子必ずいるよね。ミルクレープとか、バウムクーヘンとか……

 

「さ、味見したら持って行ってくれるかな?向こうの皆も待ってるだろうしね」

 

 俺がそう言うと皆「はーい」と素直な返事をして、お盆を手に取り運んで行ってくれた。すると、ほどなくして食堂の方から今日一番の歓声が上がる。やっぱり女の子は甘い物が好きだねぇ……。

 

 厨房のカウンター越しに、はしゃぐ皆の笑顔を見ながら俺は自分用に分けておいた揚げ餅を口に運ぶ。

 

「やっぱり俺はこっちの醤油が染みた方が好きかな……」

 




長らくお待たせしてしまいましたが、これでひな祭りは終了
次回からまたいつもの日常に戻ります


ちょっと秀人やさくらの町長さんに対する態度がアレな感じもしますが
秀人は店に来た時に、さくらは普段の仕事の流れで、また島の出身と言うこともあり
共通の話題も多く年齢や立場を超えて仲良くなっています。
特に今回は身内のパーティーと言うこともあってこんな感じですね
もちろんTPOはわきまえてます

お読みいただきありがとうございました


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四十七皿目:Nostalgia1

今回はタイトルからもわかる(?)ようにあの国の艦娘のお話です……



 ある日の夕方、霧島さんが神妙な顔つきで来店してきた。何やら相談事があるらしいのだけれど、とりあえず立ち話もなんなのでカウンター席に座ってもらうことにする。

 

「ハイキリシマ。オミズトオシボリ」

 

「ありがとうほっぽちゃん」

 

 すっかりうちのおしぼり・お冷係が板についてきたほっぽちゃんから受け取ったお冷を、霧島さんはグイっと煽って「ふぅー」と息を吐き、うつむいたまま話を切り出してきた。

 

「あの、マスターさん。相談なんですけど……マスターさんはイタリア料理もレパートリーが多いじゃないですか?家庭料理みたいなものも作れたりしますか?」

 

「イタリアの家庭料理か……まぁいくつかうちのメニューに載せてない物も思いつくのはあるけど……どうしたの?」

 

「本当ですか?実は――」

 

 俺の返事を聞いて、勢いよく顔を上げて反応した霧島さんは、反射的にしてしまったその行動に顔を赤く染めながら、ゆっくりと説明をしてくれた。

 

 霧島さんの話によると、最近着任した艦娘でイタリア生まれのリットリオさんという戦艦娘がいるらしく、霧島さんが案内役というか、慣れるまでのお世話係になったらしい。そしてそのリットリオさんがどうやらホームシックなのだそうだ。

 

「なるほどね、それでイタリアの家庭料理を食べさせてあげたいってことか」

 

「ええ、今日まで何かと忙しくて時間が作れなかったのですが、明日私と一緒にお休みがもらえたので、こちらのお店に連れてこようかと……昨日こちらのパスタが美味しいという話をした時も興味津々だったので、どうせならパスタ以外のイタリア料理も食べさせてあげたいなと思いまして」

 

 日本人が海外で味噌汁が恋しくなるような感じで、帰りたいというよりも故郷の味が恋しいってことなんだろうな。ま、そういうことならぜひ腕を振るわせてもらおう。そう返事をしようとしたところで、いつの間にかカウンターに入ってきて俺の隣で話を聞いていた雷が声を上げた。

 

「それは協力してあげたいわ!ねぇマスター?」

 

 さすがは第六駆逐隊のお母さん。元気のないリットリオさんが心配なようで、そう言ってこちらを見上げて来た。そんな雷の頭を撫でながら、俺も霧島さんに返事をする。

 

「そうだね雷。霧島さん、俺でよかったら協力するよ。本場の味には敵わないかもしれないけれど、精いっぱい料理を作らせてもらうつもりだ。」

 

「あ、ありがとうございます!それでは、明日の今くらいの時間に連れて来ますね」

 

 霧島さんはそう言うと、まだ仕事があるということでそそくさと鎮守府へ戻っていった。リットリオさんの訓練中にちょっとだけ抜け出してきたらしい。

 

 ちなみに、霧島さんがお世話係になった理由と言うのも、そのリットリオさんの妹艦……ローマさんというらしいのだけれど、彼女も姉思いで真面目なメガネっ娘だそうで霧島さんと似たタイプと言うのが理由だということだった。すこしでも寂しさが紛れるようにというさくらの配慮らしい。ふーん、なかなか部下想いなさくら提督さんだね。

 

 そして、翌日の昼休み。俺たちは夕方来るという霧島さんとリットリオさんに出す、とあるメニューの仕込みをやっていた。

 

 まずはボウルに分量の熱湯に同じ重さの薄力粉を良く混ぜてラップをかけて十分弱くらい置いておく。その間に残りの薄力粉・砂糖・塩・ベーキングパウダーを混ぜ合わせておく。

 

 熱湯と混ぜた生地に、合わせた粉と水を少しずつ入れながら混ぜていき、最後にオリーブオイルを入れて、実は結構力強いと判明したほっぽちゃんにしっかりと捏ねてもらう。

 

「ンショ、ンショ。ヒデト、コンナカンジ?」

 

「うん、上出来!じゃあ次はこんな感じで一つ分ずつに分けていって麺棒で伸ばしたら、こうやって串で穴をあけてくれるかな」

 

 一つ見本にやって見せながら説明していく。そしてここからは雷にも手伝ってもらって、形を作っていくことにした。

 

「ところでマスターこれって何?ピザじゃないみたいだけど……パン?」

 

「イタリアのフォカッチャっていう物だよ。まぁ、パンと言えばパンなのかな?」

 

 そうしている間にもどんどん成型は進んでいって、程なくしてすべての生地の成形が終わった。そうやって作ったものを今度は三つに分けてそれぞれ違う特徴を持たせていく。

 

 まず一つは上に岩塩を散らしたシンプルなもの。もう一つは岩塩のほかに乾燥バジルとローズマリーを散らしたハーブ風味。最後が岩塩の代わりにシュレッドチーズを乗せたチーズ風味の三種類だ。さぁ、焼いていこう。

 

 予熱しておいたオーブンに入れて生地を焼いていく。その間に片づけを済ませてしまうと、しばらくしてオーブンが「チン」という音が聞こえてきた。

 

「さて、出来上がりはどうかな……っと、うぁっち!」

 

 仕上がり具合を確かめようとシンプルバージョンのフォカッチャを一つ取り出すと、その熱さに思わずお手玉状態になってしまった。焼きたてだから熱いのは当たり前なんだけど、少し冷めて何とか持てるようになったところで左右に割ると、指先からもちもちとした感触が伝わってきた。うん、この時点ですでにうまそうだ。

 

「はい、二人とも味見してみて。熱いから気を付けてね」

 

 そう言って二人に小さくちぎったフォカッチャを渡す。

 

 三人でふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてからかぶりつくと、指先で感じた以上のもちもち感が噛む度に、歯に、顎にと襲い掛かってくる。

 

「オイシイ!モチモチシテル!」

 

「ほんとだわ。このもちもち感はクセになりそうね」

 

 うん、上手くできてる。もちろん夕方二人が来る頃には冷めてしまうのだけれど、その都度オーブンで温めなおせばまたモチモチ感は復活する……というかあらかじめある程度の量を作り置いておかないと、戦艦二人の食べるペースには間に合わないしね。

 

 そしてもうひとつ、今のうちに作っておきたい料理がある。それがリボリータという煮込み料理で、今までフランスのポトフ、ドイツのアイントプフと作ってきたけれど、それと同じようなイタリアの家庭の味。

 

 作り方はみじん切りにした生姜・ニンニクをオリーブオイルで炒めて香りを出したら、粗みじんか角切りにした玉ねぎを入れて、色が変わるくらいまで炒めてコクと甘味を引き出す。その後角切りにしたパンチェッタを入れて肉の脂とコクを引き出し、角切りにしたジャガイモ・にんじん・白いんげんとひよこ豆の水煮を加えてサッと合わせたら、ブイヨンを入れて煮込んでいく。

 

 今回はパンチェッタを入れたので、塩味はそれで十分。具材に火が通ったところで黒コショウを少しと、オリーブオイルを回しかけて完成だ。

 

 実はこの料理、家庭の味と言うだけあってこれといって決まった材料はない。じゃがいもと白いんげんは欠かさないらしいけど、それ以外は実際の所冷蔵庫にあるものを使って作るみたいだ。そもそもイタリアでは固くなった前の日のパンを入れて、おいしく食べるために作っているらしいし、パンチェッタなんてなくったって普通に売ってるスライスハムを入れても十分おいしい。

 

 というわけで、これも二人が来たら温めなおして出すことにしよう。そして、例によってほっぽちゃんと雷の二人にも味見をしてもらう。

 

「フカイアジワイ……」

 

「これはなんだかホッとする味だわ。初めて食べたのに不思議……」

 

 そう、この手の料理ってどの国のものでも、なんだかホッとする感じなんだよね。だからこそ長く、多くの人に愛されてるのかもしれない。……っていうかほっぽちゃん、そんな言い回しどこで覚えてきたのさ。

 

 ともかく、これでリットリオさんも喜んでくれるといいんだけどね。まぁ、このほかにも考えてる料理はあるし、後は二人が来てから気合入れて作るだけだ。

 




サイゼでフォカッチャ食べながら書きました
もちもちフォカッチャおいしい。




お読みいただきありがとうございました


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四十七皿目:Nostalgia2

今日はいよいよリットリオが来店します


 そして夕方、優雅な午後のティータイムを過ごしていたおばさま方がお帰りになって、ここからはもうそれほど混まないだろうという時間帯、片づけをしながらのんびりした空気が流れ始めたところでドアベルが鳴った。

 

「こんにちはマスターさん。お約束通り連れて来ましたよ」

 

「初めましてテンチョーサン。ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦二番艦、リットリオです。よろしくお願いしますね」

 

「初めましてリットリオさん。こちらこそよろしくお願いします。店長が呼びにくかったらヒデトでも何でも呼びやすい呼び方で良いですよ」

 

 霧島さんが連れてきてくれたリットリオさんは、なんだかほんわかした優しそうな人だった。お互い自己紹介を済ませて握手を交わし、席に案内する。

 

 初対面ではっきりわかるほど意気消沈とは感じられなかったが、案内するときにチラリと霧島さんを見ると軽く頷いで見せてくれたので、聞いていた通りなのだろう。

 

 二人がカウンター席に着くと、すかさずほっぽちゃんがおしぼりとお冷を持ってきてくれた。リットリオさんは前もって聞いていたようで、一瞬驚きこそしたものの大声を出すようなことも無く笑顔で受け取っていた。

 

「グラッチェ!えーと、ほっぽちゃん?」

 

「ドウイタシマシテ、ゴユックリドウゾ」

 

 そう言えばほっぽちゃんが来てから、新しい艦娘が来るのは初めてだった気がするけど、受け入れられたみたいで良かった。今もこちらへ戻ってくる背中を見つめながら「かわいいですねー」とおしぼりで手を拭いながらつぶやいている。さて……。

 

「リットリオさん、霧島さんから今日はお任せでって言われてるんだけど、君もそれでいいかい?」

 

「はい!おいしいパスタが食べられると聞いてきました。楽しみです」

 

「まぁ、本場の人の口に合うかどうかはわからないけれど、腕を振るわせてもらうよ。それに、他の料理も用意しているから、楽しんでいってね」

 

 リットリオさんとそんな会話を交わした後で、隣にいる雷にアイコンタクトを送る。雷もその合図に頷いてある飲み物を差し出した。

 

「まずは食前酒よ。イタリア語だと、あぺ……あり……」

 

「Aperitivo(アペリティーヴォ)ですね、イカヅチ」

 

「そう、それよ!とりあえずこれで喉を潤しながら待っていてちょうだい」

 

 そういいながら雷が二人の前に置いたのは、ロングタイプのカクテルグラスに氷と共に入れられた黄金色の飲み物。上にはレモンスライスとミントの葉が浮かべてある。

 

「これは……もしかしてリモンチェッロですか!?」

 

「まぁ、なんちゃってなんだけどね。一から漬け込んで作ったものじゃなくてレモンシロップとウォッカ、ソーダで作ったカクテルみたいなものかな。でもシロップは自家製だから味は悪くないと思うよ」

 

 そのなんちゃってリモンチェッロが入ったグラスを持ち上げて、しげしげと眺めるリットリオさん。そこへ霧島さんが声をかけた。

 

「それじゃあリットリオ、乾杯しましょう。そうね……マスターさんは半分鎮守府の関係者みたいになっちゃってるけど、あなたここの島民の方とお話しするのは初めてでしょう?だから、あなたの新たな出会いと、この島へようこそってところでどうかしら?」

 

「あらー、いいですね、いいと思います」

 

「ふふっ、では……」

 

 チンとグラスを触れ合わせ、二人はゆっくりと口に運ぶ。

「んくっ……はぁ。これはおいしいですねー」

 

「ええ、さわやかなレモンの酸味がいいですね」

 

「良かった。それじゃさっそく一品目を持ってこようか」

 

 そう言って厨房に戻って料理の準備をする。と言ってもスープとフォカッチャを軽く温めなおすだけだ。今日はちゃんとしたコース料理ではないのでアンティパストという訳ではないけれど、まずはこれを食べてもらっている間に、次のパスタを作るのだ。

 

「よし、それじゃ持っていこうか。雷はフォカッチャを持ってきてくれるかい?」

 

 二人で料理を持って行く。その間ほっぽちゃんはお客さん二人のお話し相手だ。

「お待たせしました。フォカッチャとリボリータです。フォカッチャは岩塩・ハーブ・チーズの三種類。スープにつけて食べても美味しいですよ」

 

「まぁ!日本でフォカッチャが食べられるなんて!それにこのリボリータも美味しそうです」

 

「いろいろな具が入っていておいしそうです。さあ、いただきましょう」

 

 リットリオさんはまずスープの香りをかいでから、スプーンを使って口に運んだ。そして「ふはぁ」と色っぽいため息をつくと、続いてフォカッチャへと手を伸ばす。

 

 一口サイズに千切ったそれをしっかり噛みしめてから飲み込むと、それまでリットリオさんのことをじっと見つめていた霧島さんに話しかけた。

 

「キリシマ、グラッチェです。私が落ち込んでるのに気が付いて連れてきてくれたのですよね。こうして艦娘として生まれ変わって初めてイタリア料理を食べたのですが、とてもおいしいです。ふふっ、イタリア生まれなのにおかしなセリフですね」

 

 そう言って笑うリットリオさんに霧島さんも笑顔で返す。確かに普通に聞いたらおかしなセリフかもしれないけれど、この店で同じような気持ちになってきた子達を見てるからね……おいしいって言ってもらえてうれしいよ。

 

 そして、リットリオさんはこちらを向いて話を続けた。

 

「ヒデさん。とてもおいしいお料理です……もしかしたら本国の人が作るものはまた味が違うのかもしれないですけど、私にとってはこれが故郷の味になりました」

 

「ありがとう、そう言ってもらえてよかったよ。ただ、できればあったかいうちに食べてくれるともっと嬉しいかな」

 

 彼女の言葉に、俺はスープを指さしながらちょっと茶化して言った。だってなんだか照れくさいじゃないか。なので、彼女が「そうですね」と言って食べるのを再開したのを見て、次を作ってくるよとその場を離れた。

 

 さーて、次はパスタだ。しっかり手の込んだものを作ってもいいんだけど、今回は家庭料理でって注文だったので、俺が知っている中でも一番シンプルで簡単なパスタを作ることにした……とは言え、果たしてこれが家庭料理として食べられているかはわからない。ただ、あまりにも材料も少なくシンプルなので、多分作っているんじゃないかとは思う。

 

 で、そのパスタって言うのがカチョ・エ・ペペというパスタだ。材料はパスタ・ペコリーノチーズ・黒コショウの三つだけという圧倒的な単純さ。ただし、それを美味しく作るのは難しい。

 

 俺もモノにするまで何度か失敗しているし、師匠の味にはまだ届いていないと思う。同じ材料を使っていても、チーズの分量や混ぜる時のゆで汁の量、混ぜ方なんかで全然違う物になったりするんだよね……

 

 そして、一応ペコリーノチーズについて説明しておくと、羊の乳から作られる、塩味の強さとヤギよりは軽めの風味が特徴のハードタイプチーズだ。

 

 チーズに関しては、深海棲艦侵攻の前はチーズ需要の高まりを受けて、北海道などの酪農が盛んな地域では大小多くのチーズ工房が自慢のナチュラルチーズを作っていた。

 

 その後深海棲艦の侵攻を受けて、飼料用の穀物輸入が滞りチーズに限らず酪農、畜産と大打撃を受けるのだが、最近何とか盛り返してきて販売される商品も増えてきたところで、ここみたいな離島でも何とかこういうナチュラルチーズを手に入れることができている。

 

 閑話休題。で、カチョ・エ・ペペの作り方なんだけど、太めのパスタをいつもより少なめの塩加減で茹でていく。その間に、ボウルにおろしたペコリーノと粗びきこしょうを混ぜておいて、茹で上がる前にほんの少しパスタのゆで汁を入れて混ぜ合わせて、ソース状にしておく。

 

 パスタが茹で上がったら、鍋から直接トングなどを使ってパスタをボウルに移して、その時に一緒に入ってきた水分と、ソースが良く混ざり乳化するよう空気を入れながら混ぜ合わせる。混ざったらお皿に盛って完成だ。好みで更にコショウを振ってもいいと思う。

 

「お待たせ、今日のパスタはカチョ・エ・ペペです、どうぞ」

 

 スープを食べ終わり、フォカッチャをつまんでいた二人の前にパスタを盛った皿を置く。すると、それまでぽやぽやしていたリットリオさんが「これは……」と驚きの表情を浮かべた。

 

「リットリオどうしたの?」

 

 その表情に霧島さんも驚きながら声をかけた。

 

「いえ、ごめんなさい。実はあの時私に乗り込んでいたマリーナの皆さんが食べていたものと同じだったので驚いてしまって……あの時はなんてお料理なのか名前もわからず見ているだけだったですけど……そうですか、これを食べていたのですね」

 

 と、そこまで言ってフォークにパスタを絡ませて、一口。

 

「ああ……おいしいです。これはチーズとコショウと……」

 

「それだけだよ、チーズとコショウだけで味付けしてるんだ……あー、えーっと……俺が言うのもなんだけど、戦時中の厳しい軍務の合間に手早く作れるものってことで、この料理に祖国を求めていたのかもしれないね」

 

「ええ、そうかもしれませんね。でもなんだか嬉しいです。こうして祖国の味を知ることができて……また作ってもらえますか?」

 

「もちろん。いつでも言ってくれ」

 

 ちょっとしんみりしちゃうかと思ったんだけど、それ以上にかつての乗組員の人たちが食べていたものと同じものを食べられたことが嬉しかったようで、笑顔で食べ進めていた。

 

 そしてその後も、リットリオさんは霧島さんや雷、ほっぽちゃんと他愛ない会話を交わしたり、食後のコーヒーを味わったりしながら、ゆっくりと流れる夜の時間を楽しんでいった。

 




ちょっとマイナーなイタリア料理をいくつかお届けしました。

今回のパスタをイタリア海軍が食べていたかどうかは分かりませんが
お読みいただいたように少ない材料で作れるので
何回かは食べていたんじゃないかなーなんて……



お読みいただきありがとうございました


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四十八皿目:先生と生徒と春の味1

先生と言えばあのお方の登場です


「むー、さてどうしたものか……」

 

 今日は店休。朝の掃除を終わらせてちょっと遅めの朝食を取った後、テーブルに今まで書き溜めてきたレシピノートを何冊か広げて、うんうん唸っていた。いったい何を悩んでいたかと言うと……

 

「ここんとこの日替わりは洋食系が多かったからな。まぁ喫茶店としてはそれでいいのかもしれないけれど、そろそろ変えていきたいよなぁ」

 

 ということで、明日以降の日替わりランチに悩んでいたという訳だ。大体こうやって週一の店休日にその後一週間の日替わりを考えるので、こうして悩むのもいつもの事と言えばいつもの事なんだけどね。おまけにこうして前もって考えていても、少なくない頻度で前日や当日の朝に変更……なんてこともあるから何とも言えないところではある。

 

 と、思考がそれたところで、集中力がそれてしまったのを感じたのでコーヒーでも入れるかとカウンターへ入りお湯を沸かし始める。

 

 いつものようにサーバー、ドリッパー、コーヒー粉を準備してたところでお湯が沸いて、ドリップを始める。

 

「ふん、ふん、ふーんっと……あ……」

 

 自分でも無意識のうちに鼻歌なんぞを口ずさんでしまっていたことに気が付いて、誰にも見られていないのに恥ずかしくなってしまった。

 

 気を取り直してドリップを続け、終わったところでサーバーからドリッパーを外して香りを確かめると、思わずにやけてしまう。コーヒーが入ったサーバーとプライベート用のマグを持ってテーブル席へと戻り、さて思考再開だと思って気合を入れなおしたところで勝手口の外に備え付けてあるドアチャイムが鳴らされた。

 

「ん?誰だろう」

 

 はいはーいと返事をしながら勝手口を開けると、そこにいたのは大きな籠を持った天龍さんと、その後ろからのぞき込むようにしている龍田さんだった。

 

「おう、大将。休みなのにすまねぇな」

 

「こんにちわぁ。ごめんねマスターさん、天龍ちゃんがどうしてもって言うから」

 

「んだよ、龍田だって大賛成だったじじゃねぇか」

 

「まぁまぁ二人とも、とりあえず中に入りなよ。お茶でも出すから」

 

 とりあえず立ち話も何なので、そのまま勝手口から入ってもらって店内へと案内する。

 

「さて、何飲む?コーヒーならさっき入れたまだ熱いやつがあるけど」

 

「新しく入れてもらうのもなんだし、それでいいわよー」

 

「あぁ、まかせるぜー」

 

 という二人の言葉に甘えて、さっきのコーヒーをそれぞれのカップに注いで話を始めることにした……のだけれど……。

 

「たけのこ?」

 

 天龍さんが持ってきた大きな籠を足元に置いた時に上から中が見えたので、気になって聞いてみた。

 

「あぁ、実はよ今朝ちびっ子どもを連れて堀りに行ってきたんだよ。っつーのも、山の上の施設から連絡があってできたら掘って欲しいってな。なんだ、管理の一環っつってたな。で、掘った分は持ってっていいって言われたんで持ってきたって訳よ」

 

 へぇ、たけのこ……と言うか竹林の管理なんだろうけど、やっぱりある程度間引きしないとダメなんだろうね。詳しくは知らないけれど。

 

 その天龍さんの言葉を継ぐように、龍田さんもここに来た訳を説明してくれた。

 

「それでー、天龍ちゃんと相談してマスターさんに皆の分を料理してもらおうかなーって持ってきたの。いっぱいあるから、余った分はお店で使ってちょうだい。いつもお世話になってるお礼ってことで」

 

「ありがとう。そう言うことならありがたく使わせてもらうよ。そういえば、一緒に行ったって言うちびっ子たちは来てないのかい?」

 

 そんな俺の質問に天龍さんが「それなんだけどな……」と苦笑い気味に答えてくれた。

 

「朝が早かったのに加えて、はじめての体験にテンションが上がってたみたいでよ。終わったら眠そうにしてたんで先に帰らせたんだ。今頃布団の中じゃねぇか?」

 

「ま、私達も帰ったらちょっと昼寝するつもりだけどねー」

 

 と、天龍さんの言葉に龍田さんも続く。あー、たけのこ堀りって朝早くないとダメなんだっけ……たけのこに太陽の光を当てないようにとかって。

 

「だから、あいつらを連れて来るのは明日かな。昼飯時……は混んでるだろうから、午後一にするわ」

 

「了解。じゃあたけのこがなくならないように取っておかなきゃね……ってこの量はそうそうなくならないとは思うけど」

 

「だな。ま、俺たちの分はそれなりに残しておいてくれればいいから、あんまり気にしないで使ってくれよ。たけのこ掘り教えてくれたおっちゃんも、たけのこは早ければ早いほど美味いって言ってたしな」

 

 そう言ってくれるとありがたいね。じゃぁ明日の日替わりはたけのこ尽くしで決まりかな……っとそうだ。

 

「二人ともまだ時間は大丈夫?せっかくだから朝掘りの味、味わって行かない?材料持ち込みでってことでお代はいいからさ」

 

「へへっ、実はその言葉ちょっと期待してたんだよな。よろしく頼むぜ」

 

「うふふ、私もー。持って帰って私たちが料理するよりも間違いなく美味しいもの」

 

 その期待は嬉しい期待だね。それに、せっかく早起きして掘ってきたんだもの、一番は堀った人に食べてもらいたもんだ。一緒に行ったっていう今はいないちびっ子たちにも何か持って行ってもらおう。

 

 それじゃぁ、せっかくの朝掘りを無駄にしないように、気合入れて作っていこうか。

 

 まずは朝掘りならではの一品から。朝掘りのたけのこ、特に今回みたいに掘ってから数時間しか経っていないようなものは、本来必要なあく抜きもいらないからお湯でゆでる程度で十分だったりする。

 

 という訳で、最初は焼きたけのこだ。まずタケノコを縦に半分に切り、中に切れ目を縦横に入れる。これをアルミホイルでくるんで、焼き台で網に乗せて強火で二十分ほど焼いていく。焼き加減を確認してしっかり火が通っていれば完成だ。塩かわさび醤油で食べてもらおう。

 

 そして、たけのこを焼いている間にもう一品。えぐみが苦手な人にもおすすめなのが、てんぷらだ。衣と油でコーティングされてえぐみを感じにくくなる。

根元の方は薄めの輪切りに、節のある先の方は櫛切りにして衣をつけて揚げていく。途中でちょいと味見ということで一つかじってみる……んー、やっぱり生のたけのこは食感も風味も水煮とは違うね。これぞ旬の味ってやつだな。

 

 さて、てんぷらも揚げ終わり、焼きの方も良い感じだ。さっそくこの春の味を味わってもらおう。

 

「お待たせ。焼きたけのことたけのこのてんぷらだよ。焼きは塩かわさび醤油、てんぷらは塩で食べてみて」

 

「おっ!待ってました!んじゃいっただっきまーす」

 

「わぁ、おいしそう。いただきまーす」

 

 二人ともまずは焼きの方から手を伸ばす。天龍さんはわさび醤油、龍田さんは塩で行くみたいだ。

 

「くーっ!わさびがきくぜぇ!でもたけのこの風味も負けてねぇな。何つーか、ガツンとわさびが来た後に、ふんわり来るっつーか……あー、うめぇって事だ」

 

「天龍ちゃん、無理に難しいこと言わない方が良いわよー。まぁでも、ほんとに美味しいわぁ、塩だと旨味がより引き立つ感じ」

 

「うっせぇ……あ、塩もうめぇな」

 

 ふふふ、おいしかったのなら何よりだ。続いて二人はてんぷらを口に運ぶ。

 

「へぇ、てんぷらにすると食感も変わるわねぇ。さっきのシャキシャキのも美味しかったけど、このほっくりしたのも美味しいわぁ」

 

「俺はこの輪切りのやつが気に入ったぜ、なかなか食べ応えがあっていい感じだ」

 

「ねー、マスターさんにお願いしてよかったでしょー?」

 

「だな……っておい、先に言ったのは俺の方だろ!?」

 

「あらぁ?そうだったかしらぁ?……まぁ、いいじゃない。おいしいんだから、はい、あーん」

 

「龍田てめぇ!むぐっ……うまい……まぁ、いいか」

 

 相変わらずの仲の良さを見せつけてくれる二人。姉妹って言うより気兼ねしない友達同士って感じだけど、一人っ子の俺としてはそういう関係は羨ましいな……さくらは……まぁ、腐れ縁だし。

 

「さて、そろそろお暇するぜ、明日はよろしく頼むわ」

 

「おう、任せてくれ。ところで明日一緒に来るのって、誰なんだい?暁達?」

 

「いや、違うぜ……って、そうか大将はまだ会った事無かったか。ま、最近来た新顔だ、明日ちゃんと紹介するさ。んじゃな」

 

 そう言って天龍さんは店の扉から出ていこうと歩いていく……あ、そっちは……

 

「あれ?開かねぇ……」

 

「ふふふ、やぁねぇ天龍ちゃんったら。ボケちゃったのかしらぁ?今日はお店がお休みで、裏からいれてもらったんじゃなーい」

 

 天龍さんのうっかりに、ここぞとばかりにからかう龍田さんと「そうだった……」と額に手を当て俯く天龍さん。ちょっとかわいそうなので、入口のカギを開けてそこから出られるようにしてあげた。

 

 うつむいたままで天龍さんが出て行ってしまったので、残った龍田さんに「じゃあ、明日お待ちしてます」と手を振って見送る。さて、それじゃあ下ごしらえがてらたけのこを茹でながら、明日のたけのこ御膳の内容でも考えましょうかね。

 




先生方がご来店、春の味覚たけのこを持ってきてくれました
明日来るという新顔の子達と言うのは何型駆逐艦なんでしょうかねぇ……



お読みいただきありがとうございます


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四十八皿目:先生と生徒と春の味2

当初の予定では前回の後書きにかいたように駆逐艦を出す予定でしたが
変更してこの子達に登場してもらうことにして書き直しました




 翌日、手伝いにやって来た雷に事情を話して、朝からさっそくたけのこ料理の仕込みに入る。まずは主菜から。一気に量を作れて、ご飯のおかずにもぴったりってことで豚バラとの煮物にする。

 

「わぁ、なんだか聞いただけでご飯と合いそうね。でも、ご飯もたけのこご飯にするんでしょ?その主菜なら白飯の方がいいんじゃない?」

 

 メニューを説明していると雷からそんな質問をされた。正直そこは迷ったんだけどね……まぁ、たけのこご飯の方は味を薄めにする予定だから大丈夫だと思う……ことにした。

 

 さて、それじゃさっそく作っていこう。まずは昨日のうちに茹でてアクを抜いておいたたけのこを一口大の乱切りにしていく。その大きさに合わせて豚バラブロックも角切りにしていこう。

 

 まずは豚肉から煮ていく。出汁・醤油・酒・みりん・砂糖でアクを取りながら弱火で煮て、火が通ったらたけのこを入れ落し蓋をして、豚肉の旨味をたけのこに煮含めていく。とりあえずこれは軽く煮たところで火を止めて置いておこう。

 

 続いては小鉢を二種類。一つ目はこれも煮物になってしまうのだけれど、若竹煮を作ろうと思う。たけのこ料理と言えばやっぱりこれは外せないよね。という訳で、香りを強めにとったかつお出汁と酒を合わせたところに適当な大きさに切ったたけのこを入れて煮ていく。

 

 中火で出汁が沸くまで加熱して、沸いたら火を弱めてアクを取る。醤油・みりん・塩で軽く調味したら煮汁がコトコト沸くくらいの火加減で煮ていく。わかめは後で温めなおす時に入れて軽く温まる程度でオーケーだ。同じ煮物でも、豚肉の時とは違って出汁の風味を強めに効かせて味にメリハリをつける。

 

 そしてもう一つ、お次は炒め物。たけのこのきんぴらを作っていく。油を熱したフライパンに輪切りにした鷹の爪を入れて軽く香りを出す。そこにたけのこを入れてサッと和えたら、醤油・みりんで味付け。ごぼうなんかのきんぴらよりも甘さを抑えて作るのが美味しさの秘訣だ。

 

 とここで雷があることに気が付いた。

 

「ねぇマスター、なんだか全体的に茶色いわね……もう少し野菜が欲しいところだわ」

 

「さすが雷、鋭い指摘……一応味噌汁を具沢山にして補おうかとは思ってるよ。根菜中心でけんちんっぽい感じでどうかな?」

 

「なるほど、良いと思うわ!」

 

 よし、雷からもオッケーが出たところで、まずは材料を切っていこう。大根とにんじんは銀杏切り、ごぼうはささがき、しめじは石突を取ってばらしておく。これらを出汁に入れて火を通していき、火が通ったところで味噌を溶いて完成だ。

 

 と、ここまで作ったところでたけのこご飯の方も炊きあがったみたいだ。雷と二人で釜の前に立って、いざ御開帳……。

 

「うわぁ、良い匂い!美味しそう!」

 

 そう言って笑顔を向けて来る雷に、しゃもじにちょっとよそって差し出す。

 

「熱いから気をつけてな」

 

「いただきまーす……あふっ、はふ……んー、お出汁の香りとたけのこの風味がたまらないわ。なるほど、これだけだとちょっと物足りない感じもするけれど、あのおかずと一緒に食べるならこれくらいが良いのかもしれないわね」

 

 ま、そういうことだね。今日のたけのこご飯は、かつお出汁と少しのお酒と塩だけで炊いている。さっきも言ったように味が濃い目のおかずがあるからね。

 

 そんな感じで他の仕込みなんかも並行してやってたら、あっという間に開店の時間だ。今日も一日頑張ろう。ちなみにほっぽちゃんはまだ夢の中だ……ま、起きてきたらお店の方でモーニングでも食べてから仕事に入ってもらおう。

 

 開店してからはいつも通りに営業していたのだけれど、ランチの時間になってからありがたいことに日替わりランチ……つまりたけのこ御膳の注文が殺到していた。おかげで、昼休憩の間にもう一度それぞれのメニューを作ることになったのだけれど……。

 

 これは加賀さんと赤城さんがかなり消費したからだろうな。加賀さんは鎮守府では艦娘たちのスケジュールのとりまとめもしてるって言うし、昨日の天龍さん達の行動もばっちり把握して、狙ってきたんだろうな。

 

 そんなこんなで、新しくたけのこ御膳を拵えて午後の開店を迎える。天龍さん達は午後一で来るって言ってたからそろそろ……。

 

「おーっす、来たぜ大将!おら、ちび共入んな」

 

「てんちょー、久しぶりー」

 

 天龍さんの後から入ってきたのは、あれ?佐渡ちゃん?俺があったことない子だって聞いた気がしたけど……と疑問に思っていたら、さらにその後ろから同じような格好の女の子が二人、龍田さんに促されて入ってきた。

 

「初めまして!日振型海防艦一番艦、日振です!よろしくお願いします!」

 

「あたいは日振型海防艦、その二番艦、大東さっ!よろしくなっ」

 

 白地に青の大きな襟がついたセーラーワンピとセットの水兵帽をかぶった女の子。見るからに姉妹艦だけど、海防艦って言ってたから佐渡ちゃんと同じなのか。確かに見た目の年齢も同じくらいだね。

 

 いつも明るい佐渡ちゃんも、同じ艦種で同じ年頃の子が来たからか、いつも以上に笑顔な気がする。よかったね、佐渡ちゃん。

 

「こちらこそよろしくね。それと、今回はたくさんのたけのこありがとうね。他のお客さんも美味しい美味しいって食べてくれてたよ」

 

「いひっ!良いって事よ!」

 

 さて、昨日会えなかった三人にたけのこのお礼を言いながら、テーブル席へと案内したところで、ほっぽちゃんがおしぼりとお冷を持ってきた。

 

「ドウゾー……アッ!サドー!イラッシャイ」

 

「おう、来たぜほっぽ。そうだ、ほっぽにも紹介するな、ひふと……じゃなくて、日振と大東だ。仲良くしてくれよな」

 

「オー、サドノトモダチハ、ホッポモトモダチ!ヨロシク」

 

 そう言ってお互いに握手をする三人。日振ちゃんと大東ちゃんはちょっとおっかなびっくりといった感じだったが、佐渡ちゃんが間に入ってくれたおかげか何とかなりそうだ。まぁ、年齢も近そう?だし、すぐに仲良くなれるだろう。

 

 彼女たちのやり取りの横で、龍田さんにアイコンタクトを送ると「お願いするわぁ」みたいな視線が返ってきたので、さっそくたけのこ御膳を用意しよう。

 

 昼休み中に追加で作ったので、出来立てをそれぞれ器に盛ってお盆に載せて持って行くのだけれど、雷にお願いして持って行ってもらっている間に、もう一品追加で作ることにする。彼女たちはせっかく立派なたけのこをたくさん持ってきてくれたので、プラス一品サービスだ。

 

 今度はちょっと洋風にして、たけのこと海老のガーリック炒めだ。たけのこは和風の味付けも美味しいんだけど、オイルやニンニクとも相性がいいからね。

 

 まず、油を熱してみじん切りにしたニンニクを炒めて香りを移したところで、背ワタを取ったむきエビを入れて炒めていく。むきエビは下ごしらえとして、塩・白ワインを揉みこんで臭みを取っておく。

 

 ある程度火が通ったところでたけのこを加えて炒めて、固くならないようにエビに火を通したら、塩・コショウで味を整えて完成。お皿に盛って、最後に刻みパセリを散らして皆の所へ持って行く。

 

「はい、おまたせ。こちらのガーリック炒めもどうぞ。これは他のお客さんには出してないからね、たくさんたけのこを持ってきてくれたからサービスだ」

 

「おっ、サンキューな。へへっ、これも美味そうだ、ニンニクの香りがたまんねぇな。よーし、お前ら、景気づけにたっぷり食っとけよー」

 

 獲物を狙うような鋭い視線を向けながらそう言った天龍さん。ちょっと怖いですよ……というか、景気づけってのが気になったんだけど何かあるのかな?

 

 その疑問に答えてくれたのは龍田さんだった。

 

「実は明日、日振ちゃんと大東ちゃんの初出撃なのー。それで、景気づけってわけ。まぁいつもの対潜哨戒で、敵がいてもひと当てしたら損傷に関わらず帰ってくるけどねー」

 

 その龍田さんの言葉に年少組三人が得意げに話してくれた。

 

「いひっ、潜水艦相手ならこの佐渡様にお任せってね!」

 

「はい!日振、はたらきます!」

 

「ま、この島の海はあたいらが守ってやるよ」

 

 おー、頼もしいねぇ……と感心していたのもつかの間、三人は「いただきまーす!」と声をそろえて食べ始めた。あ、早く食べたかったよね、ごめんね。

でも、まぁよかった。おいしそうに食べてくれてるわ。まさかこんなに幼い子が来るとは思ってなかったから、ちょっとメニューが渋すぎたかなって思ったんだけど、大丈夫みたいだね。

 

「てんちょー、これうまいぜ!ちょっとピリ辛だけど、ご飯が進むな!」

 

 佐渡ちゃんが気に入ったのは意外にもきんぴらだった。小さい子にはちょっと辛いかなと心配だったんだけど、たけのこご飯と一緒に食べるとたまらないらしい。

 

「いやいや、こっちの肉と煮た奴だろ。あたいはこっちのが好きだなぁ。やらかい豚肉と味が染みたコリコリのたけのこがうめーんだ」

 

 ちょっと佐渡ちゃんにも喋り方が似ているこの子は大東ちゃんだったか。彼女は豚肉をご飯の上で軽くほぐして一緒に食べている……

 

 トロトロになるまで煮込んだ豚バラは箸で簡単にほぐれて、タレと一緒に脂がご飯にじんわりとしみ込む。豚肉のガツンと来る脂の旨味と、お米にしみ込んだ出汁の旨味が良い感じに合わさって、新たなおいしさが生まれる。そこに食感のアクセントとしてコリっとたけのこが入ってくると完璧だ。あれは間違いなく美味い。

 

 とまあここまで言うのも、さっき昼に食べた賄いで同じような食べ方をしたからなんだけどね。鍋の中で崩れてお客さんに出せなかった豚肉を、ほぐしてご飯にのっけて丼みたいにして食べたんだよね。雷も「うまうま」と美味しそうに食べていた。

 

 そしてもう一人の新人さん、日振ちゃんはさっき持ってきたガーリック炒めがハマったみたい。

 

「にんにくの香りとぷりぷりのエビ。シャキシャキのたけのこの食感がおいしいです!でも、こういう料理にも合うんですね……日振の知ってる中にはなかったんですが……」

 

 真面目な元気っ子という印象の日振ちゃんがそんな風に首を傾げて聞いてきた。まぁ、そこまで真剣な疑問って訳じゃないだろうけど、ちょっと答えることにしよう。

 

「日本人としてはたけのこっていうと、どうしても出汁と一緒にって印象が強いけど、アジア圏では割とポピュラーな食材だからね。東南アジアの方ではスパイスと一緒にカレーの具材なんかにも使われてるし、中華料理でも良く使うでしょ?有名なのだと青椒肉絲とか……」

 

「あぁ、確かに!そうですねっ!」

 

「そう考えると、たけのこってオイルやニンニクとかの香味野菜、スパイスとの相性もピッタリなんだよね。他に洋風に使うならパスタとか、チーズ焼きなんかも美味しいかな」

 

 そんな風に講釈を垂れてみると、日振ちゃん以外の面々も「へー」「そうなんだ」と聞いていた。いや、そんなに真剣に聞かれても困っちゃうんだけど……と照れくさくなったので、お姉さん二人に話を振る。

 

「と、ところで、そっちの二人はどうだい?口に合ったかな?」

 

「ったりめーよ!大将の料理はなんでもうまいぜ!」

 

 天龍さんが即座に返すと、それに続いて龍田さんもゆっくり口を開いた。

 

「そうねー、私はこのたけのこご飯が好きかしらぁ。確かにちょっと味は薄めでおかずと一緒に食べるのが前提なんでしょうけど、私は普段からこれくらいがいいわぁ」

 

 ふむふむ、龍田さんは薄めの味付けが好きなのかな?今後の参考にさせてもらおう……っと、ちょっと話し込んじゃったな。そろそろ他のお客さんも来るかもしれないし、俺は戻らせてもらおう。

 

 その後も、時々ほっぽちゃんや雷とも話をしながら食事を楽しむ一同。最後にお姉さん方にはコーヒーを、年少組はデザートのアイスをサービスで出しておく。その時の喜びようが見た目相応で、なんだかほっこりしてしまった。

 

 うん、今日は喜んでもらえて良かった。明日の出撃も無事に終えてもらって、また食べに来てもらいたいもんだね。

 




新たな海防艦の二人に登場してもらいました
最初は択捉型にしようかとも思ったのですが
せっかくなので新規艦の二人で……

今後ほっぽちゃんと仲良くなってもらいたいですね



お読みいただきありがとうございました


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投稿百回目記念特別編

タイトルにもあるように、おかげさまで投稿百回目を迎えることができました
これもひとえにお読みいただいている皆様のおかげです
お礼になるかどうかは分かりませんが、いつもとは違う感じのお話を書いてみたので
ぜひお読みいただければと思います



「金剛、加賀、長門、三人とも明日の夜は明けておいてね」

 

「了解した。だが、なにがあるのだ?」

 

 提督室にたまたま揃った三人に唐突にそんなことを告げると、長門が聞き返してきた。

 

「んー、ちょっとね。ま、悪いことじゃないから安心して頂戴。そうねー、ヒトキュウサンマルくらいには仕事を終わらせてもらえるとありがたいかな」

 

 私はそれだけ言って仕事に戻った。三人とも顔を見合わせて首をひねっているけど、別に大したことじゃないしそんなに気にしなくていいのに……まぁ、大したことじゃないなら言っても構わないんだけど、そこはほら、ねぇ?

 

 ってことで翌日。仕事を終えた長門が提督室へとやって来た。金剛と加賀はこの部屋にあるそれぞれの机で事務仕事をしていて、それももう片付けに入っている。

 

 というか二人とも今日一日ずっと気になっていたようで、そわそわしたり二人でこそこそ何かを話したりしていたみたいだ。こっちには気づかせないようにしていたみたいだけれど、普段ピシッと仕事をしているだけにちょっと様子が違うだけでも結構目立つのよ。

 

 とは言え私の話しぶりや、時間なんかから予想はついているらしく、後半はどちらかというとワクワクしてるような表情だった。そして長門が入ってきた今も……

 

「ヘーイ、ナガト、遅かったネー」

 

「……待ちくたびれました」

 

「ん?まだ昨日言われた時間には早い気がするのだが……あ、いや、すまん」

 

 ふふっ、あの様子だと二人はもう気が付いてるわね。それならもう隠しておく必要もないけど、まぁ実際に行くまでは黙っておきましょうかね……でも、あれは通常営業が終わってからだから、今から行ってもまだ早いわよ?

 

 早く行こうと無言でアピールして来る部下たちをなだめながら、少し世間話で時間を潰してから駐車場へと向かい、車に乗り込む。

 

「今日は皆サンも一緒ですカー?」

 

 ドアに手をかけたときに気が付いたのだろう、開けるなり室内にそう声をかけた。

 

「ええ、提督殿からお誘いいただきましてね。我々も久しぶりなので楽しみにしておるのです」

 

 金剛の質問に答えたのは先に乗り込んでいた司令部付きの妖精さんだ。そのほかにも工廠妖精さんと、任務妖精さんも手を振っている。

 

 ちなみに妖精さん達が座っているのは後部座席にある埋め込み式のアームレストに装着された特設シートだ。元の車自体はいたって普通の4シーターセダンなのだけれど、妖精さん達の手によって魔改造が施されていてこれもその一つ。ぶっちゃけこういう謎装備がいくつあるのか把握しきれていない……妖精さん、やりすぎ……。

 

 さて、皆乗り込んだところでエンジンスタート、鎮守府を飛び出して海岸通りを進んでいく。ぽつぽつと街灯が立ってるだけの暗い道からトンネルを抜けると、市街地の明かりが見えてくるのだけれど、実はこの景色が結構好きだったりする。

 

 この明かりの一つ一つの下にみんなが暮らしていて、私の仕事がそれを守る助けになってると思うと、なんだか嬉しくなってくるよね……って、こんなこっぱずかしい事誰にも言わないけど。

 

 と、そんなことを考えながら運転していると、秀人の店が見えてきた。店の隣にある小さな駐車場に車を止めて、皆に声をかけた。

 

「さぁ着いたわよー。降りて降りて」

 

 私のその言葉にキャイキャイと楽しそうに車を降りる一同。妖精さん達も三人の肩に乗って一緒に降りた。そのまま金剛が開けてくれた扉をくぐって店内へと入ると、いつものように秀人が声をかけてくる。

 

「いらっしゃいませ、ご予約のお客様ですね……待ってたよ」

 

 芝居がかった大げさな仕草で出迎えをしてくれたんだけど、私のしかめ面に気が付いたのか、めんどくさくなったのかはわからないけど、すぐにいつも通りのやり方に戻した。

 

 そんなならやらなきゃいいのにと、ちょっと呆れながら手を挙げることで返事とすると、私に続いて入ってきた三人もそれぞれ挨拶をする。

 

「ハーイ、ヒデトサン、こんばんはデース」

 

「こんばんは、店長さん」

 

「久しぶりだな、店主殿」

 

 嬉しそうに挨拶をする三人の声を聴きながら、ずいぶん懐いたものねと苦笑いを浮かべた。

 

 新たな試みをしている組織の長という立場からも、それに幼馴染という個人的な立場からしても、かわいい部下たちがこうして慕ってくれるのは嬉しくなる。ただ、この子達の場合、初めて出会った一般男性ってことで刷り込みっぽい感じもあるけど。

 

 でもまぁ、昔から秀人は人当りも良かったし、関係ないか……そう言えば中学の時も……っと、思考が飛びそうになったところで長門から声がかかって慌てて席に座る。

 

 私が席に着いたのを確認して、秀人がまずはと、食前酒とお通しを並べてくれた。

 

「食前酒はこの間リットリオさんに出して好評だったなんちゃってリモンチェッロと、お通しはたけのことかぶのローストバジルソースがけだ。さくらは車置いていくんだろ?アルコール大丈夫だよな?」

 

「もちろん!そのためにこの時間で予約したんだから!ところで、ちょっと気になってたんだけど、それなあに?」

 

 秀人の質問に答えながら、入ってきたときから気になっていたものを指さして聞いてみる。

 

「あぁ、昨日上に行ったときに貰ったんだけど、裏庭に植えようかと思って。ただ、小さいし花が散るまではここに置いておくのもいいかなって。こんな大きさでも咲くもんなんだな、桜って」

 

 その気になっていたものとは桜だ。卓上に置くには少し大きいような気もしないでもないが、小さな植木鉢に入れられた桜の苗木が、いくつか花を咲かせてカウンターの上に置かれているのが気になっていたのだ。

 

 昔の家にも私が生まれたときに植えたという桜の木があって、毎年その木の下で秀人の家族とお花見したものだ。島を出る時に結構な大きさになっていたのでどうしたものかと気になっていたのだけれど、戻ってきて恐る恐る確認に行ったら、そこは公園になっていて桜の木も残っていたので、ほっとしたのを覚えている。

 

「へぇ、小さくて花の数も少ないけれど、なんだか風情があっていいじゃない。今年はゆっくり時間を取ってお花見ってできなかったし、ちょうどいいわ」

 

 私以外の三人もなんだか見とれているようで、しばし静かな時間が流れる。妖精さん達も見上げるようにしてその桜を眺めていた。

 

「んじゃ、いくつか他のも作ってくるから、なんかあったら呼んでくれ」

 

 秀人のその言葉に軽く返事をして、皆の方を向き直って話しはじめる。

 

「鎮守府の方も最近は落ち着いてきたからね、今日は立ち上げから支えてくれたあなた達にお礼の意味も込めて声をかけさせてもらったの……とまぁ、堅苦しいのは抜きにして、楽しみましょ?じゃ、乾杯」

 

 そう言ってグラス同士を軽く合わせて口に運ぶと、レモンの爽やかな香りが鼻を抜け、弱めのアルコールと炭酸が喉を刺激する……うん、おいしい。

 

 隣に並ぶ子達からも、ため息のような声が漏れるのが聞こえた。

 

「Oh……これはおいしいデスネ」

 

「このつまみもなかなか。たけのこをこのような味付けで食べたのは初めてだが、洋風でも合う物なのだな」

 

 そんな感想が聞こえたところで妖精さんの方を見ると、流石に一人前は多いので特別に用意された量をシェアしながら食べていた。っていうか、その手に持ったナイフとフォークは自前?……

 

 ゆっくり流れる時間と会話を楽しんでいると、そろそろ最初の一品目も無くなろうとしていたところで、加賀がぽつりとつぶやく。

 

「……すこし食べたらお腹がすいてきました……それにこの音は……」

 

 そんな彼女らしい一言が出て、皆でひとしきり笑いながら同意したところで秀人が次の一品を持ってきて、さっき加賀が言っていた音の正体が明らかになった。

 

「ほい、揚げたてメンチお待ち!で、メンチにはこれだろ」

 

 秀人が持ってきたのはジュウジュウ、パチパチと音を立てる揚げたてのメンチカツ。少し小さめに作ってあって、それが山盛りだ。しかもキンキンに冷えたビールも一緒に……あー、これは見ただけでわかる。やばいやつだ。

 

 一口で一気にいくには大きいけれど、ナイフなんて洒落た物は使ってられないと、箸でつまみ上げたそれにかぶりつく。まずは何もつけずにそのままだ。

 

 ザクッと気持ちのいい音を立てて衣を破れば、口の中に肉汁がこれでもかとあふれ出る……そして噛めば噛むほど感じられる肉の旨味と、野菜の甘味。でも、普段食べているメンチよりも甘味が強いような気がする。それにこの食感……。

 

「Wow! コレはCabbageデスカ?甘味があっておいしいデース!」

 

「あぁ、春キャベツを使ったキャベツメンチだよ。みじん切りじゃなくて短冊で混ぜ込んでるから食感も残ってるだろう?」

 

「ハイ!シャキシャキで甘くておいしいデース!」

 

 なるほど、キャベツメンチか。大きめに切られたキャベツがシャキシャキとしっかり存在感を主張している。そして、ここでビールを…………んー!……うまい!

 

 次はソースにしようかと、ソース入れに手を伸ばしたところで「そうだ、忘れてた」なんて間の抜けた声で言いながらとんでもないものを持ってきた。

 

「はい、ロールパン。残ってるだけだからこれで終わりなんだけど、良かったらどうぞ」

 

 秀人が差し出したバスケットからロールパンをひとつ……いや、ふたつ掴んで秀人に無言で差し出す。すると、秀人は私が何も言わなくても、それを受け取って真ん中にナイフで切れ目を入れて返してくれた。うむ、苦しゅうない。

 

 切れ目の入ったパンの中に千切りキャベツと半分に割ったメンチカツを挟んで、上からソースをタラり……ちょっとずれて指についてしまったけれど、お構いなしで口に運んだ。

 

 んー、メンチの割れ目から染み出た肉汁と、ソースが混ざってパンにしみ込んで……生の千切りキャベツとメンチの中の火が通ったキャベツの食感の対比も面白い。そしてこれも当然ビールに合わない訳がない。

 

「て、店主殿!私のも頼む!」

 

 長門のその一言に金剛と加賀も続く。うんうん、そうしたまえ。それもまたメンチカツの正しい食べ方の一つなのだから。

 

「さて、みなさん。次は焼き魚にしようと思うんだけど、お酒はどうする?」

 

 そんな秀人の質問に、加賀と長門は日本酒を、私と金剛はビールを頼む。んー、焼き魚かー何が出て来るんだろう。

 

 ちょっとワクワクしながら「これでも摘まんでて」と持ってきたお新香をポリポリやって、ビールを飲んでいると、不意に長門が口を開いた。

 

「そう言えば今日はほっぽちゃんはいないのだろうか」

 

 あー、長門ってばこう見えてかわいい物好きだし、面倒見もいいのよね。

 

「さぁ?もう寝ているのでは?ま、起きていたとしても無理に呼んでは駄目よ長門。せっかくこの島に慣れてきたというのに怖がらせてしまうわ」

 

「そうですネー。それにしても皆サン仲良くなれて良かったデスネ。最初はビックリしたデスケド」

 

「全くだわ。提督に何の説明もないままここへ連れてこられたときは何事かと思いました」

 

 あれ?そうだっけ?車でここまで来る間に軽く説明した気もするけど……

 

「まぁ、今は仲良くやってるんだし良いじゃない」

 

 って、あれ?加賀ったら、そんな頭抱えないでよ。金剛と妖精さん達もやれやれみたいなジェスチャーやめて欲しいな。長門は……あれ、落ち込んでる。あぁ、さっきの加賀の『怖がらせる』ってのが効いてるのね……。

 

「あれ?皆どうしたの……まいっか、はい。金目鯛の自家製一夜干しと、加賀さんと長門さんには日本酒、人肌燗でどうぞ」

 

「おお!なんという馥郁(ふくいく)たる香り……やはり酒はこれくらいの温度が一番香りが立つな。ほら、加賀」

 

「ありがとうございます。ほんと、良い香りだわ。さぁ、長門も」

 

 長門……日本酒の香りで復活するなんて……まぁ飲兵衛二人はほっといて……金目鯛いただきますっと。んー、一夜干しだからかしら?ふんわりした身の食感は残りつつ、味もしっかりしてるわ。ちょっと小ぶりだけど脂ものってて……やっぱり日本人は焼き魚よね……。

 

「ねぇ加賀、それ一杯頂戴?」

 

「ふふ、やはり焼き魚には日本酒ですよね提督」

 

「まぁね。でも、一杯で良いわよ。あなた達みたいに蟒蛇じゃないから」

 

「そうですね。こうして美味しい食事とお酒をたくさん楽しめるという点は、艦娘であることに感謝しなくてはなりませんね」

 

 あー、あの加賀がこんなこと言うなんて、少し酔ってるのかしらね。ま、楽しんでもらえてるみたいで何よりだわ。

 

「いやはや、田所殿の作るものはいつも美味しいな」

 

「我々はなかなか鎮守府から出られませんからね。装備の連中はたまに持ち主の艦娘に連れてきてもらってるようですが」

 

「えー、ずるい!待遇改善を要求するー!」

 

 桜の下の妖精さん達もアルコールが入っていい感じみたいだ。とりあえず、ストライキでも起こされたら困るから、これからは定期的に地上施設担当も連れて来るようにしましょうか。

 

「美味しい魚には日本酒ももちろんですが、ごはんも欠かせませんね」

 

「Exactly! これを食べてご飯を食べないなんて、ガリョーテンセーを欠くというやつデース!」

 

 あら、いつの間にか隣の三人はご飯を頼んでたのね。金剛の言うことは分かるんだけど、私はもうお腹いっぱいだわ……っていうか、金剛ってあんまり使わないような難しい言い回しを知ってる割に、発音はまだ片言なのよね。ま、かわいいからいいけど。

 

 っていうか長門はいつの間にお茶漬けセットなんて頼んでたの?……なんか「ほわぁ」とか言いながら斜め上を向いてにやけてるし……あー、なんだかぽわぽわしてきたわ……ちょっと飲み過ぎたかしら……――――

 

 

 

――――「あれ?さくらは寝ちまったのか?」

 

 俺が最後のデザートを持ってカウンターへ向かうと、さくらは突っ伏して寝息を立てていた。

 

 植木鉢の縁に腰かけていた妖精さん達が、人差し指を立てて口に当てるジェスチャーをしてきたので、頷いておく。

 

「テートクはおちゃらけているように見えて、真面目さんデスカラ。お疲れなのでショウ……少し寝かせてあげてくだサイ」

 

「そうだな。帰りは私が背負って行こう。こう見えて私は力持ちなのだ」

 

「こう見えてって見たままですが……まぁ、確かに提督にはお手数をおかけしてばかりですからね。ですが、最近は人も増えて下も育ってきたので、これからは少し楽になると思いますよ」

 

 デザートの器を受け取りながら、口々にそんなセリフを聞かせてくれた。いやぁさくらさん、慕われてますなぁ。余ったさくらの分のデザートは……俺がもらおう。

 

 酔っぱらっているのか、いつもより辛辣な加賀さんの言葉にしょんぼりしている長門さんを慰めつつ、しばらく会話に興じる。内容は本人が寝ているのをいいことに、鎮守府でのさくらについてだ。祭りのときとか、たまに呼ばれて行った時とかに少しは見ているが、やはり幼馴染としてはどんな風に仕事をしているのか気になるもんだしね。

 

 起こさないように声量を落として話をしていると、なんだか内緒話をしているような気分になってくる。だからといって、陰口・悪口なんかは出てこない……ま、多少の愚痴は出て来るが。

 

 なんというか、当然俺が知らないこいつの姿ってやつが見えて、なんだか見る目が変わった気がする。頑張ってるのは知ってたけど……次来た時にちょっとサービスしてやろうかな。

 




今回特別編ということでさくら視点(ラストは秀人ですが)で書いてみました
そのせいで料理描写もなく、ただただ食べて飲んでのお話になってしまいましたね
そして、お花見話を書けなかったので、申し訳程度の桜要素……


お読みいただきありがとうございます
今後ともよろしくお願いいたします


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四十九皿目:ふわふわほかほかブレックファースト

今回からお手伝い艦娘が交代します。
そんな彼女の初日の朝のお話……


 先日までの雷に代わって、今日から新しい子が手伝いに来てくれることになった。手伝い希望の申請自体は前々から出していたらしいのだが、今回ようやく順番が回って来たそうだ。

 

「本日からお世話になります、よろしくお願いします!榛名、がんばります!」

 

 ということで、朝から元気に挨拶してくれたのは金剛さんの妹艦の榛名さん……じゃなくて榛名。長い髪を首の後ろあたりで結んで、気合もばっちりみたいだ。

 

「こちらこそよろしく頼む。とりあえず料理は初心者ってことだから、簡単な下ごしらえを手伝ってもらいながら練習していって、そのうちいくつかお客さんに出せるものを作れるようになれたらいいかな」

 

「はい、わかりました。でも、良いのでしょうか?榛名のような初心者の料理をお出しして……」

 

「ま、実際に出せるかどうかは俺もしっかりチェックさせてもらうし、それにこの島の男連中は可愛い艦娘の子達が作ってくれた物なら喜んで食べてくれるさ……」

 

 もちろん、お客さんに出す以上はある程度のクオリティがないと出せないのは当たり前なんだけど、この島の男どもと来たら……特に漁師連中や独身の自衛官は、艦娘が作ってくれたものなら、なんでもありがたがる傾向にあるからね。店を預かる店長としては、ちゃんとしたものを出さなきゃとは思うのだけれど、男として気持ちがわかるだけに複雑な心境だ。

 

 とはいえ、その辺も含めてのうちの店っていうのをわかって来てもらえてるようだから、問題ないっちゃ問題ないんだけど……ま、ありがたいことだよね。

 

「そうですか……頑張ります……ところで、ほっぽちゃんはまだお休み中で?」

 

「あぁ、あの子はいつも開店の八時くらいに起きてきて、店の方で朝ご飯を食べるってのが日課でね。最近じゃぽわぽわしながら食べるその姿が可愛いってんで、それを目当てに来るお客さんもいるくらいさ」

 

「へぇ、榛名も会うのはひな祭りぶりなので、ちょっと楽しみです」

 

 そう言ってふふっと笑う榛名。その笑顔にちょっとドキッとしながら、それをごまかす様に色々説明しながら作業を開始する。

 

 厨房の方の作業は榛名が来る前から進めていたので、切りの良いところで一旦ストップ。店の方に回って開店準備を榛名に説明しながら進めていく。

 

 後は扉に引っ掛けてあるプレートをひっくり返すだけといった所で厨房に戻り、開店前に本日のスープと焼きあがったパンの味見がてら、簡単に朝食を済ませることにする。

 

「ちょっと今日は時間が無くて、簡単なものですまないね」

 

 そう言って、今日のスープであるミネストローネと焼きたてクロワッサン(のちょっと形が崩れたやつ)、ササっと作ったスクランブルエッグを榛名の前に差し出す。

 

 実はこのミネストローネ、「試しに作ってみたから使ってみて欲しい」と生産施設から貰った、調理用のトマトを使って作ったもので、日本で一般的に売られている生食用のものに比べて、皮や果肉が硬かったり、そのまま食べるには味や風味が薄かったりするが、熱を通すとそれが一変する。

 

 硬かった果肉も柔らかくなり、味わいも濃くなるのに加えて、色も抜けにくいのでトマトの鮮やかな赤を目でも楽しむことができる。

 

 そんな調理用トマトを使って作ったミネストローネは、トマトのほかに角切りにしたじゃがいも・ベーコン・ニンジン・玉ねぎが入った基本とも言えるレシピだ。好みで黒コショウや粉チーズ、タバスコを振っても美味しい。

 

 そしてクロワッサンは、さすがに一から作るのは時間がかかるので、休みの日などに暇に飽かせて作り置きしておいた冷凍生地を使っている。とは言え一人で用意できる数にも限界があるので毎日は出せないのだけれど、自家製パンの中でも人気の一品だ。

 

 最後のスクランブルエッグもまたモーニングで人気の品なのだが、うちの店では普段オムレツを作るときには何も入れないで卵だけで作っているのだけど、このスクランブルエッグの時は牛乳を入れて作っている。

 

 牛乳を入れた卵液に塩を一つまみ。これをあまり熱しすぎないフライパンで焦げないように焼いていく。それだけでホテルのモーニングも顔負けのふわふわスクランブルエッグの完成だ。ここにケチャップをちょっと添えて……

 

 って言ってもホテル云々は俺も食べたことないから、作り方を教えてくれた先輩の受け売りだけどね。

 

 とまぁそんな感じの朝食を用意したわけなんだけど、榛名はそれを見るなり目をキラキラさせていた。

 

「うわぁ!簡単なものなんてとんでもないです!とても美味しそう……いただきます」

 

 そう言って手を合わせると、まずはスープカップに手を伸ばした。

 

「んー、トマトはもちろんなんですけど、それ以外にもいろんな旨味が溶け込んでて美味しいです!」

 

 彼女の笑顔を見て、俺もスープを口へ運んだ。うん、うまい。まぁ、味見しながら作ってるからちゃんとできてるのは分かってたんだけどね……それでもやっぱりこうして食べてみないと。

 

「卵もふわふわ、クロワッサンもほかほか、こんな朝ご飯を毎日食べられるなんて、ほっぽちゃんが羨ましいです」

 

 そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ。さて、これからしばらく一緒にやって料理の方も練習するわけだけど、最初にちょっと聞いておこうかな。

 

「榛名は作りたい料理とかはあるのかな?好きな料理とか」

 

「そうですね……マスターさん、笑わないで聞いてくれますか?先日のお料理も美味しかったのですが、実は榛名……」

 

「おう」

 

「丼物が好きなんです。それもお肉系が大好きで……」

 

 ん?んーむ、やけに口ごもるから、どんな変な料理が出て来るかと思ったんだけど、意外と普通?本人的にはちょっと……って感じなのかな。

 

 あ、いや、確かに榛名のイメージ……というか、女の子という事からしたらちょっと意外かもしれないけど、今までにも色々見てきたからねぇ。ガッツリ系が好きと言われても動じなくなったというか、いっぱい食べてくれるのは嬉しいから大歓迎ではある。

 

「それに、鎮守府の食堂で長門さんが作ってくれた時に聞いたのですが、簡単に作れるものもあるということなので、是非作れるようになりたいな……と」

 

「じゃあ、これから色々レシピを覚えていってもらおうかな。家ではあまり作らないの?」

 

「本当ですか?榛名嬉しいです!家では……そうですね、大体金剛お姉さまが食事を作ってくださるので……代わろうと思っても『これもシュギョウデース!』と……」

 

 なるほどね……おまけに最近は金剛さんの料理の腕もかなり上がったらしく、バランスの良い献立が並ぶようだ。それはそれでいいことだけれど、じゃぁその分うちの手伝いしながら勉強して、今度作ってあげようか。

 

「はい、そうですね!」

 

 そう言って榛名に笑顔が戻ってきたところで、朝食の片づけをして仕込みに戻る。残ってた仕込みを終わらせてそろそろ開店かという頃、自宅部分につながる廊下から足音が聞こえてきた。どうやらほっぽちゃんが起きてきたみたいだ。

 

「……オハヨーヒデト……ウゥ……ネム……」

 

「顔は洗ってきたのかい?」

 

「ウン、アラッタ……デモネムイ……ハッ!?ダレ?」

 

 顔は洗ったというが、それでも眠そうに目をこするほっぽちゃんが、榛名を見つけて驚きの声を上げた。

 

「榛名よ、ほっぽちゃん。ひな祭りの時に会ってるんだけど……あんまりお話できなかったからね、改めてよろしくね」

 

 そう言って腰をかがめ、ほっぽちゃんに視線を合わせて手を差し出す榛名。せっかくだからとそのままほっぽちゃんを店の方へ連れて行ってもらい、扉のプレートもひっくりかえしてもらう様に頼む。

 

「ン、ヨロシク…………エッ!?……ワワッ」

 

 すると榛名は、ほっぽちゃんと握手したまま彼女を抱き上げて店へと連れて行った。急に抱き上げられて一瞬驚いたほっぽちゃんだったが、榛名が歩き出すとキャイキャイと嬉しそうな声を上げていた。

 

 目もすっかり覚めたみたいだし、朝ご飯を作って持って行ってあげようか。さ、今日も一日営業開始、頑張っていこう。

 




榛名さん、まさかの丼物好き発覚……異論は認め……る
それっぽい理由があったりなかったりするのですが
まぁこういうのもアリかなってことでひとつ。


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五十皿目:榛名とガッツリ丼飯

タイトルにあるように今回は榛名さんにガッツリ丼を召し上がってもらいます


 さて、先ほども話したように最近はほっぽちゃんの姿を見に来るお客さんが多いということで、開店間際からお客さんが次々にやってくる。

 

 そして、カウンターの端っこで「あむあむ」と美味しそうにパンを頬張るほっぽちゃんを見て、顔を緩ませて頼むものといえば「彼女と同じモーニングを……」という訳だ。おかげでほっぽちゃんが食べているモーニングセットはいつも大人気。今日のクロワッサンみたいに数量限定だったりすると、一時間かそこらで売り切れてしまう。

 

 そもそもの数があまりないにしても、そんなに早くなくなるものかと思うかもしれないが、この時間のお客さんはうちでモーニングを食べてからまた仕事に戻るようで、結構お客さんの回転が速いのだ。おかげでこちらとしてはかなり忙しかったりするのだけれど、こういう時はモーニングタイムでメニューの種類を絞っておいて良かったと思う。

 

 ゆっくり時間をかけて、味わいながら食べていたほっぽちゃんの朝ごはんも終わり、しばらくすると客層もちょっと変わってくる。遅番の自衛官さんや施設の職員さん、早朝の仕事に区切りがついて午後まで長めの休憩というような、ちょっとのんびりしていくお客さんが多くなるのだ。

 

 こうなると店の方も、次の山場のランチタイムまではのんびりムード。お客さんと世間話がてら島内のあれこれを話すこともある。

 

 今日はちょうど施設の農業関係の研究者さんが来ていたので、部署は違うらしいがトマトのお礼と感想を伝えてもらうことにした。もちろん、そのトマトで作ったミネストローネも食べてもらって、せっかくだから魔法瓶に入れて担当の人に差し入れしてもらおう。

 

 そんな中今日が初日の榛名はといえば、持ち前の明るさと人当たりの良さですっかりお客さんとも打ち解けていた。

 

 先ほどの忙しい時間帯もテキパキと給仕をこなし、今も食べ終わった食器を下げたり、お冷を注いだりしながらお客さんとにこやかにやり取りしている。

 

「榛名、初日だけど動きも機敏で無駄がないし、いいね」

 

「はい、ありがとうございます!高速戦艦、金剛型の名は伊達ではありませんから!」

 

 榛名がこっちに戻ってきたときに褒めてみれば、そんな言葉が返ってきた。高速戦艦ってそういう事?……じゃないよね?

 

 今日はまだ料理の腕的に厨房の手伝いができないのはしょうがないとして、その分ほっぽちゃんと一緒にフロアの方を頑張ってもらう。

 

 フロア業務を頑張る榛名を見て、今日の昼は好物だという丼物にしようかと考える……とはいえ、どうせなら榛名が食べたことがなさそうなものを作りたいもんなんだけど……と注文の品を作りながら厨房内を見渡すと、ある調味料が目に入った。

 

「ソースか……そう言えば……」

 

 以前知り合いに紹介してもらって以来、すっかりうちの定番になっている、とある地方メーカーのソース。確かそのメーカーの地元ではこのソースを使った名物丼があったはず……ということを思いだし、手が空いたところを見計らってレシピノートをめくる。

 

「あった、これだ。今日はこれにしよう」

 

 レシピは聞いたことがあったのだが、今まで作る機会が無かったメニューをせっかくだから賄いってことで試作してみて、美味くできたら定番メニューにしてもいいかなと思う。よし、そうと決まればソースだけでも先に作ってしまおう。

 

 トマトとリンゴをふんだんに使って甘味を出しているというそのソースをベースに、かつおだし・醤油・みりんを加えてひと煮立ち。和の旨味と甘味を加えて、元のソースよりもサラッとした感じに仕上げる。とは言えとろみが失われているわけではないので、衣にもご飯にも良い感じに絡んでくれるだろう。

 

 本来ならこれを一晩寝かせるとさらに美味しくなるらしいのだが、今日はとりあえず粗熱が取れたら、このままラップをして置いておくことにする。

 

 そうこうしている間にランチタイムに突入。時間的にはまだ早いが、ちらほらとランチ目当てのお客さんが入ってきたので、スイッチを切り替えてそちらの対応をすることにした。

 

 

 

 

「ふたりともお疲れさん。休憩にしよう」

 

 ランチタイムの最後のお客さんが帰って、片づけをした後二人にそう告げた。

 

「オツカレー。ヒデトオナカスイター!」

 

「ふー、流石に疲れましたね。榛名もお腹……すきました」

 

「榛名も慣れないことして疲れただろ、二人とも手を洗ってそこのテーブル席にでも座って待っててくれ、すぐにお昼にしよう」

 

 そう言って二人を促して、俺も厨房へ戻って昼飯を作り始める。

 

 さて、ソースはできているから次はカツを揚げていこう。と、ここまで言えばもうわかると思うが、今日の賄いはソースカツ丼だ。

 

 ここで使うのは豚ヒレ肉。薄めの衣でサックりと揚げた豚ヒレカツの脂をしっかり切って、先ほど作った特製ソースにとぷりとくぐらせる。ソースに触れた瞬間ジュワッっと音を立てて、衣にソースがしみ込んでいくのだが、いつものロースかつに比べて細かいパン粉を使って、薄めの衣で作っているので、それほどべちょっとした感じにはならないはずだ。

 

 ソースを吸ってきつね色から焦げ茶色に変わったカツを、キャベツの千切りを乗せた丼飯の上に並べていく。ちょっと大きめのカツだけど……四枚乗るかな?……あ、丼の蓋が締まらないけど……まいっか。白菜の浅漬けと味噌汁を添えて、二人の所へ持って行く。

 

「おまたせー、今日はソースカツ丼だよ。初めて作ったソースだけど、味見もしたし美味しいと思うんだよね。いい感じだったら店でも出してみようかなって思うんだ」

 

「うわぁ、すごい、蓋が浮いちゃってますよマスターさん!美味しそうなソースの香りが漏れてますよ」

 

「ハヤク!ハヤク!」

 

 浮いた蓋の隙間から中を覗き込む榛名と、テーブルに手をついたまま椅子の上で飛び跳ねるほっぽちゃん。ちゃんと座らないと、食べさせませんよ?

 

 ほっぽちゃんがちゃんと座ったのを確認してから、皆で一緒に手を合わせる。そのまま同じ仕草で丼の蓋を取ると、甘辛いソースの香りと揚げ物特有のなんとも言えない香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

 ほっぽちゃんは一口食べて目を見開いて一瞬止まった後は「ウマウマ」と食べ続けている。そして榛名はふたを開けた瞬間の香りを楽しんでから、カツを一枚目線の高さまで持ち上げて、うっとりしている。

 

「わぁ、見てください。キラキラしてますよ」

 

「ハルナ!ハヤクタベル!サメタラモッタイナイ!」

 

「えぇ、そうですね。では榛名、参ります……」

 

 なるほど、ほっぽちゃんは冷めないうちに食べようとがっついてたのね……一口が小さいから大変だ。

 

 そしてそんなほっぽちゃんに叱られた榛名は、さっきの表情から一変、真剣な眼差しでカツを見つめ……かぶりついた。

 

「うわ、うわー。なんですかこのソース。普通のと違いますよね?カツだけじゃなく……はむ……ごはんにもあいまふ……」

 

「とりあえず飲み込んでから喋ろうか。それはこのソースに出汁やらなんやらを合わせた特製ソースだよ」

 

「なるほど、それで……それにこのカツ、ソースが染みているのにべちゃべちゃしてませんし、とってもジューシーです!」

 

 と、そう言いながらも箸の動きは止まらない榛名。ほんとにお肉が好きなんだなと感じて、こっちも嬉しくなってくる。

 

 それに、これだけ美味しそうに食べてくれるなら、メニューに加えてもいいかな。とりあえずは日替わりで様子を見てみよう。

 

「はぁ、このソースが染みたキャベツも美味しいです。カツとご飯とキャベツをソースがうまくまとめて……榛名、感激です!これならメニューに加えても人気間違いなしですね!」

 

 感激ってのはさすがに大げさな気がするけど、そこまで言ってもらえるのは悪い気はしないよね……と、結構大盛気味にご飯を盛ったけど、これくらいならペロリだね。ただ、俺はもう十分なんだけど、二人は……。

 

「オカワリ!」

 

「……榛名も、よろしいでしょうか?」

 

 ……だよね。ほっぽちゃんも小さいのに結構食べるんだよね。

 

「はいよ、ちょっと待ってな。しっかり食って、午後も頑張ってもらわなきゃな」

 

 そう言いながら丼を受け取って立ち上がろうとする俺に、榛名は笑顔で答えてくれた。

 

「はい!榛名にお任せください!」

 

 するとここで横からも声がかかる。

 

「ホッポニモオマカセ!」

 

 ふふっ、そうだな。ほっぽちゃんもよろしく頼むよ。

 




ソースカツ丼って意外に日本各地に名物としてあるんですよね
今回は以前もネタにしたソースメーカーがある所のものをモデルにしてます
実際ソースを纏ってキラキラ光るヒレカツは
見た目にもとても美味しそうなんですよね

いつか他の地域のものも食べ比べてみたいです


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箸休め12:呼び方は大事です

ちょっと間が空いてしまいましたが
先日のたけのこ回の裏側というか、思いついた小ネタで箸休めです
短めですが、どうぞー


 ある日の鎮守府提督室。二人の艦娘が新規着任の挨拶のため、さくら提督の前に並んでいた。

 

「日振型海防艦、一番艦、日振!提督、日振型着任しました!頑張りますっ!」

 

「おなじく日振型海防艦、その二番艦、大東さっ!あんたが提督かー。へへ、いいね!」

 

「ちょっと、大東ちゃん。提督にそんな言葉づかいは駄目だっていったじゃない!」

 

「なんだよ、かてーこと言うなよ、日振」

 

 元気よく着任の挨拶をしたと思ったら小声で言い合いを始めてしまった二人に、さくらは苦笑いを浮かべながら声をかける。

 

「二人ともようこそ。日振ちゃん、それくらいなら大丈夫だから、あなたも楽にして頂戴」

 

「ヘイ、二人とも、立ったままだと疲れるので、そこのソファーに座ってくださいネ。この鎮守府とこの島について説明しマース」

 

 さくらの横に控えていた金剛に促されてソファーに座る二人。それを見計らって金剛が資料を渡す。

 

「それでは、それを見ながら聞いててくださいネ。お二人は書類上では本部からの転属という扱いで、基本的な航行訓練はClearしていてある程度の説明も受けたと聞いていマス……デスガ、実戦経験はなく、実質新規建造艦と同じですネ、なのでそのつもりでお話しマース。それではまず―――――」

 

 そんな感じで始まった金剛の説明を、二人は背筋を伸ばして聞く。とはいえ、金剛も言っていたように、ここへ来る前にもある程度この鎮守府の特殊性の説明は受けていたらしく、時折頷きながら話を聞いていた。

 

 だが、その説明も終わりに近づいて、ある資料を見たときに思わず二人は驚きの声を上げてしまった。

 

「はぁ?これって深海棲艦かぁ!?」

 

「確か北方棲姫……でも、一緒に映ってるのって佐渡ちゃんよね」

 

 二人が見た資料とは青葉が作ったもので、先日のひな祭りの時に撮影された写真が貼り付けられたものだった。

 

「Yes!みんなはほっぽちゃんと呼んでるネー。詳しい経緯はその資料にかいてある通りデスガ、彼女は私達のFriendとしてこの島で暮らしてマース。あなた達も仲良くしてくれると嬉しいネー」

 

「はぁ、わかり……ました」

 

「金剛さんがそう言うなら、あたいも……うん、やってみるよ」

 

 全く頭になかっただろう事を聞かされて驚きを隠せずにいる二人だったが、とりあえず資料を読み込んで事情を把握しようとすることにしたようだ。

 

 資料に集中し始めた二人を見てさくらと金剛が顔を見合わせ微笑むと、金剛はどこかへ内線をかけた。

 

 ほどなくして提督室の扉がノックされた。先ほどの内線で呼び出したのだろう、入室してきたのは天龍だった。

 

「おう、呼ばれたんで来たぜ。そこのちび助どもの件だな?」

 

「ええ、昨日話していた通りにお願いね」

 

「了解だ……よう、二人とも。俺様は天龍だ、ここじゃ龍田と一緒に指導教官みてーなこともやってんだ。よろしくな」

 

 天龍にそう挨拶をされた二人は、その雰囲気に若干おびえながらもなんとか天龍に挨拶を返した。そこからは天龍が代わって説明を始める。

 

「あー、本当だったら遠征か戦闘訓練をやりてーとこなんだが、ちと枠がいっぱいでな。なるべく新規着任の奴には優先的に回してもらうが、どうしても空き時間が出来ちまう。ま、場所が有限だからしょうがねぇな」

 

 着任してすぐはそういうことをするのだろうと考えていた二人は、天龍にそう言われて、では何をするのかと首を傾げた。

 

「で、だ。お前らには開いた時間で座学と、島内活動をやってもらう。さっき説明されただろ?島内活動」

 

 島内活動……ついさっき説明されたばかりの言葉に二人も大きく頷いて、さらに日振が言葉を返す。

 

「はい、民間人との交流を目的とした、この鎮守府特有の任務ですね」

 

「あー、そんな堅っ苦しく考えなくていいんだけど……簡単に言やぁ皆で仲良くしましょうってこった。楽しくやろうぜ」

 

 真面目な日振の言葉に笑いながら軽く返した天龍は、さらに説明を続けた。

 

「っつー訳で、明日はここの施設巡り説明と午後は軽く座学。内容は……今はいいか。で、明後日はさっそく島内活動をやってもらう」

 

「了解しました、天龍教官!」

 

「りょーかいっ、えーっと……教官?」

 

「おーし、良い返事だ。内容は気になるだろうが、明日説明すっから……それと……」

 

 先ほどまでの勢いをなくして、頭を掻きながら天龍が言った。

 

「教官はやめてくれ……呼び捨てじゃなきゃなんでもいいから他の呼び方で頼む……」

 

 どうやら教官呼びは恥ずかしかったらしい。もしここに龍田がいたらからかわれていただろうが、いなかったのはせめてもの救いか……

 

「わかりました、天龍さん」

 

「じゃあさ、じゃあさ、姐御って呼んでもいいかな!なんか天龍さんカッコイイし、そういうイメージっつーかさ……」

 

 キラキラした目で天龍を見つめながら返事を待つ大東と、妹の申し出が怒られるんじゃないかと強く目を瞑って首を竦めている日振。そんな対照的な二人に、天龍の返事はというと……。

 

「なんだよ、木曾といいしょうがねぇなぁ。いいぜ、好きに呼びな……まったくよぉ」

 

 やはり、この場に龍田がいなかったのは幸運だったかもしれない……

 

 

 

 

 その夜、天龍と龍田が住むシェアハウスのリビングでは、龍田がお茶を飲みながらのんびりしていた。

 

「おーぅ、帰ったぜー……っと今日は他の連中はいないのか」

 

「おかえりー天龍ちゃん。どうだった?新しい子達。私は行けなかったからさぁ」

 

 日振たちの着任は龍田も気になっていたようで、天龍が帰宅するなりそんな質問を投げた龍田に、天龍は待ってましたとばかりに説明を始めた。天龍の表情に何かを感じ取った龍田もまた笑みを深めて話を聞く。

 

「――でよー、『教官』なんて呼ぶもんだから、それはさすがに勘弁してくれって言ったんだよ」

 

 天龍の「『教官』なんて呼ぶ」の辺りで一瞬お茶を噴きそうになる龍田だったが、その後すぐに天龍が否定したことと、考えてみれば教官と呼ばれても間違いではないことに思い至り、なんとか堪えることができた……できたのだが……

 

「だから別の呼び方をするように言ったら、日振は普通にさん付けだったんだけど、大東が『姐御』って呼びたいってよ、参っちまうよなー……って龍田?どうした?」

 

 さすがに二度目は無理だったようだ……先ほどので油断したところだっただけに、まさかの『姐御』で、しかも嬉しそうにしている天龍の顔を直視できずに、口元を抑えて咳込む龍田。

 

(そうきたかー、さすが天龍ちゃん。隙を生じさせない二段構え……というかその大東ちゃんもやるわねぇ、明日顔を合わせるのが余計楽しみになってきたわぁ)

 

 それからしばらくの間リビングには、肩を震わせる龍田に対する「おーい龍田ー?」という天龍の声が繰り返された……。

 




大東に『姐御』と呼ばれて満更でもない天龍ちゃん……
かわいいです


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五十一皿目:あの憧れの一品を……

とある飯系漫画を読んでこの料理が出てきたので思わずネタにしてしまいました
皆さんも知ってるであろう『あの料理』です……


 ほっぽちゃん漂着事件以来、特に大きな出来事もなく平穏無事に日々を過ごしている。そしてそれは鎮守府でも同じようで、何人かの新しい艦を迎えて人数も増えてきたことで、出撃・遠征・運営と様々な仕事に余裕が出てきたらしい。

 

 と、そんなようなことを朝食を食べに来たさくらが話していたのだけれど、あいつに関しては割と前々から余裕を見せていたような気もするんだが……まぁ、艦娘の子達から不満の声は聞かないし、仕事はちゃんとやっているのだろう。昔からやることはきちんとやってたし、うちの店でくらいはのんびりしてもらいたいってのも確かだしね。

 

 そうやって時間に余裕が出てくると、艦娘の子達は色々と趣味を楽しむようになってきたらしい。釣りなんかは前からやってた子も居たそうだけど、それ以外に山登りや家庭菜園――話を聞く限りもはや『家庭』の域を超えてるようだけど――に力を入れている子も居る。

 

 ここへ初めて来たときはあれほど表情が硬かった不知火も、空いた時間で料理の腕を磨いているらしく、今では鎮守府内でも屈指の料理上手になっているそうだ。もう少し自信が付いたら、そのうち俺に料理をごちそうしてくれると、先日来た妹艦の黒潮が話してくれたので楽しみに待っているとしよう。

 

 さて、そんな余暇を楽しむ余裕が出てきた鎮守府内で、ちょっとみんなとは違う趣味を持っているという二人が、とあるリクエストを持ってきた。

 

「マスター!これ!この料理をぜひお願いします!」

 

 そう言って、あるアニメ映画のワンシーンのキャプチャー画像を印刷したものを、若干前のめりで渡してきたのは夕張ちゃんだ。そんな彼女の横で何度も力強く頷いているのは、最近着任したという秋雲。

 

 最古参の夕張と、来たばかりの秋雲……艦種も着任時期も違う二人なのだが、どうやらこの二人似たような趣味を持っているらしく、そこから意気投合したのだそうだ。どんな趣味かは詳しく聞いていないけれど、夕張が見せてきた画像を見ればなんとなく想像はできる。

 

 そして夕張ちゃんが渡してくれた画像に映っている料理……確かにこれは見たらたべたくなるよなぁ……

 

「わかったわかった。具材から作らなきゃいけないからちょっと時間はかかるけど、それでもいいかい?」

 

「やったぁ!ありがとうございます!」

 

「店長、ありがとぉ!」

 

 俺の返事を聞いてお礼を言いながらハイタッチをする二人。そんなにこれが食べたかったの?まぁ、気持ちは解らなくもないけど……あ、そうだ。

 

「じゃあ出来上がるまで少々お待ちくださいね。それと、これは大皿でまとめて盛っちゃっていいんだよね?」

 

「もっちろん!さすがマスター、わかってますね!」

 

 そう言って二人は開いているテーブル席へと座った。そうだね、この料理なら向かい合って食べないとね。

 

 楽しそうに会話をしながら席に着いた二人の雰囲気に、こちらも嬉しくなりながら厨房へと向おうとすると、空いたテーブルを片付けていた榛名が話しかけてきた。

 

「マスターさん、なんだか楽しそうですね」

 

「ん?あぁ、あの二人の楽しそうなのがうつったかな。榛名はこれ、知ってるかい?」

 

「いえ、すみません。ですが、おいしそうですね」

 

 榛名にも夕張ちゃんから貰った画像を見せてみると、残念ながら知らなかったようで少し申し訳なさそうな顔をしていた。でもまぁ無理もないかな……なんせ俺が生まれる前の映画だし、俺も再放送というか、テレビのなんとかロードショーみたいなものでしか見たことはないし、正直内容もうろ覚えだ。

 

 ただ、この料理のシーンとラストシーンは印象的なシーンとして、頭の中に残っている。料理そのものの描き方や、主人公たちの食べ方はいかにもアニメっぽくデフォルメされているのだが、実に美味しそうなのだ。

 

 という訳で、今回のリクエストのミートボールスパゲッティを作っていこう。そもそもこのスパゲッティは、例の映画だけの料理という訳ではなく、スパゲッティ・ウィズ・ミートボールや、スパゲッティ&ミートボールなんて名前で食べられている、アメリカの定番スパゲティでもある。

 

 まずはミートボールから。合い挽き肉に塩・コショウ・ナツメグを入れて練るようにして良く混ぜる。肉に粘り気が出てきたら卵・牛乳を含ませたパン粉を加えさらに混ぜ、ムラなく混ざったら一口大のボール状に丸めて小麦粉をまぶす。

 

 フライパンにちょっと多めに油を熱して、ミートボールの表面を焼き固めていく。全体に焼き色が付いたら一旦取り出し、油を引きなおしてみじん切りにしたニンニク・玉ねぎを炒め、火が通ったところでトマト缶・ブイヨン・ケチャップ・ローリエを加えて煮立たせる。

 

 煮立ったら取り出しておいたミートボールを入れて、ソースを絡ませながら火を通していき、肉に火が通りソースも程よく煮詰まったら味を見ながら塩・コショウで整えるんだけど……

 

「あ、ほっぽちゃんと榛名もちょっとこっち来て」

 

 と、ちょうどホールから食器を下げて厨房に入ってきた二人を呼んで、半分に割ったミートボールにソースをかけて味見してもらう。

 

「オイシイ!」

 

「えぇ、おいしいです。塩加減もちょうどいいかと」

 

 二人はいい感じみたいだけど、俺も念のためソースをすくって味見してみる……うん、ちょうどいいかな。

 

 ソースの味も定まったところで、別鍋でゆでておいたパスタを上げてソースに投入。大きく煽りながら絡めたら完成だ。あのシーンの様に大皿に山盛りにして二人の所へ持って行く。

 

「はい、お待たせしました。ミートボールスパゲッティです……あ、二人とも、食べ方までは真似しなくていいからね」

 

「わかってますってー。うわぁ、おいしそう!こないだあの映画を見てから憧れてたんですよ」

 

「そうそう、これこれ!夕張さんと何度も話したんだよねぇ。いっただきまーす!」

 

 そう言って二人は大皿から直接……ということはさすがにせずに、取り分けてから食べ始めた。

 

 俺は一旦厨房に戻って、例のシーンに映っていたワインの代わりといってはなんだが、ぶどうジュースを用意してきたのだが、黙々と真剣な表情で食べ進める二人に思わず吹き出してしまった。

 

「あー、おいしくて思わず黙り込んじゃったわ。マスターさん、これ絶対メニューに入れた方が良いですよ。間違いなく人気出ます。ね秋雲」

 

「ん?んー」

 

 夕張ちゃんの言葉に頷きと「んー」だけで返事をする秋雲。それを見て夕張ちゃんも焦って大皿から自分の分を確保しに動いた。

 

「もー、ちょっと待ってよぉ。私の分まで食べないでー」

 

 そんな焦った夕張ちゃんの行動に、秋雲も大皿から取り分けながら言葉を返す。

 

「食べる時は食べる、描くときは描く。これがイケてる艦娘なのよ。ね?店長」

 

 そう……かもしれないけど……ま、喧嘩しないようにね。

 

 ごゆっくりと一声かけて厨房へ戻ると、洗い物をしている榛名の陰からほっぽちゃんがじっとこっちを見ていた。なんだなんだ、どした?

 

「ヒデト、ミートボールオイシカッタ……」

 

 あー、ほっぽちゃんもあのスパゲッティを食べたいのか……確かに子供が好きそうな味だもんね。でも、榛名の陰に隠れちゃってるのは、遠慮してストレートに言えないのかなぁ。

 

「そっか、ありがとう」

 

 そんなほっぽちゃんに、俺はそれだけ返してじっと目を見る。さぁ、ほっぽちゃん、頑張ってしてほしいことを言ってみよう。

 

 そんな思いで見つめていると、それを察したのか榛名がほっぽちゃんに「どうしたいのか言ってごらん」と優しく語りかけた……それを聞いたほっぽちゃんは、こっちを見つめて口を開く。

 

「ウン……ホッポモアノオリョウリタベテミタイ」

 

「わかった。じゃあ、今日の晩御飯はあのスパゲッティにしようか」

 

「ホント!?ヤッタ!」

 

 ほっぽちゃんの言葉を聞いて、今日の晩御飯のメニューを約束すると、ほっぽちゃんは榛名に抱き着いたままぴょんぴょん跳ねだした。うん、やっぱり小っちゃい子は素直なのが一番だね。

 

 ……と、いかんいかん。仕事を忘れてほっこりしてしまった。とりあえずほっぽちゃんの頭をひと撫でして、注文が溜まっていないことを確認してから厨房を出る。

 

 しばらくホールの様子を見ながらカウンターで作業をしていると、夕張ちゃんと秋雲も食べ終わったようで、背もたれに寄り掛かった楽な格好で談笑していた。

 

「空いたお皿さげますねー……どうだった?ふたりとも」

 

 皿を下げてお冷を注ぎながら、感想を尋ねてみる。といってもさっきの感じを見ると満足してくれたみたいなんだけどね。

 

「とってもおいしかったですマスターさん。さっきも言ったけど、やっぱりこの料理メニューに加えるべきですよ!」

 

「うん、おいしかったぁ。もしこれがメニューに加わったら秋雲さんも通っちゃうなぁ……まぁ無くても通うけどー」

 

 いやぁ、そこまで言ってくれるとうれしいねぇ。

 

「じゃぁ、ちょっとメニューに追加考えてみようかな……」

 

「ホントですか!?いやぁ楽しみだなー!」

 

「風雲が着任したら連れてきてあげよーっと!」

 

 俺の言葉に手を叩いて喜ぶ二人。まだ『考える』って言っただけなんだけど……まぁいいか。

 

 そんな風に思いつつも、自分の中ではほぼほぼメニューに加えるのは確定してるし、黙っておこう。とりあえずは限定ランチで様子を見てからだけどね。

 

 お皿も回収して感想も聞けたし、そろそろ戻ろうかと思った所で夕張ちゃんが「あのー……」と声をかけてきた。

 

「あのー……またこういうのあったら作ってもらえますか?」

 

「あ、秋雲も作って欲しいかも。色々気になる料理もあるんだよねぇ……だめかなぁ?」

 

 二人が言っているのって、所謂漫画飯とかアニ飯とかって事か……それなら……

 

「もちろん。とは言ってもなんでも作れるって訳じゃないとは思うけどね」

 

 夕張ちゃんの質問に笑顔で返事をする。今回みたいに知ってる料理や、作り方・味が想像できる料理に限られるけど、実際今日も作ってて楽しかったし、たまにはいいんじゃないかな。

 

……で、たまに、でいいんだよね?ふたりとも?

 




料理の元ネタは皆さんご存知、某泥棒三世がお姫様の心を盗んだあの作品です

この料理がネタにされている漫画を読んで
やっぱり料理物ならネタにしておかないと、と思った次第で……なんかすみません……

後、うちの鎮守府にもようやくアメリカ艦が着任したので
次回はその子に登場してもらおうかと思っております


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五十二皿目:英国淑女と米国少女

前回ちらっと言ったように今回はあのアメ艦に登場してもらいます


「マスターさん、今夜金剛お姉さまが新しく来た子を連れて来るので『ディナーをお願いしマース』とおっしゃっていたのですが大丈夫でしょうか?」

 

 今朝は榛名のそんな一言から始まった。

 

「あぁ、大丈夫だけど……何かメニューの希望とかはあるのかな?」

 

「えーっと『USAの子なのでSteakが良いと思うデース』と……」

 

 なるほど、今度はアメリカの子なのか……もしかして金剛さんが連れて来るのも英語繋がりって事なのかな?……にしても、榛名は金剛さんの真似が上手いな。まるで本人のようだ……。

 

 まぁ、それは置いておいて、アメリカの子ならやはりステーキもアメリカ風の方が良いのだろうか?それとも日本風の方が良いのかな?俺も直接アメリカ人に聞いたわけじゃないから定かじゃないんだけど、どうやら日本のステーキってのはアメリカ人に言わせると、柔らかすぎるなんて話も聞くし、そこんとこどうなんだろうね?

 

「んー、榛名は分かりませんが、せっかくですから日本のお肉の食べ方を知っていただく良い機会だと思います。多分彼女が艦娘として持っている知識とは違うとは思いますが、マスターさんが作るお料理ですから、きっと気に入ってくれます!」

 

 そっか……まぁ、この島で手に入る牛肉は和牛の中でも『短角種』と呼ばれる種類の牛で、サシが少ない赤身肉なので、『黒毛和牛』の霜降り肉に比べるとアメリカで食べられている肉に近いかもしれない。個人的にはこういう赤身肉の方が好みなんだけどね。

 

 そもそもこの『短角種』は元々東北や北海道の一部で育てられていた肉牛なのだが、それまで肉牛の九割以上を占めていた『黒毛和牛』に比べて丈夫で、原料のほとんどを輸入に頼っていた濃厚飼料の量を減らして、放牧による牧草をメインとした粗飼料での飼育が容易なのと、歩留まりも良いので、最近シェアが拡大されてきている。

 

 話はそれるが、肉牛に関してはかつて六割弱を輸入に頼っており、それが途絶えた直後は値段もかなり高騰したものだが、節制志向の高まりで需要がかなり落ち込んだこともあって、すぐに落ち着いた……むしろ、牛肉=贅沢品というイメージが根強いのか、他の肉類に比べても消費量がひときわ落ち込んで、逆に余っているというような報道がなされたこともあったが……さすがにそれは盛りすぎだったんじゃないかと思う。

 

 そんなこんなで今では、値段こそ以前よりも上がってはいるがそれなりに安定的な供給はされており、我々のような一般庶民でもちょっとしたご褒美感覚で食卓に並べる事ができるようになった。

 

 ま、そんな小難しい話は置いておいて、生産者の皆さまありがとうございますってことで、とりあえずその新しい子に気に入ってもらえるようなメニューを考えておきましょうかね。

 

「ディナーメニューは追々考えるとして、今日の仕事を始めようか、榛名」

 

「はいっ!榛名、頑張ります!」

 

 それからいつものように朝の仕込みと開店準備を済ませて、開店間際に起きてきたほっぽちゃんの朝ごはんを用意する。ちなみに今日の朝ごはんは『鰺の一夜干し定食』で、ザ・日本の朝ごはんだ。昨日懇意にしている市場のおっちゃんが「鰺が大漁で余りそうだから、特価で持ってけ」ってことで仕入れた物だ。

 

 実は今朝のこのメニューはほっぽちゃんのリクエストだったりする。

 

 あのくらいの子供はあまり和食なんて好きじゃないのかも?と思って普段ほっぽちゃんには和食はあまり作ってなかったのだけれど、俺が昨日鰺を仕込んでいるのを見て、食べたくなったらしい。これからはもうちょっと和食の頻度を上げてみようかな?

 

 ほっぽちゃんがいつもの席で朝食を食べ始めたところで店を開ける。程なくしてお客さんもぽつぽつ入ってくると「お、今日は焼き魚か」なんて声と共に、常連客の間から「いつもの」という声もあちこちから聞こえてきた。そしてこの「いつもの」とは「ほっぽちゃんと同じものを」という意味なのは言うまでもないだろう……

 

 さて、ほっぽちゃんのおかげ? で、大量に仕入れた鯵も順調に消費していき、店の営業も順調に時間が経ってあっという間に夕方だ。そろそろ金剛さんも来る頃だろうか。

 

「ハーイ!ヒデトサーン、こんばんわデース!」

 

 と、そんなことを考えていたら、ドアベルの音と共に明るく元気な声が聞こえてきた。いらっしゃいと声をかけながらそちらに目を向ければ、ニコニコと眩しい笑顔を向けてくれている金剛さんと、彼女に寄り添うように少し恥ずかし気な微笑みを浮かべた少女の姿があった

 

 彼女が新しく来たというアメリカの艦娘なのだろう。というか、もっと大きな子が来ると勝手に想像していたのだけれど、意外に小さい子だったのでちょっと驚いた。

 

「サム、こちらがこのお店のマスターのヒデトサンデース」

 

 金剛さんがそう紹介してくれたので、俺も簡単に自己紹介しながら二人をカウンター席へと促す。すると、席へ着く前に彼女も自己紹介をしてくれた。

 

「Nice to meet you! 私ね、ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦、サミュエル・B・ロバーツ!サムって呼んでっ!」

 

 サムちゃんか。なんだか男の名前みたいだけれど、欧米の軍艦は人名が由来になる事も多いらしいから、その類なんだろうね。自己紹介も済んで、お冷を持ってきたほっぽちゃんに驚くという一連のお約束の流れを終えて、ひと笑いしたところで金剛さんが口を開いた。

 

「ヒデトサン、榛名から聞いてるとは思いますガ、今日はSteakでお願いしマース。ね?サム」

 

「はい。昔の記憶はう……うる?うら?覚えですけど、私に乗っていたNavyの皆も好きだったみたい。だから、食べてみたいなって」

 

 正しくはうろ覚え……ね。一応、アメリカンなステーキ肉ではないことや、味付けも日本人に合わせていることを伝えると、サムは笑顔で了承してくれたので一安心。味の方は金剛さんが保証しているから、心配していないのだそうだ。そう言われると、ちょっと気合入れなおさなきゃね。

 

 という訳で、料理ができるまでの間をほっぽちゃんのトーク術で繋いでもらうことにして、榛名と一緒に厨房で調理を始める。

 

 まずはサラダから。今日は今が旬の春キャベツと新玉ねぎを使って作ろうと思う。

 

 薄切りにした新玉ねぎと、一口大に千切った春キャベツ。この二つをマヨネーズ・塩・コショウそして、100%オレンジジュースを混ぜたドレッシングで和えていく。そして、今日はここにもう一つある食材を加える。それが、これだ。

 

「マスター、それは……蒲鉾……ですか?」

 

「そう、蒲鉾。いや、俺が居酒屋の大将に教わったレシピはカニカマを使ったものなんだけど、今のこの島じゃこっちの方が手に入りやすいからな。ハムでもいいっちゃいいんだが……これでもなかなかイケるもんだ。ほら、味見」

 

 榛名の質問に答えながら、薄めの短冊切りにした蒲鉾をボウルに入れて混ぜ合わせる。そこから小皿に少し取って味見をしてもらうと、榛名はほっぺたを押さえながら「んーっ」と声を上げた。な、うまいだろ?

 

 おいしさをわかってもらったところで、このコールスロー風春野菜サラダが入ったボウルを榛名に渡して盛り付けてもらい、先に二人の所へ持って行ってもらう。さて、お次はいよいよステーキを焼いていこう。

 

 使うのはもちろんサーロイン。肉は事前に冷蔵庫から出して常温に戻しておいて、筋の強いところの何か所かに包丁を入れ、さらにフォークで全体に軽く穴を開けておく。全体に塩・黒コショウを軽く振ったら、しっかり熱して牛脂を溶かした熱々のフライパンに投入。ジャアッという音と共に肉の表面に熱が入っていくのがわかる。

 

 ここで注意するのが下手にいじらないこと。俺もちゃんと教わるまではそうだったから、ついひっくり返したくなるのもわかるんだけど、片面ずつしっかりと焼いていく。両面焼けたところでブランデーを使ってフランベをして香りづけを行ったら、フライパンから取り出してアルミホイルでくるんで五分ほど置いておく。

 

 その間に、付け合わせを作ろう。肉から出た旨味たっぷりのエキスが残っているフライパンに、レンジで蒸しておいたじゃがいも・アスパラガスと、半分に切ったミニトマトを入れて炒めていく。それぞれに焼き色が付いたところで皿に盛り付けていく。

 

 合わせて、ホイルでくるんでおいた肉も良い感じなので、スライスして皿に並べたら完成だ。切った断面は……ミディアムくらいかな?中心部には赤い色を残しつつ、火は通っているといった具合で、とても美味しそうだ。さぁ、スープとライス、そして二種類のソースが入った小皿を持って二人の所へ行こう。

 

「お待たせしましたー、サーロインステーキです。ソースは二種類、わさび醤油と自家製のおろしポン酢です。もちろん塩コショウでも美味しいよ」

 

「ヒデトサン! さっきのコールスロー美味しかったデース!爽やかなOrangeの香りが春を感じマシタ」

 

「これがBeefsteakですか……えっと、いただきます」

 

 待ち焦がれていたステーキを目にして、サムはさっそくフォークを手にした。すでにスライスしてありナイフを使わなくとも食べやすくなっているそれを、一切れフォークに刺してまずはそのまま一口。

 

「Oh……なんて柔らかい……」

 

 ゆっくり味わってから飲み込んで、すぐに続けて二切れ目に手を付ける。今度はわさび醤油で食べてみるみたいだ。

 

「この緑色の物体は……もしかしてこれがWasabiですか?」

 

「ソウ!ワサビ!カライケドオイシイ、ハナニツーントクル!」

 

 サムはどうやら初めてのわさびのようで、ほっぽちゃんの身振り手振りを交えた説明を聞きながら恐る恐る口に運んだ……。

 

「んー!Burn to nose! 鼻がー……」

 

 わさびをつけすぎたのか、慌てて水を口にするサム。口の中のわさびを水で洗い流して、何とか落ち着いたところで金剛さんが声をかけた。

 

「フフフ、大丈夫デスカ?慣れないうちは少しにしておいた方が良いデスヨ。でも、これがまたご飯と良く合うデス。まさに日本ならではの食べ方だと思いマース」

 

 そう言って、わさび醤油につけたステーキと一緒に白飯を楽しむ金剛さん。サムもそれを見て、量に気を付けながらわさび醤油に再チャレンジする。肉を数回噛んだところで白飯を口へ……今頃彼女の口の中では溢れる肉の旨味とわさびの爽やかな辛味、醤油の塩気と香りが混然一体となり、白飯の旨味を引き立てている事だろう。

 

「Oh, I see! これは美味しいです!」

 

 おいしそうに白飯をかき込むサムを見ながら、金剛さんも笑顔を浮かべた。

 

 続いておろしポン酢に挑戦したり、付け合わせの野菜に舌鼓を打ちながら食べ進めて行ったところで、金剛さんが思い出したように声を上げた。

 

「そう言えばヒデトサン、先ほどのコールスローに不思議なものが入っていたのデスガ……これは何デス?」

 

 金剛さんは残っていたサラダの中からかまぼこをフォークに刺して持ち上げると、こちらに見せてきた。と、その質問に答えたのは隣に立っていた榛名だった。

 

「お姉さま。それは蒲鉾だそうですよ。もし気に入られたのであれば、作り方も簡単ですので、今度お家でお作りしますね」

 

「やっぱり蒲鉾でしたカ。いつもは醤油で食べるだけで、こういう食べ方は初めてだったのですぐには分からなかったデース。ぜひ今度比叡や霧島にも食べさせてあげてくださいネ」

 

 そんな姉妹の微笑ましい会話が行われた横で、サムが不思議そうな顔をしながら聞いてきた。

 

「金剛さん、カマボコって何ですか?」

 

「蒲鉾というのは――――」

 

 その言葉をきっかけに、金剛さんによるサムのための『日本語講座・料理編』が始まった。店も暇だし、なんだかおもしろそうなので俺も教えてもらおうかな。よろしくお願いします、金剛先生。

 




アメリカといえばステーキ……なんという安直な……

金剛先生みたいな教師がいたら
俺ももっと勉強頑張っていたと思うんですよ……



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五十三皿目:成長したワンコ二匹

タイトル通りあの二人と、もう一人彼女たちの妹艦が登場します


 ある日の夕方、お客さんが途切れた店内で特にやることも無くなったので、三人で小休憩を取っていると、店の外から聞きなれた元気な声が届いた。

 

「時雨はやくはやく!マスターさんに見てもらうっぽい!」

 

「そんなに急がなくても、今日はお休みじゃないんだしマスターもいるから大丈夫だよ」

 

 あれは夕立と時雨か、相変わらず元気があって良いことだね。彼女たちの声に榛名と思わず顔を見合わせてクスリと笑ったところで、扉を開けて夕立が飛び込んできた。

 

「マスターさん!みてみて!夕立ったら強くなれたっぽい!」

 

 店に入るなりそう言いながらくるりと回った夕立は、なんだかちょっと印象が変わったように感じる。服装は変わってない……いや、マフラーみたいなのを首元に巻いて、髪型も変わったのかな?後は……もしかして目の色も変わってる?

 

「ごめんねマスター、驚いたでしょ?夕立が『マスターさんに見せるんだ』って意気込んじゃってさ」

 

 夕立の後ろから入ってきた時雨がそんなことを言ってきたが、その時雨もまた雰囲気が変わったようだ。夕立と同じように髪の毛がちょっとはねていて耳の様にも見える。より一層犬感増してない?そして何より二人とも……。

 

「なんだか大人っぽくなったかな?」

 

 と、そんな俺の言葉に夕立は得意げに、時雨は少し恥ずかし気に笑みを浮かべて返してきた。ひとまず二人にはカウンターに座ってもらって、何があったのか聞くことにする。

 

 注文したレモネードをごきゅごきゅやっている夕立は置いておくとして、時雨から話を聞いてみると、どうやらイメージチェンジという訳ではないらしい。

 

「実は僕たち、改二になったんだ。前にちょっと話したことあったと思うんだけど……」

 

 あー、そう言えばそんな話もしたかな。確かこの島に来て間もないころか、確か川内はその改二ってやつなんだっけ。

 

「そうよ、他のとこから来た人たちは大体改二なんだけど、この島で生まれた子だと夕立と時雨が一番乗りっぽい!」

 

 へぇ、そりゃおめでとう……でいいのかな?一番乗りはこの二人だけど、間もなく暁と響も改二改装を予定してるらしい。暁が先を越されたことを悔しがっていたそうだ。

 

「二人とも頑張ったんだな」

 

「へへー、マスターさん褒めて褒めてー」

 

 俺が二人を労うと、夕立がそう言いながら身を乗り出してきたので頭をわしゃわしゃしてやった。嬉しそうに「ぽーいー」と言っているのでそのまま時雨に話を振る。

 

「じゃぁ、なんか簡単にお祝いしようか。都合のいい日を教えてくれたらその日のディナーをタダで……って訳にはいかないけど、お祝い価格でやらせてもらうよ」

 

「ほんとうかい?嬉しいな。ありがたく甘えさせてもらうよ」

 

「時雨、それならあの子も連れて来るっぽい!」

 

 ん?あの子?誰だろう……

 

「そうだね……マスター、実は僕たちの妹が一人着任したんだけど、一緒に良いかな?まだ来たことがないから、是非連れて来たいんだ」

 

「あぁ、もちろん。それじゃあその子の着任祝いも兼ねようか。何か食べたいものはあるかい?」

 

 二人はその質問にしばらく考え込んでいたが、ある程度考えがまとまったのか夕立が口を開いた。

 

「あのねマスターさん。ちょっと喫茶店らしくなくてもいいっぽい?」

 

 まぁ、朝からバリバリの和定食を出してるあたり今更だから、そんなに気にしなくてもいいんだけど、なんだろう?

 

「夕立、大人っぽい和食が食べたいっぽい」

 

「実は僕たち、空母の皆にたまに話を聞いて憧れてたんだ。なかなか普段は頼めないんだけど、いい機会かなって」

 

 そう言われてみれば、加賀さんや翔鶴を始め空母の皆は和定食や、一品料理でも和食を頼むことが多いかもしれないな。鳳翔は洋食を頼むことが多いみたいだけれど……。

 

 それにしても『大人っぽい和食』か……今までとはちょっと変わったリクエストだけれど、頑張ってみようか。

 

「わかった。精いっぱい作らせてもらうよ」

 

 そう返事をして来店日を決めて、別の話題に移っていった。

 

 

 

 

 そして次の日、何かヒントになるようなものがないかと、昼休みを使って商店街を回ってみる。とは言え普段から通っている商店街で特にこれと言って目新しいものもなく、そろそろ店に戻らなきゃならない時間が近づいていた時だった。

 

「ん?あれは……」

 

 最近開店した雑貨屋の店頭に置いてあったある商品が目に留まった。その店は本土から仕入れた商品のほかにも、島の人たちが作った工芸品なんかも置いてあるようだ。とはいえ、客もまた島民なので、土産物というよりも実用品が多く並んでいた。

 

「んー、これは使えるかも……すいません、これをいくつか貰いたいんですけど」

 

 そう言って、気になった商品を買い込んで、店へと戻る。うん、良い買い物ができたな。

 

 

 

 

 そしていよいよ三人がやってくる当日。時間に合わせて仕込みをしていると、どうやら彼女たちが来たようでホールの方から声が聞こえてきた。

 

「こんばんは。今日はよろしくおねがいするよ」

 

「こんばんはマスターさん。新しく来た妹を連れてきたっぽい」

 

 時雨の挨拶に続いて、夕立が一人の女の子の肩を押してこちらへ連れてきた。二人と同じようなセーラー服に、ピンク色の髪の毛と白い帽子をかぶった大人しそうな少女だ。

 

「はい、白露型駆逐艦五番艦の春雨です。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくね。さぁ、こちらへどうぞ」

 

 三人をテーブル席へ案内して、ほっぽちゃんに引き継いで厨房へと引っ込む。三人に出す料理を完成させてしまおう。

 

 まずは春に美味しい山菜、ワラビを使ったおひたし。かつおだしに薄口醤油・塩を加えただし汁に、あく抜きをしたワラビを適当な長さに切ってから浸して、冷ましながら味をしみこませる。

 

 これを小鉢にちょんと盛ってまずは一品……と思ったけど、少し隙間があるのでそこに同じだし汁で作った出汁巻き卵を添えよう。

 

 続いてこちらもすでに作っておいたふきとさつま揚げの煮物を盛り付ける。こちらはふきを板ずりしてから茹でて皮を剥き、四・五センチに切ったものと、熱湯にくぐらせて余分な油を落としたさつま揚げを同じくらいの大きさに切り、いろどりに人参の飾り切りを入れて、出汁・醤油・みりん・酒で煮ていく。

 

 煮ていくうちにさつま揚げからも魚の出汁が出て、いい味に仕上がるんだよね。

 

 で、お次の焼き物はちょっと濃いめの味付けってことで、鶏と新じゃがの照り焼きだ。醤油・みりん・酒・ザラメの照り焼きタレで一口大に切った鶏モモと新じゃがを焼いたものだ。

 

 最後は刺身。これはお祝いってことで、鯛を用意した。普通の鯛のお刺身と、昆布締めにしたもの、皮を残して湯引きしたものの三種盛りを仕上げる。

 

 さて、ここまで榛名に手伝ってもらいながら一気に作ったわけだけれど、これらの料理を盛った小鉢を季節のあしらいと一緒に、十字に仕切られた箱の中に入れていく。

 

「わぁ、綺麗ですね。それにいろんな味があって楽しそうです」

 

 そう、これが商店街で見つけたアイテム。ちょうどいい感じの弁当箱があったので、これに料理を入れて蓋をして、ご飯と味噌汁を添えて出せば、松花堂弁当の出来上がりだ。榛名の言う通りいろんな味を楽しめて、目にも鮮やかでこれなら大人の女性向けと言えるんじゃないかな?

 

 なんというか、かつての銀座辺りの料亭の高級ランチとかそんなイメージ……ま、田舎育ちの勝手なイメージだけど……

 

 ちなみに今回のご飯は、鯛をおろした時のアラと昆布で取った出汁で炊いてある。炊飯器を開けた時の香りがたまらなかった。

 

「はい、お待たせしましたっと。特製松花堂弁当だよ」

 

「これは見事だね。とても美味しそうだ」

 

「これってば、美味しそうなお料理いっぱいでよりどりみどりっぽい」

 

「ふわぁ、綺麗ですねー」

 

 目の前に置かれた弁当箱の蓋を取るなり、三者三様のセリフが口をつく。ちょっぴり盛り付けのセンスには不安があったけど、榛名が手伝ってくれたおかげできれいに盛り付けることができたからね。よかったよかった。

 

 こういう弁当とかだと、一品料理とはまた違った盛り付けのセンスが求められるんだよね。全体のバランスというかなんというか……。普段作り慣れていないからちょっと戸惑ったけど、榛名のセンスの良さに助けられたかな。

 

「あぁ、このおひたしは美味しいね。ほんのり苦みがあって……春の味ってやつかな」

 

「夕立はお刺身!ダイダイ?をちょっと絞るともっと美味しいっぽい!」

 

 その食べ方は、昔からダイダイを育ててる家が多かったこの島ならではの食べ方だね。白身魚の刺身にはダイダイの酸味が良く合うんだ。

 

「この鶏の照り焼きも美味しいですよ姉さん。じゃがいももホクホクです」

 

「そうだマスター、このご飯なんだか鯛の風味がするんだけど、鯛めしって訳でもないみたいだよね?出汁?」

 

「ああ、白飯っていうのも味気ないと思って、鯛と昆布の出汁で炊いたんだよ。お祝いだし、鯛めしにしても良かったんだけど、おかずもいろいろあるから、ほんのり香りが付く程度でね」

 

「なるほどー、確かにこれならおかずの味も邪魔しないですし、むしろすごく良く合います」

 

 時雨の質問に答えた俺に、春雨がそんな風に言ってくれた。

 

「マスターさん、ご飯お替りほしいっぽい!」

 

 と、横から夕立がご飯茶碗を差し出してきたので、それを受け取って厨房へ戻る。お替りを持って行くのは手が空いていたほっぽちゃんに任せて、俺は軽く片づけをしてしまおう。

 

 一通り片づけを済ませてカウンターに戻ると、テーブル席からは三人の元気な声が聞こえてくる。

 

「白露型は今まで時雨姉さんと夕立姉さんだけだったんですよね?」

 

「そうだよ、だから春雨が来てくれて嬉しいんだ」

 

「村雨も早く来ないかなー、あと五月雨も来たらあの時の二駆復活っぽい!那珂ちゃんと一緒に出撃するっぽい!」

 

「それは楽しみかもしれないですね。あ、でも由良さんはまだいないんですか?」

 

「まだー、由良さんも早く来たらいいのにー。長良さんと阿武隈さんも首を長くし過ぎてキリンさんになっちゃうっぽい」

 

 ふむ、結構たくさんの艦娘が来たと思ってたんだけど、どうやらまだまだたくさんいるらしい。ぶっちゃけ全部で何人いるんだ?

 

「ほんと、みんな早く来てここの料理を食べさせてあげたいな。このふきの煮物だってこんなにも味が染みてて美味しいし……さつま揚げもじんわり美味しい……」

 

「うん、今日のお料理は、なんだか大人のオンナになれたっぽい!あ、でもでも、夕立は皆にパスタも食べてもらいたいっぽい!」

 

「そうだね、ここはパスタも美味しいからね。僕はなんだろう……なんでも美味しいから迷うな……」

 

「ふふっ、時雨姉さんも夕立姉さんも仲いいですね。今度は夕立姉さんのおすすめのパスタを食べに来たいです。時雨姉さんのおすすめの料理も……」

 

「うん……そうだね、これから時間はいくらでもあるんだ。一緒にいろんなものを食べようじゃないか」

 

 うん、いろいろ食べて、いろんな楽しみを知るといいよ……なんてね。うち以外にも美味しいものを作ってるとこはあるし、あちこち巡ってみるのもいいんじゃないかな。

 

「あらマスター、なんだか楽しそうですね?」

 

「ん?ああ、ちょっとね……」

 

 ニヤニヤしながらそんなことを考えてたら、榛名が声をかけてきた。とっさにごまかしてしまった……。

 

 とりあえず、何か春雨を使った料理でも考えてみようかな……

 




これでワンコ(仮)からカッコカリが取れましたね
そして春雨は出したもののあまり目立たせられなかったので
そのうち麻婆春雨ネタでもやろうかな……

まぁ、出した理由もここの所雨が多かったから……
なんてことはない……ですよ?たぶん



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五十四皿目:マスターの憂鬱

「……はぁ……」

 

「あら、マスターさんどうしたのですか?何かお悩みでしたら、榛名にご相談ください!」

 

 誰もいないと思って思わずついたため息が榛名に聞かれていたらしく、心配そうな声で尋ねられてしまった。ぶっちゃけくだらない理由なので、説明するのも申し訳ないのだけれど……

 

「いや、明後日の日替わりどうしようかなって……」

 

「今日がフレッシュトマトのマルゲリータパスタで明日がチキンソテーでしたよね?昨日もお肉でしたし、そろそろお魚はいかがでしょうか」

 

 うん、実は明後日のメニューは相場を見て魚のムニエルにしようかと思ってるんだよね。ってことで、ほんとは他のことが理由なんだけど、ごまかしてしまった……ごめんよ榛名。

 

「ドウシタ、ヒデト。オナカイタイ?」

 

 ホールから戻ってきたほっぽちゃんにまで心配されてしまった。いや、大丈夫だよ、ありがとね。

 

「ア!ソウダ、オミズモッテイク!サクラガキタ!」

 

 心配してくれたほっぽちゃんの頭を撫でていると、自分の仕事を思い出してお冷とおしぼりの準備を始めた。さくらが来たんじゃちょっと顔出してくるか。

 

「おう、いらっしゃい。久しぶりじゃないか?」

 

「あー、そう言われてみればそうかもね。最近着任が相次いだり、他の仕事もあったりして忙しくて。とりあえずちょっと落ち着いたからお昼食べに来たのよ」

 

「そっか、それはお疲れさん。ま、決まったら呼んでくれ」

 

「んー、今日の日替わりはマルゲリータパスタ?ピザじゃなくて?」

 

 あまり見ないメニューに興味がわいたのか、首を傾げて聞いてくる。

 

「あぁ、トマトとモッツァレラチーズ、バジルを使ったパスタだな」

 

「じゃぁそれをパンとセットで。食後にコーヒーをお願い」

 

 軽く「了解」と答えて厨房に戻り調理を始める。まずはパスタを茹でながらソースの準備だ。角切りにしたトマトとオリーブオイル・おろしにんにく・塩・コショウをざっくり混ぜ合わせておく。

 

 パスタが茹で上がるタイミングでソースをフライパンで温めて、麺を投入。火を通すというよりは、何度か煽って一通り混ざったくらいで皿に盛り、千切ったバジルとモッツァレラチーズを散らして完成だ。

 

 夏の暑い時だったらソースを冷やして冷製パスタにしても美味しいんだけど、今日はあったかい物を食べてもらおう。軽くチーズが溶けて麺に絡むのも美味しいからね。

 

 他にも注文が入っていたので、これは榛名に持って行ってもらうことにする。後でコーヒーを持って行くときにでもまた顔を出しておこうか。

 

 で、調理の方も落ち着いたので、コーヒーを淹れにカウンターに入ったわけなんだけど……

 

「秀人なんか悩みでもあるの?」

 

……ニヤニヤしながらさくらが聞いてきた。なんだ、榛名から聞いたのか?

 

「さぁ、どうでしょう?いいから話してごらん。何とかできるかもよ?」

 

……こんにゃろう……っていうか、榛名に嘘ついたのばれてたか。後でちょっと謝っとかなきゃな。

 

 でもまぁ、こいつなら多分気持ちを分かってくれるかもしれないし、話してみるのもアリかもしれないな。いや、むしろ同じ気持ちになるといいさ。

 

「下らないことなんであんまり言いたくなかったんだけどな……じゃぁちょっと待っててくれ」

 

 そう言って俺は一旦自室に戻り、一冊の雑誌を取ってきて、とあるページを開いてみせた。

 

「うわー、めっちゃおいしそう……なるほど……そういうことだったのね、これは確かに凹むかもね。この写真やば過ぎだわ」

 

「だろ?メニューの参考になるかと思って、昨日寝る前に眺めてたんだけどさ、この辺じゃ簡単には手に入らないと思ったら、余計に食べたくなっちゃってさ」

 

 俺が持ってきた雑誌は、あるグルメ雑誌の北海道特集号だ。雑誌自体は侵攻前に発行されているので、海産物を中心に北海道の美味い物がこれでもかと掲載されている。

 

 そしてその中でも特に心惹かれたのが、今さくらに見せているページに載っている物だった。

 

「昔はこの島でも本土経由でそれなりに手に入ったからそこまで高くなかったけど、このご時世じゃなぁ……まぁ今でも築地なら手に入らないことも無いから、仕入れてもいいんだけど、今じゃ超高級品だしいくらかかるか……」

 

「あー、そう言われると無性に食べたくなるわね……ホッケ……」

 

 そう、俺が……いや、俺たちがさっきから食べたいと嘆いている物、それはホッケだった……

 

 北海道の海産物と言えばカニやシシャモなどもあるが、雑誌に載っている写真の破壊力たるや……と言った感じで、すっかりホッケに脳内を占領されていたのだ。

 

 正直なところ、この北海道特集以外にも日本各地のグルメを紹介したものを読んでは、似たような思いに苛まれることがしばしばあるのだが、今までは割と作ることができたりしたのでここまで凹むことは無かった。

 

 二人そろって叶わぬ願いにため息をついていると、空いたテーブルを片付けていた榛名がやってきて、軽く呆れ顔で窘めた。

 

「あら、今度は提督までそんなため息をついて……だめですよ、そんな顔をしていては」

 

 そんな榛名を見て、さくらはしばし考え込むと、何かを決意したような顔をして口を開いた。

 

「ねぇ秀人、ホッケって北海道でしか取れないのかしら?」

 

「いや、東北の辺りでも獲れるはずだけど」

 

「東北か……確か大湊から演習の申し込みが入っていたはず……というか大湊なら北海道も目と鼻の先ね」

 

「おまえ……まさか……って、そりゃ職権乱用じゃ?」

 

「いや、漁業の許可を取れば大丈夫。もちろん獲れた魚の一部はあちらさんを通して地域の皆さんにも食べてもらえるように手配するわ。というか、逆に一部をこちらがいただいて、大部分は提供する形になると思うけど」

 

 さくらの話によると、この島のように直接艦娘が護衛するということはないが、今回さくらが考えているように、艦娘たちが網を使って漁をして、鎮守府が漁協を通して市場に流すということも最近行われているらしく、微々たる量だが出回る魚も増えていて、一般の反応としてもかなり好評らしい。そして、もう少ししたらこの島の様に艦娘が護衛する漁が、各地で行われるようになるのだそうだ。

 

 なんだかんだ言ってこの島での取り組みも少しずつ広まっているってことかもしれないな。

 

「そうと決まれば、さっそく手配しなきゃね。そうね……向こうの人たちにもたくさん食べてもらいたいし、網でガッツリいきますか。となると、ある程度馬力がある重巡以上で艦隊を組んで……ちょうどいいからこの間着任した子達にも行ってもらって、経験を積んでもらいましょうか……戻ったら長門に相談して……金剛にも向こうに連絡してもらわなくちゃね」

 

 なにやらさくらの頭の中では着々と計画が立てられているようだ。ところで、その経験っていうのは演習での戦闘経験だよな?漁業の経験じゃないよな?

 

「うまいこと獲れたら、秀人、干物づくりお願いね。やっぱりホッケと言ったら干物でしょ」

 

「お、おう、任せろ」

 

「というわけで、秀人これお会計ね。私は急ぎの仕事ができたから、それじゃ!」

 

 あ、行っちまった。ま、問題ないって事ならあまり期待せずに待ってましょうかね。何が獲れるかは分からないし、ホッケ以外の魚が獲れたとしてもそれはそれで楽しみだ。

 

「行ってしまわれましたね、提督」

 

「そうだな。榛名はさっき言っていた艦娘って誰だかわかる?」

 

「そうですね……重巡洋艦以上の大型艦は最近何名か着任されているようなので、その中の誰かだと思うのですが……すみません」

 

「いや、いいんだ。さ、気を取り直して仕事に戻ろう」

 

 新しいお客さんが入ってきたのが見えて、榛名にそう言って俺もさくらのコーヒーカップを洗う。榛名はさっそくお客さんをお出迎えして席へと案内し、そこへすかさずほっぽちゃんがお冷とおしぼりを渡しにいく……ナイスコンビネーションだね。

 

「ヒデトー、チュウモン!ヒガワリイッチョウ!」

 

「日替わり一丁ね、了解!」

 

 あと少しでランチタイムも終わって休憩に入るし、今日の賄いは二人も気になってたマルゲリータパスタかな。

 




次回、艦娘北の海でホッケ漁!(仮)

昨日某番組を見ていてホッケが食べたくなり
それまで書いていたものを変更して勢いで書いてしまいました……
そちらのお話は練り直してまた後日……


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五十六皿目:艦娘漁船団の帰港1

ちょっと長くなりそうなので、一回切ります
主に料理描写のせいなのですが……すみません


 さくらが職権乱用のような、そうでないような話をしてから五日後の事、俺は夜明け前から港に来ていた。

 

 というのも、演習に行った艦娘たちが帰ってくるらしいのだ。俺からしてみたら店での話しか聞いていなかったので、いつの間にという感じではあったのだが、俺の言葉が発端ということもあって戻ってくる彼女たちを出迎えることにしたという訳だ。

 

 本来であれば鎮守府の港に帰ってくるということなのだが、今回は魚を積んだ漁船を曳航してきているということなので、一般の漁港に接岸させてそのまま市場に運び込む予定だ。

 

 と、ここまで来ることになった経緯なんかを思い返していると、一緒に来たほっぽちゃんが沖を指さして声を上げた。

 

「ア、フネガキタミタイ」

 

「んー?……あれ……かな?」

 

 まだ暗いと言っていいような時間帯にも関わらず、ほっぽちゃんは沖合の船を発見したようだ。艦娘もそうだけど、この子も目が良いな。

 

 彼女の声に、俺以外にも周りにいた人たちから「どこだ?」「あれか?」という声が聞こえてくる。まぁ、普通の人間には見えないよな。なんとなく沖の方で光がちかちかしてるみたいだけれど、多分あれがそうかな?

 

 しばらくその光を見つめていると、次第に明るく大きく見えるようになってきて、すぐに全体像が見えるようになった。

 

 それにしても、艦娘が航行するのを見るのは去年の祭りの時以来だけど、何度見ても不思議な光景だよな。しかも今日は漁船のおまけつきだ。一見すると普通の女の子が、漁船を引っ張って海の上を滑っていくなんて、なかなかシュールな絵面だと思う。

 

「オー、スゴイ。フネヒッパッテル」

 

「ねー、すごいねー」

 

 目を丸くしてほっぽちゃんがそんな風につぶやくので同意はしたものの、よく考えたらほっぽちゃんもできるんじゃないか?「やりたい」と言われても困るので、口には出さないけれど……

 

 段々近づいてくる艦隊から目を離し、ふと周りを見回してみると少し離れたところに長門さんの姿が見えたので挨拶をしようと近づいた。

 

「おはようございます、長門さん。出迎えですか?」

 

「オハヨー、ナガト」

 

「おぉ、店主殿にほっぽちゃんではないか。おはよう……どれ、ほっぽちゃんおいで」

 

「アハハー!イイナガメ」

 

 軽く手を挙げて挨拶を返してくれた長門さんは、ほっぽちゃんを呼び寄せると肩車をしながらこちらの質問に答えてくれた。

 

「出迎えというよりは、こちらの港と市場を管理している方々とのやり取りが主だがな。本来であれば金剛や加賀の仕事なのだが、ここで我々がやる事と言ったら漁船を接岸させることくらいだからな。それが終われば水揚げは港の方々にお任せだ。私だけでも十分だろうよ」

 

「そうなんですかー。それにしても船を引っ張るなんてすごいですね」

 

「まあな。我々艦娘は素の状態でも一般の人より身体能力は高いが、艤装を装備すると更に元になった船の力も加わるのでな、この程度の漁船であれば造作もないさ。さすがにこの大きさでは駆逐艦娘には大変かもしれないが、引っ張るだけならできるだろうな」

 

 すごいな艦娘……と、そんな話をしている間に船が接岸したようなので、長門さんと一緒にそちらへ向かうことにする。

 

 近づいて行く俺たちの目の前では、待機していた漁師さん達が船に乗り込み、クレーンを操作しながら魚を水揚げしていく。いやー、これはテンションあがるね。

 

 ほっぽちゃんも長門さんの頭の上ではしゃいでるけど、大丈夫かな……落ちそう。まぁ長門さんがしっかり支えているし大丈夫か……長門さんも楽しそうだし。

 

 すると海の方から、長門さんを呼ぶ声が聞こえたのでそちらをみれば、武蔵さんが手を振っていた。

 

「長門、帰投したぞ。それと、ご主人にほっぽちゃんもおはよう」

 

「おはようございます武蔵さん。もしかして武蔵さんが引っ張ってたんですか?」

 

「あぁ、この武蔵と霧島で一隻ずつ曳航してきたのだ、なかなか楽しかったぞ。軍艦の本懐は戦であるとはいえ、こうしてそれ以外のことで人々の役に立つというのもいいものだな」

 

 他の艦娘たちはすでに鎮守府へ帰したようで、そこにいたのは武蔵さんだけだったが、そんな風に語る武蔵さんは、何かをやり遂げたような表情をしていてかっこよかった。

 

「おかえり武蔵。どうだったのだ?」

 

「ふふ、大漁と言っていいだろう。先方もかなり喜んでくれてな。直接会ってはいないが、地元の方々もかなり喜んでくれたようだ」

 

「いや、演習の手ごたえを聞きたかったのだが……まぁいいか。鎮守府に戻ったらとりあえず帰投したということだけでも報告しておいてくれ。詳しい話は一休みしてからでいいだろう」

 

「む、そうか。了解だ、長門……そうだ、時にご主人。明日は休みだったか?」

 

 何やらすれ違いがあったようだけど、長門さんと簡単にやり取りをした後、武蔵さんはこちらに向き直り質問してきた。

 

「えぇ、ですがご要望とあらば開けますよ」

 

「そうか、ありがたい。では一席頼めるか?今回参加した新人二人を向かわせるので、今日の魚で美味い物を食わせてやってくれ……あー、酒もできれば出してやって欲しいかな」

 

 ん?武蔵さんが来るわけじゃないのか?それならそれで構わないけど、いいのかな。

 

「私や他の者はまた通常営業の時にでも伺わせてもらうさ。あぁ、そうだ。払いは私につけておいてくれ。休みの日に店を開けてもらうのだから、手間賃も乗せておいてくれていいぞ」

 

 いや、その辺は別に構わないんだけどね。こういう事ができるのも個人店の良さだと思うし。

 

「手間賃云々はとりあえず置いとくとして、明日の夜のご予約は承りました。お待ちしてますとお伝えください」

 

「ああ、よろしく頼む。ではな」

 

 武蔵さんはそう言って振り返り、朝焼けの海を進んでいく。そして、長門さんも鎮守府に向かうということなので、名残惜しそうではあったけれどそこで別れ、俺たちは市場へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 そして翌日。武蔵さんが言ってた新人さん達が来るのに合わせて仕込みを行う。昨日あの後市場に寄って色々と仕入れてきた――艦娘漁船団の魚はまだ仕分け中だったので、注文だけして後で届けてもらった――から、材料は潤沢だ。さて、何から作ろうかね。

 

 ちなみに、俺とさくらが食べたがっていたホッケの開きはすでに昨日のうちに仕込んで干してある。ホッケの旬は秋とは言え、なかなか脂ものっていたので今から焼くのが楽しみだ。

 

 今日のメインはこのホッケともう一種類、春の魚がたくさん水揚げされていたので、それを使った料理と、その他店に出すほどの量はないが細かい魚をいくつか仕入れたから、それを使って何品か作ろう。

 

 という訳でまずはアンコウをおろしていく。アンコウと言えば冬の魚と思われるかもしれないが春でも結構獲れる。ただ、冬に比べて肝も小さく商品価値も下がるので出回る量は少ないが……今回小ぶりではあるが良質のアンコウが手に入ったのでせっかくなので使うことにした。

 

 さっそくおろしていくのだが、吊るし切りはせずに普通にまな板の上でさばいていく。正直慣れていれば、こっちの方が楽な気もするんだけど……。内臓・ヒレ・皮・尾の身・頭とそれぞれ解体して、ぶつ切りにしていく。鋭い歯の部分は食べられないので、混じらないように気を付けて……っと、喉の所にある歯も忘れずにとらないと……

 

 久しぶりにおろしたけど、しっかり体は覚えているもんだな。

 

 続いて身の部分はとりあえず置いておいて、ぶつ切りにした皮や骨、ヒレを湯通ししてから水で良く洗い汚れを取る。それを昆布だしでじっくり煮ていく間に、他の仕込みも済ませていく。程よく煮詰まったところで、濾しながら骨をきれいに取り除き、皮や身は煮汁に戻していく。ここにゼラチンを入れて溶かしたら。粗熱を取ってバットに流し、冷蔵庫へ。後は冷えて固まれば煮凝りの完成だ。

 

 続いて内臓を使った一品。小さいながらも綺麗な肝が入っていたので、薄皮と血管を取り綺麗に洗った後、塩を振ってしばらく置いておく。その後塩を洗いながし、さらに日本酒に漬け込んだら、ラップで巻いて二十分ほど蒸して冷ましたら完成。食べる時はポン酢と紅葉おろしで食べてもらおう。

 

 本当はもう一品胃袋を使って作ろうと思っていたものがあるのだけれど、残念ながらあまりモノが良くなかったので断念。いくら加熱すれば無害とはいえ、ちょっと虫が多いと……ねぇ。

 

「タダイマー!オナカスイター」

 

「おかえりほっぽちゃん。手を洗ってきてからご飯にしようね」

 

 といった所で、遊びに行っていたほっぽちゃんが帰ってきた。彼女は最近あちこちに出かけては、島の皆のお世話になっているらしい。今日も昼過ぎに「ジーチャントバーチャンノトコロイッテクル」と駆け出していったので、集会所でお年寄りに遊んでもらったのだろう。

 

 今までにも何回か行っているようで、以前迷惑かけてないかと一度俺も挨拶しに行ったことがあるのだけれど、お年寄りの皆さんには「いいのいいの」「気にするな」と軽く言われてしまった。お礼も込めて今度行くときには何かお土産を持って行ってもらおう。

 

 さて、ほっぽちゃんも帰ってきたことだし、仕込みは一旦ストップして晩ごはんにしようかね。

 




長門のナガモンsideが見え隠れ……あ、頭のアレは外してます。刺さるので
ということで、ほっぽちゃんが帰ってきたので、今回はここまでです
次回はいよいよ噂の新人さん2名とホッケが登場します



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五十六皿目:艦娘漁船団の帰港2

お待たせいたしました。今回のお客様のご来店です


 時間的にはいつもより早めではあったけれど、腹ペコ幼女を待たせるわけにはいかないので、あまり手のかからない物を用意しつつ、今日出す予定のメニューの一部も味見がてら食べてみる。

 

 酒飲み用のメニューではあったが、ご飯にも合うってことで、ほっぽちゃんにも好評だったので一安心。

 

 さて、後片付けを済ませたら仕込みに戻ろう。そろそろ例の二人も来るはずだしね。ほっぽちゃんはお風呂入って、テレビでも見ててね。眠かったら寝ちゃっていいから。

 

 という訳で厨房に戻って仕込みの続きをしていると、店の方から「カランカラン」とドアベルの音が聞こえてきた。お、来たか。と出迎えに行ってみれば、扉の前に立っていたのは、仕事ができそうな美人さんが二人。

 

「いらっしゃいませ。この店の店長をやってる田所秀人です。よろしく」

 

 自己紹介をしながらカウンターへと二人を案内する。すると二人も席について、自己紹介をしてくれた。

 

「貴殿が店長か。私は那智。よろしくお願いする」

 

「足柄よ。ふふふ、よろしくね」

 

 那智さんと足柄さんか。二人ともタイプは違うけれど、さっきも言ったように出来る女オーラを感じる。こういう仕事をしてなかったらちょっと近づきがたいかも……なんて言ったら失礼かな。

 

 とりあえず二人が座ったところで、お冷とおしぼりを渡しながら声をかける。

 

「改めていらっしゃいませ。武蔵さんが言ってたんですけど、二人ともお酒を飲まれるんですよね?それに合わせて料理の方も用意したんですけど、よろしいですか?」

 

「ああ、もちろんだ。昨日我々が運んできた魚を使ってくれると武蔵さんから聞いているので、楽しみだな」

 

「そうね、お酒の方も店長さんに任せるわー」

 

「かしこまりました、まずはこちらで用意しておいたものをお出ししますが、何か食べたいものがあれば言ってもらえれば作りますので。お酒の方もなんでもとはいきませんが、ある程度種類も揃えてあるので言ってくださいね」

 

 といいつつ、カウンター下の冷蔵庫に入れておいたビール瓶とグラスを取り出して栓を抜き、二人の前へ。

 

「まずはこちらを。その間にまた別のものをご用意してきますので」

 

 そう言いながらお通しとして用意しておいた塩昆布キャベツも一緒に並べる。ざく切りにしたキャベツと塩昆布と白ごま、ごま油を和えた簡単なものだが、居酒屋の定番メニューだけあって病みつきになる味だ。

 

「ほう、これは止まらなくなる味だな」

 

「ほんと、いくらでも食べられちゃう。ビールも進むわぁ」

 

 っと、なかなかにハイペースな二人に負けないように、こちらもどんどん行こうか。

 

 続いてはこれもビールに合うだろう一品。アンコウの唐揚げだ。

 

 先ほどおろしたアンコウの尾の身をぶつ切りにして醤油・酒・生姜で下味を付けて小麦粉をまぶして揚げたもので、ちょっと濃いめの味付けはビールにも良く合うはずだ。

 

「んっ、あつっ……だが……美味いな」

 

「うわー、なんです?この魚。柔らかくて美味しいわ」

 

「それはアンコウですよ。丸っこいのが尾の身で、平べったいのが胴の部分ですね」

 

「店長、このスティック状のものはなんだ?」

 

「それはエラですよ那智さん。食感が良いでしょう?」

 

「うむ、コリコリしていて心地よいな。それにしても臭み無く仕上げるというのは、かなり丁寧な仕事をしていると見える。武蔵さんが言っていた通りだな」

 

 確かにエラは臭みが出やすいからね。それはもう徹底的に洗って血が残らないようにしましたよ。と、二人を見れば、早くも瓶ビールを二本開けてしまったようなので、次のお酒に移ってもらっちゃおうかな。

 

「この後の料理からは日本酒が合うと思うんだけど、どうします?もう一本ビール行きますか?」

 

「いや、店長が日本酒が合うというのであればそちらでお願いしよう。なぁ足柄」

 

「そうね。日本酒にあうお魚料理、楽しみだわ」

 

 そういうことであればまずは、さっき作っていた煮凝りと蒸しあん肝をスライスして出す。これに合わせるのはちょっと辛口のシャープな口当たりの日本酒だ。

 

「へーっ、煮凝りね。ぷるぷるで美味しいわ!これもアンコウかしら?」

 

「ええ、アンコウの皮と骨を取ったヒレの部分ですね。コラーゲンたっぷりですよ」

 

 なんだかコラーゲンと聞いた瞬間足柄さんの目の色が変わった気がするけど……気のせいだろう。そして那智さんを見てみると、あん肝と日本酒をそれぞれゆっくり味わいながら楽しんでいた。

 

「いやー、これはいいな。濃厚な肝の風味を辛口のポン酒がスッキリさせてくれて、また肝が恋しくなる」

 

 よし、この調子で次の料理だ。お次は刺身、今日の魚はホウボウともう一種類、春告魚の異名を持つ魚、ニシンだ。

 

「次はホウボウとニシンのお刺身です。どうぞ」

 

「む、このニシンは……ルイベにしてあるのか」

 

「那智姉さん、そのルイベってなんなの?」

 

 那智さんは知っているようだけど、ルイベというのは北海道で主に食べられている魚料理で、要は凍った刺身だ。鮭やニシンなどにいることが多いアニサキスや線虫などの寄生虫を凍らせることで殺し、安全に食べられるように考えられたもので、凍らせたフィレやサクを凍ったまま薄切りにして食べるのが特徴だ。

 

「――とまぁ、そういう料理だ。北方にいたときにそういう料理があるとチラリと耳にしたのだが……意外と覚えている物なのだな……ま、その当時私に耳は無かったけどな」

 

 那智さんが足柄さんに簡単にルイベの説明をして、お猪口をあおる。って最後のはアレか?艦娘ジョーク的なアレなのか?

 

 どうにも反応しにくかったので、その場を離れて次の料理の準備をしに行くことにした。

 

 次はいよいよ焼き魚だ。昨日から仕込んでいたホッケの開きとみりん干しを焼いていく。開きはシンプルに塩水に漬けこんだ後干したもので、みりん干しは三枚におろしたものを、醤油・みりん・酒をひと煮立ちさせた漬け汁に数時間漬け込んだ後、干したものだ。

 

 それぞれ網に乗せて、身の方から焼いていく。身から染み出た脂が落ちるたびにジュワッという音と、美味そうな匂いが立ち上る。

 

「うん、この匂いだけで飯が食えそうだ」

 

 思わずにやけながら焼いていく。身に火が通ったら、ひっくりかえして皮を焼いていく。焦げ目がつくくらいにパリッと仕上げたら完成だ。大根おろしを添えて持って行こう。

 

「はいどうぞ、ホッケの開きとみりん干しです」

 

「あぁ、この匂いだったのか。こちらにまで漂ってきて、気になっていたんだ」

 

「これもお酒に合いそうだけど……店長さん白いご飯ってあるかしら?」

 

 やっぱりご飯が欲しくなるよね。もちろん用意してあるので、すぐに二人分のご飯セットを持ってくる。

 

「んー、これこれ。やっぱり焼き魚には白いご飯よねぇ」

 

 そう言って足柄さんが美味しそうに、ホッケをおかずにご飯を頬張る。見ているこっちが嬉しくなる食べっぷりだ。そして、那智さんもまた静かにではあるが、結構なハイペースで食べ進めていた。これは二杯目も必要そうだな……。

 

 その後、案の定というかなんというか、お替りを注文されたのでご飯と一緒にあるものも持って行く。

 

「ん?店長これは?」

 

「よかったら使ってみてください。こっちに出汁が入ってるんで、ねぎと海苔を散らして出汁茶漬けってやつです」

 

「ほほぅ。それは美味そうだ試してみようか」

 

 那智さんはそう言うと、ご飯の上にほぐしたホッケとねぎ、海苔を乗せて出汁をかけた。軽くほぐしながら混ぜ合わせて、サラサラと口に流し込むとゆっくり咀嚼しながら何度も頷く。

 

「うん、うん、これも良いな。酒の締めとしてもピッタリだ」

 

 よし、気に入ってくれたみたいで良かった。足柄さんも豪快にかき込んでるし……って、ちょっと女性がする仕草ではない気もするんだけど……まぁ、今は他の人もいないからいいか。

 

 結局今日はこの茶漬けで締め……とはならずに、まだいくらかお酒も肴も残っていたので、俺も一緒になって、ゆっくり会話しながら杯を傾けることにした。

 

 せっかくだから、今回の演習の話でも聞いてみようかな……。

 




今回は那智・足柄姉妹にご登場いただきました

丁度ホッケをネタにすると決めたときに
画面の中で那智さんが「今夜ばかりは飲ませてもらおう!」と
意気込んでいらっしゃったので……



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五十七皿目:旬の食材で色々作ろう1

お待たせいたしました
いつもよりちょっと長めに間が空いてしまいましたが
ようやくお届けできます

今回はタイトル通り、旬の食材で色々作るようです……
お楽しみいただければ幸いです


「んー……どうしたもんかな……」

 

「ドシタノ? ヒデト。ナヤミゴト?」

 

「そうなんだよー、ほっぽちゃん。悩み事なんだよー」

 

 ある休みの日、朝食を食べて一息ついた後、居間でレシピノートを広げながらうんうん唸っていると、ラグの上で寝転んで絵本を読んでいたほっぽちゃんに、心配そうに言われてしまった。

 

 レシピノートを広げているところからもわかるように、店のメニューで悩んでるだけなので大した悩みでもないんだけど、わざとらしく大げさに言いながらほっぽちゃんと一緒にゴロンと寝転んだ。

 

 すると、ほっぽちゃんもワーキャーと楽しそうにしてくれたので、しばらく悩み事は忘れて二人で一緒になってゴロゴロ転がることにした。

 

 しばらくそんな風にしていると、凝り固まっていた頭もほぐれたようで、あるアイデアが浮かんできたのでひとまず動いてみることにする。

 

 一緒にゴロゴロしていたほっぽちゃんをとりあえずソファに座らせてからスマホを手にした俺は、一人の艦娘の番号を呼び出して電話をかけた。

 

「もしもーし、今大丈夫? ……うん、急で悪いんだけど、今夜って空いてるかな? ……は? ……違う違う!夜戦じゃないよ!」

 

 そう、俺が電話したのは川内だ。

 

 とりあえず夜戦云々は置いておくとして……どうして川内に電話をかけたかというと、彼女はいつの間にか俺の一番弟子ってことになっていたのだけれど、なんだかんだで料理のセンスもあって意見を聞くのにもうってつけなので、もし暇ならと思って呼び出すことにしたのだ。そして、今回は川内だけではなく……。

 

「……あと、鳳翔と球磨……が空いてるようなら来てもらいたいかな。あの二人も味覚が鋭いからね、是非意見を聞きたいんだ……大丈夫? 良かった……え? うん、もちろんいいけど……料理は試食してもらうってことでお金取るつもりはないけど、酒飲むならその分は貰うよ? ……望むところですって……どんだけ飲むつもりなんだよ」

 

 鳳翔と球磨も空いてたら連れてきてもらおうと思ったのだけれど、どうやら加賀さんが近くにいて話を聞いていたらしく、赤城さんと一緒に来ることになった。しかも、別料金でもいいからお酒を飲みたいらしい。まぁ、それは良いんだけど、あの人もお酒好きだよね。

 

 彼女たち以外にももしかしたら増えるかもしれないということなので、せっかくだから色々作ってみることにしようかな。と、そうと決まれば、買い出しだ。ほっぽちゃんも一緒に連れて行って、今日のお昼は外で食べることにしよう。

 

 常連さんから聞いた話なんだけど、先日商店街に弁当屋がオープンしたらしくて、そこの唐揚げとオリジナルドレッシングを使ったサラダが美味しいらしいんだよね。そこでお弁当買って、海を見ながら食べるっていうのもたまにはいいんじゃないかな。

 

 その弁当屋以外にも最近は何件か食事処ができたけど、後は早めにラーメン屋ができてくれないかなぁ……まぁ、これは第二期の移住組に期待かな。

 

「ヒデトー、ジュンビデキター」

 

 一緒に出掛けるということで、最近お気に入りの子供用水筒を肩から下げたほっぽちゃんが声をかけてきた。今日の中身はレモネードにしたと嬉しそうに教えてくれた。

 

 「一緒に出掛けるのが嬉しい」と言ってくれて、ウキウキのほっぽちゃんと手を繋ぎながら商店街を歩き、買い出しを進めていく。とはいえ、足りなくなっていた店の分も仕入れていくので、結構な大荷物になってしまうということで、会計だけ済ませて荷物は後から仕入れ用の軽トラで取りに来ることにする。

 

 二度手間?とんでもない。せっかくほっぽちゃんが楽しんでくれてるんだから、下手に荷物を増やして身動きがとりにくくなるのは嫌だからこれでいいんだ。

 

 そうして、一通り商店街を巡ったら、お待ちかねのお昼ごはんだ。予定していたお弁当屋さんで噂の唐揚げ弁当とサラダ、その他にいくつかお惣菜を買って、港へと向かう。いい感じに座れそうなところを見つけてレジャーシートを引いて、ちょっとしたピクニック気分で弁当を広げた。

 

「それじゃ、食べようか」

 

「イタダキマース! ……ン! ウマイ!」

 

 うん、おいしい。これは確かに噂になる味だなぁ。ちょっと濃いめで、うちで出してるのより甘めの味付けだけど、これはご飯が進むわ。サラダもいいね、すりおろし野菜を使ったオリジナルドレッシングがサラダの野菜とはまた違った味わいで、野菜のおいしさを楽しめる。

 

「ヒデトモコロッケタベテ。オイシイヨ」

 

 ほっぽちゃんはそう言いながら、フォークに刺したコロッケを差し出してきた。

 

 どうやら一緒に買ってきたコロッケが気に入ったらしい。じゃがいもとひき肉だけのシンプルなコロッケだけれど、だからこそじゃがいもの甘味が感じられてなんだか懐かしい味わいだ。これで70円は安いな。

 

 そんな感じで楽しいランチタイムを過ごしてしばらくのんびりした後で、贔屓にしている仲卸の事務所に顔を出すことにする。さすがにこの時間は市場内の店舗は閉まっているが、事務所の方はまだ動いているからね。というか、そもそも今回の悩みの原因はここのおやっさんが持ってきた話だからね、そのことも相談しておかなきゃ。

 

 夕方になり、外での用事を済ませて一旦家に戻ると、ほっぽちゃんははしゃぎ疲れたのかお昼寝タイムに突入してしまったので、俺はさっき注文した品物を引き取りに行くことにした。再び商店街を回って帰ってくると、ちょうど道の向こうから川内を先頭に艦娘たちが歩いてくるのが見える。

 

 裏に軽トラを回して、荷物を入れたところでちょうど到着したようなので、店にまわって出迎えよう。

 

「店長こんばんわー、皆連れてきたわよ」

 

「いらっしゃい、川内。急に呼び出して悪かったね。他の皆も来てくれてありがとう、さぁ入って入って」

 

 そう言って入ってきた川内に続いて、球磨、鳳翔、加賀さん、赤城さん、陸奥さんを出迎える。ひとまず席についてもらって、お茶を出したところで川内から声がかかった。

 

「今日はなんか試食して意見を聞かせて欲しいって話なんだよね?詳しく聞かせてもらっていいかしら?」

 

「あぁ、実は今朝の話なんだけど――」

 

 今朝、朝食を作っているところで仲卸のおやっさんから電話がかかってきた。なんでも、午後入船予定の漁船団がでかい群れにあたったらしく、かなりの大漁なので安値でいいから買ってくれないかということだった。

 

 それなら本土の方に回せばいいのでは?とも思ったのだけれど、本土に持って行けるのは自衛軍の輸送艦に載る分だけなので、量に限界があるのだそうだ。もちろん、それだけ載せていくわけにもいかないしね。

最悪、日持ちするように冷凍するなり加工するなりして、何回かに分けて持って行けばいいのだけれど、せっかくの初物だし何とかうちの店でうまいこと料理して皆に食べてもらえないかということらしい。

 

「――とまぁ、それ自体は全然かまわないんだけど、問題はその魚でさ。普通に刺身とかだとこの島の人たちは食べ飽きてるというか、丸とかサクで買って自分で作った方が安上がりなんだよね……だからあんまり家では作らないようなちょっと変わり種を作ろうと思って、それを試食してもらいたいんだ」

 

「その魚って何クマ?もったいぶってないで早く教えるクマ!」

 

 別にもったいぶってるわけでもないんだけど、球磨に怒られてしまったので厨房からその魚を持ってきて皆に見せた。

 

「なるほど、鰹ですか。立派ですね」

 

「おー、おっきいクマ、美味そうだクマー」

 

 そう、鰹だ。昔からこの島は鰹が北上するときの通り道になっていて、今の時期はちょっと沖に出ただけでかなりの量が獲れるので、島民にとってはよく言えば慣れ親しんだ味でもあり、悪く言えば食べ飽きた味でもある。

 

「ってことで、今日はいろんな鰹料理を食べてもらって意見を聞かせてもらおうと思ったんだ」

 

「それじゃあ、私にも手伝わせてよ!作り方も知りたいし、久しぶりに店長と料理したいな」

 

 と、説明が終わったところで川内が言ってくれたので、せっかくなので手伝ってもらうことにした。すると、鳳翔と球磨も手伝ってくれるということで、四人で厨房へと向かう。で、他の三人はというと「いってらっしゃい」と手を振っていた……うん、まぁ、彼女たちにはお客さん目線で意見を聞きたいからそれでいいんだけど、なんか釈然としないような……。

 

「さて、店長さん。まずは何から作りましょうか?」

 

 厨房に入り身支度を整えたところで、鳳翔がそう聞いてきた。さっきはああ言ったものの、艦娘達にとっては初めての鰹でもあるわけで、やはり最初は刺身とたたきから行こうか。

 

「じゃあ、三枚におろすのはやるから、皮引きを……川内できるか?球磨はそっちの焼き台で火を熾しておいてもらって、鳳翔は薬味の準備かな」

 

 そんな具合に指示を出せば、それぞれテキパキと動き出す。さすがというかなんというか、頼りになるなぁ……やっぱり来てもらってよかったよ。

 

「はい、これの皮引きお願い。あ、腹節の一本だけ皮つきでね。銀皮作りにするから」

 

 りょーかいっ!という川内の返事を聞きながら皮つきのサクに串を打ち、球磨へ渡す。炙り方を説明して球磨にやってもらうのだけれど、流石に藁は無いので炭火を扇いで火力をアップしてもらおう。鰹のたたきは火の中を通しながら、バチバチと音を立てて脂を弾けさせながら炙らないとね。

 

 一通り説明して、焼き場を離れたとことで背後から「よし、やってやるクマ!クーマァー!」と気合が入った声と共に、バタバタとうちわを扇ぐ音が聞こえてきた。ふふ、あれなら大丈夫そうだな。

 

 さて、ここまで来たらもう間もなく出来上がるということで、盛り付けの準備をしよう……といっても今日は試食会なので申し訳ないがきちんとした盛り付けは勘弁させてもらって、その代わりいろんなタレをつけて食べてもらうことにする。

 

 鳳翔が用意してくれた薬味や野菜でタレを作っていると、川内が切っていた刺身と球磨が炙っていたたたきが出来上がる。それぞれ大皿にドカンと盛り付けて、加賀さん達が待つテーブルへと持って行くことにした。

 

「おまたせしました。まずは定番の刺身とたたきです。川内達も一旦手を止めて一緒に食べてみてよ」

 と、そう言いながらテーブルに各種漬けダレ、かけダレを並べていくとお昼寝から目覚めたほっぽちゃんもやって来たので、皆で試食タイムだ。

 

 その前に、皆に今回用意した薬味とタレの説明をする。まずは定番の薬味として、生姜の千切りとすりおろし、ニンニクのスライスとすりおろし、みょうがと大葉も千切りを用意した。この辺は好みで醤油やポン酢と一緒に食べてもらう。

 

 そして、ちょっと変わったところではごま油にみじん切りにしたねぎとにんにく・塩・レモン汁を混ぜたねぎ塩ダレやオリーブオイルに塩とみじん切りのトマトを混ぜたカルパッチョソース。加えて、塩やダイダイ果汁、マヨネーズ、七味唐辛子も準備したので、それぞれ好みの味付けを聞かせてもらいたい。

 

 そんなわけで、一通りテーブルの上に並べ終えたところで「いただきます」の声が聞こえるや否や、あちこちから箸が伸びて来る。

 

 まずは、一航戦って言ったっけ?加賀さんと赤城さんの空母コンビ。鳳翔に「はしたないですよ」と窘められて小さくなりながらも、手を伸ばすスピードは緩めない。刺身、たたきと一緒に大量の薬味を取り皿に取っていった。その上からポン酢をたっぷりかけて食べるようだ。

 

「やっぱり鰹は薬味をたくさん載せて食べたいですよね、加賀さん!」

 

「ええ、私は針生姜とみょうがでいただこうと思います。赤城さんは?」

 

「そうですねー、すりおろしとスライス両方のニンニクをたっぷり使ってスタミナ満点で行こうと思います!明日は出撃の予定が入っているので、ちょっとパワーを溜めておこうかと……」

 

「なるほど、それは名案かと。鳳翔さんはどうなさるのですか?」

 

 二人とも思い思いの薬味の配分で食べているみたいだけど、その手元にはしっかりとお猪口も置かれている。今日は鰹ということで芋焼酎を出してみたが、気に入ってくれたようだ。

 

 お酒に関してはかつてに比べても結構値上がりしているということもあって、最初に川内に電話した時にも言ったように、別料金でという話だったのだが……気にしていないようだ。そして、そんな加賀さんに話を振られた鳳翔はというと……。

 

「私はまずはお塩だけで食べてみようかと。高知の方でもそういった食べ方をしているようですし」

 

 そうそう、向こうじゃニンニクたっぷりで食べるのももちろんあるけど、塩だけで食べることもあるらしいんだよね。新鮮なやつじゃないと逆に生臭さが際立つらしいから、今日のなら大丈夫だな。その証拠に、その塩たたきを口に含んだ鳳翔が嬉しそうな顔でため息をついている。そして彼女もまた、手元にお猪口を標準装備だ……空母の人たちってお酒好きだよね。

 

 そんなお酒組はさておいて、他の面子はあれこれ相談しながらいろんな漬けダレを試していた。

 

 そんな中で、陸奥さんが声をかけてきた。

 

「ねぇマスター、このオリーブオイルのソースでサラダなんてどうかしら?カルパッチョも良いけど、このソースなら野菜にも合うわよね?」

 

 ふむ、確かに野菜にも合うからそれもアリだな。せっかくいい意見が出てきたので、さっそく作ってみることにする。

 

 そのままだとオイルだけで粘度が高いので、少しダイダイの果汁を加えて酸味もプラスしよう。ボウルにレタス・カイワレ・スライスオニオンと、トマト……はドレッシングに入ってるからいいか。後は鰹の刺身を入れたらドレッシングを回しかけ、さっくり混ぜ合わせるのだけれど……何かちょっと歯ごたえが欲しいな……。

 

 そう思って、小さな片手鍋にオリーブオイルを熱して、スライスしたニンニクを揚げる。カリッとこんがり揚がったニンニクチップをボウルに追加投入して混ぜ合わせたら出来上がりだ。

 

「陸奥さん、こんな感じでどうです?」

 

「うわぁ、マスターさっすが! いただきます」

 

 陸奥さんがそう言いながらサラダボウルから取り分けると、他の子達も手を伸ばしてきた。

 

「んー! おいしい! ドレッシングもそうだけど、このフライドガーリックが良い仕事してるわね。鰹と野菜を上手く纏めてるわ」

 

「うん、良いと思う。鰹の味も強いし、砕いたナッツとか入れてもいいかもしれないね」

 

「あ、あれはどうクマ? 餃子の皮揚げたやつ。サクサクパリパリでいいアクセントになりそうクマ」

 

 陸奥さんの感想を皮切りに、川内や球磨からもアイデアが出てきた。何気に隣でほっぽちゃんがマヨネーズをちょい足しして食べてるけど、なるほどマヨネーズをドレッシングに使ってコクを加えるのもアリかもね。

 

「いやー、タイミングよく通りかかっただけで誘ってもらえて、こんなに美味しいものを食べられるなんて、私の運もまだまだ捨てたもんじゃないわね」

 

 独り言だろうけど、そんな陸奥さんのつぶやきを聞いて、普段は運が悪いのかな?とちょっぴり心配になりながら、次の料理を作るために厨房へと向かった。

 




前半に秀人とほっぽちゃんの日常の一幕をいれたので
今回は切りの良いところでここまでです

今回陸奥を登場させた理由なのですが、最後の一言がすべてですね
運が悪いキャラですがたまにはいい思いをしてもらっても……って感じで




お読みいただきありがとうございます



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五十七皿目:旬の食材で色々作ろう2

 次のメニューを作ろうと厨房で作業をし始めてしばらく経つと、川内達が空いた皿を持ってきてくれた。

 

「店長、次は何作るの?煮付けとか?」

 

「生姜煮とか美味しそうクマ」

 

「良いですね、ご飯のおかずにも良さそうです」

 

 何も言わずとも皿洗いを初めてくれた彼女たちから、そんな声が飛んでくる。それも美味しそうではあるんだけど……。

 

「んー、確かにそれも良いんだけど、そういうのはこの島じゃ定番だしな……次は喫茶店らしく洋風でいきたいから、ちょっと違う煮込みにしようと思う」

 

「洋風の煮込みというと……トマト煮でしょうか?サバのトマト煮などもありますし、鰹も合いそうですよね」

 

 俺が返した言葉に、少し考えてから答えを出したのは鳳翔だった。うん、さすが鳳翔、ご名答だ。

 

 という訳で、皮つきのまま切り身にした鰹をさっそく調理していく。

 

 まずはフライパンにオリーブオイルを引いてみじん切りにしたニンニク・鷹の爪を炒めて香りを出す。そこに鰹の切り身を入れて焼き色を付けたら、ちょっと大きめの角切りにした玉ねぎ・パプリカ・ズッキーニを入れて焼いていく。

 

 ある程度火が通ったところで、白ワインとトマト缶を加えてひと煮立ち。塩コショウで味を整えて火を止めたら、最後にオリーブオイルを回しかけ、刻んだパセリを散らして完成だ。ニンニクをこすりつけてトーストしたフランスパンを添えて提供する。

 

「おー、これはバッチリ洋風クマ!イタリアン?スペイン?」

 

「南イタリアとか?ま、イメージだけど」

 

「そうですね。ニンニクを効かせているあたり、スペイン風という感じもしますが……」

 

 ごめん、みんな。特にココと言った場所は無いんだけど、あえて言うなら鳳翔が言ったようにニンニクが結構効いてるから、スペイン風ってところかな。

 

 そして、こちらは煮込み料理ということで、並行してもう一品作っていた。優秀な助手たちもいることだしね

 

「てんちょー、キャベツ切れたクマー」

 

「あいよー、こっちも揚がるからお皿に盛っておいて……そこの白い大皿でいいかな」

 

 俺の目の前のフライヤーではジュワァと気持ちのいい音を響かせながら鰹が揚げられている。皮つきのサクに衣をつけて揚げた鰹のカツだ。

 

 今回は200℃くらいで3~40秒、短時間で表面が色づいたらすぐに油から上げる。こうすることで中はまだレアのまま仕上げられる。

 

 油を切った鰹カツを適当な大きさに切っていく。サクリと軽い音を立てながら包丁を引けば、断面から現れたのは新鮮な鰹だからこその鮮やかな赤身。これを今日はおろしポン酢で食べてもらおう。あ、でもほっぽちゃんはマヨネーズの方がいいかな?

 

 さらに副菜に自家製の鰹のなまり節ときゅうりの酢の物を添える。

 

 なまり節は、本当は茹でた後に一日くらい天日で干すと更に旨味が増すのだけれど、今回は時間も無かったので、茹でただけで勘弁してもらおう。

 

 さらに、残ったゆで汁にぶつ切りにして下茹でした後、良く洗って血や汚れを落とした鰹のアラを投入。青ネギと生姜を加えて丁寧にアクを取りながら出汁を取った後取り出して、具材として銀杏切りにした大根とニンジンを入れて火を通していく。それぞれ火が通ったところで味噌を溶かせば、鰹のアラ汁の出来上がりだ。

 

 鰹節ほど洗練された上品な味ではないけれど、鰹の旨味がたっぷり溶け込んだ一品だ。まぁ、アラ汁なんかは普段の営業じゃなかなか出せないからね、今夜だけの特別メニューだ。

 

 これで完成と火を止めて振り返ったところで、お手伝い組三人がじっとこちらを見ていた。そして作業台の上には大皿に盛られたトマト煮・鰹カツのほかに、人数分の小鉢に入れられた酢の物と、白飯が盛られていた。

 

「ははっ、準備万端だな。後は汁椀にコレを入れればオッケーだな」

 

「ええ、このメニューだとあの子達もきっとご飯が欲しくなるんじゃないかと思いまして。よろしかったでしょうか?」

 

 と、そんな風に鳳翔が聞いてきたが、もとよりそのつもりで炊いておいたものだったし、何も言わなくてもそこまでしてくれるのはありがたい限りだ。

 

「それじゃ店長、持って行こう!早く食べたい!」

 

 川内がそんな風に急かしてくるが、それは鳳翔も球磨も同じようで、それぞれ料理を載せたお盆を持ってこちらを見ていた。

 

「それじゃ、先に持って行ってくれ。俺はちょっと片付けていくから」

 

 そう言って三人を促すと、返事をするなり厨房から出ていった。するとすぐにホールの方から歓声が聞こえてきた。テーブルに持って行った時の皆の表情を見てみたくはあったけれど、あの様子だと反応は上々みたいだね。

 

 細かい洗い物は後にして、とりあえず簡単に片づけてテーブルへ向かうと、すぐにみんなから声がかかった。

 

「店長、これはいいものですね。このカツ、ご飯にも良く合います……外はサクサク、中のレアな所はもっちりしていて、食感も絶妙です」

 

「鰹ってトマトとの相性も良いのね、こんな洋風なメニューならワインとかが合うのかしら?」

 

 加賀さんに続いて陸奥さんから掛けられた感想に、俺はちょっと考えてみる。

 

 あ、ちなみに赤城さんは『鰹カツ定食』が気に入ったらしく、ニコニコしながら静かにカツ、ご飯、アラ汁、時々酢の物と食べ進めていた。

 

 で……一応スペイン風だし、普通のワインよりもせっかくならサングリアとかにしたいところなんだけど、ちゃんとしたのを作るには時間がかかるし……それなら……。

 

 そこまで思い立って、俺はちょっと席を外してカウンターへと入る。ワインの種類はあまり揃えてないのだけれど、甘口の赤をデカンタに入れそこに自家製のレモンシロップを漬け込んである輪切りと一緒に入れて軽く混ぜる。

 

「陸奥さん、こんなのはどうかな?」

 

「なに?マスター、赤ワイン?……あら、おいしいわね。甘いけどくどくなくて、爽やかなレモンの風味もあっていくらでも飲めちゃいそう……マスターだめよ、火遊びなんて……皆いるんだから」

 

 いやいや、そんなんじゃないから。っていうかほっぽちゃんも今の今まで大人しく食べてたのに、ここだけ「ヒアソビッテ?」とか反応しないの!

 

「なにやら聞き捨てならない言葉が飛び出したように思いますが……まぁ、良いでしょう。店長、私にもそのワインをいただけますか?」

 

 俺がドギマギしていると、横から加賀さんがそう言ってきたので、新しくグラスを用意してデカンタから注ぐ。すると、他の皆からも「私も私も」と声が上がったので、結局俺とほっぽちゃん以外の全員が飲み始めてしまった。

 

 その後、お腹いっぱいになっておねむのほっぽちゃんを二階に連れていった後で、残っていた料理をつまみに、なし崩し的に酒盛りが始まった。

 

 もうちょっといろいろ意見とか聞きたかったけど、ここまで美味しそうに食べてくれたのを見られたらもういいか。とりあえず今日作った料理は限定メニューとしてボードに書いておこう。

 

「てんちょー!てんちょーも飲むクマー!あ、その前にこのワインお替りクマ」

 

 球磨が空になったデカンタを持ち上げてそんなことを言ってきたので、軽く返事をしながらカウンターに入ったところで後から川内が入ってきた。

 

「店長、手伝うよ。なんかつまめるものももう少しあった方が良いかも」

 

 隣に並んでそんな風に言ってくる川内と顔を見合わせて思わず苦笑いを交わし合う。

 

 そういう事ならと、川内と二人で厨房に入り、簡単に作れるつまみを用意し始めた。なんだか最初に川内が手伝いに来てくれた時のことを思い出しながらつまみを作って持って行き、酒盛りに参加する。

 

 なんだか当初の予定とは変わってカオスな感じになってしまったけれど、今日は休みだし、たまにはこんなのもいいよね。

 




鰹料理っていざ調べてみると色々ありますよね
中でもカツは前に作ったことがあるのですが、かなりおすすめです
切り身を揚げるレシピもありますが、できることなら長い節のままやってみてください
テンション上がります



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五十八皿目:金剛さんのスペシャルメニュー

「はぁ……面倒くさい…………デース」

 

 いつもはこっちまで笑顔にしてくれるような明るい金剛さんが、今日は何やら落ち込んでいる……カウンターに座って、注文したアイスティーのストローをカラカラと回しながら、さっきからそんな風にため息をついていた。

 

「……えっと、金剛さんはどうしたんです?」

 

「……えぇ、実は……」

 

 手伝いに来ている榛名も、詳しい事情は知らないそうで隣で心配そうにしているし、俺もあまりにいつもと違った様子が気になって、一緒に来店した霧島さんに小声で聞いてみた。

 

 霧島さんが言うには、週明けから金剛さんはさくらの付き添いでしばらく本土に行くことになっているのだそうだ。すでにある程度はインターネットを介したテレビ電話会議で決まっており、島の方でも受け入れ準備が着々と進んでいるのだが、最後だけはさくらが直接出向かなければいけないらしい。

 

 これまでにもさくらが本土に出向く際は、金剛さんが秘書艦として付き添っていたため、今回も当然一緒に行くことになったのだが、それが面倒くさいということらしいのだ。

 

 「まぁ、マスターさんの前で多少大げさに拗ねてはいますが……」と霧島さんはジト目で金剛さんを見ていたけど。

 

 と、ここまで話を聞いて、金剛さんも一言いいたくなったのか顔をあげて口を開いた。

 

「今までは本土に行くと、空いた時間にこの島では食べられないものを食べたり、買い物に行ったりできたノデ、あっちでの面倒なお仕事も耐えられたデスガ、今となっては当分ヒデトサンの料理を食べられないナンテ、耐えられまセーン!」

 

 金剛さんはそう言ったきりカウンターに突っ伏してしまった。

 

 普段は見せない彼女のその様子に、俺たちは顔を見合わせて肩を竦めたが、俺としてはそこまで言ってくれるのは、かなり嬉しい。

 

 開店してからというもの金剛さんは最低でも週一回、多い時には毎日のようにうちの店に食事に来てくれている。忙しいことも多くて、ゆっくり話をしている時間はほとんどないが、それでも「おいしい」「ごちそうさま」と笑顔で言ってくれるとこっちも嬉しくなるもんだ。

 

 そんな彼女が多少大げさにでも、これほど落ち込んでいるのは何とかしてあげたいな……とは言え、俺にできることは料理位しかない訳で……

 

「金剛さん、今日もご飯食べていきますよね?今日のメニューは任せてもらって良いですか?」

 

「ハイ、構いませんガ、どんなお料理なのデスカ?」

 

「ふふふ、それは出来上がってからのお楽しみです。でも、きっと気に入ってもらえると思いますよ」

 

 そう言って人差し指を立てて内緒のジェスチャーをすると「じゃぁ楽しみにしてるデース」と少しはにかんで言ってくれたので、霧島さんの注文も取って厨房へと向かった。

 

 さて、この料理で元気出してくれると嬉しいんだけど……と、そんなことを考えながら、冷凍庫からあるものを取り出す。

 

 それは、以前時間があるときに仕込んでおいた、エビの旨味たっぷりの洋風出汁だ。近くで獲れた小ぶりの伊勢海老を何匹かおまけで貰ったので、作ってみたのは良いんだけど量が少ないのでどうしようかと思っていたのだ。ただ味には自信があるので、これを使って金剛さんのスペシャルメニューを作ろう。

 

 あ、何日か前の事なので、身の方は俺とほっぽちゃんが美味しく頂きました。食べた瞬間ほっぽちゃんのテンションが急上昇でちょっと面白かったな。

 

 さて、このエビ出汁を鍋で溶かしている間に、他のことを進めておこう。セットのサラダは榛名に頼むとして、俺の方はフライパンでバターライスを作り始める。

 

 たっぷりのバターを溶かして玉ねぎ・マッシュルーム・刻んだエビを炒めたら、ご飯を入れて炒めながら絡めていく。このあといつもなら塩コショウで味を整えて完成だけれど、今日はここにエビ出汁を少量回しかけて、エビの風味を加える。薄く紅色に色づいたバターライスを塩コショウで味を整える。

 

 一旦このバターライスをボウルに移したら、空いたフライパンをきれいにして再加熱。バターを溶かしたところに溶き卵を投入して軽く混ぜたら、バターライスを入れて包み込んでいく。

 

 鍋の中のエビ出汁には生クリームを加えて伸ばしてアメリケーヌソースを作る。少しづつ煮詰めていくと段々とろみが出て来るので、良きところで火を止めてお皿に乗せた先ほどのオムライスにかける。後はここにいろどりのブロッコリーと、エビフライを二本ほど添えたら完成だ。

 

 そして、並行して作っていた霧島さんご注文のスパゲティトマトソースだけれど、ここにも先ほどのソースを少し回しかける。いつものトマトソースに濃厚なエビの風味とクリームのまろやかさが加わる。

 

「これで良し、金剛さん元気出してくれるかな」

 

「ふふふ、大丈夫ですよマスターさん。こんなに美味しそうなんですもの、金剛お姉さまはきっと喜んでくださいますよ」

 

「だといいな。それじゃ榛名、持って行くの手伝ってくれるか?」

 

 独り言を聞かれたのはちょっと恥ずかしいけど、妹の榛名がそう言ってくれるなら大丈夫だろう。自信をもって持って行くとしようかね。

 

「お待たせしました。濃厚、海老のオムライス金剛スペシャルです」

 

 ちょっとおどけた感じでそう言いながらオムライスを目の前に置けば、金剛さんの表情が途端に明るくなった。

 

「ワォ!良い香りデスネ!これは……ほんのり赤く色づいていて、色味もかわいらしいデース!」

 

「私のスパゲッティにもかかっていますね。なんだかいつもと違って……どんな味がするのでしょうか」

 

 かわいらしいって感想は初めて聞いたけど、確かに言われてみればピンク色でかわいい……のかな?

 

「それはアメリケーヌソースって言って、香味野菜と一緒に潰しながら炒めた伊勢海老の頭や殻に、いつも店で使ってるフュメ・ド・ポワソンやトマト、白ワイン、ハーブなんかを加えてじっくり煮込んだ後……って、細かいことは置いといて、食べてみてください」

 

「そうですネ、温かいうちにいただきマース」

 

 ソースの説明もそこそこに、二人を促して食べてもらうことにする。スプーンを手に取り、ゆっくりとオムライスに差し入れる金剛さん。あまりじっと見るのは失礼なので気を付けてはいるが、どうしても気になってしまう。

 

「ンー!口の中がエビでいっぱいデース!力強いエビの風味がクリームと玉子でまろやかになって、口の中に優しく広がるデス」

 

 金剛さんはそう言うと、続けてエビフライを切り分けてソースを絡め、口へと運んだ。

 

「あぁ……このお店のエビフライが美味しいのは知っていましたし、いつものソースやタルタルソースも良いのですガ……この組み合わせはFantasticデス……」

 

 そんな感想と共に深まる笑顔を見て、俺も、妹の二人も一緒に笑顔になった。そして、一安心したのか霧島さんもパスタに手を伸ばした。

 

「なるほど、このソースでこんなにも風味が変わるものなのですね。エビは入っていないのに、ふんわりと感じられるエビの香り……なんだか不思議な感じですが、おいしいです」

 

 霧島さんのパスタにかけられたアメリケーヌソースはそれほど多くないので、ガツンとエビの風味、旨味を感じられるわけではないとは思うけれど、それでもその旨味は感じてもらえたみたいだ。

 

 そこからはいつもの明るい金剛さんに戻って、楽しそうに、そしておいしそうに大好きなオムライスを楽しんでくれた。時折、今度の本土出張の愚痴も口をついて出てきたが、おいしいものを食べている今では笑い話にしてしまっている。

 

「ヒデトサンのお料理を食べられないのは悲しいデスガ、こんなにおいしいオムライスを食べることができたので、頑張れそうデース」

 

「そう言えば金剛さん、向こうにはどれくらい行くことになっているんですか?最終確認だけならそんなに長くないんですよね?」

 

 と、ここまでちょっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「五日間……デス」

 

「え?」

 

「向こうには五日間滞在する予定デス……」

 

 えーっと……あまりにも悲しんでいるのでてっきり数週間くらいかかるのかと思っていたのだけれど……五日間?

 

 予想していたよりもはるかに短い期間に思わず霧島さんの方を見ると、霧島さんは頭を抱えていた。

 

「ほらお姉さま、マスターさんも驚いてらっしゃるじゃありませんか。ですから五日間くらい大したことないと言ったのです」

 

「うぅー……デモ、前後の準備期間も含めたら一週間以上デース!今まで一週間以上も間を空けたことは無かったノニ……それに、今回はワタシは特に何もすることが無くて、ホントウにただの付き添いデス、そういうならキリシマが行くと良いデース」

 

「そうは言いますがお姉さま、移住計画は大変重要なものです。付き添いとは言え、その最終確認に提督の隣に立つのが、秘書艦筆頭のお姉さまでなくてどうするのですか」

 

「そう……ですケド……むぅ……」

 

 ま、まぁそんなに悲しんでくれるのは嬉しいけど、最初に霧島さんが「大げさ」と言ったのもわからなくもないかな……ただ、金剛さん本人にしてみたらやっぱり残念なことには変わりがないわけで、どうにかしてあげられたら良いんだけど……。

 

 そんな感じでしょんぼりしている金剛さんと、頭を抱える霧島さんを見ながら、俺は少し頭を働かせることにした……。

 




最近金剛お姉さまの影が薄い気がして……

というか美味しいもので機嫌がよくなっちゃう金剛さん
なんてチョr……



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五十九皿目:雨雲と和傘美人

本来だったら梅雨のうちに登場させたかったのですが
ちょっと遅くなってしまいました
タイトルからもお分かりの通り、あの美人さんの登場です


 先週にはすでに、本土よりも早い梅雨明けを迎えていたにもかかわらず、今日はあいにくの曇り空。予報ではこの後雨も降るらしいが、もういつ降ってきてもいいような空模様だ。

 

「キョウハ、ナンダカクライネー。ムシムシスルシ……」

 

「そうだね、こう雲が厚いと太陽の光も遮られちゃうからねー」

 

 いつもより湿気が多く寝苦しかったのか、俺と同じ時間に起きてしまったほっぽちゃんが、寝ぼけ眼で外を見ながらそんなことを言っている。

 

 まぁ、だからと言って気分まで暗くなっていたら来てくれたお客さんにも悪いし、明るく行こう。それに、今日は今までの榛名に変わって新しい手伝い艦娘が来ることになってるしね、そろそろ来る頃だと思うから、暗い顔で出迎えなんてよくないよな。

 

 と、そんなことを考えていたら、勝手口をノックする音が聞こえてきた。どうやらその子が来たらしく「ハーイ」とほっぽちゃんが出迎えに行く。

 

 ほっぽちゃんがドアを開けると、そこに立っていたのは、白と黒の袴姿にえんじ色の和傘を差した、黒髪が美しい女性だった。あぁ、『濡羽色』とか『ぬばたまの』ってのはこういう事を言うんだろうな。俺は彼女の姿から、昔学校で古文の時間に習った表現を思い出していた。

 

 というかもう降り出してきたのかな?道理で蒸し暑いはずだわ。

 

「えっ?あ、もしかしてあなたがほっぽちゃん?」

 

「ソーダヨー、ヨロシク」

 

 ドアを開けて急に現れたほっぽちゃんに、一瞬驚いたような彼女だったが前もって鎮守府で説明があったのだろう、すぐにその正体に思い至ったようだ。そして、ほっぽちゃんの挨拶に「こちらこそよろしくね」と笑顔で返したところで中に入り、俺の方へと向き直って自己紹介を始めた。

 

「軽空母祥鳳です。あの……よろしくおねがいしますね」

 

「ああ、よろしく。そんなに硬くならなくていいよ、気楽に気楽に」

 

 祥鳳さんか……どうも表情が硬かったようなので、そんな風に言うとはにかみながら「はい」と返してくれた。うん、まだちょっとぎこちないけど、良い笑顔だ……ところで、朝ご飯は食べてきたのかな?

 

「あ、いえ、まだです」

 

「それじゃまずは腹ごしらえをしよう。今日は時間に余裕もあるし、祥鳳も初めてだからちょっと豪華にしようか」

 

 こんなじめじめした日こそ、朝からしっかり食べて力を付けなきゃね。という訳で、俺は調理を始めるが、その間二人には店の方を簡単に掃除しておいてもらう。

 

 腹ごしらえをしてからとは言ったし、時間に余裕があるとも言ったけれど、開店の時間は待ってはくれないからそれくらいはね。それに、テーブルを拭いたりとかだったらほっぽちゃんもいつもやってるし、先輩教えてあげてください。

 

「ウン、マカセロ」

 

「ふふっ、先輩、よろしくお願いしますね」

 

 そう言ってほっぽちゃんは祥鳳の手を引いてホールへと出ていった。さ、それじゃ朝ご飯作りましょうか。

 

 ご飯は炊けてるし、出汁も引いてある……味噌汁はすぐできるから後でいいとして、まずは小鉢からにしようかな。

 

 と言ってもこの小鉢もすぐにできるんだけどね。というわけで、オクラと適当な大きさに切ったナス、プチトマトを素揚げにしていく。その間に、出汁・酒・醤油を火にかけて煮立たせたら、バットに入れて冷ましておく。後は揚がったものからこの漬け汁に入れて味をしみこませれば、夏野菜の揚げびたしの出来上がりだ。

 

 色んな野菜をサッパリ食べることができて、栄養も満点。もちろん今回使った野菜以外でも美味しく食べられる……で、漬け込んでいる間にお次は主菜。

 

 今日の主菜は夏バテ対策食材として優秀な豚肉を使おう。と言っても、朝から豚カツや生姜焼きでは少々ヘビーなので、さっぱり食べられる冷しゃぶにしようと思う。まぁ、冷しゃぶがおかず的な主菜か、サラダ的な副菜かっていうのは意見が分かれるところだと思うんだけど、個人的には十分おかずになると思うんだよね。よほど突飛なタレを使わない限りは……だけど。

 

 まずは豚肉を茹でるんだけど、ここでひと工夫。豚肉には軽く片栗粉をまぶしておいて、これをお湯に生姜と酒を加えて沸騰させたもので茹でる。色が変わったらすぐにざるに取りだし、そのまま常温で冷ます。こうすることで、硬くなったりパサついたりしないし、臭みもなく茹でられるんだよね。

 

 片栗粉をまぶしたことでプルプル、つやつやと美味しそうに茹で上がった豚肉が程よく冷めたら、皿に盛りつけた千切りレタスの上に盛り、その上に同じく千切りにした茗荷と大葉をたっぷり盛り付ける。タレは取り分けてから、お好みでポン酢か昆布を漬け込んだオリジナルの出汁醤油をかけてもらおう。

 

 さて、最後は味噌汁だ。今日はここにも夏バテ対策にピッタリの食材を使う。

そもそも味噌汁自体が塩分やアミノ酸の補給で夏バテ対策にうってつけの料理なんだけど、今日は具としてミネラルたっぷりの海藻、モズクを入れよう。

 

 モズクと言えば沖縄が有名だけれど、暖かい海に生えるのでこの島の海辺でも獲れたりする。商品として流通させるほどの量は採れないが、昔から島の食卓にはたびたび上ったものだ。

 

 という訳で、味噌汁が出来上がったところで二人を呼んで朝ご飯にしよう。

 

「はい、おまたせ。しっかり食べてね。あと、二人の反応次第じゃメニューにも加えるかもだから、感想の方もよろしく」

 

「わぁ、おいしそうですね。冷しゃぶですか、これなら朝でもさっぱり食べられそうです」

 

「ゴッハンー、ゴッハンー。ン?コノオミソシルミタコトナイ。ナニ?」

 

 そうか、ほっぽちゃんはモズクは初めてだったか。結構好みが分かれる食材だけれど大丈夫だろうか。

 

 それぞれ手を洗って席に着きながらそんな会話を交わし、さっそく食べ始める。

 

「お肉がプルプル柔らかくて美味しいです。この出汁醤油が良く合って……ごはんも進みますね」

 

「アハハ、ツルツルー!モズクオモシロイ!」

 

 ほっぽちゃんは美味しいじゃなくて、面白いか。まぁ、確かにこのモズクの食感は味噌汁にはあんまりないから面白いかもね。というか、気に入ってくれたみたいで良かったよ。

 

「なるほど、この暑さでお味噌汁は敬遠しがちですが、これは良いですね。それにネバネバ系の食材は夏バテにも良いのでしたっけ?なんだか元気が出そうです」

 

 確かにこう暑いと味噌汁はちょっと……って感じもするけど、そういう時にこそ食べてもらいたいんだよね。あぁ、熱いのが気になるようなら冷や汁って手もあるか。

 

 それに夏バテに良いとされるネバネバ食材。今回はモズクとオクラだけだけど、ほかにもトロロ・メカブ・モロヘイヤ・納豆なんかもいいよね。その辺の食材でもなにか考えてみようかな。どうしても和食になりそうな感じはあるけど……パスタあたりなら合わせられるかな。ネバネバ食材を使った和風冷製パスタとか美味しそうだ。

 

「揚げびたしも味が染みていて美味しいですね。それに色も綺麗で、目でも楽しめます」

 

「それは良かった。ところで、祥鳳は普段料理とかするの?」

 

 よしよし、祥鳳の反応もいいし今度ランチでも出してみよう。と、ちょっと気になったことを世間話的に聞いてみることにする。

 

「そうですね、着任して日は浅いですが料理はしていませんね……今までの食事も出来合いのものや、レトルトばかりで……」

 

 なるほど、そういう事なら今まで来てくれた子達みたいに手伝いながら料理を覚えて欲しいものだけど……というようなことを考えていると、祥鳳が「あっ、でも!」と手を叩いて笑顔で話し始めた。

 

「実は妹がいるのですが、彼女の得意料理が玉子焼きなんです!ですので、毎日手作りの玉子焼きは食べていますよ。それがとても美味しくて……ぜひ店長さんにも食べていただきたいです」

 

「へぇ、それはぜひ一度食べてみたいな。そうでなくても今度紹介してくれるとうれしいな」

 

「ええ、今度非番の日にでも顔を出す様に言っておきますね」

 

 そう話す祥鳳はとても嬉しそうで、妹さんとの仲の良さが感じられるいい表情だった。

 

 それから二人ともしっかりとご飯をお替りして朝食を終えた。みんな夏バテの様子もないし、今日も一日頑張っていこう。

 




和傘美人祥鳳さんの登場でした
そして今回は出て来ませんでしたが瑞鳳も着任したので
そのうちお話にも登場させたいと思います

……ご想像の通り玉子焼きネタになりそうですが……



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箸休め13:さくらと金剛の本土出張

遅くなりました
本日は久しぶりの箸休め。先日金剛が話していた本土行きのお話です



 ここは鎮守府にある自衛軍の港、まだ早朝と言えるような時間帯にもかかわらず、多くの人が動き回り出港の準備が進められている。

 

「じゃあ加賀に長門、こっちのことはよろしくね」

 

「ええ、提督もしっかりやってくることね」

 

「提督と金剛も気を付けてな。こちらのことは任せておけ」

 

「二人とも、よろしくお願いしマース。いってくるデース」

 

 慌ただしく働く自衛官たちの邪魔にならないようなところで、さくらと三人の秘書艦との間でそんな会話が交わされていた。というのも今日は、さくらと金剛が本土の自衛軍本部へ赴き、現状報告と、近くに行われる予定の二回目の移住の打ち合わせを行うことになっているのだ。

 

「それにしても金剛、昨日まではあんなにテンションが低かったのに、今朝は大違いではないか。なにかあったのか?」

 

 昨日までとはうって変わって機嫌がよくなっている金剛の様子に、長門が質問を投げかけた。

 

「ハイ、実は先ほど祥鳳がやってきて、これを届けてくれたのデス」

 

 そう言って金剛が見せたのは、一抱えもある大きなバスケットだった。

 

「ん?なんだ、それは。バスケット?弁当でも入っているのか?」

 

「イエース!ヒデトサンが作ってくれて、先ほど祥鳳が届けてくれたのデース!」

 

 

 

 ――数時間前、喫茶鎮守府厨房――

 

「さて、あんな風に言われたんじゃ頑張らない訳にはいかないよな」

 

 先日金剛に言われたことを思い出しながら、秀人は腕まくりをしながらそう気合を入れた。

 

 数日間この店の食事が食べられないと、残念がっていた金剛のために何かできることはないかと秀人が考えた結果、弁当を作って持って行ってもらうことにしたのだ。いつもより早めに起きて作ったものを、祥鳳にもちょっと早出してもらって届けてもらう手筈になっている。

 

「んじゃまずは……」

 

 そうつぶやきながら秀人は手にした野菜の皮を剥き始め、手早く下ごしらえを進めていく。作っていくのは夏場ということを考慮したメニューだ。

 

 生ものや汁気の多い物を避けたり、味付けはいつもよりもちょっと濃くしたり……そのほか、カレー粉や梅干しなどの抗菌効果が期待できる食品も積極的に使っていった。

 

「よし、昼の分はこんなもんかな。後は朝食として移動中に食べる分だけど、こっちはそんなに時間が空くわけでもないから、そこまで気にしなくても大丈夫かな?船内は涼しいだろうし……」

 

 昼食用のおかず各種を作り終えると、それを冷ましている間に朝食の分に取り掛かることにしたらしく、新たにいくつかの食材を準備し始めた。

 

「おはようございます、店長さん」

 

 いくつかの料理を仕上げたあたりで、勝手口を開けて祥鳳が入ってきた。

 

「おう、おはよう。悪いな、早出させちまって」

 

「あっ、いえ、大丈夫です。何より金剛さんや提督のためですから、私にできることなら何なりと」

 

「そっか、まぁその分昼飯はなんでも好きなものを言ってくれな。それと、朝飯もそこにあるからもしよかったら食べて待っててくれ。こっちももうすぐ出来上がって、後は詰めるだけだからさ」

 

 秀人が指さした先の皿には、祥鳳の朝食用にと取り分けられた料理が乗せられていた。

 

「本当ですか? やったぁ! お言葉に甘えて朝ごはんも先に頂いちゃいますね。というか、これって……」

 

「あぁ、この間祥鳳との話に出てきた時に思い出してさ、試しに作ってみたんだよ。ちょっと味見してみたけど、結構うまくできてると思うよ」

 

 秀人が上手くできたというその料理に舌鼓を打ちながら、出来上がりを待つことにした祥鳳。程なくして料理も出来上がり、シンプルなデザインのお重やランチボックスに入れられて、最後に大きなバスケットにまとめられた。

 

「これでよし。祥鳳お待たせ、それじゃあコレよろしくな。中身はさっき詰めながら話した通りだから、その辺の説明も一緒にね」

 

「はい、了解しました!それでは祥鳳出撃します!」

 

「いってらっしゃー……い……って、そんなに急がなくてもいいんだけど……」

 

 秀人に敬礼をするなりバスケットを抱えて駆け出していった祥鳳を、秀人は力なく手を振って見送った。

 

 

 

 

 というようなことがあり、先ほど無事金剛の元に届けられたという訳だ。

 

 もっとも、喜んでいるのはバスケットを抱えてニコニコしている金剛だけでは無いようで、隣に立つさくらもどことなく嬉しそうに見える。

 

「いやー、今日の朝昼だけでも食事の心配をしなくてもよくなったからね。って言ってもあっちの食堂のご飯も美味しいし、近くには何かしら店もあるから別に食べるものが無いって訳じゃないんだけどね。ま、秀人のおかげで一緒に行く金剛の機嫌が良いのは私も何かと助かるわ……ってことでそろそろ行くわよ、金剛」

 

 それじゃ、と手を振り輸送船に乗り込む二人を、加賀と長門も手を振って見送った。そして、そのまま出港するまで見送った後で長門がぽつりとつぶやいた。

 

「あの様子だと言わなくて正解だったな」

 

「……ええ、せっかくあんなに嬉しそうなところに水を差すのも野暮ですから」

 

 二人がそのように話す理由、それは……。

 

「では、二人には悪いが我々も行こうか」

 

「そうですね……さて、今日の日替わりモーニングは何でしょうか?……考えただけで気分が高揚します」

 

 どうやらこれから秀人の店にモーニングを食べに行くようで……さすがにこのことは金剛には言えなかったようだ。

 

 所変わってこちらは出港後の輸送船内。秀人が島に来る時にも乗った船で、元民間の高速旅客船を改造したものなのだが、その内部に残された数少ない客室でさくらと金剛がさっそく朝食用の弁当を広げていた。

 

 メニューはそれぞれの好みに合わせて、さくらにはおにぎりで金剛にはサンドイッチが用意されていた。残念ながら手ごろな容器が無かったため、味噌汁やスープは用意できなかったがそれでも手作りの朝食ということで、包みを開けた二人の顔も自然とほころんだ。

 

「いやー、これはいいわね。いつもだったら向こうに着いてから港近くで適当に買って食べるところだけど、今度から本土に行くときには頼むようにしようかしら」

 

「ワーオ、美味しそうなサンドイッチデース……?」

 

 基本的には定番の具材で作られていたおにぎりとサンドイッチだったが、その中でひとつだけ金剛には見慣れない一品があった。

 

「コレは……玉子サンドデスカ?」

 

 それが玉子というのはさすがに金剛にもわかったが、そこにあったのは普段食べなれている玉子フィリングを挟んだものではなく、使ってあるパンの二倍以上はありそうな厚みの厚焼き玉子が挟まれたサンドイッチだった。

 

「あー、なんだか関西の方だと、玉子サンドって言うとソレらしいわよ」

 

 中身が落ちないようにそっと両手で持ち上げて、しげしげとその玉子サンドを見つめる金剛にさくらがそう教えると、金剛は「ナルホド」と一言つぶやいてからかぶりついた。

 

「ンー!玉子ふわふわで美味しいデス!お出汁が効いていて和風なのに、辛子マヨネーズを塗ったパンと良く合うデース」

 

「へぇ、おいしそうね。私も今度作ってもらおうかしら」

 

 おいしそうに玉子サンドを頬張る金剛の様子に、さくらも味が気になったのかそんな風に言葉をかけた。

 

「でも……うん、やっぱりおにぎり美味しいわ」

 

 そんなさくらはさくらで、お気に入りの味噌焼きおにぎりを頬張りながらにこにことしている。

 

 楽しそうに食事を続ける二人を乗せて、船は東京へ向けて進んでいった……。

 

 

 

 

 ――そして数時間後――

 

 二人の姿は、東京にある海上自衛軍内深海棲艦対抗本部、通称『深対本部』あるいは単純に『本部』と呼ばれる場所の、大将執務室に併設されている応接室にあった。午後の会議の前にと大将に昼食に誘われたのだ。

 

「大将はいつもこちらでお昼を?」

 

「うむ、出前を取ったり食堂から運んでもらったりしてな。私が食堂に行っては皆も落ち着いて休めんだろう?幸い給湯室も隣にあるのでな」

 

 さくらの質問に大将は苦笑いで答えながら、いつも使ってるのだろう近くの店の出前チラシや食堂のメニュー表が入れられたファイルを取り出した。

 

「ま、好きなものを頼んでくれ。ここの食堂の飯もなかなかイケるものだぞ?」

 

 そう言いながらさくらにそのファイルを手渡してくる大将に、金剛が少し気まずそうな顔で例のバスケットを取り出して言った。

 

「それなのデスガ、実はヒデトサンがおかずを持たせてくれたのデス。なのでご飯セットだけでもよろしいデスカ?食堂の方々には申し訳ないとは思うのデスケド……」

 

「いや、何も問題はないな。同じようなことをしている職員も多いのでな。それにそこの大和など、お櫃単位で頼むこともあるぞ」

 

 どうやら秀人が用意していたのはおかずだけだったらしく、可能であれば本部内の食堂で、無理であれば近くのコンビニか弁当屋などで白飯だけ買うつもりだったようだ。

 

「ひどいです提督。それじゃぁ私が食いしん坊みたいじゃないですか……って、あれ?皆さん目をそらさないでくださいませんか?」

 

 そんな三人の会話に、それまでお茶を準備していた大和が少し拗ねた口調で口を挟んだが、それぞれ何やら思うところがあるのか、目をそらして口を噤んでしまった……その微妙な空気を振り払う様に、大将が口を開く。

 

「ま、そういう訳で白飯だけの注文もここの食堂は受けてくれるのでな、さっそく注文しようではないか」

 

 そう言って大将が内線を使ってご飯や自分たちの分のおかずを注文すると、さほど時間もかからずに執務室へと届けられた。それらと一緒に金剛もバスケットから秀人が作ったおかずを取り出しては並べていく。

 

「よろしければお二人も食べてくだサイ。ヒデトサンもそう言っていたと聞きマシタ」

 

「まぁ、それは嬉しいです。ありがたくご相伴に与らせていただきますね」

 

 一通りのものが並べられると、大将の音頭でそれぞれ狙っていた料理に箸を伸ばし始めた。

 

 まず金剛が摘まんだのは、何種類か入っていた揚げ物のうちの一つ、ささみの梅しそ巻フライだ。中までしっかり火を通す揚げ物は、傷みにくくて夏場のお弁当にはもってこいだが、その中でもこのメニューは殺菌効果もある梅肉としそを使っているのでさらに適していると言える。

 

 もちろんそういった理屈など関係なく、さっぱりとした味付けは今の時期でも食べやすく、ご飯にも合うのでおかずとしても優秀だ。

 

「梅の酸味が良いですネー、そのままでも美味しいデスガ醤油をつけるとごはんも進みマース!」

 

「ほんと美味しそうに食べるわね。なんとなく秀人の気持ちもわかる気がするわ」

 

 ご飯の上に醤油を少しつけたささみフライを乗せてにこにこしている金剛を見て、さくらがぽつりとつぶやくと、それを耳にした金剛も言葉を返す。

 

「ハイ!ヒデトサンのお料理はとってもdeliciousデース!」

 

 そんな会話を交わす島の二人の向かい側で大和もまた、とある料理に目を留めた。

 

「これは牛肉の時雨煮……ん、生姜は入ってないので……大和煮ですね!ちょっと味は濃い目ですが、お弁当ということを考えるとこれくらいがいいですね。いくらでもご飯が食べられそうです!」

 

「ほう、これは美味いな、確かに飯が進む良い味付けだ」

 

「ふふっ、やはり『大和』と名が付くだけはありますね。先日は提督のせいで碌に挨拶もできませんでしたし、今日はこうして噂のお料理を食べることができて嬉しいです。金剛、戻ったら美味しかったと言っておいてくださいね」

 

「む……それは……すまん。大橋三佐、私の分もくれぐれもよろしく伝えておいてくれたまえ」

 

 少し困ったような大将の言葉で、室内に笑顔があふれた。その後も和やかに昼食は進み、大きなお櫃に入ったご飯はかなりの量があったように思うが、すっかりきれいに片付いてしまった。

 

 しばらくして四人が食後のお茶を楽しんでいるところで、大将が一冊のファイルをさくらに手渡しながら話しかけてきた。

 

「今日は確かこの建物内の宿泊施設に泊まる予定だったな。であれば部屋に戻ってからでいいのでこの資料に目を通しておいてくれるか。それと、大丈夫だとは思うがこの建物から持ち出そうとすると警報が鳴る上に、ICチップでどこにあるかわかるようになってるのでな。覚えておいてくれ」

 

「ここで読んでいけという訳ではないのですか?」

 

「私が許可を出せばこの部屋から持ち出すことは可能だ。何より内容が内容だからな、落ち着けるところで見た方が良いだろう。もちろん、金剛も見て構わないぞ」

 

 わかりましたと返事をしながらさくらが表紙をめくると、そこに書いてあった表題を見て「なるほど、そういう……」とつぶやいた。

 

「テートク?一体何が書いてあったデス?」

 

「これよ」

 

「これは……」

 

 気になった金剛がさくらにその内容を聞くと、さくらは言葉少なにファイルを開いて見せることでその答えとした。

 

「『本部保護下にある姫級深海棲艦に関する各種報告まとめ』デスカ……」

 

「左様。それを読んでもらえればわかるとは思うが、先日ある鎮守府の艦隊が姫級の深海棲艦を拿捕してな。調査や聴取の結果、そちらの北方棲姫の様に敵意も無く非常に協力的だということで、現在は我々の保護監視下にある」

 

 金剛がつぶやくように読み上げた声に答えるように、大将が簡単に内容を説明した。と、ここでさくらが疑問に思ったことを尋ねる。

 

「ですが大将、その辺は軍内部でも……」

 

「あぁ、だから『我々』の保護下にあるのだよ」

 

 さくらにかぶせるように、不敵な笑みを浮かべて『我々』を強調して言い直した大将の言葉を聞いて、さくらは理解した。どういう手を使ったのかはわからないが、その深海棲艦の身柄は大将の一声でどうとでもなる状態にあるらしい。

 

「では今回の移住で彼女も……?」

 

「話が早くて助かるよ。三佐が考えている通りだ……ま、あまり難しく考えんでくれ、私も何度か話をしたが、少々奇抜な所もあるがなかなか気のいい女性のようだ。君とも気が合うのではないかな?」

 

 ハッハと笑う大将に「了解しました」と言葉を返しながらファイルを鞄にしまうと、この後の予定もあるということで、さくらは立ち上がり敬礼をした。

 

「それではこの資料はお借りします。明日以降その深海棲艦に面会できますか?」

 

「あぁ、明後日の午前中に時間を作ってある。詳細はメールしておくよ。たしか君たちもその時間はフリーだったな?」

 

「わかりました。では連絡をお待ちしております。それでは私たちはこれで……」

 

 最後に深く一礼をして執務室から出るさくらと金剛。その二人を扉が閉まるまで見送ってから、大将はソファーに深く身を沈め、お茶のお替りを持ってきた大和もその隣に腰を下ろした。

 

「これで彼女のことも何とかなりそうですね」

 

「そうだな。厄介な連中を躱し続けるのも限界があるしな。大和もこれで一安心できるのではないか?なにやらやたらと気にかけていたようだし」

 

「そうですね。彼女はなんとなく私に似ているような気がして気になっていたんです……でも、大橋提督なら上手くやっていただけるでしょうし、安心です。もちろん、私も全力でサポートいたします!」

 

「それはもちろんだ、私もサポートは惜しまんよ」

 

 さくらと金剛が出ていった扉を見つめながら、そんな会話を交わす二人。

 

 そして、新しく島に来るという姫級の深海棲艦……さくら達にとっては新たに考えることが増えたわけだが、彼女たちの本土出張はまだ始まったばかりだ……

 




今回は箸休めということでしたが何やら物語が動きそうな……

新たな住人達が増えるということで次回からは章を切り替えようと思います
特に事件が起こるわけでもないので、章を変える意味はあんまりありませんが……


島に第二次移住団が到着!そして新たな姫級深海棲艦とはいったい!?
ってわけで、お読みいただきありがとうございます


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Menu-5:島の新たな仲間たち
六十皿目:歓迎の夏祭り1


今回から章が変わり新たな住人達がやってくるということで
タイトルのような事をするようです
今日のお話はその計画段階の一幕……


 先日、さくらと金剛さんが島に戻ってきた。まだ日が高いうちに帰ってきたということで、その足でバスケットやランチボックスを返しに来てくれた。

 

 そんな訳で、帰ってくるなりうちの店に来てくれた金剛さんなのだけれど、その時はすぐに鎮守府に戻って仕事があるということで少しだけ話をしたのだが、一週間後には予定通り第二期の移住が行われるとのこと。そして、今度は前回よりも小規模ということで、あの時のような大々的な式典は行わず、簡単な到着式を行う程度なのだそうだ。

 

 とまぁ、ここまでが先日聞いた話で、店が休みの今日は同じような話を別ルートから聞いていた商店街の会長さんと、生産施設の出荷関係を統括する部長さんがやってきてちょっとした会合が開かれている。その議題というのが……

 

「電話でもちらっと話したけど、一週間後の移住の時には僕たちの時みたいな式典は無いみたいだからさ、商店街の皆とも話し合って屋台でも出してちょっとしたお祭りでもできないかなって思ったんだよね」

 

「私もその話を会長さんからお聞きしまして、是非何かお手伝いできないかと思いまして、各部署と相談しまして、タダでとはいきませんがかなりのお買い得価格で一部の食材を卸せることになりました」

 

 笑顔でそう話す会長さんと部長さん。さすがこの島にはお祭り好きが多いだけあって、皆ノリノリで決まったらしい。もちろん俺もそんな島民の一人なので大賛成なんだけれど……

 

「俺も是非参加させてもらいたいとは思うんですけど、どうしてわざわざうちで話を?呼んでくだされば集会所まで伺ったのに……うちはちょっと外れてるじゃないですか?」

 

 今日うちで話をしようというのは会長さんに言われたことなのだけれど、今俺が言ったようにこの店は商店街からちょっと離れたところにある。

 

 まぁ歩いてもそれほど苦にはならない距離だけど、鎮守府から伸びる海岸通りの途中にうちの店があって、さらにその先に商店街がある。そして生産施設は、商店街の手前に分かれ道があって、そこから山の方に入っていく感じだ。

 

 ちなみに、艦娘たちが住んでいるエリアは更にその手前、うちと商店街の中間あたりから道が分かれている。いつ艦娘が増えてもいいようにかなりの面積と建物が用意されているが、周りを森に囲まれていて入口には門もあるので、昔テレビで見た軽井沢や那須の高級別荘地と言った様相だ。まぁ、そう言った場所よりも建物同士は密集しているし、建物自体も庶民的な感じなので親しみやすいんだけど。

 

 閑話休題、そんなわけで少し外れたうちの店を会合の場所に選んだ理由を聞いてみると、会長さんは頭を掻きながら話してくれた。

 

「いやぁ、最初は集会所でとも思ったんだけどね、会議室もあるし。ただ、このお店でゆっくりコーヒーを飲みながらっていうのも良いかなって思ってさ。僕も部長さんも秀ちゃんの淹れるコーヒー好きだし……まぁ、休みの日に店を開けてもらうのも悪いとは思ったんだけど」

 

「いえいえとんでもない、そう言ってもらえて嬉しいですよ。普段商店街の会合にもなかなか顔を出せないので、これくらいどうってことないですよ」

 

 場所はちょっと遠いとは言え一応商店街のメンバーとして名を連ねてはいるのだけれど、なかなかそちらの会合に出られないのも心苦しく思っていたので、こういう風に使ってくれるなら休みの日だろうが大歓迎だ。

 

「それはまぁ、秀ちゃんのとこは誰かに店を任せてちょっと抜けるってのも難しいだろうしね。そこは皆わかってるよ。それにこの店は商店街の皆にとってもお得意さん兼憩いの場だからね、今のままでいいのさ……ところで、今日この店に来たもう一つの理由なんだけど……電話で頼んでおいたアレ、大丈夫だった?」

 

 俺の言葉を受けた会長さんの言葉に、商店街の皆さんの優しさを改めて感じて胸を熱くしながら、会長さんが言ったもう一つの理由について思いを巡らせる。

 

 今日のことについて電話をもらった時に頼まれていたのが、鎮守府にも協力してもらいたいので、誰かそういう話ができる艦娘を呼んではもらえないかという事だった。

 

 そういう事ならと思い浮かんだのが加賀さんだったので、会長さんとの電話が終わった後すぐに電話してみたのだが、残念ながら移住関連の仕事で忙しく加賀さん本人は来られないということだったので、信頼できる人物をこちらに寄こすとのことだった。曰く、今は役職には就いていないものの、軍歴も長く経験も豊富で能力も高いのでいろいろな場面で頼りになるのだそうだ。

 

 加賀さんが珍しくそこまで持ち上げるので、誰の事かと聞いてみたのだがこっちに来るまでのお楽しみだとはぐらかされてしまった。まぁ店にも何度も来たことがある顔なじみだとは言ってたけど、そう言っていた時の加賀さんのテンションがなんだかいつもと違っていたし、そうやって普段見せないお茶目な所を出してくるあたり、加賀さんも疲れてるんだろうな……。ひと段落したら美味しい物で労ってあげよう。

 

「ええ、多分そろそろ来る頃だと思いますよ。鎮守府の方でも今回の件は賛成してくれて、バックアップもしてくれるって事なんで、そのあたりの話を詰めていきましょうか」

 

 それから三人で基本的な方針や鎮守府との連携について相談していると、ドアベルが鳴って一人の艦娘が入ってきた。

 

「ちわー、店長はん。いやぁ、今日もあっついなぁ」

 

「いらっしゃい龍驤ちゃ……龍驤。待ってたよ」

 

 あぶない、ちゃん付けしたらまた怒られてしまう。こないだ「子供扱いせんといて!」って言われちゃったからね。

 

 それにしても、なるほど龍驤か。確かに彼女には加賀さんも頭が上がらないって言ってたし、見た目にそぐわず戦闘もかなりの実力らしいからね。それに、明るい性格で島の皆にも人気がある。確かに今回の件にはうってつけかもしれない。

 

 席に着いた彼女に冷たいレモネードを出すと、一口飲んで落ち着いてから彼女は話し始めた。

 

「会長はんも部長はんも顔見知りやし、挨拶は抜きにしてさっそく本題に入るで。店長はんから加賀が電話もろうてから、加賀と提督ともちょろっと話してんけど、鎮守府としては今回の企画は大歓迎や」

 

 そして、龍驤は持っていた鞄から書類を出して俺たちに渡しながら話を続ける。

 

「で、これを見て欲しいんやけど、前より艦娘も増えたし警備の人員を確保しても人手が余ってるっちゅーことで、こんな感じで申請してくれたらうちらも島内活動として実績を残せるし、どないやろ?」

 

 龍驤が見せてきたのは、艦娘達の『お手伝い案』とそのための島内活動の申請書だった。まったく用意周到というかなんというか……ただ、島民と艦娘が一緒になって今回のお祭りをやるってのは良いよね。ついでに実績として報告できるなら一石二鳥ってやつか。

 

 その書類を受け取った会長さんと部長さんは、それぞれ「ふむふむ」と頷きながら読んでいき、最後にお互い顔を見合わせて口を開いた。

 

「龍驤さん、商店街としてもこの申し出はありがたいので是非申請させてもらいたいと思います。とりあえず今日中に参加予定の店舗に連絡を取って手伝ってほしい人数をまとめますので、明日申請書をお届けするということでよろしいですか?」

 

「私達の方も手伝ってもらえるならお願いしたいですね。食材を配送してもらったり、人手があれば我々も出店できますし」

 

「よっしゃ、ほんなら申請は明日でもええで。商店街まで……はちょっと行かれへんけど、鎮守府まで持ってきてもろうて、守衛さんに言うてくれたらウチが受け取りに行くわ」

 

 なんだか面白くなってきたので、俺もお手伝いを頼もうかと書類を手に取ると、龍驤から「ちょい待ち!」と待ったがかかった。

 

「店長はんの所は申請要らんで。今手伝いに入っとる祥鳳と、いつものメンツが来るのが決まっとるんよ。まぁ、まだウチと加賀と提督しか知らんけど、こっちから言わんでも、あの子らなら自分から言い出すやろうしな」

 

 あ、そうなの?いつものメンツって言うと……いつものメンツか。ま、それならなんでもできそうだなぁ……今回は屋台っていうよりはそれぞれの店の前で色々売るってことだし、うちもそうするとして店で調理できるなら……なにを出そうか迷うな。

 

 店の前でとなると、網焼きか鉄板焼きか……どうせなら喫茶店っぽいメニューがいいよね。で、あんまり種類を増やすと大変だけど、一種類だと味気ない。となるとトッピングで幅を広げるか、ベースのメニューにいくつかアレンジを加えて出すか……。

 

 と、そこまで考えたところでふと時計を見ると、昼過ぎから始まった会合も大分時間が経って小腹のすいてくる時間帯。そしてとあるメニューを思いついた俺は、他の三人に提案してみる。

 

「みなさん、そろそろ小腹がすきませんか?ちょっと今回のお祭りで出すメニューのアイデアがあるんですけど、味見してもらえないですかね?」

 

 そんな俺のセリフに大喜びで賛成してくれた三人に時間をもらって、さっそく調理に入ることにした。

 

 それはあるメニューにアレンジを加えたもので、ベースは同じだけれどテイクアウト用と店内用に何種類か別の料理にして用意するつもりだ。今はとりあえずお試しということで手早く作った試食用のものをいくつか三人に食べてもらった。

 

「ほほぅ、こんなアレンジもあるんやね。いつも通り美味しいけど、いつもとは違った味わいって感じでええんちゃうかな」

 

「こっちはなんだか懐かしいですね。まぁ、昔この島で手に入るのなんてこんな上等じゃなかったですけどね」

 

「これは初めて食べますが、女性にウケそうですね……ちょっとカロリーが気になりますけど……。そうだ、これならうちで作ってるやつを使いませんか?特別価格で卸しますよ?」

 

 よしよし、三人ともどのアレンジも反応は上々だな。部長さんはちゃっかり営業してきたけど……安くしてもらえるならぜひお願いします。

 

 ともあれ、メニューはこれで決まりだな。後はレシピの細かい部分を詰めて、本番に臨むだけだ。お客さん達が喜んでくれるといいんだけど……。




今回はまだメニューは内緒にさせてもらいました
そして前回の話で出てきた新しい深海棲艦も次回までお預けということで……



お読みいただきありがとうございます


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六十皿目:歓迎の夏祭り2

お待たせしました。夏祭り後半です
とはいえ、あんまり祭感はないんですけど……お楽しみいただければ幸いです


 さて、そんなこんなでお祭り当日のお昼前。通常の仕込みは今日のところは行わないので、いつもよりゆっくりペースで作業を進める。

 

「てんちょー、これってどこに置くの?」

 

「店長さん、フードパックの準備できました。祥鳳さんそちらは?」

 

「はい、用意できてます鳳翔さん」

そして、先日から手伝いに来てくれている祥鳳に加えて、川内と鳳翔も駆け付けてくれた。ま、この間龍驤が言っていたように、いつものメンツっちゃいつものメンツだな。

 

 その時の話では商店街の方にも任務の一環ということで人員を回すってことだったけれど、実際に多くの艦娘が手伝いに行っているらしい。あ、ちなみにうちのほっぽちゃんも先程迎えに来た佐渡ちゃんと一緒にお手伝い……という名の賑やかしに出かけて行った。

 

 なんでも集会所の常連さん達からご指名があったらしく、ぜひ来てほしいという事なのだそうだ。なんだか色んな人達から色んなものをもらっている様子が容易に想像できて、申し訳ない気もするが、

 

 正直今日はいつもと勝手が違う営業なので、面倒を見てもらうのはありがたかったりする。

 

 他の艦娘の子たちも、うちみたいな屋台の手伝いは勿論、街の案内や休憩所の管理、中には今回の祭りの運営の手伝いをしている子もいるらしい……と、そんなことを考えていると、街中に設置されているスピーカーから『アーアー、テステス』と言う声が聞こえてきた。

 

『マイク音量大丈夫?チェック、ワン、ツー……よし。島民の皆様おはようございます。艦娘の霧島です。早速ではありますが、本日の予定を簡単にご説明いたします』

 

 どこか聞いたことがある声だなと思っていたら、案の定というかなんというか霧島さんだった。確かあの人この前の式典の時にも司会してた気が……こういうの好きなんだろうか?

 

『まず、第二期移住船団の到着予定時刻ですが、ヒトサンマルマル……午後一時頃を予定しており、その後鎮守府にて到着式を行い解散となります……』

 

 なるほど、って事はこっちに来るのは夕方頃からかな?到着式はそんなに時間かからないって言ってた気がするけど、それなりに大人数だと船から降りるだけでも時間かかるだろうし、終わった後もまずは新居の様子を見に行くだろうからね。すぐに使うようなものは荷ほどきしちゃいたいだろうし。

 

『……ということで皆さま、本日はどうぞよろしくお願いいたします』

 

 っと、霧島さんの放送も終わったみたいだ。そしてその間にこっちの準備も一通り終わって、皆でお茶を飲みながら一息つくことにする。

 

「どうぞ、店長さん。紅茶が入りました」

 

「ありがとう鳳翔。うん、うまい。あのころからさらに腕を上げたんじゃないか?」

 

「ふふふ、よかったです。こちらのお手伝いが終わってからも金剛さんに教わったりしながら練習を続けたかいがありましたね」

 

 鳳翔が淹れてくれたアイスティーは準備で熱を持っていた体に染み渡る。と同時に鼻に抜ける柑橘の香り……なるほど、アールグレイとはいいチョイスだね。

 

 そんな感じでちょっとのんびりした時間を過ごしていると、商店街に繋がる道の向こうから龍驤がやってきた。

 

「おはようさん。準備はどうや?進んどる?」

 

「おはよう、龍驤。おかげさんでばっちりだよ。ってわけで、お昼から開店しようと思ってるんだけど、他のお店はどんな感じ?」

 

「それやったら、ほかんとこも似たようなもんやで。商店街の方はほとんどが昼に始める言うてたし、夕方からっちゅうんは施設で出す店くらいちゃうかな」

 

 そっか、それじゃ予定通りお昼から営業開始しますかね。とはいえお客さんもどれだけ来るか分からないし、のんびりやらせてもらうことにしよう。というわけで、開店前に鉄板の使い勝手を確かめるために試作しつつ、腹ごしらえといきますか。

 

 残念ながら龍驤はこの後鎮守府に戻らなきゃいけないということで、川内たちと軽く話をして「ほな、よろしゅーな」と言い残して帰ってしまったので、残った俺たち四人分の料理を始める。

 

 まずは具材から。野菜はピーマン・玉ねぎ・マッシュルーム、そしてウインナーを鉄板で炒めていく。そこに軽く塩コショウをしてから茹で置きしておいたパスタを投入。すかさずそこにケチャップを回しかけて混ぜながら炒め、味を付けていく。

 

 まぁ、ここまでくればわかるように、喫茶店の定番メニュー『ナポリタン』を鉄板で作ってるわけなのだけれど、これで後はフードパックに入れて出来上がり……というわけではなく、ちょっとしたアレンジを加える。

 

 ここまでできたナポリタンを一旦鉄板の隅の保温スペースに寄せてから、空いたところに溶き卵を垂らす。鉄板が平らなので少々やりにくいが、形を整えながら円形に広げ、固まりきる前にその上にナポリタンをのせて、コテを使って手早く巻いていけば『オムナポリタン・屋台の鉄板バージョン』の完成だ。

 

「いやぁ、見事なもんだね。というか、屋台でナポリタンって……いや、焼きそばもあるし、あながちおかしくは……ない……かな?」

 

「そういうこと。焼きそばもナポリタンもどっちも炒めて作る麺料理だからね。ありじゃないかなって思ったんだけど。さすがにオムナポは鉄板じゃちと難易度高かったけど、なんとかなりそうで良かったよ」

 

 横で見ていた川内の言葉にそんな風に返すと、同じく作る様子を見つめていた鳳翔がおずおずといった感じで口を開いた。

 

「あのぅ、さすがにそれは川内さんでも難しいような気が……ましてや私や祥鳳さんでは無理だと思います……」

 

 その鳳翔の言葉に他の二人も大きく頷きながら、強く同意してきた。んー、まだ料理を始めたばかりの祥鳳は確かに難しいかもしれないけど、川内と鳳翔なら少し練習すれば何とかなるような気がしなくもないが……。

 

「とりあえずこの仕上げは俺が担当するから、皆にはナポリタンの方を作ってもらおうかな。それに仕事はこれだけじゃなく、中の方も見てもらいたいしね」

 

 そう、今日は通常の営業は行っていないものの、店内も休憩所として開放しているので、そっちの接客もやってもらうつもりだ。

 

 そして、メニューもこれだけではない。この前龍驤達に試食してもらったように、いくつかのアレンジメニューも考えているので、そちらも作ることにする。

 

 まずは簡単に作れるものからという事で、先程と同じようにナポリタンを作ったら、切れ目を入れた自家製のコッペパンに挟む。以上。

 

「あら?店長さんこれだけですか?」

 

「うん、これだけ。簡単でしょ?」

 

 驚いたように声をあげた祥鳳にちょっとおどけるように軽く返す。

 

 先日の試食の時に会長さんが『懐かしい』と言っていたのがこのナポリタンドッグだ。とは言え、その時に会長さんも言っていたのが、会長さんが若い頃に食べたものは、具なんか入ってないナポリタン風のケチャップ味パスタが挟んであるようなチープなものだったそうで、今思うとナポリタン?と首をかしげるようなものだという事だったが、それでもその当時は物珍しさも相まってよく食べていたらしい。

 

 まぁ、そんなわけでどことなく懐かしい感じのナポリタンドッグも、食べ歩きのしやすさからメニューの一つにしてみた。

 

 そしてもう一つ。これは店内限定のメニューになるのだが、ナポリタンを耐熱皿に入れて、上にチーズをのせてオーブンで焼いたチーズ焼きナポリタンだ。

 

 先日作った時には普通のシュレッドチーズをのせて焼いたのだけれど、その時に施設の部長さんから提案があって、今日は施設で作っているカチョカヴァロをスライスしてのせることにした。

 

 このカチョカヴァロ、朝食の時に食パンに載せてトーストしてみたら、味はもちろんのこと焼いた時の伸びも良く、これを使えば目でも楽しめる出来栄えになりそうだ。

 

 というわけで、料理も出そろったところで皆で手を合わせて食べ始めることにした。

 

「うわー、みてよこのチーズ……表面のちょっと焦げた感じとか……アハハ、伸びる伸びるー。これはヤバイよ店長。見ただけで美味しい事がわかっちゃう」

 

 川内が「ヤバイヤバイ」と言いながらも目を輝かせてパスタをフォークに巻き付け、チーズを絡めて引き上げている。あの時部長さんが言ったように、やはりチーズには女の子を引き付ける魔力があるらしい……。でも川内、かなり熱いから食べる時に気を付けてね。

 

「玉子とナポリタンの相性がこんなにも良いとは……あっ、でも玉子にケチャップは合いますものね。これは瑞鳳にも教えてあげなくちゃ」

 

 祥鳳は玉子焼きを作るのが上手だという妹さんに、今回のレシピを教えるらしい。玉子焼きとはちょっと違うとは思うけど、普段玉子料理を作っているのなら、火の通り具合の見極めなんかもしやすいだろうし、割とすんなり作れるかもね。フライパンなら鉄板よりも難易度低いし。

 

 そして鳳翔はというと、何やら神妙な面持ちでナポドッグをもくもくしていた。どうも頷きながら食べているので、口に合わなかったって事はないんだろうけど……最近和食以外の料理の腕も上がってきているという鳳翔の事、何かレシピでも思いついたのだろうか?

 

 ともあれ、今日のメニューを知ってもらったとこで、営業に関してもあれこれと話しながら料理を平らげると、そろそろいい時間だ。

 

「それじゃみんな、よろしくね」

 

 片付けを終えて、最後のチェックを済ませたところでそう言うと、三人も元気な返事で答えてくれた。さぁ、開店だ。

 

 その後、あいさつに来た会長さんや部長さん、様子を見に来た顔なじみのお客さんの相手をしながら営業を続けていると、スピーカーから移住船団の到着を知らせる霧島さんの声が聞こえてきた。

 

 いよいよか……なんて軽く気合いを入れなおしてはみたものの、そういえばこっちに来るのはまだしばらくかかるのだったなと思い直して、肩の力を抜く。

 

 それからさらに一時間くらい経った頃だろうか。数台のバスが車列を組んで店の前の海岸通りを通って行った。あぁ、住宅地まで送るバスか……俺たちの時もあったなぁ……俺は乗ってないけど。

 

 と、そんなことを考えながら、思ったよりも長いその車列をぼーっと眺めていると、そのうちの一台が商店街の入り口で止まった。遠くて良く見えないが、どうやらそのバスはそこで降りる人のためのバスのようで、続々と人が出てくるのが確認できた。

 

そのうちの何人かはこちらのほうに歩いてきているのが見えたので、川内たちに声をかける。

 

「みんなお客さんがいつ来てもいいようにしといてね」

 

 するとすかさず、それぞれの言葉で了解の意を笑顔とともに返してくれた。うん、心配いらなかったかな。

 

 そんな感じで店頭に設置した鉄板の前でスタンバっていると、小さな女の子を連れたご夫婦がこちらに歩いてくるのが見えた。

 

 表情がわかるくらいまで近づいたあたりで川内が手を振ると、父親に抱かれていた女の子も笑顔で大きく手を振ってくれた。どうやら移住組第一号のお客さんは彼女たちになりそうだな。

 

 そんな彼女たちを皮切りに、日が沈むくらいまでたくさんのお客さんが来てくれた。移住組はもちろん、いつもの顔ぶれも来たりして早速この島の話で盛り上がっている様子も見られたのは嬉しかったな。

 

 ともあれ、すでに日が落ちたということで、祭りそのものは一旦お開き。あとは節度を守ってご自由にって流れみたいだ。さっき霧島さんがそんな放送をしていたし、ここの島民の気質を考えると適当に余った食材とか持ち寄って、宴会でもやるんだろうな……ある意味ここから第二部のスタートって感じかね。

 

 とりあえず俺たちも店じまいして、軽く打ち上げでもしようかってことで片付けを始めると、一台の黒塗りの高級車が店の前に止まった。

 

 なんだなんだ?やばい客か?……なんてことはなく、その特殊なナンバーを見れば鎮守府の車だということが分かった。とは言え、うちの店に車で乗り付ける人物に心当たりはなく、窓もスモークガラスで中が見えなかったので、誰が来たのかと首をかしげていると、向こう側のドアが開いて誰かが降りてきた。

 

「ヘーイ、ヒデトサーン!こんにちはデース!」

 

 降りてくるなり元気に挨拶をしてくれたのは、金剛さんだった。

「今日はヒデトサンに紹介したい人を連れて来たデース!」

 

 金剛さんはそう言いながら車のこちら側へと回り込み、ドアを開けて中の人物を外へと促す。そして車から降りてきたのは……。

 

「コンニチハ、アナタガヒデトネ。ワタシハナンポウセイキ、ヨロシクオネガイスルワネ」

 

「え?あ、はい。こちらこそよろしくお願いします……えと、金剛さん、こちらの方は……?」

 

 金剛さんが連れてきたのは、ほっぽちゃんと同じような透き通った白い肌に、白い髪の女性だった。ただ、ほっぽちゃんと違うのは、髪を頭の後ろで二つに結んでいるのと、服装も黒いビキニに黒いライダースジャケットとブーツという出で立ちでかなり露出度も高く、年の頃も金剛さんと同じ位に見える。

 

 なので……その……目のやり場に困るといいますか……挨拶もそこそこに金剛さんに助けを求めても仕方ないよね。

 

 っていうか、君たちは知ってたの?という感じで川内たちの様子を見てみると、どうやら連絡は前もってあったようで、驚いてはいないようだが、何やら険しいような、拗ねたような表情で彼女のほうを見つめていた。敵視ってわけじゃないみたいだし、金剛さんも特に指摘してないから別に問題ないんだろうけど、ちょっと怖いからやめてくれるとありがたいんだけどな……。特に川内さん。

 

「彼女は、お分かりのように深海棲艦なのデスガ、簡単に言うと、ほっぽちゃんと同じデス。なので、前例のあるこの島に来てもらって、一緒に暮らすことになったデース」

 

 そんな川内たちの視線をスルーして、金剛さんが彼女にことを説明すると、それに続いて彼女も口を開いた。

 

「エエ、ソウイウコトデス。ホッポウセイキニアワセテ『ナンポ』……トイウノハナンダカオカシイノデ、『ミナミ』トデモヨンデクダサイ」

 

 なるほど、ミナミさんですか。とりあえず彼女がここに来るまでの詳しい経緯はさておいて、まさかまた深海棲艦がこの島に来ることになるとは思わなかったよ。

 

 ただ、今はまだびっくりしてて頭が追いついていないけど、とりあえずこの島ならなんとかやっていけるだろう……っていうのはちょっと楽観的すぎるだろうか?

 

 ともかく、今日のところはせっかく来てくれたんだし、何か食べていってもらいましょうか。もちろん金剛さんも一緒にね。

 




最後にちょろっと出てきましたが、新しい深海棲艦は南方棲鬼でした
次回は彼女のプチ歓迎会の予定です



お読みいただきありがとうございます


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六十一皿目:新たな仲間のプチ歓迎会

お待たせしました。ちょっと仕事が忙しく……
という言い訳はさておいて、今回は前回予告していた通り
深海からの新しいお仲間の歓迎会です。

それではどうぞ


 外で立ち話っていうのも何なので、とりあえず片づけは簡単に済ませて店内へと入っていこうとした、その時。

 

「タダイマー!」

 

「こんちゃー!」

 

 おっ、ほっぽちゃんが返ってきたみたいだ。それに、この声は佐渡ちゃんも一緒か。いらっしゃい……って、うわぁ、二人とも両手いっぱいにいろんなものを持ってるよ。渡したお小遣いであんなに買えるかなぁ……?

 

「お帰り二人とも。これはまた大荷物だねぇ……」

 

「ウン、イロンナヒトガクレタ」

 

「あー、てんちょー、一応佐渡様もほっぽも普通に屋台で買おうとしてたんだけどな、世話になってるばっちゃんとか、屋台のおっちゃんらがなー」

 

 なるほど、おごってくれたりサービスしてくれたと……。

 

「そっか、よかったね二人とも。ちゃんとお礼は言ったかい?」

 

「ウン!」

 

「もち!」

 

 ならいいか。

 

 今の調子なら大丈夫だと思うけど、なんでもしてもらえて、なんでも買ってもらえるのが当たり前と思わないように、『ありがとう』が言えるような子でいてもらいたいし、これからもその辺注意していかないとな……って、まだ結婚もしてないのにこんな父親みたいなことを考えるようになるとは……はぁ。

 

「ヒデトサン?どうしたデスカ?」

 

 プチへこみしているのが顔に出てしまっていたのか、心配そうに金剛さんが声をかけてきたのを、なんでもないとかわして厨房へと向かう。さて、みんなにはちょっと待ってもらってパパっと料理してこようかね。

 

 手伝ってくれるという川内・祥鳳と一緒に厨房へと入り、何を作ろうかと考える。

 

 ちなみに鳳翔は、ほっぽちゃんたちがもらってきた屋台料理で晩御飯にするというので、その面倒を見てもらいながら一緒に食べるということで、店の上の自宅部分に上がっていった。

 

 そんなわけで冷蔵庫を見ながら何を作ろうかと考えているわけなんだけど、今日は普通の営業じゃないってのもあって、それほど仕入れをきっちりしているわけではないから、食材としてはいつもに比べると充実してないんだよね。とはいえ、基本的なものは一通りそろってるから……。

 

「それじゃ川内はここにあるもんでサラダを作ってもらえるかな。内容とかドレッシングは任せるよ。川内なら大丈夫だろ?」

 

「もちろん!まっかせて!」

 

「祥鳳は俺の手伝いな。ま、こっちはいつも通りだ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう言えばお酒は飲むのだろうかと聞いてみれば、飲んだことがないので是非飲んでみたいとのこと。まぁ、艦娘と似たようなもんだろうし、結構飲むんだろうな……なんて思いながら、つまみ系のメニューで固めることに決めた。

 

 まず取り出したのは、牛うちもも肉のブロック。いつもはシチューなんかの煮込み料理に使うこれを、今回はたたきにしようと思う。

 

 ローストビーフもいいんだけど、それだと時間もかかるし赤身が美味いこの肉はより生に近い形で食べてもらいたい。ただ、鮮度がいいとは言え牛刺しって訳にはいかないので、表面を炙ってたたきにしようというわけだ。

 

 初めに塩コショウをしてから焼き台で焼いていく。その間に祥鳳にはタレを作ってもらおう。

 

 表面をしっかり焼いたら、醤油・酒・みりん・おろし生姜・おろしにんにくを混ぜて作ったタレに肉を漬け込んで、冷蔵庫で冷やす。ほんとはこのまま一・二時間くらい冷やして味をしみこませたいところだけれど、今日はあんまり待たせるわけにもいかないので、ある程度でいいかな。

 

 そうやって肉を冷やしている間にもう一品。明日の定食用に仕込んで冷蔵庫で寝かせておいた黒ムツの西京漬けだ。以前陸奥さんが来た時にもムツは出したことがあったが、それ以降も時たま入荷してはこうして西京漬けにしたりしてメニューに載せている。昨日の夜に仕込んだものなので味もしみてるはずだし、ご飯はもちろんお酒のあてにもピッタリだ。

 

「んー、いい匂い!へぇ、串に刺して焼いてるんだ……なんか新鮮。後で私たちにも味見させてね!」

 

 ムツを焼いていると、じゅうじゅうと焼ける音と立ち上る香りにつられたのか、川内が近づいてきてそんなことを言ってきた。よく見ると祥鳳も気になるのか、こちらをじっと見ている……もちろん、みんなの分も焼いてるから安心してくれ。

 

 それと、いつもはいわゆる『魚の切り身』の形で出していて、もちろん今回漬け込むときもこの形で漬け込んでいるのけれど、今日はこの切り身をさらに三つ程度に切って、おつまみっぽく串に刺して焼いている。

 

「やったー!楽しみ……っとそうだ、店長ドレッシングちょっと味見お願い。前に教わった醤油味の和風ドレッシングにしてみたんだけど……どうかな?」

 

 ん、どれどれ……うん、うまい。鰹節の風味と、この酸味は梅干しか。なかなかいい感じの和風ドレッシングだ。

 

 味見をしながら作業台の方を見てみると、どうやら大根を入れた和風サラダにしたようだ。なるほど、あれならこのドレッシングがピッタリだろうね。それに、こっちの牛たたきと焼き魚にも合わせたのかな?さすが川内なかなかやるな。

 

「ふっふーん、もっと褒めてくれてもいいんだからね!」

 

 と、川内とそんなやり取りをしている間にムツも焼きあがったので皿に盛り付けたら、続いていい感じに冷えた牛たたきをスライスしていく。

 

 それを大皿に玉ねぎスライスと水菜を盛った上に並べて、最後にタレを少しまわしかけて完成だ。

 

「おまたせしました。牛のたたきに黒ムツの西京焼き、それと大根サラダです。お酒も今用意するから待っててね」

 

 川内達と料理や取り皿なんかを運んだあとで、そういいながらカウンターからあるお酒を取ってくる。

 

 それはとある大手メーカーが昔から作っているウイスキーだ。決して安くはないが、目玉が飛び出るほど高いというわけでもなく、まぁ店で使うにはちょうどいいって感じかな。

 

 もちろん、お酒を飲むのが初めてだというミナミさんにウイスキーをストレートで飲ませるようなことはしない。今日はこれを好みの炭酸で割ってもらって、ハイボールで楽しんでもらおうと思う。そこで、用意したのが基本の炭酸水とジンジャーエール、コーラ……それと、今日はお祭りってことで瓶入りのラムネも用意してみた。

 

 というわけでさっそくハイボールの作り方を説明する。

 

「まずはグラス一杯に氷を入れて、そこにウイスキーを注ぎます。ここで軽くマドラーをひと回ししたら、炭酸が抜けないようにグラスの壁に沿わせながらゆっくりと炭酸を注いで……最後にマドラーを縦に入れて軽く混ぜたら出来上がり。ポイントはとにかく混ぜすぎないこと、あとは比率もいろんな人がいろんな事言ってるけど、好みでいいと思うよ……はい、じゃぁこれは金剛さんに」

 

 グラスに櫛切りにしたレモンを差して金剛さんの前に置くと「いただきます」とほほ笑んだ後、ゆっくりと口に運んだ。

 

「ンー……っはぁ!炭酸の刺激と後から鼻に抜けるウイスキーの香りがたまらないデス。これはいいですね」

 

 ふふふ、金剛さんに気に入ってもらえてよかった。さて、ミナミさんはどうかな……と視線を向けてみると、何やらラムネの瓶を見つめていた。そしてすぐにこちらの視線に気が付くと、その瓶を持ち上げて口を開いた。

 

「ネェヒデト、コノラムネ、マズハソノママイタダイテモイイカシラ?」

 

「もちろんどうぞ」

 

 俺の言葉を聞くや否や、ミナミさんは慣れた手つきでビー玉を落として飲み始めた。

 

「ンッ……ンッ……ッハァ……。コレガラムネノアジナノネ……イエ、トウジハコンナニセンレンサレタアジデハナカッタカモシレマセンガ……デモ、オイシイ」

 

 瓶の半分ほどを飲んで、ぽつりと独り言のようにつぶやいたミナミさん。どうやら昔のことを知っているような口ぶりだけれど、いったい……。

 

「南方棲姫、あんた昔のこと……?」

 

「エエ、デモシッテルトイッテモナントナクヨ。タブンアナタタチトオナジニホンノフネダッタキガスルケレド、ドノフネマデカハワカラナイ。ナントナク、オボロゲニ……ミンナウレシソウニラムネノンデタ……」

 

 川内が上げた驚きの声に、昔のことを思い出すように、懐かし気に、寂し気に……でも、どこか優しい表情でミナミさんはそう語った。

 

 って……『オナジニホンノフネ』って言った?深海棲艦って、そうなの?前に艦娘と深海棲艦は似たような存在だっていうのは聞いたことがあったし、ほっぽちゃんと暮らし始めてからそれを実感することもあったけれど、似てるってそういうこと?そういう根源的な……。

 

 んー、よくわからん。よくわからんが、とりあえず目の前にいるのは、優しい笑みを浮かべた、ちょっとセクシーなお姉さん……って事でいいよね。もうこれ以上はキャパオーバーだ。

 

 うちの店に来て、楽しく、美味しく食べてくれるのがうちのお客さん。暴れたり、人様に迷惑をかけるような輩は、たとえ島民だろうが艦娘だろうが客じゃない。摘まみ出す。うちの店はそれでいいや。

 

「ふふっ。ヒデトサンもどうやら納得してくれたみたいデスシ、南方棲姫……イエ、ミナミサンの言葉に軽く補足させていただきますネ」

 

 どうも表情に出ていたらしく、自分の中で考えが固まったところで金剛さんがそう話し始めた。

 

 実はこのミナミさんは艤装の形や雰囲気から、どうも戦艦大和が元になっているのではないかと考えられているそうだ。その裏付けとして、本部の大和さん――祭りの時にちらっと会ったあのお姉さん――もシンパシーというか、何やら「他人とは思えない」というようなことを話していたらしい。

 

 そしてもう一つ気になった、ラムネに反応した理由なのだけれど、当時の軍艦の多くには二酸化炭素を使用した消火装置が備え付けられていて、その装置がある艦のうちいくつかの艦……特に南方に赴く艦では、その二酸化炭素を流用してラムネを作るラムネ製造機が設置されていたそうだ。それは海上では貴重な甘味の一つであり、炭酸の爽やかなのど越しは暑いところで作戦に従事する乗組員達にも大人気だったそうだ。

 

 そして先ほど話に出た大和もまた、艦内にラムネ製造機が設置されていた艦の一つであり、大和ラムネは十数年前に当時のレシピで復刻版が販売されたこともあったらしい。

 

 そんな金剛さんの話を「なるほどな」と感心しながら聞いていると、横から祥鳳が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あのー、皆さん。お話は食べながらにしませんか?せっかくのおいしそうなお料理が並んでいることですし……」

 

「そうそう、食べようよ。私もおなかペコペコだよ」

 

 祥鳳の言葉に川内もおなかを押さえながら同意して、皆の笑いを誘った。

 

「だな。せっかく作ったんだし、食べて食べて。まだ次の料理も作ってくるつもりだし、なにかリクエストがあったら作るよ」

 

「アリガトウヒデト。ジャアセッカクダカラコノラムネデ、サッキイッテタラムネハイボールツクッテホシイナ……オサケハジメテダカラチョットラムネオオメデ」

 

 ミナミさんからそんな注文があったので、手早くラムネハイボールを作って手渡す。その間に祥鳳が料理を取り分けて、それぞれ手を合わせて食べ始めた。

 

「ア……オイシイカモ。アマクテノミヤスイワ……デモアマイダケジャナク、ウイスキーノカオリモカンジラレテ……」

 

 ほう、ミナミさんはなかなかいける口みたいだ。これでお酒に慣れてもらったら、後で是非普通のハイボールにもチャレンジしてもらいたい。

 

「ヒデトサーン!このお肉おいしいデース!程よくサシが入って柔らかくて、炙ってあるところの風味もいいデスネ。何よりこのタレがお肉とピッタリmatchしてるネー」

 

 金剛さんはたたきをおいしそうに頬張っている。その表情を見れば気に入ってくれたかどうかは一目瞭然だ。

 

「川内さん、このサラダおいしいです。あとでドレッシングのレシピ教えてもらえませんか?」

 

「もちろん!後でメモに書いて渡すね……こっちの焼き魚も食べてごらんよ。絶妙な漬け込み具合でおいしいよ……でも、これだったら日本酒の方が合うかな……このコークハイもおいしいんだけどね」

 

 祥鳳はサラダが気に入ったようで、川内にレシピを聞いていた。確かにこのドレッシングはよくできてるからね。

 

 そして川内はコークハイにしたみたいだけど、確かにコークハイだったらもうちょっとジャンクな感じの料理の方が合うかもね。揚げ物とか……よし。

 

 次の料理を作るために一度厨房に引っ込む。次に作るのはフライドポテトだ。正直順番としては先に出す料理のような気もするが、思いついたのだからしょうがない。

 

 なんて一人で勝手に言い訳をしながらじゃがいもを皮付きのまま櫛切りにしていく。切ったじゃがいもをさっと洗って、キッチンペーパーに挟んで水気を取ってから揚げていくのだが、まずフライパンにオリーブオイルを入れて、そこににんにくとフレッシュハーブを入れて香りを移していく。

 

 使うハーブはローズマリー・タイム・オレガノの三種類。洋食で使う頻度の高いこのあたりのハーブは常にある程度の量をストックしてあるので、贅沢にたっぷり使おう。

 

 これを弱火でじっくり過熱し、ハーブはカリッとした状態に、にんにくは茶色く色づいたら取り出して、じゃがいもを投入。かき混ぜながら揚げて火が通ったら取り出して油をきっておく。

 

 味付けは、先ほど取り出したハーブ類の堅い茎を取り除いて、葉の部分を軽く刻んで細かくしたら、塩と黒コショウを加えて混ぜ合わせハーブソルトを作る。これを、油をきったじゃがいもと一緒に大きめのボウルに適量入れて煽りながら混ぜれば、お手製ハーブソルトのフライドポテトの出来上がり。

 

 で、これはこれとして、若干オイルとハーブソルトが余ってるんだよね……んー、このハーブの組み合わせなら肉でも魚でも合うし何か焼こうか、それとも……そうだ。

 

 食材のストックと相談して使い道が決まったので、オイルを深めのスキレットに移し種を抜いた鷹の爪を入れて、弱火で温めなおす。ある程度温まったところで大きめに切ったマッシュルームとエリンギ、鳥のささみを入れて煮込んだら、ハーブ香るアヒージョの完成だ。ここにバゲット……は今日は焼いてないから、家用にストックしてあった食パンで勘弁してもらおうかな。

 

 四つ切にした食パンを軽くトーストして、表面をカリッとさせたものと一緒にアヒージョとフライドポテトを持っていく。

 

「おまたせ、フライドポテトとアヒージョだ。熱いから気を付けてね」

 

 三人の前に料理を置くと、わぁと歓声が上がった。と、そこで背後から声がかかる。

 

「あら、なんだかいい香りですね。おいしそう」

 

 声の主はほっぽちゃんたちと上に上がっていた鳳翔だった。聞くと、二人は昼間はしゃいで疲れていたのか、晩御飯を食べてしばらくしたところで寝てしまったそうで、佐渡ちゃんも今日はそのままうちにお泊りということになった。

 

「私をのけ者にしておいしそうなものを食べて……ふふっ、冗談ですよ。あの二人の楽しそうなお祭りの話を聞きながら食べる屋台料理もおいしかったですから。でも、ちょっと物足りないので私もご一緒させてもらってもいいですか?」

 

 一瞬真顔になったのでドキッとしてしまったけれど、そんな冗談を言うなんて鳳翔もすっかり慣れたもんだな。もちろん大歓迎なので、ご希望のハイボール(ちょっと濃いめ)を作ってあげて迎え入れる。

 

「ありがとうございます店長さん。さっそくいただきますね」

 

 鳳翔はそう言うと、グラスをあおってハイボールを一口。

 

「んー!おいしいですね。このフライドポテトもハーブの香りが効いていて、炭酸の刺激とウイスキーの香りによく合います」

 

 まずハイボールを味わってからポテトを摘まんで、再びハイボールをあおる。なんだか見た目にそぐわない飲み方をしているのを見て、思わず笑いを漏らすと鳳翔にも聞こえてしまったようで、赤くなってしまった。

 

「あらやだ、ちょっとはしたなかったですね」

 

「ごめんごめん、いい飲みっぷりだったよ。用意した俺としても嬉しいよ」

 

「ヘーイ、鳳翔!こっちのアヒージョも食べてみるデース!とってもdeliciousですヨー」

 

「鳳翔さん、このサラダ私が作ったんだ。食べてみてよ」

 

「こっちのたたきもおいしいですよ。お肉が柔らかくて、玉ねぎと水菜のシャキシャキ食感ともよく合います」

 

 金剛さんをはじめ口々に鳳翔に料理を勧める三人。それをほほ笑みながら見つめるミナミさん。口数はそれほど多くないけれど、どうやら楽しんではくれているみたいだ。

 

 さて、このメンツだとまだまだ食べたりないだろうし、また何か追加で作ってこようかな。

 

 




というわけでお待たせしてしまった分いつもより色々増量してお届けしました
次回以降もまた間が空いてしまうかもしれませんが
お待ちいただけると嬉しいです



お読みいただきありがとうございます


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六十二皿目:旬の味を求めて(出港)

イベントは終わってしまいましたが
やはりこの時期はこれは外せないということで、書いてみました
タイトルで(出港)とあるように何回かに分かれております



「それじゃぁ」

 

「提督さん」

 

「行ってくる」

 

「にゃ」

 

 ある日の早朝。鎮守府の港でさくらに出発の挨拶をしているのは、先日着任したばかりの村雨と、そのフォローということで妹艦の夕立。

 

 実は村雨が着任してすぐに、時雨と夕立が店に連れてきてくれて紹介してくれたんだけれど、なんというか二人とはまた違った雰囲気の子で、隣でぽいぽい言っていた妹さんと比べると、かなり大人っぽく感じられた……。そんな女の子が釣竿を持って気合を入れている。

 

 そして、迷彩模様のフィッシングウェアを着込んで村雨以上に気合十分、完全装備の響――ちょっと前に改装して『ヴェールヌイ』とかいうロシア語の艦名になったらしいけど、本人の希望もあって『響』と呼んでいる――と、なぜか大漁旗を持った多摩が並んでいる。

 

 というか多摩はどこでその大漁旗を作ってもらったんだろうか?妖精さん?そんなのも作れるのか、すごいな妖精さん。

 

 そして俺の前には、子供用のフィッシングベストに身を包んだほっぽちゃんと、そのほっぽちゃんを肩車している長門さんがいた。

 

「ヒデト!イッパイトッテクルカラマッテテ!」

 

「ははは、気合十分だな!店主殿、ほっぽちゃんの言う通り、大漁を期待して待っていてくれ。もちろん、ほっぽちゃんの身の安全はこのビックセブンが保証するのでな、安心してくれよ」

 

 いや、その辺はあまり心配していないのだけれど……。

 

 我々が何の話をしているのかというと、実はこれからこの六人で艦隊を組んで、今が旬の秋刀魚を獲りに行くことになっているのだ。

 

 で、そのなかになぜほっぽちゃんがいるのかというと、話は数日前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 数日前のモーニングタイム。その日はそれほど忙しくなかったので、例によって朝定を食べに来ていたさくらと、その隣で一緒に朝食を取っていたほっぽちゃんとちょっとした世間話をしていた。

 

「そうだ秀人、来週あたりからしばらく秋刀魚を持ってくるからメニューよろしくね。とりあえず塩焼きはマストで」

 

「なんだ藪から棒に。メニューを考えるのは良いけど、どういうことだ?」

 

「ほら、毎年この時期になると艦娘達が秋刀魚漁に行ってるって話は前にしたじゃない?一応うちからもローテ組んで漁に出すからさ」

 

 そういえば以前さくらからそんなような話を聞いたことがあった。確か今までは艦娘が獲ってきたということは伏せて、自衛軍経由で流通させてたんだったか?

 

「そうそう、今年も加工品に関しては軍が一括して作るんだけれど、ただ今回は各地の漁協と協力して生のものも流通させようという話になってるのよ。おまけに、艦娘がってことも出していこうって。まぁ、今までに秋刀魚以外の漁で似たようなことを始めたところもあるからね、特に大きな混乱はないと思うわ」

 

「ふーん、そっか。そりゃ楽しみだな」

 

「でしょでしょ。漁船を改造した輸送船も用意してあるから、この島なら十分新鮮な状態で持ってくることができるはずだからね。お刺身楽しみだわー」

 

 ま、刺身で食べられるかどうかは物を見てみないとわからないが、そういうことならちょっと色々考えてみましょうかね。

 

 とそんな感じでメニューを考え始めた俺だったが、横からほっぽちゃんが首をかしげながら聞いてきた。

 

「ヒデト、サンマッテナニ?オイシイノ?」

 

 秋刀魚にピンと来てない様子のほっぽちゃんに、検索して出てきた画像を見せながら説明する。

 

「これが秋刀魚だ。煮ても焼いても刺身でもよし。今が旬の魚だよ」

 

 すると画像を見たほっぽちゃんが「あっ!」と声を上げて得意げに話し始めた。

 

「ホッポコレシッテル!マエイタトコロデミタ!」

 

 前いたところ?海で見たことがあるってことか。確か記憶が曖昧だって言ってた気がするけど、まぁ『北方棲姫』っていうくらいだし、北の方にいたんだろうな。んで、この画像を見て思い出したと……。

 

「キラキラシテテキレイダッタ……ソウダ!ホッポモ!ホッポモサンマトリニイク!」

 

 えー……ちょっとそれは心配だなぁ……。艦娘みたいに海上を航行できるのは前に見てるし、見た目にそぐわぬ力持ちってのも知ってるけど、深海棲艦に襲われたりしたら……攻撃能力ないんだよね、ほっぽちゃん。

 

 そんな不安を小声でさくらに伝えると、彼女は笑って一蹴した。

 

「大丈夫でしょ。うちの演習に参加してもらったこともあるけど、この子かなーり強いわよ。それに攻撃能力がないっていうけど、艤装の展開はできるし、ダメージを与えられないのは艦娘相手だからで、もしかしたら深海棲艦には通じるかもしれないしね。ねー、ほっぽちゃん」

 

「ウン!ホッポツヨイ!ダカラ……オネガイ、ヒデト」

 

「ほら、かわいい子には何とやらって言うじゃない。それに、そんなに心配だったら、それなりの戦力を用意するわよ。近海に出てくるような奴らなら軽くひねれるようなメンツをね。まぁ、一人か二人は練度の低い子を入れるつもりではあるけど……そうだ、引率は長門にやってもらいましょう。あの子、ああ見えて小さい子好きだし、面倒見もいいからね……なるべく隠そうとしてるけど……」

 

 んー、さくらがそこまで言うなら……。それに長門さんが一緒に来てくれるなら安心か。彼女、ほっぽちゃんのこと好きみたいだし、きちんと見てくれるだろう。

 

「ほっぽちゃん。ちゃんとお姉さんたちの言うこと聞ける?勝手な行動しない?」

 

「キケル!シナイ!」

 

「じゃぁさくら、お願いしてもいいかな?」

 

「はーい、お願いされました。詳細が決まったら連絡するわね……じゃ、私はそろそろ仕事にいきますか。ごちそうさま、美味しかったわ」

 

 

 

 

 

……とまぁ、こんな感じのやり取りがあって急遽ほっぽちゃんも秋刀魚漁に同行することになったというわけだ。

 

「では長門さん、ほっぽちゃんの事よろしくお願いしますね。それと、これ。道中みんなで食べてください」

 

 そういいながら長門さんに大きなバスケットを渡す。中身はおにぎりやサンドイッチなどの簡単に食べられるようなお弁当だ。おかずには唐揚げや玉子焼きなんかの定番料理を入れてあるが、どんな状況で食べるかわからなかったので楊枝で食べられるようなものでまとめてある。

 

「む、これはもしかして店主殿特製の弁当ではないか?先日金剛から話を聞いて是非食べてみたいと思っていたのだ。ありがたく頂くとしよう」

 

 長門さんは俺からバスケットを受け取ると大事そうに抱えて、さくら達の方へと向かっていった。そこで一言二言言葉を交わすと、いよいよ出港ということで堤防から海面へと降り立つ。

 

 そういえば、艦娘の皆は鎮守府で艤装を装備してから出てきたけれど、ほっぽちゃんはうちから一緒に来たので、当然そんなものはない。彼女の持ち物といえばお気に入りのかわいらしい水筒――今日は北へ向かうということで、ホットのロイヤルミルクティーが入っている――だけだ。

 

 まぁ、ほっぽちゃんも艦娘と同じように航行するだけなら艤装は必要ないらしいのだが、このまま行くのだろうか?と疑問に思っていると、ほっぽちゃんは長門さんに何やら耳打ちしてから肩の上で立ち上がった。いったい何を……と思ったのもつかの間、どこかで見たようなヒーローよろしく「トゥッ!」と掛け声一声、長門さんの肩からジャンプした。

 

 空中へと躍り出たほっぽちゃんは、そのままくるりと宙返りしたかと思うと、きらきら光る謎の粒子に包まれて、着水した時には右腕に何やら仰々しい滑走路?のようなものを装着していた。え?何その変身、かっこいい。

 

 この姿は初めて見たが、普段のほっぽちゃんの姿からは想像できないような禍々しさもあって、改めて彼女が深海棲艦だったことを思い出したのだけれど、肩から下げた水筒とのギャップに思わず笑ってしまった。

 

 ほっぽちゃんは肩を回したり、軽く体を動かして具合を確かめると、こちらに向いて大きく手を振ってきた。

 

「ヒデトー!ドウ?カッコイイ?」

 

「ああ、かっこいいよ。なんだか強そうだ」

 

 ほっぽちゃんの問いかけに親指を立てながらそう返すと、彼女はちょっと照れ臭そうにしながらも「イッテキマス」と再度手を振り、艦隊へと加わっていった。

 

 いよいよ出発か。行ってらっしゃい、がんばってね。

 

 

 

 

 ……と、いうわけで、秋刀魚漁艦隊が出港して数時間後、午前中の営業を終えた俺は、店の裏庭で、ある艦娘と向き合っていた。

 

「マスター、休憩時間なのにごめんね。よろしくお願いします」

 

「おう、よろしく時雨。それで今日は魚の焼き方だったか?つか、もしかしなくても秋刀魚だよな」

 

「ご明察……っていうには簡単だったかな。あの二人が帰ってきたら美味しく焼いてあげたくてね、マスターに教えてもらおうと思ったってわけさ」

 

 やっぱりね……というか、このタイミングで言われたらわかるよな。

 

 で、今回時雨から相談を受けて、何で焼いてもらおうか色々と考えた。手軽さを考えるならガスレンジの魚焼きグリルや、後片付けも簡単なフライパンなんだけど、やはり焼き魚の一番おいしい食べ方といえば炭火焼だろう。それにうちの店でも焼き台は炭を使っているから俺も使い慣れているしね。

 

 ってことで用意したのが角形七輪だ。通常七輪と聞いてイメージする丸型ではなく、長方形のもので、魚を焼くならこのタイプがいいからね。

 

 実はこれ、店で使うかもしれないと思って買ったはいいものの、焼き肉屋のような高性能な排煙装置がない客席で使うわけにもいかず、かといって厨房では焼き台を使えばいいので、結局気が向いたときにプライベートで使う程度だ。ただ、そのおかげで慣らしは済んでるし、使い方も把握している。

 

 それに、同じものではないが、似たような角形七輪が鎮守府にもあるということも確認済みだ。これを買う時にさくらに相談したんで、大方うちのを買うときに一緒に買ったんだろうが……聞く限りでは碌に使ってないみたいだけど。

 

 さて、いよいよ焼き始めるわけだけれども、今回は休憩時間にやってるってこともあって時間があまりないので、火熾しは割愛させてもらおう。なので、厨房からすでに火が付いた炭を持ってきてセッティングする。一応後で説明はするけれど、炭火を熾すのに必要なのは時間と根気だから時雨なら心配ないだろう。

 

「ふふっ、やっぱり炭火は温かみがあっていいね」

 

 俺が七輪をセッティングしている横で、手をかざしていた時雨がそんなことをつぶやく。うんうん、それもまた魅力の一つだよね。と、ほほを緩ませていると、勝手口から祥鳳が今日の食材を持って出てきた。

 

「店長さんお待たせしました。鱗とワタとれましたー。塩も教えてもらった通りに。」

 

「ん、ありがとう。そこの台の上に置いておいてくれるかな」

 

 祥鳳に持ってきてもらった今日の主役は『本カマス』だ。これは細長くて秋刀魚っぽい……ってだけではなくカマスも今の時期が旬で、脂がのったものを塩焼きにするとこれまた格別なんだよね。

 

「マスター、この魚は?」

 

「これはこの辺でとれるカマスって魚だ。白身で柔らかく淡白な肉質で、この時期は脂がのっててうまいんだ」

 

「へー、さっき祥鳳さんが言っていたけど、塩はもう振ってあるのかな?」

 

「あぁ、焼く三十分前くらいに振ってなじませておくのがいいかな。これくらいの高さからまんべんなくね」

 

 そういいながらカマスの三十センチくらい上で手を振るジェスチャーを行う。時雨もそれを見ながら真剣な表情でメモを取っていた。

 

 続いて取り出したのは焼き網。今回は初心者の時雨でもやりやすいように二枚合わせの挟み込むタイプの焼き網で焼くことにする。これを時雨に手渡して、いざ調理開始だ。

 

「ではまずこの網に軽く油を塗って、皮がくっつきにくいようにしてから秋刀魚を乗せて、軽く挟む。で、盛り付けるときに表になる方を下にして七輪の上に置く」

 

 俺の説明に合わせて横で時雨が作業を始める。七輪に網を乗せたところで、時雨が「次は?次は?」というような表情でこちらを見てきた……次はね……。

 

「待つ」

 

「待つ?……だけ?」

 

「まぁ、一応炭の様子を見ながら、あんまり脂が落ちて火が上がるようなら手を入れなきゃいけないんだけれど、基本的には待ちだな。ちょこちょこ触ると身崩れするし、ひっくり返すのは原則一回だけ」

 

「それは……ちょっと不安だね」

 

 まぁ、慣れてないとちゃんと焼けてるかどうか不安だよな。

 

「目安としては秋刀魚の目が白く濁ってきたらかな。最悪この挟むタイプの奴なら身崩れしにくいから、持ち上げてちらっと覗くのはアリだよ」

 

 俺のその言葉に時雨は「なるほど」と小さくつぶやき、視線を七輪へと戻した。それからはしばらく「パチリ」と炭が爆ぜる音と、脂が落ちて立てる「じゅぅっ」という音だけが流れる。この間に俺は祥鳳に目配せをして、あるものを作ってきてもらう。

 

「そろそろだろうか?どうかな、マスター」

 

「うん、いいんじゃないか?それじゃあひっくり返してみて」

 

 俺のGOサインに時雨は一度頷くと、一思いに網をひっくり返した。

 

「うわぁ、皮がパリパリなのが見ただけでわかるね。でも、ちょっと焦げちゃった?」

 

「いや、いい感じだ。この色を覚えておいてね。裏側はさっきより短めに焼いていこう。大体表が六から七割裏が四から三割なんて言われているかな」

 

 そのまましばらく火を通して、俺が見ててもそろそろかなといったところで時雨が顔を上げてこちらを見た。それに頷きで応えると、時雨が軽く網を持ち上げて下から覗き込んで焼き加減を確かめたので、俺も彼女の横にしゃがみこんで一緒になって覗いてみた。

 

「マスター!」

 

「あぁ、うまそうだ」

 

 嬉しそうな顔でこちらを見てくる時雨にそう言葉をかける。と、そのタイミングで祥鳳もお盆を手に戻ってきた。

 

「あら、その表情はうまく焼けたみたいですね。では、時雨さんが焼いたお魚でお昼にしましょう」

 

 祥鳳に作ってきてもらったのは塩むすびと味噌汁だ。これと炭で焼いた旬の魚……最高だな!

 

「さぁ時雨、冷めないうちに食べよう。やっぱり焼き立てが一番だからね」

 

「うん!祥鳳さんもありがとう」

 

 木製のちょっとした台をテーブル代わりに、早速いただくことにする。ここはやはり時雨から食べてもらうことにしよう。

 

「いいのかい?それじゃ遠慮なく……」

 

 時雨は手をぬぐっていたおしぼりを箸に持ち替えて、カマスへと伸ばした。

 

「うわっ、おいしい。パリパリの皮とフワフワの身がなんとも言えないね。塩加減もちょうどいいし……旬だからかな、脂ものっててとてもジューシーだ。僕でもこんなにおいしく焼けるなんて、炭と……教えてくれたマスターのおかげかな」

 

「ま、炭の力もあるだろうが、時雨が頑張ったからさ。炭で焼くのは結構難しいからな……うん、本当にうまく焼けてる。なぁ、祥鳳?」

 

「ええ、美味しいです。私も頑張らなきゃいけませんね」

 

「艦隊が返ってくるまで何日かあるんだよな?出来たらもう一・二回練習すればばっちりだろう」

 

「そうだね、今度は鎮守府の皆にふるまってみるよ……皆たくさん食べるからね、練習には事欠かなそうだ」

 

 そう言って笑顔を見せた時雨を見て、俺たちも一緒になって笑った。

 

 それにしても、秋刀魚か……楽しみだな。

 




はい、秋刀魚です
最初は出港だけで終わらせるつもりだったのですが、ちょっと短いかなと思ったので
急遽時雨に七輪での焼き方を覚えてもらいました
限定グラを見ているうちにふと思いついたので

それと、ほっぽちゃんの攻撃云々に関しては、
艦娘と深海棲艦の長ったらしい独自設定解説をするのもあれなので
そういうものと思っていただければ……

では、また次回……
お読みいただきありがとうございます


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六十三皿目:旬の味を求めて(和食編1)

お待たせしました
リアルの方では旬は過ぎてしまいましたが、作中はまだまだ盛りということでひとつ……


 秋刀魚艦隊が出港して数日後、さくらから連絡があった。どうやら明日の明け方彼女たちが帰ってくるらしいのだ。

 

さくらから聞いたところによると、今回の漁はかなりの大漁だったという連絡があったらしく、すでに漁協の方にも連絡して今日のうちから受け入れ体制を整えるそうだ。加工場の方もフル稼働させるということで、漁業関係者はそれはもうテンションが上がっているらしい。

 

 そこで俺もなにかできないかということで、港の食堂のおっちゃんやおばちゃんらと連絡を取って温かいものを準備して彼女たちの帰港を待つことにした。寒い中で準備している漁師のおっちゃん達も大勢いるしね。

 

 というわけで、俺と隣にいるおばちゃんの前にはでっかい寸胴が火にかけられている。

 

 おばちゃんの方はすでに店で作った自慢のもつ煮を持ってきているが、俺の方はこれから調理に入る。

 

 ……で、そのメニューなんだけれど、今日は豚汁仕立てのすいとんを作ることにした。

 

 『寒いときの炊き出しといえば豚汁だろう!』という安直な考えだったのだけれど、それに加えて艦娘のみんながお腹空いてるだろうと思い、すいとんを追加したというわけだ。

 

 ただ、すいとんに関しては戦中戦後の苦しい時期を思い出してしまうのではないかと一瞬ためらったのだけれど、祥鳳に聞いてみたら「それはあるかもしれませんが、大丈夫ですよ」と笑顔で返してくれたので、入れることに決めた。まぁ、それだけ自信満々に言う根拠は教えてくれなかったけれど、祥鳳が言うなら大丈夫なんだろう。

 

 というわけで、早速調理を始めよう。

 

 まずは鍋に油を熱したところで適当な大きさに切った豚バラを投入。ある程度火が通ったところで玉ねぎ・里芋・にんじん・ごぼうを入れて更に炒める。

 

 んー、流石にこの量はなかなかしんどい……。

 

 冬の明け方、しかも港ということでそれなりに寒いのだけれど、そこそこの重労働と業務用の野外コンロの火のおかげで軽く汗ばみつつ具材を炒めていく。

 

 全体に油が回ったところでこんにゃくを加えてさっと炒め合わせたら、店で引いてきた出汁を入れて煮込んでいく。

 

 丁寧にアクを取りながらしばらく煮込んだら、味噌を溶き入れて豚汁は完成だ。そして今日はここに小麦粉で作ったすいとんのタネを流し入れて、更に煮込んでいって出来上がり。

 

 ちょっと味見をしてみたけれど、なかなか美味しくできたんじゃないだろうか。あとはお好みで七味とバターも用意してある。唐辛子の効果で更に体が温まるし……豚汁にバターって美味しいよね。

 

 豚汁が完成して、食堂のおばちゃんとしばらく世間話をしていると、にわかに岸壁のほうが騒がしくなってきた。おっ、帰ってきたかな?

 

 海の方を眺めてみれば、夜明け前に薄明かりの中に艦隊らしき影が見えてきた。あの先頭で大漁旗を掲げているのは……多摩か。

 

 程なくして艦隊が着岸。するとすぐに輸送船から大量のさんまの水揚げが行われる。基本的には港で待機していた漁師さんたちにお任せなのだが、何人かの艦娘も作業を手伝っている。

 

 そんな中で、ほっぽちゃんは長門さんに促されて一足先にこちらに走ってきていた。

 

「ヒデトー、タダイマー!サンマイッパイトレタ!」

 

 俺のところに飛び込んできたほっぽちゃんを抱き上げると、嬉しそうにそう報告してきた。そっかそっか、良かったね。

 

 抱き上げたほっぽちゃんの体は冬の海を航海してきたせいで冷えてしまっていたので、持ってきていたアウターを着せて、バターをひと欠け落とした豚汁を手渡す。

 

「熱々だから温まるよ」

 

「オー!アツアツ!フゥ、フゥー……ンー……ウマイ!」

 

 ふふふ、相変わらず表現はアレだけれど、この表情を見るとホント用意してよかったと思うよ。

 

 美味しそうに豚汁をすするほっぽちゃんを眺めていると、他の艦娘たちもやってきた。あ、でも、長門さんは……まださくらと一緒に漁協の会長さんと話してるな……なんだかこっちをチラチラ見てるのは……気のせいだろう。うん。

 

「店長さんただいまー!秋刀魚いっぱいとれたっぽい!今夜は秋刀魚パーティーしましょ?」

 

「秋刀魚パーティーって、夕立あなた……でもほんとにたくさん取れたわね。店長に料理してもらうのが楽しみだわ〜」

 

 前もってさくらから聞いていたから、今日は閉店後にこの子達を招いて秋刀魚づくしの食事会を開く予定ではあったけど……秋刀魚パーティーね……まぁ、なんとも夕立らしい表現だな。その証拠に、たしなめる村雨も笑顔だ。もっともその笑顔は秋刀魚が大漁だったということも理由の一つなんだろうけど。

 

 村雨・夕立姉妹と話をしていると、横で大漁旗を抱えながらもつ煮を頬張っていた多摩が質問してきた。

 

「そういえば、今日は何時くらいに行ったらいいのかにゃ?長門さんからは一度仮眠を取って休んでから集合って言われてるんだけど、時間までは指定されていなかったにゃ……それと、豚汁一杯もらえるかにゃ?」

 

 あー、時間か。一応今日も通常営業があるからな……この子達にはゆっくり楽しんでもらいたいし、閉店後に貸し切りにしようか。そのほうが休む時間もたっぷり取れるだろうしね。

 

「というわけで、閉店後でよろしく。それまでにバッチリ準備しておくからさ、長門さんにも伝えておいてよ……はい、豚汁」

 

「了解したにゃ。ふっふっふ……多摩たちが獲った秋刀魚……楽しみにゃ……はー、豚汁染みるにゃー」

 

 くふふと笑う多摩の横では響も大きく頷いている。そしてその手には豚汁が……って、やけに赤いけど、どんだけ唐辛子入れたのさ。

 

 そんなに入れて食べられるの?……そっか、美味しいんだ……それは良かった。

 

 それからしばらくみんなと話をしていると、椅子に座って豚汁を食べていたほっぽちゃんがこっくりこっくりと船を漕ぎ始めたので、先に連れて帰ることにした。

 

 まだ豚汁もたくさんあるし、仕分け中の漁師さんたちにも振る舞うつもりでいたのだけれど、おねむモードのほっぽちゃんを見かねた食堂のおばちゃんが「こっちは私らで大丈夫だから、連れて帰って寝かせてやんな」と言ってくれたので、後日鍋を取りに来る約束だけしてお言葉に甘えることにした。

 

 と、そんな話をしている間にすっかり寝息を立て始めたほっぽちゃんをおんぶして、家に帰ることにする。お疲れ様、ほっぽちゃん。

 

 

 

 

 そんなお出迎えをした明け方から十数時間。特に何ということもなく日中の営業を終えて、閉店を迎えた……あぁ、そういえば今朝の艦隊の帰港は島中の話題になっているらしく、秋刀魚を楽しみにしているお客さんがたくさんいたなぁ。

 

 明日からうちでも通常営業向けに入荷する予定だし、島内の他の店でも取扱いが始まるはずだ。それに、漁自体も今回の艦隊を皮切りに、定期的に計画されている。もっとも、漁に行くにも艦娘の護衛が必要なのは変わらないので、一般の漁師が自由にというわけには行かないのだけれど……。

 

 それでもここ数年は漁に出られていなかったことを考えると、弥が上にもテンションが上がるというものだろう。

 

 何はともあれ、今日は初物で秋刀魚パーティーだ。今回の漁が決まってから、何を作るかいろいろ考えていたのだけれど、折角の初物ということで、今日は和食で攻めようと思っている。

 

「店長さん、私まで一緒にいただいてもよろしいのでしょうか?」

 

「いやいや、これだけ色々手伝ってくれてるのに、ここでじゃあさようならとか言ったら怒られちゃうよ」

 

 準備を手伝ってくれている祥鳳が、ふと手を止めてそんなことを聞いてきたので、割と真剣に否定しておく。

 

 今夜のパーティーは、初めての秋刀魚漁を頑張ってきた艦隊のみんなへのご褒美というのはもちろんなんだけど、せっかく手伝ってくれてるんだし、それくらいの役得はあってもいいじゃない?

 

 ……なんて感じのことを祥鳳達と話しながら準備を進めていると、店の外がなんだか騒がしくなってきた。どうやらみんなが来たみたいだな。

 

 ただ、ほっぽちゃんがまだ降りてこない。夜になったら降りてくるように言ってあるんだけど、まだ寝てるのか、起きたけど上でゴロゴロしてるのか……。悪いんだけど、祥鳳に頼んで連れてきてもらおう。

 

「お邪魔するぞ、店主殿。今日はよろしく頼む」

 

「さっんまー、さっんまー」

 

「ぽっぽぽぃー、ぽっぽぽぃー」

 

「多摩さんも、夕立もちょっとはしゃぎすぎじゃない?ねぇ、店長?」

 

「ズドラーストヴィーチェ、マスター」

 

 みんな楽しみにしてくれていたみたいで、俺も嬉しいよ。それに今日は特別ゲストも呼んでるからね。期待していてもらおう。

 

 それからすぐに祥鳳がほっぽちゃんを連れてきてくれたので、早速秋刀魚パーティーを始めよう。

 

 みんなに席についてもらってとりあえず飲み物を配ったところで、早速一品目のお造りから提供していく。

 

 三枚におろして丁寧に骨を抜いて皮を引き、飾り包丁を入れて大きめに切ったシンプルなものと、もう一つ、斜に細長く切ったものに千切りの大葉・おろし生姜・すりごまをあえたものの二種類を用意した。

 

「さぁ、最初はやっぱりコレってことで、お刺身でどうぞ。こっちは生姜をもとから和えちゃってるけど、そっちはお好みでつけて食べてね」

 

 そして、長門さんの前にはみんなとは別に薬味皿に入れたとあるタレを置く。

 

「む?店主殿、これは?」

 

「きっと長門さんなら気に入ると思うから、ちょっとそのタレで食べてみてください」

 

「ふむ、そういうことならいただこうではないか…………んっ!これは!?……この苦み……もしかして肝を使ってるのか?うん、うまい。これは日本酒が進みそうだな」

 

 長門さんご名答。これは秋刀魚の肝を使った肝醤油。下ごしらえで取り出した肝をよく洗い、アルミホイルに乗せて、オーブンで軽く焼く。それを染み出た脂ごと裏ごしして、醤油と煮切り酒で伸ばして、最後におろし生姜のしぼり汁を少量加えて作ったものだ。

 

 焼いたことで出た香ばしさと、肝ならではの苦み、うま味がさらに刺身の味わいを深くしてくれる。そして長門さんが言うように、これは日本酒によく合うのだ。

 

 というわけで、長門さんには日本酒をご提供。燗酒を口に含んだ時に広がる、肝と酒の香りを楽しむのもいいが、今回は冷でいってもらおう。口の中の脂をさっぱりと洗い流してくれるので、この時期の脂ののった秋刀魚を飽きることなく楽しめるからね。

 

 そして、この肝醤油なんだけど、やっぱりほかの子たちには早かったみたいだ。夕立とほっぽちゃんはあからさまに顔をしかめているし、魚好きの多摩は食べられるけど普通の生姜醤油の方が好みって感じかな。

 

 さて、みんな楽しんでくれてるみたいだし、間を空けないように次の料理を持ってこよう。

 

 次は揚げ物、季節の天ぷら盛り合わせだ。秋刀魚をメインに、これも今が旬のキノコ類から舞茸とエリンギ、そしてちょっと意外かもしれないが、えのきを使って人参とかき揚げにしてみた。あとは秋の天ぷらとして外せないさつまいもと銀杏を揚げて盛り合わせる。

 

 本来なら一人前ずつきれいに盛り合わせるんだろうけど、うちはそんな堅苦しい店じゃないしね、大皿に盛り付けて持っていく。

 

「はい、次は天ぷら盛り合わせですよー。塩・醤油・天つゆ、好きなのでどうぞ」

 

「いただくにゃ……うー、揚げたてサクサク。秋刀魚はふんわり……お塩がよく合って美味しいのにゃ」

 

「村雨はこのかき揚げ好きかも。天つゆでしっとりしたのがちょっと……んーん、かなりいい感じ!」

 

「このさつまいももなかなかだよ。ほくほくした食感と、醤油をかけたときの甘じょっぱいのが癖になるよ……ハラショー」

 

 それぞれ好みの味付けでおいしそうに食べてくれて、俺も思わずにやけてしまう。そして、さっきから静かなほっぽちゃんと夕立は……うん、そっとしておこう。

 

 さて、それじゃぁそろそろメインに……いや、今日は秋刀魚料理全部がメインなんだけど、その中でもメイン中のメインをお願いしますか。

 

 すでにさっきから並行して作り始めているので、そろそろ出来上がるはず。そう思ってちょこっと厨房に行ってから、祥鳳と二人でホールへ戻り、長門さんたちの隣のテーブルに座る。

 

 長門さんたちは不思議そうな表情でこっちを見ているが、もう少し秘密にしておこう。すでに知っているほっぽちゃんも空気を読んで黙っててくれてるしね。

 

 すると、それほど間を置かずに厨房の方から声が聞こえて、お盆を手に一人の艦娘が姿を見せた。

 

「お待たせ。マスターに教わって焼いてみたんだ。僕としてはうまくできたと思うんだけど……」

 




お待たせいたしました
秋刀魚艦隊が帰ってきました
前書きにも書いたようにリアルの方ではもう旬は終わってしまいましたが
作中では一番おいしい時期ということでお願いします。

そして、最後に特別ゲスト(バレバレ)が一言だけ登場して
次回につながりますが、次回はもっと早く投稿できる予定です

そして、この場を借りて一言
皆様の応援のおかげで、初投稿から一年(12/2)が経ちました。
本当にありがとうございます。
これからも少しづつではありますが、投稿を続けていきたいと思ってますので
どうぞよろしくお願いいたします。



お読みいただきありがとうございます


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六十三皿目:旬の味を求めて(和食編2)

前回に引き続き、秋刀魚ネタ和食編です


「あー!時雨なんでいるの!?今日は鎮守府に行ってて帰りが遅くなるって、予定表に書いてあったっぽい!」

 

 夕立が思わず立ち上がってそう言ったように、厨房から出てきたのは時雨だ。

 

 せっかく先日練習したので、今日の塩焼きは時雨に焼いてもらった。そして、このことはサプライズということで、一緒に住んでいる夕立たちにバレないように、今日の行動予定を鎮守府出勤ということにして、みんなが仮眠を取っている間に家を出たのだと、店についたときに話してくれた。

 

 さて、そんな時雨なのだが、大げさな夕立の反応に苦笑しながらも、サプライズのことを説明しながら秋刀魚の塩焼きを配膳している。

 

 身の焼き加減は箸を入れてみないとわからないが、少なくとも見た感じはいい感じの焦げ目がついていてとても美味しそうだ。

 

 かつては秋刀魚の塩焼きに大根おろしで作った猫を添えるのが流行っていたことがあったけれど、今回横に添えられた大根おろしが子犬を模しているのは、時雨なりの遊び心だろう。犬にしたのはやっぱり夕立が犬っぽいからかな?……うん、実に可愛らしいね。

 

 そして、聞いたところうちでの練習以来、鎮守府の方でも七輪を使って練習していたらしいから、炭火の扱いも大分慣れただろう。真面目な時雨のことだから、おそらく焼き加減もしっかり仕上げてきているに違いない。

 

 と、眺めていても仕方がないので、早速いただくことにしよう。あちらのテーブルでも「おいしそう」「時雨すごーい」「ハヤクハヤク!」と待ちきれないような声が聞こえてくる。そんな声に時雨が笑顔で「召し上がれ」と返せば、それぞれが秋刀魚に箸を差し入れた。

 

 ……訂正しよう。一人だけ箸を手にプルプルしているお方がいる。彼女の視線の先を見ると、白い子犬を茶色いぶち模様の子犬に変えたところまでは良かったのだが、その可愛さにやられてしまい、崩せずにいるようだ……。

 

 かわいい物好きとは聞いていたけれど、まさかここまでとは……長門さん……。

 

「さすが時雨ね。塩加減も、焼き加減もばっちりよ」

 

「うんうん。美味しいっぽい!」

 

「ふふっ。気に入ってもらえて良かったよ……長門さんは、どうかな?」

 

 姉妹二人に褒められたのが嬉しかったのか、笑みを深める時雨。そして、いまだに箸を伸ばしては引っ込めてというのを繰り返している長門さんに声をかけた。

 

「あっ、いや、いただくとしよう」

 

 時雨の言葉に覚悟を決めたのかと思ったら、とりあえず大根おろしは置いておいて、秋刀魚を口に放り込んだ。

 

「むっ、パリパリの香ばしい皮に、ふんわりと焼けた身……塩加減も絶妙だな。うん、うまいぞ」

 

「それは良かった。大根おろしと一緒だともっと美味しいと思うんだ。試してみてよ」

 

「う……うむ。善処しよう……」

 

 あらら、長門さんの様子にしっかり気がついていたようで、時雨が一言釘を刺した。時雨ちゃん、何気にSっ気があるのね。

 

 うまいうまいと一心に食べている多摩とほっぽちゃんは放っておいて……というかほっぽちゃんさっきから「ウマイ」しか言ってなくない?まぁ喜んで食べてくれるのはうれしいんだけどさ……て、俺たちもいただこうか、祥鳳。

 

 ……うん、美味い。みんなが言ってるように焼き加減もちょうどいいし、塩加減もいい感じだ。向かいで食べている祥鳳も「美味しいですね」と笑顔を見せている。その俺達の様子を見て、時雨も胸をなでおろしている。

 

 よし、それじゃ今日のメインイベントも無事にこなせたということで、次の料理は時雨も一緒にこっちで食べてもらうことにして、俺は一旦厨房へ引っ込む。

 

 とは言っても、料理自体はもうできているので、後はよそって持っていくだけだ。

 

 祥鳳にも手伝ってもらいながら盛り付けたのは、秋刀魚の炊き込みご飯とつみれ汁のセット。今日の炊き込みご飯は秋刀魚と生姜のみというシンプルな具材で構成した。作り方も簡単で、下ごしらえをした秋刀魚を一度焼いてから、生姜・出汁・醤油・酒を合わせた米の上にのせて炊くだけ。一度焼くことで、香ばしさがプラスされ、臭みも消えるのでおすすめだ。

 

 ちなみにこれは他の魚の炊き込みご飯……例えば鯛めしなんかでもやるのだけれど、焼くと焼かないとでは味わいががらっと変わってくる。

 

 そして今回使った出汁は今日の調理中に出た秋刀魚の中骨を炙ったものと、昆布を使って取った合わせ出汁だ。これで更に秋刀魚の旨味が濃くなっている。

 

 この炊き込みご飯は土鍋で炊いて蒸らしておいたので、このまま持っていこう。 

 

 もう一つのつみれ汁はお椀によそって持っていく。これは炊き込みご飯にも使った出汁に三枚におろした秋刀魚の身と、塩・酒・片栗粉・生姜で作った秋刀魚のつみれを浮かべて作ったもので、味付けは薄口しょうゆを少量垂らしただけのすまし汁仕立てだ。最後に白髪ねぎをお椀に盛ってみんなの前に。

 

「マスター、この土鍋はもしかして……」

 

 料理をみんなの前に持っていくと、真っ先に反応したのは響だった。響は雷と一緒に住んでいるせいか、自分で料理をすることはあまりないらしいのだけれど、知識は豊富らしく雷に色々とリクエストをすることもあるのだそうだ。そんなわけで土鍋を見てピンとくるものがあったのだろう。

 

 その証拠に、ずいっと身を乗り出して土鍋に顔を近づけている。ちょっと行儀はよろしくないけれど、香りを楽しむつもりなのだろう。

 

 そんな響の行動に、なんの料理か気がついた子も、まだわからないでいる子も、みんなが身を乗り出してきたところで土鍋の蓋を勢いよく開けると、それまで閉じ込められていた香りが湯気と一緒に一気に立ち上った。

 

「おー!いい香りだにゃ!」

 

「かなーり美味しそうよ、これ」

 

「ううむ、匂いだけで美味しいのがわかってしまうな」

 

 そんなみんなの歓声を浴びながら湯気の中から現れたのは、ほんのり色づいたホカホカご飯と、その上に横たわる秋刀魚が三尾。このサイズの土鍋だとちょっと多いかもしれないけれど、今回は秋刀魚マシマシで作ってみた。

 

 『はやくよそれ』と言わんばかりのみんなの視線を尻目に、最後の仕上げとして秋刀魚の身を丁寧に骨から外し、さっくりとご飯と混ぜ合わせる。

 

 土鍋の底からこそげるように混ぜていくと、中から現れたおこげに再び歓声が湧いた。

 

「ヒデト!オコゲ!オコゲ!」

 

「はいはい、じゃあほっぽちゃんはこれね」

 

「ヤッター!イタダキマス!」

 

 なんでか知らないけど、子供っておこげが好きだよね……そんなことを思いながらほっぽちゃんにおこげ入りを手渡したあと、他の子たちの分もよそっていく。そして、手に渡った子から順に箸をつけていくと、みんなの口からは「ほぅ」というため息がこぼれていくのが聞こえた。

 

「ハラショー。このご飯はいいね。お米にもしっかり秋刀魚の味が染み込んでいて、とっても美味しいよ」

 

「これは出汁も秋刀魚で取ったのかにゃ?いい感じだにゃ」

 

「このつみれ汁も秋刀魚っぽい!ふふふ、おいしー」

 

 このご飯セットも気に入ってくれたみたいで良かった。今回は秋刀魚だけで炊き込んだけれど、普通の炊き込みご飯みたいに根菜類を入れてもいいし、個人的にはきのこをたっぷり入れるのが好きだったりするんだよね。店で出すときにはそうするつもりだし。

 

 とまぁそんな感じで、秋刀魚パーティーの最後のメニューも無事提供し終わり、満足いくまで食事を楽しんでもらったところで、今日のところはお開きとなった。

 

「さて店主殿、そろそろお暇しようかと思うのだが、最後に一つだけ言っておこうと思う……朝の豚汁うまかった。今後もあまり細かいことは気にせずに、うまいものをたくさん作ってくれ……よし、それじゃ皆帰投するぞ」

 

 その長門さんの一言でそれぞれ別れの言葉を口にしては席を立つ。

 

 見透かされていたのか、祥鳳から聞いたのか……どちらにしろ、別れ際にそんなセリフを言い残していくなんて……イケメンだなぁ。

 

 すると、長門さんたちを見送った後で祥鳳がそっと近寄って話しかけてきた。

 

「ね、店長さん。言ったでしょ?大丈夫だって。みんな今を生きているってことなんですよ。そしてうちの鎮守府にいる何人かは、そのことを店長さんから教わってるんですから。もっと自信を持ってくださいな」

 

 そっか、俺が気にしすぎてただけなのかな。というか、祥鳳のセリフで思い出した。今までにも何回かかつての艦の時代を思い出させるような料理はしてきてるんだよな。そう考えると今更な気もするし、みんな強いんだなぁと感心もする。

 

 よし、それじゃ長門さんの言うとおり、これからも頑張って美味しいものを作っていきましょうかね。

 

 取り急ぎは明日からの秋刀魚メニューだな。一応今日出したような和食以外にも洋食でも色々考えてるし、がんばりますか。 

 




これで和食編は終了です
後、洋食メニューをいくつか紹介したいのですが
クリスマスと年末年始が控えてるんですよねぇ……
どうしたものか……

というかやはり登場人物が多くなるとうまく特徴を出すのが難しいですね
もっと精進せねば……と思った回でした


お読みいただきありがとうございます


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箸休め14:ある日の深海少女

本年最後の更新はちょっと短いですが
あの深海少女視点での箸休めをお送りします
幼女の方ではなく少女(なのか?)の方です



 

「ラーララー、ラーララー……」

 

 海岸通りの堤防の上をある女の子が歩いていた。手を広げて、最近覚えたばかりの歌を口ずさみながら、楽しそうに。

 

 すると、それを見つけた島民の女性が声をかけた。

 

「おーい、ミナミちゃん。お昼まだでしょ?新商品作って見たんだけど、試してみる気はないかい?安くしとくよ」

 

「アリガトーオバチャン。アトデイクワネー」

 

「あいよ、待ってるからね」

 

 そんな会話を交わして『オバチャン』と呼ばれた女性は去っていった。そして残された女の子……ミナミこと南方棲鬼はひょいと堤防から飛び降りると、再び歌いながら商店街の方向へと歩き始めた。

 

 彼女がこの島へ来てからしばらく経ったが、その間何をしていたかと言うと、鎮守府に紹介してもらった島内活動任務ーー艦娘達はお手伝い任務と呼んだりもしているーーをこなして報酬を得ながら、島民達との関係を深めていった。その結果、今では先程のように気軽に会話を交わす仲になったというわけだ。

 

 また、深海棲艦の力の源である負の感情から開放された彼女は、艦娘を撃沈させられるような攻撃はできなくなったものの、基本性能はそのままに、艤装の運用と演習弾の装備はできるので、ときおり艦娘達の演習にも駆り出されていた。

 

「オバチャンノミセノサツマアゲハオイシイカラ、タノシミダワー」

 

 そんなことをつぶやきながら歩いていると、いつしか彼女の思考は先日食べた『美味しいもの』のことに移っていった。

 

(ソウイエバ、ナンニチカマエニヒデトノミセデタベタ、サンマトカイウサカナモオイシカッタワネ)

 

 艦娘たちによる秋刀魚漁も定期的に行われるようになり、入荷が安定したことで秀人の店でもいろいろな秋刀魚料理が出されるようになっていた。

 

(ナンダッタカシラ?マリネ?サッパリシテイテイクラデモタベラレソウダッタワ)

 

 まず彼女が思い出したのは秋刀魚のマリネ。三枚におろして塩を振ってしばらく置いたら、水気を拭き取り白ワインビネガーに漬ける。5分ほど浸した後、皮を引いてレモンスライスで挟み込んだら2・30分冷蔵庫で寝かせる。最後にそぎ切りにして皿に並べて玉ねぎスライス・ケーパー・刻みパセリを乗せて、オリーブオイルを回しかければ完成だ。

 

 彼女が言うようにビネガーとレモンの酸味と香りが、脂の乗った秋刀魚をさっぱりとさせてくれて思わず口に運ぶ手が止まらない一品である。おまけにワインにも合うということで、初めて秀人の店で酒を飲んで以来、すっかり飲ん兵衛になってしまった彼女にはたまらないものだったようだ。

 

(アトハナントイッテモパスタカシラ。アレモオイシカッタワ)

 

 続いて頭に思い浮かべたのは秋刀魚のパスタ。このとき秀人が作ったのはトマトソースだった。

 

 三枚におろして適当な大きさに切った秋刀魚の身としめじに、にんにくの香りを移したオリーブオイルで焼き色をつけたところにいつも使っているトマトソースを合わせ、そこへ茹で上がったパスタを絡める。

 

 秀人にしてみれば簡単に仕上げた一品だったが、もともとトマトと青魚との相性がいいので、あまり奇をてらわずとも旨味あふれるものが出来上がる。

 

(オサケモオイシイシ、ソレニコノマエノクリスマストイウイベントモ……ホント、コノシマニツレテキテクレタヤマトニハカンシャシテモシキレナイワネ)

 

 そんなふうに今まで食べて来たものを思い出すと、今こうしてのんびりと過ごせていることがとてもありがたく思えてきた。

 

 鹵獲されたときはこれで終わりかと、ある種諦めと安堵が入り混じった感覚を覚えた彼女だったが、その後本部で出会った大和に『放っておけないから』とあれこれ世話を焼かれ、あれよあれよという間にこの島に来ることになってしまっていた。

 

 その当時はただただ流されてしまったが、こうして穏やかな日々を重ねるにつれ、大和への感謝の気持ちというものがむくむくと湧き上がって来たというわけだ。

 

(トハイエ、イマノワタシニナニガデキルトイウワケデモナイノヨネ……トリアエズハ、コノシマノコトカラネ……ヒデトニモナニカシテアゲタイシ)

 

 本土にいる大和に直接何かをできるというわけではないが、とりあえず今はこの島の人々や、鎮守府の手伝いをしながら、自分の周りの人たちに少しでも恩返しをしていこう。特にいつも美味しいものを作ってくれる秀人にはなおさら……そんなふうに考えて顔を上げたところで、ミナミの目にある艦娘の姿が写った。向こうもミナミに気がついたようで、彼女に向かって手を振りながら声をかけてきた。

 

「おーい、ミナミ!こんなところで珍しいな、散歩か?」

 

「ソンナトコロヨ。アナタハコレカラチンジュフカシラ?テンリュウ」

 

「あぁ、ちと早めに行って準備やらちび共のお守りやらしなきゃなんねぇからな。龍田はなんか準備があるからって後からくるぜ」

 

 ミナミに声をかけたのはこれから鎮守府に向かうという天龍だった。「ちび共のお守り」などと言葉は悪いが、その表情は全く嫌そうではないあたり、天龍の性格が伺えるというものだ。

 

 そのことに気がついているミナミもまた「ショウガナイナァ」とでも言いたげに笑みを浮かべた。そんな彼女に天龍は言葉を続ける。

 

「そういやミナミも今日の鎮守府の忘年会来るんだろ?ほっぽも来るっつってたし……まぁ、大将が来るから当たり前だとは思うけど……一緒にいくか?」

 

「エェ、オジャマサセテモラウワ。デモ、コレカラチョットイクトコロガアルカラ、アトデネ。ネリモノヤノオバチャンニヨバレテイルノ」

 

「そっかそっか、んじゃ後でだな。にしても練物屋かー、あそこのさつま揚げ美味いからなぁ……軽く炙って生姜醤油でってのが一番だな。ビールに合うんだあれ」

 

「アラ、オダシデタクノモオイシイワヨ?トクニイマノジキニハ、チョットアツメニオカンシタニホンシュトアイショウバツグンヨ」

 

 何気ない一言からそんな世間話に花が咲く。それもまた今のミナミにとっては日常の楽しみの一つだった。

 

 それからしばらく練物屋のアレが美味い。ビールに合わせるなら惣菜屋のアレもいいなどと、他愛もない話をしてから二人は別れた。

 

 そして再びミナミは商店街に向かって歩き出した。

 

「ソウダ、オバチャンノトコロデオミヤゲニイロイロカッテイコウカシラ。テンリュウノセイデアブッタサツマアゲガタベタクナッタワ……フフフ、キョウハドンナオイシイモノガタベラレルノカシラ……」

 

 今日鎮守府で行われるという忘年会……秀人はきっと今回も美味しいものをたくさん作ってくれるのだろう。そして来年もそれは変わらずに……。

 

 自分でも気が付かないうちに、ミナミの足取りは軽くなっていた。

 




というわけでミナミこと南方棲鬼さんのある日のお話で今年は締めたいと思います
前回からいろいろイベントをすっ飛ばして
年末に無理やり追いつかせた感はありますが
何卒お目こぼしを……

そして、今年一年お付き合いいただきありがとうございました
途中リアルのほうがバタバタして以降不定期の更新になってしまいましたが
来年もネタが続く限り更新していきたいと思いますので
どうぞよろしくお願いいたします
それでは皆様良いお年を


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