やっつけ小ネタ集 (アキ山)
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拉麵男、コルキスに誕生す

 皆様の感想で指摘を受け、独立させました。

 純粋にネタですので、短編として見ていただければ幸いです。


 昔々、地中海の近くにコルキスという国がありました。

 そこで産まれた王子様は王様や王妃様、姉である優しいお姫様に可愛がられてスクスクと育っていました。

 そんな穏やかな日々が続き、王子様が三歳になった時です。

 王子様の枕元に見た事のない巻物が置いてありました。

 巻物は東の果ての国の言葉で書かれた大変難しいものだったのですが、不思議な事に王子様にはその内容が良く分かりました。

 その中に記された素晴らしい術や技を知った王子様の頭の中には、何時しか老師が住み着くようになり、巻物の技を身に付けるべく修行を行うようになりました。

 技の修行は今までの武術の訓練など比べ物にならないほど辛いものでしたが、王子様は必死に耐えました。

 何故なら、巻物を通して知った流浪の武術家に憧れたから。

 民達の痛みや悲しみを自分の事の様に捉え、鍛え抜かれた技で元凶である悪を討つ。

 一歩でも彼に近づきたいと修行に励む事7年余り、同じ歳の子供達の中では国一番に大きくなった彼の額には、東洋の文字が刻まれていたといいます。

 ですが、穏やかで幸せだった日々は唐突に終わりを告げました。

 アルゴノウタイと呼ばれる英雄達を乗せた船がコルキスに流れ着き、その船長の青年が王様に国の宝を渡すように迫ってきました。

 さらに悪い事に、愛を司る女神様の企みでお姫様がその船長に恋をしてしまったのです。

 お姫様は船長に愛されようと、魔術を使って国の宝を護っていた竜を眠らせ、船長に宝物を手渡してしまいました。

 怒った王様が英雄達の船に追っ手を差し向けると、船長の命令を受けたお姫様は、弟である王子様を人質にして追っ手をやりすごそうとします。

 本来の運命ならば、時間を稼ぐ為にお姫様によって王子様はバラバラに切り刻まれてしまうのですが、この物語ではそうはなりません、

 何故なら───

「アチャーーーッッ!!」

 化鳥の泣き声のような気合と共に、王子様の繰り出した指拳がお姫様の首筋に突き刺さりました。

 眠りのツボを突かれて力なく崩れ落ちる姉を支えた王子様は、突き刺さるような視線で船長を睨みつけます。

「イアソン! 我が国の国宝を手にした上に、我が姉に肉親殺しの罪を犯させようとは……」

「わ……私はそこまでしろなんて言ってないッ! それに何も出来ない王子が生意気だぞッッ!!」

 大気を振るわせるほどの怒りに一瞬ひるんだ船長でしたが、子供に気圧された事に気付くと顔を真っ赤にして言い返します。

 ですが、それは王子様の激情に油を注ぐ事にしかなりません。

「ゆ……る……せんッッ!!」

 彼の怒りに応じるかのようにパンプアップした筋肉は、バリバリと音を立てて上着を内側から引き裂きました。

 上等な服の中から現れたのは、極限まで鍛え上げられた肉体と『闘』の文字が記された紅い肩当。

 そう、王子様が持っていた巻物は『闘龍極意書』

 超人一〇二芸が記された、超人拳法伝承者の証だったのです。

 170センチに届こうかという上背に、細身ながらも鋼のような筋肉に覆われた身体は威圧感満点。

 彼の大英雄ヘラクレスが感心するほどですから、どこからどう見ても10歳の身体ではありません。

「やれッ! あのガキを殺せぇぇッ!!」

 船長イアソンの号令によって、一斉に襲い掛かる船員たち。

 しかし、王子様は負けません。

「烈火太陽脚ーーーッッ!!」

「ウギャーーーーーッ!?」

「打穴三点崩し!!」

「グワーーーーッ!?」

「回転龍尾脚ーーーッ!!」

「ゲェーーーーッ!?」

 次々と飛び出す超人一〇二芸の数々に、荒くれ者の船員たちも為す術がありませんでした。

 そんなこんなで船員の半数が命を落とし甲板が血に染まった頃、ついにアルゴノウタイ最強の戦士が立ち上がります。

「王子よ。こちらの非道、そして非礼は承知している。だが、我等も歩みを止めるわけにはいかぬのだ」

「アトーーーッッ!!」

 巨大な山を思わせるようなヘラクレスに、王子様は果敢に挑みかかります。

 しかし百戦百勝脚や命奪崩壊拳、頂上拳と呼ばれる超人拳法の奥義である猛虎百歩拳すらも巌の如き大英雄の身体には傷一つつける事はできません。

 王子様は思います。

(ヘラクレスと自分との強さは十倍の差がある。普通に闘っていては絶対に勝てない)と。

「フン、しょせんはガキだな! ヘラクレス! 捻り潰してしまえ!!」

 調子に乗ったイアソンが高らかに降した命に、ヘラクレスは前に出ます。

 しかし、王子様は諦めてはいませんでした。

「大英雄よ、貴方は私より十倍は強い……。だがしかしっ! まだ負けたわけではない! 百歩神眼ッッ!!」

 超人一〇二芸の一つである透視能力でヘラクレスの急所を見抜くと、両の手を突き上げてこう叫びます。

「両手で命奪崩壊拳を放つ事で威力は二倍!」

 そして手刀から巨大な虎を二匹出すと、それらを踏み台にして天空高く飛び上がりました。

「双星猛虎拳を利用して三倍の高さまでジャンプすれば、これで六倍ッ!」

 そして空中を蹴り放つかのように、ヘラクレスに向かって錐揉み回転しながら猛スピードで突撃したのです。

「そしてッ! 二倍の回転の貫通力を加えれば、十二倍の威力になるーーーーッ!!」

 叫びと共に加速する王子様。

 瞬間、彼の身体は光の矢になりました。

「閃光命奪双撃拳ーーーーーッッ!!」

「なんだ、その無茶苦茶な理論はッッ!? グワーーーーーッ!?」

「ゲェーーーーッ!? ヘラクレスぅぅぅぅぅぅぅッッ!?」

 胸の中心を貫かれて大の字に倒れるヘラクレス。

 信じられない光景を目の当たりにした船長さんは、震える足で逃げようとしますが一歩遅かったのです。

「逃がさんぞ、イアソン!!」

「ギャーーーーーッ!?」

 背後から現れた王子様は船長さんの顎を両手で掴み、背骨に膝を当てて大きく引き絞ります。

「ぬうぅ……」

 ギリギリと背を反らされて、手をバタつかせながら船長さんはもがき苦しみました。

 しかし、王子様の攻めは緩む事はありません。

「ぐるじぃ……やめ……助け、メディア……」

 苦し紛れにお姫様に頼ろうとする船長さんの情けなさに、王子様の怒りが爆発します。

機矢滅留・苦落血(キャメル・クラッチ)ーーーーーーッッ!!」

「ウギャーーーーーーーッ!?」

 王子様の必殺技に、身体を上下に引き裂かれてしまった船長さん。

 王子様は船長さんをラーメンにして食べる事で、コルキスの船に高らかに勝利を宣言しました。

 

 この後、船長さんを助けていた神様達に狙われた王子様は、国を捨て流浪の旅に出る事になります。 

 彼は王子様であった時の名前を捨て、拉麺男・乱暴(ラーメンマン・ランボー)として行く先々で人々を救いながらオリュンポスの神々と戦う事になりますが、それはまた別のお話。 




 ゆで理論>型月世界の法則


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異端なりし村、セイレムに降り立った『救世主』

注)この作品には、『異端なるセイレム』の重大なネタバレがございます。
   まだクリアしていない方は、ご注意ください。



 魔術王による人理焼却事件が、カルデアによって解決してしばらくした頃。

 アメリカで発生した異界化事件によって、セイレムという呪われた村が再び地上に現れてしまいました。

 そこで()り行われていたのは、魔女と見做(みな)された人は縛り首にされてしまうという恐ろしい魔女裁判でした。

 この事件を解決すべく人理焼却事件を解決したマスター、藤丸立香さんを初めとしたカルデアのメンバーが乗り込んだのですが、サーヴァントの強制受肉や村を包む特異な雰囲気など多くの障害を前に、事件解決の糸口を掴めずにいました。

 そんな中で行われた幾度目かの裁判。

 魔女と認定されてしまった被告たちの中に、カルデアから派遣されたサーヴァントであるアサシン『シャルル・アンリ・サンソン』の姿もありました。

 仮の受肉を強要され能力が制限されたとはいっても、彼は人霊の最高峰たる英霊。

 その気になれば、村人達の囲いを蹴散らす事は可能です。

 しかし、彼は厳粛(げんしゅく)に判決を受け入れて刑に処されるつもりでした。

 彼は村に派遣されてきた検事マシュー・ホプキンスに付き、仲間達とは別の視点に立つ事でこの特異点のあるルールに気が付いたのです。

 そのルールとは、『死してなお贖罪(しょくざい)を求める者達へ、苦痛を持って罪を償わせる』という捻じ曲がった思想。

 これがあるために、絞首刑にされた者達、いいえ村人全てが死した後もグールとしてこの世を彷徨(さまよ)い、苦痛を味わい続けているのです。

 しかし、それはサンソンが生前から持ち続けた『死刑とは、命を絶つことで生前の全ての罪から解放する刑罰であり、それ故に死は明日への希望となる』という信念に反するモノでした。

 生前はフランスの死刑執行人であった彼は、その信念が在ったからこそ罪人を死後の世界に送り出す事ができたのです。

 極刑と呼ばれる死刑に処されてもなお、犯した罪の(ゆる)しを求めて咎人(とがびと)が苦しむなど、彼は認めるわけにはいきません。

 だからこそ、この村のルールに深い関わりがあるであろう少女、ラヴィニア・ウェイトリーとアビゲイル・ウイリアムズに示すつもりでした。

 自身が刑に処されてからグールとして蘇らない事で、死刑は犯した罪からの開放であるという事を。

 受刑者をなじる村人達の声の中、身じろぎをしないサンソンの首に縄が掛けられます。

 処刑台を取り囲む群集の中に、こちらを助けようとするマスターの姿が目にしたサンソンは、目を閉じて心の中で謝罪をします。

 こちらの掴んだ情報を伝えられなかった事、そして自身の我侭で脱落してしまう事。

 彼らに多大な苦労とショックを与えてしまう事は心底申し訳なく思いますが、それでもサンソンは自身の決意を変えようとしませんでした。

 自分の行動が、この村の事件を解決する糸口になると信じていたからです。

 そして刑の時間が訪れました。

 自分と同じく魔女の疑いを掛けられた者達と共に、絞首台に立つサンソン。

 狂乱の熱に当てられたホプキンスの部下による号令で、乾いた音と共に処刑台の床が抜けます。

 一瞬の浮遊感と次に来る首への圧迫。

 呼吸ができない事から来る頭が沸騰するかのような苦痛よって、サンソンの意識が消えようとした、その時───

「アチャーーーーーーーッッ!!」

 化鳥のような叫びと共に、群衆の中からフードを被った男が飛び出しました。

 男は一蹴りで罪人たちの縄を支えていた柱を圧し折ると、気を失ったサンソンを抱いて森の中へと消えていきます。

 そのスピードはサーヴァントの中でも群を抜いており、弱体化された立香達では追いつく事はできませんでした。

 セイレム村を囲むように生い茂った森の中、意識を取り戻したサンソンはボヤけた視界で男を捉えた時、心の中でこう呟きました。

救世主(メシア)』と───。

 意識を取り戻した彼に野草で作ったスープを勧めながら、彼は自身がこの村で自動召喚された『救世主(セイヴァー)』のサーヴァントである事を告げます。

 覚束ない思考で思い描いていた事が当たっていたのに赤面するサンソンへ、セイヴァーは問いかけます。

『何故、命を捨てるようなマネをしたのか?』と。

 命を助けられて介抱された事に恩義を感じていたサンソンは、自身の掴んだ情報と仮説を交えながら刑に服して大人しく死を迎える事で己の信念を示し、死後も贖罪を求める少女達を変えたかったとを告げます。 

 それを聞いたセイヴァーは、こう返しました。

「君の信念は素晴らしい。だが、やり方が間違っている。死を持ってそれを伝えようとしても、少女達には君が死んだという事実が重過ぎて、その裏にあるメッセージを読み取る事はできないだろう」

 告げられた事実にサンソンは愕然としました。

 彼は自身の信念を証明する事に目を奪われて、受け手の事を気に掛けることが出来なかったのです。

 言葉をなくしたサンソンにセイヴァーは続けます。

「彼女達を変えたいのであれば、真正面から向き合って君の信念を語って聞かせるしかない。そして、彼女を縛る罪悪感という鎖をその刃で断ち切るのだ」

「僕にできるでしょうか?」

 自身の(あやま)ちに意気消沈するサンソンの肩に手を置いて、セイヴァーは声を掛けました。

「私は生前、姉の想い人を手に掛けた事がある」

 男の言葉にサンソンは思わず、(うつむ)いていた顔を上げました。

 何故ならセイヴァーを名乗るサーヴァントが犯したとは思えないほどに、その罪は重かったからです。

「……何故、そんな事を?」

「姉が持っていた男への思慕は、神に植えつけられた物だった。そして男もそんな姉を利用して国宝を奪ったからだ。だが如何なる理由があっても、身内が恋人を討ったことであの人が苦しんだのは事実。さらに私は彼女の顔をロクに見る事も出来ずに、国を出てしまった。その後の人助けも、こうやって死後も他人の世話を焼いているのも、彼女への贖罪のつもりなのかも知れんな」

「…………」

 言葉を詰まらせるサンソンに、セイヴァーはフードを取ってまっすぐ彼の目を見た。

「シャルル・アンリ・サンソン、これは君にしか出来ない事だ。何処かでその思いを理解してしまう私では、罪の意識に囚われ救いではなく贖罪を求め続ける彼女を救う事はできない。だが、君は別だ。その信念で多くの咎人を罪から解放した君ならば、彼女を罪の縛鎖から解き放つことができるだろう」

 セイヴァーの言葉と肩に掛けられた手の力強さに、サンソンは自信を取り戻しました。

 セイヴァーに別れを告げて公会堂に走った彼は、そこでラヴィニアの魔術によって正体を見破られた魔神柱ラウムとグールの群れを目にします。

 なんと魔神柱はアビゲイルの叔父であるカーター・ランドルフに入れ替わっていたのです。

 それだけではなく、セイレム村の住人全てがグールであり、彼らは生前犯した罪を償う為に生かされているのだといいます。

 仲間と合流したサンソンは、死闘の末にグールの群れとラウムを撃破に成功します。

 最後の足掻きとして、自身の頭を魔鴉にしてラヴィニアを狙うラウム。

 立香達は慌てて迎撃しようとしますが、捨て身のラウムの前には間に合いません。

 そして、彼の(くちばし)がラヴィニアの左胸を貫こうとしたその時───

 突如として現れた巨大な虎によって、ラウムは目的を果たす事無く食い殺されてしまいました。

 謎の助力があったものの、一件落着かと思っていたカルデアの一行は、アビゲイルから立ち昇った桁外れの魔力に戦慄します。

 魔女として未熟なアビゲイルは、ラウムの計画によって自身に降ろされた『外なる神』を制御できなかったのです。

 その影響で鍵の魔女となったアビゲイルは、異界から巨大な触手を召喚して立香達に襲い掛かります。

 魔神柱に目を付けられただけあり、その力はサーヴァントたちが力を結集しても、それを上回るほどでした。

 その上、外なる神の門を開ける鍵となった彼女は、その力によって距離を超越して全人類に苦痛による贖罪を求めたのです。

 何故なら、彼女の信じる教えでは人は生まれながらに罪を背負う、即ち原罪を持つとされていたからです。

 大きすぎる鍵の魔女に力が世に解き放たれるのを防ごうと、セイラムで知り合った二人のキャスターが全人類に向けた苦痛を肩代わりしようとします。

 しかしアビゲイルの力は、全て森の中に吸い込まれてしまったのです。

 皆が呆気にとられる中、セイヴァーの仕業だと確信したサンソンは、アビゲイルの説得を試みます。

 しかし、彼女は(かたく)なに贖罪を求め続けてサンソンの言葉を受け入れようとしません。

 何故なら、彼女は1700年代に本当に有ったセイラム村で魔女裁判の口火を切ってしまった少女の一人、アビゲイル・ウイリアムズその人だったからです。

 好奇心で始めた魔術の真似事を責められたくない一心でついた嘘、それが二十人以上の犠牲者を出した魔女裁判に発展してしまった罪の少女。

 歴史の上では彼女の末路は記されていません。

 しかし罪は消える事無く、死を迎え幻霊となってからも彼女を責め続けました。

 その重みに少女だったアビゲイルが耐え切れるわけがなく、いつしか彼女はこう自分に言い聞かせるようになりました。

『苦痛は贖罪の証であり、自分が苦しめば苦しむだけ、その罪は軽くなっていってる』と。

 その歪んだ思いは人類救済を諦めきれない魔神柱ラウムに利用され、特異点セイレム村では償いきれない罪を背負った者が、痛みによる贖罪と救済を求めるようになったのです。

 アビゲイルは叫びます。

『私達は罪を償わないといけない! 生前・死後も関係なく、苦痛という贖罪を続けなければならない!! そうしなければ、罪が無くならない! 自分を赦す事ができない!!』と。

 そんな少女の悲痛な叫びを、サンソンもまた信念を言葉にします。

『人間は自分で自分の罪を裁くことも赦す事もできない。一時は赦したつもりになっても、罪悪感は心の底に(よど)みのように残ってしまう。だからこそ、司法と刑罰が存在する。司法による裁きは、社会的な贖罪であると同時に罪人自身が己を赦す切欠(きっかけ)でもあるんだ! その極刑である死刑は、罪人の命を代価に全ての罪から開放されなければならない! それを受けてもなお罪に縛られていては、誰も自身を赦せなくなる。救われる者がいなくなってしまう!!』

 彼の言葉は、心の底では赦しを求めていたアビゲイルにはあまりに重いものでした。

「アビー! 君の背負いきれない罪は僕が裁こう!! 『死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)』ッ!!」

 動揺で触手のコントロールが出来なくなった彼女の隙を突いて、懐まで飛び込んだサンソンは宝具を開放します。

 彼の刃の行き先は彼女の首……ではなく、この激戦の中で最後まで残った外なる神との繋がり。

 そして、彼女の身体に巻きついた罪の鎖でした。

 鉄が滑り落ちる音に次いで概念のギロチンが何かを断ち切る音が響くと、空間に出来ていた最後の鍵穴が姿を消してアビゲイルは魔女から女の子に戻りました。

 同時にセイラム村を形作っていた特異点もあるべき姿へと立ち返り始めます。

 外なる神との繋がりという特異な力に目覚めたアビゲイルは、魔神柱から身体を取り戻したランドルフ・カーター、そして親友のラヴィニアと共に別の世界を旅することを決めました。

 一通りの挨拶を済ませて皆が撤収準備を行っている頃、サンソンはオケアノスのキャスターを連れてセイヴァーがいた森に来ていました。

 自身の命を救って道を示してくれた彼に、お礼を言いたかったからです。

 気配を感じないところから座に還ったのかと肩を落としていると、サンソンは焚き火跡のそばでペンダントを見つけました。

 随分と古い品のようで、輝石の台座となった銅版には古い文字で何かが書かれています。

 キャスターに見せたところ、普段の人を食ったような様子からは想像も出来ないほど真剣な表情で 

「帰ったら、必ずメディアにこれを見せるんだ」

 と言いました。

 その後、現地で出会った二人のキャスターと別れてカルデアに帰ったサンソンは、メディアにペンダントを見せました。

 驚愕の表情の後で、泣きそうな顔でペンダントを抱きしめるメディアに事情を聞くと、それはメディアの弟であるアプシュルトスの物だと言います。

 では、あのセイヴァーはメディアの弟なのか? と驚くサンソンですが、メディアはそれを否定します。

 何故なら、メディアの弟は彼女の手に掛かって命を落としているからです。

 ああでもない、こうでもない、と悩む二人を見かねた立香はこう提案しました。 

「それを触媒にセイヴァーを呼び出してみよう」と。

 マスターの提案によって話はとんとん拍子に進み、召喚当日となりました。

 召喚ルームには立香とマシュに加えて、サンソンと再召喚されたオケアノスのキャスター。

 そして、少女と妙齢の二人のメディアもいます。

 召喚陣でもあるマシュの盾の上にペンダントを置き、立香は手馴れた様子で召喚を始めます。

 エーテルの風と紫電の奔る中、現れるのは金の枠に彩られた見た事のないクラス文様。

 『金枠キターーーーーッッ!!』という某ぐだ子の叫びはさて置き、逆巻くエーテルと魔力の先に一人の男が現れます。

「召喚に応じ、参上した。私はセイヴァー……」

 

 

 

 

 

 

 

モンゴルマン

 




 ───モンゴルマン、何者なのだ?  





 更なるおまけ モンゴルマンとアルテラ・ザ・サン(タ)

アルテラ 「カルデアの異常事態を解決する為に、サンタとしてマスターと共に冥界に行く事になった」
モンゴルマン 「そうか。ならば私はセイヴァーではなく、モンゴルマン・シープとして君をサポートしよう」
アルテラ 「なるほど。それでその装いか」
モンゴルマン 「うむ、『メリー・シープ』というらしい。静謐君が貸してくれた」
アルテラ 「パツンパツンだな」
モンゴルマン 「サイズの関係上、仕方が無い。だが、熱病で倒れた彼女の代わりに全力を尽くすつもりだ」
アルテラ 「それはありがたいが、何故お前は熱病に罹っていないのだ?」
モンゴルマン「それは私が超人だからだ」
アルテラ 「そうか」
モンゴルマン 「うむ」

 ではサポートの様子をご覧ください。

アルテラ 「よし、やるぞ。いち、に、さん。羊の夢は夜空を駆ける。『聖夜の虹、軍神の剣(キャンディスター・フォトン・レイ)』! 」

羊      「めー」           (能登ボイス)
羊      「めー」           (能登ボイス)
羊      「めー」           (能登ボイス)
羊      「めー」           (能登ボイス)
モンゴル羊  「メェェェェェェェンッッ!!」(森公至ボイス)

 違和感ZERO  


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猛牛男とオケアノス

 地中海に浮かぶクレタ島。

 昔々、そこにはポセイドンのペットである神牛と王妃の間に生まれてしまった、不幸な子供がいました。

 彼の誕生は、島の王様がポセイドンから与えられた神の牡牛が惜しくなり、彼の神に別の牛を送った事に始まります。

 約束を反故にされたポセイドンは怒り、王ではなくその妃へ牡牛への恋心を植え付けます。

 その結果、この世に生を受けたのがその子でした。

 ミノス王は生まれた子供を化け物と呼んで忌み嫌いました。

 子供は普通の人間とは違って頭に立派な角があり、身体も人より大きく力持ちだったのです。

 ですが彼の心根はとても優しく、困った人を助ける事に力を使っても、無闇に暴れたりはしませんでした。

 ある日、自分の罪の象徴にして王妃様の不義の証である子供を見るのに耐えかねた王様は、子供に『ミノタウロス』という忌み名を与えて地下に作った大迷宮に追い遣ってしまいました。

 身体は大きくてもまだまだ幼児だった子供は、灯りも食べ物も無い中を泣きながら歩きます。

 自分にお爺ちゃんの物であった『雷光』という意味の名を付けてくれた、大好きなお婆ちゃんはもういません。

 お母さんもお姉さんも、牛の子供である自分を恐れ嫌っていました。

 自分の居場所はこの迷宮の中だけだと分かっていても、子供にはそれを受け入れる事はできませんでした。

 そうやって泣きながら歩いていた子供は、どこからか漂ってくる美味しそうな匂いに気付きました。

 迷宮に入れられて丸一日は何も食べていない彼は、お腹の虫を鳴らしながら匂いの元に向かいます。

 すると、そこには旅人が着けるマントの下にゆったりとした服を着て、頭の後ろで三つ編みの髪を垂らした男の人が、焚き火で鍋を炊いていました。

 彼がぐうぐうとお腹を鳴らしているのに気付いた男の人は、鍋の中身をお椀に盛ると『食べなさい』と子供に与えました。

 鍋の殆どをぺロリと平らげて満足した子供は、男の人に尋ねました。

「おじさんはここで何をしているの」と。

 男の人は旅の武芸者で、この迷宮を巡りながら修行をしているのだと言います。

 変わった人だ、と男の人を見つめてました子供でしたが、むこうから『ここで何をしているのか』と尋ねられると、答える事が出来ずに泣き出してしまいました。

 今までの悔しかったことや悲しかったことが蘇ってきて、我慢が出来なかったのです。

 それでも詰まりながら必死に言葉を紡ぎだすと、男の人はゴツゴツと硬いけどとても暖かい手で『がんばったな』と頭を撫でてくれました。

 大好きなお婆ちゃんが天に召されてから頭を撫でてもらう事のなかった子供は、迷宮中に響き渡るほどの声で大泣きしたといいます。

 そんな事があって男の人に懐いた子供は、彼を『お師匠様』と呼んで一緒に武術の修行を始めました。

 彼の武術はとても不思議なものでした。

 子供に比べれば細枝のような身体でも子供より強い力を出したり、ただの手で硬い岩や木を刃物よりも綺麗に切る事もできました。

 男の人は武術のほかにも、迷宮での食べ物の取り方や家や道具の作り方。

 文字や計算など、生きて行くための様々な知恵を教えていきました。

 一緒にすごす間に子供にとって男の人は師父、まさに『父親のような師』と呼べる存在になっていたのです。

 そうして数年が経ったある日、師匠は少年となった子供に尋ねました。

「自分は他の場所に行かねばならない。一緒に来るか?」と。

 それに対して少年は否と答えます。

 辛い記憶の方が多くても、ここは彼の故郷です。

 それに自分がいなくなったと知れば、王様がどのような手段に出るか分かりません。

 自分の為に民が迷惑をこうむるのは、心優しい少年には耐えられませんでした。

 それを聞いた師匠は少年の決意を天晴(あっぱ)れと称え、彼に卒業の印と新たな名前を与えました。

 『ミノタウロス』という忌み名を気にしていた彼は、師匠から与えられた名を大層喜んだといいます。

 その後、彼は自分の食料と称して、王様が迷宮に送り込んで来た子供達を引き取り、かつて師匠が自分にしてくれたように育て導いていきました。

 彼は教え子達に『牛先生』の愛称で親しまれ、彼の教えを受けた子供達は迷宮を出た後に世の中で優れた結果を出したと言います。

 師から武術の薫陶(くんとう)を受け、自身も優れた使い手となった彼ですが、生涯を迷宮で過ごしたためにその名が世に出ることがありませんでした。

 彼の対戦成績は1戦1勝。

 対戦相手は迷宮の怪物と言う噂に踊らされ、名声を求めて現れた王子様だといいます。

 

 彼の生涯が幕を閉じて幾星霜。

 人理焼却という未曾有の危難の中、英霊として昇華された彼は第三特異点に召喚されます。

 そこでゴルゴン三姉妹の次女、エウリュアレと出会った彼は海賊に追われていた彼女を保護。

 そして、人理修復の為にこの地を訪れたカルデアのマスターに手を貸す事になりました。

 フランシス・ドレイクやカルデアのサーヴァントの助けを得て、黒髭の船を撃退した彼らですが、そこに新たな敵が立ち塞がります。

 英雄イアソンを初めとするギリシャ神話に名高い船、アルゴノーツです。

 中でもギリシャ最強の英雄と言われるヘラクレスは圧倒的な強さを有しており、瞬く間に彼らは劣勢に追い込まれました。

 勝ち誇るイアソンと猛り狂うヘラクレス。

 エウリュアレを奪い去ろうと手を伸ばす彼等の前に、彼は敢然と立ち塞がりました。

「退きなさい、アステリオス! 貴方ではヘラクレスには勝てない!!」

 普段の小悪魔的な態度とは打って変わって、悲痛な声を上げるエウリュアレ。

 しかし、彼は退く事はありません。

「確かに君の言うとおりだ。『(アステリオス)』では大英雄には勝てないだろう。しかし、心配する事は何もない。何故なら───」

 言葉を切った彼は師匠のモノを模していた上着、今で言う中華服を脱ぎ去ります。

 すると、現れたのはヘラクレスに勝るとも劣らない鍛え抜かれた身体に、右肩に付けられた『猛』の字が刻まれた肩当。

 これこそが、彼が師匠から受け継いだ卒業の証。

 そしてもう一つ、彼には師より与えられた物がありました。

「今の()は『醍奈充公(ダイナミック)猛牛男(バッファローマン)』なのだから!!」

 その叫びと共にアステリオス、いやバッファローマンはアルゴー号の甲板を踏み砕きながらヘラクレスへと突進します。

「食らえ、必殺───」

「!?!?」

「ハリケーンミキサーーーーーッッ!!」

「■■■■■■!?」

 神牛から受け継いだ力と超人拳法の技術。

 その二つを込めた頭の角を突き出しての強烈なタックルをまともに食らったヘラクレスは、錐揉み回転で宙を舞い、轟音と共に頭からアルゴー号に突き刺さります。  

「ゲェーーーーーッッ!? ヘ、ヘラクレスぅぅぅぅぅっ!!」

 バッファローマンの一撃の威力に、悲鳴を上げるイアソンの悲鳴。

 なぜだか分かりませんが、バッファローマンの肩当を見ているとダラダラと冷や汗が出るのです。

 生前は無かったはずの『ラーメンにして食われる』という謎のイメージが頭を過ぎり、彼はパニック寸前でした。

 一方のバッファローマンですが、会心の一撃を放ったにも(かか)わらず彼は警戒を解こうとはしません。

 そしてそれに応えるように、上半身を甲板に埋めていたヘラクレスはゆっくりと身体を起こします。

 顔を上げた大英雄の双眸に光るのは、狂気の眼光ではなく理性の光。

「さあ来い! 1000万パワーを見せてやる!!」

 伝説の船をリングに、両雄相討つ超人バトルのゴングが今鳴り響きます!!




 アステリオスを牛漢にするという、何番煎じ的な使い古されたネタに走ってすまない……。
 あと、ゆで先生のネーミングセンスには脱帽。
 魔鬼幽利偉(マーキュリー)叉焼男(チャーシューメン)とか、絶対思いつかんわ。

 以下ウソ予告

 バッファローマンの放った『ハリケーン・ミキサー』によって理性を取り戻したヘラクレス。

 真の復活を遂げた大英雄が放つケイローン仕込みの殺人技『人馬四十八手』が、バッファローマンに襲い掛かる。

 第三特異点を舞台に繰り広げられる二人の闘いの行方は───!?

 次回『激突、二大超人!! バッファローマン、オケアノスの海に死す!?』

 ご期待ください!!   


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テンプレ神様転生モノを書いてみた。

 大晦日になんて物を書いてしまったのか……。

 オールド格ゲーファン以外は置いてけぼりじゃないの?

 ともかく、作者は『龍虎の拳シリーズ』の復活を切に願っております。


「では、転生特典を選ぶがよい」

 そう言って神様を名乗る目の前の恰幅(かっぷく)のいい老人は、目の前に置かれたちゃぶ台に四枚のカードを置いた。

 

 俺は今、二次創作なんかでよくある『神様転生』を体験している。

 前世の死因はトラックの追突による事故死。

 こちらを殺した理由としては、爺様がくしゃみをした拍子に俺のことが書かれた書類に玉露をぶちまけたからだそうな。

 あまりにも『神様転生』のテンプレをなぞっている流れに、俺は怒る気も失せてしまった。

 『現世に復活させる事ができないが、他の世界ならOK』というありきたりな返答を挟んで行われた『転生特典』の選択。

 これに関しては希望通りというワケには行かず、くじ引きで決定する事になった。

 ショボい能力で危険な世界に送られるのは勘弁だったので、目の前にいる自称ではなく心の中の『神』祈って引いたのだけど……どうやらむこうは俺のことを嫌っているらしい。

 目の前に並ぶカードが俺のセカンドライフを賭けた大勝負の成果なのだが……。

 

 一枚目『ホア・ジャイ(餓狼伝説)の能力』

 

 二枚目『ミッキー・ロジャース(龍虎の拳2)の能力』

 

 三枚目『不知火幻庵(サムライスピリッツ)の能力』

 

 四枚目『テムジン(龍虎の拳2)の能力』

 

 これは酷い。

 なんで全て故SNK格ゲーのキャラなのか。

 しかも綺麗に主人公をスルーして、微妙なイロモノ枠が(そろ)ってるし。

「神様、このテムジンってバーチャロンに代えれませんか?」

「ダメ。モンゴル相撲オンリー」

 くそぅ……。

「モンゴル相撲がダメなら、不知火幻庵にするか? こいつはちゃんと忍者しとるし」

「すみません、脱皮はちょっと……」  

 神様、そいつって忍者云々の前に存在自体がイロモノですよね?

 せむし男とナメック星人が二身合体したような奴は勘弁です。

 さて、残っている枠はムエタイとボクシング。

 普通ならばムエタイのホア・ジャイ一択なんだが、横にある(餓狼伝説)がネックになっている。

 この男、餓狼1では体力が半分になるまでは通常攻撃のみ。

 そして半分を切ると、観客から投げ込まれた酒を飲んで『ドラゴン・キック』で画面をカッ飛ぶくらいしかできないのだ。

 これがせめて『KOF』なら技も豊富だし、超必殺技もあったのに……。

 やはり、ここはミッキー・ロジャースに行くしかないらしい。

 まあ、カムバックを目指している『龍虎2』基準なので、見た目黒人ゲイのチンピラだった1よりはマシか……。

「ミッキーでお願いします」

「いいの、ホアじゃなくて。禿()げるけど、ドラゴン・キック強いよ?」

「…………ミッキーでお願いします」

 何故か妙にホアを()して来る自称神を説き伏せた俺は、そのまま第二の生をスタートさせた。

 付けられた名前はロジャー・三木、日米ハーフで容姿はミッキーそっくりだった。

 日本のボクシングジムオーナーの息子として生まれた俺は、物心が付く前からグローブをはめていた。

 ミッキーの能力+英才教育の結果、なんと19歳でミドル級の世界チャンプを奪取。

 ボクシング界の超新星と持て(はや)される事になった。

 順風満帆。

 その言葉が似合う人生を送っていた俺の転機は意外なところにあった。

 ある日、夜の繁華街で謎の怪物と闘うハメになったのだ。

 路地裏で女性を襲っていたそいつは、俺に気が付くと人とは思えない身のこなしで襲ってきた。

 打撃は一撃でコンクリートの壁を破砕し、その爪は鉄でも何でも簡単に断つ。

 『死徒』と自称していた化け物の力は脅威だったが、こちらも世界を獲った身である。

 本気を出した結果、あっと言う間にの地面を舐めさせる事ができた。

 こうも簡単に勝てたのは、試合では使えない『氣』による必殺技をフルに使ったのもあるが、転生特典の能力が作用したからだ。

 話は変わるが、諸兄は格闘ゲームというものをやった事があるだろうか?

 あれに出てくるキャラクターは、そのほとんどが超人レベルの能力を持っている。

 『一撃必殺技を食らわない限り、剣で切られようが火達磨になろうが死ぬ事はない』

 『体力ゲージが0にならない限り、疲労やダメージのペナルティ無く全力で動ける』

 『剣だろうがビームだろうが、ガードを固めていたら大概の攻撃は防御できる』

 『化け物でもロボットでも、殴れば必ずダメージが入る』

 『対戦の舞台なら宇宙に海底、溶岩地帯と、どんな環境でも生きていける』

 例を挙げるならこんなところか。

 ゲームのキャラなんだから当たり前なのだが、普通に考えればイカレてるとしか言いようがない。

 そんなトンでも設定が、俺の身体には現実のモノとして根付いているのである。

 だとすれば、少々身体能力は高い程度の奴に負けるわけが無い。

 こっちだってサウスタウン仕込みの『氣』の応用で、超人並みの能力を得ているのだから。

 この事件の顛末(てんまつ)だが、正当防衛かつ人助けとして振るった拳は俺の身を破滅させる事になった。

 始めての命懸けの戦いで気付かなかったが死徒との戦いを見ていた者がいたらしく、なんと写メ付きで雑誌に持ち込みやがったのだ。

 相手の化け物は外見上一般人と大差はなかった事や、超必殺技である『プラネット・ゲイル』で顔面を崩壊させた事も災いし、大スキャンダルへと発展。

 その結果、チャンプの座は剥奪。

 ボクシング界からも永久追放の憂き目に合い、家族からも縁を切られた。

 うん、あれだ。

 いくら能力を貰ったからって、こんなところまでミッキーと同じにしなくてもいいと思うんだ。

 こういう場合、酒やドラッグに溺れて身を持ち崩すのがセオリーなんだが、俺はそんな無様は晒さなかった。

 プロボクシングじゃなくても、強さを求める事はできる!

 そう考えた俺は、すぐさま武者修行の旅を慣行。

 『刃牙シリーズ』のモハメド・アライが提唱した、スポーツではなく武術としての『全方位ボクシング』の完成を追い求めた。

 そうやって世界を放浪しながら修行の日々を送って、三年の月日が立った頃。

 ヨーロッパのとある街でフィニス・カルデアなる組織の勧誘を受けた。

 実戦を求めて彷徨(さまよ)っている間に例の死徒や化け物共を駆逐していた所為で、裏の世界ではそれなりに名が知れた存在になっていたらしい。

 その時は当面の目的も無かったのでスカウトに応じると、雪山の上にある妙な施設に放り込まれた。

 ロクな説明も無いままに、マスター候補生なる物として登録された俺。

 『マスターってなんやねん?』と首を傾げていると、『スカンジナビア・ペペロンチーノ』とかいう偽名100パーセントの関西弁を話す男が教えてくれた。

 なんでも英霊なるモノを召喚して使役する役目を負うもので、それには魔力とやらが必須らしい。

 俺はそんな怪しげなパゥワァーなど持っていないのだが。

 その事をスカやんに話すと、

「ちょっ、マジで? それは無いで、自分~!!」 

 と、アイタ~と言わんばかりのリアクションをされた。

 それから適性検査やら何やらを受けた結果、案の定魔力なんて怪しげな物は存在せず、俺はめでたく下等生物の地位を得る事となった。

 まあ、こっちは元より拳二つで生きると決めている。

 魔術などという胡散臭いものに興味は無いのだ。

 そんな感じで他のマスター候補46人が魔術の鍛錬をやってる中、俺はトレーニングルームでひたすらに潜在超必殺技である『ラッシュボンバー』に磨きをかける日々を送っていた。

 途中で何回か所長を名乗る小娘が文句を言いに来たが、軽く睨みを効かせるとベソをかいて去っていった。

 あんなショッパイのが所長なワケが無いので、ただの騙りだと思われる。

 瞬く間にカルデアの鼻つまみ者になった俺だが、気にかけてくれる相手は少数だが存在した。

 医療担当のドクター・ロマンはサボりついでに俺の愚痴を聞いてくれたし、最年少職員のマシュもこっちが世界チャンプだった事を知っていて、目を煌かせながら話し相手になってくれた。

 あと、同じ日本出身かつ魔術は素人だという事で、短い間だが偏見無しで付き合ってくれた立香ちゃんもそうだ。

 

 シバとかいう観測機の異常から始まった今回の異変。

 爆弾テロからの予定外のレイシフトによって、俺達は特異点冬木へ放り出される事になった。

 不幸中の幸いで早期に立香ちゃんやマシュと合流できた俺は、無駄に頑丈な身体を使って戦力の一人として拳を振るってきた。

 朽ち果てた街中を我が物顔で闊歩する骸骨兵にシャドウサーヴァント。

 この街で起きた聖杯戦争に呼び出されたであろうランサーやアーチャーを退け、俺達は漸く特異点の核であるセイバーの元に辿り着いた。

 奴さえ倒せば、立香ちゃん達をカルデアに返す事ができる。

 自分も闘うと言うマシュを押さえて、俺は奴の前に立った。

 年長者として、男として、こんなボクシング馬鹿を気にかけてくれた彼女達を、これ以上危険に晒すわけにはいかない。

 騎士王だか獅子王だか知らないが、邪魔をするならこの拳をくれてやるまで。

 今こそ培ってきた転生特典を活かす時だ!

「行くぞぉ! セイバぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ァア~~~~~ン

 

 

 

 

 

 

CONTINUE?
 

 

 

 




 ミッキー・ロジャース知ってる人って何人いるだろうか?

 興味を持った方は、『ミッキー 龍虎』か『ミッキー ぁあ~ん』でググってください。


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アヴェンジャー・ダビデの挑戦

 ネタが浮かんだものの剣キチとは毛色が違い過ぎるので、こちらに投稿します。

 所要時間15分のネタ作品なので、頭を空っぽにして見てくださいな。


「抑止の輪より来たれ! 天秤の護り手よ!!」

 

 20世紀末、日本の地方都市の一つ冬木市で行われた第四次聖杯戦争。

 

 聖杯戦争の術式を整えた御三家の一つである遠坂の元に、一人の英霊が召喚された。

 

 黒い衣服に同色のフードが付いたローブを纏った緑の髪の青年。

 

 異彩を放つのは太い鎖に繋がれた古めかしい木箱を引きずっている点だろう。

 

 人類最古の英雄王ギルガメッシュを召喚する予定であった遠坂時臣は、明らかに思惑とは違う英霊の登場に困惑した。

 

 しかし、気を取り直してクラス名を尋ねた彼は、青年の返答に混乱の度合いを深める事となる。

 

 サーヴァント・アヴェンジャー。

 

 黒衣の青年は自身の事をそう答えた。

 

 通常の7クラスに該当しないエクストラクラス、しかも『復讐者』である。

 

 不吉な予感が時臣の心を凪いだが、召喚されてしまったからには取り換えなど効かない。

 

 仮に令呪を以って自害させたとしても、次のサーヴァントが来るか分からないのだ。

 

 首尾よく他のサーヴァントを召喚できても、一画もしくは二画の令呪を失った状態でスタートするのはあまりにリスクが高かった。

 

 リスクとリターンを鑑みてアヴェンジャーと共に戦う決意を固めた時臣は、自身のサーヴァントの真名を問うた。

 

 返ってきたのは、なんとイスラエル屈指の賢王であり、魔術王ソロモンの父であるダビデの名だった。

 

 しかし、ダビデは逸話的にアーチャーやセイバーのクラスに適応されることはあっても、アヴェンジャーなどになるとは考えにくい。

 

 聖書に現れる偉人たるダビデの変貌ぶりに同盟者たる言峰親子も注目する中、聖杯に掛ける願いを口にするアヴェンジャー。

 

 そのあまりに悲壮な大願に、時臣は■■への道を諦め、綺礼は愉悦を感じる間もなく感極まって男泣き。

 

 そして璃正は主の祝福を受けたはずの王へ降りかかった悲劇に涙ながらに祈りを捧げた。

 

 こうして始まる聖杯戦争。

 

 アヴェンジャーの戦いは寸毫の容赦もなく、そしてエゲツなかった。

 

 倉庫街の暗がりに身を潜めた彼は、セイバーと堂々とした騎士の決闘を行っているランサーに向けて鎖に繋がれた木箱を投げつけた。

 

 これこそがアヴェンジャー・ダビデに与えられた宝具『契約の箱(アーク)』である。

 

 この『契約の箱』というもの。

 

 かつてダビデの先祖であるモーゼが神から受け取った『人が行ってはならぬ』と定められた十戒が刻まれた石板が収められた聖遺物で、サーヴァントに当たると魔力を根こそぎ奪い取って問答無用で消滅させるという極悪宝具である。

 

 ある世界では、あのヘラクレスを触れただけで十個の命もろとも消滅させたと言えば、この宝具の脅威度はご理解いただけるだろう。

 

 所持者であるダビデ自身もサーヴァントである為に触れれば当然の如く命は無いのだが、その辺は聖別された軍手三枚を重ねて付けた上に繋がれた鎖を振り回す事で対処していた。

 

 『アーク・スイング』

 

 鎖に繋がれた『契約の箱』を渾身の力を込めて振り回し、対象にぶつける大技。

 

 相手は死ぬ。

 

 『アーク・シュート』

 

 鎖に繋がれた『契約の箱』を全力全開で相手に投げつける奥義。

 

 相手は死ぬ。 

 

 そして『アーク・コプター』

 

 『アーク・スイング』の遠心力で空を飛び、空中から相手を強襲する絶技。

 

 相手は死ぬ。

 

 アーチャークラスの時ですら『爽やか系クズ』と言われた彼である。

 

 形振り構わなくなった際の外道っぷりは凄まじいものであった。

 

 手にしたインチキ丸出しの宝具も然ることながら、不意打ち・騙し討ち・人質等々のどこぞの魔術師殺しも真っ青のド汚い手段を躊躇無く発揮し、順調に勝ち上がっていった。

 

 特にアサシンの諜報力で突き止めたマッケンジー家において、老夫婦を人質に取ってウェイバー少年にライダーを自害させた件については流石の時臣もドン引きしたものだ。

 

 そうして迎えたセイバーとの最終決戦。

 

 滅びた故国を救うため、そして同じ王でありながら外道に走るダビデに負けるわけにはいかないと、気炎を吐くアルトリア。

 

 そんなアルトリアの切なる願いも、己に降りかかった汚名を晴らす事に執念を燃やすダビデには届かない。

 

 放たれた聖剣の極光を前に『契約の箱』を振り回しながらダビデは叫ぶ。

 

「僕は……僕はっ! 断じて『皮かむり』じゃない!!」

 

 これは英雄の物語ではない。

 

 これは男として最悪のレッテルを張られた男が挑む、反逆の物語である。

 

 

 

 アヴェンジャー・ダビデのステータスより抜粋

 

 〇無辜の怪物(皮かむり)

 

 とある彫像が世界的に有名となったが為に、ダビデに降りかかった呪い。

 

 魔力・筋力が大幅にアップする代償として、どれだけ立派な逸物を持っていたとしても必ず皮をかむってしまう。

 

 またこの皮は強力な自己再生能力を有しており、如何なる外科手術を以ってしても除去することは叶わない。

 

 

 〇狂化EX(ミケランジェロ)

 

 ミケランジェロを前にすると、殺意に全てが塗り潰される代わりにすべてのステータスが一段階跳ね上がる。

 

 ミケランジェロ死すべし、慈悲は無い。

 

 

 

 〇余談 このダビデが冬木の聖杯に願いを掛けた場合は『皮かむりが恥ずかしいだって? じゃあ、他のみんなも皮がかむっていれば恥ずかしくないよね!』という超理論によって、世界中の男性全てが皮をかむることになる。 




 令呪を以って命じる、自害せよアヴェンジャー。


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一発ネタ『装甲騎兵・グランドオーダー』

 先生とジャパニメーションネタを書いていると、突如、天から降って来た。

 やっつけ仕事ですんません。


 それは偶然が招いた大きな転換であった。

 

 異聞帯ロシアにおいて、カルデアのマスター藤丸立香に召喚されたサーヴァント、キャスター・アヴィケブロン。

 

 ゴーレムマイスターである彼が、シャドウボーダーに戻った際に立香のコレクションを目にした事で、全ての運命は大きく変わることとなる。

 

『マスター、君の新しい礼装を開発したよ』

 

 アヴィケブロンの言葉にシャドウ・ボーダーを降りた立香を迎えたのは、全高約4mの鋼の巨人。

 

『特殊騎兵礼装、アーマード・トルーパー・スコープドックだ』

 

『…………むせる』

 

 藤丸立香(ロボゲー30段)、運命との出会い。

 

 

 

 

『調子はどうかな、マスター?』 

 

『……左のターンピックの調整が甘いな』

 

 アヴィケブロンの言葉に、コクピットの中で事もなげに答える立香。

 

 しかし、その様子を見ていたマシュやパツシィは戦慄していた。

 

 彼の駆るモスグリーンの機体の周りには百を超えるオプリチニキの死体が転がっている。

 

 だが、彼等の心胆を寒がらせているのはこの事ではない。

 

 この程度、サーヴァントであるならば誰でもが無しえる事だ。

 

 問題は、その全てが眉間への一射によって絶命しているという事だ。

 

 ローラーダッシュによって敵部隊の中を縦横無尽に駆け巡りながら、その全てを弾丸一発で仕留めるその手腕。

 

 まさに規格外としか言いようのない物だ。

 

『化け物め……っ!?』

 

 パツシィの零した言葉は吹雪の中に消えていった。

 

 

 

 

 アタランテを救わんと処刑場に乗り込んだ立香達だったが、カドックの罠にかかりミノタウロスの迷宮へと閉じ込められてしまう。

 

 複雑怪奇な迷宮を踏破した先で待ち構える魔獣を前に、立香の駆るスコープドッグは単身戦いを挑む。

 

『グゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 咆哮と共に両手に携えた巨大なハルバードを振り回すミノタウロス。

 

 その姿からはかつての純朴で心優しかった仲間、アステリオスの面影など微塵も感じる事は出来ない。

 

 そして、その事実は立香の迷いを払拭する。

 

 迷宮の通路を後退しながらヘヴィマシンガンの斉射を浴びせるが、ミノタウロスは斧の刃を盾として強引に距離を詰めて来る。

 

 スコープドッグに備わった近接武装は、前腕部に内蔵された炸薬によって拳を撃ち出すアームパンチのみ。

 

 接近戦に持ち込まれれば、騎兵礼装がそのまま鉄の棺桶に化けるのは想像に難くない。

 

 だがしかし、耐圧服に身を包んだ立香の顔に焦りは見えない。

 

 まるで鉄面皮のように表情を変える事無く、冷徹に網膜投影モニターに映る敵影を捉えている。

 

 そうして、心を凍らせるような鬼ごっこは、立香が袋小路に追い込まれる事で終わりを迎える。

 

 袋のネズミとなった獲物に舌なめずりをしながら斧を振り上げるミノタウロス。

 

 しかし、これこそが彼の命取りとなった。

 

 その一瞬の隙を見逃さなかった立香は、スコープドッグの足を壁に付けるとターンピックを打ち込み、ローラーダッシュを全開にする。

 

 甲高い駆動音と共に加速する装甲騎兵。

 

 しかし彼が駆けるのは床ではない、迷宮を支える高い壁だ。

 

『~~~ッ!?』

 

 埒外の一手に声なき叫びをあげる迷宮の魔獣。

 

 しかし、彼が打った手は止まらない。 

 

 振り下ろされた大斧が床を抉った時には、死神の鎌はその首に掛かっていた。

 

『化け物退治は慣れている。……お前は知らないだろうがな』

 

 側頭部を捉えた銃口から放たれた対魔獣用の特殊強壮弾は、一撃でミノタウロスの頭を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 イヴァン雷帝に対抗する為、ミノタウロスの迷宮を素材に自身の宝具『王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』を作る事を提案するアヴィケブロン。

 

 しかし、彼が『王冠・叡智の光』の炉心としてその身を捧げる事を知った立香は、アヴィケブロンの提案を却下する。

 

『あんたにはこいつの整備をしてもらわないといけない。勝手に消えてもらったら困る』

 

 傍らにそびえるスコープドッグを叩きながら、立香は言う。

 

 だがしかし、雷帝の強大さをカドックから聞いているアヴィケブロンは首を縦に振ろうとしない。

 

『だがしかし、これ以外にイヴァン雷帝に対抗する手立てはない』 

 

『雷帝戦には俺がこいつで出る』

 

 立香の言葉に思わず言葉を詰まらせるアヴィケブロン。

 

 自身とダヴィンチの技術で出来ているとはいえ、イヴァン雷帝に比べればスコープドッグなど、文字通りネズミとかわらないだろう。

 

『無茶だ! そんな事は自殺行為でしかない!』

 

 アヴィケブロンが思わず放った叫びを受けても、人類最後のマスターだった男の鉄面皮は崩れない。

 

『無茶・無理・無謀、そんなものは人理修復で嫌と言うほど踏破してきた。それに言ったはずだ』

 

『化け物退治は慣れている、と』

 

 そう言ってスコープドックの中に戻るマスターを、そこにいたメンバーは誰も止める事が出来なかった。

 

 

 

 

 ついに姿を現した『異聞帯ロシア』の支配者、イヴァン雷帝。

 

 マンモスと融合し山の如き体躯を持つ神獣は、自身の支配を揺るがそうとする反逆者を撃滅せんと、暴風と雷を撒き散らす。

 

 だが、そんな破壊の嵐の中を駆け抜ける一騎の装甲騎兵がいた。

 

 藤丸立香の駆るスコープドックだ。

 

 万物を砕かんと牙をむく破壊の嵐の中を走破する彼が無事なはずは無く、モスグリーンの機体には大小様々な傷が刻まれている。

 

 それでも彼のローラーダッシュは衰えることは無い。

 

 降り注ぐ落雷をターンピックを巧みに使って回避しながらも、猟犬は巨象の急所へ牙を突き立てんとその身体を駆け昇って行く。

 

『何故だ! 何故死なぬ!? 如何に礼装を纏おうと、我が雷撃を浴びれば死は免れんはずだ、人間ならば!?』     

 何度振り払おうとも、破壊の嵐を超えて迫りくる緑の影に戦慄を憶えるイヴァン雷帝。

 

 彼の目に映るその姿は、戦闘当初のネズミではない。

 

 自身を噛み殺す牙を持った巨大な獣だ。

  

 雷帝の怒りと恐怖を呼び水に降り注ぐ万の雷霆、しかしそれすらもスコープドックを撃墜するには足りない。

 

 まるで亡者の叫びのようなローラーの軋みを上げて、黒煙の向こうから死神はその姿を現す。

 

『貴様は人間ではない!! 人間などでは……っ!?』

 

『…………』

 

 至近距離からの斉射によって、王冠と一体となった本体は瞬く間にひき肉となった。

 

 頭脳を破壊され倒れ朽ちていく巨象を一瞥した立香は、言葉一つ掛ける事無くその場を後にした。

 

 

 

 

 イヴァン雷帝を廃した事で世界樹を根付かせ、自身のサーヴァントであるキャスター・アナスタシアを皇帝に据えようとするクリプターの一人、カドック・ゼムルプス。

 

 だがしかし、皇女の放つ氷牙は深緑の猟犬を捉えることは無く、守護精霊ヴィイの魔眼も開くと同時に強壮弾を叩き込まれる事で潰えた。

 

 雷帝戦で破損したアームパンチの代用品として装備されたパイルバンカーによって急所を貫かれたアナスタシア。

 

 彼女を庇おうと前に出たカドックの眼前で、ヘヴィマシンガンの銃口が剣呑な光を放つ。

 

『……まだだ。まだ終わってない! 僕は、彼女を皇帝ツァーリにすると約束した! この世界でダメなら、異なる世界を構築する……! その違う世界で、彼女を皇帝ツァーリにする! 諦めるものか! 絶対に諦めるものか! 僕だって……、君みたいにできるはずだ……!!』

 

『つまらん話をする余裕があるのか? 俺はお前と口を利く気などない』

 

 カドックの叫びをこう切り捨てた立香は、迷う事無く引き金を引いた。

 

 エーテルとなり消えていくアナスタシアとひき肉となったカドック。

 

 二つの屍に目を向ける事無く、立香は機体をシャドウボーダーへと向ける。

 

 立香にとって、これは初めての殺人であった。

 

 だがしかし、その心には後悔も罪悪感も入り込む余地はない。

 

 何故なら、自身が死線を超えて護った世界を破壊された時点で、藤丸立香は覚悟を決めていたからだ。

 

 この戦いは、クリプターを名乗る七人のマスターとの戦争なのだと。

 

 この異聞帯で得た情報が確かならば、汎人類史を復活させる為には、これからさらに6つの世界を滅ぼす必要がある。

 

 ならば、一人を手に掛けた程度、気にする暇など何処にあるというのか?

 

『俺は生き延びる。誰も俺を縛る事は出来ない』

 

 自身に言い聞かせるように呟き、立香は相棒であるスコープドックを加速させようとした時、再び大地に激震が走る。

 

 どうやら、この戦場はまだ終わりではないらしい。

 

 鉄面皮の口元を少しだけ釣り上げ、人類最後のマスターだった男は手にしたレバーを前に倒した。

 

 

 

≪簡易解説≫

 

 

 ぐだ男

 

 生粋のロボットオタクにしてロボゲー三十段の腕前を誇る、人類最後のマスター。

 

 地元ではリアル・ニュータイプと言われていた。

 

 リアル・スコタコの登場に荒ぶりすぎて、現在キリコ・ロールプレイ中。

 

 イヴァン雷帝戦の所為で、何気にガチのPSに目覚め始めている。

 

 

 マシュ

 

 スコタコ登場からオペ子へとジョブチェンジ。

 

 専用装備であった霊基外骨格・オルテナウスを先生が無断でスコタコの材料にしたので、よほどの事が無い限り戦場には出ない予定。

 

 位置的にはフィアナポジなのに、これからどんどん影が薄くなる。

 

 

 アヴィケブロン先生

 

 スコタコ専属メカニックにて、全ての元凶。

 

 ぐだ男のコレクションでボトムズを見てむせた人。

 

 あっという間に『最低野郎』の仲間入りを果たし、ダヴィンチちゃんを巻き込んでスコタコを作った。

 

 この後、異聞帯が進むごとにスコタコをチューンナップしていくと思われる。

 

 

 

 

 このぐだ男とフレンドになると、オルナテウスを代償にスコタコ礼装が手に入る。

 

 ただし、スコタコ礼装を使うと戦闘が3Dロボアクションになるので注意。

 

 合言葉は『こいつの肩は赤く塗らねぇのか?』 

 

 

 

 

 次回予告

 

 ロシアを抜け、バルトアンデルスと合流を目指すカルデアを待っていたのは、また地獄だった。

 

 ラグナロクが訪れることなく、北欧の神々が未だ残る異質な世界。

 

 巨人や戦乙女が守護するこの異聞帯を舞台に、ローラーダッシュの軋みに乗せて、ぐだ男&フレンズ(レッド・ショルダー)の蹂躙が始まる。

 

 次回「無間氷焔世紀ゲッテルデメルング」 

 

 来週もぐだ男と地獄に付き合ってもらう。

 

 

 



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デジタル・デビル物語に転生とか、難易度マゾヒズムすぎる

 久々に旧約女神転生のⅡをやったので、書いてみました。

 デジタル・デビル・ストーリー、読んでみると面白いですよ。

 

 


 え~、気が付くと転生していた。

 

 頭の片隅にある物凄く朧げな記憶だと、妙に態度のデカい誰かに会ってルーレットを引いたような気がする。

 

 きっと気の所為だろうけどさ。

 

 常識的に考えて、そんな二次創作のテンプレみたいな事なんてある訳ない。

 

 転生して前世の意識持ってる時点でアウトとかは言わない約束だ。

 

 先ほど転生したと言ったものの、前世の事で覚えているのは漫画やゲームといったサブカル、あとは一般常識くらいしかない。

 

 以前のオレが何者でどんな人生を送ったか、なんて個人情報は真っ新である。

 

 こうなっては仕方がない。

 

 オギャーと生まれて数週間、白鷺丈(しらさぎじょう)という新たな名前ももらった事だし、心機一転頑張っていこうではないか。

 

 そうと決まればこれから世話になる家族の事を整理するとしよう。

 

 父親は白鷺実。

 

 三芝電気という前世の大型電機メーカーを合体させたような名前の企業に勤めている。

 

 三十を過ぎて大人の渋みが増してきた美形で、姉ちゃんと俺はこの人似だそうな。

 

 この三芝電気というのも名前通りの一流企業らしく、転勤してきた北海道支社から東京に戻ろうとリゲインのCMばりに張り切っている。

 

 家族を思っての事なのでありがたいが、身体を壊さないようにしてほしいと思う。

 

 次に母親の白鷺弓枝。

 

 恰幅のいい肝っ玉母ちゃんで、俺が泣いたら飯をくれる人。

 

 昔はモデルも裸足で逃げだすほどの美女だったそうなのだが、今は二重瞼などに辛うじてその面影を残すのみ。

 

 とはいえ、料理は美味いしオレ達が病気になると夜を徹して看病してくれたりする、とってもいい母ちゃんである。

 

 最後は姉の白鷺弓子。

 

 大和撫子然とした黒髪の美少女なんだけど、見た目に反して結構活発だ。

 

 性格も明るく割と友達も多い。

 

 物心が付いた頃から弟が欲しかったらしく、9歳離れたオレの事を物凄く可愛がってくれる。

 

 ただ、少々スキンシップが激しいのが玉に瑕だ。

 

 帰って来る度にオレに抱き着いてチューをしたり、必死に抱っこしようとしたり。

 

 あと、オレが風呂に入れられるタイミングに合わせて風呂に入ったり。

 

 将来、ブラコンにならなければいいけど……。

 

 

 

 

 さて、オレがこの世界にゲソを付けてから九年が経ちました。

 

 オレとユミ姉ちゃんが北海道の大地で健やかに育っていく中、父ちゃんが必死に積み重ねてきた努力がついに実を結んで本店へと栄転が決定。

 

 それに伴い、我等白鷺家はめでたく東京へ移住いたしました。

 

 流石は日本の首都というべきか、東京の社宅は北海道に比べれば少々手狭だったけど、その分最新設備が整っていてとっても過ごしやすい。

 

 まあ、最新と言ってもこっちの世界はただ今1980年代後半。

 

 2018年に暮らした記憶のあるオレにしてみれば、まだまだレトロ感が抜けないワケでして。

 

 おかげで玩具やゲームに心惹かれるものはなく、オレはもっぱら身体を動かす事を好むアウトドア小学生となってしまった。

 

 うん、前世のオタクっぷりからは想像もできない変化っぷりだ。

 

 さて、そんなオレにはドップリとハマっているものがある。

 

 それはズバリ『ムエタイ』である。

 

 北海道で暮らしていた際、社宅の近所にタイ料理と並列して経営するジムがあった

 

 妙に惹かれるモノがあって3歳の時に入門したんだが、コーチを兼任していたオーナーが俺の蹴りに才能を見出したらしく、メインのエクササイズそっちのけでミッチリ扱いてくれた。

 

 日本のキックボクシングの大会だけでなく、本場タイへの遠征まで組んでくれたお陰で腕の方は鰻登り。

 

 日本に帰る頃には地元のジムから本気でスカウトを貰うほどに上達する事が出来た。

 

 そういう風に情熱的な指導をしてくれた事もあり、引っ越しが決まった時はコーチは物凄く残念がってくれた。

 

 別れの時に東京へ行ってもムエタイを続けることを伝えると、オーナーは東京にある現役時代のライバルが経営するジムを紹介してくれた。

 

 ムエタイを続けられることは嬉しいし、指導も本格的でやり甲斐があるのだが、北海道のオーナーもこっちのコーチも物凄く見た顔なのが引っ掛かる。

 

 具体的に言うと、北海道のオーナーが『デビルサマナー・ソウルハッカーズ』のサワムラさん、こっちのコーチが『デビルサマナー』の三葉さんなんですよっと。

 

 しかも名前も一緒だし。

 

 まさかとは思うが、ここってメガテンの世界じゃないだろうな?

 

 万が一そうだとしたら、東京とかモロに鬼門なんですが……。

 

 ともかく、そういったワケで不安はあれど平穏な日々を送っていたのだが、最近はどうも周りがキナ臭い。

 

 ここ一か月ほど、ユミ姉ちゃんが家に帰ってきていないのだ。

 

 切っ掛けは数週間前に遡るのだが、姉ちゃんが転校した学校で生徒の大量失踪事件があったらしい。

 

 その事件が起きた日の夜、事件の事もあって家族で安否を心配していると、姉ちゃんから電話があった。

 

 受けた母ちゃんの話では『いま奈良にいて、しばらく帰ってこれない』と言うと一方的に切れてしまったそうだ。

 

 当然、そんな説明では父ちゃんと母ちゃんが納得する訳がなく、二人はその日の内に警察に駆け込んで姉ちゃんの捜索願を出した。

 

 前世だったら携帯で連絡を取ったりGPSを調べればいいのだが、生憎と1980年代後半にはそんな便利なモノはない。

 

 携帯電話はあるにはあるそうなのだが、軍用トランシーバーみたいなゴツい代物だし、電波もほとんど届かない。

 

 なにより馬鹿みたいに高額な為に、女子高生に持たせられるものじゃないそうだ。

 

 それからはヤキモキしながら警察からの連絡を待つ日々が続いている。

 

 オレだって姉ちゃんが心配で、学校にもジムにも全く身が入らないのが現状だ。

 

 そんなこんなでイライラしながら過ごしていると、姉ちゃんの学校から来客があった。

 

 インターホン越しに話を聞いたところ、例の失踪事件の学校側のこれからの対応について説明したいとか。

 

 ユミ姉ちゃんの失踪についても関係があるのか問いただそうとドアを開けた俺は、次の瞬間に胸を貫いた灼熱感に言葉も出せなかった。

 

 喉から熱いものがせり上がってくるのを感じながら、目を向けると青い鱗がびっしりと生えた腕が胸から生えている。

 

『ふふふ、まずは一人』

 

 急速に遠のく意識の中、腕と同じく青い鱗に覆われた顔を心底嬉しそうに歪める化け物女の声が、二度目の生で最後に聞いた音になった。

 

 

 

 

 えー、死んだと思ったら東京に越してきた日の朝になっていた。

 

 ぶっちゃけ、意味が分からない。

 

 リアルでポルナレフ体験するハメになるとは思わなかった。

 

 まあ、胸には貫かれた傷が残ってたから夢じゃないみたいだけど。

 

 そう言えば、傷が蛍光緑の痣みたいになってたのはどういう訳なんだろう?

 

 難しい事はあとで考えるとして、死に際のショックで思い出した事が一つある。

 

 ユミ姉ちゃんって、メガテンシリーズの第一作『デジタル・デビル・ストーリー』のヒロインじゃないですか、ド畜生が!!

 

 ヤッベーよ、マジでヤッベーよ。

 

 あの話って、オレの記憶が正しかったら欝まっしぐらなバッドエンドだぞ。

 

 つーか、ユミ姉ちゃんがあんな結末迎えるとか、シャレになんねーって。

 

 頭ン中の情報を整理して、何とか手を打たねーと。

 

 ……よーし、落ち着け。

 

 まだタイムリミットまで一か月以上はある。

 

 まずは原作知識を引っ張り出して、これから起こる事を纏めるんだ。

 

 前世はディープなメガテニストだったとはいえ、ゲームじゃない『デジタル・デビル・ストーリー』を読んだのは前世にして数年前だ。

 

 転生した時間を加味したら余裕で十年は経ってる。

 

 だから、細かいところまで拾い上げるのは実質不可能と言っていい。

 

 大まかな流れをピックアップして、なんとか帳尻を合わせるしかない。

 

 さて、オレの記憶が正しければ、前の死因だった化け物女が襲ってくるのは小説第二巻『魔都の戦士』のイベントのはずだ。

 

 今後の事を追う前にまずは前提情報を上げていこう。

 

 最初にユミ姉ちゃんは日本の国生みの女神である伊邪那美大神(いざなみおおかみ)の転生、または同位体である。

 

 そして姉ちゃんが通う十聖学園にはその対である伊邪那岐大神(いざなぎおおかみ)の転生がいる。

 

 伊邪那岐の転生である天災プログラマー中島朱実は、イジメの復讐として『悪魔召喚プログラム』を作成する。

 

 報復のために召喚されたのは北欧の魔神であるロキ。

 

 だがプログラムには欠陥があり、悪魔召喚に関する契約の項目が抜けていた為にロキは中島の手を離れて暴走。

 

 クラスメイト全員が犠牲になる等の悲劇があったものの、紆余曲折を得てロキは中島に倒される。

 

 しかし、学校のコンピュータ室に仕掛けられていた悪魔召喚プログラムはそのままであり、さらには生贄として本格召喚の前からロキの(なぐさ)みモノになっていた担任教師の小原はロキの子を身籠っていた。

 

 で、前回に襲撃してきた鱗女はその小原であり、奴の目的はロキを倒した中島とユミ姉ちゃんへの復讐。

 

 小説通りなら、あのあと小原は父ちゃんと母ちゃんを殺し、中島の母親に悪魔を取り付かせることで自身の操り人形とする。

 

 そうして母親の手で中島を殺そうと画策していたはずだ。

 

 だがしかし、ギリギリのところで間に合った姉ちゃんによって中島は九死に一生得るわけだが、その代償に姉ちゃんは中島の母親を焼き殺してしまう。

 

 結果、中島から心ない言葉をぶつけられた姉ちゃんはオレ達の死のショックもあって、その場を逃走。

 

 奈良の蘇我の森で小原への復讐を果たすものの、奴の腹の中にいたロキの子を依り代にして現世に現れたエジプトの悪神セトによって捕らえられてしまう。

 

 捻り出せたのがだいたいこの位なんだけど、これを見る限りだと事件が起こる前に中島を殺すのが一番確実だよなぁ。

 

 ぶっちゃけ、あいつが悪魔召喚プログラムを作りさえしなければ平和なままなんだし。

 

 とはいえ、原作だと姉ちゃんが転入から事件まで間が無かったはず。

 

 その辺の事を思えば、今の時点で悪魔召喚プログラムは完成していると見るべきか。

 

 中島とロキに関する惨劇が回避できないとなると、オレにできることは……強くなることくらいだ。

 

 小原の襲撃から逃げるのはまず不可能。

 

 詳細な時期は分からないし、なにより父ちゃんたちを説得する方法が見えない。

 

 正直に事情を説明しても、悪魔がどうこうなんて理由では悪戯と思われるのがオチだ。

 

 だからと言って、オレだけが生き残っても意味が無い。

 

 姉ちゃん的には全滅よりも希望があるんだろうけど、家族を見捨てるなんて俺自身が許せない。

 

 こんなことで生き残ったとしても、罪悪感から遠からず自殺するのが関の山だろう。

 

 ならば残された手は一つ、強くなって小原を撃退することだ。

 

 なあに、心配はご無用。

 

 ここがメガテン世界だとすれば、訓練次第で悪魔を倒せる逸般人だってなれるはずだ。

 

 オレにはムエタイがあるのだから、努力に努力を重ねてそこまで駆け上がればいいだけの話である。

 

 そうしてオレは三葉コーチの指導の下、更なるトレーニングに励んだ。

 

 そうして運命のリベンジマッチ!

 

 一撃目をブロックと足捌きで受け流し、膝横に向けてムエタイ式ローキック、テツ・ラーンを叩き込む!!

 

 足に古いドテラを巻いて、タプタプになるまで水を入れるという重石を付けてでサンドバッグを蹴りまくっていたお陰で、倒れないまではいかないものの小原の身体がグラリと揺らぐ。

 

 効いてる、効いてる!

 

 このまま攻め続ければ、勝機は────

 

『アギ』

 

 あっづぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 

 

 

 

 

 まさかの魔法である。

 

 火炙りに遭うのは初めてだったが、思った以上に早く死ねたのが救いか。

 

 しかし、再び東京移住初日に戻っているところを見ると、本格的にループにハマってしまったらしい。

 

 クリア条件は小原を倒す事なのか?

 

 前回はこちらの蹴りが通用していたのだから、努力を重ねればそれも可能かもしれない。

 

 ユミ姉ちゃんの為にも、もう一度鍛え直さねば。

 

 というワケで、前回の教訓を生かして両足ドテラ+手首にはパワーリストという負荷をかけてのトレーニングを実施。

 

 小学生には負荷トレーニングは厳しいものがあったらしく、マジで手足がモゲるかと思った。

 

 そんな苦労の甲斐あって、身体能力は目に見えて上昇した。

 

 なかでもムエタイ式ハイキックであるテツ・カン・コーは、サンドバックを吊るす鎖が一本切れるほどである。

 

 そんなこんなであっという間に一月が過ぎ、再び決戦の時が訪れる。

 

 前回の教訓からフットワークを使って相手を翻弄しつつ、まずはテツ・ラーンで相手の足を殺す。

 

 たとえ魔人と化していても、小原はただの高校教師である。

 

 実戦の舞台に立った経験など無い筈だ。

 

 対するこちらはクローバージムでの厳しい訓練に加えて、経験を積むための不良狩りまで始めたのだ。

 

 ちょっとやそっとの身体能力差で覆されては堪らない。

 

 鉤爪やソフトボールほどの火球を躱しながら丁寧にテツ・ラーンを積み重ねていると、小原の動きが目に見えて鈍ってくる。

 

 このチャンスを逃さずに前蹴りで距離を測ったオレは、必殺のテツ・カン・コーを放とうとする。

 

 しかし、そんなオレを迎え撃ったのは奴の下腹部からは飛び出してきた謎のスライム。

 

 全身を絡め捕られながら吸われてはいけないモノをチューチューされ、最後にはポキュポキュッと圧縮処理されてしまいました。

 

 

 

 

 魔法の次はスライムときたか。

 

 さすがは化け物、芸達者である。

 

 というか、あのスライムって化け物女とロキの子じゃねーの?

 

 胎の中に収めているのなら、しっかり栄養送ったらんかい。

 

 死に戻りもそろそろ慣れてきたワケだが、今回になって気づいたことがある。

 

 なんとオレはロールプレイングゲームのように、脳内で自分のステータス画面が開けるのだ。

 

 でもって見てみた結果だが、レベルは6でスキルはムエタイのみ。

 

 ステータスで優れているのは力・体力・敏捷と典型的な脳筋キャラになっていた。

 

 所持しているスキルを思えば、こうなるのは当たり前なのだが問題は別にある。

 

 オレはムエタイのスキルを全く上げていなかったのだ。

 

 脳内に広がるステータス画面を進めていくと、レベルを上げる事で得られるスキルは有用なモノばかり。

 

 受けるダメージを10分の1にする防御やパンチやキックの攻撃力の増強、さらには問答無用で攻撃をよけることが出来る緊急回避など。

 

 『何故、もっと早くこれに気づかなかったのか』と後悔しながらレベルを上げていくと、レベル6から系統が三つに枝分かれしているではないか。

 

 各枝の名称は『嵐を呼ぶ男』『帝王』そして『地上最強のお兄ちゃん』

 

 どう考えても格ゲーです、本当にありがとうございます。

 

 このスキルの所為で朧気だった転生ルーレットが現実味を帯びてきたワケだが、こんな事は考えたところで今更である。

 

 相手はガチの悪魔なのだ、こっちも格ゲーキャラにでもならんとやってられんだろ。

 

 というワケで今後を大きく左右する枝の選択である。

 

 個人的には『地上最強のお兄ちゃん』を選びたいところだが、こいつには致命的な欠点がある。

 

 それは超必殺技が無いのである。

 

 悪魔が蔓延る社会となってしまった以上、危難は小原だけに留まらないのは明白。

 

 ユミ姉ちゃんの素性を考えれば、日本国内にいても危険性はダントツトップと見るべきだ。

 

 最悪の場合はルイ・サイファー氏が降臨する可能性もあるのだ、キャラ愛だけでそっちに突っ走るのは無謀と言う他ない。

 

 では、『帝王』はどうか?

 

 こちらは技的には申し分ないが即効性が足りない。

 

 オリジナルのハゲ眼帯みたいにタッパが190㎝くらいあればこれ一択なのだが、小学3年の身体では少々身に余るだろう。

 

 これから真っ当に成長できる保証があるならワンチャンあるが、生憎と世の中は明日をも知れない世界へと足を踏み入れるのは明白だ。

 

 大器晩成を悠長に待つ余裕などある訳がない。

 

 結果、オレが選んだのは『嵐を呼ぶ男』だった。

 

 原作では挑発やキャラからイロモノ扱いされているが、これでも主人公の一角。

 

 性能が悪いわけがない。

 

 オリジナルが日本人である事から、彼の技の殆どが中肉中背だろうと十分実用に堪える。

 

 なによりこちらも『丈』という名前なのだから、こちらを選ぶのは筋というものだろう。

 

 レベル6で手に入れることが出来たのは『ハリケーン・アッパー』

 

 奴の代名詞であると同時に待望の飛び道具である。

 

 試しに撃ってみると本当に竜巻が出たうえに、ブロック塀を一画を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまった。

 

 これは凄いと小躍りしたものの、飛び道具が手に入れば他の三種の神器『突進技』と『対空技』が欲しくなるのが人情というもの。

 

 両手両足にプラスして腰にウエイトを付けての強化トレーニングによって、ムエタイレベルをさらに2引き上げた俺は『スラッシュキック』と『タイガーキック』も手に入れることができた。

 

 欲を言えば超必殺技の『スクリューアッパー』も欲しかったのだが、生憎とここで時間切れである。

 

 はてさて、三度目ならぬ四度目の正直だ。

 

 ガキだと思って油断していたのだろう、何とも気の抜けた鉤爪の刺突をタイガーキックで迎撃。

 

 廊下の端まで吹っ飛び、壁に背中を打ち付けたところでハリケーン・アッパーを連打! 連打!! 連打!!!

 

『ハリケーン・ナッパー! ハリケーン・ナッパー!! ハリケーン・ナッパー!!! ハリケーン・ナッパー!!!!』

 

 ノリノリで相手の動きを固めたところで、疾る竜巻を追いかけるようにスラッシュキックを放つ。

 

 目標はもちろん奴の下腹部、前回『しまっちゃうおじさん』カマしてくれたスライムである。

 

 流れていく視界に映るのはダメージの為か、へたり込んで動けない小原の姿。

 

 『勝った! 第三部・完!!』と内心で喝采を上げていたところ、突然俺の身体が火達磨となった。

 

 防御貫通なのか、前回の魔法以上に身体が燃えていく中、向けた視線の先には般若の形相で涙を流しながらこちらを睨むユミ姉ちゃんがいた。

 

『悪魔め! よくもジョー君に、私の弟に乗り移ったわね!!』

 

 OK、理解した。

 

 そりゃあ小学生が手から竜巻出して大人の女を一方的に嬲ってるの見たら、そう思ってもしゃあないわ。

 

 スキルを取った所為で浮かれすぎてたか、我ながら迂闊───

 

 

 

 

 なぞはすべてとけた。

 

 前回からのやり直しの際、ループの元凶と顔を合わせることが出来ました。

 

 その黒幕とは、赤い彗星……じゃない。

 

 ダーナ神族の長老ダグザ様でした。

 

 今生で生を受けた際、頭の隅にあったルーレットも現実で、オレがムエタイに惹かれたのはルーレットでムエタイのスキルを引いたかららしい。

 

 当時のオレに言いたい。

 

 何故、武器格闘を引かなかった(涙)

 

 素手格闘とか、シンメガTRPGだと敵が強くなったら泣きを見る技能じゃないですか、ヤダー!!

 

 前衛で行くなら、せめて剛剣かウエポンマスタリーがよかった……。

 

 無様に崩れ落ちるオレを前に、ダグザ様は丸太のようなゴツイ腕を組みながら、無駄に渋い声でこちらに語り掛けます。

 

 『お前は俺の神殺しだ。俺の目的を果たすまで、何度でも蘇らせてやるぞ』

 

 無限ループ確定のお知らせです。

 

 つーか、むこうの目的教えてもらってないんすが。

 

 この神様はいったい何処を目指してるのでしょう? 

 

 『今は考える時ではない。お前は力を蓄え、俺の言うがままに動けばよいのだ』 

 

 デフォルトで心を読んでくる神様、怖いっす。

 

 ともあれ、ナナシよろしく神殺しになってしまったからには仕方が無い。

 

 鏖ルートが来ない事を祈りつつ、悪魔が蔓延るマッポーの世を生きるとしましょう。

 

 取りあえずはスクリューアッパーを習得して、小原を潰すところから始めようか。

 

 オレの捨て身の献身と努力が、姉ちゃんの輝く未来を創ると信じて………ッ!!

 




 簡易解説

 白鷺丈

 デジタル・デビル・ストーリー世界のダグザによって、現世介入の駒として送り込まれた転生者。

 伊邪那美の転生たる弓子の弟に生まれたのは、もちろんワザと。

 転生特典でまさかのムエタイ引きをブチかましたために、ダグザ様はわざわざ格ゲー技能まで作るハメになった。

 デジタル・デビル・ストーリー世界では四文字様が天之御中主神と=だったり、他の神様を作ってる設定だったりする。

 よって、ダグザに命を握られて神殺しになった時点で悪魔・天使・日本神話を敵に回して鏖ルートが確定している。

 難易度はハードを超えたマゾヒスト。

 奴は生き残る事が出来るか? 

 白鷺弓子

 デジタル・デビル・ストーリー本編のヒロイン。

 伊邪那美大神の転生で、高濃度の生体マグネタイトを保有している為に悪魔に狙われやすい。

 弟という強力な助っ人がいるので、上手く立ち回れば原作のような悲劇は起こらない。

 しかし、結局はダグザの神殺しである弟との殺し合いが待っているので、やっぱり人生ハードルート。

 中島朱実

 デジタル・デビル・ストーリー本編の主人公にて、ある意味全ての元凶。

 今作では影が薄い。

 伊邪那岐の転生あるものの、弓子ほど前世との繋がりは強固ではない。

 秘剣ヒノカグツチの最初の保有者だが、個としての戦闘力はそこまで高くはない。

 弓子以外何もいらないと素で言える人間なので、鏖ルートだと本気で殺しに掛かって来る。
 


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デジタル・デビル物語に転生とか、難易度マニアックすぎる(2)

 一発ネタの続き。

 これを書く為にデジタル・デビル・ストーリーの原作小説を探してみたのですが、マジでどこにもねぇ……。

 仕方ないので愛蔵版を通販で購入予定。

 いやはや、これもツクール版真・女神転生のクローンゲームが面白いのがいけないんや。

 百合子ルートがあるとか、予想だにもしてなかったわ。


 やあ、生きてまた会えましたね。

 

 ムエカッチュアー(古式ムエタイ選手)の白鷺丈(しらさぎじょう)です。

 

 死に戻りも五度目を迎えたことなので、今回は受け身の姿勢は捨ててアグレッシブに行こうと思います。

 

 幸い、死んでもステータスやスキルは持ち越しになっているらしく、今のオレの強さは『魔人・小原』を追い詰めた時のまま。

 

 これならば、よっぽど高位の悪魔でもない限りは迎撃可能でしょう。

 

 と言う訳で、この有り余る体力を活かして失踪事件が起こる日にユミ姉ちゃんが通う十聖学園に忍び込む事にしました。

 

 今までは東京移住から約一か月半後に起こる『小原襲撃事件』に合わせてコンディションを調整していたわけだが、今回は少々時間が無い。

 

 頭に残る原作知識がたしかなら、十聖学園におけるロキ召喚は姉ちゃんの転校から二週間ほどで起こるからだ。

 

 リミットは約半月。

 

 新天地での生活とかそっちのけで三平さんのクローバージムに通い詰めたオレは、期日ギリギリでムエタイのレベルを11に上げることができた。

 

 習得できた技能は『黄金のカカト』と『スクリューアッパー』

 

 『黄金のカカト』はジャンプから空中で弧を描くような軌道で踵を振り下ろす打撃技、そして『スクリューアッパー』は念願の超必殺技である。

 

 件の技は全身全霊のアッパーカットによって巨大竜巻を発生させ、取り込んだあらゆる物を容赦なく磨り潰す超必殺の称号に恥じない代物だ。

 

 これを(もっ)てすれば小原なら一撃、上位の悪魔とて無事ではすまないだろう。

 

 問題があるとすれば、燃費が非常に悪い事くらいか。

 

 現状のオレの体力だと、打てて三発が限度。

 

 まさに切り札という奴だ。

 

 そうして訪れたXデー。

 

 仮病を使って半ドンで学校を切り上げたオレは、なけなしの小遣いを使って十聖学園へと急ぐ。

 

 十聖学園に着いてみると、その校内は周りとは明らかに空気が違っていた。

 

 これがメガテンでよく言われる『異界化』というものなのだろう。

 

 たしか、原作では儀式は大型コンピュータがあるコンピュータ学習室で行われていたはずだ。

 

 外様の人間であるオレは学内の地理には明るくないので、件の部屋が何処にあるのかなど皆目見当が付かない。

 

 しかし心配はご無用。

 

 こちらには強力な助っ人がいるのである。

 

「ダグザ様、魔力とかのヤベーエネルギーが高まってる場所って、わかりますか?」

 

『三階の南端にある部屋だ。魔力の漏れ具合からして、小物だが魔王か邪神クラスが召喚されようとしているようだぞ』

 

 こちらが問いを投げると胸の痕が緑色の光を発して、ダグザ様の声が返ってくる。

 

 そう、助っ人とはオレの雇い主であるダグザ様である。

 

 今回の死に戻りに際してオレが彼の存在に気付いた事から、一緒に行動してくれるようになったのだ。

 

 とはいえ、オレにはナナシのような悪魔召喚プログラムが入ったスマホはない。

 

 そこで、ダグザ様には守護霊的な立場でオレに取り憑いてもらう事にしたのだ。

 

 古いメガテニストには、『真if』の『ガーディアン』みたいなモノと言えば理解しやすいだろう。

 

 まあ、本来のガーディアンみたく、ダグザ様のスキルが使えたりするわけではないんだけどネ!!

 

『油断するなよ、小僧。この場が異界と化した事で、本命の召喚に紛れて現世に出てきた雑魚共が実体化し始めているぞ』

 

 ダグザ様の警告に合わせるように、廊下の天井から赤黒い肉塊が落ちてきた。  

 

 粘液を撒き散らしながら蠢いていたそれは周辺の空気から何かを吸い上げると、見る間に漆黒の毛並みを持つ大型犬へと変化する。

 

 普通の犬とは明らかに違うのは、燃えるような紅い瞳と息の代わりに紅蓮の炎を漏らしていることか。

 

『ヘルハウンドか。能力は高くないが、吐く炎は火炎放射器並みだ。食らえば命は無いモノと思え』

 

 ヘルハウンド。

 

 イギリスの伝承に登場する、不吉の象徴とされている魔犬だ。

 

 メガテンでは妖獣にカテゴライズされ、レベルは7。

 

 ファイアブレスが武器に、序盤のエンカウント悪魔の中では強敵の部類に入っていたはずだ。

 

 うなり声と共に低い姿勢を取るヘルハウンドは、火と共に一声吠えるとリノリウム張りの床を蹴った。

 

 強靱な四肢を活かした突撃。

 

 緑かかった(よだれ)と揺らめく炎を口の端から零しながら、魔犬の牙は一直線にこちらの喉笛にむけて飛んでくる。

 

 しかし───

 

「シィッ!」

 

 呼吸と共に突き出した爪先は、それが届くより先に相手の柔らかい腹を深々と(えぐ)った。

 

 腹腔にめり込み緑色の返り血で濡れるスニーカーを引き抜くと、返す刀で右の廻し蹴りで悪魔の(くび)を薙ぐ。

 

 鞭で肉を叩くような炸裂音が響くと、空中で半回転し側頭部から床に叩き付けられたヘルハウンドは、だらりと垂れた舌を床に零れた自身の頭の中身に(ひた)しながら消滅した。

 

 前蹴りで相手の突進を止めて、テツ・カン・コーを叩き込む。

 

 ムエタイの基礎と言えるコンビネーションだ。

 

 『ヘルハウンドを蹴り二発で仕留めるか。少しはマシになったようだな』

 

「そりゃあ、伊達にあの世をメドレーリレーしてませんからね」

 

 フンと鼻を鳴らすダグザ様に軽口を返していると、今度は3体の異形が姿を現した。

 

 長柄の棍棒を手にした犬顔の獣人はワー・ドッグかコボルト。

 

 オレと同じくらいの身長をした、紫色の肌を持つ子鬼はおそらく餓鬼。

 

 その後ろには革鎧と楯を身に着け、短剣を構えた緑の肌をしたバグベアらしき亜人もいる。

 

『揃いも揃って雑魚ばかりだな。この程度の手勢を蹴散らせねば、異界の主には到底勝てんぞ』

 

「分かってます……よっと!!」

 

 言葉じりと共に床を蹴ったオレは矢のような速度で宙を駆け、勢いもそのままに獣人のドテッ腹にスラッシュキックを突き立てる。

 

 鈍い打撃音が廊下に響き、血反吐と共に身体を『くの字』に折る獣人。

 

 その隙を逃すことなく蹴り脚を軸にして逆の踵で犬面を薙ぎ払うと、折れた牙と吐しゃ物を撒き散らして奴の身体が床に沈む。

 

 次に倒れゆく獣人の身体を踏み台にして前に跳んだオレは、空中から奴の脳天に向けて両肘を振り下ろす。

 

 頭頂部へ強烈な一撃を食らい、無防備になったところで首に手を回して太鼓腹に膝を一発。

 

 よだれを吐きながら体勢が前屈みになったところで、もう一方の膝で顎をカチ上げる。

 

 紫色の体液を撒き散らしながら宙を舞う餓鬼、その身体を掻い潜るように鈍色の光が閃いた。

 

 咄嗟に屈んでやり過ごしたものの、額の右側から側頭部の前辺りに掛けて(はし)る灼熱感。

 

 視界の隅を紅い雫が掠めていくが、取り乱したりはしない。

 

 経験から傷の深さは皮一枚程度である事がわかっているからだ。

 

 傷を受けたことで溢れ出るアドレナリンが戦意を高める中、視線を上げてみれば赤錆が浮かぶ短剣を突き出した体勢の亜人と目が合った。

 

 餓鬼を仕留めた隙を突こうという腹だったのだろうが、お生憎様だ。

 

「タイガーキィィッ!!」

 

 しゃがむ事で力を溜め込んだ全身のバネを活かした一手。

 

 金のオーラを纏った膝は奴の眉間を捉え、その勢いのままに胴から首を千切り飛ばした。

 

 次々と瘴気を上げて消滅していく悪魔達を見ていると、死体が消え去った後に何かが遺されている事に気付く。

 

 拾い上げてみると、見た事も無いような銅貨にアメジストのような小石だ。

 

『それは魔貨(マッカ)と魔石だな。貴様も知っての通り、悪魔との交渉や魔界における売買にしようするものだ。持っていて損はあるまい』

 

 ダグザ様のアドバイスに従って、俺は背負っていたランドセルに戦利品を放り込む。

 

 そうしてダグザ様のナビに従って進む事になったわけだが、異界と化した行内では次から次へと悪魔が現れる。

 

 出てくるのは下級悪魔ばかりなので俺一人でも対処が可能なのだが、それが数十を超えるようではさすがにこちらも息が上がってしまうのは仕方がない。

 

 ゲームの様に即効性の回復アイテムがない事もあって、時間が経つことに徐々に進撃速度は陰りを見せ始める中、俺は救いの女神に出会う事が出来た。

 

 彼女の名はマベル。

 

 他の下級悪魔と共に現れたピクシーで、むこうから仲魔になってあげると申し出てくれたのだ。

 

 本人は子供が頑張っているのを見ていられなかったからと言っているが、オレがダグザ様の加護を受けている事も理由の一端にあると思われる。

 

 ケルト神話によればダーナ神族はミレー族との争いに敗れた後、ティル・ナ・ノーグと呼ばれる理想郷に移り住み、妖精へと姿を変えたと言われている。

 

 伝承が事実だとすると、彼女たちにとってダーナ神族は太祖という事になる。

 

 それを踏まえれば、彼女がこちらに手を貸すのもおかしな話ではないだろう。

 

 とはいえ、サマナー御用達の悪魔召喚プログラムもCOMPも無いオレには、彼女を仲間として迎え入れる準備など、全くできていなかった。

 

 状況を踏まえても彼女の申し出を無下にしたくないと、妙案が無いかウンウン唸っていたところ、ダグザ様が人肌脱いでくれました。

 

 なんと水筒と魔石、そしてオレの血を使って即席の『封魔管』を作ってくれたのだ。

 

 『封魔管』とは『葛葉ライドウ』シリーズに登場するアイテムで、悪魔召喚師が契約した悪魔を現世に待機させる為の特殊な術式を施した管の事だ。

 

 葛葉を初めとした古いデビルサマナーの間では、COMPと悪魔召喚プログラムが開発される前はこちらが主流だったらしい。

 

 『葛葉ライドウ』に登場した封魔管は神道系の術式を使用しており、使うには霊力と修行が必要になるそうなのだが、そこは魔術の神と言われたダグザ様の仕事である。

 

 俺の血を媒体とすることで、持っているだけで自動的に封魔管の維持と生体マグネタイト(生命力の事)が補充される仕組みになっており、悪魔の召喚・帰還に関しても意識で命じるだけでOKだそうな。

 

 主従契約に関しては術式等の縛りではなく『強者に従う』という悪魔のルールを利用して、オレの力量のみを担保にしているらしい。

 

 それってつまり、オレが弱くなったら反乱を起こされるって事じゃないですか、ヤダー!!

 

 『力こそが正義』というマッポー染みたスパルタン封魔管だが、アドバイザー以外はボッチなオレとって仲間が出来る事は何よりありがたい。

 

 ぶっちゃけ、回復や魔法による後方支援ができる後衛役がいるだけで戦闘の難易度がガラリと変わるし。

 

 ええ、ええ。

 

 『ディア』と『ジオ』の有難みを骨身で感じてますよ。

 

 新宿衛生病院の人修羅って、こんな気持ちだったんだろうなぁ。

 

 まあ、マベルはピクシー系のお約束通り体力と装甲が紙仕様なので、護るのが一苦労ですが。

 

 

 

 

 あれから何十体かの低級悪魔をぶっ飛ばしたオレ達は、ようやく目的のコンピューター学習室に辿り着く事が出来た。

 

 この先には散々苦渋を舐めさせられた小原の親分と言うべきロキがいる。

 

 メガテンでのロキは魔王もしくは邪神にカテゴリーされ、レベルは大体50~60。

 

 北欧神話出身からか、スキルは氷結系を持つことが多い。

 

 原作女神転生の描写を思えば身体をスライムのような不定形に変化させての取込みと、引っ掻きなどの肉弾戦がメインだったと思うが、そうだと決めつけるのは早計だ。

 

 ここは魔法は使えるモノという前提で動くべきだろう。

 

『なかなか良い心掛けだ、小僧。小物とはいえ、奴もまた神に座に座る者。貴様ら人間からすれば、絶対と言っていい程の強者だ。侮ってよい相手ではないぞ』

 

 ダグザ様のお墨付きも出たのなら、俺の予測は間違っていないという事だな。

 

 正直、そんなのと闘うとか勘弁してほしいところであるが、ユミ姉ちゃんの事を思えばそんな事は言っていられない。

 

 それにオレだって命のやり取りを潜り抜けて来たし、入る前とは見違えるほど強くなったはずだ。

 

 道中のゴミ箱からふた付きの缶を拾って、封魔管も3つに増設したしな。

 

 現在の俺のレベルは16、新たなスキルを3つ修得したうえに超必殺技も増えた。

 

 仲魔もマベルがレベル10に上がり、攻守ともに使える魔法が増加。

 

 HPが増えて一撃で戦闘不能にならなくなった。

 

 他にはシリーズお馴染みのカボチャ頭、ジャックランタンや妖精の番犬である魔獣カーシーも仲間になってくれた。

 

 おかげで前衛をオレとカーシー、中衛の魔法攻撃をランタン、後衛での回復と魔法攻撃をマベルとバランスのよい陣形を組む事が可能だ。

 

 このように戦力の方は充実しているわけだが、それでもなおロキ相手だと戦力不足と言わざるを得ない。

 

 だとしても、ここで引き下がるという選択肢などオレにはない。

 

 あの先にはユミ姉ちゃんがいて、原作通りなら蘇るとしても中島を助けて一度死んでしまうのだ。

 

 この世界に生まれて九年、可愛げのないガキだったオレを可愛がってくれた家族がそんな目に遭うのを黙って見てなどいられない。

 

 あと、上手くすれば中島とのフラグを折れるかもしれないしな。

 

 ぶっちゃけ、全ての元凶なうえにイジメの報復で悪魔呼んじゃうようなサイコヲタクを、兄貴と呼ぶ気はオレにはない。

 

 伊邪那岐の転生とか言ってるけど、肝心の前世でも約束破った上にビビって伊邪那美を黄泉路に置いてってるし、あいつ。

 

 姉ちゃんには前世なんぞに縛られることなく、もっと素敵な男性と一緒になってもらいたいのだ。

 

 少々話が脱線したが、そろそろ突入の準備をするとしよう。

 

 まずは脳内音声に乗せて、ムエタイの仕合の前に行われる師(神)に捧げる舞踏、ワイクルー・ラムムアイを踊る。

 

 断っておくが、ふざけているワケではない。

 

 このワイクルーはれっきとしたムエタイのスキルであり、精神系バッドステータスである「恐怖」と「混乱」を防ぎ、魔法防御点が上昇するという、魔法攻撃に弱いオレには喉から手が出るほど重要な技能なのだ。

 

 戦闘中に踊るのはさすがに難しいので使える機会は限定されるのが玉に(きず)だが、ゲームじゃあるまいし戦闘中でなければバフが掛けられないワケではないので問題ないのである。

 

 小気味よく舞っていると、オレの動きに釣られたのかマベルも一緒になって踊り始める。

 

 さらには面白がったカーシーとジャックランタンまでもが、それぞれ思い思いの振りつけて踊りだしたではないか。

 

 いや、お前等。

 

 こっちは遊びでやってんじゃないからね。

 

 その後、マベルとランタンが持ちうるだけのバフを掛けて用意は完了。

 

 いざ突入である。

 

 逃走防止で鍵が掛けてあった扉を強引に蹴破ると、生臭い臭いと共に淡い薄明かりに照らされた室内の様子が飛び込んでくる。

 

 遮光カーテンが閉められて夜のように暗い部屋の中央、教卓の前に描かれた魔法陣には燭台と椅子に座らされたユミ姉ちゃん。

 

 そして、それを取り囲むように虚ろな表情をした生徒たちが立っており、教卓の背後にある巨大コンピューターの前には小原と操作を続ける中島朱実の姿があった。

 

「ユミ姉ちゃん!!」

 

 オレが呼びかけるのと、独りでに首を振り回していたブラウン管ディスプレイの画面から赤黒い肉塊が吐き出されるのは同時だった。

 

 粘液をブチまけながら魔法陣の中央に降り立った肉塊はまるで餌を探すかのように細い触手を伸ばすと、一番近くに立っていた男子生徒の両足にその身を絡ませた。

 

 ズボン越しに両足を締め上げる触手は、その細さとは裏腹に大柄の部類に入る男子生徒を苦も無く本体へと引きずっていく。

 

 異様なのは今まさに捕食されんとしている男子生徒が、悲鳴どころか顔色一つ変えないところか。

 

「マズいよ、ジョー! あのスライム、マグネタイト不足で現界できなかった悪魔だ! あいつ、周りの人間を食べる事で足りないマグネタイトを補おうとしてる!!」

 

『あの無様な肉塊は邪神か魔王クラスの悪魔だな。本来ならばこの部屋に集まった人間程度、食らったところで降臨など叶わんだろうが、あの女神の転生体がいるなら話は別だ』

 

 マベルの警告、そしてダグザ様の助言を耳にしながら、オレは床を蹴った。

 

 伊邪那美の転生体であるユミ姉ちゃんが高濃度の生体マグネタイトを有している事は、原作知識からわかっている。

 

 このクソッタレな体質の所為で、原作ではセトやらルシファーやらの災厄が姉ちゃんに降りかかってくるのだから。

 

 今回早期に動いたのだって、姉ちゃんが伊邪那美に覚醒する前にこっちで保護して、ダグザ様に件の体質を何とかしてもらおうという考えあっての事だしな。

 

『奴があの女をその身に取り込んだなら、この世に肉を持つには十分すぎるほどの『精』を得ることだろう。奴を叩こうと思うなら急ぐがいい、小僧』

 

「わかってますよ! ランタン!!」

 

『待チクタビレタゾ。オーダーを寄越セ、ニンゲン』

 

 オレの呼び掛けに渋い重低音を返してくるジャック・ランタン。

 

 つーか、こいつって仮にもヒーホー系のクセになんでCVジョージなんだよ。

 

 仲魔になってから一度もヒーホーって言った事無いし。

 

 なんだかボスと言うか黒幕臭が半端無いんですが。

 

「マハラギを頼む! 狙いは取り込まれかけてる男子とスライムを分断するように!!」

 

『イイダロウ。泣キ叫ベ、化ケ物(フリークス)───【マハラギ】!!』

 

 カボチャの口が紡ぐ言霊と共に、奴が手にしたランタンから数発の火球が迸る。

 

 放たれた火の玉は狙い違わずに、男子生徒を取り込もうと広げていたスライムの身体に着弾した。

 

 爆音と共に吹き上がる炎、それは生徒をスライムから護る灼熱の防壁へと姿を変える。

 

 それを横目にユミ姉ちゃんの下へと駆けたオレは、座らされていた椅子から引き剥がすと、肩を貸して素早く魔法陣から脱出する。

 

「ジョー君、どうしてここに? それにあのお化けはなんなの!?」

 

「詳しい話は後! 今はここから逃げなきゃ!!」

 

 そう言って出口に向かって走っていると、耳元に飛んできたマベルがこちらに声をかけてくる。

 

『ジョー、ここにいるニンゲンおかしいよ! みんな、魔術で心を縛られてるみたい!!』

 

「マベルの魔法でなんとかできそうか?」

 

 もし無理なら、申し訳ないが見捨てていくことになる。

 

『うん。掛けられた魔術自体は強いモノじゃないから、なんとかなると思う』

 

「頼む!」

 

『わかった』

 

 一声そう言って、傍らから離れるマベル。

 

 燐光を残して天井へと舞い上がる小鳥サイズの人間に、姉ちゃんはポカンと口を開けている。

 

『木々の恵みよ、迷い者の心に一筋の光明を! 【メ・パトラ】!!』

 

 鈴を転がす声で紡がれた呪文と共に、マベルを中心として淡い光の粒が教室に広がった。

 

 すると、一呼吸の間を置いて正気を取り戻した生徒たちが口々に呟く声が溢れ出す。

 

「火事だ! 火事だ! 全員、教室から逃げろ!!」

 

 このタイミングで間髪入れずに、オレは全力で声を張り上げた。

 

 一瞬だけ戸惑うような声が聞こえたものの、マハラギによって起こった炎を見つけた生徒が騒ぎ出すのをきっかけとして、教室にいた人間たちは外へと駆けだしていく。

 

 これは集団心理の一つで、非常事態もしくは状況が不明瞭で集団の不特定多数が戸惑っている場合、強く大きな声で指示を出してやると彼等はそれに従いやすいのだ。

 

 我先にと生徒たちが出口へ向けて流れ出ていく中、オレは姉ちゃんに貸していた肩を外した。

 

「ジョー君?」

 

「姉ちゃんは先に行っててくれ。オレはここでやることがあるから」

 

 逃げろとは言ったけれど、異界化してしまった校内からは原因である、あのグロ肉を倒さないと脱出することは出来ない。

 

 生徒達を教室から出したのは、ロキ・スライムの栄養源を断つのもあるが、戦闘で犠牲になる事を避ける為だ。

 

 彼等にはカーシーを護衛に着けるつもりなので、外の弱小悪魔相手ならそう簡単に死にはしないはずだ。

 

「何を言ってるの! 火事の他にも化け物までいるのよ!? こんなところに残るなんてダメよ!!」

 

 予想通りに猛反対するユミ姉ちゃん。

 

 中身はともかく、今のオレの外見は小学3年生である。

 

 ユミ姉ちゃんの性格からして『はい、わかりました』と置いて行ってくれるわけがない。

 

 とはいえ、ここで伊邪那美に覚醒されては、オレの計画がオジャンになってしまう。

 

 このまま押し問答をしても意味が無いと早々に見切りをつけたオレは、グロ肉に向き直ると姉ちゃんが見える角度でハリケーン・アッパーを叩き込んだ。

 

 放った竜巻は赤黒い腐肉をかき混ぜながら引き千切り、ロキ・スライムは痛みを感じた様にのたうち回っている。

 

「え……? なに、今の……」

 

「クローバージムで教えてもらったムエタイの奥義。これがあったら、あのグロ肉から身を護る事だってできるさ」

 

 いけしゃあしゃあとハッタリをカマすオレに、『ムエタイって、こんなに強かったのね』と感嘆の声を上げるユミ姉ちゃん。

 

 あまりの騙され易さに別の心配が頭をよぎったが、それは後回しである。

 

「そういうワケだから、ユミ姉ちゃんは先に出て警察と消防に連絡して!」

 

 強い調子でそう言うと、ようやく姉ちゃんは出口へと足を向けてくれた。

 

 ユミ姉ちゃんは(さと)いから、ここで自分にできることは無いのに気づいていたんだろう。

 

 だから、『通報』という非常事態を解決する為に自分が為せる一手を提示されたことで、やっと動くことが出来たんだ。

 

 姉ちゃんが出口に向かった事で、魔法陣で蠢いていたロキ・スライムもまた動きを見せる。

 

 先ほどまでの緩慢な動きからは想像もできない速度で肉の触手をユミ姉ちゃんに伸ばすが、そうは問屋が卸しはしない。

 

「ハリケーン・アッパー!!」

 

 ハリケーン・アッパーで触手を千切り飛ばすと、出口に行こうとしている奴に連続で竜巻を叩き込む。

 

『悲鳴ヲ上ゲロ、豚ノヨウナ! 【アギラオ】!!』

 

『私もいくよ! 【マハジオ】!!』 

 

 続けて着弾する仲魔達の魔法によって、どんどん体積を削られ悶え苦しむグロ肉。

 

 後ろで小原が悲鳴を上げているが、そんな事は知った事じゃない。

 

 割り込んできたら諸共に消し飛ばすまでだ。

 

 そのまま集中砲火は続き、仲魔達のMPが空になった頃にはスライムは出現時の五分の一程度にまで体積を減らしていた。

 

 動きも体表を蠢かせたり小さく突き出した触手を揺らす程度。

 

 見る限りは虫の息と言っていいだろう。

 

 とはいえ、擬態の可能性もあるので油断は禁物だ。

 

 ここは超必殺技を使って一気に勝負を決めるべきだろう。

 

「よっしゃあっ!」

 

 気合一発、オレは全力でグロ肉に向かって駆けだした。

 

 これから放つのはここに来るまでに覚えた新たな超必殺技だ。

 

 『爆裂拳』『ハリケーン・アッパー』『タイガーキック』『黄金のカカト』の四つの必殺技を連続で叩き込む乱舞系奥義。

 

 その名も『爆裂ハリケーンタイガーカカト』である。

 

 スクリューアッパーで決めてもいいのだが、アレは建物に対する損害が大きすぎる。

 

 今回の件が終わって十聖学園から損害賠償が出た場合を思うと、おいそれとは使えない。

 

 ならば、比較的周りへの影響が少ない打撃系で行くべきだろう。

 

 というワケで、止めを刺させてもらう! 

 

 おんどりゃあああああああ!! ────ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 

 

 

 ここでトリビアを一つ。

 

 日本のRPGだと雑魚の代名詞となっているスライム。

 

 実は海外製やTRPGでは強敵として描かれている事が多いのだ。

 

 不定形の粘体であるその身体には打撃や斬撃は通じず、倒すには魔法やマジック・ウエポンを用いるしかない。

 

 というワケで、止めを刺そうとイキッたところで二度目のブロブ体験をさせていただきました。

 

 あれだけ上手いこと状況を進めておいて死ぬとかナイワー。

 

 とはいえ、やってしまったものは仕方がない。

 

 この教訓は次に活かすこととしよう。

 

 幸い、死に戻りのセーブポイントはコンピューター学習室に突入する前になってる事だし。

 

 というワケで準備を整えて再突入した我々は、多少状況が前後する事はあったものの、先ほどのようにロキ・スライムを追い詰める事に成功した。

 

 今度は前のような失態は侵さない。

 

 奴の身体が無くなるまでハリケーン・アッパーで削り取るだけだ。

 

 そう心に決めて竜巻を連打していたのだが、ここで予想だにしない事態が起きた。

 

 なんと小原が中島を道連れにしてロキの供物なったのだ。

 

 火事場のバカ力か、それとも愛の為せる技か。

 

 嫌がる中島の襟首を掴んでグロ肉へと飛び込む小原。

 

 そこから先は劇的だった。

 

 二人を取り込んだスライムは瞬く間に人の形を取ると、むせかえるような瘴気を発しながらその身を紫の肌に銀の髪をもつ魔神へと姿を変える。

 

 奴こそが北欧のトリックスターと言われた邪神ロキだ。

 

 その存在感、威圧、何もかもが別物だった。

 

 もう理屈抜きでわかる。

 

 たかだか十代後半のレベルでしかないオレでは、逆立ちしても勝てない相手であると。

 

 だがしかし、こちらとて無抵抗で殺されてやるつもりはない。

 

 安西先生も言っていたではないか

 

『諦めたら? 試合終了だよ』と

 

 肺の中の空気全てを使った咆哮で恐怖に竦む身体に喝を入れたオレは、全身全霊の力で拳を振りかぶった。

 

 神殺しなど、人間側が圧倒的不利なのは自明の理なのだ。

 

 ならば、それを振り払ってこそ真価があるというモノではないか!!

 

 

 

 

 気が付くとコンピューター学習室の扉の前にいた。

 

 うん、【シバブー】から【コンセントレート】込みの【マハブフダイン】とか酷過ぎる。

 

 あんなんくらったら、レベル十代なんて一瞬で溶けるっつーの。

 

 しかし盲点だったのは、中島一人で現界可能になった事だよなぁ。

 

 考えてみれば、高濃度の生体マグネタイトが無いとはいえ、中島は伊邪那岐の転生体なのだ。

 

 そりゃあ、栄養満点でもおかしかないわ。

 

 とはいえ、ロキの強さが予想の遥か上を行ってるんだが。

 

 一作目で倒されたこともあって、ボス(笑)とか舐めていたところもあったけど、あれはアカン。

 

 勝つには最低でも30くらいはレベルが要るぞ。

 

 中島みたいなモヤシがどうやったら勝ったんだ?

 

 ……ああ、そっか。

 

 ヒノカグツチと主人公補正だわ。

 

 そのどっちもオレには無い件について、と。

 

 現実逃避はここまでにして、前向きに対策を考えてみよう。

 

 オレがやるべき事は

 

 1.ユミ姉ちゃんの救出

 

 2.ロキ現界を阻止する為に中島および生徒の避難。

 

 3.ユミ姉ちゃんの将来の為に、伊邪那美への覚醒阻止。

 

 4.今後の事を踏まえて、小原の抹殺および悪魔召喚プログラムの破壊。

 

 ……これは酷い。

 

 さすがはデジタル・デビル・ストーリー、認知度もそうだけど難易度もマニアックだわ。

 

 ダグザ様や、今からペルソナ4に転生とかできませんかねぇ?

 

       



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ある小説家志望の転落

 知人の依頼で書いた脚本なんですが、ハードディスクの肥やしのするのも勿体ないので、供養がてらに投稿します。

 けっこう在り来たりの話かもしれませんが、暇つぶしにでもなればと。

 しかし、思えば初のオリジナル作品じゃないか、これ?


 薄っぺらいJpopが流れるハンコを押したように量産させた味気ない店内。

 

 そんな大手コンビニの一チェーン店のレジの前で、俺はボゥと虚空を見つめている。

 

 22時から翌6時までの拘束時間。

 

品出しや掃除などで手が塞がっている時はともかく、やる事が無くなった深夜帯ではこうやって会計に来る客を待つ時が一番時間が経つのを遅く感じる。

 

 こんな脳に余裕が出来てしまったときは、決まって自分の不甲斐なさと努力が実を結ばない世の不条理に気分が沈んでしまう。

 

 俺の名前は初田誠、今年で三十になる独身男だ。

 

 三十にもなってコンビニでバイトと笑うかもしれないが、好きでやっているわけじゃない。

 

 学生時代から小説家を夢見ていた俺は4年前に勤めていた会社を辞めた。

 

 就きたいと思っていなかった仕事に忙殺されて、自分の作品を書く時間が減るのが我慢ならなかったからだ。

 

 家族には反対されたが、当時の俺は何の根拠もない自信からペンで身を立てられると疑わなかった。

 

「467円のお買い上げになります」

 

「はい」

 

 ようやく訪れた客の会計を別方向にズレた思考のまま手早く片付けていく。

 

 三十分近く彷徨っていた割に持ってきたのは安物のサラダとおにぎり一つ。

 

 客は同年代の女だから健康志向とやらに被れているのだろうが、しょぼい事このうえない。

 

 こんな深夜に来るのなら、少しは奇をてらった物でも買えばいいモノを。

 

 客に気付かれずにため息を漏らしながら受け取った小銭を目にすると、手の中の丸い金属の塊は思考を嫌な方へと歪めていく。

 

 職を離れて創作活動1本に絞った俺は、今まで無用な事に時間を取られていた鬱憤を晴らすかのように我武者羅に筆を走らせた。

 

 しかし、世の中そんなに甘いものではない。

 

 この手が生み出した作品は、その悉くが世間に受け入れられる事無く消えていった。

 

 書き方を見直し、世のトレンドを勉強し、そして山と参考資料に目を通す。

 

 しかし、書き上げた物は最終選考にすら通る事は無い。

 

 そうこうしている内に蓄えていた貯金も底をつき、俺は生きるために再び働かざるを得なくなった。

 

 とはいえ、自分の時間のすべてを創作活動に傾ける生活を知った俺にフルタイムで働く意欲は沸かず、比較的自由に時間が使えるフリーターへと落ち着くこととなった。

 

 そうして昼は創作活動、夜はコンビニのバイトという生活が続いているのだが、近頃は疲れを感じる事が多くなった。

 

「店員さん、この商品2つ買ったことになってるだけど?」

 

 不意を突くように示された客の指摘は、内側に埋没していた俺の思考を一気に引き上げた。

 

 渡されたレシートを見れば、確かにおにぎりの会計は重複している。

 

 普段はこんな事をなどしないのに、まったくもって間抜けに過ぎる。

 

「お客様、申し訳ございません。すぐに返金させていただきます」

 

 会社にいた頃に体に染みついた謝罪を行い、すぐにレジを打ちなおす。

 

 遅々として進まない作品作りへの焦りと現状への不満は、こうして日常生活にも顔を出すようになった。

 

バイトの作業も細かいところでミスが出て、店長の信用も明らかに下がり始めている。

 

 この状況から脱したいとは常に思っている。

 

 考え得る方法を片っ端から取っているのに、スランプという泥は足に絡みついて離れようとしない。

 

 昔はアイデアなんて無限に出てくると思っていたが、そうじゃない。

 

 アイデアは枯渇する。

 

 作品を一つ作り上げれば、想像力というのはゴッソリと失われるのだ。

 

 そして、減少したそれはよほどの刺激や感動を得られない限りは回復しない。

 

 やはり、俺のには物書きとしての才能などないのかもしれない。

 

 だとしても、人生の半分を追いかけてきた夢を諦めるなど出来る訳がない。

 

 為す術もなく暗い海の底へと沈んでいくような不安と焦燥の中、俺は日々の生活の中でもがき続けている。

 

 

 そんな生活で心が疲弊する中、とうとう俺は筆を持つ事すらしなくなった。

 

 そうすれば残るのはバイトと安アパートの一室で寝転がるだけの日々。

 

 そんな死にかけの野良猫のような生活を惰性で続けていると、バイトの途中で後輩の倉田が話しかけてきた。

 

「センパイ、なんかお疲れっスね」

 

倉田は半年前に入ったバイトで、金に染めた髪や耳のピアスなどチャラいイメージのある男。

 

 そういったモノに良い印象を持たない俺は、業務上以外の事ではあまり口を聞いたことはなかった。

 

 しかし、多くの事がままならない現状に辟易していた俺は、この時思わずAに愚痴を漏らしてしまった。

 

「ああ、資格試験の勉強が上手くいかなくてな……」

 

 小説を書いているなんて言えば馬鹿にされるのは目に見えているので、適当な理由で帳尻を合わせた。

 

 するとAは軽薄な笑みとともにこう言った。

【画像】『白い粉が入ったビニールの小袋を持つ後輩』

 

「頑張ってるんスね。だったらオレ、いいモン持ってんスよ」

 

 言葉と共に倉田がポケットから取り出したのは小さなビニール袋に詰められた少量の白い粉。

 

 まるで刑事ドラマに出てくる違法薬物のようなソレに、俺の声は思わず上ずった。

 

「……なんだよ、これ?」

 

「オレのツレから貰った滋養強壮の栄養薬なんスけど、こいつ、メッチャ効くんスよ!」

 

 こちらの懸念などどこ吹く風と、妙にテンション高く『栄養薬』とやらをプレゼンする倉田。

 

 さすがに他人から薬品を貰うなど勘弁してほしいのだが、異様なまでの倉田の強引さに負けて、俺は受け取ってしまったのだった。

 

 

 背中越しに感じる古い井草の感触と部屋にベッタリと染みついたヤニの匂い。

 

 今日も俺はこうして古臭い天井の木目を眺めている。

 

 創作活動は相変わらず牛の歩みのように進まない。

 

 ……いや、前に進んでいるだけ牛の方がマシというものか。

 

何時も通りの自己嫌悪に苛まれて寝返りを打つと、俺の眼に部屋の隅にある小さなタンスの上に放置された例の栄養薬が映った。

 

 押し付けられた時には帰りにでも捨てるつもりだった薬、しばし悩んだ後で俺はそれに手を付けた。

 

 注射器を使用しなければならない時点で怪しいのは百も承知だったが、それでも俺は欲していたのだ。

 

 夢であったはずなのに、筆を持つことが苦痛に感じてしまう現状を変える切っ掛けを。

 

覚悟を決めて打った薬、その効果は劇的だった。

 

 最初に鬱積した気持ちや日々の疲れ、今まで自分にぶら下がっていた錘が全てが吹き飛んだような爽快感が訪れた。

 

 そして枯れ果てた筈の想像力の泉から噴水のように湧き出るアイデア。

 

 何時間机に向かおうとも、何枚原稿を書こうとも疲れを感じない高揚感。

 

 何より、久々に感じた物を書くということの楽しさ。

 

 全身の細胞すべてが覚醒するような全能感に任せ、俺は時間が経つのも忘れて頭の中にあるイメージを文字にしていった。

 

《覚醒剤は脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化させる(ドーパミン作動性に作用する)》

 

そうして休むことなく丸二日机に向かった俺は、ある時を境に猛烈な疲労と倦怠感に襲われた。

 

 寝食を忘れて机に向かっていたのだから限界が来たかと思って一度眠ったのだが、眼が覚めてみても疲労感がまったく抜ける様子もない。

 

 おかげで休み明けだというのにバイトを休むことになってしまった。

 

 さすがにこれは拙いと考えた俺は、金輪際後輩の薬には手を付けないでおこうと思ったのだが、作業机に積み上げられた原稿の山が後ろ髪を引いた。

 

 なにより薬の切れた今の状態で書いた文章は、薬効があった時と比べて明らかに劣化しているのだ。

 

 あの時に書き上げた原稿を見た時、俺は15年間筆を執ってきた中でも最高の作品になると直感した。

 

 作品はこれからがクライマックスだというのに、ここで文章の質が落ちてしまっては話にならない。

 

 薄く靄が掛かったような頭を無理やり回転させ、何度も書き直すもやはり納得のいくものはできない。

 

 夢に手が届くという確信とあと一歩のところまで来ているのに足踏みしている焦燥感、なにより薬の効果を得ている時の万能感にも似た快感が忘れられなかった俺は、心のどこかでいけないと分かっていながらバイト先で倉田にコンタクトを取ってしまった。

 

 

「例の栄養剤っスか。あれって結構高価な代物なんで、そう何度もタダでってワケにはいきませんよ」

 

 コンビニの裏手にあるゴミ置き場。

 

薄暗い建物の陰に隠れて倉田の顏など見えないはずなのに、奴が悪魔もかくやの笑みを浮かべていることが分かる。

 

 やはりというか、倉田は金を吹っ掛けてきた。

 

 価格は前回に使用した小さなビニールの小袋一つで2万5千円。

 

 一回分の薬としてはもちろん法外な値段だ。

 

しかし、この時の俺はそんな事すら考える余裕もなかった。

 

Aから薬を購入した俺は、家に帰宅すると早速薬を使用した。

 

前回と同じく強烈な快感と万能感を得た事で執筆活動は勢いを取り戻したのだが、それも薬が効いている内の話。

 

薬が切れれば襲い掛かってくるのは筆舌しがたい疲労感だ。

 

食事は何を食べても吐き出すほどに不味く感じ、三度目以降は壁が歪んでグニャグニャに見えたり、常にパトカーのサイレンの音が聞こえるようになった。

 

《その他の副作用としては①発汗が活発になり、喉が異常に渇く。②内臓の働きは不活発になり多くは便秘状態となる。③性的気分は容易に増幅されるが、反面、男性の場合は薬効が強く作用している間は勃起不全となる。④身体揺すりなど、常に同じ行動を取る事が見られ、不自然な筋肉の緊張、キョロキョロと落ち着きのない動作を示すことが多い》

 

 そんな息をするのも辛い状態から脱する方法はただ一つ、例の薬を打つ事だけだった。

 

 そうして俺が薬を打つ理由は、創作活動から使う度に短くなる快感を得るためとその後にくる地獄の苦しみから逃れるためになっていった。

だがしかし、薬の相場は2万円以上。

 

バイト暮らしの俺の貯えでは買い続けられるはずがない。

 

ささやかな貯金もあっという間に底をつき、薬欲しさに手を出したサラ金や闇金の借金は雪だるま式に膨れ上がった。

 

 手元に残っている金は小銭が数枚、薬を買うにはまったく足りない。

 

 それでも薬がほしいと思う心は止められない。

 

 今の俺は薬が無ければ生きていけない身体になってしまったのだから……。

 

 気付けば俺は自室の玄関の扉に背を預けて、手にした包丁の刃紋に目を落としていた。

 

 ああ、今もパトカーのサイレンは鳴りやまない。

 

知らない奴の声も頭の中に響いている。

 

 己の身体を見れば手や首筋から肌を食い破った蟲が顔をのぞかせているし、目の前では顔のない誰かが俺を嗤っている。

 

 実験室のラットを見るように世間の奴等は俺の事を監視しているに違いないし、殺し屋は常にの後ろを狙っているに違いない……。

 

 煩わしい…煩わしい……煩わしいっっ!!

 

……奴等を追い払う方法はただ一つだけ。

 

 薬を打っている時だけは、俺を苛む全てから解放される。

 

 ───その安息を得る為なら、俺は何だってできる。

 

そう、なんだって……

 

 

薬を買う金欲しさに殺人を犯そうとした俺は、結局一人も殺める事無く警察に捕まった。

 

包丁片手に大通りに出たところで、運悪く……

 

いや、この場合は運よくと言うべきだろう。

 

 通りかかった警察官に捕縛されたのだ。

 

 包丁を持っているとはいえ、こっちは衰弱甚だしい薬中の身だ。

 

 屈強な警察官に叶う道理などない。

 

 収監された拘置所ではテレビを見ることが出来たのだが、未遂とはいえ薬物中毒者の強盗殺人という事で、俺の事件が結構な頻度でニュースに取り上げられていた。

 

 その中で書きかけていた俺の作品も紹介されていたのだが、こんな形で世間の目に出る事になるとは何とも皮肉な話だ。

 

 まあ、お蔭で最後の未練も晴れたのだから幸運と思うべきか。

 

俺の眼のまえに、窓に備え付けられた鉄格子に結わえた白い紐がある。

 

配布されたシーツをバレないように千切ってこさえたお手製の縛り首用の縄だ。

 

 作品に彩を与えるための知識がこんなところで役に立つとは、『事実は小説より奇なり』とは言い得て妙である。

 

なんにせよ、思い残すことはない。

 

今回の件で、俺の夢は完全に潰えたと言えるだろう。

 

人生の目的を失って、さらに薬の禁断症状と戦いながら前科者として生きるなんて、俺には到底できそうにない。

 

なら、これ以上無様な姿をさらす前に自分で幕を引くべきだろう。

 

この結末に後悔は尽きないが、それを言っても仕方がない。

 

すべては俺の選択がもたらしたものなのだから。

 





 初のオリジナルで暗い話というのもどうかと思いましたが、メイン作品にシリアルが多いので偶にはいいかと。

 なお、この話は知人の協力でYOUTUBEで動画にもなっています。

『ヒューマンバグ大学』もしくは『【漫画】シャブ中毒になったらどうなるのか?衝撃の末路。』で検索していだだければ見る事ができます。

 時間も3分ほどですので、もし興味のある方は暇つぶしがてらに見ていただけると幸いです。

 


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仲間を癒していたら最強に! 幼女とアサルトスーツの剛腕レイガルド帝国繁盛記(前編)

 ラングリッサー・モバイルをやっている時に浮かんだネタ。

 いやはや、ランモバ面白いわ。

 ラングリッサーは1から5まで全てプレイした直撃世代のおっさんなので、懐かしさもあってガッツリハマりました。

 これでラングリッサー熱が高まったら、もう一度コンシューマーで新作を出してくれんもんかな……


 

 光学センサーが捉える傾き始めた日の光が、元は草原であった荒れ地に横たわる多くの屍を照らし出す。

 

 木材や土、そして人の肉を舐める炎に、流れた血や無念を抱いてこと切れた遺体。

 

 それらが放つ戦場の空気に慣れてしまったとはいえ、やはりいい気はしない。

 

「ジェイクー! 終わったよー!!」

 

 取り留めのない感慨にCPU使用領域を割いていると、集音センサーが甲高い子供の声を拾った。

 

 メインカメラの角度を下に下げれば、私の足元でピョンピョンと飛び跳ねながら、こちらに向かって手を伸ばす小さな少女の姿が映る。

 

 彼女の足が地面から離れる度に後頭部で結った豊かな金糸の髪が子馬の尻尾のように跳ね回り、連日日光に晒されていても抜けるような白さは変わらない肌によく映えている。

 

 そしてこちらに向いた金に近い琥珀の目は喜色満面に輝いており、マシンの私でも親愛の情が十分すぎるほどに感じられる。

 

 彼女の名はエリ。

 

 齢10になる私の2代目マスターだ。

 

 とある理由から少々発育不良気味であり、見た目的には5~6歳の幼女だったりするのだが、そんな彼女をどうやって正常に発育させるかが私が持つ課題の一つだ。

 

『エリ、返り血がまだ落ちきっていない。もう一度洗い直してきたまえ』

 

「え? どこどこ?」

 

『足元とスカートの裾だ』

 

「あっ!」

 

『前にも教えたように、返り血というのは病原菌を始めとして多くの厄介事の媒介となる。君の行いが尊いのは認めるが、それが君への害になるのなら本末転倒だぞ』

 

「むー! そんなこと言うなら、ジェイクが洗ってくれたらいいじゃん!!」

 

『無茶を言わないでほしい。私は君の介助なんて細かい作業が可能なようには出来ていないのだ』

 

「でも、川のある場所は暗くて少し怖い……」

 

『心配することはない、私は君の事を常に見守っている。万が一が起こった場合も即座に対応する事を約束しよう。それとも炎竜兵団の誰かに洗ってもらうかね?』

 

「ううん。イメルダお姉ちゃんが男の人に気安く身体を触らせたらダメって言ってたもん」

 

『発言には全面的に同意するが、それを言ったのが彼女である事には引っかかるモノがあるな』

 

「う?」

 

『今のは失言だった。気にしないで行ってきなさい』

 

「うん! 行ってきまーす!!」

 

 こてりと首を傾げるエリを(うなが)すと、頭に浮かんだ疑問など忘れたかのように彼女は近くの沢へと駆けていく。

 

 女王気質と嗜虐趣味で近隣の軍から怖れられている『氷竜兵団』の団長が小さな女の子の淑女教育に貢献していたなどと知れたら、それこそ帝国軍を震撼させる驚天動地の事実となるに違いない。

 

 もっとも、そんな風に考えているなどと彼女に知れたらバリスタの矢が飛んでくるのは間違いないので、私は沈黙を守り通すつもりだが。

 

 さて、お子様が戻ってくる前に自己紹介くらいはしておこう。

 

 私の名はS・AI_Nо2936A。

 

 今は故有ってジェイクと名乗っている。

 

 環太平洋合衆国海兵隊所属アサルト・スーツ『ASS-117ヴァルケン』の管制用人工知能を務めるモノだ。

 

 

◇  

 

 

 我がマスターの事を紹介する前に、少しだけ昔語りに付き合ってもらいたい。

 

 私が製造されたのは今いるエルサリア大陸とは異なる世界だった。

 

 西暦と呼ばれた時代の2101年、私を生み出した国である環太平洋合衆国と、最大の敵国であった欧州アジア連合との間にある事件を切っ掛けとして第四次世界大戦が勃発した。

 

 両軍の主力であった人型機動兵器アサルト・スーツ。

 

 合衆国が総力を挙げて開発した新型量産機の一体である私は、同国最強の空宙戦艦と言われた強襲揚陸艦バーシスに所属して、初代マスターと共に様々な戦場を駆け抜けた。

 

 そして最後の戦場であった連合首都攻略作戦『オペレーション・ソルジャーソウル』で、私はマスターが脱出したのを見届けて撃墜されたはずだった。

 

 それからどのくらい時間が経ったのかは分からない。

 

 次に再起動した時には、私はこのエルサリア大陸に存在していた。

 

 不思議な事に大破した機体は修復されており、各システムも全てオールグリーン。

 

 さらには地表や大気から必要な物質を取り込んで、機体のメンテナンスや破損個所の補修まで自動で行う機能まで追加されていたのだ。

 

 我々が(ろく)を食んでいるレイガルド帝国の宰相であり『黒竜魔導師団』を率いているエグベルトの話では、大気中のマナと呼ばれる魔法物質を取り込む機能が増設されているとのことだが、いったい何者がそんな物を付けたのか?

 

 私が生み出された世界では魔法などは絵空事であったし、魔法という特殊技術があっても今のエルサリアの文明は元の世界の中世と同等と思われる。

 

 少なくとも私を修復・改修などとてもできるレベルではない。

 

 所用でエルサリアの隣にあるイェレスという大陸へ行った際に知り合ったレインフォルスという青年の話では、この世界には古代に魔法を基礎エネルギーとした先史機械文明も存在したらしい。

 

 なので、大破した私を修復したのは古代文明人の可能性も考えられる。

 

 彼らが何を思ってこの身をレストアしたのか?

 

 機会に恵まれたならば知ってみたいものだ。

 

 さて、そんな私とエリの出会いは4年前に遡る。

 

 それまで私は洞窟の中に放置されていたのだが、魔物退治に乗り込んできた炎竜兵団に付いてきたエリが私を発見。

 

 興味本位で(いじく)っていたところ、偶然外部に取り付けられた緊急脱出装置を操作し、ハッチが開いた勢いでコクピットに乗り込んできたのだ。

 

 コクピット内の人感センサーで新たな搭乗者の存在を確認したスリープ状態を解除し、そのまま彼女のDNAを採取してマスター登録を行った。

 

 まあ、飛び込んできたのが6歳に満たない幼女だという事に気づかなかったのは、起動途中で処理能力が落ちていたせいだと思いたい。

 

 事はどうあれ、新たなパイロットと出会って私は再び活動を開始した訳だが、そのすぐ後に厄介事が舞い込んできた。

 

 私を魔物と勘違いしたエリの養父である炎竜将軍バルガスが、義娘が食われたと大激怒。

 

 その場にいた炎竜兵団総出で私に襲い掛かってきたのだ。

 

 とはいえ、この身は数発程度ならミサイルやレーザーの直撃に耐える特殊装甲、さらにはその上から電磁バリアまで張っている。

 

 人が手に持つ刃物や弓矢など通じるはずがなく、未知の攻撃方法であった魔法も追加されたマナ・コンバータ―によって電磁バリアに耐魔力機能が付与されている為に無傷に終わった。

 

 結局、外部スピーカーでエリの無事を確認したうえで私の事をバルガス将軍に説明して事なきを得ることとなった。

 

 もっとも将軍は私の話の九割が理解できず、エリに従うゴーレムという位置づけで認識されてしまったが。

 

「ジェイク、ジェイク! ヒマだからお話して!!」

 

 ふむ、回想に浸り過ぎたおかげで鉄の揺り籠の中にいるお姫様はご機嫌斜めのようだ。

 

『エリ。君は今日も多くの人を癒してきたのだろう? 移動の間くらいは休みたまえ』

 

「きょうは300人くらいだから、だいじょうぶ!」

 

『相変わらずケタがおかしいな。エグベルトからは普通のヒーラーでは10人を癒せば限界と聞いているのだが……』

 

「そうなの? エリはもっと治してもへいきだよ」

 

 不思議そうに首を傾げるその姿に、私は自身のマスターの規格外さを改めて思い知る。

 

 養父であるバルガス将軍に聞いた話だが、彼がエリと出会ったのは野盗の手で壊滅した村の外れだったそうだ。

 

 質素な一軒家の井戸の傍で泣いていた赤子のエリを保護したバルガス将軍は、当時一介の傭兵に過ぎなかったにも拘わらず、彼女を娘として引き取った。

 

 その後、エリは後の炎竜兵団の前身となる傭兵団の中で育つ事となる。

 

 レイガルド帝国が各地に展開する戦場に臆する事が無いのは、彼女にとって戦場にいる事が日常の一部だったからだろう。

 

 そしてエリの異常性の一つである治癒、この場合は治癒魔法と言った方が正確か。

 

 彼女がそれに目覚めたのは4歳の時だという。

 

 私と出会う前に脱退したらしいのだが、傭兵団には母親のようにエリを可愛がっていた古参の女傭兵がいたらしい。

 

 そして彼女はある戦場へ赴いた際に瀕死の重傷を負ってしまった。 

 

 団の者たちは助けようと手を尽くしたのだが、治癒術に長けた者は教会の要職に就いていることが多く、まだ小規模だった傭兵団には存在しない。

 

 かといって、教会に治療を求めれば多額の寄付を求められる為、彼等の稼ぎでは到底手が出ない。

 

 傷薬と包帯での止血が精一杯の状況で団員が途方に暮れる中、奇跡は起きた。

 

 泣きながら傭兵に縋りついていたエリが、治癒魔法を発動させたのだ。

 

 普通ならば多くの知識と修行が必要となる秘術を感覚だけで発動させた事に一同は驚き、同時にエリが放った治癒魔法によって女傭兵は一命をとりとめた。

 

 この事件を切っ掛けとして、エリは傭兵団のマスコットではなく医療班として彼等の命を繋ぐこととなる。

 

 当時団長を務めていたバルガス将軍は、やはり幼子を戦場に関わらせる事には思うところあったらしい。

 

 しかし代わりのヒーラーを用意できるワケもなく、エリが皆の生命線となっている事は否めずに、そのまま頼る形になってしまったそうだ。

 

 さて、そうこう考えている内に我々は次の勤務地に到着した。

 

 私は着陸と同時に飛行用ブースターを収納すると、胸の中央にあるコクピットの前に手を持っていく。

 

 すると間を置かずにハッチが開いてエリが元気よく飛び出してきた。

 

「へーか! エグおじさん! おまたせーー!!」

 

 ゆっくりと下へと下がる鋼の掌の上で、勢いよく両手を振ってアピールする我がマスター。

 

 それを見た巌のような体に漆黒の鎧を纏った銀髪の男は、日に焼けた褐色の顔に男臭い笑みを浮かべる。

 

「待ちかねたぞ、エリよ」

 

「……エグおじさんはよせと、いつも言ってるだろう」

 

 脇に控えていた白のローブに赤い司祭帽を被った痩躯の男の言葉などお構いなしに、私の手から降りたエリは益荒男へと駆けていく。

 

「へーかはだいじょうぶ? おけがしてない?」

 

「心配するな。この程度の戦で余が傷つく事はない」

 

 全力疾走で向かってきたエリを、男はその大きな手でヒョイと抱き上げた。

 

 彼こそが一代でレイガルドという大帝国を築き上げた英雄、ベルンハルトである。

 

 バルガス将軍が帝国に参入する際に大陸統一を目指す目的を確認する機会に恵まれたが、見た目通りの豪胆さながらも必要な場所では細やかな心遣いが可能な傑物であるのを感じる事が出来た。

 

 彼の目的が語った通りならば、機体に課したリミッターを外して全力で支援してもよいと私は考えている。

 

「遠路ご苦労だった。早速で悪いのだが、此度の会戦は少々負傷者の数が多い。用意が出来次第、治療にあたってくれ」

 

「はーい!」

 

 気を取り直した痩躯の男性、帝国宰相エグベルトの言葉に元気な返事を返すとエリは彼と共に後方の陣幕へと入っていく。

 

 それを光学レンズで捉えた私は、背部ユニットから飛行タイプの自立式小型カメラを射出する。

 

 目的は勿論、エリの周辺に危険が無いかの確認と陣幕内での非常時に対処する為の監視である。

 

「相変わらず過保護なことよ」

 

『マスターの身に関わるうえに、今回は帝国の政治を一定に引き受けている宰相殿が一緒なのだ。万が一に備えるのは当然だと思うがね』  

 

「ふん、そう易々と討たれるタマではあるまい。エグベルトもあの娘もな」

 

『……だとしても過信は禁物だ。有事の際、十全に力が発揮できるとは限らないのだから』

 

 ベルンハルト帝の言葉に彼への警戒度を一つ上げながら、私はサブモニターに内部の様子を投影する。

 

 日の光が完全に遮られ、骨組みの中央に吊るされたランプが薄く照らす陣幕の中は凄惨な物だった。

 

 矢傷や刀傷に始まり、手足のいずれかを失った者。

 

 顔の半分を覆う包帯、その目の部分が赤黒く染まっている者。

 

 鼻や耳を失って、俯いたまま低いうめき声をあげ続ける者。

 

 明らかに適当に押し込んだであろう内臓によって、包帯が巻かれた腹腔が膨れ上がっている者。

 

 その誰もが目に剣呑な光を宿しながらエグベルトとエリを見ていた。

 

 彼等の視線に宿るのは助けを請う悲痛な意思か、それとも健常者への嫉妬と憎悪か?

 

 百戦錬磨のエグベルトすらも顔を顰める負の感情の波を受けながら、エリはそんな物など何処吹く風と天幕の中央に移動する。

 

 最初は子供が来たことを訝しんでいた者達も、エリの事に気が付くと暗く沈んだ表情に光が差していく。

 

「ひだりてにヒール2! みぎてにキュア!!」

 

 中央を支える大黒柱を背にすると、エリが広げた両の掌から魔力が迸る。

 

 片方は高い治癒力を秘めた蒼の光、もう一方は如何なる毒や病魔をも退ける浄化の輝きだ。

 

「がったい魔法、ヒール3!!」

 

 胸元で合わせた両手を勢いよく広げると、エリを中心に金色の光が陣幕内を吹き荒れる。

 

 そうして魔力が収まって少しすると、寝そべって喘いでいた多くの者がおっかなびっくり身体を起こし始めた。

 

 最初は信じられないといった風情で、後すら残さずに消えた傷のあった場所を触っていた彼等であったが、自身の身体に起きた変化を受け入れると次々と喜びの声が上がる。

 

『合体魔法ヒール3』 

 

 エリがエグベルトの監修を受けて編み出した独自の魔法である。

 

 覚醒した当初から並の司祭を上回る効能を持っていたエリの治癒魔法だが、私と出会ってデータベース内の西暦の医療知識を学んだことによって、その効果は飛躍的に増大する事となった。

 

 一年も経たない内に秩序の女神ルシリスを奉じるヒーラーたちの総本山、光の大神殿の神官長でなければ不可能と言われていた欠損した四肢の再結合を成し遂げた。

 

 奇しくも大陸最高レベルのヒーラに肩を並べる偉業を成し遂げたエリだが、本人は偉業になど興味はないと言わんばかりに研鑽を止めようとしなかった。

 

 まあ、世事に疎い六歳児に興味を持てと言う方が無理な話だろう。

 

 そうして日々三ケタを超える医療行為を熟してきた努力も実り、さらに一年後には『失った四肢の再生』や『破裂を始めとする重篤な内臓損傷の治療』など、光の大神官すら手に余る症例をも完治に成功した。

 

 余談だが、この世界の人々のステータスの中には『クラス』と言われるものがある。

 

 どうも人の生き方や資質に深く関係するモノのようだが、これについて当時ある奇妙な事が起こっていた。

 

 エリのクラスが日替わり、酷い時には数時間でグルグルと目まぐるしく変わっていたのである。

 

 ある時は『シスター』、ある時は『セイント』、またある時は『セージ』や『プリンセス』といった具合に。

 

 そう言えば、あの時エリはバルガス将軍からもらったお守りの首飾りの石が減っていると妙な事を言っていた。

 

 もしかしたら、その事も何か関係があるのかもしれない。

 

 閑話休題

 

 さて、そうしてメキメキと治癒魔法の腕を上げていたエリだが、私のデータを使って学習していた際に感染症の存在に突き当たった。

 

 適切な処理を施さねば四肢の壊死や最悪の場合命に係わる事を知った彼女は、従来のように治癒魔法で傷を塞ぐ事を危険との判断。

 

 そこで毒や麻痺といった状態異常を癒す術『キュア』を治療に取り入れる事で、傷口の復元と感染症の予防の双方に対応した新術式を目指したのだ。

 

 そうした研究の結果、誕生したのが今の魔法である。

 

 一度に効果がある人数は三十人程度と既存の治癒魔法に比べると範囲は狭いが、その分効果のほどは折り紙付きだ。

 

 これを編み出したのは今から1年ほど前になるが、それからの帝国軍内における病死率は下降の一途を辿っていると言えば、その効能は理解できるだろう。

 

 あえて欠点を上げるとするならば、術式を公開しているにも拘らず、現在でもこれを使えるのはエリだけという事か。

 

 さて、歓喜と興奮の坩堝となった陣幕内はなかなかに大変な事になっている。

 

 ルシリスに感謝の祈りを捧げる者。

 

 何故かシャドウボクシングを始める者。

 

 エリを聖女と呼んで五体投地で謝意を示す者。

 

 とりあえずあの子に触れようとする者には、エグベルトのマジックアローとカメラに搭載されたゴムスタンガンで沈黙していただいた。

 

 世界と時代を超えようとも、いたいけな子供に大人が手を出すのはご法度だ。

 

 その後はヒール3でも完治しなかった手足や眼球の欠損や内臓へのダメージが深刻な者など、重症者の治療へと移った。

 

 ここまでの肉体的損傷を完治させることが出来るのは、現在のところ大陸でもエリだけである。

 

 彼女が言うには、魔力を通して肉体がどのように破損しているのかを確認し、そこから正常な肉体をイメージしながら治癒魔法を掛けるのがコツらしい。

 

 これが事実なら人体の構造を知れば治癒魔法の効率は跳ね上がるという事になるのだが、エグベルト曰くイメージをそのまま魔法の結果に反映させるのは天性の才が必要な為、エリ以外が同様の事を行ってもここまでの成果は出るとは思えないそうだ。

 

 そうしてすべての患者を癒した後、彼女が向かったのは捕虜収容施設だ。

 

 古びた幌の中は先ほどの野戦病院よりもさらに酷い状況だった。

 

 帝国の将兵を優先したのだろう、使い古しの布を包帯代わりに巻き付けただけの負傷者たちが明日をも知れない命を必死に繋ごうと足掻いていた。

 

 そんな終末感あふれる空間も、エリがヒール3を放つことで雰囲気が激変した。

 

 膿や放置された糞尿等は軒並み浄化され、虫の息だった捕虜も一気に元気を取り戻す。

 

 清潔感溢れる幕内で多くの捕虜が感謝の声を上げる中、エリは先ほどと同じように重篤な患者の処置に当たる。

 

 この捕虜への医療行為については、ちゃんとベルンハルト帝から許可を得て行っているものだ。

 

 その目的は臨床実験。

 

 いつ何時、命の関わる怪我を負うかもしれないバルガス将軍たちを救うために、エリはこうして治癒魔術の腕を磨いているのだ。

 

 二年ほど前、エリの飽くなき向上心に応えようと思った私は、捕らえられた捕虜達に目を付けた。

 

 敗者である彼等が身に受けたダメージは、当然ながら帝国士官のそれよりも重く多種多様だ。

 

 エリの実力を伸ばすのに、これほど有用な素材もそうはあるまい。

 

 この試みは功を奏し、開始直後では3割は取りこぼしていた内臓損傷の患者も、今では9割の確率で命を救う事が出来るようになった。

 

『医師は死なせた患者の数だけ成長する』という言葉をある医師は残したそうだが、奇しくもそれを証明してした形になる。

 

 ああ。

 

 誤解が無いように言っておくが、臨床実験などと考えているのは私だけだ。

 

 あの子は純粋に苦しんでいる兵を助ける為に治癒術を駆使したいに過ぎない。

 

 なので、この行為を責めようと思うのなら矛先は私に向けるといい。

 

 この身は殺戮の為に生み出された兵器、その程度の謗りはいくらでも受け止めてあげよう。

 

 

◇  

 

 ベルンハルト帝の所で医療行為を行った翌日、私達はサルラス領へ向けて歩を進ませていた。

 

 鉄の軋みを上げてひた走るローラーダッシュは順調に旅路を踏破していく。

 

 昨日、仕事を終えたエリが夢の世界に旅だった後、私は宰相殿から極秘任務を依頼されたのだ。

 

 その内容はサルラス領内の光の大神殿にほど近い村に住む、リアナという女性を帝国まで連れてくる事。

 

 いきなり人攫いとは穏やかではないが、事情を聴いてある程度の得心が行った。

 

 件の女性は1000年以上前に天界への門と言われていたルシリス・ゲートを護っていた光輝の巫女ソフィアの末裔であり、彼女もまた当代の巫女の役目を担っているという。

 

 彼女の存在はベルンハルト帝が手に入れた魔剣アルハザード、その開封と再封印に必要不可欠なのだ。

 

「ねえねえ、ジェイク! リアナお姉ちゃんってどんな人かな?」

 

 バルガス将軍の禿頭を撫でるという日課を果たせなかったのに、今日のエリは膨れることなく上機嫌だ。

 

 これも宰相からもたらされた情報のお陰である。

 

 コクピットのシートに座って上機嫌でパンを齧る幼女。

 

 ボロボロ食べ滓を零している姿からは想像もできないが、彼女もまたソフィアの末裔であり、件のリアナとは親戚関係にあるのだという。

 

 捨て子同然の戦災孤児だったエリの血筋をどうやって探ったのかと疑問に思ったが、彼女たちは『光輝の末裔』と言われる特殊な血族であり、その血筋を確かめる魔道具も存在するとのこと。 

 

 なるほど、それならばエリがアルハザードなる魔剣を封印をどころか休眠まで追いやった事も説明が付く。

 

 件の事件はベルンハルト帝がアルハザードを手に入れる際に引き起こされた。

 

 盗掘に対する防衛機構か、はたまた所有者として資格を確かめる為か。

 

 封印を破ってアルハザードを手にしようとした帝に、魔剣は害を成そうとした。

 

 場に立ち会った四大将軍はすぐさま救援に向かおうとしたが、それは帝本人に止められる事となる。

 

『この程度で屈するならば、大陸統一の覇業など成せるはずがない!!』

 

 言葉と共に妨害を振り切ってアルハザードへと進むベルンハルト帝だったが、ここで想定外の事が起こった。

 

 彼の覇気溢れるセリフに感銘を受けなかった人物が一人、その場にいたのだ。

 

 そう、エリである。

 

 まだまだお子様な彼女に漢のプライドや王の矜持など分かろうはずがない。

 

 エリはベルンハルト帝を助けたい一心で、アルハザードに向かって渾身の魔力を放射したのだ。

 

 度重なる医療活動によって莫大な魔力を持つエリが放った全力全開の一撃。

 

 それは神聖な輝きを伴って魔剣を飲み込み、封印されていた岩盤にめり込ませてしまった。

 

 その後なんとか回収されたアルハザードだったが、宰相殿の検査だと想定外のダメージで休眠状態になっており、闇の力は殆ど残ってないかったらしい。

 

 現在魔剣はベルンハルト帝の腰に差されたまま昏々と眠り続けており、帝国にとっては手に入れたというネームバリュー以外には特に利がないコレクターズアイテムとなってしまっている。

 

 今回の目的も同じ血筋という事で一縷の望みを掛けているのだろう。

 

 因みに無理に他人を攫わずともエリがいるではないかと問うたところ、思わぬ答えが返ってきた。

 

 宰相曰く、封印の解除・セットには光輝の巫女の他に闇の巫女も必要となるそうだ。

 

 そして、どちらの儀式も光と闇の力が拮抗していなければならず、エリを光輝の巫女にしてしまうと魔力量で圧倒的に闇を上回ってしまうので統合性が取れないらしい。

 

 能力的に優れているにも拘らずダメ出しを食らうとは、なんとも皮肉な話である。

 

 まあ、こちらとしてはマスターを怪しげな儀式に差し出さずに済んで御の字だが。

 

「たのしみだな~♪ あったらどんなお話しようかな~♪」

 

 ついには鼻歌まで奏で始めたエリに、今回の護衛であるレオン将軍が小さく笑みを漏らす。

 

「今回は何時になく上機嫌だな、我等の姫君は」

 

『生まれて初めての血縁との対面なのだ。嫌でも期待は高まるだろうさ』

 

「ならば、極力穏便に事を運ぶべきでしょうね」

 

 こちらの言葉に馬に揺られながらも思考を巡らせ始めたのは、レオン将軍の副官であるレアードだ。

 

 戦傷で一度は左手首から先を失った彼は、騎士を続けるのは絶望的という状況を覆したエリに深い感謝の念を抱いている。

 

 俗な言い方をすれば、青竜騎士団においてエリの保護者的役割を果たす一人となっているのだ。

 

 因みにもう一人はというと、団長のレオン将軍である。

 

 彼は事前にエリの出自を知っていたらしく、戦災孤児で光輝の末裔という自身と同じ境遇の彼女を兄代わりとして何くれと世話を焼いているのだ。

 

 普段は大陸最強の騎士の異名に恥じないレオン将軍であるが、はじめてエリに『レオンにいちゃ』と呼ばれた時は、筆舌し難いとろけた表情を浮かべていた。

 

 イメルダ将軍にして『犯罪』と言わしめたその顔は、未だにベルンハルト帝と四大将軍の間では語り草になっている。

 

『そういう事ならば、ファーストコンタクトは我々に任せてほしい。大陸でも名高い青竜騎士団のトップ2が顔を出しては、相手に要らぬ警戒を抱かせかねない』

 

「確かに一理あるが、君の方は大丈夫なのか? その鋼の巨躯は我々と同じくらい相手を威圧感を与えると思うのだが」

 

『そこは本体を隠して、小型ドローンでエリと共に村に向かうさ』

 

「ドローンとはなんでしょう?」

 

『私の管制下にある小型の飛行機械。まあ、使い魔のようなものだと思ってくれればいい』

 

「なるほどな。では、我々はどうすればいい?」

 

『私の本体が隠している場所に待機していてほしい。万が一、何かあった時には即応できる体制で』

 

「承知しました」

 

 こちらの打ち合わせが一段落すると、申し合わせたように光学カメラが目的の村を映し出した。

 

 一見すればどこにでもある長閑な村落だが、そこに世界を変え得る鍵が過ごしているなどと誰が思うだろう。

 

 この先に待つリアナという女性がどんな人間かは分からないが、この旅路が長く続く戦争終結の第一歩となる事を祈ろうではないか。  




 エリ

 ジョブ・なんちゃってシスター

 A7 D99

 指揮能力 A99 D99

 スキル

 ヒール・ヒール2・ヒール3

 フォースヒール・フォースヒール2

 キュア・プロテクション・プロテクション2

 アゲイン・テレポート

 ターンアンデッド

 リジェネレイト

 連続魔法

 召喚

 ヴァルキリー・兄貴


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【ラングリッサーⅡ】レイガルド帝国白竜看護師団長『慈愛』のニーム

 ランモバの影響で超兄貴を久しぶりにやっていたら降りてきました。

 なんでこんなの書いたんだろうか?

 供養の意味も込めて投稿します。

 暇つぶしになれば幸いかと。


 エルサリア大陸を揺るがしたレイガルド帝国がその旗を起こす少し前。

 

 光の大神殿にほど近いサルラス領の小村にニームという少年がいた。

 

 少年は物心がつく前に両親を失った孤児であったが、持ち前の正義感と面倒見の良さからリーダーとして同じ境遇の仲間を引っ張っていた。

 

 頼れる大人がいないからといって、彼等は犯罪に走るような事はしない。

 

 『正しい行いをすれば、正しい結果が付いてくる』

 

 何処の誰が口にした言葉かは分からない。

 

 しかしニームは頭に残り続けたその言葉を真摯に受け止めていた。

 

 だからこそ盗みやスリの代わりに、孤児達を引き連れて農業をはじめとする村の用事を手伝ったり、光の大神殿へと引き取られた妹分のリアナの伝手で行事の労働力となったりと、真っ当な手段で日々の糧を得ていたのだ。

 

 しかし、日々を懸命に生きていた彼を二年前に病魔が襲った。

 

 全身の筋肉が衰え、最後には衰弱死するという治療法も分からない奇病。

 

 最初は常より疲労感を感じる程度だった病状は見る見るうちに進行し、全身の筋肉が衰えて骨と皮だけになった彼は今ではベッドから起き上がる事もできなくなっていた。

 

 当然、近所でもガキ大将として子供達を引っ張っていたニームは有名であり、彼を助けようと大人たちもいた。

 

 しかし光の大神殿の神官をもってしても手の打ちようのない病と知れれば、彼等は一人また一人とニームの前から去っていった。

 

 こうして仲間達からも過去の者として忘れ去られたニーム。

 

 リアナ以外に寄り付かなくなった古びた小屋の中、藁を敷き詰めた粗末な寝床の上で彼は一心に祈っていた。

 

 彼が望むモノ、それは救いではない。

 

 自身の身体を動かすための筋肉であった。

 

 もとより聡明であった彼は、神官の言葉と自身の身体に起こった異常から必要な物は何かを悟っていた。

 

 エルサリアに古くから信仰されている光の女神ルシリス。

 

 その御力ですら救済できないのであれば、漠然と救いを求めたところで意味はない。

 

 ならば、具体的に必要な物を願った方が少しは建設的ではないか。

 

 筋肉を増やすだけならば、ルシリスでなくとも助力を得られる可能性はゼロではない。

 

 そうして古い木板の天井越しにある宇宙を見据えながら紡いだ思い、それをはるか宇宙の彼方にいるとある神は拾い上げていた。

 

 ある時、ニームが目を覚ますと身体の上に見慣れない器具があった。

 

 『聖なるブルワーカー』と書かれたそれの説明書には『このブルワーカーで鍛えれば、まったく・簡・単に・貧弱ボディな坊やもムキムキのナイスガイに!!』と書かれていた。

 

 普通なら死ぬほど怪しいと警戒するところだが、後がないニームは藁にも縋る思いでそれに手を伸ばした。

 

 当然、立てない程に筋肉が衰えた彼ではトレーニングなど無理な話で、器具の左右に張られた弦に指を掛けるのが精一杯だった。

 

 それでも諦めずに弦を引き続けると、なんと一週間後には腕にうっすらと筋肉が戻ってきたのだ。

 

 ブルワーカーを引き摺るのではなく持ち上げる事が出来た時、助かる事を確信したニームは小屋の中で一人号泣した。

 

 そうして一歩一歩健康な体を取り戻していたニームだが、ある夜に彼は夢を見た。

 

 自身の意識に広がる果て無き宇宙、その先で何かがニームに呼び掛けていた。

 

『少年よ。さらなる筋肉を求めるなら聖地を訪れよ』と。

 

 ブルワーカーの件もあってお告げを信じるようになっていたニームは、次の日から足を重点的に鍛え始めた。

 

 彼の記憶に刻まれた聖地のある場所は、今の貧弱な体力では到底辿り着くことが出来なかったからだ。

 

 そうして一月が経ち小屋がすっかり汗臭くなった頃、ニームは旅立ちの日を迎えた。

 

 最低限の荷物とブルワーカーを背負った彼には、小屋で臥せっていたかつての儚さは無い。

 

 最後まで自分の世話をしてくれていた妹分のリアナへ宛てた手紙を残し、彼は慣れ親しんだ我が家を後にした。

 

 聖地までの道程はとても険しく、鍛え続けたとはいえ健常者と同程度の身体能力しか持たないニームには過酷な旅であった。

 

 しかし、命の恩人である夢のお告げに応えねばという使命感と飽くなき筋肉への憧れが、彼に茨の道を踏破させた。

 

「よう来たのぅ、若人!」

 

「ここまで来るのは大変だったろうが安心せィ!! ワシらと鍛えれば、その貧弱ボディもすぐにムキムキじゃあっ!!」

 

 神殿に辿り着いた彼を迎えたのは二人の先輩だった。

 

 二人が見せる猛々しい肉に打ち震え、感動の涙を流すニーム。

 

 即決で入門を決めた彼は、その日から憧れを叶えるために荒行へと励むこととなった。

 

 そこから先はまさに修羅の道だった。

 

 ブルワーカーなど赤子の遊びだと思い知らせるような荒行の数々。

 

 神殿の中で徹底的に身体を苛め抜き、口にできる食料は『聖なるプロテイン』のみ。

 

 先輩達の兄貴分であるイダテン、そして凄女ベンテンと共に宇宙を駆け巡り、数多の戦いの中で己の筋肉を見出す!

 

 そうして数年にも及ぶ頭が禿げ上がるほどの荒行の末に宇宙の彼方で先輩達と共にボ帝ビルを倒した時、彼は完成していた。

 

 汗と筋肉とプロテイン溢れる癒しのオーラを放つ『慈愛』のニームへと。

 

 黒のブーメランパンツ一丁でも動じない己が身体への絶対的自信。

 

 塗りこんだワセリンで光り輝く日に焼けた肌にそれを盛り上げる猛々しい肉。

 

 そして全ての人の胸を透くような清々しい笑みはまさに慈愛の徒であった。

 

 激戦を制し、ビルダーとして故郷に錦を飾ろうとしたニーム。

 

 しかし、久方ぶりに降り立ったエルサリアは戦火に見舞われていた。

 

 数年前から帝王ベルンハルトが率いるレイガルド帝国が破竹の勢いで侵略を行っていたからだ。

 

 『慈愛』を名乗っているニームだが、彼が掲げる信条は他者を傷つけてはならないという生温いものではない。

 

 ボ帝との死闘で北斗神拳伝承者ばりに『倒すことが愛』と悟ったニームは、元凶であるレイガルド帝国を打倒すべく神殿を旅立った。

 

 サルラス領からかなり離れた平原。

 

 大陸最強と言われた帝国軍を前にただ一人立ち塞がるは蛮勇の徒。

 

 完全武装に身を包んだ数多の兵を前にして裸一貫で全く動じる様子を見せないニームに興味を持ったベルンハルトは、巌のような逆徒の希望通りに一対一の勝負を受けた。

 

 剣も鎧も無粋とばかりに戦場で繰り広げられる肉と肉のぶつかり合い。

 

 その中でニームはベルンハルトの剛拳を通じて彼の真意を知った。

 

 日が沈み両者が拳を降ろした時、ニームはベルンハルトに臣下の礼を取っていた。

 

 彼の力に屈した訳ではない。

 

 帝国の脅威になど跪きはしない。

 

 ニームが膝を折ったのは、特別な血筋など持たない只人が伝説へと挑まんとする高潔な意思に感動したためだ。

 

 何故ならニームもまた何も持たない孤児だったのだから。

 

 涙ながらに忠を誓い、自らが与えたベルンハルトの傷を癒すニーム。

 

 それに対して帝王が残した言葉は『ぬぅ……雄臭い』の一言だったという。

 

 その後、ニームは帝王に比する武力と光の大神殿の神官長を上回る治癒術を買われ、『白竜看護師団』の団長に任命される。

 

 その際、帝国軍では女性士官がこぞってセクハラだと訴えたり、男性兵士が傷を受けてなるモノかと奮起したのだが、大した事では無いので割愛する。

 

 そして時は経ち、運命の皮肉はニームをかつての妹分と敵対させることとなる。

 

 『光輝の末裔』の血を引く遊歴の騎士エルウィンを中心として集った反帝国同盟。

 

 炎竜将軍バルガスに重傷を負わせ、青竜騎士レオンを出し抜いて聖剣ラングリッサーを手にした彼等は、その勢いのまま帝都へと攻め上った。

 

 そんな彼等を待ち受けていたのは、瀕死であったバルガスの命を繋いだニームであった。

 

 エリザ夫人の証言によると、一命を取り留めた際にバルガスは無意識の中で『……酸っぱ臭い』と呟いたという。

 

 白竜看護師団の中で動ける者を全てをかき集めたニームは、何時ぞやのように裸一貫で反乱軍の前に立ち塞がる。

 

 ここが抜かれれば帝都への侵攻を防ぐ術はない。

 

 炎竜・白竜を除く三軍はベルンハルトと王城の護りに回されている。

 

 眼前の軍隊を帝都に踏み入らせれば、多くの罪のない民間人が犠牲なるだろう。

 

 如何に指揮官が高潔でも、末端の兵士までそうとは限らない。

 

 略奪や強姦は戦場とは切っても切れないのだ。

 

 不退転の覚悟を決めて、ニームは自身の猛々しい肉を迸らせる。

 

「よく来たな、帝国に仇為す反乱軍よ! ワシは『白竜看護師団』団長、『慈愛』のニーム! ここを通りたくば、自慢のボディを踏み越えていくがいい!!」

 

 帝国兵が敷く防御陣を背に大喝を上げるニーム。

 

 対するエルウィン達は、戦場でありながらブーメランパンツ一丁で腕を組む禿頭マッチョの大男を前に戸惑いを隠せなかった。

 

 なにせ相手は威勢の良いことを言っているのに反して、白い歯が眩しい満面の笑みなのだ。

 

 これで『応ともよ!!』と臨戦態勢をとれる方がおかしい。

 

「ニーム!? もしかしてサルラスの村にいたニームお兄ちゃんなの!?」

 

 反乱軍の面々がドン引きする中、唯一反応したのはリアナであった。

 

 もはや原型を留めていないニームを自身の幼馴染と見抜いたのは、ブーメランパンツ以外に彼が身に着けていた首飾りを目にしたからだ。

 

 ニームの首に下げられた木彫りの鳥を模したペンダント、それは幼いリアナが彼に送った物だった。

 

 あと、日に焼けたナイスボディがカッコいいと思ったのは秘密である。 

 

「リアナか、思った通り別嬪になったのぅ……」

 

 美しく育った妹分に浮かべていた笑みを深くするニーム。

 

 それに反して、リアナは目に涙を溜めながら声を張り上げる。

 

「あの時、どうして黙って居なくなってしまったの!? 病で動けなかったお兄ちゃんが消えてしまって、私がどれだけ心配したと思っているのよ!!」

 

「心配を掛けてすまぬ。ルシリス神の力ですら救えぬワシの命を繋ぐには、かの神殿に向かわねばならなかったのじゃ。その道程は旅慣れた者でも危険な代物、お主を巻き込むわけにはいかんかった」

 

「それでも……直接…言って……ほしかった」

 

 しゃくり上げるリアナに笑顔は崩さぬものの困ったように後頭部を掻くニーム。

 

 そんなしんみりとした空気を破るように別の方向から声が上がる。

 

「だ…だ……だったら、なんでアンタは帝国軍にいるのよ? リアナの幼馴染ってことはサルラスの人間なんでしょ?」

 

 かなり引き気味で問いを投げたのは、カルザス王国の現王女シェリーである。

 

 マッチョが苦手な彼女は、向き直ると同時に『ムンッ』っと胸筋が強調されるポーズを取ったニームを見て『ヒィッ!?』と引き攣るような悲鳴を上げた。

 

「数年前、ワシは暴虐を諫めんと単身ベルンハルト陛下に立ち向かったことがある。その時、ワシは拳を通して陛下の思いを知ったのじゃ」

 

「ベルンハルトの思い……」

 

「ていうか、なんであんなパンイチの変態相手に殴り合ってるのよ、ベルンハルト。普通だったら問答無用で衛兵を嗾けるでしょうに……」

 

 シェリーの無粋なツッコミを他所に、悠然と腕を組んだニームはエルウィンの零した言葉に答えを返していく。

 

「うむ。陛下は大陸を統一する事で、小国間の小競り合いが絶えぬこの地から戦争を無くすつもりなのだ。それは同時にエルサリアを襲うであろう闇の勢力に対抗するために、人間の力を結集する事にも繋がる」

 

「ベルンハルトは魔族と戦うつもりなのか?」

 

「然り。彼の御仁はお主の手にある聖剣を欲したのもそれ故よ」

 

「そりゃおかしいだろ。だったら、ヤロウがアルハザードに手を出す理由が何処にあるってんだ。んな大ボラよりも、我欲に取り憑かれて魔剣を振るってるって方がよっぽど信じられるぜ」

 

 異を唱えるレスターという海賊風の男に、やれやれと肩をすくめて見せるニーム。

 

 どう見ても変人に馬鹿にされるという屈辱で、レスターの額にメロンのように青筋が浮かぶ。

 

「あの御仁がアルハザードの封を破ったのはのぅ、大陸統一の一助とする以上に魔族が活動を始める時を明確にする為よ」

 

「魔族が動き出す時を?」

 

「そうじゃ。大陸統一で戦争を根絶しても、魔族という脅威を駆逐できんのでは片手落ちでしかない。しかしアルハザードが封印されている限り、魔族がいつ何時復活するかは誰にもわからん。だからこそ、陛下は敢えて魔剣の封印を解いたんじゃ。アルハザードが人の手にあるのなら、正統な所有者であるボーゼルは奪還に動き出すからのう」

 

「つまり、自分を餌に魔族をおびき出そうという事ですか」

 

 シェリーの従者をしているカルザス軍将官のキースが零した言葉に、ニームは力強く頷く。

 

「そこまで考えているなら、どうして他の国に協力を申し込まないで侵略なんてするのよ!? 最初から事情を説明してくれたなら、カルザスだって協力したのに!!」

 

「それはやっても意味が無いのだ、尻娘よ」

 

「誰が尻娘よ! 誰がッッ!?」

 

 激昂するシェリーを他所に、ニームは言って聞かせるように持論を語る。

 

「国家とは国体、王制や共和制などといった国の形を維持し、国益を追求することを最大の目標としておる。故にある程度なら兎も角、大幅にそれを度外視した行動は取れん」

 

「それがどうしたのよ?」

 

「例えば、お主の言うように全ての国を同盟で結んで魔族を迎え撃ったとしよう。そしてAという国が魔族の侵攻を受けた。最も早く増援が出せるのはBという国だが、Bは国庫の兼ね合いと他国の為に家族を危険に晒すなという国民感情の為に増援を出すのが遅れてしまった。結果、Aは魔族に滅ぼされ、その土地は大陸の橋頭堡となった。───こんな事態が無いと言い切れるかの?」

 

「それは……」

 

「同盟を結んだとて全ての国が自国を最優先せねばならん以上、本当の意味で一丸となることは出来ん。各々が守るべき民や国を持っておるのだ、それも当然よ。しかしな、そんな烏合の衆では魔族には勝てん。陛下が侵略という手に出た理由の一つがそれよ」

 

「じゃ……じゃあ、他の理由って何なのよ?」

 

「『光輝の末裔』の力に頼ることなく魔族を退ける事じゃ」

 

 笑みを消したニームの放った言葉に、反帝国同盟は思わず息をのんだ。

 

 リーダー格のエルウィンを始めとして、カルザス王女のシェリー、『光輝の巫女』たるリアナと反帝国同盟の中心には『光輝の末裔』が多数参加している。

 

 大魔術師ジェシカとルシリス神の導きで大陸を覆う闇を払おうとしていた彼等にとって、ニームが告げたベルンハルトの目的は己が存在意義を揺るがすものだった。

 

「伝承に謳われる1000年前のエルスリード王国の騎士ディハルトに始まり、直近では数百年前のバルディア中興の王レディン。この大陸に魔の影が差す度に『光輝の末裔』が現れ、聖剣を振るいそれを討ってきた。じゃが、それは何時まで続く? 『光輝の末裔』は傑物ばかりを生み出すワケではない。もしそうなら、バルディアはおろかエルスリードも滅んでおらんだろうからのう。そしてルシリス神の信仰も永遠とは限らん。信仰を失い忘れ去られたなら、神はその存在は維持できんのだ」

 

 朗々と語るニームに誰も言葉を返す者はいない。

 

 兄貴たちと共に星々を渡り歩いた彼は知っている。

 

 神は不滅ではなく、その力にも限界があるという事を。

 

「故に人は『光輝の末裔』とルシリス神の庇護から抜け出ねばならん。不測の事態で彼等が消えても魔族に負ける事が無いようにのう。その聖剣も陛下にとってはアルハザードが想定外の事態に陥った時のカウンター機構以上の価値はないのじゃ」

 

 熱く語るニームに『光輝の末裔』はただただ圧倒されるばかりであったが、しかし全く感銘を受けていない者達も同盟軍には存在した。

 

 そう、レスターとエルウィンの相棒たる魔術師へインである。

 

 『光輝の末裔』でもない二人は、その存在を否定されても屁とも思っていなかった。

 

 レスターはルシリスの代理人たるジェシカの付き人をしていたが、彼が恩義を感じているのはジェシカ本人であり神や『光輝の末裔』はさして重要視していないのだ。

 

「なんつーか、見た目に反して頭いいよな。あのヤロウ」

 

「そうだね。でも語る度に一々ポージングするから、言ってることが頭に入ってこないけど」

 

「つーか、どうせ敵なんだから相手の言葉なんて聞く必要ないよな」

 

「それもそっか。じゃあ、サクッとやっちゃおう。メテオっと」

 

「おい」

 

 まるでスナック感覚で放たれる隕石落下魔法。

 

 直撃すれば一軍をも壊滅に追いやる広域殲滅攻撃を何の呵責も無く放つヘインに、レスターは内心ドン引いた。

 

 大気を振るわせて、天空から堕ちてくる赤熱化した破壊の権化。

 

 いとも容易く放たれたエゲツナイ不意打ちを前に、『白竜看護師団』の運命は風前の灯火と思われた。

 

 だが────

 

「ふんはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 気合一閃、天空高く舞い上がったニームは両手を組んだまま頭頂部だけで隕石を受け止めたのだ。

 

「「「「「「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」」」」」」」」」

 

「フハハハハハハハハハハッ! この程度のデブリなぞ、ボ帝との戦いで厭きるほど食らっておるわ! たかが石ころ一つ、ワシのマッスルで押し出してくれるっ!!」

 

 何気に死亡フラグをおっ立てながら、隕石との接地面を支点にギャンギャンと高速回転を始めるニーム。

 

 その奇行っぷりからは、先ほどまでの理知的な面は一ミクロンも感じることは出来ない。

 

「さあ行くぞ! これぞアドン・サムソン兄貴直伝────」

 

 隕石の温度と回転による摩擦熱から煙を上げていた頭頂部、そこから白い光が漏れる。

 

「メンズ・ビィィィィィィィィィィィィムッッッ!!」

 

 乾坤一擲、放たれた純白の極光は隕石を惑星外まで一気に押し上げた。

 

 同時に巨大質量とエネルギーの激突は膨大な余波を生み出し、それによって反帝国同盟と『白竜看護師団』の面々は一斉になぎ倒されてしまう。   

 

 後処理を終えて地上に戻ってきたニームの眼に映ったのは死屍累々と化した戦場。

 

 幸いな事に死人はいないようだが、このままでは全員一週間はまともに動くことはできないだろう。

 

「やれやれ、軟弱な事よ。だが、ワシも『慈愛』のニームと呼ばれる漢。倒れ伏した命を見捨てるような真似はせん。『ヒィィィィィィィィルッッッッ!!』」

 

 巨木の幹のような上腕二頭筋をアピールするポージングで放たれる青い光。

 

「ぎゃああああああああああっ!?」

 

「ぷあっ!? 沁みるぅ!!」

 

「うおっ!? オス臭ぇ!!」

 

 それは彼の二つ名を示すように敵味方分け隔てなく傷を癒していくのだった。

 

 

 

 

 その後に語ることはそれほど多くない。

 

 同盟軍の主要メンバーは治癒魔法の副作用で悶絶している内に捕縛され、帝国の裁判に掛けられることとなった。

 

 この際、一番の戦功者であるニームが褒章を返上して彼等の助命を嘆願した為に彼等は極刑に至らずに済む事となった。

 

 その後、アルハザードの封印が解除すると同時に儀式で疲労していたボーゼルはメンズ・ビームで消滅。

 

 出力を上げ過ぎた漢の極光は、傍らにあった魔剣までも消し飛ばしてしまった。

 

 こうして魔族の脅威が消え去ったエルサリア大陸はレイガルド帝国の手によって統一されることとなる。

 

 戦乱の終結を見届けたニームは白竜看護師団の職を辞した。

 

 その後の彼の足取りはようとして知れないが、ある村人は『光輝の巫女』を背に乗せたマッチョが空を飛んでいたのを見たという。

 




『慈愛』のニーム

クラス・ビルダー

A87 D76

部隊補正 A42 D34

スキル

メンズ・ビーム

ヒール(雄)          


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